P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
38回国会衆議院1961/05/31

社会労働委員会 第40号

発言数
88
登壇者
11
会派数
3
開催日
1961/05/31

会議録

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 これより会議を開きます。  連合審査会開会申し入れの件についてお諮りいたします。  内閣委員会において審査中の、臨時医療報酬調査会設置法案及び社会保険審議会及び社会保険医療協議会法の一部を改正する法律案について、内閣委員会に連合審査会開会の申し入れをいたしたいと存じます。御異議ありませんか。   〔「異議なしと」呼ぶ者あり〕

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 御異議なしと認め、そのように決しました。      ――――◇―――――

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 これより内閣提出の、国民年金法の一部を改正する法律案、通算年金通則法案、通算年金制度を創設するための関係法律の一部を改正する法律案、年金福祉事業団法案、児童扶養手当法案、八木一男君外十四名提出の、国民年金法案、国民年金法の施行及び国民年金と他の年金との調整等に関する法律案、国民年金の積立金の運用に関する法律案、以上八法案を一括して議題とし、審査を進めます。  質疑を許します。井堀繁雄君。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 私は民社党を代表いたしまして、ただいま議題になっております国民年金保険に関連をいたします諸法案について、まず政府案、社会党案の両案について、それぞれの関係者からお答えをわずらわしたいと思うのであります。  まず社会党案の国民年金保険関係についてでありますが、もちろん社会党の案と政府案を比較することはかなり困難な比較であると思います。しかし指向するところはいずれも国民年金皆保険をねらっておる点で、同一の趣旨に基づくものと思うのであります。そこで、社会保障制度の中でも年金保険の問題は、その背骨の役割を演ずるきわめて重要な制度であることは、今さら申すまでもないのであります。わが国にも、年金に関係する公的な制度がかなり多く存在しておるのでありまして、この十数制度にわたる年金制度を、この際あるいは統合しあるいは調整をはかって、憲法でいう、法のもとにすべての国民が平等であるという原則に近づけていくということが、何よりも重要な作業であると思うのであります。この点について、政府案も、ことに社会党案も非常な熱意を表わしておる点については敬意を表するのであります。そこで、まずこの点からお尋ねをいたそうと思います。  第一、社会党の案についてでありますが、私は社会党案がいろいろな面を苦慮している点もよく理解できるのであります。しかし、原則的な問題として社会党案を拝見いたしますと、理想についてはかなり熱意を示そうとしておるのでありますが、案の内容はどうもその点首尾一貫を欠いておるような感じがいたしますので、この点がどういう事情に基づいてそうなったか。また現実の問題の処理をしながら理想に近づけようとする努力もよく出ておるのでありまして、この点にも敬意を表するのでありますが、この点もどうも隔靴掻痒のきらいがある。そういう点について一、二具体的にお尋ねをしてみようと思いまするから、もし数字の問題などについて用意がなければ、これは今ここでお答えいただかなくても、資料でお示しいただけばいいのですから、楽にお答えいただきたいと思います。  まず第一に、何といっても年金制度の問題は、年金の財政上の問題についてぶつかると思うのであります。ところが社会党案をずっと拝見いたしますると、これは責任の地位についていない野党としての立場からやむを得ないとは思うのでありますけれども、少なくとも年金制度を中心にする法案を出すからには、予算についてある程度の見通しが正確に出てくるということが大切だと思いますので、今この法案にそれぞれ参考に出しておりまする数字をはじいてみたのでありますが、どうも理解しがたい点がありますので、この点を一つ先にお尋ねいたしましょう。  まず第一に、社会党案を実施いたしますとすれば、初年度における年金に必要な金額がうかがえるのでありますが、しかし、初年度はともかくとして、御案内のようにこれは長期の、しかも年々累増していくものでありますから、その計算の基礎を明らかにするということが一番大切ではないか、もちろん金額をきちっと出すというのじゃなくて、その算定基礎を明らかにするということが大事であろうと思うのであります。その点について明確でありませんので、もしそういう算定基礎について、これこれの点はこうするという点を、この際説明をしておく必要があるのではないかと思いますので、この点をまずお尋ねいたしておきたいと思います。  それからついででありますから、政府の案と社会党の案と比較するという意味ではありませんけれども、今申し上げたように、年金制度というものは長期にわたって国が保険を通じて国民、すなわち被保険者に対する義務を負うていくわけでありますから、その点に対しては政府案のはもっと責任が直接的でありますから、今社会党にお尋ねしていると同じ意味において、十年あるいは二十年あるいは百年先のことにつながるのでありますけれども、少なくともそういう点に対する――政府は所得倍増計画の中で一般の長期計画を示しておるのでありますが、それが年金についてはより明確に出てこなければならぬと思うのでありますけれども、どの資料をめくってみましても、政府の一貫した年金の財政計画に対する基準は明らかにされていないのであります。この点は、社会党と政府案とのそういう基準について両方からお答えをいただくとはっきりすると思いますから、この点を一つお尋ねしておきたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 井堀先生の方から非常に大事な御質問をいただきまして、井堀先生並びに民主社会党の国民年金に対する御熱意のほどを伺いまして、この点敬意を表したいと思います。  井堀先生が言われましたように、社会党案は理想を掲げて現実とうまく調整していくことについて努力もし、苦慮もしたと言われましたけれども、その通りであります。苦慮もいたしましたけれども、それを実際にするために最善の努力をいたしまして作り上げましたのが、この私どもの提出いたしております国民年金法案でございます。その基礎につきましては、井堀先生御承知の通り、国民年金につきましては、その年金制度の非常に複雑でありますことと、それから現にこのような制度が、別な制度である厚生年金制度というようなものの資料しかございませんので、今までなかったものでありますから、それに的確なぴたっとした資料が日本じゅう探してもないわけであります。そういう点で推定を相当加えなければなりませんから、現在考えられる最も正確な方法で私どもとしてはそれを作り上げたつもりでございます。  まず第一に、計算の基礎につきましては、社会保障制度審議会が国民年金制度に対する答申を昭和三十三年六月十四日にいたしましたときに、その記録の資料としてここに無慮百五十二に余る資料を集積いたしております。あらゆる観点から国民年金に資する統計が出ているわけであります。しかしながらこの統計も、日本で集め得るすべての統計を集めたのでございますが、国民年金の試算には完全なものではございません。そのものから推算をしなければ計算が出ないような状態であります。これは政府においても同じ状態であります。そしてこの状態を変えて、もっとより正確なものにしようといたしますならば、野党の力では無理でございまして、政府でそのための国勢調査をしない限りにおいては、これ以上に正確なものは不可能でございます。私どもはこの百五十二の表をもとといたしまして、前に提出いたしました国民年金法案の最初の試算をしたわけでございますが、その間において所得が各自ふえておりますし、老齢者の昭和三十六年度における生存表が違っておりますので、そういうものを修正いたしまして、今次の予算を編成いたしたわけであります。そういうことで、今次の予算につきましては、そこで二千百十四億円というものが平年度計算において必要だという状態に相なっているわけでございますが、その中の大部分は、井堀先生御承知のように、社会党案における無拠出の支出に必要なものがその大きな部分であります。拠出の方に必要な部分につきましては、いろいろの免除の補てん分であるとか、あるいはまた社会党案にあります労働者年金の使用主としての国家あるいは地方公共団体の負担分というようなものを拠出年金分として支出が必要でございますし、また事務費として必要でございますが、総体は無拠出年金の支出が初年度においては必要なわけであります。それがその大部分を占めておりまして、いま少しく余裕をいただきましたならば出て参りますが、大体千六百九十七億円というのが初年度における支出になるわけであります。社会党案の構成は、井堀先生御承知の通り、構成からお考えになりますると、大体において平年度の計算は、その後老齢人口がピラミッド型で、本年よりも来年ふえる、来年の方が幾分人口がふえる、そういうようなふえ方、こく緩慢なふえ方を五年間して参ります。五年間後におきましては、社会党案で、これは拠出年金の部分が始まりますので、ただいま五十四才の人が六十才になりましたならば、無拠出年金の範疇に入らないので、無拠出年金の支出分はそれから漸次逓減して参ります。逓減に反しまして、拠出年金の方の過渡的年金は六年目からこれを開始いたしまして、両方総合して、そちらの方は漸増して参ります。五年、六年で無拠出と拠出の交錯点ができますけれども、しかし両方の支出を併合いたしまして、なだらかな坂をもって千六百九十七億円から漸次この支出が漸増をして参るわけであります。その支出が漸増をしまして、社会党案は四十年後においてピークに達する。本年二十才の人が三十五年度から始めて、六十才から支出をする。ピークにおける国の方の支出は約九千億円ということは大体において推定がつくわけであります。千六百九十七億円から九千億円の間のなだらかなカーブを描いて上昇するわけであります。その九千億円につきましては、私どもはいささかも危惧を感じておらないわけでございます。と申しますのは、日本の経済成長率が与党の、今の政府の方針によれば、数年前は五・五%というようなことを言っておりましたけれども、本年はある役所では七・二%、池田総理大臣は九・〇%というようなことを称しておりまして、日本社会党並びに民主社会党もそうでおありになると存じますが、あらゆる政権担当の可能性のある政党は、政府同様今の自民党より以上の経済成長を各計画において策定をいたしておるわけであります。従ってそういうことで相当程度の経済成長が、どの政権が交代をいたしましてもあることは、政党の策定以外に、日本の経済の趨勢から見てもこれは明らかなことであります。しかしながら将来試算の狂いがくると非常に危険でございますので、私どもは経済成長を四%というように非常に大目に見た……(発言する者あり)委員長、不規則発言を禁止して下さい。

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 静粛に願います。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 そのようなことでございまして、わが党の方では非常に慎重に押えまして、経済成長を四%と押えてみたわけでありまして、この経済成長は明治以来の日本経済の成長率の平均値であります。終戦後の日本の経済成長が実際に十数パーセント以上の平均を示していることは、井堀先生御承知の通りであります。四%というのは、全く慎重に過ぎた金額であります。この四%という試算で経済成長を一応仮定をいたしますと、経済成長率よりも税の自然増収率の方が多いということは、理論的にも実証的にも証明されているわけであります。従ってそれ以上の率をもって税の自然増収が――同じ税法をとればそういう結果になることは明らかでございますけれども、それも警戒をいたしまして同率と見ました場合に、これは試算が今すぐございませんけれども、日本の四十年後における財政額は現在の一兆九千億程度から推算いたしますると、はっきりした数字は私覚えておりませんけども、相当の、十七、八兆から二十兆ぐらいの財政収入ということの試算が出るわけであります。しかしながらもちろん減税ということが必要でございましょうから、相当の減税をやるとしても、四十年後における財政額の推定は、幅はございまするけれども、八兆あるいは九兆あるいは十兆というような推定をされるわけであります。そのときにおいて予算の一割というような金額は易々たるものであります。九千億というものは易々たるものであります。これが現在のほかの制度のように、一部の人には支給をされて他の者には支給されないという制度でございましたならば、一割という支出については反論が起こるでありましょう。しかしながら全国民が一人残らず、だれ一人ももらえないことがないという年金を作る以上は、これはいささかも文句があるべきはずはございませんので、この点について財政的には最低に見積もって心配がない。しかしながら実際の経済成長はそれ以上になって、もっと楽になると思います。その点がピークでありまして、それから後におきましては、経済成長は進行する。わが党の案はそのときに修正するかもしれませんが、現在の案のみをもってしましたならば、四十年後以降は支出が増大をいたしません。従ってそれ以後においては財政の点についてはいささかも心配がなくて、このような貧弱な案をさらに大幅にもっと見通しをつけて修正をしなければならない時期がくるであろうと思うのでございます。  それから、現在の時点と四十年後の間においては、一直線のカーブは描きません。少し曲がりのついたカーブを描いて、いろいろのそのときにおいて事情が違うと思いますけれども、そのような非常に幅を持った推定をいたしておりまするし、御承知の通り非常に偉大なる積立金がございますので、その点については繰り当てをいたしましたならばいささかも心配がないと考えておるわけであります。  それから千六百九十七億円の初年度においては、これは井堀先生御存じのように、現在の政府の支出の予定額の差額から見ますると、その金額にはならないわけであります。その差額だけあればそれが施行できるわけであります。そのぐらいの金額は、ほんとうに国民のための財政方針を確立すればできることはここにおられる井堀先生初め全委員の方がよく御存じのところでございまして、これができないとおっしゃる方は、国民のための政治を行なわない、大資本のための軍備政策を行なうというような間違った政治観念を持っておられるがために不可能であるということになる。ほんとうに国民のための財政方針を踏襲すれば、このようなものは易々たるものであると私どもは確信をしておるわけでございます。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 井堀先生仰せのごとく、年金制度の場合におきましては、きわめて厳密な財政収支の見込みを作ることが絶対に必要でございます。この種の制度はよほどひどい作り方をしない限りは、十年や二十年で参ることはないのでありまして、実際上弊害が現われますのはそれから先ということで、制度を作った人がそろそろ現役を退いてから弊害が現われるというたぐいのものでありまするだけに、制度を作る者としてはよほど、後代に収拾のつかないような支障を及ぼさないようにするということがきわめて必要なわけであります。そういうようなことでもありまするので、この制度の立案の段階におきましては、先生仰せの通りの検討は十分したのでございます。  それで資料の点は、すでに国民年金法案が最初に提出されましたときに添えて提出されました国民年金法案参考資料に詳しく掲げてございます。それで問題は、大体収支を立てます場合に、国民の平均余命につきましては、御承知の通り日本はきわめて正確な資料を持っておりまするので、まず将来にわたっての見通しをそう狂わせる要因はないわけであります。問題は遺族年金の場合の死別率、それから障害年金の場合の障害率というものについて、非常に厳密な議論をいたしますと、今度の国民年金の対象だけを取り上げた障害率なりあるいは死別率というものはないのであります。従って、どうしてもこれはほかの場合において出てきている障害率なり死別率を使わなくちゃならぬ、こういうことになりまするので、これはすでにやっておりまする厚生年金なりあるいは各種の公共企業体の年金制度の実績を用いて出しております。  それから資料その他につきましては、先ほどもお話がございましたように、社会保障制度審議会で一応の試算はいたしておりますけれども、これはスタッフの関係もありまして、ほんとうに使うという点から見ますと物足りない点がいろいろあるわけであります。当然のことながら政府の段階におきましてこれは全面的に検討し直し、より正確にやり直しまして、そういった点の検討は全部済ましたわけでございます。  それから、これは資料の点というよりもむしろ制度の点でございますけれども、将来に思いもかけなかった災いを及ぼさないという点で、特に私どもが社会保障制度審議会の答申を受け取った場合に注意して直した点がございます。それは御承知の通り、社会保障制度審議会があの案を作りますときに、将来にわたっての日本の経済成長を一応二%と想定いたしまして、そのうち一・五%が年金の額に反影する、〇・五%は保留しておく、こういうことで年金額については、いわば将来の経済成長を見越した年金額をきめる。一方収入の方の保険料はどうするかといいますと、さしあたり平均して七十五円で出発をして、自後八回にわたって五年ごとに保険料を改定する、こういう仕組みをとったのであります。この仕組みは、私ども将来との関係においては非常に危険である。これは端的に申し上げましてどなたにも御同意いただける点でありますけれども、この仕組みをとります限り、将来四十年間にわたって年金額の引き上げはない、保険料の引き上げだけが八回にわたって行なわれるということになるわけでありますが、これは実際の経験から見まして、そういうことはとうていやり得ることではないわけなんでありまして、その意味において、やはり制度を立てる以上は、今日の時点において収支が合わなくちゃいかぬ。経済成長はもちろん取り入れて年金額を改定していく。その場合は、それに対応する保険料の引き上げ及び国庫負担の調整もやっていく。つまり保険料の引き上げということは、常に年金額の引き上げということを内容とするものでなくちゃ制度は成り立たないのであって、単に先食いした赤字を埋めるためだけに保険料の引き上げをするというのは、これは一回、二回やるという例は外国にもございます。イギリスにもございますけれども、八回にもわたって四十年間近くそれをやるというようなことはおよそあり得ない、こういうことでこの点を訂正をしたわけであります。そういうふうな用意のもとに制度を組み直し、年金財政の収支を立てたわけでございまして、見込みの立て方に関する限りは、私どもから言うならば将来の国民に迷惑をかけることはない、かように確信しております。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 基本的な問題でございますから、やや質問が抽象的になるわけでありますが、お答えは一つ具体的にお願いをしたいと存じます。  長期のこの種の保険でありますだけに、二つの点でまずお尋ねをしていきたいと思います。一つは、この保険の目的とする老齢年金、障害あるいは母子、遺児、寡婦年金などがあげられておるわけでございますが、その中でも、もちろん私どもが一番重視するのは老齢年金であるのでありまして、一定の年令に達することによって、勤労の能力を失った、あるいは一定の奉仕をした人々に、この保険が生活の保障をするということが最低の任務であるわけでありますから、そこで過渡期で、創業時代であるのではありますけれども、一体どの年次にいけば、老齢年金だけの例をとってみましても、抽象的に最低の生活を保障することができるか。そこでお答えを具体的に願いたいというのは、日本の経済の成長あるいは国民の負担能力などを総合的にいろいろ勘案して、社会保障審議会もまた厚生省もいろいろ御勉強なすってわれわれに資料を出されておりますが、そこでどうも隔靴掻痒のきらいがありますのは、一体この制度が発足して何年後に老齢年金というものが最低の生活を保障させることができるかという点をやはりこの際明らかにしないと、国民はこの年金制度に対して協力する情熱というものをかき立てることができないと思う。それに失敗しますと、この制度はかえって角をためて牛を殺す結果になると思いますから、一番大切な点は、今はこれこれの掛金をかけるのであるけれども、何年の後にはあなたが六十五才になったら生活の最低を保障しますということを、これはやはり数字で言わなければなりません。そこで社会党さんと政府に、これは答えが違うことは当然と思いますが、政府の場合はかなり正確な数字をもって責任ある答弁をしなければならぬ。社会党の場合はややそういう点については理想を高く掲げて政府を鞭撻するという意味もありましょう。その点はそうきびしくお尋ねしようと思いませんが、そこで老齢年金だけの例をとってみると、何年後にこの保険が最低の生活を保障する、その最低の保障とは一体金額をもってすればどのくらいか、もちろんインフレの問題その他を勘案することは一応この際避けて、現状あるいは過去を基礎にして推定していく以外にないと思いますから、その前提でけっこうでありますが、何年の後に六十五才になったら幾らの年金を差し上げます。そうすればその時代において最低の生活ができますということを数字でこの際われわれは国民に知らせる必要がある。その二つの点について政府と社会党からお答えいただきたい。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 ただいまのお尋ねの点は、現在の制度をもとにいたしますと、井堀先生がおっしゃっているものに当たっているのが二千円の金額であります。ただ井堀先生がおっしゃっているものに当たるというふうに回りくどく申し上げたのは、実は国民年金における老齢年金を、先生がおっしゃっているほど厳密な意味で最低生活を保障するものというふうに初めからきめておらないわけでございます。これは社会保障制度審議会で論議がありましたときにもいろいろありまして、年金だけで生活をするということが理想ではあろう、しかし実際問題として労働者の年金である厚生年金が現在月平均で三千三百円程度の状態である、この場合に、今直ちに生活の保障をすべてそれでできるという目標を掲げることは、いかにもむずかしかろう、そういうことからいたしまして、まず共通経費的なものは、一応若い世代の人々におんぶする、言いかえますと、年をとってもそういう人々と一緒に暮らした場合に、必要な金額はおよそどのくらいかということを考えてみようじゃないか、こういうことになったわけであります。それで出て参りましたのが二千円という金額であります。  それで現在の制度におきましては、この二千円の金額に達しますのは、老齢年金におきましては二十五年目であります。この点が私ども今後の改善の目標になるわけでありまして、二十五年たって二千円というこの期間を、今後の経済成長の力をかりまして極力縮めて参りたい。先日来大臣がたびたび申しております長期計画のねらいの一つがそこに置かれているわけでありまして、いずれ、いろいろな案を検討しておりますけれども、一番控え目な案の場合でも、十年たったらその金額に達するというように全体の金額を引き上げる、こういう計画をしているわけであります。それで、後の分はもちろん法律できめて初めて意味の出ることでありますから、今から計画の作成にかかっておって、五年後の改正の際にそういうものを織り込めるように準備をして進めていく、こういう心組みであります。繰り返して申し上げますと、老齢年金は現在の仕組みでは二十五年拠出で二千円になっております。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 お答え申し上げます。  社会党の国民年金法は、御承知の通り労働者年金と一般国民年金とございます。  まず一般国民年金の方で申し上げますと、三十五年要件を達した後に四十年後に始まるわけでございますが、四十年後が全国民六十才から七千円ということになっております。これは政府案と比較いたしますと、政府案は六十五才でございますから、換算率が一・八ぐらいになりますから、六十五才開始といたしましたならば一万二千六百円という金額に相なるわけであります。次に、途中の経費を申し上げますと、二十五年経過いたしましたときには社会党案では六十才四千円、これを六十五才で換算いたしますと七千円になります。次に、一番最初の五年後を申しますと、五年後は六十才以上二千円保障されることに相なります。これは換算いたしますと三千六百円、政府の四十五年後の保障状態が、社会党案においては五年後に完全にでき上るという状態になるわけであります。もちろんこれでも私どもは十分と思っておらないわけでございますが、現在の時点の目標としては、現実にやり得る相当のハイ・レベルの程度だろうと思います。このようなことでありますし、今いろいろ小山君の言われましたことも、過渡的にはある間はまだ家族制度が依然として相当残っておりますので、共通経費を入れますと、五年後、七年後においても相当の生活保障になり得ると考えております。将来はそれが分化しますから、そのころには年金額はふえて安心の状態になれると思います。  もう一つ労働者年金の方は、御承知の通り六十才月七千円、年八万四千円のものに対して、現在の平均賃金水準で六万三千円に当たる標準報酬の比例部分がございます。合わせて結局十四万七千円ということになって七、八割の増加。このような労働者は生産手段を持っておりませんから、ほかの、たとえば店を持っている者、農地を持っている者と違いまして、老齢になると収入源が絶たれる、こういう配慮があるわけであります。もう一つは使用主負担があって、それだけの原資を積み得るという二つの理由でこういうことがあるわけでございますが、労働者年金の方は、六十五才換算をして今言った五年後三千六百円、二十五年後七千円、四十年後一万二千六百円、それよりは七、八割増しでございますから、社会党案は、国民がよく知っていただきましたならば十分安心のできる、信頼のできる年金制度であるということを思っていただける制度であると確信いたしておる次第でございます。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 私のお尋は――私も資料を拝見しておりますし、各方面の御見解もお尋してある程度理解しておるのでありますが、ここでは、先ほど来申し上げておりますように、国民の立場を代表してごく素朴なお尋ねをしておるわけであります。しかしお答えは、こういう気持ですから正確なお答えをいただくことになると思いますが、御答弁の便宜上、前提として私の質問する考え方を述べておくわけですが、すなわち、一般の人は、長期のものとはいいながら、一体何年後になればわれわれの最低の生活をささえる年金ができるかということを聞きたいのだと私は思うのです。それに対して今厚生省の御答弁はやや専門的な御見解であるようでありますが、これはもっとこういう場合には、私は前提を置いてお尋ねするとよくわかると思うのでありますが、問題は二つあるということをさっき申し上げたのは、一つは保険の目的である給付を明確にすると同時に、保険ですから、その保険財源がどうして求められるかという二つが並んでいつも出てくるわけであります。そこで問題は、先ほど来の質問をもう少し端折って、あとでまたお尋ねを続けていきますが、今二つのうちの一つを伺っているわけです。すなわち保険の反対給付についてのみ今お尋ねしておる。でありますから、保険料さえうんと上げれば、保険税をうんととれば出せるといったような、そういう考えでお尋ねしているのでありません。もちろん三年後あるいは五年後あるいは十年後になるかもしれませんが、その場合にはいろいろな情勢が変わってくるのであります。厚生省が今答弁をされましたので申し上げるのでありますが、いろいろな条件が客観的に動いてくるわけでありますから、それをどうつかむかということが私はこういう制度を立てるときには非常に大切だと思うのです。社会保障制度審議会においても、この点に対してかなりきびしい御注意が与えられておるようであります。  そこでこれは例をとって申し上げた方が早いと思うのですが、私はもう五年ほどになりましょうか、スカンジナヴィアを旅をしたときに、この制度についていろいろ関係者からお話を伺ったのでありますが、端的で非常にわかりやすいのです。たとえばデンマークの例をとりますと、五年前ですから今ではずっと改正されておると思いますが、当時被用者年金、国民年金というものは、あちらの場合はかなり整備されてわかりよくなっている。日本の場合は非常に混同されておりますから、あとでお尋ねいたしますが、そういうものを含めて御答弁願いたいと思います。あちらは被用者年金の場合は、日本と違って、六十五才に達しましても、まだ職場で十分とはいかぬでもある程度の労働力の維持ができる者は働きながら年金をもらう。相当長期勤続者でありますから、給与も高くなっている。一例をあげますと、印刷工場の女工さんでしたけれども、十六才くらいから女工さんになった。私がお会いしたのは、名前は失念しましたけれども、その方一人について、そういう被保険者の立場で詳しく聞いて制度を調べてみた。そうすると、女工さんですが、六十年勤続で、私が行ったときには、昨年王様から表彰されたという人でありましたが、一千クローネの給料になっているのです。そして六百クローネの年金がもらえるのですから、一千六百クローネの月収になる。でありますから社長よりやや所得が高いといったような、日本では想像もできませんが、そういうような年金制度がもう実施されてかなり長いのであります。しかし、そういう制度がしかれるまでのことについて、私は興味深くいろいろなことを聞いてみたのですが、必ずしも年金制度が開始された当時は、日本の今日よりもっと経済は混乱しており、もっと国民の負担能力は不如意であったということがよく資料でわかります。でありますから、私は、池田内閣が経済の成長率をどう見るかということも非常にそういう意味で大切だと思う。そこで社会党さんと自民党の政府との違いも出てくると思うのでありますが、そういう大きな違いをこの際論議をしようとは思いません。しかし少なくとも過去の日本の経済の伸び、あるいは世界のそういう全体を比較対照してみましても、もっと加速度的に国民経済が成長するかもしれませんし、あるいは政府のいうようなカーブでしかいかぬかもしれない。その辺の見通しは、これが大前提になると思うのでありますけれども、それにしても、今度の政府案についてはどうしても納得ができないのです。今のあなたの御答弁を聞けば、なおさら疑問を深くするのでありまして、少なくとも年金制度はここ五年なら五年でけっこうです。あるいはあなたの言のように十年でもいいのです。その十年の間は年金で生活の保障はしません、他の所得を補う程度のものであるというのであるならば、これも一つの立て方だと思うのですが、その立て方は国民には理解しにくいと思うのです。デンマークの例をとると、デンマークの場合にはかなり思い切ったことを言っております。今の状態では五年、十年先になっても見込みは立たぬかもしらぬけれども、われわれが国民の協力を得て、政府なり政治家の努力によって、必ず近い将来、その近い将来には五年という例をあげて、五年後には最低の生活を年金が保障しますという決断が前提になっておる。その点では社会党さんも欠けておる。今八木さんの御答弁を聞きますと、四千円とか七千円ですけれども、そういう点で社会党の場合は、最低生活を年金だけで保障する、五年でいいですという点をなぜ踏み切らぬか。その理由は、そういう説明の材料は十分あります。政府のデータだけからいっても言えます。デンマークの例をあげましたけれども、スエーデンはもっとすぐれている。こういう点どうもあまり事務的な、計数的な過去の実績にばかりこだわっておる。経済の成長政策というものが、一方で政府においては、山かんもあるようでありますが、社会党の場合は、もっとそういう点に対してはいい経済政策を持っておるわけでありますから、なぜその他の経済政策に歩調を合わせた法案の提出をなさらないか。   〔大石委員長代理退席、柳谷委員長代理着席〕 これは失礼な言い方ですけれども、こういう制度というものは、国民感情とぴったり抱き合っていかなければ、これは厚生省の役人やわれわれ政治家だけの努力で成功できるものではありません。国民の非常な熱血というものが盛り上がってくれば、苦しい時代にも苦しいなりに負担することを決意するかもしれません。いつもらえるかわからぬということなら、たとい百円の金でも出し惜しみをします。こういう点非常に私は出発点が大事だと思うので、これは政府に翻意を願いたいと思う意味でお尋ねをするわけです。でありますから、国民は三年間、五年間苦しいけれども、その苦しみをしんぼうしてもらえば、その後は年金だけで最低の保障をします。こういう点に踏み切るということは、私は保守、革新ではないと思う。社会保障制度に対する、年金制度のあり方というものに対する考え方じゃないか、こう思われまして、その点ではどうも社会党さんもかなり遠慮をなさっておる。どうしてそういうところを遠慮なさるか。さっきのデンマークの場合は五百クローネもらえば食える。六十五才になって独身なら、扶養者があってもくれるのです。そういうことは問わない。最初は、そういう制度が一体やれるだろうかというように非常な疑いを持たれた脆弱な保険財源でしがなかった。またその予定する力も国民経済の中には当時なかった。にもかかわらず、この制度が国民に勤労意欲をふるい起こさせた。何か勝手に国民経済の成長をはかるようなことを考えておるとするなら、その程度の考えが出てくる。経済を育成するのもせないのも国民の心がけ一つにあるわけです。要するにその心がけを誘導していくための制度であるというふうに結びつけてこそ社会保障制度、年金制度の意義があるのでありますから、こういう点では社会党さん一つ思い切って、今すぐやるというわけではありませんから、五年くらい先になると政権を取るくらいの意欲を持っておられるのだから、五年後には必ず年金だけで最低生活を保障しますということになると、今は最低賃金でも七千円、八千円と言っており、もうかなり上がっております。厚生省は、私が説明するまでもなく、生活保護法の指導のために、専門家に依頼して、最低生活というものに対する一つの基準を持っておる。その基準は高いはずである。でありますからそういう点をずばりと出して、そのために協力を求められるかどうかということを国会で論議されてこそ、社会保障制度に対する保守と革新の共通の広場になる。みみっちいというか、政府の案はどだいなっちゃいないです。この点が一番大切だと思う。責任は大事ですよ。この制度を設けようとするための責任は、要するに将来に及ぶことですから、これは慎重であることは大切です。しかし政治はそこが踏み切りなんです。事務当局としては計数をはじかれるから、計数の上では三十六年度の見通しは十五兆六千二百億の国民総生産であるが、日本の経済だって予想したよりは飛躍しています。これは政務次官が答弁する問題だと思いますが、その前に一つ社会党はこの点もう少し踏み越えてそういう案を作る意思はないかどうか伺いたい。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 激励をいただいて非常にありがたいと思います。私どもは井堀先生のおっしゃったそのような意気で昭和三十三年に法案を提出した。そのために国民の世論も高まって、政府の今の、不合理不十分きわまるものでありますけれども、その中に大衆も喜ぶ無拠出年金の部分もあるというものが発足をしたわけであります。その点で私どもとしては相当勇敢に踏み切ったわけであります。しかしながら年金制度というものについて、もっと勇敢にやれば国民の中に世論が高まるという御意見でございました。私ども同感でございますけれども、しかしながら非常に複雑な問題でございまして、高めたいのでございますが、必ずしもそこまで一ぺんに世論が高まるかどうかも疑問でございます。今おっしゃったように五年後にすぐ年金で保障するということになりますと、やはり六十才と六十五才と、設定する年令によってずいぶん違いますけれども、もし私どもの六十才からが至当であるという観点でやりましたならば、五年後に一兆数千億くらいの支出が必要になって参りますので、いろいろの諸施策を控えている日本の国としてはあまり年金に片寄り過ぎるという反論で年金伸張がつぶされることをおそれまして、予算案の最大限度にわれわれが努力をいたしまして、そして少しまだそこに踏み切れない人を強引に引っぱっていける最大限度のもの上して私どもはこの法案を出したわけであります。さらにまた世論が高まる努力をいたしまして、そのような勇敢な改善をして参りたいと考えておるわけでございます。それとともにやはり年金のみをもって保障するということは、防貧が完全であればいいのでございまするが、今までの経済政策が悪かったために、また今までの防貧政策が悪かったために、最低の状態であえいでいる気の毒な方々がございますので、やはり生活保護を高めるということが、現在の時点においては基盤にならなければならないと考えているわけであります。それですべてのエネルギーを年金に注ぎ込み得なかったことを非常に残念に存じますが、まず生活保護を大幅に引き上げるために、御承知の通り先先週の月曜日に発表しましたような生活保障法案を推進し、それとともにこの基本的な防貧政策である年金をあわせて進めたいというふうに考えているわけでございます。井堀先生の御熱意には非常に敬意を表しますし、私どももその覚悟で一生懸命やっておりますので、どうかその点御協力御支援を一つお願いいたします。

安藤覺自由民主党厚生政務次官

○安藤(覺)政府委員 井堀先生の年金による最低生活の保障目標ということにつきましては、全く私も同感でございます。しこうしてこの年金制度に対して国民が深い理解とそして興味と熱意とを持って飛びついてくるということのためにも、それを大きくうたい出すということはぜひ必要なことであろうかと存じます。しかしながら現実にこれを行なっていくということになりますと、その裏づけというものがしっかり立てられねばなりませんので、その裏づけからきますると、そういうふうに望むところではございまするけれども、飛躍して参れぬということがまことに残念なところでございましょう。その後におけるところのいろいろな考え方については、社会党の立法者であられる八木先生も御説明になったところでございまして、われわれとしましてもその線とおおむね同様な考え方を持っております。社会党におかれましては五年後に政権担当の目標を持っておられるようでありますが、われわれは現実に今担当いたしておりまするだけに、さらに歩みが堅実にならざるを得ないということを一つ御理解を願いたいと存じます。

小沢辰男自由民主党

○小沢(辰)委員 関連して伺いたいと思いますが、ただいま井堀先生が非常に強調されておりました議論の中に、五年後には少なくとも生活を保障するだけの年金額をやれといって社会党を激励したり、あるいはそれについて今の政府原案では足らぬぞというようなお話でございましたが、実はその前に井堀先生大事なところを落しておられたようでございます。というのは、給付も大事でありますが、財政計画がしっかりしていなければいかぬのだということを言われました。そこで非常に興味を持っておったんですけれども、その話がいつの間にか消えてしまいましたものですから、私関連して特に八木先生に御質問いたしたいと思います。  実は年金という制度は、確かに今あなたが言われるように六十五才で換算してみると一万二千六百円ですから、政府案と比べても非常な高額の給付になる、だからりっぱなんだ。五年後には政権を担当したら大いに今民社党のお話しのような激励を受けたんで、もっとがんばるというお話でございました。ところが先生は御自分の案について、やはりいろいろと財政計画といいますか、収入、支出のいろいろな見通しというものを十分おつけになっておると思うのですが、年金で一番大事なことは、それからまたこれを魅力あるものにするためには、確かに給付がよくなければいかぬということも一つあります。しかしながらはたしてこれが不渡り手形になるか、あるいはから証文になるということで、国民としては一番重大な関心を持っておる。たとえば終戦後よく三等重役三等重役という言葉が言われました。これは昔の非常に堅実な経営者から見ますと、非常に派手な経営をやって一見魅力があるように見えるけれども、そのうちにはその会社は赤字になりつぶれるぞというような意味で、経営者に警告を発した言葉であった。私は率直に言いまして、社会党案については、この点のおそれが相当あるのではないか。私がいろいろ計算をいたしてみますと、これは厚生省の知恵も借りてやってみたのですが、先ほどあなたが言われましたように、国民所得が四%ずつ伸びると、その国民収入の伸びに応じて保険料収入が四%ずつ伸びるであろうというようなお話しもあったのですけれども、そういうことも一応考えに入れて、もし現在出されておる社会党案による保険料と、それから五割の国庫負担という点を考えて計算をいたしますと、六年先に老齢年金が始まりますので、ずっと計算を立てていくと、どう考えても、私どもの計算では施行してからちょうど十年目に赤字が出るという格好になります。従って社会党案を実施していきますと、非常に給付はいいように見えるけれども、給付の五割の国庫負担を計上しながら、現在の保険料で計算をして、十年目には赤字が出るという計算になる。そうするとその会社はつぶれる。つぶれる会社を相手にして、それでいろいろ会社が景気がいいと思って株を買ったり何かしたのが全部だめになるという計算になる。この点は、私は八木先生は党内における実力者でいらっしゃるし、またこの国民印金の法案については第一の権威者をもって任じておられると思いますが、失礼な言い分ではありますけれども、どうもそういうそしりを免れないんじゃないか。もし八木先生が十年かあるいは二十年先の財政計画についての見通しをはっきりお持ちならば、ここで一つ出していただきたい。そうして給付が高い――高いだけが能じゃない、確実でなければいけない。その確実な点がどうもいろいろ計算をして、社会党案を検討してみても、遺憾ながら、今言ったように十年たつとどうもマイナスになる。それからたとえば先ほどの保険料が、国民所得の伸びに応じて増収になる、いわば自然増があるんだというような計算をやってみましても、どうもことしから考えて十五年目にはやはり三十数億、三十八億ばかりの赤字になるというような計算が出てくる。その点はどういうふうに考えておられるか。もしこれを保険料の増徴ということで、そのときにまた法案を修正して、社会党案の年金の一つの特別会計的なものを考えていって、それで困ってきたらまた国庫負担を増すんだ、あるいはまた保険料を増徴するんだというようなことを言われるかもしれませんけれども……。ところが、一つの法案をもって、これでわが党は国民年金、国民の老後の社会保障をやるのだぞという以上は、やはり二十年、三十年、四十年後に給付が行なわれる人は、とにかく社会党の案では二十才から五十才までの人が負担をするわけですから、やはり今入る人は四十年先あるいは三十年先というもののはっきりした確実なる見通しを持っているということが、一番大事じゃないかと思うのです。そういうような精緻な、緻密な計算のもとに、現在は給付額について若干不満だけれども、だんだんこれが改善されていくという希望を持ったわが党の国民年金の方が、より国民の大衆にとってはいいんじゃなかろうか。なおそのほかにもありますけれども、今は関連でございますので、そのしっかりした財政計画の見通しを数字的に一つきちんと示していただきたい。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 先ほど井堀先生の御質問に対して説明をしたわけでございます。初年度の千六百九十七億というものと、それから一番ピークである四十年後の九千億というような数字は明らかに出ているわけです。二十年後、三十年後というものは、これは計算をすれば出るでありましょう。しかし今持っておりませんけれども、ピークにおける九千億、それから初年度における千六百九十七億というものは確実であり、その樹において半分の、折半の賦課方式でございますから、片方に積立金があるわけです。先生おっしゃるように、十年、十五年後における積立金は相当の額に達するわけです。十年、十五年後には――最初は十年とおっしゃり、次は十五年とおっしゃいましたので、私はどちらかわかりませんが、小沢先生の御試算によれば三十八億の赤字が出る。私どもはこういうものは出ないと確信をいたしておりまするが、もし小沢先生が御心配でありまして、どうしても赤字が出るといたしましても、十五年後に達する積立金というものは非常に膨大なものであります。そして三十八億というものは、直線カーブであるか曲線カーブであるかということによって、中の時点においていささかの変動はございまするけれども、そのことは、終局点において財政的に非常な余裕を持って確実であるということがあれば、それは積立金の運用をもって赤字を埋めてもいささかも一差しつかえないと思います。  それからもう一つは、ピークの九千億というものは、これはほんとうのピークでありまして、それから後には猛烈な財政余裕が出る。これは小沢先生御承知であろうと思います。それでこの金額は横ばいをするわけであります。四十五年後、五十年後になったならば、小沢先生がそのとき野党の首脳になっておられれば、日本社会党はなぜこんなけちな案を出したとおっしゃるであろうと思います。そういうことで、小沢先生がおっしゃったように、それは含みを持たしておく。その含みは、われわれの案でも少ないけれども、財政計画に非常に不安定なことが起こるといけないから、この程度にとどめたのであって、その見通しがつけばさらにふやすというつもりでやっておりますることをどうか御理解を願いたい。

小沢辰男自由民主党

○小沢(辰)委員 八木先生のいつもながらの非常に勇ましい議論にはまことに敬意を表しますけれども、数字でございますから、数字で私一つ申し上げたいと思うのですが、第一年度目には、確かに先生のおっしゃるように百十二、三億の積立金が残る計算になります。それをずっと計算をしていきますと、大体拠出が始まって六年目、これで大体四百四十億の積立金になる。ところが、拠出が始まりました翌年の七年目からは、私どもの計算ですけれども、財源としては、保険料と給付に相当する額の半分が社会党案によると国庫負担ですから、その二つしかないわけで、その二つを計算をして、給付の予想をつけてずっと差し引いてプラス、マイナスやってみて私が赤字だと申し上げるのは、積立金も入れての話なんです。そうしますと、七年目にはこれがまた四十億ばかり積立金が減ってくる。積立金を食わなければだめのような案になっておる。十年目にそれが積立金を食って、しかも赤字が三十五億になるという計算をせざるを得ないのです。保険料ははっきりしているのだし、給付もはっきりしているのだし、給付の半額は国庫負担ということなんですから、容易に十年目のは計算ができるわけです。最初の保険料は三百二、三十億出る、それで給付がこれだけだということが出るわけですから、それで計算をしてみますと、はっきりとどうも積立金自身もなくなってしまうという形で、さらに三十五億の赤字になるという計算を、これは私の計算が誤りであればあれですけれども、私も専門家ではありませんから、いろいろ年金関係の作業をやっている連中を使ってやったのですけれども、そうなると三十五億の赤字になるという――赤字というよりも、積立金を食ってしまってなおかつ三十五億の赤字になる。そこで、税の自然増収というものもありますから、そういうような意味で、保険料も四、五%上がるだろうという計算をやってみると、なるほど十年目にはまだ赤字にならない。積立金を食ってもまだ大丈夫。ところが十五年目になると、やはり三十八億ばかりの赤字になるという計算になるのです。そうすると、どうしてもこれは社会党案というものを国民は、なるほど給付だけを見ていいなと思っても、十年したり十五年すると、あの国民年金社会党株式会社は破産してしまうんだということになってしまう。それではもう大問題なんです。国民としては、どうしてもこれはすがりついていけないわけですね。その辺のところはやはり毎年の保険料、国庫負担というものを積み上げて、確実に計算をしてみる努力をされて、そうしてこれではたして成り立つか、もし成り立たぬならば、私がここで社会党の八木先生を激励するのならば、もっと収入面についての国庫負担を、そういうようなけちな考えでなくて、もっと財政計画が成り立つような保険料なりあるいは国庫負担というものを考えてやっていただきたいとぜひ要望して、これ以上はあとの方もありますから……。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 私たちの計算ではそうならないのでございますが、小沢先生はそうなるとおっしゃる。これは両方数字を突き合わさないと水かけ論です。ただし、かりに、小沢先生の御心配がございますから、小沢先生の御心配になったような心中、立場を考えてみましても、小沢先生はおそらく社会党案の一番財政的なピークになるべきところを接点として計算をされたと思う。十年後、十五年後をやって、たとえば五年後、二十年後、三十年後の計算をしておられない。そういう点で小沢先生の計算は私どもは承服できません。その一番苦しいところだけを計算して指摘をされている。その赤字はわずか三十八億、この年金制度が一カ年の支出が千八百億円に達するときに、もし小沢先生の計算が、私は断じて間違いであると思いますが、正しいと仮定しても、これは九牛の一毛であります。そこで問題が、そういうことがかりに起こったとしても、たとえば政府案の方でどうであろうか。政府の方の年金の計算のときに、昨年母子福祉年金の計算が、これはものすごく狂った。十対五くらいの比率で狂った。政府の資料を参考にせられる数字必ずしも正しくないということが、ここで立証されています。しかしこれは政府の悪口ではありません。こういう問題については、数字というものは正確に正確を期しても狂ってくることはあり得るのです。ですから今の政府の試算された数字をもって社会党案について御指摘になるのは、特にその一番ピークと思われる点について御指摘になることは、これは質疑を正確にされる点においていいと思いますけれども、やはり制度を進める意味においては総体的にお考えを願いたい。もしかりにその小沢先生の政府の資料によることが正確であると、百歩譲ってその立場から論じましても、千億に達するような支出の中の三十八億、これはやはり利息の利回りというものがある。政府の方には死亡一時金という制度を作られたときに、今までの最初の原案においては算定をしなかった利回り、利子をもってこれに充てられた。そういう操作は日本社会党案でもできるわけです。それからまた社会党は国民年金のほかに労働者年金があります。労働者年金の方は厚生年金の積立金を引き継ぐわけであります。断じてその権利はなくしはいたしませんけれども、一時点における一千分の一や一万分の一くらいの流用は、この場合にあってそういう不幸なことは起こらないのですけれども、起こった場合にも可能であります。また小沢先生がおっしゃるように、その時点に立って国庫負担を導入することも可能であります。そういう点において、小沢先生の観点に立ってもいささかの心配もない、私の観点においては完璧に心配のない状態であることを申し上げておきます。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 保険でありますから、もちろん保険財政、特に拠出年金の場合には財源の関係との見合いをお尋ねする順序になっておるわけでありますが、今ちょっと小沢さんのときに、私の質問がまだ途中であったために誤解があるようでありますから、またお答えいただく方にもそういう誤解を生じはぜぬかと思いましたので、念のために申し上げておきますが、私が今お尋ねしているのは、たての一面だけをお尋ねしているわけであります。保険でありますから、ことに拠出年金保険である以上は、保険財政に見合う給付、あるいは逆にこういう制度でありますから、給付に必要な収入を当然求めるということになるわけでありまして、これを無視して議論することはナンセンスです。だからそれは当然のことでありまして、ただ私がその前提になることをお尋ねしておるわけであります。それは何が前提になるかということになると、問題はその政党の性格にも、あるいは内閣のもちろん性格にもなってくると思うのであります。私どもがここで言っているのは、何も社会主義をとるからとか、あるいは資本主義をとるからという、イデオロギーにこだわって議論をしておるのではありません。少なくとも社会保障制度を推進しようというからには、共通の広場があるわけであります。その共通の広場に立って、私はそのワクの中で質問をしておるのでありますから、誤解なされないようにお願いをしておきます。でありますから、私が今お尋ねしておるのは、その財源を保険料に求めるということは当然であります。あるいは一部を国庫負担をするといっても、私は結果は同じだと思う。国庫負担の金といえども国民の負担になりますから、直接か間接の相違があるだけでありまして、財源はどうしても国民自身が負担していくわけであります。ただここで問題になりますのは、先ほど来御答弁をいただいております方々に誤解があるのではないかということで説明をちょっと加えますが、私のお尋ねしているのは、この制度を踏み切るときの政治家の態度を聞いておる。これは非常に重要だと思うのであります。それは算術計算の中では黒字にすることも赤字にすることも、それはその原則を要するに作ることによって変わるのでありますから、保険給付を、今八木先生の御答弁によりますと、老齢年金の例をとると、六十才で七千円とか、それを一万五千円差し上げることもできる。しかしそうするためには被保険者の保険金の負担を増額するか、あるいは国庫の負担金を増額するかということに今の場合はなるのであります。だからその能力がどこにあるかというところに問題がある。  それからいま一つ、この制度がきょう設けられるとすぐ年金を払うのは、ごく限られた部分であります。五年、十年、あるいは三十年、四十年先でなければもらえない人もいる。しかも掛金というものはある程度積み立て方式を前提にするのでありますから、今出して、すぐそれが赤字になるなんということは、その計算をするのに間違った根拠であります。先ほども質問と答弁の中にちょっと例をとりますと、今の社会党案の初年度の二千百二十四億円という計算がずさんであってもよいと思う。それが間違って倍になるかもしれません。あるいは一つの保険税の収入の見込みがまた倍になるかもしれない。現に政府は一千二百億の所得税の税だけでも予想外の自然増収を見ておる。問題は、国民の総生産が国民分配所得の基礎になり、国民総生産を上げるということが社会保障制度にとって必要な制度だと思う。要するに社会保障制度は机上の制度ではないのであり、社会保障制度を確立するということは、安心して勤労にいそしめる、生活の中に十分経済的にも自由が保障されるというところに生産意欲が向上をするのであります。そこで高い能率で生産を上げることができるのでありますから、われわれは社会保障制度というものを積極的にとるべきである。だからこの点私はデンマークの例を引いたのであって、デンマークがこの制度をもくろんだ当時というものは、とてもああいう大げさな制度というものは持ち上がらないということが、国内的にも国際的にも専門家の間にきびしい批判があった歴史をよくお調べになったらいいと思う。とても持ち上がらぬだろうというのが、今は持ち上がって、予想外に給付率を高めていっている。もう少し社会保障全体を学ぶべきであって、その社会保障全体の中で私がお尋ねしておるのは、たとえば政府がここに示されました昭和三十四年の国民総生産というものは、十兆二千五百二十四億円、一人平均にいたしましても、とにかく月に八千円か九千円近くになる。これは赤ん坊も、おじいさんも、おばあさんも含めた算術計算でありますけれども、それだけ日本の国民経済力というものは高まっている。ただ社会保障制度というものは、いうまでもなく、近代国家が追求しておりますそれは、保守党であろうと革新政党であろうと、近代政党の特徴は、富が少数のところに片寄ることのないように、おのおのの所得が均衡されるということが当然の理想であります。そのためにこそ社会保障制度も意義があるのであります。またそうすることによって国民の生産意欲というものが高まり、生産性が増大をしてくる。そうすることによって国民総生産が高まれば、分配所得もふえてくる。負担能力が高まるから、ますます保険料の負担は楽になる。楽になるから、五年先、十年先はますます保険財源は豊かになって、けちな考え方はしなくてもよくなるというのが要するに先進国の実績であります。日本の場合においては国民の総生産、国民の分配所得を倍にするなどとけちなことを言っておりますけれども、自然になりますよ。もっとふえます。だからそれを積極的にふやすための政策が社会保障政策になければならぬはずです。ここに根拠がなければ私は後退すると思う。社会保障に対するかまえとしては間違っている。そういうふうな立て方をしてきますと――私は何も自分で調べないでいいかげんなことを聞いているのじゃありません。私なりにわが党の計算をいたしまして、現在の国民総生産、分配所得の中において、もちろん今の政治は必ずしも近代的な理想の政治に向かってはよい姿ではないと思いますけれども、それをよい姿に置きかえさせるということに、こういう制度に対するわれわれの協力があると思う。そういう点からわれわれは判断し数字を検討してきますと、ここは政治家として一番大切な時期に迫っている。もしここで与野党がこの点に対して修正をするならば、この基本的な考え方に共通性を求めるということが大切だと思うから、社会党さんにもあるいは自民党の政府にもお尋ねをしておるわけであります。この点誤解がないように、もしその点で私の考えと違うとおっしゃるなら、一つその点を伺っておきたい。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 井堀先生のお考えに完全に一致をいたしております。私どもはそういう考え方で物事を考えてやって参らなければならないと思います。特に社会保障が所得保障にしろ医療保障にしろ完全になって、それで安心して勤労にいそしめるということで生産性が向上するということとともに、所得再配分によりまして大衆購買力がふえる。そのことによって生産を刺激し、生産が増大安定し、雇用が増大安定する。井堀先生おっしゃったように、社会保障というのはほんとに人権を守るとともに、そういうような非常にいい作用を持っております。それによってまた社会保障がやりよくなるという井堀先生のお考え方には全面的に賛成であります。そういう点で私どもはやっているわけでございまして、政府の方の施策が、そういう点で私どもから考えますと非常に不十分である点を残念に思っているわけであります。私どもは政府も井堀先生や私どもの広場に乗り込んできて、共通の広場でこの問題を扱うようになることを希望いたしておるわけであります。

安藤覺自由民主党厚生政務次官

○安藤(覺)政府委員 私は、ただいま井堀先生のお述べになりました御識見に対して、ことごとく敬服いたしますと同時に共感を持つものでございます。まさに人類の幸福を目ざし、日本国民のしあわせを目ざしまして、われわれのとっております資本主義制度のもとにおいて社会保障制度というものが万全な発達をしていくということを願わなければなりません。その中の保険制度というものが大きな役割を持っていることは言うまでもございません。そこで先生が、それならばこの制度を発足させるときの政治家の心がまえ、態度というものについてどうあるべきかを聞きたいのだというお言葉でございましたが、私は少なくとも現状においては、ただいま先生のお述べになりましたような意味においてこの制度は今後発達させていくべきものと存じておりますが、ただ国民の最低生活の保障というところまで踏み切った案を立てていき、また現実にそれを実行いたしますためには、現在の国民の所得、現在の国民の経済力というものがこれに伴うかどうかということがにらみ合わされていかなければならぬということであろうかと存ぜられます。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 私は議論を好むわけではございませんので、ただ私の質問する立場を誤解されてはならぬから申し上げたのであって、大へん失礼だったと思いますが、問題は社会保障制度の特に拠出年金制度を考える場合には、一番先に必要なことは、なるほど値打のある掛金だということを理解させるということが一番大切じゃないか、その点ではわれわれに欠くるところはないかという反省がまず第一だろう、反省さえ行なわれるならば、与野党の間でもう少しこういう法案に対する修正も可能になってくるという意味で、私は実はお尋をしたわけであります。幸いにいたしまして、社会党さんも厚生省の方でも同じ考え方を持っておるということ、私はそう信用しておったのでありますが、念のために失礼でありましたがお答えをいただきまして、ありがとうございました。  そこで具体的のお尋ねをさっきからいたしておりますのは、私は老齢年金だけは、今日本の年金制度は非常に複雑ですから、その前にこのことをお尋ねすればよかったのでありますが、そういう事務的なお話をすると長くなるから実はお聞きしなかったのでありますが、関係が出てきたのでこの際ちょっとお尋ねしておきたい。これは事務当局に御答弁いただいてけっこうであります。   〔柳谷委員長代理退席、藤本委員長代理着席〕  それは、この際少なくとも十数種に上る年金制度に類似する制度があります。たとえば厚生年金保険でありますとか、あるいは公務員の共済、恩給もそういうふうなものになるかどうか、それはわかりませんが、こういうふうな制度をできるだけ至急に整理をする、また整理の可能なる法案にするということが大切ではないか。ところが政府の原案にいたしましても社会党さんの案にいたしましても――社会党さんの方はかなり具体的に整理をしてきておりますが、その中でもまだ七制度か八制度残しておいでになるのでありますが、こういう考え方については、社会党にまずお尋ねいたしたいのは、この際社会党さんの方で、全体からするならば二つないしは三つくらいにしたらいいんじゃないか。それは一つは雇用関係に置かれている日雇い国民の年金制度とその他というふうに分けてもいいんじゃないか、もう一つ例外が必要なら例外を残すくらいの三本立でいくべきではないか、それは処理にはいろいろなめんどうな問題がありますから、そのいろいろな経過措置についてはなかなかむずかしい技術的な問題があると思うのです。そういう経過措置をこの際こうしたい、ああしたい、そしてその計画は三年後だあるいは五年後だ、あるいは十年かかってもやむを得ぬものがおるかもしれない、そういうものがどちらにも盛り込まれていない。社会党さんの方には盛り込まれておるけれども、なぜあそこまできたならば三本ぐらいにしなかったか。  そこで厚生省にお尋ねをしますが、私は厚生年金法の改正が社会保障制度審議会に諮問されたときに、たまたまその委員の一人だったものですから勉強さしていただきまして、その当時すでに国民年金制度の問題を予定して、厚生年金は将来どうあるべきかということが各委員の人から熱心に論議されましたけれども、それは厚生省の倉庫に眠っちゃって、世にとうとう出ませんでした。だからそういう点で、なるほど厚生年金の積立金はきわめて莫大なものになってきた。だからこの年金制度の問題などについて、社会保障制度審議会、社会保険審議会からも政府に対して建議が行なわれて、それを受けて今度は一部法枠が改正になって出ておりますけれども、そういう点が実に不徹底である。何もそういうことは、政府の政策をひん曲げるような抵抗が起こったりあるいは財政上の極端な負担がかかってくるというようなものではなくて、むしろそういう制度を送り出してくることによって、国民所得の不均衡が是正されてくるという合理的な舞台が生まれてくるのではないか。それが保守的であろうと革新的であろうと、スピードの相違はありましょうとも、その方向を前進させるという点に対しては、われわれは異常な熱意を払うべき時期だと思うのです。こういう点で、なぜせっかく核心に社会党さんは触れなかったのか、触れるべきであった、惜しいことをしたと思うのでありますが、今からでも社会党さんは案は出し直せますからいいのでありますが、政府の方は要するにそういう方向に修正する意図をお持ちになる考え方があるかどうか。だからそれを具体的にお答え願いますためには、厚生年金ほかこういう年金制度に対する整理統合をやるためには、やはりいろいろ研究をなさっておられると思う。そういうことに対して一体どれくらいの期間を必要とするか、あるいはどういう制度を考えなければならないのか、全然考えたことがなかったらないという御答弁でけっこうでありますが、そういう点に対してこの際伺って次の問題に入りたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 井堀先生の今のお考えに全部私ども賛成でございますが、具体的な問題として、社会党の方の制度を統合する努力は、一般国民年金と労働者年金の二つにしたいという考え方で、過渡的にわが方の労働者年金よりいかなる場合でもレベルが下である厚生年金保険、あるいはまた農協の初期の共済組合、それから船員保険の中の年金の部分、そういうものはすぐ労働者年金に統合する。それから部分的にハイ・レベルにいるものは既得権尊重という立場がございますので、国家公務員共済組合や公共企業体共済組合はしばらくおいておきますけれども、新しく国家公務員や共済組合の職員になられる方は自動的に労働者年金に入るようにしまして、ある意味では、過渡的に数本に分かれておりますが、将来の姿としては、労働者年金一本という姿をとりたいと考えておるわけであります。なお、日雇い労働者を初めとして、職安に働いておる自由労働者諸君を初めとして、少なくとも生産手段を持たない、労働者と名のつく者は、ありとあらゆる者、今の社会保険からはずれている五人未満の事業場の従業員、あるいは日雇い形態の従業員、これは全部労働者年金の範疇に入れて、直ちにその保障をいたしたいと考えておるわけであります。井堀先生のいろいろの具体的な問題につきましては、私どもも参考にさせていただきまして、なお、私どもの案に欠くるところがありましたら、それをよくして参りたいと存じますけれども、今のところ、そういうような考え方で井堀先生にも御同調を得られると考えておる次第であります。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 根本的な考え方は井堀先生おっしゃる通りだと思います。この問題は現在社会保障制度審議会でいろいろと御検討願っておりますので、近く結論が出ると思いますけれども、大まかな情勢判断といたしまして、日本の年金制度は、まことに遺憾なことでございますけれども、さらに三つの大きなグループに分かれるわけであります。国家公務員共済組合の退職年金とかあるいは公共企業体の退職年金制度、こういったグループが第一のグループでありますけれども、そのグループの年金は、年金制度の個々の仕組みについては将来相当これは改めていかなければならぬ問題が残っておりますけれども、給付の水準という点から見ますと、先ほど井堀先生がお引きになったデンマークとかあるいはスエーデンという超一流は別でありますけれども、イギリス、ドイツ、フランスという程度の西欧諸国の年金制度と比べてみまして、これはほとんど遜色はございません。これらの制度では、現役程度の報酬のほぼ四割から五割近くが保障される、こういうことでありますから、問題は労働者一般の報酬が高いか低いかという絶対的な問題がありますけれども、現役当時の俸給と退職後の年金の水準という関係から見ますならば、大体これは一応現在の西欧諸国の水準までいっている、こういうグループであります。それから第二のグループが、先ほどからお話しになった厚生年金のグループであります。これは今の第一のグループと比べまして格段の違いがあるわけであります。なぜ格段の違いがあるかと言えば、結局先生も御承知で、ほかの場合でも言っておいでのように、実は日本の企業間の格差があまりに激し過ぎるために、そういう全体的なものを包摂している年金制度であるために、これは非常に低くなっている、こういうことであります。これを直すにはどうするかというと、それはもちろん年金制度でも今後機会を見て努力して直していくということが必要でありますけれども、これができる条件というのは、やはり何といっても、基本的には企業問格差というものがもっと縮まってこないというと、全体的に厚生年金の水準を引き上げるということはむずかしいわけであります。それから残るグループは国民年金の対象でございまして、これは被用者以外のものでありますが、またこの被用者以外のグループは残念なことながら被用者のグループと比べて全体の所得水準がやや低いというふうになっている、こういうわけでございます。従って、やはり将来の問題を考えるといたしましても、これは労働の特性ということもありますし、また今のような、置かれている条件の違いということもありますので、大まかに言って、三つのグループに分けたままで発展させていって、相互の格差というものをおりを見て縮めていくということで考えざるを得まい。これが今のところ関係者の間でいろいろ議論されている大筋でございますけれども、いずれ確定的な結論は社会保障制度審議会が答申されるであろうと思いますので、それによってさらに作業を進めていきたい、こういう考えでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 関連でちょっと。  今の小山さんの御答弁を聞いておっても、一体日本のこの年金額を、どういうことを基準にして決定をしてみようとしておるかという目標がはっきりしないのです。ヨーロッパ諸国を見ましても、たとえば熟練工の質金の三割とか四割とか五割とか、こうなっておる。あるいはもう一つのグループは未熟練工の賃金の三割とか五割とか、こうなっておる。わが方は生活保護、それで食ったらいわゆる栄養失調になるものを基準にしているのです。これはあなたのさいぜんの御説明のように、共通的の経費というものは若い者が出すから、御老人はそのさしみのつまのように、その家計の中に寄り添っておけばいいという形でものが考えられておる。ヨーロッパ諸国のものの考え方と根本的に違っておるわけです。そこでもしわれわれがものを考えようとするならば、近代的な労働賃金、少なくとも最低賃金を目標としなければならぬが、これは業者間協定というようなもので、ほんとうのものが確立されていない。そうすると熟練工か未熟練工かというところに標準を置く必要がある。そういうことならば、企業間の格差があったって、未熟練工ならどの程度、熟練工ならどの程度という社会的な概念が大体出てくるのです。そこらあたりはもう少し、ヨーロッパ諸国ということでなくて、日本では一体どういうところをもって基準とするのか。生活保護二千円じゃ栄養失調になる。この前僕が、古井さんと大蔵大臣と私と三人で実験してみようじゃないかと言ったら、すばらしい思いつきだ、検討さしてもらいたいと言うだけで、一向実行ができないのです。二千円で食ってごらんなさい。子供の家に寄り添っておって、共通経費だけはいい、とにかく二千円で一カ月まかなって、ものを買って食ってみたらわかる。これは立ちどころに一週間で栄養失調です。そういうものを基礎にしたもので、寄り添うといったって、年金が二十五年で二千円だということ、これは話にならない、議論の余地がない。何らそこに合理性もなければ科学的な根拠も何もないでしょう。ただ財政上の理由だけでやっておる。財政上の理由でそれが出せない日本の財政事情かというと、経済は僕にまかせておけという総理大臣がおるところなんですよ。そういう点で、あなたは今後一体どこをよりどころにして年金額をきめようとするのか。これをもう少しはっきりして下さい。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 お答えの前提としまして、今の問題は滝井先生が二年半前にやはりおっしゃっている問題であります。あのときに、国民年金の年金給を一体どういう考え方できめるのだ、生活を保障するという趣旨にするのかどうかというお尋ねがあって、そうではございません、生活のよりどころになるという程度をねらっております。あのときはたしか家計支持的という言葉を使って、おもしろい言葉使いで初めてだと先生にひやかされたわけでありますが、これは別に初めてじゃないので、社会保障制度審議会の考え方がそういうわけであります。従ってそのことについていろいろな御議論があると思いますので、制度を始めるときから、ある意味においてはそういう現実に即したささやかな目標で始めたという事実には、これは変わりがないわけでございます。まずそういうことを頭に置きまして、それじゃ一体その場合に、もとになるのはどうかというと、国民年金の場合は、これは対象が何といっても半分以上は農民でございます。従って農民と非熟練労働者の生活費といったようなものをおよそ頭に置きまして、それとの関係において今のようなことを議論して詰めていくというのが国民年金におけるものの考え方になっている、こういう事情でございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 これきりで終わりますが、農民を標準にする。そうするとさいぜん八木先生も指摘しておりましたが、勤労者と違って農民は、ある程度固定的な資産を持っている、そういうことから家計支持的なものでいいということになるかもしれませんが、最近の米価を決定する基準等を見てみましても、農民というものは、やはり生産費所得補償方式を農産物についてはとらなければならないという概念が出てきた。そしてその生産費所得補償方式をとる場合に、一体そのもとの賃金をどこに求めるか。それは近代的な都市の労働者の賃金に求めていくのだ。この場合にこの賃金の求め方を、非常に熟練の商い、しかも大企業に求めていくか、それとも零細な二十人か三十人のところに求めるかによって、この生産費所得補償方式の内容が違ってくる。ところが今生産費所得補償方式をとる場合には、おそらく三十人かそこらの企業規模を見ているのじゃないかと思うのです。ここに一つのからくりがありますが、それにしても、未熟練労働者を基礎にして見ておることは確実です。そうしますと、家計支持的な形で支給をするにしても、やはりそこに基準というものは、未熟練労働者なら労働者の三割とか四割とか、こういう形に出てこなければならぬと私は思うのです。家計支持的であるにしても、それは全額を認めてくれれば家計支持的ではない、未熟練労働者としての形ができるのです。ところが、それを家計支持的というならば、それの三割とか何ぼとか、少なくともやはり西欧の一流国でなくても、二流、三流でもけっこうだと思う。日本は戦争に負けたから四等国になったというなら、四等国でもかまわぬ。それにしてもヨーロッパでは未熟練労働者の三割は見ております。そうすると、日本で未熟練労働者といったって、六千円以下の未熟練労働者は普通近ごろ食えないから、今中学を卒業したって八千円、九千円ですからね。そういう概念からいっても、どうも家計支持的という概念の規定の仕方が、二千円じゃあまりこれは支持にはならぬでしょう。ここらまで反論しておいて、あとは井堀先生の方にまかしておきます。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 大へん抽象的な問題に終始して、具体的なお尋ねをする時間を失ってしまいましたが、できるだけ具体的にお尋ねするのが私の質問の趣旨でありますけれども、入口で大へん時間をとってしまいました。しかし今もまた御答弁をいただきますと、抽象的ないわゆる政策上の論議をする必要があるように感じましたので、もう一、二問やってみたいと思います。  安藤政務次官に一つお答えをいただこうと思いますが、今局長の御答弁によりますと、現在幾つかの保険を統合しなければならぬということで、その目標はかなり明らかなようであります。ただ、これを実施に移すということは、よほどの政策上の決意がはっきり打ち出されない限りにおいては、事務当局は手の出しようがないと思うのです。そういう意味で、これはやはり政府の政策上の一つのふん切りだと思いますので、はっきり一つお答えをいただいておきたい。私は何も立場を異にして、さっきから議論をしようと思っておりません。全く同じ立場に立ってものをお尋ねしておりますから、そういうつもりでお答えをいただきたいと思います。  それで先ほどもお話がありましたように、この際やっておかないと、私は、永久にとは言いませんけれども、ますます情勢は困難になって、その整理統合は、ついには手のつけようのないような状態にまで発展するのではないかという危険を感ずるのであります。でありますから、きょうすぐ、この年すぐというわけでもないのでありますけれども、明年なり明後年、少なくとも三年ぐらいの間に方向づけをすべき問題でありますから、しつこいようでありますが、お尋ねをするわけであります。  それは、第一にあげなければなりませんことは、大体三つぐらいという御答は、私もそう考える。社会党も同じような意見のようであります。というのは、この中で一番大切なのは雇用労働者のための年金制度というものと一般との違いであります。雇用労働者、ことに生産に従事する労働者の老後の生活を保障するということは、具体的に生活を安定するというよりは、むしろ心理的に大きな問題があるのである。これを忘れては、この制度は意味をなさぬのであります。特にいいことは、日本の厚生年金制度というものが莫大な積立金を今日まで用意しました。もちろん、これには各方面の犠牲的な協力と努力があったことを、われわれは今日感謝せざるを得ないのでありますが、しかしこれほどりっぱな実績を積み上げておりますものを土台にして、これを発展せしめないという手はないと思う。ところが、今の政府のやり方から見ますと、逆コースだと考えるのであります。それを困難にすると思う。でありますから、この際は、一つぜひ御勇断願いたいと思う。厚生年金の積立金が今後だんだんふえればふえるほど、私は統合が困難になると思う。それは一つには、既得権の主張が出てくるからである。厚生年金関係の被保険者、あるいは保険者も加えることになるかもしれませんが、すなわち雇い主の負担と労働者の負担が、要するに今日の巨大な積立金をみたのであります。この積立金が一般の被保険者のためにプールされるということについては、ある意味において既得権を侵す結果になるという議論が出てきたらなかなかむずかしくなってくると思う。でありますから、今ならできると私は思う。その具体的提案をいたす用意があるのでありますが、できるならば、そういう点について各党が話し合いをするということが望ましいのじゃないかと思う。  そこで、やや具体的に申し上げて御答弁をいただくわけでありますが、要するに厚生年金の積立金というものを、社会保障制度審議会、社会保険審議会は、口をそろえて還元融資を主張しております。私は還元融資だけが望ましいと思いません。それよりももっと大事なことは、この積立金をこの年金制度の中に効率的に生かしていくことが第一義でなければならぬと思う。だから、それを効率的に生かすためにはどうするかということが提案されてこなければならぬはずだった。一言半句も触れていないのであります。私の案はありますが、まずこの点について、今日の巨額に上ります厚生年金の積立金の還元融資の場合には、よい面と悪い面が出てくると思う。よい面はもちろん被保険者のために、その福祉施設にかけるということは、回ってこの保険制度をつちかう結果になるということは認めたい。それはやったがいいと思う。しかしその場合は低利で運営しなければならぬ。今日の世の中で金利を高くするということは一般に望ましいことではありません。金利は安いほどいいのでありますけれども、さりとて、こういう積立金をむやみに低利で、要するに他の金融政策の中において、これのみに犠牲を払わせるというやり方はいかがなものであろうか。こういう点にも改めなければならぬものがあるのであります。その抜本的に改めなければならぬ保険制度、社会保障制度を推進する、行政機関で言いますならば、厚生省のような部署は、この積立金に対しては一言半句も触れることができないという矛盾した制度がまだそのまま生きておる。僕は、政府としてはこういう点はすぐ改めることができるものであると思う。こういうところは年金制度を推進する行政機関の意思が前提になって管理され、運営されてくるということでなければならぬのでありまして、こういう方式に対して、なぜ今時分ああいう――今度の法案を見ますと、何だか遠慮をしいしい大蔵省にお願いをして、少しばかりくちばしを入れさしてもらうといったような年金福祉事業団法、こういうところに現われておると思うのです。だから、一体社会保障制度をどう理解しておるんだろうということの疑いすら持つのでありますが、よい機会でありますから、厚生政務次官に御答弁をいただきたいと思うのであります。そういう厚生年金の積立金をまず保険制度の統合のために有効に運営するということをお考えになっておるかどうか、具体的に提案があるかどうか、あったけれども、ほかに差しさわりがあるというならば、そのことをお聞かせ願いたい。

安藤覺自由民主党厚生政務次官

○安藤(覺)政府委員 保険制度の統合ということについてのお考えにつきましては、厚生当局におきましても、一つの指向として強く持っておるようでございます。しこうしてこの厚生年金の積み立てがますます大きくなっていけばいくほど、統合が困難な事態を生ずるであろう。これは厚生年金のみに限りませず、他の面においても同じことであろうと思いますが、その点につきましては、やはり一方において、統合という問題をすみやかに推進しなければならぬという条件が備わってくるのでありまして、ここで問題は、年金制度、保険制度ばかりではございませんけれども、かねて大臣は、厚生省の行政というものが過去十数年にわたって継ぎ足し建築的な形式をたどってきたので、この辺で一応過去を振り返ってみ、そうして現在を起点として向こう十カ年間ぐらいの目標をもってここに長期計画を立てねばならないときが来た、その長期計画と相待って、過去の施策されてきた政策について、またもろもろの施設について考え直して、統合すべきものは統合し、さらに助長すべき点は助長しということはやっていかなければならぬということを、当委員会におかれましても言明せられますとともに、省にその機関を設けて、着着その作業を進めさせておられるような次第でございます。従いまして、大臣のただいまのお話しのような問題についての意欲というものは、十分熱意のあるものと察せられるものでありまして、私もまた及ばずながら、この大臣を御補佐申し上げて推進していきたい、かように考えておるわけであります。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 質問者も大ぜいいらっしゃるようでありますし、時間も相当その方にお取りになるようでありますから、いろいろ各般についてまだお尋ねをしなければならぬのでありますが、他の法案との関係などもありますから、その節――たとえば今安藤政務次官から御答弁がありましたように、基本的な考え方がある程度一致しておりますならば、あとは話し合いで修正その他の作業に有効になるだろうと思いますから、今の御答弁で私は大へん力を得ました。あとあと修正などについて御懇談の機会を得たいと思っております。その節また申し上げることにいたします。それから、厚生年金が何と言ってもこの制度を推進するために大きな役割をになうのでありますから、その積立金の運用というのは私は非常に大切だと思うのですが、これは年金福祉事業団法が別に出ておりますから、その節質疑を続けて関連させたいと思っております。  そこで、もう二点ばかりぜひ伺っておかなければならぬ点がございまするから、お答えをいただきたいと思います。それは、先ほど来の事務当局の御答弁で大体政府の考え方が伺えたのでありますが、この際、これは一般の情勢を見ればわかりますように、まあ一部で別な意図を持って批判をしている向きは別でありますけれども、そうでない国民の一般の素朴な考えというものは、今日莫大な税金を納めている上に、また保険税だ、そしてその結果反対給付は、先ほども他の議員から御指摘がありましたように、一体十年も二十年も、あるいは三十年もかけて、そのころになると、今までの経過から見てインフレが高進するだろうし、積み立てるときは高率な負担で犠牲を強要されて、受け取るときは新聞紙をもらうような、こういう感じは払拭できないと思うのです。それはあの戦争と敗戦によりまして、激しいインフレの波の中で洗われた経験を国民は持っておるのでありますから、この考え方を払拭するということは、この制度を推し進める上において非常に大切なことだと思っております。そういう意味で、政治をやる者はよほど勇気が必要だし、英断がなければならぬと思うのです。それは何かと言えば、あまり先ではいけないと思う。五年、せめて十年ぐらい先には最低の生活、すなわち老齢年金だけでもいいから、最低の生活を見るだけの金額をぽんと打ち出す。そのために経費が必要であることは言うまでもありませんから、それで、これに達するためにはこれだけの保険料をかけてもらわなければならぬ、国庫の負担金はこうなるから、税金を減らすということは無理だ、そういったような、国民負担と反対給付との関係を明らかにして打ち出していくべきじゃないか。それからいま一つは、これは一応政府に対する国民の信頼感も影響すると思います。これはあるいは政治に対すると言った方がいいかもしれませんが、そういう意味では、われわれは国民に向かってもっと信用を高めるよいチャンスでもあると思う。社会保障社会保障と口でいろいろなことを言ってみるよりは、年金を一つぽんと打ち出す。さっき局長は何か、私がデンマークとスエーデンの例を引いたら、一級国と言いましたけれども、なるほど社会保障制度の完備した国としては、確かに第一級国であるかもしれません。私が申し上げたのはそういう意味ではありません。ちょうど日本と似通っておるからデンマークをあげたのであります。皆さん御存じのように、その領土の狭さは日本の九州ぐらいのところに、人口の密度も高いし、あるいは近代工業生産の原料にははなはだ恵まれない国である。この社会保障制度が提案されたときは、もう日本の終戦後よりももっとひどい状態だった。あの国は王様が戦争が好きな国で、疲弊こんぱいした中から立ち上がった。そういう点でも学ぶべきだと思うのです。何か私が無鉄砲なことを言うようにとられては心外でありますから、時間をかけてお尋ねしたのでありますが、私はデンマークの社会保障制度についての用意をしております。時間があればこれを皆さんに検討していただいて、この日本の案と比べて、そうして考え直すということは私は無意味じゃないと思って用意したのでありますが、たびたび質問をやめろという御注意もありますので……。そこで問題は、私がデンマークの例をとりまたのは、非常に国民があれに関心を持ってきたのは、雇用関係の中にある者については、日本のように、専業場をやめなければくれないなんということを言わなかったというのは非常な英断だと思う。働きながらなおかつ年金が六十五才になればもらえるということは、それはちょうどさっきの厚生省の局長の答弁と全くうらはらなんです。ただ生活を保障するというのではなくて、そこには建設的な意欲が盛り込まれておる。年をとっても働ける者は働いて下さい、生産に直接取り組んで下さいという、要するに大きな暗示があるのです。また、それを国民が受け取っておる。現に働いております。八十ぐらいの人が働いておる。日本の場合は多少、労働市場の関係がありますから、そういうことは望ましくないという政策は他から生まれてくるといたしましても、だから私は、そこまでいかぬでもいい、いいけれども、六十五才になれば、とにかく国民に対して生活の保障をこの制度でいたしますということをふん切る。そのために必要な経費は、そのために国民は出して下さい。そういう点に実はこの法案の審議は言及していくべきではないか、また言及したいと思って私は質問に立ったわけでありますが、入り口で時間をとってしまってやれなかったのでありますけれども、そういう点に対して御答弁が願えれば願いたい。なおまた理事会なりあるいは三党の間で話し合いの機会があるようでありますから、その節具体的な問題を提案することも私は可能になってくるだろうと思いますが、この公な、要するに国民の聞いている場所で、こういうものに対して政府も社会党も、国会は要するにこう考えているということを明らかにすることが大切だ。そうすれば、ことし出した政府案を抜本的に改正できないとしても、来年また改正案を出してくるでありましょうから、そのときにはそういうものは盛り込まれて出てくるという可能性が生まれると思いますから、その機会にもお伺いしたいのであります。事務当局とすれば、その政策がきまれば、厚生省には非常にすぐれたスタッフがおるようでありますから、デンマーク以上のよい案を作ってくると私は信じております。問題はその政策の裏づけが必要であると思います。もう一度安藤政務次官の御答弁を願い、また社会党からも御意見を伺いたいと思います。

安藤覺自由民主党厚生政務次官

○安藤(覺)政府委員 ただいまの井堀先生のお言葉、まことに力強い推進力として承った次第でございまして、先ほどお話しの、現在の年金制度に対して、何年かの後においては非常な物価の騰貴あるいはインフレというような形をとってくるのではないかというようなことについて、国民それ自体がかつての戦争中もしくは戦争後におけるあの経済の姿に対して不安を抱いておるというお言葉でございました。このためには、現在の法律の中にも、これらの経済事情を勘案して、五年ごとには更改していかなければならぬという規定があるのでございますが、こうしたことが、まだPRが十分でないために、国民にそうした点を明確に認識させることができないとするならば、はなはだ遺憾に存ずる次第でございます。  次に、第二問といたされまして、この場合国民に対して政治的信用を高めるためにも、こうした年金制度のよりよき設計、計画と、その推進が必要であるというお言葉でございまして、まさしく私も同感いたす次第でございます。しこうして先生のお言葉によりますれば、五年後あるいは十年後において、少なくとも国民の最低生活の保障を期し得られるような方向において物事が進められていくべきであるということでございました。これにつきましては、昨日社会党の、本日はこの席におすわりになっておられます八木先生の御質問に対して、大臣も、現在の経済発展、繁栄とにらみ合わせて、ぜひとも今の倍、数倍の年金給付を行なえるような方途において自分は進んでいきたいものである、またそれをかたく期しておるのだとお答えになっておられたのでありますが、私もその大臣の目せられる方向に対して、でき得る限りのお力添えをいたして補佐申し上げたいと存じておるのであります。ただ、井堀先生のお言葉にもありましたように、こうした政策が国民の政治に対する信頼と、そしてむしろ信頼から愛情にまで伸展すべき姿に持っていきますためには、万が一にも狂いを来たさしめるようなことがあってはなりませんゆえに、それだけまたわれわれといたしまして、現実に政治を担当する者といたしましては、石橋をつえをついて渡るような堅実さを持っていくつもりでございますが、それゆえにまた一方国民にかえって不安を持たせるような、あるいは何だつまらないという気持を持たせるようなことがあってはならぬのでありますから、この辺のところの緩急を心得ていかねばならぬかと存じておる次第でございます。先生のお言葉重々承っておく次第でございます。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 井堀先生の御所見にことごとく賛成であります。特にインフレに対する措置、インフレを起こさないような経済政策をとらなければなりませんけれども、過去にインフレで蓄積を失った経験を持っております日本国民としては、インフレに対する心配から年金制度への期待が薄れ、協力が少なくなる現状にあることは、井堀先生のおっしゃる通りであります。そのゆえに私どもは特に物価の上昇につれて必ず年金額を改定するというような項目をはっきりと規定した法案を出しておるわけでありまするが、現行法においてその点あいまいな点があるところを非常に残念に思っているわけであります。井堀先生ともどもこの点は政府がはっきりさせるようにいろいろとお話をして参りたいと考えておるわけであります。全般に金額を設定して安心感を持たせる、意欲を持たせる、そうして生産性を向上する、そしてまた大衆購買力の増大によって経済成長を期するというような根本的な点につきましては、ことごとく賛成でございまするが、今安藤政務次官が、非常に何と申しまするか、率直な正直な御性格で言われましたように、そのことはいいけれども、確実を期してと、両面を言われました。これが残念ながら政府の態度であります。確実を期してということは、井堀先生御指摘のように、私どもも同じく考えておりまするところの、年金制度を急速に発展させ、国民にその年金制度のよい点を認識してもらって、生産意欲を高めていただくという点について非常にブレーキになっていると思うわけでございますが、誠実な安藤政務次官にも、この点をさらに古井厚生大臣にも申し上げていただき、お互いがこれの進むように努力をして参りたいと考えております。

井堀繁雄民主社会党

○井堀委員 時間がなんですからこれでやめますが、実はもう少しお尋ねしておきたかったのでありますが、資料ででもけっこうでありますから、当局に要望しておきたいと思います。  それは、現在十数種類ありまする年金制度の類似関係のものをどのように調整していくかということで卑近な問題があるので、これはぜひあとで修正等される場合に考慮に入れてもらわなければならぬ。すぐにやれる問題で、やりたいと思っている点がございます。これは一々具体的に聞いていけばはっきりすると思いましたが、時間を節約する意味でご注文だけ申し上げて、あとは懇談の席ででもいたしたいと思います。  それは、先ほどちょっと強調しておきました厚生年金を中心にする被用者関係のものと今度の年金制度の問題で、通算の関係なんです。御存じのように、職場が移動いたしましたり、あるいは転職を余儀なくされたり、日本の雇用者の就業構造を見てみますと、非常に移動が激しい。それからその流動は他の政策を推進していくために必要なことでもある。でありますから、労働者の、被用者の意思だけでやるのではなしに、国の政策や社会の要請によってそういうことが行なわれておるのでありますから、そういう者に対しては、どの制度からどの制度に移りましても、既得権が侵されることはもちろんよくないのでありますが、要するにこの保障の恩典から漏れるようなことがあってはならない。それを推進していくという制度はぜひやらなければいかぬ。そういう点について数項目あるわけでありますが、その措置は経過措置として行なうときもありましょう。あるいは原則の中に法律として明記しなければならぬ部分もかなりあると思う。こういう点については、社会党案の中にもあまり触れておりませんし、政府の方は全然言及していない。言及しようとしている意図はちょっと見えている。こういう点についてぜひ一つ配慮をわずらわしておきたいと思っております。そういうように、小さいところは現在の制度を法律でやはり統合の方向にいくということが非常に大切だと思う。それをやるためには、先ほど来抽象的ではありまするが、お互いに社会保障政策を推進するための基本的な政策に対する意見を戦わしまして明らかになりましたから、こういう問題の解決は非常に容易になったと、私は希望的観測を強くいたしました。従いまして、そういう点についてはまた他の機会にぜひ改正に協力させていただきたいと思っております。  はなはだいろいろなことを申し上げましたが、以上をもちまして一応終わりたいと思います。

藤本捨助自由民主党

○藤本委員長代理 午後二時まで休憩いたします。    午後零時五十分休憩      ――――◇―――――    午後二時四十五分開議

柳谷清三郎自由民主党

○柳谷委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。  休憩前の質疑を継続いたします。小林進君。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 きのうの質問に続いて、残っておりまする分を御質問いたしたいのであります。  きのうの私の質問に対して、きょうは資料をいただいたのでありまするが、それによりますると、日本の総人口は九千三百九十万人、そのうち二十才から五十才未満の人間が四千二十七万人、その中で国民年金の強制加入に該当すべき人員、世帯調査結果による被保険者見込み数という、強制加入の一応の該当者でありまするが、それが二千百四十二万人、そのほかに他の公的年金制度の被保険者及び配偶者で二十才以上五十才未満の者が千八百八十五万人、この中で世帯調査結果による国民年金任意加入の申込者が二百五十九万四千人ということです。こういう数字をいただいたわけでございまするが、その中の、問題は、二十才から五十才までに至る被保険者見込み数の二千百四十二万人の中で、現在まで大体三割弱の者が米加入であるということをきのう明らかにしたわけでございます。私はきょうの質問では、この二千百四十二万人の中でいわゆる免除に該当する人員、どうしても保険料を納め切れない、こういう人員が一体何割、何百万人予定せられているか、これをお伺いいたしたい。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 このうち免除の該当者がどのくらいあるかというのは、今申請をとっておりまして進行中でございますので、まだ確定的に申し上げるわけにはいかぬのでありますが、これは期限は七月までに申し出を受けるということになっておりますので、八月になりますと数字が固まるのでありますが、今のところ届出をした人々の一割から一割五分まで、大体一割前後の申し出というような状況になっておるようでございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 八月末にならなければ明確にならないとおっしゃるのでございまするが、この免除者の中には、そういう申告に基づいて免除をされる者と、当然免除でありまするか、当然に免除せられる者とあるわけでございまするが、これを区分いたしまして、当然免除が大体どれくらい、それから申請に基づいて調査の上に決定せられる者がどれくらいか、その数字をお聞かせを願いたい。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 当然免除を受けまする該当者は、生活保護の生活扶助を受けておる者、及びこのほかにごく若干おりますけれども、大体生活保護の適用を受けておる者が大部分であります。これは届出をしてもらうことにしておりまして、今進行しておりますけれども、これは現在の生活保護を受けておる人の数から大体推計できるわけでありまして、御承知の通り現在生活扶助を受けておりまり者が、百三十万から四十万程度おりますので、このうち二十から五十に入ってくる人々がどのくらいあるかということになりますわけですが、おそらく百三、四十万のうちの六割程度だと思いますので、この分で当然に免除を受ける者が、ごく大ざっぱに押えまして六、七十万、このほかに障害年金とかあるいは母子年金を受けることによって該当する者もあるはずでありますが、これは現在のところまだ支給されておりません状況であります。残る者はらい療養所に入っております人々、これは総体一万のうち、年令から見ましてこれもまた六割くらい、こう考えてみますと、大体当然免除の数は六十万から七十万くらい、こういうふうに押えてそう違いはないと思います。  それ以外の申請免除については、今受付をしておるわけでございますが、今まで出ておるところでは五%程度でありますが、先ほど申し上げましたように、私どもの推定では、現在届出をした人々のうち、申し出をする人がおそらく一割から一割五分くらいまでおるに違いないし、それは当然あっていいことだ、かように考えておるわけであります。なお今後申請をして参ります人々のうちにも、同時に免除の申請をする人が十分あり得ると思いますので、この分の増加がある、大体そういう模様であると想像しております。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 二千百万人を基準にして考えますと、きのうの御答弁にもあった通り、大体千七百万強というお話がございましたが、その中で一割なり一割五分といいますると、百七十万から二百三十万人程度、これが届出申請に基づく免除の対象になる。二百二十万、そのうちで今おっしゃいました当然免除といいまするか、生活保護法による生活扶助の関係で免除になる者が六、七十万、合計いたしますると三百万人、今の御答弁によればそういう勘定になるわけでございます。そういたしますと、これはわが党の八木委員の質問から始まって参りました応答を聞いて参りますると、免除者といいまするか、大体三割というお話がずっと出てきたわけであります。二千百万人に対する三割といえば、少なくとも六、七百万人にならなければならない。それが三百万人くらいに縮まるというのは、そこに私どもの解釈の違いがあるのか、あるいは御説明の矛盾があるのか、這般の事情をいま少し詳しくお聞かせを願いたい。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 まことにごもっともな御指摘でございますが、三割の免除者というのは、今までにもたびたび申し上げましたように、この制度をやる以上はこの程度の免除があり得るということを覚悟してかからないと、実施上無理ができ、長期の収支を立てまする場合、あまりに保険料の収納率を高く見ましても、納め得る者をきつく見込んでおきますと、どうしても実施上無理がかかる、そういうことは避けたいというので、相当な余裕を持って見たわけであります。また昨年五月に免除基準をきめます場合におきましても、そういう心組みを持ってきめたわけであります。先ほど来、実数として一割五分程度のところが出てくるであろうと申し上げたのは、これは現在の推定される実績に近いものであるわけであります。かまえとしては三割くらいまでいってもよろしいというかまえで基準を作ったものの運用の結果、今そこまで進んでいる。  そうすると、一体残りはどうなっているかという問題が出て参ると思います。これは一つは、もともとゆとりを持って見ておりまするから、その意味においてあの基準を適用していっても、現在の対象者の所得の実態からいうと、三割までいかないで済んだかもしれぬという要因が一つ働いてきている点がございます。  もう一つの要因は、これは非常に注意をしていかなくちゃいかぬことでありますが、こういう傾向があるようであります。免除という制度がある、どうぞ一つあなた免除をなさいと勧められた人のうちで、いや私は百円くらいなら納められますから納めますといって免除を申請しない人があるのだという話がよくあるわけであります。これは一面においてまことにけっこうなことでありまして、その意味では私ども、非常にいい傾向の一つだと思っております。しかしながら同時に考えておかなくちゃいかぬのは、これは特に農村方面に多いと思いますけれども、ほんとうは免除した方がいいんだけれども、隣近所の関係から非常に無理をしてやっていくというようなことがあると、実はこの制度を実施に移していく場合に考えておったことと違った結果になる。そうあってはいかぬというので、その点は注意しつつやらなくちゃいかぬ。  そういう事情でありまして、今のところは注意深く進めていっておりますけれども、一割五分くらいしか出ない。もっとも地域によりましては、ある村のごときは、どうも全体の所得水準が非常に低いために、全村民の六割くらいが免除該当者だというので、そういう結果になりそうだという知らせを受けているところもございますが、私どもはそれはそれでけっこうだと思って、そういう場合はすなおに受け付けて処理するようにと、かように指導しておるわけでございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 最初の計画をされたのと実際事を進めていく間にそれくらいの差額が出てくるということはあり得ることでございますから、その違いを云々するのではございませんが、ただこの年金を立案をせられた当時は、間違っていたら御訂正を願いたいのでありますが、大体該当者が二千三百万人で、その中でそういう免除の該当者が三割、数字に表わして八百五十万から八百八十万人くらいある。立案せられた計画の中にそういう数字が現われている。これだけの免除該当者がいるというふうに計算をせられておるのでありますが、きのうからの数字によりますと、その二千三百万人が、今お話しの通り二千百四十二万人に減ってきたわけでございます。二千百四十二万人といたしましても、やはり大幅に見て、這般の事情を考えて三割くらいのゆとりがあるという免除者を予定して計画を立てた方が、財政上無理がなく運行上支障を来たさないという考え方で、幅のある見方をされている。それはそれでけっこうだと思いますが、その三割といたしますと、やはり八百五十万ないし八百八十万が六百万か六百五十万になるわけであります。いずれにしてもよろしいが、その八百五十万なり六百万の内容を私は承りたい。その内容に含まれるものは、一体どういう階層の者か、どういう職業の者か、これをお聞かせ願いたいと思うわけであります。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 特にそのことだけを抽出して調査をしたものはございません。一般に低所得といわれている人々がこれに該当するわけでありまして、農民の場合におきましては、大体において耕地面積が四反歩以下くらいになりますと、これは免除線上下ということになるような例が多いわけであります。もっとも耕地面積が少なくても、家族の中に、ほかに勤めに行っている者があるという場合は別でありますが、農業だけで生活をして、あとほかの人が手伝いをするというような生活形態の農家でありますれば大体そこへ落ちつく。それ以外は、主として都市でいえば、非常にささやかな家内労働をしている人々、それから日雇い労働者、大体そういったような人々が免除の対象になる、かように考えられます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 あなたのお作りになりました国民年金法の解説の中には、私が申し上げました約三割の八百八十万人の内訳を明らかにせられている。私は非常に興味をもってこれを見たのでありますが、その内訳によりますと、免除者の中に学生が五十七万人、生活保護法による扶助者が七十八万人、身体障害者が六十五万人、未婚の女子で家庭にいる者が百三十四万人、寡婦が百七十万人、失業等による前年度無所得者が二百四十二万人、それから事実把握困難で免除を余儀なくせられている者が百三十二万人というような数字があげられておるのであります。これは御承知でございましょう。私はこういう数字を拝見をしながら、こういう分類ででき上がった八百八十万人なり、いわゆる三割の免除者が、今度は今あなたが分析されたように、それを裏返しにして、いわゆる農村内部における零細業者でそして免除に該当する、今おっしゃった四反歩以下なら四反歩以下でよろしい。そういう人たちが何百万人、都市における零細なる企業でどうにもやっていけない人たちが何百万人、日雇いその他のいわゆる零細な勤労所得でやっていけない人たちが何百万人というふうに、その三割の概算の数字を一つお知らせ願いたい、こういう目的で質問をしているので、ございますから……。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 小林先生が御引用になりました数字は、それは国民年金の免除該当者がこうだということで掲げた数字ではないのであります。あの当時におきましては、もちろん免除該当者がどうなるかという実態の調査はございません。まあ当時においても、また現在においてもそうでありますけれども、生活保護の適用を受けるという程度のラインを引いた場合に、それより下になる人の状態がどうなっているかという調査は割合にあるわけでございますけれども、今度の免除でねらっておりまするように、それよりはやや高い線で一つ準貧困線とでもいうべきものを引いてみようという場合の、その中に入ってくる人々の実態はわからぬ。それにかわるものといたしまして、当時市町村民税を賦課されてないものがどういうふうになっているかというので、その市町村民税を賦課されていない人間をつかんでみたわけであります。それを大づかみにつかみまして、市町村民税を免ぜられている程度の人たちであるならば、妻なるがゆえに免ぜられておる人は別といたしまして、それ以外の理由で免除されておるような人々からはこの国民年金の保険料を強制的に納めてもらうという建前をとることには若干の無理が出る可能性がある。そういう意味で、この点は一つ十分ゆとりを持って考えたい。ここで大まかにそうやって出しました結果、三割という達観をつけたわけであります。  次に昨年の五月に最終的にきまった免除の線をきめます場合、その前一年ばかりいろいろ調査をいたしましたが、大まかにそのくらいは免除するという腹がまえで今度は線を引いた場合はどうなるかというので、免除の線を引いたわけであります。それで現在申し込みを受けている、こういう事情でございまして、いずれこれは免除の実数がわかりますというと、先生仰せのような分析ができていくと思いますが、率直に申し上げまして、おそらく七、八月になりましても中身を正確に申し上げるのはなかなかむずかしいと思います。出てきましたものを分析しますためには相当の時間が必要でございますし、また今までこの種の線を引いてみた制度がありませんので、そこいらを十分調整するというゆとりも要ると思いますが、いずれにしても、集まりましたものを分析して結果がまとまりますようになりますと、先生の仰せのようなものがかなり的確に申し上げられる、こういうことになろうかと思います。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 そうすると、私が一番重要に考えている免除者が三割前後いるというこの数字が非常に不確定なものになってしまって、何か立論の根底があいまいになってしまって、私自身もこれは困ったということなんですが、しかし免除者が無理なく、三割よりは三割、二割よりは一割五分になるということは好ましいことでありますから、それはいずれ確実な数字があったら一つ数字をお示し願うことにいたしまして、次にお尋ねいたしたいのは、しからば免除の基準を一体どこにお置きになるのかということであります。これは各町村別に町民税や市民税を免除されているものもあるでしょうし、それは生活扶助に該当せられている人もあるでしょうが、それは私は全国一律にそれを定めるようなそういう的確な方法を一体お持ちになっておるのかどうか、この点を一つお聞かせ願いたいと思うのであります。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 これは先生仰せの通り非常にむずかしい問題でございまして、私どももこの線をきめます場合にずいぶんと実態調査を二回くらいやり、その結果をどう使うかについていろいろ学識経験者の意見を聞きながら定めたわけでありますが、どうも結論としては年金額が全国一律になっており、保険料が全国一律になっている以上、実際の生活感覚からいいますと、東京で生活をする場合に感ずる貨幣に対する依存度と、それから農村における依存度との間には相当な違いがあるわけでありますが、どうもそれはやはり入れるわけにはいくまい。つまり生活保護基準なんかでいわゆる地域差をこの問題には入れるわけにはいくまい。だから一応その点においては全国一律に引かざるを得ないだろう、こういう結論が一つ出て参ったわけであります。  それからその次の問題としては、こういう免除するかしないかという取り扱いをきめる場合に一番考慮しなければならぬ要因としてはどんなものがあるだろうかというのを、判別函数方式といわれるややややこしい方式を使っていろいろやってみたわけでありますが、その結果、順序といたしましては第一に所得がやはり一番大きくものを言う。その次には家族の数、それから三番目には家族の構成員の中に長期の療養者がいるかどうかというようなことが響く。それから四番目には、やはりおもな生計を得ている人が身体障害者であるとか、あるいは未亡人であるとかというようなことが響いてくる、こういうようなことがいろいろいじくりました結果決定されたわけであります。初めは、これも項目としては八つばかり取り上げましたのですが、だんだん譲った結果、そこいらに落ちついたのですが、そういうふうにいたしまして最終的にきめましたのが、この免除基準というのは市町村が把握している課税総所得額をもとにして一定の定められた基準できめていく。その場合に、ただいま申し上げたように長期の療養者があれば、それは一つの計数に表わして考慮をする。それから身体障害者であるとか、未亡人の場合は、もちろんそれも考慮する。家族数による調整は行なう、こういうふうにいたしました結果、結論の方から簡単に申し上げますと、大体農家でありまする場合には、五人世帯でほぼ十八万未満でありまするならば、これは免除をしてほしいと言ってくる以上、無条件で免除の扱いをするということが適当だと思われる、こういう大まかな線が出たわけであります。それから十八万から二十万に入る人々は、これはその人々の実情を見て取り扱いをきめるがよかろう、こういう結果になったわけであります。それから都市の自営業者の場合は、大体二十万くらい以下のところであるならば、同じく五人世帯の場合、これはほぼ無条件に認めなくちゃいけない。それを越えたらやはり保険料は納めてもらうという建前を貫徹していっても一応いいだろう。これについてはかなりいろいろこまごましたデータがございますので、これはいずれ先生のお手元にお届けをして御一覧を願いたいのでありますが、大まかな結論を申し上げますと、そういうことでございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 私はこの免除の基準について、厚生当局がそれぐらいに慎重に研究、考慮をされたという御苦心のほどを承って、やや気持を安めることができたのでございますが、それにいたしましても、この基準の査定ほど困難なものはないと同時に、これほど不公平に陥りやすいものはないのではないか。ざっくばらんに言って、隣の町同士で、町村長、理事者の感覚一つ、見方一つでそういう市民税や町民税の免除が扱われているのでございますし、そういうことでございますから、私は非常にむずかしいと思う。今概算せられて、都市と農村、いわゆる勤労所得と農家所得との区別を例示的にお示しになりましたが、農村においても五人標準家族で十八万円以下ならば無条件に免除する。二十万までに至るものは一応考慮をして、調査の上可否を論ずる。都会の労働者ならば二十万までは免除をするが、二十万から二十二、三万までは考慮をする。都市というのも、農村都市もありましょうし、大都会もありましょう。あるいはまた寒冷地もあるでしょうし、年じゅう雪の降らないような暖かいところもあるでしょう。いろいろ考慮したら、私はこれは非常にむずかしいと思うのでございますが、これに対して、もう少しこれを的確に、しかも全国一律におきめになるような、だれもが納得するような方法がないものかどうか。この点を間違ったら、こんなところからでも年金制度がくずれていく危険性はあると私は思うのです。あの人は免除になった、この人は免除にならない一これは話が横飛びになりますけれども、福祉年金の老齢年金自体所得制限があって、十三万円云々だとか十五万円云々ということになって、同じ七十才になっても、隣のおやじさんは千円ずつもらっている、事実の面においては私はもっと苦労しているのに千円ずつもらえないなどということを、至るところで私どもは聞くのでございます。これは福祉年金の老齢年金でいいが、今度の免除の問題はさらに切実です。これは食うか食わざるかのどたんばにおける生活を解剖して、まけてくれるか、強引にやって、国家権力で百円なり百五十円なりを取り上げるかという境目なのでありますから、何とか万人の納得のいく、しかも公平な全国一律な方式がないものかどうか、いま一回私は御答弁をお願いしたいと思うのであります。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 私ども、ただいま小林先生のおっしゃったのと全く同じ考え方を、この問題については持っているのであります。実はこの免除の問題をきめた内容をそのまま申し上げますと、実に無味乾燥で、機械的なものでありますので、わかっていただきにくいので、それを適用した結論の方から申し上げたのでありますが、免除基準そのものはまさしく今先生がおっしゃったような仕組みでできているのでございます。この基準でねらいましたことは、おっしゃるようにこれは市町村の実務者によって見方が違っては困る。その意味においてはむしろ、市町村の実務者には実態は把握してもらいたいけれども、免除をするかしないかということに、あまり人による個人差を出してほしくない、言いかえれば、そういう実態を私どもが与えられた場合に、厚生省でこの仕事の立案をした人間が判断するとしたならばどうなるであろうかということで、問題をさばいていけるような基準がほしい。それで先ほども申し上げました判別函数の方式から問題を発展させたわけであります。そういうわけでございますから、これは後ほどお届けいたします書類を見ていただきますと、先生がおっしゃるようなねらいのものであるということはわかっていただけるのでありますが、なぜそれじゃ、同じものを適用した結果が都市と農村で違ってくるかというと、これは避け得ないことなのであります。課税総所得の金額の見方そのものが違うのであります。この種の議論は所得幾らということをまずきめておいて、そこから発展をさせますと非常に問題は楽なのであります。問題は、その人の所得が幾らあると判定をして扱っていくかということが非常にむずかしい問題でございまして、課税総所得金額に事実上見込まれない実際上の所得というものは、これはやはり事実の問題としてあり得るわけであります。農村的な生活をしている地方と、都市的な生活をしている地方とで、若干それが違う、そういうことが先ほど申し上げましたような結果に現われているわけであります。幸いにして、今後市町村の課税方式を逐次同じやり方にしていくという方向に向かうようでありますから、これが軌道に乗って何年かたちますれば、その見方というものが非常に接近してくる、そうなればおのずから一律の判定方法できめているこの運用というものが、市町村の事情によってえらい違いが出るというようなことは起こさないで済む、こういうことになると思います。しかしいずれにしても、現段階においても違いを起こさしてはいけませんので、これは市町村でそういうふうな大体の判定をしてもらって、最終的には県で処理することにしておりまして、県の社会保険出張所がこれを取り扱うことになっておりますので、そこで十分検討いたさせる。実務上の気持といたしましては、先生お話しのように、これは扱い方によっては相手の人に非常に工合の悪い結果になる問題でありますから、むしろ疑わしい場合は甘い方に判定をするという考え方でしばらくは進んで参りたい、かように考えております。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 基準論争は私もしろうとでありますから、それ以上どうのこうのとあなたを追及していく奥の手があるわけじゃございませんので、この問題は一つ注意を喚起する程度ではこをおさめたいと思いますが、ただそれにいたしましても、私が一つこだわっておきたいことは、農村と都市、農業従業者と労働者の問に、免除の差額を二万円なり三万円なり差別をしておこうという考え方――これは明日総理がおいでになったら総理にも質問したいと思っておるのでありますが、農村の所得、収入というものを自営というところに力を置かれるのか、農村の非文化性に置かれるのか知りませんけれども、どうしても差をつけて格差をつけようとされる考え方がある。年令の問題だって、被用者年金においては六十才になれば年金を給付する。国民年金は六十五才だ。何で一体五年間の開きを持っているのかといえば、生産手段を持っているからだ、こういう理由です。そういうことで、農民というと、それは農民ばかりじゃありません、もちろん自営業者も零細業者も入るのでありますけれども、そういう被用者や一般労働者と差をつけて、保険期間は片方は最低六十才、二十年、こっちは二十五年、四十年というように、六十五才まで持っていって、大幅に差をつけようとする、こういう扱い方は非常に間違っていると思う。たとえて言えば、あなたのおっしゃるように四反歩以下の五人家族の農民は一応免除に該当するものと見ていい。一体日本の六百万農家、今度の農業センサスでも六百万戸は減っていない。総理大臣は、所得倍増をしたら農民はだんだん減っていくようなことをおっしゃるけれども、農村内部の青年層は減っているけれども、人はちっとも減ってない。やはり六百万農家は依然として存在しているのでありますけれども、その六百万の農家の中に、一体四反百姓というのは何ぼおりますか、お聞かせを願いたい。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 私、その数字は存じておりません。ただ厚生行政の基礎調査で、三反歩と五反歩のところに区切りをつけたものを出しておりますが、これは後ほど調べまして申し上げたいと思います。  それから年金全体の問題についての先生のお考え、これは一つの御見識だと思います。ただ問題は、保険料の拠出能力を考えますと、それとの関係において若干支給開始年令をおそくするということで調整せざるを得ないというような問題があり得たわけでございます。  それからこの免除基準の問題につきましては、私の申し上げ方がやや不正確であったのでありますが、基準そのものは決して都市と農村で違ってないのであります。これは全く同じ基準をすべての人に適用するという仕組みなのであります。従って基本になる課税総所得というものが同じようにつかまれておるならば、同じように結論が出てくるはずなんであります。私が先ほど申し上げましたのは、日本の市町村民税その他の把握において、課税総所得と実際のほんとうの所得との間に若干の差があるというのが実感としてあるし、またいろいろのところからあるというふうに推定せざるを得ないものがあるわけでありまして、その結果から見ると、こういったものになってしまって、ということを申し上げたつもりなのでありますが、いかにもそのことを基準にして取り扱いをするように申し上げたとすれば、その点は訂正させていただきたいと思います。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 小林さんが基準の問題を質問しておりますけれども、私も関連して基準の問題を少し質問したいと思います。今後どの程度の免除をやるかということは、全国的な基準というものをしっかりと厚生省の方でお示しになっていないと、なかなか問題が起こるわけです。  そこで今小林さんの御質問に対して、農家でいえば四反ないし五反程度のものが免除の対象になるような御答弁があったわけであります。従って農家でいえば五人世帯で十八万円未満ならば免除をする、こういう形になるわけです。全般的にいくと十八万ないし二十万円くらいが免除になる。都市の自営業では二十万円くらいだ、こういうお話があったのです。  そこで一つ一つ尋ねてみたいのでありますが、まずそれらに該当するものとしては失業対策事業、これは皆さん御承知の通り、適格基準というものを労働省でお定めになって、一つの世帯で大体一人を適格基準で、二人以上は働かせない。大体失対労働者は全国平均一日二百三十四円で、今度の予算で五十二円上がりましたから、三百八十六円になる。これを二十一・五日働いたところで、おそらく他に収入がないというのが多いわけです。そうすると、失対労務者は免除の対象になると大体考ていいんですか。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 仰せの通り、失対労務者は、結果的に見て、ほとんど全部免除の対象になると思います。  それだけでなく、もう一つ、実務上の扱いにおきまして、先生がおっしゃったように、若干感覚は違いますけれども、すでに職業関係の機関の方でそれぞれの生活の実態を見て、困った人だけを失業対策の労務者として登録を認めておる、こういう扱いをしているわけであります。私どもの方も実務上の扱いとして、そういう登録をされておるという事実が明らかであれば、大体免除すべきものという気持で扱うようにという、そういう取り扱いを進めております。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、失対の適格労務者というものは、大体全員免除である。そうしますと、失業対策労務者と同じような条件、同じような水準にあるものは、たとえば家内労働者とか内職者とか普通の日雇い労働者、それから行商人、小商人、こういうようなものは一応それで対象基準ができてくるわけです。他に収入がなければ、当然それと同じものは免除する、こうなってきた。これはお認めになると思う。  それからさいぜん小林さんが御追及になっておりました、農家でいえば四反ないし五反、五人世帯で十八万円というのが大体免除で出てきた。そうしますと、あと一般論としてかぶせてくるものは何かというと、地方税のいわゆる市町村民税の均等割ということで片がついたのではないかという感じがする。大体均等割を納めているという程度になりますと、十七、八万程度になるでしょう、大がいそれ以下です。そこいらは均等割というもので律することができないかどうか。農家でも十八万と、こういいますけれども、五反未満の農家でも、たとえば都市近郊における花卉園芸等を中心として、いわゆる換金作物をよけい作っているものは五反でも莫大な収入を上げることができる。地域によっては相当なアンバランスができるけれども、それは非常に温室を持っていたり、特殊な農家で、普通の手から口の生活をやっている程度の農家は麦の嶺が越えがたい、春窮、韓国でいえば絶糧農家、そういう春になったら苦しくて麦の嶺が越えられぬのだというところは大体四、五反のところが多い。そういうところは均等割です。そうすると、具体的に日雇いとか、農家では四、五反、それからそれに匹敵する水準の小商人、家内労働者というものをあげてくると、大体ワクは均等割というようなことでかかるのではないか。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 均等さえも免除されておるというような人は無条件に免除になるという意味においては、均等割は一つのよりどころになります。問題は、実は均等をかけられている人人にも相当免除しなければならぬ人が現実にあるのであります。それは均等割というものが必ずしもほんとうの所得に応じてかけられているという扱いでないところがあるからであります。むしろこの免除基準の引き方の目的があるとすれば、均等割よりはやや上のところ、しかし所得税を納めるまでには達しないという手ごろなところで線を引いていきたい、こう考えているわけであります。くどくなりましたけれども、納めていなければ免除されるという意味においては、均等割は一つの基準になるわけであります。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、結局、均等割を納めていないならば確実に免除、それから問題は、均等割を納めているものをどの程度免除するかということが問題である。従ってその決定というものは、結論的に言えば、市町村で独断的にやらずに、それはさいぜんあなたの御説明にありましたように、県で最終的な決定をしていく、これでいいわけですね。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 それも定められた基準に従って扱ってやる、こういうことでございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 基準問題は、今の滝井さんの質問であなたの御意向も大体わかったのでありますが、特に私はこの際お願いをしておきたいことは、先ほどもお話がありましたが、地域差をなくして総収入あるいは総所得によってものを考えていきたいということをおっしゃいました。私が先ほどから繰り返して言うのはそこでございまして、何か勤労者と自営業者、都市と農村との地域差、職業差というものを従来は設けて、どうしても農村の生活を二割か三割くらいずつレベル・ダウンしてものを考えるという悪い習性がわが日本にはあった。そういうことが押し寄せてきて、今日農業基本法までも作らなければならない、七年も八年も豊作が続いて、やっと気がついたら農民の中の半分以上が食えなくなっていたというような形になってきたのでありますから、私は、先ほどもおっしゃったようなそういう地域差や職業別の差別をなくして、どうしても全国一律の合理的妥当な基準を出してもらわなくちゃならない、こういうことが実は私が言いたいことの結論なんであります。  その基準の出し方でございまするが、これはあなたも御承知のように、今年はこれからまた米価の問題が非常に問題になるのです。この米価の問題について私どもが終始要求していることは、表面は再生産を保障するところの生産費所得補償方式で米の値段をきめてくれというのでありますが、それを裏返していえば、米を作る農家の収入の主たるものはやはり労働賃金なんだから、米の値段や農産物の値段をきめるときにも都会の労働者と同じように、都会の労働者並みの賃金で米を作る農民の日当を換算してくれ、米が一石一万円といえば、その中の大半を占める賃金は農民の労働賃金なんです。あとは資材費だとか農薬だとかあるいは借りた金の利息だとか、それはわずかなものなんです。その労働賃金のとり方を都市の労働者並みにとらないために農民が泣いてきた。ところが、中小企業やあるいは小さな請負師や大工さんなんかもやはり同じなんです。店を開いて商売しているけれども、ああいう零細な商人なんというものの、大工さんや左官、請負師なんというものの内容を分析していけば、みな労働賃金です。その労働賃金を正当に評価してくれないために、いわゆる労働賃金と農産物の価格の格差、都市と農村の生活の格差、一般の自営業者と労働者との生活の格差、所得の格差、これが全部出てきている。今その格差をどう是正するか。結局、農産物の値段をきめるときにも農業労働賃金を適正に評価せよ、自営業者の生活を評価するときにも自営業者の労働賃金を正しく評価せよ、これが問題の中心なんです。ですから、今の免除のやり方を見るときにも、お前たちは自営業者だ、生産手段を持っているのだから生産手段のない都会の労働者よりは幾らかそれを割引をしてもいいのだ、こういう考え方で、お前らは二反でも三反でも土地を持っているのだ、生産手段を持っているのだ、だからお前の所得は十八万円でよろしい、こっちの労働者の方は生産手段がないのだから所得は二十万円以上でなくちゃならない、こういうようにあなたたちが差をつけたものの見方をされる限りは、農村は過重な厳格な免除基準を適用せられて、農民はだんだん貧乏にくぎづけされていくという形が出て参ります。この点を私は特にあなたに注意を喚起してお願いしておきます。地域の差をなくしてもらいたいと同時に、自営業者だから、生産手段を持っているから、こっちは持たぬからというふうな昔風の考え方で基準を定めないようにしていただきたい、これが私の最後のお願いなんでありますが、いかがでありますか。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 先ほど来申し上げましたように、免除基準の運用につきましては、先生がおっしゃったような仕組みでできておりまするし、従ってその仕組みを正しく運用させるということは私ども常々心がけて参らなければならぬことでございます。御趣旨のような考え方で運用いたします。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 それでは次に進みます。これは八木さんからもしばしば繰り返されたことでございまするが、納得がいきませんのでまた繰り返させてもらうのでございまするが、免除を受けた人たちに対して国庫の負担がない、保険料を納めた人だけに対して国庫が納めた金額の二分の一ですかを負担する、これは何回大臣がお話しになっても、局長がお答えになっても、どうしてもわれわれは納得ができない。一番年金の世話にならなければならない、保険料を納めたくても納められないような人を国がめんどうを見ない。百円なら百円、百五十円なら百五十円納めた人だけに、国庫がその納めた金額の半分だけお手伝いしてくれて、二十五年なり四十年たってから二千円なり三千五百円なりくれる。百円なり百五十円なりを納められないお気の毒な方々を、国もめんどうを見ないでおっぽらかしておくというこの思想、この根拠は一体どこにあるのか、私はどうしても納得がいきませんので、この点大臣からいま一回、私が納得できるように一つ御説明をお願いいたしたいと思うのであります。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 小林さんのレベルの話になりますと、私の説明ではとても解明できぬかもしれぬと思うのであります。前回も前々回も申し上げていることの繰り返しになりますので、むしろ一つ人をかえて、専門の小山君から解明させてみたいと思います。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 この制度に保険料を納入しない場合があり得るという可能性を考えないとすると、問題は非常に考えやすくなるわけでありますが、何分何千万という個々の対象から保険料を徴収する制度でございますので、確実に必ず徴収を完了しようとすれば徴収方法に相当な無理がくる、こういうことになるわけであります。それは現段階においては避けなくちゃいくまい、やはりある程度自発的に納めていくという機運を作りながら国民にこういう制度になれてもらう必要があろう、こういうことで、この制度は納めた保険料に応じて年金額がきまっていくという一つの基本的な原則を立てたわけであります。そういうふうにいたしました場合に、納めないという場合にも二つあると思います。つまり先生がおっしゃった、納めたくても納められないという事実をどうするかという問題が出たわけであります。これは、ほかの制度でありますと、いやおうなしに初めから俸給から天引きしますからこの問題は登場しないわけでありますが、国民年金の場合はそうはいかない。国民健康保険では御承知の通りそういうふうに考えられる人々はもう初めから制度の外に置くという解決方法をとったわけでありますが、国民年金は長い間のことを考えなくてはいかぬので、そういうふうにはできぬということで制度の中に入ってもらう、こういうことになりますと、どうしても何かそこに一つの工夫が要るというので現在の免除というのができたわけであります。  その場合に、この制度といたしましては、そういう人々にも必ず何か年金で守られる方法が必要であるというので、将来ともにそういう人々の備えになる仕組みとして福祉年金の制度は残していく。これもたびたびお話がありまして、福祉年金というのはもう現在七十以上なら七十以上の老人に例外なくやっているじゃないか、そんなのをやるのはあたりまえだ、こういうふうな御議論もあるわけなのでありますが、実は制度を作ります当時においては、このことは財務当局との間には相当議論のあったところでありまして、将来も拠出制度があっても全額国庫負担の福祉年金の制度は残していく、こういうことにしたわけであります。  そういうことで、免除の多い人の場合でも必ず年金制度で守られるという仕組みができましたので、中間において、福祉年金まではいかないで済む、しかし拠出年金では納めた人ほどもらえない人ができてきたというのが現在の問題になっているわけであります。これについては、先生仰せの通り、免除基準の運用が的確にいくという条件ができてきますならば、やはり将来の制度の仕組みとして何らかの措置が望ましいということは、私どもも前々から考えておったわけでありますが、先ほど来の先生の御質問で内容が次第に明らかになって参りましたように、実はどの程度の人が免除の対象としてほんとうに確定されていくかということは、今後若干年月の積み重ねが必要なのであります。生活保護で百六十万という対象が固まってくるまでの間にも、これはすでに十数年の実績があるわけであります。そういうような事情からいたしまして、これをやって参っておりますうちに、だれが見てもあの人が免除になるのがあたりまえという扱いが出てきて、そうすればおのずからそういう人々に対してまた一つの補強手段というものが行なわれるという条件ができてくる。そういう意味で、今のような制度によってしばらくは免除を受けた人にがまんをしてもらう。事情を申し上げますと、そういう事情でございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 そういう事情をおっしゃったのでございますが、その事情がどうも私はのみ込めないのでございまして、これは別の角度から一つお尋ねしたいのでございます。  私は強制加入ということに非常に重きを置いておるのであります。今の局長のお話では、徴収方法が無理なく行なわれるというところに持っていきたい。その無理なく行なうということになれば、いわゆるなまけてといいますか、サボって納めない人も出てくる、こういう想定も生まれてくるわけであります。しかしこの法律の建前からいえば、納めない人はまずない。申請をして免除を受けた人、あるいはまた生活扶助等で当然免除せらるべき、それ以外にはこれは納めない人がない建前にならなくてはならない。もしあるとすれば、強制でありまするから、なまけて納めない人をそのまま放任しておけば、国家みずからが――これはあまり強く言いますと今の過渡期において大へんな問題になりますから、今日の段階は別として、法の建前としては、それは国自体がサボったことになる。法律も正しく実施しないというのは、本人も悪いけれども国も悪いという勘定になってくるわけでありまして、先ほどあなたの申されました分析の中には、何しろ九千三百万でありますから、事実把握困難で免除になるものが百二、三十万人あるというふうに言われておりますが、浮浪児のごときは職業も住居地も安定しないで、その人の生活それ自体もつかみ得ないような、そういう例外的なものが出てくるかもしれませんが、それはほんとうの例外でありまして、私が先ほどから繰り返して言うように、免除を受けた者以外には保険料を納めない人はいないはずであります。法律の建前はいないはずになっております。そうするとその免除を受ける人は、あなたが言われるように、さっき基準の問題をわれわれがやかましく論議しておるように、ほんとうに気の毒な人たち、生活扶助を受けておる、あるいは市民税、町民税も納めていないような生活の苦難に戦っておる人たちなのであります。そういう人たちも、今は一生懸命に苦労しても、六十五才になれば、晩年は一つ国のあたたかい手が差しのべられ、そのときになれば三千五百円なり二千円なりの金がちょうだいできるという楽しみがあるわけであります。その楽しみを国みずからが剥奪してしまうというのでありますから、われわれに言わせれば実に残虐非道であります。それが今言うように、なまけたり、浮浪して納めらるべくして納めない者が何かの形で存在するならば、そんなものに国家が三分の一の補助金を出してめんどうを見る必要はないという議論も出て参りましょうし、お前が六十五才あるいは七十才になったら福祉年金で千円ずつやるからそれでがまんせよ、そういう理屈も成り立ちましょうが、納めない人は、実情を一つ一つ調査して、やむを得ないからといって国みずからが承認して免除をした人でありますから、それらに対して一顧の考慮も与えないなどということは、義理人情、血も涙もなく、古井厚生大臣の当然忍び得ざるところではないかと思う。本来ならばこういう人たちにこそ二十五年たって二千円、三十五年たって三千五百円やるのが普通でありますが、それさえも国庫負担ができないとすれば、納めた人たちに国庫が負担をしてくれる三分の一の千百六十六円くらい同時に積み立ててやって、ひとしからざるを憂えるという厚生行政の矛盾をなくして、貧しき者も豊かなる者も、年令六十五才の鐘が鳴れば、ひとしくその喜びを与えてやるという行政に入るのがどうしても本当だと思う。大臣いかがでありますか。けれどもなまけ者がいるとやはりお認めになりますか。国家が承認する以外の、そういうなまけて金を納めない者がいるとあなたはお考えになりますか。大臣からいま一回お聞かせ願いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 きょうは格別小林さんの御議論はさえておりまして、ほんとうに情理兼ね備えた血も涙もある、道理の通った御議論を展開されておりまして、私も大いに傾聴していたところであります。  率直に言うと財政問題にもなるかもしらぬし、またいろいろな角度から踏み切るまでには検討を要するかとも思います。これは今後よく検討しなければならぬ問題である、こういう感じを持つのであります。きょうのところはその辺で御了承願いたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 関連して。先ほど小林委員が厚生大臣並びに年金局長に御質問になったことは、私も全面的に同じ意見でございますが、そこで小山さんの御答弁にいささか不満な点があるわけであります。小山さん自体、小林先生が御指摘になったことがずばりそのものであって、それに対して弁解の余地のないことを知っておいでになりながら、現行の政府案の立案者としての、そのような公務員としての立場に執着して、国民という立場じゃなくお答えになった点について非常に不満でございます。福祉年金があるからということを、小林先生の当然の論点に対して、ほかにかわすたてのように御説明になりますと、年局金長という権威のもとにそういう発言があると、それが相当にたてになり得るものだということを誤認せられる向きが世の中にあるおそれがありますので、こういうところにはそういう牽強付会のものをあまりお使いにならない方がいいのではないかと思うわけであります。と申しますのは、福祉年金というものは七十才開始であります。小林先生のおっしゃった千百六十六円積み立てて六十五才開始とは五年間の相違がある。この五年間の相違というのは非常に大きなものであります。と申しますると、免除を受けるような――日本の経済政策が悪いために、医療の政策が悪いために、非常に不運にも、財政的に家計的に困難な生活を苦しんでこられた方、そういう方々は残念ながら健康を虫ばまれる率が多いのでありまして、日本の平均寿命が六十七才であれば、ほかのしあわせな暮らしをした方よりも、残念ながら寿命が少ない可能性があるわけであります。それいうことになりますると、福祉年金が七十才から開始される、今そのような気の毒な方々には、そういうちょっとしたものがあるぞと言われているだけで、実際上は大部分ないも同然でございます。もらえない、そういうことと、もう一つは、もらう金額がまた、その当時になって千円というような乏しいものであり、夫婦そろっていらっしゃる場合には七百五十円になるというような要件もついているわけであります。そういうように、五年間の差というものは非常に重大であって、福祉年金があるからということに籍口して、今のでがまんしてもらいたいというような御答弁は、小林先生初め私どもも断じて承服ができない。これは全国民の承服できないところであり、ここにおられる与党の先生方も承服のできないところだろうと確信をするものであります。そういう意味で、そのような御弁解をなさらずに、政府の進む道は断じてその方向であるという、小林先生に賛成の積極的な御答弁をいただくべきであると私は確信するわけでございます。その意味において厚生大臣の御答弁をお願いいたします。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 御趣旨の点は、最大の敬意を表して私も伺っているところであります。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 古井厚生大臣が、現在十分研究に値する問題であるし、研究するという含みのあるお話でございましたので、私はその御答弁に千鈞の重みを置きまして、この問題はこれで一つおさめたいと思うのでありますが、遠からずこの矛盾が解決せられることを深く希望しまして次に移りたいと思うのでありますが、まだ同僚議員の質問も残っておりますので、簡略に切り上げたいと思っております。  次は、私はいろいろ修正の問題も持っていますが、これは私の個人の考えでございますから、若干党の意向と違うかもしれませんが、この年令の問題であります。年令の問題を私は非常に重要視をいたしておるのでございますが、先ほども少し触れましたように、この国民年金は六十五才から開始するということになっております。ところが、被用者年金は一般に六十才から開始をせられることになっておって、同じ日本国民として、国家社会のために働きながら老齢の域に達したときに、いわゆる自営業者あるいは一般の日雇い労務者であるがために、六十五才までこの年金の恩典に浴しない。被用者であれば六十才から、それはいろいろ特例はありますけれども、一般にこの年金に浴する。しかも被用者年金は保険期間が最短二十年で開始せられ、こちらは二十五年たたなければその半額に近い二千円の年金も月にちょうだいできないという、いずれにいたしましても五年の差があるということは非常に矛盾ではないか。特に国民の利益を総合的に勘案して、その社会保障を推進していかなければならない国の立場から見て、これははなはだ不公平ではないか、かように考えるのでございますが、一体被用者保険の保険開始の六十才と、この一般国民保険の六十五才開始との五年の差はどういう根拠でお作りになったのか。私は、これはどうしても六十才に引き上げてもらいたい、こういう改正をお願いしたい論拠で繰り返しておるのでございますから、納得のいく御答弁を大臣からお聞かせ願いたいと思うわけであります。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 六十才がほんとうに適切な年令か、六十五才が適切な年令か、その論は別にいたしまして、ちぐはぐになっている事実はあるわけであります。そこで、これについては、現行法がこういうふうになったのはそれなりのわけがあると思います。あるいは保険経済のそろばんから出たかもしれないし、あるいはそのほかの理由があったかもしれないけれども、それなりの根拠があったと思います。その点は局長から申し上げさせましょう。  ところで、問題をそらすわけではありませんけれども、年金制度は公務員の年金制度から始まって全くてんでんばらばらでありまして、国民の老後を同じように国として扱わなければならぬという考え方をもとにして見ますと、いかにもこれは乱雑きわまるような気がするのであります。でありますから、将来の理想といたしましては、この年金制度というものの全体的な見直しということが残っていると私は思うのであります。段階的に考えますと、これも一つの大きな問題であるが、その前に医療の均等、これも今日ばらばらになっている。公務員共済から始まって国保に至り、あるいは日雇い健保に至るまでを見ますと、だいぶ長いことやってきたにもかかわらず、まだあの通りである。これの調整という問題が片方横たわっておりまして、どっちを先に取り上げた方が一体段階として穏当かという問題から見ますと、私は率直にいって、両方やればいいのですけれども、熟している程度からいうと、医療保障の調整という問題が最も緊切であるし熟しているのではないかというふうに――間違いであるかどうか知りませんが、私には思えるのであります。小林さんの先日の御論議でも、年金なんかいっときにやらぬでもいいじゃないかという御卓見をおっしゃっておりましたけれども、そういうお考えと同じではないけれども、似通った辺もどこかあるわけであります。そこでそういう全体的な調整という問題はいずれはあると思うのであります。ただ年令だけの点と私は思いません。もっと大きく違いがあると思うのであります。そこで、問題をそらしてしまうという意味ではございませんけれども、問題はよくわかります。よくわかりますけれども、そんならこれをあしたやるのかという式の問題になってくると、これはよく考えさせていただかぬと、順序、段階もいろいろあるのではないか、こういう政治論を申し上げる以上のものを私は持たぬのであります。現行法の違いの根拠という点につきましては、それなりの根拠があるに相違ないのでありますから、局長からお答えを申し上げたいと思います。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 局長の答弁をいただく前に、今大臣がおっしゃいましたお言葉の中に、誤解があると悪うございますから、私はきのうの言葉をいま一回繰り返しておきますが、大臣、私は国民年金を延期をした方がいいということを申し上げたのではないのでございまして、国民年金でもわが党の案のように完全なものを実施して下さるならば、すぐお願いをいたしたいけれども、政府のようなこういう穴だらけの不完全なものでは、ありがたさよりはむしろ迷惑さが強過ぎますから、その意味において、政府の案ならば、国民年金の中の無拠出年金、福祉年金の方だけ、これだけでも当面一つ充実をしていただいて、年令を六十才に下げる、わが党のように、老齢年金は二千円ずつくらい、障害年金は四千円、三千円、二千円にする、母子年金は三千円にするというふうな、こっちの方の充実をまず早急にやっていただいて、そして拠出の方はその後のあと回しにお願いできないかということを申し上げたのでございますから、これを全部含めて、どうも国民健保の方だけを先にやって仕上げてしまったらどうかというふうにおとり下さいますと、わが党の年金委員長の八木先生にしかられますから、どうかそういうことの誤解がないように一つおとりを願いたいと思うのでございます。  今お話のありました年金の開始年令のばらばらも、医療体系をまず整えることから先にやりたいというこの大臣のお考えは、私は賛成であります。これは何でも一つ手がけていただたいて、一つ一つりっぱに仕上げていただくという、それはどっちが先、あとは別にいたしまして、同時にできないものならば、一つずつ完成をしていただきたいという意味において、この点はまことに私は賛成でありますので、どちらからでもよろしゅうございます。早く一つ手をつけて完全なものに仕上げていただきたい。  ところでまた本論に戻りますが、この年金開始の年令の一般年金は六十五才、それから被用者の方は六十才、これは局長をして答弁せしめるとおっしゃいましたが、局長の所見というものは私は知っておるのであります。知っておりますが、やはりここで聞いた方がよろしいかな、局長、いま一回一つお聞かせを願いたいと思うのであります。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 御承知の上の御質問でありますので、結論だけを簡単に申し上げます。  一つはやはり現在の対象になる人々の実態から見て、おおむね六十五才くらいまでは働いているという事実が一般に認められる。そういった事実が認められるので、一応それを前提にしたということであります。先生おっしゃったように、一般の労働者の場合には生産手段を持ち合わせていないが、この国民年金の対象の大半を占める農民、自営業者の場合にはそれを持ち合わせているために、いわば実際上社会的に働く期間が少しおそくまである。これはやはり公平に見て実情であろうと思います。そういうような点から見て、一方は六十であるならば一方は六十五という考え方もあり得る、絶対的なものではないけれども、あり得る、こういうことが一つでございます。  それからもう一つは、これは午前中の井堀先生が触れておられた問題の裏みたいなことになるのでありますが、おそらく将来とも労働者の年金については、たとい年今が六十になりましても、雇用がずっと続いて参りますならば年金の支給は受けないでいく、それだけ被保険者の期間が長くなり、受ける年金額が多くなるという方向でのやり方は続くであろうと思います。ところが国民年金の対象のような場合には、そういうわけにはいかないので、やはり六十五ときめました以上は、たといその後において働いて相当の収入を得られましても、年金は出るという仕組みをとらざるを得ない、そういう事情もありますので、これに保険財政上の考慮が加わってきて六十五ということにせざるを得まい、こういうことでございまして、よけいなことを申し上げるとまたしかられるかもしれませんが、八木先生は社会保障制度審議会で非常に勇敢に六十才説を主張しておられましたけれども、あの当時から社会保障制度審議会での圧倒的な空気は、これはやはり六十五であろうということで、中には七十才説を唱えておった人もあるといったような実情であったわけでありまして、現段階においてスタートするものとしては、一応基準をここへ置かざるを得まい。しかし先生おっしゃるように、実際六十五にならぬうちにどうしてもほしいという人が対象のうちにあるわけでありますので、御趣旨のような精神をくみまして、今回提出しております法案におきましては、原則はそうきめますけれども、本人が希望すれば六十以降いつでも申し出て、そのときから老齢年金が受けられるようにすることで実際上の調整をはかる、こういうふうにいたしておるわけでございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 後段の、本人が希望すれば六十才からやるというのは、それは減額支給でございますから、今の私の質問に対する答弁としてはいただくわけには参りません。私は全額をいただく、五年、被用者年金と同じにしなければならぬということを御質問いたしておるのでありますが、私は実は今の局長の御答弁の中に、大臣、実に重大なる要素が含まれておる、こう思っておる。その第一は、先ほどから私が繰り返しておりますように、農業者あるいは零細業者は自営業者として生産手段を持っておるのだ、生産手段を持っておるから一般の被用者と違って、また六十五才になっても働き得る場所があるし、働いているのが実情だ、だからこの階層は六十五才でいいというこの考えを私は非常に危険視しておる。これが先ほどから私は繰り返しておるが、どうも農民をそういう免除の基準にも差をつけるのじゃないかという、この点です。これを改めてもらわなければならぬ。農民のとらえ方を労働者としてとらえないで、生産手段を持つ経営者だ、経営者としてとらえる、この経営者としてとらえてきたことが、今日の農民や零細なる自営業者を、ありがたやありがたやの所得倍増の中のどん底に陥れてしまう。これを改めてもらわなければならない。ところが今なお依然として、自営手段を持っておる、生産手段を持っておるからこういう五年の年令の差をつけてもよろしいという考え方、これは改めてもらわなければだめであります。これは非常に危険な思想であります。自民党の方々が共産党は危険だとおっしゃいますが、われわれの方から言わせれば、これは共産主義などという危険よりはもっと危険な思想です。これは農民を酷使して、老いぼれるまで農民を追い使おうという、低所得、過重労働にくぎづけにして、そして農民や自営業者が腰の骨が伸びないまでこれを追いまくっていこうという考え方です。この点は私は非常に間違いだと思うんです。いわゆる労働の質から申し上げまするならば、それはその被用者、いわゆる労働者、勤労所得者よりは農村における農業労働者の方がずっと過重な労働をしておりますよ。だから農村へ行ってみて下さい、五十才以上になりますると、もう都会の労働者より二十も年がふけたような、しらがになって腰が曲がってふわふわしているけれども、しかしやっぱりこの零細なる三反なり五反なりのたんぼにしがみついていかなければ生きていけないという悲惨な現実なんです。その現実をそのまま認容して、まだ六十五才まで働けるのだからといって、それをそういう零細なる土地に縛りつけることによって年金の恩典を剥奪しようという考え方は私は間違いだと思う。あとへいって局長は、いま一つは保険財政に見込みが立たないから、これは率直な御意見です。こういうお話ならば、過渡期における国家の財政の建前でございますから、さもありなん。現実に金がないならば、ないそでは振られぬから、六十才にしたいけれども六十五才はやむを得ないという、こういうすなおな気持にもなりまするけれども、生産手段を持っているから絶対やれないということは私どもここで了承するわけには参らぬのであります。一体被用労働者と、そういう農村における三反か五反の生産手段を持って働いている農民労働者のその労働の過重さはどっちが重いか、どっちをこそ私どもは社会保障で救済しなければならないものであるか、私はその労働の過重の比例を一つ大臣からお伺いをいたしておきたいのであります。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 さっき年金局長が、国民年金の対象となる人の就業状態とか今の生産手段とか申しましたのは、現実に生産手段があるから差別をしろということを言っておるのではなくて、そういうことも根底にあるのか知らぬが、六十で働かないようにはなっていない、働いておる、こういう現実があるじゃないか、つまり働く前線からしりぞくというような実態で必ずしもないではないか、こういうようなところを重点に置いて言ったもののように私は聞いたのでありまして、根本の生産手段所有の点をまっこうからあなたの気にさわるような議論をしようという気持ではなかったように私は思うのであります。その問題になりますれば、これはなかなか深刻な問題になってくると思うのです。それは農業労働がどんなにつらいものか、どういうものであるかぐらいは、私も百姓の子だから知っております。知っておりますけれども、自営でなくてコルホーズに働いておる農業労働者と、それから工場に働く労働者と、という問題になると考えやすい。ところがそこに自営業者としてはプラス・アルファがついておる。この事実は何にも考えないのか、プラス・アルファが現実にあるのだから。これは全部考えなくてよいのだというのは根底にちょっと間違いがある、私はそう思うんです。コルホーズの農業労働と工場労働との比較と違うのであります。と私は思います。これはせんじ詰めるといろいろなめんどうな問題になると思います。これは年金の問題としてはあまり大き過ぎますので、またこい願わくは他日の論にいたしたいと思いますが、現実に農村の人は六十をこしても働いているじゃないか、というあたりは一つしんしゃくをして、小林さんでも、全部でなくても、そういう点は一つあるなぁぐらいはおわかりになって下さったのじゃないかと思うのでありまして、現行法はとにもかくにもそういういろいろな点を根拠にしてこういうことになっている。こういう点はまあそれなりの理由があったのだと私は思います。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 私は大ていのことは妥協するのでありまするが、この農業の労働者と都会における生産手段を持たない労働者との賃金の格差と労働過重の問題についての今の厚生省や厚生大臣の見解には私はどうしても同調できないのであります。これは先ほどから申し上げまするように、農民は生産手段を持っている、こういう考え方が零細な農家を、七年も八年も耕作を続けながら、とうとうこういう今の農業基本法まで作って都会へ追い出していかなければならないような大きな原因をなした。だから私どもは先ほどから言うように、これから米価でも農産物でも価格をきめるときには一つ都会の労働者、せめて三十人以上の労働者を雇っている生産工場の労働者の平均賃金で農民のいわゆる一日の労働をはかってくれ。ところがこれは農林省の管轄でありますから、農林省の方は、政府の方は、三十人以上を雇っているところの労働者の平均賃金をもって農産物の価格をペイするわけにはいかない。農業団体は、五人以上を雇っておりまする労働者の平均賃金をもって農民の一日の労働賃金に対比する。政府の方は、一人で町でとってんかんやっている親方一人、小僧一人という、そういうとってんかんのかじ屋の小僧の賃金をも含めた平均賃金も農業労働者の賃金に採用できない、こういうことで、農産物価格決定のために十年来私は戦ってきた。そんな生産手段とか自営業者とか、実情のない尾ひれをつけて農民の労働賃金を安く判断することだけはやめてくれというのが私どもの切実な願いです。ようやくこれは農林省や何かで認めてくれるようになった。たまたま厚生省や何かでそれが認められないということになるならば、私どもは農民各位の前に腹を切っておわびしなければならない重大問題でありますから、断じてこれを譲るわけには参りません。これはどうしても私の主張通り農村に働いている農民の労働の賃金というものを正当に判断して、そうしてこの年金というものを考慮していただかなければならない。  それから今大臣がおっしゃった、いま一つ六十五才になっても農民は現実に働いているじゃないか、この働いている事実はお前も認めなければならぬだろう。都会における被用者は六十五才、六十才になって定年になったら首になるのだ。しかし農村は現実に生産手段を持って働いている。この事実を認めろ。私もこの事実を認めるにやぶさかではございません。しかしこの問題も私は大臣の注意を喚起しておかなければならない。なぜ一体農民は現実に働いているのか。働かなければならない。働くのがいやなんです。いやだけれども、あの小さなうちの財産をやりくりしているときに、自分が隠居して財布をせがれに渡すと、もはや次の日からおやじはルンペンですよ。小づかい銭もないのだ。一日のたばこ銭もないのですよ。そうしてせがれの前に、たばこ銭をもらう力もない。せがれも親孝行したいけれども、やる金もない。財布を渡すと同時におやじは裏の納屋か何かに入って、せいぜい子供か何かおんぶして、そうしてうたかたのごとく死んでいく。こういうさびしい境地なんです。それでありますから、腰が曲がっても、働く労働力がなくても自分のたばこ銭や、自分の生活や、小づかいのために、のびるようになっても支配権を放さない。それが実情です。その一番いい証拠が、ああやって、私は大臣のちょうちんを持つわけではありませんが、私どもは小づかい銭にも、たばこ銭にもならないじゃないかということを言うが、無拠出年金制で七十才になったら老齢年金で千円の小づかい銭をやる。しかし所得制限があって、所得十三万円以上ある軒に対してはやらないということになったら、今度はその千円のたばこ銭をもらうということで、おやじさんが財布を持って七十才になっても、七十二才になっても、労働の指導権を握っていたおやじさんたちがさっと隠居してせがれに財布を渡して、千円ずつの涙金をもらう体制を作り上げたということは、這般の事情を無言のうちに物語っておるものでありますから、この事情をよく考えていただければ、農民は六十五才以上になっても働いているのだから、この現実は認めなければならないのだという大臣のお言葉は、少しまだ農民心理の奥底までメスをお当てになっていないものと私は考えるのであります。この点はどうしてもいま一回考慮していただきまして、働いているから六十五才までは年金はこれでいいのだという考え方はやめて、小山さんが言われるように、財政的関係でやりたいけれどもやれないのだから、将来何とか一つ考慮したいというぐらいの答弁をして下さるならば、私はこの問題はこれで終わりたいと思いますが、いかがですか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 初めに申しましたように、六十がよいのか六十五がよいのかこれは議論があろうけれども、ばらばらになっているところには一つのまた別の問題がある。そのばらばらという点で、一体六十がいいのか六十五がいいのかという問題は、八木さんにはたちまちしかられるにきまっておりますけれども、まだ議論があっても差しつかえないと思うのであります。農村の労働はあの通りのひどい労働でありますから、体力も消耗いたしましょう、また栄養なども片寄っているから、米は食うかもしれないが、バランスがとれていないので老衰も早いでしょう。現実にそういうこともあるでしょうけれども、しかしわれわれの小学校以来の友人だってまだりっぱに農村で働いておるし、まだ一年や二年で働けなくなるようには思わぬという私は実感を持っておるのであります。私は自分で、じゃ一、二年で働けなくなるのか、代議士をやめても、どうもそういう気がしないというようなことを申しましたけれども、農村におる友人だって私は同じように思うのであります。この辺はもうちょっと議論の余地はあるとは思いますけれども、きょうは八木さんに敬意を表してこの問題をやらないでおいてもらって、きょうのところはあなたのおっしゃる保険経済というところにも突き当たりがある、これはあなたもお認めになった。少なくとも最小限度の一点は残っておるということでありますから、きょうはこの問題はこの辺にしておいていただきたいと思うのであります。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 私は先ほどから繰り返して言いますように、六十才がいいとか六十五才がよくないとかいうのではないのでございまして、そういう問題は第二義といたしましても、被用者年令と一般国民年金との五年の格差は、これはどうしても了承できない。その格差を設けた理由が、お百姓さんならばまだ働いているから五年あとでもいいじゃないかという、その論拠だけは了承できないということを申し上げたのであります。この点だけはどうか一つ私の主張を誤解のないように御理解いただいて、何とか年令は将来一本にしていただきたい、かようにお願いいたします。  次は男女の年令の同一ということの問題です。これは大臣も御承知のように、各国の例を申し上げますと、英国は年金の開始は、男の場合は六十五才、女は六十才、西独においても、労働者年金でありますが、男六十五才、女は六十才、米国においては男は六十五才で女が六十才、フランスだけが男女ともに六十才から社会保障の年金が開始せられている。スエーデンは男女六十七才から年金が開始されている。デンマークは一般は六十五才から男女の年金が開始せられておるということでございますが、オーストラリアに至っては男が六十五才、女が六十才というふうに、大体先進国の大半の例は男女の問に年金の開始に格差があるわけであります。五年ずつの格差がある。私はこれがむしろ現実に即しておるのではないかと思う。私はその意味において、今まで年金について社会保障制度審議会でどういうふうな論議がかわされたか内容を知りませんが、今日年金を改正するというこの時点に立って、この男女の開始年限に格差をつけるということが私は必要ではないか、かように考えるのでございまするが、これを先進国の例によらずして同一にされた理由、なお今日この改正案の中にもこの格差が盛られていない理由、これをお聞かせ願いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 現行法の理由は局長からお答えを申し上げます。  それから差をつけた方がよいのか悪いのかという点につきましては、私はどうもなぜ差をつけなければならぬのか、つけない方がいいのじゃないか、こういう感じがいたしておる一人でありますので、ちょっとこれは――あるいはそういう意味でないかもしれぬけれども、ぴたっとごもっともと申し上げかねるのであります。それは寡婦であるとか母子家庭というのは別の事情でありますけれども、差をつけるという理由、論拠というものが私にはぴんとすぐこないということを率直にきょうは申し上げたいと思います。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 現在の国民年金制度で男女の差がついていない事情でございますが、これは被用者年金の場合におきましては、先生のおっしゃるように一応差のついておるのが原則のようでございます。これはどうも起こりは、やはり男女の労働者として働き得る期間の違いということにあるようでありまして、女子の方が男子よりも早く労働戦線から引かざるを得ない。その意味において所得保障を早い時期から必要とするという事情によるようでございます。おそらく小林先生のお考えは、先ほど来の御主張のように、およそ年金制度について自営業者であろうと農民であろうと、一般の工場その他の労働者であろうと違いを設けるべきではないというお立場からの御議論でありますから、そういう関係からすれば、先生の御主張のような考え方は一つあり得ると思います。ただこの制度においてこういうふうにいたしましたのは、むしろ実態論として男も女も同じように被保険者であるという扱いをしております。そうなりますと、実際問題として生存余命等から考えてみましても、むしろ女子の方が長くて男子の方が短い、そういう面から見ても、特に女子を早くすべきだという事情にもない、そうだとすれば、一一これはすなおに同じに扱っておいた方がよかろう、こういうような考えからであったようでございまして、これは社会保障制度審議会においても、当初からほとんどその点については異論がなかったように私ども承知しております。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 今も局長のお話のありました通り、被用者年金には年金の格差があるのが普通である、私はこれを非常に尊重するのであります。その考え方を一般の自営の国民年金に持って参りましても、私はやはり男女の間で、女の方の衰えが激しいんじゃないか、事実上農村あたり、自営零細業者もそうでありますが、農村なんかにおいても、その男女の働きは被用者における職業婦人と同じでない。御婦人の方がより過重な労働に服しておるというのが実情です。大臣は農村の生まれだとおっしゃるならば、大臣の方がよく御存じの通りです。ほんとうに日本の農業は母親農業ですよ。おやじはみんなしりもちをついて、そうして一日の半分はなたまめキセルで、いろりばたで天下国家を論じておる。そういうのばかりではありませんけれども、そういうレジャーを楽しむ時間が多い。女の方がむしろ家庭の行事から、いわゆる稲作の屋外労働に服しておる状況でございますから、頭脳的な衰え、体力的な衰えもどうしても御婦人の方が早い。先ほどいわれるように、ただ生命だけ考えると、長生きだけを考えると、なるほど平均年令から見ると御婦人は六十八才ですか、男は六十五才というように、三、四才の開きがあるようでありますが、私は労働の量とその労働にたえ得る実態からながめて、やはり五年くらいの差を持った方がいいのではないかと思う。  それからもう一つは、こういうことを言うと、あるいは笑われるかもしれませんけれども、素朴な私どもの立場に立って、自分たちの父をながめ、母をながめた場合に、子の立場から見た母親などというものには、そういう長い生涯を家族や夫や子供のために、あるいは嫁してはしゅうと、でありますから、非常に封建的な言葉で悪いのでありますけれども、そういう忍従と犠牲的な生活、これから将来はそういうことはなくなってきましょう、だんだんなくなってきましょうけれども、そういうふうに女の生涯というものから見てみますると、その晩年くらいは、せめて男子よりは五年くらい引き上げて、ささやかながらも楽しみと喜びを与えるくらいな考え方がこの年金制度に現われてきてもよいのではないか、かような意味で私は質問をしておるのでございまするが、大臣いま一回その不必要なるゆえんをお聞かせ願いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 その問題は、小林さんの他の問題に対しての理論的な論議と違って、感情的な論議のようにどうも響いてならぬのであります。これは小林さんもなお一つよくお考えいただいてみて、ほんとうにそれでは農村にそういう年令の差をつけてぴったりくるか、農村なら農村の者がみんなそれでなるほどというか、もう一ぺん一つあなたもこれはお考えになってみていただきたいと私は思うのであります。先ほども申し上げた通りのことを申し上げます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 私も男女の老齢年金の格差を設けるという面は、それほど確信があって言ったわけじゃないのであります。サウンドしたわけです。サウンドをいたしましたが、しかし大臣の答弁にも私は満足したわけではございませんので、私自身これは研究の題目として残しておきたいと思います。  次は、老齢年金の受給資格期間が二十五年という問題、私はこの問題についてお聞かせを願いたいのでありまするが、率直にいって、期間の中に、免除期間が十五年としても、最低実際に保険料を納めた期間が十年にならなければ、どうも保険金を支給するわけにはいかない。十年実際に保険料を納めれば六十五才になって千円、二十五年納めれば、二千円、四十年間完納をして三千五百円という、こういう段階でお金をいただくわけでありまするが、その実際に納めた期限が十年に満たない場合には、これは特例はありまするが、その最低の一カ月千円の金はもらえない。これは先ほどお尋ねいたしました問題にも重なって参りまするけれども、この規定を、私が先ほどからお問いいたしましたと同じ理由で、免除の厳格な規定があるときに、そしてその規定に該当しないでなまけて納めない者に対しては、強権の発動なり国家権力でつかまえて納めさせる、処分する権限もあるというこの実情の中で、十年納めなければその最低限度の年金はちょうだいできないというこの規定は過酷に過ぎるのではないか、これはせめて五年くらいに短縮すべきものと私は考えます。五年間だけ実際に納入をしたら、事実に即して、私は最低千円、ほんとうは三千五百円、少なくとも二千円くらいはお願いいたしたいのでありますが、それをさらにお譲りしたところで、千円くらいの涙金は当然支給してしかるべしと私は考えまするが、大臣、この十年という期間は断じてくずすことのできない厳格なる線であるかどうか、お聞かせを願いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 十年となっておりますには、やはりこれもそれなりの理由があってのことでありましょうし、多分は、何よりも保険経済の問題もあったかもしれねと思うのであります。しかしこの十年というのは絶対的な年限かどうかわかりません。程度問題かもしれませんし、今の小林さんのおっしゃった御意見にも大きに心を引かれるものがあるわけでありますが、しかし私も考え違いをしているかもしれないし、そう一口に言い切ってしまうわけにもいかない点もあるかもしれませんから、現行法のわけを、まず局長から申しますので、聞いていただきたいと思います。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 先生もただいまおっしゃったように、およそ年金として出る以上は、老齢年金の場合、千円を下らない額にしたいというのが一つの原則的な考え方であったわけであります。そういうふうな考え方に立ちますと、納めた保険料に国庫負担をつけて、いろいろ計算いたしますと、どうも十年間の拠出では、大体年に九千円強程度の年金しかならぬわけであります。それで御承知の通り通算関係の年金の方では一年分を九百円と押えて計算をすることにしているのも、そういう事情からであります。そういうことになりますと、かりに免除期間が長かった人でも、千円を越える年金をつけてもらうために必要とされる拠出期間は、相当高いものでなくてはならぬということになるわけでありますが、これは一つある程度ほかの人にも受け持ってもらうということで、とにかく十年間納められたならば千円の年金が出るようにしょう、こういうことから十年間というものをきめたわけでありまして、現在の十年間という受給資格要件でも、なおかつ、本人の納めました保険料と、これに対する国庫負担、それに運用収入の利子を加えただけでは、そこまでいかぬわけでありまして、それだけほかの方の分が回っていると、こういう事情でございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 どうも先ほどからの言葉をまた繰り返すようになってまことに恐縮でございまするが、どうも老齢年金の受給資格の期限が二十五年で、しかも六十五才までそれをやれない、そういう規定があって、なおかつ、またその中で十年間も収めなければ年金に値する最低限度の千円もちょうだいできないというのは、あまりどうも話が厳格過ぎて、ほんとうの妙味がなくなってしまうのではないか、これは特に厚生大臣に私はお尋ねしたいのでありまするが、この年金の該当者が、先ほどから繰り返しているように被用者年金じゃない、大体農村が多い。しかも、しばしば局長も言われているように、これは低所得階層のほとんどが初めてこの年金の恩典に浴する。これは低所得階層を相手にする年金なんです。その内容は低所得階層を相手にすると同時に、農村地帯が多い、あるいはその次は零細なる従業者が多い、こういう形なのでございます。その大半が含まれる低所得者と農村地帯の実情はどうかといえば、実に所得の格差が激しくて、今日の経済成長の段階には一番気の毒なんだ。気の毒なればこそ農業基本法を設けてそれを救済するのだ。しかし農業基本法だけで二町五反の自立農家だけを育成したのでは問題が解決しないから、その自立農家で解決しないところは、一つ厚生省にお願いする、労働省にお願いする、社会保障でお願いする、こういうわけで農業基本法の第二十条にはちゃんと就業機会の増大という項目を設けてあるわけでございます。大臣もごらんになっておると思いますけれども、「国は、家族農業経営に係る家計の安定に資するとともに、農業従事者及びその家族がその希望及び能力に従って適当な職業に就くことができるようにするため、教育、職業訓練及び職業紹介の事業の充実、農村地方における工業等の振興、」その次です。「社会保障の拡充等必要な施策を講ずるものとする。」というふうになっておりまして、非常にこの社会保障と厚生行政に比重を置いてあるわけなんです。じゃあ一体社会保障の面において、この低所得階層、格差の大きくなった農村をどうカバーするかといえば、医療保障と所得保障しかございません。医療保障は別にして、所得保障といえば、まさか生活保護法で――それは生活保護法も一つの手でございましょうけれども、やはり先んずるオーソドックスな救い方は、私は年金制度じゃないかと思う。そのほかに公衆衛生とか、文化施設とか、いろいろ厚生行政はありましようけれども、ここに盛られたねらいは社会保障で、この低所得階層、格差の開いた農村地帯の者を救うというこの法案の趣旨は、所得保障しかない。所得保障といえば、そのオーソドックスなものは国民年金じゃありませんか。しかもその国民年金はどうかといえば、先ほどから繰り返しているように、都会地における被用者年金より全く不利な形で、放任といっては悪いのでありますが、そのままに投げ出されておいて、この農業基本法を裏づけするようなあたたかい改正が一つも行なわれていないのは、羊頭を掲げて狗肉を売るものである。断じてそういうごまかしの主張にわれわれは賛成するわけにはいかないと思うのであります。この農業基本法二十条、これは総理大臣が国会を通じて、選挙を通じて国民の前に公約したのでありますから、断じてこの通常国会において、これを通して実施をするのであるということを天下に公約せられた。公約せられておりながら、その裏づけとなるべき社会保障というものは、今日、今説明を聞き、年金制度に見られるがごとく、ちっとも前進態勢はない、裏づけの施策がない、これはどうでありますか、一つ明快なる大臣の御答弁をお願いいたします。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 多分締めくくり的な意味かもしらぬと思いましたが、非常に大きな見地から、農村を中心にして、社会保障全体、国民年金その他に触れてのお話でありましたが、この格差是正の最後の手は、これは所得の振りかえで、つまり高い所得の方から低い所得の方に所得の振りかえをやっていく、つまり社会保障というのが最後の格差是正の手だと思うのであります。そうすれば格差があって、低い立場に置かれる農村の方にこの社会保障をぐっと強めていかなければならぬという方向は、確かに私はその通りだと思うのであります。方向として御見解まことにごもっとも千万だと思うのでございます。これは広範な社会保障制度全体の問題になると思います。国保があの通りである。国民年金もおっしゃる通りである。そのほか公衆衛生にしたって、医療機関にしたって、生活環境にしたって、考えればたくさんあると思うのでありまして、これは広範に今の格差是正のために政策を強化していかなければならぬ方面だと思うのでありまして、基本的にはあなたのおっしゃることにまことにごもっとも千万だという感じを持っておることを私は申し上げておきたいと思うのであります。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 何か大臣が五時においでになるので、それまでに一つ質問を終われということでございますので、きょうはなるべく大臣の御迷惑にならないように五時までに終わりたいと思うのでありますが、それにいたしましても、格差をなくするために社会保障で補っていきたいという、この抽象的な一般論としては、大臣の御答弁をちょうだいするに私はやぶさかなものではございません。しかし格差をなくするというその一般論を具体化していく場合に、この年金問題の期限の開始などというものは、具体的に今の御主張を具体化する最も手近な、やらなければならない緊急重大性の問題ではないか、それさえもおやりにならないようなことで、いかに太鼓をたたき鼓を鳴らしても、これはただ言われるだけの話であって、とうていわれわれは承服することができない、かように考えるわけでございますし、特に農村地帯にそういう格差があるならば、二十五年開始を二十年ぐらいにして、本来ならば格差をなくするために都会の方が二十年ならば十五年でも開始してもらわなければならないのでありますけれども、せめて平等にして、だんだん格差を縮めるというふうにしてもらわなければならないのでありますから、この点をどうか一つ慎重に御考慮を願いたい。  それから時間もありませんから、いま一つですが、その十年をどうしても縮めるわけにはいかないというこの問題でありますけれども、これはたしか社会保障制度審議会も、これは実納入五年で一つ認めるべきではないかという主張が行なわれているかに私は聞いているのでありますが、これは局長にお尋ねをいたしたい。その制度審議会の意見具申でありますか、その中にも五年に行なうべきであるという主張が確かにあったはずである。それを厚生当局がどうしても十年を一年も譲ることができないと頑強にがんばられる根拠は邦辺にあるかお聞かせを願いたいと思います。

小山進次郎厚生事務官(年金局長)

○小山(進)政府委員 先生おっしゃるように、社会保障制度審議会は、五年くらい縮めるようにという意見を言っております。ただその場合に、社会保障制度審議会の最初の答申でも、あとの答申でも、実を申しますと、拠出年金と無拠出年金の関係が必ずしも技術的に整理されていないのであります。その結果六十から七十までの年金が、七十を過ぎたとたんに千円落ちるといったような、もしそういう制度を実施したとしますならば、非常にいろいろな意味において笑われるような結果になる技術的な調整をしているわけであります。今の問題も五年間の拠出ということになりますと、年金額に直しましてたかだか月に四百円強程度のものでございます。そうしますと、その程度のものを六十五からの支給開始にするというのでは問題の解決にならぬわけでございます。どうしてもこれは先生が御主張になっているように何らかの手段を設けて千円以上にするという前提があって初めて成り立つわけであります。そういう前提をとらないで単に五年にするということを言っているだけでは問題の解決になりません。ところが千円以上にするということになると、これはどうしても相当多額の国の負担を別に入れるなり、あるいはほかの方法を用いないといかぬ、こういうことになります。今の場合はそれができないので、先ほどのお話にもありましたように、特例による老令年金の制度を新たに作りまして、六十五から七十までの問は極力一年間でも納めた保険料は年金としていけるような工夫をする、七十以上は国庫の福祉年金という形で国から金を全額受け持ってもらうことにして、何とか実質的には六十五から年金が十年未満の拠出の人の場合にも出るようにする、こういうふうにしているわけでございます。あながち考え方の上において頑強にこばんでいるわけではないのでありまして、現在のいろいろな制約の間隙を最大限に縫いまして、先生の御主張と同じものを不十分ながら実現しつつあるというのが現在の改正案の内容でございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 今もおっしゃいますように、特例を設けて六十五才から五千円、七千円、九千円というふうに三段階で改正をせられていることも了承しているのでありまするが、私の言っておりまするのは、やはり五年の期間を納めたら資格を認めて、最低千円、実は千円も私は不満足なんでありまして、二千円、できれば三千五百円と、こういきたいところでありまするから、小刻みに九千円、七千円、五千円という数字が気にいらないということを申し上げておるのでありまするが、現在の保険財政でそれができないということになりまするならば、わが党が出しました八木案のように、所得割、資産割、均等割という三段階でやって、持てるものからちゃんととってくる、そうして国家の補助金もけちなことをいわないでもっと大幅に入れるということになるならば、立ちどころにしてこれはでき上がるわけでございまするけれども、これは本質的な論争でございまして、改正論争ではございませんから、それはしばらくおくといたしまして、いろいろ長い、長いといっても私にすれば御質問したいことの四分の一程度を本日やらせていただいただけでございまするが、私どもは私どもなりに、国民の立場に立ってどうしてもこうやっていただいた方が国家、国民のためによろしいという信念をもって申し上げているのでございまするから、あるいは冗談に聞こえたりあるいはふまじめに聞こえたりした部分があるかもしれませんけれども、その点は一つ取捨選択していただきまして、一歩でも前進する方向で私はお考え下さいますことをお願いしまして本日の私の質問を終わりたいと存じます。

柳谷清三郎自由民主党

○柳谷委員長代理 本日はこれにて散会いたします。    午後五時四分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗