決算委員会 第31号
- 発言数
- 130 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1961/05/17
会議録
○三和委員長代理 これより会議を開きます。 荒舩委員長は都合により出席がおくれますので、私がその指名により委員長の職務を行ないます。 東北開発株、式会社の会計に関する件について、調査を進めます。 本日は、本件調査のため、関係当局のほか、特に東北開発株式会社より総裁渡邊政人君、理事雲野午三君、理事松本烈君の三君に参考人として御出席願っております。 参考人各位には、御多用中、まことに御苦労様でございました。ありがたくお礼を申し上げます。 参考人よりの意見聴取は、委員の質疑により行ないたいと存じますので、そのように御了承願います。 なお、各参考人に申し上げますが、発言される場合は、委員長の許可を得て行なっていただくように御注意いたしておきます。 質疑を行ないます。質疑の通告がありますので、これを許します。西村力弥君。
○西村(力)委員 まず、本日は、東北開発株式会社の日新電化の持株譲渡の問題について、お尋ねしたいと思うわけであります。東北開発株式会社及びその譲渡を許可した企画庁、これが金子社長に譲渡することを適当と判定した理由、それについて一つお尋ねをしたいと思うわけです。
○渡邊参考人 お答え申し上げます。日新電化株式会社は、開発会社の前身でございます旧東北興業時代からの助成会社でございます。それで一昨年から日新電化の工場の施設が老朽化しており、かつ生産高も一千トン以下の工場でありますので、これをぜひ改善をして、経済生産単位の工場にこれを持っていきたい。それには従来やっております隔膜電解法に加うる水銀電解法をやりたい。それがために、これらに要する費用が十数億かかる。それで、この資金を親会社である開発会社から出してもらいたいという要請が、再三あったのでございます。しかるに、東北開発会社は、創業してなお日も浅いおりであり、いろいろな卒業のために、十数億の資金を日新電化株式会社に投資する、あるいは融資するということは困難でありましたので、理事会において再三これを検討しました結果、その要求には応じられないということを金子社長に申したのでございます。それに対して、金子社長から、しからばこの事業をこのままにしておくわけにもいかぬから、ぜひ自分たちに会社の持ち株を分与してほしいという申し出がさらにございました。それで、私どもといたしましては、金子社長初め他の重役、それから開発会社になりましてからも、会社の松本理事を取締役に加えまして、そうして、いろいろ経営に参加しておりまして、その会社の事情もよくわかっておりましたので、これはむしろこの際株を分譲して、そうして金子社長に責任を持ってもらってこの会社を運営するということが、事業の発展のためにもよろしくないかというような結論に至りましたので、しからば、この株の価格はどうであるかという問題になりました。ところが、その株価につきましては、あそこの会社の株は、上場株ではございませんので、店頭の時おり売買される程度のものでありまして、その標準がわかりません。それで、上場株でないところの株のいろいろな計算のことも十分考えました結果、大体において百八十円程度のところが適当であろうと考えまして、そのことを先方に申し入れますと同時に、監督官庁であります企画庁へも、その認可の申請をいたしました。ところが、企画庁におかれましては、いろいろと研究をされまして、最近日新電化の決算が損失の状況にありますこと、そういうようないろいろな点も考慮されまして、これはもう少し価格の点において考えるべきじゃないかという仰せもありました。そうして私どもは、そういう御意見でありますれば、これは政府の方でも、私どもの参考になりますようにいろいろなお教え願いたいということで、いろいろ折衝をいたしました結果、一株当たり二百二十一円、これが適当な価格ではないかということに意見が一致いたしましたので、この価格を再申請し、前の百八十円の申請を取り下げまして、二百二十一円でこれを分譲する。しかも、これにつきましては、将来この会社を発展させる意味合いからも、これと協力しておりました鉄興社並びに日新電化、それに私が立ち会って、いろいろ申し合わせをいたしまして、将来この会社の発展のために、十分提携、協力していくという最後の申し合わせをいたしまして、これを分譲いたしたような次第であります。
○曾田政府委員 企画庁側といたしまして、このお尋ねの問題につきまして取り扱いました経緯について、御説明申し上げます。 先ほど東北開発株式会社の総裁からもお話しがありましたように、日新電化は、生産の規模が小さく、また旧式でございまして、ソーダ業界におきまする同社の立場は、今後相当の困難が予想されておりました点が一点でございます。従いまして、同社の再建措置を早急に進める必要があったわけでございまして、これがためには相当多額な資金を要するわけでございますが、東北開発株式会社の当時の状況からいたしまして、その余裕もなく、しかも、問題は焦眉の問題として何らかの措置を講じなければならなかったわけでございます。そこでいろいろ検討いたしたわけでございますが、要するに、適当な再建計画というものが樹立されまして、それの実施の見通しがあるということになりますれば、株を譲渡して新しい会社のもとに事業の再建を進めていく方がいいのじゃないかということにきまりまして、ちょうど会社の経営者でありました金子氏等の側から、株の譲渡の申請が参ったわけでございます。そのとき、いろいろ将来の再建計画等につきまして検討いたしました結果、適当と考えられましたので、株の譲渡の許可をいたしたわけでございます。
○西村(力)委員 渡邊総裁にお尋ねいたしますが、金子氏から事業の規模拡大、更新のために相当額の出資をしていただきたいという申し出があったというお話しでございましたが、それはいつ、どういう申し出があったか、それをだめだと御決定になった理事会はいつであるか、伺います。
○渡邊参考人 三十四年の八月ごろ。
○西村(力)委員 それは正確にわからないのでございますか。
○渡邊参考人 今はっきりした日まではわかりませんですが、大体その見当でございます。
○西村(力)委員 このことは、理事会で正式に、それを受け入れることはできない、こういうことをおきめになったのですね。その記録もございますね。
○渡邊参考人 理事会では、その口頭の申し出に対しまして、各理事とときどき打ち合わせをいたしまして、そうしてさような結論で返答をいたしたわけでございます。
○西村(力)委員 それは正式に理事会を開いて決定をなさったのではないようなお話でございますが、どうですか。
○渡邊参考人 その日につきましては、今書類を持ってはっきりと記憶しておりませんので、また後ほど書類なりで御返事申し上げます。
○三和委員長代理 総裁、こういう質疑があることは、あらかじめおわかりのはずなんだ。その準備を整えてこられないでここへ臨むということは、おかしいと思う。これは気をつけた方がいい。
○西村(力)委員 私がその点をお聞きしますのは、そういう手順を経て十分なる検討をやったけれども、開発会社としてはとうていその要望にこたえることはできないので、それではというので譲渡の方向に申請が来、それを彼此検討した、そういう順序を踏んだということなのであるが、この株の譲渡は、そういう正常な形ではなく、相当あらぬ方からの力が加わった、こういうことを私も聞いておりますし、相当多くの人がそれを真実と考えておるのです。その点について、総裁及び企画庁側に、そういううわさ、いわゆる何と申しますか、政治勢力による圧力が加わって、そしてただ最初に、譲渡することが決定され、その方向に行くことを進められた、こういう工合に聞いておるのですが、そういううわさというものはほんとうかどうか、お尋ねをしたいわけです。お尋ねしても、そうだという答弁は、これはないだろうと思うのですが、そういう疑念を持つから、出資の申し入れをどう検討したかということをお尋ねしておるわけです。
○渡邊参考人 私に対して外部から、さように譲渡をするようないろいろなお話を受けたことはございません。私は、もっぱら金子社長からのみそういう要請を受けて、相談に乗ったわけでございます。
○江藤政府委員 企画庁といたしまして、ただいま御質問のございましたように、この株の譲渡につきまして、いろいろと政治的な圧力があったというようなことにつきましては、承知いたしておりません。もっぱらこの会社を近代化し、経営を合理化させる上においてどうしたらいいかということを検討した結果、独立の会社にした方がいいという結論になって、いろいろの処置をした、かようにわれわれは承知いたしております。
○西村(力)委員 金子氏に譲渡した理由、あるいは経過、そういうことは総裁からるる御説明がございましたが、この書類を拝見いたしますと、昨年六月の十何日、総裁から総理大臣岸信介氏あてに書いた申請書でございますが、第一番目に、当会社の子会社に対する根本的な考え方、こういうものが出ております。その根本的考え方は、切り離して独自の形で育成していく、これが東北開発に寄与するゆえんのものであるということをおっしゃっております。これは一つの考え方としてあるだろうと思うのですが、しかし、こういう考え方が肯定される前提というものがなければならないと、私は思うのです。とにかく独自の会社で運営することはよかろうといっても、子会社という工合にして、あたかも国策会社が手をかして育成しているような段階においては一応いいとしても、離した場合において、完全にこれが自立し、ますます健康に、丈夫に発展ができるかどうかということになると、これは往々にして、そういう大樹のもとから離されて、完全に一人立ちの競争場裏に入れば、行き先きというものはあぶないことになってしまうということは、これは十分想像されることなのでございます。ですから 私が申し上げたいのは、独自の形で育成することが望ましいという前提、その前提というものをどう考えていらっしゃるか、この点、開発会社及びこれを許可する企画庁は、一体どう考えているか、伺いたい。
○渡邊参考人 先ほど申し上げました通り、一昨年のころは、開発会社が出発間もない時代でございまして、その助成会社に対して十数億の資金の供与はむずかしいという判断のもとに、これをそのままにしておきますれば、だんだんとあの会社の業績が低下しますし、いろいろな問題を惹起するおそれがありましたので、むしろこれは金子君を信頼して、向こうに株を譲渡し、かつ会社の発展策を講じた方が最も適当であると私ども考えました結果、さような処置をいたしたわけでございます。
○西村(力)委員 自分の方では食わせることはできぬから、捨ててしまう、と言っては語弊がありますが、そういう工合に見える。そうでなくて、私の申し上げるのは、こういう場合に、離していけば十分に発展できるのだ、今私たちが押えていることがネックになるのだ、完全に離せば発展するのだという見通しを確実にする。別に言えば、今隆々と発展の過程にある、だから離してもいい、こういう前提であれば、一番確実であると思うのです。そうでなくても、こういう経営不振の状態にあるけれども、こうやればこれだけの手当ができて、今度は完全な発展ができるのだという見通し、その具体的な裏づけというものが前提になければならない。ただばく然と、金子氏に委託すれば、それで将来は有望なんだ、こういう期待的なことでやったのでは、これはやはり手に余ったから捨てるという以外になくなってしまうのではないか。私が言う前提というのは、こういうことなんです。とにかく今発展の過程にある、離しても大丈夫だという前提があるならばよかろうということなんです。 それからもう一つは、今こういう事態であるけれども、これこれの手当は確実にできるから、これを裏づけとしていけば、必ず将来は見込みがある、こういう具体的裏づけを確実にするという前提がなければ、やはり捨て子をしたと言われてもやむを得ないじゃないか、こういう前提をどう考えていらっしゃるか、伺いたい。
○渡邊参考人 今の御意見でございますが、会社の方といたしましては、金子君の譲渡の申し入れに対していろいろと、一体どういう方法でもって再建計画が立つのかということをよく先方と話し合いまして、向こうからはこういう企業再建計画書が出まして、それを私どもよく審議し、そうしてこれならばやっていけるという目標のもとに、これは決定いたしたようなわけでございます。
○西村(力)委員 ちょっとこまかいことでございますが、そこの金子氏外三氏に譲渡を決定した理由のイの項にある、今の根本的な考え方のところに、その会社の経営者に対してこれを譲渡するのが適当である、これに対して多数の事例がある、こういうことがありまするが、 数の事例ということはどういうことか、私は寡聞にして知りません。お示しを願いたい。
○渡邊参考人 これは先ほどちょっと申し上げました通り、経営者の金子君並びに他の二人の役員は、旧東北興業時代に会社が推薦してその経営に当たらした人々でありますので、それを一応信用いたしました。 それからもう一つ、そういう事例と申しますのは、旧東北興業時代に、東北振興水産株式会社、東北農産加工株式会社、宮城近海漁業株式会社、東北食品加工株式会社、東北振興アルミニューム株式会社、東北電気製鉄株式会社、岩手窯業鉱山株式会社、秋田木工株式会社、東北特殊鋼株式会社、青森造船鉄工所、これらがその前例でございまして、いずれも、当時の経営者の申し出に対して、それに譲渡しておる前例であります。
○西村(力)委員 その独自の経営に移す場合にも、そういう工合に切り離す措置をとれば将来は有望であるという見込みではないかと思うのですが、今の事例で、経営状況がすばらしく好転しているという例はどれですか。それはすでに手を離れているのですから、云々するのもどうかと思いますけれども、しかし、やっぱり自分が責任持って将来を見通して離したのですから、その行く先というのは関心を持たれていなければならない、こう思うのです。今ずっとあげられたその中で、大へん調子がよく発展しているのは全部ですか、どうですか。
○渡邊参考人 そのときの考え方は、当時の東北興業時代の理事会できまったことだろうと思いますが、ただいまのところでは、それが全部発展をしておりますか、あるいは業績が悪くなっておりますか、私どもの知っておる範囲におきましては、その中で、東北電気製鉄株式会社、秋田木工株式会社、東北特殊鋼株式会社、青森造船鉄工所のごときは、だんだんと業績が上がっておる、かように承知しております。
○西村(力)委員 そうすると、先ほどの例は何例でしたかわかりませんが、大体十例以上のように聞いておりましたが、今大体において好ましい経営状態にあるというのは四例です。五割にも満たない。そうしますと、根本原則である、独自の形に移すことが発展を、期待する望ましいあり方であるということは、これは東北興業の自己本位な考え方である、こういうふうに批判されてもやむを得ないじゃないかと思うのです。現実に事例は、そういう善意な意図によってやられたかもしれないけれども、結果というものは決して好ましい状態にないということになるとするならば、こんなめんどうなものを離してしまって、さっぱりした形で新しい仕事にとっかかっていこう、金は限られているから、新しいものをやるには、おれたちはそんなものにかまっておられない、それは離すときに何か理屈さえ立てばいいのだ、こういうようにあなた方考えられてやっておられるのだ、こういうふうに批判されてもやむを得ない状態ではないかと思うのです。どうです。これは一々企画庁が許可しておるのです。そういう考え方があってよろしいと認可したのですから、そういう形で手放した一体行く先というものが、企画庁の希望通りにいっていないとするならば、それに対してはどう思うか。
○江藤政府委員 東北開発株式会社の設立の目的というものは、申し上げるまでもなく、この会社によりまして東北地方の産業を開発いたしまして、そうして東北地方の民生安定に寄与させよう、こういうわけでできている会社でございまして、一般のただ利益追求の会社でないことは申し上げるまでもございません。従いまして、経営状態が悪いからこれをどんどん切り離していって、いいところだけを残して会社の業績を上げようというような方針をとるべきでないということは、申し上げるまでもないわけでございます。むしろこういう会社ができたということは、東北地方の後進性のために、一般企業というものがそのままでは起きないから、これに対して国の助成もできるだけやって参りたい、こういう方針でできておるわけでございまして、その点は企画庁としても十分考えておるわけでございます。ただ、この日新電化株式会社を分離いたしましたことについてお話がございますが、やはりこのときには、このときの風情として、これを切り離していった方が、将来とも会社経営の上においていいのだ、こういういろいろ検討の結果結論を得ましたので、そういう対策を講じたのでございまして、この例によって、すべて工合が悪いからみんな切り離していこう、こういう方針は決してとっておらないわけでございますから、御了承を願いたいと思います。
○西村(力)委員 時間があまりありませんから、私の質問の要点に触れての答弁だけにお願いしたいと思うわけです。私が聞いておるのは、今の開発会社が、その当時の経営者にどんどん譲り渡していった。その中の五割も当初希望通りにはいっていない。決して経営が好転しない。むしろマイナスの状態に進んでいるというような状態、こういう報告がありましたので、それを許可した企画庁は、どう考えるかということなんです。
○江藤政府委員 ただいま総裁が話されました会社は、十社ございます。その後、経営状態はどうかという御質問のときに、総裁は知っておられる範囲のことを例として言われたのが、大体四社だと思います。その他の会社のその後の経営状態はどうかという御質問でございますが、この譲渡の時日を私見ますと、最初は二十二年からで、二十二年、二十三年、二十五年、二十六年、二十七年で、非常に以前のことでございます。従いまして、これらの会社のその後の業態というものにつきまして、どういうふうになっておるか、ただいま五割に満たないと言われますが、私の方といたしましても、もう少しその後の情勢を調べさしていただきまして、そうして五割に満ちておるか、満たないか、そういう点を少し調べさしていただいて御返事をいたしたい、かように考えます。
○西村(力)委員 それは一つ資料で出してもらいたい。これは企画庁で切り離したのですから……。これは完全なる自営企業に対してあまり立ち入ることは私は好みませんけれども、しかし、現実の経営状況だけは調べられるのではないか。そのことは、その会社を云々することではなくて、そういう考え方で、独自の形で運営するのが好ましいのだという考え方というものが、事実として裏づけされておるかどうかということを知りたいわけです。それは資料として出してもらいたいと思います。 その次に第二番目にいきますと、金子氏の人物を信頼する、こういうことがございます。ところが、この問題につきましては、一昨年でしたか、その前でしたか、当委員会でも長く捨てておけない労働争議の問題がありまして、取り上げてあったのであります。あのときの山形県の労働委員会におきましては、明らかに前近代的経営であって、これは労使双方の紛糾は、労働者の主張が正しいのだということ、これにくみせざるを得ないという傾向を十分に示して参った。そういうことはどこからきているかというと、これはまあ経営手腕とは違うかもしれないけれども、経営の感覚というものは全く前近代的だということが、主であったわけであります。ですから、そのことについては、だいぶ開発会社も手を焼かれたのじゃないか。それを人物を全面的に信頼するという工合に言われておりまするが、こういうことは、少しみずからを欺いたことじゃないか、こういう工合に思うわけです。しかし、この点は答弁を求めようとは思いません。 それから金子氏の出された将来計画、今後の計画、これが妥当である、しかも確実であるということを認定した。だからこうしたのだ、こうなっておりまするが、そこで一番問題になるのは、資金計画だろうと思う。資金計画というのは、十三億という相当膨大な金であります。それだから、開発会社としてもめんどうは見かねるからということになったわけですが、その資金計画というものは、どういう確実性を持ったか、どういうことでその確実を認定したのか。
○渡邊参考人 この資金計画につきましては、金子社長から、たしか武蔵野銀行その他と思いました、この計画に対しては、自分の方は資金を融資する、こういう先方の申し出なり、たしか書面もそういうものがあったように記憶いたしております。それで、これは十分に私の方としては念を押しましたわけですが、自分は絶対大丈夫だ、こういうことで、それを信用したわけでございます。
○曾田政府委員 企画庁といたしましても、今書類が手元にございませんけれども、そういう資料等をよく検討いたしまして、資金計画は一応適当じゃないかというふうに考えたわけでございます。
○西村(力)委員 それは、武蔵野銀行から借り受けるということになっておる。そのことが確実だという工合に認定したというように聞いていますがね。ところが、現実にその後一カ年を経過しておりまするが、その状況はどうなっているのですか。これは企画庁の方ではどうですかね。
○長沢説明員 御説明いたします。今開発局長から答弁がありました通り、当初は、どうしても今の日新電化の現在の規模が、苛性ソーダで月に八百十四トンで、その規模が経済単位になっておりませんので、しかも、それが非常に旧式な隔膜法による電解法でございますので、どうしてもこれを経済単位に持っていくということになりますと、月産二千トンの規模にしなければならぬわけでありまして、そういうことで、一応今の資金手当につきましては、武蔵野銀行という見通しを持ったのですが、第一期計画といたしましては、当面一億五千万円で、第三電解工場が今遊んでいる設備があるので、この遊休設備がございますので、これは現在建設するとしますと、五億円くらいの建設費がかかるのですが、電解装置を整備すれば、月に三百トンばかりの生産ができます。まず第一期工事として、一億五千万円の資金をもって工事に着工しているところでございますが、一応のめどといたしましては、公庫の方に融資を申し入れておりますけれども、公庫の方といたしましては、現在苛性ソーダの業界全体から見まして、設備過剰の状態にもありまするし、その点目下どう取り扱うかということについては、検討中でございます。しかし、なお一般的な方向といたしましては、苛性ソーダ等だけではどうしても——液体塩素とか、そういう関連生産を行なっておりますけれども、全体としては非常に採算上思わしくありませんので、これに新しい化学製品を加味したもので再建していこうではないかということで、現在検討中でございます。現在の段階は、そういうことでございます。
○西村(力)委員 武蔵野銀行から融資は確実であるという証拠書類を確めて、それで資金計画は立てておったが、現在まではそれは進行していないというようなわけですね。それでその場合に、武蔵野銀行というものの総預金額は、一体どのくらいあると見られましたか。
○長沢説明員 御説明申し上げます。 武蔵野銀行の預金額は、九十三億七千七百八十九万五千円でございます。
○西村(力)委員 現在でなくて、その当時……。
○長沢説明員 三十五年二月末の現在でございます。今の九十三億でございます。
○西村(力)委員 これは九十三億あるのだから、十三億くらい貸せといえば貸すことはできるだろうし、地方銀行としては、そういう点は割と楽であるかもしれません。しかし、普通常識として、九十三億の預金しかないのが、一社に対して十三億を分けるというようなことは、これはなかなかもって銀行経営上問題があると私は思う、やれ得るものかどうかということになると……。こういうばかなことをやるのだから、これはやはり問題だと思うのですかね。その当時、ちゃんと預金額がこのくらいだ。そこで十三億は融資するとあるけれども、これは実現可能性あるかどうかということは、預金総額がずっと膨大で、十三億なんというのはほんの端っこだというなら話はわかるけれども、十三億というと、あなた、九十億に対して何割になりますかね。これを分けるというようなことは、これは普通の銀行の経営としては見込みを立てる方が無理じゃないか、こういう気持がするのです。これはどうでしょうかね。開発会社では、渡邊さんは技術家出身かもしれませんけれども、経営上には大いに経験が豊富ですから、どうですかね、あなたでもそのくらいの判定はつくのじゃないですかね。
○渡邊参考人 私も、銀行家じゃございませんですから、よくその点はわかりませんけれども、もしその事業が見込みのある事業だということであれば、やはり銀行でも貸さぬことはないだろうという程度でございます。
○赤松委員 参考人その他忙しい人を呼んでいるのですが、定足数を欠いているのは、一体どうなんですか。
○三和委員長代理 暫時休憩いたします。 午前十一時一分休憩 ————◇————— 午前十一時九分会議
○三和委員長代理 再開いたします。西村君。
○西村(力)委員 次に、企画庁にお尋ねしますが、今開発室長がおっしゃったその苛性ソーダの増産計画、あるいは関連産業との一体的な経営の方向に持っていく、これは専業ではなくて、そういう工合に立体的なというか、何というか、幅の広い経営に持っていく、そうでなければ今から太刀打ちできぬと思うのですが、それはそれとしまして、苛性ソーダを経済ベースの二千トンに引き上げるということは、問題は通産省と関連してくることになるだろうと思うのです。そうしますると、その計画をよろしいと認めるには、通産省の意向というものも確かめなければならぬじゃないか。その点はどうなんですか。
○長沢説明員 御説明いたします。その点につきましては、企画庁といたしましても十分検討いたしました。その検討の資料に基づきまして、通産省の関係局課の方とも十分打ち合わせまして、一応の将来の方向としてはこの契約について妥当ではないかということで、いろいろだいぶ膨大な資料をもとにして検討したのでありますが、一応そういう結論に到達いたしました。なおそれにつきましては、今後のこういったソーダ界の趨勢とか、そういうこともにらみながら、一応この認可する時点におきましては、将来の方向としてはいいのではないかということで認可いたした次第であります。
○西村(力)委員 関係局課というのはどこであって、その通産省の意向をいかなる方法で確認しておるか。それが後日のこちらの主張する力になる。そういう手がかりはとってあるか。
○長沢説明員 だいぶ時間をかけて検討いたしたわけでございますが、通産省の軽工業局でございますが、これにつきまして、今後どうしても原料塩の確保ということが問題になりますので、現在すぐこれを認めるということにつきましても問題にはなるが、三年ぐらい先のことだ。あるいはその間の情勢によって多少時日の変更があるかもしれませんが、先の問題であるから、現在の時点でこれはだめだとか、いいとか言うことはできないけれども、方向としては一応この計画は妥当だということで、そうした意見の交換をいたしまして、ここに書いたものもございますが、それによって、一応この計画を前提に認めることが妥当ではないかという結論に到達したわけでございます。
○西村(力)委員 そうしますと、事務当局の人々と事務的な想見交換をやって、確言はできないけれども、大体はまあという話の程度におさまって、覚書とかあるいは正式な回答書、そういうものは全然とってないということになるのだろうと思いますが、どうですか。
○長沢説明員 その点につきましては、先のことでありますし、そこで誓約書を官庁間で取りかわすということも、先のことになると、なかなか認可の事務も進みませんし、実は半年くらいかかったのですが、その間いろいろそういう問題がありましたけれども、大蔵省の方とも話しまして、一応今のこの時点において、これだけの話ができておるならば、方向としては譲渡ということでいいんではないかというようなことを総合的に判断する資料といたしまして、その程度で認可する段階に踏み切ったわけでございます。
○西村(力)委員 それはだめだとも今のところは何も言えない、そういうことが主であって、だからだめでもないということになるのだ、こういうふうなことでやられたことと思うのですが、しかし、これはやはり国の将来の発展の基礎としては大事な要素であると思うのです。そういうことに対して、やってみたところが将来の苛性ソーダの使用状況、生産状況、そういうものから見て、通産省はこれは許可しない。完全にそこで計画はそごを来たすということになってくるだろうと思うのです。これはやはり相当の確実な裏づけをしつついかないと、問題だろうと思います。ところで、ここで先ほどの話によりますと、今遊んでいる施設を生かして、三百トンくらいの月産を見込んでおる。現在八百トンぐらいとすれば、千百トン程度の月産量ということになるわけですが、その上に公庫に対して一億何千万かの融資申し入れがあるということであります。これに対してはペンディングだ、こういうことですが、しかし、やはり幾らかでもこれをこうしてしようとする努力に対しては、たとい切り離したとしましても、目的を持って国の意思がそのうしろに加わって切り離していったのですから、切り離した意義というものが生かされる方向に力をかしてやることが当然じゃないかというようなことも、私には考えられる。それはいろいろ問題もおありかもしれませんが、しかし、切り離したあとは野となれ山となれでは、これは国の意思というものはその場限りということになる。こういうことになりますから、これはやはり相当考えていくべきじゃなかろうかと思うのです。これは大臣に出席要求しているのですが、大臣にずっと来てもらって聞くことが必要かと思いますが、次官の考えを聞かせてもらいたいと思います。
○江藤政府委員 実はこの日新電化の問題が当委員会で問題になりましてから、私検討いたしまして、その結果といたしまして、先ほど来渡邊総裁あるいは事務当局からもいろいろお話しいたした通りでございます。そのときの状態といたしましては、これを切り離しまして、そうして十分に経営の腕を振わした方が、再建の見通しがつく、こういう結果になったので、そういう処置をとった。しかも、その後の状態というものは、その切り離したときの計画に沿って順次進みつつある、こういうふうに私は承知いたしておるわけであります。従いまして、これはただ切り離して、あとは野となれ山となれという気持でないことは、われわれといたしましても御同感でございます。そういう気持ではございません。
○西村(力)委員 私はそういうことを聞いているのじゃない。開発公庫から融資を求められているということに対する基本的な考え方をどうするか。それは一たん切り離したものまでも公庫で見なければならぬ、これは一般論として大へんだ、そういうこともあるかもしれませんが、しかし、国が将来発展する見通しを持って、よくなってくれという願いを込めてやったのだから、そういう意思というものは、その後可能な範囲において手を加えていくということにならないと、せっかくの国の意思がおかしくなる。まあこの分離というものを肯定するにしても、それは東北開発に寄与するという大前提が満たされてくるのでありますから、完全にこれを切り離すというのはおかしい。今私が言うのは、こういう現実の申し入れがあるとするならば、それに対する考え方をどうするか、これを聞きたいというのです。
○江藤政府委員 北海道東北開発金融公庫に対する融資の見通しはどうか、こういう御質問だと思いますが、御承知のように、公庫の融資の場合には、いろいろとその業務の内容、あるいはその見通し等について検討の上で、これを貸すことになっておるわけでございます。私はこういう会社に対してできるだけ公庫の融資が出ることを望むわけでございますが、目下そういうことについて検討中でございますから、やはりこれは公庫の方の検討の結果を待って考える、こういう段階にあると考えております。
○西村(力)委員 まあ何かこまかいことをおっしゃるけれども、結局、今度はおれの責任じゃない、公庫の考え方次第だ、これに問題を移しておる、こういう工合に聞こえるのです。この結論を待って検討すると言うが、この会社を切り離した、あるいは直営を別な方にしたとか、そういうような場合に、そのあとの行き先に対して、積極的な立場をとるかとらないかということなんです。そうでなければ、せっかくよかれかし、これが東北開発に寄与するゆえんのものだということを考えながら切り離したという、こういう国の意思というものは、そこで切れてしまうのではないか、生かされないのではないかということなんです。
○江藤政府委員 私の言葉が少し足りなかったようでございますが、私の趣旨は、こういう東北の会社を育成するために、できるだけ公庫の金を出すようにいたしたい、そういう気持でございますけれども、御承知のように、公庫が金を出す場合におきましては、やはり公庫といたしまして、十分業務内容を検討しなければ、貸し出すわけに参らないわけでございますから、そういう点について、ただいま鋭意公庫の方で検討しておる。ですから、しばらくその結果を見守りたい、こういう意味でございますから、御了承を願いたいと思います。
○西村(力)委員 それでは先ほどの御答弁と同じなんです。もちろん、公庫で検討するでしょう。それは公庫経営者として責任ある検討をするでしょうが、その検討に対して、国の意思として何らかの積極的な動きというものを加えるか、加えないかということなんです。そうしないと、ここでぽっつり切れてしまうということになるのではないか。そこはどうですか。
○江藤政府委員 言葉が足りませんでした。先ほどつけ加えたので御了承願えたと思うのでありますが、できるだけ積極的にこういう会社には資金の融資をするように、こちらとしても努力をいたしたい、かような意味でございます。
○西村(力)委員 そういう気持だけでなく、努力するという具体的な動きが加わるということであれば、それで私は了承したいと思うのです。しかし、これはいろいろ問題があるだろうということは、私もわからぬわけじゃないけれども、こまかいことを並べて、そうして独自の経営に移せば好転するのだとかなんとか言って、金さえ出せばよくなるのだと、こう言いながら、渡してしまったあとは、全然その希望通り進んでいるかどうかということに対して、責任ある立場というものを一切なくしてしまうというようなことは、これは好ましくないと私は思う。 それでは次に、今度譲渡した株数は二十万株でしたか、それの一株の譲渡価格の算定の問題でありますが、これは最初の申し出は幾らであって、それに対して検討を加えた結果幾らになって、最終は幾らになったかということでありますが、そのときそのときの算定の基礎、そういうものはどうなって いますか。
○江藤政府委員 この問題につきましては、事務当局の方から一つ御説明いたさせたいと思います。
○長沢説明員 御説明いたします。 この問題につきましては、非常に広範な資料が必要なわけでございますが、一応の考え方といたしまして、先ほど総裁からも御説明のありました通り、会社といたしましては、簿価の百七十五円八十銭をもとにして、百八十円ということで考えたわけでございます。ところが、企画庁といたしましては、いろいろ検討いたしました結果、最近東北興業株式会社が東北開発株式会社になってから取得した株——過半数を得るために取得した株があるわけでございますが、それの株価は、大体当時二百二十円、まあ安くて二百十円くらい、高いのは二百三十円くらい、大体二百二十円くらいだったわけであります。そういうような事情もございましたし、また当時、日新電化といたしましては、御承知の通り、約二万坪ばかりの用地も持っております。いろいろ財産内容から見まして、そういう方面からもまた十分株の評価をしていかなければならぬというようなことで、正味財産法によりまして厳密に計算をしてはじき出しまして、これが大体一株当たり四百四十円、これは当時の財産につきましては、いろいろ第三次評価まで限度一ぱいやりまして、そういうことで検討したわけであります。また一方、収益還元法というようなやり方もありますので、そういうことも見なければいかぬということになりますと、現在の設備ではどうしても収益が出ない。そういうようなことから見ると、厳密に言ってゼロになるというようなことで、この株の評価については、いろいろ議論もございますが、一応今までの慣例に従いまして、そういうような正味財産法によるやり方と収益還元法によるやり方とを合わせまして、算術平均をいたしまして、二百二十一円という数字が出たわけであります。それがたまたま、最近東北開発株式会社が取得した株の値段ともほぼ見合いまするし、それからまた、当時店頭気配の方だけでいきますと、三十四年度の実績は百六十円だったわけであります。そこで、百六十円というような——普通株の、評価の場合には、そうした上場株でなくて、店頭気配のあるような場合には、店頭気配によるわけであります。そうしますと、少し割高にはなりますけれども、やはりそういうようなはっきりした根拠をもって出さないと、これは問題になるということで、大蔵事務当局とも十分打ち合わせまして、大体二百二十一円以上という線を出したわけなんであります。しかし、これにつきましては、根本的な考え方といたしまして、先ほど西村委員からも御指摘になりました通りあくまでも企業を発展させるのだという前提でありますから、あまり企業家に負担をかけてはいかぬというようなこともあわせ考えまして、いろいろ問題もありましたが、関係方面と十分相談いたしまして、最後に——また一方、鉄興社の方からも、自分の方は二百五十円ぐらいで買いたいというような申し出もございましたので、それも全部勘案いたしまして、そうした理論的な根拠をもとにして二百二十一円という数字で、当時は実は企画庁長官のもとで、鉄興社の副社長と東北株式会社の総裁、日新電化の社長、その三者の誓約書を取りかわして、二百二十一円という線で譲渡することに踏み切ったわけでございます。 大体以上が、評価をいたしました根本的な考え方でございます。これにつきまして、株の評価についてはいろいろ問題もたくさんあると思いますけれども、現在のところ、そのやり方が一番妥当じゃないかということで踏み切ったわけでありまして、なお、最後の判断は、これは事務的なことだけでは判断できませんので、そうした膨大な資料をもとにいたしまして、大臣のところで裁定を願いまして、処理いたした次第でございます。以上、御説明いたしました次第であります。
○西村(力)委員 大臣が最後に裁定したそうですが、そのときは黙って判こをついたのですかね。高いとは言いませんでしたかね。まあそれでよかろうと言って……。 それでは大蔵省にお聞きします。普通こういう場合に、株価の算定をされる方式というものは、専門的な大蔵省の立場か言いまして、どういう方式をとられるのか。
○鈴木説明員 この場合は、上場されている株ではございませんでして、先ほど開発室長から御説明いたしましたように、店頭で相場が立つ程度の会社でございますので、算定の方式は、これも開発室長がいろいろ申し上げたように、一つの確定した方式はなかなか出しにくいような状況でございます。そういう結果、企画庁でいろいろ御苦労されまして、あらゆる角度から検討された結果、二百二十一円という数子を出されたわけでございますが、大蔵省としても、いろいろな見地に立って算定でございますし、東北開発について大きな株主であります鉄興社としても異存のないものでございまして、まあ現在の簿価は上回りますし、最近の東北開発の購入価格程度にもなっております。そういういろいろな点を総合して、妥当ではないかというふうに協議に応じたわけであります。
○西村(力)委員 学問的に、あるいは実務的に、定式化されている方式がない、こういうことであって、その場、その場で諸般の総合的な検討の結果、妥当かいなかということを判定する、こういうことでありますが、大蔵省の立場としては、やはりその程度以外には出ることができないということになるのでしょうかね。これは会社の経営状況から、あるいはまた特に強くほしいという買い気横溢の売手市場的な色彩も加わると、なかなか値段が張るというふうに、これはなかなかむずかしい要素も加わると思うのですが、定式みたいなものがなければ困るのじゃないかと思うのですが、どうですか。
○鈴木説明員 先ほど開発室長から御説明いたしましたように、実際上いろいろな方式は理論的にございます。ただし、正味財産法によりますと、たとえば四百四十二円、ところが、同じような計算方式である収益還元法によりますと、これがゼロになってしまう、そういうような状況下におきまして、一つのこれは間違いないという計算方式というのは、なかなか出しにくいのでございまして、あらゆる観点から総合的に判断を下すよりやむを得ないかと存じます。
○西村(力)委員 それでは国税庁方面で、こういう株が相続されるとか何とかいう場合に税金を課する。これは当然相続税を課するわけですが、そういう場合には、どういう工合にやりますか。
○鈴木説明員 まことに申しわけございませんが、税の方はあまり得意でございません。
○西村(力)委員 ようしゅうございます。それでは企画庁がとられた正味財産法で、財産評価を目一ぱいやっておるということでございますが、しかし、現実にあそこの工場の敷地なんかは、山形では唯一の工業地帯です。しかも、今から整地するところでもない。完全に敷地として整備されておるというところでございますが、そこの土地をどのくらいの評価にされたかですね。聞くところによると、これは坪三千円という評価をなさっていらっしゃるが、坪三千円という評価は実に低い、こう常識的に私たちは考えるのです。あそこはどうなさったか。それから東京の事務所の敷地、あるいは社宅の敷地、そういうものの坪単価は、どういう工合に算定されたかですね。実情とあまりにかけ離れておるのじゃないか、こういう気がするのですが、その点はどうです。
○長沢説明員 御説明申し上げます。 今御指摘になりましたことは、企画庁といたしましても十分検討したわけでございますが、先ほど来御説明申し上げましたように、これはあくまで企業として再建するのだということが前提でございますので、現在の法律に基づいて評価される範囲で、しかも、それを万が一すぐ売却するということも絶対ないという前提のもとにやってございますので、たとえば酒田の工場の敷地も、余裕の土地がありますけれども、あれは将来のそうした工場の敷地に予定しておるというような考え方に立ちまして、一番いいところでも三千円くらいになっておりますが、そういうような考え方でやっておるものですから、あくまでもこれは工場用地として確保する、またこれはあくまでも企業再建をするという前提でございますので、その点につきまして、いろいろ問題はあるかと思いますけれども、企画庁の考え方としては、あくまでも事業を再建するのだ、絶対にこれを土地として処分するようなことはないという前提でございますので、最高三千円ということも、御了承願いたいと思うのであります。そういうような考え方でやっておるものでございますので、いろいろ御指摘の点はあるのでございますけれども、あくまでもこれは企業を再建するのだという前提でございますので、御了承願います。 〔「定足数が足りないじゃないか」と呼び、その他発言する者あり〕
○三和委員長代理 暫時休憩いたします。 午前十一時三十六分休憩 ————◇————— 午前十一時四十五分開議
○三和委員長代理 再開いたします。 本日の東北開発株式会社の会計に関する調査は、この程度にとどめ、参考人各位には、御苦労様でございました。 暫時休憩いたします。 午前十一時四十六分休憩 ————◇————— 午後四時九分開議
○三和委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 日本原子力研究所の会計に関する件、特にCP5型原子炉購入の問題について、調査を進めます。 本日も、先般同様、参考人より実情を聴取いたします。御出席の参考人は、今泉兼寛君、菊池正士君、駒形作次君、嵯峨根遼吉君の四君でございます。 さっそく質疑を行ないます。質疑の通告があります。これを許します。勝澤芳雄君。
○勝澤委員 CP5型の問題につきましては、前回まで、この建設に対する計画についての疑問点、それから設計の出力を一万キロにした疑問点、それからAMFを選定いたしましたそれの経過についての疑問点、以上おおむね三点をいろいろと検討してきたのでありますけれども、きょう、私は、特に契約上の問題について、少し質問をしてみたいと思うのであります。 契約の問題については、まず第一番に、一体契約にあたっての契約書の原案というのは、どこでどういうふうに作られたのか、この点からお尋ねいたしたいと存じております。
○今泉参考人 私、原子力研究所ができました昭和三十一年の六月十五日に理事を拝命いたしまして、総務関係を担当したものでございます。三十三年の六月まで二年間、最初は理事、あとは監事として勤務したわけでございますが、契約関係は、職制上は総務が担当することになっておりました。しかし、本件のCP5及びウオーター・ボイラーの契約につきましては、国内の一般契約とは違った関係もございまして、国内の契約そのままの方式はとらずに、特にこういった新しい原子炉を買うということで、中に総務のほかに企画部というのができておりまして、企画部の方でこの契約関係につきましての原案その他は立案いたしまして、あとでAMFと話し合いがつきまして正式の契約となった場合に、その事務的な処理を総務がやった。ですから、当初の関係におきましては、最終的にきまって契約を締結するまでは企画部の方でやっておった、こういうことでございます。
○勝澤委員 そうすると、企画部でやったということは、契約にあたっての契約書の日本側の案といいますか、こういうものは、どなたがどういうふうにお作りになったんですか。
○今泉参考人 担当理事は嵯峨根理事で、嵯峨根理事が企画部長を兼ねておられました。その下に阿部君というのがおりまして、阿部君がその当時の企画課長でございますか、阿部君のところで一切やったように私は記憶しております。
○勝澤委員 そうすると、その原案というのはどういうものなんですか。担当の嵯峨根さんにお尋ねします。
○嵯峨根参考人 契約の、原案というところへいくかいかないかが問題でありますが、予備的交渉のあとで英文に直した予備的な原案、その程度のものをAMFの代表者と原研の関連の者たちとの間で議論をし、それを橋本弁護士及び契約のことにになれている東京電力の契約の担当者に見てもらったものを、企画部としてはこの程度でいいと思うからというので、総務の方へ回した。それを原案と言えば原案と言うのかもしれませんが、そういうものであると了解いたします。
○勝澤委員 その契約に予備的に使った案というのは、大体どういうことを契約に盛ろうとした、どんなものなんでしょうか。
○嵯峨根参考人 私の記憶は必ずしも全部についてはっきりしてはおりませんけれども、私の担当いたしましたのは、むしろ、法律的なものは自分ではわかりませんので、それを法律の担当の方に回す、その前の、たとえば納期をどういうふうにして、どういう順序で出力を上げていったときに、どっちが先にいったらどっちの責任で、どれを試験をする、あるいはその中には、製造業者の作ったものについての瑕疵とかその他があった場合に、どういう取り扱いをするとかいうような点が、一応普通の契約面に載っております。さらに、私が一等強く記憶しておりますのは、原子力として特に重要である、すなわち免責の関係のものを、初めての契約でありますので、原子力局及び委員会に諮って、この程度の免責でよかろうというものを入れた。そういう期日及び免責関係を最後まで議論すると一緒に、そのときに出力一万キロについて、どういう言葉で契約の中に盛り込むかということについても、ずいぶん議論をしました。そういうようなものが、おもな題目だったと記憶しております。
○勝澤委員 このCP5についてAMFと結んだ契約書には、不備があるということはお認めになっていると思うのです。あなたはどうか知りませんけれども、安川さんは、契約については私も満足な契約をしたと思っておりませんと、この間の四月五日に答弁されておるわけです。ですから、あなたは、この契約について不備な点があったということをお認めになりますか。もし認められるならば、一体どことどことどういうところが不備であったというふうに理解されておりますか。
○嵯峨根参考人 私個人の意見を求められるならば、依然としてこの前のお答えと同じようなことだと思います。そうして私どもとして、一等現在あとから考えればこうもあるべきだったという点は、免責条項に関しての問題であって、出力その他のとり方は、むしろあの程度でもいいのだと私は考えております。
○勝澤委員 あなたのこれに対する考え方というのが、明確になっていないのです。理事長として安川さんは、「今日こういうような問題が起きた結果から見れば、決して私も満足な契約をしたとは思っておりません。非常に遺憾な点が多々あったということは、覚醒いたしております。」こう答弁をされているわけです。あなたの場合においてもはっきりしていることは、動力試験炉の場合において、結局それを十分に経験を生かした、こういうことをあなたは答弁をされておるわけです。だから、契約にあたって不備な点があったということは、明確になっていると思うのです。だから、私はこの契約の一番中心は何かといえば、AMFを選定をした根拠なのです。AMFを選定をした根拠に基づいた契約というものは、完全に実施をされておるかということが問題になるのです。そういたしますと、その点がみな抜けているわけです。そうすると、AMFというものとどうしても契約しなければならぬという根拠は、また薄らいでくるわけです。ですから、これは問題を取り上げてみればみるほど、みんな底抜けになっている。悪意に解釈するならば、一つのものを作り上げて、それに近づけるために底抜けにしたということに解釈もできますけれども、これは池田大臣も言われているように、神代の話ですから、私もそうきっちりしたことは言わない。しかし、この場所においてこういうあやまちがあった、この場所においてこういうあやまちがあった、だから今後はこういうあやまちをくり返さないようにするんだ、こういう話なら、私は、この問題については、そんなに奥深くまで質問する気持も何もないわけです。しかし、質問をすればするほど、私はこれだけの資格しかありませんでしたといって、今は私はもう役員ではございません。こうやられたら、もう役員というのは、その役におったときだけの責任で、そのときに起こった問題についての責任を負わないということならば、突き進んで、一体そのときにやった行為というものは、今も行なっているものについて徹底的に追及をして、やはり今日においても責任を追及していかなければならぬというふうになるわけなんです。それは当然のことなんです。そのことを私は言っているわけなんです。ですから、その中であやまちがあったのがよかったか、悪かったかということではなくて、あやまちがあったことが、次の段階にどう発展しておるかということを聞いているわけでありますから、そういう点は、もう少し明確にしていただきたいと思うのです。 次に、この前の質問の中でも明確になりましたが、一万キロというのは、きめたところがどこもなかったということは、皆さんの説明でわかったわけです。しかし、一万キロというものが一つのファクターになって、それがキロ当たり単価が安いということできまったわけですから、その一万キロというのは、契約の中では相当なウエートにならなければならぬと思うのですが、その一万キロの問題の保証というものが不明確になっていると思うのですが、どうなんでしょうか。
○嵯峨根参考人 御質問を伺っておりますと、幾つかの誤解があることに気がついております。すなわち、動力試験炉とCP5型の実験炉と、かなりの大きな混同をしておられる。そのために実験炉の場合の契約と、動力試験炉の場合の契約とが、どういう点で違うかという点について、必ずしもはっきりした御研究、あるいは御質問をされてないのだろうと思います。そのために、この前も申し上げましたように、私は、動力試験炉の場合に、この方がいいかと思って原子力研究所の原案を出しました。しかし、それは普通の電力会社その他、あるいはその前にやったウオーター・ボイラー型のときの契約の習慣とは違うので、従って、今後も研究炉その他を契約するときには、こちらからの契約の原案を出すということはむしろまれである。向こうの契約について討論をしてやるのが普通の場合になるという予想を、私は十分持っているからであります。 その次に、AMFに、選定の場合において、一つ一つ私が担当理事だからという御発言でありましたが、これは完全な誤解でございます。AMF選定については、理事一同が相談をした結果やったことでありまして、それが英文に載るとき初めて私の手にかかったということでありまして、私は答弁に食い違いはないと思います。 その次に、一万キロについて明確でないという件については、この前も申し上げましたように、私自身は、契約書にまでギャランティという言葉を使わせるべく、非常に努力をしました。しかし、それほどまでにやらぬでもよかろうという御意見がよそにあり、原子力局も原子力委員会もそれでよかろうというお話であったのでおりたのでありまして、そういう点には、確かにもっとギャランティを置くべきだという御議論もありますけれども、これはこの前も御答弁申し上げましたように、相手のあることであり、実質的にはギャランティと同様なことが得られればよかろうというう御意見に従った。そういう点でございまして、私自身として、そう思想に混乱があるとは思っておりません。
○勝澤委員 あなたは、この前四月五日の答弁の中でこう言っているじゃありませんか、「ウオター・ボイラーについても、CP5についても、こちらが全面についての契約文書という草案を持ったということはございません。」ですから、契約文書の草案というものはこちらではなかったんだ、向こうの原案を中心にやったんだ、こういうことを言われているわけです。そこで次の動力試験炉の契約のときには、大部分こちらが対案を持っていたしましたと言っている。「しかし、従来の電力会社その他の外国との契約において、こちらが全文を用意してやったという例はほとんどございません。従って、むしろ動力試験炉の場合には、お前は余分な努力をするといって怒られた経験を持っております。その点は、十分に経験を生かして反省をしたつもりでございます。」こう言っているじゃありませんか。ですから、あなたは、CP5のときには、原案がなかったということを率直に認められているわけです。ですから、いうならばAMFの案でやったのだ。仕様書はどこで作ったかといえば、仕様書も日本で作る力がありませんでしたと言っている。仕様書も、向こうで作ったんですよ。仕様書も向こうで作った案で、今度は、契約書も向こうで作った案でやっている、こう言われておるわけです。動力試験炉は、それで間違いがあったから、こうやりましたと言っているそうなのでしょう。違うんですか。
○嵯峨根参考人 その点が違うんであります。(勝澤委員「じゃ答弁が違うじゃないか」と呼ぶ)答弁は、私が申し上げた答弁と同じでありますが、質問者の御解釈が違うのだと私は思います。すなわち、両方のやり方がある。先方の用意した契約書について、それを吟味して、こちらが納得すればそれで調印をするというやり方も、普通に行なわれている。それから先方の出方が、これはもっとこちらから強い態度で出なくちゃいけないというときに、初めてこちらから原案を作って持ち出す。しかも、十分にこちらに自信があった場合には、それを持ち出してもいい。で、二度目の動力試験炉の場合には、それを持ち出して、しかも、動力試験炉の場合には、前もって非常に周到な用意をいしました。CP5のときには、財団法人原子力研究所の時代に作られた大体の案について、入札その他についての原案を、われわれあとから聞かされた人間がやったことでありますから、そういう場合もあり得た。今後についても、両方の契約の方法が十分あり得るということを申し上げております。
○勝澤委員 あの契約の方法とあなたは言われているのですが、私は基本だと思うのです。これこれこういうのが条件なんだ、これが私はこちらの案だと思うのです。向こうの案というのは向こうから案を出す場合じゃない。こちらから案を出すのはあたりまえなことなんです。その案の中に、われわれのこちらの案というものを盛られていないから、私は、この契約草案というものは、日本の案でない、AMFの案そのままでやったのじゃないですか、こう言っているわけです。そこが基本なのです。そこが何も守られていない。今あなたは、一万キロの問題については私は努力したけれども、原子力局やその他の専門家の人たちがもういいと言った。そこで今度一万キロの契約は、きっちり入れろといって努力した覚えがありますが、実際的にやれるからいいじゃないかというのでおりたと、嵯峨根参考人は言っている。ここのおりたということと、現実に今の問題と比べてみて、どういうふうに理解しておりますか、一つその当時の責任者は、そのときの状態をもっと詳しく説明して下さい。もし内容がわかりませんでしたら、もう少し具体的に嵯峨根参考人から、どこの委員会なり、どこの会議なり、あるいはだれとだれとどういうような人たちがどう言ったということを、もっと明確にして下さい。
○杠政府委員 お答え申し上げます。 私は、ただいま嵯峨根参考人から御説明がありました件、並びに勝澤委員から重ねて御質問になりましたことにつきましては、残念ながら詳細に承知いたしておりません。
○勝澤委員 わかる人に聞いているんですよ。わからなかったら、嵯峨根参考人からもう一回説明して下さい。
○嵯峨根参考人 私の記憶いたしました範囲では、いつもこれについては、当時の理事の間で相談をした結果を総括してまとめておられる副理事長の駒形さん、ときには私も同行して、原子力局の局長及びたしか総務課長、それから法貴次長がおられたかどうかはっきり覚えておりませんが、いつもそういう方にまず報告をし、その次に原子力委員会へ出向いて、こういうことになっておりますという報告をし、急所を報告をした上で、よかろうという賛成があって、初めて仕事に移るという習慣をずっと続けております。符に先ほど御指摘の点については、数回にわたって報告をした覚えを持っております。
○勝澤委員 契約の担当の理事というのは、今今泉参考人から言われて、嵯峨根参考人だというのが明確になったと思うのです。それで、その嵯峨根参考人がまだ納得されていないのに、原子力局から、あるいは今のいろいろな人たちから言われておりたというのは、私はここがよくわからないんです。
○嵯峨根参考人 私は、またしても訂正をさしていただきます。契約の担当理事ではございません。毎度御返事申し上げた通りでございます。責任分担者の一人として働いております。四月五日に申し上げた通りであります。その分担をした上で、それを全部まとめて、副理事長が最後の結論は持って歩かれたということでございます。決して契約担当理事ではございません。
○今泉参考人 総務を担当した一人といたしまして、私からその間の事情を御説明申し上げれば、御納得がいくんじゃないかと思いますので、私から申し上げたいと思います。 この前、安川前理事長が、あの当時としてはお互いにベストを尽くしてやったつもりであったけれども、今日振り返ってみて、非常になれないことでもあったし、原子力というものは初めてのことでもあったし、開拓時代のことでもあったので、契約上のことについてああもしたかった、こうもしたかったという点も考えられるという希望をお答えになって、はなはだ遺憾であったというふうに申されたように私も聞いておりますが、私も、あの当時といたしまして、ああいった原子炉というものについての契約ということは、もちろん当時の理事として参画した一人でございます。そして最後の形式的な契約の仕上げをやった私といたしましても、今から振り返ってみれば、なるほどあそこもこうしたらよかったろう、ここもこうしたらよかったろうということは考えられます。しかし、あの当時としては、私どもの乏しい経験ながら、それからこの匆々の間でありますけれども、お互いにベストを尽くし、なお契約関係については、もちろん原案について折衝したわけでございますが、顧問弁護士等にも聞いて、まあこの程度でこちら側としては納得せざるを得ないのじゃないか。あの当時から申しますと、売手市場というより買手市場、こういうような状況でございまして、日本側といたしましては、やはり一日も早く建設したい。原子力研究所が発足して、ウオーター・ボイラーについてはすでに前の時代になっておりましたが、研究所として特殊法人が発足して以来は、CP5に取り組みまして、これをなるべく早く、一日も早く建設して完成したいということで急いでおった関係もございますし、振り返ってみて、今日あの契約書をわれわれ見て、あそこをこうしたかったなという点がございます、その後、率直に申し上げれば。一、二の例を申し上げますが、性能保証の問題でございますが、性能保証については、契約の日から三十カ月または据付完成後百八十日、そのいずれか短い方というような契約条項になっております。これなども、今日私考えてみますと、両方の契約日から三十カ月、それから据付完了後百八十日のいずれか短い方というような規定は、あまりにも売手本位のやり方じゃなかったのか。今後こういったものをやる場合は、当然据付完了後何カ月という日でこれは契約すべきじゃないか。 それから今度は、機器の保証の期間の問題でも同様でございまして、契約後三十六カ月または据付完成後三百六十日のいずれか短い方という契約条項になっております。これも、あとで契約が変更になりまして、三十六年二月十四日までに延長されたことも、私調査によって今日明確になったわけでございますが、是正はいたしましたけれども、当初の契約といたしましては、やはりこういったいずれか短い方というようなこと、契約締結後から起算するというやり方は、買手側の対等の立場からいうと、やはり据付完了後から何日というふうに契約すべきじゃなかったか。 それからもう一つ、この契約を見て私が痛感いたしますことは、部品類の引き渡し条件でございますが、これがFOB契約——商慣習でCIFになっているのはいつでもあり得ることなんですから、これなども私はCIF契約によって、やはり横浜着なり、あるいは東海着なりというふうに、部品の受け渡しはやるべきじゃなかったかというふうに考えております。嵯峨根理事から先ほどから申されています点も、動力試験炉については、御指摘のようにだいぶこの点が改善されているように先ほど申し上げておりまして、何か言葉足らずであったと思いますが、私も、そういう点については、今後については十分改善を要求すべきじゃないか。その他こまかい点等を突けばもっとあるかもしれませんが、あの当時としては、われわれとしてはベストを尽くし、また顧問弁護士にも聞いてやったつもりでございましたけれども、今日振り返ってみて、もっともっと研究し、またああいう事情がわかっておれば、こういった点については、将来はぜひ改善を加えていきたい。はなはだそういった点がわれわれがふなれでありまして、努力不十分であったことについては、私、当時の理事者として非常に残念であります。遺憾の意を表する次第でございます。
○勝澤委員 この契約にあたっての問題については、率直な意見が出されて、よく私も理解できるわけであります。 それから次には、今度は契約実施上の問題点で少しお尋ねしたいのですが、契約後のセントラル・シンブルに関する設計変更、これは一体どういう経過になっておるのですか。
○嵯峨根参考人 私は最後まで——最近のこまかい事情を存じておりませんが、最初のころと途中の経過までは存じておりますので、お答えいたします。 セントラル・シンブルは、交渉の初めから議論のあったところでありまして、CP5を買うという理由が、非常に大きな一つの理由として、ぜひ材料試験のかなりむずかしいものをやりたいという希望が外部からありました。それを盛り込めるかという交渉を何回かやったわけであります。その結果、盛り込めないことはないという結論になりまして、それじゃそれをやってもらえるかという設計上の要求を出したわけであります。それは、契約前にすでに話が進んでおりました。実際にやってみますと、確かにできてはおりますが、必ずしもそれを使うのに便利ではない。むしろ、そういうものを使わないでも実験ができる場合の方が多いということがあとから気がついて、なまじそういうものがある方が、原子炉を動かすというか、運転をする上において、非常に余分な注意が必要であるということで、それでは使うときには使うとして、重水を入れるようにしようじゃないかという判断を、みんなで相談をした結果、いたしました。現在はセントラル・シンブルは、形はついていて、いざ使おうと思えば、非常な注意をしながら使えるという状態になっておりますが、重水が入った形で使っていると、私は了解しております。ごく最近のことについては、私は知っておりません。そういう点について、この前ちょっと御答弁したと思いますが、外部からの要求がむしろ強過ぎて、原子力研究所自体が検討するところが抜けたという点はあったというふうにお答えしたような記憶を持っておりますが、それが有名なセントラル・シンブルの問題だと私は記憶しております。
○勝澤委員 そうしますと、セントラル・シンブルの問題につきましては、建設の過程において、こちら側の要求によってそういうことになったのですか、向こう側の要求によってそういうことになったのですか。
○嵯峨根参考人 どちらの要求というよりも、こういうこまかい設計——細部設計になりますと、両者の協議ということになります。そして最後の決定は、たしか神原さんがアメリカへ行って、私が偶然アメリカへ行ったときに、やはり運転上かなり困難を感じるという点で、この際こうしたらどうだという判断を、皆に相談した上でやったと記憶しております。ですから、協議ということだと思います。 〔三和委員長代理退席、委員長着 席〕
○勝澤委員 技術的な問題ですから、われわれしろうとにはよくわかりませんけれども、少し私は疑問点が残っているように思います。 次に、耐震についての契約についてお尋ねしたいのですが、耐震性に対する資料がAMF社に提出されていたようでありますけれども、その契約した一年後に、耐震についての追加契約が要求されて、四万七千ドルの追加支払いが行なわれた。これは私は大へんおもしろいと思うのですが、最初からすべきやつが、あとになってこういう追加になったという概況と、その原因はどこにあるのか。御説明を賜わりたい。
○嵯峨根参考人 地震については、現在でも、日本の原子炉全般について、どこまで用意をしたら安全かということの基準というのがあるとは、われわれまだ思っていないわけでありますが、そういうむずかしい問題点があります。御質問のように、契約の前の話し合いのときに、こういう地震があるということは十分各社に申し入れをし、しかも、ある程度以上強い地震があると自動的にとまるという装置をつけよという要求はしてございます。しかし、どこまで地震に対して用意したら一番適当であるかという判断は、会社によっていろいろ違うわけでありますし、そういう点でかなり話し合いをしても、実際の詳細設計をやった上でないとわからない点があったと思います。従って、外国の設計者は、地震についてふなれのために、ある程度の基準で設計をしてこれでいいと思うということに対して、日本の方でやはり念には念を入れよということで、安全性を見越してどっちがいいか、この際金を使ってももっと安全性を増した方がいいという判断がありますと、またいつもの通りで、こういうことを今考えついたんだけれども、追加契約をしていいかという相談を、原子力局及び委員会にして、その上でいたした、そう了解しております。
○勝澤委員 そうすると、一番最初の契約にも、耐震性に対する契約というものは考慮されておった、こういうことなんですか。
○嵯峨根参考人 ある程度——ある程度というより、AMF社で考えられておった程度には考慮されておったと了解しております。
○勝澤委員 それを追加をしなければならなかったということは、AMF社で準備したときの設計について、日本側では、当時、これがいいか悪いかという判断が技術的にできる数字はまだなかった、こういう欠陥だということなんでしょうか。
○嵯峨根参考人 原子炉について十分御理解になっているとは思いますけれども、いつも原子炉の契約については必ず起こる問題でありまして、概略設計と詳細設計の過程において、人によって判断の基準、ないしはこれで安全だというはっきりしたきめ手がないだけに、どっちをとるか、甲をとるか乙をとるかという時期には、いつもつきものとしてくっついて参ります。契約のときからそれがわかっているはずだとおっしゃるのはむしろ無理であって、私の了解している日本の原子炉は、全部あとからチェックして、しかも、当時はまだ安全審査委員会がありませんでしたけれども、その方のたんのうの人にお諮りをして、この程度がいいという判断を持って実行に移すということをやっております。
○勝澤委員 そうしますと、安いか荷いかという判断は、技術的なものでなく、ただ表面に出てきた価額的なものなんですか。
○嵯峨根参考人 毎度申しますように、それは程度の問題でありますが、その耐震設計をくっつけたために、入札の値段が特別に違って——よそでも同じようなものをつけた場合と比較して、どっちが安いかという比較がある程度できると思います。現在の御質問にお答えするのには、われわれの了解しておる範囲では、この程度のことなら、そう大きな額ではないという了解でやったと思います。
○勝澤委員 そう大きな額ではないと言うても、四万七千ドルという金は、大へんなお金だと思うんです。最初の設計のときの、あなたの今の説明を聞いていますと、大まかなものと、それから詳細なものというふうに言われておるのですが、その四つの会社の判断をした資料というものは、この間あなたも言いましたように、一万キロというものと、それから安いということと、それから三菱がくっついている、こういう三つだと思うんです。二万キロというのは、それじゃそれを日本が科学的に判定する力があったのかというと、なかった、こう言うし、それがこの契約条項の中に明確になっているかというと、明確になっていないわけです。それからその次に、安いというのが、ほんとうに安かったかどうか。総括的にずっと計算をし、なおかつ期間が延びたことを計算をしてみれば、安かったかどうかという判断というものは、おのずから出てくると思うんです。そんなに安いものじゃない。高い買物だった。安物買いの銭失いだ、こういう結論が出るのです。あと三菱がついておったという問題は、これはあなたがとにかくどこからか言われて——どこから言われたか一つの希望条件でしょう。各社に当たって、どこか日本の業者をつけないかということでやって、そこだけがついた、こういうふうになっているわけですね。ですから、それを見てみますと、契約もそうですし、中身に入れば入るほど、この点は神代の時代だと思うんです。やはりそういうようなものなんでしょうか。
○菊池参考人 耐震設計のあれでございますが、これはたしかにおっしゃるように、非常に困った問題で、いつもこの問題で困ります。契約の当時、詳細設計ができませんもので、いざ建設の段階になって、最後に契約がきまってから、非常に詳細な設計に入る。耐震が十分か不十分かということのほんとの判定は、詳細設計ができないとできない状態であります。ですから、これに限らず、こういう入札の価格をきめます際に、そういう点がいつも非常に悩む問題でございます。この際は、そういうわけで契約後にできた詳細設計を見た上で、これだけのものをつけた方がよかろうという判断であとからついたわけであります。これはやはりほかの社と契約しても、何かの形でこういうものがつくのじゃなかったかと思います。それがどっちが高かったかということになりますと、ちょっとわからないと思います。
○勝澤委員 わからない。私にもわからないから聞いてもあれですが、燃料問題を次にお尋ねしたいのです。これは燃料の仕様書というものもやはりAMFで、M&Cですか、これにやったのですね。
○菊池参考人 燃料の問題は、われわれとしましても、なおのこと経験がありませんので、論文その他での資料は聞いておりますけれども、われわれとしては、とてもそのスペックを書けませんので、AMFにそれを依頼したわけであります。と申しますのは、AMFをそのときに頼みました理由は、一万キロの方の問題に、AMFが満足するような燃料でないと二万キロがどうにもなりませんので、それでAMFにスペックをお願いしたわけであります。
○勝澤委員 それでAMFにやったのですね。AMFは、この燃料に、言い方は悪いが、けちをつけて、二万キロが出ないうちに契約が終わった、こういうことになったのですね。
○菊池参考人 この点も、今今泉さんから言われましたような契約の不十分さと申しますか、AMFにはスペックを依頼してから、最後に——製造会社はAMFでないわけでありまして、それはM&Cという別の会社でありますが、それの受け取り検査の依頼を、もう一ついたしているわけであります。二つ契約がある。それで、スペックをきめるその契約の中に、当時そういった契約にみんなつきものだったのでありますが、隠れた瑕疵については責任は負えないという、製造会社の責任であるという条項がございます。そういう条項があったということが、契約上の問題として、その次に問題とすれば問題になると思います。それでAMFの方としては、スペックをきめたときに、受け取り検査の条項をきめた条項以外の瑕疵でございますね、それをその後見つけたという形で、このフェルにはこういう欠点があるぞということを言ってきたわけであります。ですから、契約上はAMFとして言って悪いことでも何でもなくて、非常に不幸な事態が起こってしまったということなんです。
○勝澤委員 そうすると、M&Cから入った燃料というものは、AMFの仕様書通りであったということが言えるわけなんですね。ですから、それについてAMFがまた文句をつけることも、こちらから見ればおかしなことだ、仕様書通りに作ってきたものだから。こういうふうに理解してよろしいですね。
○菊池参考人 大体そういうことなんでございますけれども、たとえば、これが一様にできていることというような条項がございますけれども、これは一様といっても問題にならないので、そこで今度はエックス線の写真をとって、大体これならというスタンダードできめていくわけであります。ですから、これでやろうという最終的な、技術的なスタンダードにはみんな合格している。ただ、その後、その契約にない——向こうでちょっと疑問を持ちまして、その契約では、契約のときのインスペクションにない検査を向こうで——これは親切といえは親切でございますが、向こうで余分にやってみたら、これはちょっとおかしいぞということになってきたわけであります。ですから、最初の契約のときになぜそこまで言っておかなかったかということが問題です。確かにAMFとしてはそこまでやっておいてくれなかったということは、こちらとすると物足りないところはあります。ありますのですが、われわれも、最初はその契約でそれを受けたわけであります。
○勝澤委員 それはAMFの場合においては、それを使う場合においては支障があるという判断をされたようですけれども、日本の原子力研究所としては、科学的に支障がない、こういう判断をされて、日本の責任で引き取った、こういうことになったわけですね。
○菊池参考人 そうでございます。ですから、最初の契約のスペックには出ておりまして、それ以外のリコメンデーションとしてそういうものをつけてきたわけであります。しかし、そのときの判断では、そのリコメンデーションは、その当時のいろいろの情勢からの考慮が払われておると思いますし、神原部長が向こうに行って十分に検討してきました結果、向こうではそう言っているから大丈夫だという判定のもとに引き取った。ですから、契約上は、スペックに十分合っていたものではあるわけであります。
○勝澤委員 技術的にというか、科学的に検討した結果、これで一万キロ上昇させる燃料としては別に支障がない、こういうことに原子力研究所としては確信を持ったということなんですか。
○菊池参考人 残念ながら、その燃料で二万キロという確信はございませんでした。計算の結果では、三千キロはあるだろう。もし完全なものができて一万キロいくものなら、これでも三千キロは必ず大丈夫だという確信はございました。現在まだ千キロでございますから、三千キロ上げてございません。残念ながら、その一万キロという確信はございませんでした。それは一万キロという確信は、そういうものを見ただけではだめなんで、どうしてもやってみる以外に確信は持てないだろうと思います。ですから、やってみて、もしだめだったときに危険でないならば——私ども前もってそういう確信ということは、不可能じゃないかと思います。
○勝澤委員 最初何本でしたか、私は本数を忘れたのですが、実際にやってみたら、最初の予定の本数からだいぶ変わった。われわれから言うならば、倍くらいに変わったようですけれども、やはり科学的に計算をすると、日本の科学的水準は、大体倍くらいの違いがあるものですか。
○菊池参考人 これもどうもはなはだやり方がまずかった、まずかったというと誤弊がございますが、八本というのは、相当荒っぽい計算でございます。それで、できてから本数を発表すべきところを、アメリカのやり方とソビエトのやり方みたいなもので、あんまり前からこうだ、こうだと言い過ぎてしまった結果、皆さんにとんでもない期待はずれのようなことになりましたけれども、正直に申しますと、どうも八本という計算は、かなり荒っぽい計算でございます。また事実、それほどこまかい計算をやろうと思っても、できないのでございます。それでああいうことをあまり早くから言うのが、そもそも——はっきりしたことが言えないことを、そういうふうに発表してしまったというところで、あとで非常に皆さんの誤解を招いたと思います。私は、そのときすぐ、これで一体一万キロに上げた場合に、十分にリアクティビティがとれるかということを一番心配しまして、その後、すぐにそれを主にして試験いたしましした結果、二十二本あれば所期の目的が十分に達せるという結果になりましたので、やれやれとほっとした次第でございます。
○勝澤委員 私たちは政治家ですから、大体政治家の話は大きいと世間で言われているのですが、学者なり科学者というのは、科学的だというふうに私は思うわけです。それが八本と言えば、やっぱり八本が科学的なものだというふうに思うのです。それから先ほどの設計でも、設計といえば、相当詳細なところまでも設計ができているものだと思うのです。設計の途中で耐震がどうとかこうとかいうのは、われわれから言うならば、科学者がやったことにしては実に非科学的なものだと思います。池田長官みたいに、まだ神代の時代だよと達観していればいいのですけれども、また、だれかが道楽でやっている仕事なら、幾ら金を使ってもけっこうだと思うのですが、片方では犬よりも低い生活保護を受けている、その金がそっちの方に回っているのですから、神代のことは神代のことで、何もやらぬ方がいいじゃないか、極端な言い方をしますと、科学に弱いわれわれは、こう言いたくなるわけです。やっぱり国の税金の中から出しているのですから、そのウエートの問題を考えるのです。そういう点から言うと、やっぱり科学者は科学的な話をしてもらわぬと、世間がよけい惑わされると思うのです。しかし、今からそういうことを言ってもあれですが、一番最後を引き受けられている菊池さんは、一番つらい御苦労なことだと思うのです。いろいろと言われていることを見ますれば、やっぱり今までのが悪かったということは、なかなか言えないし、間違いでなかったというのを今度はある程度事実を示していかなければならぬ立場にあるから、大へん苦しい立場で、いろいろ御苦労されていることはよくわかるわけです。 そこで政務次官、私は最後に締めくくりをお願いしたいのですが、政務次官も当初、この問題についてはいろいろと問題があった、ああすればよかった、こうすればよかったという点もあったということを言われたと思うのです。それについては、CP5をめぐってどういう点に問題があった。たとえて言うならば、建設についての経過の中にも、財団法人から移り変わるとき、実は安川さんがなったけれども、安川さんは何も責任がなくて、その前から移し変えられてきた。そしてある既定の事実の上にただ契約をきめただけだ。契約をきめるにあたっても締め切りもなかったし、あるいは時間的にそう余裕もなかった。入札について、応札の条件というものを調べてみると、応札の条件についても、そう明確なものがなかった。そして今度は条件になった出力の問題を見ると一万キロというのも、実はどこできめたか明確でない。それから原子力研究所の理事会の運営を見てみても、これをそう重要視して取り上げて、議事録にも載っておらなかったようですし、AMFをきめたいきさつを聞いてみましても、これも相当問題がある。しかし、それが政治的に、なぜ三菱にやったかというような点までわれわれが検査しようとしても、それは不可能だと思うのです。それから、その問題からきて今度契約上の問題を見ると、契約上の中にもいろいろ問題があるし、契約をしたあとの実施上の問題も出てくる。こういう点は、政務次官もこの前、一つ詳細に再検討して今後の参考にしたいということを言われておるわけでありますから、この問題につきましては、CP5型の経過と、それからその場所場所における問題点、そして今後これについて反省すべき、あるいは検討すべき、あるいは注意すべき諸問題を一括して、一つ決算委員会に報告書として出していただきたいと思うのですが、いかがなものでございましょうか。
○松本政府委員 お答えします。 CP5の問題につきまして、過般来大へん御心配をいただきまして、議員各位には、いろいろ御調査願っております。このことは、日本の将来の原子力事業の発展のために非常にけっこうなことである、かように存じます。もともと科学技術庁としても、大臣も、また私どもも、その後に任命を受けましたので、当時の経過は詳しく存じませんが、しかし、今日の状況からいきますと、当時の契約の通り事業が進んでおらぬということは、非常に遺憾であります。何がためにそうなったかということも、ある程度取り調べ、また現地を調査し、検討をいたしております。しかしながら、参考人各位にもしばしば御説明いただいております通り、この契約そのものが完全であるとは言い得ないと言われております。また私どもも、その契約なりその後の業績なりが、はなはだ不完全な点があった、かように考えております。しかしながら、国営事業でやる以上は、これは国民の税金が使われておることでもあるし、なおまたわが国の原子力産業の健全な発展のために、これを将来の第一歩として、十二分に検討を加え、あやまちがあればあやまちがどこにあったか、これは大いに将来の参考にして、今後絶対にこういう遺漏のないことにしたいものだと考えております。決算委員会におきましても、いろいろ御心配をいただきまして、はなはだ申しわけないと思いますが、ただいま勝澤委員のお説の通り、科学技術庁といたしましても、このCP5につきましては、調査研究いたしました上にも、なお不可解な点なきにしもあらずで、そういう点もさらに一そう入念に調べまして、これを全部まとめまして、いずれ方々にもごらんいただくということにいたしたい、かように存じます。また原研においても、今後とも、過去のことは過去のこととして、過去のある程度の手落ちを挽回すべく御尽力をいただく、こう考えております。また、監督官庁としても、最善の努力を払いたい、かように存じております。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
○勝澤委員 私の提案につきまして、政務次官も了解され、報告書を出していただくということで、私も了解いたしましたが、この問題は、御案内のように、私たちも取り上げて参りましたが、別にその場所、その場所において不正があった、あるいは何かがあったから、こういうことを追及したということよりも、神代の時代だというものでも、やはりその経過の中で、あとから見て反省すべき点があったら、それを十分明確にする。そしてその中で、次の前進のための資料にするという必要のためにやってきたわけでありまして、責任を追及して、その責任によってどうこうするという気持はあまりないわけであります。しかし、そういう点は十分お考えをいただいて、思い切った調査をし、欠陥というものをえぐり出していただくことの方が、今後のためにいいのではないか、こう思います。それと同時に、政務次官、大体いつごろまでに出していただけるのでしょうか。それは原子力研究所と科学技術庁と、別々に出していただけますか。
○松本政府委員 ただいまのお説ですが、なるべくなら、別々に出さしていただくよりも、私の方と原研の方と十分調査する、そうして一括してお手元にと、こう存じます。期間の点は一カ月ぐらいの御猶予をいただきたい、こう存じておりますが、お願いできますか。
○荒舩委員長 監督官庁と原研とは、やはり角度の違いがありはしないですか。委員会では別々に希望のようですから、一つ別々に出していただくことがいいと思いますが……。
○松本政府委員 それではお説に従いまして、原研とこちらの役所と別々に出さしていただきますので、どうぞよろしく。責任ある、詳細に調査したものといいますと、きょうお越しいただいていない下の方も調べなければいかぬ。また、前の局長にも当時の事情を一応聞いて、十分間違いのないものをと思いますから、一カ月の御猶予をどうでしょうか。
○荒舩委員長 では、一カ月の期間でよろしゅうございますね。
○西村(力)委員 一点。松本次官、あなたこの前、原子力研究所に近接する飛行場の問題が問題になりましたとき、るる、今度池田総理が渡米する場合に、必ずこれを荷物として背負わしてやる、こういうお話がございましたが、それは、池田総理に確実にその問題を取り上げるという工合に、あなたは連絡し、それを確認しているかどうか。ああいう御答弁をこの席でなさったのですか、その後、その責任をどうとられたか。そして成功する見込みがあるかどうか。
○松本政府委員 演習揚の問題は、過日の委員会においてもしばしば御質問をいただき、長官もお答えしておりますし、また私もお答えいたしておりますが、その後、日米合同委員会にも強くこちらの希望を申し伝え、協議もお願いいたしておるのでありますが、実はただいまの状況では、早速取りやめるとか、場所がえするというようなことまで運んでおりません。また一昨日も、調達庁あるいは防衛庁と打ち合わせて、何とか早くという催促を実はいたしたのですが、こういうことは申し上げにくいのですが、原研なりあるいはその他の施設ができる前から、あそこに演習場がございました。それで原研、原発などの施設ができてくれば、米軍はいずれ返還してくれるものということをこちらは考えておった。しかし、向こうではそういう考えを持っておらぬというところに、考え方の食い違いというものが今日現われておるのであります。しかし、非常に危険だということは事実でございますので、何をおいても早く返還してもらい、あるいは海の方へでも一つ場所がえしてもらうということを申し入れているわけです。実は中曽根前長官と一昨日もそのことを話して、海で演習してもらうということにしたらどうだと言ったのですが、しかし、先方には海軍の航空母艦からの演習もある。それが海からやっている。しかも、日本の地図には詳しくない人が、間々あそこで演習をやるということが、過失を起こすもとになる。ついては、場所がえよりほかにない。場所がえに適当なところがあるかないか、いろいろこちらも考えて、向こうに納得してもらい、早く返還してくれということを要求しております。しかし、事は相当重要な問題でありますので、幸い池田総理がアメリカへ行かれますとき、話の中にぜひこの話も織り込んでというこを依頼することにいたします。また地元の茨城県知事もアメリカに行っておりますし、あちらこちらの強い希望、陳情等で、その結果なるべく早くやめてもらわぬと、もしものことがあったら、こういうことを非常に心配いたしております。池田長官も必ずこの話は総理にしておりますから、もうしばらく成り行きをごらんいただきたい、かように存じます。皆さんの御心配よりも、実は科学技術庁としても、今後の日本の原子力事業の発展のために、このことは非常に案じておる、こういう状態でございますので、どうぞよろしく……。
○西村(力)委員 池田長官から確実に話されたかどうかということは、まだ未確認なわけですね。こちらではどうも話がつかぬから、向こうに行って、ハイ・レベルのあれでやるのだ、こういう御趣旨でありましたが、それが成功するかどうかということに、僕らはあまり期待は持っていないのです。言うかどうか、そこのところを確認されておるかどうか。 それから次官の御発言で、原子力研究所ができる前からあの飛行場があったということですが、あの飛行場ができる前から日本があったのですよ。何をおっしゃるのです。そんな言い方はあるものじゃない。その点は、日本の政務次官として、ちょっと言い方が国籍不明だ。見識が足りない、こう感ずるのです。
○荒舩委員長 ただいま西村君の御発言、まことに重大なことでございまして、実は私も、前回松本政務次官のああいう言明がありまして、その後外務大臣に会いまして、あなた総理と一緒に渡米される。で、総理が大きな問題についてケネディと話し合うのだが、そのときに、この問題は、この委員会で政務次官もこういう言明をされているし、そうして総理にもこれは必ず厳達をしておくという答弁もあったので、委員会としても責任がありますから、あなた外務大臣として行った場合に、これは必ず向こうと厳談をしてもらいたいと、私からも話してあります。
○西村(力)委員 わかりました。それではけっこうです。
○荒舩委員長 では、日本原子力研究所の会計に関する調査は、この程度にとどめます。 参考人各位に対し、一言ごあいさつ申し上げます。国会の関係から、たびたび御苦労をいただきましたが、ついにこの委員会が開会できなかったというような状況がございまして、何度も御足労をわずらわして、まことに御迷惑だったと思います。大へん恐縮に存じております。また、本日は、長時間にわたりまして本調査に御協力をいただきました点、委員会を代表いたしまして、厚くお礼を申し上げます。明日は、農林省所管決算の審査を行なうこととし、本日は、これにて散会をいたします。 午後五時二十二分散会