予算委員会 第7号
- 発言数
- 30 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1961/03/03
会議録
○委員長(館哲二君) これより予算委員会を開会いたします。 去る二月二十七日、委員長及び理事打合会を開きまして、昭和三十六年度総予算の取り扱いについて協議を行ないましたので、その内容について御報告申し上げます。 当委員会といたしましては、明四日に衆議院から送付されてくるものといたしまして、審査日程を協議いたしました。その結果、三月六日、月曜日の午後から総括質疑に入りまして、八日、水曜日及び十二日の日曜日を除きまして、十三日まで六日間これを行ないます。 次いで十四日及び十五日一般質疑、十六日及び十七日の公聴会をそれぞれ行なうことといたしました。 なお、十八日から再び一般質疑に入るのでありますが、その日程などにつきましては、後日協議を行なうこととなっております。 総括質疑につきましては、質疑時間を千五分。その各会派に対する割当は、自由民主党三百六十分、社会党三百四十分、民主社会党及び無所属クラブおのおの百分、同志会七十分、共産党三十五分。また、質疑の順位は、第一回目は社会党、自由民主党、民主社会党、無所属クラブ、同志会、共産党という順序にいたしまして、第二回目以降は、右の順位の中で、社会党及び自由民主党のみにつきまして、社会、自民、社会、自民と二度繰り返しまして、その次に民主社会党以下が第一回目の順位に従って続き、自後この順位を繰り返して行なうことといたしました。 以上御報告いたしました通り取り運ぶことに御異議がございませんでしょうか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(館哲二君) 御異議がないと認めます。 なお、公聴会を十六日及び十七日に開くことにつきましては、ただいま御決定をいただいたのでありますが、公述人の選定その他手続につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議がありませんでしょうか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(館哲二君) 御異議がないと認めます。 —————————————
○委員長(館哲二君) 次に、前回の委員会におきまして委員長に御一任を願っておりました参考人の人選につきましては、すでに公報をもって御通知いたしました通りに、お三名の方々に本日御出席をいただいておりますので、御了承を願います。 それでは、これから補正予算と財政法につきまして、参考人の方々の御意見を伺いたいと存じます。 参考人の方々には、大へん御多用の中にもかかわりませず、当委員会のために御出席をいただきましたことは、ありがたくお礼を申し上げます。 この問題は、昭和三十一年度の補正予算審議の際にも論議されましたが、先般の補正予算の審議の際に、再び衆参両院におきまして取り上げられたものであります。 本日は、この問題が取り上げられたいきさつにかんがみまして、昭和三十五年度補正予算第二号が財政法上適法な措置であったかどうかという点を中心といたしまして、さらに、予算制度と財政法との関係のうち、補正予算、資金の設置、剰余金の規定などにつきまして御研究をいただきたいと存ずるのであります。 それからなお、雄川参考人は、用務の関係上十一時までしか在席されませんので、進行の便宜上、雄川参考人の意見開陳のあとで直ちに同君への質疑を行ないまして、そのあとで高木参考人、時子山参考人の順位に御発言を願い、両君に対しまする質疑は一括して行なうことといたします。また、各参考人とも御意見の開陳は大体二十分程度にお願いいたしたいと存じます。 それでは、雄川参考人にお願い申し上げます。
○参考人(雄川一郎君) 私、今御紹介いただきました雄川でございます。 今度私に与えられました問題は、今委員長からお話のありましたように、今度の補正予算第二号が財政法とどういう関係にあるか、また、特に財政法第二十九条に違反するのではないか、その点はどう考えるかというところであったと了解しております。 初めにお断わりしておきたいのでございますけれども、私は、財政法については、いわばしろうとの域を出ないものであります。ただ、御承知のように、大学の行政法の中には財政というところが入っておりますので、その関係の知識しか持ち合わしておりません。そこで、私がこれから申し上げますことも、一公法学者としての意見あるいは感想としてお聞き取りいただけばしあわせだと存じます。 そこで、今度の財政法二十九条に関する疑義が、どういう法律的問題の形をとって現われてきたかということでございますが、これは、今ここで申し上げるまでもないと思いますが、要するに、財政法第二十九条に定める補正予算、特に追加予算の定め、これが、御承知のように、いわゆる予算単一主義の原則に対する例外をなしているわけであります。そこで、この二十九条に要件の定めがございますが、この要件を具体的な場合について適用する場合に、その要件の持つ意味、その具体的適用が問題になったわけであります。その場合の法律的な問題は、二つの側面があるのではないかと考えられるわけです。 その一つは、ここに定めております法律上の要件、つまり「内閣は、予算作成後に生じた事由に基き必要避けることのできない経費」、直接に問題になりましたのは、この「経費に不足を生じた場合に限り」追加予算を作成することができるということになっているわけですが、この要件に、今度の補正予算の内容、つまり産投資金に三百五十億を繰り入れるということが適合するかどうかという判断の問題、これが一つの面であるわけです。言うまでもなく、それに適合するというように考えられれば、それはもとより違法ではないということになりますし、この要件に適合しないのだということになれば、それは違法ということになるわけであります。その意味で、この問題は一つの法律問題でありますが、しかし、この問題は、いわばこの二十九条の実際の運用の問題でありまして、これを決するのは、法律理論よりも、どちらかといえば、具体的な経費の支出がこの要件にあたるかどうかという、政治的なあるいは財政的な判断の問題が中心になっているのではないかと考えられるわけであります。その意味で、この問題は、法律的な問題というよりも、その実質はむしろ政治問題というように言っていいのではないかと思われます。つまり、具体的に言えば、産投資金への三百五十億の繰り入れということがここにいう要件に適合しているかどうかという実体上の判断の問題になってくるわけであります。 それが一つの点ですが、もう一つの点は、一般的な形で言いますと、ある経費、まあこの場合の具体的な問題としては産投資金へ繰り入れるということでありますが、それがこの事柄の性質上この要件を満たしているかどうかという実体上の具体的な判断に入ることに先だって、二十九条に定めた要件に該当する可能性が一体あるかどうか。そういう問題がもう一つ考えられるおけであります。御承知のように、三百五十億を産投資金に繰り入れる、そのうち百五十億を三十六年度に使うことが予定されているようでありますが、あとの二百億を実際には翌年度に使うというような意味での資金への繰り入れというのが、そもそも二十九条にいう「必要避けることのできない経費」の不足ということに当たるということが言えるだろうかどうかという点、これが第二に考えられる問題でありまして、それで、今度の法律的な問題としては、むしろこの問題が中心になっていたのではないかと思われるわけであります。 そこで問題は、財政法二十九条がそういうような措置をとるということを認めているかどうかということになるわけであります。それで、この問題を考えていきますについては、一般的に財政法ないしいろいろな財政法規の定めがどういう一般的な意味なり性質なりを持つかという点と少しく関係があるのではないかと思われますが、そういう点を少し考えてみる必要があるのではないかと思われます。 まず、この問題に関する財政法の定めておりますいろいろな原則があるわけですが、その一つは、いわゆる予算単一主義あるいは単一予算主義といいますが、その原則の問題であります。これは、ここで申し上げるまでもないと思いますが、なぜ現在の予算制度が予算単一主義をとっているかといえば、それは、財政全体の通観に便ならしめる、そうしてその結果として財政が不当に紊乱する、あるいは不当に膨張するということを防ぐのにあるのだということが普通に説かれているようであります。しかし、この予算単一主義の原則というのも、もちろん例外がない絶対の原則ではないわけでありまして、その例外として、たとえば特別会計の制度というようなものもありますし、それからここでいう補正予算の制度もまたその例外の一つというように普通説かれているわけです。それからもう一つは、いわゆる会計年度独立の原則でありまして、平たくいえば、一年ごとに国の会計の決着をつけるという制度を現在の財政法がとっているわけですが、これについてもむろん例外がないわけではないので、たとえば繰り越し明許費などがそうでありますし、それから今度の問題に関係のあります、いわゆる資金というような制度も、一年ごとに決着をつけるのではなくて、二年以上にわたって運用ないし使用する金を持つという点においては、会計年度独立の原則の一つの例外であるように考えていいのではないかと思われます。これらのいろいろな原則、予算単一主義にしろ、あるいは会計年度独立にいたしましても、どういうところをねらったかといえば、要するに財政の公正かつ合理的な運用を、こういう看板を掲げることによって保証しようというところにあるというのは、ここで申し上げるまでもないと思います。 そういうような原則を定めております財政法規が一般に法律的な面でどういうような意味なり性格なりを持っているであろうかといいますと、私の見るところでは、こういう言い方が適当であるかどうか問題があるとは思いますけれども、要するに形式においては厳格に、それから内容においては自由にという性格を一般に持っているのではないかと思われます。つまり今申しました形式における厳格性といいますのは、国の財政処理の方式に厳格な手続あるいはワクというものを法規をもって定めておきまして、それに従って国の財政処理をやらせる、多くの財政法規はそういうような意味を持っているだろうと考えられます。つまり国の財政、すなわち税金の公正明朗な使用をそこで保証していく、そのためには、財政処理に一定の合理的な準則を課する必要がある。その準則は厳格に守らなければならないというように考えていくことになるわけであります。 しかし第二に、そこで定められました手続あるいはワクの中では自由な財政の運用、すなわち、そのときどきの政治ないし行政の必要に基づきまして財政の運用を行なっていく。で、裏から言いますと、財政の運用というのは、要するに国の、あるいは政府の政策実施の手段であります。定められた法規のワクの中にどのような内容を盛っていくかということは原則として自由に決せられる。言いかえれば、それは政治的な裁量ないし判断のもとに行なわれるということになるわけであります。従って、多くの財政法規は形式の制約、今述べましたような意味でのワクを定めること、あるいは手続を定めるというような形式上の制約だけを定めておりまして、内容については別段の制約を加えていないというのが、これが普通の姿のようであります。 二、三の例を申し上げますと、たとえば憲法の第八十三条は財政に関する一番基本的な原則でありますが、憲法の八十三条に「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」という定めが御承知のようにありまして、国の財政処理というのは国会の議決に基づくという原則が掲げられておりますが、しかし、そこで定めているものは、その内容については何も定めてはいないわけでありまして、国会の議決に基づくという手続あるいはワクをそこで要求しておりまして、その手続なりワクの中において、どういう形で財政を処理していくか、どういう政策を盛り込んだ財政の処理を行なうかということについては、何も制約を置いてはいないわけでありまして、むしろそこでは自由な政治的な活動を規定しているということが言えるわけであります。それからまた、たとえば財政法の第十四条に「歳入歳出は、すべて、これを予算に編入しなければならない。」という定めがありますが、これも、歳入歳出は予算に編入をしてやれというワクないし手続の定めだけでありまして、その予算にどういう内容を盛り込むか、あるいはどういう内容を盛り込んではならないかということについては、何も制限を置いてはいないわけであります。それからまた一般に、予算によらなければ経費を支出することができないわけでありますが、これもそういう手続ないしワクの問題でありまして、どういう目的にどういう金を使うかということは、そこでは何も制限がないということになるわけです。それはもっぱら予算の具体的な内容によってきまってくるということになるわけであります。で、こういうたとえが、当たっておりますかどうかわかりませんが、比喩的に言いますと、今申し上げましたような意味での財政法規というのは、いわば汽車のレールのようなものでありまして、レールを敷いて、そのレールからはずれることは許されない、それからまた、そのレールにはまらないような列車を運行するということはできないわけですが、しかし、そのレールにはまる限りにおいては、どういう時間表のもとにどういう列車を運行するか、通勤列車を運行するか、急行列車を運行するか、観光列車を運行するかというようなことは、鉄道会社が自由にきめられるのだというのと、ちょっと似たような関係になるわけでありまし。もちろん今言いましたことについても、例外がないわけではないのでありまして、ときに財政法規は、財政処理の内容についても制約を定めているということが、また少なくないわけであります。これもたとえば憲法の八十九条に「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」という定めがありますが、これは今私の申し上げましたような意味での内容的な制限を加えているわけでありまして、どういう形でもってするにせよ、こういう目的に国の財産を支出したり、あるいは利用したりしてはならないという意味での、政治活動ないし財政処理の内容的な制限をここで定めているわけであります。それから財政法においても、そういう意味を持った規定は方々にあるわけでありまして、たとえば、これも基本的な規定でありますが、財政法の第四条「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。」という定めなどは、財源の内容について制約を課しているわけでありまして、公債や借入金政外の歳入、言いかえれば公債や借入金を財源とするということは原則として禁ぜられているわけであります。そういうように、財政活動の内容について制約を定めた法規もないわけではありません——ないわけではありませんというか、少なくないと言うことができるだろうと思います。ことに先ほど述べましたいろいろな原則に対する例外の意味を持つ規定には、多かれ少なかれ、そういうような内容上の制限がついているのが普通のようであります。たとえば憲法でいいますと、憲法の第八十七条の予備費の定めには、「予見し難い予算の不足に充てるため、」という内容的な制限がついているわけでありまして、どんなものでも予備費を認めていいというわけではないわけです。「予見し難い予算の不足」という一つの制約をかぶせているわけです。これは予備費が例外的な性格を持つというところから来るわけであります。それから財政法の中を見ますと、たとえば第十四条の二の継続費の定め、あるいは第十四条の三の繰越明許費の定めなどは、いずれもある一定の内容的な要件を置いておきまして、それだけのものについて継続費、あるいは繰り越し明許費を認めていこうという態度をとっているわけであります。今問題となっております財政法二十九条も、その点では同様でありまして、先ほど読みましたような要件のもとにおいてのみ追加予算を認めていこうという態度をとっているわけであります。そういう例外的な意味を持つ規定が、今言いましたように多かれ少なかれ財政活動に対して内容的制限を加えているということは、言うまでもなく財政処理の一般的な基準に対する例外を認めるものであります以上、その例外が乱用され、あるいは不当に拡大されるということによって一般的な基準をとっておりますところの本来の趣旨が破られるということにならないようにしようという点をねらっているのではないかと思われます。先ほどの例を引きますと、たとえば、ある特定のレールの上ではどの汽車を動かしてもいいということではなくて、たとえば、その路線の上には通勤列車しか動かしてはならないというようなものであろうと見ることができます。 以上のことを前提といたしまして財政法二十九条の問題に帰ることにしたいと思いますが、今度問題になりました一つの点、あるいは一番大きな点であったかと思われますが、その問題は要するに、当年度に現実には国庫から外に支出されないようなものを追加予算の形で計上することができるかという疑問が法律的な問題としては一番大きな問題であったのではないかと思われます。先ほども申しましたように、三百五十億のうち二百億というのは三十五年度には外へは出ないわけです。そういうものを追加予算の形で組むということが必要避けることのできない経費の不足ということになるかどうかという問題であったろうと思われます。この点については経費を支出するという場合の支出というのは、御承知のように、財政法上の意味といたしましては、予算制度の技術的な構成からいたしまして、要するに毎会計年度の予算に基づいて支払われるものを支出するということになるわけであります。といたしますと、予算から資金へ受け入れるということも、形式的にはその意味での支出に当たるわけでありますから、三十五年度三百五十億の資金へ繰り入れるということは三十五年度の経費支出ということになるわけであります。従って、形式上は直ちに本条違反の問題は生じないということになろうかと思われます。今度の政府のとっておりましたこの点に関する見解もそういうものではなかったかと思われます。そこで問題は、今言いましたように形式上本条違反とはならないといたしましても、そういうような措置をとるということは、元来本条の趣旨とするところからはみ出すのではないかという実質論になるわけであります。確かにこの第二十九条は、元来はそういうような事態を予想するものではないのであります。常識的な意味での、ある年度の経費に不足を生じた場合に対処する規定を意味するということは、ごく常識的に考えられるところであるわけであります。平たくいえば、要するに、その年度に使う金が足りなくなったから追加予算を組むのだということになろうかと思われます。しかし、この点についてはさきに述べましたような意味で、法規の定めるワクの中で、あるいはその法規の定める手続の中でいかなる内容を盛るかということは、原則として、つまりそこで盛るべき内容について制限を加えられているということはありますけれども、その制限にひっかからない限り、あるいはその制限の外にある限りは、原則として自由になさる政治的な判断、あるいは財政的な判断の問題として考えらるべきだということを財政法規は一般に許容しているのではないかということを考えてみますと、この二十九条をこのように運用するということが、そのこと自体必ずしも当然にその性質上違法ということになるのではないかと言っていいと思われます。つまり、そういう措置をとりますことが、予算単一主義あるいは会計年度独立の原則の趣旨が本来の趣旨とするところを破ってしまもものであるかどうかという問題、また、そういう措置をとることに実質的な合理的な理由があるかどうかという問題によってきめられなければならない問題ではなかろうかと思われます、そういう考え方をして参りますと、この予算単一主義の要請というのは、先ほど言いましたように、財政の紊乱あるいは膨張を防ぐというのがその本来の趣旨であるといたしますと、追加予算の制度自体がそれに対する例外を定め、それだけ通観の便を妨げるということになっているわけであります。その追加予算に今言いましたような内容を盛るということが、特にその意味で予算単一主義の趣旨とするところを破るという、そのことだけが破るということには必ずしもならないと思われます。また一方で財政を弾力的に運用するという要請、これが資金というような形をとって現われてくるわけでありますが、そういう要請も、これは主としては財政学の問題になって参りますので、私にもよくわからないわけでありますが、そういう要請も合理的な範囲で認めていかなければならない、許容していかなければならないということも、これもごく常識的に考えられるところであります。従ってもし、このような形で資金にこれだけの金を今回繰り入れるということが現在必要不可欠である。つまり三百五十億の金を繰り入れまして来年度に使うのは百五十億、あとの二百億は来年度には使わないけれども、しかし、来年度以降に使うものとしてとっておかなければならないということが現在のもとで必要不可欠であるということであれば、その措置というのは、当然に財政法二十九条に違反するものでないと言っていいのではないかと思われます。従って、問題は、結局本条の要件に、今言いましたような意味で事の実体が合致しているかどうか、具体的にいえば「予算作成後に生じた事由に基き必要避けることのできない経費」の不足ということに当たっているかどうかということの実体的の判断の問題になるわけでありますが、これは最初述べましたように、この中心は法律問題というよりも、むしろ政治的な、財政的の判断の問題になるわけでありますから、ここで私が申し上げる限りではないと思われます。 以上要するに今回の問題の中心は法律問題というよりもむしろ、以上のような意味での政治的、財政的の問題ではなかったかというように私には思われますので、そういう感じを持っている次第であります。 ただ残された問題としては、さきにもちょっと触れましたように、ごく常識的な見方からいたしますと、今年度に国から出るのではない金を追加予算で出すということがいかにもおかしいのではないかというような感じはどうしても残るのでありまして、この点は、将来の問題としては立法上一考すべきところでないかと思われます。もしも資金のような財政の弾力的の運用に資する制度というのが必要であり、合理的の根拠があるとすれば、そこを合理的にあるいは無理なく運用できるというような制度を考える必要があるのではないかというような感じがいたしますので、このことをつけ加えさせていただきたいと思います。 以上で終わらせていただきます。(拍手) —————————————
○委員長(館哲二君) この際、委員の変更について報告いたします。 本日、後藤義隆君が辞任されまして、その補欠として横山フク君が選任されました。 —————————————
○委員長(館哲二君) それでは雄川参考人に対し質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○木村禧八郎君 ただいま貴重な御意見拝聴させていただきまして、厚くお礼を申し上げますが、どうもまだよく割り切れない点がございますので、若干御質問申し上げます。 ただいまの御意見承っておりますと、少なくとも、二十九条は、今回の補正で組んだような経費を追加予算として組むことは予定されていないというお話でありましたですね。そういう規定ではない、つまり必要避けることのできない経費に不足を生じた場合に限り、予算作成の手続に準じて、追加予算を作成し、これを国会に提出することができるとなっておりますが、その当該年度における不足について追加予算を作成して、国会に提出することができるという規定であるというお話でございましたですね。そうしますと、当該年度の支出でないことは明らかなんですね。三百五十億は三十六年から三十七年に使うのです。ですから、この規定から申しまして、当該年度に不足を生じないのに、追加予算を組むということは、私は明らかに違反じゃないかと思う。経過を申し上げますと、衆議院段階では経費に不足を生じた場合という、この経費の不足を経費の方につけないで論じておったようであります。それで私はやはり経費に不足を生じたというふうに、この経費は不足の方につく、不足にも関連して解釈すべきだ、先生もそういう解釈でございました。そこで当然、当該年度の不足ということがはっきりしてくると思うのですね。三十六、七年度の不足ということについては、政府の方は資金という問題、四十四条の資金を持ち出して逃げるわけですね。逃げるという言葉がどうか知りませんが……。この点については、常識的から考えて、それは国が直接支出する資金でないという点でいろいろ問題もあると先生も言われましたのですが、この四十四条の資金についても、私はどうも疑問があるのでありまして、この点についてもお伺いしたいのであります。第一点、当該年度の支出でないものをこの二十九条によって補正を組むことは、やはり違反するんじゃないか、非常にはっきりしているんじゃないかと思う。先生は、実質的な解釈になりましたが、それであればなお疑問が出てくるわけです。実質的にかりに必要であるとしても、三十六年度、今度は財源の問題になってくるんですね。われわれと政府は意見が違うのでありまして、政府は三十六年度予算で自然増収を、これは高木先生にもあとでお伺いしたいのですが、御専門であられますが、三千九百三十億予定している。三千九百三十億どころじゃないんですね。成長率九・八%とすれば、自然増収はかなりあるわけなんです。ですから、実質的な問題になりますと、何も三十五年度で、ここで補正を組んで、そうして産投会計の資金をまかなわなくても十分まかなえるのですよ。そこで、どうしてもこの形式論からいっても、実質論からいっても、私は違反だと思う。その点をもう一度お伺いいたしたいことと、それから四十四条の規定の資金の問題、これは私は常識としてやはり特別会計の資金が主であるというふうに解釈しているのですが、政府の説明によりますと、これは普通の歳出入の予算以外の資金ワクからはずれる資金、ですから、これに対して歳出の明細な手続を作成する必要はない、こう言っているのです。しかし、どうも私はその点はっきりしないんだが、そういう資金であれば、なお二十九条に「予算作成の手続に準じ、」とあるのですから、補正予算として組むことができないのだ、ますますそういう資金であるならば、歳出の予算ワク外の資金である、そういうものであれば、二十九条によって補正予算を組むことはないんじゃないか、こう思うのですが、この二点についてお伺いいたしたい。
○参考人(雄川一郎君) 今の最初の点でございますが、私が財政法第二十九条というのは、本来は、今度のような措置で追加予算を組むということを予想していた規定ではなかったと常識的には考えられるということを申し上げました意味は、二十九条がそういう措置を法律上禁じているということではないのでありまして、これは本来立法者の予想しなかったところであるとか、あるいはこの規定の予想しないところであるとかいうことをわれわれ言うことはございますが、その意味は、そこに書かれました文字をすらっと読みました場合に、こういうところまで考えて書かれたとは読めないというほどの意味でありまして、しかし、そういう法規が実際の運用といたしましては、制定当初考えられなかったような事態というようなことは、あとから幾らでも出て参ります場合に、それに適応するように運用されるということは幾らもあるわけであります。その意味で、財政法二十九条によって追加予算を今回の措置のようにそのまま当てはめて運用していくということ自体が違反ではない、違法とは直接言えないのではなかろうかということが私の考えているところであります。 それからあとの資金の問題になって参りますが、これは財政学的あるいは財政制度的にはいろいろ議論のあるところだろうと思いますけれども、現在の財政法規上の考え方といたしましては、資金というのは、一応歳入歳出外に国が金を保有しているわけであります。そして歳入歳出予算によってその資金に金を受け入れたり、あるいはその資金から金を払い出すということをやっているようであります。現在の制度がそうなっております以上は、三十五年度の予算から、三十五年度の財源に基づきまして資金の中に一定額の金を繰り入れるということが二十九条にいう経費、その年の経費ということにそのこと自体が当たらないということにはならないのではないかというようにまあ私は考えているわけであります。あとそういうような措置がほんとうに実際上必要不可欠であるかいなかという問題は、これは政治的な判断あるいは財政的な判断の問題になって参りますわけで、ああいう形の追加予算をとるということがよいかどうか、そういう判断になってくるのではないかとまあ私は考えております。
○委員長(館哲二君) お諮りいたしますが、先ほど申し上げましたように、雄川参考人には十一時までという御無理を願っておりますので、雄川参考人に対する質疑はこの程度でおやめ願って、次の参考人の御意見を拝聴したいと思います。御了承願います。 それではどうもありがとうございました。 —————————————
○委員長(館哲二君) 次に、高木参考人にお願い申し上げます。
○参考人(高木寿一君) 先ほど委員長から御紹介いただきました高木でございます。 本日は、第二次補正予算と財政法との関係ということの御指示をいただいたのでございますが、私はその節、法の解釈につきましては、これは雄川先生にお願いして、私は、現在の財政法が現在の状態においてどういう欠陥があり、これをどういうふうにして改正していくべきだという前向きのことを申し上げる御了解を得て参上いたしたと御了承いただきたいのです。御承知の通り、財政法は昭和二十二年に制定されたものでありまして、昭和二十二年というそのときの特殊の事情を当然反映しております。現在の財政、経済状態とは全く違うものでございまするから、全く現在の実情に合わなくなってくるのは私は当然のことだと思います。ことに現在の財政政策の役割といたしまして、経済の安定的成長の財政政策、その役割を実現するためには妨げになっている部分があると思うのです。従って、財政法の一部改正を検討するということは、私は当然のことだと思います。それならどうしたらいいか。どこを改正するのだということを、私は財政法の一部改正について、最小限度の改正について提案を申し上げたいと思います。 それは私の考えでは、最も簡単であって最も有効な方法はないのかということを一応考えてみた次第でございます。私はこれから数段階に分けて私の意見を申し述べさしていただきますが、そのうちには、ことに最初の部分は本日の課題とは関係ないとお考えになるかもしれません。しかし、それが財政法の一部改正につながる問題でございます。また私の提案の前提をなすものでございまするから、どうかあらかじめ御了承をいただいてお聞き取りいただきたいと思います。あるいは私の申し上げる事柄のうちにまさかそんなことがあるものかとお思いになる方があると思いますし、そんなことがあってたまるものかとお思いになる方があると思います。しかし、もし皆様のうちで、まさかそんなことがあってたまるものかとお思いになることがもし事実であったら、これを一つぜひ皆さんで御検討をいただきたいと思います。私はそういう事実があると存じておるものであります。 それでこの三十五年度の第二次補正予算につきましては、この二月の十六日の当予算委員会におきましても、皆様の御検討がありまして、その内容はこの参議院予算委員会会議録第四号によって拝見いたしました。ことに、その会議録の第五ページから九ページまでのうちに大蔵大臣のお話も出ております。その中にただいまもお話が出ました政策的判断の問題であるということと、それから財源の問題であるということが大蔵大臣のお話の中にも出ております。そこで私は、三十五年度の第二次補正予算は、三十六年度の予算と関連するいわば十五カ月予算の問題になると思います。ことに、こちらの予算委員会におきましても、二月十六日のこの速記録でも、大蔵省原案では三十六年度の予算の財源でやろうと初めは思ったが、三十五年度に財源ができたので、それで第二次補正予算としたんだというような事情の御説明もありまして、そこで私は、第二次補正予算と、三十六年度予算を含めた財源測定の問題になると思います。そうしてそれは主として租税収入の自然増収の問題になると思います。ところが、この自然増収の測定の問題になりますと、私のかねがね感じておりましたことは、どうも一般の認識不足の程度がひど過ぎると思います。で、三十五年度の予算から見ますれば、租税収入——租税及び印紙収入でございますが、御承知の通り一兆三千三百六十六億三千百万円でありますし、それから第一次補正と第二次補正とを合わせたもの、第二次補正後の税収の総額は一兆四千九百九十二億四百万円になっております。もちろんそのことは申し上げるまでもないことでございますが、そこで三十六年度の税収の自然増は、三十五年度の当初案に比べて三千九百三十億、これは有名な数字でございまするから申し上げるまでもございませんが、そのうち三十五年度が二千十七億、三十六年度が千九百十三億と相なっております。しかし、これは昨年十二月末までの税収予測でありまして、その上に税収を内輪に見積もってあります。しかし、この租税収入を内輪に見積もって慎重な態度をとるということは、これは財政当局者として当然のことだと私は思います。そこで、それではどれだけ内輪に見積もるかということが問題になります。あるいは五%内輪に見積もりましたか、あるいは一〇%内輪に見積もりましたか、何がしかのアローアンスがあるのは、これは当然のことだと思います。そこでまた約一〇%程度のアローアンスがあったかもしれません。しかし、それは多過ぎるじゃないかとお考えになると思いますが、なお財政当局者の立場からいいますれば、おそらくは予算編成期になりますれば、各省の非常に大きな予算要求が出ますし、先ほどの復活要求三千二百億という大きなものも出るような状態でありまするから、財源があるといえば、結局ぶんどり予算になるじゃないかと、財政の健全性を保持し、ひいては経済の健全性を守るのが大蔵省の義務であるということを大蔵省の当局者は自信を持っているかもしれない。また、それくらいな自信があって私はいいと思います。しかし、たとえ一〇%であろうが、これは多過ぎるじゃないかとお考えになりますが、しかしそれにしても、あまりに過小な見積りになっているのが事実であると思います。しかし、私は決してあの税収の過小見積りをとがめるとか、責めるとかいうのではございません。これは昨年末までにわかっていた条件からみて、さらにそれを慎重に内輪に見て、たとえば一〇%程度のアローアンスを考えたというなら、そう過小の見積りではないかもしれません。しかし、それでもまだはなはだしく過小になってしまったということが、この三月三日現在の状態において明らかになっております。 しかし、さようなことを申し上げますと、中には、よけいなことを言うな、それは事実はそうであるかもしれないけれども、そんなことを言っては迷惑する人があるのだから黙っていろということをお考えになる方があるかもしれません。それはわかっていても言っちゃ困るよということはあるかもしれません。しかし私どもは、やはり事実を知らなければいけないと思います。しかし、そんなことを言うには及ばぬということでありますれば、これは昔の専制政治の時代にありましては、寄らしむべし、知らしむべからずということになってしまいまして、現在の議会政治のもとにおいて、それは許さるべきことではないと私は思いますし、当然皆さん、国会がそれをお認めになるはずは私はないと思います。ですから私はだれを責めるのでもございません。事実を私どもは求めたいと思っておるわけでございます。で、三月三日現在におきましては、三十六年度予算の前提、出発点となりました歳入の増加、これが出発点となっておることは、これは三十六年度の予算の説明の第一ページにちゃんと書いてあります。それで出発点となりましたのが、三千九百三十億円の自然増収だということでありますが、その三千九百三十億円という自然増収の測定が、今日においては全く意味を失っているのであります。どういうわけで意味を失っているかということをこれから申し上げます。先ほど申しましたように、三千九百三十億、これは内輪に見積っております。この見積りは昨年末までの状態であります。すでに一月の二十四日に、大蔵省は十二月末までの税収の実績を報告しております。また、二月二十四日にも、国税の収納の実績を報告いたしております。まず、一月二十四日の国税の収納実績の報告によりますれば、十二月末までに一兆一千四百七十九億円と報告されております。 で、三十四年度の経験から申しますると、一会計年度の税収の状況を四月から十二月末までの間と、それから一月以降の税収状態の割合は、三十四年度では十二月末までが大体七一・二%であります。それから一月以降が二八・八%でございまして、大体七一%と二九%という状況でございます。ところが三十五年度は、御承知の通り十月以降、公務員の給与の引き上げ、引き続いて民間給与の引き上げ、年末における年末給与が多かったこと、それから九月以降の法人の決算の状況が非常によかったこと、それらの結果として、税収の増加は、御承知のように数カ月のおくれがございますから、一月以降になだれ込んで参ります。従いまして、三十五年度の税収の測定をいたします場合には、大体十二月末までが六九%、一月以降が三一%と測定してよろしいと思います。しかし皆さんのうちには、そうすると、どういうことになるのだ——その計算でやってみますると、三十五年度の国税収入、一般会計分の国税収入総額は、約一兆六千五百億になります。これはすでに一月二十五日にわかっていたはずであります。一月二十五日には新聞に出ておるのでございますから、それは私どもにもわかっていたわけでございます。それで、あるいは皆さんにお気にさわるかもしれませんが、ごかんべん願いたいと思います。それから一月二十四日から三週間たちまして、二月十六日の当予算委員会におきまして、税収の測定に関するいろいろな御意見が出ましたが、そのときにどなたも、この一月二十四日に大蔵省の発表した収納実績を資料になさった方がないのであります。私はこれは実に不思議なことだと思います。ところが、さらに二月二十四日に大蔵省が、やはり一月末の国税の収納状況を報告しております。一兆二千九百九十六億八千八百万円です。従いまして、一月になりましてからの収納額は一千五百十七億八千四百万円でありますが、さらにおととい、三月一日でありますが、大蔵省は、二月の実績は一千九十七億円、三月の見通しは一千九百億円であると発表いたしております。これは皆さん御承知のはずだと存じます。しかし、二月の税収の実績は一千九十七億と申しまするのは、これは速報でございまするから、二月末までの収納状態が三月一日に正確な数字が出るはずはございません。今、全国から資料を取り寄せているところですから、正確な数字を集計いたしますのには、どうしてもあと二週間くらいかかりましょう。ですから、一昨日、三月一日に二月の実績と発表された一千九十七億円は、これはもちろん内輪の推計であります。これは最低のところを押えたに相違ございません。最低のところを抑えた二月と三月の国税の収納の見込みは、両方合わせても三千億でございます。その上に今申しました速報でありまするから、まだ入ってこない資料がありまするから、それらを勘案しますと大体三千五百億、従ってこれを合計いたしますれば、先ほど十二月末の収納状況を、十二月末までが六九%、一月以降が三一%として推計いたしました数字とほぼ合うわけであります。決して私は一月末までの収納状況の報告を一月二十四日に発表されたものから当てずっぽうに申したのではないということになります。しかし、従来しばしば私の税収測定はまぐれ当たりだと言われております。しかし、またまぐれ当たったのかと私はひそかにそう思っております。 そこで、三十六年度の当初予算額と比較いたしますると、三十五年度内にすでに三千百三十四億円の増収があります。三千一百三十四億円の増収がすでにあることが三月三日のきょうにはわかっておるわけであります。そこで三十六年度予算の前提となっておりまする三千九百三十億円、これは先ほど申しましたように三十五年度内が二千十七億、三十六年度分が千九百十三億、合わせて三千九百三十億であります。これは三十六年度予算の出発点になっておる前提であります。ところが三十五年度内にすでに、ただいま申しましたように、約一兆六千五百億の国税収入があります。これは専売益金は含んでおりません。そうなりますると、今申しましたように、当初予算に比べると三千百三十四億の増収でございますから、それと三千九百三十億の差額をとったら、申すまでもなく約八百億が残ります。そこで三十六年度における自然増収が、三十五年度当初予算に比べて三千九百三十億円だというそのことから、その測定を吟味してみますると、今申しましたように三十六年度の分は八百億でございます。三十六年度の国民所得の増加は、これは租税収入でございまするから、三、四カ月の時間のおくれがありまするから、これは暦年をとって判断する方がいいと思います。暦年をとって判断いたしますると、大体一兆三千五百億ばかりの国民所得の増加になります。これを内輪に見まして一兆三千億といたしましても、国民所得が一兆三千億の増加があるのに、国税収入は八百億しか増加しない、そんなことはありようわけがないと思います、しかし、これはだれがそれを信ずることができるかというのが私の疑問であります。どうか皆様方で御検討をお願いいたしたいと存じます。あるいはそんなことを申すと、先ほど申しましたように、余計なことを言うなと、いろいろ迷惑する人があるから、そんなことを言っては困るとおっしゃられるかもしれませんが、事実はこうだ、従って、すでにこうであるなら、それをどういう跡始末をするか、これが次の問題になるわけであります。すでにそういう事実が——すでに三十五年度の国税収入が専売益金を除きまして約一兆六千五百億になっている。これはもうすでに事実となってはっきりしております。たとえば三月は御承知の通りいろいろな確定申告なんかの時期でありますから、三月の租税収入の方が二月の租税収入よりも少ない、そんなことはありっこありません。当然多いわけでありますから、それらを考えてみますれば、今言ったような一兆六千五百億という税収が生ずることになります。そこで、くどいようでございますが、三千九百三十億からそれを引いたら八百億円しか残りませんぞと、三十六年度の国民所得が一兆三千億以上もあるというのに国税収入は八百億しかない、それしか見込めないと言ったら、これはだれも信じようと思ったって信ずることができないということになると思います。しかし、このような結果になりましたのは、経済成長が、国民所得の伸びが予想外に大きかったことであります。昨年の十一月の末ごろまでは、これは予想しなかったことなのでありますから、従って私はまだこれは、すでにそれがわかるようになったのは、先ほど申しましたように、一月二十五日の税収実績の報告があってから後でありますから、すでに大蔵省原案はきまり、政府案もきまり、それから国会に予算案が提出されたその後のことでありまするから、これは予算の審議の過程において、その時期において明らかになった条件であります。だから、私は決してこれがけしからぬなどと言うわけではございませんよ。しかし事実は事実として、これを明らかに理解していただきたい、認識していただきたい。そしてその事実に基づいて今後の処置に誤りないようにお願いしたいと思うわけでございます。そういう意味でございますから、どうか御了承いただきたいと思います。 そこで、こういうような事実の影響するところは私は大きいと思う。たとえば先ごろ、先ごろと申すのは日はいつでございましたか、これは一月二十七日かに経済企画庁が三十六年度における財政の対民間収支の見込みを発表しております。で、それによりますと、皆様御承知の通り、三十六年度における財政の対民間収支は千六百億の支払い超過になる見込みであると発表されております。しかし私がただいま申しましたように、国税収入の状況だけを考えましても、他の条件が経済企画庁の示されておられるような条件に変わりが全くなくとも、先ほど言った国税収入の急激な増加があることから見ますると、私の測定では千六百億の支払い超過ではなくて、逆に千二、三百億の引き揚げ超過になるか、財政収支が千六百億の散布超過になるのだから、金融は大幅にゆるむと、そういうことをそのままうのみにする人がありましたら、これは大へんな間違いになります。しかし、現在の金融界の規模、現在の経済の規模から申しまして、財政収支が千六百億の払い超になろうが、千二、三百億の引き揚げ超過になろうが、そんなことは影響がないとお考えになれば、これは問題になりませんが、私は二、三の金融界の方に聞いたら、それはやはり大問題ですよと言っておられました。しかし皆様、現存の経済の規模、金融の規模からいえば、そんなことはどうでもいいことでございましょうか、お考えいただきたいと思います。 もう一つの問題は、これは租税負担率の問題であります。 今の考え方のままで進んで参りますれば、国税、地方税全部を含めました租税負担率は、今度の三十六年度の予算案及び租税及び印紙収入の説明、あの書類の裏にも書いてありますように、二〇・七%である、あるいは二一%の程度である、租税負担率が、といわれておりますが、私の計算では、約二三%になります。二%の違いを生じます。二%の違いを生ずると申すことは、これは、三十六年度の国民所得は十二兆七千三百十億でございましょうか、その二%の違いでございまするから、これは約二千五百五十億だけ税金が多い、国税、地方税を合わせて。そういうことを表わす、そういうことを示すことになります、逆算いたしますと。そこで、三十六年度の租税負担率は、この測定は私は税収入をやや内輪に見積もってあります。ややと申しますのは、二、三%内輪に見積もってあります。それでも約三十三%になります。そこでもし、このごろときどき新聞などで聞くのでありますが、三十七年度にも千億以上の減税をしますよというお話を、よくそういう記事を見まするし、で、まあそれでちょっと国民を慰めているわけでありますが、しかし、これはその程度のことでありますると、三十七年度には租税負担率は二四%をこえます。千億以上、千億から千百億内外の減税を三十七年度にもやりますよという程度のことでありますれば、租税負担率は三十七年度においては二四%をこえると思うのです。なぜならば、税収の所得弾力性、国民所得の伸びよりも現在の租税構造の持つ税収の所得弾力性は税収の伸びの方が率が大きいのでありまするから、いわば税収の所得弾力性は一よりも大きいのでありまするから、所得倍増計画でこれから国民所得が増加していくといたしますれば、その伸びよりも税収の伸びの方が大きいのですから、租税負掛率はそれを、税収の伸びを帳消しするだけの減税がなければ——帳消しになる減税はどれくらいとお考えになりますか。一年にまず三千五百億の減税をすれば、これは二一%の程度に近く戻って参りましょうが、三十七年度に三千五百億の減税をする決心があるかといえば、私はないと思いますね。それだけの用意はないと思います。ですから、これは租税の負担率は毎年じりじりじりじり上がっていく。三十五年度には、ことしはもうすでに租税負担率は約二%であります。二二%をややこえるでありましょうが、二二%、先ほど言ったように、三十六年度は二三%、三十七年度は二四%というようにじりじりじりじり増加して参ります。そうなりますと、はなはだたとえがましい言葉を申し上げて恐縮でありますが、そうすれば、このままの考え方で改めずにいったら、所得倍増計画というものは租税負担率増大計画になってしまいます。そんなことはかまわねえということをお考えになるなら別問題でありますが、これはもうどうぞお考えおきいただきたい。何とかこれ跡始末をしなければいかぬ。それじゃ、その跡始末って一体どうするのかということでございます。しかし、二三%になると申しましても、それじゃどうしてなるのだ、なぜ、あいつはいつも景気のいいことを言い、はったりでも言っているとお考えになる方があるといけませんから、一応私の数字を示しておきます。三十五年度の国税収入の一般会計分は年度内の減税を差し引いて内輪に見まして租税及び印紙収入で、税収で一兆六千四百三十億、専売益金で千四百二十億、合わせまして大体一兆七千九百億であります。これは国税でございます。そこで三十六年度の国税を、専売益金も合わせまして増収見込額は大体国民所得の暦年の増を一兆三千億といたしまして、私は限界函数で測定いたしますが、内輪に見まして限界函数を二六・五ないし七といたします。そこで専売益金を含めました増収領は三千四百五十億と相なります。そのうち専売益金を引きますれば税収は約三千二百三十億くらいになると思います。そこで先ほど申しました八百億という数字は、三十六年度分の税収の自然増収として残るものは、三千九百三十億のうちの八百億だと申しましたが、四、八、三十二でありますから、八百億ということは三千二百億の四分の一だということになります。なるほど内輪に慎重に見積もるのはけっこうでございますが、四分の一にまで見積もらなくたって私はいいと思います。これはひど過ぎやしませんかと疑問を持っております。 それからなお地方税の、この地方譲与税も含めましてこれの測地も、私、これはやはりおととい自治省から地方税の測定の内容が出ております。おとといの新聞に大きく出ております、御承知の通り。そこで三十六年度の地方税、地方譲与税も含めました測定、これもやはり慎重に計算されてあります。どれくらい慎重にといって、三〇%慎重に計算されておると私は思います。それでそれらを合計いたしまして——先を急ぎますので、だいぶ時間を超過いたしましたので今おしかりを受けているところでございます、約二兆九千百億と相なります。国税、地方税を合わせまして二兆九千百億。従って国民所得に対して約二三%と申しているわけであります。 そこでこのような事態に対してどういう措置を必要とするかという結論の分に入らしていただきます。私の考えておりますことは、財政法の一部を改正して、減税基金を設置されることを私はお願いいたしたいと思います。それは、そのためには二十九年以降設置されておりまする国税収納金整理資金がございます。国税収納金整理資金がございますが、これはただいまはただ帳簿上の取り扱いやブッキングの働きだけしか持っておりませんので、これが活用されておりません。これを活用して減税基金を設置すると、そのために必要な財政法の改正、財政法、おそらく私第六条と第十二条の改正に関することだと思いますが、まず国税収納金整理資金を活用するということから考え始めまして、そこで、じゃあどうするんだと、そこで各年度の予算の編成におきましては税収の見込み額は慎重に行なうのはもちろんでありますが、約六、七%を内輪に見積もる、これは財務当局者として当然なさることだと思う。内輪に慎重にやるのは当然のことでありますから、五、六%の程度内輪に見積もるのは、これはアローアンスとして認めてよろしいんじゃないかと私は思います。そしてその自然増収見込額のうちで、少なくとも三五%ないし四〇%は、減税に充てていただきたいと思います。これはまだ減税基金の問題には入りませんです。そしてその上に国税収納金整理資金に国税収入が入って参りますから、その整理資金に入って参ります税収入が予算額をこえる部分があった場合には、これは毎四半期ごとに計算いたしまして、減税基金に繰り入れる。そうしてその税収超過額の二分の一を下らざる金額を減税に充てる、こういう措置をとっていただきたい。それに要する財政法の改正——おそらく第六条と十二条がこれに関連すると思います。だから、この国税収納金整理資金の中に入って参りますから、その額が予算の見込額よりも多くなった場合、それをそのうちの二分の一を下らざる金額を減税に充てる。二分の一なんかで、みんな向けたらどうだとおっしゃる方があれば、それは私なおけっこうでございますが、しかし、補正予算その他のものも当然これはあり得るのですから、何でも減税さえすれば何でも減税だとばかり、そんな一こくなことを申しているわけじゃございません。そこでそういう措置をとりますれば、国民から思いのほかに取り過ぎちゃった、あるいは思いのほかに取り過ぎたというのがいけなければ、思いのほかに入ってしまった、でもよろしゅうございます。入ってしまった租税収入を、自動的に納税者に返すことができることになります。それを減税基金を設けないで、翌々年度へそのまま繰り越したらどういうことになるか。それは一般会計になりますから、さあ、またここに予算があるぞということになりますから、各省の予算の要求がうんと出てきて、それを断わるのに、先ごろの三千二百億円の予算復活の要求の場合の大蔵大臣のように、実にお気の毒にすっかりお疲れになっているような姿を(笑声)毎日テレビで見まして、実に御同情申し上げた。あれじゃ私大蔵大臣、かわいそうだと思います。ですから、それを自動的に国民から取り過ぎた、あるいは思いのほかに入っちゃった、それを自動的に国民の手に戻るようなシステム、そういうファンドを作っておきたい、それに要する財政法の改正が望ましいと私は考えております。(拍手)そこでたとえば、どうぞ皆さんに御了解いただきたいのは、どうか皆さんの御決断によりまして、急速にただいま申しました趣旨の減税基金を設置していただきたい。そうすれば、それじゃ三十六年度においてどうなるんだ、三十六年度に先ほども申しましたように、補正予算後の税収見積もり、一兆六千五百億となる税収、その差額が約千五百億でありまするから、その千五百億のうちの約八〇%近くは所得税と法人税と酒税でありまするから、その二八・八は地方交付金になります。それを除きましたものがつまりどれぐらいになるだろうか。地方交付税交付金になるものは三百五十億と見れば十分だと思います。私は三百億から三百五十億の間だと思います。そうすると、あと千百五十億残るわけなんです。千五百億のうちから三百五十億を引きますから、千百五十億残るわけであります。千百五十億の二分の一を下らざる、すなわち大体五百五十億を、三十六年度に自動的に追加減税を行なうことができることになります。そうすれば、せめて国民の租税負担率が二三%になっていくということを防ぐことになります。そうして、そのうちには、すでにもう数カ月うちには、租税負担率が三十六年度は二三%になっちまうのだということは、事実においてわかってくると思います。現に、もうすでに大蔵省だって、それから大蔵省が、また政府が尊重しておられる税制調査会の方々だって、減税額が少な過ぎたということは、どなただって、もうお感じになっていることだと……。しかし、これはまさか、こんなに税金が、税収入がふえるとは思わなかったのだから、それは私、先ほど申しましたように、決してそれは誤りであったとか何とか責めるのじゃございませんよ。事実においてそうなってきたのだという事実を把握していただいて、そうすれば、なるほど減税額は少なかった、もっと減税できたのだ——これは政府の尊重しておられる、ことに大蔵大臣の尊重しておられる税制調査会の答申案の一番最初のところに、税制改正を論議する場合に前提となるものは、租税の負担率であると明らかにいっております。これは正しいと思います、その見方は。そして、この国民の租税負担率を、現在のように二〇%程度に押えたい、これが基本方針だと思いますという、それは私は正しいと思いますし、その方針は賢明だと思います。どうか、その方針を私は貫いていただきたいと思っておるのでございますが、今直ちに、一ぺんずっと離れちゃったものを旧に戻せと言ったって、それは無理だと私は思います。従って、今後において、できるだけ早い機会にその跡始末をする。跡始末をするそれのために、できるだけ早く、そして円滑に、有効に、租税負担率が二三%になり、四%になって、じりじりふえていくというのを、できるだけ早く、できるだけ押えるという趣旨から申しましても、これはやはり安定的成長の財政策として必要なことだと私は思います。安定的成長の財政策としては、租税負担率は幾らになったってかまわないのだと、そんなことはできっこありません。倍増計画におきましたって、大体租税負担率は、目標年度において二一・三と、いわば強含み横ばいということになっておるのでございますから、これはどこまでも、負担率が増大したってかまわないのだということは、どなたも考えておるはずはございません。そこで私の案をとりますれば、この案を御採択いただければ、租税負担率が野放図に増大していくことも防ぐことができると思います。さような意味で、私はこの今申しました国税収納金整理資金を活用して、減税基金を設置するということが——そのためにまた必要な財政法の一部改正を行なうことを——ことに第六条と十二条だと思いますが、この一部改正を行なうということが必要だ、こう考えまして、本日の機会に私の私見を申し上げさせていただいた次第でございます。御清聴ありがとうございました。(拍手) 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○委員長(館哲二君) 次に、時子山参考人にお願いいたします。
○参考人(時子山常三郎君) 時子山でございます。 私どもに与えられました問題は、三十五年度第二次補正予算ということになっておりますが、理論的な内容から申しますと、三十一年度の補正から出発しておりまして、国会の皆さん方もすでにいろいろな角度から論議、審議されておるところでございます。私どもも自分の仕事の関係上、大てい皆さん方の御意見を拝聴もしておりますのでありますが、そこで、本日私は今まで皆さんがおっしゃらなかった角度から、たとえば私ども学校におりますので、この問題についての基本的な観点から一度ここで私の意見を申し上げてみたいと思います。 現行の日本の財政法はもちろんこれは終戦後できたものでございますが、これを財政史あるいは財政学理論の流れから見ますというと、私は自由放任時代の財政事実を前提とした、その流れをくむものと考えております。たとえば、御承知のようにこの財政法は総額予算主義をとっておるのでございますが、これはもちろん旧憲法のもとでもそうでありまして、旧憲法では総予算という言葉さえ使われておるのであります。これは新憲法におきましては総予算という言葉を使うというと特別会計をともすれば一般の人たちが忘れがちになる。英語のおそらくゼネラル・バジョットというのを総予算と訳したのだと思いますが、あるいは一般予算ということの表現をしていたと思うのでありますが、新憲法ではその言葉を使っておりませんけれども、明らかに総額予算主義をとっておる。なぜ、こういうものができたかと申しますと、歴史的に見るというと、国会の皆さんはこれは納税者の代表としてその納税をされた資金を国がどういうふうに使うかということを審議なさるわけでございますが、そういう立場からしますというと、予算の全貌を明らかにしてもらわなければほんとうの審議はできないというのが、私はこの総額予算主義がとられてきた大きな歴史的事由だろうと思うのであります。従って、予算の全貌を明らかにせよということが財政史の上では予算の公示性の要求として現われてきております。あるいはまた予算不可分の原則、すなわち時の権力政府と納税者の代表がいろいろやりとりをしているうちに権力政府の方は、できれば内分に都合のいい予算を組みたいためにこれをばらばらにする、これに対して納税者の代表は、ほんとうに国政を審議するためには予算を統一的一体性を持ったものとして示してもらわなければ困る、予算不可分の原則というものが主張されておるわけであります。そういう大きな原則の上に立っておるのがこれは私は今日の日本の財政法だと思います。これに関連して今度の予算を考えてみますというと、第二次補正予算は、事実は三十六年度の収入をもってまかなうべきものを三十五年度の収入であらかじめ補正しておくという形をとっておるようでございますので、これは予算の分割になるんじゃなかろうか、私はこういうふうに考えておるのでございます。 それからこの現在の財政法は御承知のように単年度制をとっておるのでございます。あるいは会計年度の独立制というものをこれははっきりとっておるわけでございます。こういう制度が一体どうしてできてきたのか。これもわれわれの今までのいろいろな財政学者が言っており、あるいは財政史に残っておるところから見ますというと、これは明らかに自由放任の建前をとってきておるのでありまして、といいますのは、暦年になるべく沿うた会計年度をとる——これは必ずしも会計年度は一年でなければならないという理論的なものはございません。事実に応じてできるだけ民間の経済にじゃまにならないような形で予算は編成さるべきものであるというようなところから事実上この単年度制がとられてきておるように思います。時にはインフレーションに備えて六カ月の予算を組んだり、あるいはこの新財政法のもとで行なわれておりますように暫定予算というものもございます。しかし、通常は一カ年ということになっておるのでありますが、ところがその会計年度の中で入った収入、その年に入った収入をもってその年の経費をまかなうべきであるというここにまた原則に立っております。これはこの自由放任の時代にはできるだけ国は仕事をしてはいかん。社会における活動は各人の自由にまかすべきである。従って、経済におきましても政府が収入として取り上げるものと、それから経費として出すものとはその年度間においてはできるだけ均衡をとるようにする。古い均衡予算説はここから出てきておると思うのでありますが、そういうことでこの単年度制、それからこの会計年度の独立制というものをはっきりとっておる。これが私は現在の日本の財政法の大原則である、こう考えております。ただし、この原則だけでは運営がうまくいかないので、この原則を補完するものとして二つの予算というものが認められておりまして、一つは経理上の理由から特別会計予算というものが認められ、一つは時間上の関係から追加予算が設けられることになっております。三十五年度の第二次補正はこの特別追加予算というところにかかってきておるのだと思うのであります。これは明らかに原則の例外であるといわざるを得ないと思うのであります。こうして単年度制によるこの原則をもって予算全体に統一的一体性を与え、ただし、剰余金はこれは当然予想されなければなりませんので、剰余金の規定を別に設けまして、現在の日本の規定によりますというと、その二分の一を下らない金額というものを翌々年度までに——だから翌年度でもいいわけでございますが——までに公債や借入金の償還に充てるのでなければならないことになっておるのであります。この場合に「他の法律によるものの外」とこうなっております。「他の法律によるもの」という場合には私は今度の補正で申しますと地方交付税交付金九十億ですか、それがちょうどそれに当たるのではないかと思うのであります。従いまして、これは剰余金から当然はずされていいことだと思います。しかし、産業投資特別会計に繰り入れる分ははたしてそれに当たるかどうか、ここに私は疑問があると思うのであります。もちろん産業投資特別会計は一つの法律でありますけれども、ここにいう「他の法律によるものの外」というのに当たるのかどうか、こういうことがいえると思います。 そこで、現在皆さんが問題にしておられます財政法第二十九条いわゆる例外規定、補完規定について申し上げますと、これは明治憲法下における旧会計法における欠陥を是正する意味でこういう厳密な規定になったように私考えております。で、今日の憲法並びに財政法をごらんになるときに、旧憲法、旧会計法と引き合わせましてほんとうの意味がつかみ取れる、私はいつもそういうことで学生に説明しておるのでございますが、そこでこの旧会計法の三十九条、特別会計に関する規定をちょっと申し上げますというと、こうなっておるのであります。「特別の須要により本法に準拠しがたきものあるときに特別会計を設置することを得」ところが、戦前から国会におられる方は十分御承知と思いますが、「特別の須要により」と、原因はこうなっておるのであります。ところが、政府は特別の須要による、と、こういうけれども、国会の方では特別の須要でないというところで、これは政治論が水かけ論にしばしば終わることがあったのでありますが、そこで財政法第二十九条は「内閣は、予算作成後に生じた事由に基き必要避けることのできない」「経費に不足を生じた場合に限り、」こういう、追加予算を出し得るのを限定してしまったのであります。だから、これ以外に追加予算を出すことはできないのみならず、「予算作成の手続に準じ、追加予算を作成し、これを国会に提出することができる。」と、補完規定でありますから、「できる。」と、こういうふうになっているのであります。今もちょっと申し上げましたが、こういう「予算作成後に生じた事由に基き」というふうな限定をしてありますのは、戦争前の国会の中で、これは日本ばかりでございません、外国の歴史にもいろいろございますが、最初から予算の編成がずさんであった、すなわち当初予算ですでに盛り込む必要のあったものを、ずさんであって盛り込まなかった、あるいは議会対策を考慮いたしまして、一般会計なり特別予算なりの当初予算に組むことができたにもかかわらず、わざとこれをはずしておいて、そしてあとで時間の関係からこれを追加するということで、追加予算の提出が行なわれる、こういういわゆる政略といいますか、そういうことが行なわれる可能性がこれだけの規定ではありましたので、そこで新財政法第二十九条は、今申し上げましたように、「内閣は、予算作成後に生じた事由に基き必要避けることのできない」「経費に不足を生じた場合に限り、」追加予算を出すことができる、こういう規定になったかと思います。そこでこの同じく第二十九条の第二項で修正予算をまた別に規定したのであります、これは「内閣は、前項の場合を除くの外、予算の成立後に生じた事由に」基づき、これは修正予算でありまして、追加予算とは区別してこういう規定を設けているのであります。でありますから、原則に対しまして、補完規定をこれは設けてあるものだ、こういうふうに解釈してよろしいのではないかと思います。今申し上げましたように、総予算主義あるいは単年度制あるいは会計年度独立の原則、予算不可分の原則というふうなものを前提として、今日の日本の財政法ができ上がっている。この前提を頭に置きまして、三十五年度の第二補正を見ますというと、三十六年度には経費が窮屈になるだろう、そこでこの三十五年度に入った収入をもって、あらかじめそれに備える必要がある、こういうふうな説明をなさっておるかと思うのでありますが、実は今申し上げましたような原則に立つ日本の現行の財政法は、そういう予算の編成を予想していないのじゃないか、私はそういうふうに考えるのであります。三十六年度の収入をもってこの産投会計の経費に充てるというのが、これは現在のやはり財政法の規定に忠実なるものでないか。それから三十五年度の必要だということでありますれば、総予算主義の立場から、産業投資特別会計におきましても、交付税及び譲与税配付金特別会計が、今度の措置によって補正されておりますように、やはり産業投資特別会計にも、これはやはり予算の建前からいけば補正が行なおれてしかるべきものではなかろうか。私の知っておる限りでは、これは行なわれていないのじゃないかと思います。そういたしますと、まだ産業投資特別会計の方は資金には繰り込まれていないのでありまして、その資金に、産業投資特別会計の資金に繰り入れるに必要な経費としてこれは予算に盛り込まれておる。来年度になりまして産業投資特別会計に予算措置がとられるときには資金になる金であるけれども、この一般会計に、補正に関しては繰り入れるに必要な経費である。そうすると、これを資金扱いできるのかどうか、私こまかい法律の規定は存じませんけれども、内容から見ましてこれを資金として扱ってよろしいのかどうかという疑問を持つのであります。産業投資特別会計に繰り入れるべき資金になるのではなかろうか、こういうふうに考えるわけでございます。ところで、もしこれを経費であるとするならば、三十五年度の補正で三十六年度予算を、あらかじめ予算に対して備える経費をここでとっておくということは現在の予算の建前で認めておるのかどうか。先ほども申し上げましたように、私は日本の財政法はそういう政策というものを実は予想していない、その上でできておる現在の財政法ではないかと思います。「必要避けることのできない」というものも私は表現通り「不足を生じた場合」であって、三十六年度にこれがどうなるかわからない。現在それに対して備える予算措置をすることは財政法上どうであろうかという疑いを持つのであります。のみならず、今、高木参考人も触れておられましたが、三十六年度の税収の増収というものは相当あるのじゃなかろうか。税が改正されて参りましたので、少し変わってきておりますが、所得が一ふえれば税収は一・五ふえる——そこまではいかないかと思いますが、とにかく多くなるということに予想されるのでありますが、それにもかかわらず三十六年度の収入でもってあらかじめこういう補正をすることが緊急な必要であるかどうかということが私はやはり問題になるのじゃないかと思います。そこで問題は、こういう財政法の問題を今最初に申し上げましたように歴史的な段階に合わして考えますというと、たとえばこの第二補正の三百五十億というたな上げでありますが、こういうことを財政法そのものが予想していない。そうすると、そういう予想していないというので、しからば政府の現在とっておるようなああいう政策はいけないのかというと、私はこれは当然だと思うのです。現在、池田政府のとっておる実際の政策というものは、私はああいう政策は、当然これはとらるべきものだと思います。これを財政学者の言葉で表現いたしますと、私はフィスカル・ポリシー、最近日本の学者たちが盛んにいっておりますフィスカル・ポリシーに相当するものではないか、今日の池田内閣のやり方は……。ところが、日本の現行の財政法はそのフィスカル・ポリシー以前の財政事実を前提としてでき上がっておる、こういうことがいえるのでなかろうか。すなわち自由放任というものの終えんが説かれて、そのあとに出てきたのがフィスカル・ポリシーでありまして、御承知のようにイギリスに有名なケインズという学者がおりました、もうなくなりましたが、一九二六年にザ・エンド・オブ・レッセフェール——自由放任の終えんという書物を書いた。そしてそれから十年の経験と思索を経まして一九三六年に例の一般理論を、ゼネラル・セオリーを書いておるのでありますが、その中でフィスカル・ポリシーをいうものを彼は説き出したわけであります。これはもちろん彼は頭の中で整理したのでありますが、事実、自由放任の建前をとっておるにもかかわらず、の財政は、フィスカル・ポリシーという彼が名をつけたような形で現実処理をして参っておった。そこで、頭の中で、自由放任は正しいというふうに考えておるけれども、実際はそうでないんだ。やはり政府が相当手を加えるのでなければ、この経済というものはうまく動かないんだと。たとえば、よく言われます完全雇用ということについて申し上げますというと、自由に放任しておけば完全雇用の状態に近づくんだというふうに、自由放任時代は考えておりましたが、ケインズは、そうでなくて、何らかの財政投資その他の形で政府が手を加えることによって完全雇用の方向に向けていくことができるんだというような大きな見解の展開からフィスカル・ポリシーというものが行なわれて参った。そうすると、従来の財政とフィスカル・ポリシー、たとえば従来の財政をフィスカル・ポリシーに対応する言葉で言うと、英語で申しますとパブリック・ファイナンスと言っておる、これとどういうふうに違うかということを申し上げますというと、これは昨年日本にも参りまして、ナチに追われてアメリカに移住していて、まだ現在定住している人でありますが、ゲルハルト・コルムという人がおります。この方面の世界の財政学の第一人者であると言うことができると思いますが、コルムは、こういうふうな説明をしております。それを彼の言葉通り申し上げますとえらくかたくなりますので、くずして申し上げますが、フィスカル・ポリシーというものは、国家の支出政策あるいは収入政策、あるいは公債政策、そういうことを行なうことにおいては従来の政策と何も変わりはない。しかし、次の点を十分考慮するんだ。考慮する範囲が広くなったわけでありますが、従来の自由放任の建前では、そこまで考慮しなくても予算編成をなすことは認められておったけれども、フィスカル・ポリシーは、新たに十分考慮すべきものを加えてきておる。どういう点であるかと申しますと、国家の支出政策、収入政策及び公債政策を行なうことには、今申しましたように、従来のパブリック・ファイナンスと変わっていないけれども、フィスカル・ポリシーが特に十分配慮するのは、資源の配置や資金の流れ——これはコルムの言葉を持って参りました。資源の配置や資金の流れが影響を受ける。すなわち、そういう財政政策によって影響を受ける。ひいては所得、価格、雇用及び生産水準にまで影響が及んでいくわけでありますが、そういう点について十分配慮して予算を組む。これは、従来の財政政策では積極的にこういう手を加えるというふうな建前をとってこなかったのであります。 で、これに引き合わしてみますと、三十五年度の補正予算の三百五十億というものはこれをたな上げしておいて、所得倍増政策のてこ入れのために今からとっておこう。すなわち、生産水準を高めることによって所得倍増政策を実行していくということのために政府がそういう三十五年度の補正をやっておるのでありますので、私は、フィスカル・ポリシーのこれは実践であると言えようかと思うのであります。 こう見ますというと、今日の政府のとっておる財政政策は全く現段階に合った政策でありまして、これは私どもは何も間違いだとか不当だとか申し上げることはできない。むしろ、私は、こういう政策をとる必要があると思うのであります。そうすると、問題がここにこうなります、現在の財政法ではそういう措置は許されぬけれども、実際上の財政政策としてはそれは当然認めらるべきものである、こういう私は解釈になろうかと思うのであります。 そこで、問題は、今日の実際の財政政策に必要なように財政法を改正すべきでないか。私、国会の皆さんの議論、政府の御答弁をいろんなもので読みまして、これはいつまでたったって解決しない、私はそう思っておるんです。その疑いがありとおっしゃる方も確かに理屈を持っていらっしゃる。政府の方でも、これをやらなきゃならぬじゃないか、なぜ悪いんだとおっしゃるのも、私は、当然理由があると思うんです。問題の根本は、もう時代が違っておる、しかるにもかかわらず、財政法は依然としてもとの前提の上に立っておる、こういうことでなかろうかと思います。で、これにつきましては、ペダンチックなことになりますが、ヘーゲルを思い出していただきたいのです。ヘーゲルは、法律と社会とは一致しておる時代はいい。しかしながら、個体の成長においてその成長が不均衡になることがあるように、法律も現実社会が成長しておるのにこれに合わぬことがある。しかるに、依然としてそのもとの法律を固執すればそこに矛盾が起こるんだ。こういうことを彼の弁証法で言っております。弁証法をとるかとらぬか別問題でありますが、とらなくてもこれは私真理だと思う。ちょうど財政法が今そういう場面に直面してきておるのではないか。実際に合うようにこれは改正すべきであって、今日まで皆さんがおやりになったり政府がいろいろ苦心されておる——これは私は水田さんがやせると思うんです。ずいぶんこれは苦心して答弁されておると思うのでございます。そういうことはやらないで、実際に合うように修正をされればこれはよろしい。堂々とこれは修正すべきものは修正なさったらいいのでないかと思います。で、今度与野党の皆さんでいろいろな御審議をなさいます。これを修正するかしないかということを財政制度審議会で御研究なさるということでございますが、私は、六年かかってやっといいところへ落ちついたのじゃないかと思いますので、今のようなことをお考えいただくと、やはりこれは修正すべきものである。あまり苦労してこれでいいんだということをなさらない方がいいのじゃなかろうかと、こういうふうに考えます。これだけ申し上げます。(拍手) —————————————
○委員長(館哲二君) それでは、両参考人に対して御質疑のあります方は順次御発言を願います。問題はきょうの主題だけに一つ限って、だいぶ時間も経過いたしましたが、お願いしたいと思います。
○大矢正君 高木先生にお伺いをいたしたいと思うのでありますが、実は一番最初お話を下さいました雄川先生は、これは、財政法の違反であるとかないとかという問題、法律の違反であるとかないとかという問題ではなくて、政治的な判断によるものではないか、政治的に判断をすべきものではないか、こういうような御説明なんです。それから最後の先生のお話は、まあこれは疑義があるから財政法を直した方がいいではないかと、より積極的な御発言があったように思うのであります。そこで、実は先ほど高木先生もいろいろ自然増収の問題についてお話がございました。私も先月の十六、十七日の補正予算を審議しました委員会で、大蔵大臣とそれから総理大臣に、国民所得の中に占める租税負担の割合というものが当初三十五年度の予算からいきますと二〇・五%だけれども、その後二回にわたって補正が組まれておりまするし、さらにその第二次目の補正以後においてもなお池田総理自身が三百億ぐらいはまだ自然増収があるのではないかというふうに言っておられますから、そういう意味においてはかなり租税負担の割合というものが高まってきたのではないかといって大蔵大臣に聞きましたら、大蔵大臣は、二〇・七%ぐらいに三十五年度の決算ではなるのではないか。しかし、これは私は大蔵大臣はおそらく勘で答弁をされたのであって、資料の裏づけというものはないのじゃないか、こういうふうに考えておりましたけれども、ついでに、所得倍増計画に基づくところの租税負担の割合はどの程度かと聞いたら、総理大臣は、二一%ぐらい。将来十年間の計画でありますから、これから五年たち六年たちした以降はどの程度になるかは別にして、答弁は二一%程度だと、こういうふうに考えておるという答弁でございました。そこで、先生のお話の中にも、自然増収はこれは三十五年度においてもそうでございまするし、三十六年度においてもかなり大幅に見込める。こういうような段階の中におきまして、私どもも実は先生と同様に考えておるわけであります。そこで私は二一%以上に、もし租税負担の割合が高まった場合に、減税を大幅にするかと言って聞きましたら、まあ二一%を上回ったら政府も積極的にやりたいと思うという答弁でありましたので、そこで私は質問を終わっておいたのでございますけれども、こういうふうに自然増収というものが大幅にありまして、経済が、停滞もしくは後退時期と違って、租税収入というものは前年度よりも必ず大幅にふえるという見込みが私は立つと思うのです。もしそれが立たないならば、所得倍増計画もできませんから、おかしな話になってくるわけであります。そうなって参りますと、先ほど来の財政法との関係で特に考えなければならない問題は、政府はこの予算にある程度弾力性を持たしていかなければならない。そのためには、まあ資金の中に金を繰り入れてやっていくのだ、こういう話なんであります。しかし、われわれに言わしめますならば、そこで弾力性を持たせなくても自然増収がどんどんふえていくわけでありますから、私はあえてそこで弾力性を持たせなくてもやっていけるのではないか。税収が下がっていく場合に、景気が後退したり、景気が停滞をして税収入がこれ以上見込みがないとか、あるいは少なくなるとかいう段階でありますれば、これは問題は別でありますけれども、どんどん自然増収がふえていく最中でありますから、予算にそう幅がなくても、私は仕事はやれるのではないかという解釈を持っておるわけであります。そこで、政府の言う弾力性というものに対して、非常に私自身は疑義があるわけであります。政府は、結局そういう幅を持たなければならないという立場からやるのであるから、これは財政法の違反ではないのだと。ひるがえって、先ほどの雄川先生のお話は、これはまあ法律的には違法であるとか違法でないとかいうのでなく、政治的に問題を判断すべきではないかという話でありますから、それでは、そこまで問題を下げてみましても、弾力性は、自然増収がありますから当然出て参りますし、それから先生も御存じの通りに国債の整理というものは三十七年度以降に実は集中しているわけであります。三十七年度に、私の記憶に間違いがなければ、たしか三百何十億、それから三十八年度には七百億ぐらい国債を集中して整理しなければならない。当然借りかえ等もございましょうけれども、かなりの国債を償還しなければならない。ですから、三十五年度は剰余金として二分の一は国債の減債基金に充て、二分の一は当然三十七年度の歳入として見込まれるわけでありますから、三十七年度の歳入として見積もっていくという、こういういき方が私は財政法の解釈上、政治的にも当然な立場ではないかということを実は考えておったわけでございますけれども、先生の御所見を一つこの際お伺いしたいと思うわけです。
○参考人(高木寿一君) 今、委員長から時間がだいぶ長くなったからというお言葉でございましたが、それは私が長くおしゃべりしたためだとおわびいたします。 今のお話では、三十五年度の第二次補正でございますな、私今お話の二月十六日及び十七日のこちらの会議の記録を拝見いたしまして、これはどこから間違いが起こったのか、そういう財政法の違反であるとかないとかいう話が、どこから始まったかということを考えてみますと、その起源は、先ほども申しましたように三十六年度の自然増収が三十五年度当初予算に比べて、三千九百三十億、その中に三十六年度分は千九百十三億と出ておるでしょう。そこで復活要求が三千二百億ばっと出ましたね。そうすると、それをどれか受け入れればこちらの省が承知しない、こちらの省が承知しないでおさまりがつきませんな。しかし、三十六年度の自然増収は千九百十三億ですか、それは動かさなかったわけですな。動かさなかったから三十六年度の方には財源の余裕がないと見たわけですな。ところが三十五年度内は、同じことばかり言って済みませんが、二千飛んで十七億で、三十七年度は一千九百十三億というその見込みは、先ほど申し上げましたように十二月の二十日ごろまでの税収実績を、あるいは十一月末のものを基礎にして内輪に見ました。少し私は内輪過ぎると思いますが、内輪に見ました。それをそのまま一月の十九日の政府案の閣議決定まで変えませんでした。しかし、私はここでおかしいと思いますのは、先ほど申しましたように一月二十四日に税収の報告を出しております。なるほどお正月の休みは五日くらいにあったかもしれません。もっとも大蔵省としては、お正月の休みもなしに働いていました。それは気の毒だと思いますが、けれども十二月までの実績、ただいま申しましたような数字、それは二十四日に出たのですから、政府案の決定以前にほぼ概観がわかったはずです。ところが概観がわかりますと、おかしなことが起こる、復活要求三千二百億円はのめるわけですよ。しかし、それはのめないでしょう。のめないから三十六年度に持っていかなければいけないが、三十五年度の方が税収が見込みより多くなったから、そこはくつがえしたわけです。そのことは二月十六日のこちらの委員会でも、木村さんの御質問に対して水田さんがお答えになったのに出てきます。初めまでは三十六年度でやろうと思ったが、いろいろ閣議とか何とか、熟慮の結果とか出ましたな。やはり三十五年度分の税収が多いということがわかったので三十五年度分にいたしました。しかし、これはやらずに済むならやらない方がいいには違いありませんと速記録に書いてございます。そういう意味のことが。けれども法律的には財政法違反じゃない。しかし、これはやらないで済めばやらない方がいいと私も思っていますということをおっしゃっております。やらない方が御自分がいいと思っているのに、なぜやらなければならなかったかというのは、結局三十六年度の税収見込みが、一千百十三億だけ考えたわけです。ところが今お話が出ましたが、そこに私の計算では税収だけ考えてみますと、先ほど申しましたように三十六年度の自然増収は三千二百億、ところが政府の今申しました見積もりでは一千九百十三億、ずいぶん違います。その違いがどこから出てきたかということになる。これは財政法の問題と非常に離れますけれども、これは税収の測定方法に欠陥があるのではないかと私は思います。税収の測定方法については、例の実績の積み上げ方式ですから、その実績なるもののファクターが不十分であったということです——いや、不十分じゃない、そこに私が一月の初めごろに大蔵省の測定方式に対して疑義を、疑問を持ちまして、もう一ぺんお調べ願いたいということを申しました。それに対する答えが、二月の中ごろにその雑誌が出ました。財政経済弘報が二月十三日に出ました。それはなかなかよく書いてあります。それは大蔵省の若手の諸君は勉強家ですから、なかなかよく書いてあります。よく書いてありますが、私のふに落ちないことが一つございます。ちょっと御質問の趣旨からそれるようでございますが、ちょっとごかんべん願いたい。それはごく簡単なことなんです。それは税収の測定のファクターといたしまして、例の税収の所得弾力性の問題がございますが、その数値の問題ですが、これは一番大きな租税は、もちろん法人税です。それは大蔵省の方の方がお書きになった非常にいい論文ですが、私も教えられました。その中に、法人税は比例税だから、所得の弾力性は、理論的にいえば一であるはずだ。私は、なるほど比例税ですから、一であるはずだ、理論的には一である。何ともあたりまえだと思うかもしれないが、それはとんでもない間違いです。なぜならば、税収の所得弾力性というのは、法人所得をも含めている国民所得に対する弾力性。法人所得の増加額のうちで、法人所得のウエートは一でありませんから、大きいですから、国民所得の総額の伸びが、一兆三千億であっても、その中でもって一番大きく動いているのは法人所得でございましょう。だから法人所得の伸びに対して法人税の弾力性は、比例税だから、法人所得に対する弾力性は一でございます。それは理論的によろしい。法人所得を含んでいる国民所得の全体としての割合からいえば、国民所得がふえているのは、一兆三千億の中でふえている法人所得の伸び率が大きいんですから、それを考えれば私の測定は三・四です。大蔵省の方の書いてあるのは一です。二・四違います、二・四。国民所得が九・二%増加している、あるいは九%増加したといたします。九%国民所得が増加して、約一兆三千億増加しているときに、国税収入で一番大きいウエートを占めている法人税の弾力性を一というか、三・四というか、二・四の違いが千三百億の国税収入の測定の相違に出てくる。そこで、私は国税収入だけで言えば、先ほど言ったように三十六年度は千九百十三億じゃなくて、三千二百億だと私は測定をしたわけでございます。そこで、今申しましたように、いやそうじゃない千九百十三億しかないんだと言えば、そこへたくさんの復活要求が出ても、とても応じきれません。そこで三十五年度に持ち込んだんでしょう。移すことはやむを得ずやったんだが、やらずに済めばやらない方がいいんだと自分でも思っているんだとおっしゃっている。そこで私は、先ほどからお話しがありましたように、財政法違反であるかと……。私は、違反ではないとしても、やらずに済めばやらない方がいいことだということは言えるんじゃないか。ですから、それはやらない方がいいのだ、違法じゃないけれども、やらない方がいいんだという。そういうことならば、やらない方がいいことをやることが許されるような財政法なら、それは改正する方がいい。そのままにしておいてやらない方がいいんだと思うけれども、法律がこうなっているからやってしまうということで、例を作ることになりましょう。もうすでに三十一年から例を作っています。で、私はその点は改正しなければいけないと思っております。 どうも取りとめのないことを申しました。
○木村禧八郎君 時子山先生にお伺いしますが、ただいまの先生の御意見で非常にはっきりしたわけですが、政府の方は大体四十四条で逃げるというと変ですが、四十四条の規定に、特別の資金を持てるということで説明しておるわけですね、それが唯一のよりどころなんです。それでフィスカル・ポリシーのお話し非常にごもっともでございます、しかしただ、先生が、自由放任の経済をもとにして財政法が作られている、こういうお話しでございますが、それと同時に、やはり民主主義というものの原則というものが非常に強く取り上げられておりまして、納税者の立場を守るという点から、やはりかなり厳密に規定しなければならぬ点もあると思うのです。ですから、すぐ自由放任時代の財政法であるというだけで、それをルーズに、時代に合わなくなったからその規定を改正していいというふうにはならないと思うのですけれども、しかしただいまの御説明によって、少なくとも二十九条に違反しているということは非常にはっきりしたわけです。われわれも、なぜこれを改正して予算を出してこないかということを言っているわけです。フィスカル・ポリシー自体を否定しているわけじゃない。ですから違反しているのに、違反の疑いがあるままで通してしまうのはおかしいじゃないか、これをはっきりしてから採決すべきだということを主張したわけです。先生の御説明によりまして、二十九条に違反しているということは非常にはっきりしたわけですから、先生は改正せよということですね。その点、非常に有益であったと思います。 そこで、はなはだ恐縮でございますが、時間もございませんので、ちょうどいい機会でございますので、直接この問題には関係ないのでありますが、この機会に先生の御意見を伺っておきたいと思うのです。しょっちゅう財政法上疑義を生じてわれわれ迷っている点が一つございますので、先生の御意見を一つ拝聴したいと思います。それは予算空白の問題なんです。時間がございませんから簡単に申し上げますが、予算不成立の場合、予算が不成立の場合について、憲法も財政法もはっきりした規定がないわけです。そこで、たとえば暫定予算がかりにこれが否決されたような場合には不成立になってしまうわけですね。そういう場合にわれわれ困るのは、暫定予算が出てきたとき、これをかりに不成立に終わらしてしまうと、空白になって、それは国会の責任だというようなことになると、非常に困る点が出てくるわけです。ところが憲法にも財政法にも、空白になった場合の規定がないわけです。それから、衆議院から非常におくれて予算が参りますと、参議院は、大体三十日審議する権利があるわけですが、ところが、おくれて参りますと、新年度が始まるまで期間がございませんから、そこで非常に審議を急がれるわけですね。暫定予算を組めばいいけれども、暫定予算に政府が政策的な予算なんか盛り込んできた場合、われわれ判定しなければならない。そういうときに不成立に終わる危険がある。そういう場合には、結局、憲法八十五条によって国会がこれは何か処理しなければならぬのだと思うのですけれども、どういうふうにこれを処理したらいいものか、いつもどうもそこのところが迷っているわけでありますから、せっかくの機会でございますので、御意見を承わりたいと思います。
○参考人(時子山常三郎君) 初めのところからお答えしたいと思います。財政法は改正する必要があるという点につきまして、木村さんから、今のは民主主義でいいところもあるのだというお話しでございますが、もちろん私はそれは尊重しなければならぬと思います。ただ、実際に合わなくなった点だけを改正する。実は今日の財政法は、よくできていると思う。なかなかかつて見ないような、世界の財政法の中でも日本のは非常によくできていると思います。だから、そういう点はもちろんこれは改正すべきではないので、実際に合わなくなった点だけを改正すべきじゃないかと思います。 それから四十四条の資金の問題でございますが、これは特別会計を設けた場合に、先ほど申し上げました三つの場合を限定しているわけです。その中の資金会計というのがございますが、そういう資金を持つことができるというのをここで考えたのじゃないか。予算のほかにある資金ということを先ほど何か政府がおっしゃったように伺ったのですが、予算のほかに資金を、私は現在の財政法、憲法のもとで持てるかどうかということは、これはよく知りませんが、疑問に思うのですが、ところが今度の資金は、資金というけれども、特別の資金をもってこれを運用するという場合の資金が普通の資金ではないかと思うのですが、ところが今問題になっている資金は、場合によっては次年度の経費に充てるという資金ですね。この資金はおそらく私は今日の財政法は予想していなかった、そういう性質の資金は。そこにやはり資金としては問題があろうかと思います。 それから最後の、これは大へん重要な、重大な問題でございますが、暫定予算の問題です。これは御承知のように旧憲法のもとにおきましては、実行予算という前年度予算の踏襲です。それを旧憲法は認めておったわけです。国会がどうしても政府の提出の予算案を承認しない、ほうってしまう、しかし予算がなくちゃ困るというので、旧憲法は、前年度予算を施行すべしという、実はこれは伊藤博文がグナイストから知恵をつけられて、政府は実は国会で弱っているから、入れろということで入れられたわけです。従って、政府の方は旧憲法の方が非常に都合がよかったわけです。新年度の予算が通らなければ前年度の予算を施行できるのですから。そういうことは認めておりますから。新憲法はこれを全面的に否定しております。これは財政民主化のためでございますが、そうなると何らかの措置がなければならぬということで、御承知のように暫定予算の制度ができたのでございます。そこでこの暫定予算が提出されました場合に、野党の方で承認しがたい場合があったらどうするかという、そこに問題があるのじゃないかという御質問かと思いますが、私の理解しておる限りにおきましては、この暫定予算の中には、政策費は織り込むべきではない、与野党にかかわらず、どうしても国が仕事をする上において必要な経費だけをこの暫定予算に織り込むべきであって、政策費は織り込むべきでないというふうに解釈しておるのでございますが、そうなりますと、これは野党の方が承認できないというふうなことは起こり得ないことを前提としてこの制度があるのじゃなかろうか、そういう運営をしていただきますと、別にこれに対して新しい規定を設ける必要がないのじゃなかろうか、運用上の問題として解決つけ得るのじゃなかろうか、またそれを期待してこの概定予算ができておるのじゃなかろうか、こういうふうに考えております。
○木村禧八郎君 先生、予算不成立の場合ですね、ただいまの暫定予算が成立しないという場合以外にも、まだいろいろあるわけなんですね。たとえば衆議院が予算を否決したりまたは可決しない場合とか、あるいは災害その他で召集が不可能の場合とか、あるいは衆議院が解散されて国会として機能を果たし得ない場合とか、いろいろあるわけです。そういう場合も含めてその予算不成立の場合の規定が全然ないわけなんですね。そういう場合にどうすべきかということなんです。
○参考人(時子山常三郎君) 今おっしゃったような災害その他によって不成立の場合というふうなことがあるいは予想されていないのじゃなかろうか、もとは非常に都合がよかったのか、前年度の予算の施行ということがあったが、それに対して暫定予算しかないのじゃないか、今お話しのようなことが万一起こりますれば、やはりこれは問題、むずかしいことになるのじゃないかと思います。そうなりますればあらかじめそれに備えた措置が必要じゃないか、前には、たとえば政府の責任支出とかそういう場合に備えたむしろ前の方が弾力があります。それじゃ政府が勝手な支出をやるというので、みんな削ってしまったのです。そこで今おっしゃったような弾力性がなくなった、これはやはり財政民主化のためだろうと思いますが、運用の上で弾力性が非常になくなってきておるのではないか、そういう点を考慮する必要があると思います。
○委員長(館哲二君) 他に質疑もなければ、参考人に対します質疑は終了したものと認めます。 参考人の方々には長時間にわたって委員会のために有益な御意見を拝聴させていただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表しましてお礼を申し上げます。(拍手) ちょっと速記をやめて。 〔速記中止〕
○委員長(館哲二君) それでは速記を始めて下さい。 —————————————
○委員長(館哲二君) 次に、派遣委員の報告を議題といたします。 まず第一班、小酒井義男君。
○小酒井義男君 第一班は一松定吉、小酒井義男、松浦清一の三委員をもって組織されまして、二月五日から六日間の日程によりまして兵庫、岡山両県下における一般経済情勢、地方産業の状況、公共事業の進捗状況、並びに地方財政の状況等につきまして、県並びに市当局等から提出されました資料に基づいて調査をいたして参りました。 調査の内容につきましては、その詳細は速記録に譲ることにいたしまして、私は以上で報告を終わりたいと思います。
○委員長(館哲二君) 委員長にてさよう取り計らうことにいたします。 第二班、山本杉君。
○山本杉君 第二班は、須藤五郎、小山邦太郎、山本杉の三委員をもって、香川、愛媛両県を二月五日から七日間の日程で視察して参りました。この間、各県庁で説明を受けるとともに、オリーブ試験場でオリーブ栽培の実情を、高松、坂出市において塩田の転換状況を、また農業法人、急傾斜地帯の農業等について現地視察を行ない、あわせて住友化学新居浜工場、丸善石油松山工場及びウルシ工芸品製作所等を見学して参りました。 これらのうち若干の重要点について御報告を申し上げるわけでございますが、これは速記録に譲ることにいたしまして、これで御報告を終わります。
○委員長(館哲二君) 了承いたしました。 第三班、村山道雄君。
○村山道雄君 本委員会より九州に派遣されました後藤義隆、小柳勇及び私村山道雄の三委員は、二月五日から十一日までの一週間にわたりまして、第一に、長崎、熊本両県の地方財政の状況。第二に、離島振興の実情。第三に、最低賃金の実施状況。第四に、熊本県玉名郡横島村の横島干拓について調査をして参ったのでございまするが、その詳細は速記録に譲りたいと存じます。
○委員長(館哲二君) 了承いたしました。 以上をもって派遣委員の報告は終了いたしました。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時四十八分散会 ————・————