地方行政委員会 第31号
- 発言数
- 27 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1963/06/06
会議録
○永田委員長 これより会議を開きます。 地方行政連絡会議法案を議題とし、審査を進めます。 質疑を行ないます。通告がありますので、これを許します。宇野宗佑君。
○宇野委員 地方行政連絡会議法案に関しまして質疑をいたします。 一昨日、大臣はお見えにならなかったのですが、私は政務次官、官房長、また行政局長にそれぞれ宿題を出しておきました。したがいまして、本日はその宿題に基づきまして個々の問題について自治省の御所見を承りたいと思うのであります。 この地方行政連絡会議法案に基づきますと、第一条においても明らかなとおり、将来「地方自治の広域的運営の確保に資することを目的とする。」、この趣旨に関しましては私も賛意を表するものであります。確かに、今日の日本の経済がいまや広域化しつつあるとき、当然それを裏打ちするものとして、地方住民の福祉をより一そう向上せしめるがためにも、地方行政自体も広域化することが必要な段階にきただろう、私はかように存ずる次第であります。ところが、この法案の作成の過程におきまして、いろいろの揣摩憶測が乱れ飛びました。中には、将来道州制をしくのじゃなかろうか、あるいは府県合同をやるそのおぜん立てじゃなかろうかという意見もあります。しかし、私自身の考え方からいたしますならば、今日の地方自治体をほんとうに育てていかんがためには、より健全にせんがためには、やはり将来何らかの機会を得て、道州制あるいは府県合同、そういうような形に踏み切るべきであると思う。ところが、先般来、本会議であるとか、あるいは委員会等々における御答弁を承っておりますと、一応そういうときがくるだろうけれども、いまは時期尚早だから検討しなくちゃならぬ、こういうふうなことが自治省の御見解のように私は承っております。 率直に第一問といたしまして、すでに昭和三十二年に地方制度調査会から答申が出ておりますが、答申でありますから政府はそれを尊重しなくちゃならぬというだけのことで、聞きおこうということでもございましょうけれども、今日ただいまの段階として、地方行政連絡会議の目的とするところの広域的運営の確保、これは連絡会議でやれるのだけれども、しかし、将来これのおぜん立てであるかないかということを別にして、府県合同というものは必要なのか必要でないのか。将来の日本の広域経済のために、そうしたことは私は必要だと思うけれども、自治大臣は、その点に関してそれは必要なことと思われるのか、いや、永久にいまのままでいいのだとおっしゃられるのか、どちらであるかということを、前もって承っておきたいと思います。
○篠田国務大臣 広域行政の必要は、ただいま宇野議員もおっしゃったとおり、だれしも今日感じていることであります。この場合におきまして、広域行政につきましても、市町村を越えての広域行政もあるし、府県を越えての広域行政もある。あなたの話は、府県を越えての広域行政というものについての将来の見通しということであります。現在は、府県制というものがあるわけでありまして、自治省の根本的な考え方としては、やはり地方の自治を守りながら、より大きな地域の共同の利益あるいは国民的な利益のために、どこで調和するかということがやはり一番根本だろうと思う。ただ、国の、あるいはより大きな地域のための利益ということだけでいまの自治体をこわしたり、自治の精神をこわしたりするような、そういうことは、もちろんこれは避けなければなりません。しかしながら、現実に現在の地方自治体というものを越えて、より大きな地域のための利益がある、現在の市町村なり都道府県なりの区域というものが、非常にそのためにじゃまになるとか、あるいは不適当であるということであれば、考えなくちゃいけない。だから一括して、広域行政の必要が生じたから・どこの府県もこれを合併して道州制にする、そういうような考え方というものはわれわれは持つ必要もないし、また現在の段階においてそういうことは考えておらない。ただ将来、いま申しましたように、より大きな地域の総合的な共同の利益に適合しなくなったというときにおいては、それは考えるべきであるし、やがてそういう時期もくるであろうということは想像されるけれども、しかし、それも画一的に、どこの都道府県も全部道州制にするとか合併するとか、そういうことはいまのところ私たちは考えておりません。
○宇野委員 今日の段階で、たとえばすでに新産業都市法というものが誕生してみたり、あるいはまた最近の大きな話題として、河川法の改正がいま審議されようとしている。こういうことを考えみますと、やはり政治のテンポのほうが、経済のテンポよりおそいがために、広域経済になったから、当然河川法もやはりセクショナリズムを廃止して、国家権限のもとに画一的にコントロールしたほうがいいんじゃないかという考え方が生まれてきたわけなんです。したがって、もしも昭和三十二年のあの答申案が尊重されて——それがいいか悪いかということは抜きにして、今日そうした河川を中心にして異常なる経済の発展を遂げている地域において、たとえば府県合同がなされておったならば、逆説を用いるとすれば、あるいは河川法の改正というものは不必要ではなかったか、すでに一つの区域として、上流も下流もその地域の産業、住民のために、どうぞその水をお使いください、こういうことが言えたんじゃないか、そういう措置がとれてなかったがために、むしろ逆に、河川法は中央集権化だという批判もあるとおりに、そのような施策が新手として打たれなければならなくなったのじゃないか、こういうふうにわれわれは考えざると得ないわけなんです。しかも片一方におきましては、新産業都市が間もなく指定されるでありましょうけれども、もしも指定されたとするならば、私の県の例を言うと滋賀県は八十六万、わずかな県です。そのうちで新産業都市にもしも指定されたとすれば、四十万ないし五十万の都市がそこに誕生する。四十万の都市がはたして新しい町村体系を保つのか、あるいは協議体方式でいくのか、これは法律では明文化されておりません。しかし、合併するなら合併するのがよろしいと書いてあるから、もしも合併するとすればそこに四十万の都市が生まれて、他の四十六万は、それぞれ一万程度の小都市として、小町村としてそこに残っていなければならない。そういうことを考えてまいりますと、新産業都市育成のために、政府は相当な財政援助をして、これを育てていかなければならないという義務があるとするならば、いままでの市町村とそこに新しい形の新しい自治体、その上に府県といったように、これからの地方自治というものは二重、三重あるいは四重というような構造になっていくのじゃないかというようなことすら私たちは考えるわけです。したがいまして、先般私は申し上げましたが、なるほどそういうような面において、末端自治体のことに関しましては、自治法の一部改正をして開発事業団をつくってもよろしい、この法案は先般でき上がりました。これもけっこうだろう。あるいは低開発問題の解決をせんがために、工業促進法というような法律もすでに成立いたしておる、これもけっこうだろう。そうしたことをけっこうだ、けっこうだとながめておりますけれども、これはやはり部分的な写真を見せてもらっているだけのことであって、中には非常にきれいに写った写真もありましょうし中にはピンぼけの写真もある。それを集めてみたところで、結局一枚の富士山の絵にならない。頂上はこれだ、すそ野はこれだというような写真ばかりであって、きれいな一枚の富士山の絵にならない、こういうふうな感じが私はするわけなんです。だから、将来府県合同というものに対していまから自治省が、なるほど全国を画一的にする必要はないけれども、ではそうした声が起こった場合に・自治省の態度はどうかということを、この際私は承っておきたい。現に最近の問題といたしまして、近畿におきましては財界が音頭をとって、広域行政のより一そうなる推進のために、大阪と京都と奈良と兵庫と和歌山がひとつ合併しようじゃないか、また京都と滋賀県は第一段階として合併されたらどうだ、非常に熱心にやっていらっしゃいますが、たとえばこういう話に関していま大臣がお答えになりましたとおり、全国画一的に、いま自治省はそういう考えはないが、もしもそのような運動があった場合、またその必要性が生じた場合には、まあひとつ考えてみようということですが、現実に起こっているこの問題に対しては、ただいまとして大臣はどういうお考えでございましょうか。
○篠田国務大臣 河川法の問題で、国家権力のもとに河川というものを画一的に処理したほうがいいから、河川法を出したというふうなお話でありましたが、——私はそういうふうに聞いたのですが、そういう意味ではありません。河川法になぜ私が賛成したかということを申し上げますと、現在の河川法というものは、明治二十九年に制定された非常に古いもので、時代に合わない。時代に合わないという意味はどういうことかと申しますと、まず第一に、国土の保全という面から、やはり河川の改修という問題と、海岸防波堤という問題が、いま日本において一番大きな問題である、こう考えておる。ところが、河川の改修も、海岸防波堤も、非常に不完全な状態である。不完全というのは、道路に比べますと非常に不完全である。道路というものは、御承知の通りガソリン税を見返りとする道路の臨時措置法、これによりまして財源は確保されておる。しかるに、河川の改修あるいは海岸防波堤というものは、財源が確保されておらない。そのために河川のはんらん、あるいは豪雨の被害、あるいは地盤沈下、津波、地震、そういうようなものによって、国土は年々こわされておる、こわされておるけれども、そのこわされた程度に追いついて復旧はできていかない。しかし、いま狭い日本におきまして一番大切なことは、国土の保全であります。そういう意味から申しまして、いま各県の知事の権限において、河川の改修あるいはまた許可が行なわれておって、わずか三分の二くらいの助成でこれをやっていくということになれば、ほんとうに百年河清を待つようなものである。また、いま申し上げましたのは治水の面からでありますが、利水の面からでもそうです。ある県においては、工業地帯ができて非常に水がほしい。しかるに、その上流の知事の許可が簡単に行なわれないために、海には満々たる水が流れておるけれども、実際の問題として工業用水の確保にも不便である。利水の面からいっても、治水の面からいっても、そういう時代おくれな問題がたくさん含まれておる河川法をそのまま存続するということは、国民的な不利益であるという観点から、私は先ほど申しました地方自治体の権限を守りつつ、しかも国民的な要望に沿うためにはどういうふうにしたらいいか、そういう見地から河川法の改修に賛成をしたのであって、国家的権力のもとに、画一的な処理をするほうが便利であるからという立場から賛成をしたのではありません。まずそれを誤解のないようにしてもらいたいと思います。 その次に、財界の音頭によりまして、大阪、奈良、和歌山等の合併の問題が出ておる。財界の音頭であろうと一労働界の音頭であろうと、あるいは中小企業の音頭であろうと、地域住民がそういうことを考えて、たまたまそういう問題が出てきたということは、私はやはり時代並びに地域の要請によって起こってきたものであると思います。言いかえれば、地域住民の自然発生的な希望がそこにあらわれてきたものであると思いますから、これは非常に重要な問題として考えなければなりません。同時にまた、大阪、奈良、和歌山等の特殊性、あるいは京都、滋賀県等の特殊性、あるいはまたその他の地域の特殊性というものを十分に考えまして、そういう地域の中から出てきた声というものは十分に耳を傾け、援助をし、その合併の促進について、でき得る限りの援助を与えていくということは必要でありますが、しかし現在府県合併は、御承知の通り憲法によって、地域住民の投票によってその声を確かめて、遺憾なきを期するようになっておりますから、現在の制度のもとにおきまして合併をやる場合には、憲法の命ずる手段によって地域住民の声を十分に聞いていやしくも一方的な、あるいはまた一部の圧力によって住民の声が抹殺されて、無理な合併等が行なわれないように一方において考えなければならぬ、そういうように考えております。
○宇野委員 いま私は、近畿の具体的な例を用いましたところが、十二分に尊重して、そうしてあらゆる援助をすると言われますが、しかし一応今日の府県制度というものが現存しておって、しかも先般も問題にいたしました通り、知事さんがおられ、その知事さんが今日それぞれの府県において開発計画を持たれて、自分の県をまず守っていきたいという考え方を持っていらっしゃる。これは当然のことだと私は思う、当然のことだと思いますけれども、しかし財界であろうが知事会であろうが、そういうふうなことがもしも可決されて、いま大臣の御答弁どおりに、憲法第九十五条に基づく住民投票があるとするのならば、今日の段階で、はたして住民がすなおにそれを受け入れるか受け入れないか。その場合に、もちろん県知事あるいは地方為政者のPRの問題もあるでしょうが、そうした場面に、自治省はどういうふうな手をお打ちになるのかということをあらためて伺いたい。
○篠田国務大臣 地方民の世論の代表は知事ではなくて、それぞれの県議会、府議会あるいは市議会というものがそれぞれの立場において世論を代表しておると思います。したがいまして、それぞれの県において機運が盛り上がり、それぞれの県における議会が合併をやりたいという議決をいたしましたときには、法律の定めるところによって、住民投票の制度によってそれをやっていくべきである、こういうように私は考えております。
○宇野委員 いまの御答弁によりますと、一応地方住民の意思によってそうしたことがなされた場合には、言うなれば、それは府県合間という形になるわけなんです。ところが昭和三十二年度の調査会の報告に基づきますと、道州制もしくは府県合同というふうな幾つもの案が出されておる。したがいまして、大臣は、全国画一的にそういうことを強権をもってしたくはないが、それぞれの地域においてそうした声が起こった場合には、というのがいまの御答弁だろうと思いますが、しからば一ブロックにおいてそうしたことがなされた場合に、すでに道州制というものは手おくれになってしまう。だから私は、いまここで道州制がいいとかあるいは府県合同のほうがいいのだということは申し上げません。私自身の考えからいくのならば、府県合同のほうがよろしい。しかし自治省としては、私がこの問から申し上げておる将来の青厚真の一つのたてまえとしては、道州制と府県合同は全然別個のものなんですから、どちらを主眼にされるか。今日は考えていない、今日は考えていないということだけでは、政治というものは後手後手に回ってしまうと私は思うのです。現在ほんとうに後手後手に回っておる。政治が後手後手に回っておる。政治が後手後手に回っておるから、つい、都市計画も十分ならずして、あの交通地獄というものを引き起こしている。こういうこと一つを考えてみたって、やがて地方行政自体の交通麻痺を来たさぬとも限らない。ましてや広域経済になっておるのだから、将来はこうだという青写真を示してくれ——きのう一日、おととい半日待たしてあるのですから、大村さんにそのことを十分お願いしておったんだから、もう青写真はできておると思いますが、道州制がいいのか府県合同がいいのか、その点の見解ぐらいは、大臣よりもむしろ官房長、あなたは国家の有能なお役人として、役人としてこう考えるということをひとつ御答弁を賜わりたい。
○篠田国務大臣 道州制のごとき重要なる政治問題が、事務官によって答弁をされるということは適当でありません。たとえその答弁をいたしましても、そういうことは権威がありません。そこで、私から答弁をいたします。 なるほど道州制というものも、地方制度調査会において一応の答申があり、府県合併というものについてもあったわけであります。ただ、しかしここで考えなければならないのは、道州制ということばの持つ意味は、はっきりした意味というよりも、世間に与える印象は、道州制というものは何か行政の、特に政府の行政の都合上、やりやすいように上から地方をまとめていくという印象が非常に強い。これは民主主義の今日、結局において自然的な必要上そういうふうになるとしても、そういうことを初めから自治省なり政府が考えるということは、今日の自治体というものが育成され、またその精神というものが尊重されているときにおいては、できるだけそういう考えを積極的に持つべきでないと私は考える。そうして府県の合併等が自然発生的に起きた場合に、自治省として、そういうかたまりをあっちこっちにつくるよりも、それならばこの区域とこの区域とが合併したほうが、行政の場合においても、経済の場合においても、その他あらゆる市民生活というか、国民生活を進める場合にもいいのじゃないかというような忠告を与えるということは、非常にいいことであると私は思いますが、何か戦争中にあったような、九州には一つの探題があって道州制をやる、中国にもある、東北にも仙台に行けばそういうものがある、こういうような意味の道州制であるならば、これは時代的に見て、むしろ時代に逆行するものである。そういう意味の道州制ではなくて、何かここに新しい、あるいは宇野君あたりが明敏な頭で考え出して、こういう道州制ならば国民も納得するし、国民的な利益にも非常に合致するのではないか、時代の進展にも即応するのではないか、そういうものが考えられれば別でありますけれども、現在われわれの受ける道州制というのが、何か戦争中の、九州には福岡に探題があり、四国には高松に探題があり、中国地方には広島かどこかにある、こういうような道州制であるならば、私はいまのところ賛成できがたい。
○宇野委員 いまの大臣の御意見、私といたしましてもまことに賛成をいたすところであります。しかし、府県合同というものが自然発化的になされた場合には、当然そのような体制に持っていくのがしごく妥当であろうという御答弁も、先ほど承ったわけです。ところが、法の手続の上からは、府県合同をなさんとするときには圧力をかけてもいけないし、また権限をもって住民の意思を踏みにじってもいけないし、要は憲法九十五条の住民投票という一つの壁がある。姿はいいだろうけれども、ここに一つの壁がある住民意思をなお一そう尊重せんがためには、なるほど今日の制度から申し上げれば、各議会がその意思を代弁しておることになるではございましょうけれども、往々にして議会の意思と住民の意思がそごを来たすという例は、去る昭和二十九年、三十年にわたってなされた全国的な町村合併においても見られたところです。そこで、この九十五条の壁を地ならしする、住民の意思の盛り上がりを待たなければならないというお考えを、この間政務次官からも申されましたし、また本会議においても大臣は御答弁なさっておる。私もそのとおりだと思う。しかし、地方住民の意欲の盛り上がりというものを、どういうふうな形においてこれから自治省が指導することにおいて、ほんとうに地方住民の福祉をもたらしてあげるのか、それがために低開発を出したではないか、あるいは新産業都市も自治省の一つの重要なポイントとして仲間入りしておるではないか、あるいは地方連絡会議もそうじゃないか、いろいろ出されておるわけですが、私はまた繰り返すようですが、これらの法案はまことに必要ではあるけれども、何か部分写真を見せてもらっているだけにすぎないから、もう一つ突っ込んで、地方住民のそうした気持ち、いまや広域経済だから広域行政のほうがいいでしょう、財界だけがひとり先走りしているのではなくて、お百姓も商売人も、みんながそうだそうだという時代を来たすべく、自治省としてはある程度のリーダーシップをおとりになることが必要だと思う。だから、そのリーダーシップをいかにおとりになるかということを、この間宿題として私は申し上げておいたのでございますが、その辺に関しましては、大臣は、今日どのような御所見を持っていらっしゃいますか。
○篠田国務大臣 府県の合併につきまして県が地域住民の住民投票によってきめる、その地域住民の住民投票という憲法の規定は、府県の合併にとっての一つの壁である、こういう宇野君の解釈のようであります。しかし、これが壁であるかどうかという問題は解釈のしかたである。壁ということは障害というふうに普通とられがちであります。しかしながら、自治体を守るための壁の役目を現在はしているわけであります。同じ家におきましても、一家族であるからのっぺらぼうな部屋をつくって、玄関も、座敷も、ふすまも、壁も、全部とってしまって、そういう生活をするという考え方も大家族主義のもとにあるかもしれないけれども、しかし夫婦の部屋は夫婦の部屋、子供の部屋は子供の部屋、老人夫婦は老人夫婦というふうに、一家のうちでも壁で仕切ったほうが生活が非常に合理的に、また平和にできるという場合の壁であるならば、その壁というものは決してこれは障害にならない。現在の府県制のもとにおいて、府県の住民というものの意思を無視して、何か政府なりあるいは地方の有力者なりあるいはまたいま申しましたような財界なりというようなものの圧力によって、どうしてもそれが合併させられてしまうというのでは、地域住民の意思もあるいは自治体の権限もあるいは地方自治の精神もないわけであります。だからして現在において憲法が地域住民の意思によって、住民投票によって住民が賛成するなら合併できるし、住民が反対した場合には合併ができないんだという、そういう一つの規定を設けておるということは、地方自治の精神を守る一つの規定であって、私はむしろ住民がそれを破ろうと思えば、住民の意思によっていつでも破れるのだ。だからこの壁というものは、地方自治体、あるいはまたたとえ広域行政をやる場合においても、私これは障害になるものじゃない。地方地域住民というものが合併したいということを考えればいつでもできる。ただその意思に反して、何らかの権力なり何らかの圧力なりが作用するときの一つの防波堤として憲法が規定しておるということから言うならば、この規定というものは民主主義的な規定であって、決して壁ではない、私はそういうふうに解釈しておる。
○宇野委員 ただいまの九十五条に対する大臣の憲法解釈、私はまことに賛意を表します。確かに憲法をつくったものが住民であるのならば、これを改正するのも住民の意思、したがって九十五条につきましてもさようなことは当然考えられるでしょう。しかし私が今日申し上げたことは、やはり将来は広域行政というものがすでにこの中にもうたわれているとおり必要であるとするならば、リーダーシップというものに対して一つも御答弁にならない。憲法解釈に対しましてはそのとおり。しかしながら、やはり地方住民の広域行政、広域経済の発展に伴って、やったほうがいいんだ。つまりその第一段階として、第一段階とすれば府県合併を前提とした連絡会議法案であるというのでいろいろ問題が起こったわけですが、私はそれを抜きにして、今日広域行政だから連絡会議をつくって十二分に意思統一をして、うまく国家機関と地方機関とコントロールをして、そして地方住民の福祉を増進せしめましょうという意図があると思うので、その点では私は賛意を表しておるのです。卵が先か鶏かという論議になりますけれども、そういう解釈あるならば、やはりより一そう広域行政という体制に沿うために、それに先行するだけの政治体制をとるべきだというのが私の主張なんです。その政治体制をとるべきだから、自治省がいかにして住民の意思を盛り上がらせてやって、あんたたち、古くさい考え方でいままでこうだああだ言って府県的な観念だけにとらわれてやるのではなくして、新しい事態に即応するような住民へのPRをどうしたらいいのか、リーダーシップと申し上げましたのは、それをどうするかということを私はお尋ねしておる。
○篠田国務大臣 自治省のリーダーシップという問題になれば、私は自治省があまり先走って、住民の声のないうちからこういうふうにしろ、ああいうふうにしろというふうなことは、今日の時代においては適当でないと考えております。広域行政の必要はだれしも認めておるし、その広域行政の必要というものが、ただ行政がやりやすいというだけではなくて、経済あるいは文化あるいは地域住民の生活が、そういうものを求めたときにおいて広域行政というものができてくるわけです。しかしこれはちょうど道路をつくる、河川の改修をするということと同じで、そこまで行く間には、やはりある程度部分的な作業が生まれてくるということは当然であって、いかにその広域行政が必要であるからといって、いきなり道州制や府県の合併をいわゆる自治省がリーダーシップをとってそして勧告する、あるいは慫慂心するということは行き過ぎじゃないか。そこのためには、やはり地方連絡会議であるとか、新産業都市の促進であるとか、あるいは地域開発であるとか、あるいはまた自決発生的に起きてくる府県の合併であるとかいうものを、やはり部分的に促進していきながら、ちょうど百キロの道路をつくるにしても、百キロの道路をつくるのに部分的につくっていってそれをつなぐ、河川の改修にしましても、われわれの生活にしましても一ぺんにそういうことをやるということになると、これは民主的な行き方ではいけない。百キロの道路を一ぺんに百キロつくるということであれば、これはなかなかたいへんでありますが、特にこの人間の生活を扱っておるこういう問題を、一ぺんにやらせる、百万の人間があるいは十万の人間が、一ぺんにそのとおりに賛成するわけではありませんから、どこかに無理がいっているということになると、それをやらせるということは、結局リーダーシップということはある程度において強圧的な方法を講じなければできないということです。そういうことが一体今日のいわゆる民主主義の時代において考えられるかどうか、そこに問題がある。ただ行政がやりやすいから、政治がやりやすいから、経済がそうなってきたから、だからこういうふうにするんだ、住民の意思にかかわりなく、政府なり自治省なりがリーダーシップをとってやらせるという考え方は、今日の民主主義の精神というものからむしろ離れていくのじゃないか。民主主義というものは御承知のとおり、現在におきましてはいろいろまだるっこい、効果的には非常に歯がゆい、歯がゆいけれども、それを育て上げて、そうしてみんなの意思により盛り上げていくことであるならば、自治省の、しかも私のごとき頭脳きわめて不明晰な自治大臣が先頭に立ってリーダーシップをとるなどということは、天をおそれざるもはなはだしいものであると考えておる。私は在任後わずかでございますし、でき得る限り地方の自治体の精神と自治体の権利を守って、自分の在任中はこれらの人々の利益、経済あるいはその生活、文化というものを守って育てながら、次の、もっと頭脳明晰なる大臣に引き継ぐということをもって、私は小心翼々と自治大国をつとめておるのでありますから、リーダーシップをとろうという考えはございません。
○宇野委員 リーダーシップということはいろいろ御解釈もあって、いまの大臣の御解釈は大臣の御解釈だろうと思います。しかし、やはり政府であるとかあるいは政治家であるとか、そうしたものにはリーダーシップをとる場面もありましょうし、またそれをやわらかく言いかえるならば啓蒙する、これも私たちには当然なくてはならないはずなのです。したがいまして現在といたしましては、いま私が質問申し上げましたことに対しまして、言うならば、ローラーをかけている時代であるから、ひとつ順序を経てローラーをかけていこうというようなお答えですが、これもまた当然だろうと思う。しかし今日の政府がやっているのは、所得倍増計画について昭和四十五年を目途としていらっしゃるのですが、本年は地方改選があって、昭和四十二年になるとまた地方選挙がやってくる。そしてその三年先、昭和四十五年には第一次所得倍増計画が達成される、その所得倍増計画のために新産都市であるとか、低開発地域工業促進法であるとかいう法律が生れて、強力に進行しつつある。ところが新産都市においては、その都市の指定すらが今日の段階においてはできておらない。ここにも私はすでに一つの壁があろうと思う。せっかく法律が生まれたって新産都市の指定ができない、いろいろな問題がある。それは法律自体の中におきましても、新産都市とは何ぞや、その性格は何ぞやということがはっきりうたわれておらない。知事さんから申請があった場合には、これを関係大臣において決定いたしましょうという項もあれば、あるいはまた内閣においてこの都市が必要だからこれをひとつきめるんだというのもある。そこにはいま私が申し上げました知事を通じてやるということは、大臣が申されましたとおり、住民の声を聞いてそこに新産都市を認めてあげましょうという民主主義が正しい姿だと思う。ところが片一方においては、国家を育成せしめる、国家を発展せしめるという責任を内閣が持っているのだから、内閣の所信はこうだ、この条項にのっとってわれわれの考えどおり指定をするということも書いてある。その辺が、はたして決定的な段階であるのかあるいは手続であるのか、当時の企画庁長官の答弁をもってしてもきわめて不明確であったのですが、私はこの点をついておる。こうしたどちらとも解釈できないことにおいていまや政治がずるずると何かしら進んでおって、しかもなおかつ新産都市が生まれておらない。いろいろな手続もございましょうし、繁雑な問題もありましょう。しかしながらわが国の青写真としては、昭和四十五年というものを目途として一つの所得倍増計画というものがなされており、地域格差の是正とか、所得格差の是正ということを言っておるのだから、そうした場合において、地方住民の意思、つまり地域格差を是正してやる、あるいは広域行政に持っていってやろう、いろいろな考えが浮かび上がるのですから、私はそういう意味合いにおけるところの自治省のリーダーシップ、言うなれば啓蒙、それをいかにされるかということをお伺いしたのです。そこで、今日大臣がローラーをかけておるとおっしゃるのであるならば、昨年ですか、あるいは本年の初頭ですか、この委員会におきましても問題にいたしました、今日は広域経済になりつつあるということもお認めになっておる。あるいは地域格差を是正しなければならないということもお認めになっておる。ところが一つの壁として、これは先ほどの憲法九十五条の壁ではありませんが、一つの壁として知事さんというものががんこにやっていらっしゃる。その知事さんも今日は民選で、ただいまの府県制度のもとに選ばれた知事さんであるならば、自分の府県の県民の利益を守るということを第一の主義としてやっていらっしゃるのは当然だと思うけれども、しかしそれにあまりにもこり固まってしまうと、やがて広域行政に移ろうとしたときに一つの障害になってしまう。だから私たちはそういうような障害を取り除かんがためにも、知事の三選、四選を禁止しなさいということを申し上げて、私はちなみにそれは地方住民の意思に従ったほうがよかろうと言って、九十五条に基づいてひとつ御検討賜わりたいと言っておったのはその意味なんです。したがって、つまり今日の段階においては、ローラーをかけておるのだという段階であるならば、ちょっと飛躍するかもしれませんけれども、勢い地方行政連絡会議におきましても、知事の主張というものが非常に重大な主張になってくるでしょう。そうした場合に、知事さんが三代続いた、四代続いたというような、封建大名のような形でありますと、せっかく生まれた地方行政連絡会議におきましてもどのような意見が出てくるとも限りません。この際、まだローラーをかけておる段階ならば、まだ検討しておる最中ならば、四年先の選挙においては、四選ないし五選というものを自治省としてどうされるのか。先ほど大臣は、自分のことを非常に謙遜して申されましたけれども、私は篠田大臣は、今日すでにいろいろやっていらっしゃることを見ると、非常に有言実行の人だと思っておりますから、そういう意味で期待しております。ですからローラーをかけておる段階であるとするならば、飛躍するかもしれませんけれども、その問題はどうするかということをお伺いいたしたい。最後にもう一つお伺いをいたしたいことがございますから、まずその点だけを先に御答弁を賜わりたい。
○篠田国務大臣 広域行政の問題につきまして必要があるかないかということは、今日もうだれも議論する必要がない、そのために新産都市というふうなものも生まれてきた。新産都市というものは、非常に騒いでいるけれども、国家的な一つの青写真からいうならば最低限の最も小さな青写真で、一地域的に産業都市をつくっていくということ、それでもこれだけの騒ぎが起こってなかなかきまらない。きまらないわけではありませんが、私は明日の閣議あたりで発言しようと思った。早くきめなければだめじゃないか。もう全国の知事がこのために忙殺されまして、しょっちゅうやってきておる、この費用だけでもたいへんです。自治大臣としてはこれを黙ってみているわけにいかない。そこで明日あたりの閣議で、これをいつまでやっていてもしようがない、早くやろうじゃないかという発言しようと思っているところへ、あなたのただいまの御発言であって、はからずも意見は一致しておるわけです。ところが、こういう小さな青写真を実行するのにもこれだけの非常な時間あるいは陳情、あるいはまたいろいろな制約があるのです。そこであなたが先ほど言われたような大きな問題については、もちろんこれの何十倍、何百倍かの制約があるということを一応考えなければならぬ。 それからもう一つは、広域行政について、これはことばじりをとらえるわけではありません。ただあなたと私のちょっと感覚の相違というものを申し上げたいのだが、あなたはローラーをかけておるとおっしゃる、私はいま耕しておるところだ、それだけの違いなんです。それだけの違いで、あなたの質問と私の答弁との間に、あなたはローラーをかけていると言い、私はローラー以前のいま耕しつつあるところだというところに、少しの違いがいつでも食い違ってずっときておる。だからそこがぴったりいけば——広域行政というものは必要であるけれども、それはいままだ耕している段階であって、ならす段階ではないのだという私の感覚と、もう耕す段階は終わっているじゃないか、早くローラーをかけてしまえというあなたの考え方との間にある程度の差があるから、その差を詰めない限りは、あなたと私の議論というものは、ずっと並行していくということが一つ。 それから格差の是正であるとか、そういう問題についてはもちろん同感でありますし、それから各県に分かれている以上は、知事が県を守るという考え方もいまの段階では正しいと思います。しかし知事というものは、地域住民のために存するものでありまして、自分のために存するものではありませんから、その地域が府県合併なりあるいはより一歩踏み出した、自分の県にとっては多少不利益であっても、総合した場合においてその地域というものが全体として利益になるというような場合であれば、大所高所から判断してやっていくべきものだ、そこで三選、四選というような問題は、この前も阪上委員の御質問に対してお答えしたのでありますが、その後のいろいろな情勢を見ておりまして、これはもう実際問題として、国民も国会もみんながまじめに検討すべき時期がきておる、私はこういうふうに考えます。でありますから、三選、四選、五選の知事さんが、そういう広域行政をやることに自分の立場上もし反対されるというようなことがあれば、選挙民はそういう存在というものはもちろん検討しなければいけない、こういうところまできておる、私はそう考えております。
○宇野委員 大臣は、先ほど道路の例を言われたから、私はローラーと言ったので、たんぼの例を言っていらっしゃったならば、田植えと言ったかもしれません。その点は言葉の違いであって、意見としては私は決して違っておらないと思います。しかし、たんぼならたんぼでけっこうでございます。しかしこの法案が、広域行政の総合的な実施及び円滑な処理を促進するということを目的とされている以上、この会議法ばかりでそれをするのじゃなくて、自治省もその点において田植えをし、あるいはたんぼの地ならしをしなければならぬと思いますが、広域行政、広域経済、これはともにいま否定する人はいないということを再三大臣が申されました、私は同感であります。したがいまして、最後に申し上げておきたいことは、たとえば地方の行政の中において、広域にわたるそうした問題を処理していって、そしてやがては、できたならば地方住民の盛り上がりによって行動され、いまのような繁雑な府県制度——繁雑というよりもセクショナリズムにおちいった府県制度というものを、ブロックであろうが個々であろうが、どこかで解決されることが、政治体系から見ても、また経済の体制から申し上げて必要であるとするならば、私は最後に税金のことを大臣にお尋ねしておきたい。 本年度の地方税の審議のときにも私は申し上げておいたのですが、本年度はすでに予算体系もでき上がっておりますから、質問はあとの祭りであります。したがいまして、明年度の予算を編成するとき地方税というもののあり方について——いま田植えしておろうが、たんぼを耕しておろうが、ともかく広域行政というものが必要であるとおっしゃるならば、地方住民税の問題でありますが、住民税の上において絶えず問題になるのは、本文方式とただし書き方式です。現に低開発地域工業促進法において五年の猶予を与えても、その地域はただし書き方式のところです。だからただし書き方式のところに本文方式が移ろうとすれば、大体全国ならして税金は三倍になるからというので、せっかく指定を受けたけれども、五年の間に工場がやってこなかったという場合には、法律というものをせっかく地方住民のためを思ってこしらえたが、これは死文化してしまったというような例が当然出てこようと思う。だから将来のためにも、広域行政に移さんがためには、住民税というものの地ならしをしなければならぬ。いま大臣が申されたとおり、住民税における地ならしにまずかかる、いまからその準備をする、それくらいの青写真は持っていただいていいのじゃないか。そうでなかったら、広域行政というものは、片一方は高いし片一方は安いというようなことでは、これは決してでき上がらないと思います。そうした問題を具体的な問題としてこれこそ——ほかにもたくさんございますが、一番敏感に大衆に影響する税金という問題で、本文方式とただし書き方式を統一されるのか、いまから、大臣がおっしゃったとおりたんぼを地ならしするというならば、この方式もこの際どういうふうに将来されるのか、このくらいのことは青写真があってもいいのじゃないかと私は思います。いまから青写真をおつくりになってもいいのじゃないかと思います。したがいまして、その点に関する御所見を承っておきたい。
○篠田国務大臣 税金は、国税であっても、地方税でありましても、理想的な姿というものは何といっても公平でなくてはいけないということは、これは議論の余地はありません。しかしながら、現在の地方自治体におきましては、御承知のとおり財源を豊富に持っておる自治体もあります。そうでない上自治体もあります。したがいまして、現在の制度のもとにおいて、本文方式とただし書き方式とをもって住民税が徴収されているという、これは否定できません。ただし、ただし書き方式というものを本文方式に近づけていく、あるいは将来ただし書き方式というものをなくしていくという、そういう一つの理想といいますか構想は、みな、われわれも持っておる。しかし個々の財源というものが違っておりますから、自治体というものは、やはり自分の住んでおる村なり町なりを、住民の力によって育て上げていくという努力と愛情がなければ、いかに公平に国が施策を施していきましても、それは国の費用なり助成金なりをつぎ込むだけでありまして、決して発展しない。やはりわれわれの家庭において家族が共同して、貧しいならば貧しいように、あるいはまた金があればあるように努力をしていくというところに人間の発達があるように、地方自治体というものも、やはり住民が自治体に対する愛情と責任を持ってやっていく、そういう姿が自治体を発展させ、伸ばしていく姿であると私は考えておる。そういう意味からいいますと、いま実情を無視して、全部ただし書き方式をやめて本文方式にするということは実際問題としてできないじゃないか。だから財源の見つかるところ、あるいは国において何らかの施策ができるという面から、公平な住民の負担というものを早く実現していくということは、当然われわればかりでなく、おそらくすべての国民の考えていることであるし、またわれわれ直接その衝に当たる者も考えなければならぬし、また早くそういうことをしなければならぬと考えております。ただ、現在の段階におきまして減りつつありますけれども、財源というものはそう簡単になかなか見つかっていかないというところに、遅々として進まぬという恨みはありますが、将来はそういう方向に向かって進んでいきたいと考えております。
○宇野委員 たとえばそうした問題は、この連絡会議で議題になりますか。
○大村政府委員 この連絡会議は、広域行政を主題とするものでございますので、いま申されました問題は議題に供せられることはあまり考えられないのではないか。
○宇野委員 むろん住民税が、これは市町村民税で府県税でないのですから、その会議自体がそうした意味合いにおいて大きな問題として府県単位で取り上げられていく以上、議題に供されることはないと思うのですが、絶対に議題に供せられないのかということなんですよ。
○大村政府委員 先ほどお話のありましたように、低開発地帯の振興、そういったようなことの関連においてこの問題が議題に供せられるということはあり得ると思っております。
○宇野委員 その場合、この協議会の結論としてやはり統一してもらおう、この地域の広域行政の推進のためには、本文方式に統一してもらおうというような結論が出た、その意見を申し入れることができるということが第七条に書いてあるし、また会議の模様はそれぞれ第九条に基づいて自治大臣に報告をしろということが書いてありますから、そうした報告がきた場合に、その地方だけのことに関してどういうふうにするのですか。
○大村政府委員 そのよう事柄が行なわれました場合におきましては、先ほど大臣がお答えになりましたような観点から検討さしていただきたいと思います。
○宇野委員 では、その地方だけに自治省は極力財源の補助をしてやろうということなんですか。
○大村政府委員 その地域だけということには必ずしもならないと思います。
○宇野委員 できないことでしょう、その地域だけということは。しかし、それはそれでいいと私は思う。やはりこれは全国的な問題なんです。しかもいままで幾つか出された部分的な写真だけを見ておりますと、なるほど一部においては地域格差の是正、一部においては新しい経済地域の形成、造成、そうしたことも必要だろうと思う。そうやって幾つもの問題がこれから出てまいりますと、片方においては低開発の指定を受けて非常に伸びたところもあろうし、新産の指定を受けて伸びたところもあろうし、ますますその隔たりというものは地域格差の是正どころか、このまま青写真でほうっておいたならば、格差の是正どころか、格差はひどくなる。そういう面が必ず出てくる。そういうことがあってはいけないから連絡会議をやるんでしょう。連絡会議をやるという発言をされた以上は、私はもっとりっぱなものを出せということをこの前から申し上げておる。ただいま大臣にお答えを聞いておりましたが、憲法解釈であるとか、何々解釈であるとか、一向その具体的な青写真というものを見せていただいておらぬ。これ以上繰り返しておってもむだでございましょうから、一応私の質問はこの程度でやめておきますが、ひとつ十二分にただいま申し上げました点を御研究賜わりたいと思います。
○永田委員長 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午前十一時五十七分散会