文教委員会 第11号
- 発言数
- 131 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1961/03/14
会議録
○委員長(平林剛君) ただいまより文教委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告申し上げます。 去る三月十一日、杉原荒太君が委員を辞任され、その補欠として井川伊平君が委員に選任されました。以上であります。 ——————————
○委員長(平林剛君) この際、委員長より政府文部当局に対し御注意を申し上げたいと思います。 委員会に対する出席の時間が大へんおそくなりまして審議に支障を来たしてはなりませんので、次回より出席時間につきましてはこれを厳守するように御注意を喚起いたします。これは全委員からの希望でありますから、かわってお伝えいたします。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) ただいま御注意を受けましてまことに恐縮に存じます。ちょっと弁解させていただきますと、きょうは私が閣議で長引きまして少しおくれました。恒例によります記者会見をやりまして、これもなるべく簡潔に切り上げることをいたしたのでございますが、ついおくれまして恐縮いたしております。今後こういうことのないように十分注意したいと思っております。 ——————————
○委員長(平林剛君) 次に、委員長及び理事打合会の経過について御報告申し上げます。理事会で協議いたしました結果、本日は当面の文教政策に関し調査いたすことに決定いたしました。以上、理事会決定通り調査を進めることに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(平林剛君) 御異議ないと認め、さよう進めて参ります。 質疑の通告がございますのでこの際発言を許します。
○米田勲君 先般私は、文部大臣の方から日教組が暴力団体だとか、あるいは破防法すれすれの団体だとか言って誹謗しておる、その証拠として出された、日教組は憲法秩序をくつがえそうとしておる根拠はこれだというのと、教師の倫理綱領の中にある教育の政治的中立性を否定している個所はこれだという証拠について、文部大臣の偏見をただそうと思って詳細倫理綱領第一項の内容についてあなたと意見交換をしましたけれども、ほとんどあなたの頑迷な考え方を是正することができませんでした。しかし私は、党派を越えてこの委員会並びにこの委員会に出席をされておる多くの人々が、文部大臣の答弁はきわめて非論理的であるということを痛感しておると思う。そういう点で私はもっと率直に、論理的に、法の上に立ってはっきりお互いの主張なり見解を明らかにする必要があるということをあらかじめ申し上げておきたいと思います。 それで、きょうは、私からさきにこの前のお伺いをした残りについて、さらに引き続きお伺いをする予定になっておりますので、次のようなことについてお尋ねをいたします。 「「教師の倫理綱領」中、教育の政治的中立性を否定する箇所」、はっきり命題を示している以上、この倫理綱領そのものがそのものずばりで、教育の中立性を否定しておるという証拠にならなければならないはずだ。そうでなくて、この教師の倫理綱領は好ましくない影響を与えるであろうとか、悪い影響を与えるであろうというようなことでは相済まぬようにこの証拠物件は出されている。この倫理綱領そのものずばりで教育の中立性を否定している、こういうふうに出されておると私は初めから考えて、この問題についてお尋ねを続けておるのですが、文部大臣は一体どういう考えであるのか、まずお尋ねをいたします。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) その点は、この前も申し上げたかと思いますが、もともとこの資料提出の御要求によって提出をしたものは、豊瀬さんが昨年の国会で、私の申しておることについて根拠となる資料を出せ、ということで提出したものであります。それは倫理綱領そのものがきわめてデリケートな心づかいをして作られておる。従って倫理綱領の文言だけでは理解しにくい点がございまして、それを補足する意味で解説があり、さらにまたこれを補足する意味で「新しく教師となった人々に」というのがある。いわば憲法と法律と施行令、政令、省令等のごとき相互関係にあるように理解するのでありますが、従ってそれを総合的に読んでみて初めて私が指摘するような結論に到達する、そういうことをもともと申し上げておりまして、そういうことを受けてこの資料を提出しておるわけでございます。従って、倫理綱領と銘打っておられる本文そのものプラス解説並びに「新しく教師となった人々に」というものをあわせ読ませなければ十分の理解はできない、初めからそう考えてその意味においての資料を提出しておる次第でございます。
○米田勲君 大臣、あなたの今答弁をされておることと、この資料の出し方は違うね。この出された資料のどこにも総合判断をすればということは書いてないじゃないですか。この出した資料の中のどこかに総合判断をすればこうなるということが書いてありますか、この中に。みなそのものずばりで書いてあるじゃないですか。否定している個所とはっきり書いてある。そういう出したものと違う答弁をされても困ります。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) それはただいまも申し上げた通り、そもそもこの資料を出すに至ったときにさかのぼってお考え下さいませんと、この資料も意味をなさない資料になるわけであります。表題がそのものずばり的に書いてある。だから、そうであるということよりも、もともと資料を御要求になりましたときの論議を通じてこの資料が出されておると、こう御理解をいただきたいと思います。従って、第一ページから二ページ、三ページ、四ページに至るまでを資料としてお考え、総合してごらん願いたい、こういう意思で初めから出しておるわけであります。
○豊瀬禎一君 先ほどの大臣答弁のように、昨年の九月一日、私の方から次のような論議の過程を経て資料を要求したと思います。すなわち大臣は、前述の委員会におきましていろんな角度から数ケ条の理由をあげて、日教組と交渉をする必要がないという理由を述べられたはずです。そしてその中に今、米田委員から質問があったように、教育の中立性を侵す、あるいは憲法秩序を破壊する団体であるという言葉が出たと思います。そこで翌日私が、全部全一日を通して質問したのですが、その際に大臣が幾つか前日例証した範囲並びにその際使われた全体を通じてという印象感では、少なくとも他団体の性格を規制する判断の根拠として、これが私はあのときもはっきり言ったんですが、代議士荒木萬壽夫個人であれば別問題として、文部行政の最高責任者である大臣の見解としては不適当である、従って具体的に大臣の見解を裏づけするところの教育の中立性を否定する文書あるいは憲法秩序を破壊すると判断されるところを文章にして出しなさい、こういう資料要求を九月一日に行ないました。その後かなりの経過を経て本資料が出されましたが、その後十月の十六日ごろであったと思いますが、同委員会におきましても、私の方としては本資料だけでは大臣の前委員会における答弁の内容からはやや不足しておると思うがという再資料の提出を要求いたしましたけれども、教育基本法改正に関する見解表明の際にも、大体私の反論の資料はこれで尽きておると思うということで、その後具体的な資料を要求してはおりません。従ってこの資料は米田委員からも追及されたように、教育の政治的中立性を具体的に否定しておる文章の個所として要求し、文書提出を要求したといういきさつからして、もちろんこの全体を通して総合判断という立場はあり得ます、しかし、総合判断というあいまいな言葉に対して、私は明確に否定する個所、文章の要求をした。それに対する回答はこれです。従って本文章が一応あなたの具体的な例証事項としては責任ある回答資料だと思う。従ってこれだけでは全体が判断できないということでなくして、これと二枚目に渡されておる資料、並びに大臣が今日まで答弁してきた具体的なものをもって、いわゆる日教組が教育の政治的中立を否定し、憲法秩序を破壊しておるような具体的な、そうしてすべてのあなた方の資料として責任をとって答弁をしていただかないと、資料提出、質問の経過から見て非常に論議がしにくいと思います。この点については大臣、はっきり責任をとっていただきたいと思うのです。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 繰り返し申し上げます。倫理綱領それだけではわかりにくいから解説もつけられておると思います。それだけでもまだ足りないということで「新しく教師となった人々に」が追加されておると思うのでありまして、ですからあくまでも全体が読まれ、全体を通じて私の申し上げるような結論に到達しないならば、私は読む人が間違っているという言葉で申し上げた記憶がありますが、そこで、それじゃ資料を出せという仰せでざごいますから、総合判断せねばならぬことは大前提として当然のことでありますが、その中で特に何と申しますか、指摘してお答え申し上げる個所とするならばこういうところであろう、こういう考え方でこの資料が出されておることは御推察いただけると思います。従ってこの書いてある一行ごとがどうであるというよりも、第一行から資料の最後のところまでごらんいただいて、私が申し上げておる根拠の資料としておるその背後には三つの、すなわち倫理綱領それ自体と、解説と「新しく教師となった人々に」というものがその背後にある、その中からピックアップした部分にすぎないことは、言わずして明らかであります。部分ではありますけれども相当長い文章でございますから、特にこういう点を抽出すれば、全体を見ていただければおわかりいただけるだろう、こういう資料であることは、初めからそのつもりでお出ししておるのであります。
○米田勲君 今、豊瀬君から、当時の資料提出の経過を話しているにもかかわらず、依然として同じことを固執して大臣が申している。しかし、少なくも私はこの委員会に所属するようになって、この資料をもらって見たときに、はっきりあなたの、出した方では教育の政治的中立性を否定している個所はこれだと言って出しておる、だから、その一つ一つがその該当する個所でなくてはならぬはずである。しかもこの文章の最後に、これらのことを総合判断をすると、私のこういう考えに到達するのだということは書いてない、否定している個所を羅列しているにすぎない。その羅列しているうちの第一番目をついたら、大臣の答弁はいずれもあいまいであって、教育の政治的中立性を否定していると、そのものずばり言い切ることのできない、そういう条件になったものだから、あなたは総合判断、総合判断ということをしきりに繰り返している、この間から。これはどうも納得ができない。私は時間が許されれば順次反論をするつもりでいるということは前から言っておるのである。しかし、あなたが資料を出すときに、総合判断をすればこうなるというのであれば、私はそのような読み方をします。しかし、これはあくまでも羅列してある、証拠が羅列してある。だから羅列した第一項の証拠について、その証拠能力がなければ、この文章から削除すべきだ。その削除を要求しても、その要求には応じられないとあなたが言っている限り、この第一項に羅列した倫理綱領第一項は、やはりあなたの出した通り、これもずはり教育の政治的中立性を否定しているのだと断定せざるを得ない、あなたの立場は。それができ切れないものだから、全部を読み合わせるとか、総合判断するとかという言葉で逃げ切ろうとしている。証拠能力がないなら、そのものには証拠能力がありませんということを明確にすべきである。そうでないと、この出している文書は首尾一貫しない、私はどうしてもそう思う。その総合判断をするというようなことでなくて、証拠として出された文書に提出されたままを、あなたに一つ説明してもらいたい。内容に入って論争すれば、この間の私の言ったことを繰り返すにすぎないから、この前の論争はここでは繰り返さないで、この証拠物件を出した倫理綱領第一項そのものずばりで、教育の政治的中立性を否定しているのだと断定できる個所はなかった、この間やって見て。そうではなかったですか。それでもまだあなたは、全部を総合判断をする、読み合わせるというふうにこの資料を読めとわれわれに要求するのですか。
○井川伊平君 ちょっと関連します事項で。 私ちょっと初めて出ましてよく事情わかりませんが、米田委員の御質問等につきまして十分理解していきたいと存じますから聞くのでありますが、教育の中立性の否定の資料として、大臣は、倫理綱領、解説、「新しく教師となった人々に」ですか、何とかというそういうものが、おのおの資料となって、そういう資料を総合した結果によって、教育の中立性が否定できるのだ、こういう御主張でございますが、お尋ねいたします。そうしてなおもしそうだとすれば、たくさんの資料で一つの事実の結果を断定するときに、そのうちの一つの資料が完全で、それだけでわかるというような事情がなくても差しつかえないという御意見でありますか、あわせてお伺いしておきます。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 米田さんにお答え申し上げますが、これは何度も繰り返して恐縮ですけれども、そもそもこの資料を出せと言われました豊瀬さんとの質疑応答のことにさかのぼらないと、この資料の意味がわかりにくいわけであります。私は、倫理綱領のこの部分だけでどうだと言ったことはございません。なかなか巧妙に書かれておって、すらっと読んだだけでは、その真意が把握しにくい、それは解説等の中にも、そういう心づかいをして書いたのだということが書いてありますからそれをとって私は申し上げておるのですが、そういうことですから、倫理綱領そのものずばりだけではちょっとわかりにくい。そこで、解説と「新しく教師となった人々に」をあわせ読みますと、私が申し上げましたような結論に到達せざるを得ないと私は考えると、こういうことを申し上げて、それならば、そういう結論を出すならば、具体的にその証拠を資料として出せ、こういうお話でございました。そこで、その総合判断せねばわからないという大前提に立って証拠資料を出すとするならば、倫理綱領、解説及び「新しく教師となった人々に」の中から、それぞれ最も顕著な部分を取り出しまして、それで大体これを総合すればそういう結論にならざるを得ないと思う。その部分を抽出し、印刷して提出したのが、この資料なんでございます。ですから、一行ごとに、たとえば歴史的課題と言われましても、それ自身としてどうだということは出てこない。その歴史的課題を、解説、あるいは「新しく教師となった人々に」ということで、どう受け取って、そしてそれをどう実現しようとしておるかということは、解説、注釈を読まなければはっきりしてこない。そういうことで、倫理綱領の特にそれに関連のある部分と、またそれに関係して解説され注釈された部分を抜き書きして、そしてそれを全部読んでいただくならば、一応わかると考えたものを差し上げたつもりであります。そういうことでございまして、さらに詳しくは、さかのぼれば、倫理綱領の全部と、解説全部と、「新しく教師となった人々に」というものを、全部皆さんにお読みいただいての上でなければわかりにくいということも、あるいはおありかとも思いますけれども、しかし、そういう冗長なものを資料としてお出しすることは、すでに御承知の方が多いときに、いかがあろうかというので、その中の特に顕著であり、関連のありそうなところを抽出して、印刷に付して、資料として差し上げたと、こういう経過でございます。
○米田勲君 私は、井川先生からも質疑がありましたが、この資料は、皆さんも御承知のように、まるでもって全部書いてある、一、二、三とは書いてない、それぞれ独立しているのです。これはだれが考えたって、羅列してあるにすぎない。もし、これを総合判断してもらいたいと相手に要求をしているなら、これは番号が一、二、三と打ってあるはずです。どの文章でもそうですよ。しかし、これは明らかに、羅列してあるということは、そのものが独立して、この標題を裏づけするということを初めから意図して書かれた文章なんです。従って、私の立場から言えば、この羅列した第一項の問題について、この標題に書かれた証拠物件としての証拠能力が十分にない場合には、これを取りはずすべきだという主張であります。それを、証拠を出した論争が進んだ今日において、これらを総合判断すればということで逃げ切ろうとするのは、証拠を出したときの態度と違う。大体団体を極端に誹謗していることが問題の発端なんですから、かりに私があなたの人格に対して、総合判断をすればとか、どうもそういうふうに思われるというようなことで言うなら、あなたはおそらく肯定されない問題もあると思う。私はやはり、そのことそのことが一つずつ、この文章提出の形式から申しても、あなたの否定する個所として、そのものずばりとして出された、その立場から解明がなされてしかるべきだ。今ごろになって、総合判断をしなければならぬとか、あるいは解説を読まないと倫理綱領だけでははっきりしないのだというような言い分は、それは出したときのあなたの意図と違う。これは水かけ論であるから、あなたのような心臓の人に何度言ったって同じですよ。しかし、少なくも私は、ここに良識のある人がたくさんいる限り、この資料は羅列して書かれておる、これは間違いない。そうして、その羅列した一つ一つは、みな独立してこの標題に示した証拠能力を持っていると判断して出しておる。それを今日に至って、倫理綱領そのものはあまりはっきりしない、巧妙な言葉を使ってなどという非常に誤解を生む言葉をあえて使おうとしておる。私はそんな言い方には納得ができない。しかし問題を一歩進めることにして、それでは大臣に聞くが、この教育の政治的中立性を否定するとか否定しないとかいう言葉は、そういう言い方は、法律の裏づけがあって初めて言えることである。ばく然と概念的なことを言ったり、常識的なことを言ったり、印象的なことを言っては、この場所の論争は通らない。必ず法律の裏づけがきちっとあって、その上に立ってそれが主張されなければ意味をなさない。先般のこの委員会における大臣の答弁の中にも、その点が明確でない。法律に立って、法律を裏づけにして、それを足場にして主張をされなければならないのだ。私はそういう立場を非常に強く考えるがゆえに、この教育の政治的中立性を否定するといって出された、このことは、少なくとも日本の法律においては、憲法というようなこともあるでしょう。しかし、当面しては、教育基本法のうちの特に第八条の第二項か、もしくは義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法か、この二つの法律が当面して、こういうことを否定しているとかいないとかいう断定を下す根拠になっていると思う。それ以外のことが根拠になっているのであれば、これは大臣に意見を聞かなくてはならない。私はそう思うが、いかがですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答え申し上げます。その前に、一つ一つが独立しているのだと、そういう意図を持って出しているのだと、これまた断定的におっしゃいますけれども、何度も繰返し申し上げるように、そもそもが総合的に読み終わって判断して初めてわかるというふうにできておる、その結論として私は申し上げるということを申し上げたことに関連して、しからばその根拠となる資料を出せという仰せでございまして、従って、提出しておりますのも、ごらんの通り、倫理綱領そのものもありまするし、解説の部分もありまするし、また「新しく教師となった人々に」というのを抽出した部分もあるわけであります。これは卒然として私が資料提出の初めの提出意思と今と違ったことを言っておるとおっしゃいますことは、事実に反しますことを一応申し上げておきたいと思います。 教育の中立を侵すということは、教育基本法にいうところの政治的に中立でなければならぬということ、またその趣旨を受けて義務教育諸学校の政治的中立に関する法律が出ていると思いますが、ともにいうところの政治的な中立を確保せねばならないという建前から見ると、教職員の団体たる日教組が定めております教師の倫理綱領の趣旨は、特にこの歴史的課題解決のための有能なものとして青少年を育成せねばならないと言及しておる部分、その意味が私は政治的な中立を侵すおそれありと、こう考えて指摘し続けておるところであります。繰り返して申し上げるまでもなく、日教組という団体が教育の面において任意団体でありましょうとも、結社の自由に基づく団体であることは間違いない。また、そのよって立つ倫理綱領が何を書かれようとも、これはもちろん自由ではありまするが、ただ一点、政治的に中立でなければならないという厳粛な要請にはこたえ得る私は責任ある団体だと思うのでありまして、よしんばそれが労働組合あるいは広い意味の勤労者の団体であると概念的には区別するといたしましても、その勤労者であり労働者であるということは、教育の場において労働者であり勤労者であるわけでありますから、概念上の区別はありましょうとも、現実に教育の場に青少年を育成するという事柄へ関連を持ってくる。その点が、私はこの政治的課題の解決という事柄が解説その他を読んでみて一種の革命を目ざしておると断定せざるを得ない。私はそう読みます。そういう意味で政治的中立を侵すおそれありと申し上げた次第であります。
○井川伊平君 関連して。私の先ほどのお尋ねしたことには御答弁がありませんが、聞き方がへただったかもしれません。また、この委員会に私が出ましたのは初めてでございまするから、知識の足らぬ点もあるが、しかし、十分に皆様方の御発言も理解したいという建前から、私はいろいろ考えるのでありますが、今米田委員のお話によりますと、大臣の言われる教育の中立性の否認をしておるところのその証拠として倫理綱領の抜き書きを出しておられるようである。これに対して米田氏の方は、その資料だけで教育の中立性を侵しておるという、これはそれだけで明白になるべき証拠であるという御主張のようでありますが、大臣のお話は、そうでなくして、教育の中立性の否認をしておるという事実を認めるのには幾つかの資料を通じてそう認めるのだと、こういうお話のようでありまして、その資料というのは倫理綱領、解説、「新しく教師となった人々に」、こういうものを通じて、おのおのが資料であるという御意見のようであります。米田氏の方はそうじゃなくして、倫理綱領抜き書きの羅列が唯一の、それだけで絶対に、中立性の否認が認められる資料であるということでありますが、単純なる意見の相違であるか。もし、大臣のお気持のようであるとすれば、教育倫理綱領の抜き書きなり羅列と申されるものは、認定をする資料の一部分であるということでございますから、一部分であるか、全部であるか、それくらいのことならば妥結のできないことはなかろうと思う。向こうさんの方で全部だと言えば、実はそれは一部でございますとだけで話は片づくのじゃございませんか。ゆえに、その点につきましてあなたの御意見を伺いたい。
○矢嶋三義君 答弁の前に、同じことですから。この問題については、先般来当事者あるいは米田委員からずっと質疑されて参っておるわけですが、それで、文部大臣の答弁の態度いかんがこの委員会の調査の進行に非常に影響すると思うのです。それで、今自民党さんの方から質疑がありましたが、私は関連して同じ角度から伺いますが、私は次の二者択一だと思うのです、文部大臣としては。それは当委員会で、文教委員会や予算委員会で日教組は暴力団体、集団暴力団体である。破防法すれすれだ。不逞のやからとまで言わないが、それに近い断定的な発言をしているわけです。それから倫理綱領がその根拠になっていると、だからこれを改めなければ一切がっさい会わないのだと、こういう断定的な発言を大臣されているわけです。しかも、相手は荒木文政のもとに末端でお働きになっている数十万の先生方を対象にそういう断定的な発言をされているわけですね。そうなれば、この前から議論されているように、全般からそういうムードがあるとか、雰囲気があるとかいうことではならないと思うのですよ。ここのこれと、こことここと、それからこういう事態が現実に起こっている、それに特定しなければ、たとえはこの前この第一項のところで豊瀬委員とずっと質疑されていらっしゃる。豊瀬委員が一つ一つ指摘していって、この字句に関する限り何も問題ありませんとあなた答弁している。最終段階に、全般的に見てこのおそれがあり、こうなんだ、自分はこういう見解をとっているのだと言うのですがね。しかし、国会でこの文章の表現は注意してもらわにゃならぬという程度の文部大臣の発言ならば、それでいいのですよ。しかし、先ほど私が言いましたような断定的な表現で答弁されている以上はこことこことここでこうなるという特定しなければ、法律的に特定しなければならぬと思う。これを選ぶか、それともあなたはその特定ができなかったならば集団暴力団体とか、あるいはこれを、それが根拠になり、倫理綱領を改めなければ一切がっさい会わないのだというのを是正されるか、その二者択一以外に私はないと思うのです。それで、きょう引き続いて米田委員が質疑されているわけですがね。今までのような答弁では調査というものは進行しないと思うのです。また答弁に立つ文部大臣としては院内における発言を取り消さない以上は私は無責任だと思うのですね。だから、私は要は今、井川さんの方から一部と全部ということですが、ありましたが、一部と全部では問題解決しないと思う。要するにこうこうこうだと特定をして、その特定した点についてあなたと質疑者との間でディスカスが行なわれて、そうしていずれかが譲るか、それとも第三者の判定にまかすかという場合も起こり得るかもしれないけれども、とにかく論争点を特定しなければ一つ一つじゃ問題ないが、全般的にこういうふうに感ずるのだと、そういう雰囲気だ。こういうことでは一方における行政府の大臣としての答弁からして委員が満足しない、追及することは当然だと思うのです。だから、その気持はそういう態度で答弁すべきであると私は考えるし、そういう点を強く要望いたしますが、御所見を承りたいと思います。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 井川さんと矢嶋さんお二人の御質問は同じようなことかと思いますので一括してお答え申し上げます。 これまた先刻来繰り返しておることを一応前提として申し上げなければならぬわけですが、倫理綱領と、解説と「新しく教師となった人々に」を読み通して、そうして、また特にそこに指摘しております部分を読んで完全に理解できる筋合いのものかと思います。ですけれども、なるべく具体的な資料を出せという仰せでございましたから、特に今差し上げておるものを、抜き書きではありますが、全部お読みいただくならば私の申しておることが御理解いただけるのではなかろうか、こういうつもりでこの資料を出しておるのであります。そこで、ついでながら米田さんのこの前の御質問のときのことを顧みなければいけませんけれども、そういうつもりで実は出しておりましたが、御質問者が一行々々、一語一語おっしゃいますから、その部分のその言葉だけとしては理解しにくいと、そこで、あとずっと一応提出しておりますやつを全部お読みいただいて、そうしてこの倫理綱領の本文そのものをまた機能的にお考えいただけばわかるつもりで出しておりますから、御質問者がその部分だけをお尋ねになりましたから、たとえば、「青少年」とサイド・ラインを引いておりましても、その「青少年」そのものに特別の意味があるはずがない。「歴史的課題」それだけをとりましても、歴史的な課題だというだけであって、その受け取り方がどうだということは、解説その他を読まなければわからない。「解決」すると書いてありますけれども、どういうふうな解決の仕方を日教組としては考えておるかということも、これまた解説を読まないとわからない。あるいは、「新しく教師となった人々に」というものを読んでみないと、その解決の具体的なやり方そのものがわからないということでございますから、私は、次々に最後まで御審議願うであろうと、そうすれば、こっちの私の意図しております資料提出の趣旨も当然わかるはずだから、そこだけでは、いけません、あとまで読んで下さいと申し上げるのも失礼かと思って、そのことを言わなかったもんですから、この前、御承知のような、ある程度停滞したことを私も認めざるをむろん得ませんけれども、まあそういう資料についての注釈を申し上げれば、以上のようなことでございますから、その意味でお読み取りをいただければありがたいと思います。
○米田勲君 何ぼ繰り返してもこれしか言えない。しかし、私は言っておきますけれども、あなたが去年豊瀬君の要求に応じてこの資料を出したあといろいろなことを答弁するから、もっと出しなさいと言われたときに、あなたは出さなかったではないか。これでいいのだ、これで尽きておるということを言っている。それが一つと、何度繰り返して私が主張をしてもあなたは理解しないが、なぜあなたはそういう総合判断をせよと書いて出さなかったのか、われわれに。自分だけはわかるような資料を出して、受け取った側ではどうもそう理解できないような文書を出して、それで追加して資料を出しなさいと言われたとき、これで終わりだと言って、そのわれわれが受け取り方が間違いやすいような条件で出されているにもかかわらず、あなたの立場からいえばですよ、それを訂正しようともしない、補綴しようともしないで今日まできておる。私は、何度も言いますが、あなたは、この資料は羅列して出しているじゃないですか。番号も何も打ってない。独立している、みんな。これはもう法律の専門家の井川さんだから、この文書の提出の仕方が何であるかということはわかっているはず。必ず、これを総合判断してほしいと、資料を出すなら、番号を打って、最後に、これらのことを総合判断をして、私はこういうことを断定するのだということを結ぶはずなんです。そういう結びはない。これには、みんなまるがつけて羅列してある。独立しているということなんです、自分の主張は。証拠物件として独立しているという証拠に、まるをつけて独立して出している。そう判断するのが常識ですよ。あなたは、今になって苦しくなったから、そのものだけでは立証できなくなったから、総合判断ということを言い出してきておる。 それから、今答弁される前に私が発言しようとしたときに、あなたはまたきょうも、侵すおそれがあるという言葉を使った。侵すおそれがあるということと否定しておるということとは違うですぞ、何度も言いますが。そういうね、法律にのっとってお互いが論議をしなければならない大事な問題を、否定すると、否定しているのだと言いながら、その証拠はこれだと言って打ち出していながら、今度はややこしく論議をしていると一絶えず使うあなたの言葉は、侵すおそれがあると言っている。これは意味が違う、全然。法律上も違う。二度と再びこの場所でこの問題を論争しているときに、侵すおそれがあるとか、悪い影響を与えるおそれがあるとか、そういう言葉はやめてもらいたい。もしそういう言葉を再び使うならば、この資料の提出を撤回して、もう一回出し直して下さい。あらかじめ注意しておきます。 私はこの前は、詳細にこの倫理綱領第一項のことについて、解説書の中からも文章を引用して、あなたの判断をしていることは、それは思い過ごしなんだと、偏見なんだと、独断なんだということを立証したはずなんだ。それに対してあなたは明快に反論ができなかった。反論ができない結果は、これだけでは困るのだと言う。ほかのものもずっとあわせて、全部読んでもらって総合判断をしないとわからないんだと、こういうふうに逃げられたわけですよ。私はもちろんきょう、こうやってあなたに質疑をする限り、全部読んで調べています、一切がっさい。だから今ごろ、みんな読んでもらわないとあなたの主張は間違っていますよ、などということを注意いただいても、逆にあなたにお返ししたい。そういうことをまず最初に申し上げておきます。 それから、文部大臣に私は言っておきますが、個人を誹謗したり、個人を断定的に批判をしたり、またはその集団を誹謗したり、中傷をしたりする場合には、総合判断をしたり、印象的であったりしたものを根拠にしては許されませんよ。 あなたにお聞きをしますが、私がこういうことをあなたに申し上げたら、あなたはそれを肯定しますか。文部大臣荒木萬壽夫という男は、かつて造船疑獄に、汚職事件につながって、検察庁の取り調べを受けた。あの当時の造船汚職事件は、指揮権発動等の妨害があって捜査が十分に伸び切らず、彼は起訴はされなかった、そういう事実がある。彼は、ILOの問題について、その事実を何ら知らないのに、一方的にこれを誹謗し、その運営を誹謗し、国際的な信用をがた落ちにさせたことがある。あるいはまた、多くの具体的な事実もなしに、法律にも立たず、個人や団体を誹謗する、そういう傾向のある男である。そういったことを総合判断をすると、荒木萬壽夫という文部大臣は、文部大臣としても不適格であるし、彼は汚職をするかもしれない、再び。彼は独善的な男である、国際的な感覚もゼロな男であると、私が他に行って誹謗したら、あなたはその私の言動をそのまま肯定されますか。 私は、そういう一つ一つ切り離した問題を総合判断をして、個人や団体に対して中傷を加えたり、誹諦をしたりすべきものでないと思っておる。私が文部大臣に対して、今言ったようなことを言って、総合判断をすると彼はこうだと、そういう断定をして追及されたら、私は総合判断をした、こういうことで、あなたは一応そのまま、そうかといって許す気があるかどうか、そういうことで世の中が通るかどうか。あなたにそういう具体的な例で一つお答えを願います。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今の例を引かれたことは、批評するのは自由ですから、何と批評されようともこれは仕方のないことだという問題だと思います。 私は、何度もおしかりを受けておそれ入りますが、この資料提出は、繰り返し申し上げますように、鶴瀬さんの御質問に関連して資料提出御要求になったのに応じて出したのでありまして、それは、あくまでも総合判断しなければ的確には指摘し得ないようにできておる。そのゆえにこそ解説がある。「新しく教師となった人々に」というのまでもある。日教組自身が作りました倫理綱領について、みずからが注釈を加え、みずからが補足的な「新しく教師となった人々に」を出しておることからも明らかでありまして、あれを全部読まなければ組合員といえどもわからないから出してある。いわんや組合員にあらざるものが理解するためには、それを総合して読破しないことにはわからないことは、理の当然だろうと思います。そういうことを申し上げたらば、しからば資料を出せという仰せでしたから、なるべく具体的に書けという仰せでしたから、その三つのうちの、特に中立を否定する部分ということとして抽出して出したのが、この資料でございます。初めはそういうつもりでないのに、問い詰められて、仕方なしに、総合してこれを見てくれといっておると米田さんからしかられますけれども、そんなことは毛頭ないのであります。経過から見ても明らかでありこの資料それ自体も、表現はそれは不十分な点があることは、御指摘の通りの意味があろうかとはむろん思いますけれども、趣旨はそうではない。一、二、三、四でなしに、まるをつけたということが米田さんのお説によると、総合的な資料として出していないということをおっしゃいますけれども、そうではないことを御理解いただきたいと思います。その意味で、一番最後のページに「以上の引用文から」云々ということを、総合的という言葉は書いておりませんけれども、一応の資料の締めくくり的なことを書きまして、提出していることで御理解いただければありがたく思います。
○米田勲君 文部大臣、私はあなたとこの問題については論争したくないが、今あなたが答弁の最初に言われた人を誹謗することとは自由であるといった言葉は、これはとんでもない考え違いですぞ。あなたがもしそういうものの考え方で、他の団体や人を、断定的に中傷したり、誹謗したりしているとすれば、事は重大であります。私は少なくも確たる証拠がない印象的な総合的な判断で、団体といえども、個人といえども、誹謗したり、中傷したりすべきものではない。そういうことは許されない、この国においては。そういう確信を持っております。だからなおさら私は、この出した証拠物件の証拠能力がそれぞれあるかどうかということが、あなたの主張しておられる結論に私が賛成せざるを得ないか、またはあなたの結論を変えてもらうか、いずれかにならなければならないと思って努力をしておる。しかし、あなたが、人を誹謗したりすることは自由である、こういうものの考え方をしておる。そういう人生観を持っておる大臣だということであれば、今後そういうおつき合いをいたします。このことでは論争いたしません。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) ちょっと委員長。
○米田勲君 ちょっと、私が質問中ですから。 先ほどちょっと脇道へそれてきたのですが、もとへ戻りますと、この証拠物件として出された、教育の政治的中立性を否定する個所として出されたものは、少なくもこれは印象的なものであったりしてはならない。主観的なものであってもならない。法律の定めに基礎を置いて、指摘しているものでなければならぬ。それにはこれこれではないかということについて、大臣もそれをお認めのようでありました。そこで私は、あなたにお聞きしますが、かりに百歩を譲って、百歩といっても、これはちょっと私は譲りがたいところですけれども、もし全くあなたに一方的に立場を譲って、この倫理綱領あるいは解説その他の文書が、日教組という職員団体の決議機関で決定をされ採択をされ、あるいは執行部が個人に委嘱をして編さんをした、そういうものをもって、この裏づけになっておる二つの法律を足場にして、教育の中立性を否定しているという断定は、私はできないという主張であります。教育の中立性を否定しているというのはこの二つの法律は、いずれも学校という教育活動の行なわれている場所において、具体的にそういう事実が現われなければならぬ。学校の教育とは直接的に関係のない職員団体で、あなたの言うように、かりにですよ、一つの決議をあげ採択をしたといっても、それは教育の中立性を否定していると断定はできない。そういうことを断定するとすれば、それは結社の自由や言論の自由、そういうものを大きく侵害することになるからであまりす。少なくとも。繰り返して申しませんが、教育の中立性を、政治的中立性を否定するという断定をする限り、それは教育の場において、法律で定めた学校という場の教育活動の中において、明らかに政治的中立を侵した、否定したという現象が現われない限り、このような断定はできないはずである、私はそういう立場に立ちます。しかるにあなたは、そういう学校という教育の現場に現われた事象を、何らここに持ってこないで、日教組という職員団体が決議機関で、あるいは執行部が個人に編さんをさせたそういう資料を持ってきて、直ちにこれがそのものずばりで、教育の政治的中立性を否定している証拠物件だとして出すのは、あまりにも飛躍が大き過ぎる。それは法律に立って論争をするものの許されない主張であります。あなたはこういう私の見解に対して、どういう立場で、どういう主張をなさいますか。それをお伺いいたします。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答え申し上げます。その前に、さっきの仮説的なお話ではありましたけれども、人を誹謗したとすれば、お前はどう思うというお尋ねでありました。人の、個人であれ何であれ、批評することは自由であると申しましたが、私は今日まで、人様をことさら誹謗した覚えはありません。今後ともやろうと思いません。ただその仮説的に、そういう批評をしたらどう思うかとおっしゃるから、それは世はさまざまで、十人十色ですから、無責任に批評をするものはいるでしょう、その無責任に批評をするものがいることを、それ自体を否定するわけにいかない、批評は自由だと申し上げたゆえんは、それだけの意味である。 次に、今お尋ねでございますが、日教組が正規の結社の自由に基づく団体であり、それぞれ執行部を持ち、決議等をなさること、むろんそれは何びとも制約を受けない自由な立場であると思います。一点の疑いもない。ただ指摘しておりますのは、その全国組織たる日教組の根拠をなしている心がまえをいわれるもの、それが教師の倫理綱領である。これが日教組の組合員が全然無視してよろしいものであれば、むろん論外ですけれども、そうでなくして、日教組の組合員たるものは、この心がまえで行動しなければならないぞという趣旨のものかと心得て申し上げているのであります。その倫理綱領の中に、この歴史的課題解決のための有能なにない手として青少年を育成せよと断定してある。大会等で何をなさろうと、何びとからもかれこれいわれる筋はありませんけれども、その基本の考え方が教育の場になくては、青少年の育成はできないはずですから、その教育の場において、青少年をこの歴史的課題解決のための有能なにない手に育て上げるということを意図している以上は、その考え方そのものが、教育の中立を侵す意図を持っている、こう考えざるを得ない。(米田勲君「変わってきたな、意図を持っている」と述ぶ)一つも変わりません。意図を持っている。そのことは倫理綱領としては教育の中立性を否定している、無視している意図であると考えざるを得ない、こう申しているのであります。現実は、しからばそういうことが行なわれたかということは、別問題であります。その意味において、おそらくありと申し上げるのであります。現実にそういう偏向教育、政治的意図をもって、指導要領以外のことを教えてみたりすることありせば、それがおそれが現実となった、ということであって、今申し上げているのは、そのことを申し上げているのではなく、倫理綱領の書いていることそのことが政治的中立を侵す意図を持っているとしか考えられない、それが政治的中立を侵していると、こう申し上げるのであります。
○米田勲君 あなたは自分の主張していることに矛盾を感じませんか大臣。あなたは法律を御存じでしょう。そうしてあなたはこういうものを出しているんですよ。否定すると書いてあるんですよ。おそれがある、これが悪い影響を与えるおそれがある、心配がある、とは書いてないんだ。これはそうでないですか。あなたの言っていることと、あなたの出したこの証拠物件とは違うんだ。そこが私はわからない。こういうものが教育の現場に悪い影響を与えるのではなかろうか、というのであれば、私はまたこれは一つ見解の相違であって、問題の性質がちょっと違う。しかし、あなたは、何と申しても否定している個所はこれだといって出している限り、このものが否定していなくちゃならぬ。しかし、教育の政治的中立性を否定している、いないという論は、こんな文書では論ぜられないんですよ。あなた、よく考えてごらんなさいよ。法律のどこに、この文書で、この文書は教育の政治的中立性を否定している、否定してないと、この部屋で論争できますか。そんな法律は日本の国にあるんですか、一体。私は、あなたは法律に忠実であるなら、先ほど言ったような二つの法律、あの法律というのはどちらを見ても、それは法律に定めた学校という教育の現場でこれこれのことが行なわれた場合に、初めてあなたの言うような断定が成り立つんです。この文書は教育の現場とは違う、それをあなたは認めておるはずなんだ。この場合の論では、きょうの場合の論では、おそれがあるという言葉をあなたの口から出す資格はない。先ほども私は言ったでしょう、そういう論をしておると、そういう言葉を使うと、この資料を出した建前と違ってくるんだと。どうしてもそういう言葉に置きかえたいのなら、この文書を出し直しなさいと言ってるんだ、何べんも。それをあなたは出し直さないとがんばっている限り、それ以外の言葉を使ってもらっちゃ困る。もう少し法律に基づいて論をしましょう。もう少し論理的に論をしましょう。そんな、自分の得手勝手な、だれにも通用しない論をこの場所で何べんもやられたら、この文教委員会は運営できませんよ。(「通用する」と呼ぶ者あり)するものか、そんなことが。(「わしは通用すると思う」と呼ぶ者あり)あなたは発言を求めてやりなさい。このものは、教育の現場においてこれが云々されたという事実はないでしょう、あなたに聞きます。これはあくまでも、教育の政治的中立を否定する証拠として出したこのものは、教育の現場とは無関係なんだ、現象として。それをあなたは否定するという言葉を使っているんだから、ではその二つの法律とは何ら無関係じゃないかと思う。その点どうですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 倫理綱領そのものが教育の中立性を否定する意図を出しておる、という意味において申し上げておるのであります。教育の中立が侵されたか否かということは、お説の通り、学校の場においてそういう事実のあるなしによって初めてきまると思います。ところで、その、教育の中立を侵す意図を持ったものであると申し上げる意味は、倫理綱領に、教師は労働者である、団結こそは教師の最高の倫理であるということから始まって、いろいろと書いてありますが、私は、教師が広い意味での労働者でないとは申し上げない。申し上げませんけれども、教師が勤労者であり、労働者であるという実体は、教育の場において教壇に立って教えること、そのことが労働者であり勤労者であることと思います。それならば現実問題として、概念としては別ですけれども、現実問題としては、勤労者なり労働者という意味において同時に教師であるわけなんだから、学校における教師としての活動、その実体が勤労者であり労働者であることを十分念頭に置いて倫理綱領が書かれておる。その倫理綱領に、この「歴史的課題解決」、そのことは私の解するところによれば、ここに出しておりますあとのことをずっとあわせ読んでいただくとおわかりいただけると私は思って出しておりますが、私の理解するところによれば、この歴史的課題解決とは、資本主義社会においては解決できない、自由経済では解決できない、教師はその必要のためには政治的には中立はあり得ない、何でもやるという考えでいかねばならないとも注釈されているようでありますが、そして社会のあり方を、そのかなめを取りかえないということには解決でない、こう注釈を加えられているこの歴史的課題というのは、私の解するところによれば、まさに現状を政治的に変更して、変えて、革命をやるのでなければ実現できないという考え方のもとに立つこの歴史的課題解決、そのためのにない手として有能なものに青少年を育成せねばならぬとある。青少年を育成するということは、日教組の大会で、その現場で育成されるとは思わない。ピケを張り、デモ行進をやっている姿が、青少年を育成する姿であるとは思わない。青少年を育成するということ、そのことを実現しようとするなれば、学校において教師としての活動を通じてしか育成ということは、私はあり得ないと思う。さらにまた家庭訪問、その他もございましょうが、あくまでも教師としての仕事、行動をしていることを通じてしか育成はできないはずである。だからそういう意味において、この歴史的課題を倫理綱領の一貫する考え方として受け取っている。そういう考え方からまさしく教育基本法ないしは義務教育諸学校における教育の政治的中立を確保すべきことを要請している法律の趣旨に反するようなことをやる意図を持っているのが、今指摘しましたところである。そういう意味合いにおいてこの資料は提出いたしております。
○米田勲君 そうすると、文部大臣はこの倫理綱領そのものでは意図を持っているとか、そういうおそれがあるという、現実段階の問題ではないということだけは認めますね。まず第一に。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 倫理綱領は豊瀬さんの御注釈によっても教師の心がまえだ、そういうものだと思います。教師の団体の団体員たるものは、労働者と書いてありますが、そういう心がまえでいきたいものだという、その心がまえの条文だろうと思います。条文にどう書いてあるからといって、そのことが現実に中立を侵したのだという証拠にならないことは、これはもう理の当然でありまして、倫理綱領それ自体が何を意図しているかという角度からとらえて、教育の中立性を侵しているその意図がここに現われている、こういう意味であります。
○米田勲君 そうすると、文部大臣は、この倫理綱領は義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法と教育基本法の第八条の第二項に抵触しているか、いないか、その点はどう判断しておりますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 倫理綱領それ自体としては、今申し上げるように政治的中立を侵すこともあえて辞さないということが書いてあると解します。そう解せられる倫理綱領を忠実に組合員が実行するならば、教育基本法ないしは義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関するあの法律の趣旨に反するようなことが起こるおそれがある。それとこれとは抽象的に言えば別問題である。概念論としては別問題、一は規定そのものであり、そのものがすべて常に行なわれておると私は断定しておるわけでは毛頭ないわけであります。おそれがその意味においてある。
○米田勲君 そうすると、資料提出の点はあなたの考え方と違った提出のされ方をしていますね、どうしても、これはそうなりませんか。あなたの説明している言葉によると、この資料の提出の条件とは違うのです。どうですか、すなおにその点は理解できませんか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今の米田さんの御質問は、政治的中立性を否定する個所と書いておるじゃないか、それならば、否定して現に行動しておる証拠だと思って出したのだろうというふうにお読みになったように心得ましたが、これは話の順序から、資料提出の経過から見まして、この表現、表題そのものの表現不足、適切を欠いた点はあるいはあろうかと思いますけれども、これは特に注釈を加えないでも、資料提出の前後の事情等からも当然御理解いただけると思ってその部分にはことさら注釈を加えておりませんが、提出いたしました意図と、今申し上げておることは一つも食い違っていないと心得ております。
○米田勲君 私はあなたの前提になっているのは、この倫理綱領は教育の政治的中立性を否定しているとは理解しない、そういう立場です。かりにあなたのような理解に立ったとしても次に過程が必要なんです。あなたの断定にはね。これをこのまま教育の現場で実行に移した場合には二法律に照らして教育の政治的中立性を否定している、こういう段階を追わなければならない。その段階の最後の段階の命題を使ってこの倫理綱領を持ち出してきたから、まず最初に証拠物件としての能力がないということを主張したのです。この点はどうですか、意見が一致したじゃないですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 倫理綱領に関して政治的中立性を否定しておる個所という意味は、私は格別註釈を加えないでも、倫理綱領それ自体の意図がそういうことであって、現にそれが教育の現場でそのことが行なわれた結果までも否定する個所といって指摘していることでないことは、これは註釈を加えないでもわかっていただけると思って実は出しているのですが、その表現の仕方が適切を欠いたために、私の資料提出のときの気持と、今御答弁申し上げておるのとが食い違っておるという御指摘であるならば、それはこの表題のつけ方が少し適切を欠いておったと思います。その点は御了解いただきたいと思います。
○米田勲君 私は先ほどからあなたの言っておられる言葉をそれこそ総合判断して、文部大臣にしてはおそるべき教育の政治的中立性を侵す思想を持っていると判断をしている。なぜかというと、あなたの論法をもってすれば、日本の教師という職につける法律的に資格のある者は、自民党の党員か、もしくは自民党の政治に対して全面的に賛成か、もしくはそれに盲目的に従っていく者、そういう条件がなければ、教育の政治的中立性を侵す教師だというふうにあなたは断定をするようなものの考え方をしておる。あなたに聞くが、日本の学校の教師で、社会主義思想を持っていては教師の資格、法的な資格がないかどうか、またそういう教師は文部大臣としては適当でないと断定をするかどうか、これをお聞きします。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) これは申すまでもなく、教師であらうと、いかなる公教員でありましょうとも、その個人がどういう信条を持ち、どういう政党を支持し、どういう政党の党員であらうと、原則的には自由だ、こういうことになっておると思います。だから、ある党、自民党であれ、共産党であれ、社会党であれ、理論的には同断ですけれども、その個人がそうであることと、教育の現場において、教育基本法ないしは、もう一つの法律にいうところの政治的中立を侵す、侵さないということは別個の問題であって、現実に侵したらもってのほかであり、侵さなければりっぱな教師として成り立っていくもの、こう思います。で、むしろ皆さんは、私の言うがごとくんば、教師が自民党員でなければならぬようにおっしゃいますけれども、そんなことでなしに、私は倫理綱領の今申し上げておるようなことが、このままもし組合員が忠実に実行せねばならぬとするなら、共産党に全部入党しないことには、倫理綱領に忠実な教師ではあり得ないということをおそれるのであります。
○米田勲君 これはどうも文部大臣、個人ですべてどういう思想を持っておろうと、信条を持っておろうと自由だということは、これはまあ憲法に保障しているのですから、あなたはそれはだめだとは言えない。そういうことさえ個人に向かって許している。それが直接教育の現場で、その一党一派に偏した政党の計画を実施させるための教育活動をしない限りにおいてはりっぱな教師なんだ、こういうことさえ言い切るあなたが、なぜ職員団体日教組が倫理綱領をかつて十一年前に採択したことをもって、教育の中立性を否定する組合だからあんなものは相手にしないというな極端なものの考え方になるのか。個人でさえもあなたはそういう思想を持っていることは自由なんだと、しかし、その一党一派に偏する思想を、教壇上で徹底さすための教育活動に移らない限り自由だ、りっぱな教師だといっているあなたが、どうして飛躍して日教組という団体になると、とたんに十年も前に出ている倫理綱領なんていうものを、知っている教員なんていうものもありもしない時期にそれを持ち出してきて、あなたは日教組を暴力団体だとか、破防法すれすれの団体だとか、革命団体だとかいう断定を下す資料に使わなければならいのか、あなたの倫理は飛躍していませんか。現実から飛躍するのに使っているのは、あなたの性格とか、あなたの思想ですよ。しかし、そういうことはあなたに言わすと自由かもしれませんが、あなたは文部大臣なんだ。一国の文教の責任者なんだ。そういう責任ある地位にある者が、明確でないもの、または飛躍した論理を用いて、個人なり団体を断定的に誹謗するということは、どうしてもこれはあなたの立場としては行き過ぎだ。この倫理綱領や、教師の倫理綱領解説を一々あなたと論争しなくも、あなたの断定している今の行き方は行き過ぎだ。論争すればなお明らかになるのですが、そういうことを感じませんか。あなたは、個人に対してさえもあれほどのことを言える人が、なぜそういう結論に達するのですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) いつも申し上げておりますが、五十万と称せられる日教組の組合員のほとんど全部に近い人々が、その個人的信条あるいは党派がどうありましょうとも、りっぱな先生として行動しておる、そのことは私は一つも否定しない。そのことと今お答え申し上げていることは私は違うと思います。文部大臣だからこそ私は教育の中立が侵されてはいけないと心配するがゆえに申し上げておるのであります。倫理綱領が十年前だとおっしゃいますが、十年前から今日まで連綿として順奉されてきていると理解される。最近の日教組の大会におきましても、あらためてこの倫理綱領を再確認をされたと私は承知しておる。そういう意味で、十年前だからどうでもいいと私は考えない。むしろ長きにわたってこういう考えで、もし日教組の幹部かしりませんが、それらの人々が末端の組合員に、この心がまえの実践を要請しておるといたしますならば、これは私は教育の中立性が現場において侵されるおそれがあると思います。おそれがあると申し上げると、またおしかりを受けますが、それは現場においての現実の問題になって現われるおそれある、倫理綱領そのものは、こういう心がまえでいけと命令をしているものとするならば、それを忠実に守るなら守るほどそのおそれが出てくる。ですから、こういう考え方はいかがであろうかということは、むしろ私は国民にかわって懸念するがゆえに申しておるのであり、これはひとり私は自分の独断とは思わない、心ある人々もこれをおそれておることを承知いたしました。昨年さる中央紙の論説にも倫理綱領などというものは、日教組ももういいかげんに、古くさい革命思想から脱却して、もっと進歩性を吹き現わしたらどうか、という趣旨の論説までも載っておったのを私は記憶しておりますが、これは私は大多数の国民の懸念の焦点だと思いますから申し上げておるにすぎないのであります。さりとて、私の立場において、日教組という団体の倫理綱領そのものを作り変えなさいという命令をする資格はない。私は一国民として、また教育の責任者として、国民にかわってその憂いあることを申し上げることが、五十万のうちの大多数のよい人々にも私は十分理解していただけるであろうということを期待しますから、申し上げているにすぎないことを、この際申し上げさしていただきます。
○米田勲君 私は自分だけで長い時間やっておっては、豊瀬議員の質問にも影響しますので、大体きょうは以上のような部分までで質問は一応打ち切っておきます。 しかし、文部大臣に言っておきますが、文部大臣は非常に思想が古い、何か革命という言葉でも聞くと、あなたの頭に描かれるものはとてつもない情景らしい、もう少しそういう言葉だけでおどかされないで、真実を見詰めてもらいたいのだ。またあなたは心配性のようである、非常に起こりもしないことを起こるであろうと考えてみたり、法律に違反をしないことをやっておるものを見て、むやみやたらに誹謗することも自由だというあなたの思想からすれば、そういうことは許されるのかもしれないが、もう少し慎重にやってもらわなければならない。特に私はきょうは内容について一切触れることを避けましたが、あなたの言っている大前提そのものが狂っておる。何もあなたの心配しているようなものではないのに、自由民主党の党員である文部大臣であるゆえに、党の文教政策に基づいて主張しておるのかもしれないが、あなたはどうもこの持ち出してきた証拠書類の全体を見て、一方的な判断に立って独善的なことを主張しておる。しかし、それは後日許される機会があれば、またゆっくりあなたの偏見をただすために努力したいと思います。 あとでまた九州大学の問題で質問をする予定になっておりますので、非常に長い時間を私だけでとって申しわけありませんでした。次と交代いたします。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今、米田さんのお話の中に論理が飛躍しておる、独断的であるようにおっしゃいますし、のみならず私が自民党員である閣僚だから、何か自民党に奉仕して、国民に奉仕するのを二の次にした文教行政を意図しておるやにおっしゃいますけれども、私はそれは私が至らないがゆえにおそれがあるのかもしれませんが、自分の全力を尽くしてそういうばかげた、誤った、中立をみずから侵すがごときことは一切やるべからずとみずからも反省をし、努力いたしたいと思っておることを申し添えさしていただきます。
○豊瀬禎一君 きょうの大臣と米田君の質疑で倫理綱領の問題についてはかなり新たに進展を見たようですが、私はもう一歩進めまして、今日まで論議されなかった具体的な幾つかの問題について質問を行ないたいと思います。 その前に、大臣にただしておきたいのは、先ほどの資料の問題ですが、大臣からも答弁がありましたように、総合的な判断としてこれこれの事態があるとおっしゃって、私からその資料の提出を要望した。従って大臣の判断の根拠は、先ほどの三つの総合判断だということは理解します。同時に、委員会において審議をする際には、その三つの資料の全部にわたって論議をすることを、大臣は総合判断という角度から期待してあるのではなくして、私が要求した総合判断の具体的な根拠資料としての本資料を中心として論議することを期待してあると私は思うのですが、その点いかがですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 大体おっしゃる通りでございます。ただ、ちょっと念を押さしていただけば、たとえば「搾取と貧乏と失業を伴う今日のような社会制度は根本から考え直さなければならない。(綱領第一項解説)」ということで出しておりますけれども、これで、ここに書いてある意味は一応わかるとは思いますが、これについてさらにある種の議論が絶無とはしない。それはやはりもとに返ってみなければわからない部分はあろうかと思います。ほんとうはそういう疑念が湧くであろうことは、指摘しました三つの資料を読み砕いてこれを引用しましたが、これはこんなふうになっておるようだという注釈がなければいけないだろうとは思います。しかし、それはあまりに繁雑になり、三つの資料このままを、これですとお出しするのと同じようになりますから、幾分でも簡潔に出なけなば御指摘の資料になりそうもないと思って、こんなふうな形になったことを御了解いただきたいと思います。
○豊瀬禎一君 大臣も希望のようですから、私は全部分的な問題じゃなくして、総合的に質問を進めていこうと思うのです。そこで前回も若干ただしましたが、大臣に再度質問に入る前にただしておきたいのは、大臣が指摘してあるところの教育の政治的中立とはいかなることですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 教育基本法なり、義務教育諸学校における教育の中立を、守らなければならない趣旨の法律に書いてある通りのことと思います。
○豊瀬禎一君 法律としては、大体憲法、基本法、ただいまの臨時措置法が中心でしょうが、具体的にはどういう内容ですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 学校教育そのものが、教育の場で政治的な意図をもって行なわれてはならないということだと思います。
○豊瀬禎一君 基本法の条文からいうと、主としてどこですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 詳しくは政府委員からお答え申し上げます。
○政府委員(内藤誉三郎君) 基本法の八条二項に規定されておりますところの「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」この二項全部を含みます。
○豊瀬禎一君 政治教育ということと、特定の政党を支持、反対ということは別個のものと考えますが、大臣の御見解は。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 別個のものと思います。
○豊瀬禎一君 具体的に進みまして、自由主義思想あるいは社会主義ないしは共産主義このことを一般的に教授していくということと、自由民主党を支持なさいということ、あるいは反対しなさいということ、これはおのずから別個の問題だと思いますが、大臣の御見解は。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) むろん別個の問題と思います。
○豊瀬禎一君 内藤局長の指定した第八条の文章から判断しますと、そうしてさらに本資料全体の総合的判断からしますと、主として基本法の立場からすれば、倫理綱領ないしは三つの書物といいますか、刊行物が、八条に掲げるところのいわゆる政治教育、これだけではなくして、特定の政党、日本でいえば法律上許されて団体登録を、政党としての登録をしておる特定の政党、これのどれかの支持ないしは反対を明らかに意図しておる、このようにお考えですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) それは日教組の大会で具体的に共産党と社会党両方を支持する、あるいは社会党でなければならぬというがごとき具体的な決定によって行なわれておるように承知しております。
○豊瀬禎一君 日教組大会で特定の政党の支持、反対を決定した際には、それは内藤局長が指摘した八条違反という断定ですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) そうではありません。
○豊瀬禎一君 倫理綱領にそのことが書いてあるとお考えですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 倫理綱領にはそのことも心がまえの中の一部にございましょうし、また先刻指摘しましたように、青少年をそういうふうに育成せよという意味合いは、教育の現場においても現実に行なわれるおそれがある、こういうふうに思います。
○豊瀬禎一君 倫理綱領に、私が質問したのは、特定の政党、すなわち今登録されておるところの自由民主党から何々党に至るまでこれらの支持、反対を規定していますか、こういうことです。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 倫理綱領全体としましては、今申し上げた通りに両方を意図しておると推定されると思うのであります。
○豊瀬禎一君 特定の政党支持ということと、先ほど私がお尋ねしたように、一つの政治教育として資本主義というもの、あるいは共産主義というもの、あるいはナショナリズムというもの、ファシズムというもの、これらの一つのオーソライズされているところの思想に対して教育するということは別個のものだと御答弁になったと思います。従って、一歩譲りまして、倫理綱領の中に何かの一つの思想を持っておるとしても、それは八条にいうところの特定の政党ということを明記しておりますね、特定の政党とはいずれかをささなければならないということは、基本法制定の際の国会審議の中にも明らかにされておる。こういう点からすると、何らかの一つの抽象的な思想教育ということと、今登録されておるところの具体的な特定の政党支持ということはおのずから別個のものである、こう判断して差しつかえないですね。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) それはさっきお答え申し上げた通りでございます。むろん別だと思います。
○豊瀬禎一君 そこで先ほどの約束に基づきまして、具体的な質問に移りたいと思います。 まず、大臣の提出の資料からいたしますと、前回私が、主として出されました資料の第一ページの倫理綱領の第一項の冒頭に書かれておる文章をとりまして、その文章並びに内容について国連憲章から世界人権宣言、憲法、基本法等にわたって大臣の見解をただしましたが、その際には、端的に申しまして、この表現そのものについては賛意を表されましたけれども、最後の方になって総合的判断として否定されたようですね。そこで私がお尋ねしたいのは、以上の引用文から、これがあなたの骨子であろうと思いますので、以上の引用文から日教組は階級闘争の立場をとっておる。先ほどは米田君の質問に対して革命を指向しておる、こうおっしゃるのですね。大臣、このあなたの総合判断の断定だろうと思います。結論であろうと思います。結論の一つである。従って、あなたの考えておる階級闘争というのは、一体どういうものですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) これはそもそもはマルクスの考えに発すると思いますが、共産党宣言にもあると思いますが、労働者を単に階級ということを考えないで、働くものと意識しないで、プロレタリアートとブルジョアジイとを対立せしめて、相手をやっつけない限りはプロレタリアの幸福はあり得ないとするものの考え方に立った労働者対資本家という対立概念の労働者を意識しつつ、世界の労働者よ団結せよと結び、その上に立って相手を打倒するその考え方を階級闘争、このように考えます。
○豊瀬禎一君 そうすると、大臣は労働者というもの、資本主義経済体制の中で労働者というもの、それから資本家というもの、これは経済体制の中で対立していないというお考えですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) むろん経済体制の中では対立する立場に原則としてあると思います。ただその労使のいわば利潤の分配方法について、一は階級的な相手をやっつけるという考えでいくか、あるいは議会主義を是認しながら、前進的にその対立の中から公平な分配を求めていくかという相違で、共産主義だ、何だといわれるところのあるいは政党にいたしましてもその信条が分かれてくるものと私は了解しております。
○豊瀬禎一君 現行日本国憲法は、労働階級の存在、そして労働階級が近代社会の中で生存権が保障され、維持していくためには労働三権の確立、これは明らかに明記しておりますが、このことも改正しようとする御意図ではないでしょうね。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) そういうことは考えたこともございません。
○豊瀬禎一君 そうすると、大臣が日教組に対して批判的な眼を持っておられる、一つの階級闘争を是認しておるという立場は、労働階級と資本主義階級の対決を意味しておる、このような御判断ですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) そういうふうに理解いたします。ただし、そういう考え方を日教組という団体が性格的に持つこと、それ自身を私は否定しようということは毛頭、考えていない。問題はただ一点、先ほど来長い質疑応答を繰り返しました、政治的に中立であるべき学校の場に、その中立を侵する力が及びはしないかとおそれるという意味において申し上げておるのであります。
○豊瀬禎一君 大体の今までの質疑で大臣御承知のように、時間の関係もありますので、私あまりこう自説を言わないで質問だけに言葉少なくやっておりますので、大臣も答弁の要点をなるたけ簡潔にお願いいたしたいと思います。 日教組の倫理綱領あるいは三部全体を通して階級闘争、大臣が言われたような労働階級と資本家階級の対決という言葉については、これは非難しない。このことが日教組の方針の中に書かれておるとすれば、これは教育の中立を侵するおそれがある、こうおっしゃるわけですね。もしそうだとすれば、その理由。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) その点は御自由だと申し上げるわけであります。ただ、そのやり方が、具体的に申せば社会党的でなしに、共産党的な意図が盛られておるように私は見受けます。しかし、それにしてもそのこと自体がけしからぬという立場には私はないと思っております。ただ、一点繰り返し申し上げますが、教育の中立を侵するとしたら困ると、そのおそれのある点を指摘したにすぎない、そういうことと御理解いただきたいと思います。
○豊瀬禎一君 そうすると、大臣の見解では階級闘争の立場を是認せられ、そしてその是認しておる具体的な内容ないしは根拠、証拠となるものが、平和の擁護と民族の独立、搾取と貧乏と失業のない社会の実現を歴史的課題と判断し、この課題解決のために青少年を教育し、育成し、あるいは学習し、その他ここにあげてある資料、これが階級闘争である、こういう御判断ですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 階級闘争の一つの手段かしれませんが、倫理綱領の意図する階級闘争の場面はそういう単純な狭いものではなかりそうに思います。ただ、私どもが関心を持ちますのは、その階級闘争理念に立つ革命意識を持って、自由経済ないしは資本主義では解決のできないものを何でも政治的にはやるんだという覚悟のもとに子供を育成せねばならぬといわれる、教育の現場にそのことが具体的に及ぶであろうことをおそれるという点が、懸念にたえないというのであります。
○豊瀬禎一君 だから大臣は、階級闘争、このことは日教組がどううたおうと勝手である、自由である、これは否定されないのです。そうして、そういう考え方が教育の場に及んでくると困ると、こうおっしゃるんですね。教育の場に及んだ際には、冒頭にお聞きしたように、教育の政治的中立の規制になってくる。特定の政党の支持、反対、これは特定の政党の支持、規制でしょう。そうすると、ここに書かれてある「平和の擁護、民族の独立、搾取と貧乏と失業のない社会、」の実現この歴史的課題を解決していくという方向によって、教師は一生懸命学習しなさい、生徒とともに生活をしなさい、そうするのがどうして教育の政治的中立に反しますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今の憲法は、資本主義も認めておるし、その革新も認めておると思いますが、それはあくまでも、歴史的課題は政治の場で解決する順法精神を徹底して、法治主義でやっていく、こういう建前になっておろうかと思います。ところが、その中で私は、この倫理綱領の意図するところは、社会党も一線を画しておられる共産党的な意図を持っておると判断いたしますが、それがかりに共産党だけでない、社会党も含めた意味であるということにいたしましても、その限られた立場に立って、具体的に教育の場において青少年が、この歴史的課題解決のために、すなわち革命のために私はそれを容共革命を意図しておるのじゃなかろうかとおそれますけれども、ともかくその革命をなさんとする意図を教育の現場に持ってこられるところがいかぬ。同時に、そうなったとするならば、少なくともそういう革命の考え方で教育が行なわれるおそれがある。具体的な政党を支持するというがごとき言葉は使わないでも、そういう方向に脱線するおそれがある、こう思うのであります。
○豊瀬禎一君 で、歴史的課題というのは、前回米田君の質問の際にも、いろいろ論議されておるようですが、大臣は、日教組の倫理綱領の課題に掲げられておる歴史的課題というものをどういうふうに解釈なさっておりますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) これは法治主義を貫き、議会主義を貫いたやり方でやるのでなしに、教師は政治的に中立はあり得ない、政治的には何でもやらなければならぬという覚悟で、しかも資本主義ないしは自由経済ではどうしても解決がつかない課題なんだ、この歴史的課題なるものは。だからその社会のあり方のかなめを取りかえるというようなことまでも考えてやらなければ実現できない、そういうことを倫理綱領一連の資料は、私は述べておると思うのでありますが、そういう考え方、心がまえで教育の場に臨んで青少年を育成せよと命じておるこの倫理綱領は、必ずや教育の場における政治的中立を侵すかもしれないというおそれを抱かせる、こういうことであります。
○豊瀬禎一君 どうも大臣の歴史的課題の解釈、は牽強付会だと思うのですが、日教組の倫理綱領解説、それから「新しく教師となった人々に」ここでこれだけを読んでみても、いろいろの用語があるようです。しかし、刊行物の冒頭にも、現参議院議員岡三郎君が発刊の決意を書いておりますように、現在の情勢の中で、日教組が右しても左しても、日本の教育は大へんなことになる。憲法に盛られておる精神、特に教育基本法の平和の擁護、民主主義の教育を維持確立していくためには、ほんとうに、基本法の精神にのっとった教育をしなければならない。これが刊行の精神です。そのことは一応おいて、日教組の倫理綱領をそのまま読んでいって、歴史的課題というものを規制づけるものは、「平和の擁護、民族の独立、搾取と貧乏と失業のない社会」を実現しようというのが、これが歴史的課題である、こういう言い方ですよ。歴史的課題とは、大臣も御承知のように、こういう用語で観念論争をしようと思いませんけれども、あなたは、歴史的課題とは、マルクスないしレーニンの思想の中に盛られておる特定の思想である、こういうようにお考えのようですが、一般的な歴史的課題ではなくして、特定のイデオロギーに基づいた歴史的課題をここにさしておるというふうに断定なさるのですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) そう思います。それが先ほど来申し上げるように、前文その他に書いてあります熟語、たとえば、平和の建設であるとか、あるいは貧乏のない社会を作るのだということに、いかなる立場にある人といえども、全世界だれといえども異存はない用語は使っておりますけれども、全体的に総合的にこの歴史的課題をずっと調べてみれば、まさしくこの倫理綱領というものは、日教組の共産党宣言だとたとえて言っておる人もあるようですが、私も総合してみまする場合に、この歴史的課題というものは、その解決の方法を含めて考えました場合、まさしく革命であり、ことにそれは容共革命を目ざしておる意図がきわめて濃厚であると私は思うのです。
○豊瀬禎一君 言葉じりをとって論争するのはいさぎよしとしないので、質問を続けますが、大臣も前回確認されたように、倫理綱領を貫くものは、基本法、憲法に示されておる平和の擁護、民族の独立搾取と貧乏と失業のない……、このことは、大臣も肯定されたわけです。で、これを日教組が歴史的な課題として把握した根拠は、大臣も御承知のように人類の歴史の中で、戦争、抗争あるいは平和の危機、民族の搾取あるいは支配というものが、数千年にわたって行なわれてきた。その中で、大きな事件として、第二次世界大戦が起こった。そうして、日本国憲法でさえも主権の位置を変更した。その主権の位置を変えたところの日本国憲法が、前文にも、この前も指摘しましたように、公布の勅語にあるように、これは日本民族の戦争という体験の中から、今後の日本民族の永久の理想として掲げておるという課題なんです。こういう一つの戦争体験という中で、一億総ざんげという形の中で、平和を守るということが、また貧乏と搾取のないという社会が、平和に直結をしておるこの大理想そのことが、憲法にいうところの、あの憲法を制定した時期における民族の歴史的な課題である、こういう規制なんですよ。それはあえて譲りまして、ほかの資料を大臣も読んでおられるようですから、具体的にこの資料以外の個所について私は触れることを避けますけれども、ほかの資料をあげましても、米田委員も前回指摘しましたように、この反省に立って、教師は学習し、みずから努力しなければならない、こういうこともうたっておる。従ってこの歴史的課題というのは、日本の一つの歴史の中で、第二次大戦を経て、主権の存在も、憲法の目ざすところの理想というものも、明らかに変更されたこの歴史的瞬間において、日本民族の果たすべき課題はこれはである。こういう言い方をしておるのですよ。これが何で容共ですか。容共というのは共産党の方針だという意味でしょう。またあなたは幾つかかなめを取りかえなければ何でもやる、日本国憲法は基本的人権を保障して、前憲法と異なって二十幾つかの人権を保障して、人権の最大限度を規定しておりす。憲法に保障されていることを何でも積極的にやっていくということが何で悪いですか。大臣は端的に申し上げまして容共という、あるいは共産主義という、ないしは一歩譲歩して社会主義というものに対して、一つの固定概念を持ち、そのことが憲法でも否定されているかのごとき観念のもとに、この倫理綱領その他を見るからそういうことになる。歴史的課題というのがどこで共産主義を謳歌している、共産主義の運動方針を実現しようと書いてありますか。それを指摘して下さい。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答え申し上げます。私は毎度申し上げることですけれども、共産党すらも白昼公然と天下の公党として存在を許されるくらいの寛大な憲法だということは承知しております。(米田勲君「寛大だとは失言じゃないか。その言い方は憲法違反だ」と述ぶ)そういう立場に立って考えまして、しからば社会党も共産党とは一線を画されるわけですが、同じ革新政党からも一線を画さねばならない共産党というものは、どっちかといえば私は今の憲法のもとにおいて、政治をもし担当するとするならば、共産党よりは社会党の方がいい政治が行なわれる、こう思います。それよりも自民党がもっといいとはむろん思っておりますが、(笑声)そういう意味で、どちらが好きかきらいか。どっらがいいか悪いかというふうな批評をさせられるならば、私は共産党が一番悪いと思います。そういう意味でこの倫理綱領を見ました場合に何でもやるのだ、広い意味なら社会主義かもしれませんけれども、歴史的課題の美辞麗句を連ねたその一つ一つはわれわれも同感である。また自民党といえども、明治大正時代に比べればはるかに社会主義的なことをやってきていると思っておりますが、固定的なものではむろんないと思います。豊瀬さん御指摘のことであるとむろん考えておりますが、ただこの倫理綱領を通じてうかがえますことは、その歴史的課題それ自体はけっこうずくめの内容であるにしましても、それをいかに受け取り、いかに実現するか。実現の方法において異なってくる。倫理綱領が意図しておりますことは、私の見解に従えば今の社会党さんのお考えのやり方でやろうとは思っていないと思われる。そういう点が好ましくないと言えば好ましくない。それは単なる批評でありまして、そのことは私がここで申し上げるべき範囲外でございまして、要らぬことだとむろん思いますが、しかしながら、今の憲法は資本主義であれ、社会主義であれ、あるいは自由主義であれ、共産主義であれ認めているのだが、その中で、現在の資本主義社会というものを、現在の社会を作りかえなければ歴史的課題が解決できないということを前提にして、それで何でもやるという考え方でやろうではないかと呼びかけている。そういう意味で、その意識を持って、心がまえを持って、教育の場でしか育成されないはずの青少年の育成を目ざすとするならば、ある特定の政党を支持し、もしくは政党という名前は使わないでも、そのものの考え方が正しいのだということが教育の場で教えられるおそれがある。その範囲内においてのみ私は教育をあずかる者として申し上げねばならない関心を持つ次第でございます。
○豊瀬禎一君 ちょっと横にそれますが、社会党大会の運動方針並びに現在共産党が作成しつつあるところの党章草案というのはお読みになりましたか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 読んでおりません。
○豊瀬禎一君 共産党の党章草案あるいは運動方針等について論議するのは本委員会の好まないところでしょうからここでは触れもせんけれども、大臣がたびたび容共的とか、共産党とか、こう言っているようすが、共産党の運動方針で掲げているとか、あるいはマルクス理論で掲げているとかいう、こういうことであればその全体を通じてどこで共産党の方針と合致するか、あるいは具体的にどこがマルクス理論であるか、こういう点をはっきり指摘していただかないと困るのですが、それを私は別な角度から大臣の見解をただしておきたいと思います。たとえば大臣が今おっしゃった中で歴史的課題というのはよろしい、ところが、これの実現の方法、手段の中に、簡単に言えば、容共的な方法論が盛られている。こういう御答弁であったようです。それは簡単に言いまして、あなたの意見の中にあった政治的には何でもやる、今の社会ではだめだから、これをぶちこわしてもっと民主的な生産と消費を合理化した社会にしなければならない……。大臣、総合判断というものはぶちこわして、という用語だけでは総合判断ではないですよ。大臣は非常に自分の都合のいいときには総合判断を高唱し、困ってくると寸言隻句をとらえて批判している。ぶちこわして、という用語はなるほどそれだけとるとやや私ども中立を守ってきた教師にとっては不穏当の言葉のように聞こえますけれども、ぶちこわして何をするかというと、もっと民主的な生産と消費を合理化した社会、これはあなたも反対じゃないと思う。今の社会ではだめだ、今の社会をどういうように倫理綱領は規定しているかというと、平和の擁護が侵されている。民族の独立もやや危険に頻している、貧乏も失業も減らないで続出している。これはあなた今の社会ではけっこうであると、こうおっしゃるのですか。問題は、長くなりますから、私の見解を披瀝してやめるが、今、私が言ったように、今の社会はこれこれであるという個条と、そういう社会では教育基本法の精神が義務教育の完全遂行にしても、教育の機会均等にしても守られない。従って、歴史的課題を実現していく一番の方法として、民主的な生産と消費とを合理化した社会、これは私は自由民主党の運動方針をつぶさに読ましていただいたが、これに類する思想が盛られておりますよ。そうすると、今の社会——貧乏と搾取が多いし、平和が侵されている。この社会に対して否定的な倫理綱領の態度、さらにそういう体制を、社会の現状を改造する、改革して、より民主的な生産と消費の合理化をはかっていく、そのことも反対ですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 平和とか民主的とかいうことは、非常に御都合主義に使われる傾向があるようであります。それだけとしては断定的な批判は下されないかもしれませんが、私は日教組が政治団体であるなら何をかいわんやと思います。また日教組が教育と関係のない一その行動が政治的に現場では中立を要請されており、概念的には労働者と教師とを分けるとしましても、教師であると同時に労働者である。労働者である実態は教育の場においてしか行なわれない。また青少年を育成するということも労働者という概念規定によって現われるのでなしに、教育の現場で教師である立場においてこそ青少年の育成がなされる、その教師の手段である広い意味での労働組合でしょうとも、その手段である日教組の心がまえが少なくとも、どこが容共であるかということの論争は豊瀬さんもおっしゃるように、大した意味はなかろうかともむろん思いますが、私の見解は一応別として、少なくとも現状を変更しなければ歴史的課題は解決できない、それは中立はあり得ない、政治的中立はあり得ないという覚悟で当たらなければ何にもできないという概念規定でもって教師の心がまえの、教育の場とつながるところでの信条としておると考えられる。そのことが懸念されるのであって、この倫理綱領の意図する歴史的課題の解決方法が共産党的であるか、社会党的であるかは、問題の焦点ではないと思います。少なくとも現状変更することは政治の場でしか行なわれないはずであります。そのことがあたかも政党で、政治団体であるかのごとき疑念を抱かせることは一応別としまして、一人々々の労働者と規定される教師の心がまえとして、それが単に日教組の大会やらあるいはその他の組合としての行動の中のみに限定されるものなのならば別ですけれども、具体的に教育の場でしか行なわれない、青少年の育成ということを目ざして、そうしてこの歴史的課題の解決を主張し、その解決の方法は、現状を、少なくとも資本主義社会、自由経済というあり方を変えないことにはできないんだ、政治の場でしか、社会党が言われ、共産党が主張するなら別ですけれども、教師の団体がそういうことを意図しつつ、一人々々の教師にそのことを要請するということが教育の中立を侵すおそれがある、それ以上のことは私は考えていないのであります。
○豊瀬禎一君 大臣、教育というものの本質論というものについてあなたと論争しても、あなたはしろうとだとおっしゃったし、私は専門家の方で話はむずかしくなると思いますが、最小限度簡単に表現して、教育の一つの目的というものは、基本法には明確に法律的に制約されている。しかし教育の作用そのものは、少なくとも何らかの形で現状を変更していく作用である、これはお認めになりますか。現状維持が究極の目的であるか、それとも歴史の流動に応じて、現状変更していく作用を持っておる、目的でなくて、そういう作用を持っておる、これはお認めになりますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 専門的なことはお手上げですけれども、少なくとも教育は、私は義務教育課程においては、指導要領ないしは教育課程の線に従って現場の教師がベストを尽くして子供たちに教育を授けるもの、従って現状変更の具体的な何かがあるとするならば、それはあくまでも指導要領に盛り込まれた範囲内のことでなければ妥当でないと、こう理解しております。
○豊瀬禎一君 論争したくないですけれども、大臣、それはあなた教育の内容のことですよ。少なくとも憲法が制定されたときと、制定されない以前の日本の情勢は、少なくとも退歩しておるとお考えにならないと思う、前進しておるとお考えになるでしょう。それから現行憲法が制定され、教育基本法が制定されてからの教育の作用というものは、従来の、どなたかずいぶんお好きな教育勅語あるいは皇室中心の一つの人間価値観から、少なくとも人間の人権の尊重という価値観に移行しておる。従って教育基本法のこの理想、憲法の条章に従って教育を進めていく、少なくとも義務教育無償という一つの憲法に定めたことも保障されていない、あるいは人間の人権の尊厳という最高の価値観でさえも否定しておる人がいるし、また特に社会現象の中ではそのことは否定されておる。そうすると、教育基本法の目的を進めていこうとすれば、当然その隘路となるもの、それを排除していかなければならない。十条にもあなたの務めがちゃんと書いてある。ほかの団体の悪口を言いなさいということは書いてなくて、「教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整理確立」があなたのお仕事である。従って現状をそのまま維持していくということでなくして、教育作用そのものの本質には現状変更していくという不変の真理があるはずです。このことを認めなければ教育作用というものは不可能になります。このことを認められますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 現場で先生が生徒に教えるということは、その教えるについて、もろもろの諸条件を整理するということは、特にまた義務教育課程において現場で教えるについては、義務教育なるがゆえにこういうことを教えようじゃないかということ、そういうことを総合して教育という意味でいわれているように私は理解して申し上げますが、そういう場合には、無論、教育によって社会は進歩し、国民は聡明になっていく、また、そうするべくあらゆる努力が行なわれねばならないという意味においては、お説の通りだと思います。しかし、義務教育の場におきましては、その教うべき方向づけ、内容の要綱というものは、これは指導要領によって定められる建前になっている。その指導要領が定められることによって、お説のごとく教育の場を通じて前進していく、進歩していく、そういう意味においては、お説がよくわかるような気がいたします。そうでなくて、教育の現場だけで自由自在に教育という作用が行なわれて進歩していくというのは、指導要領に盛られざる補足的な範囲においてそういうことが教師に期待されている。そういうものかと私は心得ております。
○豊瀬禎一君 御答弁がうんざりしましたので、教育作用論はこれでおきますが、大臣のおっしゃるのは、具体的な教育の内容規制、それから一つの限界というのが指導要領の趣旨です。教育基本法の八条にいうところの良識ある公民たるに必要な政治教育、たとえば時事問題をとらえて、ケネディ大統領が、搾取と貧乏を排除して平和を作るということは、これはアメリカ国民の使命ということではなくして、全人類の歴史的課題であると、就任の際に演説しています。このことは正しいのですかと子供が聞いた場合には、一年生に教えるか、六年生に教えるか、そういう配慮もありましょう。そういうことは一々指導要領には書いてないのです。指導要領あとでごらんになって下さい。 そこで私は、教育の作用というものは、本質的に何らかの形で現状変更していくものを持っている。大臣もおっしゃった。自由民主党の政策の、大会の運動方針にも書いてある。すなわち失業があってはいかぬ。貧乏もなくさねばいかぬ。農業基本法を作って農民の搾取形態を排除しなければならぬ。これはうちの党の方針でもある。こういう社会の現段階における、資本主義社会の中における、少なくとも憲法の基本的人権、教育基本法の最小限度の規制が実現されていないという現状を、今の社会ではりっぱにはなりません。だから合理的な生産様式に持っていかなければならぬ。利潤の配分については、より明治時代よりも、現憲法の趣旨からいうと、団結権、団体交渉権が保障されている憲法の精神からすれば、利潤の配分についても当然是正がされていかなければならぬ。失業者というものも救済されていかなければならぬ。これが憲法の精神ですよ。大臣のおっしゃっているのは、抽象的に何らかのイデオロギーを設定して、私がたびたび論じているところの国際憲章、世界人権宣言、あるいは憲法、基本法の条章、精神からすれば、少しもその論点に立たないで、都合の悪い、というのは私どもが主張している根拠となる文章にぶつかると、それは美辞麗句でございます。総合的な判断です、——今私が質問したように、今の社会ではだめである。失業者があっては困ります。ある人が失業して自殺する。新聞記事に大きく出る。ラジオに取り上げられる。ホーム・ルームのときには先生は、これはこういう理由で死なれたと、生徒が聞いたときに、その知識の発達の段階において指導するでしょう。もっと上になっていくと、それを解決するためには、民主的な生産方式がとられなければならぬ、富が合理的に配分されなければならない、こういうことを言うのが、何で共産主義ですか。憲法にそう書いてあるじゃないですか。どうしてそれが共産主義や容共的なんですか。あなたの容共というのは、私には、少なくとも共産党党章を読んでいる私には、共産党がいってないような荒木共産主義じゃないですか。もう一度明確に、この総合判断でいいですから、倫理綱領がマルクス理論に立っておるとか、容共的だとかいう根拠をもう一度説明して下さい。わかれば私はそう第一の階級闘争の立場という問題については長く質問しない予定であります。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 先刻来申し上げておりますように、容共的であるかないかということも、むろん必要ではあります。必要ではありますが、倫理綱領のいうところは、私が特に指摘せねばならないことは、何度も申し上げましたように、教育の場でなければ行なわれ得ないことを、日教組という勤労者の団体の綱領の中にうたう、うたわないは自由であるとは、申しましても、教育の場でなければ行なえない青少年の育成を、自分みずからの、日教組の判断において、資本主義あるいは自由主義経済のもとにおいてはこの課題は解決できない、だから教師には政治的中立なんかあり得ない、あくまでも教師などとおだてられた搾取された昔を思い起こして、労働者であることに徹底せよ、その労働者は憲法にいうところの勤労者なんでいうことじゃないぞ、もっと具体的な対立概念である。(「そんなことどこに書いてありますか」と呼ぶ者あり)さっき申し上げた通り、それは全文を読めば書いてある。そういう考え方で、階級闘争の考え方のもとに何でもやるという考えをもって、社会のかなめを取りかえる、ぶちこわしていかねばならないという考え方、しかも団結こそは教師最高の倫理なりと結ぶ姿、それはさっきも指摘しましたように、識者はこれを日教組版の共産党宣言だという人もあります。(「何を言うか」と呼ぶ者あり)そういう意味において、少なくとも政治的に現状を変更しなければならないという考え方で、教育の場で、青少年を育成しなければならないということは、私は今の教育基本法ないしは一連のもろもろの行政組織、あるいは指導要領等の制定等をあわせ考えました場合に、法治主義そのものを無視するがごとき意図を持っているやに見られる。そのことは、私は容共的だという根拠であります。
○豊瀬禎一君 それが結局教育の中立を侵すおそれがあるとおっしゃるのです、今大臣のおっしゃったのは。たとえば今大臣の言葉の中でいろいろ出てくるのですが、なるほど倫理綱領解説には、「教師にもまた「政治的中立」などは求むべくもないはずである。」云々と書いてありますが、ちゃんと書いてありますが、長くなりますから、あなたの資料だけをとってしましても、たとえば教師が現在のすし詰め学級を解消することが、青少年の幸福実現であると思い、教育の機会均等を実現する方法だと判断する。その際に荒木文部大臣という行政府の長に対して学級の人数を五十にして下さいとお願いする、大臣は予算の都合がありますから、今年度は五十五でごしんぼう下さい、他の政党は、それは当然ほかの二千数百億に上る予算の中で、すし詰め学級の解消がより優先されなければならないという判断に立つ、この際教育基本法の精神を実現していくためには、自分たちのすし詰め学級という、階級的でない、憲法に定められておるところの基本的な教育の機会均等の姿を実現する方法としてその政党をたよる、これがどうして教育の中立を侵しますか。そういう意味において具体的な問題実現の際には、政治的中立は求められないのだ、現在の政治情勢の中では。そうしてこういうすし詰め学級解消という一つの例をとった。教育再建のためには政治的に何でもやる。請願権も教員は認められておる。陳情権も認められておる。デモをすることも認められておる。政治的に許されておることは何でもやりますというのが何で悪いですか。用語にはいろいろありましょうけれども、意思としては積極的にやっていくのだ、これは全文を貫いてそう書いてある。これは何で教育の中立を侵しますか。それが、そういう政治的中立が、現在の政治情勢の中では困難であるという判断が、何で教育の中立を侵しますか。そういう運動をすることが、憲法やその他の法律て定められたるところの、国民としての基本的権利を遂行していくという政治的行動の肯定が、何で教育の中立を侵しますか。それをやらせてならないという判断であなたがお立ちになるとすれば、先ほど米田君が言ったように、私は言葉を慎んでおりますけれども、前に出されたおうちの当面の教育的課題をお読みになっておると思うのですね、自由民主党の文教政策のもお読みになっていると思います。こういう観点から、あなたは大達文部大臣、清瀬文部大臣——党の番頭だから党の政策に従って教育をやっていきたいというこの立場を、そのまま今の大臣という立場の中に生かしてあるとしか判断できませんよ。私の言った今の二点について具体的に答えて下さい。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 一人々々が今おっしゃるようなことを考える。またそれを教育の場でなしに行なう場合は、それはむろん御自由でございましょう。しかしそういう考え方を持って、教育の場でしかできない青少年の育成をやっていくということ、そのことは私は勤労者の団体、教育者の団体、結社の自由によって任意団体としてある日教組の考え方としては、少し行き過ぎじゃないか、いわんや、そのことが教育の場にその考えで育成されたのでは政治的な偏向を来たすおそれがある。おっしゃったように、自由党の考え方もありましょう、社会党の考も、民社党も、あるいは共産党の考えもございましょう、教育に対して。しかし、それはあくまでも今の憲法、教育基本法、学校教育法、その他に従って立てられておる組織、制度の範囲内において、教師は忠実に教育に従事する義務、責任がある。これは言わずして明らかであるのに、倫理綱領において、あらためて、先ほど来申し上げておるような考え方を基礎として、そうしてその歴史的課題解決のための有能なにない手として青少年を教育の場で育成せねばならないということを倫理綱領でうたうことは、必然的に私は政治的な意図が具体的に教育の場に持ち込まれるという意味で、中立を侵すおそれありと申し上げておるのであります。
○豊瀬禎一君 なるだけ簡単に質問していきます。大臣、倫理綱領——倫理綱領というのは解説も含まれます。「新しく教師となった人々に」、このそれぞれの立場に立ち、それぞれまとまった文章を書いておりますが、青少年を育成し、青少年とともに学習を組織し指導していく、これは平和の擁護、民族の独立、搾取と貧乏と失業のない社会の実現、この歴史的課題に対して有能な働き手、このことは認められるでしょう。青少年を育成していくというのは、このことに書いてあるのですよ。そうして第六の解説は、全文読んでごらんなさい。今の教育、政治情勢の中ではすし詰め学級も解消されていない、文部省の基準にも達していない学級がたくさんある。貧困のために弁当を持ってこないで、人の食べている弁当を指をくわえてながめている子供がおる、こういう社会では教育の機会均等は実現できない。従ってよりよい教育の出現のためには、教師というものはアクチブに憲法その他で許されておるところの、政治的保障されておる諸権利をどんどん遂行していく、また具体的の目標設定をした際に、前文、前の方の文章を読んでごらんなさい。さっきのすし詰め学級、給食の問題でも、こういうよりよい教育を実現していくためにはそれを支持し、議会で活動している人たちの政党を支持するということは、どうしても方法論としてやむを得ないことだ、これが何で教育の中立を侵しますか。たとえば幼稚園問題について自由民主党の皆さんも社会党も純粋に幼稚園教育という立場に立って同じ問題について請願をする、すし詰め学級の解消についてよりよい教育実現のためにというこの文章をとって請願活動をする、こういうこともあるでしょう。ある党が否定するからこの党にたよっていく。従って、すべて今の教師の考えておる現場の教育の隘路について、それを解決していくためには全く政党と無関係ではあり得ない。これを支持、実現してくれる政党にたよっていく。そういう意味で政治的中立などは求むべくもないはずである、だから団結しなさい、これが何で教育の中立を侵しますか。社会党のところに持っていってもいいでしょう、共産党のところに請願書を持っていってもいいじゃないですか。何でそれが教育の中立を侵しますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) おっしゃることだけは別にかれこれ言わぬでもよさそうに思いますが、そういう考え方をもって教育の場で青少年を育成せねばならない……。
○豊瀬禎一君 どこに書いてありますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 倫理綱領に書いてあるそういう教育の現場に具体的に手を染めることを倫理綱領に書いておられるから、そのことが政治的に偏向を来たす原因になると申し上げておるので、教師の団体がデモ行進を平穏に認められた範囲でせられることがどうだこうだ、そんなことを申し上げるのじゃなしに、もろもろのやり方、考え方で、先ほど来指摘しましたような考え方で教育の場でしか行なわれない青少年の育成をやるんだと、政治的にしか解決できないと断定しておられるから、その事柄の解決をその有能なにない手となるように教育の場を通じて育成するんだと言われるところに懸念を持つと、言うのであります。
○豊瀬禎一君 それは今言いましたように、青少年を育成しなければならない、「青少年とともに生活し、この必要にこたえるための学習を組織し、指導する。」、これは教師が青少年を指導する、青少年を育成していく、そのままとって少しも私は差しつかえありません。倫理綱領の第一に掲げておるのは、歴史的課題であるからこれを実現していくためには、青少年の幸福実現のためにはこういう歴史的課題実現のために一緒に学習していく、こういうのですよ。この第六項は、あなた項目を御存じでしょう。今あなたにすぐ項目を答弁させるような不親切なことはしません。「教師は正しい政治をもとめる」。第一項は、「教師は日本社会の課題にこたえて青少年とともに生きる。」、この課題の内容はそこなんですよ。これですよ。第六項は正しい政治を求める、そうして倫理綱領の中にはっきり書いてあるように、今朝鮮動乱やその他の平和条約の問題をはさんで、あるいは教育委員会法の改正等をめぐって日本の教育は民主主義的にも危機になっておる。従って左しても右しても日本の民主教育は破壊されるから倫理綱領を作るんだと明記しております。こういうところはとってこないでおいて、しかも教師はよりよい生活、教育の実現のために正しい政治を求める、その正しい政治の求め方としてですよ、青少年教育の仕方とは書いていません。正しい政治の求め方として私が指摘したようなことが必要なんだ、だから教師は団結して、一つの具体的な教育諸条件確立のためには団結して政治的には許されておることをやろう、何でもやっていこうと、こういうことなんですよ。ここでちょっと長くなりますけれども、大臣簡単に言っておきますが、一項から七項までよくごらんになって下さい、倫理綱領の解説を含めても差しつかえありません、何を書いているか。これは教師が現実の社会、教育現場、政治情勢を見て教育をどうしなければならないかと書いておる。教育の機会均等のために戦う。平和を守る、科学的真理を追求していく、教育の自由侵害を許さない、そうして第六番目に、正しい政治を求める、第七番目は親たちとともに社会の頽廃と戦っていく、こういう教育労働者——教育というものが他の労働と、教育という場において論じてみると、異なった面がある。従って教員組合の倫理綱領でありながらも、前七章にわたっては教育基本法を受けたあらゆる言葉を使って教育に対する教師の心がまえが書いある。そうして八、九、十が労働者である、生活権を守る、団決する、こういうことを言っているんですよ。だから、大臣、正しい政治の求め方という規定の中で書いておる表現を、歴史的な課題あるいはこの社会実現、社会の課題にこたえて、青少年とともに生活していくという課題の中で書いておるのと一緒にこう結びつけて、これが総合判断ですとおっしゃるならば、これは牽強付会もはなはだしい。あなたが論文をお書きになったらおわかりでしょう、一つのテーマを設定して、それに予定されておる内容を盛り込んでくる。ちゃんと米田君が指摘したように、倫理綱領には一、二、三、四、五、六と個条的に文章書きになっておる。その個条の中に盛られておる社会の課題にこたえるためには青少年をこうするという課題の中の文章と、ほかの文章とを一緒にこうやっておいて、だから政治的に何でもやりなさいと、こういう教え方をするんだと、こういう言い方は、大臣、少し冷静になって判断していただかなければいかぬですよ。中立は求むべくもない、何でもやるという積極的立場に立って教師は団結しよう、こう言っているんです。あなたは団結するのは最高の何だとかなんとかおっしゃいましたが、それは後に聞きます、第二項で。今言ったように、大臣の反論も、書かれておる倫理綱領のテーマに対する具体的な内容の事実として判断してもらわなければ困ると思うんです。またかりに大臣の所見を肯定して、私はその見解とは違う、これから述べる見解とは違うんですけれども、かりに大臣の反論を肯定して、教育再建のために——この教育再建とは何かということはここに書いてありますね、倫理綱領の前文に、機会均等も必要である、科学的真理も大事である。こういう教育を実現していくためには請願権も行使する、デモ権も行使する、陳情もやります、積極的に何でもやっていく、これは国民の基本的人権として正当に行使し、積極的に行使していくのが正しいんだとかりに子供たちに教えたところで、何で教育の中立を侵すことになりますか。自分たちの学級に顕微鏡が三台しかないから一時間のうちに三人しか見れない、それで顕微鏡がほしい、そういうためには請願権があるんだと、こういうことを教えて何で教育の中立を侵すことになりますか、それを言って下さい、かりにそこまで譲ったとしても。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 日教組というのはみずからも規定しておりますように、労働組合だと規定されております。政治的に何でもやるという考え方そのものも私は労働組合としての集団としての考え方としては脱線しておるかと思いますが、そのことはまあ一応別としまして、先ほど来繰り返し申し上げておりますように、何の必要があって、日教組という集団の意思として歴史的課題解決のために青少年を育成するんだと言わねばならないだろうか、その育成することそのことは、教育の場でしか行なわれない青少年の育成は、これは憲法以下の諸法規に従って最終的には政治が責任を負って、全国民に奉仕する立場において制度づけられておると思います。労働者の団体たる日教組が、教育の場の教育的なあり方まで、歴史的課題の解決の仕方も、倫理綱領に書いてあるような考え方をもって、何の必要があって教育の現場に臨めと言わねばならぬのかと、そのことが、教育の場に臨めという要請として、先ほど来申し上げておるようなことが、厳密に要請され、かつ行なわれるとするならば、教育の中立というものは私は侵されるおそれが多分にあると、繰り返し申し上げます。
○豊瀬禎一君 ちょっと私の意見も長くなりましたので、これから簡単に質問していきます。 今の大臣の答弁の中で、歴史的課題解決のために有能な働き手となるように育成されねばならない、これでは教育の中立を侵される、そう教えなければならないと、教育基本法に書いてあるじゃないですか、教育の目的というところを読んでごらんなさい。日本国憲法の前文、それからすべての条章を読んでごらんなさい。平和を擁護するように子供を教えなさい。日本民族はソ連からも中国からもアメリカからも支配されてはならないようにちゃんと憲法に書いてある。貧乏や搾取があってよろしいと大臣もおっしゃってない。池田総理は所得倍増、金持に、と、こう言っておる。こういう基本法の精神を具体的社会の中に、政治体制の中に実現していくように教育はされるように基本法に書いてあるじゃないですか。それが何で教育の中立を侵すものなんですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 歴史的課題の解決は資本主義の今のあり方では解決しない、自由経済の立て方の現在のままでは解決できない。これを解決するためには政治的な中立はあり得ないという心がまえのもとに何でもやるという、言いかえれば現状を変更する政治目的であろうと思います。そういう目的を持って、その目的を果たすのに有能な者となるように子供を育成せねばならないという、そのことは教育に責任を負わない日教組という団体が、言うことは勝手であるとしましても、そのことが具体的に教育の場に及ぼされることは有害であると思います。そのこと自身が政治的に中立を侵すことでもある。いわんやその解決の仕方が現状変更の政治的方法をもってするにあらずんばできないこと、言いかえれば今の内閣ではやれない、資本主義の社会の自由経済をうたっておっては解決できない、こういう社会革命のあり方でなければ解決できないぞと教えるんでなければ有能なにない手にはならない、そういうことにも発展していくであろうことを倫理綱領に明らかに書いておる。その点が懸念にたえないと申し上げておるのであります。
○委員長(平林剛君) ちょっと速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(平林剛君) 速記をつけて。
○豊瀬禎一君 私が主として質問をして参ったのは、日教組の倫理綱領を中心とする日教組自身の見解が教育の中立を侵すおそれがある、そうしてしかも大臣として教育基本法のあり方、特に政治的中立の見解についても多分の疑問がある答弁が行なわれております。特に私が大臣に強く要望したいのは、少なくとも三回にわたって出された資料のつなぎ合せのある部分だけをとって、これでそうだと論じられるようなことは避けていただきたい。もちろん全体と関連して私は次回にしかるべき時期に再度質問をしますけれども、判断というのは、全体的な判断でなければならないという大臣の見解はわかります。物事の判断というものは群盲象をなでてはいけないでしよう。しかし、そのことに対しても、日教組が階級闘争の立場を明らかにしておるとおっしゃる以上は階級闘争の規制にしても、具体的な倫理綱領その他の条文にしても、明確にしていただきたい。そこで、大臣に私どもと全体的な把握について見解の相違があっては困りますので、大臣が読まれた倫理綱領、大臣が読まれた解説書、大臣が読まれた「新しく教師となった人々に」の全文を委員会に資料として提出して下さい。その際に、私どもは大臣が希望されるように、単なる個条でなく全体的な立場に立って、大臣の特に教育行政者としての基本的なあり方の問題と、教育基本法の目ざしておるもの、理想とするところについて——大臣については行政官として私は非常に重大な問題を含んでおると思います。本日は協定に基づきまして質問をこれで終わっておきます。
○矢嶋三義君 私は朝以来米田、豊瀬両委員の質疑に関連して一問伺います。荒木さんは、思想言論の自由は荒木さんとしてはあります。しかし、一国の国務大臣、あなたの立法府における発言というものは、独断的であり、あるいは一人よがりなあなたの極端な主観に基づくものでは適正でないと批判しても誤りではないと思う。荒木文政のもとに全国約六十万の教職員がその法のワク内において、予算のワク内において、第一線で日本の教育に従事されているわけです。その人々への国務大臣荒木さんとしての発言というものの影響性、また指導性、きわめて大きいものがあると思うのです。また約二千万の生徒児童は、そういう人々を通じて何らかの人格形式の影響を受ける教育を受けているわけであります。従って荒木個人でなくて、国務大臣、文教の最高責任者としての荒木文部大臣の立法府における発言というものは、きわめて私は慎重であり、重大でなければならぬと思う。はたしてそういう立場が堅持されているかどうかという点について、特に本日の質疑応答を聞いて、私はきわめて重大だと考えざるを得ない。その立場から質問をしたいと思う。 承わってみますと、倫理綱領なるものは、政治的中立性を侵すおそれがあるということなんですね。ところが、衆参の予算委員会、あるいは文教委員会、あるいは決算委員会等を通じて、あなたの答弁を速記で見ますと、日教組が暴力集団、暴力団体であるという規定をするにあたっては倫理綱領が根拠になっている。そうして断定的な発言をされている。また教職員組合とあなたが教育の問題について話し合われない、それは無用であり、しかも有害である、こういうふうに断定的な発言をされているその基礎となっているものは、倫理綱領でございますね。ところが、その倫理綱領については、政治的中立性を侵すおそれがあるということなんですね。はたしてこういう発言が、一体文部大臣の発言として許されるでしょうかね。特に先ほどあなたがこういう発言をされた、倫理綱領を実施しょうと思えば、守ろうと思えば、教職員は全部共産党に入らねばならぬと思う、これはあなたの独善じゃないでしょうかね。倫理綱領を守ろうとすれば、全部共産党に先生は入らなければならぬという断定的な発言をされている。私はここに倫理綱領を持っているわけなんですがね、宮原先生の経緯、解説をつぶさに読んでいるわけですがね。こういう発言を立法府において文部大臣はされていいんでしょうかね。その発言の全国六十万の教師、二千万の生徒児童に及ぼす影響等を考えるときに、荒木個人には発言の自由と思想の自由はありましょう。しかし、一国の国務大臣が立法府においてそういう発言が許容されるのでしょうかねあれは日教組の共産党的宣言である、こういう発言です。それであなたの答弁を承っていますと、結局あなたには——私は共産党支持者でありませんよ。共産党員でもない。しかし、共産党否定の思想を持っておられる——荒木個人としてそういう思想を持つことは自由でしょう。しかし、共産党否定の思想を政策面に具現的に現わしていくということは、これは憲法違反です。問題ですよ。あなたはそこまでいっていますよ。国会における発言というものはそういうことになるわけです。共産党否定の思想を持つのみならず、荒木文政はそれを実施段階に移しているということが答弁ではっきりします。裏返していうならば、あなたの所属されている自民党の党としての教育支配というものが露骨に出ていますよ。それは考えだけじゃなくて、文教政策に実施する段階に入ってきている。これはきわめて重大であって、憲法九十九条の違反ですよ、文部大臣。教育基本法の八条の違反でもありますよ。明らかにあなたの最近の国会における言動、特にきょうの委員会における言動というものは私はだいぶ近ごろおとなしくなって、寛容と忍耐でがまんしているのですが、がまんできないのですよ。これは明らかに衆議院における、文部大臣、国務大臣荒木さんの不信任決議の要因になりますよ。わが参議院においては警告決議のはっきりした私はこれは要素になると思う。あなたは多数党にささえられておるから、気に食わなかったら矢嶋、衆議院の不信任でも出せ、参議院で警告でも出してみろ、そういう腹を持っているだろうけれども、そういった腹でいいのでしょうかね。行政府の国務大臣が立法府に臨んで参るときに、そういう底意でいいのでしょうかね。しかも文教の最高責任者ですよ。私は、今すぐこれがはっきり要因になるから、あなたの警告決議案を参議院に出すということは、今すぐここで動議として提出しようというような考えを、私は今現時点において持っているというわけじゃないです。しかし、明らかにそういうこれは要因になっていますよ。受けて立つあなたは、多数党にささえられておって、気に食わなければやれと、こういう態度で立法府に出てきて、そうしてわれわれの質問に答えられるとうことは、きわめて私は不穏当であるし憲法違反でもあると思うのですね。あなたが意識するとしないとにかかわらず、ここ数カ月間の国会におけるあなたの態度、それからきょうの委員会におけるあなたの言動からは、はっきりとそういう点が出ている。これは私はきわめて重大なことだと思う。あなたも立場がありますから、今ここで百パーセントあなたの発言を取り消せとは言わない。そこまで要求するのはちょっとまあ、私は一歩譲りましょう。しかし、あなたは、今私は約四分間にわたって述べましたが、若干の反省があってしかるべきだ。国務大臣として反省があってしかるべきだ。あなたの言動というものは、さっき言ったように、六十万の教職員と二千万の生徒児童に直ちに影響を及ぼすわけですからね。それからあなたが国務大臣としての、憲法上、憲法九十九条から規制されるあなたの言動というものは、あなたの立場から私はかなりの反省があってしかるべきだと思う。そうしてあなたのきょうの発言の中で、不当な点についてはこれは取り消されたらよろしいと思う。まあ岩間君は途中から来たから黙まってすわっておられるけれども、初めからおられたら大へんなことになったろうと思う。時間がなくなりましたから御答弁いただきたいと思います。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 多数党にささえられてどうだというまあ御推測の御発言でございますが、そういう気持は毛頭ございません。私は倫理綱領を読んでみまして、この教育の場に具体的に影響があるとおぼしきことは、これはちょっと黙っておるわけにいかない。そのことを、おそれあることを言うことが私の立場としても必要である。大まじめにそう考えて申しておるにすぎないのであります。共産党が憲法上許される政党であることは、だれしも疑わないところです。先ほどの発言も少し言葉が過ぎたやには思いますけれども、その基本的な考え方としまして、別にこれを否定するの何のというような大それた考えなんか毛頭持っておりません。言葉が足りないところは恐縮に思いますが、あくまでも憲法あるいは憲法以下の諸法規に従って、誠実に自分の職責を実行することこそが、私の責務であるというふうに心得ておる次第でございます。
○委員長(平林剛君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(平林剛君) 速記をつけて。
○米田勲君 時間が全然なくなっていますので急いで質問をいたしますが、最初に、これは内藤初中局長に聞いた方がはっきりすると思いますが、国立大学の入学試験ということについては、従来、大学当局の自主性に全くまかされていたものか、それとも文部省で何らかの行政指導あるいは助言をしていたものか、その点についてちょっとお伺いします。
○政府委員(小林行雄君) 大学の選抜者入学試験につきましては、これは本筋から申しますと、御承知のように大学が自主的に行なうものでございます。しかし、やはり高等学校との連関等もございまして、この入学選抜試験に出題される問題ということが非常に重大な問題でございますので、そういった観点から、文部省といたしましても国、公、私立の大学に対しまして、たとえば入学の学力検査の学科目あるいは出題の要項と申しますか、骨子になるような点については、大学の入学試験の研究協議会というものを設けまして、そこでいろいろ検討をしてもらい、また年々の入学試験の問題等についても具体的に検討してもらって、文部省として参考資料を各大学に送っておるわけでございます。そういった意味での大学に対する入学試験の指導と申しますか、あるいは助言をいたしておるわけであります。
○米田勲君 これは、そうすると、やはり大学の入学試験に関して何らかの問題が発生した場合には、文部省はやはり当然行政的な責任はあるわけですね。どうですか。
○政府委員(小林行雄君) 先ほど一番初めに申しましたように、大学の入学試験は建前上それぞれの大学で出題をする。これは大学のいわゆるまあ自治の範囲に属するものでございますので、基本的には大学のこれは当然責任の問題でございますが、文部省としては国全体の傾向についての運営上の指導をいたしておるわけであります。
○米田勲君 それから次に、各国立大学の入学者の定数というものは、これはさまっていると思うのですがね。その場合、入学者の定数を増減させることは大学当局の自主性にある程度まかされているものかどうか、法的に。行政的にでもいいです。その点はどうですか。
○政府委員(小林行雄君) 国立学校の入学者の定数は、大体年々の予算でまずきめまして、それを受けて、それぞれの大学なり学校の学則できめておるわけでございます。従って採用上の定数というものは一応はきまっておるわけでございますが、入学試験の結果によりまして、多少の増減は当然年々によって出てくるわけであります。たとえは、ある学校について五十人を採用する場合に、その年の試験の状況によりまして、たとえばその五十人全部満たせないことも出て参ります。あるいは多少それをオーバーするというようなことも出てくるわけです。
○米田勲君 そうすると、あなたの答弁では、大学当局は学則で一応はきめておるけれども、自分たちの自主的な判断でその入学者の定数を増しても、文部省はそれに対して予算の裏づけをしてくれると、そういうふうな判断をしてもいいですか。
○政府委員(小林行雄君) 特に学生個々の数につきまして、増減する経費がありますれば、それは当然学生の数についてゆくわけです。
○米田勲君 私は現在持っておる知識としては、各新聞に報道された範囲のものでございまして、詳しくはわかりませんけれども、どうもこの九大の今回の入学試験問題に関して発生した事件は、非常に大学受験期にある学生、あるいはそれを取り巻く父兄、国民の間に多分の不安と疑惑を招いておることは事実なんです。事の真相がはっきりしないがゆえに、一そうそういう疑惑を招いておる、不審を招いておるということなので、私は時間がないのにきょうお伺いしておるのですが、すでにもう九大の入試実施委員長の田中委員長は、教養学部に対して辞表を提出してしまって、代理の方が委員長に就任しておる模様ですが、一体この事件の真相を、十分という時間ですから長々と話されては困るのですが、ポイントだけ一つ概括的に話して下さい。どういうことですか。
○政府委員(小林行雄君) ただいま御指摘のございました九州大学の入学試験についての問題でございますが、実は最近新聞に出ました関係で、私どもといたしましても九州大学と電話連絡等をいたしまして情報を集めておるわけでございますが、これは現在までに得た一応の情報でございまして、まだ最終的な措置も大学で確定して結着しておるわけではございませんので、その点は御了解をいただきたいと思います。文部省といたしましても、この事件は非常に遺憾なことでございまして、確かに仰せの通り、現在受験期にあます学生に不安を与えたということは非常に残念なことだと思います。経過を簡単に申しますと、九州大学の入学試験の実施に当たりまして、生物の問題、これは三間あったわけでございますが、その中に条件を誤った問題が一題出ておりまして、大学当局としては、その誤りを発見した後に、合格者の選考につきましては、できるだけ不公平な扱いが生じないようにいろいろ処置を検討し、講じておるわけでございます。もう少し具体的に申しますと、その生物の誤った問題と申しますのは、三間中の一間でございまして、その一問の条件の設定について誤った部分があったということでございます。ただ、その誤った部分を大学が発見いたしましたときには、すでに試験場から答案の提出者があったいうことのために、受験者には発表いたしませんで、出題委員会、それから入学試験の審議会、これは学内の審議会でございますが、そこでこういう措置を検討しっておたわけでございます。これを一応学外にこの措置も発表いたしました。ところがさらにこれに関連いたしまして、この問題と同じような問題がある受験雑誌に実力テストの問題として掲載されたという事実が——事実といいますか、そういう説がございまして、大学当局にもその話が参りましたので、大学当局では、さらに一応、出題委員会を招集いたしまして、慎重に検討いたしました。確かにその問題は、先ほど申しました雑誌に掲載された問題と同じような種類の内容を持った部分がある。全然同じではございませんけれども、同種の内容を含む部分があったというふうに判断されております。そこで、いろいろこれは新聞等にも出ておりますが、問題の採点上、推計学の専門家——これは大学の先生でございますが、これも加えまして、いろいろ問題の得点の相関係数等からもいろいろ検討をいたしました結果、入学試験審議会の措置方針を一応決定いたしまして、三月十三日にそれを発表したということでございます。 この大学当局の措置といたしましては、先ほど申しました最初の三月七日の決定といたしましては、一応その第三問、誤って条件が設定された問題、その問題の誤った部分については、いわゆる配点をしない、点の分配をしないということでいくように決定をいたしておったのでございますが、その後生じました事柄のために、さらに先ほど申しましたような相関係数の関係から出した得点によって総点数を計算する、そうしてその変動の範囲内に含まれる場合には、受験者に不公平な採点にならないように、特にそういう点を考慮いたしまして、多少定員を上回っても、そういう者は合格者と認めるという方針をきめておるようでございます。ただ、先ほど一番最初に申しましたように、現在まだ事柄は進行中でございまして、最終的な結着には至っていない状況でございます。
○米田勲君 文部大臣にお伺いしますが、話は今お聞きの通りです。大体、文部省の大学を担当しているあなた方は、この事件を過小評価していませんか。少なくも大学の入学試験に出される問題が、条件が間違っておったというような問題が出題されるということは、これは一体何ごとですか。そういうことが日本の最高学府に入る入学試験に行なわれておるということは、これは重大な事件ですよ。それともう一つは、その間違った条件を設定している問題が、教授会は秘密にしておりますから、絶対に外部にその問題が現われるはずがないのに、「螢雪時代」という雑誌に、それとほとんど同じような問題が掲載されておる、教授が出しておる。このことは間違った問題を出したというよりも、一そう私は一つの不祥事件じゃないかとさえ思う、真相はわからぬが。それなのに文部大臣、このことが発見されて、発生して今日までの間、今の答弁のように電話でしか連絡をしていない。私はこの問題の重大さを考慮し、影響するところ甚大なことを考えたら、もっと真剣にこの問題のために取り組むべきである。文部大臣はすぐ指示をして、現地の調査を的確にして、そういう一方的に大学の自主性にまかして、何とかしてくれればいいというようなことではなしに措置すべきではありませんか。そしてまた、それの受験生の不利益を受けた者に対して、三十人ほど水増しして入学させるというようなことでこの問題に落着をつけるというようなやり方は、私は少なくとも今度の事件を考えたときに妥当でない。そういうやり方ではあまりにも事のおさめ方がこそくである。文部行政をあずかっている大臣は、一体この事件をどう判断されておるか。なぜ、事件が発生すると同時に現地に職員を派して真相を調べ、的確な指導、助言をして、多くの国民や受験生の疑惑や不安を除去するように努めなかったのか、今日まで。その点について大臣の見解を求めます。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) このことは私も新聞を通じて知ったわけでありますが、直ちに大学学術局におきましては、電話連絡ではございますが、まず真相がどうであるか、新聞記事だけではわからないから、的確な事実を一つ早く知らねばなるまいということでやったようであります。私自身が、大へんなことだとして現地調査に人を派遣する等思い至らなかった点はちょっと遺憾に思いますが、ただ、すでに話が出ましたように、一般的な試験、入学試験等についての助言等はいたす慣例のようでございますが、何分にも試験を実施すること、その結果について決定を下すこと、また今度のようなはなはだ遺憾千万な事柄が、今わかった範囲内だけでも、起こったことは申しわけないと思いますけれども、それの善後措置にいたしましても、大学みずからが処置する。以外に方法がない。だからどうでもいいとはむろん申しませんけれども、そういう建前でありますために、特に人まで派遣して、現地について指導、助言等をするということをやらなかったような次第でございますが、さらにもっと具体的に実相をつかみまして、その上で今までの処置等について、はたしてあれでいいかどうか、妥当でない節があっても、まだ是正する余地ありやなしやということについても検討いたして善処したいと思います。と同時に、一体そういうばかなことが今後起こらないようには、どうすればいいかということも問題として残るかと思います。そういうことについても慎重に一つ検討を加えたいと思います。
○米田勲君 最後に私、大臣に要求しておきますが、きょうの段階では、どうも電話の連絡で、はっきりした真相もつかめませんし、ぜひもっと真相をきわめて、この事件の経過については相当詳しく委員会に一つ報告をして下さい。それから、こういう事件の起こったことについて、やっぱり文部省としては行政指導を強化する必要がある、特に。こんなことが再三起こるようなことがあったらもう大へんなことですよ。できるだけ早急に、こういう問題が起こったときは、日教組ばかり誹謗することに専念しないで、一つ一つ大事なことについて機を失せず手を打ってもらわなければ困ります。時間がないから、いろいろ申し上げたいこと、お聞きしたいこともありますが、きょうはこの程度にして、この次に経過と行政指導をしたその措置の結果を報告を願います。
○矢嶋三義君 資料要求と質問をいたします。私は九大の学園内で三年間勉強しただけに、格別個人的な関心を持っておるわけです。だから一つの意思表示と一つの資料の要求をしておきます。 一つの意思表示は、大学が自主的にいかなる善後処置を講ずるかというのは、私は重大関心を持って見守っております。その結果いかんにおいては、あらためて立法府において議論をする用意があるということの意思表示をしておきます。 それから資料要求は、今次問題で一番問題なのは、ダブルミスということだと思う。で、次の調査資料を出して下さい。そのためにちょっと説明いたしますが、私は数学専攻ですが、数学の問題、十題ほど選んでほしいといったら大体網羅します。大体、高等学校を卒業した人が大学で勉強するのに、ぜひともものにしていなくてはならぬという要素をピックアップして、問題十題ほど作れば大がい網羅します。だから私は、受験雑誌の経営者だったら、五月かあるいは夏の、教授諸君が比較的気のゆるんでいるときに十題の要求をします。そうしてそれをプールしておいて、そうして各月に分配して出していけば、問題が的中するのは当然ですよ。これは英語において、数学において、物理において、化学において、みな同じだと思う。大学に入学する生徒はぜひともマスターしていなければならぬというのは、そうたくさんあるものじゃない。問題十題作ったら大体網羅できます。ことに理科系統の問題はそういう傾向が強い。従って文部省には専門家がおられるわけですが、最近半年の受験指導雑誌ですね、それに出している問題、それと当該大学の今度の入学試験問題と比較検討してごらんなさい。そうすれば、私は九大の吉井、稲田教授講師以外に、これは問題が出てくるんじゃないかという感じを持っておる。この点が予備校が繁盛し、そうして受験雑誌社が非常に繁盛して、高等学校の正常なる教育を乱しておる一つの要因になっていると思うんですね。また、これは大学教授の待遇問題とも関連がありますが、そういう問題は今日論じません。今言った角度から専門家に検討してもらったらいい過去半カ年間における受験雑誌社の予想問題等に出ておる問題と、当該大学の出題された問題との比較検討をさしていただきたい、それでその調査結果を一つ本委員会に提示していただきたい。その結果によっては大学の待遇問題とか、あるいは高等学位教育、そういう点をメスを入れなければならぬ問題が出てくると思う。 最後の質問の一つは、自後の処置をどうするかということですが、これは文部大臣に伺います。先ほど答弁もありましたが、推計学の大家である北川博士が、可能性のあらゆる場合を検討し、どの程度まで影響するかという検討をして、水増し入学という一つの結論を出したというんですが、しかしそれでも完璧にこなせないですね、最初その問題に取っ組んで、そのとき時間を非常についやした。それでうまく解決できぬだったら精神的影響を受けて、他の問題もうまくいかなかったというものを勘案すれば、当然完璧にいかない。しかし、次善、三善の策を講ずる以外にないと思う。これは子供の一生に関する問題ですが、これは矢嶋の私見ですが、大学の今伝えられる方針というものは大筋として私は適当だと思う。ただ、水増し入学というものをどの程度大学は自主的にやれるか。あるいは文部省に私は場合によったら承認を求めてくるような場合もあるんじゃないかと思う。ということは、たとえばこれは理科系統ですから、理科系統だったら一クラス四十人だったら、大学によっては多分一割の四、五人はオーバーして入れているわけです、場合によりますと。これは文部省で大目に見ておる。しかし理科系統だったら実験設備が要るわけです。だからなかなか文科系統の学校のように定員外には入れがたいことがあるのです。しかし、今次九大の問題に対処するにあたっては、文部省の既定経費、そのワク内操作、場合によったら秋は予備費の支出を若干文部大臣によってお骨折りされても、水増し入学されたその生徒の教育に対する設備というものを充足するというくらいな腹がなければ、ただ機械的に水増し入学されたのでは入った子供の教育ができないと思うんです。これは大学みずから慎重に専門的立場から考えることで、私はここに政治家として何人ぐらいまで云々というような意思表示はしませんが、そういう点について十分配慮する必要があるという意思表示をして、文部大臣の見解を伺っておきます。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 具体的に何人水増しがあったかさだかではありませんけれども、よしんば、ある程度だけでも予算上の定員に増減があることは慣行上あるようでございますが、今までの通例をある程度上回っておりましても、これはどうもやむを得ざることじゃなかろうか。それを大学当局が、今御指摘の通り、最善の策を発見し得ないで次善の策で解決したとしました結果が、今のようなことになりましたとしますと、何とかやりくり算段してでも、それが実行できるようにしなければなるまいか、そういう気持でございます。詳しくは真相を最終的につきとめてからでないと、むろん申し上げかねますけれども、考え方としては、そういう気持で対処すべきじゃなかろうかとただいま思っております。
○委員長(平林剛君) 米田委員と矢嶋委員の要望並びに資料要求についてお答え願います。
○政府委員(小林行雄君) 最近半年間の受験雑誌の問題と、当該大学の出題問題との比較検討ということでございますが、これは非常にむずかしい問題でございまして、相当時間がかかると思いますが、できるだけ私ども早くやるつもりであります。
○矢嶋三義君 何がむずかしいのですか。大学の入学試験制度というものは非常に重要な問題ですよ。文部省は最近、視学官等専門の人をたくさん入れているはずです。そんなものは要求されなくても、毎年入学試験が行なわれたら十分試験問題と高等学校の教科課程というものは検討されるべきものだ。もうやっておるはずです。一週間あれば十分できる。一週間でできないような人はあなた教育しなさい。私は一週間以内に提出を要求します。文部大臣にお答え願います。
○政府委員(小林行雄君) できるだけ努力いたします。
○委員長(平林剛君) 本日の調査はこの程度といたしまして、これにて散会いたします。 午後二時二分散会 ————・————