社会労働委員会 第7号
- 発言数
- 97 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1961/10/17
会議録
○中野委員長 これより会議を開きます。 内閣提出の国民年金法の一部を改正する法律案、年金福祉事業団法案、児童扶養手当法案、通算年金通則法案及び通算年金制度を創設するための関係法律の一部を改正する法律案、以上五法案を一括して議題とし、審査を進めます。 質疑の通告があります。これを許します。八木一男君。
○八木(一)委員 ただいま議題になりました諸法案につきまして、厚生大臣に御質問を申し上げたいと思います。 国民年金制度が創設されたことは、社会保障の中の非常に欠けておった所得保障の柱が一つ確立された意味で、その意味では非常によいことだとは思いまするけれども、御承知の通り非常にその内容が乏しい。そしてまた組み立てが非常に間違っているという点があるわけでございます。その点で急速な、抜本的な改正が必要であるにもかかわりませず、先国会において九点ほどの改正案を出され、今国会にはそれに少しつけ加えた改正案を出されましたけれども、この改正は国民の要望というところから見ましたならば、非常に微温的な、乏しいものであると考えるわけでございます。その点につきましての厚生大臣の御見解を伺いたいと思います。
○灘尾国務大臣 国民年金制度はようやくその緒についたわけでございます。従って今後の状況に応じまして、不備な点があればこれは改めなければならぬと思います。今回の国会におきましては、前回の通常国会に提案したものを大体踏襲いたしまして、その節いろいろ御意見のありましたものも、つけ加えて出しましたようなわけであります。抜本的改正という問題を今直ちにやるだけの余裕を私は持っておりませんけれども、もちろん制度はよくなればよくなるにこしたことはないのでありますから、そうした意味では十分検討を続けて参りたいと思いますが、今直ちに抜本的な改正をやるというだけの余裕は持っておりません。
○八木(一)委員 十分ではないものだけれども、一歩前進だからという点の御見解を伺いまして、一歩前進である点は私どもも認めるのにやぶさかではございません。しかしほんとうは百歩、二百歩、三百歩という前進が、ほんとうの意味で自民党内閣から公約されているはずでございますので、一歩前進では、これはあまりに不十分な状態ではなかろうかと思います。昭和三十四年に国民年金について、政府の国民年金法案と、わが党提出の国民年金法案の論議がいろいろと行なわれました。そこで、提出の責任者であります厚生大臣の坂田道太君並びに内閣総理大臣の岸信介君と野党側との間に、非常に綿密な、精細な、熱心な論議が行なわれたわけです。そこで総理大臣並びに厚生大臣の御意見は、野党側の申し上げているいろいろの点について、政府側の案が不十分である、あるいは不合理である点があるという点について、完全にお認めになったわけであります。しかしながら今発足させるので、拠出年金が始まるまでにその欠点は完全に克服したものを出すからという点で、国民年金法案を了承してくれというようなことを、繰り返し繰り返し言われたわけであります。しかしながら私どもそれについて、その点では満足できませんので、政府案の国民年金法、現行法になっているものについて反対をいたし、わが党の自信を持った案について主張をいたしまして、その態度を示したわけでございますが、政府の方は自分みずから不十分であり、不合理であることを認められて、それを拠出年金制の始まるまでに直していくということを大きく公約されておりながら、出された案というものはその根本に触れず、非常に乏しいものであって、私どもの考え方からすれば非常に不十分であると思うわけであります。その点について、今度出された案ということではなしに、この国民年金制について責任を持っておられる灘尾厚生大臣は、この案が非常に不十分であるということを認められるかどうか、認められなければ間違いであると思いますが、これについての御意見を伺いたいと思います。
○灘尾国務大臣 私は現在の国民年金制度が必ずしも十分であるとも考えませんけれども、現在の段階としてはこの程度のことからやっていく以外にはないということで、拠出年金制度が実施せられるに至ったもの、かように考えているわけでございます。だんだんと不備な点は正していくということについて勉強をしていく方針に変わりございません。十分検討はして参りたいと思いますが、日本の現状から申しまして、まずこの程度のところから出発して、改めるべき点があれば逐次改めていくという考え方で進んで参りたいと思っております。
○八木(一)委員 先国会に古井厚生大臣のときに案を出された。その次に与党の方の修正案で、その修正案は成立はいたしませんでしたけれども、衆議院の社会労働委員会で可決をされた。その点を加えて今度改正案を出された。その点の最小限度の誠意は大いにはっきりと認めたいと思いますけれども、それはごく最小限度の誠意であって、それでは発展性がないと思うわけであります。厚生大臣は新しく厚生省を預かっておられるわけでございますから、この中の大きな制度である国民年金制度について積極的な非常な熱意を持っていただきたいと思うわけであります。そこで現在の状況ではこの程度でやむを得ないということは、私どもにとって非常に不満足であります。非常に経験の深い熱心な政治家であられる灘尾先生となさいましては、これはまだおなれになっていないので、それから前に古井さんの出されたものの事後処理的な案が用意されておったので、おそらくそれに積極的な変革を加えるいろいろの条件が少なかったためにそういうことができにくかったと思いますけれども、それについてある程度の前進を加えることは、国会の審議の場で十分にできるわけでございます。また来国会の通常国会を控えて、来年度予算をもとにした問題では大きく展開することができるわけであります。そういう点について、厚生大臣はこの問題についてもっと積極的に徹底的に熱心に取っ組まれて、大臣の任期の間に国民年金制度が健全な十分な発展を遂げたというふうにぜひしていただきたいと思うわけでございますが、これについての御見解を伺いたい。
○灘尾国務大臣 国民年金制度は、社会保障制度のうちのきわめて重要な地位を占めるものだと考えるわけであります。従いましてその制度が不完全なところがあれば完全にしていく、足らざるところがあれば補っていくということに努めることは当然だと私は思うのでございます。しかし大事な制度でありますだけに、また一時の思いつきでどうするとかこうするとかいうこともいかがであろうか。従ってこれにつきましては、私のみならず厚生省全体といたしまして、よほど積極的な意味でもって研究もし努力もし、国情に相応しつつ前進をしていく、こういうような考え方で進むべきじゃなかろうか。私もまだこの方面のことにつきましては十分な知識もございませんし、経験もございません。そういう意味におきましては、八木さんは専門家でいらっしゃると思いますので、いろいろとお教えを受ける場合もあろうと思います。せっかく勉強さしていただきたいと思います。
○八木(一)委員 ただいま厚生大臣は国情に即してとおっしゃったわけでございます。ほんとうの意味の国情に即してということであればいいわけですけれども、厚生大臣はほんとうの意味で考えておると信ずるわけでございますが、財政の配分をする、あるいは今までの既存制度をいろいろとする場合に、やはりこれは新しい制度ですから、非常に乏しい進歩でも、前になかったから相当大幅な財政が要るというようなぼやっとした認識が行政府にも、あるいはほかの政治に関係する人たちにもありがちなものであります。新しい制度であるけれども絶対に必要な制度であるものは、やはりそういうことで積極的にやっていかないと、ほんとうの意味の国情に即した年金制度はできないと思う。今までなかったものですから――今までなかったことが間違いですけれども、なかった、数年前だったら、ないのが国情に即していると思っているような、この制度に理解のない連中がいたかと思います。日本の国情では国民年鉱一度などなくても仕方がないんだということを五、六年前思っていた人が大部分じゃないか。ですから発展をしなかった。そういう新しく発展するものについては、国情に即してということですと、ほんとうの意味ならいいのですけれども、ぼやっとした意味に解釈されて、今までなかったけれども新しく芽を出したものだから、そんなに急速に進めることはなかなかむずかしい、それを急速に進めるのは国情に即さないというような間違った俗論が世の中にはびこって、大事なものの発展が阻害をされるおそれがある。ですから国情というのはほんとうの意味の国情――所得保障が必要である、日本には貧乏が多い、老齢者が困るというほんとうの意味の国情に即した線に従って、財政的には今までなくても、それが必要であればそれを裏づけをして断固としてやるという意味で進めていただきたいと思いますが、これについての厚生大臣のお考えを伺いたい。
○灘尾国務大臣 非常に激励をしていただいておるわけであります。この数年前の状態を考えますれば、やはり国民年金というものに対するお互いの認識も十分でなかったかもしれません。しかし同時に、また日本としてそれをやり切るだけの基盤もまだできていなかったということも申し上げられるのではなかろうか。どうやらこうやら国民年金に踏み切ることができたという段階だろうと思います。もちろん先ほど来申し上げておりますように、もっともっと完備した年金にしたいという意欲は持つわけでありますけれども、さりとてまたそれだけを考えて物事を進めるということは、あるいはつんのめってしまうというおそれもあるわけでありますから、やはり慎重な考えのもとに堅実に進んでいくというような態度でいくべきではなかろうか。幸いにしてどうやらその糸口が開けたわけであります。これから、これをいいものにしていくということでいろいろお教えを受けたりしてやっていきたいと存じておるわけであります。
○八木(一)委員 今、どんどん進めなければならないけれども、あまり高度の目標を立てるとつんのめってしまうということもおそれなければならない部分であるというようなお考えに伺いました。普通の政治的なすべての問題で、ほんとうの意味ではそういうことも必要な場合もあろうかと思います。しかし年金制度の場合は、つんのめってしまうという考え方が非常に阻害をしておるわけであります。というのは、非常に必要なものであるけれども、今までになかったものでございますから、それが魅力のある目標が掲げられておれば、それに対する積極的な期待が局高まり、それに対する協力が高まる。ところが非常に魅力のないものであるがために、それに対する理解も深まらないし、従ってそれに対する協力も高まらないという状態があるわけであります。それが去年から行なわれました拠出年金制度に対する反対運動あるいは延期連動等の批判通勤であります。ことにこの拠出年金制度というのは、派生的にすぐ遺族とか障害で必要とするという部分もありますが、この本質で、大部分の老齢年金に関しては、直ちに全国民にその金額が支給されるのではなしに、何年後にどのくらい支給されるということを目標にして拠出制度が始まるわけであります。その目標が初めから乏しいものであり魅力の少ないものであれば、現在持っておる現金の魅力にとらわれて、年金制度に対する期待を消失してしまう、あるいは非常に激減してしまうということが起こるわけであります。でありますからその目標を、ほんとうにそのような準備をするに足る目標であるということを示すことが必要であろうかと思いまするけれども、この政府の拠出年金制の目標はほんとうにそうなっておりますか。今までゼロであったからということだけが弁解の余地になるだけで、ほんとうに年金のことを考えれば問題にならない。はっきり申し上げますると、六十五才開始、月三千五百円ということが一つの基本の組み立てになっている。もちろん四十年間掛金を納められない人はそれ以下であり、いろいろの条件がついておりますが、基本的に年金の開始年令になる二十才の人が、最初から入って四十年間納めて、五年間待たされて、四十五年後に月に三千五百円もらうという組み立てになっておる。その組み立て自体が、その金額の設定、開始年令設定自体が非常に魅力に乏しいものであります。この三千五百円という設定は、厚生省自体としてもいろいろの計策をしてこういうものを出しておられるようであります。しかしこのもとは、社会保障制度審議会が非常に権威のある審議会で、熱心な審議会でありますが、この問題に関する限りは非常にあやまちを犯しておる。年金制度に関する勧告案で、四十年後の三千五百円を一つのめどにしたらよかろうという勧告を出しているわけです。ところがその前文でどういうことを書いてあるかといえば、この三千五戸円という金額は、結局国庫負担の能力あるいは保険料負担能力その他からきておりますし、それからまたその間の生活状態の水準の変転ということ等、そういうものすべてからきているわけでございますが、日本の経済成長を二%と押えてこの試算をいたしたわけであります。この当時は五・五%か六%というような非常に経済の成長が低かった資料をもって計算された状態であります。その前の、日本の経済の状態の悪かったときの資料であります。ところがその後非常に経済が成長をいたしました。いたしまして、本年度あたりは猛烈な成長であります。しかし成長の行き過ぎで、過度の設備投資の結果いろいろの経済状態が生まれておりますけれども、池田内閣においてはしかしながら来年度でも五とか五・五という経済成長をし、全般的には平均七・二ということで十年間の所得倍増を断じてやってみせるということを言っておられるわけであります。そういうふうに、悪いところを見れば五とか五・五%、よいところを見れば十何%、平均的の計画では七・二%とか九・〇%とかいうことがその当時の歴代の自民党内閣、内閣総理大臣あるいは大蔵大臣、企画庁長官等がはっきりそういうことを自信を持った形で言われているわけです。まあ世の中の批判によって政権交代のこともあろうかと思いますが、私どもは一両年後に政権交代をすることを期待しておるわけでございますが、その場合にはおそらく日本社会党が政権を握ることになろうと思います。日本社会党においてはより堅実に、よりスピードを上げて経済成長をする確固とした政策を持っておるわけです。でございますから、自民党が政権を握ろうとも、あるいは日本社会党へ政権が移ろうとも、この経済成長が、少なくとも、どんなにまずい場合でも五%以上で伸長するということは当然に予想をされることであります。ことにまた戦後、あるいはこういうような技術革新というようなときは急に伸びるけれども、そうじゃないときには平準化するとなかなか伸びないというような学説もございます。そういう点を顧慮して考えましても、明治以後の日本の経済成長の平均の率は四%、そういうことを考えれば、二%ということはあまりにも低い程度に抑え過ぎた経済伸長の設定であります。このこと自体は――社会保障制度審議会もほとんど間違いを犯さない審議会でありますが、これは間違いを犯していることを自覚をいたしまして、今度の総合調整の協議の場で、これは間違っておったから、この問題についてはあらためて意見を出さなければならないということが今論議されている状態であります。制度審議会のことはそうでありますが、政府のいろいろの統計からも、いろいろの経済計画について関係の深い政府の方にされては、二%があまりに時代離れをした低い設定であるということは、もう当然お認めになろうと思うわけであります。そうなりますと、その他の点については、制度審議会には不備な点も乏しい点もありますが、大体そう間違った答申を出しておらない。いろいろ意見は違ったとしても、いろいろの角度の検討はしているわけです。で、二%と押えて、それから資本蓄積分を〇・五に押えて一・五%の率で年金額が大きくなっていかなければならないという考え方に立って、昭和三十二年度でございますかの生活保護の全国の一人平均二千円を基準といたしまして、それで四十年間たてば三千五百円になる。最低そこまではしなければいけないという勧告を出したわけであります。その勧告を尊重せられまして、またいろいろの角度で厚生省も検討せられまして、また与党も検討せられて、それで三千五百円という金額を設定されたわけでございますが、これはあまりにも低い。二%を少なくとも四%に勘定しましたならば、これは複利計算でありますから、二と四とでは猛烈な金額の違いになるわけであります。これは今手元に複利表を持って参りませんでしたから、すぐ数字は申し上げられませんが、あとでお調べいただきましたならば、二と四というのは、四十年たてば猛烈な違いになります。そうなると、三千五百円ということよりは、猛烈な高さの年金額が至当であるという勧告になるべきはずである。それからもう一つ、それは四十年後の金額である。ところが政府の年金案は、それを四十年から五年据え置いて四十五年後に開始になる。そうなると、さらに高くなくてはならないということになるわけです。そのように、年金の本筋から離れた非常に乏しい金額であります。三千五百円ということになれば、それは今二十才くらいの人にとって、四十年間掛金を納めて、五年待たされて、生きているか死んでいるかわからないが、生きていた場合に、そのときに三千五百円もらうということでは、あまりに魅力が乏しくて、年金制の重要性を浸透させようという人の努力を受け入れる気持になりきれないわけであります。もっとその年金だけで六十才から、あるいは六十五才からというものは安心して食べられるというふうに保障するに足るだけの金額、そういうふうに国民が受け取る金額であれば、今一時使いたい金を保険料に納めても、そういうものが将来完全に保障されるならば、それはいいものだという気持になるでありましょうが、三千五百円では、国民は数理計算はあまりいたしませんから、感覚的に、つまらないじゃないかということになるわけであります。そういう点で、この目標の金額を飛躍的に増大される必要があろうかと思う。前厚生大臣の古井さんは、それなら今すぐはっきりしろということについては少しぼやかされましたけれども、こんなものは少な過ぎる――あの方は、まあ一万五千円くらいでは少な過ぎる、二万や三万くらいにしなければいけないということを、この委員会の席上で、わが党の方が少し態度が手ぬるいというような意味で、非常に自信を持って発言をされたわけであります。その古井さんの考え方は非常に積極的でよいと思うのですけれども、古井さんは厚生大臣をずっと続けられるわけではない。次の厚生大臣がこの考え方を受け継いでいただかなければならないし、古井さんは相当勇敢だと思ったけれども、それでも乏しいのです。次の厚生大臣はさらにそれを発展させて、それから空白なものでなしにそれを固定させた方針を出して、確実なもので、それでもっと拡大されたものにしていただかないと、年金制度の発展がないと思う。その点について、灘尾厚生大臣のお考えの方向――直ちにいつから何万円という金額にしますということは出ないにしても、たとえばどのくらいには必ず来年からするとか、そのくらいの返事は、これは灘尾先生の政治家としての信念と政治力をもってすれば、今直ちにお答えを願えると思う。そういう点で、どのくらいの金額に急速に引き上げられるか、厚生大臣の御意見を伺いたいと思う。
○灘尾国務大臣 いろいろ有益な御意見を伺ったわけでありますが、国民年金について魅力が乏しいじゃないかというお考えは、私も感覚としてはそういう気持がしないわけでもないのでありますが、今度の案の改正も、一つにはそういう点を考慮しての改正として立案せられたものと考えておるわけでございます。現在の四十年先に三千五百円というのは、なるほど私ども考えましても、三千五百円で四十年先でどうなるものかというふうなことは、これは思わざるを得ないのであります。従って、ほんとうに老齢年金がもらえる時期において、今のような状態ではおそらくあり得ないと私は思うのであります。経済情勢の推移、国民の負担の能力という点をあわせ考えつつ、やはり前向きの問題として考えなくちゃなるまいと思いますけれども、勉強が不十分でございますものですから、一体どのくらいのものを四十年先に予定したらよろしいものだろうかというふうな点については、私はまだ自分としては結論を持っておりません。厚生省といたしましても、計算上間違いがあるといけないものでございますし、見通しに誤りがあってもいけない問題だと存じますので、十分検討もしたいと存じます。また、幸い社会保障制度審議会でそういうふうに御検討されているとすれば、そういうふうな権威のある審議会の結論を十分尊重して参りたいと思います。今具体的にどうということはちょっとお答えいたしかねますけれども、検討は十分いたしたいと思っております。
○八木(一)委員 それでは具体的にはあれですけれども、非常に近い時期に年金額の目標を上げられるということは、厚生大臣としてはっきりそういう態度を示されたものというふうに理解して進めていきたいと思います。
○灘尾国務大臣 八木さんに一人ぎめされても実は困るのでありますが、心持は八木さんとそんなに違っているとは思っておりませんけれども、責任ある政府としましては、いつどうするとかこうするとかいうことを今申し上げるわけには参らぬと思います。十分その辺のことについては勉強させていただきたい、かように申し上げるわけでございます。
○八木(一)委員 責任ある政府ということで、閣内における責任をおとりになるのですけれども、政治はやはり積極的に動かす方がないと動かないと思うのです。それで、閣内では総理大臣が内閣の中枢になっておられますけれども、政治経験において灘尾さんはほかの閣僚に断じて劣るものではないと存じます。確信を持ってやられれば、当然それは通る問題でございます。ことに経済は曲りかどになっておりますけれども、来年度の財政資金の余裕は五千億を優にこえるといわれておるときであります。そういうようなときにこういうようなものを発展させなければ、これは非常に時期を失するわけであります。 それからもう一つ、年金のいろいろな批判運動、去年からの反対運動、抜本的な改正をしなければ延期をしろという延期運動、そういうことがあります。これは政府の方の拠出年金が、ある意味では非常に老獪にできておりまして、経過的な福祉年金が拠出年金の登録をしなければもらえないというような不利益処分を生ずるという、実にがんじがらめの法律にできておることのために、反対運動が幾分それをおそれて登録をしてきたという状態がありまするけれども、まだこのような年金では納得できない、保険料が高い、だから保険料が払えない、免除をたくさんしてもらわなければならないし、免除がしてもらえないなら払えないという運動が続いておるわけです。厚生省の中では、目標の一〇〇%に達したところがあるということを言っておられますけれども、これは質問をすると時間がかかりますから、こっちから申し上げてしまいますが、一〇〇%というのは厚生省当局の目標の一〇〇%です。ほんとうの法律的な対象者の一〇〇%ではないのです。ですから、そういう状態で、全部登録をし、また全部納入に協力しているわけではないのです。きめた法律に登録をしないのはけしからぬ、また保険料を納入せぬのはけしからぬというような昔の軍人時代のようなお考えは厚生大臣はとられないと思う。その登録をしない理由は何か、保険料を払わない理由は何か、いろいろな角度の今の拠出年金制度の欠点から来ておるわけです。その欠点の一つを申し上げておるわけでございますが、そこに魅力の乏しい一つの大きな理由があるわけであります。これはどうしても直さなければならぬ問題で、こんなものでは少ないというのはだれでも言うわけであります。それを早くすることが大事であります。早くすれば、そういう魅力のある年金になったのだ、そうしたら、年金について今まで登録をしなければいかぬ、納めて下さいというようなことを言われて半信半疑で納めておる人も、これはいい年金になったということで喜び勇んで納めるようになるし、今まで納めていない人も、それでは考えてみようかということになる。ほんとうに国民の理解のもとに、国民の信頼のもとに制度が発達することが大事であります。今その批判運動がすべり出しの時期に、あまりに低過ぎる目標の設定を今修正することによって年金に対する理解が高まり、それに協力が高まる。スムーズに制度が動く。みんなが、同じ入っていても、半信半疑で、言われたからしようがないから入ったというのではなしに、これは自分の老後を保障してくれる楽しい制度だ、これに入ったから、ある程度年寄りになってからのことは安心だ、それによって労働意欲が向上する、そういうような積極的な効果を年金制度で現わすためには早くしなければならないわけです。それが必要であります。早くするのに、世の中の年金制度を知らない連中、ただ財布のひもさえ締めれば政治家としての役目は果たされると思われるような、政治家として中軸以下の、財政ばかり考えているような連中、計数的な赤字とかなんとか、そういうところだけ締めれば政治が動くと思っているような間違った財政運用家、そういうふうな連中にブレーキをかけられることを避けて、ほんとうの前進を遂げるためには、厚生大臣が断じてやるという決意を示さなければならないと思う。 また、厚生大臣はいろいろな点で非常に練達な方でありますが、厚生省に入られて、厚生省を預けられてから時期がそう長くはない。しかし、ある程度の時間がもうたっておるのでありますから、われわれ野党の若造の考え方に反発するとまたがやがや言うからということで、穏やかに受け答えをしておられるのだと思うわけでありますけれども、私どもの申し上げているくらいのことは当然自覚をしておられると思う。ただ、御答弁をはっきりなさらないのは、それが予算的に閣議として確定をしないうちに言えば、いろいろ閣議内の問題の条項になろうということを配慮してぼやかしておられるのだろうと思う。ところが政治というものは、先輩に政治のことを申し上げるのは何ですけれども、ある程度正しいもので大事なものについては、勇気を持って踏み破らないと、いろいろな要求が出てくる。その要求には、年金の要求よりもはるかに国民にとって必要度の少ないものであっても、馬力をかけてばりばりやる連中がおればそれが先になるというものもあるし、当然の要求でも、馬力をかけなければあと回しになるものもある。そういう意味では灘尾厚生大臣は断じてそういうようなことをやるために――これだけではありません。これから逐次申し上げますが、そのうちの一番大事なものを中心にしてやっていただいたらいいけれども、とにかく、年金制度を改革するために、年金引き上げももちろんその中に含めて、断じてやり切る、閣議でそれが通らなければ、社会保障に理解の少ないような閣議には列することができぬというような、そういう確固不抜な態度を示されればこの問題は進むと思うわけであります。非常に荒っぽいなまいきなことを申し上げましたけれども、断じてこの点だけは――これからだんだん申し上げますけれども、この年金額引き上げを含めて、年金制度全体について、来年度に相当の前進を見るというようなことを強力にやってみせるというような決意を一つ御披瀝になっていただきたいと思う。
○灘尾国務大臣 どうも先ほどから鞭撻ばかり受けているわけでございますが、国民年金制度をほんとうに国民に芽ばれるようにしていこうということについては全く同感でございます。ただ、こういうふうな制度を予算でどうするとかこうするとかというわけのものでもなく、せっかく制度審議会あたりでも御検討願っておりますように、やはり一つの数字に基づいた計画というものがなければならぬ。私は、自分で確信がついたら、その確信はあくまでも貫いていこうという心組みでおりますけれども、まだそこまでの準備ができておりませんので勉強さしてもらいたいということを申し上げているわけであります。確信がつきましたら、これを貫くためにはあくまで努力をいたしたいと思います。
○中野委員長 関連質問として、赤松君の質問を許します。
○赤松委員 ただいま法務委員会の方におりましたので、質問者の八木君には大へん失礼でありますけれども、二点ほどこの機会に厚生大臣に要望しておきたいと思います。それは、国民年金の問題は八木君がやっておられますので、年金事業団法の問題で二点ほど要望しておきたい。私が要望する前提は、もちろん年金事業団法をこの臨時国会において成立させたいということを前提として要望するのでありますから、どうぞ明確に一つお答えを願いたいと思うのです。 第一点は、御承知のようにこの事業団法が出て参りまする経緯につきましては、前の石田労働大臣が、中小企業の近代化のための配慮、というよりも、中小企業の労働者の福利施設の充実その他労働条件の改善に関する配慮から、強くこれを要望いたしまして、厚生省の努力と相待ってでき上がった法案であるということは言うまでもないわけです。そういう経緯から考えまして、事業団が設立をされまして、運用の面におきましては労働省の意見を十分に尊重していただきまして、その所期の目的を果たしていただきたい、こういうように考えますが、この点につきましては、いかがでございますか。たしか中小企業関係の予算は、私今手元に資料を持っておりませんが、いろんなものを引いて、十八、九億になるのじゃないかと思うのですけれども、そのことは別としまして、今の私の要望に対しまして、厚生大臣、いかがでございましょう。
○灘尾国務大臣 お尋ねの事業団設立の一つの大きな目的として、お話しになりましたような中小企業方面、ことにその方に従事しておる労働者諸君の福利施設、こういうようなものに対する貸し出しをしやすくしようというような目的のもとにこの事業団法が立案されたと思うのであります。従いまして、その趣旨はあくまでも通して参らなくちゃならぬ。もちろん労働省方面との連絡も十分よくいたして参りたいと存じております。
○赤松委員 年金財政が政府の経済政策の変更によって左右されるものではないというように私は考えておるわけであります。いろんな資料からうかがいますと、大体年金事業団の扱う資金の配分については、おおむねでき上がっておるようであります。ところが池田内閣の経済政策の修正、特にこの間閣議決定だったと思うのでありますけれども、公共事業費並びに財政投融資と、七百億に上るいわゆる繰り越しがきめられたようであります。こういう傾向は、いわゆる国際収支の悪化がある程度是正をされる、あるいは物価政策などもある程度是正をされる、いわゆる全般の経済政策というものが上向きの姿勢にならない限り、かなりこの方針は来年まで堅持をされていくのじゃなかろうか。来年度の予算編成の方針におきましても、すでに自然増収が五千億予想されておる。繰り延べが一千億予想されておる。その中でいわゆる減税に回す分につきましては、相当議論になっておる。そういう中で、私の杞憂するのは、事業団が扱う資金の配分につきまして、資金そのものは確保できると思うのです。厚生年金ですから、確保してあると思うのでありますけれども、その配分あるいは使用等につきまして、中小企業の方からいろんな申請が出た場合、これに対してシビヤーにしていく、非常に窮屈にしていく。本来の事業団法設立の目的と反するような結果が出てこないかどうか、そういう点を私は非常に憂えるわけであります。こういう点につきましては、いかがでしょう。
○灘尾国務大臣 ただいま私どもの考えといたしましては、そういう方向にシビヤーにやっていくというような気持は持っておりません。
○赤松委員 それで事業団の機関で、この貸し出し配分等について決定をされるのは理事会でございましょう。そうでございますね。その理事長及びその理事は――おおむね厚生省の方ではこの法案が臨時国会において成立するということを予定しまして、実施期日についても明示してないわけですが、この臨時国会で成立をしたならば、直ちに事業団の業務が開始できるかどうか。大体その事業団の事業の開始はいつごろになるか。あるいは中小企業は窓口は銀行でありますけれども、すでに銀行の指定がきまっておるかどうか、あるいはその指定銀行の窓口を通じて申請をする場合、一体いつごろからこの申請が行なわれるか。つまりいつごろから申請をしていいか。そういうことについて厚生省として事業団の準備について御答弁を願いたい。
○森本政府委員 事務的なことでございますから、私からお答え申し上げます。本臨時国会で法案が成立いたしますと、大体準備のためにおよそ一カ月かかるのではないかと思います。従いまして十一月一ぱいを念のために準備しております。従いまして業務開始は十二月一日の予定でございます。従いまして十二月一日から申請等を受けまして、できれば年内にいたしたい。うまくいきますかどうかわかりませんが、一応目標といたしましては年内にいたしたい、かように準備をいたしております。 それから指定銀行は、これは法案が通りませんとやれませんので、とにかく法案が成立いたしまして、それから準備ということになりますが、いろいろ検討はいたしております。(赤松委員「内定はしていますか」と呼ぶ)そこまでいっておりません。これはやはり法案が通りませんと……。
○赤松委員 理事の方は。
○森本政府委員 理事を含めていろいろ腹案は検討しておりますが、準備行為は、法案が通りましたら、直ちに行動に移りたいと思います。
○赤松委員 その事業団の機構の人事の面に関しましても、われわれいろいろ注文があるわけでありますけれども、しかしこの点は政府の良識を信頼しまして、あまりこまかい注文はつけずにおきたいと思います。 今厚生当局の方針が明らかになったのでありますが、できれば十二月一日から業務を開始したい。それで銀行の指定等についてもほぼ検討している、こういうお話であります。御承知のように、指定銀行に対しましては、大手だけに限らないで、これは中小企業を対象とする点を考慮して、かなり広い範囲においてやっていただくということと、それからこの事業団の成立を予定しまして、中小企業の面におきましては、それぞれ福利施設等の問題については相当準備を進めている向きもあるわけです。しかもそれが十二月という月と合致しますと、いろいろ苦しい面が出てくると思うのであります。そういう点についてはできる限り年内受付をやって、年内貸し出しを完了するという方針で進んでもらいたいということが第一点。 第二点としましては、新しく協同組合が貸し出しの対象になった理由は、協同組合が従来その貸し出しの対象からはずされておった。この協同組合が貸し出しの対象になったということは、私は非常な前進だと思う。事実零細企業が借り受けの申請をいたしましても、いろいろ困難性を伴う。そういう場合におきまして、集団的に協同組合が福利施設の近代化のために共同事業として申請することができるということは、私は非常な前進であると思うのであります。できればそういう近代化を目ざす協同組合の労務者の福利施設に対しましては最優先的に貸し出しをするというような点をぜひ考慮していただきたい。この点はいかがでしょう。
○森本政府委員 ただいま御指摘の点は十分了承いたします。ただ何分にも金融の業務でございまして、貸し出す場合にはやはり償還能力ということが非常に問題になります。事業の内容もそうでございますが、そういうことは一応厳正に審査いたします。しかし一方事業団設立の趣旨にかんがみまして、中小企業等に十分配慮ができる、こういう気持を持って参りたいと思いますが、やはり一般的な、公平な厳正な審査と申しますか、そういうことは一応守って参りたい。気持としましては、事業団設置の趣旨にもかんがみまして、そういう点は十分考慮して参りたいと思います。
○赤松委員 協同組合を優先して考えていこうという方針が明らかになったので、けっこうだと思います。ただ、その場合問題になるのは、あなたなんかは厚生業務をやっておられますと、中小企業のことは通産省の仕事ですからよくわからないと思うのですが、たとえば、百二十の事業場でもって協同組合を作っているという場合、ここで私はっきりしておきたいのは、厚生年金を遅滞なくかけておるということが条件になるわけですね。ところが今度のような災害で、事情やむを得ずして厚生年金の掛金がおくれたというような場合、これは十分考慮していただかなければならなぬと思う。 それからいま一つの問題は、百ぐらいの事業場が集まって協同組合を作った、ところがたまたまやむを得ざる事情でもって、一事業場もしくは二事業場などが厚生年金の掛金を滞納しておるというような場合にも、機械的にその協同組合は厚生年金の掛金を滞納しているからという理由でぴしゃっとやってしまうということになりますと、これは中小企業の労働者の福利事業を近代化するという所期の目的には入らないと思う。そういう運営の面につきましても十分御考慮をいただきたい、こういうように思うわけです。 なお私いろいろな点をまだ質問したいのでありますけれども、法務委員会でやっているまっ最中でありますから、以上要望しておきますが、いかがですか。
○中野委員長 赤松君の質問に補足してお尋ねいたしますが、先ほど赤松君から、指定銀行についてはただいま考慮中であるというように聞いたと言っておられますが、その点は明確にお答えになっておいた方がいいと思います。
○森本政府委員 業務を委託する銀行の問題でございますが、これは前例等もございますので、目下いろいろ検討いたしております。従いまして、どこがどうだということはまだこの段階では申し上げられません。この点は一つ厳重に、厳正公平に審査いたします。これが第一点。 それから第二点の、先ほど協同組合を優先するというお話がございましたが、これはそこまではっきり実は申し上げるわけに参らぬのでございまして、対象としましては厚生年金の事業主、被保険者、それから国民年金の被保険者というのが原則でありまして、そういう適格の者につきましては公正にやって参りたい。しかし事業団ができました趣旨というのは、中小企業にうまくいくようにという気持でございますから、その辺一つ、優先的にという言葉を使いますと、非常に語弊が生じますが、公平にやって参りたいと思っていることを御了解願いたいと思います。 それから厚生年金の保険料を災害等のために納められない者があるということでございました。これは従来もございましたが、そういう事情は、これは人為的なものじゃございませんので、特別の考慮を払わなければならぬと思います。 それからまた、事業協同組合において百のメンバーがありまして、そのうちの一、二が納めておらぬという場合も一つ何か考えてはどうかという御趣旨のようでございますが、これはその辺の事情によりますが、ただいまのところでは、そういうのもいいとは申し上げかねるわけでございます。ぜひこういう貸し出しを受けようというような組合におかれましては、そういうことのないように、適格性をお持ちになるようにやっていただきたい。個別的な問題は別としまして、原則としましてはそういうことのないように一つお願いしたい、こういうように思います。
○八木(一)委員 続いて御質問を申し上げます。年金額のことはまた後に申し上げることにして一段落にいたしまして、今度は開始年令のことについてお伺いをいたします。 政府の方の拠出年金の開始年令が六十五才、無拠出年金が七十才ということになっているわけでございますが、これは非常におそいわけであります。おそいという理由は幾らもあるわけでございますが、まず現時点において考えますと、日本の今までの政府の政策がいろいろな点でまずかった点が多いし、不十分な点が多い。そのために貧乏な人と金持ちの人との格差が非常に多くて、また貧乏な人が大勢いるわけであります。非常に貧しい人は、その間いろいろなことでありとあらゆる苦労をしてきておりますので、残念ながら本来の生命を全うすることができなくて早くなくなられる方が多い、早く老衰をされる方が多いということになるわけであります。だんだんいろいろなものが改善されなければならないし、改善されつつありますけれども、現在の老人、または中年層で早晩老人になる人は、残念ながら今までの諸政策の不十分あるいは戦争による惨禍というようなことで、本来の生命を全うできずに、非常に老衰が早いということになりますと、政府の現行国民年金制は非常に乏しいわけでございますが、諸外国の例よりももっと早くから年金の受給を発足せしめなければ、老齢で労働能力、所得能力を喪失した者に対する所得保障をして、憲法二十五条の精神に従った、老齢者がちゃんとある程度の生活ができていくという目的に適さないわけです。また障害者の場合も、あるいはまた遺族の場合も同様非常に貧困な状態が多いので、非常に苦しみが強いという場合にたくさんの年金を差し上げなければなりませんが、まず年金の根幹である老齢についていえば、とにかく六十才ぐらいからは発足せしめなければ目的が果たせないと思います。それとともに、今度は将来の問題であります。いろいろと今一時的な現象として求人難であるというようなことをいわれておりますけれども、数年前には就職難だったという状態があった。そういう一時的な起伏は別として、やはり完全雇用ということが今のままでは進みにくいわけであります。これを進めるためには時間短縮というものをやって、すべての人が職を得る、生産年令人口の人がすべて働いて、社会にも貢献し、自分の生活もどんどん進めることができるということでなければならないわけです。そういうことにすると、時間短縮だけではなしに、何才までは働いて何才以後は老齢保障で食べていくというふうな目標をはっきりと立てなければならないと思います。その目標を立てるときに、諸外国の例では、たとえばニュージーランドでは社会保障制度が非常に早くから発達をした、あるいはスカンジナビア諸国、あるいはまたそれほど大したことはないけれども社会保障のティピカルな例みたいにいわれるイギリスの制度というような、いろいろな制度がございますけれども、すべてそのような国の社会保障制度、特に老齢保障に関する制度を考えたときに、まだいろいろの産業のオートメーション化が進んでいないときに考えて、その時点においてこれがよかろうということで、それが理想通りいったか、理想の八割いったか知りませんけれども、各国でいろいろの社会保障制度、その中の老齢保障制度が考えられて、この制度を見たわけです。しかしながら現在日本で数年前から国民年金制度を考え、そしてこれをいかにりっぱなものに完成していくかということを考えるのは、今のオートメーション化が始まった時点において考えなければならない。何でも社会保障なら先進諸外国のまねをしたらいいというものでは断じてない。時点が違うわけです。日本が今の時点におけるいい社会保障制度を考えて、諸外国がこれをまねするというところまでさせるという考え方でやっていかなければ、世の中の発展はありません。そういうことで考えますと、オートメーション化がいろいろの工業ではもちろん起こる、農業でもその他のサービス業でも起こるということを考えましたならば、時間短縮をしても、完全雇用を達成するためには、ある程度で若い世代の人に老齢軒が職場を譲って、働く場所を譲るという考え方に立たなければ、世の中のすべての雇用態勢が完成をしないわけです。譲るには、老齢保障がその時点から完成をしていなければこれは食べられないから、そういう事態にはなりません。そういう意味においては、将来は少なくとも六十才からは完全に老齢保障が確立をされなければならない。現在の時点に立てば、非常に政治の不十分なために苦しんできて老衰が早い、あるいは残念ながら死亡が早いおそれのある人は、早くもらわなければ年金がもらえないうちに死んでしまう。早くもらわなければ、年金をもらっても、それをもって積極的に生活を楽しむことができないという状態がありますから、今の状態においては早くもらわなければならぬ。両点から見て、拠出六十五才、福祉年金と称する無拠出七十才というものはあまりにもおそ過ぎて問題にならないと思う。この点で、少なくとも両方とも六十才開始にしなければならないと思うわけです。それについての厚生大臣の御意見を伺いたいと思います。
○灘尾国務大臣 拠出年金にいたしましてもまた無拠出年金にいたしましても、どの辺に開始の年令をきめるかということは、これは政府としては非常に重要な問題だと考えております。現在は御指摘の通りの年令になっておるわけでございます。社会生活の状況あるいは雇用の状況、そういったふうな国民生活の変化というものを常にやはり頭に置いて考えていかなくちゃならぬ問題だとは私も思うのでございます。今これを直ちに引き上げるとか引き下げるとかいうようなことを申し上げるだけの用意がございませんけれども、要するに今後の工業にしましても農業にしましても、産業の変わっていく工合、雇用の状況の変わっていく工合というものは、心して私どもも年金制度を見ておらなければならぬ、かように考えます。
○八木(一)委員 厚生大臣非常に慎重に、言葉を抽象的にされてお答えになっておられまするけれども、でき得べくんばもっと具体的に前進をするような御答弁を願いたいと思います。少なくとも六十五才開始の拠出年金、七十才開始の福祉年金、これがおそ過ぎるということは、非常に賢明な厚生大臣としてはそういう考え方も確かに持っておられると思う。ただそれをいつからするとか、来年度からするということを言われるということがなかなかできないという立場で慎重になっておられると思います。今私の申し上げたことについて特段の間違いがあれば御指摘をいただきたいと思いますけれども、もし間違いという御指摘がないならば、これは引き下げるべきである。そういう方向について全力をあげて積極的に推進するというようなお答えはぜひいただきたいと思います。
○灘尾国務大臣 私は先ほどお答え申しましたように、必ずしも六十五才でなければならぬとか、七十才でなければならぬというふうには考えません。やはり世の中の実情というものに応じた考え方をしていかなくちゃならぬということは、私はっきり申し上げることができると思うのでございます。従って、常にそういうふうな状態というものを頭に置いて検討をする態度というものをくずしてはならない、かように考えるわけでございます。引き下げるとか引き上げるとかいうふうなことを的確に申し上げるだけの自信がまだ私にはないのであります。
○八木(一)委員 年金制度は非常にいい制度ですが、不可避的な欠点が一つだけその性質にあるわけなんです。というのは、これは生命保険の中の生死混合保険というような今のようなちょっと間違った発展をしておるものを抜きにして、生命保険というものは死亡時に保険金を払う。これは任意保険です。この場合には、人がなくなったという不幸は絶対的な不幸でありますから、絶対に金銭にかえられない。ただ金銭的に保険経済的だけに見れば、早く死んだ人が得な制度です。金銭的にだけ見れば、年金制度というものは長生きをした人が得な制度であって、早死にをした人が損な制度です。それが全般的にはいいのですが、長生きをする条件がすべて同じように――それはまあ生まれつきからだの丈夫な人もおるし丈夫でない人もおるし、不幸にして交通事故で死ぬ人もあればそうでない人もありますけれども、そういうものを含めて、すべて長生きする条件にある、たとえば非常に不幸にして失業して、貧乏して生活保護を受けて生活をしておっても、その基準がほんとうに健康で文化的な基準であれば……。老衰を早くして生命をすり減らすような基準しか作らなくて、ほかに食う道がないからそれでやっていって自分の生命をすり減らしているという条件がなければいい。片方には栄耀栄華、楽をしておいしいものを食べて、しかもその人が健康に留意をして、あまり食べ過ぎてあぶらぎって脳溢血になるというむちゃくちゃをしなくて健康管理をすれば長生きをするという状態にある。片方には、長生きをしたいけれども、世の中の政治が悪いためにできないという状態で、自分の生命をすり減らしておるという人もある。そういう状態においては年金制度は絶対にいいものでありますけれども、その性質上不可避的に起こってくる長生きの人が得だ、早死にの人が損だというただ一つの欠点、その年金制度の欠点を埋めるためには、全部が長生きができるような政治をしなければなりません。それを一つ解決をしなければならないけれども、それと同時に、それほど長生きをしないでも年金をもらえる――長生きをしない人は一文ももらえない、従って貧乏な人、苦しんできた人は大体においてもらえないか、もらい方が少ない、仕合わせな人は大体においてもらい方が多いという欠点が不可避的に出てくるわけです。その欠点を縮めるためには老齢年金の開始年金を下げなければならない。下げることによって欠点が大きく縮まるわけです。今、現状に即した、と厚生大臣はおっしゃる。現状は、貧乏なために生命を縮めておる人、老衰が早くなっている人、そうして今まで楽しみもしないで、老齢年金をもらって、せめてそれを使ってみたい。そして少しでも楽しもう。一回も旅行をしたことがないけれども、たとえば大阪から東京までは来ないでも、静岡から東京までは来る、あるいは岡山から大阪までは出る、そのくらいの旅行を老夫婦でして、そういう気持を持っておる人が、それがわずか一年の差でもらえない、年金の恩典にあずかれないでなくなる人がある。同じ年だからいいじゃないか、片方の人は七十でもらっておるから公平じゃないかと、個別的には言えるかもしれません。しかし政治が公平ではなしに、片方は七十以上までほとんど生きる、片方の人は六十三で死ぬような人が多い、あるいは無拠出年金をもらう前の六十八、九で死ぬ人が多いという現状を考えたならば、これは下げるのがあたりまえだ。下げれば年金に不可避の状態、その一つだけの欠点が大きく縮まる。 〔委員長退席、齋藤(邦)委員長代理着席〕 それと同時に、下げることによって国民に精神的に、心理的に非常な明るい希望を持たせる。拠出年金が早くもらえて、またもう一つの要件である金額が大きければ老後は安泰だということで、ほんとうの労働意欲がどんどんとわき上がってくる、勤労意欲は発達してくるということで、いろいろ精神上もいい。また国民の幸福の度数から見れば、将来が安心ということは、現実に非常に大きな幸福の度合いになるわけです。そういうことで見たら、どんなに考えたって七十の無拠出年金というものは話になりません。そうして保険料を四十年も払ってそれが六十五才からしかもらえないというような拠出年金も問題になりません。その意味で六十才にすることがどの角度から見ても当然であろうと思うのです。それで厚生大臣は現状から見て、いろいろな経済の変動から見てとおっしゃいますけれども、私は乏しいながら一生懸命考えた、現状を一生懸命考えた、将来の雇用の動向ということを考えてみれば、断じて最少で六十にはしなければならない。これをさらに五十五にしなければならないかどうか、これは現状に即して将来の経済の発展に応じて考えよう、しかしながら六十はあたりまえだ、まだ世の中にはわからずやがいるからすぐできるかどうかわかりませんけれども、私はとにかく断じて六十才にするようにやってみせるというくらいの御答弁をぜひお願いいたしたいと思います。
○灘尾国務大臣 八木さんのお気持はよくわかります。また社会保障に対する御熱意と理想を持っておられることもよくわかります。ただ現実は、御指摘にもありますけれども、至るところにごらんになれば不十分な点がたくさんあると思います。現実問題としましては、やはりその理想を頭に描きつつだんだん進めていく以外に方法はないんじゃなかろうか、かように考えておるわけでございまして、お気持はよくわかるのであります。それに年金に不可避な点、それも確かにそういう感じもいたします。いたしますが、一体どの辺に引いたらいいのかという問題、あるいは六十才が適当であるのかもしれません。あるいはまたもっと引き下げたのがいいのかもしれません。あるいはまた国民の健康状況というふうなものから見まして、あるいは国の産業の発展の度合いから見まして、もっと高年令でも十分働ける、また働いてちっともまずくはないというふうな事態も必ずしもないとは私は言えぬと思うのです。そういう事態がそうあるものとも思えませんけれども、今後国民の健康、生命というふうなものの状況により また産業発展の工合によりましては、もっと年とった人にも、それに応じた働きをしていただくというふうな場合も私はあろうかと思うのです。こういうふうな点はよく考えて進んでいかなくちゃならぬと思いますが、現在の六十五才がいかにも遠い感じがするということは私もわかるのであります。わかるのでありますが、はたして今後の日本の将来ということを考えました場合に、一体どこへ筋を引いたらよいかということを的確に申し上げるまでには、私はまだ自信を持たないのであります。その辺で御了承を願いたいと思います。
○八木(一)委員 もう一つだけ御答弁願いたいのですが、年齢を引き下げることを積極的に検討されて、一生懸命努力をされるということだけは御確約を願いたいと思います。
○灘尾国務大臣 お述べになりました御趣旨はよくわかっておるつもりでありますが、その問題については、私、先ほど来申しておりますように、下げるべきか上げるべきか、あるいはいつそれを考えるべきかというような問題がいろいろ出てこようかと思います。そういう意味におきまして、ただいまのところは六十五才はいかにも遠い感じがするということを申し上げる程度にとどめさしていただきたいと思います。
○八木(一)委員 大体方向を示されたようですけれども、抽象的な御答弁で、その点では私にとっては非常に不満足です。しかしながら、やはり御検討の必要がございますでしょうから、今国会中にもう一回御質問を申し上げたいと思いますので、至急積極的に世の中の制度を進める意味で、御検討を願いたいと思います。 その次に、年令の問題と金額の問題を申しましたが、この年令と金額とはからみ合っておりますが、それとともに貨幣価値の変動の問題について、世の中の心配が非常に多いわけです。国民年金法ではある程度の条文がございます。条文は今手持ちいたしませんので、大体のことを申し上げますと、経済の発展とか生活水準の向上とか、そういうような文句が使ってありまして、年金額を改定しなければならぬ。これは正確ではありません。年金法をお読みいただけばありますけれども、そういうことであります。そこで抜けておりますのは、貨幣価値の変動の割合に応じて年金額を改定するということがはっきり明確に規定をされておらないわけであります。年金制度に対する不信の一つは、昔からありました、老後に備えて一生懸命貯蓄をなさった、あるいは郵便年金その他に入られ、生命保険に入られたというような方々が、戦後の急速なインフレによってほとんどほご同然になったということが、この拠出制年金その他についての非常な不信の念になっておるわけです。この非常な心配を取り去らなければ、年金は健全な発展をいたしませんし、その意味において貨幣価値の変動の割合に応じて年金額を改定するというのが一つの条項。 それからもう一つは、今の制度は、乏しいけれども所得がふえていく、生活水準が上がっていく。年金は健康で文化的な生活を保障するためにあるのですから、その程度は別な要件でまたふえなければならない。その両方の要件を満たすような条文にこれを変えられる必要があろうかと思います。その点についての厚生大臣の御答弁を伺いたいと思います。 〔齋藤(邦)委員長代理退席、委員長着席〕
○灘尾国務大臣 年金の絶対額の問題が一つ考えられます。今のでは少な過ぎるという問題、これも十分考究しなければならぬ問題だと思います。同時に貨幣価値の変動の問題がございます。この種の問題に対する心配は、実はそこにあるだろうと思うのであります。せっかく長年かけましても、さっぱり価打ちがないということになりましては、これは非常にお気の毒な状態になることはよくわかっております。この貨幣価値の変動ということは、年金額をきめる上におきまして重要な要素をなすものだと私は存じます。ただそのときそのときの一時の変動で上がり下がりというわけには参りますまいけれども、その意味におきまして今度の制度は、他の似たような制度に比べて出校的まだ進歩した制度であると思うのであります。今の制度を十分活用して参りたいと思います。貨幣価値の変動ということは確かにわれわれ考えなければならない大きな要素だろうと考えます。
○八木(一)委員 厚生大臣も同じような御見解で、その点は非常にけっこうでございますが、同じ御見解でありまするならば、この条文を国民の安心のいくように変えていただきたいと思う。その変え方はいろいろとありましょう。貨幣価値がわずか一月で上がり下がりしたからといって、年金額が即応に上がり下がりすることは技術上不可能であります。だから貨幣価値の一定の割合、これを一〇%にする、一五%にするということは政府部内で非常に御検討になって、また野党の意見も入れてお考えいただきたいと思いまするけれども、とにかく一時的な、ごく短期的な、野菜が簡単に値上がりした値下がりしたというようなことは仕方がありませんけれども、全体の物価水準がとにかく下がるということはあまりない。下がるときは逆に国民はほっておいてもらったらいいわけでありますけれども、下がることはなくて、物価が上がることの方が多いわけです。大体上がることがほとんど大部分で、物価が上がって貨幣価値が下がるというときに、国民の方は少なくとも保険料は納めさせられている。しかも生命保険と違って、任意保険ではありません、郵便保険と違って任意加入ではありません。政府が責任を持ってこういう法律をきめて、強制保険で無理やり政府が保険料をとっている。金はもとは値打ちの高い金で、もらえる金は計算して仕打ちの少ない金であれば、これは政府が詐欺、ペテンをしているわけです。政府は詐欺やペテンをする気持はないはずです。ないはずであるということを明らかにしなければ、国民は信用しないわけです。これは断じてやっていいことで、これをやって悪いと言う人があるならば、またそういうことを書き入れることが時宜に適さないとか、まだ検討の余地があるということを言う人があれば、それは頭がどうかしている。正しいことで、政府もやろうと考えていることで、野党もやろうといっていることで、国民が要望していることで、それが法律で変えられないはずはない。変えられないと言う人は、よほど悪い考えを持って、ペテンにかけて国民から金をしぼってやろうという考え方か、めんどうくさいからそういうことはやめておこうというような、非常な怠け者であるか、そういう人でなければ、そういうことは賛成できるはずです。ですから技術的に一%上がったたびに変えることは大へんですから、一〇%とか一五%一年間で平均的に上がったら変えるようにする。これは担当部局で精密に行政的にできる限度に一番熱心に規定されなければならないけれども、どのくらい上がったならばどういうふうに変えなければならないというような規定を入れる。またそのほかに国民の生活水準が上がったならば、これはまた別の意味でそういうような健康で文化的な最低生活が上がりますから、それは上げなければならない。その方とごちゃまぜで、その両方を書いたものを年金のスライド条項と政府が称せられて、私どもはスライド条項とははっきり蓄えないと思う条項を、完全なスライド条項に変えてもらいたい、それは非常に大きな問題だと思う。今びた一文も要りません。政府がめちゃめちゃなインフレ政策をとったら、あるときは形式的に金が要るかもしれませんけれども、そのときは形式的な金が要るだけで、大蔵省がよほど頭が悪いか、よほど腹黒くない限り、そういうことは反対できない。金が要るわけではない。ほんとうに正しいことを条文に載せ、国民に安心させ、国民年金制度に期待をもって協力をさせるということになる。この意味で条文を積極的に、貨幣価値の変動の割合に応じて必ず変えるという条文に変えていただきたい。これについては厚生大臣は、これだけ私のような若造がそのことを申し上げたら、一つもそこには間違いがない、その通りだというお気持を持っていただいておられると思う。ですから変えることをやるというお返事をぜひいただきたいと思う。
○灘尾国務大臣 御趣旨はよくわかります。わかりましたが、今条文を変えるとか変えぬとかいうことを急いで申し上げる必要もないのではないか、大体この法律にはそういう思想は盛られておると私は思うのです。十分一つ検討させていただきます。
○八木(一)委員 第四条の条文は「保険料の負担を伴うこの法律による年金の額は、国民の生活水準その他の諸事情に著しい変動が生じた場合には、変動後の諸事情に応ずるための調整が加えられるべきものとする。」というのが第四条の第一項であります。私どもこの「著しい」ということに非常に不安を抱く、国民も抱くわけです。「著しい」というような文句は猛烈にどうでも解釈できるわけです。貨幣価値がたとえば十分の一に下がったというときに、年金額はおそらく三倍くらいにされるでしょう。十分の一に下がったときに年金額を三倍にされたら、七割くらいのものを収奪されたことになる。国民が政府からふんだくられたことになる。きっちりやられても、事務的な時間のズレがありますから、それだけ損をするわけです。よほど完全にしておかなければならない。この「著しい」という文句が入ったところに非常な危惧がある。それから「変動後の諸事情に応ずるための調整が加えられるべきものとする。」ということを、いつの厚生大臣でも、もうほんとうに神のごとき存在であると思えば、これは安心できるということになろうかと思う。厚生省の方では、われわれは神のごとき存在であるから安心せよということを言われるわけですが、必ずしもそうとはいえないわけです。相当努力をしておられることは認められるけれども、神のごとき完璧なものではないし、たとえば今灘尾さんがそう言われ、また小山さんがその通り言われても、灘尾さんは総理大臣になられるかもしれない、小山さんは次官になられるかもしれない。担当局を離れると、ほかの人がそれだけこの問題を理解して運用されるかどうかわからぬということになる。そういうことで、人間が変わるかもしれない。行政運用ということは非常に頼りないわけです。頼りないということは、頼りあるようにできればいいじゃないかとお考えになり、そういうふうに今お答えになると思うのですが、やられるかどうか、先の問題ですからわからない。頼りないからそういう年金制度ではつまらないという声が起こってくる。かっちりと法律の条文に書いておけば、非常に無能力な人が当局にいても、法律ですからやらなければならないということになる。ですから法律改正が必要なのです。その意味で法律改正をしていただく必要があろうと思う。その法律改正を進めていただく御意思が当然おありになると思いますけれども、厚生大臣は局長に御相談になる必要はないと思う。局長はそういうことに非常に熱心な人でありますから、ただ答弁技術上いろいろなことを言いますけれども、厚生大臣は断じてやられることを局長は心ひそかに望んでおられると思う。厚生大臣もしようというお気持に今なっておられると思うのですが、一つそういうことをやってみせるというような御答弁を願いたいと思います。
○灘尾国務大臣 私はどうも威勢のいい答弁をすることが下手でございます。大へん恐縮に存じますが、この問題は一つとくと研究さしていただきます。むしろ局長が御答弁申し上げた方がもっと的確なのかもしれませんが、私としては十分考慮いたします。
○八木(一)委員 御検討でございますので、これも今国会中に一つ考えを明らかにしていただきたいと思います。少なくともこれは今この条文をこの法律で変えていただきたいのですけれども、いろいろな政府の事情があって、そういうことは無理かもしれません。来年当然出していただくべき年金法の改正のときに、われわれの満足がいって、さすがに灘尾厚生大臣はよくしていただいた、そして小山年金局長はよく補佐をしていただいたといってわれわれが感謝できるような条文を入れた改正案をぜひ来国会に出していただきたい。 スライドの問題はそれだけにしまして、今度は一番大事な拠出年金制度の組み立ての問題について私どもの考え方を述べ、厚生大臣にぜひ組み立てをよくするような御決意を固めていただきたいと思うわけです。拠出年令制度についていろいろな批判がございますけれども、私どもの考えるところでは、その批判の中の焦点はこれから申し上げるところにあると思う。ただ年金制度の組み立てが非常に複雑でむずかしいために、批判をし反対遅効をしておられる大衆の中には、ただ年金制度というものがつまらないとか、貨幣価値で何とか、そういうことばかり言っておられますけれども、ほんとうの焦点はこれから申し上げることだろうと思う。それは拠出年金制度が社会保険的に組み立てられておって、社会保障の組み立てをされておらないという点であります。そういうことについて厚生大臣はどう考えますか。
○灘尾国務大臣 御質問の御趣旨が実はよくわからぬのでありますが、もう少し……。
○八木(一)委員 前にも私どもの見解を申し上げましたけれども、社会保険というものは、「社会」とついておりますが、保険制度というものは、保険料を払った割合に応じて反対給付を受けるという制度であります。社会保障という制度は、必要な人に必ずその給付がいくということでなければならないと思います。病気の人には医療給付があり、それから年寄りとか障害者には所得保障がいく。失業保険の失業給付も同じでありますが、片方の保険制度、それにちょっと色をつけて、社会保険制度というものは保険料を払った割合に応じてその給付を受けるというわけです。ところが、この社会保障制度のたとえば老人の問題、病人の問題、そういう問題で、そういう給付が特に必要な人、老人は全部必要であります、障害者は全部必要であるけれども、その中で特に必要なのは、貧しい老人に年金が特に必要である。貧しい障害者に特に必要である。ところが、その貧しい人は保険料の負担がしにくいわけです。ですから保険料を払った割合に応じて給付を受けるという制度では社会保障にならないわけです。これは普通の民間の生命保険にちょっと色をつけたものにすぎない。生命保険では老齢あるいは死亡保険でありますが、生死混合保険というようなびっこの発達をいたしております。満期のときに幾らもらえるというので、金持ちの人は一千万円の契約に入る。そうしたら、満期を五十五年に設定するか六十五年に設定するかわかりませんが、とにかく一千万円あれば、それを年金払いにすれば相当老後の生活が安心できる。そのためには猛烈な保険料を払い込まなければならぬ。貧乏な人は払い込めないから、せいぜいやっても五万か十万である。そういう保険制度では老人の所得保障をするというようなことはできないわけです。ところが残念ながら政府の拠出年金制度は、社会保険的な味が非常に残っておる。残っておるのでなしに、そういうふうに組み立てられておる。これが根本的な間迷いであると私どもは考えておる。それについての御意見を一つお聞かせ願いたい。
○灘尾国務大臣 専門的な御質問で、実は私も御返事に困っておるわけですが、社会保障といい、あるいは社会保険といい、いろいろの言葉が用いられておるわけであります。八木さんのお使いになりますような意味の社会保障ということになりますと、あるいは社会保険と呼ばれておるものがそれに該当しないという場合があろうかと思いますが、私は不勉強のせいか存じませんが、大体社会保障という言葉の中に社会保険というものも含まれておる、こういう考え方で今日まで実はきておるわけでございます。ただ仰せになりましたように、給付のやり方について問題があるとするならば、そういう点については、もちろん私どもとしましても十分研究いたしまして、不備な点は正していきたいという態度に変わりはございませんけれども、言葉の問題になって大へん恐縮なんですが、私は、実は普通言う社会保障という言葉の中には社会保険制度も入っておる、こういうくらいな考え方で今日までやって参りましたので、その意味において、あるいは御期待通りの御返事になっていないじゃないかということをおそれておるわけでございます。国として考えなければならぬところは、もちろん国としても十分努力もして、充実していくことに努めなければならぬことは当然でございますけれども、今の制度が社会保険だから社会保障になっていないんだ、こういうふうに仰せになるとちょっと私のみ込めないところがありますので、率直にお答え申し上げるわけであります。
○八木(一)委員 先輩の灘尾さんになまいきなことを申し上げますけれども、そういうふうに社会保障と社会保険というのは一般的にごちゃまぜに使われておりますけれども、明らかに考え方の違うものだと私どもは認識いたしております。一つ御参考にしていただきたいと思います。 それから憲法二十五条で規定されておる文言は社会保障であって、社会保険ではないのであります。社会保険というものは社会保障をやる一つの形態として取り入れられておるわけです。ところがその形態が不十分なもので非常に間違いが多いのであります。この前厚生大臣に一般質問を申し上げましたときに、前段に社会保障という文言をお使いになり後段に社会保険という文言をお使いになられておるということで、似たようなことを申し上げました。こういうこととも関連があるから申し上げたのです。社会保障という言葉は憲法で規定されたもので、国民の要望するものである。それから与野党ともに公約したものであり、政府も公約したものは社会保障である。社会保険ではないわけです。社会保険は社会保障を進めるための一つの形態であり、不十分な、ある程度間違った形態なんです。それをすっとどこかですりかえまして、学者もそういうことを往々にして言う。社会保険的立場からこういうことはできないというようなことを言うわけです。社会保険ということは憲法では規定されていないし、各政党は公約していないし、政府は公約していない。社会保険的立場から工合が悪いというようなことは、少なくとも政党や政府はそんなことは論議の過程に入れるべきではないのです。それを社会保障をいきなり社会保険にすりかえて、社会保険的立場からそれは行き過ぎで、できないというようなことを言うわけです。社会保険的立場というのは、保険料を払った度合いに応じてやるという思想なんです。そうなれば一つもうまくいきっこないのです。年金保険料をたくさん払った人はたくさんもらえる。そういう人は年金なんかなくても、貯金してもある程度老後はいけるわけです。ただ年金制度は合理的に準備ができるというわけです。私的年金だっていいわけです。ほんとうは保険料を払えないような人が老齢になったらほしいのです。上げなければ生活ができないのです。それを社会保険という間違った言葉で社会保障とすりかえて、保険という言葉が間違っているのに、それが正しいものだというふうに理解をされて、社会保険学者という政府の御用学者がそういう言葉をまき散らして、それがあたかも正しいもののように、社会保険だからそれ以上には出られないというような間違った俗論を吐いておる。間違ったことをまた利用して、政府の制度が進まないことにそれを間違った意味で役立たせている。そういうことは工合が悪いわけです。保険というものはあくまでもそういうような保険料負担による制度だから、そこに社会というのがついているのは、少し国庫負担が入る程度だけ、社会保険ではあるけれども社会保障的な意味も入る。 それからまた給付の方にいろいろな給付があります。厚生年金保険にはフラット部分がある。普通ならば払った度合いでみな分けられるが、底上げをちょっとしている。そこが幾分社会保障的に変わっている。社会保険だから全部社会保障じゃないとはいえない。少しある。しかしあくまでも社会保険である限りにおいては、社会保障の精神に従った方向に大きく展開はできない。ブレーキがかかっておる。そういう意味で、社会保障の精神に従ってやっていただく。それで残念ながら社会保険的に発足したものも、その方向を保険原理というような、社会保障の考え方と全然相反した考え方を入れずに、社会保障的にどんどん改造していくということをしていただかないと、社会保障制度はひん曲がったものでとまってしまうと思うのです。どうかその意味で厚生大臣に、私の申し上げたことに間違いがなければ、御理解をいただいて、社会保障的に――年金制度だけではありません、いろいろな制度を進めていただくというお気持を披瀝していただけば非常に幸いだと思います。
○灘尾国務大臣 私、勉強が足りませんので、私の申し上げることが決して正しいという意味で申し上げているわけではございません、現在私の理解しておる程度のことを申し上げる以外にお答えはできないのでありますが、私は、社会保障というふうに普通にいわれております言葉の中に、いわゆる社会保険と称せられるものが一つの形態として入っておる、こういう考え方をとっておるわけであります。八木さんの御せになりましたようなお心持に近いものもございましょうし、また中には遠いものもあるかもしれません。しかし一応社会保険といわれれば、不完全ながらも社会保障の一環をなすものというふうな考え方に立っておるわけであります。その辺はそういう心持でものを申し上げておるということを一つ御理解いただきたいと思うのであります。国としてなすべきことについては、もちろん国として十分なことをして参らなくちゃならぬと思いますけれども、社会保険だからもう社会保障じゃないんだというふうには実は考えておらない。ただし、中には八木さんのお気持に近いものもあるが、あるいは遠いものもあるということであろうかと思います。それらの点につきましては、もっと勉強させていただきたいと思います。
○八木(一)委員 厚生大臣がおっしゃいましたように、不完全な状態にありながら社会保障の一環と理解しておられる、現状はそうだと思います。その不完全なところを直していただけば、社会保険も社会保障的な意味で機能を発揮していけると思います。そういう意味では、現行制度の中で社会保障的に組み立てられないで社会保険的にのみ組み立てられている点を直していただく必要があろうかと思います。具体的に年金制度で申し上げますと、まず第一に年金制度というものが、結局において保険料を払った度合いに応じて年金額がきまるようになっている。四十年間払ったならば月三千五百円、二十五年間払ったならば月二千円、十年間であれば月千円というふうになっておる。そうなれば、結局楽々と払える人は相当な金額の年金額が確定する、中くらいの人は中くらいのものしか確定しない、払えない人は少ししかもらえないということになるわけであります。老人の中で貧しい人で一番所得保障が必要であるという人にちょっとしかこないとか、ほんとうにこないということは間違いであると思います。 それに関連して、それじゃ払わない人はなまけているのじゃないかということで、なまけた人にあげられないのはあたりまえじゃないかというような考え方が一方に出てこようかと思います。それならそれで、払えるような金額にしておいてあればいいのですが、そうではないわけです。払える、払えないということは相対的なものです。ここで、金額についての保険料の問題でありますが、たとえば国民健康保険においては所得割、収入制というふうな――所得割、資産割それから均等割というような制度になっておる。ところが、国民健康保険でそうなっているのに、今度国民年金保険料の制度では単一の保険料である。ですから住友吉左衛門というような大金持ちの人でも、それからまた松下幸之助というような方でも、これは年令に従ってみんな百円か百五十円にしているわけです。その日暮らしの貧しい人でも、同じような保険料を納めなければならぬ。従ってこういうふうに坂をしている所得構成のところに均一構成をしていますから、貧しい大衆にとっては割高な保険料になっている。割高な保険料になっているから、保険料を四十年間全部納められないことがあるわけです。納められないと年金額が減るわけです。そういう点に非常に社会保険的な間違いがある。この保険料の方を所得割を入れた方向に、坂をつけた方向に変えるということが一つの要件、それから払っていようと払っていまいと、年金というものはもらえる。払わせる手段は別にとったらいいです。払っていようと払っていまいと、その人については年金が必要なんです。特に六十五才三千五百円は猛烈に乏しいのですから、そのくらいの金額は最低の最低の、下の下の下の絶対必要なものです。それがさらに削減をされる、それがもらえないというようなことではいけないんで、それはどういう条件であろうと、絶対にもらえるということにならなければならない。そういうふうに組み立てられていないところに、この年金制度組み立ての、仕組みの不十分さ、あるいは間違いというものがあると思う。それについての岸生大臣のお考えはいかがでしょう。
○灘尾国務大臣 お述べになりました御趣意は大体わかったつもりでおりますが、詳しいことは私もまだよく存じませんけれども、現在の保険料が均一保険料という形になっている。これが高いか安いかという問題も一つございますが、お話しの通りに、お金持ちの方と貧乏な方と同じ保険料ということになれば、見方によれば割高、貧乏の方に割高ということになりましょう。また見方によれば、お金持ちの方が割安だというような見方もあるんじゃないかと思うのでございます。そういうふうな問題はおそらく保険料徴収上の実際問題として、出発に際して、こういう今のような制度をとったものじゃないかと私は思うのでございます。詳細のことは局長からでも、もちろん八木さんよく御承知のことだと思いますのでかれこれ申しませんけれども、そういうことだろうと思います。これは今後なお検討させていただきまして――いわゆる均一保険料主義というものをこのままやっていっていいものかどうかということについては、私検討の余地が確かにある、かように考えております。具体的には別にまだ何もございませんけれども、この点は一つ考えてみたい、かように思っておるわけでございます。 それからもう一つは、保険料を納めるだけの力もないというようなことで、保険料――あるいはお答えが間違っておるかもしれませんが、保険料が免除せられるという人たちに対しては、保険給付の方が満足にいかない、こういうようなことにもなっておるように聞いておるのであります。この点についても私なお一つ検討してみたい。国としても相当考えなくちゃならぬ点があるんじゃないか、将来の問題でありますけれども、そういう方々に対しましても、国の方では必要なだけのものは保険料を国の負担はする。そうしてその保険給付としては同じようにやっていくというふうな考え方もあり得るんじゃないかと思いまして、いろいろ検討しておるところでございます。
○八木(一)委員 後段の御答弁は非常にけっこうであります。実はそれをこれから申し上げようと思ったのですが、厚生大臣の方から積極的におっしゃっていただいたので、その点は非常に満足する御答弁です。大事な点でございまするから、総体的に御答弁がございましたけれども、重ねてその点についてさらにはっきりと御質問をいたしたいと思います。 問題として、結局保険料を十分に払えない者が年金が減ってくる。ある程度以上払えない者は年金がもらえないということであれば、これはもう年金制度の目的をここで完全に喪失、失っているということになるわけです。一番貧しい人に年金が減ってくる、ないということでは、年金制度を作った意味がありません。そのほかの人は何とかやれる人です。しかも政府が免除というものを認定している。だから保険料が払えない。保険料が払えないということを政府が認定している人について免除をすることはいいけれども、非常にいいことだけれども、その免除をした人について、免除期間だけ年金制度からほうり出した形になって、免除期間というものについては、何ら年金額を増大する要件にはなっていないという点に今の拠出年金制度の一番焦点の欠点がある。その点で、今厚生大臣が、その免除者が保険料を納められないという点について、国がかわって保険料を納めると言われた。 それからもう一つ、百円、百五十円に対して五割国庫負担がつくということについて、国が国庫負担をする、免除の分についても、免除期間は、保険料の実際納入期間と同じように認めるという方向でやられることが、拠出年金制度の一番の欠点を直すことで、これを直したならば、年金制度に対して賛成をしている人も、自信はますます高まるでしょうし、反対に批判をしている人も考え直して、この問題を協力的に進めるということになるかぎであると思う。その点は前に古井厚生大臣に質問をいたしました。古井さんも灘尾厚生大臣と同じような考えで、この考え方が正しい、できるだけ早くそれを実現したいと言われました。それから池田総理大臣にも同様御質問をいたしました。池田総理大臣も同様の返事をなさいました。特にきょう御質問申し上げたいのは、新しくこれからの年金制度をしょって立たれる灘尾厚生大臣が同じ考え方をもっと積極的に進めていただけるような、国民の声を申し上げたいということが一番の目的であったわけです。それについて厚生大臣から積極的に同じような考え方を披瀝していただいて、それは非常にけっこうなことであると思いますが、一つ今申し上げましたことについて、非常に積極的に熱心に取り組まれるということで、国民にはっきりした期待を与えていただきたいと思います。
○灘尾国務大臣 ただいま御質問になりましたお言葉通りのことになるかどうか、これは検討を要する問題だと思いますが、先ほどお答え申し上げました趣旨については、私は積極的に検討して参りたい、かように考えております。
○八木(一)委員 積極的な検討は非常にありがたいと思います。しかし、ことに年金の制度のほんとうの意味の重大な発足期でありますから、次の通常国会にそのような点について、改正点を盛った改正案をぜひ出していただきたい。これが年金制度を生き生きとしたものにするか、しなびたものにするか、それで国民が老後を安心できるか暗いものにするかの境目になるので、今度の通常国会に必ずそういう方向の内容を盛った改正案を提出するということを一つお約束いただければ非常にしあわせだと思います。
○灘尾国務大臣 まだ具体的な成案を持っておるわけではございません。ただ気持を申し上げたわけでございますが、この問題は政府部内でもいろいろ相談しなければならぬ点もございますし、また予算の関係もあることだと考えます。その際にできるだけの努力をいたしまして何とか御期待に沿うようにいたしたいという心持を持っておるということだけ申し上げておきます。
○八木(一)委員 大臣の御答弁だけで十分なんですが、事務当局も一つそれに全力を上げて死にもの狂いに取っ組んでおられると思いますが、特に小山年金局長からも、一つ大臣を補佐して猛烈な努力をされるという御答弁をいただけると思いますが……。
○小山政府委員 大臣の御指示に従ってさようにいたしたいと思います。
○八木(一)委員 その点大臣の非常に積極的なお取り組みに敬意を表したいと思います。これはぜひそうしていただきたいと思います。この前の通常国会の社会労働委員会において、そういう趣旨の附帯決議もついております。先ほど申し上げました年金額の問題、年令の問題、それから社会保障的に全部変える問題、すべてについて、大綱的な附帯決議がついておりますし、具体的な附帯決議もついております。附帯決議より以上に、政府がもっと積極的にいろんなことに取り組んでいただくことを非常に期待を申し上げているわけであります。 それでは次に通算の問題について、大綱的なことだけちょっと御質問いたします。 これについて、厚生大臣は十分御検討だと思いまするけれども、この通算制度についてはいろいろの経緯がございます。その経緯は、社会保障制度審議会に、政府の方から、この問題に関して諮問をされたわけであります。諮問をされたときに、いろいろな案が出ました。まず年金持ち分移管方式というものと、もう一つは二重加入方式、そういうものが最初論議をされたわけであります。二重加入方式の中で内ばき二重加入方式というものが論議されましたとき、それは国民年金と厚生年金だけの通算の方式としては非常に楽だけれども、公共企業体の共済年金と三段階の通算のときには会計がぐしゃぐしゃになってしまうということで、内ばき二重加入方式というものは全部反対にあいましてとられませんでした。それから外ばき二重方式というのは、年金を全部下に備えつけて、その上に被用者年金というものを乗っけるという方式でありますが、これは相当に賛成者が多かったわけでございます。国民年金を労働者にも全部適用するということで、国庫支出を顧慮された方々が消極的でありまして、そのときには採択にならなかったわけでありますが、それについては、相当検討をされる要があろうと思う方式であります。 最後に持ち分移管方式ということがいろいろ論議をされました。持ち分というのは、年金に入って、途中でやめるときに、自分の持ち分がある。それを次の年金制度に持っていって、いろいろの計算をして通算をすればいいという方式であります。ところがそれについては、同じような形式でございまするけれども、非常に意見がかけ離れたわけです。そのとき、社会保障制度審議会の、現在故人になられましたけれども、第一生命のアクチュアリー出身の重役で、日経連の代表で出てこられた斎藤という委員は、いろいろの制度の脱退一時金をそのまま持っていけばよろしいという考え方でありました。私はその反対論でありますが、あと二、三の人も、それではいけない、完全な持ち分を移管しなければならないという意見でした。今井一男君という人たちは、そのまん中辺の意見なんです。完全な持ち分移管というのはどういう考え方かというと、御承知の通り、厚生年金制度を例にとりますと、厚生年金で二十年保険料を支払うと年金をもらう要件ができるわけです。ところが十九年でその職をやめ、その年金制度を離れると、もらう金額ががくんと減るわけです。脱退一時金はもらえるけれども、非常に少ない金額になるわけです。その金額の計算は、大体において二十年の場合、厚生年金の場合には、自分が払った保険料と、事業主の払った保険料と、国庫負担一割五分の分とが全部計算されて、それが年金額の計算の基礎になっている。ですから、三つのものが計算されているわけです。ところが、十九年の人は、事業主分を取り去られ、国庫負担の期待分を取り去られて、自分の保険料を基礎にして計算されている。その人の保険料を年金の予定率である五分五厘の複利計算をし、そうして同じ階層の中で、早くある人がなくなって遺族に年金が支給された、早く障害年金が支給された分を数字的に計算をして差し引かれたその残りをもらうというような計算になっているわけであります。ですから、二十年では相当の金額でも、十九年ではぐっと減る。三分の一以下に減る。それが根本的な間違いでございまして、間違いだと断定しても差しつかえない。十九年なり十三年なり七年で職場をやめなければならない人は、何らかの意味で不幸な人だ。からだの都合、家庭の事情、家族の事情、いろいろな事情で職場をやめなければならない。だれでも、なれた経験の深い自分の職場で続けていった方が総体的にはしあわせであります。それなのにかかわらず、そういうようないろいろな事情、それからどうしても上司と気がくわない、いじめられるというようなことでやめるということ、こういうことでやめる人は不幸な人であるにかかわらず、その不幸な人が将来を保障される年金額が断層でぐっと減るという状態で、今の社会保険制度の間違った組み立てがされているわけですが、それではならないのではないか。特に年金制度の通算につきましては、それを考えなければならない。ほんとうに概括的にいえば、二十年の金額に対して二十分の十九くらいの金額は保証された原資を持って、その厚生年金から国民年金に移っていって、厚生年金が十九年であれば、厚生年金の保険料は高いから、国民年金ではすでに二十五年くらい払った、あるいは三十年くらい払った計算になっている。あと十年払えば四十年満額払ったことになって三千五百円もらえるというような完全な持ち分を持った移管方式をとるべきだという意見が、私もそうでございましたが、相当強力にあったわけです。そういうことで論議をしたが。しかしながら役所側で事務的に非常に厳重に持ち分移管方式ではたえられないという考え方があった。一つ一つその原資を計算しなければならない――これは役所側が非常に怠慢であります。そういうことで宮尾君という委員の方から便法がとられました。それは凍結方式という名前で本人は言われましたけれども、今役所の方では、じゅずつなぎ方式という名前で呼んでおります。それは各年金制度で持ち分をずっと凍結しておいて、そうしてその年令制度が、五十五才あるいは六十才あるいは六十五才というような支払い時期に達したときに、その減額した年金をその年金制度から払う、こっちの年金制度からもこっちに払ってもらう、そうしてその個人の財布の中で通算するという方式であります。それをじゅずつなぎ方式といわれているわけであります。その方式は、一つの点は、財布の中で通算する。これは非常に役所の怠慢であります。もらう個人からみれば、これが五十五才や六十才や六十五才でごちゃごちゃにもらうのでは生活の設計が立ちません。まとめて同じ時期にもらわなければならぬ。三回ももらいに行くのではわけがわからなくなる。しょっちゅう金がもらえるからむだ使いするようになる。そういうことで、完全にまとめた年金をすべきであるのに、役所がめんどうくさがって、めんどうくさい方を国民に押しつけたというような方式は間違いだと思う。早晩それは解決して、ほんとうに役所の方の計算で、国民の方はそういうめんどくさい思いをしないで、はっきりした老後の生活の計画が立つという方向に指導してもらわなければならない。それは一つの方式であります。そういう点について御検討願わなければならないと思いますが、それ以上に問題は、実質の中の金額です。そのじゅずつなぎ方式の方針をとりましたときには、われわれが賛成をいたしましたときには、方式は縦横の問題である。その原資が、ほんとうに十九年の人は二十年に対して二十分の十九ぐらいの金額が保証された、従って事業主の分、国庫負担の期待分、それを保証された金額が凍結された方式であるかどうかということについて、この提案者である宮尾委員にただしたわけでありますが、その意味だという答えがありました。これは制度審議会の三年前の九月の速記録に載っているわけであります。そういうことで方針が確定をして、それならば賛成をしよう。縦横、財布の中の通算であろうとも、途中脱退者の利益がそれだけ完全に保証されるのならば、形式的な点は譲ってもよろしいということで、それが答申をされ、それがもとになって厚生省がいろいろな案を作られたわけであります。厚生省はそれをもとに作られていたところ、厚生年金保険と国民年金の間では、その方針の線にほとんど十分に近い案を作ってこられました。ところがかなり程度の高い方のことについては、そういう状態にないわけであります。先日は数字を持っておりましたが、きょうは用意して参りませんでしたが、公共企業体の共済年金の、たとえば二十年入っていた人が、今数字は正確に覚えておりませんが、大体近いような概括的な数字を申し上げます。約十五万円もらえる場合に、十九年間公共企業体にいて、一年間厚生年金に移った。同じ二十年間の期間だ。そのときには、これは一年の違いで半分以下の金額になるわけです。それから国民年金に通算する場合は、国民年金は二十五年以上ないとくれない条件になりますから、十九年と国民年金の六年と通算する。合計二十五年だ。このときも半分以下です。そのように十九年の人はむちっくちゃに損になっておる。それで政府の方は、小山さんなんか非常に熱心に各省との間でこれに取り組まれまして、最近の国民年金と厚生年金についてやや理想に近いものを作られた、その努力については敬意を表してもけっこうであります。しかしながら少し高い程度の共済年金であろうとも、これもやはりそれほどとびきり金持ちではありません。働いて暮らして、その年金を当てにして将来の生活設計を立てている。その人が一年違いでがくんと減る。しかもほかの年金に通算されて、その一年の迷いですら半分以下という不合理なことは、全く不十分な通算制度です。ないよりはましとおっしゃるかもしれません。今通算制度ができなければ、同じ程度の脱退一時金しかもらえないから、それは通算制度がないよりましと言えるかもしれませんけれども、そんなものは一年半も熱心に取り組みをされた通算制度の完全な形とは言えないわけであります。一番底の点において完全な形はかなり認めてもいいと思います。底は大半だから、その点は一番重点であることは認めるけれども、その上の方のカーブの修正があまりにも少ないという点が、通算制度についての欠点の一番の中心点だろうと思う。そのほかいろいろな点については、同僚の各位から質問の御準備がありまするから、まだまだ欠点がございまするが、この通算制度についてはそのぐらいにとどめておきたいと思いますが、こういうことについてこのカーブを大幅に――大幅にということは、とにかく完全な形にできるだけ近く急速に変えられる、間違った点を補完されるという必要があろう、この点についての厚生大臣のお考えを伺いたいと思います。
○灘尾国務大臣 この通算制の問題につきましては、なかなかいろんな種類の制度がありまして、従って私も十分なお答えが率直に申し上げて実はできないのであります。いろいろな御検討の結果、社会保障制度審議会の答申をいただき、それに基づいて今後の案ができておるものと考えておるわけでございます。お述べになりましたような点について検討する必要もあろうかと存じまするが、これは今後よく検討さしていただきたいと思うのであります。思うような実はお答えができませんので、その点は一つ政府委員からお答え願いたいと存じます。
○小山政府委員 ただいま八木先生のお述べになりましたことは、事実その通りでございます。ただそれがいかにむずかしいことであるかというのは、もう八木先生、百も御承知の上でおっしゃっておるわけなんでありまして、現にこの通算問題については、非常に技術的にむずかしい問題があって、結論が出てからその社会保障制度審議会に御相談申し上げたのではお困りであろうというので、過去二年間の間、それこそほんとうに時々刻々、ただいま各省の間の進行状況はこの通りでございます、これでよろしゅうございますかということを、絶えず念を押しながら進めて参ったわけであります。社会保障制度審議会におきましても、この問題はそういうことを十分お聞きになって、現状ではこれはもうしようがあるまい、とにかく最低厚生年金ということで被用者期間が貫かれるのであるならばそれはもうりっぱなもんだ、とにかく厚生年金について二十年と二十年未満というものの違いをなくするということは、それはもうえらいことだ、よくそこまで踏み切れたということでおほめをいただきつつ、とにかくそれで早くまとめろ、ぐずぐずしておってはいかぬぞ、こういうようなお話があったわけであります。それで私、八木先生おっしゃるように、ほかの制度が考えてくれることを非常に望みます。しかし同時に、ほかの制度の言い分としては、われわれの方には普通の社会保障の年金としての性格のほかに、若干労務管理的な要素もあるのでありますから、そこのところは少し考えてくれ、こういうふうな事情もあるわけでして、これは単に管理者だけがそう言うわけじゃないので、実は困ったことには組合員大衆とでも申しますか、そういう人々の中にむしろそういう意識が今のところ非常に強いわけなんであります。これはやはりある程度時間を使いまして、逐次同じような考え方になっていただくよりしようがない、こういう問題でもありますので、やはりこれはしばらく時間をかしていただくようにお願いするよりしようがないと思います。
○八木(一)委員 小山局長の話、大体において事実を述べておられると思います。しかしながらもっと十分な態度で言っていただきたいと思う。 最後に、問題の組合の方というお話でございましたが、これは素朴な組合員大衆の気持でありまして、ある意味において当を得ている。制度を新しく作るとしては、今小山さんが批判めいたことをおっしゃったような点はあります。ところが政府が間違ったことをした状態においては当然当を得た意見であります。これをならそうとするならば、二十年以上の人が十九年以下の人の不利益において相当符をしているという部分がある仕組みでもあるわけです。その点、全然制度がないときでやるとしたならば、たとえばそういう制度がなければそういう意見が出てきませんですけれども、もしそういう意見が出てきたならば、そういう少し不合理な点を浸透さして、二十年の人が少しく不利になっても、十九年の人が猛烈に不利になる点を合理的に修正をしなければならないことになろうかと思います。しかしながら制度はすでに始まっているわけです。政府は強制的にこれを何十年施行していくわけです。ですから、二十年たったらどれだけもらえるということは既得権だ、それを期待して労働者は生活の設計を立てているわけです。二十年たったら幾らもらえる、そしてやめてもそのほかにいろんな収入を合わして暮らしていけるということになっているから、これは固定された完全な権利である。問題は、十九年以下の人のまことに不合理な点、それをやった政府の――やったのは今の厚生省でありません。歴代の政府の責任であります。政府の責任は政府が解決をしなければならない。十九年以下の不幸にして職場を転換をしなければならなかった人が、非常に自分の権利を侵害されている。その点を補てんすることは政府の責任であります。二十年以上の人は完全な既得権です。それをもって生活の設計を立てておる。ですから、そういうような意味ではなしに、組合の人が言っておられるように、二十年以上の権益を守ろうということは当然です。現行法でやられて、強制的に適用された人の当然の権利だ、これは固定させて、さらに平均的に上昇させるということを努力をさせるとともに、十九年以下の人の不当に狭められているのを、今までも努力をしなければならなかったのだけれども、この通算というような問題の不合理がぼんやりした連中にもわかる時点、この制度の一番大事な時点においてこの問題を徹底的に解決をしなければならない。政府が間違った制度を何十年やっておる、それを解決するのが政府の責任であれば、調整的な国庫負担を、大蔵省が今まで間違った予算をずっと組んでいる責任をとって、十九年、十八年、十七年の人の損の分を調整国庫負担で埋めて、そこを高めるということをしなければならないと思うのです。そういう点についての厚生大臣の御意見を伺いたいと思います。
○灘尾国務大臣 現行制度に対するなかなか重要な御質問だと思います。これも恐縮でございますが、検討させていただきたいと思います。
○八木(一)委員 厚生大臣は検討せられると言われますし、局長も検討されると言います。非常にむずかしい問題であることは局長もおっしゃった通りであります。けれども、むずかしいといってほうっておいていい問題ではございませんので、至急に検討をして、これをほんとうに前向きの意味で実現させるための検討をなさって、少なくとも今会中に、どういう方向でやっているというような御答弁をしていただきたいと思います。それについて御答弁を願います。
○灘尾国務大臣 検討はもちろんいたしますが、この国会中にはっきりした御返事ができるかできぬか、これは私ちょっと申し上げるわけには参らぬと思います。一つ十分検討させていただきます。
○八木(一)委員 できる限り今国会中にされるような御努力をされるということで、もう少し積極的な御発言を一つ。
○灘尾国務大臣 大事な問題でございますから、この国会と申しましてももう期間はわずかであります。この国会中に御返事ができる段階までいくかという点でございますが、私は軽はずみなお約束をするわけにも参りません。十分一つ検討させていただきますということでごかんべんをいただきたいと思います。
○八木(一)委員 それでは急速に全力を尽くして、前向きの意味の検討をされて、できるだけ早い機会に方向を委員会の方で明らかにしていただくということをしていただけますでしょうか。
○灘尾国務大臣 御趣旨は了承いたしました。
○中野委員長 本会議散会後直ちに再開することとし、それまで暫時休憩をいたします。 午後零時五十二分休憩 ――――◇――――― 午後三時十七分開議
○中野委員長 休憩前に引き続き、会議を開きます。 労働政策の基本施策に関する件、特に駐留軍労務者の労働争議に関する問題について調査を進めます。 質疑の通告がありますので、これを許します。河野正君。
○河野(正)委員 実は、今標題の件につきましては、先般の委員会におきまして、若干政府当局の御意見を承って参りました。しかし、さらにいろいろ御意見を承らなければならぬような情勢でもございますので、あわせてお伺いを申し上げたいと思いますし、本日は、特にまた防衛庁長官の御出席もいただいておりますので、長官の貴重な御意見等も一つ承って参りたいと考えております。 御承知のように、今日の政治は、政党政治でございます以上は、責任政治でなければならぬということは、これはもう否定することのできない事実でございます。従って、駐留軍関係の労働問題に限らず、この問題というものが、日本の労働問題という一つの大きな範疇の中で検討され、善処されなければならぬということは、これはまた当然のことであろうと考えております。従って、今日の日本の労働問題の大きな傾向といたしましては、これは先般の委員会におきましても、労働大臣から御説明があったのでございますけれども、まず労働条件の向上、さらには労使関係の近代化、こういう問題が、私は今後の日本の労働問題に課せられました大きな使命であり、傾向ではなかろうかというふうに考えるわけです。これはもう駐留軍に関しまする労使問題においても、当然であろうというふうに考えるわけです。その中でも、第一に私どもが関心を持たなければならぬのは、今日池田内閣が経済成長政策というものを強く取り上げておられます。そういうような経済成長という国民経済の中で、賃金問題というものが極付されなければならぬ。従って、日本の労働者の賃金問題というものは、全般的に水準が引き上げられるという一つの大きな方向をとっておるというふうに私どもは判断をするわけです。そういう点に対して、一つ防衛庁長官の御所見を承っておきたいと思います。
○藤枝国務大臣 労働問題のあり方等については、御指摘の通りであるし、また労働賃金というものが経済成長の中において当然引き上げられていかなければならないということも、これは原則として言うまでもないことと存じております。
○河野(正)委員 それからさらにもう一点御所見を承っておきたいと思いまする点は、これはさきのILOでも問題になりました、いわゆる労働時間の短縮の問題でございます。また近く次の総会におきましては、この労働時間の短縮の問題が再提案されるというよりなことも承っております。従って今長官からも御説明ございました賃金水準というものを引き上げるということか、一つの大きな課題であり、傾向であると同時に、労働時間を短縮するということも今後課せられました一つの大きな方向ではなかろうか。その場合問題になって参りますのは、先般の委員会でも労働省当局の御答弁がございましたように、やはり漸進的に段階的、弾力的な方向でそういう問題というものは検討されなければならぬだろうというようなことが言われておるわけです。特に日本の現状を見て参りますると、諸外国の例よりも非常に労働時間というものが長い。アメリカ、カナダにおきましては四十時間程度でありますけれども、日本におきましては五十時間程度、これが日本の実情でございます。従ってこの問題は賃金問題とも関連いたして参りまするから、労働時間短縮ということは、今申し上げまするように一つの方向でございまするけれども、その実現にあたりましては、実は先ほども私御説明申し上げましたように、労働省でも漸進的、段階的、弾力的というようなお答えが実はあったわけでございます。こういう点に対して一つ長官の御所見を承って、いよいよ具体的な問題に入って参りたいというふうに考えます。
○藤枝国務大臣 労働時間がだんだん短縮されるという方向は、これは好まいことでございます。ただ、今御指摘にもありましたように、その業務の実態その他いろいろな条件がございましょうから、これは労働省もお答えいたしたそうでございますが、やはり漸進的にやることが日本の実態としては好ましい。方向としては短縮の方向に進むべきものというふうに考えております。
○河野(正)委員 もちろん今長官からも御答弁がございましたように、短縮という方向をたどっていかなければならぬと同時に、その附帯条件と申しますか、前提条件としては、所得の水準というものが引き上げられ、生活水準も引き上げられる形での時間短縮でなければならぬということは、これは当然の事柄であろうというふうに考えるわけです。ところが今申し上げましたのが世界の労働問題の一つの大きな傾向であり、一つの大きな方向であるわけです。しかし駐留軍の労働者に関しましては、今申しましたような二つの大きな方向と逆行するような方向が出ておる。たとえばきょう私が取り上げようといたしまする問題は、駐留軍、特にプレディ、福岡の小倉の基地におきましては、労働時間を二時間短縮する。もちろん短縮することはけっこうでございますけれども、二時間短縮に応じて賃金を引き下げる。そのために実は五千円前後の賃下げが行なわれる、こういう現象が出て参っておるわけです。このことは、私が今申し上げまするように、ILOの一つの世界的な方向、さらには日本の国内の一つの方向、これは労働大臣も先般御説明になりましたけれども、そういう方向と逆行するような現象というものが出てきておる。こういう問題に対して、駐留軍関係に関しまする最高の責任者でございまする長官がいかにお考えでございまするか、一つこの際御所見を承っておきたいと考えます。
○藤枝国務大臣 具体的におあげになりました、福岡県のプレディ基地等について、二割程度の労働時間を短縮する、ただしその労働時間に見合った賃金になったために、結局は実収入が減ったという事実については承知をいたしております。この問題は、先ほど申しましたような、割合に今まで日本の労働時間が長いということから、傾向として短縮されるのはいいのでありますが、そのために実質的な賃金が減るということは非常にいろいろ問題があろうかと存じます。従ってこれに関連して紛争の起きておりますることも承知いたしておりまするが、何とかこういう問題は両者の納得のいくような方向で解決するのがよろしい。御承知のように、現在現地においてはいろいろと交渉が持たれておるようでありますが、そういう意味において円満な解決ができますように念願をいたしておる次第でございます。やはり傾向としましては、労働時間が短縮したらそのままそれだけ実質賃金がカットされるということが少しでも緩和されるようなことが望ましいことであるというふうに存ずるわけであります。
○河野(正)委員 今長官から具体的な時間短縮に伴う賃金の確保というようなことが望ましいという御答弁だったと思いますけれども、そういう事態が起こってくる場合に、最もしばしば問題になって参りますことが一つあるわけです。どういうことかと申しますと、この労務契約の基本原則でございます現地軍と県との間におけるところの共同管理原則というものがうまく運営されておらぬ。今度の問題でも、瞬間が短縮されることはけっこうでございますけれども、それに見合うだけの賃金が切り下げられるということは、ILOの世界の方向にも反するし、また生活権の上からも非常に大きな問題だ。毎月五千円見当の賃下げが行なわれる。しかも十年以上勤務しておりますと退職金というものが十万円以上減る。そういうように生活権をおびやかされる、あるいは退職後の保障というものが非常に圧迫される、そういう重大な問題も含んでおるわけでありますけれども、そういう問題を解決するためには、この基本労務契約というものが円滑に運営されていかなければならぬ。それがどっちかの力関係で一方的に運営されるということになりますと、今申し上げますような納得ずくの解決ができぬわけでありますから、どうしても納得ずくの解決をするためには、労務契約の基本方針、基本原則でございます共同管理の原則というものが強く守られていかなければならぬ。現在の状況はどういうふうに御判断になっておりますのか、この際一つ御所見を承っておきたいと思います。
○藤枝国務大臣 御指摘のように、この駐留軍労務者については、日米の共同管理の原則、これを堅持しなければならぬわけでございます。具体的な今度の例につきましては、すでに御承知のように、十五日間の日米間の協議の結果、ついに妥結に至らずに、基本契約の原則に従いまして米軍がそういう処置をとったわけでございますが、今後の考え方としては、できるだけその協議の期間に両者の意見の一致をするように強く努力をして参りたいということを私は考えておる次第でございます。
○河野(正)委員 努力されたでございましょうし、努力されていかなければならぬということは当然だと思います。しかるに私は今度の一つの現象を取り上げて参りましても、そういう共同管理の原則というものは必ずしも守られておらない。なるほど手続上からは、基本契約によりますと十五日の期限でございますけれども、少なくとも共同管理の原則に従うならば、たとい十五日であろうけれども、その間納得するような線が出てこないならば、当然これは契約の上からも十五日の期間を延長することができるわけですから、そういう期間の延長をする中で、私は納得する形で解決すべきだ、そういうふうに考えるわけでございますけれども、今申し上げますように、十五日という基本方針にこだわって、この問題が一方的に押し切られた。そういうところは私は非常に大きな問題があったと思うわけです。そういう点に対して重ねて一つ御所見を承っておきたいと思います。
○藤枝国務大臣 今度の具体的な福岡の問題につきましては、いろいろ中央からの現地軍に対する予算の配分の問題その他があって、どうしても十月一日から実施をせざるを得ないような現地の部隊としては慕情もあったかに承知をいたしておるわけでございますが、原則的な考え方といたしましては、できるだけ事前協議と申しますか、そういう間において妥結をはかり、あるいは場合によってはその十五日の期間を延ばすことを強く主張をいたしましても妥結するような方向で進めたい。また中央においては、そういう点をさらにわれわれといたしましては、米側にも十分日本の労働事情等も納得をしてもらうような努力を払いたいと存ずる次第でございます。
○河野(正)委員 その日米共同管理の原則に従って、こういう問題を処理してもらいたいというふうに要望するのは、私どもだけではないわけです。長官御承知かどうかわかりませんけれども、八月十七日のゴードン・レターの中でも、そのことが強く勧告されておるわけです。その内容はどうかと申しますと、一、二例をあげて申し上げますと、その契約担当官でございますゴードン・レターの中では、日本人の心理、人生観、習慣及び慣例はわれわれと違っておる。従ってわれわれが米側部隊に対して効果的、能率的かつ経済的な援助を行なうためにはそれらの相違を理解することが不可欠な点である。それからさらには、あらゆる人事処理というものは、米軍施設の運営に不当な障害を及ぼさない限り、できるだけ労務管理事務所の職員と調整をする必要が、契約の上あるなしにかかわらず、そのような処置がされなければならぬ、こういうふうに契約担当官でございますゴードンは警告を発しておるわけです。単に私どもだけでなくて契約担当官におきましても、今申し上げますようにいろいろ日本人の心理状態、人生観、習慣というものは違っておる。特に人事問題については米軍施設の運営に不当なる支障――特に不当ということを強調しておるわけでございますが、不当なる支障を及ぼさない限り、十分一つ調整をしていかなければならぬ、こういう警告を契約担当官が発しておるわけです。私はそういうゴードン書簡を見て考えますることは、どうも今日までの日本側のアメリカに対しまするところのいろいろな要請というものが、弱腰に終始しておったのではないか。たとえば今の基本契約によりましても十五日、手続上にも何ら誤りがない。そこでアメリカ側に対しても非常に遠慮をして日本側の要求を伝える。そういうことから、ほんとうに日本側の立場、労働者の立場というものが尊重されなかったのではなかろうかというようなことを、実は今日私どもは強く痛感をするわけです。特に今日までの小倉ないしプレディにおきまするストライキ問題に対しまして、いろいろ私どもは承知をして参りましたが、その中で私どもが承知する範囲におきましても、どうも今申し上げますようなきらいがなきにしもあらず、そういう感じを私どもは強く、残念でございますけれども持って参ったわけです。そこで少なくともアメリカ側に対しましては、ゴードン書簡の趣旨というものが当然尊重されなければならぬし、また日本側におきましても、契約担当官すらそういう警告を発しておるわけでございますから、さらに私は日本側においては強い態度をもって臨むべきではなかったろうかということを考えておるわけでございますが、それに対しまする長官の一つきぜんたる御所信を承っておきたいと考えております。
○藤枝国務大臣 ただいまの御指摘になりましたゴードン書簡にもそれだけのことを言うようになりましたこと等も、われわれが努力をいたしまして日本の労働事情の特殊性、あるいは日本人の性格等について十分な考慮を払うような要請をし、続けて参りました一つの現われかと存じます。しかし必ずしも十分でない点はございます。さらにそうした面については十分に注意をいたしまして、今後特に日本の労働事情というような、あるいは労働の慣習、こういうもの、あるいは労働賃金に対する日本人の生活の考え方、こういうものを十分考慮をしてもらうような注意をさらに換起をして参りたいと存じます。
○河野(正)委員 今日までもいろいろ駐留軍に関しまして、労使の間に問題が起こって参りました。駐留軍関係の問題は非常にむずかしい問題が多いので、今後ともしばしばそういう問題が起こってくると思いますが、私はそういう問題の解決をはかる基本的な態度というものは、やはり日米の共同管理の原則が貫かれるということが大前提である、これが貫かれることなくして今後の解決はあり得ぬというふうに考えるわけです。ですから今度のストライキの問題もそうでございますけれども、今後起こってくるであろうもろもろの問題につきましても、まず共同管理の原則というものが貫かれる、この点を確立するということが最も緊急な問題であろう。ある意味におきましては、駐留軍関係につきましては直接雇用責任者というものは県でございます。県がアメリカ軍に対して労務を提供するという形でございますから、そういう駐留軍関係に関します労働者の労務管理に対しての自主性というものを回復していく。そのことがひいては共同管理の原則に従うことだし、また今度の問題もそうでございますけれども、今後の起こってくるであろう、予想されるところの諸問題を解決するかぎというものも、私はそこにあるというふうに考えるわけでございまするが、そういう駐留甲労働者の労務管理に対しまする自主性を回復する、共同管理の原則を貫くためには、日本側が、要するにアメリカ側の一方的な事情によって左右されるのではなくて、やはり直接の雇用関係というものは日本側にあるわけでありますから、そういう自主性を回復することだというふうに考えるわけでございまするが、その点、長官いかがお考えでありますか、一つこの際承っておきたいと思います。
○藤枝国務大臣 申し上げるまでもなく、駐留軍労務者の管理に関する基本的な問題は、この基本契約に従ってやるわけでございます。おのおの日本側の担当すべき問題、米側がやるべき問題等がございますが、従って、この基本契約に従ってやるわけでございます。ただ、その精神として、ただいま御指摘になりましたような、とにかく政府が雇用主なんでございますから、そうした雇用主としての立場というものを十分に意義を発揮できるような方向で今後とも処して参りたいと存じておる次第でございます。
○河野(正)委員 特に私がそういう点を御指摘申し上げなければならなかった理由というものは、今日までもしばしば基地の縮小がございました。あるいは閉鎖もございました。あるいはまた機構の改革等もございました。そういうような基地の縮小、閉鎖あるいは機構の改革等をめぐって、実は今日まで大小の不当労働行為というようなケースがしばしば起こってきたわけです。そこで、そういうような不当労働行為を防止するためにも、やはり私がさっき申し上げますように、駐留軍労働者に対しまする労務管理の自主性というものを回復していかなければならぬ。と同時に、そういうような不当労働行為というものがだんだん重なっていく、そういう情勢の中で、実は駐留軍労働者に対しまする不信感あるいは駐留軍労働組合に対しまする蔑視的な、侮蔑的な観念というものが自然に発生してきつつあるのではなかろうか、というようなことを私は考えるわけです。 そこで、もう時間がございませんから端折って申し上げますと、今度起こりました板付基地におきまする労働組合の組合旗を――労働組合の組合旗というものは労働組合の一つのシンボルである。この労働組合の組合旗をアメリカの二人の二等兵が破損をしたという事件が起こって参ったわけです。ところが、それは組合旗を破ったというようなことではなくて、そういうようないろいろな不当労働行為あるいは日本の労働組合に対しまする蔑視観念、そういうものがちりも積もってだんだん蓄積されて、そうして結局組合旗を破損する、組合旗を破るというふうな行為に発展していったのではなかろうかというふうに実は私は判断をするわけです。 そこで、長官にお尋ねいたしたいと思いまする点は、そういうアメリカの兵隊が日本の労働組合のシンボルともいうべき組合旗を破損する、そういう行為をどういうふうにお考えになっておりまするのか、一つこの際承っておきたいと思います。
○藤枝国務大臣 今回の板付基地における労働組合旗の破損問題につきましては、非常に残念なことでございます。すでに御承知のように、その後その米軍の兵士も逮捕され調査をいたしておるところでございますし、また厳重なこれに対する抗議も申し込んでおるところでございますが、いずれにしましても、こうしたことが起こりますことは非常に残念なことであります。ことに、そういうことから非常な感情的な問題が出るということになってはならないと思います。従いまして、今後こういう点については十分注意を喚起し、ことに、それがもしも御指摘のような組合蔑視ということに相なりましては、これはもう非常な問題だと思いますので、その辺のところは今後とも十分注意を喚起して、二度とこうした不幸なことが起こらないように努めたいと存じます。
○河野(正)委員 たまたま長官の御答弁の中に感情的になっては困るというふうなお話がございました。私も全くその通りだと思います。ところが、まことに残念なことには、今度起こりました――これは今月の十五日に起こったわけですが、今度起こったのが最初ではないわけです。これと同じような組合旗破棄の事件というものが昨年の十二月十一日にも起こっておるわけです。しかも、この昨年起こりました十二月十一日の時点というものは、やはり駐留軍労働組合というものがゼネストを敢行するというさなかに起こってきた。ところが、今度の場合もストライキに入っておるわけです。しかも警備員のストライキのみならず、ゼネストに突入しようか、そういう時点の中で、また再びそういう事案というものが起こってきた。そこに私どもがこの問題を非常に重要視しなければならぬゆえんというものがあるわけです。これは今度の問題で、あるいはまたこの前みたいに酒に酔っぱらってやったということでございますればまあまあでございますけれども、時あたかも組合の重大なる実力行使でございますゼネスト、こういう重大な段階に行なわれた、しかも昨年もそういう重大な段階で行なわれた、そういうところに今度の問題の本質的に非常に重大な意義があろうかというふうに私は考えるわけです。 そこで私は今度の問題というものは単に残念でございました、厳重抗議を申し込みますというようなことでは――その組合旗を破ったということだけでございますれば別でございますけれども、今申し上げましたように、本質的に非常に重大な要素を持っておるというように判断をするわけですから、そういう状況を長官が御承知だったかどうかわかりませんけれども、もし御承知なければ、私が今申し上げましたような状況でございますので、そういう状況に立って一つ長官から適切な御答弁を願っておきたいと思います。
○藤枝国務大臣 私の方といたしましては、それがどのような事情でそういうことになったか、現在実情を調査をいたしておる次第でございます。実情の判明次第適切な処置をとりたいと存じておる次第でございます。
○河野(正)委員 長官は実情を調査したいということでございますけれども、そういう事件が起こったということは先ほどお認め願っておりますので問題ないと思いますが、実は昨年これと同じようなケースが起こって参りました際におきましても、当委員会において取り上げたわけです。その当時は主として当時の大臣でございました石田労働大臣に、これは日本の労働問題に対する最高責任者でございますので、いろいろ御所見を承ったわけです。それから、さらには調達庁長官にもお伺いしたわけですが、その席上におきましても、政府もまことに遺憾の意を表せられた、アメリカ側でも、まことに遺憾であったということを当時司令官が陳謝すると同時に、破棄せられました組合旗はアメリカ側が新調して組合に寄贈した、こういうようにアメリカ側としても非常に遺憾の意を表して参ったわけです。そこで実は委員会におきましても、そういうようなアメリカ側の態度を私どもも了として、その後の追及を行なわなかったわけです。ところがそういう問題がまた繰り返されるということになりますと、私はアメリカ側の反省の態度についてはいささか疑惑を持たざるを得ない。そこでこの点については、一つ長官の方から、アメリカ側に厳重に抗議を申し込んでもらいたい。私は何も反米思想で言っているわけじゃない。やはり日米の国民感情からいってもそういうことは望ましくないと思うのです。これは私は労働組合出身者ではございませんけれども、一国民としても、そういうことはアメリカのためにも好ましくないし、日米感情のためにも好ましくないというふうに考えますので、一つこの点について厳重に長官からアメリカ側に対して抗議を申し込んでもらいたいが、そういう御意図がありますかどうか、お伺いを申し上げたいと思います。
○藤枝国務大臣 お話のように、この種の事件が再び起こったということでございまして、非常に遺憾でございます。実情調査の結果、十分適当な処置をとりたいと思います。確かに御指摘のように、そうした問題がむしろ日米間にわだかまりを持たすようなことになりましては非常に残念でございますので、十分その点を気をつけて善処をいたしたいと思っております。
○河野(正)委員 と同時に、私が一番おそれますのは、そういう日本の労働組合に対します蔑視的な一つの態度、ムードというものが、今日二十日間にわたりますストライキが続いておりますけれども、そういうストライキを解決するためにも、一つの障害となっておるのじゃなかろうか、そういう観念でおるので、二十日に及ぶストライキを解決しようという意欲が阻害されておるのではなかろうかというふうに、私どもは実は心配をするわけです。私どももストライキがいいというふうに判断をいたしません。好ましいこととは考えません。そういうストライキというものは、一日も早く日米の国民感情の上からも一つ解消してもらわなければならぬ。ところがそういうふうな日本の労働組合に対しまするアメリカ軍の蔑視的な観念、風潮というものがありますと、私は今後もそういう問題というものが繰り返されるのではなかろうかというふうに心配いたします。そこでその点については十分お含みの上長官から善処をしていただきますようにお願いを申し上げたいと思います。 それからもう一つ、この点は非常に重大でございまするし、労働省の方も御出席でございますので、あわせてお伺いしておきたいと思います。 労働者に対しましては、労働三法においていろいろな権利というものが保障されているわけです。ところが今度の場合は旗を破るということですけれども、そういうような行為というものが労働者の権利行使に対する一つの圧力になる、こういうことは、この前のケースはアメリカの兵隊が酔っぱらってやった、今度の場合はそうじゃなかったというふうに私どもは報告を受けておるわけですが、たとい酔っぱらっておろうがおるまいが、公務であろうがなかろうが、やはり労働三法というものは、これは憲法で保障されておりまするし、私どもとしては守っていただかなければならぬ。そういう意味で、今度のような問題が組合運動に対しまする圧力というふうになりますることは、まことに遺憾であるといわなければならぬと思うのです。こういう点に対しまして、長官とあわせて一つ労働省の方からも御所見を承ることができますならば幸いと思います。
○藤枝国務大臣 労働二法で保障されているいろいろな権利が、そうした行動によって圧力を受ける、ゆがめられるというようなことは、これは非常にいけないことであります。従いまして、そういう見地からいたしましても、こうした種類のことが二度と再び起こらないような十分な処置を要請いたしたいと考えておる次第でございます。
○冨樫政府委員 お話の通り、組合の組会旗は、たとえば国で申しますれば、国旗の尊厳と同じでございます。労働三権のみならずそういうものに対する理解、敬意、感情というものを十分に尊重する。今後起こらざるようにするのみならず、今回の事件につきましても、組合員のみならずわれわれまでも納得のいくような処置を私ども期待する次第でございます。
○河野(正)委員 最終的にお尋ねをしたいと思いますが、実は今申し上げますような組合旗の問題というものは、現象としては別でございますけれども、本質的には非常に重大な問題です。この点は、労政局長から適切な御答弁をいただいたと思うのです。 そこで私は再度にわたってこういうケースが行なわれ、しかもストライキというものは労働者が行使する非常に重大な権利行使なんだ、そういう重大な状態の中で再度にわたって行なわれたというところに、私は今度の問題の本質的に非常に重大な意義があったというふうに考えております。そこで私ども、きょうまで側面的でございまするけれども、今度の時間短縮に基づきまする賃下げ問題というものは早期に解決するようにということで、実はアメリカの参謀長に私個人が会って参りまして、いろいろ折衝いたして参りました。しかし今日なお解決に至らぬ。私は、まことに日米の国民感情の上からも非常に残念なことだと考えるわけです。さらに今申し上げるような組合のシンボルでございまする組合旗が、アメリカ軍によって破損されるというようなことは、ますますもって遺憾な事態だと考えるわけです。今度の場合は、今までいろいろ御努力願ったと思うのです。しかし私は主として調達庁長官を通じて具体的に――精神的にはいろいろと御協力をいただいておると思いまするけれども、具体的には調達庁の長官を中心として善処が行なわれたというふうに考えます。しかしながら駐留軍関係の最高責任者というものは御承知のように防衛庁長官でございますから、この問題の処理にあたっては、防衛庁長官が先頭に立って解決のために御努力をお願いする。さらには労働省の関係は、この問題は本質的に重大な意義をはらんでおりますので、防衛庁と十分連絡の上この問題が円満に解決をし、さらに今後そういうふうな不当な行為が絶対に起こらぬようにということで労働省にはお願い申し上げたい。そこで、今申し上げましたように、この問題は本質的に非常に重大な問題でございますから、今までは主として調達庁の長官を通じて御善処を願ったが、最高の責任者というものは、防衛庁の長官でございますから、この問題の処理に関しては防衛庁の長官が中心となって一つ御努力をお願いする、そういう御決意を最後に承りますと同時に、労働省の方からも御決意を承っておきたいと思います。
○藤枝国務大臣 十分労働省とも連絡をいたしまして、私の責任をもちまして善処をいたしたいと存じます。
○冨樫政府委員 私どももできる限りの努力を払って善処したいと思います。
○中野委員長 本日はこの程度にとどめ、次回は明十八日午前十時より委員会を開くこととし、これにて散会いたします。 午後四時一分散会