予算委員会第二分科会 第4号
- 発言数
- 437 件
- 登壇者
- 25 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1961/03/01
会議録
○北澤主査 これより会議を開きます。 昭和三十六年度一般会計予算同じく特別会計予算中、厚生省所管を議題とし、質疑を行ないます。堂森芳夫君。
○堂森分科員 厚生大臣にお伺いいたしますが、今日日本の最も重要な社会問題の一つとして、医師会の問題がある、こう思うのであります。 そこで先般同僚の、長谷川委員から、予算委員会の総括質問で、どういうような態度で厚生大臣はこれを解決していくのだ、こういう意味の質問があったのであります。これに対しまして厚生大臣は、いずれ中央社会保険医療協議会に医師会の代表に参加してもらって、その結論が出るならば、その結論に従う。たとえば政府が医療費の一〇%値上げ、こういうようなことについて、かりに医療協満会でそれでは少な過ぎるという結論が出れば、それに従う用意を持っている、こういう意味の答弁があったと思うのであります。それはそういうふうな場合もあり得る、こういう表現だったと思うのであります。 そこで、私、根本的な問題として、一体日本の社会保険というものは医療というものを保障していくことが根本であるのか、あるいは医療費というものをめんどう見ていくというか、補償していくというようなところに重点を置いておるのか、これは非常に重要な問題だと思うのでありまするが、厚生大臣の考え方は一体どういうところにポイントを置いて今後やっていこうとしておられるのか、まず承っておきたい、こう思います。
○古井国務大臣 今の医療保障の考え方を、今日のような現物給付式のいき方で相変わらずいくか、それとも医療内容自体は解放して、自由にして、しかし医療費に対して補償をしていくといういき方をするかという問題が今お尋ねの中心だったように思うのであります。私は実は今日の現物給付式の医療保険、これにもああなってくるわけもあるように思うのでありますけれども、またあれには反面の欠陥があるように思うのであります。それは今の医学が一日々々進歩する、どうも窮屈で、進む医学と今日の医療保障と縁がないような格好にいかにもなっていくような反面があるんじゃないだろうか。保険と進む医学との関係ですね。保険を通しては進む医学の恩恵に浴せられないようなうらみがあるんじゃないか。それから今のお医者さんの非常に腕のすぐれた方、そういう人も、保険を通しては腕がすぐれたもすぐれないもないようになってしまううらみがあるんじゃないか、その辺を考えると、現物給付のワクを非常に窮屈にしてしまっておくということは、どうも一ぺん考え直してみるべき必要があるように思いますし、それを突き詰めてみると、診療内容というものはお医者さんに信頼してやってもらって、その費用に対して補償するという考え方も、フランスなどでやっておると同じことでなくても、考え方としてはこれは大きに検討の価値があるんじゃないだろうか。私は今結論的に申すのでありませんけれども、非常に魅力を感ずるのであります。それで今制限診療の撤廃あるいは差額徴収などの問題があとにあるのでありますけれども、同時に、関連しまして、現物給付か、医療費に対する補償かという問題までひっくるめて、そこまで広げて検討して結論を出す価値があるんじゃないか、そこまで詰めてみたいという気持が実は私には離れないでおるのであります。今現物給付式のものをやめてしまうとか、そこまで申しているのではありませんけれども、そこまで広げて、医療費の給付のところまで検討してみて、ほんとうにいいか悪いかを右から左から詰めてみて、よかったらよかったということで考えるということにしてみたいというふうに、今率直なところ思っておるのであります。
○堂森分科員 私は社会保険、医療保険というものは、やはり根本的には医療を給付していくという建前が通さるべきだと思うのです。しかし日本の医療保険というものを見ておりますると、たとえば労働者諸君を対象とした社会保険を見ましても、なるほど被保険者は完全に医療給付を行なう、そしてまた疾病手当も払っていく、いわば生活保障をも一部は行なっていく、こういう建前をとっております。家族は半額給付である。これはもう医療給付ではないと思うのです。ほんとうの保険というものの根本的な、基本的な考え方からいくと、もう医療給付というところからはずれてきております。それからまた御承知のように、国民健康保険は全部半額なりの負担になる。また今度は組合管掌の保険にいきますと、家族といえども完全に医療給付を行なっていくところもあるし、政府管掌にもそういう場合がありますが、いろいろと保険制度というものが何か入り乱れておるというか、根本的なもの、統一されたものができていない、こういうところに問題もあると思います。先般臨時国会のときに、私総括質問いたしまして、厚生大臣も、この際保険制度一本化へいくような努力をしたい、こういうようなことも答弁しておられました。そこで、その後新聞を見ておりますと、いつでございましたか私読んだのでありますが、厚生大臣が、差額徴収を検討するようなことを命じておる。そうすると、古井厚生大臣は保険というものに新しい検討を加え出したのだな、こういう印象を受けたのでありますが、しかし差額徴収ということを認めるということになっていきますと、これはまた低額所得者には、さっきも答弁しておりますが、大きな問題になってくる、こういう大きな影響があるわけであります。 きょうの新聞を見ておりますと、現在問題になっておる医師会の保険医総辞退の問題、あるいは一斉休診の問題、こういうことについて、与党の首脳部と医師会の首脳部とが会談をした、そしてさらに三日にまた会談をやる、こういう記事が載っております。そこでその話し合いで一応話ができたことは、制限診療の緩和をやっていく、それから健保制度の改正をやっていく、こういうことについて、何か両者の意見がほぼ一致した――これは新聞の報道でございますけれども、そういうことが書かれてあるのでありますが、一体健保制度の改正というのは、これはもちろん与党の首脳部が話をしたことでありますから、厚生大臣が、担当の国務大臣であって御承知ない、おれは知らぬ、それでは済まされぬと思いますが、一体どういう話ができたのでありまするか、大体でようございますから御答弁を願いたいと思います。
○古井国務大臣 健保制度全般について検討しようという点でありますね。この内容は、私の聞く限りでは、まだぱっとした大きな題目である程度で、具体的にその問題はこういうふうにああいうふうにというところまでは話が詰まってきておる段階ではないように私は承知しておるのであります。制度全体について、大きな問題として大いに検討しようというところはありますけれども、具体的にこうしてああしてというところまではまだ論議が詰まっていないように私は承知しておるのであります。そこで、健康保険制度全体の問題は、これはだれが考えましても、大いに、根本的にも検討すべき点がありますね。今さっきお話しのような、各秘の保険相互の間のふつり合い、てんでんばらばらみたいなものであって、だれが見ても、一つの大きな問題として残っておりますね。そういうことはありますが、昨日の会談が具体的にどこをどうというほどのことまでは私は聞いておらぬのであります、きのうの話としましては、問題はだれしも検討しなければならぬ問題で、そのことが今この問題全体として取り上げられておるというふうに私は理解しておるのであります。
○堂森分科員 大臣に伺いますが、こういう重要な問題で、与党の首脳部である幹事長、政調会長、それから総務会長が党を代表して、医師会、歯科医師会の代表と会っておられる、その話し合いの内容を厚生大臣はあまり御承知ないような御答弁じゃないのですか。いろいろ打ち合わせをしてやっておられるのじゃありませんか。念のために伺っておきます。
○古井国務大臣 その会談の場所で具体的にどういう話が出て、どういうふうに論議がかわされるか、これは会談の場所にはおりませんからなんでありますが、ただ考え方の方角といいますか、考え方の基本の問題は食い違いはないのであります。今の健康保険制度全体について大いに検討したいと私どもも思い、そういう点がたくさんあるということは、私自身も従来からそういうふうに申し上げておる点でありまして、考え方の方向は、右と左と食い違っておるのじゃない、同じ方向のことを論議しておる、こういうことであります。考え方に矛盾が起こってきますとこれは一問題でありますけれども、ちゃんと方角が合っておるわけでありますから、これは一々の会談にはおりませんけれども――方角が変わってきて食い違いを起こすということになりますと、これは調整しなければなりませんけれども、その点は今方角が同じことでありますので、会談は会談でけっこうだと思っておるのであります。
○堂森分科員 新聞報道でありますから……。しかし医師会の代表と与党の最高首脳部である幹事長、総務会長、それから政調会長が代表して会われておるのですね。そして健康保険制度の改正と制限診療の緩和というこの二つにおいては大体話し合いができた、こう報じておるわけです。そこで健康保険制度の改正ということについて、しからばどういうふうに与党内で話し合いができ、どういう方向に改正していくのか、その要綱くらいはなくてはならぬと思いますが、これについて基本的な話し合いがなされておったのでありますか、いかがでありましょうか。
○古井国務大臣 方向の問題といたしましては、考え方の食い違いがあってはなりませんから、同じ方角に向かっての会談にならなければなりませんし、現にそうなっていると思っておりますが、具体的な論議をした末で、医師会と三役との話し合いというものはそれなりの結論が固まることになるとは思いますが、これは医師会と三役と十分論議していただいて何かの結論が出るならば、これも一つの医師会側の考え方としては重要な資料でございますから、これはそれなりの具体論を言ってもらったらいいと思う。ただ一々のことに今日私の方で関与することもありませんし、大きな方向が合っておりますれば大いに論破してもらったらいい。ことに今、目の前の一斉休診とか保険医の辞退とかいう当面の事態を回避したいということが、三役がああいうふうに腰を上げているものでもありまして、当面の事態を回避するためにああいうふうにやっている。それが実を結んで回避できれば、これも当面の問題としては一つの大きな意義を持っているのではないか。さればといって、当面の乗り切りのために、この問題に対する考え方の食い違いを起こしてはいけませんけれども、食い違いを起こしませんければ、これは大いに論議してもらったらいいというふうに思っておりますので、あまり一々の会談の内容について縛り上げるとか、あるいは横やりを入れるとか、そういうことはいたしておらないのであります。
○堂森分科員 大臣は、与党の首脳部が医師会及び歯科医師会の代表と会われる前に、いろいろ打ち合わせをしておられるのじゃございませんか。あるいは会談が終わったあと報告もあったのじゃございませんか。その点いかがでございますか。
○古井国務大臣 そもそも一番初めに与党の三役が乗り出して会談を始めるという出発のときには、どういう方向という大きな方向は十分論じておいてあるわけであります。けれども、そのあとの具体的なそのときのやりとりということは、おのずから三役も三役として十分な慎重な考慮も、常識的な考え方もあることでありますし、それでこれは別にそのたびごとに打ち合わせをするというわけではないのであります。しかしその状況は、いろんな形において、たとえばきのうの会談はこうであったというふうなことは私どもも聞いておるのであります。結果は聞いております。そういうふうにこれは進行いたしております。
○堂森分科員 どうもわからぬのですが、そうすると極端な表現を使いますと、与党の三役が医師会なり歯科医師会の代表と話し合ってこういうふうにきめた、こういう報告があれば厚生大臣はこれに従って進む方針である、こういうことなんですか。
○古井国務大臣 これは事柄として、党と政府と別のものではありませんから、与党の三役が医師会と話をされる。これは与党のことでありますから、私どもも大いに尊重して検討したいと思います。
○小林(進)分科員 関連でございますが、私は、今も堂森議員と厚生大臣との応答を聞いておりまして、どうしても納得ができないのであります。それは例の社会労働委員会においても、この混乱せる医療行政、単価の問題あるいは一本化の問題、簡素化の問題、制限診療の問題等について、厚生大臣はこの事態をどう収拾するのかというわれわれの質問に対して、あなたは常に、医療協議会を改組して、私の諮問機関である医療協議会へ問題を持ち込んで、そこで一つ答申を出してもらう、で、私は、その医療協議会の改組の必要があるならばそれが改組を早急にやりたい、そのために、社会保障制度審議会に、その改組の問題も含めて今結論をお願いしつつある、こういうことの答弁に終始せられました。その答弁は、やはり当面医療行政の最高責任者としてあなたが解決をはかる、その解決の手段として、あなたの諮問機関である医療協議会に一応その結論を求める、これは私は正しいやり方だと思っています。その意味において、私はあなたを支持して参りました。一方、われわれは武見会長、河村歯科医師会の会長を国会に参考人として呼んで、そうして、這般の問題について、われわれが質問をいたしました。そのときにも、私どもはこの問題を両会長にお尋ねをいたしました。その最後において、これくらい混迷している問題について、両医師会長にお尋ねするが、あなたは選挙のときには自民党に数千万円の金を献金された。個人的にそういう実力者の幹部の方々にも知友、友人もたくさんお持ちになっている。そういうことから、巷間、人々は、やがてはこの問題は、一斉休診といってあおっておきながら、病院スト等もあおっておきながら、最後は党の幹部と物質的な取引をしてこの問題をきめられるのではないですか、そういうふうに世間の人は見ておりますよ、ということを私どもが質問したときに、断じてそういうボスとの取引、交渉はいたしません、こういうことを言われた。私は、そういう点についても両医師会長の回答を了といたしました。にもかかわらず、今日の事態はどうですか。今の堂森委員が言っておりますように、この医療問題に対して、何ら法的権限はない、行政担当者じゃない、責任者じゃない、与党の幹部である、政党の幹部であるという、そういう人たちと医療問題の最後の仕上げの取引が行なわれておる。これはボスですよ。ボスというのは、私が申し上げるまでもなく、法律の上にも正当なる根拠のない者が、実力をもって、そうしてそういう事態の取引をしている、これをボスと称するのです。今ボス交渉が行なわれている。そのボス交渉が行なわれておって、一切の責任を持つ最高の責任者であるあなたが、今お話を聞いても、事前もなければ事後もない、話し合いもない、つんぼさじきに置かれている。厚生大臣の責任はどこにあるのですか。その点で、あなたが恋々としてその席にすわっていられるというその心情を私は疑わざるを得ないのであります。実に恥多くして、これほど恥の多い立場に追い込まれながら、なおかつ厚生大臣のいすに恋々としなくちゃならぬのか。そういう権限もない、法的根拠もない、しかも行政の担当者でもないような者が、政党の実力者、いわゆるボスと称する者がそういう取引や調整をしている形をあなたは正当であるとお考えになりますか。これが行政の正しいあり方であるとお考えになっておるかどうか、私はお尋ねいたしたい。
○古井国務大臣 私は初めから申しておりますことは、医療費問題は従来いつでもそのつど混乱に陥って、医療費問題が今まで軌道に乗らない。従来もそうであります。ほっておけば、今後も軌道に乗らないで、医療費問題がいつも紛糾を重ねるという心配がある。そこで何とかして軌道に乗せたい。軌道とは何だといえば、結局医療協議会という場においてこの問題が論ぜられるように、そこで穏やかに論議をかわして、合理的な結論が得られるようなことにすることが、つまり軌道に乗せる道だと思うのであります。これは当初から私はそう思っておる。そこで、一時は医療協議会もそっちのけにしておいてあんなものは無視していいんじゃないかぐらいな意見も、ある方面にはなきにしもあらずであったのでありますけれども、今日は、ごらんの通りに、結局において、医療協議会を立てて、そこで医師会も入ってもらって論議しなければならぬというのが基本の考え方になっておるのであります。三役などの交渉しておられるのも、医療協議会に入れ、これが基本の考え方になっておる。それで、今まで軌道からはずれて、何年もこじれにこじれてきておった過去のことでありますから、軌道に乗せますには、やはりそこにいろいろな政治的事実も動きも起こるということも実際問題としてやむを得ぬところがあると思うのであります。すべては、これを軌道に乗せる基本の考え方のもとにおける動きであるのでありまして、そこで政治的な動き、事実はあるにいたしましても、しょせん医療協議会という軌道に乗りますならば、公の扱いの問題としては医療協議会という場においてものは論議されるということになるのでありますから、でありますから、その前の段階が今問題なんですから、私は、行政の方を担当しておるものとしましての段階は、医療協議会とともに今後にあるわけでありますから、これは別に、今のような動きがありますことが私どもにとりどうというほどのことはないのであります。別に方角が違っておるのでなければ、あれを軌道に乗せよう、医療協議会に出てこい、こういうことが中心なのでありますから、これはちっとも矛盾も何にもしておらぬと私ども考えております。その方向に三役も実際問題として努力して下さっておる、こういうわけでありますから、その辺の御心配は私は要らぬと思うのであります。
○小林(進)分科員 私は関連ですからこれで終わりますけれども、大臣の御答弁を聞いていると、ちっとも了承はできません。あなたは医療行政の実力者であるというので、私どもは非常に期待をしておりましたけれども、だんだんその期待が薄らいできた。悲しむべきことですけれども、薄らいで参りました。それは、あなたの答弁を聞いておりますと、終始一貫して、自分が責任を持って、自分でこの問題を解決しようという意欲がないように見えるのです。やはり、あなたは、一医療協議会という隠れみのに隠れて、いろいろな問題をいつでもそこに持っていかれた。ところが、今度は、今の答弁では、党の三役のところに持っていって、そこで医療協議会に持ち込む前の話の段取りを一つしてもらうのだから、一向支障ないという、これも言いかえれば実に自分の責任をのがれたところのずるい答弁の仕方だと思う。しかし、現在やっているこの形は、実に政党と行政との混合です。これくらい今の政治の乱れた形はありません。民主主義というのは形ですからね。私は、大臣にそんなことを言っては申しわけないのですけれども、こういう民主主義の形がくずれてきて、源がくずれてきて、どうして世道人心に、政治を正せとか、正しい道徳を尊べとか、秩序正しく行なえとかいうことが言えますか。根本が乱れておる。もし、あなたの手でこの問題が解決できないなら、内閣の責任として、あなたの上に、これを担当する者として総理大臣がおりますけれども、内閣全般の責任です。だから、内閣全体あるいは総理大臣が問題の調整に立つというならば、これは了承できましょう。それが内閣としての責任のとり方です。正しい問題の解決の仕方です。それを権限も何もない、法的根拠もない政党のボスが乗り出してきて、これは一体何です。議会政治と民主主義政治と内閣の責任政治を遂行していく上に、政党の政調会長でございますの、総務会長でございますのというものが一体何です。こういう民主政治の建前上、一体何の権限があるというのですか。政党の中にあっては、政党にとり必要な役割を演ずる方々でありましょうけれども、現在の民主政治の行政を運営していく上において、こんな者は何も関係がないものだ。そういう人たちのところに問題を持ち込んで、その解決を頼まなければならぬということは、私は実に秩序を乱した、民主政治の形というものを根本から乱しておるやり方だと思う。だから、私は、やはり厚生大臣としては、そういうやり方に対しては十分な責任をとってもらわなくちゃならぬと思うし、また、もし今の形がいいと思うなら、あなたの方から、医療協議会ではなくて、自民党のこれこれとこれこれの人たちに医療問題の下交渉をまかせるということで辞令をお出しなさい。それならば形は整う。辞令をお出しになりましたか。お出しにならないじゃないですか。ですから、これは大臣も責任をのがれるようなずるい考え方ではなしに、医療問題の解決は総理大臣とあなたの手でやって下さい。さもなければ、私は了承できません。きょうは分科会の関連ですから、私は残念ながらやめますけれども、この問題はまた社会労働委員会に持ち込みます。私はどうしても了承できません。これで関連を終わります。
○古井国務大臣 今も申し上げましたように、医療費問題の大筋というか、行政的な扱いの問題としては、医療協議会の意見を聞いて、その場において論じてもらって、これをもとにしてきめる、そういう大筋を立てていく。今まではどっちかというと、実際問題でそれがくずれてしまっておった。そのくずれてしまっておったものを軌道に乗せるためにどういう形において努力をするか。これはその前の段階の問題として、努力の仕方はいろいろあると思うのであります。私ども自身が自分でやることも一つでありましょうし、また他の人の有効な力に働いてもらって、軌道に乗せるように実際問題として努力をするという道もまたあるだろうと思うのであります。これは行政の場に臨むまでの前の段階の問題でありますから、それですぐ行政の筋が乱れておるというものではないと私は思う。政治のあり方の問題として、それでは党の三役が乗り出して特定の団体と話し合いをすることがよいのか悪いのか、それはそれの問題でありましょうけれども、行政の方の問題としてはどうせその段階に来るのであります。医療協議会という段階に来るのであります。その前の問題なのでありますから、その基本の筋は当初申したことと矛盾はしておりませんし、むしろ当初は、結局においては医療協議会などというものは無視してやってもいいんじゃないかというふうな考えすら、そういう意見もあったが、それは今日は解消して、医療協議会にかけてやるべきものだということにだんだん考え方が統一され、前進してきておる、こういうふうに私は思います。
○堂森分科員 厚生大臣に伺いますが、先般来医療費の問題等については中央社会保険医療協議会の結論に待ってこれをきめる、こういうことでありました。そこで、前から答弁しておられるところによりますと、社会保障制度審議会に二月八日でありますか、諮問を発しておる。そしてきのう総会が開かれました。きのう今井一男君と近藤文二君ですか、二人が起草委員になって、なるほど医療費についての算定の中立的な委員を五名集めておる。しかし医療協議会の構成については諮問に答えない、こういうようなことが新聞に書かれておるわけでありますが、かりに社会保障制度審議会で医療協議会の構成について何も答申がこなければ、厚生大臣としての考え方から、どういう医療協議会を作っていくということになるか、あるいはもう一ぺん諮問して、作ってくれ、こういうふうな態度であるのでありますか、まず承りたいと思います。
○古井国務大臣 堂森さんは社会保障制度審議会の状況をそういうふうにごらんになっているかしれませんが、私はそうは見ておりません。あの審議会もともかく医療協議会の改組について必らず適当な答申をしてくれる、それからまた現在の動きも私の知る限りはその方向から、はずれていないというふうに見ております。必ず答申してくれるものと、今の状況から見ても信じておりますから、これは心配をいたしておりません。
○堂森分科員 私は新聞の報道を見たことを根拠として質問しているのですから、また私は今社会保障制度審議会の委員でもありませんし、その内容についてもよく知りませんので、それならそれでいいわけですが、今回の医療協議会の改組が行なわれるならば、医師会の代表ですか、医師の人たちも中へ入ってきて円満に協議が行なわれる、こういう確信をお持ちでございますか、いかがでございますか。
○古井国務大臣 医療協議会の改組が必要であるというのは、今までの医療協議会が、理由や原因はとにかくとして、動かない機構になってしまっておった。もう一年半以上も全然動かない機構になって、あれどもなきがごときものになってしまっておった。これを動く機構にしてもらいたい、こういうことがこの改組の中心点でありますが、動く機構にするためには――なぜ動かなかったかということ、ほかの委員はみなできるのでありますけれども、医師会関係の委員ができない、参加しない、ここがあの機構が過去今まで動かないようになっておったもとでありますから、そこで動くような機構にぜひしてもらいたい。これは私も社会保障制度審議会に出ても、動くような機構に改善する道をぜひ考えてもらいたいと申しましたし、また委員の方はみな実情をよく御存じでありますから、そういう考慮のもとにこの改革の案ができますならば、医師会が相変らずボイコットするということは解消されると思っております。そこに問題の重要なものの一つがあったのでありますが、解消せられるものと思うのであります。
○堂森分科員 医療協議会が動かないような機構になった、それはどういうわけで動かないことになったとお考えになっておるのでありますか。もうちょっと詳しく御説明願いたいと思います。
○古井国務大臣 これは直接的には医師会の参加が得られない、こういう点であります。それでは医師会の参加が得られないのはどういうわけか、こういうさかのぼっての論議はいろいろあると思います。これに対しては人によっていろいろ見方、論もあるようであります。現に社会保障制度審議会でも、なぜ医師会が参加しないのかという点について、ある人はこれは医師会が勝手なんだ、こういうふうなことを私のおりますときに言った人もあります。そうじゃなくて、やっぱりあの構成では医師会が出られぬのも無理はない、こういう論をしておる人もありました。しかし、見方はそこにいろいろありましょうけれども、一要するに医師会の参加が得られないというところがあの協議会が動けないようになっておったもとであることは間違いありません。さかのぼっての見方はめいめいによっていろいろあるが、直接的には参加が得られない、これが動かなくなった原因だと思います。
○堂森分科員 社会保障制度審議会から満足な答申があるだろう、こういう御期待のようでありますが、厚生大臣はしからば協議会はどういうふうな構成といいますか内容になったら理想的だ、こういうお考えはやはりあるべきだと思う。ただ人まかせではどうも……。あなたのお考えがあると思うのですけれども、その点を御答弁願いたい。
○古井国務大臣 このことは他の機会にもときおりお尋ねを受けることであります。それは私が自分一人で、自分の考えでものをきめてそれでよいというふうに考えますなら、私の意見もそれはなきにしもあらずでありますし、きめ得ないわけでもないと思いますが、ただそれよりも今まで医療協議会について批判を受けておりましたのも、御承知の通りやはりいろいろ厚生省というものに対する批判もからまっておったのであります。そこで無色の、色のつかない公正な医療協議会を作り上げるというためには、あまり厚生省色のあるような考え方を――ないと思っておっても他から見ればそういう色があるということにもなるのですから、そういうものを全然抜きにして色のつかない立場の公正な案がこの際は少なくとも得たいものである、こういうふうに思いますので、私は社会保障制度審議会に参りましても、これはとにかく動けるような機構にしてもらわぬと困るからそういう知恵を出していただきたい、どういう内容ということは、これだけ各方面の方があそこには集まっているのだから、十分どの方面の方もいるのだから論議を尽くしていただいて、こうだという案を考えていただけばそれが一番いいと思う、私はこの点については意見も言いません、こういうことできておるのであります。これを尊重する意味からいって、何かの影響を与えるようなことはよくないと私は思う。そういう意味であそこの審議会で自由に十分論じていただいて無色な、よい結論を出してもらいたいことを希望しておりますので、何かこういう考えだ、ああいう考えだ、答申を出してもこうするだろう、ああするだろうというふうな心配がつきまとっては私よくないと思いますので、今のところは審議会の自由な審議に基づいた公正な結論というものをじっとして私は待つのがよいと思っておりますので、私の考え方はどこにも申し上げていないのであります。
○堂森分科員 どうもおかしいですね。あなたは厚生大臣ですよ。医療協議会は無色である方がいい、厚生省の色が入っているとどうも――それでは厚生省は悪いことをしておったのですか。おかしいと思う。厚生大臣ですよ、あなたは。厚生大臣が、医療協議会は円満に、社会保険の医療担当者である医師が喜んで医療行為ができるようなことにしていきたいと思うためには、あなたは全責任を持って自分の所信をやはり表明される義務があると私は思うのです。それではあなたは全部一貫して、厚生大臣になられてからずっと何でも医療協議会の結論に従う、社会保障制度審満会の答申に従うんだ――それではあなたは無人格みたいになってしまう。あなたはそういう考えではいかぬと思う。それ以上追及しましても議論が進展しないと思いますからほかの問題に移ります。 今日、昭和三十五年度、今年度一ぱいで国民皆保険、こういう姿になるわけです。皆保険というものが実行される、これは画期的なことですね。こういう段階にきて医師との間にこういうふうな問題が起きてきた、これは非常に悲しむべきことですよ。国民皆保険ということはいわば医療の社会化なんです。一般論で規定づけると社会化だと思うのです。患者と医師とが自由な意思で診療行為を行なう、こういうこととはかなり違うと思う。社会化だと思う。私の考えではこう思うのです。新しい医療の社会化ということが進んできた。そうして国民皆保険になった。これに対応すべく医療制度というものが伴っていないところに私は原因があると思うのです。そうでございましょう。そこで開業医が、国民皆保険になるとおれたちは一体どうなるのだろう。これは医者たちは言っていませんよ。しかし、ほんとうの心にあるところは、やはりそういう不安があると思うのです。それから医療の社会化というものにほんとうにマッチするような医療制度、――何も社会党は国営でやれと言っておるわけではないのですが、しかしマッチした医療制度というものが準備されていなければならないと思うのです。これはむずかしい問題だと思うのですが、厚生大臣、どういうふうにしていったらいいとお考えになりますか。そうしなければ医師の協力は得られませんよ。おれたちの身分はどうなるのだろうか、こういう心配が一番あるのです。一つあなた方のお考えを承りたいと思います。
○古井国務大臣 この年度でとにかく皆保険という形はできるわけでありますけれども、今日までのところは、国民全体に医療保障をするというその姿勢を作るのに急でありまして、そのためにとにかく早く皆保険というところまでこぎつけたいという歩き方をしておったものでありますから、従いましてこれを仕上げ的に考えますと、それだけでものが済んでおるのではない、問題がたくさん残っておると思うのであります。皆保険の姿だけはできたけれども、まだ問題はたくさん残っておると思うのです。それはいかに皆保険になったといっても、第一医療機関が全国的に普及していなければ実際に医療を受けられない方がたくさん残る。医療機関の普及の問題もありましょう。それからまた医療担当者の問題にいたしましても、公的な医療機関が全部が全部行きわたっておるわけではありませんので、相当大きな部分は自由診療で立っておる開業医の力に待たなければならないわけであります。ところが開業医の方の考え方、また従来からの伝統もありますし、また実際それにも理由のある点もあります。さっきも触れましたように自由診療のよさの点もあるのでありますが、そういうものがうまくマッチしないまま残っておるという点がやはり一つの大きな問題となって残っておると思うのです。これをどういうふうに調和していくか、仕上げの問題としてそこにぶっつかってきておると私は思うのであります。でありますから、開業医の方の生活問題、どうなっていくのだろうかというそういう問題のみならず、開業医に相当大きな部分をたよらなければならないということであるならば、国民医療の立場においてもこの間の調和点を発見していくということが大事なことだと思うのです。この問題も仕上げの問題として大きく残っておると思います。医療機関の問題にしても、医療担当者の問題にいたしましても問題は残っておると思うのであります。
○堂森分科員 厚生大臣は問題が残っておるとおっしゃいますが、厚生省では国民皆保険にほんとうにマッチしていくような、対応していくような医療制度の青写真がなくちゃならないと思いますが、それはどうお考えでございますか、こうお聞きしておるのです。
○古井国務大臣 これはただいま申しましたように面も広いし、いろんな問題がたった一つでなくてたくさん残っておると思うのです。医療機関の問題から、医療担当者の養成の問題から、診療の内容の問題からたくさん残っておると思います。そこで全部が全部じゃございませんけれども、医療機関等の方面のことについては、昨年の五月でありますか、医療制度調査会もすでに発足して、そして審議を始めてくれておられる状況であります。そこだけで全部が済むとは思いません。ことに今の開業医の方との調和点を発見する、自由診療的な考え方をどうして取り入れるかというふうな問題が、あすこで全部解決がつくとは思いませんが、これはやはりそれぞれの機関にも御相談申し上げ、のみならず厚生省の側としましても、この点については事務的ないろいろな準備企画もしなければなりません。これも従来的な立場やいきさつや、そういうものになるべくとらわれないで新しい事態を考えてやらなければなりませんので、そういうことも昨今発足したいという準備を進めておるというふうな状況でありまして、調査機関などにもすでにお願いしておる部分もありますし、さらにこれを推進したり事務的な準備を整えたりする方面のことも、役所の方の側としても体制を整えて押していきたい、こういうふうに考えておるところであります。
○堂森分科員 厚生大臣の御答弁は、いろいろ調査会を作っていくんだ、それを利用していくんだ、こう言うだけでありまして、医療制度をどういうふうに持っていきたいんだという、そういうお考えは全然述べておられぬのですよ。そういうことをお聞きしたい、こう言っているのであります。いかがでございますか、ないのでございますか、万事これからということですか。
○古井国務大臣 これは事柄々々によって幾らでも私の考え方を申し上げることはいいのでありますが、今のは全体の話でありますからそういうふうに申し上げておるのであります。ただ調査会でせっかく審議しておる、何のために人を集めて審議をやってもらっておるのか、せっかくやってもらっておるものに、これを無視したように、いやこれはこうである、あなた方はどう言ったところでこうである、これじゃ民主的に、また衆知を集めたよい結論も出ませんので、ですから調査会などにどういうふうに臨むか、問題の出し方、またどういうふうに方角づけをしていくかということはこっちの問題でありますけれども、具体的なことはなるべく衆知を尽くした上に、最後的な結論を出した方がよいと思いますので、方向などにつきましてはそれぞれの問題について考えがないわけじゃございませんが、そういう順序で考えをきめていきたいと思います。
○堂森分科員 それでは具体的に聞いてみましょう。しかし、医療制度調査会に依頼して、今各方面の衆知を集めて相談をしておるということだから、私はそういうことは何も言わぬ方がいいとか、やはり古井さんはずいぶん古い優秀官僚だから逃げられるのがうまいですよ。もっと正直におっしゃったらいいと思うのです。たとえば病院制度一つ見ましても、文部省の管轄の病院、大学病院があり、あるいはまた国立病院があり、あるいは各種のいろいろな組合が持っておる病院があり、官庁の病院があり、いろいろな病院があります。こういうような病院が種々雑多に群雄割拠ですよ。こういう姿を一体どういうふうにしていこうとお考えでありますか、まず承りたい。
○古井国務大臣 この医療機関の問題につきましては、これは堂森さんがすでに御承知のごとく、国の病院の整備計画というものも、今まですでに立てて実行してきております。来年度でたしか第一期の五年が終わるはずでありますが、さらに第二期の計画をもって臨む。それからまた地方の病院につきましても基幹病院、地区の中心病院等の長期的な計画を立てておりまして、そして昭和四十年を目標にいたしまして地方の中央病院、また地方病院、地区病院等、医療機関の整備の一応の計画を立てて、それにのっとって今進んでおるわけであります。そのほかの私的な――私的なというのは、あるいは何というか知りませんが、赤十字とか済生会とか、あるいはまたそのほかの私的な大きな病院もございましょうが、全体的にながめなければならぬのでありますけれども、基本的なものにつきましては今申しますように国の病院、また地方の中心的な病院の整備計画、今まで立てたものを実行してきておるわけであります。これでやっていく今日の段階だと思います。
○堂森分科員 たとえば具体的に言いますと、こういうことがあるんですよ。たとえば国立病院の整備計画を見ておりましても、金沢で言いますと、金沢なんかは、大学病院がある。そこから歩いて数分行くと国立病院とりっぱな基幹病院があるのです。もう少し行きますと、今度は市立のりっぱな病院がある。病院がたくさんあることは私は反対ではないのですが、そういうふうにりっぱな病院が近いところにあるんですね。そうかと思いますと、今度はいなかの方へ行きますと、ぼろぼろの、まるで豚小屋みたいな国立病院がある。それはほうってある。こういうようなことで、国がやっておる病院あるいは公共団体のやっておるものだけとらえましても、そういうふうな偏在があるわけです。そういうふうに大学病院と国立病院の大きな病院とが歩いて数分のところに軒を並べておるというところもあります。金沢ですと二十万ぐらいの都会です。ところがいなかの方へ行くと病院も何もない。しかも国立病院があっても、さっきも申しましたように全くほったらかしです。国立病院とか大学病院――大学病院も国がやっている病院ですが、そういうふうにばらばらの何ら計画性がない、こういう姿、こういうことをどうして参りますか。
○古井国務大臣 いなかと言っていいかどうか知りませんが、農村地帯などには医療機関、病院が普及したり整ったりする点で欠けている点があるところが、ずいぶんまだ残っております。これは事実であります。これは度合いもいろいろまた違うようでありますけれども、ほんとうの特別無医地区ぐらいに考えるような実際不便なところもあったり、段階はありますが、いなかの方面は何といっても医療機関が整っておりませんので、それで病院の普及、お医者さんの普及、無医地区の解消、それでも追っつかぬところは巡回診療車、巡回診療船などを考えまして、そして漸次解消していく行き方をやってきておるわけであります。十分な解決がついておるとは申しませんけれども、そういう行き方をしておるわけであります。都会地の方面にはずいぶん集まってきておるかのようなうらみのあるところもあるかもしれぬと思います。けれども、事実人がたくさん住まっておる、そして需要度も高い、こういうことでございますれば、近いところに大きな病院が二つ、三つありましても、それ自体すぐさまいけないとまでは言えないかと思います。しかし、だんだんいなかの方と考え合わせて調整をしていくということは大事なことだと思います。とりあえずは、ことにいなかの方面に普及していくというところに重点を置いてやっていこうとしておるわけであります。
○堂森分科員 私は、厚生大臣にやってもらいたいことがあるのです。それは、医療機関というものが種々雑多な乱戦状態にあるから、今後はもっと計画性を持って医療機関の分布を考えていく必要があるのではないか、こういうことを申し上げておきたいと思います。 そこでもう一つの問題でありますが、今後社会保険を国民皆保険という体制に順応させていくには、一体開業医制度というものが今までの姿でいいとお考えになるのか、あるいはこれを厚生省はどういうふうに持っていこうとしておられるのか、その構想がなければならぬと思うのです。お考えを承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 相当大きな部分が開業医にたよらなければならぬということでありますから、大きな問題であります。そこで、これにつきましてはいろいろな意見もあるようでありまが、あるいは月給を保証したらどうかとか、あるいは退職金的なものを考えたらどうかとか、そういうところまでの意見もあるようであります。けれども、これはよほど慎重に考えてみなければいけない。そう簡単に言うわけにいかぬ。むしろそれよりも開業医というものの長所を生かして保険の中で働いてもらうということのために、どうしたらこの規格にはまった窮屈な保険との結びつきがうまくいくかということを考えた方がよいのではないか。そういう意味では今の自由診療的なものを保険の中にもあるところまで加味するということで調和点を見出していって、開業医は開業医としての長所がはっきりするような道を考える方がよいのではなかろうか。私は今はそういうふうな考え方を持っております。また病院設備などもどっちかというとおくれておりますから、医療金融公庫などで長期の融資などもいたしまして、ああいう民間の診療機関の設備もだんだん整備していく。こういうことで長所を生かして働いてもらうようにするという方向がよいのではないだろうか。私は今そういうふうに思っておるのであります。
○堂森分科員 開業医制度の問題については議論すると切りがありませんし、まだ関連してそういう問題は出て参るわけでありますが、さっき大臣は医療金融公庫のことについて言っておられました。これは私もこの間非常に苦しい経験をしたのです。ある友人が土地を七千坪くらい持っておるのです。幾ら安い土地でも、東京の近辺ですから相当な財産です。それが他の場所を求めまして、三千万円くらい金を借りたい、こういうわけで医療金融公庫へ申し出たことがあります。そうしますと、銀行がこう行うのですね。担保はなるほど七千坪からの土地を持っておる人だからございましょう。しかし、銀行は担保に貸すのではございません。今日の病院なんというものは企業じゃありません。もうからぬものだ。担保は幾らあったって、その病院がうまくいくかどうかわからぬから貸されぬと言う。昨年発足した医療金融公庫にはおそらく資金がうんと余っておるのじゃないかと思うのですが、銀行はみんなそうしているのです。銀行を通じて借りるのですから。担保くらいあったって貸さぬと言うのです。銀行は金を使ってもらう以上、うんと金が回って、銀行を金がトンネルするような方面に金を使ってもらいたい。医者みたいな、病院みたいな、あんなもうからぬ、企業としては利益の最も薄いところへ大切な預金を回わすわけにいきません、こういうことを言っておるのです。ほんとうの話ですよ。医療金融公庫だって、できましたけれども、おそらく医者は金を借りるのに大へんだと思うのです。こういう実態、どうでございますか。
○古井国務大臣 金融公庫が去年発足しましたところが、非常に利用される方が多くて、たしか一月一ぱいでもう二十六、七億貸し出してしまったという状況であります。ワクは初年度は三十億あったわけであります。年度末までには一ぱい――希望者がずっとそれより上回っておるのであります。あれも十分活用はしておると思います。それから来年度は、御承知のように今度は七十億というワクに広げますので、これでも実は十分かどうかと思っておるくらいでありますけれども、だいぶ楽になるわけであります。普通の金融はお話のようかもしれませんが、公庫の方はもうフルに利用し得るように広げてやりたいと思っておるところであります。
○堂森分科員 大臣はそう言っておられますが、実際は銀行をトンネルして借りるものですから非常にむずかしいことを大臣や役人諸君は知らないのであって、実際はなかなか大へんですよ。言を左右にして貸さないのです。それはまた今後医療金融公庫にそういうことを一つお願いします。 そこで、あまり時間がありませんから、またきのうの問題に返るわけでありますが、晦師会の首脳部と自民党の首脳部が会いまして話した中で、健康保険制度の改正をすることについては話し合いが、原則的に一致をした。そのうちこういうことが――これは新聞に書いてあったのですからわかりませんが、今後健康保険を一本化するのだ、そうして掛金ではなしに目的税をとって、全被保険者に医療を保障していくという建前をとっていく。今のような半額の負担とかああいうことではなしに、目的税をとって、それによって財源をまかなう。もちろん国費によってもまかなうでしょう。これは私は非常にいいと思うのですが、そういう話はあったのでございますか。いかがでございますか。
○古井国務大臣 きのうの会談の中途でいろいろな意見が出たりしたことはあるようでありますけれども、今のところそういうところにまでせんじ詰まってきておるというようには聞いておりません。ただしかし、いろいろな保険を全体として調整するという問題は、これは確かに取り組んでよい結論を出さなければならぬ今後の問題だと私は思います。で、あの問題に触れてあるということは、私は大きによい問題に触れておる、こういうふうには感じますが、具体的にあそこにせんじ詰まったということではないようであります。
○堂森分科員 そうすると大臣は、ただいまのような健康保険制度ではなしに、一本化されたもので、もっと医療の保障といいますか、そういうものが完全に行なわれるようなものに持っていくという気持で、今後健康保険制度というものを改正していこう、こういうお気持でございますか。そういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○古井国務大臣 私は大きにそう思うのであります。ことに平素収入の低い国保などのような関係者の人などは、医療の方もひどい、こういう状況ですね。組合の健康保険と非常な逢いです。こういうことが、国民が同じように良い医療を受けなければならぬという建前から見て、このままでよいだろうかということは、非常に大きな疑問だと思う。大いに今後取り組むべき問題だと私は思っております。
○堂森分科員 いや、そういくべきものだと思うじゃなしに、大臣はそういうことを実行していこうというかたい決意で今後おやりになる御意思ですか、こういうふうに承っておるわけです。
○古井国務大臣 問題がなかなか重要でありますから、そう具体的な準備も十分持たぬでおって大ぶろしきばかり広げるわけにもいかぬと思うのであります。ものは見方でありますけれども、しかし率直に、私は非常に意欲的にこの問題は考えておるのであります。
○堂森分科員 もう時間がありませんから終りますが、昨年の臨時国会の際に池田総理に伺ったのです。所得倍増計画と並らんでやはり社会保障の十年なり二十年なりの計画といいますか、あるいは見通しといいますか、そういうものも政府は持っていないじゃないか、こういうふうに問いましたところ、池田総理は、いやそういうものはなくても、経済の成長によって政府は適宜にやっていく、こういうふうな答弁をしております。しかし私はそれはうそだと思うのです。やっぱり社会保障は今後十年後にはどうなるのだという青写真というものは、私はぜひ必要だと思うのです。おそらく渡邊厚生大臣のときでしたか、そういうことを一時始められたが、その後さたやみになった。そういうことでは私はきわめて遺憾だと思うのです。そこで古井厚生大臣に、一つ今からでもおそくはないから、そういうふうなスケジュールというか見通しといいますか、計画となれば一番いいのですが、見通しでもけっこうであります、そういうものに着手されまして、今後やっていただきたいということを強く要望いたしまして、私の質問を終わります。
○古井国務大臣 社会保障の長期計画を持たなければならぬと私は思うのであります。行き当たりばったりで行くのでは社会保障の前進のためによくないと私は思うので、大きにそう思いまして、お話のように渡邊厚生大臣のときに手をつけかけてそのままに寝てしまったわけでありますけれども、起こしてこれを何とか格好をつけていきたいと思って、内部的にはそろそろ手をつけかかっておるところであります。
○北澤主査 床次徳二君。
○床次分科員 ただいま大臣お答えになりましたが、社会保障制度の将来の展開につきまして御意見を伺いたいと思って、今片鱗を伺ったのでありますが、しかし何と申しましても、社会保障のうちの医療保障を、十分いわゆる保険制度を拡充する、その中におきましても国民健康保険というものを早く内容を充実して、他の社会保険と同じような程度にまで持っていく、言いかえまするならば、国民の負担の点におきまして、制度を拡充すると同時に医療内容を上げていくというところに重点があるのじゃないかと思うのです。この点についての大体の方針につきまして、私はさような方針を持っていただかなければならない、さよう考えておるのでございますが、この点いかがでしょう。詳しく繰り返すことについては重複を避けたいと思いますが、傾向だけ伺いたいと思います。
○古井国務大臣 先ほど来のお話にも出ておりましたように、国保は非常に劣っておるのであります。でありますから、給付率にいたしましても結核と精神病だけは今度はあの通りに改善しようというのでありますけれども、一般の病気また障害に対しては残っております給付率の引き上げの問題も、内容の改善の問題もありますし、そこは大きに力を入れていかなければならぬ一つの重点だと思っております。
○床次分科員 従ってさような方向に向かって参りますると、今後地方団体の活動ということに対しましてこれは密接な関係があるのであります。今日地方財政等の立場から見ましても、早くかかる目標を確定いたしまして、そうして順調にこの国民健康保険が発展することができるような素地を作る必要があると思うのです。できるだけすみやかに大方針だけは一つ確立してもらいたいということを要望しておきたい。 今回承りたいのは社会保障制度が今日相当拡充されてきました。今回の予算等におきましても、まあ画期的と申しましてもいいと思うのでありますが、各方面に充実してきたことは御同慶にたえないのでございます。今日予算等におきましては、特に国及び公共団体のやっておりまする社会保障の事業というものが大幅に伸びておるような傾向に見えるのであります。しかしわが国の実情から申しますると、国庫あるいは公費だけで社会保障を充実していくということにつきましては、一般論から申しまするとまだまだ足らないのではないか。いわゆる民間と申しまするか、各種法人との関係がありまするが、かかる方面の社会事業というものも相当大幅に伸ばす必要がある。しかしこれらのいわゆる社会事業というものは戦後の経済的な打撃というものからまだまだ回復ができておらないのであります。その従業員の待遇等も非常に悪かった。政府は昨年来若干ずつ従業員の待遇改善につきまして特に努力しておられることはけっこうでありますが、かかる民間事業の振興と申しますか、充実ということに対しましていかように考えておられるか、承りたい。
○古井国務大臣 お話しのように、政府あるいは公共団体の努力だけでは足りませんもんで、民間のその方面の活動に大きに待たなければならぬと私は思います。今お話しの、そこに勤める人の待遇なども、今までとかく悪かった。御案内のように昨年の暮れ、他の公務員などの関連でベースアップを考え、基礎を直そう、給与などの低いところを直そではないうかというので、三十六年度は七・五%の引き上げをやろうではないか、基礎の引き上げをしたい、こういうふうに考えておるわけでございます。そのほかこの施設を拡充していきますためには、年金の福祉事業団などもそういう方面に今後大きに活用して、民間的な施設の普及をはかっていきたいというふうに思っております。
○床次分科員 政府は社会保障の実施について、民間事業をやはり動員しようという気持を起こされたことは一つの進歩だと思うのでありまするが、しかしながらその程度がきわめて貧弱であると思うのであります。われわれといたしましては、やはり今後は民間と政府、公共団体、三者相待って社会保障についておのおの事業の種類による分担を持って、そうして一斉に進んでいくことがよいのではないかと思います。しかしどうも今日までのあり方から見ると、民間事業関係はとかくなおざりにされかけておるのではないか、ただいまお話がありました待遇向上等につきましても、きわめて実はその点少ないのでありまして、一般公共団体等と同じ基準まで持っていくというのには、かなり時間もかかるし、程度も少ないのであります。今後よほどの努力をしていただかなければこれは一般の程度までいかないと思うのです。この点政府においては、民間事業もあるいは国あるいは公共団体の事業も、その従業員の待遇は少なくとも同じにしていくのだという強い覚悟をお持ちになることが必要だと思うのでありますが、さような御意思を持っておられるか。
○古井国務大臣 大きにそう思いますので、ことしのあの七・五%という基礎の低いのを直すということなども、これもあるいは十分ではないとごらんになるかもしれませんけれども、しかし今度としてはこれもよほど、他との比較からいうと思い切った措置でありまして、その意気込みでこれから先もいきたいものだと思っております。
○床次分科員 ますますかかる意味の助成を強力にしてもらいたいと思うのでありますが、同時に民間団体自体もやはり自活できるように、独立できるように財源を確保することが必要なのであります。この点に対しまして、社会事業その他に対しましてはある程度まで寄付の免税取り扱いが若干認められてはおりまするが、その幅が実はきわめて狭い。むしろ国の方針といたしまして、国のなすべき範囲が広いのでありますから、その一部を分担するところの民間社会事業に対しましては、積極的に、金を集めやすいように、その寄付金に対する免税を――今日教育方面におきましては研究費に対する免税もさらに考慮されている、社会事業についても従来から若干はあったと思いますが、もっと大幅にこの点は免税措置をいたしまして、そうして社会事業のこの社会保障制度が前進できるように配意せられることが必要だと思うのですが、いかがですか。
○古井国務大臣 まことに御趣旨ごもっともでありまして、今の税制などの上でももっと考えるように努力をしたいと思います。
○床次分科員 一つ特殊な社会事業法人として考えらるべきものは日本赤十字社だと思う。この点は赤十字社が国際的な一つの団体であるところに特色を持っているので、これが特殊法人になっておることは了解できるのでありますが、今日におきましてはこの特殊法人なるがゆえに、また特別な使命を持っておるというために、非常に経営上からいってハンディキャップ、制限を受けておるし、また同時に待遇におきましてかなり他に劣るものがあると思うのであります。特に従業員が退職した後におけるところのいわゆる身分保障等につきましては、これは一般公務員等に比べると著しい差がある、こういうことにつきましては、赤十字社自体は財源がないのでどうも困難と思われます。また退職後の待遇をよくするということにつきましては、他の外国の例から見ると、多少これは異なる取り扱いをせざるを得ないというふうに思うのでありますが、これはわが国の特殊性から見まして十分な処置をすべきものと思うのですが、これらに対する大臣の御意見を承りたいと思います。
○太宰政府委員 便宜私が先に御答弁申し上げますが、お話のように、日本赤十字社が特殊法人としてあるのでありまして、いろいろ国際的また国内的にも社会事業の方面ないしは病院を持っておりますので、医療の面というもので幅広く活動いたしております。その場合にいろいろな数多くの従業員がおるわけでありまして、この従業員の処遇の問題につきましては、私どももあとう限り、これがそういう心配なく働けるよう考慮してもらうように努力しておるわけであります。 お尋ねの退職金の問題でございますが、これは退職金制度があることは前からあるわけでございまして、ただそれがなかなか十分でないことは御指摘の通りだと思います。またそれが各病院等におきまして、必ずしも退職引当金というものを十分にたくわえておるかどうか、お話のように、日赤の病院等の経営も相当苦しゅうございます。そういうことのために、退職金の引当金が十分でないということがあっても、これまたやむを得ない、これはあとに問題を残すわけであります。そこで日赤の当局においても非常に心配いたしまして、二年ほど前から、やはりそういう退職金制度を、各病院がそれぞれやっておることを本社に一括いたしまして、そして全体として、日赤の従業員全体の退職金の制度といいますか、そしてそれの引当金の保管、そういうようなものを確立いたしたわけでございます。大体それは国家公務員にならったようなことでやっておると思います。ただしまだ至らないところはあろうかと思いますので、これは逐次財政の許す限り、この方面に重点を置いて、待遇の改善の一環にもなるわけでございますから、今後ともその方面に指導して参りたいと存じておりますが、ただいまのところは、そういうことで一応本社でもって一括して、そして運営しておるということで、御了承いただきたいと思います。
○床次分科員 相当改善を企てておられてまことにけっこうでありますが、昨年以来ときどき地方におきましても問題が起きておりますが、われわれこの状況につきましては、なかなか同情すべきものがあるように思っておる。しかし元米本社自体がそういう特殊の性格を持っておる、これは他のものと同じようになかなか論ずるとこはできません。その制限を受けておるというか、活動に不自由な点だけはやはり相当国家で見てやる、あるいはまた元来赤十字はずいぶん民間から寄付を受けておったのですが、従来とはだいぶ事情が異なっておる、かかる問題につきましては、積極的に一つ打開の方法を講じてもらいたい、あるいは病院経営等につきましては、国あるいは公共団体等にこれを移管するということも方法じゃないかと思うのでありますが、何と申しますか、事業そのものがほんとうに社会保障の一環として積極的に役立つ、関係者も意義を持って働けるという立場は作るべきだ、相当大きな施設でありますから、この点特に政府の善処を要望いたして、私の質問を終わります。
○北澤主査 大原亨君。
○大原分科員 私はこれから原爆被爆者の医療対策、そういう問題を中心にいたしまして、全部ではありませんが、できるだけ部分的に突っ込んで御質問いたしたいと思います。 原爆医療につきましては、御承知のように、昭和三十二年に医療法が制定されたのであります。簡単にいえば、その当時はいわゆる認定被爆者という、原爆被爆者にワクをかけまして、その人に対しまして国が治療を見ていく、これが大体三、四千名――現在四千二百六十七名、四千名余り、これではとてもいけない、こういうことで、御承知のように昭和三十五年、昨年の変則国会のさなかに改正案を提案いたしまして、いろいろな理由がありまして、それで特別被爆者という範囲が出て参りまして、原爆症であるというそういう範囲が明確でない場合におきましても、そういうおそれのある場合においては国は健康について管理をするということで、これはあとで質問をいたしますが、変則的な立法ですけれども、患者負担の半額を国家補償する、こういうふうなことで、これもやや進歩でありましたが、これは変則国会のさなかでありまして、私どもといたしましても国会において審議をしないで通過さしたという経緯があるのです。だからこれは十分でなしに、もう全然審議されておりませんので、法律が持っておるそういう実態に即するか即しないかという点や欠陥等の点については非常に問題が多かったのであります。ちょうど昨年も、内閣総理大臣はこれは広島の出身ですが、初めて郷土入りをいたしましたときにも原爆病院を見まして、それから八月六日に当時の中山厚生大臣が広島に参りまして、それで原爆病院で被爆の実相等についてごらんになりまして、これはひどい、現在の医療法ではとてもじゃないがこれは不満足であろうし、改正しなければならぬ、こういうことを記者会見その他において――私はあとで問題があれば資料も出してよろしいのでありますが、そういうことでありました。大体歴代の厚生大臣は、原爆被爆者のことについては、単に広島、長崎の問題ではなしに、全国に散らばっておる、御承知のように、広島は軍部でありましたから軍人や軍属等が、その名前もわからないような格好で集まっておりました。だから、死没者についての実態把握もできないということでありました。まあ四十万前後はおったろうというのですけれども、原爆が落ちた直後は十三万になっておりました。そこで私はこういうことについてはいろいろ次から次へ問題を出していくわけですが、これは単に広島、長崎の問題ではない。全国民の問題である。そういう観点から国はやはり大きな責任を持って取り上げるべきだ。そのためには、何といったって原爆被爆の実相というもの、実態というものを把握をしてもらわなければならぬ。これは政府が責任を持って最小限度はやるべきことである。 私はたくさん尋ねたい点があるのですが、最初に二つの点についてお尋ねいたします。これは局長でもよろしいのですが、広島、長崎の二発の原爆によりまして爆風や熱線やあるいは瞬間放射能その他の影響でその前後に死没をいたしました犠牲者は一体何人あったか、これを一つと、それからもう一つは、その後やはりそのことによって影響を受けておるのであろうと思われる被爆者のその後の現状です。これは大体どのくらいおるというふうに把握されておるのか、この点を一つ最初にお伺いしておきたい。
○古井国務大臣 局長から答弁いたします。
○尾村政府委員 第一点の原爆投下の直接の被害による死没者でございますが、これは今大原委員のお話の通り、今の軍関係の者、これはみんな移動してきておりまして、これの調査が不明でございまして、的確な総数はつかんでおりませんが、私どもの方では市民と両方を推定いたしまして、今までのところ大体近い数として考えておりますのは、長崎、広島合わせまして三十万人、こういう基礎数字を持っております。それからその後被爆のまま生存を続けまして現在に至っておる者でございますが、これは今のお話のように、三十二年の原爆医療法によりまして原爆手帳を受けるという一つの登録制度によりまして把握ができるようになりまして、現在までのところ二十三万人にこの原爆手帳を交付しておるというわけでございます。従いまして、死没者の推定と明らかに登録して握りました二十三万人を合わせますと、大体五十三万人というのが推定数でありますが、ただ昭和二十五年の国勢調査のときに当時被爆をして生存を続けておるという者が二十九万人あったわけでございまして、これは国勢調査上の統計です。そういたしますと、三十二年の手帳交付との間に六万人ほど差がある。この六万がなぜ差ができたか。もちろんこれは普通の国民の死亡率から見ましても、この年代の者の死亡数というものが年々三千人くらいは普通の死亡率で低下していくわけでございますから、二十五年から三十二年の七年間といたしましては、その間に二万人くらいは普通のいろいろな病気でも死亡されて手帳を受けるに至らぬということは推定されるわけでございますが、それにいたしましても、なおかつ四万人ほどがつかめておらぬということは、これはいろいろな事情でまだ生存はしておるけれども公につかめない、御本人も被爆手帳を受けておらぬ、こういうような事情になっております。 それから現状でございますが、この被爆者の手帳を受けました者は年に健康診断を二度やることになっております。これは国費をもってやることになっております。さらにその中から症状の疑いのある者には精密検査をいたすということになっておりまして、これらの健康診断によりまして、あるいはみずからその途中で指定の医療機関にかかりまして健康診断をさらに受けるというような形で、今まで原爆症そのものの被害が現に出ておるというのでこの法による医療を受ける者が今のお話の通り約四千二百名、これが現在までに相当な症状を持って治療を受けてきた、こういう形になっております。 なお、そのほか昨年の秋から始めました特別患者、これは一般疾病につきましても治療を受けるようになっておりますが、これの現状は、まだ始めて間がありませんので、統計的にどの程度一般疾病が一般国民の疾病率にプラスされてより強く出ておるかという統計はまだ把握しておりませんが、この点は近い将来に実績がつかめましたらまた御説明できるかと思います。
○大原分科員 この現状の中で、広島県と長崎県に例をとって言いましたが、大阪、東京、ちょっと離れて北海道、そのあたりにおるところの原爆被爆者の数を参考におっしゃっていただきたい。
○尾村政府委員 これは私どもの手元には割合に最近のでございますが、二、三県ちょっと抜けておりますけれども、これの総計は二十二万七千人の内訳になるわけでございます。これで見ますと、ブロック別に飛び飛びに申し上げますと御参考になるかと思います。北海道はこの二十二万七千人のうちの百六十三名というものが手帳を交付されております。それから東北で一番多いのを申し上げますと、宮城県が七十二名、それから関東地方ではもちろん一番多いのは、人口が多いものでございますから東京の千八百人というのが群を抜いておる、あとは百とか二百、それから大阪が九百十五名、それから中国に近い方に一番散布しておるのでございますが、広島が三万七千八百二十五名、それから長崎が一万五千八百八十七名、ただし今言いました広島と長崎は県側でございまして、このほかに今度市は別にしてありますので、広島市が八万四千三百六名、それから長崎市が六万八千五百二十一名、こういうような状況でございます。
○大原分科員 これは大臣にお尋ねしたいのですが、最近でもこういうことなんです。昨年の十二月の十九日でありましたが、広島の原爆病院のベッドで十九才の娘さんが首をつって死んだというニュースが出ていました。これは全国紙の社会面に出たところもあります。この人は、四才のときにお母さんの背中におんぶされて広島市内に入って、いわゆる被爆をしたときにはなかったんだが、第二次放射能を受けたわけです。第二次放射能というのは被爆したわけではないけれども、そのあとで放射能を受けたわけです。あとに広島や長崎へ入りまして放射能があったわけですが、それはあとで申し上げるかもしれません。そうしてその後自覚症状をずっと持たないで、洋裁学校へ行って、お嫁入りの準備をしておったわけですが、急に高熱が出て、食欲が減退をいたしまして、昨年の十月二十一日他の病院から広島の原爆病院へ移った。そのときは病名は急性骨髄性白血病、つまり白血病であります。入院当時は白血球が二万七千九百ほどあったというのですが、死ぬる直前の一つの資料を見ますと、十一月初めに十四万に白血球がなった。それで眼底出血で視力を失っていた。だから白血病とか、原爆症、そういうようなものに最後の診断が下されますころはほとんどからだが衰弱しておって、あとは死期を待つばかり、こういう場合が多いわけであります。それは原爆病院へ入って、回復していく人はもちろんあるのですが、そういうことなんです。 これはやはり一つの典型的な例なんでありまして、東京での新聞でも御承知だったと思うのですが、原爆を受けておって、原爆病の不安を抱いておったので、たまたまそういうときに、自分の子が不具だったわけです。今ちょうど裁判になっておりますけれども、これは東京での話です。それで母親が不具の子を生んだわけです。父親が常に子供が不具じゃないかということを心配しておったものだから、その子供が不具だったので、病院から連れ出しまして、代々木の近くで親が服毒自殺をした。生まれたばかりですから、子供は寒さで凍死していた。そういうことが事実上、大臣に理解してもらいたいわけですが、非常に多いわけです。というのは、原爆症というものが、放射能の影響というものはわかっていないのですから、次から次にこういうひどい目にあっているのです。やはりそういうことは当然だと思う。そのこと自体が原爆の被害だと思うのです。 それからこれはもう一つの例ですが、たとえば広島のある娘さんの手記なんですが、第二次放射能にやはりあった人です。当時はいなかったけれども、あとに入ってきて受けたんですが、やはり白血病になっている。その人が手記を書いている。病院で原因不明の微熱が出て、障害の症状を呈しておるのですが、その人が、なぜ自分らだけがこういうおそろしい被害を受けなければならぬのか、こういう長い手記を書いておる。とにかく戦後十五年間ですけれども、原爆被爆者の問題について、やはり政府が無責任過ぎると思う。総理大臣でも厚生大臣でも現地に行きましたら、ちゃんとそういうことを言って帰っておる。私は総理大臣に会う機会がありましたら申し上げたいと思うのですけれども、おそらくそういう気持はあるだろうけれども、厚生大臣はやはり担当大臣ですから、責任をもって案を立ててもらいたいと思う。われわれ社会党で出しました今回の予算修正案では、最低現在の予算に八億円は加えるべきだ、こういうのをきょうの党首会談で出しておると思うのです。これはやはり広島、長崎、日本は世界の中における唯一の原爆を受けた国ですから、そういう問題については国としてちゃんとした措置をとっておいて、初めて世界各国に対して、こういう被害を繰り返してはならぬという原爆禁止の呼びかけができると思うのです。それを真剣な気持がないから、人道的な気持がないから、やはり被爆の救援対策も徐々に進んではおるけれども、事務当局その他も努力されるけれども、やはり戦後十五年間で、たとえばベトナムの賠償なんかも、私は前に指摘した、鶏三羽で二百億円ぐらいの賠償をしておる。これは国民としての実感です。広島あたりの実感です。それから、たとえば先般、軍人軍属はいいだろうけれども、戦争犯罪者でもやはり軍人恩給をもらっておる。それに、同じこういうふうな大きな戦争被害を受けて、その当時だけの被害ではない、財産を焼かれ、全部焼かれちゃたわけです。それから家族をたくさん失って、働き手を失って、ひとり残されて、細々暮らしていたのが十分な働きができぬで、そうして生きる不安におののく、こういう現状なんです。これはここで公衆衛生局長が今その実態についてお話しになりましたけれども、私はやはりここのところはいろいろなワクを越えて、そういう原則を越えて人道上の立場からも当然国がこういう問題を取り上げるべきだ。私はそういう点で、どこをどうという問題についてはあとでまた具体的な提案、意見等を申し上げたいと思うのですが、私は厚生大臣がこの問題について一つ――厚生大臣としていつまでがんばられるか知らぬけれども、この点について、どうあるべきかという点について御所信のほどを私は最初にお伺いしておきたい。
○古井国務大臣 原爆という問題は、いわば世界の人類みんなの敵でありますから、今後の原爆をなくしてしまうという問題も、まことに重要でありましょうが、同時に、このおそるべきところの犠牲になった日本の中の不幸な人々というものに対して、まことに国民全体としてもほうてっおくわけにはいかぬ気持は一ぱいだと思うのであります。大きに考えるべきことは考えなければならぬことと思います。具体的な問題について今もお話のように、さらに御意見も伺えるようにも伺いましたが、十分お伺いをして考えるべきことは考える、こういうことにいたしたいと思います。
○大原分科員 もうちょっと原則的にはっきりした御所信を伺いたいのです。現状の対策では足らない。前の厚生大臣は広島に行ってそう言っておるのです。それは足りないから、大いに研究をし具体的に努力をするのだ、こういう点ぐらいは所信としてはっきりお述べになっていただけたらいいと思うのですが、いかがですか。
○古井国務大臣 今申しましたように、私も大きな声はよう出さぬたちだものですから、どういうふうにお聞きになるかしれませんけれども、これは考えなければならぬということは、実行するようにやっていきたいということを申し上げておるつもりであります。
○大原分科員 現行法はいろいろ欠陥があるのですが、具体的に一つ申し上げますと、昭和三十五年、昨年の改正は、先ほど申し上げましたように、昭和三十二年の原案に対しまして、昭和三十二年度の原案は、いわゆる原爆症、白血病その他原爆白内障とかいろいろ肝臓機能障害、あるいは増殖機能に対する障害、こういう障害がはっきりしている場合にいわゆる認定被爆者としたのです。昨年は放射能を受けて、そういうおそれのあるような人につきまして、被爆をしました二キロの範囲内に一つの線を引いたわけですよ。しかしその線を引いたのが、必ずしもこれは妥当でないのです。これは大蔵省の担当主計官がおられるのですが、大蔵省が線を引いたのではないかと私は思っておる、これはあとで聞きたいんですけれども。私これは厚生省にずっと調べていただきました。その資料を一つ申し上げますと、七万五千七百六十三人ほど特別被爆者というのが現にあるのです。そういたしますと、二キロ以外で被爆をした人で、認定被爆者といって、はっきり白血病その他の原爆症という人が一千四百三十一名おる。それから、二キロ以内を原則とするのですが、そういう人で、いわゆる白血病その他のはっきりしておる人を抽出してみますと、二千五百四十六人ほどおる。だから、二キロ以内の方が原爆症が多いのは多いわけです。二キロ以内の方が多いのですけれども、やはりこういうふうに千四百三十一名ほどおるわけです。そういたしますると、この現行法で二キロというふうに線を引いたことは、一体どういう根拠であるのか。当時法律を審議しなかったから、これは政令できまっているわけです。政令を改正すれば予算措置も補正その他もできるでしょうから、政令を改正すればいいんですが、どういう根拠で二キロを引いたのだろうか。これは私どもが一番問いたい点でありましたし、その点はずっと研究しておるわけですが、その点で、当時の立法者、原案を作った人の御意見を一つ聞きたい。
○尾村政府委員 二キロに引きましたのは、ただいまの大原委員のお話のような、大蔵省が財政的に線を引いたのではなくて、原案作成の方の私どもの方で一応こういう予算要求をいたした形でございます。それで、この二キロの線を引きましたのは、ちょうど一昨年でございますか、従来の国際放射線のいわゆる恕限量というものが長くありましたのが、さらに厳重に、というのはもっと危険であるというような線できまりました、一つの国際的に認められ、それからわが国でも原子力関係としては、それをすべての基礎に採用しておるものでございますが、それが、一時に浴びた放射線量が二十五レントゲン・レムであったら、普通一般の健康者でも障害を起こすという、恕限量がきまっているわけであります。これは従来広島、長崎で発表されましたすべての研究者から出ておられますが、爆発点からの円周を描きまして、ちょうどその推定線量が、爆発の瞬間の野外における到達線量が、大体二キロのところが二十レントゲンということでございまして、これは広島の原爆研究協議会の幹事さんの庄野博士の公式の発表も、それを詳細に出しておられます。それから、ABCCとわが国の予研の支所とが共同研究しておりますその総合の発表の中にも、これが記載してございますので、大体今のところ、わが国では線量問題はそういうことであるということを推定しておるわけでございます。従って、これを見比べまして、二キロ以内は、とにかく恕限量である二十五レントゲンまでにはなっていないけれども、二十レントゲンは受けているということで、これは何らかの障害があるであろうということで、認定患者以外に、その他の疾患も、それと関連して起こり得るということでこれを引いたわけであります。それから、二キロ以上の場合には、今のような基礎に基づいておりませんので、むしろこの場合には、一般健康人は、障害は今のその学説、理論からはないであろうが、受ける方の個人が非常な体力の低下の状況にあるとか、あるいは原爆と非常に関係のある病的な状態をあらかじめもし持っておったとすれば、これは十レントゲンでもこれが加重されていく、従って、健康住民全部にかけるのは、今の基礎がないけれども、この中でそういうような特定の傾向ある疾病、その素質のある弱い者は、これと重なって起こり得るであろうから、これを今の認定によりまして拾い上げる、こういうような形で、一応昨年のこの決定はいたしたわけでございます。
○大原分科員 この二キロ以上の場合、たとえば爆心地からコンパスでまるを書きまして、二キロを一メートルはずれておったら、これは国が治療を見てくれないわけですね、厚生大臣。それで、たとえば、広島でも長崎でもそうですか、風下とか当時の気候、風土あるいは風の方向あるいはその地形、建物、そういう関係で、そういうことはできないわけです。これは率直に言えば困難なわけです。それから、二キロ以上でも、公衆衛生局長の答弁がありましたが、たとえば体質によっては放射能を、二十五レントゲンでなくても受けるのです。そういうことが実証されているわけです。たとえば原爆病院を私調べてみました。これは約二年間、昭和三十二年から二年間の昭和三十四年五月までです。これは新聞発表で、死亡原因その他について発表を中止いたしましたが、そのわかっているものですが、八十八名の死亡者を原爆被爆地について調査いたしましたところが、爆心地より一キロ以内が十五名、二キロ以内が三十六名、二キロ以上が十八名、二次放射能が十八名、胎児一名、合計八十八名、これは原爆病院で二年間に死んだ人です。これはもし間違いがあれば皆様の方で指摘してもらいたいのですが、そういう実態も出ておるわけです。私は法律の構成でおかしいというのは、認定被爆者というのは原爆症というふうにわかっているわけです。これは四千名あまり原爆によってこういう病気になったという一応判断を下してやっておるわけです。しかし二キロの分は、多量に放射能を浴びたのだから、この人の健康管理をしなければならぬとういことで、国が医療補償、これは不完備ですがすることになった。これは一つの進歩です。そういたしますと、これは原因やその他症状についてはわからぬけれども、かぜを引こうが外傷を受けようが、この人の立ち上がるあるいは回復能力自体が弱いから、これはやってみるんだという建前で、いろいろ議論いたしましたがやったのはよろしいと思う。しかし今度は、それ以上をやろうといたしますると、これはおかしい結果が出てくるわけですね。というのは、個々の場合についてこの人は受けているかどうかということについて、たとえば一番小さい四千名という認定被爆者くらいでそういうことを認定しなければならぬということになってしまう。そういたしますると、その範囲というものが非常に不合理になってきて、二キロ越えた者がやはり昭和三十二年の法律を適用されるような結果になってくる。どっかで線を引かなければなりませんけれども、これは私はやはり不合理だと想うのです。大体において、健康手帳を出して、健康管理を要するというふうな――広島市だったら広島市全域ぐらいですね。そういう人々は、たとえば三キロあたりは家屋が半壊したのですから、ペシャンコになったのですから、そういう点までは拡大すべきじゃないか。まあそういう点は、時間を省くために私の方で意見を申し上げながら申し上げるのですが、やはり立法としても、これは二キロで切るというのはいけないのじゃないか、こういうふうに思いますが、局長いかがですか。
○尾村政府委員 先ほど申し上げましたように、決して理論的にも全部正しいのじゃなくて、とりあえず先ほどのように一応の何か目標をつけるという意味で、一番納得のいきやすい国際レントゲン量と一般健康者との被害の確率というところに線を引いて二キロにしたわけでございます。その二キロも二千一メートルになりますととたんに減るわけではなくて、これはほとんど〇・幾らの差で放射量は同様に近いわけでございますから、これは医学的に見れば意味ないことでございます。従いまして私どもとしては、二キロという線は一応人数を出しましたり手帳交付というような基礎に引きましたが、これは町によりまして川筋で一メートル、二メートルすぐ違ってしまいまして、同じ町でも向こう側とこっち側でもだめ、あるいはうちによりましても、爆心側が一メートルだけ二千メートルにそのうちがひっかかっておって、大部分は二千メートルをこえておるというような場合に、その家族をどうするかというような具体的な問題が出ておるわけでございます。私どもとしては、常識から見て、そういうのはむしろ広い方に取り上げるということにいたしておるわけでございまして、その点は政令で書いてあるわけでございますが、実際の扱いといたしましては、むしろそういう理屈の範囲では広い方に融通をきかす、こういうふうに指導しているわけでございます。 それから、三キロくらいまでならある程度何か出るのじゃないかというお話ですが、この点は先ほど大原委員の言われました原爆病院の八十八名の死亡のうち二割が二千メートル以上であるという点は、私どもの方のいろいろな資料からも大体符合しておるのでございまして、手帳交付者の基礎人口から見まして、二キロ以内の中から出るいわゆる原爆症の発生率と、二キロ以上のものとの発生率が大体四対一、すなわち全体の中の二割が二キロ以上になって、人口は大体外の方が多いわけでございますが、そういうような関係で大体五分の一か七分の一くらいがそちらの方の発生率を持っておるという工合でございまして、従ってこの差が円周のまん中の方に近寄っておる。四キロくらいになりますと、この発生率はずっと下がると思われますので、私どもの方ではもう少し詳細に、従来の四千二百名もこまかい五百メートル区切りくらいで発生率を分析いたしまして一それからもう一つの違いは、同じ発生いたしましても、病気の種類が違う。外に行くほど内科的な疾患、すなわちなかなか的確な表徴の出ておらない疾患が多いのでございます。これは一つの原因は認定をする場合に学者がある程度総合協議をしてやるわけでございまして、ある程度推測してやるというわけで、若干甘くしてあるわけでございます。これは行政指導では二キロ以上であっても特定の症状については甘く認定するということになっておりますので、この点が二キロ以内と二キロ以上で病種の比率がだいぶ違っておるわけでございますが、そういうような病種ごとの、それから円周の円ごとの状況をもう少し分析いたしまして、これを医療審議会に諮りまして、これによってここらぐらいまでは、今の二キロに引いたものと全く区別するのは無理だ、むしろここまではこれだけの疾患を持ったものはある程度こまかいことをやらぬでも、特別被爆者にしろというような意見が一致いたしますれば、そういうような改正も考えないと、非常に気の毒なことになると思っておりまして、昨年から実施の発病の状況も今極力実績をとるようにいたしておりますので、近い将来に原爆医療審議会にぜひ諮りたい、それによって今後の拡大の行き方をいろいろと御相談を願いたいと思っておるわけであります。
○大原分科員 今の局長の御答弁はこういうことだと思うのです。やはり二キロに一応線を引いたけれども、それ以外の問題については運営において当面は措置する。実際にそういうふうにしておる。しかしいろいろな実績、あるいは実例が重なってきたら、審議会において審議をした上で範囲を広くする。これはやはり大蔵省その他大臣としての決断、予算の大きさの問題。この医療費の予算は大した予算ではありません。全部を入れまして全体で二億三千万円の予算なんです。その場合、私が指摘いたしておる点をはっきりいたしておきますが、二キロ以内ということで、たとえば軍人やその他軍属が広島に行っていた。宿が二キロ以内かどうかよくわからない。あるいは川があったというが、広島に川が何本もあるのですから、川の上流か下流かもわからない。そういうことでありまして、それも十分に記憶にもない。そういう爆心地では被爆をしてどこをさまよったかわからない。これは原爆とかなんとかいうことがわからなかったのですから、一目散に逃げたわけです。親族や家族を探したわけですから、これはどこを歩いたかわからぬ。そういたしますとやはりこれだけ家を焼かれ、家族も死に、そして自分の体力も衰えていろいろな不安もある。自分の前途なんか――娘さんなんか結婚の意思もない人がたくさんある。それはなぜかといえば自分の体力について自身がないからでしょう。そういう人々なんですから、そういう可能性のある人々が多いわけです。そういう被爆者にやはり健康管理を要するといって、健康手帳を交付して二年間ほど健康管理をしておるのですから、健康管理を要すると認めた者については治療費をただにしておいて、国家保証をしておいてその中からやはり国としての責任を果たし、人命も保護していく、あるいは原爆症の本質も研究していく。こういうことにしなければいけない。昨年の法律はそこへ踏み切ったわけです。原爆症でない範囲でも二キロまで踏み切った。そういたしますと私が指摘したように、四千名の認定被爆者のうちには二キロ以内で被爆した者が千四百三十一名というような結果の資料をきのう初めていただきました。そういうおそれのある人がたくさんあるのですから、風向きや行動した範囲によって、そういう人もできるだけ範囲を広げてやって、法律の均衡上からいきましても――あとで時間があれば原則論、立法の趣旨論等につきましては議論してもよろしいのですが、行ったという者は範囲を拡大してもよろしい。その点は範囲を拡大していただくという建前で、このことはやっていただくという心がまえで今後の措置をいたしてもらいたい。これは政令改正の問題ですから、原爆の医療審議会等にもかけてもらいますけれども、そういう点を、要望いたしたいのですが、厚生大臣いかがですか。
○古井国務大臣 先ほど来お話を伺っておりまして、御趣意は大体のみ込めたように思うのでありますが、さっき局長が言っておりましたように今の運用でどこまでいけるものか、きかないのか、きかなければ運用ではだめですから、次の段階ということになるわけでありますから、運用ではどうしてもきかない、こういうことを練ってみまして、最後の結論を出していきたいと思います。運用できかければ、政令の問題とかもっと考えなければなりませんから、練ってみて検討をいたしたいと思います。
○大原分科員 大体御理解いただいたと思うのですが、もうちょっとくどいようですが、申し上げておきます。つまり二キロ以内についてはレントゲンを受けて、いろいろな体質や生活条件等において将来発病するかもしれない。そういう人については一応医療の補償をしよう、健康保険の残りは国が負担しようということになった。それでその以外については、そういう事情があるにもかかわらず、ケース・バイ・ケースでやるということになった。ケース・バイ・ケースということになると、幾ら運用をやりましても、そのときには被爆の影響、原爆の放射能の影響があるかないかということを判断しなければならない。そういうことになるとそれは幾ら言葉でありましても、お医者さんが判断する場合には、そうはっきりしないことについて自分が結論を出すことはできぬということになって、これは昭和三十二年の法律の認定、被爆の範疇に狭められてくる。そうするとせっかくの法律の趣旨が実情に即さぬということになるのではないかという点、やはり原爆に対する考え方、被爆に対する考え方の根本が私はここに現われてくると思いますけれども、そういう点については賢明な厚生大臣の御理解いただけると思いますので、鳥取県にお帰りになる途中で広島へお立ち寄りになって、実際に原爆病院を見て下さい。 それからもう一つ、この点は大臣も御了承になったようで、私もその点について早急に資料を集めて――これは時間をかけたって、原爆後十五年間たっているのです。それを今やろうというのですから、もう大体資料は出尽くしているのです。だから健康管理を要する人は治療補償の対象にする、そういうことによって初めて、原爆症とか原爆治療法とかいう国がやるべき責任の問題がその中から出てくると思う。これは当然国がやるべきだ、こういう昨年の原則を実情に即して拡大をしてもらいたい。その点を一つくどいようですが要請しておきます。 それからもう一つ問題は、広島市の統計その他にもあるのですが、原爆被爆者の中の実態調査をいたしてみますと、広島には失対労働者が約七千名おります。やはり広島といたしましては、軍都であったというようなこともありまして、人数は多いのです。比率からいいましたら、日本で最も多い比率です。それはもちろん原爆でやられたといって、いわゆる稼働能力のなくなった人がやっているという点もあるわけですが、それを市が調査いたしましたら、生活保護を受けている人が大体三割、それからボーダー・ラインすれすれの人が三割から四割、その他で、これは主たる家計の担当者ということになっております。それで原爆の被爆者で当然健康手帳なんかもらうべき者が半数に近いということです。広島としては、中央がぽかっとあいだがら外部の関係のない人がそこに入ってきて、原爆を受けた人は外へ出たとか、失対とか、そういうところへ沈澱しておるわけです。そこで、原爆病院へ入る、医大の病院へ入る、あるいは国立病院へ入るというふうに、病院へ入ろうと思いましたら、生活問題がある。そこでやはり生活保障という問題が出てくる。生活保護だけでは足らぬじゃないかという議論が出てくる。働き手が病院へ入っていきましたら、あとの者が生活できぬような問題が出る。だから原爆症でいてもとことんまで働いて、原爆症というふうに認定されたらもうだめだということになってしまう。こういう例は随所にあるわけです。それから医療補償というのが認定被爆者の四千名の人には約三制出ております。私どもはその範囲を全部――医療手当というのは、二千円ですから全額を多くして、拡大すべきだと思う。これは十割にやった方がいい。原爆病院に通う人は税金の対象にしないのですから、とにかく実費弁償という形で、交通費、栄養費その他を含めて実費弁償という形でやるべきだ、こういうふうに解釈しておりましたが、三割しか医療手当は支給していない。これを十割に拡大する問題が一つ。それからもう一つは、特別被爆者で、自分はどうも原爆症らしいと思って、見てもらいたいと思っても、一日休むと収入がない、そういう人々に対して、生活保護でなしに一定の基準を設けて所得補償をする、所得の援護をする、これは立法上いろいろな問題があると思うのですが、議論する必要があると思うのです。それは私どもの立場に立ちましても、社会保障制度が完備するまではそういう特別な措置を必要なところにおいては優先的にとっていく。原則から考えてそういう二つの点、医療手当の二千円の金額を拡大する問題と、それから制限をして三割しか出していないのを四千円にまで拡大する、それからもう一つは、特別被爆者であっても、治療は受けなければならぬ、しかも生活保護は受けていないけれども、やはり治療を受けることは大へんだ、こういう人に対して生活保障をする、こういうことをやるべきではないか。私どもは八億円の追加予算の範囲に含めて最小限度いろいろ案を立てておりますが、原則的に政府のお考えはいかがでしょうか。
○尾村政府委員 第一点の医療手当に今は所得制限を加えておりますが、それを撤廃して、認定患者に全部、それからその支給額もふやせ、こういうお話でございますが、実はこの医療手当は、原爆医療法を昨年ああいうふうに治療を要するものとして拡大しまして、その中において、いわゆる医療を完全にするための医療に随伴するものをやらないと医療そのものに少し欠けるところがある。いわゆる医学的医療ということと雑費とか直接医療に伴う――医療給付の中には入っていないが、いわゆる医療に必要な経費という意味で実はこれを組んだわけでございます。従ってその額も大体そういうものを積算いたしますと二千円程度、いわゆる残った家計の保護とか、そういうものは一切無関係で、直接医療継続の費用、こういうことで額もその程度を最高にしたわけでございます。またそういう工合でございますので、資力のある者は、いわゆる医療に直接する雑費等は、これは補償とか賠償というような観念を入れない限りは、そういうものはあるであろう、従って所得税を納められないような階層では、それが事欠くと、せっかくの国費でやる医療給付がむだになる、非常なロスが出る、こういう意味でやったものでございますので、所得制限を二千円という一つの額をきめたわけでございます。従ってこれを拡大してやるとなりますと、どうしても別な観点からやらなければならぬ、いわゆる生活保護法による所得補償の問題をやはり考えていくようなことで基準をずっと上げていくか、特別基準でいくという思想でいくか、あるいはこの被爆者は、現在貧富の差なしに国家で責任を負うという、いわゆる被害に対する補償的な考えを導入いたしませんと、相当満足な、もっと大きな額で、しかも全員にやるということは非常にむずかしいではないかと考えておるわけでございます。従って別な観点から相当検討しなければいかぬ、こう思っております。 第二点は、やはりそれと同じ趣旨ではないかと思いまして、やはり被爆手帳を持っている者が健康診断を受けに行くので休む、休むと生計の方が困る、だからこの所得を補償しようということでございますと、やはり医療法的な形の中でやるのは非常に困難ではないか。ただ唯一、健康保険なんかでございますと、傷病手当金というのがございますが、これはふだんから積んだ金も入れまして、日当にかかわる六割をやるというような全然別な思想でございますから、これを直ちに国費でやっている中に、基本的などういう趣旨だということを入れないで、ただまねをするわけにもいかない、やはり賠償的な問題があるいは国がこの対象者に対しては特別な基準による所得補償、援護という思想を打ち出さないと、今まで私ども扱ってきました原爆医療法の中で解決するということはごくごくの補足しかできないのではないかという感じがいたします。
○大原分科員 局長は事務当局の答弁として今問題点を出されたのでいいわけですが、政治的に考えて大臣どうですか。原爆の被爆者に対しては、他にいわゆる援護、特別補償の措置があるわけですけれども、やはり原爆の被爆者には国としては当然そういう措置をとってよいのじゃないですか。これは政治的な問題ですが、大臣いかがすか。
○古井国務大臣 ただいまの点は、これはなおいろいろ考えてみなきゃならぬ点があるように思うのであります。研究は十分いたしますが、いろいろ問題点があるような気もしますので、これから十分研究いたしたいと思います。
○大原分科員 どういう問題があるのですか。
○古井国務大臣 原爆という特殊な関係のことではございますけれども、しかし同じとは申しませんけれども、一般戦災者の問題等もあると思うのであります。事情はいろいろありましょうけれども、いろいろこれは研究した上結論を出すべきものだと思いますので、すぐどうとは申し上げかねますが、十分研究いたしましょう。
○大原分科員 簡単にお答えいただきたいのですが、援護局長見えていますか。――今までいろいろなケースがあると思いますが、そういういわゆる国家援護、国家補償、そういう特別補償の場合をちょっと簡単にあげていただきたい。
○畠中政府委員 戦争犠牲者に対する援護といたしましては、まず第一に戦傷病者戦歿者遺族等援護法というのがございまして、これは戦傷病者、戦歿者等の恩給が占領軍の指令によってストップされましたときにできたものでありまして、従いましてこの対象になる者は軍人軍属が主でございます。これは軍人軍属の、国家との特別な身分関係にあります者が、原則として公務上の疾病あるいはそれに基づく死亡による遺族あるいは傷痍軍人に対する援護でございます。しかしながらその後改正がございまして準軍属というのがこの中に入りましたが、これはたとえば国民義勇隊の隊員とかあるいは動員学徒、徴用工等でございまして、この中には原爆による障害者または死亡者が入っているわけでございます。この立法の趣旨と申しますのは、これは軍人軍属のように国家との特別の身分関係はございませんが、総動員法その他によりますところの、国家の特別の権力関係にあった、そして業務上戦時災害にかかったということで準軍属といたしまして援護法の対象にしておるわけでございます。 それが大体援護法でございますが、そのほかに引揚者給付金等支給法という法律がございまして、一定の引揚者に対しまして給付金を支給しております。この法律は、在外財産問題審議会というようなものができまして、そこで引揚者の在外財産の問題につきましていろいろ審議が行なわれましたが、在外財産に対しましては条約上あるいは憲法上国の責任があるかどうかということについては結論が出なかったのでございます。その際にそういうことは別に法律的義務に基づかないで引揚者に対しては何らかの政策的な措置を講ずることがよい。そしてその一つといたしまして、引揚者に引揚者給付金を支給するという法律ができたのでございます。この理由は、引揚者が海外におきます全生活の基盤を失って帰ってきたというので、これに対して給付金を支給して援護をする、こういうのでございまして、厚生省で行なっております戦争犠牲者に対しますところの援護としては、大体さようなものがあるのでございます。
○大原分科員 昨年の社会労働委員会で、藤山外務大臣と条約局長に出てもらいまして、いろいろ質疑応答をいたしました。その骨子は、ここで蒸し返しませんけれども、原爆を広島、長崎に対して戦争中アメリカが投下した行為は、純粋に法律的に考えてみて、これは戦時国際法規に違反をする、その点については、そういう実定法はないけれども、まあ実定法と同じような意味における類推適用ができる、こういう討論の結果の結論です。これは毒ガス以上だし、その被害というものは今日まであるのですから、こんなむちゃなことはないわけで、これは国際法違反です。これは戦勝国であれ、戦敗国であれ、そういう国際法違反の武器を使ってやった国に対しましては、賠償請求ができるわけです。当然これは他の問題と一緒に提起さるべきものだ。サンフランシスコ条約で日本が放棄しておるという議論もありましたが、これについては基本的な議論はあるが、百歩譲ってそれを認めるにしても、放棄したのは国であるから、それは法律上からいったって、特別立法を立てて、そして全財産と、その他家族や自分のからだを虫ばまれて、造血機能、生殖機能というようなものまでも影響を及ぼされるような被害を受けたものは、当然国が補償すべきじゃないか、人道からいっても当然じゃないか、こういう議論で、外務大臣は、その通りだ、その通りに従って努力をすると言っておりましたが、安保国会でついにおやめになりましたけれども、まあ言いっぱなしということはないはずなので、私はこの問題が解決しなければ、この問題を――局長もそういう観点から別の観点の政治的な問題だというお話でありますが、私は人垣しから考えても、そういう政策的に考えてみましても、政治的に考えましても、やはり生活援護という問題については、たとえば原爆病院に入りまして葬式料がないというような人がたくさんおる。生活保護にたよるわけですけれども、それじゃとてもじゃない、少ないです。だから、葬式料を考えて弔慰金というものを考えてみたって、予算の関係で時点を限るということもあるでしょうけれども、私はあると思う。そういうことや、あるいは治療のためには生活上の、たとえば傷病手当程度とか、あるいは免税点に達しないというような所得の人等に対しては、そういう日当や所得の補償をするというようなことは、これらの特殊立法の観点から考えても、政治的に考えてみても、私は当然やるべきじゃないかと思う。池田総理大臣なんか、おそらくこういう意味のことを私は言われたのだと思う。そういう意味のことを言って帰られたのだと私は思う。私は閣議においても古井厚生大臣がそういう観点に立って今後もそういう点を主張され、そしてこういう点を根本的に検討していただきたい、こういうことを御要請申し上げますけれども、大臣としての御所信のほどを一つお伺いしたい。
○古井国務大臣 ただいまの点は、先ほども申し上げましたようなわけで、大原さんがお話しになっておる御趣旨はよくわかるのであります。それからまたこれは特殊な問題であるということもわかるのであります。ただしかし、おっしゃるような方法をとるかとらぬかは、さっきも申しましたように、まだ少し研究してみたい点がありますので、これは事情は違いましょうけれども、たとえば戦闘員でない一般の国民を爆撃した、被害を与えた、家を焼いたのみならず、人命まで奪ったり、かたわにしてしまった。手段は原爆のように戦時国際法で禁止せられているものでないにしても、しかし非戦闘員を無差別に殺傷したというようなことはやはり許されないことだと思うのでありますが、そういうことの被害者もおるわけであります。事情が同じと申すのじゃありません。そういうこともありますから、やはりこの問題はお話の趣旨がわからぬじゃありませんが、そういうことで検討してみたい点もありますので、ここで右とか左とかは結論を申し上げかねますが、研究させていただく問題にしておいていただきたいと思うのであります。
○大原分科員 それは研究をするということなんですが、私の言う意味はもうちょっとはっきりいたしております。たとえば公衆衛生局長の話のように三十万人ほどなくなったんです。だから私はそのなくなった人についても遺族の補償等を考えてやってもらいたいと思うんですよ。思うんですが、原爆を受けて今生きて苦しんでおる人、だから少なくとも昭和三十二年の医療法を制定した当時から原爆症であるとはっきり国家が認定した人でなくなった人、そういう人に対する弔慰金、葬式料、そういうふうな問題は現在生きている人の問題だ。戦争の犠牲によって損害を受けているのだ。そういう人に対して所得補償をするというような考えでやるというようなこともあり得る。引揚者の援護、その他全般的に戦争中の跡始末をやっているわけです。そういうふうに内容を進めていって限定していきますると、私はこれを拒否する理由はないと思うんです。内容を具体的に申し上げましたけれども、そういう面から藤山外務大臣は閣議において大いに主張するというようなことを言っておられました。あれは外務大臣が外交辞令で言ったのかもしれません。とにかく厚生大臣、今私が申し上げたことを一つ十分御検討いただきたいと思いますが、いかがですか。
○古井国務大臣 おっしゃることは否定しておるのじゃありません。いけないと申し上げておるのじゃありません。なお私としては考えてみなければならぬ点が残っておるように思いますので、否定しておるわけじゃありませんが、考え、検討して結論を出したいというふうに申し上げておるわけで、あなたのお話はよくわかるのであります。
○大原分科員 あとこれは公衆衛生局関係だけでなしに、その他のところに問題があります。たとえば文部省の広島、長崎の医大に対してベッドを作って、国として研究をする、そういう態勢をとるという問題で若干進んでおる問題のところがあります。それはまた別の機会に申し上げます。国の責任で治療を研究するということ、病気の原因や治療の影響の範囲を科学的に究明するということが被爆者に対して安心を与えるのです。これは一つです。それからやはり生活を補償するということが一つです。そのことをやはり国がやって、医療補償をしたならば、一応不満足ながらこの問題の全体の方策が立つわけです。だからそういう点を一つ。 それから援護局長にお願いしたいのですが、原爆でなくなったということは、その瞬間はともかくとしまして、なくなったということが当時においてはっきりしているという場合において、軍人軍属等で、動員で学徒がなくなりましても、これはなかなか査定しない。これは原爆かどうかわからぬぞということを言って、たな上げにして二年も三年も延ばしていくということになっている。こうなっているが、最近はそれについては研究も相当進んでいるのですから、公衆衛生局等が他の専門機関とも連絡をとられて、そういう査定事務等が促進するように、個々の場合は申し上げませんけれども、援護局長には特にこの機会に要請しておきます。 以上をもちまして終わります。
○北澤主査 午後二時まで休憩いたします。 午後一時五分休憩 ――――◇――――― 午後二時八分開議
○北澤主査 休憩前に引き続き、会議を開きます。 質疑を続行いたします。河野正君。
○河野(正)分科員 大臣御承知のように、過ぐる十九日には医師会の全国一斉休診が行なわれた。ところがその後いろいろ自民党は自民党なりの御努力を続けられておるようでございますし、大臣はこの点いろいろと御努力されつつあると思いますけれども、しかしなお今日解決の見通しが立たず、しかも日本医師会におきましては、いよいよあと四日後の五日には、さらに全国一斉に休診を行なう、こういう宣言もいたしておるようでございます。この一斉休診という問題が、いかに国民にとって医療を通じて大きな関心を呼び起こして参ったかということは大臣もすでに御承知の通りでございます。 そこで、まず本論に入る前に、この十九日行なわれました一斉休診の実態をごらんになりまして、どうお考えになっておりますか、その間の御所見をまず承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 十九日の一斉休診は、国民全体が不安を持っておるわけでありますから、何とか回避できないか、つまり一斉休診をしないようにできないものかということが第一の問題であったのでありますが、これは力及ばずそうはいきませんで、一斉休診になったというのは、第一段のかまえとしてはこれはまことに心残りであったわけです。二段のかまえとしては、もしそういうことが起こった場合に、どういう結果になって、国民にどういう迷惑をかけるか、国民に迷惑をかけたくないものだというので、私どもの方の手配もできるだけいたしますし、これも厚生省直接だけでなく、関係の方面がずいぶんよくやってくれました。それから医師会、歯科医師会も、にも耳を傾けてくれまして、やはり必要最小限度のことは、まあ全部が全部とは申しませんけれども、そこは言わず語らず考えてくれておったようでありました。全体論としてはどうやらこうやらひどい大きなことが起こるまでに至らずに済んだという、これはせめて幸いなことだと思うのであります。けれどもちょいちょいのことを見ますと、全然何にもなかったわけでもありません。これはそういう点やはり伴うこともありますもので、済んだものは済んだことといたしましても、これから先のことを考えます上に、大きにこれは参考の事実として考えなければならぬという点もあるのであります。けれども大筋はどうやらこうやらあの程度でありましたので、ほっと胸をなでおろした。こういうところが全体的なあれに対する見方であります。
○河野(正)分科員 十九日の一斉休診が行なわれました中で、ただいま大臣からも御答弁ございましたように、大した大きな問題は起こらずに、ほっと胸をなでおろしたというような御答弁もございました。もちろんそれには医師会の良識もございましたろうし、なおまた厚生省のあるいは適切な御指示もあったと思いますが、さればといって、再び医師会が宣言をいたしておりまする五日の一斉休診、この中で十九日の休診同様に何ら問題が起こらずに済んでくれればけっこうでありますけれども、あるいはまた重大な事態が起こってくる、事医療の問題でございますし、相手が生きもののことでございますから、そういう危険性もあるというふうに私は考えるわけでございます。もちろん大臣もそういう点を十分考慮に入れて、いろいろ御努力いただいておるとも思いまするけれども、十九日の一斉休診があのような事態で収拾をしたのでというような、安易な気持で五日の一これは実際五日に一斉休診が行なわれるかどうか、ここ二、三日の問題でございますので、断定的なことは言えませんけれども、今の医師会の方針としては、五日の一斉休診は実行していきたいというふうな強い意向のようでございますので、私は大臣がこの五日の一斉休診に、これは仮定の事実でございますけれども、一斉休診が行なわれるというふうな事態が起こってくるということが一応予想されますので、これに対してどういう御所信で臨もうとしておられますか。これは国民も非常に大きな関心を持っておることと思いますので、その辺の御所見を一つ承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 今度の五日の一斉休診も避けることができないものだろうかということを含めて、党の三役もああしてやっておるわけでありますが、どうも五日の一斉休診というのは、きょうのこの瞬間の状況では取りやめにはならぬように思うのであります。そこで心を痛めておるのでありますが、ただしかし、五日のがどういう形になるか、この点は、医師会の方もそこは良識があるわけでありますから、世論にも耳を傾けて、きょうの計画では市町村単位の集会を開くというようなことが基本になっているように思うのであります。そういたしますと、市は大きなのもありますけれども、町村などになりますと、まあ急患があればそこに呼びに行けば帰れぬわけでもないということかもしれませんし、まあその辺は医師会の方もだいぶ考えておやりになっておるようであります。 それから日曜は休むのだというふうな格好に持っていきたいというような、闘争ということでなしに、そういう考え方も幾らか出ておるようでもありますから、えらい度はずれたこともお考えにならぬだろうとは思いますけれども、何ぼ厚生省がけしからん、憎いといったからといって、国民に迷惑をかけることは困るのでありまして、われわれが痛められるのはちっともかまいませんけれども、国民が痛められるのはちょっと困るのであります。理由、原因、状況がどうでありましょうとも、国民には迷惑をかけないようにしたいということで、状況の判断をしつつ、迷惑をかけぬようにという具体的な対策を今練っておるところでありまして、またあまり大ぎょうに、大っぴらにそう言いましても、災際問題として迷惑をかけぬようにしなければいけない、そこが大事なところでありますから、そこの手配を最小限度遺漏なしにしたい、こういうことで今考えておるところでございまして、御迷惑をかけぬようにしたいと思うのであります。
○河野(正)分科員 この一斉休診が、今大臣からの御答弁にもございましたが、一斉休診のために厚生省当局が痛めつけられる、そういう点はやむを得ぬけれども、国民が痛めつけられることについては一つ十分考えて参りたい、こういう御意向のようでございます。ところが医師会側の立場から言わせますと、一斉休診は必ずしも国民に迷惑をかけるということではなくて、適正医療、国民の正しい医療を守ってこうという医師の立場にも、一斉休診というものは非常に迷惑なことだというような考え方も私は伏在しておろうかと考えます。そこで一斉休診が行なわれると、その迷惑というのは国民だけだということでなくて、医師会の方にも多分に精神的な苦痛もかかっておると考えます。従って五日の休診、これが医療問題が円満に解決をして――医師会の立場から言わせると、これは権利闘争だから、日曜を休むという権利を守っていく一つの実力行使であるので、別に政治的なからみ合わせはないのだという意向もありますから、あるいは避けられるかと思いますけれども、しかしそういう医師会あるいは国民の立場を十分御尊重願って、ことに保険医療の中の大きな比重というものは被保険者、国民、さらにそれを担当いたします医師、そういう二つの面に非常に大きくかかっておるわけですから、そういう二つの立場というものを十分尊重して、一つさらに格段の努力というものをお願い申し上げたいと考えております。 それから大臣も御承知のように、この医療費問題がだんだん紛糾を重ねて参りました。そこで日医としては、実は本日保険医の総辞退をしたい、当初そういう意向のようでございました。それがたまたま話し合いの過程の中から、一応三日まで延期しよう、現在どれだけ保険医が辞退届けを提出すべく準備しておるかわかりませんけれども、日医に言わせますと、九割以上の保険医の辞退届けを取りまとめたという発表もあるようでございます。ところが御承知のように本年の三月で一応国民皆保険が形式的には達成されるわけです。ところが、一方においては保険医が総辞退するというようなことがありますと、まことに残念ではありますけれども、保険医療というものは麻挿せざるを得ない。それこそ政府が主張いたしておりまする国民皆保険の制度にも逆行する結果になりますね。形式的には達成されるにかかわらず、中身がなくなってしまうわけですから、従って制度上は逆行するという立場をとるような結果になってしまう。そこで私は今政府がいっております国民皆保険制度の建前からも、この保険医の総辞退というものはきわめて重大な問題だと思う。国民感情ではなくて、制度の上からはきわめて重大な問題だと思う。そういう点に対しまして大臣がどのようにお考えになっておりますか、その間の御所信を承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 午前中の御論議にもありましたように、国民皆保険という医療の社会化と堂森さんがおっしゃったのですけれども、そういう体制をずっとしいていったという一面と、それとマッチしないような現実とがここにあるわけであります。たとえば医療機関をすっかり公的なものに整備して、普及して、でき上がったあとの医療皆保険ならこういう食い違いも起こらぬわけでありますけれども、国民皆保険という体制はずっとやってきたけれども、ほかの方が食い違っておる。相当大きな部分が自由診療の立場に立つ開業医の人の分野になり、これに待たなければ医療が成り立たないという現状がここにあるわけなのであります。そこでいわばこの食い違いというものが出てきてしまったというような点があると思うのであります。片方は急ぎ過ぎてしまった、片方は合わぬ点がある、こういう点がどうもあるように思うのであります。しかしきょうの段階では、医療機関、医療担当者にしましても、どうしても大きな部分を開業医という立場の人に待たなければならぬのですから、これはうまく調和点を発見して円滑にいくようにしなければ、食い違いをほっておいたらいつまでも同じことが反復されるじゃないか。問題はきょうの問題だけでなしに、相当長い間のわれわれの悩みの一点だろうと思うのであります。やはりここはきょうの問題とあすの問題を考えつつやっていかなければならぬと思いますが、今度の五日の問題になりますと、世論の動きもございますし、ドアははずれまいけれども、最小限度のことは考えねばならぬというので、今考えているところでありまして、御迷惑をかけぬようにやっていかねばならぬ。これはわれわれの責任だと思っておりますが、ここらは御迷惑をかけずに乗り切れるのではないか、乗り切れると申しますと、きょうこれを言うのは言い過ぎで、あとになってからでないといけないかもしれませんが、乗り切れるような手配だけはしておく。しかしどうも五日は避けにくいのではないか、これを心配しておるのが現状であります。
○河野(正)分科員 五日の一斉休診は避けがたいのではないか、それについては先ほど申し上げますように、一つの権利を守っていくのだ、日曜一日休むのだ、そういう意思のもとで行なわれる一斉休診だという性格もございますので、その点はあるいは避けがたいかもしれませんが、ただ問題は、先ほど御指摘申し上げましたいわゆる保険医総辞退、この点に対して大臣はこれを防ぎ得る御自信がありゃいなや、御自信のほどを承りたいと思います。
○古井国務大臣 保険医総辞退というところがまた、いわば一番痛いところと言っては言葉が悪いですけれども、大きな点であります。それでかりに総辞退を決行したらどういうことになるだろうと想像をしてみると、病気になるなと言ったところで、またなるやつが悪いと言ったところで、病気になる人はなるのです。そうすると、やはり一番便利なところにかつぎ込む、かけ込むほかはない。その場合、医療をしないわけにいかぬ。これはどうしたってお医者さんもほうっておくわけにいきません。少なくとも医療はする。そこまではどうしてもこれはいくと思うのです。そこで医療をするときに、私は保険をいたしませんから、自由診療ということで一つ金を払って下さいということになるかならぬか、なったとして患者側の方が承知するかどうか、こういうめんどうな問題になると思うのであります。そこでお医者さんとしては、そんなら命を助けるか助けないか、助けて下さいと言っているのに、金を払わなければ助けないぞともなかなか言えないだろうと思うのです。診療しなければならぬということになるのではないだろうか。金をだれが払ってくれるかということになってしまうのではないだろうか。そこでいわゆる保険医総辞退という問題はもろ刃の剣で、お医者さんもやっかいなことになってしまう。実にむずかしい問題になってくると思うのであります。それでは金を持ってくるか、持ってこないからしませんとは言えないと私は思うので、めんどうがそれだけ起こってしまうと思う。それならけっこうですと言えませんから、なかなかこれは医師会の方もほんとうに踏み切ってそこまでやられるには、よほど考えてやられるだろうと私は思うのです。そういうことにもなりますし、また国民の方でも、自分で金を持っていかなければやってもらえないということになったのでは困りますから、そこらの辺があるということを認識しますれば、やはりお互いに話し合ってみると、そうむちゃくちゃなことにもなりますまいから、ただ法律の正面で割り切るのではなしに、実際的に考えまして、まだ辞退届けを出しているわけではありませんし、出しましたところで一カ月はあります。その間に何とかいい結果を得るように、実際問題で一つこれは乗り切れぬものかと第一段にこれを今考えているところでありまして、とばっちりが妙なところにいってしまっては困るのですから、そのことはお医者さんもよくわかっていると思うのです。言い分を通すために関係のない第三者、いわば国民の側に向かっていくということがありましても、持っていき方が度を越しますと、困られるでしょうし、そこはやはり何とか実際的に時間もかけて乗り切るようにやっていきたいと思いますので、きょうかっきりやってみないで、成算があるとかないとかいう大きなことを言うわけにはいきません。そういうことでやってみて、あとでいけたか、いけなかったか御批判を請う、しかられないようにしたい、こういうふうに考えておるわけであります。
○河野(正)分科員 いろいろ大臣からつぶさなお答えをいただいたわけでございますが、今大臣のお言葉の中にもございましたように、なるほど診療を受けるという一つの機会がくれば、大臣の仰せの通りになると思う。ところが世の中にはいろいろの考え方の人がたくさんおりますから、そこまでいかぬで非常に不幸な事態が生まれてくる場合もあるわけです。それこそ今までは病気になったら健康保険証を持っていって受診をしていた。ところがそれは受けつけられぬということになりますと、金を持っていかなければならぬだろう。ところが持ち合わせの金がない。そこでちゅうちょをして、そのために不幸な生命上の転帰をとらなければならぬ。そういう一つの場面というものもやはり予測されるわけです。いずれにいたしましても、これは医療の上で非常に大きな困難が出てくるわけです。この点は文句なしに認めざるを得ない。さればといって、今度は医師会側に言わせると、この保険医を総辞退するという心境に置かれたということは、これは今まで長い年月胸の中にうっせきしたいろいろな要素に基づいて、そういう心境にだんだんなってきた。よくよくのことだと思うのです。そこでそういうよくよくな立場に追い込まれております保険医総辞退、こういう問題を解決するためには、やはりある程度医療担当者の意思を尊重せざるを得ないのではないかというふうに、私どもは常識的に考えるわけです。最後のきめ手である保険医総辞退というのですから、なまはんかなことでそういう方針が中止されるとかいうことは、ちょっと常識的に考えられぬわけです。従ってそのためには相当の厚生大臣の英断というものがなければ、今までのように既定方針だ、既定方針だというような形では、総辞退を拾収するということはなかなか困難じゃないかというふうに私は考えるわけです。従って大臣は、今成算があるかないかということはやってみなければわからぬということで、結果的にそういう判断をしたいということでございますけれども、私どもは、ぜひ成算ありという方向で努力を願わなければならぬというふうに考えるわけです。 そこでそういう保険医総辞退あるいは一斉休診というような問題を含んででございますけれども、今日そういう当面の事態を回避するために、自民党首脳部と医師会との間でいろいろと折衝が続けられておるわけです。これは午前中の質疑の中に出て参りました。私は、あの質疑を承りましても十分納得がいかなかったわけでございますけれども、そういう当面する事態を回避するために、いろいろ話し合いが行われる。もしそこで妥結したといたしますならば、それは今度は行政の上においてそのままそっくり実行されなければならぬわけですね。これは舞台裏の政治的な場においては妥結をしたとしても、実際には行政の運用の中で解決しなければならぬ問題であります。たとえば医療費の引き上げの問題についても当然予算が伴いますし、制限治療の撤廃でも当然予算が伴います。そこで当然行政上こういう問題が解決されなければならぬ。ところが今私が申し上げましたように、一方の楽屋裏においては、いろいろ自民党の幹部の方と折衝を行なわれておる。そうしますと、もしそこで解決したとするならば、それが行政の上でも実行されなければならぬ。もしそういう行政の上で実行されぬということになると、今日日本医師会が長い間厚生省にだまされ続けてきた、そういう感情的な問題が、はやはり医療問題を通じて爆発的に起こっていくといたしますならば、きわめて重要な問題だと思うのです。ところがそういう自民党の首脳者会談の中に厚生大臣も入っておられぬ、あるいはまた当然予算が伴う問題でございますから、大蔵省の意見というものも私は非常に大きな影響を持つと思いますけれども、大蔵当局も入っておられぬ。そういう中で実際この問題を解決するめどを見つけ得る一つの確信があるかどうか、その辺の所見を一つ大臣から承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 今もお話しのように、また午前中もお話しのように、党の三役を中心にして医師会、歯科医師会と会談、折衝を続けておるのでありますが、いずれは次には行政段階にくるのであります。政府の行政の段階にこなければ最後的には解決つかぬのでありますから、どうせくるのであります。そこで少し理屈が過ぎるようなことでありますけれども、私の方の立場は筋を通したいということが基本でございまして、それは何かといえば、つまり医療費の問題は医療協議会という場において論ずる、こういうことに持っていきたい。そこで話し合いをし、議論をし、きめるのだということで、関係者が納得する姿できめるという方式に何とか持っていきたい、こう思うのであります。その考え方は、前々私は申しておることでありますし、きょうでも同じ考え方を持っております。行政段階にいきますれば、やはり医療協議会というものの場において論ずる。いわば家の外でなしに、家の中で話し合って論ずる、こういう姿に持ってこなければだめだと思うのです。行政段階においてはそういうふうに私はぜひ持っていきたいと思うのです。きょうの党のいろいろな尽力もこの基本の線で、家の中で話し合って最後にはものをきめるのだという基本の線はずっと貫いてくれていると私は思うのであります。ですから、医師会にも入って下さいよというこの苦心をしておるのだと思うのです。そこにどうしてもきて、軌道に乗って行政段階で処理しなければ、同じことの繰り返しに後日なる。こう思いますので、行政段階では私はそう相変わらず思っておるのであります。そこに結局こさせる。同時にお話しのように大蔵省なども大きな、私以上の関係を持つものでありますから――医療費を引き上げる。その引き上げた医療費をだれが負担するのか。一つには患者負担も国保ならありましょう。あるいは健保でも家族の患者負担がありましょう。患者負担でもつらいのです。しかしきょうの制度は半分は患者負担になっているという建前をとるならば、これは泣いてもらわなければならぬ、がまんしてもらわなければならぬ。けれども今度その患者負担でない部分を負担する保険団体があるのなら負担をする力がある、国保なら保険税を増徴できるか、これは非常にむずかしい問題になります。国民年金もしなければならぬ。また国保の医療費が上がったから保険料も増徴しなければ大へんなことに私はなると思うんです。そうすると国が見なければならぬという問題に、どうしたってこれは政治的に一つの問題になりますよ。保険税が増徴できるかどうかとてもやっかいな問題になります。そうすると増徴しないようにするには国が持たなければならない。当然持つべきもののほかにそういう問題も起こってきます。そこで行政段階におきまして私どもも汗をかきますし、多分私ども以上に大蔵省は汗をかきますよ。そういう問題も起きますが、しかしどうしてもこれは筋道の立つようにしてやっていきたい。そこはまた実際的に大きな方角は違っておりませんから、過去が過去ですから、はずれてしまっておった車を軌道に乗せようというのですから、それは私ども、もうがまんのできるところはゆとりを持って考えて、がまんのできる犠牲は払わなければなりませんですよ。過去がこうきているんですから、できそこないでそれを軌道に乗せようというんですから、忍べる犠牲は軌道に乗せるためには払いたいと思います。しかし目標は軌道に乗せる、これを考えていきますから、そこに大きな筋道の狂いが起こらないようにいかさなければならないし、またいけるだろうと私は思う。
○河野(正)分科員 大臣がいろいろ御答弁されました行政上の立場からの御答弁はわかるわけです。ところが、現実に今日行なわれている話し合いというのは、行政とは無関係に自民党の中で行なわれているわけですね。そこで大臣は、軌道に乗せる、軌道に乗せるとおっしゃるが、それは政治の談義と行政上の考え方が一致すれば問題なく軌道に乗るわけですね。ところが現在行なわれているところでは、現実の問題としては、そういう行政上の問題とは別個に政治談義というものが行なわれている。大臣は今日までしばしば社会労働委員会においても、この問題については中央医療協議会で十分意見の尊重をして、そうして最終的な腹をきめたい、こういうことなんだ。ところが現実に今日行なわれている話し行いというものは自民党の首脳者間で行なわれている。しかもその首脳者というのは何も中央医療協議会の意見を尊重するという立場をとっておらぬですね。どうせ自民党は自民党指導者としての考え方でこの問題を解決していこう、そうしてそこでまとまった一つの案を行政上の軌道に乗せていく、こういうふうに私どもは第三者としては判断せざるを得ぬのです。そこに私は非常に大きな問題があると思うんですよ。それから行政上の問題として大臣のおっしゃることは一応筋が通っておると思います。ところが実際全般的に今日起きつつあるいろいろな話の進め方を総合すると、そこに非常に矛盾した面が出てきておるわけですね。もしそういうような矛盾のために一応政治談義としては解決する、日本医師会長、歯科医師会長、党の三役との間に政治談義としては解決する。それが今度は行政上の一つのレールに乗らぬというような事態が起こってきた場合には、これは大へんな問題だと思うんです。ところが今の段階では、どうもこれは私どもがながめた場合には、やっぱりそういうような一つの危険性があるのじゃないか。そうしますると、今日までも、先日の参考人に意見を聞いた場合でも、今まで日本医師会は厚生省にだまされ続けてきた、これがうっせきしたのだというような意見の開陳もございました。それこそ今度の問題で失敗するならば、私は今まで以上の大きな問題が起こってくると思うんです。せっかく大臣は保険医総辞退を何とかして回避したい、一斉休診を回避したいとお考えでございますけれども、現実の問題としては、もっともっとそれ以上の重大事態が生まれてくるのじゃないか、そういう可能性がございます。そういう点に対して午前中もずいぶんこの点がすっきりせずに質疑を重ねて参りましたが、いかがでございましょうか。
○古井国務大臣 それでさっきも申しますように、党の方のあっせん尽力も、要するに医療協議会に出てこい、出てきて下さいよということが基本になっておるわけであります。つまり私の言います医療協議会というものの場において医療費の問題はすべて論じようではないか、この基本線をもとにして話をしておるのであります。それでほかの場においてきめちゃって医療協議会を無視するという行き方は、私は困るのであります。やっぱり医療協議会という家の中に入ってやるというところに将来こなければ、いつまでも外のやりとりになってしまう。そこは党の方の尽力あっせんも、医療協議会に出てきなさいよ、これが基本になっておるのであります。でありますから、これは私の前々考えたり申したりいたしておりますことの線を、実現するための、これは努力であると私は思うのであります。なぜあんなことまでしなければならぬのかということになりますと、これは今までの過去が過去であります。過去があれほどこじれてできそこないになっておる。これを軌道に乗せようというのだから、一通りや二通りでない苦心が要る。そういう苦心がああいう形において現われておるわけでありますから、つまりはずれておるやつをレールに乗せるための苦心がああいう格好で現われておるのですから、私は大筋としてはまことに同じ考えの、基本的な考えのもとに努力をしておるという姿であると思うのであります。御批判は党がそこまで乗り出さぬでもいいじゃないか、こういう点にあるだろうと思うのです。それは公式論からいうと政治のあり方の問題として御論議はありましょう。けれども、過去が過去です。この通りにこじれてできそこないになっているというものを軌道に乗せようという問題ですから、ここにいろいろな苦心も要るということも御了解願えるだろうと思うのであります。基本の行き道は一つも私は食い違いないと思っておるのであります。経過的に過去を軌道に乗せるための悩みの努力であると私は思っております。
○河野(正)分科員 今の大臣の御答弁を承りますと、またもう一つの疑問にぶつかってくるわけです。なるほど医療協議会に臨ませるということが基本だ。そうだといたしますならば、私は今日まで大臣が社会労働委員会でもいろいろお話し願いました医療協議会の自主性、中立性というものが疑われるのじゃないかと思うのです。というのは、なるほど大臣が仰せられまするように、医療協議会に臨ませるということが基本だとおっしゃるが、ところが今現実に行なわれておる話し合いの中で、医療協議会に臨ませるということが基本だとおっしゃっておるけれども、それに対するいろいろな条件を出されているわけですね。たとえばきょうあたりの新聞を見て参りますると、この医師会の要望いたしまする単価引き上げ、あるいは制限治療の撤廃、健保法の改正、この中で制限治療の撤廃と健保法の改正についてはある程度了解点に達した、こういうふうな発表も行なわれておるわけですね。そうだといたしますると、医療協議会に臨むための条件が出されて、そうしてそういう条件をのむことによって医療協議会に臨んだということになるならば、私はこの医療協議会の自主性というものが疑われる。中立性というものがなくなるのじゃないか。ロボット的な医療協議会になりはせぬかというふうに考えるわけです。たとい舞台裏でいろいろな話し合いを進めて、そこで一応医療協議会に臨む態度が出てきても、実際の問題としてその医療協議会で、楽屋裏で話をした話し合い通りに審議の結果が出てくるか出てこぬかは疑問です。少なくとも中央医療協議会に自主性があり、あるいはまた中立性がある限りは疑問だと思う。大臣もなるほどあれやこれやと苦心の答弁をなさっておりますけれども、この筋道一つにいたしましても、今申し上げたように、私はさらにもう一つの疑問が出てくると考えるわけですが、大臣はその点について御疑問をお感じになりませんか。
○古井国務大臣 問題の大事なところに触れてお尋ねでありました。基本のあり方としては、医療協議会にということはいわば確定した行き方になっておるわけであります。これも過去においては、医療協議会などは無視して厚生大臣がやったらどうだと言わんばかりの御議論もありました。これは今日はおかげで解消しました。医療協議会の場にという考え方はもう大体不一致はなくなってきました。今日までの経過では、大きい見方からいうと、私は非常によくいっておると思っておるのです。そこで今度は医療協議会に出てもらう、こういう問題にだいぶせんじ詰まっておるのであります。そこで今お話しのように、ほかで取引しておいてというのでは医療協議会を無視することになるのではないかという問題にくるのであります。これはごもっとも千万です。それについて一つ考えていただきたいことは、さっきも申しましたように、こういうできそこないになっておった過去があるということです。これを軌道に乗せるという厄介な問題にぶつかっておるというこの事実を認識しておいていただきたい。公式論でいかない点がある。大きなはずれた車をどうして軌道に乗せるか、こういう問題に今日はぶつかっておるということを一つ御認識願いたい。同時にまた、そこで出ますいろいろな議論にいたしましても、後日行政段階になって医療協議会に臨むといたしましても、私の考えに合わないものではちょっと困ります。けれども、今日問題になっておる点は、私の考えから申しますと、私が従来問題にしておる点以外に出ていないと思っているのです。制限診療の問題にいたしましても、私は何とか保険医療のうちに自由診療的なもののよさを取り入れるか、生かす道はなかろうかということを問題にしておるのであります。これは従来から問題にしておるのであります。それからまた保険制度にも大きに問題がある、これも問題にしておるのであります。考えが違ったことじゃありませんで、問題にしている点を向こうでも御論議になっておる。この点では、かりに入る条件とかなんとかいうような意味に解釈されるにしても――そういう意味とばかり言ってしまうのは正しいかどうか知りませんけれども、そういう意味に解釈するにしても、事柄の筋道、方角として間違った問題は取り上げられておらぬ、大いに検討しなければならぬ問題が取り上げられておる。こういう意味においては、実質論としてやはりわれわれも考えなければならぬ点であります。しからばといって、医療協議会を無視する気はございません。そこでも十分論議してもらわなければなりません。どういう形でそこにかつぎ出すか、いろいろ苦心の点もございましょう。論議すべき点だと私は思うのであります。そういう意味では、私は大きな矛盾もそれほど感じないでおるわけであります。世上いろいろ御論議はありますけれども、私としては今のような考えを持ちますので、非常に良心的に、困ったことになってしまったというようには今の状況を思っていないのであります。これが正直なところであります。
○河野(正)分科員 大臣は非常に楽観的なものの言い方をなさっておりますけれども、しかし私どもは第三者として、舞台裏でいろいろ政治的な取引きをなされ、そしてそういう条件のもとで中央医療協議会に臨んでいくということになると、中央医療協議会がロボット的存在である。全然自主性がない存在だという印象を強く持たざるを得ないわけです。たとえば今日までの状況を見てもわかるように、社会労働委員会でしばしば問題になりました甲乙二表の一本化、これは大臣はかわる大臣ごとに甲乙一本化いたしますと言っている。ところがそれぞれ腹のうちは違うわけです。甲乙二表の一本化であるけれども、日医の方は乙表を中心にして考えているが、厚生省の方は甲表を中心にして考えている。なるほど一本化はそれぞれ確認したけれども、具体的にどういう形で一本化するかということについては全然隔たりがあるのです。そこで、たとえば本日あたりの発表によりますと、こういう言葉が適切であるかどうかわかりませんが、楽屋裏の話し合いでは、制限診療の撤廃と申しますか緩和と申しますか、あるいはまた健保法の改正、こういう点についてはある程度了解点に達したということですけれども、しからば、たとえば制限診療を大幅に撤廃、緩和いたしますならば、これは財政上非常に大きな負担が伴ってくるわけです。そこで私は一つの壁にぶつかってくると思うのです。あるいは健保法の改正にいたしましても、これは保険者団体がありますから、楽屋裏で医師会、歯科医師会あるいはまた党の首脳間で行なわれた取りきめ、そういうことで簡単にできるというようには私どもは実は考えられないわけです。すでに御承知のように、新聞でも書いておりますように、この医療費値上げについては国保の中央会あるいは健保連合会、こういう保険者団体が、政治取引は絶対やめてもらいたい、あくまで中央医療協議会で決定してもらいたい、こういう形の強硬な申し入れを自民党に行なっている。ですから保険者団体の方では、おそらく中央医療協議会でまたそれなりの結論が出てくるのではないかという見通しを立てていると思うのです。こういういろいろな見方がございますから、さっき大臣がおっしゃいますような、中央医療協議会に臨んでさえもらえば即解決するのだというような考え方は少々甘い見通しじゃないか。もしそうなるのだという御確信を持っておられるならば、むしろ中央医療協議会の自主性というものを疑わざるを得ない。こういうように私は第三者として考えざるを得ないわけです。そこで、その点に対する論議を繰り返しても話は進展いたしませんが、今私が申し上げました、たとえば健保法の改正にいたしましても、あるいはまた了解点に達したといわれております制限診療緩和の問題にいたしましても、それぞれ財政上の問題等も伴って参りますから非常に大きな壁にぶつかるであろう。さっき申し上げましたように保険者団体からも強硬な意見が自民党に述べられている。そこで、一方の日医あるいは歯科医師会との話し合いがある程度まとまりかけますと、一方において今私がいろいろ指摘申し上げました保険者団体の強い意向が出てくる。悪く申しますと、政府が腹背に敵を受けたような格好で、あっちから押され、こっちから押されというふうな格好で、この問題というものがまた一つの大きな壁にぶつかるのではなかろうかというような感じもするわけです。もしそうだとすれば、やはりここでもう一度よく考えていただかぬと、今の医療問題に対してさらに火を注ぐというふうな結果が生まれてくるのではなかろうかというような危惧もありまするので、そういういろいろな私の指摘申し上げましたような事実に対しまする大臣の御所見のほどを承っておきたい。
○古井国務大臣 まことに適切な核心に触れたお尋ねでありまして、そのような諸問題と取り組んで処理しなければならぬのであります。階段を一段々々汗をかいていくよりほか仕方ありません。私思いますのに、制限診療のことがたまたま医師会で問題になっておるかもしれぬけれども、ここには考えなければならぬ大きな問題がある。また保険の各自団体各制度を全体的に合理的に考えるという問題も考えなければならぬ。これは問題としてよい問題だ。これが提供されておるということは、だれが出そうが、日本国民の医療の進歩のために、私は歓迎すべきだと思う。たとえば医療のいろいろな各制度を全体的に統合的に考える問題にしましても、それはおっしゃるように、土方からまた議論が出ましょう。出ましょうけれども、自民党の三役がその問題を考えてみようというのは非常な進歩ではございませんか。これは非常によいことだと思う。大きく考えまして方角がはずれますことは困りますけれども、進む方向に行きますものならば、たやすくいく話ではございませんけれども、いい方向に行くなら、大汗をかいても、一段々々階段を上って行くという行き方で、しょせんはよい医療制度を実現するということにいった方が、やはり私はいいと思うのであります。いろいろな紆余曲折や経過はございましても、要するに問題は簡単で、国民のためのよい医療が実現できるかどうか、そこに道があるかどうかということを目安に考えて、右へ行ったり左へ行っても、進むならば私は満足であります。そういうふうに考えております。
○河野(正)分科員 大臣が御説のように一歩々々前進するというような御確信はけっこうでございますけれども、どうも私どもは少し思い過ごしているかもしれませんが、あれやこれや考えて参りますと、一歩行くとつまずき、また一歩行けばつまずく、そういう経緯をたどるのではなかろうか、そういう危惧の念が強くいたすわけです。そこで午前中も若干の御指摘がございましたが、今私がいろいろ御指摘申し上げましたような、そういう一つの事態というものを十分御尊重いただいて、そして円満に解決するようにさらに格段の努力をしていただきいたと考えております。 それからいろいろ先ほどからお話がありましたように、楽屋裏で話がされて、一番大きな壁にぶつかっておりますのは、単価引き上げの問題であるかのように仄聞をいたしておるわけでございます。私は若干その点に対していろいろ具体的な事実を申し述べて、御参考に供しますと同時に、強い認識をいただいて、そういう認識のもとに一つ今後の解決のための努力をお願いしたい、かように考えるわけでございます。その一つは、たとえば今度行なわれました十九日の一斉休診、あるいはまた近く予想されまする五日の休診、こういう問題が起こって参りますと、政府も非常に苦慮されるというか、あわてられるという言葉は適切かどうかわかりませんが、いずれにいたしましても、何とかして総辞退の解決に当たらなければならぬということでいろいろ努力されるのでありますが、しかし単に一つのそういう実力行使――この言葉が適切であるかどうかわかりませんけれども、一応実力行使と申し上げます。そういう実力行使が行なわれると、世間でも非常に関心を持つし、さらに政府でも強い関心を持たれるのでございますけれども、私どもはもっと重大な点が見落されておるのではないかというような感じを持つわけです。それはどういう点かと申しますと、今日のような医療制度のもと、武見会長は医療政策というような言葉をこの席で使われておるのでありますが、医師会というものは医療費が安い、厚生省の方ではかなりの収入がある、これはどこを根拠にとって示されたのかわかりませんけれども、一応今日の開業医の経営実態というものの発表を行なっておられるようでございます。そういう数字も出ておるようでございますけれども、医師が保険医も辞退しなければならぬと思い詰めるような立場に追い込まれるまでのいろいろな精神的な苦痛、不満、そういうものがだんだん自分の胸の中にうっせきをして、そのこと自体が国民医療に対しまする意欲をだんだん喪失せしめる。休診というように表に旗じるしを掲げてやっておりますけれども、むしろ私はそういう目に見えない形で起こってくる国民医療に対しまする意欲の低下、こっちの方が重大ではなかろうかというふうに考えるわけです。ところが世間では、やっぱり実力行使だ、一斉休診だということになりますと、いろいろ重大な関心を持ちますけれども、私はそういうことよりも、むしろ今言ったように不平なり不満が積もり積もって、そのために医療に対しまする意欲がだんだん低下する。今日は日進月歩でございますから、そういう日進月歩の科学の進歩についていくように努力をしなければならぬ。そういう努力を怠る。そのためにそういうことが患者に影響し、国民に影響するということの方がむしろ重大な点ではなかろうかというようなことを考えるわけですが、そういう私の考え方に対しまする大臣の御所見を承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 きわめて正しい御意見のように私は伺うのであります。すべてはどうして国民によい医療を提供するかということだと思うのであります。きょうの医師会の御要望にいたしましても、そうではありましょうけれども、表に現われたところは、自分たちお医者の生活問題、収入をどうしてくれるか、これが非常に強調されておる。これはそれだけに意味があるし、正しいと思うのです。そこまで追い詰められてきたという印象でしょう。これも大事なことです。お医者さんが立ちいくようにしなければならぬという問題もきわめて重要だと思う。同時に、それだけでなしに、国民にどうしてよい医療を提供するか、ここにやはり最大の問題がなければならぬ。医師会の御要望もその点をなおざりにされておるとは思いませんけれども、自分たちをどうしてくれるかということと同時に、国民にどうしたらよい医療が与えられるかということが同じ強さをもって打ち出されたら、私は国民はもっとこの医師会の要望に対してわき立って共鳴すると思うのです。これはないのじゃない、あるのでありましょうけれども、少なくとも外部に与える印象の程度が違うのが現実じゃないかと思うのです。問題は、お医者さんの生活問題として深刻でしょう。ですからそれはけっこうです。最大の問題は、やはり一体どうしてよい医療に持っていくかということだと思うのです。お話の点が、やはり見失ってならぬポイントだと思うのであります。
○河野(正)分科員 私も今大臣が御意見を述べられましたように、その点は私どもが決して見のがしてはならぬきわめて重大な点だというふうに考えるわけでございます。一つ大臣も、そういうふうな御所信に向かって今後とも御努力を願いたいと考えます。 それから、今日までの委員会の審議の中でも明らかにされておりますように、政府はしばしば医療費の合理化ということを申して参りました。もちろん医療問題において不合理な点があれば合理化することは、私はまことにけっこうなことだと考えております。しからばその合理化とは、具体的にどういうことをさして合理化とお考えになっておるのか、その辺の概念を一つ承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 この問題は、私も正確にお答えできる力があるかどうか問題だと思いますが、おっしゃる意味は、多分一律単価引き上げか点数合理化かという具体問題になるのじゃないかと思うのであります。それで、これは低いことは低いのですから、引き上げなければならぬということは一致いたしましても、引き上げ方の問題になってくると思います。一律に今の十円という単価を引き上げる、これは引き上げの一つの方法であります。もう一つの方法は、点数をよけいつける。今五点のものを十点にすると、倍になるわけであります。これも引き上げの方法であります。同じ引き上げでもどっちの道がよいかということが議論になっているのだと思うのであります。これは、今度が最後の医療費引き上げの時期だ、これ以後はないのだという認識を持つか、今後もやはり医療費の引き上げという問題はいつまでもある問題だ、こういうふうな認識を持つかでだいぶ考え方が違ってくると思うのです。これが最後だ、あとないのだということであれば、点数合理化という考え方が非常に強くなるのだろうと思うのであります。また、ここは引き上げるとしても、先にもあるということであるならば、そのときに合理化してもいいのじゃないかという考え方、そっちの方が弱くなる考え方も出るだろうと思うのであります。問題は、だれが考えても安いということは事実だし、点数にもある程度不合理な点があるということは、医師会自身も認めておりましょう。現に初診料が五十円である、あるいは都会地で五十四円である、これはいかにも安いじゃないかということはお医者さんからも出ている。自転車のパンクを直す八十円より安いじゃないか、こういうことが出ている。それなら注射はどうだというと、注射は一点百円のものを注射すると、注射するだけの技術の方が百九十円だか何かになっておる。初診というのは、病気がどこにあるかずいぶん綿密な検査も要るのにたった五十円じゃないか、片方は看護婦でもできるようなことが一本百何十円ということはちょっとおかしいじゃないかという議論は、お医者さんのうちにもあるのです。点数のきょうの現状が医学上のランキングであるという学説は、私は現状にちょっと合わぬと思うのであります。学問上のランキングなら、もっと今の点数は違わなければならぬと私は思っている。考え方はそういう考え方でけっこうでありますけれども、きょうの点数はどうか。むずかしい手術、たとえば心臓の手術をする、これが七百五十点だか八百点だか、そんなことで四人も五人もかかる手術ができますか。これは、学問上からいうとわからぬけれども、もっと高くなると私は思う。低いのです。私は、現状は必ずしも学問上のランキングになっておらぬと思うのです。この点数表は学問上のランキングからできておるとは、現状はそうは思えない。そうじゃなくて、これはやはり稼働率の多い診療行為が高くなければ、病院あるいは診療所の経営が成り立たぬという経済上の理由が点数に現われてきておると私は思う。心臓の手術なんてありもしないものをなんぼ高くしたって別にお医者さんがえらく有利になるわけではない。これはごらんになれば否定できないと私は思います。そこで、そういう学問の点と合わぬ点もありましょうし、また経済上の点から見ても、たとえば眼科だとか小児科だとかというようなものは、点数が低くてもう成り立たぬといっている、成り立たせなければならぬのだが。経済上の理由から起こっておる問題もあるのだから、点数に問題がないということを言い切るのはどう考えても私は乱暴だと思う。医師会だって不合理があると言っている。だから、点数問題を全然否定されるのは言い過ぎだと思う。ただ今日点数問題に触れるか、あるいはどうせ先があるのだからそこまで預けようという議論なら、それは一つです。これは決して絶対論じゃありません。点数単価問題というのは私は絶対論とは思わぬ。ですから、これにどっちでなければならぬといって理屈みたいに割り切っていく考え方は私は誤りだと思う。そういう絶対論じゃない。ですからこれはお互いに考えようのある問題だと私は思います。
○河野(正)分科員 合理化に対しまする一つの概念を承ったのでございますが、もちろん私どもも不合理な点があればそれを合理的に修正をしていく、これは当然そうなければならぬと思うのであります。と同時に、そういうふうに、たとえば心臓手術がどうであるとか、あるいはまた肺切除手術がどうであるとか、その点の不合理だとか、そういう部分的な面もあろうかと考えますが、もともと部分的でなくて一般的にながめて今の医療費がどういう状態に置かれているか。これは物価指数の関係もあると思いますし、いろいろあると思いますが、一般的にながめて今の医療費の問題がどういう状態に置かれておるとお考えになっておるのか。具体的に申し上げますと、相当不合理もある。それから一般的にも今の医療費は物価指数その他の立場から非常に低い。この点は、いずれ医療費問題そのものがまだ解決途上でございますから、この点が解決すればまあ一つの曙光が見出されるのではないかという感じもいたしますので、そういう点に対しまするお考え方も一つこの際承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 ただいまの点は、おそらくは一〇%という幅の点に中心があるのじゃないかと思うのであります。これは足る足らぬという御議論はございますが、もとを申しますと、くどいようでございますけれども、どれだけの幅をつけなければならぬ、あるいは方法をどうした方が一番よいかということは、先に医療協議会に諮りまして、そこの愚見をもとにして予算を組むべきであったと思います。やってみるけれども、どうしても多年の問題がありまして、予算を締め切るまでに間に合わぬ。そこで順序をひっくり返して、医療協議会には一つあとで審議してもらおう。私どもの手元で、あるだけの資料で知恵をしぼって、この辺が合理的だろうというような計算をやったものが、総医療費に対して一〇%乗せなければいかぬ、こういうことになったわけであります。これはほかの機会にも申し上げましたけれども、二十七年の三月の医療の実態調査というものしかございませんので、この実態調査は、そのときにおける診療所、病院の経営の内容というものをもとにしまして、その後賃金、物価、生計費の上昇率あるいは従業員、患者の変化の状況などをとるべき指数をとって伸ばしまして、三十六年ならば一体どのくらいなところにいくのか、こういうことをわれわれの手の届く限りの資料ではじき出したものが今の一〇%という問題であります。ですけれども、これは今の医療協議会を経ていませんから、経なければならぬ。経て、そこでもう一ぺん論議してもらって、足るか、足らぬかも十分検討してもらいたいし、方法論も論議してもらわなければならぬ。今までやってないですから、順序がさかさまになっちゃったのですから。そこで論議された結果、合理的な根拠があってこうだというならば、われわれもこのいきさつ、経過から見まして考慮を払うのがあたりまえだ、筋道だ。こういうふうなことで、われわれの手元の最善の資料で出しておるのが今日の一〇%ということだろうと思います。
○河野(正)分科員 結局医療費のワクについては、大臣かねがね御説明のように、中央医療協議会にという一貫した御意見のようでございます。ところが、御承知のように、二十七年厚生省が実態調査をして、その後十年一昔といいますけれども、九カ年という長い歳月をけみしておるわけです。そこで中央医療協議会に諮問をして、いろいろな御意見を徴されるわけでございましょうけれども、その後九カ年における科学、医学というものは、非常にものすごい勢いで進歩発展を遂げて参っておるわけであります。そういうものすごい勢いで科学技術、医学というものが進歩する、そういう一つのレンズを通して、二十七年度の調査が今日どういう実態であるかというふうな一つの判断をされて、いろいろ医療協議会等について御意見をお聞き願うということは、これはけっこうだと思うのです。ところが厚生省が発表いたしておりますような、全く機械的な資料に基づいて、いろいろ中央医療協議会の中で御意見を承られて、はたして結論が出てくるかどうか、そういう点私どもは非常に心配をするわけです。やはり一番いいことは、現時点における実態調査というものがあって、それに立って中央医療協議会においてそれぞれ中正な判断の手が加えられる。それならけっこうでございますけれども、今申し上げますように、この九年間というものはものすごい勢いで科学が進歩した。そういう現状を無視して、幻想的な一つの結果に基づいていろいろ御意見を徴されるということは、私は非常に危険性があるのじゃないかというように考えるわけです。筋道はわかりますよ。わかりますけれども、私は今申し上げますような一つの考え方から非常に危惧の念を強くするわけですが、それに対します御所見を伺います。
○古井国務大臣 それでありますから、二十七年の三月の実態調査がもとになっておりますから、私ども完全無欠などとほんとうに思ってないのであります。より新しい実態調査をもとにしてやりたいのでありますけれども、お話しのように医師会が協力をしない。そこで過去の事実でありますけれども、協力が得られず、民間の病院、診療所の医療の実態がわかりませんために、仕方がない、完全であろうが不完全であろうが、ある公的な調査の二十七年のものをもとにしてスライド・アップするしかなくなったのであります。完全だとは思いません。仕方がない、それなら、それだから上げるのをよすか、そうはいきません。ある中でまずくても一番よいものをもとにして考えるほかはない。これが整わぬから医療費の引き上げは考えません、私はそうはいかぬと思います。だから不完全でありましょうが、これ以外にないのですから、これをもとにして今度はやった、こういう状況であるわけであります。
○河野(正)分科員 今大臣が答弁されましたように、やろうといったってそういう実態調査の実績がないのだからできぬじゃないか、多少問題があろうけれども、あるものを利用するのもやむを得ぬじゃないか、こういう御答弁だったわけでございますけれども、その場合にもう一考していただきたいことは、そういう考え方に、今日の医療問題に対します紛糾というものが生じて参った原因はいろいろありましょうけれども、一つの原因があったのじゃなかろうか。ないからいたし方がないじゃないかというようなことではなくて、ないということに対します一つの反省と申しますか、なぜそういう調査実績が出てこなかったか、そういう反省に基づいて医師会と話し合いをされる、そういう努力が今日まで欠けておった。これは何も大臣の責任じゃないでしょうけれども、今日までそういう努力が厚生省において欠けておった。そういう反省に基づいて話し合いをするならば、私は少なくとももう少し合理的な、実際に即した一つの調査資料というものがまとまったのじゃないかというような気がするわけです。ないからいたし方ないではなくて、ないことに対します反省、なぜそういう調査ができなかったかという反省をよくおやりいただいて、今日までの問題の処理に当たられましたならば、私は少なくとも今日起こって参りました医療問題に対します紛糾の一部が解決しておったというように考えるわけです。これは過去のことですから大臣を責めるわけではございませんけれども、そういう過去の反省に基づいて将来もいろいろおやりいただければ、あるいはもっとほかの問題がスムーズに行くかもわからぬというような感じもいたしますので、そういう点に対する大臣の御所見を承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 医師会と厚生省とが多年いがみ合って、ああいう状況でおったということは、関係者の不愉快な不幸な姿であったのみならず、日本の医療のために実に嘆くべきことだと思います。協力して医療を進めなければならぬものがああいう状態でおって、かえって進歩をじゃましておったということは、原因や責任はどこにあろうと、その事実だけは遺憾であったと思うのであります。そこで、それが多年続いておりましたもので、何とかこれをいいあんばいに軌道に戻さなければいけないということがきょうの問題になっておるわけであります。そこにきょうの問題が公式論ではいかぬ過去の問題があるのでありますが、何とか軌道に乗せたいということで今立ち向かっておるのであります。何とかこういう姿を解消しなければならぬものだと強く思いますのが昨今のすべてのことになってきておるわけであります。ただ過去がそうでありましたからといって、ないものはないのですから、ほかに資料がないから、それじゃ今ある資料はある程度不完全だ、不完全だから医療費の引き上げはやらぬというわけにいきませんから、これは医療費の引き上げの資料としては、きょうの医療費の問題はある中の資料を用いるてやほかない。過去に対する反省はしながら根本の姿を変えなければならぬ。両方を片をつけなければならぬだろうと思うのでありまして、そういうことを強く思ってもがいておるのが現状であります。
○河野(正)分科員 あとの質問者がつかえておりますのではしょって結論に持っていきたいと思いますが、池田内閣は、今日所得の格差を縮めることを一枚看板にして施策を進められて参っておるのであります。医療の面においてもそういう点、いろいろ格差のできた原因というものが幾つかあると思うのであります。きょうは時間がございませんからいずれ社会労働委員会でやるといたしまして、きょうはその中で地域差の問題について若干お尋ねをいたしておきたいと考えます。 これは日医の場合では、病院と診療所との間に格差をつける、かつてそういうような意見が厚生省から出て参りまして非常に憤激した一こまがあったわけです。医師会の言うのによると、建物によって格差をつける。そういう問題もございますが、もう一つ大きな不合理というものは地域差がある。三十三年甲乙二表が設定をされて若干地域差が縮められた。ですけれどもなお一五%内外の地域差が今日存在いたしておるわけです。これはまあ財政上の問題、財源上の問題が伴いますけれども、やはり今の池田内閣が所得の格差を縮めていくことを一つの方針とするとするならば、医療費の面においても、そういう不合理のある制度は早く撤廃すべきであると私は考えますし、またこの点については格段の御善処をお願いしなければならぬ問題だと考えまするが、いかがでございまするか。
○古井国務大臣 地域差は撤廃する方向に歩んだ方がよいと思っております。撤廃の方向であるべきだと思っております。ただ、一挙にできるか漸進的にいくかはこれは財政問題となってきます。一面やはり医療費には経済原則が伴っておるのでありまして、その診療所が成り立つかどうか、お医者さんの経済が成り立つかどうかという点もございますので、技術においては差がないといたしましても、お医者さんの経済をささえるという点においては、生活費の高い安いということが、公務員の地域給の差が残っておるようなことも過去には一面にあったかもしらぬと思うのであります。つまり診療費も要するにお医者さんの経済が成り立つか成り立たぬかということが重要な点であるとしますならば、生計費というものも無関係ではないわけでありますので、理論的には地域差というものも全然成り立たぬとまでは思いませんけれども、しかし現状から見ますと地域差はちょっとうまくないと私は思うのです。だんだん解消する、こういう方向をとるのがよい、こういうふうに考えております。
○河野(正)分科員 これは医療に限らず、一般の公務員の給与の場合にもあるわけでございますが、いずれにしてもこれは今日の時点においては非常に不合理的な存在であることはだれも否定することができない事実だと考えます。そこで大臣も今御答弁願いましたように、地域差というものは撤廃していきたい、しかしこれは財源上の問題を伴ってくるし一挙にということはなかなか困難であろうというふうな御所見のようでございます。従って大臣のお考えとしては、一つ段階的に解消していきたいというふうなお考えだろうというふうに考えますが、その段階的というのはどういうことを意味するのか、もう少し具体的に一つ御説明いただきたいと思います。
○古井国務大臣 ただいまの点は関係の局長から申し上げたいと思います。御了承願います。
○森本政府委員 ただいま大臣より地域差については漸次段階的に撤廃して参りたいという方向にあるということを申し上げたのでございます。これにつきましてはいろいろ考え方もあると思います。一番すなおな考え方といたしますと、現に国家公務員の給与におきましても四級地、三級地、二級地、一級地、ゼロ級地というふうにございます。医療費につきましては甲地と乙地の二段階でございます。国家公務員は四段階あるわけであります。従いまして現在の多くの甲地は国家公務員給与に比べますれば最高のやつが甲地になっております。従いまして最高に近いのは四級地でありまして、あるいはそれに近い三級地であるとか、そういうものを逐次甲地に編入していく、こういう考え方じゃなかろうかと考えております。なお具体的には検討を要しますが、大体の考え方はそういうことになるのじゃなかろうかと思います。
○河野(正)分科員 現在公務員の場合の四級地で、しかも医療の場合は乙地区といわれる地区がどのくらいございますか。
○森本政府委員 ただいま詳細な資料を持っておりませんが、大体甲地は六大都市でございます。その周辺の衛星都市と申しますか、国家公務員の方では四級地でありますが、衛星都市は乙地になっておる、そういうものでございますが、この正確な数字につきましてはただいまお答えいたしかねます。
○河野(正)分科員 それでは段階的というのは、公務員に準じて四級地から逐次解消していくお考えでございますか。
○森本政府委員 一応の考え方としてはさような考え方を持っておりますがなおこれにつきましは、それが一番いいから絶対にそれでやるというところまでまだ考え方を整理しておるわけではございません。他によるべき適当な基準が求められますならばそれによってやりたいと考えます。今頭にあります一つの考え方としてはそういう考え方があるわけであります。
○河野(正)分科員 考え方としてはいろいろあるわけですね。現時点においては、同じ医療のもとで格差のあるということはおかしいということは、これはもう私どもが説明するまでもないと考えます。そこで理想としては一挙に全廃するという形が一番望ましいと思う。それが財源上不可能だということになれば、実態に即して逐次改正をしていくという形が次には望ましいと思うのです。今大体お答えを願いますというと、四級地から逐次改正をしていきたいというふうなお話がございましたが、それは今度の医療費問題とは別個にお考えになっておられますか。
○森本政府委員 御案内のように、ただいま出しております予算といたしましては医療費の総ワクで一〇%、これは先ほど話がありましたように、あとどうなるかわがりませんが、一応一〇%という総ワクの拡大を考えております。そのワク内におきまして、一〇%が動かぬものとしますならば、その配分方法と申しますか、一つの形といたしまして、地域差の撤廃をできるだけ考える、こういう形になろうと考えます。
○河野(正)分科員 それでは、この一〇%の中で地域差の撤廃も考えていきたいということになりますると、今問題になっております医療費問題とからみ合せた中で解決していきたいというふうに理解してもよろしゅうございますか。
○森本政府委員 ただいまの予算の要求の段階におきましては、現実にそうせざるを得ませんし、またそのやり方につきましては、ある程度他の点数表とか単価の問題とからみ合わせて考えざるを得ぬと思います。
○河野(正)分科員 大体方向としては一応局長の御答弁で理解をしたわけですが、一つは理想として、さっき申し上げますように、そういう格差があるということは不合理だし、池田内閣の方針にも反することでございますから、ぜひ一つ大臣におかれては、そういう方向で善処していただきたいと考えます。 それからもう一つ、この際でございますから、最後にお尋ねを申し上げておきたいと思いまする点は、この甲地、乙地の地域差、これが実は昭和二十三年までは地方長官の権限において指定をされておったわけですね。それが昭和二十二年八月以降、この決定権というものが中央に移されたわけです。その際、今まで甲地であったものが、地方長官の手から離れたために乙地に格落ちをさせられたという地区があるわけです。大体局長御承知だと思うのです。たとえば福岡、北九州、横須賀、こういうところです。これはもともと甲地区であった。それがたまたま昭和二十三年の八月以降、この指定の権限が中央に移っていく過渡期に格下げになった。これは既得権なんですね。既得権が侵害されたという形になっておるわけですが、こういうものは当然優先的に取り上げるべきだと私は思いまするが、いかがでございますか。
○森本政府委員 お話しの通りの事例がございまして、地域差撤廃につきましては、そういうところからの要求が一番強いわけでございます。今回地域差を撤廃いたします限度にもよりましょうが、さような地域につきましては最優先的に考慮すべきものであろうと考えております。
○河野(正)分科員 実は昭和三十四年の六月十九日、第七十五回中央社会保険医療協議会の中で、今社会局長でございます太宰局長が、今のことについて次のような答弁をなさっておるわけです。何年か前に甲地区であったものが乙地区にいった、そのいわく因縁というようなものも検討いたしまして、それからまあ進んでいかなければならぬ問題でありますから、さような点もあわせて検討させていただきたい。昭和三十四年の第七十五回中央社会保険医療協議会で、当時局長でございました太宰局長から、大体そういうふうな御答弁もあったわけです。そこで今森本局長からも最優先に取り扱うということでございますから了承いたしまするけれども、もうすでに昭和三十四年当時からそういう一つの確約めいた御回答があったわけです。ところがこれが今日まで実現しておらなかったというような経緯もございますので、一つ今度は、今局長からも御回答ございましたように、一つ最優先的に実現するという御配慮を願いたいと思いますが、大臣いかがでございましょうか。
○古井国務大臣 既得権というものも一つのりっぱな理論でありますから、これも無視できない考え方として考慮しなければいけないと思っております。同時に合理化ということも一つの理論でありますから、合理化ということも大事な原則であると思います。全国統一的に扱うようになったのも、合理化というか、均衡をとっていくというような考え方もあったのでございましょうから、この考え方も全然無視できませんけれども、それだけで割り切ってはいけませんから、既得権という考えも一つの考え方ですから、私もまだ具体的のことはよく聞いておりませんけれども、よく研究をさせてもらいたいと思います。
○河野(正)分科員 そういうような不合理を一挙に撤廃するということは理想でもございますし、ぜひそうやっていただきたいと考えます。しかし財源が伴いますから、現実の問題としてはなかなか一挙に撤廃することは困難であるということでございますので、さっき申し上げましたように段階的という方法がとられるということであったわけであります。段階的ということになるならば、そういう既得権の回復ということが前提になりはしないかというのが私の指摘する点であります。しかも三十四年からそういう経緯がございましたので、局長からもそういう御答弁でありますから、ぜひ一つこの際実現していただきますように、しぼって一つ御答弁をいただきたいと思います。
○古井国務大臣 私はきょう初めて伺った話ですが、御意見を十分に伺いましたので、よく検討して結論を出したいと思います。
○長谷川(保)分科員 関連して。いろいろ聞きたいのですが、まだ質問者もありますから、今の点だけについて私は御質問申し上げます。 今、党としてその点の意見がきまっておるわけではありませんから、河野君の意見と私とは逆になるわけでありますが、一挙に地域差を撤廃するというのならば、河野君と私の意見は同じであります。しかし段階的にしていくということであれば、私は厚生省の腹が一体どこにあるかを怪しむものであります。なぜかならば、今日むしろ僻地に至るほど医者が行かないということは何を意味しておるかといえば、それは僻地では医業というものは成り立たないということを意味しておる。従って医者が全部都会に集中するということは、それだけ医業として成立しやすい条件があるということです。でありますから、逆に今の地域差の問題は僻地手当を出すべきであって、従って一挙にこの格差をなくするか、あるいはさらにそれに加えて僻地手当を出すか、そうすべきであって、これを都会を優先的に扱うということは今日の医業の実態を無視したものである。従って私は今の厚生大臣の言う不合理を直すという立場を尊重すべきであって、今のような段階的な差をさらにつけて直していくということには全く反対である。今の局長の御答弁ははなはだ不満なんだけれども、どうしてそういうような段階的なことをやるのか、そうしてかって甲地であったものを優先的に復活させるというような考え方が出るのであるか。その考え方の合理的な根拠というものを示してもらいたいと思います。
○森本政府委員 ただいまの御意見のように、地域差を全部取っ払ってしまえというような考え方、これも一つございましょう。それから僻地につきましては、むしろ医者の手当――高給を出さぬと来ないとか、あるいは僻地手当というような特別の手当を出すか、あるいは僻地を指定しまして五%とか一〇%くらいの高いいわゆる地域差をつける、こういう考え方もあろうかと存じますが、ただいまのお話しの通り、僻地の対策につきましては、保険のこういう点数でやるか、あるいは一般的な医療行政としまして僻地対策なり、あるいは国家の特殊の対策であるとか、いろいろ方法がございますので、その点お話しのように必要でございますから、別途検討いたしたいと思います。 それから先ほどお話のございました一度甲地であったものが乙地に下げられる、それを早くやるのはおかしいじゃないかということでございますが、やはり一応甲地になったというのは、当時におきましても甲地並みの条件があったのだろうと思います。現にそういう甲地になるような条件がなければ別でございますけれども、おそらく甲地並みの条件があるだろうと思います。従いまして、そういう意味におきまして、地域差をなくする場合におきましては、やはり最優先的に考慮しなければならぬという気持を申し上げたわけでございます。僻地につきましては先ほど申し上げた通りであります。
○長谷川(保)分科員 だから私は、今の段階的にはずすというようなことは間違いだと思う。それは一挙にはずすべきです。そしてさらに国庫の支出によって、僻地の、医者に対しましては特別な処遇をしていくということでなければ、どうして一体僻地の医療の問題が解決しましょう。しかも今度は国民皆保険であります。僻地の諸君もみんな強制的に保険料を納めなければならぬのであります。そういうことでしますならば、僻地の医療対策というものに対して、国が今日特別な十分な、手を打たなければ相済まぬのであります。今日のような事態にしておいて、大よそ国立その他公立の病院も僻地に対してほとんど手を打っていない。私、後に質問する予定でおりますけれども、今度巡回診療自動車等の手当をしておりますけれども、一体これでもって具体的に月に何回回れるのか、この予算では私は回れっこないと思う。こんなものは幾らでもない。その問題を各日明細書に従って質問するつもりでおるのでありますけれども、そうなれば、保険料は納めたけれども、これはただ取られっぱなしです。すでに先ごろの予算委員会の総括質問で申し上げましたように、貧農諸君の中には、保険料は納めているけれども、あとの二分の一の診療費の自己負担を払うことができないために、保険料は納めているだけで、実際は診療を医者に受けられない。結局置いてある売薬でもって済ましておるという諸君がおるのである。まして僻地、特別僻地へ参りますならば、そういう事態ばかりと言って差しつかえないのである。そういうようなことに対して、医療の機会均等ということは当然すべきである。国が相当大きな予算を、たとえば国民健康保険等に対しても出しているのでありますから、それが一部のものに不均等にいくのではなくて、およそ国民の生命を守る問題でありますから、ことに僻地、特別僻地に対しましては十分な手を打つということをして、初めて機会均等が行なわれるのでありまして、これは私は憲法の根本問題にも関係する問題だと思うのです。でありますから、今のようなお考えで厚生省がいるとすれば、私ははなはだ心外でありまして、これに対しては、すみやかに全国一律に格差をはずすということと、さらに僻地に対する対策を十分にいたすべきである。本予算においてはそれが非常に不足であるというように考えるのでありまして、この点厚生当局の十分な注意を喚起しておきます。
○臼井分科員 ちょっと今僻地の問題が出たので一点だけお伺いしたいのですが、この間もある学者に聞いたら、この医療の問題はなかなか厄介な問題だ、ことに今の制度だと、議論の中にもおそらくあったでしょうが、学校出たてでも、からだの大いに丈夫な者は、スクターや何かで走り回って、注射を打ってかせぐということになるが、むしろ技術の大いに円熟した練達の先生になると、なかなかそういうこともできないで収入が減る、そこに問題がある。そこで一つの方法としては、これは国家の予算がどの程度まとめて出せるかということにもなりましょうが、額は別としても、先生方の経歴なり手腕なりにランクをつけて、そうして一つの固定給式になりますが、学校出たてで経験未熟な者はかせぎ回るけれども、そういう方面の手当が少ない、しかし相当大家になってきたような人はランクが上がる、そうして固定給式にそれを支払う。僻地などの問題も、そういう手当ということも考えの一つかもしれません。ランクをつけることは大へんなことであるけれども、これは大いに統制を強くしてやっておられるのだから医師会の方にげたを預けて、あちらの方で一つ内輪でやってもらう。こういうようにして、自発的にやっていただくということも、私は一つの方法であると思うのですが、こういうような問題が何かお話し合いで出たことがありますか、それらの点について一つお伺いいたします。
○古井国務大臣 局長が今までの論議があった点にはお答えいたしますが、今の保険制度では三十前後のお医者さんが一番かせげるということは、議論だけでなしに数字にも出ていることでありまして、これはまさに今日の医療保険体制の弱点を示しているものだと思うのであります。腕があろうが関係ないというような点はいろいろあると思うのですが、これは一つの今日の問題点であります。 なお、今のお医者さんにランクをつけるという問題は、ランクをつけて、つまりAクラスの人は高い、Bクラスの人は低いという治療代をとるときの何にするか、あるいは固定給を出すかという問題もあると思いますけれども、これはだいぶ今の統制の弊害ということも考えなければなりませんので、固定給の問題なども議論に出るのですけれども、どうもよほど考えてみないと反面の弊害が大きなものが起こりやしないか、こういうことで、そこまでは現状ではよう踏み切れぬでおるところであります。今までの議論の出たところは局長からお答えいたします。
○森本政府委員 社会保険の現在の診療報酬のきめ方で一つの欠点としては、医師個人の技術に差がついていないということであります。今お話しの通りでございます。これは保険の方として診療報酬を支払います場合に、ぜひつけなければならぬ問題でございます。ところがつける方法が非常にむずかしいわけでありまして、従来からも、内々の話でございますけれども、医療関係団体の方に何かいい方法はないだろうか、医師会内部あるいは学会等と御連絡をとっていただきまして、そこに一つの合理的な基準ができておきめ願えれば、それに従って私の方は支払いいたしたい、こういうような話を内々したこともございます。しかしなかなかむずかしいようでございまして、結論が出ておりません。それからまた制度といたしましては、外国にございますように一般医と申しますか、専門医と申しますか、そういうものが医療制度の中にできておるわけでございますが、そういうものではっきり出て参りますれば、非常に私の方としては差をつけてやりやすいけれども、制度上の問題としての検討は、ただいま医療制度調査会等におきましても御審議を願っておりますので、その結果が出ますればもちろんその結果によりますが、他に適当な方法がございますれば、これはできるだけ早くそういう方向に持って参りたいと思います。
○北澤主査 岡本隆一君。
○岡本(隆)分科員 私も医療制度の問題についてお尋ねしたいと思いますが、同僚委員の方からすでに多くの問題について、相当掘り下げたお話がございましたから、できるだけ重複を避けてお尋ねして参りたいと思います。 まず最初に、今度の予算の項目から見て、政府は出産の給付金を増加されました。非常にけっこうなことだと思います。ところが、私は昨年のこの委員会でもって、出産の給付はやらなくちゃならない、しかし、それは現物給付をやるべきだというふうな議論を展開したのでありますけれども、私の期待を裏切って、それが現金給付になっております。まず、なぜ現物給付にせずに現金給付にされたのか、それをお尋ねしたいと思います。
○古井国務大臣 岡本さん、ただいまの点、局長から一応お答えを申し上げたいと思います。
○森本政府委員 現在健康保険、船員保険におきまして、分べんの際分べん費を支給しております。この分べん費は、いわゆる現金給付にあたっておりますが、これを現物給付にしてはどうかという議論が昨年あたりからやかましくなりまして、ただいま先生御指摘のように、そういう御意見も出ておったわけであります。その後私たちの方で約一年間にわたりまして、いろいろ検討をして参ったわけであります。だんだん調べて参りますと、制度といたしましては、これは現物給付にするのが、これが患者といいますか、被保険者にとりましても、あるいは助産の担当者にとりましても、非常に便利な制度でございます。しかし、これを実施の面から見て参りますと、必ずしもうまくいかないんじゃないかという心配が出てきたわけでございます。 その第一は、現在におきます日本の出産の状況でございますが、ちょっと申し上げますと、市部と郡部で非常に出産の状態が異なっております。その状態と申しますのは、病院、診療所それから助産所、自宅というようなおよそ四つの形態がございますが、これが市部と郡部で非常に異なっておるということでございます。大体市部におきましては、病院、診療所で分べんいたしますのが約四〇%、残りは自宅分べん等でございまして、六〇%、それから郡部におきましては、病院、診療所で出産いたしますのが二〇%足らずでありまして、あとは大体自宅で分べんしておるという実情にございます。それでこれを現物にいたしますと、費用の面で非常に違ってくるわけであります。たとえば病院でございますと、諸経費を入れまして、通常一万円くらいかかる、それから診療所でございますと七千円ぐらいかかる、それから助産所でありますと六千円くらい、自宅の場合は五千円くらいというように、所要経費が違います。給付いたします場合に、給付のアンバランスと申しますか、そういうことが出て参ります。これが医療のように都会地でございましても、あるいは病院でありましても、診療所でありましても、大体給付の内容というものはほとんど規格化されて同じようなものでございますが、出産の場合には、現実にそうでございませんので、ただいまの段階でこれを踏み切りますことは、やや困難じゃないか。給付のアンバランスを生ずるのではないか。将来の方向としましては考えるべきでございますが、これはもう少し出産の状態が標準化された後にやった方がいいのではないか、かような見解で、この際現物給付に踏み切るのをやめまして、分べん費の引き上げということにとどめたわけでございます。
○岡本(隆)分科員 そうすると、おもな理由は市部と郡部でもって病院や助産所の分べんの状態が違う、だから給付の上で非常にアンバランスがある、だからみんなを画一にするために現金給付にした、こういう御意見でありますが、そういうことなら医療も同じなんです。ひとり出産だけじゃないのです。病気の場合であってもやはり同じことで、医療機関はアンバランスがある。それでやはり現物給付が行なわれているのですね。だからそれは理由にならないと思うのです。第一出産に対する姿ですね、自宅で分べんするのが出産の一番理想的な姿であるのか、あるいは助産所なり病院に収容されて出産するのが一番理想の姿であるのか、保険局長はどうお考えになりますか。
○森本政府委員 最近、病院、診療所、こういうように出産に対しまして非常に安全な施設が出て参りましたわけでありますが、自宅で助産婦にお世話になることが非常に不安心だとは申せないかと思いますが、病院、診療所あるいは助産所においてやってもらうのが一番安全であると思います。今後の傾向といたしまして、最近の傾向を見ますと、やはり自宅分べんというのは非常に少なくなりました。病院、診療所、助産所というものの分べんが非常にふえて参っております。こういう事実から見ましても、あるいは医学上からもそうだと思いますが、自宅よりもこういう助産所その他の専門の施設でやるということがいいことはもちろんであると思います。
○岡本(隆)分科員 そういうことになって参りますと、現実がこうだから当分の間現金給付でいくということは、現実を追うていくことになる。もしもこれが現物給付に切りかえられますと、なるほど保険経済にはある程度響いてくるかもしれません。しかしながら、だれしも経費というものの面でもって保険経済からのカバーがあるとするならば、なるべく安全な助魔所なり診療所で分べんする。そういう制度ができますと、助産婦でももちろん自分の方で収容施設を作って助産所に切りかえていくと思う。今の出産の形というものは、たとえば一人の助産婦に例をとりますと、出産のないときには幾日も一つも助産をやらない。運の悪いときには一晩に二人も三人もお産があるということで、産婦人と産婦人の間を自転車で走りながら助産をやるということすらあるわけです。しかし、そういう出産というものは、想像したら非常におそろしい危険な出産の形なんですね。それがやはり助産婦が自分の家でもって産院を経営し、それでもって助手の一人もおりましたならば、二人の助産を平気で楽にやっていけるのです。両方の部屋に並べておけばどんどんやっていけるわけですね。だから出産というものは自宅でやるよりも施設の中でやらせるというところへ持っていくように、政府は施策としてやらなければならない。だからそういうような施策を進めていくのには、やはり経済面から現物給付の形にして、産婦がみずからの負担をあまり重くしないで、施設の中で出産ができるという形態にしていかなければならない、そういう考え方から、私は、これは現物給付であるべきだということを昨年非常に強調しておいたのですが、私の期待が裏切られておりますので、それでお尋ねするのですが、厚生大臣どういうふうにお考えになりますか、私の意見が正しいか、森本さんの言われるのが正しいか。
○古井国務大臣 助産の現物給付か療養費の給付かという問題でありますが、先ほど来局長が申しておりますように、考え方としては現物給付というところにいくのがよいのだと思います。現状とこれがどういうふうにマッチしていけるかというところに問題があるようでありますから、これは考え方という問題じゃありませんが、現在の状況というものと関連して、いけるかいけないか、検討していきたいものだと思うのであります。
○岡本(隆)分科員 助産の給付でございますけれども、今まで標準報酬が半額であったものが、今度は最低六千円支払われる、また被扶養者は三千円支払われる、というふうに変わって参りました。この金額の中には、いろいろな要素が含まれておる。イギリスでありますとか、あるいはフランスでもそうでありますし、西ドイツでもそうなんでありますが、制度を調べてみますと、大体出産一時金というものの考え方は、出産をするのには、やはり子供に新しいいろいろなものを備えるとか、いろいろ費用がかかるから、出産一時金を給付する。そして助産行為そのもの――出産のときにたとえば病院に収容される、あるいは助産婦に取り上げてもらうというふうな助産行為そのものは、医療給付の一部であるという考え方に立って、そういうふうな形で給付されておる。それから助産行為そのものの給付と、それから出産のときにはいろいろ金が要るだろうというための一時金というものと、経済的な支出の増加、こういうもおとをごっちゃにしているのは日本だけなんです。いつも政府の方ではイギリスのなにを模範にしているというふうなことを言っておられて、そういうふうな考え方を持っておられるようでありますけれども、イギリスだって全部出産のときには病院に収容される。あるいは助産婦の介抱を受けるというふうな場合、全部保険事業といいますか、そういう形で全部給付されておる。それを、日本だけこういうふうなことになっておるのですが、それは一に経済的な理由だけですか。
○森本政府委員 お話の通りでございますが、これはやはり国民的な慣行と申しますか、考え方が基礎になっておる問題でございます。外国におきましては、病気をなおすことも大事でございますが、お産ということを非常に重要視しておる。むしろ病気をなおすことと同等、あるいはそれ以上に重要視した風習があるようでございます。最初からのスタートから、助産の給付というものは医療と同じようなものである。こういうふうな性格で昔からやっている。ところが日本におきましては、やや趣を異にしておりまして、病気をなおすのは大事なことで、これは医師につかなければならぬ。お産につきましては、やや少し医療ほど重く見ておらぬという一つの考え方が当時からあったのだと思います。ことに疾病保険という名前からいたしまして、そういう考え方からスタートしたわけでございますが、しかしこの考え方もだんだんと、先ほども申しましたように、出産ということを、病気をなおすと同様に大事に考えていく、こういう傾向にただいまなりつつあると思うのでございます。また、私たちがやっております仕事もそういう方向に持っていくようにしております。それから日本におきましては、健康保険において現金給付、分べん費というものをやっております。これは直接の分べんの費用でございますが、なおそのほかに制度といたしましては、保育手当金というものを出しまして、金額といたしましては大したことはございませんが、本年度以降は二千円ということに引き上げたのであります。こういうものでございまして、見舞金でありますとか、おもち代でありますとか、それに伴う若干の経費も、出産に伴う一時金というような形で出しておるわけでございます。しかし、御指摘のように、外国と比べますと、出産に対するサービス、それからそれに伴う経費に対する補助というものが不十分であることは認めておりますが、これは先ほど申しましたような沿革的な理由もあろうと思いますので、逐次整備されると思います。
○岡本(隆)分科員 ただいまの御意見は非常に封建的なんですね。女性蔑視の観念が流れてきておるわけです。だから制度がこういうふうになっておるというふうに聞き取れます。なるほど昔は子供を生むのを忌みきらうというので、わら小屋で企むというふうなことで、骨の上では止ませなかったというふうなこともあったでしょう。しかし現在の医学思想といいますか、衛生思想という考え方の中で、もうそんなものはぬぐい去られた。ましてや日本の将来の保険の姿というものを、健康保険という姿の中で形づけていく中で、そんな古い考えをそのままなお引き継いで伝統的に生かしていくのだ、温存していくのだというふうなお考えは、日本の医療行政のリーダーという自負を持っておられる厚生省の保健局長としてのお考えとは、私は受け取れない。こういう考え方は、ぜひ一つ矯正していただきまして、やはり外国でも出産というものはそれほど重要視している。一つの生命の実現なんです。なるほど出産は生理現象だ、病気じゃございません。しかしながら、生理現象だといっても、病気と紙一重の姿なんです。一つ間違ったらどういう危険な状態に陥ってくるかわからない。だからこそ、出産というものが安全なところで行なわれなければならない。医師、助産婦の監視の中で行なわれなければならないということになっておるわけです。だから、これは生理現象でございます。病気ではございません。従って医療給付の対象になりませんというふうなお考え、そんなことをしておるのは日本だけです。しかし池田さんがおっしゃった通り、日本はもう一等国なんですよ。だから日本という国は少なくも科学的には世界の水準の中で相当上位の地位にある国だ。ただ庶民生活が悲しいかななかなか追いつきにくい。庶民の生活を世界の科学の水準へ引き上げていくことが厚生省の仕事だと私は思うのです。だからその厚生省の施策の中の重要な一つである出産給付というものについては、私はぜひもう少し高い見地に立って少なくも世界の水準に達せしめるようにという考え方を持って、来年からは一つこれを是正するというふうにお願いしたいと思うのですが、厚生大臣のお考えをお聞きしたい。
○古井国務大臣 先ほど局長が申しましたのも、今までがこういう沿革でこうなっておるのだという過去のことを言っておったのでありまして、これからの問題については局長も言っておりましたように過去のものがいいとは申しておりませんのですから、改善できるものなら改善するように、これは検討しなければならぬものと思います。
○岡本(隆)分科員 それでは保険局長に続いてお尋ねしたいと思います。この六千円という数字の根拠ですね、積算の基礎を一つ御説明願いたい。
○森本政府委員 一件当たり六千円という分べん費にいたしたわけでありますが、これは現在分べん費は御存じのように慣行料金としてやっておりまして、一定したものはございません。いろいろな調査をしてみますと、病院の場合におけるところの諸経費が約八千円でございます。それから診療所の場合が約七千円、それから助産所の場合が約六千円、――端数はございますが省略いたします――それから自宅の場合が約五千円というような状況でございます。一応これらの施設におきます件数によりまして加重平均いたしますと、六千円という数字が出たものでありますから、一応それを根拠といたしました。結果的に見ますとこれは大体助産所におきまして八日間入ってお産をする、それからなおその前後におきまして必要な診察あるいは検査も受けられる、こういうような経費も含んでおりまして、大体助産所において通常考えられる産前産後の検査、それから診察、取り上げ料、それからその間の食事代、こういうものを全部含んだことになっております。従いまして、これはついででございますが、先ほどお話しがございましたように、従来は三千円でございますと、ほんとうのお産の費用の六千円の半分というわけで、六千円ということになると大体助産所に入って安全なお産ができるという経費じゃないかと思います。こういうように引き上げますと、その結果として私たちは助産所が郡部等においても普及していく、その結果さらに産婦は自宅分べんをやめまして、助産所あるいは診療所、病院においてお産をする、こういう傾向にだんだんと是正されていくのじゃないか。そういたしまして郡部の方において助産所あるいは診療所における助産施設と申しますか、そういうものが整備された暁におきまして現物給付をするのが一番いい姿じゃないかと思います。目標といたしましては現物給付でありますが、今のような措置をだんだんと講じましてこれを実施して円滑にいく、こういう事態を早く来たしたい、こういう考えでございます。
○岡本(隆)分科員 そうするとこの六千円というのは助産所なり病院あるいは助産婦を頼んで自宅で助産を受けるための費用であって、それで家計費の出産に伴う一時的な増加というものに見合う部分はないということですね。
○森本政府委員 ただいま申しました六千円の助産の内容には入っておりません。しかし健康保険に入っておりますと、本人でありますならば、休業した場合出産手当というものが出ます。あるいは休業手当というものが出るわけでございます。別途の措置があるわけでございます。これ自体の中には入っておりません。
○岡本(隆)分科員 それは休業手当、いわゆる出産手当金ですね。産前産後六週間の出産手当金は、被保険者本人だけでありまして、被保険者本人が働かないことに基づくところの収入欠陥を補うために支出をされているものであって、従ってどこの国でも出産に伴う支出の増というものについて、たとえばイギリスでは十ポンドといいますから、一万円出ております。それから自宅で分べんをした場合には、さらに四ポンド出ることになっておりますその四ポンドというのは、病院で出産すれば全然衛生材料その他の費用がかからないけれども、自宅で助産婦に来てもらってお産をする場合には、助産婦の費用は保険でペィしてもらってもそのほかいろいろ雑費がかかるという意味で四ポンド、四千円というお金が出ることになっておりまして、そういうような制度に比べますと、出産のときの直接の出産費だけであって、それに伴ういろいろな支出について何の考慮も払われておらないということは、これは諸外国の例に対して非常におさびしいことだと思うのでございますが、厚生大臣、こういう点はまた将来一つお考え願わなければならないと思いますが、いかがでしょうか。
○古井国務大臣 医療保障の内容としてそこまで考え得ますかどうか、少し詰めてみなければならぬ点があるかと思いますけれども、しかし出産という場合にいろいろな経費がかかる、その経費の点もありましょうし、新しい生命がここで発生する、こういう大事な場合でもありますから、この医療保障の保険のワクの中に入るか入らぬかは、その辺も論議があろうと思います。入れるものか、入れないものか、別に考えられないものかどうか、よく研究さしていただきたいと思います。
○岡本(隆)分科員 お声が小さかったのではっきり聞きとれなかったのですが、出産が医療保障の対象になるかならぬかは、これは検討の余地があるというふうにお答えになったように聞えたのですが、そうですか。
○古井国務大臣 出産自体というのではなくて、それに伴う子供のための経費とかいろいろなことがございます。そういうものをひっくるめて、医療保障の対象にできるかどうかは、これはちょっと研究してみなければいかぬと思います。けれどもこれは一つの大きな研究問題たる価値のある問題だ、こういう意味を申し上げたのであります。
○岡本(隆)分科員 私は医療保障としてそれを出すべきだというのではございません。それは所得保障です。日本の健康保険制度は残念ながら医療保障・一本じゃないのです。所得保障がその中に入っておるのですね。そこに日本の健康保険制度というものが医療保障プラス所得保障になっておるところにいろいろ問題はあると思うのですが、きょうはその点は申しません。だから所得保障も加味したところの健康保険制度、そういうふうな形においては当然そういうような所得保障というものが行なわるべきではないか、こういうことを私用し上げておるわけですが、いかがですか。
○古井国務大臣 意味が一そうはっきりしてきましたが、そういう意味で検討させていただきたいと思います。
○岡本(隆)分科員 そこで保険局長にお尋ねいたしますが、将来の問題になって参りますけれども、今は助産行為というものが慣行料金で考えれば、六千円になる、こういうふうなことでございましたが、それがいよいよ現物給付の中に入ってくるということになったと仮定いたしますならば、助産婦の助産行為というものは健康保険に換算して大体何点が妥当なものと思われますか。
○森本政府委員 御質問でございますが、ちょっと諸経費をひっくるめまして六千円ということを申し上げたのでありまして、これは何点になりますか、ただいま早速にはちょっとお答えがいたしかねます。
○岡本(隆)分科員 それでは館林さん、一つ専門家ですから、あなた今までそういうふうな現実の問題としてお考えになったことはないでしょうが、今ここでふっとお考えになって、助産婦の助産行為というものは何点が至当と思われますか。
○館林説明員 東京都内におきます日赤、済生会、あるいは社会保険病院等の実情におきますと、分べん料は二千円ないし二千五百円の現状であります。一応私どもはそれらを参考にはいたしておりますけれども、精密にこのような経費を定める場合には、やはり相当詳細にその内容を調べなければなりませんので、ちょっとただいまの段階ではお答えいたしかねます。
○岡本(隆)分科員 それは医師の監督のもとにある助産行為でありますか。それとも助産婦だけの助産行為でもってそういうふうに考えておられるのですか。
○館林説明員 これらの病院におきましては当然に医師が監督して分べんが行なわれ、その助産行為がなされるわけだと思います。
○岡本(隆)分科員 しからばお尋ねしますが、もしそれに医師が立ち会わない場合、そういうふうな助産行為というものはどの程度と想像されますか。
○館林説明員 これらの病院における実態でございますか。
○岡本(隆)分科員 一般の自宅の助産です。
○館林説明員 これはその助産婦が一人で助産をした場合の経費はどの程度に当たるかということでございますと、なかなかむずかしいことでございまして、ちょっとお答えいたしかねますが、ただ正常分べんでございますと、医師が介助をいたしました場合と、助産婦が介助をいたしました場合とは、結果的にはあまり変わらないかもしれません。しかしながら、やはりそこに医師が介助する場合と、助産婦が介助する場合とに何らの差をつけないということもいかがかという感じがありますが、しからば幾らかということはなかなかむずかしいと思います。
○岡本(隆)分科員 なかなかむずかしいが、しかし現実にこれが現物給付となってくる場合には、どうしても解決しなければならない問題として出て参ります。今の厚生省の考え方として、いろいろな医療行為というものにそれぞれの比重を置いておられる。そうすると、その医師の初診料が甲表の病院で十八点である、往診が何点である、手術が何点であるというような比重において、正規分べんの分べん介助料はおよそどのくらいの位置になるかということは、もう館林さんのごとき専門家ならびんとすぐこなければならないはずであると思いますが、どの辺へそれが参りますか。
○館林説明員 これらの問題に関しましては十分に産婦人科の専門の医師等の御意見を伺った上で申し上げたいと思いますので、今申し上げることは差し控えたいと思います。
○岡本(隆)分科員 そうお逃げになると、これはもうウナギをつかもうとするようになかなか思うつぼにはまってこないのですが、この問題に直面されたときには、今の健康保険の診療報酬は非常に大きな矛盾に突き当たると思うのです。新たに助産というものを現物給付の中に入れる、そうして助産婦に現物給付としての助産を担当させるということになって参りました場合には、助産婦会との話し合いをつけなければならない。しかも助産婦は今慣行料金でもって自由な料金を受けておる。それをやはり医師と同じような統制料金の中に助産婦の納得の上で入れていかなければならぬ。ところが現在助産婦が請求しておる助産の料金は大体規定は四千五百円ということになっておる。しかし現実に日本では従来から助産婦にはそういう金額を尋ねずに、それぞれの身分において包んで持っていく。四千五百円というようなはしたを包む人はないのです。なるほど貧しい人は二、三千円も包まないかもしれないけれども、大ていは五千円くらい包む。助産行為というものは今国民からそのように納得されておるのです。国民は出産があった場合には、喜んで五千円包んでありがとうございますといって、赤い御飯でお魚をつけて助産婦に六日目に食べてもらうというのが関西の風習としてまだ残っております。それほど厚く助産婦は遇されておる。これを今度は現物給付の中に入れていかなければならぬ、また入れていくのです。そのときにあなた方はまじめに医療費というものをもう一ぺん再検討しなければならない段階にくると思うのです。かりにそういうような助産婦が出産をやる。そこへどうも骨盤が少し狭いとか陣痛が弱いから出ない。だからお医者にかけて、出してくれ、こう言われて行って、鉗子をかけて分娩させたときの鉗子分べん料は幾らですか。
○館林説明員 甲表では二百点でございます。
○岡本(隆)分科員 乙表は何点ですか。
○館林説明員 甲地で八十一点、乙地でで七十五点でございます。
○岡本(隆)分科員 そうすると八百円ですね。助産婦は自然に出てくるのをただ介護するのですよ。なるほどそれは経過も見ていますけれども、どうしても出ないのを医師が中から引き出してくるのですよ。これはだいぶ技術的な開きがございます。それを七十点、八十点というのはどういう意味ですか。どういうことでそういうような評価が分かれるのですか。
○館林説明員 基本的には慣行料金と社会保険の診療報酬とは分べんに限らず一般の診療報酬におきましても差がございます。いま一つは、特に乙表におきましては、手術分野の診療報酬が非常に低くなっておりまして、御指摘のように今日の段階では必ずしも適当でないような点数であると思います。
○岡本(隆)分科員 結局そのように低いのは、乙表をとるから悪いんだ、それを承知で乙表をとっているじゃないか、だからしょうがない、こういう意味ですか。
○館林説明員 そういう意味ではございませんで、全体的に乙表は低くなっておりまして、御指摘のありました分べんの点数も非常に実情に沿わないものであろうかと思っております。
○岡本(隆)分科員 甲表は百五十点にもならないと思いますが、間違いありませんか。そんな差があるんですか。
○館林説明員 甲表五百五十三番「鉗子挽出術二百点」となっております。
○岡本(隆)分科員 そうだと言われればそれを信ずるより仕方がないが、ほかの手術はそんなに開いてないですね。盲腸炎の手術でも四、五十点より開いておりませんね。鉗子挽出術だけそんなに開くのはどういう理由に基づくのでしょうか。
○館林説明員 これは当時第三部会の産婦人科学会における先生の御答申の産婦人科関係の手術の技術差のランキングに従いましてつけたものでございます。
○岡本(隆)分科員 罪をうまく学会の方へ転嫁されましたが、たとえば分べん監視料にいたしましても、十五点ということになっておりますけれども、分べんというものはなるべく手をつけない方がいいのです。なるべく自然に産ませるのがいい、これが一番の常識なんです。それが十五点。かりに産婦人科の医師が夜中に起こされて往診します。静かに分べんを待っててやるのが一番親切なんです。そしてたとえば二時間も三時間も待って、無事に分べんが終わって、助産婦につき合って帰ってくれば、往診料プラス初診料プラス十五点。かりにそれに対して少々の分べんの促進の注射をしましても、その点数はわずかなものです。その分べん監視料というものが十五点。しかもその分べん監視という仕事の中には非常に重要な要素が含まれています。たとえていえば胎児の心音を絶えず聞きながら、はたしてこの分べんの中で子供が健全に生まれてくるかこないかというそのすべての責任は医師に集まっているのです。そのような重大な責任を負って、しかも二時間、三時間という長時間のつき合いを深夜にするところの分べん監視というものがわずかに十五点というような評価がされておる。それはあなた方は、いろいろアンバランスがある、そのかわり何かほかのことでもうけているじゃないか、こういうふうな意見を出されるかもしれません。しかしながら全体として流れておるものは、たとえば助産婦に対して産婦が喜んで感謝をもって出すところの慣行料金というものから比べて――慣行料金は決して惜しみ惜しみ出すものではないのです。お産の場合には助産婦に出すお礼というものは喜んで出しておる。その喜んで出しておるところの慣行料金に比べて、医療担当者が受けるところの報酬はそのように大きな開きがあるということを、厚生大臣はやはりよく考えておかれなければならないと思うのです。そこに今日の医療問題についての非常に大きな壁があるわけなんです。だから解決に当たられる場合には、もっと高い見地から医療費問題というものをもう一度よく再検討されなければ、今日の医療問題はなかなか解決が困難であるということを、私はこの助産婦の問題を一つの例として厚生大臣に御忠告申し上げておきたいと思います。 それから次の質問に入りますが、これは小さな問題で、この前のときに、乙表にインキュベーターの使用の点数が入ってないのはどういうわけかということを館林さんにお尋ねいたしまして、調べておきましょうというようなことでございましたが、どういうことですか。
○館林説明員 乙表におきましては旧点数表にほとんど近いものでございまして、甲乙二表を作ります場合に、乙表はほとんど旧点数表の形で作ったものでございまして、旧来はインキュベーターの分は別に加算しないという扱いになっておりましたので、そのままになっておるわけでございます。
○岡本(隆)分科員 そのままにしてあるのは特にわけがあるわけですか。ただ何となしにそのままになったのですか。
○館林説明員 あの当時乙表には問題点が相当あったわけでございますが、基本的な考え方として、従来の点数表をあまり変えないということでございましたので、そのままにしておいたわけでございまして、当然今後改善さるべき問題点の一つであろうかと思います。
○岡本(隆)分科員 未熟児の養育医療の問題がクローズアップされてきまして、また政府もこれに努めていられますから、どこの医療施設でもこのごろはみんなインキュベーターを持ってやっておりまして、乙表だからといってそれを使わないというのじゃありません。使っております。だからそういう点が漏れておるということは非常に不公平であると思います。ただし乙表を使うやつにはちと痛い目にあわせろ、あなた方がそういう差別待遇をさせるなら話は別でございますけれども、そうでなければ是正される必要があると思いますので、是正を早期に取り計らわれるようにお願いしたいと思います。 最近非常に病院でストライキが起こっております。日赤あたりがその最たるものでございますが、このストをなくするのには、むろん医療費の引き上げということも一つだろうと思いますが、同時に政府の方では経営の合理化が必要だというようなことをおっしゃっておられるように新聞紙上なんかで見ておりますが、この場合の経営の合理化ということはどういうことを意味するのでしょうか。これは大臣からでもけっこうですし、局長からでもけっこうですが。
○古井国務大臣 病院ストの原因がどこにあるかという問題につきましては、病院の経済が苦しい、そのために給料が安い、こういう面が一つあると思うのです。経済が苦しいから従業者の給料が安いという面も一つあると思うのであります。それは医療費につながってくる問題であります。もう一つは、経済も経済であるけれども、労務管理とか従業者に対するいろいろな取り扱い、待遇、厚生施設、そういう辺にもう少し時代にずれた点があるではないか、こういうことで、経済の問題も問題だが、やり口もあるということで、病院の経営管理の点にも検討して改善すべき面があるじゃないかということで、あの問題を取り上げておるわけであります。具体的にどうこうという点は実務家、専門家の人に集まって・いただいて今大きに論議を戦わしておる最中であります。三月一ぱいという期限を切っておるのでありますけれども、これはこれとしてまとまったものが出ると思いますが、なお具体的な問題については担当の局長からお答えを申し上げたいと思います。
○川上政府委員 今大臣が申されましたように、経営管理に欠ける面があってストが起きておるということが指摘せられておるわけでございます。その内容でございますが、日赤などの問題でもそういう線が出たのでございますけれども、たとえば開設打と管理者の権限がはっきりしていない。現在の医療法でもそういうことははっきりいたしておらないのでありますが、だからそれを少しはっきりしなければいかぬのじゃないか。あるいは院長が経営管理の知識にうとい人が多いのじゃないか、そういうようなことがいわれましたり、それから経営管理の面におきましては、給与体系がまだできていないところが多い、あるいは労働条件などにつきましてもどうもよくない面が少くない。あるいは、御承知のように病院にはいろいろな職種がたくさんございますけれども、その人間関係がやっぱりうまくいってない、封建的であるというようなことも言われておりまして、そういう面を改善せなければならぬじゃないかということが言われておるわけであります。また財務管理の面ではこれも大福帳式な会計をやっておりましてそして損益がはっきりしない、あるいは施設管理とか物品管理のこともよくないとか、いろいろ財務管理のよくない点も批判をされておるわけであります。それからさらに労使関係が大へん未熟だ、労働協約とかあるいは、就業規則などが作られていない、そういうような点がいろいろと指摘せられたわけでありますので、そういう方面の専門家にお願いいたしまして、現在経営管理についてどういう点を改善したらいいかということにつきまして、御意見を伺っておるわけであります。いずれそのうちに御意見がまとまると思います。それによって今後指導して参りたいというふうに考えております。
○岡本(隆)分科員 医労組の人が厚生大臣に陳情に参ったと思いますが、いろいろな事情はあるにいたしましてももう第何波のストをやっていますからずいぶん久しい。しかもまだ日赤ではゼロ回答です。給与のアップについてはゼロ回答です。ゼロ回答であることについて、財源がないからできないとかそういうふうなことでございまするが、これは日赤の運営自体の中にいろいろ問題もある。しかしながら基本的にはこれは私はやっぱり医療費問題とつながっておると思いますね。それで大臣もすでに御承知でありましょうけれども、日赤の給与というものは非常に低いのです。きょうも給与体系を日赤からもらって見てみますと、今度公務員の給与の勧告が行なわれまして、それから比べますと、たとえば看護婦に例をとりましても、勧告後の看護婦の公務員の給与は二万一千三百円であるのが、日赤では九千四百円、これは初任給です。初任給の間はあまり開きがございませんけれども、在職年数が長くなればなるほど、公務員の方は少しずつ上がる制度になっておりますが、日赤の方は非常にそのスピードがおそいのです。だから初任給において少し開きがございますが、それがもう五年たつとこんなに開く、十年たつとさらにこんなに開くというふうに、非常に開きが大きくなっている。やはりそれだけ日赤の財政的な困難さというもの、その他の理由もあるかもしれませんが、そういうものがあるからこういうことになる。だから日赤に勤めているお医者、医員だって非常に給与が低い。給与が低いから日赤に勤めているお医者はみな夜内職をして店を開いております。日赤の部長で夜開業してない部長はほとんどないでよう。少なくとも私の知っている京都の日赤の部長級は全部夜開業しております。そして夜の開業によるところの収入の方が昼日赤の部長で受けるところの給料よりもはるかに多いくらい一生懸命かせぐ。日赤というのはそれだけ何といいますか、いわば日赤の部長さんだからということで、夜間開業のためのはくをつけるというふうな意味において、日赤に勤めていた方が得だということで日赤の部長級もやっておるというのが実態です。だからそういうふうな夜間開業を許しておる。夜間開業をやっているから部長級だってその給与はこの程度でいいというふうに据え置かれる。それを基準にまた今度は他の医師あるいは看護婦やレントゲン技師その他の職種一切の者が、部長さんだってこれだけだからということで、給与が低く押えられることになって参りますと、なるほど夜間開業のできるお医者はいいでしょう。しかしながらもうレントゲン技師とか炊事婦とか、あるいは臨床検査技師というふうな者は開業できないのです。だからそれらの人は低給与で、非常に生活が苦しいから、勢い立ち上がらざるを得ないということで立ち上がっておる。これが日赤ストの現実です。だから、そういう点の日赤というものの給与形態、あるいは日赤がああいう公的な医療機関であって――厚生省は、日赤については公的医療機関だということを絶えずいわれますが、その公的医療機関で、公務員でないからという理由で開業は堂々と許されておる。そのために、医者の低賃金は開業しているからやむを得ないとしても、他の従業員までがそのお道連れで低給与に置かれているという矛盾が、日赤の運営の中の一番大きなガンであると思います。厚生大臣はこういう点について、もう日赤は公的医療機関であって、そんな重要な性格を持った日赤として、いろいろな寄付を受けたり、また日赤といえば、今日法的にも非常に保護され、国民からもどんどん――日赤は白い羽根ですか、寄付をしたりして、日赤というものについて非常に高く評価しておる、しかも内部の運営はそのような封建的なものであるというか、じだらくなものだということについて、勤務の規律をもっと正しくされ、少なくとも勤務員は開業なんか許されない、夜間開業しなくても十分やっていけるだけの給与を当然支払うべきであるというふうな勧告をされる義務が当然あると思うのでありますが、これに対して厚生大臣、いかがでしょうか。
○古井国務大臣 日赤は非常に長い歴史を持ったところでありますだけに、一方には経営や管理に少し時代にずれた面があるのじゃないか、全体論としてはそういう感触を持つのであります。これはよく考えてもらわなければならぬことですから、そういうふうに表立って勧告とは申しませんけれども実際を直してもらわなければならないという面から、そういう努力をしておるわけであります。もっとも日赤と申しましても、御承知のように支部ごとに経済が別になっておりますので、このために、経済の豊かな支部もあるし、経済の非常に窮屈な支部もある、自然待遇もそっちとこっちとでは違う、こういうこともありましたりして、一様でもないようであります。待遇のいいところもあるようであります。看護婦さんなども、民間などに比べて日赤はいいと一口に言われておりますが、一口にそう言っていいかどうかは別としまして、ところによってはそういうところも確かにあるようであります。そういう経済のブロックがありますために、またうまくいっていないというところもあるようであります。つまり夜のアルバイトが勘定に入ってやっと成り立つような給料しかやってない、こういうお話でございますけれども、一様でもないようであります。しかしどちらにしても、全体としてもう少し改善してもらわなければならぬ点がありますので、そういうことをしてもらいたいと思って、日赤当局といろいろお話をいたしましたり努力を続けているところであります。なお詳しい点については局長から申し上げたいと思います。
○太宰政府委員 日赤の病院の職員の給与につきましては、大臣が今お答え申しましたように、それぞれ支部によって独立採算をとっておりますので、必ずしも一様とは申せませんが、かりに平均で申しますと、国家公務員に比較しましてお医者さんはやや日赤の方がいいように私ども承知しております。これはやはり日赤といたしましても、お医者さんのいいのを集めるという必要性は、独立採算制をとっているだけにより強いものがあると思うのであります。しかしながら看護婦その他の事務員等につきましては、これは国家公務員に比較いたしますと低いであろうというふうに、私ども大観して感じます。しかし民間の他の施設に比べますればまだ日赤の方はいいというふうに通常いわれております。おそらくその辺の感じは大体よろしいのではないかと思うのであります。日赤のストが、今回の病院ストなどの中で一つの大きな柱になって起こっておりますことについては、私どもも非常に遺憾に存じております。その起こっておりまする原因については、申し上げるまでもなくいろいろあると思うのでありまして、極力その欠陥を直していかなければならぬ。しかしそれにはいろいろ病院の管理の方法等もさらに改善しなければならぬ点もあります。また労使が、折衝の仕方なりが未熟でありまして、話し合って解決されてしかるべきところが案外解決されないままに、衝突したままになっているということもあるようであります。そういうような点は、私ども今後指導を急速に加えることによって是正して参りたい。また一面には、今、日赤の病院などの収入は、やはり医療費の問題でございまして、この医療費の問題の改善をしていただかなければ、なかなか思うようにいかない点もあります。もちろん病院によりまして、現在でもどうにか黒字を出し得るが、しかしながら全部を見てみますと、その幾割かは今日でも赤字というような状態であります。この辺をどういうふうにしていくかということにつきましては、医療費の点につきましても、政府といたしましては、明年度の予算においていろいろ御審議願っている点もございます。そういうものとの見合いにおきまして私ども是正をして参りたい、かように考えているわけであります。
○岡本(隆)分科員 今、局長は、日赤の医員の給与が公務員よりいいんだというようなことをおっしゃいましたが、これは私の方でもらっている資料は、なかなかそうでもないのであります。国家公務員よりはるかに悪い。それから民間機関に比べて日赤の方がいいとおっしゃったのは、それは民間企業に比べて日赤の方がいいというのか、民間医療機関に比べて日赤の方がいいというのか、どちらですか。
○太宰政府委員 私どもの今手に持っております資料は昨年の四月でありまして、医師につきましては、たとえば国立病院、平均年令三十五才、で四万七百二十九円と一応出ております。これは職種別役付も含めたものでございまして、毎月きまって支給する俸給額であります。見合います日赤の分が、平均年令は三十六・九で若干上回りますが、平均給与が四万六千三百五十八円、こういうふうになっておりますので、やはり若干よかろうと思うのであります。看護婦の方は、国立が二十八・三年で一万八千六百二十二円、これに対しまして日赤が二十八・八で一万六千四百九十一円という数字が出ておるわけでございます。これはやはり少ないように考えます。私が先ほど民間との比較を申し上げましたのは、看護婦などにつきましては、民間の場合は三十・八年で一万五千六百七十六円、これは人事院の調査の資料でございます。もちろん、この数字を申し上げましたが、勤務時間などもそれぞれ違っております。たとえて申しますと、国立病院は四十八時間でございます。日赤の方は四十四時間というようなことで、詳しく申し上げますればまた違いますが、まず感じといたしまして先ほどお答えしたところであろうかと思います。
○岡本(隆)分科員 看護婦でたとえば医長の場合でも、なるほど今お示しになった数字はやや日赤の方がいいかのようでありますが、これは昨年の四月であって公務員のベース・アップのないときです。その後公務員の方はアップされた、日赤の方はアップされておらない。こういうふうな数字でもって今比較してお出しになると、なるほど日赤の方がいいということが出て参りますけれども、公務員はやはり現在アップされている。日赤はアップを要求してそのままだというところに、大きな開きがある。しかも看護婦以下になりますと、去年の四月の時点においてすら国家公務員の方が上だ。しかもそれに対して一二%アップされたというところにますます大きな開きが出てきておるということは、やはり認識していただかなければならないと思う。しかも日赤の健康保険組合の標準報酬の場合は、医長も院長もみんなひっくるめて一万三千六百円だ。だから全職員の給与の平均ではないでしょうが、まあ平均に近いもの、それが一万三千六百円であるのに対しまして、三十五年の三月末の政府管掌の健康保険の標準報酬が一万四千二十五円です。それから組合管掌の健康保険の標準報酬は二万一千二百七十円です。民間企業というのは、組合管掌のことをまず一番に考えていただかなければならぬ。民間企業として組合管掌の健康保険の標準報酬は二万一千円である。それにかかわらず、日赤の健康保険組合の標準報酬が一万三千六百円である。零細企業の集団であるところの政府管掌の健康保険の標準報酬が一万四千二十五円である。そして日赤があれだけの大きな規模の全国を網羅した組織体でありながら、標準報酬が一万三千六百円よりか出しておらないということになって参りますと、日赤というものがいかに低賃金であるかということは、この健康保険の標準報酬が如実に物語っておると思うのです。だからなぜそんなにそれでは低く据え置かれておるのかというところに、やはりあなた方はもっと深いメスを加えていただかなければならぬと思うんですね。それには、今おっしゃった、各支部が独立採算だということが一つ大きな原因になっていると思うのです。なるほどある程度の収益を上げておるなにがあります。たとえば日赤中央病院、今度何か四億か出して土地を財務局から買うんだそうですね。それはなるほど政府の方からの要求で貸してある土地を買えと言われて買いましょうということになったのか知りませんけれども、ああいう公的な機関であり、国がいろいろな援護もし援助もしておる、またいろいろな義務も負わせておる、災害のときの出動の義務なんか負わせておるというような日赤であるならば、土地ぐらいはもうしばらく引き続いて経営がよくなるまで貸してやってもいいと思うのです。やはりそこに経理の面で余裕があるから、四億というような金を出して土地を買おうということになるわけですね。そういうような金があれば、これは日赤というのは全国的な組織ですから、全国のなにをプールして――それは日赤は公的医療機関であり、しかも僻地対策の中において、いつも日赤というものが出てくるでしょう。国立病院または日赤のごとき機関に僻地医療機関を経営させて、そこにそういう機関からお医者を派遣して赤字をカバーしながら日赤にやらせるんだ、そんな公的医療機関だからもちろん税金もかかっておらない、法人税もかからない、そういうような保護を受けておる日赤なんです。だからそういうような公的な性格を持った日赤であるとすれば、なるほど僻地にあるところの日赤医療機関はもうかりません。収益はうまくいかないでしょう。しかし東京都であるとか大都会にあるところの日赤というものは、やはりある程度収益が出るところもあります。そんなのは全部プールして、そうして全日赤としての職員に正当な待遇を与えるという方針に進まなければならぬ。各支部がそれぞれ独立採算をやっておるから、貧弱なところでは出せないという面もある、まちまちな面もある。給与が全体的に低いんだというようなことをおっしゃいますが、しかしながらそういう日赤の運営そのものに大きなあやまちがあるのです。それを是正さすのが監督者たるあなた方の義務なんです。やらなければならないことなんです。あなた方の先輩が副社長におられるからといって、遠慮なさることはないと思うのです。だからやはり公正な運営というものは、当然厚生省としては要求していかなければならないと思うのですが、厚生大臣いかがですか。プール計算で公正な運営をやるということですね、あなたから強く要求される必要があると思いますが、そういう御用意はありませんか。
○太宰政府委員 日赤の各病院、それには採算がとれておるところもございますし、またとれてないところもございます。しかし今日の医療機関といたしましては、採算がとれておると申しましても、やはり長期の設備資金なんか借りておるのを償却するとかいうような面をしさいに点検して参りますれば、おそらくそれは黒字というのはほとんどないと私どもは見ておるわけでございます。しかしながら約百ほどの病院がございますけれども、その間にいろいろ格差があることは御指摘の通りであります。これをプールにして一本にしてやれというお話でございますけれども、これは申し上げるまでもなく岡本委員御承知だと思いますが、日本赤十字社はそもそも明治十何年かから始まりましたときからこの病院経理につきましては、これはそれぞれの地方の支部病院を独立採算にする。そうして日赤の社員募集等によってやっておる経費は一切病院につぎ込んではならぬ、これは日赤本社としての特別の使命がある、そういう方面にこれを使うべきであって、その病院は独立採算制というふうになっている。そういうような過去の経緯もございます。また日赤が今日までに参りましたその過程におきましてそれぞれの地方の地域の支援と申しますか、援助及びそれの協力によって伸びて参っておるわけでございます。そういうような経緯からいたしまして、今日急にそういうものの経理を全部がらがら計算にするというようなことはこれはすぐに行なわれるべきことでもございません。またこれをやることによってかえって非常な摩擦なりマイナスの面も出てくるということは、私どもはこれは当然申し上げるまでもなく考えなければならぬのであります。しかしながら今日このままでいいとは私は申しません。そこは先ほど大臣がお答え申しましたように、日赤も今までの通りではいけない、これを少し前向きの形に進歩してもらわなければならぬとか、そのために厚生省といたしましても指導しつつあるわけであります。それは目下そういう面について日赤当局とも話し合い、日赤当局におきましてもそういう面についてどういうふうにしていったならばいいかということを目下鋭意検討をしている段階でございます。これはそういう過去の因縁なりそれから現在の実情もそういうことでございます。そういうものを現実をわきまえつつ、そして前進して参る、こういうふうにただいま持って参りたい、こういうことでございます。これを一挙にプール制にしてしまったならば、それによってはたして物事が納得されていくならば、これも一つの行き方であろうと思いますが、やはり現実は申し上げるまでもなく相当の摩擦も予期せられる。その辺は現実をわきまえつつ、しかも放置しないで促進して参りたい、かように考えておるところでございます。もうしばらくそれは時間をかしていただかねばならぬと思っております。
○岡本(隆)分科員 局長は山形県の東根という日赤病院でお医者が全部引き揚げちゃって今困っておるというお話は多分御存じでしょう。大臣は御承知ないから少し説明しますが、私の説明がちょっと間違っていたら局長から訂正していただいたらいいと思うんですが、説明しますと、これは僻地の日赤病院だから採算はとれませんよ。だから医者の待遇が悪い。従来東北大学からお医者が来ておったのだが、大学の方からもっと給料をよくしてやってくれ、あるいはもっと経営の合理化をしてうまくやってくれ、こういうふうな要求をしたところ、日赤の事務長か支部長か知りませんが、病院の経営の担当者がほかの大学からお医者を呼ぼうとしたんですね。だから、おれのところの交渉に応じないでよそから入れるならばそれじゃ引き揚げますというので、東北大学から出て行っているお医者が全部引き揚げちゃって、一時日赤にはお医者が全然いないというふうなことになって非常に困って泣きついて、とにかく一人ずつ今大学から来てもらっておるというふうな、実情であるというふうなことを聞いたんですが、しかしこういう事態が起こるということは、そういう僻地にあるところの採算のとれにくい日赤というもの、それに独立採算をしいて、それでもって困難な経営をやらせる。それにはどうしても勢い給与の低い状態に置かなければならぬのが、あまり並みがはずれて低いから大学の方で見るに見かねてそんなことではかわいそうだからということになったのが紛争の原因なんで、そういうふうなことになるということ自体、日赤というものが僻地であろうとどこであろうと、やはりそういうふうな国民の医療にほんとうに公益の立場から寄与するのだという性格を持たなければ、もうかるところはやるのだ、もうからない医療はおれたちはやらないのだというふうなことなら、日赤は公益機関であるということはできません。それは私的な利益追求の機関であるといわなければならぬ。もうからない、採算のとれないところだってやっていくのだ、それは片一方で採算のとれるところから助けてやって、そして僻地でも医療が成り立つようにしてやるのだ、そういうふうな性格というものが日赤になくてはならない。今あなたのおっしゃるように、そういうことは昔からのしきたりでどうにもなりません、当分そんなことはちょっと及びもつきませんというふうなお話では、私は日赤というものに対するわれわれの理解と非常に大きなかけ離れたものがあると思うのですが、局長その点どうですか。
○太宰政府委員 東根病院のことは詳しくは知りませんけれども、そこが長い間赤字を出して、最もそういう面からいえば問題の病院である。それでまたお医者さんもなかなか得にくいというところであるということは承知しております。これはお尋ねのように、そういうところにはたしてそれだけの病院を置いて独立採算でやらしていくということについて、どういううまい経営をしてもそこは成り立たぬのだというところに該当するかどうかは、私はこれは調べてみにやいかぬと思います。そこで私どもは今考えておりますのは、これはどんな病院でありましょうとも、赤字を出したということならば、まずその赤字というものを出した原因はどこにあるか、経営のやり方がまずいのか、それとも何かサービスに欠陥があるのか、あるいはそこの需要というものとの見合いにおいて、それが不当であったのか、どちらかアンバランスなのかというようなものを調べてみて、そうしてそこで極力みずから成り立つような努力は私は当然すべきであると思うのであります。これに対しまして他からのいろいろてこ入れというようなものも私は考えるべきであろうとは思いますけれども、まずみずからが全然そういう努力をしないでもって、よそにかかる、あるいは国家から補助をくれと言われましても、これは簡単にそれに応ずるわけには参らぬ。そういう点につきましては、東根病院につきましては日赤当局においても今至急にその問題についてメスを入れて検討している段階というふうに私は承知いたしております。なおそういうような病院が他にも幾つかあるようであります。これは早急にメスを入れて検討するようにということを申しておる次第であります。
○岡本(隆)分科員 一つには独立採算制になりますと、勢い人事の交流が行なわれません。だから採算がうまくいかない。支部長なりあるいは事務長が経営の才腕がない。そんな場合にもとにかくそれに対して人事の更迭が行なわれない。だから幾らいい医者が行って努力しても何かそこに沈滞した空気があっておもしろくないから働けないというふうなことがあれば、その病院はふるいません。だからやはり全国的な統一の中で人事の交流もやり、また資金的なプールも行なって、それでもって日赤全体を生き生きとした日赤に建て直す、こういうことをやらなければ、この日赤問題というものは単に医療費だけの問題だけではないということはさっきもおっしゃった――医療費が一番大きな問題です。しかし医療費が一番大きな問題だが、しかしその他に根ざしておるいろいろな封建性というものから停滞した人事というものが生まれてくるのです。だから、そういう意味においては、その組合の方からもそういうことは下の従業員が要求しているのです。上の幹部の御都合で、考え方として昔のままのしきたりを守ろうとするのです。そういうふうなことに対しては、末端の要求というものをよく理解してやって、どうすれば全日赤の従業員が明るい気持で働いて業績を上げる中でより多くの給与が得られるような努力ができるか、そのような道を開いてやる必要があると思うのです。厚生大臣も今の議論を聞いていただいておりましたから、一つその点よく善処していただきたい。 もう一つ二つお尋ねして打ち切りますが、そこできのうの朝日新聞ですかを見ておりますと、厚生大臣は健康保険の制度の抜本的な改正をやりたいというふうなことを発表しておられました。保険の簡素化をはかるというこの記事ですね。記者会見で発表されたようでありますが、古井厚生大臣という名前にしてはなかなか新しい頭を持っておられると思って、私は実は敬服をしておったのでありますが、これは大臣個人の御意見ですか、あるいは次官なり保険局長と御相談の上で発表された御意見ですか。その辺をまず承りたい。
○古井国務大臣 ただいまのお話は、医療制度全体についての総合的な企画をするために大臣直属の一つの機構を設けたい、こういうことを書いておった新聞のことだろうと思うのでありますが、これは私は実行したいと思っています。そして医療保障全体につきまして、いろいろだまっておる問題で根本的に考えなければならぬ問題がありますので、そういってどれだけ解決できるかそれはわかりません。わかりませんけれども、問題として明らかに考えなければならぬ事柄も確かにはっきりあるのですから、それを片づけられるだけ解決してみたいものだという気持を持ちまするので、それでとらわれない気持で、いきさつやそれから省内の各局の立場などには拘泥しない立場でこれを見直してみたいということで、その新聞に書いてある通りのことを言ったわけじゃありませんけれども、私の心持を敷衍したりなどして新聞が書いたんだと思うのであります。火元は私にあるのであります。これはむろん省内の次官や局長から平素いろいろ意見も聞いております。しかし私自身の意見が主であるかもしれません。中心であるかもしれません。まあ一つの考え方を出しておるということで、書いてあることがその通りと考えていただくと、新聞が書いておるところもありますから、考え方のもとだけは私から出ておりますけれども、そういうことに御了解願いたいと思います。
○岡本(隆)分科員 それでは、大臣が私見として伸び伸びと自分の思っておることを言った、こういうふうに理解をいたすのでございます。必ずしも大臣の言われた通り新聞に載っていないということでありますから、もう一度大臣の御心境を承ってみたいと思います。 今の医療制度がことに対医師会の問題についてこのようになっておる、そういうようなことについて、それはやはり日本の医療制度に非常に大きな欠陥か何かあるからに相違ないと思う。日本の医療制度の中の医療保障制度で一番大きな欠陥はどういう点だと大臣はお考えになっていらっしゃるでしょうか。
○古井国務大臣 これは見方はございましょうけれども、この数年来医療保険制度がこういうふうに医療の大部分を占めるようなところまで発展してきた、こういう大きな事実が起こっておるのであります。医療保険制度がここまできた、皆保険まできた。ところがその医療保険の内部においても、できた時期も違ったり、てんでんばらばらに仕組みができておる。まるで統一がとれておらぬような感じがする点が一つの重要な点であります。それとまた、規格診療的なことにどうしても保険制度はなるのでありますけれども、しかしそれがために今の自由診療的なよさというものが取り入れられていない、それが開業医との衝突の根本にもなってきておる。そういう辺にも、とにかく相当大きな部分をこの開業医の方にたよらなければならぬのが現状なんですから、調和点を見出すということも、医療を円滑にやっていく上にきわめて重要だと思うのであります。そういう根本的な諸問題があると思うのであります。もっとほかにも私はまだあると思っております。それにとにかく取り組んで、右にせよ左にせよ解決できるものは解決していきたいという気持を持っておるのであります。
○岡本(隆)分科員 私は厚生大臣が新聞に発表されました内容を見まして非常に同感しました。私の日ごろ思っておることを厚生大臣はおっしゃっておるのだ、そうして日本の医療保障制度があまりに複雑多岐であって、一つ一つのものを順繰りにいろいろな形でそのときそのときの御都合次第で、絵に書いたものを作ってきて、それで一つの形になっておる。よく私たち芝居を見ると、貧しい女がいろいろなはぎれを縫い合わした着物を着て出て参ります。これは貧しさの表徴をはぎれを縫い合わせた着物という形で表現しておるのだと思うのですが、それと同じことが今の日本の医療保障体系で言えると思うのです。だから、首尾一貫した、つぎはぎだらけでないところの医療保障にすかっとやり直す必要がある、こういうふうに絶えず思っておりました。ところが、大臣の談話としてばさりとそれが出て参りました。しかしながら私はこれで首をかしげた。大臣こんなことを言うが、これ放談と違うかなあ、一体厚生省の次官や保険局長と話し合ってこれを発表されたのかどうか、およそ今までの日本の保険行政の行き方から見ると、これは非常な革命的なことです。しかもこれをやろうと思ったら非常な勇気が要ります。これはやろうと思ってもなかなかそう簡単にやれません。非常に弱気の要ることであると思うのですが、大臣は、在任期間中に少なくともそういう方向へどうしても持っていきたいというだけの決意を持っておられるのか、その辺のところを一つお伺いしたいと思います。
○古井国務大臣 あまり大ぶろしきを広げましてもならぬことでありますから、大きなことを言うわけにはいきませんが、しかし、とにかくだれが考えてもこれは問題だと思いますから、取り組んで解決するということに一つまっしぐらに進んで参りたいという気持を私は持っておるのであります。今準備ができておるとか言っているのじゃありませんが、準備もしなければなりません。準備も何にもしょうともしないでおっては解決にならない。取り組まなければ解決にならないと思いますので、そういう気持を強く持っております。
○岡本(隆)分科員 もしこれを厚生大臣がやっていただいて、レールに乗せていただいて、そういう方向へ動いていくとするならば、私は日本の社会保障の制度の歴史の中に残るところの大事業になるであろうと思うのでありますが、こういうふうなことは保険局とも社会局とも医務局とも非常に密接な関係がございますが、こういう仕事に御協力をされるお気持がおありになるかどうか。一つ各局長から順々に所見を述べていただきたいと思うのですが、まず保険局長から、社会局長、医務局長と……。
○森本政府委員 ただいまの御質問でございますが、社会保険医療制度の現状をよく知っております者としましては、抜本的なことを考えねばいかぬということはお互いに感じております。ただいま大臣のお話がございました通り、私たち全く同感に感ずるのでございます。われわれも微力でございますので、どこまでやれるかわかりませんが、極力やらなければならぬと思っております。
○太宰政府委員 ただいま保険局長が申した通りに考えております。
○川上政府委員 同感でございます。
○岡本(隆)分科員 これはあなた方の非常な決意を持った御協力のない限り大臣の夢に終わりますから、そういうことを懸念するので、しかと念を押した次第でございますから、一つその点はお忘れないように、これは日本の国民全体にとって、日本の社会保障制度をりっぱなものにするためには、どうしてもこういうことを決意を持ってやっていただかなければならぬと思うから、私は念を入れて申し上げるので、その辺、御理解を願いたいと思います。 そこで問題は小さな雑件に入っていきますが――それよりも、もう一つ大きな問題があるのです。 先ほど厚生大臣はいろんな問題を、医療費問題は軌道に乗せてもらいたい、筋を通してもらいたい、だから中央医療協議会にかけた方がいい、こういうようなことをおっしゃっていました。しかしながらそれと同時に、中央医療協議会を改組したい、こういうような御意向が発表されたわけです。中央医療協議会がどのようなものでなければならないかという性格の問題になります。私は、厚生大臣が絶えず筋を通そう、中央医療協議会で話し合おうじゃないですかといつもおっしゃっている言葉を聞いて、そういうこと自体が筋が通らないのだ、こう私は思っているのです。それはどうしてかといいますと、中央医療協議会がもはや公正な医療担当者の処遇をきめる場でないということは、三年も四年も前からいわれておるのです。私もかつてたしか健康保険法の改正のときだったと思いますが、私は本会議でもって岸総理に、公正な医療担当者の処遇をきめる場は中央医療協議会のような場ではだめだ。各界のそれぞれの利害の担当者が集まって、そこでわいわいがやがやけんかするような場であっては、結局その多数決はほんとうの正しい多数決というよりも、ねじ伏せの場になるのです。だから、そういうようなところでは正しい医療費というものは出てこない。しかも適正な医療費がきめられなかったということが今日このような医療の混乱の原因になっている。これはもう数年前から指摘されているのです。中央医療協議会はだめだ。だから公正なそういうふうな医療費をきめる場というものを作らなければならない。それにはやはり純粋に第三者の立場に立って、しかもいろいろな科学的な基礎を築き上げて、その上でもって適正な医療費というものをきめるために、人事院のごとき性格を持った全くの公正な機関を作らなければだめだということを私は本会議で言ったのです。岸さんもそのときにはいかにもその通りだと思う、だから、早急にそういう機関を作りたいと思う、こういうようなことを本会議の席上で答弁しておられる。委員会でも私はそういうことを何べんか歴代の厚生大臣に申して参っております。そういうことが絶えず指摘されておりながら、そういうふうな公正な医療費の決定機関というものが生まれてこなかったところに今日の混乱の原因がある。だからそれは、厚生省は監督者であると一緒に保険者なんです。二重の性格を持っているから、そういうようなことにすら熱意を持たない。保険者としての立場なら、やはりできるだけ医療費を低くしておきたいというふうな、公正なということよりも保険財政とにらみ合わせた上での医療費というようなものにこだわって、公正さというものをまず第一に置かない。これは高くも低くも、公正なものであれば、医療担当者もそれに従わなければならない。しかしながらそれが、人事院のごとき全く離れた特別な機関でそういうものが作られないところに、やはり保険者としての考えがその中に入ってくるから、医療費というものが混乱を招くようなことになってくる。だからそういう適切な機関を作らなかったということは歴代の厚生大臣の責任です。あなたの責任じゃないですがね。しかしながら厚生省は、自分の今までやってきた怠慢をたなに上げて、昔のままの古います、それはたががはずれてしまって、じゃあじゃあ漏るような、そういう古いますを持ち出して、それではかろうじゃありませんか。筋を通して、ますではからなければものはわからないから、一つこのますではかろうじゃありませんか。こういうふうなことをあなたが幾らおっしゃっても、それはきわめて筋の通らない話なんです。だから、今中央医療協議会の改組というものを持ち出されたことは、これは私はあなたの御明察の一つだと思う。しかしながら、その中央医療協議会というものも、ただ単に人的構成をいじるというような程度のものであっては、それは五十歩百歩です。そんなものは、各利害関係者が寄って、そこでまた公益代表というようなものがあっても、公益代表はだれが選ぶのかといったら、保険者である厚生大臣が任命するのでしょう。任命されたら、やはり多少光栄にも感ずるでしょうし、あるいは中央医療協議会の委員はある程度の手当も出るかもしれない。そういうようなことから幾分やはり厚生大臣の顔色を見るということもあり得ると思う。だから全く公正な機関というものはやはりもっともっと機構的に構成しなければならぬ。しかも独立したビューローを持って、みずからの手足をもって、適正な医療費を算定して積み上げていく、こういう機関を作る。また医療費というものは今だけの問題じゃない。今解決しても、また物価の変動とともに絶えず問題がある。だから恒久的にして、これほど国民の健康というものに大きな影響のあるもの、しかも一切の現在の経済というものは自由主義経済で、統制というものはないのです。その中で医療機関だけが統制を受けるのです。そのことについては医療担当者は非常に不満を持っているのです。その不満を押えるためには、やはり公正にあなた方の給与はきめられておりますよと言えるようにしなければならぬ。公務員はそういう意味においては、公務員たるゆえをもって思うように給与が上がらない。不満を持ってはいかぬからというので人事院がある。だからそういうような機関を作らなければならないと私は思っているのですが、一つ大臣のお考えを承りたい。
○古井国務大臣 医療費の問題を軌道に乗せますには、これはいろいろの点を考えなければならぬと思うのであります。一つには、こういうふうに紛糾いたしますのも、医療費をきめていく算定のルールというものが従来きめられていなかったということも大きな原因だと思う。ルールがきまっておるならば、このルールにのっとって具体的に今度当てはめて、どういうふうに医療費問題を処理するかということが割り出されるのでありますが、ルールがないのであります。これも大きな欠陥だと思います。そこで社会保障測度審議会にお願いをいたしました際も、私は伺いまして、ルールをきめるという問題も大事な一面だから、そのルールをどういう仕組みできめたらいいか、ルールをきめる仕組みも一つ考えていただけぬか。それからルールにのっとって具体的に今度何ぼ上げるとかいう、ルールをもとにしてはじき出すその機構もどうしたらいいか、一つ考えて下さらぬか。のみならず常時資料を集めあるいは整理するというふうな事務的な機構も要るのじゃなかろうか。公正な資料を集める機構も要るのじゃなかろうか。こういう三つのことを考えることにおいて医療費の問題が軌道に乗るのじゃないだろうか。そこでルールを確立するための仕組み、それからこれを当てはめて実際に医療費を今度何ぼ上げるということをきめる機構、資料を集める機構、そういうものを三つひっくるめて検討してもらえないだろうかということを実はお願いしたのであります。今の医療協議会の改組というのもその一環ではありますけれども、それだけですべてが片づくとは思わぬのであります。総合してこれは軌道に乗るのだと思うのであります。そういう意味に考えますので、ただ医療協議会をちょっと手直したらいい、こういうふうに軽くは思わないのであります。今のような意味で改組はやってみたいものだ、こういうことで取り組んでしまったわけであるのであります。近いうちに審議会の方からも御意見がまとまって出していただけるような様子にも見ますので、その上でまた御批判を願いたいと思います。
○岡本(隆)分科員 それは厚生省の中へ置くのですか、厚生省の外へ置くのですか。その辺が重要だと思いますが……。
○古井国務大臣 厚生省の中に置くか、外に置くかという問題もひっくるめて第三者的に考えたらいいと思う、色のつかぬ立場で検討して下さいということで問題をお願いしておるのであります。
○岡本(隆)分科員 保険制度の簡素化といい、今の医療協議会の改組の構想といい、私は大臣のお考えに非常に同感でありますが、この問題については、かりに相当な抵抗があっても一つ勇気をもってやっていただきたいと思います。今日の医療担当者の間の不満というものは――大体日本医師会という団体はああいう一斉休診というようなことを言い出せるような団体じゃない。あれはほんとうに追い詰められて、窮鼠ネコをかむというふうな形の行動だというふうに御理解願わなければならないと思うのです。相当な教養もあり、また相当社会的にも尊敬を受けておる者がデモだなんぞだということは、とてもみんな気恥ずかしくてできることじゃない。それを堂々と胸を張って歩くようにさしたというのは、やはり日本の厚生行政、医療行政の今日までの積もり積もってきたうみがなさせるわざなんです。そこまで医療担当者が追い詰められ、しかも保険医の総辞退――保険医の総辞退はなかなかそう簡単にはできませんよ、やったらあんた方も痛いですよというふうなことを、さっき厚生大臣は河野委員にお話をしておられましたが、なるほどもし総辞退をやれば、医療機関は確かに非常な打撃を受けると私は思うのです。しかしその非常な打撃を受けたそのとき、次に医療担当者がとってくる行動というものはおそろしいものがあると思うのです。そうなれば恥も外聞もない。もうここまで追い詰められたら、ほんとうに切り死にする覚悟で戦わなければならぬというふうなところに追い込まれると思うのです。そういうようなところに追い込んでは、これは多くの犠牲者が国民の中から出ます。ほんとうに完全な医療ストというようなものが行なわれたら、非常な犠牲者が国民の中から出ます。そういうみじめなことをするならば、それはやつらが悪いというだけでは済まないのです。やはりそういうところに追い込んでいった者にも非常に大きな責任があると思うのです。だからそういう点については、厚生大臣が今公正な考え方を持って新しい方向を作ろうという考え方をお出しになり、そして同時に各局長にも、一つ協力してやりましょうというような御答弁をいただいて、私は非常にうれしいのです。これをもって日本の医療行政を正しい方向に導いていく。今は峠で、今を境にこれから下り坂になるように、一生省をあげての御努力を心からお願いいたしまして、私は質問を終わります。
○北澤主査 羽田武嗣郎君。
○羽田分科員 私は薬事の問題について古井大臣並びに牛丸薬務局長に二、三のお尋ねをいたしたいと思うのです。最初に大臣に御理解を得るために一応薬事法の関係の条文を引用してみたいのであります。薬事法の二十四条には、「薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列してはならない。」という規定があるのでございます。またその二十四条の第二項には、「前項の許可は、二年ごとにその更新を受けなければ、その期間の経過によって、その効力を失う。」という規定があるのでございます。さらにまた第二十九条には「薬種商販売業の許可を受けた者(以下「薬種商」という。)は、厚生大臣の指定する医薬品を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列してはならない。」という条文がございます。さらに第八十四条においては罰則が規定されております。第二十九条の規定に違反した者は三年以下の懲役または二十万円以下の罰金に処するというように、相当重い刑罰が規定されておるのでございますが、そういう法律の条文を前提として以下二、三の点について大臣並びに牛丸薬務局長にお尋ねいたしたいと思うのでございます。 去る二月一日付の官報で公布された薬事法施行規則、これは現在の大臣がはんこを押されておやりになった施行規則でございますが、厚生省令の本年度の第一号になっております。この中において、薬種商の営業権についてでございますが、二月一日の新省令では既存業者は当分の間は今まで通りに旧指定医薬品により毒薬、劇薬及び普通薬を合わせて従来の品目百八の取扱制限を受けるということになっておりますが、「当分の間」ということだけが規定されておるだけであって、既得権について何らの保証がしてございません。いつ打ち切られるかわからないということで、業者は戦々きょうきょうの非常に不安な状態にあるという状態でございます。この「当分の間」ということは一体どの期間くらいをおさしになっておるのか、これは牛丸薬務局長にお尋ねをいたします。
○牛丸政府委員 「当分の間」という解釈でございますが、それは薬種商を新しい法律の、ただいま御指摘になりました二十九条の規定に従いまして、施行規則の三十六条によって御承知のように規定をしておるわけでございますが、そういう新しい薬種商と従来の古い薬種商はそのまま従来の指定医薬品以外は全部販売できる、それの期間を、たとえば何年というふうに明定するという案もございます。しかし私どもの考えとしては、急激な変化を与えたくないわけでございますので、相当長期にわたってその通りの既得権を継続していくという形でございます。最初に条文の御指摘がありましたように二年ごとの登録の間、その二年という意味じゃないわけでありまして、現在の薬種商がそのまま薬種商を継続している間は「当分の間」という解釈で従来のままの既得権を存続するという考えで当面のところはやっていきたいと思います。
○羽田分科員 ただいまのお話しだと急激の変化を与えないために相当長期の予定をしておる、現在の業者が生きている限り認めよう、こういうことでございますが、その現在の業者と申しましても、これは厚生省の調査によると一万四千三百五十軒ございます。そういう人が現在生きているといっても、それはばらばらに、早く死ぬ人もありおそく死ぬ人もあって、一ぺんにこの法律のように、またあなたのおっしゃるように、現在生きている人が一律に同じように死ぬというものではないと思います。そういうことになるのでございまして「当分の間」が相当長期になった場合においては、今やっておる業者と新しく営業を始める業者と二つのものができ上がると思うのでございます。たとえば薬種商、販売業の資格を持っている主人公がなくなった場合に、細君が資格をとりましても、これは新規ということになるのでごいまして、新については既存業者じゃないから、取り扱い品目は大幅に制限を受けるという結果になると思うのであります。今までは主人公の名義でやっておっても、要するに実際の薬を売るということは、家庭の仕事として大体細君がやっておるのだろうと思うのです。そういう細君の場合になったらば、直ちに今度は縮小をしなければならぬ、こういう重大な結果になると私は思うのでございます。憲法の第二十二条に「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移轄及び職業選揮の自由を有する。」 という基本的人権を持っておることは申すまでもございません。公共の福祉に反することだけが職業選択の自由を制限することになるのでございますが、メーカーの完全包装をしたものを、ビンに入ったりあるいは包みに入ったそのものを売るだけが薬種商の商売でございます。自分で調剤をしてやるというのは薬剤師でございます。薬種商はでき上がった、メーカーから持ってきたそのものだけを売るというふうに、完全包装したものだけを売る、こういう販売業というようなものは、公共の福祉に反するということは言いがたいと思うのでございます。しからば省令規則でもって国民の基本的人権を侵害することになると思うのでございますが、これについては大臣の御所見も承りたいと思うのでございます。また新旧の業者を差別することになれば、憲法十四条において、「すべて國民は、法の下に平等であって、人種、信條、性別、社會的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」というふうになっておるのでございます。新と旧との二つのものが平等に扱われなければならないわけです。しかるに新の方は不平等に扱われる、旧のものと全然差別が行なわれる、こういう結果になりまして、これは何人も法のもとには平等でなければならぬという憲法の条章に反し、また社会的関係においても差別されないという憲法の一平等の原則に反すると思うのでございますが、これについてまず第一は職業選択の自由、第二は平等の原則に関する点について、大臣の御所見を承りたいと思います。
○古井国務大臣 お話しのように職業選択の自由を認めた憲法の条章、また法のもとにおける平等でなければならぬという条章、これに抵触する法律も命令も作れるわけのものではございません。そこで薬種商を始めます許可の問題も、この憲法の条章に抵触しない、憲法に合うた、合憲の規定として作り、またこれを運用しなければならぬと思うのでございます。しょせんは公共の福祉という面からの制限が起こるだけでありますから、この許可の問題にいたしましても、許可の運用にいたしましても、やはり公共の福祉ということを確保するという見地からの制限にほかならぬのだと私は思います。でありますから、この運用の方でもそうやたらに、自由裁量してどうでもいいというふうなものではなかろうかと思います。そういうふうに思いますが、さっきお話しの既存業者の問題でありますけれども、これはさっき局長が申しましたように、当分というのもそう短い話ではない。御本人がやっておる間ぐらいは続いていくぐらいの考え方でやっていく。なくなられた場合には、今度は奥さんがやる、なるほど同じ家でありますけれども、今度は名義人が変わるわけでありますから、既存の業者とは言えないわけであります。やはり許可を受けなければいけない、許可の問題になってくるわけであります。そのときにはさっきのような考え方で許可を与えるという点も考えなければならないと思いますし、特に家族制度という現実があるわけでありますから、その辺は十分考慮して、これはどうしても名義人が変わりますから新規許可の形式にはなると思うのです。そういうことを考慮しつつ新しい君の許可を序えるということを考えるべきじゃないか、あまり実情に合わぬような運用にはすべきはずのものでないと思うのであります。なお必要がありますれば局長からお答えいたさせます。
○羽田分科員 ただいま大臣のお話で、職業選択の自由の問題及び平等の原則の問題について承りましたが、職業選択はもちろん公共に、ことに人の生命に関することでございますから、ちゃんと試験を受けて、資格を持った者でなければ従事することができないのであります。さらにまた、この平等の問題について、大臣は、家族制度の立場から、今までやっておったような業者については、できるだけ実情に沿ように扱おう、こういうようなお話でございますが、これはとにかく法律の大専門家である大臣としては、まことに私は受け取れないお話だと思うのでございます。新しい省令によれば、つまり既存業者と新規の業者というものをはっきりと区別をしておるのであります。それを、既存の中の主人公がなくなって細君がやるという場合には、実情に合うように手心を加えよう。それからまた、新しく現在予備軍としてすでに資格を持っておるのは一万六千人おるのでございますが、この一万六千人の者が営業を始めるという場合と、同じ新しく始める、名義が新規になるのにもかかわらず、こうして同じ新しくやる者に対してと、二段の扱いをするということは、これは憲法の平等の原則に絶対に反するのでございます。これは大臣が法律の専門家であるのにもかかわらず、私の質問をただうまくかわそうというような御意思でおやりになっておるのではないか。おそらく薬務局長から言わせれば、そういうことはしない。おそらく大臣の御意思とは違うように――おそらく大臣は、人情的にお考えでございますから、それは家族制度という点から、十分そういう点は実情に応じて考慮しよう、こういうことでございますが、まあ大臣は一年なり二年なりの寿命しかございませんが、薬務局長はやはり役人として長く役所におる方でございます。そして薬務行政の全体について、またそのスタッフもおりますししますから、やはりその意思というものは、方針というものは、もう変わることがないだろう、こういうふうに思うのでございます。ただいま大臣から温情的なお話があったのでございますが、これはちょっと大臣の答弁としては受け取れないというふうに私は考えるのでございます。すなわち、新省令によれば、新規業者に対しては、取り扱い品に対して大制限を加えておるのでございます。たとえば普通薬でありますが、ホルモン剤とか、アトラキシン等の精神安定剤は、販売を許されておりません。ただし、ホルモン剤のうちのたとえばボセルモン、エナルモンBのごとく、一日の服用量によって、二錠の場合は指定薬になって、一錠の場合は除外される、こういうことになるのでございまして、薬種商が完全に包装されたところのものを売っても、買った方のお客さんの方でもって、一錠ならばそれは法律違反になりませんが、もし勝手に二錠飲めば、これは法律の違反になります。結局法を守ることができないという結果になって、しかも二錠飲んだならば、先ほども引用いたしました罰則によりまして、三年以下の懲役、二十万円以下の罰金に処せられる、こういうようなことを薬種商は受けなければならない、こういう重大な責任が生じて参るのでございます。それからまた第二は、毒薬、劇薬については、大体全面的に禁止しておる規定がなされておるのでございます。ただし取り扱いを許されているものとしては、毒薬が三つと劇薬が十八でございます。合わせまして二十一品目でございまして、たとえば塩酸とかあるいは硫酸とかあるいは硝酸とか苛性カリとかあるいは苛性ソーダ、こういうもののほか二十一品目しか取り扱いすることが許されておらないのでございます。しかもこれらの薬品は、主としてメーカーから工場に売買されておるものであって、いわゆる医薬品として市販されておるものではございません。二十一品目のうち、たった一つネコいらずだけが市販品としてあるだけでございまして、これでは全く羊頭を掲げて狗肉を売るといってもよろしく、愚弄するのもはなはだしいと思っておるのでございます。かくのごとく、全く二十一品目を許しながらも、全然扱えるものはネコいらず一つだ、こういうようなばかばかしい結果をこの省令は規定しておるのでございます。これについて薬務局長の所見を承りたいと思います。
○牛丸政府委員 医薬品の取り扱い方について、薬種商の販売する医薬品は、包装されておるものをただ販売するだけであるから、制限が要らないのじゃないかという御趣旨の御質問かと思いますが、これは薬事法の法律制定そのものの一つの基本的な問題でございまして、もし医薬品が一般のものと同じあるならば、薬種商という資格も要らないわけでございます。たとえば一般の販売化粧品その他と同じように、あるいは許可も要らずに売っていいわけでございますが、しかし医薬品というものの性格から、そういう一般のものと区別いたしまして、薬事法という特別の法律によって規制をされているのが、薬事法制定の趣旨でございます。そうして、その中で、薬種商というものの取り扱うものが何がゆえに制限されているかと申しますと、医薬品は原則として、国家試験を受けた特定の資格のある薬剤師が取り扱うのが原則である。しかしそれ以外のもので、あまり変化のないものとかあるいは毒とか劇薬でないようなそういう性質のものは、そういう特別の資格のない、まあいわば従来取り扱ってきた経験とそれから医薬に対する薬剤師以下の知識経験によって取り扱うものもある。そういう趣旨で、薬種商というものは従来も存在するし、この新しい法律によっても存在しているわけでございます。指定医薬品制度というものは、これは今日始まったわけじゃございませんし、明治四十五年の薬律当時から、指定医薬品ということで、薬剤師とそれ以外の者との医薬品の取り扱いが制限されておるわけでございます。今度の法律におきましても、その趣旨が明確にされただけでございまして、特別にそれ以上の制限が加えられたというふうに私どもは考えてございません。むしろ指定医薬品として、毒薬なり劇薬なり抗生物質製剤なり、そういうものを制限するという一律な考えじゃなくて、現在薬種商において取り扱われている品目によっては、それはもう一般に繁用されているということで、抗生物質の中でもペニシリンなりクロロマイセチンというようなものは、指定から除外して販売ができるような措置をむしろ考えたいのでありまして、この一般薬局でなり、あるいは一般医薬品販売店で全品目を取り扱うというものと、薬種商の医薬品販売が区別されるということは、事柄の性格上やむを得ないのではないかというふうに考えます。そうすると従来取り扱っておられた既存の薬種商と、これから許可を受けられる薬種商との間に区別がつけられる、これは二重になるのではないかという御質問でありますが、これはいわば経過規定でございますので、従来の薬種商の人たちでも、原則としては全部新しい指定医薬品の制度を適用するのが本則でございます。しかしそれを断行いたしますと、そこへ既得権のいわば非常に大きな急激な変化が起こってくるわけでございますので、そういう法律の制定によって社会経済的な変化が急激にくるということは、これは大いに考えなければなりませんので、そこは既得権の尊重として現在販売をされている薬種商の人たちについては、従来と同じように取り扱い品目を当分認めていくという措置をとったわけでございます。それからこれはその人に伴う販売の資格が薬種商にあるというふうには法律上はなっておりませんので、あくまで個々の販売の許可でございます。従いましてその点が医師、歯科医師、薬剤師というような、その人の身分に伴う資格とは本質的に違うわけでございますので、現在薬種商の販売をやっておられない方々が、既得権があるというふうには、法律上どうしても解釈できない。現在やっておられる方は、これは既得権として考えていかなければなりませんけれども、許可を与えるための前提として試験制度が旧法においてはございました。その旧法の試験を受けておられて、そして薬種商の販売業はやっておられないという方は、これは既得権ということには法律上解釈できない。従ってこの方々まで、この経過措置において救済するということは、薬事法の経過規定からいっても、私どもとしては情においては何とかその辺を解釈できないかということで、検討はしてみたわけでございますけれども、それは薬剤師というふうな資格ではないという点において、経過規定では救済するわけにはいかなかったというのが現状でございます。
○羽田分科員 今まで扱っているもので、先ほども言うように、ホルモン剤とかアトラキシンというような精神安定剤、こういうようなものは、ちゃんと箱入りで、もうメーカーからちゃんとできたものを売って、それを調合してやるとかそういうことをやるわけではなくて、ただ完全包装されたものを渡すだけなのが薬種商でございます。しかも最近は製薬技術が非常に進歩をしてきております。しかもまた需要者、お客さんの方でも、新聞の広告、あるいはテレビ、ラジオの広告等いろいろなもので、非常に薬の知識を完全に持っておるのでございます。そういうようなことから申しまして、特に今まで扱っておったものをこうして非常に極端に制限をするということは、これは全く一種の薬種商を撲滅するという方針ではないか、こういうふうに思うのでございます。それからただいまもお話がございましたが、今まで薬種商というものが一体どれだけ薬事法に違反しておるかということの件数等を、一つどのくらいあるのかということをお話し願いたいと思います。
○牛丸政府委員 薬種商の違反件数ということですが、今監視の実際の問題としてやっておりますのは、不良医薬品の取り締まりを中心にやっておりますので、薬種商の営業停止とかなんとかいうような事例の数字は今持っておりません。あとで詳細な数字を提出いたしたいと思います。
○羽田分科員 先ほどからしばしば言うように、ビンに入ったものとか、あるいは箱に入った完全包装のものを規定に従って売っておるのでありますから、薬種商には悪質な違反はないのでございます。ただ形式的な違反はあります。たとえば今までは塩酸も扱っておることができたので、塩酸を買いに来たお客がある。その場合に塩酸を買うには判こが必要でございます。その判こを忘れてきたというような場合に村の人とかあるいは町の人で近所の人でございますから、またこの次でもよろしい、こういうようなことでそのままになった、こういうようなたぐいのいわゆる形式犯しか違反というものはないと思います。それから乱売の問題でございますが、乱売をして業界を混乱させるというようなことも薬種商の場合にはほとんどないのであります。これは厚生省からにらまれておる業種であります。従ってこの撲滅をされるのではないかと戦々きょうきょうとしておるのでございますから、お互いに乱売を慎んでいこう、そうしておとがめを受けることをよそう、こういうことで乱売するという者はほとんどないのであります。乱売する者は、たとえば池袋西口の三共薬品で乱売をやったことは新聞にも報ぜられまして有名な事実であります。これは経営者は日勤車屋さんであった。そうして薬剤師を雇って経営をしておる。薬局の名前ではあるが、実は経営者はほかの業種に従ってそうして金を持っていて人を雇ってやるというようなことでダンピング、乱売をして秩序を乱す、こういうようなことになっておるのが大勢ではないか、こういうふうに思うのでございます。薬屋さんとして大衆に非常に親しまれて平穏無事に営業しておる者に対して、かくのごとく省令一本で憲法に違反するような規則を出すということはゆゆしい問題ではないか、こういうように思うのでありまして、牛丸薬務局長の御所見を承りたいと思います。
○牛丸政府委員 指定医薬品の制度は、先ほども申し上げましたように明治四十五年以来わが国において存在しております。私どもが今日新しい法律の施行について指定医薬品の内訳としてあげましたものは趣旨においては同じでありまして、毒薬、劇薬その他の経時変化しやすい医薬品は指定医薬品制度ができた当時から薬種商では売れないということになっておりまして、その内容を、薬は時代とともに新しく移り変わっていくわけでございますので、そういう一つのメルクマールに従って新しい今の時点の医薬品というものを選別してこれを拾い上げたわけでございまして、特別に薬種商を撲滅する意図のもとに当然売れるような医薬品まで売れなくするという、そういう趣旨は毛頭ございませんし、また新しい法枠の選定の内容を見ますと、趣旨においては、むしろ二月一日以前の旧薬事法においては薬種商というものの職業が明確に規定されていなかったわけでございます。これはむしろ省令の中に規定されている程度でございましたけれども、今度の新しい薬事法におきましては医薬品の販売という章の中において、はっきりと一般販売業の次に薬種簡販売業というものが規定されている。そういうことで法律的にはむしろはっきりとした業態を確認されたというふうに私どもは考えておるわけでございます。ただ、その業態が薬局と何ら差がないということになりますならば、それは薬剤師の資格を持って販売業を営むべきでございますけれども、新しい法律においては二十九条において医薬品の指定ということは従来の薬律以来の方針がそこに規定されている。そういう法律の方針に従って医薬品の新しい時代的な本旨に沿った規制をしただけでございまして、私どもは薬種商販売業が今のこの形で将来ますますその応分に従って営業を続けていかれることを念願もいたしておりますし、薬種商を撲滅するというふうな意図は毛頭ないし、そういう意図でこの法律の運営をしていきたいと思うわけでございます。
○羽田分科員 ただいまのお話でございますと、明治四十五年に制限を受けておる、それを今の時点に従ってさらに制限をしたんだ、こう言うけれども、先ほども言うように、ホルモン剤とかアトラキシンとか、こんなものはどこでも扱っておるし、それから別に薬剤師と同様に調剤をするなんというものではないことは明瞭な話でございます。それから、たとえば毒薬、劇薬の二十一品目の取り扱いを許しておるのでありますが、その中でもってたった一つネコいらずだけが市販しておる。こういうようなばかばかしいことで、それで一体いわゆる薬種商というものを永久に続けさせていく、こういうような考え方にどういうわけでなりますか。たとい法的に地位が明確になりましても、扱う品目が少なくなれば、商店へ行っても品物がない、こういうことでだんだんさびれてくるのでございまして、そういう点について一体どういうふうにお考えでございますか。
○牛丸政府委員 今の御質問にもありましたように、たとえば毒薬で二十一の品目があるけれども、市販されているのは一つだということは、逆に言いますと、影響があるのはネコいらずだけであって、ほかのものは実際には指定医薬品になっているけれども、それほどの影響がないということが反対にはいえるわけでございます。私どもはこの別表一に掲げております薬種商の制限される品目というものは、事柄の性質によって医薬品を分類したわけでございまして、実際に薬種商が扱われている実態から見ますと、たとえば一番大きく影響するのは抗生物質製剤かと思うわけでございますが、抗生物質製剤をすべて禁止したわけではございません。ペニシリンにしても、あるいはテトラサイクリンなりエリスロマイシンその他、一番現在抗生物質の中で繁用されておるものは、そういう社会的な現実を見まして指定医薬品から除外しておるわけでございまして、経済的に、今まで百八つのものが二百数種になったということによりまして、医薬品の数ということがそのまま量の制限というふうには考えないわけでございます。
○羽田分科員 私の言う核心に触れた答弁をされておりませんが、塩酸とか硫酸とか、硝酸、苛性カリあるいは苛性ソーダー、こういうようなものは薬種商に販売を許されておりますが、これはメーカーから工場に渡されるものであって、薬品として市販は全然ないものでございます。そういうものをただ許可の中に入れておいて、そうして何でもこの通り許可しておるのだ、こういって、ただその中の一つのネコいらずだけが実際の薬品として市販されておる。あとのものはメーカーから工場に行って、いわゆる工業薬品として使われる、こういうものについての答弁がはっきりいたさないのはどういうわけですか。
○牛丸政府委員 ちょっと御質問の趣旨がよくわかりかねますが、ここで規定しておりますのは、毒薬、劇薬というふうなものは薬種商では売れないということを書いておるわけでございます。そしてその中で例外として別表第一にあげているようなものは取り扱ってよろしいということでございますので、これは毒薬、劇薬というものの事柄から、薬種商の販売にはふさわしくないという従来からの方針をそのままここに規定しておるわけでございまして、それ以上別に変わった趣旨はないわけでございます。
○羽田分科員 私の言うことがわからぬというお話でございますが、塩酸、硫酸、硝酸、苛性カリあるいは苛性ソーダー等の二十一品目を扱うことを許されております。ところが先ほども私がくどく言うように、それは薬品製造会社から工場に行くのであって、小さいびんに入れて市販でもって薬種商が扱う医薬品として実際には売られてないのです。この点についてよくお話を承りたい。
○牛丸政府委員 毒薬、劇薬というものは従来からも禁止されておりますので、現実にこの中で扱っておられない薬種商があるかと思います。しかしここに書いてありますのは、そういう量の問題とか、あるいはそれをどれだけ薬種商が取り扱っておられるかという問題じゃなくして、毒薬、劇薬というものは原則として薬種商の取り扱う品目ではない。しかし二十一品目として掲げられている硫酸とか硝酸及びその製剤、それによる薬があるわけでございます。そういうふうなものはよろしいという例外の許可をここに書いておるわけであります。実際それを扱っておられないという薬種商もあるかもしれません。しかし扱っておられる薬種商もあるわけでございますから、それは実際の問題として量が多いか少ないかということは、それぞれ企業なりあるいは販売する方の考えによって、取り扱いの品目は地域的にもあるいはその人その人の薬種商の考えによって、バラエティはあるというふうに私は考えております。
○羽田分科員 全国一万四千三百五十店のうち、ほとんどそういうものは扱っておりません。これだけは扱ってもいいと言うてただお示しになっただけであって、これは全然空文にひとしいものであります。もちろんそういう塩酸だの硫酸だの硝酸だのというものが入って、調合された薬はありましょう。それはありましょうけれども、いわゆる完全包装された、医薬品としてちゃんと調剤をされたものである。調剤されないなまのままの塩酸とか硫酸とか硝酸というものは、一万四千三百五十店のうちではほとんど扱っておりません。薬種商なんというものは全然扱わないというようなわけでありまして、あなたの意見というものは、実際を知らざるというか、知っていても知らぬ顔をしているような議論であろう、こういうふうに思うのでございます。時間もございませんから結論的に申しますが、全国の薬種商は、先ほども言うように、昭和三十二年で厚生省の調査によりますと一万四千三百五十店あります。その家族は大体五、六万人くらいと推定されておるのでございます。また資格を持っておりますが、まだ常業を開始してない者が一万六千人ございます。そしてこれらの諸君は市街地はもちろん、山深き農山村あるいは漁村に散在をいたしまして、医薬品販売の職域を通じまして国民保険に貢献をいたしておるのに、このたびの省令はまさに彼らの頭上に晴天へきれきの一大痛棒を加えたものであって、五、六万人の基本的な人権を侵犯するものである。しかるに消費組合とかあるいは会社、工場の購買会あるいは共済会、あるいは官庁または会社工場の厚生課等においては、薬種商の免許を持っておるものはほとんどございません。そして堂々とあらゆる薬の販売をいたしておる。これを放任しておって、そしてちゃんと税金を納めている父祖伝来の一万四千三百五十店という薬種商の命を縮めて完全に撲滅するがごとき意図があるのではないか、こういうふうに考えられるのでございまして、まさにこれらの消費組合とか購買会、共済会あるいは厚生課等の問題に比べますと、全く不公平もはなはなだしいものである。これはおそらく厚生省にも購買会があると思いますが、厚生省でもおそらく薬を売っていると思います。そういうように法律で薬種商を明らかに認めながら、営業が成り立たないようにするということは、全く言語道断のことでありまして、国民の生活権を否定するものである。官僚独善のそしりを全く免れないと私は思います。先ほど岡本君が、お医者が追い込まれて、紳士の諸君がストライキをやっておる、こういうようなことを言いました。これはこのまま放擲をいたしますと、薬種商の諸君がほんとうに厚生省にむしろ旗を立てて押しかけるおそれが非常にあると思う。そういうように憲法違反をいたしておる。とにかく平等の原則に少なくとも違反をしておる。営業の選択の自由の人権をじゅうりんしておる。二月一日付の省令はそういうものでありますから、この省令を撤廃するか、あるいは大改正を施すことが、天下の公正な政治であると思うのであります。ことに池田内閣の所得倍増計画は、九千万の国民にひとしく均霑をしなければならない政策でございます。そういう点について厚生大臣に最後に御答弁をわずらわしたいが、これはいわゆる官僚独善というそしりをまた再び受けるような結果になるということを深く留意せられまして、省令の大改正とか、あるいは撤廃をするとかいうことをしないと、賢明なる古井厚生大臣として、全くめくら判を押した結果になるということを、私は意見を強く述べまして大臣の御所見を承りたい。
○古井国務大臣 だんだんの御意見でありまして、御意見についてはさらによく研究をいたしたいと思いますが、今お話の既存業者一万四千三百五十店の方々は、従来通りの営業ができるように承知しておりますので、一万四千三百五十店の方は、今まで通りで制限されておるのでも何でもないことになると思います。問題はまだ予備軍とおっしゃっておる一万六千人ばかりの人、この新しい人の問題でありますから、新しい規律を受けるわけであります。その辺もありますが、その辺はおくみ取り下さいまして、私どもも御意見の趣旨はなおよく検討いたしたいと思います。
○羽田分科員 最後に、今大臣が言われた既存の業者は今まで通りに当分の間やっていけるのだというお話でありますが、既存の業者が一万四千幾らかございますが、それらの中にはあした死ぬ者もありましょう。あさって死ぬ者もありましょう。それは人間の命でございますから、当分だということでそう安心ができないのでございます。それはつまり妻や子供にその業を譲らなければならぬ、こういうことになっておるのでございまして、ただ当分という大臣の甘い御答弁だけでは納得しません。これは人の命が前提であるということを強く申し上げまして、一つしかるべき大改正をお願いして、そして厚生省の官僚独善を再びこういう問題について言われないようにお願いをいたします。
○北澤主査 野原覺君。
○野原(覺)分科員 私は厚生行政の二、三の点についてお尋ねをしたいと思うのであります。もうすでに午後七時に近いのでございまして、朝から審議の引き続きで大臣もお疲れでありましょうが、できるだけ簡潔にお尋ねをしたいと思いますので、的確な御答弁をお願いしたいのであります。 第一にお尋ねしたいことは、都市清掃の問題でございます。この都市清掃は大臣も御承知のように、昭和二十九年に清掃法が公布されましてから、都市清掃事業というものはよほど強化拡充されて参ってきておるのであります。しかしながら私どもに言わしめますと、なお清掃法自体に検討を要する問題がありはしないか。それから清掃法に基づく清掃施行令にも問題がありはしないか。同時にまた都市清掃に対する国の施策につきましても、考えて臨みなければならぬたくさんの問題があるように思うのであります。このことは実はきわめて重要なことでございますから、私はあえてお尋ねをしたわけでありますが、大臣も御承知だろうと思うのですが、清掃法の第一条にはその目的が書かれておりまして、「この法律は、汚物を衛生的に処理し、生活環境を清潔にすることにより、公衆衛生の向上を図ることを目的とする。」このようにうたわれておりますが、汚物を衛生的に処理するとか、生活環境を清潔にするというようなことは、今日必ずしもうまくいっていない。このような清掃法を作ってでもなおうまくいっていない。こういう点から厚生省としても相当重大に考えてもらわなければならぬ問題であります。そこでただいま私が申し上げました清掃法自体に問題がないか、施行令には問題がないか、国の施策について考えなければならぬ点があるのではないか、このことについての総括した大臣の所見を承っておきたいと思うのであります。
○古井国務大臣 清掃法あるいは施行令、これに基づく施策の問題、精密に私も申し上げられませんけれども、局長からもまた申し上げますが、都市の現状などから見ましても、きわめて不十分な状況にあることはおおい得ないわけでありまして、これはわれわれが日常も感じておる問題でもありますので、欠陥がどこにあるにいたしましても、大いに問題であると私は思うのであります。なお具体的に御指摘がありますれば、それに対応して所見を申し上げたいと思うのであります。また都合によっては局長からお答えいたさせてもよいと思います。
○尾村政府委員 清掃法ができましてからもう七年たちますので、これは実際に運行いたしまして改善は着々とされておりますが、主として自治体がこれに基づきまして、この第一条の目的を達しますためには、いろいろな欠陥が出ております。こまかい点はたくさんございますが、大まかにいいますと、これの中心をなしております都市側が、その市民のためにいろいろな衛生的な処理施設を作るというふうになっておるわけでございますが、それの造成につきまして、法的な裏づけについてある程度欠陥がございまして、思うように進まない。その原因も、いろいろ事情もございますが、これが今現実に毎年せっかく予算を取り、あるいは起債が取れて計画化しながら、方々で非常に障害を起こしておる。この点は、やはりある程度法的に措置しなければいかぬという点が一つでございます。それからこの清掃法に基づきましてそういうような衛生処理をするからには、みだりに汚物やごみでよごすような行為をしてはいかぬことに厳重になっておるわけでありますが、これが適切に行なわれませんと、川もそれから地域も片っ端からよごされていく。これの法的な規制につきましても、これは実をいいますと、施設の進行状況と見合いの問題でございますけれども、これにつきましてもまだ行き届かない点がある。大まかにいいますとそういうような点であります。 それから施行令の方は幾つかございますが、お問いになられました点については、施行令の方ではこの衛生処理施設につきましては国庫補助を出すのは、わずかに消化槽ということに限定しておりまして、清掃施設はもっといろいろな種類がございますが、わずかにこれに限定しているのではないかと思います。これも将来考えなければならぬ大きな一つであります。その他ございますが、一応省略させていただきます。
○野原(覺)分科員 尾村局長から、将来考えなければならぬ点それから私がお尋ねしましたことについて、局長はさすがに感づかれたようでございますが、仰せのように施行令の第六条には問題点が私は確かにあると思うのであります。これは局長だけの問題ではございません。また医療費の値上げだけではありませんから、大臣も重要に考えてよくお聞きを願いたい。 本法の第十八条を見てみますと、国庫補助の規定がございます。「国は、政令の定めるところにより、市町村に対し、左に掲げる」云々、こうございまして、第一号には「ごみ又はふん尿を処理するために必要な施設の設置に要する費用」そうして第二号には「災害その他」云々というのがあるわけであります。そこで今度は施行令の第六条を見ますと、「法第十八条第一号の規定による国庫の補助は、市町村がし尿消化そうの設置に支出した費用のうち、厚生大臣が定める基準に基いて算定した額の四分の一以内について行うものとする。」本法にはごみと屎尿を規定しておきながら、今度は施行令には屎尿だけしかうたっていない。これはどういうわけなのか、私どもも不可解にたえぬのであります。どういうわけでこういうばかな施行令を厚生省は作ったのか。ごみと屎尿の差別をしておるのです。ごみは大丈夫なのかと聞きたい。国会はこの法律を作るときに、屎尿だけが問題ではないのだ、ごみの問題があるじゃないかというので、法律はごみもうたっておるにかかわらず、施行令はその屎尿の消化槽だけに限定をしておる。これは一体どういうセンスを持っておられるのか。ごみははたして大丈夫なのかどうか、そういうことも含めて、このような差別措置がなされた理由を的確に御答弁願いたいのでございます。大臣、あなたはこのような差別が妥当とお考えになるかどうか、お聞きいたしたい。
○古井国務大臣 私もうかつで、施行令の規定がそういうふうになっているということを、実は今御質問によって知識を得たようなわけでありますが、私も伺っておって理由がよくわからないでおった次第でありまして、事情は局長から申し上げますが、これは研究しなければならぬ問題だという気持がして伺っておったところであります。
○尾村政府委員 二十九年にこの法律ができまして、施行令が出たわけでございます。このときの詳しい事情は私も関係しておりませんのでよくわかりませんが、その後ここ三年間これに関する予算要求をいたしました経験その他から、推測になりますが、当時は屎尿が一番困っておった。都市を非常によごしまして、海洋投棄の問題もあり、非常に逼迫しておったのでありまして、ごみはそのときには屎尿と比べますと比較的困り方の差があった。都市側からの国に突き上げる法律の要求も非常な運動があったそうでございますが、その程度が違っておった。従ってこの法律ができまして、肝心の予算をつける場合に新しい費目になるわけでございますが、こういう費目は、当時は主として起債等で行なわれたのでございますが、補助をつけてもらう場合にやはり新規項目として出す場合に、なかなか一挙にどっちもこっちもというわけにいかなくて、やはりそのワクの問題から、より重要な方にやった。従って各省で協議して政令を決定する場合に、その現実がそのままなってその後に至っているのじゃないか、こう推測しているわけでございまして、最近はもうごみも、都市によりましては――屎尿はやや片づいた都市が、ごくわずかでございますが、ありまして、逆にごみの方に困っているというところもありますので、困り方がごみも糞尿も同じになってきたということで、われわれとしては同じように扱いたいということ――しかし予算も要ることでありますので、予算要求をして通らなければならないわけでありますが、遺憾ながら昨年もことしもこれの補助への引き上げは施行いたしませんで、依然として起債ということでいっておるわけであります。
○野原(覺)分科員 最近はごみも糞尿も差別をしてはいかぬという御見解のようであります。そこで実は厚生省から出されております清掃施設、下水道終末処理施設整備十カ年計画、これは昭和三十六年度から昭和四十五年度までで、厚生省の公衆衛生局環境整備課から出されたものを私は拝見してみたのでございますが、これを読んでみますと、今尾村局長が申されましたように非常にごみに困っているのです。ごみの量も国民生活の向上に伴ってますます増加し、以前は一人一日三百五十グラムの排出量とされていたが、今では約五百グラム強となっている。ごみの処理の状況も別表の通り、大半が埋め立て、非衛生的な自家肥料に依存している現状である。このように分析をされて述べられておるのであります。この埋め立てとか自家肥料の問題でございますが、今日、私は大阪市でありますけれども、大阪市のごときは埋め立てする場所がないのです。三百万市民の莫大なごみをどこに持っていってよいか、その埋め立てする場所が今日ない。東京もそうであります。またこれを埋め立てますと、その土地は十年間くらいは使えないのですね。それからもうその近所が承知しない。ウジがわく、ハエが出る。実は清掃のためにごみを処理したにかかわらず、非衛生的なことこの上もなくおびただしいものがあるわけであります。 そこで、これは厚生省にお尋ねする間もないのでございますが、塵芥焼却場というものは今日十分に作られていないでしょう。これは作られていないのです。明治か大正あるいは昭和の初めごろにできた古くさいものしかない。ここで焼却いたしますと悪臭が出て、もうそこら辺の町は大へんな騒ぎであります。しかもその機械が古ぼけておりますから、一昼夜十五時間勤務、あるいはどうかいたしますと二十四時間勤務で、その従業員は非常な労務過剰に陥っておる。こういう点から考えてみましても、ごみ焼却場というものがないと、ものすごく莫大な――これはもう大阪の例あるいは東京の例等は、尾村局長からも私は数字で出していただきたいのでございますが、一日に一体どれだけのごみが、東京都あるいは大阪市で、十万くらいの都市で出るのか。一人一日五百グラムとして勘定したならば、これはおよそ簡単に出てくるわけであります。しかも人間の生活が高度になればなるほど、こういう廃残物も多くなってくる。これは言うまでもないのであります。生活が複雑化すればするほどごみの量は多くなってくる、こういうことを考えますと、私は塵芥処理場の設置その他について、この施行令は端的に言って不足だろうと思います。ですから、予算の問題もありますけれども、予算を取るためのその基本になる施行令を改めなければならぬ。施行令というものは厚生省でできるのです。古井大臣の権限でできるわけです。だから屎尿だけここにうたってあることは、本法とのつり合いから見ても手落ちである。なるほどこの法律ができたときには、屎尿に力を入れるということはうたったかもしれませんけれども、今やごみの問題が重大になってきたという尾村局長の言もあるわけでございますから、施行令の第六条は不備でありますから、ここに、たとえば屎尿浄化槽とともに、塵芥処理場あるいは塵芥焼却場といいますか、そういうものを挿入すべきだと私は思います。言いたいことは山ほどありますけれども、時間がないから実は協力をして端的に申し上げているわけなんです。大臣の御所見を承りたい。
○古井国務大臣 お話を伺いましたが、今ごみの方が大問題になってきているという実情もその通りでありますから、大いに検討しなければなりません。そこでただ法令を直しましただけでは中身がないので、つまり同時に予算の補助がつかないものにはうまみがないのでありまして、両方の問題を合わせまして、この中身と法令の方とを実現するように一生懸命検討し、努力していきたいと思います。
○野原(覺)分科員 検討してみるということが、いつも追い詰められた政府の逃げ口上であります。これは古井さん、よく御承知の通りなんです。困るというと検討する、こうおっしゃるのですが、僕は大臣に率直にお聞きしたいのですが、これは不備だとお考えになりませんか。なるほどそう言われてみればおかしいじゃないか、こうお考えになりませんか。そうお考えになられた上で御検討なさるのかどうか。今直ちにこれに挿入するということは――厚生省でよく検討してみた上でなければできないことは私もわかりますが、いつも大臣、あなたではありませんよ。これは抽象的な意味の大臣でございますが、そういう意味の御検討では私は納得できないのです。そういうことであれば、具体的な数字を出して、少し時間が長くなりますけれども、厚生省の意見も、局長に十分私は問いたださなければならぬと考えるのであります。重ねて大臣のお考え、それから局長のお考えもあわせてお聞きしておきたい。
○尾村政府委員 現大臣も歴代の大臣も、ごみは最近はよく認識していただいておりまして、屎尿と同様に考えるべきだという線はみな考えているわけでございます。ただこれは政令でございまして、政令は厚生大臣でと言われますが、施行規則ならいいが、政令でございますので、各省が全部合議をいたしまして閣議で決定しなければ、これはものにならない問題でございます。むろんその中間には法制局も通れば、自治省、大蔵省、全部通るわけであります。これの賛同を得なければ政令としては成り立たない。そうなりますと、現在の第六条のように四分の一以内について行なうものとするというのは、予算がないのにこれをから手でくっつけてしまいますと、市町村からは当然これはもう要求される。政令を出しながら、その要求に対して義務を負えないということではまことに工合が悪いところであります。従いまして、政令でございますので、まずこれに必要なだけの予算を獲律する。それを今度市町村に義務を負って支払えるように政令を直す。これが普通こういうような予算政令のどうしてもいかなければならない順序でございます。そこで三十六年度も一応厚生省で要求したのでありますが、いろいろな財政上の事情で、環境衛生施設で、総額では例年になく相当増額されましたが、これの新規の分としての純粋なごみの焼却施設は不可能であります。ただ奨励補助として、ごみと屎尿をまぜる堆肥処理、つまりコンポスト、これは両三年来予算が通っておりますから、奨励補助で実際使っております。ただ全国で大きくまた多数施設しなければならない焼却炉につきましては、予算を獲得して政令を直しませんと、わあっと要望された場合に金がありませんということになりまして、偽りの政令を改正したことになりますので、さような事情で、順序はそういうことで今後努力する、こういう言うになるかと思います。
○野原(覺)分科員 私が尋ねておるのは、予算の問題もさることながら、予算を取るためにはその基礎は政令なんです。予算を取ってから政令を作るのではなしに、政令があって、その政令に基づいて厚生省は大蔵省に予算を、要求することになるわけなんです。だからその予算の見通しがないから簡単にできないとあなたは仰せられますが、なるほど政令は閣議決定が必要であるということは私はよく知っております。しかしながら事厚生省に関する政令というものは、これはほんとうにやろうと思えば厚生大臣が閣議に提出するわけでございますから、私は厚生大臣の熱意いかんにかかるものだろうと思うのです。 そこで、古井厚生大臣は失礼ですけれども、実は第六条についても初めてお聞きしましたというような程度から見ますと、ごみに対してあまり御検討なさっていないようです。そこで、時間はとりますけれども、私はこれは重大に考えておりますから――予算の問題は私は第二に考えておるのです。こんな片手落ちな政令はないと思う。そこで私は尾村さんにあえてお尋ねをいたしますが、日本全国のごみの現状は一体どうなっておるか、それを述べて下さい。
○尾村政府委員 ごみ全般から見ますと、これは現在日本の人口が九千三百万あるわけでございますが、このうち点在しております農家等ではそれほど困っておらぬわけでございます。これは適当に堆肥に使いましたり、いろいろなことで使ったり、広い畑等で処理ができるわけであります。従いまして現在対象になりますのは清掃法でいいます特別清掃地域の対象住民ということになるわけでございます。これは住民みずから片づけることが不適当で、その市町村等で片づけるということが一定の条件できめてあるわけでございます。その面から見ますと、現在それの対象になるべき人口はおおむね千四百都市、七千万人が大体この対案人口になるわけでございます。そのうち現にごみが処理されております人口は大体千二百万人、従いまして六千万人分くらいのものは特別清掃地域として当然やってやるのが望ましい形でありながら、適切な処理が行なわれておらない。一般的にいいますとこういうことでございます。さらに、特別清掃地域の中で適切な処理はといえば、一番工合がいいのは今お話の焼却処理でございます。それから埋め立ては、これはいいところと悪いところがございまして、埋め立てがうまくいく場合と、先ほどもお話のようにうまくいかない、かえって、不衛生な結果になるところもございます。それから堆肥処理、飼料は豚のえさでございますが、これは従前は割合にいい処理として行なわれておりましたのが、最近は豚にいろいろ濃厚飼料ができまして、労力その他からいって将来あまり見込みがない。これをやるためには分離収集をやらないといけませんので、市民側のよほどの協力がないとできないということで、これはだんだん減っております。さような形からいいますと、現在計画収集をしなければならぬという対象の中で、焼却されておりますものが三分の一、堆肥が七%、その他は埋立地がなくなってきて不衛生になりつつあり困っておるという状況でございまして、確かにごみについては遺憾な現状でございます。
○野原(覺)分科員 そこで大臣に重ねてお尋ねするわけでございますが、これは東京や大阪だけではないのであります。八大都市だけでもないのであります。中小の都市ほど困ってきておるのであります。捨てる場所がない、一体どうしたらいいのか。焼却場を作るとすれば莫大なる金がかかるというので、今日の地方財政の赤字ではなかなか手がつかない、こういう状態でございます。せっかく清掃法というりっぱな法律を昭和二十九年に作って、そして汚物を清掃する、環境をよくする。私も外国に行ったことがございますが、古井さん御承知のように、どこの国に行ったって日本より町はきれいなんですね。ほんとうに紙くず一つ落ちていない。それは清掃事業というものがよくできておるからなんです。私は今日厚生省のなさねばならぬ事業の最も大きなものは、日本をされいにすることじゃないかと思うのです。生活環境をもっと明るくする、きれいな日本を作り上げていく。きれいであれば自然、国民の公徳心というものも出てくると思う。ほんとうにきれいなところにおると、紙くずを捨てることができなくなるわけなんです。きたないところにおれば何くそというわけできたなくしてしまう。こういうことでございますから、ごみの問題はぜひとも重要にお考えになられて、第六条の政令の検討は真剣にやっていただきたい。このことを申し上げて大臣の御所見を承っておきたいと思うのであります。
○古井国務大臣 今のごみの問題でありますが、やはり先ほど局長も言っておりましたように、予算も取り政令も直す、これで花も実もつくわけでありまして、両方を実現したい、こう思いますので、そのために努力を私ども真剣にいたしたいと思います。
○野原(覺)分科員 大臣に重ねてお尋ねいたします。都市清掃の責任は国にもあろうと思うのです。このことをどう御認識でございますか。ややともすると清掃は都市の問題だ、それは地方公共団体の問題だ、こうお考えになられたら大へんであります。このことについて大臣のお考えをまずお聞きしておきたい。
○古井国務大臣 これは、どういう意味で国の責任ということをおっしゃったか知りませんが、国としても放置できない大きな問題でありますから、ひとり地方の関心事だけではないことは申すまでもありません。国際的にも重要なことでありましょうし、のみならず国民全体の保健衛生の上からいっても重大なことでありますし、国としてもこれはなおざりにできないことはむろんだと思います
○野原(覺)分科員 私が非常に不愉快にたえないのは、昭和二十九年に清掃法という法律ができて、そして国の責任が第二条で明確に規定されておる。第二条の三項に、「国は汚物の処理に関する科学技術の向上を図るとともに、市町村及び都道府県に対し、前二項の責務が充分に果されるように必要な技術的及び財政的援助を与えることにつとめなければならない。」こういう明確な規定を昭和二十九年の国会で作ったのです。ところがこれを果たしていない。厚生省はそのほかにもいろいろお金が要るでしょう。国もお金には限界があるでしょう。しかしながらこの法律ができておるにかかわらず、今大臣がお聞きのように政令の第六条にすらごみのことをうたわない。しかもこの予算措置になりますと、実に憤慨にたえないものがあるわけであります。 これは尾村局長にお尋ねをいたしますが、十万都市を単位として、塵芥焼却のために国がその予算措置としてどれだけのことを考えておるのか。これは地方交付税として出されておると思うのでございますが、その算定基準はどうなっておりますか、承りたいのであります。
○尾村政府委員 今私の手元に、今度の三十六年度の要求中のごみの部分がちょうどございませんので、昨年度のもので恐縮でございますが、申し上げますと、ごみに関しまして十万の標準の都市でございますが、合計いたしましてごみのために六百十二万八千二十二円、これが昨年の算定の基礎になっております。
○野原(覺)分科員 これはまたあとで、いずれ機会がありましたら自治省にもたださなければならぬと思うのですが、この六百十一万八千二十二円ということでございますが、これは大方人件費になるわけであります。これはごみ焼却場とか、そういうものはとてもこういう金でできるわけはないのでございまして、その人件費の昭和三十五年度の計算の基準を私どもの方で調べたところによりますと、一日単位で人夫が八人、それから常用人夫が六人、それから職員でございまして、これは丙と乙とありますが、丙が初級、乙が中級、この中級、初級合わせて二人、計十六人です。これが十万都市に対する地方交付税を計算する場合の人的な基準になっておるのです。ところがこれは少ないじゃないかということになりまして、昭和三十六年度は人夫を十五人にした。常用人夫が六名、それから中級、初級、これは職員でございますが、合わせて三名計二十四名。ところがこの十万都市について調べてみますと、十万都市で一日塵芥を集めて処理するために要する人員は幾ら要るのでございますかと聞いたら、――これは尾村さんどのくらい要ると思いますか。まあこれは私が申し上げますが、最低百名要るというのですね。最低百名の人が要るのに、この地方交付税の算定基準は、二十四とか十六とか、人をばかにしたようなことで市町村に財政措置をやっておるわけであります。清掃法ができて、どんなりっぱな施行令ができましても、こういう財政的な措置では僕はだめだと思います。まずこのことについて尾村局長の所見を承っておきましょう。
○尾村政府委員 これはまことにごみの収集処理の経常的な問題でございまして、われわれの方では予算的に直接つかめないので、詳細の方針が申し上げられないのはまことに申しわけないのでありますが、ただしこの積算を自治省でされるときに、それぞれの費目については私の方の専門の課に相談がございまして、できるだけこちらとしては都市のごみ処理の実情に合わしたような要望をするわけでございます。従いましてその要望も必ずしも全部いれられておらないのですが、今のお話のは、私の方の手元にあります屎尿処理の方の十万の交付税の三十六年度における積算の基礎にちょうどぴったりいたしておりまして、ちょうど手元にごみ処理のがないので、少しこれは異同があるのじゃないかと思いますけれども、今のような十万の特定の都市でございますと、大体十万人全部のごみを一般市民としてまとめて、全部処理するといたしますと、まあ大体日量四十トンでございます。四十トンといいますと、四トン積みのトラックが十往復ということになりまして、大体そういう見当で、そのトラックに積む人間と、それからトラックに積んでからと、それから焼却場がありますれば、焼却処理の必要人員、こういうのを算定するわけでございまして、ただいまの百名というお話は私どもの方が一昨年やりました全国の該当都市の結果と比べますと、少しは多いように思いますけれども……。
○野原(覺)分科員 幾らになっておりますか。
○尾村政府委員 私の方の該当都市のでは、今的確な数字はございませんが、もっともこの中には川崎市とか東京のように機械化した都市も入った全国約手都市の平均でございますから、今のお話の特定のそういう機械化されておらない都市と比べますと、どっちが正しいとは申し上げられませんが、そのときのでは、私の記憶ではおそらく七十名程度であったかと思います。
○野原(覺)分科員 東京、川崎のようなところは焼却場その他についてもうまくいっているのではないかと思うのであります。大阪に吹田という町がある。吹田は田園都市でありまして、大阪に最も近い衛星都市でございますが、商家よりもむしろ住宅が非常に多い。従って清潔な町でありますが、この吹田市は何名になっておりますか。大体人口が十万です。この吹田市は塵芥焼却場に要する人員はそれでは何名になっているか、見ていただきたい。
○尾村政府委員 ただいま手元にその調査資料を持っておりませんので、個個についてはちょっと申し上げられませんが、ただこういう点はあるのでございます。私どもの方で約千都市を調べましたものでは、中に許可営業業者、いわゆる民営で収支を償ってやっているもの、いわゆる交付税の対象にならぬ部分でございますが、これが相当にまざっているわけでございます。従いましてただいまの十万の全部を公営にして、いわゆる人夫も雇用人も全部まるがかえでやった場合と、それから私どもの方の調査対象の、これも的確ではございませんが、三制か四割か、民営でごみ集めの部分だけ収支の部分をそちらにまかして請負でやっているのがこの交付税の人数に出てきておりませんので、そこで大きな食い違いがあるのではないかと思います。吹田のは今資料がありませんのでお答えできません。
○野原(覺)分科員 いずれにしても民営を入れますと、もっと多くなろうかと思うのであります。民営といえども、請負でやっているものといえども、都市の清掃に要する人員に間違いないのです。ですから私は国が国庫補助の措置をとる場合には、やはり実情に即応してやらなければ、清掃法の考えからいってもこれはだめじゃないかということを指摘しておきたいのであります。第六条を見てみますと、その補助は四分の一以内ということです。屎尿消化槽の建設の計算は国の定める基準に従ってやる、これはやむを得ません。国が金を出すわけでございますから、それは向こうさんの勝手な計算方式を採用するわけにはいかぬかと思うのでありますけれども、この四分の一以内というのは、尾村局長さん、これはあまり少ないじゃないですか。四分の一ではなしに、四分の一以内、しかもこれは五大市は入らないでしょう。いかがですか。
○尾村政府委員 この補助を成規に出しまして以来、いわゆる両湾対策といいまして、東京湾と大阪湾対策というので、別ワクで特別対策を急いでやった部分があるわけでございます。その部分が五分の一の補助で来ておりますので、この四分の一以内という、以内の方になっておるのはそこだけでございまして、その他はいずれも四分の一補助、こういうことになっております。それからこの四分の一が少な過ぎるのではないかということでございますが、われわれも、この下水道の終末処理は三分の一になっておるものでございますから、同じ屎尿処理といたしましては、国の見方がこういうふうに違うのは残念なわけでございますが、ただ、一方の下水道のよりはこの処理単価は安いわけでございます。そこいらの点でおそらく当時区別がつけられたのじゃないかと思っておりますが、確かに多くはございません。
○野原(覺)分科員 塵芥の問題、屎尿の問題は、市民が悲鳴を上げておるのです。水洗便所のできておるところならいざ知らず、特に屎尿のごときは、くみ取りをやっておるようなところでは大へん困っておるわけなんです。ですから私どもは、これは社会党でも今検討しておるのでございますが、私見でありますけれども、思い切って二分の一くらいの補助をしてやる。そうして塵芥焼却場とか、そういうものも大都市には必ず作らせる。もう埋め立てる場所がなくて、大阪のごときは右往左往しておる。大阪の私のいるところの近所ですけれども、住吉区の加賀崖というところに埋め立てておるのです。ところがその近所の者は、市役所に毎日のように押しかけていっておる。ところがもう加賀屋でも、そのデルタも埋め立てる場所がない。しかも毎日々々ものすごい塵芥が集まってくるけれども、焼却場では何分の一どころか、何%の消化能力しかない。昭和の初めにできた焼却場なんです。そこで大阪は若干金もあるせいもございましょうが、思い切って焼却場を作らなければならぬ、借金してでもやらなければならぬという決意に踏み切ったようであります。東京や大阪は、それはできるかもわからないのです。それは能力があるかもわからないけれども、全国の千幾つという中小都市になりますと、一体どうなるのかという問題なんです。これは私は厚生行政で古井大臣に真剣に考えてもらわなければならぬと思う。ですから四分の一以内というようなものは、比率を思い切って二分の一くらいに引き上げる、こういう措置を思い切ってとることを大臣に御要請申し上げたいと思うのでございますが、お考えを承っておきたいと思うのであります。
○古井国務大臣 ただいまのお話に出た御意見でありますので、できるだけその方向に実現の努力をしていきたいと思いますが、これも今右左とは申せませんが、実現のために極力努力していきたいと思います。
○野原(覺)分科員 これは尾村局長にお尋ねしておきますが、この塵芥なり屎尿を集めたり運搬したりする人夫の問題です。これは大ていの都市が失対です。失対労務者あるいは臨時の従業員でまかなっておるわけですね。これではどうしても責任ある処理ができないのです。ですから私は、厚生省としては思い切ってこの種の市民に直接サービスするところの大事な仕事でございますから、これらの人夫とか従業員というものは本務にかえるべきではないかと思う。局長はどう考えますか。
○尾村政府委員 まず原則としては、これは責任を持って市がやらなければいかぬものでございますから、市自体の事業に極力していく、いわゆるまだ請負的なものが相当あるわけでございますから……。市の事業にした場合に、臨時人夫とかあるいは賃金の人夫とか、あるいは労務者、それから雇用人、吏員といろいろあるわけでございますが、この中で、これはやはり職員の労務管理の問題であろうかと思いまして、私の方から、各都市が必ず本務職員でなければいかぬということを、今ここで申し上げるわけにいきませんが、今言いましたように、これは極力市町村の責任でやる仕事である、それが最も望ましいということで、それに一番ふさわしいものを選ぶ、こういうふうに申し上げればよろしいのではないかと思います。
○野原(覺)分科員 私もただいまの局長の御意見には全く同感であります。屎尿処理とか塵芥処理が請負でなされておることは、確かに問題があると思うのです。民営でやられておる。これはもう局長はよく御承知だろうと思いますが、徳川時代から、特に江戸においては塵芥、屎尿の処理がなされておりますが、その歴史を読んでみますと、やはり請負、民営であったようであります。このなごりが今日至るところにあるわけなんですね。ですから、今局長がこういうような公共の事業でありますから、これは直営としなければならぬ、民営では弊害があるということに、私は全く同感であります。そうなって参りますと、もう一度清掃法に戻りますが、清掃法の第十五条が僕はやはり問題の条文ではないかと思うのです。清掃法の第十五条を読んでみますと、「特別清掃地域内においては、その地域の市町村長の許可を受けなければ、汚物の収集、運搬又は処分を業として行ってはならない。」こういう規定がある。だから、市町村長の許可が得られたならば請負ができる、民営ができるという逆の解釈がここで成り立つわけであります。そこで中小都市、あるいは大都市においても言うまでもございませんが、この請負を何とか廃止しないとだめだ、こういう考えを持っておるのでありますけれども、何せ先祖伝来、ここの町のごみはおれが請け負ってきたのだというような関係もあって、そういうことを廃止するとすれば、莫大な権利金の要求をやる。あるいはこの種の人たちは、何と申しますか侠客的な人が多いのです。そうして開き直る、こういうようなことでございますから、なかなか民党化というものを思い切って廃止することができない実情にあるのです。これは東京都でもそうなんです。大阪市は特にそれがひどいのです。大阪市の屎尿のくみ取りのごときは、ほとんど民営でございます。市は手がつかない。こういうような状態では市民サービスもできないし、せっかく国から出された補助金が市民全体に回らないで、一部の者の利益に潤うというような状態もいなめない。そこで私は思い切ってこれを直営にするために、この十五条を削除すべきではないかと思うのです。この規定は要らない規定じゃないか。だから、この規定がなければ、これは地方公共団体の仕事だということでできます。何のためにこの十五条のようなばかな規定を作ったのか。私ども昭和二十九年に審議したわけでございますけれども、今になって実は悔やまれてしょうがない。こういう規定は削除したらどうか。思い切って直営にするために十五条を削除したらどうかという考えを持っておりますが、これも私はただいまどうだという結論を求めようとは思いません。これは一つ真剣に厚生省当局で御検討をいただきたいのであります。大臣のお考えを承っておきたい。
○古井国務大臣 これは思い切ったお考えですけれども、各都市の準備ができないのに、直営でやれという法律だけ作っても、これは実情に合いませんし、準備をさしていくことが第一だと思うのであります。それとにらみ合わせてこれは検討しなければならぬと思いますので、そういう意味において十分研究してみたいと思います。
○野原(覺)分科員 これは削除になれば、直ちに請負が廃止になるわけではないのです。ただ請負というものを置く根底がなくなってしまうから、自然に請負廃止の方向に行くのではないかという見解で、私は、実は削除の提案をしたわけであります。だから準備ができてからというならば――こんなものを置いたら、どんなに準備しようと思ったってできっこないのです。これは大臣、今初めてでございましょうから、一つ慎重にお考え願いたい。私はいずれまた機会を見て、厚生省でもう御検討ができたであろうと思われるような適当な機会に、その清掃法の目的にかなうようなところに至るまで、何回でも執拗にこれはお尋ねをいたしますから、ほんとうにいいかげんでなしに、真剣な御検討をお願いしておきたいと思うのであります。 そこでもう一点私はお尋ねしておきます。それは看護行政の問題です。私は衆議院から官公庁職員抄録というのをもらったのでございますが、これは議員にはみな渡っておるようであります。厚生省のところを見ていつも疑問に思われてならぬのは、歯科参事官、看護参審官というのが置かれてある。それ以外は医務局はみんな課長なのです。どうして看護課長あるいは歯科課長にしてならぬのか。どういうわけでこの看護のところだけ、歯科のところだけ参事官にしたのでございましょうか。私は専門家ではございませんから、素朴な疑問を申し上げるのでありますが、どういうわけでこれを参事官にしたのか、その理由を一ぺんお聞かせ願いたいのであります。
○川上政府委員 かって看護課あるいは歯科衛生課があったのですが、行政整理がございまして、いずれも参事官となったわけです。しかし私どもといたしましてはやはり課にしたいという努力を続けていく考えを持っております。
○野原(覺)分科員 今川上局長のお話聞きますと、課にしていかぬという理由はない。そうですね。それは答弁できないと思う。課でいかぬというばかな理由はない。課にしたらよくなるのですから、それはいろいろな業務内容の指導その他も徹底いたしますから、課にしたらいけないという理由はないので、課に昇格できるように今検討しておるのだ、このように承ってよろしゅうございますか。
○川上政府委員 さようでございます。先ほどちょっと私の言ったことで誤解があったのではないかと思いますが、裸にしてはいけないと申してはおりません。裸にしたいと申しております。
○野原(覺)分科員 これは私の発言を訂正しておきましょう。私が間違えて発言したようであります。これはぜひ課に昇格をしてやっていただきたい、そのためには厚生省の設置法の改正をしなければなりません。これはこの国会に出されたらどうかと思う。これはもうあまり議論しません。もし皆さんが、いやこれは課にしては悪いのだ、参事官だということであれば議論をしようと思っていろいろ調べてもきたのでありますが、しかし医務局長はなかなか思い切った発言をされておるから、これ以上議論はいたしません。私はよいことは早くやったらいいと思うのです。大して予算がかからない。課にしたからといって何か予算がかかりますか。大してかからない。だからこの国会にこれは大臣にお尋ねしますが、厚生省設置法の規則改正を出すべきではないか。というのは、看護婦が足らぬと思うのです。今大臣御承知のように、看護婦さんが足らずに困っておる。それから看護婦さんの中では基準看護の問題でてんやわんやになっておるのですね。基準看護というのは大臣御承知だろうと思います。それは准看護婦がたくさんおりますけれども、准看ではほんとうの看護はできはしない。だから正看をうんとふやさなければならないというのが、病院なり、お医者さんの要求であります。ところがこれがふえてこない、出てこないのですね。こういう点から見ても私は今日当面している厚生行政の一つに、看護行政がやはり大きな問題に出てきておると思うのであります。たとえば看護婦学校の先生を養成する機関は今日ないでしょう。これもいろいろ議論はあろうと思いますけれども、看護婦学校、学院というようなものが国立病院などにも置かれてありますけれども、そこの先生は教師養成、つまり学校を卒業された者が先生になっていない。私はやはりこれなどもあわせて検討を要する問題ではないかと思うのであります。正看は高等学校を卒業して三年間修業をするわけで、准看は中学校を卒業して二年間の修業で、しかも大事な病人の看護をする。お医者さんの手が足らぬときには、医者のかわりなどしなければならない。そういう養成学校の教師を養成するためには、適当な機関がなければならぬがと思うのでございますけれども、そういうものもないのであります。こういう点から考えて、これは大臣にお尋ねをいたしますが、ぜひとも厚生省の中に看護課というものを設置されて、真剣にこれらの看護不足の問題、看護行政の問題に十分な配慮をすべきではないかと思いますが、お考えはいかがですか。
○古井国務大臣 この問題は事情がよくわかっております。それで今お話ではありましたけれども、設置法の改正は要しません。政令でできることでありますので、課を設けますことは、これは事情もよくわかっておりますし、なるべく実現したいつもりでおるところであります。できるだけ早く実現したいという考え方を持っておるのであります。
○野原(覺)分科員 大臣、失礼ですけれども、池田内閣がいつまで続くのか、私はいつも心配なんです。私は古井さんの厚生行政には非常な実は信頼を持っております。私は厚生行政はしろうとでありますけれども、非常に古井さんは評判がいいのです。ですから古井さんのようなものわかりのいい大臣のときに、私はこういうことはどんどんやってもらわなければならぬと思うのです。だからあなたはこういうことをやりたいのだ、検討したいのだ、こう言われますけれども、内閣がかわってまた大臣がかわると一からいかなければならないのですね。ですから私はよいことは思い切ってやるべきではないか、だからできたらこの国会に厚生省の設置法の改正ぐらいは出すべきではないかと私は思うのです。重ねて御意見を承りたい。
○古井国務大臣 今の看護課の問題は、設置法に関係はありませんから、さっき申し上げた通り政令でできることでありますから、それはそれで一つ御了承願っておきたいと思います。他の厚生省機構の問題はいろいろ考えてみておりますが、間に合わぬのではないかとおっしゃればそれは私の知ったことではございませんけれども、何とか相当突っ込んだことを考えてみたい、実現してみたい、こういう気でいろいろ考えているところであります。
○野原(覺)分科員 時間もございませんからこれで終わりたいと思いますが、私が質問したのは実は簡単なような問題であって大きな問題だろうと思うのです。都市清掃の問題、それから看護婦の問題、看護行政の問題、特に最後の看護課の設置については至急に厚生省としてはまじめな検討をされて、全国の看護婦さんがこれを要望しております。看護婦だけではない、一般国民が今日看護婦さんに大きな期待をしておるのにかかわらず、手不足で非常に困っておるのでございますから、大して金の要ることじゃないし、このようなことは思い切って設置法の改正をすべきではないかと思うのであります。なお第一番目に質問をいたしました都市清掃の問題特に第六条の政令を改める問題、それから予算の問題、第二点は、こういうような点につきましてはどうか一つ真剣な御討議をされて、尾村局長が答弁をされました直営が望ましい、私はこのことに大きな期待を持ちますから、一日も早く市民のサービスのために、いろいろな面から見て屎尿処理あるいはごみの処理については、直営方式がことごとく採用される日がくることを私は期持してやみません。御努力をお願いしたいと思います。以上で終わります。
○北澤主査 では八時二十分まで休憩いたします。 午後七時五十分休憩 ――――◇――――― 午後八時二十八分開議
○北澤主査 再開いたします。 質疑を続行いたします。小林進君。
○小林(進)分科員 時間が大へんおそくなりまして、大臣もお疲れで非常においやになったと思いますけれども、実は私もいやなんでございます。お互いにいやながらも、やはりやらなければならないというのが、これが宿命でございまして、どうか苦労しておるのは大臣だけだというふうにお考え下さいませんように、私もまた大臣と同様に苦しんでいるのでありますから、この点一つ誤解のないようにお願いいたしたいと思います。私は社会労働委員会のレギュラー・メンバーでございますから、社会労働に関する一般質問や法案の問題はその委員会で一つお伺いいたしたいと思います。ただ、きょうは予算の分科会でございますから、主としてそういう方面、社会労働委員会ではもう法案も詰まっておりますのでお伺いできない問題、この分科会でぜひお伺いいたしたいという問題を一、二お尋ねいたしたいと思うのであります。 第一番に、「昭和三十六年度厚生省所管予算要求額主要事項別調」こういう資料を御配付いただきまして、そうしてこれで三十六年度の厚生省の予算の御説明を願ったのでございますが、この「予算要求額主要事項別調」という中の「要求額」という言葉は、これはどういう意味なのか。三十六年度に政府が最終の仕上げをして、政府の原案として確定したものをこの中に記載されたのか。まだ最終決定に至らざるもの、厚生省が最終試案として要求中のものをこの中にお述べになったのかどうか。その辺をまずお聞かせ願いたいと思います。
○古井国務大臣 予算を編成するに当たって厚生省から提出した内容についての資料だと思います。つまり省の予算が編成になったわけです。それを国会に出したわけです。編成するについて厚生省が要求した厚生省の関係部分についての資料、こういう意味と私は思います。
○小林(進)分科員 厚生省の関係した部分という大臣のお言葉なんでございまするが、実は率直に言って私は予算の読み方を知りません。しかしこれは厚生省が要求をせられた最終の予算として国会で承認を求めるために国会へお出しになったものと一体内容は同じかどうか、これを私はいま一回お尋ねをしておきたい。
○古井国務大臣 内容が違っておるというお考えでも、あるいはお持ちになっておっしゃっておるかどうか、私にはわかりませんが、そこをさらけ出して話をしていただいた方がよくわかりますけれども、事柄としましては、国会に提出した予算については、各省が要求を出したものを編成して出しているのですから、編成予算の中の厚生省関係部分を国会に出しておる。予算の厚生省関係部分についての説明の資料だ、そういうわけのものだと私は思うのであります。
○小林(進)分科員 私がその数字の読み方が違っておるのか、あるいは勉弧が足りないのかしりませんけれども、ともかく厚生省所管の「予算要求額主要事項別調」に載っている数字と、この内閣が国会に提出をされた昭和三十六年度一般会計予算、それからこの説明書の中に載っている数字と若干違っているものがございまするので、それがどういうわけで違っているのか、私はそこら辺の事情がわからないのであります。何しろ浅学短才でございまして、事情がわからぬのでございすから、そこをお伺いしておくのであります。一例を申し上げまするならば、これはどういうことなんでありまするか。「予算要求額主要事項別調」の6の中に伝染病予防対策費というものがございまして、これは七億六千八百六十五万六千円、前年度が七億四千三百八十六万八千円というふうになっておりますが、この三十六年度の一般会計予算と説明書の中には二百万円減って七億六千六百万円で、違うのですね。これはどうして二百万円の開きがあるのか、その原因を一つお聞かせ願いたいと思うのでございます。
○熊崎政府委員 便宜私からお答えさしていただきます。ただいま御指摘いただきました伝染病予防対策費の関係の部分は、実は8の小児麻痺対策の方にまとめました分、そちらの方に入っておるわけでございまして、実はその他御指摘いただきましたように、多少数字の入れかわりがある部分はあるだろうと思います。総額については間違いはないのでございますが、説明の都合上、項目にまとめて、その中に入れた方がいいということでまとめた部分がございます。その辺は説明の便宜上作りました資料でございますので御了承 いただきたいと思います。
○小林(進)分科員 私どもはあなた方の説明をお伺いするときにはそういうお話を承らなかった。説明の便宜上こういう款項目節に分けて参りましたというお話を聞かなかったものでございますから、根が人間が正直でありますから、その数字を合わせるために一生懸命一晩寝ないでやった。私は苦労いたしましたが、そういうことは直截簡明に言っていただきませんと、数字でありまして、ものは政治的答弁と違いますから、数字は数字らしく、同じ行政官庁から配付される三つの資料ならば、みんな合うようにしていただきませんとわれわれは非常に迷惑をするのです。それで、便宜上そういうふうにおやりになるのならばやったというふうに、事前に断わっていただかないと、私どもは内容を調査する上において非常に不便をいたします。自後御注意をいただきたいと思うのでございます。 伝染病予防対策費の中の二百万円は今何かの中に入っているとおっしゃいましたね。それでは、そのうちの項目の20の精神薄弱者の援護費も数字が違っている。この中には一体何をお含みになっておるのか、これも一つあわせてお聞かせを願いたい。 これは一々やっていきますと、これだけでも一晩じゅうかかりますから、ほんの一、二のモデル・ケースだけにとどめておきますが、なるべくわれわれの頭に混乱を来たすようなことをやらないで下さいよ。なるべく真相を知らしめない、これはそういう資料の出し方だ。私はこれは行政官吏特有の技能と称している。材料でも資料でもわかりやすくさらけ出して物事を知ってもらうという親切みがなくて、なるべくものをこんがらかして、そうして特有の専門家だけわかるような形に問題を持ってきたがる習性があるのですよ。官僚行政の習性なんです。そういう悪い習性を直していただかなければならないと思いますから、その意味において申し上げるのでございます。一つ御答弁を願いたいと思うのでございます。
○熊崎政府委員 これは二百万円ぐらいの数字の異同がございますが、詳細はただいまのところまだちょっとわかりませんので、いずれよく調べましてお答えいたしますが、ただ数字全体から申しまして、決してごまかすというふうに意識的に考えたものでは毛頭ございません。たとえば私どもから例を申し上げますと、その下の二十三番目の民間社会福祉事業助成費五百万というふうな金額が出ておりますが、これは予算書の中には何も載っておりません。一般的にただ項目として民生委員互助共励事業助成費補助金二百万、それから民間社会事業退職金共済群業事務費補助金三百万というのを便宜合わせまして、こういう項目で説明した方がおわかりやすくいただけるのではないかということで、便宜まとめたような項目もございまして、そういう点は私ども数字のごまかしをやる意味ではなくて、誠意をもって御理解をいただきやすいということでまとめたものでございますから、御了承いただきたいと思います。――わかりました。今わかりましたので御説明をいたしますが、実は精神薄弱者援護費の方で数字が違いますのは、これは昨年も予算説明のときに申し上げたのでございますが、精神薄弱者福祉法というものを昨年制定いたしました。そのときに精神薄弱者対策というのが非常にやかましく論議をされまして、その一環としまして国立の精神衛生研究所、その関係の精神薄弱者の対策部を作りまして、それで職員の員増をいたしました。そのときに昨年も精神薄弱者対策費ということで、その国立精神御生研究所の増員部分を含めて、同じようにこういう項目によりまして説明をいたしたわけでございます。従いまして今年度も全然予算の項目は違うのでございますけれども、国立精神衛生研究所の精神薄弱部の仕事は、やはりこの中に便宜入れて説明した方がいいのではないかということで、その経費をこちらの方に持ってきたわけでございます。
○小林(進)分科員 大体お話を承っておりますと、意のあるところはわかるのですが、ただあなたの先ほどのお話のように、トータルにおいて間違いがないから何をやってもいいというような、そういう説明の仕方はわれわれの方はちょうだいしかねます。もちろん厚生予算のトータルまで違ってきたのなら、そんなものは私は材料にしません。全部突っ返して初めからやらしてもらいます。ただ同じ項目の中に三つも四つもあるのが内容が違っているのは困る。しかしその点においては、あなたが言われるように理解を深めるために特別の編成方法をやったんだとおっしゃるならば、それまでも私は悪意のあるものとして責任を追及するところまでは参りませんけれども、ただしかし、その親切もいわゆる悪女の深情みたいなもので、非常にわれわれには迷惑しごくなんです。そうでしょう。これを見なさいよ。同じ中でも精神薄弱者援護費、これも精神薄弱者援護費、同じ項ですよ。こっちへ当たって説明書の中を見たら、こうやって精神薄弱者援護費、こう見てきて、中の数字は、あなたの方の配付せられた資料では迷うのですよ。こういう違った数字を示されると、われわれ特に数字の弱い者は非常に苦労する。一体どうしてこれが違っているのか、その違っている原因を追及するために私は二日二晩寝ていませんよ。そういうようなことを説明なしでやられたのでははなはだ迷惑でありまするから、一つ将来そういうことのないように、政府から出る書類はやはりちゃんと項目が合えば数字も合うというふうにしていただいて、特にあなたのような特別の数字も加えて、まるで項目の違うものを持ってきて加えるならば摘要欄にそれを親切に打って下さい、何も打ってないじゃないですか、そのものずばりでしょう。こういうような書類の配付の仕方や不親切なやり方は将来とも御注意していただきたいと思います。幸いにして時間がありませんから、この程度にしておきますが、これが朝ならばこんなことでは済みませんよ。 次は、実はけさ私は国会へ参りまして自分の部屋へ参りましたら、こういう厚生省関係で発行せられておりまする定期刊行物がこれだけまとめて机の上にあったわけであります。秘書にそれはどうしたのだと言ったら、控室のボックスの中に入っておりましからそのまま持ってきてけさ置いたのであります、こういうことです。その中を見ますると、「厚生広報」「国立公園」、それから「栄養日本」それから「厚生」と、こういう幾種類かの本をちょうだいしたのでありまして、これは感謝にたえません。こういう貴省発行の書類を無料で御贈呈いただきましたことはまことに感謝にたえませんが、ただしかし、これをわれわれに無料贈呈せられた御趣旨は一体何であるか。その御趣旨をお伺いしたい。いわゆる余ったから紙くず箱へ捨てようか。まああのうるさい議員諸君のボックスにでも入れておいたら、せめて悪口を言われることの口どめ料にでもなるか、こういう紙くず箱程度の気持で配付されたのかどうか、この点を一つ大臣にお伺いをいたしておきたいと思います。
○高田(浩)政府委員 古いものがまとまって入っておったのじゃないか。大へん御親切な御注意をいただきまして、こういうことはやはり小林さんのように端的におっしゃっていただきませんと、往々にして私ども気づかないこともございますので、以後十分注意いたしたいと思いますが、ただ今回のことは、実は調べてみましたところ、係の者が今度の感冒でちょっと長い病気をいたしておりました関係上、手違いがございまして、先に上げなければならない書類がおくれたということでございますので、その辺大へん不手ぎわなことになりまして申しわけない次第でございますが、それまでは私の承知している範囲では、大体月ごとにまとめて差し上げていると承知をいたしておるのでございますが、なお御注意の点もございますので、今後十分気をつけて参りたいと思います。
○小林(進)分科員 私はまだ何も御注意を申し上げないうちに、御注意ありがとうございますという礼を言われる因縁因果はないわけでございます。紙くず箱のつもりで下さったのかどうかという質問をいたしておるのでありまして、何も忠言はいたしておりません。ただしかし大臣に申し上げます。きょうまとめていただいた書類の中の「厚生広報」、発行日は一月一日の品物でございます。きょうは御承知の通り三月の一日でございます。次は一月十五日、二月一日、二月の十五日でございます。これは三月一日にきて、定期的に月に二回ずつ発行されるものです。一月一日といったらまあくず箱がわりに議員のボックスの中にでも入れていけ、どうせこの諸君は勉強しないでなまけ者だから、量でこなしておけば義理が済む、これはこういう形の配付の種類でないかと私は疑わざるを得ない。まずこの「国立公園」でありますが、百三十一号というのが何日発行でございますか、昭和三十五年の十月一日発行の品物、そして、しかも百三十三号はないのです。これは十二月一日、これは一月一日発行の品物、こういう配付の仕方でございます。「栄養日本」というのは十一ですから昨年の十一月号でございましょう。これは十二でございますから、昭和三十五年の十二月号でございましょう。これは「厚生」というのは一月、二月、やや新しいのをちょうだいいたしました。私はこういう行政のあり方をおそらく大臣は御存じないと思う。今官房長のおっしゃるように、係の人が長期の病気で寝ていられたという話でございます。それは大臣、どろぼうでも三分の理屈というのです。理屈はどこにもございます。理屈はどこにもございますが、そういうようなことで一つわれわれをありがたがらせようという気持だけはやめていただかなければならぬと思うのでありますが、こういうようなあなたの下僚のやり方、今おっしゃった理屈がそれでよろしいとお考えになるか、大臣はそんなことはいかぬとお考えになるか、一つ責任ある御答弁をお聞かせ願いたいと思うのであります。
○古井国務大臣 発行したら、すぐ差し上げるものは差し上げるようにするのがあたりまえだし、よいことでありますが、さっきも官房長が申したように、そこには事情もあるかのようでありまして、おくれたのが一緒にいったようであります。おくれたものはアウト・オブ・デートになるから差し上げぬというのも、これはことに小林さんのようにたんねんに読んでいただく方には悪いのでありますから、やっぱり一緒になったのはまずいですけれども差し上げておかなければいかぬ、こういうことで善意の上の善意で、これは下手くそはありましたけれどもお届けしたものだと思いますので、まあこれからは出したときにちゃんと配るようにさせましょうから、また新しいことを一つ御注意願いたいと思います。
○小林(進)分科員 それは大臣、まとめてちょうだいするのとちょうだいしないのとでは、それはちょだいした方がまだいいのです。いいのだけれどもそういうことでともかく三カ月も四カ月も前の品物をこれを見よがしに配付をして下さるそのやり方に対して、私はいいか悪いかということをお尋ねしているのでありまして、その点をいま少し明確に答えていただかぬと、次の質問が延びていけません。十二時の時間が過ぎますから、明確にちゃんとお聞かせ願いたい。
○古井国務大臣 さっき申しましたように、出すたびにそのときにすぐさまお配りするのが一番よいことですから、たまっているのはよいことだとは思わないのでありまして、そういうことはないように心がけるようにさせたいと思います。よいこととは思いません。
○小林(進)分科員 将来は一つ厳重に御注意をいただきますと同時に、発行せられる刊行物はできるだけわれわれに配付をしていただきたいと思うのであります。われわれ、厚生省関係で発行せられている参考書類がどれだけあるかわかりませんけれども、われわれの仲間の中にもいろいろの定期物あるいは刊行物をもらっている者もあればもらっていない者もある。これが並みならぬのでありますが、しかしわれわれの知る範囲においては、大体厚生省はそういう定期刊行物を議員に配付する率が他の官庁に比較して少ないようです。その心情をそんたくいたしますと、議員などというやからには知らしむべからず、寄らしむべしという厚生官僚一流の陰険な考え方がその底に流れているのではないかという感じを受けるのでございますが、現在一体厚生省では定期刊行物をどれくらいお出しになっているものがあるのか、その品目を一つお聞かせ願いたいと思います。
○高田(浩)政府委員 決して厚生官僚は陰険でも何でもございませんで、ただ御承知のように、厚生省の仕事は非常に範囲が広うございまして、従って他の省に比べますと、その辺の資料の取りまとめ、その他が散漫になる点はこれはあり得ると思いますが、これらの点は以後十分御趣旨の点をそんたくいたしまして注意をして参りたいと思います。 なお刊行物のうちには、役所の方が直接関与いたすものと、それからよその団体等で関与いたすものといろいろ極数がございまして、その辺のところからあるいは手に入ったり入らなかったりというような事象が起こっている点もあるかと思いますけれども、その辺の事情も一つお含み願いまして御了承いただきたいと思います。 厚生省として直接出しておりますのは、統計関係のたとえば年報でありますとか、あるいは月報でありますとか、伝染病あるいは人口に関する年表でありますとか、月表でありますとか、こういうものでありますが、その他多くのものは大体において関係の団体等で発行いたしておる状況でございますので、正確に何部ということはちょっと申し上げかねる次第であります。
○小林(進)分科員 私は意地の悪い質問をしようというのではございませんから、その点一つ誤解のないようにお聞き願いたいと思うのでございます。従来私どもが社会労働委員会をやっておりましてから、大体定期的に今まで厚生省からわれわれが審議の必要書類としてちょうだいいたしておりましたものに厚生白書がございます。それから東洋経済新報社が発行しております「社会保障年鑑」というのがございます。それから中央青少年問題協議会の事務局で発行いたしております青少年白書というのがございます。それから経済企画庁が発行しております国民生活白書、人口問題審議会から出しております人口白書、それからこれは単行本でありますが、厚生省医務局で作られておる――医務局は力がないのですが、これだけはりっぱな力を持っておると私は感心しているのですが、「世界各国の医療制度」、こういう本を配付しております。それから個人といいますか、個人が作られたのでは例の小山さんがやられた「国民年金法の解説」、そういうのをいただいております。そういうようなわけで、このたびも私は従来のしきたり通りに厚生白書はやはり配付せられるものと考えておりました。ところが、大臣初め官僚その他がお持ちになっておるので従来通りわれわれの方にも白書をちょうだいできないのかと言ったら、――これは言葉じりじゃありませんよ。言葉じりじゃありませんから誤解のないようにお聞き願いたい。今年度は予算がございませんから、これは買って配付するのでありますから、今年度は予算がなくて買えません。こういう官房長の御返事でございました。それから帰りまして一生懸命予算書をひもときまして、一体どの科目のどの項目にこういう厚生白書等を購入する予算が従来計上してあったのか、それでまだ三十六年度の新年度には入りませんから、三十五年度からそういう議員に配付する書類購入の予算は一体どこで削除されたのか――これは私は大臣、あなたにお聞きしたいのであります。特にそのときに官房長がこういうことを言われた。厚生省はあらゆる費用をすべて国民にサービスしようと思っておりまするものでありますから、そういうような金の余裕はございません。こういうことを言われた。なるほど国民にサービスをするために全部の金を財布からはたくから、国会議員には昨年度まで継続をして参りました厚生白書は今年度からはもうやる費用はないのであるということ。国会議員というのは国民とは関係のない種族だという意味なのか。われわれは国民の代表だと思っておる。何だ、貧弱な代表だとお思いになるかもしれませんが、貧弱であろうと何であろうと、選挙のワクを通じて出た以上は、私は国民の代表だと思う。ところがどうもそうでないような、国会議員などという特殊なものには、国民に直接サービスする金が大切なために、そういう資料を配付する金がないというふうな言葉を思わせるような、実に冷厳なお言葉があったのでありますが、この点はいかがでございますか。官房長にお聞きしないと、官房長の立場もありましょうから、あなたが答弁して、それから一つ大臣から……。
○高田(浩)政府委員 大臣がお答えになります前に、私からお答え申し上げたいと思います。 言葉じりというわけでもございませんが、最初におっしゃった、私が買ったらいいじゃないかと言ったというふうにとれる趣旨のお話がございましたが、私の記憶に間違いなければ、ちょっと話が違うじゃないか、私はどうもそう言った記憶はございません。それから後段のお話は、仕事の割にはこういう印刷であるとか、そういった面の予算が十分でないという趣旨を申し上げたのでございまして、決して他意はないのでございます。その辺は一つ誤解のないようにお願いいたしたいと思います。
○古井国務大臣 厚生白書のお話が出ておりましたが、早く議員の方にはお目にかけなければいけないというので、本物の印刷ができる前にお配りをするように言っておりましたので、あるいはあとのほんとうの印刷したものが、重複をするきらいはありますけれども、お届けした方がよいのでありますけれども、配ってなかったということはあるかもしれません。差し上げなければならぬということを聞いたような気がいたしますので、差し上げておったのじゃないかと思っております。そのほか資料の点、それはいろいろ窮屈な点はありましても、国民のエリートですから、国民に出すのがあっても議員さんには上げられないなんということは考えるはずはありません。もしそういう印象を起こすような言葉があったら、いやしくもそういう誤った印象を起こさぬように、行き違いを起こさぬようにみんなが気をつけるようにしたい。過去のことはそういうことで御了解願いたいと思います。
○小林(進)分科員 ともかく大臣のお言葉で私は了承いたしまするが、残念ながらわが日本の今日のシステムでは、政党がまだりっぱな調査機関を持っているわけではございません。やはり皆様方国家権力を握って、国家国民の費用で、そしてひまにまかせておやりになっているその資料というのは、われわれは活用さしてもらわなければならぬ。できるだけそれを利用しなければいかぬ。これは残念なことですが、わが日本の政党政治、民主政治の建前では仕方がないのであります。こういうことを御勘案願いまして、やはりわれわれ国民を代表する立場の議員諸君には、そういう厚生省なり各省でお集めになった資料はできるだけ配付する、事実を知らしめるという努力をしていただかなければ、ほんとうに私は政治の発展はないと思う。そのための予算がないのであるならば、われわれも一つ努力をしようじゃありませんか。幸いにして予算があるというお話でございましたけれども、こういう広報活動ばかりではありません。資料配付、あるいは単行本を出し、定期刊行物を出すための予算が、今年度の厚生省の予算の中に幾ら含まれて、どれだけ不足しておるか、一つ私は数字をもってお示しを願いたいと思います。
○高田(浩)政府委員 厚生省の広報関係の予算は約七百万円でございますが、そのうち先ほどおあげになりました「厚生」でありますとか、「厚生広報」でありますとか、そういう定期刊行物、あるいは精神衛生普及運動でありますとか、栄養改善普及運動でありますとか、こういったことに関連をしまして。パンフレット、リーフレット、スライド等、そういうものに使います予算が約六百八十万円でございます。たとえばその中で「厚生」という雑誌につきましては約九十五万円、そういうような格好になっておりまして、金額としてはそう多くないのでございますが、一面においてこれらの経費の最も有効な使い方というものを今後さらに工夫をし、努力をいたしたい。と同時に、また金額の点についても、ことしはこれだけでございますが、来年は一つ努力をして増すようにいたしたいと思います。
○小林(進)分科員 そういたしますると、今の厚生白書やら、他の機関で発行しておりまするものを購入して資料として議員に配付する、そういう予算はないのでありますか。一つお伺いをいたしたいのです。
○高田(浩)政府委員 今申し上げましたのは直接広報の関係の予算でございますが、そのほかにたとえば法律案を印刷をするとか、あるいは通牒を印刷するとか、あるいは場合によりましては法律その他をまとめて印刷をして出します費用でありますとか、そういったいわゆる印刷、製本に関する費用が、各局にそれぞれ役所を運営していく上において分属をいたしておるのでございます。これらが一部分皆さん方の御参考に資し得る資料を配付するための費用として使われるということはございます。それから今おあげになりました白書につきましては、これは厚生行政年次報告書作成費としまして、約二十七万円計上されております。これでまかなっているわけでございます。足りない分は今申し上げましたがり版の印刷を節約をした費用でありますとか、そういうもので継ぎ足しておるのでございまして、特別に議員配付用の予算として計上したものはございませんが、それらの費用のうちから資料を整えまして差し上げているような次第でございます。
○小林(進)分科員 これにこだわっては前に進みませんから、これはこれで終わりますけれども、私どもは何も一般的な定期刊行物やら、がり版刷りの費用まで節約をしていただいて、われわれ国会議員に必要な資料を配付していただきたいというちゃちな考えはございません。どうか国会議員配付用として堂々と予算をとって、そうして資料を漏れなくわれわれの方に回すように御努力願いたいと思います。ここで一つお約束いたします。今後厚生省発行の刊行物に対しては私も注意をさしていただきまして、具体的な事例についてどしどし注文をしたいと思いますので、この点だけ胸に刻んでおいていただきたい。 次に、これはどうもあまりしがない質問をするようで悪いのですが、誤解のないようにお聞きを願いたいと思うのであります。昨年の九月から十月の末日まで厚生省のお役人が新潟へ一体どれだけ御出張になりましたか、その御出張の回数と目的をお聞かせ願いたいと思うのであります。今すぐそれがわからないとおっしゃればあとで書類をもってお知らせ願ってもけっこうでございますが、いかがですか。
○高田(浩)政府委員 あとで資料に基づいてお話し申し上げさしていただきます。
○小林(進)分科員 これは大臣御承知の通り、実は厚生省のもとの官僚であられましたが、今われわれの同僚であります小澤君が昨年新潟市から衆議院議員に立候補されましてめでたく当選をされました。これは非常に私はけっこうなことだと思っております。特に厚生行政に明るい同僚の一員がわれわれに加わったことを心から喜んでおりますが、この問題に対して厚生省の高級の官僚が応援をされました。これは非常にけっこうです。私この前大臣にもお伺いいたしましたところ、大臣も、それは、お互い同僚の友人、先輩、後輩が立候補して戦う場合に応援をするのは友情の手前当然それはあり得ることである、こういうふうにおっしゃいました。友情として応援を下さることもほんとうにけっこうなことだと思います。私もまたあなたの厚生省内部の同胞から友情として応援をいただいております。この点私は小澤君であろうと小林君であろうと彼我に区別はない、実にうれしいのでありますが、ただこの友情もときにかきを越すと行政の中立性が失われるのじゃないか。最近私が一番おそれているのはその問題なんです。朝も関連質問で私は大臣に医療の問題について御質問をいたしました。これは私は了承できない。大臣が渦中に入って問題を解決しようとして、みずからの力で解決できなくて、今度は医療協議会を改組してこの問題をまかせると言ったが、問題は協議会から三転して自民党の三役という何ら法律上の権限も根拠もないところに今投げ出されて、そこで交渉が続けられている。こういうことを大臣はどう言おうと私は承服できない。しかしきょうの約束は、医療問題はここでやらないということをわが尊敬する主査とお約束いたしましたので、これはここでは申し上げませんけれども、こういうのが行政――もちろん特別職は別ですが、官僚がすでに政党の付属機関のような形になって、行政の中立性というものが全く失われている。嘆かわしい世相です。この姿を直していかないと日本の民主政治は私は大へんだと思っておるのであります。そこへもってきて一党に所属をいたしておりますそういう人の応援を、友情である、親友であるという、旧の職場に働いていたというような理由で、どうも行政の中立性を疑わしむるようなところまで飛躍して、そういう応援やら支援態勢を作られているということは、私はどうしても了承できないのであります。この点を一つ大臣にお伺いいたしておきたいと思います。同時に、その選挙の予備期間と選挙中に厚生省の官僚がどういう形で新潟へおいでになったか。私も今調べております。私は私なりに調べておりますけれども、巷間実に疑っております。この世間の疑惑を晴らす意味においても、私はそういう資料の提出をお願いしたのでございますから、誤解のないようにしていただきますと同時に、この問題に対する大臣の御所見を承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 ただいまの問題はひとり厚生官僚だけの問題ではありませんで、行政官僚が選挙運動をやる、やめるとすぐ立候補するし、また立った者の選挙運動をやる。こういう弊が前から目に余るものがあるのではないかというくらいに私は思ってきておる一人であります。それでこれは分野を越しておると思うのであります。政務官は自由であります。これは政務と事務の分界が昨今乱れてしまっておる。きょうじゃありません、これは従前からそう思っておる一人であります。それで厚生省だけというふうにいつかおっしゃったように聞きましたので、そうじゃありませんと言ったのであります。これは厚生省だけじゃないというふうにその点は申し上げた。もちろんいいことだと言ったのじゃない。いいと言ったのじゃありませんが、まあ人情のいたすところ、思わず知らずのりを越えるということであるのかもしれんけれども、そこは了としてやらなければならぬ点も気持の上ではあるかもしれんけれども、どうも全体論としてよくないと思うのです。ですから過去は知りませんけれども、そういうことはわれわれの方では今後しないように戒めていきたいと思うのであります。
○小林(進)分科員 私はこの問題は予算に関連をして実はもっと具体的にお伺いしたかったのです。けれどもきょうは時間もございませんし、また私も楽しみです。ふところの中を全部見せるよりも、ちびりちびりとこの問題を大臣にお伺いするのは楽しみを将来に残すことになります。しかし私はそういう言葉の表現をいたしますが、実際は私は冗談じゃないのです。日本のいわゆる公務員のあり方あるいは行政の中立性、これは基本的な問題だと思う。これはもちろん厚生省だけじゃないという大臣の御説明は私は承りますけれども、実に役人などというものは――あなたの下におられる下僚もそうです。予算の編成期に一度役所に行ってごらんなさい。一体課長はどこに行ったのか、局長はどこへ行かれたのかと聞くと、社会部会へ行かれました、政審部会へ行かれました、政審部会というのはどこだ、受付の給仕なんかは、そういう質問をするわれわれをばかにする。政審部会を知らないのですか、社会部会を知らないのですか、それは自民党の政審部会でございます。自民党の社会部会でございますと言う。まるで役所に行けば、そういうところへ官僚が行くのはあたりまえで、そういうことを知らない国会議員はもぐりだという風潮が全部でき上がっている。これは大へんなことですよ。そういうような考え方が役所にでき上がっておるのです。それが、たとえて言えば選挙の問題にかかってくる。そしてひいては国家予算の中におかしなやりくりの穴ができ上がってくるのです。そういうような大きな盲点があることを私は御忠告申し上げておきまして、後日またあらためて、明確な資料をもって再見参をいたしたいと思うのでございます。 次に、私は時間がございませんから緊急の問題を一つ、これは実は質問に予定していなかったのでございまするが、緊急な事態ができましたので予定の中へ差しはさんで、特例として一つ御質問を申し上げるのでございまするが、これは大臣にお伺いします。今やっておりまする病院のストライキの問題でございます。東邦医科大学付属病院でございますが、ここでやはり昨年度からストライキが勃発をいたしておるのでございます。その後の経緯を一体御存じでございますか。大臣がおわかりにならなければ局長でもけっこうでございますが、お答えを願いたい。東邦医科大学の病院の問題でございます。
○川上政府委員 私も詳しくその後の様子を存じないのでございますけれども、なお解決しないでストライキが続いておると承知いたしております。
○小林(進)分科員 解決しないという実にあっさりした御答弁で、何でも世の中はあなたのように解釈をしておいでなされば、これは苦労は要らないわけです。それはストライキをやっているそうな、解決しないそうなという、それだけならけっこうでございまするが、これは解決しないという陰の中に、二月の二十七日付で看護婦二十三名を含めて三十名が解雇された、首切りをされたという問題が起きてしまったのであります。われわれは国会の中で病院ストをどうするか、あるいは医療の賃上げ問題をどうするか、こうやって一生懸命にやっているときに、そういう医療の問題を担当している末端の大学の付属病院やら、あるいは病院長や大学長なんというものには、そういう皆様方の苦労というものはちっともいってないんだ。国会は国会、われわれはわれわれ、医務局長、厚生大臣なんというものはあってなきがごとしだ。首の切りたい者は首切っちまえ、こういうような風潮の現われが一昨日における三十名の首切りの問題です。やはりあなたの管理の問題じゃありませんか。御存じでございましょう。
○川上政府委員 まだ報告を受けておりませんので……。
○小林(進)分科員 このくらい病院のストの問題をわれわれは国会の中で声を大にして叫んでいるのです。しかもこの東邦大学の病院のストライキというのは、これは病院ストにおける一番最初に勃発したストライキです。昨年の七月二十二日に組合が結成をせられ、全従業員四百九十名のうち組合員が二百五十名で結成をいたしました。これはベットが五百で、外来患者は一日大体八百名くらいあるという状態の病院なんでございまするが、それが昨年の八月に初めて低賃金あるいは過重労働で耐えかねてストライキをやった。これをきっかけにして、ついには日赤がストライキをやった、慶応病院、女子医大がストライキをやった、慈恵医大がストライキをやってきたのであります。でありますから、皆様方がほんとうに病院ストの問題についてこれは一つ解決したいといういわゆる病院管理の最高責任者としての情熱がいささかでもおありになるならば、このストライキの今日に至る経緯くらいは私は知っておいでにならなくてはならぬと思いますが、この経緯をお聞かせ願いたいと思います。
○黒木説明員 病院ストの関係の個々の施設につきましては、今手元に資料がございませんが、三十四年の三月ごろからストが東京都の、病院に発生をいたしまして、翌年三十五年のたしか三月までの間に紛議が二十二件、そのうちストに入りましたものが七件と承知をいたしております。その後東京医労連というものが結成せられまして、それからストが頻発をするようになったのでございますが、いわゆる第一波と称されるものが昨年の十一月一日、これは七組合がストを始めたのでございます。その後十一月八日に第二波、これは十組合が参加をいたしております。十四日に第三波で同じく十一組合がストに参加いたしております。その後最近まで十三波くらいになると思いますが、そのうち妥結を見ましたものはわずかに四組合ほどでございまして、一時年末の手当の問題で妥結は見ましたが、その他は依然として未解決のまま今日に至っておる次第であります。個々の施設につきましては今詳細手元に資料がございませんので、資料として後日差し上げたいと思います。
○小林(進)分科員 私はこういう病院ストで解雇をするとか、あるいは首を切るとかいうような問題は、直接は労働省の関係だと思っております。だから、本日も労働基準局長あるいは関係の課長に来ていただくように私は要求したのでありますけれども、どっか行方不明になってしまっておられないということでありまするから、労働省の責任は私はあらためて明日追及をする予定でございます。けれども私は、厚生省として責任を一つ感じてもらわなければならぬ。私がこの病院ストに対していかにも残念にたえないのは、厚生省は、何回お聞きしても、何か自分には責任がない、よそごとの話を聞くような感覚でおられるということです。実に残念しごくだ。実際医療管理がうまくいっておれば、医療法が正しく行なわれておれば、今日行なわれている病院ストの大半は起こらなくて済む。いわゆる正しいその施行を監督すべきあなた方厚生省の責任者が、医療法だけ作っておいて、その実施を何も見ておられないから、こうやって弱い人たちがみなストライキを起こしたり、首を切られたり、混乱を起こしておるのであって、そこに大半の理由がある。この東邦医科大学の付属病院におきましても、看護婦が現在百二十名しかいない。実際の医療法に基づく定員によれば百八十名の看護婦を置かなければならない。それが百二十名しかいない。そういうことを厚生省は黙って人ごとのように、監督もしていなければ、注意も喚起をしておいでにならないから、従ってその定員不足に基づく過重労働、低賃金という問題が出てきて、やむにやまれず彼らは昨年の八月にこの問題を都の労働委員会に提訴をした。提訴をいたしましたら、その労働委員会においては五十名の看護婦をふやすべきであるという勧告をしている。その労働委員会の勧告に基づいて労使の間にそういう約束をする協定書までかわしている。この協定書をかわして、労働委員会の勧告に基づいて看護婦を五十名ふやすということになったら、五十名ふやしたかどうかというその自後の監督の責任は一体どこにあるのですか。労働基準局ですか、厚生省ですか、一つお聞かせを願いたいと思うのであります。
○黒木説明員 病院の入院患者数、外来患者数に応じまして一応看護婦の定員の基準がございますが、これは医療法に基づきまして都道府県の衛生部局が責任を持って医療監視をやっておるわけでございます。労働協約に基づきまして経営者側と組合側との協約の履行の確保と申しますか、そういう面についてのいろいろの指導なりというものは労働基準局でやっております。
○小林(進)分科員 医療法に基づく定員の不足でありますから、五十名をやはり充足をすべきであるという問題は、私はやはりその意味において医療行政から責任を感じてもらわなければいかぬと思うのでございます。そういうようなことで、労働基準監督局が、五十名をふやすようにしたから問題はそっちに責任があって、医療行政の方には何ら関係がないというふうな、そういう高上がり、傍観の形でおられるから、問題がいつまでたっても解決しない。いま少し厚生省としても医療法完全実施の上からびしびし行政監視、監督を進めてもらわなければだめだと私は思います。そういうようなことでありますから、組合は一律三千円ベース・アップ、定員完全実施の要求を掲げて戦ったわけです。戦ったわけでありますけれども、今日に至るまでその定員は一人も充足していない、経営者は何もやっていない。もちろんベース・アップはゼロ回答、回答もしない。そうして労働委員会が忠告した五十名も、一名も充足しない。それのみならず今度、労働委員会の忠告の実施に努力すべきであるという組合側の正当な要求に対して、三十名の首切りをした。しかもその中に看護婦が二十三名入っている。百八十名のところに百二十名しかいないのに、また二十三名首切って、この病院は医療法上どうなりますか。それで一体完全な病院の経営ができますか。
○黒木説明員 先ほど看護婦の基準の問題が出ましたが、医療法によりまして一応入院患者なり外来患者による基準はきめておりますが、看護婦と準看護婦、看護助手をもってこれを充当してもよろしいという逆用をやっております。従って先生のおっしゃるのが看護助手まで含んでいるのかどうか、
○小林(進)分科員 一切含めてです。
○黒木説明員 そういうことになりますと、医療法に基づきます基準に合致しないわけでありますから、医療監視をいたしまして、そういうような基準に合致しない場合には監督を考えなければならないと思います。
○小林(進)分科員 私は今の答弁が次長ではちょっとたよりないのでありますが、大臣、今の次長の答弁、それでよろしゅうございますか。大臣に確約をお願いしたい。
○古井国務大臣 医療法の要求しております条件を満たさないままではこれは困るのでありますから、それをまた重複して争議の問題として勧告を受けようが受けまいが、もともと基準に合わぬ姿ではおもしろくないので、これはわれわれの方の側として十分監督をしていかなければならぬことになると思うのであります。そのままにほうっておくというのはよくない、こういうふうに思っております。
○小林(進)分科員 私は、大臣からも同じ御答弁をいただいたのでありますから、一つ早急に、明日からでもその御答弁の通り実行していただきたいと思います。答弁のしっぱなしでごまかされたのでは私は了承できませんから、直ちに実行されることをお願いしたいと思います。 なお参考までに申し上げますけれども、この病院は、そういう労働委員会の忠告はもとより、ゼロ回答をし、公的機関の勧告さえも何ら受け入れていないのみならず、そのために組合は労働組合法に基づく正当な組合活動しかしていないのに、その活動によって、ポスターを張ったとかビラを張ったとか、そのために病院の建物がよごれた、きれいにするのに百八十万円かかったから、その百八十万円の金はよごし賃として各組合員の俸給から差し引いて給料を払うなどという、こういうようなことを麗々しくやっている。しかしこれは労働省の管轄だと思いますから、これは労働基準局長並びに労働大臣に、こういうような経営者の不当労働行為が許されるかどうか伺いたいと思いますが、厚生省は今申しました医療管理、監督の面から、早急に公正妥当な忠告をされることを再三再四お願い申し上げましてやまない次第であります。 時間もありませんからその点についてはきょうは大体このくらいにいたします。
○北澤主査 小林君に御相談したいのですが、時間の関係もありますから、あとの質問者が三人おりますので、皆さんが質問できますように御協力願いたいと思います。
○小林(進)分科員 それでは厚生大臣にお伺いいたしたいのでございますが、社会福祉関係職員の給与の問題でございます。特にその中で私は保育所の保母の給与の問題についてお伺いいたしておきたいのでございます。これは午前中からいろいろ問題が出ておりました。生活保護費の問題も出ましたし、保健所職員の給与の問題、保健婦の給与の問題、あるいは看護婦の給与、待遇の問題、その不足の問題も出ました。私は看護婦の不足の問題も低賃金、低給与に関係していると思うのでありますが、こう並べてきて、その中でも一番恵まれない地位にいるのが民間保育所の保母じゃないか、かように考えておるのでございまするが、この点について大臣の御所見を承っておきたいと思います。
○古井国務大臣 保母さんの給与が低いということは確かにそうであります。それでありますので、補正予算の関係で、公務員などのベース・アップをしましたときに一一・九の引き上げをやったほかに、ベース、もとの根元が安いのですから、これを是正する意味で、来年度から七・五%の引き上げをやろう、こういうふうな計画をいたし是のであります。これでまだ十分だとは思っておりませんけれども、しかしとにかく一挙に七・五%、大蔵省の方ではとてもびっくりしていたわけでありますが、十分とは申せませんが、そういう努力をしておるのであります。
○小林(進)分科員 厚生省は最初保育所の保母の待遇改善については一五%の給与の引き上げを要求されたはずでありまするが、それが半分に満たない、いやちょうど半分の七・五%に落ちついた経緯を一つ承りたい。それを承服された大臣に結論をお伺いいたしておきたいと思います。
○古井国務大臣 七・五%必ずしも十分とは思いませんけれども、とにもかくにも、多年もともと安いのでがまんしてもらってきておるということのためか、なかなか容易なことでなかった。今回の予算で七・五%なんというのはほんとうにちょっとやそっとの話ではなかったのであります。十分とは申しませんけれども、とにかくそこまでの結果を予算として見ておるのであります。
○小林(進)分科員 保育所の中で、公営の保育所と民間の保育所との数を一つ伺いたい。それからその公営保育所の保母さんの人員と民間の人員、これを一つお聞かせを願いたいと思います。
○大山政府委員 保育所につきまして、公営の保育所が個所数にいたしまして五千四百三カ所、私立の保育所が個所数にいたしまして四千二百三十九カ所ございます。職員の数でございますが、これは保母とその他の職員を合わせた数でございますが、公立の保育所の職員数が二万六千五百七十七人、私立の保育所の職員が二万八百八十二人。来年度の予算はこれの基礎のもとに計上いたしております。
○小林(進)分科員 それは公営の保育所の職員も入っているというのですが、この保母と保母との平均賃金をお伺いしたいと思うのです。なければしょうがないと思いますが、お伺いいたします。
○大山政府委員 公営の保育所の職員の平均給与でございますが、これは実績で申し上げますと、本年度、すなわち三十五年の四月当時の調査によりますと、公営で九千四百六十円、本俸の平均でございます。それから私立、私営の保育所の職員の本俸でございますが、七千三百六十二円という数字が一応私どもの方の調査に出ております。
○小林(進)分科員 これは保母だけでございますね。
○大山政府委員 これは保母とその他の職員を含んだものでございますが、保母だけの比較についてみますと、公営の保育所の保母の平均本俸額が九千六百五十二円、私営の保母の平均本俸額が七千五百六十九円。(長谷川分科員「いつですか、それは。」と呼ぶ)これは三十五年の四月の調査です。従いまして、その後補正予算によるベース・アップあるいは今度の七・五%によりましてまた本年の四月から上がることになると思いますので、実態はもちろんこれから変わってくるわけでございますが、従来の実態調査の結果を申し上げた次第であります。
○小林(進)分科員 これは三十五年の四月ですから、もちろんそのほか変更がありましたけれども、これは公営の方もやはりベース・アップがありまするから、お互いに両方変わりますけれども、大体私どもの常識からいっても、この二千百円前後の格差はまず縮まらないものと見て差しつかえないと思いまするが、これはいかがなものでしょうか。
○大山政府委員 私どもは結局、措置費の単価を考えます場合に、この職員の給与を基礎にして予算をはじくわけでございますが、その場合の職員の給与の本俸のベースを逐次上げることによりまして、民間の保育所の職員のベースをなるべく公営の保育所の職員のベースに近づけるように努力して参りたい、かように考えておるのであります。
○小林(進)分科員 同じ厄介な保育業務に努力しながら、しかも一日平均大体九時間ないし十時間が普通といわれておるのでございまするが、こういうような業務に携わりながら、わずかに七千五百六十九円、これが私どもの計算で今年度の七・五%の引き上げを入れても、七千九百円か八千円そこそこじゃないかという勘定でございまするが、一体保母の資格というものは高等学校を卒業して二年でございますか。ちょっとその資格をお教え願いたい。
○大山政府委員 高校卒二年の課程を経ます場合と、それから高校卒で府県の試験を受けて保母になる場合とございます。
○小林(進)分科員 私はもう定められた時間もございませんから、一ついろいろの資料、データをあげて、実はこれが厚生行政の中の大きな盲点の一つであると私は思いまして、こういうことも一つ早急に手直しをしてもらわなければならない、かように考えておりましたが、大臣も言われるように、何か六百三十六億もふえて、これでもう厚生行政は鬼の首をとったように思われているかもしれませんが、まだまだそこが全部落ちているのです。このこの落ちている多くのものの中に、こういう日の当たらない場所で苦労をしている方々もいらっしゃる。ストライキもできなくて、そして子供のおむつを世話したり、おしっこを世話したり、あるいは人のいやがる一番いやな仕事をして苦労をしている人がある。しかも同じ仕事をしながら、公営と私営ではこれくらいの差です。これは本俸だけです。そのほか厚生年金なんかありますか。一体退職金制度がありますか。それでも期末手当だけはことしから倍ぐらいに引き上げて下さいましたけれども、そのほかに一体退職金がありますか。年金制度がありますか。厚生年金がありますか。どうですか。
○大山政府委員 本俸につきましては、ただいま申し上げた通りでございますが、その他期末手当等におきまして、従来非常に低かったのでございまして、昭和三十五年度の当初予算におきましては一・五カ月分であったのでございますが、来年度の予算におきましては三カ月分と、公務員並みになったのであります。さらに石炭手当は従来予算に計上しておりましたが、寒冷地手当、薪炭手当等はございませんでした。これも来年度から新たに計上することになりましたので、これらの手当関係につきましては、ほぼ一般公務員並みというところまで参ったわけでございまして、今後さらに本俸のベース・アップにつきましては努力したいと考えます。 それから退職共済につきましては、社会局の方の関係の予算になりますが、保育所のみならず、一般の児童福祉施設、さらに社会事業施設に働く職員を通じましての退職共済制度を始めたいということで、来年度から準備するようにいたします。
○小林(進)分科員 重大問題でありまするが、来年か再来年の話をしていると鬼が笑うといいますけれども、そのうちに死んでしまえば何にもならないのでありまして、なるべく来年の話ではなくて、今日の話をしていただきたいのでありますが、了承できませんけれども、時間がありません。わが愛すべき委員長が時間を切っておりますので、この問題はまた後日社会労働委員会等に持ち越して、掘り下げてお伺いすることにいたしまして、私は今度の予算の中にもいろいろの不満がありまするが、次に精神薄弱児施設、それから肢体不自由児の施策の問題について非常にこのたびの予算は不足している、こういうことを一つ申し上げて、この問題を五分くらいで片づけて、私の質問を終わりたいと思います。一体今日精神薄弱児と称する者がどれくらいわが日本におりますか。それを最近の新しい数字でお示し願いたい。精神薄弱児だけではない、肢体不自由児もおりましょう。肢体不自由児もあわせて一体今日どれくらいわが日本にいるものか、新しい数字を一つお示しを願いたいと思います。
○大山政府委員 精薄児につきまして、全数の調査をしたものは従来ないわけでありまして、推計によるものでありまして、必ずしも新しい資料ではございませんが、十八才未満の精神薄弱児の総数は九十七万という推定がなされております。ただしこの九十七万と申しますのは、IQ七〇以下の精薄児を推定したものでございまして、大部分は知能指数五〇以上でございまして、養護学校あるいは特殊学級の対象になり得る者と考えられるのであります。これらの児童のうち、特に厚生省としまして保護をしなければならない児童ということで調査をしたのがございまして、それによりますと、施設に収容しなければならないと考えられる精薄児童が約三万七千と推定いたしております。肢体不自由児につきましては、従前の調査によりますと、約十三万おるのでございますが、現在各都道府県におきます児童相談所で実際に管内の肢体不自由児をいろいろ診断しました結果、収容施設に入れる必要があるとただいま考えられるものが約一万八千名ほどおるという調査がございますので、あわせて申し上げておきます。
○小林(進)分科員 まず第一にこういう口の当たらない場所を厚生行政でおやりになるのが、あなた方の重大なる使命なんです。そういう使命に立っていらっしゃる厚生省が、いまだ今日までそういう精神薄弱児の的確な調査ができ上がっていない。これは実に私は残念にたえないのです。そうして推計の数字でございますがというふうなことで、十八才未満が九十七万人、あるいはその知能指数が七〇以下の者だというふうにおっしゃっているのですが、同じ厚生白書の中に、二十九年の厚生省の精神衛生実態調査によれば、白痴、痴愚、精神薄弱の数が二十八万人という数になっている。九十七万人になったり、二十八万人になったり、こういう数字がどうもわれわむしろうとにはわからない。いま少し的確な数字をつかんで、そして的確な施策を講ずるというふうにしていただかなければ非常に困ると思うのでありまするけれども、時間がありませんから、この問題は後日お尋ねするといたしまして、その中で施設の中に入ることを必要とする児童、あるいは施設に通うことを必要とする者、これを区別して、一体どれくらいございますか。
○大山政府委員 施設入所を要する者というふうに一応考えられておりますものが、約三万五千名ほどでございます。
○小林(進)分科員 それからあとはみな通う人で放任しておいてもいいのですか。
○大山政府委員 いいえ、通院施設に特に通わせるという者の数は、現在まで調査したものはございません。
○小林(進)分科員 その中に重症心身障害児というのがございましたね。これは一体どれくらいおありになりますか。
○大山政府委員 これは学者の推計でございますが、一万五千名ないし二万名というように一般にいわれております。
○小林(進)分科員 私どもは三万名くらいいるのではないかというふうな推定数字を持っているのでございまするが、こういうものを学者の数字で一万五千なり二万とおっしゃるならばそれでよろしいが、そういうものを現在どのように厚生省は処置をしておりまするか、お聞かせ願いたい。
○大山政府委員 いわゆる重症心身障害児の定義によるわけでございますが、重症の精薄児に対しましては、国立の秩父学園がございまして、重症の精薄児を収容保護するようにいたしてておりますが、さらにそれ以上に重いいわゆる重度心身障害児につきましては、従来ほとんど保護の手が延びておらなかったのでございます。来年度の予算におきまして、きわめてわずかでございますが、四百万円の予算を計上いたしまして、研究費といたしまして計上し、これを重度心身障害児を収容いたします協会に研究費を委託するということで、予算を計上いたしたような次第でございます。
○小林(進)分科員 私どもはこういう重症心身障害児について、こういうような陳情を受けているのでございますが、これはほんとうかどうか。いわゆる知能も、教育もこれは見込みがないからとして、健康保険も医療扶助も適用をされていない。その方面からこれは追い出されている。それでは精薄の施設では、一体これをめんどう見てくれるかといえば、それは身体不自由を理由にして、また拒絶されてしまう。それでは身体不自由の施設にこれを持っていったらどうなるかというと、それは精薄だからという理由で断わられてしまう。だから今日あるどの施設へ行っても、みんな断わられて、国家の保護からほうり出されてしまう。そして家庭の中で命をとるわけにも、殺すわけにもいかない。両親、家族の足手まといになるものをそのまま持ちこたえておるという今日の状態である。いわゆる法律や国家の保護の中から全くほうり出されているというのでございますが、一体この見解に対してどう判断されますか。
○大山政府委員 お話しのように重症心身障害児につきましては、現在までございました肢体不自由児施設、あるいは精神薄弱児施設等でとうてい保護し切れないような重度の児童がございますので、これらにつきまして、今後いかなる医療を行ない、あるいはいかなる保護を行なうのが適当であるかということを、さらに研究する必要があるのでございまして、先ほど申しました新しい団体におきまして、近くこういう児童を収容して、保護するとともに研究する施設ができますので、来年度予算におきまして、厚生省といたしましても、そこに四百万円の予算を計上いたしまして、子供の収答費、研究費に充てるということにいたしておるのでございます。
○小林(進)分科員 時間もありませんから、私はやめますけれども、こういうめくらであり、おしであり、手足が醜く曲がっているというような子供をかかえて、そして国家に何か救援を求めたい気持が一ぱいで、政府が何にもめんどうをみてくれないという気の毒な方々が、少なくとも二万名から三万名いるというのでございますから、それを今日まで放置をして、どこに一体厚生行政があるかと私は言いたいくらい、この個々の両親を面接してみると、まことに気の毒です。これでは人生は親子ともに家庭ともに全くどん底です。それに対して今まであなた方は一つも救いの手をお出してなっていない。古井厚生大臣、先ほどから言われたが、気骨あり、知能あり、知性あり、いわゆる一身を賭して厚生行政を分担をするといわれる古井さんが厚生大臣になられたのでありますから、こういう日の当たらない谷底にいる人たちのために、一体どういうあたたかい政治をおやりになって下さるのかと思って、その予算を拝見いたしましたら、それほど予算はふえておりません、何にもふえていない、いやそれは若干はふえております。前年度四千八百六十四万四千円のものが今年度は一億二百四十六万五千円になっておりますけれども、そういう精薄児の中で一番助けてもらいたい、一番苦しんでいる、一番悩みの多いものだけをおっぽらかしておくのです。まだ歩けるし、若干役にも立つし、ひとりで何とかやれるというものだけを施設の中へ入れたり、あるいは通院をさせたりする。そういう設備を設けて、そして厚生行政をおやりになって、これで精薄児の問題は解決したような形は、やはり羊頭を掲げて狗肉を売るもので、手先、口先だけはうまく言っておいて、ほんとうに困っているものを投げ出しておる。それでも今お話を聞きますと四百万円、将来どうするか、その研究費だけ今年度から計上して、一体何ができますか。言いわけの材料です。厚生省の要求額は五百五十万円でありませんか。それでは何万おふやしになりましたか。一体大蔵省に何万要求して、幾ら削られて最終決定になりましたか。四百万円の予算でしょう。御存じでしょう。
○大山政府委員 はっきりした数字を記憶しておりませんが、たしか五百万台でございまして、これは五十人の児童を収容する費用として積算したものでございます。
○小林(進)分科員 時間が制限されておりますからやめますけれども、そういうふうに、こういうふうな問題をみな表面から隠して、そうしてお体裁のいい予算だけを作り上げて、あなたの言葉じゃないけれども、今年度は画期的な厚生予算である。前年度予算に比較して六百三十六億円もふえたようなことは、完全とは言わぬけれども、まことにりっぱな予算であるというふうな宣伝をせられておりますけれども、私が繰り返して言うように、そのお言葉はいただきかねる。というのは、こういう問題がいつも隠されているからです。私は全部拾い上げたら二日でも三日でも言いますよ。まだまだ口の当たらない場所で、このように法律の保護から投げ出されて、気の毒に母親と子と兄弟で、親子親戚で泣いておるようなものが一ぱいいるのです。そういう例を私はみなあげていきたいのだけれども、そうするとほかの人が質問できないでしょう。やめろやめろというから、私はほんとうの一つの例だけをあげた。精薄児の問題一つをあげても、そういうようなごまかしがあるのじゃないか。あげろといわれるなら、もっと例を上げましょうか。もっと幾つも例がありますよ。ちょうどぼろをみな握り隠して世間体をごまかしておるというふうな政治のやり方です。それはほかならないいけれども、厚生行政というものは、世間で見えなくて、世間に埋もれて日の当らない、そして毎日泣いているものをみな引っ張り出してきて、それにあたたかい政治の恩恵を与えてやるのが厚生行政のほんとうの目的でなくてはならぬ。今おやりになっていることは全部反対です。そうして世間に向かっては、とうとうこんなにいい厚生行政ができ上がった、こんなにいい社会保障ができ上がったと言っている。そういうあなたの宣伝のかげには、こうやって泣いている人たちがたくさんいる。これを裏返しにして、むしろ宣伝はあとでもいいから、こういう人たちを早く世の中の表面に出して、そうして一番底の人たちに喜ばれるような政治をやってもらいたい、予算を組んでいただきたいというのが私の要求でございますが、こういう精薄児に対する本年度の予算のあり方に対する大田の確固たる御答弁をお願いいたしたいと思うのであります。
○古井国務大臣 精薄児の関係の施設ももっとやりたいのでありますけれども、ただいまの重症心身障害児というのは、ほんとうにひどい――民間の力の御努力があって、多摩の調布の先に今施設を作っております。あなたは多分そのことをおっしゃったと思う。しかし民間だけにたよっているというわけにいきませんし、乏ぼしいながら初めて先ほどの研究費と称して何がしかの金を今度は出す。こういうことにしたのも、あなたのおっしゃると同じ気持から、これも発足しておるのであります。一挙にそれもこれも百パーセントの仕事はできませんけれども、そういうところに落ちこぼれがないようにしておるのが今度の厚生予算の特色でありますので、その辺も一つ御理解を願いたいと思うのであります。
○北澤主査 田口誠治君。
○田口(誠)分科員 時間の関係もございますし、私今晩お尋ねをいたしたいことは、ちょうど今年は厚生年金ができてから二十年目になりまして、支給対象の人たちもでき、給付の年にもなっておりまするので、内容を改正するという考え方の上に立っての質問をしたいと思いまするし、それからもう一つは、簡単でございまするけれども、保育所の国庫負担の交付金の点について、ちょっとわからない面がありまするので、それをお聞きして、厚生年金の関係についてお尋ねをいたしたいと思うわけです。ざっくばらんなところ、ただいま厚生省の方からも、あまり数字的なことを尋ねられてもはっきりしたことを答えられぬと工合悪いので、能率的な質問をということでございましたので、そういうことも勘案して、一方的な演説の式のようになるかもわかりませんけれども、最終的には改正を目標の質問でございますから、その点を十分に御理解をいただいて、一つ御回答を最後にお願いしたいと思うわけであります。 最初に、簡単な質問でございまするが、保育所の措置費の国庫負担の交付金でございます。これは八・一・一で、国が八、県が一、自治体が一というような率で今まで運営をして参ったわけでございます。ところが、ちょうど去年の十月ごろになりまして、私の県では、県から国の八というものが約一割削られたから、そのように承知をせよというような通達が出た。もう半年の余もたったあとに、ことしは去年並みには助成をしないんだというようなことを言ってこられたので、各自治体では非常に困っておられるわけなんです。それで、事実、厚生省として八・一・一というこの率の八というものを約一割削るということの通達を県へ出されたかどうかということ、この点をまずお聞きをしたいと思うのです。
○大山政府委員 三十四年度の措置費の不足分につきましては、三十五年度におきまして補正予算で額を計上いたしまして、不足分を補うことにいたしております。
○田口(誠)分科員 そうしますると、今私が心配をしてお尋ねをいたしましたことは、結局補正予算において八・一という線は確保されていく、こういうことですね。こういうように確認してよろしいですか。
○大山政府委員 さようであります。
○田口(誠)分科員 それではこの問題は終わります。 次に、厚生年金の関係でございまするが、特に池田内閣が社会保障制度の確立というようなことを打ち出しておりまするし、第二次世界大戦後、世界のどこの国へ行きましても、社会保障制度の確立ということは、政治の基本目標の重要な一つになっておるわけで、特に日本においては憲法にも明確にされておりまするし、社会保障制度の確立はやはり政治の重要な基本目標の一つになっておるわけなんです。そこで、現在社会保障の中で一番普及しておるものは健康保険だろうと思いまするが、その次のものは厚生年金であるわけでございます。それは、大臣もお聞きになってあとでお答えを願わなければならぬので、私予定しておったよりもちょっとよけいに私の方から一方的に申し上げますが、この厚生年令一の保険法というのは、ちょうど昭和十六年の三月の国八会で通過をいたしまして、十七年から実施に入っております。それで内応的なものは、当然これは本人が病気をしたり、けがをしたり、一代使いものにならなくなったような場合、また主人が死んだ場合に家族の者に生活の保障をするというものでありまして、きわめて重要なものであって、しかも五人以上の事業場は強制的に加入させておるわけです。ところが、これが昭和二十九年の改正には、掛金をしておる被保険者の方に非常に有利な大改正がなされたのです。そこで昨年の改正はどうかと申しますと、被保険者に触れず、政府側というか、厚生年金の金庫の方に有利な改正がなされたわけです。その内容を若干申し上げますれば、厚生年金の掛金が一般の事業場に勤めておる人、あるいは鉱山なんかに勤めておる人、それから女子の方、いろいろ掛金に相違がございますが、昨年改正されましたものは、第一種の一般事業場に勤めておる人が給料の――これは専門後では標準報酬月額と申しますけれども、給料の千分の三十であったものが三十五に引き上げられた。それから鉱山坑内夫なんかの人たちは、今まで千分の三十五が四十二に引き上げられた。それから任意的に入っておられる方の千分の三十が三十五に引き上げられて、掛金の率がまず引き上げられたということなんです。そこでなお、その標準報酬の等級がございますが、この等級が、従来までは一級三千円から十二級一万八千円までで、一万八千円以上はどれだけ取っておっても一万八千円の額で、今の千分の三十という率で保険料が取られておったわけです。ところが、そのワクを昨年の改正では、一級三千円から十二級を二十級まで広げて、一万八千円を三万六千円までに広げたわけです。そうしますと、結局簡単に申し上げまして、この厚生年金を取り扱っておるところの金庫の方が増徴収になるわけです。そこで、これは本来ならば私の方から質問して答えていただかなければならぬわけですけれども、きょうは数字がちょっと準備がないということですから、私の方から一方的に申し上げますけれども、私の調査の結果からいきますと、増徴収の分だけでも、数字上からいって二百二十七億三千万円ずつ増徴収になるということなんです。それから昭和十七年から今日までの掛金の金額は、これは新聞とか雑誌でいろいろその金額が違いますけれども、膨大な金額が結局あるわけです。ここでこまかいことはおわかりにならないと思いますけれども、ただ総金額の面を一つお聞かせ願いたいと思います。
○森本政府委員 ただいまの御質問は、現在の積立金の総額かと思います。これは昭和三十六年二月末現在で申し上げますと、積立金の総額が三千五百一億でございます。
○田口(誠)分科員 五千五百億あるという人もあるし、四千九百億あるという人もあるのですが、この三千五百一億というのは、掛金の金額をいうのか、これにどれだけか利子がついて、利子に利子がついて複利計算でいった額がこの金額なのか、この点明確にしてもらいたいと思うのです。これは新聞や雑誌に書いてある数字とものすごく違っておるのです。五千五百億というような数字をいっておるところもあるわけなんです。
○森本政府委員 今申しましたのは、積立金というのが三千五百一億でございます。これは従来、毎年の歳入歳出の剰余金が出て参ります。それを資金運用部に預け入れますと、六分の利子がついております。それがずっと昭和十七年以降累積いたしまして、三十四年度末の決算で確実に積立金に入れた額が三千五百一億でございます。その後三十五年度に入りましたものは、正確にはまだ決算が済んでおりませんので、積立金とは申しておらずに、余裕金と申しております。すなわち三十六年度中に剰余になる見込みの金、これが六百四十三億であります。これを加えますと、四千百四十五億ということになるわけでございます。決算上はっきり積立金になりますのが三千五百一億、それから三十五年度中に決算として剰余金になる見込みの金が六百四十三億、合わせまして四千百四十五億、こういう状況でございます。
○田口(誠)分科員 先ほど私の方から一方的に申し上げました、掛金の率を上げてワクを広めたことにおいて増収になる増徴収分、これがいろいろ計算の仕方もありますが、数理上からいって二百二十七億三千万円ということに私の方ではなっておるのですが、この点も確認しておきたいと思います。
○森本政府委員 私の方の資料におきましても、二百二十七億という数字が出ております。
○田口(誠)分科員 そこでお伺いをいたしたいことは、昨年そういうような改正をして増収入の状態を作っておいて、そして被保険者に給付する金額の改正は、法第三十四条の三項の平均標準月額千分の五という率を千分の六という率に改正しただけなんですね。しからば、こういうような率になってそれぞれの人たちがかけておるのだが、一体全体二十年かけて六十になって幾らもらえるのかということが、労働者はまず一番頭へいくわけなんです。それで、この点につきましては、私がこまかく数字を出しましてデータを出したものがございますので、参考に申し上げますが、ちょうど昭和十七年ごろは百二十円くらいが給料でございまして、それで昭和十七年から二十二年までは、あまりにも給料が低かったから、標準報酬月額を三千円という額に押えて、三千円の額で掛金を徴収しておったということなんです。それからだんだんベース・アップされていきまして、これは民間企業の私の勤めておる日本通運の賃金からずっと作りましたが、二十三年には四千円になっておりますし、二十四年には六千円、二十五年には九千円、二十六年には一万三千円、二十七年には一万三千円、二十八年には一万四千円、二十九年からようやく一万八千円というワクになって、そうして法の改正されるまでは、それ以上取っておってもずっと一万八千円と言っておるわけです。それで、改正をされた三十六年を二万四千円、三十七年を二万六千円というように大体平均を出して計算をしてみますと、政府の方で改正をされまして千分の五を六にしたというが、これは金額面に対してどれだけ違ってくるかということになりますと、今私が御説明申し上げましたように、こういう金額でずっと二十年間出して、二百四十カ月分の計算をぴしっと出しますと、老齢年金として一年に二千八百八十円ふえるだけなんです。こういう貧弱な改正が昨年なされておるということなんです。しかも一方には二百二十七億円というような増徴収の改正を行っておるわけなんでございます。しかもお聞きした金額だけでも四千百四十五億です。いろいろ雑誌とか新聞に書いてあるところでは、こんな低い数字を書いておるのはありませんけれども、あなたの答弁だから一応答弁として私はそれは受け取っておきますけれども、これは書いておるところは五千五百億と古いております。そういうような数字を持っておりながら、しかも増徴収をするというような形になっておって、二十年たちまして今年から老齢年金が支給されることになるわけなんです。だから今年は何でもかでもこの厚生年金の条文の改正を行ないまして、そしてやはり今日の時代に沿ったところの給付を行なわなくてはならないのじゃないか。もちろんこの面につきましては、手持ちの金ということと、政府の助成する率というようなものも勘案しなければなりませんけれども、こういうような状態にありますので、もちろん政府としては労働者の厚生年金に対しては気を使っておられると思うので、去年の改正以来こういうような数字が出ておるのだから、改正の準備をされておると思いますが、そういう点についてお答えを願いたいと思います。
○森本政府委員 お答えをする前に一、二申し上げたいと思います。 積立金の額は先ほど私が申し上げました三千五百一億でございますが、そうでない数字あるいは五千億というような数字が出ておるじゃないかというお話でありますけれども、私が申し上げましたのは、確実に決算上積立金という名前になった数字を申し上げたのでございまして、今お話のような数字はおそらく三十五年度末の決算見込みとか、それから予算におきましては、今でございますと、三十六年度末におけるところの決算見込みがどれくらいになるだろうかという数字も出しておりますが、その数字からいいますと、三十六年度決算末におきまする見込みは約五千四百六十六億でございます。こういうような数字が出ております。それは結局時期のとり方の違いだと思います。 それから第二の点は、昨年前回の法律改正によりまして、標準報酬額の引き上げ、あるいは保険料率の引き上げ等があって、保険料の増徴を大いにはかった。しかるにその半面、給付の内容はあまりよくならぬじゃないかという御指摘でございますが、これにはいろいろ根本的な問題がございまして、御存じのように厚生年金は長期保険でございますから、長い間の計算において収支が伴わなければならないのであります。ただいまの暫定的な修正積み立て方式におきましては、一応必要な保険料率はどのくらいであるかということを試算いたしますと、ただいまの千分の三十五というのはそれでも足らないのでございまして、一応千分の四十四という標準保険料率というものを予定いたしております。そういう点から見ますと、標準報酬の引き上げ、あるいは料率の引き上げをはかりましても、長期的な財政計画としては、この料率では必ずしも万全ではないというような気持もいたしております。そういうような事情もございますので、前回はただいま御指摘のような料率の改正を行なったわけでございますが、ただいたずらに収入をはかって、その半面、給付内答をよくすることはないじゃないかという御指摘のようでございますけれども、計算上は必ずしもそうでないというような事情のあることも御承知願いたいと思います。 それから今御指摘のような観点に立たれまして、厚生年金法の改正を考えておるかどうかという御質問でございますが、今国会に提案するような予定はございませんが、ただいま御指摘のような点あるいは保険料及び保険給付の見込みを再計算をいたす、こういうようなことをいたしまして、所要の改正を逐次行なって参りたいと考えております。
○田口(誠)分科員 従来の改正について見ますと、大体四年ごとぐらいに改正がなされておるのですが、今度はもう老齢年金の給付が始まるのだから、やはりそういう点はよく厚生省の方で勘案して、そして今準備をしておらなくとも、これからちょっと準備をしていただけば、数字ではじけばわかるのだから、少のうても今私の申しましたようなこういう金額でいきますと、一年間に三万七、八千円ぐらいしか老齢年金がもらえぬということなんです。これは当然昭和二十九年の改正当時から少のうても年に六、七万円は給付ができるようにしなくてはいけない。それから社会保障制度というものであれば、もし採算がとれなければ、政府がやはりそれだけ犠牲を払ってでも、この問題には力を注ぐべきであるというような主張が昭和二十九年に強く出されたのです。それにもかかわらず、昨年その増収入の方だけ改正をして、そうして給付の方はきわめて貧弱な改正をして、率の改正をしたと言う。ちょっと見ると率もよくなったように見えますけれども、計算をして見ますと、まことに貧弱な三千円以下の増ということになるわけなんで、こういうようなことでは今労働者は満足をしないわけなんです。特にこの厚生年金は、御承知の通り、昭和十六年ごろでございまするか、あの戦時中でございまして、貯蓄の奨励をなされておって、それから戦争目的のために税金はとれるだけとって、とってとりまくって、これ以上もうとれないということになって、そこで考えついたのが労働者に厚生年金という社会保障の名前をつけて、そうして給料から天引きをして、まずその金で軍の必要な仕事に使うのだという工合に、それに充てるために作ったのがこの厚生年金であって、終戦後初めてこれが社会保障という頭の上に立って考えるようになったのですけれども、戦時中は全くこれは弱い労働者の金をしぼり取ったような経過もあるわけなんですから、今日に至って労働者が二十年もかけて、六十才になって三万何千円くらいしか一年にもらえないというようなことでは、これではとても社会保障制度、厚生年金、強制的に加入させるところの年金だとはいえないと思うのです。これも今学校を卒業して職場に入られた方は、初任級が一万円なり一万五千円だから若干は将来は違ってきますけれども、今給付を受けようとされる方は、百二十円の給料のときからずっときておるのだから、二百四十カ月分を合計いたしましてもまことに少ない金額であるわけなんです。しかもその総金額がただいま説明のありましたような金額であったといたしましても、私の研究からいきますと、これは改正をして、給付を増額いたしましても、りっぱに厚生年金というものは収支のバランスはとれていくというそろばんが出ております。これは直接私厚生省へ行きまして、そういう点の御相談をしてもよろしいのですけれども、私としては当然ことしあたり提案されるものと考えておったのが、まだ考えておらないということはきわめて不満でありまするので、四年ごとという従来の慣行を破って、ことしはもう給付の開始年だというので、一つ給付の方も増額する改正の準備をしてもらいたいと思うのです。そうして次の臨時国会なりには提案できるような運びにしていただきたいということを強く要望するわけなんです。特にこの計算をする場合の基礎額の二万四千円というのは、これは生活保護法の基準をそのまま持ってきて当てはめてございまするが、これはちょうど昭和二十三年に東京都の五人家族、六十四才の老人の方、三十五才の未亡人、九才で、これは満を言っておると思うのですが、三年生、五才の女の子、一才の男子、この五人の家族の生活費をマーケット・バスケット方式をとって、その当時作られたものにちょっとプラスしたものがあの一年二万四千円です。昭和二十三年ごろのものが今生活保護の基準になるというようなことは、これは考えられぬことでございますので、こういう生活保護法の改正も若干は今度の予算には盛られておりますけれども、全くスズメの涙でございまして、やはりこれも今の物価指数に照らしてどうせねばならぬということ、それからやはり物価の上昇率に照らして、こういうような給付を行なう法文の改正を行なっておかなければ、労働者が安心して掛金をすることができぬのじゃないか、こういうように考えるわけなんです。それでしかも二十九年の改正には、従来は五十五才になれば、もう給付を受けられたけれども、戦後は人間の寿命が伸びたというので、五年ふえて六十才になったのですね。とにかく改正をするたびごとに被保険者には不利な改正になっておるのだから、一方的な私の方からの意見になりましたけれども、まじめにこの検討に入ってもらって、次の臨時国会にでも提出できるような運びにお願いをいたしたいと思います。時間が来たそうでございますので、この点についてはこうしましょう。一つ検討に入ってもらって、私も直接あなたの方に行っていろいろ私らの方の研究の資料も差し上げまするし、あなたの方の実態もやはりっかめなくては、今の掛金の総額においても、私らのつかんでおるのとだいぶ開きがございまするので、そういう面からどうしても一、二回おじやませにゃならぬと思いますので、改正をするという気持になってもらいたいと思うのです。準備をするということを答弁願いたいのです。時間がないからそれだけ……。
○森本政府委員 いろいろ適切な、御熱心な議論をいただきまして、いろいろ参考になったのであります。今お話しのように、現在の制度がそのままいいとは考えておりませんので、いろいろ御意見等も承りまして、検討いたしたいと思っております。
○北澤主査 長谷川保君。
○長谷川(保)分科員 大へんおそくなりましたので、簡単にお尋ねいたしますから、率直に端的にお答えをいただきたい。なるべく早く質問を終わりたいと思います。先ほど同僚野原議員からお尋ねいたしました看護婦不足問題は、非常に重大化していると私は思うのです。ある面ではこの点をしっかりやらないと、日本の医療制度は崩壊するのじゃなかろうか、こういうように思うのでございます。直面いたしまする看護婦不足問題の重大性をどう御認識なさるか、また今後それがますます急速にひどくなると思いますけれども、それを当局ではどう考えられているのか、伺いたい。
○古井国務大臣 看護婦の不足問題は、私どもも実情をよく聞いておるわけであります。今の制度のままでよいかどうかという問題もあるかもしれませんし、行政施設の問題もあるかもわからないし、大きな問題が残っておると思っておるわけであります。私どもの計画、考え方などは、今局長からお答えさせたいと思います。
○川上政府委員 現在看護婦は十万七千五百人、それから准看護婦は五万余りでありますが、両方合わせまして、約十六万いるわけでございます。看護で必要数を計算してみますと、看護婦はだいぶ余りまして、准看の方はだいぶ不足をいたしておるような現状でございます。現在ではむしろ准看を本看で補って、それに看護助手をつけて、全体といたしまして大体必要数を満たしているような現状にあるわけでございますけれども、しかし地域的に見ますと、だいぶ不足をしているところがあるわけです。ことに看護婦の流れを調べてみますと、私的の病院などからやはり官公立の病院などに移るものがだいぶあるわけでございます。そういう点から見まして、地域的なアンバランスを直していかなければならぬということで、今県単位で検討いたしているわけであります。それからあとで申しました私的な医療機関から官公立の病院へ移る者が多いわけでありますから、そういうものは待遇とかあるいは労働条件というようなものをよくしていただかなければならぬ、かような考え方を持っているわけであります。しかし、御承知のように、だんだん医療機関がふえて参りますので、そういうことから計算いたしてみますと、現在は御承知のように、准看護婦が伸びておって、正看の方は現在多いのでございますけれども、だんだん准看の方の伸びが多いものでありますから、それが近寄って参りまして、そうして将来はむしろ高看の施設をふやして准看を少し進学させたり切りかえていくような方向に持っていかなければならぬというふうに考えているわけであります。しかし最近はほかの産業がだいぶ景気がいいものでありますから、ことしの入学の希望者なんかだいぶ減っているような様子であります。現在調査をしているわけでありますが、そういうことに待遇の改善というようなことも考えていかなければならぬと思うわけであります。看護婦、准看護婦の制度なんかについていろいろ意見が出ておりまして、近く医療制度調査会などにも問題をはかってみたいと思っております。
○長谷川(保)分科員 今割合のんきな話がありましたけれども、事態はきわめて急迫していると私は思う。地方都市の病院では、看護婦、准看護婦ともに大都市々々々へと流れまして、たとえば私の周囲の各大きな病院を聞いてみますと、総婦長は全部お手上げでどうにもならぬ。都会へ行った者は帰ってこない。そうかと思うと、たとえば日赤の中央病院中では、二、三日前の新聞に出ておりましたように、看護婦が足らぬから病棟を閉鎖するというような事件も起きる。私はどうも局長が考えているような問題じゃないと思う。また一カ月ほど前のことでありますけれども、私の市にあります准看の養成所三カ所の中で、一カ所の国立病院の准看の養成所、ここは応募者一人、町で一番大きな病院でありまする組合病院の准看養成所が応募者三人ということで、両方ともことしはやめようとしている。もう一つの准看の養成所が、昨年入学試験に落ちました者を入れてわずかに五人、そこでもうやむを得ないから一カ所でやってくれぬかという話が出ている。私は、おそらくこれは参事官の方で実際をお調べになるとわかると思うのだが、ことしの准看の養成所はほとんどそういう傾向ではないかと思う。最近の調べがないのでしょうか。もうことしの中学校の卒業生は、みな行くところがきまっているわけです。従ってごく最近の准看の養成所の応募者の状況がわかっておるはずだと思いますけれども、少なくとも私の市では、浜松市でありますけれども、そういう状況です。だから私は浜松市のみならず、大体各市みなそういう状況だと思うのです。その点最近の実情はどうでしょうか。
○黒木説明員 御承知のように、准看の入学の時期は九月でございます。正看が四月でございます。昨年度の実績が今手元にございますが、昨年度においては、さようなことはございませんでした。本年度につきましては、そういう心配があるというようなことで懸念はいたしております。
○長谷川(保)分科員 それは、あなたの方でやっている国立の准看の養成所はそうかもしれませんが、そうばかりじゃないでしょう。四月の入学のところがあるでしょう。浜松の国立病院は、多分四月入学ですよ。だからそのようなことはないと思うのです。それで本年また、この所得倍増という動きのこういうような状況が続くとすれば、私はほとんど壊滅状態になるのじゃないか、こういうように心配をしているのですよ。正看の方も、先ほど余っているというようなお話でございました。おそらくそんなことはないと私は思っているのだが、どういう根拠でそうおっしゃるか。今の全国の病院を、ベット数と合わせまして、そうしてそういうような数字を出すのか。出すとすれば、それは基準看護とどういう関係に立っておっしゃっているか。基準看護通りにやって正看が余るほどあるのでしょうか。どうも、実際にみずからぶつかっている者といたしまして、私どもにはそういうように考えられない。そうならばけっこうですけれども……。
○黒木説明員 先ほどの御質問にお答えいたしますが、三十五年十二月調べで、看護婦関係の学校、養成所の入学状況が判明いたしております。それによりますと、三年課程の看護婦学校、養成所の一学年の定員が四千九百八十一名でございます。それに対しまして志願者数は、女子が一万八千八百六十八名、男子が七十八名でございます。それから二年課程の看護婦の学校の一学年の定員が、男女合わせて四百三十一名、それに対して志願者数は、男が二十一名、女子は九百八十七名でございます。准看の学校、養成所の一学年の定員が、男子が二百二十二名、女子が一万三千八百七十二名に対しまして、志願者数は男子が二百九十九名、女子が三万二十五名でございます。従って、三十五年の十二月までの定員に対する志願者数というのは、かなり上回っておるということでございます。 それから、次に看護婦の、昭和三十五年現在の数でございますが、これは十万七千四百七十六人、准看護婦が五万十八人でございます。これを医療法に基づきまして、外来なりあるいは入院患者の数なり、あるいは今後のベットの増加の数等を勘案しまして必要数を算定いたしますと、看護婦数におきまして八万五千十九人、准看護婦におきまして八万二千三百九十三人、これは看護婦と准看との比率を五対三とした場合であります。従って、全国的に見ますと、過不足の状況は、看護婦は二万五百九人の過剰、准看護婦は二万二千三百五十九人の不足ということになります。しかし、先ほど局長が申されましたように、地域的な、あるいは施設ごとの需給の関係から申しますと、過不足があるということでございます。
○長谷川(保)分科員 どうもそういう数字が、私には現実と合わぬと思う。どうも変だ。それにはおそらく看護婦の免状は持っているが、結婚して休業しておる、こういう者がみな入っておるのじゃありませんか。免許状が出ているのはそれだけだが……。
○黒木説明員 これは、従業員数の就業届を受領した者の数字でございます。
○野原(覺)分科員 関連して。――基準看護と関連があるのですが、基準看護につき添い婦を入れて計算をしているのです。そうでしょう。基準看護の比率の中に、つき添い婦が入っている。四ベットに対して一人の看護婦さんが要るというのが基準看護だ。だから四十ベットに対しては十人の看農婦さんがなければ、基準看護は勤まらない。それでは一体つき添い婦を入れて、つき添い婦に看護ができますか。看護の勉強もしていない者を勘定しているでしょう。そこら辺を一ぺん御説明願いたい。
○黒木説明員 これは、看護婦、准看護婦、看護助手は、とりあえず四・四・二の比率で差しつかえないということで、現在は運用いたしております。
○野原(覺)分科員 これは医務局長に聞きますが、つき添い婦が看護できますか。四・四・二の比率で看護すると言いますけれども、つき添い婦が看護ができますか。あなた方はつき添い婦に看護の責任を負わせると言うけれども、僕はできはしないと思う。それは食事を持ってきたり、あるいはおむつのお世話ぐらいはできるかもしれない。しかしながら、いやしくも病人の看護をするという看護はできないはずなんです。こういうところから、正看なり准看なりに対して非常な労務過剰を来たしておる。どういうわけでそうなるのかと言えば、看護婦が足らぬからそうなっているのですと病院の当局者は答弁をするのですが、この辺はどうお考えになりますか。
○黒木説明員 本来なら、看護婦、准看護婦をもって看護をするのが建前でございますが、先ほども申し上げましたように、准看護婦の数が足りませんから、准看護婦の二〇%は、経過的に看護助手を充てても差しつかえないという方針で、保険局の基準看護では運営をいたしておるのでございます。
○野原(覺)分科員 先ほどのあなたの統計の御報告によると、なるほど准看護婦の数がマイナスだ。だからつき添い婦二名という補助を仰いでおるのだ、こう言いますけれども、あなたの先ほどの統計では、正看がプラスになっているのです。それではその統計を生かして考えるならば、六・四にしたらどうですか。四十のベットに対して正看六、准看四、僕はつき添い婦なんというものを基準看護の中に入れて、一体看護ができると考えておる厚生省の考え方をまずただしたいと思うのです。あなたの統計から言えば、なるほど准看は足らぬから四、これはいいでしょう。ところがつき添い婦の二名を持ってこないで――先ほどのお話では正看は余っておるのでしょう、八万五千十九名の必要に対して、十万七千四百七十六名おります。これならば六・四でいけるじゃありませんか。そうなれば病人も安心してその基準看護を信頼いたします。今基準看護は信頼されていないのです。こういう状態だから、そこら辺を御説明順いたい。
○黒木説明員 確かに看護は正看なり准看で充当するのがよろしいわけでございますが、ただ病院なり診療所の経営の事情も考慮いたしまして、特に准看護婦の数が足りないというような事情もございまして、経過的な措置として看護助手を准看の二割をもって充当して基準看護といたしておるわけでございますから、これは将来准看の養成がだんだん進みまして、正看と准看だけで看護が全うし得るような段階になりましたならば、この経過措置は取りやめてしかるべきだと考えております。
○野原(覺)分科員 だから僕は看護婦が足らぬのじゃないですかと親切にお尋ねしているのですよ。余っておると言うから、余っておるならば六・四でおやりになったらどうですかと聞いているのです。いやしくも国立病院、しかも政府関係の病院には、看護婦さんは今希望が殺倒しているはずです。個人の病院にはこれはだんだん減ってきておりますけれども、公の大学病院とか国立病院には、それほどやめるという人はいないように私は思う。従ってそうなれば正看は余っておるんだから――正看は八万五千十九名か必要なものが、ベット数の割合からいって、これはどういう勘定でそうなるのか知りませんけれども、あなたの先ほどの統計を私書いてみましたら、十万七千四百七十六名が現員です。そうなれば余っておるじゃありませんか。余っておるならば、つき添い婦なんかのお世話にならないで、六・四くらいの比率でできると僕は思う。これを思い切ってやらないから、基準看護は今日大へん問題を起こしておる。だから看護婦さんに負担がすっかりかかっておる。この二名のつき添い婦というのは看護婦の役は何にも役に立たたないのです。だから実は四十のベットを十人でやるのじゃない、四十のベッドを八人でやるんだという実態に置かれてきてしまった。しかも堆看は教養の度合からいって、それから看護の知識、技能からいって、これは大へん劣りますから、結局四十のベッドの半分以上がこの四名の正看で持たなければならぬ、六割も七割も持たなければならぬ、こういうところに今日基準看護の問題点が出てきておるのです。ですから私は看護婦はやはり減っておるんだというなら、この基準看護の比率を承認できますけれども、余っておるというならば今日ただいま直ちに六・四にしてもらいたいと思う。余っておってつき添い婦を持ってくる、そういう行政には私は一市民としても了解できません。そういう点で看護行政というものがでたらめなんです。全くなっていないのですよ。だからどういう分析をしておるのか。私はさっきも看護課というものが必要じゃないか、専門の課長を置いて、もっと予算も持たして、それから業務内応の勉強もうんとやらしてやったらどうかということを言っておる。先ほどは時間がなかったから突っ込んで申し上げることをやめましたけれども、もう一度御意見を聞いて、関連ですからあと長谷川さんに譲ります。
○黒木説明員 先ほど来申し上げましたように、現在は病院なり診療所の経済上のことを考慮いたしまして、看護婦五、准看が三、看護助手が二で経過的に認めておるわけでございますが、次の段階におきましては准看の養成がだんだん緒につきますならば、正看を四、准看を四、看護助手を二ということにいたしまして、次の段階におきましては、この看護助手の二をお説のようにやめてしまう、すべて正看と准看でまかなうようにしたい、ただ病院経済等のこともございますから、その時期はまだ一がいには申せませんが、需給計画、准看なり正看の養成の実績なり、病院の経済を考慮いたしまして、できるだけ早い機会にそういうような形に持って参りたい、こういう方針でございます。
○長谷川(保)分科員 今お示しのような数がほんとうならば私は安心しますけれども、かつてたとえば結核療養所のつき添い婦を切りまわしたとき、あのときにいかに患者が看護人の不足に悩んだかという問題を私は今思い出すのであります。今日各地の療養所に参りましても、やはり相当無理な看護をしておると私は患者に訴えられる。看護婦からも過労を訴えられる。でありますからこの数字がほんとうであって、こんなに余っておるということであれば私は何をかいわんやでありますけれども、しかしおそらく今年の状況は全然違ってくるだろうということ、急速に違うだろう。それからいま一つ、私がなぜきょうここでこんなにおそくなったにかかわらず取り上げなければならなかったという考え方でありますが、それは私は半年前に外国を回りましたときに、カナダの病院に参りました。ここで看護婦になりてがなくて困るという強い総婦長からの訴えを聞きました。給料はと聞きましたら、日本の看護婦の大体八倍から十倍くらいですという、にもかかわらず看護婦になりてがないのだ。イギリスに行って病院を視察しました。これまた同様です。スエーデンに参りましても、ノルウェーに参りましても同様です。もう看護婦の問題は重大です。要するにこういう非常な享楽の考え方の強くなってきた世の中ですから、こういうような責任の重い、夜も働かなければならぬような仕事に志望者がなくなったんだ。もう看護婦の問題は重大問題です。どこの国でも、すべての病院が言いました。 そこで、私はこれは日本も同じような傾向になってきておると思う。ある意味では景気がいい。従って中学校卒業の者が足らない。ことに機械製造工業なども非常に単純な労作でよくなって参りましたから、女の子の需要というものは非常に多くなってきておる。従ってこの准看の希望者というもの、また正看の希望者というものが急速になくなると私は見ておる。それが直接そう思っておりますところにぶつかったのが、この四月から准看の入学希望者の問題です。私は直接ぶつかった。ですからこれは大へんなことになるぞ、どうも地方都市の看護婦の事情、需給の事情を見ておりますと、どの病院も足らない。だからこういうようには私どもにはどうしても感じられない。予算書を調べましたら、療養所の方で二億八百万円、国立病院の特別会計の方で一億七千二百八十二万円という看護婦養成費がございましたので、相当に力は入れておるのだなということはわかりますけれども、その点を非常に心配になりましたので申し上げたわけです。けれども今のような事情であれば、これは需給関係が今局長の言ったように地域的に偏しておるというのかもしれません。しかし私の感じでは、どうもそうではないと思う。全体に足らないと思うのでありますけれども、しかし今のような数字が厚生省にあられるならば、私の感じ方の方が間違いであろうと思います。間違いであればけっこうですが、おそらく私の感じが必ずしも間違いではなかろうと思うのであります。この点おそうございますから、一応この程度にしておきます。 それから医療問題でありますが、この前も伺ったのでございますけれども、医療費一〇%アップというような数字は、けさも大臣から、二十八年の調査を基礎にいたしまして、その後の物価の値上がりその他の事情をいろいろ考えて、そうして一〇%がいいというお話で出したというのでありますが、どうしても私は納得できない。この間もちょっと申し上げたのでありますが、おそうございますからこまかいことは申し上げませんが、国立病院の収支を見ましても、三十六年度の予定の歳入歳出はともに百三十八億でありますが、病院収入のうち診療収入を見ますと百二億であります。この百二億は一〇%アップを組み込んであるはずでしょう。それから療養所の方の歳入歳出を見るのですが、ちょっと伺いますが、一般会計の七ページにあります病院収入九十二億というのは療養所の収入ですか。これは何ですか。どうもほかに療養所の収入を探してもないので、これがそうじゃないかと思うのでありますけれども、一般会計の七ページにあります官業収入の中の病院収入九十二億二千八百三十一万というのは療養収入でしょう。
○黒木説明員 そうでございます。
○長谷川(保)分科員 そうしたら、この療養所の方の支出を見ますと、結核療養所だけでも百四十二億、その他の療養所約四十億というわけであります。その他の療養所には、らい療養所もありますし、いろいろありますから何でありますけれども、いずれにいたしましても、療養所の収入、結核療養所だけを見ましても百四十二億に対して収入の方はとにかく全部ひっくるめて九十二億であります。ですから、どこを押しましても私はこれが相当大きな赤字になっておると思うのでありますけれども、この点どうでしょうか。
○黒木説明員 国立療養所の収入は、御承知のように医療費については二割引きをいたしておりますから、そういうような数字になるのでございますが、今回の一〇%医療費のアップは予算に組み込んでございます。
○長谷川(保)分科員 二割引いてありましても、療養所収入は大きな赤字でしょう、二割プラスするにしましても――そうでごさいましょう。
○川上政府委員 そうでございます。
○長谷川(保)分科員 しかもこれらのものは減価償却しておらぬでしょう。一方またつぎ込む金はつぎ込む。設備等につぎ込んでいくでしょう。償却はしておらぬ。もちろん利益を見る必要はない。またこれらの投下資本に対しましてその利子も考える必要はない、税金も考える必要はないということになりますね。だからそういう点を考えて参りますと、相当大きな赤、字と見なければならぬが、一〇%アップでそれがいいのだという理由が私にはどうしてものみ込めません。この一〇%アップも、それがもし中央医療協議会でいけないということになれば動かすという考えもあるということを、総理も大臣もこの間おっしゃったのでありますけれども、あまりにも私の計算と違うから、どうしても納得できない。その点どうでしょうか。
○黒木説明員 先ほど申しましたように二割引きをいたしておりますのと、国立療養所の、先ほど御指摘がありましたような看護婦の養成施設を経営いたしましたり、他の民間病院と違った使命が与えられておりますため、そういうような収支になるのでございますが、私の方では、これを民間病院に準じまして減価償却その他を見込んだ場合に一体どういうようなことになるか、計算をしたことがあります。大体一〇%から一五、六%程度の赤字になる、こういうような試算をしたことがございます。もちろん基準看護、基準給食もやっておりませんので、その収入は一般病院に比べて少ないわけでございます。
○長谷川(保)分科員 しかしどう勘定してもそんな勘定になりませんよ。今の看護婦の養成といったところが、先ほど申しましたように民間の病院でも、少し大きな病院はみなやっています。およそ自分の病院でやってないような大きな病院はありません。少し大きな病院はみなやっております。それはやはり自分の会計でやっています。また先ほど申しましたように、看護婦の養成の費用を入れたところが知れたものじゃないですか。だから、きょうはおそいからこまかいことはまた別にやりますけれども、どうしてもそうならない。だから私はこれは納得できない。今のお話では、どう経理していっても、これは今のような一〇%ないし一五%赤字なんということはありません。それからもう一つその点で伺いたいのは、これはいつこの一〇%を上げるのが適当だと判断なさったのですか。
○古井国務大臣 これは前々から申しておりますように、去年の秋以来、二十七年の実態調査をもとにしてスライド・アップする計算をやって、そうして三十六年度をめどにおいて、そうして病院、診療所の収支というものを測定して、予算にぎりぎりのような時期になりましたけれども、それをはじいてみると一〇%程度をとにかく埋めるということで今の不足がどうやら補える、こういうことに見ましたので、これを予算に掲げた、こういうことでありまして、作業から結論が出ますまでだいぶ時間がかかりましたが、この正月になって出したわけであります。
○長谷川(保)分科員 それじゃ七月一日から何で上げようというのですか。四月一日から当然上げるべきじゃないですか。なぜ七月一日からアップすることにしたのですか。
○古井国務大臣 私はできることなら年度初めから引き上げたいものだという考えを持っておったのであります。しかし、これには踏まなきゃならぬ手続きもありますし、事務的な準備も必要でありますし、ことに医療協議会を普通ならば先に開いて、その意見をもとにして予算を組むべきであったのを、どうしても先に開けませんからあとで開かなきゃならぬ、こういう手続も残るというようなこともありまして、それで七月からということにいたしたわけであります。
○長谷川(保)分科員 あと手続の問題ならば、たとえば国民健康保険の方で会計もいろいろと考えなきゃならぬ、いろいろな手続があるということであれば、七月一日までそれがかかるとしますならば、当然上げるべきものであれば四月にさかのぼって上げるという方針をとるべきだと思うのです。そうしなければ、単なる厚生省の方から押しつけるんだ、従って奴隷医療だということがそこへ出てくるわけでありまして、当然四月一日から上げるべきだと大臣がお考えになって、またいろいろはじいて三十六年度はそうすべきだというのであれば、これはいろいろな手続があるので六月一ぱいまでかかるとするならば、四月にさかのぼって上げるということに当然すべきであると思いますが、それがしてないというのはどういうことでありますか。
○古井国務大臣 七月からといたしましても、一カ月前にはこれは告示しなければいけないのでありますから、五月一ぱいには最後的に手続を了して実行をいたす態勢を整えなければならぬわけであります。そこで、今のさかのぼってという問題は、全然不可能かどうかは、それは私は今正確に答えられませんけれども、少なくともすこぶるこれは繁雑なことになると思うのであります。七月までは普通通りやっておいて、あとになって七月になってからずっとさかのぼる、それはあるいは扱い上不可能であるかもしれません、そこはちょっと不可能とまで言えるかどうか私にはよくわかりませんが、きわめて困難なことになって参ります。やはりきまって公に告示してからあと、おそらく利害関係者もたくさんあることでありますから、公示したあとから実施するというのがあたりまえの筋道になる、こういうように思うわけであります。
○長谷川(保)分科員 もちろんいろいろの手続は要るでありましょうが、不可能ということは私はないと思うのです。ことに保険医諸君の方では、少しでもよけい金をくれるということであれば、繁雑なことはがまんしましょうし、当然私は四月一日にさかのぼるべきだと思うのです。この予算の組み方は正しくないと思うわけです。もし三十六年度に上げるべきであるのならば当然上げるべきであり、またそれが今言ったように七月一日からでなければどうしてもできないとするならば、当然それだけの四月一日から上げる分を七月一日以後にこれを振り込むべきです。そうしなければ、四、五、六と三カ月分の大きな損害を医療を担当する者は受けるわけです。だからこの点は納得できません。 そのほかのこともいろいろ伺いたいのでありますが、もう時間がないそうでありますから、この点はこの程度にいたしますが、私がなぜ今そのことをお聞きしたかというと、病院ストをいたしまして賃上げをいたしました病院は、大体四月一日から上がるということをめどにしてやったところが多いと思うのです。ことに御承知のように愛育会などのごとき、東京都の地労委のあっせんによってベース・アップした結果、人件費が経営費の六〇%になっている、これは実に容易なことではありません。そのためにすでに毎月数十万円の赤字になっている。織本病院などもなかなか盛んにストをやったようでありますが、これは実は私が食堂におりましたら、織本院長が来て隣で話しておった、「もうどうにもならぬ」、「四月一日からきっと上がりますよ、だからそれを考えて処置したらどうですか」と言ったら、「それは全然上げないという回答じゃおさまりっこないでしょう」と言うておりました。彼もまたそういう判断で四月一日をめどにして解決をしたのであります。解決した病院はそういう病院が大部分だと思う。だからその病院はこういうことになりますと、そこで非常な痛手を受けるわけです。またそういうことになって上がらないことになれば、またストが始まるということになります。だからその始末を一体どうするかということが重大問題になります。どうしても七月一日からでなければ上げられないというのであれば、その間の金融の措置をしなければならぬ。それに対しては厚生省は、やはり厚生省の手続の関係上七月一日からというならば、その間の金融措置をしてあげなければならぬが、そういう配慮をしていらっしゃるかどうか。そうしないと病院ストはまた激しくなりましょうし、病院当局にとってはこれはもうどうにもならぬ事態になるわけでありますから、当然金融措置をすべきだと思うのですが、その点はいかがでしょうか。
○古井国務大臣 ただいまの点は事態に応じて、なるほどなかなかむずかしいこともあるのではないかとは思います。そういう点を考えますと、なろうことなら四月一日からほんとうに上げたかったのであります。しかしかりに四月からといたしましても、一体一〇%なのやら一五%なのやらないしは逆に五%なのやらは、ほんとうにこの予算がきまるときまではわからない未確定の問題であったのでありますから、かりに四月からであったからといっても、五%であったら同じ問題が起きて参ります。これは必ずしも四月だったら解決がつくという問題でもないように思いますが、その辺にはいろいろあると思いますが、ただいまの実際の問題につきましては、私どももどういううまい方法がありますものか検討をしてみたいものだと思います。
○長谷川(保)分科員 この点はやはりこれほど病院ストの問題が大きな問題となっておる、先ほどの看護婦の問題でもある部分には余っておるようなお話でありますけれども、一般病院ではもう看護婦に困り抜いておるのが実情だと私は思う。その一つの問題は、やはり待遇の問題であります。でありますから、この問題を解決しなければどうにもやれないという事態になっておる、それが四月一日から当然アップされると思っておる。一般の病院は、公務員と同じように十月にさかのぼって上げられると思っておったに違いない。それが七月一日になるということになると、今言ったような重大な問題をはらんで参りますから、この点医療行政を担当するものといたしまして、医療金融の問題を至急に考えてやってほしい。そうしないと病院ストの問題が解決をしないと私は思うのです。その点を要望しておきます。この問題についてはなお詳しく論じたいと思いますが、時間がないそうでありますから、これは他日に譲ります。
○北澤主査 長谷川君、本島さんの時間がなくなるそうですから簡潔に願います。
○長谷川(保)分科員 それでは、まだ皆さんの聞いておらないところで、どうしてもお聞きしたい点を伺いたいと思います。 最近保存血のビールスによる手術患者の輸血から参りますところの肝硬変症と申しますか、それからくる死亡が非常に多いということです。大きな手術をしました者で、輸血をしましたものがこのためにどのくらい死んでおりますか、この統計ができておりましょうか。
○尾村政府委員 保存血の問題となりますと、医療行為の副作用とも言えますし、そうなると医療行政でございます。それから医薬品の副作用ということにいたしますと、医薬行政になるわけでございますが、結果から見ましていわゆるビールスの蔓延というふうに想像されております。この結果からの肝硬変ということになると公衆衛生の問題でもありますので、代表して私から一応お答え申し上げますが、年間に約八千名の肝硬変による日本人の死亡数があるわけでございます。これの大部分は大体慢性の肝硬変症、いわゆる老人性のものが多いのでございまして、その中で輸血による肝硬変の数というのは今のところ公式の届出の数というものは統計を全然とっていないわけでございまして、ありとすれば、特定のそれぞれの病院が、年間ごとに輸血の結果、肝硬変によるものということを確定いたしまして出さぬといけないわけでございます。結論において統計はございません。
○長谷川(保)分科員 私が肝硬変と寄ったのが悪かったかもしれません。輸血によってひどい黄だんを起こして死ぬ患者が非常に多いように私には思われる。私は専門家でありませんからわかりませんが、医者に聞いて見ると、保存血のビールスと考えられるといつもいわれるのでありますけれども、これはどうにも防ぎようがないと言うておるのであります。この統計は当然おとりになるべきだ、これは非常に私は多いと思う。どうにもならないのでありまして、いわゆるなま血を輸血したものは、なってもきわめて簡単にいけるようでありますけれども、保存血でやった者はどうしても死んでしまうというのがほとんどなんです。そしてひどい黄だんを起こします。これは相当にありますよ。そういう統計は当然とるべきだと思いますが、とっておりませんか。
○尾村政府委員 私の方から御答弁した方がいいかどうかちょっと疑問でごごいますが、現在は医療機関で――日本輸血学会というのがございまして、これが過去も、たしか私の記憶では三年間、保存血輸血による事故というものの宿題報告なり、それから分担研究を、ずっとしているわけでございますが、そのそれぞれの協力者の統計しかないと思います、届け出の義務等もついておりませんから。それでの記憶では、日本では一ないし五%程度保存血の中から出るということに聞いておるわけでございまして、大体諸外国でも同様な傾向にあるというので、国際的な問題になっている、こういうふうに聞いておる程度でございます。それからもう一つ、なま血と保存血とでは、保存血の方が輸血性の血清肝炎にかかりやすくて、なま血はかからぬということは、これは今までのところ私の承知する範囲では、学理的にはそういうことはなくて、ただ、なま血でやる場合には、現に供血者がぴんぴんしている人しか直接とりませんから、その元の供給者がそのときに肝炎的症状を持っておらぬ方が多いだろうということは想像されますが、むしろ保存血の方が、冷温で一定の日数保存されるということと、それからこれはクエン酸が入って一定の日数を置くものでございますから、持に多いというようなことは聞いておりませんが、しかし日本でもまだこれの厳重な対策というものは、問診によって過去の既応症、黄だんにがかった者があれば、そういう者の血はとらぬというような、常識的な対策しかない、こういうふうに聞いております。
○長谷川(保)分科員 一つ御注意だけ喚起しておきます。この点は相当症例がありますし、国立病院、国立療養所等におかれましても当然あると思います。私の知っているのでも相当数あります。でありますから、せっかく手術がうまくいって、二、三カ月すると出て参りまして、それでもうどうにもならないでそのまま死んでしまうというのが実に多いのでございまして、この点は御注意を喚起しておきます。 それから、だれも聞きませんでしたから、らい療養所の問題をちょっと伺っておきます。この各自明細の八十三ページのらい療養所の関係の6のところに、「諸謝金」というのがございまして、「文芸等講師及演芸謝金」六十二万七千円、これが全国の国立らい療養所に対するものだと思いますが、これを見ますと、単価四百七十円という謝金がある。単価四百七十円、四百七十円、それから四千七百六十円というのもございますけれども、一体どれくらいこの国立らい療養所においてはこういう患者を慰めるための催しをされておるのですか。私は、この額をずっと見てみまして、あまり安いのでびっくりしたのです。らい療養所に行って文芸、演芸等をやるのに対して、単価四百七十円というのはあまりにも安いじゃないかということと、全体の総額が六十二万七千円というのでは、一体どれだけのものができるであろうか。らい患者は、御自分のためということもありますけれども、大部分は、われわれ社会人のために、みずから必ずしも欲しないのにらい療養所の中にいわば監置されるような形になるわけですね。こういうような人々に対しては、十分なる慰めというものを与えなければならぬ。それはわれわれ健康な者の義務であります。ところが、これを見ると、全国のらい療養所に対するこの種のものが、全部で六十二万七千円であり、しかもこの単価を見ますと、多分演芸関係の謝金でありましょうが、四百七十円ということになっております。これではあまりひどいじゃないか。もっとりっぱにこれを慰めてあげることを考えるべきではないかと思いますが、いかがでございましょうか。
○黒木説明員 御意見のように、その諸謝金は、レクリエーションなりリラクゼーションの費用に充当しているわけでありますが、従来の慣行から、文芸なりあるいは演芸の篤志家の方たちがわざわざ慰問に見える、それに対して車代と申しますか、そういう意味では御好意に甘えておるわけでございます。それと、藤楓協会等のこういうような患者に対する慰安のためのいろいろな事業計画がございまして、それとタイ・アップしてこれが運用をやっておるのでありますが、大体週に一回程度こういうような慰安を催しておるという実績でございます。
○長谷川(保)分科員 この点国立脊髄所療養などを見ますと、この慰安金が全然ございません。国立脊髄療養所なども実に不幸な人々がおるのであります。こういうようなことが全然ないということではいけないと思います。もう時間がありませんから、いずれ他のときにいろいろ伺いますけれども、こういうような行き方ではなくて、こういうような人々には、やはり国がもっと慰めを与えるという政治をすべきである、この点は十分大臣にぜひお願いをしておきます。 それでは私の質問はこれで終わります。
○北澤主査 本島百合子君。
○本島分科員 私は、時間がえらいなくなっておるようですから、こちらの方も要領よく自分の私見をあまり述べずに聞きますから、答弁の方も簡単にすぱすぱっと核心に触れてしていただきたいと思います。 社会保障を充実するというこの池田内閣の予算の中で、わずかに一一%ちょっとの予算にしかなっていないのです。ですから、いろいろな問題が解決できなくて、こうした予算委員会においても、長い時間がかけられておるのですが、こういう点については特段の努力をもって三十七年度予算には組まれることを、大体二〇%ぐらいとれるくらいの覚悟を持ってやっていただきたいと思うのであります。予算については、ずいぶん関連して質問したかったのですが、時間がないようでありますから、大きな問題からお尋ねいたします。 大体医療費一〇%値上げのときに私は社労委員会で質問いたしましたとき、これは被保険者にとっても影響力の大きいものですから、医師会は上げてくれと言っておるが、この点どうなさいますかと聞いたところが、それは影響力が大きいから、十二分に検討いたしましてと、こういう答弁であったのです。それからものの三十分もたたないうちに、社会党の委員に質問されて、値上げいたしますとなさって、その次に一〇%値上げ、こういうことになったのであります。あのときのいきさつをずっと考えておりますと、全く成算を持って一〇%値上げというふうに考えられたとは思えない。そのことが今日、この医師会の反撃を受けて今日に至るまで問題の解決ができない、こういう状態に立ち至ったのだと考えます。いま一つは、これも委員会で質問いたしましたときに、医師会会長の武見さんがおいでになったときに、医療協議会を改組するという、こういう案を政府は持っておるが、それに応ずるか、その運用内容を変えていって応ずるかと聞いたら、応じません、別個の形において作ることには自分は考えておるのだがと、こういうことを言われたわけなんです。そこで大臣にお聞きいたしたいことは、大臣は、口を開けば、中央医療協の審議を円滑にいたして、その決定を待ってという答弁をされておりますが、本日の新聞によりますと、社会保障審議会の答申案は、医療協には触れずに、中立の特別委員会を設けたい、こういうことを答申しておるのですが、こういう問題については大臣はどのように考えられ、措置をとっていかれるのか、お尋ねしたいと思います。
○古井国務大臣 医療費の問題は、昨年の特別国会のときに、できることならば引き上げたい、こういうことを申して、あのときには何パーセントとかいう幅は一切触れませんでした。一〇%というのはあのときに思いつきで言ったのじゃないのであります。その後において検討した結果、一月になってあの一〇%という数字を出したのでありますから、思いつきの数字であって、問題がそのために起こったというわけのものとは思っておりません。それから医療協議会のことにつきましては、新聞にどういう記事があったか知りませんが、社会保障制度審議会からこの点にも触れて答申があることに確定しておりますので、きょう夜まで会議をやっておられたようでありまして、その経過をちょっと聞いてみますと、落とさないで、触れて答申されるようですから、その点は御心配は要らないのであります。
○本島分科員 今の問題ですが、どうしても医師会は改造では聞かない、こう言っているのですから、答申が中立の特別委員会を設ける、それならばよいということになった場合に、幾ら大臣が医療協議会にたよろうとなさってもできない相談だろう、このように考えます。ですからその点についてもう一度お尋ねしておきます。 同時に、先ほど大臣の御答弁を聞いておりますと、もし総辞退という問題が起こった場合においては、お医者さんの方が損するからという言葉が出ておったようですが、これはお医者さんより、むしろ被保険者、すなわち一般国民の方が影響が大きいと思います。この点で大臣は少し錯覚を起こしていらっしゃるのじゃないだろうか。お医者さんは従前の通り保険によらずして見た方がいいというわけですから、この点違っているのじゃないだろうか、こういう感じがするわけです。従って皆保険下においてはどんな苦労があろうとも、一応これを軌道に乗せていく努力を大臣はなさらなければならない。そういう曲がりかどに来ておるわけですが、武見会長はこの間私が念を押したときに、絶対この医療協の改造には乗らないと言っているのですから、もう一度お尋ねします。
○古井国務大臣 いろいろ経過がありまして、党の三役と武見会長が何べんか会談をやった、昨晩の会合のときには、医療協議会に入ることを考慮している、こういう意向が漏らされておるのでありますから、この点はさっきおっしゃったようにお聞きになったかもしれませんけれども、私どもは入ってくれるものと期待してよいという状況だと思っております。
○本島分科員 次の問題に入りますが、その点については大臣いつも甘いものですから、私たちがだまされているような気がするので、その点しかと考えてこの皆保険下において番狂わせがこないように一つ考えていただきたいと思います。 それから拠出年金が始まるのですが、この加入登録がなかなかスムーズにいっていないようです。これも予算に組まれておるようなわけで、大体大都市の登録がおくれておるわけで、推進本部をお作りになって、それをなされるわけです。それが大体革新勢力では五カ年くらい延期をして、そうして他の保険年金と調整をはかってアンバランスのないような形において発足すべきである。こういう見解をとっておるわけですが、そういうことになった場合に、これは罰則というものはないといいながら強制執行をかける。こういうようなことをかって委員会では言われておるわけですから、そういう場合に立ち至ったときにどういう考え方でおられるのか。
○古井国務大臣 まず五カ年先にこの問題を延ばすよりも、一日も早く発足して、まずい点は直し、不十分な点は充実していく道を歩くのが進んだ政治だと思うのであります。でありますからこれはその方針でやっていくのであります。なお極力理解を求めましてやっていきますならば、能力のある方であるならば掛金も納めてくれるものと思うのであります。ほんとうに資力がなくて納められないという人でありますれば、これはそれなりに考えなければならぬ、免除等のことも考えなければならぬ、こういうわけでありますから、極力理解を求めて円滑に育てていくという道をとりたいと思うのであります。
○本島分科員 そう言われても加入の方が登録ができなかったら、それは強制をかけるよりほかないという道しか残されていないわけです。ですからそういう点は円満な話し合いを進めていく、各県にそういう態度をもって臨むということがなければ、これはなかなかうまくいかないことだと思うのです。そうした点で、もう予算でも推進本部を設けるなどということになったのでしょうが、そういうことのないように、あらゆる調整をはかってやるということを前の大臣のときからたびたび言われておるのですから、そういう点を急速に考えてほしいと思うのです。 その次に伺いたいことは、生活保護費を、選挙前におきましては自民党は大体二六%引き上げをするというようなことで、生活困窮者の人々並びに一般の人にえらい明るい希望を持たしたわけですが、実際は一八%であった。そして物価はどんどん上がって参っておるわけです。この物価の値上がりは、私ども本日も婦人団体の値上げ反対の陳情を受けたわけでありますが、ものによっては五割上がっておる、平均して二割から五割、こうなっておる。なおかつ本日は牛乳等も上がるということが新聞に報道されている。そういたしますとこの最下位の生活をしている人々が、今予算化されたところのこの一八%値上げに対しまして、これはもう最低生活の保障ができない。かつて朝日事件という、結核患者の訴訟事件でも、憲法違反だということで国が敗訴になっているのです。そういうようないきさつから見ましても、これは物価と照らし合わせて当然値上げ、してこなければ、とても貧困家庭を救っていくことができない、こういうことが生まれるわけですが、この点についてはどうお考えになっておりますか。
○古井国務大臣 生活保護費はあれでもう十分だ、こういうふうには思っておりません。これは国民生活全体を上げる意味からいっても、最低ですから、上げていくことは全体にも大きな意味を持ってくるわけです。なおまた経済の成長が成功して成果を上げますならば、所得の振りかえということを考えて、そして低い生活を振りかえによって補っていけるということも考えなければならぬのでありますから、決してあれで十分とは思っておりませんが、しかしとにもかくにも今までになかっただけ、いっときに引き上げた点だけは努力を認めていただきたいと思うのであります。
○本島分科員 ただいまのことですが、物価はまだどんどん上がっておるわけなんです。これからも上がるわけです。そうしますと東京都のような場合においても、標準五人世帯で一人当たりが、値上がりしたものでも二千二百七十円五十五銭にしかならないのですね。そうしますと人間一人これでは生きて行かれないのですね。今の物価高ではこれじゃ生きていかれない。日刊紙の新聞さえも読むことができない組み方なんです。その中でこれだけのものでやっていけるかというと、これは生かさず殺さずというけれども、何か悪いことをしなければ、法律違反をしなければやっていかれないということなんです。そこへ物価が上がってくるのですから、こういう点についてはやはり物価に合った最低基準というものをきめられる必要があると思うのです。そういう点で私はこの秋ごろにはもっとはっきりした、物価が上がるものは上がってしまう。そうした場合に値上げをされる必要があるのじゃないか、こう考えておりますが、この点いかがですか。
○古井国務大臣 この生活保護費の将来の問題は、物価の上昇ということも考えなければなりますまい。それだけでなしに、物価が上がらなくたって、経済が成長していけば、所得の振りかえによってこれを引き上げていくということもしなければならぬと思うのであります。
○本島分科員 次に、精神病のことを承りたいのですが、先ほど小林委員から、精薄者、身体障害者等について質問があったのですが、私どもも、その点について、予算が不十分のために、先ほど厚生省で発表された人数をかかえながらも、その人たちが施設に入れないという苦しみ、これは何とか近々のうちに解決をしてやるという、古井厚生行政の中で一番いい善政を残していってもらいたいという希望を申し述べておきます。 それから、精神病の問題ですが、今度は法律改正が提出されております。しかし大体推定数が百四十万人あるというところに、今入院を必要とする者、これは厚生省にお尋ねしたのだから間違っていないだろうと思いますが、三十五万人ある。ところが、ベッド数は九万五千しかない。大体常識的に外国の例並びにお医者さんたちの常識的な考え方からすれば、三分の二のベッド数を持っていないとうまくいかない、こういうことがいわれております。そうしますと、大体十二万床の不足ということになるわけでありますが、今度の改正によって一体どの程度の人が救われるか。精神病にかかったためにその家庭が貧困に陥る、それを防ぐために法律を改正してそれがうまくいけるように考える、こういうことを大臣は言われたわけでありますが、その点どの程度に救われて、入院をして治療を必要とする人たちの数は幾人かということをお聞きしたい。
○古井国務大臣 局長から御返答いたします。
○尾村政府委員 今度の精神病対策によりましては、ベッドの問題は、今度の法律では直ちには解決されない。ベッド問題は、ベッドを作る予算措置の方、それからむろん金融措置その他で年々ほぼ一万ベッドずつ増加いたしておりますが、これの増加分は確実にそれだけ解決する、こういうことでございます。それから今度の措置は、むしろ最も重症で、入院させないと本人並びに家族周辺に非常な危険を及ぼす者、入院の必要度の非常に高い者で、今まで放置させておる者を入れよう、そのためにかなり画期的に、従来一万二千人を対象にしておりましたのを、本年の十月から三万七千人、三倍以上にこの対象をふやすということになりますので、今の一万のベッド増加による収容増加とより重症な者が入れるようになるということとで非常に進む、こういうことになるかと思います。
○本島分科員 この精薄、精神異常の場合ですが、これに関連して、精神異常とは判定されておりませんが、警職法第三条によりますと、他人に危害を加えたりいろいろなことをやった場合、警察あるいは病院等に保護しなければならないという法律があるわけです。ところが今日これははっきりした精神病者じゃないのですが、めいていによってそういう結果を生み出す者がいる。こういう人々に対するところの措置というものが厚生省予算にないのです。日本の国は酒を飲ませる国で、民謡などを見ましても、酒を飲む歌がずいぶんあるのですが、税金をとっても還元する方法がない。患者はどこへ行っても治療することができない。こういう状態になっておるのです。しかも警職法によって保護しなければならない者の数というものは、これは法務省で出したのでしょうが、今日九万人あるそうです。ところがそれを七万人しか保護できない、こういう状態である。今酔っぱらいを取り締まる法律を衆参両院の婦人議員が共同で提案しようとしておりますが、それを適用することになると二十四万人分を必要とする、そういうことを言っております。その数の中にはアル中患者があるはずですが、アル中患者の治療を受けるところが一体どこにあるか。今日、相談を受けましても大てい精神病院に連れていかれるわけです。そうすると子供の結婚のために困るから、お父さんが、息子にどうしてもお前なおせといってもなおらないので、乱暴を働く親がたくさんあるわけです。子供の中にもあるわけです。そういうものはこの予算の中にないわけですが、この点どういうふうに考えておりますか。税金還元ということからすれば、これは大いに還元すべき性質のものだと思います。酒税は大体二千五百億円も入っておるようですから、こんな膨大な金があるならそうしたアル中患者に対する施設を作ってほしいという請願が矯風会その他の婦人団体からたびたび出ております。これは毎年出ております。委員会でも採択になっております。ところがこういう施設を作るに必要な予算は一つも出ていないのですが、この点はいかがでありますか。
○尾村政府委員 今のめいていの方は別といたしまして、アルコールの慢性中毒による精神障害、すなわち心身を慢性に傷つけるというものについては、現在十万人ほど精神病院に入っておりまして、そのうち六百人ほどが常時出入りしております。これはいわゆる慢性アルコール中毒による精神障害者として精神衛生法の適用がされております。しかし臨時というか一時的に工合の悪くなった者については、この精神衛生法の対象にはなりません。これはちょうどアルコールによるもの、あるいは怒ってあばれる者等と同様に、ちょっと今のところ精神衛生法の対象には考えておりませんので、御承知願いたいと思います。
○本島分科員 これは厚生省の受け入れ態勢の中できめる性質のものだと思います。ですから質問したのです。
○北澤主査 時間がありませんから…。
○本島分科員 もう一つ、売春の問題でお尋ねしたいと思いますが、売春問題では、週刊誌等が予想十大ニュースとして廃止になるだろうというようなことをいわれて、業者は今あわを食っており、また復活するだろうという声も出ておる。これは厚生省あたりからそういう煙を出しておるという声が上がっておるのですが、けしからぬと思います。ざる法であるこの法律を実際におやりになった厚生省としては、このざる法をもっと強化していい法律に直す意思があるかどうかということです。と同時に予算を見ましたら性病関係は本年だいぶ減っております。そうして売春対策審議会で厚生省並びに法務省その他の方々の意見を聞きましたところ、性病は売春婦の場合は非常に多くなっており、悪質になっておるというのです。ところが一般の場合減っておると言います。その数は幾らですか。同時にこの性病予防については、売春対策費の中から性病に関するものが四百十六万六千円減っておる。しかも売春婦は非常にふえており、悪質になっておる、こういわれておるのに、性病予防費は減っており、同時に性病それ自体の費用も減っておるというのはどういうわけですか。今性病が蔓延しておるのに……。
○北澤主査 時間が参りましたから、一つその程度で……。
○本島分科員 それは実施いたしたいという声も出ておりますが、また反対の……。
○北澤主査 それでは昭和三十六年度一般会計予算、同じく特別会計予算中、厚生省所管についての質疑は終了いたしました。 明三月二日は午前十時より開会し、昭和三十六年度一般会計予算、同じく特別会計予算中労働省所管についての質疑、並びに時間の余裕があれば昭和三十六年度一般会計予算中文部省所管についての残余の質疑を行うこととし、本日はこれにて散会いたします。 午後十二時散会