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40回国会参議院1962/08/03

建設委員会 閉会後第4号

発言数
17
登壇者
6
会派数
2
開催日
1962/08/03

会議録

武内五郎日本社会党

○理事(武内五郎君) ただいまより建設委員会を開会いたします。  建設事業並びに建設諸計画に関する調査を議題といたします。  本日は、前回に引き続き、本年六月上旬以降の梅雨前線による集中豪雨及び先月下旬の台風七号による被害状況につき説明を聴取いたします。松下林野庁指導部長。

松下久米男林野庁指導部長

○説明員(松下久米男君) 御説明申し上げます。御提出申し上げました、七月十六日現在の資料に基づきまして御説明いたしたいと思います。  私ども林野庁関係のものといたしまして、荒廃地が金額にいたしまして十七億三千一百万円、治山施設といたしまして五千三百七十万円、林道二億七千七百五十九万円、三者の計が二十億六千三百万円、その他としまして国有林関係が二億二千四百万円、森林開発公団関係が五百万円、それから林産物関係といたしまして、下から三行目でございますが、七千一百九十二万五千円というように相なっておりまして、次のページにそれの県別が掲げられてございますが、やはり七月上旬の集中豪雨は、九州地区に林野関係の被害も集中しているというようなことになりまして、問題の佐賀の太良地区、これは地すべり地区に指定をされておるところでございまして、当時としては、一応これで安定するというように見られていたのでございますが、あの豪雨のために非常な災害の大きな原因になったということで、私どもとしてはまことに申しわけなく存じておる次第でございます。  なおその後の、この表にはございませんけれども、七号台風関係は目下資料を収集中でございますが、現在私どもの手元にまとまりました分だけにつきまして補足して申し上げたいと思います。荒廃地といたしまして、これは比較的林野関係は少のうございまして、県の数といたしまして静岡、愛知、奈良、和歌山の四県になりまして、合計額で一億七千四百万円、一番被害の大きかったのが和歌山県でございまして、一億七千四百万円のうちで一億を占めておるというような状況でございまして、台風以前の七月の豪雨のときの二十一億八千四百万円に比較しますと、非常に今回は被害が僅少であったというように見られるのでございます。  以上簡単でございますが、被害の御報告を申し上げます。

武内五郎日本社会党

○理事(武内五郎君) 次に、川本通商産業省鉱山保安局石炭課長。

川本宗生通商産業省鉱山保安局石炭課長

○説明員(川本宗生君) それでは昭和三十七年七月上旬の異常降雨によるボタ山崩壊状況について御説明申し上げます。  資料といたしましては、昭和三十七年七月上旬の異常降雨によるボタ山崩壊について、という資料がございます。これについて御説明申し上げます。  まず、江迎炭砿のボタ山でございます。江迎炭砿は、長崎県北松浦郡江迎町猪調にございます。鉱業権者名は日窒鉱業株式会社でございます。そこで捨石集積場(ボタ山)の崩壊が起こったわけであります。災害発生日時は、七月八日の午前五時二十分で、第一回の崩壊が起こりました。それ以降、七月九日続いて起こっております。死傷者はございません。それからこの炭鉱は鉱山労働者千三百六十人を有する炭鉱でございまして、出炭量一カ月五万二千トンという状況の炭鉱でございます。  災害の概況を申し上げますと、災害を発生いたしましたボタ山は、平均傾斜十六度の山腹斜面に沿って距離五百メートルの範囲にわたって四つのボタ山が四ブロックにわたって集積されているものでございます。このボタ山は昭和十年の五月から災害発生までの間に順次に第一ボタ山から堆積されたものでございます。現在最後の第四ボタ山が集積中でございました。このボタ山を今年の七月七日の午前中に係員が巡視中に、ボタ山の頂上付近でボタの表面が五センチばかり低下しておるというのを発見したので警戒中、八日二時ごろ低下がだんだん大きくなりまして二十センチ程度に増加し、降雨がひどかったために、さらに警戒しておったところ、五時十分ごろに警戒の係員がボタが崩壊をして流出してきているのを発見し、このため警察署と協力して住民を全部避難させた、一応強制避難のような格好をとって避難させました。その後ボタ山の一番高い第四ボタ山がすべりまして、その後、翌九日に至りまして第一、第二、第三のボタ山も流出して、国鉄潜竜駅、それから松浦線、国道、河川の江迎川、民家、商店街、こういうものを埋没いたしまして、九日の十二時ごろまで流出が続いた状況でございます。  これによって起こった被害は、炭鉱の社宅といたしまして二百戸民家十戸、商店五戸、潜竜駅、丸通の事務所、江迎炭鉱の関係といたしましては工作事務所、配電所、鋳物工場、電修工場、坑内から巻き揚げる六百馬力の巻揚機、こういうふうなものがこわれ、あるいは埋没いたしておりまして、この全体のボタ量は三百十万立方メートルでございますが、その約三分の二の二百十七万立方メートルが移動しておりまして、そのうち流出したボタといたしましては約六十万立方メートルというふうに推定されております。  この原因といたしましては、七月一日から五日までの間に約五百六十ミリの雨が断続して降りまして、ほとんど一日おきに五、六十ミリから百ミリ程度の雨が降っているというような状況でございまして、この異常降雨によって発生したものだと考えております。それからこの資料には「目下学識経験者からなる調査団に依頼し調査中である。」というふうに書いてございますけれども、この調査につきましては、九州大学の先生方を依頼いたしまして、九大の前学長山田名誉教授を班長といたしまして農学部の土木工学科の熊谷教授、工学部の土木学科の水野教授、工学部の採鉱学科の野口教授、それから理学部の地質学科松下教授、これだけの諸先生方にお願いいたしまして、このボタ山の崩壊がどういう原因によるものであるかということを調査いたしております。調査時日は七月十三日と、それから二十、二十一日の両日、二回にわたって調査いたしました。その結果によりますと、これは中間的な結果の報告を受けているわけでございますけれども、今度の流出の主要な原因につきましては、ボタ山そのものの崩壊ではなくて、地盤の地すべりによる流出であるという一応の中間の報告を受けております。  その他、この被害額といたしましては、炭鉱関係として約二億八千万円、その他一般公共施設、民家等の被害といたしましては、これは長崎県の推定によるわけでございますけれども、約五億円ということが見込まれております。これが江迎炭鉱のボタ山くずれの状況でございます。  次に、国見炭鉱のボ夕山が崩壊しておりますが、この国見炭鉱は佐賀県の伊万里市にございまして、里山炭鉱株式会社の炭鉱でございますが、昭和三十七年七月五日の三時ごろ、このボタ山くずれが発生しております。発生個所は水平坑の第二ボタ山と旧三坑のボタ山でございまして、死傷者はございません。この炭鉱は鉱山労働者五百人程度の山でございまして、出炭量一カ月五千九百トンでございます。  この災害の状況を申し上げますと、七月四、五日の集中豪雨によって、五日の三時ごろ水平坑の第二ボタ山と、それから旧三坑のボタ山が流出したわけでございます。鉱業施設並びに社宅、民家、人畜には影響ございませんでしたけれども、田畑、小川には被害がございました。  その被害状況は次に書いてあるとおりでございますけれども、水平坑の第二ボタ山につきましては、傾斜が十三ないし十五度の山腹に、長さ四百五十メートルに、幅五十メートル、高さ五十センチから一メートル五十センチにわたってボタが流出して、ボタを捨てるために買収していた地域にこのボタ山がくずれて、この地域を埋没したという状況でございます。それから旧三坑のボタ山は、三年前にもうやめていたボタ山でございまするけれども、これはボタ山の高さが約二十メートルございますが、これは地山の傾斜が十四、五度の山腹に沿って、長さ五百メートル、幅百メートルにわたって崩壊流出したのでございまして、水田二町歩、畑二反歩、山林約五町歩というものを埋没しまして、その下部にあるサカイ川を埋没いたしまして、そうしてそのために水路があがりまして、付近の田四、五町歩に水田の稲が隠れる程度までボタが流入した、こういう崩壊状況でございます。  その他松浦炭鉱のボタ山を扇平炭鉱のボタ山、山福炭鉱のボタ山がくずれております。これはいずれも小規模でございまして、ボタ山くずれといたしましては非常に小規模のものでございます。そして山福炭鉱のボタ山の崩壊によりまして、二名の負傷者が出たという以外は、いずれも負傷者はございません。  松浦炭鉱につきましては、七月二日の二十一時ころ八天坑のボタ山、それが第四紀層の地盤の地すべりによって長さ百五十メートル幅七、八十メートルにわたって流出して、水田一町歩、灌漑水路二百五十メートルを埋没したという状況でございます。扇平炭鉱におきましては、七月五日の七時ごろに現在使っているボタ山の第一坑ボタ山の北側が約二十五メートルぐらいにわたって崩壊してボタが流出した。それから山福炭鉱におきましては、山福坑のボタ山が七月五日崩壊して、浴場を半壊した。そして入浴中の者が二名重傷となっています。こういう状況でございます。  以上が七月の豪雨によります炭鉱のボタ山の崩壊の状況でございます。

武内五郎日本社会党

○理事(武内五郎君) 次に、瀬戸厚生省社会局施設課長。

瀬戸新太郎厚生省社会局施設課長

○説明員(瀬戸新太郎君) 厚生省の関係につきまして御報告申し上げます。お手元に「七月梅雨前線豪雨による災害情報」という資料を提出してございますが、それによって御説明申し上げます。  災害救助法の適用をいたしました市町村は、表にありますように、二十六となっておりますが、その後、長崎県の愛野町が一カ町追加になりまして二十七市町村になりました。したがいまして、県は福岡、佐賀、長崎、熊本の四県、市町村数は二十七ということになっております。  次の表に参りまして、被害状況でございますが、死者が四県で六十五名、行方不明が七、負傷三百六十、計人的被害が四百三十二、住家の被害、全壊四百、流失二十九、半壊四百八、床上浸水一万一千七百八十一、床下浸水三万三千三百八十二、計四万六千の被害になっております。  次に、救助の状況でございますが、各県とも災害対策本部を設けますとともに関係職員をそれぞれ現地に派遣いたしまして避難所の開設、応急仮設住宅の設置、たき出し及び飲料水の供給、被服、寝具及び学用品の給与、死体の捜索及び埋葬、医療班の派遣、こういったような救助活動に当たったわけでございますが、幸い救助に必要な物資等は現地調達で間に合いまして、救助の実施は支障なく行なわれたわけでございます。現在応急仮設住宅の建設を除きましては救助の実施は全部終了しておる状況でございます。  それから次に、中央のとった措置でございますが、私どもといたしましては、これらの県に対しまして災害救助費に対する国庫負担金の概算交付を、そこにありますように合計千四百六十万円の手続をすでに完了してございます。それから伝染病予防対策でございますが、これにつきましては、七月の十一日に防疫指導官を現地に派遣いたしまして防疫活動の指導に当たりまして遺漏のないようにいたした次第でございます。さらに物資の関係につきましては、日本赤十字社は福岡、佐賀、長崎、熊本の四県に対しまして救援物資として衣料約五千点、それからアメリカの宗教三団体でありますがCACから、いわゆるこれらの県に対しまして衣料三千点を送付いたしまして罹災者の救助に当たった次第でございます。  はなはだ簡単でございますが、以上でございます。

武内五郎日本社会党

○理事(武内五郎君) 次、山内河川局長。

山内一郎建設省河川局長

○説明員(山内一郎君) お手元に「台風第七号による被害概況」という資料を提出いたしてございますが、これに基づきまして説明いたします。  一ページをお開き願いますと、台風七号によりまして被害を受けました直轄河川、それから都道府県の公共土木施設関係の総括の報告額が書いてございます。直轄河川が一億四千六百万円、補助災害が二十二億三千三百万円、合計いたしますと二十三億七千九百万円、こういうふうになります。  二ページ以降は内訳になります。二ページの直轄河川につきましては、近畿地方建設局管内の紀の川、中部地方建設局管内の菊川、大井川、この三河川が被害を受けております。雨量のところをごらんいただきますと、紀の川の流域におきまして、山上ケ岳で五百九ミリ、菊川、大井川では百ないし二百ミリ、こういう程度の雨量がございまして、水位の関係もその左に書いてございますが、菊川、大井川の水位は警戒水位を多少こした程度、紀の川はそれをやや上回っている、こういうような状況でございます。  被害の額につきましては、一番右に書いてございますように、紀の川が六千二百九十四万円、菊川が千六百五十万円、大井川が六千七百万円、以上合計いたしまして、十五カ所で一億四千六百四十四万円、こういうふうになっております。  三ページは、補助災害でございまして、各県から受けました被害の報告額が書いてございます。県の数は一府——大阪府、それからあと六県でございます。量もまん中の辺に書いてございますが、大体におきまして和歌山県が非常に豪雨がありまして、あと滋賀県、三重県、これが三百ミリ台、静岡、愛知が二百ミリ台、こういうふうになっております。和歌山県は六百ミリをこしたところがございます。被害の河川については、ここに書いてございますが、静岡県について朝比奈川、都田川、新野川、これらが中心になっております。合計二百八十二カ所、四億五千六百万円。愛知県につきましては、豊川水系の周辺でございまして、二百九十一カ所、二億八千五百万円。三重県は新宮川、櫛田川、雲出川、大体中央から南のほうでございますが、三百八十九カ所、三億八千四百万円。滋賀県は愛知川、日野川、滋賀県の東南の部分でございます。百七十四カ所、三億七千六百万円。奈良県は吉野川水系で二百七十九カ所、三億二百万円。大阪府は八カ所で七百三十五万円。和歌山県は新宮川、古座川、日置川、和歌山県の南のほうでございますが、それに白浜海岸、下里海岸、これが四百七十九カ所で四億二千百万円。合計いたしまして一千九百二カ所、二十二億三千三百万円、こういうような状況でございまして、今後、そう数字は変動のない見込みでございます。  四ページは、住宅の被害を警察庁の調べによりましてここに記載してあるわけでございます。一府五県、大阪府、兵庫、和歌山、奈良、三重、静岡県でございまして、合計全壊二十六棟、半壊が十六棟、こういうふうになっております。  五ページは、従来とっておりました措置をここで同じようにやっておりますが、被害個所の応急復旧の問題、それから査定、予備費の支出について現在早急に手続を進めている、こういう段階でございます。  以上簡単でございますが、終わります。

武内五郎日本社会党

○理事(武内五郎君) 以上で説明を終わりました。  これより質疑を行ないます。  この際、お諮りいたしまするが、このたびの通常選挙によって委員以外の議員になられている方がございまするので、委員以外の議員の方の発言を許したいと存じまするが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

武内五郎日本社会党

○委員長(武内五郎君) 御異議ないものと認めます。これより質疑を行ないますが、発言を願います。

稲浦鹿藏自由民主党

○委員以外の議員(稲浦鹿藏君) これは、鉱山保安局の石炭課のほうでございますが、先ほどの説明で九州大学の先生たちに依頼してボタ山の崩壊を検討中だと、その中間報告は、ボタ山自体の崩壊でなく、原地盤の崩壊だというふうに言われて、はっきりしないのだが、これはどういう形で原地盤というのはボタ山の下にあったのですか、その辺のところはどうですか。

川本宗生通商産業省鉱山保安局石炭課長

○説明員(川本宗生君) ボタ山の崩壊ではなく、地盤の地すべりだと申し上げましたのは、ボタ山は地盤の上に積んでいるわけでございまして、その下の地盤が動いてこのボタ山くずれが起こったということでございまして、地盤の普通ボタ山くずれが起こるというのは積んでいる上のボタがくずれ落ちるのが普通でございます。ところが、今回の災害におきましては、この地域が地すべり地域にはまだ指定されていなかったようでございますけれども、積んだ下の地盤のほうがすべったという状況になっております。

稲浦鹿藏自由民主党

○委員以外の議員(稲浦鹿藏君) 中間報告だからまだはっきりしたことはわからぬだらうと思うが、そうしたもう少し最後の報告があったら、もう少し詳しく説明を願いたい、相当研究を要する問題だと思います。

川本宗生通商産業省鉱山保安局石炭課長

○説明員(川本宗生君) 大体中間報告は私のほうでいただいておりますけれども、これを裏づけるためのボーリング、その他をやって、その結果によって最終的な結論を得るということになっております。それで現在までは、地すべり状況その他を外部から観察しただけの中間報告でありまして、詳しいことは、ボーリング、その他によってすべり面その他を確めてから最終的な結論を出したいと思っております。

稲浦鹿藏自由民主党

○委員以外の議員(稲浦鹿藏君) すべりの原因はどこにあったかが問題だ、ボタ山と原地盤の間とか、あるいは原地盤の中にすべりの原因があるのか、その辺をもう少し詳しく調べて下さい。将来の参考になると思います。お願いします。以上。

川本宗生通商産業省鉱山保安局石炭課長

○説明員(川本宗生君) はあ。

武内五郎日本社会党

○理事(武内五郎君) ほかに質問はございませんか。——ほかに御発言もないようでございまするので、なお、次回に質問の機会を作りたいと思います。  本日はこれにて散会いたします。    午前十一時六分散会

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