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38回国会衆議院1961/02/27

予算委員会第二分科会 第2号

発言数
211
登壇者
15
会派数
2
開催日
1961/02/27

会議録

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 これより会議を開きます。  昭和三十六年度一般会計予算中外務省所管を議題とし、質議を行ないます。田中織之進君。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 外務省関係の予算に関連をいたしまして若干の質問を行ないたいと思います。分科会でございまするので、できるだけ予算に関連した問題に限りたいと思いますが、私は予算委員専任でありまするので、この機会に、外務省当局に伺いたい二、三点についても、同時にお伺いすることにいたしたいと思います。  まず最初に、過般、松平国連大使が帰国中が発言の問題に関連をいたしまして、いわゆる国連警察軍の問題について、私どもの同僚と総理及び外務大臣との問に質略が行なわれてきておるのであります。これは現在具体的にはコンゴに出ておりまするいわゆる国連軍というものに対しましては、先般の質略応答でも明らかになりましたように、国連側から日本へ参加を要請してきておらないということでございますし、さらに現在の憲法及び国内法である自衛隊法の建前からいたしまして、コンゴへの自衛隊の派遣ということはできない、法律上、憲法上できないという点が明確になっておるのであります。将来いわゆる国連軍が真に世界の平和機構として、現在のように、中華人民共和国というような広大な、しかも六億五千万というような多数の国民を統治しておる国が、現実に国連には参加しておらないというような、そういう意味で不完全な国連ではなくて、世界の唯一の平和機構としての国連というものができ上がって、この国連が各国のそれぞれの立場というようなものを超越いたしましたいわゆる理想的な世界の平和秩序維持のための何らかの力を持つ場合というものも、理想的には考えられるわけでございまして、そういうものができた場合には、日本の憲法上、日本がこれに参加するかどうかということについては、将来の問題として当然考えられるという意味のことにまで、質略応答から問題が発展してきておると思うのであります。私どもも、私が今申し上げたような形で、国連が現在の東西両勢力の論争の場面になってみたり、この間にあって、いわゆる中立諸国が東西両陣営の中間的な立場で苦慮しておるというような状態じゃなくて、今申し上げましたように、世界の唯一の平和機構として国連が完成するということが大前提になっておるのでありますが、私はやはりそういう時期が一日も早く実現することを、私ども社会党といたしましても希望し、念願するものであります。  そこで、私きわめて抽象的な質問になるかと存じまするけれども、外務大臣に、そういう方向へ進む意味において、ちょっと下火になっておる形でありまするけれども、軍縮という問題について、池田内閣としてはどういうように考えるか。日本にはいわゆる自衛隊というものがありますけれども、これは政府の見解によりますると、日本以外の国が持っておるいわゆる軍隊とは違うのだ、こういう建前に立っておるので、日本としては直接軍縮の問題には関心もなければ関連もないのだ、こういうわけには、だからといっていかないと私思う。この問題は、私どもはいわゆる戦争放棄の憲法を持っておる日本こそ初めて世界に、世界平和のために軍縮というものを強く主張できる世界における最も有利な立場に立っておる国であると申し上げてあえて過言ではないと思いまするので、そういう立場から、この軍縮問題について、日本政府として現在どう考えておるか。やがて国連の総会も再開いたしまするし、さらにケネディ大統領の外交政策というものが近く明確になって参りますると、国連を中心とする軍縮会議というものの方向も出てこようかと思うのであります。そういう意味で、軍縮について池田内閣としてどう考え、どう対処していかれるかという点についてお伺いをいたしたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 軍縮の問題はわれわれといたしましても非常に重要な問題と考えておるのでありまして、われわれがいわゆる軍備を持たないからといって、この問題について発言権がないという立場をとっておりません。むしろ積極的に、われわれは戦争ということによって非常な強い反省をしている国として、戦争をなくすために、世界の平和のために、また世界人類の福祉のために努力をするということを強い一つの旗印として掲げて参りたいと考えておるのであります。その意味で国連における演説等においても私もそのことを申したのであります。しかし軍縮のうちでさしあたり一番大きな問題は何かというと、何といっても核武装の問題であると思うのであります。それも核によって各国が武装していくというような、そういう勢いをとめねばならない、また現在持っている国もそれ以上この核の増勢をとめねばならない、そしてむしろこれを漸減し、しかも全廃の方向へ持っていかねばならぬということを主張しておるのであります。それには実行可能なものから始めなければならないというので、今までやっておりますことは、核実験停止協定というものをぜひ作って、まず実験をやめていく。そうして新しい核兵器というものができないようにしていく。それから製造の禁止、そして使用の禁止というふうに、全面的に地球上から核兵器というものをなくすという方向へ持っていくために努力すべきであるということが一つ。それから現在持っておらない国が核兵器を持つようになることをやめさせるという趣旨で、核分散防止の決議案というものも出しておるのであります。いずれにしても軍縮、そしてそれの大きな部分をなす核使用の禁止の方向へ世界中を持っていくということのために、強い願望を持っていることを常に言っておるのでありますが、その中で実行可能なるものからまず国連を通じて手をつけさせて参りたいということがわれわれの方針でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 原則的には外務大臣が述べられることで了解はできないわけではないのでありますが、そういう観点に立って今後の施策を進めていく場合に、現在厄介な問題になっておるのが中華人民共和国の国連加盟の問題であると実は思うのであります。この点については、私も予算本委員会の野党質問の第一陣としてお伺いをいたしておるので、本日その点を蒸し返すつもりもございませんし、今直ちに中華人民共和国の国連代表権の問題というようなことについての政府の方針をさらにたたくということは、その意味で別の機会に譲りたいと思うのであります。今外務大臣が述べられました軍縮、特にそのうちでも一番大事な核兵器の禁止の問題に関連をいたしまして、中国を国連に参加させることがどうこうという問題じゃなくて、この軍縮と核兵器禁止という目的から見て、むしろこの広大な地域に多数の国民を持つ国に国連に参加してもらうという考え方に立って、この問題に対処していかなければならぬのではないかというふうに考えるのであります。将来あるいは現在の段階において、中ソの軍事同盟条約がございますので、ソビエトが持っておる核武装というものが、この中ソ同盟条約によりまして中国も核武装をしておるのだと考えられないこともないような重大な局面ではないかと私は思うのであります。その意味で、日本が中国の代表権に対してどういう態度をとるかという具体的な問題という立場ではなくて、先ほど外務大臣がお答えになりました世界的な軍縮と、これは軍備撤廃へ向かって進むことが理想であろうと思うのでありますが、その軍備撤廃へ向かううちでも一番重要な、まず解決しなければならない問題としての核兵器の使用を禁止するという観点から見て、やはり中国を国連に参加させなければならぬという必要性と申しますか、中国の国連参加の意義というものが私は出てくるのではないかと思うのでありますが、その点に対しての外務大臣の御所見を伺いたいと思うのであります。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 田中さんのおっしゃるような意味もまさに非常に大きいと思うのであります。しかしこの中共の問題は非常に国際的な大きな問題になっておりますので、一方からいいますと、現に国連に入っている国の中でもこの核武装の問題が解決をしていないのだから、そこへ新たに入れてみてもその解決にすぐに役に立たぬではないかという議論もあるわけでございます。私ども何といってもアジアにおける日本としてこの問題は非常に大きな問題であると思いまして、慎重に研究をしておるわけでございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 非常に不満足でありますけれども、中国の国連加盟という問題を考える場合に、軍縮あるいは核兵器禁止という角度から見てもその必要性が大いに考えられなければならないという点については、外務大臣も認められたと了解いたします。その点は後段に述べられました諸般の問題もありますので、この点については別の機会にお伺いすることにいたしますけれども、先般も質問の際に申し上げましたように、特に中国の国連における代表権の問題あるいは日本と中華人民共和国との国交をどうするかという問題につきましては、日本がやはり東シナ海というものを隔てて一衣帯水の立場にある。それだけに私は世界のいずれの国よりもきわめて重大な関心を持たなければならぬ問題であろうと思うのであります。そういう意味において、国際外交の動きというものも見なければなりませんけれども、特に日中関係の打開の問題、将来のいわゆる国連における代表権の問題というような場合には、むしろ日本のイニシアチブのもとにこの問題に対する解決を促進するような動きをやっていただきたいということを希望として申し述べておくものでございます。  そこで今質問申し上げましたことに関連をいたしまして、たとえば低開発地域に対する経済協力あるいは技術援助というような問題のために、三十六年度の外務省予算にも多少の経費を計上されておりまするので、その関係でなお一、二お伺いいたしたいのであります。  つい二日前の朝日新聞に、いわゆるケネディの平和部隊計画が逐次進展をしておるということが報道されておるのであります。これはたしかケネディ氏が大統領に当選をいたしまして、十一月の二日でございましたか、やはりこの構想というものを発表いたしたことから、ことにケネディのブレーンの人たちがケネディの政策の国際的な重要なる一環として、平和部隊というものを単なる構想ではなしに、現実のものとして進めたい、こういう願望を持っておるということもそのつど報道せられておるのでありますが、このケネディの平和部隊構想というものに対して、外務大臣としてどういうように見ておられまするか、この際外務大臣の御所見を伺いたいと思うのであります。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 世界が、一国の繁栄だけ考えているという時期は過ぎておると私は考えます。世界のいかなる場所にある国の貧困も結局世界全体の貧困につながって、そこからいろいろな問題が出ていかざるを得ない。世界一つの連帯した有機体に固まりつつある、こういう認識に立たざるを得ないと思うのです。私どもはつとにそういう気持を持っておりますが、だんだん世界じゅうの各国においてもさような認識を深めつつあると思うのであります。そういう意味からいたしまして、まあ今年度の問題は従来の東西の問題に加えて、南北の問題もあるというようなこともいわれておりますが、できるだけ開発のいまだしい地方、そういう地方において国が独立し、そしてその国における国民の願望が、よい生活、よい安定した繁栄する国というものを望んでおる、この現実を見まして、お互いにでき得るだけのものを供出して、技術も、頭脳も、そして資金も供出し合って、そうした低開発国を開発していくということが今後の大きな世界の課題であるという認識に立っておる次第でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 ケネディの平和部隊構想も、それから若干ではありまするけれども、三十六年度の政府予算に計上をされておりまする後進地域の経済開発に対する援助、さらに、特に技術援助というような問題は、自国だけの繁栄のみならず、そういう後進地域にも、いわゆる経済的にあるいは技術的に進んでおる国が世界平和に寄与するという観点でやはり手を差しのべるべきである、こういう考え方はわからないではないと思う。しかしながら、私は、ここに問題なのは、ケネディの平和部隊構想におきましても、アメリカが世界に冠たる軍事力を持っておる。また日本もその中に含まれるわけでありまするけれども、東西の両方面に対しましてきわめてたくさんの軍事基地、戦略基地というものを持っておる。そういう前提のもとに、名前は平和部隊とつけましょうと、あるいは低開発地域に対する技術援助部隊とつけましょうと、やはり広大なる軍備というものが背景に立っている限りにおいては、ケネディの善意による平和部隊を後進地域に派遣をして、その地の経済開発のために貢献をすることが、アメリカのためにというよりもむしろその地域のためにアメリカとしてやらなければならないという善意にもかかわらず、私はやはり、その背景をなしておるところの広大なる軍事力というものから見て、こういう技術面あるいは経済援助というような形を通じて、その国の、あるいは軍事的な侵略じゃないにいたしましても、経済的な進出の出兵としての意味を持つのではないか。こういう点で私はやはり警戒心というものは、これらの地域あるいは新興国家におきましてはそういう懸念を持っておるということはいなまれない事実だと私は思うのであります。その点については岸内閣の時代に岸総理が東南アジアの諸国を歴訪いたしまして、日本がやはりこれらの地域に対する——岸さんの前歴からマイナスの面もあったと思いまするけれども、必ずしもかつての大東亜共栄圏的な思想ではないにいたしましても、岸総理がそういうことで技術援助というようなことを持ち出すと警戒されて、案外成果を上げたように国内には放送されましても、客観的な評価というものはそういうことにいかなかった過去の苦い経験というものがあるのでありますから、私は、外務大臣がただいま述べられた点につきまして、やはり主権国家としてそれぞれ軍事力を持っておるという建前においてはそういう善意の意図というものが相手国に対して十分理解されないという大きな欠陥が出てくるのではないか、このように考えるのでありますが、この点について外務大臣はお考えになったことがあるかどうか、お答えを願いたいと思うのであります。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 個人の場合でもそうでありますが、国の場合でも往々にして善意がそのまま他国に映らない場合もあるわけであります。しかし日本の場合は非常に従来の戦後の復興が著しいということで、日本の経済力に対する信頼と申しますか、日本国民の能力に対する尊敬心というものが非常にあるように私は感じるのであります。しかしそれと同時に日本が野心を持ってきていなくなっている、戦前の日本とは変わってきておるということもまたよく理解されつつあるように思うのであります。ことに日本はアジアの国であります。東南アジアの各国において、いまだに日本の技術並びに資金を非常に必要とする国は多いのでありまして、われわれは虚心たんかいに心を開いて、われわれの共に栄えんとする気持、アジアにおいて非常に資金が欠乏し、また技術も十分でない、これに対して幸いにして日本は今日相当工業的な高い水準を獲得することができているんだからそれをお互いに使い合おうじゃないかということを申しておるのでありますが、こういう点は非常に理解されてきておるように思います。同時に最近アフリカの諸国から来る人たちが、その点を非常に強調しております。ことに日本が野心のない国であるということを、会う人ごとに向こうから言ってくるような状況を見ますと、われわれが今後非常に多くの問題を肩に課せられて、世界の繁栄のために尽くすべきわれわれの職務は非常に大きいのだという感じがするのであります。ことにアジア、アフリカ等についてアメリカがいろいろ心配されることはけっこうでありますが、ソ連が心配することもけっこうでありますが、やはりそれ以外の国がするということも、ことにアジアにおいては、アジアの国が、日本がアジアのいろいろな開発を考えるということは非常に受け入れられやすい形であるし、しかも大体近親感というものもおのずからそこにあって、日本のこれからやるべき分野というものは非常に大きいのじゃないかというふうに思っております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 外務大臣も、日本が後進地域に対して技術援助あるいは経済開発のために手を差し伸べてやるという場合に、日本が侵略の意図がないという、日本の善意というものが漸次理解されてきておるということを言われたのでありますが、私はやはりその基本は日本の平和憲法にあると思うのであります。憲法の前文におきましても、さらにわれわれが世界に誇り得る条章として理解をいたしておりまする憲法第九条においても、日本が戦争を放棄しておる、国際紛争解決の手段として武力を行使しないというこの平和憲法こそ、その意味において日本の対外的な施策の基本的な原理として絶えず強調しなければならないし、また各国民に理解を深めていく場合にわれわれが特に強調しなければならぬ問題である、このように私は考えるのでありまするが、この点は外務大臣も当然賛成せられることと思うのであります。外務大臣が今言われました日本の真意については、他の国のこの種の技術援助というような問題とは違った立場において理解をせられておる基本は平和憲法にあるという考え方には、私は賛意を表されることと思うのでありますが、この点に対する外務大臣の所見を伺いたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 日本が他の国と違って非常に信頼されておると言いますと、他の国がまた非常に妙な気持を持つかもしれませんから、これはむしろそういう意味でなくて、日本の主観的な意図というものが理解されつつある、こういうふうに——もしそういうふうにとられる点があるならば私としては言い直しておいた方がいいと思います。  それから日本の平和憲法というものは、全く世界じゅうにない一つの理想を掲げた憲法でございますから、そうした理想については私どもは各国に理解されるように努めておるつもりでございます。現に日米安保条約の場合でも、双務的、自主的という名のもとに日本とアメリカとの間の安保条約が結ばれておるわけでありまするが、日本はあくまでその憲法のワク内でやっておるので、アメリカがそれを理解してやっておるのでありますから、そういう点は各国に知られ、これも一つの日本のメリットになっておるかと思うのであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 外務大臣はやはり自信を持って進まれなければならないと思うのです。世界に、日本のように戦争放棄の憲法を持っている国は日本以外に一体どこにあるでしょう。日本ただ一国なんです。私はその点において、日本の外交の基調というものは、この平和憲法の戦争放棄という点にやはり一番の重点を置いていくということを全世界に呼びかけて差しつかえないことであるし、差しつかえないというよりも、むしろそういうように積極的に働きかけなければならないと思うのであります。その意味で、外務大臣が、他の国よりも日本の方が理解されているということになれば、ほかの国に対して何かばつが悪いような、間が悪いような意味で訂正されましたけれども、そんなことはむしろ私は外務大臣が平和憲法に対する自信がないということの証明にしかならないと思うので、そういうことはやめられた方がいいと思うのです。私が先ほど冒頭に伺いましたときに、軍縮の問題について、日本がやはり軍備がないというから、この問題についてはあまり積極的でなくてもいいのだという考え方をとらないということを外務大臣も認められたのでありますから、私はやはり軍縮の問題についても、この平和憲法というものをまっこうから振りかざして日本が具体的な提案をすべきだと思う。その提案のあり方というものが、先ほどケネディの平和部隊構想について申し上げましたけれども、アメリカは広大な軍事力、軍事基地を世界の至るところに持っておるというところにこれが十分理解されない。しかし日本こそ平和憲法というものをまっこうに振りかざして進む限りにおいては、日本がかりにケネディの平和部隊構想と同じような構想を打ち出す場合においては、日本のそういう意味における構想というものが、世界の各国によって受け入れられる根拠というものが、平和憲法にあると私は思うのです。なぜこのことを申し上げるかと申しますと、私どもの社会党は第十四回大会におきまして、ただ単に平和憲法をわれわれは守っていく、その立場から憲法九条に違反する自衛隊を廃止しろ、こういう考え方だけではなしに、むしろ日本が自衛隊のために本年度の予算におきましても千七百億という、直接の経費だけでも膨大な予算を組んでおるのであります。その意味において、この膨大な軍事費を科学技術、それからちょっとその点は内容は違いまするけれども、形は同じような形になってくるわけでありますけれども、私の方の党といたしましては和栄部隊——平和でともに栄えるという考え方のもとに、日本は、日本の青年諸君を科学技術によって十分鍛えた部隊を組織をいたしまして、そうしてこれらの後進国との間に協定を結ぶことによって、身に一兵を帯びない立場に立って、これらの国々に対する科学技術の面を通じて援助なりあるいは開発のために積極的に奉仕する、こういう考え方を私どもの党は大会において決定をいたしておるのであります。どうもこの私どもが大会で決定をいたしました和栄政策というものに対するPRあるいは政府に対するこの政策に基づいての具体的な軍縮提案というようなことについての働きかけが今日まで十分でございませんので、理解がいきかねるかと存ずるのでありまするけれども、私どもはむしろ日本の平和憲法というものをあくまで貫いていくという考え方に立つならば、日本こそむしろ科学技術の面を通じて、東南アジア、アフリカはもちろんのこと、全世界の後進地域に対しまして、その面から奉仕し、特に東南アジアに対して、戦争で大へんな迷惑をかけたところは逐次賠償等を支払っておりまするけれども、私はむしろこういう面で積極的な償いをしていくという考え方に立たなければいかぬのではないか、このように考えておるのであります。外務大臣に重ねてお伺いをいたしまするが、私は日本の今後の後進地に対する経済援助、技術援助の基本的な立場というものをむしろ戦争放棄の憲法によりどころをもって進むべきではないかというこの考え方が、憲法九十九条によって憲法を積極的に擁護していかなければならぬ義務を持っておる大臣としても当然のことではないかと思うのでありまするが、この点に対する外務大臣の御所見をお伺いをいたします。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 日本が理想主義の平和憲法を持っているということは各国に知れ渡っておると思います。なお日本が主観的な意図としてあくまで日本は日本のために経済技術協力をするというにとどまらず、むしろ先方の立場に立って十分経済を開発し、そこの国民の福祉のために協力する意図のもとにやるのだという点を常々強調しつつ経済協力を行ないつつあるのであります。ただ私が申し上げまする意味は、各国ともになかなか経済技術協力に対するところの熱意を持っておるのでありまするから、日本だけは非常に特殊の形でもって、これが一番いいのだということをこの場で言うことが、経済協力をすることを通じての気持を持っておる他の国との関係において若干の考慮も払わねばならぬ、こういう意味を申し上げただけでありますので、その点は誤解のないようにお願いしたいと思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 どうも外務大臣の御所見を伺っておりますると、私はやはり一番基本として踏んまえていかなければならぬものに対する自信が欠けておるように実は思うのであります。これは、通産省からもらった経済協力関係の予算を見ましても、項目だけでも実は十項目以上にわたっておるのであります。通産省の関係、経済企画庁の関係、外務省の関係、こういうような形で同じ後進地域の経済開発に対する援助あるいは技術援助というような問題につきましても、三省の間にばらばらで、しかも外務省関係では国連の関係機構に対する問題を——私の方には資料として一つしか提出をなさらなかったわけでありまするけれども、この関係におきましても、予算の説明の三十二ページから三十三ページヘかけましてのいわゆる経済外交の面に属しまする貿易振興及び経済協力費の関係におきましては、外務省の所管におきましても、ここにあげている関係だけでも五項目もあります。もちろん地域的には各方面多岐にわたるのでありまするから地域別にこまかく分けてあるのだという面も理解できないことはございませんけれども、私はやはりこういうところに政府の一貫した考え方というものが出てきておらないように思うのであります。私どもと立っておる時点が違うのでありまするからこれ以上押し問答を重ねる考えはございませんけれども、たとえば経済協力、技術援助の関係につきまして外務省の関係においても五項目にわたり、そのほかに通産省、経済企画庁というような形で実に多岐にわたるようなこういう予算の組み方、従って施策というものが中途半端な形になるということについて、国務大臣という立場においてこれには一貫性と計画性を持たせるべきではないかと思うのでありまするが、この点に対する外務大臣の御所見を伺いたい。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 先ほどの私の説明が言葉が足りなかったと思いますが、私の申し上げている意味は、経済協力をします場合に、二国間の経済協力もございますし、それから数カ国が一緒になって一カ国と経済協力をする場合もあるわけです。そこで、日本だけが平和憲法で特殊の考え方を持っているのだから、おれの方だけがいいのだという印象をかりに与えるとするとまずいので、そういうことを申しておるわけでございまして、別に基本的に田中さんと考えが違っているわけじゃないと思うのであります。  それから、ただいまの各省の間にいろいろ考え方がばらばらになっておるじゃないかという御指摘でございますが、この点は、どうも私もさような点もあろうかと思うのであります。できるだけ各省の間のセクショナリズムというものを排しまして、事外国との関係でございますから、実施官庁と窓口である外務省との間に十分連絡、調整をつけてまいりたいと思っておる次第であります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 私は、日本が世界に冠たる平和憲法を持っているから、日本の立場こそ、現想主義的な純粋なものを掲げて進める立場にあると思う。この点は自信を持っていくべきだと思うのです。私どもが、私が先ほど申しましたように、社会党の第十四回大会できめました和栄政策という考え方は、私の郷里の和歌山県に西光万吉という——これは古い社会運動家でございます。全くのしろうとではございまするけれども、戦前から、特に原子力の問題等についての研究を進めてきた篤学者でございますが、そういう立場から、この平和憲法というものをあくまで日本の国民が現想としてこれを実践をしていくという考え方の上に立って進もうという意味で大会に提案してきたものでございまして、やはり同じような考え方が、現在国連大使であるスチブンソン氏におきましても、彼は民主党でまだダレス長官の時代に、ダレスがおる前で、この私ども社会党が言う和栄政策と同じような考え方を述べております。それからその後フランスの元首相のフォール氏も、ほぼこれと同じ考え方を述べてきておるのであります。それからフルシチョフが、一昨年の暮れであったと思うのでありますが、提案をいたしましたいわゆる全面軍縮案のうち、当面なすべきものとして取り上げたものも、私どもの考え方と共通するものがあるわけであります。さらに、今回のケネディ大統領によって示された平和部隊の構想の中にも、われわれと似た考え方が出てきておると私は思う。しかし、ソ連の場合におきましても、アメリカの場合におきましても、それぞれ世界で一、二を争うところの強大な軍備を持っているだけに、そうした考え方が世界のいずれの国によっても理解せられるということがむずかしいと私は見ておるのです。この点につきましては、私どものそうした考え方を十分大臣にも研究をしてもらうために資料等も提供しなければ、これ以上の議論には発展しないと思いまするので、別の機会に譲りまするけれども、私はやはり外務大臣が後段で述べられましたように、現在日本が後進地域にとろうとしておる政策の面においても、内閣全体としての各省間の連絡が十分でないという点は、外務大臣も率直に認められたのであります。どうか一つそういう問題を考える場合に私が申し上げておる平和憲法にもう一度基調を戻した形で、何か積極的な政策がとり得ないものかどうかという根本的な考え方を進めていただきたい。この点は希望を申し述べまして次の質問に移りたいと思います。  次に外務省の関係の予算として出てきておりまする移住政策の問題及びその移住政策の具体的なプロモーターの立場として出てきておりまする日本海外移住振興会社に対する出資金の増額の問題に関連をして若干の質疑を行ないたいと思うのであります。  まず外務大臣にお伺いをいたしたいのでありまするが、戦後日本人が進出をしておりました東南アジア方面からもほとんど全部の日本人が本国に引き揚げて参りました。さらにシナ大陸等に出ておりました莫大な軍隊も復員をして参りました。その意味で日本における人口の増加の傾向がますます強まって参りまするとともに、現内閣がとっておる経済の高度成長政策のもとにおきましても国内の産業の振興という面だけで、やがて一億になろうとするところの日本の人口に十分なる仕事と生活を与えるというわけには参らない、こういう観点に立って海外への移住政策というものが終戦後とられてきた点はわれわれも理解できるのであります。特に現内閣が三十六年度の予算におきましてはもう経済の高度成長政策一本やりでございまして、その点から見て私どもがいろいろアメリカの景気の後退等の関係からくるマイナス面というものも二面考えながら万一不況がきた場合にはどういう対策を講ずるかということについてもあらかじめ準備をしなければならぬのじゃないかということが欠けておるという点を指摘いたしましても、総理以下現内閣の諸君が非常に強気一点張りなのでありますが、そういう観点の上に立って本年度は海外への移住政策というものについて何か新しい構想を加えていく考えがおありなのか。従来の方針をただ踏襲をしていくという考え方なのか、あるいは海外移住振興会社に対して本年度も五億円でありまするか政府出資をいたすようでありまするが、こういう関係で移住会社を通じてやる振興政策というものを従来の引き継ぎとして何らの改良をも反省をも加えないでやっていかれようとするのか、まず最初に外務大臣の責任ある答弁を伺っておきたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 政府の移住政策の基本は何かということについてお答えいたしますが、これはわが国の余裕のある技術及び労力を海外に移住せしめて、移住者には日本におけるよりも大いなる繁栄の機会を与え、受け入れ国に対してはその経済開発に貢献するとともに、わが国との経済関係の緊密化及び友好親善関係を増進するということを考えておるのであります。従来移住問題というのはとかく人口問題というふうにだけ見られがちでございましたが、それもわれわれにとってもとより必要なことでありまするが、それと同時にわれわれはこの中から移住した人たちが移住国に行って十分信用を博し、また経済的にも繁栄をかち得、かたがたそれを通して日本の技術を先方に持っていく、そうしてその技術を通じて資本の交流というものが生まれることを期待しておるということでありまして、移住を単にわが国だけの見地から考えないで、移住を受け入れた国の繁栄ということも一方頭に入れて移住政策を考えていく、これが私の新しくといえば、新しく構想した点でございます。そういう点でできるだけ適格者を移住せしめる、その選考をできるだけきちんといたしまして、なお訓練した上で、受け入れ地においてはできるだけ受け入れ国の政府と協力の上、その移住者が十分発展し得るように、種々指導援助するように努めたいと考えておるのであります。これがためには、農業移住者はもちろん最近中南米の諸国においては特に工業技術者を迎え入れたいという気持が多いのでありまするから、これを大いに伸ばして参りたいと思っておるのであります。また原始林を伐開した新しい移住地につきましては、単に土地造成とかあるいは営農指導のみならず、その移住地の総合的な経済発展にも力を入れていきたいということで進みたいと考えておるのであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 移住問題はただ単なる人口問題で、日本の国内的な視野からばかりではなくて、移住して参りました先の国の繁栄の問題、また従ってそれらの移民の諸君を通じて、両国の間の友好関係の増進に寄与するという考え方が、あるゆる移住問題を考える場合に基調にならなければならぬという点については、私どもも賛成するものでございます。ところで現実に政府がとっておるところの政策といいますか施策といいますか、そのことがはたしてそういう線で動いておるかという点については、私は多くの疑問が出てくるのであります。その意味で具体的にたとえばブラジルの関係におきましても中南米諸国に対する移住地の開拓の問題につきましても、具体的にいろいろと伺いたい点があるのでありまするが、その点につきましては外務委員会へ日伯の移住協定に関する条約案も出ておるということでございますので、できればその方に譲りたいと思います。  そこで国内的な関係として出て参りまする海外移住振興株式会社の経理の関係について、これは予算と関係がございまするので若干伺いたいと思うのであります。  まず第一に伺いたいのでありまするが、資料として要求をいたしました関係で端的に質問をいたしまするけれども、「三十五年度の事業計画と進行状況」というのを私の手元に届けて下さったのであります。これは計画と進行状況ということになっておりまするが計画がどの程度まで進行しているかという点については、まだ理解しかねる点がございまするので、この点について、ごく概括的でけっこうでありまするから、まず御説明を願いたいと思うのであります。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 海外移住振興会社の仕事につきましては、三十五年度一番大きい仕事は、パラグァイにおきまして八万町歩のアルト・パラナの土地を買いまして、これを造成いたしまして二千家族入れるということで、本年度は二百四十家族入れる準備をいたしました。これは募集の方が及びませんで、百二十家族くらいになりますが、この仕事が相当大きな仕事でございます。  それからパラグァイ移住協定によりますと、三十年で八万五千、年最高三千五百名まではいれることになっておりまするが、まだ数が少のうございますので、移住地をさらに拡大するということで、パラグァイの国際道路ができまして、これは首府からブラジルのサントスの南までまっすぐに道路が開けたのですが、その沿線に九万町歩の土地を買う手続をいたしまして、これは近くはいれることになると思います。  それから移住地全般に対します短期及び長期の営農融資をやっております。これはたとえばボリビアのごときは、従来あそこで移住者が米を作りまして、できたところですぐ売ってしまいますと、値段もそれほどいい値段で売れないのですが、端境期まで待ちますと倍くらいの値段に売れるということで、海外移住会社がつなぎ融資と申しますか、短期融資をいたしまして、これはボリビアで大へん喜ばれております。パラグァイでもこれをするようにいたしております。  それから従来渡航者が渡航します前に、府県あるいは市町村の保証で渡航前融資というものをいたしております。これは一家族五十万円、現金で二十万円、機械で三十万円のワクがあります。機械関係は現地で必要な営農の機械を購入するというのが趣旨であります。これにつきましては、実は今移住会社で真剣に検討いたしまして、むしろこの制度をさらに改善いたしまして、これが現地の需要に一番適したように、そして現地の日本人が中心となって結成いたしまする農協が十分責任を持ってこれが活用をし、さらに資金が、回収できるような運営の仕方を研究しております。この渡航前融資も移住会社の相当の仕事でございます。  それからアメリカ、カリフォルニアに参ります短期派米労務者の渡航費、これは三年の短期派米労務者でございますが、非常に有利な働きをいしまして、三年たって帰りますと、百万から百二、三十万円くらいの金を持って帰るのでありますが、これに渡航費を貸し付ける。この金額も相当な金額となっております。  われわれといたしましてこれから力を入れたいと思っておりますのは、さっき大臣からもお話がありましたが、パラグァイ、ボリビア、ブラジルの新しい移住地におきまして、その移住地の総合的な発展のための農産加工その他の工業指導、あるいは倉庫とか運輸とかいうような関係への投資を積極化したいという意図を持っておるのでありまするが、これの方は準備研究を十分せないと、まずい結果になってはいけませんので、せっかく努力をいたしておりますが、まだ十分の数字には現われておりません。  それから三十五年度から新しくやりましたのは、サンパウロ等への雇用労務者が独立するためのコロノ独立融資というものを復活いたしまして、これはサンパウロにすでに入って成功しておる日本人のところに雇用されていく移住者が、三年ないし四年で独立できるように、若干彼らの貯金の足らぬところをコロノ独立融資で出す、これは三十五年の四月から始まったのでございます。  そのほか移住地の企業関係で、たとえば農場への融資とか、あるいはこれは技術者の発展のためでございますが、豊和工業といって紡績の織機を作っている工場でございますが、これに日本の技術者も呼ばれておるのでありますが、これの活動強化のための融資をいたしました。  こういうような活動をやっておる次第であります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 具体的にお述べになったのでありますが、提出をしていただきました資料について、特に三十五年度の資金計画によると、前期からの繰越金が十一億円で、今年度中に調達されるいわゆる回収金あるいは外貨借入金等の関係で合計四十二億になるわけです。そのうちからいろいろ貸付関係、今局長がお述べになりましたような移住地の事業等の関係を推進いたしまして、次期の繰越金が五千三百八十三万円ということになるというのであります。これは大体三十五年度の計画でありますが、今年の三月末現在でこういう計画に基づいて繰り越される資金関係は、大体この程度のもので推移するのでしょうか、それとも、まあ従来の例から申しますると、相当莫大な資金を毎年繰り越してきておるのです、十億内外の資金を御承知のように毎年繰り越してきておる。一体本年度も五億というような莫大な金を移住振興会社に出資をしたからといって、それをこなし切れるのかどうかというような声は現地及び国内においても議論があるわけなのですが、その意味でここへ出されたのは、一つの計画でありますけれども、この通り推移するのかどうか、その点の見通しを伺いたいと思います。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 ただいま田中委員から御質問のありました点は、まことにつらい点でございまして、実は毎年計画の通りになかなか進んでおりません。本年もこの通りになかなかいきかねる次第でございます。その点はわれわれとしてもまことに遺憾に思うのでございますが、何分会社ができましてまだ間もないことと、それから方針自身につきましても、実は戦後の新しい移住につきましては、方針の暗中模索というような点も若干ございまして、また移住会社の人員の充実ということもなかなか容易でないことでございます。それから今申しましたような計画を強力に進めていこうと思いましても、計画をしまして、これが実際に乗るまでになかなか時間がかかるということで、遺憾ながら本年度はまだこの計画通りにはいかないと思うのでありますが、来年度は、来年度のことを言ったのではまことに申しわけないのでありますけれども、この計画一ぱいあるいはそれ以上にやれるのじゃないか、こういうように思っておるわけです。本年度は相当の金が残るのであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 私に送っていただいた資料によりますると、第一期はともかくとして、第二期昭和三十二年三月末現在の資金の後期への繰り越しが四億四千六百四十六万円、第三期、これは昭和三十三年三月末は何と十億六千百六万円です。それから第四期、三十四年が五億五千六百万円、それから三十五年の三月末で繰り越されたものが九億七百九十二万円、決算書にはこういうふうに出てきておるのです。従って昨年は十億政府から積極的にやるという意味で産投からでありますか、組み入れをしたわけです。今、局長のおっしゃられるように、計画表では資金計画でありますけれども、次期はわずか五千三百万円程度しか繰り越さないように、それだけ仕事ができるように、それかといって金は余して置いたら悪いということで、でたらめな貸付をやられたのでは困りますけれども、毎年のように多いときは十億、少ないときでも五億近い金が後期へ繰り越されるというようなことでは、やはり移住振興会社のやっておる事業計画というようなものに何らかの欠陥があるのじゃないか、このようにも私は考えるのですけれども、監督官庁の立場でこういう点について調査を進められたことがあるのですか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 この点は確かに問題がございます。それは従来の移住振興の予算獲得が外務省だけで作りました移住五カ年計画、三十四年度から一万一千名、それから毎年五千名ずつふやしていく、五年間で十万名出すという計画で、これだけ出ますのには一人当たりこれだけの土地が要る、そうしてその土地を買うのに大体平均するとこれだけ要るということで三十四年度の予算が非常に大きな金が要ることの計算になりまして、そのときに移住会社の出資額が相当ふえ、計画が非常に大きくなった次第でございます。実際はこの移住会社が土地を買うのは、その移住者が出る数字通りではございません。現在までのところは約半分はサンパウロに参ります。サンパウロのコロノ、つまり雇用契約移住者、こういうものにはすぐには土地は要らない。それから移住会社が大きな土地を買って移住地を経営していくのにはサンパウロのような非常に高い土地代のところよりも、むしろパラグァイあるいはアマゾンあるいはボリビアのように国が土地を無償でくれる、こういうようなところへの計画移住がむしろ重点となってくるわけでございます。そうして移住会社のこれからの投資の活動の重点は、土地を買うこともさることながら、それよりもこの移住地の経済の発展のための総合的な融資計画、こういうものに変わっていかなければいけない。そういう点で現在の移住会社の方針というものが、三十四年ごろに考えられましたころから少し変わっておるのでございます。そういう点で予算通りの金が使えないで残っている。本年も実は七億六千万円の繰り越しの見込みでございます。しかしながら土地を買うだけでなくて、今申しましたような移住地の企業化といいますか、総合的な発展のための金はもっともっと使われなければいけないのですが、従来その研究が十分できていなかった。これは十分尽くした上でやりたい。ただ、金を使うためにあわててやることは絶対に困るので、慎重を期しながらそちらの方に馬力をかけて過去一年余りやってきましたので、これがこの軌道に乗りますのは来年くらいから出ていくのじゃないか、私自身はこう思っております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それでは局長、伺いますけれども、ほとんど毎期五億以上の金が繰り越されておる。本年度も大体七億程度のものが次期へ繰り越されるというのですが、そういう繰り越されるところの資金が貸借対照表によりますと銀行預金、現金預金という形の勘定科目になっておるのですが、預け入れ先はどこですか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 これは数種の銀行に分けられております。それから移住会社はそこで仕事をします関係もございまして米銀借款もやっております。その一部はドル預金として外国銀行にも預けてございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 実は銀行の預け入れ先については、多少業務的に立ち入るかと思うのですけれども、私、資料として提出を求めたのですけれども、現在まで私の手もとに入っていないのです。通常この種の金は日本銀行に置いておくわけです。日本銀行へ置いておくと御承知の通り利息はつかない。ところが別の貸借対照表を見ますと、いわゆる貸付金の利息のほかに受取雑利息といって三十二年が三百九十八万円、三十三年が千四百四十一万円、三十四年が三千七百四十八万円、三十五年が二千八百五十二万円。それぞれの年の貸付金の利息を言いますと、三十二年が四百十五万円、三十三年が千七百二十五万円、ところが三十四年のごときは貸付金利息が千六百四万円で、雑利息が実にそれの倍以上の三千七百四十八万円というのが入っておるのです。三十五年も貸付金利息二千二百三十八万円に対して二千八百五十二万円という雑利息が入っておる。移住会社が貸し付ける金は、移住をして行く人たちの仕度金その他の関係であるし、利息も安いから、私はその貸付金の収入が多くなければならないということは申しません。またこういう会社でありますから、独立採算だなんていうような形でなく、毎年若干ずつの赤字が出ることも事業の性質から見て理解できるのです。しかし、どうもこの受取雑利息等の関係から見ますると繰越金がたくさんある。七億本年度も繰り越されるという見込みのところへ産投からさらに五億出資をするということになると、貸付金の回収の関係が手もとになくても、もう十二億からの資金があるということになるので、しかも局長が今述べられましたように貸付先は業務内容に関することでありますから、あなたがお答えになれば別ですけれども必ずしも聞こうとは思いません。聞こうとは思いませんけれども、この莫大な貸付繰越金の問題で、それより預け入れをしておる銀行との関係で、特殊な関係というようなことも実は世間でうわさに上っておる。そういう関係から私は資料の提出を求めたのですけれども、御提出にはならないのですけれども、何かそういう点にまで局長として突っ込んでお調べになったことはあるのですか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 ただいま銀行預金の明細につきましては、田中先生のところへもお届けしてあるのでございますが、本社手持現金預金預入先別調書というのが一枚でございますが……。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 来ていないのです。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 それではあとでこれを差し上げたいと思いますが、三十五年三月三十一日、三十六年二月二十日現在の二つの表がございますので、これを差し上げます。それで、われわれが監督いたしております限りにおいて、不正はございません。数は、相当の数の銀行に預けてございます。それから、この会社があまりに現金を手持ちで持っているということは、確かにいろいろの問題がございますので、実は昨年のごときも、十億出資の予定のところを、五億出資だけにとどめましたとか、従来の方針を相当変えておるのです。従来は、できるだけ金を持って、それの利子その他で少しでも会社の活動を楽にしたいということでございましたが、むしろわれわれといたしましては、会社の合理的な経営のために、不要の金というか、余りの金を持たないように、しかも同時に、必要な場合にはすぐ活動できるような手配もしておく。たとえば三十六年度は、米銀借款三百万ドルまでできることになり、また政府出資も五億として予算に計上されておりますが、これもその金の状況を見た上で出資をお願いする、こういうつもりでおる次第でございます。ただいま先生のおっしゃった点はわれわれも実は痛感いたしておりまして、できるだけ理想的な形に運営するように今後とも努力いたしたいと思いますので、御了解願いたいと思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 局長の方でも、どうもこういうことはあまり健全なる運営方針ではないということをお認めになっているようでありますから、いずれその提出された資料に基づいて検討いたしますけれども、私は、いわゆる銀行等の金融機関でないところにもその金が預けられているということを実は聞いておるので、はたしてそれが資料の中に出てきているかどうかということも調べたいと思いますけれども、多少業務内容に入る関係があろうかと思いまするから、その点はこれ以上追及しません。  そこで、先ほど述べられましたブラジルにおける豊和工業の話で、いわゆる技術移民と申しますか、そういうようなものもこの会社の関係で要請をしておるようにお話しになりましたが、豊和工業には一体幾ら移住会社からお貸しになっているのですか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 三千九百九十万円でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それは三十三年六月五日の十一万一千ドルの分ですね。ところが、三十五年六月二十日に八万三千ドルお貸しになっていませんか。それは前のものを回収して、あらためて八万三千ドル出したのですか。私の手元へ参りました資料では、十一万一千ドルだけのようになっておったのでありますが、別の関係に出された資料を見ますると、三十五年の六月の二十日にも八万三千ドル貸しているようなんですけれども……。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 その通りでございます。今のあれは、昨年六月にも貸しております。今申しましたのは、昨年の六月貸したものでございます。それから、その前には、これに対して出資はしているのです。ですから、融資は、三千九百九十万円を昨年、三十五年六月にしたのが最初でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 これは昨年十二月三十一日現在で、おそらく外務委員会へ出された資料ではないかと思うのですけれども、それによりますと、六月二十日に貸付金として八万三千ドル、円換算して三千二万九千四百円、しかもこれの回政が、利息分が四千二百三十三ドルですか、円換算にして百五十二万三千九百六十二円入っていますね。ところが、同じこの表の前の関係に、今おっしゃったように、三十三年の六月五日、豊和工業、ブラジル、米貨で十一万一千ドル、円換算して三千九百九十六万円、回収額は、利息が二万八千八百六十ドルで、延滞利息が千六百四十五ドル、これの円換算が千三十八万九千六百円、これが回収されている、こういう表があるのですが、今局長が、片一方は出資で片一方は貸付たというのは、どっちがどうなんですか。

高良民夫外務事務官(移住局振興課長)

○高良説明員 ただいまの件御説明申し上げます。  三十三年六月五日に豊和工業に対し、第一回の融資としまして十一万一千ドル、円換算いたしまして三千九百九十六万円貸し付けております。それから、ただいま御指摘の通り、三十五年六月二十日、さらに米貨で八万三千ドル、円換算いたしまして三千二万九千四百円、これだけ二回にわたって貸し付けております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 そうすると、の言われたように、どっちか一つは出資だということは間違いですね。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 間違いです。どうも申しわけございません。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 三十五年の六月二日の貸付の関係は、期間も短いことですからあれですが、三十三年の関係は、利息だけで元金の回収がないようですが、その点は据置期間とかそういうような条件はどういうようになっているのでしょうか。それから、向こうの貸付したところの会社の事業は順調にいっているんでしょうか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 事業の点について申し上げます。事業は順調にいっております。昨年インフレのためにかなりに運転資金が不足いたしまして、この豊和工業はブラジル銀行、ブラジル政府のブラジル銀行から相当多額の融資を受けたのでりますが、日本側からも若干融資をせぬと、ブラジルにも工合悪いし、自分の方としても急場の必要上ぜひということで、融資したのでございますが、その後この仕事は非常に順調にいきまして、実はできた機械が間に合わないくらいに売れているというふうに聞いております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 作った機械が売れ残りがないように売れているというような会社は、私は、もっと元本の回収を積極的にやらなければいかぬと思うのです。まあ創業してから軌道に乗るまでの間の据置期間というようなものは、これはある程度考えてもなにだと思うのですが、今局長が言われるような事業内容だとすれば、私は、前の関係の貸付金から回収するということは、これは会社関係が積極的にやらなければいかぬ。  それでは、もう一つブラジル関係で聞きますが、昭和三十一年の十二月三十一日に十一万ドル貸し付けた原商会の元本の回収が、ほとんどというか、全然できていないが、これはどういう状況なんですか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 その点は、会社の融資が判断が悪かったといわざるを得ないのであります。それともう一つは、この原商会がやはり三十三年ですかの急激なインフレで、計画が予定通りいかなかったために、結局破産申請まで参りまして、会社といたしましては、投資した財産をできるだけ取り戻すということに今一生懸命やっております。ただ、ブラジルにおきまして今破産申請をやっておるのでありますが、なかなか思うようにいかないという点は、われわれとしてもまことに遺憾であると思っております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 その関係にしてもそうですが、私が要求した資料の中に出てこないのですけれども、一九五六年にサンベルナルド・ドカンポーの横浜紙器に十二万ドル貸し付けた関係が、現地の新聞等によると、破産をしたということがいわれているんですけれども、この貸付一覧表の中に横浜紙器というのが出てこないのはどういうわけですか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 横浜紙器が原商会のことでございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 横浜紙器が現地で原商会という形でやっているんですか、その点間違いございませんか。

高木廣一外務事務官(移住局長)

○高木政府委員 横浜紙器の重役が現地で原商会を作ったのであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それではこの点については現在破産手続が進んでいるんですか、それとも和議かなんかの方向へ向いていっているんですか。回収の見込みは、四〇%程度は回収できるかもしれぬというような現地報道があるようですけれども、そういうような関係はどうなんですか。

高良民夫外務事務官(移住局振興課長)

○高良説明員 御説明申し上げます。  三十三年に、さっき局長から御説明されましたように、現地に行きました原商会の経営状態が非常に不振になりまして、移住会社としては債権保全の立場からブラジル法によります破産申請をいたそうとしたのであります。ところが、原商会の方で、ブラジル法に基づきまして予防和議の申請を向こうの方からやりまして——予防和議の申請をされますと、ブラジルの法律で債務の内容が確定するまでは債権者は破産申請はできないということになっておるわけでございます。そこで移住会社の破産申請が出鼻をくじかれたような形になりまして、原商会側の予防和議の申請が、さっき田中先生がおっしゃいましたサンベルナルド・ドカンポーの裁判所に受理されまして、向こうから藤井という管財人が任命されたのであります。管財人はその債権者に債権内容を通告いたしまして、移住会社ももちろん申し出たのでありますが、たしか債権者総数四十六、七名おりますうちに、原商会の原要という人物がございますが、この男は予防和議の間にほかの債権者に示談を申し入れまして、さっき先生のおっしゃいました四〇%くらいの財産というのは、四〇%くらいの価格で示談をしようという申し出をしたそうでございます。移住会社に対してもその申し出があったそうでございますが、会社は諸般の判断からこれを退けまして、破産申請を続けるということになりまして、予防和議に基づく債権者リストの確定後において、破産手続がとれますから、あらためてさらに同じサンベルナルド・ドカンポーの裁判所に破産申請をいたしまして、それが受理されまして、現在破産手続は進行中でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 これも局長率直に認められておりますけれども、どうも無担保で事業内容等十分検討せずに貸し付けた。十二万ドルということになれば、約四千万円以上の金額なんで、私はやはりこれは国民の血税から出資したものを扱うのでありますから、この時代の社長と、社長も変わっておるようでありますけれども、十分こういう点については留意をしていただかなければ、少なくとも情実だとかそういうようなものがあってはならないと思うのです。  もう一つ伺いますが、南方漁業開発に三千六百万円、これは円貨で貸したやつが三分の一程度、千四百四十万円が回収になっておるというのですけれども、これは利息なんですか、元本がこげつきになっているのですか、どういう状況でしよう。

高良民夫外務事務官(移住局振興課長)

○高良説明員 御説明申し上げます。  今まで払っておるのは利息だけであります。昨年十二月三十日に、第一回の償還期に当たりましたが、先方のペルシャ湾漁業との契約実行が困難なのを理由にして支払い延期を申し出ております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 これもイランでの漁業の関係の問題で、陸上で作業をやる事業とは違う特殊な事情はわかりますけれども、昭和三十一年というと、五年も前の問題なんですね。従ってこういう状態で元金の償還ができない。なお現地のイランにおける操業上の問題にも非常に障害があるやに聞いておるのですが、私はやはりこういうような問題についても、実は委員会へ会社関係から出席をしてもらおうと思ったけれども、説明員というわけにも参らないし、委員会で参考人として決議をしなければ呼べないというような関係で、便宜上外務当局からお答えを願うわけなんですけれども、こういう問題については十分やはり監督をしてもらわないと——これはどこでも、日本だけじゃないようです。イギリスだとか、そういうような、従来植民政策というか、移住政策を積極的にとってきたところには、どこでもこういう中心的な機関との間に起こる問題のようでありますけれども、私はほかに特に小笠原の問題で質疑をいたしたいと思うので、この点はいずれ外務委員会で日伯協定等に関連して追及することにして、それ以上のことは本日は申しませんけれども、十分留意してもらいたいと思います。  そこで、同僚諸君からもたくさん質問があるようなので、この際外務大臣と、それから特連局長がお見えになっておるそうですからその方面へ質問の方向を切りかえることにいたします。  外務大臣にお伺いをいたしますが、サンフランシスコ条約の第三条によりますと、小笠原諸島の条約上の地位は、先般本委員会で問題になりました沖繩と同じ地位にあると思うのですが、これの返還問題の交渉はその後どういうようになっておるのでしょうか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 小笠原の地位は、田中さんのおっしゃるように、沖繩と同じでございます。返還の問題も沖繩と同様にやっておるわけであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 返還の問題は沖繩と同様ということについては、その後返還交渉はなさっておるのでしょうか、とだえておるのでしょうか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 平和条約の第三条に琉球諸島、それから小笠原群島というのは明書してあるわけでございまして、これはアメリカの側におきまして、信託統治制度のもとにおくということを提案すれば信託統治になるわけでありますけれども、これはしないのであります。ここは、講和後もう十年にもなるのでありますから、一つこの施政権を日本側に返還してもらいたいということを従来から交渉をしておるわけです。私も昨年いたしました。この沖繩と小笠原とひっくるめて言うておるわけであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 具体的に申しますと、小笠原諸島のうちで父島だけが現在アメリカ軍として軍事施設を持っておるようでありますけれども、その他の島はまるっきり無人島だ、こういうことも聞いておるのであります。沖繩と違って、そういう関係であれば、沖繩と切り離した形で小笠原諸島は返還を求めてもいいのじゃないかと私は思うのですが、アメリカ側が沖繩と同じような観点で小笠原の返還には応じられない、こういうのでしょうか。何かその点についての最近における折衝はございませんか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 同様な観点に立っておりまして、先ほども申し上げたようにあの地帯を一括して、現在東西冷戦の現状がこういうようであるから、これの返還は今のところ困難であろうというふうに言っておるわけであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 私は小笠原諸島と沖繩とは条約上の扱いは同じことになろうかと思いまするけれども、実情は多少違うと思うのです。これは昭和十九年の六月三十日ですか、太平洋戦争のときに、日本軍が小笠原諸島から住民を全部強制疎開で内地へ引き揚げさせたあと、アメリカ軍が進駐して参りました。あるいは硫黄島等は凄惨な戦闘が繰り返されて、アメリカが現在まで占領しておる。講和条約の関係でアメリカの支配を日本が認めたということになっているのかもしれませんけれども、日本の国民の立場からいえば、アメリカの軍事占領が引き続いておるということになると思うのです。沖繩であるとかあるいは返還された奄美大島等には、日本の住民が住んでいたのです。ところが小笠原諸島の場合には、そうではなくて、日本軍の手で終戦前に強制疎開で引き揚げてきておるわけなんです。その点から見ますと、小笠原と沖繩というものは、条約上は第三条でいずれもアメリカが信託統治を求めるとするならば日本がそれに同意しなければならぬということになるわけなんで、この点についての問答はこの間岡田君がやっておりますからきょうは繰り返す考えはないのですけれども、そういうように事実関係において違った点があると思いますし、またこの島から強制疎開を命ぜられた七千名からの関係の諸君は、今日経済的にも非常に窮乏した状況の中に、一日も早く帰島を待っておるわけなんですから、この問題についてはまた沖繩とは別な角度からのなしくずし的の返還ということも可能ではないかと思うのでありますが、そういう観点に立って交渉なさる考えはないのでしょうか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 奄美大島の例もあるわけでありますから、できるだけ返還可能なものから返してくれということは言っておるわけであります。しかしながら南方においてはそうした問題がありますが、北方においてもやはり同様の問題があるので、東西の冷戦の関係を考慮して、先方もやはり日本の安全と平和のために自分の方としても考えておるのだということも言っておるわけでありますので、それこれ勘案しながらできるだけ早く返還してもらえるように努力したいと思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 よく政府与党の諸君は南方のアメリカ関係のそういう施政権の返還等の問題が出ると、北方領土の問題を引き合いに出されるのですが、それでは外務大臣に伺いますが、北方領土の問題がなにするということであれば、沖繩と小笠原諸島を日本へ返還するということを言われておるのですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 東西の冷戦の緩和ができればということを考えておるのであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それは外務大臣が考えておるということなんですか。アメリカはあなたたちが返還交渉をなさる外交交渉において、東西の冷戦が緩和されるということがあれば返還については考えるという具体的な先方のそういう意向が表明せられておるのですか、どうですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 私が交渉の過程においてさように感じ取ったのであります。外交交渉でございますから、いつ幾日先方がこう言ったということは、先方の同意がないと言えないわけでありますから、こういう表現を用いておるわけであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それでは返還交渉の際、先方がその場合にアメリカ側の意向を、今の外務大臣の言葉からいたしますと、現実に東西の冷戦が緩和されるような情勢があれば、返還に応じてもいいという意味にとれるような先方の発言なり意思表明があると理解していいわけですね。重ねてお伺いいたします。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 さようなことだと思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 これは南方及び北方の領土問題に対する一つの新しい発展であるかどうかは別問題として、ポイントと思いますので、その点の確認で進めますが、もう一つ、特に返還を求めていいという問題は、戦後何年でありましたか欧米系の百四十五名でありますか、それが小笠原へ帰島をいたしております。その点は間違いございませんね。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 その通りでございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 その欧米系の百四十五名、現在は百六十名から百七十名くらいになっておるということも聞くのでありますが、そういう人は欧米系の混血児ということになっておるのですが、日本人には間違いないと思うのですけれども、これらの者だけが帰島することをアメリカ側が認めたというのは、その当時の交渉の経過から見て特別に理由があったのでしょうか。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 説明申し上げます。当時の状況におきましては、とりあえずこれだけの人数を暫定的に帰島せしめてみようということで帰島せしめたわけであります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 暫定的に帰島せしめるということから、引き続いて次の質問に移る前にもう一度その点で伺いますが、暫定的に帰すということ、同じ日本人の中で欧米系の混血児だけに限るということは、私はこれは一種の人種差別じゃないかと思うのですけれども、それ以外の両親ともに日本人であるというような関係の人間は帰しちゃいかぬ、同じ日本人の中でお父さんかお母さんかどっちか知らぬが、まあこれはそういう欧米人の漂流してきた人が土地に住みついてそこで生まれた混血児だということも聞いておるのでありますけれども、ひとしく日本人の中で、父親なり母親が、どちらかが欧米人であるという立場で、そういう者の帰島は認めるけれども、そうでない日本人は帰島を認めないということは、私はこれは国連憲章にも違反するところの重大な一種の人種差別だと思うのでありますが、外務大臣は、その点についてはどういうようにお考えになりますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 試みにそうしたということでございますから、それを限って帰島を認めたというようなことではなくて、あくまでも経過的、テンタチブな措置であるというふうに思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 試みにやったということ、それは帰島させる場合には、日本政府との間に協定なり、そういう何か取りきめに基づいて返還したのですか、それともこれは私は日時ははっきり覚えないのですけれども、占領中で、いわゆるマッカーサーの占領軍司令部の軍政的な処置として行なったのでございますか。もし外交上の取りきめに基づいて、試みとはいいながら、欧米系の混血児だけは帰すというようなことは、私は許しがたい人種差別だと思うのです。その意味で、その間の事情をもう少しはっきりさしていただきたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 何分にも占領中のことでございましたので、私どももはっきりその当時のことをよくつまびらかにしておりませんけれども、いずれにしても、そうしたことは話し合いがあって、試みにそうするということで行なわれたのでございます。東西間の関係というものは、その後いろいろ変化しておりますので、現在であったらそういうことがあったであろうかどうかという推定をしてみますと、私どもそういう話があれば、田中さんの御意見のようなことはあるいは言ったかもしれぬと思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それから念のために伺っておきますが、この百四十五名が帰ったのは、いつでしょうか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 今資料を持ってきておりませんので、あとではっきりその時日、その他その当時の情勢を申し上げるようにしたいと思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 私のところにいただいた資料によると二十一年十月ですね。従って占領直後でありますから、占領軍の軍政当時のことだということであれば、必ずしも外務当局にその点の追及をするということもいかがかと思うのでありますけれども、現実的には、やはり欧米系の者を帰したということは占領政策としても実は許すべからざる私は分裂政策だと思うのです。そういうところに問題が一つあるということを外務大臣もよく銘記していただきますと同時に、ここから引き揚げざるを得なくなった小笠原商民の諸君は、この百四十五名の諸君の帰島の問題に結びつけて、その後の折衝の過程で七千七百名でありますか、全部とはいかないにしても、これを制限するということも不都合なことであるし、どういう内容になるかというところに同じような問題が出てくるかもしれませんけれども、いわゆる何人かが数を限って、逐次なしくずし的に帰島させるというような可能性があるやの期待を持って今日まできたようでありますが、現在の段階においては、それはもう考えられないでしょうか、どうでしょうか。先ほど外務大臣がお答えになったような形で、沖繩と同様な状況でアメリカが返すというまでは帰島ということもおぼつかない、こういう受け取り方で外務当局がおられるのかどうか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 先ほど申し上げたように、なるたけ帰島の問題を実現してもらいたいということを外交交渉をしておるわけでございます。それと同時に、損害補償の解決ということも要請しておるのでありますが、どうも現状では帰島は認めがたい、早急にこれが実現ということは、現在の東西関係から見て不可能であるということになります。しかしながら補償支払いの検討の用意があるというふうに向こうが言い出したわけであります。そこで政府としては、さしあたり帰島問題とは切り離して損害補償ないしは見舞金支払いの問題を早急解決したいという方針のもとに米側と折衝いたしまして、その後藤山前大臣のところにマッカーサー駐日米大使からこの問題の実際的な、かつ早急解決のためには毎年払いの方式ではなしに、一括払いの方式によるほかはないと考える旨の申し入れがあったのであります。その結果、政府はこの方針を再検討いたしまして、かつ小笠原連盟の意見も徴した上で一括払い方式に応ずることになりまして、昭和三十三年以来この方針のもとにいろいろと折衝を重ねて参りましたが、最近田中さん御承知のように、六百万ドルという線が大体固まったような次第でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 その点についても、これから伺いたいと思っておるわけでありますが、これは外務大臣はすでに固まってきたということでありますが、アメリカの議会では、八月にすでに小笠原島民に対する補償金として六百万ドルの支出に関する法律まで通過をしておるのであります。私はその間の問題といわゆる帰島促進の問題及び小笠原返還というような問題が、この補償金の六百万ドルの問題で、言葉は適切でないかもしれぬが、すりかえられたというようなことになっては大へんだと思うのでありますが、その点は、アメリカの議会で六百万ドルを支出するということの法律案が通過成立をしておるわけでありますが、その間のこういう補償金の問題については、これからあと伺いますけれども、それと並行的に、それとは関係なしに、やはり小笠原の返還なり帰島の問題の交渉は今後とも続けられるし、また続けなければならぬと思うのでありますが、その点は関連がないという、これによってそういうような問題がしばらくたな上げになるのだというふうな心配をしている向きもあるわけですが、その点は間違いございませんか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 これは全く別でございます。政府としましては、小笠原の返還というものは沖繩の返還と両々相待ちまして、これを今後強力に進めたいと考えております。そこで六百万ドルの支払でございますが、この支払いは、いろいろな請求権の完全な解決とするということがまず第一点でございます。それから財産権はこれによって米側に移転しないということが第二点であります。第三点は、これは帰島問題とは別個のものであるということであります。第四点は、この配分は日本政府にまかされているというこの四つの点を日米問で完全に了解されておるのでありまして、私が先ほど天体解決してきたと申したのは、日本政府にゆだねられたこの、配分が関係団体との間に、すなわち小笠原帰島連盟、農業同志会、土地所有者委員会との間に話がまとまった、こういうことを申し上げた次第でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それではアメリカの議会を通過成立したこの補償金の問題が、今日まで正式にはまだ日本側に渡っておらないと思うのでありまするが、二月十四日の朝日新聞でございましたが、正式に日本側が受け取るためには、今外務大臣がおっしゃったような内容の交換公文か何かを日米の間で取りかわさなければならないような手続になるのではないかというような意味の観測を含めた記事があるわけなんですが、その関係は、すでにアメリカ側との間で交換公文の取りかわしなりは終わったわけでしょうか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 今田中さんお話しのように、アメリカ側の立法措置としましては、昨年の九月に完了したということをアメリカ側から通報を受けましたので、政府は直ちにこれが実施のための取りきめを行なうべく準備を進める一方、利害関係者たる旧島民の今申し上げた三団体から本件取りきめの主要点に関する要望と意見をあらためて聴取することとしたのであります。しかるところこの三団体の意見には若干の食い違いがございまして、この調整に相当の時日を要した次第でありますが、このほどようやくこれがまとまるに至りましたので、政府としては早急にアメリカ側との取りきめを終わるように段取りを進めておるのであります。すなわち今後できるだけ早く交換公文等を交換したいというふうに考えておる次第であります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 アメリカ側のこの法律の原文をいただいておりますが、それによりますと旧小笠原諸島住民たる日本国民のすべての請求権を完全に満足し、かつ解決するものであると帯いています。それからさらにこの支払いの対象になる期間は一九五二年四月二十八日よりということで、いつまでの分のものであるかということが明確ではないのであります。英文は弱い方でありますけれども、解釈いたしますと、講和発効からアメリカが小笠原諸島を日本に返還するまでの間の期間の財産権あるいはその他利益というのですか、そういうようなものに対する補償というように受け取るのでありますけれども、一体これはかりにこれを受け取った後においては、重ねてこの種の補償請求というものができないのかどうなのか、その意味で、これがそういうものに対するいわゆる補償なのか、見舞金なのか、あるいは沖繩等で地主等が受け取っておるところの土地に対する貸し賃というか、そういうものなのか、この性格について、日本政府の方はどういう立場でこれからアメリカ側と折衝するのか、また今までの過程で、日米双方の間で了解に達している点について、この機会に明確にしていただきたいと思う。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 財産権の問題は、この金を受けることによってアメリカ側に移転するものではないという点ははっきりいたしておるわけであります。それから、この支払いは、アメリカの授権法との関連から見まして、平和条約発効の日以降の期間について一度限りのものであるということであります。また旧小笠原島民及び利害関係者も、このことを了解いたしておる次第であります。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 財産権はアメリカには持っていかないのだということでありますけれども、この原文によりますと、やはり財産権に対する補償の問題——確かにその議事録も私は土地所有者委員会から出された資料に基づいて、アメリカの議会の議論で、所有権はちゃんと日本人にあるのだということは明白になっているようでありますけれども、このものについては、アメリカの議会で通った六百万ドルの支出に関する法律では、財産権というものに対する補償こういうようになっていると思うのですけれども、その点はいかがでしょうか。今小坂外務大にの言われる財産権というのは、アメリカの議会の速記録からいえは所有権に解する問題で、現実に日本人が所有しておった土地等をアメリカ軍が使用するなり、あるいは日本人が使用することができない状態にアメリカが置いていることに対する補償なのか、見舞いなのか、そういう性格のものだと思うのでありますが、その点を一つ明確にしていた、だきたいと思う。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 この補償金と申しますか、見舞金と申しますか、この件に関します交渉は、先ほど大臣がおっしゃいましたように、一品民の帰島を促進したいという建前から始められたものでございまして、従いまして、この交渉におきましては、旧島民全部の利益を考えて行なわれたものなのでございます。ところが、交渉の途中におきまして、アメリカ側の法制によりますと、土地の所有権に対する補償ということでなければこれを認め得ないという法制的な立場がございまして、これに対しまして日本側は、土地の所有者だけでなく、漁業権を持っている人もございますし、それから小作で農業を営んでいた人もあるわけでございます。それからまた商業を営んでおった人もございますし、そういった財産権はなくても、雇用関係にありまして労賃をかせいでおった人もあるわけであります。こうした人たち全部が、その郷里から離れまして暮らしておるわけでございますから、この人たちの気の毒な状態を助けたいという日本側の立場から申しますと、土地所有者だけの利益が顧みられるということでは足りないのでございまして、いろいろ折衝したのでございますけれども、先方といたしましては、どうしても法律的には土地所有者の立場以外には考えられない、こういうことでございましたが、さらに折衝が続きまして、結局政治的な解決として、この六百万ドルという金に落ちつきましたときには、旧島民全体に対して支払われるものだ、こういうことでまとまったわけでございます。こういったいきさつでございますから、この金は見舞金の性格のものでございますが、また同時にこの交渉の、先ほど申し上げました経過にありましたように、財産権は尊重されなければいかぬということも言われてきておったものでございますから、従いましてこの金額は見舞金ではあるけれども、その配分にあたっては、財産権は尊重されているという建前で分配されなければならぬ、こういう話し合いになっておる次第でございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 よくいろいろ述べられるのでつかみどころがないのですが、それではこの六百万ドルは見舞金だと受け取って間違いないわけですね。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 ただいま申し上げましたように、はっきりしてないかもしれませんが、見舞金なんでございます。見舞金ではございますが、その分配にあたっては財産権は尊重するという建前を加味してするということになっております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 見舞金ではあるけれども、それに対しては財産権は尊重されなければならない、こういうことですが、それでは私不明確だと思うんです。この原文によると、ここにおる住民のセツルメント・オブ・オール・クレームズ・オブ・ジャパニーズ・ナショナルズ・フォーマリー・レジデント・イン・ザ・ボーニン・アイランズ・アライジング・フロム・ザ・ユース・ベネフィット・オア・エクササイズ・オブ・プロパティ・ライツ・オア・インタレスト・イン・ザ・ボーニン・アイランズ、こういうようになっていると思うんです。その点から見て私もいわゆる小笠原から引き揚げて参りました皇民の三団体のそれぞれの言い分が食い違っておるということを資料によって承知いたしておりまするが、この点が一つやはり今後これを日本政府が受け取った場合に配分上の問題としてこの島民の間の調整について困難を予想せられる問題ではないかと思う。そういう意味で、今の説明ではまだ理解できないし、先ほど外務大臣が言われたように一回限りなもので、講和発効からアメリカが返還をするまでの間は重ねてこの種のものを請求することができないとすれば、先ほどから井手委員等から声が出ておりますように、一種の打ち切り補償という性質のもので、この点は軽々に、アメリカ側はいろいろの折衝の過程があって渡すということになっても、打ち切り補償であるかどうかということになるというと、金はほしいけれども、簡単には受け取れないという問題も出てくると思いまするので、この点をさらに明確にしていただきたいと思います。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 ただいま田中先生がおっしゃいましたこのアメリカ側の立法、この条文の文句につきましては、この中に財産権または利益の行使、使用から生ずる云々とこうなっておりますが、この財産権または利益というこの利益には、有体、無体の利益を含んでおるという解釈でございまして、従いまして先ほど御説明申し上げたようにアメリカの法制の建前から申しますと、財産権だけに限りたいところでございますが、それでは日本側の方で困りますので、こういった無体の、無形の利益という言葉も入れることによりまして、先ほど申し上げましたように財産権のある人及び財産権を持たない人にも支払われるように、こういう構文になっておる次第なのでございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 私、見舞金だということになりますと、必ずしも土地を持っていたとか、あるいは漁業をやっていたとかというような関係、そういうような関係の人たちをも含めて、私はやはり見舞金でありまするから一つの生活保障、生存保障的な意味も持ってきておると思うのです。ところがやはりアメリカの議会を通過した法律の表面的な解釈の点から見れば、プロパティ・ライト、こういうものが出てきておりまするから、財産権に対する補償というところに、いわゆる地主関係の諸君が、これは私たち向こうに財産権を持っておった者に対する補償が主だという考え方になってくるし、今あなたが御説明になったような観点からいくということになりますと、七千何百人かの現在帰島できない住民全部に対して帰島ができないことに対するいわゆる見舞金として、これは均霑させなければいけないということになるわけなんで、その点は非常に私は、重大な問題だと思うので、くどいようでありますが、この点もしなんであれば総務長官からも、今後配分について明確にさしていかなければとんでもない問題になる要素をはらんでいるだけに、責任ある御答弁をいただきたいと思います。

藤枝泉介自由民主党総理府総務長官

○藤枝政府委員 この問題は、先ほど外務大臣からお答えになったように、交換公文等の取りきめが行なわれるわけでございます。その際どういうことになりますか、私どもといたしましてはその外交交渉の経過にかんがみてそれを配分をするということになろうと考えております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 総務長官のなにだと、これからアメリカ側との交換公文の間で明確にした上でやられるということでありますが、これは見舞金であるか、補償金であるかあるいは補償金だということで一回きりで重ねて請求ができないのだということをこちらが承知した場合には、これは明らかに打ち切り補償になるので、まあ局民の諸君がこれは沖繩と事情が違う点は、日本の手で強制疎開をして島をあけている間にアメリカ軍が占領してきたのでありますから、その点の事情が違うわけなんです。そこに講和発効後でなければアメリカが責任を負わないというような問題になるわけですから、講和発効までの関係は島民の諸君にすれば、これは日本政府はおれたちのめんどうを見ないことはあるか、こういう立場に立っておりまするけれども、昭和二十何年かでありますか、二千五百万円かのいわゆる見舞金で講和発効前までの分はおしまいになっているのだ、それから問題はなおそれ以後に島民に出している給付金というものは、この種の補償を受け取った場合には差し引くという条件があるということになりますと、六百万ドルから、一億四千万円でありまするか、過去に出たものを差し引くという考え方を政府当局は持っておるのかどうかということもお答え願わなければならぬかと思いますけれども、そういう問題が私出てくると思うのですが、その点については総務長官いかがですか。

藤枝泉介自由民主党総理府総務長官

○藤枝政府委員 三十、三十二両年度に出しました分は、講和発効後の問題について米国政府が責任があり、それが支払われてくるということを前提にいたしまして、一億四千万円支出をいたしたわけでございますので、現在の考え方といたしましては、この六百万ドルを受け取る場合にはこの一億四千万円は差し引くという考え方を持っておるわけでございます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 そこで、さらに配分のときに一つの問題になると思うのですが引き揚げて参りました島民の諸君で土地を持っていた人があります。しかしその後内地における生活の困窮状態から、その土地あるいはこの種の見舞金なり補償金なりもらった場合にそれで返済するということで、その土地を担保なりあるいは代位弁済というような関係のものもあると思いますが、そういうもので金融を受けてしのぎをつけてきておるという人も中にはあろうと思うのです。そういうような場合に、土地台帳の関係がありますから、現実には所有権の移転発記はできませんね。しかし先ほどから言われるように、所有権そのものは潜在主権という観点から見て日本人にあるのだ、その点は侵さないのだということになると、略記はできないかもしれませんけれども、当事者の間では財産権の譲渡というようなことも、これは現実には可能だということになるわけなのです。そういう意味の財産権の継承者というものは、今度の補償金が交換公文によって日本側に渡された場合に配分の対象になるのでしょうか、どうですか。

藤枝泉介自由民主党総理府総務長官

○藤枝政府委員 こちらに疎開後に今お話のような関係で権利を譲渡した者もあるようでございます。これをどちらを対象にするかということにつきましては、もう少し研究させていただかなければならないのでありますが、私見的に申しますならば、やはり当時の昭和十九年三月現在の小笠原に居住した人ということを中心に考えるのが至当ではないかというふうに思います。そしてその権利を譲渡した人と譲渡を受けた人との関係は、その両者間の話し合いになるのじゃないかというふうに現在は考えております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 その後死亡した人もあります。それから引き揚げて参りましてから、帰島を一日千秋の思いで待ちながら不帰の客となった人もあるのです。そういう人が、今言うように、これは先で見舞金なりそういうものが来ればお返しできるからということで、いわば担保にして金を借りている。ところが本人が死んでしまっているというような関係の人は、やはり先ほど私が明確にお伺いをいたしましたように、アメリカの建前からいうならば、財産権に対する補償というものが主なのだという考え方の上に立てば、当然そういう継承者がもらう権利があるということで問題が起こってくる、可能性も私はあると思うのです。その点は総務長官は慎重にお答えになって、今後の研究課題だということでありますから、その点についてはこれ以上追及いたしません。それなら引き揚げてきたという人で現在なくなっている人、それでたとえば相続だとかそういうような関係は、現在これらの諸君は東京都の中に役場にかわるようなものをもって、戸籍など、子供も生まれてくるわけでありますから、ちゃんと連絡の機関を持っているわけなんです。そういう点から見て、この点は慎重にやらなければならぬ問題ではないか、私としては、やはりこの種の問題は見舞金、やがて日本へ返還する、現にアメリカによって利用することができない状態に置かれておることのもちろん償い的な意味を持っておりますけれども、そういう意味で打ち切り補償的な性格のものであってはならないしいたしますから、不自由をしている人たちに均分をさせるということを主眼にして、しかしながらそういうことで権利の継承者というものは、これはやはり法治国でありますし、私有財産を認めるという憲法の建前から見るならば第三者に対抗することはできないという公式論で、おれたちの事情でこれはなにしたことではないということで、やっかいな問題が起こる危険性がありますから、十分一つ検討していただきたいと思います。  そこで、あと二、三点まだこの問題についてお伺いをいたしますが、この金が交換公文によっていよいよ日本政府に一括して渡されるわけなのですが、その場合には、一たん日本の国の歳入として予算に計上されて、それから配分をされるものなんですか、それとも、島民に対するものであるから、政府が代理受領という形で、国の予算は通さない形で処理して差しつかえないというお考えなのか、この点を一つお答え願いたいと思います。

藤枝泉介自由民主党総理府総務長官

○藤枝政府委員 この金は小笠原の関係者に配分する目的で米国政府から受領するものでありますので、財政法第二条の「国の各般の需要を充たすための支払の財源」というものではないと思います。むしろ会計法第三十三条の保管金に当たるものでありますので、歳入、歳出は通じないで出す性質のものと心得ております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 そういたしますと、これから先のことを聞くようでありますが、この金は日本政府に渡された場合には政府の保管金ということになるのですが、それはやはり日銀に預けるのですか。配分になるまでの間、受け取ってからでも、配分の計画が立つまでの間は相当時間があると思うのですが。

藤枝泉介自由民主党総理府総務長官

○藤枝政府委員 これは政府の保管金に関する政令によるわけでございますが、日銀に預けるのが至当と考えております。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 ところが、総務長官、外務大臣も御存じだろうと思うのですけれども、将来こうしたものがいただける、現に政府が交渉しているという関係で、帰郷連盟でありますか、団体ということになっているかとも思うのでありますけれども、あるいは団体の保証のもとに市中銀行から融資を受けているのも相当額に上るというようなこともちょっと聞いておるわけなんです。そういう関係からいたしますると、保管金であるから、日銀へ預けます場合には金利がつきませんね。ところが、こういうような現に長いこと不自由をしてきておる関係の人たちが、受け取られてから一週間か十日の間にうまい工合に配分をしてくれればそれでいいでしょうけれども、もしそこに二カ月でも三カ月でも期間がかかるということであれば、六百万ドルというと二十億以上の金でありますから、この金利だってやはりばかにならないのですね。そういう観点から見て、やはり金利がついて、みんなの配分がふえていくというような関係の取り扱いをむしろ島民たちの方では希望しているのではないかと思うのですが、そういうことについては傷民の団体等との間の話し合いで弾力性ある取り扱いをされる用意がありますかどうですか。

藤枝泉介自由民主党総理府総務長官

○藤枝政府委員 財政には暗いので、ちょっとわからないのでございますが、一応政府の保管金ということになると、日銀に預けることが至当だと考えます。しかし今御指摘のような問題もございますので、これはなお十分財政当局等とも相談をいたしまして、これをもらう島民にできるだけ有利になるようなことはさらに研究してみたいと思います。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 それともう一つ、先ほどお伺いしました百四十五名の欧米系の混血児で現に島に帰っているものが、こっちに帰っていることを余儀なくされている人たちの土地だとか、そういうようなものについての、端的に言えば財産権の侵害をやっているのじゃないか、もうおれたちがかりに戻ってみてもめちゃめちゃにされてしまっているのじゃないかというような事実関係を心配する向きもあるし、それはいつかの新聞でありましたか、そういうことが報道せられたこともあるわけなんですが、そういう関係については御調査なさったことがあるのですか。それとも今までにないとすれば、今後日米間で交換公文を取り交わす観点から見て、そういうことについての調査を——所有権は侵さない、日本側にあるんだということになっているとすれば、帰っている温血児の日本人の諸君だけに利用させるわけには参らないと思うのでありますが、その点はいかがでしょう。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 財産権は尊重さるべきものでありますので、これについて、実は今まで御指摘の点は調べたことがないのでありますが、さらに調査をいたしまして、財産権不可侵の原則に反することのないようにいたしたいと考えます。

田中織之進日本社会党

○田中(織)分科員 あとまだこの問題について納得のいかない点もあるわけでありますけれども、また別の機会もあろうかと思いますので、最後に希望を申し述べておきます。  この点は、講和条約の三条の関係から見れば、沖繩と同じ関係です。沖繩の関係におきましては、やはり土地等については現に沖繩の島民というか県民が住んでいるというような関係もありまして、これははっきりと土地に対する賃貸料、そういうものとして受け取っているわけなんです。ところが今度の関係は、見舞金だという性格が明確になればなんですけれども、いつからいつまでの見舞金だという点については、向こうの法律の条文だとすれば、これは大へんなことにもなりますし、そういう性格の点でまだ実は私自身納得のいかない点があるわけですけれども、島民諸君としては一日も早く金をもらいたいという気持の切なるものがあることは推測にかたくありません。しかし将来にわたってこれらの人たちの権利を確保するということ、これは日本の国として絶対にやらなければならぬ問題だろう。返還を一日も早くさせるためにもあらゆる機会にその点を強調しなければならぬ問題だと思いまするので、その点は一つ十分留意した上で細目的な交渉に入られることを希望いたしまして、この点に関する私の質問を打ち切ることにいたします。

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 午後二時まで休憩いたします。    午後一時五分休憩      ————◇—————    午後二時十三分開議

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。河野正君。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 終戦処理につきましては、その中身にいろいろな問題がたくさんあると思います。目下問題になっておりまするいわゆる韓国の在外資産というような問題もそうでございましょうが、本日はそういった経済的な問題でなくて、むしろ人道上の立場から、そういう終戦処理と関連をいたしまして、若干質疑を行なってみたいと考えております。日本といたしましては、この戦争に対します総反省と申しまするか、そういう立場からも、そういう問題は経済的であろうと、人道的な問題であろうと、いずれにいたしても、早急に解決する一つの大きな義務が課せられている。そういう建前から、実はさっきも私が申し上げまするように、人道的な面を取り上げまして若干の質疑を行なって参りたいと考えております。  その一つとして、今日沖繩におきましても遺骨の収集が行なわれております。しかしながら、なお、お隣の中国、さらには東南アジアにおきましても、この遺骨の問題が、遺族の方々はもちろんでございまするけれども、国民にとりましても大きな関心事となっておるのでございまするが、そういう問題を本日取り上げて参りたいと思いまするけれども、その前に、実はここ数年来非常に問題になって参りましたフィリピンのルバング島におりまする日本兵と申しますか、旧日本兵でありますが、この問題について一、二、最近新聞紙上に取り方げられて参っておりますので、そういう人道上の問題と相関連をして、その経緯、さらにはその後どういう処置をおとりになっておるのか、そういう点につきまして若干第一番目にお尋ねを申し上げておきたいと思います。  すでに大臣も御承知のように、先年、三十四年のことでございますが、厚生省も調査班と申しますか、説得班と申しますか、そういう人々をルバング島に派遣をいたしました。そうして、その結果といたしましては、実はもう元日本兵はルバング島には生存しておらぬというような結論もなされておったかのようなお話も承っております。ところが、最近同じく問題でありましたルバング島において、一月の末でございますが、また元日本兵らしい者が二名出没して、そうしてフィリピンの農民に対して殺傷を行なった、こういうふうな報道等もなされて参っておるのでございます。これに対して外務省当局でも御調査なさったかのように承っておりまするので、その間の事情がどういう事情であるのか、まずその辺の事情を承っておきたいと考えます。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 ただいまのルバング島の生存者の問題でございますが、どうも昨年御承知のようなことがございましたので、また本年もただいま河野さん言われたような問題が伝えられておりますが、どうも先方におきましての諸種の状況をいろいろ総合してみますと、もういないのではないか、たまたま何かがあったときに日本兵らしき者がおったというふうな風聞が伝えられて、それがああいうふうな問題になっておるのではないかという見方の方が強いようでございますし、われわれの方の大使館もそういうふうな感じを持っておるのでございます。それにつけましても、先方の警察関係の総司令官が非常な努力をして下さっておりますことでありまするので、この方に先般日本へおいでをいただきまして、しばらく日本の風物に接して最近帰られたようでございますが、そんなことで、われわれとしましても、こうしたことが日比両国の間に不測の妙な感情のもつれでも起こすと困りますし、また一方現実にそうした生存する同胞がおりましたならば、これはもう一日も早くその同胞をわれわれの手元に迎えなければならぬ関係もございますので、その間に妙なことが起きませんように細心の注意を払っておるつもりでございます。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 私が今お尋ねいたしました理由は、これはロイター通信にもいわれておるのでございまするけれども、何か犯罪が起こりますると、その犯罪は旧日本兵が行なったのだというので、大臣からもちょっと御答弁がございましたが、日本兵を装って罪を犯すというふうな傾向があるのではないか、そういうことでは困るんだというふうに、実はマニラにおきまするデーリー・ブレチン紙でありますか、現地におきまするところの紙上でもそういう批判を実は行なっておるわけでございます。今大臣からも御答弁ございましたように、旧日本兵の二名が残っておるということでございまするならば、これはその収容のためにさらに努力を尽くしていただかなければならない。しかし、収容につきましては、三十四年来日本からもおいでになりまして、悪天候のもとに大へん御苦労なさって、結局成功せずに終わったというような経緯もございます。ただ私どもが心配いたしますのは、何か商民の中で犯罪を犯す、その犯罪を実は日本兵の犯罪にすりかえる。私はこういうことは、日本が特に戦争に対しまする総反省というような今日の立場からいたしましても、あるいはまた日本とフィリピンとの友好関係という面から考えて参りましても、まことに不幸な悲しむべき報道であり、また事件であるというように考えるわけです。そこで私は、この点については、フィリピンの現地においても、そういう事件というものは吾々しい行為であると言っておるわけでございまするから、日本兵が生存しないという確信がある程度まであるといたしますならば、私は、もう少し外交折衝の中でその点を明確にして、今後そういう形によって日本の旧軍人の遺家族あるいはまた国民が汚名を着るというようなことのないように、そういう努力をいたすべきではなかろうか。単に、おるかおらぬか、そういう調査をするとか捜査方を依頼するということでなくて、やはり相当の努力をしておらぬということが確認されたならば、その点をもう少し外交上の立場から明確にして、そういう風説とか巷間伝えられておるようなことで日本の国民が汚名をこうむると、いうことがないように、この際措置をとらるべきではなかろうか、そういうように考えるのでございまするが、それに対しまする大臣のお考えを承っておきたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 先ほど申し上げました警察の総指揮官、カンポという方ですが、カンポ氏においで願ったのも、実は河野さん御心配のような点を私どもも心配いたしまして、従来の捜査に御協力いただいたことに感謝するとともに、この問題についてはどうも事実ではないのだということを双方でまず地ならし的に確認し合っておいて、その上で何らかのケリをつける方がよろしいと私も思っておりました。そんな関係もあっておいで願った。そういうような気持も持っておるようなわけです。何といたしましても、フィリピンとわが方の関係は日増しに友好関係が増進しておりまして、この国会にも御審議をわずらわしたく考えております通商航海条約も、調印ができておるような次第でございます。そういう際にも、何か戦争のあのいやな傷あとを連想させるような問題がまだ残っておるようなことは、できるだけ一つきれいに払拭いたしたいと考えておりますので、御意見は私は強い参考にいたしまして今後とも適切な措置をとりたいと思っております。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 どうか一つ遺家族の名誉のためにも、あるいはまた国民の名誉のためにも、一つ確固たる態度で外交上の折衝を行なっていただきたい、そういうふうに希望を申し上げておきます。  そこでぼちぼち本論に入りたいと思いますが、御承知のように第二次大戦の激戦地でもございました沖繩、この沖繩におきまするところの遺骨の収集が、この二十二日より日本政府と琉球政府とによって開始されつつあるわけでございますが、これは戦争の古傷と申しますか、そういう戦争の古傷をいやす、そういうために私はまことにけっこうなことと考えますが、もちろん沖繩が日本国であり、潜在主権の問題などいろいろございますが、いずれにいたしましても日本国だという政府のお考えのもとでは、私はこの遺骨収集というものはむしろおそきに失したというふうに考えるわけでございます。しかしいずれにいたしましても、おそまきながらも今日実施されつつありますることは、これは終戦処理の点からも、はたまた遺家族の方々の立場からもまことに同慶の至りだと考えます。そこでこれにつきましていろいろ問題点もあるようでございますので、その後の状況がどういう状況で取り運んでおられますのか、若干その間の実情について一つお答えを願えればけっこうだと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 政府委員から御答弁いたします。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 説明申し上げます。外地におきます遺骨の収集につきましては、ただいま河野先生からおっしゃいましたように、政府といたしましても非常な関心を持ちまして、あらゆる機会をとらえて関係国と交渉して参っておるのでございます。ことに先ほどお話に出ましたフィリピンの場合、ルバング島の住存者の問題については先ほどのようなことでまとまったのでございますが、フィリピンにおきまする遺骨の収集につきましては、昭和三十三年の一月から三月までの間に政府の遺骨収集船銀河丸が参ってこれに当たった次第でございます。それからまたインドネシアにおきましては、三十三年の四月に日本とインドネシアの両国の岡に正式な国交が樹立されましたその直後に、いろいろ交渉したのでございますが、なかなか現地の状況がまだ治安維持も十分できておらない、遺骨収集の事業を進める上に協力するというインドネシア側の事情が整っておらないということだったのでございますが、昨年の五月になりまして、インドネシア側から戦没者の遺骨送還に応じてもよろしいということを言って参りましたので、昨年五月二十日にグロドック地区に埋葬されておりました三柱の遺骨が空輸されて参りまして、続いて昨年の九月の六日に同地区にありました残りの六十九柱の遺骨が海路日本に送られて参ったのでございます。その他政府といたしましてはジャカルタを除きますスマトラ、カリマンタン、スラバヤ及び東部スマトラ等の各地におきまする戦没者の遺骨収集及び同地区に埋葬されております遺骨を返還するということにつきまして、先方とまだ折衝を続けておるのでございますが、何しろ調査が非常に困難であること、それから先ほど申し上げましたように、インドネシアのある地区におきましては、まだ治安維持が十分でないということもございまして、今日まで実施されるに至っておりませんけれども、今後ともこの点を先方と折衝いたしまして、できるだけ早く実現するようにいたしたい、こう考えておる次第でございます。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 東南アジア地区における遺骨の収集状況、あるいはまた外交上折衝されました状況については、ただいまある程度御報告いただきましたが、その点については後ほどいろいろと質疑を重ねたいと思います。その前に、沖繩におきます遺骨の収集状況につきまして、一つわかっております範囲で御報告を願いたいと思います。

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 総理府を今呼びますから、ちょっとお待ち下さい。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 それでは総理府からおいで願う前に、関係のない他の質疑から入って参りたいと思います。今、外務省の方からフィリピンにおける、あるいはまたインドネシアにおける遺骨収集についてのいろいろな交渉過程の御報告があったようでございまいますが、この遺骨の収集については、なるほど今御報告願いましたように問題点は三つあるかのように私どもも考えております。その第一は、外交折衝によりまして相手側と遺骨収集に対する取りきめをそれぞれ解決する問題、第二は治安の問題、治安上そういうことでは実際問題として収集ができるかどうかという問題、第三には予算の問題と、いろいろあろうかと考えておりますが、実際には、このインドネシア地区においての遺骨収集は治安の問題だけが収集のできない原因であるのか、あるいはまた他に何かほかの原因があってなかなかその実行ができないでおるのか。今日まで完了しなかったおもな原因と申しますか、根拠と申しますか、そういう点につきましてもう少し突っ込んで御報告いただければけっこうだと思います。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 今日までの遺骨収集の遂行にあたり支障となりました点は、先ほど申し上げましたように現地の治安状況がよくない、それからまた場合におきましては日本に対する現地住民の感情が十分よくない、そういうこともあったようでございますが、いずれにいたしましても当該国の政府の方で、遺骨収集という事業を現地で実施することがまだ適当でないという判断をいたしましたことが、一つの大きな障害であったのでございます。その点、だんだんこれら関係地の治安が回復いたしまして、また現地住民の日本に対する感情が好転いたしますにつれまして、そういう支障もなくなりまして実施に至る地域があるということは、先ほど申し上げた通りでございます。それからまた御指摘のように、場合によりましてはわが方の関係予算が十分でございませんで遂行上に支障があったということもあるように聞いております。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 今御答弁を承っておりますと、一つは、治安上の問題というものがその収集に非常に大きな障害となっておる。あるいはまた相手国の時期判断と申しますか、そういう時期というものが必ずしも現段階においては適当でない、そういうことが今日まで解決しなかったおもな原因であるかのような御答弁もあったようでありますが、しかしながら私どもは、先般インドネシアのスカルノ大統領が参りました節に、日本とインドネシアとの友好関係を深める意味でスカルノさんみずからが三体の遺骨を日本に持ってこられたというふうな経緯まであるように実は仄聞いたしておるわけであります。そうだといたしますと、なるほど今日までこの問題が解決しなかったその原因は治安だというふうに考えられておるようでございますが、しかし日本の方で遺骨収集に対する切なる熱意というものがあったといたしますならば、必ずしも治安上の問題ということでこの問題が遷延したというふうには、実は私個人は考えないのであります。先方から遺骨を送還することが友好関係に非常に役立つというような立場から実は持ってこられたという、先方の好意と判断いたしますと、単に治安上の問題で今日までこの問題が遷延したのだということはどうも理解しがたい。むしろ政府のそういう方面に対する熱意の点が、今まで遷延させた一番大きな原因になっておったのではないかというように考えるわけでありますが、この点大臣はいかがでありますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 戦争終了直後は、やはり先方の国民感情上、わが国の同胞の遺骨収集に対する協力というものが得られなかったという事情が非常に顕著だったと思いますが、その後だいぶ時が移りまして、今日におきましては、そういうことはきわめて少なくなってきておるわけでありますから、われわれといたしましては、熱意を持って遺骨収集に努力いたしたいと考えます。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 大臣は、今後は一つ政府としても熱意を持ってその解決に当たるというふうな御答弁でもございますので、ぜひ一つ今御答弁願いました熱意を持ってこの問題の解決のために最善を尽くしていただきたいということを御要望申し上げておきます。  すでに御承知のように、今日戦争裁判によりまして、そのために外地の荒野にしかばねを野ざらしにしたというふうな実例も多々あるわけでございます。もちろんその中にいろいろ問題もあったろうと考えますけれども、この戦争犯罪に対しまする法律上の通念、日本人としての通念、日本国としての通念、そういう立場から考えても、あるいはまた人道的な立場という点から考えても、私は、やはりこういう今日なお残されておりまする、あるいは荒野にさらされておりまする千体以上のこういう遺骨についても、当然政府が積極的に、先ほどの大臣の番葉を借りますというと、熱意をもってやはり終戦処理の一環として、もちろん遺家族に対しまする国民感情等もございましょう。いずれにいたしましても終戦処理の一環として、一日も早くこの問題の解決に当たっていただかなければならない実情ではないか。すでにアメリカ、イギリス、オーストラリア、フィリピン、こういう諸国の遺骨は逐次日本政府の手で引き取られるというような実情でございますけれども、しかし今申し上げました千体以上の遺骨の中の一割以上を占めまする中国における遺骨に対しましては、もちろんその間紅十字会の手によって三回日本に送られてくる、あるいはこれもまた中国側の日中友好関係を促進するという意味で、訪中者に託送して二回日本に送られてくる、こういうような経緯もあったようでございます。その後ほとんど見るべき処置がとられておらず、今日の政府の日中政策に対しまする一環としてそういう方面に対しても消極的なのか、非協力的なのか、熱意が足らぬのかどうかわかりませんけれども、こういう問題は人道上の問題として当然解決してもらわなければならない問題だと考えまするが、いかがでございまするか。これは一つ大臣から御所見を伺っておきたいと考えます。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 この中国、ことに満州におきまする遺骨の収集については、日中関係全般の動きもさることながら、人道的立場から善処したいと考えるのであります。今までの状況は、河野さんすでに御承知かと思いますけれども、念のために申し上げますと、中国大陸における遺骨収集については、一九五五年ジュネーブの田付総領事をして七月十五日付書簡をもって、沈平同地所在の総領事に対しまして、在華邦人引き揚げ問題について申し入れさせた際に、日本人の遺骨遺品等の送還についても中共政府の善処方を要望したのであります。これに対しまして中共側は同じ年の八月十六日付外交部声明、同じ八月十七日付の田付総領事あて書簡をもつて回答してきたのでありますが、遺骨及び遺品については一切コメントをいたしておりませんでした。この点につきましては、さらに今後私どもといたしましても十分先方とも連絡をとってみるのがいいんじゃないか、そういうようにしていきたいと思います。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 あとさきになりましたが、総理府が御出席でございますならば、一つ先ほど申し上げました沖繩におきます遺骨収集の状況について、概況でけっこうでございますから御報告いただきたい。

大竹民陟総理府事務官(特別地域連絡局長)

○大竹政府委員 終戦の際に沖繩でなくなりました人数は、軍人、民間合わせまして大体十九万人程度というふうに今日推定をされております。この遺骨収集につきましては、終戦後直ちに現地の人々が非常に御努力になりまして、おそらく当時目につく限りの遺骨を収集されたと思うであります。その結果、今日御案内のようにたくさんの慰霊塔が建っております。これは主として沖繩南部でございます。その後昭和二十八年に日本政府の南方連絡事務所が設けられましたので、この南方連絡事務所を中心といたしまして今日まですでに数回の遺骨収集を行なってきておるのでございます。政府といたしましては、すでに那覇市に中央納骨所を設けまして、収集いたしました遺骨はそこにお納めいたしまして、お弔いをするという措置を講じております。今日までまだ遺骨が発見されておる状態になっておりますけれども、これは実を申しますと、沖繩南部の特殊な地形によるものであるというふうに私ども考えております。相当多数の方々が死亡されたわけでございますけれども、沖繩南部地区には自然の洞窟が非常に多いのでございます。サンゴ礁で成り立っておる島でございまして、あちこちに内地の鐘乳洞といった格好の洞窟があるわけでございます。終戦時にそれを民間の避難場所といたしまして、あるいは軍の施設といたしまして利用しておったものがあるわけであります。それらの中で相当多くの方々がなくなられた。それも今日まで発見されます限りのものはそういう場所も全部遺骨の収集を終わっっておるわけであります。長年月を経まして当時状況の明らかでなかったもの、今日草生いたりいたしまして、あるいはくずれたりいたしまして、なかなか外から発見ができない、現地の人々もほとんど発見不可能、ふだんは見つからない、目にとまらないという場所があるわけであります。そういう場所が時に見つかる。そういたしますと、その場所から固まって幾つもの遺体が発見される、こういう状況でございます。平常といたしましては、田畑を耕作開拓いたしております際に、時たま幾つかの遺骨が見つかったというようなことは最近あったわけでございます。特に最近になりまして幾つか固まった遺骨がある場所が発見されましたので、今日それにつきまして遺骨収集を行なっておる、こういう格好であります。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 新聞紙上その他報ずるところによりますと、大体なお野ざらしになっておる遺骨は一万九千体というように言われておりますが、その通りでございますか。

大竹民陟総理府事務官(特別地域連絡局長)

○大竹政府委員 これはどういう観点から一万九千というふうに推定いたしましたか、私ども十分に承知いたしておらぬのでございますけれども、私どもといたしましては、今日もでき得るたしております。ただ一万九千残っておるというふうなことにつきましては、ちょっと理解に苦しんでおる次第であります。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 その数字は理解に苦しむというようなお話でございますが、それでは沖繩が四月から十月の間はハブとか毒ヘビがおってなかなか収集が困難だ。そこで三十六年度といいましても、実際に収集をやれる時期は非常に制約されると思いますけれども、一応三十六年度でどれくらいの収集をやろうとされておりますのか、一つその辺の目標と申しますか計画といいますか、その点についてお伺いいたしたいと思います。

大竹民陟総理府事務官(特別地域連絡局長)

○大竹政府委員 遺骨の数で申し上げることは困難でございますけれども、ただいま見つかっております、先ほど申しましたような壕でございますけれども、それが今日現地からの報告によりますと六カ所ほどになっております。その六カ所につきまして全部行ないたいというふうに考えております。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 そのために要する経費は大体、どのくらいでございますか。

大竹民陟総理府事務官(特別地域連絡局長)

○大竹政府委員 遺骨収集の方法といたしましては、現地で人を雇いまして洞窟に入って集めてくる、これをまたお祭りするということでございます。主とした経費といたしましては、人夫賃だけでございます。約七十五万円程度予定しております。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 そこで、先ほど外務大臣は今後熱意をもって云々というような御答弁をされたわけでございますが、新聞紙上では、現在沖繩の山野で野ざらしになっておる遺骨は大体一万九千体に上るであろう、大体どの新聞を見てみましても同じような数字をあげておる。そうしてそのうち来年の三月までに四千七百余体を収容したいというふうな、これも大体どの新聞を見てもそのような数字をあげておるようであります。これはおそらく現地でそういうような意味の発表と申しますか、談話と申しますかが行なわれたのではないかと思いますが、私どもが考えますのは、人夫賃だけであるので七十五万円程度、その数字が適切であるかどうかはわかりませんが、ただ私どもが心配いたしますのは、一万九千体に上るであろうといわれる遺骨、しかも沖繩でございますから、内地と違っていろいろ気候、風土も異なっております。それから毒ヘビがおったりハブがおったりというふうに、環境もずいぶん違っております。そういう中で、先ほどちょっと述べましたように、これは沖繩は別でございますけれども、遺骨を収集するためには、国と国との問の取りきめが大事であるし、第二には治安の問題があるし第三には予算の問題があるというようなことを私は取り上げたのでございますが、沖繩の場合でございますから、ある程度予算上措置していただければ、かなり成果を上げ得るのではないだろうかという感じが、現地の状況はわかりませんが、するのです。特に遺骨の問題は、金ではかけがえのできない問題でございます。人道上の問題です。それが七十五万円が適当な予算であるかどうかわかりませんが、そういう予算を非常に圧縮をする、そのために、沖繩あたりは治安の問題はないわけでございますから、所期の目的が達成されぬということでございますならば、私は政府の熱意も疑わざるを得ませんし、また遺家族に対しても申しわけないし、また戦争総反省のもとに立ちます終戦処理、こういう建前からも私はまことに困った問題だというふうに考えるわけでございます。  そこでお尋ねを申し上げたいと思いますが、と申しますのは、それはなるほど中国あるいはインドネシアあるいはまたベトナム、こういう外地におきます収集と沖繩におきます収集とは、おのずからその方向が違うわけですね。ですから少なくとも沖繩における遺骨の収集に関しましては、万全を期するということでなければならぬと思うのです。ところが今のような実情で、この万全の成果が上げられるというふうにお考えになっておるのかどうか、その辺を一つ承っておきたいと考えます。

大竹民陟総理府事務官(特別地域連絡局長)

○大竹政府委員 私も、実はごく最近現地に行って状況を見て参ったのでございますけれども、ほかの地域と違いまして、治安上の問題でございますとか、そういった外部の要素で収集を困難としておるというような条件は全然ございません。問題は、すでに終戦後相当期間をたっておりまして、一応目につく限りのものは収集を終わっておるわけであります。ただ至るところが戦場であったわけでございまして、その後草むらになりましたり、地形上ほとんど平常は人が近寄らないという場所があるわけでございます。あるいは先ほど申しましたような壕でございまして、今日もはやくずれ去っておりまして、その跡形も通常の状態では見つからないというような場所があるわけであります。そういう場所にありますものが、従来の努力にもかかわらず十分発見できておらなかったということでございます。金額の問題につきましては、先ほど七十五万円というふうに一応申し上げましたけれども、問題は御説の通りこれは人道上の問題でございまして、そういうものがかりに今後たくさん見つかるというふうなことでございますならば、これはもう一日もゆるがせにできない問題でございます。その際には、また必要ならば別途の予算措置も講ずるということでやっていきたい。私どもといたしましては、なるべく早い機会に完全にこれを収集いたしまして、霊を慰めたいというふうに考えております。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 今のような御答弁があるから、実は私も重ねて御質問申し上げなければならぬと思うのですが、と申し上げますのは、もし遺骨があらためて見つかったならば、そのために要する予算というものは計上しなければならぬだろう。そういう消極的な態度であるから、今日その収集というものが非常に遷延したというふうに私は御指摘申し上げておるわけです。わからぬなら、わかるための努力をやるべきじゃないか、そのためにもっと予算というものをつぎ込むべきじゃないかということを私は御指摘申し上げておる。そういうことが積極的な、あるいはまた大臣の言葉で言うと熱意と申しますか、熱意の現われである。もし見つかったならば金を出すというじゃなくて、とにかく十九万の軍人、軍属、民間の方々がおられて、そうして新聞紙上では一万九千体くらいは残っておるだろう、野ざらしになっておるだろうと言われておるわけですから、まず積極的に遺骨を収集する。収集するためには先ほど申し上げまするように、この予算の制約によってそういう仕事が大きく圧迫を受けるということは、これは人道上許されぬから、予想されるならば、むしろそういう遺骨を見つけるためにも、私はさらに格段の努力を行なうべきだというふうに考えておるわけです。その点は、ちょっと根本的な考え方が食い違っておると思うのです。そういう点に対しまする私の発言に対する御所見を一つ承っておきたいと思います。

大竹民陟総理府事務官(特別地域連絡局長)

○大竹政府委員 実は先ほど私が申し上げました御説明の印象が、いかにも消極的であるというふうなお感じを与えた点がありといたしますならば、若干私は修正をいたさなければならぬわけでありまして、予算がないためにこれを行なわないというふうなことは全然考えておらないのであります。従来もほとんど年ごとに予算の点は計上いたしております。むしろ現地ではできる限り積極的にそういう場所を探して、地元の方々からも十分な情報を得まして、積極的に活動を続けておる。しかもなお先ほど申し上げましたような環境がございますので、十分な成果を上げておらない部面が結果的にあった、こういう格好になっておるということを申し上げたわけであります。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 こういう例は非常に多いと思いまするけれども、残された奥さんや子供さんや遺家族のまくら元に霊が現われて、そうしてぜひ故郷に帰してもらいたいというような話をしばしば聞かされるわけです。そういう点も一つ十分考慮に入れられて、そうして少なくとも総理府については、沖繩に関する限りは一つ万全を期して、さらに努力を続けていただきたいということを要望いたしておきます。  それからまたもとに戻りまして一、二お尋ね申し上げたいと思いますが、大臣も中国に対しまする遺骨の送還については、今後あらためて努力を具体的に行ないたいというような御説明がございました。この中国人の日本におきまする死没者の名簿の伝達が、今度の秋には民間の手によって行なわれるというふうに報道されておるわけでございます。この点に対しましては中国の紅十字会からも、この民間十七団体に対しまして感謝の意というものを現わしておるようでございます。このように民間の手によって中国人の死没者の名簿ないし調査報告というものが中国側に伝達される。これなども日中友好関係の上におきまして、私はきわめて大きな成果を上げるものと確信をいたしております。しかし、今度は中国の国内にありまする受刑者を中心といたしましたところの遺骨については、さっき申しまするように何ら具体的な進展を示されておらぬ。この点については、先ほど大臣からもいろいろ努力するということでございまするから、私どももその努力に期待をいたしたいと思いまするが、御承知のように中国の場合は、治安の問題は大して問題はないと思いまするが、問題は私、先ほど御指摘を申し上げました国と国との間の遺骨収集に対しまする取りきめということが大前提になってくると思いますが、これについては大臣からも人道の立場からいろいろと努力するということでございまするから、その努力に期待をいたしたいと思いまするが、一方、こういう問題について国と国との問で解決されるべきことでございまするけれども、現実の問題として日中国交の回復されておらないというふうな理由で、政府の交渉においては多少現段階においては問題があるのじゃなかろうかというふうな予測もするわけです。そこでそういう点については、中国の場合は、民間十七団体がその殉難者名簿あるいは調査報告を伝達するというような形をとっておりますので、民間の手を通じてこの問題の促進をはかっていく。そういうお考えがあるかないか、それに対しましては、大臣から率直に一つお答えを願っておきたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 遺骨収集の問題は、私たち、先ほど申し上げたように、講和発効後十年にもなるのでありますから、大いに熱意を傾けてやりたいと思いますが、ただいままで収集が完了した国は、ビルマ、マラヤ、フィリピン、中部太平洋諸局、ニューギニア、これだけ完了しております。それから旧インドシナ三国の場合、戦闘による死体で遺棄されているものはほとんどございません。爆撃によるもの等でも大体収集されておるという状況でございます。懸案中のものは、インドネシア、これはジャカルタ地区は済んでおるわけでございますが、他の地区が済んでいない。それから旧満州地区、それから千島、樺太地区、これがまだ懸案中になっておるわけであります。  そこでただいまの中国大陸との関係でございますが、これはどうも国と国との関係が御承知のようなことになっておりまするし、また戦争時代は国民政府が相手であったわけでもあるというようなことで、遺骨の送還を政府対政府でというのはなかなかむずかしい問題があるわけであります。そこでただいまも御指摘のような紅十字会、赤十字を通じて話をするという問題もありまするし、また民間団体が自主的にその遺骨の送還方を交渉するということもございますが、そうした問題についても、われわれとしてはできるだけ協力をしていきたいというふうに考えております。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 大臣からけっこうな御答弁もございましたので、あらためて申し上げるまでもないと思うのでありまするけれども、ただそういう今後の運動を積極的に促進をしていただく意味から重ねて申し上げておきたいと思いまするが、今日までの経緯をずっと見ておりますと、この遺骨の問題については、国民の立場から、終戦処理あるいはまた人道的な立場、あるいはまた遺家族は遺家族としての一つの立場から、いろいろ強い関心を持っておられるものと確信しおりますが、しかし、そういう国民的な運動あるいは遺家族の方々の切なる願い、そういう点に対しまする一つの運動に対しましては、経済的にもあるいは精神的にも、今日まで国としてほとんどめんどう見た経緯がないわけですね、実績がないわけですね。ほとんどが民間人の篤志家まかせといいますか、特殊な方々におまかせして、そういう人々の手を通じてこういう問題の推進をはかってきたという比重が一番大きいわけです。そういう点から見ても、私は、この際一つ政府が熱意と申しますか、積極的にこの問題の解決のために努力をされることを切に希望をするわけです。特に私は、さっきもちょっと申し上げましたように、戦犯と申しますか、受刑者と申しますか、こういう方々の遺家族については、世間で、今日ではだいぶ変わって参りましたけれども、ややもすると周囲が白眼視をする、しかも国がそういう遺骨の収拾に対して熱意を示さぬ、なおさら世間が、あれは外地で悪いことをやったんだということで、ますます白眼視をするという傾向も、最近は終戦当時のようにはひどくなくなったと思いますけれども、ややもいたしますると、いなかの方に参りますとそういう傾向が非常に強い。これは遺家族の方々にとりましてはまことに残念なことだろうと考えます。特にこの戦犯というものは、日本の法律上の通念からいきますと大して問題ならない。あるいはまた戦争犠牲者として刑を受けたというようないきさつ等もございますし、そういう点は別といたしましても、私どもは人道的な立場からこの問題を解決しないと、今申し上げますように、残された家族はそれだけでも経済的にも精神的にも大きな痛手でございますけれども、それにかてて加えて世間から白眼視されるということは、まことに遺家族にとっては筆舌に尽くしがたい心境に置かれておるだろうというふうに、私どもは拝察をいたすわけです。そういう建前から、やはり国が責任を持ってこの問題を解決して、終戦処理に対します最後のけじめをつけていく、さらには遺家族に対しますいろいろな立場というものを解決していくという方針がきわめて望ましいというふうに考えるわけでございますが、そういう私どもの考え方に対しまする大臣の御所見を一つ承っておきたいと考えます。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 同胞として国のために非常に奮闘された方々の遺骨が、できるだけあたたかく国民に迎えられることは当然であろうと思います。諸種の事情がこれがおくれておりますことは非常に残念なことでありますから、河野さんのおっしゃる通り私も同感でございまして、できるだけその線で努力いたしたいと思います。

河野正日本社会党

○河野(正)分科員 割り当てられた時間がきておりますので最後に一点だけ申し上げて、さらに一そう格段の御努力をお願い申し上げたいと考えております。と申しますのは、これは特に私は日本人の特質だというふうに考えるわけでございますが、日本人の習慣といたしましては、遺骨を手にして、それをねんごろに葬ってやる、そして法要を営んで、初めてそれぞれなき死者に対します一切の処理が終わったという観念を持っておるわけです。同時に、この問題を解決いたしました暁において、政府からも遺骨引き取りのための経費、あるいはまた埋葬料、そういうものも解決するわけです。経済的な面も解決する。こういう段取りになるわけでございますから、これは小さい点だったかと思いますけれども、そういう点も十分含んで今後大臣がさらに格段の努力を尽くしていただきますことを最後に希望を申し上げまして、私の質疑を終わることにいたします。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 関連して。今の遺骨の収集の問題でございますが、先ごろ私のところに、満州におられました開拓団の中の方でありますが、手紙をよこしまして、切々たるものを訴えて参ったのであります。それは御承知のように敗戦直後関東軍は全部先に逃げてしまった。そのあとに残されました開拓団、何々村と当時言いました開拓団、満州開拓少年義勇軍の諸君が、御承知のように奮戦をしながら引き揚げてくる途中で遂に全く進むも退くもできなくなって、ソ連軍の重囲下に落ちて自決をしたという人々がたくさんございます。ことに婦人と子供たちがまず自決をした。当時の実情というものは惨たん目をおおうような次第であったわけであります。そのときに生き残りました人から、自分は第何大隊といわれておった開拓団の引揚者がどこで自決したかを知っている。よく地理を知っておって、あそこでたくさんの人が自決をしたから今のうちに何とかそれを収集に行かしてもらえないだろうか、そういうことがもし許されるならば、自分は進んでそれに行きたいと、地図を書いてよこしまして、どことどこでこの通りこれこれの人が自決をしているからという手紙をいただきました。手紙を読みまして、まことに胸の熱くなるものを覚えたのでありますけれども、何とかこういう人たちがいるうちに、つまりどこでだれがどれくらい、何百の人が自決をしたということがわかっている。そういう人がいるうちにこういう問題に手をつけて、そういう人が先に立って行っていただくようにして、この遺骨を収集すべきだと思うのであります。日中関係が今日の事情で政府の当局としてもなかなかやりにくいこととは思いますけれども、中国俘虜の殉難者の遺骨を先ほど河野議員から言われましたように相当数向こうに送ったということもあるのでありまして、話のしようによってはこれができないはずはないと思うのであります。でありますから、政府がこれらに対する予算を組んで、また先方に対しましても、こういう人道上の問題でございますから、適当な方策で中国人民共和国の政府と、ことに赤十字等を通しまして御交渉をいただく。そうしてこういうような人を全国的に調べまして、そういう人たちの御案内で収集に出かけるということをすべきだと思うのでありますが、こういうような方策に対して、政府としての御所見を承りたいのであります。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 まことに私もお話を承ってその必要を痛感いたします。もとより一番必要なことだと思うわけでありますが、国内的には厚生省の引揚援護局がございますから、そちらの方でそういう方々のお話をまとめて下さって、そうして赤十字等の機関を通して先方に交渉いたしまして、宗教団体などもそこに加わりまして調査に行く、遺骨引き取りに行くことができれば非常にけっこうだと思います。大いに政府の方でも参考として御趣旨に沿いたいと思います。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 いずれ厚生省の質問のときが三日のうちにありますから、合わせて厚生省の方にもその点お願いをいたしますけれども、どうか政府当局におかれまして、こういう点を十分進められるように希望いたす次第であります。

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 井手以誠君。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 賠償関係について若干お伺いをいたしたいと思います。主として大臣にお尋ねをいたします。  ビルマの賠償について再検討の要求があっておりますことに対して、新聞でいろいろと報道されておりますが、今どういう段階であるか、大臣からお答えをいただきたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 ビルマの賠償の問題は、御承知のように再検討条項がございまするので、ビルマ側としてはそれにのっとりまして、ぜひ増額してもらいたいという要求がございました。われわれれの方としては、ビルマに対する賠償額は他の求償国に対する賠償額と必ずしも均衡を失していないという立場をとりまして、両者の間の主張が平行線をたどってきたのであります。しかしながら、私どもといたしましては、このことが長い間にわたって平行線をたどっておるというようなことは、身近なアジアの友邦でありまするビルマとの間に、必ずしもわが国のアジアにおける信望を高からしむるゆえんでないと考え、またわが国に対する国際社会における地歩を築くためによい友邦であるビルマの国連その他における協力、あるいは先んじて賠償の締結に応じてくれたというような気持にこたえるために、このままにしておいてはいけないというので、いろいろ考えまして、結局今後ビルマの経済並びに福祉に対する有効な協力をしよう、しかもその協力は無償でしましようという方針をかためまして、先方にことしの一月になってからその話をいたしました。先方もそれではこれについていずれ本国に訓令を仰いで交渉に応ずることになりましょうからという話でございました。ビルマの大使に対しては、私はそのことを言うたわけでございます。これに基づいて、ビルマ側は、こういうことが解決すれば再検討条項に基づく要求は今後出さない、そういうことを約しておるわけでございます。その返事はまだございません。そういう段階でございます。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 外務省は純賠償の意向のようでしたけれども、無償供与に変わったようでありまするが、幾らならば出せるという通告をなさったのですか、また先方はどのくらいを申し出る見込みでありますか。きのうの新聞では、一億ドルの要求説が報道されておりましたが、その辺についても大臣からお答えを願います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 これは交渉の内容をなすものでございますから、私からはこの席で言明することを差し控えたいと思います。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 こちらから向うに意向を伝えられた金額は幾らですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 その点について私申し上げているわけでございます。これは話がつきますまで御容赦を願いたいと思います。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 四千万ドルということが報道されております。それではあなたの方の外務省としては、できるだけ早い機会にこちらの考えと向こうの希望を折衝して、なるべく早い機会に妥結したい、無償供与で妥結したいというお考えですか。それは年度内にも妥結したいというお考えですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 今、御承知のようにビルマ賠償は実行第六年度に入っておるわけでございます。期間は十年でございます。従いまして、これもまた交渉の内容に入るものでございまするが、二つの考えがあるわけで、この賠償が終わったあとでその無償の経済協力実践の段階に入るか、あるいはこの際に入っていくか、これも交渉してみないと何とも言えないことでございます。われわれとしましては、先ほど申し上げたように、長きにわたって先方から再検討の要求が来ておるわけで、一昨年の四月だったと思いますが、その要求が来ておるわけでございます。あまりこうした問題を二年以上にわたってほうっておくということは、両国の将来の長い友好関係から見て適当でない。こう考えまして、ある内容のオファーをしたわけでございます。しかしその内容は今申し上げたように、経済及び福祉に対する協力をする。ただこれは無償ということでございますから、この対象となるものは、私どもとしてはできるだけ形に残るもので協力したい。たとえばスタジアムを作るとか、あるいは病院を作るとか、あるいは大きなりっぱな道路を作るとか、また場合によっては、先方の要求でいろいろ考えてもよろしいと思いますが、そうした日本とビルマとの友好の一つの形が現われるようなものを作ることによって協力したいこういう気持でおるわけでございます。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 今お話しになりました経済や福祉関係の無償供与、その経済福祉協力についての無償供与ということについては、先方との同意があっておるわけですか。問題は金額だけのことで、その無償供与ということは、大体において同意があっておるわけですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 これも交渉中でございますので、はっきりしたことは私から申し上げにくいのでありまするが、私の受ける印象は、そういうことではないかという、私がオファーしたときの印象はそういうふうに受け取りました。先方のそれに対する返事も、まだそのときは受けておりませんけれども、そういうことではないかというふうな気持は感じておるわけであります。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 経済協力、無償供与ということで話が進むと考えておりますが、大蔵省はどなたかお見えになっておりますか——賠償関係の予算にはどういうふうになっておりますか。三十六年度の賠償物件等の特別会計においては、相当の予備費を計上されておりますか。

田代一正大蔵事務官(主計官)

○田代説明員 三十六年度の一般会計並びに賠償特別会計の予算におきましては、今お話しになりましたように、ビルマ、フィリピン、ベトナムその他関係各国に対する賠償関係の既定の約定によりまする年割額という金額が出ておるだけでございます。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 予算については、あとでまとめてお伺いをいたします。  次いでお伺いをいたしますが、タイの特別円の問題、もうずいぶん長い間たなざらしになっておるようでありますが、この点について大臣から、最近の交渉があっておればそのいきさつ、経過を、概略でけっこうでございますからお答えいただきます。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 これは最近まだ動いておらないので、ございますが、まあ井出さんすでに御承知と思いますけれども、今までの経過を簡単に御説明いたします。  この問題にりきましては、昭和二十七年日タイ間の国交が再開した後、両国政府間におきまして、特別円勘定のための交渉が行なわれました結果、五十四億円をスターリング・ポンドで五年間に分割して支払うということと、経済協力のための措置として、九十六億円を限度額とする投資及びクレジットの形式で日本の資本財及び役務をタイに供与する。こういう二点の内容を持ちまする協定が昭和三十年七月に締結せられたわけでございます。そこで、この協定に基づきまして、五十四億円の現金支払いを始めまして、昭和三十年度から支払いを開始して、昭和三十四年五月をもって全額支払いを終わっております。しかし、もう一つの方の九十六億円の経済協力の実施につきましては、日タイ双方の間に協定文の解釈について意見の相違がございまして、これは今日まで実施に至っておりません。すなわちタイ側は、九十六億円の資本財及び役務の無償供与である。こういう主張をいたしておりましたが、わが方は、本件経済協力は投資及びクレジットの形式で行なわれるべきものであって、無償を前提とするものではない、償還を前提とするものであるという立場をとっておるのであります。わが方としましては、この協定の文言の解釈に関する立場をこういうふうにとっておりまするが、タイ側の立場も考慮して、本件経済協力実施を通じて、何らかの形で実質的にタイ側が九十六億円に相当するものを取得できるようなプロジェクトを前提とする解決案を数次にわたって作成いたしまして、これをタイ側に提示したのでありますが、タイ側の方ではこれに対する同意を得られないのであります。さような状況でありまして、昨年十一月、タイ側からまた本件解決についての提案がございまして、わが方もこれに対して検討して、対策をタイ側に提出をしておるのでありますが、タイ側の方からこれに対する返事がない、かような段階になっておるのであります。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 昨年の十一月に申し出があったその内容は、詳しくは要りませんが、中心は何でございますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 先ほど申し上げたような文言の解釈に対する食い違い、またその結果的にはいかなるものをタイ側が取得するかということにも関連するわけでございますが、そうしたことについての内容を持ったものでございます。しかし、これはちょっと今発表することは差し控えさせてもらいたいと思います。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 報道によりますと、九十六億円を供与する、クレジットを供与する。そういったものの金利にあるというふうにも承っておるのでありますが、その点ではないのですか、金利を六分であるとか、こちらは二分であるとか三分であるとかという金利の点まで煮詰められておるように承っておりますが、そうではございませんか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 この辺、ちょっと微妙でございまして、今は差し控えさせていただきたいと思います。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 微妙である、外交交渉についてあまり突き詰めてしてはならぬことは私も心得ておるのであります。このタイの特別円の問題、お互いの主張はこれはもうはっきりいたしておりますが、ここに至ったということは、フィリピンの賠償、インドネシアの賠償が相当多額に上ったという連鎖反応であることは、これは間違いないのであります。私、あえてここでその問題を蒸し返そうとは考えておりませんが、先刻大臣は、東南アジア諸国との友好関係から見ても、すみやかに妥結しなければならぬ、そういうことをビルマの再検討要求の際にもお話しになりましたがすでに六カ年間にわたって宙に浮いておるような九十六億円の問題、そのために通商航海条約あるいは租税の問題等々、非常にそういうものも難関にぶち当たっておるように私は承っておるのであります。外交交渉が微妙であるからということだけで済ますわけには参らないと思っております。ただ平行線であるということだけでずっとこのままお済ましになるおつもりですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 日本とタイとの関係は、御承知のように非常に戦前から友好関係を持っておりまして、通商航海条約もタイとの間には別に支障なくあるわけでございます。しかし、タイとの関係をさらに友好的にするということはこれは、もとより必要でございます。産品の買付の問題等も、できるだけこちらも考えていかなければなりません。たとえば外米を毎年買っておるわけであります。本年度も相当額の要求がございます。そういういろいろなむずかしい問題もあるわけでございますが、できるだけ私は友好関係を持つ国との問の懸案の問題は解決をしていきたい、それもできる限り無理のない期間ですみやかに解決したいというふうに考えておる次第でございます。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 すみやかに解決したいという気持はわかりますけれども、あまりにも長引いておるということ、タイ米の輸入の問題等も、これはいろいろ関連があるかもしれませんけれどもやはり日本とタイとの真の友好関係ということに立ちますならば、必ずしも余った米をわざわざ入れなくちゃならぬ、そのために賠償にひっかかるというものではないと思うのです。こういうタイの九十六億円の特別円の処理が未解決であるというそのことのために、私は通商関係において相当の損害があることも考慮に入れなくてはならぬと考えておりますが、金利の点ぐらいだけでそう簡単に解決できないのですか、私は金利の点ぐらいは、そういう友好関係であれば、そうむずかしい外交交渉ではないと思うのですが、いかがですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 私どもとしましては、大局論にも立たなければなりませんし、一方からすると、これは国民の税金をお預かりしておる立場から、できるだけその面での考慮もしなければならぬと考えておりますが、井出さんから非常に有効な御示唆をいただきましたことを感謝いたします。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 特別円の処理については、これもやはり賠償等の特殊物件の特別会計に属すると考えておりますが、いかがですか。

田代一正大蔵事務官(主計官)

○田代説明員 タイの特別円につきましては、たしか先ほどもお話があったと思いますが、一九五五年におきまして、五十四億円につきまして一種の贈与で国がタイ国に渡し、それから九十六億円につきましては、クレジット、そういった形式でタイに供与するということになったわけでございます。そこで五十四億円につきましては、すでに昭和三十年、三十一年、三十二年、三十四年という年限におきまして現に履行済みでございます。残る九十六億円の問題でございますが、これは先ほどもお話があったと思いますが、一応協定上はクレジットという形式でございますので、とりあえずは賠償特別会計という問題に入ってこない要素ではないか、かように考えております。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 それではどういうふうになりますか。

田代一正大蔵事務官(主計官)

○田代説明員 従いまして、クレジットで与えるということになりますと、国民の税金でもって支弁するという性格ではなくて、たとえば一種の特別の金融機関というものを通じましてクレジットを与えるということになるのじゃなかろうかと思っております。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 タイの特別円については、その内容によって経理の方も異なってくると思いますが、いずれにいたしましても先刻のビルマの問題もございます。金額が幾らにきまるかは、これは交渉の結果に待たねばならぬと思いますが、日本がすみやかに交渉を妥結したいという誠意があるならば、やはりその用意のあるところを予算においても示すべきではないか。ぎりぎりに組んだ予算で、すみやかに妥結したいということで、はたしてこちらの意思が向こうに伝わるかどうか。来年は二百七十六億円の賠償等特別物件の予算が組んでありますが、一ぱい一ぱいに組んである。昨年もアメリカの戦争損害に対する賠償のことがございましたが、あれは追加予算でありましたか、こういう賠償に関するものは、金額はともかくとしても、いつでも妥結に応ずる予算的の用意をしておくことは、先刻来外務大臣がおっしゃる誠意の証拠ではないかと私は思うのですが、どうですか、外務大臣。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 ビルマとの賠償の問題は、御承知のように三十五年十月から第六年度に入ったわけでありますが、従来まで一億一千二百万ドル払っております。おもな賠償品目としてはバルウチャンの発電所でございまして、これは三十五年三月に完成して発電を始めたのであります。この計画に従った賠償は九十二億円でございますが、そうほか機械、車両類あるいは鋼材、プラント類等でございます。ビルマ賠償の特徴は雑多な消費財が多い点が特徴でございますが、大体こうしたバルウチャンの発電所というような目ぼしいプロジェクトは今後あまりございませんので、消費財の割合はさらに多くなるというふうに思われるのであります。そういうふうに年度割でやっておりますので、今後の消費財の割合の多い賠償を十年間に二億ドル、年二千万ドルというふうに組んでおるわけでございますが、先ほどもお答えいたしましたように、経済協力をこの賠償実施の年度間にやるか、あるいは賠償が終わったあとに経済協力として一ぺんにやっていくか、非常に短期間にやっていくかという点については、今後の交渉に待たなければなりませんので、従ってこの予算には組んでおらないということになっておるわけでございます。これは交渉がまとまりますれば、国と国との約束で、いずれにいたしましてもその約束に従って誠意を示さなければならぬ問題でございますから、誠意を示す。予算額に必ず交渉がまとまったものは組み込むということは、私は責任を持っていたしたいと思いますが、御指摘のようにこの年度の予算にはないわけでございます。ということは、今申し上げたような事情によっているということを御了解願いたいと思います。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 それは純賠償でいくか経済協力でいくかで私はだいぶ違ってくると思いますが、純賠償であればお話の点はわかる。それと、もう一つここで指摘したいのは、払うものをそう、さあ払いましょうと向こうにおっかぶせて払う必要もございません。けれども、どうも履行状況を見ておりますと、なかなか予定通りにはいっていないようです。いっていないということが、やはり日本の外交に不信を買うもとになるのではないかということを私は心配しておるのであります。純賠償についてはかなり順調に参っておりますが、経済協力においては必ずしもそうではないのであります。そこで、私はいろいろなことを、議論めいたことは申し上げませんが、外国の新聞を見ておりますと、どうも現在の直接方式ですか、ビルマ・ミッションとかあるいはフィリピンのミッションであるとか、その交渉にいろいろ汚職めいたことが取りざたされておるのであります。それを間接方式に変えるというお考えはないのですか。あるいは商社が金額をきめたものを外務省に持ってきて、外務省では一々わかりませんから、これは結局めくら判になるでしょう。そうすると、その価格が適正であるかどうか。高い場合、安い場合の利害得失はまた出てくるでありましょうけれども、これはやはりあくまでも適正でなくてはならぬのであります。どうもこの賠償をめぐってリベートのうわさが絶えないのであります。値段を高く見積って、その一割を関係者がもらったとかもらわぬとかいう、想像することのできないことが流布されておるということ、そういうことを防ぐためにも従来の直接方式を間接方式に、政府自身が責任を持つ。そういう賠償の方式には改められないのか、その点を外務大臣にお伺いしたいのであります。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 賠償物資の調達は、協定によりまして、今お話しのように日本政府が直接調達して求償国に引き渡すいわゆる間接方式をとっておりませんで、日本の業者と求償国の諸官庁との間で交渉の上、賠償契約を締結し、日本政府はこの契約を認証するという、いわゆる直接方式をとっておるのであります。この場合、日本政府は協定に基づいて、ただ賠償契約が通常の商業契約に適合したものであるかいなかを認証するにとどまりまして、価格が高いか安いかということは、よほど顕著な場合を除きまして認証の際の基準以外に置いておるわけであります。そこで今お話しのように、政府が直接そこへ入った方がいいかどうかという問題でございますが、いろいろその賠償の対象となるものの種類がございます。ことにそれが非常に判定がむずかしい場合が多うございまして、たとえばミシンのような規格品である場合には、高いか安いかということは簡単にわかるわけですが、船舶とか大きなプロジェクトというふうに一々スペシフィケーションが異なる場合には、これが高いか安いかということはなかなか簡単にわからない場合があるのでございます。私どもの感覚からしますと、政府がそこまで入っていかない方がかえっていいのではないか。いろいろなことが問題になりまして、かえって賠償が円滑にいくことを阻害することになるのではないかというふうな感じを持っておるのであります。経済協力の方は、ただいま御指摘のようになかなかうまくいっていないところが多いのですが、賠償の方は比較的順調にいっております。経済協力がうまくいかないのは主として国力全体の問題といいますか、どうも頭金の打ち方が少ないとか、利率が高いとか、償還期限が他に比べて短いとかいうような問題で、主として経済的に日本の国力全体の乏しさからくる問題点が多いように思っておる次第でございます。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 せっかく国民の税金で戦争の償いをしようというその賠償が、とかくうわさを生んでおる。賠償はもうかるものだという言葉すらはやっておるようなこの賠償について、また求償国においても、フィリピンあるいはインドネシアの議会でいつも問題になるところの直接方式と申しますか、そういったことについてはここで結論を得ようとは思いませんけれども、やはりもっとお考えになった方がよくはないかと思うのです。先刻大臣自身がおっしゃったように、特別目に余るものでない限りは、そのまま判を押しますとおっしゃることは、これはめくら判です。一割高いとか二割高いということがそのまますっと通っておるのですから、せっかく金を払うならば、向こうもりっぱなものを送ってもらったという印象を受けるように、せっかくのものが向こうでいろいろな問題が起こるようなことのないように、私は特に御検討が願いたいのであります。どうしても今のままで協定通りにやりたいというならば、その直接方式についてもっと厳重な監査が必要であると私は考える。その具体的な構想を、私は外務大臣にまとめてもらいたいと思う。それを要望として申し上げておきます。  私は今まで二つ三つ申し上げましたが、さらに一、二点お伺いしたいのは、フィリピンと通商航海条約を結ぶときの約束か申し合わせか知りませんけれども、カガヤン鉄道に借款を与えるという問題があるようであります。これはどうなっておりますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 賠償の直接方式に対する御要望ですが、現在の方式は、先方の要望もあるのございまして、どう本こちらは賠償を出す方の側でございますので、賠償を受ける方の側がいわゆる直接方式が望ましい、こう言っている関係で今のようになっていることを、あわせて申し上げておきたいと思います。  それからフィリピンとの間の通商航海条約というものは、これはぜひ必要だと考えまして、われわれもあとう限りの努力をいたしまして、かなりフィリピン側に有利だと思われるような状況のもとにおいても、あえて今までの経緯にかんがみて通商航海条約の調印に踏み切ったような次第でございます。しかしながら、今お尋ねのカガヤン鉄道の借款の問題は、全然それと関係がない問題でございます。すなわち昭和三十四年九月に、当時の岸総理大臣がフィリピンのガルシア大統領との間に交換公文をかわされまして、そのときに賠償担保の形でマリキナ・ダムを作る、それから電気通信計画、テレコミュニケーションの設備を作るということに、合計いたしまして四千七百八十万ドルの借款を与えるということを合意されておるのであります。この場合マリキナ・ダムが三千五百五十万ドル、それからテレコミュニケーションの方が千二百三十万ドルであります。ところがこの一月早々に、フィリピンの外務大臣セラノ氏が、どうしても会いたいということでおいでになりまして、フィリピンの方としてはこのテレコミュニケーションの計画を変更して、カガヤン・バレーの鉄道計画に振りかえたいということを若い出しておるということでございます。いやしくも政府対政府の間で合意されて、交換公文がかわされておるものを急に変更されるというようなことは非常に困る。政府が約束したということは、日本の国内においては非常に権威のあることだ、日本の国内ではその前提でものを考えている人がたくさんある。そこであなたの方が急にそういうことを言われるのは、われわれの方としてはなはだ苦慮する事態であるということを申しましたら、先方もそれは非常によくわかる。そういうことを申し上げるのは、はなはだ残念なのだけれども、私も外務大臣としてこういうつらい交渉ははなはだ逃げたいのだけれどもと言って、とにかくこちらの強い要望だから、カガヤン・バレーと振りかえることを考えてみてくれないか、その場合どの程度振りかえるかということは、また御相談に乗らしてもらいたいということでございました。従ってそれについては、私どもとしてはせっかくのお話し合いであるから、一つこの問題について十分検討いたしましょうということを申し上げておる次第でございます。まだそれに対する最終的な考え方は出ておりません。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 検討を約されたのはいつごろですか。そうしていつごろまでにいずれかの結論をお出しになる見込みでございますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 外務大臣が見えましたのは、一月七日でございます。そのときにお話しました。期限はつけておりません。ただ検討しましょうということだけであります。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 日本側の結論は出ておりますか、なお検討中ですか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 まだ検討の最中であります。結論は出ておりません。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 検討中であればけっこうでありますが、私はただいままでビルマ、タイ、フィリピンなどについて最近の交渉のいきさつを承って参りました。政府は東南アジアに対する経済外交を積極的に進めたいという意思を何回も表明されておりますが、どうもこういった交渉をよく承っておりますと、日本が独自の立場で、日本が大国かどうかは別問題といたしまして、向こうの方を開発してあげよう、協力してあげようという日本が、逆にビルマからは押され、タイからは頑強に主張され、ビルマからはそういう交渉が行なわれるということを考えて参りますと、東南アジアに対する経済外交というものが逆に向こうから押されておるような印象を受けるのであります。大臣はそうではございませんといって弁解をなさるでしょう。なさるでしょうけれども、こういった賠償問題の交渉その他を考えてみますと、次々に向こうからいろんな問題が持ち出されてくる。それを検討しておる、考慮しておるということを考えると、どうも今の経済外交というものが政府のお話のようには進んでいないような気がしますが、それでも外務大臣は、いや、常々とやっておるというお感じでございますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 私、申し落としましたが、カガヤン・バレーの計画は二千四百五十万ドルで、テレコミの千二百三十万ドル倍かかるのであります。要するに私はこういうことだと思います。日本が経済的に非常に発展してきて、力もついてきた。そうして大いに自分の方にも協力してもらいたいという国があちこちによけいに出てきた。これはやはり日本に対する信頼がそれだけ上がってきたと言えば言えると思うのであります。問題はそれをどう受けるかということでありまして、言ってきたものを全部よし、よしとどんどん金が出せれば、私もそれは非常にありがたいので、何とか出してくれるように言っておるわけであります。どうも日本の国内でなかなか財布のひももかたい而もありまして、最も少ない金で最も有効にということが常道であると思いますけれども、私はある程度財政当局も踏み切るべきときには踏み切ってもらわないと工合が悪いというふうに思うのであります。  それからやはり東南アジアの外交をいたします場合に、やはり大きなものは米の問題が相当大きい問題であります。米などについても農林省は食管の関係もございますし、外米もたくさん手持ちがある。かてて加えて、日本は非常な豊作が続いておるということで、これを買いたくない事情はよくわかります。通常の考え方としては買えないこともわかりますが、そういう点もやはり東南アジア全体を考えて、将来を達観して、東南アジアにおけるわが国の地位を高めるということを考えてもらうことが必要でないかというふうに思っておるのであります。要するに、押されるとおっしゃいますが、いろいろな要求が日本に対してくるということは、これまた一方からすれば日本の地位がそれだけ上がった、また東南アジアの諸国においても、もっと民族の繁栄と福祉を求めたいという気持が高まってきておるのでございますから、その正当な声を強くわれわれは、取り上げ、国際社会に反映していくことが必要だと考えておる次第でございます。

井手以誠日本社会党

○井手分科員 日本が大きくなったから要求がどんどん出てくるんだということになればけっこうですけれども、大きくなった、要求はのんだ、その割に向こうに対する日本の立場というものは理解されていない。私はもうこれで終わりますけれども、一つ大国なら大国らしく、少々のことは、利子の一%、二%の問題は、あなたの政治力で踏み切って解決するものはすみやかに解決して、東南アジアに対する経済外交を進めてもらいたい、それを強く要望いたしまして質問を終わります。

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 西村関一君。

西村関一日本社会党

○西村(関)分科員 本日この機会を通じまして、総理がおいでになりますならば総理にお尋ねをし、お願いをいたしたいと思っておったのでありますが、おいでになりませんから、外務大臣にお尋ねをし、お願いをいたしたいと存じます。  そのケースは、川北友弥と申します日本人が、今なおサンフランシスコ湾頭のアルカツラ島の国立刑務所に終身刑として収容されておる問題でございます。このことは大臣も御存じだと思いますが、一通りこの事件の内容を申し上げて大臣のお考えを承り、またお願いを申し上げたいと思うのであります。  私は一昨年の夏、北米合衆国のキリスト教会から招かれまして、約二カ月アメリカの各地を旅行いたしましたみぎりに、はからずも川北君のことを聞いて、何とか彼に会って問安をいたしたいと存じまして、旅程の一部をさいてこの島に渡って彼に面会をしたのでございます。そのとき私は直接彼から事情を聞きまして、何とか彼を助け出す方法はないものだろうかと深く心に期するところがございまして、今日まで微力ではございますが、いろいろな手段を講じましてそのために努力をいたして参りました。  川北友弥君は、今から四十年前、一九二一年にアメリカに移住いたしました今はなき川北弥三郎、ともの長男として生まれたのであります。友弥は一九三九年ロスアンゼルスのハイスクールを終えまして、日本で大学教育を受けるためにその年に日本にやって参りまして、父の前からの知り合いであります三木武夫氏の宅に身を寄せまして、書生として働きながら日米学院において日本語を習い、翌一九四〇年に明治大学の専門部の経済学科に入学をいたしました。その翌年の一九四一年に太平洋戦争が勃発いたしまして、友弥は敵国外人として扱われ、非常な苦境に立たされましたが、この際日本人となるか米国人として過ごすか悩みましたあげく、明治大学卒業前の一九四三年に日本人となり切るということを決意いたしまして、同年の三月八日、父母の本籍地におります叔父の川北弥左衛門の四男として入籍をいたしまして、アメリカの国籍を放棄したのでございます。その春卒業と同時に、森暁氏が社長をいたしております日本冶金工業株式会社に入社いたしまして、京都大江山の同会社の工場に働いておりました米英両軍捕虜の通訳と相なったのでございます。  一九四五年に終戦になりまして、その翌年友弥は戦争のため七年も会わなかった父母や妹たちの待っておりますロスアンゼルスへと飛んで帰りました。このときの帰国の手続はすべて米国人としてなされたのであります。ここに彼の誤りの一つがありまして、このことが後に彼をとんでもない不幸に陥れるもとになろうとは、少しも考えなかったのであります。  彼は加州大学に入学も許可されまして、新しい生活に非常な希望を抱いて準備をいたしておりましたが、ある日ロスアンゼルスのあるデパートで買いものをいたしておりますときに、そこで偶然京都の捕虜収容所に収容されて労働をしておりました当時のGIたちとばったり出会ったのであります。たちまち彼はそこで彼らから罵倒せられ、なぐりつけられまして、官憲に突き出されてしまったのであります。友弥はロスアンゼルス市の連邦保安官に保護されましたが、そのとき、私はアメリカ人だと叫んだのであります。それが彼の第二の誤りでございました。  その場で反逆罪、捕虜虐待罪で告発され、ロスの加州刑務所に投獄せられました。裁判の結果、陪審員、全員有罪、絞首刑が宣告せられました。もちろん友弥の父弥三郎氏はほとんどその全財産をなげうってあらゆる努力を払いまして、いろいろな弁護士を頼みまして法廷で争ったのであります。この法廷の記録も私はここに持っておりますが、もと捕虜たちの法廷の証言は、バケツの水を片手で運搬したといってなぐった、たばこを盗んだ、カン詰めを盗んだといってなぐった、こういう申し立てをいたしておるのであります。たといそうようなことがあったといたしましても、当時の状況から上級将校の命令でやったとも思われる。いわば友弥は太平洋戦争の一人の犠牲者にすぎなかった、こういうことがいえると思うのであります。反逆罪審理のかぎとなりました国籍の認定におきましても、裁判官は二重国籍者といたしましたが、これに対して弁護団は、米国国籍法と日本国籍法の解釈から、当然日本人であると主張いたしました。ところがさきにも申し述べました友弥の不用意な入国手続と、とらまえられましたときに、私はアメリカ人だ、と言ったことが災いいたしまして、最後まで彼の日本人であるという主張は聞き入れられなかったのであります。この事件に関しまして、後に同じ二世であるマイク・マサオカ氏も新しく弁護をかって出まして、いろいろ努力をしてくれましたが、一九五二年の大審院の判決も第一審を支持するという結果に終わったのであります。父弥三郎氏は、この判決を聞きまして、力を落として病床に伏する身となって、ついにうわごとのように友弥のことを言いながら不帰の客となりました。せめてもの父弥三郎氏にとっての慰めば、このときの判決は有罪四、無罪三というふうに分かれたことでございました。  友弥は、アルカウラ島の国立刑務所に収容せられましてから、このような悲運の中にあってキリスト教の信仰に入りました。朝夕聖書を読み、祈りを常とする生活に導かれて参りました。このような状態に対しまして、アメリカ合衆国におきましても、減刑運動が起こりまして、特に宗教界から起こりまして、いろいろな形の署名が当局に届けられました。また当時日本国内におきましても、三木武夫氏が中心になられまして、衆参両院議長や明大の同窓会、その他の郷里の方々等が彼の助命嘆願をいたしまして、努力をせられました結果、アイゼンハワー大統領は、日本の対米感情を考慮いたしまして、助命を聞き入れて、その年の秋、一九五四年の秋に、終身刑とすることにサインをいたしました。  一九五五年の三月には、母のともさんが日本に参りまして、何とかむすこを釈放していただくようにお力添えを願いたいと、当時の岸総理、藤山外務大臣に減刑釈放の嘆願をいたしました。そのような東奔西走いたしておりまする間に、そのお母さんは過労のために倒れまして、四月七日に三重県の四日市で世を去りました。友弥のことを頼む頼むと言いながら、この世を去ってしまったのであります。それから三カ月後に妹の夏子さんも日本に参りまして、各方面に嘆願いたしまして、釈放運動をいたしましたが、目に見えるような効果がなかったようでございます。  私が一昨年の夏、このアルカウラ島の刑務所を訪れましたときに、友弥と約一時間半にわたって防弾ガラスを隔ててマイクロフォンを通じて話し合ったのでございますが、彼は目に涙を浮かべて喜び、もしも私が釈放されるならば、日本に帰り、日本人として働きたい、真の日米親善のために役立ちたいということを強く訴えておりました。このアルカウラ島刑務所の所長のワーレン・パウル・マリガン氏も、彼は模範囚で、所内の病人の世話係をやってもらっておる。また懲罰を受けた受刑者の世話もしてもらっている。非常にりっぱな模範囚であると申しておりました。また加州知事のブラウン氏に会いましたときにも、自分の所管事項ではないけれども、私信を大統領に送って、あらん限りの努力をいたしましょうと約束をしてくれました。私は何とか彼を救い出すことができないものであろうかと考えまして、在米の日系の人たちともいろいろ相談をいたしまして、帰国後国会議員の方々にお、願いいたしまして、釈放嘆願の署名を集めることに相なりました。皆様方の多大の御協力を受けまして、昨年の五月の初めごろからこの署名を集めることを起こしまして、ちょうど時あたかも新安保条約の批准をめぐって物情騒然たるただ中にぶつかりましたが、これを続けまして、衆議院におきましては、清瀬議長を初め自民党の方五十二名、社会党八十三名、民社党の方四名、無所属一名、計百四十名、参議院におきましては、自民党三十八、社会党三十五、民社党六、無所属四、緑風会二、計八十五名、合計二百二十五名の方々、並びに日本における諸教会の指導的な立場にある人約三百名の全く自主的な御署名をいただきまして、それを一括いたしまして、昨年の七月二十五日にこれを携えてアメリカ大使館に参りまして、キッド政治部長に手交いたしまして、大統領あて伝達を依頼したのであります。それらは民間情報局を通じて大統領の手元に届けられたのでございますが、その結果は、やはり大統領の任期期間中二度の減刑は例がないということで、いかんともしがたいという丁重な返書を寄せられたのであります。  私は池田総理並びに小坂外務大臣にお願いしたいのでございますが、承れば、大臣は総理とともに来たる六月にアメリカ合衆国においでになり、ケネディ新大統領に会見をなさって、重要な案件について協議せられる。何とかそういう機会に、このあわれむべき戦争の一犠牲者、われわれの同胞の一人であります川北友弥のために、ケネディ大統領に釈放嘆願の労をとっていただくことができないものでございましょうか。もちろん米国の国法によってさばかれたものでございますから、内政干渉にわたるような言動はわれわれとしても慎まなければならないことは申すまでもございませんが、以上のような事情にあるケースでございますから、新大統領におきましても何とか特別な計らいがなされるのではないか、かように考えまするので、大臣におかれましては総理と御相談いただきまして、彼が釈放されるような道が開かれるように、アメリカの最高首脳部、特にケネディ大統領とお話し合いをしていただく、そういう御努力を願えないものであろうか。このように存じまするので、こういう機会をはいただきまして大臣の御所見を承り、お願いを申し上げたいと思う次第でございます。このことは、ただに川北友弥君一個の、また彼の安否を気づかっておりまするところの三人の妹たちのためだけではなくて、日本国とアメリカ合衆国両国人民の真の友好のためにもこの際とらるべき処置ではないかと考えるからでございます。大臣の御所見を承りたいと存ずる次第でございます。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 西村さんの非常に人道的な見地に立った、深い愛情のこもった御態度、また従来行動してこられた川北君に対する思いやりの態度というものに対しては、私もこの席から深く敬意を表したいと思います。  そこで、本人にはまことにお気の毒でございますけれども、理屈から申しますと、現在米国籍にある者は米国の国法に従って服従していくべきものという理屈になりまするので、私どもがまつ正面からこれに当たるということは、開き直られれば内政干渉ということもいわれるわけでございまして、この問題の扱い方は相当慎重かつ効果的に持っていかぬといかぬのじゃないかと思います。ことに総理大臣が初めて先方の大統領に会われる際に、そのハイ・レベルでいきなりこの問題を出すという点はよく考えてみなければならぬものだと思います。いずれにいたしましても、今のお話の点は、私どもとしても、本人の心情並びに家族の心情に対しても十分同情の念を持っておるのでございますから、よく考えてみたいと思います。

西村関一日本社会党

○西村(関)分科員 重ねてまことに申しわけございませんが、小坂外務大臣におかれましては、きょう私がお尋ねをし、お願いをいたしました本件につきまして、総理と御相談いただくことができるでございましょうか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 西村さんからこうしたお話があったことについてはよく申し伝えます。

西村関一日本社会党

○西村(関)分科員 いろいろ総理並びに外務大臣としての公けのお立場からアメリカの大統領とお話し合いをしていただくことにつきましては、私も御配慮のある点はよくわかりますが、しかしまたプライベートにいろいろお話し合いをなさる機会もあるのじゃないかと思いますので、そういう機会をとらえて——ただ御配慮をせられますことは、もちろんよくわからしでいただくつもりでございますが、私のお願いを申し上げておりまする微意のあるところ、これは私一個の問題ではなくておそらく日本国民の多数がそのことを願っていると思います。その点をおくみ取りいただきまして、大臣並びに総理の賢明な御処置を仰ぎたい、私はかように存ずる次第でございますので、重ねて、まことに恐縮でございますが、そういう御努力を払っていただけるかどうか、こういうことを伺うのははなはだ失礼でございますが一つお伺いをさしていただきたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 公式な立場で、しかもこういうハイ・レベルな総理大臣に大統領というような場所での話としてこれを扱うことは、その効果から見ていかがかという気もいたします。しかしそれ以外の、今お話しのような非公式ないろいろな考え方というものにおいて、できるだけ好意的に配慮してみたいということを私個人としては思っているわけであります。

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 長谷川保君。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 外務大臣に伺いますが、在外公館の活動の状況というものは満足すべき状態にあるのかどうか、どうお思いになるか、この点伺います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 日本が長く占領下にありました関係もあって、国際舞台に出おくれているということは率直にいえると思うのであります。しかしその後いろいろ国際間における御理解も深まりまして、今度の予算では、百三館在外公館というものをお願いしているわけでございます。これらがもっと張り切って活動してくれるようにすることが私の一つの大きな職務ではないかと考えておりまして、さような点で、大いにみな一心不乱に外交活動をやってくれるような環境を作りたいということで努力したいと思っております。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 実は私は四回ほど海外を回ってみたのでありますが、痛感いたしますことは、どうも在外公館の活動というものがきわめて不十分ではないかということを思うのです。実は私は外務省関係は全くしろうとでありまして、今度初めてここで質問をするというようなことでございます。そこでしろうと議論になるかもしれませんけれども、今度外務省の予算を初めて拝見いたしまして少ないのにびっくりした。これで一体外務省は満足しているのかしらと思って実はびっくりしたのであります。どうもよくわれわれ議員は、むしろ国の予算はできるだけ少なくするように、国民の税負担を軽くするように努力すべきだという議論も聞くのでありますが、外務省の予算を見ますと、いかにも不十分ではないか、これでよくやっているな、なるほどこれだから在外公館を見てもきわめて不十分な活動と私どもが感ぜられることしかでないのではないかということを考えるのであります。ことに私は、海外に行ってみまして、貿易振興のための公館の活動というものが非常に不十分ではないかということを痛感をしたのであります。  時間もおそいのでございますから端的に一つお伺いをいたしますが、たとえばアメリカの東海岸にあるところの公館に参りました。そうしてみますと、その公館の出入口のところに陳列してあります洋食の器具、これは戦争直後に送られたものであります。こんなものを一体どうして新しいものを置かないのだと言ったところが、その後何もそういうことはないのです。戦争直後のものなんですね。私もいささか驚いたのであります。一体本気でもって貿易の振興ということを考えているのかどうか。なるほど、そのところにはほかの施設もありましたけれども、しかしその公館のそれを見てびっくりしました。  それからこれは一昨々年でございましたが、南部に参りました。多分ニューオルリーンズだったと思いますが、南部に参りましたときにも、そこの領事館でいろいろ事情を聞いてみますと、あの南部の広い地域に対して、その公館には多分四人くらいしか人がおらない。それで同じ町のドイツの領事館の方には、ドイツの商品の売り込み専門の公務員がその地区だけに七人も八人も来ておる。それがこちらでは自動車もろくにない、旅費がまるっきり足らないというようなことで、てんでどうにも太刀討ちも何もできたものじゃない、またそういう気慨も感じられない。こういうような事情でございました。なるほどその公館のありますところには、陳列してある日本の商品もありましたけれども、それもきわめて微々たるもので、私はこういうことで一体やれるのか。それでいただきました予算説明書を見ましても、どうもそういう面のものがきわめてわずかしか積もってないようであります。一体この予算はどことどこに幾らあるのでありましょうか。私も一応この予算書を調べてみましたけれども、そういう方面の貿易振興のための外務関係の予算というものは幾らあるのですか。

高野藤吉外務事務官(経済局次長)

○高野説明員 経済局関係の予算といたしましては、三十五年度約一億九千万円ございまして、本年度は二億四千万円、約五千万の増加になっておりまして、この増加の内訳は、おもに輸入制限対策と、それからPR関係が約千万ふえまして、それを含めまして約五千万円の増加になっております。それから先ほど御指摘の展示関係でございますが、これは外務省がと申しますか、通産関係のジェトロで主として展示をやっておりますので、御指摘の古いものもあったかもしれませんが、ジェトロとしては通産の予算で年々新しいものをつけ加えておる。それから人員におきましては、日本は、外務省といたしましては、できるだけ広範囲に人を配置いたしたいのでございますが、新しい独立国もございまして、しかもそれを全部まかないますと、なかなか思うようにいかぬという面もございます。しかし外務省といたしましては、経済外交推進のために逐次増員していかなければならぬと考えておる次第でございます。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 長谷川さんのおっしゃったことは非常に私にとってありがたいことでございまして、私微力のためかもしれませんが、まあ全般に少ないのでございます。戦前のことと比較をしても、これは比較の対象が妙でありますけれども、戦前は大体総予算の一%というのが普通の年であったわけでございます。多いときになりますと一・五%くらいまでいったことがございます。ですから一兆九千億円とすれば、百九十億は普通黙っていてもあるという感じがするのであります。かてて加えて当時は移住関係というものは、拓務省というものが別にありまして、それから各役所で人を出す場合にもまた別でございますが、現在すべて外務省の職員になって、そしてその定員の中から人を出しているというわけでございます。そんなことが一方にありますのと、一方においては国の数が非常にふえております。そういった関係で全体に薄くなっておるのでありますが、現在の予算の組み方の問題といたしまして、既定経費がありまして、それにどのくらいふやしていくというふうな積み上げ方式をとって参りますので、外務省の予算だけ一ぺんにふやすわけにはなかなかいかぬというのが大蔵省の立場だろうと思うのであります。これだけとるのにもずいぶん徹夜して幾らかふえたわけなんでありますけれども、その点ははなはだ遺憾に私も思って、今後できるだけこの既定の予算内で最大の努力をしたいと考えておるような次第であります。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 二億五千万円が貿易振興の関係の公館の予算だといたしましても、公館がちょうど百ございます。ことし代表部二つ入れまして百ございますようですが、百で割りますと二百五十万円という平均になります。そんなことで日本の貿易の振興をはかるというのはおおよそナンセンスであって、私が見て参りまして、どこへ行ってもこれは困ったことだ、北欧へ参りましても私はそう感じました。困ったことだなと事実思いました。こんなことではどうにもならないのであって、私はもう少し本気になってもらわぬと困るのじゃないか。  これも一昨々年でございましたが、アメリカへ行ったときに、私ちょうど大陸横断の汽車へ乗りました。飛行機で歩くのではわからぬと思って、飛行機とともに汽車と自動車に乗って方々を歩いてみましたが、汽車の中でニューヨークの在郷軍人病院の病院長の人と仲よくなりましていろいろ話をして参りました。持って参りましたお茶を差し上げて日本のお茶を知っているかと言ったら、全然知らぬと言う。日本のお茶はどうして飲むのだ……。私は静岡県の出身でありますけれども、県へ帰ってみますと、県知事に聞いてみても、日本のお茶はだめだ、アメリカでは絶望状態だ、こういうようなことを言っております。ところがそうではなくて、向こうの人は全然知らない。その後あちこち聞いてみましたけれども、日本のお茶のことなんか全く忘れてしまっている。知らないというような実情なんです。言いかえてみますと、貿易振興のための市場のリサーチということが非常に不十分になってしまっているのではないかということを痛切に感じる。こういう方面は今の予算を見ましてもきわめてわずかでありまして、こんなことではできるはずがないのでありまして、こういうことは今まであまり論ぜられたことを聞かないのでありますけれども、あるいは通産関係ではずいぶん論ぜられているかもしれませんけれども、この点まず端的に、今後十分御配慮を願いたいということをお願いいたしたいのであります。  同時に、ことにアメリカで聞くのでありますけれども、留学生やあるいはまた居留民に対しまする公館のサービスが非常に官僚的だということを、あちこちで聞いたのです。この点も十分お考えになっていただかなければならないと思いますが、こういうサービス精神の足らないというところ、いろいろな原因があるだろうと思うのでありますけれども、あちこち行って伺ってみますと、まあ子女の教育等の事情もありますけれども、単身で赴任している方々が領事その他の職務に多分にあるようです。一体どれくらい、本来妻子を持っておるという方々で単身で赴任している人がありますか。またそれが経済上の事情であるか、どういう事情でそうなっているか、正確なことでなくて大ざっぱなことでけっこうです。急な質問でありますから御用意がないかもしれませんが、そういう点、どんなふうになっていますか。

須之部量三外務事務官(大臣官房人事課長)

○須之部説明員 今資料を持っておりませんが、私どもの持っております印象では、非健康地等で子供、家族をつれて行きにくいという点は、多少比率が多いかと思いますが、むしろ米国等の場合には、ほとんど連れて行っているという印象を持っております。もし何名か連れて行ってない例がお目にとまったといたしますれば、おそらく大部分は教育関係、つまり子供の教育の関係で奥さんも残らざるを得ないという場合が大部分であると存じます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 どうも私があちこち歩いてみると、もう少しよけい経済上の事情でそういう人があるんじゃないかということも考えるのですが、そんなことはありませんか。もしそういうことがあると士気に関係してくるのではないか。従ってそういうような十分な活動というものが、領事交際費その他の問題もありますけれども、できないのじゃないかというように思うのであります。そういう点はありませんか。

須之部量三外務事務官(大臣官房人事課長)

○須之部説明員 御存じの通り、細君が参りますと、配偶者加俸と申しまして在勤俸が四割つきますし、経済的な面だけから申しますと、むしろ家族同伴の方が有利でございます。それでおそらく経済的な理由ではないと私は考えます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 そういうような経済的な理由でないとすればけっこうでありますが、同時に公館の活動を非常に阻害しているものに交際費の不足があるようです。この点は、この予算を見ますと、ある程度交際費が載っておるようではありますけれども、やはり現地へ行って領事その他領事館員の皆さんが十分働くには、いろいろな意味での交際費という形で使わるべきものが相当なければこれができなかろうと思う。これをちょっと調べてみましたが、百の公館全職員の方々が十分に活動するためには、こんなことではやはりだめじゃないかということを痛切に感ずるのでありますが、そういう点、大臣どうです、このくらいの交際費でやれると思いますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 本委員会におきまする私の答弁といたしましては、やるべく努力をしておりますという以外にないと思います。

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 西村君の関連質問を許します。

西村関一日本社会党

○西村(関)分科員 私も、ただいま長谷川委員の言われましたと同じように海外を旅行して感じた一人であります。特に、これは卑近なことでございますが、ヨーロッパの諸国を旅行いたしておりますときに、在外公館に翻っております日本国の国旗の色があせておる。これはまことにみっともないのでございまして、私はなぜもっと真新しい国旗に取りかえないかと聞きましたところが、予算がない、こういうことでございます。これはまことに私はどうかしていると思う。それからもう一カ所の在外公館に参りましたときには、これも予算がないためだろうと思いますが、ペンキで日本国旗が塗りつけてある。これならばかえる必要がない。こういうことでは日本国の権威にも関すると思うのであります。国旗の問題につきましては、むしろ政府与党の側の皆さん方がいろいろ気になさる向きが従来多いのでありますが、野党側の私からこういうことを申し上げるということは少し逆なように思いますけれども、このようなことにつきましても、大臣はもう少しくこまかい行き届いた配慮をなさるべきじゃないだろうか。予算がなければそのくらいの予算は何とか計上できるはずではないか。いかがでございますか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 国旗の点はまことに私も同感でございまして、実は最近新しいのを作りまして全館に配付いたしましたから、今度おいでのときは真新しいのがへんぽんと翻っておるだろうと思います。その他の点につきましは、極力こまかい神経を使って努力をしたいと思っております。

西村関一日本社会党

○西村(関)分科員 ペンキ塗りのはもうなくなりましたか。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 さようなものはございません。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 時間もおそうございますが、先ごろ来予算委員会におかれましても、同僚委員から沖繩の施政権の返還の問題等々がいろいろ質問をされて応答されたのでありますが、もちろん私は沖繩も北方の島々とともに返還をしてもらうべきだと思うのであります。あらゆる努力をしなければならぬと思いますが、どうも政府のやり方を見ておって、本気に沖繩の返還の交渉をしておるのかどうか、どうも見ておりますと、いまだに敗戦国といたしましての非常に卑屈な考え方がアメリカに対してあるのではないかということを感ずるのであります。本気に沖繩の返還あるいは千島の返還を要求していらっしゃるのであるかどうかということに疑念を持つのであります。一体外務大臣は、本気で沖繩の返還の努力をしていらっしゃるのかどうか、もししていらっしゃるというのであるとすれば、一体いつごろから何回くらいそういう交渉をしていらっしゃるか。外交交渉の問題でありますからこまかいことは伺いませんけれども、熱意のほどを伺いたいので、それを伺いたいと思います。

小坂善太郎自由民主党外務大臣

○小坂国務大臣 私がなりましてからは、これは最高のレベルでする方がいいと思いまして、ハーター前長官と会いましたときに、この話を強く要求いたしました。前任者の藤山さんも、またその前の岸さんも、それぞれ当時のダレス長官等とお話し合いになっているようであります。そこで私どもとしましては、それもさることながら、現在の状況ではなかなか急にもいかぬ話でございますので、この御審議をわずらわしております予算の中において、たとえばマイクロウエーブを設置するとか、あるいは西表の開発の費用を出すとか、われわれの国内にいろいろ予算上の措置をするようなつもりで、この三十六年度からは予算を計上いたしました。先方とも、そういう話なら非常にけっこうじゃないかということで、話をつけておるようなわけであります。それから大田琉球主席の見えられました際に、日琉米の懇話会というようなものの構想もございましたが、法律上の建前がございますから、あくまでも懇談をする建前でいくわけでございますが、話をできるだけ円滑にしまして、実際日本国民としては沖繩の住民諸君が考えられるようないろいろな施設をして参りたいというふうにやっておるわけでございます。歯舞、色丹、国後、択捉の方はどうもうまくいっておりませんで、この方は私交渉しておることは、先方のそれぞれのそうした最高権威者に会う機会がまだないものですから、これはしておりません。そんな事情でございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 私も先ごろ沖繩に寄りまして、ちょっと時間を盗んで沖繩のある団体に参りました。これは学校関係であります。参りまして、沖繩県民諸君は一体最大の願いは何かと端的に聞いてみると、日本に復帰せんことであるというのが彼らの率直なオウム返しの発言でありました。私は、先ごろの沖繩民議院の日本に復帰しようとする熱烈な決議というものを見まして、私が訪問して質問いたしましたときに、オウム返しに言われた言葉を思い出すのであります。このことにつきましては、やはり正々堂々と私はこの返還の要求を掲げるべきだと思うのです。また国内におきましても、その運動を展開すべきだと思うのでありますが、さしあたってすぐそれがアメリカの事情でできないといたしまして、沖繩県民に対しまする——私はあえて沖繩県民と申し上げるのでありますけれども、この人々の中でことに困っておる人々の救済、生活扶助の問題、さらにまた病人ことに結核患者及びらい患者、これの救済の手がきわめて不十分のようであります。結核患者の中には、何とかして医者にかかりたいけれどもかかれないという人もたくさんありますし、内地へ来て治療をしたいということを念願しておるにかかわらず、それも許されないという事態の人がたくさんにあるようであります。またらい患者も非常に多くて手が回っておらぬようであります。この事情がどういうようになっておりましょうか、あるいは厚生省に伺うべき筋かもしれませんけれども、外務省の方ではどういうふうにお考えになっておりますか。いずれ外務省に伺いましてから厚生省に伺いますけれどもどのような事情になっておりましょうか。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 御説明申し上げます。沖繩の民生並びに沖繩の人たちの福祉の向上につきましては、日本政府とアメリカ政府との間で相互に協力してこれを行なおうということが三年前くらいからやっと話が固まって参りまして、昨年小坂大臣がおいでになりましたときにも、この点がさらに確認されたわけでございます。従いまして、私ども事務をやっておりまするレベルにおきましては、あるいは本年度におきましては肺病の外科の専門医を二名派遣いたしますとか、らい病の権威者を二名派遣いたしますとか、また無医村地区へ長期に医師を十五名派遣いたしますとか、そういう具体的な措置をだんだんとってきておる次第でございます。ただいまお話にございました向こうの十分医療のできない人を内地に連れてくるということなどにつきましても、これに必要な経費等いろいろ考慮すべき点がございますので、先般は、これは私の方から申し上げるより、あるいは厚生省の方が御説明なさるのがいいかと思いますけれども、ただいまいらっしゃいませんのでかわって申し上げますが、医務局の黒木次長がわざわざ沖繩に行かれまして、詳しく現地の琉球政府側及びアメリカの民政府側の係官とも話し合ってきておられるのでございまして、どういうふうにしてこの民生安定、福祉向上のための協力を進めていくかということは、だんだん協議が進んできておる次第でございます。今後こういう面におきまする協力をさらに強化していきたいということにつきましては、日本側も非常に希望しておるのでございます。琉球政府側も希望していることもちろんでございますが、また同時に米民政府側も十分協力を頼みたいという希望を言っておりまして、三者の意見が一致してきておりますから、今後だんだんこの計画が実施にうまく進んでいくのじゃないか、こう思っております。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 こまかいことは厚生省の方で伺いますけれども、私が先般、つい最近であります。沖繩から来た人からいろいろ事情を伺ったところでは、向こうの結核患者等をこちらによこすことを、やはりアメリカの当局が好まないようであります。従って、私はきょう外務省の方に伺いたいのは、そういう問題が事実あるのかどうか。これは日本国民でありますから、そういう生命の非常な危機に立っている人を日本の、たとえば結核療養所ではベッドが非常にたくさん余っている。何万と余っている。そういうことでありますのに、向こうで適当な医療ができないとすれば、こちらに連れてきて医療すべきだ。この費用等も、鹿児島まで船で来て、鹿児島からあと汽車で運ぶというのは何でもないことです。大したことではございません。そこにアメリカ当局との間に障害があるように現地から来た人が言いますので、そこでそういう障害があるとすれば、外務省の方でこれは何とか解決してもらえぬかということを考えるわけであります。あるいは厚生省の方でこれを担当しておやりになっているならば、厚生省に伺いますけれども、その点そういう障害はないのでしょうか。それが今のお話では障害はないように伺いますけれども、現地から来た人に聞きますと、その障害があるというのでありますが、そういう障害はないのでありましょうか、またそれらの関係は全部厚生省でやっておりましょうか、伺いたい。

宇山厚外務事務官(アジア局外務参事官)

○宇山説明員 実は私も沖繩へ三日ほど出張いたしまして、ゆうべおそく帰ったばかりでございます。この二、三日も、そういうことにつきまして米民政府側、それから琉球政府側ともいろいろ話し合って参ったのでございますが、ただいまうわさにこういうことがあるとおっしゃいましたような点は、ないと了解いたしております。ただ先ほど申し上げましたように、こういうことについての協力という、いろいろ実はやりたいことがたくさんございます。それからまたいろいろ経費の点もございますので、できることならば、そういう方面のお医者の必要は非常に大きいわけなものでございますから、同じ経費で最も有効にやるには、できればこちらからまず専門的に全体的な計画をどうするかという人が行きまして、その計画を立てて現地の琉球政府側、米民政府側とも打ち合わせた上で、全般的な計画を立ててやるというのが一番有効じゃなかろうかということで、そういう協議が今進行中なのでございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)分科員 進行中であるということでありますから、さらにそれを進めていただきまして、日本国民でありまする諸君が、そういうような結核とか、らいとかいうような病気で苦しんでおって、治療が十分できないというようなことのないように、また生活に困っておりまする諸君がないように一つ特別な配慮をしていただきたい。現地へ行ってみますと、なかなかこれがきわめて不十分のように考えられる。そこに沖繩の方々が日本に復帰したいという一つの大きな願いが出て参りまする原因があろうと思います。そういう点について十分御尽力をいただくことを要望いたしまして、私の質問を終わります。

北澤直吉自由民主党

○北澤主査 他に御質疑はありませんか——なければ外務省所管についての質疑はこれにて終了いたします。  明二十八日は午前十時より開会し、文部省所管について質疑を行なうこととし、本日はこれにて散会いたします。    午後四時五十七分散会

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