建設委員会 閉会後第2号
- 発言数
- 65 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1962/10/31
会議録
○委員長(木村禧八郎君) ただいまより建設委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告申し上げます。 本月十日藤田進君が、十一日徳永正利君がそれぞれ辞任せられ、藤原道子君、山本杉君が選任せられました。また、十九日山本杉君が、二十二日藤原道子君が辞任せられ、徳永正利君、藤田進君がそれぞれ選任されました。 ——————————
○委員長(木村禧八郎君) 次に、理事の補欠互選についてお諮りいたします。 本月十一日の委員の異動に伴いまして、理事に欠員が生じておりますので、その補欠互選を行ないたいと存じます。つきましては、互選の方法は、手続を省略して委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(木村禧八郎君) 御異議ないと認めます。 それでは、徳永正利君を理事に指名いたします。 ——————————
○委員長(木村禧八郎君) 次に、建設事業並びに建設諸計画に関する調査を議題といたします。 本日は、先般実施いたしました委員派遣につきまして、派遣委員の報告を聴取することにいたします。 初めに、北九州地方の建設事業及び災害復旧状況調査につきまして御報告を願います。瀬谷委員。
○瀬谷英行君 北九州地方の視察の報告を申し上げます。 なお、ここに視察した地域の詳細な写真を持って参りましたので、これを具体的に説明は申し上げますが、その間回覧をしていただきたいと、こう思います。 去る九月二十五日から三十日までの六日間にわたり、私と村上理事は福岡、佐賀、長崎の三県下の建設事業の調査、特に若戸大橋の完成と佐賀、長崎両県の去る七月初旬の梅雨前線に伴う集中豪雨による災害の災害復旧事業の調査を行なったのであります。以下、その概要について申し上げます。 まず最初に、簡単に経路を申し上げます。 九月二十五日東京を出発し、二十六日は日本道路公団施行にかかる若戸大橋の開通を祝し、かつ一級国道三号線を経て佐賀市に至り、二十七日佐賀県庁において、去る七月の集中豪雨による災害全般について説明を聴取するほか、あわせて県下の建設事業の現況について御説明を聞いたのであります。次いで災害の最も激甚であった県南西部の地区、鹿島市、太良町、塩田町及び嬉野町の被災状況を調査して武雄市を経て佐世保市に至り、二十八日は長崎県江迎町潜竜のボタ山、地すべり崩壊の現場を視察、東彼杵町、諫早市でそれぞれ被災状況を聞き、本明川直轄工事の実態を視察、雲仙に至りました。二十九日は島原市を経て島原半島の有明海沿岸町村を経て諫早市を通り長崎市に至り、県庁において七月の集中豪雨による災害について総括的な説明を聴取いたすとともに、たまたま九月二十六日に発生した五島福江市の大火の被災状況について補足して説明があり、当日出発、三十日帰京したのであります。 次に、調査の目的について申し上げますと、第一は、若戸大橋の開通式を通じてその実態を把握することであり、第二は、佐賀、長崎両県下の災害復旧の実情調査であります。第三点は、三県下を通じて、関連的に道路の整備状況を見聞するという三つの主目的を定めて参ったのであります。以下、その調査の概要について申し上げます。 第一の若戸大橋でありますが、その大要については、委員の皆さんはすでに御承知のことと考えますので、簡単にその概略を申し上げることといたします。 去る九月二十六日、この若戸大橋は開通式を挙行、村上理事が参議院建設委員長代理として祝辞を申し述べたのであります。この大橋は、昭和三十年建設省によって現地調査に着手、昭和三十一年には日本道路公団が設立、よって橋梁建設にかかる諸調査や諸試験等が公団に引き継がれ、三十二年度において地形、地質の調査を始め、つり橋として最も研究を要する鋼索、耐風、耐震等の諸試験を完了するとともに、多くの比較案について検討を加え、三十四年四月に至って、ようやく総事業費五十一億円をもって建設に着手したのであります。自来三年有半にわたり、わが国橋梁技術の粋を結集し、幾多の辛苦と日夜戦い完成したもので、関門国道とともに、わが国土木技術の水準を高揚したものであります。御承知のとおり、若戸大橋は、福岡県戸畑市と若松市を洞海湾をまたぎ、最短距離に結ぶものであり、二級国道一九九号線として整備したもので、つり橋部の長さは六百八十メートル、取り付け道路は戸畑側が七百五メートル、若松側六百八十三メートル、全長にいたしまして二千六十八メートルであり、車道の幅員は九メートルであります。このつり橋の主ケーブルは二本で、直径五百八ミリ、ワイヤロープ直径六十一ミリ、なお橋梁部に戸畑、若松両市側それぞれに歩行者のために昇降機を取りつけております。この大工事に就労した延べ労務者数は約百万人、総鋼重二万一千トン、総セメント量三万三千トンを要した大工事であります。 この若戸大橋の開通により、さきに完成した関門国道、北九州道路を初め、北九州工業地帯における道路整備に偉容を加えることと考えますが、いかんせん取り付け道路の前後の道路整備がいまだしの観がありまして、この部分の整備が必要であります。 次に、佐賀、長崎両県下の七月初旬の梅雨前線に伴う集中豪雨災害の状況について申し上げます。佐賀県下においては、特に県南西部の地域、特に鹿島、藤津、武雄、杵島地区が災害の最も激甚地で、太良町大浦の日雨量七百七十二ミリ、連続雨量一千三百三ミリを最高として、二百ミリ以上の集中豪雨により、公共土木施設の被害総額三十五億余万円を初め、総被害額九十二億余万円の損害を受けており、長崎県においても、公共土木施設の被害額三十二億余万円、被害総額百十三億余万円に達しているのであります。 調査を通じまして、本災害の特徴点を指摘し、問題を集約して申し上げることといたします。 第一は、佐賀県の太良町大浦地区の地すべり崩壊についてであります。これは長い写真でそこに出ております。この太良町は人口約一万六千人で、零細な町であります。この太良町は、死者四十四名、重軽傷者二百八十二人を出し、全壊住家四十七戸、半壊四十一戸、被害総額二十三億五千万円という大被害を受けているのであります。特に亀の浦地区の地すべり崩壊による被害は激甚であり、亀の浦部落の約三分の一を埋没、流失し、死者三十三人を一瞬にして出し、大浦小学校五百二十一坪の校舎を倒壊したのを初め、二級国道、国鉄長崎本線を埋没し、一カ月にわたって完全に交通麻痺状態にあったということでありますが、この地域の地形及び地質的条件を見ますると、大要、多良岳火山の構成する第三紀層であり、玄武岩層の上に溶岩層とさらに上部に火山灰が積もって形成しておるのであります。この上部の層は非常にやわらかく、玄武岩層との間は粘土化し、きわめてすべりやすい地質的条件を備えているといわれます。このような地質的条件を持つ大浦地区は、集中豪雨を誘因として、地すべり崩壊が生じたものと考えられますが、特に亀の浦の地すべり崩壊の地区は、すでにその危険性を認め、農林省は当該地区、面積五十四ヘクタールを地すべり防止地区として昭和三十三年九月三日、農林省告示第六〇三号で指定しておったのであります。この地すべり崩壊の状景については、写真がありますので、写真で御承知おきを願いたいと思いますが、現在の復旧対策としては、小学校敷地内の土砂取り除きを完了、仮校舎を十数室建設完了せしめ、国道の応急修理を施し、交通確保につとめるとともに、災害公営住宅の建設等行なわれておりますが、当該地を流れる亀の浦川の埋没により、一朝降雨があれば亀の浦部落の浸水という結果が起こることも考えられ、この応急的工事は緊急を要するものと考えられます。 第二は、鹿島市、塩田町及び嬉野町地域を貫流する鹿島川、塩田川等の堤防の決壊、流失により、低地帯にある市街地は二・五メートルから五メートルの水位で浸水を受け、塩田川水系の被害総額は約二十三億円に達するのであります。この塩田川は中小河川ではありますが、今回の公共土木施設被害額は五百六十八カ所、十億七千八百余万円、農地、農業用施設四百六カ所、被害額五億七千七百余万円であります。堤防は断続的に決壊あるいは流失し、橋梁は流失するといった現状を呈しております。塩田町の八十余才のある古老は、本災害を称して、いまだかつて経験したことがないと言明いたしておるほどでありました。 第三は、長崎県江迎町の潜竜地区のボタ山崩壊の地すべり災害であります。本災害も写真がありますので、写真で現状を御承知願いたいと思います。江迎町潜竜の日窒江迎鉱業所一帯の山は、三百ミリをこえる豪雨と長期間にわたる降雨のため軟弱化し、七月八日午前五時ころから地すべりが始まり、付近の農家など八世帯が泥土によって埋没し、さらに野田川及び江迎川を埋没したため、はんらんする濁流は潜竜中心の商店街に浸入し、かつ九日午前一時過ぎ国鉄潜竜駅、商店街に向かって崩土がすべり出し、炭住家屋、商店、駅、国道などを埋没し、その被害総額は十三億九千八百万円に達するという状況であります。 この地すべり崩壊のあった野田川左岸のボタは、日窒江迎鉱業所によって昭和十年から昭和二十七年ころまでに投げ捨てられたものでありますが、昭和二十三年以降三十六年までにその斜面をおおうて約一万五千五百本のヤシヤブシ、アカシアの植栽を施し、林相はきわめてよかったということであります。地すべり崩壊は、この左岸山腹の野田川谷頭から江迎川合流点に至る区域で、崩壊、埋没範囲は東西間最長部で約三百四十メートル、最短部で約二百メートル、南北約八百十メートルであり、崩土容量は推計二百十七万立米といわれております。この崩災の原因は、脆弱な地質構造を素因とし、未曾有の降雨を誘因として発生したものと考えられておりますが、本調査は九州大学山田教授等に委託しております。なお、本災害の復旧にあたって鉱害復旧事業とするか、災害復旧事業であるかについて決定がおくれておりますが、九大教授等の結論によってこの復旧事業は明確に決定することと思われますが、緊急施行を要する江迎川応急付替工事のほか、すでに内定した災害公営住宅の建設決定及び着手等が問題であります。 第四は、諫早市の内水排除事業の問題であります。諫早市は昭和三十二年七月の大災害にかんがみ、市内を流れる本明川の改修工事は、直轄事業で施行しておりますが、諫早市の市街地は河床より低位にある地域があるため、長期間の降雨あるいは集中豪雨に際しては、市街地は浸水のうき目にあいます。これは内水によるものでありますが、内水排除施設の設置が必要であろうと痛感いたした次第であります。 次に、各地の要望事項について集約して申し上げます。 第一は、災害復旧事業は三カ年で完全実施とすること。 第二は、原形復旧にとどめず、改良復旧を原則化し、再度災害を防止するため、復旧事業とあわせ必要な施設の設置、または関連事業の整備をはかられたい。 第三は、地すべり災害の頻発と惨状にかんがみ、抜本的施設の施行が必要であり、地すべり防止工事の補助率の引き上げ及び家屋移転に対する十分な国家の助成措置、地すべり防止区域の指定基準の緩和等を行ない、防止工事等積極的施設を要請をしております。 第四は、国庫補助金の年度内交付の問題であります。激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律に基づく特別財政額の交付については、激甚地指定はもとより、当該事業実施年度内に必ず措置されたいというのであります。 第五は、治水計画の改定と繰り上げ施行、国庫補助対象の基準、現行の県工事十五万円を十万円、市町村工事十万円を五万円に緩和し、かつ応急復旧工事の基準を緩和すべきであるというのであります。 第六は、砂防事業の促進と小災害についても、できる限り補助、起債の対象として取り上げるべきである。 第七は、江迎町のごとき早期建設を要する災害公営住宅は、査定により六十戸の建設内定があるが、現状は、鉱害の疑いがあるということで決定がおくれており、被災者救済の立場から早期建設を決定してほしいということであります。 第八は、諫早市の内水排除施設の完備であります。 その他、海岸保全事業に対する事業の統一と調整の円滑化及び補助率の引き上げ、道路整備の促進等であります。 以上、調査の概要でありますが、結論を申し上げますと、第一は、太良町亀の浦地すべり崩壊は、昭和三十三年すでに地すべり防止地区に指定しており、危険性が危惧されながら、はたして防止施設が施行されていたかどうか、崩壊部の中腹部には農業用施設としての用水路があり、危険性は十分に察知されたのではなかろうか、また、亀の浦川の付替工事、排土処理は緊急な事業であり、抜本的な対策を講ずべきであると考えます。 第二は、塩田川のような一中小河川にして巨額の災害を生じております。災害復旧事業は原形復旧のみにこだわらず改良的復旧を要すべきであると考えます。もちろん水源林の涵養は申すまでもなく、砂防施設の整備も必要でありますが、地形、地質に応じては従来の河川改修を主体とする治水方式に再検討を加え、ダム方式を主体とする治水方式にすべきではないかというふうに思われます。 第三は、江迎町潜竜のボタ山崩壊に伴う地すべりの復旧事業に対する決定であります。鉱害復旧及び災害復旧事業のいずれにせよ、その対象を明確にしない場合には、緊急を要する災害公営住宅の建設はおくれ、応急復旧江迎川の付替工事等におくれを生ずるおそれがあり、災害復旧事業と決定するならば、野田川の砂防施設、崩壊土に対する土留施設あるいは植栽、流路工など抜本的施設の緊急施行が必要であると考えられます。江迎川の応急付替工事は来年春までに完了の予定でありますが、短期間に完成しない場合は、降雨の際はんらん、浸水のおそれが多分にあると考えられます。 第四は、再度災害の防止施策として災害復旧事業の短期完成についてであります。この長崎、佐賀両県は、毎年災害が発生をしており、常襲地域でありますが、緊急を要する事業のほか、一般の災害復旧事業についても三カ年度以内に完全に完了することが必要であるというふうに考えられます。 なお、二級国道及び県道の整備促進でありますが、これらの道路は、未改良部分が多く、幅員も狭く、かつ大部分が砂利道でありまして、全く補修も行なわれず放置されているのが現状であります。極言をするならば、地方開発の立ちおくれは、このような道路の不完全、不整備に基づくといっても決して過言ではないと思われます。特に二級国道佐賀——諫早線はその最もよい例であります。 そのほか、交通麻痺地区のバイパス施設の設置など調査すべき問題も多々ありますが、今回の視察の目的等から考えまして、この程度で報告を終わりたいと思います。
○委員長(木村禧八郎君) 次に、中国地方臨海工業地帯の建設事業調査について御報告を願います。稲浦委員。
○稲浦鹿藏君 瀬戸内海臨海工業地帯における建設事業について、去る九月二十一日から二十七日まで七日間、岡山、広島、山口、各県の臨海都市を藤田委員とともに視察をして参りました。 視察いたしました個所を順路を追って申し上げますと、岡山県水島工業地区、国道二号線及び三十号線、広島県福山地区、二級国道呉−三原線、音戸橋、広島、呉及び大竹工業地区、山口県岩国、徳山、宇部・小野田及び下関工業地区、二級国道八八号及び九〇号線等で、臨海埋立工事を中心に行なわれております地域開発事業とその計画並びに中国縦貫道自動車道の調査、計画等について事情を調査して参りました。これらの地区は、いずれも臨海工業都市建設を目途として計画あるいは事業が進行しておるところでありますが、以下、その代表的な地区の概況を申し述べてみたいと思います。 水島地区については、ここ数年来、近代的工業地区として脚光を浴びております水島港は、指定港湾になりましたのが昭和二十二年でありまして、施設は昭和十六年三菱重工業水島航空機製作所の工場用地造成計画に伴い作られました水深二・六メートルと物揚場及び倉敷駅からの専用臨港鉄道がその基礎となっております。 岡山県は、昭和二八年石油、鉄鋼を中心とした臨海重化学工業基地化を企画し、水深十六メートルの航路及び泊地の整備計画を立てまして、三十五年には水島港区と玉島港区を合わせて工場用地約一千万坪の造成を目途としております。そのうちのA地区埋め立て二十八万坪は三十三年に、またB地区の四十八万坪は三十五年にそれぞれ完成し、三菱石油、日本鉱業の原油処理がすでに操作を始めており、また中国電力火力発電所も昨年第一期工事を終え、十二万五千キロワットの発電を開始しております。C地区の六十五万坪の造成はその七〇%を終了し、D地区の二百九十万坪の埋立予定地には昨年川崎製鉄が鉄鋼一貫工場の建設を決定し、第一期埋立作業が進められております。これらの臨海工場に対する工業用水は、高梁川総合開発事業の一環として三十四年着工、明年度完成予定の河本ダムによって給水日量十二万トンが確保され、さらに川鉄等の需要水量に対処して高梁川支川成羽川に新成羽川ダムを築造して日量五十四万六千トンを給水すべく計画を進めております。航路は、現在、水深十三メートル、幅三百五十メートルで、六万トン級の船舶の出入りが可能となっておりますが、四十年度までには十六メートルに掘り下げて十万トン級のタンカーが入港可能となる計画でやっております。ここで問題となりますことは、瀬戸内海の航路であります。といいますのは、備讃瀬戸の航路上に水深十メートルないし十三メートルの浅い個所があること、また来島海峡は水路が浅く、急迂曲航路であること、さらに分航路上には浅瀬等が多く存在しておる等のため、豊後水道から来航する場合も、紀伊水道から来る場合も、大型船舶の航行は相当な困難を伴っておるということであります。今年度から調査が実施されておりますが、内海の航路整備開発は臨海工業地域開発の先決条件ではないかということであります。 また、道路についてみますと、一級国道二号線の倉敷−岡山−大聖寺に通ずる区間はすでに狭隘となっておりまして、交通量の増大に対処していけないということであります。これは発展しつつある瀬戸内海臨海都市に接して作られておる二号国道のほとんど全線にわたっておるということができます。したがって、各地元からのバイパス建設の要望がきわめて強く起こっております。 次に、福山地区について申し上げますが、同地区は広島県が広島・呉工業地区とともに県内工業開発地帯として考えておる福山、松永、尾道、三原四市を中心とする備後地区の拠点でありまして、臨海埋め立て適地としては県内最大の候補地であります。すでに、昨年十月日本鋼管の新製鉄所建設が決定し、同会社の設備投資額二千五百億円、第一期計画による稼動予定を昭和四十年目標に目下県及び福山市は総工事費千五百億円をもって航路、泊地及び海面埋立工事に着手しております。埋立計画地は約二百二十万坪、三十九年度までに約百万坪の造成、第一期航路水深十四メートルの完成を目途としております。なお、同地区の電力、石油化学、セメント等のコンビナート用地約百十万坪を隣接する岡山県笠岡湾に埋め立てを計画しておりますが、当地区の事業はまだ具体的には行なわれておりません。 工業用水は、三十九年度までに芦田川の表流水及び伏流水により日量十二万トンを確保、さらに芦田川水系の開発によって日量二十万トンの取水が可能であるといたしております。将来の需要増に対しては、他の水系による水資源の開発が必要ではないかと思われます。 次に、周南地区について申し上げます。徳山、防府、下松、光、南陽を区域とする周南地区は、山口県のほぼ中央部に位置し、用水の確保、輸送の至便、用地造成の軽易等の好条件から、古くから金属機械工業、石油精製、ソーダ工業等内海沿いに帯状に発達してきたところであります。ことに戦後は徳山の海軍燃料廠跡地に出光興産、昭和石油等の大工場が進出して発展しております。その中心をなす重化学工業の出荷額は、全県の五〇%に上がっておると考えられます。 工業用地につきましては、工場敷地及び工場適地を合わせて約五百八十万坪が計画されておりますが、うち四〇%は埋め立て、農地その他の工場適地で、その七一%は廃止塩田跡地であります。 工業用水につきましては、各工場がそれぞれの自家用水の取水設備を持っておりますが、水量は僅少で、山口県の県営の錦川利水事業による工業用水道に依存してきております。その淡水の使用量を見ますと、日量で工業用水道九万トン、地下水十二万トン、河川表、伏流水十一万トン、上水三万トン、回収水十五万トンとなっております。これまでの錦川の補給水量は十二万トンにすぎず、企業の増新設によって工業用水の不足が大きな問題となってきたことから、昭和三十年錦川総合開発事業が決定され、同水系の菅野ダムによって四十五万トン、また佐波川水系の島地川ダムによって十一万トン、計五十六万トンの工業用水の確保が計画されております。すでに菅野ダムは着工されておるのであります。 次に、下関地区について申し上げます。この地区の工業は、生産財部門が彦島、長府地区に、消費財生産部門が市中心部にそれぞれ発達し、商業及び漁業を中心とする工業地帯として進展を続けてきたところであります。現在長府地区においては、約四百二十万坪の海面埋め立てによる工業用地が計画され、工場誘致を企図しておりますが、この地区の将来としては、北九州工業地帯と隣接するという地理的、歴史的条件から、関門経済圏としての総合開発計画に基づく工業立地が検討されてよいかと思うのであります。 以上が、視察した報告の概要でございます。
○委員長(木村禧八郎君) 以上で、派遣委員による報告は終わりました。 ただいまの御報告に関し、御質疑のある方は順次御発言願います。
○瀬谷英行君 一つ視察をしたあとでこういうことがあったのでありますが、江迎町の潜竜地方のボタ山が崩壊した所ですけれども、われわれが帰ってきたあとで再度降雨のために浸水をしたという新聞記事を読みました。この地域では、一体災害復旧事業なのか鉱害復旧事業なのかということがわからない、まだきまっていないということで、先ほど御報告申し上げたように、現地でも困っておったということを聞いたのでありますので、調査を九州大学に委託したということも聞いておるのでありますけれども、一体この災害復旧がこういうような問題でおくれるということは、再度また降雨の場合には浸水という事態が起こる危険性があると考えられますが、その点について一体どうなっておるのか。はっきり鉱害か災害かという問題がきまったのかという点で通産省並びに建設省の担当者にお伺いをしたいと思います。
○説明員(山内一郎君) 江迎町のボタ山崩壊による災害復旧につきまして、それが公共土木の国庫負担法による事業か、あるいは鉱害復旧事業によるべきであるか、非常にその判定がむずかしいのでございますが、鉱害復旧事業であるかどうかということは、これは通産省の所管でございますので、よく検討されて判定をお願いしたいと思っております。 なお、建設省としてもいろいろ関係がございますので、政府部内一緒に今協議をしておる段階でございますが、まだきまっておりません。しかし、今御指摘がございましたように、復旧をそのためにおくらせるわけには参りません。したがって、建設省といたしましては、この市内の江迎川、野田川、これの応急仮工事はすでに完了いたしております。 なお、その本復旧につきましても、江迎川の本復旧にはすでに着工いたしております。これはいずれになりましても、ともかくおくれて、ただいま御指摘のございました、また災害が繰り返すことがないようにというような考え方をもちまして、そういうふうに県を指導して復旧を促進させておる、こういうふうに建設省としては考えております。
○委員長(木村禧八郎君) 通産省のほうから御答弁願います。
○説明員(川本宗生君) 江迎地区のボタ山崩壊につきましては、その後八月十七日以後九月末日までにわたりまして、崩壊地区につきましてボーリング及び電気検層を実施して参りまして、その結果を九大の山田名誉教授以下の先生方に鑑定していただきまして、その結果、通産省といたしましては、これは地すべりによるものであるということを決定いたしました。その結果、十月十二日内閣審議室の主宰によりまして各省の連絡会議を開きまして、この連絡会議におきまして、各省に通産省の見解を御説明いたしまして、その結果、大体の御了承を得たものと考えております。そのとき、鉱害か一般的災害かという法律的見解につきましては、通産省と大蔵省の間ではっきり決定するということになりまして、目下その法律解釈につきましては大蔵省のほうと折衝をいたしておりまして、近日大蔵省との間ではっきりきまることだろうと考えております。現在までの状況は以上のとおりでございます。
○瀬谷英行君 これはいずれにいたしましても、ついこの問われわれが帰ってきたあとで、また地元の人たちが危惧しておったような浸水という事態が潜竜地区において起こったことでありますから、こういう鉱害か災害かといったような、こういうようなことでもって現地の復旧がおくれるということのないようにしてほしいというふうに希望いたします。 それからいま一つ、これは長崎県で言われたことなのでありますけれども、毎岸保全事業が、現在海岸法によって建設省と農林省と運輸省と三省の所管になっておる。つまり干拓地が農林省、港湾が運輸省、その他が建設省ということで、ちょうど諫早から有明海に本明川が流れる河口あたりの区域が分かれておる。そういう分かれておるために県でもちょっと困惑をしているというようなお話がございました。しかし、実際問題として、集中豪雨でも台風でも、建設省の区域だから、あるいは農林省の区域だから、運輸省の区域だからということで差別をしないわけでありますから、今後の問題を考えた場合に、末端の行政に当たる府県が困らないような連絡調整はどのようにされておるかという点をひとつお伺いしたいと思います。
○説明員(山内一郎君) 海岸事業は海岸法でやっておりますが、海岸法によりますと、ただいまお話のございましたように、港湾区域は運輸省、漁港区域は農林省、その他の区域は建設、農林で担当してやっているわけでございますが、その法律どおり現在のところは進めているわけでございます。したがって、その境がどういうことになるか、あるいは一緒にやったほうがいいんじゃないかというような海岸の区域もあるわけでございますが、それは海岸法によりましても、協議をして一つの省でやる、こういう建前になっているわけでございます。ただいまお話のございました長崎県の山田海岸から本明川の河口の区域に至ります海岸につきましては、建設省としては建設省所管一本でやりたい、こういうことでほかの関係省との協議をしている段階でございます。したがって、いろいろ法律の中にも問題がございますが、現在のところ、運用で各地元の方に御迷惑のかからないように積極的にやって参るつもりでございます。
○瀬谷英行君 もう一点。これは佐賀、長崎両県共通した問題でありますけれども、多良岳という山が非常に始末の悪い山で、地質的にも悪いし、地すべりの起こりやすい条件を持っておるということから、東彼杵町、諫早市、太良町、いずれもこの水源の砂防工事、砂防施設の完備ということが訴えられておりましたが、建設省として、この地域の治水事業に対してどういうふうな調査を行なって今後実施していかれるかという点をお伺いしたいと思います。
○説明員(山内一郎君) 多良岳は御承知のように非常に地質が悪うございまして、三十二年の諫早災害のときにも非常な災害を受けた地域でございます。したがって、建設省としても重点的に砂防事業をやっておりますが、三十二年におきましても、緊急砂防でさしあたりの処置をいたしまして、その後引き続き通常砂防事業で実施をいたしております。なお今回の災害につきましても、それに引き続きまして緊急砂防事業を現在実施をしておる段階でございます。しかし、いずれにいたしましても、この砂防事業も治水事業の十カ年計画に含まれておる事業でございますが、この程度では非常に少なうございますので、来年度から何とかして新しい緊急的な新五カ年計画を実施をいたしまして促進をいたしたい、こういうことで大蔵省と現在極力折衝しております。これが実現できますれば相当の進捗を見る予定でございます。
○田中一君 この間の災害というか、ボタ山の崩壊というのは、地主はわかっておりますよね、きっと。山そのものがだれのものだったのですか。というのは、中小炭鉱は相当閉鎖したところが多い。ことに何十年前にボタ山を作って、ある時期に石炭単価が悪くなれば捨ててしまうのです。なるほど地主は土地台帳を見ればわかります。しかし、山そのものの所有権というか、災害を予想するならば、管理義務というものはどこにあるのかという点です。それが一つ。 それから、現在この炭鉱地区にある数々のボタ山が集中豪雨等でもって崩壊しないとは限らないのです。その危険度は高いと思うのです。そうすると、地主はわかる。しかし、たとえばそれを借りてそこにボタ山を築いたという、その行為をした人はだれか。そういうものは残っておるかどうか。これは地すべり防止法のときにもずいぶん論議されてそういう点追及しておるのですが、あなた方からはっきりした答弁が出なかった。そういうものをボタ山の一つ一つに対して十分に調査をしておるのかどうか。その点は建設省の所管になるのか、通産省の所管にたるのか。現在動いているのは通産省でもって監督し得るけれども、もう古くなってしまって、固定して、草もはえて木もはえておるというような山は、それは建設省がそれを国土の一つとして管理権というものが発動されるのか。その点はどういうことになっておりますか。両方から聞きたいと思います。
○説明員(川本宗生君) ボタ山につきましては、地主ははっきりわかっておりますけれども、堆積した鉱業権者は、大体最近のものについては全部わかっておるわけでございます。鉱山保安法等によりますと、堆積した鉱業権者にずっと管理義務が存することになっております。ただ鉱業権が消滅いたしましたときには、鉱業権消滅後五カ年間は、鉱山保安法によりまして、鉱山保安監督局長あるいは鉱山保安監督部長等が管理を命ずることができることになっております。それが済みまして、鉱業権がなくなりまして五年以上たちましたものにつきましては、鉱山保安上の管理義務はなくなるわけでございますが、一般的な管理義務は、一応残っているということでございます。ただ、地すべり等防止法が施行されますときに、現に鉱山保安法の適用外で、第三者に譲渡されているというふうのもの、あるいは、だれが積んだかわからないものというものにつきましては、地すべり等防止法の適用を受けまして、鉱山保安法の管理義務が——鉱山保安法による監督指導を行なわないもの、こういうふうに考えております。
○田中一君 山内君、いいですか、それで。
○説明員(山内一郎君) ボタ山も地すべり等防止法の中に一応含まれてやるわけでございますが、ただ、全部のボタ山が適用されるかどうか。この点につきましては、ただいま通産省の答えがありましたとおり、鉱業権者のはっきりしてないボタ山は、地すべり等防止法で取り扱う、はっきりしているものは鉱山法で取り扱う、こういうふうになっています。
○田中一君 はっきりしないというのはどういうことですか。はっきりさせればいいじゃないですか。
○説明員(山内一郎君) 鉱業権者の現在明確なもの、鉱業権者がもう不明確でいないもの、こういう山は地すべり等防止法で取り扱う。
○田中一君 そういうものを全部調査してありますか。
○説明員(山内一郎君) これはほかの地すべりと一緒に調査をいたしております。
○田中一君 そうすると、炭鉱地区、特に最近の炭鉱の現状から見ても、そうしたボタ山の実態というものは全部明らかになっておるというように理解していいんですね。
○説明員(山内一郎君) 危険な所は調査をするにつれまして指定をして、それぞれ実施に移している、こういうふうになっています。
○田中一君 そうすると、江迎町の潜竜はだれのものですか。それは鉱山保安法に該当する山なのか、あるいはそうでない山なのか。
○説明員(川本宗生君) このたびの地すべりを起こしました江迎鉱業所のボタ山につきましては、鉱山保安法の適用があるボタ山でございます。
○田中一君 あるボタ山ですか。
○説明員(川本宗生君) そうでございます。
○田中一君 適用されるボタ山でございますか。
○説明員(川本宗生君) そうでございます。
○田中一君 それはおのずからわかっているのじゃありませんか。それは明らかではありませんか。通産省のほうでもって、法律的な解釈は、それに該当するものというふうにならないのですか。
○説明員(川本宗生君) 鉱山保安法の適用を受けているボタ山は、事故を起こせば全部鉱害だというわけではないのでありまして、私どもが考えておりますものは、この鉱害じゃなしに、ボタ山の崩壊が起こったもとの原因は、集中豪雨、これに基づくボタがすべったのではなしに、ボタの下の地盤がすべった。結局、一般の地すべりと同じ現象によって今度のボタ山の崩壊が起こったということで、地すべりがあるかどうかということをボーリングその他によって確かめまして、長崎、佐賀地区の一般の地すべりと同様な状況において今度の災害が起こったということから、地すべりによるものであるということを通産省は結論を出したわけであります。
○田中一君 地盤がすべったというけれども、ボタ山というのは、山に積み重ねていく性質のものじゃなかろうと思う。平地にやはり積み重ねていってボタを積み上げていくのが、量もたくさん積めるでしょうし、地盤がすべったという、そんなことはボーリングをして調べてみたのですか。山そのものがすべったのじゃないか。ボタの堆積された山がすべったのじゃないですか。地盤がすべったというのは、どういうことですか。
○説明員(川本宗生君) もちろん、堆積されておるボタもすべっておりますけれども、その下の地盤と一緒にボタがすべったということです。
○田中一君 地盤というのは何をさしておりますか。
○説明員(川本宗生君) 地盤と申しますのは、結局、ボタが積み重ねられます前の、そのボタがない前からあった状況の所でございます。結局、ボタを積む前の下のほうがすべったということですから。
○田中一君 だから、私の言うのは、災害というものの責任が法律的にどうこうという議論をするよりも、現に山にボタを積み重ねるのが、ボタ山ができるという姿なのか。平地にボタを積み重ねてボタ山になったということ、われわれの通念はそう思っておるのです。あなたの言うように、山があって、その山の上にボタを積み上げて、また大きな山を作ったのだ、これならば、地盤が崩壊して上に乗っかっておるものも一緒に落ちたということになるけれども、平面のものが、それが動くなんということは、地震でも、なかなかないな。やはり物は上のほうから下へ落ちるのが普通であって、下の物が上へ落ちるのじゃない。あなたは信念を持ってそういう答弁をするのか。一応その場のがれの答弁をしておるのか。僕は知識がないから伺っておきたいのですが。
○説明員(川本宗生君) 長崎、佐賀地区におきましては、ボタ山はほかの地区と違いまして、炭鉱のある所自体が傾斜地でございまして、傾斜地に坑口を開さくして石炭を掘っておる。したがいまして、ボタの堆積しておる所も、平地の所もございますけれども、大部分は山の中腹その他の傾斜しておる所にボタを堆積しておるというのが現状でございます。それで、大部分のボタ山は山の中腹あるいは山の頂上、あるいは山のふもとというように、平地に堆積しておるものよりも、そういう所に堆積しておるボタ山が大部分でございます。それで、私が今申しましたように、大体積む所の地盤自体が傾斜しておる、その上にボタを積んでおるという状況でございます。
○田中一君 そうすると、山に積んであるのですね。がけの上のほうに積んであるわけですね。
○説明員(川本宗生君) ええ。
○田中一君 そうすると、鉱山保安法上の責任はどこが責任を負うか。やはり、鉱山の所有者が管理権があるわけですね。問題は結局、なんでしょう、民事的な裁判が起きた場合の責任をどうするかということもあり得ると思うのです。民事上の災害賠償要求なんていうことにも関係があると思うので、そういうところは明確に、政治的判断じゃなくて、実体によるところの一つの判例というものがないと、今後相当たくさんあるわけですから、ことに、だんだん中小炭鉱が手放ししていくという傾向が強いわけですから、その場合には問題になりますから、五年間は保全の義務がある、五年過ぎたら鉱山の経営者は関係がないのだ、責任がないということでいいのかどうか。ただ単に大蔵省と相談して、責任がどこにあるか、どの法律でもってこれを律すべきだという議論じゃなくて、今後、民事上の訴訟なんかが起こるかもわかりませんし、そういう場合に、明らかにボタを出した鉱業家が五年間でもってその責任が解除されるものであるかどうかということ、それからもう五年間済んで、当然建設省が地すべり等防止法で危険なものはどんどん危険のないようにしていくでしょうけれども、無主物的なボタで作った山、これに対するやっぱり保全の責任というものがなくちゃならないのですよ。それは全部建設省が持つべきであるということになるのか。これは何といったって自然じゃないのですから、人造山なんですからね。そういうものがなければ幸いなんです。山というものはだれが作ったものでもない、かつてあったものがあったということになっているのですからね。現状ではボタ山というのは人為的に作ったものなんですからないほうがいい、作らないほうがいいんですよ。しかし、一応鉱山という企業から見れば作らなければならないということになる。それはやっぱり責任の所在というものは実体論として明らかになっていることのほうが望ましいわけなんですよ。そういう点はどういう検討をしているか、建設省はどう思っているのですか。
○説明員(山内一郎君) ボタ山の鉱業権者があるかないかによってこれははっきりすると思います。鉱業権者のないものにつきましては、先ほど申し上げましたように、地すべり等防止法で取り扱いますので、この点については、建設省としても積極的に調査し、対象をやって参りたいと考えております。ただ、鉱業権者がはっきりしているものは鉱山保安法の所管になると思いますので、これは通産省のほうではっきりと、その取り扱いを積極的にお願いしたいと、こういうふうに思っております。
○田中一君 鉱山保安法を適用している時期だからあるんだ。しかし、廃山して五年たった、しかし作った者はわかっているのですよ。会社なら会社が消滅すれば、これは無主物になってしまうかもしらぬけれども、それに対する所有の登記でもしている者があるかどうかわからぬですけれども、ただ、そういう危険なものを放置して、あとは国の責任だということだけでは済まないのじゃないかと思うのですよ。一々、国が保全の義務があるからといって、国に対して損害賠償の要求でもした場合には、いつも国は上に立つのですか。その点はやっぱり問題が多分にある。今後とも、将来にわたってあるから明確にしなきゃならぬと思うのですがね、そういう点は。しかし、事実個人の山もあるし、それから会社等のやつは法人が消えてしまえば人格的に放棄したものになってしまうかわかりません。しかし、個人でやっている、個人経営の山などはその責任者がいるわけだ。そういう所有権を主張するにはそういう所有者がいるわけなんです、人造の山なんですから。そういう場合にはどういう解釈をしているのですか。今までにはそんな例はありませんか。そういうところをこの際やっぱり明確にしておかぬといかぬと思うのですが、そういうととろまで通産省は大蔵省と話し合っているのですか。それだけじゃ済まない、やっぱり法務省あたりでもって十分検討してもらわぬと、災害を受けた者が受けた切りのことになって、だれに訴えることもできなくなって、まして四十人も五十人も人が死んでいるという現状から考えると、これは考えなきゃならぬと思うのですがね。
○説明員(川本宗生君) 今御指摘のございました、やめていった山のボタ山につきましてどうするかという御質問でございますけれども、現在通産省として考えておりますことにつきまして御説明いたしたいと思っております。御指摘のございましたように、やめていきました炭鉱のボタ山はそのまま残って非常に危険な状態になる、特に炭鉱が操業しているときにはまだボタ山の管理もいたしますけれども、やめていきましたものについては管理も行き届かなくなるという状況になることは明白でございます。それで、特に地すべりを起こし得る地域でございます佐賀、長崎地区につきましては、相当危険なボタ山があると考えられます。それで、本年あるいは来年度にわたりまして、このボタ山の基盤をボーリングその他によって調査をいたしまして、地すべり得るような所に堆積されているのかどうか、将来すべり得る可能性があるかどうかというようなことを、予備費並びに来年度の予算によって調査をいたしたいと考えておるわけです。そうしてあぶない所についてはそれぞれの処置をしていきたい。たとえば、私どもが今考えておりますのは、産炭地域振興事業団の事業といたしまして、産炭地域振興事業団によりまして、そのボタを海岸あるいはその他の埋め立てに使用して、工業用地の造成をはかる、あるいはそれに類似した方法によりまして、危険ボタ山を処理していくというふうに考えて、今その計画を立てて予算も要求している段階でございます。以上、今から危険なボタ山につきましては、それだけで済むかどうかわかりませんけれども、私どもが考えております計画の一端はそういうところにございます。
○田中一君 被害地なんかは、鉱山保安法でもって埋め戻しをしているでしょう。埋め戻しの義務があったのですね、幾らか。結局、ボタ山ばかりでなく、ほんとうの鉱害、地盤沈下というようなことが起きてくるわけなんです。それは、そういうもの全部当然国がしなければならない、通産省が予算をとってしなければならないということになると、これは石炭を掘るくらいの費用がかかりますが、それでもやりますか。かりに、遠隔地に土砂を捨てに行くとか、それらは現在あるものでしょう。将来の問題は、ボーリングするとおっしゃるが、ボーリングする金だって、だれのものだかわからぬものを通産省がボーリングを一々やっていくということもずいぶん奇特な話ですが、しかし、埋め戻しか何かの義務があったはずだと思うのですが、その場合だって、たいへんな費用がかかりますが、それもするというのですね。
○説明員(川本宗生君) 危険なものにつきましては、何らかの処置をする考えで今のところ進んでおります。
○田中一君 どうも不満足ですが、まあまあそういうことなのかもしらぬけれども、炭鉱がもはや斜陽化して、中小炭鉱はうっちゃっておりますから、いいときには所有権はおれのものだといって、鉱業権はおれのものだと確認申請をしているが、これはやむを得ぬと思う。しかし、そういう危険な状態にある山の管理義務というものは、建設省は無主物的な、何かわからないものは国がみなやるというけれども、それを自然にできた山というような見方で律しようとするのか、人間が人為的に作った山ということになると、民法上のあるいは損害賠償なんかの問題が出てくると思うのですよ。何も。害を与えるためにボタ山を作ったわけではないでしょうけれども、こういう点は次の機会でもいいから、法務省の見解というものを一ぺん聞いて、こっちに話をして下さい。これは河川局長にお願いしておくけれども、そういう点は今までのそういう例はどうなっておりますか。
○説明員(山内一郎君) 私の知っている限りでは、こういう例はございません。
○田中一君 それじゃ、そういう損害賠償なり何なりの要求をされた場合には、国の責任はどうなるのか。国が一切のものを引き受けるということになると、それは自然にできた山と同じようなことに考えられるのですか。
○説明員(山内一郎君) その点は地すべり等防止法の解釈にもよると思いますが、鉱業権者のないボタ山はこの法律によりまして、国で防止事業ができる、こういう建前になっております。
○田中一君 できるということと義務とは違いますが、災害があった場合には、できるということはしなければならないということではないでしょう。その責任が、義務があると、義務じゃないですね、埋没して死んだ者や自分の財産を失った者など、どうするかということになると非常に危険なものですね。まあここで河川局長にすぐ答弁を求めてもしようがないから、それはひとつ検討して、ある時期に報告して下さい。けっこうです。
○稲浦鹿藏君 この問題につきまして、災害が起こったすぐに通産省に質問して、ボタ山自体がすべったのか、あるいは地山がすべったのか、どっちか、九州大学で調査してもらっているから、その結果を待って、出たら知らす。一向知らせてこないが、通産省、九州大学の先生の調査の結果はどうなったのですか。
○説明員(川本宗生君) 九州大学の生先方にお願いいたしまして、調査班を組織いたしまして、その結果、ボーリングその他をやれ、やって、ほかの下の地すべりが起きておるかどうかということを確認しろという御指示がございまして、その結果、先ほども御説明いたしましたように、八月十七日以後九月末に至るまでの間、ボーリング調査を実施いたしまして、そのボーリングの結果と、それから同時に実施いたしました電気検査の結果を九州大学の先生方に鑑定していただきまして、その結果、明らかに地すべりが起こっているという報告をいただきました。それで通産省といたしましては、今度のボタ山崩壊に関する原因は地すべりであるというふうに認定いたしたわけでございます。
○稲浦鹿藏君 疑問があるのだけれども、そのくらいにしておいて、先ほど報告いたしました瀬戸内海の航路が十万トン・クラスの船が通るのは非常に危険だという個所が相当あるということを地元が言っておりましたが、その調査とか対策はどこでやるのですか。
○説明員(塚本裕四郎君) 私のほうといたしましては、そういう瀬戸内の航路に関しましては、ことしから調査を始めております。大体において浅いものがあるということは、私どものほうのはかったものに記載されていることから言われていると思います。それをあらためて、今年もう一ぺんはっきり調ベております。
○稲浦鹿藏君 そうすると、そういう個所は今度は航路が安全になるように事業をやるのは、やはり水路部でありますか。
○説明員(塚本裕四郎君) それは、私のほうははかって安全であるかどうかということを確かめるだけでありまして、お掘りになるほうは港湾局になります。
○稲浦鹿藏君 それで臨海工業地帯、水島その他方々でこうした計画が立てられて、盛んに十六メーターを希望しておるところがあるようです。十万トンの船を入れたい、それに対処して間に合うようにできるかどうか、われわれも非常に疑問にしておるのですが、港湾局はそれに対して計画しておりますか。
○説明員(岡田良一君) 瀬戸内海の航路につきましては、三十六年度から調査費を出しまして、三十六年、三十七年の二年間調査をいたしました結果、三十八年度から具体的な工事にかかるような予算を現在要求しております。
○稲浦鹿藏君 それでは、それはいいとして、もう一つ道路、この間見てきたうちで二号国道が臨海工業地帯に沿うて大阪から北九州のほうまで走っておるが、工場地帯が非常に盛んになるに従って、輸送量がふえて、いずれ飽和状態になる。現在でも町の中はもう飽和状態になって非常に困っておる所がちょいちょいとあるという声を聞いてきましたが、バイパスを考えなければならぬと思っておるが、その計画は考えておりますか。
○説明員(尾之内由紀夫君) 先ほど御報告にございました岡山、倉敷、この地区につきましては、御指摘のようにすでに現在道路が飽和いたしておりますので、バイパス計画を立てております。なお、この地区は重要な産業地帯でございますので、どういう性格のバイパスを作るかにつきまして、ただいま検討し、来年度から予算をつけたいと、かように考えております。
○稲浦鹿藏君 地元で相当な要望がありますから、ひとつ調査して計画を立てていただきたいと要望しておきます。これで終わります。
○委員長(木村禧八郎君) ほかに御発言がなければ、本日はこれをもって散会いたします。 午前十一時四十七分散会