予算委員会公聴会 第2号
- 発言数
- 49 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1960/03/16
会議録
○委員長(小林英三君) これより予算委員会公聴会を開会いたします。 公聴会の問題は、昭和三十五年度総予算でございます。 公述に入ります前に一言ごあいさつをいたします。 公述人の方々には、御多忙中のところ、本委員会のために御出席下さいまして、まことにありがとうございます。本委員会といたしましては、去る三月四日以来昭和三十五年度総予算に関しまして、連日慎重に審議を続けて参ったのでございますが、本公聴会におきまして、学識経験者であらせられる各位の忌憚ない御意見を拝聴することができまするならば、今後の審議におきまして非常に資すること大なるものがあると信ずるのでございます。 それではこれより公述に入りますが、議事進行の便宜上、お手元にお配りしてございます公述人名簿の順に各自三十分程度で御意見を述べていただきまして、お一人ごとに質疑を行うことといたしたいと存じます。 まず、下村公述人にお願いいたします。
○公述人(下村治君) まず最初に、日本の経済が最近までどういうような情勢で動いてきたかということを概観してみたいと思います。 最近一年から一年半くらいの間の経済は、非常に急速な上昇傾向をたどっていたと考えられますが、その中で大体、二つの時期が分かれているように思われます。最初の半分の期間は異常に急速な上昇が進行しておりまして、そのあとの半分の期間は急速な上昇でありますけれども、まず適度といっていいような上昇になっているように思われます。最初の期間は、大体三十三年の十月一十二月ごろから三十四年の四—六月ごろまでの半年の期間でありますが、国民総生産の増加の速度で見ますと、この半年の間に約九千億円以上の増加になっております。半年で九千億円といいますと、これを年間の速度に直しますと、一兆八千億円をこえるわけであります。これは非常に大きな、異常といってもいいような上昇であります。鉱工業生産指数で見ましても、同じ半年の間に約二〇%に近い上昇率であります。一年間にこのまま伸ばしますと、四〇%に近い上昇率になるのでありまして、これは異常な上昇であります。この異常な上昇を決定しました主たる要因は何かと申しますと、在庫投資であります。在庫投資がこの半年間に六千億円ほどふえております。国民総生産九千億円程度の増加の中で六千億円は在庫投資によって起こったということでありますから、在庫投資がいかに決定的な要因であったかということがわかるわけであります。これはどういうことかといいますと、この期間の在庫投資が異常に大きかったということではなくて、その前の昭和三十三年中における在庫投資が低くなり過ぎたということであります。言いかえますと、三十三年の経済が引き締め政策によって異常に押えられておったということでありまして、その後の事態は、そういう引き締の抑制的な力がなくなったために、在庫投資が正常な水準に急速に戻った、在庫投資自体は正常な水準に戻っていったということであります。ただ、その前に異常に低かったために、急速な変化が起こったということであります。 次に、昨年の七—九月ごろからことしの一—三月ごろまでの状況を見ますと、それまでの半年くらいの期間に比べまして、上昇の速度は急速にゆるくなっております。しかし、ゆるくなったといいましても、それは、この前の期間が異常に早かったためでありまして、最近半年の状況は、依然として相当急速な上昇傾向をたどっているようであります。国民総生産で推定をいたしますと、この半年の間におおむね六千億円くらいの増加にはなっているようであります。年間の速度に直しますと一兆二千億円をこえるような大きさでありますから、これも非常な大きな上昇であります。鉱工業生産指数でみますと、約一〇%の上昇でありまして、これも年間の速度に直しますと二一%くらいの上昇であります。これは非常に大きな上昇であります。この上昇を支えた要因は何かといいますと、その主たる要因は財政支出の増加であります。この期間に財政支出のペースは約三千億円程度増加しております。国民総生産の増加六千億円の中で、約三千億円は、財政支出の増加によって起こっているというのがこの期間の特徴であります。これはどういうことを意味するかといいますと、伊勢湾台風によって起こった事態に対して、政府が非常に積極的な反応をした、その政府の積極的な反応の結果が、国民総生産の上昇速度を非常に高い速度に維持する効果を持ったということであります。 そこで、今後の動きはどうかということに移って参るわけでありますが、今後予想される状態は、経済の上昇速度がさらに低下をしていくということのようであります。国民総生産の上昇の速度で考えてみますと、年間に約五、六千億円程度の上昇速度に移る可能性が非常に大きい、こういうことになるかと思います。なぜ上昇速度がこのように急速に衰えるかということでありますが、これは昨年の上半期に働いておったような上昇要因、昨年の下半期に働いておったような上昇要因、そういうものが現在はないということであります。在庫投資は、現状においては、ほぼ横ばいからむしろ低下の可能性を持っておる状態であります。財政支出は、昨年の下期に補正予算によって急速に水準が上がっておりますが、本年度の予算の状態は、この状態とほとんど同じような支出の水準をもたらすようであります。上昇要因として残っておりますのは、設備投資、国民消費でありますが、これは昨年中に働いておった大きさとほとんど同じ程度の大きさであります。従って、今後予想される経済の上昇の速度、経済が大きくなる大きさというのは、年率で大体国民総生産を五、六千億円程度ふやす程度ではないかというふうに思われます。これは今申しました大きさは、本年の一—三月ごろの水準と来年の一—三月ごろの水準と比較しての話でありまして、三十五年度の国民総生産と三十四年度の国民総生産、言いかえますと、ほぼ年度の半ばごろを比較した数字の比較ではございません。その点を念のために申し上げておきます。上昇過程が非常に衰えるということを申しましたが、これは上昇がとまって下降に変わるということではないのでありまして、上昇は持続する。ただその上昇の勢いが非常に緩慢になっていくということであります。なぜ下降をしないかということであります。世間の一部には下期には景気が下降をするというような言い方がありますし、ことしの初めごろはそういう意見が相当強く行われておったのでありますが、なぜ景気は下降するか。言いかえますと、国民総生産が低下をする、生産の水準が低下をする、雇用の状態が悪化するといったようなことが起こらないかということを申し上げておきます。これはただいま申しましたように、需要の側面から見まして減少の要因がないということであります。財政支出をとってみましても、これは減少の傾向にはない。やや増加する可能性はあるかもしれませんが、現状においては、昨年三十四年度の下期とほぼ同じ水準を維持する状態であるわけであります。設備投資について見ますと、ほぼ昨年と同じような傾向をたどって増加をする状態にある。おそらく年度中増加を持続するかどうかについては問題がありますけれども、減少に転ずる可能性はまずないと考えていいように思います。国民消費も昨年来の傾向を維持して、上昇過程をたどることも間違いないと思います。残る要因は在庫投資だけでありますが、在庫投資はほぼ横ばいか、あるいは経済の状況に応じてやや減少をする可能性を持っている唯一の要因でありますが、しかし、その程度は経済全体に対する影響力という点から見ますと、それほど大きくないと考えてさしつかえないかと思います。 こういうような状況でありますから、経済が下降にかわるということはあり得ないはずであります。それにもかかわらず、よく景気循環論といったような観点あるいは三カ年周期説といったような観点から、ことしの中ごろがピークで、その後反落に転ずるのだというようなことが論ぜられますけれども、これは率直に申しますと、機械的な景気論でありまして、景気が非常によくなった時期のあとには必ず不況がくるはずだ。この程度の議論のように思われます。大事の点は、景気がいいといいますときに、その景気がいい実態は何かということを確かに確かめることであります。昨年中の景気はこれは非常に好景気であったことは間違いないのでありますけれども、これが好景気であったということは、景気論で言うブームであったということでは必ずしもないわけであります。昨年中の経済がきわめて安定した物価の状況で実現された国民総生産の増加速度は、世界に類のないような大きさになっておりますが、それが物価に対してほとんど影響を及ぼさないで実現されておる。経済にほとんど重大な緊張をもたらさないで実現されていたということはどういうことかといいますと、経済の実態がそれだけ強化、拡充されているということになるわけであります。景気がいいというのはブームになったということではなくて、経済が成長を実現した。成長によって経済が繁栄をしたということにほかならないわけであります。景気的なブームと成長による繁栄との相違が、三十四年中に現われておったということであるかと思います。こういうように考えますと、今後の経済の状況を理解しますためにも、経済の実力がどういう状況であるかということを理解することが根本的に重要ではないかと思います。景気がいいというのは、必ずしもいわゆる景気論で言うブーム的な状況とは限らない。経済力が充実し、その充実した経済力が現実のものとして実現されることによって経済が繁栄する場合があるわけであります。そうして、そういう形で経済が繁栄するということは、これは経済が成長しつつあるということでありまして、景気がいいからそのあとに必ず反落が起こるということとは関係がないわけであります。そこで経済の基本的な問題は、経済力がどうであるか、それがいかに充実しつつあるかというところに帰着するわけであります。 現在の日本の経済の状況で考えますと、設備投資が非常に高い水準を維持しておりますが、これが日本の経済力を急速に拡充、強化する基本的な要因になっております。最近の状況で申しますと、民間設備投資の大きさは、年率で一兆八千億円ぐらいの水準に到達しております。昨年の初めごろは一兆七千億円台ぐらいであったかと思いますが、それにしましてもこれは非常に高い設備投資であります。設備投資が一兆八千億円くらいの水準を維持しますと、これはその大部分が新しい生産能力の拡充合理化の効果をもってくるわけであります。設備更新に充当されるものは全体の設備投資の一五%前後というように考えていいようでありますので、ほとんど大部分が新しい能力の拡充強化の作用をもっと考えてよろしいかと思います。それが稼働を始めますと、それによって生産能力が拡充するわけでありますから、国民総生産はそれだけ増加をする能力が充実したということになるわけであります。その大きさはどの程度であるかと申しますと、大体において、設備投資の純増加額とほぼ同じくらいの生産の増加が可能であるというように考えてよろしいと思います。年率一兆八千億円くらいの設備投資が行われますとほぼ一兆四、五千億円の能力増加が起こる。それによって国民総生産を増加する能力の増加は一兆四、五千億円に相当すると考えてよろしいかと思います。これが現在の日本の経済力を充実強化しつつある状況でありまして、この事実を前提として今後の経済の動きを考える必要があるかと思います。これは非常に大きな増加でありますが、これが非常に大きいということを別の観点から二、三申し上げてみますと、年率で一兆八千億円くらいの設備投資ということは、昭和三十年ごろまでの設備投資の水準の二倍から二倍半に相当するということであります。当時二年か二年半かかってやっておった設備の合理化、近代化を、現在は一年か一年足らずで遂行しつつあるというのが現状であります。また年率で一兆八千億円という設備投資は、これはヨーロッパ諸国の中でも多い方の数字であります。フランス、イタリアよりも多い数字でありますし、イギリスの現在の設備投資の水準にほとんど匹敵するくらいの大きさであります。西ドイツの数年前の設備投資よりも、むしろ大きめの数字であります。この程度に大きな設備投資であるということであります。これを国民総生産の中で占めるパーセンテージで見ますと、さらに顕著にその点がはっきりいたすのでありますが、国民総生産の中で、民間設備投資の占める割合は、アメリカは約五、六%であります。イギリス、フランスは約八%前後であります。西ドイツは一一、二%。イタリアが一二、三%ということになっておるわけでありますが、これに対して日本は一五、六%であります。世界の主要国に比べまして比較にならないほど大きな割合を設備の合理化、近代化に投下しておるというのが現在の日本の経済の実情であります。この国民総生産の中に占める民間設備投資のパーセンテージは、それから老朽設備の更新に相当する分を除きますと、そのまま国民総生産の増加率が現われて参ります。増加可能な能力の増加割合というものが出てくるわけです。アメリカでいいますと、それが三%前後ということになります。同じことを日本で申しますと一〇数%ということになるわけであります。いかに日本の経済力が最近においては急速な勢いで強化拡充しつつあるかということがこれでわかるわけであります。それならばなぜ日本の経済力がこのような強い速度で強化しつつあるかということでありますが、この点はまず経済の力を決定する要因というものから考えていく必要があるように思います。生産力が経済力の基礎になるわけでありますが、生産能力を決定する要因は、大きく分けて労働力の量と労働力の質と公共施設と、それから直接の生産設備、この四つに大別できるわけであります。経済の成長速度を決定しますものは、これらの四つの要因の中で何が制約要因になるか、何がボットル・ネックになるかということによってきまるわけでありまして、その制約要因を打開し、拡充をする速度の大小によって成長の速度が左右されるという結果になるわけであります。たとえば欧米先進国について見ますと、この欧米先進国の生産能力を制約する決定的な要因は労働力の量であります。超完全雇用と申しておりますが、この労働力の量が不足であるために成長の速度が制約される結果となっておるわけであります。 そこで、この労働力の量を増加する方法があるかといいますと、それは急速には増加できない。従ってヨーロッパ先進諸国の成長速度は年に三%でありますとか四%ということに制約されざるを得ないわけであります。また後進国——低開発国について見ますと、これらの国で生産力を制約します要因は労働力の質——技術水準でありますとか、経営能力というものを含めました労働力の質になるわけであります。この労働力の質につきましても、これを急速に改善強化することができるかといいますと、多くの後進国についてはなかなか困難になっているわけであります。そういうわけで、こういう国の成長速度には大きな制約が加わってくる、これは避けられないことである。ところが日本の場合について申しますと、労働力の量につきましても、質につきましても、こういうような制約がまだ現われていない。主たる制約要因は生産設備である、こういう状況であります。言いかえますと、直接の生産設備を拡充強化すれば、この設備を運転するに必要な経営者、技術者、労働者を確保することはそれほど困難ではない。従って設備が拡充されれば、それに応じて生産の増加が実現できる状態にある、こういう特徴を持っております。従いまして日本の場合には、設備能力の拡充強化が行われますと、それに応じた生産の増加が起こる。その設備投資の拡充強化の速度は、先ほども申しましたように、各国に類を見ないほど大きなものになっておる。従って日本の経済成長率というものは各国に類を見ないような大きなものになってしかるべきだという事情があるわけであります。どうしてこれが可能になったかということを考えてみますと、これは日本の戦前の状態と比較してみると、特にはっきりいたすことであります。 まず第一の点は、金本位的な拘束から離れておるということであります。金本位制度は、経済成長に対しまして重大な制約要因になります。なぜそうなるかと申しますと、経済の規模を決定するものは、金の存在量であるというのが金本位の原則でありますから、金の量がふえない限り経済の拡張には重大な制約が加わらざるを得ないわけであります。貨幣制度が発達し、金本位を中心とした中央銀行制度が発達する過程におきまして、何が行われたかといいますと、経済成長の要請に、金本位が十分に適合できないのを、いかにしてその制約を緩和するか。発券制度についてのいろいろの工夫が考えられましたのも、要するにそういう方法を何とかして見つけるための努力にほかならなかったわけであります。しかし、それが最後に行きついたところが、一九三〇年の不況でありまして、この不況を転機としまして、金本位的な考え方が後退して、金本位でない新しい管理通貨という思想が登場したわけでございますけれども、経済政策についての考え方は、金本位時代の、いわゆる自由放任的な経済を外部の力によってのみ動かすといったような思想から脱却しまして、完全雇用ということが中心の目標になった。完全雇用を実現するために、いかにして財政と金融を調整するかというような考え方が登場したわけでありますが、さらに今日におきましては、一歩飛躍しまして、完全雇用だけではなくて、生産の増強、成長の可能性を生かして、いかにして成長の可能性の限度まで経済を成長させるか、こういうことが政策の中心目標に進みつつあるというのが現状であります。 もう一つの基本的な点は、日本の経済が後進国的な制約を脱却してきたということであります。戦前の日本の経済は非常に急速な伸びを示しておりましたけれども、それにもかかわらず昭和八年から十二、三年ごろまでの動きを見ればわかりますように、昭和八年から十二年までの動きで見ますと、生産指数が四年間に六五%を増強しましたけれども、その間に物価が三二%も騰貴しております。急速な経済の拡張、急速な生産増強というのが非常に大きな物価騰貴を伴わざるを得なかった。言いかえますと、急速に伸びようとすれば、経済力の制約によって非常に大きな緊張をせざるを得ないような経済の状況にあったわけです。ところが戦後の三十年の七月から三十四年の七月までの同じ四年間をとってみますと、生産の伸びは八四%にも達しておりますが、この間に物価指数の動きは、わずかに二%の騰貴にすぎないわけでございます。言いかえますと、戦後の経済におきましては、めざましい経済成長が、経済力に対して何らの緊張を伴わないで実現できるような状況に変わっているということであります。なぜこういうことが可能となったかということの背景を探ってみますと、一つには、農村における非常な革命的な変化ということがあると思います。農村人口が経済力と考えてみますと、非常に質的に改善し向上したという事実があるわけでございます。それと同じようなことでありますけれども、九千万の国民全体に対する教育の浸透の程度が急速に向上し、都市を含めまして全体のレベルが高くなった。その間に、いわゆるマスコミの教育的な効果というものが非常に大きな力を発揮したということもあるかと思います。さらにもう一つ探ってみますと、戦前の日本の産業は、非常に狭い基礎に立っておりまして、近代工業というべきほどのものを持っていなかった。今日の日本の経済はあらゆる近代工業の面で力を伸ばしつつありますし、経済の構造がそういうことになっているわけであります。そういうように、関連産業の基礎が拡充し強化されますと、技術的にも経常的にも、進歩発展のインセンティヴ、可能性につきましても非常に大きくなる、加速度的に向上するわけでありますから、これらの点が重なり合いまして、現在のような経済の底力を形づくりつつあるということではないかと思います。今日の日本の経済は、こういうようないろいろな条件によって非常に大きな成長力を持っている。戦前においては考えられもしなかったような成長力を持ちつつある、こういうように考えてよろしいかと思うのです。 そこで、こういうようなことを前提としまして経済の問題を考えるとしますと、経済は現にどうであるか、あるいはこれからどうなるかということに主たる問題があるのではなくて、これからいかにすべきかということに、言いかえますと政策的、主体的な立場をいかに考えるかというところに重大な問題があるのではないかというように思います。経済成長の問題というのは、要するに日本の経済はどういうような成長の可能性を持っているかということが第一点であるかと思います。 その次に、現実の経済は、この可能性に比較してどの程度離れておるか、行き過ぎであるか、行き足りないかという問題があります。 第三には、その可能性を実現するためにいかなる政策をなすべきかという問題があるわけであります。 そうして、第四には、可能性そのものを一そう強化発展するためにいかなることをなすべきか、こういうような四つの問題があるわけであります。 こういう観点から現状を考えますと、最初に申しましたように、日本の経済の成長の方向は、現在の状況では急速に緩慢になる可能性があるように思われます。そうしてそれは望ましい経済成長の速度、経済力の充実の速度から見ますと、相当に低過ぎる状態になる可能性があるということであります。そこで望ましい態度というのはどういうことであろうかというように考えてみますと、経済力の拡充によって可能となりつつあるその可能性を生かすためにいかにすべきか、いかにすべきかということは、現実の動きがそれよりも低くなるような方向に動きつつあるのを、いかにしてもっと早い速度で、もっと強い高い成長率を実現するような政策をいかにとるべきかという問題ではないかと思います。これは言いかえますと、今後の経済の動きに関連して考えるときには、経済は過熱の方向に進む可能性があるという方向で考えるべきじゃなくて、供給力に対する需要不足の方向に変わりつつあるという方向で考えるべきではないかと思います。この場合に何が可能であるかということでありますけれども、昨年の下半期の経済の動きは、この点について一つの示唆を与えておるのではないかと思います。昨年の下半期以来の経済の伸びの状況は、先ほども申しましたように相当高速度であります。年に国民総生産が一兆円以上も伸びるような状況にあると考えていいかと思いますが、この程度の経済の伸びが日本の経済力の状況から見てほぼ適当な程度、これよりもっと大きくなってもいいかもしれませんが、大局からいいましてそれほど行き過ぎでもない程度、それほど不足でもない程度と考えていいかと思いますが、それを引き起こした主たる原因が昨年の下半期に起きました伊勢湾台風を契機として政府がとりました積極的な財政措置であったということであります。この積極的な財政措置は、伊勢湾台風に対する反応として行われたものでありますけれども、その効果から見ますと、日本の経済成長速度は相当高い程度に維持する効果を持ったと考えていいかと思います。今後の問題を考えますときにもそういうようなことが、経済成長の速度を維持するために基本的な要件になるはずだというように考えて差しつかえないかと思いますし、そこに問題の重要なポイントがあるように考える次第であります。 以上であります。
○委員長(小林英三君) ただいまの公述に対して御質疑がありましたら……。
○木村禧八郎君 三つばかり御質問したいのですが、その第一点は、日本の経済成長率が諸外国に比べて、ことに先進国に比べて非常に大きいという御説明がありました。しかし、これはただ数字的にだけ比較したのでは正確な比較にならないのじゃないかと思うのです。それは先進国は経済の実体自身が非常に大きいわけですね、過去の蓄積が非常に大きいわけですから。その蓄積に対して成長のパーセンテージは非常に低いけれども、その国民総生産の増加額自体は大きいわけです。ですから、日本の場合は中進国といわれておりますが、これは先ほど言われたように、一五%の経済の成長率と見ておられるようですが、これはやはりそういう点を考慮していきませんと、この数字だけでは比較にならないのじゃないか。こういう点が一点。それから第二点は、それにしても日本の経済成長率は非常に大きいわけですが、御指摘の通り、その原因につきまして、いろいろ御説明がございましたが、下村先生よく御承知のように、前にコーリン・クラークが日本に参りまして、日本の経済成長率はどうしてそんなに高いか、世界まれに見る成長率、その原因として三つあげた。コーリン・クラーク先生は、その第一は、日本の農村の生産性が非常に低い。そのために農村から都市に対して十分な労働力を供給し得る状態にある。つまり低賃金労働を都市に対して十分に供給し得る。そこで都市の産業は低賃金で非常に利潤をあげて蓄積することができるのだ。第二は、日本国民は非常によく貯金する、貯蓄、これは非常に公徳心に富んでおると説明しておりましたが、しかし、これは公徳心に富んで貯蓄しておるよりも、むしろ社会保障が不十分であるために無理に貯蓄しておる、貯蓄せざるを得ないという、いわゆる自己保障といわれておりますが、そういう点で割合に低額の所得層の人も非常によく貯蓄しておる。そのために非常に資本の蓄積が大きい。それから第三点は、教育の普及度、先ほど下村さんも御指摘になりました。この三つが——農村の低賃金労働を供給し得る状態にある。それから第二はよく貯金するということ、第三が教育の普及度が高いということ。どうもわれわれが考えてみると、過去においてもそうでありましたが、やはり低賃金であるということ、これは日本のいわゆる搾取率なり蓄積率を非常に大きくしておる。そうして日本の経済の成長率を高くしておる。この点先ほど下村先生の御説明では、そういう点の御指摘がございませんでしたが、その点どう思われますか。それから第三の質問は、従って私は経済の成長率ばかり高めるという政策につきましては、これは再検討しなければいけない。やはり成長率は高くなければ、雇用の問題は解決できませんから、成長率は高いほどいいと思いますけれども、しかし私は成長率は必ずしも高いことのみがいいのではなくて、国内の全体の生活水準、これを高めるということを、ことに日本では二重構造の問題がございますから、そういう問題を解決されることもあわせて考えなければいけない。高いのみがいいのではない、こう思うわけです。その点に対する御見解。それから最後に、これは下村先生に質問してはどうかと思いますが、しかし非常に経済の御専門家ですから参考のために、もし御意見をお述べいただければいただきたいと思いますが、実は、昨日慶応大学の高木教授から三十五年度の自然増収の見積もりについての御見解が開陳された。それによりますと、ちょっとわれわれ想像していなかったような大きな自然増収を予想されておる。三千八百億円くらい自然増収がある。その基礎は、限界租税函数を二五%と見まして、それによって計算しているようであります。そうしますと、政府の約二千百億ぐらいの自然増収より千五百億ぐらいよけい自然増収が取れる、こういうような御見解だったのです。この点も、もし御意見を承れれば非常に幸いだと思うわけであります。四つの点につきまして……。
○公述人(下村治君) 第一点につきましては、成長率が高くても、その基礎が小さければ成長の絶対額は小さいはずだと、逆に成長率が低くても、その基礎の絶対額が高ければ成長の絶対額は大きいのだと、これはその通りでありまして、日本の成長率が高いのは、現在の日本の経済のレベルが低いからであります。しかし、それはそれだけのことでありまして、私どもは日本の現実が低い経済の状態にあるということを前提にして考えております。従って、そういう日本の経済は、高い成長率を持つのが当然であるということを申し上げておるわけでありまして、それはなぜ外国と比較して非常に高いはずだということを申し上げているかと申しますと、外国が三%しか伸びられないのに、日本だけなぜ一〇%以上も伸びられるかといった形での反論が非常に多いからであります。外国で三%であるとか五%であるとかという事実があっても、そのパーセンテージは、日本には関係がないのだということを、私は申し上げているわけであります。言いかえますと、日本の経済の現状において、日本は一〇%以上の経済成長を年々当分の間続けても、それはあたりまえである。日本の経済力から見て、それは当然であるということを申し上げているわけであります。 第二の点は、これは重要な点は、戦前の日本の経済成長と戦後の、現在及び今後における経済成長と比べてどちらがどうであるかという形で考えることが重要じゃないかと思うのです。コーリン・クラークの問題は、主として戦前の経済状態であります。戦後及び今後の日本の経済成長は、戦前の日本の経済成長とは比較にならないような大きな画期的なものになりつつあるというのが、私の考えておる点でありまして、その点をなぜそうであるかということを申しますと、それはたとえば今御指摘になりましたような、農村の生産性が低いとか賃金が低いというようなことに本質があるのではなくて、そういう日本人が非常に高い生産性を持っておって、その高い生産性を実現するための設備投資を非常に高い水準でやっておる、そういう能力を今実現しつつあるのだということを申し上げたわけであります。ですから、農村の状態というのは、要するに国民の九千万人の約四割近くのものが非常に望ましくない生産性の低い産業に拘束をされておる、そういう状態からその人口が非常に高い生産性を持った産業に移しかえられて、高い生活水準を実現できるような状況に変わっていく、その変化のプロセスが現在の高い成長の実情であるということを申し上げたいわけです。 また、その点で蓄積率の点について申し上げますと、生産能力の増加ということが現状においては先行しております。設備投資が年に一兆八千億円、一兆九千億円、やがて二兆円になろうといったような形で設備投資が進行しております。この設備投資が動き出しますと、それに応じた生産能力ができ上がるわけであります。これは蓄積があろうとなかろうと、すでにもうでき上がりつつあるということであります。残る問題は、これがどういう形で働くかということでありますが、工場が稼働し生産物が動いてきますと、その大部分というものは、いろんな意味での投資にも消費にも使えるような状態にある、生産能力が先行して増加しつつあるというのが、日本の現在の経済の特徴でありまして、その増加した生産能力をいかにして動かすか、それを動かすための金融条件をいかにつけるかという形に問題が変わっているということであります。金本位の問題と管理通貨制度問題とにおける相違点が非常に強く出てくるのはその点でありまして、金本位の場合には、金がなければ金融は不可能であります。従って金の増加がなければ設備が増加しても増加した設備は動かないわけでありますから、蓄積率が先行しませんと蓄積は実現できないということになるわけであります。ところが、金本位でないわけでありますから、蓄積が行われなくとも、生産能力が増加しますと、その増加した生産能力を動かせば、それによって蓄積能力はふえてくるわけであります。これは逆に、生産が増加することによって、そしてその生産を基礎にした投資が増加することによって、蓄積が増加をするという形のプロセスをたどり始めているということでありまして、金本位時代における蓄積率の問題と、現在のような状態における蓄積率の問題とは順序がさかさまになっているという点を申し上げておきたいと思います。 それから成長率だけでは、問題の本質をつかんだことにならないのではないかということでございますが、この点は成長率が高いということの具体的な内容をお考えいただければ、御納得がいただけるかと思います。非常に高い成長率が実現されているということは、日本の経済が合理化、近代化によって非常に高い工業能力を拡充しつつある、工業化を急速度に進めつつあるということになります。言いかえますと、九千万の国民の中でまだ高い生産性を持った就業機会を持っていない人たちに対して、非常に高い生産性を持ち、非常に高い所得の機会を与えるような雇用の条件を急速に作り上げつつあるというのが、現在の高い成長の実態であります。言いかえますと、成長率が高ければ高いほど、生活水準を高め、賃金水準を高め得るような雇用の条件が急速にふえつつあるということでありまして、おっしゃるように、成長率が高くても内容はだめじゃないかということじゃなくて、成長率が高ければ高いほど、農村問題の解決も容易になるし、二重構造問題の解決も、積極的にやりやすくなるというようなことではないかと思います。 それから第四の問題として、租税の増収の点でございますが、私どもの計算したところでは、国税と地方税を含めまして、国民総生産が増加した増加に対する増収のパーセンテージは、国税と地方税を含めまして二〇%よりもそれほど大きくはないと、これは中間的な数字でありますので、断定的に申し上げるのは差し控えた方がいいかと思いますが、御紹介になりました高木先生の割合よりははるかに小さなものではないかというように考えております。
○木村禧八郎君 今非常に御丁寧な御説明、ありがとうございました。しかし、まだちょっと二、三納得のいかない点があります。私、最初諸外国の成長率は日本の成長率と比べるときに、この蓄積の絶対額との比較が必要であると言いましたが、もう一つやはり先進国は非常に民主化されておりますからね。民主化されておりますから、やはり社会保障とか、それから生活水準を引き上げる、そういう要求が非常に強いわけですね。ですから、いわゆる成長率を高くしようとすれば、資本の蓄積率を大きくしなければなりませんし、それにはやはり利潤率というものを高くしなければなりません。まあ、われわれから言えば搾取率が高くなる。ところが、先進国におきましては、その社会的要求がありますから、そうむやみに搾取率を高めるということはできないという面もそれだけではない、あると思うのです。そこで、そういう成長率が低くても生活の実態、内容ははるかに日本よりいいわけなんですね。日本の場合は成長率が非常に高い。それが何か国民の生活全体が、成長率が先進国より非常によいということによって、何か日本の生活水準も非常によくなっているように錯覚を与えますが、しかし、成長率が高いということは、やはり資本の蓄積が高いということであって、そこで総体的にはやはり経済実態に比して生活水準の向上が停滞的である。そこで、岩戸景気とか何とか言われておりますが、そういうことで非常に所得とか生活の較差ですね、あるいは都市と農村の所得、生活水準の較差、非常に較差がひどくなってきているのですね、逆に。そういう較差の開き、そういう犠牲のもとに、この資本の蓄積が非常に多く行なわれる。それで成長率が高くなっている。こういう内容じゃないかと思うのですね。だから、私はどうも、雇用の問題もありますけれども、成長のテンポというものについてやはり問題があるのじゃないかと思うのですね。で、成長率が高ければ高いほどいいという考え、成長率が高ければ二重構造の問題も解決していくんだ。それから所得倍増計画の場合もそうらしいのですが、所得倍増をしていけば、その過程において較差がなくなっていくんだという考え方なんですね。それがどうもそこのところはそういうふうに機械的にいかないのじゃないかというふうに思うのです。 それから第二点は、金本位の場合と今の管理通貨の場合と、資本の蓄積の仕方のお話がございましたが、私はどうも下村先生と逆に考えているのですね。管理通貨の場合は財政あるいは金融政策によって、先に強制蓄積ができると思うのですね。金融なり何なり、あるいは赤字公債なんかを出す、そういうことによって先に蓄積をして、それで購買力を造出することによってそうして投資のために資材とかその他も先取りする。そういうことによって今度は国民の生活水準を高める、こういうことになるのではないかと思うのですね。管理通貨のもとであるとかえって逆になるように思うのですが、その点私は理論的に検討が不十分ですから、あるいは間違っているかもしれませんが、そう思うわけです。この二点について……。
○公述人(下村治君) 第一点につきましては、御質問の趣旨を十分にのみ込めなかったような点もございますので、あるいは御質問によくお答えすることにはならないのかもしれませんが、ヨーロッパ諸国が成長率を高めることができないのはなぜかという形に考えますと、かりに設備投資を急速に高めましても、ヨーロッパ諸国ではその新しい設備を動かす経営者、技術者、労働者を集めることができない。そういう点にあるということであります。かりに新しい工場に経営者、技術者、労働者を持ってきますと、今までいい能率で働いておった工場を閉鎖しなければならない。完全雇用であり、超完全雇用であるということは、そういうことになるわけです。ですから、設備投資なり、投資のインセンティブの大小の問題ではなくて、労働力に最終的な限界が来ているというのが根本の要因でありまして、それを無理をして設備を急速にふやしていきますと、その設備を動かすための労働者の奪い合いが起こり、そのための賃金の増加が起こり、賃金の上昇によっていわゆる賃金、物価の循環的なインフレ過程が起こる。そういうことになるわけでありまして、多くの国でそういう苦い経験をなめているのが実情であります。言いかえますと、労働力に最終的な限界があるために、成長率をふやそうとしてもなかなかふやし得ない制約を受けておる、これがヨーロッパ先進国の決定的な問題点じゃないかと思います。これに対して日本の場合は、そういう制約がない。新しい近代工場を作りますと、その近代工場は新しい経営者、技術者、労働者によって追加的に働かすことができる。従って経済全体としては、それだけの拡張になり得る、こういう条件を持っているというのが根本でありまして、そういう条件があるから、そういう事態が起こりますと、急速に成長が起こる。そういうことは、言いかえますと、事後的に見ますと、非常に高い蓄積率が実現されているということになりますが、これは第二点の問題に関連いたしますが、蓄積が行われてその後に投資が可能になるというプロセスをたどる前に、生産能力がふえて、ふえた生産能力を生かせばそれが蓄積になる条件ができ上がっておるというのが、日本の現在の状態である。生産能力は今までの設備投資によって逐次完成の過程にあるわけでありまして、完成した設備は今までの設備能力のほかに追加的にふえているわけであります。従って今まではなかったものが現われてきたのが、設備投資の効果でありますが、その設備を動かせば、今までなかった新しい生産物が生れてくるわけです。この新しい生産物を投資の形で使う限り、それは蓄積率の増大という結果が事後的に生れる。事前的には同じ貯蓄が流れておりましても、新しい生産能力を働らかすことが実現されますと、それは新しい蓄積、そういうプロセスであるということを申し上げたいわけでございます。
○西田信一君 簡単に二、三点お尋ねいたします。第一は、為替、貿易の自由化、これが今後の日本経済の成長にどのような影響を与えるかという問題でございます。お答えをちょうだいしたいと思います。 それから下村先生のお見通しは、ただいま木村委員からのお尋ねにお答えがございましたが、相当の国民総生産の増加が見られるけれども、租税収入の面においては、きのうの高木先生よりは低く見ておられるということでございますけれども、なお若干の自然増が現在の予算よりも見られるというふうにも伺ったわけでございますが、そこでお尋ねをいたしたいのは、日本の経済成長がやや緩慢の傾向にある。これを防止するためには、積極的な財政措置をとることが適当であろう、こういう御意見のように伺ったわけでございますが、そこで、額の問題は別といたしまして、かりにある程度租税収入の自然増が見られる場合におきまして、減税とこれらのただいまのお説の積極的な財政支出、財政投資この関係をどのようにお考えになっておられますか、お伺いしたいと思います。 それからもう一点は、日本の経済成長のために生産を増強するために、日本の今後の金利政策というものはいかにあるべきかということについてどのようにお考えになっておられますか。この三点について一つお伺いいたします。
○公述人(下村治君) 為替、貿易の自由化と成長の関係でございますが、為替、貿易の自由化というのは、経済が合理化、近代化をしながら成長し、生産性を高め、国民の福祉を向上発展させるということのためには、当然の条件ではないかと思います。経済が成長し発展するということは、要するに高い生産性を実現しなければ不可能であります。高い生産性を実現するというのは、自由な為替、貿易の条件において実現できるのでありまして、為替、貿易が不自由な状態では、その成長の可能性が相当ゆがめられた姿になる。従って究極においては、国民の生活水準の向上の速度にも影響を及ぼすということにもなろうかと思います。ただ、為替、貿易の自由化が、経済成長の基本的な要因であるかどうかといいますと、これはそうではなくて、経済成長を決定的に左右するのは、一般的に合理化、近代化能力でありまして、日本の場合に具体的に言いますと、工業化の能力であると言っていいかと思います。日本人が高い生産性を持った工業を実現する能力があることによって成長が生まれるわけでありまして、そういう能力がなければ、成長はそれだけおそくなるということであります。貿易、為替の自由化というのは、その問題に対して本質的な要因ではないことは間違いないと言っていいかと思います。しかし、為替、貿易の自由化があればあるほど、一般的な生産性の向上、工業化の速度の引き上げに対して有効であるということは言えると思います。しかし、そういうような形で考えますと、経済成長の速度をできるだけ大きくし、将来の可能性をできるだけ大きくするためには、自由化さえすればいいかどうかという形に問題が出てくるわけでありまして、自由化さえすればいいということでなくて、自由化をするときには、そういうような経済成長をできるだけ早め、かつ高めるような配慮をしなければならぬ。具体的に言いますと、非常に大きな速度で工業化を進めなければなりませんが、日本の工業は、今でもまだ相当レベルが低いということは間違いないわけであります。これを拡充し強化するためには、保護育成すべき部面もあることは間違いないわけでありますから、そういう点についての配慮が必要でないということではなくて、むしろ十分の配慮をしながら進めなければならない。また、これも申すまでもないことでありますけれども、過渡的な問題として、自由化によって、国内の雇用の状態が不安定になるような変化が起こるならば、これは問題であるということは言うまでもないわけでありますから、そういう点についての配慮ももちろん必要でありますが、そういうようなことを前提にしまして健全に適度な自由化が進められますと、貿易、為替の自由化ということは、経済の成長にとって積極的なプラス要因であるというように考えるわけであります。 それから租税の自然増収の可能性の問題でありますが、これは具体的に数字を申し上げるような準備がございませんので、ごく抽象的なことしか申し上げませんが、三十四年度の歳入状況というのは、補正をされた歳入見込みに対してそれほど大きな歳入にはならないのではないかというように考えております。三十五年度の状態は、経済の状態が今のようでありますと、予算で見込まれました歳入よりも、歳入の見込みはむしろ小さめに出てくるのではないかというように私は観測をしております。そういうわけでありますので、自然増について減税をすべきかどうかという形の御質問もございましたが、自然増が非常に大きいということを前提にした減税というようなものを考える余地はないのではないかというように私は考えております。減税の問題は、別の観点から全体の姿を考え直さなければ、可能性が生まれないのではないかというように考えております。 次に、金利問題についてでありますが、経済成長と金利との関係は、要するに民間部門における産業投資のインセンティブを、適度な成長の速度に合わせる程度に維持するような金利の条件を維持するということになるかと思います。民間部門で非常に投資意欲が強く、相当高い金利を払っても、非常に大きな設備投資が進行するという状況であれば、金利は高くなければならぬわけです。また逆に、民間における投資の要因から見て、金利が高過ぎますと、設備投資の速度が緩慢になって、望ましい経済の成長を実現するに足りない程度、緩慢な合理化、近代化しか実現されないという結果になるわけであります。そういうような点で、要するに民間側のインセンティブと市場で現われる金利との関係が、適度な経済成長に適応するような条件をどうして維持したらいいかという問題に帰着するわけでありますが、民間側の投資のインセンティブは、大体において企業全体としての利潤率ではかることができるわけであります。新しい投資の場合には、平均的な利潤率よりも高い利潤率を目標としていると思いますから、平均的な利潤率よりも高い状態で投資のインセンティブはきめられると考えられると思いますが、総資本に対して実現される、あるいは実現を期待されている利潤率の高さがどうかということが、一つの条件になるわけであります。この利潤率は製造工業の平均利潤率で見ますると、日本の場合は一〇%から十数パーセントになっているようであります。ですから市場の金利の状態というのは、この率に対してある程度の調和を保ったものでなければならないということが言えるかと思います。その高さが一割であったり八分であったりすると、これは高過ぎるということになると思います。三分であったり四分であったりすると低過ぎるということになると思います。どこが適度であるかというのは、具体的なトライアル・アンド・エラーで見つげるべきものでありまして、客観的に一時的に何パーセントであるというようなことは言えないと思います。ただ、現在の金利問題で問題点は、そういうところではなくて、コール及び公定歩合が高過ぎるということにあるのではないかと思います。公定歩合が年率七分三厘で、コールが年率一割といったような割合であるということは、今申しました産業における利潤率の状況と比較してみますと、非常に異常な大きさであります。これはどこの国にも例のないような姿でありまして、現在の金利問題の、あるいは金融問題の中で公定歩合及びコールの金利に非常に異常な姿が出ているが、これがなぜそうなのかということが問題でありまして、どうしてそれが是正できないかということが問題でありますが、私の考えを端的に申しますと、これは単純に考え方の問題であって、終戦後多年にわたって非常にアブノーマルの金融情勢が続いておった。その金融情勢に即して考えられた金融政策、金利政策が、経済の実態そのものが非常に急速に強化して発展したのに反して、今なお昔のままの考え方で操作をされておるということが主たる問題ではないかと思っております。その程度で……。
○藤田進君 木村委員の御質問並びに御答弁に関連して、私は時間がございませんので、二点お伺いいたしたいと思いますが、その第一点は、この予算委員会を通じまして本年度予算との関連でいろいろ経済の見通しが議論されまして、政府においても大蔵大臣のごときは、産業構造の検討ということにも触れて参りました。それから景気の過熱論、あるいは所得の較差、不均衡といったようなこともかなり触れて参りましたが、まだ徹底的なところまでは参っておりませんので、今後に問題は残されておるわけであります。御承知のように、今度のこの予算あるいは政策というものは、過熱というものではなくて、先ほどの言葉をかりれば、むしろ需要不足ということを言われたと思います。この問題は供給過剰ということを、裏を返せばそういう実態になるかと思うわけでありますが、従来はこのコントロールはおおむね金融政策で行われてきたと思います。生産の制限、操業短縮といったような形、あるいはその他の形で行われたと思います。ところが、その点が政府でもまだはっきりと答弁がなされておりませんが、下村さんは、需要不足という、そういうことを予想されているとするならば、これに対してはどういう当面対策をとるべきなのかという点が第一点でございます。 それから第二の点は、設備投資、総生産の急速、高率な引き上げ方向にあるという中において、わが国の場合は、私は何といっても二重構造と見なければなりません。ここに政府の言う産業構造の検討という問題が出てくると思います。私ども、イギリスの場合は、いわゆる混合経済、シュンペーターのこれをサンプルとした成熟理論といったようなこともうなずけるのでありますが、わが国の場合、こういう産業構造の中において生産性の向上ということが即、所得の大幅な較差、修正資本主義の日本においては必然的に、今もそうだと私どもは認識しておりますが、集中的である。この所産として若干の系列化ということが行われているというような状態で、結局自由貿易の問題もこれにからんできて、結論的には所得の非常な較差ということになって、所得倍増も国民総所得なり実質所得についてはそう見られても、しかし個々の国民生活に及ぼす影響というものについては、かなり問題があるように思われるわけでありますが、これらの所論に対する御所見並びにそうだとするならば、これが所得の較差是正といったところの対策についてお伺いをいたしたいと思います。
○公述人(下村治君) 今後予想される状態というのが、生産能力の拡充強化の速度に比較して、経済の現実の需要がむしろおくれがちであるから、それならばそれに対してどういう対策を考えておるかという御質問であったかと思いますが、これはいろいろなことが考えられますけれども、中心的な問題は、財政金融を通じての政策的な考え方を、日本の経済力に合わせて経済の成長速度を上げていくのだという方向に切りかえることだと私は考えております。そのために必要な政策は、財政で言いますと、減税と歳出規模の増加ということになります。金融で申しますと、金利の低下ということになるかと思いますが、これを円滑に、そうしてその効果が健全に現われるようにいかにしてやるかというのが、これは実際のやり方の問題でありますが、プリンシプルとして申しますと、財政と金融との面で積極的な方向に考えるということだと思います。財政の歳出の面で言いますと、日本の経済成長速度が今後非常に大きくなるという前提で考えますと、もしも財政面での積極的な措置がありませんと、公共施設と労働者の質、あるいは技術者の質といったような面で、やがて急速に隘路が現われてくるという可能性を含んでいるわけであります。現在はそういう可能性がまだ表面化していないと思いますけれども、しかし、これを改善強化する措置を早目に、しかも大規模にやりませんと、経済成長の速度が早過ぎたために、その途中で隘路がほかの面から現われるというような状態になりかねないということがあると思います。そういう点を排除しながら、積極的に経済力を強化、拡充するような措置を考えるということが、経済成長を円滑に進めていく上において非常に重要な点ではないか。今までの経済と違った点は、そういうような積極的な措置をやることが、経済成長を健全にするための不可欠な条件に変わってきた。今までは、戦後、多年の間、積極的な措置をやることが経済を不健全にし、過熱にする危険を持っていたわけでありますが、現状においては、それがさかさまに変わっているという点が重要な点ではないかと思います。 それから、第二の点でございますが、経済成長が非常に急速に進行するということは、先ほども申しましたけれども、日本の工業化が非常に大きな速度で進行し、日本の工業の水準が非常に高いレベルに進んでいる。その工業化にあわせて第三次部門の発展、進歩が起こって、経済全体が高い生活水準を可能ならしめるような方向に進んでいく、こういうことであります。従って、いわゆる二重構造といったような問題は、こういうような工業化の過程において、おのずから吸収され得る条件が急速に強まってくるということであります。これが、金本位時代の経済成長で非常に困難であったのはなぜかと申しますと、成長速度が金本位の原則のために非常に強く抑圧されておったということであります。金がふえませんと、経済成長は不可能であります。金がふえましても、金の生産量は年に何パーセントか、わずかな生産でありますから、それに応じた程度の経済成長をこえると、それはブームになるというような可能性を持っていたわけです。そういうことから、成長速度が制約をされるという条件がありましたために、その中で近代化、合理化した大企業が現われますと、弱小の企業は当然に土俵からはみ出さざるを得なくなる。弱小の企業をつぶさなければ大企業は生きられないわけでありますが、大企業の方が能力が高い、金融力が強いわけでありますから、生存力が強い、従って小企業がつぶれるという結果になったわけであります。これは、主として成長速度が緩慢であり過ぎた。その前提には、金本位の制約が強過ぎたということであったと考えていいと思いますが、現在の状態のように、経済成長の速度が非常に大きくなりますと、その経済成長の速度に見合った、経済成長の能力に見合った成長を実現していきますというと、大企業がふくれることと、中小企業がつぶれることは、必ずしも同時に起こらない。大企業の膨張と同時に中小企業の膨張は起こる。これが急速な経済成長に伴って起こってくる現象であります。昨年の好景気に起こった一つの現われは、中小といいますよりも、むしろ零細の経営になりますけれども、新しい学校卒業者を雇うことが非常に困難になった。そこで、労働の雇用条件を非常に近代化した形に切りかえざるを得なくなったというようなことも起こっております。農村における農外の所得の状態というものも、急速に向上しておるといったようなことも起こっております。要するに、こういうような変化は、同じような経済成長が今後二年、三年、五年と続きますと、ますます累積的に強い力を持って現われてくるに違いないと考えていいと思います。言いかえますと、こういうような形で急速に工業化が進行しますと、その工業化は今まで、ほとんど解決できないように思われておりました二重構造の問題でありますとか、較差の問題でありますとかというようなことを、積極的な形で、たとえば、農村の二三男なりを農業から追い出すというようなことではなくて、農民が進んで、喜んで、もっと高い雇用、もっと高い生活水準の実現を可能にするような、もっといい雇用の場所に向かって移動を始めるというような形で積極的に解決をされていく、こういうことになるのではないかと思っております。
○羽生三七君 先ほど来のお話で、ちょっと私一時中座したことがあって、失礼いたしましたが、私は大へん啓発されておる一人であります。そこで問題は、経済成長全体の御見解についてはほとんど私は見解を同じくするんですが、ただ先ほど来、各委員から御指摘の通り、二重構造と格差の問題について、特に農業とか弱小企業についての問題については、これは政府はこの大企業の圧力が強いのか、あるいはまた、本質的に投資効率を優先的に考えておるとか、ここに問題があると思うんです。そこでこの落ちこぼれるものは社会保障で救っていけばいいということでなしに、むしろそういう投資効率の低い農業や弱小企業の企業活動——企業活動といえば変でありますが、経済活動をもっと高めて、そしてそういう経済活動の中で一番低い層も吸収していくと、こういう形のことをわれわれ考えた場合に、今の日本の財政投融資、あるいは日本の予算、そういう範囲内においてなおかつこの零細な企業やあるいは農業等の投資効率の低いといわれるこの部面について、これは程度の問題もありますが、ある程度の投融資やあるいは財政支出で問題を解決するようにカバーしていく必要があると思うんです。まあ先ほど来のお話は、ずっと一般的な見通しでありまして、今われわれの言っているのは純然たる政策的な問題であります。だから、これは議員として政府に要求する問題でありますから、一がいに先ほど来の先生の御議論と関連させるのはどうかと思うが、そういう投資効率の低い部面についても政財投融資並びに政府支出でなおこの拡大をやることは、程度の問題があるけれども、可能であるかどうか、こういう問題であります。
○公述人(下村治君) 現在大企業あるいは工業に比べて不利な状態にある部門が、中小企業でありますとか、農業でありますとかいうように、あるわけでありますが、農業と中小企業の問題は、少し問題のディメンションが違っているのではないかというふうに思います。農業につきましては、これは農民がどれほど能率をあげ、働きましても、現在の単位耕作面積では十分の所得を実現することはできない。国際的な条件で考えれば考えるほどそれがむずかしくなるといったような状態にあるということであります。根本的な問題は、農民に十分の土地を与えることができるかどうかということでありまして、現在のような狭い耕作面積を前提にして、高い生活水準を実現できるということを考えることは初めから無理な問題であります。しかし、これは農民に生活向上をし、所得を向上する可能性がないかというと、そうではなくて、要するに、もっと生産性の高い就業機会を与えることを考えればよろしいということが根本ではないかと思います。これは農業の問題につきましては、まず工業の拡充強化の速度を速める、それに関連した第三次産業部門の生産性を高めてその雇用機会を高め、その内容を向上するというような条件をそろえていって、こういうような新しい、いい就業の機会に農民の多数が恵まれるような社会を作り上げる、これが第一の問題であると思います。その過程において農業の経営条件をいかにして改善することができるか、経営の問題、技術の問題、いろいろの問題を総合して考える余地がありますけれども、そういう形で解決を見ていきませんと、真の解決には到達できないんではないかというように考えるわけであります。 中小企業の問題につきましては、これは現在これから中小企業が当面する問題は、急速な工業化の過程において、日本の工業全体、産業全体が迅速に近代化をしなければならないという形になって参ります。先ほどもちょっと触れましたように、商店が労働者を採用するについて非常に大きな困難が現われ始めておりますけれども、こういうようなことは、中小企業、零細企業を通じて経営の形態を近代化して、非常に高い経済水準に合ったような新しい経営に変えていかなければならない、そういう動きが現在進行しておるということだと思います。そうしますと、問題は、これは中小企業の経営者、零細企業の経営者が経営の能力を高める、経営の条件を近代化するためにどうしたらいいか、新しい条件に即応した経営をするためにはどうしたらいいかという新しい問題に当面しているということでありまして大多数の経営者がそれを乗り切り得ないということはないわけでありますが、ただ政府がそれを促進するについて十分の配慮をするということは非常に重要な問題になるのじゃないかというように思います。 中小企業、農業を通じて言えますことは、経済が急速に成長し得る力をもっておる、急速に成長していけば、その過程において、中小企業経営にしても、農業経営にしても新しい条件に即した新しい経営形態に変わっていかなければならない、そういう変化を実現しやすくするために十分の配慮をし、できるだけ早く適切な措置をとる必要がある、こういうことではなかろうかと思います。
○委員長(小林英三君) 下村公述人に対する質疑は終わったようでございます。下村さん大へんありがとうございました。 —————————————
○委員長(小林英三君) 次に、岩井公述人にお願いするわけでありますが、岩井さん、大へんお忙しいところをありがとうございます。議事の進行の都合上、大体三十分間ぐらい御意見を開陳願いまして、その上で質疑を行いたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。
○公述人(岩井章君) 私は、労働者の立場から、昭和三十五年度予算案についての意見を述べさせていただきます。 私は、この予算案には賛成できません。国会においてしかるべき修正ないし組みかえを期待していることを最初に申し上げておきたいのであります。 率直に言って、私たちは、この予算案に対して、安保体制を一そう強め、大資本を擁護する、そうして今も議論がありましたように、大衆収奪を一そう強化するのではないか、ことに七百億に上るロッキード国産化のための国庫債務負担行為に象徴されるような軍事費関係の増大にもかかわらず、減税は見送られ、実質的には増税となっていることに見られるように、軍備拡張のために国民生活が圧迫される予算である、こういうふうに申し上げざるを得ません。岩戸景気といわれ、大企業、大資本が好況を謳歌している今日、一方では日本経済の二重構造のゆがみが拡大し、所得生活水準が地域別、職業別に格差がひどくなっており、労働者だけでいえば、大企業の労働者と零細企業の労働者、本工と臨時工との賃金の開きがますます大きくなっていくような予算の内容であります。私は、仕事の関係から北九州にしばしば出かけるのでありますが、あの炭鉱地帯の惨状は見るにたえられません。 〔委員長退席、理事館哲二君着席〕 しかし、あの姿は決して九州だけの例外ではなく、日本の至るところにある下積みの階層の生活実態であると思うのであります。私は、これらの階層に対する積極的な対策が今こそ重要じゃないか、このことなくして民生の安定をすることはできない、かように信じます。ことしの予算がこのような対策を全く怠っていることに対し非常な不満を感ぜざるを得ません。 申し上げるまでもないことでありますが、日本の失業問題は深刻であり、失業者の数は、厚生省、労働省の資料によっても、潜在失業者は一千万人と、こういうふうに推定されます。これに対する政府の施策は、たとえば失業保険で見ますると、失業給付拡充費は八十七億組まれておりますが、これは昨年に比較すると二十一億円の減であります。二重構造のゆがみが日々失業者の増大となって現われていることはだれの目にも明らかになっている今日、どうして国庫負担分を減らさなければならないか。これは国庫負担分を三分の一から四分の一にしようとするからだと思います。 〔理事館哲二君退席、委員長着席〕 現在、政府は、法改正を行なって就職準備支度金を給付したいと言っておりますが、今日、失業者には、再就職のチャンスはほとんどと言ってよいくらいありません。これらから考えてみますると、失業保険は給付の内容を拡充するのではなく、中身をごまかし、国の負担をできる限り減らそうとしていると言われてもやむを得ないんじゃないか。私たちは、失業保険被保険者の立場や生活の実態から考えて、現在の給付額六割を八割支給にしてもらいたい、また、平均六カ月の給付期間をそれぞれ六カ月ずつ延長してもらいたい、こういう要望を常に政府並びに国会に述べて参りました。また、生活保護費についても、厚生省が六%の引き上げを要求いたしましたが、予算案では三%に値切られております。三%の引き上げというのは、金額にすれば二百円足らずであります。東京で五人世帯が、月二百七十五円、一日九円の引き上げでは、ガス代や電気料金を初めとする諸物価の値上げに追いつくことができません。三%というのはむろん、今一例を申し上げましたが、お話にならない数字であります。私たちは、生活保護基準を家族一人平均二倍に引き上げることを希望いたします。 次に、失業対策事業について申し上げますと、この点については、自由労務者の賃金は三百六円から二十八円引き上げられまして三百三十四円になっております。ところが、一般失業対策事業二十一万八千人は二十万人に減らされております。特別失対では八千人増加されましたが、差し引きすると一万人の減少となっておるのであります。私たちの組織傘下である全日自労では、一日八十円の賃上げと、人員のワクを五十万人に拡大することを要求しておりますが、これらの要求に全くこたえたものと言うことはできません。 次に、炭鉱合理化に伴う労働者の対策でありますが、現在、石炭産業は斜陽なぞと言われており、これに対する対策として二十六億円ほど組まれております。しかし、これは炭鉱合理化対策費といわれているものであり、その中の二十億円は炭鉱経営者に対する無利子の合理化貸付金だろうと思います。首を切られた労働者の対策費にはつめのあか程度しか出さないのに、経営者に対しては積極的な援助を与えるというようなやり方だけで、はたして今日の問題を乗り切ることができるかどうか、非常な疑問を持つところであります。私は、この機会に、政府の方々が北九州の炭鉱労働者はどのような生活を続け、どれほど衣食住の困難な環境の中で生活をしているか、十分実際の調査をしていただきたいと、委員各位にもこの点は強く希望を申し上げるところであります。 こうして指摘して参りますると、政府の失業対策や貧困者対策がいかに微力であるかが明らかになって参ります。私は、国民所得の倍増計画を発表した岸内閣が日本経済の二重構造をいよいよひどいものとするような政策をとっており、その被害者に対する施策が年々冷酷になっていることに対して強い不満を申し上げる次第であります。今日、どの内閣であれ政党であれ、ボーダ一・ライン層と言われる極貧層に対する積極的な施策をすみやかに実施すべきであり、それなくして国民生活の安定はないということを再び強調して、各委員に再検討をお願いする次第であります。 次に、私は、賃金特に国家公務員、地方公務員の給与について述べたいと思うのであります。先日、私の友人の子供が、これは東大を卒業した青年でありますが、私のところに参りまして、役所に勤めたら初任給一万六百八十円という月給取りになった。これでは、月給取になるよりも、アルバイトで家庭教師を三口持っていたときの方がずっとよい。しかも、二つ年下で高校を出てすぐ民間の大企業に勤めた妹よりも給料が安いのですからと、こう言って嘆いておりました。私もそれ以来実情を調べてみたのでありますが、なるほど公務員の初任給は、高校卒程度で六千八百三十円、大学卒で一万八百六十円ですが、民間の主要企業の初任給は、高校卒で一万円から一万二、三千円くらい、大学卒では一万四千円から、いいところでは一万八千円、こういう実情になっているようであります。その青年が言ったことは、今私が数字を引いた通り、間違っておらないのであります。こうした官民の賃金格差はどうして生まれたかということを私どもはもう一度考えてみる必要があるのじゃないか。公務員の労働三権を剥奪して、そうしてそのかわりに民間の労働者の賃金に見合ったものを勧告する役割をもって発足した人事院は、昭和二十八年の賃上げ勧告以来、一度も賃金ベースの引き上げを勧告しておりません。ここから官民の賃金比が逐年拡大したものと考えるのであります。最後の賃上げが行われた昭和二十九年を起点として公務員と大企業民間賃金の推移を見ると、昭和二十九年は四千八百五十円であったものが、昭和三十三年には一万二千二百五十七円に拡大しております。人事院はその後賃上げの勧告をいたしておりませんので、公務員は定期昇給だけですが昭和三十四年春闘で民間は千二百円から千六百円を獲得しているのであります。こうして目に見えて賃上げが行われてきているのに、人事院はこれに目をおおっている。最近の人事院の機能は、公務員の給与を適正にきめるためにあるのではなくして、全体の給与水準を地ならしする役割を持っていると言わなくてはなりません。ことに、昭和三十四年に人事院は、東京における十八才の独身成年男子の標準生計費に七千九百三十円という金額を算出し発表いたしました。その大まかな内訳は、食糧費三千六百六十円、住居光熱費千三百七十円、被服費が七百八十円、雑費二千百二十円となっています。食糧費の内訳は、食べ盛りの十八才の男子が、外米押麦の三割入った飯、牛肉は一週間にこまぎれ十五匁、牛乳は一週間に一本、卵は三日に一つというような調子になっているのであります。また、住宅光熱費として千三百四十円計上されておりますが、畳一畳千円もする深刻な住宅事情が全く無視されている。これも全く非常識と言わざるを得ません。昭和二十九年から三十二年まで公務員の初任給は一円の引き上げもなく、三十三年の勧告で四百円弱の手直しが行われたのでありますが、これはおよそ理論的ではありません。実質的にこの六年間賃上げの行われていない公務員労働者が、ことしこそはと平均三千円要求で戦っている理由は実にここに存在しているのであります。しかも公務員の労働力構成は、たとえば学歴、年令、勤続年数、男女の比較、扶養家族数のどれをとってみても民間の大企業以上であるということを御注目願いたいのであります。 昨日、私は益谷給与担当の大臣と国家公務員の賃金問題について話し合いをいたしました。その席上、益谷さんが、現時点において民間労働者と国家公務員との賃金較差は四・五%あることを認めている、そうして物価は二%昨年に比較して上昇している、こういうことを認めているのであります。しかし、賃金引き上げをするかどうかは人事院勧告の結果でなければならないと言っております。私はこの論議はさか立ちした議論ではないかと思うのであります。現在の公務員の雇用主は言うまでもなく政府であります。従って労働条件も当然政府が責任を負わなければなりません。賃金に較差があると考えた場合には、政府みずからの決意によって処置されることが必要だろうと思います。現在の法律のもとでそのことはできることである。人事院勧告がなければ給与について処置できないなどというようなことは現在の法律でも言っていないんじゃないか。私は政府がみずからの責任を回避しているものだと思います。また、人事院制度そのものについても私たちはかなり意見が多くありますが、政府はかつては人事院勧告を握りつぶしたことさえあるわけであって、政府みずからの判断こそこの問題の解決策かと思うのであります。最近の公務員の雇用の状態を見ますると、だんだん優秀な大学出は民間に行ってしまい、公務員になり手がなくなっていく、特に技術関係におきましてはこの傾向は顕著な事実であります。役得のあるような高級官僚のことは別といたしましても、多くの公務員がどんなみじめな生活をしているかは委員各位の回りの公務員の生活を見ていただきまして、政府当局の猛省と決断を要望いたす次第であります。 続いて、これに関連して——公務員賃金問題に関連したことでありますが、最近裁判所関係職員に対して、先に述べましたように給与が非常に悪い、こういう劣悪な条件に加えて、労働時間を一週間に十時間近くも延長するというような措置がとられようとしているのであります。これなどは賃金の実質的な引き下げを意味するものであって、私たちとして絶対に了承しがたいのであります。それだけ事務量が多ければ、当然その業務を行ない得るだけの人員を確保することが先決であって、超勤手当の幾ばくで公務員の労働条件を低下させないような措置を特に本委員会に要望する次第であります。 最後に、私は最低賃金制について申し上げておきたいと思うのであります。 昨年四月成立いたしました業者間協定によりまして最低賃金制は現在全国の各地で問題を起こしているのであります。二月末現在でこの方式による——この方式というのは業者間協定の方式でありますが——協定は二百五に上り、そのうち最低賃金法第九条によって決定したものは六十二に達しているのであります。この六十二に達しております賃金額を見ますと、日給が百五十円から百九十九円、こういう金額できまっているものが約半数、二百円から二百三十九円までのものが約半数、こういう実情になっているのであります。最賃法第三条の「最低賃金の原則」によれば「最低賃金は、労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び通常の事業の賃金支払能力を考慮して」決定することとなっているのであります。昨年三月の人事院が発表した独身成年男子標準生計費は月額七千九百三十円になっていることは先ほども申し述べましたが、この非常識な勧告すら大幅に下回る低賃金が労働基準局の指導によって締結され、短時間の審議の後、強引に賃金審議会として決定されているのが実情であります。しかもこのようにして決定した最低賃金額は、たとえばカン詰製造業をとってみますると、静岡では一日二百円であるのに徳島では一日百六十円、こういうふうに類似の労働者の賃金すら全然考慮されずに決定されて参っております。これでは、私どもが批判して参りましたにせ最賃法さえ守られていない、企業の支払能力だけが問題にされている、こういう実情にあるのであります。 さらに、これらの労働者に対して、食事などの現物給付が行なわれております。その金額を見ますると二千五、六百円から三千二百円程度に決定されているというのが実情であります。労働者は現物給付の額を決定する場合には、一応の目安として八大都市の場合は三千五百円、その他は三千円程度として指導しております。これは人事院勧告の成年男子標準生計費の中の食糧費三千六百六十円を基礎にしているものであろうと思います。一方では人事院勧告の標準生計費より大幅に下回る最低賃金を決定しながら、他方で標準生計費に見合う食糧費をとるというのは矛盾もはなはだしいと言わなくてはなりません。加えて、現物給与を決定する場合は、労働基準法第二十四条並びに九十五条によりまして、過半数の労働者を代表する労働組合と労働協約または労使協定を結ばなければならないことになっておりますが、現在行われている業者間協定による最低賃金の決定の中で、現物給与をきめているすべての業種は労働組合と相談せず一方的に給与額を押しつけている事例が多いのであります。これは明らかに労働基準法違反であり、これを労働省が指導しているというに至っては重大な問題ではないかと思います。 昨年、最低賃金法審議の過程で、私たちは業者間協定を中心とする現行最賃法が国際的に見ても最賃制とは言いがたい、こういうことを常に再三繰り返して申し述べて参りました。このことは、すでに述べました実績を見ても明らかな通り、労働者の意見を全然無視し、使用者側が一方的に低賃金を押しつけてきている、こういう実態の中で一そう明らかになって参りました。昨年審議の際、政府は現行最賃法が成立した暁にはILO条約二十六号並びに第三十号の批准を行うと約束いたしましたが、今日まで批准を行なっていないのは、ILO条約の中で規定されている賃金決定における労使対等の原則に現行法が違反しているからではないかと推測をいたします。私は、もし政府がそれは誤りだと言うならば、今国会で必ず前に述べました二つの条約の批准をしていただきたいものだと要請をいたします。 これとあわせて、私たちは、あくまで全国一律八千円の最低賃金制を要求してやみません。そのことは、現在二重構造といわれる日本経済の中で、八千円以下の労働者が五百万といわれ、それらの労働者はあらゆる産業、業種にばらまかれております。これらの労働者が文字通りの飢餓的賃金のもとで生活していることはゆゆしい社会問題であり、それが日本のソーシャル・ダンピングの原因となっていることは各委員の御存じの通りであります。 先ほど述べました業者間協定による実績によって明らかな通り、業種別、職種別、地域別の業者間協定によっては劣悪なる労働条件の中で働いている労働者は決して救われません。私たちはあくまで全国一律八千円の最低賃金制を要求する次第であります。 以上、私は許された時間の中で、今最も私たち労働者側が強く望んでいる問題点だけにしぼりまして意見を申し述べた次第であります。(拍手)
○委員長(小林英三君) ありがとうございました。ただいまの公述に対しまして、質疑のある方は順次御発言を願います。
○鈴木強君 三つほど岩井さんにお尋ねしたいと思いますが、その一つは、公務員給与と人事院との関係でございますが、今お述べになりましたように、昭和二十三年の七月二十日にマッカーサーの指令によって公務員法が改悪され、まあ労働者に対する争議権の剥奪が行われたわけであります。そのかわりに人事院が作られて、政府から独立した機関として公正な立場に立って公務員給与を勧告する、こういうことになっておるのですが、今お話のように、現実に民間賃金と国家公務員の賃金のアンバランスがかなり出てきておる。二十九年以来人事院勧告というものもやられていない。三十三年度は中だるみの是正というようなことで職種別賃金体系を強化している形になっておると思うのですが、今日、この委員会で浅井人事院総裁や益谷副総理やあるいは岸総理のお話を聞きましても、政府自体が公務員の給与をどうしようかという基本的な態度は何ら持っておらないで、ただ単に人事院の勧告を待つ態度に出ておる、今お話の通り。それで人事院の存在価値というものが非常に疑われてきておるわけでありますが、この人事院の性格について、岩井さんはどういうふうにお考えになっておられますか、その点が一つ。 それからもう一つは、生産性向上運動に対しての考え方でありますが、一国の産業経済、貿易、あらゆる部面がそこに働く労働者の協力なくしては生々発展が期せられないと思うわけですね。にもかかわらず、日本の大組織である総評がまっこうから生産性向上運動に対して反対の態度をとっておられる。こういうことはまことに国家民族として悲劇だと私は思うわけであります。そういう原因がどうも国民全般によく理解をされておりませんので、そういう運動を起こすと何かしら日本的なような反対的な動きが出てくる。非常にこれは問題があると思いますので、日本にもアメリカ直輸入の日本生産性本部というものが設けられまして、従来生産性向上に対してかくあるべきだという方針を出されておりますが、現実にその方針というものがなかなか生かされておらないと私たちは思っておるわけであります。ですから、そういう点に対して、総評が反対の態度をとられることもわれわれにはよくわかるわけでありますが、もう少し突っ込んでその辺のいきさつを伺いたいと思うわけであります。 それからもう一つは、労働運動に対する政府の態度でありますが、どうも私たち見ておりまして、一昨年、昨年とこの委員会で岸総理大臣に対して総評をどう見るかというような質問をしますと、これは赤だとか行き過ぎた運動をしているとか、こういうふうな一方的な判断をしておりますが、肝心な、総評が何を考え、何を望んでおるかということに対して、受け入れる側の政府自体に窓口がない。かつて鳩山内閣当時、たしか総評と一回か二回会ったことを記憶するのでありますが、戦後歴代内閣の中で総理、総裁が直接総評と会ったということはその程度しか私は記憶にないわけであります。ですから、総評を赤だとかあるいは行き過ぎだとか断ずる前に、総評の皆さんとよく腹を割って話し合うというような場所がないと私はいけないということを痛切に感じておるわけであります。今日皆さんがいろいろと政府にものを申す場合でも、国家公務員の場合は、先般益谷副総理が給与担当大臣になったのでありますが、全体的な民間の賃金を含め、日本の労働運動全体として総評が政府にものを申す窓口がないことは非常に私は残念だと思うわけでありますが、そういう点について、岩井さんはどのようにお考えになりますか。この三つを聞きたいと思います。 それからちょっと第一の問題で補足して伺いたいのは、なるほど大企業なりと国家公務員の賃金を比べた場合にはかなりの開きがあります。しかし、中小企業、農民等の立場は非常に悲惨な状態に置かれておると思うわけでありますが、そういう低所得階層の賃金を総評という組織がどういうふうに考えておられますか。この点も一つ加えてお答えいただきたいと思います。
○公述人(岩井章君) まず、人事院の問題についてどう考えるかということなんですが、私たちが団体として機関の中で十分まだ結論を出しておりません。しかし、私は今の人事院制度というものにぜひ根本的なメスを入れていろいろの立場で検討してみていただきたいと思うのです。私は法律に弱いので今の法律のことが十分わかりませんが、しかし、ごく常識的に考えてみて、先ほども述べましたように国家公務員は政府に使われている、しかし普通の雇用主と雇用者の関係のようには公共に奉仕するという立場があるからいかない。そういう事情はわかりますが、原則的にはやはり政府に使われている、こういう立場は明瞭であります。従って賃金の問題にいたしましてもその他労働条件の問題にいたしましても人事院の方で何か言わなければやれない、こういう考え方は明らかにどこか間違いがあるのじゃないか。現に人事院に尋ねてみましても、人事院がものを言わなければ政府はできない、こういうふうな建前に決してなっていないということを人事院の係官がすでに言っているのであります。公共に奉仕をするという立場があるから、賃金を引き上げる、あるいは労働時間のことを再検討するといった場合に、比較的公正を期するために人事院なぞで集めた資料を十分精査してみて、このくらいの数字だとか、あのくらいの数字だとかというふうにやるべきが建前じゃないか。ところが、実際には、人事院の今までの勧告を見てくると、たとえばおととしでありましたか浅井人事院総裁に会ったときに、こういう言い方をしたわけであります。人事院がどういう勧告をしようとも、それを政府がのまなければ仕方がないじゃありませんか、こう言うわけであります。今度は政府の方に聞くと、人事院の方でものを言わなければどうにもしようがありません。これではマッカーサー元帥が三権のかわりに与えた人事院制度ということになっておりますが、その趣旨は十分生かされないのみならず、一体公務員労働者の生活をだれが見ることになっているのかということを言わなければならぬのであります。特に先ほど来申し述べましたように、人事院の勧告の中で特にこれは問題だと感じていることは、民間の五十人以上の企業と比較する、五十人以上の企業を対象にしてベースが上がったとか下がったとか言っていると思います。この点に私は問題を感じます。むろん民間の高いところだけをとれということは主張いたしませんが、少なくとも五十人程度の企業をも含めて一つの調査をするというあり方がはたして正しいかどうか、国家公務員というものが五十人程度の企業に匹敵するものなのかどうか、非常にこの点が疑問に感ずるところであります。 それから今度は制度の問題としてこの点は自民党の一部の方が考えておられるようでありますが、人事院制度というものを廃止したらどうかという極論すら私自身は感ずるのであります。それは今前段で申し上げましたように、国家公務員が賃金のことをやってくれ、上げてくれと要望しましても、政府に言わせると、それは人事院の問題だ、人事院に言わせると、それは政府の問題だ、これではあまりにひど過ぎるじゃないか。だから、ほんとうに責任を持っているところが政府であるならば、政府と直接国家公務員が話し合いできるようなそういうあり方にさえなってしまった方がいいのじゃないか。これは、私のまだほんの思いつき程度でありますが、そのくらいの極論さえ持ちます。しかし、そこにいくまでに、たとえばイギリスの制度、フランスの制度を見ましても、ぜひ皆さんで検討していただきたいと思いますのは、国家公務員の問題の賃金の紛争が起きた際には、国家公務員の組合から訴えができるような制度にしてもらったらどうか。そしてその訴えたあり方が正しいかどうか——むろん人事院的な機関が判断していただいていいんでありますが、現に起きていることをだれが一体始末するかということさえ今日では少しも明瞭にされていない。これも一つの中間的なやり方ではないか。それから人事院の人事官の構成についても、現在の公労法あるいは中労委、労働法ですね、そういったように三者構成にするようなことも一つのあり方として検討していただいたらどうか。むろん三者構成にいたしました場合には、今の三者構成の委員会がたくさんありますが、ほとんどは公益委員の発言権というものが強まって、実際はその線によってきまることではありますが、今のようなあり方というものは、あまりにも国家公務員の賃金、労働条件について無責任過ぎる。この点、私はぜひ、単に自民党の政府ということばかりでなく、政府一般、つまり雇用主としての立場で私はこの問題について今度のこの国会の中で討論し、一定の方向を出していただきたい、こういうことを私は希望をいたします。 それから第二の生産性のことですが、ちょうど今、下村さんから生産性の話に関連してうまい数字が出たのですが、下村さんの説明によりますと、昭和三十年から三十四年の間に生産性は八四%上昇したということを先ほどお話しになりました。四年の間に八四%、つまり一年に大体二〇%近く生産性は上がっていっているのであります。しかし、それに反して賃金の方は、今、下村さんからお話がありませんでしたが、どれくらい上がっているかというと、去年の例でいきますと、大体七%であります。一昨年も大体六・五から七であります。従って、私たちが強く言いたいことは、生産性の方は一年に二〇も上がり、賃金の方はわずかに六か七しか上がらない、この実情を私は十分問題として皆さんからも見ていただきたいのであります。私たちが総評の立場で生産性の問題について述べている意見は、労働者にしわ寄せになる。今、賃金の問題について述べたのでありますが、そのほか雇用の問題につきましても、かなり減るという状況を示しております。そしてむしろ第三種産業の方が雇用は多少ふえているのでありますが、第二次産業といわれる工業とか、そういう面ではどんどん雇用者が減っていると、そういう実情にあるのであります。従って、私たちは労働者にだけしわ寄せさせるような生産性向上運動というものに賛成することはできない、こういう立場をとっているというのが実情であります。で、そういうことはしばしば討論するのですが、それでは労働者にしわ寄せのない生産性向上運動ならば賛成するかという質問をたびたびいただくのでありますが、そういう生産性向上運動であるならば賛成をいたします。しかし、現実にはおそらく、今、下村さんからも御説明のありましたように、相当多額の投資をしたり経営者が、資本の側からいえば、かなりの金を使って資本蓄積に努力をしているわけでありますから、それをおそらく何らかの形で取り戻していきたいという希望を持つことは私はある意味では当然であろうと思うのです。それが具体的に言うならば、労働者側にしわを寄せられると、こういう形で現われているというのが実情じゃないか。従って、できるだけ労働者側にしわが来ないような形で抵抗をする、しかし、抵抗をしておりながらも現実には生産性はどんどん上がっている、これは労働者側の力が十分な力を備えていないために、結局は経営者側の力に押し切られている、こういうのが現状の姿ではないかと思うのであります。特にこの機会に皆さんにお願いをしたいと思いますのは、今、九州の三井三池の石炭の首切り問題なぞで激しくもみ合っているというのが実情でありますが、イギリスでもドイツでも、なるほど一般的にエネルギー転換というものが行われています。しかし、イギリスでも、ドイツでも、皆さんも御存じの通り、必ずしもなま首を飛ばすというようなやり方をしているとは思われません。そして最悪の場合に首を切るという場合であったとしても、十分な保護政策というものが並行的にとられている、ここに問題の焦点があるのじゃないかと思うのであります。私は石炭問題というものは、むろんいろいろの角度ですでに国会の委員各位に議論をいただいているところでありますけれども、そういう意味においてもう一ぺん検討をしていただきたいと、かようにお願いをいたす次第であります。 それから政府との話し合いという問題でありますが、岸さんは幹事長時代にはしばしば私たちに会いました。今はむろん忙しいとか、いろいろ事情はありますが、なかなか会う機会がありません。で、私はむろん総理に何でもかんでも会わなきゃならない、こういうふうに思いませんけれども、希望したいことは、政府が主宰する各種の委員会というのがあります。これには労働組合の代表として数は少ないとしても私たちも参加をしているのでありますが、たとえば雇用審議会にいたしましても、あるいは税制調査会にいたしましても。しかし、そういうところでまとまったことが政府の政策の中にはほとんど取り入れられないというふうに私は言っていいのじゃないかと思うのです。それは決して……、そこで、各方面の委員の方々もお見えなんですから、労働者側の意見だけがむろん通るはずはないのでありますけれども、一番代表的な例は、去年答申されました完全雇用に関する雇用審議会の答申というようなものがなされております。しかし、これについてまだ検討中であるのかどうか知りませんが、今度の予算の中に私たちから見ると、どうも十分取り入れられているとは思われません。あるいはきょうのことなぞも、聞けばその通りになるわけです。私たちができるだけのことを国民的な立場で申し上げる、あるいは政府からもわれわれの立場に、あるいは意見にむろん全幅的に賛成されなくてもぜひ取り上げていただきたい、取り入れていただきたいという点がありましたならば、私は真摯な立場で政府としても問題にしていただくようにお願いをしたいし、また、今、御指摘もありましたように、直接政府の責任者と会えるような機会も、むろん労働運動全体の問題についてもとっていただきたいということも合わせて希望をいたします。 それから最後の中小企業労働者の問題につきまして、先ほども意見を述べましたように、最低賃金制八千円ということを私たちの主張として述べているのであります。ところが、これについてはいろいろ議論がありまして、八千円の最賃制なんかやれば企業がつぶれてしまうじゃないか、こういう議論が御承知の通りあるのであります。しかし、私たちが八千円ということを述べている意味は、同時に現在の、先ほどだいぶお話がありました金融政策、財政政策というような、全般的な財政経済政策をある程度転換をして、そうして中小企業にもよく選挙の際にいわれる助成策をもっと取り上げていただくと、そういう経済財政政策の転換ということをあわせ要求をしていることなのであります。で、実際の問題、八千円を直ちに実施すれば多くの企業が私はつぶれるとは思われませんが、しかし、中には八千円の支払い能力を持っていない企業も確かにあるのじゃないかと思います。そういう面については、一々数字を申し上げる必要もないと思いますけれども、今の資本主義経済構造をそのままにしておいても、もっと中小企業を育成する方策というものは今の財政経済規模をそのままにしておいても私はあり得ることじゃないか、そういう立場が私たち総評の述べている八千円要求ということの立場であります。しかも、中小企業経営の中には、八千円というものを施行でき得る状態を持っている会社だってむろんたくさんあるわけであります。そういう実情を考えると、むろん一足飛びにいかぬじゃないかという議論もありますけれども、私はこの際ぜひ一歩でも高めていく、そういう方向に国会の委員各位におかれましても議論を進めていただきたいと心からお願いをする次第であります。
○委員長(小林英三君) 岩井公述人に対する……、ありますか。
○荒木正三郎君 岩井さんに公務員の労働基本権に関する考え方をお尋ねしたいと思います。今もお話があったように、公務員の給与、これは適切に解決されておらないということは、私も前からよく感じておるところであります。で、一つの問題としては、人事院が本来の機能を発揮しておらないという点が、非常に大きな問題となると思います。そういう意味からいえば、人事院が本来の機能を発揮するというために、どういうふうにこの人事院の機能、機構というものを変えていかなければならぬかという問題が一つあると思う。しかし、私は、公務員のベース・アップが昭和二十九年以来放置されておるというその最大の理由は、やはり公務員の労働基本権が不当に制約されておるという理由があるのじゃないかと思うのです。で、私は、諸外国の公務員の労働基本権の問題、これは詳しくは調査いたしておりませんが、日本のように団体交渉権すら満足に認めない、こういう例は、私の知っている限りにおいては、いわゆる先進諸国においてはその例を見ないというふうに考えておるわけなんです。これは歴代の保守党内閣、特に岸内閣は、私どもの見るところでは、相当そういう労働基本権というものを公務員から取り上げて、しかも、最近の政策はさらに圧迫しようと、こういう傾向にあると思う。最近の傾向は別としても、やはり公務員の給与を適正に解決するというためには、一つの重要な問題として、公務員の労働基本権を世界の先進諸国並みにこれを改善すると、そういう措置がなければ、なかなかこの賃金問題を解決することは困難ではないかというふうに考えておるわけです。そういう点について御見解を承りたいことと、それから、こういう労働基本権の問題について、具体的な要求があれば、お考えがあれば、この際、この席上で明らかにしていただきたいということであります。
○公述人(岩井章君) 国家公務員なり地方公務員の労働基本権の問題については、私たちは、原則的に三権を与えていただきたい、こういうふうに考えます。むろん、今、諸外国の例もありましたが、フランスのように、警察官まで団体交渉権あるいはストライキ権——御存じの通り警察官のストライキというのはよくフランスにありますけれども、そこまで私たちは現在主張するわけではありませんけれども、今の国家公務員、地方公務員に労働基本三権をすみやかに与えていただくように希望いたします。そこで、当面、できるだけ早く私は団体交渉権の面につきましては、政府並びに自民党の皆さんにも協力をいただいて、与えていただきたい。今、国家公務員の問題は論じ始めれば切りがありませんが、一番根本的な問題は、団体交渉権がない、そして、先ほども申し上げましたように、それを責任を持って判断をし、やっていく機構が存在をしていない、ここに問題が私はあるのだと思うのです。現に公労協といわれる国鉄、全逓、電通、そのほか専売とか四現業の例がありますけれども、こういうふうなものを考えてみた場合には、ストライキ権はないが団体交渉権というものを持っており、しかも、団体交渉の結果十分な紛争になりそうな状態の中で、仲裁制度とか、あっせん制度というものが生かされている。そのことが、私は長い目で見れば、結局は国家的な立場から見て、労使関係というものを発展させ、円満にさせていく道であるのじゃないか。現状は、国家公務員、地方公務員についてあまりにも、何といいましょうか、救いがたいような立場に置いているところに、私は問題が陰性に発展していくんじゃないか。だから、私は、特に労働三権の問題、なかんずく、当面すみやかにやっていただきたい——団体交渉権というところまでは問題をぜひ取り上げていただきたいと思うのであります。 なお、この機会に、今警官のことを一つ引例をいたしましたが、最近香川県で起きているように、なるほど、おまわりさんは団体交渉も、組合を結成する力もありませんが、給料の一部を天引して捜査費に充てるというようなばかげた例が出始めると、これはやはりおまわりさんにもある程度の団体結成というものを許さなければ、しまいには何をされるかもわからぬ、こういう気持が、私は、総評の立場というよりは、警官の人々の気持の中にも、そういうことが出てくるのじゃないか。だから、幸いに、今度の国会で公務員制度の問題が議論されるような状態にあるわけでありますから、今私が申し上げましたことが、それぞれ御意見があろうとなかろうと、十分一つ問題として取り上げてみていただきたい、かように考えるものであります。
○平林剛君 一点だけ。
○委員長(小林英三君) 時間がありません。質疑は簡単に願います。
○平林剛君 大へん時間もおそくなっておりますから、簡単に一つだけお尋ねをいたしたいと思います。それは、先ほど公述人の下村さんの御所見について、あなたの立場から見て、どういう御見解を持っておるかということであります。少し説明をいたしますと、下村さんは、現在の日本経済の成長率についていろいろお話しになりました。各国の例を引かれたり、あるいは成長率を今後伸ばしていく必要があるという根拠などを述べられたのであります。私は、その点に関する限りは議論はないのであります。ただ、結論としてわれわれが指摘いたしましたのは、成長率は確かに高いけれども、日本経済——国民生活全般を含めて日本経済というものを考えると、どうも片寄っている繁栄になっていはしないか、悪い言葉でいうと、見せかけの繁栄だ、中を見れば、二重構造の拡大だとか、所得格差の増大、貧富の差が大きくなっておる、こういう点を指摘をしたのであります。ところが、下村さんもこれに答えて、確かに成長率だけが自慢ではない、成長率が高いだけが自慢ではない、現在、これからの政策として考えることは、需要の増加が必要だ、需要をいかにして増加させるかという対策が大切なんだ、ということを結論として述べられた。そこでしからば需要の増加というのにはどういう方法がありますか、と尋ねたら、それは減税であるとか、歳出の増加があります、と答えた。しかるに、あなたもお述べになったように、今日の政府の政策の中では、減税ということはやられていない。歳出の増加というのも、ただいまわれわれが指摘をしているような方面の需要増加に向けられる歳出になっているかどうか、疑問があるわけであります。そうなっているじゃないか、こう質問をいたしましたら、今度は下村さんは、いや、現在の成長率は日本の経済を工業化する方向に急速に進めているのだ、だから、日本の経済の成長によって工業化が急速に進められる、昔あった金本位制当時の拘束がないから、そこで、中小企業は大企業が大きくなるにつれて救われる、それからもう一つは、工業化が急速に進められると、農村の二、三男たちも工業地帯に吸収、移住されるのだというふうにそらされたわけであります。私はこの点については、下村さんの御意見にどうも疑問を感じて意見を持っておるのでありますけれども、岩井さんから見て、この最後の結論に対して、はたして現在の下村さんの議論のように、工業化が進められれば、中小企業も従って救われ、農村における二、三男の工業地帯移住、これによって農村も救われるという御見解について、あなたはどう考えるか、これを一つだけお尋ねしたい。
○公述人(岩井章君) 下村さんのような大家の意見に、率直に言って私は批評するほどの力はありませんが、実際の面からだけを例として引けば、賃金の格差という問題がもうここ四、五年議論されているのですが、大体は一〇〇対五〇だと、簡単にいえばいわれているわけです。最近その一〇〇対五〇がもっと縮まる方向を向いているのか、広まる方向を向いているのかということが、いつでも私たちの労働運動を進めていく場合に議論としてあるわけです。で、二%くらい縮まってきているということは言えるように、学者などからも統計資料として説明をされます。ただ二%程度であっても、漸次そういう方向に向いているかどうかということについては非常に疑問を持ちます。特にこれは下村さんの話というよりは、よく日経連の人々と討論会だとか話し合いをする際に感ずるのでありますが、今の政府なり財界、大資本がとっている政策は、中小企業が多過ぎるからこれを整理してしまおう、そういう気持の上に大体の政策を進めておられるように思います。で、むろん公式的に、まあ話し合いをすれば、中小企業をもっと育成させるための努力をするというお話をよくいたしますが、今度の予算を見ても、財政投融資の中の中小金融に配賦される率を見ましても、決して財界の方が述べているような調子に向いていると思われないのであります。だから下村さんの話はむずかしくて私にも批評はできませんが、全体的に経済を発展をしていただくことは非常にけっこうなんだが、生産性本部が発足した際の説明のように、やがてこの産業が発展すればそれが他の産業にも延長してそれも発展する。だから一時的にこの工場で首になっても他の工場に移れるんだ、こういう説明で生産性本部というものが発足をしたわけなんです。ところが、実際にはこの産業が発展していっても、新たにB、C、Dという新しい工場ができているとは思われない。あるいはできても当然ふえるべき雇用というものは、結局、機械化なり、オートメーション化なりによって、実際はまかなわれていく、こういうような実情をかつての問題として経験しているわけなのでありますから、私たちはできるだけ国の政策の中で、むろん政策オンリーで援助することがいいかどうかはいろいろ議論があるところでございましょうが、もっと下積みの二重構造の底辺にいる人々について配慮をしていただくということは必要なんじゃないか、かように私たちは考えるのであります。
○委員長(小林英三君) 岩井公述人に対する御質疑は終わったものと認めます。岩井さん大へんありがとうございました。 午後の公聴会は一時四十分から再開することにいたします。 暫時休憩いたします。 午後零時四十四分休憩 —————・————— 午後二時十五分開会
○理事(館哲二君) これより公聴会を再開いたします。 最初に、午後御出席いただきました公述人の方々に、一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多忙のところ本委員会のために御出席いただきまして、まことにありがとうございます。本委員会は、現在、昭和三十五年度総予算について連日慎重なる審議を続けておりますが、昨日来の公聴会において公述人各位から熱心な御公述を聞いて参りました。ただいま御出席いただきました各位からも忌憚のない御意見を拝聴することができますならば、本委員会といたしまして大へんしあわせに存ずる次第であります。 これより公述に入りますが、議事進行の便宜上、お手元にお配りしてございます公述人名簿の順に、おのおの三十分程度で御意見を述べていただき、お一人ごとに質疑を行っていくことにいたします。 まず、豊田公述人にお願いいたします。
○公述人(豊田雅孝君) 中小企業問題につきまして公述をするようにということでございまするので、極力その線から意見を申し述べることにいたしたいと存じます。 御承知の通り、中小企業は苦難の道を歩んでおりまするが、しかし、今までのところを見ますると、大体におきまして大組織あるいは大資本によりまする企業のしわ寄せを受けてきたところに一番の問題があったわけであります。ところが、これからの情勢を見ますると、最低賃金法の実施によりまして、下から上に突き上げられてくることがいよいよ本格的に出てくるだろうと考えるのであります。かように上から押され、さらに下からは突き上げられてくるというところにもって参りまして、さらに御承知の貿易自由化が実施せられるということになりますると、これは横からまた大きくたたかれてくるということに相なるわけでありまして、全く三重苦に相なるわけであります。ヘレン・ケラー女史ではありませんけれども、全くの三重苦に相なってくるというのがこれからの中小企業の姿であろうと考えるのであります。従いまして、従来の中小企業対策程度ではとうてい足らぬということになることは言うを待たぬのでありまして、そういう点から、今後の中小企業対策は、この際飛躍いたし、また一変してこなければならぬと考えておるのであります。 さような角度から見まして、御審議中の三十五年度の予算案、あるいは現在用意せられておりまする立法措置等で、はたして足るだろうかどうか、これらの点につきまして意見を申し述べたいと存ずるのであります。 まず第一は、三十五年度の中小企業対策費でありますが、これは二十五億円でありまして、前年度に比べますと約十億円の増加でありまするけれども、例の農業基盤整備費などに比べてみましても、その一割にも満たぬというような状態であります。しかも、貿易自由化をいよいよ本格的に実施するということになりますると、中小企業に最もしわ寄せが来るだろうということは、今日もう万人の認めるところでありますが、これに対する特別の対策費が何ら計上されておらぬというところに、大きな問題の一つがあるというふうに考えるのであります。 さらに、財政投融資計画でありますが、これは中小企業金融公庫、国民金融公庫、商工中金、中小企業信用保険公庫、合わせまして六百五十三億円でありまして、八十六億円の前年度に比べますると増加に相なっておりまするけれども、比率にいたせば、わずかに一割五分二厘であります。 しかも、組合金融といたしまして中小企業金融の中心機関になっておりまる商工中金に対しまする財政投融資はわずかに三十億でありまして、しかも、その三十億円は割引商工債券等の引き受けだけであります。要するに、商工債券という債券引き受けだけであります。この債券引き受けは非常にコストが高いのでありまして、そういう関係からいたしまして、財政投融資の額も少ないし、またそれがコスト高である、そういう点から金利は割高になっておるのでありまして、この点、貿易自由化をいよいよ本格的に始めるということになりますると、どうしてもこの際金利の引き下げが大きな問題になってくると思うのでありますが、そういう面からは、商工債券の引き受けというような行き方でなく、資金運用部資金を直接商工中金に貸し付けるという行き方によりまして、コストを引き下げて、大幅に金利引き下げを断行するということでなければ、この貿易自由化に臨んでおりまする今日、組合金融機関としては全く問題にならない財政投融資だというふうに言わざるを得ないと考えるのであります。 さらに、今後考えられまする点は貸付の期間の問題でありますが、いわゆる中小企業金融につきまして、長期貸付といっておりまするものも三年あるいはせいぜい五年であります。ところが、アメリカの、中小企業投資会社法という法律によりまして中小企業投資会社というのが今日相当数できておりますが、その貸付を見ますると、五年以上二十年までの長期に相なっておるのであります。そういう点を考えてみますると、かような行き方を日本でも取り入れまして、せいぜい五年というようなことでなくて、五年がむしろ一番短いので、二十年までくらいのほんとうの長期の資金を供給するということでなければならぬというふうに考えるのでありまして、これらの点についても十分今後御検討をお願いをいたしたいと存ずるのであります。 貿易自由化のきっかけになりました一つの点は、御承知の通り、わが国の低賃金が国際的に問題になったというような点がその一端をなしておるようでありますが、もしもそうでありまするならば、国際的に日本の非常な高金利でありますることがもっともっと真剣に取り扱われなければならぬのではないかというふうに考えておるのであります。で、この高金利の点は、いわゆる公定歩合によりまして比較をいたしてみますると、日本は年七分三厘が公定歩合でありますが、アメリカ、西独、フランスあたりは年四分であります。英国はこの間上げましたけれども、それでもなお五分であります。スイスになりますると、わずかに二分であります。しかるに、日本は七分三厘である。そこに大きな開きがあるわけであります。ところが、市中金利について考えますると、必ずしもそんなに開いてはおらぬのだということを、主として金融機関方面で言われる向きもあるのでありまするが、しかし、御承知の歩積み、それから両建、あれを加算いたしますると、これはおそらくアメリカあたりの市中金利の倍前後に相なっておると考えるのであります。こういう高金利で貿易自由化に対処しなければならぬという点におきまして、これは日本全体の問題でありますが、特に中小企業は非常な苦難に直面するわけであります。そういう点から、この際、金利の大幅引き下げを積極的にやるという構想がどうしても必要だろうというふうに考えるのであります。それと同時に、ただいま申しまする歩積み、両建、これを撤廃するような措置をどうしてもとらなければならぬのではなかろうかというふうに考えさせられるのであります。 ところが、この高金利に関連いたしまして、その原因ははたしてどこにあるのかということでありますが、それはいろいろ原因はあると思いまするけれども、私は日本の税制が非常に大きな禍根をなしておるというふうに考えておるのであります。と申しまするのは、企業が利益を出しまするというと、税の重課は御承知の通り激しいものでありますが、特に自己資金をもちまして設備投資をするとか、あるいは増資をするということになりますると、これは非常に追及するわけであります。そうしてこれに税を重課するわけであります。従って、今日では税を安くするために、借入金で設備投資あるいは増資ということはまかなうのほかないというのが、これは一つの企業経営の常識になっておるのであります。さような状態でありますので、内部の蓄積はできないし、そうして資金の需要は多くなる、こういうことでありまするから、資金需要はますます多くなる一方でありまして、金も物と同様でありまして、需要供給の関係から金利というものはきまってくるのでありまするがゆえに、蓄積はできない、そうして資金需要は大きいということになりまするというと、当然高金利になってくるのであります。この点をよほど税制の上で真剣に考えなければならぬと思うのでありますが、さらに、現在のこの税制から過重負担が出て参りますために、御承知の社用族が横行する、あるいは国民道徳まで低下するという禍根を税制自身が露呈しているということは、こういう面からも税制改革を根本的にやらなければならぬ、そうして大幅に減税をすべきだというふうに考えるのであります。 その場合に、特に考慮を払っていただきたいと思いまする点は、たとえば法人税にいたしましても、低額所得に対して重課せられておりまするので、この点はわれわれ早くから追及いたしまして、ようやく、最初は五十万円の低額所得、そのうち二百万円までの低額所得につきましては特別の軽減率が設けられまして、少なくとも三百万円程度の低額所得法人に対しましては、ただいま申しまする特別軽減率の適用をする。あるいはまた、設備機械の耐用年数を大幅に短縮する。それからさらに一つの問題は、特別の事業でありますとか、あるいは特別の業種に対して特別の税をかけているという点については、これは税の負担公平の原則から申しましても、非常に問題であろうと思うのでありまして、具体的に申しますると、事業税、さらに物品税、さらに木材引取税、あるいはガソリン税、かようなものの撤廃を考えていかなければならぬというふうに考えるのであります。 この税制に関連いたしまして、貿易自由化に直面いたしまする中小企業といたしましてもう一つの問題は、関税政策の再検討の問題であります。大体日本の関税の税目分類は非常に大まかでありまして、大体九百四十くらいになっておりますが、米独などは三千くらいに分かれており、英国は五千くらいに分かれておる。さらに、スイスあたりになりますと六千近い分類になっておるのであります。従って、物の入ってくる模様を見まして、端的に当該商品の税の上げ下げができる仕組みになっておりますが、日本のような大まかの分類でありますと、隔靴掻痒の感が出てくることは言うまでもないのであります。そういう点から考えまして、複雑なる中小企業製品を考えますると、どうしても税目をこまかく分類することによりまして、ただいま申しまする端的、率直なる適当な保護の道が考えられるという仕組みがどうしても必要だろうというふうに考えるのであります。それと同時に、今後貿易自由化のいよいよ進捗に伴いまして、相当思わぬ影響の出てくることが多々あるだろうと思われるのでありまして、そういう面におきましては緊急措置の講ぜられるような行き方が必要だ。その点につきましては、あるいは関税委員会制度を設けまして、これに権限を委譲しておくというような行き方も考えなければならぬというふうに考えるのであります。 さらに、保税工場制度でございますが、これまで中小工場につきましてはなかなか利用がしにくいということになりがちでありますので、保税工場制度を設け、これを大いに積極的に活用することが今後の一つの大きな行き方だと存じまするが、それだけに、ただいまの中小企業工場に対しまして十分の積極的な、しかも簡易にこの制度の活用ができるような道を考えるようにしなければならぬと存ずるのであります。 さらに、立法的な措置といたしまして、特にこの際お考えを願いたいと存じますることの第一は、中小企業団体組織法の改正の問題であります。これは御承知の通り、中小企業は万年不況、それが中小企業だというふうにいわれておりますが、それにもかかわらず、中小企業団体組織法では不況要件ということを非常にやかましく申します。それがために、商工組合の設立、あるいは調整事業をやることが非常に厄介なことになっておるのであります。ところが、貿易自由化のだんだんと進むに伴いまして、過当競争が最も多く起こる、またそこへ追い込まれるというのが中小企業であります。そういう点からいいますると、どうしてもこの際中小企業団体組織法を改正いたしまして、そうして不況要件を撤廃するということが絶対必要だというふうに考えるのであります。 第二の、立法措置といたしまして必要だと痛感いたしておりまする点は、中小企業の事業分野を守る行き方の問題であります。これは御承知のごとく、従来から大資本あるいは大組織による企業の中小企業分野への過当進出によりまして今まですでに相当問題をかもして参ったのでありまするけれども、これもまた、貿易自由化がだんだん進むに伴いまして、あるいは為替の自由化が進むに伴いまして、内外の大資本によりまする乱戦状態が誘発せられてくることはこれは当然覚悟をいたさねばならぬのであります。そういう点から考えますると、この際こそ、どうしても、国民経済的に大所より見ましてもなおかつ中小企業の適正分野だと考える分野に対しましては、これを擁護し、また調整措置を講じ得るような立法的措置が、これまた絶対必要だというふうに考えるのであります。 第三の問題といたしましては、独占禁止法の問題であります。御承知の通り、独占禁止法を緩和しろという声も一部に起こっておることは御承知の通りでありますが、もしも、輸出取引は別でありまするけれども、国内取引にまでカルテルが大企業に自由にできるということになりますると、中小企業へのしわ寄せは今まで以上に激しくなってくると考えるのであります。そういう点から見まして、またさらに貿易自由化自身これは独占をだんだん強化するという必然性を持っておりまするので、あわせかんがみましたる場合に、どうしてもこの際国内取引にまで独禁法を緩和する、そして中小企業にしわ寄せていくということは、これは経済界全体を考えてみましたる場合に、自粛し、大いに戒めていかなければならぬことだろうというふうに考えるのであります。 第四に申し上げたいと存じまするのは、不渡り手形に対する対策の問題であります。これは、中小企業は底の浅い関係からいたしまして、どんなに営々と健全経営をいたしておりましても、相当額の不渡り手形をかぶりますると、一夜にして倒産に追い込まれるのであります。そういう点から、不渡り手形は全く中小企業者にとりましては農家の風水害的な災難であります。ところが、この風水害的な災難である不渡り手形というものは、今後貿易自由化の進捗に伴いましてだんだんと深刻化するであろう。それに対する用意を今よりしておくということが、これまた絶対に必要だというふうに考えるのであります。そういう点におきましては、すでに御承知と存じまするが、海外に物を輸出いたしまする際に、その輸出代金が取れぬという場合には、輸出保険にかけておきますると、輸出保険金によってこれがカバーできるという輸出保険制度があるわけであります。これに準じまして、同様な関係にありまする中小企業に対する不渡り手形に対しては、一種の共済保険的な行き方といたしまして、保険制度を立法化する必要がある。これをやっておきませんと、貿易自由化の今後二、三年の間にわたる長期の経済界の動きによりまして、容易ならぬ問題が出てくるだろうというふうに考えるのであります。 最後に申し上げたいと存じまするのは、零細企業対策の問題でございます。 御承知のごとく、企業格差がだんだん激しくなって参りまして、大企業と中小企業の間に企業格差が相当のことに相なっておりますが、中小企業内部におきまして、中企業とか小企業ないしは零細企業との間にこれまた企業格差がだんだん大きくなってきておるのであります。これを一口に申しますると、今までは日本の産業構造は二重構造だ二重構造だと言われておりましたが、もはや、今の現状から考えますると、日本は全く三重構造に相なっておるのであります。そういう点から、中小企業対策でも、特に零細企業に対しましては特殊の対策、特殊の行き方をやらないと、案外にいいはずのものが絵にかいたもちになるということであります。 これは具体的に申し上げますると、商工中金の昨年の暮の貸し出し残高でありますが、それは千四百二十三億になっております。それから中小企業金融公庫は、これまた昨年の貸し出し残高は千二百九十二億になっております。それから国民金融公庫は、昨年のこれまた貸し出し残高で千九十九億に相なっております。この三つを合わせますとざっと三千八百億以上に相なるのでありますが、これだけの政府関係金融機関の資金が動きましても、零細企業あるいは小企業、中小企業の半分から下あたりは、ほとんどただいまのところ救われておらぬというのが実情であります。これにつきましては、いろいろ原因もありまするけれども、最も大きな問題は、零細企業になりまするというと、どうにか事業は黒字でうまくいっているのであるけれども、さあ金を借りようというときに担保を出せと言われると、担保がない。そんなら連帯保証人を連れてこいということでありますが、連帯保証をしてくれる者がない。そういう点で行き詰まってくるわけであります。ここにおきまして、どうしてもこの零細企業に対しましては特殊の行き方、具体的にいいますというと、担保がなくとも、連帯保証がなくとも、ある特殊の行き方によりまして、零細なる一定の金額の融資が可能になるという行き方を考えなければならぬと思うのでありますが、これは具体的に申しますると、方法がないわけではないのであります。やろうと思えばできることなのであります。 それは、御承知の、各県に信用保証協会という制度がありますが、この各県の信用保証をつけるときに、今の状態でいきますると、その信用保証をつけるときすら担保をよこせ、あるいは連帯保証人をつけろということになりますのでありますが、その必要なし、零細金融という特殊のものだけについては、担保がなくとも、連帯保証がなくとも、信用保証をする。しかし、それでは危険でありましょうから、これに再保険をつける。そういう機関があるのかということになるのでありますが、それは中小企業信用保険公庫というものが皆さんのお力によりましてできておるのでありまして、この中小企業信用保険公庫に再保険をつけさせ、これによりまして一定の少額金融というものをやるということになりますると、初めて零細企業あるいは小企業に政府資金の導入が生きてくると考えるのでありまして、この方法によりまする無担保、無連帯保証を零細企業に対してはどうしてもやる必要があろうというように考えるのであります。 それと同時に、もう一つは税金関係でありまするが、これも普通の減税方法で参りますると、案外に零細階級には効果が出てきにくい。それが特殊の事情であります。従いまして、これにも特殊の方法を講じなければいかぬ。それには、零細企業というものが一種の勤労的な企業でありまする点から見まして勤労控除に準ずる特別控除制を零細企業に対して認めていくという行き方を実現しなければならぬと考えるのであります。 要するに、特殊の零細金融と特殊の零細企業控除によりまして、その両面から零細企業の育成振興をはかるという必要があろうと考えるのであります。要するに、零細企業については中小企業対策の中でも特別の行き方をしなければいかぬということでありますが、そういう点から考えますると、今回商工会法が制定せられるようでございまして、この点はまことにけっこうであるというふうに考えるのであります。ただ今の法案通りでいくということになりまするというと、商工会議所のある地区には商工会が設けられぬということになっておるのでありますが、零細企業はむしろ商工会議所のある地区にこそ多いのでありまして、そういう点から商工会議所のある地区にも商工会を認めていくという行き方でありませんと、せっかく零細企業を専門的に指導しようという商工会制度を設けるという根本趣旨から見まして、非常に不徹底ではないかというふうに考えておるのであります。 以上大体のところを申し上げまして、もしも御質問等がございましたら、これに対してお答えをいたすことにいたしたいと存じます。(拍手)
○理事(館哲二君) ありがとうございました。ただいまの公述に対して質疑のおありの方は、順次御発言を願います。
○大竹平八郎君 豊田さんに一、二点お伺いいたしたいのでありますが、今最後の段階に、中小企業の団体法の問題につきましてお述べになったわけでありますが、現在中小企業団体組織法というものがあるわけなんでありますが、この問題につきましては、御承知の通り、自民、社会両党の修正案を参議院に持って参りまして、参議院では社会党の大部分とわれわれが徹底的に反対をいたしまして、再度にわたって国会までが延長をしたというようないきさつを持った法律なんであります。そういう意味において、この団体法に対しまする関心というものは非常に大きいのでありますが、はたしてこの団体法というものが現状においていかに活用されておるかという点について、一つお尋ねしたい。 それから、ついでですから、いま一つ申し上げますが、今度自由化の問題がいろいろまあ大きく影響を中小企業に与えることは、これは事実だろうと思うのでありますが、そこで、その中小企業が、特にアメリカ方面の輸出の状況を見ましても、まあ非常に多いのであります。しかしながら、中小企業は力がございませんから、海外情勢を把握するという点に非常に欠けるところがあるわけであります。これもまあ政府の援助におきまして、ただいまジェトロというものがあるのでありますが、しかし、どうも私どもが聞くところによると、ジェトロの活用というものは大企業方面に多く活用せられて、中小企業方面にあまり活用せられていないというようなことも聞くのでありますが、自由化に対しまして、この中小企業の貿易というものの要素はいよいよ大きくなってくるのでありますが、そういうことについて、特に海外調査機関とか海外連絡機関とかいうようなものがジェトロ以外に、中小企業専用というと語弊があるのですが、専用の何かそういう機関の必要があるかどうかこの点と、二点を一つお尋ねしたいと思います。 それからなお団体法の問題でお述べになりました趣旨からいたしますと、あるいは今の団体法というものはもう廃案にして新しいものを作った方がいいというのか、あるいはこれを徹底的に改正をしてそうしてやり直すというようなことか、この点もあわせて伺いたいと思います。
○公述人(豊田雅孝君) ただいまの大竹さんの御質問に対しましてお答えをいたしますが、まず第一は中小企業団体組織法関係でございます。御承知の通り、中小企業団体組織法の中に員外規制命令、アウトサイダーに対します規制命令と、もう一つ組合員にあらざる者を強制的に加入さしていく、といういわゆる強制加入命令と二つあるわけでありますが、強制加入命令を認めるようになった代償、というと語弊があるかもしれませんが、それに伴う制限条件といたしまして、いわゆる不況要件というやかましい制限がついて参ったのであります。それがために、せっかくのあの制度でありまするにもかかわらず、なかなか不況要件が整わないと商工組合の設立もできないし、いわんや調整事業もやれぬということで、今日では多少、商工会、商工組合ができてきておりまするけれども、当初想定したような進み方はちっともいたしておらぬのであります。そういう点から考えてみまして平時においても改正の必要があると考えるのでありまするけれども、貿易自由化によりましていよいよ中小企業が過当競争に追い込まれる。そうなりますると、それに対する道具立てといたしまして動くように中小企業団体組織法をしなければならぬ。商工組合を作りやすく、そうして動きやすいものにしなければならぬということに相なると考えるのであります。そういう点におきまして今日業界の大部分の意向といたしましては、場合によれば強制加入命令は断念いたしましても、アウトサイダーに対する規制命令をどんどん出していけるようなことに相なるならばそれでもいい、だから不況要件の方は撤廃をしてもらいたいという声でございます。そういう点におきまして、今申すような改正が中小企業団体組織法に行われまするならば、相当これは効果があるというふうに考えております。もちろん御承知の繊維関係につきましては、繊維工業設備臨時措置法がありまして、またこれを改正強化しようとしておるようでありますが、かような業種別に徹底した不当競争防止の道ができれば別でありまするけれども、いかなる業種についても一々というわけにはいかぬと考えまするので、そういう点から見まして、中小企業団体組織法の、ただいま申しまするような改正による不況要件の撤廃によって息を吹き込んでいくということが、急速な必要性を示しておるというふうに考えております。 それから海外の調査機関につきまして、特別の中小企業本位のものが必要でないかという御質問でございますが、この点につきましては、たとえばジェトロあるいはそのほかのいわゆる雑貨センター等にいたしましても、できるときにはこれは中小企業本位にやるのだと。大企業、大商社の方はそれぞれ外地、海外に適当なる調査網もあるわけでありまするから、どうしても中小企業に重点を置いていく以外に、道がむしろないのだというぐらいにいわれてできてはいるのでありまするけれども、やっておりまするうちに必ずしもそういうふうにはいっておらぬのが実情でございます。そういう点からは、あるいはジェトロもまあ再出発いたしましたのは最近のことでありまするし、雑貨センターのできたのも最近のことでありまするので、もう少し中小企業本位に動いていくということに対しまして行政監査等も必要かと存じまするが、その結果をしばらく見るのも私はまあ一つの道だとは思いまするけれども、なお先々本格的な動きをしないということでありまするならば、中小企業本位の海外調査機関というようなものを真正面から打ち出していく必要があるのではないか、というふうに考えております。
○東隆君 私は中小企業者の金融という点について、先ほどお述べになった点に賛成なのでありますが、やはり中小企業者等の協同組合を私は強化をして、そうして中金とつながりをつける、こういう形をとるほかに、私は中小企業者に政府の低利資金を流すということはむずかしいと思うわけです。 それで、私はお伺いいたしたいのは、中小企業者等の協同組合法も協同組合形式をとっておるし、また実際はそうだろうと思う。ところが、中小企業者等の協同組合法でできたところの協同組合に対して、大蔵省の税金を取る方の係の人はあれは脱税組合であると、こういうふうに強く言う人もある。だいぶ前の話でありますけれどもそういうことを私どもは聞かされておるわけであります。そこで租税措置法その他の場合においてもなかなか減税の方法がむずかしかったのでありますが、減税をするというよりも、協同組合には本来税をかけるべきものでないという考え方なんです、私は。それで、そういうような面から多年中小企業の方面に仕事をされた豊田さんは、協同組合法によってできた中小企業者等の協同組合が事業をやって、それは収益事業であるかもしれませんけれども、しかし組合員のためにこしらえた組合でありますし、しかも仕事の割合で還元をするとか、あるいは一定の限度で出資に対して割り戻しをするとか、そういうような方法が講ぜられている以上、私は協同組合の剰余金に対して法人税をかける必要はないと思う。法人税は百分の二十二かけられることになっておりますが、私は根拠がないと思うのですが、その点どういうふうにお考えですか。
○公述人(豊田雅孝君) お答え申し上げます。 ただいまお話のありました脱税機関じゃないかというお話、これは協同組合の問題ではなく、企業組合の問題であろうと思うのでありますが、といいますのは、企業組合は御承知の通り一種の企業合同をした組合でありまして、組合といいまするけれども一つの合同企業の形でやっておるのであります。ところが中には、従来の企業者は企業者でやっぱり門戸を張ってやっておると、しかし形は企業合同をしたというので、企業組合でやっておるのだということで、税務当局とまあずいぶんすったもんだが起きたのでありますが、ようやく今は安定をしてきたのでありまするけれども、この企業組合と協同組会とは別に考えなきゃならぬと思うのでありますが、協同組合に対する税金を免除すべきじゃないか。こういう御意見でありまして、その点私も一面においてはそういう考えを持つのであります。ただ農業と商工業とはそこに違いがありまして、農業の方は協同組合による共同事業というものが非常に伸びるわけであります。その伸びることによりまして、逆に今度は中小企業の方に相当影響を与えておることは、全購連等のあの動きを見ましてもわかるわけでありますが、もしもこれが全部税金がかからないということになりますと、中小企業自身の組合にもかからぬようになるのでありますから、いいようなものであるのでありますが、共同事業は大して伸びておらぬ。そういう点で、税が免除になりましたる場合に、その恩典に浴することが少なく、しこうして一面において、共同事業としてどんどん伸びまする農業関係などの、しかも商工業的な行為による面からくる収益に対して、組合としての場合にせよ全然税がかからぬということになりますと、今まで以上に非常に競争、これはいい意味での競争でありますが、困難になってくる。そこで協同組合に対して免税ということは一面においていいし、また理論的にも大いに考えられることなんでありますが、実際問題としてみますると痛しかゆしの点がある、というのがこれは率直なことを申し上げますと実情であります。そういう点において農業関係と商工業関係をいかに今後調整していくか、というような問題にも関連をしてくるわけであります。なかなか理論と実際とは困難な面がありまするので、そういう点について、なお御研究をお願いいたすことができれば幸いだというふうに考えております。
○東隆君 豊田さんのお話は、ちょうど大蔵大臣がおっしゃるような、同じようなことを言われておるのでありますが、協同組合というのは、単に農漁村にある農業協同組合、あるいは漁業協同組合だけでなくって、中小企業者の協同組合もやはり営利を目的にしないところの協同組合だろうと、その傘下になかなか入らないところに、中小企業者が大きくなっていけない私は理由があると思います。従ってそういうような営利を目的としないところの協同組合を組織して、そしてその協同組合が組合員のために仕事をする、こういう態勢を作っていかなければ、私は独占資本によるところの大企業、そういうようなものに、中小企業者がどうしても対抗をしていくことができぬと、こういう考え方を持っておるのです。従って単に農業だとか工業だとか、あるいは漁業だとか、また消費者大衆の生活協同組合、そういうようなものに対して、中小企業者が別な政治的な意味で、いろいろ当然税をかけちゃならないものに対して税をかけるようなことを、中小企業者の側で言われるのは、自分の方の陣営をかえって傷つけるような、そういうようなことになるのじゃないかと、こういう考え方を持つものですから質問をしたわけでありますけれども、豊田さんのお答えは私には満足できないのでありますが、私の考え方はそういう考え方ですから、一つ中小企業者の育成、こういうような方面のお仕事をされておるのでありますから、その方面について、一つ協同組合を私もっと本式に御検討願いたいと、これは私の方から今度お願いをするわけであります。
○公述人(豊田雅孝君) 大蔵大臣的な答弁だというふうにひやかされましたが、中小企業本位の答弁としてそういうことになるわけでありまして、端的に言いますると、協同組合に免税になれば、中小企業の協同組合といえども得るところはあるわけであります。しかし同時に、それによって非常なる脅威を、他の方面の協同組合のどえらい大企業に匹敵するような動き方に対する、免税から来まする影響によりまして、失うところが多い。得るところは少ないが失うところは非常に大きいという、そういう関係のものでありまして今日、中小企業関係は大企業、大資本のしわ寄せも受けておりまするけれども、全購連のあの動きによりまして、肥料あるいは農機具あるいは漁業用重油、これらについてはもう大商社以上の実勢力を農協なり漁業協同組合が持たれてきておるわけでありまして、それによるしわ寄せというようなものが非常に出てきておるわけであります。そこへ今度は免税になるということになりますと、貧乏人にも免税になるが、うんと金持ちにも免税になる、どっちがいいかというような問題になってくるのでありまして、そこで全く中小企業本位の立場に立ちまして、非常にこれは慎重に考えにゃならぬということに相なろうと考えるのであります。そういう点を申しておるわけであります。御了承願いたいと思います。
○理事(館哲二君) 他に御発言もなければ、豊田公述人に対する質疑は終了したものといたします。どうもありがとうございました。 —————————————
○理事(館哲二君) 次に久住公述人にお願いいたします。
○公述人(久住忠男君) 昭和三十五年度総予算中、特に防衛予算についての所見を開陳いたすわけでございますが、防衛予算はその特質上、世界の情勢、特に軍事情勢と密接不可分の関係にございますので、まず最初に、これらの客観情勢についての所見から開陳いたしたいと存ずるのであります。 第一に申し上げたいのは、現在の世界情勢において、いわゆる核ミサイル全面戦争といったようなものが起こり得るかどうかという問題であります。最近一九六〇年になりまして、米ソ両国はいわゆる大陸間弾道弾の実用化に成功いたしまして、これを部隊に配属し各地にこの基地を建設中であるという話が伝わっております。おそらく事実であろうと存ずるのであります。この段階におきまして一九六〇年という年は、軍備上あるいは世界情勢上一つの画期的な時期でございまして、この新しい情勢が、われわれに何をもたらすかという問題につきましては、ひとしく世界の平和を願う者といたしまして、まことに重大なる関心事であると存ずるのであります。この本年を境といたしまして完成しようといたしておりまする大陸間弾道弾は、第二次大戦の末期、今から十五年前に最大の破壊力を持ったといわれておりました、B29から落とした一トン爆弾に比べまして、その能力は十二億倍に達していると計算されます。これは爆弾の破壊力が五百万倍になる、逆算いたしますと。スピードが大体四十倍でございます。またその飛ぶ距離が六倍前後でございます。これ単純に掛け合わせますと十二億倍と相なるわけでございます。このように破壊力というものが飛躍的、革命的な増強をいたしておりますのにかかわらず、われわれの住んでおるこの世界は、極端に申しますと、一寸たりとも広がっておらない。いや、むしろ人口はさらに稠密となっております。立て込んできております。数字をもってこれを表現することを許されますれば、われわれの兵器による脅威は、十二億倍になったといっても過言ではないと思うのであります。しかも、それが現実のものとしてなっておるというのが現在の世界情勢で一つの重要なる要素であろうと思うのであります。 〔理事館哲二君退席、委員長着席〕 われわれは、この怪物兵器というものに直面をしておる。一部では、この怪物兵器が使われる戦争が起これば、その直接の破壊はもちろん、その放射能によって世界中の人類が死ぬとさえ考えられておる。皆様よく御承知の通りでございます。ところが、このような兵器が実際に使われる可能性がはたしてどの程度あるのであろうか。われわれ人類がこのようなばかげた無謀な戦争を起こす可能性がはたしてどの程度あるのであろうかということが、われわれの現在の世界情勢を分析する上において最も重要なる点であろうと存ずるのであります。しかし、ここに申し上げたいのは、この種のミサイル・核兵器を使う全面戦争というものは、次の三つの軍事専門的理由によりましても、起こる可能性はほとんどない。絶無と言い得るくらい起こる可能性がないということをこれから申し上げたいのであります。 第一の理由は、ICBMなどの兵器は、その性能上絶対の勝利兵器となることはできず、これを使うことは、結局世界の自殺行為に終わるということ、これが明らかであるという点であります。これはいささか専門的にわたると思いますが、命中精度と基地の防衛力との相関関係から参るわけであります。現在ICBMの命中精度は、その射程距離に対しまして〇・二%程度と考えるのが、技術的に妥当なる数字であろうといわれております。最近、アメリカの大統領が年頭教書で、アメリカのICBM、アトラスは五千マイル飛んで、二マイルの誤差であったということを発表いたしております。また、去る一月二十日、中部太平洋に落下いたしましたソ連の大型ロケットは、一万二千五百キロを飛びまして、二キロの誤差であったということを発表いたしております。そのいずれもが、前に申しました〇・二%という命中精度とはるかに隔たりがあるのであります。アメリカの方は〇・〇四%でありまして、ソ連の方は〇・〇一六%であります。これは従来われわれが最高の精度といわれておったものに比しまして格段の進歩であります。しかし、われわれは、この数字は技術的根拠に基づいた数字というよりは、むしろ政治的な数字であるということを申し上げたいのであります。その理由はいろいろあげることができるのでありますが、まず最近の実例としてわれわれが確認いたしておりますソ連の月ロケットの問題であります。この月ロケットは、専門的な計算によりますと、月に命中させるための誤差の許容範囲は、速力において毎秒約二十メートルの誤差が許される、角度において〇・七度の誤差が許される。今かりにソ連の成功いたしましたのが、この誤差許容範囲の半分の量であったと仮定いたしますと、これを大陸間弾道弾に換算いたしますと、八千八百キロを飛びまして約六十キロの誤差になる。これは射程に対する比率に換算いたしますと〇・七%であります。角度にいたしますと、同じ距離で五十キロの誤差があっても月に命中する、しかも許容範囲の半量で命中するということに相なるわけであります。これをパーセンテージに表わしますと〇・六%であります。すなわち、月ロケットの命中によって立証された月ロケットの精度は、今度の米ソ両国の発表するようなけた違いの数字ではないということが一応理論的に申し得るのではないかと思うのであります。また太平洋や大西洋の洋上で観測をいたしまして、二キロの誤差であるとか、二マイルの誤差であるというようなことをいいますが、それが技術的に実際的にどの程度の価値のあるものであるかということについては、若干の疑問を持たざるを得ないのであります。洋上におきまして一キロ、すなわち千メートルあるいは二千メートルという位置の正確さを出し得るということは、現在の航海、航空技術上の面におきまして、まことに困難なことは常識でございます。中部太平洋方面にあります、いわゆるロラン・チャート、新しい電気的な位置を出す装置でありますが、その図の中に表われておる線の幅、線の幅だけからとりましても、千メートルや二千メートルはあるわけであります。こういう意味で、この洋上でこういう誤差であったということを正式に発表するということが多分に政治的な要素を含んだものであるということは一応言えるのじゃないかと存ずる次第であります。 そういう意味で、現在のところICBM、いわゆる大陸間弾道弾の誤差は、当初に申しました通り〇・二%程度の誤差と見るのが技術的に妥当なところではないかと思うのであります。そういたしますと、ICBMの命中精度の点におきまして、これを使った場合にどういうことになるか、もちろん、広大なる面積を持った大都会等を攻撃する場合には問題ありませんが、それではいわゆる奇襲開戦等には役立たない。奇襲開戦をいたします場合には、まず相手の報復力のある地下のミサイル基地等を攻撃しなければならない。ところが、地下のミサイル基地を、今申しました〇・二%という精度のICBMで攻撃するとすると、一カ所に対し数十発の発射を必要とするのであります。ところが、米国でもソ連でも、すでに昨年あたりから本格的な地下基地の建設が始まっておるのでありまして、米国あたりの公表するところでは、発射台がここ二、三年の間に約二百個作る、ロッキー山脈の方面に作られるという話があります。そこで、もし奇襲開戦をしてこれを破壊いたそうといたしますと、初っぱなに数千発のミサイルを打ち込まなければ、相手の報復力を奪うことはできない。これは現在においては不可能な程度の数字であります。そういう意味から申しまして、現在の兵器の性能、命中精度から申しまして、これを奇襲開戦に使い、絶対有利なる兵器としてこれを利用することはまだ先のことであるということが一応言い得るのであります。しかし、ここでもしその命中精度が、アメリカ大統領やソ連政府の発表いたします通りの命中精度になったらどうするかという問題でありますが、これもすでに問題はないと思うのであります。どういう意味かと申しますと、発射基地が今度は機動性を持とうとしておる。二、三年先にはアメリカは列車に搭載いたしましたミニットマンという大型のミサイルICBMを各鉄道のブランチに置きましてこれを一年中くるくる回すようにする、これを数百個作ろうとしており、また原子力潜水艦に同じようなミサイルを積みましてこれが各地を回る、これは二カ月も海底にもぐっていることができる、あるいは戦略爆撃機に同様のミサイルを積むことも二、三年すれば可能になる。こうなりますと、命中精度は幾ら向上しても、相手のこの機動力によってこれを捕捉撃滅することはできない。そういたしますと奇襲開戦ということは、必ず報復反撃を受ける。報復反撃であるから、これは大都会等に攻撃を受けることを覚悟しなければならぬ。結局、命中精度と基地の機動性を持つということが迫っかけっこをいたしまして、兵器の進歩というものは、やはり今考えられる限りにおきまして絶対勝利兵器というものは作り得ないということが、一応言い得るのじゃなかろうかと思うのであります。そういう点から、現在の新しい兵器が生まれたということが、世界を危機に陥れるということについては、十分検討を要するわけであります。 次に、第二に申し上げたいのは、第二の全面戦争が起きない理由として申し上げたいのは、これからの軍備体系は数量が支配しないということであります。一発の兵器が今申しましたような膨大なる破壊力を伴っておる。一発打ち込まれれば報復反撃をするというのが、現在の兵器の進歩でございます。そういたしますと、百個持っていようが、三百個持っていようが、その差は昔の師団の数だとか戦艦の数だとか、爆撃機の数の比較のようなわけには計算できない。現在ミサイル・ギャップというものがあって、アメリカ百に対しソ連は三百個を持っておる。従ってソ連の方が戦略的に優勢であるというような議論がよくございますが、これは最近の兵器の特質から申しまして、少し議論がおかしいのであります。数量が支配しなくなったということは、軍備上のバランスがさらに安定をもって継続し得るということであります。これはやはり全面戦争が起きにくくなった重要な理由であろうと思うのであります。これが最近のいろいろな学説等にも現われておりまして、例のベルナルド・ブローディ及びポール・バッカス等の唱えております最小限抑制戦略理論というのがございますが、これあたりもこの新しい、数量の支配しなくなった軍備体系というものを根拠にいたしているわけであります。ある程度の報復力さえ持てば戦争は抑制できる。その最小限の数を出すのをどうするかというのが、今申し上げた新しい戦略理論になっているわけであります。そこで、この数量が戦略的に大勢を支配しなくなるといたしますと、各国の軍備によるバランスというのは、さらに広い範囲において安定をするということが言い得るわけであります。 第三にあげられます全面戦争の起きない理由は、軍事技術が果てどもなく進歩するということであります。これはどういうことかと申しますと、あまりにもその進歩が急激であって、軍備計画者、戦争計画者は計画が立たないということに相なるわけであります。第二次大戦のときのヒットラー・ドイツは、爆撃機と戦車とによりまして戦勝の方途を考え出し、これを何年かにわたって準備をいたしまして、一応最初の成功をした。こういうような種類の戦争計画というものは、先がわからない者にとってとても計画できるものではないのであります。相手の方にはどういう計画ができているかわからない。この科学の進歩というものが、戦争計画というもの、少なくとも五年、十年先の戦争計画などというものは不可能にいたしております。現在の一年は過去の十年、二十年に相当し、現在の一週間は、科学技術上の進歩から申しますと、過去の一年ないし二年に相当するということがよくいわれておりますが、このものすごい進歩が、実は戦争を抑制している一つの有力なる理由になると考えられるのであります。こういういろんな理由からいたしまして、現在の状況でミサイルとか核兵器を使ったような戦争というものが、いかに行なわれにくいか、企てにくいかということを申し上げたわけであります。 第二に申し上げたいのは、今のと全然逆でありまして、近い将来世界に軍縮というものが成立するだろうかという問題であります。最近軍縮関係の国際会議も新しく開かれまして、世界はこの軍縮問題の成功に対して大きな期待をかけているわけであります。また、一部には今直ちに軍縮時代が到来し、世界は軍備の不用な時代に入るのではなかろうかと喜ぶ人もあります。しかし、現在の軍縮が、国際間の軍縮討議がどういう状況であるかということを見ますと、なかなかこの軍縮問題に早計な期待をするということはできないのじゃなかろうかと思うのであります。最近開かれておりますジュネーブの十カ国軍縮委員会におきまして、西欧側は国際軍縮機構というものを設立し、これを中心にして管理と査察を骨組みにした軍縮を達成しようとしている。ソ連を中心とした東欧陣営側は完全軍縮案、四年以内に世界各国の軍備を完全になくするという案を骨子といたしまして、この会議に臨んでいる。まことにりっぱな案でありまして、これが両者の話し合いによって成功するということは、われわれ世界の平和を期待するものについて、大いに喜ばしいところであるわけであります。ところが、現在の軍縮案なるものは、戦後行われた、過去十四年間に行われた軍縮討議の継続であるということに注目しなければならない。しかも、十四年間の軍縮討議の間に、どの程度の進歩があったか、軍縮討議の内容に進歩があったか、両方が、どの程度妥協し、どの程度譲歩したか、という点に思いをいたしますと、まことに寒心にたえないところが多いのであります。核実験停止、奇襲防止等の切実な問題につきましては、若干の進歩があったことは御承知の通りであります。その他の問題、特に完全軍縮案などといったような問題につきましては、十四年間対立が続いております。管理、査察というものにつきましても、またほとんど了解がついておらないのが現状であります。 過去の歴史に徴しますと、軍縮というものは、これが成立することによって国際緊張を緩和したということはほとんど例がないのであります。逆に、国際緊張が緩和した場合において軍縮が成功した例はある。従って、軍縮を成功させることによって国際緊張を緩和させようとすることは、まことに歴史的に見て至難な事業であると言わざるを得ないのであります。これは、最近十四年間の歴史が証明しておるということであります。いずれにいたしましても、軍縮が成立するかしないかは、最近の世界情勢を判断する上において重要なる問題を提起しておる。 そこで、軍縮成立の基本条件として、私はここに五つの項目を掲げたいのであります。 第一は、軍縮が成立するためには、戦争惨禍に対する共通の認識がなければいけない。東西両陣営が核兵器、ミサイル兵器等による戦争の惨禍に対して、どの程度の共通した認識があるかということが軍縮成立の第一条件であります。 幸いに、この点につきましては、一九五五年のジュネーブ巨頭会談以来、東西両陣営間には、相当共通した認識が生まれております。昨年九月、フルシチョフ・ソ連首相が訪米しました際のアメリカ大統領との会談におきましても、この点の話し合いは、相当十分に行われたように聞き及んでおります。これは、われわれとしてまことに明かるいニュースでありまして、これがいわゆるキャンプ・デービッド精神であるかもしれない。また、世界の雪解けが始まったというのは、この戦争惨禍に対する共通の認識という点においては事実であろうと存ずる次第であります。 第二の基本条件は、軍事費の過重ということについて、各国が共通の認識を持つということであります。この点につきましても、第一条件と、そう違わない。各国の事情は、それぞれ違っておりましょうが、現在の核ミサイル兵器に対する財政上の過重は、アメリカにいたしましても、ソ連にいたしましても、その他の諸国はもちろん、相当なものであることは指導者の発言等にまま見ゆるところであります。しかし、この第二の条件は、経済問題によって積極的に軍縮の成立を妨害するような要素となることはなかろうと思うのであります。 第三の条件は、軍縮というものが、各国の現在持っておる政策を束縛しないという条件がなければならぬということであります。この条件は、政治的条件でございますが、相当むずかしい問題であります。各国のとろうとしておる政策は、必ずしも現状維持を目的とはしておらない。ある場合には、その国の重要政策として、勢力圏を拡大しようとしておる場合もあります。国家というものは、民族の生存のため、大なり小なり発展的、進歩的な政策をとらねばならないとしております。アメリカの経済史学者ロストウ博士が昨年発表いたしました例の「経済発展五段階に対する理論」などを見ましても、経済の飛躍発展段階にある国におきましては、どうしても国策として対外的に積極政策をとらざるを得ない。これが経済の発展段階に伴う一つの宿命であるというふうに説いております。世界には、現在、この経済飛躍期にある大国があるのでありまして、これらの国が、軍縮によって、その対外政策が束縛を受けるようなことがあるとすると、軍縮には応じてこないと見ることができるのであります。 第四の条件は、各国の軍備にかわる安全保障措置の体制が設けられなければならないということであります。この条件は、現在最も困難なる問題であります。国際軍を作るとか、ブロックでやるとかいった式のものであります。最近の十カ国軍縮委員会におきましても、この問題は取り上げられようとしております。昨年のフルシチョフの提案いたしました完全軍縮案におきましては、この安全保障体制、軍備撤廃に伴って起こる、これにかわるべき安全保障体制がないではないかということが一つの批判であったわけであります。そういう意味で、この第四の条件というものは、現在相当むずかしいことに相なっていると存ずる次第であります。 第五の条件は、現在東西間に横たわっております世界観の対立が、緩和されることが必要であるという重大なる問題であります。御承知の通り、西欧陣営は、主として個人の尊厳、基本人権を基盤にいたしました世界観を基本にいたしておる。また、共産陣営にいたしましては、唯物史観と階級意識を中心としたマルクス的世界観を持っております。このような世界観の対立がある限り、ほんとうの意味の軍縮というものが成立するかどうかは、現状においては、なかなかむずかしいと言わざるを得ないのであります。 こう見て参りますと、軍縮というものに対するわれわれの希望は大きい。期待するところは、実に大きいのでありますが、現在の情勢で、簡単に世界に軍縮時代が来るというような認識は、一考を要すると言わねばならないと存ずるのであります。 以上、二つの点について検討いたしましたが、これを要しますのに、世界の情勢は、全面戦争にはならない。その反面、全面軍縮時代の到来もほど遠い。世界は、当分の間、やはりある程度の軍備を持ち、力の均衡によって、この平和を保っていくという伝統的な方針、伝統的な方式に依存せざるを得ないと存ずるのであります。昨年、ラオスに起こりました紛争、中国並びにインドの間に起こりましたいわゆる中印国境紛争その他は、世界の現状が、必ずしも平和でないということを示しております。また軍事政策には、ある程度行き詰っておりますが、これにかわるいわゆる非軍事戦略、非軍事拡張方式と申しますか、政治戦、経済戦、心理戦、科学戦その他の闘争手段をもってする東西両陣営の抗争は、ますます激化しようとしておる。これが今後十年、特にアジア、アフリカ方面を中心として戦かわれようとしておる。こういう段階におきまして、ある程度の自衛力を持ち、外国と協力することによって安定した状況を作り出すということが、世界平和維持、あるいはわが国の安全を維持するために最も必要な状況にあるということができるのであります。 以上が、防衛予算を論ずるための基礎となる世界情勢でございます。このような世界情勢に基づきまして、わが国の防衛予算をどうするかという問題であります。その前に、防衛予算をきめるものさしというものは、どこにあるのかということについて、若干触れてみたいのであります。 防衛予算をきめるものさしは、三つあると思うのであります。第一は、いわゆる想定敵国方式でありまして、侵略を受ける可能性のある国の兵力あたりを考えまして、これに見合うような防衛力を持つ、これが一つのやり方であろうと思うのであります。第二のやり方は、世界各国の防衛予算の状況、総予算について何パーセントであるとか、国民総所得について何パーセントであるとかという数字をたよりにいたしまして、防衛予算の大ワクをきめようとするやり方、第一のやり方は、いわゆる対抗主義の防衛予算のきめ方であり、今申しました第二のやり方は、形式主義的な防衛予算のきめ方であります。この二つのほかに、第三のやり方といたしまして、先ほどちょっと例を引きました新しい戦略思想、そういう戦略の思想に基きまして、戦争の発生を抑制するために必要な最小限度の軍備を保持しようとするものが、この第三の方式であります。私はこれを実質主義的な防衛予算のきめ方であると申したいのであります。わが国の場合を考えまして、第一の対抗主義的な防衛計画、防衛予算のきめ方が不適当であることは論を待たないのであります。また第二の形式的な、単に数字にたよった、比率にたよったような防衛予算のきめ方が、現在のわが国にとって不適当であるということも論を待たないのであります。各国は、それぞれ経済的の体質が違う、置かれておる地理的条件が違う、国民の政治的意識が違うということでありまして、形式的に何パーセントでなければいかぬというふうなことを押しつけるということは適当でないと思うのであります。そこで結局、われわれとして最も適当であると思うのは、第三の戦争抑制力として最小限の自衛力を保持するというのが、現在のわが国には、一番必要なやり方ではなかろうかと思うのであります。これは別の言葉で申しますと、量より質の自衛力を保持するということであります。さらに具体的に申しますと、これぞという重要な防衛手段に対しましては、できるだけ重点を注ぐ、形式的ないわゆるバランス軍備の思想にとらわれないようにすることであります。もう一つの表現によりますと、少数精鋭主義、あるいは機動力の増強という方式であります。機動力のすぐれた部隊は、そうでない部隊の二倍、三倍の働きをすることがあることは申し上げるまでもありません。戦争抑制という理論によりますと、先ほど引例いたしましたベルナルド・ブローディの最近の論文では、防衛力が非能率で過小な場合には、戦争を抑制する力はゼロに近い。せっかく自衛力、防衛力をもちましても、これが戦争を抑制するという本来の目的にはほど遠い、ところが、ある程度の水準、ある臨界量というものがありますが、この臨界量にこれを高めれば、急速に戦争抑制力はふえる。しかしその反面、それ以上に防衛力、自衛力というものをふやしていきましても、戦争抑制力というものは、あるところで飽和状態になってふえない。従って最も経済的なる自衛力の建設は、この臨界点——どこで急に戦争抑制力がふえてくるか、その点を探ることであろうと思うのであります。 申し上げるまでもなく、今申し上げておることは、わが国の自衛力において核装備などの大量報復、あるいは攻撃的な装備をするという意味を申し上げておるのではありません。核兵器は、あくまでもわれわれの自衛力には取り入れてはならないと存ずる者の一人であります。しかし核攻撃と、そうでない攻撃との間の最も困難なる武力侵略を受けた場合に、わが国の自衛力が対抗できないというような状況があっては、これは自衛力を保持する戦争抑制力という意味においては、役に立たないことになります。この通常兵器をもってする、現在考えられておる相当高度の侵略手段に対応する程度の自衛力、しかも能率のいい機動的な自衛力を持つということが、現在の日本国憲法等にも許されておる自衛権の範囲において、最も有効なものではなかろうかと思うのであります。 以上のような諸原則からいたしまして、わが国の防衛力の整備について所見を述べます。 第一が、陸上自衛隊であります。機動力の増強に、さらに重点を注ぐ必要がある。先ほど申しました、形式的バランス的な軍備は避け、もっぱらこの機動力の増強に重点を注ぐ、これによって北海道あるいは九州方面におきましては、数日をいでずして四個管区部隊程度の兵力が集中できるようにしなければならないと思うのであります。こうすることによって一万名増員とか、部隊をさらに増強しなければ、日本の戦争抑制力はないという問題は、ある程度防げます。この機動力を現在以上に増強するというのが、この程度が、現在の防衛計画による最も妥当なところであろうと存ずるのであります。 海上自衛隊におきましては、対潜水艦防衛にさらに重点を注ぐ。これは先ほど申しました通常兵器による侵略の相当重点であるからであります。航空自衛隊におきましては、電子装置等の整備を強化いたしまして警報並びに防空指揮等に対して一そう能率のいい体制にするということが必要であろうと思うのであります。 こういう点から、三十五年度の防衛予算を見ますと、まだ戦争抑制力あるいは重点に集中するという方針が明確に出ているとは申し得ないのでなかろうかと思うのであります。たとえば陸上自衛隊の機動力の増強の点におきましても、海上自衛隊の対潜防衛力にしましても、航空自衛隊の電子装置にいたしましても、その性格がまだはっきり打ち出されたとは言えないのであります。従来のいわゆるバランス軍備の思想が名分に残っておるということが言えるのであります。 もう一つ申し上げたいのは、戦争抑制力ということになりますと、自衛力の整備のための研究開発というものが相当重要になってくるわけであります。三十五年度の防衛庁予算を見ますと、科学技術研究所の予算は、防衛総額の一・四%であります。これを、去る二月に発表されました英国の国防白書に現われておる英国防省の技術研究開発費の全国防予算の一四%というのと比べますと十分の一であります。防衛庁予算にはこの一・四%のほかにある程度ほかの部面にも含まれておるかもしれませんが、一応現在の自衛隊の予算は、研究開発という点においてまだ欠けるところがあるのじゃなかろうかと思います。 これを要するに、昭和三十五年度防衛予算は、国際情勢などから見ますと、総体的にいっておおむね妥当なものと考えられますが、せっかくの防衛費をむだにしないために、またこれを戦争抑制力としての本来の任務を達成させるために、その内容などにつきましては、さらに一段の工夫研究が必要であろうと考えるものであります。 これをもって公述を終わります。
○委員長(小林英三君) ありがとうございました。 ただいまの久住さんに対する質疑がございましたら……。
○永岡光治君 ただいまのお話を聞いておりますと、戦争が起こらないためには、それだけの——相手がミサイルでくればこっちもミサイルで相手を攻撃するだけの均衡した報復の勢力がなければ、これは戦争が起こるといいますか、そうでなければほんとうの抑制力にならない、こういうことをまあ言っておいでになりますね。そうして、お話によりますと、一年は昔の十年に匹敵するほどすばらしい科学兵器の進歩があると。そうすると、相手がやってくれば、こっちも報復するということになれば、ものすごいこれまた研究に経費をかけなければならぬ。ところが日本の場合は、今のお話によりますと、ミサイルといいますか、原子兵器を持ってはいけないと、その中間くらいのところでいいのじゃないか……、何かどうもはっきりわからないのですが、そうすると、報復するだけの力を持っていなければ抑制にはならないわけですから、さっきの論を聞いておりますと、だんだん変わってきておるように思うのですが、よくわからないので、そこらあたりをもう一度詳しく説明していただきたいと思います。
○公述人(久住忠男君) 自衛力の手段というものが、その当時の科学技術、兵器技術等によって、ある程度変革をするということはやむを得ないと存ずるものであります。また報復というお話でありましたが、報復のやり方についても、たとえばアメリカの報復力に依存するとか、自主的なわが国だけの報復ということもあると思いますが、わが国の場合はこの報復がやはり憲法の規定等によって制限を受けることは当然だろうと思います。これはわが国に対する直接の武力的の侵略——あくまでも自衛の範囲においてやるものでありまして、自衛の範囲における戦争抑制力であり、報復力であるということは間違いないと思うのでありますが、そういう意味で、ミサイルという言葉もお使いになりましたし、核兵器という言葉も今お話にありましたが、もともと核兵器とミサイルというものはよく混同されるのでありますが、これは同じものではない。われわれは兵器を研究する場合には、核兵器というものは、核分裂並びに核融合反応によって爆発力を出そうとする破壊兵器である。ミサイルは、その核兵器をも含んだその他の爆発力をも運搬するための運搬手段であるというふうに区別いたしておりまして、われわれが自衛力の範囲としてこれを持ち得ないと先ほど申し上げましたのは、この核分裂並びに核融合反応によって破壊力を出そうとする破壊兵器のことであります。ミサイルにはいろいろ区分がありますので、純粋な防衛的、極地的な手段に使われ、しかも核兵器を運ばないミサイルについては、現在の自衛という範囲内の防衛においても、十分活用し得るのじゃなかろうかと存ずるものであります。
○永岡光治君 私の質問をよくのみ込めなかったかと思うのですが、こういうことです。非常にまあ威力の高い、ここ数年すればすばらしいものが、武器ができることをあなたも認めておいでになりますね。そうして戦争は起こらないというあなたの認定は、相手に対しての報復力を持つだけの力がなければ抑制にならないと、こうおっしゃっておる。そうですね。そうすると、日本の場合を考えたときに、どこかの国は十年後なら十年後、今よりもっとすばらしい兵器ができると思うのですが、それによってやってくる力を持っているわけですよ、向こうは。ところが日本は、あなたの説によると、自衛力はあっても核兵器は持てないのだ。報復もできない、自衛だけですからね。そういうところに、何か意味ないじゃないか。そういうものがぼんと来たら、それを受けられないわけですから、そうしてまた相手に報復するだけの力を日本が養成するということになれば、莫大な金もかかることですから、それも及びつかないということになると、一体何のために——ぼんとすばらしい兵器で日本を攻撃されたら、そのままおだぶつになるわけでしょう。それでは一体何のための兵力なんだろうと、こういう私は質問をしておるわけです。あなたは兵器を持つちゃいかぬと、それではもう均衡のとれるだけの力も持てないわけです。そうすると、一体日本の軍備というのは何か。何の役目を持つのか、こういう私は疑問を持つものだから、一体あなたはどう考えておいでになるのですかと、こういうことです。
○公述人(久住忠男君) 今、永岡さんのお話は、何か、日本の防衛が、日本だけでやらなきゃいかんようなふうにお考えのように、私は印象を受けたのであります。前にもちょっと申しましたように、日本の防衛あるいは日本の戦争抑制力と申しますのは、国際的な観点からこれを見なければいけない。大きな報復力、あるいは、大きな意味の、最大限の戦争抑制力は、現在わが国といたしましては、御承知の通り、やれない。しかし、それをある程度保障されなければ、日本の安全と申しますか、物質的な安全だけじゃなしに、政治的な意味の安全をも保障できない。こういうことになるから、アメリカあたりの防衛力に、戦争抑制力に、あるいは報復力に、相当程度依存しようというのが、われわれの考えておる一つの防衛のやり方だと思うのであります。 そこで、それならなぜ日本で自衛力などというものを言うのかという問題でありますが、ここで申し上げたいのは、防衛はある程度——ある程度であります。自主性を持たなきゃいけない。自主性を持つためには、われわれとしては、及ばずながら、不十分ながら、まことに不十分ながら、あるいは、割り切れないような議論も中には出てくるかもわかりませんが、防衛力の、防衛の自主性、自衛の主体性を確立するために、最小限度の国情に応じた自衛力というものを保有するというのが、先ほど申しました私の議論の中にある考えであります。これで……。
○永岡光治君 それで、もう絶えずどこかの国におぶさると、こういう御議論のわけですが、それはこういう議論が成り立つかどうかわかりませんけれども、相手のあることですからね、いつアメリカが回れ右するかもわからぬわけですね。これは保証し得ないと思うんです。まあ、どこか知りませんが、仮想敵国が——今まあなかなか政府が言いませんけれども、大体私どもは想像つくわけですね。向こうの方からくるだろうということですが、いずれにいたしましても、どこか、絶えず、回れ右したら一体どうなるだろうかと、非常に疑っているわけなんですからね、世界というものを。まあそういう事態もこれは考えておかなければ、それでなければ、おれは知らんぞと言ったら——たとえば、アメリカと組んでいる。そのアメリカが回れ右したら、させる通りにアメリカの言うことを聞かなくちゃならぬということもできてくるのですから、そうなると、またここで不安になってくるんで、そういう点は、あなた方、どうお考えでございますか。
○公述人(久住忠男君) アメリカが将来日本から離れるというような心配もあるというお話しでございますが、これはそういうふうに、国際間のいわゆる正義というものを疑ってかかれば、われわれが現在打ち立てている世界の平和だとか、軍縮だとか、何とかいう問題は、全く成立しないということになるのでありまして、われわれはやはり国際間の正義人道といったようなものについて信用し得るとわれわれが判断した国に対しては、やはりわれわれ自身が相当信用してかからなきゃ、こちらが疑ってかかっておったのでは、向こうもこちらを疑ってくる。これは相対関係にあると思うのでありまして、アメリカが信用できないというふうに頭から考えてかかったのでは、われわれの国際的の立場というものを論ずることはむずかしいのであります。まあそう……。
○永岡光治君 もうこれでやめますが、そうなれば、一体どこの国を疑うのかということになるわけだな。たとえばソ連や、中共を疑っているのか、まあそういうことにもなるわけで、それじゃその軍縮という問題についても、疑えばこれはもう軍縮ができないわけですが、軍縮撤廃、全廃というものをなぜできないのだろうかということにまでも発展していかざるを得ないので、やはりその方向として、軍縮なら軍縮という方向をやはり目ざしているときには、それに役立つような努力をするのが、一応の社会の構成員としての使命じゃないだろうか。だからそれを激化するような、あるいはそれを刺激するような政策をやはり取るのは賢明じゃないのじゃないだろうかと思うのですが、この点はどうお考えになるのでしょうか。
○公述人(久住忠男君) 激化するようなことを故意にやるということはもちろん御説の通りかと思いますが、そうかと言って、一方の国を信用し、一方の国も全く信用するというようなことで、冷厳なる現在の世界の現実にどの程度処していけるか。どの国を信用し、どの国を信用しないかということは、われわれには所見がありますが、これを決定するのはやはり国民じゃなかろうかと思うのでありまして、今の御議論はまことにけっこうだと思いますが、そこのくらいのところじゃなかろうかと思うのであります。
○委員長(小林英三君) 久住公述人に対する質疑は終了いたしたものと認めます。 久住さん、大へんありがとうございました。 以上をもって昭和三十五年度総予算に関する公述は終了いたしました。 明日は午前十時より委員会、また委員会終了後、理事会を開会いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時七分散会