商工委員会 閉会後第3号
- 発言数
- 34 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1960/09/01
会議録
○委員長(剱木亨弘君) これより商工委員会を開会いたします。 経済の自立と発展に関する調査を議題といたします。 本日は、先般モスクワで開かれました日本産業見本市に出席され、去る二十五日帰朝されました石井通商産業大臣から見本市の状況あるいは日ソ貿易の将来等につきまして所信を伺い、引き続いて質疑を行なうことといたします。 それでは、まず大臣からお願いをいたします。
○国務大臣(石井光次郎君) 先日モスクワで開かれました日本見本市に日本の政府を代表して出席をいたしました。帰りにロンドンとパリを訪ねまして、どこででも貿易の問題で話し合って帰って参ったのでございますが、見本市は私が十六日に開会式の行なわれます二日前の八月十四日にモスクワに着いて、いろいろ様子を聞いてみますると、大へんに前景気がよくて評判もよろしいということでございまして、産業省の大臣代理をしております次官に聞きますと、自分はあらかじめ会場を見て回ったが、非常にりっぱな出品で、これならばソビエトの人たちがみな喜んでこれを見に来るであろうということでございましたが、十六日の開会式をやります日は、あいにくと雨がときどき降って参りまして、晴れたり降ったりというような天気でござました。屋根のないところで開場式をやることになっておりまして、そこにはミコヤン第一副首相を初めといたしまして、ソビエト側の要人が多数参列し、各国の大公使も多数参りました。一般の人も多く、雨の中もかまわず列席してくれました。 式は、ソビエト側の商業会議所の総裁、この人が向こう側の責任者でございまして、この人のあいさつで始まり、私が日本側を代表してあいさつをし、日本の経済の現状を御説明申し上げて、それから私がテープを切って開場ということになりました。日ソ両国歌が吹奏されまして、みんな入場をいたしたというようなことでございます。 当日に見てくれました人たちの意見、特にミコヤン副首相はずっと私、一緒に会場内を見、それから最後には、日本の宣伝映画を映画館で見て帰ってくれましたし、そのとき話を聞きますると、会場において、これは今までソビエトで開かれた見本市のうちでは最も見ごたえのする見本市である、特にソビエトの人たちにとっては、電気関係の出品物がおそらく一番興味を引くのじゃないだろうか、というようなことを言っておられました。電気関係といえば、電気計算機のような大きな機械から、ラジオの小さいものまで陳列されておりまして、その後、参観者の声もやはりここに非常に興味が集まっている。特に小さいラジオの機械などには、どこでどうして手に入るのだというようなことをしきりに今も続いて聞かれておるというような話を聞くくらいであります。 毎日五万人の入場者を予定されておりまして、二十日間に百万人の人に見せるという計画でございます。日本式でどんどん切符を売って幾らでも入れたならば五万が七万人、八万人入るときがあると思うのでございまするけれども、中の秩序を保つ関係上、そういうふうな集会の場所には一定の人を入れる限度があるそうでありまして、そこでは一日五万人ということが推算されまして、五万人以上は入場さしてはいけないということになっておるのでございます。毎日ずっとその定員を維持して参観者があるということでございます。 この見本市はモスクワまたはソビエト国内だけの人の見られる、そういうたけでなく、北村徳太郎君がブルガリアあるいはルーマニア、チェコなどという国々を回って、そこいらと日本の貿易問題で話し合って参りましたとき、ルーマニアなどでは、この日本の見本市を団体で見に行くというようなことで、一ロシヤだけでなく、その近所の国々からも見に来るというような非常な評判でございます。 帰りにイギリスやフランスに寄りますると、そこの産業関係の人がみんな見本市のことを私に聞きました。と申しますのは、来年はイギリスとフランスがモスクワで見本市を開くという順序になっておるそうでございまして、日本側の出品が非常に評判がいい。どういうところが評判がいいだろうと、参考の意味から、しきりに熱心に聞いておるというような状態でございまして、この見本市はいろいろな意味において喜ばれて見られておるように思うのであります。 ミコヤン氏その他の関係の人たちの異口同音に申しておったことは、日本というもの、特に日本の経済というものについては、非常に自分の国の人たちは関心が薄かったのだ、従って、今度の見本市というもので初めて日本の経済というものを知るという機会を得ると思うのだ、同時にこれは、日本とソビエトの間の貿易が盛んになるという一番大きな原因になるのじゃないだろうか、というようなことを言うてくれておりました。 御承知のように、今はソビエトの間に本年三月に結びました三カ年の長期貿易協定がございまして、片道毎年約七千万ドルずつの輸出入ということになっておりますが、今年の状態では、今までのところでは、ソビエトから日本に来ておるものが相当多く来ておりまして、日本側からソビエトに行っておるものの方がはるかに少ないのであります。この問題を、ミコヤン氏その他関係の人たちと会ったときに、片貿易の状態になっておるからなるべく早く日本から買う品物等をきめてもらいたい、大よその内容はきまっており、また、先ごろからいろいろな公団関係の人で日本に品物を見に来、あるいはプラント輸出についての話し合いに見えておりますが、下相談だけでありまして、これはまだほんとうになっていません。ミコヤン氏と会ってこの話をしたときに、今は日本側の方にわれわれの方の品物が出ておるけれども、しばらくたつうちには、日本側からソビエトにもらう方がはるかに多くなると思うのだ、だれが行ったときに約二億ドルの大よその相談ができておる、だれが行ったときはこうだというように、すっかりいろいろな報告を持っておられまして、ここ数年後には、このままの状態で話がスムーズにいくようであれば、日ソ貿易というものは大きく展開するのではないだろうか、日本の品物のいいということ、日本のいろいろなプラント関係でソビエトにほしいというものの多いということ、これもよくわかっております。また、自分の方からこれの見返りに出す品物というものも、日本の方で求められるような品物が幾らでも出せると思うのだ、というようなことから考えると、あとは商売のベースに乗って、はたしてほかの国との競争に日本が勝ってくれるかどうかということが問題なのだ、というようなことで、前途は非常に明るいという見通しをみな得た次第でございました。私もいろいろ話をしており、また、日本においてのあらかじめの知識から判断しましても、その通りに進むだろうという考えを持っております。 いろいろな方と話をし、最後にミコヤン副首相と話した場合に、そのほかの政治問題等についての話もありましたのでありまするが、一番ぴったりと今話の合うものは経済問題である、経済関係を密接にし、そうして、お互いにこのために往復をするといううちに、自然両国の了解も深まり、これが土台となってほかの問題も自然解決するというような時期も来ることを期待するというような点で、ミコヤン副首相と私とは完全な意見の一致をその点では見たということでお別れしたようなわけでございます。 この見本市というものが、今まで日本が戦後出しました見本市でも一番大きな計画でございまして、このための費用も約五億円を使ってやったのでございますが、予想以上の成績をあげて、もう終りが近づいておるということでございます。私といたしまして、日ソ貿易が一そうの進展をすることができるということを御報告申し上げましてお喜び願いたいと思うのでございます。 ついででございますから帰りに寄りましたイギリスにおきまして、ここでは、夏休みでございまして、各大臣がほとんど、関係経済の各大臣がおられませんでした。外務関係で、外務大臣が上院から出ておられますので、下院で外交問題を担当しておられまする国璽尚書のヒースという人だけが大臣でおられただけでございます。この人に会って、いろんな一般的な話をし、経済関係では、通産次官のポウエルという人がおりました。この人といろいろ話をしました。ここでは日英通商条約の話が出ました。これは今までも下打ち合わせを進めておるのでございますが、ちょっとひっかかったままで、あとは来年ということで分かれた形になっております。この間までは日本で話をしておったんでございますが、この次はイギリスで話をする順番になっておるそうでございます。会いましたら、すぐ日本とイギリスとの貿易問題でいろいろ話し合いましたが、この通商条約について自分の方はいろいろお話し合いする準備ができた。それで、来年を待つことなく、本年の九月または十月あなたの方の御都合のいいときに話を始める用意がありますということでございました。これは大へんけっこうなことであるから、帰ってよく関係者と打ち合わせをいたしますが、なるべく早く通商条約の話をしようじゃないかということを申して参りました。ここでは、いろいろこまかい問題についての、イギリスの商品を日本でほかの国と別な取り扱いをしているのじゃないかというような、いろいろなこと等の質問がありましたが、それは向こうの誤解であるということがはっきりいたしまして、すっかりわかったのでございますが、もう少し貿易を進めていこう、ガット三十五条の禁止的な適応をしているイギリス、フランス——フランスが最も激しいのでありますが、これらの国と両方ともこの問題について、特に話し合ったのでございますが、これらの緩和の方向にぜひ進もう。これは日本が貿易自由化の線で熱心に動いておられるのだから、これに呼応するようにわれわれやっていこうというようなことをイギリスでもしきりに——そのために通商条約を早く締結するように努力しようという申し出があったと思うのでございます。 フランスでは総理大臣がおられまして、ドブレという総理大臣、それから大蔵大臣、産業大臣、予算担当の国務大臣、割合に内閣に人がおりまして、これらの人と、あるいはイギリスでもそうでありましたが、フランスにおいては、経団連関係の人たちにも会い、あるいは銀行関係、商工業者というような方々にいろいろ会いました。フランスと日本の貿易があまりにも制限をフランス側でやっておる。三十五条の適用が極度と言っていいくらいでございまして、これは本年の三月が、貿易協定の一年々々の期限であります。そのときもう少し寛大にしてもらいたいという日本側の申し出、これを研究しようというので、この九月まで協定をすることを延期してその間に話し合うということになっておったそうでございます。行ってこれらの諸君と話し合いをしますと、実は、御承知のように、フランスはほとんど七月から八月は大体どこでも一カ月くらいは役所も商売人も工業家も休むというような状態でございまして、そういうことのために進行がおくれておる。それで、ぜひ日本との貿易関係においてはもう少しいろいろな緩和する処置をとろうという心持をわれわれは持っておるのだから、そのためにはもう半年だけこの協定をすることを延ばしてもらいたいという申し出がございました。その間においても、ただ漫然と六カ月延ばすのでなくして、その間において日本の品物でもう少し寛大に扱っていいものは、その期間中といえども随時これを、関税関係を緩和するという特別措置をとっていいという政令に最近承認をしたということを大蔵大臣は申しておりました。まあこれらのために期間を延ばしてもらっても、その間に日本に迷惑をかけることなく、さらにいい協定を結ぶということにするのであるから了承してもらいたいということでありました。われわれの品物がフランスに入っている量も少なく、また種類も非常に偏しておりますので、たとえば絹織物であるとか、真珠であるとか、食糧のカン詰とかいうものだけでございますから、もっと広く両方の交換の実をあげようじゃないかという話等もいたしまして、巽は自分の国は正直なことを言うと、今までずっと保護政策ばかりやってきたので非常に外から物の入るということがこわいのだなんということを、どういうわけだといって、いろいろこれはこういうわけだといって一々の理由でなしに、漫然とこわいというのが実情で、幸いに欧州の共同市場に入ったために、それの国からは自由に物が出入りするということになって、だんだんなれてきた心持である。それでもう全部何でもかでも自由というわけにはいかぬが、漸次自由化していく、少なくともその方向に進んでいく。日本との貿易もその線に沿うて緩和していくというつもりであるから、漸進でいくということを一つ御了承願いたいというようなことでございまして、その心持はみんなイギリスにおいてもそうであり、フランスにおいても貿易を盛んにしていこうという心持が非常に強いようでございまして、アメリカと日本が戦後、政治あるいは経済において非常に大きく結んでおるけれども、ヨーロッパというものが、昔から比べると、戦争前ずっと前から比べると、政治においても、経済においても少し疎遠になっておる状態であるから、これをもっと近づける、これが世界の平和のために必要なものだというような立場からいろいろな話をいたしました。その心持においては完全に意見が一致したというような状態でございました。両国の貿易が今申しましたような形においてだんだんとよくなっていくだろうというようなことを御報告申し上げることができると思うのであります。大体そんなことでございます。
○委員長(剱木亨弘君) これより質疑を行ないます。 質疑のある方は順次御発言をお願いします。
○阿具根登君 ただいま各国の御報告をお聞きしたわけですが、まあ質問が無理かもしれませんけれども、私どもの感じでは、まあ通産大臣は外務大臣ではないので、そういう問題を追及するということでもないし、あるいは農林大臣でもないので水産関係を追及するということでもないのですけれども、現職大臣で、しかも一番大物の石井さんがソ連に行かれて、ただいまの報告を聞いてみますと、もちろん目的はそれであったかもしれませんけれども、ただ見本市が盛会だったと、今後漸次製品その他を積み重ねていって貿易が大きくなってくるだろうと、まあこういうような非常に儀礼的にただ行かれただけだと、こういうふうに聞こえるわけなんです。そういうことだったら、これは商工会議所の会頭さんたちでも、行ってもそういうことぐらいはできると私は思う。そういう点から考えて、国民の期待というものは、いやしくも現職の、しかも一番トップに立たれるべき石井さんが行ったのであるから、もっと何か突っ込んだ話がされたのではないか、もう少し何か効果があるのじゃなかろうかと、こういう期待を私は持っておると思うのです。私自身今御報告を聞いてみまして、自由諸国に行かれた、自由諸国の報告よりももっとこの方が儀礼的だ、こういうふうに感じるわけですが、何かもっとミコヤン副首相等とも相当お話になったようでございますので、われわれに突っ込んだところをお聞かせできないか、こういうふうに思うのですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(石井光次郎君) 私は今おっしゃった、そのくらいのことならわざわざ行かぬでもよかろうとおっしゃった程度の使命を受けて行ったわけなんです。というのは、見本市の開会式に参列して私が会長で開会をつかさどるというだけでありまして、これには今あなたのおっしゃったように、だれか、ジェトロがこれやるのですけれども、ジェトロの杉道助君というりっぱな実業家が行っているのだから、それでもいいのではないかという感じを私ども初め聞いたとき感じを持っておったのですが、ソ連で今まで見本市を開く場合に、必ず見本市を開く国の閣僚級以上の人が列席してやるということをずっとしきたりにしてきておるから、見本の見本市にはぜひ閣僚の中から来てもらいたいという要望がありました。それで三月の初めごろの閣議で、岸内閣のときに、閣僚一名派遣のことということを決定して、それを向こうに通知してあったわけです。だれが行くかというのは内閣が多分かわるというときでありましたから、次の内閣にまかせようというので、池田内閣になって初めてこの問題が取り上げられて、主管省であります通産省、そこの閣僚、大臣が一番適任であろうということで私が行くことになった。私が行くときは、通産大臣としてこの見本市に行って見本市を開会してくれればいいのだ、あとの問題は別に向こうから話があれば承るが、こちらから別にこの際はまだ内閣できたばかりの際であるし、いろんな話は別にしていただく必要はないということで出かけていきました。それでどういう話をしようということはいたしませんでしたが、ミコヤン氏と会いましたときに、ミコヤン氏自身から、対日政策についていろいろお聞きだろうと思うが、せっかく大臣が見えたのだから一ぺん私の口から申し上げておきたいというようなことで、これはディスカスする問題を一方的に向こうの話を聞いたという立場です。 それは第一は、日米安全保障条約は、自分たちはあれはいい条約と思わないのだという意味についてのるると意見がありました。それから第二は軍縮問題で、自分のところで軍縮を主張しておる。これに対して日本は平和を愛好せられる国民であるというのにあまり消極的で熱意がないようだ、軍縮問題にもっと熱意を示してもらいたい。これは世界の平和のためになることだと思うのだということ。それから第三には日本とソビエトの航空協定の問題で、前から話があったがなかなか進まない。ハバロフスクと東京の間で協定を結ぶということに御尽力願えぬかというようなこと。それに別に、また、これはあなたが鳩山一郎氏と同じ党に属しておられるから自由党の方としてお聞きしたいのだが、鳩山さんの時分のソビエトに対する態度と今日の態度とは少し違うように思うのだが、それはどうですかというような、これはつけたりの質問がありました。それが大部分の要点でありました。これについてこうだろうああだろう、私どもは安保条約は決してあなた方の心配されるようなものではない。私どもは、これは日本の安全保障のための問題であって、これがもととなって戦いの場合に出ていくということに巻き込まれるというようなものではないという、これは自由民主党がだいぶ言っているようなことを言って、これでわれわれ議論してあなたを説き伏せようということでもなければ、自分の考えをあなたに伝えておくという意味の話がありました。軍縮は非常に熱心に、どうか今後もあることだから一つこれに力を入れてもらいたいという希望がありました。それから航空協定の問題は、これは私が前に運輸大臣をしておる時分からちょっと話の起こった問題だから、これは何も聞いてきてないけれども、ハバロフスクと東京では、今までの日本がほかの国と航空協定をした線と少し違うので、やっぱり首府と首府とをつなぐということを原則としておるのだ、だからやっぱりちょっと話が合わないのだが、しかし両国の人たちが交通をもっと便利にし、そして両国間の行ったり来たりを今までの線よりもさらに便利にしたいということは、両国ともこれを熱望しておる問題だから、どういう方法か考えられないか。これはなかなかむずかしい問題だと思うのだけれども、こんなものはできませんとただ言わないで、何かほかの方法を考えるべきじゃないかということで、もう少しお互いに研究しようじゃありませんかというようなことの話でした。まあそういうようなことであれしましたですが、鳩山さん云々という問題は、結局平和条約を結べない今の状態は、領土問題がはっきりしないからだということになるのだが、領土問題で前に鳩山内閣のとき重光外務大臣が行って話途中でお別れしてきたのは、歯舞、色丹まで日本にやってそれから先はソビエトにというようなことであるから、それじゃ国民感情が承知しないのだということで打ち切りになっておる。国民感情というものは今も変わりはしない。千島は平和裏に日本の領有であったものである。これが日本に属するのは当然だというのが国民感情だと思うのだ。それでわれわれは、全千島の問題は後日の問題としても、平和条約を結ぶために一応の線を引くならば、北海道に地理的に所属しているとわれわれは思うておる。南千島、すなわち国後と択捉も含めて日本という線が出るということならば話がしやすいと思う。そうでないと、なかなか、その当時も今も国民感情は変わっておりませんよ。私はそう思うのだというようなことを言うて、それはそれだけの線でいろいろ質疑応答みたいなものを多少やったきりで、どれといって政治的の問題でこれはこうというものはもちろん今のようなわけでありませんでした。話のついたのは、さっき申しました、意見の完全に一致したのは経済問題ですから、そのとき、お別れするときに、経済問題だけでは意見が完全に一致したのだから、これに一つうんと力を入れていこうじゃないですか、これが土台となってやがて政治の問題も文化の問題も、その他たくさん懸案になって残っておるものも、両国がお互いに理解し合えばそこに開けていく道もあろうと思うから、ぜひそういう心持ちで経済に力を入れていこう、その点は全然賛成だというようなことで別れたのであります。 以上であります。
○阿具根登君 私がお聞きしたいことを御答弁願ったわけですが、それは自民党の閣僚として、安保問題等についてはそういう答弁しかできなかったであろうと私は思うわけです。私らと立場は違いますので、私は意見は違いますけれども、まあ現閣僚としてはそうだったかもしれませんけれども、たとえばただいま御答弁の中で四つのことを言われております。安保の問題と平和条約の問題、それから航空路の問題、それから軍縮の問題、こういうものは非常に政治的に大きなものばかりであって、やはりミコヤン副首相としては石井通産大臣に相当な期待をもっておられた。また一通産大臣としては来ておられるけれども、日本の閣僚中で一番先輩であり、日本の総理を争った方である。しかも二回も日本で争われて、相当な実力者である。そういうことを十分お考えの上で私はこういう話も出されたと思うのです。そういう場合に、軍縮等の問題は私はもっと積極的に話し合うべきではなかったろうか、いずれも逃げたというようなことになってしまって、これではこれはまあ閣僚級に来てもらっても、大きな政策面の話はできないんだ、こういうことにかえって失望を与えたのではないか。軍縮等についてはこれは自民党といわず、これは社会党といわず、日本国民全部が軍縮ということについては私は同じだと思う。そういう点についてはもっと突っ込んで話し合っていいのではなかろうかというような考えを持つわけですが、そういう点も一切通産大臣としては話してはならない、こういう箝口令のもとに行かれたのであるかどうか、お聞きしたいと思います。
○国務大臣(石井光次郎君) 私の使命の範囲を言われただけで、何を話しちゃいかん、これを話しちゃいかんということは一切総理から聞かずに参りました。私の良識の範囲でいったわけであります。軍縮問題はミコヤン氏から自分の方が大いに主張しておる軍縮、これは世界の平和の問題のために非常に大事な問題だと思うが、大いに力を入れようと思うけれども、どうも日本は消極的であるという話をいたしました。で、私はこれに対して、軍縮というものに日本は反対ではないのだ、日本は自分で兵力を持たないという立場にあるので、その意味からして世界中で軍備を皆やめて、世界の安寧秩序を守るための警察軍というような程度にまで軍備が縮小されて、世界中が戦争のない国になることを期待しているのだ。そうありたいと思っているのだ。そのためにその前段のものである軍縮であるならば、もちろん双手をあげて賛成する。しかし実効の伴なわないというのは、軍縮というものは一国がやったのでは意味がないのであって、軍備を持っておる国がどんどんやっていく、そして軍備がなくなるところまでいかなければ意味がないではないか。軍があってもそれがいわゆる侵略的力を持たないところまでいかなければ意味ないということを考えるのだから、ほかの国も一緒になって軍縮されなければ、一国がただ唱えるだけでは意味がないのだ。実際上の問題としてあなたの方が軍縮を唱えられる。そうしたならば軍を同じように持っているアメリカとか、イギリスとか、その他の国々がそれならその割合で、俺の方はこれだけ減らす、本年はこう、来年はどうというようなスケジュール等もできて、ほんとうに軍縮の方向へ進んでいくという話し合いができることを期待する。ところがあなたの方が発言はされたが、ほかの国はそれについていかない。あなたの方がおやりになるかおやりにならないかは別として、ただ一国の声があがって、ほかの方がついていかないというのでは、私どもが軍縮賛成々々といっても、ほかがついていかないような状態は意味をなさない。この間の頂上会談がおそらくそういうふうな方向に一歩前進するだろうと思って私どもは期待しておったけれども、残念ながら頂上会談はお流れになった。私どもにそうやって話されるのもけっこうだが、その前にアメリカあるいはイギリス、フランスというようないろいろな国と、大きな国と話をされて、そして軍縮の案を出してもらいたい。そしてその通り皆が実行するという線を一つあなたが中心になって努力していただいたらどうでしょうか、そうなって各国がついていくようになれば、われわれもちろん全面的に賛成する、ただ声を上げるだけで何の力もないかというような話をしたのであります。ところが、いや、そうだが、どうもアメリカに話しても一向にやらぬから困るのだ、困るのだと言わずにほんとうに軍縮をするのが世界平和のためという熱意があれば、ぜひそれに力を入れていただきたいというような話が話の内容でした。
○阿具根登君 私もそこだと思うのです。どうもこの問題で、軍縮問題で大臣と場所違いのここで論争をしたいとは思わないのですが、やはりお話を聞いておっても、何もソ連側から日本に軍縮しろと言っているのではなくて、世界の軍縮に対して日本が積極的ではないのではないかということを言っているのだ、それに対して大臣のお話では、それは持てる国の話ではないか、そういう話ができれば自分たちはけっこうだと賛成する、こういうことだから、ちょうど質問された側の心配されているように、非常に日本は消極的だという印象を逆に与えたと私はただいまの答弁では感ずるわけです。だからこの際日本としては軍縮ということが日本に当てはまるか当てはまらないかは別といたしましても、今軍備を多く持っているというところは限られた国です。そこに対して一方が軍縮を強く叫ぶならば、当然日本としても軍縮すべきである。侵略するだけの軍備を持ってはいけないということは当然日本で叫ばれていいと思う。そうでなければ日本でも憲法にきめられている戦争によって日本の外交を押し進めることはできない、軍備を持っておらない。それを日本自身も軍備を持っているというような印象を与えるということは、すでに日本自身が軍備を持っているという裏言葉にもなると私は思う。だからこういう場合には日本としては日本は侵略の意思はない。日本は平和の愛好国であって、軍縮を叫ばれるのは心から賛成であるし、われわれは当然心からそうあるべきだという強い意見が出てしかるべきではなかったかと思うのですが、ここで軍備論を論争するわけにも参りません。また立場も違いますから、また場所を変えて機会があるかと思いますから、これは質問にいたしませんで、私の意見にしておきますが、もう一つ質問したいと思いますのは、今度は中国から三つの柱で日本に貿易を叫びかけておられる。それに対して通産大臣としてどういう見解を持っておられるか。同じ社会主義の国のソ連には行ってこられた。そして貿易の伸張をはかるためにミコヤン副首相とも話しておいでになった。国交が正常化されておらないとはいえ、一番近い同じ社会主義国の中国からは何とか政府と話し合いをしたい。それでもできなければ民間側と話し合いたい。さらには配慮物資も考えたい。三本の柱が最近の新聞で言われておりますが、この中国との貿易に対してはどういうお考えでございますか、この際お聞かせ願いたいと思います。
○国務大臣(石井光次郎君) 私は中共との貿易は前にやっておったことがありまするし、私はそのときの内閣におったころでございますが、不幸にして不慮のことがあって中止になってしまいました。だから今でも貿易が、両方の心持ちがぴったりとして行なわれるようになれば大へんけっこうだと私はそれに賛成であります。ただこの間からの安保条約の問題でがたがたいたしましたころ、中共は、それに関連してではありませんが、日本との貿易問題で、日本と貿易をするには貿易だけではいけないのだ、政治上の問題もこれに伴って解決しなければならないということをずっと言っておられたのがわれわれの方には伝わっておるわけでございますが、その後私は中共が平たい心持ちで、日本と前のような心持ちで貿易しようという心持ちになられたら、それに応じていいのじゃないかという心を持ってきておりました。ところが今度ああいうような発表がありましたが、これはまだどこまでほんとうでどう出ておりますのか、日本側の人と話をしたということが伝わっておるだけでございますから、すぐそのまま取り上げてどうということは、これは確定的な中共側の意見として対策を出すのはまだ早すぎるように思うのでありますが、大体ああいうふうな方向であろうということは想像はできます。そうするとどうかというと、両国の貿易は前も日本の民間と向こう側とやっておったのでありますから、まずそこらから始めるのが一番すなおな道じゃないか、政府がすぐ飛び出していってどうというのは、まだ少し早過ぎるのではないか、もう少し情勢がほんとうにわかって、そうしてどうやっていくということをきめるべきで、まだ私ども電報で、どれがいいということをきめるのは少し早過ぎるのではなかろうか。いずれにしても、日本は中共側で貿易しようという心持ちを持っておられれば、それに応じてわれわれの方も貿易をするという心持ちをかねてから持っているのだということで、話し合いがだんだんできる方向に持っていきたい、こういうふうに考えております。
○阿具根登君 非常に慎重というのか、大臣の話を聞いていれば、もう向こうさまの出方次第だ、こういうような言い方だと思うのです。この前貿易が二年半前に中断されたのは、岸内閣の中国敵視政策だということが問題になって、しかも国旗事件等が起こって貿易が中断されてきたわけなんです。今度新しい内閣になって、そうして中国の方から貿易はこういうことでやってもよろしいのだというアドバルーンがあげられたとするならば、日本こそ先にこれを受けて立つ用意がある。これは政府と政府の話し合いになるかならないかは別として、また民間でやるとしても、政府が知らぬ顔をしているわけにもいかぬ。またそういう卑怯な態度だからくずれてくると思う。そういう場合でも、民間を積極的に政府が政府同士でやれない今の国際情勢であるならば、あるいは外交情勢であるならば、民間が積極的に話し合えるように、国民があげて希望しているところですから、中国がそういう考えならば、日本は待っておりました。こういう積極的な態度が私は必要ではなかろうか、それを中国のことだからどうもわからない、またこれに応じてもわからないぞということは、何か中国が日本に対して他意を持っているというようなことが非常に出ている。とすれば、せっかく日本と貿易をやろうじゃないかと言っておった中国の方も、これもやはり岸内閣と一緒で、中国に対しては何か悪意ある底意を持っている、こういう感じを与えることになるのではなかろうか。私は日本からこそ、先に手を差しのべてもいいのではないか。それを向こうから貿易をこうこうしてやったらどうかと言われるなら、もちろん大賛成をすべきだ、私はそういうふうに思うのですが、日本が非常に島国根性で非常に縮まってしまって、そうしてせっかくこういういい貿易のきっかけができてきておっても、日本の政府がこれに対して私は逆な態度をとっている、こういうふうに考えるのですが、これは間違いでしょうか。
○国務大臣(石井光次郎君) 中国側が貿易をしようという心持ちを持っておられ、日本が貿易をしようという心持ちがあって、これがぴったり合えば、それを盛んにしていくに一向反対でもなければ、私もやっていくことに賛成なんです。ただ今度のことは、ただ一人の人がこういうことを話したということを電報を打ってきたばかりで、それを日本の政府がそのままあれを両国の協定のように、向こうの人がはっきりしたものだとして、これにどうだこうだということは早過ぎる。それがもう少しはっきりしてからのことだと申しているので、貿易そのものを逡巡している問題とは別問題だと思っております。内容がほんとうにその通りであるということを聞いたときに、私は民間からやった方がいい、それは民間貿易を盛んにやればいいと思っております。
○阿具根登君 そうすると、こういうふうに解釈していいんですか。今のやつは一民間の人が行って向こうの要人と会ってこういう話をやったという電報で、新聞紙上に出されただけであるから、責任ある地位にある大臣としての考え方をここで打ち出すわけにいかないけれども、それが正しい情報であるならば、喜んで日本の政府はこれに対する対策を考えます、こういうことになるのですか。
○国務大臣(石井光次郎君) その通りです。
○阿具根登君 それでは、それだけの考え方があるなら、それを大臣として発表になってはどうですか。これがほんとうであるならば、民間の代表が会って、これが中国の考え方であるとするならば、日本はいつでもそれに応ずる準備がございます。しかし正式に入っておらないから、これに対してわれわれがどうだということは言えないけれども、それが正しいものとするならば、それが中国の真意とするならば、日本はいつでも受けて立つと発表になれば、向こうはそれに対して正しいほんとうの向こうの意見が率直に申し述べられる、私はこう思っておるわけですが、向こうから一応そういう誘い水があるならば、こちらがそれに乗らなければ、向こうからまたどうだということではスムーズにいかない、向こうからそれだけの一応の話が出ているとするならば、それがあるいは間違っておったとしても、日本の真意はこうである、こう早く言うべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(石井光次郎君) ここで今お答えしたのは発表と同じことでございますから……。新聞の方になお会見等では同じようなことを私は言ったと思っております。
○近藤信一君 先ほど大臣から御報告がございましたが、ソビエトにおける日本の見本市は成功的に進んでいると、こういうことでございますし、またソ連側としても将来の日本との貿易については前途非常に明るいと、こういうふうなことも言われたそうですが、私はやはり先ほど阿具根君が質問しましたように、ただ日本の見本市をソ連で開いてみんな見てくれ、こういうことだけでなくして、やはり向こうで見本市をやったというその基本的な問題は、やはり日本とソ連との将来の貿易を強化していこう、こういうところに目的があるんじゃないかと思うのです。そういうために向こうで見本市が開かれたのだが、そこでただこれを見てくれるだけではなくて、やはり将来ソ連と日本とが貿易をやるということになれば、先ほど大臣も言われましたように、電気関係だとか、繊維品、また繊維機械、こういうものに対して非常に関心があったというようなことが新聞にも報道されているわけなんです。もし、将来、ソ連と貿易が活発に開かれるということになれば、一体どのようなものが重点的な問題としてここに出てくるか、そういうような点なんか、やはり大臣は、大臣もただ向こうに行って見てきただけではなくて、やはりある程度の問題については向こう側の見通しというものについては、キャッチされたのではなかろうかと思うのですが、将来の基本的な日本とソ連との貿易に対する問題の見通しですね。大臣はどのように考えておられますか。
○国務大臣(石井光次郎君) 今向こう側で非常に関心を持っている日本の輸出は、品物もさることながら、ああいうふうな国でありますから、仕事のもとになるようなものをよけい手に入れたいという気持がございます。プラント輸出が非常に期待されております。それから、化学工業関係の繊維関係、繊維の機械とか、あるいは印刷機械であるとか、あるいは船舶というようなものが今の大きな相手になっておるわけでありますが、そのほかもし日用品までも緩和されるようになれば、ラジオの機械というものも非常に盛んに入るのじゃないか、そこまでは向こうの方では入れられると思いますが、今のところはものの順序で今のプラント輸出の方にわれわれは力を入れたい、向うも入れたいということであります。もっと詳しいことは事務当局から一つ。
○説明員(山本重信君) 日ソ間の貿易につきましては、先ほど大臣からもちょっと申し上げておりますように、ことしの三月、三カ年の貿易支払い協定ができまして、その協定の中に付属書というのがございまして、そこにソ連が日本から買うことを希望する品目、それから日本がソ連から買うことを希望する品目を計上いたしてございます。一九六〇年から六二年まで三年間にわたりまして、品目とそれからごく大ざっぱな数量を掲げてございます。ソ連が日本から買付を希望しておりますおもなものは、船舶、鉄道車両、化学工業設備、繊維機械、鉱山機械、印刷機械、圧延鋼材等々でございまして、主として先方の説明によりますと、七カ年計画のうちで、シベリヤ開発に使うものに重点を置いておるようにわれわれは承知いたしております。それから、日本側から買うことを希望しております品目は、木材、それから石油、カリ肥料、小麦、石炭こういう品目がおもな品目になっております。この付属書の品目、数量は、一応両国政府がそれぞれ到達することを予想する一種の見積りでございまして、拘束力を有しておるものではございません。従いまして、実施の段階におきまして、途中で実績を検討いたしまして、もし修正する必要があれば検討しよう、こういうことになっております。
○近藤信一君 今、日本側の将来の要求、向こうの要求を一応発表になったわけですが、やはり私どもは今ソ連と日本との貿易があまり活発でない、これに対してはやはりいろいろな今までの条件というものがあると思うのです。まあわが党といたしましては、思想と経済は別だから貿易はやれと、こういうことで常に主張しておるわけなんですが、私は貿易を活発にやるということになれば、ただ、今の政府のような反共思想だけで政治と経済とからんだ外交方針ではうまくいかないのじゃないかと思うのであります。通産大臣は外交関係と違うからこれは別な問題でございまするけれども、やはりそういう点を十分に考慮しなければ、ただ自由主義国に遠慮してということであれば、これは別な問題になって参りますけれども日本の経済的な立場からいけば、やはり日本からも相当将来の輸出の見通しもあるのじゃないかと思うのです。そこで、やはり思想と経済、こういうものを別にして、担当大臣である石井通産大臣は将来これに対してはどのように考えておられるのか。
○国務大臣(石井光次郎君) 私は、経済は思想というよりも、人間的に本来の要求なんですから、それによって足りないものをほしがるということで商売、経済は成り立っていく、政治に対する考え方が違っても、品物の需給関係とはおのずから別である、商売は成り立つと思うわけであります。同じような考えで、同じように親しいものと、幾らか疎遠のものとに多少問題があるということは、そんなことは全然ないとはいいませんが、国と国とのこういうような有無相通ずる経済の上において、思想的な背景が一致しなければ盛んにならないということまで考えずに、私は日ソ間の貿易というものは今からもっともっと伸ばすことができるというふうに思います。
○近藤信一君 今、日本側で欲している品目の中に、木材、石油というようなものは当然でしょうが、小麦、石炭という品目をあげられたのですが、小麦の問題については、現在、アメリカの余剰農産物として日本に相当入ってくる。また、貿易自由化になれば小麦がだいぶ日本に輸入される見通しになるわけですが、それでもまだ小麦が足らないということになってくるのか。また石炭に関しましても、昨日も同僚阿具根委員からいろいろとエネルギー問題について質問があったのですが、国内で石炭問題を解決するためにいろいろ政府として手を打たれている。特に労働者をたくさん整理してやっていかなければならないというような動きも起こっておるのですが、これは一体どういうことになるのですか、小麦、石炭について。
○説明員(山本重信君) 小麦につきましては、お話のように片方では余剰農産物処理の問題が出てくるような問題がございます。日本といたしましては、年々相当数量の小麦を今後も買うことになっておりますので、対ソ貿易に関しまして、いわゆるコマーシャル・ベースによりまして、世界各国を見まして一番有利な条件のものを買いつけるという感覚で処理して参る、その場合に最近のソ連の小麦の条件がかなり日本にとってもコマーシャル・ベースに乗り得る可能性が出て参っておりますので、日本側としてある程度の量を買付をしたい、こういうことで話を進めております。若干の数量というものはすでに契約が終了した、こういう状況でございます。 それから石炭でございますが、これは御指摘のように、国内の石炭問題は相当深刻でございますので、いわゆる粘結炭でない普通炭につきましては、原則として従来から輸入はいたしておらないわけであります。従いましてソ連から買い付けるものを原則として粘結炭、国内の産炭では間に合わないものについてソ連から買う、御存じのように、現在、原料炭は過半数を主としてアメリカから買っておりますが、この一部を、もし品質、価格との点が折り合いができればソ連からも買う用意がある、こういう趣旨でございます。なお、御参考までに申し上げますと、最近、国内の石炭の需給が若干アンバランスになりまして、ごくこれは例外的な緊急措置でございますが、わずかな数量、一般用炭をやむを得ず輸入する、こういう状態が出ておりますが、これは今回限りのごく例外でございまして、普通炭につきましては、国内の石炭を最優先に考えております。こういう方針でございます。
○近藤信一君 そこで小麦、石炭等のいわゆるどれくらいを今、日本としては必要と称しておられるのですか。
○説明員(山本重信君) 石炭につきましては、一応協定の見積もりでは、一九六〇年にコークス用炭、ガス用炭、いわゆる原料炭としてソ連から約五十万トンの買付を予定しているのでありますが、今日までの成約状況では、五十万トンちょっとオーバーする程度の成約ができております。 それから小麦につきましては、協定上は特に数量を計算しておりませんです。現在までの成約状況では、約四万トン程度の話が契約としてはできております。
○近藤信一君 そうすると、これは一九六〇年——今年の量ですが、今一九六〇年としてはという話でしたが、今年これだけで、それから将来もっと必要になってくる、こういうことになると、数字的にずっと将来上がっていくお見通しですか。
○説明員(山本重信君) 日ソ協定によりますこの協定の見積金額でございますが、一応の目標といたしましては、一九六〇年は、総額で日本からソ連に対する輸出が六千五百万ドル、輸入が六千万ドル、それから一九六一年は輸出が八千万ドル、輸入が七千万ドル、六二年は輸出が八千五百万ドル、輸入が八千万ドル、こういうふうにごくわずかでありますが、漸増することを予定した見積もりを立てております。従いまして、今申し上げました石炭及び小麦につきましても、一九六〇年に比べまして、六一年、六二年は、わずかづつでありますが、増加するということを一応見積もっております。
○近藤信一君 もう一つですね。やはり先ほどシベリヤ開発に対するところの問題が言われましたが、新聞によりますると、いわゆる建設機械ですね、建設機械等も非常に優秀だというふうなことを向こうでも言っておられるのですが、将来シベリア開発に対する建設機械等の輸出というふうなものは、どんな見通しですか。
○説明員(山本重信君) シベリア開発に必要な機材を、地理的な関係もありまして、日本から大量に買い付けたい、こういうのがソ連側の大きな方針であるようにわれわれ了解いたしたのでありまして、品目といたしましては、開発の内容はきわめて広範囲でございまして、直接開発に使います建設用のいろいろ機材、そのほか広い意味で化学工業用のプラント、印刷機械、それから繊維機械というようなものまで、ある意味では広い意味の経済開発というように、われわれは解釈しております。従いまして、そのように直接の建設用の機材であります起重機、運搬設備、あるいは鉱山設備というようなものも、大きな重要なファクターとして入っております。
○近藤信一君 最後に大臣にお尋ねしますが、こういうふうに、非常に将来、日本とソ連との貿易が明るい見通しということになれば、これはもっと積極的に、日本としては、日ソ貿易についての、まあ何と言いますか、押し進める、こういう立場から、大臣はソ連との貿易を将来どういうふうに押し進めたいというふうな抱負を持っておられるでしょうか、その抱負を一つお聞かせ願いたいのでございます。
○国務大臣(石井光次郎君) ソビエトと日本との間は、向こうから日本に入れたいというものと、こちらから向こうに買ってもらいたいというものが、非常にものが違いますから、これは非常にいい工合な貿易状態になるのだと思っております。そういう相互の状況でございますから、これはソビエトの方で、非常に積極的に日本のいろいろな機械類その他についての認識を深められて、品物では欧米の品物に負けないのだと、ただ問題は、値段の点だけだ、支払いの点だけだと、こういうことをしきりに工業関係者は言っております。私どももそう思うのです。それがいい意味に解決すれば、日本からうんと買いたいのだ、その見返りの物資は、君らのほしいものは幾らでもあると思うのだという、そういうことだと思います。それで一番のひっかかりは支払いの条件、いわゆる延べ払い問題だと思うのです。この問題についても、ミコヤン氏とも少し話し合ったのでありますが、日本側では、大体延べ払いをプラント輸出なんかで長期にしなければならぬ場合は、大体頭金二〇%、それから四年ないし五年ぐらいの延べ払いということが、大体今までほかの国との競争の場合もそうやっておるということなんですが、ソビエト側の非公式に言っておられることは、頭金一〇%、そうしてものによっては五年といわず、五年ないし七年という話でございます。最近ある品物については、頭金の二〇%はよろしい、延べ払い八年にしてくれ、こういうような話等もありましたので、こういうようなところがなかなかむずかしいところであろうと思います。日本は借金をしながらここまで来たような状態だから、金は早く回収したいというのが無理ない念願でございます。これはものにより、場合によるだろうから、一つこれはケース・バイ・ケースでよく相談しようじゃありませんか、ほかの国との競争関係もあります、あなたの方もそんな程度ならばいいという条件もあるだろう、そういうことで、ケース・バイ・ケースでよく話し合って、できるだけ日本のものを買っていただくようにわれわれも努力しようということで、一般論としては別れたのでありますが、私どもは、この支払いの状況を、なかなかどこもここも延べ払い延べ払いというようなことで、世界中がそういうふうな延べ払いの競争みたいに、——まあドイツあたりは金を持っているので、いつも日本よりもいい条件で、どこの競争にも出てくるのでありますが、それに負けないためには、あそこの品物はいいという信頼感をくずさぬようにして、そうしてできるだけの延べ払いも、日本の力に応じる程度には、いろいろほかに負けぬようにやっていくということでやっていくと、ソビエトとの間ももっと大きく数字が伸びて行き得るのじゃないかと、その方向で一つ力を入れていこうと、こういうふうに思っております。
○阿具根登君 今のにちょっと関連して、石炭問題で御質問いたしますが、実はきのう大臣がおられなかったので、石炭問題は質問を中断しております。しかしきょうは、理事間の話し合いで、おもに貿易の問題をやるから、石炭の問題はやってくれるなということでございますので、時間をとることはできませんが、ただいまの貿易の中で、原料炭五十万トンを輸入したい、こういう御答弁がありましたので、これに関連して、少し質問したいと思うのです。 原料炭を入れる場合に、通産省の考え方は、質でお考えになっておるのか、あるいは価格でお考えになっておるのか、日本の需要の状態を見てお考えになっておるのか、政治的にバーター的にお考えになっておるのか、その点を一つ明らかにしていただきたいと思います。
○説明員(山本重信君) 石炭の輸入につきましては、国内炭との競合がございますので、先ほど申し上げましたように、一般炭の輸入は原則としてしない、原料炭に限っておるわけでございます。で、その場合に、ただいまお話しになりましたようないろんな条件があるわけでございますが、原則として、コマーシャル・ペースで考えております。従いまして、品質とそれから価格とのかね合いの問題になるわけでありまして、特にバーター的な考えで特定の国と取引をするというような方針は持っておりません。
○阿具根登君 この際通産大臣にお願いしておきますが、大臣は福岡の出身で、しかも三区で石炭の中でお育ちになったような方ですから、石炭の問題については相当御心配願っておると思います。しかし地元で血を流すような大争議が起きておる。しかもその解決には非常なたくさんの人が苦慮しておられる。そしてその結果、石炭の失業者が出んとしておる。政府の失業対策というものは、これは言うだけで一つも成功しておらない。今の場合でも、今出されておる合理化事業団の問題でも、私ども決してこれだけで労働者が救われるとは思っておらない。そういう点から関連してただ価格の問題、あるいは数の問題、そういうことでなくて、政策的に一体日本の国内産業をどういかすべきであるか、こういう問題を主に考えてもらいたい。通産省はややもすれば人間の問題はこれは労働省でやる。われわれは経済問題である。こういうことだけやっておられる。たとえば事業団を作っても、事業団は古い炭鉱を買い取るだけだ。それに賠償を払うだけだということは、業者は損をしないようにしてやるけれども、働いておった労働者は、これは労働省の管轄だ、こういうことで逃げているわけなんです。だから石井大臣の足元に失業者がごろごろしておる。日本で一番今みじめな生活をしているのは石井さんの足元です。田川、筑豊の方面をごらんになれば十分わかる。「筑豊のこどもたち」とか、あるいは写真展があり、あるいは映画ができて、これが人間の生活であろうか、この文化国家だといわれておるときに、さるまたもはかない子供が生活しておる。その日の食うめしもない、しかも、その人たちはもうよそに出て仕事をするような気力も失ってしまっておる。こういう事態が現出しておるのは、私は通産省の燃料政策の誤りだと思うのです。それを労使双方に押しつけて、けんかさして血みどろになっているのは政府の責任だと思うのです。私が言うまでもなく、西独のエアハルト経済相は、西独の復興をするために炭鉱労働者、労働者といって、そうして使ってきた、その労働者が失業するならば、これは政府の責任であるから、今までの賃金は保証しますと言って補償してやっておる。だから血みどろな闘争がなくてスムーズにエネルギー革命が行われておるわけだ。責任を持たないのは日本の政府だけです。そうして双方が何百人死ぬかわからぬような結果になって、血を見るのはいけないということで、まあ手を差し伸べたけれども、それで政府の責任が終わったと思ったら大間違いだ。石炭政策についてはじっくり委員長にお願いしまして、私はもう得心のいくまで大臣と質疑をしたいと思っておりますので、きょうは約束でやめますけれども、特にこの点強くお願いして質問を打ち切ります。
○委員長(剱木亨弘君) ほかに御質問はございませんか。——ほかに御質問はなければ、本件の調査は本日はこの程度にとどめます。 本日はこれにて散会いたします。 午前十一時四十七分散会