文教委員会 第6号
- 発言数
- 184 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1961/10/26
会議録
○委員長(平林剛君) ただいまより文教委員会を開会いたします。 まず、委員の異動につき御報告いたします。 本日、江田三郎君が委員を辞任され、その補欠として豊瀬禎一君が委員に選任されました。また、安井謙君及び堀本宜実君が委員を辞任され、その補欠として小柳牧衞君及び鍋島直紹君が委員に選任されました。 以上であります。 ———————————
○委員長(平林剛君) この際、理事の補欠互選につきお諮りいたします。 委員の異動に伴いまして、現在、当委員会に理事が一名欠員となっております。互選は、慣例によりまして、成規の手続を省略し、委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(平林剛君) 御異議ないものと認め、委員長より豊瀬禎一君を理事に指名いたします。 ———————————
○委員長(平林剛君) 次に、委員長及び理事打合会の経過につき御報告いたします。 開会前の理事会におきまして協議いたしました結果、本日は、まず、公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律案を議題とし、審査を進め、次いで、学校教育法等の一部を改正する法律案を議題とし、審査を行なうことに決定を見ました。 以上、理事会決定の順序に従い、本日の委員会を運営いたして参りたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(平林剛君) 御異議ないと認め、さよう運営いたして参ります。 ———————————
○委員長(平林剛君) それでは、公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律案を議題とし、審査を進めます。 まず、衆議院での修正点につきまして、衆議院文教委員会理事八木徹雄君より説明を聴取いたします。
○衆議院議員(八木徹雄君) 御指名によりまして、衆議院の修正の個所並びに修正の経過等、簡単に御報告申し上げたいと思います。 修正は、自由民主党、日本社会党、民主社会党、三党の共同提案になるものでございまして、修正個所並びに修正個所を除く本法については、衆議院では満場一致でもって議決を見たものでございます。 修正個所は第五条でございます。まず、修正個所を先に朗読いたします。 第五条に、「公立の高等学校における学校規模は、その生徒の収容定員が、本校又は分校の別に従い、それぞれ次の表の下欄に掲げる数を下らないものとする。」こういうふうに本文はなっておったわけでございますが、その「それぞれ次の表の下欄に掲げる」というところを、「本校にあっては三百人、分校にあっては政令で定める」というふうに変えまして、そして、その次の表というのを削除した、こういうことなのでございます。 この修正をした理由といたしましては、実は高等学校の教育というものをより向上させていくという場合に、もちろん適正規模というものが必要であるということは、論を待たないのでございますが、その意味において、政府原案の本校について三百人というところは異存はないわけでございますが、ただ分校は御存じのとおり僻地とか、離島とかいわゆる地理的に恵まれない地帯にあって、それらの地帯の生徒というものを収容していくということに、ねらいがあるわけでございます。だから、適正規模というものを確保するということは、そういう地理的制約を受けた困難性があるという場合も予想し得るわけでございます。常識的には収容定員が一校について百人というふうに規定することは行き過ぎだとは絶対に思わないのでございますが、しかし、全国的にながめた場合に、それ以下でやらなければならぬという場合も予想し得るのではないか、特にある府県におきましては、たとえば定時制の分校という場合に、前期二年を定時制分校でやって、後期二年を本校でやるというようなこともあり得る場合もあるわけでございまして、そういう場合に、前期二年に百名を確保するということが、困難であるという場合も予想し得るのではないかというようなこと等の意見もございまして、その結果としてとにかく分校にあっては、そういうことの起こらないように政令で定めることが適当ではないかというので、こういうふうに規定いたしたのであります。特に本法は既設の高等学校については、影響がないわけでございますけれども、しかし、本校三百人、分校百人というふうに規定いたしますと、勢い府県のいわゆる財政当局のほうは、この法文というものをたてにとって、無理な学校統合あるいは分校の閉鎖というものをやるというようなことが起こりやしないかということで、それらのこと等も考えて、分校百人ということは、この際削るべきではないかということで、削ったのが実情でございます。ただ、この削るということによって、政令にすべてをまかせるということは、言うならば、文部省に無条件に全権を委任するということになるのでございまして、われわれのその思いというものが、逆に反対の方向に向かうことの心配はないかということが、心配事項として出てくるわけでございます。そこで、実はその点については、特に文部省当局の意見をただし、それがために附帯決議をつけまして、「本法が施行されるにあたっては、現在各学校の課程別、職種別の教職員の実績を尊重し、その現状を下廻ることのないように配慮すること。」また二番目に、「本法の施行により、現存の定時制分校の統廃合を促すようなことがないように留意し、また市町村が高等学校を新設することについての制限は実状に即するように留意すること。」というような附帯決議をつけて、文部省当局のほうの、大臣の意見を徴して、そういうことの心配がないようにするという確約を得ましたので、それらと両々相待ちまして、本法というものを、先ほど申し上げましたように、改正するということにいたしたようなことであったのであります。 簡単でございますけれども、提案の趣旨並びに経過の御報告にかえる次第であります。
○委員長(平林剛君) 質疑のおありの方は、順次御発言を願います。
○豊瀬禎一君 質疑に入ります前に、きょうの議題となっております学校教育法の一部を改正する法律案の審議に資するために資料をお願いしたいと思うのですが、私どもの手元に先ほど文部省から、技能教育施設の指定に関する政令案の骨格は出していただいたのですが、これが当然今日まで前国会から論議してきましたいきさつから考えて、施設の指導等に対する省令等も同時に出していただくのが至当と思いますが、もし資料の用意がありましたら、お出し願いたい。
○政府委員(内藤譽三郎君) ただいま手元にございますから、早急に御提出いたします。
○豊瀬禎一君 ただいま八木議員のほうから提案されました修正案について、一、二質問申し上げたいと思います。
○委員長(平林剛君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(平林剛君) 速記をつけて。
○豊瀬禎一君 お尋ねいたしたいのですが、ただいまお話のように、いろいろな条件や実態を考えてみますと、百人の基準を定めるということは現状として無理があることは、提案理由の際にも御指摘になったことと思うんですが、したがって、この修正の御趣旨には私どもも賛意を表するわけですが、やはり政令に委任するということでありますと、なるほど附帯決議等によって一つの方向、あるいは精神というものは盛り込まれるだろうと思いますが、いろいろ検討した結果、文部省としては百人が至当であるという法律案を提示いたしておるのですから、やはりこれが一つの政令の基準になる危険性を感じるんですが、修正案を作られるにあたって、そういう心配は全然ないという見通しでございますか。
○衆議院議員(八木徹雄君) 豊瀬さんのおっしゃるとおり、実はわれわれもこの修正をするときに、そのことを一番心配をした。また政令にゆだねることによって逆に百名以上になるということは、まあ常識的にないわけでございますけれども、そういう可能性がないわけでもございませんので、そういう意味で、修正するときにも一番論議いたしたわけであったのでございますが、実はこの条文の改正でございますと、附帯決議というものとの結びつきによって、そうしてまた政府側の確たる答弁というものを得た、得られるということによって、実はその心配はないものだというふうに一同は考えてこれをこのとおり修正したというところでございます。大臣のほうからも、われわれの精神というものは十分に尊重して、そういうことをしないようにするという御答弁をいただいたので、安心を現在はいたしておると、こういうところでございます。
○豊瀬禎一君 そうすると、提案者としては、政令の具体的内容は百人以下にとどめ得るし、北海道等の現状から考えましても、御指摘のように基準に合わしていくということになれば非常に無理な統合等行なわなければならない情勢のようですが、こういう危険は政令の内容においても具体的に見ますと百人を下回る、また実態としてはそうした危惧が確実に解消され得ると、こういう見解でございますか。
○衆議院議員(八木徹雄君) そういう認定の上に立って、修正並びに修正を除く本法について満場一致で決定をしたということでございます。
○豊瀬禎一君 与党の理事の方の希望もありますので、修正案に対する、修正提案者に対する質問はこれで終わります。 ———————————
○委員長(平林剛君) 豊瀬君。
○豊瀬禎一君 私から指摘するまでもなく、高等学校の設置基準の中には甲、乙それぞれあって、従来まで基準が示されておったわけですが、この基準に、特に甲号基準が望ましいということはすべての人が理解できると思うのですが、甲号基準のほうにどの程度全国の高等学校が到達しておるかどうか、資料がありましたら御説明をお願いしたいと思います。
○政府委員(内藤譽三郎君) 現在、乙号基準と、御指摘のように、甲号基準がございますが、全国平均申しますと、乙号基準の九三、四%というのが実情でございまして、甲号基準はこれは実施いたしておりませんので、ただ一つの理想として掲げてあるのでございまして、現実的に法的拘束力を持っているのは乙号基準でございます。で、この本法におきましては、できるだけ院号基準を指向して努力をいたしましたので、少なくとも農業と工業に関する限りは甲号基準とほとんど大差がないと思っております。これは甲号基準、乙号基準の差は、最終的には生徒数が五十でやるか四十でやるかというととがキー・ポイントでございますので、この点は農業、工業に関する限りは甲号基準にほぼ同様である、しかし、その他の教科につきましては、できるだけ甲号基準に近づけるように、まだ不十分な点はございますけれども、そういう方向でこの法案は作られておるのでございます。
○豊瀬禎一君 この前の答弁の中に、望ましい姿は甲号基準の実現である、しかもそれに到達するように当然国としても、地方自治団体としても努力すべきである。こういう一つの指向というか、方針については御異議ないと考えてよろしゅうございますか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 先ほど来申しましたように、甲号基準が理想であるが、まあ現実に法的拘束力のあるのは乙号基準である。私どもも毎年乙号基準の完成、充実を目ざして交付秤等の積算に際しては努力して参りましたけれども、どうも省令では拘束力が十分でないというような点から、行政管理庁からも勧告が出まして、立法措置を講ずるように、それによって明確に交付税で保障するようにという勧告も出ておりましたので、その線に沿って法案が提出されたわけでございます。
○豊瀬禎一君 ただいま局長が答弁された、行政監察局の報告というのは、具体的には、あなたがちょっと指摘されたのはいつのやつですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 今、手元に勧告書ございませんが、たしか三十二、三年ころと記憶しておるのでございます。
○豊瀬禎一君 私の手元にありますのは、監察局の昭和三十五年三月の資料ですが、それによりますと、「教員の配置状況」というところで、「産業高校の教員の配置については配置基準第9条に規定する第1号表甲によって配置基準を設定している都道府県は調査対象23都道府県中1県もなく、各都道府県はいずれも同基準第30条の規定する第1号表乙に準拠しているがその配置基準は国の基準の算出基礎によって算定したものではなく、財政事情乃至過去の実績等を勘案して独自の配置基準を設けたものであり、実質的には殆どが予算定数を以て実施されている実情で、各都道府県別にその配置基準数及び配置現員数は区々となっている。従って都道府県の教員配置状況は、二三の道府県を除き国の乙号基準に達していない状況であり、殊に専門教科教員の配置は一般に不足している。」、こういう指摘をし、さらに続けていろいろな指摘を行なった後に、「以上の状況に鑑み、文部省は、各都道府県の教員の配置計画及びその実施状況について検討を加え、課程別、教科別の配分と適任教員の確保については具体的な改善措置を講じ、教職員の業務の適正な分担と質の向上を図り、授業の効果を高めるようにする必要がある。」、こういう勧告を三十五年に出しておったはずですが、三十三年ころの勧告は尊重されたようですが、この勧告についてはどういう検討を加えられましたか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 三十二、三年ころのものと大体同じ趣旨でございまして、御指摘のとおり乙号基準というものがございまして、この基準を充足しておる県はほとんどないという点、まことに御指摘のとおりだと思います。で、今の交付税の算定の仕方が、標準規模を選びまして、標準規模の学校に一体何人の定数を出すべきかという一つの目安を作りまして、高等学校の財政事情をはじいて、最終的には生徒一人当たり一万円とか、二万円とかいうことになるわけでございます。ですから、教員定数が一体どの程度まで保障されているのかという点に非常に不明確な点がある。毎年文部省もこの乙号基準に充足すべく昭和三十二年ごろから毎年一人ずつの増員をして参ったんですが、その効果が一向に現われてない。これは制度的な欠陥があるんではなかろうかということを考えまして、先ほどお述べになりましたように、三十二、三年にもございましたが、三十五年にも勧告が出ておるわけでございます。その勧告の線に沿いまして各課程別また職員の職種別に一応の基準をはじいて、それを積算の基礎といたしまして各都道府県、市町村ごとの高等学校の総定数をはじきまして、この定数を確実に保障するように、今後この法案が通りましたら、地方交付税法の改正をお願いいたしまして、その中に従来高等学校費一本でございましたのを、できますれば生徒数のほかに、新たに項目として教職員数というのを加えていただきたいと実は考えておるわけでございます。これができますれば、この法案のねらったものは完全実施できる。少なくとも乙号基準を完全に実施して甲号基準に数歩近づくことができるのではなかろうか。少なくとも農業と工業に関する限りは甲号にほぼ到達できるものと考えておるわけでございます。
○豊瀬禎一君 三十五年の監察局の報告も思い出していただいて仕合わせですが、ただいまの答弁の中でいろいろの問題点を含んでおりますが、総括して一つお尋ねいたしたいのは、現在御承知のとおり、近いうちに高等学校は生徒がかなりふえてくるという見込みですが、いわゆるこの高校急増対策とこの法律案との関係について基本的にどういうお考えをお持ちですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 高校急増対策といたしまして、一つは施設、設備の問題があるわけでございまして、いま一つは教職員の人件費その他の経常費の問題がある。施設、設備につきましては昭和三十七年度の概算要求に文部省からも要求しておるわけでございます。この基本的な考え方は、昭和三十八年から九年、四十年にかけて生徒が急増いたしますので、その急増期間中現在の進学率は保障していきたい。その現在の進学率を六〇%と押えて保障するためには、どうしても百二十万程度の収容をしなければならぬ。その百二十万のうち四十万を私学、八十万を公立で収容するという計画を立てて、これに基づく予算概算要求を今いたしておるわけでございます。今後高等学校ができますと、人件費の保障がたいへんなものでございます。公立学校だけを見ましても、八十万の生徒を収容するためには、少なくとも二万数千人の増員が必要でございます。この人件費の保障とその他の経常費の保障を当然しなければならない、こういう課題があるわけでございます。そこでこの法案におきましては、その人件費を保障していきたいというのが一つのねらいでございまして、その場合特に考慮いたしましたのは、三十八年から高等学校の教育内容の改訂がございますので、それを考慮いたしまして、高等学校の教育課程が十分に実施できますように教員の充足をしていきたい。同時に今後予想される急増に対しても、この法律ができますれば安心して教員数を確保できる。同時に人件費に対する交付税による保障が確実になる。こういい意味では急増に関連してくるわけでございます。それから、特に急増期間中につきましては急増のまあ内容でございますが、原則といたしまして高校をどの程度建てるかという問題が一つあるのでございますが、今日までのところ毎年進学率が一・一%ないし二%、平均まあ一・五%くらい伸びている年もありますが、この昭和四十五年の到達度を一応七十二というふうに押えたわけでございます。で、七十二に押えました場合に高校を全部新設ですることも実はいろいろな点から無理があろうと思いますので、公立学校八十万のうち新設は大体今都道府県の計画を見ますと二十数万でございます。それから既設の学校への学級増加の形で拡充する分が約四十万、で、残りの二十万足らず、十七、八万になろうと思いますが、これはすし詰めでやる。で、この急増が一時的現象でございますから、その急増の期間中はまあ一割程度のすし詰めを要請しているわけであります。一割程度ふえたからといって、急増期間中に限っては教員数の増には影響させない、こういう法案になっておるわけでございまして、それを見込んでなおかつ教員の増が急増期間中に二万数千名に及ぶわけでございます。
○豊瀬禎一君 大体問題点が出てきたと思うのですが、大臣は、国会の回教をはっきり覚えておりませんが、昨年だったと思いますが、中学校の急増問題を取り上げた際に、同時に高等学校の急増に備えて施設その他の面についても十全の措置をするようにという本委員会の決議があっていることは御承知だと思うのですが、この人件費については今局長が答えましたが、施設等に対する、急増に対する措置についてはどういうお考えですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) ただいま政府委員からお答えを申し上げた構想に即応いたしまして施設、設備に既定の法律制度に立脚した国の負担分を概算要求いたしております。そのほかにその生徒急増という事態は、もともと高等学校の設置責任者が都道府県であるという建前はそのとおりだといたしましても、急増に対する問題の受け取り方としましては、私は都道府県にすべての責任を転嫁して能事終われりとすべきではない、まあいわば一種の終戦処理の事務と言えんことはないわけでございますから、そういう内容に即応します限りにおいては国もまた責任がある、そういう立場に立って急増に対する施設、設備に対しては、普通高校につきましても、産業教育ないしは工業高校に対する国の負担分については法律制度を作ってもらいまして、御趣旨のとおりでありますが、普通高校に対する施設につきましてもやはり今の終戦処理的な考慮を国が払って、応分の責任を分担すべきである、そういう考え方から、実は三十六年度概算要求の場合も同じ考え方で要求しましたけれども、諸般の事情で成立を見ませんでして、はなはだ残念に思っておるわけでありますが、三十七年度の予算で今申し上げた趣旨をぜひ実現したいものだ、そういう考え方で対処しておるわけであります。
○豊瀬禎一君 そうすると文部省の考え方としては、文部省自体が判断しても、また委員会の決議を尊重するという建前からしても、少なくとも急増対策に対して地方自治体等に責任を完全に転嫁するということでなくして、国が十分の責任を持ってやっていきたい、ただし、三十六年度は大蔵省からけられてだめだった。三十七年度は荒木大臣の責任において必ず実現させる、こういうことですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) そういう心がまえでおります。
○豊瀬禎一君 大臣は、理屈っぽい言い方をしますけれども、委員会決議というものは単に文教委員会であるから文部省が考えればいいということでなくて、予算に関する限りは当然国全体の、大蔵省等も誠意をもってこれにこたえてきたと思うのですが、あの委員会決議に対して大蔵当局がどう考えておるか。三十六年度の予算要求の際に対処されましたか。もしそれを取り扱われたとすれば、委員会決議に対して、大蔵省としてはどういう考えであったかをお答え願いたいわけであります。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 国会の決議、委員会の決議というのは大蔵省としてどうだ、文部省としてどうだということでなしに、立法府の意向として当然大蔵省も承知しておるわけでありまして、ことさら念は押しておりませんが、今お説のとおり文部省だけに対する決議という意味では私も考えておりませんし、大蔵省といえども当然その間のことは念を押すまでもなく承知しておるものと信じております。
○豊瀬禎一君 私はこの問題を根掘り葉掘り聞いておりますのは、文部省の考え方の中に生徒が増して、そうしてある時期になると下降ないし平行線へ行く可能性がある。したがって、あまり急増を見込んで行なっていくと、将来に対する不必要な条件が出てくる、したがって、ある程度この法律案を、そのものを見ても、その下降の時期も見て、ある程度の抑制をしてというか、その下降したときの現状に応じるということも考慮に入れて本案ができておると、こういうふうに考えるのですが、文部省のお考えもそのとおりですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) そのとおりであります。
○豊瀬禎一君 局長は。
○政府委員(内藤譽三郎君) そのとおりです。
○豊瀬禎一君 そうではないと、冒頭に局長は、ないとは言わないけれども、そうではあってはならない精神を私の質問に対して答えたと思っているのですが、というのは、なるほど乙号基準に達した者は九十何%に達した、そういう状況になっている。しかし、あれでよろしいとは大臣も局長も考えていないと思います。もっと諸外国の例から見ても、戦後の教育の実態から見ても一学級の生徒というものは三十名とか四十名とかもっと減少する必要がある。そうすると、生徒急増からピークが下降し始めたときは、これはそのときこそ三十とか四十とか、こうやろうという生徒数も、一学級の生徒定数も減らそうというお考えだと思いますが、やはりその時期にやるのでなくて、私どもが委員会で決議した趣旨というものは、冒頭にあなたが答えたように、できれば甲号基準、それをもっと手直しをして、そこまで一日も早く到達さしていく、そのために一つ新たにこういう法律を作ろうとしておるのですから、当然急増するからすし詰めもやるという、そういう間違った考え方でなくて、きょうから所得倍増計画に備えて一学級三十あるいは四十というような望ましい状態の法律を作る、法律を作る以上は。そうして設備についても大臣の御答弁のように国の責任を持った措置をしていく、これが当然望ましい姿ではないか。
○政府委員(内藤譽三郎君) お話のようにいたしますと、急増というのは一時的な現象でございまして、実は今、現在中学校の卒業生は一番最低でございまして、百四十数万おります。これが三十八年になりますと、中学の卒業生が二百五十万、非常に急激な増加になります。その急激な増加を全部新設と拡充でまかなうのは、私どもとしては少し行き過ぎではなかろうか。で、高校の進学率というものはそう一ぺんに急激に増加するものではない。そこは徐々に経済の伸びに従って伸びております。そのことを考えますと、やはりある程度のクッションが必要である。そこで急増期間中は、一割程度のすし詰めばやむを得ない。そのクッションがないと、かえって私は困るのではないかという懸念もしているわけです。で、もちろん急増が済みますれば、この定数を改善いたしまして、御指摘のとおり相当余裕が出ると思いますから、その機会にこそ甲号基準に持っていくように努力をいたして参りたいと思っているのでございます。
○豊瀬禎一君 あなた方が算定してある毎年一・七とか、そうして四十二年度ですかには七二%が大体の数になるだろうという、このパーセントに私は一つの問題があると思うのです。むしろ生徒がふえるということも現象としてある時期にはありますけれども、中学卒業生の中で高校を希望する者の率、入学を希望する者の率というのは今のあなた方の算定よりも、もっとかなり急なカーブをとってふえることが考えられてくる。また所得倍増計画からいうと、当然そのことが考えられなければならないし、促進され得るはずですよ。したがって、生徒というのは、あなた方が算定してあるのよりも、もっとふえてくる。だから、下降するときもあなた方が算定してある数よりも、もっと生徒は多いと判断できるし、特に父兄の希望であるところの高校への全員入学を少しでも実現していくという角度に立っていくと、この法律は基本的に当面の弥縫策に固執し過ぎているという難点を私は持っておると思うのです。特にあなたが最後に言った十八万程度は急増の暫定期間だけでもすし詰めにしていく、これは非常に危険な考え方です。御承知のように、校舎は戦前の校舎、施設も大多数はそれが多い。ところが戦後の子供は、ずいぶん大きくなっておりましょう。今でさえも一学級に四十人、五十人というのは身動きできないような——大げさな言い方ですけれども、そういうところにさらに一割を詰め込んでいくと、これは教育そのものが、単に予算的な問題ではなくして、教育活動そのものにかなり支障を来たすような状況が出てくると思うのです。やはり十八万とはじいてあるその数にも私は問題があると思うけれども、そのことは別にして少なくともすし詰めというこの現象は、金額にしてどの程度要るのか知りませんけれども、施設の拡充によってまかなうべきものであり、そうして下降をするときには、最も好ましい学級定数その他の条件が確保されるためには、今日からその計画を描いておいて、暫定法ではこういうかまえをするのなら、まだまだよろしいと思うのですが、そこに大体下降するときには余ってくるから、あなた方の考えでは先生も余り、生徒も減ってくる、施設もそう危険性を持たなくなる。だから、あまり作らないで押し込んでおいて、少なくなったときには、ちょうどよくなる、こういう考え方でしょう。ところが総数においては、私はあなた方が算定しているよりふえてくる。したがって、下降するときも、もっと多い生徒になってくる。それから冒頭に申し上げた望ましい姿という角度からすれば、今から急増は急増で別個の措置をする。そして、今からこういう法律を作っていくのですから、五十のところはぎりぎりいって四十八にするとか四十五にするとか、逆に一割ふやすということではなくして、むしろ今年は五十が四十八、来年は四十六、その次はこうと漸次急増の中においても描き得るところの好ましい条件というのを作っていく、こういう考え方で基本的に措置をすべきじゃないですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 現実に東京で毛都会地におきまして有名校は一割ないし二割を入れているのが通例でございます。で、これは現在でもそうなんです。急増期間中はできるだけ私どもも子供をよけい入れたほうがいいと思うのです。現在の進学の状況を見ますと、希望者の九五%は入っているわけなんです。私どももできるだけ多くの者を入れたいという趣旨については、あなたと全く同感なんですけれども、そうたくさん作ったらいいというわけに参らぬと思う。また財政措置も考えなければならぬ。今の私どもの計画でも、地方負担分を入れまして全部で大体一千億近い金がかかるわけです。この数カ年間に一千億の金を投ずるということは、たいへんなことだと思う。ですから、一応の計画を立てておいて、急増期間中につきましては、できるだけの子供たちを進学させるためには、ある程度のすし詰め、それも現在やっている程度の、都会でやっている程度のすし詰めは、これは忍んでやっていただかないと、計画全体が困ると思いますし、高校のなだらかな発展を期待する上からいっても、この程度は私は認めていただくのが筋じゃなかろうかと思うのであります。
○豊瀬禎一君 隣の奥さんがうわ気をしているから、私の家内もうわ気をするのもやむを得ません、こういう言い方はけしからぬですよ。都会の中で現在希望者が多いためにすし詰めをしている、だから忍びなさい。すし詰めをしているのを解消するようにするのが、あなた方のいわゆる教育基本法十条に基づく教育諸条件の整備ということでしょう。都会の子供がいなかの子供より大体において進学率からいっても大きいはずです。それがまた現状としてただ予算というだけじゃなく、いろいろな条件も含まっているのですけれども、すし詰めにしている。だからこんな急増のときには、一割程度のすし詰めばやむを得ません、これでは現状打開にならぬじゃないですか。現状の肯定でしょう。そうしてそれを法律でその現状というのをオーソライズしようとしている、ここに問題があると私は思うのですよ。だからやはり少なくとも従来のような基準制というものでなくして、法律できちんとワクづけしようとしている、これは法律的な熱意としては敬意を表します。これは現状の望ましからざるものを暫定期間とはいいながら、法律で肯定していく、こういうことは最も排除さるべきだという考え方だと思うのですが、大臣の見解はいかがですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 考え方としては御説のとおりだと思うのでございます。ただ法律を制定するにいたしましても、現実を遊離してはならないという面も一面あるわけでございますから、理想的なものの考え方としては、豊瀬さんと私も同感でございます。ところで急増期間中に三十七年対三十八年のピークでないときとピーク時を比較してみると、四割以上、五割以上に急増する勘定かと推定されます。ところで今も御説明申し上げたような法律で規定しておりますのは、一割くらいのすし詰めというものは、ひとつがまんしようじゃないかという内容になっております。もしこのことを規定しないとするならば、四割ないし五割のすし詰めたらざるを得ない。三年間はそうならざるを得ないということが言えると思うのです。そこで、それを一割のすし詰めだけでがまんしようじゃないか。理想的に言うならば、すし詰めはしない、一学級四十名にいきなりするというために必要な施設、設備、教員組織を整備することが理想ではございますが、現実に不可能でもある。教員組織を整備することが特に現実に不可能であると思いますが、経費の面はほかのものをやめて、うんとそれにつぎ込めばできないわけではございませんが、それもおのずから現実としては限度があることも御承知のとおりであります。そういうことを考え合わせまして、いわば一番のピークは三年間であることはもう現実に見えているわけですから、三年間だけは、生徒も不便であろうが、一割だけはすし詰めでかんべんしてくれ、学校の先生もそれだけ、一割すし詰めになるだけ御苦労が多くなることはこれは当然想像できますが、がんばって下さいということで、三年間をあらゆる関係者が全努力をして、すし詰めでないときにふさわしいくらいの努力の成果を上げたいという念願を含めまして、一割ぐらいはしんぼうしようじゃないかということを国会でひとつ認めていただきたい。率直、素朴に申し上げますれば、そういう考え方が一割のすし詰めという過渡的な条項として出てきておるわけであります。
○豊瀬禎一君 三割ないし四割ふえるのに、一割だけがまんしなさい——数の関係はそういうことじゃないのですね。というのは、私が何度も指摘しておるように、当然施設増というのは将来の望ましい学級定数から考えても、かりにあなた方の、下降のときにぴったり合う程度になるという判断に一応賛成をしても、やはり全体的には施設増というのは必要なんでしょう、今の現状のままで。ピークから下がるときにはよろしいということではない。だから、生徒が、三年間にしろ、五年間にしろ、ある一定の期間の中にふえるという現実から踏まえていくと、現在でさえも望ましくないほど詰め込まれているのに、生徒が急増するから、その時期だけはもっとふやしてもがまんしなさいというが、私の考え方が現実を無視した考え方ですか。ただ、あなた方が主張し得る一つの根拠としては、今の政府全体がそういう予算を組まないというか、組めないというか、そういう立場なら主張し得ましょう。しかし、望ましい姿ということになると、現状でも五十二、三名というのは望ましくない。五人ふえて五十七、八人になればなお望ましくない。あなた方としては、ある時期になると施設がむだになると、こういう考え方を持っておられるようですけれども、これが自衛隊の使っている特車とか飛行機とかいうならそういうことも言い得ますよ。しかし、急増のときに高校で教育を受ける人間のその一生における期間というのは、ほかの時期でその補いがつくものじゃありませんよ。これが教育の特質ですよ。あなた方が金を出さないという観点に立って考えると、ある首肯し得べき根拠は持っていないことはない。しかしそのときに、今でさえ多いのをなお一割程度ふやしていこう、そしてある一定年限の高校の子供だけは非常に困ったすし詰めの中で教育を受けさせられる。この現状を打開するためには、地方自治体ではだめだと思うのです。やはり国が責任を持って施設の増という形の中で対決すべきだと思うのです。これが現実を離れておりますか。最も教育の現状の現実に立脚した施すべき施策でしょう。そう思いませんか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 先刻お話したとおりのことを申し上げざるを得ませんが、理想的に考えれば、四十名の学級編制が適切であるとするならば、四十名にし得る教員組織なり施設、設備を整備するということでなければならぬと思います。ところが、そのことは実際問題としてできない。第一、さっき申し上げたとおり、教職員を得ることは現実問題として不可能であります。不可能でございますから、各大学に臨時教員養成所を次善の策として、にわかこしらえをせざるを得ない事態にあります。これを卒業してくる人はピークの最後の年に一部間に合うかどうかというくらいでございまして、それすらもが四十名を定員にしますれば、焼け石に水的で足りないという情けない現状でありまして、そのことを念頭に置きましただけでも、理想はあなたと同じようにやりたいものだと、われわれも念願しますが、事実それができない。また、施設、設備にいたしましても、ピークが過ぎれば減ることは明らかに見えておる。そうして学級編制を理想状態にするということを念頭に置いて考えるとしましても、施設、設備としては多過ぎるという数字に私はなろうかと思いますが、そういうことがわかっておるのに、三年間だけのピーク時のために、そういう施設、設備を充実し、教員を充足するということそれ自体が牛刀を用いるきらいがあるということになりはせぬだろうか。先生をふやしましても、やめてもらわなければならぬというようなことも目に見えておるのに、一時的な需要に応ずるためにそういうことをすることは、必要以上の——ピークが終わった後に、三年間だけは格好がつくにしましても、そのあとが、まあ不当な措置をしたこととして残るおそれがあるということも考え合わせますと、先刻申し上げたとおり、生徒たちもそれは不便でしょうが、窮屈でありましょうが、かんべんしてくれ、そうしてゆとりのある学校に学んでおる人に負けないような勉強をして、自分自身も大いに熱をわかして勉強してほしい、先生もまた努力をしていただきたい。都道府県の教育委員会もそのつもりで十全の協力を惜しまないでほしい。国としてもその他のことで実績を上げ得るために必要があるならば、あらゆることをやりたいという関係者全部がその気持になって、三年間のピークを乗り越えたいものだという念願を表わしておるわけでございまして、実際に即して考えれば妥当な考え方だと思っております。
○豊瀬禎一君 一向に了解してもらえない。また私はさらに生徒数が減ったときに危険な考え方が包蔵しておると思うのですが、例示は悪いのですが、現状はこれだとします。全国の高等学校の生徒を入れる施設の現状がこれとします。急増をした際に、かりにこれだけの施設が必要だとなります。あなた方はこれだけはふやそうとしておる。ただし、その際には一割の詰め込みは認めてくれと、こういうことですね。ところが、生徒がこれに四百万入っておるとする。四十年以降になってきて、だんだん減り始めると、これを私の言うようにこうしておくと、このくらい余るのじゃないかと、こうおっしゃるのですね。ところが、その際は私が冒頭に聞いたように、一つの教室に入れる生徒数が三十とか、あるいは二十七、八とか、三十五とか、こういったところに下がっていく、いわゆる望ましい基準に合わせて収容し、特に実業学校、工業等については十七、八人の人間を入れていく、こういうことをきちんとあなた方に将来に対する設計と責任があれば、私はこれからこれだけ広げた施設というものは余らない。むしろ望ましい状況に持っていく、これでも十分ではないのじゃないか、こう言っておるのですよ。だから、決して現在のすし詰めというものをやや緩和するという観点に立てば、明らかにお説のとおり、施設は余りましょう。しかもこのときにこそ望ましい状況にしたいとおっしゃっているのですから、今言ったように三十とか三十五とかいったような、単に実業学校ではなくして普通高校の生徒もそれだけ下がってくると決してこの施設はむだなものにはなってこない、こういう理屈を言っているのですよ。どうしてこれが納得いきませんか。ただ問題は、金が出せないということはあるでしょう。どうせ……。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今のお話はわかります。わかりますが、現実に即して考えた場合——わかりますというのは、理想的にはそうしたいものだという意味においてはわかります。理想状態が数年後に到達できるという前提においては余らないということもわかります。わかりますが、現在すらもが乙号基準にやっとこさ達するかいなかという状態、今度の基準は甲号と乙号の間くらいをねらってようやく立法措置ができたというのが情けないかな日本の現状であるという前提に立ってものを申し上げておるのでありまして、先刻も申し上げましたとおり、そのピークのときには前年に比べれば四割ないし五割ふえる。その状態が三年続く。その五割もふえるであろうものを、四割だけは何とかして施設、設備も充実し、教員組織も充実してやっていきたい。むろん甲号、乙号の中間的な基準ですから、理想状態ではないわけですけれども、それもそうせざるを得ない現状に立脚して法律案そのものがなっておるわけですが、そこでその四割ふえたのに、あるいは五割ふえたのに、一割のすし詰めだけはがまんするということは、先刻も申し上げましたとおり、四割だけは、ほうっておけばふくらむであろうものを解消するという努力目標を実現したいという内容を含んでいるわけであります。その実情に即して、おっしゃるように、三年間に、理想状態は念頭に置いて考えれば、きちんと整備をしてみても余るということはないじゃないかと、おっしゃるとおりに余らないようにするためには、昭和四十一年、ピークが一応終わりました四十一年にその理想状態に到達できる実力が、実際上そうできるということが保障されませんことには、余らないじゃないかということにはならない道理ですから、おっしゃるとおりにするためには、おそらくピークが終わりました後に、今までのテンポでいけば数十年かからなければ到達できないであろうと、前向きに毎年毎年積み重ねていきましても、数十年かからなければできないであろうと推定されるということを念頭に置いて考えれば、理想的にはわかる話ではありますけれども、現実にはむだなものが、いわば不良投資的に現実に目の前に現われるのではないか。学校の先生もピーク時には職場を得ておったんだが、余ってしようがないからどこか配置転換するなり、やめてもらうなりということをせざるを得ない場面に追い込まれるのではなかろうか。そのことが実際上目に見えておるから、そういう幅の広いことは、理想的に言えば残念ですけれども、現実にはやむを得ないじゃないかと、こう思っておるわけであります。お話そのものの理想性はよくわかります。
○豊瀬禎一君 この問題だけであまり長くやりたくないと思っているのですが、四十一年、四十二年の生徒が減少し始めたころに、望ましい教育設計というものを具体的に描くことなしに、この法律案というものはきわめて無意味であり、ある意味においては弊害を伴います。たとえば教員のことで触れられたけれども、これは詳しく私が言うまでもなく、たとえば高校の先生が十八時間持っておるとする。教材研究等の立場から考えて、国立付属高校等のように十六時間にすることが望ましいし、あるいはもっと少なくすることが望ましいかもしれないし、生徒の教育という部面からだけ考えてみましても、英語なら英語というものを、Aという先生だけに毎週教わるよりも、二時間はA先生、二時間はB先生に習ったほうがよりよいということも御承知のとおり。やたらに先生をふやすということは問題でしょうけれども、急増のときにふえた先生が、生徒が減って、首切り、配置転換が起こるという、その考え方が大臣にあるから、私は根掘り葉掘り聞いておるのです。そうでなくて、少なくとも生徒が減ったときには、政府としては、何十年もかかるというようななまぬるいことではなくて、英断をもって、このときこそ普通高校も三十程度とし、教員の週の持ち時間というものをもっと少なくしていく、そうして教育効果を上げていく、この望ましい青写真をまず確定しておいて、そうして、その際の施設はかくあるべきである、教職員定数はこうあるべきである、工業学校はこれだけのものがあればこれだけ技能者が養成できる、また、しなければならないだろう、こういう判断に立って望ましい教育理想図を策定する。その上に立って、急増のときに当分これでいきましょう、これならば、この法律案の矛盾欠陥というのも全くがまんできないものではありません。幾多の長所を持っております。しかし、根底に、大臣のように、減ったときには配置転換とか、やめてもらうということが起こりますということは、減ったときに、一学級を望ましいところの三十人に、あるいは教師の持ち時間というものを減少していくという考え方がないのではないかと受け取れるのですが、もう一度、私が言っておるような精神をお持ちかどうか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) もちろん持った上での話を申し上げておるわけでありまして、さっき豊瀬さんのおっしゃるようなことをすれば、そういう気持は全然ないにかかわらず、現実には配置転換なり、やめてもらうということに追い込まれるおそれがあるから、一割のがまんをしておいて下さいということであります。ピーク前の年とピーク時の年を比較して、生徒数が四割ないし五割ふえるということを特に申し上げましたのも、その意味でありまして、その急増するであろう四十一年からは、減るであろうことがはっきりわかっておる。そうして急増対策をやって四割もの、いわば、減ったときのことを考えれば、よけいな施設、設備、教員組織までもやるということで、三年間たって減るときになりましたときに、四割ふえただけ要らないから、教員の場合は、やれ首切るの、配置転換するの、設備そのものも、余ったからぶちこわすか売り飛ばすかということでなくして、それはそのまま温存していくわけですから、ピークが終わったときには、四割に相当する部分がおっしゃるような、内容の改善、学級編制の生徒数の減少の効果をもたらすことを期待すればこそ、ピーク時に今申し上げるように四割のものを整備しよう、こういうことですから、ピークが終わった後の年次計画で、二十人なり三十人なりに何年計画でやるかということを申し上げないから、そのことがけしからぬというならば、甘んじて受けざるを得ませんけれども、しかし、ピークが終われば先生は一人もやめさせない、配置転換なんかもしない、施設、設備もそのピークが終わった後に余裕が出てくるであろうものは特別教室に転用するとか改造するとかいうことで活用していくということで、内容も整備し、学級編制もゆとりのあるものに持っていく、その下地も含めて、先ほど来御説明したようなことを三十七年度に毛要求したいと、こういうことであります。
○豊瀬禎一君 そうすると、端的にもう一つ聞きましょう。大体十八万程度をすし詰めにしたいと、こう言っておるのですね。これに対する、もしこれを、その増だけの分を教職員を採用する、すし詰めにしないで。そうして施設も、十八万と限定して、十八万に必要なだけをする。これで人件費と施設にどのくらいの計算をしてあるか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 今ちょっと頭に浮かびませんが、おそらく臨時費で相当かかるのではなかろうか。経常費におきまして、教員数でも相当な、数千人に及ぶのではなかろうかと考えるわけでございます。正確な数は、ちょっとはじかないとわかりませんが、現在一千億の新設を見込んでおりますが、この中には拡充の経費もありますが、二十数万の新設に対して、実は一千億、もちろんこのほかに、既設の学校での学級増で四十万人分の増加はありますが、二十万足らずを全部新設へ持っていくなら同じほど私はかかるのではないかと思うのです。
○豊瀬禎一君 私が言ったのは、一歩譲って、現在のすし詰めを解消していく方策を、この法律の中に逐次入れていかなければならない。しかし、一歩譲って、ただ単に十八万だけをとらえても、生徒が減り始めたころの望ましい姿を年次計画でやっていく際にも、施設、教員ともに余らないどころかむしろ不足する。現在の高等学校の特別教育活動や、クラブの活動とか、特別教室等の不足から見ていくと、当然それが予想されると思うのです。しかし、これ以上質問しても、なかなか大臣からはっきりしたことをお答えできないようですので、この問題は終わりたいと思いますが、火曜日にも問題になった教育訓練小委員会の報告書等から見ましても、またそれはそういうものに準拠しようとしまいとにかかわらず、文部省としては、現行学校教育制度を肯定していくという立場に立つと、中等教育の充実完成というものに対しては一つのプランがあるはずです。現行の教育制度の立場を肯定してその場合にその角度から言って、現行の中等教育の完成、あるいは完全な中等教育の実施、こういうものについて検討——計画がありますと言ったってないのですが、検討を加えて、真剣に取っ組んでいくという方針に立っておられますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) これは私一個で考える、考えないということを離れまして、文部省として終戦以来考え続けておる課題であります。
○豊瀬禎一君 考え続けておっても、こういう法律が出たということになれば何をか言わんやですが、やはり諸外国の教育に対する施策や関心の深さから考えて、大学教育にも、幼稚園教育にも、幼児教育にも、日本の教育制度としては重大な問題を持っておりますけれども、中等教育の完成ということも、非常に大きな問題だと思う。その角度から現行の中学校、あるいは高等学校をどういう形にしていくか、先ほど言ったように、中等教育の完成という角度からと、完全な中等教育というのはいかなるものか、私はこちらの方が重要だと思うのですが、こういうことを十分計画、検討していって、その青写真を持った後にすし詰めに対応していく、急増に対応していく、こういうことでないと、私はさっきも言ったように、その時期にそういう弊害の中で教育を受けた者は、再度その学校に出戻りして教育を受けるということはできないのですから、財政措置や、あるいは全体の予算の中で、ある特定の時期の子供たちだけが不遇な条件の中で教育されるということは、これは国として最も重点を置いて配慮していくべきだと思うのです。一千億はたいへんなように言っておりますが、今の二兆数千億に上ろうとしている予算の規模からすると、こういう生徒急増に対処する金の一千億というものは決して高額のものではない。日本の中等教育の完成という立場から考えていくと、むしろ安きに失する金であると思います。 このことは一応この程度にして、次に問題を進めていきたいと思います。
○委員長(平林剛君) ちょっと速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(平林剛君) 速記を始めて下さい。 午後は一時四十分より委員会を再開することにいたしまして、暫時休憩をいたします。 午後零時四十七分休憩 ————・———— 午後二時十八分開会
○委員長(平林剛君) ただいまから文教委員会を再開いたします。 なお、ただいま青柳秀夫君が委員を辞任され、その補欠として梶原茂嘉君が選任されました。以上であります。 ———————————
○委員長(平林剛君) 豊瀬委員より、当面の文教政策について緊急に質疑いたしたい旨の要望がありましたので、この際発言を許します。なお、豊瀬委員に申し上げますが、本日の運営につきましては理事会の決定もありますので、その点御勘案の上、御質疑下さるようにお願いいたします。
○豊瀬禎一君 火曜日に私は学力テストの問題に関しまして、現行教育関係諸法規に照らしても明らかに違法であり、さらにねらいとしては、この問題が教育の国家統制を意図するものであり、民主教育の最も中核であるべき各級機関並びに現場教師の自主性、あるいは権限というものを混乱に陥れるものであり、さらには、こうしたテストの実施によって中学校の予備校化等の現行学校教育制度の破綻をきたすものであるという観点から、学力テストを中止していただくように大臣に要望いたしておきました。しかし、残念ながら本日強行されたようですが、私が案じておったように、本日の新聞や私どもの連絡によりますと、非常に各地に憂うべき事態が起こっております。教師と教育委員会が実施について論争するということは、まだいろいろな面で許されるとしても、私は本日特にただしたいと思うのは、各所において生徒がこのテストの実施を拒否するという事態を生じております。群馬県北群馬郡吉岡村の明治中学校におきましては、三年生全員がテストの結果を指導要録に記入されるのはいやである、こういう立場から登校を拒否いたしてテストの実施が行なわれておりません。また、葛飾の上平井中学校におきましても、生徒たちが開始しようとした教師に対して、テストを受けたくない、こういう意思表示をしております。これはある一部の愚かな人に判断させると、何者かが幼い青少年を扇動したのじゃないかと、こういう論を吐くかとも思いますけれども、私はたびたびの委員会で同僚委員が指摘しましたように、やはり一つの問題として、指導要録に、本人のその日の条件が全く考えられないで行なわれたテストの結果が書かれるように強制つけられておるということを、大なり小なりに生徒が自分たちの一生の問題として不安を持ったと思う。同じ不安を持っても、ある生徒は心の中に包蔵しながら、いやいやながらテストを受けた者もありましょうが、私が今指摘しましたように、登校拒否あるいは受験拒否、こういった状態を生じております。こういう現実に起こった事態に対して、テスト強行責任者である大臣としては、どういう反省とお考えをお持ちでしょうか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お話しのようなことが起こったことそれ自体をまだ知りませんが、かりにそうであったといたしまして、この生徒の態度は望ましいことではないと思います。また、生徒たちがそんなふうなことになるように放任したか、もしくは十分に説得しなかった先生の怠慢であると考えます。
○豊瀬禎一君 相変わらず大臣はそういう言い方をされるのですが、たとえば生徒が、受けたくないという意思表示をする。あすは登校したくないという行動に出る、そういった際に、教師がこの問題を教育的にどう処理するかということは、御指摘のとおり、教師の重要な責務の一つでしょう。しかし、事の起こりは、教師が自分の教科指導の課程に基づいてそれをやろうとして起こったことでなくして、すでに組まれておる十月二十六日の教科課程を無視して、あなたが学力テストを強行されたそのことに対する生徒の不満として現われたと見るべきですよ。したがって、現象論としての形の解決策はありましょうけれども、その原因を作ったあなた自身に、教師の不手際であるとか、あるいは生徒の心得違いと、こう一方的に全然責任ないと言い切れますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 責任はないと思います。と申しますのは、今度の一斉学力調査は、何度もお答え申し上げておりますように、文部大臣に負わされた責任、与えられた権限に基づき、法令の規定に従って、やらねばならぬことをやっておる。それを受けて、教育委員会も、また教育委員会から要請された学校長も、やらねばならないことをやるだけのことでありますから、生徒たちがそのことそれ自体に疑問を持つということは自由であるにしましても、それを話し合って拒否するなどということは、あるべからざることと思います。
○豊瀬禎一君 あなたがここで、あるべからざること、行なうべからざることと力んだところで、数百万の中学生は何らかの形でこの問題に対して疑問を持ち、また自分の一生の問題として、自分は、きょうは受け持ちの先生から理科の授業を受けるはずなのに、文部大臣の指定した学力テストを受けなければならない。それは、大臣のやり方が間違いだという批判精神を持つということが教育基本法の精神であり、現在の民主教育の一つの柱ですよ。ただ、それが登校拒否として現われる、あるいは受験拒否として現われることについての教育上の問題はあります。このことを私は是としたり可としたりするものではありません。しかし、そういう原因を作ったあなたとしては、実施の方法について少なくとも責任を感じ、今後の反省をなさるべきだと、こう言っておるのですが、てんとして反省の必要はないとおっしゃるのですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) ないと思います。
○豊瀬禎一君 魯迅が、「眉を横たえて冷ややかに千夫のさすに対し首を俯して甘んじて孺子の牛とならん」、これが為政者の心がけであると言ったのですが、あなたは国民に、あるいは自分の行政上から起こったところのいろいろな欠陥に対して、全く罪をその現象として現われたものに帰して、あなたの企画あるいはあなたの施策、これに対して反省の態度がないということは、まことに日本の文教にとって残念なことですが、時間がありますので問題を次に移します。 この問題をはらんで、ある教育委員会は業務命令という行為をとり、ある教育委員会は話し合いによって実施をし、一部あるいは文部省の企画を修正する、こういった挙に出ております。私どもは、たびたび指摘したように、地方教育委員会の自主性を全く剥奪した今度の学力テストは、委員会法にも違反しておるし、学校教育関係諸法規の精神でもないと思うのですが、こういうことを、かりにいろいろな問題があっても、業務命令で強行させる。特にはなはだしいのは、小学校の校長をテスターとして任命しようとして、それを拒否されて業務命令を出した、こういう事態があります。当該小学校の校長は、何々小学校の校長にするという辞令をもらって、そこに勤務すべき責務を持っています。それをほかの中学のテスターにする。それを、私は自分の校長の責任からできませんと言っているのに、業務命令等を出す。ここまで現行の制度が踏みにじられ、紊乱しておるというのは、根拠のない五十四条の二をたてにとって強行したあなたに責任があると思いますが、今もなおないというお考えですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 法律上はないと思います。
○豊瀬禎一君 小学校の校長をテスターとして委嘱するのに、本人が自分の責務からできないと断わった際に、業務命令を出すことが法的に合法という判断ですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) それは別問題でございまして、教育委員会対学校長の関係で、これこそ自主的に判断さるべき範囲内の課題と思います。
○豊瀬禎一君 米田君がたびたび指摘したように、現行の教育行政組織法、さらには委員会規則、学校管理規則等で定められておることも、あなたは文部省の権限として変更しなければならないことを強制したでしょう。そういうあなたであれば、今私が指摘した、小学校の校長をテスターとして任命することに対して業務命令を出すことがよいか悪いかという法律解釈は、大臣として当然あるべきであり、もしそれが適法でなければ、あなたお得意の五十二条ですか、たびたびあなたが言ったように、適法でない執行が行なわれておると判断すれば措置要求をなさるべきでしょう。こういうことこそ、あなたが一生懸命になるべきことじゃないですか。適法と思いますか、適法でないと思いますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今例示されましたことの真実性は私はわかりませんが、教育委員会が今度の学力テストに、小学校長をテスターとして業務命令をもって要求するということは適切じゃないと思います。
○豊瀬禎一君 私は非常にこの問題用語にこだわるのですが、私が聞いておるのは適切か不適切かじゃない、適法か違法か。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 業務命令で小学校長をテスターに義務として課するということは適法でないと思います。
○豊瀬禎一君 このことに対しては、私も地方教育委員会に以前にそういう言明をしましたので、折衝をして撤回をさした事実を持っておるのですが、もし、きょうの実施にあたってそういう措置が具体的に現われておるとすれば、五十二条の措置要求をやるかやらないかは、いろいろの方法上の問題がありますが、適法でないという判断に立てば、大臣としては当然そのことに対しては違法を是正させるような指導助言を行なうという責任をとりますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 措置要求は、もう過ぎたことですから、対象がなくなっている時間的な今の場合だと思います。来年やりますときにそういうことが起こらないように措置する必要はあろうと思います。
○豊瀬禎一君 なるほど措置要求という法の執行はおっしゃるとおりでしょう。しかし、あなたも、私が具体的にあげた事例に関しては違法であるという判断に立っておる。その違法が現に行なわれたという事実を知っても、来年までじっと看過するんですか。教育委員会に対して、文部省の最も重要な責務である指導助言も行なわないというのですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 指導助言は、来年の学力調査をやりますときに間違いのないようにという立場から助言したいと思います。
○豊瀬禎一君 今度の場合には、事実があっても放置しておく、こういうことですね。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今の例示されました事柄に関する限りは、それを取り消したといえば、もう事態はなくなっておりますから、来年のことに関してのみ問題が残ると思います。
○豊瀬禎一君 私の言い方が悪かったのか、間違ってとられておる。福岡市に関しては私が事実責任者に取り消させました。しかし、そのほかにこういう事態があったときどうなさるかということをお聞きしておる。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) ほかの場合でも同じことだと思います。
○豊瀬禎一君 取り消されないで、業務命令が出されておっても、来年までは放置する、そういうことですね。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) すでに事柄は本日の午後三時で終わるはずでございますから、具体問題としてはどうにも処置のしようがない事柄でございますから、来年の学力調査について万遺憾なきを期したいと、こう思っております。
○豊瀬禎一君 どうも大臣のがんこなのにはほとほと感心するんですが、私は、文部省設置法を初め、大臣に与えられておる指導助言というものは、先ほど申し上げましたように、明らかに違法の措置をしておるとすれば、措置要求の適用をするかどうかには問題がありましょうけれども、指導助言をして、そういった行為に対しては業務命令を出すべきでないという指導助言は当然のことと思うんですが、そういう指導助言を一年間も放置しておくということは、これは大臣として非常に怠慢なことであるということを指摘しておきます。他日、具体的に問題があったら再度取り上げたいと思います。 それからもう一つ、これもたびたび論じたことですが、これは文部省も把握しておられるとおり、文部省が企画したとおりでなくして、地方教育委員会において、たとえば指導要録に記載しないとか、記名をしないとか、いろいろの方法で現場教師の代表と話し合いをして、いわゆる世に言うところの円満実施という形をとっておるところもあるように把握できます。これは、当委員会における大臣の答弁からすると、そのまま文部省としては看過できない事態のように私どもとしては受け助るのですが、もしそうだとすると、現状に立ってどういう措置ないしあるいは行政上の指導助言をしようと考えておられますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 御指摘のとおり、今度の学力一斎調査は、読んで字のごとく、一斉でなければ効果が減殺されるわけであります。問題も同じものでなければならない。と同時に、手続一切も全国同じことでないならば、一斉調査の目的はその範囲においてくずれると思います。したがって、文部省から指示しましたとおりの調査が行なわれることを理想といたしております。それに対して、そのとおりに実施する努力をすることが教育委員会の責任として生まれておる関係に立っております。したがって、御指摘のようなことがもしあるとするならば、それは真実を把握しまして、その上に立って適切な判断をし、適切な処理をいたしたいと思っております。
○豊瀬禎一君 約束の時間よりやや早いようですが、学力調査に関する私の質問はこれで終わります。
○委員長(平林剛君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(平林剛君) 速記をつけて。 ———————————
○委員長(平林剛君) 次に、午前に引き続き、公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律案を議題とし、審査を進めます。 質疑の通告がありますので、発言を許します。
○豊瀬禎一君 午前中に質問して一応明らかになった事項に、生徒増に対する処置として約五割増、百数十万になると思うんですが、そのうち、新設二十数万、増築四十万、すし詰め十八万ということですが、それぞれの項目に対する施設の予算、施設の金額、人件費、別にしてお答え願います。
○政府委員(内藤譽三郎君) 手元に施設関係の予算はございませんが、早急にこれは調べたいと思っております。先ほども申しましたように、高校急増の新設分と拡充分につきましては、これは来年度予算に要求いたしております。ただ、すし詰めの分は十八、九万ございますが、これは予算要求いたしておりません。先ほど午前中の質疑の中で、豊瀬委員から、この関係を新設で見たらどのくらいかかるかというお尋ねがございましたが、試算いたしましたところ、これは土地の購入費まで一応入れておりますが、約五百億でございます。文部省が生徒急増に見ておりますところの新設と拡充の分で約九百億ないし一千億と見込まれておりまして、このすし詰めの分だけで五百億、これはおもに土地と施設設備に関する経費でございます。このほかに、高校急増の新設と拡充に要する公立学校分だけで教員数が二万二千ほど必要でございます。なお、すし詰めの分をこれを新設なり拡充で見た場合には、一万二千人のさらに増員計画をしなければならない。給与費全体で急増期間中の経費が約三百億にこれは経常費としてなるわけでございます。
○豊瀬禎一君 大体、大まかなところはわかりましたが、午前中にも私がいろいろ指摘いたしましたように、教育計画というものは行き当たりばったり主義ではだめであることは御承知のとおりです。したがって、望ましい基準であるとあなたが答弁された甲号基準ですね、これに財政的な配慮も加えながら御答弁願いたいと思うんですが、およそいつごろまでには、たとえば普通高校四十、実業高校三十を望ましい基準とした場合に、これを実現したいという意図をお持ちですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 高校急増が一段落した後以後、大体数カ年後には四十に持っていきたいということでございますから、高校急増のピーク時が四十年でありまして、四十一、二年までが残りますが、だんだん漸減して参りまして、四十五年に推定で百六十六万人になりますので、この辺を目途に、なるべく早い機会に四十名に到達するように最善の努力をしたいと考えております。
○豊瀬禎一君 四十一、二年ごろから百六十六万くらいに落ちるというのは中学卒業生ですか、それとも推定する高校入学者ですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) これは中学卒業生のわけでございます。現在、中学の卒業生は、高校急増時には、三十八年は二百五十万でございますから、約百万近く減るわけでございます。そうなると、進学率がかりに七〇%といたしましても、生徒の収容力はずっと落ちるわけです。百二十万程度に落ちますので、この辺を一応の目標にしながら検討してみたいと思うのでございます。
○豊瀬禎一君 今言われた到達の年次というものは、私の質問も一応あなたの胸づもりというか、あるいは文部省の希望決意といった程度で聞いたのですが、そういう計画に対して、大蔵省あるいは自治省等と折衝して、大まかな何というか、妥結点というか、そういうものを得ておられるのですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 実はこの点は、大蔵省や自治省と話をいたしません。と申しますのは、当初から自治省、大蔵省は、急増後にこういう定数法を作ろうじゃないかということなんです。で、急増後に作られた場合は、私どもとしては急増期間中の定員をどうして確保するか、全然道がないわけでございます。そうなった場合には、改善どころか急増自体に支障がくるわけです。文部省としては、とにかくこの基準で急増を乗り切って、急増後になりますれば、先ほど大臣がお答えいたしましたように、実は設備にも余裕が出るし、教員の数においても余裕が十分に出るという判断をいたしておるわけであります。そこで、その教員を首切るわけには参らぬと思います。その定員をもって学級五十を四十にするほうに積極的に努力していきたい。この点は小中学校の義務教育の定数でも同じでございます。三十八年で一応五十になりますので、その後は今のままでいきますと、相当教員数が余ってくるわけであります。それを首切らないで、五十を四十にしていく方向に努力を払っていきたい、こういう考え方でございます。
○豊瀬禎一君 大体わかりましたが、これは与党の理事さんにお尋ねして、与党の文教長期政策を聞くべきところですけれども、それは許されませんのでやむを得ないということにして、当然、私は午前中からも言っておるように、中等教育の完成をどういう計画のもとに行なっていくかという策定の後に出すべきだということをさらに力説しておきます。三十八年二百五十万が、四十五年に百六十万か七十万に減った後のことを考えてみますと、現在の五十、ないし今度すし詰めをふやすと五十四、五になるところもできると思うのですが、その生徒数と、二百五十万と百六十六万、五十五対三十五、この比率をとってみると、完全に二百五十万を受け入れるような施設を作っておっても、三十ないし三十五に生徒数をしてくると、きれいに合うだけじゃなくて、むしろ私は特別教室、いわゆる理科教室、音楽教室、クラブ活動に必要なクラブ室とか、そういうものがまだまだ不足する、こういう考え方なんですが、これに対する青写真がないというので、私はここで、この問題の一つの結論として、少なくともこういう長期の文教政策を確立して進めてもらいたいと希望しておきます。 次に、この法案の一つの骨子である教員の算定の方法として、児童総数を五十で割ってはじき出し、その総数に対して、県全体に国が措置をしていく、こういう立て方だと思いますが、間違いありませんか。
○政府委員(内藤譽三郎君) そういう立て方をいたしておりません。従来の甲号基準、乙号基準でございますと、生徒総数を乙号基準は四十、もちろんこれは当分実施しないという附則がついているわけですが、乙号基準は五十で割って計算する。こういう方式をとりましたが、今回の定数法につきましては、これは生徒数そのものをとりましたので、平均二十一、二名に一人の割になっておるはずでございます。ですから、この水準は世界のどこの国に比べても落ちてないと思う。西独についても、あるいはイギリスについても、大体中等教育として恥じない定数は確保されている。こう思うのでございます。
○豊瀬禎一君 それがほんとうであれば非常に喜ぶべきことですが、第六条に一学級の生徒数のこういう定めがある。そうして具体的に文部省の資料を見ますと、三十六年五月一日の指定統計によりますと、高校教員数が各県ごとに出してありますね、現数を。その数が問題あるのじゃなくて、これと、たとえばこの法律によって比較をします際に、たとえば北海道では七千九十九という数が出ているんですが、この法律施行の際には、北海道の教員数はどういう方式で割り出すのですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) そこに上げてありますのは、現員と定数と比較しているわけです。現在、北海道の現員が何ぼあって、この定数ではじいたところの定員は幾らというふうになっておりますので、そこに増減表が出ておりますから、校長、教員と実習助手、事務職員等含めて総数として定員が六千八百六十二、現員が六千三百十一、差引五百五十一の増ということになっておるのでございます。
○豊瀬禎一君 私が聞いているのは、たとえば北海道の現在の教員が七千人か、六千人かおる。これは実情として把握してあると思うのですね、実態を。この法律で教員数を算定するのはどういう方式をとりますかと聞いているんです。
○政府委員(内藤譽三郎君) この法律で、算定方式は第九条に出ておりますので、これをごらんいただきたいと思います。で、これは一人から三百人までは二十で割っているわけです。生徒二十人に一人の割合で教員を置く、それから三百一人から七百五十人までが二十五人に一人、これは最初の三百人を差し引いて、それからスタートしておりますから、そこだけが悪くなっていると申しますか、実際はこれを平均しますと二十一、二人くらいになると思います。この方式を使って、農業、工業、水産の場合は、従来四十でやっておりますから一・二五倍をかけたもの、それから商業と家庭の場合は、普通課程に比べて実験実習の科目が約三分の一ございますので、その割り増しをして一・〇七五倍をしたということでございまして、このほかに、学科による補正があるわけでございます。たとえば工業、農水の場合には、同じ一学科でも規模の大きいところがある。そういう場合には若干の増が必要でございます。それから農業や工業、水産というような場合には、一学科を置くごとに学科の補正をいたしたわけでございます。それは、普通課程に比べて実験実習等が多いのでございますから、学科補正をいたしたわけでございます。そこの算定方式は、九条をごらんいただきますと、そこに一般の教員が出ておりますし、十条には養護教員、十一条に実習助手、十二条に事務職員が出ておりますので、この方式ではじき出しますと、一応の基礎が、数が出ると、それはあくまでも積算の基礎でありまして、この法律は、七条に規定しておりますように、各都道府県または市町村ごとの総数が必要なんです。この総数を交付税で保障しようと、こういう趣旨で、八条以下については、この積算の基礎が出ておるわけでございます。
○豊瀬禎一君 そうすると、実際に都道府県教育委員会が、それぞれ所管する学校に教員を配当しようとする場合の基準は、この九条一表その他の表を適用してやっていくと、こういうことになりますか。
○政府委員(内藤譽三郎君) そうではございませんので、これは七条に規定しておりますように、都道府県、市町村ごとの教職員の定数の総数をきめるのであって、それぞれ八条以下に規定しておりますことは、その積算の基礎なんです。この積算の基礎に基づいて総数をはじき出すと、その総数を地方交付税のほうで保障しようというのがねらいであって、現実に各学校にどう配置するかという問題は、教育委員会が条例その他できめる性質のものでございます。これは定数を規定したものでないということを御承知おき願いたいと思います。
○豊瀬禎一君 したがって、第六条の定めによると、一応、普通高校の場合には学級の規模が五十という基準が出てきますね。そうすると、教員を配当する際には、千百二十名おるとすると、千百二十名を五十で割って出てくる答えというものが教員配当の基準に、都道府県教育委員会としては実際やっていくのでしょう。
○政府委員(内藤譽三郎君) 都道府県教育委員会としては、実際の学級をどういうふうに定めるか、学校の規模によって実際何学級編成にするかということでやると思います。その具体的な学級編制の基準に基づいて配置計画を立てると思うのです。ですから、従来の交付税でも、これは生徒一人当たり幾らということで積算いたしたわけでございます。今度は、生徒一人当たりということのほかに、できますれば、教員数という単位費用をもうけたい。ちょうど、これは小中学校の定数法と同じであります。総数をはじくと、具体的に各学校にどういう配置計画をするかということは、各学校の規模をきめて、その規模に基づいて府県が条例で各学校の定数を定める、こういうことになるわけであります。
○豊瀬禎一君 だから交付金を渡すところの積算の基準として、生徒一人当たり二万何千幾らということになっている。それに生徒数をかけてやった。今度は新たにこれに教員数も加味した積算のやり方をやるのだということでしょう。それを予算というか、交付をする際の算定でしょう。だから実際は現行においては甲乙あって、甲が一応たな上げされて、乙だけが基準になっている。この法律ができて、第六条の学級編制の基準というものができた際には、さっき言ったように、五十で割って教員を配当するという形になりはしないですかと聞いているのです。
○政府委員(内藤譽三郎君) これは学級の基準をきめたのでございまして、別にこの定員の中で四十人で編制ができるならそれでも差しつかえないわけです。ただ、農業や工業の場合は、これは現在の乙号基準は御承知のとおり五十人になっております。ところが、この法律で積算いたしておりますのは、四十で積算している。そういたしますと、かりに五十でクラス編制いたしますと、教員が余るわけです。だから農業、工業の場合には四十に縮めた。普通課程の場合は五十が標準でございますが、決して五十でなければならぬという理由はないので、定員のやりくりがつけば、それはその範囲内でできるわけでございます。
○岩間正男君 ちょっと関連して。五十人で予算をきめる積算の基礎、そういうときにどういうふうにしますか。学校別にやるのか、それから学校全体をあわせて、県の全体の人数をたとえば五十で割るというような方法をとるか。もう一つは、学校別でもこれは私は正しくないと思います。学級別で、学年別でやらなければならぬ問題がある。その点はどういうふうに抑えているか。全体をトータルしてそれを五十で割る、それが予算定員になりますか。
○政府委員(内藤譽三郎君) これはこれで各学校の定員をきめているのじゃないのです。文部省といたしましては、国できめる場合には、交付税でどこまで保障するか、従来の交付税は学校の経費を一括して、人件費その他の経常費を含めて生徒一人今おっしゃったように二万とか、三万とかいうきめ方をしているわけです。これですと、一体教員の定数をどこまで見込んでいるのかわからない。したがって、交付税で保障が十分ではないから、幾ら文部省が努力いたしましても、乙号基準の九四%とか何とかで、それ以上上がらないわけです。そこでこれでは困るから、小中学校の定数法のように、あの法律は何県が何ぼと出るわけです。福岡県が一万五千なら一万五千という数字がぴしっと出るわけです。同じように、高等学校につきましても、府県ごとに、あるいは市町村ごとに教職員の総数というものが出るから、それを交付税で保障しよう。その保障のための積算の基礎として教職員の総数、実習助手の総数、事務職員の総数というのが出てくる。その総数を確保いたしますと、教育委員会が知事と折衝するのに楽なわけです。そこまでは交付税の裏づけがありますから予算がとれる。そこで今度とった分をどういうふうに配当するかということが次に問題になってくるわけです。ところが、各学校いろいろ千差万別でございますから、その場合には、実際学校の単位をなしているのは、岩間さん御承知のとおり学級でございます。だから、この学校は何学級編成だということになりますと、学級を基礎にして条例で配当基準というものを作り、各学校の定数がきまってくる、こういうことになるわけでございます。
○岩間正男君 なぜ私はそういうことを聞いているかというと、これは予算定員というものは実態とははなはだ違うのです。これはもう昭和二十一年の三月、東京都でわれわれが定数をきめるときに問題になった。このときに小学校四十五人という一応の数をとったわけです。ところが全都の人数を四十五人で割って学級数を出してきました。ところが、これに合う現実というものは一つもないわけです。実際に学校を見ると、まず千人なら千人あります。しかし、その学年別で割っていくと、たとえば一年生は百三十二人とか百三十五人とか、そうすると、四十五人以内でやっていくというと、それは三学級というけれども、実際は四十五人以内になるわけです。ところが全体の数で割ると今の誤差というものは全然これは出てこないわけです。私がそれで計算したところが、大体一割五分くらいの誤差を見なければ学級実態に合わない。それで、私はこれは世田谷区だけを調査した。急速に調査をして、それで各学校の統計を出しなさい。各学年別に作っていけば、四十五人以内でやっていくというと、今の全部のトータルに比べて大体一割五分くらいのこれは誤差、割増しを見なければ現実と合わない。そういうことで、結局それを認めさして、そうしてこれは教員組合の一番初めの戦いのときでありましたが、このことが東京都で結局通ったわけです。定員千何人かの首切りをしなければならなかったのだが、首切りはそれで中止されてしまった。私はそういう戦いの経験から申しているのですが、予算定員の、今のような機械的なやり方でやっていけば必ず実態に合わなくなってくる。それで、今のような五十人という形でいけば、一方ではどうしても三十人とか四十人で組まなければならないところがあるのですから、当然これは五十人のワクをはみ出して、一方ではその結果五十五人とか六十人というような学級が現実に起こってくるのですよ。そうすると、それを地方の今度は——大本だけは概算できめておいて、そうしてそれは、実際の配分は地方でやると言うけれども、ワクの面では非常に締められて誤差を認めていない。そういう形で最初の予算定員がきめられている限りは必ずそのしわは下にいくわけですよ。こういう点をもっと科学的に私ははっきりしておくべきだと思うのです。きっと豊瀬委員の質問もそういうところに関連してくるのだと思うのですが、こういう点についての、これはどうなんです。つまり、これは現実をつかんでいないわけですよ。こういう現実をつかめば今のような数学でちゃんと出てくるのだ。誤差を一割五分加える。こういう格好になっていけば、全体の数をたとえば五十人で割っても、それを一割増しをしなければ五十人以内という線は出てこない。これは数学の明確にしておるところなんであって、この点はどうなんです。
○政府委員(内藤譽三郎君) 小学校の義務教育の国庫負担を国で組む場合には全国平均の四十四で計算をしております。ですから四十四で学級数を推定しまして教員数のはじき方をするわけでございます。ところが、お説のとおり、各都道府県におきましては四十五で一律に割って学級数を出すなんということは非常に無謀だと思う。これはむちゃだと私は思っておる。そこで、各府県がやる場合には各学校ごとにちゃんと、今あなたのおっしゃったとおりに、各学校ごとに何学級かということをきめて、それを集計して出すのが筋なんです。ですから、おそらく終戦直後、そういう十分な連絡がつかなかったので都がそういうふうにやったと思いますが、少なくとも都がやる場合には各学校ごとに十分積算をして学級をはじかなければならぬと思います。そこで、国の場合には一応総ワクをきめるのでございますから、義務教育の負担金に足らなかった場合には、これはあとで補正の問題が起きてくるわけです。現在、高等学校の経費を保障するのに生徒一人当たり幾らという形で保障しておるわけです。生徒一人当たり幾らという保障の仕方をしておりますのは私どもは合理的でないと思うのです。生徒の経費のほかに教職員数という単位費用を設けるべきだ。そうすれば、何県が何ぼという数字になりますから、その数字だけは交付税で保障されますから、この法案が百パーセント実施できるわけなんです。今度は具体的にそれをどういうふうに配当するかということは、これは先ほど申したと同じように、各県が学校ごとの学級をきめて、その学校の学級の基礎によって今度は配当計画を立てる。こういうわけであって、あなたのおっしゃるようなことは国の段階においてはこれはできないと思う。
○岩間正男君 できないことはないよ、それは。
○政府委員(内藤譽三郎君) それは非常に不合理になってきます、それは。というのはこういうことなんです。非常に恣意的なものが入って学級を幾らでも、——生徒というものはこれはごまかしようがないわけです、生徒数というものは。これは最も信憑性のある数字です。ところが、学級は五十人を標準としておるのですから、四十でもいい、四十五でもいい、あるいは五十五ということもあり得ると思います。その辺になると学級数というものはこれは信憑性がないわけなんです。裁量の余地ができるから……。
○岩間正男君 いや、そんなことはない。
○政府委員(内藤譽三郎君) いや、府県でおやりになるのはいいですよ。私の申し上げているのは国のレベルで学級数を基礎にとることは非常に困難だ。だから従来から自治省は生徒数一本でとっておりますから、生徒数よりもこの法案ではじいた教職員数というものを単位費用にしたほうがもっと合理的であり、確実に保障できるという私どもは考えを持っておるのでございます。
○岩間正男君 ちょっと。今のおかしいですよ。府県の段階ではこれはさしつかえないけれども、国の場合はこれはできないなんて、できないのじゃない、そういう方法はやっぱり正確に科学的にとるべきなんです。各府県の集積したものが中央の予算になっていないから、いつでもそのひずみが中央にかぶさってくるというような形になるわけです。だから、その点はこれはやっぱり予算の算定の仕方、そういうところに問題があるので、原則をやっぱり検討する段階にきていると思いますよ、はっきり。現実に合わせるという努力をしないとこれはたいへんです。 それから、あなたの今の説明の中で、生徒の数はごまかしようがないったって、各学年の、一学年の生徒の数はごまかしようがない。たとえば百二十人いたのをこれを五学級にすることはできませんよ。五十人以内でやっていけば三学級以外に報告しようがないですよ。そんなことできるわけないです。だから、私はどうもそこの言葉は納得できません。しかし、ここは今関連質問だからこれ以上やらぬけれども、あんなのは、実はそういう点は説明用の説明ですよ、これは。もっと変えなくちゃならぬ。そうでないと必ず起こってくる。これは今非常に大きな問題になっておる。また、そうしなければ、どうも文部省の下のほうを操作するうまみがないなどというならこれは別問題だ。
○政府委員(内藤譽三郎君) これは操作の余地がないのでございますから、ですからうまみもくそもないので、機械的に第九条以下で計算されればぴしっと出るわけです。一人から三百人までは二十人、生徒数二十人に一人の割合で教員がつくわけですよ。その上は、三百人をこえますと、三百一人から七百五十人までが二十五人に一人の割でふえる。ですからごまかせない。文部省がうまみとか何か、裁量の余地が絶対にない。そういう、これはやっぱり交付税で保障するからそんな余地はさらさらないのです。
○豊瀬禎一君 さらに第五条でただしておきたいのですが、現在、公立高等学校の中で一学級——普通科ですね。普通科の一学級が、平均五十以内でもいいが、五十を上回っておる県数、全国で何県あるか。それから学校にして総数幾らあるか。公立だけでよろしい。意味わかりますか。
○政府委員(内藤譽三郎君) わかります。今ここに資料がございませんが、五十を上回っている県はほとんど全県でございます。おそらくない県は私ないと思うのです。と申しますのは、その県における有名校というものはみんな五十を上回っております、例外なしに。ただ今度は五十以下のところも相当あるわけでございます。それは地域の関係で集まらないという場合もありますから、学校数で調べますとこれはまた違ってくると思いますが、一応、文部省にある資料でできるだけのことは調べてみたいと思います。
○豊瀬禎一君 特に県別よりも具体的には各学校数がほしいのですが、もし出るならば、平均一学級五十を上回っておる学校総数、下回っておる学校総数、こういうのをもう少し小きざみに、もし資料があれば出してもらいたい。なければ今言った両方に分けたところでやってもらいたいと思います。 大体、序論と第四章のまず学級編制の基準だけをただしたのですが、午前からの理事会の約束がありますので、一応第六条の質問にとどめて私の質問は終わって、次の法案の審議に入りたいと思います。
○委員長(平林剛君) 本案に対する質疑は、本日はこの程度といたします。 ———————————
○委員長(平林剛君) 次に、学校教育法等の一部を改正する法律案を議題とし審査を進めます。質疑の通告がありますので発言を許します。
○米田勲君 私、一番先に内藤局長にちょっと御注意を申し上げますが、あんた委員の質問に答える際に、たばこを持って答えるのだけはやめなさいよ。お互いなごやかでいいかもしれぬが、少なくとも答えるときはたばこを置いて答えなさい。見ていると非常に感じが悪いですよ。 さて、私の質問ですが、私は冒頭に文部大臣に言いたいことは、この法律改正案は前の国会に出されてずいぶん論議をしました、私たちは。そしてこの法律の中にある非常に重要なポイントについての欠陥は、文部大臣も内藤局長もよく知っているはずだ、僕が指摘しているところは。それで、この国会には再提案された、あらためて。だから、もしこの委員会の討論を十分に尊重するという態度があるなら、あらかじめ、再びその問題を指摘されたり、その問題をめぐって論議が行なわれないように積極的に私は訂正をして、修正をして出すのが至当だと思う。ところが今度出してきた法律案は、前の国会に出したものと同じである。この点については文部省側の態度に、この委員会の討論や質疑を尊重するという態度が欠けておるということを私は感ずる。もっと謙虚に自分らの立てた案が最上であるというような思い上がった考えでなく、ほんとうにわれわれが真剣になって、この法律のために学校の教育がゆがめられたり、教育がわれわれの考えないほうに走ったりすることのないように配慮して検討しているんだから、もっと謙虚に考えるべきでないか、私はこの点、冒頭遺憾の意をまず表して、この法案の質問に入ります。 最初に、あらためてお聞きをいたしますが、戦後、日本の教育制度に定時制高校の制度が取り入れられた。この定時制高校が学校制度の中に取り入れられた理由は何であると考えておるのか。それを文部大臣が直接答えなくても、局長が答えるほうがよく話ができると思うから、あとで文部大臣に聞くことにして、とりあえず局長にひとつお聞きしたい。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 一応私の気持を申し上げまして、政府委員から補足してもらいます。その前に冒頭おしかりをこうむりましたが、私どもの心の中をのぞき込んだような意味のおしかりでございますが、御指摘のような気持は毛頭持ちません。国会の論議は常に私ども謙虚に伺って、また改むべきは改めるという態度でいかねばならぬという心がまえでありますことは御了承いただきたいと思います。具体的にあとでお話も出ようかとは思いますが、今、米田さんが重点を置いて論議されましたことは私も記憶しております。そのことも考え合わせつつ、この前提案しました内容そのままで提案をした。意識的にそう提案したわけでございます。一つには、いろいろと詳しく検討する時間的な余裕も制約があったことにもよりますけれども、全面的に国会の論議を軽くあしらって、無視しているんだという断定的なおしかりはいささか異存がございますから、気持だけをまず申し上げておきます。 定時制の制度が取り入れられたということは、私なりの受け取り方は、子供たちが勉学したいという希望をなるべく達しさせてやりたい。いわば教育の機会均等化を幾らかでも徹底する一つの方法として取り入れたんだと、かように理解いたしております。
○政府委員(内藤譽三郎君) 戦後における定時制が発足いたしましたのは、ただいま大臣がお答え申しましたように、教育の機会均等をはかり、特に勤労青少年のためにそういう施設を設けて教育の普及をはかっていくというのが大きなねらいでございます。ただいま大臣から冒頭に釈明がございましたが、米田委員の御指摘の点は、私どもの見解といたしましては、結局、校長が認定するので、文部大臣が高等学校と同程度以上という認定をした施設の拡充をそのまま校長が受け入れるわけじゃなくて、これは基準がございまして、その中で高等学校の教科の三分の一程度を受けることができる。これがしかも実験、実習を主とするような電気とか機械とかいうような特殊な教科を認定することができるとなっておりまして、認定する以上は認定権に伴って十分監督ができる。そとで監督ができますから、当然にその課程を全部認定するのでなくて、必要があれば試験までして差しつかえない。試験もしていいと思います。そうして確実に高等学校程度の履修をしたと言うことができて初めて単位認定を出すわけでございます。したがって、校長は認定する教科については相手方の技能教育施設に対して指導、助言ができるというふうに解釈をいたしておりましたので、御指摘の点は省令の中でこれを明確にしておきたいということで、お手元に差し上げました資料の中でもこのことは指摘しておるのでございます。「校長は、認定を行なう技能教育施設における学習の状況を常に把あくするよう努めなければならない」、「校長は、認定に係る技能教育施設における学習について、当該技能教育施設の設置者に対し必要な指導助言を行なうものとする」。これで、法律改正を待たないでも、省令の段階で十分今の法律から直接文部大臣に委任しておりますから、その省令に基づいてできるという解釈をいたしたわけでございます。
○米田勲君 私は委員長にお願いしますがね。私の聞いておることと違うことを長々と答弁されるということは、ちょっと私の質問に計画がありますので困るのです。私が質問したのは、戦後、日本の学校教育制度の中へ定時制高校を取り入れた理由は何だと聞いておるのです。その答弁がほしくてこちらは質問をしておるわけです。何だか内藤局長は、おそらく米田はやがてこういうことを質問するだろうというところで先回ってふさいでいるが、そういう質疑応答というものは速記録を見るとおかしなものになるのじゃないですか、委員長。だから質問しないことにわたって答弁が始まったら注意をしてもらわないと。 それでは次にお聞きをいたしますが、現在、定時制技能教育が進められておるのですが、私の見解をもってすると、この定時制高校の教育が相当の隘路がある。現在の状態では隘路があると思っております。そこで現在の定時制高校、この制度が取り入れられた趣旨にのっとって十全にその目的を果たすためには、どのような条件を配慮しなければならぬと考えておるのか。この点をひとつお聞きをしたいわけです。
○政府委員(内藤譽三郎君) 最近定時制がだんだんと生徒数が減って参りましたことは、これは事実でございます。私どももいろいろと検討いたしておりますが、一つは、だんだん経済の復興に伴いまして、従来定時制でおったものが全日制に相当数切りかわったこと、これは事実でございます。それからいま一つの要件といたしましては、地方財政が貧困で、だいぶ統廃合が行なわれた。しかし、最近では地方財政の方も充実して参りましたので、統廃合というものがなくなったのでございます。それから教育内容につきまして、修業年限四年でございますので、定時制は普通の一般高校と同じ教育をやっておりますので、魅力がないといいますか、そういう不満がある。それから四年では長過ぎる、前期、後期二つに分けたらどうか、こういうような改善の意見が出ておりますので、そういう点を検討いたしまして、できるだけ多くの人が就学できるようにいたしたいと考えておるのでございます。
○米田勲君 私は、今、内藤局長が幾つかあげた定時制高校の当面している隘路、これは、なるほど一つの条件ではありましょう。しかし、私はこの制度が日本の学校教育制度に取り入れられている限り、そういう隘路はもちろん文部省も責任をもって解決をしてもらわなければならないし、同時にまた、地方自治体も努力を願わなければならぬ。しかし、今も答弁の中にあったように、自治体の財政等の問題もいろいろ困難な条件があって、定時制高校が勤労青少年に魅力のある学校として発展できない状態にあるという確認があるならば、特段の配慮を国の力によって新たに払うというような決意がなければ、この制度は有名無実になっていくのじゃないか。今も全日制高校へ、経済情勢の変化から、だいぶ変化していっている。そのために定時制高校に入ってくる生徒が少なくなったということを答えておりますが、やはり職場で働いている青少年が働きながら学ぶという条件は、いかに経済状態が変わってきても、私はそういう条件はいつまでもつきまとっていくのではないか、日本の状態においては。だから経済状態が変わったとか変わらないとかいう論よりは、定時制高校の本来設けられておる目的が達成されるように、あらゆる努力を文部省は払わなければならぬということを主張したいし、また、そういう考えになるのが至当ではないか、こう思うので、隘路はどういうふうに考えておるのか、それに対してどういう考え方を文部大臣は持っておるのかということを明らかに聞きたかったのであります。文部大臣、この定時制高校の将来について、具体的にどういう考えをあなたはお持ちですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お説のとおり定時制の制度が取り入れられましたことは、もちろんいいことであるはずですから、それを整備していくことに努力せねばならぬと思います。もっとも、具体的にしからばいつからどんなことに着手して、どういうところまで持っていくかという内容までは、ちょっとお答えいたしかねます。それは政府委員からお答えいたします。
○政府委員(内藤譽三郎君) 定時制のうちでも夜間の方は現在でもそう生徒数が減ってないのであります。特別の時期及び時間において行なういわゆる昼間の定時制にいろいろ問題があるわけでございます。夜間の場合には、現在のところ大体都会地で働いておる方が多いのでございます。そこで、一つの方法としては、この法案に出ておりますように技能者養成施設で学んでおる者が相当数が多いわけであります。この数でも約六万ほど出ておるわけであります。この人たちができるだけ定時制の学校へ通えばいいのですけれども、昼間技能者養成施設で学習しておりまして、夜間は定時制に行かないということになりますと、この人たちには定時制教育が行なわれない。かりに行っておるとしても二重の負担になるわけであります。ですからその面の二重負担は解消していきたいというのがこの法律のねらいでございます。それからこの法律でもう一つねらっておりますのは、今までは各府県で通信の制度がありましたが、全国的な通信高等学校、特にテレビやラジオを利用してこれも普及していきたい。なお定時制通信教育で普及をはかりましても、なおかつどうしてもそこに行けない者が残ってくるんではなかろうか。この数については、今文部省で来年度の予算の概算要求に実態調査をいたしておるわけでございます。その実態調査をもちろんいたしておりますが——したいと思いますが、今のこれ以外の、中には青年学級もございますし、労働省の技能者養成施設その他認定数以外のものも入ってくるだろうし、労働省の職業訓練所の系統のものもありますし、あるいは農林省関係、建設省関係のものもあるでしょう。それから特に一番大きいのは文部省関係の各種学校でございます。そういうものの実態を調査して、今後どういうふうに持っていくか。また十八才なり十七才までの子供たちを何らかの形で国民教育の中に取り込んでいきたい。こういう点でまず来年度の概算要求で実態調査の予算を要求したわけでございます。
○米田勲君 私はこの定時制高校の教育を前進させるのには、一つは定時制高校それ自体の設備だとかあるいは施設だとか、教育活動というものを充実していく必要がある。一方に、これは勤労青少年ですから、生徒の対象が。だから職を持っておるわけだ。その職を持っておる者がこの定時制高校により通えるような条件を作ってやるということが、私は必要だと思う。この両面から強化をしていかなければ、定時制高校の教育の前進はない。その一方は教育行政を担当しておる者の責任であり、その一方は勤労青少年を雇っておる企業主の側で十分な理解と努力が必要だ。そういう力が相待たなければ定時制高校の教育というものは絶対前進があり得ないという考えなんです。そういう考え方から立って、私はこの法案の改正に非常に問題を感じておるということなんです。それはこの改正法案の四十五条の二の改正点がどうしても私に問題だと思うわけです。技能教育のための施設を拡充したものを高校の教科の一部の履修と認めるというものの考え方であります。この企業内における技能教育というのは、もちろんこれは学校教育法に定めるところの学校ではない。学校にあらざるところで受けた教育が学校で受けた教育と同じような立場からその履修の判定をしようと考えているわけなんです。ここが私はこの法律の大きな変わりであり、また、その変わり目に対してわれわれは非常に注意をしなければならぬということを感じておるのは、前から論じておるとおりであります。 そこで、一本では学校教育というものを教育基本法の定める精神に立脚して、そうして国が考える一定の水準に教育の水準を保たせるために、また学校教育というものを乱れさせないために法律を作っているわけです。規定もある。規則もあるわけです。省令や政令もある。こういう複雑な教育諸立法、諸法規を作っていることは、日本の学校教育というものが、みだりに国がねらっておる、国民が期待している方向と違う方向に走ろうとするのを押えるがためである。ルーズになっていくのを押えようとしておる。そういう立場で教育関係の諸立法あるいは諸法規が存在しているわけなんだ。ところが、あなた方が改正しようというこの企業内の教育は、学校教育のらち外にありますから、学校教育法等のらち外にありますから、そこに行なわれる教育というのは、これは前の国会でも聞きましたが、教育基本法の適用を受けない、学校教育法等の適用も受けない。ということは、これは何と抗弁しようとも、私が今まで考えてきた学校教育の建前をくずすことになる、くずすおそれがある、ルーズになっていくおそれがある。これだけはもういなめない、こういうふうに考えるわけですが、一体、文部当局はその点をどう考えておるのか。学校教育法の適用を受けなくても、教育基本法の定める方針に沿うておらなくても、何か省令や政令で押えればそういうととは可能なんだというような答えをするかもしれない、先回って言うなら。それだったら、学校に対していろいろな諸法規は必要ないということなんです。省令や政令の程度できめておけばいいと、一方は固くもう二重、三重どころか、がんじがらめというぐらいきびしく締めているわけです。一方はその締めがほとんどないわけです。本法の上にも、ある部分についてはあるけれども、非常にルーズにされている。本法についていえばされているのです。そういう懸念と、この改正法案の建前とは、どうも私は最後まで問題が残ると考えるのだが、どうですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) お説はよくわかります。技能者養成施設というのは、これ野放図になっているのでなくて、職業訓練法という法律に基づいて相当な規制があるわけでございます。しかし御指摘のとおり、学校関係の相当詳細にわたった法規と比べますと、この点は系列が違いますので、異なっておるわけでございます。そこで異なっておる系列のものを学校教育の中に取り入れるには、相当な制限をしなければならぬと思います。この点はあなたの説と全く同感でございます。その制限の仕方として、文部大臣が認定する。技能者養成施設はたくさんございますけれども、そのうちほんとうに施設設備あるいは教員組織あるいは教育内容、修業年限等全体を考慮いたしまして、これなら高等学校と同程度の学力をつけておる、同等以上の教育をしておるという認定がなければ、まず問題にならぬわけです。そういう意味でここでは文部大臣に指定をさせるという制度で一つ制限を加えている。で、指定そのものが今度はそれなら何でも認定するかと申しますと、そうじゃございませんので、国民教育として最も大事なものは、これは文部省がまかしていないわけなんです。ここでまかしておりますのは、一部の技術教科、実験実習を伴うような、会社でも十分できるようなそういう面の教育はこれは認めよう、この点はドイツでもイギリスでもそうなんであります。ですから学校で全部やっているわけじゃない。日本の場合でも学校教育として、国民教育として、もちろん基礎的な教養、これだけは学校がやる。ですから認定する場合でも三分の一以内というふうに押えているわけなんです。しかも三分の一以内でも十分に学習して高等学校と同程度の教育をしているという認定がなければ、これは単位をやらないわけでございますから、そのしぼりも十分かけておるということでございますから、全体としてどこに調和を見出すかという点でございますが、学校教育の体系を乱さない限度において、必要最小限のものを取り入れていきたい、こういう考えでございます。
○米田勲君 日本における企業というもののあり方は、資本主義経済の建前に立っておりますからね。企業者というのは生産を上げて利潤を上げるということが第一義の目的です、これは。決してそこに行なう技能教育が第一義ではない。私は、そこがやはりこの法律改正の問題点だと思うのです。だから、そういう本質的に技能教育を第一義的に考えないところに技能教育の一部をまかせるような形になるのですから、私に言わせるというと、やはり学校教育の制度の建前をこわすことになるんでないかということを一番おそれるわけです。技術教育だから人間的な陶冶を必要としないという論は、私は暴論だと思うのです。人間を機械のようにするわけじゃないのですから、やはりどんな技術者でもやはり人間的に人格的にりっぱなものを作っていって初めて技術者、技能者として優秀な者ができるのだ、だから、私は単に技術的なものを、その企業内では非常にまあ修練ができるからといって、直ちにそれを学校教育が当然になうべき分野をそこへまかせてしまうという考え方は、これは日本の教育制度の上では、本来とるべきものではないのじゃないか、あくまでもやはり定時制高校の教育が、日本の経済全体からいっていろいろな隘路はあるけれども、やはりこの制度を立てた基本の考え方を前進させるということに一路努力をすべきであって、定時制高校の実験教育がどう金がなくて設備施設ができない、力のある技能教育ができない、だから企業内でやっておる実験実習、あるいは修練に肩がわりさせようということは、結局、私は日本の定時制高校の教育が本来この制度を取り入れるときに目的とした到達点までいくことを阻害する結果になりゃせぬか、どうしても今この法律で改正しようというものに肩がわりをしてしまおうとする、こういう傾向が当然できますよ。学校教育が本来になうべき任務、やるべき仕事の一部なり、三分の一なりを企業にまかせてしまうのですから、これは当然まかせる方がこちら側にとって楽なんです、自治体側にとっては。文部省も楽なんです。楽になってくることはいいことではない、定時制高校の教育の前進の立場から見れば。そういうふうに考えていくと、やはり私は本法の上で相当にこれはきびしく学校教育法も、教育基本法も適用しないような建前をやめて、やはり私は何らかの形で人間教育も技能教育で考える必要があるという立場から、教育基本法の建前も、これに立脚させるというような項目や、あるいは本法の上で内藤局長は省令や政令でやるからいいのだ、いいのだと僕に盛んに説得しようとしておるが、私はこういう画期的な制度改正をねらうのであれば、それが絶対にルーズにならないのだという建前を堅持するために、本法の中にそういうような規定を置くということが、私が前国会から一貫して主張していることなんです。だから、冒頭、文部大臣は議員の発言は尊重していますという形式的なことを言っておるが、やっぱりその大事な点については本法の中に依然として訂正を加えようとしなかったというところが、私の主張が依然として続いておる理由でもある。この点はどうですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 学校教育が本体でございますから、少なくとも技能者養成施設に学んでいる者が定時制に通っている場合には、学校教育で三分の二以上の単位を履修しなきゃならぬ、その中で教育基本法なり、学校教育法の精神というものは十分に修得されるべきものでございます。で、もちろん会社の場合でも修業年限三年で学校と同じほどの形態、あるいはそれ以上に金をかけている会社があるわけでございます。しかも、これは結局人間形成として将来会社をになう者はやっぱり人でございますから、そういう意味で会社も私は学校に十分協力されるだろうと思う。決してこれは学校の任務を肩がわりする意思は毛頭ない、子供の二重負担を解消しようというだけのことなんです。ですからそのことは、決して文部省も教育委員会も定時制高校の振興発展に対する積極的な援助に対しては、従来以上にこれが努力しなければならぬ。ただ、今申しましたように、双方通っている子供の二重負担を解消しよう、これはだから例外規定でございます。例外でございますから、政令なり省令で厳重にそれは制限していきたい。ただ、こういうことがあるわけです。大学の入学者の検定をする場合に、高等学校に行かないものを、高等学校に行ったものと同等以上の認定をしております。これは文部省が毎年試験をやっておりますが、これは試験だけで高等学校卒業と同じ程度を認めて、大学への入学資格をきめているわけでございます。ですから、部分的には私はそういうことを設けることが、むしろ広く教育を普及させるゆえんでもあるのじゃなかろうか。ただその場合に、相当条件をきびしくしませんと、仰せのように乱に流れる心配があるわけでございます。
○米田勲君 私はどうもこの改正案を出した文部当局は、子供の二重負担を解消したいのだということをしきりに言っておるが、私はそういう点を強調されても、ちょっと納得しかねるのですよ、そういう言い方は。それと、今、内藤局長がこういうことを答弁したが、文部大臣にあらためて確認をします。こういう法律改正をやっても従来以上にというのですから、今年度以上に、来年度以降のことをいうのだが、従来以上に定時制高校の教育を充実整備するために、文部省は努力するということを局長は言っているわけです。これは一体ほんとうなのかどうか、その努力というのは予算の面にそれが実現できるということを言い切れるのかどうか、文部大臣にお聞きします。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 国として、この定時制教育の充実のためになすべき範囲もむろんでございましょうが、都道府県みずからがまた同じような、御指摘のような気持で積極的に協力するということとあわせて行なわれるものと思います。このための概算要求を三十七年度幾らしておりましたか、ちょっと私記憶が薄れてはっきりしませんので、その点は政府委員からお答えさせていただきます。 それから、なお先ほど来の御質疑でございますが、この「技能教育のための施設で文部大臣の指定するものにおいて教育を受けているときは、」、これは二重負担を軽減する意味におきましても、いわば能率をあける効果もございましょうが、そういうことをやりますのは、定時制高校における人間作りと申しますか、そういうことを期待するという範囲はほとんどないと思います、実際問題としてもないし、期待すべきでもないという欠陥は絶無とは言いかねると思いますが、しかし、別途定時制そのものを完璧にして、こういう技能者養成機関があっても、そのこととは一切無関係に定時制で完成するということを目ざすことはむろんしなければならないとは思いますが、現実に家庭の事情等でもって義務教育を終えて職場に入っている、入っているが、現状の定時制に通うについては勤務時間等の関係からなかなか思うにまかせないということが青少年の実際の悩みであることは確かだと思いますが、その実態に即して、定時制教育を少しでも能率をあげ、負担を軽くし、もしこういう措置が、今御指摘のようなことをやらないとするならば、つい途中で挫折してしまうであろう、あるいは初めから無理がありそうだから定時制には行かないと思うであろう人々が、幾らかでも定時制に通って、そして職場の教育と一体をなして高等学校卒業の資格も得られるという望みを持ち得る、その効果だけは少なくともあろうと思うのであります。ただ初めに言われましたように、今の日本のあり方が、資本主義を基調としてある会社等がまさにその立場において営利を中心に運営をしておるから、だから、そこの企業の訓練施設というものは当てにならないというお考えは、これはイデオロギー的な立場で言われる意味ではわかりますけれども、現実の問題としては、そのイデオロギー論は一応私どもは念頭に置かないで考えておるような次第であります。
○米田勲君 私は文部大臣からお聞きしたかったのは、今、局長にいろいろ聞いておることで文部大臣はよくわかると思うが、本来なら定時制高校の教育を前進させるために充実していかなければならない、それが地方自治体の経済的ないろいろな悪条件のために充実することが困難であれば、国がそれに対して力をかさなければならぬ、そういうものなんだと私も考えます。ところが、その定時制高校が果たすべき教育活動の一部、企業の教育に三分の一にもわたって肩がわりさせることなんですから、言葉をかえると、そうすると何が考えられるかというと、定時制高校の教育を本来伸ばして充実していくその力がこの肩がわりの作用によってとまるのじゃないか、とまらないまでも、進み方が非常に弱くなるじゃないかということがだれしも心配されるのです。ところが内藤局長は先ほどの答弁の中で、こういう法改正をやっても、従来より一そう定時制高校の教育を充実前進させるために努力が払われるのだという答弁がありましたから、文部大臣に対して、私はこのことが大臣の答弁として確認できるかということをお聞きしたのですよ。結局、来年度の予算、再来年度の予算を定時制高校の教育を充実させるために、文部省が本気になって、予算の面にもその努力が現われるようなことに責任を負う努力が一方にあってこの改正法案を出しているのかということを、局長の立場でなく、文部大臣に責任のある答弁を聞きたかったから質問したのです。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) その点はさっきも申し上げましたとおり、国も努力をいたす意思は十分にあります。また都道府県ももっと前向きに積極的にやってくれということを指示する、指導する意思も十分にあります。具体的なことは政府委員から申し上げます。
○米田勲君 それでは局長の答えた答えが文部大臣の答弁によって、決してこういう法改正が行なわれても定時制高校の教育というものが、充実強化がなおざりにされる、予算の面でも低下をするとか、あるいは全然もう現状維持で前進がないとか、そういうことはない、必ずこれは強化されていく、予算の面でも強化されていくということを私は確認しておきます。 さて、私は次にお聞きをしたいのは、先ほど局長の答弁の中に、公共職業訓練所の話が出ていますね、これはこの法律改正案とは別個なものでしょうと私は思っているのです。何か同じ、それもこの中に入り込んでくるような答弁がありましたけれども、それは前の国会で明らかになっているのではないですか。大体、職業訓練とこれは、「学校教育法による学校教育との重複を避け、」となっているのですから、学校教育で本来やるべきもの以外のものをやるということになっている、だから学校教育法に定める単位の履修なんというものは当然見られないことになる。学校教育法に定めるものと重複を避けているのですから、そうすると、これはこの法改正の中に該当してこないのじゃないか、そうではないのですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) さようでございます。
○米田勲君 そうすると、先ほどの答弁が、ちょっと私が聞いておっては、何か職業訓練所もこの法律改正の該当対象になるという、そういうふうに聞いたのは間違いですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) お間違いだと思います。と申しますのは、私が申したのは今後の勤労青少年の実態調査の中に職業訓練所も入る、青年学級も入る、こう申し上げたのです。
○米田勲君 私は、まずこの法律を改正しようと考えるなら、二つ大事なポイントがある、本法の上でうたう大事なポイントがどうしてもあるといろ主張です。一つはこの企業内教育を指定する場合、これは本法にうたってある文部大臣の指定がなければだめなんですから、その指定の条件というのは、省令なり政令にうたうからこれは入れる、ところが一方のこの指定をされる、教育活動が行なわれる、学習が行なわれる、その学習活動、教育作用に対しては、本法の上では何ごともうたってない、私はそういうことを強調したいのです。あなたの答弁は、校長が単位の履修を認定するときに、認定権があるんだからと、こういうことを強調しておるけれども、私は、その認定権それ一つを振り回していくよりも、もっとすなおに、だれにも法律が理解されるように、本法の上で、一方は指定するときの場合、一方は指定されたものが現に教育活動をやる、この過程における作用に対して本法の上である拘束を加える、条件を加えるというこの二つが抜き差しならぬ大事な本法の改正では必要事項だと思っておるのです。その一方だけがあるわけです。一方は省令と政令にしかないわけです。それもあとからお聞きをしようと思うのだが、このとおり省令や政令を定めるつもりがあるのか、単なる案なのか、あとから聞こうと思いますが、いずれにしても、本法の上では一方の大事なことだけはうたった、どうして他の一方の大事なことを本法の上でうたうつもりがないのか、なぜそれを省令や政令に譲ったのか、私は自分の知識の範囲では、省令や政令は、あなた方文部当局が行政権を持って出せば出せる、しかし出せるけれども、省令や政令というのは、やはり基本の法律の中にぴんと明文があって初めてその法律をたてにして省令や政令が行政権を持って出される、こういう私は理解をしておるのですが、ところが指定をするときの条件は、本法では、ぴんと文部大臣の認可、その条件は別にきめるというふうにうたっていながら、教育活動、学習活動、教育作用の面については、本法の上では何らうたってないということを極言しているのです。認定権があるんだということを振り回してもなかなか理解できない、なぜ本法の上では、あれだけ私がうたうべきだと主張しておったのに、本法の上にうたわなくてもいいんだ、省令や政令の上でそれはやってもいいんだという考え方になるのか、いまだに理解ができない。
○政府委員(内藤譽三郎君) これは本法の上に、はっきり書いてあると私どもはそう思うのです、というのは、文部大臣が指定をするその指定の条件は政令できめる、それからもう一つの点は、結局校長が何単位を認定するかという問題、校長が認定するということが基本なんです。その二つがちゃんと書いてある、校長が認定する場合の条件は、これは省令できめるとなっておるから、片一方が政令、いま一方が省令と、こういう二つのワクがはまっておりまして、認定するというものは、これは出てきたものをみんな認めるというのじゃないのです。認定する場合には、高等学校教育と同程度の履修をしたかどうかというのを確かめて、試験するなり何らかの方法で確かめて、そこで認定する。その履修の仕方が悪ければ、せっかく子供たちが来ても一単位も認定できないという結果になるから、少なくとも履修認定できる教科については当然私ども指導、助言ができるのがあたりまえだと思うのです。指導、助言ができないならば一科目も認定できないという結果にさえ毛なり得るわけであります。これは本法の趣旨とは違いますから、省令でその条件は十分定め得ると、こう私ども解釈したわけでございます。
○米田勲君 私はこの法律の改正を見て、まずお互いに人間であるということを考えているのですよ。人間には弱点があるわけですよ。だから校長さんが認定権を持っているからといっても、これはなかなかりっぱな校長さんでも人間ですよ、そこに一つ問題点がある。人間が認定をしなければならぬ。それから指導、助言の権限が認定からも必然的に出てくるのだという局長の説明だが、私はそう考えないのですよ。ちょうど会社の採用試験に募集をしたら学生なり青年が受験に来る、それを採用するかしないかは、その試験官、雇うほうの自由であります。だめな者ははねる。自分の考えに合った成績を取った者は採用する、こういう立場ですね。その試験官には、家庭でどんな学習をしたか、学校へ通ってどういう学習をしておったか、そんなことを拘束したり監督をしたりする権限は、その場合にないでしょう。それと私は似たような形を考えるわけなんです。ただ認定権だけならば、出てきたものをだめなものは認定しなければいい、これはそのとおりですよ。しかし、その認定権があるから企業の中へ入っていって、計画に対していろいろ指導をしたり変更を命じたり改善を命じたり監督をしたりすることが必然的に法律の上から出てくるのだという考えは、私はあまりに過大解釈じゃないかと思う。過大解釈です、それは。そうして報告をしてきたものを認定しなければいいのだというふうにあなたは答弁をするけれども、なかなかもってそういうことにはならないのですよ。実際問題としては、企業のほうからこういう単位を修得しました、これを認定して下さいと申請してきたら、人間である以上、そこを見ていないけれども、会社が責任をもって申請してきたものだ、まさかうそを言ってきたものではあるまい、また子供のことも考えたりすると、これはやはり認めなければいいのだという非情な考え方ばかりがこの場合働くとはいわれない。そこで、私は前々から認定権があるからいいという一点張りでなく、学校長が常に企業内の教育の計画実施について指導、助言ができるか、もしくは監督ができるということを本法の上にうたうことが絶対必要なんだ、そうすればそれから出てきたいろいろの省令や政令は首尾一貫して、きちっと、ルーズに流れていこうとすることを抑えることができるのだという主張なんですよ。認定権一本やりでは、実際問題としてはなかなか私は文部当局が言っているようなことにはならぬ、これは教育の実態、職場の教育の実態などをいろいろ見ると、やはりそういう弱点がどうしても出てくるのだ、そういうことをあらかじめわれわれは考えて、その弱点が補強されるようなあらかじめ配慮をするのが法律改正の上で必要なんではないか、こういう主張をしているのです。私の言うことが私自身は当然であって、それはそういうことをしなくてもいいのだという主張はどうも私はあまりにも便宜的過ぎるのじゃないか、こう思い込んで食い下がっておるわけです。どうですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) お説のとおり、これは指揮、監督、命令するならば法律に書かないとまずいと思います。ただ、指導、助言でございまして、何と申しましても会社に直接指揮、監督、命令を下すというのは、これは行き過ぎだと思うのです。こちらは認定権があるのですから認定をすることがねらいで、向こうの子供も認定してもらいたいわけです。そこらは常時連絡いたしまして、お互いに話し合いして指導、助言という程度が私はいいのじゃなかろうか、指導、助言の程度ならば別に法律に書くことはないという見解でございます。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) ちょっと政府委員の答弁を補足することになりますけれども、これは一種の法律の概念論の範囲ですが、その前に、米田さんがさっきからるる教育効果の点を青少年にかわって心配しておられるお気持は私もわかります。それは十分わかった前提において、一応の法律的な概念論を申し上げさしてもらいますが、それは今、政府委員からもちょっと申し上げておったことにも関連するわけですが、これがもし学校法人であるという場合なら、むろん問題ございません。それと、本来四十五条の二の窓口をあけて改正をします趣旨が、もしほうっておけば、職場に入った、入って職場内訓練所等で訓練を受けておることも含めて、定時制の学校に入ろうにも入りにくい、あるいは入っておっても、とかく欠席がちにならざるを得ないということは望ましくないわけですから、いわば、端的に申し上げれば、二重負担を軽減してやればもっとうまくいくのじゃなかろうかということに価値を認めてこのことが出てきておるのが主眼だと考えております。そこで、その技能訓練の施設を持っておる企業体なり、施設者の側は、そこに使っておる青少年の立場も考えて、もしこんな四十五条の二のような措置がとられるならば、進んで文部大臣の指定を受けたいという申し出をしてくる場合を想定してこれはあると思うのであります。いやだと言ってもそうさせるのだという建前ではない。事業者が希望してくるならばそういう道が開かれておりますよということで、申し出てくる。それに対して文部大臣が指定の行政処分をするという理屈だろうと思います。ですけれども、その内容は、あくまでも、文部省の側に立って申すならば、本来定時制の学校で修得さすべき筋合いだが、幸いにしてお前さんのところにその定時制の高校にふさわしい、より以上の、まさるとも劣らないものを持っていて、同じような技術訓練をしておる。そのことを、いわば学校教育上の目的を達するために委託をするから引き受けてくれ。訓練所のほうから言いますと、青少年のためにそういう道が開かれておるならば、指定を受けて、喜んで委託を受けて、責任をもってひとつやりましょうという意思が合致した場合に、指定ということが行なわれるものと考えるわけです。したがって、指定に対しまして、それならばその話はまとまったが、しかし条件がありますぞ。こういう条件を満たしてもらわなければ指定をするわけに参らない。わかりました。その条件どおりにいたしましょう。したがって、そういう約束である限りにおいては、指定した後も、必要であるものであれば、はたしてその打ち合わせの、意思の合致した内容どおりであるかどうかを監査しますよ、さらに、学校長は、はたしてある単位を与えてよろしいかどうかという立場から、必要ならば、この施設に入っていって実情を見たり、適当なことを要求しますよ。それも承知いたしております。どうぞそういう条件でそれではお願いをする。こちらからも指定をするからお願いするということで始まるという場合を想定しておりますので、いやと言っても学校長が何らかの法律上の権限でそこへ監査しに行ったり、報告書を徴したりということを法律上直接の義務として課する場合ではないのじゃなかろうか。もしそうしますためには、それは学校施設でないとできないのじゃなかろうか。もし米田さんの御説のようなことをしないならばこのことをやるべからずとするならば、およそ文部大臣の指定するものについて云々という、制度そのものが考えられないところまでいくのじゃなかろうか、こういう考えに立っておるわけでございます。
○米田勲君 いや、実はその点は私が、文部大臣が予想していたような立場から立論しているわけです。ところで私は先ほどの問題をさらに持ち出したいのです。指導、助言ならば政令や省令に譲ってもかまわないのだ、本法にうたわなくてもかまわないのだということを局長は言っておるわけです。しかし、私は依然として単位の履修を認定する認定権が校長にあるのだから、学校教育の計画実施に対して当然法律上指導、助言の権限があるということには、法律的にはならぬのじゃないか。認定権は認定権であって、その企業内の技能教育の計画だとか実施に対して発言権があるということには、法律上ならぬと思うのです。それは別個な問題だ。それは常識的な問題じゃないか。常識的にはあり得る。しかし法律上は話が違うのじゃないか。認定権があるからその指導、助言の権限が当然これから生まれてくるという論は無理である、法律上。どうですか、その点は。
○政府委員(内藤譽三郎君) 認定をする場合には、相手方も認定の条件を承知の上ですから、認定をできるだけさせるのがこの法律の目的でございますから、できたものを認定させないということは本法の趣旨じゃないと思うのです。そうであれば、学校ではこういうふうに考えていますよと学校側の意見を十分反映しなければ認定ができないわけなんです。その点から、私は、本法に規定しなくてもいい、政令なり、省令でその条件が明らかにしてあればさしつかえない。ただ法律論といたしまして、指揮監督命令を会社に下すなら、これは法律に明記しないと、本法に明記しないと私は無理だろうと思うのです。立法技術の問題として私は申し上げているわけです。
○米田勲君 文部大臣、先ほどの答弁から大臣に見解を尋ねたいのですが、私は、こういう技能教育の指定を受けようとして条件を整備して持ってくる。それを指定をするかしないかをきめるときは、まだ相当うまくいくと思うのですよ。それは的確に物理的な条件が備わっていなければだめなんですから、これは割合にうまくいく。ところが、肝心なことは、それからその指定された企業内の技能教育が、はたして学校教育がねらうような教育活動をやるかやらぬかが問題だ。私はそこに不安があるのですよ。指定を申請するときにはいろいろなことをやるが、指定を受けて実際の活動になると、なかなかルーズなものになっていくんじゃないか。そこをどうして食いとめるかということが私の心配しておるところなんです。それを食いとめる方法というものは、認定権だけでなくて、学校に対する法律上指導助言をうたうことが大切だという主張なんです。指定をするときの条件は、あまり心配はあるまい、問題はあるけれども。政令や省令にも私は意見があるけれども、その点よりも、もっと指定されたあとのことなんです。文部大臣は無理やりにこういうことをやれと言って強制していないからと言うけれども、指定を受けた、指定をした、そのあとは、それは相当大きな義務と責任があるのですよ、企業は。指定を受けたかわりには……。なぜかというと、高等学校でやるべき、生徒が履修すべき単位を、文部省の見解によると、三分の一まで技能教育については肩がわりしてやるということができるのですからね。だから、これは当然また拘束してかまわないことなんです。また拘束しなければ学校教育がねらっておるようなことを行なわすことはなかなか困難である。それは実際の問題として、定時制高等学校ができる、できるときは、たとえば町立移管したり、県立移管するときには条件が整備される。しかしそのあと十分に留意をしておらぬと、条件が、下がってくるのです。いろいろな理由がありますけれども、単に学校長が怠慢だとかなんとかいう、そういう理由ではなしに、これはきびしく常に締めておらないと、条件が下がってくる、教育活動が下がってくるということです。ここが法律を改正するときにはよく注意をしなければならぬポイントだと思う。それを政令でいいのだ、省令でいいのだというふうに、あなたがたはこの法律案を出したものだから、そういうふうにがんばるけれども、やはり私は指定をするときのこの拘束を本法で文部大臣がやるというふうに一つはしばり、一つはその後に行なわれる教育活動について、明らかに高等学校長の職務権限として、本法上一行でいいんだから、これをうたって、そして省令や政令にそれの具体的な問題を詳細にうたっておくことによって、この法律改正をしても学校教育がルーズになったり、ただ形式的に単位の履修が認められるというような弱点を排除することができるという私の考えなんですよ、問題は。ところが、私の主張しているほんとうの気持が文部大臣にはちょっと理解されていないので、先ほどの答弁のようなものが出てきたんじゃないかと思うのですが、どうですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 十分理解しておるつもりでお答えしておるつもりでございますが、そこで、さっきの話をちょっと申し上げないと、あとが出てきませんが、先刻も触れましたように、申請に基づいて指定をする、いいかえれば技能訓練施設を持っておる側が、青少年の立場に立って二重負担を解消する役に立つならば、これまた自分の職員の能力が高まるゆえんでもあるからということを望んで、そしてあらゆる条件を付せられましても異論ござらぬから申請します、よろしいそれならば指定するという関係で成り立つ。この場合の申請に対する指定処分というのは、さっきも申し上げたように、一種の委託契約みたいな内容を持っておるかと思うのであります。で、これに対して、もし米田さん御指摘のような点が懸念があるとして、その懸念は、学校長が、政令案で一応予定しておりますところに従えば、学校長が認定を行なう技能教育施設における学習の状況を常に把握するように努めなければならない、そしてまた指導、助言等ができるということを、いわば指定条件に一般的規定を設けておるわけでありますが、そういう政令に基づいて、指定処分に関連した条件として相手方も承諾しておる、その内容のことを学校長が技能訓練所の責任者に不備な点がありとして要請した、しかし、その指導、助言にも従わないというなら、それに対する罰則的な考え方は、指定を取り消すということでもって臨む、そうならざるを得ないと思います。それでもって最大の限度じゃなかろうか。その技能訓練所に対する法律的な影響を及ぼします限度というのは、申請に基づいて、いわば一種の契約的な姿で成り立った状態でございますから、言うことを聞かないならば仕方がないと、お前のほうは指定するに値しなくなったのだから、もうごめんだということで青少年を守る、あるいは学校の立場を守るということが最大限度であろうと考えるわけであります。したがって、もしその訓練所の責任者側が、そうですが、指定を取り消されますか、それならばさようならというがごときものならば、本来指定すべからざるものであったかもしれないということで問題は割り切るべき筋合いのものじゃなかろうと思うのであります。それでもなおかつ青少年の立場に立てば、それが満足に行なわれる限りにおいては、まあ二重負担が解消されると申しますか、自分の学習意欲を満たし得る場がそれだけ広がる、チャンスが多くなる効果だけは相当期待できるであろうと、こう思っておるわけであります。
○米田勲君 私はちょっと角度を変えてお聞きをしますが、これは憲法上の建前から、教育の機会均等ということは原則として考えなければならぬ。そのために日本の学校制度も、小学校があり、中学校があり、高等学校があり、大学があるわけです。そして高等学校の中には特に勤労青少年に教育の機会均等の立場からも定時制高校が考えられた。そういう立場に立ってみると、この法律改正は、この条件の中でよくやれるのは、これは特定の企業に限られるんじゃないか、条件がきびしければきびしいほど特定の企業に限られてくるんじゃないか。そうすると、学ぶ子供の側から見ると、非常に機会均等という立場が失われるという主張を私は持っているんです。もちろんこういう機会均等の立場から主張するならば、こういうことよりは定時制高校をふやしていく、勤労青少年に対しては。そのことがその本体であって、このことをやれば機会均等だという主張は、逆にそれはある特定の条件に恵まれた子供だけが得られる場であって、多くの子供はこの法律改正には何ら浴することができないというふうに私は考えるわけですよ。これを教育の機会均等という立場から考えたら一体どういうことになると思いますか。子供の二重負担、子供の二重負担ということを言われるのだが、私はそれよりも教育の機会均等が逆に失われるのじゃないか。ある特定の者だけがそういう条件の、恩典に浴する条件の中に生活しておる。ある者はそういうことは全然行なわれない。たとえば中小零細企業の勤労青少年、こういうことになりはせぬか。こういう人たちも、——おそらく大企業の中にその指定の多くは行なわれるであろう、これらの両方の条件にある勤労青少年が教育の機会均等を必要とすると、為政者はそういう方向に持っていかなければならぬということであれば、これは定時制高校の拡充強化、その一本やりでないのかと、その道をやめて、まあやめてというと極論なんですが、その道以外に、もう一つのコースとしてこういうことをすることは、私はどうも教育の機会均等という立場から邪道じゃないか——邪道でないかとさえ考えておる。どうですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今のお説は大体そのとおりと私も思います。ただし、機会均等が失われるというのは、少し極論であろうと思います。仰せのとおり、定時制高校制度をもっと拡充するということが本筋であることは、これはもう当然であります。それはそうといたしまして、まだ努力が足りてない点はおしかりを受けなければならぬことは重々知っております。おしかりを受けながら、それは充実してくいという点は一方にあるが、他方そういう事業所内訓練所といたしますと、あるいは中小企業も合同で大企業に劣らぬやつを作りたいという気運も出ておるようですが、労働省あたりそれを推進していきたいと思っているようですが、そういう話は現実にある。そういう訓練所で訓練されている青少年、それ自体は、現実に定時制に通うということが困難な事情がある。少なくとも同じことが、訓練所でも教わり、定時制高校でも教わるという二重のことをやらねばならぬ道理はないわけですから、これにかわるものとして認め得るものがあるならば、その青少年にとっては少なくとも二重負担が解除され、そうして時間的な余裕も出て、予習復習もできるし、いろいろそういうレジャーが出てくるわけだからという意味において意味があるのであって、この制度を開いたことによって定時制の本則である拡充努力がそれだけマイナスされるとすれば、おしかりを受けなければなりませんが、その努力は努力で別途やる。これはもう絶対のものだと、そうしてまたこれもやるという意味においては、教育の機会均等のいささかでも充実の方向に役立つであろう、そうしてまた御指摘のとおり、そういう訓練所、指定できるような訓練所におる者だけのものでないか、それはその通りでございます。そういう意味では不公平だという線が出てくることもこれは必然でございますが、私の郷里でも、いなかの山手のほうの百姓の子供は、昼間の定時制しかないものですから、都会とは逆に昼のやつしかないものですから、昼の定時制高校がある町にございますが、昼は働かなければならぬ、夜行きたいと思うがはるか遠いところから夜通えば、バスがなくなって帰れない、何里も歩いて帰らなければならぬから実際上行けないというのでずいぶん悩んでおるくらいでございまして、そういう農家の子弟にはこういう事業なり訓練所的なものがないものですから、定時制オンリーですから、そういう道のないものとの対比関係においては、御指摘のとおり、かえって差別が、格差がひどくなるような、条件の差がひどくなるという意味においては望ましいことではないという面もないとはいいませんけれども、ただ現に訓練所において訓練しておることと、定時制で標榜しておることがまさるとも劣らないならば、二重負担を除くことは一つの私は善政だという意味において御賛同願えるのではなかろうか。あくまでも、だからといって、定時制を拡充すべき努力を、この道が開かれた分量で差っ引いてなまけてやろうという意思は毛頭ございません。
○米田勲君 豊瀬理事のほうからだいぶ時間がおそいので中断したらという勧告があったのですが、これはいろいろ説明は聞きますがね、私は、まあこの次の最終段階ではぜひその主張をしたいし、そういうふうに各委員にも配慮をしてもらいたいし、文部当局もそうしてもらいたいというのが、法律の法文の中に私が主張していることをぜひ加えてもらいたいという主張です。それは何にもこの法律全体の体系をくずすものではなくて、むしろこの法律改正によって起こり得る条件を押えることができる。そういうプラスの面はあってもマイナスの面は絶対ないはずだ。そうすると、私のような論議が相当程度なくなる。そういう意味で、きょうはもうおそいですから、ひとつこの次のときまでに検討を願いたい、文部当局に。それがどうしてもだめなのかどうか、何としてもだめなのかどうか、この一点が検討願いたい。 それから私がもう一点検討願いたいと思うのは、技能教育に高等学校で受けるべき単位の三分の一は多過ぎやしないか。企業内の技能教育に三分の一という履修単位をここから得ようというのは多過ぎやしないか。それでは学校教育の体系がくずれないか、定時制高校の。もっとこれは少なくすることが私らの心配していることがある程度緩和されることになりゃせぬか。前国会では局長は二分の一という言葉も一時は使ったこともある。今度は三分の一というふうに減らしたのだが、これでも多過ぎやしないか、再検討の余地はないか。 それからもう一つは、この設置を認定するとき、指定するとき、高等学校の設置基準以上の条件というようなことが出ているわけですね。ところが、実際に省令や政令を見ると、高等学校の設置基準よりは具体的に下がっているのがある。これは矛盾しておらぬかという考えです。高等学校以上の基準を要求するといいながら、省令や政令には高等学校の設置基準よりは条件が下回っておるのに認可をすると、指定をするという省令や政令の内容になっていやしないか。この点が問題点。 さらに私は——これは続けてもいいのですか、豊瀬君。 ちょっと委員長、発言の途中聞くのはまずいけれども、ちょっと速記をとめて。
○委員長(平林剛君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(平林剛君) 速記をつけて。
○米田勲君 それではね、先ほどお聞きしましたことからまず御答弁を願います。 一つは、先ほどから繰り返し主張している本法の上で一行修正をするという雅量はないのか、この点です。
○政府委員(内藤譽三郎君) 事実上、米田先生のおっしゃるとおりの規定が書き得るならば、これは法律に書かなくても差しつかえないのではなかろうか。法律に書かなきゃならぬ理由がないのじゃなかろうかと思うわけでございまして、あなたの御趣旨のとおりにいくわけでございます。で、もしこの省令に違反した場合には、これは当然取り消しという措置も講じられるわけでございますから、省令であろうと政令であろうとその中に書いておけば差しつかえないのではなかろうかと思います。
○米田勲君 私は文部大臣がりっぱで、内藤局長がりっぱであるからそういう心配は現在の段階ではする必要がないと思う。しかしね、省令や政令はあなた方の行政権で変えられるのですよ、いつでも。妙な文部大臣が出たり、妙な局長が出ると、省令や政令というのは変えられるのですよ、何も国会で法律改正をしなくたって。そこを僕は考えておるのですよ。いろいろ企業者側から陳情があったり何かすると、省令や政令なら緩和できるのですよ、あなた方だけで。私はそこをねらっている。だから、本法の中に高等学校長の指導、助言の権限を本法でうたえば抜きさしならぬと、省令や政令でそれをはずすことはできないのですよ、法律改正をしない限り。こういう立場なんです、本心を言うと。だからね、それはあなた方がりっぱだからそういうおそれはないと、こう言ってしまえばそれまでだが、しかし、やはり長い将来のために本法の中にうたうべきだ。これが法律改正の結果乱れが起きない、こういう主張なんです。文部大臣どうですか。私は無理を言っておらぬつもりですがな。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 実質論そのものは私も賛成でございますが、この立法の程度と申しますか、申請に基づいて指定するという関係に立って初めて四十五条の二の実態が生まれてくる。それがもし指定処分の内容に違反する場合の制裁ないしは報復手段というものの最大限度は指定の取り消し以上に出るはずのないものでございますから、したがって申請に対して指定処分をしますときの条件が政令なり省令でうたわれておる。その政令、省令の内容を万事承知して申請書というものは出てくるわけですから、申請をしますときからその条件は相手方では十二分に納得した人、相手方しか申請してこない。私はこれは申請に基づく指定処分の法律そのものに規定されて相手方に義務づけらるべき限度というものは、指定条件以上にわたることは論理的にあり得ないだろうという、当初お断わりしましたように法律の概念論の範囲をむろん出ませんけれども、法律概念としてそうであろうと、まあ理解しておるわけであります。で、その政令、省令の中に、学校長の立場からきちっと書いてあります限りは、それに従わないならば取り消される。取り消されることが最大限度の脅威であるという相互関係から、それで必要にして十分ではなかろうか。 それから政令、省令は、勝手に時の政府ないしは文部大臣の考え方で変え得るという建前のものでむろんございます。ございますけれども、いやしくも法律に基づいて——法律の趣旨が国会を通じて明確である。そうして申請があって処分をした、指定をした、指定条件というものは個人的な人の考え方によって変わるべき性質の課題では、今の御指摘の点ではないと思います。客観的にだれが考えてもそういうことを念頭に置いて指定処分というものはなさるべきもの、指定に際しての付せられるべき条件の要件としては、没却のできない性質のものですから、そのときどきの政府なりあるいは文部大臣の立場に立った者の趣味によって変えらるべき筋合いのものではない。事業場等からあまり条件が厳重だから緩和してくれと言われて、緩和すべき程度の問題でなしに、本質的の問題ですから、学校長権限というものは。そういうふうに理解する前提に立って先ほど来お答え申し上げたことで十分でなかろうか。したがって、お説のようなことを法律の中に書くこと、そのことは過剰規定になりはせぬかをおそれるわけであります。
○米田勲君 文部大臣の話を聞いていると、取り消す権限があるからとか、認定をしない権限があるということは、こういうことだけで世の中通らないのじゃないですか、実際問題として。われわれ法律を作っていくときには、取り消す権限があるとか、認めない権限があるという最後の取り締まりのところがあるのだから、それであと全部いいんだ、うまくいくのだと、こういう考え方は法律をきめるときにはあやまちを犯すのじゃないか、それはほんとうに最悪段階になったときにふるうべき権限であって、普通は人間社会においては、その最悪の権限をふるう前に物事は大体処理されるのが普通ですよ。その段階のことを考慮すると、それでなおかつ学校教育が乱されないという配慮をして、法律は改正すべきものですよ。だから、取り消す権限があるとか、認めないという権限があるのだということを強調しても、人間社会の実際の問題としては、文部大臣や局長の言うようにはなかなかいかぬ。 それからもう一点は、省令や政令は常識的に備えなければならない条件がある、こう言うけれども、条件を緩和することはできるのですよ。もちろんこれは仮定の話ですが、文部大臣や文部当局の行政権限の範囲内で条件を緩和することは国会の審議にかけなくたってできるのですよ。それは教職員の充実されておる条件にしても、施設、設備の条件にしても、あるいは授業の時数の問題にしても、これ一つ一つ上げていけば省令や政令で緩和できるのですよ。緩和すればするほど、学校教育の体系をそこでそこなうことになる。私はやはりそういう点を考えると、政令や省令にうたってあるから、すべてこれで大丈夫だということは原則的には認めがたい。法律を論議している場合には条件というのは考え方によっては緩和できる、そうしてまた緩和してくれという運動が起こってきますよ。また企業者から、条件がきびしいとつらいのですから、だから緩和してくれとなると、そうすると国会に法律改正を求めなくても、省令や政令で緩和していくということがあり得る。そこのところを、文部当局をも縛り、企業者をも縛り、そうして学校教育の体系をできるだけくずさないようにいくという全体的の配慮をしていくと、やはり私の主張のようなことが妥当であって、文部大臣や局長の言うことは、これはやはり妥当ではないのではないか、正直のことを言うと。どうですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 言われる内容は私どももわかります。同時に一たん提案したからくそがんばりにがんばる、がんばり通さなければ体面が保てないとも思いません。そういう気持は毛頭なしに、今までのことは申し上げておるわけですが、そこで事業主等から条件の緩和を運動するということが起こるかもしれません、それは。ですけれども、問題の焦点は正規の学校教育法にいうところの定時制の高校と同等以上であるかないかという点がそこなわれるかいなかにかかるわけですから、それで学校長が省令、政令に基づく条件としてそうであるかどうかを常に監査する権限を条件上与えられる、そのことを相手は承諾して指定を受けるということから始まるわけですから、その定時制高校同等あるいは以上であるかどうかということは、その陳情がありましょうとも、ありませんでも、あるいは文部大臣がだれになりましょうとも、初中局長がだれになりましょうとも、同等でありやいなやという判定は、緩和したり、変えたりということはなし得ざる一線であろうと思う。したがって、そのことは御懸念の必要はないであろう。のみならず、先制も申し上げましたように、そもそもが申請に基づいて、条件を納得して、こっちもその施設、設備等があるいはやり方がはたして認定に値するか、否定に値するかどうかということを文部大臣たる者、この法律に基づいて良心的に判定をして指定するということから始まる。お互いの協力関係を実体とするやつですから、したがって、法律そのものに一種の契約条件たるべきものを厳重に書くということは、先刻も申したように、法律の条文としては、何というか、オーバーした規定になるだけであって、実質的には同じことだ、かように理解するわけであります。これは先刻も申したとおり、別にくそがんばりにがんばるという趣旨ではございません。
○委員長(平林剛君) 米田委員の御質問の趣旨は、政府との質疑応答というよりは、むしろあれじゃないですか、与党と野党の各議員の相談によるべき性質のものになっていますから、なお質問があれば続けますけれども、いかがですか。
○米田勲君 次に、技能教育によって三分の一単位の履修を認める、そこを限界にしている。これは私は分量が多過ぎはしないか。幾ら学ぶ子供のためを考えるとしても分量が多過ぎないか。もともと本体は定時制高校教科、これに学ばせるということが本体なんですから、今法律改正をしてやるということは、これはあくまで便法ですよ。その便法に三分の一もウエートをかけるということは、これは常識的に私は多過ぎると思う。大体私は諸外国のこういう同一の問題を考えると、学校教育でもって修練をする、その課程において実習的な意味で企業内に入っていって技術の訓練をする、戻ってきてまた学校で学ぶ、こういうやり方が諸外国でとられているんですよ。ところがこのやり方は、学校で学んだものを職場に入って実習訓練をする、戻ってきてまたいろいろ学習をする、こういうシステムでなくて、そこでやったそのものずばりが学ぶべき、おさむべき履修にしてしまうやり方ですから、私はその点からいくと、これはちょっと行き過ぎているというもともとの考え方があるものだから、それなら三分の一というこの分量は、二分の一から三分の一に後退したのだが、さらに私は定時制高校の建前をどこまでもこう伸ばしていくという立場からいって多過ぎる、こういう見解に対してはどうですか。
○政府委員(内藤譽三郎君) 技能者養成施設で今訓練を受けている者が全国で六万ほどいるわけですが、そのうちのほんの一部しか定時制に行っていない。むしろこの人たちを全部定時制に入れたいと思うし、今後、技能者養成施設はどんどん発達していくだろうと思う。たくさんの者を定時制に通わせるためには、あまり少しの単位しかやってもたいして意味がないんじゃなかろうか。私どもが三分の一にいたしましたのは、高等学校教育の中で実験、実習を伴う実技教科の単位数を計算いたしまして、それからさらに低目に三分の一に押えたわけでございます。ですから、一般教養と基礎学科については全然移用していない。そうでないいわゆる技能の技術の学科に関するものだけに限定をいたしまして、これは三分の一以内でございまして、各事業場によってそれぞれ違うと思うんです。かりに指定いたしましても、該当のものが五単位とか、十単位しかない場合もあるだろうと思います。ですから、三分の一がマキシマムでございまして、最高限でございます。そのうち該当のものがかりに五単位、十単位にいたしましても、それを全部認めるわけじゃないので、その中で確実に高等学校教育を受けた者と同じだという校長の判定が必要でございますから、さらにこれからしぼられるわけであります。最終としては三分の一がマキシマムだと、ですから事業場の性質によってはほんの一部になる場合もあだろうと思います。
○米田勲君 この省令案の中に、省令案の六項ですね、「(認定のできる単位数)」、これ以外にはこの認定単位のことをきめたところはないのですよ、政令でも省令でも。ここだけです。ここだけを読むと、「校長が認定のできる単位数は、高等学校学習指導要領で定めるところに従い、当該高等学校において卒業に要するものと定めた単位数の三分の一以内とすること。」、これは限定されていないのですよ。限定がない。これだけ読むとこれはもともと限定されておったものじゃないのです、技能的なもの、実験的なものというのは。それなのに、いよいよもってあなた方が後生大事に出したものを見るというと、これはもう定時制高校として卒業までに受けるあらゆるものの三分の一となっておるのですよ。これは話が違うのでないか。
○政府委員(内藤譽三郎君) これは四項をごらんいただきますと、「(認定の告示)」というものがありまして、ここには、「法第四十五条の二の規定により、校長が技能教育施設における教育のうちその学習を当該高等学校の教科・科目の履修とみなすことのできるものおよび認定のできる高等学校の教科・科目の名称等については官報で告示すること。」となっておりますから、ここでしぼりがかかっておるわけであります。
○米田勲君 そうですか。またそこで官報になるのですが、こういうわざわざ省令だとか、政令をもって本法の不備を補おうとしておるのに、また官報まで逃げて——逃げてというと言葉が悪いが、そうしてそのものを規定しようというのはあまりにひどいのじゃないですか。そういうところは大事なところですよ。省令か政令でぴんと拘束すべきですよ、せめて。それをまた官報に譲るというのはあまりルーズ過ぎやしませんか。
○政府委員(内藤譽三郎君) これは官報にとうたったのは、省令の体裁の問題が一つ、たとえば学習指導要領も本来省令で規定して差しつかえないものでございますが、とても大部なものでございますから、省令に規定しないかわりに文部大臣が官報で告示したわけであります。これは実業学校の種別が非常にたくさんあるわけであります。その種別を、ここにもございますが、何ページにもわたって出てくるわけでございます。その科目を一々列挙いたしますと大へんでございますから、これは指導要領にも載ってございますから、そのうちのこれとこれととれというふうに、相当大部なものになりますから官報で告示すると、省令で規定したと同じ効力を持ってくるわけでございます。
○米田勲君 私はこの改正法案がルーズになっていくというところの立場からばかり心配しているのですよ。もともと学校教育でやらなければならぬものをこういうところに肩がわりさせようという法律案なんですから、ルーズになっては困るという立場なんですよ。それで今、三分の一というのを多過ぎると言うのもその理由だし、それから三分の一の内容だって、どの教科かということはどの政令も省令もわからない。それでまた官報まで下がっていかなければならぬというやり方は、われわれはルーズになりゃせぬかという心配をますます濃厚にさせることなんです。ここでうたい切れないということでは私はもう納得できないのだな、これでは。
○政府委員(内藤譽三郎君) これは省令の中に規定してもいいのですけれども、実はこのくらいあるわけで、これを全部これだけ書きますと、これはでんと長くなりまして、省令として非常に不体裁なものでございますから、これは官報で告示する。これは普通の法律上の技術的な通例でございまして、別に何も他意はないわけでございます。
○米田勲君 私は、厚くなるからだめなんだという論は納得できないのですよ。ページ数が多くなるということは論の末ですよ。私はルーズになるのをどうやって防ごうかと思って真剣なんです。だから、あとから行政の担当者が、あるいは高等学校長が、あるいは企業者がこの問題をルーズに扱っていっては、どうにもならぬような状態を起こしては、定時制高校の教育の将来にも、子供の教育の将来にもまずいから、何とかしてできるだけ後退をするのを防ぐ道を考えているのですよ、一貫して。だから、私は認定の単位の三分の一というのも多過ぎるし、それは一体三分の一以内というのはどれなんだということを少なくもこの中でうたうべきですよ。ページ数が多くなったっていいじゃないですか。官報にうたっても同等なんだということでは私らは納得できない。そうすると、またその官報の案なるものを出せと、こういうことが始まるのです。疑うわけではないのですよ。人がかわり、代がかわると、法律や政令や省令というものは相当考慮しなければならぬ性質のものなんです。だから、どれを一体どうするのだということをはっきりさせてもらいたい。 それともう一つあわせてお伺いしますが、この政令案、省令案は、われわれに見せたときと実際出るときとは違うのか違わないのか、このままになるのか、これもひとつ聞いておきたい。案は一応案で、実際に出ていったのはこれが訂正されました。そうすると、法律案を審議したときに僕らは悪く言うとペテンにかかったようなことになる。だから、この案はこの通りとするという約束をするのかどうか、省令案も政令案もですよ。それからもう一つは、先ほどのことをなぜこのいずれにうたわないか、政令なら政令にうたわないか、省令なら省令にうたわないか、官報などにまかせるべきではない。
○政府委員(内藤譽三郎君) この省令案、政令案はまだ法制局とも審議しておりませんので、字句の点については多少変わる点があり得ると思いますけれども、骨子についてはこの通りやるつもりでございます。それからこれを省令に入れろというお話でございますが、一ぺん米田委員に読んでいただければおわかりいただけますが、職業教科につきましては何百何千とあるわけです、単位科目が。その何千もあるやつをこの省令の中に書くことは、従来の法の立法技術から考えて、こういうものは別に告示か何かで定めるのが通例になっているから、その通例に従った。従来の法体系を乱すという考えです。
○豊瀬禎一君 関連して。今あなたがもっともらしくつまんで見せておるやつですね、それはすでに現代の法体系の中ではすでに定められておるものであり、官報掲載の際には、操作変更の余裕がなくて、ただこれのうしろのほうにくっつくんだ、こうなるから、官報のほうに便宜宿を借りておるだけで、そのままきちんとなると、こう言っておるのでしょう。
○政府委員(内藤譽三郎君) その点ちょっと違うのです。この中には普通課程のものもあるし、基礎学科のものも入っている。ですから全部ではないのですけれども、基礎学科のものとか、一般教養のものはこれは排除しなければならない。その中で、あとで技術的教科のものを全部並べるわけです。その技術が非常にたくさんに分かれておりますから、こいつを告示しなければならぬ、こういう意味です。
○豊瀬禎一君 だから、基礎学科のほうは、かりに米田委員が言うように、これに入れる際でも除くのでしょう。だから官報に載せるときも当然除く。だからこれにくっつけてこうなる場合も、官報になる場合も同じでしょうと言っているのです。違いますというのではないでしょう。これはそのことのあれとしてくっつく場合は、これはくっついてきますよ、基礎学科が。ところが、この学校教育法等の一部改正に関する政令または省令のほうにくっつくものと同じものでしょう、官報にくっつくものはね。そうでしょう。だから、そのままの姿で官報に宿借りするだけだと、こういうふうに主張しているのでしょう。
○政府委員(内藤譽三郎君) その通りでございます。
○米田勲君 どうしても提案したほうは頑強ですな。幾ら僕が話をしてもなかなか……。むきなのかな、頑迷ですよ、大体。事をこまかにこれだけくだいて言っても初めの線を守っているなんという、そういうのでは、僕は法案の審議も何も誠意を持ってやるのばからしくなりますよ。僕の言っていることは教育のために大事だと思うのだよ。だんだん聞いていくと後退していくのだな。本法にうたうべきものを省令に持っていく、省令にうたっておったほうがいいのを、今度官報に持っていくと、官報には何が載るかわれわれにはわからぬ、そしてその法案の審議をせいという、それは実際親切なやり方じゃないのではないか。今度そっちのほうから攻めるわ。全貌を明らかにして、この改正法案はあなたの考えられるような心配はないのだと、学校教育の体系は乱さないのだということを立証されたら僕ら安心するのだけれども、手のうちがだんだん、省令、政令だって僕らが追及して初めて出てきた。今度だんだんついていくと官報までいってしまう。その官報は見せられない、何が出るかわからない、これでは大体法案の審議に対して文部省は親切心が足らないのではないか。だから、無用なことまで僕ら心配して、これはどうなる、これはどうなると審議が長引くのです。初めから全部こうなるのですということで出してもらわなければ、まだわれわれにはわからぬ部分があるでしょう、大事な部分で。一体、文部大臣そういうもんでないですか。わからぬ部分がまだあって、この法案をどうかぜいというのは無理ではないか。しかもそれはつまらぬことじゃないのだ、相当大事なことなんですよ。ひねられると非常に困るものでしょう。ひねる者はないと思うけれども、悪意のある者はないと思うけれども、ときどきは悪さをする者もいるのだから、世の中には。だから、やはり官報に何が出るか、どういうものが設定されるのか、規定されるのかわからぬ状態のまま法案の審議を続けろというやり方でなく、これとこれとこれだと、これ以外はだめなんだということをぴしっと出すべきじゃないですか、省令にうたうのがそんなにいやだったら。
○政府委員(内藤譽三郎君) 出してけっこうなんですけれども、非常にたくさんございまして、先ほど来私が申し上げていますのは、実験、実習を伴う技術的な専門教科であることは、これは明確なんです。それ以外には入っていない、ただ専門的な技術教科というものが無数にあって、実はこんなに厚いわけです。これを全部、この本をごらんいただいたうちの中で今申しましたのを拾っていけばいいわけでございますから、これはできるだけ拾って例示して差し上げたいと思っております。
○委員長(平林剛君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(平林剛君) 速記をつけて。 本案に対する質疑は、本日のところこの程度にとどめ、散会をいたします。 午後四時五十六分散会