大蔵委員会 第5号
- 発言数
- 311 件
- 登壇者
- 20 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1962/08/28
会議録
○委員長(佐野廣君) ただいまから大蔵委員会を開会いたします。 委員の異動について報告いたします。 本日、原島宏治君が辞任され、その補欠として中尾辰義君が選任せられました。 —————————————
○委員長(佐野廣君) ただいま御出席の政府関係の方は田中大蔵大臣、竹内大蔵政務次官、稲益理財局長、上林主計局法規課長、外務省から甲斐経済協力局長、安藤アメリカ局長、通産省から池田通産省企業局賠償特需室長、以上でございます。 産業投資特別会計法の一部を改正する法律案を議題といたします。 前回に引き続き、本案に対する質疑を行ないます。御質疑のおありの方は順次御発言願います。
○永末英一君 今回のガリオア・エロア援助を産投会計から支払うことについて、政府は、援助された資金を積み立ててあったので、これから払うのは理の当然だと、一点の疑いのないところであるかのように御説明をされている。しかしながら、私どもの見るところによれば、必ずしも理の当然とは言えない面がある。それは池田内閣の政策の一つの現われであっても、それから支払うのが当然であって一点の疑いのないものではない、こういうことは言い過ぎであろうと考えられるのであります。そこで、まず第一に、産投会計から支払っているこの形式の問題について伺いたいと思います。 第一に伺いたいことは、一九四九年総司令部から日本政府あての覚書一九八八号で連合国最高司令官が日本政府に対して米国援助のドル価額を通告して、しかもその最高司令官が日本政府に指示した交換率によって計算した円相当額を資金に積み立てる、こういう覚書を日本政府は受けて、これによって見返資金を設定いたしました、こういう経緯になっておると思いますが、大蔵大臣、そのように解釈してよろしいか。
○国務大臣(田中角榮君) 仰せられたとおりであります。昭和二十四年に見返資金特別会計が設定せられたのであります。
○永末英一君 今のような御答弁によりますと、見返資金に積み立てたものは、連合軍の最高司令官が通告したものによって積み立てたのであって、政府は受け取った援助物資を日本国民に払い下げをして、その払い下げをしたものに対して日本国民が政府に支払った金額があるはずです。これとの関係はどうなっておるか、お伺いいたします。
○政府委員(稲益繁君) 仰せのとおり、見返資金に積み立てました円価額は、援助物資のドル価額を一定の換算率によってはじき出しました円価額であります。一方、援助物資を国内で売り払いましたものは別個な金額がございます。これに対しまして価格差補給金を加えたもので見返資金に、ただいま申し上げましたような計算で指示されました価額を積み立てたわけであります。 いま一度申し上げますと、援助物資を国内で売り払いまして、これから上がって参ります収入、これに価格差補給金を入れまして、これがいわゆる援助物資特別会計に入って参るわけです。見返資金に積み立てられました三千六十九億でありますが、これは援助物資のドル価額を一定の換算率で円に直しました価額、これを積み立てたのであります。
○永末英一君 そういたしますと、三千六十五億円を、その当時どういう交換率で何ドルを算定をして三千六十五億円になったか、御説明を願いたい。
○政府委員(稲益繁君) 基本の換算率は一ドル三百六十円です。ただ、その後、三百六十円と一本レートが二十四年四月二十五日に設定になっておりますから、四月一日から四月二十四日までは一ドル三百三十円というレートで計算しております。
○永末英一君 そうしますと、三千六十五億円に相当するドル価額は幾らとその当時算定されておったか。
○政府委員(稲益繁君) ただいまの三千六十五億円に相当いたしますドル価額は、ガリオア分については八億六千九百六十四万八千八百四十五ドルであります。
○永末英一君 日本政府は連合国最高司令官から通告されたものに基づいてそういう資金を設定いたしたとすると、その当時の連合国側と日本政府との間には、今あなたが申された八億ドル程度の援助があったということがお互いに確認をされておったとみなしてよろしいですか。
○政府委員(稲益繁君) さようでございます。
○永末英一君 このガリオア・エロア援助資金が債務であるかどうかということは別問題として、両国が合意に達する過程において、アメリカ側が出したのが十九億ドル幾ら、日本側が十七億ドル幾ら、こういうものを出し合って折衝して合意に達した、こういう御説明を本委員会で承っておる。ところで、そういう十九億ドルとか十七億ドルとかいうものは、今あなたが言われた両国が合意に達しておったとみなされる八億ドルとはどういう関係にあるのか、御説明願いたい。
○政府委員(稲益繁君) ただいま申し上げました八億六千万ドルは、見返資金に積み立てられるようになりました以後のドル価額でございます。これははっきりしておるのでございます。
○永末英一君 そうしますと、八億ドルを引いた残りのものは見返資金設定以前のものである、こういうお話ですね。
○政府委員(稲益繁君) そのとおりでございます。
○永末英一君 それで、大蔵大臣にお伺いいたしますが、日本が受けた援助物資に対して支払いをするんだという場合に、見返資金を設定以前の貿易特別会計等の処理においては、日本政府は独自の働きをすることができ得なかったとわれわれは説明を受けておる。そういうものに対してまでわれわれが債務を受けたものと考えられるのかどうか、大蔵大臣の御見解を承りたい。
○国務大臣(田中角榮君) たびたび御説明申し上げておりますとおり、当時は占領軍司令部の管轄下にございましたし、しかも当時の日本の経済事情、民生の状態等を考えまして、日本が貿易をし、物資を輸出しても、日本としては独自の力としてはでき得ない状態でありまして、アメリカの援助物資そのものを国民に払い下げる場合でも、非常に安い価格で払い下げたり、あるものに対しては無償で払い下げたり、貿易の足らないものはその代金をもってまかなわれたりしたのでありますから、必然的に十九億ドルないし十七億ドルから八千七百万ドル近いものを引いた、二十四年以前、すなわち見返資金特別会計設定以前のものも日本政府及び日本国民が受け取ったものというふうに認識すべきだという考えであります。
○永末英一君 見返資金設定以前のものについて国民が支払った、援助物資に対して国民が政府に支払った額は幾らと算定をされているか。
○政府委員(稲益繁君) 見返資金設定以前でございますか。見返資金設定以前につきましては、先般も通産省のほうから御説明があったかと存じますが、いわゆる貿易物資と援助物資が一緒になって支払われておった。したがいまして、その中でただいまお話しのような援助物資関係で確実に幾らかという額の算定は困難であります。したがいまして、いわゆる見返りを積み立てました以後のようなはっきりしたそういう計算ができないわけであります。
○永末英一君 私の伺いたいのは、この援助物資に対しては国民が支払っておる、支払った総額は幾らと政府はお考えになっておるのか。通産でも、大蔵でも、わかっているならお知らせ願いたい。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。貿易資金特別会計、二十一年から二十四年三月までの収入は三千七十億七千八百五十二万八千四百二十二円であります。それから、支出のほうは、同じ期間におきまして、三千七十五億一千九百二十一万六千五百四十二円でございます。
○大矢正君 いつからいつまでか、具体的にはっきりして下さい。
○説明員(池田久直君) 二十一年から二十四年三月、貿易特別会計……。
○大矢正君 二十一年だって、一日から三十一日まであるのだ。
○説明員(池田久直君) 昭和二十一年度から二十四年の三月の末まで、貿易資金特別会計が存続いたしておりました間の支出額であります。
○永末英一君 この貿易資金特別会計の収入は全部、アメリカ側からのいわゆる援助物資に対して日本国民が支払っものを収入として計算したと、こういうことですか。
○説明員(池田久直君) これは貿易資金特別会計並びに当時貿易公団が経理いたしておりましたので、その分の収支が貿易資金特別会計に入っておりましたので、それを加えたものの数でございます。
○永末英一君 私の聞いておるのは、三千七十億円幾らというのは、すべて国民がいわゆるアメリカ側からの援助物資と称せられるものに対して日本政府に支払った金額を収入にしたと理解してよろしいかと伺っている。
○説明員(池田久直君) これは援助物資並びに商業物資両方合わせましたものの売上代金でございます。
○永末英一君 確認しておきますが、その三千七十億円のうちで援助物資と商業物資との区分けはできないという御答弁をいただいておりますが、できませんか。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。当時は商業物資、援助物資、これは区別なく貿易資金特別会計において経理されておりましたので、その間の区別は分かれておりません。
○永末英一君 総額としてわからなくても、傾向として大体の比率はわかりますか、わかりませんか。
○説明員(池田久直君) お手元に配付いたしました当時の商業物資とそれから援助物資との区別というものは、当方に指示されておりませんでしたので、当時のものといたしましてはJES統計によらざるを得ないわけでございます。これは司令部で当時作っておりました統計でございますが、これによりますと、二十年から、終戦後から昭和二十四年三月に至ります間の輸入物資といたしましては、援助が十一億九千七百四十五万八千百五十五円と、それから商業物資といたしましては五億四千二百九十四万四千七百三十九円……。失礼いたしました、ドルでございます。この十一億九千七百四十五万八千百五十五ドルに相当いたしますものが、通産省で算定いたしましたものにおきましては、先ほど理財局長からお答えいたしました八億四千七百二十七万六千五百五十七ドルに相当するものでございます。
○永末英一君 ちょっと混乱しているようですが、それでは貿易資金特別会計で収入として計上せられた三千七十億円幾らというものはドル価額で幾らということになりますか。
○説明員(池田久直君) ちょっとあれいたしまして、まことにあれですが、輸入物資につきまして当時一般為替レートができておりません。先ほどちょっと三千億と申し上げましたが、当時輸入物資の関係収入といたしましては千四十八万三千六百二十三円……。失礼いたしました。千四十億八千三百六十二万三千九百三円でございます。
○委員長(佐野廣君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(佐野廣君) 速記を起こして。
○永末英一君 今輸入物資代金としては千四十億幾らという話だったが、先ほど貿易資金特別会計で収入に上がったものは三千七十億円だった。この二つの関連は一体どうなっておりますか、伺います。
○説明員(池田久直君) そのほかに、当時輸出物資で滞貨になりましたものを国内で処分した代金がございます。そういう関係の収入、これが二十五億ございます。それから、貿易外取引関係収入が四千三百万円、資金関係が十億、借入金が四百三十五億、公団よりの貸付金返還千五百十八億、経費関係収入二十五億七千、その他の収入を加えましたものが先ほど申し上げました三千七十億の数字でございます。
○委員長(佐野廣君) ただいま宮澤経済企画庁長官及び調整局長の山本局長が御出席になっております。
○永末英一君 私の伺いたいポイントは、この貿易資金特別会計の中での収入に上げられた三千七十億円余というものが全部、いわゆるアメリカからの援助物資などと称せられるものについて国民が政府に払ったのかどうかということを伺いましたところ、今の御説明では、何か輸入物資売払代金千四十億円余くらいのところであって、そのあとのいろいろな項目をあげられたこれは、二十四年三月末の帳簿を言っておられるのかと思いますが、私は、あなたが最初言われたように、二十一年当初から二十四年三月見返資金が発足するまでに、一体どれほどの援助物資というものに対して日本国民が支払ったかということを伺いたい。そこにポイントを置いて御答弁をもう一度伺います。
○説明員(池田久直君) 先ほどお答えいたしました千四十億が援助物資の貿易資金特別会計の存続期間におきます売り払い収入でございまして、そのほか公団の手持ちしております品物が四百五十四億ございます。物資の形で、当時貿易資金特別会計が廃止されましたときに、手持ちとして物資の形で持っておりましたものが、ただいま申し上げました四百五十四億ございます。
○永末英一君 その千四十億円余というものはドル価額で幾らですか、それから公団が物資として持っておった四百五十四億円ですか、それはドル価額で幾らですか。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。貿易資金特別会計の期間におきましては、公定レートがきまっておりません。したがいまして、輸入もしくは輸出いたしたものはこれは司令部が管理しておりまして、これはドルでございますが、しかし国内に払い下げました場合におきましては、公定価格によりまして払い下げる。それから輸出をいたします場合には、公定価格をもって買い上げまして、これを司令部に引き渡すというような形でございまして、その間にレートというものが存在いたしておりません。したがいまして、これでドルは幾らということを算定することはできない次第でございます。
○永末英一君 先ほどの御説明で、貿易資金特別会計に含まれている商業物資と援助物資との中で、援助物資は十二億ドル程度であると、そう司令部側が言っている。この十二億ドル程度であるというものが、先ほど見返資金特別会計の総資産と言われた八億六千万ドル余だと、相当するもの、だと、省側の御説明であるといたしますと、最上限スキャップ側の言い分を聞いても十一億ドル余であったと思うのでありますけれども、私はまず伺いたいのは、一体、長い期間であったけれども、日本国民がその当時の円で何ぼ政府に払ったかということくらい、どこかでわかりませんか。そんなことわからぬですか、日本国民が政府に円で幾ら払ったか。
○政府委員(稲益繁君) 先ほど来のお話でございますが、こういうことになるわけでございます。援助物資を、私先ほど申し上げましたように、見返資金が設定されました以後は、これは円価額も、ドル価額もはっきりしている、こういうことでございます。それから見返資金設定以前は、援助物資を受けまして、援助物資と商業物資を込みにしてこれを国内に払い下げて、その円の経理は貿易資金特別会計で行なう。その中においては援助物資と商業物資との区別をいたしておらないわけでございます。したがって、円の関係、幾らが援助物資だということは明らかになっておりません。それから、対応いたしますドルでありますが、これは御承知のように、スキャップのアカウントで操作されておったわけです。その当時例の換算率、為替レートというものがなかったわけでありますから、したがいまして、その際にドルで幾らが援助物資であるということを一々推定いたしましても、それから一定の換算率で円価額を出して、貿易資金特別会計の中で援助物資の部分が幾らであろうという計算も実はいたしかねる、こういう事情でございます。
○永末英一君 貿易資金特別会計では、援助物資と商業物資と合わせて十七億ドル程度である。そのうちの援助物資については、見返資金特別会計で最後に残った資産八億ドル余に大体相当するものである、これは確認してよろしいか。
○政府委員(稲益繁君) 恐縮ですが、もう一度。
○永末英一君 通産省側から、貿易資金特別会計の収入を全部ひっくり返したところが商業物資か援助物資かわからぬけれども、スキャップの説明によれば、十二億ドル程度が援助物資であって、商業物資は五億ドル程度である、こういう説明を受けたわけです。しかも、その援助物資十二億ドル程度とスキャップが言うものが見返資金から産投会計に移る場合の最後に円勘定で資産として残った三千六十五億円、ドル換算八億六千万ドル余に大体相当するものであるという説明を受けたわけです。そのように確認してよろしいかと伺っているのです。
○説明員(海堀洋平君) ちょっと説明さしていただきたいと存じます。少しこの関係をはっきりさすために、当時の経理から説明いたしますと、外貨サイド、要するに外貨のサイドは司令部が管理いたしておりまして、輸出入とも外貨サイドは司令部の外貨勘定で処理をされたのでございます。それから、円の側は貿易資金特別会計で経理をされました。しかし、その場合に、日本側に渡される物資が、商業物資であるか、それとも援助物資であるかは、二十四年の三月三十一日まではわからなかったわけでございます。それから、貿易資金特別会計は、歳入歳出予算は、いわゆる損益だけを経理いたしておりまして、物資の売り払いあるいは物資の買い入れというものは、資金で経理をされていたわけでございます。しかも、その資金の経理をバランスシートの形で整理をして国会に提出するというようなことは、法律によりまして最後までその成規の整理というものは政府に義務づけられていなかったようでございます。現在の時点に立ちましてその間の経理を明らかにするためには、残された資料というものに依存する以外にないわけでございます。 ところで、ただいまの御質問でございますが、まず向こうからの援助が幾らであったかという問題は、その当時におきまして、日本側に渡される物資が援助物資か商業物資か明確に区分されておらなかった限りにおきまして、信拠——より得るものは二つでございます。一つは、司令部に当時の統計がある。しかし、この統計は司令部が作っておりましたので、現在この統計が正しいかどうかということは、ちょっと何とも申し上げるわけにはいきません。あとは司令部が遺留しました資料でございます。この資料によりまして、先日来通産省が申し上げておりますように、援助物資が八億四千七百万ドル程度である、こういうふうに申し上げておるわけでございます。 で、次に、先ほどの御質問でございますが、ある商業物資と援助物資がその当時日本に入ってきた。で、それは昭和二十四年三月三十一日までは貿易資金特別会計で経理された。で、それの売払代金が幾らか、こういうことでございます。ところが、会計というものは物資の会計でございますので、三月三十一日にどんぴしゃり締めた場合に、物資が少しもなくなっているという形にはならないのであります。そのときには、在庫品という形で相当な資産も持ってる。そのかわり未払金という形で相当な未整理の負債も持ってる。したがいまして、その間における、国民から取り上げたといいますか、国民からいただきました商業物資、援助物資を含めました収入金というものを直ちにとりましても、それが援助物資並びに商業物資に見合って国民からいただいた売払代金とはならない、こういう関係にございます。そうしまして、この二十四年三月三十一日で締めました貿易資金特別会計というのは、その後貿易特別会計というものに資産・債務そっくり持ちまして引継がれているわけであります。そのときの引き継ぎが、決算の資料その他に、参考資料によりますと、資産が約七百八十九億、負債が約四百九億、したがいまして、そのときの評価における純資産としては三百八十億円ぐらいをもちまして、貿易特別会計に行っているわけでございます。 こういう関係を、単に予算だけではなくて、そういった当時の資産・負債勘定その他を全部勘案いたしまして、一体その当時に商業輸入並びに援助輸入として入ったものに対する、要するに当時の円評価額において、これは具体的に貿易資金特別会計時代に売り払ったものもございます。あるいは貿易特別会計に引き継がれたものもございますが、そういうものを含めた円の価額は幾らであったかということを、これは決算資料だけではございませんで参考資料その他でフォローしてみますと、前の国会で通産省から御説明いたしましたように、千四百九十五億円余になっております。このうちで援助物資が幾らか、これはもうわかりませんと申し上げる以外にございません。
○大矢正君 関連。今、あなたの説明の中に、こういう言葉がある。昭和二十四年の三月以前の分については、援助かあるいは商業ベースかということは、これはわかりませんと、こう答えておるね、あなたは。そのとおりですか。
○説明員(海堀洋平君) 当時においては、日本側には、これは援助物資か商業物資かの指示はいただいておりませんので、わからなかったわけでございます。
○大矢正君 それでいいです。じゃ、そうすると、あなたのところの、通産省の資料には、昭和二十年の九月から二十一年十二月までには、援助が一億九千二百万ドル、商業ベースが一億一千万ドル、合わせて三億二百万ドルであります。二十一年は幾ら、二十二年は幾らと明確に区分をして資料を出してきておる。じゃあ、これは一体どこで出したのか。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。これは出時司令部が作りましたJES統計でございまして、当時司令部におきましては、援助と商業との区別がわかっておったようでございますが、日本側に対しましては公式な通知がございません。したがいまして、援助物資を国内経理いたします場合には、その区別がつきませんので、先ほどお答えいたしましたように、区別しないで国内経理の面では経理しておるということでございます。それで最後におきまして、米軍の遺留資料を日銀のほうを通じて引き継ぎまして、したがいまして、通産省はその中から援助ということがはっきりしたもののみを集計いたしましたものが、先ほどの八億四千万ドルに相当するものでございます。したがいまして、これはあとになりましてその区別がわかったということでございまして、それは区別がわからなかったのでございます。
○大矢正君 そう言うのなら、いいですか。自由民主党の政務調査会に賠償特需室長が出て、そうして、これは援助であるか商業ベースであるかということの区分けはどうしてつけたかといったらば、それは当時から援助の部分については、これは何の援助で、しかもどこの港に上がったかということをちゃんと明確に上にサインしてあるから、伝票一枚々々見ればわかりますと、ちゃんと答えておる。それはおかしいじゃないか。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。今、御質問のありました点は、あとで通産省が日銀を通じて引き継ぎました資料によりまして、援助総額を計算いたしたわけでございます。そのとき、どうしても援助というものははっきりしなければいけないものですから、そのとき計算したわけでございますが、これは相当あとになりまして米軍の遺留資料によったものでございまして、そこで伝票による区別がついたわけでございます。
○大矢正君 冗談じゃない。それはあなた、その出時から伝票にはちゃんと一つ一つチェックをして、これは援助であるか商業ベースであるかという大よその区別はついているわけだ。たまたま経理としては貿易資金特別会計というものでどんぶり勘定したために、あとから区分けをしなければならなくなったけれども、最初からどんぶり勘定しないで、これは援助だ、これは商業ベースだといって区分けしようと思えば、そのとき伝票を一枚々々くるのですから、それに従って受領証を出すのだから、やろうと思えばやれた。それをやらない。たまたま昭和二十四年の三月まではアメリカから明確に分けてやりなさいという方針も来なかったからどんぶり勘定でやったにすぎないのであって、最初からやる気があったらやれたことじゃないですか、やる気がなかったから。やる気があったら別です。そうならないですか。やる気があったら、最初から区分できたが、たまたま二十四年三月にはアメリカからマーシャル・プランの話があって、これは区分しなさいと言われたから、区分しただけであって、それ以前の問題も区分できないことはなかった。たまたま経理をやったから、あとからそれを探したというにすぎないと思う。大臣、どう考えるか。
○国務大臣(田中角榮君) 今から考えればあなたの言われるとおりだと思いますが、しかし、当時は終戦後の混乱期でありますし、政治情勢も、昭和二十一年に新しい憲法が制定をせられ、一年以内に内閣が何回も交代するというようなときでありましたし、第一次吉田内閣、片山、芦田、第二次吉田内閣までの間でありますが、その間、この処理を大体占領軍の管轄下でやられておりまして、二十四年以後は時代も落ちついて参りましたから、特に米国の対日援助見返資金特別会計を作るに際しましては、これから経理を明らかにしようということでありますが、占領直後から二十三年一ぱいは当時の事情としてはなかなかむずかしい状態であったということは、容易に看取されるわけであります。現在の時点において考えれば、やろうと思えばやれたじゃないかということはお説のとおりだと思います。
○永末英一君 今までの御説明を伺っておりますと、結局産投会計に見返資金特別会計から移ったときの資産三千六十五億円、ドル相当額八億ドル程度のものが、いわゆる援助物資を国民に払い下げたものと、それから価格差輸入補給金で出したものとの合算額で、それ以上のものはあるかもしれぬがわからぬ、こういうお話ですか。
○国務大臣(田中角榮君) ちょっと事務当局の説明じゃ足らないようでありますから、私が今考えておることを申し上げますと、十九億五千万ドルというのは、その後日本とアメリカとの交渉の過程において、もうすでに戦後から十何年たったときにアメリカ側から出してきたものが十九億五千万ドルであります。それに対応する数字は一体どういうことかというと、伝票は先ほど申し上げたとおり二十四年以後は明らかに区分されておるとしても、二十一年から二十四年までのものは貿易物資と援助物資が全部突っ込みで経理をされておりますから、これを米軍の遺留したものとか日銀の伝票とかいろいろなものであとから精査をしました結果、またそれから伝票でもらったり、いろいろな日本側の意思を加えて、当然日本が受けたものと判定せられるものに基づいて十七億九千六百万ドルというふうに集計をしたわけであります。でありますが、今度十九億五千万ドルと十七億何千万ドル、あとからきめた数字でありますが、一体その間の物資の払い下げ代金やそういうものはどうなっておるかということを判然と区別をして御質問をしておられますが、その問題に対しては、二十一年から二十四年までの間に、事務当局が答えておりますとおり、貿易特別会計の中で経理はしておりますが、区分けはしておりません。あとから十七億九千六百万ドルの伝票を集めたの、だから、その伝票に関する限り、日本国民から幾ら代価を支払っておるかということを調べたかということでありますが、それは突っ込みでやっておったので、分けることは事実上むずかしいという答弁をしておるのであります。 結局、この十七億ないし十九億ドルに対応する経理の状況をずっと申し上げますと、日本が昭和二十年終戦当時、金が一体あったのかなかったのかということを考えると、一番ものわかりがいいと思う。そのときあったものとして大体推定せられるものは、為替交易調整特別会計というものから引き継いだ五千万円でありますし、それから外賃の残は日本のものとしてあったのかというと、全然なかった、ゼロから発足しているわけですし、そうしてその内容にはいろいろのものがあっても、それが一体日本政府の会計にどういうふうにして引き継がれていって、今一般会計その他から非常に大きな補てんをしたのかということになりますと、大きな問題になると思うのですが、いずれにしても、外貨が引き継がれたものは全然ゼロから出て、日本に引き継がれたものは二億ドルの外貨を引き継いでおります。もう一つは、貿易資金特別会計からいろいろのものの中で整理して貿易資金として払ったものを除いて、一般会計で整理したものでもって最終的にはどれだけ一体残っているのか、足らなかったのか、一般会計から補てんしたのかということが問題ですが、そのときは百六十億ばかり一般会計にその残りがあるということであります。でありますから、ざっくばらんにいうと、二億ドル・プラス百六十億というものが、昭和二十一年から二十三年一ぱいに対米貿易及び援助物資のいろいろの操作をした——補給金を出したり、ドル建てと円との間の清算勘定を起こしたりして、日本が引き継いだものかおおむねそういう数字になっている。二十四年以降二十八年までの産業投資特別へ会計に引き継がれるまでの間の経理は、これは明らかになっております。そのものが三千六十余億である。二十四年四月一日に貿易特別会計から引き継いだものが三千六十余億ではなく、二十四年から二十八年までの産業投資特別会計に引き継がれるまでの経理の末が三千六十余億と。それが産投会計へ引き継がれているということでありますから、そういうふうに実態を分けて、時期的にまた区分をして御勘考願えば、一歩突っ込んだ面で御理解ができるのじゃないかと、こういうふうに考えます。
○永末英一君 入口でもたもたしておりますと前進しませんので、私の伺いたいことは、援助物資は国民に売り払ったのだ、国民は買い受けたのだ、国民はそれに対して代金を支払った。だから、私の伺いたいのは、国民は一体、期間は長かったけれども、援助物資として——あのころ払い下げ物資と、こう言っているのですよ、国民は。だから、ありがたいからといって感謝決議をしたと思うのですが、その金を聞きたい。ところが、今のように、昭和二十四年三月三十一日以前のことはぼんやりしているし、それからさらに、それ以後のことは産投会計で三千六十五億円と一応はじかれた。しかし、その中には一般国民に対する払い下げ物資の代金もあり、それは輸入価格差補給金もあるわけですね。したがいまして、一般国民に対してとにかくわけはわからぬけれども、終戦後占領軍が占領して以来産投会計に移るまでに、何ぼ国民は政府に払ったかということはわかりますか。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほどもその問題に対して事務当局がいろいろな推定、いろいろな統計に基づいて御説明しているところでありますが、私が承知しているところでは、その内訳に対しては貿易物資と援助物資が当時分けられないままで国民に払い下げられておりますから、総額幾らという数字は出ると思いますが、非常に入りくんだ経理をしておりますので、国民から貿易特別会計に援助物資代金として払われた部分の区別はむずかしいと、こういうふうに申し上げておるわけでありまして、総額十七億ドルから八億ドル、九億ドル近いものが対日援助見返資金特別会計に引き継がれておりますから、同額九億ドルぐらいのものに対して国民は幾ら貿易特別会計に払ったかということは、今伝票をくっても、非常にこまかい入りくり操作の経理をしておりますので、これは推定はできても、これは数字をつまびらかにすることはできない。ただ、結果論から申し上げますと、外貨じりは二億一般会計にずっとその清算をやってきて、ゼロから始まったものが百六十億という数字が残っているということだけは明らかに申し上げられると思うのです。
○永末英一君 私が考えますのは、ガリオア・エロアの決済は、アメリカ政府——占領軍、アメリカ政府から日本政府に対して売り渡してやった、売り渡したと主張しているものと、日本政府が受け取ったということを主張しているものと、両政府間に話を進めていろいろ計算をして、総額五億ドル程度におさめた。しかし、われわれが主張したいのは、政府はこの産投会計から支払えば二重払いにならないということを一生懸命宣伝している。その唯一の根拠は、すでに国民がこの物資に対して支払った金が残っておるからだ。これはあなたのほうの主張なのだ。われわれが聞きたいのは、アメリカ政府と日本政府の間において十九億ドルか十七億ドルかということは国民の知ったことではない。国民の知りたいのは、われわれが払った金というものを政府はどうやって今までもってきておるかということを知りたい。しかも、国民の側からいえば、自分たちがそれに対して支払った金額というものがはっきりわかるとするならば、その限りにおいては、アメリカ政府の物資によってわれわれはなるほど、私は利益とは思わぬけれども、利益を受けたという感覚にもなるだろう。ところが、政府対政府の貸借関係のしりぬぐいを国民の支払った金でやらせられるのは、国民としてはたまったものではないという感覚がある。したがって、この点を明らかにしていきたいということであります。
○国務大臣(田中角榮君) そういう趣旨で御質問になっているのだと思いますから、私は先ほど申し上げますとおり、これは昭和二十四年の四月の一日に引き継ぎました対日援助見返資金というものは、これは明らかに昭和二十四年の四月一日以後の援助物資の経理を行なって参りました。その後二十八年の産投会計に引き継ぐまでのものが三千六十億余ということになります。それから、国民が払った金は一体三千六十幾らのものの中に入っておるのかというと、昭和二十四年以前のものは買切特別会計の中に入っておるわけであります。その内訳は、貿易物資と援助物資とが一緒になって経理をされておりまして、価格差補給金もあるしドルと円建ての問題もありますので、そういうものに整理をされているので、内容はつまびらかにはできませんけれども、伝票一枚ずつの問題に対してはつびらかにできませんが、大ざっぱに考えて、国民に払わせた金が全部アメリカ側に払われたかという問題が常識的に考えられるわけです。そうしますと、貿易資金特別会計は、昭和二十年終戦直後にアメリカ軍が掌握をする前に日本の固有の原資があったのかという問題と、日本が引き継いだときに三千六十億以外に一体どれだけ引き継いだという問題で、比較すれば直ちにわかるわけでありまして、先ほど申し上げたとおり、日本が貿易資金特別会計発足当時持っておったものはほとんどゼロに近いものから両方とも出発をしたわけだ。ゼロではなく、数字でいいますと、三千万円か五千万円の基金はあったということで貿易資金特別会計か発足をし、二十四年までやっておるわけです。もう一つ、外貨の問題は一体どうかというと、外貨は全然ゼロから始まって日本政府に引き継がれた。その二十四年までの貿易その他の操作の結果、残が日本政府に幾ら引き継がれておるかというと、二億ドルという現金が日本政府に引き継がれておるのでありますから、これも貿易及び日本人が二十四年までに払った代金の対価として日本政府に引き継がれております。 その中にもう一つの、対日援助見返資金と全然関係のない、すなわち二十三年いっぱいまでの最終経理はどうなっておるかというと、貿易資金から経費勘定、清算勘定、援助物資勘定等ひっくるめながら、最終的に一般会計で処理をされておるわけですが、その場合も一般会計から繰り入れたかということになると、これは二重払いになるかも一しれませんが、そのときでも明らかに二百八十二億という金が一般会計に残として残っておるのでありますから、いずれにしても、昭和二十三年いっぱいの金は二億プラス百六十二億というしりはありますが、国民が払った金もこの貿易特別会計の中で処理をされる。それから、二十四年以降のものは見返資金勘定ともなり、やがて産投勘定になっておりまして、今度日米間の協定によって払うものは一億ドルとか百六十何徳とかいう二十三年いっぱいの利益金といいますか、ゼロから出ておるのでありますから、そういう資産を当てにしないで二十四年以降の援助物資の分だけでもって払える、こういう考え方を政府は持っておる。経理を明らかに、そのように計算されておるのでありますから、二重払いとかいう問題に全然ならないというふうに結論が出ておるわけであります。
○永末英一君 もっと先へ進みたいと思うのですが、ここがはっきりしないで、質問しているほうもはなはだ困るのですが、日本国民が支払ったものは一人々々わかっておるので、その積算の数字が明らかになっておれば、たとえばアメリカと日本との交渉の過程において西独方式を準用して三分の一にまけさせた。いかにも池田内閣の手柄であるかのように政府は宣伝しておるけれども、土台二十四年三月三十一日までの、総司令部が勝手に計算を全部やってきたものが、日本政府側ではよくわからぬがそういうものも含まれておる。それから、見返資金特別会計から産投会計になる約四年間の間でも、一般国民が支払ったものもあれば、それから輸入業者が、いわゆる貿易業者が利益を受けたものもある。こういうことになりますと、一般国民が一体支払ったものぐらいは明らかになりませんか、二十四年から二十八年まで。二十四年から見返資金特別会計だけの話、三千六十余億円の内容の話。特別会計はいいですよ。これはまたあとではっきりさせてもらいますけれども。
○政府委員(稲益繁君) 見返資金以後の分で国民にと申しますか、援助物資と……。
○永末英一君 一般国民が支払った金額。
○政府委員(稲益繁君) これは御承知のように、米国対日物資援助処理特別会計、二十四年度は貿易特別会計の援助物資勘定というものでやっております。その二つのうちの歳入でありますか、援助物資売り払い収入であります。二千七百二十億円であります。価格差補給金が五百八十六億、売払代金が二千七百二十億円。
○永末英一君 ドル価額で幾らですか。
○政府委員(稲益繁君) ドル価格は、先ほど申し上げましたように、ごく一部の期間三百三十円で、大部は三百六十円であります。
○永末英一君 私は、今明らかになりましたように、産投会計が発足するまでのいろいろな経過を見てみますと、これが見返資金特別会計に至る経緯を見てみましても、一般国民がこれによって恩恵を受けたかどうか知りませんが、そういうものを積み立てた金だけで発足したということには私はならぬと思います。しかも、二十八年に産投会計が発足して以来、当初は見返資金特別会計からの受け入れた資産、さらにまだそのときに設定されました特別減税国債に対する収入金でございましたけれども、それ以後特定輸入物資の代金からするところの利益から来る納付金、さらにまた一般会計から資金項目を起こして、これを一般会計の剰余金等を繰り入れておる。これは法律を作って政府がやっておる。こういう性格からいたしますと、産投特別会計と称するものは当初考えられたものと著しく性格を私は変えてきておると思います。変わってきておることに大蔵大臣は御承認なさいますか。
○国務大臣(田中角榮君) お答え申し上げます。 昭和二十八年の八月、産業投資特別会計が作られたわけでありますが、これは御承知のとおり、現実論、法制上論の二つの見方があります。 産業投資特別会計が作られた現実的な面から考えますと、見返資金特別会計の資産をおもな資産として産業投資特別会計が作られた。それに対しては将来再検討の道がいろいろ考えられ、予想せられるので、一般会計からいろいろ入れることができますし、減税国債でやることもできるし、また外債を発行したり、それを担保とした借り入れ等でいろいろまかなえるし、いろいろ報奨物資処理勘定からの繰入金も受けられるということで、法制上整備をしたにすぎない、こういうふうに考えられます、事実論からして。 しかし、これは法律論からいたしますと、産業業投資特別会計というものは必要で、二十八年八月設置をせられた。その財源に対して、一般会計からの繰入金及び減税国債、産投国債、特殊物資処理勘定からの繰入金、及び見返資金特別会計からの引き継ぎのものというふうに、法律上は整備をせられておるわけでありまして、現在と二十八年この会計成立当時と、法制上のものが変わったかというと、変わっておらないというふうにお答えせざるを得ないと思います。
○永末英一君 私の伺いたいのは、二十八年に産投会計が設定せられた当時の主たる収入源というものは、見返資金特別会計からの引き継ぎ、それからそれによる辺川利益金がある。それが主たるやはり運用の原資だったと思うのです。それに特別減税国債というものを当時の事情で政府がやった。しかし、それ以後、御承知のとおり、法律を作ってやってきたからには、産投会計を二十八年に作ったときの性格と今ある産投会計とは、性格が私は異なっておると思うが、大蔵大臣はどうか。
○国務大臣(田中角榮君) 産業投資特別会計というのは、第一条の目的に掲げておりますように、経済、貿易、産業の振興発展に資するためという設置目的は変わっておりませんが、二十八年当時は、条文ではいろいろ財源を並べておりますけれども、事実上は、今永末さんが言われたように、見返資金特別勘定からの受け入れ部分を主たるものとしたわけでありますが、その後この会計の表面が非常に広くなったために、一般会計からの千五十億も繰り入れられておるということでありますから、財源的に見て相当変わっておるということは言い得ると存じます。
○永末英一君 その変わったものから支払うということで、これから質問をいたしますが、その前にはっきりさせておきたいことが一つある。先ほど申し上げましたように、はなはだ不分明な事件に結着をつける、その中で池田内閣も非常に御努力をなさったと思います、が、それはまけてもらったのと違って、はっきりしなかったものをはっきりさせた、そういうのが正確な判断であるとみなしてよろしいか。十七億ドルや十九億ドルが五億ドルになったのは、池田内閣が努力をしてまけてもらったのだ、こういう放送を一部する向きがある。しかし、それは今まで明らかになったように、不分明のものを明確にした結着が五億ドル程度になった、このようにわれわれは見るのでありますが、大蔵大臣はどうごらんになりますか。
○国務大臣(田中角榮君) 不分明のものを何とか、足して二で割ったというものでは全然ありません。アメリカ側は決算数字に基づいて十九億五千万ドルというものを提示したわけでありますが、こちらはその後のアメリカ軍が残していった遺留証拠品及び日銀の窓口等を全部精査をした結果、しかもこのものから一部返還になっておるものは伝票上これを差し引く、当時の値段として少し高いものに対してはこれを精算をする、破損等をしたものに対しても減額をする、こういう伝票上の経理を明確に行なって、十七億九千六百万ドルという数字を明らかにしたのでありまして、日本側のいう十七億九千六百万ドルという数字は非常に正、確なものであるというような考えでありますから、この十七億九千六百万ドルのうち、見返資金特別会計に引き継いだ昭和二十四年以後のものを除いた、二十三年一ぱいのものと、国民との対価の支払い精算がどうなっているかということがわからぬだけであって、日本が受けたことには間違いはないのでありまして、十七億九千六百万ドルを四億九千万ドルに外交折衝上決定をした。まけてもらったということはどうか知りませんが、いわゆる外交上お互いが合意に達して四億九千万ドルの返済額をきめたということであって、どんぶり勘定のものを四億九千万ドルにまけてもらったということでは全然ありません。
○永末英一君 それで、産投会計に至る見返資金特別会計当時の一般国民が物質に対して支払った金額が二千億円余であったという御報告を受けたのでありますけれども、これだけ払った。しかし、見返資金特別会計の使い方は、先ほど申し上げました一九四九年の四月一日の総司令部の覚書で、あちら側が承認した金額、あちら側が承認した目的にだけ使わされてこれが運用せられてきた。その結果は、われわれの見るところによれば。一般国民の生活を守るという使い方ではなくて、むしろ日本経済の資本主義的な再建のために資金が投入せられた。その結果起こったのは貨幣価値の暴落、いわば一般消費生活をしなくちゃならぬ一般国民に対しては生活困難、そういうことで私は十分に報われておらぬと思うのですが、あなたは一般国民も、それを積み立てて政府が非常にうまく運用してくれたので、非常に利益を受けたとお考えですか。
○国務大臣(田中角榮君) これはまあお互いにその考え方によってはいろいろな議論が生まれるものではございますが、しかし、現在の時点において考えるのと、当時の時点で、一体日本の国民生活や経済がどうであったかという考え方からいうと、遺憾ながらやっぱり政府の考え方が正しいのじゃないかと思うのは、それはアメリカが一方的に押しつけたというような議論も一部にはありますが、そうではなく、私どもも昭和二十三年、時の片山、芦田内閣から、第二次吉田内閣から今日までずっと、ときには与党になり、野党になり、この問題に対して幾らか内容は知っておりますが、いずれにしても、当時の非常に困難な状況であったということだけは、これは何人もいなめない。これは統計上数字も明らかであります。われわれは一体これでもって立ち上がれるのだろうか。立ち上がれるというよりも、口々の生活をどうするかというような状況であって、時の政府は社会党内閣、民主党内閣、自由党内閣を問わず、援助物資の懇請を続けてきたのでありまして、私はその結果、今日のわれわれの生活や社会が築かれた一つの大きな原因をなすものであって、もうその当時のことはパーになっているのだというような考えには、遺憾ながら現実の上に立つと、なれないのであります。
○永末英一君 私はパーになっていると言っているのじゃなくて、むしろ政府のほうがパーになっているという考え方をするものだから、その金をアメリカ政府に返そう、こういう計画を立てた。私の言いたいのは、あれだけ金を使ってもらったのだから、この際見返資金勘定を引き継いだ産投会計で、これで終結するなら、国民にそっくりお返しするのがこれは筋道だと。あなたはそんな気持になりませんか。
○国務大臣(田中角榮君) 国民各位からは、まあ当時の値段よりも確かに安い値段で売り渡されたということは言えると思うのです。中にはうまくない米とか、黄変米とか、いろいろな事件がありましたが、いずれにしても、当時国民生活に相当プラスになり、国民も対価としてはある程度のものは払ったということは言えると思うのです。今度は政府対政府の問題として、アメリカ側にはこの十七億九千六百万ドルに該当する対価は支払われておらないのでありますから、両国が新しい立場に立って協定が成立した場合は、十七億九千六百万ドルとか十九億五千万ドルとかの数字にこだわらず、両国の合意をした四億九千万ドルという金を払うことによって、日本の対米債務責任というものを果たすゆえんである、こういうふうに考えます。
○永末英一君 先ほど大蔵大臣が、産投会計がこの二十八年以来の歴史にかんがみて内容的に変化をしておるということをお認めになった。しかも、その産投会計からガリオア・エロア等の援助物資代金を支払うというのでありますけれども、しかもその払い方は、今度の改正法律案によっても、特に見返資金特別会計から引き継いだもののみをこれに充てるのだ、こういうことが説明の中にうたわれておる。だといたしますと、返済するだけの特別勘定を別に起こして、産投会計と切り離して、名前なんかどうでもいいのでありますけれども、これを支払うだけなんだ。勘定を起こすのは私は産投会計の性格をはっきりさせるために必要だと思いますが、大蔵大臣はそうはお考えになりませんか。
○国務大臣(田中角榮君) 永末さんの、ものをきちんと割り切って、きちんとした整理をするというお考えには、私もそういう理論的な根拠はあると考えます。これが産投会計というような、産業、貿易、経済の振興という第一条の目的達成のために作られた特別会計の中で、その負担として払わないで、一般会計から払ったほうがいいじゃないか、賠償等特別会計から払ったほうがいいじゃないかという議論に、せめて一般会計から払わない、賠償等特殊債務処理特別会計から払わないというなら、産投会計の中に対米債務支払勘定というものを起こしてやったらいいじゃないかという御議論は、議論としては傾聴に値すると思いますが、しかし、政府が考えておりますのは、その金で払うのですということよりも、産業投資特別会計の中に見返資金特別会計から引き継いだ資産が現に運用されております。その運用原資というものに手をつけないで、十五年間三十回に払う場合、その運用収益だけで払い得ます。計算上は十五年二千八十五億の元利払いを行なっても、なおその間の運用収入の総額は二千二百二億でございます、こういう計算上の根拠をお示ししておるので、特別勘定まで作らなければならぬかということにはならないのだと考えます。
○永末英一君 私は、産投会計という総ワクの中で、その中でガリオア・エロアの政府のいわゆる借金を払うというのは、一種のそういう意味合いではごまかしではないか、問題をはっきりさせておらないのではないかと思われるわけであります。それをはっきりさせるために、経企庁長官もお見えでございますから、財政投融資計画一般について、政府は一体これからこれをどう見ておるのか。われわれの見るところによりますと、当初、産投会計を初めとして、自来郵便貯金や、あるいはまた簡易保険、あるいは国民年金、あるいはまた簡保の資金等と見合いながら、当初はそれぞれの会計別に財政投融資へ向けられる資金の配分先がやや明確化しておったと思います。ところが、だんだんこれが混同されていって、一つには一般会計の中で投資ないしは融資をせられているものあるいは一般会計の中で補助金を与えられておったものが、財政投融資へ振りかえられて、出資という形でやられ、融資という形でやられておるものがある。さらにまた、財政投融資全般のそれぞれの原資別の差異が非常に混同せられ、産投特別会計でまかなわれるものもあれば、郵便貯金の中からまかなわれるものもあるし、あるいはまた簡保資金の中から競合して融資をせられておるものもある。こういうことになりますと、一般会計だけ見ておっても、政府の今行なっておるところの全般的な財政計画というものはわからぬと、こういうことになります。いわゆる財政投融資が一般会計化してきておるような感じがするのでありますけれども、そういう意味合いで、経済企画庁長官並びに大蔵大臣は、政府が補助金を出す場合、それから一般会計で出資をしている例がありますか、出資をする、あるいはまたトンネルの公庫を作って融資をするというやり方と、財政投融資で出資をしたり融資をしたりするやり方と、何らかの今基準をお持ちであるかどうか、このことをお伺いしたい。
○国務大臣(田中角榮君) 御承知のとおり、今財政論になるわけでありますが、一般会計、年度当初予算は、単年度制をとっておることは御承知のとおりであります。そういう意味で、継続的に何年か補助金が出されるとしても、この補助金の性格は法御上あくまでも単年度で打ち切り、別な年度においては新しい角度から考えられた補助金を行なう。出資は、御承知のとおり、もうこの会計年度において出資として経理は明らかになるものでございます。 それから、財政投融資は、私が申し上げるまでもなく、公益性が非常に強く、特に民間ベースに乗りがたいものというようなものを対象にした資金運用部資金、簡保資金、その他特に公募債の課税金等をもって充てておるわけでありますが、これは財政法上の性格からいいますと、あくまでも渡し切りのものではなく、ある意味の融資機関である。市中金融機関と一般会計との、こういう表現が適切かどうかわかりませんが、政策的必要から生じた機関ではありますが、あくまでも渡し切りのものではなく、融資機関でありまして、一般市中金融機関のように短期の高利のものというわけには参りませんが、いつの日にかこれが納付金となり、いつの日にか利息となり返ってくる。また、その返ってきた資金を原資として他に投資、融資、出資の面を拡大していくということで、そのときそのときの政策的なウエートの置き方によっては財政投融資計画の対象となるべきものが相当変わっていくというところが、一般会計と財政投融資の相違点である、こういうふうに考えております。
○国務大臣(宮澤喜一君) ただいま大蔵大臣の答弁されたとおりだと考えます。
○永末英一君 大蔵大臣からぼやっとした御答弁をいただいたのでありますが、私の伺いたいのは、貨幣価値が変動しないでずっといくというのなら、あなたが言われたように、ある金を出しておれば、将来出資金も返ってくるだろうし、融資はちゃんと利子が支払われる、そのうちに元本も返ってくるだろう、だから損害はない、こういうようなことになるかもしれません。しかしながら、ここ数年の日本の経済を見ましても、必ずしも貨幣価値は一定しているとは言えないし、貨幣価値は一応形式的には一定させておるといたしましても、たとえば物価がどんどん上がってくれば実質的には貨幣価値は下がってくるし、財政投融資を行なえば当然にその乗数効果が生じて、経済的に大きな変動が来ることはあたりまえだと思うのです。そういうことを計算に入れた場合に、たとえば郵便貯金の利子を低利で置いておいて、そうしてその金を投資をする。今まで、当初、地方団体や国の公債償還だけをやっているならいざ知らず、これが現在の日本の資本主義的な機構の中で有力な働きをしているものに対して投融資が行なわれるとするならば、それによって今のような経済水準の変動が行なわれる。そうしますと、一般の零細な郵便貯金などをしようとする国民、あるいは長年たったらあとでひとつ積み立てて金を返してもらおうというので簡保に積み立てておる人等も、その経済変動のおかげをこうむって得するのではない、損をするということが行なわれておる。この辺のところは、経済企画庁長官あたり、財政投融資が表面に出た金額の分だけで行なわれる、それでいいのだとお考えかどうか、この辺をちょっと伺いたい。
○国務大臣(宮澤喜一君) あまり議論に深入りしない程度にお答えしたいと思いますか、むろん投融資をするということは乗数効果を期待してやっておるわけであります。そうして乗数効果の結果、国民経済の生産力なり生産性がふえあるいはGNPがふえ、そのこと自体が直ちにそれに投資をした者、この場合、今永末さんのお考えの見立て方からいえば、郵便貯金を預けた者ということになるわけでありますが、その人間の不利になって返ってくるというようなふうな考え方は私どもはいたしておりませんので、いわゆる資本主義的云々とおっしゃいますけれども、私どもは資本主義的な経済の運営というものが、これがすなわち国民経済あるいは国民自身の利益になる、こう考えておるのでありまして、国民経済というものと一人々々の国民というものの利益が本質的に合わないものであるという考え方には立っておらないわけであります。ですから、おそらく御指摘の点は、そういう投資の投資乗数が非常に大きくなっていった場合に、その間に消費者物価水準の上がりが非常に大きくなって、そうして貯蓄をしておった者の預金の、つまり円の——と申すと一番適切かもしれませんが、円の購買力がそれ以上に減額をして、そうなれば不利じゃないか、こうおっしゃるのだと思います。それは政策の問題として、政策を誤りますれば、そのようなことがあり得るわけでありますから、そうならないように注意をしなければならないということであれば、私どもはそのとおりだと思います。
○永末英一君 私の申し上げたいのは、財政投融資を組み立てておるいろいろな原資がある。その原資の使い方については、当初それぞれの特定した使い方が一応原則としてあったと思うのです。ところが、近年その財政投融資原資相互間において非常に乱れてきておる。したがって、今第一に伺いたいことは、当初立てられたような方針で、それぞれの原資別投融資を行なわれていくのか、それとも今やっておられるように、いやここは少し足らぬから、こっちの原資からちょっと回せと、こういうようなどんぶり勘定式の配分を続けていかれるつもりなのか、この辺をまず伺いたい。
○国務大臣(田中角榮君) これは政策的な問題として、産業投資特別会計というようないわゆる財政投融資面が非常に大きく拡大をしていくということになれば、当然永続的な原資の確保ということをあらためて考えなきゃならぬと思うのです。郵便貯金が千百億が千五百億になり、二千億になるというような考えで、ただそういう面だけ、しかも郵便貯金に対しては一般金融機関の金利よりも低く押えておる、これは前から考えれば簡保の金は資金運用部資金としてこれが保管をせられ、国債償還とか国の目的達成という非常に一般会計に近い性質のものに使われるということでおったものが、今日は、先ほど申し上げましたように、公益性が強く、かつ民間の資金ベースに乗らないものということはいっても、だんだん表面が大きくなってくるときに、無制限に簡保資金や郵便貯金だけを原資としないで、まあいわば産投国債とか別な財源に切りかえるつもりがあるのかないのか、まあこういう御質問でありますが、この問題に対しては、現在産投会計の昭和三十八年度から将来にわたる見通しをつけて、一体産投や財政投融資の性格というものをどうしなければならないかという問題とあわせて、原資論も検討をしていかなきゃならぬと思うのです。具体的な郵便貯金等につきましては、前から衆参両院において、こういうものにだけ郵便貯金を使うからといって、また簡保の資金を使うからといって、非常に安い金利は零細の預金者を優遇する道ではないから、独立した運用を行なわせろということが絶えず問題になっておりまして、昨年度には簡保に対して三十億ないし六十億の特別運用、自主運用を認めておりますし、金融債等に対する投資も認めておるわけであります。今日政府が考えております、五月の統一見解のときに出しました郵便貯金法の改正を次期国会に提案をして、今まで法定主義でありました郵便貯金に対しては政令にこれをゆだねようという考え方もそこにあるわけであります。一方においては、政令にゆだねれば、銀行利子よりも郵便貯金の利子のほうがいつも下げられる幅が大きいというふうなお考えもありますが、私の考えはそのようなものではない、資金運用部資金というものの持つ性格というものがだんだんと拡大をせられ、その需要度が増していくということを考えれば、資金運用部資金の原資となる郵便貯金や簡保の金利というものは、新しい角度からこれを引き上げていくような方向で考えるべきであり、そういう考え方がひいては零細な国民の貯蓄意欲を増進することでもあり、当然政府がなすべきことだという考え方をとっておるわけであります。
○永末英一君 経済企画庁長官に伺いたいのですが、経済企画庁というところは、まあ池田内閣でいろいろ所得倍増計画、十年ぐらいを見通して経済計画を立てておられるところだと私は承知をしておるわけです。だといたしますと、このごろの財政投融資の内容が、たとえば中小企業者に対して何か必要だといえば、何か一つの特別な機関を作って、そこに各原資からそれぞれ少しずつ金を持ってくる、農林漁業関係が一般会計で補助金対象ではどうもおかしいということになると、また特別の機関を作って、財政投融資からそれぞれ応援を出す。しかしながら、医療金融公庫等はまだ財政投融資に持っていかずに、一般会計から出資している。非常に私は混乱をいたしていると思います。そこで、先ほどお伺いしたのは、出資、融資、これの意味合い、それの経済効果というものを総括的に判定していかなければ、あなたのほうの所得倍増計画も、その辺で投資の誘因を作って、そうしてそこに金を落とそうとするものですから、私は片方の銀行政策とこちらの政策とがてんでんばらばらでやられるわけではないと思う。経済企画庁はその辺を総括的に考えておられると思う。 そこで、私が伺いたいのは、一般会計でなすべき限度と、財政投融資でするもの、しかも財政投融資のそれぞれの原資別に、投融資の性格をどのように続けていこうと考えておられるのか、今やっているのがいいから、大体これを踏襲したい、こういうのか、その辺をちょっと伺いたい。
○国務大臣(宮澤喜一君) 非常に興味ある問題を御提起になっておられると思います。財政投融資の中で融資については、先ほど大蔵大臣が答弁をされましたことで、私は概してそういう考え方でよろしかろうと思います。また、融資の内容を見ましても、いわゆる民生に関係のあるもの、あるいは社会資本と申しますか、公益資本と申しますか、そういうものに関係のあるもの、その他その配分なども概して、今年度あたりを見てみますと、私は適正な配分であると考えております。そこで、今永末さんの御指摘の問題を局限までおっ詰めて参りますと、融資についてはたいした問題はないと思いますが、出資については問題があるのではないか、問題を局限までおっ詰めますと、そういうことになるであろうと考えます。おそらくは、私非常に権威をもっては申し上げられませんけれども、産業投資特別会計によるところの出資というものは、何らかの経済効果をねらってなされているところのいわば経済的な出資である。医療金融公庫そのものは、これは直接に経済と結びついておりませんので、したがって一般会計に属するものであろう、そういった区分はあるであろうというふうに考えておりますが、はたしてしからば、産業投資特別会計からなされている出資に対して、政府は今でなくても、ものの考え方として、何がしの出資に対する対価をとるべきではないか、御質問の意味は局限までおっ詰めると、私はそういうことになのではないか思います。そのことについては、私も多少考えていることはもちろんありますけれども、まだ問題を提起するほど勉強しておりません。問題がありそうだということです。今の御質問を局限までおっ詰めると、そういうところでなかろうかというふうに考えております。
○永末英一君 このごろ財政投融資に対する産業界の期待は非常に大きくなっている。原因は、一般金融の金利が非常に高い、しかも日本銀行はオーバー・ロンをやって、もうこれ以上日銀券を増発すればインフレ的傾向をうんと促進するかもしらぬおそれがある段階になっている。そこで、今一番資金が集まりそうな財政投融資の原資に目をつけ出している。ところで、財政投融資の歴史を振り返って見ても、最初は基幹産業に対する投資であったものが、それが非常にわれわれ野党から政府は攻撃を受けるものですから、いやそうではございません、公共投資もやりました、あるいはまた社会保障関係の投融資もやっおりますと、それに都合のいいようなグラフまで作ってPRまでしている、こういういきさつである。しかも、もう少し突き進んで考えれば、一般的の公共投資といわれるもの、財政投融資の中でですよ。それから社会保障の投資といわれるもの、その内容を精査をすると、やはりどうもわれわれの目から見ると、日本の資本主義の何ぼかのささえをしているものもあるわけです。ところで、今産業界から、これだけの融資が遊んでいる金があるじゃないか、これをひとつ財政投融資でくくって、たとえば長期融資計画を立ててやっくれぬか、こういうことでいろいろな要望が来て、その意味合いは、私は、低利長期の資金がほしい、そのために国民のふところを当てにしておると思うが、こんなものを一体あなた方お二人はどうお考えでございますか。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほどから申し上げておりますように、国民の直接の生活を守るためには一般会計から支出をいたしておりますし、それから完全な民間ベースの私企業であり、民間ベースであり、利益を追求する企業に対しては一般金融ベースでやられていることは御承知のとおりであります。しかし、これからだんだんとお互いの生活が複雑になって参りますと、やはり一般会計でもって渡し切りというもので割り切れないものも出てきますし、金融ベースでやるべき私企業として発達したものではありますが、その後の社会情勢の変化によって、社会公共性が非常に強くなったというために、金融ベースに乗らないものも出てきております。また同時に、国策として取り上げなければならないものも出てきておりますので、そういう意味でだんだんと細分化され、財政投融資傾向というものが一般会計と一般金融との中間地帯を補完的な立場で措置しておるということは、今までの歴史に徴しておわかりのとおりだと思います。ところが、あまりそれがどんどん拡大せられて、一般金融ベースでやらなければならない私企業も、長期低利安定の資金を得るために財政投融資を当てにしておる。これがどうも独占企業を、自民党のいう手放しの自由経済論を遺憾なく露呈しておるのではないかというようなお考えでありますか、実際一つ一つのケースを見てみると、そういう議論は起こらないのではないかと思いますし、そこまで野放しに財政投融資が拡大せらるべきものでは絶対ないと考えます。 今、私鉄の問題に対しても私鉄は絶対に資金が必要であるという事実は認められておりますが、運賃値上げについては物価問題等で困るから、何かないか、何かないかといって、政府が仲介をして利息をたな上げしてやってくれ、何してくれといっておりますが、それではどうにもならないので、税制上優遇措置ができないか、政府が長期低利の金を貸せないか。すぐ出てくる問題である。この問題はあに私鉄だけの問題ではない。電力においてしかり、その他いろいろな、私企業形態でありながら、法律さえ作ってうしろ向き政策をやらなければいかぬ。うしろ向き政策は金融ベースに乗らない問題でありますから、社会公共性が強くて比較的金融ベースに乗りやすい長期の資金というと、一般会計から出資をしたという帝石のような例もありますが、そういうものよりも、いつの日にか返ってくる、いわゆる出したものは必ずいつの日か回収するのだ、ただ回収期間や利息の厚薄とというものに対しては時の政策が要求するんだという、その政策ウエートによって財政資金をどれだけ入れようかということが今考えられておるのでありまして、われわれが当初から考えておる財政投融資計画そのものに対して、全く広義に拡大解釈をして、私企業の分野までこれをもってまかなうというような考えではございません。
○永末英一君 産投会計に一般へ会計から資金の項目を作って入れる、それから産投会計から融資をしているものの金利の勘定が低利といわれるけれども、それは藤枝会計の関係している職員や関連費というものはみんな一般会計で受け持っているんでしょう。そうすれば、トンネル勘定だけしているんだから、そこの金利が安い、こういうことになるわけだけれども、実際の産投会計だけを取り上げても、その金利が低利にあるということは、やはり一般会計の大きなお助けを受けていると私は思う。だとしますと、産投会計と一般人会計を区別する基準というものを、今なおお持ちですかどうですか。
○国務大臣(田中角榮君) これは財政法上の考え方を申し上げる以外にないのでありまして、だんだん、先ほど言いましたように、完全な私企業として民間金融ベースのみでやるべきものと、国民の生活を守るために一般会計でもってまかなわなければならないものとの間が非常に幅が広くなって、だんだん幅が広くなってきつつあります。石炭産業などは完全な私企業でありますが、時と場合によっては一般会計からも出資すべしとか、財政投融資でもって現在までに出資したものはこれを打ち切るべしとか、そういう議論さえ生まれてくるのであります。これは時の情勢によってあらゆる問題が変わってきます。変わってきますから、理論上の考え方としては、一般会計というものはこういうものであり、財政投融資というものはその中間を行くべきものであり、民間融資というのは明らかにこういう姿勢とこういう態度でいくべきものだと、基本論としては明らかに三者分明ができますが、実際問題になって参りますと、非常にケース別にむずかしくなって参りまして、これからの財政投融資と一般会計はかく区分すべしというようなことはなかなか申し上げにくいことではないか。一般論以外にはなかなかむずかしい、こういうふうに申し上げる以外にないと思うのであります。
○永末英一君 先ほど大蔵大臣から、民間私企業に対する投融資というものを積極的には考えないというお話がございました。経済企画庁長官も同感ですか。
○国務大臣(田中角榮君) 待って下さい、ちょっと一言。これはちょっと誤解が、永末さんですからそういうことはないと思いますが、間違いがあると悪いので申し上げますが、これは私企業というのはあくまでも利益追求のものであって、社会性、公共性というものが比較的に薄い。当然、何人が考えても、私企業として運併せらるべきものに対して、財政投融資を拡大運用しようという考えはありません。しかし、先ほど申し上げましたような電力とか、石炭とか、これからの金属鉱山とか、いろいろな問題、これは明らかに私企業に入るのでありますが、時の政策的な考え方、社会的な要請、その持つ公益性等から考えますと、そういうものにケース別に弾力的運用をして参らなければならないということでありますので、そういうふうに御了解願います。
○国務大臣(宮澤喜一君) 要するに、大蔵大臣が答弁されましたように、国のいわゆる社会投資が一方にあり、他方で純然たる私企業がある。その間の接点になるような相当公益性の高い私企業というものが現実にたくさん存在しているわけであります。そういうものに対して従来財政投融資がなされているわけでありまして、せんだって所信表明演説で総理大臣が申し述べましたように、現在のわが国の経済がいわゆる先進国型の経済に移行するために構造的に変化をなしつつある、そうしてその間に資本費の増加が著しい、それが消費者の負担になってはね返ってくる、そういう現状において消費者の負担を軽減いたしますために、その資本費の増加をいろいろな形で軽減をしていかなければならない。そういうときに、財政投融資というものが従来も役割を果たしてきましたし、ここしばらくの間はそういう役割をなお果たしていくべきである。むしろ現在の方向としては、なおそういう消費者を保護する意味から、国民経済の資本費の増加を幾らかでも軽減する意味で財政投融資というものがもっと活用されなければならない。今そういうところに日本経済の通っている道程があるのではないかというふうに考えているのであります。 国民所得倍増計画を見ますと、この原資にも限りがあるので、今後の経済動向に即応して、投融資のうち民間に移行することが経済全体の効率性を高める上で歓迎されるようなものは、そうしたほうがよかろうということが書いてございますが、これはまだだいぶ先の段階であって、現在としては、私はむしろ財政投融資にそういう接点にあるところの企業がたよらなければならない、そういう方向にあるのではないかというふうに考えております。
○永末英一君 経済企画庁長官のただいまの御説明でございまするが、私どもと少し意見の違うところがある。すなわち、長官のほうは大衆消費者の利益を擁護するために、今必要なことはたくさんあるかもしれぬが、一番必要なことは資本費の軽減である、そのために財政投融資がまだまだ働き得る余地がある、こういうお考えのようですが、私どもが考えておるのは、確かにそれぞれの企業をとってみれば、特に基幹産業面において資本費を軽減することはコストダウンだ。したがって、ひいては消費者の利益になるかもしれぬが、現在のような底の浅い日本の経済では、先ほど申し上げましたように、ほとんど大部分が零細な大衆資金だ。それを通して資本のてこ入れをする場合には、やはり経済の効果としては、一般大衆には利益が先に来るより被害が先に来る。この辺のところを経済体制全般として考えていかなければ、あなたが言われるように、それは経済政策の問題であって、円の購買力の問題だから、別個の問題であるというわけには参らぬと思うのですが、これはいずれまた日をあらためて議論をすることにいたします。 大蔵大臣に伺いたいのですが、一般会計と財政投融資との間にだんだんどうも、個々別々の判定を要するけれども、全体的に一つの画然たる区別をするということは、議論としてはなり得ても、実際的にはどうもむずかしくなってきたように思う、こういう御見解がございました。私どもそう思う。しかし、ここで問題なのは、一般会計については国会はピンからキリまでいわば厳重な審査をすることが法律上可能になっておる。ところが、一たん財政投融資に眼を注ぎますと、今般のように産業投資特別会計法というような法律改正のときにはこうやって聞けるけれども、それぞれの国会の会期にあっては財政投融資資金配分計画というようなものが出るだけであって、それに含まれておるところのそれぞれの政府機関やあるいはまたそれぞれの関係団体の内容というものがわれわれにわからないし、いわんやまたそれに累積した財政投融資が与えておる影響もまたわからない。ただ、その年度に渡される計画だけしかわからない。そういう立場からいたしますと、一体一般会計予算のほうは非常に厳格にまだまだ国会の審議権が及んでいるようでありますが、国の経済を運営していくについて非常に重要な要素となっておる財政投融資については、国会の審議権というものは極限された部分しか及ばない、こういう形になっておると私は思いますが、大蔵大臣はどうお考えですか。
○国務大臣(田中角榮君) 御承知のとおり、憲法の定めるところによって、年度の予算は国会の議決を経なければ内閣はこれを支出できないことになっておりまするので、当然一般会計予算については年度予算として国会に提出をして、議決を経て、後に使用するのは当然であります。財政投融資は参考資料として国会に提示をされておるだけであって、議決を必要としない、こういうことはお説のとおりであります。新しい財政投融資面の持つ重要性から考えると、これは議決案件にしてはどうかという問題ですか、これは法律論でありまして、これからの問題としては、議論として起こり得る問題だと思いますが、これは一般会計というようなものは租税をおもな収入源として国民に対して貸借対照を明らかに予算で示すものでありますが、財政投融資はあくまでも投融資であります。これも不確定財源でありまして、これだけのものを全体収入を見積もって、こういう支出をして、検査を行なって、国会の議決を経るというものではないわけであります。私は、ある意味からいくと、国会の議決を経て相当確実なものにしなければいかぬ、動かせないものにしなければいかぬというよりも、逆にテンポの非常に速いわれわれの社会情勢、経済情勢を考えると、もう少し財政投融資というものには行政上弾力的運用というものがはかられるほうがかえっていいんじゃないかという、逆な考え方も持っておるわけであります。まああくまでも財政投融資は、これは一つの予算の参考として、及ぼす影響は非常に重大でありますから、参考書類として提示をしたものに対してもこうして御議論を賜わり、また国会の意思というものは行政府に十分反映せしめられるわけでありますので、これは必ずしも議決案件にしなければならぬというふうには考えておりません。この問題については、国政調査権の発動によって十分これら政府関係機関及び投融資先に対しては監査及び調査が行なわれる仕組になっておりますので、現行制度のままでいいのではないかというふうに考えます。
○永末英一君 一般会計から産投特別会計に繰り入れが行なわれる。繰り入れが行なわれるまでは、国会で審議権があるわけです。繰り入れられてしまうと、わけがわからぬ。繰り入れるときはわかっているけれども、それからの運営はよくわからない、こういうことになる。あるいはまた、政府の所得倍増計画でも、所得較差をなくする、こう言っておる。ところが、企業別に所得較差をなくするために、財政投融資でいろいろな機関に財政投融資を行なっている。ところが、片一方地域較差をなくするというので、特定の地域にまた機関を作るときには、国会の議決を経て法律でもってやる。しかし、できてしまえば、財政投融資の中だからというので、参考資料で資金配分計画だけを見せてもらって、事実経済効果が上がっているかどうかは、国会の審議権という観点からいうと、何か隔靴掻痒の感になっている。こういうままでいいですか。
○国務大臣(田中角榮君) 現行法ではそうなっておりますし、私は現行法を改正をして財政投融資も憲法上の規定として国会の議決を経なければならないという段階にはなっておらないと思います。それで、私は実際問題として、衆参両院で検討しておりますときに、一般会計に引き続いて投融資先、特に道路に関しては道路公団、住宅公団、開発銀行、その他、また国鉄とか開発銀行の先の電力会社の内容は一体どうなっておるか、石炭企業はどうなっておるのか、海運企業はどうなっておるか、ガス、電気産業はどうなっておるかというところまで、国政調査権を及ぼしておるのでありますから、国会の御審議に議決を必要としないというだけであって、実際上は国会の御意思が十分に反映をいたしておりますから、現状のままでいいのではないかというふうに考えております。
○永末英一君 この点についてもう一言。財政投融資の総額は、どんどん一般会計の予算総額に対しても上がってきておる。したがって、その上がってきておる量というものは、やはり日本経済に非常に重大な影響を及ぼしておる。今の法律では今の程度しか国会の審議権はないかもしれませんが、この財政投融資は、企画庁長官も言われたように、やはり今までの国家財政と私企業経済との接点において非常に有力な働きを示してくるものだとわれわれは考える。その接点におる限りでは、今の現状のような、国会が財政投融資に対する対処の仕方で十分だと考えるか。大蔵大臣は現状でいいというお話ですか、これから財政投融資が日本経済に及ぼすであろう作用を考えたときに、政府は別の観点からこれをもう少し統括的に——何も一つ一つの投資している先の権益を侵すということはできない。しかし、もう少し統括的にこの問題を国会に提出して国会の審議を待つということが必要であると考えないか、この点、もう一回伺っておきたい。
○国務大臣(田中角榮君) 一般会計、特別会計、財政投融資、確かに約二兆四千億に対して八千五百億、来年度は一兆円になるかもしれないといわれておる数字から見ますと、相当経済や社会、われわれの生活に及ぼす影響が大きいことはお説のとおりでございます。であるからといって、これを国会の議決案件にしなければならないかということには直接結びつかぬと思うのです。私が考えますのは、現在の衆参両院の審議の状況において財政投融資の内容その他に対して言及されておらないかというと、特別会計、一般会計と同じ程度において審議をせられておるのでありまして、法律上議決を必要としないというだけの差でありまして、私は現状のままでいいという考え方をさっきから申し上げておる。これはちょっと不用意に申し上げたようでありながら、また私の本心がそうなんですが、テンポが速くなってむずかしくなってきますと、予算編成をやった当時と別な観点からいろいろな問題が出てくる。石炭の問題とか、海運の問題とか、そういう問題が出てくるのです。これは同じ問題で、郵便貯金の利息の問題が法定主義なんです。法定ですと、実にもうすっかり終わってしまったころに改正法律案を出さなければならぬということで、逆に政令にゆだねるというようなことを今政府でも考えておるわけでありまして、そういう意味で、一般会計が憲法上の規定によって議決を経でおるのでありますし、その参考資料としてではありますが、非常にウエートを置いて御審議を願っておるのでありますので、この財政投融資に関しては、内閣が随時御質問にお答えをし、参考資料を提出するという現行制度のままで弾力的運用をやることによって、金融と財政との調整機能を果たしたりするためには、議決案件でなくてもいいのじゃないか。これは私、財政の学者でありませんので、よくはっきりしたことは申し上げられませんが、今の運営で足れりと、こういうふうに考えております。
○国務大臣(宮澤喜一君) 郵便貯金、厚生年金、あるいは国民年金、簡保の資金等、そういう契約の相手方、あるいは受託者としての国の義務に欠くる点がない限り、これは欠けていることはないと思いますが、欠けることがない限り大蔵大臣の言われました御意見に私は賛成をいたします。問題のあることは、御指摘の点は私にもわかりますけれども、ただいまとしてこういう運営で悪いかというお尋ねであれば、これでいいのじゃないかという程度に考えております。
○永末英一君 だいぶ時間もたちましたので、最後の点を一点だけお伺いいたします。 今までのところ、どうも不十分な点もあり、研究を要する点もありますから、いずれまた日をあらためて相まみえることにいたしまして、外務省の方も来ておられますので、ちょっと伺いたいのですが、ガリオア・エロア援助資金については、その使途並びに金額、全部総司令部の命令でわれわれは使わされたわけです。いわばあっちからイヤマークされてそれを使わされた。もっと観点を変えると、アメリカはもうすでに援助資金を使ったと、こう言ってもいいのじゃないか。自分が勝手に使っておいて、日本政府は使わされたのですからね。使っておいて、また返せというのは、国民感情としてどうも……。日本がまた返さなければいけませんか。外務省当局はどうお考えになりますか。
○政府委員(中川融君) ただいま御質問の御趣旨は、日本が援助の物資を受け入れましてその代金を見返資金に積んである、その見返資金の使い方は総司令部からの指令といいますか、総司令部との相談の上でなければ使えなかった、したがって、アメリカがいわば使ったのと同じじゃないか、そういう事情があるにかかわらず、また返さなければいかぬというのはおかしいじゃないか、こういう御趣旨のようでございますが、この見返資金はもちろん総司令部の指令によりまして、これを使うにあたっては司令部の了承を得て使わなければいけなかったことは事実でございます。しかし、その指令にもありますとおり、見返資金というものそのものが、これはアメリカのためのものではなくて、日本の経済を復興するために使われたものであります。これの使途というものは全く日本の経済の復興のために使われる、こういう趣旨であったわけであります。しかし、当時はまだ占領中でありましたから、日本政府といたしましてもやはり完全には独立していなかったわけであります。重要施策については全部司令部と相談しなければできなかったわけでございます。それと同じような意味で、見返資金の使途というものにつきましても、司令部と相談した上でなければ使えなかった。しかし、この金自体はまさしく日本のために使われたわけでございます。したがって、御質問の趣旨とはやはりちょっと違った実情ではないかと考えております。
○永末英一君 今、日本のために使ったと言うのですが、そういう使い方をしたあとの、それにまつわっていろいろな経済が動いて参る。日本の国民の内部における所得関係、経済関係は、この昭和二十四、五年程度から比べると、非常に変わってしまった。これは日本の国民の中でよかったと思う者もあるけれども、とんでもないことをしやがったというので、憤激している者がたくさんあるのです。その間非常に苦しんだ者は忘れぬわけでありますから、あなたが日本の利益のためにということは、官庁としてはそう言えるかもしれませんが、国民感情としてはそのままいただきかねる。しかしながら、私伺いたいのは、支払金の使途に関する交換公文の中で、その金の使い方はアメリカの総司令部がうんと言うたものだけに使わされておいて、今度われわれが返す場合には、アメリカ政府は協議はするかもしれぬけれども、決定は勝手にアメリカがする。いかにも国民感情として片手落ちだ、田中大蔵大臣が野党ならきっと僕はそう思うと思うのですが、一体これで、条約局長、こんなでいいのですか。
○政府委員(中川融君) やはり違いは、その当時は占領治下にあったというところが違いのもとではないかと思います。したがって、その当時は、日本の金でございましたけれども、その使途については司令部と相談しなければ使えなかったというわけでございます。今日本が返します金は、これはアメリカの金になるわけでございます。したがって、完全な独立国であるアメリカといたしましては、どう使うかということは、ほんとうに完全に自由でるわけです。しかしながら、政治的考慮の結果日本の要望もいれまして、使途については日本と協議する。もちろん、協議の結果、この最終的な決定はアメリカがするわけでございます。日本と協議し、しかも後進国の開発に大部分を使うということをきめておるのでありまして、そういう意味ではやはり相当程度、あるいは、ある意味では普通の原則以上に日本に対する考慮というものを考えた上での解決方式であるというふうに考えるわけであります。
○永末英一君 この交換公文の中で「東アジアの諸国」と書いてありますが、これは安全保障条約における極東の範囲と一緒か。
○政府委員(中川融君) その「東アジア」と安保条約にいう「極東」の範囲とは、これは必ずしも同じではないと思います。やはり東アジアというほうが地理的に見て広い概念であると考えます。
○永末英一君 そこにおける開発援助というものに対して協議をするという話でありますけれども、開発援助の内容については、純粋の経済援助であるということが確認せられておるかどうか。
○政府委員(中川融君) これは交換公文の第二項にもございましたとおり、東アジアの経済の均衡のとれた発展が日本及びアメリカの双方にとって非常に関心を有するこの地域の安定と平和に不可欠であるということが書いてこざいましたが、あくまでも目的は平和と安定にあるのでございます。したがって、平和目的のために使うということははっきりしておると考えております。
○永末英一君 平和目的といっても二つありまして、鉄砲で平和をやろうというのも平和だと言っている連中も現にあるわけです。したがって、私が聞きたいのは、一項に「低開発諸国に対する経済援助」というのは、いかなる意味でも軍事的なものでないという確約ができておるか、この点をお伺いいたしたい。
○政府委員(甲斐文比古君) 「開発援助」と特別に書いてあるのでございますが、御承知のように、いわゆる援助につきましては軍事援助もあるわけでございますが、これを特に経済援助の中でも「開発援助」と書いてある。この開発援助と申しますのは、御承知のように、後進国、低開発国の経済開発計画に対して援助をするということでございまして、これはもう全く純然たる経済援助の中でも最も典型的な経済援助でございます。この文句からいいましても、全然疑う余地はないというふうに考えております。
○永末英一君 これでおしまい。合衆国の計画を促進するために合衆国が使用する意図を持っていることを認めている日本政府は、日本政府独自の東アジア関係諸国に対する経済協力の計画を持っておると思います。しかしながら、今までの日本政府の持っている経済協力はすべて商業ベースに乗せなければいやだというような考え方が多いのでありますけれども、ここに日本国民の金が二千億円余もこれから継続して十五年間も出ていくということになった場合に、単に日本政府は合衆国の計画を実施させることにちょびっと意見を言う程度のことをこれで約束をしたのか。それとも、日本政府が持つであろうところの東アジア諸国の純粋な経済援助に対して、日本の発言権がうんと認められているという工合に日本政府は了承して、この交換公文を交換し合ったのか、その点を伺いたい。
○政府委員(中川融君) これは今御質問の御趣旨の二つのうちのいずれに入るかというお尋ねでこざいましたが、伺っておりますと、その第二のほうであるというふうに考えております。つまり、今度の交換公文の、ことに第二項がそうでございます。日本とアメリカ両国がこの東アジア諸国の経済のすみやかな均衡のとれた発展に非常な関心を持っている。そのために、今までも密接に協議してきたのだが、今後はますます引き続いて相互に密接な協議を行なうというふうに書いてあるのでございまして、これは十分、あるいは十二分に経済協力についてお互いにこの計画を打ち明けて相談をする、それで最大の効果を発揮するようにするということが、この趣旨であると考えます。
○永末英一君 きょうはいろいろ御答弁をいただきましたが、不分明なところ、あいまいなところがございますので、いずれまた資料を練り面し、再質問をいたしますことを留保いたしまして、本日はこの程度で質問を打ち切ります。
○委員長(佐野廣君) 午前はこの程度とし、午後は正一時三十分再開いたします。 暫時休憩いたします。 午後零時三十二分休憩 ————・———— 午後一時五十五分開会
○委員長(佐野廣君) これより委員会を再会いたします。 午前に続き、産業投資特別会計法の一部を改正する法律案を議題とし、本案に対する質疑を続行いたします。 なお、ただいま政府関係の御出席は田中大蔵大臣、稲益理財局長、上林法規課長、安藤アメリカ局長、土屋通産省通商局輸出振興部長、運輸省から辻海運局長、藤野船舶局長、以上の方であります。 それでは、御質疑を願います。
○野々山一三君 先般来、ガリオア・エロアというものは、すべてこれは債務性があるのだという前提で、しかもすでに協定は成立しておるのだ、議会はこれを認めておるのだという前提で政府側は当たつておられるのですが、私は、すでに議論されたことでありますけれども、事この問題は、たとえばもののやりとりの上で非常な大きな金が日本国民から出ておる、あるいは終戦処理費でも相当の膨大なものが出ておるというような上に、さらに払うというのでありますから、よほど国民はこの払うことの正当性というものを正しく理解しない限り納得しないと思う。しかも、この金はこれから十五年間二千億有余にわたって払うのです。その金の行方あるいはその金の出し方というものが、特に産業投資特別会計法のその目的に照らしてみて非常な大きな影響を持っております。そういうものでありますから、同僚議員がその額の全体が正確なものであるかどうかということを重ねて追及されたのでありますけれども、もとをもう一回角度を変えて実は聞いてみたいのであります。 そこで、第一に債務性の問題について、これは外務省関係になるかと思うのですが、一体ヘーグ条約で占領国は被占領国民に対して病気——疾病、飢謹、保護ということのためにその義務を負わなければならぬということがあるのでありますが、一体この援助、つまりガリオア・エロアというものはそのヘーグ条約によって示されている疾病、飢瞳、保護、つまり被占領国民に対するこの三つの義務を果たしているという関係にあるのかないのか、この点をひとつお伺いしたい。
○政府委員(安藤吉光君) 一九〇七年のヘ−グ条約いわゆる「陸戦ノ法規慣例二関スル条約」の第四十三条に、今お話のありましたように、「占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。」ということが書いてございます。今読みました中にもございますように、「絶対的ノ支障ナキ限、」ということと「成ルヘク」ということが書いてあるわけでございます。ただ、しかし、この文書にもわかりますとおり、こういうことをやらなければならぬということはうたってございまするが、これは無償でやるということにはなっておりません。占領軍というものがやはり占領行政をやる上においては、陸戦法規によりましてはあるいは公租公課をかけたりいろんなことができるわけであります。したがいまして、この陸戦法規からはこういったものを無償でやれということははっきり言えないわけでございます。
○野々山一三君 あなたの答弁は、つまりもらったものはすぐに払うのだという前提で、これは無償でやれということは書いておらぬから当然払うのだということですけれども、外交態度として、一体日本国民があれだけの品物を受け取ったときに、これはもらったんだろうと思っておると思うのです。それを今度は、外交的にこの条約をたてにとって、一体問題を解決するという日本の政府の態度というものが那辺にあったのか、そこのところはあなたは払うことが前提だからという前提意識でものを言っているから、今言ったような答弁になるわけだ。ここが実は、あなたが何回も繰り返されておるように、債務と心得るというやつになるわけです。そこらは一体、国としてこの問題を取り扱ったときの根本態度というものを、もう一ぺん伺いたい。
○政府委員(安藤吉光君) この問題は、いわゆる米国の対日援助というものがいかなる性質のものであるかという根本になるわけでございます。これにつきましては、従来から御説明しておりますとおり、この援助が日本に渡されます際に総司令部からの覚書がございます。その覚書によりまして、はっきりと支払い方法及びその経理については後日これを決定するということがうたわれておるわけです。日本はそれを承知の上でもらっておるわけであります。したがいまして、このほかにもいろいろ債務性を裏づけるいろんな、たとえば極東委員会の決定とかあるいは米国のマッカッサー元帥の証言とか、いろいろ御存じのとおりございます。いずれにしましても、このスキャッピンにもございますとおり、これは他日何らかの形で処理しなければならないのだということがはっきりと当初からわかっていた性格のものでございます。したがいまして、その受け取りましたその全体がそのまま債務になるわけじゃございません。後日交渉いたしまして、たとえば先般の交渉によりまして、いわゆる支払額あるいは支払いの方法等がきまりました上で、すなわち具体的に申しますならば、今度の四億九千万ドル日本が十五年間に払うのだということがきまりまして、この上で債務ということが決定したわけでございます。
○委員長(佐野廣君) ちょっと御報告いたしますが、大平外務大臣、中川条約局長が御出席になりました。
○野々山一三君 この間もあなたは、全部支払うものでないのでそういういやらしいことを言うな、こういう言い方、少し私が言葉を足したようですけれども、その全部を払うものじゃないのでというその言葉の根拠は、それでは外交的にどこに根拠があるのですか。全部払うのではないのでという外交的な立場をとった態度というものはどこにあるのですか。何かの根拠があるから、全部払うものじゃないということが言えるのでしょう。そこのところをひとつ、あなたの気持の問題ではなくて、法律的なりあるいは条約的な何か根拠があっておっしゃるのですか。そこのところを。
○政府委員(安藤吉光君) ただいまも申し上げましたとおり、ガリオア等が日本に渡されますときにいただきました覚書、たとえばスキャッピンの一八四四−Aというのが、第四項に、「支払条件及び経理は後日決定される。」と書いでございます。したがいまして、どういう金額、どういう条件でやるかということは、日米間で話し合った上できめるのだということでございます。その上で処理されるという性格のものはすなわち先ほど申しましたようなことであります。
○野々山一三君 これは少し、私の全くしろうと的な意見をつけ加えて少し聞きたいのですけれども、アメリカは日本に品物を送る、援助をする、贈与をするということは、一体どういう意図があってなしたのかということから見ますと、私はやはり日本の占領を遂行するという軍事目的というものがあったからおやりになったと思うのです。その軍事目的というものを達成するということのために金を使うのです。それが二十一億ドルであるのか十九億ドルであるのか別として、とにかく軍事目的達成のためにこの金を使う。それを払ってもらうかどうかということに対してアメリカ側が後日決定すると言ったのは、単にアメリカのものを出したから後日決定するということではないと思うのです。やはりこの精神の本質はヘ−グ条約にある。だから、占領国としてそういうことを言わなければこの問題の成立が成り立たない、こういう前提が私にはあるのだ。その点いかがですか、外務大臣にちょっと聞きたい。
○国務大臣(大平正芳君) 私ども、この問題の経緯につきまして、こういう私は感じを持っておるのでございます。すなわち、アメリカが、アメリカと日本との間に戦争は終わり占領は終結したあとでも、こういう問題がいつまでも懸案の形であるということ、そのことは決して両国の幸いではないと思うのでございます。この問題、これをガリオア・エロアの援助は贈与なんだということで問題が終結がついておればよかったのでしょうけれども、そうでなくて、これはあなたのほうへ贈与というわけではなくて、後日金額、経理につきましては御相談すべき性質のものでございますよ、こういうことがあったわけですね。したがって、こういうペンディングな状態でいつまでもいることは決して両国のためでもございませんし、またそういう懸案についてはきちんとした解決をするということが、日本政府としての対米関係における権威、信用から申しましても、私は大切なことだと思うのでございまして、いろいろな論議がございましょうけれども、ここはこういう懸案を早く解決してすっぱりとして新しい事態に入ったほうがよろしいのであるというように、私どもはすっぱり思うわけでございます。したがって、しかしながら、そうは申しますものの、日本の国際収支の状況、財政の状況から申しまして、早く処理はしたいのだけれども、そういうことが事実上いろいろ手元が不如意であったというのが過去の実態でございまして、ようやくこの程度のことであれば始末ができそうだという見当がつきましたので、去年から交渉を始めまして、このような始末にいたしたわけでございます。私は、そういう意味で日米関係、将来を見通した上に立ちまして、こういう問題、つまりペンディングな問題はなるべく早くすっきりと解決させていただきたいというのが、まあ率直にいうと私の気持でございます。
○野々山一三君 気持の問題をここで今秋は聞いているのじゃない。先ほど私が聞いているのは、ヘ−グ条約に基づいて、あなたがお見えになる前の話があったので、そういうお答えになったのだと思いますが、ヘ−グ条約に基づいて占領国は被占領国民の生活なり疾病なり保護をやる義務がある、そういう義務が前提になってそうして援助ということがやられたのだろう。これは常識的にそう見るでしょう。占領目的達成という直接的軍事目的もあるでしょう。二つの義務を果たすのにアメリカはこれを出した。ところが、外務省当局の言うそれは、全部くれちまうというのじゃないのでということのものであるからということですけれども、私が聞いているのは、その、いつか支払いについて話をいたしますという前提をつけてこちらに渡してきたのは、ヘーグ条約そのものの精神そのものに照らして一体どういうふうに考えるか、このことを聞いている。
○国務大臣(大平正芳君) 詳しい条約解釈の問題は私つまびらかにいたしませんけれども、ヘーグ条約で、占領軍が占領地の安定のためにいろいろな施策をされるということは、無償でやらねばならないというようになっているとは承知していないのでございます。今お尋ねの、アメリカ政府がどういう考えで一体援助したかというと、これはアメリカ政府の心理留保なのでございまして、私どもよく知悉することはできないのであります。ただ、私ども占領下に、こういう日本政府として、政府自身からも、そうしてまた国会からも、援助をたびたび占領軍に繰り返しておったという事実は忘れてはいけないのじゃないかという感じがするのであります。 法律解釈の問題は、詳しくは条約局長からお聞きいただきたいのですが、私どもはそれは無償でなければいけないという解釈はしていないと承知いたしておるわけでございます。したがいまして、アメリカ政府がどういう心理留保をしておられたかはわかりませんけれども、外に現われたものは、この処理は後刻やりますよ、こういう念を押されておるわけでありますから、それに対していつまでも、先ほど申し上げましたように、ペンディングな状態に低迷しておくということは、決して日本の全体の利益ではないという判断に立ちまして、このような処理をお願いしておるようなわけでございます。
○野々山一三君 ちょっと角度を変えて、もう一回お伺いいたしますが、ドイツが日本とやや似たような方法で支払ったということをいつも説明されるわけですが、オーストリア、南鮮にアメリカが援助を渡したでしょう。日本と同じように、第二次世界大戦の結果としてああいうことになった。そうして援助を渡される。これに対して、同じようにやはり援助とクレジットと二つに分けてものを始末しておりますけれども、オーストリアに対しては、あるいは南鮮に対しては、これを援助は贈与とするということをきめたのです。今あなたの心配されるように、日本がこの金を払わぬと今後の対米関係における信用関係など外交的にまずいことになるから、この際ひとつ頼みます、払うことを承認して下さい、これがあなたの言い分です。一体オーストリアとアメリカとの間に外交的にえらい損傷がありますか。 さらに、私は伺いたいのでありますが、二十七年でありますか、三千六十五億という見返資金の額ですね、けさほど大蔵大臣から言われた額、この額の三分の一、一千億円を三十年年賦で払うようにしてくれ、しかもこれについては見返資金の運用利息と元本の回収合計額の範囲でやれるようにしてくれ、そうして、しかも円で払うようにしてくれ、あるいは域外買付でやってくれるようにしてくれ、こういう注文をつけた。それから見ますと、今度の四億九千万ドル、二千百何億というものはそれに比べて非常な後退です。その当時日本がアメリカに対して一千億ぐらいでひとつかんべんをしてくれといったことは、一体どういう論拠ですか。論拠があったから言ったんで、結局今日では負けてしまったというようにみれるわけですが、そういうふうに理解していいんですか。 この二つについてお伺いいたします。
○国務大臣(大平正芳君) オーストリアとかあるいは韓国は、いわゆる敵国からの分離地域でありまして、前にこの二国とどこが違うのだという議論のときにいろいろ説明があったかと思うのです。そういう法理論はさておきまして、私は、まあこれは大平がそういうことを言うたということになりますと、またおしかりを受けるかもしれませんけれども、私の気持としては、むしろ日本に対してアメリカがあきらめないで、そしてともかくこういう合意に達したということは、他の国々に対するより日本に対する評価が高いということをむしろ考えていただきたいと思うのでございます。私どもが対米外交をする上におきましても、まあ金額は少ないほうがいい、できたらまけてくれたほうがいいというようなことでは、なかなか私は権威ある主張はできないと思うのでありまして、私どもの国民経済が耐えられる範囲内におきまして、懸案はきちっと民族の名誉のために処理させていただくという前提がなければ、なかなか自主的な外交を展開して参るということは私非常に困難だと思うのでございまして、そういったことも御了解いただければ非常にしあわせだと思います。
○野々山一三君 この種の金で——金というか、物資のやりとりの上で、日本がまるっきり、まあ特に終戦処理費だとか、あるいは輸出関係でまるっきり日本が対等に、損もしておらぬ、得もしておらぬ、対等の貿易をやっておった、やりとりをやっておった、そういう前提でこのガリオアやエロアというものだけを取り上げて、そうお前、いやらしいことを言わぬでもいいじゃないか、みみっちいことを言わぬでもいいじゃないかというような気持があなたにはあるのだけれども、私はその前提がいかぬ。これはあとでまた質問いたしますけれども、ポツダム宣言による日本の負担すべき終戦処理費というものは幾らだったのでしょう、お答え下さい。
○国務大臣(田中角榮君) 五千百六十八億、平和条約において認めたわけであります。
○野々山一三君 ドルに換算して幾らですか。
○国務大臣(田中角榮君) 当時の軍票換算率で換算すれば約五十四億ドルになります。
○野々山一三君 終戦処理費で負担するのは四十七億ドルと違いますか。
○国務大臣(田中角榮君) 軍票換算率で換算すれば約五十四億ドルであります。
○野々山一三君 もう一点だけこの点で聞きたいのですけれども、同じようにオーストリアに対して援助をした。おわかりですか、私の言おうとしていること。それをまあクレジットの分は別として、援助分は全部贈与としてアメリカとオーストリアの間は処理をしましたね。ところが、日本の援助というものだけは、まあ援助額から幾らか差し引いたじゃないかというのがあなた方の言い分かもしれぬけれども、同じようなことがアメリカと日本との間で、同じ相手でもってできないということは、国民としてはこれはなかなか納得しませんよ。それをまあ日本は大国なんで、大国並みに扱ってくれ、こういうのがあなたの言い分ですが、そこで話を少し進めて、この間総理大臣が本会議で、非常に価値のあるものを日本がもらって、そうして日本は得したものがある、こういうことだから、何もそうこれで支払ったって損はない、抽象的にいえばそういうことを言われたんですが、私は、日本がガリオア・エロア援助に対して、貿易資金特別会計の資金操作によって、たとえばセメントならばトン当たり十六ドルのものを三十二ドルで向こうではおろしている。十六ドルで日本から買い取って、向こうでおろしている。もっと極端なものは、注射の液を突っ込む筒、注射液を入れるびんですね、これは二十四セントで日本から買い取って、向こうで二ドル、約十倍です。これだけのものを国民がつまり安い値で買い取られて、向こうの業者はこれだけもうけている、こういう理屈になりますね。そうなるでしょう。これはいかがですか。
○国務大臣(田中角榮君) それは日本の国内でもって買い付けられた輸出品というものが、当時の価格より不当に安く買いたたかれたという事実があれば別でありますが、当時日本の価格としては相当な価格をもって輸出をいたしておりますから、そういう意味では、アメリカ国内で十倍に売られようが二十倍に売られようが、その問題としては全然別であります。現在でもアメリカでもって輸入せられるものが非常に安く、アメリカでは、前段の問題でもって、国内でもって買い入れられた値段の倍以上で売られている。これは今でもアメリカ国内でもって買い上げる品物の倍以上の売り値になっているもの、これは倍、三倍、四倍とたくさんございます。工業薬品等十倍でさばかれているものもありますし、日本に輸入されている事務機械などは、西独における約十何倍で日本の国内において取引せられておりますから、これはそういう問題とは別だと思うのでして、日本で買い上げられたときの値段が不当に安いか安くないかという問題だけが残るのではないかと思います。
○野々山一三君 その種のものに対して補給しているんでしょう。補給金を出しているんでしょう。出していないならあなたの答弁で納得するけれども、出しているんでしょう。だれでもいいから、お答え願います。
○政府委員(稲益繁君) 午前中にも申し上げましたように、当時の貿易は貿易資金特別会計で行なった。そのために、貿易資金のからくりを申し上げますと、輸出は当時のマル公で買い上げまして、それで輸出している。これは貿易資金から対価の円を払っておるわけです。それから、輸入は当時のマル公で安く食糧その他の品物を国内に売る、こういうことでありまして、いわゆる貿易資金特別会計がどんぶり勘定になっておるということから、その中ではそういう価格操作が行なわれたであろうということを推定するだけであります。
○大矢正君 関連。私は、内容は知っているからこういう顧問はしたくないけれども、大臣の答弁がどうも気に食わないから、この際一言言っておきたい。あなたの今の答弁からいくと、当時日本の政府がかりに業者からそれぞれの品物を買い上げた、その買い上げた当時のたとえば原価なりある特定の利潤といいますか、そういうものを見込んだもので、そのままアメリカに売られたようなそういうように解釈される。これはとんでもない間違いです。そうじゃないんでしょう。たとえば日本の工場で品物が生産された、その原価を全部見積もってきて、それを大体勘案してアメリカに売ったというものではなく、そういうものではなくて、品物は持ってくる、工場なら工場から買い上げる、買い上げたものはある特定の値段で、アメリカとの話し合いで特定の値段でアメリカに売られる、それが実際生産コストよりも結局は安く売られているから生産コストの不足の部分は補給金として金が出されているわけでしょう。そうじゃないんですか。
○国務大臣(田中角榮君) ちょっと御質問の趣旨がわかりかねるのですが、日本から不当に安く買ったわけではないのです。日本人が売る値段で貿易資金特別会計が買っているわけです。日本人から買ったものよりも安い値段でアメリカに売ったのじゃありません。アメリカから輸入したものをある程度安い値段で国民に払い下げた、その差額を貿易資金勘定の中の利益金で操作をしているということであって、話は逆だと思います。
○大矢正君 そうすると、品物を輸出した場合には、その貿易資金特別会計からは補給金的性格の金は出ていないということになるわけですか。
○政府委員(稲益繁君) 先ほどの説明は言葉が足りなかったのかもしれませんが、要するに、輸入物資を当時のマル公で払い下げ、輸出する物資を当時のマル公で買い上げるということを、貿易資金特別会計はやったわけであります。そこに、輸入物資の中に商業物資と援助物資とありまして、その援助物資、商業物資の売り払い勘定も全部どんぶり勘定で貿易資金特別会計に入っている。そういうことで操作されておりますので、どれにどういうふうに補給金を出したかという算定はいたしかねる、かように申し上げているわけであります。
○大矢正君 私が聞いているのは、一つの品物にどれだけ出したかということまで詳細に聞いているのじゃない。総体として貿易資金特別会計の中で輸出に対する補給金的なものは一銭もなかったのかと、こう聞いているのです。
○政府委員(稲益繁君) 先ほどから申し上げますように、輸出について出ておるか出ておらないかということは、これは何とも算定のしようがないわけなんです。おおむね輸入物資を安く払い下げた、そういうところに回っているということは、これはかりにそのときの外貨で円額を算定しますと、輸入品がたとえば一ドル八十円見当の為替レートに今から推算すればなる、輸出品は百四十何円という為替レートになるというようなことをもって、かりにどこに補給的なことが行なわれているかということを推定するといたしますれば、むしろ輸入品の払い下げのほうに補給金が行っているんじゃないか、かようにしか推定できないわけです。
○成瀬幡治君 関連。ちょっと大蔵大臣の答弁に私はこだわるわけですが、貿易を向こうで管理しておりましたですね。そこで、バイヤーなら、あなたが言うように損しないで向こうがもうけたということはわかるわけですが、一体当時の貿易のやり方なんですが、軍政府が買って、そうして業者との間で、アメリカから来ているバイヤーとそれに日本の業者とが話し合って、それで占領軍がこれこれとこういってきめたものか。どういうふうにそのときの商契約を結んでしたのか、その間の事情はわかりましょうか。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほどから申し上げますように、いろいろな問題は、その後米軍が遺留したものや日銀の窓口にあったものでようやく集計いたしましたということを申し上げている。アメリカ軍がやっておったときの話はいろいろ伝え聞いてもおりますし、関係者もおりますが、主管者はやっぱり占領軍でありましたのでつまびらかにいたしませんので、これははっきり申し上げておきますが、しかしつまびらかにしないならば、日本の品物を安く買って、安く買わなくても普通の値段で買って、それをより安くアメリカに輸出した輸出差の補給金を出しておらぬかと、こういうよりも、私のほうは輸出差の補給金を出しておらないで、国内でアメリカから来た高い品物を国民により安くしてその差額の補給金は出しておりますが、輸出補給金は出しておりませんでしょうということを言っているのです。なぜならば、これは結果から見ると、大体そういうことが推定できるのです。 その貿易特別会計というものが相当の資金をもって始めたものかというと、先ほど申し上げたとおり、昭和二十年にこの特別会計が始まったときには五千万でもって始まったのです。そしてドルはゼロだと、こういうところから始まりまして、昭和二十四年に政府が引き継ぎましたとき、ドルは二億ドル残っておった。それから一般会計でもってまん中の部分を清算してきて、一般会計に引き継いで全部清算したら百六十二億残った。そのほか、なお昭和二十四年から二十八年までのものが三千六十五億ドル残っておる。こういう勘定からいきますと、それはアメリカからとにかくまあ十九億ドルぐらいのものが来たんだなということは推定もできますし、少なくとも輸出補給金が出ておらないから残金が残っておるということは推定はできるわけですが、内容はこまかく御説明するような段階でない、こういうことを申し上げておるわけです。
○大矢正君 それじゃ、輸入補給金は一体幾らですか。
○国務大臣(田中角榮君) それは先ほど通産省と永末さんとの間にさんざん御論議がありましたが、その内訳につきましてはつまびらかにいたしませんと、こういうことを言っているわけです。
○大矢正君 輸入補給金ですらわからないのに、輸出補給金のわかるはずがないでしょう。そういう金が出ているとか出ていないとか、それは理論的にいえば、あなたの言うことは、為替レートがないの、だからという理屈は成り立つ。あなたの言う理屈は、為替レートがないのだから換算のしようがないから、幾らで買って幾らで売ったということはわからないかもしれない。そのとおりかもしれないが、しかし品物を、かりにミシンならミシン、カメラならカメラを受け取った場合には、それに対して、その工場なり会社なりに対して金は出しているんでしょう。その金はどのくらいですか。
○国務大臣(田中角榮君) それは貿易特別会計の中で払って、正当な対価を払われておるということであります。
○大矢正君 正当な対価じゃない。幾ら出しておるかと聞いておるのです。
○国務大臣(田中角榮君) 政府委員から答弁させます。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。当時輸入物資につきまして補給金という制度は、貿易特別会計で出ましたものに対しては輸入補給金というのは、今御答弁にありましたようにございません。したがって、この補給金がおのおのの物資に幾ら入ったかということを計算するということはできない次第でございます。しかしながら、こちらといたしまして、まあいろいろ資料がございませんのでまことに恐縮なんでございますが、二十四年二月の例といたしまして、貿易庁より農林省に売却いたしました小麦が大体一石当たり二千二百二十四円で売っております。これに見合いますドル建て価格は、日本側に明示されておりませんので、総額を算定いたしましたとき、通産省が採用いたしましたCIF価格の一ロングトン当たり百一ドルを取って計算いたしますと、一石十三ドル六十三セントという計算が出ております。これを円とドルとの比率を出しますと、一ドル当たり百六十二円七十七銭と相なる次第であります。これは当時三百六十円のレートがないので差額はどうかということは正確に申し上げられませんが、三百六十円と比較いたしますと、二百円程度のものが小麦については安く売ったということになっておるわけでございます。これが正確な意味の補給金ということではないわけでございます。
○野々山一三君 今の私が言いたいのは、輸出されたものが、その国の対等適正価格でなかったのではないか。日本側の出すものは、日本の価格で買い取って、向こうでは向こうの価格で売られておるのだ。だから、別に補給をしているわけじゃないと言いたいわけでしょう。私の言いたいのは、それからさらに突っ込んで、一体日本から二十八セントくらいで入ったものを二ドルにしておろしているわけです。つまり約十倍の利益をアメリカ国民は得ておる。この間に非常な日本からの収奪が行なわれておるのではないかという理解を私はするわけです。その点の考え方はいかがですか。
○国務大臣(田中角榮君) これは占領軍がやっておったのですから、そんなに十倍にも高く売れるならば、もっと高く売って日本の貿易特別会計の中に入れてくれればもっと金が残っておるという議論になるわけでありまして、それはあなたのような議論も一般論としては当然起きる問題とは思いますが、しかし、これは貿易の問題は、今でもそういうことは十分行なわれているのであって、先ほども申し上げましたとおり、西ドイツから入っている事務機などは十倍、二十倍ということで売られているものもありますし、また買付価格のおおむね外に出るものは倍から三倍であります。日本の雑貨等も今アメリカの市場に出ておるものは三倍、四倍の価格で出ておるのでありますから、たいていの品物等は大体十倍くらいで売られておると巷間言っておるが、不当であるというようなことにはならぬと思います。
○野々山一三君 今でもとおっしゃるが、今はそれぞれの国と対等条件でやっておりますから、今を直ちに僕の質問と比較されても実は困るのです。占領下という、特殊事情という、準禁治産者にされておる日本から、非常な強い占領命令という絶対的なものでもって収奪をしていっている。その結果が、アメリカの業者なり国民がそれによって非常な、幾らというふうには言えないかもしれませんけれども、利益を得ているのではないか。このことは言えるでしょう。いかがですか。
○国務大臣(田中角榮君) これはちょっと野々山さんと観点が違うように思っておそれ入るかもしれませんが、率直に申し上げますと、日本の当時の状態で占領軍がおらなかった場合、正常な貿易でもって日本人が食っていけたかという問題もあるわけです。当時の状況としては、日本が自由な立場で貿易をして今日の繁栄を築き得たかというと、非常に疑問であります。あの当時でさえ、占領軍が中に入って、私たちも第一次吉田内閣からずっと見ておりまして、生糸とお茶だけしがなかったのです。これが横浜埠頭にうずたかく積まれて引き取り手がなかったという事実もありますし、これをサンフランシスコの埠頭に持っていったとき、二ヵ月間も格納してもらえなかったという状況が現実にあるのでありますし、日本は当時手持ち外貨はほとんどゼロに近いような状態でもあり、敵産として海外にあった財産は銀行に押えられておった当時から考えますと、いろんな議論の存するところでありますが、結果的には、アメリカが駐留をして、貿易やいろんな管理の形態はとりましたが、少なくとも一般の歴史に見る敗戦国の立ち上がっていくよりは、より合理的にというか、結果的には日本の経済発展に相当寄与をしたという事実だけは、やはり歴史の上でも認めなければいかぬだろう、こういう問題で、今の個々のケースの問題とどういうふうにわれわれの考えの中でバランスするかという問題だと思います。
○野々山一三君 当時日本にコマーシャル・ベースとして出たり入ったりという関係を見てみますと、大ざっぱに見て、八割くらい出て二割くらい入ってくるということですから、特にアメリカに対して、なるほどあなたのおっしゃるように、議論になって恐縮なんですが、議論するつもりはないですが、念を押すために聞くのですが、向こうへ出るのは非常に多い、こっちに入ってくるものはわずか、あとは援助という格好のものが多いということで、あなたのおっしゃるような日本の経済に寄与したことがあるからそれを認めろ、こうおっしゃる。出るというコマーシャルの関係からいけばという見方をすれば、八割までが当時アメリカへ行っている。そうしてしかもその八割までが、ここにドルの場合九品目くらいありますけれども、三倍以下のものが一つもないのですよ。八倍、九倍という値段で向こうでは売られておる。こっちでは九分の一か四分の一くらいの値段で買い取られていっておる。これが占領下における輸出関係として規制をされた状態をもって売られておるから、気持の上で相当向こうに、形には数字にはなっていないかもしれぬけれども、もうけられておる。それだけアメリカ国民が利益を得ておるのではないか。そこで、そういうまず理解を一つ立てる。 それから、第二番目に、もう一回もとに戻りますけれども、オーストリアや朝鮮、朝鮮に例をとるなんてとおっしゃらないで、互格な条件でお話をいたしましょう。そこは相当同じ条件で、支払い条件をあとできめますという条件で受け取った、オーストリアは。その後オーストリアは、援助はこれは全部贈与とするという決定をとっておる。日本人だけはそうやって、片方では今申し上げておるような収奪を受け、片方では四億九千万ドル払わなければならぬ。けれども、外交的にしようがない、まあこの際払ってくれと、こういうのがあなた方の考え方のようでございますけれども、オーストリアとの比較から見て、まあいろいろな理屈を言わぬでとにかく払ってくれ、こういうのがあなた方の考え方なのか、そこを確認したい。 それから、もう一つ。あなたは部分的に答弁をそらすから、もう一ぺん申し上げておくのだけれども、日本が二十六年以降二十七年ですか、ガリオア・エロアの支払いに対して向こうから交渉を申し入れられ、交渉を何回か持って、そのいずれも私の知る限りの記録では、もうアメリカ局長が何べんも言っておるので今日ではわかっておりますけれども、渡すときから支払い条件はあとできめるということもあるのだから、もともと債務と心得る、こういうことを山ほど言っちゃっといて、そうして交渉に臨んだら、それは銭は取られるということになるのが常識ですよ。あなた方の外交、この問題に対する交渉の態度というものは、結局初めから、よその国では、オーストリアが二十六年ですか二十七年だかに贈与に切りかえられております。そういうものが片方に例題があるのにかかわらず、日本は債務と心得る、そういう座敷をきめておいてから話に乗せるから、取られることはさまっておる。そこが今までさんざん議論された金を払うのが正しいとか正しくないとかという以前の問題として、私はあなた方が国民に対して、私らは初めからこれは払うのだときめてきたからこれをかんべんしてくれと正直におっしゃいますか。そこをお伺いいたします。
○国務大臣(田中角榮君) 私も、せっかくの野々山さんの御発言でありますから、国民各位に対しての政府のはっきりした態度をひとつ申し上げておきたいと思います。これはもう何とかしてずるずるべったりに払うというような考えでは絶対にありません。先ほど申されたように、ヘーグの陸戦条約によってということでありますから、これはさっきからも事務当局から話しておりますように、無償とは書いてありません。無償ということは捕虜等の、自由を奪っている、拘束をしておる人たちに対する食料品その他は当然無償であるというものを除いては、無償と書いてありませんから有償ですという議論は、私から言わせればそんなことが議論になるとは思いません。 私は、精神というものがどういうところから出てきているか、世界歴史から見れば、いわゆる占領するという、被占領国民の自由を奪っているという場合には、やはり戦勝国者としての傲慢さ、思い上がったこういうものでもって、略奪があったり、われわれは憲法に優先するのだという考え方、大体被占領国民の自由を奪う方向にいますから、こういうものに対しては、精神的にすべからく勝者といえども敗者の身になって、いわゆる人間的な立場で遇しなければならない。しかも、できるだけその国の歴史や伝統や組織を重んじなければならないという、こういう訓示的な、人類が当然考えなければならぬ一つの悲願をここに表わしたものであって、私はヘーグの陸戦法規というものは、これはなかなかいいものであり、また当然これは適用されるべきものだと思っております。しかし、ヘ−グの陸戦法規にあるような状態で、被占領国に対してアメリカが占領目的遂行のために当然の義務としてやった行為が、ガリオア・エロアもこれに含まれるであろう。一体含まれないものは何か、こういうことに第二段にはなるわけであります。私はその意味においては、ヘーグ条約の、無償であると書いてありませんから、これは当然だということはない。アメリカは結局日本に対して、これはアメリカだけが占領したのではない。極東委員会を作って戦勝国が多数国家の連合体として日本を占領しておったわけです。ただ、占領軍最高司令官がアメリカ人であったというのにすぎないと思う。だから、われわれが議論するときには、日本が戦争した六十四カ国の相手国というものが日本を占領しておったという、合議体を対象としてものを考える場合に、敗戦国日本がその合議体に対して、どういう責めを負わなければならぬかということを、ずっと過去の例から考えると、戦勝国に対しては賠償義務を負うというような問題が、第一次世界大戦までは歴史の示すとおりであり、日本がかつて戦勝国に立った場合には、日本が取り上げ側に回っておって、仮借なく取り上げておったわけであります。そういうことをずっと積み重ねて参りまして、日本が時と所を変えて敗者の立場になって、占領されている。 そのときに、一方においては五十四億ドルというような占領費の負担もいたしましたが、これは後の平和条約で請求権放棄をするという国際法上の協定によってやっているわけですが、そのときにアメリカはこのガリオア・エロアの問題については放棄をしない。放棄宣言をしておりませんのみならず、逆にこの問題はいつの日にか両国の間でもって支払い条件、金額その他をきめようということを向こうが言っております。同時に、一方的にそれを押しつけられたのじゃなくて、日本の政府もアメリカに対して、特に物を持てるアメリカに対して日本の実情を訴えております。歴代内閣は、いろいろな立場で援助の救援を頼んでいるという事実があります。向こうが一方的に放棄をしないときに、日本がこれを放棄要求をしたかとか、それから払わないでいいでしょうとか念を押すことは、当時の日本としては——確かに押せればよかったかもわかりませんが、二十六年ですかのサンフランシスコ平和条約ではそこまでいかない。まあ賠償免除という問題もあったし、いろんな問題もあるでしょうから、それは将来払い得る状態において両国が合意に達したときに払うということを考えたことは、けだしこれは非常にスムーズなものの考え方だと思う。 その後になって、今度朝鮮やなんかは放棄をされているじゃないか、日本と西ドイツだけは逆に払うことにきめているじゃないかということも、すなおに状況を見ますと、イタリアやなんかは一ぺん参戦をしたけれども、連合国側に最後はついたし、日本とドイツはあくまでも無条件降服のぎりぎり一ぱいまでいったからということも一つの理屈であろうとは思いますが、それが直ちにガリオア・エロアの返済協定というものにそのまま援用をさるべき問題じゃないと思うのです。これはちょうど朝鮮やなんかに対して放棄をされたときが昭和二十七年くらいなんです。そうしますと、結局二十七年当時に南朝鮮やオーストリアが、日本や西ドイツのように払い得るような強い経済力を持っているときになれば、これは放棄宣言というものは行なわれなかったと思うのです。私はその意味において、日本や西ドイツというものが、ある程度日本の国力も充実をいたしておりますし、あらためてお互いが協定をして合意に達し得る限界があったなら、これは外交の協定として支払い条件をきめようと、アメリカはその時期まで待っておったわけであります。だから、私はこまかい議論になるかわかりませんが、南朝鮮やオーストリアに対して放棄されたものは、同じガリオア・エロアであっても、アメリカの政府でやっておる対外援助というような大きなワクの中で、同じようなケースでもって、南朝鮮やオーストリアはそういうニュアンスでやられたものである。日本は、少なくとも対外援助を受けるような社会的状態に日本も西ドイツもなかったということで、両方が合意に達したから四億九千万ドルは払おう、こういうふうになったのだと。私は段階を追って素直にものを考えていくと、少なくとも四億九千万ドルを十五カ年間の年賦で日本が払い、しかも使途に対しては日米の話し合いでもってやれるというような事実を考えたときに、やはり日本は素直に債務として協定を実行することが一番正しいということを考えておるわけであります。
○野々山一三君 少し、今のあなたの答弁、筋はわかりますけれども、少し違っておる。オーストリアの放棄というのは、抹消は一九四五年から平和条約締結までの間の三年間に抹消するということになっておる。したがって、今あなたの答弁の焦点は、日本の年数にして二十七、八年ごろ、つまり五十二、三年ごろ、こういう状態に起こったものとしての過程の朝鮮の例をオーストリアにくっつけちまった。それは少し暴言だ。一九四五年以降平和条約締結までというのですから、たしかあれは五五年ですか、オーストリアはその間の十年間というもの、同じ法律で、アメリカは同じ法律で援助をしておったわけです。同じ状態において占領しておった、全く同じ状態において物資を送っておったわけです。それを違うものみたいにして答弁してしまわれたんじゃ困る。同じでしょう。
○国務大臣(田中角榮君) 同じです。
○野々山一三君 同じだったら、その同じものを、私は議論みたいになるけれども、はっきり答えてもらえればけっこうです。全く同じ性質の援助が日本とオーストリアに行なわれた。いかにも行なわれておったが、オーストリアではこれを平和条約の際に抹消することになった。日本とドイツだけは払わなければならぬことになった。それだけ二千億有余というものは、国民の得ておったものであるはずのものを、日本政府はアメリカに向けてこれから十五年間払うのだ、こういうことでいいですね。
○国務大臣(田中角榮君) 同じ予算項目から出ておったものであっても、代金の決済方法にとりましては、アメリカ側は南朝鮮とオーストリアに関しては支払い能力がない、ないだけじゃなく逆にもっとつぎ込まなければならない、こういう認識に立ったのでありましょう、放棄をしたわけであります。日本と西ドイツに対しては、戦後十年間もたっておって、経済状態の復活の状態も考えてみて、日本と西ドイツにおいては全額払えるというのではないけれども、両国が将来の親善ということを目標にしながら合意に達し得る数字があるならば、しかもその条件がそろうならば、これを国際協定として両国の間に結びつけようというような考え方に両方ともなって、両国が合意に達してから、日本は四億九千万ドル、西ドイツは十億ドル、こういうふうにきめたのですが、南朝鮮に対してやオーストリアに対して日本と西ドイツと異なった代金決済方法をとる、一方的に放棄し、したということは事実であっても、それと同じ方法を日本と西ドイツにとられなかったから、それはよろしくないという議論にはならないと思うのです。これは国力の相違ということになるかわかりません。
○野々山一三君 そこまで来れば見解の相違ですから、私も念を押して次に進みますけれども、オーストリアに対しては、僕の知り得た記録によれば、片一方はクレジットと援助を二つに分けて、援助分はこれは贈与とする、そしてその贈与に対する債権関係はこれを抹消する、こういう手続なんです。朝鮮のほうは、これは国力の差だと私は認めます。朝鮮のほうはこれを放棄するという見方をしておる。日本語で、片方は抹消する、片方は放棄する。この言葉のニュアンスというものは、私はやはりあなたの言う国力関係であると思うのです。片一方は抹消するという取り扱いができたのは理由は何かということで、理由をもう一ぺん確かめてみますと、ソ連というものは、四カ国占領という状態にあって、片方のオーストリアは。日本はアメリカが指導的な立場で占領しておった。そこで、対ソ関係における政策上、これはとやかく言わなくて抹消する、この二つの理由があった。そうすると、これはやはり国力というよりは、力に違いないけれども、いわゆる外交態度という問題に私は尽きる。 そこで、政府の先ほどの話じゃないけれども、初めからこれは払うものと心得ています、債務と心得ていますという態度で交渉し、しかも日本がまあだからしようがないのだ、これだけで四億九千万ドルというものをこれから払うのだということになる。私はそういう態度にしかあなた方の答弁は聞こえない。もう一ぺん念のために聞いておきますけれども、今言ったとおりでいいかどうかということを聞いておきます。
○国務大臣(田中角榮君) あなたのお考えは十分了解できるわけでありますが、ただ、こっちは初めから払うつもりだったから払うのだということではなく、もう品物はずっと先にこちらが得ておるのでありますし、それがわれわれの生活に寄与しておるところも甚大でありますし、なお、その積み立てられた円も特別会計として現在運用しておるのでありますし、しかし、向こうが要らないというものをもらって下さいというわけじゃない。できれば私たちも、二千億もあれば何でもできるのでありますから、何としても少ないにこしたことはないのでありますが、これは日本国民同士で少ないにこしたことはないのだ、まけてもらいたいということだけは、事外交に関しては言えないと思うのです。私はやはり相手国が、スキャッピンによっても明らかにしておりまするし、この中でマッカーサー元帥がアメリカの予算の中から支出をせられるものに対しては、明らかにこれは有償である。事実、読んでみると、いやな言葉が書いてある。日本人の財産はすべて第一次担保になるのです、という言葉は、当時は当然これを読めば、言いたくないことですが、日本に対する賠償ということを暗ににおわして、実にいやな言葉があるのです。こういうことさえも何回も何回も証言をしておる事実に徴して、その後そういうものは平和条約ですっかり片がついてしまって、最後にいい時期に来たら日本との間にやろうじゃありませんか。日本も、いや、もういい時期とはいいませんが、皆さんがそう言われますならば、ひとつきめましょう。しかし、お互いが合意をする範囲でやってもらいたい。こういうことで、まあ日本が不服であったのは、そういう泣き声を出すことはないと思いますが、いずれにしても両方でもって、十九億、十七億というものを積み上げて、四億九千万ドルの、しかも十五カ年だということまで言って、向こうが応諾をするという以上、これを払わぬでいいというような考え方まで考えることは、理論が飛躍をするというふうに考えざるを得ないわけであります。
○野々山一三君 これはまあ払わぬでもいいという、ただ向こうが折れてきているから払わぬでもいいということはないじゃないかという答弁じゃ、全然納得しません。根本の外交態度ですが、これはいつまでたっても切りがないので、次に進めますけれども、対日援助といわれたものは一体何か。これも質問をこれから進めていくために、もう一ぺんしろうとの質問として、対日援助としてやられたものは一体何か。私が聞きたいのは、特にビーコフの問題。
○国務大臣(田中角榮君) 対日援助として今度の協定でもって片をつけようというものは、ガリオアがありますし、その後にQM物資——QM物資とは米軍払い下げ物資、それからSIM物資——余剰報奨物資、この三つをあわせて日米間の協定を行なって、対米債務として御審議を願っておるわけであります。
○野々山一三君 ビーコフはアメリカの対日援助という前提で答弁されたようですが、そうでなくて、広い意味の対日援助という中にビーコフが入っておるかどうか。
○国務大臣(田中角榮君) ビーコフは、援助物資というよりも貿易物資として、日本側もこれを受け入れ、支払いも行なったわけでございます。
○野々山一三君 もう支払っちゃったんだけれども、支払っちゃったからあなたはそういう理屈をつけておるのだけれども、入ったときに、それはもう初めからコマーシャール・ベースのものであるという書きつけがあったのですか。それは事務当局でけっこうです。
○政府委員(中川融君) ビーコフ物資につきましては、これは当初の指令におきまして、売却のためにオファーするということであったわけでありますけれども、そのオファーに基づきまして日本側が受け取りました。受け取った際にその売却契約ができた、かように考えておるのでございます。したがって、当初からこれはいわゆる売却関係であり、売買関係でありまして、ただいま大蔵大臣の言われました貿易物資として受け取ったというのはそういう意味で申されたのだと思います。そういうのが当初からのこの法律関係でございます。
○野々山一三君 それじゃ、商業ベースによって売却したというのですけれども、その根拠は何かありますか。それはどこなんですか。あとでくっつけた理屈と違いますか。根拠があったら正確に。
○政府委員(中川融君) 一九四七年三月十四日付に司令部から覚書が来ておりまして、これによりまして、英連邦軍の物資、いわゆるビーコフ物資を売却する、そうしてそれについてこの英連邦軍司令官と日本の貿易庁との間で話し合いをすることができる、そういう権限を与えるという指令が出ておるのでありまして、それに基づきましてこの個々の物資の受け渡しが行なわれた、こういうことになっております。
○野々山一三君 向こうは売るということで、その取り扱いについては事務的にあとで話し合う、こういうことのメモがあった、こういうことですか。
○政府委員(中川融君) そういう趣旨の覚書でございます。
○野々山一三君 そうしたら、その金額は一体幾らですか。
○政府委員(中川融君) 八十五万七千八百九十九ポンドというのがその総計の金額でございます。
○野々山一三君 受け取った金額ですか、売却総額ですか、処理した決算額ですか。
○政府委員(中川融君) これは純債務額であります。
○大矢正君 関連。今の条約局長の答弁ですがね、実は衆議院でこの問題にちょっとひっかかりができて、私も参議院でこの点を明らかにしてくれということを言われているのです。私も多少このことを調べているのですが、今あなたが申し述べられた八十五万ポンドですか、それはあれですか、米軍から日本の貿易庁と英連邦軍、すなわちビーコフとが授権をされて、その商取引である、したがって当然これは貿易上の債務として払ってもらわなければならないという話し合いのもとに日本に渡された物資のすべての金額、すべての額を金で見積もったものですか、それともその中の部分ですか。
○政府委員(稲益繁君) ただいまのビーコフ物資の受け取り額でありますか、受け取り総額は八十七万千九百六十五ポンドであります。この中から控除されましたものが返還車両代及び調整額、それから返還車両の修理代、それから倉庫諸掛り、以上差し引きまして八十五万七千八百九十九ポンド、かようになっております。
○大矢正君 そこで、これは援助ではない、まあ俗に言われる無償援助ではない、当然日本が負わなければならない債務であるし、同時にまた、これは商業ベースによる取引であるということを最初から明確にされておるのだが、それじゃそのビーコフという援助物資に対して、日本は具体的にその品質や数量や内容等についてアメリカから授権をされた範囲においてイギリスに対してみずからの意思を表明することができたかどうかというこの点。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。ビーコフの受け取りに際しましては、当初包括価格というものがきめられておりまして、これは両者間で協議された標準価格のようなものでございますが、その間におきましてこの包括価格によりまして取引が行なわれて、それが廃されましたあとにおきましては、これは昭和二十五年六月三日より以後は、個々のケースにつきまして両者の間で価格交渉をして決定いたしまして、そうして引き取りに際しましては事前に現品を点検いたしますとか、それから不当にその価格が高いというように思われるときには値引きの交渉を行ないましたり、また、当方の申し入れにおきまして対英渡しの入札を行なうというようなことで、この辺の上におきまして売買と同様に処理して参りました。そして、したがいまして、こういうような売買の価格というものが、先ほどお話がありました調整額というようなものの中に、その価格の値引きとかなんとかいうものが含まれておる、こういう実情になっております。
○大矢正君 私の質問しているのは、あとからビーコフとそれから日本の貿易庁との間に話し合いができたか、やったかというような問題ではなくて、これを授権されて、こういう品物あるいは数量ということを最初に話し合うときに、日本側の意思というものを、この品物は要らないとか、この品物は工合が悪いとか、金額は幾らとかいうようなことを、そう言う権利があったかどうかということを聞いておる。あとから話し合いがあったとかどうとかいうことを聞いているのじゃない。
○説明員(池田久直君) そういう点につきまして、いろいろ悪いものとかなんとかいうことにつきましては、そういうことを言う権利はございました。
○大矢正君 権利はなかったのでしょう、当時は。あったの、なかったの。あなたの語尾がはっきりしない。あなたがなかったと言っているのだか、いやあったと言っておるのだか、わからない。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。権利はございました。したがいまして、価値のないものは、その価格としてゼロというようなことで、取り扱っております。
○大矢正君 そうすると、念を押しますが、衆議院ではこういう答弁になっておりますよ。今のその問題については授権はされておるけれども、日本の政府、日本の貿易庁はその内容について、これはいいとか悪いとか言う、そう言う権限はありませんでしたと、こう明確に答えている、衆議院では。そうすると、あなたの説明からいくと、そのとき権利があったのだ、また言ったのだと、いろいろな交渉の過程があるのだと、こうおっしゃる。だいぶ衆議院の答弁とここの答弁と違うのです。
○説明員(池田久直君) お答えいたします。権利と申します言葉が非常に法律的な言葉で悪かったかもわかりません。しかし、この権利というのは非常に大きな、広い意味におきます権利という意味におきましては、権利がなかったかと思います。ただ、これは価格をきめます場合におきまして、こちらの権利があったというふうに……。(笑声)
○野々山一三君 もう一ぺん念を押しますけれども、ものの選択には権利がなかったとはっきり言ったらいいと思うのですよ。選択そのものについては権利はなかった。しかし、つまり債務を決定するときには値引きのことやら、帳消しのことやらということで話をしたのだろう。そういうふうに理解していいのですか。はっきりそこをお答え願いたい。
○説明員(池田久直君) 今、お話しになられましたとおりでございます。
○野々山一三君 そうすると、これまたやっぱりコマーシャル・ベースでやったというけれども、押し売りされたという性質のものと同じだと考えていいですね。日本語を置きかえただけですから、それは言葉のあやでごまかさぬようにしてもらいたい。
○政府委員(中川融君) 衆議院段階での答弁は、おそらく私が大蔵委員会でいたしました答弁のことじゃないかと思いますから、補足的に御説明いたしたいと思いますが、そのときの御質問は、ビーコフ物資を受け取る際の価格を受取書に記載しろということが指令の中に入っておる、書いてある。その記載するにあたって、価格は一体日本が相談してきめたかどうかという御質問であったわけでございます。それに対しましては、指令にはその価格というものは英連邦軍司令官が計算するということが書いてあるわけであります。指令からいえば英連邦軍側が一方的にきめるようになっているけれども、実際の扱いは日本側と相談した上できめたもののようである。私は的確なことを記憶していませんでしたので、もののようであると言いましたが、その後通産省から補足的な説明がありまして、それは計算してやったのだ、相談してやったのだということの補足的説明があったわけであります。要するに、指令からいえば、英連邦軍司令官が計算を進めると書いてあるけれども、実際には日本側と相談して価格をきめた、こういうのが実際のそのときの取り扱いであったわけであります。
○大矢正君 関連。それは条約局長、米軍から日本の貿易庁とビーコフが授権をされて、ビーコフ物資に対する話し合いをした内容というのは、これは金額が高いからどうだとか、高過ぎるからまけろとか、そういう話をする権限が与えられていない。あるとすれば、どういう品物か一体あなたのほうから私のほうに売却してもらえるのだ、それから多少こういう品物は、これは不備でありますよ、こういうものは食べられませんよ、こういうものは着られませんよという程度の意思表明はできたかもしらぬけれども、金額が高い安いの意思表明はできなかったじゃありませんか。その点、どうですか。
○政府委員(中川融君) 先ほど通産側から御説明いたしましたとおり、十分その間にそういう機会があったということは事実でございます。
○野々山一三君 大蔵大臣、時間がないようですから、実は今の問題ももう少し聞きたいのですけれども、保留をしておきます。別の機会にまた聞きますけれども。 そこで、話の糸口の問題で少しだけ聞いておきたい。この四億九千万ドルをかりにあなたのほうの意見によって支払うということになった場合としてお伺いするわけでありますが、一九六二年にアメリカが後進国開発援助法を作りましたですね。それで、通常国会でこの産投会計法が流れたものだから非常に支障があるということで、大使から日本政府は多少苦言を言われたようですね。ということからいたしますと、アメリカにおける低開発諸国開発援助というこの法律を作るということと、この支払いというものが非常な関係があるように私は思われるのであります。非常に関係があるように思われます。そこで、この支払った金、支払うことになる金というものに対して日本側が交渉をしておるのかどうか、あるいはどういうところに使われようとしておるのかどうか、この点について、あなたでも外務大臣でもけっこうです。けさほどから議論されておりますけれども、はっきりしません。この使い方が、実は私は問題なんです。つまり、少しだけ補足しておきますけれども、この援助物資というものが日本に来るという状態におけるアメリカの状態というものは、ごく端的にいって、余剰農産物だとか、あるいは終戦という状態の上で、ある程度繊維品にしても何にしても余剰的なもの、そういうものが、しかも日本国民には、これを受け取って使うにあたっては、全部金の使い方の上で占領軍の指示を受けてやらなければならぬ。自由に使えなかった金です。その自由に使えなかった金を十七年たった今日払うという。今、日本でこれを払うときに、そういう非常に限定された条件のもとで送り込まれた品物です。この代金を払う。これには相当の日本の発言権があってしかるべきだというのが私の認識なんです。そこで、今申し上げたように、これを払うという場合にどういう交渉を持ったのか、どういう見通しがあるのかということを聞きたいのであります。 さらにまた、教育、文化交流のために二千五百万ドルですか、これだけは円で払うことに約束されている。この四億九千万ドルのうち二千五百万ドルだけは円で払うことができると約束できるなら、その払う当然もとのほうの四億九千万ドルについても交渉ができるはずだ、こういうふうな私は認識を持つ。そこで、これは認識論ではなくして、具体的にどういう話し合いがされたのか、どういうひも一をつけたのか、どういう態度で臨んだのかということを根本問題として伺いたいのであります。
○国務大臣(大平正芳君) 今、御指摘のように、四億九千万ドルの中で二千五百万ドルは日米間の教育、文化交流計画についてという交換公文があるわけでございます。それ以外につきましては、日本は今度の国会で承認を得て債務額を確定して先方に払うわけでございます。払った金をどう使うかということは、アメリカ政府の問題でございます。
○野々山一三君 二千五百万ドルというものは、これは使い方は当然協議して使うわけですね。そうすると、これはしろうとにひとつ、ここの中での話よりも、国民がすぐわかるように説明してくれたらいいと思う。四億九千万ドル払うのですよ。そのうち二千五百万ドルだけは円で払って、しかも使い方については話をする、あとのやつは全然向こうのお勝手です、こういうふうに今お答えになったわけですけれども、これはどうもやはり同じ全体の中で払うのに、あっちのほうが日本の意思をいれることができて、他の大半の金は意思をいれることができない、こういう紋切り型の話というものはなかなか納得しません。加えて、六十二年に通った援助法そのものは、大統領はこの金を使うためにこれこれという条件があるけれども、大統領に金を使う権限を許す、与えるということを言っているのですから、日本政府と大統領との間の話というものになるのであって、前のガリオア・エロアが債務性があるとかないとか、話はマッカーサーが言ったとか、アメリカ議会がどうとか、アメリカ議会がうるさいので、ゼスチャーを使わなければならぬという政治的背景があってああいうふうになったようだが、この問題は法律が通って大統領の権限にゆだねておる。それをあなたみたいに、もうそれは日本がやるんだから、どうせ取られるものだからやりっぱなしだ、こういうふうにやるには歴史があり過ぎるじゃないですか。片一方は余剰物資あるいは条件をつける、そしてこっちへよこしたものをしかも金でこれを払わねばならぬ。そういう金を払うのに、全然向こうにやりっぱなしということには、私は外交態度として納得できませんよ。これは外務大臣、ひとつ責任をもって、将来の外交態度になりますから、お伺いしたい。
○国務大臣(大平正芳君) 本来物事の筋道から申しまして、金を返した場合は、これは返すのだけれどもお前どう使うのかということは、本来物事の筋道ではない。しかし、今あなたのおっしゃったように、いろいろな歴史がある問題でございますし、日本はこれについて関心もあることは事実でございます。したがって、交換公文にもございますように、アメリカ政府は対外援助法を軸として、今から後進地域の開発援助をやりましょう。その場合、東アジアにつきましては日米間として協議しよう。つまりアメリカ政府がアメリカの議会から与えられた権限のもとにおいて支出をして参ります場合に、東アジアの問題につきましては日本側と協議するという約束をやってあるわけでございます。このことは今から私のほうの問題になるわけでございまして、私どもとしても十分の準備を整えて対米折衝をしようと思っております。しかし、これは金を返す場合の条件というものではございませんので、日米間の外交的な折衝の問題だと思います。
○野々山一三君 もう一ぺん、それは昔の話を引っぱり出さなければいけませんけれども、二十六年の米側からガリオア・エロアの返済方の申し入れがあったときには、日本側から幾ら幾らでどういうふうに払えるようにしてくれ、あるいは円で払えるようにしてくれというようにして、何べんも交渉しているわけです。これはもうこの委員会へ出された記録によっても、資料によっても全部明らかです。今いよいよ払うというときになって、これは向こう様のものですからそんなこと言えた義理ではありません、こういうことでは、これはいかにも——これは僕も議会に初めて出てきた、いかにもそれはなめた態度じゃありませんか。そんなことでは国民は自分の金、言い方は別にしても、なかなかそれは納得しませんよ。かつての歴史で、あなた方自民党政府は、アメリカに対して円で払うようにしてくれ、あるいは域外買付もやれるようにしてくれ、こういう注文をつけたじゃありませんか。今ここで国会を納得させるというために、このことはあなたは、構想でもいい、百歩譲って構想でもいい、明らかにする責任がありますよ。今までアメリカに対して言ってさておいて、今日本のこの国会にそのことが言えぬというはずはない。この点はやっぱりどうしてもあなたに聞かない限り、私は納得しませんよ。今までやっていないなら別ですよ。やっているじゃありませんか。いかがですか。
○国務大臣(大平正芳君) 今の御議論は、債務額が確定する場合に支払いの金額、方法、条件、そういったものをきめる段階の問題でございまして、まあこれがきまりましたという場合に、これがアメリカに返済されるわけでございまして、アメリカのほうでは議会からアメリカ政府が権限を与えられて、低開発国の開発援助に主として使おう、こういう態度をきめておるわけでございます。そういうことを前提にいたしまして、私どもとしては私どもが関心を持っている地域の開発につきまして御相談する、こういうことでございまして、当然の道行きを歩いているわけだと私どもは考えております。 問題は、今一体それじゃどういう地域に、どのような開発援助をするか、どういうプロジェクトに、どういう地域にやるかというようなことは、アメリカ政府におきまして、まず計画が立つだろうと思いますけれども、私どもといたしましても、対米折衝にあたりまして、できるだけわれわれの意向を、考慮を求めにゃなりませんので、そういった準備を整えて参らなければいかぬ、そう考えているわけです。
○野々山一三君 考え方の問題として、大蔵大臣にお伺いしますけれども、十五年間これから払っていくわけですけれども、しかも産投特別会計というものから払っていく。今の状態から見ますと、これから先二千億有余の金をこれから毎年引いて参ります。そこへ、開発銀行からのつまり納付金ですね、これはわずかに百三十億くらい、その余のものを含めたって百五十億くらいしか入らない。十八機関に対して産投法によって投資してきているもののうち、今配当金ともいうべき納付金というものがあるのはたった二機関であります。それで、あなたはこの間の答弁で、国債やなんかもう発行しません、こう言われました。 そこで、そのことはまたあとで聞くといたしまして、毎年幾らかの金が出ていく。これを円で払うということになれば、たとえば今繊維産業が非常な操業短縮をやっているじゃありませんか。仕事は余っている。こういった繊維産業に対する刺激を与えていくようなことで、繊維品で支払うということだってできるはずであります。あるいは船だってそうです。あとでまた海運当局に伺いますけれども、適正操業能力というものは大体百八十万トンくらいである。計画造船に充てられるものは、開発銀行から出る金は五十万総トン分くらいのめんどうを計画造船の中でこなしていく、自己資本分は三十億くらい、あとほとんどはこれは外資建造にたよらなければならぬようなことになるわけです。今実際造船産業は非常につらい状態にあるじゃありませんか。ところが、日本に対する注文は相当ある。支払い条件などいろいろなことがあるけれども、とにかくこれを、低開発諸国援助というものも含めて、かりに円で支払うというようなことになれば、日本の産業が潤ってくる度合いというものは、非常な——非常なというのはいけないけれども、相当程度の影響をもたらしてくるものだと。それが即産投会計法の意味じゃありませんか。そういう意味で、今まだおそくはないと私は思いますよ、大蔵大臣として、今日の繊維産業における、造船産業における、そういう現状をながめてみて、この金を払うとしてものを言うということは、一体不適当だと思いますか。私はその所見を伺いたい。
○国務大臣(田中角榮君) お答えいたします。 現在の日本の繊維産業や海運その他の産業が非常に重要な段階に立っておる、政府もこれに本腰を入れた施策を行なわなければならぬということに対しては、認識はあなたと同じでありますが、しかし、今、国会に提案をいたしております対米債務の支払い方法とこの問題を直接結びつけて考えるということは、妥当ではないと考えます。なぜかといいますと、これは対外的な問題でありまして、われわれもできるだけ円貨払いにしてもらいたいと、また十五年はできるだけ長期にしてもらいたい、二分五厘はもっと安いほうがいいだろうと、文化交流計画に使われる二千五百万ドルももっと大きくなくあったほうがいいと、また対外援助についても、日本とアメリカが自然にほんとうにその計画に基づいてやれるほうがいいということは、これは交渉の過程においていろいろのことをきっと政府はやったと思います。またやることは当然だと思いますが、しかし、その結果、四億九千万ドル、十五カ年、二分五厘の利息付、こういうことでございまして、協定はもう成立した。日本の状態だけではなく、アメリカとしても、十九億五千万ドルのものを四億九千万ドル、十五カ年に分けて、しかもその中で二千五百万ドルは日米文化交流に使いたいということでもって、これは一応払ってもらう。全額ドル払いでもってやってもらいたいのだが、とにかく協定が成立したところは、今、御審議を願っております産投を含めて、こういうような方法でもって、ひとつ妥結をして、国内法上は日本が払ってくれる、対米債務は一般会計の財源としてこれを組み入れて、米議会の承認を得て、対外援助法の中の資金としてこれを明らかに入れて、それで使います。使うものに対しては、両国は、東南アジアその他の経済事情や開発援助に対してはお互いに協力をしましょうと、こういうところまで合意に達している現在、あなたの言うとおりに——私も日本人なんですから、あなたと同じものの考え方はありますけれども、(笑声)これは事ここに及んで、もうひとつ、いろいろな問題もありますからというのではなく、この状態においては、この法律を通していただいて、それで協定の中に、双方が合意に達する場合、双方が協定の目的というような、東南アジアや低開発国の援助に対しても、共通の目的というものがあるのですから、そういう状態というものについては、お互いに協力をしようと言っているのでありますから、これは、現在審議の過程、それからこういうような条件でなければいかぬというような考えではなく、一応の両国が合意に達したものを、国会の議決を経て、しかる後に、それはいろいろな問題があったら、お互いの立場で、より有効に、合理的にものを解決するということは、当然日米間の親善関係からこれはでき得ることだと思いますが、今の段階において、この各種産業や開発銀行の状態とあわせて、大蔵大臣として、もう一ぺん交渉する意思はないかというようなことに対しては、やはり協定の原案どおり御承認を願いたいということ以外にはないと思います。
○野々山一三君 大蔵大臣にはまだ質問ありますけれども、何か予算委員会の関係があるようですから、保留をして、退席していただいてけっこうです。
○委員長(佐野廣君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(佐野廣君) 速記を起こして。
○野々山一三君 それでは、通産並びに外務省当局に、ちょっとお伺いしたいのですがね。今日の貿易、特に対米貿易の現状というものは、大体入超ですね。で、この入超の状態を打開して、そうしてさらに貿易収支、そのネックになっている大きなものはやはり船賃の問題、その船賃の問題を打開して、黒字に直していくということになりませんと、ドルで払っていくということを、例のガリオア・エロア支払いをドルで払っていくということになりますと、いよいよドルは今日のままでいけばあまり収支状態が好転しない。だから、先月と先々月は黒字になったというので、かねと太鼓で宣伝していらっしゃるけれども、それは別として、貿易収支の将来、さらには貿易構造を変えるということが、今必要な施策だと思います。それに対する政府側の貿易構造の将来の見通し、あるいは貿易外収支好転のための具体的な考え方というものを、最初にちょっと伺いたい。
○国務大臣(大平正芳君) これは御指摘のように、大体わが国の貿易構造は、先進国に対しては入超、それから低開発圏に対しては出超というような構造になっておりますので、国内の経済の高度化をはかりまして、先進国に対しまして貿易のバランスを打ち立てるような工合に持っていかなければならぬと、今御指摘のとおりでございます。それから、したがって、国内の経済の近代化ということにつきましては、今成長政策はそこに重心を置きまして、鋭意努力いたしているわけでございます。 低開発国の問題につきましては、第一次産品をできるだけ買ってあげなければ、先方も非常に外貨不足ですし、また第一次産品が世界的に価格の低落状況でございまして、今の低開発圏につきましては、尋常一様の手段ではなかなか貿易のバランスの回復ということはむずかしい状況であるわけでございます。したがって、最近特に高まっています経済協力とあわせまして、各先進国と協力し合って低開発圏に力をつけて、そうしてそこの生活水準並びに貿易水準を高めていくように持っていかなければならないということは、全く同感でございまして、そういう方向に私どもも鋭意努力いたしておるわけでございます。 で、貿易外の収支につきましても、今のかような現状から申しまして、非常な支払い超過になっているということはゆゆしい問題でございますが、しかし、これは短期的に見まして、急に国内の造船量を増して参るということからすぐ国際収支の改善を見ますよりは、むしろ造ること自体に伴う輸入原料の依存度から見まして、当面非常に苦しいことと思うのでございますけれども、政府の方針といたしましては、今御指摘のとおり、貿易外収支をバランスに導いて参りますようにあとう限りの努力を傾けまして、わが国の運航外船依存率というものを低めて参るという方向に施策を進めなければならぬと、それも全く御指摘のとおりでございまして、まあそういった問題が、今わが国の経済政策はもとより、経済外交の根本にある課題だと心得ております。
○野々山一三君 そこで、海運当局に伺いたいのでありますが、海運企業、海運造船合理化のための審議会がありますね。この審議会の答申は、この前お話がありました約九百七十万総トンですかね、十カ年間に船を造らなければいけない。ところが、今の現状では、この間のあなたの答弁は、成瀬委員に対する政府の答弁は、たしか本年度計画造船五十万総トンだったと思います。一方、審議会のほうは、本年度において七十万総トンくらいは造らなければいかぬ。そうしてまた、資金引き当てや、さらにこの合理化審議会が今計画造船を割り当てる企業が適正企業であるかどうかを審議しているそうですけれども、それに早く答えを出して、船を落とす、やらす仕事を落とす、こういうことをやられておるようですけれども、審議会の答申の計画造船本年度七十万総トンというものを五十万総トンに落として仕事をしておられるやに伺うのでありますが、なぜそういうことを言うのか。業界はこの審議会の答申というものを非常に楽しみにして、今日の造船産業の危機というものを打開するために、期待をしておる。その答申を無視しておるというふうにさえいわれておるのでありますが、それはどういう理由なのか。その今の外務大臣の答弁とあなた方の考え方との違いがどこにあるのかを伺いたいわけであります。
○政府委員(辻章男君) お答え申し上げます。 海運造船合理化審議会が、昨年、大体財政資金によりまするいわゆる計画造船を七十万程度というような答申のありましたことは事実でありまして、昨年、まあ運輸省としまして、そういうふうな答申を尊重いたしましていろいろと政府部内で折衝したのでございますが、財政的な事情もございますし、また財政資金を投入して造りまする船舶以外に、外資導入でございますとか、あるいは一般の市中の金融だけででき得るもののめどもつきましたので、本年度の、三十七年度の計画造船につきましては五十万総トンにした次第でございます。
○野々山一三君 この間成瀬委員の質問に、本年度開銀から二百億造船に対して融資を考えているということを、あなたは答弁されました。ところが、実情は、十七次造船に振り当てられる金が百二十億。十七次造船というのはもう事は済んでおる。本来済んでいなければならぬはずのところへ金が出ている。十八次造船に回るべき金というのは、国会では二百億融資する、こう言っておるのでありますけれども、実際はたった八十億しか融資できない関係にある。これはやはり言うならば、あなたが正直に申された、財政的に弱いので、市中銀行からの手当も受けて、四苦八帯して五十万総トンになるのだ、こういうことに今度は落ちているのであります。あなたは固く会で、ことしは二百億円というものを回す、そうしてまた今後もそういう規模で財政融資ができる、そうしてまた産投からいわゆる二千億有余というものを十五年間に払っていっても、資金的にはしようがない、こういう答弁をこの間成瀬委員にされたわけであります。食い違いが私にはあるように思います。もう一回念のために伺いたいのであります。 これは役所の操作というよりも、実際にその金で、開銀からの金で息をつないでいる業者の諸君、これらの諸君の正直なる訴えが、二百億金が来るというけれども、実際は八十億しか来ない、ごまかされているのだ。しかも、十七次造船は、もう設計は全部落ちてくるところもわかって、金が落ちるのは年度の初めじゃなくて、船が十月ごろになっているのに、十月ごろにならなければその金が落ちてこない。結局自分の力でやりくりをしなければ、こういう計画造船にありついて仕事がやっていけない、企業をつぶすわけにはいかぬ、従業員を寝かすわけにいかぬ、だからやっているというのが今日の現状です。それほど金が詰まっている。それを一体産投のほうから金を払うというところに私は納得ができない。この食い違いと、二つをもう一回お答えをお願いしたい。
○政府委員(辻章男君) 先日この大蔵委員会で、本年度五十万総トンの財政資金の投入を、船舶建造を考えている、所要資金として二百億円をそれのためにリザーブしていると申しましたが、それは私の言葉が足りなかったからでございましょうが、今御指摘にありますように、いわゆる二百億の内訳は、そのうち百二十億円はいわゆる前年度の船に対する支払いでございまして、本年度着工予定の五十万総トンのものに対しましては八十億でございます。しかし、これは、船が御承知のように早くなったと申しましても、数カ月以上の期間がございますので、この財政資金の船舶に対しまする割り振りにつきましては、毎年前年度のものが相当その年に支払われるということになれば、またその年契約ないし着工したものが次年度に繰り越されるということは、ここ数年来のしきたりと申しますか、そういうやり方をして参ってきておりましたのですが、私の言葉が足りなくて、あるいは先生方に誤解を招いたとすれば、まことに恐縮に存ずる次第でございます。 で、なお、先ほど申し上げましたが、五十万総トンの船を本年度に契約あるいは着工の運びに持っていきたいと考えておりますが、それ以外に約三十万トン余りは、外資導入あるいは国内の市中金融機関からの融資等によりまして、着工し得る。すでに着工したものもございますが、全体として、本年度は八十万総トンぐらいの船舶が建造に着手される、かように考えておる次第でございます。
○野々山一三君 あと二つだけ伺いますども、これから自由化が政府の方針でどんどん進むわけですね。そこで、今日本の大メーカーというものを一応拾ってみまして、その適正操業能力というのは、先ほども申し上げましたように、年間百八十万総トンの稼働能力を持っておる。計画造船は五十万総トン、自己黄金によるものが三十万総トン、あとは輸出、つまり外資船の建造というものを認めなきゃなりません。そうでなかったら、これはもう今のまま十八次計画造船が進まないとすると、今全然進んでいないといってもいいくらいな状態ですけれども、そうすると、来年の春には、船会社はほとんど六十四船台のうち十何船台しか、台に船を乗っけて仕事をするということがないようになってしまう。早く十八次計画というものを進めなければ、あなたの言う合理化審議会、造船船腹の拡充政策というものを答申している審議会の答申を尊重していくということにはならぬことになる。これが一つ。 さらに加えて、今EEC諸国が船を、よその船を造るという場合には、大体契約時に二〇%の支払い、あとは延べ払い十五年、こういうことでやっております。日本の船の技術を求めてくるけれども、日本のほうは支払いが当初三〇%、延べ払いの期間は七年。これでは競争になりません。したがって、この百万総トンに値いする建造能力というものは、今日、多少はあるでしょうけれども、国際競争に耐えられない。したがって、船によるドルかせぎというものは、技術的にはかせげる能力があっても、ドルの上では、かせぐための施策、振興対策というものがやられていないということに理解されざるを得ない。したがって、私が聞きたいのは、そういう外資船建造というものに対して、今日の造船産業を立て直すということのために、それこそ産投会計が仕事を始めなきゃならぬ。始める気持があるかどうかということが一つ。EEC諸国がやっているように、契約時二〇%、延べ払い十五年というような条件をもって日本と競争しようとしている。こういうときに、一体通産当局として、この延べ払いというものの今の状態を緩和するその間の融資対策、産業を窒息させないということのための対策があるのかどうか。 第三番目に、船のみならず機械でもそうであります。たとえば織機がアラブ諸国に対して相当の有利な状態で競争して市場を確保しようとしている。ところが、イタリーが二割と十五年という条件をもってきたので、この競争には、ついに日本の織機はアラブ諸国に出ることができぬようにになってしまった。これもやはり自由化と国際競争、日本の産業開発ということのための融資策の不足ということが、そういう国際競争に負けているということになる。これまた産投会計法がそれこそ動く条件があるのじゃないか。 第四番目に、国によって差をつけなければならないということがあるかもしれない。たとえば社会主義諸国はどう、あるいは自由主義諸国はどうというようなことがあるかもしれない。私は、かりにこの支払い方法というものに対して、そういうような多少の品目別、相手国別、そういうことを考慮に入れるということがあり得てもいい。今日の事態で自由化を急ぐなら、そういう輸出振興対策というものを考えなければならぬ。にもかかわらず、船舶局長ですか、先ほど言われたように、船にしてしかり、金がないので思ったようにいきません。これでは話に食いつけません。 今申し上げた四つの点にお答えをしていただければ、あとは次に譲ることにいたします。お答えをいただきたい。
○政府委員(藤野淳君) ただいま造船問題に関しまして、国内船の計画造船が本年度は非常に渋滞しておりまして早期着工が非常に困難視されております際に、来年度の造船業の操業を考えますと、輸出船の受注問題が非常に重要な問題としてクローズアップしてくることはわれわれ考えているところでございますが、それにつきましては、輸出船の受注条件の改善についてなお一そう考えるところはないか、たとえばEEC諸国においては延べ払い条件を八割、十五年という例もある、日本もそのようなことを考えないかというような御質問だったと思います。輸出船の競争力につきましては、御承知のように、船質の問題、船の質の問題、それから船価の問題、それから受注条件の問題、およそ三つございます。 御指摘のように、日本の造船業の延べ払いは、ただいまでは大部分が船価の七割、七年というのが標準でございますが、特別な場合、たとえば特別の後進国の、あるいは政府機関に準ずるようなものの発注に対しましては、七割、八割、九割、あるいは七年をこえて八年という例もございますが、一般に七割、七年というのが通例になっています。しかしながら、ただいまのところ、私どもは船価につきましては相当な競争力があるというふうに考えておりますけれども、EEC諸国の充実発展によりまして、日本の造船業は相当脅威にさらされつつあるわけでございまして、ただいま御指摘のような、さらに高度の延べ払い条件を確保する必要が近いうちに来るのではないかと、かように考えておる次第でございまして、通産当局あるいは大蔵当局と常時この問題は協議いたしておるところでございます。
○野々山一三君 外務大臣、今の答弁とあなたの言われておること、つまりあなた伸ばさなければならない、伸ばさなければならないと、こうおっしゃるわけです。ドルをもっと好転させなければいかぬ、片方ではやりたくても金がない、こういう状態で、私が先ほど来大蔵大臣にお伺いしているように、この産投会計法の本来的能力というものをガリオア・エロア支払い、ドルで支払う、この二つの重みが一体日本産業にどういうふうに影響しているかということは御承知のとおりですよ。これもなお使い方は今後の問題だ、かりにけさほどの永末委員の質問に答えて、平和産業に使うというお話がありましたが、それを百歩譲ってお受けをしたとしても、円貨払いにすることの必要性と産投会計法による金の不足ということのために産投会計法がいかに動いていないかということを示されたことになりますけれども、その所見を伺いたいのです。どうしてこの事態を打開するかということについての見解を伺いたいのであります。
○国務大臣(大平正芳君) 産投会計法は今御審議をいただいておるわけでございまして、成立の暁にはガリオア・エロアの債務を返済していくことになるわけでございます。御指摘のように、まだ産投会計から支払いが行なわれていない段階におきましても、今御指摘のように、日本の造船資金その他建造資金はもとより、輸出入銀行等に金融いたしまする輸出金融におきましても限度がございまして、延べ払いの条件の緩和ということに大きく踏み切れない状態にあるわけでございます。これは日本全体の経済の能力でございまして、その中におきまして、いろいろ工夫を加えて、輸出第一主義に条件の調整をやって参らなきゃいけないと考えておるわけでございます。いろんな工夫が要ろうかと思いますけれども、ただいま御心配のように、そのような状況であるのにかかわらず、なお産投会計にこれからガリオア・エロアの債務を支払うというロードがかかるわけでございますから、よほどの努力をしないといけないということも御指摘のとおりよくわかるわけでございます。 ただ、先ほど大蔵大臣が申し上げましたとおり、この問題、債務の返済という問題と、それから輸出振興対策を中心にいたしました政策あるいは国内の諸産業の国内均衡をどうするという問題と、これは別な問題でございます。しかし、御指摘のように、こういうロードがかかるわけでございますから、なお一そう政府といたしましては馬力をかけて対策を講じなければならぬと思うわけでございます。
○委員長(佐野廣君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(佐野廣君) 速記を起こして。 御報告いたします。参考人として日本開発銀行総裁太田さん、理事の大島さんが御出席になっております。 御質疑をお続け下さい。
○渋谷邦彦君 本件につきましては、その審議過程においてあらゆる角度から審議されておりますので、いささか重複する点もあろうかと思います。しかし、確認の意味も含めまして、数点お伺いしたい点がございますので、よろしくお願いしたいと思います。 先ほど来からも論議の焦点になっておりますように、本件の審議の的は、何と申しましても、対日援助それ自体が債務であるかどうか、債務であるとするならばその支払い方法というものはどうあらねばならないか、大別すればその二点に分けることができるのではないかと思うわけであります。そこで、また蒸し返すようで恐縮でありますが、政府が対日援助であると、いわゆる対日援助が開始されてから一体いかなる時期においてそうした確信を持たれたのか、あるいは断定をされたのか、その時期についてお伺いしたいわけであります。
○政府委員(安藤吉光君) 米国の戦後の対日援助が債務性を持っておるということにつきましては、先般も御説明申し上げましたとおり、当初この援助が日本に渡されましたときに出ましたスキャッピンに、要するに総司令部の覚書にはっきりと、支払い条件及び経理は後日定めるということが書いてございます。それと前後いたしまして、たとえば極東委員会の決定で、やはり日本に輸出される代金は占領に必要な非軍事的輸入であって降伏以来すでに行なわれているものの費用に対して支払うために使用することができる、いわゆるガリオア・エロアもこれに入っていると考えられるような指令が出ております。のみならず、昭和二十二年の二月に、マッカーサーが米国の議会に、いわゆるこのもとになります軍事予算法が審議されます際にいろいろ議論がございまして、そのときにメッセージを出しております。そのメッセージの中に、米国予算からの支出は日本の債務となる云々というメッセージを出しております。そのメッセージは、当時司令部からも発表されましたし、日本の新聞にも書いてございます。その他、いろいろ向こうの国会等の歳費等における審議の際の経緯がございます。これらをいろいろ勘案いたしまして、こういった援助はただではない。すなわち、ただのものは初めから向こうは、たとえば学童給食物資のようなものは初めから贈与で、ただであるということをはっきり言っているのでございますが、それ以外のものは、支払い条件及び経理は後日決定する、いわゆる後日話し合いの上で協議してきめる。非常に債務性の濃いものでございます。 それで、今お話しの、いつから債務と心得えているかというようなお話でございますが、これは国会でこの問題がずい分長い間取り上げられまして、国会等におきます政府の答弁において、今申しましたようなこの援助の性格を表現する意味で、債務と心得るということを本会議の答弁において申されたと承知しております。
○渋谷邦彦君 確かに、延引した理由につきましては、今の説明である程度納得いきますが、少し論点を変えまして、先ほどヘーグ条約についての法的な解釈があったと思います。そのヘーグ条約については一応さておきたいと思いますが、ガリオア支出の予算を定めました一九四七年法、その項によりますれば、第九項に当たりますか、ガリオアについてはその返済や使用については何ら特定していない、こういうふうにうたってあるわけであります。しからば、この一九四七年法というのは何ら特定していないわけでありますから、また債務でないとみなされる場合も可能性はできてくるのじゃないか、かような解釈も成り立つと思うのであります。 その点について、またもう一つ関連して申し上げたいことは、商務省で、外国援助では、先ほども問題になりましたが、援助を贈与とクレジットの二つに分けて、ガリオアについては明らかに援助であると規定されているわけであります。つまり、その理由としては、支払い能力がない、期待できない、あるいはその被援助者が米国または他の諸国と共同目的遂行の義務を持つという、そうした政治的な配慮があると考えられるのでありますが、そういう点をあげているのであります。こうした点に関連いたしまして考えてみますと、債務ではないと受け取れる感じがするわけです。この点についてお伺いしたいと思います。
○政府委員(安藤吉光君) 米国におきまする、このガリオア等の財源となりしまた米国の軍事予算法、それが審議されましたその際に、いろいろ問題になったことは御承知かと思います。この一九四七年の予算法の第十一番目に、占領地の救済、民生の安定等に使うということが出ているわけでございます、ガリオアの項目の中の第十一番目に。この審議をいたしましたときに、ある議員は、返済条項をはっきり定めろという動議を出したようでございます。それに対しまして、一斉に取り立ててしまうということはアメリカの政策としてもおもしろくないというようなことで、それは通りませんでした。ただ、しかし、これは他日何らかの形において処理されるんだ。先ほど申しましたマッカーサーのメッセージもその一つでございます。その他いろいろドレーパーとか、ヒルドリングとか、いろいろな人が証言しておりまするが、このアメリカの軍事予算が審議されました過程におきまして、アメリカの議会におきまするいろんな証言等は、これは一斉に全部取り立てるというわけじゃないけれども、他日何らかの形で処理されるものだという形で証言されたわけであります。 それから、ただいま御指摘になりました商務省の刊行誌の問題でございますが、これはフォーリン・エイドという商務省刊行の、何と申しますか、書類でございます。私、現物を見ております。この書類の中に、いわゆる対外援助のことがいろいろ統計に載っております。たしか今ここに持っておるんでございまするが、そのふるい分けの中に、今仰せられましたとおり、日本やそれから同じ西独のものも一応グラントという統計の分類の中に出ております。ただ、しかし、この一番最初の説明のところには、はっきりと、グラントというのは主として贈与を言うけれども、しかし、その中には他日交渉して、その結果債務額を決定して、その上でクレジットとなるというものを含んでおるんだということがはっきり言っておりまして、まさしくドイツや日本のものもそういった意味で、いわゆる統計の分類上は一応グラントというところに入っておりまするが、その最初の説明のところに今申したような注釈がついている。そういったように確定していないものについてはっきり言っておるわけでございます。したがいまして、たとえばドイツの場合とか日本の場合のごとく、後日交渉の結果確定債務額、債権額がきまった場合は、向こうは分類上クレジットの中に入れるんだ、そういう説明がついております。したがいまして、フォーリン・エイドの分数のグラントとかクレジットという分類は、今申し上げたような注釈というか、カテゴリーとして、分類上の便宜的な問題であります。
○渋谷邦彦君 そうした観点に立って、政府としては明らかに債務であるという主張だろうと思いますが、債務であるとするならば、先ほども少しくあったと思いますが、なぜその当時においてわれわれが物資の自由な選択ができなかったのであろうか。振り返ってみますと、確かにひどいものといえばひどいものを食わされた時代もあるわけです。そうして何か恩着せがましいといいましょうか、そういう感じを与えた印象をまだわれわれは持っているわけです。たとえていうならば、これが人間が食えるかというような、カナダでできるといわれるトウモロコシですか、これは向こうでは馬に食わせるというふうにいわれているそうであります。こうしたような押しつけがましいものまでわれわれが引き受けなければならなかった。そうした国民感情というものが、おそらくこうした問題が再燃すれば、また何を言っているんだというような世論も当然考えられると思うんです。なぜその当時政府として、今日本がこうしたようなものについて困っているがゆえに、こういうものをという、そういう選択の自由がなせできなかったか。あるいは、したとするならば、どの程度の交渉の経過があったのか。そうした点について伺いたいと思います。
○政府委員(安藤吉光君) だいぶ昔のことで、私、当時の実情を十分承知しておりませんが、確かに私たちも何かトウモロコシをもらったことがございます。しかし、全般的といたしまして、そういったものが全部そうであったわけじゃございませんで、まあいろいろ当時日本の国内が非常に、御存じのとおり、食糧が戦前の半分しか生産されない、加うるに数百万人の引揚者が帰ってきて、いわゆる非常に飢僅状態にあった、そういったような関係でございます。そうして、何でもわれわれとしては、とにかくどうして国民が食べていくかということが非常に大きな状態であった当時の現状も考えてみる必要があるかと思います。 で、御承知のとおり、政府におきましては、この窮状を何とかして打開するために、総司令部に対して食糧の輸入をしばしば懇請をしていることは、あるいは御承知だと思います。それからなお、ドイツ等におきましても同様でございまして、ドイツ等におきましてもやはり同様な窮迫状態にございまして、やはり日本と同様に、とにかく援助を受け得るものはどんどんとったという実情にあったようでございます。
○渋谷邦彦君 まあその程度の説明では、というとどうかと思いますが、私どもとしても何かすっきりしない割り切れない感情が残ると思うのです。実際、私自身もそうしたことを体験したことがあるんですから。で、こうした問題が再燃されれば、また国民感情としても納得がいくであろうか。当然国民の負担になることはわかり切った話であります。そうした点について今さら蒸し返ししようとは思いませんけれども、今後そうした問題がありませんがゆえに、今そうした私は過去のことをあえてお伺いしたわけであります。 論点をさらに変えまして、当時アメリカが援助をした、それは他面を考えれば、日本をして政治的な影響下につなぎとどめておきたい、こういうような意向も相当あったのではないかと思うわけです。そういう意味においては、ある程度というよりも相当大きな利益をアメリカが得たとも考えられるわけであります。ならば、そのアメリカが利益を受けたとするならば、当然その対価として援助は無償と認めてもいいのではないかという論拠が成り立つと思うわけです。その点についてどのような見解を持っておられるか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(安藤吉光君) 御存じのとおり、日本は総司令官はマッカーサー、要するにアメリカの元帥でございまして、もっともこの日本の占領につきましては極東委員会とか対日理事会というものが基本方針を決定していたわけであります。今仰せられますように、アメリカが援助した一つの理由としては、やはり日本の民生の安定あるいは経済の復興をはかって、もって健全なる国家を建設したいということも一つございましょう。しかし、半面そういった政策のために日本国民の努力もございましたろう。しかし、こうした援助をもちまして、日本の今日の経済復興が成り立ったこともまた事実でございます。したがいまして、われわれとしては、こういった援助があったがゆえに当時の困難をしのぎ得たし、また同時に、あの敗戦の、いわゆる焼け跡の日本から今日の経済復興を築き得た。要するに日本に対しても非常に利益になったということは否定できないと思います。
○渋谷邦彦君 債務については再々論議が相当尽くされたような感じもいたしますが、ひっくるめて外務大臣にお伺いしたいわけでありますが、国民大衆に向かって、このガリオア・エロアの援助を日本の債務にすると、そういう問題についてどのようにすっきりしたといいましょうか、端的にこういう理由であるがゆえに債務であるということを表明なさるおつもりか、理解のいくようにどのように所見を申されるのか、そうした点についてお伺いしたいと思います。
○国務大臣(大平正芳君) 実は挿話を申し上げて恐縮ですが、幣原内閣のときに、大蔵大臣は澁澤敬三氏でございました。ちょうどその当時、端境期を控えまして、食糧が非常に不足をいたしまして、食糧庁の推計によりますると、あと何十日間か都市人口に配給すべき食糧がないというようなときがございました。当時の農林大臣は松村謙三先生でございまして、で、私がある日大蔵大臣室に入りました。ところが、澁澤大蔵大臣は、涙を浮かべて、一人で非常に考え込んでおられました。きょうの閣議で、実は自分は、幣原総理に対しまして、おそれ多いことでございますが、皇太子殿下をアメリカに留学さしていただきたいということをお願いした。そうしたら幣原総理は、そういうことは私はお上に申し上げられないと、自分は断わられた。その意味は、そのように日本は今の食糧難を打開するために考えておるのだということをアメリカ側に印象づけようというお気持があったのだろうと思うわけです。松村謙三農林大臣は、ラジオを通じまして、日本には——数字は正確じゃないかもしれませんけれども、百八十万頭の牛と百二十万頭の馬がいる。したがって、これを屠殺してでも皆さんを飢えさせることはしないからというような悲痛な放送をされたことを、かすかに私も覚えておるのでございます。そういうようなときに、今御指摘のように、送られた品物は、場合によって馬や牛に食べさせるようなものであったかもしれない。しかし、病人と健康体と比較いたしますと、健康体のほうに幾ら薬があっても役に立ちません。あるいはアメリカにとって余剰なものであったかもしれない。しかし、病人にとりましては、薬は死活の問題であったと言えるわけでございまして、私どもは正直にいいまして、物の性質、分量という問題もさることながら、時期、タイミングということが非常に大事だと思うのでございまして、日本がそういう状態に置かれたときに、日本が絶対的に食い物がほしかったわけでございまして、そういったものが、とにもかくにもどういう形であるにせよ、供給されたということは、日本の戦後の復興にとりまして非常な助けであったことは間違いないと思うのでございます。私は、国民的にこういうことに対して感謝の気持を忘れてはいけない、私自身はそう思います。 しかしながら、アメリカといたしまして、アメリカの国力をもっていたしまして、このガリオア・エロア物資に対しまして、あれは贈与である、取り立てないということを言う態度をとられても、これは決して罰が当たらぬと思うのです。アメリカはそういうことをやる能力があったと私どもは思います。しかし、この問題は、贈与である、差し上げましょうということを先方がおっしゃらない、後日この処理はきめましょうということで終始言われてきたわけでございます。政府といたしましても、これは債務性があるかないかということを国会を通じてたびたび追及され、いや、これは債務と心得ますという苦しい答弁をいたしたわけでございます。 で、私は、このように問題が縣案のまま残るということは、先ほど私が申し上げましたとおり、日米関係の将来にとりまして、決してこれは利益じゃないと思うのでございます。日米関係は悠久な未来にわたりまして、相互の信頼と理解をもちまして、貿易初め互恵の立場をとっていかなければならぬわけでございます。その根本に横たわるものは、あくまでも相互の信頼と理解であろうと思うのでございまして、これは目に見えぬ非常に大事なことであろうと思うのでございます。私ども外交に携わるものといたしまして、一番大事な信頼と理解ということをそこねておっては、日本の国の利益を悠久にわたって守ることができないわけでございまして、こういったことをなるべく早く支払いをして懸案を解決する、そうして日本国民の持っておる感謝の情をちゃんとそこでけじめをつけて参るということは、日本人の名誉でこそあれ、決して恥辱ではないと思うのでございます。で、私はその意味におきまして、他の国々と違いまして、日本がこのような処理をつけたということに、日本の国民としての誇りを実は感ずるのでございます。これは四億九千万ドルという金の問題ではなくて、われわれ日本民族が長きにわたって生存を続け、繁栄を続けていく上におきまして、これしきのコストは、私はそんなに高いものではないということを国民に訴えたいような気持ちでおります。
○渋谷邦彦君 今の御回答で満足できかねるとは申せませんが、十分ひとつそうした機会には国民の納得するようにお願いしたいと、御要望申し上げておきます。 次には、少し角度を変えまして、政府としては、先ほど来から話がございましたように、ガリ・エロを払うということになれば、明らかに産投会計から出そうという、そうした決定に近い線がうかがわれるのでございますが、そうすれば当然考えられることは、その原資をどこに求めるか。おそらく今までの経緯から察すれば、開銀の納付金に全面的にたよることになる、このように考えられるわけであります。まず、この点は、今大蔵大臣がおりませんので、伺うわけに参りませんけれども、それに関連いたしまして、開銀では、現在納付金あるいは貸付回収金、利子の収入等については、予想どおりと申しましょうか、計画どおりと申しましょうか、見込みどおりに行なわれているかどうか、この点について具体的に各業種別にわたっておっしゃっていただきたいと、このように思います。
○参考人(太田利三郎君) 開発銀行は、御承知ように、資金源といたしましては、政府の借入金、外債、それから回収金、内部留保、こういったものをもちまして、毎年度貸付計画をいたしておるようなわけであります。現在貸付の残高が約七千億をこえております。これに対しましていろいろな利率がございますけれども、基本利率八分七厘、それから政策利率の最も安いもので六分五厘、これは特に返済期日に取り上げるものでございますけれども、大体その間におきまして利率をきめておりますけれども、年々利息収入をあげております。それによりまして、その中から事務費に充足して、余りを支払います。それからきまっておりまする内部留保を差し引きまして、その残余を政府に国庫納付金として納付いたしておるのでございます。 近年の実績だけ申し上げますると、たとえば最近三年間で申しますると、昭和三十四年度におきまして、利益金が百六十六億円あげまして、国庫納付金を百二十五億納入しております。三十五年度には、百七十億円の利益金をあげまして、納付金を百三十一億円いたしております。また、三十六年度におきましては、百七十四億円の利益をあげまして、納付金を百二十四億いたしております。なお、三十七年度の予算といたしましては、利益金を百八十三億見込みまして、国庫納付金を百三十億円を納付する、こういう予算と相なっております。で、そのもととなります利息収入でございますが、過去三年間について申しますると、三十四年度で三百五十七億円、三十五年度で四百億円、三十六年度で四百三十六億円、こういう数字でございまして、これが先ほど申しましたように、いろいろな借入金の利息の支払いあるいは事務費等を差し引きまして、今のような納付金にいたしたのでございます。今後も大体これくらいの、あるいはだんだんとこれよりもふえて納付金ができるのじゃないかというような状態でございます。
○渋谷邦彦君 今の御説明で七千億の残高という話がございましたが、これはいつ現在でございましょうか。
○参考人(太田利三郎君) 本年三月末現在でございまして、正確な数字は七千五十九億円でございます。
○渋谷邦彦君 そうしますと、大体今の御説明によれば、百三十億前後の納付金、つまり開銀側から申せば見込どおりの、納付金が見込どおり行なわれている、このように見て差しつかえございませんか。
○参考人(太田利三郎君) 年度によりまして予算と多少の狂いはございますけれども、大体予算のワクの中で大体の納付金の実績を見ております。今後も大体そのようにいくのじゃないかというふうに思っております。
○渋谷邦彦君 次に申し上げたいことは、開銀の重点融資先であるといわれております海運企業でありますが、昨今非常な深刻な不況状況を示しておるわけであります。こうした状況下のもとにありまして、開銀としてはどういう抜本的な対策をお持ちになっていらっしゃるか、具体的にお伺いしたいと思います。
○参考人(太田利三郎君) 海運の不況は、御承知のように、スエズ動乱とか、朝鮮動乱とかという一時の好況はございましたけれども、長い間にわたりまして企業として非常に不況を続けております。これは日本だけではございませんが、特に日本が企業が借入金に依存する度合いが大きいために会社の業績としては非常に芳しくない、こういう実情を続けておるのであります。これほどの根の深い不況でございますので、実は一朝一夕になかなかこれだけやれば海運が立ち直れるというような簡単な抜本策というのは実はございませんので、それで毎年運輸省におかれまして海運造船合理化審議会という委員会を開かれまして、これによって毎年々々いろいろ検討しておるのでございます。それによりますると、大体の大きな柱といたしましては、海辺会社自体におきましても、もっと合理化をやっていいのではないか、日本の企業の経営上思い切った合理化をやっていただく必要がある。それから政府におかれましても、さらに従来以上の強力な助成措置をやっていただかなければならないのではなかろうか。それからまた、海運会社はほとんど全部開発銀行または市中銀行からの借入金でございますので、これに応じまして、金融機関もまた応分の御協力をいたす。こういうことで相当の期間をかけましてだんだんと体質の改善をいたしていくほかないのではないか。それも海運会社全部が急送に立ち直るというものでございませんので、やはりこれは相当重点的な施策によりまして、しかも期間をかけて立ち直りをはかる以外にないのではないか、こういうふうに思うのでございます。
○渋谷邦彦君 今のお話でありますと、聞いておりますと、はなはだ抽象的で、何か目標がないようなところへ、ただ何となしに対策らしい対策も立てないで進んでいるような、そういう感じを受けるわけであります。むしろこの点については、大蔵大臣に伺うべきが至当だろうと思いますけれども、そういう見込みのない状況にあって、今回の産投のほうから払う第一回のガリオア・エロア、そうして海運企業から上がってくる納付金を大体日当てにしているというふうに聞いているわけでありますが、そうすれば今後の推移は非常におもしろくない。これは非常にそうした面を考えますと、返済方法においてもまた何かぎこちのない、国民の疑惑を持たせるような行き方になろうかと思うのでありますが、これは今お話がありましたように、今後ともそうしたような、何となくわけかわからないと申しましょうか、まことに抽象的な行き方になるおそれもなきにしもあらずでありまして、一体どういう時期に、と申しましても、今のお話でありますと、これは世界じゅうがそういう不況時代であるならば、一がいに日本の国だけをもって対策を立てるわけにはとうていいかないと言うべきであろうと思いますが、しかし、そういう不況時代にありましても、わが国の海運企業として将来どういう方向に持っていかなければならないかという当然の口安、そういう方向というものは示されてもいいはずであろうと思いますし、また開銀としてもそうした面に対する積極的な意見なりあるいは対策をお持ちになってはいないのではないか、これをくどいようですけれども、お伺いしたいと思います。
○参考人(太田利三郎君) そういった海運政策全般につきましては、運輸省当局からお答えいただくのが適当かと存じますが、すでに御承知のように、海運企業整備臨時措置法案がこれから御審議されようという段階でございまして、これによって五年間にかなり海運会社の償却不足を解消させる。あるいは、償却不足の解消するもの、あるいは元金の延滞の解消、こういったものを目安にしまして、開発銀行並びに市中銀行の借入金利息の半分をたな上げして、立て直しの援助をはかる、こういう計画が具体的には出ておるわけであります。 ただ、私先ほど申しましたように、ただこれだけでそれでは海運企業が全部立ち直れるかどうかと申しますと、なかなかこれはむずかしい問題でありまして、海運再建審議会でございますか、この委員会が設置されることになっておりまして、そこで個々に各会社について具体的の計画が練られる、検討されるという段階になるのでありまして、その結果、どういうふうに、どの程度が生き残って、どの程度の立ち直りができるかということがきまるのでありまして、私が申し上げたことははなはだ抽象的なようでございますが、どうも今の段階では、どの会社も全部償却不足をすぐに解消して、延滞をなくするというような措置は、実は簡単に見つかりませんので、先ほど御答弁申し上げたような趣旨のことを申し上げたのでありますが、そういったことで、とりあえずのところは、これは法案の審議の推移を待ちまして、われわれのほうもできるだけ御協力いたしたい、こう思っておるわけであります。
○渋谷邦彦君 最後に一点だけお伺いして終わりにしたいと思いますが、こまかい問題で恐縮でありますが、現在、延滞金に対してはどのような措置を講じられていらっしゃるか。その点についてお伺いしたいと思います。
○参考人(太田利三郎君) 延滞金の、元金の延滞と利息の延滞がございまして、利息のほうは、実はほとんど全部金は入っておりまして、今のところ七千万円しか延滞はございません。ただ、元金のほうは、実際に延滞になっておりますのが約十九億円ございます。しかし、開発銀行におきましては、計画造船の融資が長いものは十五カ年、それを毎年割り振りまして償還してもらうことになっておるわけでありますが、御承知のように、市況が非常にフラクチュエートしまして、ことに近年は市況がおもしろくないということで、ななかか期日どおりに入りませんので、これを半期間ずつ待ってあげる、こういう措置をいたしております。市中銀行におきましても、同様な措置をいたしておるわけであります。これが三十六年度末におきまして、三百四十三億円ございます。これで実質的にそういった元金の待っておるものあるいは延滞しておるものが約三百六十億円ございます。ちなみに、開銀の本年三月末現在の貸出残高は千八百十一億円でございます。その中で、さような延滞になっておるものは、これは次の期に利益があがりますれば、それから内入れていただく、こういう措置をとっておるわけであります。
○鈴木市藏君 この問題は、日本共産党に関しては、機会あるごとに国会を通じて明らかにするように努力してきた問題であります。ずいぶん長きにわたって、うちの国会議員からも質問されておるけれども、明確でない。この際、ひとつはっきりしたいという立場でお聞きするわけです。 一つは、アメリカのつまり戦後処理、対外援助に関する戦後処理、あるいはそれをカッコづけ債務と言ってもいい。この処理の仕方に二通りあるということについて、どうお考えになりますか。
○国務大臣(大平正芳君) 先ほども問題になっておりましたような日独に対するものと、それからオーストリアとか韓国に対するものとが違うという意味でございますか、御質問は。
○鈴木市藏君 つまり、二通りあるということを、先ほど同僚議員からの質問に答えて、そういう答弁をしておるわけですね。二通りある。そこで、一つの形は、講和条約によってそれをきめた、一つの形は、講和条約なしに、あるいは講和条約のあとできめた、こういうふうに二通りの形がある。そこでお伺いしたい。日本は一体どっちの形なんですか。
○政府委員(安藤吉光君) 御質問の趣旨が、実は私、よく御了解いたしていないかもしれませんが、御質問の趣旨は、たとえばドイツとか日本とかいうものは、講和条約のあとでガリオア等を処理した。ところが、オーストリアあるいはイタリア等はそうではないのだという御質問かと思いますが、そうでございますか。
○鈴木市藏君 そうです。 〔委員長退席、理事柴田栄君着席〕
○政府委員(安藤吉光君) イタリアは、御承知のとおり、当時いわゆるドイツとともに英米に参戦いたしました。しかしながら、バドリオ政権ができましてから、いわゆる連合国のほうに加担しましたわけで、いわゆる連合国というか、アメリカからいたしますれば、これは連合国の戦勝に寄与したということで、いわゆるロンバルド条約によりましてこの債務を放棄、帳消しにした。それからオーストリアは、御承知のとおり、これは戦前はドイツの一部でございまして、戦後これがいわゆる解放地区になったわけでございます。したがいまして、いわゆる一九五五年七月にできましたオーストリア国家条約発効とともに、アメリカはこのガリオア等の援助を抹消するということを申し出ました。要するに、これはくどいようでございまするが、戦前はドイツの一部である、しかし戦争によって解放された地域である。したがって、これから債務を取り立てるということはやめるというアメリカの方針によったわけでございます。韓国も同様な観点から債務を要求しないわけでございます。
○鈴木市藏君 そこで、オーストリアの場合、イタリアの場合、講和条約のときには、日本流の言葉でいえば、棒引きになったわけです。ところが、日本は講和条約が十年も前にやられておる。なぜ一体そのときに棒引きの話をしなかったのですか。つまり、二つの形がある。一つの形は、講和条約のときに話をつければ棒引きになる。オートスリアの例、イタリアの例。日本は棒引きになるべきようなチャンスをどうして一体逃がしたのか。
○政府委員(安藤吉光君) ちょっと補足さしていただきます。イタリアは平和条約のあと、ロンバルド協定でこれを放棄したわけでございます。日本の場合は、講和条約のときにはいわゆる直接軍事費、米軍が日本の占領のために使った軍事費、これは前大戦の例によりますれば、あるいは賠償の形において、あるいはその他の格好によって、これは請求をしようと思えばし得た前例もあるわけでございますが、それは聞いております。ただ、しかし、それは直接軍事費ということが平和条約にうたってあるのはそういう経緯でございます。当時ガリオア等の問題につきましては、まだ日本としては賠償問題もかかえておりますし、経済の復興もできていないということで、この棒引きについては何ら処理のきざしが見出せなかったわけで、平和条約ではこれに触れられなかったわけであります。
○鈴木市藏君 昭和二十四年の第五国会でわが党の野坂参三議員が、一体ガリオア・エロア、これは貸与であるのかそれとも贈与であるのか、はっきり答弁をお願いしたいということで、当時の池田大蔵大臣、今の池田総理に質問したことを覚えておりますか。そのときに池田大蔵大臣の答えた答弁を覚えておりますか。なければ私のほうから……。
○政府委員(安藤吉光君) 私、即座に今記憶いたしておりませんが、ずっと前に速記録を読みましたときの記憶では、たしか贈与の分もあるだろうし貸与の分もあるのではなかろうか、そういったような御趣旨の御説明であったかと存じますが、いかがでございましょう。
○鈴木市藏君 まあ野坂議員のその質問に対して池田大臣は次のように答えている。「今回この見返り資金特別会計を設けましたのは、従来ガリオアとかイロアとか申しまして、その使途が国民にはっきりわかっていなかったものを、」これをひとつはっきりと確認しておいてもらいたい。国民にその使途がはっきりとわからなかったものを、「この特別会計によって、はっきりアメリカからの援助を出しただけでございまして、この特別会計法を設けましたからといって、今までの性質がかわって来るわけではないと私は考えております。しからば今までのガリオアとかイロアとかの資金を、贈与なりや貸与なりやという問題は依然としてきまっておりません。これは私は講和会議においてきまるべきものと考えております。」という答弁をしている。確認いたしますが、これは速記録ですからな。そうすると、ここに二つの問題がある。一つは、従来ガリオアとかエロアとか申しましてその使途が国民にはっきりわかっていなかった。これは見返資金特別会計を設置する前のことを言っているはずであります。その使途が国民にはっきりわかっていなかった。もう一つは、これが一体贈与なりや貸与なりやという問題は依然としてきまっていない。これは清和会議においてきまるべきものである、と答えている。これについてどう考えるか。外務大臣、どう考えるか。もう講和会議済んでしまっている。
○国務大臣(大平正芳君) もらったものか借りたものかということについてきまっていない、これは後日処理しようということで、符合すると思います。 それから、処理は講和会議できまるものと思いますというのは、当時の池田大蔵大臣の見通しであったと思いますが、講和会議のときにきまりませんで、ようやくことしになってきまるという経過をたどりましたことは鈴木議員御承知のとおりでございます。
○鈴木市藏君 それから、今度は第四十国会になります。そうすると、これもまたわが党の川上貫一議員の質問に対して答えておる。講和会議できまる原則はないのだ、講和会議できまるような原則はないのだということを池田総理は答えておるのですね。そうすると、二十四年のときにはこういう問題は講和会議ではっきりきまるべきものとはっきり書いてある。はっきりきまるべきものと考えます。きまるべきものと考えます。正式にこの速記録を読みますと、「講和会議においてきまるべきものと考えております。」、こう言っているのだが、四十国会に来ると、そのきまるべきものであるという考え方がずれて、「平和条約のときにガリオア・エロアをきめなければならぬという原則はございません。」、こういうように変わっているということをお認めになりますか。
○国務大臣(大平正芳君) まあ後日処理しようというその「後日」をいつと考えるかという問題であり、講和会議できまるのだということを先方がそう言ったわけではなくて、池田さん。がそのような見通しであられたというように私は了解します。 〔理事柴田栄君退席、委員長着席〕
○鈴木市藏君 つまり変わった、二十四年のときの答弁から四十国会の答弁は変わったということを認めるわけですね。これは確認をいたします。 変わっていないのは一つありますね、この問題に対して。変わっていないのは、答弁はそういうように変わってきても、ところが変わっていないものが一つある。これは大蔵大臣でも外務大臣でも、どちらでもけっこうです。変わっていない。それは判じものを言っているのじゃない。あなたたちの答弁がこの問題に関する限りは変わっていない。ずっと変わっていない。じゃ、私のほうで言いましょう。別にキツネ問答をしているわけでも何でもない。それは債務と心得るということは変わっていない。そうでしょう。
○国務大臣(大平正芳君) そうです。
○鈴木市藏君 講和会議できまるべきものだと言っていながら、これは原則ではないというふうに今度ずれていって変わった。ところが、債務と心得るのだということは変わっていない。なぜ、一体この問題を講和会議にかけるべきものを当時講和会議にかけなかったか、そのいきさつ、それについてひとつ御答弁を願いたい。
○政府委員(安藤吉光君) まあ理論的に申しまして、講和条約の際にきめるのもあるいは一つの方法でございましたわけでございます。しかしながら、先ほども申しましたとおり、当時日米間に話し合いがまだ熟していなかった。また、日本としてはいろいろ賠償等の問題もございますし、そういったこともまだ話し合う適切な時期とは考えられなかったということでございます。そうして、また一方、その場合に、はっきりした原則をきめておきますと、いわゆる返済を実施しなければならぬというようなことで、これは必ずしも日本の利益とも申せないわけでございます。それから、さらにはまた、これは法律的に見まして、平和条約というのは日本と旧連合国との間の条約でございまするが、この対日援助問題は日米間の問題でございまして、したがいまして、まあ何と申しますか、五十カ国を相手とする講和条約の中にこれを規定するというのが必ずしも適当ではないというような考えもあったやに聞いております。
○鈴木市藏君 それはさっき言ったことと少しもう違う。さっきはここでどういうことを言ったか。これはアメリカ占領軍というものは、あるいはマッカーサーのGHQは、つまり連合国の占領者だ、六十何カ国の連合国の責任者だ、アメリカだけに占領されたのじゃない、これが云々ということをさっきおっしゃいました。今度になると、それは日米間だけの問題だ、こういうふうにあなたたちは変わってくるわけです。当時の占領は明らかにこれはポツダム宣言に基づく連合国の占領下にある。たまたまアメリカがその占領軍の中心をなしていたということだけは事実であるけれども、したがって、このガリオア・エロアの問題も、アメリカ一国だけの意図で出したものではなくて、連合国の同意を求めるとかあるいは極東委員会の同意を求めるとかいう形にして出したものであることは事実です。それを日米間の問題だから話し合いできめる。それからあなたは、講和会議できめなかったということは、講和会議できめるということが適切な時期ではないのだということをおっしゃっている。それから、もしそのときに返済を迫られたら、日本の当時の実情から見てこれはたいへんなことになるから、後日話し合ってきめたという、そのことが国民の利益になったのだからそうしたのだと、そういう答弁をしておられるわけです。しかし、考えてごらんなさい。講和会議というものはこういうものをきめるのです。きめるのが原則なんです。だからこそ、池田大臣も、きめるべきものであると考えると言っているわけです。どこだってそうですよ。きめるべきが原則なんです。それにもかかわらず、これを講和会議に持ち出すのは適切な時期ではないのだという。これは私は正しくない。それだけじゃないのです。これはこの時期に持ち出すのが国民の利益にならない。何か国民の利益にならないか。国民の利益にならないという理由をはっきり言って下さい。 それから、いま一つ、先ほど言った、これは日米間だけの問題だというのは、それは違う。さっきここであなたが答弁したのを見ると、これは違うじゃないか。
○政府委員(安藤吉光君) 先ほども申し上げましたように、講和会議のときに話し合うのも一つの方法でございましたでしょう。しかし、私が申し上げましたように、当時日本としてはまだいろいろ経済状態とか財政状態、あるいはその他の賠償問題等も片づいていないし、まだアメリカ側と話し合う時期に来ていなかったということも事実でございます。それから、第三に、アメリカと話し合いということを私が申し上げましたのは、実はこの対日援助が出ました資金源はアメリカの軍事予算法でございます。したがいまして、アメリカの軍事予算から出したこの援助に対する決済と申しますか、処理というものは、日米間で行なわれる性質のものである、そういうことも申したわけであります。
○鈴木市藏君 それでは、あなた方が、つまり債務性の根拠に出した極東委員会のあれは、もう全くこれは単なる口実を作るために出したのだというふうに考えてよろしいものですか、どうなんですか。
○国務大臣(田中角榮君) 鈴木さんがどういう意図で御質問になっているのかわかりませんが、極東委員会の指示だけでこれを債務と決定しているわけではないのでありまして、これもその一つのものにはなっておりますが、別にマッカーサーが証言をしているのが大きな根拠になっている。それをドレーパーも証言をし、あらゆる人たちがずらっと証書をしておりますし、日本政府もその後ずっと一貫して債務と心得るということを言っているのでありまして、極東委員会からの日本に対する書簡か指示か何かありましたが、これだけでもって債務と心得ておったわけではありません。
○鈴木市藏君 それだけではないのです、極東委員会だけではない。それはしばしば皆さんのほうの答弁で私も知っております。だけれども、今の条約局長ですかの答弁によると、日米間だけで話し合えば済むのだ、こう言っているにもかかわらず、債務性を政府側が主張するときには、日米間だけではない、極東委員会はこういう資料を出しているじゃないかと言って、自分たちの都合のいいときには極東委員会を持ち出し、都合の悪いときには日米間だけの話し合いだと言って、あたかも単独占領であるかのように言われるが、それじゃ次に聞きますけれども、つまり、だからやはりその点においてともかく講和会議にかかることは不利益だ、不利益だと考えたのですか、日本は。どうなんですか。講和会議でこの問題を処理するのは不利益だというので後日に回したのですか。どうなんです。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほどの、池田現総理の答弁の前文だけを引用されておるようでありますが、池田総理が当時言われたのは、債務と心得ておるならばいつ一体交渉するのか、こういうことをいつどんな状態で話をつけるのかという仮定の問題を出されたから、講和会議もありますから、そのときにやることも一つの方法でありますと、こういう考え方で、一つの方法ということを考えたわけではありませんが、講和条約でもってやられると考えますということを言ったわけであります。今度四十国会で言ったときは、講和会議にはきまらなかって、その時点においてなぜ講和会議においてきめなかったかという問題をずっと言われたので、ここにずっとあれがありますか、講和会議になぜやらなかったかということに対しては、平和条約のときにガリオア・エロアをきめなければならないという原則はありませんということを言いながら、しかも、なぜきめなければいかぬかという次の答弁には、講和条約を結ぶ前にガリオアの問題を片づけたいという気持はダレスもあったでしょう。しかし、吉田さんが、はっきり、われわれは将来話し合いの上で返すつもりだ、こう言うから、日本の実情を考えて、それなら講和会議の問題にせず将来の問題にしよう、という経過をずっとそのまますなおに述べておるのでありますから、この間に問題のそごは全然ないというふうに考えます。
○鈴木市藏君 そこが問題なんです。つまり、講和会議にかかることは不利だ、当時言っておるでしょう、池田さんも。ここであなたもこの間言った。そのときに、十九億も二十億ドルも、そんな債務を当時の日本に押しつけられては、日本の経済情勢ではどうにもならぬのだ、だから講和会議のときは、話し合って後日きめるということで、あとできめる、そういう考慮の上に立って、講和会議ではきめなかったのだ、こういう。そうじゃないですか。外務大臣、どうですか。
○国務大臣(大平正芳君) 先ほどから御答弁申し上げておるように、講和会議でこういう問題一切きめる、それはあなたが言われるように原則であろうと思います。しかし、そのときの状況がまだ話し合いをしてきめて、支払いができるというような状況でなかったから、後日の問題にしたというまでのものです。あらゆる原則には例外がときにございます。
○鈴木市藏君 あなた方の答弁のあやをとってどうこう言うわけじゃないんですけれども、大平外務大臣は、原則だと思いますと言っておるが、池田さんは四十国会では、必ずしも原則とは言えないのだ、こういうふうに言っておる。まあ、答弁の食い違いがあるということは、私はこれで確認しましたけれども、しかし、本来、大平外務大臣が言うとおりに、これが原則である、講和会議にかかるべき、講和会議にかけて白黒をはっきり結着をつけるべきものだというのを、講和会議にかけないで、後日の話し合いできめる、こういうような了解か何かがあったんですか。
○国務大臣(大平正芳君) 講和会議できめられなかったということが示しておると思います。
○鈴木市藏君 講和会議できめられなかったという事実か示しておるとおっしゃいますが、了解か何かあったんですか。そのとき、講和会議に持ち出さない、後日話し合ってきめようではないかということを、了解か何かあったんですか。
○国務大臣(大平正芳君) 講和条約そのものが物語っておると思います。
○鈴木市藏君 条約そのものが物語っておるということじゃないのです。きめるべきものを、原則としてきめるべきものをきめなかった、つまり講和会議で本来きめるべきものをその議題からはずした、つまり講和会議のきめるべきようなそういう重大な問題をはずしたということは、その重さにかかわるような重大な、つまり了解事項確約を与えておるのじゃないか。そうでなければ、当然これは講和会議にかけて結着をつけるべきものだ。それを、講和会議をそっちのけにして、二国関係間の話し合いで後日にしましょう。あなた方は、マッカーサーがこう言ったというようなことを盛んに言っていますが、あなたたちのほうから出てきた資料を見ても、当時マッカーサーはできるだけ早くと言っておる。できるだけ早くこれをやる。しかも、それは十年以上たっておる。まさかこんなに……。これではできるだけ早くとは考えられない。だから、当然これは講和会議でかかるべきもの、だ。ところが、それにもかかわらず、講和会議でかけなかった、やらなかった、二国間の了解でやろうということでやらなかった。やらなかったということは、講和会議の議題から取りはずすほどの重要性を持った話し合いというものが、確約といってもいいほどの話し合いというものが日米間で行なわれたと考えるが、この点どうでしょう。
○国務大臣(大平正芳君) 先ほどお答えを申し上げましたとおり、その当時の状況では、日本はこれを支払って参るという能力に十分恵まれていなかったから、国民の利益のために後日に延ばした。政府の苦心をしたところを御了承願いたいと思います。
○鈴木市藏君 つまり当時の吉田さんが、講和会議の予備会議か下相談のときに、ダレスに話をして、そしてそれはこうこうこういうわけだから後日に回そうじゃないか、そういうふうに池田さんも率直に言っておるね。だけれども、われわれの普通の考えでは——普通の考えというよりも、むしろあるいはそれが真実ではなかったかということは、言うならば、当然講和会議でかけべきほどの重要事項を、それを取りはずして後日二国間の話し合いでいたしましょうと約束した当の本人は死んでしまっておる、ダレスさんは。吉田さんもすでに政府を去っています、それにもかかわらず、それが今日生きておる。その了解事項が生きておる。それほどの重さを持った確約であります。確約を与えたというふうにしか考えられない。講和条約できめるべきものをきめないで取りはずした。それほどのウエートを持った話し合いもしくは了解事項、確約、そういったものを当時アメリカと取りかわしておりませんか。
○国務大臣(大平正芳君) そういうものは、ございません。
○鈴木市藏君 そういうものはない。それで、あなた方はそういうものはないのだ、単なる吉田・ダレス会談の話し合いの中で、それは講和会議の議題に上らなかったのだ、日本国民のそれが利益なんだ、こういうふうに言っておりますけれども、これは私はやはり講和会議の議題として出す自信がなかったのだと思うのです、はっきり言うならばアメリカのほうで。 あの国際会議でこういうものを債権だ、アメリカの債権だといって出す、そんなばかなことがあるかといって、これはもうあの講和会議で寄ってたかってアメリカはたたかれる。わかり切っていますよ。先ほどから幾多の同僚議員が言っているとおり、こんなものは占領費だ、なぜこんなものを日本国の債務とするのだということで、寄ってたかってたたかれる。それだけじゃないです。当時あの講和は単独講和でもって、国内には全面講和の運動がまき起こっておったし、国際的にも不評判だ。こういうつまり単独講和を何とかでっち上げるために、美化するために、アメリカと日本との相談づくで私はこの重要な問題を取りはずした、そういうふうに私どもは考えるのです。また、それほどの、取り下げてもいいほどの約束を、何らかの形の約束を与えたのではないか、それがずっと今日まで引き続いてきているのではないかというふうな気がする。そうして政府は、日本民族の利益をはかった、こう言っていますよ。先ほどからの答弁は全部そうだ。そうじゃないのです。当時もし政府がしっかりしていれば、講和会議に持ち出して、このようなものは債権どころか、また日本国にとって債務どころか、棒引きなんだ、占領行政費として棒引きなんだということが堂々と主張できたはずだ。当時日本政府が腰が弱いから、結局講和会議に持ち出すこともできず、こうなってしまったのだというふうにしか私たちは解釈できない。そういうふうにわれわれは解釈と言っちゃおかしいな、そういうふうに政府の態度をとって、この問題についてはこれは見解の相違だということがあるでしょうから……。
○委員長(佐野廣君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(佐野廣君) 速記を起こして。
○鈴木市藏君 そこで、けさからの質問の中で、年度をはっきりいえば、昭和二十四年の三月までの分、これについては政府側委員の答弁というのは、数字についてはまことにしどろもどろで、よくわからぬ。われわれ聞いていても、これをしかるべき数字があって言っているのか、人々によって皆違う。だから、その数字についてまずはっきりひとつしてもらいたい。第一に、その数字についてお尋ねします。 当時——当時というのは、今言ったとおりに昭和二十四年の三月まで、アメリカの品物が日本に入ってきた。とにかくわれわれもあれで、銭を出して買って食った、そのつまり代金です。その代金というのはどこへ積み立てて、総計円で幾らになるか、これをはっきりと数字をひとつ御説明願いたい。午前中も永末君が何度聞いてもはっきりしない、聞けば聞くほどこんがらがってくる。
○政府委員(上林英男君) 午前中からも御質問がございました点でございまするが、貿易資金特別会計が、当時の貿易物資を受け入れまして経理をいたしておったわけでございまするが、その貿易資金によりまして、輸入物資につきまして受け取りました円の総額は千四百九十五億円でございます。ただし、これは午前中にも御説明ございましたように、当時は援助物資と商業物資とが一括して計上されておりましたので、この数字は両方を含めた数字でございます。
○鈴木市藏君 千四百億ですか。
○政府委員(上林英男君) 千四百九十五億円でございます。
○鈴木市藏君 千四百九十五億円。そうすると、これは二つのものを含んでおりましたね。二つのも一のというのは、どういうものですか。
○政府委員(上林英男君) たびたび御説明申しておりますように、昭和二十四年三月までの輸出入統計と申しますのは、司令部が残しましたJES統計があるわけでございます。そのJES統計によりますと、その期間内に輸入いたしましたものが十七億四千万ドル、その内訳といたしましては、商業輸入が五億四千三百万ドル、援助物資が十一億九千七百万ドルという数字があるわけでございますが、それに見合いまするものがただいま申しました円でございます。
○鈴木市藏君 この期間に日本のほうから輸出したものは総額幾らですか。
○政府委員(上林英男君) 輸出いたしました金額は、同じく貿易資金特別会計の円の支払い額で見ますと、九百六十二億円ということになっております。
○鈴木市藏君 ドルでは……。
○政府委員(上林英男君) ドルにいたしますと、先ほど申しましたJES統計によるわけでありますが、六億五千四百万ドルに相なっております。
○鈴木市藏君 そうすると、千四百九十何億という金の中で、国民が現実につまりふところから支払った金があるわけですね、この金はどこへ行っちゃったんですか。この金自体はどこへ行ったか。先ほどからのお話ですと、残ったという人もあれば、いやもう赤字になっちゃって、ないという人もある。この金は一体どこへ行ったんですか、何に使われたのですか。
○政府委員(上林英男君) 御存じのように、当時の貿易収支はどういう格好で経理いたしておったかということをもう一度御説明申し上げますと、まず輸出をいたしますときには、国内のマル公価格でこれを買い上げたわけでございます。それから、輸入をいたしますときには、別途司令部が管理いたしておりました外貨勘定におきます外貨をもちましてこれを買って参りまして、その物資をこの特別会計に引き渡したわけでございます。その引き渡しました物資を国内に売りまして、その売却代金がこの特別会計に入って参りました。したがいまして、外貨勘定と外貨の取引と国内におきまする円とは全く切り離された格好でもって運営されておったわけでございます。 で、先ほど申しましたように、JES統計がもし正しいといたしますると、非常に大幅な入超になっておったはずでございまするが、援助の援助物資が入って参りましたので、したがいまして、実体的には、先ほど大蔵大臣から御答弁がございましたように、まず外貨の面で見ますると、司令部の残していきました外貨勘定には当時約二億ドルくらいのドルが残っておった。かつ、貿易資金特別会計自体はそれを廃止いたしまして貿易特別会計に移りましたときに、純資産としては約三百八十億円程度の資産が残っておった。こういうことに相なるわけでございます。
○鈴木市藏君 今あなたの答弁で、二つまた新しく質問をしなければならない。一つは、当時輸出はマル公でせられたと言ったが、先ほどの質問に対して大蔵大臣は、国内で安く買いたたかれたわけではない、国内はマル公で買ってアメリカへ出したのだから、アメリカで幾らに売ろうと、それはこの問題に関しては関係はないのだというような御答弁だったんですけれども、一体当時マル公をきめたのはだれですか。
○政府委員(上林英男君) 当時は国内物価政策の観点から、物価庁におきまして物価統制をやっておったわけでございます。
○鈴木市藏君 その物価庁でやっておった物価統制を、マル公について占領者はどういう権限を持っておったんですか。これを日本が勝手にきめたものをそのまま承認したわけではないし、当時はすべて管理貿易であり、そうしてすべてアメリカの支配のもとにあった時代です。だから、公定価格一つだって、日本政府で勝手にきめたものじゃないんですよ。どうなんです。あなたたちはさっきから、公定価格だから少しも損はしちゃいないんだと、正当な価格で買ったんだ買ったんだと言っているけれども、それはそういうじつまを合わせるだけであって、現実に当時このマル公をきめた最高の一体場所はどこなんです。
○政府委員(上林英男君) 当時のことでございまするので、正確には記憶いたしておりませんが、もちろん一般の占領下にでございました関係もありまして、司令部の制約はあったと思いまするけれども、具体的には物価庁におきまして、たとえば輸出物資などにおきましては、コストなどを考えて価格をきめておったということでございます。
○鈴木市藏君 マル公自体が、アメリカが日本の商品を買いたたくためにきめたものなんです。当時の物価庁などというようなところで日本のマル公をきめるだけのそんな力はなかった。事実は、この公定価格をきめた、これもやっぱりアメリカです。そして、マル公をきめておいて、マル公で買い上げたんだから何も損はしていないんだと、こういうふうに言いくるめるだけの材料にしかすぎないのであって、事実においてこのマル公それ自体がアメリカの当時のやっぱり占領行政の中で繰り込まれた一つの政策的なものとしてきめられていたんだ、こういうふうにわれわれは見ている。間違いないでしょう。
○国務大臣(田中角榮君) これは鈴木さんの独断ですが、いずれにしても、私が先ほど申し上げたとおり、あなたのお考えは、アメリカが日本に対して対日援助物資に対して代金を将来取り立てようと思っておりながら、その実は日本の安いものを、マル公を安くきめて、それを買いたたいて自分の国へ持っていって高く売ったんだから、実費的にはアメリカのほうでみんな利益は先取りしているんで、こういうものが債務などということで新しく出てくるのはおかしいんだという、議論をきめてお考えになっておるからでありますが、少なくともその当時の日本の状態で、自分の個人の力、いわゆる日本の国だけでは、占領軍がなかったときに、一体日本人が生活していくだけの貿易がはたしてできたかというと、敗戦直後の日本の実態をお互いが知っておるんですから、そういうことは今にして言えば幾らでも論断はできると思いますが、そのような状態でなかったということだけは言い得ると思いますし、貿易自体の問題にしても、お茶に対してもたたかれるというよりも、もう送り出すこともできなかった事実もありますし、しかも貿易資金特別会計の中でもって日本で安いものを払い下げたりしながら、その金としては約二億ドルと三百八十億円とが昭和二十三年一ぱいまでのものとしては残っておりますし、二十四年から以後のものは三千六十億も残っておりますという事実に徴してみれば、今鈴木さんが言われたようなそうしう激しい認定は起こってこないのじゃないかと私は思うんですが、そこが議論の分かれるところかもわかりませんが。
○鈴木市藏君 これは議論の分かれるということではないんです。事実、あなた、当時はほんとういったら飢餓輸出です。そうして置いたたかれたという材料は、先ほど同僚の社会党の野々山議員も例をあげて言った。それは材料を出せといったら、幾らでもある。当時二十四年の第五国会で、死んだんだけれども、うちの徳田球一議員が、この問題について洗いざらい数字をあげた。その数字の中でも一、二の問題だけでも拾ってみなさい。たいへんな形で、輸入はとてもつもない高いものを押しつけられ、輸出は買いたたかれて持っていかれた。これは決して議論の分かれるところということではなくて、事実としてはっきりと言い得るものなんです。 ここに昭和二十四年の六月の六日に徳田さんが言っているのがある。言っている抜粋なんです。全部じゃない。この中でもこういうことを言っているのです。その一、二の例をあげてみましょう。人絹、これは国内価格じゃないんだ、国際価格の二分の一で持っていかれた。あなたは先ほどから、国内価格、公定価格だからと。そうじゃない。国際価格の二分の一弱で持っていかれた。それでトヨタ自動織機は二・五分の一でアメリカに持っていかれた、輸出された。瀬戸物のセットなどは四分の一だ。倍率七倍半の双眼鏡においては十分の一以下の価格です。こういうふうに、これは国内価格じゃない、国際価格で見ても、このように安値で買いたたかれた。 そして、輸入を見てみましょう。輸入は、何か非常に恩恵をこうむって、安く日本に持ってきて、たいへん日本国民は助かったようなお話をずっとやっておりましたけれども、輸入だって決してそうじゃないのです。ずいぶん当時高いものを買わされた。それは食糧だけじゃないのですよ。食糧であるというと、当時の困難な条件を見てみるならば、のどへ入るものならば何でもいいんだからということで、今だからそういうことをと言うでしょうけれども、たとえば、これなどは、あなた、どうなんです。まあ塩の例などを一つとってみましょう。塩は、何とあなた、原価の四・六七倍という高い運賃を支払わされた。そうして当時は、輸入価格の全体の二一・五%というものが運賃であった。こういう非常に高い輸入を押しつけられた。食糧だけじゃないのです。石炭にしても同様なんです。こうして輸入において高いものを扱わされ、輸出において安く買いたたかれた。 こういう事実から私たちは言っているのであって、決してあなたの言うように、あらかじめ結論を想定しておいて、そこへ持っていくために言っているのじゃない。そういうふうなものとはわけが違う。この問題については、多くの議員が言っているわけです。国民の当時の状態から見ても、飢餓輸出的なものだった、こういう形で言われるものなんであります。だから、あなた方が今振り返ってみて、あのときにこういうものが来たのは恩恵だということは当たらないのです、事実において。 そこで、お聞きしますけれども、当時二億ドルの外貨で三百八十億の金があって、見返資金特別会計に引き継がれたということを、大蔵大臣言っておりましたね。ほんとにそうですか。
○国務大臣(田中角榮君) そうじゃないでしょう。
○鈴木市藏君 じゃ、一体どこからどこに引き継がれた金なんです、それは。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほど申し上げておりましたのは、貿易資金特別会計ということで、アメリカといいますか、占領軍が管理をしておりました貿易資金というものは、一体幾らぐらい戦争が終わったときに手持ちを持ってやったかというと、日本の金は五千万円であります。もう一つ外貨は一体あったのか。外貨はゼロだったのです。それは、アメリカが管理をして輸出輸入をやったわけであります。輸入をせられたものは日本の生活の必需品であり、日本政府の要請で行なわれたものであって、相当輸入価格よりも安く国民の手に払い下げられたことは御承知のとおりであります。そして少なくともその価格は、国民に対して払い下げたものは、一部は無償であり、一部は払い下げ価格であっても、一応輸入価格よりも相当安いもので払い下げられた。それで、日本商社から買い上げられた輸出のものというのは、これはマル公価格でもって支払われた。これは未払いではないのです。払われたわけです。そして輸出をした利益があれば、その利益と、今対米債務になっておる相当大きな援助物資というものの代金と合わせたもので、国民に安く払い下げた差額は調整をしたはずであります。そのしりが幾らになっておりますかというと、昭和二十四年米国対日援助見返資金特別会計が始まる昭和二十三年一ぱいの考え方をいいますと、三百八十億円余日本に円で残っておった、五千万円の金が三百八十億です。それから、外貨のほうはどうかというと、ゼロから出たものが二億三百万ドル日本政府に引き継がれたわけであります。それから、その金をもととして対日援助見返資金を作ったのではない。それは別に運用せられておるのです。そうじゃなく、全然それは二十三年までのしりがそうであって、二十四年四月一日からのものは、二十八年八月一日の産投特別会計が発足するまでの間の援助物資の円貨払いをしたものが、円で積み立てたものが三千六十億と、こういうことでありますから、正確に申し上げると、今度の対象になっておるものの貿易特別会計の中の操作はたくさんありますけれども、この三千六十億と二億ドルと三百八十億円を足したものがずっと今日まで幾らに一体運用されているかというと、相当な金額に運用せられておるということは事実であります。
○鈴木市藏君 昭和二十四年度の「国の予算」といって大蔵省から出ておる本がありますね。これで見ると、特別貿易の会計は今言ったようなことにはなっておらぬ。これはあれこれあるので、これは二十四年三月三十一日現在で貿易資金税金収支表というものがちゃんと書いてある。動かすことができないものがちゃんと書いてある。それで見ると、輸入品の売却代金というものは一千四十億である。どんぶり勘定でもってわけのわからないというものではないです。ちょうど収支の明細書で見れば、輸入品の売却代金は一千四十億八千三百六十二万四千円だとちゃんと書いてあるではないですか。さっき何ですか、法規課長が一千四百九十何億と言ったが、僕らは数字の上に立って聞いているのです。
○国務大臣(田中角榮君) 先ほどから申し上げておりますが、この予算書に出ておりますものは、輸入用品の売り払い代金の金額を予算書に出したものでありますし、私が先ほど申し上げましたのは、貿易資金の残ったものを日本政府に引き継がれた純資産を申し上げておるのでありまして、純資産は三百八十億円であります。
○鈴木市藏君 私がさっき聞いたのは、そのつまり輸入品に対して国民が支払った金、要するに売却代金、国民が支払った金が幾らかということを聞いたのです。それに対して一千四百九十何億と、それからやはり二億ドルは政府のほうに入った。そういうことではないのです。この一千四十億というのは確認していいのだね。
○政府委員(上林英男君) ただいまの御質問でございますが、千四十億と申しまするのは貿易資金特別会計が廃止されました昭和二十四年三月までに現金で入って参った金でございます。したがいまして、その差額が当時物として残っておったものでございまして、その部分を足しますと、それが後ほどまた現金で入ってきたわけでありますから、合わせますと千四百九十五億円が貿易資金特別会計の手を通じまして輸入をされた物資の代金の総額である、こういうことでございます。
○鈴木市藏君 さっき私が千四十億という数字を出すと、そのとおりですと。これは当時余った物資も後日金が入ったので、総計すると千四百九十何億になる。私たちが数字を出さなければ、あんたそのままずっと通してしまうということになる。まことに数字のだらしのないのには困っちゃう。これはちゃんと見て下さい。大蔵大臣もこのところは最後に見て下さいよ。あなたの言うとおりになっていないのだから……。
○委員長(佐野廣君) それでは、本日はこの程度にいたし散会いたします。 午後五時五十七分散会 ————・————