文教委員会 第3号
- 発言数
- 87 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1962/08/24
会議録
○床次委員長 これより会議を開きます。 学校教育に関する件等について調査を進めます。 質疑の通告がありますので順次これを許します。三木喜夫君。
○三木(喜)委員 最初に、議事の運営でお願いしておきたいと思います。いつも三十分くらいずつ時間がおくれておるのですが、そうして集まりも悪いようですが、今後こういうことについて委員長の方で格段の御配慮を願っておきたい。このことをお願いしておきます。 私は最初に、池田総理が人づくり、国づくりということを言っておられますが、そのことにつきまして疑問点をただしたい。このように思うわけであります。しかし、これは私といたしましては通常国会においてだれかほかの人がこの点に触れられるかもしれないと思うのですが、そのことに関して私は二、三点御質問申し上げたい。 なお、青少年非行の問題について、それと関連して数点お伺いしたい。それから、それと関連します教科書問題について前の国会から引き続いておりますが、その問題がどういうようになったか、文部省の教科書課長、責任者に来ていただいて御質問申し上げたい、このように考えます。三十分くらいで終わりたいと思いますので、要領よく御答弁いただいて、骨だけ聞かしていただきましたならば、通常国会の私たちの審議を進めていく姿勢もおのずから出て参りますので、このようにお願いしたいと思います。文部省がソ連の人工衛星、人間衛星が打ち上げられてから一応教育方針に大きな変化をもたらしてきたということは、これはいなめないと思うのです。また私たちといたしましても科学技術の発達に即応するところの教育というものは否定することはできないし、否定もいたさないつもりでありますが、しかしここからくるところの二つの点について、初中局長がおいでになっておりますから御答弁いただきたい。それは科学技術教育に即応さすために急であるというところから、人間をもののような取り扱いをするというような、人間性否定の教育が行なわれている。こういうひずみが今出てきておるのですが、そういう点について気づいておられないかどうかということ。それから従来の社会のひずみをそのままに置いておいて、こうした当面の重要な施策を進めようとするところにも誤りがあるのではないか。その従来の社会のひずみというのは、一例をあげますと青少年の非行問題、これがどのような手を打ってあるかということが問題点であります。この二点について文部省はどのように考えておられるか、最初にお伺いをしておきたいと思います。
○床次委員長 先ほどの三木委員の御要望につきましては委員長において善処いたしたいと思います。
○福田政府委員 ただいま御質問にございましたように、最近の科学技術の発達はまことにめざましいものがございまして、日本は諸外国に比べて相当立ちおくれの状態にあることは否定できないところでございます。そういった面におきまして、いろいろ科学技術の振興という面、あるいはそういう科学の進歩発達に伴いますための必要な教育面におきましても、従来からいろいろやって参っておるわけでございますが、まだこれが十分というような段階には達せないことは当然でございます。しかし物資とか、あるいは科学技術の振興という面から、単に技術のみを十分にやればいいのだというようなことでなく、やはり教育の面におきましては精神面と申しますか、そういう人格的な形成の場でございますから、やはり精神面を相当重要視していかなければならぬということは当然でございます。あるいはおっしゃるような傾向がないとは申せませんけれども、そういった面については今後学校教育の面におきましてもやはり十分注意をしてりっぱな人格の持ち主としての子供を育てていきたい、こういうような点について私どもは注意を払っている次第であります。
○三木(喜)委員 先ほども申しましたように、科学技術の進歩に即応するために教育をする、こういう姿勢には間違いがありませんが。しかし産業界の要請が非常に急なのでありますからしてそのことに対してこたえるということで、非常に急な教育が行なわれているということは前国会からわが党としては種々指摘をして参ったところでございますが、その点が一点と、それから人間性を否定しておるところの教育が行なわれておる。それから第三点といたしましては、おとといあたりの毎日新聞でも指摘をしておりましたが、人的資源の養成政策、人的能力の開発政策、いわゆる人間を物とするというような考え方、教育を手段とする考え方、私は教育それ自身が目的でなければならないのに、手段にするというような考え方が非常に強いし、国民もその点に非常に不安の念を持っておりますから、この点で今お聞きしておるわけでございますが、初中局長のお答えはよく気をつけますと、そういう点は多少あるけれども、精神面もよく注意する、このようにおっしゃっておりますが、しかし具体的に出て参っておるひずみといたしましては、中学校三年生が「青白き夏休み」という表題で非常に入試に苦労をしておる。入試地獄に陥っておる、こういう現状。それから教師がアルバイトをして、そうして入試の準備に狂奔していかなければならない、こういうような社会環境、それからこれも御存じだろうと思いますが、いつかの新聞に、東大の新入生の五分の一、約百人が精神衛生上の立場から精密検査をしなければならない。そういう精神障害に陥っておるいわゆる健康管理上の問題からも現在問題が起こっておるのじゃないですか。一、二、三点と。にもかかわらずあなたのような抽象的なお答えでは私は満足できない。もう少し具体的に一つお答え願いたいと思います。
○福田政府委員 私どもとしては学校教育の面におきまして、もちろん子供の人格形成という立場から先ほどのように申し上げたのでございますが、具体的な事例はおっしゃるようにいろいろやはりこの社会のいろいろな各方面に現われております。従ってたとえば青少年の非行の問題につきましても、最近の傾向は非行青少年の年齢層が低下してきたという傾向と同時に、最近まで粗暴犯あるいは性的な犯罪のようなものが相当ふえて参っておるというのに加えまして、最近におきましては学校等におきまするところの暴力的事犯というものがかなり警察庁の調べによってもふえてきておるようであります。そういった点につきましては、やはり私どもとしては十分教師の指導その他によりまして、子供の行動の価値判断というものが欠けてきておるような場合もあり得ると思います。が、そういった点については十分学校教育の面を充実していって、そういう現象が起きないようにやっていきたい、こういうように考えておるわけでございます。
○三木(喜)委員 ちょっと問題の分離の仕方をはっきりしていただきたいのですが、そういう急な教育をするあまり、そこから出てきておるところの、教育の上から出てきておるところのひずみにどう対処されるかという問題、それから従来からのひずみは今おっしゃるように青少年の非行の問題ですね。それはどういう教育をしようが、底流として日本の社会に大きな問題ととして残っておる。出て参っておるのであるから、その問題は別にして、今そうした教育から出てきておるところのひずみ、それをどうするかという問題ですが、もう少しはっきり聞きたいと思います。
○福田(繁)政府委員 おっしゃる意味が私はよくとれないのでございます。が、たとえば産業界におきまするところのいろいろな教育施設、あるいは学校教育におきましても、産業教育の面におきまして単に職業につくだけの技能の修得だけではもちろん十分ではございません。その職業を通じての人間性、あるいは完全な人格者としての教育というものを目ざして教育をやっておるわけでございます。従ってそういう面について学校教育の面におきましても、その他のいろいろな教育施設におきましても、最近はおっしゃるような傾向もございますので、できる限りそういった単に人間を物として扱うのではなしに、精神面から十分な基礎教養を積んでもらう、こういう方向にはいっておると思います。具体的にそれがどのように効果を上げていくかということになりますと、まだまだ十分な態勢になってないということは否定できないことでございます。また先ほどお述べになりましたように、一面として今の子供や学生の学習生活の上においていろいろな健康の問題あるいは学習の時間の過重というような問題、いろいろな要素がございますけれども、これらはやはり私どもとしては望ましき姿ではございませんので、ある場合においてはそれは入学試験制度につながる場合もございますし、学習の指導方法についてのいろいろな欠陥もあるかもわからないと思っております。そういった面についてはでき得る限り私どもはそういう状況を払拭していくようなやり方で今後やって参りたい、こう考えておりますが、一つ一つの現象をとらえて的確にそれをどうやるのだというようなところについてはまだ具体的に申し上げられませんけれども、一般的に申しますと今言ったようなことになると思います。はなはだ抽象的で相済みませんが、そういう考え方でいっておるわけでございます。
○三木(喜)委員 そのひずみについて対処していくということでまた通常国会あたりでいろいろお聞きしたいので、基本的な考え方だけ聞いておきたいと思います。 次に第二の非行青少年の激増についてお伺いしたい。これは今初中局長の方からも言われましたように、青少年の非行が集団化するとか、あるいはまた年齢が低下するとかいうような特徴を持っておりますけれども、その中で一番心配なのは、法務省の犯罪白書を見ましても、増加率が昭和三十年よりもうんと上がっておるというこの事実を見のがすことができないと思う。すなわち十四歳以上人口比にいたしまして千人に対して十四人、今まで九人だったのが十四人になっている。それから年齢が低下してきている。こういうようなことで法務省の三十六年度の犯罪白書もこの点を非常に重視しております。この点について文部省としてはどのような施策をされるか、あるいはまたどういうように考えておられるか、私は端的に申しまして、文部省は先ほどから私が質問しておりますところの科学技術の進歩に即応するところの教育には省をあげてこれに当たろうとしているかまえがあるということを新聞で見るのですが、従来からの教育だけでなくして社会のひずみから来るところの青少年の非行問題に、これも省の半分の力をあげて取り組んでいただきたいのですが、これについて残念ながらはっきりしたところの施策がない、今お答えをいただくならば、青少年問題協議会というものを中央につくって、それにいろいろ検討さしておる、このようなお答えくらいが関の山ではないかと思うのですが、幸いに確信をもってこのようにやる、あるいはやっているという点があったら一つおっしゃっていただきたい。
○福田政府委員 お述べになりましたように、私どもに警察庁等の資料で見ますと、最近の学生生徒の犯罪が非常にふえてきておるということは事実でございます。昭和三十一年ごろと三十六年を比較しますと、大体二倍以上になっておるというような現象でございます。しかも従来は、年令層から申しまして高等学校が主のようでありましたが、高等学校ももちろん二倍半近くもふえていますが、同時に中学校の段階におきましても、昭和三十一年ごろに比較しまして、やはり約二倍半近くになっておるようでございます。そういった意味で、私ども、学校教育の面におきましても、こういう非行青少年の増加という傾向については、非常に憂慮しているわけでございます。従来文部省がとって参りましたやり方は——もちろんこれは学校教育の場だけではなくて、家庭や社会におけるいろいろな青少年の指導という問題も見のがすことはできない重要な要素でございます。従って社会教育の面等におきましても、学校教育と歩調を合わせて青少年の指導に当たるという施策をやっておりますが、特に私の関係いたしております学校教育の面におきましては、御承知のように、青少年に対する道徳教育の充実ということも、これは非常に重要な問題でございますので、教育課程の改定におきましても、道徳の時間の特設をいたしまして、道徳教育の徹底をはかって参っておるわけでございます。またこれに対する教師の指導力という問題も非常に重要な役割を持っておりますので、これらの青少年に対する教師の十分な指導の手が伸びなければ、やはりこういう問題は今後も続くというようなことから、教師の指導力をつける意味の各種の講習会、研修会というものも従来活発にやっておるわけでございます。それで十分とは申せませんので、今後におきましても、そういった教師の指導力を充実するとかあるいは道徳教育の内容ややり方等についても不十分な点を改めて、十分これを徹底していきたい、こういうような考え方で進んでおるわけでございます。
○三木(喜)委員 そういうような答えが出てくるだろうと思っておったのですが、この原因をどういうように把握されるか。文部省自体が指導なさるパートの中に、その原因がないかということを私たちは考えてみなければならぬと思います。抽象的に道徳教育——これは文部大臣もおいでになっておりますが、道徳教育の教科書をつくるとかなんとかというようなお話をされていましたが、こういう子供自身にその原因を見出そうとする、あるいは学校自身の指導力を考えようとするだけではなくして、社会あるいは親というように、これを取り囲むものはたくさんあると思うのです。しかしながら学校教育、いわゆる文部省が関係しておられるところのパートの中に問題点はないか、これを一つ反省して、それに重点を置いていただかなかったら、教師が指導するべきだ、それに対する指導をこちらも十分やっておる、あるいはまた道徳教育をやっておる、こういうことだけでは、現に子供が三十五年よりも三十六年と悪くなり、また三十七年と悪くなっていくかもしれません。こういうところに私は問題があると思うのです。そういう要因となるべき教育内容の要素、そういうものをお考えになったことはございませんか。
○福田政府委員 私ども、今までこの非行青少年の問題につきまして、どういうわけでそういう非行が起こったかという原因を調べるのがやはり根本であろうと思っております。ある場合におきましては、家庭の経済上の問題もあるのでございます。また家庭生活の不和というような問題も影響して、それが青少年の非行の誘因になっているという事柄もございます。あるいはまた友だちのグループの中にそういう特に悪いのがいて、その仲間の指導によってだんだん感染していくという場合もあり得ると思います。それからまた、そういう年齢層におきましては、いろいろな煩悶や悩みを持っております。そういう悩みや煩悶を解決してやるという日常の生活指導が非常に大事ではないか、こういうように考えるのでございますが、指導力の充実したいい先生の指導によって、そういう悩みやいろいろのものを持っている青少年が非行に陥らないような指導というものは、私はある程度できると考えるのであります。やはりその問題の原因をいろいろ調べまして、そして常にあたたかい気持でこれを指導してやるということが必要であろうと思っております。
○三木(喜)委員 堂々めぐりをしておるわけなんですが、そうすると、私どもから申し上げますが、文部省の調査で長欠児童が十六万人、これについては財団法人の長欠児童生徒援護会、池田勇人会長、この援護会初め文部省、労働省は対策を急いでいる、こういうことがかつて新聞に載ったことがあるが、どのような対策を急いでおられるか。私は、十余万の十四歳、十五歳の非行青少年の数と、この十六万人とが必ずしも重なっておるとは言い切れませんけれども、重なっておる部分がだいぶあると思う。そういう点について、どんな対策をとっておられるか。 第二点として、昨年の国会で古井厚生大臣は、児童手当、いわゆる勤労家庭の十五歳以下の全部の家庭に児童手当を出すことを、閣議で了承を得たということを聞いておるのですが、これについてどういう三十八年度予算を組んでおられるか、あるいはまたどういう対策をとっておられるか。これも文部省の調査で出ておるわけなんです。が、給食を受けられない子供、いうなれば、お昼に給食が食べられませんのので、しょんぼりと校庭に立っている者が数十万人いる、二十万を下らぬだろうといわれております。生活保護家庭とか準要保護児童に対しましては国費の補助がありますから、これは給食は食べられますけれども、ボーダー・ラインすれすれのところの子供たちで、二十万を下らない給食を食べられない子供がある。この問題は新聞も指摘して、文部省も自治体も日教組も取り上げていないけれども、これは重要な問題だ、このように言っておるのですが、このことの対策をどういうように考えておられるか。 今申しました三点についてお答え願いたい。
○福田政府委員 私どもは、今お述べになりました中にございました長欠児童生徒と非行青少年の問題は、必ずしも一緒ではないと考えております。むしろ長欠児童等はその率から申しますと少ないのではないかと考えておりますけれども、これはまた別個の原因によって学校に出席しないという事情がございますので、こういった者につきましては、従来から就学奨励の援助というような方法でやって参っておるわけでございます。ただいまお述べになりました閣議の話は、私どもは存じておりませんが、従来こういう長欠児童の対策あるいは要保護、準要保護児童対策としては、就学の奨励等によりまして、教科書とかあるいは給食とか、いろいろな援助をやっておりますが、ただその援助の率等におきましても、必ずしも今の準要保護児童、要保護児童の二分の一補助というような程度では十分でないという地域もあるようでございます。そういった点でこの援助を手厚くすべきではないかというような問題もあります。あるいはまたおっしゃるように、最近そういう要保護児童、準要保護児童等が大体七%程度あるということになっておりますので、そういった面から申しまして、さらにこの対象人員を相当大幅に広げる必要があるというような点から、私どもとしてはことしもその対象人員を引き上げて参ったわけでございますが、今後もそういう対象人員の範囲の拡大とか、あるいは援助の内容をもう少し手厚くするというような方向でこの問題は考えて参りたいというように思っておるわけでございます。
○三木(喜)委員 幸いに中央青少年問題協議会から事務局長の深見さんがおいでいただいておりますし、なお時間もお急ぎのようでありますから、深見さんからこの問題について御意見を承りたいと思います。一九六〇年版の青少年白書として中央青年問題協議会事務局から出ておるところのこういう参考物は見せてもらいました。この中にいろいろ検討されておりますが、要するにこの問題をどう対処していけばよいか、あるいは原因を探究されましていろいろこの中に書いていただいておりますが、結論的にどうすればよいとお考えになっておりますか、その点一つお考えを聞かせていただきたいと思います。
○深見説明員 お答え申し上げます。青少年の非行が近年とみに増加いたしておりますことは御指摘の通りでございまして、われわれはこの原因の探究にいろいろの方面から意見を徴し、また最近は学者、先生たちに御委嘱を申し上げまして、それらの原因の学術的研究等もしていただいております。しかしながら先ほど来御指摘のように、この非行の原因というものは単一でございませんで、教育の問題、あるいは社会環境の問題、マスコミその他の影響による点、また最近では国際的ないろいろな風潮等の影響もあるといったようなことで、これを単一に処理することはできないのでございますが、特に近年問題になっております青少年の年齢の低下、またその犯罪の内容の分析等をいたしてみますと、三十六年度、特に三十七年度の上半期の統計等から類推いたしまして、十五歳の年齢層における犯罪が最も多くなって参りました。お手元にございます調査ではおそらく十六歳がピークになっているのじゃないか。最近では十五歳まで下がっております。しかも昭和三十六年は、これは法務省の統計と警察の統計で、警察の統計の方が、家庭裁判所において処理される以前のものも含まっておりますので、若干多いのでございますが、警察の統計によりますと、二十一万六千という触法青年があることになっておりまして、そのうちの十四万四千が学生である。しかもその五三%が中学校の生徒による犯罪である、こういうように示されて参っております。われわれが年齢の低下を叫んでおりますのと同じ結果が出ている。しかもその犯罪の内容が、困窮であるとか、あるいは社会環境の不良であるとかいったような普通従来常識的に考えておりました非行の原因よりも、むしろ中流家庭の、しかも両親そろった家庭の子供といったような者の犯罪が半ばを占めるような状態、先ほど御指摘になりました長欠児童といったような人の犯罪は、これは正確ではございませんが、警察統計によりますと、昭和三十一年を一〇〇としてわずか一一二という指数が三十六年に出ているのにすぎないのでありまして、中学校在学生の、学校へ毎日通っている者が、三十一年を一〇〇といたしまして、三十六年が二四四と最高を示しておる、これらから比べますと、わずか一二の増加であるというような点、こういうようなことを考えますと、青少年の犯罪というものが、きわめて日常茶飯の彼らの生活の中に不用意にいつでも発生するような状況になってきているのではないか、こう考えられます。これらをあわせ考えますときに、結局原因、またこれに及ぼす影響等はいろいろございますけれども、今日の青少年犯罪の根底はやはり人格形成が戦後不十分であるという点に到達するのじゃないかと考えております。われわれは子供のときに基本的な人格、つまり教育その他の場において与える以前における家庭教育、つまり人格の第一次形成時代が五、六歳くらいまでに終わると言われておりますが、その時分の家庭教育というものが戦後において家庭の封建制打破の名のもとにほとんど行なわれなくなっておる現状、また学校においても新しい教育として、従来の学校での道徳教育が行なわれておらない。家庭においては家庭のしつけが戦後封建制打破の名のもとに行なわれずに、学校においては新教育のもとに徹底した道徳教育が行なわれておらない、こういったようなことが重なり合いまして、子供たちがほんとうに社会の一員として、公式的と申しますか、常識的と申しますか、第一次的な社会道徳が、また人間形成の基本が、十分にできておらないというようなところに重点があるのではないか、こういうような意見に到達いたしております。 御承知のように中央少年問題協議会そのものは行政機関として、それぞれの施策を直接いたすところではございません。関係の省庁と常に連絡をとりながら、これらの問題を推進していく場所でございまして、文部省、法務省、警察庁、それぞれ共同してこの問題を取り上げ、解明していきたい、こういうことでいろいろ重点的に相談をいたしております。文部省におきましては、家庭教育の充実、学校においては人間形成の問題等を十分取り上げていただくようにもし、また警察におきましては街頭補導等を十分にし、法務省におきましては処置青少年の処遇、またこれの取り扱いを円滑にいたしまして、その補導系統において再び犯罪を犯さないような方法を徹底していただくといったようなことを取り上げておるわけであります。この問題は一朝一夕に簡単に処理はできないと考えておりますけれども、絶えず一般の世論に訴えるとともに、関係行政機関あげてこれの解決のために努力いたしたい、かように考えておるわけであります。
○三木(喜)委員 学者的な立場のような御意見を承ったのでありますが、子供の、いわゆる五、六歳の性格形成期、いわゆる十一、二歳の第二の性格形成期における子供たちのしつけとか、子供の知・情・意を通しての訓練ということは、これは昔から言われておることで、あなたの方からそういう御意見を承ろうとは思っていなかったわけです。ただ最近目ざましいところのマスコミとかその他これの大きな要因等がぐっとふえてきておるのですから、そういうものを的確に一つどれということでなく、たくさんのことが要因だということはわかるのですけれども……。 それからもう一つは対策ですが、あなたの方から、中央青少年問題協議会が意見具申を三十五年になさった。「政府は、すみやかに青少年の非行を防止するとともに勤労青少年特に都市における中小企業に従事する年少労働者の健全育成をはかるため、これらの総合的な施策を検討する必要があると考えますが、当面、下記の諸点について緊急に措置を講ずべきものと考えますので、青少年問題協議会設置法第二条第二項の規定により意見を具申いたします。」こういうことが三十五年に行なわれておるのですが、それに対して、あなたの方から、政府の方としてはこの施策を講じてくれないという不満でも聞けば、政府あるいは立法府ともどもにこれに力を入れるという線が出てくると思うんですがね。その点に対するお考えはございませんか。私は実行されていないような感じがするんです。
○深見説明員 御指摘のようにただいまわれわれは青少年対策の重点事項の一つといたしまして、流れるようにということでございますが、農村から都会に就職して参ります勤労青少年の補導、育成教育という問題は非常に重視いたしておりまして、この意見具申もそういう意味から、都会に出てきた青少年のその職域においての環境の変化、また職域から脱落した、その結果が非行に陥るというような例の多いことにかんがみまして、これらの保護育成を十分にやってほしいということが、中青協におきましての意見具申となって現われたのでございます。これを受けまして、労働省におかれては、年少労働者福祉員という制度を設け、現在全国に一万名くらいな福祉員が置かれたわけであります。これは私たちもまだ必ずしも理想的に動いているとは考えておりませんが、各商店街等においてその中心となっておるお店の主人とか、あるいはそこの中堅になっている方々が、子供のために若い人たちのために福祉員となって、労働省と十分に密接な連携をとっていただきたい。そうしてその日常生活を見ておる、こういう制度をつくってもらっておる。また各地に勤労青少年ホーム、週休制の徹底とともにその週休日における勤労青少年のレジャーのあり方というものが非行に結びつく場合も非常に多いのでございまして、あるいはせっかくためておった小づかいが、週休制実施のために全部なくなったといったような事例さえあるので、これらの点考えまして、各地に勤労青少年ホーム、そこにおいて子供たちがみずからを修養し、あるいは娯楽にはげみ得るような場所をつくってもらいたいということを申して、国の方では現在十カ所、大阪、名古屋、福岡等に補助を出しましてつくれた程度だと思いますが、東京等におきましても、商店組合等が寄り寄りそういう施設をし、また民間におかれましてもそういう施設がぼつぼつできつつあります。われわれはこれをますますつくるようにお願いをいたしたい。また文部省におきましても、勤労青少年のための教育は、それぞれ青年学級その他充実していただいておる次第でございます。
○三木(喜)委員 やはり青少年問題協議会から出てきておりますところの青少年保護育成運動実施要領、こういうものをもとにして、各地では末端ではモデル地区をつくったりいろいろなことをやっております。しかし、それを主催してやってくれている人は、中央からの要請、あるいは県からの要請、地方自治体からの要請、それは全部そこにしわ寄せされて、青少年を集めることに、あるいは青年を集めることに非常に苦心をしておるのです。私も実際そのことに携わってきたのですが、末端に行きますと、活発に動いておるようなのは、あるいは旅行をしたり、集団的にバスで慰安旅行をしたりすることには、力を入れますけれども、そうした問題の骨子に触れて必ずしも適切な方法だということが言えないというような状況で、ぼやけてきておるのです。それで中央ではそういう施策をやっておるからして事成れりという考え方は改めていただきたい。 なお、今私がお聞きいたしましたのは、緊急に措置をせい、そういう要請があるんですが、それが満足されたかどうかということをお聞きしておるのです。そうでなかったら、やはりみなこの問題についてこれだけ膨大なものを御研究いただいておるのですからして、無にするということはいけないという観点から申し上げておるのです。が、おせきでありますので、そういう意見だけお聞きしておいて、一つ関係当局と手を緊密に結んでいただいて、緊急にとおっしゃっておる意味を生かしていただきたい、そういう要請を強くしていただきたいと思います。大へんに時間をいただきましてありがとうございました。 文部省の方ですが、今初中局長の方から答弁がありましたが、私は非行の潜在的要因と顕在的要因に分けてやはり検討していかなければいけないと思います。それで、長欠児童についてはあなた方の方ではこういうことをおっしゃっておるのです。文部省は長欠児童対策として福祉教員制度について検討している。これは教壇に立たないで家庭を訪問し、こうした非行の子供たちの世話をする先生、アメリカでは好成績をあげている。日本でも各地でやっている。こういうことがあるのですが、そういうことをやっておられるかどうかということです。今はそういう個々のことはいいとして、私は非行青少年に対しましては潜在的な要因と顕在的な要因が文部省の施策を持つ問題として前面に出てきていると思う。あなたは長欠児童と非行青少年とは必ずしも一致しないということですけれども、私は現場におりまして、子供たちを取り扱ってきて、それは一致する。完全な一致ではありませんけれども一致しております。病気で休んでおりますのは仕方がありませんけれども、なまけ休みしているような者には非行青少年とは非常に関係があります。そういうものの対策、給食費の、食べられない子供も、これは具体的に関係がございます。私も現在三百人ほど給食費が納められない子供があるので、全地域がこれに協力してそれを納められるように取り計らってもらいたい。なおそれに対してその長から十万円ほどの補助金をみんなの拠金で出してもらって、出せない子供の卑下感をなくしようということをやってきたこともありますが、これも一致しております。それで私は顕在的な一つの要因としてこれを取り上げたわけであります。こういうような要因を、私が端的に申し上げて、そこまでいろいろなことを討議せんでおいて、きめつけてしまうのはどうかと思うのですが、いわゆる資本主義形態の中でもうけ主義的にやっている週刊誌にいたしましてもその通り、もうけ主義的にあくどいものを書いている週刊誌、あるいは映画にいたしましても、テレビ、ラジオにいたしましても、そういうものに対する対策は立てられると思う。できましたらきょうは映倫からも来ていただいてそういう点もよくお聞きしたいと思ったのですけれども、外部からはいけないということなので、きょうは遠慮さしていただいておりますけれども、そういうもうけ主義からきているものに対しましては、これは国の規制は加えられると思う。そういう点を私は申し上げたいと思うのです。 それからこれについて先ほどからるる聞いておりますと、子供たちに道徳教育をやはりやっていかなければならぬ、私たちは道徳教育はこれは否定するものではございません。しかしながら先ほどから申しますように、犯罪を防止するためにいい人間をつくる、従順な人間をつくるというような、子供たちを手段に使うための道徳教育だったら私たちは賛成できない。それからこうした世間のいろいろな廃頽的な問題に対しましては、私は道徳教育、子供に徳をしいて以前に道といいますか、道をそこに立てる必要があると思う。よく野党の方から国会で選挙違反が行なわれているとか、汚職が行なわれているとか、こういうことを政府の人がやっておきながら道立たずして道徳教育を言ってもそれはあかぬじゃないかということを本会議あたりでやかましく言われたのですが、私は第一それが先決問題ではないかと思うのです。その点について荒木文部大臣がお越しになりましたから、あなたは道徳教科書をつくるということをおっしゃっておりますが、どういうお考えでつくられるのか、長くはけっこうですから、簡単に一つ御意見を承りたい。
○荒木国務大臣 端的に申し上げれば三木さんの言われる、人間としての、日本人としての道しるべをつくって与えたいというのが道徳教科書の意味であります。汚職とか選挙違反とか、おとながやること、それが子供に影響するであろう、それは否定しません。それと同時に、今おっしゃるように産業資本家に奉仕するような人間をつくる道徳なんというものは、私はむろん、文部省の役人だれ一人も考えておりません。おそらく日本人がそんなこと考えていないのじゃないかと思うのです。が、それと同時に、共産主義に奉仕しそうな人間を作るということもこれはやってはいけないということで、形式的に申せば憲法の趣旨に従い、憲法に基づく法治国日本らしい順法の精神をきちんと身につけるような人では少なくともあってほしい。道徳教育の内容もむろん憲法のらち内において考えられねばならない。具体的にたとえば徳目にいたしましても、あるいはまたいろいろなものを盛り込んだ教科書にいたしましても、やはりそれは専門家が子供たちの発育に応じて受け取り得る能力あるいは感受性等を考え合わせた、体系的な、何人からも承認してもらえるような客観性のある必要な道しるべでなければいかぬとむろん思います。そういうことをやるにいたしましても、相当の時日を要すると思います。慎重に検討してもらって道しるべをともかく立てるということが一つの必要事項じゃなかろうかと思っておるのであります。 さらに、断片的なことになっておそれ入りますが、青少年の非行事件、犯罪等の増加の結果は、これは司法処分なり、あるいは警察的な誘導なり、あるいは更生施設その他でもって応急措置はいたすにいたしましても、問題の根源は、さっきも話が出ましたように、何といってもそういう非行行為あるいは犯罪行為を犯さないという信念を持った、良識を持った子供をつくり上げる場合は教育の場だと思います。その教育の場で最大の責任者というか、影響力を持つ人は何といっても先生だと思います。同時に学校に行きますまでの年齢においては親だろうと思います。社会に出ましてからは、むろん職場職場のおとなであるだろうと思います。戦争に負けて縦の道義が新しい憲法に置きかえられた。デモクラシー、デモクラシーと申しますが、デモクラシーとは何だ、日本民族の二千数百年の歴史を顧み、その切断面が終戦となって現われた、そこに新しい理念のもとに新しい国家が発足した姿でありますが、その歴史的な一大変革の瞬間から新しい理念が完全におとなにも子供にも消化し尽くされるはずがない、私は現実はそうだと思います。それにもかかわらず十七年目を迎える今日まで、教育者といわず、おとなといわず、心ある者が何とかそれを理解し、よりよき々日本人にぴったりしたデモクラシーの確立に向かって努力していることには敬意を表し、そのことを認めるものでありますが、まだしかし消化不良の部分が随所に残っておる。そういうことからも青少年の犯罪、非行事件等が起こってくる根源が、ばく然といえばあり得ると思うのであります。その一番顕著な影響力の多い、また人間形成に一番分量的にも内容的にも影響を与えるであろう時期は、教育を受ける、特に義務教育を受ける年齢の時期であろうと思うのでありまして、その意味においては文部省も教育委員会も学校の先生もほんとうに一緒になってどうしたらいいかを考えてやるという立場から、道徳の問題も論ぜられ、対策が具体的に立てられ、実行されていかねばならぬ、そういうこと以外には方法がなかろう。学問的にと申しましょうか、合理的な考えらるべきあらゆることを、今私ども申し上げる能力はございませんけれども、心がまえとしては、そういう気持のもとになし得るよきことは片っ端から一つでも早く着手し、実行に移していって、子供たちのために努力せねばなるまい、こう思っておるのであります。
○三木(喜)委員 そういう論議の発展がなされることになったら、私もこの国会でそういう申し上げたことを言う必要はない。次の通常国会でよく討議していきたい、こう思っておったのでありますが、そういうことになれば私の方から申し上げたいと思うのです。 余談になるかもしれませんけれども、河野建設大臣があのような政治の姿勢を正すという格好が新聞に出だしました。そうすると、教育者もあるいは一般世人も非常にかっさいをしておるのです。これは道徳云々の前に、だれが道しるべをつくるか。自分自身がつくる以外にないのです。文部省自体でそれをつくってもらう必要があると思うのです。一方では、産業界に同化するための対策に全力を注いでおるのではなくして、非行青少年の問題についてみずからその解決に当たるという、その対策を立てていただくことが私は第一ではないかと思うのです。そうして、今学校の場に、あるいは教師に、道徳教育の重要性、子供の指導の重要性ということを大臣は言われましたけれども、それは前からずっと言われていることなんです。教師もそれによく気をつけておるはずなんです。全国の教師を見ていただきますと涙ぐましい努力をしておるわけなのです。それにもかかわらず、きょう問題にいたしましたのは、非行青少年がふえていくではないかということです。同じことを堂々めぐりをしておっては問題だと私は思いますので、やはり道を立てていただく、それが政治ではないかということ、中間に人を置いてそれがやらねばならぬ、こういう言い方は私はどうかと思う。たとえば、あなた方にやっていただきたいことは、先ほどから申し上げましたように、社会環境の浄化をやってもらいたい、不良文化財を追放してもらいたい、風俗環境の悪化を政治の力で防いでもらいたい、風俗営業、売春、麻薬、出版物、パチンコ、マージャン、カフエー、料亭、ダンスホールととりあげていけば、子供たちがスポイルされるところの場面はたくさんあると思う。それを政治的に解決つけていく、こういう政治家の姿勢自体が私は第一ではないかと思う。河野さんはそういう点で、私はあの人の今までやってこられたことやら、人間的な問題は論議の余地があると思います。しかしながら、建設行政としては姿勢を正したやり方によって今道がやはり確立しておると私は思うのです。そういうことを一番最初から申し上げておったわけでありますけれども、文相から今のような御意見を承りました。いずれこの問題については通常国会のときに、あなたの方も道徳教科書をつくれという考え方ですからして、私たちの方からも御意見を申し上げたいと思います。 最後にこの教科書の問題ですけれども、これは三十八年度の予算に関係があるのですが、いまだにもたもたしておるというように聞いておるのです。が、教科書課長おいでになりましたら一つ聞かせていただきたいと思う。前国会から教科書無償法案なるものを出して、そうして教科書を無償にするのだということを国民に訴えておきながら、いまだにもたついておる。その間にわれわれなり一般の者には、統制力を強化していくのではないか、国定化に持っていくところの足がかりをつくるのではないか、こういう疑義が生まれておるわけなのです。そうして大蔵省は貸与と言い、文部省は給付と言い、全額国庫負担を文部省が言えば大蔵省は地方半額と、こういうことなのです。三十八年度予算を文部省はいよいよ組まれることになるわけでありますが、教科書調査会なるものがどういう方向をたどっておるのか、あるいはその調整ができないのかどうか。その点教科書課長から聞かしていただきたい。
○福田政府委員 教科書無償につきましては、お述べになりましたように、その法律に従いまして、四月以来新たに設置されました無償制度調査会におきましてこの問題を審議をいたしておる段階でございます。すでに七回の総会をやりまして、一わたりそれぞれの関連の事項についての審議を終わっております。従って、今後九月以降におきまして答申を出すべくいろいろな意見の調整なり整理の段階に入ってくると思っております。御承知のように、法律では予算に関連のある事項につきましては十一月末までに答申を出すべきであるというような建前になっておりますので、十一月末までには必ず三十八年度の予算に関連のある事項は答申をいたしたい、こういうことで、今委員諸公は審議に非常に努力をなさっているわけでございます。ただ、その審議の過程におきましていろいろな意見が出るのは当然でございます。従って、たとえば無償の範囲の問題につきましても、私立学校をどうするかというような問題、あるいはまた経費の負担区分につきましては、全額国庫負担にすべきか、あるいはまた国の財政力等も十分勘案した上で地方に半額負担をさせる必要があるんではないかというような意見も当然出ておるわけでございます。従って、それらの意見がどうきまるかは今後の問題でございます。けれども、それに関連するいろいろな意見を十分出していただいて、そして妥当な結論をつけて答申をいただきたいと考えておる次第でございます。国定の方向に持っていくというような意見は今のところ審議会の中では別に出てないわけございます。
○三木(喜)委員 あのような、私らからすればごまかしの法案をつくって、調査会で慎重にやるというような名のもとにやっておられるけれども、私、端的に申し上げて、かえって混乱したんじゃないか。大蔵省からも出ていき、文部省からも出ていきすれば、二つの意見が対立することは当然でありまして、その間に業者代表みたいなものを入れておきますと、業者代表は統制されることはいけないということでもみ手ばかりしておるというような格好が出てくるわけです。三者が三者とも考え方が違いますから、混乱するだけじゃないか。そしてまとまらないのじゃないか。まとまらぬままにどういうことをやられるか、私たちは非常に心配だ。それはそれでけっこうです。 その次に、汚職の問題ですが、大手の汚職について私たちは徹底的に追及してくれということを言っておいたのですが、その後どのような手を打っていただいたか。私が見ておるのには、各地方の業者の出張所の社員、こういうものには手を伸ばして公正取引委員会は手入れをしたように思うが、それを中央にばっさり持ってきて、はたして中央にそういう形跡があるかということで中央を追及したかどうか。言うなれば、あなた方はこの前の会合のときに、業者の会合には出られたけれども、その会合では指導なさらぬ、一ぱいの飲み場には出ていかれたということでした。私たちはそのこと自体は問題にしませんけれども、指導してくれたという話をしておったのですが、なれ合いになってしまっては問題だと思う。その点で大手に問題があったのですが、どうなったか、一つ聞かしてもらいたい。
○福田政府委員 昨年の教科書事件等にかんがみまして、今年は教科書会社等におきまして自粛態勢をとっておることは御承知の通りであります。しかし、この自粛態勢につきましはいろいろやり方があると思いますので、それらにつきましても関係の教科書協会の中にできております公正取引のための委員会、そういうものでいろいろ方法を審議決定したような問題につきまして私どもは随時連絡を受けております。また、私どもは、昨年の例にかんがみまして、具体的に、各発行会社が末端の駐在員その他に対しましても違反のような事態を起こさないようにと強く指導いたしております。従って、私どもとしては、今日まで昨年のような事態が起きているとは考えておりません。ただ、ごく一部分に若干疑問のような行為がございました。それらにつきましても、その会社の当事者を呼びまして十分注意を促しましたところ、それで心よく自分の方から行き過ぎの点は是正をされたようでございまして、特に今問題が起きているとは考えておりません。
○三木(喜)委員 もう長く聞きませんが、要するに私が申し上げているのは、末端にいろいろ問題が起きている、それを調べておられるようです。が、中央に大きな問題があるので、それがあったかなかったか、その結末として、これは法務省あたりの見解も聞かなければいかぬのですが、文部省としてはどう把握されているか。四十国会でやかましく言ったが、そうした大きなところに異状はなかった、こうおっしゃるのか、あったとおっしゃるのか、そのことを一つ聞かしていただきたい。
○福田政府委員 私は特段の異状はないと考えております。
○三木(喜)委員 以上で終わります。
○村山委員 関連して、大臣に基本的なことだけお尋ねをしておきたい。大臣は事務当局に対して道徳教科書を文部省で編成するよう指示をされたということを新聞で承ったのであります。が、そのことは事実かどうか、その点を。
○荒木国務大臣 事実でございます。
○村山委員 そういたしますと、現在教育課程の改正をおやりになって、道徳教育というものを小学校、中学校において行なわれて、それについては、文部省の方で指導要領の改訂の中において道徳教育の徳目というものもあげられ、こういうようなものは生活の実態に即応して、児童生徒の心理の発達段階に応じてそれぞれの教育が事実に基づいてなされておるわけであります。その内容というものは、すでに文部省の方でそれだけの基準を付与したものとして今日まで行なわれていることは、既定の事実です。そういうようなものに対して大臣としては、かくのごとき現行の行き方では不十分である、どこに問題があるというようにお考えになっているのか、その点を明確にお示しを願いたい。
○荒木国務大臣 検討をし始めよという指示をいたしまして、検討に着手している段階と思います。私も確かに申し上げましたが、その教科書なるものは何月何日までにでき上がるという期日を定めて検討せよというわけではございません。慎重の上にも慎重に考え、教育的な立場で弊害のない、効果の上がる内容と方法いかんということを含めて検討する意味合いでございます。そこで、現在道徳教育の時間が特設されて今御指摘のような角度から行なわれつつあることそれ自身もってのほかというわけではないわけであります。それをさらに効果づける意味において教師の手引き書あるいは子供たちみずからも手に持って見るようなものがあった方がベターではなかろうか、そういう角度からその必要性を私どもは感じましたので検討をし始めておる、こういう意味でございます。
○村山委員 現在の道徳教科書は、文部省の検定の基準に基づいて、その内容を学年の発達段階に応じてつくられたものが子供たちの教育に使われているわけです。そういうような事実を御承知の上で——しかもその内容をわれわれが検討して参りますと、大臣の考えはどうも思いつきのような考えで、ただそれをばく然と検討しろというような形で事務当局に投げつけられている。こういうような形から考えます。と、大臣の考えておるものは現行制度のもとにおける道徳教育というものでは不十分である。だから国において特定の道徳教科書というものをつくらなければならないという、そういう理念をお持ちになっているのではないか、こういうようなことが世間ではうわさされているわけです。そこで国家権力がこれが正しいという道徳というものをつくるという、しかも文部省が特定の、自分で著作権を持った教科書をつくるのではないか。そうなってきた場合においては、今の検定制度のもとにおける教科書というものはどういうようなところに欠陥があるのか、われわれはその内容が知りたいというのが教育業界の話であり、また教育に関心を持っている国民の関心事であります。そういうような西とも東ともわからないようなものを検討するというような格好でお進めになるよりも、現在行なわれているところの道徳教育の内容というものがどういうところに欠陥があり、今日の青少年の非行というものを防止するために最大の原因は教育の効果が十分でないというところに反省を置いておられるとするならば、当然そういうような立場から進めていったならば、さらに道徳教育が行なわれるようになってからも青少年の非行というのはどんどん行なわれて、それが増加していくという傾向にあるのだが、一体それはどういうところに原因があるのだということに思いを起こされなければならないのではないかと思うのでありますが、あなたはやはり国定教科書をおつくりになるのですか。
○荒木国務大臣 いわゆる国定教科書をつくる意思は毛頭ございません。それから、現在指導要領に定められておる道徳教育の一応の目安は低学年、高学年と大分けをして、たとえばこんなふうなことを教えたらどうだろうかというがごとき形で出ておると思います。が、それにむろん準拠はいたしておりますけれども、教科書会社がいわば思い思いの副読本的なものをつくっておる。むろんそれは一切検定はいたしておりません。いわば教科書会社の商売上の見地から、今申し上げた指導要領のばく然たるものではありましょうとも、一応の基準にのっとるという建前ではありますが、思い思いにつくられたものがそれぞれ現実には使われて教育が行なわれておる、そう承知しております。そのことにつきましては、およそ小中学校の教育内容については、文部大臣が国民に責任を持ってその大綱を定めろという趣旨の制度になっておると私は理解いたします。それはひとり算数、社会その他の各科目以外にも、道徳教育をいやしくも一時間でも必ず実施するとなれば、その中身は何だということにつきましては、文部大臣が国民に責任を負うということが当然のことである。しかるに今は指導要領で抽象的におよその概念規定を置いているだけであって、何が具体的に行なわれつつあるかということについては、国民に責任を負うことができない姿になっておる。いわば先生が思い思いに、指導要領の線に沿っている限りは教えてよろしいというわけですけれども、具体的に先生の一人々々がはたして甲乙なく教え得る能力、良識があるか、また現実に納得のいく教育が行なわれているかということは、一々確認する方法はございませんけれども、形式論だけで言いましても、今申し上げるようなやり方のもとにおいては、おおむねうまくいっているとはむろん思いますが、一人、二人といえども、わずかであろうとも、国民に責任が負えないような例外があり得るとするならば、その点は国民に申しわけないという姿で今行なわれておると言わざるを得ない。それを最小限度チェックする意味におきましては、最小限度各学年ごとにこの程度のものは教えようじゃないかというくらいなものがつくられないでは、国民に対して申しわけないだろう、そのように思うわけであります。しかし教科書ができたからと言って、それで道徳教育がすべてであるとはむろん申し上げるわけではございません。一つの最小限度の客観的な、だれが見てももっともだと考え得る内容のものを、さっきも触れましたように専門の方々に御検討いただいて、それをスタート・ラインとして、北海道から九州の果て、沖繩に至るまで、そのことが行なわれるという体制づくりは、私の立場からすれば当然の最小限度の責任行為ではなかろうか、かように理解いたしまして、現在そういう教科書もない、責任を持ち得る姿の内容のものがない、それが一つの欠陥であろうと思いまして、そういうものがっくり得るものであろうか、いかなるものであろうか、そういうことを検討し始めてしかるべきだ、こういう指示をいたしております。
○村山委員 関連質問でありますから時間は制約したいと思っております。が、大臣のその話を聞いておりますと、なるほど教科内容については学校教育法によって文部省の権限として認められている。しかし現実においてあなた方が教育課程の改正をおやりになる、これは教科ではない、今日においては教育課程の改正によって教科目として教えているのではなくて、一つの道徳教育の内容として、徳目というものをあげて、それを学年別に配分をしたものが教えられて、その教育内容というものは当然子供たちの生活指導というものを中心にして、そこから昔の修身教科書の中にありましたように徳目をただ教えて、それを暗記させ、記憶させるというだけのやり方では十分でないというので、実際の生活に即応したものの中から、自分たち自身でこの問題についてはどうすればいいかというディスカッションをやりながら、それを具体的に実践をしていくような方法を、道徳教育の内容においては行なわれている、そういうような今日行なわれている道徳教育は十分なものでないかもしれませんが、どうも文部大臣が言われる考え方の中において打ち出されているものは、教科書をつくってそれを与えていく、それによって自分たちの道徳教育に対する責任体制というものが終了をしていくのだというようなそういう印象を国民に与えている。私はそこに問題があるのではないかと思うのです。しかもその著作権は文部省が持っている。そうして国定教科書にそれを仕上げていって、昔の修身復活をはかっていくのではないか。こういうような危惧の念が国民の間に持たれているというところに問題があると思う。そういうような方向には持っていかないのだということを言明できますか。
○荒木国務大臣 持っていかねばならない必要性を一つも感じておりません。それは他の教科について教科書がございますが、これも同様のことでございまして、おっしゃるところの国定教科書なるものが何かわかりませんけれども、そういう意思は全然ないわけであります。さっきの三木さんのお話に出ました道しるべというのは、私は非常にいい表現だと思うのですが、道徳教育をやるについて道しるべを具体性をもって与えることは、私は悪いことではないと思う。教科書は今ありませんけれども、教科書に類したいわば教科書会社が勝手に、とは申し上げかねますけれども、大まかな目標は与えておりましょうし、その範囲内においてはいわば勝手な教科書類似のものを教科書会社がつくって、それがどんどん羽がはえて飛ぶように売れて使われておるということを放任しておいてよろしいであろうかという問題でございます。それを使わざるを得ない。使う方が便宜であるというならば、その教科書会社がつくるであろうところのものを、主権者たる国民に対して責任が持てる形でつくり、それが悪ければ国民に対して責任を負う態度で改善していくというスタートラインを引くための意味合いにおける教科書ないしは教科書類似のものがあった方がいいにきまっておる。これは何もむずかしい教育論議をしなくても、常識的なことだろうと思うのであります。いわゆる富士登山の道しるべでしかない。道しるべがあるならば、迷わないで済むであろう、先生自身も便宜であろう、親たちもまた家庭教育の参考ともなりあるいは協力する意味においても便宜であろうというようなものを少なくとも文部省がつくって提供するのでなければ、責任を果たすゆえんではないのではないか、かように考えた根底に立つのであります。
○村山委員 関連ですから、この程度でやめておきます。
○山中(吾)委員 要領よく私質問するつもりですから、ずばりお答え願いたいと思うのですが、参院選前後を通じ、また総理大臣の今度の国会の所信表明の中に、しばしば教育の重視、人づくりの推進という言葉を使っておるのでありますが、どうも私は意味がわからない。教育の重視というのはどういうことなのか、それから人づくりの教育というものはどういうものかということが明示されないで、そういう表現だけをしばしば繰り返されておるので、国民の立場から言えば、やはり明確に政府の教育の重視という方向はどこなのか、人づくりの人間像というのはどこだということを安心するように示す責任がすでに発生していると私は思います。そこでその二点に関連をしてお聞きしたいのですが、教育の重視ということは、政府は具体的にどういうふうにお考えになっておるのかお聞きしたいと思います。
○荒木国務大臣 まあ人づくりのために教育が重大である、一般的に言えばそういうことだと思いますが、その重要であるということを具体的に何で示すかという意味のお尋ねだとしまするならば、国の立場で言えば、予算もできればうんとふやしたいものだ、そのうんとふえるであろう予算の内容そのものが人づくりに役立つことを重点的に置いてやっていこうじゃないか、こういうことだと思います。
○山中(吾)委員 そういうことでは私はわざわざ天下国家に対して教育の重視を堂々と総理大臣が主張する意味がないと思います。たとえば科学教育の振興をはかるということを一つの教育の重視の方向として演説の中に言っておりますが、そうすると、科学教育の重視ということはどういうことなのか。なぜ私がこういうことを質問するかと言いますと、科学技術教育を重視するというときに、具体的な政府の出す具体策というものは、いわゆるインスタント教育をやる、それは私は軽視だと思うのです。そこで私はお聞きしているのです。今のような文部大臣の答弁では答弁にならないのです。この間通産省から技術導入白書の内容というので二十日に発表になっておる。私はこれを見て驚いたのでありますけれども、外国から年々技術を輸入しておる額が三百五十億円以上ある。日本の科学技術を振興するというならば、日本から科学技術を輸出するような方針を立てるのが、私は科学技術の重視であり、振興だと思う。それを年々三百五十億以上も輸入をしなければならぬような、そういう状況にあって、なおかつインスタントな工業専門学校だけを考える。それから教員が足らないとすると、工業教員養成所をたった三カ年で、役に立たない、基礎のない先生を送り出すという具体策しか出していない。口には教育の重視、科学教育の重視と言っておるが、具体的に政府のやっておる荒木文相のつくった施策というものは、科学教育の軽視であり、低下だと思う。その点いかがですか。
○荒木国務大臣 技術導入のために外貨がずいぶん使われておるということは、これはもう通産省が最近言います。以前に、去年、一昨年あたりからもうすでに言われたことであり、池田正之輔科学技術庁長官あるいは勧告のほかにも、そういう科学技術教育の面における外貨節約の角度からもやらねばならぬと触れたぐらいのことでありまして、すでに人口に膾炙しているくらいの重要課題だと思います。ところがそれにつきましては、これはあらゆる応急策なり、恒久策があらねばならぬと思いますけれども、一朝にしては容易に抜き得ざる課題だと思うのであります。さらに言いかえれば、これは技術の革新的な急テンポの展開からします。全国的な悩みの一つでもあると私は思います。そのものだけが百点とれるはずがない課題だと思います。ですから諸外国にも負けないような考えでもって学者、技術者、現在いる人もさらに努力してもらう、国もそれに協力する、そうして新たに続々よき科学技術者あるいは学者が出てくるような施策を講ずるということが抽象的には当然必要だと思います。その方向に向かって及ばずながら年々積み重ねてきておるつもりではございますが、努力が十分であるとはむろん思っておりません。さらに努力いたしたいと思います。 工業教員養成のことは、法案審議のときもあなたから指摘されましたことで、私もそう思います。次善の策だ、それはごかんべんいただかなければならぬと思っておるわけですが、と申しますのは、現によかれあしかれ教員になる人が少ない。そのために教育の場に穴があいておる、ほったらかしておけばさらに穴が大きくなることは必然だという現実に即しましてどうするか、これは何としても一年でも早く、完全な教員養成の、教育制度とは言えないにいたしましても、穴のあきっぱなしよりも青少年にとってはいいはずだから、その辺を考えあわせて当面の次善の策として始めたことでありまして、このことは国会の御承認をいただいて発足をしております。それ自体につきましても、まだ検討を要することはあろうかと思いますが、それはそれなりに次善の策としてかんべんしていただいてごらんいただくというほかにないことであります。教員養成を根本的に今後いかになすかということは、他の重要課題として別途あるわけでありますが、それはそれなりにその問題として取り組んでいかねばなるまい、かように思っております。
○山中(吾)委員 工業教員養成の着想も、私は一例として科学教育軽視のときの例として申し上げたのですが、ある程度文部大臣はその欠点は認識されておられるような答弁でした。ところが四年制にするか三年制にするかということは一年おくれて役に立つ教員を出すか、一年早くあわてて役に立たない、基礎教育が全然できていない、実験実習もできない、そういう教員を出すかという問題なんです。実業界からちょっと刺激を与えられたために、あわててそういう役に立たない教員を一年早く出すよりは、やはり役に立つ教員を一年おそく出すくらいの識見を文部大臣は持つべきである。そのことはあの法案の審議のときに、われわれはずいぶんすっぱく論議をしたわけであります。現実に全国の九カ所の工業教員養成所の学生は、学習の意欲をなくしておるじゃないですか。そうして別に受験をし直すとか、卒業しても教員になる自信がないから教員にならないとか、退学するとかいうふうなことを五割、六割以上の学生が言っておる。そういう状況にあるときに、私は一年卒業を延ばしても、自信を持って工業教員として教壇に立たせることが教育の重視だと思う。企業の重視ならば三年でいいです。これは教育なんですから、そういうふうな考えを今お持ちになるということが、池田総理が施政演説で教育の重視を、また参議院の選挙のときにも公約しておるのですから、直ちに来年度から三カ年の現在の在学生を四年で出してやるということが具体的に現われた政治的責任だと思うのですが、いかがですか。
○荒木国務大臣 工業教員養成所それ自体と、教員が不足しておるという実情を全然別個にした四年制大学と比較すれば、さっき申したように次善の策たらざるを得ない、それは御指摘の通りだと思います。そこでその価値判断は、形式的な制度の比較論だけで済むものでなくて、御案内のごとく一応の推計でしかないわけでありますけれども、昭和四十五年までに十七万人の技術者が要る。さらに四十四万人の工業高校卒業ぐらいの者が要るということは、単に産業界が要請しておるでございましょうけれども、それは同時に国民全体の国民生活そのものをよりよくしていくための必然性を持った要望でもあるわけでございますから、その要望の中に立って今後青少年が職場を得て働いていく、その場がふさがれねばならないという要請は、単に産業人の要求に応じたなんということでなくて、国民全体のために考えねばならない立場から考慮せらるべき課題だと心得まして、その穴を埋める。四十四万人不足しておるのに対して、現状のままではとても応じ切れない。遺憾ながら応じ切れない。だから何とかしてできるだけの努力をして、応じ得るというめどをつけながら前進をしていきたい、それを実行するだめには、何としても先生がいなければどうにもならない。その先生はこれまた遺憾ながら応急的な四年制度の大学の充実も別途はかりつつあるということは御案内のごとくでありますが、それをやりましてもなおかつ足りないという現状に即してどうするかという応急的な現実対策として、次善の策として生まれ出たものであります。入っておる人たちがいろいろ不平を持っておることは私も承知しております。大阪に行きましたときに、養成所に行きまして、十人ばかりの代表者と会っていろいろと懇談もいたしまして、悩みも訴えられまして、答えもいたしました。根本的にそういう制度であることを承知して入ってきた人たちだから、制度論をかれこれ批判者みたいにして言うことも自由であるけれども、だからといって前途を悲観してどうだなんというそれ自体はいわば自分自身に責任を持たないというか、自分が意を決してそこの門をくぐって三年間で免状をもらって教師たらんと欲してきた以上は、それだけの意思を貫徹するくらいの元気を出したらどうかということを私は言いました。そのことが問題の解決のすべてではむろんありませんけれども、何かそこに不必要な意気消沈気分がございますから、その心臓補強だけはする義理合いを感じて申したにすぎませんけれども、それはそれだけに次善の策としての制度として、当面国民全体的な立場からきた要請には応じ得る制度である。これを長く続けねばならないとはむろん思いません。なるべく正規のルートから出てくる科学技術者ないしは工業教員の養成が地につきまして安定した姿になる努力を懸命にやらねばならぬことは当然でございますが、その途中における欠陥を補う意味において、人一倍苦労をし、勉強せざるを得ないとは思いますけれども、それだけの努力をして、りっぱな先生になってくれぬかという願いを込めた制度である。このことを学生諸君も理解してほしいと私は半ば頼みながら話をして参ったわけですけれども、そういうこととしてお受け取りいただきたいと思っておるわけでございます。
○山中(吾)委員 大臣は学生にはそういう説得の仕方があると思うのです。が、募集をするときに大学の四年制の工学と同程度の学力を授けるというふうにして募集をしておる。 〔委員長退席、八木(徹)委員長代理着席〕 それならば実験実習設備も十分に与えて一週間の間に休講のないように教授、助教授を充実してやるという責任が文部省にあると思うのです。学生が勉強したくないから文句を言っているのではなくて、もっとやらせい、三年なら三年を四年になるだけの充実した教育をやってくれるかというと、教授もいない、助教授も休講、休講だ。それから実験室その他を借りようとしても、大学の学部が使っているために使えないから三日も四日も遊んでおるという現状ではないですか。そういう中に三カ年の工業教育養成ということが、文科関係と違って、四カ年で文科関係の教育の免状をやるならば、五カ年ぐらいの実験実習の時間を入れて教養を与えてやらなければ自信を持った教育ができない、これは常識なんです。それを逆に三カ年にしたのですから、そういう設備、人的要素その他も十分に与える準備をして説得されるのならわかる、それは逆ですよ。関係の局長がおらぬようですから課長に聞きますが、九カ所の教員養成所の授業、予定通りの授業と現実の休講の関係、施設設備、実験室の使用その他をお調べになったと思いますが、その点はどうなっておりますか、半分ぐらいしかやっていないと思う。三カ年に縮めておいて、実質は二カ年も教育しないで卒業させるのではないか。そこで私は学生の言うことは正しいのであるし、文部省はこれについてはやはりすなおにシャッポを脱いで、四年にしても自信を持って教壇に立てるようにすべきだ。私自身がそういう力のない理科の先生に習ったために理科が非常にきらいになったことがある。実験実習のできない先生が教壇に立って、そして教科書を読むような工業関係の授業をしても、これはしない方がいいです。工業関係の学科がいやになるから。そういうところに教育の重視ということについての考え方に誤りがあると思うので、私は言っているのです。 そこで現在の大体の学習状況といいますか、教育養成所の実態を今申し上げた点において課長から説明して下さい。どういう状況になっているのか。
○西田説明員 お尋ねの工業教員の充足状況、設備の整備状況につきましては、それらの所長との会同におきましても現在まだ不完全な点があることをいろいろ話を聞いておりますし、それらについて計画的に整備を進めたいという方針を持っております。ただいまお尋ねの個々の養成所の実態についての資料はただいま手元に持っておりませんので、早急に取り寄せましてお答えを申し上げるように準備いたしたいと思います。
○山中(吾)委員 もう一つ課長に聞きますが、募集するときには大学の四年生と同等の教育を与える、給与を与えるということを募集要綱に出したのですか出さないのですか。
○西田説明員 大へん申しわけございませんが、今その的確な事実をお答えする準備をいたしておりませんので、早急に確かめます。
○山中(吾)委員 それじゃ次に出して下さい。学生はだまされたという気持になっているのですよ。現実にまた創設当時は不十分なことはよくわかるわけですが、大学に付設すれば学部が使ったかすしか実験室を貸してくれないことは明らかです。昔の臨時教員養成所の例から言って。だからこのままで捨てないでやはり継続して四年教育してやって出す。今のように学生が一年早く卒業して教壇に立てるより一年卒業を延ばして満足して教壇に立たせてやる方が工業教育振興のためになる。今のままで教壇に立ててみなさい。それに習った学生はほとんど工業関係の学科がきらいになりますよ。これは面子だとかそういうふうな問題ではなくて、そういうところにほんとうのいわゆる教育重視というものを政治家が責任を持って出さなければ国民は教育を重視する、教育の刷新だといっても、またうそを言っているということしかあとに残らないと思いますが、この点は非常によいケースだと思いますので、英断をもって文部大臣は継続四年で卒業さしてやる。実質三カ年の約束だが、内容は四年かけなければ今の大学の学生は教育を受けられない実態なのでありますから、その点は今のような大臣が一つの理屈を言われておりますけれども、そういう理屈を越えて通常国会までにその点を検討されて、希望を持って、自分が教育者となって自信を持ってやりたいという、そういう心情にこたえてやるということも私は教育の重視であり、それが人づくりの前提だと思うのですが、その点を検討してもらいたいと思う。その点、文部大臣どうですか、通常国会まででけっこうです。
○荒木国務大臣 開設早々、不備な面もございます。そのことは私もある程度承知しております。さっき申し上げた、大阪に行きましたときも学生諸君には、早々の際だから不備である点はしばらく忍んでもらえれば必ずそれを充実して期待にこたえるように努力しなければならぬ、その点は頭を下げ、努力することを約束いたしました。心意気だけはしっかりしてくれということを注文して参りました。そういう意味で三十八年度の予算につきましても不備な点を充実する必要があるならばその努力をしたい、こういう考え方で、今予算も相談しつつあるところでございます。
○山中(吾)委員 学生が希望をなくさないように、今のお話のように具体的に検討されることを切望します。それに関連して教育の重視の一つの方向として教員養成も重視して考えるということを池田総理大臣が発表いたしておりますし、大臣も教員養成については二、三回新聞を通じて意見を述べて強調しておられたのですが、その場合に特設の教員養成機関を置くという方向にお考えになっておられるかどうか、それをお聞きしておきたいと思います。
○荒木国務大臣 ことさらおっしゃるような意味で具体的な機構を念頭に置いてはおりません。御案内のように中教審からは一応中間答申が出ておりますが、今度の全面的な大学制度の検討をされるにつきましては、その総合的検討をもう一ぺん教員養成制度の中間報告と結びつけて検討をして、その上であらためて教員養成についても中教審からの御意見も出る見込みと承知いたしておりますので、これまた中教審の答申を待って具体的には検討したい、かように思っておるわけでございます。それで中教審の答申待ちとなっているわけですから、かれこれ申し上げる段階ではございませんが、少なくとも現在の大学制度そのままで単位を取れば教員になれるという、そのことも無用ではございますまいけれども、もっと教員にならんとする使命感を終始四年間持ち続けて、しかも優秀な人が教壇に立ってもらえるように、どうすればいいだろう、それは教科内容それ自体にもあるやに聞いております。が、そういう気持で十分に検討を加えて、質的にも量的にもいい先生を獲得するような角度から検討せねばなるまい、こういうことで中教審の答申待ちの姿でおるわけでございます。
○山中(吾)委員 そうすると一応白紙でおるというお考えだと思いますが、いわゆる学校教育法に基づいた大学の中において教員養成を充実する考えでおるのか、大学でない、何でもない、新しい何か工業専門学校というふうな、そういう教員養成学校というものを想定して教員を養成しようとする考えであるのか、ということについては白紙でありますかどうですか。
○荒木国務大臣 白紙でございます。白紙でございますが、しいて白紙らしからぬことを申し上げるとしますれば、現在の大学制度そのものと全然別個の教員養成制度をつくるということは考えられないのじゃなかろうか、私としてはそう思っております。
○山中(吾)委員 私は大臣がそう言われる考えが非常に常識だと思うので、これは今後の問題だろうと思いますけれども、戦前の大学でも高等学校でもない、昔高等学校の先生に高等師範というものがあった、そういうふうなものは教育内容というものをどういうふうに高めても大学でないということから一つの差別感が出る、その他の専門学校よりは少し上だというふうな考えで変な差別感が出る、そういうふうな中に、教育内容の問題でなくて、教師に対する一つの変な偏見を持たすことになるので、あくまでも大学の教員養成学部という大学の中ならば私は一つの論議の的になると思いますけれども、すぐ特別の教員養成機関というものを想定して、教員養成に関する特別法をつくって、そうして学校教育法にまた別な学校階梯を置くということは、私は必ず弊害が多くなるということを考えるので、その点は慎重にお考えを願っておきたいと思います。 今白紙だと言いますからこれ以上お聞きをいたしません。 それから教育の重視ということを言われておりますので、この点にまた疑問があるので、農業教育のことについてお聞きしたいと思うのです。 一方に農業基本法というものが設定をされて、その十九条に農業教育の振興が重視されておる、この点についても当然に、池田総理大臣が教育の重視を叫ぶなら、農業教育関係においてもどこかに具体化したものがなければならない。一方に構造改善事業というものを政府において出しておるというふうなものを考えて、農業教育についてどういう方向にその刷新あるいは振興をはかられておるか、それをお聞きしておきたいと思うのです。
○福田政府委員 御承知のように農業基本法の趣旨とするところは近代的な農業経営者の養成、農業経営を担当する者を養成するという点にあるかと思いますが、そういう点から、私どもといたしましては特に高等学校の段階におきますところの農業教育、これについてのある程度の体質改善を行なって、そうして近代的な農業経営に即応するような人を養成していきたい、こういうような計画を立てまして、三十七年度から大体三年間ぐらいでこれをやりたいというつもりでございます。本年度におきましては予算約一億円をもちまして、たとえば畜産あるいはまた園芸等を中心にしましたような農業自営者の養成というような点に、農業教育の転換をはかるというようなやり方もいたしております。またそれに関連する関連産業の従事者を養成するという意味から申しまして、たとえば農産加工あるいは農業土木、そういうなよう学科の転換、増設をはかって参っておるわけでございます。また同時に、農業教育の近代化に伴いまして農業の機械化という面がかなり促進されておりますので、これに基づきました教育内容の刷新をはかっていくという点を考えておるわけでございます。これは明年度から実施されます高等学校の教育課程の改正になるわけでございますが、そういう機械化等に即応する学校教育の改善あるいはこの実験、特に実習というような面を重視しまして、そうして学校農場の整備というような点も加味して、これをいわゆる近代農業の経営者としての教育にふさわしいものを実施していきたい、こういうように考えておるわけでございます。まだ十分ではございませんが、そういった面でこれは要するにそういう教育を担当して下さる先生が一番重要でございますので、その実技の講習とか、あるいは内地留学制度によって先生の力をその方に十分発揮してもらうような充実をはかっていくというような方向で現在踏み出しているところでございます。
○山中(吾)委員 農業高等学校の充実については幾ら強化しても強化し足らないと私は思うので、その点非常にけっこうでありますが、現在の全国の農業高等学校卒業生で何%のものが農業経営者になったか、その卒業生の何%が農業以外の職場で就職をしているか、その資料があればここで一つ発表していただきたいと思います。
○福田政府委員 私今手元に持っております資料を見ますと、大体三十六年に卒業しました農業学校卒業者六万三千人の中で、約三三・六%ぐらいになりますか、三四%近い。数で申しますと約二万一千以上でございます。二万一千程度の者が農業自営者として農業に就職したということになっております。それ以外は、いろいろございますけれども、こまかい数字は持ち合わせておりません。従来の傾向を見ます。と、三十四年、三十五年等の場合は、もう少しこの三三%以上に、あるいは四〇%以上に農業に従事した者が多かったようであります。最近は少し減っております。そのほかには、たとえば製造業あるいは卸、小売等の職業に就職、あるいは場合によりましてはサービス業に従事する者も若干ございます。そのほか公務等にも相当就職しているような状況でございます。
○山中(吾)委員 農業高等学校の卒業生のうちで、三三・四%だけが農業従事者になる。そうすると残りの五十何%が農業経営者にならないということならば、その農業高等学校の教育について根本的に再検討すべき問題があるのだ。そういうものをそのまま捨てておいても、文部大臣がどこで言われたのでありますか、技術教育協議会農学小委員会ですか、これに検討さしておるというので、これを見ますと、何か大学の農学部の体質を改善するという方向で、えらい力点を上げておられるようでありますが、問題は、実際の農業を経営する人を入学せしめて、そして徹底的に現在の農業の近代化に対する高い技術と経営知識を持った者を養うということが、私は農業教育の重視だと思うのです。六割がまだ農業従事者だというならいいのですが、三〇何%しか農業に従事しない農業高等学校を経営して、そうして土地をもらえない者がただ農学校をのうのうと出ていく。そういうところに農業学校の中における教育熱情も工業関係よりも非常に低い。政府に対する要望も大して出してこない。そこに私は大きい欠陥があると思うのです。それで真に農業教育を重視するならば、定員は半分にしても、実際の現在の農業の近代化に役に立つ高い農業技術と経営能力を与えるということをやるのが農業教育の重視なので、そうでなくて、今度は園芸の方をふやす、何をふやす、そういうふうなものは、総理大臣が教育を重視するというふうな演説に値する施策とは私は思わない。そういう点について根本的にメスを入れて、そうして将来土地を与えられる者は農家の場合客観的にわかっているのです。六人子供があっても、だれが土地をもらって農業を経営するかということは、客観的にわかっている。個人の希望によって、子供の希望によって百姓をしようとしてもできない、土地をもらえなければ。土地をもらうということを前提としたものでなければ農業経営できないのであるから、そういう子供を客観的にとらえることができる教育の場であるとすれば、私はこういうところにもつと識見の高い農業教育政策を立てるべきだと思う。その点についての大臣のお考えを聞いておきたいと思います。これは来年度の、通常国会までの問題としてお聞きしている。
○荒木国務大臣 農業高校の教育目標をどんなふうに置くかというのはちょっとむずかしいことですけれども、かりに自分自身が土地を受け継いで、いわゆる農家としてやっていかないでも、農家出身の子弟が先ほど政府委員から申し上げたような新しい学科目を修得することによって、農産物の加工工業に就職するという道も当然開けるわけでございますから、それらも維持していかるべき課題だと思います。それから同時に御指摘の通り単に星をいただいて働くというのが農業であるがごとき角度から、各学科を通じて教えられる傾向に従来あったと聞いておりますが、そのために、農業基本法で唆するような前向きの近代的農業を経営するという総合常識、営農常識示も、近代化された内容を持った常識がないために苦労しておるということも聞かされます。従って、そういう角度から何らかの方向づけを見出すような検討が必要であろうというので、そのことのための予算措置も、わずかながらしたいものだと寄り寄り相談しておるわけであります。農学校それ自体が、こうすれば今あなたが指摘されたような近代的な営農技術というか、営農常識を与えることができるという確信のある形態はまだ生まれてないという段階だと聞きますけれども、少なくとも具体的に検討を加え始めて、なるべくすみやかに農業高校の面でもその求めに応じ得るような対策が必要であろう、こう考えておるわけであります。
○山中(吾)委員 農村加工関係なら農業製造科とか、あるいは土地改良に必要ならば農業土木科というようなものを充実をして、とにかく農村の農業及び農業関連事業に就職をする見込みのない者をただ入れて、そうしてそのうちの三・四〇%だけが農業関係に従事するというふうな形態だけは刷新すべきじゃないか。これは、全国的に農業高等学校の卒業生の就職の調査を綿密にされて、そうしてその部面について、ある意味において定員を減らすことができれば減らして、その分で教育内容の向上をはかるとかいうふうなことは、常識的に当然やるべきではないか、そういうふうに思うので、その方向で私は御検討願いたいと思うのです。 農業試験場あるいは農業高等学校の試験場の教育とを統一し、関連的に経営するというふうなことも、私は日本の場合はやらなきゃいかぬと思うのです。やはり官庁のセクショナリズムで農林省と文部省の管轄が違うために、理念的にはいいと思ってもこういうことは簡単にできないから私はここであまり取り上げないですが、少なくとも農業重視を前提としての子弟を入学せしめて、そうして十分の教育をする。これは教育財政的にも私は最も能率的な施策だと思うので、そういう点を教育の重視という具体化の中に入れるべきだと思う。そういうふうに思うので切望しておきたいと思うのです。もしそういうことができる場合には、むしろ授業料を無償にして、農業従事予定者には授業料を免除するというくらいの施策をされることが、日本の現在の農業の曲がり角に立っておるときの教育を担当する文部大臣の識見じゃないか、そういうふうに思うので申し上げておるわけであります。これは各地区においてこういう識見を示めせば、農業教育の従事者その他は、双手をあげて共鳴してくる問題だ。国家統制とか、そういうような問題ではないのでありますから、そういう可能な点については、私は前進をもっと大胆にされることを要望いたしたいと思うのです。次に、大学管理の問題について一言だけお聞きしておきたいと思うのです。が、前の委員会のときも、私は大臣が白紙であるということでお答えがあったので、そのままにしておきましたが、通常国会には大学管理法案か何か知りませんけれども、答申を待って法案を出すということを新聞に明言をされておりますが、その通りでございますか。
○荒木国務大臣 これは余談みたいなことから始めて申しわけありませんけれども、戦後新しい学制がスタートして、大学に関する限りはそのままで今日まできておる、はたしてこれでいいかという見地から、前大臣のときに大まかな問題を指示して諮問されまして、それを契機として中教審が三年越しの検討をされておる、その研究の成果がどうやら実り始めて中間報告という形でぼつぼつ出てきた。そこで今管理運営の問題につきましても、九月一ぱいには答申が出し得そうだという話を聞くわけでありますから、もしそうだといたしますならば、問題としては当然に再検討を迫られておる課題であり、文部省としてお願いをして検討してもらった結論が出てくるとならば、それを受けて、可能な限りはなるべくすみやかに法制化すべきものは法制化して、予算化すべきものは予算化して、大学そのものの改善充実のために努力することはこれは当然のことと受け取りまして、その意味で答申待ちとは申しながら、答申の時期が通常国会に間に合うタイミングで出していただけるならば、当然それを受け取って走り出すのが私どもの務めであろう、こう考える次第であります。従って文部省にかわって検討をお願いしておる以上、予定された文部省だけの独自の考え、青写真があってどうということではないという意味で白紙であるとこの前もお答えを申しました。現在もその通りでございます。 〔八木(徹)委員長代理退席、委員長着席〕
○山中(吾)委員 それがうそかほんとうか知りませんけれども、答申を待つという、非常に低姿勢で言われておりますけれども、一方に、文部省の中に大学管理制度改正推進協議会、内藤事務次官以下各関係局長を網羅したこういう協議会があって、答申を待たない前に、大学管理制度改正推進協議会というものを部内に持っているように新聞に載っておるのですが、それは間違いないですか。
○荒木国務大臣 問達いありません。推進という名前をつけたかどうか私は知りませんけれども、要は、今申し上げたようなことで、現に目的、性格については昨年答申が出ております。引き続いて管理、運営の課題が出てくるということは、事実問題としては、大よそ九月一ぱいには出していただけそうだということを承知しておるわけであります。従って、これは既存の部局だけでは受け持ちかねる仕事内容もありましょうし、衆知を集めてこの答申を待って走り出すための下準備を必要とするであろう、資料の収集等は、着手することがほんとうじゃないかということから、そういうものができております。推進という名前をつけておったかどうか、私も承知いたしません。
○山中(吾)委員 改正推進協議会と書いてある。そして通常国会にこの法案を特別立法として提案する腹を固めている。もう答申もくそもなしに、そういうような一定のムードを出している。そういうふうに学問の自由という日本の真理を探求する方向が間違えば、またあやまちを犯すような重大問題について、特にこういうものを出すということは、私は不適当だと思いますが、もっと慎重に、荒木文部大臣がかわっても、日本の文教行政そのものの方向が間違われたら大へんなことですから、この点は慎重にしてもらわなければならぬと思うのです。おそらく答申を待たない前に、文部省が一定の方針があって、改正推進協議会を持っているというように受け取るのが自然だと思うのですが、その点は他意がないのですか。
○荒木国務大臣 そういうふうに受け取られるのは、迷惑しごくと思います。そういう前提のニュアンスはゼロでございますことを、この際申し上げます。むしろ慎重に受け取らねばならないからこそ、答申の内容いかんにかかわらず、統計資料を初めといたしまして、関連する資料は幾らでもあるわけでありますから、そういうものを整備するということは、当然慎重であるがゆえになすべきことだ、かような意味合いのものであることを御理解いただきたいと思います。
○山中(吾)委員 まず大臣の言葉を信じておきます。そこでもう一つお伺いいたしたいことは、とにかく中教審の答申を待ち、そして前の委員会においては、大学協会その他の意見も聞くかというと、あれはアクセサリーだからというような言葉を使っておられたのですが、あのときはそういう気持でほんとうにそう言われたのか、あるいは大学協会とか大学基準協会その他の意見も多角的にお聞きになっておきめになるというお気持なのか。前の委員会ではアクセサリーという言葉を使われておるので、今もそのおつもりなのかどうか、それを先にお聞きしておきたいと思います。
○荒木国務大臣 アクセサリーという言葉は、すべてを尽くしていないうらみがあろうかと思います。しかしながら、文部省の立場から申せば、この問題に関する限り、中教審の答申が本命であることは、これは当然でございます。文部省にかわって御研究いただきたいということをお願いしておる以上は、その答申が第一義的に尊重さるべきことは当然であります。その他のものも尊重するわけでありますが、アクセサリーという言葉をしいてさしていただけば、ネクタイといえどもアクセサリーですから、なければおかしいでしょう。だからさようないい御意見は当然尊重しながら取り入れていくという心がまえでなければなるまい、こういう気持を申し上げたわけであります。
○山中(吾)委員 大学の学長、その他お聞きになっておるのだろうから、私は今大臣が言われたことを繰り返して、また問答する気はありません。そこでこの間の新聞で、これはどこで言われたのですか、学長に認証官制度を置きたいということを発表されておりますね。これはどういうことなんでございましょうか。
○荒木国務大臣 これは実は私の思いつきというわけでもないわけであります。一昨年文部省の門をくぐりましてまず聞きましたことは、大学教授の月給は安い、何とかこれを充実せねばならないという課題がある、そこで、せめて裁判官並みにしたいということで、年々人事院等にも渡りをつけたりしておるが、なかなか道が遠いんだという話を聞きました。そこで聞いてみます。と、戦前は大学総長の月給は、役人では一番高かったということでございますから、戦前通りが一番いいと、そのままもちろん言えませんけれども、少なくとも人をつくる親玉の大学の学長というものによって代表される教授の給与は、もっとレベル・アップされるべきではないかという課題と私は受け取ります。そこで、なくなられました人事院の総裁とも一、二回、一昨年の暮れと昨年お目にかかったことがございますが、そういうふうな一般論議をしました時分に、どうも今の人事院の機能、立場からいきますと、形式的な制度が先行してくれないと、一般的レベル・アップは困難だという立場にあるというがごときお話であった。その意味は、たとえば大公使、裁判官、裁判官なるがゆえに高いという概念よりも、その社会的な、国家的な待遇が認証官という形式化された姿にある。そこでそれに応ずる給与表ができている。ですから大学教授の給与是正にいたしましても、レベル・アップせんとするならば、もう壁にぶつかってどうにもほかには手がない。だから全部は、なせないにしましても、その一部を認証官にするというような形式的な待遇をすることによって、他の者とは幾分違うぞという形式論拠がそこに出てくるということからがそもそもの初まりでございまして、私はそういう意味も含めまして、できるならばそういう努力をすべき本質を持った課題が終戦直後から今日までずっと懸案として残っておる、できるならば解決したいものだと今でも思っております。
○山中(吾)委員 給与を上げたいから認証官にしたいというのがあなたの動機なんですか、それだけですか。給与を上げるならばそういうことをしなくても上げられるじゃないですか。
○荒木国務大臣 そうでございます。私もそう思いました。思いましたけれども、今の人事院の制度上のものの考え方は、根本的に変える方法があれば別ですけれども、亡くなりました人事院総裁のお話によれば、今申し上げた通り、社会的な国家的な形式上の取り扱いとでもいうような意味だろうと思いますが、認証官というものであるがゆえにそうでないものよりもレベルが高いということは、今認められておるその形を大学教授についても取る以外には、今ぶつかっておる壁をぶち破る契機となる方法はちょっと見つからないと思うということと私は理解したのであります。それから出発いたしまして、またあらためて考えましても、大公使が認証官、認証官だからえらいという意味じゃないでしょうけれども、認証官という形をとるならば、裁判官がまた認証官という形式を踏むものならば、大学教授ないしは大学の学長というものが、認証官であっていけない道理があるはずがない、そのことがまた同時に給与是正についてもそのきっかけとなり、よすがとなるならば、当然これが実現に向かって努力すること、そのことは意味があろう、かように思うわけであります。
○山中(吾)委員 この認証官ということは思いつきで言われておるのでしょうけれども、そういうものが具体化すると、いわゆる旧制大学の総長に相当するのが認証官、一般の新制大学の学長はそうでない、そういうふうな同じ大学の学長の中に格差をつくるというふうな具体的な姿が出るという危険も非常にあるであろうし、それから大体認証官なんというのは名誉的なものであろうと私は考えておったのですが、強く裏づけをする、そういうふうなものでなくて——私そういうものでないのではないかと思っておった。人事院の現在の法律規定を私知りませんけれども、認証官なるがゆえに給与を高くするというふうな給与体系というものは、私はまだ研究していないのでわからないですが、そういう給与体系が法律的にできているわけですか。
○荒木国務大臣 給与体系として申し上げたのではありません。国務大臣が認証官であり、大公使が認証官であり、裁判官、検事等の一部のものが認証官であるというのは、給与体系そのものでなくて、別途の法律でこれこれのものは認証官とするという趣旨の立法措置によって生まれるのでありまして、給与体系そのものでないことは仰せの通りであります。ですけれども、給与体系上現在の体系づけられた号表を全体としてレベル・アップするということを考えるとするならば、認証官という制度化があった方がレベル・アップの可能性が出てくる。人事院の感覚から見ましても、そうであるならば、今まで認証官でなかったが認証官であったならば、号表そのものを考え直さねばなるまいという課題となって現われる、そういう意味でございます。
○山中(吾)委員 観念的に大臣がそう考えておられるのだから、私からどうということはないと思いますが、給与を上げることを口実に認証官制度をとって大学の学長、教授の中にだんだんいわゆる層をつくっていくというふうな形のむしろ潜在の意識があるのではないかということを疑ってみたわけですが、こういう問題については、私は慎重にお考え願うべきものであると思うので、新聞に発表されたためにずいぶんと響きがあると思うのです。中教審の答申を待つという慎重な態度でいくといわれておるわけですから、大学関係についての教授の身分の問題、あるいはその他のことについてはやはり一つの筋で慎重に処理していただきたいと私は思います。ここで大学管理の問題について私は論議をする気はないので、通常国会、答申の終わったあとでお尋ねしたいと思うので、この辺で終わりたいと思うのですが。農林省のだれかきておられますか——せっかく来ておられたのだからお聞きしておきますが、どこの方ですか。
○床次委員長 振興局普及部長です。
○山中(吾)委員 先ほど文部省に聞いたのは、農業基本法の設定によって、基本法の十九条に、農業教育の振興ということが法律上うたわれておる。この点について、農林省が文部省と十分農業教育振興について今まで緊密に連絡をとられ、対策を立てられておりますか、その点どうですか。
○江川説明員 農林省といたしましては、制度的には中央産業教育審議会の委員として農林次官がなっております。その場を通じて農業教育のあり方というものについてはいろいろと意見を開陳いたしまして、連絡をいたしておるのでございます。
○山中(吾)委員 そういうことでは何にもならないので、農業基本法という一つの特別な法律ができた。そして十九条に教育の振興を書いております。そしてその主管省は農林省である、この法律の執行の責任は農林省にあるわけです。そしてその法律の内容の一部に、農業教育の振興という部面は文部省の管轄である。そうすると、あなたの方がこの法律執行について積極的に文部省の初中局長その他と、農業教育振興をこの法律を執行する責任のある立場から何らか措置されるのか、そちらの方に農林次官が行っておるから、そのときに意見を聞いてというのは私の質問の答弁にならないですよ。
○江川説明員 一応制度上の問題としてお答えいたしましたが、実際の事務の運営にあたりましては常時連絡をやっております。具体的には、実は私ども農林省の掲げております農業教育のあり方としまして、基本法の線に沿いまして、一つは義務教育を終えて農業高等学校に行けないような農家の子弟の教育の施設の場として経営伝習農場というものを持っているわけであります。それの今後の新しい農業の方向に沿っての運営、施設の刷新、強化、あるいはさらにまたそういった経営伝習農場に行けないような農家の子弟の教育については、あるいはラジオ農業学校の開設、あるいは一般の青少年の生産活動促進事業といたしまして、農業機械化のいわゆるトラクターの運営等におけるところの短期の訓練をする、そういったようなものの計画なりあるいは運営というようなものについて常時連絡をとりまして、また農業高等学校はどういうようにしてやるかということをそれぞれ連絡をしてやっております。
○山中(吾)委員 今言われたのは、各種学校ですか、連絡というのはどことされておるのですか。つまり学校教育法の適用された教育施設なのか、そうでない試験場みたいなものなのか、ちょっとわからない、また連絡ということはどこととられてどういうふうにされておるのか、ちょっと私はその答弁ではわからないわけです。
○江川説明員 私の方でただいま申し上げたような問題につきましては、社会教育課の方と連絡をとってやっております。
○山中(吾)委員 農民学級みたいなものですか、どういうことなんですか。
○江川説明員 文部省でやっておられまする社会教育とはまた別に、農林省といたしましては、そういったフォーマルな教育の機会を受けられない人たちのために、そういう特に生産活動を重点にしての教育対策といたしまして、あるいは経営伝習農場、あるいはラジオ農業学校というようなものをやっておるわけでございます。
○山中(吾)委員 私が質問しておるのは、こういう両省の管轄になっておるような一つの事項がある法律にある場合には、もっと緊密に連絡をして、法の執行が推進できるようにしてもらいたいから、注意を喚起するつもりで申し上げておるのです。それは、農業改善事業を見ましても、補助金をどんどん出すけれども、ああいう農業近代化の場合には、農民の再教育がもっと高い知識を与えることを前提としなければ、あの補助金などは能率化しないと思うのです。そして一方に、非常に率が少ないといいますか、政治的な問題は別にして、真剣に考えるならば、地域を指定したならば、事業に着手する前に農民の再教育期間を一年ぐらい置く、そういうことから始めなければだめだと思うのです。農業基本法の設定の場合についても、農業教育についての規定があるのに、大体文部省などはほとんど無関係のままに法律ができているような感じがしている。従って、できたあとにおいても、農民の教養を高めるということが先行して、そして改善事業をやるというのでなければ能率が上がらないと思うのだが、どうもその点はそうでない。今のように、農業高等学校に入れない落ち穂を拾って補充教育をしているということをおっしゃいますけれども、農業高等学校を卒業した者を農業経営者に全部するということでなければああいう近代化はできないと思うので、もっと文部省と緊密に連絡をして、大蔵省に対しても、農業教育の予算のとり方についても共同戦線でやるくらいの気持で本格的にお取り上げになる必要があるのではないか。少なくとも現在の農民の再教育については、補助金の半分くらいはむしろ使うぐらいの意欲でやらなければならぬのだと思って私は申し上げておるので、緊密に連絡をしていただきたいと思うのです。社会教育課と連絡しておるというが、社会教育局長、ほんとうにやっていますか。
○齋藤(正)政府委員 これは両方の専門職員がかなり両方の事業の実施に参加しております。それから具体的に青年学級その他につきましても、今普及部長の申されました、農林省のやっておりますラジオ農業高等学校を教材として、そうした青年学級を実験学級に指定するとか、あるいは青年学級そのものに対しましても三年程度の学年制を施行して、実験農場等をもって実施しておるのもございます。これは十分に連絡しております。
○山中(吾)委員 そういう方向で来年度の予算にわれわれがなるほどというふうな予算の姿が出るように、一つ両省で協力をしていただきたいと思います。 まだ聞きたいことがたくさんあるのでありますが、実は、次の機会でもけっこうですが、文部大臣に、人づくりの教育、人間像という問題で、先ほど村山委員からも話がありましたが、道徳教育の教科書をつくる以前に、どういう道徳思想をお持ちになっているのか、どういう道徳観をお持ちになっているのか、お聞きしたいと思います。これが一番根本だと思うのです。日本民族の発展、日本の進むべき道を目ざしながら、どういう人間形成を考えておるかということについて、確たる文部大臣の道徳思想、道徳教育観というものをお聞きしなければならぬと思いますから、その点は十分に御検討願いたい。よりよき日本人と言われてもわからぬのです。きのうも官房長官の方にそういう確固たる政府の教育思想、根本態度を国民の前に明らかにするように申し入れをいたしたところが、通常国会までに責任を持って発表いたしたいと言っておるので、おそらく文部省にも連絡があったか、やがてあると思いますけれども、教育の重視とか、教育の刷新とか、人づくりという言葉だけを言っておれば、また政治権力で教育を支配する、国家統制を強化するんだというようなこと、あるいは実業界の方から押されて批判精神のなくなるような、堂々と正しいは正しいと批判できるような人間をむしろ押えていく方向にいくのではないかという疑いを持っておる人間も半分はあります。私はこういう点については、単に教育の刷新とか、教育の重視と言わないで、その根本に持っておる教育思想というものを池田内閣は責任を持って発表すべきだと思う。三回も留任されて文部行政を荒木さんが担当しておるのは、そういう意味を含んで私は荒木さんの留任があると思うので、大臣をおやめになる前に、明確に発表していただきたい。人づくり、教育の刷新だけでなしに、方向、そうして私はそれによってまた論議をさせていただきたいと思う。これは私は政治家の責任だと思います。ある意味においては、日教組の倫理綱領その他を批判ばかりされておる。批判をされる限りについては、自分の基本的な思想、教育観というものをお出しにならなければ——われわれが批判しておると、批判政党だと言われるのと同じように、逆に最近は文部省は批判文部省みたいになってしまった。明らかに、基本的な方向をお示しになることを私は切望して、私の質問を終わります。
○荒木国務大臣 宿題として検討させていただきますが、一言にして言えば、りっぱな日本人づくりであることに間違いありません。何がりっぱかということは、簡単に言い尽くすような内容の御披露はなかなか困難な問題かと思います。純粋に教育専門家的な立場で教育専門家的用語を使って申し上げる能力は私にはございません。従って、そういう意味では、もっとじっくり検討をさせていただく時間的余裕がないならば困難であろうかと思うわけであります。 要らぬことを申して時間をとっておそれ入りますが、先刻もちょっと触れましたけれども、有史以来二千数百年を経過しておる。その中に立って、民族的な道義なり信念なりが培養せられておる。欧米の思想、欧米の道義、あるいはシナ大陸の影響、いろいろございましょう。その中から、日本人として歴史的な発展の過程の中において、かくあるべし、かくありたいというものを持っておった。ところが、敗戦を契機としてそれが根底から否定されるという姿で再出発をした。与えられましたものは、デモクラシーという考え方に立つところの新しい憲法、その憲法思想の中においていかにあるべきかということが新たな課題として課せられた問題だと思います。そこで、この新しい憲法が発足しましたそのときに、本来はあるべかりしものと思うのでございますけれども、デモクラシーそのものがそれぞれ十人十色、国民すべてが受け取り方が違う。共産党すらもがデモクラシーを持つがごときムードのもとに、何がデモクラシーであるかはほんとうの意味ではよくわからないということが私は率直なことじゃないかと思うのであります。そのことにまでもさかのぼって、十七年目を迎えました今日、それはこうなんだ、こう受け取るべきであるという断定を私個人が下すことは私は不可能なことだと思います。それはやはりそれぞれのあらゆる角度からの良識を持って突き詰めたものが集約されて、そうして初めてこういうふうに思いますということが言える課題じゃなかろうかというふうにも受け取れるわけでございまして、荒木萬壽夫一個が独断的に考えることを強制しようなどという考えはむろんあるべきはずもない、そういう考えは毛頭ございません。ただ抽象的に一言にして言うならば、今申したようなことを念頭に置きながら、現在よりもよりよきりっぱな日本人をつくる、それにはどうすればいいか、何だということを国民ともども、学校の先生ともども、学者、有識者ともども検討して、だんだん習熟していって、誤りなき線を確立する。その途中の過程の一応のことは申し上げ得るかとは思いますけれども、それで百点とれるようなことは私にはできないと思っておることを、心境だけあらかじめ申し上げまして……。(「予防線を張らぬでもよろしい」と呼ぶ者あり)予防線の一つではございますが、どうぞ御了承を願います。
○床次委員長 暫時休憩いたします。 午後一時一分休憩 ————◇————— 〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕