文教委員会 第4号
- 発言数
- 35 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1960/12/19
会議録
○濱野委員長 これより会議を開きます。 公立の中学校の校舎の新築等に要する経費についての国の負担に関する臨時措置法案を議題とし、審査を進めます。 質疑を継続いたします。質疑の通告がありますからこれを許します。村山喜一君。
○村山委員 監理局長にお尋ねをいたしますが、五カ年計画の中学校の不正常校舎の計画に対しまして残事業として残っておりますのが三十七万九千九百五十一坪で、残額にいたしまして七十六億五千六百三十七万円ということになっておりますが、昭和三十六年度に施工すべきもののうち七〇%を繰り上げ施工しようとするものであるという説明であったと思います。七〇%というふうになりますと五十三億何がしになるようでありますが、予算計上額は四十億ということになっております。こういうような七十六億五千六百万円という残額に対する割り合いが今の予算計上額において実施された場合においては、七割相当額を繰り上げ施工するということにならないのではないかと思いますが、その点を明らかに説明して下さい。
○福田政府委員 補正予算に計上いたしております四十億の中で、中学校校舎の分につきましては三十五億、坪数にいたしまして十七万五千坪になっているのでございまして、この分は五カ年計画の年次計画から申しますと、三十六年度の七〇%でございます。ただいまの御質問の中で、残りの七〇%というように、私の伺い違いかもしれませんが、そういうふうに伺ったのでありますが、そうでなくて三十六年度分の七〇%、こういうふうな計算になっておるのでございます。
○村山委員 それでわかりましたが、そういたしますと、この中学校の場合は五カ年計画の三十七年三月三十一日現在をもちましてもまだ不正常として残るものが若干あるようになると思います。昭和三十七年の三月三十一日までに中学校の不正常だけは全部解消すという計画は立てられないものかどうか、その点も伺っておきたい。
○福田政府委員 その問題につきましては、五カ年計画の当初からの要諦が中学校の窮況に対処しますための普通教室の整備だけを目途にいたしております。従って三十六年度の残りの三〇%、さらに三十七年度に整備すべきものとを合わせまして三十六年度中に全部完了いたしますれば、三十七年の初頭には普通教室の不正常は残り得ない、こういうふうに考えているわけであります。
○濱野委員長 他に御質疑はございませんか。——他に御質疑がないようですから、これにて質疑は終了いたします。 —————————————
○濱野委員長 これより本案を討論に付します。討論の通告がございますから順次これを許します。臼井莊一君。
○臼井委員 この公立の中学校の校舎の新築等に要する経費についての国の負担に関する臨時措置法案は、まことに画期的ないわゆる前向きの予算でありまして、従来の義務教育諸学校施設費国庫負担法に規定されておりますその年度の五月一日というのを、今度は前年度に行なう、こういう一つの新しい予算の事例を作ったものと言えると思うのであります。すなわち三十五年、六年、七年、この三年度にわたる急増に対しまして、三十六年度の改増築等に対して七〇%、この費用が約四〇億、これを補正予算をもって本年度に行なうということでありますもので、私どもは心からこれに賛成いたしまして、なお将来においてもこういう前向きの姿勢をもって行なうことを希望いたしまして、簡単でありますが、賛成の討論といたします。(拍手)
○濱野委員長 次に長谷川保君。
○長谷川委員 本法案は当然のことを行なったのであり、むしろおそきにすぎた、すでに早くこういうような立場でもって施設の負担法自体が考えられておらなければならないと思うのであります。その年になってすでに入った生徒の数、それと基準坪数とを見合わせて、そして基準坪数が足りないからふやすというのは本来間違いであって、もう来年度何人生徒がふえるかということはあらかじめわかっておるのでありますから、すでに早くそういう方法がとられなければならなかった。けれども、今日においてもこの法案が提出されたということはまことにいいことだと思うのです。この法案は三十七年三月三十一日現在でその効力を失うということになっておりますけれども、むしろ親法と申しますか、その施設負担法自体もやはりこういうふうに変えるべきである。そういう点をむしろ考えていくべきではないか。これによって多くの新築の校舎ができるわけでありますけれども、同時に今日われわれが考えなければならぬことは、日本の義務教育諸学校のすし詰め教室、その基準自体が文明国全体の水準から見ればずいぶんひどいものです。もっとこれを緩和して、一人の先生が教える生徒の数が少なくなっていく、定員も少なくするというようにしなければ、ほんとうの教育はできないと思います。従って三十六年度、七年度、それから向こうは中学校の生徒の数が減るからそれでいいのだという考え方でなくて、もっと生徒の定員それ自体を減らしていくという考え方をすべきでありますから、さらに私は当局においても、義務教育の徹底のために、また教育の進歩のために、格段の御努力をいただかなければならない、こういうように考える次第であります。 なお、今日実際において教育の現場を見ますと、こういうようにして建てられまする校舎の基準坪数の算定の仕方が、相当酷になされておる、さらに建築の基準の単価の算定が、また現実よりも酷にできておるということを、私どもは実地をあちこち調査いたしまして、常に痛感をするのであります。これらの点についても、教育ということに金を使うことは、幾ら使っても決して損にならないのでありますから——単に損得で教育を考えるわけではありませんけれども、教育はどんなに金を使っても国民の幸福のために決して使い過ぎるというようなものではないのでありますから、さらに当局においても格段の努力を注がれて、義務教育の徹底、また憲法に即した、義務教育はほんとうに無償とするということが、単に授業料を無償とするというようなことではなくて、RTAの負担その他、寄付というようなことがなくなって、ほんとうに憲法の規定します通りになされますように、格段の努力をさらにお願いをしたいと思うのであります。このことを申し上げて本法案に賛成するものであります。(拍手) なおこの三十六年度及び三十七年度に中学校の生徒が急増するということは、当然二十八年度以降において高等学校で同様、設備の狭隘等の問題が出てくるわけでありまして、これについて当然高等学校に対し、公私立あわせまして補助、助成の制度をすみやかに確立をいたしませんと、三十八年度以降の高等学校の教育に支障を来たすと考えられるわけであります。当然当局におかれてもその点についてはお考えになっていることと思いますけれども、ここに三十八年度以降の高等学校に対しましても、本法案と同様の措置を講ぜられるよう、社会党を代表いたしまして強く要望をいたしておきます。
○濱野委員長 鈴木義男君。
○鈴木(義)委員 今社会党の長谷川君が言われたと全く同趣旨において強くそのことを要望するものであります。
○濱野委員長 それでは採決いたします。本案を原案の通り可決するに賛成の諸君の御起立を願います。 〔賛成者起立〕
○濱野委員長 起立総員。よって本案は原案の通り可決せられました。 —————————————
○濱野委員長 坂田道太君より、ただいま議決されました公立の中学校の校舎の新築等に要する経費についての国の負担に関する臨時措置法案に対し、各党共同提案による付帯決議を付する旨の動議が提出せられました。提出者よりその趣旨説明を許します。
○坂田(道)委員 公立中学校の校舎の新築等に要する経費についての国の負担に関する臨時措置法案に対し付帯決議を付するの動議を提出いたします。 まず案文を朗読いたします。 中学校の生徒急増に引き続き高等学校の生徒が急増し、著しい校舎の不足をきたすことは必至の情勢にあることに鑑み、政府は中学校生徒急増対策と同様、事前に高等学校の施設を整備するために必要な経費につき適切な措置をすみやかに講ずべきである。 中学校と同様に高等学校も昭和三十八年度になりますると、非常な生徒の急増が見込まれるわけでございまして、そのときになりましてからでは、これは非常に困ると思うのでございます。従いまして、昭和三十六年度から、この急増に対しまして施設を整備するために必要な援助の道をつけておかなければならないと思うわけで、この決議案を提出いたした次第でございます。何とぞ皆様方の御同意をお願い申し上げる次第であります。(拍手)
○濱野委員長 坂田道太君提出の付帯決議動議について採決いたします。 賛成の諸君の御起立を願います。 〔賛成者起立〕
○濱野委員長 起立総員。よって坂田君の付帯決議を付する動議は可決せられました。 よって本案は付帯決議を付し議決せられました。 なお、ただいまの議決に伴う委員会報告書の作成等につきましては、先例により委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○濱野委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。 この際政府より発言を求められております。これを許します。荒木文部大臣。
○荒木国務大臣 ただいま特例法案につきまして付帯決議がなされたわけでございますが、お話の通り高等学校の生徒急増対策につきましても、義務教育とそうでないとの違いはありましても、生徒の立場から申し上げれば、等しく学校施設の整備がこの急増に間に合うようになさるべきことが非常に重大でありますことは、政府としても十分考えまして、これが対策については目下鋭意検討中でございます。御決議の趣旨を尊重いたしまして、適切な措置を講じたいと存じます。(拍手) ————◇—————
○濱野委員長 次に学校教育等に関する件について調査を進めます。質疑の通告があります。これを許します。長谷川保君。
○長谷川(保)委員 前回に引き続いて主題の問題についてお伺いをいたしたいのであります。前回お願いしておきました育英会の奨学金の問題でありますが、国立大学の方に出しております奨学金の総額、あるいはそれを国立大学学生一人当たりに計算しましたときの額及び私立大学の同様の額、これらをお伺いいたします。
○福田政府委員 育英会の奨学金の問題でございますが、国立、公立及び私立の学校の学生に対しまする一人当たりの貸与金額でございますが、三十四年度をとってみますと総額約二十九億の中で、私立大学の方に約九億二千万円いっております。その他は国公立でございます。従いましてこれを生徒一人当たりに換算いたしますと、国立の学生につきまして約九千九百三十円、私立の学生につきまして大体三千六百二十円、そういうような計算になっておるのでございまして、大体三十五年度におきましてもそのような額になるようでございます。
○長谷川(保)委員 こういうように考えて参りますと、教育の機会均等ということが憲法にうたってあるにかかわらず、すでに国立大学の経営に要しまするさまざまな費用において、学生一人当たりに十二万四千五百四十七円、私立大学におきましては四千六百五十七円という、そこに大きな天地の差というような差があるばかりでなしに、同時にまた育英会の奨学金におきましても、国公立の大学生に対しては九千九百三十円、私大に対しては三千六百二十円、約三分の一の額というようなわけでありますが、これは一人当たりの額が違いませんか、と申しますことは、御承知のように私立大学の学生の数は国立大学の学生の数の約二倍あると私は記憶しておるのであります。もっともここに公立が入ってきているから少し違うかもしれませんが、ほんとうは一人当たりもっと少なくなりはしないかというように、私はごく大ざっぱに考えられるのでありますけれども、いずれにしても今お示しのような額にいたしましても、ここに非常に大きな開きがある。この間も同僚議員から言われましたが、ノー・サポート、ノー・コントロールの立場で私立大学に対していくというのは、教育内容に対してはそういう立場、ノー・コントロールの立場をとるということは当然守らなければいけませんけれども、しかし財政というようなもの自体に対しては、すでに大学設置基準というようなものもあるのでございますし、財政、会計というようなものについては、これは監督をなさるのが当然なことであります。そうすれば私立大学の財政に対して国が補助をする、しかし教育の内容についてはノー・コントロールでいくという立場も当然考えられていいと思う。私は先年ハーバード大学に参りましてその事情を調べましたときに、あのようなアメリカの制度においても、憲法違反の疑いがあるにかかわらず、やはり大学に委託費というような、無理な名目でございましたが、それでなお相当な金をハーバード大学に、国でありましたか、州でありましたか、今記憶しておりませんが、大きな金を出しております。だからやはり私は日本の今の私立大学の現状、窮状というものを考え、またそこに学ぶ学生の窮状というものを考えますときに、やはりそういう問題については、もっと積極的に考えるべきだ。ある意味では、教育の機会均等の立場からいえば、国立大学に学ぶ学生と同じような待遇を私立大学の学生にもすべきである。今大学にいく青年が多過ぎるというなら別でありますけれども、しかし決して私はこの前申し上げたように、勉強しようという青年諸君が情熱を持って大学に行くことは、原則的にはほんとうにこれは喜ぶべきである。当然教育の機会を与えるということは、われわれ進んでしなくちゃいかぬと思います。そういう立場から考えるならば、やはり学生諸君に対しましては、国立大学の学生と同じように、国費を原則として私立大学の学生にも与える、教育の機会均等を考えてやるということを原則的には認めてやらなければなりません。しかし、今日の現状というものはあまりそれがかけ離れておるというふうに思うのであります。先般来、大臣もこの点についてはお考えになるような御答弁をいただいておるのでありますけれども、どうも私は率直に申しまして、御答弁の中に感じ取られまするものは、それほどの熱意を考えられない。従来のあり方というものを変えるだけの決意は、残念であるが読み取れない。この問題はすでに相当識者の間でも議論の的になっており、この際根本的にこれはやはり考え直すべきではないかというのが、私は世論となりつつあると思うのです。この際今のような育英会の奨学金すらも私立大学の学生には三分の一しかいき渡らない、こういうようなことではいけないのであって、むしろ私立大学の学生の方が先日来はっきりして参りましたように、入学金あるいは授業料等、その他の名目で非常に大きな負担を受けておって、非常に困難な状態において勉学するという事態になっておるのでありますから、むしろこの育英会の奨学金の貸与等におきましては、逆になるのが当然である。少なくともこれは同等に扱うべきだのに、このような三分の一しか一人当たりにはいかないというようでは私はいけないと思う。こういうことに対する大臣のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
○荒木国務大臣 国立、公立ないしは私立大学相互間の均衡をとると申しますか、そのことが学生の立場から見まして望ましいことであるという角度からのお説はわかるような気持がいたします。ただしかし画一的に同じでなければならないということは、簡単にも言い切れないのではないかと思うのでありまして、国立、公立のほかに私学がございますことは、私学それぞれの特色を発揮して、自主的に運営されるところに妙味がある。その意味での特色を維持しながら経営されるところに、私学の存在理由があろうかと想像するわけであります。国がもっと私学にてこ入れをするべきだということもむろんわかりますけれども、一体どの限度までそれをやってしかるべきかということが、私学の自主的な運営ということに勢いからんでこざるを得ない。納税者という立場の、国民の立場に立ってものを考えます場合に、国立、公立と私学とが、国からの援助等が同様であらねばならないとおっしゃるほどではないと思いますけれども、その限度を一体どこまで考えていくのが適当であるかということにつきましては、実は私も率直なところはっきりしたことを申し上げかねる状態でございますが、そういう点は今後検討させていただきまして、できるだけ理論的にも実際的にも、万人の納得をかち得るような線を発見いたしまして、その方向に向かって努力をしたいという気持は十分あるということを申し上げるにとどめたいと思います。 育英奨学の関係につきましては、現三十五年度よりも三十六年度はもっと大幅に予算を獲得いたしまして、御要望に沿いたいと思いますが、これが配分については育英会の方で一定の基準を設けながら配分されておることと思いますので、ことさら国立、公立と私立との間に意識的な操作をしておられるとも思いません。想像しまするに、育英奨学金の支給を受けたいという希望者が、どちらかといえば私学に少なくて、国立、公立の学生諸君に多い結果も、今御説明申し上げました数字の根拠として相当影響があるのじゃなかろうかとも想像されるわけでありまして、要はなるべく育英奨学の金額、さらにはその支給すべき範囲を広げるということで、教育の機会均等化の方向に向かって及ばずながら努力をいたしたいと存じております。
○長谷川(保)委員 どうも差し迫りました授業料の値上げの問題は、私学連盟の方でももうやむを得ないのだ、国の方から補助金を三十六年度でもふやしてくれるという見込みがないから、もう授業料を上げるより仕方がないのだということを、私学連盟の方でも声明書を出しておるようでありますが、この差し迫った問題について、もう少し当局は情熱をつぎ込んで、問題の解決に努力をするという態度をこの際明確にすべきだと思うのです。ただいまも数字ではっきりして参りましたように、国公立の生徒は私立大学の生徒の約二分の一と私は大ざっぱに考えておりますけれども、それに対して一人当たりの金額がこういうように違ってくる、総額もこういうような大きな開きがある。これはやはりどうも官学偏重というような、依然として昔ながらの考え方が私は強いと思う。そのにおいが感ぜられると思う。こういうことについて予算の編成期でもありますから、当局はもっと積極的に考えるべきである。すでにおそいといえばおそいかもしれませんけれども、まだ必ずしもおそいといえるわけではありませんから、今日のような税の自然増収というようなものがあるというときには、なおさら考えるべきではないか。また先日来論議されておりますように、私学に対する寄付金の無税の制度というようなことを積極的に進めるべきである、こういうことは大蔵省の方ではやはり反対するにきまっておりますけれども、しかし国全体の政治から見まして、そういうことは決して非難さるべきことではなく、進められるべきことである。外国にも幾らもそういう例があるのでありますから、当然そういうことについて十分熱意を示して施策を進めるべきであると思う。どうも戦後だんだん年がたつに従って、すべてのことについて官学偏重的な考え方が、社会全体に、あるいは政治全体に、そういう傾向が強くなってきているという弊を、私は強く感ずるのであります。この際、当局が差し迫りましたこの問題について、十分熱意を示されて、そして私立大学の経営、またその施設設備の充実及びそこに学びます学生諸君が、国公立の学校に学びまする学生と同じような、少なくとも国であたたかい待遇を措置していただくように、もっと積極的に、むしろ画期的な御努力をしていただきたいということを強く要望いたしまして、私のこの問題に対する質問を終わります。
○鈴木(義)委員 私も、ただいま長谷川君の質問されたと同じことを申し上げたいのでありまするが、おそらく前に問答が繰り返されたと存じますから、できるだけ簡潔に、要点だけを申し上げたいと思います。そして文部大臣の御決意を承っておきたいと思います。授業料問題から私学、ことに私立大学の経営の問題が、今注目を浴びておるわけであります。これは前から存在する問題で、何とかしなければならぬということは、教育に携わっておる者すべてが痛感しておることであったのであります。御承知のように私立大学は、とうてい授業料だけでは経営していくことができないものが多いのであります。もし、いわゆる大学基準なるものがなくて、四十人に一人ずつの教授、助教授を配せよというようなことでなければ、何千人も入れて、マイクをつけて知識の切り売りをして、そして授業料を相当取れば、今よりずっと安くても大いにそろばんが成り立つが、そういうことを許さない。だから四十人に一人ずつ教授、助教授を配して、各個人的に学生を教授するということが教育の趣旨であり、それでこそ初めて教育の効果も上がるわけであります。そういうことを強制する以上は、やはりどうしても経営についてまじめに考えなければならない。普通大きな学校、名をあげることははばかりまするが、入るのに一定の寄付金をしなければ、まず入れないということが行なわれておることは、文部大臣も御承知であろうと思います。あらかじめ銀行が出張してきております。そして受け取っておる。入学試験を受ける前に、百万円とか一定の金を納めて、多いところはもっと多いようでありまするが、そしてその受け取りを持たなければ、入学試験が受けられない。入学試験を受けて落第すれば、返すということは当然のことでありますが、及第して入れば、その金は寄付に転化されて、施設拡充費というものになる。入学金というものは、むろんそういうことに充てるために相当多額になっている。今回も、三倍に上げるというようなところが多いようでありますが、所によっては、県内の者は今の倍にするとか、県外から入ってくる公立の大学には、現在の五倍、はなはだしきは十倍にするというようなところもある。公立の学校でも、もはやそういうようにそろばんを置いていろいろ操作をしているような次第であります。それから入ってから、今度は寄付金、これは施設拡充費というような名前で取るのであります。それが、そのとき一度ではない。四年に分割して取るところもあり、学校によっては一度に五万、十万を取っている。学生から取らないで、父兄のところへ手紙をよこし、あるいは勧誘をして、一つ特別にお願いをしたいというようなことで集めている。そして授業料の値上げは、これは主として人件費になってしまうのでありまして、人事院勧告のべース・アップに見合って、とうていあれに追いつくものじゃありませんけれども、少しずつ上げなければ教授がかわいそうだ、また団交等によってやかましく言うところもあって、結局上げざるを得ないわけであります。ですから、今私立大学のよいところへ入れようとすると、それは膨大な経費を父兄としては負担せざるを得ない。私のごく近いところにも、二、三人そういう者がおりますが、父親は政府の役人でありますので、とても私立へは入れられないから、何年浪人しても公立または国立へ入ってくれと言っているが、私は所見を異にする。そう長く浪人していることはよいことじゃない。一年くらいの浪人はよろしいが、何年も浪人をすれば、必ず精神的に悪い影響があります。むしろその子供にはそれぞれの特徴があって、決して国立でなければりっぱな人間になれないというわけじゃない。私立ならば入れるところが多々ある。しかし、父親ががんとしてそれを聞かないのです。またそろばんを置いてみれば、全くその通りなんです。私も助成してやるということで、今度は私立でも受けてみるというところまで妥協したそうでありますが、入った後は、やはり非常な負担をせざるを得ない。そういうことを考えますと、これはただ捨てておくわけにいかない問題であります。憲法を作るときに、アメリカの制度をまねたわけでありまして、御承知のように、公の支配に服せざる教育、慈善事業または博愛等については、これを支出等をしないことというふうに書いてある。アメリカのように、どの大学も寄付金でやっていけるならばいいが、実際日本の理事会なんていうものは、ただ名目だけでありまして、金を出してやっているところはごくわずかです。慶応くらいのものでありましょう。金を出さないで、ただ同窓であるというだけで、並び大名式にすわっている。金のことは、全部父兄及び学生に依存する。ですから、そういう制度のもとに、アメリカのような制度をまねることは間違っておるのであります。憲法第九条で自衛隊ができるものならば、私はこの八十九条で、私学に補助を与えることは何の差しつかえもないと思う。いわんや十分公の支配にも服しておるのでありまして、相当干渉を受けておられる。その教育なり思想上の教育方針なりについて、干渉さえなければやむを得ないと思いますが、とにかく外国のように七〇%か三〇%——三〇%ぐらいはやっていただいてもいいのじゃないかと思います。補助を与えるというところまでいかないでも、今のような設備について一%だけの補助というようなことでは、まるですずめの涙式のもので、ないよりもいいという程度のものであります。その他低利の金を長い年賦で貸すという御親切なこともやっていただいておるが、これもいつかは返さなければならない。実情は、教職員が非常に経済的に苦しんでおります。そこで、来年の授業料を担保として銀行から金を借りて、そし十月一日から少し増加さしていくというような私学が相当あるのであります。 一方、学生の方では、御承知のように授業料値上げ絶対反対ということで、また一騒ぎ起こりそうであります。そういうことで、これもまた一つの問題になるのじゃないかと私は心配しておるわけであります。これに関連しては、いろいろ学校法人化の問題でありますとか、あるいは法律を改正する問題でありますとかございますけれども、とにかく私は今の日本の私学の経営をあのままの形においてよろしいとは思えない。不肖私も、一つの私学の経営に参加しておりますが、全く無報酬であります。何か私学というのは金もうけをする、だいぶもうかるだろうということをいう人がありまするが、少なくともそういう職員は無報酬でなければ成り立っていかない程度に逼迫しておるのであります。それで、どうしても一つこの際国家として——教育に二つはないのであります。公立、国立、私立では、私立が断然多いのでありまして、百四十校にも及んでおる。公立は合わせて七十二校であります。そうして国家の文化の発展に寄与しておることは、決して国立に劣らないのでありまするから、これは一つ大きな見地から文部大臣、大蔵大臣あるいは池田内閣として一つお考えを願いまして、ぜひ私学がもう少し健全に立ちいくように御配慮願いたい、かように考える次第であります。それに対して、文部大臣の御所見を承っておきたいのであります。
○荒木国務大臣 先刻も申し上げました通り、問題があることは事実でございますから、それに対応いたしまして、十分検討を加えて善処いたしたいということだけは申し上げ得ると思います。 鈴木委員も御指摘の通り、いわば憲法違反すれすれの私学補助をやっておるのでございまして、今まで必要以上に遠慮、気がねをしながらやっておることの結果が、御指摘の通りのきわめてわずかの国家的助成ということになっておろうかと思います。さりとて急に心臓を強くして、一躍莫大な金を国庫から出すということも、そう簡単には参らないと思うわけでございます。従って、一応、今、考えますことは、施設費の補助、援助という角度から、国民的立場で御納得のいく方法で、それを極力充実していきたい。 さらには、またお話にも出ておりましたように、民間からの寄付がしやすいように何とかできないものかという角度からも、十分検討を加えねばならないことだろうと存じておるわけでございます。しかし、国立、公立のほかに私立の大学があります。その特色というものはどうしても生かしていく。不当な関与を避けながらやっていって、しかも御要望に沿う限度というものが、ものの考え方としてはおのずからあるのじゃなかろうかと、抽象的に懸念されるわけでございます。そういうことも含めまして、もっと具体的に検討を加えて、できるだけの努力をいたしたいということをお答えするにとどめさしていただきます。
○高津委員 関連して。今の融資を別にすれば、わずか一%しか施設費に対する助成はなされておらぬ、こういう指摘があったのであります。もう一つ聞いたのは、百万円を初めに出して銀行の受け取りを持っていかねば受験ができないという事実があるという指摘があったのでありますが、これを文部当局は知っておられるのかどうか、それを一つ聞きたいのです。
○福田政府委員 施設費が一%にしかなっていないというお話でございます。これはパーセンテージを出してみないとちょっとわかりませんが、補助金として施設費に出します額は非常に少のうございます。ただし私学振興会を通じまして約七十数億の資本金を蓄積して、その再回収金あるいは新しい政府の出資金によりまして施設の融資は行なっております。 そのほか、私学の教職員の福利あるいは研修に対しまして、私学振興会の剰余金をもって本年度あたり一億数千万円の補助金を出しておるようなこともございます。これらは教職員の研修なりあるいは共済事業というものに使われておるわけでございます。 それから入学の際に事前に寄付金をとるというようなお話もございましたが、私どもの聞いております範囲では、そういううわさも聞くのでありますけれども、具体的にどこの学校でそういうことが行なわれたというようなことは、はっきりいたしておりません。
○高津委員 委員長は、この際、鈴木委員からその大学の名前を聞かしてもらうわけにいかぬものですか。委員長からそれを鈴木委員に問いただすわけにいかぬですか。名前を言う言わぬは鈴木委員の自由だから……。
○鈴木(義)委員 それは、私こういうところで発言いたします以上、無責任に、ないことを言うようなことは決してありません。私自身が実はそういうこともあろうかと思って、父兄にかわって実際に手続をやって寄付金を持っていって受け取りをもらった経験があります。ただし、その大学の名前はあずかっておきます。一つの大学ではない。いろいろな大学です。ことに医学、薬学、そういう大学は何百万円ということが常識になっておる。これはやむを得ないというふうにもわれわれも考えられますが、いろいろな設備を持たなければならぬ、そういうので、みなやはり父兄の負担または学生の負担にするから問題が非常にむずかしくなるわけであります。要するに、貧しい者は学ぶことができない、こういうことであります。それでは貧しい者は公立や国立にだけ行けということです。相当できる子供でありましても、試験というものは一つのチャンスであります。その日うまくできなかったというようなことから、なかなか入れない。実力はあるが、どうも試験のときには試験度胸がないために、あとでりっぱな学者になったような人でもそういう経験はみな持っておる。ですから、公立や国立がよいのであって、私立はみな役立たないというふうに考えることは間違っておる。しかし、やはり富める者でなければ入れないという学校、そういう学校も、それは資本主義のもとにはあってもよろしいでありましょう。けれども、どの私立もみなそうであるということになっては、ゆゆしき大事であります。十分一つお考え置きを願いたい。ことに、地方なんかでは、田を売り山林を——材木を売る方は、これはあってもよろしい。一番いい金の使い方でありますから、うちのせがれを大学にやるので去年は二本切った、今年も三本切るというくらいで大学へやれるなら、子孫のために山林を残したうちは実にけっこうでありますが、中には畑を売り田を売って、出た後にそれだけのものを経済的に回収できるわけじゃない、まことに困ったことであります。そういうのもやはり税金が変化していっておるものと見ることができるわけでありますから、国民の税金にこれをもっと均分化して、国家として考えてみるということは十分理由のあることだと思います。どうか当局の御決断をお願いいたす次第であります。
○濱野委員長 鈴木君、もう質疑は終わりですか。
○鈴木(義)委員 終わりです。
○濱野委員長 質疑通告がございません。 本日はこの程度とし、次会は明後二十一日午前十時より理事会、午前十時二十分より委員会を開会することとし、これにて散会いたします。 午後零時一分散会