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37回国会衆議院1960/12/20

社会労働委員会 第4号

発言数
38
登壇者
3
会派数
2
開催日
1960/12/20

会議録

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 これより会議を開きます。  去る十六日付託になりました八木一男君外十一名提出の国民年金法印福祉年金の特別の支給に係る規定を除きその他の規定の施行の延期等に関する法律案を議題として審査に入ります。     —————————————

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 まず提出者より趣旨の説明を聴取いたします。八木一男君。

八木一男日本社会党

○八木(一)議員 私は日本社会党を代表して、ただいま議題と相なりました国民年金法中福祉年金の特別の支給に係る規定を除きその他の規定の施行の延期等に関する法律案について、その趣旨を御説明申し上げます。  現行国民年金法は昭和三十四年通常国会において成立し、そのうち福祉年金の部分はすでにその支給が開始され、拠出年金については明年四月一日より保険料の徴収が開始されようとしているのであります。本法は国会において審議された当時よりその不十分な点、不合理な点が明らかにされ、社会保障に徹底した法案を提案していた社会党によって反対されたにかかわらず、政府与党が多数によって押し切って成立したものでありまして、その欠点は枚挙にいとまがないほどであります。  そのおもな欠点について申し述べてみたいと存じます。  第一に、定額保険料制であります。本法が強制適用であることを考えれば、その負担能力について細心の留意をすべきにかかわらず、定額保険料制をとっていることはきわめて不合理なことであり、特に貧富の差のはなはだしいわが国においては、全く不当なやり方であります。すでに国民健康保険において所得割資産別の制度が採用されているのにかかわらず、あえて定額制をとったのは所得再分配という大切な要件を忘れたものであり、逆コースであります。  第二に、保険料減額制がなく、免除制はあっても実効を発揮しないことであります。生活困難な人たちにとっては保険料納入は至難なことであり、苦痛であります。しかもこのような人々が老齢に達し、あるいは障害を受け、また死亡して遺族がある場合、特に年金の必要性が多いことを考えれば、完全に十分な無拠出年金制が確立しない限りは、保険料減免制の徹底化が絶対に必要であります。しかるに現行法は保険料減額制がなく、免除制が実効を発揮いたしませんことは大きな欠点であります。  まず保険料減額制がないことは、官僚的立場から立つ事務の簡素化のみを考えて、国民生活の実状を無視したものであります。相当に高額の保険料、すなわち四十才代の夫婦では三カ月分取りまとめ納入であるため、九百円になります。その高い掛金をちょっとした条件の違いで全額徴収か全額免除かにきめつけるのは不合理であり、そこに十段刻みくらいの減額制度があってしかるべきであります。  次に現行法では免除制度があることにはなっておりますが、それが実際はほとんど効力を発揮いたしません。すなわち、免除制度の適用を受けた場合は保険料を納入したときと同様の効果を発揮することに一応はなっておりますが、老齢年金の場合、年金受給のためには後に申し述べるごとく、実際に保険料を少なくとも十年分は納入することが最低の要件に相なっりております。それがため十年間、すなわち四十回の実際の保険料納入がなければ、老円年金に関しては免除規定の適用を何回受けても年金の支給が受けられないことに相なっております。場合によって免除の規定を受けるような生活の困難な人々が二十才代の夫婦で六百円、三十五才以上で九百円という高い掛金を四十回納入することは実際上至難でありますから、現行法の免除規定は保険料を支払わなくてよいというだけで、保険料を払わなくても年金を支給される条件が増大するということは実際上ないわけで、この意味で死文であります。  第三に老齢年金支給額がおおむね保険料納入比例制であり、保険料納入十年未満には支給しない点であります。これでは社会保険であっても社会保障ではありません。社会保障制度であれば、保険料納入などに関係なく、必要な人に必要な給付が必ずいくことが肝要であります。一番年金を受け取る必要性の多い人、すなわち保険料を納めにくい人が受け取る年金が減ったり、またはもらえないのでは、この拠出年金制度は社会保障の観点から見ればほとんど無意味だということになります。ことに保険料に対し五割の国庫負担が対象者のふところに入るのは年金を受け取る場合でありますから、金持ちには必ず国からの援助がいき、貧乏人にはこないというまことに不合理きわまるものであり、所得再分配の精神と全く正反対な制度であります。第二の減免制度の問題とあわせて考え、当然断固として改めなければならない点であります。  特に声を大にして述べなければならないことは、保険料返還の際、三年未満の分は返還されないことであります。生活困難な人たちが血のにじむ思いで納入した貴重な汗の結晶、しかも一人四千九百五十円という金額を没収するやり方は、最も悪らつなる収奪というべきであります。  第四に、老齢年金開始年令のおそ過ぎる点であります。現在のわが国国民は、政治の貧困から苦悩に満ちた生活を送っておりまするがゆえに、老齢化は残念ながら早いのであり、この意味で六十五才支給開始はおそ過ぎ、少なくとも六十才開始にすることが必要であります。ことに貧富、生活の苦楽、従って寿命の差の多いわが国では、六十五才開始というおそい年金制度では、貧困者の早死によってその積立金が長命の富裕者に残されるという不合理が多く現われることを重視しなければならないのであります。将来貧富の差は当然改められるであろうし、また当然急速に改められなければならないことでありまするが、一面その時代に農業をも含めたオートメーション化が実際問題となるので、労働力新陳代謝を円滑化せしめるために、この意味でも老齢年金開始時期は早くさせるべきであることは自明の理であります。  第五は年金額がきわめて僅少なことであります。現行法の六十五才月三千五百円は政府案提出当時の六大都市生活扶助基準一人当たり約月二千円をもとに計算されたものであります。現在の自民党政府がすなわち四十五年後における生活扶助額を推定し、それに合わせた金額であります。ただいまの生活保護が憲法違反判決のごとく憲法第二十五条の精神に全く合致しないことを考えるとき、このような金額をもととし経済成長率を故意に二%というきわめてわずかな率に見積って計算した金額がまことに不当であることは明らかであり、少なくとも月七千円に引き上げる必要があります。  第六に、貨幣価値変動に対する処置に欠けている点であります。戦中戦後のインフレによって過去の蓄積を失った国民の苦悩を考慮して、物価変動の割合に応じて年金額改定を義務づける条文が不可決の要素であるのに、現行法の年金額改定に関する規定がきわめてあいまいであることは大きな欠点であります。  第七に、障害年金並びに母子、遺児、寡婦の三遺族年金の要件がきわめて過酷であり、支給金額が非常に僅少なことであります。現行法における障害年金の内容条件は他の年金に比較して最も劣悪であります。また遺族に対する年金は、母子年金の内容が貧弱であるほか故意に名称を変えて遺児年金額を少なくし、寡婦年金の適用者をごくわずかに限定しております。このように遺族年金の内容がきわめて劣悪なために、かけ捨て反対論が起こるのはむしろ当然であると言わなくてはなりません。  第八に、積立金運用の問題であります。農民、中小商工業者等多くの勤労大衆から納入される保険料積立金が、資金運用部を通じて独占資本の設備資金に使われることはきわめて不合理なことであります。積立金運用については被保険者の意思に合致するようにし、特別会計を設け、被保険者代表を多く加えた運用審議会の設置が必要であります。  第九に、労働者年金被用者年金の問題であります。  国民年金に対応して、当然厚生年金保険等労働者年金を国庫負担額増大によってその内容を急速に改善し、適用者の範囲を拡大し、国民年金等、各年金間の通算措置を完全にし被用者年金の配偶者に合理的な十分な老齢年金を確立しなければならないことは当然であります。  第十に、そして最も緊急に必要なことは、無拠出年金制、すなわち福祉年金の急速な改善であります。老齢福祉年金を六十才より開始し年金額を増大すること、母子、障害両福祉年金の年金額を大幅に引き上げ、適用範囲を拡大し、準母子、生別母子家庭、二、三級障害内科障害者への適用を実施し、生活保護法の各加算額を改善すべきことは時代の要求であります。  以上のごとく枚挙にいとまのない欠点を包蔵した国民年金法、ことに拠出年金制度に対し、ほうはいとして延期、改正運動が起こっていることはまさに当然のことであり、国民年金法は断固として抜本的な大改正がなされるべきであります。政府はこのような国民の批判の真の根源から眼を離し、きわめて微々たる改正をもって、この不完全、不合理なる拠出年金制の実施を強行しようとしていることは、まさに国民の意思を無視、じゅうりんするものであります。政府はこの際謙虚に反省をし、以上の欠点の改正を急速に進めるべきであり、りっぱな成案を得るまでは現在の不合理な拠出年金制の実施を延期すべきであると断言せざるを得ません。わが党もまた完全な年金制度を作り上げるべく、来たるべき通常国会に前回提出したわが党案の趣旨に従い幾分修正を加えた完全な国民年金法改正案を提出する予定であります。国会のよりよき審議によって完全な拠出制年金制ができるまで、幾多の矛盾欠点を内包する現行拠出年金制を延期せしめるため、現行法中福祉年金支給にかかる規定を除きその他の規定の延期を目的とした本法案を提出したわけであります。  何とぞ各位には国民の立場に立って、真の社会保障を完成せしめる意味において、本法案を急速に御審議の上、満場一致御可決あらんことを切望いたしまして御説明を終わる次第でございます。(拍手)

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 以上で説明は終わりました。なお本案についての質疑は後日に譲ることにいたします。      ————◇—————

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 次に厚生関係の基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の通告がありますので、これを許可いたします。八木一男君。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 古井厚生大臣が就任をされてから初めて御質問をするわけでございますが、古井さんがカナマイシンの問題その他の問題について、国民の立場に立って非常に英断を見せておられることについては、この場を拝借して敬意を表したいと思います。その第一によいことを断行されたその勇気を持って、非常に問題の山積しております、今後重要な問題がほんとうにたくさんあります厚生行政について、勇敢に国民の立場で諸政策を前進させていただきたいと思いますが、それにつきまして古井厚生大臣の御所信を伺いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 今もお話しのように、厚生省の関係にはずいぶんむずかしいこじれた懸案が山積しておりまして、実はきょうまでたまっておるむずかしい懸案を、できることなら何とか早く片をつけたいと思うのでありますけれども、きょうに至ったのも、それだけのわけがあるためにこうなっておるわけでございますから、なかなかめんどうなことがありまして、うまく解決がつくかどうか苦慮しておるのであります。けれどもたまったものをなるべく早く片をつけて、それからできるものなら本格的に社会保障全体の前進のために努力したいものだと思いまして、自分なりに一生懸命頭を悩ましておるところであります。気持は一つおくみ取りを願いたいと思うのであります。問題がむずかしいのでありますから、そううまくてきぱき片がつくかどうかはきょう申し上げかねますけれども、一生懸命やっていくつもりでありますから御了解願います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 カナマイシンの問題もそうでございますし、診療報酬のような非常に論義がかわされた問題についても、四月から引き上げるというような決断を示されたことは、非常にけっこうなことだと思います。今また大臣は、非常に山積をしておるから問題を片づけて社会保障に取り組みたいと言われた。厚生大臣が就任後非常に——何といいますか経験、識見十分な厚生大臣でありまするが、山積した行政事務が残っている。厚生省に就任されてからまだ時間が少ない。非常にお忙しいことはわかりますけれども、それだけでは事は済まないと思います。与野党ともこの前の総選挙において社会保障の問題を大きなテーマとして、おのおの主張を掲げて国民に訴えたわけでございまして、それでおのおの信頼を得て今議会を構成しているわけです。そうなれば直ちにその問題に取っかからなければならない。しかもその実際的な問題を決定する予算が、今審議をされているときであります。ですから一日もゆっくりしていただくひまはないと思う。個人的には非常にお忙しいと思いますけれども、この場合はどんなにお忙しくても現在のいろいろな問題を片づけるとともに、将来大きな社会保障を進める点で最大の努力まていただかなければならぬ、と思います。最大の御努力について、野党である社会党はよい意味で御協力申し上げたいと思います。それは政府の今までの考え方について、不十分な点があれば不十分な点を十分申し上げ、欠点があれば十分指摘を申し上げて、それによってまた今までのやり方とそれに対する批判と両方比較検討されれば、英明なる大臣においては直ちにどの方向がいいか、どれが不十分であるかというようなことがおわかりであろうと思う。その意味で私どもはこれから質問を続けたいと思いまするから、ほかのちょっとしたいろいろの意見よりは、この議会における野党側の質問、批判、積極的な意見の推進、そういうものを十分お取り入れになって、直ちに今の予算折衝中にそれを組まれて、一番完全な形で、できるだけりっぱな形で、社会保障が前進するという体制をしいていただきたいと思います。それについて御所信を伺いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 社会保障の問題は、一内閣とかあるいは一政党の政策だとは私は思いません。むしろ近代国家としての政治のすべての人の共通の課題だと思うのでありまして、こういう問題については、政党が分かれておりましても、いわゆる共通の広場が当然なければならぬ、あるべき筋合のものだと私は思いますから、社会党の方などはぐっと進んだ考え方を示しておられるようには思いますけれども、これは質の違いじゃない、度合いの違いだと思います。従って御意見も十分聞かしていただき、そうしてわれわれも考えるべき点は考える、こういうことにしたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 度合いの違いもあっては、ちょっと工合が悪くて、それはやはりできるだけ度合いの違いがないようにわれわれの意見を取り入れていただきたいと思いますが、特に質の違いということは、大臣もおっしゃいましたように、これは困ると思うのです。両方ともにほんとうの社会保障を作ろうという考え方が今あるわけですから、そこで質の違いがあって、それで野党の意見がそういう点で出たときには、すぐ十分御検討になって、もし政府側の方の考え方がいいときにはこれは私ども検討いたしますけれども、野党側の考え方がいいときには、従来の経過はどんなことであっても、その質の違いを変えていただくというふうにしていただきたいと思いまするが、それについての御意見はいかがですか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 もっともだ、よいと思いますれば、これはそうこだわることはないと思います。しかし賛成できなければ、何とおっしゃってもこれは賛成いたしませんが、賛成できないからということで何もこだわる考えはありません。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 古井さんの人格を信頼申し上げたいと思います。私どもはほんとうにいろいろ意見を交換して、よいと思われたならば、今まで与党がとっておられない態度でも、それを方向を切りかえられるということを確認されたものと理解して質問を続けたいと思います。  そこでよくありますのは、理屈はよくても、従来それをやっているから、意地や面子があって変えられないということが役所の方で多く行なわれているわけです。そういうことは断じて改革していかれるおつもりを厚生大臣は持っておられるりっぱな政治家であると思うわけでございまして、意地や面子で理屈に合わないことを押し通すということは、厚生行政ではなさらないというふうに理解したいと思いますが、これについての御所信を承りたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 ことさら面子やいきさつにこだわる考えは、私だけではなく、だれもないと思いますので、理屈がなければ、改めるべき点は改めてよいと思うのです。しかし理屈があるかないかは、ただ意地だけで言っておるか、理屈があって言っておるか考えてみなければならぬことは申すまでもありませんが、理屈がないのをがんばっていることはちっともないと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 それでは具体的な質問をさせていただきます。  まず、今国民年金法についていろいろの運動が起こっておりまして、政府の方も改正案を考えておられるようでございます。この問題が、非常にりっぱな改正案ができれば、世の中は非常に円満におさまると思いますし、ただいま考えられているような不十分なものであったら、拠出年金制度に対する不信はなかなか消えないのではないかと私どもは考えております。それでこの問題について、私どもほんとうに真剣に考え尽くした考え方を申し上げまして、厚生大臣の御所見を伺いたいと思うわけでございます。  まずその前に、厚生大臣は国民年金法というものについてどのようにお考えになっておられるか、抽象的でけっこうでございまするから、今積極的に御意見を発表していただくものがございましたら一つ伺わしていただきたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 この国民年金制度は完全なものとは思いません。改善すべき点も残っておると思います。けれどもこの国民年金制度は、やはり不十分なまずい点があるならば、改善してよくしつつ仕上げていきたい、私はこう思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 国民年金法は、私どもは労働能力、所得能力が非常に減退したと考えられる老齢者あるいはまた障害を受けている者あるいはまた働き手を失った遺族等に対して所得保障の制度を作り上げて、そうしてその方々が相当な生活ができるように、十分な生活ができるように、そのような目的を持って作り上げられるべき法律であるというふうに考えておるわけでございますが、厚生大臣もお考えは同じでありますか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 そういうところが大きなねらいであろうと私ども思うのであります。ただ理想というかねらいというか、目標というものはありましても、だんだんそこまで上がっていく階段や段取りはあろうと思います。ですから現実の今日の制度が一足飛びにその趣旨に完全に合うところまでいけるかいけないか、これは第二段の問題としまして、お話のようなところがその目標ではなかろうかと思うわけであります。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 そこでもっと具体的に入りますが、厚生大臣のお考え方はそれでよろしいと思う。私どもも国民年金法を非常に一生懸命研究しまして提出をしたことはございますが、私ども自体でも、たとえば私どもの拠出年金の六十才月七千円というもので十分であるとは思っておりません。無拠出年金の方は六十才という規定がございますけれども、千二百十二億しか踏み切っていない、初年度の無拠出年金がそれで十分であるとは思っておりません。従って政府の方の六十五才三千五百円が私どもから見れば非常に不十分であり、無拠出で平年度三百二十億しか出していないことはまことに不十分であると思います。けれども今おっしゃったように、十分なものを仕上げていくために、その過渡期にある程度の不十分——不十分の認識には違いはありますけれども、これは仕方がないと一応はしなければならないと思いますけれども、問題は十分、不十分であるという問題以外に、組み立てがさっき申し上げたような老齢保障なり社会保障の精神にほんとうに徹底しているかいなかという問題が今としては非常に大事な問題である、その点で現行法は非常に欠ける点があるわけであります。総体的に全部が全部、ぴんからきりまで悪いとは申しません。しかし欠ける点がございます。たとえば最初無拠出年金で申しますと、無拠出年金の方では六十才から開始がされておらない、七十才から開始ということに相なっております。そうなれば結局苦労した人は六十代でなくなる人が多いわけであります。その一番苦労した人に無拠出年金、ただの年金がいかないわけであります。もちろん七十才以上の人にたくさん差し上げるのは当然であるけれども、ほんとうは六十才代から支給する道を開くのがほんとうであります。  それから、これは今度直されると思いますが、政府案の中に配偶者所得制限という、まことに奇妙きてれつな条項があります。現行法の無拠出の老齢年金では世帯所得制限五十万円、本人所得制限十三万円という規定がありますが、そのほか配偶所得制限十九万円というのがあるわけであります。これでございますと、むすこ夫婦に死に別れたために、おじいさんが無理をして働いておばあさんと一緒に暮らしている。そのおじいさんに二十万円の収入があるために、おばあさんに老齢福祉年金が七十才をこえてもいかないということになっている。一方おじいさん、おばあさんがいて、むすこ夫婦が隆々としてやっていて月給四万円くらいもらっている。その仕合わせなおばあさんの方には老齢福祉年金がいくということであります。これはどう考えても聡明な古井さんがお考えになったら不合理だと思われると思う。こういう点がある。まだまだたくさんあります。こういうふうに不合理な点がたくさんあって、何回も申し上げているのにそれを改正しておられないわけです。たとえば母子年金の問題で、今の普通の母子家庭より準母子家庭の方がはるかに気の毒な状態にあることは初めから言われているわけです。直ちに改正する必要があるということを岸内閣の坂田厚生大臣のときから言っているのに、その改正はいまだにぐずぐずになっている。こんなことは実にけしからぬ。準母子家庭に無拠出年金を適用したところで、金額はそう要りません。対象者はそんなに多くないのです。それが二年たってもいまだに実施されておらない。生別母子世帯の問題もあります。これが障害の方の問題になるとどうか。二級、三級に支給されていない問題もあれですけれども、内科障害に対しては一文も支給がされておらない。しかし内科の一級障害、二級障害というのは、障害の程度において外科の一級と同じように労働能力がない。従って生活するのに非常に困難であるという要件を持っているわけです。それを厚生省が意地をはってやらない。今申し上げていることは小山君には何回も申し上げてありますし、小山君が私の言う通りだと実は言っておられる。ところがそれを厚生省の今までの伝統で拒否しておられる。その理由は何かというと、内科障害だとあとでなおってしまうかもしれない。なおってしまうかもしれないのに障害年金を支給するのは困るという観念的な理屈なんです。ところがなおってしまうようなものではないのです。たとえば内科障害の一例をあげると肺切除、普通は四千くらいある肺活量が、四分の三くらい肺を切除してしまったから千くらいしか肺活量がない。その人がかぜをひいて肺炎にでもなったら一ぺんに死ぬ。階段も上がれない。だから労働能力はないわけです。その人に対して、なおるかもしれないという理由でどうしても拒否をする。なくなった肺がふくれ上がってミミズみたいにできるものではないのです。どう考えても理屈に合わないのに、ただそういうことはしないということを前に厚生省で決定したから、それをやるのに困るという。こういうところに厚生省の意地がある。そういうものは打破していただかないと、いつまでたってもほんとうの意味の社会保障はでき上がらない。それをおそらく厚生省では、古井さんがいかに聡明でも、局長は説明しないと思う。自分たちはこういうでたらめなことをやっていますというような報告は絶対にしないと思う。ですからわれわれの言うことを聞いていただかないと、ものは進まないわけです。そういうことになる。これは前段として申し上げたわけで、今無拠出年金の問題だけ申し上げても五時間も十時間もかかりますが、きょうは実は拠出年金の問題を申し上げたいと思いまして、無拠出年金の不合理な点の例を一、二申し上げたわけです。きょうは拠出年金の不合理な点をじっくり聞いていただきたいと思います。  拠出年金というものは、この国民年金制度で、とにかく老齢者に対して老齢保障を与えるという意味であります。十分なものをしたいけれども過渡的に不十分であるということは、不十分の程度にもよりますけれども、これはある程度仕方がないこととも言えるわけでございます。拠出年金制が不十分であることはもちろん困るのですけれども、不十分であることは仕方がない点が一応あるとしても、老齢年金が一番必要な人にいかないということでは筋が通らないと思う。そういう場合があったならば、筋が通らないと厚生大臣はお思いになるかどうか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 それは、いかなければならぬ人にいかないというのは、目玉が抜けていることになるのですからなにでありますけれども、しかしいかなければならぬ人かどうかということは、どうしてもそこが目玉かどうかというところは、これはいろいろ問題によっては論議があるかもしれません。けれども、目玉だったら、それはちょっと困りましょうね。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 端的に申し上げまして、老齢保障の必要な人は、今貧乏な人であって、老齢について自分で蓄積をして準備のできない人です。その人が老齢保障が必要であるということは自明の理でありまするが、それについて肯定なさいますか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 これはやはりもうちょっと問題を具体化して、あなたのお尋ねの趣旨も具体的な話で伺ってから……。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 僕は引っかけ質問はあまりしません。だから警戒なさらないでけっこうです。率直な御答弁に対しては率直に対応しますから。  ほんとうの相対的のもので、貧乏な人が年をとったら老齢保障が一番多い、これは当然の、自明の理であります。それについて率直に御答弁を願いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 ですから、貧乏な人が年をとった、これが一番いかなければならぬ人である、こういうお話は、これは大きにもっともだと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 ところが、この拠出年金制度は、その貧しい人に老齢年金が実際上いかないようにできているわけです。幾つも要素がありますが、まず第一の要素は、保険料であります。保険料が定額保険料になっておる。お金持ちも貧乏な人も同じ保険料を払わなければならないということが一つ。その次に、その保険料の納入の割合に応じて年金支給が決定をされているということであります。だから、四十年間払えば、六十五才、月三千五百円、二十五年では二千円、十年では千円になるということです。そのほかに、もっと一番いけないのは、さっきお聞きになった点にもありますが、十年以上保険料を払っていないと、年金は一文もくれないということになる。ですから、普通の庶民にとっては、定額保険料は、金持ちからたくさんとってないのですから、それだけ分高くなるわけです。高い保険料を払うことを要求される。払えない場合には年金がもらえない、こういう仕組みは非常に間違っているわけです。間違っていると思われませんか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 それは、まだ私がじっくりぴんとこない点がありますので、今の定額になっておる同じ金額でも、金持ちと貧乏人とでは重い軽いがありましょう。それから払っている期間が関係を持ってくる。そういう点はありますけれども、それとすぐつながって、今の支給の方の関係が、考え方として、貧乏人というか貧しい人の方には冷たい制度になっておる、こういうふうにそこまでつなげて制度を考えることが、そう考えていいのか、制度としては、やはり支給するものは支給すべき人に支給する。今の掛金の方は掛金の方ということで、全体的に考えておるのでしょうから。ですからそことつながってすぐ、これはいくべき人にいかないのだと言てるかどうか、これはまだ私にもそうだなと、こういうふうなところまでぴったりとこないのでありますね。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 実は古井さんに十分にわかってもらって、よい行政をしてもらおうと思って熱心な質問をしておるのです。それで一問一答でなければ、私の言ったことについてまだ納得ができないと言っておられる。だからそれについて十分時間をかけて一問一答をしなければならない。僕の言うことを自分で全部ばらばらと言うなら幾らでも言います。主張すべきことは、言うことはできるのだ。できるけれども、それでは厚生大臣にほんとうにわかってもらえない。だから時間をかけてやっておるのです。古井さんは、こういうような重要な審議がほかの委員によっても行なわれるので、参議院の時間に藉口して来ないようなことがないようにして、極力衆議院の社会労働委員会に積極的に姿を見せる、きょうは質問がないのですかというようなことにして姿を見せる、そういうふうなことにしていただきたいと思いますが、そういうようなことについての古井さんの御意見を伺いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 こちらの方の委員会に喜んで出席したいと思います。他の方の関係のことは私にはわかりませんけれども、そういうふうに思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 今古井さんのおっしゃったのは、厚生省のうっかり答弁にひっかかるといけないという気持ではなくて、すっかりまだおわかりになっておらないように率直に受け取りたいと思います。保険料の問題は、社会保険主義と社会保障主義という重大な問題がありまして、保険料を納めた、納めた度合いによって反対給付を受ける、これは保険の概念であります。保険の概念であれば、それだけでは社会保障は進まないのです。保険料負担というものは生命保険でも同じです。金持ちの今余裕のある人は、たくさんいろいろな保険契約に入れるわけです。そうすれば満期のときにたくさんの保険金をもらえるわけです。それを年金支払い条項にすれば十分な年金が確保されるわけです。だから保険主義であれば、国法で保険年金制度を作っても何にもならない。これは前のねらいと同じです。自分に負担能力がないのに無理にやられるだけ迷惑です。保険主義ならとられるのですから……。それを国民に納得してもらって、協力してもらう、しかも国民が利益を受けるためには、社会保障主義が中に入っていなければ意味がないのです。保険主義を無理やりに押しつけるということは猛烈な暴政です。そういう人たちに社会保障のいいものが一つも回らないのに、それを無理やりに押しつけるのは、これこそ反対運動で言っておるように、その積立金を独占資本に使うためにやっていると言わなければならないということになる。そうでないと政府が言いたいならば、その保険のシステムの中に社会保障の味が十分出ていなければいけないわけです。厚生大臣はりっぱな政治家でありますけれども、来たばかりであるから、この問題について十分にはまだ御承知ないと思う。一般的な生命保険に入っておる例があるから、保険料をたくさん納めておれば保険金をたくさんもらうのはあたりまえだという一般的な社会常識の点が頭から抜け切らないので、保険料を長く払った人がたくさんもらうのはあたりまえだという概念が固着しておられる。それはあたりまえです。そういう問題を払拭してこの問題を考えてもらわないと前進しない。社会保障は必要な人に必要な給付がいくということが前提でなければいけない。ところがそこに財政があるからといっているように、必要な人に必要な金額が全部いくということは直ちには困難であるかもしれません。しかし必要な人に必要なものがいくというふうに問題が進んでいかなければ、社会保障という問題はとまってしまうわけです。その意味で定額保険料という、金持ちでも貧乏人でも同じような保険料をとるということになれば、貧乏な人については負担がしにくいので、四十年間全部払えないということが起こるわけです。一方の要件で、払った年数に応じて年金額を受け取るということになるから、払っていない人は年金額が減るわけです。そうなると保険料の負担がしにくいような貧しい人、従ってその人が老齢になれば、一番年金の必要の多いその人は年金が少ししかこない、あるいは十年以下しか払えないときには年金が一切こないということになるわけです。これは精神がまずいわけです。組み立てが悪いわけです。定額保険料というものを無理にとる必要は一つもない。というのは、国民健康保険で、すでに定額でない保険料システムができているわけです。御承知でしょう、所得割りとか資産割りというものと均等割りというもので組み立てられて、収入の多い人は多い保険料を負担している。少ない人は少ない保険料しか負担していない。給付条件は同じです。そういう前進的な制度がすでにあるのに、社会保障を前進すべきこの国民年金で、ことさらにそれを引き戻して定額保険料にしたことに非常な間違いがあるわけです。ですから保険料負担に耐えられない人が、それでは困るということで、いろいろの運動が起こっている。それについてどうお考えになりますか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 そこまであなたのお話を伺いますと、お尋ねになった意味がわかってきたような気がするのであります。考え方からいえば、必要な人には必要なだけの給付をする、またその財源は、今あなたはそれぞれの財力、能力に応じて、定額でなしにとると言われるのでありますけれども、これもいっそのこと国費で全部払ったらいい、もっとすっきりするかもしらぬ。あるいは保険料定額を改め、段階とか資力に応じて差をつけるよりも、いっそのこと国費で払った方があなたの考え方からすればすっきりするかもしれない。あるいはそれが一番すっきりした立て方かもしれませんけれども、すっきりした改正に一ぺんにいけるかいけぬか、これは問題でありまして、全然民間の保険と同じ保険方式だけでもない、国も掛金に対応して半額出すとかいうようなこともありまして、すっきりそこまでいっていないかもしれませんが、今の考え方がただそういう保険方式だけでいっているわけでもないし、やはりこういう制度は漸進的にいかなければならぬのですから、将来の発展の問題としては大きに傾聴させられますが、さらばといって逆にこの制度がいけない、こういう程度のものならばない方がいい、こうまで言えない。やはり前進の一段階ということも考えられるのですから、お話の意味はわかるのですけれども、それできょうの制度をどうと言われるのはどうか。御提案のように、やめてしまえ、もう一ぺん出直せと言われるのかもしれませんが、それはちょっと問題が残ります。お考えの意味がわからぬわけじゃありませんけれども……。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 私どもは年金をよくしたいのです。この延期法案は根本的、抜本的改正をすることを促進しようとしてやっているわけです。ひん曲がった形で発足することは、将来の抜本的な改正にまずいことが起こりますから延期してもらいたい。延期が目的ではありません。根本は大改正であります。その点は御理解をいただきたい。  そこで、今おっしゃいましたけれども、今反対運動の陳情ばかり聞いておられるからそういうふうに言われる。根本的に無拠出で全部割り切れば一番すっきりすることは確かです。だけれども、私どもはそれを言っているわけではありません。私どもは拠出年金制を大改正しろと言っているのであって、なくせと言っているのではない。間違った拠出年金制の施行を延期して、大改正を実行しろということを言っておる。ほかのいろいろな陳情者の考え方と私どもが同じように考えていただかないように願いたいと思います。  そこで私どもは、無拠出で、今の貨幣価値で月に三万円くらいずつ全国の老人に与えるような時代になれば、拠出制はやめてもいいと思う。だけれども、政府の方は六十五と押えて三千五百円、わが党では六十で七千円、そういうことを考えますとき、国費自体から支出する分と、自分の貯蓄等から自分が自分の老後を用意するという精神とあわせて考えた拠出年金制というのが今の時代においては必要であると考えておる。ですから私どもは拠出年金制度の態度を持っておるわけです。持っておりますけれども、その組み立て——程度においてはいろいろ問題がありましょうが、組み立てにおいて間違いがあることは断じて承知ができないわけです。拠出年金制でありながら、貧しい人が払おうと努力をしても少なくなってしまう、あるいはもらえない、あるいはもっと極端な場合には、もらえないだけではなくて、保険料の一部が没収されるということがある。ここをお読み下さるとわかりますが、どんな場合でも三年未満の保険料は没収されることになっている。一人で百五十円だったら二年で三千六百円、三年未満は、三月かためて払いますから、二年九カ月で三年未満に当たります。それが四千九百五十円。四千九百五十円という保険料を払った、年金をもらいたい貧しい人が、ボーダーラインの人が一つも年金をもらえない、あとで息が続かなかったら四千九百五十円は没収される。これは生命保険会社の人が厚生省の嘱託か何かでいろいろな資料をやっておったから、そんなことの影響を受けたのでしょう。保険会社は任意保険ですから、これもおもしろくないけれども筋が通る。約款を読んで入る人はあまりいませんが、形式的には約款を読んで、解約を承知で入ったということになっているんだからしようがない。ところが、これは国がいやおうなしに強制的に入れるでしょう。事務費は別に国で負担しているんでしょう。それにもかかわらず零細な人は国の命令によって、自分が年金をもらいたいと思って一生懸命に納めた年金が、それが五千円近くのものが没収される。そんな制度は世界中あるはずがない。国が貧乏人を押えつけて、金をもぎ取って返さない。そういう制度が国民年金法の中にあるんですよ。どんなに政府側が擁護されても、そんなことは通らない。そういう不合理な点を直そうとしない。これは総理大臣であった岸さんにも聞きました。坂田君、渡邊君、中山君、古井さんにも聞きました。ところがみな答弁ができないくせにそれをやろうとしている。そんなでたらめな制度があったものじゃない。貧乏人から無理やりに五千円ふんだくって返そうとしない。どろぼうです。強盗です。それがこの中に入っておる。それをほほかぶりしてやろうとしている。そんな強盗的なことをやろうと古井さんお考えですか。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 強盗は困ります。理由なしに力づくで奪えば強盗ということになりましょうが、これは強盗かどうか。私は新米ですが、きょうもすでに政府で法律を作っておる。これは理由もそれなりにあると思うのです。強盗かどうか、これはもうちょっと研究させていただいて、強盗だったらそれはいけませんが、それは今までの経緯もありましょうし、理由もありましょうから、研究させてもらいたい。

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 八木君、少し言葉づかいに注意していただきたい。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 私もそれを言おうと思っておった。強盗ということで与党の方の感情を刺激したようですから、強盗的ということに改めます。  そういうことで、そういう部分がある。ですから古井さんは強盗的の法で、たとえば減額年金を六十才のものを施行するとか、死亡一時金をやるとか、そういうことだけでいいと考えておられたら、これは大間違いです。特に今まで、年金支払いに達しないときには保険料返還規定がある。けれども三年未満のものは返還しないということになる。そうすると四千九百五十円までの保険料の該当者の場合は、ほんとうにそれが没収される。まことに強盗的である。そんな部分があることは知らないでしょう。池田勇人君も知らないと思う。前の総理大臣でも一切知らない。知らないことを教えてあげても忘れてしまう。そんなことでは困ります。これは今の欠点の中の一万分の一くらいの点ですよ。けれども質として一番悪い欠点です。そんなものを変えられないで国民年金なんか論ずる資格は政府にはない。そんなものは変えられる。ただ経緯は、三年以上は返還するという規定を置いてあるからいいじゃないか、それは保険会社の者から教わって、三年未満の者は損をするぞということですが、保険会社と国家のものとは全然違う。そういう質的に全然間違った点がある。野党の意見は攻撃で言っておるのじゃない。年金法をよくして積極的に前進するように思っておるので、ほんとうに率直に受けていただきたい。これは世界中どこのだれが論議しても、この部分は悪いといわれるにきまっている。そうすると、どの点から見ても悪いと思ったら、それをストップされるのが古井さんの政治家としての使命であります。その点についてお伺いしたい。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 さっきも申しましたように、強盗的か、やはり理由があるのか、これはもう少し研究した上でないと、これが理由があるかないかということは申し上げかねますので、研究した上にいたしたいと思います。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 それはそれでは古井さん、あしたまでに研究して下さい。聡明な古井さんで、小山君みたいな練達な人がついておれば、一時間ほど研究すれば、どういう観点から見ても誤まりだということがわかるはずです。わからなければ小山さんの行政的手腕も古井さんの政治的手腕も疑わざるを得ない。一時間かかればどんな観点からでもわかります。あしたまでにこれについての見解を発表していただきたい。  これはそういうことでありますけれども、その次にもっと大きな問題がたくさんあるわけです。さっき言ったように、貧しい人に年金が来ないということに対する年金法の弁解は、免除規定がございますということです。免除規定とは日本社会党案にあったのを、言葉だけを借りていかれたのです。借りていかれるならば、全部借りていかれればいいのですけれども、言葉だけで、ほんとうのところは持っていっておられない。免除規定というのは役に立つことがある。これは古井さん、よく聞いて下さい。免除規定の役に立つのは、保険料を十年払っておった、免除規定の適用を十五年間受けた、あと十五年間は都合が悪くて免除規定の適用を受けておらなかったけれども払わなかったという人の年金はどのくらいになるかといいますと、十年納めた人が十五年保険料を納めた人と同じ資格として計算されるわけです。六十五才から月二千円くれるわけです。その意味において免除規定は役立っているわけです。払っていないけれども、払ったと同じ資格でもらえる。それは悪いものじゃない。ところがそれを一つ繰り下げて、九年間保険料を納めておる、十六年間免除規定の適用を受けておる。十六年間は払わない、これで合計二十五年になる。このときは一文の年金にもならない、一文もくれない。九年と十年でこう違う。そこに十年以上保険料を払わなければ年金をやらないという規定が、この年金法の精神を全然くつがえしておるわけです。それをしなければならない理由はどこにもない。大づかみで十年くらいやるのを、めんどうくさいからやらない。そんな一生懸命保険料を払わないようなやつはやらなくていいというような考え方からきておるわけです。ところがこういう人こそ年金が必要なのです。十年間といったらどのくらい払うか。ずいぶん払う。夫婦だったら三百円、一回分たったら九百円になる、三カ月分ですから。それを四十回払わないと十年にならない。そうしたら払わない人が出てきますよ、ボーダー・ラインですから。そのほかに免除の規定の適用を受けますと、払わない人があるわけです。免除になったから払わなくてももらえるなんというので、楽しみにしている。ところが九年しか払わなかったために、あと三十五の、四分の一ほど免除規定の適用を受けていてもだめなのです。期待していた人が全然だめなのです。十年保険料を払わなければ免除規定は動かないということがありまして、質的に見て非常に悪い。同じことなのです。これは免除規定は一年でも二年でも適用するというようにすべきです。そういうところをいじくるだけで、乏しいことは乏しいけれども、幾分か国民年金が性質がよくなってくる。そういうことに踏み切っていただきたい。世の中の大衆の当然の声を聞くのはいいです。それとともに、年金制度というものは複雑ですから、大衆の声は今現われているから声はこれだけだ、その根源に携わるものは何かということを検討しなければならない。それはそういうところから来ている。貧乏人がもらえないというところから来ている。それは十年という規定をはずして——少なくなってもいいのです。それは少なくない方がいいけれども、少なくなってもいいから、とにかく十年以下でも年金を払うということにしたらいいわけで、三年以下没収なんということをしなくてもいい。計算は合う。計算はめんどうくさくても、四分の一であっても、返す保険料は返すということにしたらいい、こういうことが質的に非常に間違った点がある。今度のときに、今からでもおそくないから改正案に盛り込んでいただきたいと思う。今やっておかないと間に合わない。前にきめておいたからというようなことでは困る。今一生懸命申し上げているのはそういうことです。そういうことを直さなければいかぬ。減免制度を完全に実施してほしいということ、そういうことが非常に問題になると思う。  それからかけ捨て防止という論の起こるのは何か、遺族年金が非常に不完全だということです。ほんとうをいえば、これは素朴なかけ捨て防止論です。自分が死んで遺族がなかった場合には、そんなものは一切もらう必要はない。いとこやはとこを呼び出して遺産相続させる必要はない。かけ捨て防止という思想は遺族年金がこないというところから出ておる。言葉はかけ捨て防止ということになっておるが、国民のほんとうの意思は、遺族年金が完全にならなければならないということを考えるべきである。ところが今遺族年金は非常に不完全だ。三種類ありますね。母子年金、遺児年金、寡婦年金——遺児年金というものは母子年金よりはるかに少ない。ところが両親になくなられたみなしごの方が、お母さんの残っている子供よりずっと気の毒だ。ところがそれが母子年金よりずっと少ない、こんな不合理な点はない。古井さんがさっき考えられたように、社会保険的に見て、同じ保険料を払ったから同じものをもらうのはあたりまえだという概念で考えれば、保険料を払っているのだから同じ年金をもらわなければ損だ、これは社会保険的に見てもけしからぬ、ましてや社会保障的に見たら全くけしからぬ、そういうことがある。そういうような遺児に対して少ないというのは何からきておるかというと、みなしこのような発言力のない、こういうものからは激しい抗議は出ないだろう、こういうものから不平は出ないだろう、そういうところがあるのです。つまり便宜主義だ。一番あげなければならない人でも、力の少ない人には手当をしていない。母子というような比較的発言力のあるときは、比較的よくしてある。無拠出の老齢年金で所得制限を少なくして、全部の老人にやろうというような傾向がある、それは悪いことはありません。しかしそれと同時に、それより早く今年金を支給している貧しい老人に金額をふやすとか、今のままでは死ぬまで年金をもらえない人たちに六十才代からあげるとか、そういうことの方が先だ。ところが気の毒な人というよりは年金を宣伝してくれそうな人にやりたがるくせがある、それは政党の通弊です。自民党の通弊です。選挙年金色彩が自民党にある。しかし選挙年金ではいけない。ほんとうに気の毒な人に行くようにしなければならない。遺族年金中、寡婦年金というものはたくさんあるが、支給を受けられる人はほとんどない。六十才まで保険料を払って年金をもらう資格を持っている人が、六十五まで待っている、その間にその人がなくなってしまった場合に、奥さんが六十五才までもらえるだけである。しかもその奥さんが十年間以上結婚しておらなければだめだ、こんなのは名前があるだけです。名前だけ出して、みなしごや寡婦にあげるという点の宣伝をやっているのでは、ほんとうのまじめな社会保障はできない。あらゆる遺族について支給できるようにしなければいかぬ、そういうところがあるわけです。そういうことがありますね。  それからまだまだたくさんあるわけです。たとえば六十五才開始の問題。六十五才で開始すれば、一番悪い点は、苦労した人は残念ながら健康を害して早く死ぬ人が多い。苦労した人の積立金が苦労していない人に回ってしまう。これは年金制度の不可避な条件でありますけれども、その要素を避けるためには年金開始時期を早くしなければ、その悪いところがたくさん出てくる。少なくとも六十才から開始しなければだめだ。日本においては今まで政治が貧困のために、苦労してきたから老衰が早くくる、そうすると、所得能力が早く下がる、そうすると、早くからもらわなければ意味がない、そういう点で六十五才開始ではおそ過ぎる。六十才から開始しなければ意味がありません。開始年令の問題に関して、わが党案には六十才を基点として五十五才から減額繰り上げ、それから必要に応じて繰り下げ老齢年金がある、そのような考え方を取り入れたらどうかといったとき、政府側の態度はどういうことかというと、繰り下げ増額の方は考えますけれども、繰り上げ減額の方は考えませんという態度でありました。政府は——これは古井さんの責任はないですよ。今になったら、繰り上げ減額も取り上げるといっておる。そのときには理屈の正しいことがわかっておるのに、意地を張って取り上げない、そのために世の中の騒ぎが一つ多くなっている。世の中を騒がしたり、国民に不安の念を与えるということが政治の要諦ではない。正しいことがあったら野党が言っても取り上げる、それによって騒ぎが少なくなる、それによって国民の不安が少なくなる、それを今までしておられなかった。だから古井さんのときに思い切っていいものは取り入れるし、そういうようなことをやっていただくことによって、年金制度が健全に国民の協力を得て発達をするわけです。そういうようなことについて、きょうは時間切れですからあれですけれども、これから何回もしゃべりたいのですが、二十二日までしか会期がありませんから、夜を徹しても出てくるような意気込みでわれわれの意見に——ここには滝井さん初め五島さんとか、社会保障、医療問題についてのすばらしい意見がたくさんありますから、そういうことを聞かれて、今度の予算——今予算編成期ですが、要求は一回出されて、あとはどんななたがふるわれるか知りませんが、まだ時期はある。池田勇人君がほんとうの政治家であれば、形式的な予算にとどまらないで、ほんとうに追加するように、そうして彼がほんとうの政治家であるかどうかを示させるのは古井さんの腕にかかっている。そういう点で、これから三日間じっくり野党の意見を聞いて取り入れて、勇敢に厚生行政を前進させるかいなか、それについての御答弁を願いたいと思います。

古井喜實自由民主党厚生大臣

○古井国務大臣 八木さん、まあほかのこともそうでしょうけれども、年金制度の問題ではずいぶん御研究になっているということをかねがね聞いておりましたが、またここでお話を伺ってみると、一そう、なるほどそうだという念を深くしたわけです。これは口先じゃない、ほんとうにそう思っております。御意見の数々、これは大いに傾聴すべき点が多いと思っております。それで、これは少しでも年金制度がよくなるならけっこうなことですから、お話は十分聞かしていただきたいと思うわけです。  なおそれについて、さっきからの問題の、三年間納めていなければ巻き上げられてしまうとか、それからまた、十年納めていないと免除を受けたものがペケになってしまうとかいうような問題もありましたが、これはあなたのおっしゃる意味はわからぬわけじゃないのです。けれども、もともと今の年金制度が、保険方式というような考え方が入っておる。それがすっきりしていないということにはなるかもしれませんけれども、入っておることは事実ですね。そこで、保険というものとして立てていくという場合に、保険関係の利益を享受する、受けるというためには、そこに何がしかの条件が整わぬといけないかもしれぬ、そういうことも半面あるかもしれぬと思うのです。保険方式というものを取っておりますからね。その利益を得るためには、少なくともこれくらいな条件が整わなければいかぬというようなことがあるかもしれぬと思うのです。そういう面はやはり研究してみなければいかぬと思うのです。あした返答せよと言っても、これはちょっと無理です。これは年金法の改正案を今やっているのですから、年金法の改正案を出すときまで研究さしてもらわぬと、一点々々、一カ所一カ所で、いやこいつは右だ左だと言えということは、これは無理ですから、改正案を出すときまで研究させていただきたいと思うのです。

八木一男日本社会党

○八木(一)委員 結末をつけますからもう一問だけ……。それはそういう点で総体的にはけっこうですが、出してしまわれると、やはりそこに、それが間違っておったときにも直しにくい。改正案を反対したとしても、法案を撤回して出し直すとか、予算を組み直すということになりますから、やはりできるだけ早く一つ一つの問題について結論をお伝え願いたいと思うのです。  それから、社会保険的とおっしゃいましたけれども、政府の国民年金法の中の社会保障的な部分は国庫負担だけです。それ以外は社会保険です。その国庫負担の組み立てが悪いために、国庫負担が結局、十年納められない人にはこないわけです。国庫負担というのは積んであるけれども、年金をもらえるときにくっついてくるわけです。ですから、年金をもらえる資格がないと、国庫負担が回っていない。そうすると、住友吉左衛門さんとか松下幸之助さんなどの金持ちには必ず国庫負担がいく。国庫負担を差し上げるべき貧乏な人にこない。これはほんとうのところ国庫負担の浪費ですよ。所得再分配の反対です。そういうことが起こるわけです。だから、国庫負担がついているのですから、そう年金の支払いについて、たとえば、それは四十年払った人と十一年しか払わない人と同じ金額にすることはできないでしょうけれども、少なくとも国庫負担については同じ権利があるわけです。六十五才、三千五百円でしょう。その中の千百六十六円六十六銭については、国からただくるのですよ。保険料をかけた人の金じゃないものがくるわけです。そうしたその千百六十六円六十六銭というものは、まさに貧乏人にこそもらえる権利がある。それがもらえないのです。そういうところに非常な間違いがある。社会保障の逆をいっているところがある。千百六十六円六十六銭をどんな要件の人にも六十五才からやるというものを今度の改正案に入れていただけば、相当の前進になると思う。提案として申し上げておきます。

大石武一自由民主党

○大石委員長代理 それでは本日はこれにて散会いたします。     午後零時十六分散会

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