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38回国会衆議院1961/03/15

建設委員会 第13号

発言数
21
登壇者
7
会派数
2
開催日
1961/03/15

会議録

瀬戸山三男自由民主党

○瀬戸山委員長代理 これより会議を開きます。  本日は委員長が所用のために不在でありますので、委員長の指名によりまして私が委員長の職務を行ないます。  まず、公営住宅法第六条第三項の規定に基づき、承認を求めるの件、これを議題とし、提案理由の説明を聴取いたします。  中村建設大臣。     —————————————     —————————————

中村梅吉自由民主党建設大臣・首都圏整備委員会委員長

○中村国務大臣 ただいま議題となりました公営住宅建設三箇年計画につきまして、提案理由及びその内容について御説明申し上げます。  公営住宅の建設につきましては、公営住宅法に基づきまして、政府は、昭和二十七年度以降の毎三カ年を各一期といたしまして公営住宅建設三箇年計画を作成し、その計画の大綱について国会の承認を求めることとなっておりますので、今回、昭和三十六年度を初年度とする公営住宅建設三箇年計画について国会の承認を求めるため、本計画を提案いたしました次第であります。  今後の住宅対策として、十年後には各世帯が良好な環境のもとに健康で文化的な生活を営めるような適当な規模の住宅に居住することができることを目標といたしまして、前半五年間には、一世帯一住宅の実現と不良住宅居住、狭小過密居住の解消に努め、あわせて、住宅の不燃堅牢化、居住水準の向上、居住環境の整備をはかることを基本方針といたしておりますが、本公営住宅建設三箇年計画は、この基本方針のもとに、住宅対策審議会の意見を聞いて作成をいたし、閣議の決定を経たものであります。  本計画の内容につきまして御説明申し上げますと、まず、建設戸数につきましては、低額所得者のための低家賃住宅としての公営住宅の使命の重要性にかんがみ、前期の計画に比し建設戸数を大幅に増加して、昭和三十六年度から昭和三十八年度までの三カ年間に、十七万一千戸を建設することといたしております。その内訳といたしましては、住宅難の実情を考慮して特に第二種公営住宅の供給の増加に重点を置き、おおむね、第一種公営住宅六万六千戸、第二種公営住宅十万五千戸といたしております。  次に、公営住宅の質につきましては、住宅の防災性及び耐久性の向上、土地利用の合理化、居住水準の向上等現下の諸要請にこたえて、公営住宅の大半を不燃堅牢構造とし、建設の立体化と規模の引き上げをはかって参る方針といたしております。  また、公営住宅の建設にあわせて、必要に応じ共同施設を建設することといたしております。  以上、公営住宅建設三箇年計画の提案の理由及びその内容を申し上げましたが、何とぞ慎重御審議の上、すみやかに御承認下さいますようお願いいたします。

瀬戸山三男自由民主党

○瀬戸山委員長代理 本件についての質疑は次会に譲ります。      ————◇—————

瀬戸山三男自由民主党

○瀬戸山委員長代理 次に、昨十四日の静岡県庵原郡由比町における地すべりにつきまして政府当局より説明を聴取いたします。  山内河川局長。

山内一郎建設技官(河川局長)

○山内(一郎)政府委員 昨日の午前七時ごろ、静岡県の由比町におきまして地すべりが発生をいたしましたが、その状況は、動いている範囲は、延長にいたしますと約三千メートル、山ののり面の方向で言いますと四百メートルから五耳メートル、こういう範囲が非常に危険な状態でございまして、そのうち国道から約四百メートル上の方、それからその下約二百メートル、そういう範囲に地すべりが発生をしたわけでございます。その下に人家とか、国道、国鉄東海道線といった重要な施設がございまして、現在まだ調査中でございますが、この係官の帰りました状況によりましていろいろ対策を講じたい、こういう状況でございます。  この地点は、林野庁におきまして、二、三年前に直轄工事で山腹工を完成した地点でございまして、その後、県に移管をいたしまして、本年度も林野庁関係の工事として、県で地すべり対策事業として排水を兼ねボーリング、谷どめ工、これを実施中でございます。従って、所管としては農林省でございますが、国道の関係等で建設省におきましても非常に関連がございますので、本日建設省の方も係官を派遣した次第でございます。その報告によりまして、今後いろいろ農林省と協議をいたしまして対策を講じたい、こういうふうに考えております。     —————————————

瀬戸山三男自由民主党

○瀬戸山委員長代理 この件について質疑の通告がありますので、これを許します。  勝澤芳雄君。

勝澤芳雄日本社会党

○勝澤委員 静岡県の庵原郡由比町の地内に起こりました地すべりの問題につきましては、ただいま政府委員よりその概況について御説明を賜わりました。この地点は、すでに昭和十六年七月におきましても地すべりが起こり、死者六名を出し、その後、農林省におきましても国の直轄工事といたしまして防災堰堤を行なってきた模様でありますが、この問題につきましては、地元では、雨が降るといつも危険なような状態だということで、相当心配をされておった地点でありまして、この原因は一体どういうことだったでしょうか。その点、御説明賜わりたいと思うのです。

若江則忠農林技官(林野庁指導部治山課長)

○若江説明員 お話のように、この由比の地すべり地域は、昭和十六年に豪雨によりまして大きな土石流を伴いながら崩壊いたしたのであります。また、昭和二十三年のアイオン台風の際にも、かなりの排水土砂がありまして、鉄道がとまったというような事態が起きたわけでございます。  これらの原因は、今申し上げましたような、かなりの異常豪雨あるいは台風による降雨というふうにものが誘因となりながら、地質的には、御承知のように、由比川を取り巻く新しい地層の中に、あの辺に南北にかなりの断層が見られますので、これは当時、商工省の地下資源調査あるいは東大の砂防工学の権威者をわずらわしまして、由比地区の地質調査を行なったのであります。その結果は、今申し上げましたように、南北に走るかなりの断層が見受けられますので、地質的に地すべりを発生しやすいという素因を有しておった。その素因が、たまたま豪雨、台風等によりまして移動を誘発していったというのが今までの実情でございます。  従いまして、昭和二十三年から始められました農林省の直轄治山事業におきましても、主として地下水を無害に放出する、あるいは地表水をできるだけ侵食を与えないように、無害にこれを下流に放流するというような、水の導流行程を良好にしていくというような工事を採用いたしまして、大体二十三年から三十年までの八年間に約一億余の事業費を投入いたしまして、おおむね所期の計画を達した、根幹的な事業が終わったというわけで、三十一年度からこれを静岡県営の補助事業といたしまして、自後三十一年度から三十五年度までに既設施設の修理、補完的な工事等を行ないまして現在に至ったわけであります。  なお、最近若干の移動が見られるというような知らせを、実は県の方から受けておったのであります。昨夜来から、かなりの移動があったのでありますが、今のところは小康状態を示しております。なお、これが今後どういうような動きをするかということは、まだ調査が行き届いてないので、私ここで申し上げるわけにはいかないのでありますが、林野庁といたしましても、昨晩急遽係官を現地に派遣いたしまして、その詳報方を待っておるような実情でございます。

勝澤芳雄日本社会党

○勝澤委員 十分な対策が講ぜられたようでありますけれども、その結果として、一応国から県に移管された。しかし、今回こういうような状況が出てきたということは、やはりある程度この科学的な調査といいますか、それについての対策に不十分さがあったのでないだろうかと思うのです。その点、ここにおきまして、今回を契機に、なおもう一度科学的な調査、抜本的な対策をすべきだと存じますけれども、それらの点についてはどのようにお考えになっておられますか。

若江則忠農林技官(林野庁指導部治山課長)

○若江説明員 地すべり防止工法については、その態様が各種各様に分かれており、ある地点で有効に働きました工法も、他の個所ではそれがその通りいかないというふうに、内容が非常に多種多様にわたっております。当地につきましては、今申し上げましたように、その地帯の技術工法からいたしましたならば、かなり高度の技術を駆使したつもりでありますけれども、御承知のように、地すべりは地下深層のメカニズムにありますので、なお今後、電気探査、物理探査等を活用いたしまして、地下水の水文学的な分布あるいはその地質の構造等をさらに究明しながら、より適切な工法を駆使いたしたい、かように考えております。お説のように、なるべく早い機会に、さらに専門の権威者に明地においで願い、一そうの調査を行ないまして、早急に適切な工法をいたすように考えております。

勝澤芳雄日本社会党

○勝澤委員 建設大臣にお尋ねしたいのですが、本件は応援的には建設省の所管ではないと思うのですけれども、これがもし、このまま推移をいたしまして国道をふさぎ、あるいは東海道線をふさぐということになりますれば、大へんなことになると思います。また、これにかわるべき路線というのは東海道にはないわけでありまして、これらの問題につきましても直接の所管は農林省でありますけれども、建設省としても十分な御考慮をわずらわしたいと思います。その点について、大臣の御所見を承りたい。

中村梅吉自由民主党建設大臣・首都圏整備委員会委員長

○中村国務大臣 実はお説のような、とにかく所管の問題もございますが、及ぼす影響の甚大な事柄でございますので、建設省といたしましても谷口技官を急速派遣いたしまして、現地の状況あるいは今後の対策等を研究さしておるような次第でございます。特に、この山の下の方には相当の民家がありまするそうで、これらの地域を県及び各省相談いたしまして、どうしても防ぐ確信がなければ、早く退避さして災難を防ぐというようなことも考えなければならないのじゃないかと思って、心配いたしておる次第でございます。極力農林当局と協議いたしまして、連携をして万全を期したい、かように考えております。

勝澤芳雄日本社会党

○勝澤委員 それでは、私は最後に、この問題につきましては、地すべりがとまったといわれておりますけれども、まだ発生した原因なり、あるいはまたとまった原因というものにつきましても、そう明確なものにはなっていないと思います。過去の例からいいましても、これはやはり相当、もう一回基本的な調査というものは必要であろうと思います。また、総合的な問題につきましては、大臣も言われましたように、この地域の改造というものを考えなければならぬ状態にもなろうと思います。ですから、現地の状態につきましては、同僚の佐藤委員と一緒に現地をよく見て参りまして、その上で、また諸般の問題につきましては根本的な要望をいたしたいと思いますので、私の質問はこれで終わりたいと思います。

佐藤虎次郎自由民主党

○佐藤(虎)委員 ちょっと関連して。幸い、国会開会中でございますから、建設大臣にお願いをしておきたいのですが、不幸にしてこれが大事故になる危険性のあることは、議論する余地はないのです。災害が起きたときは、国鉄、東海道東西の交通というものは途絶してしまいます。もし事故が発生いたしましても、その途絶がないように、適切な措置を講ずるように、一つ閣議なり、あるいは急遽、昼休みの時間でもけっこうですから、大臣が農林大臣、運輸大臣、大蔵大臣、総理を交えて一つお話し合いを願いたい。私から要望しておきます。

三鍋義三日本社会党

○三鍋委員 関連して。この地すべりは昭和十六年に初めて起こったやにお聞きしたのですが、それ以前はどうだったのですか。全然こういうことはなかったのか、あったのか。そして、昭和十六年以降にどうしてこのようにひんぱんに起こってきたのか。この辺にやはり問題があると思うのですが、農林省当局は、これをどのように調査しておりますか。

若江則忠農林技官(林野庁指導部治山課長)

○若江説明員 当時の調査書によりますと、明治の末期から地すべり的な現象が当地域には発現しておったようでありますが、人畜に被害を及ぼしたのが昭和十六年ということになっておりまして、二十三年のアイオン台風では、台風の被害に加えまして当地区に被害があったというような過去の災歴に相なっております。従いまして、工事が十六年の当初ごろには、たまたま戦争の途中でもあり、資材、労務その他の関係から直ちに工事に着工し得なかったような実情にあったようでありますが、この辺のところは明確ではないのであります。

三鍋義三日本社会党

○三鍋委員 明治年間から昭和十六年までに、何回ほどそういう地すべりがあったのですか。

若江則忠農林技官(林野庁指導部治山課長)

○若江説明員 ただ記録では数回ということになっておりまして、何回という具体的な記録は残っておりません。あったけれども、人命、家畜には影響を及ぼす程度のものではなかったというものであります。

三鍋義三日本社会党

○三鍋委員 人命に被害を及ぼす程度のものでなかったというのでありますが、現在起こっておるのは、人命に被害を及ぼすところまで、それの一歩寸前までいっておったわけです。問題は、そういう地すべりを起こしやすい状態にある一つの個所として、重大な関心を持って調査しなければならない個所であったのか、どうなのか、ということを私は聞いておるのであります。ずっと明治年間からそういうものが継続的に断続的にあったものとすると、もう少しその原因とかなんとかというのが、科学的に十分調査されておるべきではなかったのか、こういう点を質問しておるのでありますが、その点いかがですか。

若江則忠農林技官(林野庁指導部治山課長)

○若江説明員 お説の通りでありますが、地すべりの防止工法というものが逐次発達普及して参りましたのは、ほかの河川工事あるいはほかの治山工事と比べまして、ややおそきに失しておりまして、明治の末期あるいは大正初期ごろには、すでに崩壊地復旧的な事業が行なわれておったのでございますが、当時から地すべり防止事業という事業はなかったわけでございます。一般的に、くずれれば直すというような復旧的な事業が主でありまして、従って、地すべりがあったという現象は記録には残っておりまするけれども、それに対して的確な調査をし、あるいは適切な工法をしたというような記録はないわけであります。これは、その現象に関連しまして、社会経済的な影響が少なかったという点もあったのではなかろうかと思いますが、たまたま昭和十六年以降、かなりあの辺が発達し、人家も稠密し、あるいは果樹園に利用されるというようなことで、工事の必要が身近に感じられてきたということで、仕事が始まってきたというふうに考えます。

瀬戸山三男自由民主党

○瀬戸山委員長代理 次会は来たる十七日開会することといたしまして、本日はこれにて散会いたします。    午前十一時二十二分散会

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