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41回国会参議院1962/11/30

文教委員会 閉会後第2号

発言数
6
登壇者
3
会派数
1
開催日
1962/11/30

会議録

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) ただいまより、文教委員会を開会いたします。  委員の変更について御報告いたします。十月十五日、柏原ヤス君が辞任され、その補欠として辻武壽君が十月二十二日、永岡光治君が辞任され、その補欠として千葉千代世君が、本日、近藤鶴代君、辻武壽君が辞任され、その補欠として、杉浦武雄君、鬼木勝利君が、それぞれ選任されました。   —————————————

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 本日の議事についての協議結果を報告いたします。  本日の委員会は、派遣委員の報告を聴取することのみにとどめます。なお、次回の文教委員会は、臨時国会召集日の前日、十二月七日といたすことになりましたので御了承願います。   —————————————

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) それでは、先般行ないました委員派遣について、派遣委員から報告を聴取することにいたします。吉江君。

吉江勝保自由民主党

○吉江勝保君 第二班の報告をいたします。  小林委員、高山委員と私は、文教調査室の滝調査員、文部省の天野事務官を帯同いたしまして、去る十月二十二日から同月二十七日までの六日間、秋田、青森の両県の調査を行ないました。調査の範囲は、単に文教面のみにとどまらず、産業施設面にも及びましたが、報告は、文教問題のみに限りたいと存じます。  申すまでもなく、秋田、青森の両県は、地勢、気候、人口、産業、県民所得等々、すべてにわたって、きわめて似た条件下にあります。教育面においても同様で、教職員の養成確保、教育施設の充実、学校給食、僻地教育、特殊教育の振興等、緊急に対策を講ずべき問題が多々あり、両県における問題点並びに要望事項も、期せずして一致したものが多いのであります。したがって、まず、高等学校以下の共通問題について申し上げ、次に、大学の問題、最後に、若干の個々の具体的問題に触れたいと存じます。  現在、両県が当面しております第一の問題は、教職員の定数問題並びに養成の問題であります。今後、小中学校の児童生徒の減少に伴い、教職員の減員が予想されるので、この際、学級編成の緩和に向かって努力してもらいたい。それとともに、約三割の僻地学校を持つ両県としては、五学級以下の小規模学校の教員配当補正基準を、現行の一校当たり三分の一から一人に早急に引き上げてほしいと一致して要望いたしております。また、中学校における理数科教員は、今日でも不足しているのに、かてて加えて、今後、高校急増を控え、ますます不足がはなはだしくなるので、工業教員養成とともに、理数科教員の養成を、国として十分推進してほしいとのことでした。この点については、後ほど、国立大学関係の報告においても、さらに触れたいと存じます。  それから僻地の中学校における教員研修の問題でありますが、一科目か、せいぜい二、三科目の免許状しか持たない先生たちが、僻地学校では、やむを得ず、全教科を持たされるわけであります。したがって、僻地の先生たちの研修は特に必要ですが、かわりの先生がない、旅費も高くつく、往復時間もかかるといった研修上の悪条件が重なっております。町の学校との教育格差をなくしていくためには、教員の質の向上が絶対要件であり、研修を容易にするための定員増、旅費増が、十分に行なわれねばならないと考えます。このほか、養護教員、事務職員等の増員要望がありましたことをつけ加えておきます。  第二は、教育施設の問題であります。県教委の側からは、原則として、学校建築は鉄筋鉄骨作りとすること、負担対象を現行七〇%から一〇〇%とし、坪当たり単価を現実に即して引き上げること、現行基準坪数、小学校一人当たり〇・九坪、中学校一・〇八坪を改訂することなどの問題が指摘されました。さらに、危険校舎改築費の現行国庫負担率三分の一を二分の一に引き上げること、及び積雪寒冷地帯における小学校屋内体操場建設費についても、新たに国費補助の道を開いてほしいとの強い要望がありました。なお、高校急増対策については、両県ともに熱心に取り組んでおりますが、一そうの国の援助を特に期待しております。また、高校進学率については、現状が五〇%程度であるため、四十五年度における進学率を六〇%程度と推定して計画を進めております。この率は、文部省の掲げております四十五年度全国平均七二%を相当下回るもので、この点、両県の一段の積極性が望まれるところでありますが、事実、青森県においては本年度の進学率が予想より上回っていると聞きました。また、中学校に新しく設けられた技術家庭科については、施設、設備ともにきわめて不十分であり、教育効果もあがらないばかりか、狭い教室における技術教育の状況は危険をさえ感じさせられるものであります。産業技術教育振興の立場から、抜本的な施設、設備の充実策を考慮する必要があると思いました。  次に、学校給食についてでありますが、両県ともにきわめて不振であり、特に青森県は全国最低位にあります。しかし、地方教育当局も親たちも給食への関心は強いものがあり、ただ、地方財政の貧弱と親たちの低い所得が普及の大きな壁になっているように見受けられますので、未実施地域に対する今後の施策としては、国の補助措置を根本的に強化する必要があると考えるのであります。また、特殊教育の振興については、両県ともに年次計画をもって推進しております。  次に、国立大学の状況でありますが、私どもの調査いたしました秋田大学並びに弘前大学は、いわゆる地方大学であって、それぞれに財政的な悩みを持っているものの、学長のもとに渾然一体となって相当の成果を上げているように見受けました。地方大学の財政状況は、大学の運営費、わけても教官研究費がまだまだ不足であり、たとえば秋田大学鉱山学部では、旧秋田鉱山専門学校当時のほうが財源が豊かで、図書購入費等も多かったという話によっても明らかであります。  大学管理の問題については弘前大学で調査いたしました。佐藤学長の説明によれば、大学管理機関としての評議会、教授会等はしばしば開催されており、それぞれに対する付議事項は慣行によって判然と区別されていること、一会議においては意見を十分に出し合い、決定されたことは全体の意思として守っていくこと、また教授会の構成メンバーは、講座制の医学部では教授のみ、学科目制をとる他の学部ではそれぞれの科目の責任者たる教授もしくは助教授、それもいない場合は常勤講師までを含んでおりますが、ただし、教授の任免問題については教授のみで、助教授の任免問題については助教授をも含めた教授会で審議するという方式をとっており、今後とも大学管理については国立大学協会等においてよく話し合い、改善すべきは改善しながら国民に対する重大な責任を全うしていきたいとのことでありました。  また、学生補導の問題とも関連して、両大学ともに寄宿舎の整備に力を入れており、少なくとも前期二年は全寮制に近い線まで持っていきたいとのことでしたが、英国流の二十四時間教育という理想実現に向かって、大学も文部省も寄宿舎整備に一そう力を入れることを望みたいのであります。  次に、大学における教員養成問題であります。秋田大学では、本年度の学芸学部卒業生が全員は就職できず、他県に就職依頼を行なって相当の人員をさばいてもなお未就職者がいるとのことであり、また弘前大学では、先にも述べましたように理数科教員が不足しているものの、その養成数を、施設設備、教官定員等の条件から現在以上に増員できないとのことでした。特に本大学においては、学芸学部と文理学部との関係が私どもにはよくわからないのですが、理数科教員の養成の一部は文理学部が行なっているようであり、文理学部の理科系卒業生は百パーセント会社に就職しているとのことで、この点からも教員養成の全体計画を文部省で再検討する必要があると考えます。なお、秋田大学鉱山学部における十数名の留学生に対して、学芸学部が特別授業を行なっているが、これに対する講師旅費等を考慮してほしいという点、弘前大学医学部の看護婦養成施設を拡充して、養成定員を倍増するための予算がほしいという要望等があったことを御報告しておきます。  次に、国立工業高専について両県から設置の要望がありました。特に秋田県においては、秋田市内にすでに三万坪の敷地を予定し、同敷地と旧女子師範のあった秋田大学教育学部の寄宿舎のある土地とを交換することに内諾を得てある由で、準備が相当進んでいるように見受けられました。  以上調査の概要を申し上げましたが、最後に若干の具体的事項について御報告いたします。  その第一は、秋田県立船川水産高等学校で、漁業科における新しい航海計器類の設備、また水産製造科における冷凍、冷蔵設備を国の援助において設けてほしいとのことでしたが、これらはいずれも教育上欠くべからざるものであり、産業教育振興法の運用是正により、これらの要望が達せられるよう文部省の善処を期待したいのであります。  第二は、青森県の天間館中学校の老朽危険校舎の問題でありますが、本校は、明治四十一年に建てられた旧陸軍馬術補充部の追い込み厩舎を転用したもので、老朽度もはなはだしく、通風、採光ともにまことに悪いものであります。外では明るい陽光が降り注いでいるというのに、どの教室も教場内部は非常に暗く、光線の工合で黒板の位置をときどき変えている状況で、生徒の視力に与える影響を考えると全く気の毒にたえませんでした。せめて螢光灯ぐらいつけてやれないものかと問いただしたところ、この老朽校舎に電灯をつけるよりも、一日も早く建てかえたいとの返事でしたが、これはやはり何らかの照明設備を緊急にすべきだと考えます。本校については、村長から、明年度はぜひとも国の補助を得て校舎と屋内体操場を新築したいからとの陳情を受けて参りました。これも文部省と県当局の善処を期待いたします。  第三は、青森県三沢基地周辺の三沢小学校についてであります。本校では防衛施設庁予算による第一次の完全防音装置、三階建鉄筋校舎が完成しております。現在二期工事が進行中でありますが、防音のモデル建築といわれるだけあって、各教室の天井からきれいな空気を送り、強制排風することによって、外気や外からの音を遮断する仕組みになっており、百二十フォーンが七十フォーン以下に低下できるとのことであります。この送り込まれる空気はくみ上げた地下水を通して浄化されるために、夏場は冷房がわりとなり快適ですが、冬場はこのままではよけいに冷えて困るわけで、ぜひとも暖房を必要とします。この暖房装置費は約一千万円とのことでありまするが、これが国の負担対象のワク外ということで暖房装置がまだできず、校長は困っております。また三沢市では、なお十四小中学校、約七億円の防音工事を来年度行なってほしいと要望しております。これらの点について防衛施設庁の善処を要望しておきます。  次に、文化財保護について一言触れておきたいと思います。私どもは弘前市において弘前城及び長勝寺を視察いたしました。弘前城及びそれをめぐる寺々は史跡としてまことにりっぱなものでありますが、何分地域が広いために管理はたいへんのようであります。ベンチ、くずかご、便所等の設備や庭木の手入れ掃除等相当費用がかかるようであります。観覧料を十円くらいとっているようですが、この収入と修理、管理等に要する支出がどんな関係にあり、また、これに関連して弘前市に文化財管理の特別交付税が交付されているのかいないのか、視察の現場では明らかにできませんでしたが、これら文化財の管理について文化財保護委員会は財政的な見地からも検討を加え、万全を期していただきたいと思います。  最後に、これはいささか性質の違った問題でありますが、青森、秋田両県ともに、どの学校に参りましても、すでに廊下はもとより各教室までこの一冬分の薪をどっさりと積んでおります。まことに雑然とした感じで教育上もいろいろと不便を与えております。小、中、高等学校の九五%がこの状況でもり、一冬の薪代は両県ともに約一億五千万円とのことでありました。ところが、これを石炭に切りかえるとすると約一億五百万円で、約三割の費用節減ができるだろうとのことであります。もっとも輸送、建物等の関係で八〇%程度の学校が切りかえ可能だとのことでありますが、問題は石炭ストーブへの切りかえ費に一県で約一億円かかるために、よいとわかっていながらもできないのだということでありました。山林を保護すると同時に、問題の石炭対策にも応ずる意味で、このような寒冷地における学校暖房の切りかえはぜひとも推進すべきではないか。北海道、東北、北陸地方の十県くらいの学校で石炭を使用したならば、年間十五万トン以上にのぼると考えます。したがって、設備の切りかえについても国策として取り上げ、切りかえ費用に対する国庫補助を考慮していいのではないか。この際長い目で見て利益になるような総合的対策を至急立てるべきではないかと考えたのであります。文部、通産、自治関係各省のすみやかな善処を要望いたしましてこの報告を終ります。

二木謙吾自由民主党

○二木謙吾君 第一班の調査報告を申し上げます。  私どもの班は、豊瀬委員と私と吉田主任調査員の三名が、去る十月七日から十四日までの八日間、徳島、高知の二県について、地方教育の状況、大学の実態及び文化財保存保護の現状を調査いたして参りました。  まず、徳島県の高校生の急増対策等について申し上げます。本県は、明年度の推定高校進学者を約一万五千六百名と踏んでおりますが、これに対し、公立高校の定員は二万四千二百五十名でありますから、差し引き千余名が残る勘定になりますが、これらは定時制高校と私立高校にかなりの数が入学いたしますし、また、職業訓練所の拡充等により、ほぼ解決できる見通しのようでありました。ただ、本県は私立の高等学校が六校ありますけれども、その収容力がわずかに六百名に過ぎない状況のため、これに多くの期待をかけることができない事情にあります。したがいまして、県自体としては、明年度において工業高校一校の新設、定時制高校の全日制商業課程への転換などの計画を立て、三十八年度から三カ年にわたる継続施策として九十七教室、五十学級の増設措置により急増に対処する予定であるということでありました。なお、国立高専の県内誘致にも鋭意努力いたしておりますし、一方、本県は全国第一位である岡山県の二万五千頭に次ぐ二万三千頭の牛を保有しておりますので、酪農による農業の近代化をはかるため、農業高校に畜産、園芸の専攻科を設け、それぞれ三十名ずつの収容をする計画をも進めております。  次に、教員の需給状況等について申し上げます。本県は、現在、義務教育諸学校の児童生徒は一学級五十四名ないし五十三名となっております。教員は三十八年度において八十一名、三十九年度二百七十名、四十年度には約五百名が余る計算となっておりますが、小中学校の児童生徒の学級定員が五十名となれば、三十八年度において百三十名を新規に採用できることとなるとのことであります。徳島大学学芸学部の卒業者は、従来、阪神方面への県外就職が相当数あり、これによって緩和されてはおりますけれども、教員の養成計画をさらに地元の実情にマッチさせる必要があることを感じさせられたのであります。ただし、工業理数関係の教員の確保がなかなか困難でありますために、本県では、これらの学科の教員を志望する者に対し奨学制度を設けて、毎年十月から三月までの半カ年間、月額一万円の奨学金を支給し、県の教員として三年以上勤務した場合は全額を免除する条件のもとに、本年度は百五十万円の予算をもって二十五人を養成することにいたしております。また、僻地教育についても特に意を用い、僻地勤務者に対しては三カ年に九カ月の短縮昇給の措置を講じているとのことでありました。  概括的に申しますると、本県におきましては、三十七年度の教育の二大目標として学校経営の充実と重要課程の推進とを掲げ、学校行事等についてもでき得る限りこれを圧縮し、簡素化することにより年間三十五週をさらに上回るまでに充実した完全授業の実施を目指して努力しているようでありますが、財政再建団体である本県は教育費にもかなり窮屈をまぬがれない模様でありました。私どもが県教組の代表者から受けました陳情にも、高校全入の要望とともに、従来二カ年ないし三カ年おくれている教員の昇給状態をすみやかに正常に復してもらいたいとの要望を訴えられたのでありました。なおまた、県の南端、高知県との県境に近い海南高等学校を視察いたした際には、教職員からの要望として、教員の初任給の引き上げの必要性と僻地教員に住宅手当支給の道を開いてもらいたいとのことでございました。  次に、文化財でありますが、私どもは時間の関係上、徳島市の西南端にあります丈六寺というお寺を視察するだけにとどまりました。丈六寺は曹洞宗の古刹でありまして、その三門は室町時代の末期、本堂及び観音堂は江戸時代の建造にかかり、いずれも国の重要文化財に指定されております。そのうち、三門及び観音堂は昭和三十二年に解体修理を終わり、境内の六カ所に消火栓を設けた防火設備が完備されて、保護の万全を期しておりました。しかしながら、このお寺は市内とは申せ、はるかに徳島市の南西郊に僻在し、途中の道路もまだ整備されておりませんために、幽邃閑雅な環境に恵まれた名刹も、いわゆる観光ブームには縁遠く、その檀家もきわめて数少ない模様でありますことなどにより、寺の維持経営には相当に困難を感じておりますことが、かつては坐禅堂であり、その後経蔵となった由緒ある建物も、風雨の荒れるにまかせ、まさに朽ち倒れんとしておりますことによっても、よくうかがわれたのであります。  次に、徳島大学について申し上げます。この大学は、旧徳島師範、青年師範、医大、医専、工専及び徳島高等学校を包括して、昭和二十四年五月に国立の新制大学として発足し、現在は、学芸、医学、薬学、工学の四学部が設置されております。児玉学長からの説明によりますと、現在、医学部は大体完備しているが、工学部には電子工学、その他二、三の学科を逐年増設していきたいこと、薬学部に修士コースの大学院を置きたいこと、一般教養部を独立させたいこと等の希望を持っておるということでございました。このうち教養部については特に強い要請がありました。すなわち、現在は、一般教養の教育は、学芸学部の教官が兼任で担当しているのでありますが、所期の教育効果をおさめることが困難であり、特に医学部、工学部へ進学する者の語学力をより高めるためにも、これを学芸学部から分離して、一般教養部として独立させ、担当教官も専任教員を配置するとともに、校舎も別に新設し、責任ある教育体制の実施により教育効果の高揚を期したいと思う。旧帝大系の国立大学は明年度からその実施に入るということであるが、本学においても三十九年度からはぜひその実現を期したく、目下、文部省に折衝中であり、これが実現について強力な御支援を願いたいとの懇請がありましたことを特に御報告いたしておきます。  私どもは医学部、工学部の校舎を見ましたにすぎませんが、本大学の施設は、工学部の一部が鉄筋であるほかは、そのほとんどが木造であり、しかもバラックに近いものであります。大学施設の総建坪二万七千四百余坪のうち、耐火作りはわずかに四千七百坪足らずであり、残る二万二千七百余坪は木造、そのうち二十年以上経過したものが四百三十坪、三十年以上経過したものが六千三百坪をこえており、今後急速に鉄筋化の必要に迫られていることを痛切に感じた次第であります。ただしかし、この大学の施設の面で誇り得るものが一つございます。それは学生会館でありますが、この学生会館は全国の国立大学に先がけて、第一号として生まれましたのだそうであります。最近に建造されつつあるものに比べれば多少改良すべき点もあるようでありますけれども、非常に明かるい感じのよい建物でありまして、学生のよきいこいの場で、和楽の機関として十二分にその使命が達せられているように思いました。本学が他に先んじて、学生会館を持ったことにより、学生の精神面に与えたよい影響ははかり知れないものがあろうと思われます。事実この大学の学生はきわめて穏健で、まじめで、落ちついた学生生活に浸っており、勉学を放擲して学生運動に艇身する風潮はかつて見られないところであるということでありました。  以上で徳島県を終わり高知県に移りたいと存じます。  本県は、戦後の新教育制度において、高等学校への全員入学を実施してきたことによって知られております。発足の当初は、中学校はまだ建設途上にあり、高校への進学率はきわめて低く、校舎などは旧制中学のものを引き継いだので、余裕があり、少しでも多くの子弟に勉学の機会を与えるために、昭和二十五年からこの全員入学制が始められたのであります。その結果、進学率の向上には相当の効果をあげておりますけれども、反面また学力の低下と年々増加する生徒を収容する施設の問題、ひいては卒業生の就職の困難などが問題となり、県当局は今年度から選抜制に改めることといたしております。一方、本県では戦前から英才教育をもって名高い土佐高校を始めとし、私立高校数校が選抜試験により優秀な生徒を収容し、大学への進学を目ざしての準備教育のために、互いにしのぎを削っている現状であります。高知県教育委員会が選抜制に踏み切らざるを得なかった事情は、さきにも述べましたように、生徒の学力の低下をそのおもなる理由にあげ、しこうして学力低下の原因は、高校教育をおさめる能力なしと認められるものが相当数入学しているために、教育の徹底をはかろうとすると、勢い低い水準で教えなければならないことと、進学率の上昇に比べて施設設備の整備が間に合わないために、すし詰め状態となって教育が徹底できないこととの二点を指摘しております。このことは、昭和三十五年の文部省の一斉学力テストの結果にも現われ、高校普通課程は全国平均に比べてきわめて低く、また、高知大学への進学状況を見まするに、県立高校からの合格者は、昭和三十二年に百十四名であった合格者が三十三年には百五名、三十四年には六十五名、三十五年には三十一名にまで減少の一途をたどり、また、県外の大学への進学状況もほぼ同様に漸減の傾向にあり、特に注意すべきことは、どうせ合格しないのだからと進学をあきらめてしまうため、進学志望者自体が漸減していることであると説明されたのであります。  このような事態に対処し、県教育委員会は、学力の向上と学園の正常化をはかり、とかく不信感を抱かれていた本県の高校教育を立て直すために、県議会の審議を経て、本年度から、高校入校の制限率を八五%に決定し、高校教育を受ける能力のある者を選抜するとともに、定員に対する教室、教材等の画期的整備を進め、高校教育本来の目的や水準が維持達成できるように、努力いたしているということでありました。  なお、本県の今年度の教育関係予算は五十五億円であり、このうち、高校生急増対策費として、普通課程だけに二十一億、農業高校の体質改善のために二億ないし三億円を必要とし、また、年次計画により専門学科の新設をもはかりつつありますが、今後数年間は、高校生急増対策として、年々二十五億ないし二十七億円を必要とする予定であるということでありました。  次に、昨年来本県において問題となっておりますところの、窪川町の小中学校における同盟休校事件についての県教委からの報告を簡単に申し上げます。  高知県窪川町では、昨年四月、興津小中学校で同和教育に熱心な教員の人事異動等を不満とした小室部落の解放同盟の子弟が盟休を行ない、これに対して、昨年十月末に窪川町教育委員が総辞職して責任をとり、事件は一たん解決したのであります。ところが、本年四月、興津中学校長の対部落差別発言、男女関係等を問題とした同盟側は、同校長の免職等を要求し、町教委の行なった同校長論告処分及び問題解決策を不満として、五月末に子弟を盟休に入らせ、消防会館に立てこもって私塾的授業を行ないました。一方、小室部落中の非盟休側の父兄は、校長を支持して偏向教育反対を唱えて強硬な態度を示しました。盟休側父兄は、正常授業再開のため、消防会館の机、腰かけを引き渡せという町教育長の要求に従わなかったので、町当局は、七月四日、警官隊を要請して、机、腰かけを撤収し、同日から興津小中学校ともに正常授業を開始しましたが、同盟側は依然として欠席のまま夏休みを迎えました。この間、県議会は七月下旬、特別委員会を設置して、本事件の実情調査に乗り出し、八月二十四日、県教育委員会、地方教育委員会、町長、小室地区部落解放同盟に対しそれぞれ勧告書を送り、その結果、関係者はその趣旨に従い、九月一日から完全に正常授業が開始されたのであります。特別委員会の調査報告は、その結論に次のように述べております。本事件が地域社会における住民と、為政者ないしは住民相互間に平素十分な意思の疎通がなかったため、外部団体等の介入を許す結果となり、ひいては町行政の段階においては実現されないような過大な要求となり、これを受けた町の責任機関が適切な措置を講じ得なかったことにその根本原因があり、真の犠牲は児童生徒にほかならない。ここにおいて、すべての当事者は深くこのことに思いをいたし、相互の誠意と謙譲を披瀝し、今後再びかかる不祥事が起こらないように地域の融和と発展に努力されることを切望する、以上のようないきさつにより、この事件は一応落着いたしましたけれども、長きにわたる盟休、それに続く夏休みのあとでもあり、かつ元来粗暴な児童生徒の多い地方でありますこととて、正常に戻ったとは申せ、多少の不安もあり、県教育委員会からは指導主事等を約一カ月間常駐させて善後指導を行なってきた結果、大体良好な見通しを得たのであるが、最近また指導主事等の派遣要請を受けておる。しかし、おそらくこのまま平穏に帰するものと思うという県教育委員会の報告でありました。この報告を受けました後、私どもは本県教職員組合の幹部から、教職員の身分、人事等についての陳情を受けました。その内容のおもな点は、本年度をもって打ち切りとなる教職員の臨時免許状、仮免許状の所有者の身分保全の処置を講じ、僻地勤務の教職員で研修の機会を逸した者等について、さらに猶予期間の延長をはかってもらいたいとのこと、年々処分的内容を含む多数の教職員の異動が行なわれ、特に夫婦が遠隔の地に離ればなれとなることにより、勤務条件、労働条件が悪化していることを改善してもらいたいとのことでありました。これに関し、後者については、特に処分的意図をもって異動を行なったことはないが、転出者を受け入れる側の地方教育委員会の意向や注文を全く無視するわけにもいかないので、そこに困難を感じており、今後ともよく考慮したいというのが県教育委員会当局の言葉でありました。  次に、文化財について申し上げます。本県におきましては、室戸市の西北山上の台地にあります金剛頂寺と、高知市の五台山にあります竹林寺及び同市長浜の雪渓寺等を視察いたしました。金剛頂寺には木造阿弥陀如来の坐像、銅造観音菩薩の立像ほか一点の彫刻、工芸品としては銅鐘一躯と金銅の密教法具、同じく金銅の旅壇具、これはまあ旅に出たときに旅先で修法、勤行するための法具だそうでございます。いずれも重要文化財に指定しているものであります。県当局は、堅牢な鉄筋作りの収蔵庫を境内に建て、これらの仏像を納めて保護の万全を期し、法具の類は特にガラスのケース内に陳列して、観覧の便と安全とをはかっておりました。五台山竹林寺には木造の文珠菩薩及び侍者の像五体と木造の大威徳明王像その他十二点が鉄筋の収蔵庫に納められてあり、これらはすべて重要文化財に指定されております。雪渓寺には、重要文化財としては、木造の薬師如来及び両脇侍像を合わせて三体と、同じく木造の毘沙門天など三体があり、これらは本堂の中に安置されてありました。  このように、私どもの視察いたしました限りにおいては、文化財の保存保護について行き届いた考慮が払われておりましたけれども、それは主として天変地異等の物理的災害から守ることの考慮でありますから、竹林寺や雪渓寺の重要文化財の全部が木造仏でありますことから考えましても、目に見えぬ微細な虫の害とか、温度や湿度の変化に伴う腐食のおそれなども予想されるのであります。もちろん経費の点も考慮されなくてはなりませんが、今後さらに一歩を進めて、このような面にも意を用い、保護の万全を期するべきであるとの感じを深めた次第であります。  最後に、高知大学について申し上げます。この大学は、昭和二十四年に、文理学部一教育学部及び農学部の三学部からなる国立大学として設置され、旧高知高等学校、高知師範、高知青年師範を包括したものであります。久保学長や杉田事務局長の説明によりますと、この大学もまた大方の国立新制大学と同様に、その施設の不備貧弱なことにより、少なからぬ苦労を重ねてきたようであります。現在、恒久耐火建築としては、文理学部の一部校舎と図書館を持っておるに過ぎず、今後昭和四十二年度までの五カ年計画により、大学本部を初めとして、研究室、講義室、講堂、学生会館、体育館、女子寄宿舎、付属中学校等、全般にわたる施設の整備をはかる予定のようでありますが、さしあたっての緊急なものとして、明年度において四百メートルの走路を持つトラック、付属中学校及び女子寄宿舎の建設整備をはかるべく文部当局と折衝中であるから、この点ぜひとも実現方促進されるように強力なる支援をお願いをするということでございました。  この大学で最も特色あるものは、農学部で研究されつつある暖地農業であります。農学部の付属農場は大学本部からやや離れた南国市の元高知航空隊のあった土地を開墾して経営しており、周辺は水稲二期作と蔬菜園芸類並びに酪農の中心地であります。農場は総面積約八万坪あり、そのうち約三万五千坪の開墾耕地において、水稲、麦、蔬菜、果樹、園芸等を行ない、放牧場においては乳牛、緬羊等多数の家畜を飼育しております。また、すでに昭和三十五年から三カ年計画によって天使用地の開墾に着手し、逐年耕地の増大に努めるとともに農業の機械化をはかり、団地農業の特色を生かした近代的な大農場として成長しつつあり、今後の成果に見るべきものが期待されたのであります。  以上をもって報告を終わります。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 以上で派遣委員からの報告聴取は終わりましたが、報告者に対する質疑はございませんか。——別に発言もございませんようですから、本日はこれにて散会いたします。    午前十一時三十六分散会

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