大蔵委員会 第6号
- 発言数
- 393 件
- 登壇者
- 22 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1962/08/30
会議録
○委員長(佐野廣君) ただいまから大蔵委員会を開会いたします。 委員の異動について報告いたします。 昨二十九日、平井太郎君が辞任され、その補欠として米田正文君が選任せられました。また、本日、川野三暁君が辞任され、その補欠として長谷川仁君が選任されました。また、中尾辰義君が辞任され、その補欠として原島宏治君が選任せられました。 —————————————
○委員長(佐野廣君) この際、お諮りいたします。 産業投資特別会計法の一部を改正する法律案の審査のため、日本輸出入銀行の役職員を参考人として出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(佐野廣君) 御異議ないと認め、さよう決定いたしました。 —————————————
○委員長(佐野廣君) 産業投資特別会計法の一部を改正する法律案を議題といたします。 前回に続き、本案に対する質疑を行ないます。御質疑のおありの力は順次御発言願います。 なお、ただいま御出席の政府関係の方は、田中大蔵大臣、大平外務大臣、稻盆理財局長、上林主計局法規課長、安藤アメリカ局長、中川条約局長、通産省から高島企業局次長、以上の方が出席しておられます。大矢委員。
○大矢正君 一番最初にお尋ねいたしたいのは、正確には対日援助ではないと政府側はおっしゃるのですが、例のアメリカ国務省から日本に対して売却をされたと称されている俗称SPについて、まず通産省からお尋ねをいたしたいのですが、SPの売却をされた品物の種類、それから年次別の金額、この点についてお答えをいただきたいと思います。
○説明員(高島節男君) お答えいたします。SP物資は、昭和二十一年から二十四年までの間、五件の売買契約によって米国側から売られて参っております。その内容は、大体トラックその他の車両関係が一等多うございまして、それが大体一千万見当でございます。その他のものは繊維品、化学、食料品、医療関係の品物等々でございまして、合わせまして大体千三百七十二万九千ドルということになっております。 今御質問のございました年次別の内訳がちょっとはっきりいたしませんので、その点がお答えいたしかねますが、大体の品物の性格はそういった種類のものでございます。
○大矢正君 今あなたの御答弁の約千三百七十二万ドルというSPの物資がわが国に入ってきたということでありますが、年次別にわからないという理由は、それは今そこに資料の持ち合わせがないということなのか、それとも年次にそれを分けるという方法がないというのか、どっちなんですか。
○説明員(高島節男君) はなはだ申しわけございませんが、年次別の資料をちょっと手元にございませんで、暫時調べさせていただきたいと思います。
○大矢正君 外務省にお尋ねをしますが、SPというものがアメリカからわが国に売却をされたとあなた方おっしゃるわけですが、そうすると、売却に関しての日米両国における文書の交換というやつはあるんですか。
○政府委員(安藤吉光君) 御説明申し上げます。これは昭和二十一年九月三日付でマニラにありましたところの国務省の在外精算弁務官事務所というのがございます。これは国務省の直轄下にございます。そこから日本政府に書簡が参りまして、その書簡によりましてこういったものを売却したい、してもよろしいといって、売却条件等を提起して参りました。それに対しまして、同二十一年十一月五日に日本政府はこれを受諾いたしまして、昭和二十一年十一月から二十四年の一月までの間に、先ほど通産省からお話がございましたとおり、在外精算委員会と貿易庁との間において五件の売買契約を締結した次第でございます。
○大矢正君 国務省の在外資産の精算委員会ですか、これとわが国とのいずれの省庁かわかりませんか、売却についての話し合いをするということでありますが、それは価格や数量の問題について具体的に日本の意見というものを述べることが可能であったのかどうか。向こうは売りますよと、日本はそれではそのものをお買いしますということだけなんですか。たとえば価格の問題について、これは高いとか安いとかというようなそういう交渉というものは持たれた事実はあるのですか。
○政府委員(安藤吉光君) その点をもっと具体的に申し上げますと、実際にはその物資の時価の大体一五%から三〇%の代金を支払ったというようなことで話かまとまったというように承知いたしております。
○大矢正君 次に、このSPとあなた方は同様な性格のものであると言われておるBCOFについて、先般も野々山委員から若干の質疑が行なわれましたが、特に私はこの件について政府側の意見をただしたいと思いますが、このBCOFが今のSPと同様にアメリカの手は通しておりますけれども、英連邦軍とわが国との間に売買の契約をしたり、あるいはまたそういう売買をするための両国との書類上における契約といいますか、そういうものはあるわけですか。
○政府委員(安藤吉光君) 私の承知しておりますところでは、この英連邦軍いわゆるBCOF物資が日本に売却されました際に、ちょうど昭和二十三年三月十四日に日本政府あてに覚書が参りまして、英連邦軍と日本政府との間においてこういったことをやってよろしいという指令が来ております。その指令の中には、英語でいいますとセール・オア・ディスボーザルということでございます。セールとは売却でございます。ディスポーザルはただでやることでございます。それに対しまして、わがほうは金額を明示した、数量を明示したレシートを出しております。これは法律的性質からいえば、ここで売買契約が成立したとみなさるべきものだと思います。
○大矢正君 このBCOFに関して、たとえば価格の問題について話し合いをしたというそういう経過というものはないわけでしょう。それは確かにアメリカから授権をされて英連邦軍と日本の貿易庁との間にどういう品物をという、品物の内容等についてはおそらく話し合いがあったことと思うけれども、価格が高い、安いというようなそういう点について日本側は意思表示をするというような、そういう立場ではなかったのじゃないですか。向こうは、これだけのものを日本に売却したい、金額はこれだけだ。日本の貿易庁は単にそれを受け取るだけであって、価格が高いとか安いとか言える立場ではなかったのじゃないですか。
○政府委員(中川融君) これはこの前のこの委員会でも御質問がございまして、私からもお答えをし、通産側からもお答えいたしましたが、指令では英連邦司令官が価格をきめるというふうに書いてございますが、実際の扱いといたしましては、その際、日本の貿易庁の人と英連邦亀側と相談いたしまして、価格を計算いたしてその受取書に価格を記載した、こういうのが実際でございます。したがって、その間に協議は行なわれたわけでございます。
○大矢正君 価格の協議が事実上、しかし行なわれていないのじゃないですか。価格の協議、値段が高い、安いということに対する協議は。品物の数量に対する協議は、それはやったかもしれないけれども、この値段はこれじゃ高過ぎるとか、もっと安くしてくれとか、まけてくれとか、そういう話し合いがあったという、そういう証拠は何も残っていないのでしょう。
○説明員(高島節男君) 当時の貿易庁の残しております書類を見ますと、ただいま条約局長からお答えがありましたような内容の事柄を叙述した記録が残っております。やはり価格の交渉ということが、当時は非常にむずかしいことではあったと思います。これはコマーシャルの物資についても同様のことだと思いますが、しかし全然それを眠りまして物を引き取ったという形ではないと大体見受けられると思います。
○大矢正君 大体見受けられるとかなんとかいうことじゃなくて、価格の交渉はなかったというのです、事実上過去において。衆議院におけるあなた方のこの答弁を見ても、価格の交渉をやったという話は一つも出ていないのですよ。受け取りはしたが、価格についての交渉をやったというそういう経過は一つも出てきていないですよ。あなたは大体という言葉を使うけれども、やったかどうかということを聞いておるのです。
○説明員(高島節男君) 記録にはやったと書いてございます。当時のこれは事務的な記録の残りでございますが、それを拝見いたしますと、価格の交渉もやったということを残しております。
○大矢正君 それじゃ、何を参考にしてその価格の交渉をやったのですか。結局のところ、日本の為替レートというものができていないわけだから、向こうの言うなりの、ドル建てかポンド建てか知らぬが、まあポンド建てでしょう、ボンド建ての価格を向こうは言うわけでしょう。それを何を基礎にして価格の高いとか安いとかいうことをやったのか。
○説明員(高島節男君) 当時は、今大矢さんのおっしゃいますように、為替レートがございませんので、非常に実は交渉の仕方はコマーシャル物資一般についてむずかしかったと思います。しかし、当時の、こちらとしましても、国際価格といいますか、物事の大体の値段というものの資料も、非常に取りにくくはございましたと思います。しかし、言いなりに言われないで、向こうから言われた値段に対してある程度のそこに対する抵抗というものはあったように事務的な記録に残っておるわけでございます。
○大矢正君 これはあとからの貿易に関する質問と関連をしてくるから、その際にひとつ念を押しますが、次に、BCOFの八十五万ポンド、約八億六千万円といわれる数字、そしてその内容というものは、先般も若干お尋ねをしましたからこの内容について私聞きたいとは思いませんが、この金額の支払いというのは、一九五一年に、あなた方の資料によって見ますと、マーケット経済科学局長から大蔵大臣にあててこの金を支払いなさいと、こういう格好で出てきておるわけですね。そこで、価格が明らかになっており、そうして日本に売却されたことが明らかであると、こういう前提があるのに、なぜこの時点まで支払いが一体延びたのか、アメリカに言われるまでなぜ支払わなかったのか、こういうことをお尋ねしたい。
○政府委員(中川融君) これは結局日本としてもその受け取りの際に、もちろん支払えということであればこれは支払わなければならないわけでございますが、しかしながら、英連邦側からこれは受け取りの際にすぐ支払えという話がなかったわけでございまして、したがって、受け取ったまま来ました。一九五一年になりまして、初めてその支払いについて、支払いの方式につきまして先方と協議して支払ったということでございますので、結局は向こうからすぐ支払えという請求がない事情にかんがみまして、そのときまで支払いもおくれておったということであろうと考えます。
○大矢正君 さっき私がお尋ねをしたSP、すなわちアメリカ国務省から売却された品物は、二十四年、二十五年とて例年これは支払っておるわけですね、同じ性格のものであって、そして同じような形で売られたものであるとするこのBCOFだけは支払いが全然されないであとに延ばされておるということはどういうことなんですか。特に日本から外国に、アメリカに対してもその他に対しても輸出をされておるわけで、その輸出された金というのはドルないしはポンドになって、日本の国の外貨勘定はなかったけれども、アメリカの国の外貨勘定の中に残っておるわけですね。輸出したものの金が来ておるわけですから、そこに金は外貨勘定に積み立てておるにかかわらず、SPだけはどんどん払っていく、BCOFについては全然払われないであとに残されておるわけです。これはどうも僕らが考えてもおかしいと思う。
○国務大臣(田中角榮君) これは貿易物資として取り扱っておりまして、SPというものについては、昭和二十一年から二十四年までに日本の旧貿易庁で受け取りまして、受け取りが終わってから代金決済について話がつきましたので、二十四年から三十三年までに自動的に支払っておるということであります。BCOFにつきましては、二十五年七月から二十五年十一月、二十五年一ぱいに品物を引き取ったわけであります。引き取った期間がBCOFのほうがずっとあとであります。でありますから、二十五年の十一月までに品物を受け取った。それから池田・マーカット会談をやって支払い方法がきまってから、半年のうちにきまって、二十六年の六月から三十七年の三月までに支払ったということであって、その間の事情は受け取った時期によって支払いが延びたということであります。
○大矢正君 このBCOFの支払いの一番最後は昭和三十七年に一億一千四百万円、これは賠償等特殊債務処理特別会計、その中から出されておるわけですね。賠償等特殊債務処理特別会計の中から出ているわけだがね。結局そうすると、これは特殊な日本の債務、こういう解釈にならざるを得ないのじゃないですか。 それから、おそらくそのあなた方の答弁も想像つくから先回りをして質問をしておきますがね、結局もしこれが商業ベースにおける支払いであったとすれば、こういった特別会計やあるいはまた賠償等特殊債務処理特別会計などといって、賠償や特殊の債務、こういう処理資金の中から金の支払いをするということが元来おかしいのじゃないですか。
○国務大臣(田中角榮君) 御承知のとおり、BCOFは商業物資でありますから、貿易特別会計が存続する限りこの会計で払うのは当然でありますが、貿易勘定はその後一般会計に引き継がれたわけでありますから、引き継がれたときまでに支払いが完了しておらない債務の一部については、一般会計の平和関係処理費で処理をしておることは御承知のとおりであります。そのときに一般会計で全額処理をすればよかったのですが、その間まだ最終的に四項目と五項目が残っておりましたから、残っておるときには、これらの問題については賠償及び平和回復に関してのものは、占領に関係するようなものもそうでありますが、これは一般会計と経理区分をするために賠償等特殊債務処理特別会計を設けましたので、その中で処理をしたほうがいい。しかも、それは新たな経理区分だけでありまして、財源はすべて一般会計の負担においてなされる特別会計でありますので、最終的な支払いを賠償等特殊債務処理特別会計で完了したという事務的な問題でございます。
○大矢正君 それはね、あなたのほうは事務的だとおっしゃるかもしれぬけれども、国の予算を支出する際には、当然その予算項目に入らないと目されるものの中へ入れて支払ったのか、あるいはあとから支払ってしまってそういうふうに合法的に理屈を並べ立てたのか、その点は私も議論があるところだと思うが、買切特別会計が見返資金の会計と離れて、貿特会計は一般会計に全部入っちゃっているわけですね。そうすれば、一般会計の中で、具体的にこういう商業ベースによる貿易上のもし支払いがあるとすれば、その会計の中で当然払うべきものじゃないですか。それを賠償債務だといって、その特別会計の中に持ってきて、そしてやるということは、それはあとからつけた理屈であって、商業ベースによる輸入とかなんとかいうことはあとからつけた理屈であって、元来そうではなくて特殊の債務だというふうにわれわれ考えざるを得ないのですが、どうですか。
○国務大臣(田中角榮君) 私、先ほど申し上げたとおり、すなおに考えていただいて、一般会計に貿易の会計処理が全部引き継がれて、その後一般会計の中から二回ばかり払われておるようでありますが、そのときにまあ一括して払ってしまえば一般会計でもって処理ができたということになりますが、その当時の状況としては、新しい観点に立って、これらのものは明確に経理区分を行なう必要ありという政府の意思決定をし、国会でも賠償等特殊債務処理特別会計の設立を認められて、また認められるときにはその中で、賠償ももちろんでありますが、第二には占領に付随した債務等もこの中から払うとか、それから平和回復に対して未処理のものもこの中で経理区分をするということでありますから、明らかに経理区分上の問題であって、この債務が賠償に近いものであるから、特殊のものであるから性格上特にやったというのじゃなく、最終支払いがちょうど賠償等特殊債務処理特別会計ができたあとに払うような支払いの区分がなされておったので、新しい会計から最終処理を行なったということであります。
○大矢正君 大蔵大臣、あなたの言われる議論からいうと、突発的に何か起こった、どうしても払わなければならぬ、したがって今のある予算項目の中から払うという立場なら、話は別ですよ。また考えようもある。そうじゃないでしょう。払わなければならぬことは、ずっとわかり切っているのですよ。それなのに、そういう払えるような項目を立てて払わないで、こういう会計から払うのはおかしいじゃないかと僕は言っているのです。 それから、もう一つは、昭和三十一年、三十二年の二度にわたってSPも払われたし、BCOFもこの賠特会計の中から払われているわけですね。しかし、賠特会計のほうの目を見ると、旧駐留軍の余剰物資処理費となっているのです。余剰物資ならば、前々もいろいろ議論しておりますが、たとえばCIMとかQMというものと本来相違があるものじゃないじゃないですか。余剰物資の処理だったら、そういう目を立てて、ここで払っているということは、どう見たって私はふに落ちないのですよ。もしそういう旧駐留軍の余剰物資であるならば、CIMやQMと同じように、今日の、ガリオア・エロアの返済債務のときに払えるものじゃないですか。もしそうだったら、あなた方は商業ベースによる売却だと、こう言うのですが、それならば、商業ベースによる売却ならば、元来は貿易特別会計の中で処理されるべきであるし、もしそれが未解決に、未処理に終わったとすれば、その後にそういう目を立てて払うべきものじゃないか。私の言っていることは筋が通らないですか。そのとおりでしょう。そうしてほんとうにここに書いてあるように、目に書いているように旧駐留軍の余剰物資であるならば、ガリオア・エロアと同様に今度の交渉の題目にすべきじゃないですか、今まで払わないでおい て。
○政府委員(上林英男君) 旧駐留軍の余剰物資と申しますのは、経済的なと申しますか、かなりそういうふうな説から申しますと、確かにCIM、QM、あるいはSP、BCOFもそういうも のであったと思いますけれども、その処理の方法といたしましては、前からお答え申し上げておりますように、BCOF及びSPにつきましては、貿易基金特別会計の時代におきまして買い入れを行なったものでございますし、またCIM、QMにつきましては、ガリオア・エロアと同じように後日その計算をするということで受け取っておいたものでございますので、それぞれの方法に応じて処理をするわけであります。したがいまして、SP及びBCOFにつきましては、先ほど大蔵大臣がお答え申し上げましたように、一部にSPについては貿易特別会計で支払いをいたしておりますが、その後貿易特別会計が一般会計に引き継がれました後におきましては一般会計においてこれを支払い、さらに貿特、賠償特別会計を作りましたときに、御存じのように、賠特会計の付則におきまして平和回復善後処理費の支出残高というものはこの賠特会計に引き継ぐということもいたしたわけでありますので、さらにその上に賠特会計におきましては、占領に関連して負担した債務を支払うということも明示しておるわけでございますので、これらが占領軍の駐留に伴いまして負担いたしました債務であることにかんがみ賠特会計で支払った、こういうことでございます。
○大矢正君 これは本来からいえば、実際に支払われたものであるか、その目の中から支払われたものであるかどうかということを調べるためには、具体的に支払った伝票なり証憑書類をわれわれが見ればわかるのだけれども、そこまで私どもがやることはあまりにもあなた方の行政権の中に入り過ぎるから、それはできない。あなた方から出してもらっている抽象的な目までしか行き渡らない予算書で質問する以外にない。 そこで、今あなたが平和回復の善後処理費で払って、それがなくなったから賠特会計につながったというが、この平和回復の善後処理費の中で支払われた目の賠償償還及び払戻金というのは、この中から払われている。これは一体、私どもは読んでみれは、これは賠償償還の分か、また払戻金というのは、これは何のことかわからない。私は伝票を一つ一つあなたのところから出してもらって見れば一番はっきりするけれども、それはやれない。あなた方はそれは見せないのだから、結局こういう予算の項や目というものを明確に立てて、それはこういうものに支払いますよということを明らかにすべきじゃないですか。これは私は今まで国の予算書から何から、決算書から全部調べて見たけれども、それはBCOFの金も払ったとか、SPの金も中から払いましたということは、ただの一行も出ていない。あとからこの中で払いましたということはあまりにも不親切じゃないか。
○政府委員(上林英男君) 賠償償還、払戻金という目でございまするが、目につきましては、御存じのように、各省と大蔵省が相談をいたしまして、いわゆる科目改正なるものをやっているわけであります。この科目改正によりますと、ただいまちょっと手元に持っておりませんが、賠償償還、払戻金というものはこういうものに充てることができるんだということが書いてございます。たとえばまあ国家賠償法に基づく賠償とか、あるいはいろいろな損失の補てん金とかいうようなことをあげておりますが、その中に当時から特殊債務の処理費というようなこともあげておるわけでございます。したがいまして、賠償償還、払戻金につきましては、この目からこういうようなただいま議論になっておりまするような費目を支出し得るということになっておるわけであります。
○大矢正君 あなた、なっている、なっていると言ったって、一般が予算書を見ても決算書を見てもわかるようにしてもらわないといかぬ。じゃあ、BCOFやSPは賠償償還に入るのか、払戻金に入るのかどうか。いいですか、少なくともこれだけの金額を予算書に盛るからには、盛るからにはもう一つ目を作って、これはBCOFの金の支払の残を払うとか、これはSPの残を払うとか、そういうふうに書いたってよさそうじゃないか。私はなぜこういうことを言うかというと、あなた方は勝手に国会の議決を経ないで金を払った。これは国会法の違反だと、憲法違反だと、こういうようにあなた方判断をしたから、あとからこういうのを作り上げたのじゃないかといって解釈されたってしようがない。それは千万や二千万の金を払ったならば別ですよ。これは幾ら払っていると思う。相当な金額でしょう、双方合わせれば。それなのに、わけのわからない賠償償還、払戻金。われわれにいわせれば、それは賠償償還なのかということになる。
○政府委員(上林英男君) いかなる項の中に目を立てて処理するかという問題は、確かにいろいろな御議論があるかと思います。確かに目といたしましては、少なくとも目においてそういう一つ一つの目的と申しますか、使途を明示した日にして予算を執行するという御議論も御議論でございまして、確かに、あるいは予算統制という意味から申しますと、そういう大事な費目については置目をして処理をするというのが一つの方法であるということも確かでございます。ただ、今までのいろいろな予算の執行につきましては、目につきましは、これは行政科目といたしまして大蔵大臣におまかせをいたしておる分野でございまして、具体的には各省と大蔵省とが相談いたしまして目をきめまして、その目にはこういう費目を処理していこうということをきめておるのが、先ほど申し上げました費目改正でございまするが、それに従いまして処理をしたということでございます。確かにまあ議論といたしましては、そういうものについては別途置目して処理すべきだったという議論もあろうかと思いますけれども、今までの処理につきましては、少なくとも賠特会計以外につきましては、そういう賠償償還、払戻金で払ったという事実でございます。
○大矢正君 それはあなたは今逃げ口上でそういうことを言うが、それじゃ国の予算を見たって、決算書を見たところで、具体的には、これはさっきも言うたが、BCOFやあるいはSPを払いますとか払いましたとかいうことは、ただの一行も最初から載っていない。それはいかにも不親切じゃないか言っておる。私は今のあなたが言うことが正しいならば、あまりにも私は不親切じゃないですかと言うのです。予算というものがもっと一目瞭然にわかって、この目の中からどういう金が払われたのかということが明らかでなければいかぬと思う。しかも、賠償償還を払う金の中に、あなた方にいわせれば賠償じゃないでしょう。商業ベースによる売り買いでしょう。その売り買いを賠償償還の中で払うということ自体がおかしいじゃないか。ですから、そういう逃げ口上を言うけれども、あなたの言うことは納得できない。大蔵大臣、実際に目を作り項を作り、そういうものは払われてもいいものかどうか。
○国務大臣(田中角榮君) これは将来の予算書の書き方等に対して非常に貴重な御意見をお出しになったわけでありまして、私も大蔵大臣に就任と同時に、諸税法とか予算書とか決算書とか、全く専門分野でなければわからない、違法でないけれども、国民の側に立ってわかるような、もっと妥当性のあるものに切りかえなければいかぬということを考えて、事務当局に専門的にこれらのものを指示いたしておりますから、将来はあなたが今御発言になられたような予算書に形式も切りかえられていくであろうことは、これは容易にひとつ御理解を賜り得ると考えます。 しかし、今の問題は、これは過去の問題を今言っておるのでして、これは法律の建前上、およそ払い得る確定債務という金額が全部明示しておらない、これは相手のある話であって、今月から年度間にどれだけ払うとかというような問題に対しては、法律上これらの債務の支払いはこの項目の中から払い得る。款項目別に、款に対してはこの中で処理できるものを法律で羅列をし、また予算総則等でもって明らかに明示をするというような処置をとっておりますので、今考えてみると、また将来の予算書の書き方、表現の仕方というものに対しては、よろしくない、もっと理想的なものを作れという御議論はわかりますが、SP及びBCOF物資が貿易等特別会計の貿易外支出、また賠償及び償還金というようなものから払われたり、一般会計の特別残務整理費から払われたり、賠償等債務処理特別会計から払われたということは、今から見て理想的なものではないという表現の上での御議論はありますが、違法であったか妥当性がなかったかというような考え方から申し上げますと、適法であり、当時の状況としては、決算も認められておることでありますし、適法であり妥当であったというふうにお答えする以外にないと考えます。
○大矢正君 まあ一つには予算を作る場合における問題点を私は一つ指摘したということ、それかもう一つは、これは水かけ論に終わるかもしれぬが、私どもは伝票の一つ一つ、証憑書類の一つ一つを見て判断して、ほんとうに一億五千万円のBCOFの代金が払われたかどうかということを確認できないからきめ手にはなりませんが、おそらくあなた方があとからこじつけてここから金を出しましたというふうに言っておるのじゃないかと思うが、それはわれわれも正確な裏づけとなる資料がございませんから、BCOFの問題についてはこの程度にいたしまして、 次に、昭和二十四年の二月以前の輸出入、そうして援助、商業ベースによる金額等が、先般の資料としてJES統計で出されているわけです。それで、これによると、昭和二十年の九月から昭和二十四年の三月までで援助が十一億九千七百万ドルと商業ベースが五億四千万ドル、合わせて十七億四千万ドルの輸入があり、さらに輸出が六億五千万ドル、こういう数字が出ております。そこで、私はお尋ねをいたしたいのは、これは当然通産軒になると思いますが、この輸出に対する円とドルの為替のレートというものはありませんから、いやしくも輸出というものはドル建てしか現われてこないという結論は私はいたし方のないことだと思いますけれども、ただ、そとでこういうことが言えるんじゃないか、外貨勘定というものは日本の国にはなかった、アメリカに外貨勘定があったと。そこで、一体輸出をした場合のドル建ての金額が当時の国際的な価格と比べてみて妥当なものであったかどうかということの判断は、何を基礎にしてやられ、そして今日答弁されておるのか、この点お伺いをいたします。
○説明員(高島節男君) ただいま大矢委員からお話がございましたように、為替レートというものがございませんから、円の価格とドルの価格の間は切れておりますので、もし当時の輸出価格というものを検討いたします材料といたしますと、やはりその日本のドル建ての輸出価格それ自身をとらえてみまして、それが世界的な相場と申しますか、当時の世界的な価格あるいは最近におけるわが国からの輸出の価格等とにらみ合わせて検討するよりほかに方法はないと思います。
○大矢正君 今のあなたの答弁はよくわかりませんが、当時の外貨建ての——外貨建てというよりはドル建ての輸出に対する品物の価格や、それからまたアメリカに対して売られたと思われるそれぞれの品物の受け入れ代金というもの、それはもちろんドルですが、それは当時の日本の貿易庁にこれは何ドルで売ったと、こういうように通告が来ていたのかどうかということをお尋ねします。
○説明員(高島節男君) 当時の貿易の体系から申しますと、最初のうちは司令部側のほうで全然日本側のタッチなく契約をやっておりましたので、当時のドル建て価格はこちらへ来ておりません。したがって、ほかの資料から当時の材料をわが国のほうで集めておるというよりほかに方法がありません。
○大矢正君 ですから、日本からかりに他の国に対して品物を売った場合には、その品物は何ドルで売ったのか、どれだけのドルが入ったのかということは、当時の日本の貿易庁は一切わからなかったということだけは明確ですね、この点は。
○説明員(高島節男君) まとめたものではわかっておりません。ただ、当時の貿易が、私も詳しくは存じませんが、途中から民間貿易と申しますか、いわゆるバイヤー、サプライヤーの間である程度コントラクトをしまして、そして価格をきめていくという方針に移ったようであります。もちろん、貿易資金特別会計を通じての勘定になって参りますが、そういった形にだんだん民間的色彩を持つに従いまして、ある程度の実態が握れるようになった。最初のうちはそこのところはドル価格をすぐに握っていくことができないという状況でございます。
○大矢正君 それから、もう一つ、六億五千四百万ドルという輸出のドル建ての金額というものは、これは当時日本の品物を外国に売って、それで一つ一つの売ったいわばドル建ての代金を積み上げた金額ではなくて、腰だめで大よそこの程度の輸出があったのではないかと、そういうばらばらの統計を拾い上げてみて、大よその見当ですね、これは積算ではなくて。
○説明員(高島節男君) 六億五千四百万というのはそういう推定ではございませんで、その書類の上にございますJESと書いてありますが、こういう統計が司令部側にあったわけでございます。統計として存在をいたしております。その統計をとってみますと、個々の品物の内訳等こまかいものはございませんけれども、トータルとして輸出として六億五千四百万ドル見当の数字になる、そういう統計を受けた数字がこれでございます。
○大矢正君 だから、私の言っているのは、ドル建てでもってどれだけ品物を売った、その売ったものの積み上げが六億五千万ドルではなくて、アメリカが発表しなかったが、あとから残していった資料を見たととろが、大よそこの程度の輸出ができたんだろうと思われているだけでしょう。一つ一つを積み上げたんじゃないでしょう、これは。
○説明員(高島節男君) このJES統計は統計としてそのつど司令部から発行されておりまして、当時の貿易の実績はこれによってわれわれも見ております。それで、積み重ねをしたり推定した数字ではございません。統計それ自身が誤っておるかどうかは別としまして、統計として信頼いたしますならば、これが当時の司令部側としては一応きちんとそろった統計である、こういう意味でございます。
○大矢正君 これは輸出については、一つには価格があり、一つには数量があるわけですね。それから、いま一つは品目があるわけですね。ですから、どの品物がどういう価格でどれだけ入ってきたかということが一つ一つわからなければ、正確な輸出の数字は出てこない。あなたの今言っているのは、たまたまJES統計を見て、大よその見当をつけたらこの程度になったと、こういうだけでしょう、積算ではないから。はっきりした根拠があるわけじゃないのですか。
○説明員(高島節男君) JES統計の数字そのままでございます。したがって、積算をしたということではございません。やや私のお答え申し上げるのが今大矢さんの積算とおっしゃることとうまく触れるかどうかよくわかりませんが、おそらくこういう点ではないかと思います。と申しますのは、これはなるほど司令部の出した貿易統計ということでございますが、積算とおっしゃっておりますのは、おそらく援助物資輸入のほうでしょう。われわれは援助の基礎として数字を出します場合に、輸入について援助をどう見るかということは、ここにございます十一億九千七百万ドルというのをそのまま、統計として出ておるからといって採用しないで、別途積算をしていって、書類のはっきりしたものを、価格の高さも妥当なところにして、積み重ねた。それが別の書類に出ております八億四千七百万ドルということでございまして、ここにございます輸出の数字は、司令部のJES統計そのままの数字でございます。したがって、統計以外の推定は入っておりません。
○大矢正君 この輸入における援助の十一億九千七百万ドルというのは、これは大よそ、大蔵大臣の答弁にもあるとおりに、一つ一つの資料、伝票を積み重ねていって金額的に現われてきたものでしょう。違うのですか。
○説明員(高島節男君) 輸入につきましての総額の十七億四千万ドル、商業の五億四千三百万ドル、それから援助の十一億九千七百万ドル、いずれも今輸出について御説明いたしたと同様、ここにございます数字はJES統計の数字そのままでございます。したがって、推算とかというふうにおとりになっておるのは、別の紙にございます、援助額をはじき援助の交渉の基礎にしようといたしまして努力をしたのが八億四千七百万ドル、それが推算でございまして、十一億九千七百万ドルは、司令部から出て参りました統計それ自身を信用いたしますと、この数字にぴたりとなる、機械的に出てきた結果でございます。
○大矢正君 だから、日本が二十四年の三月以前の援助としてはじき出した数字というものは、一つ一つの資料を積み上げていっただけだと。伝票のなくなった分もあるから、多少不足かもしれないけれども、これだけだという数字を表わしてきたから、したがって、そこに大よその品目別の数量というものも現われてきているわけです。しかし、輸出の問題や、輸入の中でも商業ベースの内容というものは、品目別に何がどの程度入ってきて、しかもそれはドル建てで幾らであったということをあなた方は発表できないわけでしょう。そうなんでしょう。
○説明員(高島節男君) このJES統計の内訳がどれほどあるかということに帰着すると思います。JES統計は個票に基づいてやっておりまして、膨大な資料になって参ります。その内容は個票として存在いたしておりますが、それに一々当たるという作業の必要はございませんでしたので、今回はそういうことはやっておりません。しかし、統計のしりそれ自身はこういうことになっているという意味で、審議の御便宜に提供したわけでございます。
○大矢正君 あなた、その審議に必要がないというのは、どういうことですか。あなたの独断だろう、その点。当時の貿易のだよ、内容はどうかということを聞く場合にはですね、援助が幾ら、商業ベースが幾らなんということを聞くのはあたりまえでしょう。それを、ガリオア・エロアは必要だから正確にやりましたけれども、商業ベーススのほうは必要ないと思いましたからやりませんでしたなんという、人を食った答弁ないですよ、あんた。
○説明員(高島節男君) 非常に、そういう意味で申し上げたんではございませんが、言葉が足りませんで申しわけございませんでしたが、この輸出入の当時の状況というものをうかがって、参りますのにはこのJES統計というものが司令部が残して参りました唯一な客観的な統計でございます。統計は統計として信頼をしていって判断をするよりほかに方法がないわけでございますが、それだけでは、援助輸入に関しては外交交渉の基礎としていま一歩、負担の及ぶことでございますから、努力をして積み重ねを別途やってみたということでございます。したがって、これに、非常にわれわれのほうは、残念ながらほかの資料としてございませんので、これに依存するよりほかに方法がない。したがって、貿易の御議論はこれから出していただくよりほかに統計資料としてはないということでございます。
○大矢正君 そこで、他にも関連質問があるそうですから、このことだけは言えるのじゃないですか。外貨勘定というものはアメリカにあった。アメリカというのは本国じゃなくて、米軍にあった。そこで、その外貨勘定というものは一体幾ら入ってどう払われておるかということは、日本は一つもわからない。これはアメリカがやられることだから、日本はわかりません。いいですか。それから、当然のことながら、その外貨勘定からアメリカが勝手に、アメリカ本国なり英連邦なりそれぞれの国から品物を買ってくるから、これは、これだけの品物はいつどこに着くかということに対して、日本の貿易商なりその他に対して通告してくるけれども、事実の問題として、それは幾らで買われたものか、そうしてどういう経緯を経てやられたものかということについては、全然日本は関係をしていなかった。ただ日本の貿易商は、これだけの品物を、小麦なら小麦をどれだけの量買い付けたからいつお前のところに行くぞというだけの通告しかもらっていない、こういうことになるのじゃないですか。
○説明員(高島節男君) 今大矢さんのおっしゃいましたとおりでございます。
○大矢正君 そのとおりでしょう。
○成瀬幡治君 関連。ちょっと、JES統計と、あなたのほうの通産省、ガリオア・エロアの援助の伝票の仕訳の仕方なんですが、どうもJES統計のほうでは、非常に個票があって、そうしてずっとあるのだというお話なんです。で、それが十一億九千万ドルあった。で、通産商のほうは、それを審査してみたら八億四千七百万ドルになったのだと、こうある。そこで、両方のその資料を突き合わされて調査はされたことがあるのかないのか。
○説明員(高島節男君) 両者の資料を突き合わせて調査いたしたということはございません。一般的な貿易の動き工合というものはそのJES統計から一般的に判断をいたして参りすすが、ただ、援助の額というものを追及する材料として、そこに焦点をしぼりまして、個々の援助についてはたしてどのくらいになるだろうか、残っている限りの資料でそれを検討してみて、八億四千七百万ドルを積んでみたということでございます。したがって、両者の間の突き合わせ等はやっておりません。
○成瀬幡治君 客観的なものですね、あなたが言われるように、非常に統計的で客観的に残したただ一つの資料としてJES統計があると、そうしてそれは援助と商業とに分けておる、向こうは。しかも、それは一つ一つのこまかい資料だ、こうおっしゃるなら、なぜそれを突き合わせて見るということをおやりにならなかったのか。
○説明員(高島節男君) 一つミスリードいたしました点は、JES統計のほうは統計のこまかい分数としてデータがございません。向こうが個票に基づいてやっておったということを申し上げただけでございまして、したがって、これは統計として信頼するに足ると、そういう判断を一応いたしておりまして、一般の貿易問題はこれで処理しておりますが、事援助となりますと重大でございますから、ある限りの資料を動員いたしまして、確実に援助であるという組成を見分ける努力をいたしまして、その上にこの価格の点もある程度検討を続けて、その結果八億四千七百万と十一億九千との不突き合いのままで数字を出した。したがって、その内訳の突き合わせはやっておりません。
○大矢正君 それから次に、同じくそれと関連をしてお尋ねをいたしますが、まあ輸出についてはどういう品物をどれだけどういう価格で売ったかということは、今の段階では通産省は全然資料がないのですから答弁はできないということだけは、まあ確認しておきますね。それから、外貨勘定は米軍にあったために、日本はこれだけの品物をいつどういう数量引き渡すかということは受けたけれども、それがはたして何ドルで買ったものか、それからまたドルの支払いはどういう形で操作されるかということも、一切日本はわからない。品物を受け取ったことは事実であるけれどもということですね。まあ当然、そうなってくると、勢い価格が高かったとか安かったということは今になってやる議論であって、当時はそういう話はなかったと私は仮定しても差しつかえないのじゃないかと、こう思うのですが、そこで最近の、ごく最近の日本からアメリカに輸出をされる品物の——ある特定の品物を限定してもけっこうでございますが、日本の港で船積みをして、その品物の金額は幾らになり、そうしてアメリカ本国へ持って行く船賃は幾らになり、それから卸小売のいわば日本語でいえばマージンは幾らになって、支払い価格は幾らになるか、こういう数字、その、最近の特定の品物でよろしゅうございますから、例としてひとつあげてもらいたい。
○説明員(高島節男君) 例として二つ三つ申し上げて参ります。一応調べましたのがFOB価格と、それからアメリカの国内の卸の価格と、それから卸価格か小売価格か、どちらかわかったほうでとらえまして、その三つを見て参るわけでございますが、最初にミシンの例で申しますと、昭和二十三年から二十四年ごろの値段と、最近と申しますか、三十六年のFOB価格を見て参りますと、FOB価格は二十三、四年ごろは一十二ドル五十で出ております。最近が十三ドル八十八という数字になっております。これは値段の差は、よけいなことでございますが、まあ量産されて安くなってきているという点があると思います。それで御関心の、アメリカのじゃあ卸売価格は幾らかと、ちょっと運賃と分けた形になっておりますので、向こうで卸で販売されている値段をその品物についてたどって参りますと、二十三、四年ごろで三十六ドル十という数字が出て参っております。それに対しまして最近の値段が二十九ドルということになっております。で、米国の小売価格も同時に調べておりまして、非常にこれはおわかりにくい材料ではあるかと思いますが、玉十一ドル九十四が二十一二、四年ごろの実績でございます。それに対して三十六年には三十六ドルという数字が出て参っております。で、この調査は日本ミシン輸出組合の調査でございますが、以上の実績を念のために倍率を出してみますと、アメリカの卸と日本のFOBが二十三、四年ごろは一・六倍、それからアメリカの卸に対して日本のFOBが三十六年で二・一倍というように今の数字でございますと計算されます。それから、小売価格とFOBとを比較いたして参りますと、二十三年から二十四年ごろが二・三倍、三十六年ころが二・六倍くらいに相なっております。 次に、これは卸価格までしか当時はわかりませんが、陶磁器について申し上げます。陶磁器は、二十四年の初めころのデータでございますが、それと三十六年のデータと調べてみました。ただ、これは基礎資料が、二十四年は日銀の資料でとっております。それから三十六年は、ジェトロができまして資料が整備されて参っておりますので、ジェトロのほうの資料で出しておりますから、先ほどのミシンのように同じ組合の調査ではございません。まず、FOBの価格を比較いたしますと、二十四年当初は四十二ドル、それに対して最近は量産で下がって参っておりますが、十六ドルという数字に相なっております。で、二十四年当時のアメリカの卸価格が出ておりますが、これが百二十ドル、それに対しまして最近の米国内の卸価格は、ところによって差があるようでございますが、四十ドルから四十二ドルというジェトロの大体調査に相なっております。小売のほうは、二十四年の資料を欠いておりますけれども、三十六年ので見てみますと、大体六十ドルから六十三ドルという見当でございます。したがいまして、先ほどと同じように、FOBに倍率をとって参りますと、二十四年のころは大体卸価格で二・九倍見当でございます。それに対して三十六年が大体二・五倍。小売のほうはちょっと比較がついておりません。三十六年のデータだけで見ますと、大体三倍見当——三倍から三・五倍くらいかと思います。 それから、カメラにつきまして、これは卸価格がわかりませんでしたが、小売価格で調べてみました。これも日銀データが二十四年の初めについてございまして、三十六、七年ころ、最近になりますと、むしろ業界のほうでやっておりますので、調査者は違っております。数字を申し上げますと、二十四年初めのFOBが大体五十三ドル七十セント、三十七年のFOBが二十七ドル、アメリカの卸がデータがございませんで、小売が出ておりますが、小売が二十四年当時は百五十ドル、それに対して最近の三十七年では七十九ドル九十五セント。大体小売をFOBで割ってみますと、二十四年当時が二・六倍、これに対しまして三十七年の実績が二・九倍というような数字が見られております。 それから、いま一つ、一パイントの魔法びん——雑貨でございますが、これが例として、小売がわかりませんが、卸だけ出ておりますので、同じように申し上げて参ります。二十三、四年ころのデータでございますが、これはFOBの値段というものが三十セントでございました。それがアメリカに行きまして大体一ドル二十セントぐらいで売れておる。三十六年になりましてFOBが二十六セントということが出ておりますが、アメリカに行って一ドルでございます。大体卸価格とFOBの率をとりますと、二十三、四年当時の四倍、三十六年の三・九倍といったようなことが、ほかの資料から調査をいたして調べた結果でございます。
○大矢正君 これはあなたの出された資料は非常に上手で、いかにして——あなたのほうからいうと、たとえばミシンの場合には三十六年、すなわち今日の価格と比較をして二十三年ころは高く買ってもらったかということを言わんがための資料になるわけだ。ところが、あなた、これは三十六年度の十三ドル八十八セントというのは幾らになるか。大体五千円でしょう。ミシン一台港渡しで五千円で売られている。町で五千円で売っているところが日本の国内でどこにあるのですか。ありはしない。結局、今あなた、ミシンの例をとられたけれども、今の日本のミシンというのは出血でしょう。出血どころじゃない。それこそ国内が不景気になってくるし、ミシンも一巡したために、製造業者あるいはまた販売業者が苦しまぎれに輸出にこれを求めているということであって、その赤字を国内のミシンがかぶっているという格好じゃないですか、事実上、今のミシンの状況を見ると。ですから、一つには私はやはり日本から昭和二十三年四月ごろ買い上げていかれた品物の価格もさることながら、それが非常に多額の船賃を使って向こうへ持っていかれたような格好になっていることが一つと、それからもう一つは、卸売、市販の段階におけるマージンというものが非常に高いということから見ても、私はやはりその当時の貿易というものは、先般も鈴木委員の説明がありましたとおり、比較的価格が低めに押えられて、膨大な船賃と卸売価格、市販価格を経て、極端に表現すれば、日本の品物は安く買いたたかれていくような結果になった、こういうふうに私は思わざるを得ないのですが、どうですか。
○説明員(高島節男君) これは資料で判断することが非常に困難なんでございまして、結局意見だけのことになって参るかと思いますが、私の感じでは、日本の貿易は、今おっしゃいますように、非常な過当競争といいますか、国内に輸出品について多くの生産業者あるいは輸出業者がおりまして、これの秩序の維持に非常に苦しんでいる状態でございます。安くすればダンピングという格好にもなりますし、市場を失うというので、輸出価格の維持に最近非常に懸命になっておりますが、なかなかそれもうまくいかない。したがって、当時の状況も、もちろんそういった日本品の本来的な性格というものの反映は当然されているだろうと思いますので、したがって、当時たとえばこれで見ますと、二倍とか、三倍とか、そういった数字が出てくるのに対しまして、今日もまだなかなか過当競争の状態が改まり切れないというところが一つと、それから流通段階になって参りますと、これも一般的抽象論でございますが、先進国でありますアメリカあたりの流通コストというものは、結局生活水準の差を表わすと申しますか、それをじかに反映いたしまして、比較的高いものになっていく。したがって、中間マージンが割に多い。こういった構造は、努力をして改めるといいますか、日本側の輸出秩序の維持に努力はいたしておりますけれども、今日でもなお同じようなそういう問題がなかなか解決していないということで、当時と今日と比べまして、当時特に安くたたかれたということは、これはデータの少ないままで断言することは危険でございますが、ただかれたと断言してしまうわけにはいかないのではなかろうか。それにはそういった二点の問題点が依然として今日の貿易にも横たわっているというような感じがいたしますので、これはむろん私の意見としてだけの意味でございます。
○大矢正君 次に、これは外務省になりますか、ガリオアとイロアの援助の区分はどういうようになりますか。
○政府委員(安藤吉光君) ガリオア予算が初めてアメリカの予算として、具体的には米国の軍事予算法というのができましたのが一九四六年、要するに一九四七会計年度の予算でございます。この予算には、ガバメント・アンド・リリーフ・イン・オキュパイド・エリアズといういわゆるガリオアという一項目が設けられまして、その中に十一ぐらい小さい小分けがございますが、その十一番目に占領地の救済、民生安定に使うという項目がございます。これでいろんな物資が来たわけでございまするが、一九四九会計年度になりまして、今申し上げましたようないろんな支出目的に、同じガリオアの予算の項目の中に、さらに追加的に、占領地の復興にも使い得るということが追加されたわけでございます。しかしながら、これを申し上げますならば、一九四七会計年度のいわゆる民生安定あるいは救済というものも、やはり項目といたしましてはガリオアという項目の中に入っております。一九四九年のいわゆるガリオアの項目の中には占領地の救済復興ももちろん入っておりますし、それに加うるに経済復興のために使い得るというのが追加して入っております。
○大矢正君 エロア……。
○政府委員(安藤吉光君) その一九四九年の占領地の復興のために使い得るということを英語で申しますと、エコノミック・リハビリテーション・イン・オキュパイド・エリアという字句が追加されたわけでございます。それのかしら文字をとりましてエロアとこれを言っておるわけであります。 そして、これを具体的に見まするならば、一九四九年からは従来来ていなかったような工業原料、あるいは工業用機械、あるいは車両とかモーター、そういったものが来ております。これをそういった費目だけを拾い上げて計算いたしますと、約三億二千五百万ドルになるということであります。
○大矢正君 だから、ガリオアの部分とエロアの部分は金額的にどうなるのかということを聞いているんです。
○政府委員(安藤吉光君) ただいま御説明申し上げました向こうの予算法の関係からおわかりになるかと思いまするが、エロアと俗称しておりまするのは、一九四九会計年度にガリオアの使途の中にいわゆる追加されておるわけでございまして、このエロアも、言うならば、ガリオアの中に含まれておるわけでございます。ガリオア予算の項目の中にいろいろ使途がございますが、従来あった項目にさらにつけ加えられていわゆる占領地の経済復興というものがございまするので、ガリオアという項目の中の予算の中から、今申しました経済復興の物資が追加されたというふうにございますんで、ガリオアとエロアと分けて考えるというよりも、いわゆるエロアというのはガリオアの中に含まれておるというわけでございます。
○大矢正君 端的にいうと、あなたの結論からいくと、ガリオアとエロアというものは区分が数字の上でできないと、こうおっしゃるわけですね。
○政府委員(安藤吉光君) 予算項目の上ではガリオアという予算、これは一九四七会計年度からあったわけでございまするが、四九会計年度に、先ほど申し上げましたような経済復興、いわゆるエロア目的が追加されました。それを、先ほど申し上げましたように、一九四九会計年度から新たに来ました工業原料とか、あるいは機械とか、あるいはモーターとか、あるいは車両、そういったいわゆる経済復興に関する物資というものを拾い上げて統計で見ますと、先ほど申し上げましたように、三億二千五百万ドルというふうになるわけでございます。
○大矢正君 そうすると、あなたの言っている言い方は、区分ができないと言ってみたり、いやできるんだと言ってみたり、数字があるということは、できたということになるんでしょう。
○政府委員(安藤吉光君) ガリオアとエロアと対等に考えるということじゃなくて、向こうの予算法の関係からは、先ほども申し上げましたように、一貫してガリオアという一項目が特にあったわけでございます。そして、その使途につきましていろいろこまかく、民生安定のものもありますし、それから救済のものもあって来たわけでございます。それにさらに、一九四九会計年度からは経済復興にも使い得るといって、要するに用途を拡大したわけでございます。したがいまして、これはあくまでもガリオアの中の一部でございます。一部でございまするけれども、特に拡大された目的というものをにらみ合わせて統計見ますと、今申しましたような、今まで来ていなかった工業原料とか、機械とか、あるいは自動車、モーターといったものを拾い上げますと、これが三億二千工百万ドルになるということを申し上げているわけでございます。
○大矢正君 昭和二十六年度の「国の予算」を見ると、その七十九ページにだな、「米国対日援助額調」というやつが具体的に出ているんだよ。そこに一九四六年にガリオアとして九千二百六十三万ドルとある。それから、四七年が幾ら、四八年が幾らとずっと数字が出て、五一年まで援助が来ている。五一年まで全部金額が出ている。エロアが四九年は九千七百万ドル、五〇年は一億八千万ドルというふうに数字もきちっと出ておる。そうして、そのトータルとしてガリオアが十五億七千八百万ドル、それからエロアが一億八千万ドル、合わせて十八億六千三百万ドルという数字が出ておるんですよ。あなたは分けられないとか分けられると言うけれども、「国の予算」の中に明確に分けて出してきておる。
○政府委員(安藤吉光君) これは当時資料が十分なかったんではなかろうかと思います。その「国の予算」で分けましたころは、このアメリカの軍事予算をよく検討いたしてみますと、ちゃんと今申し上げましたようにガリオアという項目が各会計年度中にございまして、その中に一九四九年からエロアというものがつけ加えられた。それはあくまでも、しかし、ガリオアの中の一部の主要使途でございます。したがいまして、ガリオアという中に実はエロアは含まれるわけでございますが、先ほども申し上げましたように、一九四九会計年度から特につけ加えられた、その目的に合致するものを拾い上げますと、先ほど申し上げました三億二千五百万ドルになるというわけでございます。
○大矢正君 あなた、さか立ちをした議論をされるもんじゃないですよ。その当時はわからなかったというのはどういうわけですか。これを出したのは昭和二十六年の「国の予算」ですよ。それは一番近い、援助が打ち切られるそのときの予算ですよ。一番確かなものでしょう。そのときのものが正確じゃなくて、それから十年もたった今日のほうが正確だという、そんなさか立ちした議論が出てくるはずはありませんよ。一番援助を打ち切られたときに近い数字じゃないか。そのときの数字が正しいんじゃないですか。そういうときの区分こそ一番正しいんじゃないか。それをそんなときの資料は当てにならないというのはとんでもない話だ。
○政府委員(安藤吉光君) 私はアメリカの予算の仕組みから来る事実を申し述べておるのでございまして、事実は先ほどからるる御説明しておりますとおりでございます。
○大矢正君 事実という、あなたの言う事実は、一本で分けられないというふうな目で見たり、たとえばこの資料を出してくる諸君は、ガリオア一本で、エロアというものは資料に一つも出てこない、ガリオア一本しか出てこない。ところが、「国の予算」を見れば、ガリオアとエロアは明瞭に区分して出してきておる。しかも、それだけじゃない。昭和二十七年度の予算を広げてみますと、ガリオアというものはこういうものであります。エロアはこういうものでありますと説明して、エロアという項目を立てて、これはこういうものでございます、性格が違いますと、こう書いてある。あなた、そんな答弁したってだめだよ。
○国務大臣(田中角榮君) 事実を申し上げて御理解を得たいのでありますが、財務当局の説明も正しいのであります。これは御承知のとおり、対米債務になっておりますものは、プレ・ガリオア、ガリオア、エロア、それから余剰報奨物資、米軍払い下げ物資と五つに分かれておるわけであります。プレ・ガリオアのほうは、御承知のとおり、対日援助の一番初めに行なわれた当時のアメリカの予算項目上の名前でありますし、ガリオアは一九四七年から九年まで行なわれた予算項目上の名称であります。この四九年からの分の中にエロアというのがございますが、エロアはガリオアの中の一つの項目であって、日本で考えるのはガリオアとエロアは一つとして考えておるわけであります。いわゆるガリオアの中に(エロアを含む)と、こういうふうにやっておるわけであります。アメリカ側の要求しておりましたものの十九億五千四百万ドルというのは、プレ・ガリオアが一億二千四百万ドル、ガリオアが十七億一千百万ドル、エロアがその中に三億二千六百万ドルというのは、これは向こうからの提示数字であります。でありますから、日本は当時、その貿易物資及び援助物資の内訳さえもわからなかった当時の二十四年から二十五、六年当時の状況では、日本側の資料のほうからはプレ・ガリオアが幾らでガリオアが幾らでエロアが幾らだということはわからなかったのが事実でありまして、今申し上げておるようなものはアメリカの予算書上の名称であるということだけは、これは明らかな事実でございます。 しかし、なぜ、じゃそういうものを二十六年、二十七年の予算書に書いたのかというと、当時の状況として日本の政府の力ではできなかったので、参考の意見として司令部から提示をせられた資料をそのまま予算書に転記をしたというのが事実のようであります。
○大矢正君 アメリカ局長、三億二千万ドルのエロアがあるとさっきおっしゃったでしょう。あなたの三億二千万という数字はどこから出てきた数字なんですか。
○政府委員(安藤吉光君) これは先ほども申しましたように、予算的には四十九会計年度から工業原料とかそういったものが入ってきたわけでございますが、先ほど大蔵大臣の御説明にございますとおり、ガリオアというアメリカから来ました米国の決算資料の数字の内訳としまして、四十九会計年度から新たにいわゆる経済復興のために持ってきた数字というものが、先ほど申しました三億二千五百八十九万玉千五百ドルというのが転記されておるわけであります。
○国務大臣(田中角榮君) 今申し上げましたものは、十九億五千四百万ドルというアメリカ側の一方的な数字の中にガリオアとして計算されておるものが幾らかというと、十九億の中で十七億一千百万ドルはガリオア分である。しかも、その中にエロア分としてアメリカの予算書の上で区分をする数字は三億二千六百万ドルでありますということを向こうの数字に書いてあるだけであって、これを基礎にして四億九千万ドルをはじいたわけではありません。過程における数字であります。
○大矢正君 三億二千万ドルの根拠はわかりました。 そこで、昭和二十六年度の「国の予算」の中には「米国対日援助額調」として正確に数字が出ているんだ、これは。十八億六千三百万ドルという数字が出ているのだ。そうすると、これからの大蔵省の「国の予算」というやつはわれわれ信用できなくなる。しかし、相当大蔵省もおそまつなものだね。ちゃんと、これは推計だとか推定だとかおおよそなんという言葉は一つもないのですよ、正確にこうだと書いてある。もうわれわれこんなものを出してもらっちゃ困るよ。池田さんの名前で出ているのだ。やめなさいよ、こんなものを出すのは、でたらめなものを。その内訳のわからなかったものを書いたとさつき答弁したが、でたらめなものを書くなんて、そんなでたらめなものをわれわれ読んだって、国会の審議はできはしない。
○国務大臣(田中角榮君) これは今の予算書は正確でありますし、これからも正確を期さなければならぬことは当然でありますが、二十四年から二十六年に対しては、ちょうど占領から日本が独立権を回復して、当時の全く特殊な状態における最終段階の数字を予算書の解説に書いたわけでありますが、これは当時としては司令部から提示した資料をそのまま転記をする以外に事実明らかにすることはできなかったわけでありますから、参考書に書いたわけであります。これはただいまも言われたように、十八億六千三百万ドルと書いてあるのでございますが、その後日本が、対米債務確定に際して、その数字よりもはるかに少ない十七億九千六百万ドルという数字を、全部ひっくるめた数字として提示をしており、それを基礎にして四億九千万ドルをはじき出したのでありますから、当時のやむを得ない事情であったということをひとつ御了解いただきたいと思います。
○大矢正君 まあアメリカの提示した額によればこうだというふうに書いてあるなら、まだ見ようがあるのだ。そうじゃないでしょう。日本が調べた額がこうだと書いてあるのだから、それに問題があるというのだ。日本が調べた額がとにかくエロアは一億八千万ドルだと書いてある。ちゃんと区分して書いてある。しかも、昭和二十七年の「国の予算」の中には、ガリオアというものはこういう性格のものであり、エロアというものはこういう性格のものでありますと、ちゃんときちっと項を立てて説明をしている。全く性格の違うものだと言わぬばかりにちゃんと書いてある。もう「国の予算」なんて、これ以上でたらめなものはないと思うのです。この十八億六千三百万ドルで交渉すればいいのだよ。それをやらないでまた積み上げている。これが出てから十年もたってわかりようがないはずのものが、それが今調べたのが一番正しいなんていう議論はどこから出てくるか。援助の終わる当時に作った予算書が一番正しいのじゃないか。そんなでたらめなものをやられたら、われわれはもう大蔵大臣絶対に信用できないわ。ちょうど約束の十二時近くなってきたから、この辺でやめたいと思うが、これはこんなもので時間を食ってもしようがないから、ただ、私は、どうもあなた方の言っていることは案外でたらめな要素が多分に入っているのじゃないかということが言いたかったから、言っている。
○委員長(佐野廣君) では、午前中はこれで終わりまして、午後一時再開をいたします。 暫時休憩します。 午前十一時五十七分休憩 ————・———— 午後一時二十分開会
○委員長(佐野廣君) 委員会を再開いたします。 午前に続き、産業投資特別会計法の一部を改正する法律案を議題とし、本案に対する質疑を続行いたします。 御質疑のおありの方は順次御発言願います。 なお、ただいま出席の政府関係の方は、田中大蔵大臣、大平外務大臣、稻益理財局長、大月銀行局長、上林主計局法規課長、外務省からは安藤アメリカ局長、中川条約局長、通産省からは高島企業局次長、以上の方々が出席しておられます。 それでは、御質疑を願います。
○大矢正君 午前に引き続いて、質問をいたします。 最初の質問は、ガリオアがアメリカの議会で法律の上からも予算措置からも承認をされて、その一番最初の援助が来た時期は、ガリオアはいつ、エロアはいつなのかということが一つ、それから政府側から出されております資料の対日援助額の調べの中で、米軍の払い下げ物資、それから余剰報奨物資、これらがありますが、このSIM並びにQM物資が初めて日本に入ってきた時期はいつなのか、それから、特にSIM、QMの物資は何年何月ごろから何年何月ごろまでで終熄を告げたのか、この点についてのお答えをいただきたい。
○政府委員(安藤吉光君) ガリオアの前にプレ・ガリオアというのが参りました。これは一九四六年二月十一日付の覚書で初めて小麦粉が参りました。その後引き続き参っております。ガリオアは一九四六年七月二十九日付のスキャッピンがございまして、これに基づいて引き続き入ってきております。それから、今御質問のエロアと申しますのは、先ほども御説明申しましたように、このガリオアの項目の中に含まれておりまして、実際は、総司令部からこういう物資が来ますときに、これはエロアであるということが明記してございませんので、いつから来たということを正確には申し上げられませんが、しかしながら、一九四九会計年度法が通ったあとで、御説明申しましたように、工業原料とか、あるいは機械、あるいは自動車、モーター、そういったものが来始めましたのがやはり一九四八年になってからでございます。 それから、QMは一九四六年三月二十二日付のスキャッピンで参っております。その後引き続き参っております。それから、SIMは一九四七年十二月十三日付の覚書で参っております。それが最初であります。
○大矢正君 そこで、ガリオアが来る以前の、俗称プレ・ガリオアといわれておりますが、このガリオア以前の日本に対する援助と目されるのは一体どういうものがあったのかということをお尋ねしたいと思います。
○政府委員(安藤吉光君) 参りましたのは、一九四六年度軍事予算法に基づいてこのプレ・ガリオアというのが来たのでございますが、その内容は食糧、衣料、薬品、その他の物資でございました。
○大矢正君 これはもちろんガリオアというのは、日本に対する救済の意味においての米軍の、アメリカ陸軍の占領費の中から払われているから、これは当然日本の負担ではないわけですね。
○政府委員(安藤吉光君) このプレ・ガリオアが参りますときのスキャッピンにも、やはり支払いの条件及び経理は後日これを決定するという趣旨のものがございまして、その性格から申しますと、やはりガリオアと同様な向こうは考えで渡したものと認められるのであります。
○大矢正君 あなたのほうから出された資料のガリオア物資見返資金積立以前明細表という資料がありますが、これは大蔵省からかどうかわかりません。昭和二十年度から数量、品目、金額が出て、二十一年も二十二年も同様に出ておりますが、そこで、それではプレ・ガリオアというのは、昭和二十年、二十一年、二十二年ごろの、いわゆるガリオア・エロアと称されるものの以前は、全部プレ・ガリオアという形で入ってきたわけですか。
○政府委員(安藤吉光君) 私ここにこまかい資料は持っておりませんが、要するに一九四六会計年度の向こうの軍事予算、すなわち一九四六年六月までに支出されたものはいわゆるブレ・ガリオアでございます。それがどのように、日本におくれて到着したものもあるかどうかは、おそらく通産省にでも御資料があるかもしれませんけれども、要するに向こうの会計法の支出財源といたしまして、一九四六会計年度に出ましたものがブレ・ガリオアでございます。四七年度からはガリオアという項目ができましたので、それによりましたものがガリオアというふうになっているわけでございます。
○大矢正君 この資料の昭和二十年はもとより、二十一年、すなわち、いうならば一九四六年七月からガリオアというものが正式に発足をして、日本に援助が行なわれたということになりますから、昭和二十一年度の数量や金額や品目の中には、ブレ・ガリオアというふうにあなた方が説明をされているものも当然含まれているわけであります。これはアメリカの議会の中で予算が承認をされる段階のときに、いうならばガリオア以前の援助も当然日本が支払うべきであり、支払ってもらわなければならないというような議会で承認をされ、予算が承認をされた段階の議論というものがあったのかどうか。
○政府委員(安藤吉光君) 一九四六会計年度、すなわち一九四五年から始まりましたこの会計のときのこの予算法は、一般軍事費を占領地救済用にも使用し得るということが書いてございます。その論議の詳細はわれわれ存じておりません。しかしながら、先ほども申しましたように、この物資が日本に渡されますときには、支払い条件及び経理については後日決定するということがスキャッピンにはっきりうたってございます。
○大矢正君 これはあるいはあなた方のほうで私の言う議論はおかしいというかもしれないけれども、アメリカの議会の中で、予算が編成されるときに、議論を通して、これは当然日本に返してもらわなければならぬとか、そういうものであれば、これは話は別でありますが、しかし、昭和二十年及び二十一年の六月以前のものについては、アメリカ議会の中において返す返さないという問題の議論は一つもない。ただ、あったとすれば、それはアメリカから日本に対してスキャッピン、すなわち指令書があったというだけの話であって、私はやはり昭和二十年、二十一年——四五年、四六年の援助については当然、占領軍が占領地の救済なり占領地の民生の安定のために使われたと判断すべきものではないかと、こういうふうに私自身は考えるのですが、大蔵大臣、どうですか。
○国務大臣(田中角榮君) ちょっと、相済みません。書類をちょっと見ておりましたので、もう一回……。
○大矢正君 結局、私の言うのは、アメリカの議会で承認をされて、これは日本に援助としてやるにいたしましても、当然返してもらわなければならぬというような前提のもとで議論をされたのは、ガリオアが初めてですわね。それ以前は、占領軍のいうならば予算の中から、その地域における民生安定やそれから救済のために、資金が随時出されているという格好でありますから、そういう点からいうと、ガリオアがアメリカの議会において承認されて、その援助が来た昭和二十一年の七月以前のものについては、当然これは占領軍の支出として負担さるべきものではないかと、私はこう言うのです。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほど外務当局が申し述べましたように、プレ・ガリオア自体の予算の決定に際して、米議会内で返済方法その他に対して議論があったかなかったかは、日本は詳細知っておりませんということは申し上げておるとおりでありますが、一九四七年の二月の二十日には、マッカーサー元帥が米国議会に対してメッセージを発表いたしておるわけであります。このメッセージは、これから行なわれるいわゆるガリオアに対する対日援助の問題についてのみ限定をして支払い方法その他は後日決定すると、また日本国民に対して、この支払い代金の前提となるべきものは全日本人の資産がその対象になるだろうということを、明確に申しておりますし、第三番目には、日本国民は無償でこれを受け入れるというようなことを考えておらないと、表現は非常に高尚だというか、外交的な表現を使っておりますが、これはただではないんだということを、明らかにメッセージで米議会に送っておるわけであります。そのときの時点で考えますと、その時点以後の問題だけではない。当然、その前に行なわれた、いわゆる日本を占領した当時から、米国が司令部を通して日本に供給したものすべてに対してこのメッセージを送っておると解すべきだと考えます。
○大矢正君 あなたの言うそういう発言は、結局ガリオア・エロアというものが議会の承認を得たあとにおける、あるいはその段階においてのマッカーサーの発言ですよね。ですから、私の言うのは、その以前のガリオア・エロアも当然、私はそれは払う必要はないだろうと思いますが、それはそれでおいでおいでも、二十年、二十一年の二カ年間の援助というものは、ほんとうの意味で終戦の処理であり、そしてまた在日米軍が民生安定のためにやらなければならぬ、いうならば義務としてやっておる問題であるから、私は、今あなたが言ったマッカーサーが日本の債務であるというような表現というものは、これはあとから言われたことであって、以前にはそういう確たる根拠というものはなかったのじゃないかと、こう言っておるのです。
○国務大臣(田中角榮君) 言われるとおり、プレ・ガリオアは、四五年から四六年において日本に送られたものでありますから、その送るときに、こういう予算を議決する過程において、支払い、返済等に対してどういう議論が行なわれたかということに対しての証拠は、日本は持っておりませんし、これに対しては詳細を承知をいたしておりません。しかし、一九四七年、確かに今あなたが言われたとおり、ガリオアという予算項目で支出をする段階においてマッカーサーが議会にメッセージを送っておりますし、その後ドレーパーとかいろいろな方々が同様の発言をしております。一九四五年、四六年のものに対しては、そのときの債務を明らかにメッセージには言及をしておらぬのだから、返さなければならぬという根拠が薄弱じゃないかという考え方は、説としてはなし得るかもわかりませんが、この予算がどういう状態を通ってガリオアになったかといいますと、一九四五年、四六年は、御承知のとおり、年間供給計画として予算が組まれておった。それが一九四七年分からは、ガリオアとして、発展的にプレ・ガリオアを含んだ大きなものになったわけであります。そのなった大きなものに対して、他日返済するのだということを、マッカーサーも、また関係者も、議会で証言をしているのでありますから、すなおに考えれば、そのもととなったプレ・ガリオアも返済の対象になるというふうに考えるべきだと思います。しかも、その後の日本とアメリカとの交渉の第一段階において、アメリカ政府側から十九億五千万ドルとして提示をせられた内訳の中に、一九四五年から四六年にわたって日本に供給せられたプレ・ガリオアの分幾らというふうに、明らかに内容を明示をして、金額を入れて、十九億五千万ドルの要求を出したのでありますから、これを拒否する何ものもないわけでございます。
○大矢正君 午前中、私は、昭和二十年から二十四年三月までの日本の輸出入、それからまた米軍が買い付けてくれたそれぞれの物資、そうして、それはまたどういう形で支払われておったのかというような点については、あなたももう御存じのとおり、それは日本の一切の、何というのですか、権利の主張とか、それから日本側の要求というものはできない。いうならば、米軍の中に外貨勘定があって、その外貨勘定の中から品物を買い付ける。買い付けたものは、数量と品質だけは日本に通告はするけれども、しかしその外貨勘定というものは一体幾ら入ってきて幾ら払われたということは、日本自身がわからないということも明確なんですね。それなのに、こういう形でもって、終戦直後からの一切の、いうならばアメリカから入ってきた品物の金を払わなければならぬということは、私は筋が通らないのじゃないか。あなたに差し上げますというならば、それはもらいましょうということでいいかもしれないけれども、これは最初から金を払ってもらうのですよという形で受け取ったならば、最初から、どんな人間だって、あなた、貸してもらうならば、これは金額は幾らなのかということで、高いとか安いとかいうことは一言ぐらい言ってもいいはずだが、そういうことは一切できなかったことも明らかなのです。だから、私は、そういう意味から考えていけば、結局のこころ、特にこのガリオア・エロアがアメリカの議会を通る以前の金というものは日本が負担すべきではないという考え方は、今私が申し上げた二十四年三月以前の輸出入の実権というか、実体がどこにあっかということから見たって、当然のことじゃないかと私は考えますがね。
○国務大臣(田中角榮君) お答え申し上げます。 あなたのお考えを二つに分けて申し上げたいのですが、一つは、昭和二十三年一ぱいのものに対しては、もう全然こちらは権限もなく、一方的に勝手に占領軍がやった仕事であるから、少なくともこの間におけるものに対しては、その返済をそう厳密に考える必要はないのじゃないか。もう一つは、もっと深い内訳はわからないから、立ち入って推測をすれば、アメリカは日本に対して輸入をしたり輸出をしたりしたけれども、ある意味においては、日本から安いものを買って、もう貿易でもって、持ってきたものぐらいもうけているかもしれぬからというような考え方もなされるわけでありまして、そういう意味では、こちらに全然自由裁量権のなかったものに対しては、もっと厳密に考えたほうがいいというお考えと思います。 これは私も申しておりましたとおり、当時日本が非常に困っておったのでありますし、また援助をしたり貿易がなされたわけでありますが、これも推測ではありますけれども、日本人自体でもって当時貿易を独自にやれたかというと、なかなかむずかしい事態が想定をせられるわけでありますし、結果として日本人が払い下げ物資に対して支払った金額は九百億余でありました。当時、その九百億というものが、一体百円で換算するのか二百円で換算するのかというところには議論がありますが、昭和二十四年四月にはもうすでに三百六十円レートが確立しており、われわれが計算したその前のレートも三百二十円という暫定的な計算も一応やっておるわけでありますから、三百円と計算してみても、日本人が払い下げ物資として、これは貿易物資も全部ひっくるめてでありますが、両方払った金が三億ドルか四億ドルだと思います。残ったものはどうかといえば、結論的には、零から発足した外貨が引き継ぐときには一億ドルも残っておりましたし、純資産として貿易特別会計から引き継いだものが三百八十億もあったわけであります。その後なお、昭和二十四年から二十八年までの見返資金特別会計で積み立てたものが三千六十五億もあるのでありますから、やはりアメリカ軍が管理をしておった、当時の日本人が口出しをすることができなかっためくら貿易の内容に対しては、少なくともアメリカが自分で対日援助をしたものの代金をめくら貿易の中で差っ引きをするような考え方は絶対なかった、やはり日本のために援助をした代金もいつの日にか日本が払える場合になったら払ってもらう、そういう考え方を前提にして行なわれた貿易でありますから、その内容も、寸毫も間違いはないとは言えないけれども、われわれは今日アメリカも好意的にまじめな立場でこの占領軍管理の貿易をやったのだろう、こういうふうに推定をすることが正しいのではないか、そういうふうに考えます。 で、日本人自体が一体初めからこれを払う意思があったのか、これは非常に、あなたの言うとおり、実際は昭和二十年、二十一年、二十二年、二十三年のときは、代金より食うこと、着ること、生きることに主眼を置かれて、代金を払うということをほんとうに初めから考えておったかというと、ただではないであろうけれども、いつ払うのかという払うということに対しては、二十四年の見返資金特別会計を設置するときからこれは明確に払わなければならない、いつの日にかこれは払わなければならないということをだれもが考えたでしょうが、混乱の時代の昭和二十年から二十三年一ぱいは、あなたの言われたように、払わないでいいと考えたわけではないけれども、払うという考えがどこまであったのか、それは私自身もこれは推定であって、明確には申し上げられないと思います。
○大矢正君 それでは、あなた、ただではないと思ったであろうかということを当時考えるにしても、おそらくこれはただであるという気持は偽らざる気持であったと思う。あなたは今になってから、ただではないとは思っていたけれどもという言葉を使うけれども。だから、国会もありがとうございますといってわざわざ感謝決議をしたわけです。それはおそらく私は、その根底はただでもらっては申しわけないという気持があったからやったであろうと思うし、例の阿波丸の請求権放棄もそういうところから行なわれてきたと思う。私は政治的にそう考えておる。しかし、これはあくまでも政治的な議論だから、あなたとここで議論をしてもしようがないと思います。 そこで、次に外務省にお尋ねしますが、西独がアメリカからの援助を受けて、それに対して日本よりずっと早く支払いのための協定が結ばれましたが、その西独とアメリカとの間の援助の支払い協定の内容をひとつ説明してもらいたい。
○政府委員(安藤吉光君) 西独のいわゆるガリオア援助処理協定は一九五三年二月三十七日に締結されました。純援助総額が三十億一千主面九十七万ドル余でございました。返済額が十億ドル。これをパーセンテージにいたしますと、二三・一七八%になります。返済方法といたしましては、五年間の元本据え置き、年利二・五%、三十年ということでございます。概略を申し上げますと、そのようになっております。
○大矢正君 私の聞いている西独の支払い内容とあなたの御答弁と同様でありますから、そこでお尋ねをしますが、この政府側の答弁は、今までの答弁を聞くと、まあこの委員会じゃありませんが、西独の援助処理の協定というものと日本の援助の解決の仕方、支払いの協定と比較すると、かなり有利な条件であるかのごときことが池田さんの口からも、その他からも、しばしば漏れているわけですが、日本のこの処理の仕方とそれから西独の処理の仕方と比べて、西独が悪くて日本の場合には条件がよいのだということは一体どこにあるのですか。
○政府委員(安藤吉光君) いろいろございまするが、おおまかなところを申し上げますと、第一に援助総額でございます。これの先ほど申しました西独の三十億余というものは米側の数字に基づいたものでございます。日本で申しますならば、米国の決算資料に基づく対日援助は十九億五千万ドル、それと見合う三十億ドルというものが、直ちにこれは債務総額として、その基礎の上に算定されたのです。わがほうといたしましては、通産省が鋭意努力して作成いたしました十七億九千万ドルというものを基礎にしましていろいろ交渉いたして、われわれとしてはそれを基礎にして交渉を進めたという点、出発点がひとつ違っておるということでございます。 その他こまかい点になりますると、西独はこの援助額を算定いたしまするのに、たとえばわれわれのほうはいろいろ要求いたしました控除とか、あるいは何と申しますか、たとえば対韓債権の差っ引きとか、対琉球債権に対する差っ引き、あるいは貨物輸送代とか、いろんなものがございまするが、そういったものを相当引いたのでございますが、西独は援助総額の三十三億からは、要するに行政費とかあるいはフランス、ユーゴ等への引き渡した分は引きましたけれども、純援助額三十億ドルというものをそのままとりまして、それを基礎としまして十億ドル払うということでございます。その他、返還方法等につきましては、これはいろいろ、西独の場合は日本よりも八年前にきめておるわけでございまするし、その当時日本としてはこの八年間の、何といいますか、あとで払うということになったことは、その間の金利等を考えますれば、これは相当な利益になっておるのではないかということも言えるかと思います。それから、また、返済金については、西独の場合は何ら話がございません。ところが、日本のほうはこの返済金につきまして、御存じのとおり、低開発地域の開発にアメリカの国内法の手続に基づいてやるというようなこととか、あるいは二千五百万ドルを教育基金に使うとかいうことが申し合わされておるわけでございます。 まあ支払い金額の点におきましても、したがいまして、西独の場合は、先ほど申し上げましたように、三十億ドルに対して十億ドル。したがいまして、この比率は三三・一七八%に該当いたしまするが、わが方がいわゆる純援助総額と現実に支払っている四億九千万ドルを逆算いたしますると、アメリカの決算資料の数字をとった場合はたしか二五%余になるかと思います。日本の計算数字は二五・八%になります。それから四億九千万ドルを、日本の十七億九千万からいろいろ控除を引きまして、純援助総額として考えられる十七億一千万ドルというものと対比いたしますと、それが二八・五%になっておると言えるのではないかと思います。
○大矢正君 あなたの言いう御答弁はまことに勝手な議論だね。たとえば、援助総額は、ドイツの場合はアメリカの提示された内容そのままで、言うならば、簡単にいえば、三分の一切り捨て、三分の一を支払い、出てきた金額が十億ドルと、こういう御説明だけれども、しかし、日本の国の場合は、先般来議論をされておるように、援助をされた品物の内容について、これがいいとか悪いとかいうことは言えなかったことは事実なんですよ。だから、腐って食べられないものが来ても一応は受け入れた。そういうものは最初からはねて計算しておるのじゃなくて、そういうものを受け入れて、あとからそういうものを廃棄処分にする。その分を幾ら引くかという計算はしているけれども、そういうものを一切こみにしておる。なぜこみにしたかといえば、日本はこういうものは要らないとか、こういうものはもっとこうしてくれということが言えなかったから。そうでしょう。そこで、援助総額がアメリカの言いなりになったかならなかったかという議論は、それは私が言うまでもなく、結局ドイツの場合は日本と異なって、こういう品物は要りませんとか、あるいはこういうものはこんな高い金じゃ要りませんとかいって、最初から選択する自由があった。ところが、日本の場合はなかったわけでしょう。
○政府委員(安藤吉光君) その点につきましては、従来からも国会でそのような御議論もあります。実はドイツ政府に照会しましてこれをつぶさに調べてみたのでございます。ドイツといたしましては、当初は英米仏の三占領地区にも分かれており、地方政権でもあり、そういったような選択の自由はなかったということをはっきり申しております。また、統計によりましても、たとえば食糧というものをとってみましても、ドイツは純援助額の五八・六%というものが食糧になっております。日本は、五二・四%が食糧になっております。日独のいろいろな援助の内容というものは大体同じであったというふうに考えられる次第でございます。
○大矢正君 それから、あなた、ドイツはアメリカの言うとおりの資料に基づいて支払ったと、こうおっしゃるけれども、しかし、日本の場合には、アメリカがどういう資料を出してこようが、日本には日本としての資料があったから、日本は十七億六千万ドルが正しいと言って払ったわけでしょう。正しくないというのですか、日本の算出十七億六千万ドルは。
○政府委員(安藤吉光君) アメリカの決算数字というものも、これは向こうの会計検査院の審査を経た信憑性のある数字でございます。しかしながら、われわれといたしましては、その価格とか、あるいは確実にこれはもらったものであるということを、相当な労力をかけて累計いたしましたものが十七億九千五百万ドルになった。そういう確たる資料があるわけでございます。もちろん、これは資料が散逸しておるものもあるでございましょうし、したがいまして、これよりふえる可能性はある。しかし、少なくともこれだけはもらったということがはっきり出ている数字でございます。したがいまして、われわれとしては、これを基礎にして交渉を進めたわけでございます。ドイツも、聞くところによりますると、やはり米側の決算資料の数字というものに対してはにわかにそのままこれに応ずるということではなくて、やはり日本と同様なような労作をした試みもあるようでございます。しかし、なかなか困難で、日本のような数字を出し得る段階に至らなかった。したがいまして、アメリカのこの決算資料によって、この数字に基づきましての交渉をいたした、かように承知いたしております。
○野溝勝君 関連質問。私は簡単に聞きます。アメリカ局長の大矢君に対する答弁はおかしいですね。確たる証拠があった、確たる材料があったと言われるが、大蔵省のお役人が伝票集めに十日間もまつ黒になって働いてようやく集めたような資料が、確たる資料と言うことはできないと思うんだな。それから、その当時貿易特別会計のあり方を見ても、貿易庁ができても、何しろこちらの言うことは通らぬのじゃないですか。向こうの言うなり、命令どおりに服せという通達が出ているじゃないですか。むしろそれは大蔵大臣の田中君の言うような話ならある程度わかるんですがね。その点はあまり自信を持ったようなお答えはちょっとおかしと思うんですよ。その点は大いに疑問がある。
○政府委員(安藤吉光君) ただいま申し上げましたのは、十七億九千万ドルの積算の経緯かと思います。これは通産省が六年ぐらいにわたりまして、総司令部の輸入資料、手持ちの資料とか、そういうものを借りまして、これはガリオア対日援助に違いないというもののみを集めまして累計しまして、そしてその結果出てきた数字でございます。したがいまして、この資料があるいは抜けていたものもございますでしょうし、あるいは評価の点におきましても、日本側は日本側としての一定の水準で評価をしたわけでございますから、こういうようなレイアウトの数字の違いが出てきたんじゃないかと思います。
○野溝勝君 そういうあとのようなお答えなら私はわかるんだけれども、あまりに明確に確たる証拠に基づいて十七億九千何方かあると思われるということになると、僕はまた食い下がってお聞きしなくちゃならぬ。
○大矢正君 それから、あなたは、東アジアの開発を日本が希望して、日本の支払いのいわば資金はそのほうに向けられることになったから有利だと、こうおっしゃるが、これはあれですか、そうすると、日本から受け取ったらすっとそのまま向こうに持っていくんですか。そうじゃないでしょう。アメリカの会計の中に一たん戻るんでしょう。
○政府委員(安藤吉光君) さようでございます。私の申し上げたかったのは、交換公文におきまして、米国が国内の適当な立法措置をとることを条件として低開発地域の経済援助にこれを振り向けるということが盛られておるわけでございます。しかも、この適当な立法措置ということに関しましては、一九六二年、対外援助法案におきまして、第六百十八条で、日本からの返済資金は開発援助すなわち対外援助法の第一部である開発援助に向けるということが、八月一日に成立いたしましてできておるわけでございます。ドイツの場合はこういつたようなことは何ら書いてないということをちょっとあわせて申し上げただけでございます。
○大矢正君 東アジアに対するアメリカの経済援助というものが日本の金から出されたことは日本にとってたいへん大きなプラスだなんてあなた言ったって、そんなもの通りゃしないよ。アメリカの歳入に一たん入れて、そこから出してくる金でしょう。もし日本が払わなければ、アメリカはアメリカなりでそういう支出をしなきゃならぬ、予算の中で。そんなことをさも大きいことを日本がやったようなことを言ったって、そんなものはだれもほんとうにしませんよ。しかも、年間に二億ドルも三億ドルもというならいざ知らず、何千万でしょう。百七十億か百八十億のものをこの広い東アジアにつぎ込んで、一体どれだけ経済援助になるか。そんなことを、日本が西独の協定と比べて有利なことをやったとか、束アジアの諸国に対して日本がものすごい善政を施したようなことを言ったって、そんなもの通りゃしないですよ。 それから、日本の場合は、金利は二分五厘で同じだが、十五年間で支払わなきゃならんでしょう。西独の場合は五年据え置いてしかも三十年の長期にわたって払っていけばいいということは、それだけその国の国際収支には大きな影響は出てこないんですよ。ところが、日本の場合は、十五年間で払うということは、それだけ国際収支の上に——まあ円貨で払う分もありますから、それはしかしわずかですがね。大部分はもうこれはドルで払わなきゃならぬことになれば、それだけ国際収支に重大な影響を来たしますよ。それは最近西独が外貨の手持ちが多くなったから、協定は協定としても、政治的に短期間のうちにこれを払おうというような話し合いがされているようですけれども、それはあくまでもその国の経済力、その国の実態に即して随時政治的に、西独の意思に基づいてきめられるものであって、この協定というものは一たんきめられてしまえば、その国の意思がどうあろうと払わなきゃならぬことは事実なんだから、債務でありますから。しかも、支払いの年限というものはきまってるんだし、一年間にどれだけ支払うということはきまっておるわけですから、片一方は三十五年で払えばいい、片一方は十五年で払うということになるのは、それだけとっても、あれだけ外貨の蓄積の多いドイツですらそういうやり方をしているのに、日本が特に最近のように国際収支が漸次よくなりりつつあるとはいいながら、二十億ドル以上あったものが十六億ドル、十五億ドルとだんだん下がってきておる。この段階で十五年やそこらで払うという条件を見たって、何にもよくない。よくないどころじゃない、たいへんな違いです。倍の年限で払えばいいのを半分で払うのですから。これでもなおかつ西独よりいいとおっしゃいますか、この協定が。
○国務大臣(大平正芳君) 今の西独より有利であるということを、私のほうから特に申し上げるつもりはないんです。
○大矢正君 おかしいな。外務大臣、あなたの答弁おかしいな。有利である、有利であるところの証拠はこうだと並べたでしょう、さっき。それなのに、あなた言わないというのはおかしいじゃないですか。
○国務大臣(大平正芳君) それは大矢委員のほうから御質問がございましたので、まあ事務当局のほうで、こういうところもございます、たとえばわれわれは一九六二年に協定を作ったわけでございますが、ドイツの場合は一九五三年でございますから、その間十年もたっておるということもございますし、いろいろ数えてみれば、無理して探索してみれば有利な個所もないではございませんと、そういう趣旨です。特にそれを誇示しようなんでいう気持は私には全然ございません。
○大矢正君 外務大臣は、衆議院の猛者連も、口を評してのらりくらり答弁だと言うけれども、ほんとうにのらりくらりの答弁で、つかみどころのないようなあなたとやっても、私のほうが負けるかもしれぬから、やめます、そののらりくらりでは。 そこで、西独との協定というものは、今いろいろ議論があったとおりに、決して日本と比べて劣るものじゃない。むしろ、私は、西独のほうが日本の協定より有利だったと解釈しています。 それから、次に、産投会計それ自身の内容等について質問をしてみたいと考えますが、時間がないので……。
○委員長(佐野廣君) この際お知らせいたします。ただいま参考人日本開発銀行総裁太田さん、同じく理事大鳥さん、日本輸出入銀行総裁古澤さん、同じく理事山本さんが御出席なさいました。
○大矢正君 そこで、外務大臣、今日韓交渉が行なわれて、請求権に基づく、池田さんの言葉を借りると、法律的な根拠のある協定ができ上がるとか、でき上がらないとかいういろいろ議論がありますがね。しかし、あなたは贈与と借款と二つに分けて日韓交渉を妥結したいという御趣旨のようですがね。そこで、この日本の国がかりに日韓交渉において借款という形で韓国に対して協定を結ぶ場合には、一体日本の国の現在の形から参りますと、どこからその借款の金が出るのか、どこから借金をさせるための金が出るのか。これは当然日韓交渉との関係がありますから、外務大臣と、それから大蔵大臣と、両方から答弁して下さい。
○国務大臣(大平正芳君) 恐縮ですが、まだ話はそういうところまで行っていないのでございまして、請求権というむずかしい問題がございますので、これをほぐして参る方法、考え方はないもんかという工夫を今せっかく考えておる。で、一応こういうことでどうだろうかというような考え方を先方に提示いたしまして、その反応を見ておる段階でございまして、これをどういうところからどのように支払うというようなところまでは、まだ全然お話はしていないわけでございます。
○大矢正君 それはまあ外交上の交渉の経過というものは秘密だから、あなたはこの段階では言われない、将来は言うでしょうが。それはまあいいでしょう、それで。しかしあなたが韓国に対して、日韓問題解決の方法として借款を提示したということは、これはもうだれ疑うところのないみんな知っている事実なんです。だから、ここは何も外務委員会じゃないから、そのことを議論する気はないのです。ただ、その場合に、韓国に対する借款を供与する場合には、いずれにしても大蔵省が考えなければならぬ問題になってくるわけですね。何億ドルになってくるかわかりませんが。その際には、輸出入銀行という形で出す借款の方法もあるでしょうが、いずれにしても、市中銀行から借款されるということはこれは考えられないことで、やはり国のいずれかの機関その他からその金をお出しになることになるわけですね。そうすると、一体どういうところから出すことになってきますか、借款を供与する、借款を韓国にやる場合に。
○国務大臣(田中角榮君) 今外務大臣がお答えいたしましたとおり、まだその内容は全然きまっておりませんし、借款というような問題を先方側がのんだと仮定した場合どこから借款しなければいかぬ、こういうことで仮定の問題でありますから。いずれにしても、両国が妥結をするような事態が起きれば、延べ払い方式を行なう場合には輸出入銀行を使うのか、また別な機関でやるのか、開発銀行が日本の国内と同じような感覚で特殊な、協定を国会で承認をせられる場合、向こうの直接関係事業に金を貸せるようになるか、これはまだ全く未定のものでありまして、確たるお話はできませんが、何らかの方法を講じなければならぬだろうということはお説のとおりであります。
○大矢正君 この借款というのは、今の日韓交渉で初めて出てきた問題ではなくて、すべに実施をされている他の国との関係もあるわけでしょう。それじゃ、他の国々に与えた、東南アジアに対して与えた借款というものはどこから金が出ているのか。そうすればわかるでしょう。
○政府委員(稻益繁君) いわゆる経済協力という形で出ておりますのは輸出入銀行からの、輸銀の資金で延べ払いという形で出ています。
○大矢正君 輸出入銀行以外にはありませんか。かりに保証をするとか、裏づけをするということもあるわけですね、資金は他が出して。
○政府委員(稻益繁君) 現在のところは輸銀だけでございます。
○大矢正君 そうすると、まずここに一つ、もし韓国との対日請求権、当面焦点になっているこの問題がどういう形で処理できるかわからぬが、いずれにしても借款ということが入って解決すれば、これから輸出入銀行の言うならば命の貸し出し、そういうものは多くなることは事実ですわね、第一として。 それから、次に大蔵大臣にお尋ねしますが、去年の、私の記憶が間違いなければ十一月ごろから、アメリカの市中銀行より、当時の外貨危機と申しますか、外貨が非常に減少したということから、借りておりますね、市中銀行から。その支払い時期は、一年ですから、今年の大体十一月ごろということになって参りますが、これは一説には、借りかえをしてはどうかという説があるが、健全財政を堅持する、借金はすぐ払いましょうという大蔵省にとっては、借りかえなんという措置はしないで、これは当然約束に基づいて支払うと、こういう御趣旨のように承っておるのですが、そうすると、十一月以後当然この市中銀行に対する支払いを行なっていかなければならぬという解釈になりますが、どうですか。
○国務大臣(田中角榮君) お説のとおり、米市中銀行から借り入れた三行からの借り入れが一億ドルであります。そのほかのものが一億二千五百万ドルばかり来年の上期までに支払わなければならないものがありますから、合計三億二千五百万ドルだと思います。この三行からの借り入れの二億ドルについては、ことしの十一月末から来年の二月末までに、大体四カ月、五千万ドルずつ返済という約定になっております。それから、その他のものは三月末に幾らか払いまして、来年の上期までに払うということになっていると思います。こまかい数字が間違っておれば事務当局から御説明申し上げますが、そういう状態でありまして、御承知のとおり、四月末で十六億三千五百万ドルというような、外貨準備としては非常によくなりつつありますが、しかし、これから十二月の輸出好調期で相当程度伸びていって、これも十七億ドルになるか十七億ドルをこすかは別にしまして、今の十六億三千五百万ドルを割るような数字にはならぬと思いますが、例年のように、一月−三月の輸入期もありますし、また九月末の九〇%自由化という問題もありますので、にわかに期末の外貨じりを予想することはむずかしいと思いますが、しかし、一面において市中銀行の借りかえというような説もあり、また向こうもどうせ要るなら借りてもらったほうがいいじゃないかというような話も聞き及ばないわけではございませんが、健全財政の建前から、できるだけ自分の力で返済をしていくという基本的な考え方で、今これからの期末までのものがどうなるだろうというようなことを慎重に検討しておる段階でございます。
○大矢正君 それで、次に、政府のほうからIMFに対して、IMFから金を借りようという交渉が、たしか昨年以来だと記憶しますが、行なわれているはずですが、それはどういうふうになっているのですか。借りるおつもりなんですか、それとも借りなくてももう日本の国際収支は立ち直り始めてきたからけっこうですというふうに言うのですか。それから、その話はそのままの形で残っているのですか。
○国務大臣(田中角榮君) 御承知のとおり、昨年の申し入れによってIMF、スタンド・バイ三億五百万ドルのワクが取ってあることはおっしゃるとおりでございまして、これが期限は来年の一月十八日までであります。来年の一月十八日までに借りなければ一応これは消えてしまうわけでありますが、私も九月の十三日ごろからIMFの総会に出席のために渡米をいたしますので、それまでにはこれらの問題に対しても検討いたして参りたいと思いますが、現在、来年も引き続いて、スタンド・バイ三億五百万ドルそのまま来年に繰り越すということもあるでしょうし、また一ぺん帳消しにしてしまっても、日本が出しておる今の一億ドル余は自動的に借りられるワクもありますし、そういう問題については今度の九月の半ばまでに決定をしなくても、また十月ごろ東京における会談もありますし、十分当期までの輸出入の状況、それから外貨事情等国際収支の関係を検討して、時期がまだ余裕のあるうちにこれに対する政府の最終的態度をきめなければいかぬだろうという考えでおります。
○大矢正君 これは大蔵省のほうにお尋ねしますが、今産投会計の資金のほうには金があるのかないのかということを一つ。それから、もう一つは、三十八年度の予算の中で日本がアメリカに支払わなければならない金額は一体幾らなのか、そしてそれはドルで払うものなのかどうなのか、その点。
○政府委員(稻益繁君) まず後段のほうの来年度支払い額であります。これは予算が成立いたしますれば、協定どおりにやりますると約百五十八億円であります。 それから、産投会計として今資金があるかというお話でありますが、三十七年度の産投会計の予算をもって申し上げますると、予算として申し上げますると、歳入が六百三十七億五千万円、歳出が……。御質問の趣旨が、資金というのはほんとうの意味の資金でございますか、ただいま現在の。
○大矢正君 ないでしょう。
○政府委員(稻益繁君) 産投会計のうちの資金は全部取りくずしをしておりますから、ございません。
○大矢正君 それから、いま一つ、来年の三十八年払うものは円貨で払うわけじゃない、ドルで払うわけでしょう。
○政府委員(稻益繁君) 協定によりますれば、第一回の賦払い額のうちの千二百五十万ドル、第二回目の賦払い額のうちの千二百五十万ドル、合わせて二千五百万ドルが円払いということになっておるわけであります。したがいまして、たとえば、かりにこの九月に協定が発効するということになりますると、三十七年度内に七十九億円、このうちで千二百五十万ドル相当が円貨で払われる。来年度の予算が成立いたしました暁に百五十八億円の支払いを要するわけでありますが、そのうちで千二百五十万ドル相当が円貨で払う、こういうことになるわけであります。
○大矢正君 そうすると、この法律が改正をされた場合に、三十八年度でドルで払わなければならない額は一体幾らなんですか。
○政府委員(稻益繁君) 年度間では二千百九十五万ドルの倍でありますから、ドル額で。そのうちで千二百五十万ドルを引いたものがドルで払う、こういうことになっております。
○大矢正君 僕は数字を聞いているのだから、あなた計算せいというのなら、これから時間かけて計算するよ。
○政府委員(稻益繁君) 現在の協定では、円払いということを前提といたしまして計算いたしますると、来年度のドル払い分は三千四十一万ドル、約三千四十一万ドルです。——失礼いたしました。三千百四十一万ドルでございます。
○大矢正君 開発銀行に最初お尋ねをしますが、明三十八年度の開発銀行の貸し出し計画というものは、大体どういうものが今でき上がっておりますか。三十七年は、これはもう私ども十分知っておりますけれども、三十八年度はどういう考えを持っておるか。
○参考人(太田利三郎君) 三十八年度は、実はただいま作業をやっておる最中でございますので、数字等については固まっておりません。やはり大体三十七年度を踏襲しまして、電力、海運、石炭、特定機械、地方開発、こういったものに重点を置いてやっていこう、こういうことになろうかと思っておりますけれども、今申し上げましたように、ただいま作業中でございます。
○大矢正君 三十七年の貸し出し総額というのは、大体どのくらいあったのですか、計画に基づく。
○参考人(太田利三郎君) 三十七年度の計画といたしましては、九百八十五億円の貸付規模をもちまして現在やっておるわけでございます。
○大矢正君 同様に輸出入銀行のほうはどうなっておりますか。
○参考人(古澤潤一君) 三十七年度の資金計画といたしましては、貸付額千二百五十億でやっております。
○大矢正君 従来から、年次別に追ってみても、やはり貸し出し計画というものは一年々々金額がふえているという結果に私なるんじゃないかと思うんですがね。そういう前提からいくと、三十八年の貸し出し計画というものは、かなり三十七年度から比べても数字的に多くなるということは、開発銀行及び輸出入銀行ともに私は言えるんじゃないかと思うんですが、その点はどうでしょう。
○参考人(太田利三郎君) だんだんと融資の要請も多うございますし、開発銀行としてめんどう見なけりゃならぬ事業も多うございますので、傾向としてはそういうふうになっております。
○参考人(古澤潤一君) 私のほうも同様でございます。
○大矢正君 この三十七年の——私、言葉の表現がよくわかりませんが、原資といいますか、開銀でいえば九百八十五億、輸出入銀行で千二百五十億、これらの原資というものは、一体三十七年度はどういう形で調達をされるのか。
○参考人(太田利三郎君) これは、一番おもなものは資金運用部からの借入金五百七十億、それから外債を三千万ドル予定いたしまして、円に換算いたしまして百三億円、これがおもなものでございまして、そのほかに回収金約三百二十四億円、それから内部留保、そういったものがおもな原資になっているわけでございます。
○参考人(古澤潤一君) 輸出入銀行の資金源といたしましては、政府からの出資額二百億、それから借入資金、運用部からの借入額六百十億というものでまかなっておる次第でございます。
○大矢正君 そこで、三十七年度の関係で、輸出入銀行では二百億円の政府の、特に産投会計からの受け入れ——受け入れといいますか、出資があるわけですね。そこで、大蔵大臣にお尋ねをしますが、ことしの三十七年の経済の成長というものは四・五%、それからまた改訂をされたというが、いずれにしても、経済が調整過税に入っておりますからして、勢い国の歳入面におきましては従来に見られたような大幅な自然増というものは期待できない。極端な表現をすれば、自然増というものははたしてあるのかどうかということも、まあちょっと今日の段階では考えられないという状態だと私は思いますね。そこで、去年の七月に日銀の公差歩合の引き上げが初めて行なわれて、日本の経済政策が調整過程に第一歩を踏み出してからちょうど一年たちましたが、最近の鉱工業生産指数がどうやら上向きの姿勢から下り坂あるいは横ばいということになって、調整過程の効果というものが現われてきているところから見ますと、明三十八年の、言うならば、そういう経済活動の面から見た国の税収というものは多くを期待することができないという結論が私は出てくるんじゃないかと、こう思いますが、大蔵大臣、どうでしょうか。
○国務大臣(田中角榮君) 御説明のとおり、三十五、六年のような自然増収という大幅な税収入は見込めないと考えております。
○大矢正君 今まで私どもはもちろんこれは反対をしてきましたけれども、自然増収の部分は、政府のほうは翌々年度の、法律に基づく半分は国債の償還、あとの半分は一般会計に繰り入れられる、歳入として繰り入れられる、こういうことをやりたくないために、産投会計の資金の中に三百五十億だの、あるいは二百億だのとほうり込んで資金を確保しておいて、そうしてそれであとの産投の出資のやりくりをしてきたというのが今までの実態だと思う。これは事実だと私は思うんです。ですから補正予算で産投の資金を繰り入れるということでもって、二百億とか三百億とかぽんと入れて余裕を作っておいて、それでやってきた。ところが、来年以降、本年ももちろんでありますが、本年の予算、来年の予算を考えてみて、産投会計にぽんと資金を一般会計からほうり込んでおいて、自然増収をほうり込んでおいて、あとでこれを操作するということは事実上私はできなくなると思いますが、どうでしょう。
○国務大臣(田中角榮君) 一般会計の財源が非常に窮屈でありますから、産投の三十八年度の投資のワクをきめまして、必要やむを得ざる財源は何らかの処置をしなければならぬことは事実でありますが、一般会計からまとめて三百億も五百億も予備金的な性格をもって入れておくというようなことはできないと考えます。
○大矢正君 開発銀行にお尋ねいたしますが、この産投会計から、開発銀行が借り入れている、貸付を受けている金がありますね。これはもちろん貸付計画というのがありますから、何年には幾ら払うというそういう計画に基づいて開発銀行がお支払いになるんだと思うのでありますが、この政府の、言うならば、先ほど来のガリオア・エロアの返済の資金はそれも当てられているわけですね。そういたしますと、従来ならばそのやりくりできたものが、それが返されて参りますれば、開発銀行としては、その面においては資金繰りというものがなおよけいここでもって確保しておかぬと事業ができなくなるということにならぬでしょうか。何年か後には貸付金が、あなたの銀行に対する貸付金というものがゼロになっていく、返していくんですから。対米債務として返すんですからゼロになるということは、それだけ資金の運用が困難になるということを意味していると思うんですが、その点はどうでしょう。
○参考人(太田利三郎君) 産投会計からの借入金だけでございませんで、資金運刑部からの借入金も、全部借入金は期限ごとに返済する計画を立てまして、毎年資金計画を立てております。その不足分と申しますか、そのかわりに新しく毎年資金運用部資金から借り入れるとか、あるいは外債を募集しまして、その資金に当てるとかいうような計画を立てておりますので、この産投会計の返済金は、これは当然資金計画の中に組んでおります。そのために開発銀行の貸し出し計画に影響を受けるということはないと思います。 また、今お尋ねの、そのために何年か先に産投会計の借入金はゼロになるわけでございますが、これも当然、そういう計画で毎年資金計画を立てるのでございますけれども、今申しましたような理由で、これもわれわれの借し出し計画に影響はない、こういうふうに思っております。
○大矢正君 輸出入銀行の関係は、これは先ほどちょっと私も触れましたが、対韓国との間の交渉が成立をした暁には、当然のことながら借款ということもやらなければいかない。そうすると、今までの経過から見て、輸出入銀行がその借款を行なうということになって参りますから、当然輸出入銀行の資金需要というものは強くなって参りますが、しかし、原資というものはなかなか思うようにいかない。特に大蔵大臣もさっき認められたように、今年、それから明年にかけては、経済が調整段階に入っているから、一般会計で多額の税の自然増収を期待できないから、なかなかこれからは無理である。特に先ほども申し上げましたが、もうすでに産投会計の資金は余裕資金というのはないわけですから、ゼロですからね、もし産投会計の資金から入れようといたしましても、新たにこれは財源を確保しなければできなくなるということは私は当然だと思うのでありますが、そういう中で、来年度以降輸出入銀行等におきましてはかなり資金需要が強くなるということに関して、その資金需要を満たしてやるという方法が、大蔵大臣、あるでしょうか。まずそこからお伺いします。
○国務大臣(田中角榮君) これから輸出を振興するためには延べ払い制度等新しい方式をどんどんと採用していかなければなりませんので、輸出入銀行の資金は、資本金も今よりもより拡大をしていかなければならない方向であることはもちろんであります。その中で、特にまた特殊な協定等に基づく外交案件としてきめられるようなときが来れば、これもまた輸出入銀行の事業プラス・アルファというふうになるのでありますから、ますます輸出入銀行の重要性は増すとともに、これが資金確保をはからなければならぬということも事実でございます。その結果、資金の確保は何らかの方法で考えていかなければならないというふうに考えます。
○大矢正君 あなた、まあ何らかの方法で考えていかなければいけないというのは、これは答弁としてはそれでいいかもしらぬけれども、何をやるのだということは具体的には一つもないですよ、大蔵大臣。特に輸出入銀行の場合に、輸出に対してはたとえば資金運用部から借りる金利よりは、支払い金利よりはもっと安い金利で金を貸しているわけです、現状でもまあ。それは資金運用部から金を借りてきて、それないしはそれ以上高い金利で輸出に対して輸出入銀行が金を貸すのなら、それはまあやり繰りができるかもしれないけれども、そうではなくて、他から借りてきた金よりも安い金利で金を貸すわけですから、その金利の不足な部分は当然これは輸出入銀行が負わなければならぬ。負わなければならぬのは何で負うかというと、政府の出資において利子のつかない、金利のつかない政府の出資においてそれをまかなっていかない限り輸出入銀行の採算というのはとれないわけです。そうなって参りますれば、政府はもっと積極的に輸出入銀行に対して無利子の出資をしなければならぬということになるわけですが、その出資をしようといっても、財源がないんじゃないですか。どうします。
○国務大臣(田中角榮君) 輸出入銀行や産投に対する財源がなくなるほど窮屈だと、こういうふうに言っておるのじゃございません。これは先ほどから申し上げておりますのは、昭和三十五年、三十六年のように過大な税源を見積もることはなかなかできにくいだろうというふうに申し上げておるわけでございますが、政府が考えておりますとおりの経済成長というものは進んでいくのでありますから、現在の二兆四千億が二〇%増しの三兆円の予算を組むということになれば、これはもう非常にたいへんな問題でありますが、三十八年度の予算については、現在この八月二十一日をめどとして各省から概算要求書を出しておるのでありまして、それから今年の十二月一日ぐらいには三十八年度の予算を編成をいたすわけであります。そのときに予算の重点的な項目というものを十分検討しまして、その中で輸出入銀行に対する出資が最重点項目であれば、そういうものにウエートをかけて財源を得るような処置を考えなければいかぬと思いますし、三十七年度、すなわち今年度の二兆四千億余の款項目は一切動かないものであってこれをプラス・アルファで相当多くのものを一般会計に財源を仰ぐということになれば問題がありますが、これは現在全く未定の問題でありまして、これから政策的に重点、ウエートの問題として考えて処理をしなければならない問題でありまして、必要があれば産投及び輸出入銀行の資金等の拡大についても誠意をもって処置をしていきたいと考えます。
○大矢正君 あなた方のほうでは、本年、それから明年と、例年毎年アメリカに対してそれぞれ協定に従って金を支払っていく。しかし、それは開発銀行の納付金、それからまた開発銀行が貸付を受けている金の回収金や金利でもってまかなっていけるから、何ら心配がない、こうおっしゃる。確かにそれはそういう形で財源は捻出できるかもしれないけれども、それをやれば、それだけ開発銀行なり輸出入銀行というものの資金ワクというのは狭くなってくるから、もしそれを狭くしないように広く広げていこうとすれば、当然これは国の投融資をふやさなければならぬという結論に通じてくる。しかし、日本の経済というものは今日今言ったとおりに不況である。そうして特に法人税、また個人の所得税等の税収入は、なかなか自然増を大幅に期待できないという情勢である。こうなってくれば、勢い開発銀行や輸出入銀行に対する投融資の計画というものを引き下げざるを得ないということに私はなっていくと思います。しかし、これは具体的に数字を出してのお互いの議論ではなくて、考え方としてはどうだという議論でありますから、これ以上議論しても仕方がないと思いますから、私はやめたいと思いますが、いずれにしても、あす総理大臣も出てくることですから、この面についていま少し質問をしたいと思います。きょうはあと佐野委員が質問があるそうでございますから、私はこれできょうは終わりたいと思います。
○佐野芳雄君 午前中から同僚大矢委員がいろいろ御質問になりました。なるべく重複を避けて参りたいと思いますが、午前中の大矢委員の質問の中で、通産省の企業局次長が説明をしておりましたが、その中で昭和三十六年と二十三年との比較ですが、三十六年の輸出品目について日本の商社からアメリカに輸出されたときの輸出価が示されておりました。ミシンが三十六年には十三ドル八十八セントで輸出されておる、こういうふうに言われておったのですが、これは邦貨では五千円ぐらいになると思いますが、一体通産省は現在の国内におけるミシンの卸売価格が幾らであるというふうに御承知になっておるか、伺いたいと思います。
○委員長(佐野廣君) ちょっと速記とめて。 〔速記中止〕
○委員長(佐野廣君) じゃ、速記起こして。
○佐野芳雄君 国内卸売価格は幾らかということを……。
○説明員(高島節男君) うしろのほうにおりまして、御質問聞き取れませんでしたが、国内の卸売価格でございますか。
○佐野芳雄君 国内における卸売価格は幾ら。
○説明員(高島節男君) 今、ちょっと手元に輸出の関係の資料だけ持って参りまして、国内の御売価格の資料を持って参っておりますが……。
○佐野芳雄君 それでは後刻、あなたのほうでは、輸出に対する価格は一応調査になっておるので、当然国内における卸売価格もわかるはずですから、それをお知らせ願いたいと思います。私たちはミシンのことはあまり知りませんけれども、午前中大矢君も言っておったように、一体五千円くらいで国内で売れるのかどうかということになりますと、おそらく相当の犠牲を払って輸出をしておるのではないか、こういうふうに想定されるわけなので、お伺いいたしておるわけです。
○説明員(高島節男君) 手元に資料がございませんので、チェックいたしまして、そしてお答えいたしたいと思います。
○佐野芳雄君 そこで、この際、資料をひとついただきたいと思うのですが、輸出と輸入について、主たる貿易国の二年ないし三年の実績と、そして輸出のおもなる品目について船積みの時点における価格をひとつ出してもらいたい、こう考えます。ということは、今もお話しいたしておりますように、ミシンの場合は出血輸出ではないか、こういうふうに私たちは判断をするわけなんですが、そうすると、貿易の振興、国際収支の均衡をとるということで行なわれておる輸出への努力は国民の犠牲において行なわれておるというふうにとれないこともないのですが、大蔵大臣、その点どういうふうにお考えになりますか。あるいは、外務大臣にも聞いてもいいと思います。
○国務大臣(田中角榮君) 現在、輸出が非常に伸びておりますことは、はなはだ慶賀にたえないことでありますが、ただいまのお説のように、一部において出血輸出が行なわれておるのではないかというお考えでありますが、私は、去年の末からことしまでにかけて、出血輸出のようなものは中になかったということは言えないと思いますが、この六、七月の状況を見ておりますと、順次改善をせられ、輸出も本格的な軌道の上に乗った輸出がふえておるというふうに考えております。
○佐野芳雄君 外務大臣、どうですか。
○国務大臣(大平正芳君) 今、大蔵大臣が申し上げましたとおり、出血輸出が全然ないとは言い切れないと思います。現に、世界的な傾向として、先進輸出国におきましても、相当出血輸出ではないかと思われるような場合が相当普遍的になってきておるとも思います。それは操業度との関係があるのだろうと思うのでありますが、したがいまして、日本におきましても、個々の品目にわたって具体的に検証する私、力がございませんけれども、全然ないとは言い切れないと思いますが、しかし、輸出の大勢は、今大蔵大臣が申し上げたように考えております。
○佐野芳雄君 出血輸出の行なわれておるという傾向のあることを両大臣も一応認められておるのですが、そうすると、商社は損をして商売をするわけはないので、出血輸出を行なっているということになりますと、その損の取り返しを国内の消費者にかぶせるということに当然なるわけであります。そういうようなことで行なわれるところの輸出の増強ということは、歓迎するという考え方でおられるのかどうか。あるいは、それは困ったことであるので、もっと強く規制したいというふうに考えておるか。とにかく国民の犠牲において輸出が増強され、そして輸出が伸びて、輸入が減った、うまくいっているのだと、こういうふうに考えられるとはなはだ迷惑なんですが、いかがですか。
○国務大臣(大平正芳君) 直ちに国民の犠牲というものには結びつかないのじゃないかと思うのです。例の肥料の問題にいたしましても、国内に対する売り渡し価格と輸出価格に差がございまして、国内で高く買っておるのじゃないかという議論、批判がございましたけれども、しかし、もしかりに輸出がないとすれば、先ほど私が申し上げました操業度が落ちまして、単位当たりのコストが上がって、国内では高いものを使わなければいかぬという羽目になるわけでございまして、ここはおのずから、非常に生産力が伸びておる今の段階でございますので、そういった全体としてつじつまが合うような生産政策、販売政策を考えておるのではないかと思うわけでございます。 今、佐野委員が言われるように、ちゃんとした合理的な原価計算をいたしまして商売ができるということが望ましいことでございますけれども、事実は必ずしもそのようになっていないということは、先ほど申し上げたとおりでございます。しかし、日本だけがそれではきちんとした計算にのっとって合理的な商売をやるのだということでも、なかなかいきかねる。競争がある、相手があることでございますので、一がいに、そのこと自体が国内の犠牲においてやっておるとは百パーセント言い切れないのじゃないかという感じがいたします。
○佐野芳雄君 そうしますと、私たちは、国民の犠牲においてではないというふうに、百パーセント言い切れないということを言っておられますが、そうしますと、政府の、国際収支の均衡をはかりたい、早く進めたい、そうして最近は国際収支の回復が順調に進んでおる、こう言っておられるのですが、確かに数字の上ではそういうふうに現われてきておるのですけれども、そうすると、国際収支の均衡をはかるために無理な輸出も奨励しておるというふうに受け取れないこともないのですが、いかがですか。
○国務大臣(大平正芳君) 国際収支の均衡というのは、数字の上ばかりじゃなく、非常に日本の信用の問題にもかかるわけでございますので、おっしゃるように、国際的な金繰りが安定的につくという状態は、いろいろな場合をふまえて堅持していかなければならぬことだと思うのでございます。それだから、無理をしてでも出血輸出も奨励するというような気持ではないわけでございまして、本格的な輸出の振興ということについて合理的に進めて参るということをあくまで本則といたしておるわけでございます。ただ、先ほど申し上げましたように、各国の事情が非常に競争下にございますので、ものによりましては、そういうものもないとは言い切れないのじゃないかということを申し上げた次第であります。
○佐野芳雄君 それから、別の面からお聞きしたいのですが、輸出が伸びた、ところが輸入が減った、「輸入が」でなしに「輸入も」減少した、こういうふうに言いたいのですが、そうすると、輸入が減るということはも一面において生産の伸びもおそくなるという結果が出てきておると思いますが、これについてのお考えを伺ってみたい。
○国務大臣(大平正芳君) それを、輸入による原材料を使用して生産をいたしておる部面におきましては、生産水準がその限度において落ちるということは、当然の道行きかと思います。
○佐野芳雄君 貿易の自由化が私たちの前にすぐ現われてくる時期に来ておるのですけれども、そういうほんとうの意味における正しい輸出入のバランスがとれるような考え方を措置しておかないと、貿易の自由化を前にして、安易な判断は慎まなければならぬと考えておるので、いろいろお伺いいたしておるわけです。きのう衆議院では、大蔵委員会で山際日銀総裁を招いて、当面いたしております金融政策の進め方について意見を聞いておりまするが、これはひとつ委員長のほうで御配慮いただいて、適当な機会に本委員会に参考人としてお呼びいただいて、いろいろお伺いをいたしたいと思うわけです。 その中で、これは東京新聞ですが、山際日銀総裁は、国際収支は均衡に近づいた、これは輸出がよかったからだ、こういうふうにだけ言っておられるわけです。このことは、やはり今御質問申し上げておるように、国際収支の均衡をはかるために出血輸出もある意味において奨励してきておる、そして無理な輸入の規制をしてきておる、こういうことが国際収支の均衡がとれてきておるやはり一つの理由であることを私たちは考えておるわけですが、そういうふうなことは今後もっと強く是正をしてもらわぬと、貿易の自由化を前にして危険を伴うんじゃないか、こういうふうに考えておるわけです。もう一度御意見を何っておきたいと思う。
○国務大臣(田中角榮君) 山際総裁が衆議院の大蔵委員会でどういうふうに御発言になられたかはつまびらかにいたしておりませんが、ちょっと私たちの先ほどの答弁に不足があったようでありますから、あらためて申し上げますと、国際収支が確かに逆調になって、国際収支の均衡をはからなければならなくなったことは御承知のとおりであります。そして、一年ばかりの間に確かに国際収支の均衡も保てるようになり、数字的には国際収支がすでに均衡したんじゃないかという議論もありますけれども、その過程において、国際収支の均衡を保つために出血輸出を奨励したというようなことはございません。これだけははっきり申し上げておきます。おそらくはそういう行政指導もいたしておりませんし、またそういう考えは毛頭ありません。そうでなくても、日本の品物はどうも薄利多売で、安かろう悪かろうと言われておる状況から考えまして、いい品物を合理的な価格で輸出をすることこそ奨励をいたしておりますし、そういうことでなければ国際信用をつなぎ得るゆえんではありませんから、オールマイティなものの考え方で、輸出の体質改善をしながら国際的な経済競争に打ち勝っていきたいという考え方でありますから、過渡的な現象としてでも出血輸出を奨励したような事実は全然ございません。しかし、先ほども御発言がありましたように、一、二の例をとってみても、出血輸出じゃないかというように見られるところもあるじゃないかという御説に対しては、確かに過去の日本の輸出の中には出血輸出というような面がなかったとは断じ得ませんと。こういうものは早急に直していかなけりゃならない。本質的に日本の輸出産業の体質改善や底力をつけることに努力をいたしたいということを考えておるわけであります。 それから、山際さんの発言で申された、国際収支も、昭和三十六年の十二月には——三十五年の初めにはピークで二十億ドルの手持外貨があったと思いますが、それが三十六年の十二月には十四億八千六百万ドルといううような非常に低い数字まで落ち込みまして、過去一年間を通じてみると十億ドルも輸入がふえたじゃないかという御説があったことは、御承知のとおりであります。そういう立場から、国際収支の均衡ということをはかり、五月には統一見解も発表しながら今日まで参っておりまして、七月の末では手持ち十六億三千五百万ドル、また六月の末には、経常収支の尻において非常に差が縮まりまして、赤字四百万ドル、これが七月には二千二百万ドルの黒字になっておる。これが普通の状態からいいますと、六月、七月、八月、九月ころは非常に輸出としては時期が悪い時期でありますけれども、そういうときにさえ輸出が伸びておりますので、輸出好況期にある九、十、十一、十二月までは十分例年よりも以上に輸出が伸びるでありましょう、こういう政府見解を明らかにいたしております。そういう意味で、昭和三十七年の三月末に対しては、輸出は四十七億ドルよりも確かに上向きになるであろうと思いますし、四十八億ドルで押えられるかどうかわからないという議論をさられておった輸入も、四十八億ドル以下で押えられて、双方の尻で二億六、七千万ドルの赤字を予定しておったものが、少なくとも一億ドル以上、これは差は縮まるだろう、もう少しよくするようにしなけりゃいけないのじゃないかというふうに考えております。 もう一つ、ちょっと申し上げますと、その出血輸出をしたために輸入も非常に抑えておるのじゃないか、そういうことをやっておると、いやでも応でも出血輸出をまた続けていかなくちゃいかぬし、その上なお輸入を抑えますと、自由化に対応できない。これはもう非常に深刻な御発言でありますが、私たちがきょうの経済閣僚会議でもって数字を発表いたしましたものは、昨年の五月、六月、七月、八月、九月までの間に、約五億ドルに近い輸入がふえておるわけであります。この輸入は、原材料、中に二、三——二億ドル以上思惑輸入というか、いずれにしても自由化に対応した原材料の輸入が促進せられたために、大幅な外貨の赤字があったわけであります。でありますから、現在の段階で考えますと、国内消費というものはもう頭打ちになっておるようでありますし、輸出は順調に伸びておりますが、その反面、去年の飛び込み輸入といいますか、思惑輸入といいますか、去年非常に輸入をした在庫を食いつぶして現在の輸出が行なわれておるのでありまして、現在私たちが考えておるような、期末までの輸出輸入のバランスが今のように順調にいくであろうというものの考え方の中には、自由化によって輸入が伸びるであろうということも算に入れての計算でありますから、今の政府の考え方で、輸出を伸ばすためには、国内を犠牲にしようとか、それから輸入を特にケース別に押えていこうというような考えのないことを明らかにいたしておきます。
○佐野芳雄君 輸出の問題は、将来の問題としては、先日ソ連に参りました財界、業界からの代表も、新しいソ連との輸出契約ができるようでありますから、そういう面において一面明るい見通しも持てないではないと考えられます。しかし、この問題は、先ほどお願いいたしました通産省のほうの資料が参りましてから、あらためてまたお尋ねをいたしたいと考えます。 そこで、きのうの大蔵委員会での、新聞の記事によりまするお尋ねにもう一つ続くわけでありますが、きのうの衆議院の大蔵委員会で佐藤観次郎氏が、金融の引き締めによって現在の金融情勢はだいぶ改善されてきておる、したがってこの辺で金融引き締めをゆるめてはどうかというふうな意味の発言をしております。そうしないと、年末になって中小企業などがかなりのショックを受けるのではないか、こう言っておるのでありまするが、それに対して、前段は省略いたしますが、山際総裁は、年末の問題は、最近の経済界全体が鎮静していることと、財政資金の払い超期にはいるという二つの理由で、今より金融がゆるむから、従来の年末金融対策をとればショックなしにゆけると思う、こういうふうに言っておられるのですが、大蔵大臣、どういうふうにお考えでございますか。
○国務大臣(田中角榮君) 私も、ただいまあなたがお読みになられたことが昨日大蔵委員会における山際総裁の発言でありますから、私も大体同じ見解を持っております。それは一部において外貨事情も非常によくなって参りましたし、同時に、国内的な均衡保持ということを政府は言いながら、国内産業間においては相当しわ寄せを受けるものもあるし、一部においては不況現象があり得る可能性もありますので、ある意味においては少し景気を刺激するような意味で、金融緩和の措置をとったらどうかというような意見も散見をするのでありますが、御承知のとおり、ことしの七月、八月は昨年に比べまして相当揚げ超幅も減っておりますし、引き締めをしておるとはいいながら、きょう発表せられた経済見通しをごらんになるとおわかりだと思うのですが、去年の財政資金の揚げ超幅とことしの差額とがちょうど今の日銀券の増発によってまかなわれておるというような状況でありますので、現在、去年の引き締め時の初期に比べまして金融が総体的に詰まっておるというふうには数字の上では看取できないのであります。しかし、いろいろな現象がありますので、中小企業等特にしわの寄りそうなところに対しては、前回も申し上げたと存じますが、中小三公庫に対して百五十億、また買いオペレーションを通じての百五十億、計三百億の資金措置等も行なっておりますし、そのほかに日銀を通じての五百億の買いオペレーションを現在行なっておるわけであります。でありますので、引き締め調整基調の中においていろいろな不況現象の起こる産業、また国内における不均衡是正という問題に対して、特に金融的な配意を続けておるわけであります。こういうことでもって続けておりますときに、御承知の九月の末からは米の代金に対して相当大きな払い超の現象が起きますので、何らかの措置で引き締めなければならぬのじゃないか、そうしないと時期的には緩和というような気持が相当出てくるのではないかという相反する議論もありますので、現在の段階において考えますと、引き締め基調を堅持しながら国内の均衡をはかっていくというためには、日銀総裁が言われたとおり、現在金融緩和というような面を打ち出すべきではない、こういうふうに基本的に考えております。
○佐野芳雄君 私も金融引き締めをこの際緩和しなければならないというように考えておるわけではないのですが、幸い、政府のほうで中小企業に対するいろいろな施策をとられたことはけっこうだと思うのです。そのことはある意味においての効果を奏した面もあることは私も認めますけれども、それはほんとうはムードとしての効果が出たのであって、中小企業はそのことによって大きく救済されたということは現実には言えないのではないか、こういうふうに見ております。ということは、現在中小企業がそう心配したような状態ではなしに全体的に進んでおるということは、設備投資の過熱の状態の起こりました前の年に相当の中小企業は潤いを受けております。そういう余裕があるので、ある程度今日の苦痛を忍んできておる、こういうことが言えると思う。あるいは商売人の場合は、物価が上がった、したがって今までは一〇〇でなければ商売にならなかったのが、その品目、数量が減って七〇くらいでも多少利益が出てきた、こういう一つの好条件があったわけでありまして、今日の金融引き締めによるところの苦痛をある程度除去してきたというふうに考えられないこともないのではないかというふうに思います。しかしながら、そういう条件の中で、御承知のように、ことしの夏に各会社、工場が出しましたいわゆる従業員に対する一時金は相当の部分において分割払いをいたしております。これは夏であるから分割払いあるいは社内預金でも辛抱しますが、お正月にはそうはいかないと思う。それから、同時に、分割払いあるいは預金したところは、年末にはやはり出さなければならない、こういうことになりますと、一応冬の一時金、年末の一時金プラス・アルファがついて出さなければならない、こういうことになるので、やはり資金事情は非常にひどくなるように思う。 そこで、今大臣の言われた一般的な経済の傾向はそうでしょうけれども、実際の経済の動きはなかなかそうでないという面があると思うわけです。たとえば、去年の九月に金融引き締めを行ないまして、それから後の今日に至りますコール市場、一体レートはどうなっておりますかということについて、そちらのほうで資料がございましたら、お示し願いたいと思います。
○国務大臣(田中角榮君) お答えいたします。 こまかい資料、今手元にありませんから、つまびらかに申し上げることはできないと思いますが、御承知のとおり、昨年の九月の引き締めから年末においては公称三銭八、九厘から四銭といわれておったのですが、悪いときには五銭を数えたということは、今日になって数字を詰めてみるとございますから、相当コールの金利も高かったということは言えます。現在金融機関、特に市中金融機関等が出しております金利は二銭七、八厘といわれておるのですが、大体そのコールの金利に対してはあまりはっきりしたことを言わないのが通例でありまして、大体それに二、三厘を加えるとおおむね三銭ないし三銭一、二厘と、こういうふうに見るのが至当ではないかと考えます。少しそのコールの金利は高いと思っております。
○佐野芳雄君 大臣は非常に下目に言っておられるのか、ほんとうを御存じないのか知りませんが、私の持っておりまする資料によりますると、三十六年の金融引き締めの起こりまする以前には大体三銭見当です。ところが、九月、これは八月の四銭四厘を初めといたしまして、四銭下ったことはないのです。特にこの七月には五銭二厘まで行っております。おおむね大体四銭以上のコール・レートで動いておるというふうに私たちは聞いておるわけです。これが月越しの実勢レートなんです。一体大蔵省は実勢レートを示しておりますけれども、これは日銀の関係かどうか知りませんが、一体コール・レートの現状をどういうふうにお考えになっているか、この点を一ぺんお聞きしておきたいのです。おおむね四銭、四銭五厘、あるいは低いときは、先月は四銭二厘と、八月中旬の実勢レートも、見通しは四銭三厘になるのじゃないかというふうに見ておるわけで、この点一ぺんお伺いしたいと思うのですが。と申し上げることは、このコール・レートの高金利によって地方銀行、あるいは相互銀行、信用金庫は金を貸すよりもコール市場に置いておくほうが得だと、そういうことで伺いたいのですが。
○国務大臣(田中角榮君) 月別の問題に対しては、今事務当局が持ってきておりますから、後ほど事務当局をして答弁せしめますが、私も、先ほど答弁をいたしましたとおり、知らないで申し上げたわけじゃないので、五銭だということを大蔵大臣が言うことははなはだ遺憾でありますが、五銭に近いところまで私も率直に申し上げたわけでありまして、実際に五銭というような事実もあったことを私も認めて申し上げたわけでありますし、私が就任をいたしました当時には、いろいろな、コールの問題で裏利の問題とかその他がありまして、大蔵当局も地方銀行その他金融機関、共済組合等に対しても、資金運用に対しては相当厳重な警告も発したわけでございます。その後、引き締め基調を続けながらもコール・レートはだんだん下がってきて、現在いわれておりますものについては、まあ三銭ぐらいまでにおよそ下がっておるというのでありますが、私の見るところでは、実際にまだ二銭七、八厘、三銭ということを言っておるのでありますから、実際に動いておるものの中には三銭二、三厘というもの、それよりも上回るものがあるでありましょう、こういうことを申し上げたわけであります。こまかい数字に対しては、事務当局をして答弁せしめます。
○説明員(佐竹浩君) コール市場の動き、大勢につきましては、ただいま大臣がお答えになったとおりでございますが、月別の推移を申し上げますと、まあ昨年の六月当時は無条件もので大体二銭九厘から三銭ぐらいだった。ただいま先生御指摘になったのは、大体月越しでございますね。月越し無条件では大体三銭を若干こえておる、三銭三厘、四厘ということでございますが、引き締めが始まりまして、九月にはこれが四銭三厘というようなことで、だんだんと上がって参りまして、十一月、十二月と、これが五銭をこえるという状況、御指摘のとおりでございましたが、ことしに入りましてから、一月、二月とかなり大幅な買いオペレーションが行なわれた関係で、市場情勢が非常によくなりまして、一月には三銭六厘、二月には若干上がりましたが、四銭五厘、さらに三月にまたこれが三銭五厘というように、実は下がっております。以後、四月以後の情勢を見ますというと、大体三銭五厘から四銭三厘見当を推移しておりますが、六月になりまして、これが三銭八厘に下がっております。で、七月になりまして、まだ財政は揚げ超でございます。大体三銭八厘見当でございますが、いわゆる翌日ものと申しますか、一番短いものは二銭六厘見当まで実は下がっておるわけであります。 昨今の情勢は大体そういう傾向でございますけれども、今後、九月に入りまして、財政が散超に動きますが、以後この第三四半期にはコールが下押して参る。なかんずく六月の半ばにコールの出し手、取り手をすべてを包含いたしましたコールの懇談会というようなものが開かれまして、お互いにできるだけコール・レートを自粛して参ろうじゃないかという機運が業界でも非常に出て参っております。そういう空気を反映しまして、漸次コールはだんだんと下押しに落ちつく傾向にございます。以上でございます。
○佐野芳雄君 そこで、先ほどもちょっと申し上げましたように、今日のようなコール市場の条件でありますると、先ほど申しましたように、地方銀行、相互銀行、あるいは信用金庫等は、お客さんには貸さずに余裕金を運用したほうが得だ、こういうことになるわけであります。しかも、こういう条件の中では、コール市場を利用いたします金融機関としては、先ほど大臣おっしゃったような、二銭五厘や七厘で貸しておったんでは、これまた商売にならぬということになりますので、当然歩積みを非常に強く強要いたしております。今までは、たとえば百万円借ろうと思えば、二十万円くらい預金をして、八十万円借りたらいいのだ。ところが、最近は五割以上の歩積みをしなければ金が借れないという中小企業の状況なんです。そうすると、二銭五厘で借っても五銭にも六銭にもつくのだ。こういうことになって、中小企業が、政府のいろいろな施策にもかかわらず、非常に苦しんでおる、こういうことが言えると思うのですが、こういうことの結果が粉飾預金をふやすことになるわけなんですが、それに対して大蔵省は、金融機関に対する粉飾頭金の抑制をしておるわけですけれども、こういう傾向にあることを御承知でおられるのか、あるいは知らないのか。知っておるからこういう手を打っておるのだということがあれば、聞いておきたい。
○国務大臣(田中角榮君) 御承知のとおり、中小企業向けの金融機関、特に信用金庫は現在預金高一兆三千億という状態でありますし、農協等においても散超にならない現在もうすでに手持ちが一兆円あります。それからなお、相互銀行も一兆円の台をはるかにこしておるというような状態であります。で、これがコールに流されており、また普通でしたらこの種の機関は一番しわ寄せを、昭和三十二年、三十八年等は受けておりまして、政府の財政余裕金の臨時預託をしなければならなかったというような状態ではありますが、今度は、そういう意味では、逆に市中金融機関が非常に資金繰りに困っておるにもかかわらず、これらの末端金融機関は資金量が豊富であります。これが全部中小企業に貸し付けられておるということであれば、政府が昨年からとっております財政余裕金の運用とか、買いオペレーションの問題とか、まだ中小三公庫に対する資金の融資等、適切な施策と相持って、中小企業の危機というものに対しては完全に対処できるわけでございますが、今お説のとおり、コール等で回したほうが非常にいいということで、逆に歩積み、両建てというようなものを強制されておるという事実も看取せられますので、この間から私も各種の会合へ出まして、両建て、歩積みの強い廃止というようなこと、それからまた非常に短い期間で十五日、三十日、三十五日、四十五日というような手形をしょっちゅう取っておりますために、まあ一年間を通ずれば、一件ずつ同じ日おどりますから、短い手形については十日、十五日もおどりで一年の三百六十五日が三百七十五日に、三百八十日にまた数えなければならないようなことが現実にあると思いますので、こういう問題に対しても十分に自粛してもらうようにということを通達もいたしておりますし、また要請もいたしておるわけでございます。 で、コール等に回わすよりも、将来のこの種金融機関のレベルアップという面から考えましても、ひとつ中小企業に対しては十分貸し出しワクを広げて、今の貸し出し率を割るようなことのないように格段の努力を要請をいたしております。なお、その金融機関も私たちの意向を体しまして、中小企業に対する金融に対しては特段の努力もいたしますし、なおまた売れ行きの悪い開銀債その他に対しても特別な配慮を考えますというように、非常に政府に協調的な態度をとっておることに対しては私たちも感激をいたしておるわけでありますが、なお自後の問題につきましてもひとつ私ども配慮して参るつもりでございます。
○佐野芳雄君 大蔵省のほうでせっかく金融正常化のためにいろいろな努力をされておるわけですが、あるいはまた調整のために金融引き締めをやっておられるのですが、そのことが結果としては逆にこういうふうな現象を生んでおるというふうなことになると、正常化の行なわれるということのためにコール・レートの高騰があるというようなことになる。そうして中小金融機関の資金が不足しておると、こういうことになると思うのです。こういうふうになってきますると、ほんとうの意味における金融の正常化が行なわれたときには、そういう中小の金融機関は非常な打撃を受けるのではないかと、こういうことを思うのですが、その点はいかがですか。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほども申し上げましたように、引き締めをやっていることが、一部の金を持っている、いわゆる資金を持っておる人に逆にもうけさせるような問題に対しては、先ほど申し上げましたとおり、裏金利を取ってはならないとか、歩積み、両建てを極力廃止をするようにとか、それから手形の期日のおどりを厳にやめるようにとか、こういうことを言っておりますのは、先ほども申し上げたとおり、これからこれら金融機関の持つその性格、将来の金融正常化に対するいろいろな問題の障害になりますので、特に自粛をしていただきたい。中には政府の言うとおり協力いたしますが、協力するときばかり協力しておって、あとわれわれが中小企業に貸し付けたものが総体的に焦げついた場合に、一体日銀の窓口で見てくれるか、政府は市中金融機関と同じように別な金融機関を通じて財政金裕金でもって処置をしてくれるのですかというように、非常に積極的な意見の開陳もありますので、大蔵難局としては、これらの事情を十分勘案しながら将来の金融機関のあり方等も考えて、慎重にやって参りたいと、こう考えます。
○佐野芳雄君 いろいろお話がありましたような、こういう現実の金融事情の中では、先ほどお話ございましたように、山際さんの言っておるように、あるいは大臣の言っておるように、年末の資金対策は、免職対策は安易には考えられない。非常に深刻な中小企業あるいは大企業の中にも金融難に陥るのではないかということを私は心配いたしておるわけであります。このことにつきましては、別の機会にまた御意見を伺いたいと思うし、あるいは対策についてもお考えを聞きたいと存じます。せっかくの御努力をぜひお願いいたしたいと思うのです。 そこで、こういうふうな金融の情勢の中で、最近特に大企業を中心として行なわれておるのが、御承知の社内版金であります。社内預金の場合はおおむね一割から一割二分というふうな金利を——金利か何か知りませんけれども、会社は払って金を集めておるわけです。そのことは、現在の金利が非常に高いから、あるいはなかなか借れないからということで、社内預金を強要しているという面が相当にあります。これは大蔵省としては、社内預金は御承知のように高金利でありますけれども、何らのこれ制裁を受けることがないわけであります。青天井です。しかもですね、この社内預金をいたしておる者の立場からいいますると、預金者としての利益が保護されていない。その点について一体大蔵省は、大臣は、社内預金の問題についてどういうふうにお考えになっているか、一応お伺いいたしておきたい。
○国務大臣(田中角榮君) 社内預金の問題に対しては、これは非常に専門的な問題でありますので、事務当局からお答えさせますが、できれば社内預金などはやらないほうが一番いいのですけれども、これは御承知のとおりの金繰り事情から、労使が協議の上で合意に達して行なっておるものでありまして、原則的にはこのようなことがないことが好ましいというふうに考えます。
○説明員(佐竹浩君) 社内預金の金利につきましては、ただいま先生御指摘のように、例の臨時金利調整法といろものの対象適用外のものでございます。したがいまして、直接法律に基づく取り締まりということはないわけでございますが、ただ、一般の金融機関の金利と均衡等もございますので、かねてから大蔵省といたしましては、これがいたずらに高利に走らないように、適正な金利の水準をとってもらうように、実は行政指導はいたしております。ただ、これは御承知のように、労働基準法に基づいていわば金利の最低基準、最低水準と申しますか、これ以下になってはならぬということが実は法律をもって定められております。そういう意味で、いわば労働者の利益を保護するというような趣旨が非常に強く出ておるものでございまして、労使間の多年の慣行上今日に至っておるものでございますが、ただいま大蔵大臣がお答えになりましたように、大蔵省としては、これはやっぱり正規の金融機関にお預け願うのが一番好ましいことでございますけれども、ただそういう多年の労使の慣行というものを無視するわけにはいくまいこと、また労働基準法というものの精神もあることでございますので、できるだけこれが適切な、適正な運用が行なわれるということを期待しつつ、実は見守っておるというのが実情でございます。
○佐野芳雄君 まことに不満足な御答弁でして、もう少しこの問題は掘り下げて御意見伺いたいと思いますが、まあこれだけで相当時間がかかりますから、きょうのところはこの程度にとどめて、別の機会に十分大蔵当局とお話し合いをしたいと思います。 そこで、本日の議題に入るわけです。が、ガリオア・エロアの返済協定を履行するということで、そのことは国際信用を確保するために非常に大事なことであると繰り返して政府は言っておられるわけであります。私たちも、国際的な協定が成立した場合に、その協定を尊重することは当然であると考えております。ところが、政府は日米間の協定には非常に熱心で親切なんでありますが、そのほかの国際的な協約につきましては、ともすれば、まことに不熱心であり怠慢の場合があると思います。たとえばILOの問題であります。ILOで条約がきめられた、締結された、採択された、あるいは勧告が採択された、こういうILOの条約や勧告に対しましては非常に不熱心であり、怠慢も多いと思うのでありますが、これはまた別の機会に関係大臣からお伺いしたいと思いますが、大蔵大臣に政府要人としての御意見を伺っておきたい。それから、外務大臣は当然関係があるわけですから、一体ILOの条約や勧告については、ガリオア・エロアの返済協定に持っておるような熱意をやはり特っておるのであるかどうかということを、ちょっと伺いたい。
○国務大臣(田中角榮君) ILOに対しましては、政府はこれを批准をする方針を決定いたしておりますことは御承知のとおりでございます。それに対して関係五法案を同時に提出を何回かいたしておるわけでありますので、この国会に提出ができるかどうかは、会期の問題等とからんでわかりませんが、政府のこの問題に対する熱意は絶対に変わっておりませんし、これに対する国内法の整備等あわせて行なえば、対米債務に何ら劣らない熱意を持っておることを申し上げておきます。
○国務大臣(大平正芳君) 今大蔵大臣が言われたとおり私も考えております。
○佐野芳雄君 ILOの条約や勧告事項についてもガリオア・エロア返済協定と同じような熱意を持ってやるのだとおっしゃいまして、まことにけっこうだと思うのですが、ぜひそうあってほしいと思いますが、同時に、ILOは労働省の管轄であるというのでなくて、この会議には日本政府の代表も参加しているわけでありますから、政府として参加しているわけでありますから、各省が共同の責任を持って対処すべきは当然であると存じます。したがって、条約なり勧告を履行することについて財政的な措置を必要とする場合は、大蔵大臣はやはり十分誠意をもって努力するということのお約束をこの際していただけますか、どうですか。
○国務大臣(田中角榮君) 精神的には、国会の議決がありましてILOが批准せられれば、当然その精神に協力をしなければならないという考えでございます。
○佐野芳雄君 そこで、この際承っておきたいと思うのですが、去年の六月ジュネーブで第四十五回の総会が開かれました。この総会で労務者住宅に関する勧告が満場一致で採択されているわけであります。これにはもちろん外務省の役人が行っておりますが、建設省その他も行っておりますが、(「委員長、ちょっとおかしい、全然違うよ」と呼ぶ者あり)いや、関係があるから聞いている。
○委員長(佐野廣君) もうしばらく……。
○佐野芳雄君 そこで、この問題についてはあらためてまた必要なときに聞きまするけれども、この勧告の中に、住宅政策は国の責任において行なわれなければならぬということが前提として言われております。そして国の責任において行なうところの住宅計画に対しましては、国の機関はそのために必要な財政的な措置を十分配慮しなければならぬということが言われておるのですが、したがって、今後ILOの労務者住宅の勧告が具体的な日程に上ったときには、大蔵大臣は十分それにはこたえるだけの用意があるということになるのかどうかを、お伺いしておきたい。
○国務大臣(田中角榮君) 私は、過去におきましても、労務者住宅の確保に対しては非常に熱意を持っておったものでありまして、昭和二十七年だったと思いますが、現在の公営住宅法を議員提案として私を中心にして提案をいたしましたときにも、厚生省と建設省との意見を総合いたしまして、労務者住宅法とあわせて公営住宅法を制定した経緯もありますので、熱意を持っております。しかも、昭和三十七年度の予算には、公庫の産業労務者住宅として一万四千戸、五十六億円、公団の特定分譲住宅として一万七百戸、百二十三億円、厚生年金住宅として一万八千九十二戸、九十八億円、雇用促進住宅として三千四百二十五戸、十七億円、合計四万六千二百十七戸、二百九十四億円を計上いたしておりますので、政府はこれに対して相当な熱意を持っておりますことは、現在も将来も変わらないことを御理解賜わりたいと存じます。
○佐野芳雄君 それでは、政府はILOの条約なり勧告等に対しては、十分国際仁義を守るために積極的な努力を今後もやっていく、したがって当然そういうふうなILOの条約なり勧告の精神を現実に生かしていくことのために必要な財政的措置については協力する用意がある、こういうふうに承っていいですね。 そこで、財政投融資の問題に、産投会計の問題と関連して、あとで触れたいと思うのですけれども、今日の財政投融資は、先ほどから大矢君の質疑の中にもありましたように、一般会計において自然増収は非常に将来とも先行きは不安である、こういうことになりますると、当然財政投融資が大きく今後浮かび上がってくるわけなんですが、その財政投融資の資金源の問題になるわけですけれども、今日の財政投融資の三十七年度の計画を見てみますると、約七千百十四億のうちで、産投会計をはずしまして、資金運用部資金が五千八十二億円というふうに、一応薫十七年度の財政投融資の見込みが発表せられているわけなんですが、このうちで郵便貯金が千五百五十億円、厚生年金が千三百二十億円、国民年金が四百億円、こういうことになりますると、資金運用部資金が財政投融資原資の六割を占めることになると思うのです。ところで、資金運用部資金が六割を占めておるが、その内訳は、大体任意貯金である郵便貯金と、それから強制貯金に入るところの厚生年金、国民年金が大体半々になっておる。ところが、郵便貯金は任意貯金である性格といろいろな金利等の問題から、今後の伸びはやはり鈍化すると思うのです。結局資金運用部資金の今後の大きなウエートを占めるものは厚生年金であり国民年金だと、こういうふうに考えられるわけですが、その点、いかがですか。
○国務大臣(田中角榮君) お説のとおり、国民年金その他の預金の運用は今お説のとおりになると思いますが、郵便貯金は今年は千五百五十億というのが予算書のワクではありますが、今年度郵便貯金は多少伸びているようであります。来年度以降はたして財政投融資拡大のために、郵便貯金も現在のように千五百五十億から百億乗せの千六百五十億というような計算ではなく、郵便貯金もいかにしてふやさなければならないか、簡易生命保険の資金をどうしてふやさなければならないかということに対しては、政府は十分配意をいたしておるわけでございます。
○佐野芳雄君 そこで、いずれにいたしましても、厚生年金と国民年金の資金量は年々ふえていくわけでありますから、これが財政投融資の大きな原資になることは、これまた明らかであると思います、そういたしますと、この財政投融資の原資の中でこういう社会保険の積立金がふえてくるということは、当然運用対象が社会政策的な目的を果たすような方向への投資を考えなければならぬことになると思うのですが、その点はどうでしょうか。
○国務大臣(田中角榮君) 御承知のとおり、財政投融資というものは、この前にこの委員会でも申し上げましたとおり、一般会計から補てんをすべきような非常に重要な社会的——われわれの生活に、また産業経済全般、国の将来に対して必要なものに投資をされるわけでございます。投資といっても、民間の金融ベースで行なうよりもより国家的な態度で、一般会計を、ざっくばらんに申し上げますと、民間ベースによる金融との中間にありながら、これからの性格は一般会計に非常に近いその重要度を持つ投資に向けられておるわけでありますから、また向けらるべきでありますから、ただいま仰せられたような社会的にというそういう方面に十分使われておると考えます。
○佐野芳雄君 ところで、厚生年金や国民年金の積立金は、当然それを出しておる人々に還元するということが当然のことであると考えるわけなんですが、ところで、これらの積立金は強制貯蓄でありますから、保険財政上から見ますると、長期的に見て適当な金利を保持するということが考えられるわけなんです。ところが、そういうふうな立場に置かれますると、今度は低所得者の場合は社会政策的な面においての保護を受けることができない、こういう現象が出てくるわけなんです。したがって、日本の経済あるいは産業貿易を振興するために財政投融資の資金が使われる、その原資は国民年金あるいは厚生年金であるということになりました場合に、低所得君の場合はそういうものを使っておったんでは、社会政策的な意味における保護を受けることができない。たとえば住宅金融公庫、住宅公団等は、国民のための社会政策の一つの施設であるのですけれども、これには五分五厘、六分五厘の金利が取られておる。それに対する補助が考えられなければいけない。そうすると、産投会計のような一般会計から無理して入るようなものを一つ置いておかなければならぬのじゃないか、活用せられるようにしなければいかぬのじゃないか、こういうふうに考えられるのですが、その点はいかがですか。
○国務大臣(田中角榮君) 千六百億になんなんとする三十七年度財投のワクの中で、厚生年金、国民年金の占めるものは約五分の一という非常に大きな状態であります。将来もますますそうだろうと思います。それに対して、こういうものは直接還元をするほうがいいという声もありますが、しかし、先ほどの御発言にもありましたとおり、広い意味の社会政策としては一般会計から社会保障費その他が多額に支出をせられておるのでありますから、一般会計、財政投融資、またこの財政投融資の面も面接具体的に低所得者のためにどうなるのだということよりも、そうすることがわれわれの生活を豊かにし、そうしなければ国民自体の生活の向上がもたらされないのでありますから、あらゆる面において政府の行なう施策は、社会全般に対して、特に低所得者の保護に厚い手を差し伸べるという姿勢で行なっておるわけであります。産投その他に対しては、先ほどから申し上げておりますように、こういう制度は、将来を考えますときにはますます拡充していかなければならないというお考えには全く同感でございます。
○佐野芳雄君 そこで、こまかいいろいろのお尋ねにつきましては、すでにいろんな機会に衆参両院でやられておりますし、きょうも大矢委員から相当突っ込んでいろいろお話がございましたが、いずれにいたしましても、ガリオア・エロアの返済債務を産投会計から行ないたいというのが今までの一貫した御答弁であります。これについては、私たちは、ガリオア・エロア返済債務は、これは債務ではないのだというふうにまあ主張いたしておりまして、この点は平行線をたどっているわけであります。しかし、国民も実は単純に、対米債務は賠償特別会計で支払っておる、今さら債務というのはおかしいじゃないかと、実は首をかしげておるわけです。あるいは駐留米軍への駐留費は別に支払っておるのですから、これでは三重払いではないかということも単純に考えているわけであります。しかし、政府はあくまでそうではないのだと、こう言っておるのですから、それならそれでいいといたしまして、どうしてもこれは当然支払うべきものであるという政府の御確信があるなら、今の産投会計はいろんな意味において重要な役割を持っているわけでありますから、この際補正予算を組んで、産投会計でなしに、賠償等処理特別会計から支払う措置をとることに変えられたらどうかというふうに考えるわけです。国民の立場からいたしますと、対米返済ときまった以上は、産投会計から払っても、賠償特別会計から支払っても、どうせ国庫から支出するわけですから、どちらで払っても同じではないかというふうに国民は考えていると思うのですが、産投会計の資金を窮屈にしないために、どちらにしろこれは国庫から出るのですから、払うんだときまった以上は、むしろ産投会計の持っておる役割を将来に向かっても十分に配慮して、この際産投会計でなしに賠償特別会計で払うということにお考えを願うことができないのかという点についてお尋ねいたします。
○国務大臣(田中角榮君) 対米債務に対しましては、もらったのじゃないかとかいろんなことを一部考えたときもあると思いますが、このごろは皆さんの御質問で、そういう政府も誠意をもって事情を御説明申し上げておりますので、国民各位もやはり払うものだなあということは相当理解されたと考えております。そして、さて払うという段取りになると、すっぱり一般会計から払ったほうが非常にいいというお考えでありますが、これに対して政府の考え方をるる申し述べておりまして、それも一つの考え方であります。なお、過去の米国物資の問題等もありますし、いろいろな意味から賠償等特殊債務処理特別会計から払ったほうがいいじゃないかということもございますが、政府は今般、産投会計法の負担としてこの会計で払うほうが一瞬合理的であり適切であるという考えのもとに、御審議をわずらわしておるわけでございます。 それはなぜかと、こういうことをいいますと、国民はもうよくわかったのだ。この間のだれかの質問の中で、今まではそういう議論があったかもしらぬけれども、国民も相当わかったからあっさり出したほうがいいじゃないか、こういうお話が、これは春日一幸委員が衆議院の大蔵委員会でもって御発言をなされたことでありますが、しかし、私たちは念には念を入れるということで、一応一部においてもそういう議論があったのですし、日米間の問題を考えますときには、お互いに国民の理解を深めるという意味においても、二億ドルの金も残っておるのですし、また純資産としても三百八十億も一般会計に引き継いだものもあるのです。しかし、それ以外に昭和二十四年から二十八年まで見返資金特別会計でもって運用したものが現在産投会計に引き継がれておるのでして、十五年間三十回払いをやった場合には、なおその上に、原資はそっくり残されておる、こういう経理上の計算が明らかに国民の前になし得るところの産投会計の負担が一番適法であり、適切な処置であるというふうに考えたわけであります。 しかし、最後の段階において、産投が非常に窮屈になっていく、産投というものは非常に重要性は増しても重要性は減らないのじゃないか、こういうときに資金を百五十八億ずつを出すのはおかしいじゃないか、こういうことでありますが、これは計算上産投会計の収益金でまかなえるという計算を国会に提示をしておるのであります。これは政策の問題として産投会計の必要であるということと、産投会計の資金拡充の問題が、全く別な観点から補充をするということを当然考えるべきであって、この会計から対米債務を払うということとは全然別な立場でひとつ翻り切って考うべき問題だ、こういうふうに政府は考えておるわけでございます。
○佐野芳雄君 そうすると、将来一般会計から産投会計に繰り入れがやはり行なわれなければならぬということが想定せられるのですが、その場合、それはガリオア・エロア返済とは別個な問題である、こうおっしゃいますけれども、結局それは返済のしわ寄せが結果したのだというふうに判断されることになるわけです。そこで、この際、今後の一般会計からの繰り入れについての予想ができましたらお尋ねをいたしておきたい。それから、その運営についての考え方、所信をお伺いいたしたいと思います。予想がつかなければいいです。
○国務大臣(田中角榮君) 産投会計の必要性と、産投会計の資金確保の問題、と、対米債務の支払いとは、これは全然性格的に別個に考えるべきだということは今申し上げたとおりであります。しかし、なお来年度から産投会計の拡充が必要である、この資金はどうかというと、資金は非常に窮屈な状況であるという面から考えて、一般会計のほうから繰り入れるときにどうするのだということでありますが、これは現在私が申し上げました問題としては、産投国債を現在発行する予定はございませんということだけ申し上げただけでございまして、一般会計からの繰り入れもございましょうし、また別に同会計第一条第二項に規定するいろいろな財源確保の道も法律で規定せられておるわけであります。そういう問題は昭和三十八年度の産投会計のあり方、姿を慎重に検討しながら、適切な財源確保の道を考えて参りたいということを申し上げておるわけであります。
○佐野芳雄君 そういたしますと、今後の産投会計の姿はわからぬわけでございますが、しかし、現状はどうしても資金量が圧迫されるということは考えられます。そうなれば、結局運用面において当面他のほうにしわ寄せが来るということを心配するわけですが、そうなった場合にも、たとえば海運、石炭対策あるいは住宅対策について積極的な体制をとる腹がまえでいくから、そんなに心配ないというふうに考えていいのですか。
○国務大臣(田中角榮君) もちろんそのとおりでありまして、産投会計から百五十八億払うために、やりたい石炭対策も海運対策もやらないということは毛頭考えておりません。これは政策的な問題であり、国会で法律案が審議され議決をされるならば、また政府が当然行政措置として行なうべき事態に対しては、勇気をもって熱意をもって対処して参ります。
○野々山一三君 関連。あなた、この間途中で退席されたときに、実は私伺いたかったのですが、ちょっとだけ一歩進めて聞いておきたいのですが、今のお答えによれば、資金は窮屈である、しかし産投会計の持つ目的をひん曲げてしまうようなことはしないで積極的にやるのだというお答えなんです。ところが、この間私が海運当局にちょっと尋ねたのですが、海運合理化審議会が昭和四十五年までの十年計画として外航船を千三百二十五万総トンに持っていくために九百七十万総トン建造するという計画を答申いたしました。その第一着手として、とりあえず開銀からの融資を七十万総トンにするようにということを答申いたしました。ところが、この間の等外では、命がありませんので、それは十分やりたいと思うけれども実際は五十万総トンしか引き当てすることができない。で、これから五年間は大体外航船の資金引き当てとしてはそれに見合った程度のものしかやっていけないのだということを答弁された。まず、ここで二十万総トンの食い違いがある。つまり外資獲得とそれから貿易外収支の好転をはかるために七十万総トンぐらいを開銀としてやっていかなければならないのだという将来の展望を前提として等申されたものが、その答申の第一年でひん曲がっているのですよ、実際は。それがまず一つ。 さらに、十七次の計画造船の分として、さらに二百億円ほど引き当てるのだということをこの間成瀬委員の質問に答弁をされた。ところが、実際の資金は十七次造船から十八次に及んでいくものでありますが、現状は二百億円の資金引き当ての中で百二十億というものは前の分でありまして、今年回ってくるのはわずかに八十億円。それでは一体この秋から来春にかけて、今週正操業能力というのは、大体日本の造船能力にして年間百八十万総トンの力を持っているわけですが、そうして大メーカーといわれるもの六十四基台というものが、来春になると、このままの資金関係でいけば、おそらくもう来春になると一割か二割ぐらいしか操業できないというような関係になるわけです。その分を造船業界は市銀等からまかなう、あるいは外資船による建造を考えない限り、仕事を遊ばにゃならぬというような事態になっている。 そこで、その話をもとに戻しまして、資金が詰まっておるけれども、それによってその仕事に影響を与えるというようなことはいたさない、こういうふうに今おっしゃるのだけれども、実際は違っておるわけですね。そこのところ、ひとつ御見解を……。
○国務大臣(田中角榮君) 私もあなたと同じような考えで、海運の再建が必要である、なぜ海運がこのような状態になったのだろう、海国日本の姿としては非常に遺憾であるということに対しては同じ考えでおります。その意味で、海運再建には努力をし、政府も、万全ではありませんが、現有海運の再建の一助としての整備法を提出をいたしておるわけでございます。しかし、何でもやるといいながら、現実問題になると、七十万総トンを五十万総トンにしておるじゃないか。これは当初は七十万総トンでありますが、政府が最初きめたのは二十五万総トンでございます。その後運輸当局——私は当時自由民主党の政調会でありましたが、自由民主党、政府と業界、それから金融機関等々と話し合いをしまして、現在の段階におきましては、七十万総トンの見解もありますが、一応五十万総トンにしてもらえば、資金的にも、業者の建造計画からいっても、適切なワクであろうというような了解のもとで、第一次の状態として五十万総トンに踏み切ったのでありますが、その踏み切った五十万総トンさえも手当ができないのじゃないかという問題に対しては、これは手当ができないというのじゃなくて、政府がきめ合意に達したものに対しては処置をしていくという考えには間違いありません。今、海運当局がどういうふうなお話をしたかわかりませんが、それは現在ある資金の計画の上から、必ずしも何月の何日までこれが全部出せるというような確信がないというような御答弁があったかもしれませんが、政府の考え方としては、きめたものに対しては処置をしていくという基本的な考え方については全然変わっておりません。 ただ、開銀は年間のワクをきめておりましても、中で特別法が通れば一応返ってくるという、年次計画が全然変わる、たな上げというような問題も起きて参りますし、それから石炭というような突発的な問題に対して、今までの考えの倍も三倍も融資をしなければならないという、いろんな問題が出て参りますので、やっぱり限られたものの中でより重点的なものに順位をつけながら政策的ウエートによってやはり資金の配分を変えることもありましょうし、いろいろ取捨選択もすることもありますが、やはり姿勢としては、態度としては、一度きめたものに対しては最大の努力を払っていくという態度でいきたいというふうに考えます。
○野々山一三君 もう一つだけ。大臣、答申は昨年の十一月の九日に出たのですよ。あなたは、それは経過的にその二十五万総トンを五十万総トンにしたのだから、努力をしておるのだと言うけれども、わずか何カ月ですか、ここに大臣、あなたの言葉のあやとしては私は了解し得たとしても、その態度としては、わずか八カ月かそこらですよ。八カ月とも言えないでしょう。正味八カ月であって、この議会始まる前から見て正味約八カ月、そのくらいの期間にそれだけ減らすということがまず問題ですよ。そして、しかも重点的な施策を講じなければならぬ事態が起こってきたらそれもやらなければならぬ。それは一つの説として了解しますが、先ほどちょっと触れたように、操業能力が百八十万総トン、開銀引き当てによるものが、開銀からの融資によるものが五十万総トン、市中金融によるものが三十万総トン、このまま行ったら、来年は百万総トン、つまり十八分の八しか動かない。つまり半分以上、四割くらいまでは動きにくい状態にまず来るわけですね。しかも、私が申し上げたように、六十四基台というものが、おそらくこのまま今乗っかっているものを船台に乗せようという造船計画は、あとの六十何台のうち十二、三台くらいしか動かないというわけです。しかも、業界は五十万総トンの計画であなたの言うことを了解されたというけれども、業界は今一生懸命になって、これはわしらのところまで、これじゃとてもやっていけませんと言っているのですよ。それほどになってきておる原因は何だと聞いたら、金のワクがありませんので、したがって泣く以外に手はないと、こう言っておるのですからね。その事実を前提にしてもう一回お答え願いたい。僕はまた別の問題がありますからね。それだけまた資金のワクが十分じゃないけれども、資金のワクは詰まっておるけれども、仕事には支障を与えないと、こう言い切っておられるが、実例をあげてもう一度お答えを願いたい。
○国務大臣(田中角榮君) 御承知のとおり、私もちょっと年次がつまびらかにならないのですが、三十六年度予算では二十五万総トン、その追加分が七十五万トンか七十万トンという要求は運輸当局からありましたが、先ほど申し上げましたとおり、私たちが中に入って五十万総トンということできめました。これは三十六年年間分だけで、三十七年も合わせながら、船台をあけないような処置をやろうというようなことで、相当前進的な姿勢をとったことは御承知のとおりなんであります。それが三十七年度の予算に入っておって、もう半期、上半期おえたけれども、その五十万総トン・プラス三十七年分、少なくとも二十五万総トンくらいプラスしなければならないにもかかわらず、三十六年度から引き続いているものの五十万総トンに対して完全な手当ができないじゃないかと。それはそのとおりです。私も、だから、それに対してつべこべ逃げたり答弁をしようとは考えません。だから、そういう意味で、政府が前の国会の最終段階において、少なくとも民間資金も、ペイ・ラインにこの事業が乗るように、また重要な産業ですから、民間金融機関も協力ができるようにするためには、どうしてもうしろを向く政策に対しても処置しなければいかぬということで、あの法律が万全だとは考えておりませんが、いずれにしても、あの法律ができれば審議会でいろいろな実情調査が行なわれて、合理化策が打ち出されるわけですから、今よりも前進をする体系をひとつ作って、そして五十万総トンの建造も急ごう、そして二兎も三兎も追うという政策をとっておるわけであります。そういう問題に対して、現在もう会期少なくなっておっても、あの合理上化法案が上がるか上がらぬかわからない状態に対しては、政府としては非常に困っておるわけであります。態勢といたしましては、少なくとも今あなたが言われるようなより以上の非常な熱意を持って、この海運政策に政府も協力しようという考えであることは事実でありますので、資金的な処置その他に対しては、できるだけ早い機会に検討の上これが実現を期したいと存じます。
○佐野芳雄君 大体時間も四時ですから、きょうのところはこれでとどめたいと思いますが、通産省のほうの貿易の関係の資料が出ましてから、あらためてまた次回に伺いたいと思います。 それから、もう一つ委員長にお願いしておきます。住宅金融公庫と住宅公団への、それが発足以来の一般会計からの支出あるいは財政投融資ないしは産投会計からの出資または融資の資料の手配をお願いしたいと思います。これは住宅金融公庫並びに住宅公団が発足してからの資料、特に一般会計と財政投融資並びに産投からの関係をお願いしたい。これをいただいてから、私は質問をいたします。
○鈴木市藏君 二十八日の日に数字の問題で、昭和二十四年三月三十一日現在貿易資金現金収入明細表で、千四十億の輸入物資の売上代金があったということについては、あなたのほうからは、それは一千四百九十何億。それは資産勘定なんです。私のほうは現金の明細表についてどうだということで、そこで二十八日は話を打ち切ったのですね。私はあまりこういうことにこだわっているのは好きじゃありませんので、その問題についてはできるだけ、後日また同僚議員も質問しますし、重複している点は抜きにして進んでいきたいと考えております。端的にお答え願いたいというふうに思うわけです。 昭和二十四年三月三十一日現在で一千四十億という輸入代金があった。この金はどうなったのか、どこへ行ったのかということをお聞きしたい。
○政府委員(稻益繁君) 最初に、一千四十億と一千四百九十五億ですか、この相違でありますが、一千四百九十五億円が輸入物資の総売上代金と申しますか、収入済みの代金、一千四十億円というお話は、これは会計が存続いたしておりました間における収入金、結局その差額の四百五十億円ということは売掛金と在庫品ということでございます。 この一千四百九十五億円でありますが、一昨日来いろいろ御説明申し上げておりますように、当時の輸入は商業物資と援助物資というものを区別いたしておらないわけであります。したがいまして、貿易資金特別会計には援助物資、商業物資という区別なしに輸入されたものとして、これが国内に売り払われました。これが貿易資金特別会計に入ってきた、こういうことであります。
○鈴木市藏君 この中から当時輸出及び輸入に対して補給金を払っていませんか。
○政府委員(稻益繁君) 結局この輸入物資の、いわゆる援助物資と商業物資とひっくるめまして、この輸入物資を売り払った代金が千四百九十五億でありますが、これがどう使われたかということでありますが、一部は貿易資金が貿易物資の買い上げに運用いたしておるわけであります。いわゆる輸出物資の買い上げに運用いたしております。そこで、結局この援助物資がこの中に、金額的にはわからないのでありますが、入っておる。その結果、結局援助物資と思われるものはどこに金が行ったんだということに御質問はなろうかと思うのでありますが、一つは、昨日来これも大蔵大臣から御説明がありましたように、これは全然われわれはタッチいたしておりませんが、スキャップが握って管理しておりましたいわゆる外貨勘定、このほうで二億ドルほど残っておりまして、これが後に外国為替特別会計のほうに引き継がれておる。そういう外貨勘定が一部ある。それから、いま一点は、これもまた大蔵大臣が御説明になりましたが、貿易資金特別会計が昭和二十四年三月三十一日に廃止になりまして、四月一日に貿易特別会計に変わった。このときに三百八十億円ほど資産として引き継がれておる。これがあるわけです。その他の部分はどうなったかと申し上げますると、結局商業物資と援助物資がどんぶり勘定でやられておったために、一本の為替レートではなかった。そのために輸入物資の払い下げなり、あるいは輸出物資の買い上げなり、そういうところでいろいろな当時の民生安定なり物価政策なりというような立場から考えられました、いわゆるマル公で払い下げマル公で買い上げるという操作の中で、今日から見ますれば、価格差を補給したと思われるようなものに使われた面もあるであろう、現在から推測いたしますると、そういうことになるわけです。
○鈴木市藏君 昭和二十四年の「国の予算」では、そこのところは今あなたがおっしゃったような工合には書いてないのですね。ほとんどこの金というものは、本来ならば残るべきものであるが、使われてしまった。それだけではなくて、四千億からの欠損さえ出た、こういうことを言っておられる。それで、本来ならば資産として確保されるべきこの入超見返資金が、ことごとく貿易上の補給金として支出され、消失してしまったことを意味する。ことごとく貿易上の資金、貿易上の補給金として使われた、こういうことをいわれている。昭和二十四年の、これは三百ページ。
○政府委員(上林英男君) ただいま御指摘の二十四年度の「国の予算」につきましては、私も見たわけでございますが、これはその当時の人たちがいろいろな計算をして、皆様が今御疑問に思っておられるようなことを勉強をいたしまして、それを解説的に書いたものでございますが、もちろんこれには幾つかの仮定をもって書いておりまして、たとえば今おっしゃいました約四千億に上るような実質上の欠損があったであろうという推定をして、現行の三百六十円をそのまま全期間——終戦後から二十四年三月まであったとしたならばこうであったろうというような推定をもちろんやっておるわけでございまして、事実は、御存じのように、終戦後から二十四年三月までは実際の為替レートはございませんし、実勢レートといたしましても、もちろん三百六十円一本ではなかったわけでございますから、これはそういうような計算をしてみればこうなったというふうに考えられるであろうということを申し述べたにすぎないものでございます。
○鈴木市藏君 午前中、大矢委員が二十六年「国の予算」も当てにならないと言ったけれども、二十四年の「国の予算」も、これも当時のそういう人たちが勉強して、勉強の材料に推定で作ったものだ、今あなたたちはそう言いますけれども、そうじゃないのです。この間まではずっとこれで押してきたのです。国会答弁などの中でも、こういうものを材料に使ってあなた方は答弁してきた。これで見ると、やはりこれは当時の輸入品の売却代金一千億というものは、結局貿易上の補給金として支出されてしまった。それだけではなくて、四千億円からの赤字さえも生じたのだ、こういうことで二十四年の「国の予算」は明細書という形で書いて、これは貿易資金現金収支表という形でちゃんと書いてあるのであって、それは三百六十円で計算すればどうなるかということは、それは推定の部類かもしれないのだけれども、ともかくそれが三百六十円でなくても、三百三十円、あるいは三百四十円というレートで計算したとしても、ここでやはり膨大な金額が結局欠損となる。そうしてほとんどそれは貿易上の補給金として支出されてしまって、もうそのときはゼロである、赤だということだけは間違いないと思う。これが大蔵大臣がよく言っている、つまり当時手持ちとして一億ドルの外貨があったじゃないか、三百八十億という手持ちの物資もあったじゃないか、だからこれだけ残ったのだということだけは、ここからは出てこない、残ったというのは。ここのところを説明して下さい。
○国務大臣(田中角榮君) それは今そういうふうな御発言をされますけれども、お持ちになっておるのは、昭和二十四年「国の予算」、その構造と背景と、こういう参考的なことが書いてあるのですが、鈴木さん、いいところだけお読みになりましたが、その前の行に、「……となりしたがって現行の三百六十円レートで仕切るとすれば為替差損は云々」ということで、ずっと計算をしまして、その最後に、「入超見返円資金がことごとく貿易上の補給金として支出され、資産の面から消失してしまったことを意味する」と、こういうことでありますから、だから、今の金額でもって全部計算をしますと、二億ドル・プラス三百八十億円でなくて、もっと残りそうなものじゃないかと、残らないのはみんな日本人に対する価格差補給金よりもアメリカのほうに払われているのじゃないかというようなことを言われていると思うのですが、これはそうではなく、今の三百六十円レートで計算すれば、四千億も金がなければこの貿易じりは合わなかったのですから、だから、こういう面に当然費消せられておるのであって、二億ドル・プラス三百八十億円しか残っていないのだという計算に、ずっと仮定計算で述べられておるのでありますから、取り方が少し私は逆じゃないかというふうに考えます。
○鈴木市藏君 ここのところで押し問答していてもしようがありませんけれども、とにかく一般会計に一億ドルの外貨が入り、三百八十億円の貿易の物資があったのだということは、幾ら探してみても出てこない。これをひとつ。 それから、もう一つ、当時のつまり貿易の特徴は、何回も言われているように、占領下の完全な管理貿易だった。これが特徴の第一だった。それから、単一の為替レートが設定されなくて、したがってどうなるかということが、実際の物の価格というものを算定するのに非常に困ったということが第二の特徴だということは、盛んに言っています。だけれども、考えてみると、全然目安がなくて品物を売ったり買ったりはしないはずだと思うのです。そこで、当時のつまり輸出の為替レートたるべきものといわれるようなものと、輸入のそのようなものとの平均値というものは出ないですか。平均値というものはあったでしょう。ないですか。
○政府委員(稻益繁君) 前々から御説明いたしておりますようにそういうものは、ただいまたとえばJES統計で外貨額が幾らで、貿易資金で支払う円価額が幾ら、これを割ってみると幾らになるということを今日推定するだけであります。当時はそういうレートはございません。
○鈴木市藏君 今日推定するというと……。昭和二十四年現在ではどうなんです。昭和二十四年現在でも推定できなかったですか。あるいは昭和二十三年度ではどうだったですか。
○政府委員(稻益繁君) 二十四年の四月二十五日に一本レートができる前は、全然そういうものはございません。
○鈴木市藏君 そうすると、いよいよどうも大蔵省の出したのは当てにならないことになるのですが、ここにもちゃんと書いてあります。推定なんだけれども平均値ということで、平均値ということで言っているわけなんだ。やはり輸出においては三百四十円一ドル、輸入においては一ドル平均百六十円だということを言っている、平均値として。そういうふうにちゃんと書いてあるのです。昭和二十四年のですから、当時においても単一為替レートはなかったけれども、輸出入についてはそういう二本建ての複数レートをたどったことは事実でしょう。そういうふうに書いてある。そこで、よくそれを例に出して、だから、輸出は比較的円高で輸入は円安で入れたのだから国民の利益になったのだという例をしばしばお使いになるわけです。しかし、これは逆算しても、ものの考え方がこういう考え方もあるということをひとつ聞いておいていただきたい。 それは、本来ならば輸出が三百四十円で輸入が百六十円であるということはあり得べきはずのものではないわけです。したがって、一ドルについて百六十円というふうにしてきめてきたのは、日本に対する、日本が輸入したものに対してはアメリカのほうが安く入れたのだという見方が普通常識的にはできるかのようであるが、逆をとって考えてみれば、実は百六十円しか値打ちのないものを一ドルだといって向こうが売ったということにもなる。するならば、〇・五四ドルしかの値打ちのないものを一ドルだとして売ったということにもなる。そういうことにもなる。だから、そこが、つまり逆な——逆というのは、いじ悪くという意味じゃない。だから、物事はすべてそういうふうにいずれの側に立って問題を見るかという場合に、やはり日本の利益という立場に立って問題を見るならば、客観的な数字そのものであっても、そこにはっきりといずれの側に立つかという場合が出てくると思う、こういうことで私たちは言っているわけなんです。だから、百六十円で買ったのは安いのじゃなくて、百六十円しか値打のないもの、逆算すれば〇・五四ドルしか値打のないものを一ドルとして払わされたということによって、われわれは決して安いものを買ったということにはならぬというのがわれわれの見解なんです。そういう見方もできるでしょう、ここは。そうして、輸出においては、従来この委員会でもしばしば言われたように、買いたたかれた。そういうことで、結局、われわれはここで、先ほどまた申しましたように、そのときの輸入代金というものはほとんど使われてしまった、実質上のこれはもう貿易上の補給金として使われてしまったというようなことで、言うならば、もうそのときとんとんだ、あるいはむしろ、それが占領下の完全な管理貿易のもとにおいて、むしろこっちのほうがおつりをもらわなければならぬほど取られた、こういうふうにわれわれはこの問題については考える。しかし、ここで長くとどまることは、幾ら言っても、数字の問題については、当時がいかに占領行政のもとで自由にならなかったかという幾多の理由もあるでしょうし、これはもう何回もの押し問答ですから、きょうここでどうだというような点については一応譲って、次に進んでいきたいというふうに考えるわけです。 次の問題は、見返資金の問題、この見返資金というのは、一体だれが作ったのですか。
○政府委員(上林英男君) 見返資金は、御存じのように、昭和二十四年に司令部からの指令がありまして、それに基づきまして、日本の国内措置といたしましては米国対日援助見返資金特別会計法を制定いたしまして、それに基づいて積み立てて参ったわけでございます。
○鈴木市藏君 そうすると、見返資金というものは日本のほうから要請したものじゃございませんね。どうでしょう。
○政府委員(上林英男君) その源は、今申しましたようにスキャップによるものでございますが、それに応じまする措置といたしましては、ただいま御説明申しましたように、国内法的な手続を了しているのでございます。
○鈴木市藏君 だけれども、この金の支出などについては一銭一厘たりといえども当時のGHQの許可なしに使えなかった性質のものでしょう。どうですか、これは。
○政府委員(上林英男君) この見返資金の使用につきましては、指令によりまして、司令部の承認を得て使うということになっております。
○鈴木市藏君 そういう性格の金だということがわかった。どういうところにこの金は最初使われましたか。あまり経過的に長く説明は要りません。昭和二十四年、二十五年の年度別、企業別にひとつ。これは資料として私は今要求しません。口頭でけっこうです。
○政府委員(稻益繁君) ちょっと、私、先に、年度別の前に総括して申しますと、見返資金に積み立てられました金額が三千六十五億円、それから産投会計に引き継がれますまでの運用益が二百七十八億円、これが結局どういうふうに使われたかということでありますが、一部は金額で申しますると、千四十九億円でありますが、これが債務償還費、公共事業費、国鉄、住宅公庫等への出資としていわゆる使用された分、それから残りの二千二百九十四億円が私企業貸付、開銀、輸銀等への出資として運用された分であります。
○鈴木市藏君 私の聞いているのは、昭和二十四年度、二十五年度のを聞いているのです。
○政府委員(稻益繁君) 二十四年度で申し上げますると、公企業支出二百七十億円、私企業支出二百四十六億、債務償還費六百二十四億六千万——約六百二十五億、合計千百四十億であります。それから、二十五年度は公企業支出が三百八十一億、私企業支出が三百三十八億、経済再建及び安定費七十九億、以上七百九十九億であります。
○鈴木市藏君 昭和二十四年の二百七十億というのは、公企業というのは公共企業体のことですね。
○政府委員(稻益繁君) そうです。
○鈴木市藏君 この内訳を言って下さい。
○政府委員(稻益繁君) ただいま申し上げました二百七十億の内訳は、国有鉄道事業特別会計公債引き受けが百五十億あります。それから、通信事業特別会計公債引き受けが百二十億、以上であります。
○鈴木市藏君 この国鉄に昭和二十四年百五十億行ったうちの、昭和二十四年の七月、八月の実績はどれだけですか。幾らになりますか。昭和二十四年七月、八月の実績、なければ私のほうで数字を言いますよ。これが二十四年の「国の予算」の中に書いてある。みんな政府が提供しているんです。たいへん時間の節約上私のほうで言うわけです。あなたのほうで言いますか……。これは八月三十一日までの実績について見ると、八十七億八千四百万円国鉄へ行っているんです。七月から八月の二カ月間の実績で、国鉄へ八十七億八千四百万円。国鉄の人はいますか。
○委員長(佐野廣君) 山田常務理事が見えております。
○鈴木市藏君 これは確認いたしますね。
○説明員(山田明吉君) 私はこまかい資料は持って参りませんでしたが、百五十億当時お借りしていることは間違いございません。
○鈴木市藏君 「国の予算」、先ほどからこれは参考資料みたいなもので言っておりますけれども、こういう数字にはうそはないと思いますよ。大臣、そうでしょう。けれども、これは八月三十一日、大体七月から実施されて八月三十一日現在で八十七億八千四百万円国鉄に行き、通信にも行っているわけです。これは三十六億六千九百万円行っております。国鉄の方、あなた知りませんか、当時のことを。当時国鉄にいて見返資金の使途の問題については、きわめて問題の中心点にあった一人だったから、私はよく知っている。この数字は大体間違いないと私は思っております。知らないですか。
○国務大臣(田中角榮君) ちょっと、あまりにも微に入り細をうがつものですから、よくわかりませんが、質問の結果、何を一体政府に求められているというか、結論がお示し願えれば、私たちもそういう結論に沿って資料もひとつ、数字を申し上げますが、だんだん枝のほうに入っていきますと、そう全部が直接お答えできないで御迷惑かけているようでありますが、どういう趣旨か、結論をお示しいただければ、事務当局として的確な答弁を申し上げ させます。
○鈴木市藏君 微に入り細をうがつということで聞いているのじゃないのです。つまり、大臣、あなたは昭和二十四年ごろもうすでに自民党の代議士でしたか。おそれ入りますが。
○国務大臣(田中角榮君) 昭和二十二年四月から代議士をしております。
○委員長(佐野廣君) 鈴木委員、ほんとうに、ちょっと、今大蔵大臣の言われるような点もございますので、よく注意して御質問下さい。
○鈴木市藏君 決して微に入り細をうがつさまつ的な質問をしているのではない。見返資金というものの性格がどういうものであるかということを明らかにするために聞いているのです。国鉄に、この見返資金が初めて設定されて、七月、八月の二カ月間に国鉄だけに、一番最初に当時の占領者の会議を経て支出されたものが八十七億。どこにもまだ行ってない。その昭和二十四年の七月に国鉄でどういうことが起きたか、あなた御存じですか。
○委員長(佐野廣君) 鈴木委員、そういう問答式ではなくて、もう少し具体的に。
○鈴木市藏君 きわめて具体的ですよ。
○説明員(山田明吉君) 私も国鉄生活二十数年でございますが、一々当時の月日を指摘されて、起きた事態については、正確な記憶は持っておりませんが、当時終戦後国鉄が非常に荒廃をいたしておりまして、しかも輸送力の回復が焦眉の急であるということで、当時、しかも戦争中はほとんど手入れをしておりませんでした。終戦後車両も作らなければいけない、あるいは荒廃した施設も直さなければいけないというので、あらゆる努力で財源をかき集めておったことは承知いたしております。そういう使途に使われておったことと思います。
○鈴木市藏君 昭和二十四年の七月、八月といえば、国鉄に勤めているといなとにかかわらず、忘れるわけにいかないことが起きているのです。一つは、同じ二十四年七月五日に下山国鉄総裁がむごたらしい姿で死骸となって現われた事件もある。三鷹事件もある。八月になれば松川の事件もある。日本始まって以来といわれているところの三つの大事件が起きたときなんです。それだけではない。あなたも国鉄生活二十何年ならおわかりだろうと思う。この事件とともにどういうことが当時国鉄に起きたか、知っていませんか。それは私のほうで言いましょう。十万人の首切りであった。国鉄労働者十万人の首を切ったでしょう。これは労働者十万人を首切る退職金は一体どれだけだったのですか。
○説明員(山田明吉君) 給与水準も異なっておりますので、今ちょっと手元に資料もございませんので、必要なら後ほど調べてお答えいたします。
○鈴木市藏君 それでは、必要なら後ほど出して下さい。当時、この昭和二十四年の「国の予算」をまた持ち出して恐縮ですけれども、参考資料なんていわれておりますが、これで見ると、定員法によって十二万人国鉄は首を切られている。そうして一人平均の退職金幾らになるかということは、これは後ほど資料を出してもらいましょう。少なくとも六十億から七十億程度の退職金が当時出ているわけです。言うならば、国鉄の十二万人の首を切るための資金としてこの見返資金が一番最初使われたということなんです。これを否定する根拠があったら言って下さい。 見返資金というものの性格がどういうものであるか。あなた方は、これを援助だといって、支払えと言っているけれども、国鉄十二万人の首を切った中には、あなた、この首切りのために一家心中をして死んだ人間もうんといるんだ。こういうものを対日援助として支払うなどということは、労働者は恨みにこそ思え、あなた、ちっともそんな気持にはなれませんよ。そうでないという証拠があったら出して下さい。
○説明員(山田明吉君) 私も当時担当者でございませんので、正確なお答えはできかねるかと思いまするが、白来、昔から国鉄が外部資金をいたします場合には、必ず設備投資のためにいたしておるわけでございまして、また、ときどき、ごく最近までも、いわゆる経営上赤字でありましたときも、赤字補てんのための運転資金は、国鉄がかりに借りたいと思いましても、政府当局で許可をされておりません。したがいまして、当時といえども、設備投資という目的で百五十億を貸していただいたものと存じておりますし、またそう推定せざるを得ないと思います。
○鈴木市藏君 いや、設備資金と言ったって、右のポケットから左のポケットへというのと同じですよ。そこで、そのあと、国鉄の首切りが一巡したら、次はどこへ金が行ったかというと、今でいう全電通、これに行っている。三十何億かの金が行っている。そのときには全逓の労働者が約三万八千人首を切られている。まことに符節を合わせるごとく、退職金と符節を合わせるごとく、この金が次から次と大量首切りをされているところへ行っている。そのあとはどうです。そのあとは、大企業でも、当時のマッカーサーの命令によってレッドパージをされたところへ行っている。次から次とそういう形で行っているじゃないですか。はっきりいって、レッドパージ資金ですよ、これは。こういうものなんです、見返資金というものの性格は。これは、あなた方はおそらくこれについて、そら設備に使ったとかなんとか言ってはいるでしょうけれども、事実として歴史はうそ偽りを許しません。しかも、この問題とともに起きた松川の問題は、まだ、あなた、係争中の問題です。下山さんの死因だって、今なおはっきりとしていないといったような問題なんです。だから、この問題は、政府が一方的に自分たちの都合のいいような理論だけで組み立てて問題を持ってくるといったって、当時その生き証人としての僕らにとっては、そんなことはとっても感じられない。だけど、これ以上は意見になるから、私は、この見返資金というものはそういう性格を持ったものだと。そういう正体をはっきりとさせなければ、なぜわれわれがこういうふうなものを援助だといって支払う必要があるかということの、生きた歴史上の事実として言わざるを得なかったから、私はこれをあえて出したんです。大臣もアメリカへ行くそうですが、こういう事実があったんだということをはっきり腹に入れて行って下さいよ。見返資金というものはこういうものに使われたのだ、日本の労働者はこれについてはこうだったということぐらい腹に入れて、日本の大蔵大臣として行ってもらいたいと私は思うのです。これは希望としてですね。妙な、肯定するかのごとく、肯定をしないかのごとく言っているけれども。 次に、開銀にちょっとお聞きしたいのです。これは具体的に話は入っていきますが、この見返資金の中から開銀への出資はどのくらい入っておりますかな。どのくらい入っておりましたかな。
○政府委員(稻益繁君) 見返りから開発銀行への出資分は千四百十億円と、それから六百二十五億円のいわゆる復金債の償還分がありまして、これが出資に振りかわっておりますから、その合計額でございます。
○鈴木市藏君 合計幾ら。
○政府委員(稻益繁君) 以上の合計が二千三十五億でありまして、その後さらに法定貸付の分が出資に振りかわりましたものが十八億ございます。したがいまして、見返りから開銀への出資分というものは、合計二千五十三億円であります。
○鈴木市藏君 そうすると、これは開銀の中に占める化率はどのくらいですか。
○政府委員(稻益繁君) 開銀への出資と申しますか、それは二千三百四十億あるわけでございますが、その比率は八七・七三%、そういうことになるわけであります。
○鈴木市藏君 そうすると、開銀というのはやはりあれですね、見返資金銀行みたいなものですね。別名、見返資金銀行。八七・七三%。開銀というのはやはり見返資金銀行だといっても決して言い過ぎではないですね。そういう性格を持った銀行だ。 それで、開発銀行が、世銀を初め外国から金を借りていますね。外債の引き受けをやっていますね。これはどのくらいありますか。
○参考人(太田利三郎君) 世界銀行から借りておりますのは、契約高で三億千七百万ドルでございます。これは開銀が悟りまして、それから日本の私企業に又貸ししている、通り抜けているわけであります。
○鈴木市藏君 どこへ行きました。どういうところへ行ったか。
○参考人(太田利三郎君) これは電力会社と鉄鋼会社が大部分を占めておりまして、そのほかに造船会社に一部、それから自動車製造会社に一部と、大部分が電力と鉄鋼でございます。
○鈴木市藏君 そこで、この開銀というのは、見返資金と、つまり世銀、言うならばアメリカ銀行、この二つの出資で成り立っている銀行だということがここではっきりしたわけですね。 そこで、将来どうするつもりか。この産投会計の一部改正案で政府が出してきているのを見ると、開銀の納付金は百三十億ですか、これを八七・七%に見合うものとして、百十四億ですか、これを引き当てて返す財源の一番金高の根拠にしているわけですね。根拠にしているわけだ。これは間違いありませんね。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほどから何回も申し上げておりますように、計算上は開銀の納付金及び返済金及び利息収入によって、これを返済するという計画書を提出いたしております。
○鈴木市藏君 そこで、先ほど来同僚の議員も言っておるとおりに、資金源の困難な事情やその他をめぐって、また政府の方針として大蔵大臣にも聞きたいと思いますが、金利は一体、金利政策については今後どういう方針でお臨みですか。
○国務大臣(田中角榮君) これは端的に、私の発言が別にとられると困ると思いまするので、はっきり申し上げますと、鈴木委員の御発言によって、これからの金利政策はどうかという問題でありますから、自由化に対応して将来の金利政策はできるだけ国際金利にさや寄せをするという基本的な考えであります。開銀だけの問題ですか。
○鈴木市藏君 私は開銀だけの問題ですけれども、あなたに開銀だけの問題を聞くというのは、また少し事が小さいと言われると困るが……。で、国際金利にさや寄せしていくと言っていますが、国際金利にさや寄せしていくという立場で見て、現在の日本の金利は高いですか、安いですか。
○国務大臣(田中角榮君) 安くないと思います。
○鈴木市藏君 安くない。そうすると、大蔵大臣の考えでは、将来はやはり金利引き下げの方向へ目ざして進むのだと、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○国務大臣(田中角榮君) そういう方向にならざるを得ません。
○鈴木市藏君 これはまあ将来の見通しにおいて大蔵大臣とこの点の見方は一致したということになるわけですが、そうすると、開銀が将来十五年間にわたって払いますね。その開銀の納付金、いわゆる利子、金利ですよ、これはどうなりますか。
○国務大臣(田中角榮君) まあ鈴木さんには御理解できると思うのですが、これは私たちが今提案をいたしておりますものは、この産投会計の負担とすると。説明も参考文書的な考え方で、皆さんの御質問に対しては計算上はこういうふうになりますと、納付金が幾らで、返済金が幾らで、利子収入が幾らで、十五年間の三十回払いをするときには、最低に計算をいたしましても二千二百二億円の収入が計算をせられますと、そのときに払うべきものは二千八十五億でございますから、まだ百十何億余りますと、こういう計算を申し上げておるのでありまして、これが利息が下がったならば、また海運でもって——海運ばかりでなく、石炭とか電力とかいろいろ入ってきて、開銀の利息は払わぬでいいというような法律が、またこれは仮定でありますが、そういう法律が出た場合、貸付金は全部棒引きだと、こういう事態が来た場合払えなくなるんじゃないかというような、いわゆる特定財源として、法律に基づいてこの収入金で払いますと、こういうことを申し上げているのではないのです。計算上こういうふうになって、まだ払ったあとも元本は残りまして、運用収益をあげていくのですよという問題であって、あなたが今言われておる新しくこれから出るであろう現象は、これは全然別の政策的見地からとらえる問題であって、これと対米債務の返済計算との間には画然とした一線があるのであって、全然別個に考えておるのであります。
○鈴木市藏君 開銀の原資には手をつけないで、納付金と貸付金の回収とその利子でまかなうことができるという説明を、ずっと一貫してやっておられますね。
○国務大臣(田中角榮君) 開銀ではなく産投です。
○鈴木市藏君 産投ですけれども、二本建てになっていますけれども、読んでみますと、産投だということを言っているのだけれども、事実はどうかといってみれば、開銀の納付金百十四億が、これが中心の返済金になることは事実ですから、それを十五年間、現状のとにかく納付金があるものとして想定して立てていくということについて、それは将来の問題だとおっしゃいますけれども、やがて低金利政策をとり、あるいは利子が棒引きになるというようなことが起きてくるというようなときには、今日出されているこの返済の方法というものは大きく変更する余地があると、変更されるかもしれないということは想定できるわけですね。矛盾しませんか。
○国務大臣(田中角榮君) お答えをいたします。 政府が国会審議をお願いしておりますのは、産投会計法の一部改正法律案でございます。この産投会計法の改正条文はどういうことかというと、二点あります。二百三十億を一般会計から繰り入れる問題と、対米債務はこの産投会計の負担にすると、こういう法律でありまして、負担にする。しかも、その支払いは十五カ年間で三十回に分けて払うのだ、この財源はこれであるというふうに法定しているのではないのであります。いわゆるこの会計の負担とするという場合には、どういうことで払えるのだという御質問がありますので、その説明資料として政府の考えているところを申し上げて、開銀の納付金がありますし、それから回収金がありますし、利子収入もございます、計算上はこういうふうになっていますから、十五年間三十回払い、開銀に手をつけなくてもできますと、こういうことを言っているのであって、法律を改正するような必要性は絶対に将来も起こりません。
○鈴木市藏君 政治論として、この間黒金官房長官はこう言っている。端的にいえば、そこに金があるから払うのだ、むずかしい議論は要りません、私たちはそこに金があるから払うのだ、こう言っている。その金があるからという金はどこかといって聞いてみると、今言ったところの説明、しかも中心をなすものは見返資金、それで開銀の利子と納付金なんです。そこに金があるから払う、こういう話をあのテレビのときには非常に自信を持っておられた。また、政府は改正案では、十五カ年間を一応の見通しとして、ここに財源があるから払うと、こう言っておられる。 しかし、先ほどからの政策の今後の方向を聞いてみると、やはり低金利政策をとっていくのだと、そうして産投にはますます運用の資金を豊富にしていかなければいかないというような説明を行なっているわけです。そういうことになりますと、利子は下げていく、産投の会計としてよそへは金を出していかなければならないということになると、また想定されているのは、つまり支払うためのつじつまを合わせる会計上の数字上の操作であって、つまりここに金があるというのは産投に金があるということであって、そういう見返資金を含めた、開銀も含めた産投というものに金があるということに解していいのですか。
○国務大臣(田中角榮君) 黒金官房長官がどういうふうに言われたか、私ちょっとわかりませんが、端的にいうと、この間も太平洋を渡った人が海があったから渡ったのだと、山があったから登ったと、こういうふうなことにひっかけて言ったんだと私は思いますが、しかし、政府が国会に対して法律案をお願いしておりますのは、先ほど申し上げておりますように、一般会計からの繰り入れ——賠償等特殊債務処理特別会計から払うこともできますが、いろいろな面から見て、何か二重払いではないかと言われておったりいろいろなことがありましたが、しかし、ずっと国会の審議も幸いに二回にわたって非常に詳細にやられましたので、国民も大体やっぱり払わなければいけないのだな、しかし払うにしても何分の一かに削られているのだということの理解もだんだん深めつつある実情でありますが、しかし、これは対外的な債務でありますから、国民の一人でも多くに理解をしてもらってやられるほうがいい。そういうことになれば、見返資金という昭和二十四年から二十八年までにその積み立てられたものでさえも、今の産投会計の中にはこのように大きく運用せられておりますということがはっきりとわかるのでありますから、そういう意味で産投会計の負担としてこれを払うという基本的な態度をきめて、改正案の御審議を願っておるわけであります。 じゃ、これは何で、財源はどういうふうにして確保されるのかといいましたら、開銀の納付金なんであります。また、そこで一歩進めますと、開銀の必要性、産投の必要性ということから考えると、低金利政策をとったり、たな上げをしたりすれば、考えておるよりも、十五年の間には二千二百億円どころではない、千二百億円くらいしか集まらぬじゃないかというようなお話に飛躍しておられるようでありますが、同時に、もう全然別の観点から処置すべきものであって、私は開発銀行というものがこれから将来、新しい観点に立って、資金を二倍も三倍も必要とするという場合には、産投の納付金、産投へ還付する納付金や返還金を延ばすという法律も出ることもあり得ましょうし、また一般会計から直接投資をされることもありましょうし、第二産投というようなものを作られてそこから融資する場合もあるでしょうし、何かまた他に財源が得られるような特別会計からの繰り入れも、当然、開銀というものが将来どのようにウエートを置かれるかということによって、資金確保の方策は講ぜられるべきでありまして、こういう問題とごっちゃにしまして、産投会計に入ってくると予想しておるものが他の政策的な要請によって入ってこないことが想定できるのだから、ここから払うことはいかぬじゃないか。しかも、産投も、開銀そのものも、必要性がますます増大をするときに、そこから百五十八億円ずつの対米債務を払うのは、どうも情において忍び得ない。これは確かにわかるんでありますけれども、これとは法律上何にも関連はないのです。これとは全然別な政策上の要請から起こる問題でありますから。計算上こうしてございます、またそういうことをすることが国民に対しての理解を深めるゆえんであるということを確信をして、改正法律案を御提案申し上げておるのでありますから、そこはひとつ分けてお考えになっていただきたい。 私は、もうはっきり申し上げると、開発銀行が産投会計に納付をする金額は、納付をしないでいいというような——しないで、もっと別なものに投資をすべしという法律ができるならば、これは全然別な観点でもってできるのでありまして、そういうものがたとえ法制上の決定があっても、私は、産投会計の負担をしたことと全然相反せず、競合はしない、こういう考え方であります。
○鈴木市藏君 大平外相がおられることですから、最後に、この使途の問題についてお聞きしたいと思うんです。 で、この金は、むしろ、交換公文を取りかわしておるようなものの、これはアメリカの金なんですね。向こうに払ってしまえばアメリカの金ですね、これは。で、管理運営についても、全くアメリカの金なんですね。このアメリカの金をどう使うかということについて、あのような交換公文を取りかわしたときに、どう使うかということについて具体的な話があったのですか。おありになったのですか。
○国務大臣(大平正芳君) 交換公文に現われておるとおりでございます。
○鈴木市藏君 おとといは、サンフランシスコ条約に現われているとおりでございますという御答弁でお逃げになり、きょうは交換公文に現われているとおりでございます……。
○国務大臣(大平正芳君) 間違ってはいかぬ。
○鈴木市藏君 間違ってはいかぬけれども、ちょっと話を聞きたいのです。というのは、二つに分けて聞きます。というのは、一つは、日米文化教育交流というのがありますね。交換公文でね。あの日米文化教育交流というようなものは、日本側のほうで、こういうふうにしたほうがよろしいからというので、日本側のほうで申し入れたものですが、アメリカ側のほうで申し入れたものですか、あるいは双方の話し合いによってそこに落ち着いたものなんですか、それをひとつ聞かして下さい。
○国務大臣(大平正芳君) 双方の話し合いです。
○鈴木市藏君 双方の話し合い。これは明らかになりました。これはアメリカの金ですから、さっき念を押したら、大平大臣は何度も首でうなずいておったのでありますが、アメリカの金ですから、管理運営についても、双方で話し合いをしてきめたとしても、どう使うかという問題については、アメリカの金ですから、アメリカの一存で使われるわけですね。あるいはアメリカの考え方というか方針というのが大前提、あるいは優先するか——優先する。あるいはアメリカのほうの方針が貫かれるか、ですね。
○国務大臣(大平正芳君) 冒頭に鈴木委員が念を押されたように、返した以上アメリカの金ですから、アメリカが管理権を持っております。
○鈴木市藏君 だから、アメリカの金だから、それで話し合って、こういう日米文化交流に使う、二千五百万ドルですか、九十億使うということについては話がついていた。しかし、その使途は、具体的にどう使うかという点については、アメリカの金ですから、アメリカの意思が通っていくわけですね、そこでどういうものに使われるかという点について考えられる点はありませんか、今想定される点はありませんか。
○国務大臣(大平正芳君) アメリカの国庫に入りまして、アメリカが歳出計画を立てて、それで使っていくわけでございます。それをわれわれとの話し合いで、交換公文に現われておりますとおり、二千五百万ドルは日米間の教育文化の交流計画に使いましょうということでございますし、それから第二項にありますように、東アジアの経済開発に使いましょうということは、方針としてアメリカ政府は了承しておるのであります。特にこれもアメリカ政府が歳出権をアメリカの国会からもらわなければなりませんから、前提といたしましてそういう方針でいるわけでございます。アメリカとわれわれとはこの交換公文に基づきまして、この協定の発効手続が済みますれば、相談をするという手はずになっているわけであります。具体的にその段階で、どのように使って参るかということがはっきりして参ると思うのであります。
○鈴木市藏君 五月二十二日ですかの読売に、安藤アメリカ局長ですか、アメリカの駐日公使と話し合っているところを見ると、これで日米文化センターを作るとか、あるいはこの金を財団法人的なものに積み立てておいて、利子でもって運用したいというようなことが報じられておりますが、そういう事実はあったのですか。
○政府委員(安藤吉光君) レオンハート公使がたしか五月の末に私のところに参りまして、きわめて非公式に、この話を雑談的にやったことは事実でございます。しかし、読売でございますか、一部の新聞にいろいろ書かれたような、そういう具体的な問題にはもちろん入っておりません。と申しますのは、このアメリカの、要するに教育文化に使います基本となります一九六一年相互教育文化交換法というのがございまして、それの中には、この種の金は、返還金は教育交換、研究助成、専門家、芸術家、スポーツマンの相互訪問、国際的会合、展覧会への参加、文化、学術資料の交換、学術研究機関ないしは文化技術センターの設置等に使うということが定めてあるわけでございます。繰り返すようでございますが、レオンハートとは具体的な問題は話しておりません。
○鈴木市藏君 そうすると、それは雑談の中の話だということなんですが、こういう日米文化教育交流に九十億という金を使う、こういう交換公文をきめて、アメリカの金ではあるが、その運営について日本側の話し合いの余地を残したということはいいことだと、あなたはさっき西ドイツと日本との比較を言ったときにそういうふうに、日本側の希望を使途の中にも入れることができたということは、西ドイツよりも日本のほうが有利であるという一つの論証にこれをお使いになった。こういうことをお使いになったと思いますが、依然としてその考え方が変わりありませんか。
○政府委員(安藤吉光君) 御質問がございましたので、比較かたがた西ドイツには何らそういうような交換公文等がなかったので、日本側にはございます点を御指摘申し上げたわけでございます。もちろん、この金はアメリカの金でございまするが、日本で使われる円でございますので、日本で使われる——現在のフルブライト資金も円で日本で使われるわけでございまするが、これに関しましてもアメリカは日本の意見を聞き、具体的にはいろいろな委員会も作ってやっておるわけで、おそらくこの基金についてもそういうふうなことを考えられるのじゃないかと思いまするけれども、将来の問題でございまして、今具体的にはきまっておりません。しかし、十分日本でやはりこういった教育文化の交流に使われるわけで、やはり日本としても利益ではないかと考える次第でございます。
○鈴木市藏君 われわれは利益ではないと考えます。あなたは利益と考える。その金は、性格としてガリオア・エロアから、見返り資金、一貫してずっと見てきた私たちに、一貫してのあれから見ても、この金は日本人の魂買いますという金に必ずなると思う。私たちは決して利益だとは考えておらぬ。 で、この人間交流の中に、あなたは相当雑談で話をしたと言っておるけれども、どうです、労働組合の活動家とか幹部とかというのもこの人間交流の中に入りますか。
○政府委員(安藤吉光君) レオンハート公使との会談について、いろいろ新聞等におきまして、ある種の新聞にはいろいろ推測的な記事が書いてあったようでございますが、しかし、先ほども申し上げましたように、まだ協定そのものも発効していない段階でございまして、私とレオンハートと話しましたのはごく簡単な抽象的な問題でございまして、具体的な問題はほとんど話しておりません。それで、ましてや交換——何といいますか、人事交流の問題について具体的な話はいたしたことがございません。
○鈴木市藏君 で、日米文化交流の金はそういうものとして、これは次に移りますが、今度は後進国の開発、平和と安定のために寄与するためということで、第二の交換公文が取りかわされているわけですね。これは先ほどからのお話にあったと思いますが、やはりこれはアメリカの金であって、アメリカの六二年の対外援助法の中に組み込まれて使われる金だという御説明がございましたのですね。これは間違いありませんか。
○政府委員(安藤吉光君) 正確に申し上げますと、一九六二年対外援助法案というものは、権限法案でございます。その権限法案の第六百十八条に、たびたび申し述べましたごとく、日本からのこの返済金がこの対外援助法案の第一部門開発援助に使われるということが書いてあるわけでございます。実際の支出は、これは歳出法というものができましてからきまるわけでございまして、これは権限法でございます。
○鈴木市藏君 この六二年の対外援助法六百十八条、そこに書いてあるというものは、われわれの資料に来ましたか。
○政府委員(安藤吉光君) ここでお読みします。第六百十八条、処理受領金の使用、日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定に基づいて合衆国に直接支払われる合衆国ドルは、この法律の第一部の制限内において同部の規定を実施する目的で、そのための歳出に充てられ、また別途いずれかの歳出法で大統領の使用に充てられることができる。これが六百十八条の全文でございます。
○鈴木市藏君 内容はわかりませんね、それだけでは。どういうものに使われるかという内容は、どこで見たらわかりますか。
○政府委員(安藤吉光君) 対外援助法案、ことに一九六二年の対外援助法案、これは六一年と項目は大体同じでありますが、その第一部が開発援助、いわゆる経済援助でございます。第二部が軍事援助でございます。第三部は一般規定を設けております。第一部は、開発借款、開発贈与、進歩のための同盟とかあるいはその他緊急基金、あるいは支持援助、投資調査、投資保証、そういったものがずっと並べてございます。開発援助と一般に申してよろしいかと思います。
○鈴木市藏君 あなたのほうから出た、一九六二年対外援助法についてアメリカ局北米課から出たものがありますね。これは同じものですか。これですね。
○政府委員(中川融君) 今のアメリカ局長の説明を補足さしていただきますが、今の対外援助法でも明らかなとおり、第一部の国際開発についてのみ使うのでございまして、軍事援助のほうの第二部、これには使えなくなっておるのであります、六百十八条で。したがって、これは平和目的の、要するに経済開発にのみ使うということがこの点からもはっきりしておるのでございまして、その点追加して申し上げます。
○鈴木市藏君 それで、東アジア——これは衆議院でも聞かれた問題で、当委員会でも聞かれた問題ですが、もう一度、東アジアというのは、安保条約で規定した極東の範囲とはどこがどう違うかということを、はっきりお答え願いたい。
○政府委員(中川融君) 東アジアと申しますと、別にはっきり地域を限定はしてないわけでございます。アジアを大きく二つに分けまして、その東のほうの部分ということでございます。したがって、大体いえばインド、セイロンあたりから東のほう。安保条約の極東の範囲というのは、これは詳細ないろいろ答弁がその当時あったわけでございますが、フィリピンから北のほう、日本周辺、こういうことになっておりまして、ずっと狭い区域を考えているわけでございます。
○鈴木市藏君 この東アジアはこれこれの国が含まれるということについては、交換公文のときに、かなり具体的に突っ込んだお話をしたということを承っていますが、そういう点についてはどうです。
○政府委員(安藤吉光君) 今条約局長がお話し申し上げました程度のことでございまして、具体的に個々のどこを云々というような話は全然ございません。
○鈴木市藏君 インドから東全部が東アジアだという、そういうことではないと思うのです。やっぱり具体的に、ここでいわれている東アジアというのはおおむねかくかくの国であるというようなことが、一応了解事項の裏話としてされているのではないか。端的にお聞きしますが南朝鮮は入りますか。
○政府委員(中川融君) アジアの東でございますから、韓国は当然入ります。
○鈴木市藏君 台湾も入りますな。
○政府委員(中川融君) 台湾も当然アジアの東の部分に入るわけであります。
○鈴木市藏君 南ベトナムも入りますな。
○政府委員(中川融君) 南ベトナムも当然、アジアの東でございますから、入ります。
○鈴木市藏君 これらの国の——私はこの額がたいした額でないということで問題の本質をぼやかしてはいけないと思うのですよ。なるほどこの対外援助法に基づいてやる、この日本が支払う金というようなものはたいしたものじゃないかもしれません、額は。しかし、この性格はきわめて重大だと思うのです。束アジアといっておりますけれども、予想されるところは大体今言ったような国が予想されるということは、これはもうあなた方が言うといなとにかかわらず、おそらく常識として判定ができます。とういう国々にアメリカと一緒になって、しかもアメリカがやる対外援助に日本がやっぱり金を支払うということで、一緒に責任を持って参加するということのこの性格がきわめて重大だと思うのですよ。これはあなた方はいいことをやったんだ、アジアの後進国開発に対して援助をするということで、これはまだ西ドイツよりも日本のほうがはるかにすぐれたいいことをやったんだというふうにおっしゃいますけれども、先ほど申しましたように、日米文化教育の交流をやったというとともよくない。これも同様な私は性格だと思います。御承知のように、アメリカという国は、まことに腐った政権だけによくもまあ飽きずに金をつぎ込んで、次から次とくずれていくのかと思うのです。ラオスもとうとうああいう状態になりました。南ベトナムも同様でしょう。それから台湾の蒋介石、今の軍事独裁の朴政権、こういうようなところにつぎ込めばつぎ込むほど、それはそこの国の人民と切り離されて、一そう不幸な状態にそこの国の人民、民族を追い落としていく。今日までの情勢がすべてアジアではそれを物語っているではありませんか。こういうものの中に、日本が一緒になって金を支払うということが、将来起こるであろうところの問題を考えてみなさい。今の大きな国際情勢の変化の中で、こういうことは私は正しくないと思う。これは金額が小さくてアメリカが使う金だからということではなくて、額の問題を離れて、もとが正しくないから、また正しくないものからこういうふうなものもまた生まれてくるということだと思いますけれども、これはこの二つの交換公文、使途の問題については、私は今の日韓会談の問題とも関係があるし、総理がおいでになったとき、あるいはまた総理が来なければ後ほどさらに具体的に質問をしたいというふうに考えております。
○国務大臣(田中角榮君) この際、先ほどの鈴木さんの昭和二十四年における国鉄の惨事等に対する御発言に対して、少し人間的にしゅんとしたので、はっきりしたお答えをしなかったようでありますから、ここで事実を明らかにいたしておきます。 昭和二十四年に国鉄に投資をせられました百五十億は一体何に使われたか、当時あたかも時を同じくして定員法がしかれたという問題と幾多起こった事件とに関連して、見返資金が首切り費に使われたというような御発言でありましたが、政府の記録等今まで調べましたところによると、この百五十億円と十一億六千四百万円、合わせて百六十一億六千四百万円は、当該年度における施設費に投じられております。この施設費は、新線建設に四億八千万円、車両に四十五億六千万円、発送電設備に十五億九千万円、電化設備に四億八千九百万円、停車場に十一億三千万円、防災設備に十三億一千万円、その他に六十五億九千万円、計百六十一億六千四百万円というふうに使われておりますことを明らかにいたしておきます。 もう一つ、見返資金の性格というものについて、先ほど、第一回、昭和二十四年に投資をせられたものが国鉄であったということをもって、見返資金すべての性格に対して論断をせられたようでありますが、三千六十五億の見返資金のうち、開発銀行、日本輸出入銀行、農林漁業金融公庫、電源開発会社に対する出資金に使われているものも相当ございますし、貸付金に使われているものとしても、開発銀行、一般会計、農林漁業金融公庫への貸付金がございます。また、優先株式として日本興業銀行、日本勧業銀行、北海道拓殖銀行、商工組合中央金庫、農林中央金庫、日本長期信用金庫の優先株式があり、このほか長期国債、短期国債等にも使われており、運用額は合計して二千二百四十九億円であります。そのほかに電気通信事業特別会計、国有鉄道、国有林野事業特別会計、住宅金融公庫それから公共事業、学校給食等に千四十九億円使われておるのであります。この間の事情につきまして、何か見返資金が国有鉄道の昭和二十四年の第一回に投資をせられた当時の事情をそんたくせられた発言で、非常にゆがめられておるようでありますから、事実を明らかにしておきます。
○鈴木市藏君 もう私はこれでやめようと思ったけれども、今田中大蔵大臣が当時の政府の面目のために、あるいは見返資金の面目のために弁明をしたことに対して、田中大蔵大臣がそういうことを言われる気持はわかりますけれども、当時の状況をもう一度ここで振り返ってみれば明らかだと思うのです。つまり、一番最初にこの金が国鉄に出された。しかも、それが七月、八月に、百五十億の金の中の六割近いものがその二カ月に出されたこと、二カ月間のときは今言ったように国鉄の大量の首切りがあったときであり、そうして下山、三鷹、松川といった事件が相次いで起きたときである。これが一つの試金石、言うならば、アメリカの言うなりになる日本になるかどうかの一つの試金石として向こうは見た。そうして、そこで一応政府がアメリカの思うような方法でいったのだから、これで日本はうまくいけるということで次から次と出してきた。そういう点で、昭和二十四年の七月、八月この国鉄にやられた金というものが、その後におけるところの見返資金の重大なつまり呼び水というか、次から次と見返資金を日本に持ってくることの政治的な、つまり何といいますか、立場というか、政治的な意図というか、そういうふうなものをはっきり示す材料になった。アメリカとしてはそういうものとしてこの見返資金を運用したことは間違いない。それからさらに、それは国鉄が一巡すれば全逓に行き、国鉄、全逓が一巡したあとは、今度は次々と重要産業のマッカサーの命令によるところのレッド・パージをやられたところに次々と金がつぎ込まれていった。これは二十四年から二十五年の見返資金が行ったところを筋をたどってみれば明らかなんであって、決して私が一方的に推察をしてそういうことを口実にしたのではないということは明らかだと思うのです。 これは立場の相違ということがそういう見解を出させるだけにとどまらず、それだけではなくて、歴史の事実というものをもっとやはりしさいに点検してみたときには、そういうことがはっきり言える。そういう性格の金だ、言うならば血ぬられた資金だという、そういう性格のものだ。だから、この金は決して日本の幸福のためには使われていない。ましてや、これを返すなどとは、債務などというのはとんでもないというのだというのが……。
○永末英一君 時間もおそうございますので、今までの政府答弁の中で必ずしも一致していない点だけを質問申し上げて、事実の確認だけをしておきたいと思います。 一つは、ガリオア・エロアの援助に対して政府は債務と考えるという考え方に二つの見解が述べられた。そもそも、初めから援助資金の返済については産投会計から支払うのが妥当であって、そのつもりで準備をしてきたのだという一貫した考え方が、あなたのところの総理大臣から述べられている。ところが、大平外務大臣は、そうではないのだ。大体交渉が妥結して金額がきまった、それでどこから払うかということは、一般会計なり、賠償処理特別会計なり、産投会計なりいろいろあろうが、産投会計から支払うのが一番合理的であろうから、これから支払うことにしたのだと自分も思うし、大蔵当局がそうやったのだから、まずおれはこれを支持するという御見解を発表され、きょう田中大蔵大臣から同じような見解が発表された。この二つの考え方には相当な私は性格上の違いがあると思う。一体政府はどちらを考えておられのか、この点をひとつ確認をしておきたいと思います。
○国務大臣(田中角榮君) 表現をとられると違うようであるかもわかりませんが、よく考えていただけば同じだと思います。これは池田総理が本会議でも、また予算委員会でも答弁をいたしておりますのは、昭和二十四年見返資金特別会計を設置した当時から、私はいつもこれは債務として返さなければならないということを予定いたしておりました。そういうためにはこの特別会計が発展的にどういう姿になるかわからないけれども、予測できる状態としては、そのためにも私は見返資金の効率運用ということを考えておったのであります。見返資金特別会計がその後産投会計に移ったのでありますから、見返資金イコール産投会計ということを考える場合、産投会計から支払うというのが妥当であるという考えは二十四年から一貫して持っておりました、こういうようにお答えをしておるわけであります。私も、大平外務大臣の御答弁をしたのも、現在政府の意思決定によって産投会計の負担とするということで御審議願っておるものですから、この間の事情においては総理との一切の食い違いはありません。ただ、その後、なぜ一般会計から、また賠償等特殊債務処理特別会計から払わないかという問題につきましては、衆議院及び参議院における審議の過程において、特に委員各位から、一般会計から払うことがよりはっきりするのじゃないか、というのは、開発銀行及び産投の将来の見通し面から来てこういう御質問がございましたし、しかもそれは一般会計から払い得ますということは私も答えております。それから、一般会計から払うというよりも、経理上米国との間において戦後処理費的なもの、また占領に基づく付帯的な事案として起きたこの種の問題に対しては、賠償等特殊債務処理特別会計から払うのがほんとうだというたびたびのお話がございましたし、しかもこれらの設置法を読んでみますと、確かにそういうところから払い得ますということを何回か御答弁申し上げております。でありますから、この種の債務については一般会計から払うこともできますし、またある意味においては賠償等特殊債務処理特別会計から払うということも考えられるし、それでもいいとは思いますが、しかし政府としては産投会計の負担とすることが一番正しいと思って御審議を願っておるのでありますと、こう答えておるものですから、そこに言葉が足らないとすれば、いろいろお考えも御指摘のとおりございますが、前段池田総理が申し述べられたとおり、見返資金特別会計の発展的な延長であるとみなされる産投特別会計の負担とするを至当と認めて御答弁を申し上げたのですと、こう訂正してもよろしゅうございますが、その間には相違はございません。
○永末英一君 今御説明いただきましたが、二つの考え方が違うにつれて、やはり処理の仕方も変わってきておったと思うのです。そこで、なぜそういう二つの性格の違った考え方を一本に合わして御説明になっているかというと、いわゆる二重払いという非難に対してこたえるために、この理屈を考え合わせて一本にされたと思うのです。 ところで、二重払いという考えについても必ずしも一本の考え方になっていない。田中大蔵大臣がある場所では、アメリカに二度払えば二重払いだが、そうでないから一本だ、こう書っておられるが、国民が日本政府に払ったのが二へんになるならば、これは二重払いであって、今度はそうではないのだ、見返資金というところへ国民が一度払ったものをそのまま残しておいて払うんだから、一ぺんなんで、国民のふところから日本政府を経由してアメリカ政府に払うんだから一ぺんだ、こういうことを言っておられる。二つあるのですね。これはどっちですか。
○国務大臣(田中角榮君) 私は、衆議院の予算委員会におきまして——予算委員会だと思います。予算委員会の御質問に対して、二重払いがあるのじゃないかというような仮定の御質問だと思いますが、国民からは代金を受けておりますけれども、政府はこれを現在保管をして、特別会計の中で運用をいたしており、アメリカ政府には払っておらないのですから、アメリカに一ぺんも払っておらないものが二重払いではありませんと、こう答えましたら、そんなことは初めから聞いていない、そういうことは全然われわれも言っているのではなくて、国民が一ぺん代金を払ったものを一般会計から払うようなことになったり、またいずれにしても、政府が多少でも税金をもってまかなって払うというようなととが二重払いになるのだと言っているので、アメリカに二重払いをしておらないくらいのことは、そういうことを言っているのではない、こういう御説明がありましたので、私はすぐそれは訂正しております。 私の考えは、国民から対米債務を払うために、対米債務の実行に当たり、特別財源などを徴収する法律でも作って、別に国民から税を取り立てるような財源法でも作れば、二重払い論が起こるのであって、現に国民から預かったものは運用して、現に産投会計の中に生きておりますから、この一部をもって払っても二重払い論は起きないということを明らかにしているわけでございます。
○永末英一君 今二重払いの考え方については、まあ一つの考え方であるように承りました。しかしながら、お金に色がついているわけではなくて、これから聖徳太子から伊藤博文に変わるようでありますが……。当委員会でも問題になりましたのは、見返資金を承継した産投会計から払うということを強調するのあまり、それは二重払いではないということに意味を続けさしてお答えになってきたと思うのです。ところが、産投会計自体の性格が、一般会計からの繰り入れもあり、今後の見通しにおいてそういうことも起こり得るということは明らかになったとおりである。しかも、今度は今までの見返資金あるいはガリオア・エロアの援助資金から、一般会計から渡している金もまだ残っているのであって、したがって、二重払いでないということを主張するためには、これは国民が政府に渡した金を残しておいたから、今度で初めて払うということを言わなければならない。ところが、その金の性格は非常に変わってきている。しかも、合せて一本の勘定でやっていくわけです。先ほど大蔵大臣も開銀等の今後の見通しについて、いろいろ法律が変わってくれば、今は納付金なり、回収金なり、利子などで見合っているけれども、そういけるとは限らぬという考えを言われた。そうなれば、今政府は大いばりで二重払いでないという宣伝をしておられますが、やはりその中に一般会計からの金が入ってくるとすれば、二重払いでないということを言われても、私はやはり二重払いになると思うが、あなたはいかがですか。
○国務大臣(田中角榮君) 私たちは、二重払い論などというものは初めから存在しないと、こういうふうに明確に答えておるのですが、審議の過程において、いろいろな見方や立場、角度から見て、二布払い論もあり得るじゃないかということを言われますから、私はさっき申し上げたとおり、また鈴木さんのお話にもありましたが、産投会計というのは、見返資金がほとんどですが、開発銀行も見返資金の延長ですね、八五%も見返資金から入っているのですから。こういうことを言われたのですが、私はその言葉をそのままとりましても、産投会計の負担として開発銀行からの納付金や返済金等産投そのものの運用収入でもって払うということになれば、計算上は二千八十五億を払っても、これは運用収入の二千二百二億円でまかなうこととし、元金そのものはほとんど手がつかないで、日本の国に見返資金の積立額三千六十五億が残っておるということになるのであります。でありますから、私はそういう意味から考えても、二重払い論は全然起きないということを申し上げておる。 それで、永末さん言われましたが、一般会計からの繰り入れが一千五十億もあるから、合わせて一本で払う場合には二重払い論も考えられるのじゃないかという御説に対しては、これは計算上金は、私は平たくいえば、いろいろな払い方はあると思うのですが、計算上全然見返資金特別会計、いわゆるとの対米債務のもととなった金がないのなら別でありますが、どこでも日本国内で運用せられておるという事実を認識していただけば、私はその別な金から払っても二重払い論などというものは起きるものではないというふうに感じておるわけでありますが、しかし、そこまで飛躍した議論を持たなくても、産投会計の計算の中で、十五年間で二千二百二億円があって、そのうち二千八十五億円払うのですからという計算書が明らかに提示をしておりますから、もう二重払い論はもう一切起きないと、こういうふうに考えておけます。しかも、衆議院の大蔵委員会では、春日委員から、この二重払い論はもうわかったから、堂々とどこからでも出すなら出しなさいと、出すなら一般会計から出したほうがよっぽど男らしいと、こういう御発言もありましたが、政府が従来とっております態度は産投会計負担とするということでありますので、これをもってひとつ二重払い論は払拭していただきたいということを申し上げておるのであって、私が何回か申し上げているのは以上申し上げた根拠に基づくものでございます。
○永末英一君 初めから二重払いを避けるということを考えて交渉をやったのなら、もう少し違った交渉の仕方があったと思うのです。親法ができておりますから、交渉の過程など質問申し上げたくないのでありますけれども、もし国民が支払ったものを政府がプールをしておって、この中から払うのだと、こういうかまえで対米交渉に応じたのなら、本委員会で明らかにされましたとおり、貿易資金特別会計はこれは日本政府としてあまりわからぬ勘定をされておる。ただ、わかったのは、とどのつまり決着としてその当時の金で三百八十億円、それから二億ドルというものが残った。それは確かに残ったと思います。それから、今度は見返資金特別勘定で三千六十五億円というものは産投会計に移った。そうすると、合わせて大体その当時のドル建てであれば十二億ドルから十三億ドルまでであって、これがガリオア・エロアの援助物資はいろいろな経過をたどったけれども、日本人の手に残った最後の金であって、そうしますと、これが二重払いをさしてはいかぬということで最初から対米交渉に移ったならば、何が何でもこれが日本人として、日本政府として話し合いに応ずる一つの根拠にならなくちゃならない。ところが、今までの御説明ではそうではなくて、アメリカが出したというあちらの予算群に計上されたものと、日本政府が占領軍等から遺留されて手持ちをした受け取りを積み重ねて日本政府としては十七億ドル幾らというものと突き合わして計算した、こういうことであるならば、二重払いを避けるという政府の態度は一番あとから出てきたのであって、最初からのかまえではなかったとわれわれには考えられるが、この点はどうですか。
○国務大臣(田中角榮君) 政府は初めから二重払い論などは全然意識していなかったのが、この法律を出したり協定を出したり、前国会の協定成立の過程でいろいろなことを御発言がありましたので、そしてまた国民も爆撃等を通してもそういうととがありましたし、そういうことに対して、たしか一番最後に政府が二重払い論でないゆえんを明らかにしたと思いますが、初めから政府の頭には二重払い論などは全然なかったんでありますから、そういう意味では、あとから起こった現象に対して政府として当然の国民に対して理解を深める態度をとったというにすぎないと思います。
○永末英一君 それでは確認をしておきますが、今の大臣の御説明では、日本政府はアメリカ政府との間におけるあなたのほうが債務と心得たものの決済をする交渉をされた、その場合には、日本国民が政府に対して支払ったもの、何といいますか、資金、そういうものはあまり考慮せずして、つまり対米交渉の結果どれだけの債務が確定するかわからぬ、あるいは十八億ドルと言うてくるかもしれない、十八億ドルと言ってくれば、そして日本政府がいかに抵抗しても——これは仮定ですよ、ものの考え方ですからね。そうしますと、今まで産投会計に積み立てた金では支払えないわけですね。支払えないということになれば、よそから金を持ってきて払わなければならない。たまたま四億九千万ドルになったから、この産投会計の中で支払えますということが結果的にわかった。結果的にわかったから、二重払いでないということを言い出した。私はそういう意味合いで当初この交渉を始めた場合には、そういう意味で二布払い論というのは政府の念頭になかった、こういう工合に解釈するのですが、そうですか。
○国務大臣(田中角榮君) 政府は、先ほど申し上げているとおりに、もう一貫して二重払い論というような論議は存在しない、こういうことでございます。 それから、産投会計から払うということも、その後の情勢によって産投になったのかということでありますけれども、これは先ほど申し上げたように、総理は二十四年大蔵大臣当時——総理が大蔵大臣になられたのは二十四年の一月か二月でありますから、見返資金特別会計は四月にできたのでありますので、池田総理が大蔵大臣の当時でありますから、総理は一貫して御答弁しておるとおりに、いつの日にか払わなければならない債務のためにも見返資金特別会計を作らなければならぬということを言っておられるのでありますから、これは政府の基本的な考え方はそこにあると思います。私たちはこの間任命されたばかりの大臣でありますから、今の段階でこうしてお答えをしたり、いろいろな御議論を承ったりしておる過程においては、あなたに近い議論を私も看取せられます。私自身もそういうことはわかりますが、政府が引き継いでいるこの問題に対する基本態度は一貫しておるのでありますから、当時この問題にあまり深く入っておらない君が言うのはおかしいじゃないかという議論も起こるかもしれませんが、政府の機関として申し上げれば、池田総理が一貫して申し上げておる態度で今日まで来ております。
○永末英一君 最後にお尋ねしますが、池田さんにとってはラッキーであったと思うのです。つまり、最初からそのように考えて見返資金を積み立ててやってきた、そうしていよいよ交渉が成立したから、その額は見返資金で積み立てたものの以内であったと、これで国民には二重払いさせなくてよかったという結果になった。しかし、債務と政府が心得たものの交渉の内容自体が、池田さんの意図とは別途のこれは問題があったのです。そうして、これがたまたま四億九千万ドルになったということになれば、あなたは池田さんの当初の考え方と、今政府が決定して本委員会にかけているように、産投会計から支払う、この法律改正案と合わせて一本でうまく総合できているように思うけれども、それははなはだラッキーな偶然の一致であって、性格上はやはり明らかに二つの流れがあったと私は解釈をいたしますが、もう一度お答えを願いたいと思います。
○国務大臣(田中角榮君) どうも、永末さんに議論を申し上げるようで、まことに恐縮でありまして、私もそんな気持は全然ないのでありますが、私はこう考えます。認定いたしますといって、言い切っていただくと、そのまま黙ってしまうんですけれども、これは正規な議論として申されると、やはり別な議論があるんです。池田総理が二十四年に見返資金特別会計を作りましたときには、さっき申し上げたとおりですが、将来いつの日にか払わなければならない債務でありまして、これが運用処理をはかりながら、日本の民生安定に寄与しながら、これが財源確保だけはずっとはかっていかなければならぬという考えは、これは一貫して間違っておらないし、そのとおり今日まで来ております。が、しかし、そのうちに、池田総理が考えてはきたけれども、十八億ドル全部返せと言われた場合にはということを言われますが、しかし、現在四億九千万ドルになったからラッキーと言われますけれども、それはそのとおりかもしれません。しかし、実際問題を言いますとね、運用金だけで支払えるのが四億九千万ドルですと。これは十億ドルにもし上がったと仮定した場合には、この原資になっておる三千六十億円全部取りくずしても、産投会計の負担で払えるわけでありますし、十八億ドルになる場合には、現在一切引き継いだ約二億ドルがどういうふうに運用されているか、さっき申し上げているように各機関に投資をせられて、現在産投会計とは全然関係ないものでも、これは当然援助物資から得てきたものでありますから、そういうものを全部別な法律で産投会計に繰り入れなければならない、こういうふうな法律的な措置をした場合、その最後にアメリカが提示をした一番大きい十九億五千万ドルということをぶつけられたとしても、西ドイツのように払えるか払えないかというと、私は見返資金だけではなく、対日援助というもので日本が現在持っておる総資産の運用をやり、十五年間に合わせれば少なくとも、十九億五千万ドルという数字を仮定しても、日本人固有の資産を待たずして払えると、こういう数字が逆算せられるわけであります。これは議論でありますから、なかなかそういう問題まで発展することはいかぬと思いますが、まあ現実的にはちょうど四億九千万ドルで妥結をしたのでございますから、どうぞその点御理解をいただきたいと思います。
○委員長(佐野廣君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(佐野廣君) 速記を起こして。 本案につきましては本日はこの程度にいたします。 —————————————
○委員長(佐野廣君) 次に、租税及び金融等に関する調査を行ないます。 御質疑の要求がございます。野溝委員。
○野溝勝君 私はこの際、今委員長が議題に上程されました件についてお伺いしておきたいと思います。会期もわずかでございますので、特にこの機会にお伺いしたいと存じます。 問題は災害に関する件でございますが、特に四月の二十六日に大蔵委員会におきまして、伊那谷、特に長野県における梅雨前線の豪雨災害に関し、移住対策について質問をしました。その際、農林当局、大蔵当局の話では、ごもっともなことでございますから緊急指貫をすることにいたします、特にさようなことでただいまその案を作定しています、それは法律でなくて、法律の範囲における行政措置においてその問題は実施することができますから、来月中に必ず実行に移します、という言明を得ておったわけでございます。しかるに、その後移住対策につきましてはいまだ結論が出ておらないのでございますが、先日の衆議院における災害対策特別委員会におきまして、これに関し質問のあった際に当局からお答えがあったようでございますけれども、内容についてこの際お伺いしておきたいと思います。これは大臣からでなくて関係当局から伺います。
○国務大臣(田中角榮君) ただいまの野溝さんの御質問に対して、集中豪雨の処理状況及び今後の見通しに対しての御質問でありますから、申し上げます。 すでに五十億を決定いたしまして、これに基づいて自治、農林両省間において移用額の数字的検討を行なっておるわけであります。ここ数日中に数字を確定いたしまして、最終的に決定ができると存じます。 それから、処理のおくれた理由に対しておしかりを受けたわけでありますが、ただいま申し上げましたような措置は三十七年度予算総則に基づくものでありまして、予算成立後、できるだけすみやかに処理するよう、自治、農林、大蔵三省間において、検討を進めてきたものでございます。しかし、本件につきましては、御承知のとおり、全く初めてのケースでありますので、現地の実情に即応するよう、常に県当局との密接な連絡をとっておったわけであります。五月の上旬、移住計画の立て方等について大綱を県に指示をいたしまして、具体案を県から早く出してくれと、こういうことを指定するとともに、催促をいたしたわけでございますが、県から出て参りました、六月中句に提出をいたしてきたわけでございますけれども、この問題については、意見調整の結果、さらに県でもう一ぺん再検討したいということで、県が持ち返っておるわけでございます。八月の上旬、また県より計画の再提出がありまして、政府といたしましても、補助要綱を決定いたしましたが、数字の確定までの間において自治、農林両省において、いま少し時間的に手間取っておったというのが事実でございます。 なお、その他の問題に対しては、御質問によってお答えいたします。
○野溝勝君 大蔵大臣、そういう議会答弁的な答弁でなくて……。私は、ほんとうに当局をしかりつけたい。というのは、災害があった際には、緊急立法まで出しておるわけでしょう。それに基づいて、そのまだ足らざる点については、要綱を出して、具体的にそれを補うというわけだった。その要綱のうち、問題になっているのは移住対策費の問題なんで、それを長い間今日に至るまで何をまごまごしておったかというのですよ。私は、そんなことを今言ってみても仕方がないから、言わないが、一体、官僚の怠慢ぶりというものはこういうものなんだ、実際。 そこで、この際、県の出し方がおそいとか早いとかいうことではなく、移住者の諸君が、資金がなくて、今日路頭に迷っているようなわけなんですよ。内容はもう大臣もお耳に入っているかもしれぬが、県ではそれぞれ県単を出しているわけです。県の負担として、一戸に対して五万円出しているとか、あるいは国から補助額として来るものが来ないから、その補いの分として、あるいは負債をしているとか、そういう事情にあるわけだ。で、具体的に私は言いませんが、長野県の移住対策費の補助といたしまして、一億四千万円と聞くが、それは事実ですか、どうですか。
○説明員(松川道哉君) ただいまの問題につきましては、野溝委員よく御承知のとおり、本件につきましては、農地その他の災害復旧にかえて、この移住を促進するわけでございますので、このときの財源といたしましては、予算総則におきましても、本来その農地その他の災害復旧費が幾らかかったであろうか、この金の範囲でやることにいたしております。その金額は、先生ただいま御指摘のように、一億四千万ばかりでございます。
○野溝勝君 御承知のとおり、私がこういうことを言うのは、とにかく水害で二百何名も死んだなんていう災害は、前代未聞なんですからね。そういう場所だけに、その関係移住民としては、耐えがたい気持を持っているわけなんですよ。特に移住者は、その場所にいて耕作することができない。そうかといって、代替地がそうたやすくは見つからぬ。そうかといって、移住をするにはなかなか費用もかかる。 そこで、今あなたがおっしゃったお話を聞くと、農地の問題を対象にしてこの案を出したというけれども、大体農地をどういうような対象で出しておるのか。農地を対象にして一億四千万円計上したというけれども……。
○説明員(任田新治君) 農地の災害の査定をいたしまして、その査定の額の範囲内で農林省の復旧事業費を自治省へ移用するという考え方でございます。
○野溝勝君 大臣おいでの際ですから、この際お伺いしておきたいのですが、大体それに対する措置要綱というものを出したということを聞いておるのですが、その要綱の中にそれがあるのですか。
○国務大臣(田中角榮君) 野溝さんにお答えいたしますが、私も、事務当局がずっと番いてあるようなことをここで申し上げるという気持はありません。この法律は、御承知のとおり、衆議院と参議院の、昨年の集中豪雨における災害特例法として非常に超党派で論議をせられた問題でもありますし、私も当時与党自民党の政策の責任者としてこの問題に関与いたし、特にこの移住の問題は伊那谷の特別な災害を対象にして作られた法律であることは私ども承知をいたしておりますから、今ここに書いてあるようなことを見ますと、非常にこまかくいろいろな問題がたくさんあるようでありますが、これらの法文解釈とか、一体どうしてこんなにむずかしくなっておるのかというと、これが新しい法律でありますのと、新しいケースでありますので、多少事務当局の連絡も悪かったのではないか。また、県と政府の間の連絡も円滑を欠いていることを認めるわけでありますが、今も事務当局に申したわけでありますが、できるだけこの法律立法の精神にものっとりまして、できるだけすみやかにこの問題に対してはひとつ結論を得るように処置したいというふうに、これはもう大臣として考えております。——立法したということを申し上げたが、これは間違いであります。これは当時の状況としては立法することが前提になっておったわけでありますので、立法したというふうに私は考えて申し上げたわけでありますが、予算総則で処置をするようになっておるそうでございます。これは私たちは審議の過程で移住法に対しては立法を行なうという決定をいたしておりますので、そのような間違いだと思いますから、御了承願います。
○野溝勝君 大臣の言われたとおりだと思うのです。その精神に基づいて要綱を作るということになっておるのです。ところが、それが今日までずるずるおくれておるというわけです。大臣、とにかく政府というものはそういうだらしのないものだということを、あなたみずからもひとつ十分御理解を願いたい。私は具体的にあなたのほうで答えが出さえすれば、もう質問は省略いたしますから、どうか私の言うことに対してこれから具体的にお答え願いたい。 問題は大体、災害者、移住者の援助措置要綱を見ると、指定者と準指定者と指定外の者とあるわけですね。だから、大体その指定されたという者を対象にされておるので、指定外の者あるいは準指定の者はその恩恵に浴すことができない状態にあるわけなんです。この間を一体どういうふうに処理しようとするのでございますか。
○説明員(山本明君) ただいま大臣もおっしゃいましたように、当初自治省におきまして法律措置をとろうといたしましたけれども、一応予算措置でいけるのではないかということから、予算総則の中の農林省に計上してございます農地及び農業用施設の災害復旧の事項にかえて、集団的に移住をする人たちのためにこの金を使おうということを言い出したわけであります。そこで、集団的に移住をするという区域をきめなくてはならない、少なくとも一定の人たちが集団的に移住をする。一人とか二人とかあるいは四人とか、そういう少ない方ではなしに、できるだけ集団的に移住をする、こういう考え方をもちまして、ただいま申しました農林省からの移用になりました災害復旧費のワクの中で措置をするということになったわけであります。 ところが、先生の今申されましたように、区域には入らないけれども、一人とか二人で行きたいという問題、あるいは農地だけではなしに、宅地とか山林、原野を持っておる、そういう方がやはりおられるわけであります。そこで、自治省といたしましては、県と相談をいたしまして、国の金というのは今申しましたようにあくまで予算総則の線を貫きまして、それにはずれましたものにつきましては県単独事業で施行していただく、その財源措置を自治省においてお世話しよう、こういう話を進めまして、昨今国の補助事業によるもの、それから県単独の事業によるもの、それから市町村単独によるもの、それらを合わせまして、大体合計いたしまして一億三千万ほどの費用をもちまして、二億三千七百万くらいだと思いますけれども、それによりまして今申しました準指定者と申しますか、そういうものの取り扱いも集団的でなかったというために不利益をこうむらないようにしてあげようではないか、こういう措置をいたすようにいたしております。
○野溝勝君 大体この援助計画を立てるにいたしましても、根本はやっぱり災害に対する措置の一環としてこれを考えたと思う。そこで、私は移住対策が集団的ということを中心に考えて、災害にあった者は、集団的にあらざるものに対しては除外を設ける、この考えは、大胆の考えとわれわれの考えと違うと思うのです。その点は、私は、なるべく金を出すこといやだから、それに適用されないようにしてというような考えがあるように見えてならぬのですよ。大体この考え方は大臣の根本的な考えと同じだというが、その考え方はどうなんだれ。大蔵省。
○説明員(松川道哉君) 一つは、ただいま野溝先生から御指摘の点でございますが、本件はあくまでも集団で移住するというところに重点を置きまして、新しいテスト・ケースとして実施いたしたものでございますから、集団の名には値しないと申しますか、その考えとはちょっとはずれるようなところは、この措置の対象にはし得ないのじゃなかろうかと。しかし、実際問題といたしまして、近傍部落で、片一方はその措置の対象になり片一方がならないということでは、はなはだおもしろくなかろうということで、全体の一億三千万というその金額の中に、そういう集団的でないものも入れるように手配いたしておるわけでございます。 もう一つつけ加えて申し上げたいのは、大蔵省が財源の面でこれを云々したような印象をもし与えておるとすれば、私どもの不徳のいたすところでございまして、先ほど申し上げました一億四千万というのは、本来農地または農業川施設の災害復旧をいたしますときにかかるであろう経費の全額でございまして、国としてはこれをちっとも、何と申しますか、減額することなしに、この事業に充てておるわけでございます。その点をひとつ御了承いただきたいと思います。
○野溝勝君 それなら別に区別する必要はないじゃないですか。やはり災害者として同一視してこれを扱うという考え方ならば、別に集団であっても個人であっても、災害を受けたことに間違いないのだ。 それから、もう一つ聞きますが、たとえば集団といいましても、その当時手続をしてある人と、どさくさまぎれに話ができないで災害にあっちまった人があるのですよ。そういうものをあまり私は紋切り型な考えでやることは非常立法の精神に基づいた移住対策じゃないと思うのだ。全く食うことに困って、借りることもできなければどうすることもできない状態にあるんですよ。今の大臣の考え方と少し違うじゃないですか、考え方が。そういう紋切り型でなくて、考えてみる用意ぐらいはありそうなものだと思うが。
○説明員(松川道哉君) 私たちは集団的であるものとないものとにつきまして、一応財源の上の区別はいたしましたが、その実際被害を受けられた方々にとっては差がないように取り扱いをいたしておるわけでございます。私どもの立場から申し上げますと、国費を使って事業をいたします場合には、いろいろな意味で厳格にその施行に当たらなければならないものでございますから、一応財源的に国費をもって充て得る範囲に線を引きまして、しかしそれでも先生おっしゃるとおり不公平があってはならぬと思いますので、全体の事業には集団的でない種類の被災者の方々も入るように措置をいたしたわけでございます。
○野溝勝君 それで、集団でないものは県単で処理するというお話でございますが、じゃ、それに対しては県のほうでは、昨日私のところへ要請といいますか、あいさつに来た話では、それに区別といいますか、差等があるようなことを聞いております。そういう点については県にも負担を負わせないようにできておるんですか。
○説明員(山本明君) 今、先生おっしゃいましたように、私たちといたしましては、集団で行く者は、なるほど集団で行きましてあとの農地は復旧をしないでそのまま残る。個人の場合にはそれがまあ問題があろうということで、一応予算の対象外にはいたしましたけれども、同じ取り扱いをしようじゃないかということで県と相談をいたしまして、対策を立て、その財源措置は特別交付税の際に、災害のありましたものにつきましてはこれを見ることにいたしております。昨年もたしか長野県には四億ぐらいの災害に要します特別交付税を出しておると思います。そのようにいたしまして、現実に県の負担になりましたものにつきましては、財政局とも話をして、その財源のお世話をしてやろうと、こういう考え方をもってただいま措置をいたしております。
○野溝勝君 特別交付税でその面ではめんどうを見るといっても、全体の特別交付税の面からまた引くようなことはないんですか。
○説明員(山本明君) 特別交付税につきましては、災害につきましては別な項目を立てまして、その分だけをプラスして、それぞれの市町村なり県のほうに配分をいたしております。
○野溝勝君 そこで、私、お伺いするんですが、今お話を聞いて、県財政に犠牲を負わさないという範囲で処理されるということに了解があったというならば、私は一応その点はこれは承認をすることにしたいと思います。しかし、問題は、たとえば移住補助のうち一億四千万円と聞いておるのでございますが、この移住資金の点に対する見方といいますか、二戸平均どのくらいにあなた方のほうでは見ておられるんですか。
○説明員(山本明君) 移住につきましては、一つは世帯割を考えまして、もう一つは家族の人数割を考えたわけでございます。そこで、世帯割は、大体運搬料、まあトラックを借りまして荷物を運ぶとか、あるいは新しく行きました所でそれぞれ要るであろうと思われます経費を計算し、それから家族割につきましては、当分向こうへ行きまして、われわれとしては三月ほどは生活の金が要るだろうということを計算いたしまして、大体世帯割につきましては十万、それから家族の人数割にいたしまして大体二万、標準世帯が家族が五人と、このようにいたしますと、おおむね二十万程度は移住に要する金として見てあげたいと、こういうふうに考えたわけでございます。
○野溝勝君 それはおかしいじゃないですか。二十万円で一体、一戸平均の移住資金とするというのですが、二十万円ぐらいで何をするのですか。あなた方も自分で生活しておってわかるのじゃないですか。自治省はその点、話を大蔵当局としてみたのですか。農林省もそうです。農林省も、話をしてみたんですか。いかにいっても、むごいじゃないですか。二月二十万円でもって、田も畑も流されて無手の者がですよ、農村に親戚があったって、そんなに、大臣も知っておるとおり、農村は御承知のとおりなんですよ。二十万円で何をするのですか。
○説明員(山本明君) これは、考え方は、農地及び農業用施設の災害復旧にかえるものでございますから、その対象の主たるものはやはり農地の買い上げということをわれわれとしては中心に考えたわけでございます。そうして、農地の買い上げと、それから今申しました移住費と合わせまして、平均して標準世帯では大体まあ六十万、たんぼの買い上げと。私の申しましたのは、移住資金だけを申しましたので、それをたんぼの買い上げと合わせまして、大体六十万程度は標準の世帯に行くと、こういう考え方で計算をしたわけでございます。
○野溝勝君 六十万一戸平均、それでは行っていますか。
○説明員(山本明君) それはたんぼの面積あるいは家族によって違いますけれども、一応標準世帯としては大体六十万程度という計算をわれわれとしてはいたしておるわけでございます。
○野溝勝君 その内容は、私の聞いておる範囲とは少し違う。実際においてはそんな額は行っておらぬようですよ。 そこで、さらにですね、まだその大きなたんぼを持っていて流されたものは、まあたんぼのほうはある程度農地の災害復旧額として認められておるけれども、小さいものは、御承知のごとく、今の二十万円限度で扱われておるわけなんですよ。それは一体どういうふうにして今後やっていくかわからぬので悩んでおるのですが、そういう問題についてはどういうふうに考えておられるか。
○国務大臣(田中角榮君) 移住資金は一戸あたり二十万円程度としているのですが、農地の買い上げ費用等を含めると六十万円程度になりますと書いてある。しかし、どうしてこういうことになったのかということを今調べてみますと、これは災害復旧をするという建前でそのワク内で考えておると、こういうことになりますと、先ほどから野溝さんが言われておる思想とは幾らか違うようです。私たちも移住というものに対しては非常に深刻にものを考えたのでありますから、幾らかそこに差があるように思います。で、まあただこれは県に対して影響があると悪いとは思いますが、県は単独事業支出をその上にプラス・アルファとして予定をいたしておりますので、おおむね平均価格はこの六十万よりも相当程度上回わるでしょうということは、まあ答弁としては書いてはございますが、私はこの問題に対しては確かにいろいろな、もう一年間も過ぎておる問題でもありますので、早急にひとつ政府部内の意思統一をいたして、少なくとも立法処置を行なおうというような考え方さえあった問題でありますし、将来この問題は災害に関して常時起こり得る重大な問題でありますので、ひとつまあ今まで時期的におくれましたことについては、これはまあ初めてのケースであり、準拠するものが農地災害の復旧というワクを当然事務当局としては考えるのが普通でありますので、そういう立場から幾らか御発言に沿わないような実情であるようでありますが、もう一ぺんひとつ具体的に早急にこの間の事情を調査検討いたしまして、処置いたしたいと考えます。
○野溝勝君 大蔵大臣の答弁で、私はそれ以上は申しませんが、問題はやはりその災害にあって困っておる人は、政策、施策の上でもあまり区別をしないようにひとつ考えなければ……。私は普通の単なる農地というようなことだけではなくて、農地以外に、やはり移住する者に対しては、これはもう容易なことじゃないんですから、土地を持っている人も気の毒だが、さらに何もない者はより一そう気の毒ですから、そういう点は総合的に考えて、足らざる点は今の大臣の言われたようにひとつお願いしたいと思っております。 それから、次に、私もう一つ申し上げておきたいことは、移住罹災者のうちで準指定と指定とがあるわけですね。そこで、準指定とは一体どうしてそういうことにしたわけですかな。私はよくわからぬのですよ。
○説明員(山本明君) これも先ほど申しましたように、いわゆる災害を受けられた方にはできるだけお世話をしたいと思うのでございますけれども、集団的に移住をするということで、一定の集団をつかまえたわけでございます。それをまあ五戸なら五戸と、こうつかまえまして、それ以外の、たとえば三戸であるというような方につきまして、一応準指定というような格好にして、指定になりましたものと全く同じ措置を県のほうでお願いをしよう。自治省といたしましては、先ほど申しました特別交付税というワクがございますから、国のワクの中からはずれましたものにつきましては、財源のお世話をしようということに、取り扱いとしては同じであるけれども、金の出る、といいますか、対象になりますものは、国費の分と、特別交付税で来るものと、このようにして、取り扱いだけは同じにしたい、こういうことから、今申し上げました指定と準指定のこういうものに分かれたのでございます。その点ひとつ御了解いただきたいと思います。
○野溝勝君 内容を聞いてみると、私もわかるのですが、これから受ける感じは、何か差別をつけられているのではないかという感じを持つわけです。あなたも御承知のとおり、県では、見舞金として五万円長野県などは出しておるのですが、こういうような点にも非常に割り切れぬものがあると思っているのです。さっき大臣が言われたように、十分こういう点は総合的にひとつ、疑問や悩みを起こさせないように、同じような扱いをするとしたら、その点はやはりはっきりしておいていただきたい。 最後に特に申し上げておきたいことは、この集中豪雨の災害は、大河川よりは御承知のごとく小河川に多かったわけです。ですから、具体的に申しますると、長野県の一番災害のあった山村である大鹿村であるとか、あるいは中川村であるとかというような山村の地域におきましては、調査漏れの地帯が相当あるわけなんです。それは役所のほうもなかなか人手も少ないし、徹底した調査もできなかっただろうと思いますけれども、しかし、そのときに調査漏れが相当あるわけです。そのためにこれらに対してはすべての処置がおくれて参っておりますから、勢い一そう生活は苦しくなってきておる。政府のほうではいまだに調査中とかいうようなことでお茶を濁されておるわけなんですが、これに対してはきょうここで私は詳しくは申しませんが。最近調査に行かれたようでございますけれども、まだまだ山村まで行っておらぬ場所も相当あるということも聞いております。これについては、大蔵大臣、農林当局、自治省、十分相談をされて、こういう未調査の場所もあるわけでございますから、私は、即時調査をして、そうした問題を一挙に片づけるという決意を、この際ひとつ大臣から表明してもらいたいと、こう思うのです。
○国務大臣(田中角榮君) これは調査が漏れておるのではなく、今の法制の建前では、当該年度における災害に対しては、災害申請を当該年度中にしないと法律の適用を受けないという、歴年で十二月までにやらないと受けられないというのが建前になっておるそうでありますが、この問題に対しては県当局とも話し合いをしまして、法律上の処置はそうでありますが、具体的には県とどういうような分担でやるかというようなことを、今相談をいたしておるようでございます。
○野溝勝君 行政措置としてやるということで措置要綱までできているわけなんですから。また、もちろん法律の精神からいっても、その足らざる点はそれでやっていくということで官庁は話し合いができておるわけでありますから、少し時間がおくれておっても、それがいんちきであるか実際であるか判別のつくことですので、この要綱に基づいて、先ほど申したようなことを県と相談されて、至急ひとつ処置してもらうことが善政だと思うのですよ。そういう点について、ひとつ自治省のほうではどういうふうに考えておるのか、大蔵当局にそれを強く要望しておるのかどうか。
○説明員(山本明君) おっしゃいましたように、できるだけわれわれ事務当局としては早く金を出したいと、こう思いますし、それから地元ではできるだけ多くの人を救いたいという気持もございまして、そういう手違いから非常に仕事のおくれましたことはまことに残念だと思っております。この席をかりておわびを申し上げたいと思っております。しかし、今おっしゃいましたように、漏れたもの、あるいは早急の間であって、今後対策を必要とするもの等につきましては、県と十分連絡をとりまして適切な措置をとるようにいたしたいと、このように考えております。
○野溝勝君 大臣、最後に未調査の災害地域に対して……。
○国務大臣(田中角榮君) ちょっと速記をとめてもらえませんか。
○委員長(佐野廣君) 速記を止めて。 〔速記中止〕
○委員長(佐野廣君) 速記を起こして。
○野溝勝君 ただいま申した未調査の罹災者というのは、ごく少数なんです。ですから、私は当然災害立法の精神から見ても、あるいは要綱の精神から見ても、今大臣の言われたように、緊急にひとつ処理してもらうことがこの際一番適正ではないかと思うのです。ですから、これは今大臣のお話で私はよく了解をしますが、ただいつでも、その場だけじゃなくて、罹災者は全く目もあてられないような状態にあるわけですから、ひとつ緊急にそのことを具体的に結論を出していただくように希望いたしまして、私の質問を打ち切りたいと思います。
○委員長(佐野廣君) 本日はこの程度にて散会いたします。 午後六時二十一分散会 ————・————