建設委員会 第5号
- 発言数
- 39 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1962/08/23
会議録
○委員長(木村禧八郎君) ただいまより建設委員会を開会いたします。 建設事業並びに建設諸計画に関する調査を議題とし、本日は、公共用地の取得に伴う損失補償に関する件について、町田計画局長より説明を聴取いたします。町田計画局長。
○説明員(町田充君) 公共用地の取得に伴います損失補償の基準要綱について概略を御説明申し上げます。 この問題につきましては、昨年の九月、建設大臣から、建設省の付属機関として設置されております公共用地審議会に対しまして、「公共用地の取得に伴う損失の補償を一そう円滑かつ適正に行なうためには、いかなる措置を講ずべきか。」という問題について諮問いたしまして、同審議会におきまして七回の総会と八回の小委員会を開催いたしまして審議願いました結果、本年三月二十日、同審議会から答申をいただいたのでございます。その答申は、第一、統一的な損失補償基準の確立、第二、公共補償の基準の確立、第三、鑑定評価制度の確立、こういう三つの部門で構成されておるのでございますが、答申の大部分は、第一の統一的な損失補償基準の確立ということに費やされておるのでございます。 そこで、答申の統一的な損失補償基準の確立という問題でございますが、この問題に関しましては、従前は、公共用地の取得にあたって準拠すべき損失補償の基準として統一されたものはございませんで、収用裁決の場合におきましては、これに対して適用されます土地収用法の基本的な補償条項のほかは、任意買収の場合におきます各起業者等の内規、あるいは特定の種類の事業に限って適用される行政指導の基準として個々的に定められたものがあったにすぎませんで、また、これらの基準は、その内容におきましても統一性を欠いておりますと同時に、一部の基準では、すでに実用に合致しないために死文となってしまっているというふうな規定も見受けられる実情でございましたので、こういう点に着目いたしまして、このような補償基準の不備不統一が、公共用地の取得に伴う損失の補償を円滑かつ適正に行なうためには最も大きな障害になっている、こういう点を答申は指摘しているのでございます。したがいまして、第一の部門におきまして、答申は、統一的な補償基準を確立する必要がある旨を勧告いたしまして、そのためには、まず補償すべき範囲を明確にするとともに、最も合理的な補償項目の分類を行ないまして、これに基づいて補償項目の整理統一をはかる必要がある。次に、これらの補償項目について補償額算定の方法を統一的に定める必要がある。また、損失補償基準の実施の面で不統一が生じないように適正な実施を確保するための措置をあわせて講ずる必要がある。こういうふうに述べておるのでございます。そして補償項目の整理統一の項目におきましては、従来ございました精神的損失に対する補償であるとか、あるいは事業損失の補償であるとか、生活権補償でありますとか、追加払いでありますとか、協力奨励金、いろいろの問題があったわけでございますが、これらの問題を解明いたしておりまして、補償額算定の方法の統一という項目におきましては、土地価格、土他に関する所有権以外の権利の価格、営業補償、離作料、漁業補償、建物その他の物件の移転料、立木の補償、その他空中または地中の使用に対する補償、こういったものにつきましても、補償額算定の方法を整理統一する方法を指示いたしておるのでございます。 それから第二番目の公共補償の基準の確立の問題でございますが、これにつきましては、基本的には私人の財産に対する損失補償と同一の基準によって補償すべきでありますが、公共施設は、それぞれ特定の公共の目的をもって設置されておるものでございまするから、財産的価値の補償だけをもってしては、その公共目的に照らして必要とされる機能の回復が十分でないと認められるような場合には、公共施設としての機能を合理的な形で回復するに必要な費用をもって補償額とすべきであるというふうに答申をいたしております。 第三番目の鑑定評価制度の確立の問題に関しましては、かりに統一的な損失補償基準が確立しましても、これを具体的に適用して評価を行なう者の適格性を確保する必要がある、こういうことを指摘いたしまして、このような鑑定評価に関する問題は、単に公共用地の取得に伴う損失補償を定めるについて必要とするばかりではなく、さらに私人間の土地の適正かつ円滑な流通を確保する、あるいは地価の安定をはかるための措置としても重要な意義があるので、より広い観点から慎重に検討することが適当である、かように勧告をいたしておるわけでございます。 以上が公共用地審議会の答申の概要でございますが、これを受けまして、建設省におきましては、直ちに関係各省庁との協議に入りまして、おおむね答申で述べられておりまする方針に沿って「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」というものを策定いたしまして、本年の六月二十九日に閣議決定された次第でございます。 この要綱は、土地収用法その他の法律の規定によりまして土地等を収用し、または使用することができる事業に必要な土地等の取得または土地等の使用に伴う損失の補償の基準の大綱を定めたものでございまして、そのあらましは、以下御説明申し上げるとおりでございます。 まず、第一章の総則におきましては、要綱の目的なり要綱の定義なり、補償額算定の時期あるいは補償を受ける者の範囲等、補償基準全般にわたる事項について規定いたしておるのでございます。 第二章の土地等の取得にかかる補償につきましては、この土地に関する所有権以外の権利、それから建物、土石砂れき、漁業権等の取得あるいは消滅にかかる補償について、それぞれ答申のお考え方に従って規定を設けております。すなわち、土地の取得にかかる補償につきましては、正常な取引価格をもって補償するものとし、正常な取引価格というのは、近傍類地の取引価格を基準とし、その他の諸要素を考量して定めるといたしておるのであります。この考え方は、土地に関する所有権以外の権利、建物土石砂れき等についても同様でございまして、使用貸借に対する権利、占有権、漁業権等については、それぞれ答申の趣旨に従って別途規定を設けておるのでございます。 第三章の土地等の使用にかかる補償においては、取得の場合と同様の考え方によりまして規定いたしておりますが、特に空間または地下の使用にかかる補償について明文の規定を設けた次第でございます。 第四章の土地等の取得または使用により通常生ずる損失の補償におきましては、移転料、立木補償、営業補償、農業補償、残地等に関する補償の問題につきまして、それぞれ答申の趣旨に従いまして規定を設けております。この章の各補償項目は、通常生ずる損失のうちの代表的なものを掲げたものでございまして、その他の通常損失におきましては、この要綱に基づきましてさらに具体的に基準を作成する際に考慮いたしたいと考えておる次第でございます。 第五章の土地等の取得または使用に伴うその他の措置におきましては、土地等の権利者以外の者に対する補償、これについて規定をいたしておりますが、これは答申において述べられておりまするところの少数残存者の補償、あるいは離職者の補償、こういう問題でございますが、これにつきましても、答申において述べられておりますとおりの内容を明記いたしたのであります。 なお、答申において勧告はされておりますが、技術的にこの要綱の中に織り込むことができなかった問題を一、二申し上げますと、要綱の適正な実施を確保するための具体的な措置、それから精神損失に対します補償の取り扱い、こういう問題がございます。それから第三番目といたしましては、事業施行に伴います損失補償とは異なります別の損害の賠償、たとえば日陰が生ずる、騒音が生ずる、臭気が生ずるというようなことに伴いますところの損害賠償、それから公共補償、鑑定評価制度、こういった問題につきましては、答申の中には述べられておるわけでございますが、要綱の中には具体的にはうたっておりませんが、こういう問題につきましては、この要綱を閣議決定いたします際に、あわせて要綱の施行についての閣議了解として、その趣旨をそれぞれ実現をするように閣議了解がなされておる次第でございます。 以上が、公共用地審議会の答申及びこれに基づきまして建設省が作成いたしました損失補償基準要綱の概要でございます。 これに伴いまして、建設省といたしましては、ただいまのところ、この要綱及び閣議了解に基づきまして、関係方面に対しましてこれらの趣旨の周知徹底をはかるとともに、具体的な実施基準の作成を指導しつつありまして、その適正な実施の確保に努めたい、かように考えておる次第でございます。
○委員長(木村禧八郎君) ただいまの御説明に対し、御質疑のある方は順次御発言を願います。
○田中一君 閣議決定した一つの規定と法律と、その比重というものは、かりに裁判所で判定する場合、同等のものに認められるか、あるいは法律のほうが優先するか、そういう点はどう考えますか。
○説明員(町田充君) 損失補償の基本的な考え方につきましては、すでに土地収用法の中にそれぞれ規定がございますわけで……。
○田中一君 私、その問題を言っておるのじゃないのです。閣議決定された一つの決定事項と法律とはどちらが優先するかということです。
○説明員(町田充君) このたびの閣議決定をいたしました損失補償基準要綱は、あくまで土地収用法の収用の損失補償の精神を具体化したもので、もちろん土地収用法の規定の細部を、細目を規定したものであって、もちろん法律的な問題といたしましては土地収用法の規定が適用になるわけでございまして、それを実施する場合の具体的な基準、細目を示したものであり、どちらが優先するかという問題についてお答えいたしますと、もちろん土地収用法の規定自体が働くのであって、それを適用し働く場合の具体的な基準を示したものだ、かように私どもは理解しておるわけでございます。
○田中一君 それではなぜ法律にしないのですか。
○説明員(町田充君) 御指摘のとおり、今度の基準の中の一、二の境目につきましては、土地収用法の中にはっきり明記することが望ましいと考えられるような点もございますが、大もとは、先ほど申し上げましたとおり、土地収用法の損失補償の規定を具体的に実施する場合の基準をきめたものだという考え方に立っておりますので、これを法律にすることは必ずしも適当ではないというふうに考えておる次第でございます。
○田中一君 たとえば精神補償の面でも、現在、通常公共用地取得のために行なっているいろいろの措置というものを、むろん実態としては形を変えた——内容はちっとも変わっていない、形を変えて補償するということになっておるのであろうと思うけれども、しかし、精神補償というようなものとか、あるいはこの答申案でも明らかになっているように、表現があいまい——「不明確な名目による補償」ということをいっておる。これは、閣議の了解事項として、施行にあたっての言い分はそうしておきます。「従来一部において行なわれてきた精神損失に対する補償、協力奨励金その他これらに類する不明確な名目による補償等の措置は、」云々、「不明確な名目の補償」というものが現在今まで行なわれておったという前提に立ってものを考えておられます。これは土地収用法の精神をそのまま施行したものであろうと私は理解をしているのです。土地収用法はもう十年以上たっております。ここにはっきりとうたわれているのは、精神損失に対する補償、協力奨励金、これがあがっております。その他まだ数々あると思うのです。これらがなぜ「不明確な名目による補償」ということになるのか。今、ここでもって閣議了解で不明確と指摘された補償行為というものが、おそらく今までは土地収用法の精神にのっとって補償しておったはずです。これは認められておったのです。それを、今度あらためて「不明確な名目による」という指摘はどういう意味になるか。これはどういう意味なんですか。あなたは今、今度のこの閣議決定によって、この要綱によって土地収用法の精神が完全に生かされるのだということを強弁しておる。しかし、従来でもこれらの補償は土地収用法の精神を生かして実施されておるのだということをわれわれは信じておるのです。あらためてここに、それらのものは不明確なる名目による補償だったという指摘は、少し僕は行き過ぎではないかと思う。一体そんなことを断定する権利は政府にはありませんよ。政府は、なるほど公共用地を取得するためには権力を持っておる。すでに現在まであったところの事実というものを間違いであった、明確でなかったという補償をあえてしておったということを認めておるわけなんです。民法の上からいっても、そうした独断というものはあり得ないと思うのですよ、僕は。今まで行なってきたところの補償というものを全部撤回しなさい。どうしてここに閣議の了解事項として、数々の、いろいろの不明確な名目による補償があったから、これをこうするのだということを言えるか。その点をひとつ、今までの過去十一年間土地収用法を実施してきたところの実態というものを明らかにして下さい。どういうものがあったか。不明確と判断すべき補償という名目の行為はどういうものがあったのか。これを全部羅列して下さい。はっきりあげて下さい。
○説明員(町田充君) 不明確な名目による損失補償ということでございますが、この要綱は、単にいわゆる収用の場合を考えておるわけでございませんで、広く収用を含めまして、いわゆる任意買収、協議による買収、そういう場合にも広く適用されるような基準として私ども考えておりますので、収用の場合に、ここに指摘してありますような不明確な名目による補償が具体的にあったということももちろんございますが、一般には、いわゆる任意買収、協議による買収というふうな場合に、根拠のはっきりしない土地収用法、あるいは任意買収の場合でも同じでございますが、一言で申しますと、正常な取引価格によって買収をし、収用をするということでございますが、そういう正常な取引価格によって買収をし、あるいは収用するという観点から考えると、必ずしも根拠のはっきりしないと思われるような名目の金額があったと、こういうことでございます。
○田中一君 話し合いによって買収する云々ということは、商行為なんですよ。ものを売る、買うの問題なんです。その内容がどういう条件があろうとも、確かに売る、買うですよ。土地収用法によってこれを収用するのだというものなら、これは別ですよ。話し合いでもって商行為、この土地を売りましょう、買いましょうという話の内容まで、この買うほうの側の意思が織り込まれていないはずです。いやなら収用しますよ。また、これで買ってくれなかったら、どうぞ収用して下さいということなんです、国民は。所有者は。しかし、それまで立ち入って、何が不明確な項目か。その不明確な項目をあげて下さい、全部。土地収用法による公共用地の取得によるところの任意な商取引まで制限しようというものではないはずです。どこまでも収用法の発動によって取る場合にはかくかくであるということはうたってあるはずなんです。私が自分の土地をだれに売ろうと、幾らで売ろうと、今日の資本主義社会においては、何も制約するものはない、何も法律はございません。自由です。百万円で売っても、おれは五百万円でなければ売らないと言っても自由です。土地収用法を発動して、公共用地取得を土地収用法によって行なおうとするなら、あなたが前段に言っておるように、その精神が生かされて、あいまいじゃ困るから、こういう補償基準を作るということです。これは何年間もわれわれが要求してきたところですから、決してこうした出方に対して反対するものじゃありません。国民が安心して土地を提供し得るような措置をとるべきであるということは、再三再四何年間にわたって私どもが主張して参りました。しかし、今まで十一年間法を施行した今日、何をさして不明確な名目でもって——おそらく「不明確」という言葉は不当なるという裏の言葉があるに違いない。これは不当であるという意思が働いておるのじゃなかろうか。不明確なる名目による補償行為というものを全部あげて下さい。どういうものが過去にあったか。なるほど、私がこういうことを言っても、私が自分の認識が足りないので、まことに不明確なるものがあったかもしらぬ。全部今までの補償行為の中でもってそういう項目が、不明確な項目があったと指摘しておるのであるから、全部あげて下さい。どういうもの、どういうものと言って、ことに今、局長が説明しておるような、話し合いで、商行為であるものに対して、その内容まで立ち入ることはありようがない。それはあなた方の問題ですよ。買うほうの側の態度ですよ。
○説明員(町田充君) そこに書いてございますとおり、従来、一部において行なわれておりました精神的損失に対する補償であるとか、あるいは協力奨励金であるとか、あるいは生活再建補償であるとかというようなものが従来確かに一部で行なわれてきておったわけでございますが、こういうものをつらつら考えてみますと、土地収用法に規定いたしております補償というものは、土地の正常な通常の取引価格によって行なうのだ、こういう原則に照らして考えますと、協力したかいなか、あるいは個人的にどういう精神的損失を受けたかいなか、あるいは、そのものが収用されることによって生活再建のためにどういう措置を講じなければならぬかということは、従来、正当に補償すべき正常な取引価格の補償が十分行なわれていないということによる面が多いと考えられますので、そういう項目はできるだけ整理をして、客観的な正常な通常の取引価格というものをできるだけ確立していきたい、こういう考え方でございます。
○田中一君 だから、そういう不明確な名目で行なった補償というものの事例を全部あげて下さいというのですよ。資料として出していただきます。
○説明員(小林忠雄君) ただいま全部の事例は手元にございませんので、後ほど調べまして提出いたしたいと思いますが、今、手元にございます事例としましては、同じく閣議了解の事項で電源開発に伴う水没補償要綱というのがございまして、その中に、精神的打撃を緩和する意味で謝金を贈る場合には云々というようなことがございまして、閣議了解に基づきまして、水没に伴う補償について謝金を出しておる例がございます。建設省の直轄の工事の例としましては、天龍川の支川の三峰川の美和ダムにおきまして、一戸当たり十五万円、同じく、鬼怒川の川俣ダムにおいて、二戸十五万円、揖斐川の横山ダムにおいて、村外の移住者に対しては一世帯十万円、村内の移住者に対しては一世帯十五万円というようなものを謝金または協力奨励金というような名目で支出いたした例はございます。
○田中一君 それじゃ、それは出してくれますね、資料として。
○説明員(小林忠雄君) 過去の事例につきまして、できる限りの資料を提出いたしたいと思います。
○田中一君 そこで、過去にそうして出しておった事例があると、それはそうした精神的な、あるいは奨励金かなんか知らぬけれども、そういう名目のものは、今後、何らかの形でそれは織り込まれたものが今後の補償金になるというように理解していいのですか。名目だけが不明確であって、内容としては、実質としては支払うべきものであるけれども、名目が不明確だからそれを整理してよい名目にして払っているのだ、あるいは払うのだというように理解していいのですか。それとも、そういうものは今後の補償基準からは抜くのだということなんですか、実質的に。私はこれは好意的に聞いているのですよ。
○説明員(町田充君) 先ほどお答えいたしましたとおり、従来のそういったものが通常の正常な取引価格としての土地の価格を補償してないというふうなことが原因で出されている、こういうふうに見られる部分については、今後は正当な通常の取引価格による補償として補償が行なわれる、こういうことになってこようかと存じます。
○田中一君 ずいぶんあいまいですね。そうすると、今までやっている実態というものを明らかにしてもらわなければ何とも言えないのだ。今までおそらく年間何百件、何千件あるかしれない。それを一つ一つ今度はここでもって不明確なものである、こういう名目ではいかぬというものを明らかにしてほしい。でなければあなたの言っているのは抽象的な議論で議論にならないのですよ。あなたは実態を知らないんですよ。国民は実態によって要求もし、また収用者のほうも支払うのだ。実態を知らないで作文じゃ危険きわまりない。そこで、憲法二十九条の正当なる補償ということだと思うのだ。今まで不明確なる項目で支払った金というものは正当なる補償のワク内に入るか入らないか。それで、その名目というものはその名目ではいけないけれども、別の名目ならば正当なる補償のワク内に入るか入らないかという点は、どういう割り切り方をしているのですか。これは局長、あなたあまり知らないなら知らないで総務課長に回していいから……。
○説明員(町田充君) もちろん個々の収用の案件、個々具体によりまして千差万別かと存じますが、土地収用法は、もちろん憲法の規定を受けまして、正当なる補償とは、土地収用の場合何であるか、それは通常の正常な取引価格であるということを土地収用法自体は宣言をいたしておるわけでございまして、それを何が正常な取引価格であるかということを個々に当って判定をしていかなければならぬということでございますが、その場合に、従来出されておりました精神的損失に対する補償であるとか、あるいは協力謝金であるとかいうふうなものは、場合によっては、正常な取引価格というものの中に含めて考えるべき名目である場合もございましょうし、ややそれをはずれたというような場合もあったのではないか、こういうふうに考えておるわけでございます。
○田中一君 「あったのではないか」——これはわからないです。あったのではないかと思うのを今出してくれるというから、その点はそれを見てから質問しますけれども、私はどこまでもそれらの今までの慣行として行なわれたところのものは、正当なる補償の範囲に入るのだというような認め方をしたいのです。ここで明らかなように、そういう名目がいけないと書いてある。金がいけないとは書いてない。補償金がいけないのじゃない。そういう名目の補償金がいけないとなっておるのです。その点はどう割り切ってこの要綱を作っておるのですか。かつて謝礼金または精神的損失について支払ったというものが不当であったという認識に立ってそれをとろうとしておるのか。あるいは、そういう名目が悪かったと、実際は変わらないけれども、その名目がいけないから、その名目を変えるのだということなのか。その点どうなんですか。
○説明員(町田充君) 単に名目を変えるとかなんとかいう問題だけではございませんで、収用に際して土地の評価をいたします際の考え方として、それはあくまで近傍類地の取引価格というようなもの、その他の諸要素を勘案いたしまして、通常正当な取引価格、こういうものによって補償をしよう、それが土地収用法、さらにさかのぼれば憲法の考え方であろう。そうしますと、そのそういう土地の通常の取引価格という要素からは多少はみ出ているような、あるいは精神的損失あるいは収用についてどの程度協力をしたかというふうな要素というものは、そう考慮に入れる筋合いのものではないのではなかろうか、こういう考え方が基本になっておる、かように存じておる次第でございます。
○田中一君 これはまあ通例そういう現象はどこでも見られることなんです。ごねたほうが得だ、だからごねても得にならぬよということをきめたいということだと思うのです、ねらいは。しかし、それは憲法の精神じゃない。政治に対して信頼があれば喜んで提供するのです。権力に対して信頼がないから抵抗するのです。なぜ抵抗しなければならないかということをちっとも掘り下げてない。ごね得なんということを新聞でもやたらに書くものだから、何でもかんでもごねればいい、ごねているのだという印象を与えるけれども、憲法の精神にあるとおり、正当な補償ではないという前提から抵抗するわけです。この場合ごねるのじゃございません。また意識的にそういうことをやっておる者もままいるかもしらぬが、おおむね憲法の規定を尊重し、守り、それが正当な補償ではないから自分は応じないのだということを言っておるのですよ。それをごね得を防止するのにはこういう形のものがあれば防止できるのだなんというようなことを考えたのでは、権力政治になるのですよ。一方的にこういう要綱を作って、収用する担当者はこれだけでもってしゃくし定木にいかなければならぬ。今あなたの言っておるような、局長の言っておるような言葉を被収用者の前で言ってごらんなさい、どういうことになるか。その被収用者は、正当なる補償じゃないから私はいやなんですということを言っておるのですよ。あなたのような考えを持っている行政官がおったのじゃ国民はたまらないですよ。そういう点をもっと明確にしなさいというのです。 それで元へ戻りますがね、法律にしなさい。閣議決定なんということを言わないで、はっきりと法律にしなさい。通常行なわれる価格というものをどうきめるか。これはあなた方がさっきの説明の中に言っておるように、鑑定評価の、その基準が何もないのです。この裏づけがないとだめだということはわれわれが再三言っています、この委員会でも、国会では。結局これだけのものでは土地収用法でいう伝家の宝刀的な強権であるというような印象を国民に与えながら、収用者のほうの意思一つでもって被収用者を圧迫しようということにしかなっておらないのです。評価鑑定の基準というものが明らかにならなければ国民は納得するものじゃございません。この公共用地審議会においても、この委員のメンバーをごらんなさい。もう少し国民の中から委員を選んで、泣き泣き離職をしたり、父祖伝来の土地、墓、それまでも水没される人たちや、あるいは営々として築いたところの商権というものを失う人たちの代表を入れべきである。政治というものは実態なんです、生きているのです。法律家が関係法規を引っぱり出して、これなら逃げられる、これならうまくいくだろうというようなもので、憲法二十九条にきめているこの財産権というものが不当に侵されることがあっちゃならぬです。この顔ふれをごらんなさい。私はまあこういう問題で質疑をすると、それはもうまだまだたくさん条文はありますから、一カ月や二カ月たってしまいますから、皆さんに御迷惑をかけてしまいますから、あまり言いません、今のところは。しかし、こういうような閣議了解事項の施行にあたっての意思表示が現われている以上、私はこれは納得できないです。われわれが要求しているものはそういうものでないです。今まで公共事業に対するところの理解と、憲法二十九条にきめられているところの財産権というものと、これに摩擦なしに喜んで国民が公共事業に信頼して土地を提供し得る条件を作りなさいということです。私は現在首都高速道路公団の土地収用の要綱とか、あらゆるものの資料をたくさん持っております。仕事を急ぐために相当な相手方の精神的な損失というものを認めようとする傾向にあったのです。純理論的には当然公共事業というものは国民のものである。お前さんのものじゃないか。幸か不幸か、お前さんの所有権というものが侵されたのだ。必要になったのだからまあがまんしてくれということになるわけでありますけれども、それだけでは政治というものは動くものじゃないのです。先般の新聞等で見ても、河野建設大臣は相当強く公共事業の実施をあなた方に命令しているらしい。この程度の要綱で、なるほど作文としては形を成しているのです。国民はたまったものじゃありません。抵抗が強くなります。生活再建の問題も、おそらくそんなものは土地収用法の実態からいえば、そんなものは余分な名目です。その通常評価される価値というものだけを局長が言っているように認めようとするならば、その人間が、今までの百姓、農民が、何になろうと知ったことじゃないということでもって進まなければならぬのです。土地の正しい評価、これによって金銭支払いをすればいいのです。特定公共事業の収用に対しての特別法が成立したのは御存じですか、昨年だったかな、ことしだったかな。今度の要綱との間に矛盾はありませんか。補償の基準、補償の精神、収用の精神、そういうものと関連して矛盾はないですか。
○説明員(町田充君) 公共用地のための土地収用法の土地収用法の特例は、収用の手続について特例をきめておりますので、損失補償のあるいはその基準につきましては、そう特別の点はないと存じております。
○田中一君 しかし、ここには生活再建のための条項もありますし、何も公共用地を取得するのに相手方の生活の再建なんか考える必要はないですよ、今のあなた方の要綱の精神でいうならば、局長の説明でいうならば。しかし、ここにははっきりと書いてあります。四十七条にあるように、「(生活再建等のための措置)」という中には、住宅、店舗その他の建物の取得に取ってあげましょうということも、職業の紹介、指導または訓練、これもしてあげましょうということも書いてある。そんなことが一体公共事業のための土地収用をするということと何の関係があるのか。関係をしなければ権利者が、所有者が承認をしないからこういうものか書いてあるのです。あらゆる名目の権利というものは何かと言うのですが、明らかにしてほしいというのは、それなんです。それに戻ってきちゃうのですね。不明確な項目というものは何かということです。一体公共用地を取得するために被収用者の職業の紹介もしなければならない、法律にちゃんと書いてあります。一体何をさしてこういう「不明確な名目による補償」ということをいっているか理解に苦しむわけです。ことにわれわれが長い間要求しているのは、評価鑑定というものが基礎にならなければ、独断的な官僚の——いいですか、官僚の権力主義によって国民が泣くということを言っているのですよ。官僚というか、国家公務員は、公共用地の取得をしようといろ係員というものは善良な市民であるけれども、国家公務員という立場でもって一つのこういう要綱がきまれば強行しなければならない。だれが正当なる価値というものをきめるか。これを強行してごらんなさい、抵抗はますます強くなります。それには国民が納得する形の評価鑑定というものが行なわれなければならぬ。正当な補償ということが、憲法で明らかになっている正当な補償ということを立証する、国民が納得する形のものでなくてはやはり権力主義です。一方的な収用者と被収用者の関係になるのです。ただし、この場合には収用法を適用しようという場合ですよ。前段におけるところの話し合いで買収交渉をする段階は、これは先ほどもあなたがその問題にも入るんだと言っているけれども、入れっこございませんよ。売買の交渉をするときにどういう名目を使おうと自由です。その集積された金額というものは正当なる補償になるのです。それが正当なる補償なんです。取引、売買じゃないですか。わが国では自分の財産を幾らでどこに売ろうとも自由だということになっている。それまでが制約されるということは、ちょっと局長が先ほど触れておったけれども、そんなことはあり得ません。内容にどういう名目があろうとも、それは自由です。だから、私は不明確な名目の補償というものが、その名目が悪いから、内容として実質的に含まれたものが正当なる補償になれば私はいいのだ。局長を誘導してそういう答弁をさせようとしてもなかなかしない。そういう悪いものもあるのだということを言っている。そういうものが含まれたものがそういう正当な補償と判断しますということであるならばいいけれども、あなたの答弁はそうじゃない。不当なる補償という心配があるから、そういうものはやっつけなければならぬのだ、あなたの頭にあるごね得、新聞やマスコミでいうごね得という言葉を国家公務員の頭からとらなければならない。国民は善良なんです。国民は憲法を守ります。ごねるにはごねるだけの理由があってごねるのです。ことに町田さん、あなたは警察から来たのだから、ますますそういう濃厚に国民を罪人扱いする気持があったのじゃ困りますよ。あなたの説明はちょっと納得しない。そういうものが含まれている補償名目が悪いのだということならば、その分だけは私は認めてもいいと思う。なるほどそういうものもあったろう。そういう国民に誤解を与えるような名目のものがあったろう。ごね得と印象づけられるような名目の補償もあったろう。それはもう是正しなければならぬ。しかしながら、そういうものは別の面で補償の中に入るのだという答弁ならばいいだろうと思うという気持がするが、あなたはそういう答弁をしていない。どこまでもそういう悪いものがあるのだ、それは直さなければならない、払わないのだということでは困る。ことに精神補償という言葉を抽象的に使っているけれども、信頼という言葉は、金は幾らくれてもいやだと思うのは、これは精神的なものだ、金ではないという被収用者もいるわけです。そういうことを知らないで、こういう文章で表わす場合には、なかなかそこまでいかぬだろうから、実際の収用の面にわたってそういうものがあるのだという答弁をしてくれなければだめだ、局長。総務課長かだれだか知らぬが、書いたものを読んだだけではだめだ。やはり実態というものを知ってこれはこうだという答弁をしなければならぬ。だから、私はあまりあなたに質問をしたくない。そつがあっては困る。実際末端における収用官、用地官にしても、どのくらい苦しんでいるか。今その点局長に答弁できなければ、一ぺん戻って相談して答弁して下さい。この問題は留保しておきます。僕ばっかりしゃべっているので、まだまだあるのですが……。
○田上松衞君 質問の内容に入る前にひとつお断わりしておきますけれども、私ども実際まだ不勉強で、等申の内容あるいは六月二十九日の閣議了解ないしは閣議決定基準要綱ですね、こういうものをまだ完全には読みこなしていない。したがって、これを十分読みこなしていくとおのずから解明できる事柄があるかと思うのですけれども、読みこなしていない立場ですから、その気持で主としてお聞きするということで申し上げるから御了承いただきたい。したがって、田中委員の言われたことと重複することがあるかと思うのですが、これもひとつ了承していただきたい。 基準要綱の目的で明らかに示されておるように、これは土地収用法その他の精神を生かして、公共用地の取得を円滑にやっていきたい、そうして裏づけとして適正な補償の確保をはかりたい、まあこういうことだと思うのです。以下ずっとこれを一通り目を通していきますと、確かに第二章から四章にわたっては、ややその気持の上に立って、こういう場合には補償をするものとするという文句が使ってあるのですが、第五章に及んで、隣接土地に関する工事費の補償あるいは少数残存者の補償あるいは離職者の補償、こういうような項目になってきますと、特にここで目ざわりのすることは、これらの問題については、その者の請求がなければ補償しなくてもいいというようなニュアンスを感ずるのですが、そういうことなのかどうかということなんですよ。もしそういうことが建前であるとするならば、請求しない非常に遠慮がちの人々ですね、私欲というものを捨てて公共のために奉仕しようと考えておるような奇特な人々に対しては、これは見のがしてしまうという結果が出てくるのではないかということが考えられる。これは三つの場合みんな同じ文句が使ってありますね、「その者の請求により」という言葉。これが第一点。 それから第二点の問題は、五章の四十四条の中で、この四十四条の末尾にありますね、「社会通念上妥当と認められる限度において、」という文句が使ってあるわけです。この「社会通念上妥当と認められる限度」とは、これはこういう場合にこういう工事をする、前書きしてありますその必要度というものにひっかけてある言葉であるのか、あるいはその末尾にありますところの「費用の全部又は一部を補償するものとする。」というこのいわゆる補償額にひっかけてある文句なのか、この点が明らかでないということ。 第三点。めんどうくさいから一緒に一括して言います。四十五条の中にあります。二行目のしまいからあります、「これらの者に受忍の範囲をこえるような著しい損失があると認められるときは、これらの者に対して、その者の請求により、」云々、こう書いてありますね。そこで「受忍の範囲をこえるような著しい損失があると認められる」という、その認定は一体だれが、どういう機関で、どこでやるのか。以上三点について教えていただきたい。
○説明員(町田充君) 第五章の三つの条文に書かれておりまする補償の問題は、実は土地収用法には規定はございませんので、四十四条については一部ございますが、四十五条、四十六条につきましては、土地収用法では実は何ら規定を設けておらないのでございますので、これを当然こういう補償をすべきだというふうに一律に割り切るということもいかがであろうかというふうな考え方もございまして、請求があった場合に、こういうことを考慮して補償をするのだという建前を表わしたものと、かように考えております。もちろんこういう趣旨の基準要綱が閣議決定されたということを十分関係者に周知徹底させまして、うかつにもこういう規定があることを忘れて、請求をしないで済んでしまったというふうなことがないように、その点は十分手落ちがないように周知徹底をはかりたい、こう考えておる次第であります。 それから第二番目の第四十四条につきましてのお尋ねでございますが、「社会通念上妥当と認められる限度において、」、これは文理上は工事をすることを必要とするものに対して、つまり土地を一部収用をされた、使用をされた残地について、増築をなしなければならぬ、改築をしなければならぬ、修繕をしなければならぬ必要が生じてくるわけでございますが、そういう工事は、社会通念上妥当と認められる限度において工事をすることが必要だと、今まで竹がきしかなかったのに急にりっぱな石がきに直してくれというふうなのは、やや社会通念上から考えて妥当とは認められない、従来あった程度の残地に対します工事をする、こういう工事が必要な社会通念上妥当と認められる限度の工事、それをするに必要な費用の全部または一部、こういう考え方であろうかと存じます。 それから第三番目のお尋ねでございますが、四十五条のこれらのものに受忍の範囲をこえるような著しい損失があるとだれが認めるのかという問題でございますが、請求があります場合は、もちろんその請求をいたしますものが、私はこういう損害を受けたと、こういう主張をいたしますわけでありましょうが、それが一応のこの補償の発端になるわけでございますが、そういう請求がありましたときに、それがはたして妥当な請求であるかどうかというようなことは、具体的に収用にかかりました場合には、収用委員会の裁定の際に、収用委員会で判断をされる、こういうことに相なろうかと存じます。
○田上松衞君 どうも何だか、お聞きすればするほど了解に苦しむのです、率直に申し上げまして。一体この建前が、無理なことをしないのだ、公共のためにやる仕事で、これに対して、個人のいわゆる私権というものを決して軽く見やしないのだ、そのために裏付としての補償を十分やっていくのだ、一口に言って、それでなければならぬはずだと思うのです。 お聞きしてみますると、何だかこのあれは、土地収用法にない、範囲をこえてやるのだから、これはひとつ、あたたかいあれを加えてやったのだというような、そういう気持が、どこかへ出てしまうような感じがするのですが、それであってはいけない。建前はあくまでも、どういう場合であっても、これに関連するものに対して円滑な事業の実施をはかろうとする場合に、十分了解させる、これは言わずもがなの問題だと、だから本人が請求しようとしまいとにかかわらず、それはやはり、きちんとやる行き方をとらなければうそだ、今の御答弁では、これを十分周知徹底せしめて、うかつにも権利を放棄するようなことのないように、ひとつ教えていきたいというようなお言葉のように受け取れるわけですが、私が申し上げるのは、うかつに権利を放棄するとかなんとかいうことでなくして、前段申し上げたように、非常に奇特な人々が、一切を、私ごとを捨てて奉仕しましょう、公共のためにこれを忍びましょう、そこで、請求の手続をしなかった、そういう人については、これは知らぬ顔の半兵衛で、引っくり返していえば、ネコババ式に見逃がしてしまうんですかというんですよ。私は、そういう建前はよくないんじゃないかというんです。そこから申し上げているわけなんですよ。何かの形で、そういう者があるならば、一応補償はしても、それが別途の形において、何かたとえば社会事業団体等に差し出していくという行為は、これはうるわしいことですけれども、請求しなかったから、そんなものは放ったらかしておくんだ、請求されると、初めてこれを問題にして解決していくというような行き方は、これは建前上おもしろくないということなんです。第一点のあれは、そこなんです。 第二点の問題についてのあれは、どうも明瞭でないので、こういうような工事を必要とすると認める場合、それが社会通念上、まあ、あなたのお話では生けがきをとって石がきを積めというようなことになると、社会通念上、そんなととは行き過ぎだというようなことになるので、そこで、必要限度だというようなことのようですね。もしそうだとすれば、それは何かしらぬ、「社会通念上妥当と認められる限度」というもののその「限度」は、工事をする必要があるかないかという必要度だけについての文句だ、こうとれちまうんですよ。そのあとの問題について、ここで希望を、こうあってほしいということから申し上げると、その費用の全部を補償するか、一部を補償するか、そういうことについて社会通念上ですね、妥当と認められる限度という文句が当てはめられるのが望ましいんだ、こう思うのだが、そこが何だか、こう食い違っているということなんです。その二つについて、とりあえずもう一ぺんはっきりしていただきたい。
○説明員(町田充君) 四十五条、四十六条の問題は、結局収用される対象になっている土地あるいは建物、そういうものの関係人とは、いささか範囲が広がるわけでございまして、−四十四条の問題は後刻お答えいたしたいと思いますが、四十五条、四十六条の問題で、「その者の請求により」、こう書いてある趣旨でございますが、先ほど申し上げましたように、結局収用される土地なり、建物なり、そういうものの直接の関係者というものではなくて、それより多少、こういう間隔をおいた関係人になって参りますので、事情がはっきりつかみにくい。こちらから一方的におもんぱかって補償するには、事情がわかりにくい。だから、一応そういう関係者については、申し出を待って、その申し出があれば、十分考えていこう、こういう趣旨かと存じます。 それから、第四十四条の「社会通念上妥当と認められる限度において」という言葉でございますが、御指摘のとおり、これは工事そのものについても、そこまで考慮して差し上げることが社会通念上妥当であるかどうかという判断もからんで参りましょうし、その費用の全部あるいは一部を補償いたします場合に、やはりどこまで補償するのが社会通念上妥当と認められる限度であろうかという判断も当然加わってくるものと考えております。
○田上松衞君 前段の問題ですが、少しあなたのほうとは、感覚が違うのです。今日における国民の、何といいますか、権利といいますか、そんなものは所有権というものよりも、その次にきまするたとえば使用者であるとか、借地権であるとか、居住権であるとか、こういうものが今は重視されている時代だと私どもは考えておるわけです。 お話の点からその問題に触れると、こういうものについて収用されるところの土地の所有者だけが、いわゆる権利者として強く扱われておる、その他の者は付随的なものであって、だから請求があれば考えるけれども、請求がなければというようなことを言われておるのだが、これは意見の相違ですけれども、実際今日の世の中は、そんなものではないのですよ。問題は場合によると、土地の所有者というものは、そんなものはどうにもできなかったような、使い道のなかったような土地を、あるいは人に貸してしまった土地を、あるいは住まわせた土地を早く処分してしまいたいということすらあるのですね。もっけの幸いだ、そういうものが補償されてほくほくになって、その上で生活しておりまする関係の者が冷たく扱われるということは、これは円滑な事業の遂行ということから考えると、とんでもないことではないか。今までこれに類する一切の事業を御経験になっておわかりだと思うのですが、必ずしもこういう問題のもつれというものは、むしろ所有者に対する、その上に別にくる者の権利と、ここにあると思うのですが、そこで結論的に申し上げると、そういうものを甘く見て、軽く見て、よかれあしかれ円滑な事業の遂行を求めようということは無理ではないのか。ニュアンスとしても、こういうものを、それらの人々にした場合に、これは一体何だ、ばかにするなと、土地は取り上げる、そこに使っておった、借りておった、あるいはその上に家を建てて住まっていた、これを何かの別個の方法で国がめんどうを見ていける道があるなら別問題ですけれども、このことの中で、これを処理していこうとする限りにおいては、これはずいぶん私は隘路が心配される。だからこういうことを申し上げておるわけです。 したがって、そういうものの請求を待ってという言い分は、非常にまずいと思う。もう一ぺんその点の考えをはっきりして下さい。
○説明員(小林忠雄君) この第五章の規定は、いずれも土地に関する、土地所有者のみならず、土地に関する所有権以外の権利——借地権、地上権、永小作権、賃借権等の物権を持っております者以外の者でございますから、したがって四十四条の場合は、自分の土地は全然取られないのだけれども、それに隣合っておりますために、たとえば道路が従来丘であったところを、少し切り下げて、道路にした場合に、従来でしたら、平地で直ちに道路に出られたものが、道路改良の結果、自分の土地と道路の間に断層ができて、その間に階段でもつけなければ出られないというような人の場合でございます。 四十五条の場合は、これはもっぱら山奥の山村の水没のような場合で、生活そのものがまた金銭経済に十分なっておらないような場合に生活共同体の中で初めてなりわいが立っておったような人が、自分の土地は全然ひっかかりませんけれども、自分らが孤立されたような場合の補償でございまして、典型的なものを申し上げますと、たとえば山村の部落の大部分が水没しました場合に、ちょっと高い所にお寺が残っている。そうすると檀家がみな水没しましてよそへ移っていった場合に、お寺だけ残りますと、お寺としての生活が成り立たないというようなものでございます。 それから四十六条は、土地を収用、あるいは買われました企業に雇用されていた人に対する補償でありまして、いずれも直接の土地収用法上の土地所有者関係人以外のものであります。土地収用法の九十三条におきましては、この要綱の四十四条に見合う規定がございますが、九十三条におきましても、「これらの工事をすることを必要とする者の請求」によって補償するということになっております。四十五条、四十六条も、収用法九十三条を四十四条が大体ならった書き方をしておりますので、同様の書き方をしておりますが、一般に収用法及びこの要綱の補償の考え方は、客観的な取引価格、客観主義を貫いておりますが、ここにあげております特に四十五条、四十六条の問題は、非常に主観的要素が強いわけでありまして、第三者から客観的に判断できる場合もございますが、その人の主観的な要素が非常に強いものでございますから、その二つの理由によりまして、その者の請求によるという建前をとったわけであります。
○田中一君 これは局長、もう一つ聞いておきますがね、この閣議了解事項の施行についての第一の最後に、「収用委員会の裁決の場合においても基準となるものと認められる。」、これは一体なんですか。収用委員の権限を申し上げましょう。収用委員の権限は、土地収用法の第五十一条の2「収用委員会は、独立してその職権を行う。」、こうなっている。これを見ると、この要綱は、収用委員会の裁決の場合において、判決をする場合においての基準だということをいっているのです。これは法律以上のものです。政府が、法律以上の権限を持って押しつけているのです。こうなると、土地収用法の収用委員会の権限は、収用委員会は昭和三十七年六月二十九日閣議了解の公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の基準によって、その権限を、職権を行なうということになるわけなんですよ、極端に言えば。いいですか、法律では明らかに「収用委員会は、独立してその職権を行なう。」と権限を明らかにしている。ところが、日本の政府は一方的に、との要綱が収用委員会の裁決の場合においても基準となるのであるといっている。これは政府というものは法律以上の権限を持っておりますか。専制国家の姿ですよ、これは極端に言うと。審議会ではこういっている。「また、この基準は、収用委員会の裁決の場合においても基準となるべきものと認められるので、所要の措置を講ずる必要があるものと認める。」、こういう表現をしている。ここには明らかに収用委員会の裁決の場合の基準になるのだということをきめつけることになるのはおかしな話で、私は、だからもしほんとうにやるならば、法律にしなさいと。これはあり得ますか。それはおそらくごまかしのうまい君らのことだから、何かうまい抜け道をぬけぬけと言うだろうけれども、素朴な国民というものは、そういうものではない。法律以上の収用委員会という裁判官の前で——どちらにもくみしないところの公平な裁判官の前でも、裁判官というものは、この要綱によって、お前たちは裁決をしろということを強要しているように印象づけられる。どういうことなんですか、これは。あなたこれ、この文章をどう解釈しているのですか。
○説明員(町田充君) 御指摘のとおり収用委員会は、それぞれ独立をしてその職権を行なうものでございます。 したがいまして政府の閣議で決定いたしましたこの要綱も、そういう意味では、法律的には全く拘束力はございません。ただおそらく、この閣議了解でうたわれております基準となるべきものと認められるという気持は、政府各機関で行なう企業についての補償については、こういうやり方でやるから、ひとつそれを参考にし、あるいは基準としてやってもらいたい、こういう程度の意味合いで、法律的に、これでもって統一的に各都道府県収用委員会を拘束しよう、こういう趣旨のものでないことは言うまでもないと存じます。
○田中一君 それは、君が言うのじゃないよ。君の場合は、もう拘束しようという意思で書いているんじゃないか。君はこれを裁判官の意思を拘束しようと思って書いているのだろう。そうでなければ、これを抜きなさい。閣議に持ち出してこれを削りなさい。収用委員会は独立の権限なんです。収用委員会の裁決という大事な裁判官の判決の場合に、この基準によって判断をしろよということしか受け取れないわけなんです。この基準で判断しろよということしか受け取れないのですよ。そんなばかな話がありますか。ほんとうにやるならば、評価鑑定制度もすっかり確立して、法律にしなさいというのです、前のとおりに。 ことに、この了解事項というものは、これを押しつけている。裁判官に押しつけている。裁判官に、僣越ですよ。日本の政府は国民の前に、裁判官を左右するという権限はないはずですよ。よくまあ、こういう了解事項をのめのめ出したものだ。これを総務課長、どういうふうに解釈するのだ。
○説明員(小林忠雄君) 閣議了解でございますから、政府の各閣僚がそれぞれの事業を執行し、または監督する場合に、こういう方針で行こうという申し合わせでございますから、法律に基づく独立の機関の裁決を拘束することができないのは当然でございますが、従来から収用委員会の会長で全国的な協議会を持ち、またはブロックごとに協議会を持ちまして、これは自主的に収用委員及び収用委員会の会長さんの方々が、それぞれの収用法上の補償その他の問題について、あまり収用委員会ごとにでこぼこのあるような裁決をしないように、いろいろ意思の疎通をはかったり、研究をしたりしているわけでございますが、そういうようなところから、何かもう少し具体的な裁決をする際の参考になるようなものはないだろうかというような希望もございましたので、閣議で一方的に、こういうことを宣言をいたしましても、法律的には効果ございませんけれども、まあわれわれとしましてはこういう損失補償基準要綱に盛られております内容は、従来のものよりも、客観的に見て正しいものであるというように確信いたしておりますので、収用委員会の裁決の際にも、基準としてお使いいただくのが適当でないかという希望を表明しているものでございまして、これに基づきまして、この要綱を建設次官の名前で収用委員会の会長あてに参考にしてくれというふうにして流しております。
○田中一君 実に重大なる問題ですよ。池田内閣の性格が明らかになっている、大きく言えば。とんでもない話ですよ。おそらく与党諸君だって、こういうものを通牒で次官の名前で出したら、どういうことになるかおわかりのはずですよ、与党の諸君の土地を取らないというわけじゃないのだから。こういうことをのめのめとやるお粗末さ。政治は国民から信頼されなければならぬ。今の裁判所だって、警察の調書というものを、そのままうのみにしないことは、新憲法で明らかになっている。ましてや権力のあるところの政府が、この基準でもって判決をしろと要求するのは、ありようがないですよ。でこぼこがないようにする、でこぼこがあるのはあたりまえなんです。ケース・バイ。ケースでもって補償するのがあたり前なんです。これはだれが書いたのですか、総務課長か。この通牒の原案を書いたのはだれか。まだ公共用地審議会のほうでは、明らかにこういうことにしたいと思う。だから所要の措置をとれということを政府に要求している。所要の措置をとっていないじゃないか、お粗末です。お粗末過ぎるよ。のめのめと僕に賛成したのじゃ首になってしまうから、賛成できぬだろうことはわかるけれども、これは反省すべきです。法律以上の権限が政府にありますか。法の忠実な執行者なんですよ、政府は。 だから、最初に戻って、自信がないなら、法律にしなさい。これは河野建設大臣の責任じゃない、これは前大臣の中村君か。計画局長は変わっているからね、これはどう思います、一体。ひどいよ、町田君、そう思うでしょう、ほんとうに。君だって建設局にいたのだからわかるはずです。あり得ますか、今日の憲法下において。土地収用法以上の、法律以上の権力ですから。まあ時間もないから、僕はどの程度にしておきますけれども、ほんとうにたった二つの問題を取り上げても、あなた方は、何がために公共用地取得のために、この目的として、どうしようとしているか明らかなんです。権力で圧殺しようということなんです。法を悪用して国民の財産権を収奪しようという意思ですよ。もう答弁はできないだろうから、答弁は求めませんけれども、いずれ次の機会に、この問題についてはどこまでも追求せざるを得ない。
○村上義一君 これは私が拝見しまして感想を交えて申し上げたいのですが、要綱の施行について第二というやつで、先刻も田中委員から問題にされました「従来一部において行なわれてきた」不明確な措置は、今後とらない。それはごて得ということは解消しなければならぬと思うのですが、精神損失に対する補償というようなものも、これは例示的に書いてあるのだと思うのですが、これなんかは、ある場合には私は必要だと思っておる。 今日の実例から言うと、これを厳格に施行しようとすれば、これは建設当局または農林当局とか、またはこの公共事業をやって受益する方面という方が非常に困ることになる。建設当局が公共事業を実行しようというのにも非常に困る結果になりはせぬかということを私はおそれるのですけれども、現在でもごく一例を言えば、ダムを作るというのに際して水没する、一例は六十五戸ほどがんばっておりますし、一例は百数十戸がんばって、絶対に反対だということで、今日反対をしておる。一方は八、九年もたちます。一方は十一年たちます。で、土地収用法でやるならばやれ、一戸々々別個に応訴している。これは百年たっても百五十年たってもできないだろうと言って、今日がんばっている。また実情を聞けば、今日一部の人は、外へ言うことをきいて出ておる。これは生活に非常に困っておる。ああいうみじめな立場に立つということは、自分らはもう絶対できぬということで、反対期成同盟が反対の意思をいよいよ強固にしてがんばっているという例もあります。これを、法律的にやるなら、法をもって戦うということで一戸々々が別個に応訴している。二、三年、場合によれば五、六年かかるならば、おそらく数百年かかるのだからというような考え方で、またそれに、そういったような弁護士がついて相談に乗っかっているという実例を知っておるので、もう政府の意見もきかぬ、中へ立ち入りも許さぬ、すでにその関係のない工事には、十億前後すでに一方のほうに政府が支出しています。一方のほうは、今日締め切り工事もどんどん進んでおる、こういう実情なんです。自分らは水がたまってくれば、貯水がふえてくれば、もう自分の祖先の墓と一緒にここで死ぬんだといったような決意を表明してがんばっているという実例がありますが、これは建設のほうではありません。実に困った次第で、県当局も仲へ入ることはできない。今県の選出の国会議員が、衆議院といわず参議院といわず、また与党といわず野党といわず、全員が今仲へ入って、何とかして早期円満なる解決に持ち込みたいということで努力をしておるのであります。 これは実に、こういうことをはっきりきめられると、当局者が困られると私は思うんですがね。これを見て、しいて反対するというんではありません。が、そこに抜け道がなくてはならぬと思うのです。これは世の中においてはすべてそうですが、ざるになっては困りますけれども、ここに書いてあるように、精神損失に対する補償のごとき不明確なものはやってはならぬということになっていくと、一体今後、そういう公共事業はできなくなりゃせぬかということを私は憂えるので、この際、感想として申し述べておきます。
○委員長(木村禧八郎君) ほかに御発言もなければ、本日は、これをもって散会いたします。 午前十一時五十六分散会