P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
39回国会衆議院1961/10/05

社会労働委員会 第4号

発言数
127
登壇者
12
会派数
2
開催日
1961/10/05

会議録

柳谷清三郎自由民主党

○柳谷委員長代理 これより会議を開きます。  厚生関係の基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の通告がありますので、順次これを許します。八木一男君。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 この前に引き続きまして、厚生大臣に基本施策について御質問申し上げたいと思います。  この前の続きで、生活保証法の問題について御質問いたします。この前には、生活保証基準が、生活保護法の精神である健康で文化的な最低生活を保障するに足るものでないという状態、並びにその状態に適するようにいつも即時対処し得る態勢をとるような機関、その他そういうものを作る必要があろうかと思うというようなことについて御質問申し上げ、次に自立の助長という点について、収入認定について、一定の収入認定をしないというゆとりをつける必要があろうかと思われる点につきまして御質問を申し上げまして、厚生大臣の御検討をお願いをしたわけでございまするが、引き続きまして、生活保護法の根本的な欠陥について私ども考えていることを申し上げまして、厚生大臣の御所見を伺いたいと思うわけであります。  さきの大きな二点の次に、それにも匹敵する大きな点は、第四条にございます保護の補足性という条項でございまするが、この条項が非常に冷酷巖格でございまするために、生活保護というものが金縛りにあってしまって、一条、二条、三条の目的を果たすことができないというような状態になっているわけであります。もちろん行政当局としては、これが非常に時代錯誤の規定である、実態に合わないということを理解をしておられまして、弾力的な行政運用をしておられるわけでございまするが、法が非常にそのような窮屈な法でありまするために、弾力的な運用についてもなかなかに十分にできない状態があります。実際に憲法二十五条で保障された、積極的な意味で生活を保障することが十分にできない。また生活保護法の第一条に規定してございます自立助長のことが十分にいかないという状態があると私どもは考えておるわけでございます。  具体的に申し上げますと、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」ということになっております。でございますので、保護を受けるためには、あらゆる能力もそうでございますが、資産等を生活に活用するということを要件として行なわれるわけでございまするから、ざっくばらんにいえば、あらゆるものを売っ払ってなお生活できないときに保護を受けるというような条項になっておるわけであります。そこで保護を受けるときに、時代々々によって厚生省の方の行政運用によって弾力的に変わってきておりまするが、ずっと昔では、非常に古びたラジオが一つある、保護を受けなければならない、このラジオは売っても二束三文でほとんど値打がないといっても、それがあるために生活保護の適用が受けられないというようなことがあったわけであります。今日の行政運用では、ラジオ等は保有してもそれを認めておる状況にもちろんございまするけれども、昔はラジオはだめであった。それからほんとうに役に立たないようなひん曲がった自転車等もだめであった。それからほんとうに古びた手押しのミシンもだめであった時代もあるわけであります。現在はそういうことはございません。ございませんけれども、時代が、経済が進歩し、いろいろな社会生活が変わっておりますから、やはり前に古自転車、古ミシン、古ラジオが、これを処分しなければ生活保護の適用を受けられなかったことと同じように、やはりその時代の推移に従って同じようなことが今起こっているわけであります。将来もまた起こり得るわけであります。そういうことをやはりこのような窮屈な法を変えて、そのような実態に合わないことを厚生省が頭をしぼって、あたたかく配慮をしてもなおそれができないというような間違った法律を変える必要があると思う。変える方向としては二つ必要だと思う。  その一つは、ほんとうに自立に必要なものについては、そういうものをこのように完全に活用することを要件としないで、生活保証法の適用は受けられるというふうにしなければ、積極的な生活保護の恩義が果たされない。前の背のミシンの例がそうであります。手押しミシンの古びたようなものは売って生活の資に充てようといったところで、実際に実行したところで、そんなものは二日か三日の食糧費にしかならないというような状態であるのにそれを売らせた。母子家庭が今まで生活保護を受けるまでにその、ミシンでいろいろの仕事をすることが唯一の生計の道であった。ところがその一家の主体である奥さんが、からだが弱くなって働けなくなったというために生活保護を受けなければならない。そのためにミシンを売った。それで病気もなおったから、さらに自立をしようと考えても、生活手段であるそのミシンがないために仕事ができないということで、結局生活保護を受けたままでずっと続いていかなければならないというようなことが起こるわけであります。自転車にしてもそうであります。自転車で使い走りをする、自転車で何かの配達をするという仕事を持っていた人が、自転車を売ってしまったならば、次に再起ができない。今自転車、ミシンは許されているけれども、後には時代の変革に従ってそれがスクーターになり、オート三輪であるという時代になるでありましょう。あらゆるちょっとした商売でも、オートバイ、スクーターがなければ、オート三輪がなければできないという時代に、今世の中が非常に機動的になりつつありますので、そういう時代に移っているわけであります。またミシンにしても、それが足ミシンがなければだめだ、そのうちに動力ミシンがなければだめだというような時代に移りつつあるわけです。いかに行政運用をしてもそこにはワクがあって、なかなか時代の進展には追いつかない。追いつかないのが、ほかのことでありましたならば大したことはありませんが、追いつかないがために、貧しい人がほんとうに元気を振りしぼって自立をしたいというその自立のもとである生産手段を奪ってしまうということになるわけであります。そういう点を、将来の自立に必要なものを処分しなくても生活保護が受けられるというふうに法自体を改正しないと、行政運用ではどうしてもそれだけのワクが狭い。それから時代におくれるということになろうかと思います。そういう意味で、生活保護法の第四条第一項について大いに検討して改定をする必要があると思うわけであります。  またそのほかにもございます。そのような再起に必要でないものであっても、国民生活上どうしても必要なもの、慣習上必要なものについては、それが幾分の財産価値があろうとも処分をしないで受けられるということにしなければ、あまりにも冷たい法律ということになろうかと思います。たとえば宝石がある、それが非常にダイヤモンドを散りばめてあって、売れば金になるものについては、これはやはりどんなに記念品であろうとも処分をしなければなりませんでしょう。ところがメッキにちょっと薄い金くらい入った結婚の指輪、ほかの人にしてみたらばかみたいな指輪であるけれども、主人を失った奥さんとしてみれば、命にもかえがたい記念品である。それを処分しなければ生活保護は受けられないというようなことであっては、あまりに不人情な法律になると思う。親の形見であるとか夫婦の記念品であるとか、それからなくなった人のものでなくとも、その人の一生涯にただ一つ何かの努力をしたことについて記念にもらった記念品、ほかの人にしてみたら、もうどこかのがらくただと思われる品物でも、法の上ではそれを処分しないといけない。その人にとってはほんとうに生きがいのある一つの焦点なんだ、そういうものをこの保護法の非常に冷酷な条文のために処分をしなければ受けられないということがあっては、非常に冷酷過ぎると思う。そういう意味でこういう条文を、法を無理に解釈しなくても、すなおにそういうことをしなくて法の適用が受けられるように変えていく必要があると思う。  もっと大きく積極的なことを申しますると、たとえば農家の方々が医療扶助を受けるときに、自分の住まいが非常にあるというようなことで、これも行政運用でいろいろだんだん変わってきておりますし、また各地区の担当官によって違いますけれども、やはり医療扶助を受けることについて、それだけの財産があるからということで障害があるわけです。こういう問題でも、普通ならば相当広い土地、広い家ということでありましても、それは都会と違って一般的にはそれだけの値打はない。ところがその人たちにとっては、それを処分したならば次に農業経営をするための根拠地を失うことになって、非常に工合が悪いという問題があります。また商店の場合でも、さらに発展して考えると、一時生活扶助を受けても、そのしにせを、非常に小さな商店であるけれどもそれを処分したならば、次にほかの人ではできないけれども、その商店の店舗と経営をしているその本人とそれから住民、お得意とのつながり、それが非常に粗末な店舗であっても、その人にとっては価値がある。人に処分をしたらそう価値はないが、その人にとっては再起の非常に大事な基盤であるものを、今の保護法では手放さなければならないということになる。そういうことを時代の変遷に従って、店舗なり家、土地というようなものを手放さなくても保護の適用を受けられるように、積極的な改正をする必要があると思うのです。その問題の境目、どこまでを処分するか、どこまでを処分させないかということは、やはり全体的な時代の変転によってだんだん違ってくると思う。けれどもそれは認定とか諸規定によってもいいと思いますが、法自体でそういうものを一切できないような書き方になっているものを、そうじゃなくて、技術のために必要だ、国民慣習上当然と思われるもの、たとえば親の形見であるとか、夫婦の記念品だとか、そういうものについてはこういうことからはずすというような基本的な条文を入れて、行政当局が事態に即してあたたかい配慮を迅速に憂いなくどんどんできるように、根本的な法律のもとを変える必要があろうと思う。そういう点について厚生大臣の御所見を伺いたいと思う。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 ただいま八木さんのお尋ねには、いろいろと八木さんのお気持が出ておることと思います。八木さんのお気持に現われましたその事柄をそのまま私が考えます場合、そういうときに厳格な法の適用をするということ自体がおかしいのじゃなかろうか。今おっしゃったような事例を考えます場合に、当然に考えていい性質のものじゃなかろうか。従来この問題をめぐってかなり窮屈な解釈を当局はやっておって、そのためにせっかく生活保護の趣旨も没却されるきらいがあることはかねがね私も伺っておったところであります。ただその点も、お話によればだんだん改善されてきておるようであります。また事務当局の話を聞いてみましても、昔とはよほど運用の様子が変わってきておるように聞いておるのであります。私は今お述べになりましたようなことは当然法の運用の上において考えてしかるべきじゃなかろうかと思う。もちろん個々の家庭の事情にもよると思うのであります。いわゆる自立ということをさせたいと思いましても、自立不能の家庭もおそらくあるのではなかろうか。そういうような家庭もございましょうし、これを一つ認めておけば自立には非常に役立つというふうな点もございましょうし、そのときその家庭の個々の事情によって扱い方というものもおのずから変わってくるのじゃなかろうかと思いますけれども、私は御趣旨については共鳴する点が実は多々あるわけであります。それをこの法規の解釈上やることが無理であるのかどうかということについては、法の基本にも関する問題でありますから、法の改正とかなんとかいうことを今直ちにやる必要があるかどうか、その点についてはなお検討させていただきたいと思いますが、基本の考え方としましては、自立を助けるものを奪ってわざわざ生活保護の状態にとめておく必要がないということはもちろんだろうと思います。十分一つ検討させていただきたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 大へん満足できる御答弁であると私ども考えるわけでありますが、法の運用で当面そういうことはやっていくべきであるというお考え方は私どもも同様で、非常に積極的な御答弁をいただいてけっこうだと思います。ところが厚生大臣もそれだけ長く今の地位に御在任というわけじゃなしに、三年か四年して総理大臣におなりになるかもしれませんし、太宰局長も次官になられ、それから何かということで、だんだん人間がかわるわけであります。それから全国でそれを扱っている担当の行政官が、みんなおのおのの扱いが少しずつ違うわけであります。でございますから、そこに常にあたたかい具体的な配慮をする担当官もあれば、別な意味で現象的に見て非常に冷酷な扱いをする人もある。形式的に見れば法律をしゃくし定木に守るし、片方は幾分それをゆるやかにする。どっちがいいとも悪いとも、角度から言えるわけでございますが、そういうふうにあたたかい配慮をする人が幾分法の解釈がゆるやかであるというようなことであってはいけないのであって、法自体にそのような基本的な精神、技術を必要とするものについては処分を必要としない、たとえば国民慣習上必要なものについてはそういうことをしないで済む、それからもう一つ積極的な人間らしい生活をするために最小限度必要なものについてはそういうことをしないで済むようにしてほしい。たとえば老人の楽しみとするラジオ、将来はこれはテレビになるかもしれませんけれども、そういうただ一つの楽しみを奪ってまでしないで済む、そういうような基本的な条文を作っておきましたならば、あたたかい配慮をする行政官の人はそれをますます活用できるでしょうし、また非常にしゃくし定木で冷た過ぎる人であっても、そういう条文があればそういう人は条文にきっちりとらわれる人ですから、やはり条文に従って、あたたかい行政をやっていかなければならないと思う。運用ではやはり人の問題があります。現在非常によく行なわれておりますが、人はかわるものであります。また、実際の行政官はたくさんいますので、そういう基本的なことで書いておく必要があろうと思う。さっき与党の大先輩である大石理事の方からも、いい意味の不規則発言で激励するような言葉があったわけであります。与党の方も多分大賛成のようでありますので、これはすぐどうということはありませんけれども、前向きでこれを改正する、よりよくしようというお考えのもとに、御検討を一つお願いいたしたいと思うわけであります。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 御質問ではなかったようでありますが、生活保護の基準と申しますか、これはやはりそのとき、その時代によって国民生活の状況から出てくるものじゃないかと思うのであります。先般も申しましたように、私どもは生活保護の基準を国民生活の上昇に伴ってだんだん上げて参りたい、そしていわゆる健康にして文化的な生活ということに少なくとも近づけて参りたい、そこまで持っていきたいという目標のもとに、これから仕事をさしていただきたいと思っておるわけであります。そういう方向からものを考えます場合に、今あなたのおっしゃいましたような気持でやっていかなくてはならぬということは当然のことじゃないかと思うのでございます。たとえば仏壇が一つある、仏壇まで売ってやれというのは少しいけないんじゃないか、こういうふうな気持もあります。さりとて財産はないかもしれないけれども、広大な邸宅に住んでいるというふうな場合には、おのずからまた考え方も出てくるだろうと思います。これは一般国民生活との対比において考えられなければならぬ点も多々あると思うのでありますが、気持の上においては先ほど申しました通りであります。現在の運用がどうであるかというようなことについても、なお一つゆっくり私も話を聞きまして、もしまだ運用上改善すべき点があるといたしますならば、これを改善するにやぶさかではない。制度の問題はまた一つ慎重に検討さしていただきたいと思います。

大石武一自由民主党

○大石委員 今の八木君の質問に関連して伺いたいのですが、八木君は非常なヒューマニズムからりっぱな発言で、けっこうなことであります。私もその説には賛成でありますが、いろいろなボーダーラインとの関係もありますからむずかしい問題だと思います。ただ一つお聞きしたいことは、技術的な問題ですけれども、生活保護を適用すべきかどうかということは、社会福祉主事が見てきめるわけですね。その場合に、この家が該当するかしないか、社会福祉主事が個人で判断してきめるのか。当然で、個人で判断してすぐきまる場合もありましょうけれども、たとえば財産がある、それを売ったならばある程度一カ月や二カ月しのげるだろうけれども、そのかわりその次の生活の手段がなくなるというような場合に、非常に判断がむずかしいと思う。そういう判断をする場合に、アメリカの映画とか、アメリカへ行ってみた場合に、よくみんなが集まってグループを作って相談をして判断するということがあるようですけれども、日本ではやはりお互いのそういう関係の人が集まって、お互いにヒューマニスチックな立場からそういうことを判断するのかどうか。どういう機構になっておりますか、そこをちょっと伺いたいと思います。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 お話のように、保護の要件を具備しておるかどうか、あるいはどの程度の保護をやったらいいのか、さらにまたできるだけ今後の指導によって自立更生させるにはどういうふうに持っていくか、これはやはり最初からきめていかなければならぬ。その場合に、やはり個人だけでやるということについては、そういうことはありますまいけれども、場合によっては問題もなしとしないというようなことから、これが決定につきましては慎重にやる。今の保護の実施機関は福祉事務所長ということになっております。当然その下に福祉主事がそれぞれ担当してやっております。その連中が集まって、そしてそこできめる。もちろんそのほかに御承知のように、そういう方々の地域には民生委員とかあるいは児童委員とか、そういうような人たちがおりまして、ふだんから大体そういう方についてはそういう人たちがある程度の配慮をしてあげているというケースが非常に多いわけであります。また病気の場合でございますればお医者さん、やはりそういう人々の意見をできるだけ参考に取り入れまして、そしてみんなが集まってそれをきめる、こういうふうにいたしておる次第でございます。

大石武一自由民主党

○大石委員 今の御答弁の中にありましたが、実は私も一つそういう例にぶつかっているのです。私の郷里のある農家で、田が一町足らずでどうやらこうやら生活をしている百姓があるのですが、その弟が結核で長いこと入院しておった。ところが療養費に非常な苦痛を感ずるわけです。兄貴が田が一町あるので生活保護法が適用できないというので、兄貴の家族そのものも非常に苦しんでいる場合がある。そういう話を聞きまして、私は郡の福祉事務所長に手紙をやったのです。何とかならないか。それは基準に合わないだろうけれども、何とかそこのところを、弟のために兄貴の家庭を破壊するようなことがなくて済むようなことはなかろうかと手紙をやったことがあります。返事は、兄貴が田を一町持っておるから全然基準には合いませんから考慮の余地はございませんというそっけない返事がきた。そういうことがある。でありますから、やはりそういう場合には、郡の福祉事務所長といえば相当の立場でありましょうけれども、その仲間だけで検討したらいいか、さらにもっと高い見地から判断し得るような、解決を出し得るような能力のある人が加わって検討したらいいか、そこのところを、やはりいろいろ今後とも検討の余地があると思いますから、そういう方に検討していただいて、できるだけあたたかい法の運用をしてもらいたいということをお願いしたいのです。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 今の厚生大臣の御答弁で大体けっこうでございますが、現在でもそういうことで法律の狭いワク内で一生懸命行政的に運用していると思いますけれども、そういうことで実態的に適用すべきところが、やはりほんとうの状態より締まっておりますので、できる限りそれをあたたかい配慮でできるように、一つ厚生省として末端の行政官にそういう指令をしていただきたいと思いますが、それについて……。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 現実の運営がどういうふうになっておりますか、よく私も検討いたしたいと思います。心持につきましては、これまでもそれぞれ指導もしておることと思いますが、指導上一つ遺憾のないようにいたしたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 その次に第四条の二項に移りまして、今の大石さんの質問に少し似たような、関連のある問題でございますが、第四条の二項では扶養義務規定が優先して行なわれることになっているわけであります。これが、令法の運用上非常にまずいことが方々に起こるわけです。一番普通に起こるちょっとした例でいきますと、大阪の人が非常に生活に困って保護の申請をするというときに、二親等の者が北海道にいる。また東京で保護を受けようとする人のときに、兄弟が九州にいるというようなことがあって、扶養義務優先ということがあるために適用がなかなかうまくいかないことがあるわけです。今まで日本の家族生活で見れば、兄弟は兄弟の困ったときに見るということが普通であろうかと思います。また今もそういう状態にございますから、そういう場合にはほとんど保護の申請がこないで、兄が弟を助ける、あるいは弟が姉を助けるというようなことが起こっていると思うのでございますが、申請を出したようなところはおそらくそういう状態にない。片方の兄弟も、生活保護は受けていないけれども、かつかつの生活をしている。何らかの事情で兄弟とはいいながら親しくない関係にあるということで、実際に扶養能力があるかどうかという問題で調べるまでに時間がかかる。それからまた、お互いに、片方は困っているのに向こうはすぐ返事をしてくれない、片方は自分の方が困っているところにそういうことを押しつけられては困るというような問題で、非常に苦しんでいる人たちに精神的な苦しみも与えなければならないというようなことがあると思う。現在扶養義務を実行しようという人が多いと思いますが、そういう人たちもやはりかつかつの生活をしているときに、突如兄弟の方の一家の貧困の状態のために生活計画がぐんと狂わせられる。たとえばかつかつの生活をしているけれども子供を高等学校に入れたいと思っておった。ところが弟の方の扶養義務を追及されたために、そのかすかな望みも捨ててやらなければならないというような問題も起こるわけです。そう余裕のある家処ではありませんから。そういうことで、この扶養義務規定が生活保護法の一つの重い壁になっているわけです。もっとひどい例を言いますと、私実態を見て、本人から聞いた例でありますが、箱根に脊損の病院があります。そこで聞いた話でありますが、お父さんがほんとうに泣きの涙で話しておられました。私としては、死んでしまった方が子供にとって物質的にはしあわせだ。だけれども、子供はまた親孝行であって、その意味で、からだが動かなくても、精神的な面で子供のしあわせを保つために生きる努力はしなければならない。しかし生きているために物質的、家庭的にはほんとうに子供の望みをなくしているという状態にあるということを話しておられました。これは労災でない脊損の方でありますから、何らの保護がない。それで生活保証だけなんです。これは頸部以下の損傷でございますから、手足が全部動かない。お父さんがそういう状態ですから、そこへ入っておられて、労災でないからそういう保護はきてない、生活保証である。子供さんが非常に親孝行で、非常に活発なんだそうですが、中学校を出てから、働いて一生懸命親孝行しているらしい。ところが、あの子が幾ら働いても、自分が生きている限りはあの子は生活保護以上の生活はできない。一世帯として並べて計算されますから、どんなにあの子が働いても――それはめちゃくちゃに月給が上がれば別ですけれども、中学を出て一生懸命働いている程度ですから、そんなにいきなり月給が倍にも三倍にもなるものではありません。そのほかに弱いお母さんがいる。小さい弟妹がいるということになれば、五人、六人世帯の生活保護基準以上若い身でかせがない限りにおいては、その若い人は生活保護基準以上の生活はできないわけです。ほんとうに自分は最前の努力をしていながら、社会の生産に貢献していながら、それ以上の生活に出られない。それで親としてはたまらぬ気持だろうと思うのです。首をつった方が子供の生活にはいい。ところが子供がほんとうに親孝行であるから、最後までそういうような不自由なからだでも天命を全うしてもらいたいと、子供としては一生懸命親孝行しているわけです。そういうことが、この法律の非常な欠陥から出ているわけです。これで世帯単位の生活保護ということについては、再検討を要すると思うのです。  個人単位の生活保護ということに踏み切らないと、こういうことが起こるわけです。民法の規定もありますけれども、民法に対してこの法律で特別な条文を作ったってかまわないと思う。しかも民法自体も改正の動きがあるわけです。そういう意味で、生活保護法で個人単位に踏み切る。個人単位に踏み切るといっても、夫婦は経済的には一体にしなければならないと思います。それから未成年の子供、これも経済的には親の付属物でありますから、一体にしなければならないと思いますが、成年に達した子供、兄弟はもとよりです、それは別なものとして扱って、残りの年とった親二人、それからその家庭にいれば弟妹、それには生活保護がかからなければならぬ。片一方の方は勤労収入をそのまま自分のものにすることができる。もちろん親孝行の子供でありますから、自分がたとえば九千円とる、生活保護の方では八千円か九千円入る。それでその九千円と九千円が足されて一万八千円で、実際上はその世帯が生活をする。従って、お父さんの方にも少し潤いがくる。息子さんも八千円か九千円を全部自分で使うわけじゃありませんで、今の二千円、三千円の基準をはずれて、四千円くらいの生活をするかもしれぬけれども、その家健では、親孝行な子供でありますから、弟妹にもお母さんにも均霑させて、二千円、三千円という基準ではなしに、子供の働きによって一人当たり三千円以上のややましな生活ができるということになろうかと思います。そのためには、そういう働いている者を別なものにして、残りの夫婦と未成年の子供とを一体として生活保証をする。このように個人単位の方向に向かって法律改正をする必要がある。世帯という概念については多くの法律に関係があって、大きな問題であります。日本の世帯という観念については、いろいろ味のあるものもありましょう。しかし、この生活保護法の関係では非常に欠陥があります。世帯の観念について、すべての法体系を動かすことは重大問題ありますから、また多くの検討は要するかと思いますけれども、この生活保護法の適用に関する限りは、個人単位の方向に踏み切るべきだ。この点について前向きで一つ御答弁を願いたいと思います。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 八木委員はよく御承知の通りでありますが、私どもただいまの法の運営におきまして、前々から御質問にあったようなことは十分心に入れて、また当然今の法律としてもそういうように運営していくべきだというふうに考えております。民法の方では、親は直系血族及び夫婦間はお互いに扶養する義務があるわけであります。しかしその中におきましても夫婦の場合、それから親が未成年の子供を養う場合、こういう場合と、あるいは兄弟がお互いに助け合う場合と、同じ扶養する義務があるといいましても、やはりその度合いというものは、社会の実態から申しましてニュアンスがあってしかるべきだと思います。前者の場合のごとく最後の一わんまでもともにするという関係と、片一方の方ではその人の社会活動がひどいものになり下がってしまうほど犠牲をしいることはいかがであろうかという関係と、両方の関係があると思います。私どももその関係をやはりこの生活保護の運営についても取り入れているつもりであります。生活保証家庭も社会の生活を行なっている一員でございますから、社会生活の実態というもの、現実というものを見比べながら運営して参りませんと、生活保証家庭に対する適用が社会生活の現実とまた離れるようなことになっては、やはりいかがなものであろうかと考えるわけであります。今日の社会生活の実態からいたしますと、八木委員の御指摘のように、夫婦だけあるいは未成年の子だけであって、どこかに働いている子がおってもそれは全然別の考えにしろというふうに、実はまだやっておらないということであります。将来はそういうふうになるかもしれまかせん。そういう方向になりつつあるのかもしれません。しかし今日の現実問題といたしましては、そこまで考えていくことはかえって今日の社会の実態から遊離するのではなかろうかというふうに私ども実は考えておるわけであります。さような点から私どもは生活保護の運営はあくまでも社会の実態というものとなるべく結びつけるような格好でものを考えていくのが至当であろうかと考えておるわけであります。  先ほど一、二例を御提示になりましたが、たとえば兄弟があって、一人が病気しておって一人は遠隔の地にある、あるいはその人が仲が悪い、そういう場合にもさらに追いかけていってどうのこうのということにつきましては、やはり兄弟でございますからある程度扶養し合うということは当然と考えていいと思うのであります。ただしそのためにさほど平素仲よくしておらぬ者がたまたま弟が何か病気になったために、そのとばっちりを受けて片一方の家庭も根こそぎひどくなるというところまでやるべきものではない、さような運営は一切しておりません。また先ほど脊髄損傷のお父さんのお話をされてそのために中学卒の子供さんが全く悲惨な目にあっておる、こういう御例示もありましたけれども、これはほんとうにお気の毒な例だと思います。しかしそういう脊髄損傷で長く病院に入っている人を、やはり親といえども、そのために子供が自分の仕事でもうけたものを一切ささげてしまって、もう自分はほんとうの着の身着のままの生活をしなければならぬ、これは親孝行の美談であるかもしれませんが、今日の社会の実態からいたしましては、はたしてそれは是認されることであろうか、疑問でございます。のみならずその世帯の自立更生という面から考えてみました場合に、今のそういう行き方というものは問題であろう、これは御指摘の通りであります。ただいま私どもはそういう運営はいたしておりません。そういう長期の病気になっている場合においては、その親と子を離して、親は別世帯としてこれを扱って、残りの家族がその犠牲のために永久にうだつの上がらないようなことのないように、それはそれとして、あとは残りの家庭はいち早く自立、更生できるような運営が至当な運営ではないかと思います。先生御指摘のようなことは、私はそういうつもりで運営をしておるわけであります。ただ一ぺんに理想を追うと申しますか、それよりやはり現実を見詰めながらいかなければならぬという点で、実際の運用の問題として私どもは常識のある、社会に納得のいくような運営をするように苦心をしておる段階であります。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 太宰さんの御答弁は、運用の点でそういうふうに努力しておられることは非常にけっこうだと思います。ところが先ほどの脊損の例は私はその親からこれを実際に聞いたのです。そういう実態があるわけであります。社会局としてはそういうつもりで運用しておられようという気持はけっこうですが、末端にいくとそうではなくなるわけです。末端にいくと、この条文を行政官の末端の人はやはり生活保護を研究しているでしょうから、それにははっきりそういうものははずして考えるべきだという、たとえば次官通牒であるとか局長の指示であるとかでそういうことをはっきり言っておればいいですけれども、おらないとやはりそういうことが起こるわけです。厚生省自体で非常にあたたかい配慮をする、事態に即してどんどんやっていかれることは非常にけっこうで、もっとどんどんやっていって浸透するようにされなければならないと思いますが、根本的に法律の基がそうですと、やはりあたたかい考えで考える人と、それから法律の条文でしゃくし定木で考える人が世の中にはいるわけですから、それに該当したときに、その弱い立場にある人はそれに対して文句を言うというようなことはなかなかできません。苦情処理機関なんかもはっきりとしたものがないわけです。ですからそういうことで、担当官がしょっちゅうほかの担当官と会えるというようなこともありませんし、たまたまその人が冷酷な人である、しゃくし定木な人である、それからめんどうくさがり屋であれば、そういうふうにされてしまうわけです。されてしまった当人としては、ちょっとほかのことと違って、たとえばどこかの運動会に招待するのを忘れて、その人が行かれなかったという問題とは違って、それはほんとうの死活の問題になるわけです。ですから行政運用はどんどんしっかりやっていただきたいと思いますが、そのもとを直す必要があろうと思う。行政運用でそうしておられるならば、それがほんとうの政治のやり方だということを、実際に扱っておられる厚生省の方々もそう思っておられるわけだし、また議会でも、こういうことを言ってもヤジも出ない、ヤジはしないようになっておりますが、大体同じような気持で、野党の社会党の方はもちろん、与党の方もそういうような気持で聞いていただいておるように見えますし、世の中の声は全部そうです。そうなると、正しいことができないような法律になっている。それを行政解釈で一生懸命解釈をしてやらなければならない。そういう法律自体が間違っているわけです。今は法律にある。これは仕方ありませんが、法律は直せるわけです。われわれの方も法律を出してもよろしいのですが、直すには政府自体が改正案を出されるのが一番スムーズです。政府自体がそういうことについて非常に消極的であれば、われわれ議員立法で出して政府の怠慢を追及することになるでありましょうけれども、別にそういうようなことで、与党と野党が得だとか損だとか、政府をやっつけたとか何とかいうことは、政治の本筋じゃないわけです。大事なことがスムーズに早くできるということが本筋でありますから、政府みずからそういう検討をなさって、前向きの姿勢でなさって、そして直す提案をなされ、国会が審議して、それをスムーズに早くできるようにしていただきたいと思うわけです。扶養義務の規定について不合理を直す。個人主義に完全に踏み切り得なくても、その方向で――夫婦と未成年の子供あたりは経済的に一体にならざるを得ないでありましょうけれども、それ以外は個人主義の方向に踏み切るというような考え方で、一つ積極的に御検討順いたいと思います。それについての厚生大臣の御意見を伺いたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 八木さんには、おそらく割り切ったお考えがおありになるのじゃなかろうかと思いますが、ただ一現在の日本の社会生活あるいは家庭生活というふうなものの関係において、はっきりした個人主義的なものに割り切る段階であるのかどうかというふうなことは、これはなかなか重要な問題だと考えます。ことに民法との関係等もございますわけでありますから、大体の心持は、先ほど社会局長が申しました――別に打ち合わせて申し上げたわけではない。私も大体社会局長のような心持で法の運用をしてもらいたい、そういうふうな考え方をいたしておる次第でございます。その家庭あるいはその家族間の個々の再応によりまして、いろいろ条件は変わってくるのじゃなかろうかと思いますが、やはり家族相互が助け合うというような気持は、どうも日本の国民生活として、やはり重要な意義を持つものじゃなかろうかと思います。まだ私はっきりした、割り切った考え方にまでは到達いたしませんけれども、しかし、今の日本の国民生活の状況というものがだんだん変化してきておるということは、これはどうもいなめない不実だろうと思う。そういうふうな変化の実態に即応して、法の解釈、適用というふうなことについては、もちろん考えていかなければならぬことは局長の申した通りであります。根本的な法の改正というような問題につきましては、私といたしましては、なお慎重も検討さしていただきたい。しかし、決してうしろ向きに物事を考えるという意味じゃございません。むしろ、時代とともに法というものも変わっていかなくてはならぬ、こういう気持でもって検討さしていただきたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 以上、生活保護法のおもな柱について御質問を申し上げたわけでございますが、なお生活保護法については、いろいろな欠点がたくさんございます。たとえば住宅扶助の扶助金が、ほんとうの実態に合っていないという点があります。ほんとうの住いということは人間の生活の最低の要件ですが、こういう住宅扶助の金額がほんとうの実態に合っていないために、それが衣食の方に食い込んでしまっておるというような点もございます。またいろいろの欠点がたくさんございますが、それは同僚の田邊君が、なおいろいろな問題について御質問になる予定でございますので、この問題は一応これだけにして、また後ほど機会があったら御質問させていただきたいと思いますが、とにかく今申し上げたこと、また同僚議員、与党の議員からも言われるでありましょうが、いろいろな問題点について積極的に検討されて、――あらゆる点で欠点が多いので、このままにして運用ということでは十分動きがつかない。法改正について積極的に検討せられなければなりませんけれども、生活保護の欠陥を画すために法を改正する方向で大いにやる、それも至急に法改正を目ざすというふうな御決意を一つ披瀝願いたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 お述べになりました問題は、生活保護法といたしましても、つまり国の生活保障の制度といたしましても、きわめて重要な問題であります。またお互い国民生活のあり方の上から申しましても、きわめて重要な意義を含んでいる御質問だと思うのであります。至急どうするというふうな返事を求められましても、これはちょっと御返事申し上げにくいわけであります。十分検討させていただきたい、こう考えます。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 十分に御検討になって、できるだけ早く法改正に踏み切られるように、強く要望をいたしておきたいと思います。  それでは次にほかの問題に移らせていただきたいと思いますが、社会保険全般の問題についてお伺いをいたしたいと思います。  社会保険の中に、いろいろの保険制度がございます。国民健康保険、健康保険、日雇労働者保険、船員保険、あらゆる共済組合のものというようなことで、医療保険や所得保障についての社会保険があるわけでございますが、厚生大臣のごあいさつに、社会保障を非常に進めるという言葉が、一番基本として出たようです。それからあとの方で、各種保険、福祉対策を進めるということがございました。ここで社会保障と社会保険という問題の概念が、往々ぐじゃぐじゃに使われるわけであります。私どもの考え方では、社会保障の方が、憲法の条章に示された通り、進めなければならない問題であって、社会保険はその中の一つの形態である。その形態も必ずしも十分な形態ではないと思っておるわけでございますが、それについて厚生大臣のお考えを承りたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 専門的な用語の恩義ということになると、私どももまことにあいまいであります。私の理解しているところでは、おっしゃる通りに、社会保険とかあるいは生活保護とかいうようなものは、いわゆる社会保障の一部をなすものである、かように考えております。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 社会保障の一部をなすといえばなすわけですけれども、社会保険という概念は、社会保障の中の一つであって、それから、必ずしも社会保障の精神に徹底しているとはいえないと思う。社会保障というものは、医療給付にしろ、所得保障にしろ、必要な人に必要な給付がいくということであります。社会保険はその一つの形態としてとらえているわけでございますが、社会保険を二つに分けますと、社会といわれておりますから、幾分保険の形態でありますが、社会保障的にいろいろ組み立てられた部分があるわけでございますが、下の方の保険という言葉は、残念ながら生命保険やなんかの民間保険のような、保険料を納めた度合いによって反対給付を受けるという思想が温存されてあるわけです。社会保険になってもそういう思想が離れ切らない人がいるわけです。問題は、憲法で義務づけられている政府がしなければならないものは社会保障である、社会保険ではない。社会保険で社会保障が完全にできるのなら、それでかまいませんけれども、あくまでも社会保障というものは根本的な目的であって、その手段である社会保険というものにとらわれてはならないと思うのです。それについての厚生大臣のお考えを伺いたい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 私は、社会保険も社会保障の一つの形態である、かように考えておるわけでございます。憲法にいうところの社会保障の理想と申しますか、大きな目標に対して、現在のいわゆる社会保険というものが百パーセントマッチしておるかどうかということになりますれば、いろいろ問題はございましょうけれども、保険という形態でもってやっておることは、やはり社会保障と申してよろしいのじゃなかろうか、こういう考え方をいたしております。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 私ども申し上げたことを、もう一回翫味熟読というわけではございませんが、翫味をしていただきたいと思うのです。社会保険というのは、今の中で、先生は国民健康保険や健康保険を考えておられると思うのですが、全般的にお考えをいただきたいと思うのです。保険という概念の中には、保険料を払った度合いに応じて反対給付を受ける、そういう思想があるわけです。社会保障というものはそうではなしに、健康で文化的な生活を保持するために必要な給付が必要な人に行くという概念でなければならないと思うのです。それは私どもの考え方と同じ考えでいらっしゃると思いますが、それについて御意見を付いたい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 どうも私は勉強が足りませんので、八木委員のお気持にぴったり合う返事になるのかならぬのかよくわかりませんけれども、社会保険でもって保険料を払っていく、しかし私は、その形態において、生活なり医療の、病気なら病気のときにそれが保障せられておるという一つの制度ができた、国もこれに関与するというような形においてそういうふうな一つの保険制度ができたということになれば、これは私はやはり社会保障と申してよろしいのじゃないか、かように考えております。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 それは、厚生一大臣はおもに国民健康保険を中心にして考えておられると思うのです。国民健康保険は非常にまずい点がたくさんあるけれども、その社会保険、社人会保障論から見れば、まずいところはほかよりもやや少ないのです。ほかの、これは厚生省の所管ではありませんけれども失業保険であるとか、あるいは健康保険、これは厚生省の所管ですが、健康保険の中の傷病手当金であるとか、そういうものについては、今言ったような欠陥が非常に多く現われてくるわけです。厚生省の所管の中では、たとえば拠出年金制にはその社会保険的な欠陥が非常に多く現われておる。国民健康保険は内容全体が乏しいですけれども、そういう制度上のその悪味の欠陥は比較的少ない。広くほかのすべての保険制度に通じてお考えをいただきたいと思うのですが、これはほかの省のことでございますが、社会保障の主管庁でありますから、どうせ総合調整その他で、それについての御意見ももちろん言われなければならない立場にありますので、失業保険の例をあげてみたいと思います。  失業保険は、御所管ではありませんが、とにかく失業保険料を払った期間の長い人が、長い期間、失業保険金をもらえるということになっているわけです。それから賃金に応じて保険料が定まっておりますから、賃金に応じた失業保険金がもらえるということになる。そうなると、賃金の少ない人のもらえる失業保険金は少ないわけです。賃金が少ないから保険料を少ししか納めていない、それに基づいて計算をされる失業保険金は少ない。それから首切られてぽんぽんかわる、相当長い期間引き続いて失業保険料を納めておらないと、失業保険金をもらう期間が短いわけです。ところが失業保険というものは、失業したときに失業保険金で生活が確保されるようにできた制度であります。ところが、何回も失業するような、一つの事業場に安定しないような人は長いこと保険料を払っていませんから、そういう人は短い期間しかもらえない。そういう人に限って足が悪いとか、学校を出ていないとか、からだがそれほど丈夫でないというようなことで就職条件が悪いから、再就職がしにくいわけです。しにくいから失業保険金を長くもらわなければならない。それにもかかわらずその人の失業保険期間はほかの人より短い。それからもう一つ賃金の少ない人は失業保険料をちょっとしか払わないから失業保険金はちょっとしかくれない。そういう人は賃金が少ないから日ごろ蓄積ができない。貯金ができないですから失業保険金が少なければ暮らせない。その人の失業保険金は少ないわけです。そういうことが社会保険主義なのです。払ったものを払った期間に応じて払う。これだけだったら進歩がないわけです。失業保険金で失業期間中の生活を保障するということにはならない。一歩進んだだけで、それだけだったら保険がなくてもあっても大して違いはないということになる。たとえば失業保険、これは労働省所管でありますが、社会保障の大きな一環で、それたとえば賃金六千円の人はその六割しかもらえないが、三千六百円で暮らせというようなことはできない。それはもっと上がらなければならない。ところが、社会保険主義の間違った思想が日本の社会保障を論ずる人の中にまだあるわけです。学者の中にもずいぶん間違った思想の人がいる。それの影響を受けてかどうか、役所の中にも間違った人が多分にまだ蔓延しておるわけです。そのために社会保障が進まないわけです。払える人がもらえるのだったら、これは程度の問題ですが、どうも制度自体をほんとうに考えていない。それならば、とにかくそれだけ長いこと就職している人は、自分で貯金しておればいい。それでまかなえるわけです、そんなことでお茶を濁すなら。そうじゃなくて失業した人が困らぬようにやる。公平、不公平なんという議論をいう人があったらとんでもない間違いです。失業しない人は失業保険金はもらえないわけです。その人の保険料はこちらに回っておるわけです。失業で大きく苦しんでいる人たちにたくさんその失業保険金が回ってもいささかもおかしくない。それがおかしいというならば失業保険自体を無視した意見だ。ところが中途半端な、ちょっと入口にとまっておる。ただそういう失業保険制度があるから失業のときには困りませんよ、社会保障のそういう意味の柱がありますよというのは、弁解事項にすぎないわけです、今の失業保険は。これは、労働大臣に厚生大臣から、お前の方は非常に社会保障についてはなまけておると、しかっていただきたいと思います、直接にわれわれも福永君を追求しますが。厚生省も、とんでもないけしからぬ点もたくさんありまするけれども、この問題に関する限り労働省は非常になまけておる。そういう点が厚生省の方にもあるわけです。厚生省でもそういばれた状態ではないわけです。拠出年金これは年金のときに申し上げますが、あれでも、とにかく保険料が金持ちも貧乏人も同じです。たとえば、日本電器の社長さんでも、ほかの人でも――あの人は年令がそれをこえておるかどうかわかりませんが、社長さんは若いですね、会長さんは年寄りですが。社長さんでもそうじゃない人でも、ほんとうにその日暮らしの人でも同じものをとられる。同じものをとられるから払いにくい。払えないときにはもらえる年金が減るわけです。それについては免除があるとおっしゃる。免除があるとおっしゃるけれども、免除があっても、その免除は年金をふやす要件にはしてくれない。期間的に年金から放り出したにすぎない。強制徴収しないということだけにしかすぎない。年がら年じゅう口をすっぱくして申し上げて、これについて政府側でも考えのある方は考えられて幾分前進をされるきざしが見えておることは非常にけっこうですが、この間の新聞発表なんか。そういうような点があるわけです。とにかく年金の保険料を払えないような人が年寄りになったならば一番年金がほしいわけです。必要なわけです。その人に年金が来なかったり少なくなる。遊んでおっても平気な松下電器の社長さんのような人は、国庫負担までついたものをほかにも全部あるわけです。たとえば健康保険の中の傷病手当金、これは標準報酬で計算されているわけです。標準報酬の少ない低賃金労働者は、結局傷病手当金をもらう額が少ないわけです。ところが、その人たちこそ多くしなければならないわけです。そういう点がずいぶんあるわけです。たとえば日雇労働者健康保険は保険料が少ないからとか財政が赤だからとかいって、日雇労働者の傷病手当金は、この間ふやしたけれども、わずか二十二日で切れてしまう。ほかの人はもっと何カ月も続く。そういうような点があるわけです。これは制度が違うからとおっしゃるかもしれませんけれども、そうじゃない。労働者は労働者で一体の保険にするのがあたりまえなのに、わざわざ違えて、貧乏な労働者を一つにするから赤が出るのはあたりまえだ。金持ちの労働者だけを組合管掌にしている。片方は赤になって、片方は黒になるのはあたりまえだ。一体にすれば、こっちからこっちに回っていく。一体にできなければ、国庫負担をこっちにうんとつぎ込んで調整をして、同じような給付にしなければならない。そういう点で非常にまずいわけです。ですから、社会保険主義というのは間違いであります。ただ、今社会保険として行なわれているのを全部否定するわけではないけれども、その社会保険主義の間違いを、憲法でやらなければならないとされている、厚生大臣の義務とされている、ほんとうの意味の社会保障の方向に向ける。社会保険だからこれはできないというような、憲法を無視するような、制度を無視するようなインチキな議論は断じて排除してあらゆるものを社会保障的に変えていくというふうにならなければならないと思う。その意味で、社会保険という言葉は、これは非常にまずい言葉です。ごあいさつの中に、最初に社会保障をうたってある。ところが社会保険あるいは福祉対策について尽力すると書いてある。これは事務当局が書いたに違いありません。事務当局が書いた中に、表に社会保障という大旆をかざしながら、裏で社会保険的な運用をやろうという考え方があるわけです。事務局がいかに練達であっても、物事は猛烈によく知っていますけれども、これは大蔵省がこわいのかどうか知らぬけれども、なかなか社会保障的に変えていく勇気は十分ではない。その勇気の部分、推進の部分を受け持たれるのが厚生大臣である。ほかのすべての面についても受け持っていただいてけっこうでありますが、どんな偉い人でも時間に限りがありますから、一番本元の、社会保険主義を社会保障主義の方に一ぺんには変えられなくても、そっちの方に変えていくという考え方でいろいろな問題を進めていただきたいと思うわけであります。それについてのお考えを伺いたい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 国民生活を保障していくという意味における憲法の社会保障ということは、これはわれわれの政治の目標でなければならぬと思います。ただ現実に行なわれている制度をこの目標、理想に照らして考えますと、これはもう欠陥だらけであると申し上げてもよろしいかと思います。政府の当局として欠陥だらけという言葉在あるいわゆる社会保障という中に含まれておる諸制度について、先ほど生活保護法についても八木さんから御指摘がありましたが、健康保険についても同じようなことが言えるのじゃないかと思います。国民健康保険についてもまだなすべきことがたくさんある。失業保険については今おっしゃった通り。そういうふうに、われわれの理想といいますか、目標という点から考えますれば、是正を要する点がたくさん残っているということもこれは認めざるを行ないと思います。従ってこれからの私どもの努力はどういう段取りで、どういう順序でやっていくかという問題もございましょう。同時にまた、どういうふうに内容的に持っていったらよろしいのかという問題もございましょう。これらはいずれも今具体的にどうとかこうとかいうような結論を簡単に出せる問題でもないと思いますけれども、しかし政府としましてはやはり現在の諸制度について、その体系の上にあるいはその内容の上において、いわゆる社会保障といいますか国民全体の健康で文化的な生活が保障される状態に近づけていくという努力をしなければならぬということは、当然のことだと思うのであります。気持ちはそうなんです。実際は、現実制度の問題として考えました場合には、そこにいろいろな制約が出てくるわけでありますので、一朝一夕にはなかなかできる問題とは思いませんけれども、われわれも勉強し、また政府の関係の諸機関にも勉強してもらい、また皆様方の御意見等も十分伺いまして、これもいわゆる前向きの姿勢でもって進んでいきたいという気持を申し上げて、お答えとさしていただきたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 そういうことで、私どもの申し上げたことを御理解いただいての御答弁でいいと思いますので、どうか一つがんばっていただきたいと思います。  今度はちょっと角度が変わりますけれども、医療保障の問題で、一ぺんにはなかなかいかないかもしれませんが、問題点は二つ三つあります。給付が、国民健康保険の例にありますように、一家の中心人物であって結核、精神の場合には七割給付ということになりましたけれども、そのほかは大体五割水準である。地方庁の条例で違っているところもありますが、大体そういう水準である。そういうものであってはほんとうの医療保障ではない。給付水準については、あくまでも将来において全部、十割までいかなければ、これはほんとうの医療保障ではない。例をあげますまでもなく、国民健康保険が完全に全国に皆保険になりましても、たとえばいきなり非常に大事な胃腸の手術をする、五万円かかるというときに、二万五千円を調達しなければ手術を受けられない、また高利で借りて手術を受けても、あと家庭経済が破壊するということであれば、これは十分なものではないと思います。十割給付ということは金がかかるから一ぺんにはなかなかいかないと思いますが、十割給付という方向で、本人負担がなく、とにかく金がなくても病気を完全になおしてもらえる方向、それからもう一つ、その病気をなおす方向が最新の技術を使って一番完全な方向でなおしてもらえる、さらにその予防がやってもらえる、後保証がやってもらえるという方向に進まなければならぬと思います。政府としてはすぐできる問題でもないと思いますが、とにかくそういう方向へ完全にいかなければならないと思いますが、それについて概括的な御答弁を願いたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 医療保障を例にとってのお話であったと思います。医療保障をどういうふうにやっていくか、現在の各医療保険関係の間にもアンバランスがずいぶんあるわけであります。その辺をこれからどういうふうに是正していくか、あるいはどの程度の医療保障をやるのが一番よろしいかという問題は大きな研究課題だろうと思うのであります。しかし現在の国民健康保険の状況から申しますと、この程度で満足すべきものでないということは、もう申し上げるまでもない事実じゃなかろうかと私は思うのであります。問題を一挙に解決するということは、今の御指摘にも御同情のあるお言葉があったと思うのでありますが、なかなか困難だと思いますけれども、私は逐次やはり国民健康保険の医療に対する内容の改善あるいはまた給付率の改善ということについては努力して参りたい。来年度の予算等においても多少はそういう方向にも一つ触れてみたいということで、せっかく検討いたしておるところであります。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 大臣は何か非常に警戒をして御答弁になっていらっしゃいますが、とにかく方向として全部十割給付に、これはいつなるかは別として、なった方がいいと思いますが、どうですか。それからもう一つは、すべての治療が質的に最新のものが確保される道を進めるべきであると思うが、どうでございましょうかということです。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 必要な給付が十分に行なわれるという方向に向かって進むということについては何も議論の余地はないと思います。ただこれをどの程度までやっていくかというような問題につきましては、あるいはなお検討をする余地があるのじゃなかろうか。これは私、率直に考えるのでありますが、そういうふうな気持が幾らかございます。これらの問題についてはなお  一つよく検討さしていただきたいと思います。もちろん必要な医療が受けられない状態に置いておくという性質のものじゃございません。必要なだけのものはやっていくという考えのもとに進んでいかなければいけませんが、一つの制度上の考え方としまして、一〇〇%給付がいいのかあるいは九五%給付がいいのかということになりますと、いろいろ議論の余地もまだあるのじゃなかろうか、多少私も疑問を持っているわけなんです。決してあなたのお気持と反対の意味で申し上げているわけじゃございませんが、制度として立てる場合にどうあるのがいいのか、今のままでいいのかという多少の疑問もありますから、その点を率直に申し上げるわけでございますが、そういうような問題についてなおよく検討させていただきまして、少なくとも現在のようなレベルからはもちろん引き上げていく方向に向かって努力して参りたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 この点は不満足でありますが、今おっしゃったように一〇〇%がいいか九五%がいいか、給付率を非常に高めなければならないというお気持は確かにおありになると思う。ごく一部の、一部負担が必要であるかどうかという点についてまだお考えが定まっておられない。これは後ほどの機会で一部負担の問題については私どもの見解を申し上げたいと思いますが、これは断じてちょっとでも残すべきではないと思う。これは一つそういう気持を持っていることをお心にとめていただいて御検討いただきたいと思います。なお別の機会を得て私もその根拠を申し上げたいと思います。  次に、具体的な問題に一つ触れたいと思います。健康保険とか厚生年金保険とかいうものにつきまして、五人未満の事業所の労働者にも保険を適用すべきだと思うわけでありますが、これについて厚生大臣は本会議の席上で、私どもから見ればはなはだ不満足な、方向の違った御答弁をなさいました。だけれども、ここで私はお願いをしておきたいのですが、厚生大臣が一回そこでおっしゃったからといって、私どもから考えてみたら間違った方向を固執していただいては困ると思うのです。私どもは前におっしゃったことをよい方向に変えられたからといって、断じてあげ足はとりません。そうしなければ、悪い方向のまま突っ走られては困りますから。あれは非常な間違いであります。あれについては多賀谷君だと思いますが、質問通告があったから事務局が書いたのだと思う。厚生大臣はそれまで深くお考えにならないで、事務局が書いたのを大体踏襲されて御答弁になったのじゃないかと思う。これは非常な間違いだと思う。おもに健康保険の例で申し上げたいと思うが、健康保険は五人以上の事業所に適用される。五人未満の方は国民健康保険である。御承知の通り労働者本人にとっては健康保険は十割給付であります。もう一つ使用主負担があります。ですから保険料負担についても、その該当者にとっては健康保険労働者の方がいいわけです。特に病気になったときには十割給付と五割給付は非常な違いがあります。その人たちは非常に貧しい労働者であります。五人、六人の事業所の労働者に健康保険が保障されているのに、四人以下の労働者はより以上の保障をされなければならないのに、国民健康保険として放置されるとういことはゆゆしき問題だと思う。それに対しては今までの各厚生大臣に対して追及しても、その御答弁はいわく捕捉困難であるということに尽きているわけであります。また与党の方の意見の中には、零細な企業者の中には使用主負担の保険料負担が困難である向きがあるのではないかということがあります。その二点です。あとの点は解決の方法を与野党とも考えたならば、政府が一生懸命考えたならば見つかるはずであります。捕捉が困難であるとということは非常な怠慢であります。困難ではありません。労働省には全部健康保険というものが適用になるということが浸透すれば、すべての労働者はどんな小さな事業所で働いても自分には健康保険があるのじゃないかということに気がつくと思います。ところが一部ないところがある。あるから極端な場合には、六人、七人の事業所でも、事業所の経営者が頑迷固陋でけしからぬ人である場合には、隣の四人のところにないのをつかまえて、隣にないのにうちもないのはあたりまえじゃないかと言われれば、こういう制度について知らないから親方に強い反駁ができない。おとなし過ぎる労働者を押えつけて、健康保険をやらない。強制適用である五人以上の事業所にも抜けがたくさんある。そういうところの人は全部健康保険があるということが浸透しておらないから、全部すれば五人以上の抜けなんかなくなる。全部しないことによって、その中でこれが五人以上であるか五人未満であるか分けて探すから探しにくい。事業所と称するものは、全部健康保険があることになれば、量はふえても事務的に楽になる。そういうことを一つも考えないで、ただ事業所の捕捉が困難であるというようなことで逃げ切っておる。実に怠慢きわまると思うのです。灘尾さんや森田さんは御就任になってわずかでありますから、お二人には関係はありませんが、ほかの厚生省の諸君は、この点については非常な責任がある。あのときの御答弁は私は間違っておったと思う。ああいうことでなしに、労働者について、五人未満の事業所にも健康保険あるいは厚生年金、そういうものを適用する方向を示していただきたいと思う。それについて御答弁願います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 ただいま八木さんの御質問の中にもございましたが、従業員の五人未満の事業所に対する健康保険の適用関係、五人未満の事業所に書かれておるものにつきましては、いわゆる任意包括加入という道があることは皆さん御承知の通りであります。一般的にいって従来厚生省が捕捉困難であるとか、あるいは御趣旨にもありましたが、事業主負担の問題もございましょう。そういうふうなことでもってむずかしいということを始終申し上げて参ったように私も聞いておるのであります。長年そういうふうに言って参っておりますのには、相当の理由があって言っておることだと私は思うのであります。ただ卒然として考えれば、同じように人に使われておりながら、五人以上のところにおる人は健康保険、そして四人以下の人はそれと条件の違う国民健康保険というようなことは、いかにも公正を失しておると考えられぬでもない。実質的に申せば、八木や先生のおっしゃることはごもっともの点があると私は思います。ただ、今までのお断わりと申しますか、消極的な態度は、主として行政的といいますか、事務的な観点からの考え方に立っておるものだと思うのであります。制度の立て方等を考えます場合に、ある程度実質的には不満足な点がありましても、実際上の問題としてこの辺はごかんべん願わなくてはならぬという場合も必ずしもないとは申せないのでありますが、今仰せになりましたようなことにつきましては、ここで私直ちにどうするということを申し上げるだけの実は勇気もございませんけれども、八木さんの御熱心な御主張でございますので、私もなおよく考えさしていただきたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 本会議の間違った御答弁を再確認されなかったことは非常にけっこうだと思います。ああいう御答弁にとらわれずに、一ついい意味で進めていただきたいと思いますが、厚生省が今まで五人未満について困難であるということについて、それ相当の理由があったかもしれないという、行政府の長官としての御配慮があって御答弁があるわけでありますが、ずっとそれで問題が進んでこなかった。厚生省の方は結局事務的に困難であるということが大きな理由であります。事務的に困難なことを解決するのが行政府としての任務であろうと思う。困難だ、困難だと言いながら十年ほど放置しておるというのはほんとうに怠慢なことであると思う。こういう問題については、部下をかわいがられるお気持はわかりますが、間違ったものは正さなければほんとうに部下をかわいがることにはなりません。間違ったことについては強力な御指示をなさって、どうやったらできるのかということについて強力な方針を立てるように、また指示をなさる必要があろうかと思う。やってやれないことはないわけです。五人以上にやれているのに五人未満にやれないということはない。ことに問題は、五人未満の労働者にとって最も必要なことがやられてない。むしろ逆であったならばわれわれはこんなに申しません。五人未満にあって五人以上にないというならば、申し上げる量は減るのでありましょう。声の大きさも半分に減るでありましょう。一番肝心なところにやられてない。組合管掌の労働者の諸君に健康保険がなくて五人未満にあるのであったら、これほど私はいきまいて申しません。一番大切なところにない。それがただ事務的に困難であるのなら、それを直すのが行政官の責任であります。自分の無能をさらしておるわけであります。厚生省の連中は相当有能なのです。有能でありながら、この点については非常に無能である。それは無能であるんじゃなしに、やる気がない。健康保険なんかの金のことばかり考えておる。こういうところの労働者諸君の保険料は少ないことです。ですから、賃金が少ないから標準報酬も少ない。だからここの部分は赤が出ます。病気になるのは、人よりよけい栄養状態が悪いし、非常な重労働をしているから、病気になる率は多い。保険料収入は一定率をかければ少ない。だから保険財政という観点から見れば、まことに厄介きわまる対象者である。ところがほんうの医療保障、社会保障という観点から見れば、最も重点を置かるべき厚生省の保険行政は金からきている。国民のほんとうに、医療を必要とする人に、完全な意味の金の心配をさせずに医療をする精神に欠けている。政府管掌は健康保険の経営者の観念だ。商売人になっているわけです。国家の、ほんとうの国民のための公務員ではない。健康保険に関する限り健康保険の経営者、そこの重役みたいな考え方でいる連中がいるわけです。そういう考え方があるから、あれだけの能力のあるお役人がたくさんいて、事務的に困難だといって解決できないはずがないのに、事務的な困難困難と言って何年も放置しておる。重大な怠慢である。ですから大臣と政務次官は厳重にこれを正されて、直ちに五人未満の事業所に健康保険なり康生年金が適用される道を開かれる必要がある。それについて一つほんとうに強力な前向きの御答弁を願いたいと思う。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 現在の医療保険に関する制度につきましては、ひとり健康保険だけでなくて、他の保険との関係その他におきましても、ともに調整をし、是正をしなければならぬことも多多あるわけであります。すべての国民が同じような状態のもとに置かれていないという現実がそこにあるわけでございますから、この問題もそのうちの一つだと私は考えるわけであります。厚生省の役人がただ保険屋になったようなつもりでやっているとは私は考えませんけれども、やはりそれにはいろいろの行政上の問題があり、あるいはまたひとり厚生省だけでは済まない問題もあるのじゃないかというふうに考えますので、そこの点については、私並びに政務次官、十分一つ研究さしていただきたいと思います。ここで今どうというふうなことをすぐ返事をしろとおっしゃってもこれは困りますので、勉強させていただきたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 労働省はさっき失業保険で実にけしからぬと申し上げましたけれども、こまかい点ですが、労働省は総体的にけしからぬですが、この五人未満適用については、やや労働省の方が進歩している。事務上の困難を抜かすために事務上の合同的な保険料徴収、納入の事務組合を作ってやるという方向、これもまだ強制適用になっておりませんから不十分で、決してほめられた状態ではありませんけれども、まだまだこの問題についてはやや積極的である。完全に強制的に適用するという方向を作って、事務的な困難については、そのような事務組合を作るというようなことももちろん考えられるでありましょう。そういうことは頭のいい連中だからわかっている。わかっているのですが、どうも厚生省の、みんな変わられますからあれはなんですが、保険局だけではどうもいかぬのです。保険局にいられた方で社会局に来ておられる方もあれば、年金局の方に来ておられる方もある。まだほかはましですが、保険局は伝統的にいかぬ。頭のいい人が保険局に来ると頭が悪くなる。頭を働かせない。保険局からほかに行くととたんに頭を働かせる。これは失礼かもしれませんけれども、どうも保険局というのは意地になって世の中の進歩を食いとめているような感じがあります。それを非常に不満げに見ておられる方もありますので、もし何なら歴史的に御説明申し上げてもいいわけでありますが、健康保険法の赤字問題から黒字問題に移るときに、黒字が目の前に見えているのに、赤字だ赤字だと称して世の中をだまし、すべての内閣をだまかし、社会保障審議会をだまし、古い資料しか出さない。赤字の資料しか出さない。その時点においては黒字になっておる。それで健康保険が赤字だからといって一部負担をふやす、入院費の負担を作る、そういうようなけしからぬことをやった時代がある。これは内閣から社会保障審議会から国会から全部だまかした。その時点は黒字になっている。それを一年前の赤字の資料しか出さない。そういうようなけしからぬ伝統がある。こういうことは直していただかないと困る。今の保険局の担当者はいい意味で変わっておられるかもしれぬけれども、背はそういう非常に間違った歴史がありますので、保険局がどういうふうに言っているかということで、厚生大臣は、この点に関する限りそれに固執されると、日本の政治がまっすぐになる点が逆に曲がってしまうおそれがありますので、その点についてあまり事務局をかわいがられないで、政治の本道に従って指示する、まっすぐさせるために動かすという考え方でやっていただきたい。  それからもう一つ、今の健康保険の五人未満の問題について、厚生大臣は聡明であられますし、政務次官も聡明であられますから十分御承知と思いますが、国民健康保険側から見て、労働者の本人が十割給付である、片一方はそうでないということについて、いろいろの羨望的なうらやましがるようなものがあろうかと思います。しかしながら労働者というものは職場で働いている賃金、月給が唯一の収入であるのでありまして、従って非常に困るわけであります。その人が病気になったときに、賃金が切れた場合に非常に困る。もちろん一般国民もそうであります。十割給付でないとあとの五割の負担にたえ切れない場合がある。総体的に見て、たとえば農家であれば御主人が不幸にして病気になられても奥さんの労働によって農業収入をあげることもできる。お店だったら若い人が病気になられてもおじいさん、おばあさんがたばこを売って収入をあげることができるという、生産手段を持っておられるという違う点があるわけであります。  もう一つ、長い間の労働運動上から沿革を持っている使用主が半分負担をするということがある。そのことによって保険財政が少し豊かになる。従ってそういう十割給付ができやすい状況に先になっているわけであります。これは片一方の方が、労働者自体が病気になったときにはなはだ困るという状態から見て、あってしかるべきものでありますし、また片一方の使用主負担という点からいってできやすい問題である。その意味において当然十割給付というものが現時点においては当然もっとやらなければならない問題であると思う。ただ国民健康保険の給付が同じように十割である。それから健康保険の家族の給付が同じように十割である。これはむしろ望ましいことであって、どんどんやって追いつくことはかまいませんけれども、総合調整その他の点において、ほんとうに必要な、よくなったものにいろんな考え方を打つということは大間違いであります。よくならないものをよくなったものに急送に近づけるという方向で問題を進めていただくべきであって、そういう点で労働者の本人十割給付というものは、断じてこれは貫かなければならない問題であると思う。世の中には幾分わからず屋も形式論者もいますので、そういうような意見に対して、厚生大臣は間違ったそういうためにする意見には惑わされないという決心を持っていただきたい。りっぱなものはりっぱにしておいて、ほかのものをそれに近づける。そういう方向で社会保障というものの前進を考えていただくようにお願いをしたい。それについての御答弁を聞かせていただきたい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 りっぱなものを引き下げていくというような考え方は、もちろん原則としてそういう考え方を持つべきではないことは当然のことであります。お話しになりましたように考えていきたい、かように考えている次第であります。  なお、私のこの間の答弁が間違っておったと抑せでございますが、私は、自分の申し上げたことで、皆さんのいろいろなお話を伺って改善すべき点があれば、もちろん改善するにやぶさかではございません。多少の柔軟性は持っております。一時がんこ一徹と言われましたが、必ずしもそうではございません。その点は一つ御了承願いたいと思います。役所の連中が、頭のいいやつが保険局に行くと頭が悪くなると抑せになりますが、頭のいいのが行って考えたのがああいうことでありますから、やはりそれにはそれ相当のことがあると思います。よく調べさしていただきたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 保険局のことは言葉の行き過ぎで申し過ぎましたけれども、僕の申し上げることは保険局の担当者の方もわかっていると思います。今、われわれの考え方でとるところがあったら、厚生大臣の考え方も変えていかれるのにやぶさかでないというお考えを伺いまして、非常にけっこうだと思います。とにかく、社会保険の五人未満の従業者に適用するという問題につきましては、ほかの委員からも何回も申されると思いますし、私もこれからも申し上げたいと思います。与党の方々も御賛成だと思います。この問題について、今すぐ答弁はあれですが、これは五人以上の労働者と同じように同じ社会保険を適用するという道を進めるように、どうか一つ積極的な御検討を順いたい。その御答弁だけを伺いまして、私の質問は一時中断いたしたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 おざなりの御答弁を申し上げておらないつもりでございます。それで一つ御了承願いたいと思います。

柳谷清三郎自由民主党

○柳谷委員長代理 大原亨君。

大原亨日本社会党

○大原委員 それでは、最初に、今八木委員から御質問がありましたことに関連いたしまして、結核予防法の問題につきまして質問いたします。  国民健康保険が一部改正になりまして、世帯主が精神病患者と結核患者について七割負担をする、それから、結核予防法と精神衛生法の一部が改正になりまして、命令入院の制度ができまして、そしてこの人々に対しましては十割の公費による給付、これが十月一日から実施される。この仕組が前より若干改正になりまして、実績主義に基づいてなされる、こういうのですから、予算を割り付けて、この県に何人何人ということでなしに、そういう実績によってやるということになったわけであります。私どもといたしましては、従来、一貫いたしまして、精神病と結核思考については十割の給付を国が責任を持ってやるならば、結核患者も数年を待たずして激減してくるし、国民健康保険の財政も非常によくなってくる、結核と精神衛生につきましては、個人々々の生活や世帯の実情から見ましても、これは経済的に非常な命取りになりまするから、抜本的な対策を立てるべきである、こういうふうに考えて主張いたして参りました。その点について、一部を取り入れまして、一部改正ということになったわけであります。そこで、十月一日から実施されます際に一つ問題になっておる点がありますので、質問いたしたいと思うのですが、開放性患者が在宅しておる場合に、これに対しまして、結核予防法の一部改正によって命令入院をさせます。そういたしますると、公費で治療を見るということになるわけであります。そういたしますと、現在、国立病院やその他に結核患者として入院いたしまして、非常に長期間の療養で、家計から申しましても非常に苦しい、特に半額負担の場合は苦しい、全額負担の場合でありましても栄養費その他持ち出しでありますが、そういう人々が入院をいたしております。そういう人々に対しまして、命令入院の公費負担の一部改正の趣旨が均霑できるように運営できるものかどうか。私が御質問いたしたい点は、現在入院しておる人に対しまして、均衡上考えましても、手続上、形式論からいうならば、一たんちょっと家へ帰ってから、命令入所の措置をとって再び入ってくれば、今度は命令入所で公費負担ということになるわけです。だから、そういうことをやろうと思えば、法をくぐることになるけれども、法を活用するということにもなる。そういう措置もできるわけですから、現在入所している人が、引き続いて命令入所の措置をとって公費負担してもらいたい、しなければならぬという条件がある、こういう人に対しましては、今回の一部改正の適用がなされるのかどうか、こういう点を一つ結核予防に関連して御打聞いたしたいと思います。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 結論におきましては、在院の者にも適用できる、ただし、本年度の十月からの改正におきましては、それに、全部が全部でなくて、予算措置といたしまして一定のワクを考えております。その場合に、在院中の一部負担の者の中で、明白に非常に低所得であり、これはこれ以上続かない、そして外に出られると推定される者、すなわち生活保護による入院患者で一部負担のある者を最優先的に今の在院の切りかえをやる、こういうようなことを中心にいたしまして減算してありますので、従って、生保の在院一部負担患者の開放患者以外、すなわち、おもなる者は健康保険の被扶養者、それから国保の患者ということになるかと思いますが、これについて無条件ではことしは予定していないということでございまして、従って、今御質問にありましたように、しからば、退院して今度完全に危険な状況になると、公衆衛生上の条件が加わりまして、これはこの法律の目的から入れることになりますので、事実上一日退院という矛盾が起こるわけでございますが、そういうようなことは公衆衛生上十分調査いたしまして、そういうような形式を整えるためにあえてむだな退院をしないで、出れば直ちにそういうふうな状況になると思われる者ならば、これは今の生保でそのまま切りかわる者と見比べまして、できるだけことし許されておる範囲で適用したい、こういう逆用を現在進めておるわけであります。

大原亨日本社会党

○大原委員 この法律は、運営いかんによりましては、非常に実情に適した、あるいは健康保険財政にも大きな影響のある問題であって、ある意味においては非常に前向きの改正だと思うのです。御答弁は大まかに言って了承できるのですが、しかし、あなたの御答弁のように、本年は予算を割り当ててあるのだから、割り当てた予算の範囲内において県は二割の負担についての予算を組め、こういうきつい指導をいたしますと、今までと同じようにワクの中で法律の運営をすることになって、改正の趣旨が実らないということになる。だから、結核になりましたならば、長期の療養で、特に世帯主等がなりましたならばその世帯に対して致命的な打撃を与えるのですから、その際にはそういう実情も考えて、開放性の人が出てくるという条件は――出たいという気持はいつでもあるのですから、そういう人々に対しましても当然公平な措置をとって、実情にく合うような命令入所の措置がとれるような、そういう原則の上に、生活保護による医療扶助の限界だけでなしにボーダー・ライン層を含むという意味もあるのですから、そういう人も含めて全額負担、一部負担の措置をする、そういう建前で法律はできていますから、予算を割り付けるということは私は間違いだと思う。これは、この間私が古井厚生大臣の答弁を求めたときに、もし予算が足りなくなったら予備費から出す、追加予算を請求いたします、こう言って説明しているわけです。そういう建前でなければこの法の長所を発揮して十全の運営はできない、そういうことですから、私は本年度の措置として一応は割り付けられておるとしても、実績主義ですから、これはたとえば義務教育費国庫負担法と同じで、出した金額を実績に基づいて精算をしていく、それは国が八割について責任を持つという制度ですから、その制度を明確に生かしていって、そしてこの法律をどんどん活用して、究極には結核と精神衛生については国が負担をしていくという制度に改正をしていく、そういう心がまえをもってやっていただきたいと思うのです。これは政治的な問題でもありますから、大臣から御答弁いただきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 御質問の御趣旨に沿ってやって参りたいと思っております。

大原亨日本社会党

○大原委員 その次に原爆被爆者の医療法の問題につきまして、三、四の点について御質問いたしたいと思います。  その前に、現在の池田総理大臣も広島でありますし、灘尾厚生大臣も広島であります。この問題は今までいろいろと社会問題にもなって参りましたし、いい機会であると私どもは非常に期待を持っておるわけであります。池田総理にいたしましても、あるいは灘尾厚生大臣といたしましても、中山元厚生大臣にいたしましも、古井厚生大臣にいたしましても、渡邊厚生大臣にいたしましても、広島の原爆病院とか、あるいは被害の実情、生活の実情等を御視察になりましたならば、どの人も今のままではひどい、これはもうだれもが言う。具体的な問題は大臣は十分御承知でありますし、事務当局の皆さん方も、しばしば質問いたしておりまするから承知いたしておられると思うので、私は今日くどくどは申し上げませんけれども、このままではいけない、こういうことであります。それでそういう被爆者の保証、こういう問題について政策としてどうして具体化するかということになりますと、いろいろな問題があることは御承知の通りです。  そこで私はこの問題で三、四の点について御質問いたしたいと思うのですが、その第一の問題は、現在昭和三十二年に法律を施行いたしまして三十五年に改正しました医療法があるわけでありますが、原爆の治療の面においては相当の前進があったわけであります。この点はだれも認めておる点であります。私どもはやはり社会保障が十全に完備をしてくるまでは、そういう特別法をもって、とにかく優先的に扱うべき問題については、一つの社会問題を解決するためにどんどん優先的にやっていく、こういう建前で考えておるわけですけれども、そういう点では被爆者に対する医療法の実施というものは非常に画期的な意味を持っておると思うのです。昭和三十五年の医療法の改正を回顧いたしまして、今日現状におけるそういう実績に基づきまして、予算の問題等に触れていただいて現状をお話しいただきたいと思います。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 三十二年以来の当初のいわゆるほんとうの意味の原爆症状を持つ原爆症患者、これは現在まで四千五百名に治療を施しまして、現在続行中でございます。それから三十五年の改正以後、いわゆる特別被爆者の一般医療でございますが、これはそれぞれ特別被爆者手帳の交付という切りかえ措置が必要でございまして、これをある時間かけまして実施いたしまして、現在までこれを総計いたしまして約八万七千名の特別被爆者として治療を開始いたしまして、現在まだ約一年半でございますので、途中でございます。ただしこれは当初の三十二年以来の本物の原爆症の医療と違いまして、特別被爆者は一生にわたりまして今度の恩典が保障されたわけでございます。従って、すでに認定を受けて治療を開始した者は、同時にこれは先に生存する限り、これが保障になっております。こういう形であります。これらの治療によりまして、本来の特別被爆者はもちろん、非常に重傷な疾患にありましては相当な死亡者も出しましたが、それぞれ良好な転帰を見まして、治療を終結して、この原爆症患者の対象期間が切れまして、同時に特別被爆者の身分といたしましてその他の疾病の治療を受けておる者が大多数であります。従いまして、当初の三十二年の原爆医療法による効果というものは、それ以前と比べまして非常な効果を上げておるということが申し上げられるわけであります。  特別被爆者に対する治療の内容を見ますと、一年半の過去の実績では、相当程度医療内容が、家族その他におきましても、ほぼ健康保険の被保険者程度の医療頻度というものが認められます。従いまして、医療事故というものは平均いたしまして一般の被爆者よりも多いということがうかがわれる。それからその内容につきましても、一番放射能と関係のある血液疾患あるいは肝臓疾患というような俗に臓器疾患、こういうふうなものが一般の被爆者と比べまして非常に高率であるということから、やはりこの制度が放射能と関連いたしまして相当有効であり、なかったことを考えますと、寿命の延長なりあるいは犠牲の救済ということに非常に役立っておる、こういう実績になっております。  予算につきましては、御承知の通り本年度当初予算で組みましたものが、ただいま言いましたような治療の進展によりまして非常に不足いたしましたので、先般予備費の支出をお願いいたしまして、当初七千数百万円でありましたものが、予備費を合わせまして約四億近くの予算になりました。これで本年度は十分と思いますので、そういう前提に基づいて必要な治療を続行中でございます。こういう現状であります。

大原亨日本社会党

○大原委員 ことしの二月でありましたか、予算委員会の分科会でも古井厚生大臣に対しましていろいろと要請をいたしました。公衆衛生局長からもいろいろ御答弁があったのですが、その後もずっと懸案事項として御研究いただいておりましたけれども、各方面の御努力があったわけですが、二キロ以内というふうないわゆる特別被爆者を限定をいたしております。もちろん二キロ以内でありましても八万数千人の人々がこれによって恩恵を受けるわけですけれども、実際には範囲の狭い四千五百名の認定被爆者を分析いたしてみますと、数字に若干の違いがあるかもしれませんけれども、大体四割以上が二キロ以外で、残留放射能その他の被爆者である、こういうふうにいわれておるわけであります。そういう問題を含めましてやはり改正の努力をやってもらいたいということは、各方面の一致した要望でございますけれども、予算編成期でございますが、それに対する今日の段階における厚生省といたしましての態度あるいはその内容、どういうふうにこのワクを広げていって、実情に沿うようにして、少なくとも医療の面においては一応の――まだたくさん欠陥はあります。たとえば国民健康保険でありましたら、保険で支払った半ばを払うということは、精神衛生法、結核予防法の全額国庫負担の建前からいいいましても問題があるわけですが、それはあとで論議するといたしまして、一応医療法としては一つの段階にくる、こういうふうに思うわけであります。そこで、現状と予算折衝される厚生省の基本的な態度、内容等につきまして一わたり御答弁を願いたい。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 現在の特別被爆者の範囲の拡大につきましては、現行のまま押えるということは骨で、ある程度の拡大が必要であろうというようなある程度のデータが今まで集まったわけでございますが、最終的に具体的な内容としてどういうところまで拡大するか、またどういう質の者を拡大の対象にするかという点につきましては、今来年度予算の編成中でございますので、既存のデータも集め、さらに医療審議会等の関係機関の知恵も拝借いたし、検討の途中でございまして、まだ最終的には決定をいたしておりません。ただ、拡大がある程度必要であろうという線で、ただいま作業中でございます。

大原亨日本社会党

○大原委員 これは大臣から御答弁いただきたいのですが、事務的な段階についてはお話があった通りなんですが、特別被爆者の取り扱いを――とにかく被爆をいたしました人については、自分で健康上いろいろな問題について危惧を持っておるわけでありまするし、原爆症というものが科学的にはっきりわかっておるということの、断定はできないわけでありますから、治療をしながら研究をしていく、そういう部面がこの被爆者医療法では非常に重視をされておるわけであります。従って、この法律は出過ぎておる法律だといって、他の局の皆さんから批判があり、他の局や大蔵省なんかから文句があるということを言うそうでありますが、これは絶対にそうではないのであります。これが大臣が十分御理解されているところでありますが、二キロ以上にワクを拡大をしていくという特別被爆者の問題、この問題につきまして、大臣といたしましての現在の段階における御決意をお聞かせいただきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 大原さんも御指摘になりましたように、お互いに広島を郷土とする者といたしまして、この問題については格別関心を寄せておるわけでございます。また、実情等につきましても、しばしば伺っておるところでございます。思いはおそらく同じだろうと思うわけでございますが、ただいまお尋ねになりました原爆被爆者の範囲。私は現在の状況から考えまして、専門的にいろいろ検討もしてもらっておるわけでございますが、私としては、現在二キロの制限というものがある、この二キロの制限では十分ではないのじゃないか、もっとこれを拡大する必要があるのじゃないかというので、拡大する方向において、いろいろ検討をしてもらっておるわけでございます。どの程度に拡大するかということについては、ただいま局長がお答えいたしましたように、まだはっきりしたことを申し上げる段階ではございませんけれども、少なくともある程度の拡大はしたいということで目下進めて参っておるところでございます。さよう御了承願いたいと思います。

大原亨日本社会党

○大原委員 この点は厚生大臣の御答弁に信頼をいたしたいと思うのですが、この医療法につきましては、先ほど申し上げたような若干の問題がありますが、これが皆さんが望んでおった最低の目標の実現だと思うわけです。今回やはりあらゆる条件におきまして最もいい機会である。その点につきましては、一つ厚生大臣の方で非常に重大な問題といたしまして十分な決意をもって実況をしていただくように、特に希望したいと思うのであります。  これに関連いたしまして、昭和二十年八月六日当時被爆をいたしましたときに、胎内に子供がいた、あるいはその後生まれた、こういう人につきましても、これはいろいろな学説で一定したことはないと思うのですけれども、危惧や不安や、現実に事実がある。そういう胎内等におった人々は、八月六日を基準にいたしまして被爆をしたとか被爆せぬとかいうふうにやりますると、たとえば原爆病院その他におきましてなくなったり、原爆症の発病をいたしました人々もあるわけでありまするが、そういう二十年八月六日当時、あるいはそれ以降において胎内にあって止まれた人につきましても、その母体が被爆者であるというふうな場合においては、これはやはり漏れのないように特別被爆者といたしまして、国が一部責任を持って健康管理をするということが望ましいのではないか、この点は専門的な若干こまかな意見ではありまするが、局長の方からでも御答弁いただきたいと思います。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 当時もうすでに胎児になっておりましたものについては、御承知のように、原爆医療法の二条の四号によりまして、これは原爆症の取り扱いになります。かつ、そのもので認定患者になった場合には、もちろんこれは特別被爆者になるわけでございます。といいますのは、二条四号で、原爆症を起こしたものは同時に特別被爆者になるということになっておりますが、これは他の一号ないし三号のものと同様、決して差別はつけておらないということになっております。問題はやはり先ほどの二キロ以外の問題で、他の被爆者と同じような条件の場合でございますが、これも将来拡大がある程度、いろいろな方向がきまれば同じように考えられる、こう考えております。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 関連。胎児の問題について今御答弁がございましたけれども、そのときに胎児でなくとも、被爆者がその後に妊娠をし出産をした子供で原爆症と完全に思われる状態の人が出ているわけです。阿川弘之さんの小説だったと思いますが、その最後に、有名な小説だったからお読みだと思いますが、その小説の実例になった子供は私の友人の子供なんです。実際に知っているわけでございますが、原爆のときには生まれておらなかった。胎児でもなかった。その後妊娠して出産をしたにもかかわらずそういう例が出ておるわけです。こういう例についても検討されてそういう対処ができるようにお取り計らいを願いたいと思います。それについて……。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 これは放射能による遺伝問題になるわけでございまして、今のところ原爆医療法は、放射能による直接その人間の個体の被害に対する医療という精神です。ときているわけであります。従って、これは今放射能問題の中で日常の落下放射能についても同様なことが二つ大まかに言われているわけでございまして、現実にその人間が受けてから一生の間にどうなるかという問題、それから生殖細胞を通じましてその影響が次の個体にどうなるかという問題でございます。今までのところでは、医療法では、親が受けてその生殖細胞が何か影響を受けている人、将来それがもとになって、生まれる、いわゆる遺伝による子孫、子供のことにつきましては、従来一応範囲外ということができているわけでございますが、ただ、今のような一般の放射能の平和利用の問題でも同様な問題が出て参りますので、これらとにらみ合わして、総括的にそういうことの立証が強く学説でもきまって参りましてやるときには、当然取り上ぐべき問題だ、こう思っております。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 一般的な平和利用でもそういうようなことを積極的に検討されて取り上げていただきたいと思いますが、現にそういう問題が起こっておりますので、現時点の解決としては、やはり父親または母親が広島、長崎というような被爆地におったためにそういう事例が出たものについて、総体的な放射能による障害について一方措置を進めると同時に、それが間に合わない間は、やはり原爆医療法の範囲でやられるような道を開くよう御検討願いたいと思います。それについて……。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 やはり基本は科学的な根拠に立つ問題だと思いますが、原爆医療審議会もございますので、相当こういう問題が出ているということもお諮りして御審議を願いたいと思っております。

大原亨日本社会党

○大原委員 今の点はそれでよろしいと思うのですが、遺伝をするというようなことを誇大に宣伝することもどうかと思うのです。実際上それには適応しない場合に、それでなくても精神病やノイローゼにかかる人もあるので、ここらにも原爆の被害の深さもあるのですが、わかっていないところに不安がある。だから、それを助長するというようなことはどうかと思いますが、しかし、アメリカのポーリングという博士が、日本にも来た人で、国際的に東西を問わず原子物理学者として認められている人ですが、先般のロイター電で、ソビエトの核実験に関連をいたしまして、セシウム一三七の影響は無視できない、遺伝的な問題についても公然と議論をしておるのです。だから、やはり特別被爆者の制度というものは、そういう不安やそういう問題点については、国が責任を持って治療をする、その中においてそういう経験を総括いたしまして研究もしてもらう、こういう建前なんですから、当時被爆をいたしました母体からその後になって止まれて参りましたそういう人々に対しましても、やはり健康管理を十分にする、こういう方針を特にお考えをいただきたいと思うのです。この点につきましては大臣も御理解いただいておると思いますが、そういう点で特に気をつけて審議会その他に研究を委託するようにやっていただきたいと思いますが、大臣一つ簡単に御答弁を願いたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 審議会等を通じまして十分一つ検討さしてみたいと思います。

大原亨日本社会党

○大原委員 それから精密検査なんですが、精密検査の制度を設けたことは非常にいいことだと思うのですが、精密検査の単価は一体幾らなんですか、地域によって差がありますか。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 これは地域によっての差ではなくて、いわゆる委託する場合と、それから直轄機関でやる場合と、こういうふうに差をつけておりますが、今のように委託の場合にはまるまるその中に人件費から一切入っておるという形で、直轄機関の場合にはそういうものは本来の経費に入っておるので、ほんとうの実費という形で区別がございます。それから現在のところ委託の方は千百円ということでございまして、委託でなくて直轄でやる場合には七百六十円でございます。これは、しかし最近の実例によりますと、ケースによりまして、この最高額を押えますと非常に複雑な検査ができないという実例が相当数出て参りましたので、非常に合理的なデータが出ましたので、これを約五割程度値上げするということで今作業をいたしておるわけでございます。

大原亨日本社会党

○大原委員 それは予算の単価としてなんですか、実支給額の最高限ですか。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 一応予算単価でさようになっております。従って、実支給額はそれに応じて上がるはずにはなっておりますけれども、ただこれはあくまで検査でございますから、治療費の場合にはさようなことがありますが、検査でございますので、一応この範囲という最大限にも実際には指導しておるために、これをもっと上げよう、こういうことで今作業中でございます。

大原亨日本社会党

○大原委員 私は医者の専門家でないからわからぬですが、しかし、実際に精密検査をやろうといたしますと、これでは金額は常識から考えて足りないと思うのです。それで千百円を五割上げましても、千六、七百円になりますが、それではやはりほんとうの精密検査はできないと思います。この人は必要であると思えば人間ドックにでも入れてやれるような、そういう精密検査の実情に即したような措置をとることが、やはり放射能の影響の研究をする上において、治療の研究の前進の上において必要である、こう思うわけであります。この点、私は、予算単価をどこに置くかは別といたしまして、これを上げるということと一緒に、実支給額を、たとえば必要に応じては人間ドックまでできるような措置を考えないと、せっかくの精密検査が意味をなさないのじゃないかというふうに思います。、一の点は、私は医者ではないけれども、医者の常識じゃないかと思いますが、いかがでしょう。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 確かに患者個々によりまして被害の程度が違うわけでございますから、人によりましては非常に複雑な検査を全部詳細にやって、初めて診断が決定できるという者も出てきているわけでございます。従いまして、先ほど申し上げましたように、支給額も今のような予算単価で押えられているというような印象で地方団体がやっておる傾向もございますので、今のように条件を多数出しまして、これもただ無分別に開放いたしますと、何でもかでも最初から全部の項目を、しかも手数をかけて詳細のものをやるということになりますと、これも非能率でありますし、ある程度の見当をつけてやるということは、これは医学の専門家から見ても必要でございますので、さらに今まで出ております精密検診の指針を、ただいまの御趣旨のように、こういうような場合にはこうようふうな項目をどしどしやっていいというように有機的にもっと詳細に進歩的に考えよう、こういうことで今作業しております。御趣旨に沿いたい、こう存じております。

大原亨日本社会党

○大原委員 今の点は、必要に応じては人間ドックまで入れて、高度な精密検査ができるような、そういう運営をしていきたい、こういうふうに了解してよろしいですか。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 人間ドックという御趣旨は、要するに精密検診のためのいわゆる入院検査ということが一番中心ではないかと思いますが、最近の人間ドックは、いわゆる通院人間ドックというのがむしろ数がふえてきておりまして、必ずしも入院ではないということになっておるわけでございますが、御趣旨はそうじゃないかと思います。通院でやるものは、今までの精密健康診断でどんな条項につきましても今後指導の内容で今のようなことで進めるように作業中でございますから、これは片づくと思いますが、ただ入院によりましで精密検査をするということになりますと、これはちょっと趣が違いまして、ある程度中身を制限するというと何か消極的に見えますけれども、ほんとうに入院をさして病院の中に何日か置かなければならぬような検査は、だれでもというわけにいきませんから、これはよほど制限的な対象を考えなければならぬかと思います。そのためにさしあたり現在考えておりますのは、従来の中でわかっております入院による諸検査のものを研究費として実は今度考えておりまして、これによりまして、こういうような検査はどうしても必要だ、入院によらないと非常に危険な検査というようなものを取り上げていく予定にしておりますが、これとにらみ合わせてのことにいたしたいと思うのでありまして、今の入院人間ドック式の検査ができるのだということについては、決定はもう少し待ちたい、こう存じます。

大原亨日本社会党

○大原委員 要望いたしておきますが、これについて特に大臣の見解でもあったら述べていただきたいと思いますが、白血病とか貧血とか白内障とか、胃腸疾患あるいはガンとか、いろいろ多方面に放射能の影響が出てきて、それらは放射能、原爆と因果関係があるということで、いわゆる認定被爆者といたしましていろいろな病名が列挙されておるわけです。そういう特にガンその他の問題等については早期発見しなければなりませんし、一部だけを治療いたしましても、放射能に対する抵抗力をつけたりあるいは部分的な治療をしていくということにもならぬわけです。だから、私は、これは原爆症の特性から考えてみまして、早期に治療すると一緒に、徹底的な科学的な健康管理、精密検査をやることが、その人の生活に対する一つの大きな目安を与える根拠になると思うのです。そういう点につきましては、局長の方からだんだんと御理解をいただいて前進した御答弁があるわけですけれども、この点は私は現地のお医者さんからもいろいろ聞いたことがございますが、その点については特に御留意していただきまして、精密検査について現在ある制度をさらに、前進させるように予算上、施策上の措置をとっていただきたい。大臣の御答弁を取りたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 検診の徹底を期するという御趣旨については全く同感でございます。御趣旨に沿うように予算上その他の措置によりまして前進的な態度でもって検討してみたいと思います。

大原亨日本社会党

○大原委員 今まで御質問申し上げました点は、主として医療の問題でありますが、しかし実際は被爆者に対する医療法を――実際非常に広範な徹底した打撃を受けたために、生活その他貧乏という問題もつきまとうておるということは、社会問題として今日まで何回も指摘された通りです。従って生活保護の問題に一歩進めていきたい、こういうことは関係各方面の皆さんの今日までの切実な要求であります。こういう問題につきまして私はまず援護局長にお尋ねいたしたいと思うのですが、軍人軍属遺族等援護法等がございますけれども、そういう特別の理由による特別援護、こういう政策上見てみまして、原爆被爆者のそういう生活保障援護について考えることはできぬだろうかどうか、どこに一体障害があるか、問題があるのか、こういう点を一つ簡単に御答弁いただきたい。

畠中順一厚生事務官(引揚援護局長)

○畠中説明員 遺族等援護法につきましては、元の陸軍の軍人とか軍属どかいうものの戦死者あるいは傷害を受けた者が主になっておりまして、言いかえますと国との身分関係にあった者に対する処遇が主になっておるわけであります。その後法が拡大されまして、動員学徒だとかあるいは国民義勇隊のようなものがこれの対象になっておりますが、先ほど先生のお話しの、原爆被爆者についての処遇をこれと関連させたらいかがかという御趣旨からと思いますが、これは援護法がそういうような経緯になっておりますのと、一面に一般の戦争犠牲者、戦災者、原爆でないたとえば東京等で空襲でなくなったり、けがされた方、こういった問題との関連がございますので、私の考えでは遺族等援護法におきましては、ただいまのように国との身分関係に基づく権利関係のあった者ということに限りまして、もし原爆被爆者についての立法措置が必要ならば、そういった一般の戦災者との関連において別の法律を作るべきじゃないか、法律のワクの問題についてはさように考えております。

大原亨日本社会党

○大原委員 社会局長にお尋ねいたしますが、生活保証の特別法といたしまして、被爆者でボーダーライン層の人人に対しまして生活の裏づけをしていくことが必要である、こういうふうな意見も持つわけです。生活保護の特別法として水準を上げていくことによって、特別法を実施することによって、社会保障制度が、年金制度あるいは児童手当とかあるいは生活保障、生活保護の問題等、全般的に前進をする段階までの特別的な措置といたしましてこのことをやる、こういうことについては、法律上――今までの法律観念を出てもらえばいいわけですが、その常識から言いまして可能かどうか、それに対する所見、この点についてお尋ねしたいのです。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 御承知のように生活保護制度は、国民の最低生活を保障する、こういう建前になっておるわけであります。その最低生活を判るに至る原因は病気であろうが、どういう事由であろうが、その事由は問わないで、無差別平等にこれを保障する、こういう建前に立っておるわけでございますので、ただいまお話しの原爆の被爆者の人たちの中にもボーダーライン層の方はおるでありましょうが、それが最低生活を割るようなことになりますれば平等に扱いますけれども、そうでなしになおボーダーライン程度にとどまっておる人々に対して生活の何らかの援護をするということになりますると、これはやはり生活保護の制度としてはその中に考えるということは問題があるのではないかというように私どもは考えております。

大原亨日本社会党

○大原委員 援護局の関係、援護法の関係その点については軍人軍属、準軍属あるいは引揚者あるいはその他いろいろの問題があるでしょう。私どもは特別権力関係のところで一つの大きな問題があるわけですが、しかしそれは問題といたしましても、原爆被爆者がこういうふうに一般被災者とは違って人道上放置できないような被害を受けておる、その点について、私はこの社会労働委員会に当時の藤山外務大臣をお呼びいたしましていろいろと議論いたしまして、確かにアメリカが原爆を投下したことは国際法違反だ、日本が賠償を放棄しているのだから、日本の政府が去年を持つことは趣旨としてわかるから努力したいという条約局長と一緒の答弁ですが、そういう問題もある。と同時に戦争に対する国の責任、あるいはそれをおくといたしましても、人道上原爆被爆者というのは生活力その他健康上の問題から放置できない、そういう特殊事情があるわけです。一般被災者とは違う、戦災者とは違う特殊事情があるわけです。それに対して援護法上のあるいは生活保障上の特別立法を積み上げていくような、そういう措置を何らかの意味において考えることはできないだろうか、こういうふうに思うわけであります。この点につきましては長い時間をかけて基本的な議論をすればよろしいわけですけれども、きょうは時間の関係もありまして端折って私は申し上げるわけでありますけれども、私は率直に考えて、人道上の立場から考えてみてそういう特殊事情、国として援護をする特別の理由があり得る、こういうふうに私は考えるのであります。現在被爆者は二十九万人ないしこれは未調査で推定を加えて四十万人、広島、長崎に八割から九割、数万の人が全国にばらまかれておる、軍人その他が宇品その他にたくさんいたから、そういうことであります。ありますけれども、やはりこの問題は私ども世界ただ一つの被爆国といたしましても重大な問題であると思うのでありまするが、やはり生活保障の裏づけをすることが医療法を完全にするゆえんである、そういう特殊事情からも、そういう面からも医療上人道上の立場から特別の措置を生活の援護の面においてとるべきではないか、こういう点について厚生省の部内においても政府の部内においても、与野党各分野におきましても十分議論をしていってこの際踏み切っていくべきではないだろうか、こういうふうに思うわけです。厚生大臣にその点を一つ、各局にまたがっておりまするし、原則的な問題でありまするので、御答弁いただければ幸いであると思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 現在のいわゆる原爆医療法を制定するに至りました事情につきましては、大原さんよく御承知の通りであります。原爆被爆者という特殊の状態にある人たちに対する特別立法としてこの法律を制定いたしたようなわけであります。また私どもといたしましても、特に私といたしましては、大原さんの御心配になっていらっしゃるように、同じような心配を実は私自身も持つわけであります。ただ現在の日本の制度といたしまして、現行法は御承知のように原爆という特殊の原因によって生じた疾病に対する医療法としてやっている、それを前回ある程度適用範囲を拡大したということでございます。漸次前進をして参ったわけでありますけれども、その際にもいろいろ議論はございましたけれども、手当というようなものもくっつけたわけでございます。この医療手当にいたしましても、現在の建前といたしましては、原爆の被爆者が医療を受ける上におきましてその効果が上がるように、あるいはその医療法を設け積ました趣旨が徹底いたしますようにという意味合いにおいて、医療手当というものをつけておるようなわけであります。これは大原さん十分御承知の通りでございます。さて、それから一歩進みまして生活援護というような建前のものを作るかどうか、これは私はなかなかむずかしい問題だと思うのでございます。率直に私の気持を申し上げますれば、これは現在の日本の建前上容易にできる問題でありますれば、この医療援護法を制定する際に私も与党の一人でございまして、そういった方面に進んで参りたいというような気持はございます。しかし原爆の被爆者であるからというので、特殊な生活援護の制度を作るということは、今関係局長が申しましたようになかなか困難な事情があるわけでございます。またこれは単なる生活保障というのではなくして、いわゆる国家補償的な立場において、戦争犠牲者に対する補償の制度というような建前においてものを考えるということも、一つの考え方としてあり得ることかと思うのでございます。これもいろいろな関係におきましてなかなか実現の容易な問題ではない。今日の状態におきましては、私率直に申しまして、困難な問題であると考えておる次第でございます。御了承いただきたいと思います。

大原亨日本社会党

○大原委員 一つの例を申し上げたいのですが、現在身体障害者につきましては、各方面の年金その他があるわけでございますが、たとえば娘さんにしても、顔にケロイドができるとか、原爆症をいろいろと言われるというようなことから、生活力の問題、一生結婚を棒に振る問題、就職に制限をされるという問題等から考えて、身体障害舌といたしまして、外傷、内疾患等も総合的、客観的に判定をいたし、原爆被爆者に対する身体障害者の年金を特別に作る。こういうことは現在年金制度があるわけでございますけれども、軍人その他におきましても何項症、何款症というように段階を設けておるわけですから、原爆被爆者もそういう特殊の事情に応じて、原爆被爆者の障害者に対する年金制度というものをやっていくということができないものかどうか。これは年金局長おられぬけれども、研究すべき問題じゃないかと思う。一般的な所得保障、生活保障ということになりますといろいろ議論のあるところであります。従ってこういう点は医療手当についていろいろ議論を乗り越えて、若干でありますが厚生省は措置いたしておるわけですから、原爆被爆者の身体障害に応ずる特別の身体障害者の年金綱度をやるということは、私は社会通念からいっても公平の原則を害するようなことはないと思う。特別法になると思いますけれども、この点について決定的なイエス、ノーの御見解は困るわけでしょうが、御所見があれば一つ聞かせていただきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 原爆被爆者に対する援護と申しますか、何とかして差し上げたいという気持においては大原さんも私も同じことなのであります。そこに何かうまい考え方があり、うまい制度の立て方があるということになりますれば、もちろんこれを検討するにやぶさかじゃございません。私どもといたしましても、なおよくこういう方向において検討させていただきたいと存じます。

大原亨日本社会党

○大原委員 簡単に質問いたします。昭和三十二年から認定被爆者の制度ができて、原爆被爆者で原爆症でなくなった人がはっきりしておるわけです。それ以前の問題はそういう制度もなかったからはっきりしておりませんけれども、それ以降は少なくともはっきり把握してきておるわけです。たとえばそういう人々に対しまして、今日以後も含むわけですけれども、死没者に対しまして健康保険その他保険財政の中に、弔慰金、葬式料というものがあるわけです。そういう制度を現在の医療法の特別立法と兼ねて――原爆病院その他で死没いたしましても、家族もいない、原爆孤老といわれている人の場合には葬式料もないということで困っておる人々もあるわけですけれども、それらの問題も含めまして、三十二年以降原爆によって死んだことがはっきりわかっている人に対しては、医療法の一つの条項として弔慰金、葬式料というものを制度化することができないか。これは局長から一つ簡単にお答え願います。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 今までの医療法では一応本人の健康に関係のある医療給付、看護というようなところに徹底しておるわけでございまして、本人が死んでからは医療と関係がないわけでございますが、あとの葬式その他については、一般法である生活保護法によりまして、生活が困難なら生活扶助をもらう。それの引き続きとして、死亡のときの埋葬の規定によって埋葬料が出る。こういう形で現在まできておるわけであります。従って先ほどからお話のありましたように、本人が、死亡という形で終わったわけでありますが、これと引き続いて埋葬料の部分だけを医療法の中にとってつけるということは、どうも適当でないと思いまして、やればやはり今の生活援護というようなものの一環としてやるべきじゃないか、かように存じております。

大原亨日本社会党

○大原委員 医療手当が認定被爆者に対して二千円ほど月に支給されるという仕組みでありますが、遺憾ながらこれには所得制限がある。医療手当の二千円の性質については、栄養補給その他について実費弁弁償と考えて、生活保護法上収入と認定しない、税金の対象にしないということになっておると思う。原爆症という病気には特に栄養補給その他金がかかるわけでありますから、医療手当というものを増額いたしまして、そして現在の所得制限を取っ払う、こういう面において改善すべき余地があるのではないか。二千円を三千円ないし四千円、そういうふうにする余地があるのではないか。これは四千数百名に関係する問題でありますから、その点は私は予算上の理由で不可能ということはあり得ないと思いますが、その点につきまして局長のカから御答弁いただきたい。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 医療手当二千円の額については、これは動かし得ないもではなく、もちろん額は上にも下にも金額でございますから、予算上の問題で動かし得るわけでございます。現在のところ法律できめたゆえんは、先ほど大臣から御答弁されましたように、医療に必要な諸雑費、医療に伴う諸雑費ということにいたしておりまして、基本になる生活的な問題等は顧慮しないということで、こういうような限度が一応出てきておるわけであります。それはその他のいろいろなやり方の中に、たとえば生活保護の場合の医療必要経費というようなものと、福祉年金の中にある障害年金中の月に必要な経費、いろいろなものを参照いたしまして、比較的一番有利な理屈が最大限つくという医療に直接必要な諸雑費ということで積算いたしたわけでございます。もちろんこれは時代の推移によって物価の問題もございましょうし、現実に医療の給付内容につきましては、原爆で入院した場合にはできるだけその症状に合ったような治療としての栄養補給は、原爆の治療折針というものを示して、この中に盛り込んでおりますが、それで足らぬというようなことも出得る可能性もございますので、その増額につきましては、また十分検討していこうと思っております。所得制限につきましても、これは時代によって動くべき問題で、一応昨年かような形で所得制限の線を引きましたが、これも法律によらずして、政令以下で動かし得るようになっておりますので、この点につきましても検討いたしたいと思っております。

大原亨日本社会党

○大原委員 それでいいわけですけれども、局長が希望されましてもなかなか予算がとれるかとれぬかわからぬ。大臣も非常によく御理解になっていると思うので、この点につきましては医療手当は実費支給といたしまして、栄養費、その他の原爆症の特殊事情によるものといたしまして、税金の対象にもならぬし、生活保護費からも差し引かれない、こういうことが、被爆者に対しましては治療費以外にそういう手当を支給をしていくという一つの足場であり、従ってその点につきましては特に御留意いただきまして、格段の全書をいただきたいと思いますが、大臣の御答弁を願います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 できるだけ御趣旨に沿うように検討していきたいと思います。

大原亨日本社会党

○大原委員 あと関連質問が中村さんの方からございます。私はあと二、三の問題点を質問通告をしておったわけですが、予算委員会その他の都合もあるわけでありますし、昼飯を抜きにいたしましてあまり長くやるのも人道上どうかと思いますので、それほど強引でもありませんから、そういう意味でこのあたりでやめます。また次の機会がありましたならばいろいろ御直間をいたしたいと思いますので、以上をもって私の質問を終わります。

柳谷清三郎自由民主党

○柳谷委員長代理 中村重光君。

中村重光日本社会党

○中村(重)委員 予定の時間がずいぶん過ぎておりますので、私も関連でありますから簡単に御査問を申し上げたいと思います。  広島、長崎と二つの原爆の被爆地の一つ、広島から灘尾厚生大臣が就任されたわけであります。従いまして被爆社が厚生大臣に対する期待、力というものは非常に大きいものがあろうかと思うのであります。私も長崎の被爆者の一人であります。そうした立場からいたしましても実は非常な期待を持っているわけであります。先ほど大原委員の質問に大臣はお答えになりましたが、同じく広島の者として原爆援護に対する考え方、その思いは同じだ、こういった御答弁があったわけであります。この被爆地が広島と長崎でありますだけに、また長崎の被爆者に対する援護ということに対しても変わらない気持を持っておると私は思うのであります。  そこでお尋ねいたしますが、長崎と広島から原爆後障害研究所の設置の陳情、請願が長年続けられておったのであります。幸いにいたしまして昨年は、広島は広島大学に設置されたのでありますけれども、長崎はついにこれが認められなかったのであります。このことに対する長崎県民、長崎の被爆者の失望は非常に大きいわけであります。従いましてぜがひでも長崎にも来年度予算においてこれを設置してもらいたい、こういうことで連動を継続しておるわけでありますが、この点に対しましては直接の所管ではないかと思うのでありますけれども、厚生大臣でありますので、これに対する関心は特に高かろうと思うのであります。そのことに対しましての御答弁を伺いたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 広島の方にまず研究所が設けられたわけでございますが、その点につきましては私直接の所管ではございませんが、長崎の方につきましても文部省の方で来年度の問題として検討いたしておるように伺っておるのであります。できるだけその実現に私も御協力申し上げたいと思います。

中村重光日本社会党

○中村(重)委員 長崎に設置されなかった、広島だけに認められたということに対しては、その理由をお聞きになっていると思うのでありますが、その点を伺っておきたい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 私は当時政府にいなかったのでありますが、広島に設置することについて大いに希望した一員でございますが、たまたま予算が決定する当時は所用がありまして外国に行っておりましたので、その間のどういう事情でどうなったかということは存じません。特別な理由があったというふうにも格別伺っておりません。

中村重光日本社会党

○中村(重)委員 長崎から「長崎市に投下された原子爆弾と、広島市のそれとは、 原子の構成が異なり、これによって、おこる後障害についても、両者は異なった、発症傾向を示しておるのであって、長崎市に現存する被爆者十万人を直接の研究対象として、その医療のよりどころを追究する研究所は、長崎市にも絶対に必要であると考える」こういったような陳情書が被爆者団体並びに県当局あるいは県議会、長府市、長崎市議会その他の関係面の連署をもって提出されておるわけであります。先ほどの御答弁によりまして、厚生大臣が努力されるということは承知できたのでございますけれども、一つ力強い御努力をもって、ぜひとも明年度は長崎市に設置せられるように御協力をお願いしたい、このように思うのであります。  次にお尋ねいたしますが、同じく陳情書並びに請願書として出されておるものに、原爆被爆者に対して温泉療養をぜひ一つ実現をしてもらいたい、このことが厚生省の方にも提出されておるかと思うのであります。これは前からの陳情でもございますし、どうして温泉療養というものが認められていないのか、このことに対して、またこれが可能であるかどうか、その点もあわせてお答えを順いたいと思います。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 これは特別被爆者の改正によりまして、健康保険で認められておる、温泉療養もむろん含みますが、いわゆる物理療法等も含みまして、これは一切健康保険の例によるということになっておりますので、他の一般患者が一般的に健康保険でやっておるものは全部対象になっておる。ただ、今おっしゃいます温泉療法というのは、いわゆる医療としての温泉でなくて、健康なときにときどき温泉に入って、いわゆる予防措置としての保養の問題ではないかと思いますが、現在のところは一般保養の温泉湯治というものを、この医療法の中の医療費によりましてやるということは、実は無理であるということで来たわけでございまして、これは法外援護としてそれぞれの面で、こういう被爆者の一般援護のいろいろなやり方として、医療法による法定の医療給付外でやっておるわけです。これを医療法の中に取り入れるのは、今言いましたように医療として認められております医療機関のやる、あるいは医療機関の管理化にある温泉療法はもう現在取り入れられておりますが、それ以外については相当検討を要するのではないか。ことに日本には温泉も種類も多うございますし、ただ温泉湯治を医療に入れるということについては、これはまだまだ非常に議論のあることでございまして、もちろん今まで温泉津あるいは別府等が放射能の後治療にいいというデータは相当われわれも伺っておりまして、医療給付の範囲に条件の合うものは医療給付として取り上げておりますが、それ以外の問題ではまだまだ――これは医療審議会の方にも三年ほど前から提案して御検討願っている事項でございますが、今後の検討にまかしたい、こう存じます。

中村重光日本社会党

○中村(重)委員 できないことを無理にやれ、こういったことは要求することにも無理があるかとは存じます。しかし先ほど来大原委員の質問を伺っていますと、いろいろ問題があるということで、前進的な答弁と申しますか、考え方というものに欠ける面がないとは言えないのじゃないか、このように考えるのであります。原爆被爆者というものの特殊性、そういう面からできないことを何とか一つかなえてやるんだ、そうした前向きの姿勢をもって積極的に取り組んでいただきたい。このことを要望いたしておきたいのです。  さらに請願書として出されておるものに、原爆老人に対する老人ホームを作ってもらいたい。このことも前からの問題点であろうかと思うのでありますが、この点に対してどうお考えになっておられるか。

尾村偉久厚生技官(公衆衛生局長)

○尾村政府委員 これはあるいはホームの問題、すなわち老人の生活援護というような形になりますので、私の方からのお答えはあるいは不適切かと思いますが、ただすでにお年玉つきのはがきの収益によりまして、これが原爆症の被爆者にも配分できるようにあの法律でうたわれておりまして、すでに一昨年になりますか、長崎と広島にはこの配分金を中心といたしまして、原爆被爆者の老人ホームということではございませんが、福祉ホームというものができまして、現在そこに診断に来る者を非常に実費で安価に泊らしたり、あるいは今のお話の通り、ちょうどそういうような保養的な気分も含めましてやっておりますが、かような形でございますので、今後皆さんと御相談いたしまして、どういう形になりますか、厚生省としては多分だん、だんそういう方向に向くと思います。

中村重光日本社会党

○中村(重)委員 原爆によって妻子を失った十六年後の今日、年寄りの方々というものは実に気の毒な状態に置かれておるわけであります。従ってこの点に対してはいろいろむずかしい条件もありましょうけれども、先ほど温泉療養で申し上げましたように、被爆者のそうした陳情、請願というようなものを十分検討されて、できるだけこういうことをかなえていただきたいということも要望いたしておきたいと思うのであります。先ほど大原委員の査問に対しまして、二キロの問題がいろいろと論議されたのであります。局長の御答弁によりますと、二キロを多少拡大しなければならないデータは出ておる、これは目下検討中である。こういうことであったのであります。被爆者の願いというのは、二キロの制限を撤廃してもらいたい。こういうことにあろうかと思うのであります。しかし先ほどの答弁では、若干の拡大というもの以上を期待できないのではなかろうか、このように感ずるのであります。時間の関係がございますので、私は答弁をこの点には求めないで、みずからの原爆の体験者として、その実情だけを申し上げて、特に御参考に資したい、このように考えるのであります。  私は先ほど特別被爆者と申し上げましたように、当日は一・五キロ以内の地域におりました。家族十二名は失ってしまうというような原爆一家という形に実はなっておるのでありますが、当日外を歩いておりましたが、一・五キロ以内でありますけれども、若干私は陰の方におりましたのでけがをしたということだけでとどまりました。しかし二キロ以上の人が、三キロ以内におりましても直射でありますと相当な放射能の影響を受けるということも考えられます。また当日は家にいなかったが、翌日帰ってきていろいろと跡始末をやったというように、さまざまなことが実はあるわけであります。しかし何と申しますか、そうした二キロ以内であったにしても認定患者であるとか、あるいはまたある制限期間内に入ってきた場合という、政令でいろいろと緩和条項というものもあろうかと思うのでありますけれども、出先の方ではなかなかきびしく規制をしてくる。法を窮屈に逆用するといったような面があるわけであります。十分その点に対しては検討をされて、二キロという制限を撤廃する、そういう考え方のもとにこのことに対しては取り組んでいただきたいということを強く私はお願いしたいと思うのであります。  なお、また私が二十五日の臨時国会に上京いたします数日前に、二キロ以内におったある宗教関係の学校にいた人が、特別被爆者として被爆手帳の交付を受けたい。しかしながらいろいろと当時一緒におった者を探してみたけれども、当日死んだ者、あるいはあとでなくなった者というので、自分をその地域におったということを認めてくれる人がおらない、保証人になってくれる人がいない、こういうことで非常に嘆いておったのであります。そうしたもろもろな点があろうかと思いますので、画一的にお考えにならないで、実情をしっかりと把握される、そうして原爆被爆者をほんとうに援護していくのだという考え方の上に立って、真剣に取り組んでいただきたい。ことに厚生大臣は先ほどの御答弁の通り、強い責任と愛情を持ってこの点に対しては取り組んでいただきたいということを強く要望いたしまして、私の質問を終わります。

柳谷清三郎自由民主党

○柳谷委員長代理 この際午後二時まで休憩にいたします。    午後一時十六分休憩      ――――◇―――――午後二時四十五分開議

中野四郎自由民主党

○中野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  休憩前の質疑を続けます。田邊

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 池田内閣が高度成長計画を掲げて積極的な施策を講じて参られたわけですけれども、御承知の通り、日本の経済がいわば二重構造の中で、その資本力にしても経済力にしても、非常な格差があることはおおえない不実であります。そのことが必然的に生産性の格差を生み、しかも働く者の側からいえば、大企業と中小企業の間においては賃金の格差を生む、こういう形になっておる現状でありますけれども、いわば、企業の規模的に賃金の格差が生まれ、国民生活がバランスがとれておらないという状態が非常に大きな原因になっておる。こういう中で、われわれは実は全体の経済が非常に進捗をいたしましても、その内容がどういうふうになっておるかということが非常に大きな問題であります。現在、いわゆる生産性が向上して、それに吸収されるところの就業者の増加は、これは見るべきものがありましょうけれども、しかし一面において不完全な就業者あるいは潜在的な失業者の数というものも決して減少しているとは言えないのであって、二十九年には大体五百万から七百万ぐらいのいわゆる不完全就業者というものがおることを統計は示しましたけれども、その後におけるこのカーブは、私ども承知しておるところでも漸増の傾向にあると言わなければならない。従って、池田内閣のこれから先のさらに積極的な政策を続けられる中でもって、このいわゆる生産性の格差からくる国民生活のアンバランスをどう解消していくかということが、どうしても考えなければならぬところの重大な柱だろうと思います。いわば通り一ぺんの社会保障制度の確立ということでなくて、今別内閣が掲げておるところの政策の中から、実は必然的に生まれてこざるを得ないところのこのアンバランスの是正という問題が、私は現在における社会保障制度の大きな柱ではないか、こういうふうに考えておるわけであります。さらにこれが進捗をするという段階に至りますならば、この低賃金の環境というものをどうやって解消していくか、こういうことを大きな命題としてこれから先も取り組まなければならないと考えるわけでありますけれども、この現内閣の持つ経済の一つの使命と、現在の日本の経済機構の仕組みと、これからくるところの低所得、低賃金、低生活、この国民生活のアンバランスをどうやって解消していこうとするのか、この基本的な柱をまずもって、簡明でけっこうでありますから、大臣から一つ所信を承たい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 御質問の点につきましては、これはひとり厚生省だけの問題ではないと思います。むしろ、今度の経済成長政策あるいは所得倍増計面というものの中に大きく含まれておるところの問題であろうと考えます。この経済成長政策を通じまして、今いろいろな種数のアンバランス、格差というものが日本の国民生活の中に現われておるわけでございますけれども、やはり大企業と中小企業との間の所得格差をどうするかという問題もございましょうし、あるいは都市と農村との関係をどうするかというふうな問題、いずれもこの経済成長政策を通じてその間にさような格差をなくしていくというのが、政策の大きな基調をなしておるものと私は考えております。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 従って、これはあくまでも自然の現象としてそういった状態ができたことであるから、国民の間において自主的にそれに対するところの自立的な態勢をとるべきであるという、こういうことだけでは済まされない国の責任の問題であろうと私は思う。ところが御承知の通り憲法の二十五条にも保障されておる最低生活、こういったものが今の経済の動勢の中でもって、一体どの程度のものが国の責任において仕組まれなければならない最低化活、文化生活であるか、こういうことを法律はまた詳細に規定しておるのであります。特に福祉四法といわれる福祉関係の法律の中で、生活保護法は国民の最低生活を保障する、こういうことをうたっておりまするし、いわば生活保証法というのは憲法から引き出されたところの最低生活の現時点におけるところの一つの具体的な内容を規定したものである、こういうようにわれわれは承知をいたしておるのであります。従ってそういった意味合いからいいまするならば、大臣はこの法律を厳格に順守される当面の責任者でありまするから、いわば生活保護法に基づくところの最低生活の基準というものは、現在ほんとうに整った姿で定められておるのか、国はそれに対して正しい基準内容を国民に対して与えておるのかどうか、こういった点に対して一つ大臣はどうお考えであるか、承りたい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 現在の生活保護法によります生活保護基準をきめます場合には、いろいろな資料に基づきまして調査をいたし、同時に社会福祉興業法に基づく社会福祉審議会の意見を聞いて決定いたして参っておるわけであります。ただいまこの審議会におきましては、生活保護専門分科会というようなものを設けまして、慎重に現在の基準につきましても検討いたしておるわけであります。詳細は一つ社会局長からお答えいたさせます。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 ちょっと補足して申し上げます。ただいま大臣から答弁申し上げましたように、生活保護基準をきめますに際し議しては、やはりそのときそのときの国の経済の伸びなり、一般国民の生活水準そういうものとの結びつきで考えておるわけでございます。従いましてこれはそういう国家経済の伸びあるいは国民の生活水準の向上、またもう一つは、国民が社会連帯という意識、この意識がやはり相当進んでおるかどうかによってもまた違って参る、さようなものの総合の上に考えて参るようにいたしておるわけであります。ただいまの基準も、御存知の通りことしから一八%ほど生活扶助について改善をし、その他についても改善をいたして参っております。私どもこれをもって決して十分足れりと考えておるものではございません。なお先ほど申し上げましたようなもろもろの要素等の見合いにおいてできるだけ改心をはかって参りたい、かように考えておる次第であります。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 今大臣からも御答弁がありましたし、局員から補足説明がありましたけれども、いわば最低生活の保障というのを国がやる場合においては、もちろん客観的にながめてみて一つの基準を設定するということは必要でありまするけれども、しかし今お話のありましたように、経済の動向やあるいは現実の姿の中で起こっておる物価の値上げ等によって、当然最低生活の現実的な基準というものも変動すべきものである、こういうふうに大臣もお考え合わせいただいておると私は思うのでありまして、そういった点から見まして、池田内閣が出されました三十六年度の予算の中において規定をされた基準を私どもはしさいにながめてみたいと思うのであります。しかし厚生省、そしてまたその所管の責任者である大臣としては、現在伸びつつあるところの日本の経済の状態、特に最近の物価の動向等から見まして、現在の生活保護基準というものを、あとでもって大臣、あるいはおわかりでなければ事務当局からお聞きいただいてけっこうでありまするけれども、はたして満足すべきものである、こういうふうにお考えであるかどうか。これはもちろん最低の基準でありまするから、あまりべらぼうに上げることは自立性を失わせる結果になるという、こういった逆の理論も成り立つわけでありまするから、われわれはその限度のきめ方はむずかしいと思うのであります。少なくとも現在の経済の状態の中では、この生活保護基準というものは満足すべきものではないというようなこういう御所見でございましょうか、その点を一つもう一度伺いたい。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 ただいまの御質問はなかなかお答えのしにくいむずかしい御質問のように実は思うのでございます。現在の生活保護の基準によって生活保護をいたしておりますこれが、そのままでいいのかどうか、こういう問題として考えました場合に、現在の程度が、これが悪いと申し上げるわけには私は参らない。しかしながら、国民生活の基準というものを引き上げていく、ことに今後経済も成長する、国民所得もふえていくという中においてそのふえていく国民所得をどういうふうに分けていくかという問題もわれわれに課せられた大きな問題だと思うのです。その中における問題として考えます場合においては、私どもは現在の生活保護基準をもっともっと引き上げてしかるべきじゃないか、かような考え方を持って事に当たっておるわけでございます。現在のは必要やむを得ざる最低限度といたしまするなれば、これを引き上げるのが、むしろ引き上げてもっともっと健康的な、もっともっと文化的な生活が営まれるような方向に向かって上げていくということは、同時にまた容認せられてしかるべきことじゃないか、かように考えまして、むしろこの経済成長を通じまして、一番少ないといいますか、ほとんど所得のない階層の人たちの生活が引き上げられるように骨を折るのが私たちの使命じゃないか、かように考えていろいろやっておるわけであります。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 大臣のお言葉は、基本的には私は大体そういうことでよろしいと思うのでありますけれども、池田内閣のいわゆる倍増計画と社会保障の関係というものは、これはほかの委員からも質問がありましたし、大臣おわかりの通りでありまするけれども、一応昭和四十五年度を考えてみた場合には、国民の振替所得を一兆三千億と見込んでおるわけであります。これを基礎とした四十五年度の社会保障費は一兆五千億、これは国民総所得の二十一兆三千億に比べて約七%で、これが諸外国に比べて非常に低いということは、これは大臣もお認めになっていただけると思うのでございまして、最低八・五%から一〇%内外というのが、最近の動向ではごく常識になりつつあるのであります。従ってわれわれはこれでもまだ不十分だとは考えておりますけれども、まあまあそれを一応の見込みと池田内閣は考えておるという立場をわれわれは一応認めた上に立っても、私は、やはり最近の経済の動向、今言ったいわゆる企業ごとにおけるところの賃金や生活の格差、それからこれは思わざる伏兵であったかもしれませんけれども、予想以上の、少なくとも予測した以上の物価の倍増、こういった事態が起こってきた現在の段階では、三十六年度の当初に設定をしたいわゆる生活保証基準というものが、比較をする基準の上からいいまするならば、はなはだ実は不満足な状態に当時以上に現在はきているんじゃないか、こういうふうに考えるわけです。そこで今回の臨時国会に補正予算として六億五千万ばかりの生活保護基準の改定を示されたわけでありまするけれども、この改定の理由は、いわゆる物価の動向に比較をして生活保護基準の引き上げをするのだということになっておりまするけれども、大体大まかに見まして約五%の引き上げだ。現在の今申し上げたような状態から見まするならばこれではきわめて当面を糊塗するにすぎないということは識者の一致した意見であります。第十六次までに及ぶところの戦後の保護基準の改定がそのつどの当面を糊塗する改定に実は過ぎなかった。今年やりましたところのいわば十七次とも称すべき一八%の改定というのは、政府の側からいわせれば画期的だと称している。われわれは実は厚生省の要求した二七%でもまだ十分ではないと考えておったのですが、一八%です。従って、私がそう質問をいたしますると、大臣は、上げれば上げないよりいいじゃないかという御答弁になるかと思いますけれども、問題はこの際厳格に法律の基準を守り積極政策を推進されようとする現内閣の立場からいえば、もし改定をされるとするならば、やはりその点に対するところの見合いをもって、当然最低の基準に適応したものに変えるべきだ、こういうように考えておったわけでありますけれども、これはきわめて不満足な、不十分な改定をされて、当面を糊塗する政策であると思うのであります。この改定をされた意図と、今大臣が答弁された、不十分な状態を直していきたいという意欲とが一致しない状態でありますけれども、今後これをどういうような形で改めていくか、お伺いしたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 私どもは経済の成長、国民所得の増大に伴いまして、少なくとも割合の上からいえばもっと率を多くしまして、できるだけ生活保護基準の引き上げを行ないたいという意欲を持って努力をいたしておるわけであります。昨年の一八%増もその気持が現われまして、御不満ではあろうと思いますが、そこまでやったわけであります。今回の臨時国会にはお話の通りに約五%程度の基準の引き上げをやる、これはほんとうに最近の物価の動向等にかんがみまして、とりあえずの措置としてやったというふうに御了解をいただきたいと思うのでございまして、臨時国会あるいは補正予算というふうな性質上本格的な予算を組むというわけには参りにくい事情がございまして、ほんのとりあえずの措置として五%ほど引き上げたということでございますから、来年度の通常予算を組む場合におきましては、昨年度に予算を組みましたと同じような意欲を持って、さらに引き上げるために一生懸命努力してみようという心持でいろいろ検討を重ねておるところでございます。御了承いただきたいと思います。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 大臣のお時間があるそうでございまして――実はその内容をこれから事務当局にお聞きをいたしますと、大臣も今のお話というものがさらに明確になってくるのでありまして、非常に遺憾な状態がおそらくや数字の面で明らかにされるだろうと思うのでありますけれども、しかしそれを一応次のときに譲りまして……。そういたしますと、いわゆる積極政策をやる中で物価が上がってくる。これはわれわれ非常に重大な問題として注目しているわけですけれども、ある程度物価が上昇しあるいは変動してくる。生活保護基準というものはもちろん物価の動向ばかりで処理すべきものではございませんので、私があとで指摘をしたいところの一般の勤労階層との比較におきまして、それがだんだん差が激しくなる。こういうことも見なければならぬ一つの大きな原因だろうと思うのです。そういたしますと、戦後安定したと称しておりながらも、最近のこういった変動の激しい状態の中で低所得の人たちに対するてこ入れをさらに充実する、こういうかまえでいきますならば、この生活保護基準というものは、そのつど実はいろいろと変えていかなければならぬ、こういう状態が起こるわけでありますけれども、これに対する基本的な変え方の基準といいましょうか、あるいはものの考え方といいましょうか、こういったものをどういうふうな工合にお考えになっておられるのか。ちょっと物価が上がった、五%値上げすれば事足りる、こういうような形でものを考えられたのでは、実ははなはだ困るのでありまして、われわれとしてはそれに対するある程度基本的な考え方というものがなければ困ると思うのであります。といって、しょっちゅう物価の変動統計をとりましてそれに見合ってスライドをするという形も、あるいは得策ではないかとも思うのでありますけれども、それに対して大臣はどういうようなお考えをもって処理されるか、やや具体的な内容をお示し願いたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 お説の通りだと思います。そのときそのときの物価の変動で、ただ幾ら上げるというようなことで済む問題ではないと思います。結局所得の一番低い階層の人たちの生活内容というものをもっと向上させる、もっと充実させるという方向において基準の引き上げをなすべきである、かようには考えておる次第でございます。一挙にはなかなか解決のつかない問題でありますけれども、来年度の予算におきましてもこの内容充実の方面に向かっては積極的に努力をして参りたいと考えております。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 大体大臣の基本的な考え方はわかりました。私は実は先国会でもいろいろとお話をしたのでありますが、少なくとも三十八国会でもって提案をされた一八%の値上げというものは、内容的には今大臣のおっしゃったような、ある程度基準の内容を高めていく状態にはならなかったのであります。たとえば生活保護法の適用を受ける人たちに対する食費の問題にいたしましても、この基準の改定によって食費の内容の十分な改善ということにはならない。たとえばカロリー計算にいたしましても、千六百カロリーから千六百五十カロリー程度というものが改定によって示された内容です。しかも実際にはその基準すらも品質を変えてようやくその程度のカロリー計算になる、こういう状態でありますから、大臣が今決意を固められておる今度の改定といたしましては、今申し上げたように、ただ単に金額が上がったから、あるいは%を幾らか上げたからよろしいということでなくて、少なくとも質的に内容的にこれを高めていくという形でなければならぬと思うのでありますが、この点はそういうふうに大臣がこれから真剣に取り組まれ、必ずや実証されるという意欲でもって検討される、こういうふうに受け取ってよろしゅうございますか。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 先ほど申しましたように、本予算の編成の際におきましては、今おっしゃったお気持と私は大体同じ気持なのでございますが、とにかく生活内容というものがもう少しよくなるという方向に向かって基準の引き上げを行なうべきである、この考えでやっていきたいというふうに考えております。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 大臣のお時間がないようでありますから、もう一つだけ。今度の補正予算では生活保護基準と同時に、説明によりますと生活保護の施設に働く職員の給与の改定もこの中に入っておるのだ、今年の十月からこれに対する給与の引き上げをやる予算も入っておるのだ、こういうのでありますけれども、私は実は錯覚でないかと思って今よく見たらそういうことなんです。五%という内容は――これから私が質問したいわけでありますけれども、大へん貧弱であるし、おそらくこれも物価の急増には見合わない内容なのであります。しかもその五%の中に施設職員の給与改善の費用も含まれておるのだ、こう言うのでありますが、一体どの程度の給与改善をされようとしておるのか。今国家公務員、その他の公務員に対する給与改定の問題も話題になっておるわけであります。実はそれと同じような内容をもって仕事をされておる人たちがおるわけであります。非常に給与が劣悪で、これもわれわれとしては非常に注目をして、当局に対して強く改善方を迫っておったわけでありますけれども、今回の改善というものは、国家公務員の給与改定で政府が考えていらっしゃる点、これとその内容的には大体一致する、こういう給与改善の費用ですか。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 生活保証基準並びにこれと関連いたしております児童福祉に関する施設等についての基準の引き上げをやりますと同町に、国家公務員についてベース・アップが行なわれますので、それに準じまして、社会事業施設に従事いたしております職員の給与の改善をはかって参りたいという予算もあわせて組んだわけであります。その予算の内容につきましては、所管局長から御説明申し上げます。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 今回人事院の勧告を受け入れて、国家公務員等につきましては七・一%のベース・アップをする、こういうことは御承知の通りであります。それとの関連におきまして、社会福祉施設に働いております従業員の給与につきましても、同じような考え方でベース・アップをする、その率は施設のあれによって違いますけれども、七・六%ないし一一%でございます。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 そういたしますると、大体その予算というものは、六億五千万のうちなんぼくらいになるのですか。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 六億五千四百万と申しますのは、生活保証費関係だけでございます。そのうち先ほど御質問の五%の基準の引き上げに要します費用が五億七千八百万、残りの分はただいま申しました保護施設に働いておる事務員のベース・アップ、それから若干期末手当の増額もございますが、一応省略いたします。それから府県に施設監査のために職員の委託をいたします。これも同じようにベース・アップを七・六%いたしました。かような費用がその中に含まれております。その六億五四百万のほかに、残りの福祉の各法律に関します職員のベース・アップの分が若干含まれております。これは六億五千四百万と別個に入っております。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 これは大臣御承知と思いますけれども、この施設に働くところの職員の給与というものは、これは国家公務員はもちろんのこと、あるいは中小企業の給与の実態と比べてみても、非常に劣悪なんであります。これは話にならぬような状態です。ようやく期末手当の引き上げ等を昨年来されてきておるわけでありますけれども、これとてもまた追いつくには非常に大きな開きがある。にもかかわらず、今回の給与改善という形でもって若干の予算が組まれておるわけでありますけれども、今回は大体国家公務員にならった給与改悪というのでありますが、これは大体もとが違うのでありますから、その違うものに大体同じような給与改善では、これはとうてい追いつかぬばかりでなく、だんだん差が激しくなる、こういう状態なのであります。私は、一つのことを役所がされる場合には、必ずしも全部が全部一挙になるものではないというふうには思いますけれども、相当やはり前向きの、前進の姿勢でなければならぬわけであります。一たん改定をされますと、その次の改定というものはなかなかされぬのが今までの状態なんです。生活保護基準の引き上げも何回となくわれわれ要求しても、なかなか実はされない、こういう状態なんでありまして、せっかく改定をされようという形であるとするならば、少なくとも一歩でも追いつくという状態を作り上げなければ話にならぬと思いますが、こればかりの予算で、今お聞きしたところではまだ内応的には見るべきものがない、こういう状態ですから、これもこの次の通常国会でお考えいただく、こういう考え方でございましょうか。

灘尾弘吉自由民主党厚生大臣

○灘尾国務大臣 ただいまの御質問は、実は私自身が平素から考えておる問題で頭の痛い問題の一つでございまして、仰せの通りにもとが違うわけでございます。もとが違いますから、かりに同じ率で上げましても、開きは依然として残っておるということであります。どうして一体この間の開きを縮めていくかということが頭の痛い問題でありまして、従前からも社会福祉の方に私関係がありましたものですから、気になる問題の一つであります。今回やるにつきましても、そこまではまだおぼつかない事情でありますから、これは何とかしたいという心持を持って予算の編成にあたりましてはせっかく努力はしてみたいと思っておりますが、なかなかこれはむずかしい問題であると思います。問題点であることを十分心得ておるつもりでございます。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 実は今後の具体的なお考え方というものをお聞をきしたいのでありますけれども、時間をせかれておるようでありますから、またの機会にこの点はお聞きすることにしまして、具体的な内容について若干局長からお聞きをいたします。  今実はお聞きをしておりまして、政府の考え方というものは、基本的に私は間違っておるとは思いません。ただいわゆる一般的に述べられた考え方というものと、具体的な内容というものが一致をしないのが、この生活保護の内容なんでありまして、そういったから、社人会保障制度審議会の答申によって厚生省がいろいろと実はものを考えてきておるわけでありますけれども、いつもそれが予算の面で削られて実現をしない、こういう状態であります。今度も生活保護基準の改定によって、一体それならば、この生活保護を受けられておるところの人たちはどのくらいの生活内容になるかということが問題なんであります。やみくもに何%上げたからそれでよろしいというものではないということは、先ほどお話のあった通りであります。それならば第一番目に、一体これでもって今度生活保護の対象者は、たとえば食費が一人当たりどのくらいになりますか。一級地でよろしゅうございます。東京でですね。東京で大体今までに比べてなんぼぐらい食費が上がるのですか。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 先ほど御答弁申し上げましたように、生活保護基準につきましても他の国民の所得水準がどんどん伸びていきますのに見合いまして、私どもできるだけ改善して参りたいという気持は持っておることを申し上げました。しかしその改善というものは、大体御承知のように、通常予算においていたすべきものでございまして、補正予算は、財政法の規定によりましても、通常予算編成後の緊急情勢ということでありますから、そこにおいて内容を改善するというような、十分な措置はできないことになっておる。事実今までもそういうことをいたしておりません。従いまして今回の五%を引き上げましたのも、実はその内容を積極的に進めるというよりは、率直に申しますと、最近生活がだんだん苦しくなってきて、せっかくこちらとしてはお願いをいたしまして、一八%引き上げましたけれども、一八%の効果も漸次減るおそれがある。少なくともそれは防止しなければいかぬじゃないかということで大体今回の予算に組んでおります。従って今回の五%だけにおきましては、実質的な内容の改善というものはあまりない。これは率直に申し上げるのでございます。ほんとうの内容改善というものは、先ほど大臣が申しましたように、通常予算において、昨年と同様に大臣の駿足に付して、私どももまた皆様方の応援をいただいて、いろいろ努力をいたしたいと思っております。そこで今回の分はさような点でございますので、その点で申しますと、一日当りの食費でございますが、これも御承知の通り生活保護では当才から六十何才まで、全部各年令でございまして、たまたま二十四才の男の人の例を一つとってみますと、現在が六十四円という一口の食糧費、これは材料費でございます。これが大体六十七円になるというようなことであります。それから、よく私どもの方で使っておりますが、消費単位と申しまして、お年寄りも子供さんも普通のおとなの人に換算して使っておりますが、この消費単位で申しますと、七十六円のものが八十円ぐらいになる、大体この辺で御了解いただきたいと存じます。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 今局長はお話しになりましたけれども、われわれは補正予算でもって一挙にみな解決するとは思っていない、従って当面緊急を要するところの手直しであるという考えでございますけれども、実は手直しの内容があまりに貧弱で実際的な手直しになっておらないということでもって、やや数字的なことをお伺いしておるのであります。今お話がありました金額の内容を見ただけでも、現在の物価の急増に比べてみて決してこれが手直しの予算としてまかなっていけるものでない、こういうふうにわれわれは判断をいたします。  こまかい話をずっといたしておると時間を食いますから、私の考えておるものが正しいものか、当局の考え方が正しいものか、もう二つ三つだけ続いてお伺いいたします。それなら一体この手直しによって、現在の段階においていわゆる勤労階層と被保護世帯との生活の状態はどの程度まで上がってくるのですか。私はおそらく最近の賃金の上昇から見ました場合には、その格差はますますひどくなってきておる、こういう問題があると思う。通常国会でもって示された状態、こういった状態がおそらく非常に悪くなってきた、こういうふうに判断をいたすのでありますけれども、この消費支出の割合というものが大体どの程度になるか、たとえば十年前の二十六年には一般世帯に対して被保護世帯は五六・五%だと政府はおっしゃいました。三十四年には実は三九・七%に差がはなはだしくなった、こういう状態でありまして、これが一八%の改定によって、はっきりはしないけれども、約四五%から四七%であるというふうに局長はこの前の国会で御答弁になりましたが、私はおそらくこれが再び四〇%以下に開いてしまうのではないかと思うのでありますけれども、この五%の手直しによって一体どのくらいの比率になろうとするのか、一つお示しを願いたいと思います。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 この点に関してはさきの通常国会で田邊委員から御質問がありました。私の答弁大へんお気に入りませなんだ、今回の答弁もお気に入りませなんだと思います。この御質問の一般世帯の消費水準が幾らになるかというのは、正直のところを申し上げまして、これは結果からいえばはっきり出ますけれども、前もってどれくらいであろうかということは、いろいろ推計はしてみましても、必ずしも当たるものではないわけであります。それでこちらの方とのそれを比較いたしましてみて、うんとそれが縮まるかどうかというような想像は、一応推計としてはできますけれども、それを数値の上で表わしていくことはなかなか困難でございます。この春に一八%改定いたします前には一般世帯との格差が、御指摘のように昭和二十六年ころにはあちらを一〇〇といたしますと五六程度であったものが、その後差が開いたと申しますか、向こうがよくなったと申しますか、それでだんだん違って三九ぐらいになりました。それで実はこの春の改定でどれぐらいになるかということは、見通しがいろいろございましたが、今のところでは率直に申しますと、実は一八%のあれをやりましても四一、二というところであろうかと思っておる。その格差を縮める度合いが三九から四一、二ぐらいになろうか。これも推定でございますから、先ほど言ったような確実のあれではございません。そういうようなもので、今回五%、若干引き上げてどれくらいさらに縮まるかということでございますれば、今回に関する限りはまず私は縮まらぬと申し上げた方が正しいのじゃないか。と申しますのは、一般の方も、何だかんだ御批判もございますけれども、積極政策により相当賃金の上昇もあり、また雇用の機会も増大しておる、そういうことを考えますと、一般の方も伸びておると思うのでございます。これがどの程度伸びておるかということは、実のところ私どももつかめておりません。従いまして、今回は大体物価値上がりというようなものを私の方は中心に考えまして、その通りではございませんけれども、あれやこれや考えて五%にしたわけでございます。従って一般の方もその程度の伸びであるならば格差は同じであろうかと思います。この辺はしかし今後の推移とも関連するわけでございます。一がいにどうこう申せません。少なくとも今回の五%を引き上げました趣旨からいきますと、先ほど御答弁申し上げましたように、特に内容をよくして近づけるということは、今回どうしても取り入れることが補正予算の性格でできなかったという点からいたしまして、一般との格差が縮まるということは、私は率直に申して今回はまずない。一般の方も伸びているからその点はあまり縮まらぬ、こういうふうにお答えした方があるいは正直じゃないかと思います。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 実は三十八国会で局長から御答弁がありました。大体四〇%からちょっと上回るだろうということを基準にいたしまして、その後におけるところの一般的な物価の動向と公務員等の給与の改定等を予想いたしまして試算をいたしますると、この差は三五%以下になるのであります。しかも今後の五%の値上がりによって、なおかつ三十六年度の当初に設定をされたその当初の差まで実はどうしても縮まらぬのではないか。私どもの数字の試算が正しいかどうかは、専門家ですからそちらの方が詳しいでしょうけれども、少なくとも三七、八%以上にはならないのであります。そういたしまするならば、実は今度の五%引き上げるというのは、緊急措置として物価の動向に見合った生活保護基準の改定というふうにはどうも見受けられない、こういうふうに実は私は判断をいたすのであります。もし私の質問が誤まりであったならば答えて下さい。  それともう一つは、それならばエンゲル係数はどうなりますか。これは大体一般は三十四年の三八・六%からさらに下回って、大体三五%を割っておるというような状況だと思う。現在の消費ブームからいっても、食費の占める割合はかなり少なくなっている。ところが被保護世帯はやはり大体五七、八%台を保ってきている、こういう状態でありましたけれども、これもどうも最近の状態から見ますると、この占める割合は実はもっと上昇しているという状態なんでありますけれども、今度の手直しで大体どのくらいになりますか。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 前段の点でございますが、一般の民間の勤労世帯の消費水準はどれだけ伸びるか、これは一般の国民の経済生活が必ずしも物価の伸び程度しか進まぬというものではございません。これは場合によっては落ちることがありますが、それよりおおむね上回っているということも考えられるのであります。そういたしますと、私どもの今回の措置は、そういうものを実は考えることができませんで、大体現在の保護家庭を中心にしてその生活費の動向、こういうことでやっておるわけであります。これは補正予算の性格上、実はお尋ねのような点までも考慮することができなかった。これは先ほど大臣から率直に申しましたように、本予算の問題でございます。従いまして今回はさような点で五%ということになっておるわけであります。  それから、後段のエンゲル係数のお話でございます。これはそういうことで、全般について五%をかけておりますから、エンゲル係数自体も今回は変わっておりません。つまりことしの春からやりました場合のエンゲル係数は五七・九六何ぼでしたが、それはおそらくそのままというふうに、そう違いはないというふうに私どもも思っております。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 それでは食費のカロリーは一体どのくらい摂取しているんですか。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 飲食物のカロリーは、これは実は昨年栄養審議会の答申でもって、それぞれ年令によって違いますが標準五人世帯を平均といたしまして千六百五、六十カロリーであったと思います。それをとったのです。ことしの券からの改定の際にはカロリー自身はすでに栄養審議会の答申で前年度のうちに変えておりますので、カロリーについてはことしの改定には触れておりません。内容をよくするという方に、今持ってきたわけでございます。したがいまして今回の分につきましてカロリーはことしの春のときと同じように、千六百五十八カロリーそのままになっております。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 そういっても、現在の千六百五十八カロリーというのは、おそらくそれほど内容的には高まるどころか下回る格好だと思うのですよ。実際にカツオぶしを煮ぼしにかえておるような基準の改定もありましょうし、なかなかもって今局長が言われるような状態ではないのでございまして、まだ若干いろいろと詳しくお聞きしたいのでありますけれども、お聞きをした程度でも、今度の五%引き上げというのは、実際には現在の物価の動向に見合った、少なくとも当初予算の一八%改定基準の状態を維持することを考えてみた改定としても、決して十分ではない。いわば追いつかない状態であるというふうに考えざるを得ないのです。従って大臣と局長が一番最初に言われた、前向きの姿勢だ、少なくとも今度は緊急の形でもって、水準を引き下げない形でやられたと言われるが、私は今卒門をした中に、局長も言われたように、きわめて不満足な状態というものが、現実の数字の面では現われてきておるわけでありまして、もうちょっと内容を吟味して検討された上でもって、緊急の措置としてとられたものとしても、さらに厚生省としては努力を重ねるべきではなかろうか、私はこういうように考えておるところであります。しかしこれは実は予算の内容について云々するのではございません。ですからこの程度にとどめておきたいと思いますけれども、施設の職員が今度の給与改定によって、一体どのくらいのベースになりましょうか。期末手当は一体どのくらいのものを支給するという形になるでしょうか、お教えいただきたいと思います。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 一例を生活保護施設について申しますと、そこの職員の本年度の本俸平均予算は一万三千七百五十四円という数字でございます。これが一万四千八百五円、かように相なります。その上昇率は先ほど申し上げましたように七・六四%のアップ。それから期末手当の方は現在年間三カ月組んでおりますが、今回〇・ニカ月分だけそれをふくらました、かような改定でございます。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 先ほど言いましたように、これでもってそれ以外の公務員はもちろん、民間給与に比較してそれに追いつくというような給与改定ではないことは御承知の通りでありまして、今回の若干の手直しによって事足れりというものではないのでありますから、この点に対してはさらに引き上げをされるように一段と御努力をいただきたいと考えるのであります。  最後に、次官もずっと聞かれておっておわかりだろうと思いますが、最近の物価の動向ばかりではなくて、池田内閣の所得倍増計画というものが一体これから先、順調に進むのか、初年度において大きな蹉跌を見た現状の中で、どういうような変革を示すものかわかりませんけれども、実は大へんな危険状態が含まれておるわけでありますが、特に今問題になっておる低所得層に対するところのいわゆる所得を引き上げ、社会保障制度を確立する、こういうような面から見た場合には、きわめて急速なかけ足の状態に引き比べて、ますます取り残されるという状態がくることは御存じの通りでありまして、今度の若干の保護基準の手直し程度ではもちろん相済まない状態でありますけれども、政府はこの際、だんだんと改定はされるけれどもその差が大きくなっておるというこの現実をはっきり把握されて、これに対して明確な対処をされることが望ましいと思いますが、次官もこの衝に当たられる責任者の一人でありますから、これに対してどういうお考えでもって強力な発言をされようとするのか、所信のほどを承っておきたい。

太宰博邦厚生事務官(社会局長)

○太宰政府委員 ちょっとその前に……。すでに御承知のことと思いますが、昨年の臨時国会において、児童福祉を含めて社会福祉施設職員の給与改定をやりました。そのときは公務員のベース・アップはたしか一二・五%ぐらい、そのときに施設職員は一一・九%アップした。大体見合うという考え方であります。本来の公務員との差を縮めるという仕事は、本年度の通常予算ですったもんだいたしまして七・五%だけ上げたというようなことで、今回この職員に七・六%なり一一%上げるということも、実は昨年の臨時国会の際と同じように、公務員については今回は七・一%上げた。それに見合うものとして七・六四%なり一一%だと数字は違いますが大体それに見合うことになる。その差を縮めるという先ほど来の御熱心な御質疑の点は、前に大臣から申し上げましたように本予算でやる。この点につきましては私ども努力するつもりでありますので、念のためにお答え申し上げます。

森田重次郎自由民主党厚生政務次官

○森田政府委員 私このたび厚生政務次官の重い任務を受けたのでありますが、まだ私こまかに申し上げるには勉強が足りないのであります。ただ私の所信はどうかというお尋ねでございますから、今どういうことを考えておるかということを私率直に申し上げてみたいと思います。根本態度として私厚生省に入りましていろいろ局長その他の方方から実情等を聴取いたしまして、そうして直感的に考えたことは、厚生省というところはよく世界の社会保障制度等の面を研究され、そうしてそれをよく日本の国情に合うようにいろいろの問題を取り上げられてよくここまで施設したものだと感心したのであります。しかしあまり問題が多過ぎて内容がどうも浅いのじゃないかというようなことを考えさせられたのでありまして、新しい面を取り上げるというよりも、今までの施設をどうやって充実させていくかと、その面に全力を上げなければならないものだ。従って予算の獲得の面はむろん国民の所得その他総合的な現実から割り出さなければならない面がありますけれども、私としてはそれらの面の、苦しい面のうちにも厚生予算というものの獲得には十分力を注ぎたい。特に池田総理が御存じの通り、今の予算委員会とかあるいは所信表明の中にも、議会の中ではまだ出ていないようでありますけれども、新聞等で非常におもしろい所信を発表しておったことを知ったのでありますが、それは結局この政治の究極の目標というものは社会保障制度の充実にあるのだ、従って各省それぞれ分担はしているけれども、最後の目標はやはり厚生省の施設を充実させていくというところに政治の究極の目標があるのだ、こういうふうな表明は、私は非常に大事な意見の表明だと実は考えているのであります。それで総理大臣もこれだけの裏づけをしているのであるから、一つ人格的にも相当信用度の高い大臣のもとにおりますから、私の力のできるだけの力添えをいたして、そしてただいま申し上げましたような方向に全力をあげていきたいと考えているわけでございます。どうか今後とも一つよろしく御鞭撻下さるようお願いいたします。

田邊誠日本社会党

○田邊(誠)委員 今次官からもいろいろ所信の表明がありましたけれども、総理大臣もそういうふうなお言葉を言っているそうでありまするが、しかし現実はこのままでいきますならば、遺憾ながら池田内閣の所得倍増計画の中で、低所得に対するところの手当というものはだんだんだんだんと置き忘れられていくという傾向にあることは、これはちょっと今数字を申し上げただけでもおわかりの通りでありまして、厚生省がいろいろ努力をされておることはわれわれは多とするものであります。しかし以前が何といっても悪過ぎたのでありまして、そういった中で全体的な経済が成長するという状態でありますから、何といってもこれは追いつかない。実はよほどのてこ入れをし、よほどの努力をしなければ、おそらくや、私は三大公約の一つはだんだんだんだんと氷の柱のように消えてなくなるだろうという判断をしておるのでありまして、非常に責任は重大でありますから、ぜひ一つ今の次官のお話のような状態に現実の厚生省の予算なり仕事というものが取り運ぶようにお願いをしたいのでありまして、本日私がお聞きした程度の内容では心もとない、非常に私の方としては残念に思っておる状態が多いのでありますから、今後そういった具体的な努力をお願いしたいと思います。またいろいろ詳細についてはあらためて機会を持ってお聞きをしたいと思いますから、本日はこの程度にいたします。

中野四郎自由民主党

○中野委員長 他に御質問がなければ、本日はこの程度にとどめ、次会は来たる十一日水曜日、午前十時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後三時四十四分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗