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40回国会参議院1962/04/20

外務委員会 第15号

発言数
50
登壇者
10
会派数
3
開催日
1962/04/20

会議録

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告申し上げます。去る十八日安井謙君が辞任され、その補欠として山本杉君が選任されました。また本日曾祢益君が辞任され、その補欠として田畑金光君が選任されました。   —————————————

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) 日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件を議題といたします。  本日は、本条約につきまして、三人の参考人の方に御出席をいただいておりますので、これから順次御意見を伺いたいと存じますが、その前に参考人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。  ガリオア・エロア返済協定につきましては、ただいま当委員会において審議中でございます。この条約の重要性にかんがみまして、参考人各位から御意見を承り、審議の参考にいたしたいと存じまして、御出席をお願い申し上げましたところ、御多忙中にもかかわらず、本委員会の要請に応じて御出席を賜わりまして、ここに御意見を拝聴することを得ますることは、まことに欣幸に存ずる次第でございます。委員一同にかわり厚くお礼を申し上げる次第でございます。  なお、議事の進め方につきましては、まず最初に三人の参考人の方から順次御意見をお述べ願いまして、そのあとから委員から質疑がありました場合には、お答えを願いたいと存じます。  それでは、まず榎本……。

大和与一日本社会党

○大和与一君 委員長、けさのNHKの第一放送、六時と七時と両方聞いたのですが、参議院の外務委員会のこの問題について二十六日に質疑打ち切りをやるかもしれないとか、月内に上がるのじゃないか、こういうことを二回も放送しておりますが、これなんか委員長関係ありますか。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) 私初めて承ったことでございます。いろいろ議事の進め方等から推測をして、さようなことを言っているのではないかと、かように考えます。今後の議事の進め方につきましては、委員の各位と理事会その他において十分審議をしました上で、進めて参りたいと、かように考えておる次第でございます。

大和与一日本社会党

○大和与一君 ですから第一回に私が委員長に発言した。とにかく慎重に十分に審議を尽くそう、こういう基本的態度を確認しておるのですから、そのお考えは委員長においては変わっていない、こういうふうに考えてよろしゅうございますか。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) 十分に審議を尽していくということにつきましては、私自身の考えは変わっておりません。どうぞ皆さんも格段の御協力をお願い申し上げたいと、かように考えます。  それでは、まず榎本参考人から、二十分程度で御意見を承りたいと思います。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) すわったままでよろしゅうございますか。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) けっこうでございます。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) 私はこの問題につきまして、国際の慣例について申し上げてみたいと存じます。  被占領地域の住民と占領者との関係は、御承知のとおり、陸戦の法規慣例に関するヘーグ条約というのがございまして、それの付属規則に原則規定を置いておるわけなんでありまして、今回の戦争の場合もこの原則的規定は適用があったものと考えなければならないものと存じます。今回の戦争で、実際の戦争行為のやんだ後は、その占領は特殊の占領であるから、右の原則的規定の適用はないという見解もないではありませんけれども、これは深い根拠がある説と思われませんのであります。  さて、ただいま申しましたその原則規定でありますが、これは至って簡略なものでありまして、これを実行に移す際は多くの場合、指揮官の裁量にゆだねられておりましたので、必ずしも常に十分な満足な成果を上げるというわけにはいかなかったような状況であります。ただいま申しましたヘーグ規則の四十三条には、「国ノ権力カ事実上占領者ノ手二移リタル上ハ占領者ハ絶対的ノ支障ナキ限占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ」と規定するにとどまりまして、具体的に救済の方法とか、救済する責任とかいうふうなものについては、あまり詳しく規定してありませんのであります。のみならず、今回の場合に行なわれましたような救済事業までもこの条文のうちに含まれておるのかどうかということについては、多少の疑問もあるような次第でありまして、必ずしも明確な規定とは言うわけにはいかないのであります。しかも、この条文のうちには、なるべく施し得べき手段をとれというようなことで、非常にあいまいな点があるのでありまして、確実にどういうことをすることが占領者の義務であるかということは、はっきりしておらないのであります。ことに、従来の一般の傾向といたしましては、占領軍というものは、自分の軍の安全保持が第一義である、それから戦争に勝つことが第一義であるということになっておりましたので、被占領地の住民の状態の改善のごときは、むしろ次等に付せられたというような風潮もあったのであります。こういう場合に、今回、アメリカが多大な努力を払って日本の民生の安定に努めたということは、これは賞賛に値することであると私は存じます。今申しましたとおりに、このヘーグの規則の四十三条というものは、占領者の義務を設定した規定には違いありませんが、はなはだばく然たる義務であり、それから、その義務の内容も明確ではありません。これに加うるに、前に申しましたとおりの一般の風潮から見まして、無償で被占領地の住民の救済を行なうというようなことは、とうてい考え得られないことであったのであります、従来の慣例からいたしますと。それにまたヘーグ規則の文言上、文理上の解釈について考えてみますと、これまたこの文理上からしましても、占領者には無償で救済を行なう条約上の義務があるとは、どうも解釈し得ないのであります。何となれば、同規則を見ますと、無償でやる場合には必ずそのことを明言しておるのであります。たとえば同規則の第七条には、抑留した捕虜について「政府ハ其ノ権内二在ル俘虜ヲ給養スヘキ義務ヲ有ス」と、その義務を規定して、その義務はきわめて明確な断固たる義務なのであります。それにもかかわらず、右の給養は無償ではなくて、後日返済すべきものと考えられておったのであります。そのヘーグ規則によりますと、有名なイギリスの戦時法規学者スペートという人がありますが、その著書の「陸戦の軍の権力」という本がありますが、それには、訳してみますと、「捕獲交戦国は捕虜を給養する義務がある。しかし、右交戦国は相手交戦国と協定して相手国が給養費の最終支払いを賠償中に含ませ、または特別の返済としての支払いを協定することができる」と記載してあります。二百八十四ページから二百八十五ページにかけてです。それから、わが国の例をとってみますと、日露講和条約にも同様の趣旨が取り入れられております。十三条です。これは捕虜の費用を払わしておるのであります。もちろんこの日露戦争のときには一九〇七年のヘーグ条約はまだありませんでしたが、その前身たる一八九九年の条約はあったのであります、同じ条約が。そしてその条約には日本も入っておったのであります。それで、その規定は全然同じ規定です。一八九九年の規定も、一九〇七年の規定も、同様の規定であります。そういうふうに捕虜を給養しなければならないという義務を設定してあるにかかわらず、その給養費は支払ったと、こういうことになっておるのであります。でありますから、特に無償であることを明示した規定、たとえばヘーグ規則の十六条の一項の(郵便料金の免除)とか、それからその二項の(捕虜宛の贈与品及び救恤品に対する諸税及び国有鉄道の運賃免除)というような無償であるということを明示した規定、または確定の慣行のない限りは、たとえ救済品であろうとも、また、いかなる名義を用いようとも、それが不特定の多衆を対象として分配されるものである以上は、原則として有償と解さなければならないものと考えられていたのであります。  先ほども申しましたとおり、ヘーグ規則は非常に抽象的で、原則を定めたにすぎない。しかし、その原則というものは、まことに正しい原則で、今日といえども十分尊重する価値のある原則であります。けれども、原則を示すにとどまって、実際の適用上に疑問を生じるおそれがあり、また、最近の武力紛争の事態に適応するように解明する必要があると認められましたので、一九四九年にジュネーヴ条約というものが締結されるに至ったのであります。そして、その占領に関係したジュネーヴ条約は、「戦時における文民の保護に関するジュネーヴ条約」と言うのであります。わが国は二十八年の四月二十一日にこの条約に加入しております。それから世界の大多数の国はすでにこれに加入しております。これには、ヘーグ条約の欠を補うという意味でもって、詳細に救済とか占領地の住民の保護とかいう規定がされておるのであります。そうして、このジュネーヴ条約「戦時における文民の保護に関する条約」というものは、ヘーグ規則の第二款及び第三款を補完するものであると、こう言っておるのでありますから、ヘーグ条約と一体をなすべきものであります。見ようによっては、つまりヘーグ条約は原則を定めたのであるからして、その原則を実施するための具体的の規定を設けた、こういうことになっておるのであります。そのことは文民条約の百五十四条に書いてあります。ヘーグ条約と文民条約と一体をなすべきものだということを規定しております。したがって、ヘーグ条約の原則は、なお依然として今日といえども尊重すべきものであるという建前はとっておるのであります。この条約は一九四九年にできましたのでありますからして、今回の戦争には適用はありませんでしたが、ヘーグ規則を解明する上においてはきわめて貴重な資料でありますので、この点にもまたちょっと触れてみたいと存じます。  文民条約の五十五条は、住民の食糧及び医療品の確保について「占領国は、利用することができるすべての手段をもって、住民の食糧及び医療品の供給を確保する義務を負う。特に、占領国は、占領地域の資源が不充分である場合には、必要な食糧、医療品その他の物品を輸入しなければならない。」云々と規定し、それから五十六条に行きましては、医療施設の整備及び公衆衛生の管理についてこまかな規定をしております。また、五十九条には、住民の救済について、「占領地域の住民の全部又は一部に対する物資の供給が不充分である場合には、占領国は、その住民のための救済計画に同意し、且つ、その使用することができるすべての手段によりその計画の実施を容易にしなければならない。」云々と、特にジュネーヴ条約で「救済」ということを持ち出しておるのであります。ヘーグ規則には「救済」というようなことはうたってないのであります。まあ、あの原則規定の解釈でもって「救済」を含んでいるのだといえば、そうも解釈できないことはありませんけれども、その点はなはだ明確を欠いておったのであります。その点を今度ジュネーヴ条約でははっきりしまして、「救済計画」ということまで入れてきておるのであります。そうして六十一条の二項には、さきほど申しました五十九条の救済品の輸送及び分配について規定してあります。そうして、こう言っています。「前記の救済品は、占領地域の経済のため必要である場合を除く外、その地域においてすべての課徴金、租税又は関税を免除される。占領国は、それらの救済品のすみやかな分配を容易にしなければならない。」と規定しているが、この規定は救済品は一般公衆に対して無償で分与されるものでなければならないというふうには解釈できないのであります。したがって、この点については従前の法規慣例と異なるところはないのであります。一般公衆に対するものは、救済品であろうとも、やっぱり無償で分配するのだということにはなっておらないのであります。  この点につきまして赤十字国際委員会の発行の——御承知のとおり、これはジュネーヴに本部を持つ赤十字国際委員会であります。一八七三年に発足し、それから一八八〇年に現在の名称を用いて、そのままずっと人道上の救済事業に携わっている団体であります。それがこのジュネーヴ条約の原案を作成したのであります。したがって、ジュネーヴ条約は政府間の協定でありますが、そのもとを築いたのはこの赤十字国際委員会なのであります。そこでもって発行した解説書がありますが、この解説書はしたがって非常に価値の高いものであります、ジュネーヴ条約を解釈する上においては。その解説書の中に、この点に関しましてこういうことを言っています。「それ故会議は占領地域における救済品に対する輸入税及びすべての課税を免除することとした……しかし、そのことは救済品が一般公衆に対して無料で供給されなければならないということにはならない。個人に対する救済品は無償であるとの規則は救済品の送付される国の経済組織を乱すおそれがあるので集団体救済品には適用されない。」と記載してあります。特別に個人あてに送ったものは、これは別ですけれども、集団的に占領国から被占領国に対して送るというような品物については、これはすべてを課徴金を取らないということは適用されない、こういうことになっておるのであります。それから、外交会議の総会におけるニュージーランド代表のこの条文に関する発言は、きわめてこれは注意すべきものでありますから、これをちょっと申し上げます。しかも、このニュージーランドの代表の発言が、これは最後の発言となりまして、これには反対意見も批判もなくて、そのままこの条文は採用されたのであります。したがって、これは非常に価値の高い発言であると思います。それを申し上げます。「この条文の趣旨は、これらの供給品が単なる贈与物ではないということである。救済物資はしばしば非常に長期の取りきめによるものであるが、そして最終的には供給を受けた国はそれに対して責任を持たなければならない。この会議の諸代表も熟知のとおり、多くの国は、その歳入の相当大きな部分を関税、消費税から得ている。もし彼らが結局支払わなければならないものと考えられる多額の供給を受け、そして彼らがそれらの供給品を国民に売却する場合に通常の歳入を徴収することができないとしたならば、外見上人道的な規定のために破産のうき目を見なければならないこととなるであろう。」、こういうふうなことを言っている。これに対しては諸代表も批判する者はなくて、これが最後の発言となって、ただいまの条文は採択されたのであります。  なお、ヘーグ規則の場合と同様に、ジュネーヴ条約の場合でも、無償の場合は条文にはその旨を明示してあるのが例であります。たとえば、文民条約六十一条三項(救済品の通過、輸送)、それから同条約の八十一条第一項の(抑留被保護者の給養)、それから捕虜条約の十五条(捕虜の給養)、これはヘーグでは無償ではなかったのでありますが、ジュネーヴ条約の場合には無償に切りかえられたのであります——などはその例であります。でありますから、ジュネーヴ条約においては、ヘーグ条約の場合と同様、——文理上からいうも、無償の明文がない限りは、原則として有償と解釈されておるのであります。  以上のような次第で、大幅に人道上の要求を取り入れられたと認められますジュネーヴ条約でも、一般的の救済品は、それが敵国から来ようと中立国から来ようと、特別の取りきめのない限りは無償ではないということになっております。でありますから、今回の戦争において交戦国の行動に基準を与えたと見られる従前の法規慣例——へーグ条約を含うまして——が、ジュネーヴ条約以上に被占領国に対して寛大な法則を採用していたとはとうてい考えられないことであります。また、実際上その推論を肯定する根拠はないのであります。  よって、今回の戦争においてわが国に対して寄せられた救済物資等は、長期支払いのもとに有償で輸入されたものであって、わが国としては、これを債務的性質を有するものと考えて処理することは、これは当然のことであると存じます。  私のは、これで終わります。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) ありがとうございました。  次に、野々村さんから四十分程度で御意見を承りたいと存じます。

野々村一雄一橋大学教授

○参考人(野々村一雄君) はなはだ短期間の準備で、十分に皆さん方に御満足のいく意見を申し述べることができるかどうかは私はなはだ自信がないのでありますが、簡単に、ガリオア資金援助及びエロア資金援助によるアメリカの対日援助を、日本側としていかに取り扱うべきかについて、経済学者の立場から問題点を申し上げてみたいと思います。  まず、新聞報道の伝えるところによりますと、当初日本側とアメリカ側と援助総額について若干の食い違いがあり、また支払いを要すべき金額についても当初日本側は四億三千万ドルを主張し、アメリカ側が五億八千万ドルを主張したと伝えられております。この違いを外務大臣並びに外務当局がよく合わせられまして、今日元利合計五億七千九百万ドル、返済金額四億九千万ドルという線までこぎつけられましたことは、外交交渉としてはまことに御苦労さまであったと考えてもいいのではないかと思うのでありまして、また援助総額からいたしますと、返済金額はある意味においてきわめて少額でありまして、そういう意味から申しましても、この返済ということが、まことに当を得たものであるという考え方も、ここに成り立ち得るのであります。しかしながら、問題は、アメリカ側が最初二十一億ドルと伝え、わがほうが十八億ドルないし十九億ドルと伝えましたところの対日援助額が、はたしてわがほうとして返済すべき性質のものなりやいなや、この点を考えますときに、たとえわれわれがかなりの金額を値切ったといたしましても、ここになお日本国民全体として考えなければならない問題点がある。これが一つ。  もう一つは、この日本側が十八億ドルと言い、アメリカ側が二十一億ドルと言う対日援助額の金額の査定がはたして妥当なものであるかどうか、私は不敏にして法律問題はよく知りませんが、日本経済とアメリカ経済との関係よりして、はたしてこの金額の査定が妥当かつ公正になされたものであるかという点についても、若干の疑点を残すものであります。その点を以下に申し述べたいと思います。  これは私が申すまでもなく、ガリオア援助は、端的に申しますと、占領地の国民の民生安定に資する救済援助でありますし、一九四九年から始まりましたエロア援助は、占領地域経済の復興に関する復興援助と概括して差しつかえないかと思います。  事柄の性質上、まずガリオア援助から申し上げたいと思います。今日では、すべて当時の事情が、ある意味で忘却のかなたへ押し流されてしまっておりますが、賢明なる外務委員諸君にお考えいただきたいことは、ガリオア援助による援助物資がわが国へもたらされました当時において、わが国朝野の世論がいかなる状況でこれを受け入れていたかということをあらためて考えていただきたいのであります。当時贈与か借款か、アメリカ占領軍が、あるいはアメリカ政府が無償でわれわれに与えた恩恵であるか、あるいは後日日本国民のアメリカ国民に対する借金として処理されるべき性質のものとして、借款として与えられたものであるかどうかということについては、今日いろいろの法律的な、あるいは覚書の上での根拠というものが提示されているかにうかがえますのでありますが、その当時の一般的な、われわれ国民が国民として受け取っていた感じからいいますと、贈与であるか借款であるかが不明確なままで、場合によっては贈与であるかのごとき印象をわれわれが受け取りながら、このガリオア援助を国民が生活の足しにしていたのであります。法律的な問題としては、あるいは当時これが借款であるということが、両国間の当局の覚書によってはっきりしていたかもしれません。しかし、われわれ国民としては、その当時日本の言論界において、国民の世論としてこれがはっきり借款という形を明示して受け取ったものであるかどうかということを、これはもう自民党、社会党、民社党、その立場のいかんを問わず、当時の記憶を考えていただきたい、これが第一点であります。  その次に、この援助物資が当時のアメリカ軍の戦争中に堆積した戦略物資であり、戦争の終結とともに、アメリカ経済にとっては過剰となったところの物資であった。しかも、その品質が、率直に申しますが、きわめて粗悪なものであったということは、これは国民の何ぴとといえども否定し得ないことであります。もちろん、われわれは、アメリカ国民が当時受け取っていたと同じ食糧を、被占領国民として受け取らなければならないという、だいそれた考えは持たないものであります。しかしながら、これがアメリカ軍にとって過剰物資であり、品質が粗悪なものであったということ、しかも、そのような粗悪なものに対して値段が一方的につけられ、その一方的な値段によって二十億ドルないし二十一億ドルという金額が、いわば借金の証文がわれわれに突きつけられている。この点について皆さん方の御一考を促したいと思うのであります。  また次の点といたしましては、私の記憶にして誤りなければ、一九四八年ごろまで、このガリオア資金による物資の買い付けば一方的にアメリカ物資に限られていたのであります。私は繰り返して申しますように、法律問題には無縁でありますが、このような買付のあり方というものが日本の貿易構造を変えてしまった。従来はアジア州——アジア地域に対する貿易が過半を占め、米州に対する貿易が三割であったものが、それ以後、たとえば昭和二十一年には日本の輸入総額の九七%、昭和二十二年には日本の輸入総額の九二%、同二十三年には七八%に及び、日本貿易の対米依存構造というものが、ここにこのガリオア援助によって打ち出されたのであります。これは必ずしも私の独断ではないのでありまして、大蔵省で出しておられます財政金融統計月報の一九五一年一月号の九ページに次のように書かれております。「戦後は輸入がアメリカの対日援助費によってまかなわれた関係上」、もう一度申し上げますと、「戦後は輸入がアメリカの対日援助費によってまかなわれた関係上、対米依存の傾向を強め」、以下私が先に申し上げました数字が引用されております。  その次に、このガリオア援助による対日援助の金額が、私は当時において、経済的な意味においては返済されていたということを申し上げたいのであります。と申しますのは、先ほども申し上げましたように、当時贈与か借款か不明瞭であったまま、われわれは贈与という幻想を当時の言論界によってばらまかれたまま、その輸入代金を国民の各人としては支払ってきたのであります。その輸入代金——国民から徴収された輸入代金が、実はその当時、経済的に申しますと、輸出補給金として使われてしまった。当時の貿易の基礎は複数為替レート制であります。同時に、対米輸出その他に対しては、特にその当時の対米輸出に対しては、輸出補給金が国家予算の中から支出されたことは皆さん御存じのとおりでありまして、この輸出補給金という形で、日本国民全体としては、生産費以下の輸出が行なわれ、輸出補給金の支出という形で、実は日本の国費の負担において、アメリカの貿易業者は、いわば不当な利潤を受け取っていた。私は法律的な問題はわかりませんが、つまり、ガリオア援助によってわが国が受け入れた物資、その物資に対して国民が支払った金は、実はわが国の国民の労働の結果である生産物を、生産費以下でアメリカへ輸出する場合の輸出補給金として使われた。この関係を、金額が幾ら——援助に対する輸出補給金がどのように見合うかということについては、問題の性質上はっきりと明示できないと思いますが、このような関係が存在するということについては、これは厳として否定し得べくもないと思うのであります。  次に、エロア援助について申し上げます。エロア援助は、御承知のように、一九四九年から開始されたものでありますが、一九四九年のエロア援助の開始当時の国際情勢を考えてみますと、一つはわが国の隣に中華人民共和国が成立したということ、したがってアメリカの世界戦略がここで一考え考え直さなければならない情勢にあったということ、このことは詳しく申し上げるまでもなく、そのすぐあとに朝鮮戦争が起こったことによっても実証できると思うのであります。  第二番目に、このエロア援助が開始されますと同時に、見返り資金勘定がわが国に設定されまして、エロア援助によってわが国が受け入れた物資、この物資に対して国民が支払いました代金が、一般会計から貿易特別会計へ流れ、貿易特別会計から見返り資金特別会計へ流れて、見返り資金として、いわゆるわが国民経済の再建と復興に使われたということは皆さん方よく御存じのことであります。その金額は大体概算いたしまして一年間一千億円、昭和二十七年までの累計といたしまして、約四千億円の金が見返り資金として支出されております。これは経済の観点から申しますと、一種の強制貯蓄であります。もし国民の生産と所得とが相見合うものといたしますならば、外部から入りました物資の代金として一千億円の代金が民間から引き上げられて国家の管理のもとにゆだねられて、国家の政策のもとに投資をされるということになりますと、どういうことになりか。しかも、私はただいま「国家の政策に基づいて」と申し上げましたが、これは皆さん方を前に置いて、はなはだ失礼でありますが、国会が持っております予算審議権を無視して、当時の占領軍の政策目標に従ってこの見返り資金勘定が使われた。ここでまあ当時のアメリカの占領政策がいかなるものであったかということについては、これは私は申し上げないにしても——申し上げたくありませんが、一体、わが国会の予算審議権を放擲させて、占領軍の政策に従って日本経済の復興と開発に投資をするということが、ここでわれわれがアメリカ国民であるならば別でありますが、日本国民の立場から考えるならば、これはいいとか悪いとかは別として、アメリカがアメリカの意図に従って年額一千億円に上る——私はあえて巨額と申しますが、この巨額の資金を投資したということは、これは厳たる事実であります。そのように考えて参りますと、実はアメリカは対日援助というえさによって、腐ったようなトウモロコシ、非常に品質の悪い小麦粉、これをわれわれに与えることによって、すでに金の卵を数回も生ませている、私はこう考えております。この上なお、たとい四億ドル、たとい五億ドルとはいえ、もう一度このえさで金の卵をわれわれに生ませようというのは少し虫がよ過ぎる話ではないか。確かにわれわれは国際信用というものを考えなければならないし、借りた金は返さなければならないというのは当然であります。ただいま、私の前に立たれました参考人が法律上の議論を展開されまして、私よくわからなかったのでありますが、これは要するに、たとい占領中といえども借りたものは返さなければならないということであろうかと思います。これはもうだれが考えても理の当然であります。ただ、その借りたときの状況というものが、はたしていかなるものであったか。われわれは確かに借りました。しかし、われわれが借りたことによって、ある意味ではアメリカ経済のためになったのではないか。アメリカ政府が過剰物資を政府資金によって買い付けて、それによってアメリカの軍需部門に奉仕していたところの食糧品を供給する業者、綿花を供給する業者、衣類を供給する業者、こういう連中が戦争経済の終結とともに一大破綻に瀕するのを、実はこのガリオア援助によって救ったのではないか。アメリカも得をしているのであります。したがって、これを、ただ一方的に、われわれが借りた金を返さなければならないと言うのは、戦後の日本経済を一貫して流れております論理から見まして、戦後の日本とアメリカとの経済関係を一貫して流れている関係からいたしまして、日本国民の一人として、必ずしもすっきりと納得して腹に入らないのであります。国策の方向がそういう方向へ行くとなれば、われわれもいたし方ありませんが、皆さんが、国策の方向をそういう方向へ向けられる前に、国民のこのような気持、経済のこのような論理と同時に、たとい戦争に負けても日本国民としてのディグニティを守るという感じ、このことは皆さん方にこの審議にあたって十分に考えていただきたいと思います。  なお、以上私が申し述べました点は、あるいは私の独断であるというおしかりを受けるかもしれませんので、若干この点について証拠をあげて申し述べたいと思うのです。  第一の、ガリオア援助がアメリカ戦時経済中の過剰物資であるという点について、有名なジョゼフ・ドッジ氏は、アメリカの第八十一国会の下院歳出委員会におけるステートメントにおいて、次のように述べておられます。私は意味をとって申し上げますが、対日援助の主要な援助物資であった食糧と綿花は、「いずれも過剰物資であり、商品金融会社——コモディティ・クレジット・コーポレーション、普通にCCCと略称しておりますが——商品金融会社によってすでに買い上げられているが、これは現行立法によって買わなければならないものである。その限りではこれは現在も将来も政府支出の増加を意味しない。対日援助計画の実質は、このように主として過剰物資であることを十分考慮すべきである。一九五一年度、つまり昭和二十六年に日本向けの経済援助総額の二億七千百万ドルのうち、八七%はアメリカの過剰物資の購入と輸送に当てられる、」このようにドッジさんが言っておられるのであります。もちろん、これはドッジさんのアメリカ国会に対するステートメントでありますから、国内向けの意味を持つということに考えれば、またそれなりに考えなければならないと思いますが、いずれにせよ、日本の経済政策の決定にかなり重要な役割を果たしたドッジさんが、ガリオア援助物資はアメリカにとって過剰物資であり、それを日本に輸出してやるだけである、こういうことを言っておられるということは、皆さんの御記憶にとどめていただきたい。  次に、この点あるいは場合によってはおしかりを受けるかもしれませんが、私は、たとい日本とアメリカが仲よくしなければならないとはいえ、日本人は日本人であり、アメリカ人はアメリカ人であります、そこにおのずから立場の相違があり、わが国民の、わが国のディグニティということを保守党も革新党も、ともに考えていただかなければならないと思うのであります。そういう見地から考えますと、占領中われわれはずいぶん無法な占領軍の取扱いを忍んで参りました。元来、占領というものは、占領軍の側からいたしましても、万国のために和平の基礎を開くということが大精神であると思うのであります。また、終戦のときに天皇が仰せられた言葉のように、われわれは耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、万国のために和平の基礎を開く、このつもりでわれわれは降伏したのであります。しかしながら、現在までのアメリカの占領軍の政策というものが、一体そういう方向にそれは確かにアメリカ側の考えからいたしますならば、万国のために平和の基礎を開く、こういうようにお考えになるかもしれませんし、またアメリカと膚接しておられる一部の方々は、アメリカの政策が永遠の東洋の平和のために役立つとお考えになるかもしれませんが、この点は識者の間に議論がはなはだしく分かれるところであります。現在のアメリカの対日政策なりあるいはアメリカの世界政策なりが、世界の平和に全面的に寄与するものであるかどうかということについては、かなり意見の分かれるところであります。率直に申し上げますが、対日占領期間のアメリカのとった政策というものは、日本をいわば対ソ戦、対中国戦争の基地に育て上げるということに一貫してその方針がとられてきているのではないかという危惧さえ感ずるものであります。そういう見地からいたしますと、われわれが終戦処理費として負担しました、私の持っております資料によりますと、約五千億円、これを為替レートで換算いたしますと約五十億ドルに上ると思うのであります。この為替レートによる換算については、若干御説明を申し上げなければならないと思いますが、三百六十円で換算いたしますと、五千億円が必ずしも五十億ドルにならないのでありますが、たとえば、昭和二十年九月には占領軍によって適用された軍用レートは十五円になっております。二十二年三月には五十円、二十三年七月には二百七十円、それを、その当時それぞれ支出されました金額を、それらの軍用レートによって各別に割りますと、そして二十四年以後は一ドル三百六十円のレートで割りますと、終戦処理費としてわが国民が支出した金額は五十億ドルに上るのであります。これは、こまかい数字上の査定は別といたしまして、いずれにしろ、かりに終戦処理費を五十億ドルといたし、対日援助総額を二十億ドルと仮定いたします。これは単なる仮定でありますが、仮定いたしますと、ここで対日援助総額の二倍半の金額をわれわれは終戦処理費としてすでに支払っておる。もちろん、これは言うまでもなく、日本が戦争を起こして敗れた以上は当然の経費であります。ただこの経費が支出されるについては、先ほどるる申し述べましたように、万国のために平和の基礎を開くように、ポツダム宣言の趣旨によって正当に使われたかどうかということについて、若干の、と言うよりは、むしろ非常に大きな疑念が生ずるのであります。そういう意味から申しますと、私はあえて申しますが、ここで何億ドルに対して何億ドルという数字を的確に明示することは、事柄の性質上むずかしいのでありますが、このガリオア・エロア援助は、第一に、当時の日本貿易の輸出補給金という形で一つ使われている。第二に、見返り資金勘定の運用という点で、当時のアメリカ政策に大いに寄与して使われている。第三に、終戦処理費という形で、いわばグローバルなアメリカの世界戦略を遂行するために使われている。そういう意味から申しますと、ガリオア・エロア援助はわが国民としてはすでに支払い済みの援助である。したがって、私のごとき者がここで国の政策の方向をどちらに変えていただきたいと断言する勇気はないのでありますが、そしてまた、対外信用を回復するという意味から申しますと、確かに安保条約の制定の際に、わが国民があれだけ騒いだということは、対外信用という面から申しますと、確かにマイナスであります。また借りた金を返さないという態度をわが国が示すということは、対外信用という面から見てマイナスであるという見方も成り立ち得るのであります。私もその見方に賛成する者であります。借りた金は返さなければならないというのは、これは小学生の論理であります。しかし、日本の経済とアメリカの経済の関係は、必ずしも小学生の論理では尽くされないのであります。その法律的な関係、債権債務関係、その背後にある、日本経済とアメリカ経済との相互関係というものを、われわれが慎重に考慮することなくしては、軽率に動き出せない、これが私の考え方であります。と同時に、不幸にして、われわれは敗戦国民として長い間アメリカの占領下にありました。そしてまた敗戦のときのわれわれの理念は、世界の各民族と平和な交渉を保つということであります。ところが、平和な交渉を保つということは、わが国民のディグニティという問題とは別問題ではないのであります。わが国民の尊厳、わが国民のディグニティ、この点を考えますときは、占領下のアメリカの諸政策、ガリオア資金、エロア資金の放出に関して、その当時われわれが受けた感じ、これは必ずしも釈然としないものがあります。これは何もそういう取扱いを受けたから報復しろというのではなしに、お互いに仲よくしなければならないが、仲よくするAとBとは、ともに対等の人格であり、ともに相互の尊厳を尊重し合うものである、こういう立場に立たなければ、日米の親交ということはあり得ないのであります。そういう点から申しますと、私は、おそらく私の意見に多くの反対意見を持たれるであろうところの、特に自民党の方々に申し上げますが、その当時のわれわれが受けた感情、われわれが受けた取扱い、これを、保守とか革新とかいう思想の立場を離れて、日本人は一体であるという考え方からいたしますと、この際、たとえ割り引いたのだから四億ドルでも五億ドルでも払おうという考え方が、はたして国民感情にぴったりと密着するものであるかどうか、その点をお考えいただきたい。まあ率直に申し上げまして、皆さん方の感じでは、四億ドルまで値切ったのだからいいじゃないか、五億ドルまで値切ったのだからいいじゃないか、たいした金ではないじゃないかというお考えがあるかもしれませんが、金の多少はここまで来れば問題でないのであります。金を払うことによってわれわれがわれわれの信用を守ることができるかどうか、金を払うことによってわれわれがわが国民の尊厳を守ることができるか、私はあえて断定的なことは実は申し上げたくないつもりで申し上げてきたつもりでありますが、あるいは若干の大胆な断定をしたかもしれません。この点はお許しを願いたいと思いますが、私はこの点について結論を申し上げませんが、この点について思想的な立場、政党の立場を越えて、国民的な利害、国民的な尊厳、こういう立場から、できれば共同の結論に到達していただきたいと、私の願いはそれであります。  はなはだ途中野人礼にならわず、不作法なことを申し上げたかもしれませんが、私の意のあるところをくんでいただければ幸甚であります。失礼いたしました。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) ありがとうございました。  最後に、内海丁三さんから、二十分程度で御意見を承りたいと存じます。

内海丁三評論家

○参考人(内海丁三君) 私は終戦後から最近まで新聞記者をしておりまして、特に編集の責任も長らく負っておりました。その間にずっと側面からながめてきたおぼろげながらの私見と、最近確かめまして、そして大局的な意味でこれに賛成の意見を述べたい。  まずこの債務が、これが債務であるかどうかあいまいであるということは、私はあいまいであると思う。ある自民党の代議士に、あいまいであるのをなぜあいまいであると言わぬかと言ったら、あいまいではないと言って食ってかかりました。いや、あいまいでないと言えば、確かにあいまいでないいろいろの根拠がある。しかし、あいまいであると言えばあいまいであるからこそ、野党の皆さんがあいまいな点をおつきになるのだろうと思うのであります。あいまいな点はいろいろあります。まず金額があいまいであると言えばあいまい。それから、確かに借りたという証文がない。その二点においてあいまいでありますけれども、しかし、これはあいまいであるから二十億ドルだの、十七億ドルだのの数字が四分の一、あるいは三分の一に切り下げられたんであると、私どもは側面から見ておって常識的に考えるのであります。初めから判を押して証文を書いた債務が、後日一人前の国家になった国に対して切り捨てられるということは、まず常識上ない。あいまいであるということの一つの根拠である。それが一番大きな根拠になりまして、今回の日本の場合は、ドイツ・アメリカ方式なるものがそのまま一応ある段階においてこちらに適用されまして、その率がかけられた、その率に従って減額したという跡があるようでありますが、そのドイツ方式をいきなり日本に持ってきたことに対しては、たいして異論もないのであります。野党のほうにも、ドイツ方式そのものを大体において——こまかいことはありますが、大体において日本の場合に当てはめたということについて異論がない、異論がないということは、ドイツ方式そのものが、やはり債務関係があいまいであるがゆえにとられた方式だろうと思うのであります。これが幸いと申しますか、不幸と申しますか、前例になっておりまして、そのドイツ方式がとられて、三分の一程度のものに切り下げられた。それからそのほかの日本の債権を差し引いたという額が四億九千万ドルだそうでありますが、そういう金額の点においても、これが本来、性格的に債務性があいまいであるから起こったものと、私はそう考えるし、国民の一人として常識的にそう思うわけであります。それからもう一つ、証文がない。確かに、はっきりいわゆる証文というものはないようであります。証文に当たるいろんなものは多々政府側であげられておられるようですが、証文はない。ないから、今度あらためてこれを証文に書き直すのだ、こう理解しております。今度あらためて証文に書きかえる。ついては国会の皆さんの御了承を得たいというのが、今度のこの条約案だろうと思います。でありますから、過去のあいまいさをしきりにつく、それにこだわる野党あるいは反対の皆さんは、今まで、もう私どもの新聞で知る限りでも、何回という数え切れぬほどその点の質問をしておられるようでありますが、これも、だから今回これをきちんとした証文にするのだ、こういう意味に理解する、これが常識だろうと思うのであります。これは、このガリオア・エロアというものが日本の戦後の生活の安定、それからもう一つ経済の復興に貢献したということは、これはどなたも認められる、それがしかし、物資は、たとえばアメリカの過剰物資であった。それから、その日本の復興は、アメリカの戦略の目的からいって、それに合わせるようにしたのだとか、今野々村参考人のおっしゃったこと、これは今までも野党の方が質問された中に多々あったと思いますが、それは事実でありましょう。しかし半面のものの見方であります。相手がその際要らないものであるがゆえに、ただでいいという理屈は立たない。こちらで要るものなんですから、品質が悪かろうとよかろうと、その辺は私ははっきり品質が悪かったという記憶もございませんけれども、品質の悪いものが部分的に含まれておったかどうか、それは私ども配給を受けた者にはわかりませんけれども、しかし、そんなことを今さら論議する値打のないことだと私は思う。日本では実に火急に必要としたもの、相手は戦争の終了の瞬間において余ったもの、こういう意味であって、この物資が過剰物資と言われておっても、それはアメリカの納税者がそれに対して対価を払っておる。そして新たにまた対価を払ってそれを日本へ送ってくれたというととは間違いないのでありますから、そういう意味においては、過剰物資というのは戦争備蓄に関する物資で、戦争が済んだために当面要らなくなった物資という意味でありまして、それがただであるべき根拠は一つもないと思うのです。そういういろんな事情がありましょう。それから、日本に対する政策というのはアメリカの世界政策の一部であり、対日政策そのものもまた一つの軍事的な政策であったに違いないと思います。違いないのでありますが、その一面からのみ日本の民生の安定と経済の復興、特に日本の産業の復興というものを、アメリカの政策にそれが貢献するという一面からのみ、これはアメリカのためのものだというふうにのみ考えることは非常に間違っているように思う。つまり、それは一つのたての半面を、しかも、これを不当に強調したように思われるのであります。しかしそれらのことはいろいろございましょう。ございましょうが、それが結局全体のあいまいさの中にさらに加えられると思う。あいまいさというのは金額のあいまいさ、証文がないというあいまいさ、これはよろしい。その上にさらに、これは相手のためになったのではないかということも、広い意味において、対日援助というものの債務性のあいまいさに加えられていいと思うのであります。でありますから、それらの全部のあいまいさというものを参考として、それが十分含まれて、そうして三分の一に切り下げられた、こう私は理解しておって何ら疑っておりません。今日でもその点は疑っていない。そういう意味の御説明は当局からは受けておらぬようで、そういう当局の御説明を聞いた記憶はございませんが、あいまいということは私は初めから考えているのです。あいまいということをひどく強調することは、外務省あるいは政府のほうにはお気に召さぬかもしれませんが、通俗の意味においてあいまいであることは間違いない。あいまいということを前提にして今度の協定ができたと私は理解しております。そうしてそのあいまいさの一番大きな心理的背景というのは、当時私どもがアメリカの援助物資の配給を受けた、その他私どもの生活に関係のない援助がほかにも一ぱいありますから、砂糖だのメリケン粉ばかりが、それだけが援助物資と言うわけにはいきませんけれども、そういうものを受けるときに、これがただであるとはもちろんわれわれは思わなかった。つまり、自分らのポケットに関する限りはお金を払ったことは間違いない。しかし、アメリカから借りたものか、もらったものであるかどうか、そんなことを思う余裕は大部分の国民にはなかったでしょう。そうしてその配給があることを喜んだ、こういうことだと思います。それから日本の産業はとの援助の積立金によって新しい資金源を得たということも、またそれが他日日本国家として返すものであるかどうかを聞く前に、それぞれガリオア・エロア援助の積立金——見返り勘定からの融資を受けただろうと思うのであります。でありますから、当時はそういう考えがはっきりしていなかった。政府当局その他の間ではっきりしておったということは確かでありましょう。それがときどき時の責任者から口にされておった。たとえば、「債務と心得る」などという言葉ももう古くから私は聞いております。そうしてマッカーサーの指令書にもそのことが書いてあるというととも聞いておりますが、それは私が新聞記者としていろいろなニュースをいじくる職責上、そういうものに触れる機会が多かったからでありましょう。大部分の国民はこれを債務だとははっきり知っていなかった。どちらかと言えば、おそらくもらったものくらいに考えておってたでしょう。それは、戦後の日本国民が非常に精神酌、生活的に打ちのめされて、何でもいい、もらうものならば夏も小そでといったふうな、とにかく、もらいたい、もらいたい、こういう心理状態にあった時代の心理でありまして、時の政府が食糧援助の懇請を何回も何回も繰り返したということも、そういった——これをこじき根性などと言ってはもちろん当たりません。しかし、もらいたがり根性から来ておった。そういう根性が日本人に何年間か、ことに占領の初期においてあったということは、今日から考えて日本国民の尊厳——ディグニティにむしろかかわる。そういう、日本の国民がディグニティを失った時代の心理状態において、これをもらったものだと考えた。はっきりもらったものか借りたものかと聞かれてもらったものだという意味でなくて、ばく然ともらったものだと考えてきたということは、そういう日本国民の戦後の特殊の心理状態に発生したことだろうと思うのであります。でありますから、これが今日返済されるということは、幾分でも返済されるということは、私どもは戦後のあの当時のみじめな気持を今思い返して、今日経済的にも政治的にも独立して、そうしてみずからの主体性と申しますか、尊厳を回復した今日、これが幾らかでも返済されるということは、少なくとも私に関する限りは、その気持がこれでいやされるというふうに思う。このことは、それでもって日本国民のあの当時の屈辱的な心理状態を今日払拭することにもなるのではないか、こう考える。その意味において、この条約案に賛成という気持において何ら私は疑うところはないのであります。  それから二重払いの点であります。二重払いということについて、私は当時非常に疑問に思った。二重払いという声が出たのは、この返済の話が昭和二十七年でしたか、独立以後に向こうから提起された当時、すでに出ておりました。当時はある有名な大学教授の評論家などは、むしろ貸した金だと言うなら耳をそろえて返せというような、短い新聞の評論でありますが、そんな評論をしておられたくらいな時代でありますが、この二重払いの話が出たときに、これを政府はどう受けるかと見ましたところが、二重払いでないという根拠を、ああだこうだと、今回立てられたいろんな案のようなことを言われたのであります。私は、これはそういう性質のものではない。日本が、国民が借りた。借りたならば今二重払いというのは借金としての考え方でありますが、借りたならば国民がその代金を払ったということ、政府に払ったということは、日本の国家がアメリカに払ったことには少しもならない。国の借金を国の経理で払う場合は、税金で払おうが何で払おうが、これは国家の政治の問題、行政の問題でありまして、それが二重払いになるなどという考え方はすでに幼稚だ、私はこう思っておりましたが、当時、池田今の総理が通産大臣でおられたと思いますが、アメリカに行かれたときに、帰ってきてのお話を直接聞いた。これは新聞なんかにも出たかと思いますが、つまり、見返り資金の積立金のこれこれこれこれでこうなる、元利ではない、これの利子を何年か積み立てていくとこうなって、何年で払えばこうなって、そして要するに、これは国民の払った、その個々の援助物資に払った代金の中から、しかもその利子の中から払うんだから、二重払いにならぬという話を池田さんがしておられて、はあ、これは二重払いの原則は、反対派の主張に対して、これを容認されたなと思っておりました。しかし、そういう説明は、私は非常に大きな欠陥を持っているだろうと思うのです。この点は野党からあんまり質問が出たのを聞きませんけれども、私どうもその点は間違いだと思う。そういうことでなくて、とにかく国が借りた費用を、借りたものが借金であるならば、国が返す。昭和二十七年から以後は、これは見返り会計は産業投資特別会計になっておりますが、これによって日本の産業が多くそれだけ復興したわけではありますまいが、大きな貢献があったことは事実です。昭和二十七年以後今日まで、国民総生産は三倍以上になっております。戦後の敗北、破壊の状態から考えますと、三倍どころかたいへんな復興でありましょう。その当時に借りた金だとしますると、これは民社党の持ち出された言葉だそうですが、当時、出世払いであるというふうな説明をされた。そういう言葉を持ち出されたそうでありますが、それもある意味において出世払いである。今日日本が経済的に復興しまして、西ヨーロッパと並んで世界の先進工業国の中に伍して、アメリカをもある面においては圧倒する経済力を持っておるこの段階において、過去の債務を払う、困ったときに助けられた借金を出世して払うという、低俗な表現で、はなはだ申しわけありませんが、そういったことは、まことにけっこうなことのように思います。これがもし、あちら様が、いや、あれはお前のほうにくれてやると言っても、いや、ぜひ今日となりましたらその何分の一でもお返しさしていただきたい、こう言うのが普通の人間と人間の関係であります。国家と国家の関係であっても、相手がいやしくも、あれはお前に対する貸金だと言う以上は、それに対していろんな理屈をこねてその支払いを回避しようとする態度は、私は個人の場合にはもちろん唾棄すべき人間の態度だと思いますけれども、国家の場合もその点は同じだと思う。日本がその世界的な信用、ずっと明治以来、借金を返さなかったことがないという、戦争の結果でもなお返しつつあるという、こういう国になって、最近はイギリスに対して四千万ドルですか、詳しいこまかい数字は忘れましたが、借金を返しております。古い借金を返しております。これらも、日本が戦争に負けて一時破壊状態になったけれども、今日ようやく一人前にまた立ち返ってきた。その場合に、あっさりとそれを返していく。これが日本の国際信用に一番貢献するだろう。つまり、返すべきは返し、そして借りるのは、また借りる。これが個人の間でもそうでありますが、国際間においても非常に大事なことであります。  最後に繰り返して申しますと、相手が、こちらはもらったものとあるいは思っておったかもしれぬが、相手が、それは貸したものだと言う以上は、返すというのが大事なんである。この上は、いろいろ事情を考えましてその中から幾らを引く、幾らを引くということで、少し減額したということも、これは日本の交渉の成果でありましょうから、ここで、幸いにしてその金額も少なくなったのだから、この場合返せば、それでそのことは済む。そして日本の国際信用というものは、またこれによって回復するでありましょうから、ぜひこの条約案は成立するようにしていただきたいと、こう思うわけであります。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) ありがとうございました。  以上をもちまして、参考人の方々の御意見の御開陳は一応終わったのでございますが、参考人の方々に対しまして御質疑のおありの方は、順次御発言をお願いいたしたいと思います。

大和与一日本社会党

○大和与一君 榎本先生と内海先生に一つずつお尋ねしたいのですが、榎本先生のお話は、純粋な法理論的な立場からお話があったと思うのです。そうすると、当面の具体的な問題については、当事者である日米の政府間で正確に取りきめられたことがあれば、それは法理論的な、たとえば無償でなくちゃならぬ、こういう言い方でもないのですから、その点はそういうふうな現実との問題とやや離れて、純粋な法理論としてお話しをいただいたのでありますが、このように考えてよろしゅうございますか。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) 純粋に私は法律的に考えて申し上げたのでございます。

大和与一日本社会党

○大和与一君 ですから、その点お聞きしましたけれども、当面問題になっておって、きょうわざわざおいでをいただいたこの条約について、この法理論がそのまま適用されるものではない、このように私はお聞きをしたんですが、それでよろしゅうございますか。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) 純粋の法理論でありますが、同時に、これは現実の問題があれば現実の問題にそれが適用できるわけであります。したがって、今問題になっている問題について、それを御適用になってちっとも差しつかえないのであります。

杉原荒太自由民主党

○杉原荒太君 榎本さんにお尋ねしたいのですが、いわゆる債務性、占領軍が占領地域の民生の安定のためになした行為に基づく、そこから発生してくる債務、その債務性、それを主として純粋な法理論の面からお尋ねするのですが、同時にまたそれを、今度の日米間の具体的問題と離れて、これが問題ですから、それに適用ある法理論をお尋ねするわけですが、このいわゆる債務性というものを説き、それは、どういう性格のものであるか、どういう法律的の性質の債務であるか、もう少し私の質問の趣旨を明らかにする趣旨で申しますと、この債務というものは、発生原因のほうから見ますと、普通には、言うまでもなく、たとえば契約あるいは事務管理だ、あるいは不当利得だ、そういうことが考えられる、これに関連したことではですね。そうすると今度の場合のは、日本とアメリカとの間の契約に基づくものというふうな、そういう性格の債務性であるか、あるいはアメリカが日本のためになした事務管理的な性格のもの、そこから発生する債務性であるか、あるいは日本が、いわば不当利得という言葉が当てはまるかどうか知りませんが、わが国の不当利得から発生した債務性である、そういうふうに、つまり、要するに、どういう性格の債務と見ておられるか、あるいは以上言った以外の特殊の債務性と見ておられるか、その辺のところお伺いしたいと思います。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) お答えいたします。この国際間の関係は、国内法上の債権理論だけではちょっとまかない切れない場合があるのでございます。そうして占領者が被占領地の住民を救済するそのために物資を供給する、自分の自腹を切って物資を供給するというようなことは、これはむしろ国際法上に基づくものです。国際慣例に基づくものです。それが事務管理であるか、あるいは不当利得の行為であるか、そういうふうなこまかいことはちょっと断定しがたいと思います。ともかくも、慣例上占領者は人道上の見地からいっても救済しなければならない。そのためには物資が足りなければ、国内で調達できないならば、外国から輸入しなければならないことになってきて、これは国際法上の義務であります。その結果、救助を受けた者は、それに対してあとでもって支払いをするということでありまして、その初めからお互いでもって契約をしたから、その結果できた債務であるとかなんとかという意味じゃないのであります。これは何と申しますか、国際法上特殊なものだと思います。

杉原荒太自由民主党

○杉原荒太君 それはよくわかります。わかりました。  それからもう一つ、具体的の債務ですね。債務性というより、もう少し具体的な債務、債務として確定する時期、それはどういうふうに見ておられますか、今度のことで。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) これは性質論からいえば、これは初めから債務的の性質、返さなければならないものだということ、もらったものではないということは、これはきまっておるのですね。しかしながら、いよいよ債務となって国家間の契約ができるということになると、これはやっぱり形式上一つのエポックがあると思います。お互いに借りたものがあるから、いただいたものがあるから、それを今度は支払いをいたしましょうという約束ができたときが、これが正確の意味の債務になるのだと思います。

杉原荒太自由民主党

○杉原荒太君 よくわかりますが、さらに少し私が債務として確定する時期ということをお尋ねいたしましたのは、今、先生それに対して今度の協定が……。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) 協定ができたときであります。

杉原荒太自由民主党

○杉原荒太君 そのできた……。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) できた協定の内容によって……。

杉原荒太自由民主党

○杉原荒太君 そのできたというのの時期ですね、もう少しそこを正確に言うと、たとえば署名のときとか、あるいはこの条約の規定に基づいて双方が政府の承認を得たということを文書をもって交換した日とかいうような、その辺の、その時期はどこをおとりになりますか。

榎本重治弁護士

○参考人(榎本重治君) これは通常の国家間の条約ですね、広い意味の条約が効力を発生するとき、その内容においていつから発生すると書いてあれば別ですが、書いてなければ、それが、その取りきめがお互いに効力を発生したとき、そのときから債務として確定するものだと思います。

杉原荒太自由民主党

○杉原荒太君 ありがとうございました。

大和与一日本社会党

○大和与一君 内海先生、さっきのあいまい論議、非常に興味深くお聞きしたのですが、国民感情に対する先生の御意見ははっきりわかりました。政府当局はちゃんと話ができておったと思うと、こういうふうに——ちょっとそこははっきりしないのですがね、私たちは、政府当局間で今まで折衝した中身がきわめて不明確だ、だから国民の代表としてどうしてもこれは解明しなくちゃいかぬ、こういう立場に立っておるつもりなんです。それで先生にお尋ねしたいのは、それをどういうふうにおっしゃったかはっきりしてもらって、先生は、国民感情は自分はこういうふうに思ったのだけれども、政府当局間ではちゃんと話ができておったのだと、こうおっしゃるなら、その正確な資料、あるいは明確な断定的な御意見の裏づけ、これをもう一度御答弁いただきたいと思います。

内海丁三評論家

○参考人(内海丁三君) 政府当局の間の、つまり日米両当局の間の話し合いというものは、これが文書の形になったものとしては、私が聞いた限りでは、たとえばマッカーサー司令官からの指令というのですか、送り状というのですか、何かそのときの文書に向こうから言われておるというようなこと以外によく知りませんけれども、債務というのは、本来証文がなければ債務でないということは全然ないのです。債権契約関係というものは、口約束でも契約になるのでありまして、向こうへ行って話されたとか、こっちへ来て大使の話があったということは、すでにそれが一つの契約関係でありますから、それがはっきり証文になっておるということがなかった、したがってそういうものは国際間の、ことに国際間の債権債務関係などというものは、はっきりした証文になるのが通例でありますから、それが欠けておったということがあいまいであると思うのでありまして、政府間の話し合いについてのはっきりした文書によるものは、私はまだはっきり聞いておりません。しかし、文書というものでなくて、当局がお互いに話し合ったことは、これは債権債務の関係である。そうして、その内容は後日きめるということになれば、それも一つの契約の条件になるものと解釈いたします。でありますので、今度の協定は、これは今までの債権債務としてお互いに両国の政府間で了解しておったことを基礎に、それをはっきりした形の別の証文にするという意味でありまして、最初に口約束その他でできておった債権債務の関係、その契約と今度の契約は、おそらくこれは法律的には別個なものでありましょう。基礎になったのは今までの関係、今度はその今までの関係を基礎にしてきちんときめたのでありまして、条約が批准された以後は、新たなる債権債務の関係になるんだろうと思いますが、最初の御質問は、たぶん最初両国政府間に文書によるものがあったかどうか。おそらく契約書というものでなくて、お互いの通告関係だったかと思います。  それから、さっき申し落としましたが、占領中は占領軍総司令官が日本を代表しておって、日本の最高権力者だったのでありますから、最高権力者たる綜司令官が、これは日本の債務だと、こうきめた場合に、それが日本の債務だと法的にもなるんだろうと思います。私は法律的なことはよくわかりませんが、その占領軍の決定を受け継いだのが独立後の日本政府でありまして、そういう意味でも、これははっきりしたものだろうと思います。御返事になったかどうかわかりませんが……。

大和与一日本社会党

○大和与一君 もう一つ。マッカーサーの指令といいますかね、命令は、今言った意味もありますが、私はやっぱしアメリカ国民に対する一つの言い方であろうと思うのです。  それからもう一つは、それならば先生は、平和条約にこのことに一言半句も触れていないというのは、これはどうも納得できないのですが、そういうことはどのようにお考えになりますか。  それから証文のないことはわかっておりますんで、口約束でも、はっきりしたら、政府としてはいつからきちんとこういうふうに約束したと、こういうふうに言えばいいんだけれども、それもなかなか言わないで、いいかげんにしている。そこら辺を私たちはどうしても納得できないと言っているのです。その辺もう一度おわかりだったら、御答弁いただきたいと思います。

内海丁三評論家

○参考人(内海丁三君) 平和条約にこのことが入っていないということ——私は入っていないまではまだ確認しておりませんでしたが、多分入っていないでありましょうが、その事情は存じません。

佐多忠隆日本社会党

○佐多忠隆君 内海さんにちょっとお尋ねしますが、この債務は確定債務ではなかった、金額もあいまいだったし、証文もないから、そういう意味では確かに確定債務ではなかったし、かるがゆえに、三分の一なり何なりの減額がされたと、この点はドイツの場合においても同じだったと、こういうような御説明だったように私了解をしたのですが、しかし事実としては、ドイツの場合には金額ははっきりしておる。対独援助総額ははっきりしておる。しかも、この点については今度の日本の場合と違って、両国の間に何ら意見の相違もなくてきまっている。それから証文もちゃんと、日本の場合と違って、初めから債務として証文が取りかわされておる。それにもかかわらず、ドイツの場合も三分の一に減額をされているのですね。したがって、債務として不確定だったし、あいまいだったから、そのために減額された。そこで、その債務の不確定さ、あいまいさはもう消されている、ドイツの場合も同じだというような御意見は、少なくともドイツに関する限りは違っているのじゃないか。だから、減額をするということはあいまい性に基づいているのじゃないというふうに私たちは了解するのですが、その点はどういうふうにお考えになりますか。

内海丁三評論家

○参考人(内海丁三君) ドイツの場合との比較のこまかいことは、聞いたのでありますが、忘れましたが、ドイツの場合も日本の場合も、占領地の救済、復興援助などということについては、その大局的な政治的関係は同じだろうと思うのであります。これは日本の場合にもある程度の減額が言えるが、そのよりどころをドイツの前例によられたのだろうと思います。その意味において三分の一——ドイツの場合三三%だそうですが、その三分の一という大体の標準というものが日本の場合に幸いあった。幸いといいますか、まあ幸いドイツの前例があったために、それが日本に適用されたのでありまして、これは三分の一でも、六分の二でも、六分の三でも、四分の五でも何でも、つまりそのときの数字、そういう割引率というものはたいした根拠のあるものではないのですから、前例をそこに持って来たにすぎないと私は思うのです。それが一番説明に楽だろう、外務当局はそういう説明は多分しないでしょうけれども、多分それが一番楽だろうと思って、そこで日本にドイツの率を適用したのだろうと私は解釈しているという意味で、御質問の方は、私が説明したようにおっしゃいますが、いや、私は国民の一人としてそう理解して、これに妥当性を、一応それはよかろうという賛成の意見を持っておるのだと、こういう意味でございます。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) 委員外議員戸叶武君から発言を求められておりますが、これを許すことに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) 御異議ないと認めます。  戸叶君、どうぞ御発言下さい。

戸叶武日本社会党

○委員以外の議員(戸叶武君) 野々村さんに質問いたします。  野々村さんが日本の立場の尊厳という意味から、特にこの対日経済援助の内容を分析されたようでありますが、お説のとおりであると思いますし、実際、国際法というものは実際の動きから見ると非常におくれているので、国際的ないろいろな困難な問題の調整というものは、おおむねその場合に必要な経済的調整と並びに政治政策との結びつきにおいて定められていることは、第一次欧州大戦後の戦後処理においてもそうですし、ドーズ案、ヤング案をめぐり、連合国のストレーゼマンを対象としてのドイツとの交渉において見られるような動きというものが、決定的な結論を作り上げたし、また現にこの経済援助の問題でも、中国におけるマーシャル・プランが破れて後の、中国へのアメリカの経済援助の打ち切りの段階的な動きを見ても、アメリカの対策というものが非常にはっきりしておりますし、まあ西ドイツと日本の問題を無理に結びつけようとしておりますが、オーストリアなりイタリアなりに対しては、このようなことはアメリカはやっておらないし、また中国においても、経済援助は打ち切ったが、あのままになってしまったし、アメリカの世界政策に沿うた一つの処置として、いろいろなケースがあると思うのですが、このドッジの証言というものはアメリカの国内向きに発した証言ではあるが、このことはきわめて重要なことで、その段階におけるアメリカの経済援助政策の政治性格を明確に私は出しているものであり、アメリカ自体は、その段階以後において、アメリカの世界政策の変化に沿うて今日のようなガリオア・エロアの取り立てにまで変化してきたのですが、その関係を、アメリカの世界政策の変化というものは年とともに変化したのですから、その段階ごとにものを片づけていくということはできないものかどうか、それを承りたい。

野々村一雄一橋大学教授

○参考人(野々村一雄君) 御質問の趣旨が私にちょっと……。

戸叶武日本社会党

○委員以外の議員(戸叶武君) それはアメリカの……、ちょっと待って下さい。

野々村一雄一橋大学教授

○参考人(野々村一雄君) それではお調べになっておる間に、それに関連したことを申し上げたいと思います。あるいはお答えになるかならないか知りませんが、この問題は、さっき内海参考人がおっしゃったように、かなりあいまいでありまして、あいまいなというところに本質がありまして、ある意味では今のお答えになるかもしれませんが、この援助をもととする日米間の関係というものはもうすでに打ち切られている、決済されているとも言えると同時に、先ほどからの御論議を聞いておりますと、確かに法律的には打ち切られていないような状態もある。つまり、本質的には打ち切られているはずのものが打ち切られないような形で残っているというところに、私は法律的なことは存じませんが、政治経済的に考えるとやはり一つの含みがある。つまり、死んだものが生きたものを捕えるという言葉がありますが、債権か債務かわからぬようなものがかなり久しい間わが国の上におっかぶさってきて、そういう状態で今日まで来た。そこで、これはその背後にある情勢というものはどういうものか知りませんが、日米関係の新しい段階を作るために、あらためて古い債権あるいは債務が持ち出されてきた。それがつまり今度の協定の最後のほうにある、この返した金の使い方ということで現われている、こういうふうに考えるのでありますが、お答えにはちょっとなりませんでしょうか。

戸叶武日本社会党

○委員以外の議員(戸叶武君) こちら側から言いますと、アメリカの援助物資が日本政府の手を経て国民に有償で供給された。その代金徴収は貿易特別会計に繰り入れられたと言うけれども、その後昭和二十四年に対日援助見返資金特別会計というものが設置されたが、その見返資金特別会計設置後の対日援助資金というものは数字的にほぼ明らかであるけれども、それ以前の、貿易特別会計に繰り込まれた段階においては、非常に援助額というものがつかみにくい。そうして、どこまでが援助であったか、いわゆる内海さんの言うあいまいもこ、あいまいもこといって、アメリカのを読んでみてどういうものがあいまいもこなんですか。そういうあいまいなものに対してどういうけじめをつけるか、あいまいなものを政府のほうではどんぶり勘定みたいので割り切っておりますけれども、この、われわれが払う払わないという問題よりも、それは妥当なものか妥当でないかということを、もう少しはっきり片づける必要があるのじゃないでしょうか。

野々村一雄一橋大学教授

○参考人(野々村一雄君) 今おっしゃっている、つまり一九四九年の見返り資金勘定設置以前の、端的に言いますと、ガリオア債務は不確定だということは、皆さん方のほうがよく御存じでございまして、私ども新聞報道で知っただけですが、日本側の主張になって、そうしてそれが、二十億ドルといい、二十一億ドルという対米債務を四億九千万ドルまで切り下げてもらった一つの理由になっていると思うのであります、私はそういうことも含めて、非常に断定的に申し上げて恐縮でありますが、先ほど申し上げた趣旨をもう一度繰り返して申しますと、このガリオア・エロア債務に関する限りは、日米の経済関係の大きな流れで見る限りは、債務としては経済的には決済がついている、したがって、経済的には決済がついているという考え方で、あらためて外交交渉をお願いしたい、というのが、私の希望であります。

戸叶武日本社会党

○委員以外の議員(戸叶武君) 内海さんにお尋ねいたします。内海さんのは一種の常識論で、非常にその意味においてはそういう意見の開陳ということも必要だと思いますが、日本人が国際社会で非常に誤解されるのは、吉田さんが言うような、さむらい根性といいますか、腹で行こうというのでしょうが、世界にそういうことは通じないので、イエスかノーか、これは間違っているか間違っていないか、そういうものをはっきりした上における政治調整というものは意味があるけれども、何もあいまいもことして、あいまいもことした中に押しつけられたという印象、これは抜けない。こういう形でこういう問題を片づける習慣というものが、今後日本の外交を進める上においても、国際社会では私は非常に軽べつされると思うのです。イエスかノーか、間違っているか間違っていないか、そういう問題をはっきりして、その上で調整するならば別だが、何かあいまいもことした中に、春がすみならいいのですけれども、問題を処理していくというやり方、これは非常に古い。私は、国際社会に通用しない一つの日本の外交のまずさが出て来るのじゃないかと思うので、その点アメリカはずいぶんどぎつい言葉を言いますが、私ははっきりしたほうがアメリカ自身のためにもなるし、今後の日米関係にもいいんじゃないかと思いますが、どうも内海さんのは春がすみ外交論で、ちょっといただけないと思うのですが、どうでしょうか。そういう行き方というものが日本の外交の今後の慣習になると、私は日本人の性格というものがぼけてしまうと思うのですが、内海さんから、御見解をお聞きしたいと思います。

内海丁三評論家

○参考人(内海丁三君) あいまいという言葉を繰り返したために、非常に皆さんにあいまいだという印象を与えたようですが、あいまいというのは、国民の、戸叶委員もおっしゃったような印象なんで、主として印象。それから期限がきめていない、金額がはっきりきめていない、証文がない、そういう意味においてもあいまいであります。しかし、もことはしていない。まず援助があって、戦後、日本が、国民が助かった、経済復興が大いに進められたという事実ははっきりしている。少しもあいまいでない。それから、アメリカの予算ベースにおいて十九億何がしかですか、日本の受け入れベースにおいて十七億何がしという金額の集計も、これはきわめてはっきりしておる。それから、これはお前の借金だぞという通告もはっきりしておるし、借金のつもりで今後処理すると責任当局が向こうへ答えたこともはっきりしている。それを、もう一つ最後に、国際条約の形で支払い協定として具体的に証文の形ではっきりさせようというのが今度の条約案だろうと思いまして、あいまいなものを、あいまいもこのうちにきめるのではなくて、本来、あいまいというのは、いろいろな意味であいまいであり、国民の印象でもあいまいであったというだけで、具体的にはいろいろな根拠があって、その根拠に従って外務当局が交渉されたものと、説明もされているようですが、そう受け取ります。でありますから、あいまいという言葉は、私は、これはあいまいな契約であるとは言ったつもりはない。本来、繰り返して言いますと、期限も、金額もない、証文もないという意味において、契約としてはあいまいだし、それから、国民の印象においてあいまいだと、こういう点であります。それを具体的にする、こういう意味だと思います。

佐藤尚武参議院同志会

○佐藤尚武君 時間もたちましたから、簡単に少し質問を申し上げたいと思います。野々村教授にお尋ねをする点が多いかと思いますが、野々村先生の御説明、たいへんすっきりした形でなされたので、経済問題にうとい私も、だいぶ先生の御意見はわかったような気がするわけであります。ただ、私が問題にしたいと思うのは、今のあいまいな点でありまして、野々村参考人は最初、援助物資が与えられた当時に、日本国民は、それが贈与であるか債務であるかわからないで、これをもらったのだと思う、こういうお話でした。内海先生は、その援助物資のあり方があいまいであったんだと言われた。それは同じことを言われておられるのだと思うのであります。私はその当時の実情は体験しませんでした。ちょうど、まだモスクワにおった時代であって、帰って来たのが、それから一年たった翌年の五月の末であったわけでありまするからして、ほんとうに終戦当時に日本人の体験したところ、それは、私自身は知らなかったのであります。が、しかしながら、帰って来てから人の話を聞きましても、その当時の食糧事情というものが非常に困難な状態にあった、人々はひもじい腹をかかえておったというのが実情であったと思うのであります。ひもじさをこらえておる、そこへ持ってきて援助物資がやって来るのであって、それがはたして贈与になるのだか、ないしは後日支払わなければならぬ債務になるのだかというようなことを問うておるいとまがなかったというのが実情だろうと私は思うのです。であるからして、あいまいであったということは、私は当然なことだと思うのです。現に私が帰って来てからでも、交通状態は極端に悪くなっておった時代でありまして、時の運輸大臣がGHQに頼んで、そうして何百台かのトラックを払い下げてもらったことを承知しております。むろん、アメリカ軍の使い古しの古いトラックであったのだけれども、それでさえ日本にとっては非常に貴重な交通機関であったわけで、それと同じように、放出された食糧は、なるほどアメリカの余剰物資であった、ないしは、品質が悪かったというようなことは、これはあり得ることだと思うのでありまするが、ほんとうにひもじさを耐え忍んできた国民にとりまして、よしんぱ品質の低下したものであっても、食えさえすればいいというようなことであって、実際、日本人にとりましては、放出は非常なありがたいことであったということ、これは私は間違いがないところだと思うのであります。また、余剰物資をアメリカが日本に対して吐いたのだ、つまり、日本のそういう需要があったからして、日本に対して、輸出をしたようなわけで、それで余剰物資がさばけた、こういうようなことをおっしゃったと思うのでありますが、なるほど、それはそのとおりであったに相違ないが、余剰物資があったればこそ、そういうふうに日本の危急を救うことができたのであって、あの際、ヨーロッパないしは南米日本に敵対した国々のいずれを見ましても、日本に対して食糧を供給するなどという余裕のある国というものは一つもなかったと私は思うのであります。幸いにアメリカに余った物資があったればこそ、日本は救われた。こういうようなわけで、品質のいかんを日本は問うておるひまがなかった。いわんや、今申し上げましたとおり、それが後日債務として残るものであるかどうかというようなことを考える余裕はなかったというのが、私は実情だろうと思うのでありまして、今、榎本先生のお話を承れば、法規上、国際法上、そういったような援助物資が無償であるという場合は、はっきり書いてある。書いてなければ有償になるというのが通則であるというように説明されました。私もそうだろうと思うのであります。したがって、後日になって、当時あいまいもことして——もこじゃないそうです。(笑声)あいまいだそうであります。もこは取り消します。あいまいであったその援助物資に対して、今これを債務として支払う協定ができたということ、これは当然の話である、こういうふうに私は感じておる次第でございます。  それから、もう一つの問題は、アメリカの占領中の日本に対する態度が非常に峻厳であって、けしからぬ点が多々あったというようなお話、これも、ある程度私はそうであったろうと想像もいたします。想像にかたくないので、由来、占領軍というものが非常になまやさしい態度でもって被占領国に臨んだというようなことは、これは求められないことであろうと思います。したがって、アメリカの占領時代に、個々の問題として過酷であったというようなことは、これは想像にかたくないところでありまするけれども、私の目から見まするならば、そうして当時、終戦後しばらくの間まだヨーロッパに残っておりました私の目に映ったアメリカ軍、占領軍の行動というものは、占領軍としては、私はむしろ非常に寛大なものではなかったかというように、これはヨーロッパにおける実情と比較しての話でありますが、日本人はその点においては、むしろ幸いであったというふうに感じるのであります。それは個々の犯罪人などは別といたしましても、占領政策としては、私はむしろ寛大であったと言ってあやまちはないように思うのであります。もしこれがアメリカによって占領されたというのでなくて、たとえばドイツのような場合、敗戦の結果、ああいうふうに連合国とそれからソヴエトによって占領されたというような国の現状から見てみまするというと、日本の占領政策というのは非常にリーズナブルな程度であったと言うべきであると思うのであります。もしそうでなくして、ソヴエトによって占領されたというようなことになったとするならば、この日本の運命というものは、現に東ドイツが陥っている、あのような状態にさせられてしまったろうと私は想像するのでありまして、アメリカの占領政策とソビエトとの比較というものは、東ドイツの現状を見てきわめて顕著なるものがあると言わねばならぬというように思うのであります。アメリカの占領中にアメリカの指図によってできた憲法であるかどうか、その点はだいぶ議論があるところでありますけれども、少なくともアメリカが非常な大きなくちばしをいれ得る権力を持っておった時代にできたあの日本の新憲法において、各般の自由というものが確保されておるというような占領事情というものは、これはやはり日本人としては公平に理解しなければならぬ問題だろうと思うのでありまして、もし占領軍がこれを欲しなかったとしたならば、ああいったような広範な自由というものは私は与えられなかったろうと思うのでありますが、それすらも日本に与えたということを考えまするならば、アメリカの占領政策というものがどういうものであったかということを理解することができる、こういうふうに私は考えるのであります。そういう点につきまして、先生の御意見をもう一度お伺いできれば幸いだと思います。

野々村一雄一橋大学教授

○参考人(野々村一雄君) 一橋大学の大先輩である佐藤さんから、非常に丁寧な御質問をいただきまして私感激しておりますが、まあお答えいたしますと、問答の性質上若干反発の形になりますが、お許しを願いたいと思います。  まず第一に、その当時の援助物資がわが国民にとって非常に有用なものであったということは、これは佐藤先生のおっしゃるとおりであります。ただ、私は経済学をやっております関係上、物事を冷やかにながめますが、これはまあ一種のアメリカの国家資本による商品輸出である、こういうふうに私はこの対日援助を考えます。そうしますと、そのものが一定の使用価値を持つ、有用性を持つというのは当然のことでありまして、したがって、この一定の使用価値を持ったものをわれわれが買うのでありまして、無益なものを買うのでは、これは援助ということは初めから成立しないのであります。したがって、私は、その当時日本が受け取った食糧その他のものが、わが国の民生を安定するのに非常に役立ったという使用価値的側面は認めるのであります。ただ、その支払いについて、はたして妥当な支払いが行なわれているかどうか、こういう点が問題でありまして、その点は先ほど申し上げましたから、繰り返しませんが、第一に価値づけが非常に不明確、それから第二に、先ほど申し上げました理屈から申しますと、われわれはすでにそれを支払っておる、こういうように考える者であります。したがいまして、先生のおっしゃいました第一点である、その当時の援助物資がわれわれにとって非常に有益なものであったということは、これはもう先生と全く同感でございますが、これは対日援助といえども日米貿易であるという観点からすれば、私はもう当然のことであろうと、こういうふうに考えます。  それから第二点でごさいますが、その当時これが贈与であるかあるいは借款であるかということが不明確でありましたが、先生及び榎本参考人の御意見では、これはもう法律上当然確立されているものである、債務として確立されているものであるという御見解のようでございました。これはまあ私そのとおりだろうと思いますし——そのとおりと申しましては語弊がございますが、私よくわかりませんが、おそらく今回の委員会の討論のプロセスで、その点がおそらく借款であったというようなことが、あるいは明らかにされるかもしれない。ただ法律的な問題と離れて、やはり政治、経済的な問題というものがあり得るわけでございます。その当時の日本の支配的な言論と申しますか、その当時の言論は、やはりGHQの統制下にあったわけでありますが、その当時の新聞、雑誌を今日あらためて開いて見たならば、その当時の言論界の流れ、ないしは国民の感情としては、これが贈与であったという宣伝が、私、野人礼にならわず、ぶしつけに申しますが、一方的に流されていた感すらある。その当時はそういうような形で言論統制がなされ、今日ではそれが法律的に債務として確定される。これはまあ非常に矛盾したことのようでありますが、これは私がそういういいかげんなことを言うのではなしに、現実の矛盾であり、現実の論理がそうなっておるのであります。そういう点に考えを及ぼしますと、これが法律的に債務であるかどうかということより前に、これが両国の非常な大きな政治関係の中でどう取り扱われてきたか、その点が私はやはり問題になるかと思います。  それから第三番目に、先ほどの、援助物資がわが国民の危急を救ったというお考えがございまして、私も賛成したのでございますが、と同時に、これはアメリカとも仲よくしていかなければならないわが国民の立場としては非常に言いにくいことでありますが、アメリカ側とすればどうであったか。ロイヤル陸軍長官が一九四八年の一月六日に声明をしておりますが、その声明によれば、ガリオア援助がなかったならば日本は非民主的な方向へ向いていく、ただ日本人の生活を確保するというだけでなしに、日本の政治の方向が、アメリカのいわゆる非民主的な方向へ向いていくことを防ぐ、こういうふうにロイヤル陸軍長官が声明しております。この点から議論を進めますと、あるいは佐藤先生と私はおそらく基本的な考え方が違いますので御納得いきかねると思いますが、日本における社会改革運動、日本における労働運動というものがこれ以上過激にならないために、アメリカが援助物資を放出したということも、ロイヤル陸軍長官の声明の含意だと思う。そういうことになりますと、これはやはり、将来の社会のあり方というものを日本国民の大衆運動によってきめていくというわれわれの考え方からいきますと——大衆運動という言葉が語弊がございますれば変えてもよろしいのでございますが、日本自身の意思によって変えていくと、その意思の現われの一つとして、たとえば社会改革運動が起こり、たとえば労働運動が起こる。そういうものに対処しなければならないという意図がアメリカ側から明らかにされている以上、これは単純にわが国民の危急を救ったというふうに一方的には受け取りがたい。その点に、先ほどの、日本国民のディグニティという点においては、佐藤先生と私とでは、おそらく思いを同じくしていただけると思うのでありますが、私が日本国民のディグニティということに関して申し上げました理由は、まさに対日援助のアメリカ側の含みがそういう点にも現われているということに関して、若干私自身に注意を喚起した次第であります。  それから、先生のお尋ねになりました戦後の占領政策の問題でありますが、これが寛大であったかどうかということは、これはまあいろいろ意見が分かれるところであり、まあかりに百歩譲って先生のおっしゃるように、表面的には寛大であったにいたしましても、またもう一度さかしらに経済学的な考え方を申し上げて恐縮でございますが、見返り資金勘定設定以後の日本経済に対するアメリカの日本経済再編成政策というものは、これはやはりアメリカの世界政策の一環として日本の軍需産業をもり育てていくという方向にあったということは、これは保守党の方々といえども否定できない事実ではないかと思います。確かに基礎産業に見返り資金は導入されておりますが、まあ経済というものは、言ってみれば一家でいえば女房のようなものであります。亭主の好きな赤えぼしという言葉がありますように、政治がきまって経済がきまっていくのであります。亭主が方針をきめて女房が動くのでありまして、したがいまして、その当時の国際政治情勢、アメリカの対世界政策、アメリカの対日政策、それから日本に併行して進められた再軍備計画と合わして考えますと、この日本における見返り資金による基礎産業の充実ということは、ある意味では日本経済の準戦時体制への再編成であると、こういうように言える面もあるのじゃないか。したがって単にアメリカの占領政策がわれわれに対して表面上寛大であったということのみをもって、われわれ経済を専門とする者としては、道徳的な見地から感謝するだけでは、何か物足りぬものがある。つまり現在の世界情勢の発展の中で、見返り資金がどう使われ、ガリオア援助がどのように運用されたかということを考えますと、アメリカ人がわが日本の子女に暴行したというような問題を離れて、そういうような問題はある意味ではこの問題に対してはささたる問題でありまして、日本の経済の一定の方向を対日援助によって与えられた、そういう点からいいますと、問題は、道徳的に過酷であったか寛大であったかということを離れるように私は思うのであります。どうもお言葉を返して恐縮でございますが……。

佐藤尚武参議院同志会

○佐藤尚武君 ありがとうございました。不幸にして野々村先生のおっしゃったことと、問題の根本と申しますよりは、むしろ世界観というものについて、先生と私とはだいぶ考え方の隔たりがあるように思いますので、お互いに自分の考え方を持ちながらお話しをしておったのでは、これはなかなからちあかないように思います。われわれは、私個人といたしましては、アメリカの極東政策なり世界政策なりというもののタイミングが、日本の考え方、日本の利益に合致していると、こういうふうに考え、その考えから出発するがゆえに、野々村先生とだいぶ意見が違ってくるのだろうと思うのです。その点は別といたしましても、先ほどお話にあった、何とか長官がアメリカで言ったということ、すなわち、援助物資、この余剰物資を日本に供給するというその真意は、日本を赤化から救うのだ、これがなかったならば日本はとんでもないほうに行ってしまうのだ、こういう考え方から出発しておったのだということをお話しになりました。私はそれはそのとおりだろうと思うので、私たちもそういう意味でもって余剰物資を受け、援助物資を受け入れたということを多としている者であります。この点におきましても先生とはだいぶ見方が違うだろうと思うのでありまするが、ただ、一言つけ加えておきたいと思うことは、日本のこの南方諸国に対するいろいろの援助の考え方、これもちょうど今の、何やら長官の言ったこととほぼ軌を一にしておるので、そういう考え方から、われわれは南方諸国に対して援助を与えなければならぬということを考えているわけであります。この点につきましても、先生と意見が違うことはあり得まするし、またこの外務委員の同僚の中でも、私に対して必ずしも賛成をして下さる方々ばかりじゃないと思いますので、しかし、それは議論にわたりますから、私の質問は、これで終わります。ありがとうございました。

羽生三七日本社会党

○羽生三七君 御質問ではありませんが、ただ、私たちの立場をちょっと一言だけ申し上げて御了承を得ておきたいと思いますが、先ほど来、借りたものは払うべきだというお話がありましたが、借りたものを払うのは当然で、だれ一人異論はないと思うのです。だから、問題は、純粋に借りたものなのか、あるいは贈与として与えられたものなのか、その辺が不明確なために議論が起こっておるわけです。それから、その問題に関連をして、あいまいであることは当然であるという御意見もありましたが、私は非常に不思議に思うことは、日本の政府がこれを借りたものと考える根拠は、マッカーサー元帥のアメリカ向けの議会放送と、もう一つは、何とかいう大佐の指令と、それから阿波丸協定の際の「債務と心得る」という、これだけを根拠にして日本が今回のガリオア・エロアの債務の基礎としておるわけです。ところが、日本側がそういうことをアメリカの一、二の例をあげて、「債務と心得る」ということの理論的な基礎にしているが、アメリカ自身はいまだかつて、アメリカも近代国家でありますから、封建的な国家ならいざ知らず、近代国家のアメリカが日本に対して与えた援助はこれとこれと、これは返済を要するものであるという明確な金額を明示して、日本に正式に文書なりあるいは声明をもって今日まで公然と何らの話がなかったことは、非常に奇怪だと思うのです。戦後十数年、ほとんど外交交渉という——ごく近々の間に外交交渉という形で、何ら公然たるアメリカ議会側の意思表示というものを伴うことなしに行なわれたということは、非常に私は不思議に思うわけであります。それから政治上、国際上、あるいは経済上の背景をもとにしての野々村先生の御意見には、ほぼわれわれも賛成でありますが、ただ私たちがこの外務委員会で論議しておる問題というものは、借りたものは払わなくてもいいという議論ではなしに、それならばクレジットとして、正式な借款として日本に契約したのはこれこれ、返済を要せざるものはどれどれと、明白なものが戦後十何年間公然と明らかにされなかったことについて十分な論議をかわし、問題の所在を解明したいということが私たちの気持でありますので、借りたものを返さないということでは全然ありませんので、その辺は一言、委員の立場として発言をいたしておきます。

井上清一自由民主党

○委員長(井上清一君) ほかに御質疑の方はございませんか。——それでは、これにて参考人に対する質疑は終了いたします。  終わりに、参考人の方々に一言お礼を申し上げます。皆様方には、たいへん御多用のところを長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきましたことに対しまして、まことにありがとうございました。この機会に、重ねて委員一同にかわりまして、厚くお礼を申し上げます。  本日は、これにて散会いたします。    午後零時五十分散会

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