文教委員会 第4号
- 発言数
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- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1961/10/12
会議録
○櫻内委員長 これより会議を開きます。学校教育に関する件等について調査を進めます。 質疑の通告がありますので、この際これを許します。村山喜一君。
○村山委員 中学校の生徒の全国一斉学力テストの実施について質問をいたしたいと思います。 昭和三十六年度の一般会計の予算書の中に出ておりますように、予算の提案説明といたしましては、「中学校における学習指導、教育課程及び教育条件の整備改善に役立たせるとともに、能力に応じて進学させ、教育を受けさせるようにし、もって中学校教育の正常な発展と教育水準の向上をはかるため、中学校第二学年および第三学年の生徒に対し、国語、社会、数学、理科外国語の主要五教科について全国一斉の学力テストを実施するため必要な経費である。」というふうに書いてあるわけであります。そこで予算書の中で学力調査費として六千九百十七万六千円というものが内訳として出ておりまして、説明書によりますと、そのほかに人材開発の計画立案のための調査が九百七十万六千円、それらの説明書がついているわけでございますが、この内容から考えまして、文部大臣はこれは国のこういうような目的達成をするための政策的なテストとして、今回実施をするのだ、こういうような考え方のもとに予算が決定をされておるのだ、こういうふうに受け取っておられると思うのですが、その点について、これは国がもっぱら役に立てるために使うのか、それともそうでないのか、その点を明らかに財政方面から説明を願いたい。
○荒木国務大臣 義務教育につきましては、国が基本的に全国民に対して義務教育の成果をあげるための責任を負っておると理解しております。同時に地方教育委員会及び学校の先生と一体をなして、現地で相呼応していただいて、国民に責任を果たす、そういう関係になっておろうかと理解をするのでありまして、そういう意味で申し上げれば、国としても必要であり、また現場としても必要である、合わせて一本の目的を達するという趣旨と了解いたしております。
○村山委員 国としても必要であり、地方公共団体も必要である。これはその結果出て参ったものを利用するということにおいては、たとえば統計法がございますが、それらのものを利用するのはそれぞれの地方公共団体においてもあり得るだろうと思うのです。しかしながらそれは統計法に基づいて、国がもっぱらそういうようなものをやっていくのだ、こういうようなもとに現在国勢調査等が進められていることは、御承知の通りであります。そういうような点からいたしますと、今度の実施要綱の中において目的がそれぞれ定められておりますが、そういうような点から国がその必要性を認めて、特に文部大臣がその必要性を認めて企画をし、そして実施に移そうということにおいてとられている文教行政の施策であると思うのですが、その点はどうなのですか。
○荒木国務大臣 その点はおっしゃる通りであります。全国一斉の学力調査をすることは、地方でやりたくても物理的な関係でできませんから、国がやらざるを得ない。そういうこともあわせ考えて、国が実施をしてこれに協力をしてもらって、その成果は国も活用し、地方も活用する、そういう趣旨のもとにやる考えでございます。
○村山委員 そういたしますと、今回実施しようとしております中学校の全国一斉学力調査は、国全体の学力水準の向上をはかるための診断であり、新しい教育課程の実施状況の実態を把握するのだ、こういうようなねらいがおもになって、一斉テストは単なる調査ではなくて、また単なる診断でもなくて、教育課程の改定に始まりました教育内容、政策の一環である、そしてこれは、そういうような立場から見た場合においては、単なる事務的な実態調査ではない、こういうふうに受け取っていいかという点について、大臣どういうふうにお考えですか。
○荒木国務大臣 事務的なとおっしゃる意味が正確に理解できませんが、さっきも申し上げましたように、教育の内容といいますか、実施については文部大臣が学習指導要領をきめろまたそれに基づいて教科書の検定をやれ検定をしたものでなければ使っちゃいけないという制度のもとに、全国的視野に立った義務教育に対する効果を上げねばならない責任が負わされておることは御承知の通りでございます。その義務教育の到達程度と申しますかそういうものを見ることによって、指導要領の実態が全国的にどの程度に至っておるであろうかということを知る必要性もございますし、その結果に基づいて、さっき申し上げたように、各地方におきましても、それを根拠に、改善の資料として活用するという関係にも立ちます。国及び地方相ともにこの調査の結果を資料といたしまして、教育の諸条件の改善、あるいは学習指導要領そのものの将来に向かっての反省の資料、そういうものを発見していたためのことでございまして、仰せのようにそれが政策的だとおっしゃれば政策的な目的もある、またそれが事務的だとおっしゃれば事務的なものでございます。ただ特定の目的を持って調査しようということではない、義務教育の場をよりよくするための責任を果たす手段として必要であるという角度からとらえました調査でございます。
○村山委員 単なる事務的な調査ではないということをお認めになっていらっしゃる。それは結果的には、文部省の権限である教育課程の制定の問題なり、あるいは全体的に労力水準を把握していくというようなことのためや、あるいは教育条件を整備していかなければならないという立場から把握をしていくのだということになって参りますと、それは単なる事務的な調査ではない。やはり学力政策といいますか、新しい教育課程が始まって、新しい指導要領ができて、それに基づいて学力がどういうような状態にきているかということになって参りますと、それを調べることによって教育内容的なものを規制をしていくのだという考え方があるのですから、これは当然事務的な調査ではないということが言えると思うのですが、もう一回その点はどうですか。
○荒木国務大臣 教育的な目的をむろん持っておりますし、教育政策の目的も持っております。それを実行する段階を事務的とおっしゃれば事務的でもありますし、もともと学習指導要領すらもが、全国的視野に立って義務教育の到達度を念頭に働いて定めねばならない責任も負わされておりますから、それをさらに改善し、また実施状況そのものが適正に行なわれておるであろうかどうかを知る必要性も出て参ります。そういうことで、さっき申し上げたように学習指導にも役立てねばならないし、また今後の各種の教育条件の改善にも役立てていかなければならないという考え方からやるわけでございます。
○村山委員 教育基本法の第十条に、行政機関は教育条件の整備をはからなければならないというのがあるわけです。そういう点から、この場合は、教育条件の整備をはかる責任はただ文部省だけではなくて、地方の教育委員会にも法律の上からある。しかしながら、今文部省の方で目的として掲げておりますことをずっと整理してみますと、この実施要綱の中にも書いてございますが、教育課程に関する諸施策の樹立、学習指導の改善に役立たせる資料とすること、二番目には、中学校の学校自体における生徒の学習指導に役立たせる、これは結果的に使えると思うのです。第三番目に、文部省、教育委員会は教育条件の整備をやる、それから能力がありながら、就学ができない、いわゆる育英、それに特殊教育の施設、そういう面にも使うのだ、こういうことが書いてある。そうしますと、今までやって参りました抽出調査によって、教育条件の整備の状況は、今まで文部省の方が出して参りましたいろいろな資料によって今どういうような実態になっているのだということは、ほとんど明らかにされている。それから育英制度の充実の問題などを見ましても、これも日本育英会法の法律に基づいて着々と現在文部省自体においても育英制度の充実のために努力しておられる。そして教育施策の資料にするのだということをおっしゃるけれども、それも今までの文部省の資料から具体的なものは出ていると私たちは見ている。あるいは特殊教育の充実にしましても、わが国の教育水準のところを見ましても、これは精神薄弱該当者のうちの二%、身体障害者の四%しかまだそういうところに収容されていないのだ、こういうところから、これは今までやりましたいろいろなことによって、ほとんどといってもいいくらい目的を果していると私たちは見ている。そうしますと、あとに残りますのは、学習指導要領の改善のために使うのだということと学習指導の改善に使うのだ、この二つしか出てこない。そうしますと、学習指導の改善に使うということは、出て参りました結果を使って、それぞれの学校が必要に応じてやるわけですが、最終的な学力テストのねらいというものは、今まで文部省の文部時報等を見て参りましても、初中局は初中局で、調査局は調査局で、いろいろな点から角度を変えてこれに対するところの問題点を取り上げて、こうやりたいのだということが書いてある。だからこれはやはり今文部省が持っております教育課程の基準を示す権利、これは学校教育法施行規則に出ております文部省の制定権でありますが、それとそれに基づいて指導要領というものを制定して、そういうものに役立たせていくのだということが一番大きな根本の柱になるのではないか、こういうように考えますと、これは当然国がその利益をもっぱら受けるという立場に立つ考え方に立たなければならない、こういうことから、地方財政法の上からこの問題をあなた方はどういうふうにお考えになっているかということをお尋ねしたいわけです。ということは、地方財政法の第十条の四に、地方公共団体が負担する義務を負わない経費というものが明記してあります。ところが今回この学力テストの問題をめぐりまして、これは第二項にありますように、国がもっぱらその用に供することを目的として行なう統計及び調査に該当するものではないか。内容的にこれを精査した場合には、当然国がその施策を行なうための必要な調査としてやるのだということになりますと、そういうようなものは地方公共団体の財政負担によって行なうべきではなくて、国が責任を持って行なわなければならないという考え方が出てくるわけであります。そういうような点から、この実施に伴う予算の配分がどういうふうになされているか。またこれは政策的なものとしてわれわれは受け取っておるわけですが、これはどういうような条項によって——都道府県の教育委員会に補助金を出されているそうでありますが、そういうようなものはどこからその必要性を認めてやっておられるのかということをお尋ねをしたい。
○荒木国務大臣 御返事を要しないことかもしれませんが、今まで五年間やって参りましたサンプリング調査、それでもって学習指導ないしは教育条件の改善のための調査資料としては十分ではないかというふうな意味のお話がございましたが今までやりました調査結果を極度に活用するという責任は当然果たさねばなりません。その意味においては極力文部省としては努力をしましたけれども、サンプリング調査の詳しい実態は私もちょっと申し上げかねますが、読んで字のごとく抽出調査でございますから、全国の学校を対象として見ます場合には、りょうりょうたる数にしかあたらない、ことに地域的にはほんのわずかの実態しか把握できないという、いわば調査資料ないしは改善の根拠としましては不十分であることは、抽出調査であるがゆえに免れなかったわけでございます。その調査結果に基づいて前向き姿勢で改善の資料にせんとなれば、全国的にすべてを網羅した調査ができるならば、それが最もいいにきまっておりますので、今までの抽出調査も実際は希望校が参加いたしまして、自分の費用でもって大よそ六〇%ぐらいの参加校を見ておると聞いておりますが、そういういわば実施校におきましても自発的にその価値判断をとらえまして参加しておる。 それならば大体気持の上では全国一斉調査をやりましても、そうちぐはぐなものは起こらないであろうということも考え合わせまして、資料の適正を期するために、根拠資料としてより信憑性のあるものを得たいという考え方から一斉調査を考えたような次第でございます。 その目的は全国大の視野で見たいということ、それに基づいて教育の場で改善の資料にしたいということ、これはまさしく国家的な立場においての目的でございます。しかしさっきも申し上げましたように、地域的なものだけではその地域内の状況しかわからないそれぞれの地方におきましても全国的視野に立ってどうだろうということは言わずもがな関心を持っておるにきまっておる。だからこそ抽出調査にも参加をするという経緯であると推察するわけでございます。従って、全国大の一斉調査でありますから、国が話を持ち出して適当な予算を御決定願って実施する段階に参ったわけでございます。その成果たるや国の必要にも応じ、かつまた地方の必要にも応ずる、実質上は両面の目的を持っておることは言わずして明らかでございます。 そこで、経費をどう分担するかということは、法律的に制度上明確な基準があるということは私は知りません。ないと思いますが、元来義務教育の学校の設置者は地方でございますから、地方の必要に基づいてでもできるならば全国大の調査をしたい考えは本質的にあると思いますが、物理的に不可能でございますから、国がかわってやるという面もある。従ってその一部を国が負担し、足らない部分は地方でも負担してもらってともに助け合いながら双方の目的を達成するという気持で予算も組まれたと承知いたしております。 なお、具体的な詳しいことは政府委員から補足的に、必要ならば申し上げることを許していただきたいと思います。
○村山委員 予算が決定を見ましていよいよ実施に移される段階になって、国か政策の必要性からこういうようなテストをやられるということになって参ると、財源的に責任を持たなければならないのは国である。そういうような立場からいたしますれば、当然地方財政法の第十条の四に掲げますように国の目的のためにもっぱら使われるのであれば、全額国庫負担においてこれをやらなければならないわけです。ところがその結果が国だけではなくて地方公共団体の負担だということになれば、これは当然補助金としての性格から問題が出てくると思う。そうなった場合に第十六条に補助金の打ち出し方があるわけですが、ここには目的が二つある。「国は、その施策を行うため特別の必要があると認めるとき又は地方公共団体の財政上特別の必要があると認めるとき」こういうのが明記してあるわけですが、そのときに当該地方公共団体に補助金を出す。だからこの条項も国がその施策を行なうために特別の必要があって出されたのだろうと思うのですが、その点は調査局長どうですか。
○田中説明員 学力調査につきましてはただいまも大臣から申し上げましたように、教育条件の整備あるいは改善をはかる、あるいは学力の実態を把握することによってさような施策を行なう、こういうことで従来いわゆるサンプリング調査を行なって参っておるわけでございます。国がかような調査を行ないますことは、これは学力を向上させる、そのためにどういう条件を改善したらいいかということからむしろ当然であろうと存ずるのでございます。
○村山委員 私が聞いているのは、そういうような一般的なことじゃないのです。補助をあなた方がやられたでしょう。調査局がこれを調査する、そうして都道府県の各教育委員会の調査課が責任を持ってやっておられますね。そうすると、これは調査局がこの調査の実施に必要な金を補助金として各都道府県教育委員会の方に流された。そうした場合にそれはどういうような目的のもとに、どういうようなことを期待して補助金をお出しになったのかということを聞いている。
○田中説明員 ただいま申し上げましたように、全国の小中高等学校の学力の実態を調査いたしまして、それに必要な教育条件の整備改称をはかる基礎的なデータにしたい、こういうことで予算を要求し、調査も実施をして参ったわけでございます。
○村山委員 だから調査局長、あなたが言われることは、全国の学力を高め、そして条件を整備したい、これは一つの国の施策として必要だから補助金をやるという考え方でこられたわけでしょう。どうですか、その点は。
○田中説明員 もちろんこの問題は、国と地方公共団体の両方に利害関係のある問題だと私は思うのであります。ただ単に国の利益のためにこういう金を出し調査をするということではなくて、これは同時に全国の都道府県なりの教育委員会あるいは府町村の教育委員会あるいは学校、国と地方と共通の利害関係の上に立った調査だということで、かような施策を行なって参ったわけでございます。
○村山委員 補助金は出されたのですか、出されないのですか。それだけ答えていただきたい。
○田中説明員 補助金という形ではございませんで、支払い委任という形を会計上とっております。
○村山委員 補助金でなくて支払い委任ということは、国の施策を遂行していくために、何か国のそういうような事務を都道府県教育委員会に委任をする、それに基づいて支払い金というものが出されておるのですか。
○田中説明員 支払い委任の点につきましては、もとより国がさような必要を認めまして、そして調査をしよう、こういうことでございますから、支払い委任の形をとっております。しかし、これは繰り返し申し上げておりますように、国と地方と共通の利害関係のある問題でございます。
○村山委員 支払い委任というものの性格がこれは国の業務を地方公共団体がやるから、それに基づいて当然必要な経費が要るだろう、だから国の方から立てる、こういうような考え方になるわけですか。例の財政法の上から、これは国庫支出金という形であなた方がお出しになっておると思うのですが、その点はどうなんですか。
○田中説明員 支払い委任でございますから、国費を地方に支払い、文字通り委任をするわけでございまして、最後まで国費としてこれは支出され使用されておるわけでございます。
○村山委員 そういたしますと、これは当然国費として支出をするということになりますと、たといその結果を地方公共団体なりあるいは学校が利用しようということになりましても、結果的にそういうふうなものになっても、これは金の支払いの上においては、当然性格的に国の施策を実施していくための文部省のテストである、金の面から見た場合にはそういうふうに受け取るべきだと思うのですが、その点は大臣そういうふうに確認してよろしいですか。
○荒木国務大臣 その支払い委任をいたしました国費の支出の限度内においては、概念論としては仰せのごとく言えると思います。それに地方でも、その必要性を、独自な立場においてその効果を期待しますがゆえに、地方の経費もこれに付加して支出されるということで、あわせて中央の政府としての必要性にも応じ、地方の必要性にも応じ得るという目的が達せられる姿で実施される予定でございます。
○村山委員 財政法の十八条で、国がそういうような支出金を出す場合の算定の基礎というか、国庫補助金にいたしましても、あるいはそういうような負担金にいたしましても、あるいは特に今のように国費に基づいてすべてのものをやっていって、足らないところを地方公共団体が負担をしていく、こういうふうな立場をとるにいたしましても、財政法の上から考えられることは、当然国がそういうような施策をやっていく際において地方公共団体に負担の加重を来たしてはならない、こういうふうなもとに作られているのが現在の地方財政法の立法の精神です。そういたしますと、聞くところによりますと、一学校の何かテストをやりましたテスト側の謝礼金というのですか、それが千円とか、あるいは各市町村の教育委員会が一万円とか二万円とか、そういうようなことで、その実施をしていく上においても経費の面から非常に困っておる、こういうようなことを私たちはよく耳にするのでありますが、そういうようなことをあなた方は財政の上からお取り上げになって、こういうようなものを実施していくだけの準備を財源的に地方行財政の上からもお考えになった上で始められたものであるかどうか、この点について調査局長ですか、内藤さんですか、お答え願いたいと思います。
○内藤政府委員 予算を計上するにあたりましては、従来のサンプリング調査の積算を一応基礎にしたものでございます。そこで約一億の経費を計上いたしたわけでございますが、各府県におきましてそれぞれ必要な分析もございますので、その面から考慮いたしまして、各府県に地方財政交付金の算定基準の中で一県当たり平均五十万程度の積算をいたしたわけでございます。国の面におきましては必要最小限度のもの、すなわち四百四十数万人の生徒に対する問題を刷った答案用紙を全部配付するのと、それからあとは、学校における謝金その他の諸経費であります。謝金その他の諸経費が不十分な点は私どもも実は了解しておりますけれども、学校でやっていただく場合でありますし、これが教育的な統計等でございますから、必要最小限度だとは言えると思います。ただこれで実施ができないというわけではございません。先ほど申しましたように、地方の入り用の分もありますから、地方財政の中からも支出をしていただくように自治省も了解済みでございますし、各府県の知事あるいは財政当局とも十分懇談いたしまして、双方から出して、よりよい調査を実施したい、こういうことで参ったわけでございます。
○村山委員 地方公共団体の財源措置としては、地方財政計画の中において五十万程度ですね、これを基準財政需要額の計算の基礎として見られた、そういうような点からいたしていくならば、これは幾ら地方財政計画の中に見ようが、基準財政需要額として算出をしようが、当然地方公共団体の自主的な判断のもとに予算に計上するなり計上しないなりする権限があるわけですそういたしますと、さっきの国費の支出金としてあなた方が出された経費というものだけで、これをやっていくのに十分であるか。必要最小限度の経費としてテストを実施していくために支障がないかどうか。もし地方公共団体がそういうような補助金等を予算に計上しなかった場合には支障があるのかないのか、その点も伺いたい。
○内藤政府委員 必要最小限度の調査は支障なくできるということでございます。
○村山委員 それはあとの問題として残しておきたいと思いますが、今ここで明らかになったのは、財政局長の方から国費の支出金として地方公共団体には流している。そういうような面から大臣も、財政の上からいえば、当然これは国の政策遂行のための経費というふうに考えられて、国の政策を遂行していくためのそういうようなものであるのだという性格の決定づけがなされた。そこで私がどうもはっきりいたさないのは、文部省設置法に基づいて初中局と調査局がそれぞれ所管をしておられると思うのですがこの打ち出し方は、去年の十一月の文部時報この中身を見てみますと、初中局の方でこういうように出しているわけなのです。「人材開発計画の立案と入学選抜制度の改善」初等中等教育局、これは十九ページに出ている。その中にサンプリングによるところの学力調査が、先ほど大臣もおっしゃったように六〇%以上になってきた、これには五〇%以上と書いてありますがそういうような客観的な情勢の上に立って、今度総員テストを取り上げている。そのテストの目的は「能力、適性等に応じて進学させ教育を受けさせるための客観的資料とする。」二番目に「選抜時における学力テストと学校差を無視して作成された内申書に依存する現行の選抜方式を改善する資料とする。」三番目に「各民間会社等における就職時の一般学力テストのむだを省く。」四番目に「平常時の勉学を奨励し、いわゆる受験勉強の弊を除く。」五番目に「各学校における生徒の学力水準を全国的、全県的水準などの比較の上に正確に把握させ、その条件の反省と改善への努力を通じて学校差をなくし、教育水準の向上をはかるというところに置いているのである。」こういうようなところから打ち出された初中局の初めの考え方というものは、これはあくまでも教育条件の整備というようなものは考えられていなくて、そして高等学校に全員入学をさせていく方向というもの、親が希望している、こういうような高等学校を作って下さいというそういうような要請にこたえる方向ではなくて、現在の教育の実態の上に、所得倍増計画の上から人材開発の要請がなされた、それに対応して、こういうような方向において考えたらどうだろうか、こういうようなことで能力とかあるいは適性に応じて進学をさせるところの客観的な資料を作るのだ、あるいは現在の内申書は学校差別があるのに、同じようなことを書いているのは、これは意味がないから、学力テストの選抜方式の改善に資する。高等学校に入学するときの前段としてのものとして取り上げていくのだ。あるいは民間会社の大きな企業等が就職試験をする、そのときにもう学力テストをやらなくてもいいように、これを見さえすれば、この子供はよろしい、おれの会社にこい、こういうふうな形において取り上げられたわけです。ところがそれについて今度は調査局の方では、これは五十四ページから五十五ページに出ておりますが、「明年度の調査統計にもいろいろの計画が立てられているが、その一つに基本的教育計画の樹立に大いに寄与し得ると思われる人材開発計画立案のための調査がある。初中局では、明年度中学校第二、第三学年の生徒に対して全国一斉学力テストを行なうことを計画しているが、これに呼応して調査局においては、このテストが実施された場合、テスト結果を将来のわが国の教育計画立案のための重要かつ有効な資料として、活用すべく計画している。」だから受けて立つのは調査局であります。そこで「適材を適所で教育し、有能なものに上級学校への進学を保障するための制度」が必要だ。これに対処する科学的な教育計画、教育施策が立てられなかったので、その基礎資料を欠いている。こういうようなことから、テストの結果を利用するとともに、生徒の教科別成績別の希望進路調査、これは地域別にやるのだ。それから教科別の上位の成績者の家庭条件の調査、これは希望進路別に調べるのだ。下位成績者の原因調査などを行なって、諸結果を総合して能力のある者、特に自然科学の能力のある者でありながら、経済的な貧困のために高等学校あるいは大学にいけない、そういうような者がどの程度いるか。さらに適材適所の教育を施していく建前から大学、高等学校の収容力は学科あるいは課程別にどの程度にすればよろしいだろうか、あるいは適切な進学、就職指導をどういうふうに行なうべきか、また奨学金の受給者の数や額の算定配分を適正にするのにはどうするか、あるいは遅滞児の数はどういうようなのかというようなことも科学的に測定しようとするのだ、こういうようなのが第一次の調査局のねらいであった。 そこでこの実施要綱を見てみますと——今ちょっと見当たりませんが、学力テストをやって、各教科ごとのそういうようなものを調べていく。その際において、学力の構造というものの上からいろいろなファクターがあるわけです。そのファクターに伴うところの調査事項というものがあると思うのですが、その調査の内容というものについては、実施要綱だけは私たちの方にも手に入っておりますが、調査局が調査を進められていく際において、どういうような内容のものを調査していこうというようなことでお出しになっているか、その学力テストの内容のものは一応別にいたしまして、教育条件の整備、たとえばその学校の教職員の免許状の所有者と職員構成といいますか、そういうようなものについてどのような調査事項の該当欄を作ってお出しになろうとしているのか、そういうようなものをお示し願いたいと思う。学力の決定の要素といたしましては、これは子供たちの上においてですが、精神的、身体的な要素というものが学力構造の中に一つある。それから家庭の条件、これは職業、経済的な条件あるいは教育的な関心あるいは能力、そのほかに地域の条件というものがあると思う。地域の条件は農村であり、山村であり、漁村であり、都市であり、あるいは大都市である。そういうようないわゆる社会教育の条件というもの、さらに教育条件の上においては、学校の規模なり、あるいは教職員の組織なり、教育の労働内容なり、施設、設備、教材、教具の充実なりあるいは教師の学力なり指導法なりといったようなものが学力の決定の要素として考えられると思うのですが、いわゆる教育条件を整備する、こういうようなことになって参りますと、家庭の条件、地域の条件あるいはもう一つ、小さな意味の教育条件、こういうようなものをすべて構造的に把握をしなければ、その教育条件をより豊かにして学力を向上させるということはできないと思う。そこでそういうようなものをやはり把握をしていこうという内容的なものを今回出しておられるのか、出しておられないのかということをお尋ねしたい。これは調査局長にお尋ねします。
○田中説明員 教育条件と学力の関係を調査をいたしますために、今回学校規模、学級規模に関する調査あるいは生徒に関する——これはまあ進学希望率等をしるわけでございますが、さらに教員に関する事項、これは教員数、担当教科を専攻した者が何人おるかとか、あるいはその学校の授業時数、教科別に一週間どの程度の授業をしておるか、あるいは教育費でございます。市町村の支出金がどうなっているか、従って生徒一人当たりの経費がどのくらいに当たるか。あるいは設備につきましては図書の保有冊数であるとか、あるいは理科設備の不足率といったようなことを調査票といたしまして集計分析をする考えでおるのでございます。一方御指摘の通り、育英という面から考えます場合には、優秀な子供であって、経済的な条件に恵まれておらぬ者の全国的な実態というものをとらえて、そしてどのくらいをこの育英の対象にしたらよいかということを具体的に計算をして出してみたい。従いまして付帯調査といたしまして上級学校に進学をする希望があるかないか、希望がありながら進学し得ない者がどうなっておるかという調査もしてみたいと思っておるのでございます。それから一方地域社会との関係におきましてはこれまた御指摘の通り全国の地域をまず第一に学校模別に分類いたします。これは大体九段階くらいになると思います。それから一方さらに大都市、中都市あるいは農山村、漁村といったような産業構造あるいは人口規模といったようなものを勘案しました地域社会、これを幾つかの属に分類いたしまして、そして同じ条件を整えておるものの中で相互の比較をすることによりまして、どの条件が影響を与えておるかということの相関関係を調査をする考えで計画を立てておる次第でございます。
○村山委員 調査局の方でそういうようなことを条件整備の内容としてお考えになっているようでございますが、いろいろな話を聞きますと、この立役者は内藤初中局長である。こういうように聞くわけです。テレビに出られるのも内藤さん、こういうようなことで内藤さんがこの学力テストの推進役をなさっておられる、こういうようなことを聞いておるわけでありますが、初中局長はどういうような権限で、学力の内容等の調査をやる権限が、文部省設置法の初中局の権限の中のどの条項にあるのか伺いたい。
○内藤政府委員 学習指導要領をきめる権限は文部大臣にあるわけでございまして、それに基づいて教科書も検定しているわけでございます。今の学習指導要領がいいのか悪いのかという点については、私どもは研究しなければならぬ責任があるわけでございます。そこで学習の指導についても、文部省は指導助言をしなければならぬ立場にあるわけであります。指導要領及び子供たちの学習指導、教員の資質の改善、向上、こういうような面は当然初中局の所管でございますので、それに関連しまして初中局でこの計画は進めまして実施につきまして調査局の協力を仰いで分析その他をいたしまして、今後資料を作って参りたい、こういう趣旨でございます。それは文部省設置法をごらんいただきますれば、当然指導要領の作成とかあるいは学習指導その他について、文部省が手引きを作ったりあるいは教師用の指導書を作ったり、いろいろいたすわけでございますのでそういう意味の指導助言に必要でございます。そういう見地から初中局で計画したわけでございます。
○村山委員 私は一般的な説明を聞いているんじゃない。端的に何条の何項に基づいてそういうような学力調査をやるところの権限があるのか、その具体的な内容は初中局でおきめになったと聞いておるからそれを聞いておるわけです。調査局には調査をする権限があるようでありますが、そこのところをちょっと示していただきたい。
○内藤政府委員 初等中等教育局の事務の第八条の中で五号に「初等教育、中等教育及び特殊教育の振興に関し、企画し、及び援助と助言を与えること。」それから十三号には「左のような方法によって、学校管理、教育課程、学習指導法、生徒指導その他初等中等教育のあらゆる面について、教育職員その他の関係者に対し、専門的、技術的な指導と助言を与えること。」ということで手引書を作ったりあるいは研究集会をやったり資質向上というようなことをやるわけでございますが、それに関連して、こういう企画をしたわけでございます。
○村山委員 手引書を作ったり指導書を作ったりあるいは出版物を作ったりそういうような権限は、これは初中局にあるようでありますが、そうすると学力テストの問題は、出版物ですか、著作権が文部省にあるという出版物ですか。
○内藤政府委員 先ほど申しましたように、第八条五号あるいは十三号のような指導助言の責務を果たすためには、基礎的な調査なしに指導助言はできないわけでございます。ですから当然これに付随して調査の権限があるはずでございます。
○村山委員 あるはずでございますというのはあなたの解釈だ。あとでこの法律の附随点については、文部省のいろいろ今まで出された通達やらそういうようなものを例に引きながら、法律的な点は追及して参りますが、調査局はこの学力テストをどういうようなところでおやりになるのですか。
○田中説明員 調査課でございます。
○村山委員 そうなりますと、その調査というのは、いわゆる学力テストのような教育内容のものも含めた調査事項の権限が、調査課にあるわけですか。
○田中説明員 およそ教育関係に関しまする調査はすべて統計課と調査課とに分けまして、統計課の方は指定統計の方が主でございます。その他の調査につきましては、調査課で従来実施をしておる次第でございます。
○村山委員 サンプリング調査ですね、これは初中局ではなくて、調査局でやっておられましたね。そのときには、あなた方の考え方は、やはり調査局が主体になって、そして、もちろん問題の作り方については初中局の助言等は仰がれただろう、しかし調査局が主体でやった。ところが、今度の人材開発の計画のための立案というその考え方からいけば、初中局が走っていって、それを調査局の方が、初中局がやりますので私たちも教育条件の整備をやります、こういうようなことに受け取って予算が生まれてきたんですね。そして、今調査局の名においてなされようとしておる。それは調査局の事務の中の第何号にあるのですか。
○田中説明員 文部省組織令の三十二条に、調査課においてつかさどるべき事務として、第一号に「文部省の所掌事務に関する一般的調査研究を行い、これに必要な資料を収集し、及びその結果を利用に供すること。」それから二号は「所掌事務に関する調査研究についての年次計画の立案及び調整」といったようなところでございます。
○三木(喜)委員 関連して。ただいま同僚村山議員の質問で明らかになったわけなんですが、この前の学力調査の私の質問のときに、やはり文部大臣はこのようなことを言って答弁しているのがきょうもらった会議録三号にはっきり出ておるわけですが、「教育の内容と教育現場の改善の資料にするということが目的でございます。就職のためのテストあるいは進学のためのテストという意味で本来考えたわけではございません。」これが十月六日の荒木文部大臣の答弁です。そうしますと、昨年の時報の中では「選抜時における学力テストと学校差を無視して作用された内申書に依存する現行の選抜方式を改善する資料とする。(3)各民間会社等における就職時の一般学力テストのむだを省く。」こういう工合に同じ役所の中で、こういうことが昨年度発表されておる。この間の大臣の答弁では、そんなことはもとより考えたことはありません。これなんか明らかに国会を瞞着するところの、無視するところのうそ八百ではないですか。こういうようなことを、一体大臣は何を言っておるのですか。こういうことをやるから問題が混乱してくるわけです。私はそういうでたらめな答弁をしてもらいたくない。もっとまじめにやってほしいと思うのです。そういうことがここではっきり言われておるわけです。われわれは一回のこうしたテストでそれを進学の内申に使ったり、または就職に使ったりすることは非常に危険だ、テストそのものが非常に危険性を持っておるといっておるにもかかわりませず、そういうことを二重に、二枚舌を使うということは私はもってのほかだと思うのです。きょうの答弁の中でそのことが明らかになっておるのですが、大臣その点はどうですか。
○荒木国務大臣 私は舌は一枚しかございません。今お読み上げになりました内申書にかえるとかあるいは就職の際の材料にするとか、そういうことは考えておりません。だれかがそんなことを書いたとしても、その方がおかしいのであって、この学力調査そのものをいきなりそういうものに具体的に利用する意図はございません。
○村山委員 次に、これは内藤さんにお尋ねいたしたい。というのは、あなたのところから出している「中等教育資料」の三月号、ナンバー一一五号ですか、これです。これの九十ページのところに、「各都道府県教育委員会殿」として、「文部省初等中等教育局長内藤誉三郎、小学校児童指導要録および中学校生徒指導要録の改訂について(通達)」とあって、通達が流されている。三十六年二月十三日です。今年の二月十三日ですね。「要録は、児童または生徒の学籍ならびに指導の過程および結果の要約を記録し、指導および外部に対する証明等のために役だたせるための原簿でありますが、このたびの小学校および中学校の学習指導要領の改訂に伴い、」ここに成案を得ましたのでお知らせをいたします。実施に遺憾のないようにお願いします。こう書いてある。それで、その前に、これは安達さんが書いたものです、「生徒指導要録の解説」というものです。この六ページによりますとこう書いてある。指導要録の作成義務者は校長だが、所管の教育委員会が指導要録の様式を定めることとし、都道府県教委が積極的に基準を示したり指導助言することが望ましい。このたび文部省から示された指導要録の様式、記入上の注意及び取り扱い上の注意は、上記の都道府県教育委員会に対する基準の設定や指導助言のための参考資料であるという性格を持っております。こういうようなことで、今年から新たに「標準検査等」という等が入りまして、その欄に「標準検査等の記録」というところに、「なお、この欄は文部省や都道府県教育委員会が全国的または全県的に実施した学力調査について、その標準化された結果の記入にも利用できること。」こういうことが書いてある。そういたしますと、ことしの二月十三日に内藤さんが各都道府県の教育委員会に示されました通達の中身から考えて参りました場合には、当然全国的な学力テストをやろうということを頭の中に置いて、将来それを記入し得るのだ。しかしながらそういうようなものは、指導要録の様式や記入上の注意、取り扱い上の注意は、これは参考資料である、こういうふうにあなた方は明示されておるわけです。ところが今度の実施要綱の中身を見てみますと、「なお、この調査結果の利用については、次のような点に留意すること。「生徒指導要録」の標準検査の記録欄には調査結果の換算点を記録することとする。」こういうふうに書いてある。これはもう命令形です。こととする。そしてそれをしないものはおかしいということを文部大臣は神奈川のテストの問題に関連して参議院で言われている。そういたしますと、前にはあなた方は、これは資料である、参考のための資料だ、こういうようなことで通達を流しておられた。であるという性格を持っているんだということでおりながら、もう何カ月もたたないうちに、これを記入させなければならない、こういうふうに記入しないものは間違いだ、記入すべきだ。こういうことになってきますと、一体指導要録の取り扱いをめぐりましてあなた方がやられようとしていることが、実に矛盾をしている。こういうことから私は次の点についてお尋ねをするわけです。 それは民法の八百二十条——六法全書がなければ読み上げますから。「親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」これは親権者としての親の権利であるし義務である。これは近代的な国定にありまして、特に自由民主党の方は民主主義を口に標榜され、荒木文部大臣はその自由民主党から出られた文部行政の最高の責任者であります。民主主義の徹底を期しておられることは、もうだれが見ても言えると思う。そういうような点から、自由、民主主義という政治の基本概念に立って現在行政が行なわれている段階にあって、民法の八百二十条に規定するこの親の権利、親権を行なう者の権利——教育をする権利を持っている。そしてそれが義務を負うということが書いてあります。この親の権利というのは自然法的な権利であって、そして子供たちを義務教育の段階としては学校にあげなければならない。それは公の学校であるところの公立の学校なり、私立の学校、いずれに入れてもよろしいわけです。入れてもいいけれども、こういうようなものの考え方の上に立って子供を学校に委託をしている、学校は教育をしていくわけです。そうした場合に最終年度においてあなた方が要求しておられるところのこの標準学力テストというものを、これは指導要録の中に記入さしてかまわぬとあなた方はおっしゃる。大臣もおっしゃっている。高等学校の入試の材料に使わない、こういうようなことをおっしゃっているが、将来のことについてはおっしゃっていない。高等学校の入試に使わなくても、会社の場合に、そういうような成績表を出してくれというときに、それをやめ得るようにするところの、出さないようにするところの法律的な保護規定は何もない。そういたしますと、そういうような考え方のもとに親が学校に教育を受けさしてもらいたいといって子供たちを委託をしている。委任をしているが、委任をされた学校側がそういうような子供の将来に決定的な影響を及ぼすような条項を記入させることまで委託しているのかどうか。これは民主主義の教育の考え方の上に立って、民主政治のあり方の上から、この民法八百二十条の概念をどういうふうに文部大臣はおとりになって、いらっしゃるのか、その点を承りたい。
○荒木国務大臣 すでにして義務教育として親に就学させる義務を課しておるわけであります。そうしてその義務教育の場においては何を教えるかということは、これこそ民主主義のルールに立って、国会の承認を受けた法律制度のもとに許された権限を、文部大臣ないしは教育委員会あるいは学校長、教職員等に与えることによって義務教育は行なわれるんだ、そういう内容を持った包括的ないわば学校利用関係の契約で説明をしますならば、おっしゃることは委任の概念でおっしゃっているようですがそれが委任ということかどうかは、法律的解釈は私もわかりませんけれども、かりに委任なら委任として契約で論ずるといたしましても、義務教育の何たるやということは法律制度、それに基づく政令その他の制度のもとにやられることを包括的に承認して、自分の子供を学校に委託し教育してもらうわけでございますから、今おっしゃったようなことも含めて、ことに文部省が責任をもって地方教育委員会と一緒に共同の責任をもって実施します信憑すべき学力調査の成果を指導要録の記入欄に書くことは、これはむしろ進んでなすべきことである。民間の一応信頼されそうな標準テストの結果を記入することが今まで慣行されておるそうでございますが、それにもまさる信憑すべき一応の指標として記入することは、今の委任の概念でおっしゃいましても、委任された内容としてちっとも不当ではない、妥当な事柄だと私は心得ます。
○村山委員 民法の八百二十条のこれの考え方について論及をした論文はあまりない。しかし田中耕太郎さんが打ち出しておられるのを私も見たのですが、あの田中先生でさえも、やはり今日の親に自然法的な権利としての教育権というものがある、その上に立って学校というような制度で、両親の権限を学校教育に委託をされておる、こういうような解釈のもとに立って、そしてその権利というのは、親はそれぞれ包括的な無制限な権利を持っているんだけれども、その委託をされた教育というものは、これは当然限定をされたものでなければならないんだという、近代的な国家主義の教育の理論から論説を加えられておるわけです。そういたしますと、大臣の解釈は、今まで民間の標準でやったものも記録しているんだから、それよりももっと権威のある文部省のテストなんだから、それを記載することがより望ましい、こういう考え方ですけれども、今まで初中局あたりで考えられておった危険性というもの——まだ大臣が幾らそういうようなことを言われようが、将来何のために記載をしていくのかということがわからない。学力テストをやるやらないという問題の是非の問題ではなくてその結果を指導要録に記入をしなければならない、記入する方が今までよりもよりよいのだ、こういうような考え方が非常に危険だ。というのは、何のために記載をしなければならないのかということが明確でない。そしてこれが生まれてくるまでの過程を考えてみますと、就職の際にもう一回試験をさせないでもいいように、大きな会社の方が金を出して就職試験をやるような経費、そういうようなものをむだにしないようにさせたり、あるいは高等学校で入学試験をやる際に内申書のかわりにもう一つこれをつけてやったり、そういうようなものが基本的な構想の中から過去において出てきておったのです。このことは否定はされないだろうと思う。その点はどうですか。あなたは先ほど、いやそういうようなことは知らないとおっしゃるけれども、文部時報の十一月号にちゃんと出ておるのですから、あなたのところからお出しになった時報なんですから、それが載っているということくらいは御承知だろうと思うのですが、どうですか。
○荒木国務大臣 その文部時報に載っているものは知りません。そういう原稿を一々私が決裁するわけではございませんから、知るチャンスもございません。文部時報は配ってきますけれども、読んだり読まなかったりでございますので知りません。知りませんということは、知る必要がないから知らないわけであります。そういうことを私に無断で書いたとすれば、書いた者が間違っている、それだけは私は断言できます。それから、そんなことを書いているからあぶないのだとおっしゃいますけれども、指導要録なるものは、私の承知している限りにおいては、いわば児童生徒の一個人に関する機密の事項や、そのほかのことがたくさん入っているわけだから、公開すべきでないものとして取り扱われると承知しております。ですから文部省から、これこそ指導助言の権限に基づいて会社から就職の参考のために指導要録の写しをくれと言ってきたらば出してやりなさいとかいうことを特に言いません限りは、機密扱いにして、外部には一切知らせない、その担当の先生その他が本人に専属する機密に属すると言い得るような、その児童生徒個人に専属した条件ですから、それを念頭において能力適性に応じ、その他の諸条件とあわせてその指導をされる参考になるべきものとして記録するのでございまして、就職のために記録するとか、進学のために記録するとかいう建前で記録させようというのでは毛頭ございません。そういう通牒等は、一切出しません。またそういう記事を書いた人は個人の考えとして、思考過程においてあったことを書いたのかもしれません。しかし文部省の方針としてそんなことを考えておるのじゃ毛頭ないことをここに申し上げます。
○村山委員 文部時報というものは、文部省調査局が編集をしてお出しになるきわめて権威のあるもので、著作権の所有者は文部省なんですね。そして文部省の責任者はもちろん大臣であることは間違いない。私たちもこの中身を見てみまして、これは容易ならぬものが書いてあるというところから、もちろん今日の段階においては、幾多の変遷を経て、そういうようなものは現在の時点においては考えられないから、まだまだ将来の問題として検討するのだ、こういうようなことになっている。これは大臣が言われる通り。しかしながら事柄の生まれてくるまでの発想の過程というものは、そういうようなものがあったのだということは、やはりここに書いてあることは事実として受け取ってもらわなければ困る。それは読んでおらなかったら読んでおおられないでいいのだが、こういうような考え方がありますときに、次のようなことが書いてあるのです。これは進学の場合の指導要録の取り扱いについてこう書いてある。規則の十二条の三で、記載事項の「カ」というところの「標準検査等の記録に記載されている事項について、将来の指導上必要と思われるものがある場合には、その事項」を書いた、そういうようなものの抄本を進学したところの学校にやりなさい、こういうようなことが書いてある。そういたしまして会社あたりから見せてくれと来たときに、それを見せなさいとか、見せてはならないということは記載してない。しかしながら誤解を与えるようなことがないように注意しなければならないというただし書きは指導要録の取り扱いの中に確かについておるようです。 そこでそういうような点から考えまして指導要録に記入しなければならないという文部省の考え方というものはきわめて危険なものがあるのではないか、そうしてまた、この学力テストに反対をしておる人はもちろんですが、これに賛成しておる人の中にあっても、そういうような全国一斉にやられる学力テストの結果を指導要録の中に記入するということは行き過ぎではないかということで、あの全日本教育父母の会ですか、あの人たちの中でさえも、北海道の父母の会の代表の人たちは、それだけはやめて下さい。将来の問題として検討をして下さいということを言っておるわけです。そういうような点は今までに流されて参りましたし、新聞も伝えて参っております。この法律的な根拠は、指導要録に記入しなさいという命令権は文部大臣にはない。記入することが望ましいということは言えても、そういうようなことを記入しなさいということは言えない。それは今までの文部省の通達の中にも書いてある。参考資料としてという性格で私たちは申し上げておるのだということがちゃんと通達として流されておる。にもかかわらずあなたがこれを記入しなければならないという新たな命令的な要素を持ってくるということは、これは今までのこういうような指導要録に対する取り扱いなり、あるいは学校教育に対する考え方が百八十度も転換をしたことになる。大体そういうようなものを一律的にどうしてそういうふうに記入をさせなければならないのか、その必要性について大臣に承りたい。
○荒木国務大臣 ただし書きでもってその抄本みたいなものを上級学校に行く場合は送付もしなければならない、これは従来もそうですし、当然の措置でございましょう。児童生徒のいわば学籍原簿的なものの抄本として送り届けることによって、上級学校の担当教師等が、本人の適性、その他に応じての指導の参考資料になるわけですから、その必要性のために送るということであって、きわめて自然であり必要なことだろうと思います。上級学校で同じように個人に専属した機密事項でもあるし、機密の取り扱いにして、よそから要求しても出さないというような考え方で運営さるべきことも、それに伴った措置でありますから、一つも不思議ではない、あたりまえのことだろうと思います。 指導要録に記入する必要度の認識ですが、さっきも申し上げましたように民間調査といえども信憑性のあると思うものは書いておきなさいということになっておる。国が責任を持って地方公団体も一緒になって調査する学校の先生も協力して調査する、これほどの権威のある信憑性のある調査というものはほかにないと思います。批評はいろいろございましょうが、少なくとも責任を持った調査ではある。それが百点とれる完全なものとはむろん思いませんが、ペーパーテストに伴う批判等は当然随伴いたしますけれども、少なくとも同種の調査に比較いたしますならば、最も信憑性のあるものであることには違いない。従ってそういう意味で指導要録に書きなさいという指導をすることは、これは当然しごくかと心得ます。もとよりおっしゃるように何の法律の第何条に根拠を置いて、いやと言うても書かせるのだというような権限があるとは私も思わない。しかし指導助言を、最も率先してなさるべきものの一つだと考えます。
○村山委員 あなたが今お認めになったように、書きなさいという命令権はない。ただそういうように積極的に指導助計をする、こういうようなことでございますので、その点はそれで承わておきます。 そこで今度は学力テストの法律的な根拠なり、あるいはこの学力というものは一体どういうものであるか、そういう点について今回特に実施しようとされる五教科の内容等について、若干の質問を申し上げてみたいと思います。 参議院の段階におきましても、あるいは同僚の三木君の質問に対しましても、大臣が答えられるのは、この権限は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の五十四条の第二項、こういうのが法的な根拠のように承わるのですが、その点間違いございませんか。
○荒木国務大臣 そうでございます。
○村山委員 文部省の設置法の第五条に文部省の権限がございます。「文部省は、この法律に規定する所掌事務を遂行するため、左に掲げる権限を有する。」こういうのが文部省の権限でございますが、ただし書きがついている。「但し、その権限の行使は、法律(これに基く命令を含む。)に従ってなされなければならない。」 その第二項「文部省は、その権限の行使に当って、法律に別段の定がある場合を除いては、行政上及び運営上の監督を行わないものとする。」 こういうように書いてございます。このことは大臣も御承知であろうと思う。そういたしますと、なぜ、そういうように文部省設置法の第五条で文部省の権限が法律に従ったものでなければならないというただし書きがつき、しかも法律に別段の定めがない場合には行政上及び運営上の監督を行なってはならないのだ、こういうように規定づけられてあるかということについて、大臣は、今日のいわゆる民主主義下におけるところの文教行政の限界点というものはどこにあるのかということについて、どういうふうに把握しておられるのか、お答え願いたいと思います。
○荒木国務大臣 先刻もちょっと申し上げましたが、上は憲法から教育基本法、学校教育法、その他もろもろの教育に関する法律制度に基づいて付与せられた職務権限を行なう、そういうことだと思います。
○村山委員 憲法なり教育基本法の中において文教政策の限界点があるということをお認めになったものだと思うのです。そういたしますと、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の五十四条二項はこう書いてあります。「文部大臣は地方公共団体の長又は教育委員会に対し、都道府県委員会は市町村長又は市町村委員会に対し、それぞれ都道府県又は市町村の区域内の教育に関する事務に関し、必要な調査、統計その他の資料又は報告の提出を求めることができる。」、求めることができるということは明らかに規定している。そこで、これは文部省が実施をしたものについて報告を求めることができるのではなくて、教育は地方の自治権である、これはかねがね大臣が言われている。だから私は日教組とも会わない、こういうことをよく言われるわけですが、教育の地方分権というような立場から考えて、この条項は、都道府県教育委員会なりあるいは市町村の教育委員会が施策を実施したその結果について、文部行政の政策を遂行をしていく必要性から報告を求めることができるのであって、あなた方がこれによって積極的に命令をするという、そういう立場に立った法律規定ではない。その点はどうですか。
○荒木国務大臣 調査を求め報告を求めることは、おっしゃるようなことばかりじゃなく、両方あると思います。文部大臣に留保させられておる職務権限に関すること、それについての調査を求め、またみずから教育行政機関としてなしたことについて、お説のごとく結果についての報告を求める、あるいは現実に教育行政が行なわれている実情について報告を求める、両方あると思います。それはあくまでも今限界があるとおっしゃったらちを越えていない、先刻も申し上げましたように、学習指導要領、教育課程を定める権限は文部大臣に留保させられてある、そういう事柄に関して文部省の方から地方に対しまして調査を要求する、それには応ぜねばならない、裏を返せばその要求には応ぜねばならない責任規定だとあわせ読むべきものと心得ております。
○村山委員 これは限界のワク内において政策、テストは行なっているんだということでございますが、その問題についには後ほど触れることにいたしまして、国の事務の地方公共団体に対する指揮権、国の機関、主務大臣が指揮監督をする条項は地方自治法に書いてあると思う。それは、地方自治体の固有の権限である教育権をあなた方が指揮監督をする場合には限界がある。その限界点は地方自治法の百五十条に明記してある。そういたしますと、指揮監督をすることができるものは明らかにされておるし、文部省設置法の第五条の中に権限はあるけれども、これは法律に基づかなければならない、こういうことが書いてある。そうして法律に基づかないものは行政上、運営上の監督を行なってはならない、こういうように書いてありますので、都道府県教育委員会がやったことに対してあなた方が報告を求めることはできましょう。その都道府県教育委員会がやらなかった場合には措置要求等の報告を求めることができましょう。しかしながら、それをやりなさいという命令権はどこにございますか。
○荒木国務大臣 その法律上の権限の源は、学校教育法の二十条でございましたか、教科に関することは文部大臣に留保されております。その教科に関することを受けまして、政令でもって学習指導要領の決定権なりあるいは教育課程の決定権なりというものが出てくるものと私は思いますが、その留保された権限の実態を把握する意味において、調査または報告を求めるという権限が具体的に法律上指示されておる、その相関関係から、地方自治法の規定以前の基本的な事項として文部大臣に権限があるものと思います。
○村山委員 法律解釈はそういうような相関関係とかなんとかいうことでなくて、あなた方が命じて、処罰をするという行政的な処分までお考えになっている。そういたしますと、そういうようなものを国家権力によって強制をしていくということなんです。そうなれば明らかにこの条項のどこによってやるんだ——しかしながら、そのいわゆる法律上の条項がはたして適法なりやいなやということが今大きな問題になってきているわけです。私はこういうような点から、国のいわゆる国務大臣、主務大臣が指揮監督ができるのは、地方自治団体に対しては限定されておる。このことはお認めになると思いますが、その点はどうですか。
○荒木国務大臣 むろん地方自治体の権限に、不当に影響を及ぼす権限があろうとは思いません、限定されておる。その通りでございます。ではございますが、義務教育に、関します限りは、教科に関することは文部大臣が全国的視野に立ってこれを行なえという責任を負わされておる、権限を与えられておる。そのことの必然の結果として全国の一斉学力調査をやらなければ、与えられた責任と権限たる教科の問題の実態を、把握することができない、教科に関することそのことを改善する科学的合理的な根拠が発見できないという関係に立ちまして、今御説明を申し上げたわけであります。
○村山委員 文部大臣の調査に対する権限というのは第五十三条に明記されています。それは四十八条の指導助言または援助、それから五十一条のいわゆる文部大臣と教育委員会の相互の関係、この二つはいわゆる訓辞的な規定であって、そして五十二条は措置要求をする、言うことをきかなければその措置要求をする権利は、もちろん文部大臣の調査に対する権限として認められておる。しかしながら、その措置要求とはどういうようなことをいうかというと、法令に違反をしている場合と著しく適正を欠いている場合、その場合には措置要求の権限が文部大臣にあります。ありますが、学校教育法の第二十条の教科の規定の中には「教科に関する事項は、」「監督庁が、これを定める。」ということが書いてあります。しかしながら、その定めるのに必要だと思われる事項について、学力テストはそのために必要なんだ、だからこの援用解釈の上に立って、そういうようなものの上から、教育課程を作らなければならないから学力テストというものはぜひ出してもらわなければならない、こういうことになって参りますと、今回のねらいは学力テストというものが、教育課程の教科の改正に一番大きな関係があるということを大臣はお認めになるのですね。
○荒木国務大臣 教科に関することが教育の実態だと心得ます。その教科の効果の十全を期するために教育条件等が出てくると思います。教科のためにこそ教育条件の改善が意味がある。従って一番根源をたどってみれば、教科に関する事項が文部大臣にまかされておる、そのまかされたことを責任を持って果たすためには、教育条件の改善を必要とする。そういうことで、その点はおよそ説明を待つまでもなく有機的な関係にあるものと思います。従ってその必要のために今度は、具体的には限界はあるのだけれども、その限界は第二十条に基づいて申し上げるような権限が留保されているのだから、それを現実に具体的にするためには、ある場合には調査を要求し、報告を求めるという機能として現われるであろうということが予定されて、調査、報告要求権を与えられておる。それに基づいて今度調査をするのだ、結果について報告をして下さいと要求するのだ、従ってその要請があるならば、地方教育機関はこれに応ずる責任がある、義務が生ずる、こういうことと、心得ます。
○村山委員 教育条件は、教育課程の完全な実施のためにも、これはおっしゃる通りです。ようすると主たる任務というものは教育課程の改善のためにある。この教育課程の改善は、これは文部大臣の権限として留保されておる。そうなればこれは国のためになるいわゆる業務内容として把握しなければならない。その点から言えば当然統計法に示されているように、国の費用ですべてやらなければならぬ。そして国の支出金で、全部都道府県やあるいは市町村にそういうような財源的な負担をさせないようにしなければならない。こういうことが地方財政法に書いてある。ところが足らないようになっている。そこらにも非常に大きな問題があると思う。しかしながらその問題はそれとしておきまして、五十四条の二項に「教育に関する事務に関し、必要な調査、」これは必要というふうに認めるのは文部大臣だろうと思う。 「必要な調査、統計その他の資料又は報告の提出を求めることができる。」というのですから、その調査というのは、調査の結果について報告を求めるのであって、調査の内容等を、どういうふうに実施したかということに対する報告は求め得ないと考えるわけですが、この必要な調査ということになりますと、文部大臣はどこまでそういうようなものを求め得る権限が無限大にあるのか、その有限解釈はどこら辺にされているのか、その辺を承りたい。
○荒木国務大臣 必要な調査という必要の有無についての判断は文部大臣にまかされておるわけですけれども、しかし無限ではあり得ないと思います。その必要なということは教育目的を達するに客観妥当性のある必要な限度以上に出るはずがない。ことに今も申し上げましたように教料に関することは留保されておる、そのことに基づいて調査をするというのであります。しからばそれ以外に法律に具体的に必要なという限界を意味するようなことはどこにあるかを、私は全部ちょっと承知いたしませんけれども、原則としては一応その限界は法令に求めなければならぬ。しかしそれがすべてではないと私は思います。その他にも法文に明記してなくとも、法文に明記してある事柄から導き出せる客観妥当性のある必要の限度におきましては、調査ないしは報告を求める権限が認められておる。抽象的たらざるを得ませんが、必要なの解釈は、私はそういうふうに考えております。
○村山委員 五十三条の文部大臣の調査に対する権限の中でこれはこういうような条項が四十八条、五十一条、五十二条、五十三条、五十四条とずっと列記されておる。これが制定をされるときの論議の過程から見ましても、しかも五十二条の中に明らかに書いてあるわけですが、この解釈の上からいって、措置要求を、調査に対する権限なりそういうものが文部省設置法の規定にかかわらず、地方教育行政の教育運営に関する法律の中で認められたのはこれは違反の是正または改善のため必要な措置を講ずべきことを求めるということであって、代執行等を認めるものではないのだ、こういうのが今までの基本的な解釈であります。そういたしますと、必要な調査の必要、これは文部大臣が法令の範囲内において認める必要な調査であれば問題はない。しかしながら学校教育法第二十条に、教科については文部大臣の権限として明記はされておる。しかしそれは教科に関することであって学力テストまで含めたものであるということは言えないわけです。必要なをそういうようなところまで敷衍していくならば今度は教職員のいわゆる思想調査、そういうような方向まで必要な調査である、こういうふうに解釈されるならば、文部省設置法に定められたところの、文部省が今日まで果たして参りましたいろいろな役割から、民主教育を推進をしていくためには、やはり文部省の権限というものを縮減していかなければならないということで、法令に基づかないものは権限はないのだ、監督の力もないのだということが規定づけられている。そういうような立場から見た場合に、あなた方がおっしゃるところの、その必要なというところで、行政解釈ですべてのものがやっていかれるとするならば、今日の日本の民主教育というものは破壊されてしまうそういうようなことから、この調査というのは、指導、助言行政を公開的に行なうための調査であって、事実資料をあなた方が把握する、こういう意味にとらなければならないと思うのです。調査自体は教育行政上の積極的な施策ではないのだ、学力調査というのは、先ほども論議して参りましたように、単なる調査ではない、これはあくまでも施策である。文教政策だ。そういうような点から見た場合に、教育委員会の権限の中で、いわゆる教育にかかるところの調査、指定統計、その他の統計に関することというのが、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の二十三条の十七号に記載されている。それに基づいて都道府県教育委員会が、文部省の学力テストというのは非常に尊敬すべき、まあ割合に完全なものだ、これをおれのところでもやりたい、市町村の教育委員会もおれのところでもやりたい、こういうような結果に基づいて、それぞれの教育委員会がそれをやった。あるいはやらないところも出てくる。それに対して、なぜお前のところはやらなかったかという結果的な措置要求の調査の権限はあるけれども、あなた方がこの五十四条の二項によってやらなければならないのだという命令解釈を下すことはできない。これは、やはり都道府県の教育委員会が、市町村の教育委員会がやった結果についての調査の報告を求めることだけが文部大臣に認められている条項ですよ。「教育に関する事務に関し、必要な調査、統計その他の資料又は報告の提出を求めることができる。」やったことに対して、それの結果の報告を求めることができるだけですよ。これをやらなければやらなかったで、報告を求めることはできない。しかしやる、やらないということは、あなたが決定すべきことではなくて、地方分権に基づく都道府県の教育委員会なり、市町村の教育委員会が、やる、やらないということをきめる権利を持っている。あなたの権利は、地方自治法の百五十条に明記してあるように、指揮権が及ぶのははっきり書いてある。これとこれとこれだと……。だからこの学力テストを全国一斉に、文部省の権限に基づいてやる以上は、文部省設置法の五条に基づいて法律を作って、学力テストをやるならやるとされればそれはいいです。しかしながら法律ではなくて、この五十四条の二項だけで強制的にやるということは、これは逸脱した文部省の解釈です。これはもうだれが見ても、条文の上から、前後の関係から、文部大臣に与えられた権限から見て、この問題はおかしいとはお思いになりませんか。
○荒木国務大臣 私はおかしいとは思わないのでございます。措置要求ということは、本来地方自治体の固有の権限にまかされていることでも、法令に違反し、はなはなだしく不当であるという場合には、それはいかぬぞとたしなめることができるということだと思います。今度の学力調査の根拠は、その指導、助言ないしは措置要求に基づいてやるにあらずして、本来学校教育法に、基本的に義務教育なるがゆえに留保されている、文部大臣固有の権限の執行結果を確かめる意味においての機能として現われてくる、その現われ方は、調査あるいは報告を求めるというふうなことをやってもよろしいという条項で調査をする、こういう関係に立って考えて、おるのであります。
○村山委員 措置要求の点は五十二条によって明らかにされている。五十四条の二項というのは、これは都道府県教育委員会なりあるいは市町村の教育委員会が実施したことに対して、それらが持っている客観的な資料を調査ができるというのが、文部大臣に認められた権限です。私たちはそういう解釈をとっておりますが、その問題はお互いに解釈の違いが出ておりますので、これでおきます。 今回実施されようとしている五教科これに限られた理由というものは、これはどういう理由ですか。
○荒木国務大臣 先日三木さんのお尋ねに対して、お答えしたと記憶しますが、それができれば、残りの五教科についてもテストができるものならばやりたいという気持はございます。ですけれども、ぺ−パー・テストというものには、今の少なくとも研究されました程度においては限界がある。ことに音楽とか体育とかその他の残りの教科は、実技を中心にテストするのでなければ実態が把握できないと承知しております。従って、方法、手段の限界のゆえにやりたくてもやれない、やった方がかえって弊害があるのじゃないかということをおそれまして、やむなく五教科に限ってやろう、こういうことであります。ペーパー・テストそれ自身も専門家の検討を待って、改善さるべき性質のものと思いますが、今取り出し得ている最もいい方法において五教科に限って実施したい、こういうことであります。
○村山委員 私は、予算がないからほかの方は、やらないだろうと思います。主要教科という言葉が予算書に書いてあるが、これは主要教科なんですか。というのは、英語は御承知のように必須制じゃなく、選択制なんです。その選択制である英語が主要教科になるのですか。なぜ主要教科というふうに打ち出されたのですか。内藤さんでけっこうです。
○内藤政府委員 主要教科という意味は、別に意味はございませんで、実は国語、算数、英語、理科、社会というふうに書けばいいわけでございますが長いから便宜そういう表現を使ったものと心得ます。
○村山委員 うまい言い方もあるものだと思います。ところがこの英語は選択教科だ。選択教科であるのに——必須教科はほかにもあるわけです。ペーパー・テストでも、できるのもあります。そういうようなときに英語をつけ加えてそしてテストをやる。私は初めは、英語は今まで選択制で勉強していない子供にもテストをやるだろうと思って実施要網を見てみたら、現在履修していないものは省くとか、それでちょっと安心したのです。ところがこの英語を履修している子供の場合とそうでなくて職業課程をそのかわり履修している者、英語だけは調べて、その職業課程を履修している子供は調べない——五時間目の時間ですが、もうお前は用がないから帰れ。こういうようなテストをやる場合に、選択科目の英語だけやって、一方の側で選択をしている職業課程についてはやらないで、お前帰ってよろしい、庭の掃除でもせよ、そういう考え方でやっているのですか。職業教育課程の、家庭科ですか、これはなぜやらないのですか。
○内藤政府委員 英語は選択教科になっておりますが、事実上九五、六%をこえておりまして、現在のところほとんど履修されておるのが実情でございます。中学校の教育課程改正の際にも必修にしたらどうかという強い意見もありましたけれども、義務教育の段階でございますから、そこまでいくのはいかがかと思って、必修に準じた教科として扱ったわけでございます。その他の教科につきましては、むしろ農業や商業や工業をやっておる者はごく一部でございますので、実はそこまで検討しなかったわけでありまして、今後十分これらのものにつきましても検討してみたいと思っております。
○村山委員 進学をする者が六〇%くらいある、そうすると英語を選択でとっている者は幾らおるのですか。
○内藤政府委員 英語を選択しておりますのは九六%くらいになっております。あるいは九八%くらいになったかもしれませんが。昭和三十二、三年の調査によりますと九五、六%でございましたから、最近は九八%くらいになっておるのではないかと思います。
○村山委員 英語の教育課程は、指導要録の内容等を見てみますと非常に問題点があると思うのです。今度の教育課程の中で三年生のときにコース別に分けましたね。現在小学校の教育課程は新しい教科書がことしからできた。中学校は来年から本格的に移行するわけですが、中学校の場合は現在その経過的な移行の段階にある。そして完全に新しい教育課程に基づくものが実施はされている。その移行の段階に現在では移りつつあるのじゃないか。そういうときに学力テストをやらなければならない。それで移行するときの段階において学力テストをやって、日本の教育課程の改善に資するのだということにしても、将来完全に移行した場合におけるところの姿ではなくて、過去のものから現在移りつつあるときの段階においてとられていく方がより科学的な証拠が出るというふうにお考えになっておるのですか。
○内藤政府委員 これは毎年やる調査でございますから、別に本年だけでやめるわけではございません。今後、来年以降は教科書もできて完全に移行されますので、来年度以降も続けてその成果を見たいと考えております。ただ、今お尋ねの、三年のときに若干選択時間の幅が違うわけですが、今度のテストは、三年の場合には二年のところでやっておりますから、しかも基礎的基本的な問題を中心にいたしておりますから、二年のところをしっかりやっていらっしゃれば、その段階の英語は十分よく理解でき、把握しているものと心得るわけでございまして、別に移行期だからという心配はないと思っております。
○村山委員 問題の内容によりけりですね。週三時間やるコースと週五時間やるコースがある。上級進学組は英語を週五時間やる、そうでない者は三時間、全然やらない者もある、こういうような形で学校が成り立っているのですね。その場合に、週五時間やれば、今まで習ったものが出てきても、頻度が多いわけですから、当然英語に親しむ時間が長くなるわけですから、二年生のやつをやろうが、いい成績をとるのはあたりまえだ、こういうふうに考えられませんか。
○内藤政府委員 これは二年の範囲を出題しておりますから、一年と二年は英語の履修時間は同じでございますから、二年のところをしっかり勉強しておれば当然できるわけでございますから、三年になってよけいやろうとやるまいと大した影響はないものと心得ております。
○村山委員 この英語の問題は、現行の教育課程そのものが、指導要領の基準が、現在の教科書をもとにして、それから逆算をして、こういうものであろうということでやっている。各教科ごとの文部省の基準等を見た場合に、一番基準がやかましいのが英語だ、こういうふうにわれわれ聞いておる。そしてその基準というのが、いろいろなところにおいて、言葉から文法から全部制約をして、ほんとうに生きた英語ではないのじゃないかということが学校教育の現場あたりにおいてもいわれておるようですが、そういうようなテストをやった結果幾らの成績をとったという分析をするよりも、今日本の英語教育で一番欠けている問題点というのは、実態調査が全然ない。文部省が英語教育というものの上において当然やらなければならない部面がほとんどされていないということを聞いておるわけですたとえば英語の実態調査というものが、精神な面やら、心理的な面やらに形態的な面から取り上げられていない、あるいは人類学的な立場からの、そういうような多様な原語の実態調査が文部省自体においては何ら取り上げられていない。また民間の研究機関においても取り上げられていない。そして、原語の内容面というものについても、人間生活のあらゆる面から内容面にも規制があるのだけれども、そういうようなものも調べられていない。さらに日本語との相関性の問題も十分に実態調査として取り上げられていない。そういうような総合的な調査をする機関が文部省にもなければ民間の団体にもない。そのようなところから、現在の教科書から逆に計算をして指導要領というものがでっち上げられた。従って、現在の中学校の教育では非常に弊害的な教育しか行なわれていないこういうことが、よくいわれておりますが、まずそういうような実態調査の上に立って教材の選択をやり、教材の組み立てをやって、そして教材を提示して教え方を導いていくという方式がとられなければならないと思うのです。そうした場合に一番基礎になる実態調査をやらないでいるから、そういうような科学的な資料日本語と英語との関係なんというものはてんでばらばらだ。そういうようなものが現在の時点において研究されるということが、この学力テストをやるよりも先にやらなければならないことじゃないか、こういうことがいわれておるのですが、その点はどうですか。
○内藤政府委員 英語教育についてのお尋ねでございますが、これは少し誤解ではないかと思うわけでございます。日本の英語教育は過去何十年か相当長い間やってきたわけでございます。その成果を十分踏まえまして、今度の指導要領の改訂にあたっては一体ヴォキャブラリーの数をどの程度にするか、あるいは構文をどの程度にするか、いろいろ検討した結果、英語に関する指導要領ができたわけでございます。特に前の指導要領の欠陥を是正いたしましてよりよいものにしたわけでございます。ただ、英語教育の場合に話す聞くという面が従来欠けておりました。この点は、今度の指導要領には話す聞くという面を特に強化しておりますし、英語教育の指導者講習会も文部省でことしから始めたわけでございます。ですから、英語教育の改善、充実と相待って学習指導の改善をはかっていきたい、こういう趣旨でございまして、従って今おっしゃったように教科書の方から逆算したという事実は全然ございません。
○村山委員 大臣がおられる間に、ほかの同僚議員も質問をしたい方がおありのようでございますので、私は意見だけを申し上げて終わりたいと思います。 きょうの論議を通じまして指導要領に記入しなさいという命令権は文部省にはないということだけははっきりいたしました。しかしそれが望ましいのだ、こういうことだけは明らかになったと思います。従いまして、せめてそれだけでも非常に安心をする人が父兄の中にはたくさんあるだろうと思う。その点は私も了とするわけですが、今回実施しようとするところの一斉学力テストは、単なる調査ではなくて、教育政策の一環として打ち出してきた文部省の政策である。しかもそれは財政法の上からいって国庫支出金という形で出されていることから考えて、明らかに国の政策の一環として打ち出していくのであるならば、地方財政法の負担の原則からいって、都道府県に予算を計上させあるいは補助金等の形で執行させるということは望ましいことではない。これをやろうとするならば、当然法律を作ってもっと明確にしてやるのが建前だ。現在の五十四条の二項からいっても、文部省の積極的な命令権というものはない。しかも文部省設置法の上からいった場合に、そういう法令に基づかない監督権はないわけであります。そういうような点は手抜かりである。私はそういうような学校の一斉テストを認めるという立場ではないけれども、法律的に論究をしていけば、明らかにそのことが、言えると思う。従いまして、そういうような一斉テストの持っているところの、いわゆる教育統制的な内容のもの等については、今までも論議されて参りましたので、私はあえてきょうはお尋ねをいたさなかったわけでございますが、以上、申し上げておきます。いろいろ聞くところによりますと、この実施にあたりましてはきわめて残念な情報が入っているわけです。というのは、各都府県教育委員会でありますか、あるいは文部省からの口頭の通達というのですか、いろいろな特高的な要素が——警察官の導入の方法あるいは手続等積極的執行方法、こういうような秘密文書が各都道府県なりあるいは地教委の間に出ておりまして、PTA会長がPTA会員の腕力の強い者を出してテスト当時においては警備に当たれとか、あるいは警察官を呼ぶときにはどうするのだというような、実に克明な怪文書が出たりしているようであります。荒木文部大臣は、この問題については断固としてやるのだと、あっちこっち進軍ラッパを吹いて回っているようですが、あまりはでに進軍ラッパを吹きよると大東亜戦争みたいになってしまいますので、教育の行政をあずかる責任者として、これらの問題はもっとえりを正して慎重な執行をやられるように要望を申し上げておきます。
○櫻内委員長 山中吾郎君。
○山中(吾)委員 時間があまりないので問題だけ提起をして、あとに回すものは回したいと思いますが、学力テストの問題、名城大学の問題、荒木文相が私の地元の盛岡に来て放言されたことについての問題、文化財行政の機構のあり方、高専の設置法についての問題、このことは臨時国会中にお聞きいたしたいと思います。 きょうは村山委員が相当長い質問をされたので、この中から一、二の問題をお聞きしたいのです。学力テストについて簡単に大臣に私見を聞いておかなければならぬと思いますが、私はこの一斉テストはほとんど効果が出ないのだと思う。この一億の金がほんとうにむだ使いになると私は自分の行政体験から確信をしておるのです。日本の現在の教育条件は、僻地の学校に行きますと免状を持たない先生が数科目持って授業をしている。それを東京と岩手県の僻地と同じものをやる。日本のように島国で、北から南に気候、地理的条件が違う、寒帯地方から温帯地方にわたる領土を持った日本の国内で、全国一斉に同じ問題で学力テストをやっていて、何の効果があるか。こんなばかげた、僕から言ったら教育的に最もずぶのしろうとの思いつきの問題だと思うが、一体だれがお考えになったか知らないけれども、これは一億の金を使う効果は絶対にない。私はその点について、一体だれが発案をしてだれがほんとうにやっておるかお聞きしたいのですが、初中局長、言えますか。
○内藤政府委員 三十一年から御承知の通りサンプル・テスト五%でやっておりましたところ、実際希望参加が非常にふえまして、昭和三十四年に中学校でも六三%、昭和三十六年の小学校のサンプルが六〇%をこえております。それだけ現場の先生が非常に興味を持ち関心をお持ちになって協力して、学習指導の改善に大へん役に立っておることは事実でございます。また栃木県のように数年前から悉皆でやっておるところもございますし、大阪府のように自由参加でございますけれども九五%以上に上っているところもあるわけでございます。しかもそれが父兄の負担でやっておりますから、父兄の負担の軽減もはかり、現場からもそれほど御要望がありますので、全部国の経費でやった方がより的確にいくのではなかろうか。新教育になりまして一番の欠陥は学校差、地域差でございますから、今お尋ねのような学校差、地域差をぜひなくしたい。一つは教育条件の整備が、お話しのように免許状を持った者をたくさん出す、あるいは定員も十分にやる、教材教具も豊富にする、こういうように教育条件の整備をはかると同時に、同じような条件の場合に学習指導の改善をはかっていただきたい。これは現在六〇%の参加学校がみんな今までのテストの結果を見てどこに欠陥があったかを反省され、非常に努力して毎年改善の実を上げていらっしゃる。この事実をとらえまして悉皆にしたわけでございます。
○山中(吾)委員 三十一年からの教育条件整備のテストには意義がありますよ。その結果によって、いわゆる僻地の教育の振興のための設備あるいは優秀な教員の養成とか、それは役に立つ。教育条件調査の一項目としていわゆるテストも必要だし、学力の程度もわかるのですね。しかしそういうことが全国一斉の、しかも文部省で北海道から鹿児島まで同じ問題を作ってやるというのは全然性格が違うのですね。一億も金をかけてもったいなくてしょうがない。これは国民の血税ですから、こういうことをするものじゃない。それを現場の教師が反対しておるのに無理やりやるなんということは、文部行政の識見を疑う。岩手なら岩手の地域というように、その地域ごとに問題を作成さすならばこれは意義がある。しかも指導要録に記入としておりますが、こういう問題を全国一律に、東京で作った問題でやるのは遠いところの子供はかわいそうです。私はこれはすみやかにお取りやめになるべきだと思う。大臣はそんな常識的な適当なことを言って、こんな一億もの金をお使いになるということは、私はまことに無責任だと思う。そしてこういうふうな行き方を見ておりますと、一から四まで目的を書いておりますが、調査なんというものは明確なる手段、目的を持たなければそれに対応した方法が出てこない。雑多なこういう目的を並べて一億も金をかけて、あとから出てくるものは弊害だけなんです。すでにある者はテスト問題集というような本を出して金をもうけようとしているじゃないですか。そして予備の練習を他の先生がやり始めておる。弊害ばかり出ると思う。こういうものは良心的にお考えになればすみやかにおやめになったらいい。大臣はその点どうですか。
○荒木国務大臣 先ほど政府委員からお答え申し上げたような考え方で一斉学力調査をもくろんでおるわけでございますが、私は山中さんと、違いまして、先ほども申し上げましたように、学校の教科に関すること、さらには学習指導要領ないしは教育課程の決定あるいは教科書の検定を通じまして、義務教育については温帯であろうと亜熱帯であろうと、地域のいかんにかかわらず、日本人の子供が義務教育課程を通じて数年間教育を終わったときには、条件が同じなら同じ学力を持つことが望ましいということが本質的にあるものと思います。従ってそれゆえにこそ教科に関する権限を、地方分権の建前を原則としながら特に文部大臣にその権限と職責を留保されておる。その職責を果たすことを通じまして、地域的に格差がございましょうし、学校差もございましょうし、個人差もございましょうが、それが何ゆえかということを突きとめる責任がある。その責任を果たす意味におきましても一億円は私はまだ安いと思います。事情が許しますならばもっと金をかけて、もっと徹底した調査ができる方がむしろ望ましいと考えるべきじゃなかろうかと思っております。
○山中(吾)委員 そういう法律論を私はお聞きしておるのじゃない。権限がどうだというようなことは私はお聞きしておるのじゃないのです。たとえば理科なら理科という問題を出してきても、青森とか北海道はタケノコが六、七寸にしか大きくならない。鹿児島あたりへいったら六尺くらいになるのです。それほど南北は、地理的、経済的あらゆる条件が、違っておるのであって、そういうときにこういう問題を一律に作るなんという日本の文教行政はおかしいのです。それで一億は足らないとかなんとかおっしゃるのはもっと内容的に文教政策を真剣にお考えにならないからなのであって、地域に問題をまかすのなら一つの意味がある。しかも指導要録に出して、あるいは将来高等学校の入試の関係というようなことを書いておりますけれども、学校ごとの、大体それに入学すを地域の人ごとにテストするならまだしも、こういうふうに全国的では何の意味もない。教科に関する施策というならば、それは点数を見るのでなくて、地方の要望を聞いて、この辺ではもっと数学を多くやってほしいとか、理科関係はこういう方向の内容を盛ってほしいとか、そういうことならば教科に関する資料としての調査になると思いますが、子供のこういう学力を見て、教科に関するどういう意味があるのですか。それから自校の学習の到達度を全国的な水準との比較において見るということならば、もっと僻地教育について条件を整備して下さい。子供に劣等感、地域に劣等感を与えるだけなんです。それから能力がありながら経済的な理由などでその進学が妨げられる生徒云々と書いてありますけれども、それなら素質検査を加えてやってもらわなければ困る。 調査局長にお聞きしますけれども、調査というものは明確なる目的があって、その目的に応じた方法が選ばれてくるのです。ところがこれは抽出的なテストでいいものと全部をやらなければならぬテストがある。この目的から見ると抽出調査でいいものを、欲が深いものだから総員調査にしてしまったりして、目的と方法に非常にちぐはぐなものがある。従って私は効果は出ないと思うのですが、調査原則からいってこういうやり方はどうですか。
○田中説明員 三十一年度以来サンプリング調査をやって参りましたその結果から判断をいたしまして、今のこまかい教育行政というものをやりますためには悉皆にしくはない。先ほども申し上げましたが、学校を幾つかにグループ分けをいたします場合に、学校の規模と学校の属しております、地域社会、これをかき合わして、条件のそろったところでどこに欠陥があるかということを比較することが非常に大事なんです。サンプリングで五%とかあるいは一〇%といったようなことでは、これはとても比較にならないのでございます。学校の数が少なくなりますために非常にラフな結果に終わるわけであります。そういうことから判断して今回悉皆調査に踏み切ったのでございます。
○山中(吾)委員 そういうような全員を調べなくたって教育条件は、今までの三十一年のではっきりわかっておるのじゃないですか。それを国が施策をやらないだけだ。あるいは国勢調査だとか、アメリカの防衛教育法に基づいた、いわゆる科学的な英才を発見するためという特定の目的を持ってやるならば、それは全員調査、それはわかる。これはそうじゃないじゃないですか。だから教育的な政策であり政策的な政策であり、事務的なものである、いろいろなものを含んでおりますと大臣は言っておる。こんなわけのわからぬ調査は何の効果もないし、弊害を作るだけです。大臣これはまじめに検討して下さい。日教組日教組とおっしゃるけれども、現場の教育体験を持った先生がこれについて疑問を持つのは当然なんです。そんな面子だとか対抗意識だとかいうふうなものではなくて——結果は出ておるかもしれませんけれども、そういうことを離れて、こういう一斉学力テストというものは決して効果が出るものじゃない。もしなるならば所得倍増計画の労働力調査と銘打ってやるとか、あるいはアメリカのように防衛教育法に基づいた科学技術の英才を発見するとか、そういう明確なる法律を作ってやるなら、これは総員テストでなければできません。それを教育的であるがごとく、政策的であるがごとく、事務的であるがごとく、明確なる目的というものを持たないでこういうテストをしていけば弊害が出てくる。子供の能力とか学力というものは一々条件が違う。日本の現状は六・三制の整備ができていない。ある程度できたあとならいい。いわゆる三カ年計画、五ヵ年計画の不正常授業の完備をして、それができたあとなら考え直していいと思いますが、今ごろこれをやるのはどうしても私は教育行政的に考えて理解できない。どういう弊害が出るか、岩手の場合をあとでまた申し上げます。これはもう一度よく検討して次回にお答え願いたい。 いつか文部省では、これは世界共通の動向であると育った。どこにそんな動向がありますか、これもあとでお聞きいたしたいと思います。きょうは時間がないのでこれは次に譲ります。 名城大学のことについてお聞きいたしたいのですが、現在の状況になると名城大学はすでに違法状態になっておる。理事長もいない、いわゆる代表権を持っている者がいない。そして勝手に法人の財産を売ったり買ったりしておる。これは明らかに法律の違反状況にある。従ってこういう状況に立ったときには、すでに私学の自主性を尊重するしないとか、政策上これに対する法的措置をすべきかすべきでないかという論議でなしに、この違法状態にある名城大学をいかに処理するかというのは、文部大臣あるいは文教行政の責任者として、すでに処理すべきであって、しなければこれは怠慢だというそしりを受ける状態にあると思うのですがいかがですか。大臣及び局長にお聞きします。
○福田(繁)政府委員 ただいまの御質問のように、最近の名城大学の学校管理の問題、あるいはいろいろな問題が出ておりますが、私どもとしましても現状については非常に憂慮いたしておる次第でざいます。しかしながら学校管理にいたしましても、そういった財産の処分等がもし適法に行なわれているというような状態であるならば、これはやむを得ませんけれども、しかしながら私どもの聞いておりますのは、財産処分につきましても法律上相当疑問じゃないかというふうに考えるのでございまして、それに対して現在の理事会がそういう正当な権限行使ができるかどうかという点については、裁判所自体も疑問に思っております。従ってそういう状態につきまして、行政官庁としてその不動産の売買等について特にこれを措置するというようなことも現在のところできません。従って憂慮いたしておりますけれども、法的な方法によってこれを是正するというような措置はとりがたい状況でございます。
○荒木国務大臣 名城大学の問題は、実は率直に申し上げまして頭痛の種でございまして、本来ならば大学自治の原則に立ってみずから処置すべき性質を持った問題でございますけれども、御案内のような紆余曲折を経て混迷いわたしておる現状において、ぴしゃりと解決するような方策は、今の文部省の与えられました立場においては不可能と申してもよろしいような状況でございます。ですからすでに御案内の通り現地においての起党派的な国会議員諸公のごあっせん等をいただいたこともございますが、それでもうまくいかない。それでよくせきの例外的な例外だから、何らか立法措置を講じて、そして法律のバックのもとにそういう特異な学校騒ぎを解決することをせねばなるまいということで、これもすでに御案内の通り私学関係の方々も心配していただくし、与野党を問わず国会議員の方々も御心配下さって、議員立法ででも一つ法律を制定しょようじゃないかというところまでいきましたが、それもいろいろな事情で思うにまかせない。そこでむしろ、この議員立法として考えられましたことをさらに検討を加えて、政府提案でやったらどうだろうというところまでも参りましたがこれまた諸般の事情で思うにまかせないことは御案内の通りでございましてこれを要するに私はもう頭痛の種でどうしたらいいかと苦慮しておるところでございます。直ちにこうすればこうなるということを申し上げられないことを遺憾といたしますが、しかしそれでも望みを捨てないでできるだけのことをしたいものだと、内部では相談しておる状況でございます。
○山中(吾)委員 そのお気持をお聞きしたのですから、その次の対策をやはり真剣に考えるべきだと私は思うのですでにこの文教委員会で与党、野党の立場を捨てて、また私立学校に対する自主性とか公共性とかいう政策を越えて、現在のまま国会においてもあるいは文部省においても退くことは、文教行政に対する責任回避だ、もうそういうところまできていると思うのです。私はこれを見ると、たとえば学校法人名城大学には現在一人の代表権者もいない。そのために法人の法律行為は全然麻痺している。それから登記面上理事となっている者は全部職務執行停止の仮処分を受けている。それから登記面上理事としてある者は文部大臣から解職の勧告を受けている者である。それから理事長としての登記を受けている者は全然ない。この状況は、次の通常国会だなんということにはもうおけない問題である。ところが違法であるからと解散をすれば、今度清算人になって財産でむしろ金もうけをするという者だけが出るのです。そして学生だけが不幸になるという状況ならば、何かの立法措置をとってやるべきだ。ところが私学関係の国会議員もあり、いろいろ論議があるようでありますが、そういう雑念を捨てて考えるときには、ここまで来れば文部大臣の方で名城大学に関する特別措置法という法案でも出せるのじゃなないか、あるいはこの国会の中で論議をしておった議員立法の、いわゆる紛争に関する特別措置法として二カ年くらいの時限法で出して、私学全体に対する自主性を奪うということのないような方法でという論議をして、われわれは賛成をしてとういう決意をしておったのですが、与党の方ではいろいろと問題があるようであります。しかしすでに時期は過ぎておるので、あれは万人が認めておるわけですから、そして文部省において私学紛争に関する特別措置法という抽象的な法案を出すとまた私学の関係から疑問を持たれて、文部省は将来われわれに干渉する意図であるだろうというふうな、ない気持まで疑われてくるとするならば、私は名城大学に関する特別措置法という単独立法を出しても少しもおかしくない。そういうことが現状における大臣の一番真実な現状の違法行為に対する文部大臣としての責任をとる立場である、こういうように思うのですが、この点について大臣の御意見をお伺いいたしたいと思う。
○荒木国務大臣 妙な抽象論を申し上げることをお許しいただきますが、名城大学処理だけに限った法律ということが法律論として許されることかどうか、ちょっと今としては私一個としては疑問を持ちますけれども、仰せのごとく、そうでなくても時限法たるべき性質のもの、そうでないとなかなか実現困難な事情もあろうかと思います。その年限を最小限度に区切ることによって、もし私の申し上げる具体的な一種の行政処分的な事柄を法律で書くことがどうだという疑問がありといたしましても、極度にその年限を区切ることによって、いろいろな揣摩憶測は雲散霧消するかとも思います。いずれにしましても現行法律のもとでは、今御指摘のごとくなし得る残された唯一の手段は——解散命令の権限はあるようでございますが、これはもう、あとは野となれ山となれ式のことしか現実にはなりませんので、そういう権限はございましてもこの力を抜くわけに参らぬというので、自縄自縛になっておるのが御案内の通りの実情でございます。なんとか立法措置を特に考えてでも処理しなければ、ほかには方法がないだろうかしらんというふうな絶望的な気持で今おることを先刻申し上げた次第でございます。いずれにしろ私どもも十分責任をもって検討しなければならぬ課題と心得ます。
○山中(吾)委員 今の大臣のおっしゃる通りに、解散をすれば確かに無責任な学生、教授を犠牲にするし、また清算人がああいう悪性の人ですから何をするかわからぬので、私も現行法による解散は不適当だと思うのです。従って特別の立法措置が必要だと思うので、来週省内で御検討願い、われわれも文教委員会としてはその点を大いに検討して、文部省のそういう方針に対してわれわれが全面的に支持できるように協議をいたしたいと思いますから、来週までに一つ御検討願いたい。そうして成案を出していただきたい。お願いいたしたいと思います。 委員長、この点については私が今大臣に言った発言に応じて、一つ委員会でお諮りを願えるか、意思をお聞きいしたいと思います。
○荒木国務大臣 山中さんの今のお気持は十分わかります。ですけれども、別に責任を回避する気持は毛頭ございませんが、仰せのような段取りでは時間的に間に合わないかもしれぬということをおそれます。その意味で、もし与野党を通じて御相談下さいまするならば、責任回避的な言葉になっておそれ入りますけれども、その意思は毛頭ございませんことをもう一度念を押して御理解いただきますが、議員立法の措置でおやりいただくならば、てきぱきいくのじゃなかろうか。これは臨時国会の会期が短いことを念頭に置いてあえて申し上げることでございます。これは案を作ることの時間は極力短縮するにいたしましても、御案内のような国会側と政府側との相互の話し合い等も必要でございますし、政府部内におきましても一応予定した法案の提出は閣議でもきめてやっておりますものですから、事柄の実態は説明すればわかりましょうけれども、取り扱い手続等のために時間に間に合わないというおそも感じます。そこで繰り返し申し上げますが、率直に申し上げさしていただけば、議員立法で御処理願えば一番早く結論を得得るのじゃなかろうかと思いますことを御参考までに申し上げさしていただきます。
○櫻内委員長 委員長としては、自民党の方の事情をよく承知しておりますが、実は自民党では次の党内の文教部会でこの問題を取り上げるという段階でございますので、あなたの御趣旨は文教部会の方へお伝えしたいと思います。
○山中(吾)委員 それでは来週にまたこの問題を新しく論議いたしたいと思います。 次に、私はかいつまんでずっと質問をして、なるべく早く終わりますが、高専問題、われわれは反対したけれども高専法が通過した。各地域ではこれらの設置については、盛んに誘致運動も何かやっておるようであります。高専というこの学校制度そのものについてはわれわれは反対でありますが、今度は行政上の問題について文部省であやまちのないようにしてもらわなければいかぬので御意見をお聞きいたしたいのです。新しく工業専門学校を設置するのに、現在の充実した工業高等学校を昇格せしめるとか、そういう手を使わないで、何もないところにこういう高専を置いていくということは非常に危険じゃないか。私は、学校は、設置して大体その目的が達するだけの設備と内容が充実するまでに大体十年かかると思っておるのです。十年までは、ほとんど教育内容はそこへいかない。ことに大学に準ずるような教育をする工業専門学校は、たとえば、現在ある県において最も充実した工業高等学校を昇格をして、それにプラスするというなら、二、三年の後に施設にしても教授にしても追いついていく。ところがずっと見ておると、そういうことを考えないで、何もないところにぽつんと高専を作って、来年からいわゆる文部省が期待するような教育ができる。これは私はとんでもない見当違いだと思うのです。もちろん私は高専そのものについての見解はあるけれども、行政的に間違いのないようにして——しかも技術科学者十カ年養成の一つの計画のもとにきておるので、その教育が目的が果たせるのは十年後にならなければならない。おそらく私は工業専門学校の設備というものは莫大な金がつぎ込まれなければならないと思う。十年はかかる。それを何もないところに作るというような方針を作られて、二十何校とかなんとか言われておりますが、自信がございますか。どういう方針なのか。これは再吟味をされて——これだけ地方の人が学校設置というものに躍起になる。学校制度全体について国民は責任はないのですから。学校制度全体についてわれわれは責任を感じて反対をしているのですが、一つ一つの学校については地域の人は責任を持たない。どんな学校だって誘致すればよろしいんだから、陳情はうんとくるでしょう。くるけれども、だから高専がいいということにはならない。しかし、それは別として、そういうことの立場を離れて高専の設置法については私は再含味する必要があるのじゃないか。失敗するのじゃないか、こう思うので、その点御意見をお聞きいたしておきたいと思います。
○荒木国務大臣 来年度の概算要求には、新聞にも出ておりますように新たに十五校を置きたい。そのほかに現在あります短期大学二校をこの方に編成がえをする、このほかに公立、私立の設置の内意がうかがえますので、一応それを計算に入れまして、それが六校、合わせて二十三校を発足したいというめどで概算要求をいたしております。そこで新規に十五校置きますことに対して、むしろ、現在整備された工業高校等を編成がえをして、昇格と申しますか、そんなふうにした方がより適切じゃないかという建設的な御意見を、この制度に反対されました山中さんからおっしゃっていただいて非常にありがたいと思いますが、そのことは当然には私ども考えておりませんでした。しかし地方によりましてはそういうことを希望される向きも一、二あるようでございます。それを単なる希望でそうですかというわけにもむろん参りますまいが、検討はしてみたいと思います。しかし、そうでございませんでも、新たに十五校、予算がもし成立さしてもらえるとすれば、事前に下準備いたしますことによって、学年進行的に整備して参りますので可能である。一番の難点は教員組織ででございますけれども、専任の教授グループを初めから全部そろえることは実際問題として困難があると存じております。一方においては技術革新に応じて手が足りないという社会的な要請もございます。進学希望もすいぶんあるようでもございます。従ってちょっとでも早くスタートすることが国のためになり青年の希望に応ずるゆえんでもあろうと心得ますので、教員組織の現実に不備な点は、現に会社等に就職しておる優秀な人で、その身分を失わない姿で、講師としてパート・タイムでもよろしいから、真剣に協力してもらうということも具体的に折衡いたしましてスタートするということを考えあわせて、支障なきを期したいと思っているところでございます。
○山中(吾)委員 私学にしてもあるいは公立にしても相当歴史があって、あるいは前に高等学校を経営しておったそれを昇格して私立短大とか、だからこそ教育は昇格したときから成り立つので、野っ原に最初作るというなら、藤原銀次郎とか、ああいう大金持がうんと一ぺんに金を出して作る以外は私はきっとできないと思います。そこで県立なら県立のそういうものを作るのなら、どこの県にしても、最も充実した、いわゆる歴史を持った工業高校を昇格をして、そうして別に工業高校を作っていけばいい、そういう行き方をしないと、今のような大学に準ずるような教育施設は私は失敗するんじゃないか。そうして実業界に二十年、三十年おる人は、専門知識があるようだけれども、教壇に立ちますと教授能力というのは思ったよりなくて、むしろ工業高校の先生をしておった人が昇格した方が実際に教育能力があるということの方が多いんじゃないか、その点も文相のお考えにはどこか見通しに間違いがあるのじゃないか。内部で御検討される必要があると思います。高専には反対であるけれども、できた限りにおいては国民にむだな努力をさせないように行政上されることが望ましいので申し上げます。 最後に、私はまことにいやなことなんですが、ヨーロッパに行っている間に、盛岡においでになって文部大臣はいろいろなことを言われておる。私はあまり聞いておりませんけれども、これは盛岡の岩手日報、一つしかない地方の有力新聞の八月五日の社説にこういうように書いてあります。「全国高校PTA協議会の結成十周年記念総会が盛岡市で開かれた。この総会に荒木文相が来賓として出席したが、祝辞は申しわけていどに切りあげ、あとは日教組批判に毒舌のかぎりをつくして帰京した。批判された日教組にも指摘される点はあろうが“インチキのバカヤロー”呼ばわりが一国の文部大臣の“ごあいさつ”とは恐れる。逆にいうなら、それほどまでに日教組に圧力を感じている証左でもあろう。文相に日教組批判をしてもらうことが高校PTAの真意ではなかったと思うが、主催者はこの“バカヤロー総会”の結果をどのように評価しているものであろうか。」これは社説です。私はいないから不愉快なんですが、あるときならば、あえてこういう機会に計いたくはないのですけれども、同時に八月四日「日報アンテナ」というところにこう書いてある。「三日からはじまった全国高校PTA協議会総会に出席のため三日朝来県した荒木文相は総会での祝辞もそこそこに“日教組批判”を約一時間にわたって、相変わらずの高姿勢ぶりをみせていた。日教組幹部を「政治家気どりのチンピラどもに会うムダな時間など二十四時間に一分もない。おれはサル回しのサルになりたくない」との毒舌に」とある一国の文部大臣なのですから、もう少し品位を保っていただきたい。こういうことは、岩手のような純粋な県民には決していい響きは与えません。文部大臣というのはもっと人格のりっぱな、そして言動も礼儀正しいと期待しておるのであって、高等学校のPTAの幹部にも聞きましたら、決していい気持はしなかった。日教組に反対の人だっていい気持はしていないのです。他のところでどういうことをおっしゃっているか知らないが、私が長年教育長をしておったところで、文部大臣がそんな野卑な言葉をお使いになるということは想像もしていながかった。そういうことをいつまでもおやりになっていい気持になっておられるのでは、私は日本の文部省の権威にかかわると思う。もう少し言葉を慎んでいただきたい。これからでもすっとこういうことをおやりになるつもりなんですか。こういうふうな新聞の反響を見て、大臣は自己満足されておるかもしれません。しかし荒木文相だけの文部省じゃないのです。文部大臣はかわっていくのですから、文部大臣というものはこういうものかということを、東北のような純情な県民に印象づけるのは、決して私は文部大臣のあり方ではないと思うのです。この点一つ大臣の心境をお聞きいたしたいと思います。
○荒木国務大臣 私の発言の用語が下品であったとか、適切でないとかいう御批評はありがたくちょうだいしまして、今後の参考にさしていただきたいと思います。私が申し上げました趣旨は、国会でもお尋ねに応じて申し上げました通りのことを、一般国民にも申し上げなければなるまいと思って申し上げたのでございます。それは繰り返し申し上げる時間がございませんでしょうから、省略は、いたしますけれども、私は日教組という団体の心がまえというのは、あの臨時綱領によって知る限り間違っておると思います。明らかに憲法二十八条の保障するところの団結権と団体行動権を逸脱した意図を持ち、教育基本法第八条にもまっ正面からぶつかる意図を明らかにみずからが宣言しておる意味において適切でない。だから考え直したらどうかというアドバイスをし続けておるのでありまして、他意はございません。学校の先生の一人一人がばかな考えを持っておるとは私は思わない。ただ時の勢いに乗じてとは思いますけれども、臨時綱領とその解説を通じてうかがい得ますことは、毎度お尋ねによってお答え申し上げました通り、私は間違っておると信じておりますから、よき教育の場の形成のためにそのことをPTAの諸君も学校の先生も正確に把握していただきたいと思うから申し上げたにすぎないのであります。用語の適切でない点は今後の自己反省の材料にありがたくちょうだいいたします。
○山中(吾)委員 文部大臣の日教組観は思想の自由であって、私は今問題にしていないわけです。要は一国の文部大臣なのですから、インチキのばかやろうだとかなにか新聞に載っているのですが、これはお慎みにならないといけないと思うのです。高等学校のPTAの総会であるから、高等学校教育について主としてお話しになって、そうして日本の教育界全体に及ぼされるということはわかるけれども、PTA総会のときの幹部も、われわれの話でなくて全然関係のない小中学校の組合の批判をした。そういうところに文部大臣が行かれてあまりに党派性をお出しになり過ぎるのではないか。これは一国の文部大臣として招待されておるはずですから、そこに党派性をあまりお出しになるということは、文部大臣としては私はお慎みになる必要があると思う。そうしてこういう言葉をあちらこちらに残されるということは、日本の文部行政の権威のために慎んでいただきたい。これは私の切なる願いなんです。論議はやめます。日教組の批判は、今のような言葉でされるのでしたらそれはいいと思います。私は違った意見を述べる、大臣もそれを述べられる、それはいいのですが、こういう人格を無視する、そうして不逞のやからという言葉もお使いになったようですが、この言葉が不逞のやからじゃないですか。大臣をやめられて自民党の幹部として言われるならいいかもしれませんが、現職の文部大臣の場合には慎んでいただきたいと私は思う。それを教育の権威のために私は要望するのであります。きょうは時間がありませんので率直にまことに言いにくいことを申し上げましたけれども、私は人間として申し上げなければ、ならないのです。その点を適当にお聞きになってまた同じようなことをおっしゃるなら、私は黙っていないで、またここで言いたくないことを言って、この問題をもう一度やっていかなければならぬと思うので、まじめに御反省願いたいと思います。 以上で本日の質疑を終わります。
○荒木国務大臣 先ほど申し上げましたことに尽きますが、ただ私は党派根性を出して申したことは就任以来いまだかってないと自分では思っております。次期文部大臣がだれになりましょうとも、日本の憲法のもと、日本の教育基本法のもと、学校教育法その他もろもろの教育の場を規律する法律制度のもとに、当然私のような考え方が全国民に浸透さるべきで、学校の先生一人一人もよく理解していただきたいという事柄だと信じますから申し上げておるのでございまして、自民党からのお指図を受けてかようなことを申し上げたことはいまだかつてございませんことを申し添えさせていただきます。
○櫻内委員長 次会は明十三日金曜日午前十時より開会することとし、本日はこの程度で散会いたします。 午後四時三十八分散会