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38回国会衆議院1961/05/18

内閣委員会 第36号

発言数
34
登壇者
6
会派数
2
開催日
1961/05/18

会議録

久野忠治自由民主党

○久野委員長 これより会議を開きます。  国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、提出者より提案理由の説明を求めます。田中角榮君。

田中角榮自由民主党

○田中(角)議員 ただいま提案されました国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案の趣旨説明をいたします。  現行の国民の祝日に関する法律は、去る昭和二十三年七月二十日法律第百七十八号として第二国会において可決決定を見たものであります。御承知の通りこの法律が制定されるにあたりましては、当時の衆参両院文化委員会の審議の経緯におきまして明らかのように、広く国民の世論に問うて案が作成されたものであります。しかし当時の世論調査において相当重要な祝日の候補日もありましたが、それが必ずしも全面的に受け入れなかったのであります。その理由は今ここで再び申し上げるまでもなく、当時は占領行政下であり、いろいろ事情もあって、祝日の項目や日付等について相当な異論もあったのでありましたが、結局委員会の審議を経て現行法のような決定を見たものであります。自来すでに十四年も経過し、その間わが国も平和条約の締結をし、国際社会に名実ともに独立国の一員として参加することになりました。従いましてその間の社会の進運とともに、この国民の祝日についても、当時の世論の求めたところに従って、適当な改正をすることは今日において最も至当と存ずる次第であります。  さて、本改正法案におきましては、新たに二月十一日を建国記念日に、七月十五日をお盆の日に、十月の第一土曜日を体育の日と定めることとして、以上年間を通じまして三日間の国民の祝日を加え、さらに日曜日が国民の祝日と重なる場合には、その翌日を休日とすることとしております。また国民の祝日には国旗を掲げることを明文化したのであります。  建国記念日を祝日として新たに定めようとしますことは、国の建設を祝うことはすなおな国民感情にも合致し、また多くの国民のひとしく抱いておるところであります。諸外国におきましてもナショナル・ホリディとして祝われておるものも、またこの建国を祝する意味を持っているものであります。この建国の記念日を二月十一日と定めましたのは、すでに紀元節として明治初年以来久しく国民の間になじまれ、親しまれていた日を引き継いだものであります。すなわち、「日本書紀」にある神武天皇の伝承をそのまま古い民族的な伝承として受け継ぐのが最も自然であり、すなおであると信じたからであります。二月十一日という日も、あえて科学的な事実によらずとも、古い伝承や説話のうちにも民族成長の歴史的な息吹があると認めたからであります。  また次に七月十五日をお盆の日と定めましたのも、古くからのわが国に伝わって国民生活に溶け込んでいる民俗的な伝承をそのまま祝日と定めたのであります。これら旧来の民俗的な伝承も、今日地方によりましてはいろいろの相違しているところもありますが、これを太陽暦に直し、この日を国民が互いに今日生存している意義を反省するとともに、われわれにこの生存の喜びを与えてくれた祖先や先人に対し感謝の意をささげたいと思うのであります。  最後の体育の日を十月第一土曜日と定めましたのは、民主的国家として新生したわが国の国民が、明るい生活を営み、その身心を健康にするために、健全な体育競技を楽しみ、スポーツの持つ精神を通して民族の明るい発展に資しようとするものであります。  また本改正法案におきましては、日曜日と国民の祝日とが重複した場合、その翌日を休日といたしましたのは、諸外国、たとえばフランスやアメリカにもそのような慣例がありますので、わが国の場合もこれにならって本法案において定めたのであります。  最後にこの国民の祝日には国旗を掲げることを特に定めました。戦前にありましては、祝祭日には官公署、学校等におきましては必ず国旗を掲揚し、また民間会社や個々の家庭におきましても、それが一般的な慣行となっていたものでありました。ところが戦後この長い慣行が非常に軽んぜられていることははなはだ遺憾と存ずるものでありまして、国旗を尊重する観念を国民の間に馴致するために特にこの法案のうちにうたい込んだのであります。  なお、この改正案においては昭和三十七年一月一日より施行することとし、また附則として改定に伴って関連する法律についても所要の一部改正を行なわんとするものであります。  以上をもちまして本法案提出の趣旨説明といたします。何とぞ本委員会におかれまして慎重御審議の上、御賛同あらんことを切望いたします。

久野忠治自由民主党

○久野委員長 本案についての質疑は後日に譲ることといたします。      ————◇—————

久野忠治自由民主党

○久野委員長 次に大蔵省設置法の一部を改正する法律案、特殊海事損害の賠償の請求に関する特別措置法案、内閣提出連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律案及び石橋政嗣君外十名提出連合国占領軍等の行為による被害者等に対する給付金の支給に関する法律案の各案を一括議題とし質疑を許します。  質疑の申し出がありますので、これを許します。石橋政嗣君。     —————————————  連合国占領軍等の行為による被害者等に対する給付金の支給に関する法律案(石橋政嗣君外十名提出、第三十七回国会衆法第五号)   〔本号末尾に掲載〕     —————————————

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 関係者が非常に長い間要望いたしておりました占領下における占領軍の行為によって被害を受けた人たちに対する給付金の支給法案が、今回やっと出てきたわけでございますが、この案を見ますと、さきに社会党が提案いたしました同様の法案とほとんど変わらないと判断いたしております。一番大切な支給金額のところが一番大きく違うわけでございますけれども、建前としては大体変わらないと思うのでございますが、その中で若干違いのある部分について、私は政府の見解をただしてみたいと思うわけです。  まず最初はいつからいつまで占領期間というかという点でちょっとわからないのでありますが、社会党案は申すまでもなく昭和二十年の九月二日から昭和二十七年の四月二十七日までの間、すなわち九月二日というのはミズリー号上で降伏文書が調印された日、二十七日までと押えたのは、二十八日に行政協定も発効いたしておりますので、それ以後は行政協定の十八条による補償があるという考え方の上に立って、二十七日までとしたわけでありますが、政府の方は二十八日までとしておるようでございます。これは大したことはないかもしれませんが、範囲が一日広くなっておるわけですから、その意味では大したことはありませんけれども、どういう意味か、ちょっとお尋ねをしておきたいと思います。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 占領期間を幾日から幾日という問題でございますが、政府案では九月の二日から二十八日となっておりますが、九月の二日は今お話がありましたように、日本国と連合国との間に降伏文書が正式に調印された日でございまして、このとき初めて国際法上日本が降伏し、事実において戦争が終結して占領が開始せられたものであるので、この日をもって占領期間の始期としたのでございます。四月二十八日の方は日本国と平和条約の効力の生じた日でございますが、その発効は同日の午後十時三十分、これは昭和二十七年四月二十八日、外務省告示第十号でございますので、その同日をもって占領期間の終期といたしたのでございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 わかりました。それからもう一つここで問題があるわけですが、実は正式に降伏文書に署名を行なって占領状態に入った日が二十年の九月二日であることはわかっておるわけです。社会党もそこから占領期間に入れておるわけですが、その以前においてもやはりこの類似の行為があるわけです。すなわち昭和二十年八月の十五日に無条件降伏をいたしました。それから八月の二十八日には早くも厚木に進駐が行なわれておるわけです。従ってこれから九月二日までの間は、ほんのわずかな期間でございますけれども、占領軍とは言えないけれども、連合国軍によって大体類似の行為によって被害を受けた人たちがあるように私ども聞いております。まずそういうケースがあるかどうかということ、あるとするならば、これを救済する措置をやはり本法において講じておくべきではなかったか。社会党の方ではその点、附則の二項にこれを救済する規定を入れておることは御承知の通りだと思いますが、政府案にはないようでございますので、この点についての御見解をあわせてお聞きしたいと思います。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 お話の通り九月の二日以前のわずかの期間ではございますが、事実上厚木に進駐しました事態は、九月の二日以降の事態と大体同様の事態であることはその通りと私は思いますが、この間において実は該当事案と称されるものが二十件ございます。この二十件についても同様の措置を、そのような事実上同じ状態であるからとるべきだという考え方についても十分検討を加えましたが、やはり法的に見ますと九月二日以降が占領の開始、それ以前は戦闘の継続状態であると見るのが至当である。その戦闘の継続状態に関する面から考えますと、八月の十五日あるいは十四日、それらの以前の時期との関連において非常にその線の引き方のむずかしい状態があり、やはり正式に調印された九月の二日をもってすることが至当であると考えた次第でございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 その考え方にはちょっと私賛成しかねるわけです。現に八月十五日に無条件降伏の正式の意思表示を行なっておるわけでございますし、それ以後に起きましたものを戦闘行為と全部くくってしまうのは、どうも疑問があるような気がするわけですが、この二十件というケースの代表的なものについて、その戦闘行為という範疇に入るとお考えになったとするならば、その例示を一つしていただきたいと思うのです。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 この二十件の内訳を見ますと、死亡が十件、それから傷害のケースが十件でございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 その死亡十件、傷害十件というものが、どういう形で死亡し、どういう形で傷害を受けたのか。明らかに戦闘行為というものによって死亡し、傷害を受けたというふうに、われわれが常識的に考えられるものかどうか。ああそうか、そういうことなら戦闘行為だなというふうな代表的なものを出して説明していただきたい、こういうわけです。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 恐縮でございますが、担当の課長からそのケースの例示をさせます。

久保田栄一総理府事務官(調達庁総務部補償課長)

○久保田説明員 ただいまの御質問の点につきましては、事例といたしましては香川県に当時連合国軍の捕虜収容所がありました。これに対して米軍が救援物資を空中から送った。その際に誤って収容所外に物資が落とされ、そのために被害を受けた人たちがおもでございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 それがほとんどというわけですか。

久保田栄一総理府事務官(調達庁総務部補償課長)

○久保田説明員 ただいま長官が御説明いたしました二十件は、ほとんどはこの種の事案でございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 その人たちに対する補償はどうなっていますか。

久保田栄一総理府事務官(調達庁総務部補償課長)

○久保田説明員 御承知の通り占領期間中、国が行政措置によって見舞金を給付いたしておりますが、この人たちに対しましては該当者として扱う見舞金を支給いたしておりません。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 見舞金を支給しておらないというのですか。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 見舞金を支給しておりません。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 そうすると何かほかの法令によって見ておられるわけですか。政府としては全然何も見てないというわけですか。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 この二十件のケースに関しては、政府としては私の関する限り特別の処置をとっておりません。その事情は、先ほど申しましたように、その十五日以前の状況と法的に見れば同じケースである。十五日あるいは十四日、十三日等にも空襲が行なわれたところがございまして、そういうような空襲による被害者との関係を見まして、二十件の方にははなはだお気の毒ながら、やはり筋を引くということになりますと九月二日の正式に占領が開始された時期、その前はやはり戦闘がなお継続下の状況にある。これは十四日の空襲との関係においても、十五日以後のものだけをするということは、法的に見て不適当であろうということで、政府としては特別に何らの見舞金等の措置をいたしておらないのが実情でございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 空襲などがかりにあるとすれば、戦闘行為と考えても無理はないのじゃないかという感じを私は受けるわけです。その空襲が八月十五日以降にあって現に被害を受けた者がおる、こういうわけですか。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 そうではございません。空襲のことは十五日以前でございます。以前の直近の時期にもそういうことがあったということでございます。この二十件のものは、先ほど課長が申しました通り、捕虜収容所に救援物資を飛行機から落とす、そういうことが原因で死亡あるいは傷害が生じたものでございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 そこで八月十五日という線ではっきり引けるわけですが、八月十五日以後においては空襲があったわけでもない。明らかに被害を受けた例といえば、この死亡十件、負傷十件というものだけだ。しかもそれは戦闘行為とは常識的にほとんど考えられないような事故によって死亡したり、あるいは負傷したりしているわけですから、その程度の人たちはやはりこの際一緒に救済を講じてやるべきではないか、このように考えます。しかしそれは政府案の方に出ておりませんので、今後本委員会の修正の話し合いの中で一つ処理していきたいと思っています。  そこで肝心の給付金の内容でございますが、政府案と社会党案とで最も食い違う点は、言うまでもなく補償の基準となる金額です。社会党の場合も何をもって一日当たりの標準金額とするか、非常に苦慮いたしたのでございますが、事件発生後相当長期間経過しておる事情等を考えました場合に、何が算定の根拠として一番適当であるかという点では、今申し上げたように苦慮したのでございますけれども、最終的には労働省の毎月勤労統計の中から、全産業の労働者一人当たりの平均給与月額の三十分の一に相当する金額と、調達庁長官が勘案して定める金額がよかろうというふうな考え方の上に立って実は法案を作ったわけです。それでいきますと約一日当たり六百五十円程度になるわけでございますが、関係者が要求いたしておりますのは五百円程度になるのではないかと思っております。それと比べまして今回の政府案の一日当たりの基準日額百五十円というものには、あまりにも大きな開きがあるような気がするわけです。しかも百五十円というものには、何の根拠もないのではないかという感じを率直に受けております。大蔵省あたりで単に財政事情というようなものだけできめたのではないかという印象を私ども受けておるわけであります。もしそうでないというならば、百五十円の根拠を一つ出していただきたい。現に行政協定発効以来、十八条の補償関係で一応の基準もあったわけですから、そういうものをこの際引用されてくるのが、政府側としての一応の筋であって、それをはるかに下回るようなものを何の根拠もなく出してくるというのでは、当事者としても承服しかねるという気持になるのは当然だと思いますので、この辺の説明をしていただきたいと思うわけであります。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 お話の通り本案の最も重要な点は、この金額の基準の問題でございます。政府の関係者といたしましては、この問題でいろいろの角度、いろいろな実情、いろいろな理論等から時間をかけ、検討を加えた結果、遺族給付金としては十五万円、このことを今の基準日額ということに直しますと百五十円ということになります。御承知の通り平和条約発効以後、行政協定の十八条で政府が民事特別法に基づいて補償する基準として採用をいたしましたものは、最低といえども二百円、これの千日分が遺族の給付金である。またこの基準日額というものはその他の補償金の基準にもなるわけでございます。これらの点から占領期間中の同種のケースをいかに取り扱うべきかということを検討いたしました結果、平和条約発効以後最低二百円、従って遺族給付金としては二十万円になる。これらの実際上の措置に関しましては、その事件発生に関する双方の過失等の関係、過失相殺等を厳密に行なうという建前のもとの基準でございます。占領時代におきましては実情が的確に把握されるケースが非常にまれであり、困難である。従って全体的にこれを見て、そのような過失相殺等の事態には厳格な適用をとることが適当でない、一様に取り扱って定額とすべきであるということがまず考えられたことでございますが、一方また定額といたしましてもこれが二十万円という、その後の同種のケースに対する最少の線があるにもかかわらず、なおこれをもって不当かどうかという点は、そのような実際上の取り扱いにおける過失相殺というような観点のみならず、戦争に基因するほかの同種のケースにおいてどのような措置を国はとっておるかという事情も十分に調査いたしました。同じく戦争に基因する国民の人身の被害、死亡あるいは病気、あるいは傷害を受けた、こういう方々に対して、これまでに政府がとってきました措置を調べてみましたところ、たとえば戦傷病者戦没者遺族等援護法という昭和二十七年にできました法律がございますが、この中に満州開拓民団の戦後の死亡者あるいは軍人以外の戦争協力者の死亡者、また動員学徒等の工場爆撃等による死亡者等に関しまして、遺族給付金あるいは弔慰金が出ております。この遺族給付金は一年につき二万五千五百円、五年間支給するということが規定され、なおこれに弔慰金の三万円が出されております。また引揚者給付金等支給法、これは昭和三十二年にできました法律でございますが、この中に、抑留中の死亡者に関しまして国がどの程度の遺族給付等をいたしておるか。この法律によりますと、遺族の給付金は二万八千円、十八才未満は一万五千円となっておりまして、いろいろその他にもこれに類似の法令がございますが、いずれもただいま申し上げたごとき程度の金額になっております。これらのものと彼我均衡を合わせて、それではこの占領期間中の米軍による死亡者の件に関し、平和条約発効後は二十万円としておるが、その二十万円の実際上の取り扱いにおいては、過失相殺等をやっておる占領時代のものは、それらのことを事実上行うことができにないので定額である。この低額をやる場合においての金額としては、他の類似、類例の法律による政府の給付金というものとの比較権衡において十五万円が適当であろう、かように考えた次第でございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 非常に長い説明を必要とするということは、それだけ苦しいことだと私は思います。特に戦争中のいろいろな例をお引きになって、それとことさら比較されようとしておりますが、やはり一番関係の深いのは、講和発効後行政協定十八条関係で見ておられる、これと全く同じケースなんです。ただ占領中というだけで、起きておる事件というものはほとんど変わらないわけです。だから最も参考にするとするならば、この行政協定十八条の基準額を参考にすべきであって、何も戦争中のものをいろいろ引用してこられるほどのことはなかろうと思う。現に十八条関係に補償額の給付基準二百円という最低保障額も出ておりますし、その後これが最低三百円まで引き上げられておる例もあるわけですから、引用されるならやはりこの辺を引用してくれれば、関係者も一般国民もある程度それはそれなりに納得できるのじゃないかと思うわけです。しかし調達庁としては、最初そういう考えを当然持っておったと思います。そんなわけのわからぬ説明をいろいろとして、こちらの聞く方もわかったかわからぬような、そういう基準を調達庁自身が、事務を長い間扱ってきてお作りになるはずはないと思う。やはりこれは大蔵省の方において、先ほど申し上げたように単に財政的な理由だけを根拠として、全く基準のないものをぽんと引いたものと私たちは理解いたしております。  そこで問題になるのは、一番差し迫って一番いい例として、遺族給付金が十五万円という数字がはじき出されておるわけですが、百五十円に対して千日分、これも十五万円まるまるもらうわけじゃない。過去において見舞金等で支給されておる分が引かれるということになりますと、一体実際の手取りはどれぐらいになるのか、この辺の説明を聞くと、いかに不当に安いものであるかということがわかりますから、年度別に一応納得のいくような形で実際の手取額、差額は幾らになるのかということを、数字をあげて御説明願いたいと思うわけです。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 占領期間中にこのケースに関しまして、行政処置として見舞金を支給して参りました実際を見ますと、この占領期間中でも昭和二十四年まで、いわば占領の前期と申しますか、この期間において最も被害が多かったのでございます。私どもこれまで調べましたところでは、総被害者数が約九千名と推定しております。この九千名のうちの七二%くらいのケースは、この二十四年までに起こったケースでございます。また特にその死亡者というケースが三千余ございますが、このうち八〇数%というものは、やはりこの占領初期の時代に起こっておるのでございます。これらの方々に対しまして、当初のわずか五百円という見舞金、それから昭和二十七年、八年において追給処置を講じましたが、この実績を見ましても、その当初においては六万円から七万円程度でございます。従いましてこの方々が最も救済を要する重点的な方々と私どもは考えておりますが、この方々に十五万円という支給になりますと、その差額が、今回の法律がもし成立しますならば追給となるものでございます。  なお詳しい年度別の支給実績が要すれば、担当の参事官より説明申し上げます。

藤本幹総理府事務官(調達庁総務部総務参事官)

○藤本説明員 ただいまの御質問の期別の実際に支給される金額でございますが、御承知の通り占領期間中六段階に分けてこれを支給しております。六期に分けておりますが、第一期は昭和二十年九月二日から昭和二十二年十月二十六日まで、第二期が二十二年十月二十七日から二十四年一月三十一日まで、三期が二十四年二月一日から二十四年十二月三十一日まで、四期が二十五年一月一日から二十六年三月三十一日まで、五期が二十六年四月一日から二十六年九月七日まで、第六期が二十六年九月八日から二十七年七月二十七日まで、こうなっております。  それでかりに十五万円ということにいたしますと、ただいまの御質問の点についてお答えいたしますが、該当数につきましては、第一期におきましては、いわゆる有収入者につきましては六万三千円を支給いたしております。従いましてそれを差し引くことによりまして八万七千円という金額が支給されることになります。同じく無収入で生計の中心者という者に対しましては五万円支給いたしております。従いまして差額といたしましては十万円支給されることになります。その他のいわゆる幼児その他の無収入者でございますが、これに対しましては一万七千円をすでに支給いたしておりますので、差額といたしましては十三万三千円、これが第一期のものに対する差額の金額でございます。同様に第二期につきまして、有収入者は差額といたしまして八万円、それから無収入の生計の中心者、これに対しましては十万円、その他のものに対しましては十三万三千円。第三期に参りますと、有収入者につきましてはすでに十五万円を支給いたしておりますので該当いたしません。無収入の生計中心者に対しましては、差額といたしまして九万円でございます。その他のものにつきましては十三万円。第四期につきましては、有収入者は該当いたしません。無収入の生計中心者につきましては五万円、その他のものにつきましては十一万六千円。第五期につきましては、有収入者、無収入の生計中心者につきましては、すでに支給した額が十五万をこえておりますので、その他のものにつきまして差額八万二千円。第六期につきましては同様に、いわゆるその他のものにつきまして差額八万三千三百三十円、以上申し上げた金額が差額として支給されるわけでございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 それだけ聞けば一目瞭然ですね。大体最も痛手をこうむった、現に就業をし、収入もあった人たちに対してはほとんど差額支給は行なわれない。まあどうにか差額支給が行なわれるのは、全く収入のない子供や赤ん坊、一体そういう形で本法案を作ってみて、すべての人が納得いくとお考えになっているのかどうか。なぜ今度だけは就業者も無就業者もそれから完全な無収入者も一律に扱おうとしているのか。ものの考え方が、どうしてこの痛手を慰めてやろうか、そういう角度から見られずに、どうしたら金がかからないで済むかという角度で法律が作られたとしか考えられません。なぜそれでは就業者も無就業者も、生計の中心にあった者もそうでなかった者も、今度は一律に扱おうとするのですか。これはもう大蔵省案だというなら、幸いに大蔵政務次官もおられますから、大蔵省からも説明していただいた方がいいかもしれませんけれども、なぜそういう考え方に立たれたのか。従来と違った線を出されたのか。当事者も一般国民も納得いくように御説明願いたいと思います。

丸山佶調達庁長官

○丸山政府委員 このケースに関してまず考えられることは、占領後、つまり平和条約発効後、行政協定の十八条の施行による措置というものが最もいい例になるわけでございます。それによりますと収入の日額というものを基準にして千倍というものを出す。また収入不明あるいはないという者に最低線を二百円を押えてやる。この措置がありますので、それより以前の分というものも一応考えられるのは、同様な趣旨でやるべきだということはもちろんでございます。しかしながら実態調査をやっていけばいくほど、過去のケースでございますので、収入の有無、それの実情ということが非常に正確なつかみ方ができない、こういう点が一つ判明いたしましたこと、またそのような事態ならば、これに対していかなる措置を講ずべきか、これをいろいろ考えてみましたが、先ほども申し上げましたような法令上の類似と認められるようなケースにおいての定額支給というようなことになっておる点、また第三には、先ほども申し上げましたように平和条約発効以後の取り扱いに関しましては、基準においては確かにそのようにしておりますが、実際上の支給は過失相殺、その他の実情に応じた厳密なる措置をとっておること、あるいはまたその平和条約発効以後におきましては、御承知の通り公務上外と分けて考えて処置をしておりまして、公務外というものは、全部アメリカが全面的に負担し、措置をする。公務上のもののみ調達庁、日本政府が処置して、しかも日本政府はその四分の一を持つというふうなことになっております。これらのことを考えてみますと、やはり類似の同一のケースとはいいながら、占領時代と平和条約発効後という事態は違う。そういう種々なる点を考え合わせまして、占領時代のものはやはり定額でやるが最も穏当であろう。その額に関しましては、先ほど申し上げたような意味合いで、この程度が適当であろうと考えた次第でございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 まあ非常に古いことですから、調査が困難だという事情は私たちもわかるのです。しかし政府側においてほんとうに誠意をもって調べに当たれば、この程度の調べができないということはあり得ません。現に就業をしておった者か就業しておらない者か、収入のあった者かなかった者か、その程度の調べが政府機関をもってつかないなどということは私はあり得ないと思います。社会党の案で見ればわかりますように、私たちもいろいろなそういった困難性があろうということは考えております。だから被害者給付金審査会というものを作っておるわけであります。あらゆるそういった困難な問題をここで処理するようにしたい。政府の方では同じものを作っておりますけれども、これは単なる不服の申し立てを扱うだけの形にすりかえられていると思う。私たちはそういう形でなくて、やはり今言ったような困難な問題を調達庁長官だけの判定にまかしておけないというならば、こういった審査会を作ってここで判定を待つという、こういう形を作っておけばいいのじゃないか。それから調査にあたっても非常に厳格な規定を社会党案は作っております。それは御承知の通り二十二条では報告、出頭の規定を設けておりますし、二十三条では立ち入り検査についての規定を設けております。二十四条においては関係機関の協力義務を規定いたしておるのであります。しかも第二十三条関係については罰則まで設けておるわけなんです。これは何とかして誠意をもって救済できるように、迅速に事務が処理できるようにという気持から、こういう規定を作っておるわけなんであります。これがなくてもやれるというならばけっこうです。私たちはここまで親切にしておけば、まあ非常に不満であろうとも、大体の調査はできるのじゃないか、処理はできるのじゃないかと考えたわけなんです。私はそういった古いことだから、就業者、無就業者の区別もつかないなんということは、納得いたしかねます。せっかく見てやるならば、そういうふうに区別をして、特に就業者に厚くすることが当然じゃないかと思うわけです。現に今藤木さんから報告がありました数字を見てもわかりますように、三期以降の人たちは就業者については差額追給一銭もない。法案は作ってもらった、いかにも誠意を示したようですけれども、中身を見たら自分は一銭も金をもらえないという形なんです。現に働いておって、生計の中心をなしておった人たちは、この法律を作っても一銭ももらえない。当時赤ちゃんだった者だけが金をもらえる。これは明らかに矛盾しておりますよ。長官がどのような御説明をなさろうとも、これは苦しい弁明ではあっても、説明ではありません。そういう角度の上に立って、私は今後本委員会において十分に当事者や一般国民が納得いくような形に修正できるよう、与党の方ともお話を進めてみたいと思うわけです。これが中心でございますから、ほかのことは今後の話し合いに待てばいいわけでございますが、一応まあ政府案の根拠を確かめておくのも、今後のために非常に参考になるかと思うのです。  まず療養給付金、それから休業給付金でございます。療養給付金については政令で定めることになっておりますが、具体的にどういう構想を持っておられるか。それから休業給付金については、休業期間六十日以上のものは五千五百円、六十日未満のものは二千円と、これは交通費でもかけたら、もらったのかもらわぬのかわからぬような金額をここに計上いたしておりますが、この辺の根拠、さしあたりこの二つの給付金について御説明を願います。

藤本幹総理府事務官(調達庁総務部総務参事官)

○藤本説明員 ただいまの御質問で、政令で定める期間というのはどういう期間であるのか、あるいは給付金はどういうふうなものを考えておるかという御質問でございますが、占領期間中の療養見舞金につきましては、すでに御承知かと存じますが、先ほど申しました期間別にいろいろ区別がございますが、いわゆる第五の段階までにつきましては、療養見舞金は六カ月を限度として支給いたしております。第六段階につきましては十二カ月というふうにしております。その時期までに達しまして、なおらぬという者につきましては、その時期におきまして打ち切り療養費といたしまして、三カ月分を支給することになっております。従いまして、現在の占領期間中の見舞金につきましては、九カ月ないし十五カ月ということで打ち切られておるわけでございます。これに対しまして今回の法案によりまして、ただいま申しましたような療養の期間を経過して、なお引き続き療養を継続しておる者、これに対しまして定額をもって療養費を支給するという考え方でございます。従いまして、先ほど来からお話のございますように、療養費その他につきましても、非常に古い事案でございますので、いわゆる療養明細等非常にとれない事情もございますので、定額を支給するわけでございます。これにつきましては先ほど申しましたように、打ち切り期間を経過して、さらに引き続いて療養をしている者につきましては、従来の療養の見舞金の支給実績に基づきまして、これの平均の点数を基礎にいたしまして、それに昭和二十七年四月でございましたかの療養点数単価をかけまして、定額をもって支給する予定でございますが、一応現在の考えといたしましては、一万五千円を療養見舞金として引き続き療養した者に対して支給する予定でございます。なお療養見舞金をその当時支給されていない、いわゆる未支給者につきまして、この法律ができました以後におきましてとるべき措置につきましては、その療養の期間が二カ月以下の場合におきましては四千五百円、二カ月をこえ十二カ月以下の場合におきましては一万五千円、十二カ月をこえる場合につきましては三万円という金額を、それぞれ定額をもって支給したい考えでございます。ただいま申しました金額につきましては、先ほど申しましたようないわゆる過去の療養実績の点数単価をとりまして、それに対して定額点数単価を乗じた金額でございます。  なお休業給付金のことでございますが、休業給付金につきましても療養給付金と同様に、この休業期間その他につきまして、これを今日の状態から確認することが非常にむずかしいことでございますので、やはりこれも定額として支給することに考えております。これが療養見舞金と同様に、従来の行政措置によりますところの見舞金の支給実績によりますと、いわゆる軽症者の平均の療養日数が二十五日、重症者の平均療養日数が六十三日という実績がございます。従いましてこれを基礎にいたしまして、先ほどお話のございました遺族給付金の金額の十五万円から割り出しましたところの基礎額百五十円に、ただいま申しましたような日数を乗じて得た額の百分の六十、これは行政協定十八条事案におけるところの支給基準の例によったわけでございますが、その金額に相当する金額を定額をもって支給する。従って先ほど申しましたように、休業期間が六十日未満の場合には、ただいまの計算によりまして二千円、六十日以上の場合におきましては五千五百円、端数を切りまして定めた次第でございます。なおこの法律の施行後の休業期間にかかるところの休業給付金については、これは一日につきましていわゆる基礎額の百五十円に対して百分の八十を一日について支給する予定にしております。従いましてこの金額は百二十円ということに相なるわけでございます。

石橋政嗣日本社会党

○石橋(政)委員 この療養給付金の場合も、休業給付金の場合も言えるわけですが、これまた非常に昔のことで立証が困難だというのですけれども、負傷の程度が非常に軽い、ほんの短期間しか休業しなかったというような人たちは、立証の方法を何ら持たないかもしれませんけれども、長い間ひどい傷を受けて入院加療したというような人たちは、その程度の立証は十分自分でしますですよ。そんなことはわからぬだろうなんてあなた方が要らぬ心配をしなくても、十分に立証の能力を持っておると思う。ところがその立証の能力を持っておるであろうと思われる人ほど、冷たく扱われておる点では同じです。一年以上については込みです。三万円でもうおしまい、それから休業補償についても六十日以上は幾ら休んでも五千五百円しか見ない。これでは全く話になりません。  私まだ質問がたくさんあるのですけれども、党の方でこういうときには質問をやらないように、定足数をそろえてこいということになっておりますので、一応これでやめます。

久野忠治自由民主党

○久野委員長 各案についての残余の質疑は次会に譲ることといたします。  次会は明十九日午前十時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後零時十九分散会

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