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41回国会衆議院1962/11/10

文教委員会 第7号

発言数
49
登壇者
7
会派数
3
開催日
1962/11/10

会議録

床次徳二自由民主党

○床次委員長 これより会議を開きます。  本日の委員会に対しまして、大臣の出席要求に関し、委員長より一言御了承を得たいと存じます。本日は遺憾ながら大臣の御出席がありませんが、今後はかかることがないように文部当局に対しまして特に私よりも強く申し入れいたしておきたいと存じます。文部当局におきましても十分御注意を要望しておく次第であります。  次に、学校教育に関する件等について調査を進めます。  質疑の通告がありますので、この際これを許します。山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 質問申し上げる前に、委員長にお願いしておきたいと思うのですが、休会中のたった一回の文教委員会の機会であるので、文部大臣がその日程を承知のはずだけれども、他の日程を組んで出席できない。あるいは局長においても、特に考慮してその機会を除いて日程を組むことをしないで、他の日程の方を重視するということは、国会軽視の傾向があると思うので、その点については今後文部大臣並びに関係局長に、休会中におけるたった一回の文教委員会においては、それを前提として日程を組んで出席できるように、今後留意をするように、委員長の方から要望するようにお願いしておきたいと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 山中君に申し上げますが、今委員長から厳重にその点を文部省の方に注意したのでありますが、ちょうどあなたが席を立たれてお聞きにならなかったので、御了承願います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣がおられないでまことに遺憾でありますが、大学管理問題について、官房長がおられるので、官房長から大臣の意向についてお聞きしておきたいと思います。それは、われわれが大臣の新聞発表でのみ大体動きを承知しておるので、真相が不明である。そこでお聞きするのですが、前の文教委員会のときに私は大臣に質問をして、大学管理問題というのは、憲法の学問の自由という関係から、大学の自治というものがその柱になるので、慎重にすべきものである。従って、その点については、現在大臣は一つの偏見を持っておるのか、白紙なのかということを質問したのに対しては、白紙であると答えておる。これは速記録を見てもらえばわかる。ところが、その後文部大臣は、大学管理問題については通常国会に法案を提案するつもりであるとか、あるいは現行法に基づいても、大臣は不適当なる学長に対しては拒否する権限があると解釈しているというふうな新聞の発表があるが、これは大臣がいないとほんとうは論議にならぬと思うのですけれども、官房長が、私は責任を持って大臣の意向をお伝えすることができるというのでお聞きしますけれども、その点について大臣はどういうふうに事務当局と話をしているのか、それをお聞きしたいと思います。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 大学管理問題につきましては、御指摘のように最近新聞等でもいろいろ報道しておるところでございますが、この問題につきましては、管理問題だけでございませんで、大学の目的、性格、組織編成、管理運営、学生の補導、大学の財政といったような項目につきまして、昭和三十五年に、今の大臣の前の松田文部大臣のときに、この大学のあり方全般につきまして中央教育審議会に諮問をいたしました。大学というものはどのような形であるべきか、どのように運営されるべきものであるかといったような全般について、法律的にももちろん現在ございますけれども、終戦後のいろいろな法律のままになっておるといったような点もございまして、どのようにやればよろしいかということを三十五年に諮問いたしました。中央教育審議会におきましては、二年有余、三年近くにわたりましてこの問題を慎重に検討されまして、大学の目的、性格、組織編成、管理運営、入学試験といったような問題につきまして、今日までに中間報告という形で御答申をされました。あとに残っておりますのは、大学の財政の問題、それから厚生補導の問題の二点でございます。これらにつきましても現在御審議をいただいておるところでございます。従いまして文部省といたしましては、中央教育審議会で御答申になり、文部省のいわゆる文部官僚だけで問題を考えるのではなくて、その道の権威者が数年にわたりまして衆知を集めて虚心たんかいに見解をまとめられまして、文部大臣にこのようにされた方がいいでしょうという御答申をいただいたわけでございますので、それをもとにいたしまして、それこそ極端にいえばその通りといったほどに、この中教審の答申を尊重いたしまして、あるいは法律を改正すべきものがあれば改正するという点につきまして、現在検討いたしております。従いまして文部大臣といたしましては、この大学問題、今おっしゃいました管理問題につきましても、中央教育審議会で今申しましたような経過で御審議いただいたものですから、それをいただいた文部省としては、国民に対する責任上からも、できる限りすみやかにその中教審の御趣旨が実施できるようにするのが当然の責務かと考えます。従いまして、これはこの通常国会で必ず法案を出せといわれたわけでもありませんし、絶対にこの通常国会に出さなければならぬというふうに考えておるわけでもございませんが、ともかく中教審の答申をいただいた以上、これをすみやかに検討して、法制化すべきものは法制化する、その結果できることならこの通常国会に間に合えばお出しして先生方の御審議をいただくという経過になるのが、これは文部大臣として当然の責任であろうかと思います。  それから、大学の学長等につきまして、いわゆる拒否権の問題でございます。拒否権という言葉自身が、人によりましていろいろにとられておるわけでございますが、現行法で申しますと、教育公務員特例法の第十条に「大学の学長、教員及び部局長の任用、免職、休職、復職、退職及び懲戒処分は、大学管理機関の申出に基いて、任命権者が行う。」というふうに規定されております。従いまして、ここの大学の管理機関は、学長につきましては、学長ということに読みかえておりますので、学長がだれを学長にしたらよろしいという次期の学長を申し出てきた、その申し出に基づいて文部大臣が任命を行なうという形になっておりますが、しかしながら、文部大臣は大学の自治を尊重すると同時に、やはり国民に対してわが国の文教行政上の最高の責任者でございますから、大学で持ってこられた方をともかくどういったものであろうと絶対にそれをその通り任命しなければならぬというふうには考えておりません。これは現在の教育公務員特例法十条の解釈上からも、当然どのような人を学長にと言ってこられても、そのままうのみにめくら判を押すというふうには考えておりません。しかしながら、文部大臣の恣意によりましてこいつは適当でない、おれの気に入らぬといったようなそういうことでそれが拒否できるとももちろん考えておりません。ただ、理論的に申しますれば、大学の申し出が常に絶対に正しいということは保証の限りではない。だから、絶対に正しくないような者を、国民も承知しないような人をかりに学長が持ってきた場合は、これは文部大臣の責任においてその人を学長に任命しなくても国民は納得していただけるのではないか。これを東大の行政法の田中二郎教授などは、ノートレヒトの場合にはそういった拒否権があるのだというふうな学説も最近発表しておられますし、従いまして、拒否権という言葉をどのように考えるか、いろいろむずかしいと思いますが、おっしゃるように大学が言ってきた者をそのままのむのだというふうに考えていないということを拒否権という言葉で置きかえてよろしいなら、文部大臣は拒否権を持っておるというふうにお考えいただいていいのではないかと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 とんでもないことを考えておられる。大臣がこの間の新聞によって現行法のままでも拒否権があるということは正しいという裏づけを今答弁されたのですか、もう一度言って下さい。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 今度の中央教育審議会でいろいろな答申が出るけれども、その場合に、たとえばこれは中間的に中教審の答申であるということで新聞に一時中間的に載ったことがございます。その場合に、文部大臣は大学から学長候補者を文部大臣に持ってきた場合に、それが不適当だと考えた場合は中央の機関に諮って、中央の機関がなるほどこれは正しくないというふうにおっしゃられたら、文部大臣はその人を任命しなくていいといったような中教審の最終の答申が出る中間段階においてそういった案が新聞に載ったことがございます。そういうことに対して御質問がどなたかからございました。そのときに、中教審でどのようにおっしゃろうとも、おっしゃる前に、少なくとも現行法でも文部大臣はうのみにしなければならぬということではございませんというようなことを文部大臣言っております。それは私が先ほど言ったような意味において文部大臣が言われたのであろうということを申し上げた次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、答申いかんにかかわらず、現行法の改正いかんにかかわらず、現在のままで文部大臣並びに事務当局全部が、法律改正をする必要もなく、現行法で答申いかんにかかわらず大臣は行政権に基づいて不適当と考えた学長、学内の推薦に基づく学長を断わることができるという解釈ですね、はっきり言って下さい。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 ほぼその通りと思いますが、先ほどから何回も言いますように、拒否権という言葉をどのように解釈するか、正しいことを言ってきてもおれはそれをのまぬということもいろいろ国際間では拒否権を行使したとかなんとかいった言葉がありますが、そういった意味で、何ら修飾なくどういうものを持ってきても自分の権限でアウトと言えるのだといったような拒否権でないのは当然でございます。しかしそうじゃなくて、文部大臣のところへ学長候補者を、もちろんそんなにむちゃな人はこないと思いますが、理論的にはともかくだれを持ってきても文部大臣はそれに対して判断の余地はないのだ、学校から持ってきた者はその通りめくら判を押す以外に方法はないのだということではございません。それを拒否権があるという言葉で言ってよろしいなら、そういう意味では拒否権は現行法でございます。そういうことを言っておるのであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 もちろん、最初から拒否権というのは学長の人事に関する拒否権であるから、不適当な場合には学長の任命をしないということの意味です。だからあいまいでも何でもない。あなたのおっしゃることは、とにかく大臣の任命権は形式的な任命権ではなくて、実質的に大学の中で推薦された者を任命しないことができるということを——理論じゃないのです。私は学説とか理論をここであなたと論議なんかしているのじゃない。現行法上、制度上のことを私は言っておるのです。長ったらしくよけいなことを言う必要はない。田中二郎さんの学説がどうであろうが、国会においては参考にするだけの話です。私はここで現行法上、制度上の論議をしておる。そこで、現行法上大学管理法とか何かつくらなくても、二年前にあんな諮問をしなくても、何だかんだ諮問して今までのように研究する必要はなくて、とにかく腹の底では制度上形式的な任命権でなくて、実質的に学長を罷免したり、拒否することができるのだ、そう解釈しておると今おっしゃっておるのですね。よろしいですか。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 私が申し上げておりますのは、どういうことがあろうと、ともかく文部大臣は任命権者なんだから、文部大臣の一存でだれを持ってきてもいつだって拒否できるのだ、そういう権限を持っておるのだということを申し上げておるのじゃございません。だから、たとえばだれが見ても落度のないような人を文部大臣が気に入らぬからといってこの人を拒否した、そういう権限が文部大臣にはたしてあるかと言われると、これは疑問だと思います。ですから、そういった意味では拒否権がないじゃないかということをおっしゃる人もあろうと思います。しかしながら、明らかにだれが見ても正しくないというような人を持ってきた場合に、文部大臣は国民に対して責任を持っているのですから、適当でない、一般に国民がそういう人を任命したのじゃ納得できぬということがわかっておるような人を大学が持ってきた場合には、文部大臣は当然拒否できる。それを拒否権という言葉で言ってよろしいならそれは拒否権はございますということを申し上げておるのであります。一般に拒否権という場合は、私はよくわかりませんけれども、だれを持ってこようと自分が本質的に拒む権限があるというような場合に一般に拒否権という言葉が言われておるのじゃないかと思います。私はよくわかりませんが、典型的なのは、国際問題等である組織なり機関で、ある国が拒否権を持つとか持たぬというような場合には、正しかろうと正しくなかろうと、ともかく自分が気に入らない、主体は自分なんだと思います。自分が気に入らないときには拒否できるというような意味において、それが拒否権と言われる場合の一般的な形態だと思います。しかしそれではそういう権限を文部大臣が持っておるのかと言われたら、そういうものはもちろんないでしょうとお答えすると思います。だから、山中先生の御質問がわかりませんが、ただ裸で拒否権があるかないかというような御質問ですから、くどいのですが、私は言葉がまずくて恐縮ですが、いろいろ形容詞を並べてあるとかないとか申し上げておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 行政法の通常の概念、古い概念からいっても、任命権があって、正当な理由がなくして任命を拒否するなんということは、最初からないので、そんなことを論議しておるのじゃないのです。拒否権があるかないかということは、一般において任命権者が罷免することができる場合でも——大学学長の場合は、できるかできないかという論議が拒否権の問題ですよ。自分の好ききらいでやめさす権限があるかないかという論議などは、ここでする必要がないのであります。文部大臣に主観によるか、何ら基準があって、正当の理由があることによって、ある学長の任命を拒否することができるかどうかということなんです。  そこで問題は、先ほど国民に対する責任だとか、そういうことをおっしゃいますけれども、新しい憲法が、旧憲法にないいわゆる思想の自由、表現の自由以外に学問の自由というものをなぜ持ってきたのですか。そこで教育公務員特例法の中にも、大学管理機関というものを中に置いて、そうして大学の学長の推薦ということはそういう形において法定をして、憲法の学問の自治いわゆる学問の自由というのはアカデミック・フリーダムという意味であるということも憲法の制定の過程の中で明らかになっている。従って形式的任命ということにしていこうということが全法律体系の中に出ておるはずです。それであなたはすぐ税金を何だかんだとか、国民への責任というようなことを言っておるけれども、それなら裁判官は、国民に対して責任のある裁判をするにしても、行政権によって罷免できないようにしているじゃないですか。法律の一定の手続によって、法律だけが罷免することができるので、最高裁の長官が罷免をするとか、内閣総理大臣が罷免することができない。文部大臣だって、内閣総理大臣だって行政権でしょう。行政権によっては罷免ができない。そういうふうに裁判官の位置だって現実にあるじゃないですか。そこで憲法の学問の自治という規定、新しい自由権、そういうふうなことから全部を考えてみたときに、憲法の精神も、大体の現在の制度的な流れの中に文部大臣は形式的な任免権だけにとどめて、天皇の認証権のように、実質上は大学の管理機関によって定めた者を学長にするということが、これが一般の法制的な常識になってきている。だからこそ諮問をしているのじゃないですか。それを諮問をして結果がどうであろうがなかろうが、現行法上そうなっている、当然拒否できるのだ、そうしてあなたの答弁は、でたらめにはできない、適当な人をやめさすわけにはいかないが、やめさすべき理由があれば当然やれます。そんな素朴な法律論で文部大臣に助言をしたり、あの古い文部大臣がそんな簡単な考えで新聞に発表する文部省の指導原理なるものはけしからぬと思うのです。旧憲法から新憲法にきて、そうして学問の自由——私は高等学校については考えていない。そういうことについての新しい真剣な民主的なものの考え方、それが現代の法制の当然の解釈でなければならぬのを、今のあなたのような答弁などをしておっては、われわれを納得させるわけにはいかない。大学の自治というのは、研究の自由、それから教授の自由だ。研究の自由、教授の自由というものは、明治以来今まで文部大臣によって——鳩山さんのときもそうであったが、罷免権のみによってそのとき全部破壊をされてきた。それ以外に何もない。いわゆる行政権によって学長をやめさせたり教授をやめさせることができぬという保障というのは、学問の自治のたった一つの保障であるということは歴史的にも明らかだ。もっと真剣に考えるべきじゃないですか。そこで私は、ああいう新聞記事が出たときに、現行のままでもできるのだという非常識な常識がまだ残っておるので、きょうは論議をしたいと思った。あなたの答弁は、僕の質問の答弁に少しもなっていないですよ。それでは憲法の思想の自由でないですよ。学問の自由がまた大学の自治と表裏一体になっておる。それから大学の自治というものを保持するには、これは行政権で罷免はできないということ、そこのところまではわれわれ常識を持っていなければならない。判事に対する罷免権と同じような解釈を持っていかなければならぬので、それを国立大学は税金を国民からとってまかなっておるのであって、そこで当然に大臣は罷免できるのだ、そんな常識は、旧憲法のときはできるが、新しい憲法の場合にはそれはできぬと私は思う。それを今当然のごとくおっしゃっておるようですが、小林局長も来られたから、局長からお聞きしますが、官房長と同じ意見ですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林説明員 私ちょっとおくれて参りましたので、前のお尋ねとそれに対するお答えの関係ははっきりいたしておりませんが、ただいま山中先生のお尋ねは、要するに国立大学の学長の任命に関連して、現行のままで、現行の法制下において拒否ができるかということのように承ったのでございますが、これは御承知のように、国立大学の学長は国の公務員でございまして、国の公務員の任命につきましては憲法に規定がございます。要するに国民に由来してその権限が発生しておる。そうして国会を通じて信任された内閣において任命権を行使するわけでございます。国立大学の学長も明らかに国家公務員でございますので、その線に従って任命されるわけでございますが、この国立大学の学長につきましては、一般の公務員と趣を異にいたしまして、大学の特殊性、大学の目的等からいたしまして、単に一般の公務員と同様な任命等の形態ではなく、特に学問の自由あるいは大学の自主性というようなことに関連をいたしまして、一般の公務員とは違って、特に慎重でなければならぬというふうに私どもは考えております。  ただ先ほど来お尋ねがあり、お答え申しておりましたように、それでは政府あるいは文部大臣の任命権というものは、全く形式的な権限であるかということになりますと、およそ公務員の任命権につきましては、要するにその大学の目的等から考えまして、これは明白に必ずしも適当でないというふうにだれも考えられるような方が出てきました場合には、例外的にその大学の申し出を拒否することが現行法でも法の論理解釈からできるというふうに私どもは考えております。ただ先ほど申しましたように、一般的に広くそれができるということではございませんで、きわめて限定された場合でございますが、公務員に対する任命権の性格上そういったこともできるものだというふうに解釈いたします。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、官房長と同じ意見のようですが、それはおかしいと思うのですよ。それは国家公務員だという一つの一般の偏見がある。それなら判事だってすぐ首を切れるじゃないですか。国家公務員であるがゆえに文部大臣が論理的にか理論的にか知らぬけれども罷免できるという偏見がある。あるいは法律に限定された事項をもって、一定の手続で、法律によってこうこういうときには判事は罷免できるということになれば、国会の承認に基づいた法律によってのみその身分を変動させ得ることができるという規定の仕方も、国民に対する場合は、国家公務員に対してはあるわけです。国家公務員だから直ちに行政権によってのべつまくなしに罷免できるという論理はおかしい。なぜかというと、特に学問の自由ということが憲法に規定されて、大学の研究、教授を保障しておるその一番の中心である学長である。そこのところは新しい憲法の学問の自由という憲法規定と比べて法制的解釈をすべきでしょう。そこに何か次にそういう法律を作ったときは、私は反対ですが、一つの法律を憲法の学問の自由という条項も照らし合わせて作って、かくかくの場合についてはこういう手続に基づいて学長の任命を拒否することができるという一つの法律ができたときにのみ、私は初めていわゆる形式的任命権の例外としての自主的な発動がなされるべきであって、そういう特別の明示のないときには、現在のままにおいては形式的な任命権だけを文部大臣に予定しているのだ。そう思って論議をしている。そうでないのですか。それを大学管理法を次の国会に出すか出さぬかは知らないが、出すというふうに言っておるのだけれども、反対、賛成の論議があっても、それが強行採決をされても、出たときには、これは法律ですから、その法律の中にたとえば判事の身分に関するようなものがそういう法定の理由に基づいてのみ行なわれるということになってくれば、これは一つの問題としてわかるのですけれども、官房長も現在できるというお話しだが、憲法の学問の自由というものが規定された理由が出てこないじゃないですか。また一方に高等学校以外は教授と研究の自由というものがその内容であって、今までの明治以来の沿革の中からあの規定が出ているということが憲法制定の速記録その他でも明確になっているのですから、その点を大学関係の局長まで普通の今までの旧憲法的感覚の常識で、当然できるんだ、そうしてその第一の理由は国家公務員だから——そんなばかなことはない。文部大臣がそういうものがなければ、国家公務員として国民に対する関係は何らの責任の根拠が出てこないじゃないかという論理でしょう。そんなら旧憲法のときと同じじゃないか。新しく学問の自由というものが入った新しい憲法の中における解釈にはならぬと思うのです。われわれは反対しているが、何かの法律というものが出てくれば別だ。今はないじゃないですか。そういう考えで最初からおられるならば、大学問題の諮問などは形式的で、めんどうくさいから答申はどうでもいいんだという腹でしょう、今でもできるんだから。おかしいじゃないですか。そう思わないですか。初めから答申を問題にしてないのでしょう。皆さんの答弁は、答申を問題にしてない答弁ですよ。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林説明員 新憲法下に学問の自由について新しく規定されておりますことは、ただいま御指摘の通りでございまして、学問の自由はこれを保障するということが憲法二十三条にいわれております。この規定は従来の憲法にはなかったものでございますので、新たにこの点に特に力を入れて新しい憲法は法条に規定をされたものと思っております。ただこの学問の自由の規定が入ったということと、大学の学長の任命についての形式的な任命ということとは、直接のつながりは私はないと思っております。もちろん、たとえば外国の事例を見ましても、外国でも学問の自由は保障されるという趣旨の規定があるところでも、やはり国立の大学の学長の任命については、その大学のいわゆる管理機関の言われる通りに任命しなければならぬということにはなっておらないようでございまして、従って学問の自由に関する規定が新憲法に入ったからといって、当然政府あるいは文部大臣の任命権を形式的なものというふうには私は言えないのじゃなかろうかと思っております。現行のままで、要するに新しい任命に関する手続法ができない限り、形式的な任命権であるというような御趣旨のお尋ねだと思いますが、先ほど申しましたように、ただ単に国立大学の学長が国家公務員だからというだけではございません。国立大学の学長は一般の公務員とは相当性格の違った公務員でございまして、大学における研究あるいは教育に携わる。そしてその大学における学問の研究については憲法に保障されておるというようなことから、一般の公務員と同じ扱いにするというふうには解釈いたしておりませんけれども、先ほど申しましたようにきわめてまれな事例かも存じませんが、大学の目的から考えて明らかに不適当というような方が候補になってくるという場合には、最小限度文部大臣にも拒否することができるものというふうに解釈しております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 くどいようですが、もう少し具体的に、判断を間違って日本の百年の大計を誤るような法律を作られては困るので言うのです。  大学の学長、教授というのは、憲法で学問の自由を保障された国家公務員である、これは言えるのですね。従って、はなはだしく不適当々々々と抽象的なことで、一党の政党に所属するところの文部大臣が罷免権を持つということは、これは憲法からいって違反だということは出てくるのであります。そこで学問の研究、教授の自由あるいはその人の思想その他ということを理由にしては罷免はできないとか何かという、私の言うように法律の規定がずっと入って、あなたのおっしゃるように最小限というならば、罷免の理由が制限列挙事項になって、人格的にどうだとか何だとかいう一般のなにもあるでしょうが、少なくとも思想、学問という関係を理由として絶対罷免はできないという一つの明確な法律、規定があるときの論議はできるんですよ、私は、学問の自由、思想の自由という憲法に保障された特別の地位を持ったところの国家公務員であるという、少なくとも明確な意識をあなたがお持ちになっていないで論議をされているように——官房長でもそうですよ。一般国家公務員だから、当然に文部大臣が拒否するようなものがないと理屈が合わぬ、それだけではないですか。そんなことから文部大臣が指導したり、そうして今のようなムードを作られては困ると私は言うのです。それで、現行法ではできるのだ。そうしたら実質上自由裁量みたいになる。そうならば、その前に解釈するならば、文部大臣は、衆議院議長と同じように在職中離党すべきだ。憲法の学問の自由というものを前提とした場合には、もっと総合的に慎重に論議をすべきものである。だからこそ二年前から諮問をしておる。ところが現行のままでできるのだということを放言をするなら、みなうそを言ってわれわれをだましていることになる。非常に素朴な解釈で答弁されておるので、私はきょう大臣を呼んだら大臣と対決しようと思ったのです。考え方を変えてもらわなければ困る。今局長と官房長もおっしゃられることは、私はずっと前に考えておった常識なのです。これは私は、学者の意見をちょっと聞いたり、そんなことでふらふらとして言っているのではないのです。最小限ということについて言うならば、法制的に最小限というものは、法律的に制限列挙事項として初めて国会の論議になると思うのです。この憲法で学問の自由というものを保障された、特定の身分を持った国家公務員というところから出発して論議してもらわなければ困る。国立は国民の税金でまかなっておるからという、そういう素朴な常識であるとか、あるいは国家公務員であるという常識だとか、そんな論議で政治思想の中へ入ってきたら困る。文部大臣は行政権の行使ですからね。もしその憲法——現在の憲法は、旧憲法のように法律の規定によらざればこれこれの自由を保障するというのではなくて省いている。それも明らかにおわかりのはずである。絶対的に法律で制限できないのだ。一方に公共の福祉という言葉だけが別の規定になっている。そういうふうな解釈を自然にわれわれはしてこの問題も真剣に論議すべきである。今まで思想とかいうことでみな首を切っておる。現実に全部そうでしょう。それでは人事権の発動である。そこで学問の自由という場合については、少なくとも思想、学問、研究、教授の自由という、そういう関係に触れて罷免はできないのだということがどっか明確にならぬ限りはいかぬ。行政権に基づいてしかも一つの政党に所属する行政権を行使して罷免できるというようなことの解釈、少なくとも行政機構の皆さんが、局長以下の人は政党人じゃないのですから、そんな解釈を一緒にされておっては間違いだと私は思うのです。そうでないですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林説明員 国立大学の学長、あるいは教官につきましては御指摘のございましたように行なっております。職務の内容が学問に関するものにつきましては、学問の自由がこれは憲法上も保障されております。そういった公務員でございまして、一般の公務員とは非常に性格の違ったものでございます。その点につきましては私どもお尋ねの通りだと思います。ただいろいろのお話のございます中で、罷免というふうに仰せられておりますが、私どもは罷免ということには実は現在のところ考えておらないわけでございまして、任命に際しての学長からの申し出についてこれを拒否することが、ある場合にはできるのだというふうに申しておるわけでございます。罷免をするということについては申しておりません。またお尋ねのいわゆる大学の教官の思想、特定のたとえば学説を支持するというようなことに基づいて拒否するというようなことは、これは私どもは学問の自由という点から考えてできないものではなかろうかと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 思想的には少し具体的に話をされたが、それはそう思うということだけなので、現行法のままでは行政権の自由裁量でどうでもできるということなんですね。従って、これは新しく法律というものがなければ——私罷免と言いましたが、任命権の拒否も含んで言っているので、そういうことを放言をするということは間違いなんだ、こう言っている。そうすると官房長の方ではそれはそうじゃない、できるんだ、こう今まで答弁しておったから論議してくどくどやっておるわけなんです。もう少し研究をしてもらいたい。いいですか、世界の真理みたような、当然のような答弁をされておる。私はおかしいと思うのですよ。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 現行法の教育公務員特例法の十条を解釈いたします場合に、大学管理機関の申し出があったものについて、そのものがいかようなものであろうとも文部大臣は任命しなければならないという趣旨ではないというふうに解釈いたします。その限りにおきまして、明らかに不適当なものを大学が持ってきた場合に、文部大臣は国民に対する責任上、当然これを拒否できるというふうに考えております。ただ山中先生のおっしゃいましたように、この人が特定の思想を持っておる、あるいは特定の政党に入っておるとか、あるいはちょっと不適当なような気持がするとか、あるいは何とか疑わしいとかいうようなことで拒否できるものではないというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 前と少しも変わらないでがんばっておるようですが、法律の解釈も、文理解釈もあればそうでない解釈もできるので、あなたの解釈の場合は、学問の自由という憲法の規定のもとに、戦前の法律と同じ法律であっても戦後の解釈をしなければならないのに、教育公務員特例法の解釈は、文章を読んで文章解釈をしてそうだということだけを言っておる。そのときに、新しい憲法に学問の自由というものを規定されたその法制の原理の上に立って解釈すべきだという着意がないから言っておるのです。そういう解釈なら何もならない。そうすると憲法の学問の自由という規定がないときも同じ解釈になる。少しも違っていない。少しも違っていないから私は言うのです。きょうはこれくらいにとどめておきますけれども、もう少し深めて勉強してもらいたいと思うのですよ。あたりまえの解釈、当然だということだけでおられるけれども、日本の文教の府の立場からいえば、これをどういう方向に持っていくかということは大へんなことだと思う。ただどこの政党に入っておるとか、そんなことは当然のことじゃないですか。論議の余地はない。政党加入の自由があるじゃないですか。そんなことを理由に出しておる思想から私はおかしいと思う。この点について私はもう少し掘り下げて大臣が来たときにも話をしようと思うのですけれども、同じことで同じようなことを文部省の中でずっと論議しておるだけでは、私は寒心にたえぬから申し上げておきたいと思うのです。  私は、大学管理の問題はきょうは大臣がいないからこれくらいにしておきたいと思うのです。名城大学のことについて御質問をしようと思っておりましたが、局長がいないので次の機会に譲っておきます。  村山委員から質問があるので私の質問はこれで終わります。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 村山喜一君。

村山喜一日本社会党

○村山委員 主管課長が見えておりますので簡単にお尋ねをし、なお官房長からもお答えを願いたいと思います。  名城大学の問題につきましては、法律に基づいて調停委員がすでに発足をいたしまして、指定を受けてから六カ月になっておるわけでありますが、最近の事情を大学の方から承りますと、非常に緊迫した情勢の中に差し迫って参っているようであります。そのことは御承知かと思いますが、学校法人の代表権がないところの大橋光雄氏が学校法人を代表して、現在名城大学の重要な施設のあります土地の地主に対しまして——七十二名ほどおるそうでありますが、これに対する土地の明け渡しを承諾をして、その仮執行の宣言を受けてもよろしいという態度を表明をし、幸いにしてその地主の中に二名ほど死亡者があるために、通知をする整理上の問題が裁判所側の方にありますので、大体期間は二カ月間の余裕を持って地主側が明け渡しの仮処分の執行の請求をするならば、この間において二カ月を経過しますと当然明け渡しをしなければならないという事態に立ち至ってきている。地主の意向で名城大学の中心並びに重要教育施設は大半がなくなってきているという事態が現実に出て参っているようであります。この点から考えて参りましてもきわめて重大な問題が出て参った。  それともう一つは、御承知のように三十八年度の新入学生の募集を禁止する裁判を求めている、こういう事態が出ているわけでございますが、この仮処分のいわゆる裁判を受けて、すでにそのような手続をとっているようであります。  それともう一つは、学校法人の名城大学が持っております学生寮を不当に売却をして、理事会あるいは評議員会は成立していないわけでありますが、それを背任横領をしている、そういう事実も出て参っているようでありまして、そのために学生が今までおりました学寮は個人の私有する下宿に転落をしている。そのために学生自身も寮生活に対する不安を覚えて、非常に落ちつきのない状態が出てきているというようなことを聞くのであります。こういうような状態に立ち至って参りますと、すでに文部省の方から現在の理事は総辞職をすべきであるという勧告が一ぺん出されて、これが拒否をされ、そうしてわれわれが国会において法律を制定いたしまして、それに基づいて、文部省はこの調停委員の申請を待って、私立大学の審議会にかけて、その結果大臣が現在の理事と称する者を罷免できる、こういうような権限が文部省に与えられておるのは御承知の通りであります。そういうような状態から考えまして、この名城大学の問題は一日もゆるがせにできない状態に現在立ち至っていると見なければならないと思うのであります。それに対しまして当事者、当局の方はどういうような対策を講じていこうとしておられるのか。この問題に火がつくような状態にまできておりますので、早急にこの調停委員の方々に御努力をお願いし、それらの対策を年内には完結をしなければ、この問題はきわめて重大な問題に突入をするのじゃなかろうかと思うのであります。そうなって参りますと、年内にこの問題を解決するという確約をあなた方の方が国会を通じて国民の前に明らかにしていただくことができるかどうか、この点について承っておきたいと思います。

平間修文部事務官(管理局振興課長)

○平間説明員 今お話のありました土地の明け渡しの問題、学生募集の処分の訴え、その点につきましては、私自身ははっきりまだ聞いておりません。ごく最近あったようでございますので、よく調べまして、おっしゃる緊急事態に対する何らかの措置は考えてみたい、こう考えるわけでございます。  調停委員会でございますが、七月下旬に第一回の会合を開きまして、現在まで四回会合を開いております。その間おもな当事者の意見を聴取しております。その結果、まず最初に行なわれてしかるべきであろうと思われる合意による調停の成立というものはきわめて困難な状態のように考えられます。従いまして、その次の調停方法と申しますか、調停方法といたしましての調停案の作成、これの提示ということにつきまして、現在、その内容、それから時期等について検討しておりまして、十一月下旬の調停委員会においてそれを決定したい、こういう予定で進んでおる次第でございます。なお、その間に文部省による実地視察なんかもありましたし、それから不幸にして調停委員の一人がなくなられたというような事態もありまして、残った現在の三人による調停委員というものによって調停を進めておるわけでございますけれども、この方々は一応新しい方々でございますので、よく事情をのみ込むということに相当時間もかかりましたし、慎重な態度をとって、何とかまとめたいという熱意から非常に事こまかに事情を聞いているというような状態で今日に至っておるような状態であります。従いまして、この調停委員の調停というものは、ただいまの話で一応現在のところは年度内に解決のめどをつけたい、こういう見通しでもって進めておる状態でございます。  学生寮の処分のことは、われわれの手に入っておる資料としましては、三十六年に処分をしようとしてその手付金をもらったということまではわかっておりますので、正規の売買契約というものはまだなされておらない、従って登記はなされていないように聞いておりますけれども、この点については、こういう点が調停上差しつかえがあるかどうかということを勘案しまして、調停委員による事前の勧告措置というようなものをやるかどうかについてもあわせて現在検討中である。  調停の大体の進行状況並びにその見通しを簡単に申し上げました。

村山喜一日本社会党

○村山委員 年度内に解決をするのですか、年内に解決をするのですか、どっちですか。

平間修文部事務官(管理局振興課長)

○平間説明員 年度内というふうに見通しを立てております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういたしますと、この緊急事態に立ち至りました地主側がもし土地の明け渡し請求を——これは一万坪くらいありますが、これを裁判所に仮執行の手続をとりまして、そうして裁判所の方ではもうそういうような手続をとっていいのじゃないですかというようなことさえ言っているわけですが、立ちのき請求をされてもう出ていかなければならないような事態になったら、この名城大学の中心部が壊滅をしていくわけですが、そうなると勢い大学はもう大学としての機能を果たさないようになっていく状態がここ二カ月ぐらいの間に生まれてくる。そういうような緊急の事態に対応する対策はあなたの方では別にお考えになっていらっしゃいますか。

平間修文部事務官(管理局振興課長)

○平間説明員 先ほど申し上げました通り、この問題はまだ十分研究しておりません。従って、今のお話から承りますと、裁判所の仮執行というものをやる権限が大橋さんに必ずしもあるというふうには私は考えないわけでございます。と申しますのは、大橋理事長と称しておる方は、理事長としての登記というものはされておりません。いわばそちらの側の、大橋氏側の理事会において理事長と称したというのが現在の形でございますから、最終的にそういうことはできないとは思いますけれども、しかしそういう緊急事態というものがあるとすれば、これは至急十分研究しまして、そういう授業そのもの、教育そのものに何らか差しつかえるというようなことは避けるようにぜひ努力したい、こう考えます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 十一月の六日に名古屋の高裁の第二部において——この第二部は他のところと異なって、各理事に学校法人の代表権があるという特殊な見解を持っているところですが、その第二部においてそういうようなやりとりが行なわれて、仮執行の宣言を受けることも快諾をしている。裁判所自体が、それじゃ仮処分の執行をやりましょうというようなところまで態度を踏み切っているというふうに聞いている。そうなって参りますと、死亡者が二名おったので、その手続の整備の関係で大体二カ月ぐらい裁判所としては時間的にかかるようですが、それを過ぎますと、その高裁の第二部がそのような判決を下して仮処分の執行を命じていったというような事態がおとずれたあとにおいては、もうにっちもさっちもいかないような事態になるわけです。だから、これは一つの緊急な事態として、調停委員の方々に御報告を願って、そうしてこの問題についての対策を講じていただかなければ、学生の間にも非常に不安が高まって参っておりまして、すでにお聞きになっていらっしゃると思いますが、十一月の六日の日に学生の抗議集会が開かれて、大橋理事長と称する人に交渉を持って、そうして本日午後一時から名古屋の弁護士会の小会議室で話し合いの再開を学生側の方とする、こういうような状況にきているようであります。特に来年度の入学募集に対しても、これを募集してはならないという仮処分の申請を出しておる。こういうような事態がおとずれております状態を考えますと、大橋というものが、学校の経営者、理事長と自称しながら、相変わらず学校の破壊活動というものをはっきり大衆の前に、国民の前に明らかにしているという事実が出ているわけです。そういうような事実が出されているにもかかわらず、これから調停案をつくってその調停案を当事者にのませるというような考え方でなくて、調停委員会としては早急な結論を下して、法に定めるところの手続をとって、それぞれの時宜に即したところの処置を講じていただかないと、このままでは名城大学というものは壊滅の状態になりますし、学生、生徒合わせて八千名の向学心に燃える人たちが行き場がなくなるという事態が出てくるわけですから、こういうような社会不安が早急に解決されるように、ぜひ主管課長は局長と相談をしていただいて、そうしてその対策を早急に講じて下さい。そうして場合によれば名城大学の学長あたりにも来てもらって、事情をこまかに聴取していただいて、そうして対策を講じていただくように要望を申し上げて私の質問を終わりたいと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 谷口善太郎君。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 大学学術局長が見えておりますので、愛媛大学の田川事件の問題について簡単に一、二の問題をお尋ねしておこうと思います。予算概算要求の問題で若干御質問をするように申しておったのでありますが、これはまた別の機会にさせていただきます。愛媛大学の問題で緊急に御質問を申し上げる気になりましたのは、数日前愛媛県に参りまして、大学の学長その他にお会いしまして、この問題について若干のことを調べてきたものですから、そこでぜひ聞いておきたいことができました。いずれこの問題は大学管理制度の問題との関連で文部省の側も愛媛大学の事件を大へん問題にしていられるようでありますから、大臣が見えたときに詳しいお尋ねをするつもりでおりますが、きょうはごく大ざっぱに一、二点だけ伺っておきます。  この事件はすでに人事院に提訴されまして、七月の十三日から十五日までの間に弁護士団の最終陳述もありまして、結審することになっているわけでございますが、なお四カ月もそのままになっております。これは人事院のことでありますから、文部省は直接関係はないのだとおっしゃればそうでありますけれども、この事件は、田川助教授に対する戒告処分の発令が大臣から出ておって、その結果人事院に出ておることでありますから、文部省も関心を持っていられると思うのです。結審がおくれておりますのは、何か事情がありますか、どうなんでしょうか。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 愛媛大学の助教授の田川先生が、昭和三十三年の八月一日から四日までの間、愛媛県教育委員会主催の夏季小中学校研修会におきまして、いろいろ国家公務員としてふさわしくない行動があった、その結果愛媛大学に対する社会的信用を少なからず傷つけた、こういうことで田川先生を大学は戒告ということに——それこそ教育公務員特例法の手続によりまして戒告ということをきめまして、文部大臣に上申して参りました。その通りの処分になったわけですが、田川先生はこれを不服とされまして、今日まで人事院の方に訴えておられました。私どもの方といたしましても、数回人事院の方に呼び出しを受けまして、当方の説明もいたしましたし、先方のお話も聞きました。私どもといたしましても、一日も早くこの問題の結論が出ることを願っておりますが、いかなる理由でございましょうか、人事院の方ではいまだに結論を出していないので、谷口先生同様に私どもも、どういうわけでこのようにおくれるのであろうかというふうに考えております。従いまして、文部省としては人事院内部のいきさつについては承知いたしておりません。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 地元では、現に大学管理制度を改めてから問題にしようという動きがあって、それができてから結論を出してもらった方がいい、少なくともその前にああいう大学の決定なりあるいは大臣の発令が無効だというような結論を出されては困るので、文部省としては人事院の方に圧力をかけているといううわさが大学の中にも大学の外にもずいぶんありました、しかし私は、まさかそういう圧力をかけて、それによって人事院がとやかく動くものではないという解釈をしておりますが、そういううわさが飛んでおる。つまり大学管理制度ができてからやれば簡単にやれるだろうということと、それから大学管理制度ができる前にああいう文部大臣の戒告命令というものは無効であるというように結論づけられては困るというので、文部省が大いに圧力をかけているといううわさが飛んでおります。そういうことはなかろうと私は思うのでありますが……。そこで私はそのことよりも、大学管理機関つまり学長から評議会にかけてこういう結論になったからという申し出があって、それに基づいて大臣が戒告の処分を発令されたというふうにあなたはおっしゃったのでありますが、その評議会で結論づける前に、すでに教育学部において教授会で、この問題は懲戒にするというような内容のものでないということで不問に付して打ち切るということを決定したにもかかわらず、あとで文部省が圧力をかけて、強力な指導をやって、その教授会の決定を無視して、そうして評議会にかけてそういう結論を出させるということをやった事実があるようでありますが、その点についてそういう強力な指導をなさったかどうかという問題、そのことを伺ってみたいと思います。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 この問題につきましては、愛媛大学の大学管理機関であります評議会の議長を勤めております愛媛大学長が、客観的資料に基づきましてみずからの判断によって発議をしたものでございまして、文部省が圧迫したようなことは毛頭ございません。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 学長も私がお会いしてお尋ねしたときにそう言っておりました。しかしこの過程におきまして、すでにこの問題が起きてからしばらくした後に教育学部の教授会が開かれております。ここで当の田川さん、もう一人須賀さんという助教授がともに名前をあげられておったようでありますが、教官会議という、教授、助教授、その他慣例によりまして相当広い範囲の人たちが集まることに愛媛大学ではなっているようでありますが、ここで当の二人、特に田川さんが、自分のやったことについての真相をよく発表して、皆さんの御判断をいただくというので、討議がなされております。その討議に基づいて、向こうでは選考教授会といっているようでありますが、人事、特に降任あるいは戒告、懲戒というような問題を論議するところでこの問題についてさらに論議がありまして、つまり正規の教授会だと思うのでありますが、田川さんに対して、今後こういう疑問を受けるようなことになっては困るから、こういうことについては十分に注意するということの忠告を与え、本人の同意を得て第二回目の教官会議でそのことを報告され、そしてその教官会議では、その問題はこれで打ち切るという議決をやっているのであります。従って、大学としては、それに基づいて学長に報告がなされておりますから、打ち切ったものと本人も考えており、教授会も考えておった。ところがそのあとから、文部省から非常な強力な圧力があって、教授会の決定を無視して、ごく秘密裏に学長がこれを処分するという工作をやり、そして数カ月後の翌年の二月になって、突如として田川氏を呼び出して戒告をするという、そういうことをきめているということであります。その間におきまして、文部省がどういう圧力をかけたかということにつきまして、重松さんですか、教育学部長、この方が公式の場所ではっきりと、文部省の方では、国家公務員法第百二条に基づく不当行為であるというので、当然処分しなければならないということを強力に言っておる、それで非常に困っているということを報告しております。そういう事実を、あなた方の方ではないというふうにおっしゃるのですか、その点はどうでしょうか。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 今御指摘のような事実はございません。ただ、今のお話の途中で、この問題につきましては、教授会で不問に付するということをきめて、済んだ問題であるというふうにおっしゃいましたが、純粋に客観的な法律解釈を申し上げますと、こういう懲戒処分につきましては、教授会が行なうのではございません。評議会が行なうのでございます。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 その点につきましては、あなた方はそういうふうにおっしゃるし、学長もそういうふうに言っていました。教育公務員特例法その他につきまして懲戒するというふうな身分上の裁判というような内容を持つ仕事は、教授会ではやるのではないのだ、少なくと本教授会でやらなければならぬという必要条件としては、法律的に規定されていない、これは評議会でやっていいのだと、こういう解釈をわれわれは持っておる、こういうふうに、あなたのおっしゃる通り学長は言っていました、しかし愛媛大学では、少なくとも一切の重要な問題については、各学部とも教授会で審議がなされ、そしてそれに基づいて管理、運営がなされているという慣例があります。これは新しい憲法のもとで、新しく発足しました大学の管理上の組織の中で、いろいろな内容を持ったものが発展しているようでありますが、愛媛大学の方では、各学部とも助教授はもちろん、専任講師、それからある学部におきましては助手なんかも参加する、そういう会議でもって重要問題はやっているという慣例を持っておる。そういうものが確立しておる。これは学長も言っております。従って、すべての人たちは、少なくともこの問題については、教育学部の教授会といっている相当に広い範囲を集めた教官会議で結論づけたものだ、済んだものだという解釈を持っております。このことは学長にも報告されておりまして、全然問題にならなかった。ところが、そのあとから数カ月後に、突如としてなされたその過程で、文部省から非常に強力な指導がなされたということを、公式の場所で言っております。重松という人は学部長でありますから、でたらめを言う人ではなかろうと思うのでありますが、国家公務員法第百二条に基づいて、当然処分すべきだということを強力に言われて困っておるというふうに報告をしております。これはやはり文部省ではそういうことを言ったことはないとおっしゃいますか。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 大学の慣例によって、この問題は愛媛大学では慣例で扱ったんだというお話でございますが、思いますに、慣例といいますものは、幾ら大学といいましても、法律に規定されておるその範囲内で慣例を設けるとか、あるいは法律に規定がないので慣例を設けるということはあろうかと思いますが、法律が厳としてありますのに、その法律に違った慣例をおつくりになるということは、やはり法律を無視した行為でありまして、正しい考えではないと思います。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 あなた方の意見はそういうふうな意見であるようでありますけれども、この問題につきまして、教員の降職や懲戒というような問題についても当然教授会で審議して、それに基づくことが正しいんだという説がやはり一方にあるわけです。しかも愛媛大学では、いろんな問題につきましてそういう新しい慣行をもって実際に運営してきている。これも学長も認めておる。従って、法律的にどう解釈するかという問題は大いに議論のあるところだと思うのでありますけれども、大学としてそういう——私どもから見れば非常に正しいのでありますから、そしてそれに基づいて円満な運営をやってきておって、この問題につきましても相当突っ込んだ論議がなされているようであります。その結果として結論づけまして、これで打ち切るということになったのが、しかも本人には全く秘密裏に、文部省の強力な指導といえば指導でありましょうが、介入によりまして、しかも法律の適用まで示して何とか処分しなければならないということを強力に言っておるので、大学自体が困っているという問題が公式の場所で言われているわけであります。従って、法律的にとあなたはおっしゃいますけれども、それはいずれとも解釈できるということを言っておるし、多くの学者は当然教授会の議を経るのがあたりまえだという説を持っておる。従って、法的解釈においていえばいろいろ議論のあるところだと思いますけれども、大学としてそういう非常にいい慣行をもってやってきて結論づけている。それが本人にも知らされぬうちに、文部省の指導によって秘密裏に懲戒するという決定を出されるようなやり方をやっている。そこに大きな問題があるように思うのです。しかも重松さんの言っておられるところに上りますと、文部省は、その場合にもしこういう教官がこういう活動をしておるという大学があるならば、文部省としてはとても予算を出すわけにはいかぬという非常な極端な言い方までされて圧迫をかけているということを彼は言っているのであります。そういう点はどうなんですか。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 教授会でやるか評議会でやるかということは、法律の解釈上どちらでもあるんだというようなことは毛頭ございません。非常に失礼でございますが、お疑いのようでございますので、法律を読みます。教育公務員特例法の第九条に「学長、教員及び部局長は、大学管理機関の審査の結果によるのでなければ、懲戒処分を受けることはない。」というふうに書いてあります。大学管理機関というのは何かということは、その二十五条の四号に「第九条については、学長にあっては「協議会」、教員にあっては「評議会」、部局長にあっては「学長」」というふうに大学管理機関を読みかえるんだという規定がございます。従いまして、第九条は教員は評議会の審査の結果によるのでなければ懲戒処分を受けることはないというふうに書いてある。これは何人もこの解釈に疑問の余地のないところでございます。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 そうです。法律では第六条、第九条、第二十五条に免職、降任、懲戒に関してそういうふうに書いてございますが、その管理機関ということにつきまして、その管理機関がそういう結論を出すまでに、管理機関の最も根本になるところの教授会の活動ということを重視しなければならないという学説は、これはずいぶんたくさんあります。従って法律にそう書いてあるからそうすべきだということじゃなくて、すでに大学ではそういう慣行を持って、そういうやり方をやってきているということは、民主主義の立場からいって非常に重要な問題でありまして、このことを無視していいということにはならぬ。しかも今度の場合は、大学としては一応教授会でもって結論をつけて学長に報告して問題が済んだものだという解釈をしておった。ところが法律にこうである、あるいはこういうふうにやるべきだといういろいろな点を文部省が指導されて、しかもそういう大学には予算を出さぬぞといっておどかしをかけて、そうしてあらためて秘密裏にこれをやらせていったというところに問題があるというので、今この問題について世間で大きな問題になっているところであります。そういう点について文部省はどういう指導をやったのですか。法律はこう書いてあるから、教授会でそういう決定をしてもそんなものは無視していいんだ、本人にも黙って、そうして教授会で決定したこともひっくり返して、評議会で懲戒処分に付するようなやり方をやるように強力に指導されたということになってくると、大学の自主性というものに対して文部省は不当に介入したということになりませんか。まして予算を出さぬなんという言い方でもってやられたとしますと、これは大問題だと思うのです。その点はどうですか。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 言うことを聞かなければ予算を出さないぞといったような、まるで町のならずもののような指導は、いやしくも文部省の職員は文部大臣以下していないと確信いたします。  それから幾らよい慣行であろうとも、法律に書いてある規定をめぐって、これが慣行なんだから、慣行でやったんだから法律でやる必要はないのだというような慣行は、よい慣行とは存じません。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 文部省はそういうふうな予算を出さないなどというようなならずものの言いがかりのようなことを言ったことはないとおっしゃいますが、そうしますと、重松教育学部長の公式の場所での発言というものは、重松さんはうそをついているということになります。あるいは国家公務員法第百二条に基づいて当然これは処分しなければならないのだというふうに文部省が言っておる、だから非常に困るということを彼は一つの苦衷として言っておるわけです。そういうことを言われたことはないとおっしゃるのですが、そうしますと重松さんはうそをついたということになりますが、そういうふうにお認めになりますか。それはどうです。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 文部省としては予算を出さないぞといったような圧迫はしたことはないと確信いたします。重松さんがどのようにおっしゃいましたか、そのことは私の方の関知することではございません。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 官房長、あなたはそういう言い方をなさいますけれども、向こうでは公式の教官会議を開いて、その中での報告なんです。しかも本人田川さんを呼んで、こうこうであって、文部省はこう言っている、非常に困るのだ、だから君はここのところ、自分のやったことについて信念の上でやっているのであろうけれども、しかしこういうふうに文部省が言って圧力をかけてきているし、これについて教官の中では君のとったことに対して対立する空気もあるから、この際は君の方が折れて、おれは今後そういうことは慎重にやるということを言ってくれれば事は済むのだというふうに分けて話をして、それではそういうふうにいたしましょう、私も信念としては曲げるわけにはいかないけれども、そういうふうに法律に違反して体刑を受けるということになっては困る、同時に仲間の中に対立意識が生まれては困るから、私として今後慎重にするということを言いましょうということで、第二回目の教官会議を開いてその決定をした。重松さんが言うたか言わぬかについては、文部省が知らぬとおっしゃればそうでありますけれども、そういう事情の中で問題が進んでおるわけです。これは文部省としてこの問題について、あなたじゃないけれども、予算を出さぬなどと言うことは、これはならずものの言うような言葉でありますが、そういう言いがかりをつけて圧迫をしたということが公式の場所で明らかにされておる。これは大へんなことだと思うのですが、わしはそんなことは知らぬぞ、文部省としてはそういうことを言うことはないと確信すると言っただけでは、公式の場所で発言されたこの問題は解決しません。そういう圧力のもとになされておるというふうに解釈せざるを得ません。いかがでしょう。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 私はそういうことはなかったと確信をいたしております。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 そうすると、重松教育学部長という人がうそをついたということになるわけでありますが、いずれにしてもそういうふうにしてこの問題は一応解決したものをひっくり返しまして、しかも本人を全然呼ばないで一応審査に入るということで出してやっていたわけでありますが、こういうやり方を私はなぜ問題にするかと言いますと、文部次官の説によりますと、大学管理法を必要とするという一つの根拠としまして、大学の管理運営について新制大学の幾つかにずいぶん混乱が起こっておる。従ってこれらを正す上にも、現行法をもっと確実なものにして、管理運営上の規定をはっきりさせる必要があるというふうに考えておるということを言って、その例として愛媛大学その他があげられているわけです。一体愛媛大学のこの問題が大学管理法をつくっていかなければならないというふうに文部省がお考えになった根拠の一つになっておるようでありますが、どうしてこういうふうに解釈されるようになったのですか。そこを一つ伺っておきたいと思います。

宮地茂文部事務官(大臣官房長)

○宮地説明員 文部省といたしましては、こうした田川事件のようなことを何とかしなきゃならぬ、そのためには大学管理法をつくらなければならぬというような因果関係で大学制度改善を考えたのじゃございません。先ほど山中委員の御質問にお答えしましたように、三十五年に、松田大臣のときに、大学問題につきまして全般的に諮問をいたしました。その諮問に対しまして、三年近くかかって答申ができ上がろうとしております。従いまして文部大臣がたびたび公式の場所で言っておりますように、中教審の答申通りと言ってもいいほど、中教審の答申を待ちまして答申を尊重いたして、立法化する必要があれば立法化したいというふうに言っておりますが、そういう気持で立法化を考えておるわけでございまして、今先生のおっしゃいますように、田川事件があるからこいつを何とかしてやろうというような因果関係はございません。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 官房長、あなたとその問題で論議しましてもしょうがないのですが、しかし文部事務次官の説によりますと、はっきりそう言っておる。つまり法律的な不備があっても、古い伝統のある大学では非常に正しい慣行を持っておるから、あまり問題が起こらないが、七十幾つかの大学を見た場合に、新しくできた大学では非常に混乱が起こっておる。そういう点の例として北海道学芸大学とか愛媛大学とか、その他幾つかをあげて彼は論議しておるのでありまして、従ってあなた自身はそうおっしゃいますけれども、文部次官ははっきりとそう言っておるわけであります。従って私は向こうへ行っていろいろ学長にも会い、あるいは当人の田川氏にも会い、あるいは教員組合の諸君にも会うていろいろ調べてみたのでありますが、調べれば調べるほど、大学としてむしろ新しい憲法のもとで学問の自由あるいは研究者のいろいろな行動、思想上の自由という問題の上に立って、教官会議あるいは教授会というところでいろいろなことが審議されて一つ一つ処理されていくという非常にいい慣行を持ってきておるにもかかわらず、逆にそのことに対して、今あなたもおっしゃいましたが、法律的に不備があるということを逆手に取って、そういういい慣行にむしろ権力の圧力をもってぶつかっていくという態度の現われとしてこの問題は非常に重要だと思っているわけであります。  そういう点で文部次官が愛媛大学の問題をその一つとしてあげられているとしますと、その内容をやはり知らしてもらった方が今後大学管理制度の問題について論議する際に非常にわれわれとして参考になるので伺っておるのでありますが、あなた自身そういうことを発言されたわけじゃないから公式論だけおっしゃるのでありますが、文部次官はそういうことをはっきり言っているわけです。公式の場所で、あるいは座談会で、あるいは文書の上で書いているわけでありまして、私はそのことについては当然文部省自体としても御意見を持っておられると思っておったわけですが、時間がありませんからあなたとこの話をしても仕方がありません。  ただ私はこの問題を調べた結果としまして、愛媛大学でなされておる管理運営上のやり方ということにつきましては、非常に前進したやり方をもってきておるのをこの事件をきっかけにしてそれをぶちこわすという態度を文部省がとっていられるというふうにしか考えられぬわけであります。しかも、水かけ論になりましたが、そういう教官のおる大学には予算を出さないというような言い方でもって処分を圧力をかけてやってきたといたしますと、大学の管理運営上の大学の自主性というものは全く実質的には外部の力、権力の力、文部省の圧力によって破壊されているという事態がむしろ愛媛大学の問題の基本だと思うのであります。従って現地では、冒頭に申しましたように、現在人事委員会で結論がなかなか出せないことにつきまして、文部省としてはこれは下手をすると田川さんのこういう懲戒は無効であるという世間の批判が非常に圧倒的になり、人事委員会がそういう結論を出したのでは困るというので、文部省が圧力をかけているのだろうというふうに言われておったのでありますが、そういう疑問を持ってこれを見ております。私はこの点をもう少しいろいろ調べておきまして、大学管理制度の問題を審議する際に大臣に出ていただきまして、もっと突っ込んで聞きたいと思うのであります。  きょうは時間がありませんし大臣がおられませんので、以上で私の質問を終わります。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後零時三十四分散会

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