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43回国会衆議院1963/05/30

外務委員会 第20号

発言数
63
登壇者
13
会派数
2
開催日
1963/05/30

会議録

野田武夫自由民主党

○野田委員長 これより会議を開きます。  海外移住事業団法案を議題とし、質疑を行ないます。  質疑の通告がありますので、これを許します。田原春次君。

田原春次日本社会党

○田原委員 海外移住事業団法について、前回御質問いたしました以外の問題についてお尋ねしたいと思います。  その前に一言申し上げておかなければならぬことは、この海外移住事業団法の、審議に社会党が協力していない、あるいは議事を遷延しているということを、東京にあるブラジル関係のある新聞が社説であげておったのです。これを私はこの機会に明らかにしておきたいと思います。  御承知のように、この移住事業団法と他の関連する海外移住基本法あるいは海外移住援護法につきましては、内閣からの諮問に応じて海外移住審議会はおよそ八カ月にわたって審議をいたしまして答申を出しております。この答申は昨年の十一二月の上句に終わっております。したがって、内閣側で整理をして提出するのが一月の中旬にできたはずであります。いろいろな関係であろうと思いますが、二月の十五日に事業団法案が国会に提出されておるのです。提出されましてから、私ども社会党の国会対策委員会では、これは海外在住日本人全般に対する非常に重要な問題であるから、本会議でまず賛同をしよう、こういうことをきめまして、議運等を通じて申し入れをしたわけでございます。本会議の質問というのは大体十五分であります。十五分間に質問するとすれば、移住審議会の答申のうちで、なせ一体事業団法だけ出しておるか、他の二法案はどうするかと聞くのは当然です。そういった大きい問題を聞くのであり、むしろ外務大臣に答弁の機会を与えるのであります。第二点は、国会議員の中に最近中市米に非常に興味を持ってきておる方がふえたことはまことにけっこうであります。これを本会議でやることは、これらの国会議員諸君に海外に移住しておる人々の問題を国会でも、取り上げているということを知らせる機会となるわけであります。こういう二つの意味で質問をしようといたしましたが、何ゆえか議運では本会議の質問はよして直ちに外務委員会に上げろということになり、それでもめたのでありまして、私どもはあくまで本会議質問を主張いたし、約四週間経過した後に、三月の中句になってようやく本会議で質問することとなり、社会党の西村関一君が代表質問されました。これに対して農林大臣並びに外務大臣等から答弁されて、そうしてこの委員会に移ったのであります。質問をしてみれば何のことはないのに、どこからの工作であったかどうか、想像以外にないけれども、これを延ばしたゆえんはむしろ政府側にあったのではないか。したがって、社会党が海外移住事業団法に反対してこの審議を遅延しているという見方は、全く間違っておるのであります。本日例外として木曜日にこの外務委員会を特に開いて海外移住事業団法を審議するということに対して、社会党は直ちにこれに応じて、ただいま私が参っておるのもそのわけでございます。したがって、そういう意味の卑劣なる妨害的な悪口を社会党に言ってもらっては全く困る。  しからば、社会党がなぜ海外移住事業団法に熱心であるか。海外に移住する人は、農民であり、漁民であり、労働者であり、中小企業者であります。国内における政治が悪くて失敗した者もありましょう。いろいろな事情において海外に行きたい人々もありましょう。三井の長男や三菱の次男が海外に移住するのではないのであります。したがって、勤労者の代表としての社会党が海外に新たに自己の運命を托そうとする人々に対して非常な注意をし、同情をし、御協力しようというのは当然でありまして、さるがゆえにこそ、われわれは国会の本会議において問題にしようとしたわけであります。この機会に私は、余分なことでありますけれども、そういう無理解な社会党に対する非難を一応御説明しておかなければならぬ。これに対して野田委員長はどうお考えになるか、御答弁をお聞きしたい。

野田武夫自由民主党

○野田委員長 田原委員にお答えいたします。  海外移住事業団法に対しての社会党の態度に対し、われわれは何らの非協力という想像もいたしておりません。したがって、何かそういうことが新聞の論説その他に書いてあったとすれば、それは新聞社独自の見解でありまして、私どもの関知するところではございません。  なお、きょう定例以外の日に本法案を審議される社会党の態度に対して、委員長としては非常に敬意を払っております。今後ぜひひとつ法案審議の促進に一そうの御協力をお願いいたします。

田原春次日本社会党

○田原委員 事業団法の審議に協力することは当然でありますが、このままでのむかのまぬかという賛否は別でございますから、それは分けていただかなければならぬのは当然であります。一たん法律ができますと、そう簡単に改正等はできません。それから、これが海外に現住しておる日本人に対してどういう影響があるか、国内の関係各省との関係がどういくか、こういうことについては、この審議の過程においてわれわれは十分明らかにしていきたいのでございますから、われわれが定例の金曜日以外に応じたからといって、直ちに審議を打ち切ったり質問を打ち切るようなかっこうに出ないように。そういうことになれば、私どもはかって安保条約に反対をしたように必要に応じて幾らでも動員ができますから、どうか外務委員会はきれいに徹底的に審議をやって、よくのみ込まして、関係各省に対して、また関係団体に対して、また現地の人々に対しても安心していけるように願いたいと思う。したがって、審議の過程において資料がたくさんあれば何回でも審議はしなければなりませんから、定例の金曜日以外に開くことは私は賛成であります。したがって、審議は、必ずしも午前に限らず、午後でもいいし、夜間でもいいし、深夜でもいいのでありまして、促進方については異存がありませんが、突然議事打ち切り、質問打ち切りのような暴挙に出ないように、これに対する自民党側の心がまえをいま明らかにしておいてもらいたい。委員長でもいいし、理事のだれからでもいい。

野田武夫自由民主党

○野田委員長 それでは、私から重ねてお答えいたします。  いま田原秀員のお述べになった趣旨はよく了解いたしております。審議の促進に御協力くださるということをはっきりとお述べいただいたので、委員長としては非常に満足いたしております。ただし、田原委員の御心配になるような審議の不当なる打ち切りその他については、もとより委員会は円満に公正に運営したいというのが私の本旨でございますから、御協力を願えれば、そういう非常手段に出るというようなことは今日のところ考えておりません。ただ、一言田原委員に申し上げておきますが、十分審議を尽くすことは全く私も賛成であるし、むしろ望んでおります。しかし、少なくとも今国会の会期というものが大体限定されておりますし、また、両院制度の関係で参議院の審議時間というものも当然考慮して議事の運営をするのが妥当ではないかと思っておりますから、この辺のことはよく御理解願いまして、本法案の審議に対して一そうの御協力を願いたい。  私は率直に申しますが、田原委員は何か政府・与党が本案を審議しまたこれを議決するために謀略でもしているように誤解しておられるようでございますが、われわれは何らそういうことはいたしておりませんし、いま申しましたとおり、審議はできるだけ丁寧にやり、同時に、運営はきわめて公正にやる。ただ、時間的の問題がございますから、政府も希望いたしておりますが、われわれ委員会といたしましてはことさらにその辺を考慮いたしまして、また理事諸君と御相談の上審議の日取りその他について決定いたしたいと思います。  田原さん、これで御了解できますか。

田原春次日本社会党

○田原委員 それでは、いずれそれはまた途中で質問することもありますが、一応委員長に対する質問はこれで終わることにいたします。  先回、この委員会におきまして、大平外務大臣に対して、移住に関係ある各省の仕事のことを私が申し上げた。すなわち、大蔵省、農林省、労働省、建設省、通産省、厚生省、文部省の仕事について申し上げましたが、しかし、即答は別に期待しておらなかったわけです。本日は、これらの各省から来ていただいて、海外移住に関するそれらの省の行政、今後の問題等についてお尋ねしたい。お忙しいところ御苦労さんであります。  それでは、各省別に、最初に文部省関係からお尋ねいたします。文部省にお尋ねいたしますことは大体点あります。第一点は、海外における日本語の普及問題。第二点は、第一点の中に入るかもしれませんが、海外における二世、三世等の日本語学校の問題。第三点は、国内における、特に中等学校においての海外移住思想普及に関する施策の問題で、これは教科書の問題とも関連しております。ただいま御出席になっておる方がそれらの専門であるかどうか存じませんが、できるだけ明快に簡単にお答えを願いたいと思います。  まず第三点からいきましょう。戦前、海外移住が非常に盛んになりましたころ、高等農林学校には拓植科というものがつくられておった。盛岡高等農林、宇都宮高等農林、三重高等農林、岐阜高等農林、鹿児島高等農林、宮崎高等農林にはありました。これらの学校の卒業生は、それぞれ北中市米、東南アジア等に移住いたしまして、それぞれの地方において仕事をやられ、国内で受けられました高等教育のゆえもあり、その地方における日本人会あるいは農業協同組合その他の団体の長となられた方もあり、在留日本人の指導者となっている方がたくさんございます。いま思い出しますと、たとえばアルゼンチンのメンドサに星という人がおりました。約六十年前に行かれ、これは盛岡高等農林の出身ですが、たいへんな信望を得まして、その州の知事等も非常な尊敬をされておる。それから、ブエノスアイレスの郊外にブルザックというところがありますが、そこに、八十何歳の御老体でありますが、石川という方がおられます。これまた盛岡高等農林の出身でありまして、いまなおかくしゃくとして野菜の栽培をやっておられ、その付近の日本人の野菜栽培業組合の組合長をやっております。たいへんな信頼と尊敬を受けられております。こういうふうに、戦前には非常に優秀な教育を受けた方々が海外各地に行かれました。しかるところ、敗戦になりまして、マッカーサー司令部の命令によって、日本人の海外移住一切まかりならぬ、特に文部省関係の学校教育から移民教育を一切削除するということになりまして、拓植科、南米移住科のごときは一挙に姿を消したことも文部省の方御承知のとおりであります。しかし、現に海外に百万からの日本人が行っておられますし、農業技術その他の進んだ日本の技術を知りたいと考えております。したがいまして、独立の度合いが濃くなるとともに、一面において外務省では海外移住事業団をつくるのに、肝心かなめの教育機関ではマッカーサーにしかられっぱなしでふるえておるというようなかっこうにしか見えない。そこで、海外移住教育を高等専門学校に復活するような方角にやってもらいたいが、これに対する文部省としての方針をまず最初に聞きたい。

高山政雄文部事務官(初等中等教育局審議官)

○高山説明委員 お答え申し上げます。  文部省としましては、ただいま先生の仰せられましたとおり、終戦直後は教育問題におきましてもやや虚脱状態が続きまして、諸般の事情から海外への移民教育というものはおそらく小学校から大学まで行なわれ得なかったのであります。ところが、その後の情勢の変化によりまして、漸次海外に対する関心というものも高まってまいりました。したがいまして、現在、中等学校に関する限り、指導要領におきましては、きわめて微温的ではありますが、これを教科書においてわれわれがのぞいてみますと、従前に比べてかなり指導せられるようになっております。しかしながら、ここに私持ってまいりました教科書は高等学校社会科の教科書でありますが、ただ一つの教科書にのみかなり詳しく書いてある。しかも、その詳しく書いてある中にも、ただいまのお話から申し上げますならばきわめてわずかであります。この点につきましては、今後より一そう海外移住の思想なりあるいは現状の把握という方面に向かって文部省は努力すべきだというふうには考えております。なお、中学校におきましては、一年生の地理の時間に、小学校で教えました、きわめて簡単ではありますが、ブラジル等における、あるいはハワイ等における移住民の状況の上に立って、教科書では教えております。  なお、戦前の盛岡の高等農林のごときお話は、現在から申しますならば隔世の感であります。今後いかようにこれを伸ばしていくかということは、外務省なりその他の省との連絡協調によって進めてまいるというふうな考えでおります。

田原春次日本社会党

○田原委員 海外移住思想というのは中学時代が一番大事だと思うのです。したがって、中等学校の教科書にどの程度入っているか、いま調べておりませんから存じませんけれども、どうぞ、課外教科書のごときものの編さんを奨励して、海外で人望、衆望を集めた日本の先覚者の伝記くらいは読めるようにしてもらいたいと思います。これは将来の希望でありますから、引き続きやっていただきたい。いかように事業団ができましたといたしましても、移住思想というものが全国的に普及しなければいかぬと思いますから、希望しておきます。  第二点は、日本語学校の問題であります。私は、今日まで、自分で言うとほらのようになるから恐縮しますけれども、二十八回海外を旅行しております。第一回は北米四年半、次は南米二年半、そのほか、旅行免状のあるだけでも十八冊あるのです。あとの十回は戦事中の旅行でありますが、至るところで中国人の学校を見ます。たとえば、豪州、ニュージーランド、インドネシア、北米では太平洋沿岸、あるいは東京の四谷にもチャイニーズ・ランゲッジ・スクールと書いてあるのがあります。中国人は、北米のごときは六世の代に入っておりますけれども、あのむずかしい漢字の中国語を教えております。日本の側は、何だか敗戦の虚脱状態から海外で日本語学校をやることはいかぬように思い、また、外務省も出先が不親切であり、そういうことで、向こうの法律どおりをただ順守しているだけでありますから、つくっておりません。廃校になったものもあります。最近になって、どうしても子供たちに日本語を教えたいという父兄の希望もありまして、その国々で交渉したり、あるいは校舎を日本人で建てて、先生を向こうで雇い、別に放課後に日本語を教えているところも一あります。こういう場合に必要なことは、日本語の改良なのであります。漢字がむずかしくてなかなか覚えにくい。これはやはり文部省の仕事じゃないかと思いますけれども一、あるとき向こうの二世から聞かれたのですけれども、生まれるという字だけで六十四通り読みかえがあると言うのです。「生意気」の「なま」、「生娘」の「き」、「生方」の「うぶ」とか、なるほどそう言えばそうあるでしょう。おじさんなぜかと聞かれたのですが、なぜかと聞かれてもぼくはわからない。そのとおり読めよといったんですが、どうにもわからぬ。したがいまして、ほんとうの日本語を普及するには、まず一字一音主義にするとか、かたかな、ひらがな併用にするとか、いろいろむずかしい問題があると思いますが、それを一体どの程度文部省が取り組んでおるか。もちろん、手紙を書いたり四書五経を読むという教養の問題は別です。日本語というものをもう少しわかりやすくして、そして科学も哲学もやさしい日本語でわかるようにしてもらわないと、これが海外で二世、三世をかかえておる父兄の一番の悩みですね。いま、日本語の海外普及を考慮した場合における簡素化というか、どの程度これをやっておりますか。これを一つこの機会に聞かしてもらいたいと思います。

高山政雄文部事務官(初等中等教育局審議官)

○高山説明員 ただいまの御質問、なかなかむずかしい問題でありまして、国語の問題に関しましては、御承知のとおり、両面から両極端の意見がござ  いまして、文部省はその中に立って非常に苦しんでおるというのが実情でございます。それは、日本の文化なりあるいは伝統というものをりっぱに生かしていくためには、なぜ漢字をああいうふうに簡略にするのか、日本語というものが乱れておりはせぬかという意見も一あります。小学校におきましては、現在、御承知と思いますが、一年から六年までの間に八百八十一の教育漢字というものを、全部読むことができ書くこともできるというふうに指導いたしております。中学校の三年におきましては、さらにその上に、合計千八百五十字の当用漢字というものが読めねばならない、必ずしも書けなくとも、読み方が読めねばならぬというふうに、漢字の教育というものにかなりの力を注いでおります。ところが、一方におきましては、ただいまのお活のように、日本語ぐらいむずかしい言葉はない、読み方について、さらに送りがなについていろいろ改良せよというので、国字の改良問題がある。一方においては、科学技術の教育を発達させるためには思い切ってローマ字を採用せよというような意味合いのローマ字論者というものも出ておるわけであります。そのような意味合いから申しまして、日本の文化を正しく伸ばすためには、一方においては漢字というものを制限せねばならぬ。しかし、一方においては、日本的な心情をつちかうためには必ずしも漢字というふうなものをあまり簡略化してはならぬという御意見がございます。そこで、文部大臣の諮問機関である国語改良のための委員会が戦後ずっといろいろの建議なり答申を出してまいりまして、今日では、皆さん御承知のように、漢字というものはとにかく簡略にするんだということで、先ほど申しました当用漢字、教育漢字というものを設けまして、最小限度の教育漢字は学童にも教える。しかしながら、一方、四年からはローマ字さえも小学校では必修というような形で課しております。これも日本語になったというふうな観念の仕方でございます。同時に、英語というものを、中学校においては必修にはしませんけれども九〇数%の生徒が英語を履修する、高校ではこれを必修にするというふうな形で、広く、古くからの日本語の上にローマ字を取り入れ、さらに外国語を課すことによって国際的な視野というものをつくってまいろうという形でおります。ただいまの、簡略化して二世、三世の海外移住者のための便をはかれという御意見は、われわれにとりましてはまことに参考にはなりますけれども、はたしてこれをどういうふうに持っていくかということにつきましては、目下なお研究中の問題でございます。

田原春次日本社会党

○田原委員 これは議論すれば長くなりますから、一応御意向を聞く程度にして、次は、海外各地に日本語学校を経常する場合に、適当な教師を派遣するなり、できれば校舎あるいは設備等に、これはその国の承認を前提といたしますけれども、お手伝いするということはいかがなものでしょうか。これは移住局にも関係があるでしょうから、文部省の考え方をお答え願うと同時に、現状の説明は移住局の方から……。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 移住地におきます日本語学校につきましては、南米各国それぞれ初等教育は厳重に規制をしております。そういう意味におきましては、日本語を課外第二国語として教えるという方式でやっております。  なお、南米諸国では、ところによりましては学校施設が非常に不足しておりますので、日本側で校舎を建てまして、先方の先生を入れて教育を普及していくという方針で、できるだけ移住地に学校が整備するようにはいたしておりますが、移住国における教育、特に初等教育では厳重な制限がございます。

高山政雄文部事務官(初等中等教育局審議官)

○高山説明員 文部省では直接積極的には現在施策を講じておりません。

田原春次日本社会党

○田原委員 次は建設省の海外移住に関するいままでのお仕事なり今後の見通しをお尋ねしたいと思うのです。  建設省で、建設青年隊の中に南米開発青年隊というものをつくられて南米各地に優秀な青年を送られておることは、非常に喜ばれております。私が知っているだけでも、エスピリトサント、ブラジリアの市街地の建設、ウジミナスの製鉄所の地ならし工事、リオデジャネイロの、石川局造船所の建設工事、グアタパラの農耕地の整地工事、パラナ州のドラードスの森林伐採事業、アリアンサの復旧工事、そのほかまだだいぶやっていると思います。これは、厳選に厳選をして優秀な青年を採用し、測量、製図その他の技術を教えて海外に出していることと思います。これは今後とも続けてもらいたいと思うのでありますが、旅券の形式上か招待者の形式上等で、サンパウロ州では農民になっているのがあるのです。それは、将来農民になるのもいいと思います、農業土木もありますから。しかしながら、技術者としての誇りを持ってその修練を積んで行くのでありますから、技術者として出す、やはりこういうふうに外務省その他を通じて折衝をして、そういう資格でやってもらいたいと思うのです。最近の状況はどうなっておるか、今年度出す御計画はどうなっておるか、これをちょっと聞かしていただきたい。

志村清一建設事務官(計画局参事官)

○志村説明員 ただいまの御質問にお答え申し上げます。  青年隊は、三十一年度に発足いたしましてから、国内では建設省がいろいろ訓練いたしまして、海外に送出いたしますことにつきましては外務省の手をわずらわしまして、現在まで大体二百四十名ほどブラジルに行っております。ブラジルに参りましてからの仕事のやり方等につきましては、ただいま田原先生からお話がありましたように、いろいろの方面で活躍しているわけでございます。  移民の形式でございますが、従来は農業移民という形で行かざるを得なかったわけでございますが、農業移民として参りますと、いわゆるブラジルにおきますテクニコとして伸びていくにはいろいろ不都合な点がございますので、外務省ともいろいろ御連絡申し上げ、御尽力を賜わりまして、また、日本におりますブラジルの総領事の御好意等によりまして、三十八年度からは、いわゆるテクニコとして、技術者というかっこうで移民できるという段取りがついております。したがいまして、従来農業移民として参りましたことによって生じた不都合というものは、今後は解消されるということになろうかと思っております。  また、今後青年隊の南米への送出の問題でございますが、建設省におきまして国内訓練を受け持っておると申し上げましたように、三十七年度におきましても、中央隊というようなものを組織しまして、その中で一年間ほど訓練をいたしておりますが、約百数十名の人間が集まっておりますから、その中からいろいろ厳選したあげく、ただいまのところ約四十二名というものがぜひ南米に参りたいということで待機をいたしているかっこうでございます。  以上でございます。

田原春次日本社会党

○田原委員 先ほど私が名前をあげましたように、ただいま建設省の南米開発青年隊の行っているところはブラジルであり、ブラジルのうちの南部であります。しかるに、日本政府ではパラグアイの相当大規模な土地も買っております。ボリビアも、日本ボリビア移住協定が一番早くできたくらいで、非常に日本人を歓迎しておる。未開地を一戸当たり五十ヘクタールくらいはくれるくらいである。それから、同じくブラジルといたしましても、北部のアマゾン地帯。これはあまり大き過ぎてどこからも手をつけられない状態ですが、しかも、手をつけるとすれば、まず河川の改修。これもアマゾン大河までいきませんが、マデイラ川、リオネグロ川のようなところ。こういうところは、やがて木材あるいはパルプ工業、造船所あるいはゴム工業、砂糖工業、石油工業等が漸次できるのじゃないか。したがって、従来は海外海外と言いましても実際ブラジルであり、それも一南方ですが、そのブラジルの南方だけに偏することなく、できるならばアマゾンかパラグアイのイグアスくらいのところに、第二次訓練所といいますか、現地訓練所といいますか、こちらですぐった人を向こうへやって、向こうでさらに気候や語学や地理を覚えて、それから必要とあれば直営工事を請け負って道路や橋梁等をやるというぐあいになるべきじゃないかと思いますが、こういうことに対して、一体外務省が消極的であるのか、予算のほう、の手が伸びないのか知りませんが、当然アマゾンと取り組まなければならないと思います。御承知のように、すでに三十余年曲から日本人が入っておりまして、三十年祭もやり、ざっと八千人くらいが放っております。祭るところで精気はつらつたる技術者を要望しておる。また、採算上収益のあがる土木工事もあると思います。今後のみなさん方の御計画は、ブラジル南部にのみ限定することなく、ブラジルであれば北方、その他の南米であればパラグアイあるいはボリビア、アルゼンチンもよいのでありますから、そういうような方面について計画を進めていかれるかどうか、外務省はこれを妨害するか賛成するか、これは両方から一ぺん聞いておきたいと思います。

志村清一建設事務官(計画局参事官)

○志村説明員 ただいま田原先生から非常に示唆に富んだお話を承ったのでありますが、ただいまのところ、昭和三十一年度から南米に青年隊の諸君が出かけて行っておりますが、総計で二百四十名、ことし参りますものを合わせましても三百名足らずでございます。その送出した若い青年諸君は、田原先生がアマゾンの地域についておっしゃられたように、パラナ州北部のセーラドラードスというところに基地を設けまして、そこで一年間勉強いたしまして、ブラジルの風土にもなれ、ことばにもなれて、そうして自立をしていくというかっこうをとっておりますが、まだ人数も少のうございますし、歴史的にも、八年近くたっておりますが、それでもまだ完全に基礎が固まっておりませんので、まずセーラドラードスの基地を固めるということが第一の目標ではないか。ただ、その、ドラードスの基地を終わりました青年隊の諸君が、先ほど先生のお話がございましたように、中部ブラジリアの建設とかその他各方面に散っておりますが、その際、あるいはアマゾンの開発というのに青年隊の一部が集団的に仕事を持って行くということも考えられるではないかと思っているわけでありまして、そういった現地の実情等につきましては、火は私来月から、ブラジルへ参りましていろいろ見てまいりたいと思っておりますが、さしあたりは現在の基地を強化充実するということが目標ではなかろうかというふうに考えている次第でございます。

田原春次日本社会党

○田原委員 関連して移住局長にお尋ねします。これは建設省で南米建設青年隊を募集をした場合のことです。東京都の海外協会にその話をしたら、外務省のほうからある事務官が行って、建設省の青年隊は募集せぬでもよい、おれのほうの考えている農業移民だけを募集しろと言ったことがある。これはまた聞きでありますが、そういうふうな空気が少しでも外務省にあったのでは好ましくない。自分の省から出すものは一生懸命にやるけれども、ほかの省から出すものはどうでもよいという考えはもってのほかであります。いわんや、事業団までつくろうというときに際して、移住局ではそういうことはないと言うに違いないけれども、どの省からでも行けるものは積極的に出すのが当然だと思いますが、移住局はどういうふうに考えておりますか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 ただいまの問題、若干誤解があるのだと思います。産業開発青年隊は建設省で募集しておられまして、その中から海外移住の希望者を選抜せられてお出しになるのであります。したがって、これの募集は外務省がやるのではなくて建設省が直接おやりになる、こういうふうに了解いたしております。

田原春次日本社会党

○田原委員 大平外務大臣がお忙しいところをおいでになって、まことに感謝にたえません、きょうは、この間あなたに最後に御質問いたしました点について各省の関係の方と話をしておりました。それをあなたにも聞いてもらい、最後に大臣にも御質問申し上げます。ただいま文部省と建設省が終わったわけです。  次は厚生省の方にお伺いしますが、先般の当委員会でも向こうのお話を申し上げましたように、非常に、医者や歯医者、薬剤師、それから、はり、きゅう、あんま、産婆、看護婦等が足らないことは事実であります。向こうの国の法律が、ブラジルもアルゼンチンもコロンビアもペルーも同じでありますが、その国の医科大学を卒業してその国の免状を、取った者でないとなかなか開業しにくい。そういうのは向こうの医師会の都合であって、へんぴなところに行っておる日本人にとりましては、やはり、日本語がわかり、日本の薬を使う親切な日本人のお医者さんがほしい。アマゾンのシュバイツァーとさえ言われました細江先生が先般来て、さだめし厚生省にも行ったと思いますが、ブラジルの例をとってみましても、ブラジルの政府ではそういう方針で、医師免許規則はあるけれども、アマゾンに入っていきますと、アマゾナス州あるいはパラ州のような州では、その州限りで特に州知事が許可をして日本での有資格者は一定の条件のもとに開業できるのでございます。それから、日本とパラグアイとの移住協定では、この点に明文で触れておりまして、主として日本人を診療する者は、その日本村で日本人の医者が日本だけの資格で、パラグアイ側の大学を卒業していなくても、診療できるという協定ができております。ブラジルとの間には不幸にしてできておりません。先般日伯移住協定のときにも質問したのでありますけれども、どうもその点は先方の都合でということでそのままになっております。したがって、方法としては二通り考えられます。一つは、正攻法で、ブラジルの医師法の除外例を公式に求める外交的折衝、一つは、へんぴな土地にすでに住んでおる日本人村に対してはその州限りの許可を得て、とりあえず医師を、派遣するという方法です。いずれの場合にいたしましても、厚生省が積極的に海外在住日本人に対する医師の派遣方あるいは医師以外の先ほど申しました各種の職業の方々を出す気持がなくてはいかぬ。私がお尋ねしたいのはその点でございます。困難な点を打開していかなければならぬ。日本でも一医者で行きたい人がたくさんありますが、向こうでのいろいろな困難な点があるために行っておりません。もう少し積極的な努力をして出すようにしてほしいと思うのですが、従来どういうふうな態度をとっておられたか、また、今後どういうふうにして打開されようとしておるか、御意見をこの機会にお伺いしておきたいと思います。

上村一厚生事務官(医務局医事課長)

○上村説明員 基本的な考え方といたしまして私ども考えておりますのは、海外にある日本人の保健衛生と申しますのは、第一次的な責任というのは先方の政府にある。これは日本国内にあります外国人について保健御生の責任を厚生省が負っておりますのと同じ事情ではないかというふうに考えております。ただ、その場合に、その国においてお医者の数が足らないとか、いま先生がお話しになりましたように語学の関係で、とうてい現地のお医者さんにかかることができないというような事情がある場合に、医師を派遣するということになってまいるわけでございます。その場合に問題になりますのは、いま御指摘になりましたように、日本の医師免許が向こうでそのまま通用しないということ。これは日本の医師法におきましても一外国の医師免許は日本で通用いたしません。必ず日本で国定試験に合格しなければ、外国の医師免許を持っておる人であっても日本で医師になれない、そういう仕組みになっております。それと同じことが、いまお話にあったようにブラジルの場合でもあるわけでありまして、医科大学を卒業してその国の国家試験に受からなければ正規の医師の免許を受けて医業に従事できないということになって、それが一つのネックになっておるわけでございます。いまお話しになりました正攻法でない方法、私も不勉強でよく存じておりませんでしたけれども、そういう方法がかりにあるとしますれば、そういう方法を利用するということもできるのではないかと思いますが、いずれにいたしましても、日本で医師の免許を持っておる人が向こうで働けるような体制を向こう側でとれるようなことを外務省の方で話をしていただきますれば、私どもの方では移住地に医師を派遣するということについて協力するつもりでおります。幸い、この前細江先生がおいでになりましたかいがあって、昨年の八月でございましたか、日本の医学会長の田宮先生が中心になられまして、日本ラテンアメリカ医学協会という民間の組織をつくり、相互に医療の交流をしようじゃないかという話し合いができ、アルゼルチンとブラジルには現地にもそういうものをつくろうという動きが出てまいりましたので、話はより進めやすいのではないかというふうに考えておる次第でございます。

田原春次日本社会党

○田原委員 日本の医学教育で外国語を教えておりますが、ほとんど、ドイツ語です。ある医科大学では笑話もありますが、フランス語、スペイン語というようなのはない。英語をやってみたって、アメリカへ行って別に開業するわけではない。スペイン語は世界で十七カ国が使っております。スペイン語をしゃべる人口は英語より多いのです。私はアメリカのある大学におりましたときにスペイン語をやりましたが、その教室に医学部の学生が来ておるのです。そこで、お前はなぜスペイン語をやるのかと聞いたら、おれは卒業したらテキサスで開業する。あそこにはメキシカンが多いからやるのだと答えた。日本では医学部において外国語を勉強するけれども、開業用語になっておらぬのですね。いかにドイツ語をやったといっても、ドイツのいろいろな雑誌を読むことはできますけれども、ドイツに行って開業するわけじゃない。何か、ドイツ語でやればえらいように一つの優越感を持っておるのではないか。お医者さんのうちの一割ぐらいが教授になるくらいで、九割は開業医なんですから、したがって、厚生省では、ドイツ語、英語、これはあるから廃止するわけにはいかぬけれども、医学部には、スペイン語、ポルトガル語、朝鮮語、台湾語、インドネシア語というようなものも併設して、卒業後に備えてやる親切心がなければいかぬ。この間、大阪医科大学を卒業して医師の免許を持った若い二名の者が、細江博士の行動に感激して南米に行く決意をして、その送別会がありまして、私はわざわざ大阪に参りまして激励してまいりましたが、残念ながら、やはりスペイン語、ポルトガル語は知らない。開業しながら覚えるということはなかなかたいへんなことなんです。したがって、教育の面におきまして、開業用外国語というものを、選択語学として、もしくは学習会等をつくって奨励したらどうかと思います。国内で医者が多いとかなんとか言っておるのでありますから、若いよい意味の野心のある医師を海外に派遣する必要があると思いますが、その点について、あなたで答弁ができなければ大田が来るまで待っても一いいのでありますけれども、あなたの考えをひとつ聞かしてもらいたいと思います。

上村一厚生事務官(医務局医事課長)

○上村説明員 医学教育の面は文部省の所管に属しておりまして、私どものほうといたしましては、医師になるのに必要な資格を要求するだけでございます。それ以上のことは、奨励はしますけれでも、要求はできません。しかしながら、医学の進歩が著しゅうございますし、それから、医学の課程そのものがほかのものに比べまして二年長いということと、その二年長い課程がきっちり詰まっておるときに、それまでやれとまではなかなかすすめにくい事情があるのではなかろうかというふうに思っております。

田原春次日本社会党

○田原委員 上村さんでは無理かもしれませんから、いまここであなたに講義しようとは思わぬから、その程度にいたしておきます。  それから、もう一つ、来られたついでにお尋ねしますが、これもあなたの所管でないかもしれぬけれども、南米の各地に日本の各大学病院の共同実習場というか共同試験場というか、あるいは共同病院のごときものを漸次つくられたらどうか。ちょうど済生会や赤十字病院が国内にあるようにですね。  それならば、開業医というものの研究機関でありますから、資格の問題もあまりむずかしくないのではないか。先方も一定の条件で交渉すれば歓迎するのではないか。そして、野心あるよき医学徒が三年、五年とおって、博士論文の基礎調査も施療もできるのではないかというように考えますが、これは少し外交に関係があるから、厚生省と外務省と両方から聞かしてもらいたい。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 先ほど来先生がおっしゃっておられました、お医者さんが現地で施療をすることにつきましては、各国とも非常に厳重なのでございます。これは、外務省といたしましては、その資格を認めさせたいと思いまして相当努力しております。日伯移住協定のときにも、日本のお医者さんが直接向こうで開業できる交渉をやりましたのですが、これはどうしてもだめで、アマゾンのようなへんぴなところで移住団体が応急の場合に施療を行なうことができることを認めている、その程度でございます。それ以外は、日伯文化協定の交渉のときにも交渉いた、しまして、これもだめですし、その点は、イタリアとブラジルの文化協定でも、イタリア側がお医者さんの施療を強く要求したが、この協定でもどうしても認めなかった。これは、世界各国、国内におけるお医者さんの政治力が非常に強くて、外国からのお医者さんの施療を認めることは困るというのが現状だろうと思います。これは東南アジア諸国でも同様でございます。先ほども一厚生省から申されたように、昨年来ラテンアメリカ医学協会の動きが医学界の幹部の方々から出まして、われわれもこれに全面協力いたしまして、表からいけないところを、裏からの努力で、実際上人と人との知り合いであちらのほうから簡単にそういうような臨時的な許可等を取るようにしようという考えでございます。そのときの考えの中にも、将来できたなればブラジルのようなところに日系の大学をつくって、そしてその中に医科も置けばその他の学科も置くべきであるということがあったのでありまして、ブラジルのように五十万も日系人がおるところではそうすることが非常にぐあいがいい。現に、ヨーロッパ諸国、アメリカ諸国は大学を持っておりまして、それらの国民がブラジルへ行きまして、その大学で許可を取るというのは非常に簡単であるというようなことでございます。  なお、病院につきましては、先生も御承知だと思いますが、戦前にサンパウロに日本病院ができまして、ここで日本人が中心になりまして医療をやっておりました。細江ドクターのごときは、資格がないために、もう一度向こうの大学のコースを経ましてあそこにおられたような次第でございます。不幸にして、戦争になりまして、大学病院はじめ、すべて日本政府の息のかかったも一のは閉鎖、日本人の手から離れざるを得ないことになりましたので、ブラジル人の経営で今日まで来ておるのでございますが、最近になりまして、またわれわれとの関係も一つきまして、日系のお医者さんを入れることにつきましても、また、日系の患者に対する特別の割引等も一実現するようになりまして、先生のおっしゃいましたようなことがだんだんできる素地ができつつあるというふうに思います。

田原春次日本社会党

○田原委員 続いて外務省と厚生省の上村さんにもう一つお聞きいたします。  それは、医師以外の、特殊に日本に発達した技術、すなわち、はり、きゅう、指圧、あんま、これは国内においてもやはりたいへん重宝がられておりますし、海外では特に少ないものですから、たいへん喜ばれてきたわけです。したがって、医師免許がなくても、医師の補助機関というような意味ででも渡航ができないものかどうか。いま南米ではほとんど各地にあります。北米でも一日本人社会にはあります。したがって、今後新たにそういう資格を持った優秀な人で海外に行ってそういう仕事をやりたい者に対して、厚生省で積極的な指導と援助をし、外務省も一また積極的に交渉してやるというふうにあったほうが、在留日本人にとってはたいへん重宝なんだが、この問題はどうでしょう。

上村一厚生事務官(医務局医事課長)

○上村説明員 先般の委員会におきます先生のお話、速記録をいただいておりますので読んで考えてみたわけでございますが、あんま、はり、きゅう、柔道整復、指圧というものについて、外国の状況はどうなっておるか、私ども空然承知し得ない状態でございます。日本の場合にも、一定の資格を持っておる人間でないと、あんま、はり、きゅう、柔道整復、指圧はできないという仕組みになっておるが、同じような仕組みが向こうにあるのかないのか、かりにないとすれば、これは向こうが入国を許可さえすれば渡航ができるわけであります。外務省のほうからそういう人を出してもらいたいという話がありますれば、私ども一関係団体に呼びかけまして出せるのではなかろうかというふうに考えております。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 あんま、はり、きゅう、——あんまはマッサージでございますが、これも医療ということになりますと、やはり相手の政府の許可を要するということで、なかなか簡単でございません。ただ、実際上非常に高い技術を持った人がおられてその功績が認められておるために、正式にはやってはいけないが、黙認されてやっておるというようなケースはございます。しかし、われわれといたしましては、最初からあんま、はり、きゅうが少いから計画的に出すというようなことまでは考えておりませんが、すでに行かれた方で、たとえば柔道をやっておった人がマッサージをやり、兼ねて、はり、きゅうをやるというようなケースは非常に多いと思います。

田原春次日本社会党

○田原委員 やはり、外務省としては、現地の人々の要望もありますから、積極的に渡航の許可なり現地開業を指導すべきだと思いますが、これはぼくの意見として申し上げておきます。  続いて今度は通産省関係のことについてお尋ねいたします。  日本政府の大きな援助によってブラジルにウジミナス製鉄所ができており、すでに溶鉱炉は開いております。私ども一は数年前に現地を見たのでありますが、見てみますと、確かに大規模な第一次製品はできるけれども、第二次製品、第三次製品になりますと、地元にその用意がない。したがって、製品をそこから千数百キロ離れたサンパウロまで持っていかなければならぬということになる。したがって、ウジミナス製鉄所のあるミナスヘライス州では、地元も要望しておるようでありますが、針金とか、くぎとか、トタンとかいった第二次、第三次製品の中小工場が出ることが必要であると見ておりますが、一方、たとえば私の県の福岡県八幡あたりには中小企業がたくさんあります。時の政府の方針で製鉄所の操短がありますと、すぐ中小企業に響いて弱っておるようであります。したがって、これらの人々の技術・経験あるいは資力等を活用して、せっかく製鉄所をつくったのですから、その厚みを深める意味において、中小企業の積極的な進出が望ましいのではないか。ひとりウジミナス製鉄所付近だけではありません。また、中小企業といってもそういう町工場だけではありません。たとえば、時計の修理あるいは売買、あるいはめがね屋といいますか、万年筆といいますか、家庭的に家内でやっておる熟練技術者ですね。これはほとんどないのです。したがって、これまた非常に希望があると思います。ただし農業移住に限るとか言われると、そういう点で困っておりますが、向こうで村をつくっておる日本人としては、非常に高い金を出して、日本に送り返して修理をしなければならぬ場合が多いのであります。したがいまして、もう少し中小企業の海外進出ということを具体的に考えられて、可能なところから次々に出すように奨励してはどうかということが、現地の人々の希望なんであります。あなた方のいままでとった態度、もしくは今後の方針、こういうものをこの機会に明らかにしていただきたい。

井上猛通商産業事務官(通商局経済協力部長)

○井上説明員 ただいま御質問になりました件、全く同感でございまして、われわれのほうも、これは南米、ブラジルだけに限らず、低開発国の開発をずっと見てみますと、やはり中小企業というものを向こうが要望することが非常に多いわけであります。したがって、結論から申しますと、われわれとしても一今後中小企業の進出ということを大いに考えていかなければならぬという基本的な態度で臨みたいと思っておるわけですが、ただ、具体的に申し上げますと、日本の中小企業でも、海外進出ということになりますと、いろいろ、金融の能力とか、あるいは向こうの情報の収集ができてないとかいうような具体的な問題で難点がございますので、さしあたり、われわれとしては、そういう中小企業の進出についてのいろいろな投資環境、そういうもののPRとか、情報を流すということがまず必要ではないか、それは寄り寄りそういう投資相談所みたいなものをつくってやったらどうだろうというようなことを具体的には考えております。そのほかに、金融能力の問題その地につきましては、一方海外経済協力資金というようなものもございますので、その活用をはかることも必要かと思いますが、ただ、海外進出ということになりますと、中小企業が一つ一つぽつんぽつんと行くのでは、いまのような点から見ると非常にむずかしい環境もあろうかと思います。ちょっとお話しになりました、たとえばウジミナスとかあるいは石川島の造船所、ああいう大きな企業が行く場合に、機械産業につきましては、御承知のように、一つの大きな機械産業が出ても、その関連中小企業というものがいろいろつながるわけであります。したがって、そういう大きな企業とのつながりを関係づけて総合的に海外進出を考えていったらどうか。そうすれば、中小企業としても、国内でのいろいろな産業における関連という点から見ても、親企業がいろいろ、かりに金融の面あるいは技術の面とか、そういうものでめんどうを見れるかと思います。何かそういうような総合的なことを中小企業の進出としては考えたほうがいいではないか。もちろん、個々の時計の修理とか、関連のないものについても、いろいろ金融の面その他の難点を排除しながら進出を考えていかなければならぬのではないかと思います。いまのような行き方も〕一つのやりやすい行き方ではないか。これは国内のいろいろな中小企業の政策の問題もございますので、中小企業庁ともよく相談いたしまして、そのほか関係各省とも一相談して、基本的には前に申したような前向きの姿勢でひとつ大いにこの問題を推進していきたい、かように考えております。

田原春次日本社会党

○田原委員 実は大蔵省の方にはもう少し聞いてもらったあとでお尋ねしたいと思ったのですが、あと運輸省、労働省、農林省と質問してまいりますが、金融の面が大切でありますから、いまもお話が出たように、中小企業を出すにしても、やはり資金の問題をもうちょっと考えてもらいたい。それでは、次に運輸省関係として船舶海運関係について伺います。あす三十一日、ぶらじる丸が出帆するのですが、ブラジルのアマゾンの下流のベレンに上陸・入国したい人が十数家族あったわけですけれども、船がそこに寄らない。船会社に聞きますと、荷物ならば五十トン以上、お客ならば五十人以上が同時に下船しないと船を着けるわけにいかないというので、ついにそのアマゾン行きの方々は一船延ばして待っておるわけです。栃木県、茨城県のお百姓さんです。それから、もう一つは、澤田夫人のやっておられるエリザベス・サンダース・ホームが、アマゾンの下流のヘレンからちょっと行ったところにトメアスという日本人の多い成功しておる村がありますが、そこに隣接して、敗戦による不幸な子供で希望する者はアマゾンに移して自己の運命を開拓させたいというので、土地を買っております。また、学生海外移住連盟というものがありまして、各大学五十校ぐらいの学生が連盟に入っておりまして、その中の何名かができればあしたの船で第二次班として行きまして、土地の測量その他開設準備をやり、年内には第一回の戦災孤児の送出をやろう、これは国際的戦災孤児でありますが、そういうことでエリザベス・サンダース・ホームの分園をつくる希望であったのですけれども、大阪商船も商事会社ですから損失までしては行けぬということで、ついにこれは延ばされておるのでございます。これは、要するに、私しろうとでありますが、戦前には台湾との間に命令航路があり、それから、青島、天津等に対しても命令航路がありまして、一定の寝台数を保証したわけです。お客さんがいなくても、それだけの料金はある程度補償する。したがいまして、郵船会社としても一寄港ができるわけであります。あしたのぶらじる丸は、全収容能力約一千名に対して、七十名しか行かない。しかもそれが南ブラジルのサンパウロに上陸するのでありますから、これは船会社としてもやむを得ぬのではないか。  そこで、海運局の方針として承りたいのは、今度内閣から海外移住事業団法案が出され、従来のまちまちの移住行政を一体的に総合していこうという意図であり、それから、日本国内にも、この間内閣の調査室の統計か何かちょっと見ますと、何でも一潜在移住者というものが一%四でしたよ。およそ百万の、国内で海外へ行ってもいいという人が統計上出ております。したがって、この船が寄港しないようなことでは、これはアマゾンに行きたい者があっても行けないわけです。それから、現在スピードの問題もありますが、ちょっと関連して申しますけれども、サントスまで三十八日かかりますから、何とかこれを一カ月ぐらいで行けないものかと思いますが、それらをひっくるめて、海運行政における南米航路、特に移住船の命令航路もしくは他の方法による補助等によって、行きたい者がどの船に乗っても目的の寄港地へ行けるというふうにあってほしいと思いますが、いまどの辺まであなた方は考えておられるか。それから、一体どこに難点があるか。難点を解決するためには、この尊敬する外務委員会の方々の御努力によって解決し得ると思うのであります。行政当局のお考え並びに方針をお聞かせ願いたい。

亀山信郎運輸事務官(海運局次長)

○亀山説明員 お答えいたします。  移住船の輸送者数が最近急激に減少してまいりまして、会社としても損失が大へん多くなっておるようでございますが、現在移民船として大阪商船が持っておりますものは五隻ございます。年間大体八千人程度の輸送ができる体制になっております。これも、内閣の移住審議会等の要請もございまして、大阪商船において逐次整備をしてまいった船でございます。  そこで、移住者数が予定より少ない場合に、当然会社としては損失が起こりますので、補助金を数年前から出しておるわけでございますけれども、実は、会社が現実にこうむった損害よりも補助金のが額が少ないということで、昨年度予算案として出して、今国会において御可決をいただきました予算では、従来、たとえば三十八年度の予算を組みますときは、三十八年度における移住者の見込みがどれだけある、その見込み数を基礎にして、空席ができる場合に、その空席の補償分として予算を組んでおったわけでございますが、今年度の予算からは、三十七年度における実際に起こった空席に対して三十八年度においてこれを補助するというやり方によりまして三億二千万円、なお、すでに三十七年度の損失分として見込まれて予算上できておったものが一億二千万円、合計いたしまして三十七年度の損失の四億四千万円程度というものが予算上確保されておるわけでございます。そうして、実際に三十七年度における移住者輸送に伴う損失の見込み額は、現在までの計算では四億四千百十六万四千円ということになっておりまして、三十七年度及び三十八年度の補助金を合計いたしますと四億四千九十八万一千円でございますので、移住者輸送に伴う会社の赤字はほとんど補助金によって補てんし得るという体制が三十八年度の予算から一つできたわけでございます。今後も大体この方針で進んでいただけるものと私どもは考えております。したがいまして、昨年度までの予算ですと、移住者の見込み数ということで、実績を見ないで来年度の見込みで大体計画をして、このくらい出したいという希望数が乗るという前提で空席を補償しておりましたけれども、本年度の予算からは実際に輸送した数量を基準にいたします。たとえば、三十七年度においては、席数約八千に対して一千七言二十九人移住者がお乗りになりました。一千七百二十九人とその用意した席との差額をコストによって補償するということで、いま申し上げましたように、会社側の移住者輸送に伴う損失四億四千百万円に対して約四億四千百万円、ほぼ同額の補助をするということにいたしたわけでございます。私どもは、実は、予算折衝前におきましては、移民船として会社が船に装備いたしました席を全部政府において借り上げる、移住者がそのときどきの事情によりまして多少減りましても、会社としては何ら損失がないというふうな、全席を借り上げるという方式を考えたわけでございます。その後、外務省、大蔵省と御相談を旧上げ、予算案としてきまり、可決されたものは、実質的にはそれと同様に、あいた座席に対する全額の補償ということにいたしておるわけでございます。なお、今後一席当たりの上原価が漸次高騰してまいるというふうなことでありますれば、その原価の計算もそれに伴って上がって、補助金の単価も上がってまいるというふうなことで、この方式で私どもは会社において現在五隻の船舶を移住船として維持でき得るであろうというふうに考えております。ただ、会社が移住船によって生じた今日までの損失は相当多額にのぼっておりますので、この補助金によって、在来生じました損失、つまり、言いますれば、補助金の不足が累積したために生じた赤字というものは、なかなか埋まらないわけでございます。これは、別途、海運政策全体の問題といたしまして、利子の猶予等を行なうことで、法案が現在国会で審議中でございます。そういう面によって、大阪商船株式会社全体の経理状態が改善され、移民船の運航について遺憾のないようにいたしたい、こういうふうに考えております。

田原春次日本社会党

○田原委員 いま外務大臣も移住局長も聞かれたように、海外移住者が少ないために、方々に問題が起こり、特に、たっとい税金が入っている国貨の中から四億数千万円というものを船会社に補償して払わなければならぬということは、実にこれは恥ずかしいことだと思うのでありまして、もう少し熱心に海外協会連合会も一募集宣伝等をやって、せめて八千人の半分の四千人でも行っておれば、国の損失はもう少し少なかったのじゃないか。第一回のときに申し上げましたように、海協連の若手幹部の派閥争いや、自分首のことばかり考えておるために、少しも移住募集をしない、こういうところに私は国に迷惑をかけておる原因があるのじゃないかと思いますから、よく気をつけておいてもらいたいと思います。  第二点は、料金ですが、四億何千万円という基礎は、おそらく移民さんの船賃でしょう。これは一般三等客と違いますからね。一般三等客はブラジルのサントスまでがたしか十五万円そこそこですが、移住者に対しては、割引をいたしまして、十万円そこそこであります。ところが、商船会社の船に乗った者が、あるとき七十名連判でロサンゼルスから私のところに手紙をよこしまして、まるで食いものがなっておらぬ、馬に食わせるようなものしか食わせない、これではサントスに上陸したって百姓はできぬ、働けないと言ってきた。これは、要するに、妙な形の割引があるからじゃないかと思う。海運局としては、船会社に対して、一般三等客を十五万円としたなら、移民さんも十五万円でいいわけです。どうせ国が補助するのですから、せめて船内において人間並みのものを食わしてもらわぬことには、とうてい上陸早々重い労働ができぬ。したがって、割引問題をどうお考えになるか。損失を補償されるというならば、移住者への三等の割引を廃止して、一般三等並みにして、そして待遇をよくしたほうがよくはないかと思うのですが、海運局の方針と外務省の考え方を聞かしてもらいたい。

亀山信郎運輸事務官(海運局次長)

○亀山説明員 ただいま御指摘のごとく、一般の三等客のサントスまでの運賃は、昭和三十七年三月以降十五万四千四百四十円ということになっております。移住者の運賃は、移民保護法の規定によります外務省の認可運賃ということになっておりまして、昭和三十年七月以降十万二千円に据え置かれております。大体三等客の運賃というものが会社としてほぼ原価を償うことと利潤を含めてでき上がっておるわけでございます。ただ、移住者の運賃との間に現在五万円程度の開きがございます。食事等は、一般三等と移住者というものの間に会社としては区別をいたさないというやり方にいたしております。もちろん、特別三等、二等、一等、こういう上級クラスは、それぞれ料金に応じまして食事もそれよりいいわけでございます。実は、このように運賃の開きがございますが、先ほど申し上げましたように、運輸省といたしましては、運賃は移住者の負担、これを貸し付けます政府の負担という問題でございまして、補助のたてまえといたしましては、移住者運賃が会社の収入になるわけでございます。現在コストがこれより上回っておりますから、上回ったコストを基準にして補償をいたすということにしております。つまり、現実に移住者を逓送するためにかかりました食費その他手荷物運賃を含めて、運航に要する一切の費用から移住者の運賃として入りましたものを差し引いた額を補助いたしております。これは大蔵省と運輸省とで折衝をいたしまして、現在三十八年度の予算の積算の根拠となりました原価というものは、十一万四百円が一席当たりの原価で、これはもちろん全部の席が一ぱいになったときには大体一席当たり十二万四百円というのが会社としてかかる経費であります。もちろん、この場合に、経費の査定におきまして、実は食費は二百三十円。会社側では二百三十円ではとても移住者の方に十分な給与ができないということで、現実には二百七十円もしくはそれを上回る費用をかけておりますけれども、その点は、二百三十円という積算において、先ほどちょっと触れましたけれども、今後コストの値上がり等によってはこの単価を変えていきたいと申し上げましたのはその分をも含んでおるわけでございまして、食費、賄費と申しますのは、主として原料費、調味料費でございます。それに要する人件費、熱カロリー等は船の船員費なり一般の運航経費のうちでまかなわれております。私どもも、移住者の食事が低劣であるというふうなことではまことに申しわけないことであり、遠く海外に雄飛される方が、しかも一カ月以上の長い期間にわたって船の中で過ごされて、実は娯楽といってない場合に、食事が一番気にかかることであります。したがって、こういうところに会社としても細心の注意を払うように指導してまいっております。今後もそのように指導を続けたいと思います。それについては、その実際にかかりますコストを補助金の際に単価を引き上げるように今後大蔵省とも来年度以降は折衝して、移住者に対してそういう御不満のないように十分手当をしていきたいと考えております。

田原春次日本社会党

○田原委員 次は労働省の方にお願いいたします。  炭鉱離職者の南米移住の問題につきまして、従来の経過、それから今後の見通し、これに対する補助、援助、融資、それらの数字等もあわせてお聞きしたい。

三治重信労働事務官(職業安定局長)

○三治政府委員 現在まで炭鉱離職者で海外へ行かれましたうちで、中南米地域につきましては五百三十七名になっております。全数では七百三十四名。中南米が五百三十七名。その海外移住資金の補助額は、昨年まで一名当たり九万円でございましたが、三十八年度から二十万円に増額いたしております。

田原春次日本社会党

○田原委員 今年以後の炭鉱離職者の中南米に行く見通しはどうですか。訓練、指道守あるいは現地における世話等をひっくるめてお聞かせ願いたい。

三治重信労働事務官(職業安定局長)

○三治政府委員 現在今年度の目標数字はまだきめておりませんが、四月十日に知事あてにこの二十万円を基礎にして今年度以降炭鉱合理化によります離職者についてできる限り海外移住のあっせんをするように通知を出したところでございますが、今後外務省ともよく連絡しまして、この新組織を十分活用してできる限り多く海外移住をあっせんしていきたいということで、いまのところまだはっきりした目標数字を定めておりません。

田原春次日本社会党

○田原委員 次は農林省の方にお尋ねします。  南米各地に、小規模ながら、農事試験場というか、そこまではいっておらないようでありますが、ところによっては種苗園等があるようであります。たとえば、パラグアイではフラムあるいはアルトパラナに小規模のものがある。それから、ブラジルの北部のアマゾン川の中流のモンテアレグレにも一種苗園として村立四百町歩くらいの規模のものがある。これらの地方に住んでおる日本人に対してどういう農業指導をやっておるか。害虫駆除とか、肥料とか、あるいは作物の選択とかいうものに対してどの程度進めておられますか。それをちょっとお尋ねいたします。

齋藤誠農林事務官(農政局長)

○齋藤(誠)政府委員 ただいまお尋ねになりました件につきましては、実は私のほうの直接的な所管になっておりませんので、むしろ外務省のほうからお答え願ったほうが的確だと存じますけれども、いまお話しになりましたように、現在、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ等にそれぞれ試験場がございまして、海外協会連合会がおそらくこの指導に当たっておるものであろうと考えております。もちろん、その作物等につきましては、現地において十分収益もあげられ、かつブラジルの農業としてできるだけ国際的にも消費性があるようなものというような作物が選択されて、試験の重点になっているものだと了承しております。たとえば、ゴムであるとか、ジュートであるとか、あるいはコショウであるとか、また、パラグアイでありますれば、ラミーであるとか、油キリであるとか、かんきつであるとか、そういったそれぞれの地域において消費性のあるものというような作物に重点が置かれて指導されておる、こう了承いたしております。

田原春次日本社会党

○田原委員 それでは、外務省の移住局長にお尋ねいたしますが、これらの試験場の成績、概略でいいけれども、どこはどういうふうなものをつくって、何名ぐらいの指導員が当たっておるか、どういう施設であるか、そういう点を……。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 各地の試験場につきましては、最初外務省といたしましては農林省の御推薦をいただきました試験場長をパラグアイ、ボリビア等に送っております。あるいは現地の人をやっておるところもございますが、先ほど農政局長から御答弁がございましたような大体の指道守をしておりますが、概括的に申しますと、ボリビアのごときは、試験場としてかなり成績をあげて、新しい作物の栽培、たとえば、最初ボリビアでは野菜は全然できないのだというような感じを移住者が持っていたようでありますが、試験場が早く野菜をつくって、できるのだということで、移住者も野菜をつくり出した。現在米をやっておりますが、米以外にも、たとえばジュートだとかあるいはその他の農作物をつくるということで、移住者の指道守には非常な好成績をあげておるように思います。パラグアイにつきましては、規模はかなりに大きいのですが、それほど十分な成績にはなっておらないと思います。これは、一つには場長の性格にもよりまして、そういうような試験に重点を置く場合と、あるいは関連農場式の考えの人とございまして、今日のパラグアイの試験場はもう少し科学的な指導をしなければいけないのじゃないかというのが海協連等の関係の意見でございます。ブラジルにつきましては、御承知のとおり、サンパウロはすでに現地の邦人でりっぱな技術者がたくさんおりますから、あまり問題ございません。アマゾンにつきましては、先ほど先生が言われたように、よき種をつくるというような点にむしろ重点が置かれておる。そして、本格的な農業試験、指導につきましては、ブラジルに国立でアメリカの資本あるいは学者及び各国の技術者の協力も得た農業研究所がございます。こういうものとタイアップしてやっていくということでございますが、実際上はそう大きな成績はないと思います。こういう点で、われわれといたしましては、第一にブラジル側の試験機関ともっと緊密な連絡をとりながら移住者の営農指導にもっと効果をあげたい、こういうふうに思っております。

田原春次日本社会党

○田原委員 私の見たところ、また地元のお百姓さんの話しているところによれば、試験場あるいは種苗園はほんの形式的であって、予算もなければ設備もないし、人も足りない、したがって、食いつなぎ、自給自足程度であるというのです。いわゆる仏つくって魂入れずである。やるならはやはり、地元のお百姓さん、特に日本人だけでなく、付近のブラジル人も利益することでありますから、ブラジル政府も喜ぶと思いますから、もっと予算と人事と設備をいたしましてやるべきじゃないかと思うのです。予算については外務省や大蔵省や農林省が話し合って増額すべきじゃないかと思うのです。必要なところには重点的にやるべきじゃないか。特にパラグアイやボリビアあるいは、ブラジルのアマゾンのごときところです。なるほどアマゾンでは北伯農事試験場というのが下流のベレンにはあります。私も二度は中を見ましたが、しかしながら、上流になって日本人の村になるとそれがないのです。ですから、一々片道一週間もかかるような船に乗って行って試験の結果を勉強するわけにいかないのです。設備をつくったらもう少し力を入れるべきじゃないかと思うのです。具体的に言えば、農林省や各大学の農学部、あるいは各地の都道府県の農事試験場の技師等を交代で入れて、資格は外務事務官か外務技師でもいいと思いますから、もっと積極的に実を結ぶようにしていただきたいと思うのです。これは将来のことなんですが、外務大臣の考え方を伺いたい。各地に新設されている農下試験場の拡大強化、それから、必要な人材を他省からも一とっていくというような考え方が望ましいが、これはどうです。

大平正芳自由民主党外務大臣

○大平国務大臣 御指摘のような方向でできるだけ努力してまいりたいと思います。

田原春次日本社会党

○田原委員 せっかく農林省から来られましたから、もう一つお尋ねしておきます。それは、海外に行きます農民は、日本の村におりますとほとんど農協に入っておることは御承知のとおりであります。農協に入っておりますと、営農資金なり土地購入資金、その他の便宜が供与されます。なおまた、資金のみならず、農機具あるいは農薬等の購入についても協同組合の利便があります。つくった作物の販売についてもまた協同の利益があることは御承知のとおりであります。これが一歩海外へ参りますとどうですか。非常な決心をして、土地を処理し、親類縁者とも別れて墓石まで売って家族もろとも参ります。参った後についての営農資金というのが必ずしも円滑にまた希望どおりに出てこないわけであります。  これはもちろん日本の予算に縛られたりいろいろな金繰りもありましょうから、予定どおりいかんかもしれませんけれども、少なくとも、体制としては、農林省と外務省が仲よく在留農民の営農上の資金その他について融通を積極的にやってもらわなければいかぬと思うのです。もし、移住振興会社あるいは今度は事業団等の形になると思いますが、そこで資金が足りないというときに、国内の農協の持っている預金を何かの形で先方の国の了承を得て海外へ貸し出す方法はないか。いますでにやっているところがあればそれを承りたい。それから、そういう方針が農協中央会等で打てるかどうか問題だけれども、もしできたならば、外務省、農林省は積極的にこれに協力してやってもらえないか。日本におれば、農林漁業金融公庫からも貸すし、農林中央金庫からの融資もある。海外に行けと言ったって、行ったら何も知らぬというのでは、行き手がないのはあたりまえです。でありますから、それに対するはっきりした計画なり目標なりを明らかにしてもらいたい。外務省、農林省両方から承りたいと思います。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 農業協同組合傘下の農業者の海外移住の場合には、農業拓植基金の活用ができます。

田原春次日本社会党

○田原委員 現地でできますか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 出る前でございます。出る前に、これが保証をいたしまして、移住会社から渡航前融資五千万円を受けるということを現在一部でやっております。しかし、向こうへ行きましてから日本の農協が金を貸すというようなことは、その実例がないように存じます。移住地におきます移住者に対する必要な営農融資につきましては、従来移住会社のやっておりますものが必ずしも十分でない点は御指摘のとおりでございまして、できる限り積極的に必要な融資をするように努力してまいりまして、徐々にその道が開かれておるのでございますが、まだとても十分でないと思われる点は御指摘のとおりでございます。

齋藤誠農林事務官(農政局長)

○齋藤(誠)政府委員 制度の制度金融としての道のほかに国内における農協の資金等の活用を考えたらどうか、こういうお話でございまして、私のほうも、できれば移住者につきましても携行資金の調達にあたって農協の資金が活用一できるというようなことが一つの方法ではないかというふうにかねていろいろ検討しておるわけであります。向こうに行きますと結局組合員でなくなってくるというふうな関係もありまして、どうも直接現状においては貸しにくいというふうな状況になっておるわけであります。しかし、かりに家族の一員が向こうに行く、その際に、残った者がその携行資金の調達に当たるというふうな道もあるわけでありますので、そういう際においては、残った家族が農協から金を借りて、行く人に持たしてやって、その資金につきましては、農協から金を借りる際に、各県に拓植基金の保証制度が設けられておりますので、これらの保証基金から債務の保証をするというような道は現在講じておるわけでありまして、それが制度的にはいまのところ唯一の貸し付けの方法になっておるわけでございます。今後におきまして、何らかの形で、村に残った者と、それから外へ出て行った者と、こういうような関係につきまして積極的に農協が資金活用の道が講ぜられることができますならば、さらに研究してみたいと考えておりますが、現状におきましては、いま申し上げたようなことに相なっておるわけでございます。  なお、団体自身、単協段階あるいは県連段階で、それに対して組合としていろいろの授護事業をやろうというような際におきましては、これは農協内部の系統資金である程度の活用の道があるわけでございます。そういうことも合わせまして、できるだけ円滑に営農ができるような措置につきましても今後なお研究を続けてまいりたい、こう思っておるわけであります。

田原春次日本社会党

○田原委員 次に大蔵省の方にお尋ねいたします。  ブラジルとアルゼンチンの焦げつき債権があることを聞いております。私の記憶にして間違いなければ、ブラジルが米ドルで六千万ドル相当、アルゼンチンが米ドルの二千万ドル相当あると聞いておりますが、その金額は間違いありませんか。それから、最近の償還状況はどうなっておりますか。

荒川健夫大蔵事務官(為替局投資第一課長)

○荒川説明員 お答え申し上げます。  ただいまの数字でございますが、御指摘の数字は、従来日本とブラジル、日本とアルゼンチンの間で協定されておりましたオープン勘定協定の貸し越し残高で焦げついた分の数字だと了解いたしますが、昨年の十二月末現在で、ブラジルにつきまして千百五十四万ドル、アルゼンチンは三千五百四十万ドルでございます。と申しますのは、ブラジル、アルゼンチンともに、焦げつき債権につきまして、債権国が集まりまして協定をいたしまして、いわゆる年賦償還を受けることになっております。したがいまして、この新しい協定に基づきまして逐次年賦払いを受けております。したがいまして、残高といたしましては、いま申し上げましたように、骨は確かにいま御指摘のような数字でございましたけれども、その後償還を受けまして、現在は、ブラジルにつきましては千百万ドル、アルゼンチンにつきましては三千五百万ドルになっております。

田原春次日本社会党

○田原委員 ブラジルの焦げつき債権の処理については、たしか一九六〇年にブラジルに対する債権国会議をパリクラブという名で開き、一九六一年にヘーグクラブという名でアルゼンチンに対する債権国会議を開いたわけでありますが、どういう年度別にそれを米ドルで日本内地へ返還させるか、現地通貨でやるか米ドルで受け取るか、アルゼンチンについてもその点をお伺いしたい。

荒川健夫大蔵事務官(為替局投資第一課長)

○荒川説明員 ブラジルにつきましては、ただいまの御説明のとおり、パリで償権国が集まりまして、年賦払いの協定を結びまして、返済は米ドルで受けることになっております。アルゼンチンにつきましては、つい先般、いわゆる商業債権延べ払い、——民間債権を含めまして政府債権と、その後延べ払い輸出等で焦げついた分を含めまして、パリでこれまた債権国が集まりまして協定ができました。ただ、これにつきましては、いまアルゼンチン側の内閣が更迭したりしておりますもので、最終的な調印には至っておりませんが、パリ会議で合意心されまして、これまた現金で年賦払いを受けております。

田原春次日本社会党

○田原委員 次はちょっと観点を変えてお尋ねいたしますが、私の調べたところによりますと、昨年十二月で、ブラジルのクルゼイロとドルの比率が、公定で一ドルが四百六十クルゼイロであり、フリー・マーケットといいますか、日本で言えばやみですが、実際公然とやれるものが八百二十クルゼイロであるというのですが、それに間違いありませんか。それから、今年三月あるいは四月現在、五月現在でもいいですが、どれだけの増減があったか。一〇荒川説明員 私も、はっきりと、六百何十クルゼイロであったか八百何十クルゼイロであったか記憶しておりませんけれども、ただいまの御指摘のとおりであります。ただ、ブラジルでは、三月の例のカーニバルの前後は割にクルゼイロが安定するときでありますが、三月ごろからまた着手安定しているように聞いております。

田原春次日本社会党

○田原委員 そこで、日本から農民が移住しますときに、五千ドル平均の米ドルは携行が認められております。五千ドルというのは日本円にいたしまして百八十万円くらいになるわけですね。これをブラジルにある日本の銀行あるいは移住振興会社経由で受け取りますと、公定レートで受け取るわけであります。そうすると、実際には一ドルが八百二十クルゼイロしているのに、持っていくと約半分の四百六十クルゼイロで昨年は受け取っているわけであります。明らかに為替の面では非常な損をしているわけであります。それではフリー・マーケット式にやれるかというと、やはり、移住振興にいたしましても、なかなかそうはまいらぬ。公定でやっておる。したがって、毎日毎日物価の上がりますブラジルに新しく入植されて、いろいろな物を買う上において、隣は一ドル相当のものを八百二十クルゼイロ、新移民は公定どおり四百六十クルセイロでやったのでは、行った個人にとっては、損とは言わなくても困ることなんです。これはどういうふうに処置されるか。それは向こうの相場だからやむを得ぬと言えばそれまでだが、為替差損というものを、こっちにもらうときのことばかり考えておって、向こうに行く人に対する奨励なり利便がちっともない。そのままでいいのでしょうか、どうですか。

荒川健夫大蔵事務官(為替局投資第一課長)

○荒川説明員 ブラジル各地いずれも為替レートが不安定でございまして、移住者に限らず、進出企業の皆さま方も苦労しておられるように私ども伺っておりますけれども、お答えといってもまつ正面からの回答になりますかどうか、何せ為替の不安定は国が為替リスクを負うというわけにはなかなかまいりませんが、いずれにいたしましても、そういった進出された方面に対して、これはちょっと観点が違いますけれども、たとえば企業なんかにつきましては、親会社の方でめんどうを見るということになれば、少なくも役所といたしましてはそういった送金はお認めする。ただ、為替リスクを国が負担するということは、われわれとしてはとても考えられないと申し上げていいかと思います。

田原春次日本社会党

○田原委員 そこで、大蔵省と、大蔵省出身で現在外務大臣になられておる大平さんと、両方にお尋ねしたい。外務大臣の方は移民をこれから奨励して出そうとする、それから大蔵省は単なる為替操作だけを見ておる、迷惑するのは新しく行った者だけというのでは、いかにも気の毒であります。こういうことはできないでしょうか。大蔵省とあなたがその話をされて、こういう焦げつき債権をそっくり現地のクルゼイロで受け取る、現地のブラジル銀行でもいいし、日本の為替銀行でもいいからそこに預ける、それをファンドにして、新移民の為替差損は補てんできぬにしても、営農資金や中小商工業関係の資金等にそれを貸すような方法はできないものか。日本におりますと、御承知のとおり、中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫、国民金融公庫と、三公庫がありまして、日本におるならばそれらの便宜は一定の条件のもとに受けられるのです。海外に行きまして、大体携行資金が公定レートで非常な不利不便に追い込まれておる。現に日本はそこに金を貸しておるが、それは本国に引き揚げるのだというだけで、在留の移民に対するあたたかい思いやりがちっともない。それだけではさみしいのじゃないか。そこで、政策論といたしまして、特にブラジル、アルゼンチンにおいて、さしあたり、残っておる焦げつき資金を現地で受け取り、現地在留同胞に長期低利の公庫並みの扱いで融資してもらえる方法はあるまいか。これをやるならば、まず第一にブラジル政府もアルゼンチン政府も非常に喜ぶと思うんです。日本は高利貸しみたいにずっと前に貸したものをドルであくまで取り上げてしまう、これじゃ一面において日本人を送るというのに金銭関係で実にすげないことになるのではないか。ぼつぼつそういう声もあります。ですから、政策論としての行き方と、大蔵省が国内で持っておる三公庫の国際的活用というか、ことばはおかしいけれども、さしあたり移住後十年間の者については焦げつき資金で融資するという何か親切がほしいと思う。まず外務大臣からこれに対する所感なり今後の考え方を聞かしてもらいたいと思うのです。

大平正芳自由民主党外務大臣

○大平国務大臣 非常に不敏にいたしまして、私はいま御指摘のような問題について的確にお答えする能力がないわけでございますが、先方の政府といたしまして、案ずるに、クルゼイロの安定ということが非常に大きな課題であると思うのでございまして、先方でクルゼイロ資金を開放いたしまして移民に動員するというような措置をとること自体、ブラジル政府としてはたいへんな問題じゃないかと思うのでございます。公定レートを堅持して、それにさや寄せすべくあらゆる施策を集中しておると思うのでございまして、まっこうからブラジル政府の金融政策というものと背馳した指貫を日本側が要求するといたしましても、それはなかなか先方が応諾しないのではないかと思います。ただし、いま田原委員が御指摘のような歴然たる不利不便、不都合というものがあることは、おおいがたい事実でございまして、現実にブラジル国内においてブラジルの金融条件のもとにおきましてどのように移民者の利益を保護するかということにつきましては、私どももあらためて考え直して、可能な方途を生み出していかなければならぬものと思いまするが、その辺の事情につきまして、もう少し事情に通じております移住局長から説明させます。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 ただいま先生が御指摘になりましたインフレの危険を保護するためにわれわれとしていたしておりますのは、ブラジルにドルを持っていきまして、スワップをしてクルゼイロを借りる、これを移住者に現地通貨で貸すということをやっております。ブラジルに関する限り、現在四百五十万ドルくらいスワップしておるように記憶しております。  それから、先ほど先生が言われました、こげつき債権を使って移住者への融資をしたらどうかという考えは、実は二年か三年前にもございまして、移住会社が当時のこげつき債権を担保にして金を借りるという交渉を非公式にはブラジルとやったのであります。しかし、ブラジル側としては、こげつき債権は向こうの金融政策あるいは財政政策によってこげつかしておく方針であって、これはいかなる形においても活用されることは財政を乱す、それを基礎にしてクルゼイロを借りれば、それだけインフレを激成するということに向こうの中央銀行で強い反対がございまして、何とかできるだろうというようなことでずいぶん交渉したのですが、それはできなかったという経緯がございます。そういうようなことでございまして、われわれといたしましては、現在やり得るのはスワップの方式でやっておるわけでございます。

野田武夫自由民主党

○野田委員長 田原君に御注意しますが、大体お約束の時間が来ておりますから、また次回にゆっくりやってください。

田原春次日本社会党

○田原委員 それでは、いまの問題でちょっと決をつけておきたいのですが、ブラジル側の希望でこげつきがどうにも自由にならぬということでは、これはいたし方がありません。それならば、かわるべき方法としてこんなことはいかがでしょうか。これは大蔵省にお尋ねするとともに外務省のほうの御意見も聞きたいのですが、日本に公庫が三つあるのですから、一つの公庫から百億円ずっとして、三百億くらいを日本国内に預託するわけです。そして、それの利子くらいを運用して、向こうに送金するなりいろいろな方法を講ずる。当然国内におれば三公庫の利便を受ける資格がある人が行っておるのですから、拓植資金とはちょっと違いますけれども、海外移住事業基金のようなものを新たに政府の予算でなくて公庫の操作でもってやれないのかどうか。あなた方はすぐ返辞できぬかもしれませんけれども、これは場合によっては大蔵大臣を呼んでやってもいい。そういう方向でもいいから、何か大蔵省が少しいい姿勢を示してもらえぬだろうか。

新保實生大蔵事務官(銀行局特別金融課長)

○新保説明員 ただいま先生が仰せになりました考え方、構想というのは、突然でございますので、それに対する私どもの考えもいま直ちに申し上げるわけにはまいらないのでございます。一応問題として考えられますのは、現在、中小企業を対象にしました政府機関としましては、国民金融公庫、中小企業金融公庫、若干性格の変わるものとして半官半民の商工中央金庫というものがあるわけでございます。それは御承知のようにもっぱら国内における中小企業のいろいろな事業を助成する角度から政府資金で金融措置をはかるということをやっておるわけでございますが、しかし、外海におけるそういう事業に対しても一そういう公庫を活用するという問題になりますと、これは金融制度としてかなり大きな問題になりますので、いろいろこれを制度化するには問題があるのではないかと考えております。ただ、一つの方法としまして、別途輸出入銀行というのがございまして、これは海外投資の金融に関しましてはかなりこまかな規定を置きまして、いろいろな資金需要に対応して資金供給ができるような形になっております。もちろん、いろいろ限界はありますけれども、これは、私もいろいろ具体的なケースにぶつかりまして、はたしてそういう場合に輸銀から資金供給ができるかどうか、研究しますと案外道が開けてくる場合があり得るわけであります。しかし、対象が中小企業というようなことになりますと、先生も御指摘のあらゆるケースを輸銀のそういう弾力的な運用によって解決するというようにまいらない場合もかなりあると思いますが、そういうわけでございまして、しからばそういった現地における中小の事業者に対する資金的援助の機関としてどういう形のものが妥当かということになりますと、たとえば、さしあたりの問題としては、やはりこういった海外移住事業団の融資機能あるいは債務保証の機能というものを活用していくというのがさしあたりの解決策ではないかと思うのでございますが、三公庫が海外までいろいろ事業活動の分野を拡げるということにつきましては、かなりの問題があろうかと思います。

田原春次日本社会党

○田原委員 外務大臣の答弁を聞きたいことがたくさんありますけれども、たいへん予定の時間が過ぎておりますから、私は個々の問題だけを出しておきますから、そこで、御答弁は次の機会にわ願いしたい。私は次の機会は逐条審議に入りたいと思いますから、御承知おき願いたい。  前回、海外協会連合会の中級幹部がいろいろ悪いことをやっておると言いましたところ、たいへんな反響がありまして、そうだそうだといって手紙が来ておりますが、また、海協連の中級幹一部から買収、脅迫が私のところに来ておる。買収のほうは、ある中級幹部が五万円持ってきて、どうか田原先生移住事業団を通してくださいと言ってきておる。そうすると、外務委員会で社会党が十二名ですから、一人四千百七十円ぐらいの買収で、戸叶女史、松本七郎君はそのくらいの値打ちしかない。私はアルバイトですから半額の二千百円ぐらい。ばかばかしいから、心配するな、三度の飯は食っているからと言って帰らせた。次は、名誉棄損で訴えると言う。私は、許えてもらったほうがいいと思って、材料を持っている。今度は、十三派閥のうちの頭目、まだ若い男ですが、それが自分の派閥を集めてしゃべっておる中に、外務省と一戦を交えて、おれを首切るようならば事業団をつぶしてしまうという放言をしておる。その中の者が私に忠告するのですが、何か外務省から出向しておるまじめな男を追っ払ってしまうとかいうようなことを言っておるそうであります。海外移住事業団法というのは、そんなに一職員の暴言でつぶれるものであるかどうか、これは町田委員長にも聞いてみたいと思う。私は五万円をいただきませんでした。今後ともいただかぬつもりでありますが、そういようなふまじめなやつが依然として海協連、移住振興会社に巣食うておる。そして外務省のおとなしい人たちをどうかつするというようなことでは、移住事業団は、その職員がつぶさなくても、こっちが慎重審議してごらんに入れますよ。だから、あなたに一番大事なことは、勇気を持つことです。特にボリビアの支部の会計のびんらん問題、これは私の方に相当材料があがっております。あまりこまかいから出すのを控えておりますが、反撃してくるならば再反撃しますよ。せっかく優秀な政治家である大平さんが外務大臣になられた。ある意味において非常にいいと思う。私はこの間変なことを言って家内からおこられましたよ。あなたは大臣の顔がまずいなどと言うが、あなたの顔はどうだと言われた。だから、あれは取り消します。(笑声)顔はほめません。しかし、服だけはほめてあげます。  ともかく、先ほどから聞いていただいたように、これは関係各省に関係があり、海外在留同胞の味方にあなたがなると思われるので、どうか正しい仕事をやってもらいたいと思う。そうしますと、切るべきものは切る、信賞必罰がなくてはだめです。そのためには私は幾らでも悪党になってあげます。私は年寄りでありますが、これでも講道館の五段でありまして、一人や二人は料理する力を持っております。脅迫や買収にも応じませんから。この次もう一回質問しますが、きょうはせっかく御多忙のところをお聞きいただきまして、ありがとうございました。御答弁を要求いたしませんが、決意だけはしていただきたいと思います。そうでなければ、そう簡単に社会党は賛成できません。これは社会党、自民党のものではありません。日本民族の海外移住のお手伝い役としてりっぱな事業団となるかどうか、腐り果てた人事に対してはこの機会に一掃する決意があるかどうか、次の機会に御答弁いただきます。きょうはこれだけ申し上げまして私の質問を一応終わっておきます。

野田武夫自由民主党

○野田委員長 本日はこれにて散会いたします。    午後零時二十三分散会

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