法務委員会 第18号
- 発言数
- 12 件
- 登壇者
- 2 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1961/06/01
会議録
○委員長(松村秀逸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 この際、委員の異動について御報告申し上げます。 六月一日付、泉山三六君辞任、笹森順造君選任。江藤智君辞任、西郷吉之助君選任。 以上であります。 ——————————
○委員長(松村秀逸君) 早川崇君外七名提出の政治的暴力行為防止法案及び坪野米男君外八名提出の政治テロ行為処罰法案の両案を一括議題といたします。 まず、政治テロ行為処罰法案について、発議者から提案理由の説明を聴取いたします。
○衆議院議員(坪野米男君) ちょっと委員長にお尋ねしますが、提案説明の時間制限がございましょうか。それによって内容をつづめるか、あるいはゆっくり御説明するか……。
○委員長(松村秀逸君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(松村秀逸君) 速記を起こして。
○衆議院議員(坪野米男君) それではただいまから、日本社会党提案の、政治テロ行為処罰法案の提案理由について御説明いたします。 まず第一に申し上げたいことは、社会党が何故に本法案を提出しなければならなかったかという点についてでございます。 私たちは昨年十月、右翼テロの凶刃によって浅沼委員長を失い、その直後の臨時大会において、浅沼委員長の死を乗り越えて右翼テロを根絶することを覆ったのであります。 さらにまた、第三十六回臨時国会においても、満場一致で暴力排除の決議が採択されたのであります。しかるに、本年二月再び右翼テロによる嶋中事件の発生を見るに至り、右翼テロに対する国民世論はがぜん硬化して参りました。今国会においても、警察当局の警備責任、政府の政治上、行政上の責任についてきびしい追及がなされ、さらに右翼テロの背後勢力、また、右翼団体への資金源についてもきびしい究明が続けられましたが、必ずしも国民の納得する結果は得られなかったのであります。 ところで一方、国会で右翼テロに関する質問をした国会議員に対してまで右翼の脅迫やいやがらせが続き、国会における言論の自由まで右翼テロによって脅やかされ、ついには国会周辺や議員宿舎に制服警官が常時警備をし、また、特定の議員に対して私服の警備がつくという異常な事態が出現したことは御承知の通りであります。 わが国議会史上まことに忌まわしい汚点を残したものというべきであり、一刻も早くかかる異常な状態を解消しなければ、わが国の民主主義、議会政治の前途が危ぶまれるのであります。 およそ、相手方の言動が自己の政治上の主義、信条と相いれないからといって、その相手方を殺傷するがごとき政治テロ行為は、最も憎むべき、また最も凶悪な犯罪であり、民主社会の敵、国民共同の敵であるといわなければなりません。何となれば、政治テロは、民主主義の大前提である言論及び政治活動の自由を侵害し、民主主義の根幹をゆるがすものだからであります。 かかる政治テロを根絶するには、何よりもまず「生命は尊貴である。一人の生命は全地球よりも重い」という最高裁判所判決に示された生命尊重の精神に徹し、いかなる動機、原因があろうとも政治テロは絶対許さないという国民世論のかたい意志を表明する必要があります。 右翼テロリストは、愛国の美名のもと、殺人も社会的に許容されるもの、少なくとも国民大衆の同情や共感が得られるものと盲信しているようでありますが、このような危険な、誤った盲想を打ち砕くためには、政治テロを憎む国民世論のきびしい意志を明確に打ち出すことであります。本法案は、このような国民世論の表明として、政府に政治テロ根絶の決意を迫るため提案したものであります。 元来、治安の責任を持つ政府や警察首脳に、はたして政治テロ根絶の熱意ありや、いなや、はなはだ疑いなきを得ないのであります。もし、政府や警察首脳に政治テロ根絶の決意さえあれば、現行法令をもってしても、政治テロを取り締まり、予防鎮圧することは必ずしも不可能ではないのであります。ただ、政府与党にその熱意がなく、全く焦点のぼけた暴力対策を立案したり、テロもデモもともに暴力犯罪として公平に取り締まるべきだとか、テロ以外の一般暴力犯罪の防止も必要だとか、当面する政治テロ対策を一般の防犯対策の中に埋没してしまおうとしておりますが、これは政治テロ対策をごま化し、糊塗しようとするものでありまして、責任ある政府与党の態度としては、まことに不可解千万であります。 政治テロは、いうまでもなく人を殺傷する行為であり、あらゆる暴力犯の中で最も凶悪な犯罪でありますが、これに反し、デモは言論、表現の自由として憲法や法令で保障された国民の基本的権利であります。ただ、デモの行き過ぎから派生的に器物を損壊する等の暴力事犯が発生することはありますが、このような違法な行為についても公正に取り締まるべきことはいうまでもありません。しかしながら、テロも悪いがデモも悪いとか、テロの原因は、違法なデモにあるんだとか、テロとデモとを同一次元で論ずることは、見当違いもはなはだしいといわなければなりません。 一般の暴力犯罪の防止はもとより必要なことではありますが、問題は、民主主義が危機に瀕している今日、最も凶悪な政治テロ犯罪をいかにして防止するか、これが根絶策いかんでありまして、政治テロに対して厳罰をもって臨まんとする本法案こそ当面の必要最小限の立法措置であると確信するものであります。 社会党は政府、与党が政治テロ対策につき、治安の責を果たそうとしないで、やむを得ず責任ある野党として本法案を提出した次第であります。 第二に申し上げたいことは、本法案は政治テロ根絶の抜本策でもなければ、長期対策でもなく、あくまでも当面の政治テロ防止策として緊急やむを得ない、最も現実的な立法措置であるということであります。 政治テロを根絶するためには、テロを憎み、テロを断じて許さぬという強固な国民世論を背景としなければなりませんが、それと同時に、池田総理の言う政治の姿勢を正すことによって、テロを生み出す社会風潮の一掃をはからなければなりません。しかし、これは一朝一夕にしてなるものではなく、長期にわたる政府、与野党の努力に待たねばならないと信ずるのであります。 さらに、現実的、総合的な政治テロ対策としては、政治テロの正当性、必要性を主張する団体、すなわち一人一殺主義を唱える右翼団体等に対する資金源を究明し、その政治資金を規正することも必要でありましょうし、また、政治テロを扇動する団体その他を規正することも必要であります。さらにまた、政治テロに走るおそれのある青少年に対する根本的な指導、積極的な対策が必要であります。単なる不良青少年に対する防犯、矯正等の消極的対策だけでは不十分であります。自分の生活に明るい希望の持てる、健全な社会人としての青少年育成策、これこそが、青少年をテロに走らせない根本策であろうと信ずるものであります。 政府、与党がかかる根本策に手を触れず、単なる綜合的防犯対策だけで事足れりと考えているならば、それは真の防犯対策とはなり得ず、いわんや長期の政治テロ根絶策とはとうていなり得ないものといわねばなりません。 本法案は、政府・与野党が話し合いによって真剣に政治テロ根絶の抜本策を樹立し、長期施策を講ずるまでの必要最小限の緊急措置として、とりあえず三年間の時限立法として立案されたものでありまして、刑罰の強化によって政治テロを防止するというのは政策としては、下の下策でありますが、真にやむを得ざる現実的な措置であります。従いまして、社会党は、恒久的、根本法たる刑法の一部改正は軽々に行なうべきではなく、また、一般犯罪にも適用され、さらに乱用のおそれさえある警察官の取り締まり権限強化をはかる銃砲刀剣類等所持取締法の一部改正、破防法その他の法令の改正はその必要がなく、左右を問わず政治テロのみを対象とした最小必要限度の単独立法で、しかも暫定立法で対処すべきものと考えるのであります。 第三に本法案のねらいすなわちその目的について申し上げます。 言うまでもなく、本法案は刑法の特別法として、テロ犯罪に対して刑罰を加重することによって、すなわち厳罰主義の威嚇力によってテロ犯罪の一般予防をはかろうとするものであります。 死刑その他の極刑の威嚇によってテロ犯罪を一般予防しようとするものであります。 私たちは、一般犯罪の防止策として現行刑法上の厳罰主義をとることには原則として反対であります。 「刑は刑なきを期する」ことが刑事政策の理想でありまして、いたずらに厳罰主義をもって犯罪の防止をはかることは時代逆行のそしりを免れませんし、近代刑法理論の進歩に背を向け、刑罰緩和化の歴史にもそむくことになりましょう。しかしながら民主主義を圧殺し、文明を破壊せんとする政治テロに対しては、民主社会防衛のため、極刑をもって臨むことも真にやむを得ないところであろうと信じます。 歴史の発展を阻止しようとする反動的な政治テロに対し、極刑をもって臨むことは、何等文明の名に恥じないものと信ずるのであります。 私達は刑罰の威嚇力が絶対的なものとは考えませんが、相対的には相当の効果を期待し得るものと考えるのであります。また、政治テロこそは最も凶悪な犯罪であり、強盗殺人犯以上の極刑に価することを政治テロ犯人に教育し、また、一般国民や裁判官に知らしめるためにも厳罰主義の法定刑が必要であると確信いたします。 さらにまた、本法案の厳罰主義は、単なる報復主義に基づくものではないのであります。刑罰理論は、復讐刑から応報刑へ、さらに一般予防、特別予防から教育刑へと進んで参りましたが、刑罰の本質としては、道義的応報の要素は否定し得ないのでありまして、いわゆる罪の償いは当然しなければなりませんが、単に私的、感情的な報復観念に根ざすものであってはならないこと、いうまでもありません。 次に、本法案に盛られた厳罰主義はいわゆる確信犯人に対してはほとんど威嚇力を持たないのではないかとの疑問が当然起こるでありましょう。 もとより確信犯、思想犯に対しては、刑罰の威嚇力は大きな効果を期待できないでありましょう。しかし問題は、政治テロ犯人ははたして確信犯なりやいなやであります。その政治的な主義、信条については、思想的な確信を抱いている者もありましょうけれども、自己の信奉する政治的主義の実現のために人を殺すことのできる正当性、必要性を確信する犯人は、はたして何人いるでありましょうか、いわんや自己の生命を犠牲にしても反対者を殺傷せねばならぬとの決意をもって臨むテロリストはきわめて少ないのではないかと考えられるのであります。 主観的には崇高な目的達成のためには凶悪な手段も正当化され、少なくとも社会的には許容され、同情を受ける。また、裁判上も死刑だけは免れるとの甘い考えを持ったテロリストも相当多いのではないかとも考えられるのであり、テロ殺人実行の後、必ず死刑になるとわかっていて、なおかつ、テロ殺人を敢行する確信犯人は今日ではきわめて少なく、従ってテロ犯人に対しても死刑の威嚇力は相当大きな効果はあると考えるのであります。 さらに、私たちは殺人の正当性や必要性を確信するごく少数の盲信者に対しては殺人確信犯人であるからこそ、その犯罪に対して社会防衛上犯人を社会から永久隔離するため、無期または死刑をもって処断することもやむを得ないと考えるのであります。 なお、私たちは、わが国の文化が高度に発達して、平和な民主社会が実現し、死刑の威嚇による犯罪の防止を必要としない時代の出現を待望しておりますが、現在は、残念ながら制度としての死刑を廃止する段階には至っていないと考えるのであります。 健全な国民感情は、凶悪犯人に対する死刑を少なくとも正義に合致するものとしてこれを是認していると確信するのであります。 なお、私は社会党の提案趣旨につけ加えて、以下数点について、ぜひここで補足的に御説明を申し上げたいと思うわけでございます。 その一つは、社会党のテロ防止法案は、先ほども触れましたが、これでテロ対策のすべてでないということであります。もっと抜本的な、根本的なテロ対策を講ずるまでの暫定的な、緊急やむを得ない措置として、このような刑罰強化の、いわゆる治安立法を提出したものでありまして、世上伝えられるように、社会党は右翼テロをただ厳罰に処する、それだけが目的であるかのように誤解をされておる向きもありましょうけれども、決してそうでない。根本策を立てる責任はもちろん政府にある、また与党にある、また、われわれ野党にもあるということでありまして、抜本策を講じなければ何にもならないということを、私たちはたびたび主張しておるわけでございます。本法案は、そのテロ根絶策の最も緊急を要する、現実的な一つの施策であるということを、私は補足的に申し上げておきたいと思うわけであります。さらに、従ってこの種の治安立法というものは、あくまでも必要最小限度の立法にとどめなければならないというのが社会党の考え方でございます。後ほど逐条的に御説明いたしますが、私たちは、現行刑法、現行刑罰法令で十分規制できるものを、わざわざ特別の立法、テロの取り締まりというような治安立法は出すべきではないということで、あくまでも必要最小限度のものでなければならないということを私たちは繰り返し繰り返し主張しておるわけでございます。自民党案、また社会党案をこうして比べてみますと、自民党案の場合に、私たちは、必要最小限度の範囲を越えた、対象を著しく広げていっておる、自民、民社案に対して、私たちは必要最小限度の域を越えておるものだという批判を持っておるわけでありますが、社会党の案は、右翼テロだけを対象としたものだと、こういうような御批判もありますが、私が説明しましたように、右翼、左翼を問わず、政治的主義、信念に反するからといって、相手方を刺し殺すと、そういうテロ犯人を憎むと同時に、そういったテロ犯人に対するきびしい措置が必要だということで、社会党の案を一貫して貫くものは、最も悪質な政治テロ殺人及びその殺人の可能性のあるテロ行為のみに限定をしておるわけでございます。治安立法は、必要最小限度のものでなければならないという考え方から、対象をうんとしぼっているということ。ですから、われわれは、決して細大漏らさず一網打尽にするというような考え方はない。大きな網を張って、大きな魚も逃げたってかまわないのだ、しかしながら、一番大きなテロ殺人、またそのテロ殺人の可能性のある刃物を用いて刺すというような傷害犯、あるいは刃物、ピストルを示して人を脅かす、脅迫するといったようなテロ脅迫、こういう殺人の可能性のあるテロ行為にしぼって規制しようという考え方を持っておるのは、そういうわけでありまして、われわれの方は、法律的に理論的に考えれば、幾らも漏れているところはあるわけで、意識して漏らしてあるわけであります。決して右翼だけをねらっているという意味で漏らしているのではありません。事人権にきわめて重大な関連性があるために、われわれとしては、必要最小限度という要求から、右翼、左翼を問わず、テロ殺人というところに焦点をしぼって規制をしているということを、私は補足的にぜひ申し上げておきたいと思うわけであります。 さらに、この種の治安立法は、あくまでも本来は政府が提案すべきが筋なんであります。議員立法、しかも、一カ月、二カ月という短期間に、法律家でない、しろうとの政治家だけがいろいろ知恵をしぼって作っても、いろいろ欠陥が出て参りますから、本来は、これは政府が法制審議会にかけて、十分練った案をわれわれ議員に示すべきものである。そういう意味で、本来は、治安の責任のある内閣提案、政府の提出すべきものである。それを議員立法にするという限りにおいては、あくまでもこれは超党派的に、右翼をねらうだけが目的ではない、だから、右翼をねらうなら左翼もねらわなければいけないというような、党利党略の問題でなしに、政治テロを規制するためにこの立法が必要かどうか、効果があるかどうか、実効性の問題もございましょう。また、必要かどうか、不必要ではないか、現行刑法で十分ではないかという御意見が政府、法務省当局の中にあることもわれわれは十分承知しております。ですから、社会党の案が完全無欠のものであって、絶対必要不可欠であるとは申し上げません。委員会の審議の段階で必要がない、あるいは乱用のおそれがあって望ましくない、違憲の疑いがあるというような御批判が出てきて、削れということであれば、社会党として、提案者としても、修正を提案する謙虚な意思も持っております。また、委員の皆さんの方で御修正をしていただいてもけっこうでございます。私たちはそういう意味で、本来党派的にこういった治安立法を提案すべきものではないという考え方をもって、民社党とも、自民党の呼びかけに応じて話し合いを続けたわけでございますが、残念ながら、考え方の根本で折り合いがつきませんで、逐条審議に入らずに、逐条的にこの部分はいけないとかいうようなところまで入らずに、基本的な点で話し合いがつかなかったために、いわゆる超党派の三党共同提案のテロ対策法案ができなかったわけでございまして、私は、この点非常に残念に思っているわけでございます。そういう意味におきまして、われわれは非常に謙虚な気持で、社会党案を御批判いただき、また、修正せよとか、あるいはこういう法案は必要ないのだ、撤回せよという筋の通った御主張であれば、われわれも考え直すにやぶさかでないということも、最初に申し上げておきたいと思うわけでございます。 大体、社会党の考え方を一応大ざっばに御説明申し上げたわけでございますが、これから社会党案、わずか十二カ条の短い法案でございますが、非常に内容が重要な、重大な内容を持った法案でございますので、逐条的に少し時間をいただいて御説明をして参りたいと思うわけでございます。よろしゅうございますか。
○委員長(松村秀逸君) なるべく要点を一つ。
○衆議院議員(坪野米男君) しかし、重要問題でございますから……。
○委員長(松村秀逸君) それは常識的にやって下さい。
○衆議院議員(坪野米男君) それでは、これから本法案の内容について、なるべく簡単に御説明を申し上げたいと思います。 本法案は、わずか十二カ条から成るいわば刑法の特別法でありますが、本法に規定のない限り、刑法総則その他刑法理論が当然適用されることになるわけであります。 そこで、第一条でございますが、これは読んで字の通りでございまして、この法律の趣旨、目的を規定したものでございます。自己の政治上の主義と相いれないということを理由として、相手方の言論あるいは政治的活動を圧殺するために相手方を殺傷するという行為が民主主義を破壊する、あるいは言論の自由を侵害する最も憎むべき犯罪行為だということで、民主主義の基盤確立のためにこの法律を作ったのだということ。また、社会党案の法案の名称が政治テロ行為処罰法となっておりまして、端的に政治テロ行為を行なった犯人に対しては、きびしい処罰をもって臨むのだということが法案の名称自体に明らかになっておるかと思います。そこで、第一条は、まあ読んで字の通りで、おそらくどなたも御疑念はなかろうかと思うのであります。 第二条でございます。第二条は、適用の基準を示してあるわけでございまして、このように刑罰法令を強化する、補正するという非常に事個人の基本的人権に関連する重要な法案でありますので、他の農業基本法あるいは防衛二法その他の法案のような政策立法と異なりまして、この種の刑罰法規は一字一句ゆるがせにできない、一字一句がそのままこの法を運用する舞台において、警察官あるいは検察官あるいはまた裁判官等によって運用され、生きてくる法律でございます。従って、一字一句をゆるがせにすることはできないわけでありまして、そういう重要法案を解釈、運用するにあたっては、この法律の趣旨を逸脱して思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由、憲法上の基本的人権でございますそういったもの、あるいは勤労者の団結し、団体行動をするという権利といった日本国憲法の基本的人権を不当に制限するようなことがあってはならないという訓示規定と申しますか、注意的な規定でございます。この第二条の規定の精神に従って裁判官あるいは警察官、検察官は、第四条以下の刑罰法令を適用、解釈運用しなければならないという非常に重要な規定であるというようにわれわれは理解しております。決して右翼団体の団体活動そのものをわれわれは不当に制限する、右翼の思想、信条を圧殺すると、そういうことは毛頭考えておらないわけでございます。その思想が間違っておっても、右翼思想あるいは右翼のいろんな団体、これが適法に行なわれている限り、われわれはそれを規制しようとか、処罰の対象にしようという考え方は毛頭ないということを特に申し上げ、もちろん右翼に限りません、左翼団体、あるいは大衆行動そのものを規制するという意味は毛頭ないということをここに規定してあるわけでございます。 次に第三条でございます。第三条には、この法律の中で重要な用語に対する定義を規定してあるわけでございます。第一項に「せん動」の定義がございまして、「「せん動」とは、特定の行為を実行させる目的をもつて、文書若しくは図画又は言動により、人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめ又は既に生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えることをいう。」と、こういう非常に専門的にむずかしい定義がしてございます。この「せん動」の定義は、大審院判例にもあり、破防法の中にも「せん動」の定義があるようでございますが、この三条に特に「せん動」の定義をここにうたっているのは、扇動の定義が乱用されて、大衆運動、あるいは個人の基本的人権を侵すようなことがあってはならないということで、乱用防止のために「せん動」という規定を非常に厳格に解釈して定義をつけてあるわけでございます。犯罪の教唆、扇動という言葉がよく使われますが、犯罪の教唆というのは扇動よりもっときびしい、刑法学上教唆というものが非常にきびしい制限のある解釈になっておるようでございますが、扇動というと、何か労働法規などに、あふり、そそのかしという規定がございまして、これが現実に使用者団体、特に地方公共団体なり、あるいは国家機関なりにおいて、労働争議の場合のあふり、そそのかしという言葉が、非常にゆるやかに解釈されて適用され、そうして首を切られておる、解雇されておるという現実がございますが、あの皆さんがお読みになる労働法規などでのあふり、そそのかしと、この扇動というむずかしい漢字で書いてある言葉とは、内容は同じだと思うのです。ただ一方、労働法規などであふり、そそのかしというと、ストライキをちょっとあふったという程度でも、処罰の対象になるように皆さんお考えだろうと思うのですが、本法では、あるいは破防法でも同様でございますが、刑罰法令の場合には、あふり、そそのかす、扇動ということ、これは、非常に厳格にこのようにしぼりをかけて規定をしておるわけでございまして、教唆とほとんど紙一重で、刑法学者なり法律家の間では、教唆と扇動の区別はどこにあるのだ、形式的に、概念的には区別できるけれども、実際的に教唆と扇動とはどう違うのだということで、ずいぶん議論をして、教唆と扇動との間にはほとんど区別はないという説を立てる人もあるくらいでありまして、そういう意味で、社会党も、この扇動の規定を入れるのに十分考慮をいたしたわけでございますが、この定義で運用する限りは、教唆に近い概念としてさほど乱用のおそれはなかろう、特に、もちろん第四条一項、社会党案は、刑罰類型が非常にしぼってございますから、この種の犯罪に対する扇動を罰すると、社会党はもちろん殺人の扇動だけの規定になっておりまするから、扇動という規定を破防法と同じようにここに借りてきても、決して乱用のおそれはなかろうというわれわれの考慮から、あえて扇動罪を、後に申しますように設けたわけでございますし、また、ここにこういう定義を特につけ加えたわけでございます。 それから次に、第二項でありますが、この第二項に「この法律において「凶器」とは、銃砲刀剣類等所持取締法第二条第一項の銃砲及び同条第二項の刀剣類をいう。」こういう定義を特にここへ盛り込んだわけでございます。これも先ほどから申し上げているように、社会党としては、テロ、殺人犯罪はすべて憎むべきことは申すまでもございません。殺人だけではない、単純暴行も、あるいは強盗も、窃盗もおよそ反社会的な犯罪行為、あるいは不道徳な行為さえもこれは許せないわけでございますが、われわれはそういう現行刑法で十分規制のできるものは現行刑法にまかしておいて、特にテロ対策としてわれわれが緊急立法を出すこの法律においては、テロ、殺人及びその可能性のある犯罪にしぼろうというところに焦点をしぼってきておるわけでありまして、ここで凶器といいましても、刑法理論上、こん棒も凶器になり得る、あるいはありとあらゆるものが用法によっては凶器たり得るわけでありまして、げたでなぐっても凶器だということになるわけでありまして、私たちはそういう凶器の概念を広げますと、突発的にかっとのぼせ上がって相手をなぐりつける、げんこつでなぐれば、これは通常凶器とはいわないでありましょうが、から手で殺人をやった場合にどうなるかということも、理屈としては出てくるわけでございます。ですから私たちは、計画的に人を殺す、ねらって人を刺すというそういうテロ行為に焦点をしぼろう、従って、通常そういう犯人が用いるであろう凶器というものを想定いたしまして、凶器というのは、銃砲と刃物だけなんだ、こういうように謝り切ってしまったわけでございます。従って、これよりももっと凶悪な凶器もございましょうけれども、そういった凶器で人を刺すという場合には、現行刑法の傷害罪で処断することもできるわけでありまして、また、凶器の用いようによっては、殺人の意思、殺意が、未必的な故意が十分認定のできる凶器もございますから、銃砲、刀剣以外にもっと悪質な凶器があって、それで人を傷害するという場合には、通常の傷害罪で処断できるし、またさらにその凶器の性質、用法からして殺意が認定できる場合には殺人未遂なり何なりで処断ができるから、われわれは乱用の方をむしろおそれて、凶器というものはこれを凶器というのだというように定義づけてあるわけでございまして、以下の条文の中に出てくる凶器という、言葉はこれを言う。これ以外のものは凶器でない、この法律にいう凶器でないということになるわけでございます。第三条はそういう「せん動」と「凶器」という二つの用語について定義をしてあるわけでございます。 次に第四条でございます。第四条から逐条に御説明した方が早いかと思いますから……。第四条は、テロ殺人の罪を規定したわけでございます。この刑罰法規のいわゆる犯罪の構成要件と申しますか、テロ殺人罪の基本的な構成要件は「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって人を殺した者」と、こういうことになっておるわけでございます。第五条以下にも同じ「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって」という言葉がたびたび出て参りますが、その解釈は同じでございますから、この第四条のところで少し詳しく申し上げてみたいと思うわけでございます。現行の刑法の殺人罪は「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス」という有期懲役に処すると、こういう規定になっておるわけでありまして、現行刑法の殺人界も最高は死刑、無期、最低が三年以下と、こういう規定になっておるものを、政治テロ殺人に限って「死刑又は無期懲役に処する」と、こういうことで有期懲役が法定刑としてはないわけでございます。法案に規定されている法定刑には死刑、無期以外に長期、短期の有期懲役がないわけでございます。この規定に対して社会党は極刑主義だ、威嚇主義だといういろいろな批判が出ておりますが、それに対する弁明は質問の段階でお答えいたしまするが、規行刑法でも殺人の罪は死刑になっている。それを死刑、無期という最高はそのままにして、最低限の有期懲役のところを社会党案は削っておるわけでございます。 ここで「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって」という、こういう定義の仕方、これも法律的には非常に疑義のある定義の仕方であろうと思うわけでございます。自民、民社両党案では、政治上の主義信条、施策を推進し、あるいは反対する目的をもって云々と、条文を覚えませんが、そういうように目的罪でくくってあるわけでございます。自民、民社案はそういう政治上の主義、施策を推進する目的、あるいは主義施策に反対する目的を持っているという、目的が普通の殺人と違って、そういう目的を持った殺人が重く規制されている。社会党の場合は目的罪とせずに、「相容れないことのゆえをもって」というふうに犯罪の動機、原因、まあ、動機と言っていいんじゃないかと思いますが、犯罪の動機がそういう政治的な意図を持った動機であるという、そういう犯罪の動機でもって刑を加重しようという考え方に立っているわけでございます。で、赤尾敏氏のああいった言論、反社会的言論、殺さなければいけないしまさに自民、民社案に出て参りますテロ殺人の正当性、必要性を大いに強調した人でありまするが、ところが、政治上の主義、施策を推進する目的をもってしたのかどうかという立証が非常に困難だとされておりまして、破防法のあの規定の適用が事実上困難であったのではないか、従って、通常殺人罪の殺人教唆で起訴といいますか、逮捕に踏み切ったようでありまするが、これもまたはたして殺人の教唆までしたことになるのかどうかという厳密な教唆の概念規定に当てはまる証拠が、あの程度では不十分だということで、最終的には殺人罪の起訴がなかったのだと私は理解しておるわけですが、そのように自民、民社案の「目的をもって」という目的罪ではなかなかつかみにくいのではないか、くくりにくいのではないか。で、私たちは、テロ殺人というのは一つのもちろん突発的に激発的に行なう場合もあり得ますけれども、通常は計画的にやる、いわゆる旧刑法時代の謀殺と申しますか、はかって人を殺す、計画的に人を殺すという場合が通常の場合だろうと思うわけであります。そういうテロ殺人犯人をやはりくくるためには、目的罪ではくくりにくい。従って、どうしてもここはこういう形の「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもつて」という、犯罪の動機によって刑を加重しようというように構成要件を組み立てたわけでございます。 そこで「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって」ということは、そのテロ殺人犯人が政治上の主義主張を持っていなければいけないわけであります。ですから人を扇動してテロ殺人をやらしているという背後の黒幕、これが殺し屋を雇ってきて相手を殺せと言うて政敵を刺し殺した場合に、刺し殺した犯人自体は町のごろつきであって政治上の主義というものはない。従って、自分の政治上の主義と相いれないから殺したのではなしに、金もうけのために雇われたから殺したにすぎない。ですからそういう殺し屋はテロ殺人罪の規定を受けない。通常の殺人罪の刑法の規定を受けるにすぎない。それですから、私たちは右翼、左翼を問わず、そういう、人を殺さなければいけない、殺すことが正しいのだという信念をもし持っているとすれば、あるいはまた手段としてもそういうことをしなければならないということを考えている危険な思想の持ち主、そういう思想を持った人間が計画的に人を殺す場合を規制しようということであって、殺される側の、被害者の側の政治上の主義、信念は問わないわけです。ですから浅沼委員長が刺し殺されたという場合に、浅沼委員長はもちろん政治上の主義信念はありましょうし、山口二矢にも同様の主義信念があると考えられるわけですが、ところがその犯人の方にさえあればいいわけで、殺される方には、かりに嶋中事件でいえば、作者である深沢七郎に、はたして政治上の主義や信念があるのかどうか、単なる作家であり、思想信条は持っているでしょうけれども、政治上の主義信念といえるかどうか。あるいは嶋中社長はただ営業上としてやっているのだということになり、あるいは編集者がはたして政治上の主義信念を持っていたかどうかということで、被害者の政治上の主義信念は問わないわけでありまして、犯人自体の政治上の主義信念を問題にしているわけであります。社会党は、従ってテロ殺人犯、通常起こってくるテロ殺人が発生して、たとえば嶋中さんの女中さんを刺したという行為もほんとうは取り締まりをしたいわけですけれども、技術的に非常にむずかしい。今の刑法でもりっぱにあるわけですから、女中さんを刺した場合に、自己の政治上の主義信念と相容れないから女中さんの言動を憎んで刺したというのであれば問題でありますけれども、自己の政治上の主義信念と相いれないから鳩山をやっつけようと思って行ったところが、嶋中がいないで飛び出した者を刺した、何かの突発的な動機で刺したということは普通の殺人であって、テロ殺人とは思わないわけです。私たちは小森少年の場合は、その行為は憎みますが、何でもかんでもこれをくくろうとは考えていない。典型的な政治テロを、少なくとも、翻するのが目的でなしに、予防するためにこういったきびしい法定刑をもって臨もうということでありまして、非常にまあ厳格にしぼってあるわけでございます。 もう一つ申し上げたいことは、自民・民社案は、政治上の主義、信条と政治上の施策という言葉があるわけで、私だちはこれを、非常に自民党案に対する批判として反対しておるわけでございますが、社会党は「政治上の主義」という言葉にしぼっておるわけでございます。ところが、自民党案は、「政治上の主義」だけでなしに「施策」という点まで含まれておるわけでございます。政治上の主義と施策とどこが違うのだということ、この御説明は、おそらく自民、民社の方でも御説明になったことと思いますが、政治上の主義といえば、一見何でもない、社会通念上わかりきったような概念のようでございますが、社会党案は「施策」をはずしておりますがゆえに、特に、政治上の主義と施策との区別を一応はっきりしておかなければいけないと思うわけでございます。政治上の主義というのは、政治によって実現が企てられておる基本的なまた一般的な原理と申しますか、政治上の原則というように、まあいろいろ破防法のときにも出ておりますから、説明は、破防法の解説を読んでも出てくるわけでございますが、原理的な原則的な、一般的、通常的な原則を政治上の主義というようにわれわれは理解しておるわけでありまして、政治上の施策、たとえば再軍備反対だとか、農業基本法案に反対するというようなことは、これは政治上の施策になるとわれわれは理解しております。政治上の施策を、社会党ははずしております。と申しますのは、政治上の施策と申しましても、国会で論議される重要安法案に対する賛成、反対というような、政治上の施策を推進したり、反対するために、そこから派生して起こる暴力事犯ということもあり得ないことではございませんが、そういったことが全部政治的暴力行為として通常の町のごろつきのやる暴力事犯よりも重く罰せられなければならないという私は理論的根拠はないと考えるわけでありまして、社会党は、殺人は憎みますが、そういった傷害程度のものは現行刑法で十分という考えをもちまして、政治上の施策というものは、中央政界における政治上の施策だけでなしに、地方政界においても、また個々の地域における利害関係のからんだ政治上の施策というものも、当然予想されるわけでありまして、政治上の施策というところまで加えますというと、ほとんどの政治に関する争い事、それから派生して暴力事犯に及ぶ。しかも日本人はのぼせ性でございますから、かっとなって、その場でげんこつで相手をぶんなぐる。ぶんなぐった拍子に突く、突いただけでも暴行でございます。突いた拍子に相手がしりもちをついて内出血をするという軽い程度でも、これはりっぱに傷害になるわけであります。ですから、あとに説明いたしますが、われわれはテロ々憎み、また政治的暴力行為を憎むことは自民党と何ら変わりございませんが、この法律が適用されて、これが広範囲に適用されてくると、偶発的な犯罪行為に対しても、政治的暴力だから、町のごろつきの場合よりは重いのだということは、私はどこからも出てこないと思うわけで、そういう意味で、われわれは、政治上の主義、テロ殺人犯が通常行なうであろう通常の形態——漏れてもかまわないのです——われわれは人権尊重という立場から、漏れることは覚悟の上で、通常典型的なテロ殺人の場合を考えて、政治上の主義だけに限定して、政治上の施策が相いいれないからといっても、殺傷行為までは及ばないという考え方から、政治上の主義ということに限って、自民・民社のように「施策」という言葉を入れていないのはそういう理由でございます。 そういう規定でありますが、まだ足りない点がありましたら、御質問にお答えしたいと思います。 この第一項は、そういう政治テロ殺人者を死刑、無期に処すると、こう書いてございます。第二項は、政治テロ殺人の未遂罪を罰するという規定でございます。これは刑法総則にもあるわけでありまして、未遂罪の刑罰はどうかということでございますが、これは既遂に準じて罰せられるわけでございます。死刑または無期になるわけでございます。ただし、刑法総則で未遂罪の場合には減刑することができるという規定がございますから、未遂減刑によって減刑されることはありまするが、未遂と申しましても、瀕死の重傷を負わせる、殺人の既遂と何ら変わらないような悪質な殺人未遂もあるわけでございます。あるいは、刀を抜いて切りかかったけれども、的がはずれて失敗に終わったという未遂もあるわけで、未遂でも段階があるわけですけれども、そういう悪質な未遂に対しては、裁判官の裁量で死刑にもなり得るわけであります。現に甘粕大尉が非常に軽い刑に処せられて、それに憤慨をした左翼のアナーキストが、甘粕大尉を使嗾した、甘粕大尉を扇動したと申しますか、その背後の黒幕として、当時の福田何がしという陸軍大将、この大将をつけねらって、殺人未遂で死刑になっておるのです、今の刑法でですね。殺人未遂で死刑になっておる、これは殺人の確信犯です。どうしてもこの福田大将を殺さなければならない。これはわれわれのかたきだという確信を持ってねらっておったわけで、裁判の結果、かりに無期懲役になっても——一部無期懲役になっておりますが、無期懲役になって十年ほどして出てきても、また殺すにきまっている、殺すと断言するわけです、法廷で。そういう確信犯は、これは死刑以外にないと考えたのでありましょうが、とにかく殺人未遂で死刑になっている例もあるわけであります。ですから、ここで「未遂罪は、罰する。」という規定は、法定刑で死刑となっていても、刑法総則の規定で未遂減刑の規定がありまするから、通常は裁判官の良識で減刑される場合が多いであろうということでございます。 それから第三項は、殺人の予備陰謀を「無期又は五年以上の懲役に処する。」、こういう規定でございます。この殺人の予備を罰するというのは、現行刑法に非常に軽い——二年でしたか二年以下でしたか、ちょっと忘れましたが、非常に軽い程度の規定が設けられておりますが、殺人の予備だけでなしに、数人共同して行なう殺人の謀議と申しますか、共謀といいますか、このテロ殺人の予備陰謀を重く罰しようという考え方でございます。これは殺人の実行行為者よりも、むしろ、後に出て参りますが、教唆扇動する背後の黒幕の方を断たなければ、テロ殺人というものは十分規制できないという考え方から、予防措置として、むしろ殺人の実行行為者は、これはもう刑法の死刑以上の刑はないわけですが、予備陰謀に対して無期または五年以上は重過ぎるじゃないかという批判もございますから、良識ある世論の批判を聞いて、われわれは法定刑を修正するにやぶさかではございませんが、考え方は、テロ殺人の陰謀を企てるその背後の黒幕、これを規制する必要があるということで、陰謀まで刑罰の対象にしたわけでございます。もちろん、これに対するいろいろな御批判はあろうかと思いますが、現行刑法にない殺人の陰謀というものを特にここに規定した意味は、そういうところにあるわけでございます。 なおもう一つ、テロ殺人について申し上げますが、社会党案は死刑よりしかない、無期懲役しかないというのは、これはもう重過ぎるじゃないかという批判が、ずいぶん参考人の意見の中にも出ておりました。私たちはそれに対して、刑法全体の刑罰体系の中で、この第四条第一項の死刑、無期という規定に限った規定は、決して刑罰の均衡を失しておらないという確信を持っておるわけでございます。社会党案の法定刑が重過ぎるという批判があるとすれば、それはむしろ殺人の予備陰謀以下、第五条以下の刑罰が、現行刑法との均衡上、他の犯罪の刑罰との均衡上どうかという批判を、われわれは法律学者の意見も聞いて検討する余地はあろうかと思いますが、少なくともテロ殺人実行行為者の既遂犯人に対して、死刑または無期というこの法定刑が重過ぎるという考え方は、私は当たらないと思うのでございます。と申しますのは、現行刑法の中で、殺人罪は死刑から三年の懲役までございますが、現実の裁判の上での運用を調べてみまするというと、通常の殺人罪で一番多いのは懲役三年というのが一番多いわけであります。二年から三年というのが約五〇%。過去五年間の統計を見まするというと、殺人罪の第一審の裁判所の量刑は二年ないし三年というのがもう五〇%以上を占めておるわけなんです。ところが強盗致死ですね、物取りに入って人を殺すという、物取り強盗の強盗致死、これは死刑または無期というのが全体の六〇%を占めておるわけです。強盗致死罪というものはほとんど六割までが死刑か無期になっておるわけです。このように、同じ殺人罪でもいろいろ情の軽い殺人と情の重い殺人とありましょう、もちろん殺人すべて憎むべきでありますが、ところが現行刑法では、強盗殺人、強盗致死というものが最も極悪非道な犯罪だというように考えられておりまして、法定刑も非常にきびしいわけであります。死刑、無期というようになっておるわけです。ですから強盗致死という犯罪は一番重い。法定刑も死刑、無期というように重いわけでありますし、また現実に六割までが死刑、無期の判決を受けておるわけでありまして、私は、この社会党案の政治テロ殺人に対して死刑、無期は非常に重過ぎるという批判に対しては、強盗殺人、強盗致死罪は物取りが目的なんであります、物取りに入って、そうして見つかり、顔を見られて刺し殺す、あるいは抵抗されて刺し殺す、あるいは逃走の手段として刺し殺す、あるいは最初から殺しておいて取るというのもございましょうが、いずれにしても物を取るというのが目的であって、命を取るのが目的でないわけでございます。ところがテロ殺人は命を取るのが目的なんです。殺人自体が目的なんであります。従って旧刑法でいえば謀殺——はかって人を殺すというのが通常のテロ殺人なんです。強盗の場合は突発的に相手が飛び出して来たために、家人に発見されて、逃げる手段として刺し殺すというような場合もあり得るわけなんです。ですから私はテロ殺人をもっと憎む、人命尊重という精神に徹すれば、計画的に人を殺す、自分の政治的反対者を刺し殺すという、こういうことは絶対いけないのだという世論を盛り上げなければ、テロは絶対根絶できないと考えますが、そのためにも、少なくとも強盗殺人犯人と同じ程度にはこれが悪質な政治テロ殺人、悪質な犯罪なんだという観念を国民一般に、また裁判官がそういう観念を持たなければ量刑で非常に軽くなってくるのです。甘粕大尉のように何年でしたかね、十年ぐらいまでの量刑になり、あるいは五・一五事件なんかもっと軽くなっているわけでありますが、軍法会議で。ですから私はどうしても法定刑を引き上げる、それでなければ裁判官が世論に押され、そういった政治テロの犯人を賛美したり、政治テロ犯人を擁護するような、一部の世論に動かされて量刑が軽くなるというようなことでは、裁判官の負担が重くなる。ですから、法定刑を重くしておけば裁判官の個人の負担、個人の英断が少なくて済むという配慮も加えまして、せめて強盗殺人と強盗致死罪と同程度の法定刑は決して不当でないという考え方に立っているわけで、これはあくまでも人命尊重の立場から、殺人を憎むべきだということで、非常にきびしい刑になっておりますが、私は現行刑法の体系をくずしておらないし、むしろ申したように、三項以下の規定の中で、もう少し刑を緩和する必要があれば、われわれは考慮してもいいのじゃないかと考えているわけであります。もちろん第四条の死刑、無期については、自民党の案のように、強盗傷人程度にまで、七年以上にせよという御意見、これも私、量刑の点で根拠のあることだと思いますから、われわれはその程度まで自民党さんに話し合いの中で下げる用意はございますということも申し上げておった次第でございます。第四条の殺人の罪についての一応の御説明はこの程度にいたします。 次に、第五条の御説明を申し上げます。第五条は、政治テロ殺人の教唆扇動を独立に罰しようという、こういう規定でございます。構成要件の主要な点は同一でございます。「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって、人を殺すことを教唆し、又はせん動した者は、無期又は十年以上の懲役に処する。」こういう規定でございます。「人を殺すことを教唆」するという教唆の説明は、刑法の総則の中にある概念規定でございまして、特に詳しく御説明申し上げることもないと思います。また、扇動の定義を、同様に先ほどの第三条の定義がございますので、繰り返して申し上げる必要はないかと思うわけであります。 ただこの規定を設けた趣旨でございますが、現行刑法においても殺人といわず、傷害といわず、犯罪を教唆した場合に処罰をされる、実行行為者正犯に準じて処罰をされるという規定があるわけでございますが、刑法総則の理論では、殺人なら殺人の正犯が実行行為をした場合に、それが既遂であろうと未遂であろうと実行行為をした場合に、初めて教唆者も正犯に準じて処罰を受けるという規定になっておるわけでありまして、いかに教唆をして教唆に成功いたしましても、被教唆者正犯が実行しなければ、教唆者だけを罰するという規定はないわけでございます。また刑法には、扇動、犯罪の教唆にまで至らない程度の扇動というだけで、犯罪を扇動するというだけで処罰する規定もないわけでございます。そこで、私たちはテロ殺人を憎む、テロ殺人を根絶する、そのための予防措置としてのきびしい立法措置として、少なくともテロ殺人を教唆扇動するような悪質な行為に対してはきびしい刑罰をもって臨む。厳刑主義をもって予防するということはやむを得ないことではないか、決して基本的人権を侵害するようなことにはならないのではないか。学者の中には、殺人の扇動まで罰することはどうかというような御意見が小野博士などの御意見の中にもあったようでございますが、私は、殺人の教唆扇動を独立に罰するという規定は、何ら憲法上の問題もなかろう、また、現行の形罰体系からいっても、それほど異例のものではないのではないかという考え方から、テロ殺人の教唆扇動を独立に、教唆され扇動された人が殺人の実行行為に着手しなくても、独立に処罰ができるようにした規定でございます。で、そういうテロ殺人の教唆扇動をした者を無期というような非常にきびしい刑をもって臨んでおるわけでありまして、破防法にあるのは五年以下でありますか、自民党案も五年以下というふうに非常に軽い規定になっておりますが、あるいはテロ殺人本犯よりもむしろ教唆扇動者の方がより憎むべきであり、そういう教唆扇動者に対して威嚇的なきびしい法をもって臨むことの方が、より効果的だということから、意識的にきびしい教唆扇動という言論犯罪に対してきびしい刑をもって臨んでおるわけでございます。 ちょっと今言い忘れましたから、先へ走りたいと思います。 それから、第六条以下の説明に入る前に、もう一つ四条、五条に関連して御説明しておきたいことは、法定刑に社会党の案が非常にきびしい、むちゃくちゃだというような非難がありますから私は申し上げるのですが、「死刑又は無期懲役に処する。」というのは、これは刑法の条文に書かれた法定刑でありまして、現実にこれが裁判の場合に、死刑か無期しか殺人の既遂に対して法律を適用する道がないのかというような疑問が起こってくるかと思うわけでございますが、これは刑法の特別法でございますから、刑法総則の適用は当然でありまして、刑法総則の中の酌量減軽、情状酌量して減軽するという道が開かれておるわけでありまして、テロ殺人犯に、いかに憎むべきだといってここにきびしい法定刑を加えておりましても、裁判官が刑法総則を適用して情状酌量することはできるのであります。その場合に、死刑は十年以上の懲役に減軽されるわけであります。無期または十年以上の懲役と。ですから法定刑に死刑だと書いてあっても、現実に、裁判官は人を刺し殺したはずと、あとから一緒についていった共犯者、手を下しておらぬ共犯者で情状が幾らか軽いという共犯者に対しては、情状酌量して減軽すれば懲役十年というところまで下がり得るわけであります。無期懲役の場合には七年まで刑を下げることが裁判官の裁量でできることになっているわけでありますから、社会党のこの死刑、無期に対しましても、現実には七年、テロ殺人の実行行為者でも七年という刑があり得るわけであります。しかもこれも刑法総則を適用されますから、いわゆる仮釈放、仮出獄という規定も、テロ犯人といえども適用を受けるわけでありますから、現実には三分の一の刑期を勤めたならば、仮釈放で出てくるということもあり得るわけであります。人殺しをする、テロ殺人を犯しても、今いうように七年の刑を受ける、一番軽い七年の刑を受けて、しかも二年半、三分の一の二年半くらいで出てくるということも法律上は可能なわけでございまして、私は法定刑をきびしくしたからといって、報復的にテロ殺人犯人が全部死刑になるというようなものでは決してないということも補足的に御説明をしておきたいと思います。 次に、第六条でございます。これは「傷害致死の罪」ということになっておりますが、これは刑法にもある規定でございます。「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって人の身体を傷害し、これにより死亡させた者は、無期又は十年以上の懲役に処する。」という規定でございまして、次の第七条の傷害罪と一緒に御説明した方が簡単に済むかと思いますので、第七条の規定を先に御説明いたします。 第七条は、「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって、凶器を準備し、これを用いて人の身体を傷害した者は、無期又は五年以上の懲役に処する。」、第二項は「前項の未遂罪は、罰する。」と、こういう規定でございます。で、社会党はテロ殺人に焦点をしぼっておりますが、傷害の中で殺人の可能性のある、刺しどころが悪ければ当然人の命を断つことのできる、あるいはピストルで心臓部をねらったら、心臓に命中すれば即死に至らしめるという殺人の可能性のある傷害を、通常の刑法にある傷害罪よりも重く規制しようということは、テロ殺人を予防する一策となろうという考え方から、非常に限定をいたしております。自民党案では、政治上の施策に反対する目的でもって人を傷害したならば、相手のネクタイを締めても、これも暴行罪であります。それから相手をとんと突く、これもりっぱな暴行罪でございますが、その暴行の結果、けがをさせるという意思はなくても、刑法の傷害罪というものはあのやろを刺してやろうと、けがさしてやろうという意思がなくても傷害非は成立するわけで、暴行の意志さえあれば、結果が傷害が生じてくれば、それは単純暴行罪じゃなしに、傷害罪の既遂になるという解釈が確定いたしておるわけでございます。従って、とんと突いて相手が引っくり返ってけがをして軽微な治療三日間あるいは一日間というかすり傷を負っても、これは傷害罪になるわけであります。こういうように非常に傷害という概念は広い概念でありますし、ですから通常の政治上の主義、施策の争いの中で、気の短い男が相手を突き飛ばしたり、あるいははじき飛ばしたり、それから内出血が起これば、りっぱに傷害になります。私は、町の暴力と政治暴力とをその意味では何ら区別する意味はない。むしろ町の暴力の方が憎むべきじゃないかとさえ考えますが、しかし政治暴力も許すことはできません。しかし、それは現行刑法で十分規制はできるわけでありまして、そういうものまでこのテロ防止法の中で規制する必要はなかろう。われわれはテロ殺人の可能性のある凶器を準備する、銃砲を準備する、あるいは刀剣類を準備する、これを持って行って、そしてこれを用いて人の身体を傷害するという場合、これはいわば計画的な傷害行為であります。で、先ほどのテロ殺人の場合に、計画的な殺人、謀殺という概念がありましたが、第七条については計画的な傷害という概念を頭に描いて、ここにしぼりをかけておるわけでありまして、第二条二項に書いてある凶器を準備して、これを持って行って人の身体を傷害するという場合に「無期又は五年以上の懲役」に処せられる規定になっております。これも非常に現行刑法の十年以下の懲役から見まするというと、無期が加わっておりますから重いようでございますが、しかし法の運用によっては、これは執行猶予にもなり得るわけでございます。五年以上の懲役を酌量減刑すれば二年半まで下がるわけでありますから、執行猶予にまでなる可能性は十分あるわけで、かりにテロ傷害の犯人が全部が全部無期になったり五年の懲役を受けるというおそれもないので、やはりテロを憎むという観念から、この程度の法定刑は必要であろうというように考えるわけであります。さらにまた、先ほどの刑法上の傷害という概念は、暴行の意思さえあれば足りるので、あとは傷害の結果が発生すればいいというような結果犯ということになっておりますが、この社会党案の第七条に書いてある持凶器傷害、凶器を用いてなす傷害は、凶器を準備するのですから、人を殺傷するに足る凶器を準備する、そうしてその準備したる凶器をもって人を刺すわけでありますから、われわれはここに言う傷害という概念は、単なる暴行の意思では足りないので、傷害の意思を有するというように解釈を統一いたしておるわけでございます。そういう傷害罪を罰する。そして第二項はその傷害の未遂罪を罰する規定でございますが、これは現行刑法では傷害の未遂というものは処罰されないわけであります。傷害に未遂罪はないわけでありますが、傷害の未遂は暴行罪になるという判例があるようでございますが、傷害自体には未遂罪はないわけなんです。しかしながら、私たちの言うテロ防止のためには、凶器を準備しての傷害に対する未遂は罰してもいいのではないかということで、特に傷害の未遂罪を規定したわけであります。しかし、この点についていろいろ刑法学者の間においても批判があろうかと思いますが、われわれは率直にその批判を聞いて、修正すべきであれば修正してもいいと考えておるわけでございます。 次に第八条でございまするが、第八条は、自民党・民社党案にもある共通した、ほぼ似たり寄ったりの規定でございまして、そのねらいとするところは、殺人、致死、傷害の本犯を罰するだけでは不十分であって、その背後の政治資金を断たなければだめじゃないか、あるいは自民・民社のように団体規制もしなければ不十分じゃないか、こういう考え方があるわけでございます。私たちも、テロ処罰法は、個人の犯罪行為、または複数で、数人、数十人、数百人の人たちが共同して意思通謀の上で殺人行為を行なった場合には、今の刑法理論で十分規制できるわけでありまして、特に刑罰に関しては団体規制がなくても十分規制できるわけであります。ただ、団体に対しても行政的な措置で規制の必要があるではないかということを、社会党もずいぶん考えたわけでございます。最初の改正案には、団体規制の規定もわれわれ作ってみたわけでございますが、非常に疑義が出て参りまして、右翼団体、左翼団体を闘わず、団体の正当な活動を制限するようなおそれはないかどうか、憲法上の疑義も出て参りまして、立法技術的にも非常にむずかしい。破防法を引き移した自民・民社案のように、そう簡単には私は団体規制はできない。しかも効果的な規制ができない。十分効果のある団体規制というものが、非常に立法技術的に検討を要する。これはむしろ、法務省の専門家で十分案を練ってもらったらよかろうということで、しろうとのわれわれがそこまでいうのは、ちょっと僣越過ぎるじゃないかという考え方から、研究課題としてはずしたわけでありまして、考え方としては、団体規制も必要だという考え方を持っているわけで、もちろん自民、民社案のあれでは実効性がないし、また乱用のおそれがあるから、私たちは反対しておりますが、団体規制そのものの必要は認めておるわけであります。また背後の政治資金を規制すると申しましても、これもまた右翼団体に金をやっちゃいけないというようなことは、われわれ法律で規制することはできないと思うのであります。右翼がその主義施策を推進するために結社をする、憲法で保障された結社の自由でございます。そしてその団体活動をする資金を賛助者から仰ぐということを、われわれは法律で規制をするということは、これはできないことである。こう考えたわけで、この政治資金の規制という、犯人に対する資金規制ということは、非常に技術的にむずかしかったわけでございますが、最終的にこれも漏れても仕方がないが、この程度の規制でということで、ここに書いてございますように、「情を知って」という一項を入れまして、しかも社会党案では、第四条第一項と申しますと、テロ殺人の既遂でございます。それから前条第一項というのは、凶器を用いてなすテロ傷害の既遂でございます。こういうようにテロ殺人をやろう、テロ傷害を行なおうとするものに対し、情を知って凶器を提供する、刃物、ピストルを供給する。または金銭、物品その他の財産上の利益を供与する。こういうこのテロ犯人を助ける、刑法総則には幇助という概念がございますが、こういう利益を提供して幇助するものを、独立にそういう行為自体を刑罰の対象にしようというのがこの規定でございます。刑法の総則にある幇助罪でありますると、やはり正犯が実行をし、幇助行為に着手しなければ、少なくとも実行に着手しなければ、幇助犯は処罰を受けないわけでございますが、この第八条は、テロ殺人、テロ傷害犯人に——犯人といいますか、そういう罪を行なおうとする者に対して、情を知ってこれらの利益提供あるいは凶器を提供したものに対して、独立に、殺人行為が行なわれようと行なわれまいと、傷害が行なわれようと行なわれまいと、独立に、「無期又は五年以上の懲役に処する。」、こういう規定を設けているわけでございまして、これは教唆扇動と同じく、いわば一種の犯人を幇助する幇助罪の、独立罪の一形態であろうと考えるわけでございます。 それからちょっと私御説明を漏らしましたが、第六条の説明でございます。第七条を先にやって、第六条を漏らしましたが、第六条は、傷害致死の罪と先ほど御説明いたしましたが、これは人を刺す、あるいは人を撃つ、このような人を傷害してその結果死亡させた場合、傷害致死という刑法にも規定がございますが、こういう規定を——殺人、テロ殺人と同じ瀕死の重傷を負わせているわけでございますから、傷害の結果死に至るというのは、どっちみち傷害を負わしているわけでありますから、テロ殺人と同じく人命尊重の立場から重視しなければならないということであって、第七条と異なりまして、第七条は刃物、ピストルを持っていって殺す場合に限っているわけであります。ところが第六条は、別に刃物で刺さなくても、げんこつで、から手の名人がから手で相手をやっつけて瀕死の重傷を負わせて、そして結果的に死に至らしめるという場合にも適用があるわけでございます。第六条はそういう意味で凶器を持たなくても、あるいはこれ以外の凶器を用いて、こん棒でなぐりつける、あるいはくわや、おのや、なたでなぐりつけて、そして瀕死の重傷を負わした結果死亡に至らしめたという場合にも適用があるわけでありまして、第七条の場合は凶器を準備する、そこが違うということをちょっと補足的に御説明を申し上げておきます。 それから第九条でございますが、これは「自己の政治上の主義と相容れないことのゆえをもって、生命又は身体に害を加えるべきことをもって、凶器を示して人を脅迫した者は、三年以上の有期懲役に処する。」、こういう凶器を示してするテロ脅迫の罪でございます。自民、民社の方にはこういう脅迫罪までは書いてないといって、社会党が脅迫罪まで加えるのはどうかという非難をなさる向きもございますけれども、社会党はテロ殺人を防止したいというのがねらいでございまして、凶器、刃物やピストルを用いて人を刺すという傷害から殺人に発展する可能性が十分にあり得る、またテロ脅迫と申しましても、言葉だけで脅迫する分には危険が少のうございますが、今言うた刃物やピストルで相手をおどかすという行為、その脅迫に応じなかった被害者に対してそれが直ちに殺人に発展するという可能性が十分ございます。そこで私たちはテロ脅迫のうちの、脅迫罪のうちの「凶器を示して」と、刃物、ピストルを示してというのは、おそらく準備して持っていくわけでございましょう。その場に置いてある刃物、ピストルというものもあまりなかろうと思うので、通常は持参をして、計画的に持っていって相手をおどかす。こういう凶器を示して人を脅迫する場合は特に重く罰してもいいんではないかということで、三年以上の有期懲役という、これも刑法よりも相当きびしい規定を設けてあるわけでございます。で、脅迫の説明その他はまあ刑法と同じでございますが、ただ刑法と違う点は、生命、身体と限定してございまして名誉、自由、そういったものに対する脅迫は含まれておりません。人の生命または身体に害を与える、いわゆる殺すぞ、刺すぞという殺人及び傷害の脅迫だけにしぼってあるということも当然のことでありましょうけれども、注意的に申し上げておきます。 次に第十条の規定でございます。これが非常に問題になる規定でありまして、おそらく非常な批判を受けるであろうということをわれわれは十分覚悟をいたし、また十分研究をしてここに規定を設けたわけでございますが、簡単に言ってテロ殺人の賛美行為を罰しようという言論犯罪をここに創設したわけでございまして、現行刑法では殺人罪の賛美の罪が何ら罪にならない。新らしい犯罪をここに規定したわけでございます。で、要件は、第四条第一項と申しますのは、テロ殺人の既遂行為であります。テロ殺人が行なわれた、もしくは第二項殺人の未遂行為が行なわれている、それから第六条の罪と申しますのは傷害致死、傷害の結果相手が死んだという場合、要するに殺人と傷害致死だけに限定しておりますが、こういうテロ殺人を犯した者があって、その後にその犯した者を公然と公衆の席あるいは機関紙等の文書とかの上における場合もあり得ましょうが、要するに公々然とそういったテロ殺人犯人をほめたたえる、賛美するという行為は、きわめて悪質な反社会的な言論だと、そういう言論はテロ殺人を助長するおそれのあるきわめて危険な反社会的な、言論だということで、われわれは、こういった言論は憲法に保障された言論の自由の範囲を著しく逸脱するものではなかろうかという考え方から、憲法違反という疑念もありまして、われわれの中にもずいぶん論議をして憲法違反ではないかという疑念もございましたが、あえてこのようなテロ殺人が行なわれた直後に、この被害者の家族の感情あるいは国民感情を無視して、公々然とテロ犯人を賛美する、ほめたたえるという行為は、これはテロを防止する、根絶するためにもこういうテロ助長の言論を何としても規制する必要があるのではなかろうかということで、三年以下の懲役、非常に軽い刑を設けたわけでございます。と申しますのは、現在の刑法の中で、名誉毀損罪という一つの言論犯罪がございますので、この名誉毀損罪が三年以下の懲役でございます。事実を示して他人の名誉を毀損する、傷つける、他人の人格権を侵害する、名誉権を侵害する行為が、いかに言論であっても許されないということで、刑罰の対象になっているわけでございますが、このテロ賛美の言論も反社会性を帯びた言論であり、また具体的に直ちに賛美をしたから、第二の犯人が、第二の山口がすぐに出てくるという関連性はないにいたしましても、そういうテロ賛美の言論自体がテロを誘発する、あるいはテロを助長する危険な反社会性を帯びた一種の危険犯だという考え方から、刑法学者の間にいろいろ異論があるかもしれませんが、私たちは名誉毀損罪程度の刑罰規定、名誉毀損罪程度の刑罰規制はしても差しつかえないのではないかという考え方からこういう規定を設けたわけでございます。もちろんこの法律が施行になった後に、テロ殺人を犯した犯人をほめたたえる行為を罰するわけでありますから、歴史上の人物のテロ殺人行為を賛美するということは直接この条文には何ら触れるわけではございません。 ただもう一つ問題は、賛美という概念、たとえばテロ犯人を弁護人が法廷で弁護することは許されないかというような疑問が出るかもしれませんけれども、私はそういった弁護権を制限する意味は毛頭この賛美という規定の中から出てこないと思うわけでありまして、賛美というのは積極的に、その本人を弁護する、本人の行為を弁護をする、擁護するというものではなしに、積極的にその行為をほめたたえる、賞賛する行為でありまするから、そういう犯人に同情する、同情的な言辞を弄するというだけでは、私は賛美したことにはならないというように解釈しているわけでありまして、もちろんこの賛美の解釈については、厳格に規制をしなければ、うっかりものも言えないということになっては、かえって基本的人権を大きく侵害することになりますから、この解釈は非常に厳格にしなければいけないと思いますが、基本的な考え方としては、こういう言論犯罪はあり得るのではないかということで、ここにあえて刑法にない規定を設けたわけでございます。 第十一条は、簡単に申し上げますが、第十一条は刑の減免規定でございます。これは第四条三項というのは、テロ殺人の予備、陰謀という程度の犯罪でございます。テロ殺人の予備、陰謀、それから第五条は教唆、せん動、テロ殺人の教唆、せん動でございます。それから第八条はテロ殺人、テロ傷害犯人に金品を供与する行為、いわゆる凶器や金品を供与する行為でございます。こういった犯罪を犯した者が、「まだこれらの罪に係る殺人又は傷害が実行に着手されない前に自首したときは、その刑を減軽し、又は免除する。」という一つの刑事政策的な規定でありまして、これによって、テロ殺人、テロ傷害の実行が未然に防止されればいいだろうという一つの政策的な、一つの自首を奨励する意味の規定でございます。もちろん、刑法の中にもこの種の規定がございます。この自首というのは、官に——警察官あるいは検察官、そういった司法当局に自首する場合でございます。第二項は、今言うたテロ殺人の予備、陰謀、あるいは教唆、扇動、あるいは金品供与等の比較的殺人よりも軽い罪を犯した者が、「被害者となるべき者に通知し、これによりこれらの罪に係る殺人又は傷害の実行が着手されなかったときは、その刑を減軽し、又は免除する。」、これも第一項と同じ一つの政策的な規定でございます。これによって未然に今の殺傷行為を防止したいということから、刑事政策上、あえてこういう減免規定を設けたわけでございます。 それから最後の第十二条でございますが、これは、「第五条の規定は、教唆された軒が教唆に係る犯罪を実行したときは、刑法総則に定める教唆の規定の適用を排除するものではない。」、こういう注意的な規定でありまして、この規定がなくても、刑法理論の解釈から当然そういうことになろうかと思いますが、その意味は、殺人の教唆、扇動を独立に処罰する第五条の規定で、被教唆者、正犯が実行しなくても無期または十年以上という刑でその教唆、扇動をきびしく規制しているわけでございます。ところが、もし教唆の結果——殺人を教唆して、教唆された正犯が殺人の実行行為をしたという場合には、刑法総則で正犯に準じて処罰をされるという規定があるわけで、その規定が適用になるということを注意しただけのことでございます。そこで、もう少しそれを具体的に説明いたしますと、殺人の教唆をやって、その結果殺人が行なわれた場合に正犯に準ずるとはどういうことかと申しますと、正犯は、刑法の殺人として死刑、無期または三年以上の懲役でありまするから、正犯に準じて殺人の教唆も最高は死刑になり得るということでありまして、実行行為者よりも教唆者の方が重い、罪状が重いとさえ言える。また、裁判の実例でも、教唆の場合は非常に重い刑が課せられているようでございまして、殺人の教唆をして、そして実行がなされた場合には、最高は殺人の正犯と同じく死刑にもなり得るということ、これは刑法総則の規定上当然のことでございますが、その当然のことをここに規定したわけでございます。 附則についてはもう御説明の必要がないかと思いますが、こういう非常に批判のある法律であり、また私が最初に申し上げたように、下の下策だ、こういうことは本来政府に決意があり、警察首脳にその決意があれば、右翼テロ、政治テロを根絶する道はあり得ると私は考えるわけでありますが、しかし現実に、少数の狂言者、盲信者が出て参りまして、テロ殺人、テロ行為が続発するという中において、警世的な意味でこういうきびしい立法、緊急立法を提案したわけでございますから、三年間という時限立法、限時立法にして、早く政治の姿勢を正してテロをなくする根本策を政府に立ててほしい。それまでの暫定立法として一応三年という期限を設けたわけでございます。もちろんこのただし書きにもございますように、三年を経過した後においても、経過する前に、要するにこの法律の施行期間内に犯した犯罪行為に関しては、この法律が失効した後においてもなおその効力があるのだという、これはまあ立法技術上こういう規定が必要でございますから、裁判が長引くわけでありますから、こういう規定を特に設けてあるわけでございます。 非常にくどい説明を申し上げて恐縮でございましたし、また本来は簡単に提案をして、御質問の中でお答えをするのが本筋かと思いますが、今相当衆議院の方で審議が進んで参って、社会党案に対する批判もいろいろ私たち拝聴いたしました中で、ある程度詳しく御説明をした方がよかろうと思って、皆さんの貴重な時間をお借りして提案説明を申し上げた次第でございます。 以上で終わります。
○委員長(松村秀逸君) 以上で説明を終了いたしました。 速記をとめて。 午後七時十二分速記中止 ————・———— 午後七時二十八分通詞開始
○委員長(松村秀逸君) 速記を起こして。 両案の審議は続行することにして、本日はこの程度にとどめます。 次回の日時、案件等は公報をもってお知らせいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後七時二十九分散会 ————・——