農林水産委員会 第42号
- 発言数
- 67 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1962/06/01
会議録
○野原委員長 これより会議を開きます。 農林水産業の振興に関する件について調査を行ないます。 日ソ漁業交渉の問題について農林大臣より発言を求められております。これを許します。河野農林大臣。
○河野国務大臣 私は去る五月二日、日ソ漁業交渉のために羽田をたってモスクワに行って参りました。ソ連関係当局と今年度の鮭鱒漁業のために御承知のような規制区域の問題で意見の一致を見ておらなかったので、これを妥結するために四日から八日まで数次にわたる会談を行ないました結果、すでに新聞等で御承知の通り、本年度の漁業につきましては、あらかじめ意図いたしておりました通りに、制限区域内におきまして五万五千、制限区域外、いわゆるB地区におきまして六万という漁獲量を決定いたし、さらに問題になっておりましたいわゆる以南の漁業につきましてはこれをB地域ということにいたしまして、これを主として日本側において自主規制、監督をするということで妥結を見ました。また明年度の漁業もしくはそれ以後の漁業につきましては、おおむね漁獲量は前年度においてこれを両者協議決定をすること、ただし明年度のものにつきましてはおおむね本年度の一割増しとすることということで、意見の一致を見た次第であります。もちろんわが方の言うべき点については十分に意を尽くして述べたつもりでございますけれども、多少両者の間に意見の違いもございますので、ただいま申し上げたようなことで決定をいたしました。 右御報告を申し上げると同時に、はなはだ報告が簡単でございますけれども、もちろん皆さん新聞、ラジオ等ですでに十分御承知のことでございますから、あまり私から長々と申し上げることもどうかと思いますので、御質問をいただくことによってお答えを申し上げて意を尽くしたいと考えます。御了承いただきたいと思います。(拍手)
○野原委員長 本件につきまして質疑の通告がありますので、これを許します。角屋竪次郎君。
○角屋委員 日ソ漁業交渉の今回の妥結の問題につきまして、ただいま農林大臣から委員会を通じて御報告があったわけでございますが、本問題については、かねて本委員会においてもそのつど質疑が展開されまして、特に大臣が訪ソされる直前にこの問題を取り上げて、私どもからも会議に臨む基本的な見解についてお尋ねをしたわけでございます。私ども国内にありまして交渉の経緯を注視しておった一員といたしまして、大臣がみずからソ連に渡られ、この難航しておる規制区域拡大を中心としたソ連側の主張の問題について、直接衝に当たるというお考えについては敬意を表するわけでございますが、しかし交渉の結果については、こちら側の譲歩に終わったのではないか、こういう印象が強くいたすわけでございます。ただいま御報告になりました点に関連をいたしまして、大臣が直接交渉の中で話し合われた結果、条約の付属井の修正ということが行なわれることになりまして、いわゆる条約区域というものに従来の規制区域に準ずるA地域のほかに新しくB地域、つまり北緯四十五度以南の区域、B地域が新しく入ったわけでございます。このB区域の正確な問題について、まずお尋ねいたしたいと思うのであります。 かねてから本委員会におきましても、私どもは、ソ連側の規制区域拡大の問題については、従来の規制区域外の操業等について遺憾の点はあったけれども、今後自主規制を適正に行なうことによって、あくまでも規制区域外の問題については日本の自主規制でやるということを貫くべきであると主張してきた。もちろん農林大臣もそういう方針で臨まれたわけでありますけれども、結果的には規制区域に準ずるB区域というものが条約付属書の修正によって新しく設けられることに相なりました。しかも本年度はこのB地域においては、ソ連の監督官が乗るということに相なっておりますけれども、来年度以降の問題については、これはB地域のいわゆる調査方法、あるいはソ連の調査船等がこのB地域にも直接入ってくるかどうかというふうな問題も含めて、むしろ本年度よりも来年度以降の交渉の経緯によっては、いわゆるA地域、B地域に分けてやっても、結局同じような規制の状態に相なっていくのではないか、こういうことも懸念をされておるわけであります。この機会に面接交渉に当たられました大臣から、いわゆるB区域というものを設けることになった経緯、また本年度のこの性格はもちろんでありますけれども、明年度以降におけるB地域の性格の見通しということについて、さらに御説明を願いたいと思います。
○河野国務大臣 私はただいまの御質問を承っておりまして、何かソ連が非常に圧迫的に不必要なことでわが国におおいかぶさってくるやの御懸念があって御質問をしていらっしゃるのじゃないかというふうに聞こえましたが、私は今回の交渉を通じてそういう意思はソ連側に毛頭ないということを確認いたしました。明確に申し上げます。たとえばもしソ連側が監督船を出すとすればどういう出し方をするのだという質問をいたしましたら、ソ連側はこう答えました。出す場合は五月、六月、二カ月に限って三十トン以上の流し網の出漁区域に三隻ないし五隻の監督船を出したい、これが自分の方の希望である、こう申しました。たとえばこれを、ソ連側の言いますのに、日本側が拒否するけれどもどういう理由で拒否されるのか、拒否される理由がわからない、聞くところによれば、日本沿岸の調査もしくは監督等を目的として、他に目途があってわが方が船を出すような懸念を持っていらっしゃる人もおありのように承るが、そういうことをもしわが方が考えるとするならば、オットセイ条約によってわが方はこの船舶を日本沿岸に出す権利を持っておる、やれるじゃありませんか、一ぺんでもやりましたか、すでにわが方はそういうことをやろうとするならばオットセイ条約によってその権限を持っておりますよ、そういうことは全然考えておりません、わが方が期待するところのものは今言うように三そうないし五そうの船を太平洋の遠方の、三十トン以上の流し網が漁業をする地区に五月と六月、二カ月に限って行ってみようと思っておるのでございます。それをそんなにやかましく拒否される理由は理解に苦しむというのが先方の言い分でありました。私はこれを聞いて、ああそうなのか、実はオットセイ条約にはそんなことが書いてあるのか、私、不勉強にしてオットセイ条約にそこまで明確になっておることを勉強しておりませんでした。しかしそれはそれ、これはこれで別だ、おれの方で自主的に規制をするということを日本政府の方において責任を持つ以上は、お前さんの方から出てくる必要はない、その結果十分に規制ができなかったときに初めて来ればいいのである、ことしから徹底的にやると僕が言っておるのだからまかせろということで、ことしの結果を見てということになったわけでございます。またソ連側のイシコフ君の立場にしてみれば、昨年までの乱獲の事実に徴してソ連の閣議決定があります。従ってソ連の閣議決定もあることであるから、それではあなたの立場を十分了承いたしまして、そうしてことしはあなたの方の船に私の方の魚族繁殖員を乗せていただきましょう、別に監督とか監視とかいうことではございません、調査員十人だけ、一そうの船に二人ずつ乗せていただいてどういうことになっているか見せていただきましょうというような結論でございます。従って明年以後の問題は、ことしの規制の問題、監督の実情等によってきまるのである、ことし十分に所期の目的を達成するように規制をし監督いたした結果、違反船がないということであれば、私は明年以後において問題を持ち越されるものとは考えません、こういう実情でございます。もともと御承知の通り第七条によって鮭鱒の生息する場所がこの条約の適用地域でございます。従って適用地域が広がったのではございません。これも私が申し上げるのはおかしな話でございますけれども、元来ブルガーニン・ラインと称して共同宣言以前に彼らがきめた地域を鮭鱒は回遊しておるけれども、わが方において漁獲漁捜していない、漁撈をしていないという建前で今のA地区ということにいたしたのでございます。わが方の漁撈地域を規制監督するという意味でA地区を作ったのでございます。それがその後いわゆる規制地域外に現在のような有力な漁業が実施された以上は、この漁業に対していずれかの方法で規制をするということは当然のことであります。私は今後ともこの魚族繁殖保護の監督のために、B地区においても十分な規制監督を続けていくべきものであろうと確信いたすものでございます。
○角屋委員 この条約区域の中を今回A区域、B区域ということに分けまして、新しく付属書の修正によってB区域というものが加えられたわけですけれども、この内容を見ますと、たとえば漁撈の始まる時期、これはA区域と新しくなった地域の母船式漁業の場合は五月十五日、あるいは流し網の場合には六月二十一日、新しく設けられることになったB区域の流し網及びはえなわ漁業については四月三十日、こういうことになっておりますが、今度のこのB区域というものが新設される場合には、一九六三年つまり明年度、この規制措置等の問題について当然これが話し合われる対象に相なります。そこでこの漁撈の開始時期はきまっておりまするけれども、実際にこの四月三十日までに話し合いがまとまらない場合においては、ことしの場合で言いましても、御承知のように自主出漁ということを規制区域外におきましてはやりました。今度の場合にはB区域についてもやはり双方で漁撈の開始前に話し合いをやるということになっておりますから、話し合いがまとまらない場合において自主出漁ということは明年度以降においてはこれはあり得ないのではないか。そういう意味では従来よりもいわゆる規制区域外と考えられておった新しい区域のB区域の問題は規制が強化されたということは間違いがないのではないかというふうに考えます。従って明年度以降の場合においては、B区域における自主出漁ということは話し合いがまとまらない段階においてはあり得ない、こういうことになろうかと思いますが、その点はいかがでございますか。
○河野国務大臣 御承知の通りB区域についての規制はしておりますね。
○角屋委員 漁獲量だけ……。
○河野国務大臣 漁獲量でなしに、網についてみなやっております。条件付認可でございます。何も手放しで勝手に魚をとっているわけではございません。これはソ連とも話し合っております。従って今ここに新たにそういうふうな要因があるか、話し合ってまとまらないということが……。出られないというふうな場合があるかどうか、そういうものは考えられないのです。しかもその点については、特にまとまらなかった場合にどうするかという点についてだんだん話し合った結果、これは最後までその問題を残しまして、ついにミコヤン君とイシコフ君と私、三人で会いまして、絶対にまとめることにしようじゃないか、そんなこと、まとまらなかったらどうするということを言ったら、その結論というものは出ないのではないか。双方の友好の上に立って、必ずまとめるということの申し合わせにしてやろうじゃないかということで手を打ちましたが、私は、双方において理解ある協力をしていかなければこういうものはすべていくものではないというふうに考えまして、まとまらなかった場合にはどうするということの問題はありましょうが、まとまらなかった場合には、向こうが無理にまとめないような態度があれば、こっちは自主出漁をして差しつかえないということじゃなかろうかと思います。向こうが横紙破りをやってむやみにだだをこねたら、こっちもだだをこねてかまわない。何も向こうばかりこねてこっちがこねて悪いという理由は私は考えません。
○角屋委員 従来のサケ・マス漁業の経緯から考えまして、しかもまた本年度日ソ漁業交渉の非常に焦点になりました規制区域拡大問題の経緯から見て、大臣が日ソ漁業交渉を終わって帰られた帰国第一声のお考え方を新聞報道で拝見をいたしますと、サケ・マスの取り締まりの問題について新しい法的措置というものを考えたい、こういうことでなるべく早い機会の国会にこれを提案するということを申されておるわけですが、この機会に新しいサケ・マス取り締まりの法的措置という大臣のお考え方の大綱について御説明を願っておきたいと思います。
○河野国務大臣 私が申しますのは、実は御承知の通りに、サケ・マスについて申しますれば、農林大臣許可のものと地方長官許可のものが鮭鱒を一定の規制のもとに出漁しておる。ところが、だれの許可もなしに勝手にとりに行って、勝手にとっておる人がたくさんいる。許可漁業であるべきものに対して許可もとらなければ、勝手な道具を持っていって勝手にとっておる人がたくさんおるというようなことでは、規制も何もできない。つかまれば、一万円以下の罰金であるから、罰金だけ払えばそれでいいだろうということで、現に昨年もソ連側に拿捕されたものが八十そうある。これがソ連側が一番強く主張するゆえんであります。こういうことでは、いかに許可いたしたものについて監督をいたしましても、沿岸の相当の漁師さんが船を準備して、許可なんかあろうがなかろうが行って勝手にとればだれにもわかりはしないといってやられたのでは、漁業計画とか漁業政策は私は立たぬと思います。許可の漁業についてそういうようなことが行なわれておるという今日、私は行政上非常に遺憾な点が多いと思うのであります。マグロについてもその他のものについても、みな一生懸命規則を守ってやる者もあれば、そんなものどうでもいいのだ、つかまったらどうせ罰金を払えば済むのだということでやっておらられる人が相当にあるという事実がわかった以上は、これについてどうするかという厳重な取り締まり規則を出さなければならぬのではなかろうか。ひとりこれは鮭鱒だけではない。ほかの漁業についても、従来の取り締まりの方法が沿岸漁業を育成しようとして沿岸の漁業について保護政策をやろうとしても、ここへきて荒らす人がある、処罰は大したことはないというようなことでも困りますし、一連のこれらの漁業について、海洋上の漁業について規律を正すということが必要じゃなかろうかと思うのであります。これに関する立法措置を必要とするだろうということを私は考えておるということでございます。
○角屋委員 先ほど大臣からお話しになったB区域の問題に関連してさらにお尋ねをしたいと思うのですが、今新しい法的措置の問題でお話がございましたけれども、今回条約附属書の修正によってB区域というものが設けられ、ソ連の監督官もことしは日本の船に乗る。こういう形に相なりましたが、大臣としては、今後サケ・マスの取り締まりに対する法的措置を講ずることによって、明年度以降、先ほどもお話しのように、ソ連側では三ないし五隻の船をいわゆる一定の時期に三十トン以上の操業の区域に監視船として出したいのだ、これをしもやはり避けていきたい、最大限とにかく日本の船にことしのような要領で乗る程度にとどめたい、将来はそういうものも改めていって、従来通り条約区域外については、つまり本年度新しく規定された区域についてはなるべく早い機会に従来のような親制区域外の建前に立って日本の自主規制でりっぱにやる、こういう形に持っていきたい、その一環として法的措置の問題等についても考える、こういうことでございましょうか。さらに今後の問題の関連がありますので、お考えを承っておきたいと思います。
○河野国務大臣 その通りでございます。なるべくソ連の船に監督してもらわなくても、自分のところの漁師さんのやる漁業でございますから、自分で監督して、そういうところから了解、信用してもらうことができればと考えておるわけでございます。
○角屋委員 これは高碕代表がおいでになったときにも、こちら側からやはり北洋漁業の長期安定的操業というものを考える場合には資源の積極的な増殖というものを日ソ両国で今後さらに拡大強化をしなければならぬ、こういうことで日本側のプランを持ってソ連側に当たられたわけでございますが、大臣が参られましてからこういう積極的な資源増殖面についての話し合いの経過について御説明を願いたいと思います。
○河野国務大臣 大体新聞等に発表いたしました通りに、初めはカムチャッから北海道に卵を運んで北海道でそれを孵化し放流しようという案を持っておったわけでございますが、ソ連側の方は、卵を運ぶよりもそちらがカムチャッカへ来てやった方がよかろうということになりまして、こちらから金と人を持って、技術を持ってカムチャッカへ出かけていく、それでソ連の施設に対してこちらも協力する、そして共同で一つやろうじゃないかという話になって、それを具体的にわれわれの側とソ連側とで話しております。
○角屋委員 最近の新聞報道で私ども承っておるわけですが、高碕代表がソ連側に参られました際に、歯舞・色丹方面における安全操業の問題について話し合いをなされ、その後最近の新聞報道では、これがなかなか進捗していないというふうにも伝えられておるわけでありますが、この際大臣から歯舞・色丹方面におけるところの安全操業問題についてお考えを承っておきたいと思います。
○河野国務大臣 円満に進んでいないとおっしゃいますけれども、早急にはそうなかなか簡単にいかないだろうと私は思います。しかし、話はもう本筋に乗っておりますから、問題は時期の問題だと考えております。 詳細に経緯を申し上げますれば、私がフルシチョフ氏と面談いたしました際に、そこにイシコフが立ち会っておりました。たまたま話が歯舞・色丹の話になりまして、歯舞・色丹のまわりのコンブや帆立貝を日本の漁師にとらしたらどうだという話をしましたところが、フルシチョフは、それはそうだ、歯舞・色丹は、もし平和条約ができておれば当然日本のものなんだけれどもと言うから、それは話は別だ、しかし何にしても、自分としてもなるべくこの沿岸の海草や貝類を利用することが必要である——中共と言ったか中国と言ったか、ちょっと忘れましたが、自分は中国へ行って中国の人が非常にこの魚介類、海草類を利用しておることを知っておる、これをソ連でも十分使うべきだということで、イシコフに何とか考えろと言うて命令をしたところが、イシコフは加工して持ってきた、それを閣僚会議で試食をしたところが、自分はどうもなかったが、大多数の閣僚は下痢をして、こんなものは食えないということになって、ついにソ連としては利用しないことになっておる、しかし、日本側において非常に貴重に利用のできる天然資源を未利用のまま置くということは人類のために適当でない、これは何とか話し合って利用することが適当であろう、こう非常に理解のある話をフルシチョフがイシコフの前でいたしました。そこで私はイシコフに、フルシチョフがああいう意見であるから、君もさっそく一つこれを日本側に利用さすように考えたまえ、方法、手段は幾らでもあろうじゃないかということを申しましたところが、イシコフは、それはもうフルシチョフの意見がはっきりした以上は、自分はいかようにも協力いたそうということでその場を別れまして、別れてから、今度高碕と私とイシコフと三人一緒の際に、これは一つ大日本水産会が音頭をとってやるがよろしい、高碕君、君一つイシコフとの間に話をつけたまえということで、イシコフと嵩碕君と話をした結果、イシコフが——まあこれも事のついでだから申し上げておきますが、今年度の漁獲量はソ連側は幾らにするのかという質問を私はいたしましたところが、イシコフが言いますには、漁業の技術者は五万トンにせよと言います。ただし、沿岸の漁師は七万トンとろうと言います。今ソ連側は、五万トンとるか七万トンとるかということが最終決定がしていない、これは自分が十四日に出発してウラジオから現地を回って最終的にきめるつもりだ、どうせそのときに現地へ参りますから、ついでに歯舞・色丹まで自分が行って、どうすればこれがうまく双方にできるかということを調査をして、使いを東京に出しましょう、その上で高碕君と話し合って下さい、というのが私の関係した最終的なものでございます。従ってこれは、その使いが来るか、外交ルートを通じて話し合うか、いずれにしても今度は歯舞・色丹の両島については、この周囲の海草、魚介類の漁業は双方理解の上に許されるものと私は期待いたしております。
○角屋委員 五万五千トンに決定をいたしましたA区域の漁獲の配分は、本年度の場合には、母船式漁業四万四千六百六十五トン、流し網漁業一万三百三十五トン、三十五年、三十六年の折半量として、母船式四・四対流し網一、こういうことで決定を見ているようでございますが、過般来委員会でもやはり論議の一つになりました北洋漁業の関係で、減船あるいは休漁、こういう問題の転換策については、私ども承っているところでは、早い機会にこの方面の基本方針が出されるやに承っておりますが、この機会に大臣から、北洋漁業関係の転換方針について、いつごろまでに具体的にこの措置をされようとするのか、その辺のところを承っておきたいと思います。
○河野国務大臣 これは私は主として、自主的におやりを願って御協力を申し上げるという態度をとっております。従って、マグロの転換その他については、自主的に御協議の結果、おいでになればすぐに御協力申し上げるという態度をきめているのであります。
○角屋委員 時間の関係もありますので最後に一言お伺いしたいのですが、過般委員会でも私はお尋ねをしたわけですが、せっかく政府の実力者と言われる河野大臣がソ連に行かれる機会でもあるし、もちろん難航している日ソ漁業交渉をまとめるというのが最大の任務でございますけれども、同時に、新聞報道でも承知しているところでは、フルシチョフ首相にも、あるいはその他ミコヤン、フェドレンコ等いろいろの方々にお会いをされ、特にフルシチョフ首相と話される場合においては、日ソ平和条約の問題、その他各般の問題についても求められれば隔意ない意見の交換をいたしたい、こういう見解の表明等もあったわけです。この機会に、久方ぶりにソ連に行かれてソ連の首脳部と話された話の経過からの、今後の日ソの平和条約問題その他の問題についての大臣のいわば印象というようなものがあったら、参考までに一つお聞きしておきたいと思います。
○河野国務大臣 誤解があるといけませんから明瞭にいたしておきたいと思いますことは、私は、平和条約はかかって領土問題があると思います。領土問題につきましては、今日の国際情勢のもとにおいてこれが妥結を見ることは適当でない、結論は得られないと私は思うものでございます。従って、フルシチョフから平和条約はどうだねと言うから、今の国際情勢では話したってむだであろうと言った、これだけのやりとりでございまして、それ以上の話は何もございませんでした。
○角屋委員 時間の関係上これで終わります。
○野原委員長 芳賀貢君。
○芳賀委員 関連してお尋ねいたしますが、農林大臣からもただいまお話がありましたけれども、サケ・マス漁業の交渉に関連して近海の安全操業の問題について話し合いがされたわけでございますが、その後、特に根室沖におけるコンブ採取の漁民のコンブ船が非常に拿捕されておる事件が頻発しているわけですね。これは、農林大臣がソ連において話し合いをして帰朝されて、そうして談話発表等を行なった後に特殊な形で表面に現われているわけです。現在コンブの採取期に入っているわけですが、根室沖のコンブ採取は、結局百五十隻とか二百隻の集団採取の態勢で出かけなければソ連の監視船に拿捕されて安心した採取ができないという状態に置かれているのですけれども、これはどういうところに原因があるか、明らかにしておいてもらいたいと思います。あるいは、その大臣の談話の発表があまりにも安易な希望感を関係者に与えたために、積極的に採取に出かけることによって拿捕されるものであるか、あるいはソ連側の特殊な政治的配慮でこういう拿捕が行なわれておるのか、そういう点についてはどのような判断をされておるのか。
○河野国務大臣 どうも私も判断がつきません。問題は、経緯を申し上げて、まだ結論にならないうちに領海を侵してつかまるということであれば侵す者が悪い。話がつくまで待っていただくよりしょうがないだろうと思うのであります。ことさらにソ連がむやみにつかまえるということがあろうとは私は考えられません。
○芳賀委員 それは、大臣はこのコンブ船拿捕の実情を承知しておらないからそういうことを言われると思う。それでこれは水産庁長官から、最近におけるコンブ船の拿捕事件の実態等について、この際内容を明らかにしてもらいたいと思う。
○河野国務大臣 実はその事件がありまして、高碕君が私のところに見えて、まことに困ったことだ、せっかくうまく話をやろうと思っているのに、話がつかぬうちにああいうむちゃなことをされては話がしにくくて困る。こう言って高碕君がつくづく述懐しておりました。私はかかって沿岸漁民諸君がいなしばらく一つ待ってやってもらいたいと思うのでございます。せっかくいいところまで話がいっているのですから、いきかけているのが、またこういうことのために感情を刺激し、お互いに感情が高ぶっていい結論が出ないということは、まことに私遺憾に思います。
○芳賀委員 いわゆるコンブ採取を行なっている零細な漁民も、これはやはり国民の一人ですから、これは政府としても放任しておくわけにいかないと思うのです。水産庁においても実情を十分調査しておると思いますので、その内容について水産庁長官からこの機会に明確にしておいてもらいたい。
○伊東説明員 コンブの採取の解禁になったのはたしか五月二十日だと記憶しております。それから約六隻くらいの漁船が貝殻鳥周辺で拿捕されております。最初の拿捕が起こりまして、道庁が、いろいろ新聞にあの辺の安全操業の問題が出ておりますが、やはりそういう拿捕事件がありますのであぶない、いわゆる海上保安庁で危険水域と言っておりますが、そういうところから中に入らぬようにというようなことを、道庁があの辺の根室地区の組合に指示をしたことがございます。その指示に基づきまして、組合が自主的に三日間操業を休んでみようというようなことをしたのでございますが、その後もずっと休むということでなくて、やはりなるべく海上保安庁が言っております危険水域の中で操業を続けるということでやっておりますが、たしか私の記憶で五月二十日以降六隻が拿捕されたというふうに記憶いたしております。
○芳賀委員 そこで大臣にお尋ねしますが、これはやはり農林省としても、あるいは地方庁である道庁にも責任がありますが、これはやはり適切な指導を事前に徹底さしておかないと、農林大臣がモスクワに出かけて、そしてサケ・マスの漁業交渉に付帯して、特に南千島近海の安全操業の問題に対して従前よりも一歩前進した話し合いを進めて帰ってきたということが直ちに関係漁民に対しては一つの安堵感を与えた点もあると思うわけです。この点は、やはり政府あるいは農林大臣のモスクワにおける話し合い等に信頼のあまり、そういう危険水域に出かけたということになると、なおさら政府としてはこれは十分なる——これは冗談じゃないですよ。宣伝だけで実が伴っていないから、こういう問題が起きるのです。だからこれは行政的な措置として今後どうするか。出かけるのが悪いからといって放任しておくというようなことであればこれはいけないと思うのです。だからその内容についてはあなたが実際話した問題は、たとえばソ連側にあるいはコンブであるとか貝類の採取料を日本が支払うような形においてもやるような問題も提起したということが、これは新聞等においても報道されておるわけです。あるいは安全操業の話し合いについては、政府対政府間の話し合いというよりも、われわれの承知している範囲においてはソ連の当局と日本の民間、たとえば大日本水産会との問においてこれらの問題を話し合いをするということになると、政府と民間における話し合いとなれば、これは正しい意味の外交交渉ではないということにもなるわけです。ですからそういう肝心な点については、こういう機会にもう少し打ち割った報告とか、あるいは説明をされて、そうしてあるいは現地の関係者に対しても徹底して事情を了解させるということは、これは当然政府としての責任であると思うわけですが、その点はいかがですか。
○河野国務大臣 そういう間違いの船が出ましたので、はなはだ遺憾に考えまして、私は詳細にただいま申し上げたつもりでございます。私が申し上げた通りが全部であります。私がフルシチョフと話をして、そうしてイシコフがおったから、そこでこれはむしろ民間ベースで話した方がいいだろう——私はいつまでもやるわけではありませんから、外交当局を通じてやってこの前途中でだめになったから、今度は高碕君、君の方がよろしいよというので、高碕君に話を移した。それで大日本水産会長とソ連の当局と話し合うことにしたということでございます。従って大日本水産会長は帰られまして、こういうふうになっておる、ああいうふうになっておるということを下の組合員に流して、その後の経過は大日本水産会においてやってもらっておる、こういうことであります。だから先ほど私がお話申し上げた通りに、イシコフの予定が少しおくれて、こちらに使いをよこすか、話の順序がおくれておるということも高碕君から逐次報告は聞いております。聞いておりますが、その後詰がまずくなってどうこうということは聞いておりません。従って私は順調に話がいっておると思っております。しかし何にしても沿岸漁民諸君にいましばらくのごしんぼうを願って、そうして安全に操業のできるように、必ず大日本水産会の責任においてやっていただくことができると思っております。もしそれが事故でも起き、支障でも起これば私も介入して、話の妥結に努力をすることにいたしております。その方がよかろうと考えてそのようにいたしておるわけであります。
○芳賀委員 大臣の今述べられたことは、現地に徹底させるということは講じておるわけですね。
○河野国務大臣 そのために私は民間の大日本水産会の代表者にやっていただいて、大日本水産会がそれぞれ下部に連絡をとりつつ、理解を求めつつ進んでおる、こう考えております。
○芳賀委員 それは交渉の形が大日本水産会とソ進側ということであっても、行政的な徹底の責任というものは、これは大日本水産会が適当にやるだろうということではいけないと思うのです。当然農林省の水産庁当局とか、あるいは道庁等を通じて、これは徹底した措置を講じて、こういうような思わしくない事態が起きないようにするということは大事な点だと思いますが、その点をただしておるわけです。
○河野国務大臣 ただいま水産庁長官に聞きましたら、ソ連に私と同行いたしまして、最も事情に通暁しております大口部長を根室に派遣いたしまして、現地の業者たちの間に十分説明して誤解のないように努めておるということであります。
○芳賀委員 最後に一点。ソ連側との話し合いの場合、直接これは漁業未交渉の問題にはならぬとしても、特に日本側とソ連側の場合には領海の問題があるわけですね。たとえばソ連側の主張は十二海軍を主張しておるし、わが方のそれは領海三海里ですね。これは国際的な海洋会議等においても、最近における世界各国の領海なるものを何海里に統一するのが妥当であるかということは、数次の海洋会議においても討議されておる点なんです。特にこの安全操業の問題と関連をして、歯舞、色丹、特に貝殻島を含めた場合のこの地域をソ連の領土、領海と考えた場合には、根室との距離というものは非常に近接しておるのであって、ソ連側から十二海里を計算して領海説を主張された場合、あるいは貝殻島を起点にして十二海里説を主張された場合、日本側における領海あるいは近海における操業というものは非常な困難性が生じてきておけるわけです。ですから当然漁業交渉にしても、あるいは国際海洋会議の場合においても、やはり日本における領海の主張というものは相当根本的に検討して、改むべきものは改めるという態度でいかなければ——たとえばオホーツク海のサケ・マスの操業を日本側が自発的に放棄した場合においても、日本のオホーツク海における領海は三海里しかないじゃないかということになると、向こう側は十二海里ですからね。こういう点についても、同じ領海内において操業する場合においても、あるいはコンブとか帆立等を採取する場合においても非常に不利益が生じてくるわけですね。ですからこういう点については農林大臣としてどのような考え方を持っておられるか、あるいは安全操業とかサケ・マスの北洋における漁業を進める場合においても、当然の日本側の権利である領海の主張点というものをこれからどう扱うということは非常に重要な点であると思いますが、農林大臣並びに水産庁長官はどのような判断で進んでおるか。
○河野国務大臣 非常に重要な問題でございますけれども、国際的に決定のできないような問題は、私、決定しようがございません。主張は私は変えておりません。そこで私はむしろ今おっしゃるような問題が、帰ってでなければ結論を出しにくいというようなことでは困るから、民間ベースで話し合った方がよかろうということで、民間べースでそういう問題を話し合っているわけでございます。
○芳賀委員 今大臣の言われた領海に対する主張は変えておらないというのは、どの主張なんですか。
○河野国務大臣 領海は三海里であるということであります。
○芳賀委員 日本側は三海里が妥当である、三海里であくまでもいく。相手側が、たとえば十二海里の国もあるし、六海里の国もあるし、あるいは漁業の専管区域という考え方も領海に似た取り扱いを主張する国々もある。そういう中において、相手は何海里であっても日本側としては三海里を守ればいい、そういうことが大臣の不変の主張なんですか。
○河野国務大臣 日本側は三海里を主張いたしております。わきの国の主張に対して、これを変えろといっても国際的に決定のつかぬものを、結論を出せとおっしゃっても出せませんから、私はそれに触れずにほかの方で解決をしようといたしておる、こう申し上げております。
○芳賀委員 ソ連が十二海里説で、日本側としても十二海里にするとしても、これは何も差しつかえないじゃないですか。十二海里にして不利益になるという点があるのですか。おかしいじゃないですか。国家の利益をむざむざ放棄するようなやり方が、今の政府のやり方なんです。どういうわけで三海里でなければならぬのですか、日本は。
○河野国務大臣 そうおっしゃれば、どうして十二海里でなければならないかということになります。相手が十二海里ならばこっちは二十四海里と言ったらいいじゃないかというようなものです。そういうものは議論にならぬと思います。
○芳賀委員 そういうかけ合い漫才のようなことを言っているのじゃないです。十二海里は向こうが根拠があって主張しているのじゃないのですか。国際的な平等性を考えた場合、向こうが十二海里を主張している場合には、少なくともその根拠に立って、同じ土俵で、それでは日本側としても、最近における漁業の実態あるいは国際情勢にかんがみた場合、日本といたしましてもこれは十二海里にしましょう——そのくらいのことがやれぬで、ひょこひょこモスクワへ出かけて、弱腰で、私の方は三海里でよろしゅうございます。あなたの方の十二海里は認めます。そういう腰抜け外交をやっている。漁業交渉にしても何にしても、問題の解決ができないと思うのですが、そう思わぬですか。
○河野国務大臣 腰抜け外交とおっしゃるが、いつ私が腰抜けたがことがありますか、いつ抜けましたか。(芳賀委員「最初から抜けている」と呼ぶ)私は自分でこうと思ったことは絶対通しております。いやしくも国家のために不利益になるようなことをいたしたことはございません。日本の方は三海里ときめておりますから、私だけが漁業の場合は十二海里と言ったって——外務省の方で、日本は領海三海里説ということをいたしております。それを私が漁業の場合は十二海里と言っても、そういうことはおかしいじゃないですか。だから私は領海三海里説をとっておる。その説に従って私はやっておるだけです。相手が十二海里と言えば、こっちは五十海里、あっちが五十海里と言えば、こっちは何海里と言わなければだめだろう——そういう議論は私はとっておりません。
○芳賀委員 それが大事な点ですよ。だからモスクワに行く場合には、政府としての統一の見解、政府としての統一の態度というものをきめて、そうして領海問題についてはこうすべきであるとか、そういう基本的な態度をきめて出かけないと、単に、実力者であるから、おれが行けばうまくきまるというようなことであるからして、大事な点が話し合いがつかないのですよ。領海問題については、歴代の政府が海洋会議等に出て、非常に消極的な三海里説をとっておることは、われわれが常に指摘していることなんですよ。だから農林大臣としてだけできめかねるのであれば、これは政府としての方針というものを定めて、あるいは国際会議の場合にそういう問題を提起して、そうして実況に当たるということは、これは当然でしょう。毎年海洋会議には出ていらっしゃるじゃないですか、農林省と外務省から、日本の代表が。ですからこの問題の解明がつかなければ……。
○河野国務大臣 私は、日本のように、全世界の海洋をなるべく広く公海として利用さしていただこうと思っておりますものは、なるべく領海の幅が狭い方が国家のために有利であると考えますから、日本としては断じて三海里説を主張すべきものであると、確信を持って私は申し上げます。
○芳賀委員 これ以上、頑迷な人と水かけ論をする必要もないのですけれども、国際情勢は動いておる。外交もやはり生きものでしょう。そういう中において、何十年かの昔ながらの三海里説にしがみついていなければならぬということはないのですよ。ここであなたと議論をしてもこれは結論が出ない問題ですから、池田総理等を中心にして、社会党の立場からただす必要があるが、向こうは十二海里でやっているでしょう。ソ連の十二海里の領海内に入るからして、拿捕されておるじゃないですか。それをいつまでも是認している。こちらだけが三海里ということでは、これは対等の姿勢ではないわけですよ。日本の方でも十二海里というものを、国の方針、政府の方針としてきめて、これを国際会議に持ち出して承認させる。そういうことになれば、たとえば南千島と根室の間においても、根室から計算しても十二海里、向こうから計算しても十二海里ということになれば、これは交錯する地域というものが海域の中に出てくるわけですね。このどちらからも十二海里で入り込んだ、交錯した海域については一体どうするかということが、初めて外交的な問題として提起されるのであって、こっちがいつまでもへっぴり腰で私の方は三海里でよろしゅうございます。あなたの方は貝殻島からはかっても、十二海里の領海は私たちも認めます。ということじゃ、いつまでたっても安全操業の問題等は解決できないということを、私はこの際明らかに指摘して、きょうはこれで——もう答弁は要らぬです。
○河野国務大臣 私の意見を御参考までに申し上げます。 先般アラスカにおいて、わが国の漁船がアラスカ官憲に臨検を受けたという事件がございます。この場合は海峡の幅は三十海里といわれております。世界の定説として三海里なるものが領海ということになっております。アメリカは三海里説を主張いたしておりますから、この二十海里幅の海峡が公海として操業が認められておるのであります。もしアメリカがソ連のように十二海里説をとって、わが方が十二海里といったならば、十二海里に十二海里、二十四海里の海峡の中に入っていくことはできないことになってくる。これは先般も申し上げた通り、わが方は、世界の先進国はいずれお三海里説をとっております。アラスカの海峡においても二十海里ある。その中において操業することは適当であるということをアメリカ側に主張いたしまして、アメリカ側も反省いたしております。というわけで、今御指摘になりました歯舞・色丹の場合には、向こうが十二海里というからこっちも十二海里といったら、こういうふうに日本の方が得じゃないかということもあるかもしれませんが、翻って考えますのに、全世界の海域を相手に漁業をやっております日本としては、なるべく領海は狭いというふうに主張する方が海が広く使えます。従って、わが方としては私はあくまでも農林大臣として三海里説を主張することが妥当であると考えるものであるということを申し上げたのでございます。 ————◇—————
○野原委員長 食管問題について質疑の通告があります。これを許します。栗林三郎君。
○栗林委員 農林大臣に米価審議会の非公開の問題についてお尋ねしたいと思います。 それから次に、本年産米の米価についてどのような考えで現在米価問題に対処しておられるか、この点も大臣にお尋ねしてみたいと思います。次には、主として食糧庁長官に質問いたしたいと思います。この問題は産米検査の問題でありますが、昨年富山県下に発生しました胴割れ米の検査をめぐって、非常に大きな紛争事件が発生したのでございます。従って、それらの問題につきまして御質問を申し上げたいと思います。
○野原委員長 栗林委員に申し上げますが、大臣の都合は三時まででどうしてもほかに行かなきゃならぬところがありますので、なるべく要点をしぼって大臣の方に御質問願います。
○栗林委員 最初に、米価審議会を非公開で運営される、こういうように方針がきめられたようであります。長い間米価審議会は公開方針で運営されてきまして、多くの米価問題については大きい役割を果たしてきたものと確信いたします。従って、この際非公開を改めて、従来通り公開方針で運営すべきであると思いますが、これに対する大臣の考えをあらためてお尋ねいたしたいと思います。
○河野国務大臣 お答えいたします。実は米価審議会を非公開にするということがだいぶ御議論のようでございますが、元来政府の持っております審議会は、御承知の通りたくさんございます。非常にたくさんございますが、審議会はその性質上全部非公開であります。原則として審議会は非公開であるのであります。たまたま米価審議会におきましては、従来公開でやる慣例がございます。私の承知する限り公開でやっておるものは米価審議会のほかに数はほとんどないと思います。そこでその公開でやりますことが非常にいい前例であり、非常にいい慣行でございますならば、私はこれを守っていくことが適当であると考えますが、前年の米価審議会におきまして、公開であったからとは決して私は申しません。公開であったがゆえにとは申しません。申しませんが、会議進行に非常に秩序が乱れた、ないしはまた会議の進行にあたって非常に秩序が乱れ、その他の原因によって申立の委員諸君が委員を御辞退になった方が非常にあります。また任期が参りまして新たに中立委員の任命にあたりまして非常に政府は当惑いたしました。で、従来の審議会の慣行をこの際一変して、そうして、たとえば夜間にわたって会議を開かない、昼間だけ開きます。それから公開して混乱騒擾するような会議はいたしません、というようなことで委員にお願いをいたしました。そういうような意味合いから、政府は、最も秩序正しい場を作って、そこで十分委員諸君の意を尽くして拝聴いたしたい、こう考えておる次第であります。
○栗林委員 時間がないのでまことに残念でありますが、各種の審議会が公開主義でやられておらないことは私も承知しております。米価審議会は、本法五十四条に基づく政令が出ております。その米価審議会令によりますと、この審議会の運営は会長が定める、こういうように定められておるわけでございます。従いまして、会長が定めるのでありますから、従来米価審議会は公開主義で審議をしましても何ら支障を来たさないで今日に至っておるわけでございます。それですから、もしも審議の都合で特に秘密会にしなければならないような状態が生じた場合には、これは会長が会に諮って秘密会にすることもできるわけでございます。従いまして、この審議会令によりますと、会長がこれを定める、こういうことになっておりますので、この米価審議会は、昭和二十四年以来報道陣も中に入れ、あるいはわずかではありますが関係者も中に入れて、いわゆるガラス張りの中で審議会が運営されて今日に至ったわけでございます。大臣は、去る三月九日の参議院における予算委員会で、亀田委員の質問に対してもただいまと同じような御答弁をされております。亀田委員にはこのように答えておられます。昨年産米価決定にあたっては非常に物議をかもしまして、委員の議君が相当辞任をせられたような経緯があります。こういうように言っておられますが、一体この物議をかもしたということは、議論が沸騰したという委員会内部の事情をさされるのかそれとも——公開をされて運営されておられました。従って、報道陣も入っておったし、農民代表の若干も傍聴されておったわけでございます。——傍聴席が喧騒をきわめて審議を妨害したということをさされるのか、この点をはっきりしていただきたいと思います。
○河野国務大臣 今もお答えいたしましたように、それだけでない、いろいろなことから昨年のような事態になった、このお答えした通りであります。
○栗林委員 それだけではないとおっしゃいますが、今までの大臣の発言の中で、私は発言の事実をいろいろと調べてきておりますが、いかにも米価審議会の会場が傍聴者のために喧騒をきわめて審議ができなかった、いわゆる公開のために十分な審議が行なわれなかったために、今度は非公開で運営をする、こういうように述べられておるわけでございます。ところが米価審議委員の諸君がなぜ辞任をされたかということは、当時の新聞をごらんになれば一目瞭然とするのでございます。当時、昨年の七月十一日に米価審議会が招集されましたが、その十一日には、招集をしておきながら、政府原案がまとまらないために、委員会を正式に開催することができなかったわけでございます。そうしてその日は懇談会を開いてお茶を濁しました。その際に、多くの委員から米審を軽視する政府の態度を難詰しまして、そうして辞任を表明する多くの方が出たのであります。そうして米価審議会は十六日に終わったわけでありますが、その米価審議会をめぐる一週間の各新聞を見てごらんなさい。私はここに、朝日新聞に報道され、あるいは毎日新聞に報道された米価審議委員の皆さんの辞任の理由を御紹介申し上げたいと思うのであります。どの新聞を見ましても、公開のために審議ができないからやめるんだということは一つもないのです。私はその事実をここに申し上げてみたいと思います。大川会長は十二日に辞任を表明しましたが、慰留をされて一応米価審議会が終わるまでその任務についたわけであります。が、米価審議会が終わると同時に、次のような談話を発表してやめられたわけでございます。これは大川会長が辞任をされるにあたって新聞社に語った談話でございます。七月十七日のどの新聞にも載っております。「私としては審議会のあり方にも不満を持っているが、それよりも麦価の審議を通じて会長の責任を果たし得なかったことに責任を感じたからだ。そのときは慰留されたが、米価の答申も終わったので辞表を出した。」このときに大川会長と同時に、中立、学識経験者として出ておられました田中委員、団野委員、渡辺委員の各氏も辞任をされたのでございます。特にこの米価審議会の委員の諸君が辞任をしたその理由について、端的に渡辺委員は次のごとき不満を発表しておるわけでございます。渡辺喜久造委員はたしか住宅公団の副総裁だと私記憶しておりますが、学識経験者としての立場から推薦をされた中立委員の、一人でございます。この渡辺さんはこう言っておるのです。「米価審議会というのは、あなた、政府の諮問機関でしょ。諮問案が妥当かどうか、みんなで知恵をしぼり合って、今年の産米の価格を打ち出し、この答申を待って政府がきめるのが順序のはずです。それが、どうです。諮問案の段階で政府と党の間で値段がきまっている。一石当たり一万一千五十二円五十銭といったようにちゃんと端数まできまっている。今に始まったことではないが、審議会をなめ過ぎます。今の米審は審議会でなくして公聴会ですよ。」こういうふんまんをぶちまけておるわけでございます。各委員の諸君の辞任は、公開主義だから審議ができないので辞任をしたのではないのでございます。何ら公開、非公開には関係がないのでございます。政府が米価審議会を軽視したところに委員諸君の辞任という不祥事態が現われておるわけでございます。これには耳をおおうことはできないと思う。七月十一日に政府原案が、その日にきまるだろうと思って招集した。ところがそのときに政府は手取額一万一千二円五十銭といういわゆる第三次案というものを作って、そして与党との折衝に入ったわけです。ところが与党自民党は承知をしないで政府原案がまとまらない。一方招集された米価審議会は、何のことやらわからぬ、何のために招集になっているかわからない。そういう事情でとうとう米価審議会は正式に会議を開くことができない。政府が大川会長を通じて泣きを入れて、何とか正式な審議会でなくて懇談会形式で会議を持ってもらいたい、こういうことで当日は懇談会が開かれておるわけです。それですから、渡辺委員のおっしゃるように、政府が米価審議会を招集しておきながら、また法律で定まっておる機関でありながら、その米価審議会には何にも審議をする機会を与えないで、与党自民党が米価審議会の役割を果たしているわけです。それですから、こんな米価審議委員をやっておっても責任を果たすわけにはいかない、そういう米価審議会のあり方に対して、米審を政府が軽視をするその態度に対して、ついに不満が爆発して辞任をされたわけです。公開、非公開ということは何にも理由になっておりません。当時の新聞を見てごらんなさい。参議院における大臣の答弁は、いかにも傍聴者が会場で騒いで審議を妨害したかのごとき答弁をされておるのでありますが、私はこの際傍聴者のためにも明らかにしておきたいと思いますことは、昨年の米価審議会の会場で傍聴者が喧燥にわたって、そうして審議を妨害したような事実があったかどうか、この点はまことに傍聴者に対しても御迷惑なことだと思います。また私どもは、傍聴者を入れてもらいたいという交渉をしまして、そして十五人なり二十五人の代表を傍聴させた責任者でもありますから、この際この点を明確にしていただきたいと思います。
○河野国務大臣 先ほどもお答えいたしました通りに、そのことだけではありません。蛇足と思いますけれども、審議会の委員諸君の意見を大臣が承るのが審議会であります。その性質にかんがみて、秘密会とか公開とかいう言葉を抜けて、なるべく平穏のうちに十分審議委員の意見を尽くすことができるような機会を与えるということが会議の性質上一番いいのじゃないか、こう思うのでございます。そういう意味からして私は今回の処置が適当であると考えておるわけであります。
○栗林委員 時間がありませんので、あまりくどくどしく質問いたしたくはありませんが、たしか米価審議会は昭和二十四年に設けられたと記憶しております。二十四年以来その運営は会長が定めるということになっておりましたが、事実上公開方針で運営されて参りました。そしてその公開方針で運営をされて参りました米価審議会が今日まで果たしてきた役割はまことに大きいものがあったと思うのでございます。何も公開でやったために米価審議会がそういう役割を果たしておらなかったということではないと思います。大きな役割を果たして参ったものだ、かように確信をしておるものでございます。その間公開主義で審議が十分にできなかった、重大な支障があったとかいう、そういう事実があれば別ですけれども、長い間公開主義で運営されて米価に対する役割を果たして参ったとするならば、何もこれを非公開にして運営をする、特に審議会令を改正してまでもこれを非公開にして運営しなければならないという必要はなかろうと思う。これはやはり会長にまかせておけばよろしいではないですか。私は、もうすでに改正されたと思いますが、今までの審議会令によって会長が運営を定めるという事項をこの際もう一ぺん考えてもらいたいものだと思うのであります。長い間の米価審議会は、その答申そのものは生産者農民を初め消費者、その他国民全般に必ずしも全面的に満足を与えることはできなかったといたしましても、その最大の長所にして期待と親しさを寄せることができたのは、何といっても米価審議会が公開主義の立場で運営されておったというこの点にあったと思うのであります。これが秘密会であったならば、農民やその他の関係者がこれほど米価審議会に期待をしないでしょうし、また親しさも持たなかったと思うのであります。報道関係者や農民その他の関係者のおる中で、いわゆるガラス張りの中で審議が行なわれ、米価決定の経緯、内容が明らかにされているところに米審の長所があり、農民等からの多くの期待と親しさというものが深く寄せられてきたものだと思うのであります。今さら申し上げるまでもなく、米価は生産者農民にとっても重大な問題であるばかりでなくて、消費者にとっても国民の主食である以上その価格決定はことに重大でございます。それですから、政府が独断で米価をきめることを避けて、価格決定の手続が民主的に取り扱われたのがこの米審の制度であろうと思うのでございます。一方、農民は自分たちの要望する米価を米審に訴えて、適正妥当な価格の決定を期待することはこれまた生産者として当然といわなければなりません。かくして米審では公開の席で審議が行なわれて参りましたので、その決定された答申には多くの不満がありましても、決定に至るまでの経緯、内容が明らかにされておりますから、このような民主的な米価審議会に対しては私は多くの親しさと信頼を持っておったと思うのでございます。また、ある意味においては米価に対するクッション的な役割を持っておると申し上げることもできるのではないかと思います。昭和二十四年以来今日まで公開主義をもって大きな役割を果たして参りました米価審議会のこのよき慣例はあくまでも守るべきではないでしょうか。この際、米価審議会を開くにまだ間もあることでございますから、従来通り米価審議会は公開をもって運営される、そういうお考えに一つ戻っていただけないものか、もう一ぺんお尋ねしたいと思うわけでございます。
○河野国務大臣 米価審議会に非常に大きな、どう言いますか、ただいまお述べになりましたような御意見を持っておいででございますが、米価審議会の委員は農林大臣がお願いを申し上げて定めておるのであります。従って農林大臣が御意見を承る機関でございます。農林大臣が御意見を承るのに、これが公開でなければいかぬとか非公開ではいかぬとか、もしくは新聞記者のおるところでなければいかぬというようなことは私は了承いたしかねるのであります。そういうことを強く御主張になりますならば、私も勉強させていただく意味において、むしろことしから新しい例として、この農林水産委員会を開いて、国民によって選ばれたる委員の諸君が一日か二日この問題で十分論議しそして皆さん方から意見を承ってやるべきだ、これなら私は十分に勉強させていただきます。今の米審のように——私が選んだ委員でございます。私が選んでお願いした委員が、それが公開でなければいかぬとか非公開ではいかぬということで議論されることは大体おかしい、それが民主的な運営であるとかないとかということはおかしい、私はそう思うのであります。ですから、これは議会政治をりっぱにやって参る意味において議会で、米価の決定をその方へ持っていけ持っていけとおっしゃるよりも、むしろそれならば農林委員会を開きまして、農林委員会でこの議論を大いにやりましょう、それで、そこに新聞記者も傍聴者もいらっしゃってけっこうであります。それならそれでよろしい。今の私が選んだ委員、それをほかの人が傍聴していなければおかしいじゃないかという御議論は私はどうかという気がするのでございます。そういう意味において議会のちゃんとしたこの委員会で、そして国民によって選ばれた皆さんが米のことを議論されることは当然いいのじゃないか。(「法律軽視だ」と呼ぶ者あり)私は軽視とは思わない。食管の立場、食管法の命ずるところによって農林大臣が御意見を拝聴する。これは私は出過ぎたことを申し上げた——私も代議士の一人であります。それならそれでよろしい。一つ御研究いただきたいと思います。
○栗林委員 ただいま河野農林大臣は、米価の決定は、それならば国民の目の前でやるべきだ、従って農林委員会等の場で、いわゆる国会で価格をきめるのが正しいのだ……
○河野国務大臣 いや、私はそうは…
○栗林委員 発言中ですから……。農林委員会で大いに討議する、審議するというのでありますから、これは国会で審議するということでございます。それでありますから、米価は生産者ばかりではございません。消費者にとっても重大な問題でありますから、国民全体にとって非常に重大な問題でございます。他の価格問題も重要でありますが、何といっても主食であるこの米価の問題は、価格問題では最も重要な問題であろうと思います。それでありますから、今後法律を改正してそして米価は国会できめる、こういうのであればこれはまことに進んだ御意見であろうと私は思うのでありまして、私どもも大賛成でございます。この点いかがでございましょうか。同時に、現在は法律改正をされておらない。政府が米価をきめる場合には本法五十四条の定めによって、米価審議会に諮問する、こういうことになっておるのでしょう。それでありますから、この米価審議会をほんとうに尊重して大臣が意見を聞くというのであるならば、私は秘密会よりも公開をもって意見を聞くことが一番よろしいだろうと思うのです。そうでしょう。それですから、私は、法律が改正されるまでの間は、米価審議会をもっと尊重すべきだ、同時に、私はもう一ぺん確認しますが、米価は国会で決定するのが正しいという農林大臣の御意見であったように聞きますが、この点をもう一ぺん確認いたしたいと思います。
○河野国務大臣 私は、行政の範囲でございますので、米価の決定は農林大臣の責任において決定すべきものだと思います。これは米審できめるものでもなければ、どこできめるものでもございません。私の責任においてきめるものでございます。米審の意見は尊重して十分に承りましょう。その意味において、私は国会の皆さんの御意見を十分承って、それを参考にして善処すると申し上げたのでございます。ですから、そういう意味において御意見がありますれば、むしろ私は国民によって選ばれた皆様方の御意見を十分承りましょう、こういうことでございます。
○栗林委員 米価審議会の公開、非公開の問題は、大臣はなかなか折れてくれませんが、それならば、この米価審議会に、今までは価格そのものを諮問されたのでございますが、今度大臣の言明によりますと、米価を形成する、いわゆる価格を形成する要素、そういう事項について諮問される、こういうように承っておるわけであります。価格は諮問しないで、その価格形成をする要素、事項について諮問される、こういう方針を出されておるわけでございます。そこで、私はあくまでもやはり価格を諮問するということが正しいと思うのです。ですから、価格を諮問するというお考えになられないかどうか、それを承りたい。同時に、もしも価格を諮問しないというのであれば、どういうような事項が米価審議会に対する諮問事項になるのか、この重要事項について御見解を示していただきたい。
○河野国務大臣 私は、米価の決定は農林大臣の責任において決定いたします。従って、価格については諮問はいたしません。価格を形成するのに特に留意すべき事項いかん、こういう諮問をいたします。
○野原委員長 明日午前十時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後三時十二分散会