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34回国会参議院1960/05/19

地方行政委員会 第25号

発言数
36
登壇者
3
会派数
2
開催日
1960/05/19

会議録

新谷寅三郎自由民主党

○委員長(新谷寅三郎君) ただいまから委員会を開会いたします。まず、委員の異動について報告いたします。  五月十三日付をもって委員植竹春彦君、青柳秀夫君、村上春藏君が辞任され、その補欠として西田信一君、井野碩哉君、郡祐一君がそれぞれ委員に選任され、五月十七日付をもって委員鍋島直紹君が辞任され、その補欠として前田佳都男君が委員に選任され、五月十八日付をもって委員前田佳都男君が辞任され、その補欠として鍋島直紹君か委員に選任せられました。   —————————————

新谷寅三郎自由民主党

○委員長(新谷寅三郎君) ただいま報告の通り、鍋島君の委員辞任に伴い、理事一名が欠員になっておりますので、その補欠を選任いたしたいと思いますが、その指名を委員長に御一任願うことにして御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

新谷寅三郎自由民主党

○委員長(新谷寅三郎君) 御異議ないと認めます。それでは、鍋島君を理事に指名いたします。   —————————————

新谷寅三郎自由民主党

○委員長(新谷寅三郎君) 本日は、地方行政の改革に関する調査を議題といたします。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 市町村の分市あるいは境界変更の問題に関連してお伺いをしたいのですが、分市や境界変更の扱い方については、私は、自治法の第七条の扱い方の場合と、新市町村建設促進法の例の二十七条ですか、二十七条の扱いの場合と、二つ扱い方があると思うのですけれども、まずその点一つ、それ以外の扱い方があるかどうかをお伺いしたい。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 分市の法律上の手続といたしましては、今お話のございました、自治法の七条の規定に基づきますものと、それから新市町村建設促進法関係の規定に基づきますものと、この二通りがあるわけであります。二通りがございますけれども、いずれも、根本的な法律手続としては、七条がその根拠になるということでございます。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そのほかの手続はないように思うのですけれども、その点はいかがでございますか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) それ以外の法的手続はございません。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そこで、自治法の七条による場合と、新市町村建設法の二十七条による場合と、これはしろうとですから、あまりよくわからぬのですけれども、法的な内容から調べてみると、前者の方は、かりに市なら市の中からその一部の町が——市内の町ですね、あるいはある地域が分市をするというような場合には、その市の市議会の議決が何としても必要であるということ。それから二十七条では、むしろこれは市町村合併の問題を受けているので、取り扱いの場合によっては、住民投票によって、知事の勧告といいますか、何といいますか、調整委員会の関係ですね、必ずしも分離される市議会の全体一致の決定は必要でない場合もあり得るというふうに考えるんですが、その点はいかがでございますか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 自治法の規定によりまする分村分市の場合におきましては、議会の議決がありませんと、一部に住民の分離の意向がございましても、当該市なら市の議会がその住民の意向をよく察しまして、その趣旨通りに議決をすればそれで解決するわけですけれども、しかし、それが少数である場合においては、議員の構成上も少数になる、従って、議案が提案をされましても、それは通らないということが普通あるわけです。そういう場合に、今度の町村合併で全国的に合併を促進するということになりました場合におきましては、やはり非常に入り組んだ関係が随所に起こって参りますので、住民の意向というものもある程度は十分に参酌をしてあげる方が、生体としての落ちつきがいいのではないかということで、臨時の例外的な措置として住民の意向に主点を置きまして、いざという場合には、当該区域の住民の住民投票に付して、その結果三分の二以上の多数があれば、それ自体を当該議会の議決にかわらしめるという効果を特に付与したわけでございます。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そこで、その場合には、後者の場合は、町村合併に伴うところのいろいろな問題の紛争、それをまるく円満におさめるためのいわば一つの手段とも考えられるのであって、本格的、原則的には、普通の市からの市の分離といいますか、そういう場合には、やはり自治法の第七条でなさるというのがほんとうは原則的だと思うんですけれども、その点はいかがでございますか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 御指摘のように、やはり多数決の原則で今の行政制度というものができ上っておるわけでございますので、多数の意思でもって団体意思が決定せられるということが原則でございます。従いまして、七条があくまで基本的な原則である。ただ、住民の意向に基づいて、それを主体として分離の手続を認めようといたしましたのは、あくまで町村合併に伴う臨時的な処置としてでございます。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そこで、具体的にその問題を実はお聞きしたい点があるのですが、それは、これはまああるいは局長も御存じであるかとも思うのですけれども、昨年の六月一日付でもって、長野県の戸倉温泉の隣のところに更埴市という市ができたのであります。旧屋代可と、これは埴生町というのですかね、それと稲荷山町と八幡村と、この四つか集まって更埴市というものができたわけですが、その更埴市の中で、現在稲荷山町の一部の方々が更埴市を分離しようという運動を起こして、更埴市で相当、長野県下としては大問題になっておるというような事実があるのですが、そういう事実をお聞きになったり調べられたりしたことがありましょうか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) この点はよく承知いたしております。そもそもこの問題につきましては、今お話しになりました市制を施行いたします際に、いろいろ実は問題があったのであります。この市は四カ町村をもって構成をしたわけでありますが、市が設置をせられまする際に、稲荷山を主体にいたしまして、その市制には反対であるという大きな反対運動がございまして、市制施行についても、かなり紛糾を続けたのであります。しかしながら、どういう経緯がありましたにいたしましても、一たん四カ町村の議会が議決をして、これを県にまあ申請をした。県もまた、まあやむを得ないということを認めまして、その計画を認めて、議会の議決を経たという状況でございましたので、いろいろな反対がございましたけれども、自治庁といたしましても、やはりこれは筋を通して、市制を実現すべきであるということで、告示の手続をいたしたのであります。ただ、成立の際にも、今申し上げましたような稲荷山を中心とした問題がございましたので、その点については、やはり市制施行がなされたあとにおいて、現実に一つ紛争調停の手続を進めることによって事態の円満な解決をはかることが適当ではなかろうかというふうに、自治庁自体としても考えたのであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そこで、紛争調整のあれを進めるのがいいじゃないかと、そういう自治庁のお話は、われわれもまあもっともであると思うのでありますが、当時、現在の小林次官からそういう点で知事の方に文書で来ている、その文書をここに持っておりますけれども、現在調整委員会にかけられておるわけです。しかし、この調整委員会にかけられた範囲というものは、あくまで新しく誕生した更埴市の市の中におけるところのそうしたトラブルの問題を調整して円満に解決しろと、こういう趣旨であるとわれわれは考えるのでありますが、その点はいかがでございますか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 当時稲荷山の住民の相当多数の方々が、いわゆる川を越えての埴生、屋代のブロックよりも、むしろ当初計画がございました稲荷山のまあ北にございます、塩崎というのがございますが、その塩崎の方にむしろ行きたいという熾烈なる要望が実はあったわけであります。そういうような点もございましたので、やはり一つ、これは当時の意向から申して、分離問題として調整をしたらいいではないかという意向をわれわれとしても県と相談いたしまして持ったわけであります。しかし、調停の過程におきまして、その点その他の円満な方法でもって事態がまあ解決をするということになれば、それはそれでいいのでありますけれども、しかしその当時の情勢として、とうていそういうことではおさまりそうもなかったということで、念のために法的手続としては調整にかけるというふうにいたしたのであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そこで、私もたしか知事の勧告が稲荷山と八幡村と、その隣の塩崎と、最初そういうふうになっていたと思うのですが、その後、今言ったように、川を越えての屋代それから埴生町ですか、これとが現在の更埴市になったと聞いておるのですが、ところが、現在の稲荷山の一部の住民の方々の分離運動というものは、この塩崎の問題ではなくて非常におかしな形に実はなっておるわけなんです。私も、率直に言って、十日ぐらい前に現地をずっと調査して参ったわけなんですが、六月一日に市が発足した当時には、全然何らそことの問題がなかったところに、その後・非常に高い山を越えた向こうに、何村といいましたか、大岡村という村があって、そこへ、ことしの二月の四日に、部落に分離派の住民の方々が申し入れをして、そして大岡村では、まあ受け入れてもよろしいということを多数決で決定したと、こういうような事情になっておるわけなんですね。そうすると、一体その調整委員会にかけてこれを処理すべき範囲の問題であるかどうかという問題も、一つはそのこと自体について起こってくるわけでございますけれども、その前にかような事態が私は起こるということになると、これはもう、せっかくできた新市町村というものが、一部の分離派の策動によって、全然考えてもいなかった村や町との問題が起こってくるということで、これは大へんな今後とも私は問題になると思うのですが、こういう点についてはどうなんですか。自治庁としては、どういうような見解を持たれておるのですか。そういうような分離運動というものが法的に可能であるというふうに考えておられますかどうか。その点をお伺いいたしたいと思います。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 確かに私たちが調整にかけることが適当であろうというふうに考えた当時におきまして、稲荷山のある部分が行きたいというふうに言っておりましたのは塩崎であったというふうに思います。ただ、この調整の手続というのは、新しくできました新市と、あるいは新市の一部と、それに隣接する町村の全部または一部との間の分離問題ということで調停に付するわけであります。当時といたしましては、頭の中には塩崎を考えておったかもしれません。しかし、問題はやはり分離の意向というものを適当に処理してあげるという、それはもう分離せずにおさまれば、それにこしたことはございませんけれども、どうしてもそれでなければおさまらない、かえってごたごたすることによって、新しくできた更埴市自体が非常にいつも不安定な状況にあるというようなことでも困りますので、その点の調整をはかりたいということが主でございますので、その後の経過によって別の町村、たとえば、現実の場合においては大岡村というものがその対象になってくるということになりましても、これは法的には可能であるということになるわけであります。その点については、これはやはり調整委員の判断なり県側の判断なりに最後的には依存するということになっていく問題であろうと思います。ただ、これはあくまで隣接をしておらなければなりません。飛び越えて、飛び地の合併ということは、これは許されないわけであります。その点の条件はございますけれども、必ずしも、当初予想されておった塩崎でなければ法的手続は進められないかといえば、それはそういうことではないということにならざるを得ないのであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そうしますと、建設促進法の二十七条には、最後に、「昭和三十二年三月三十一日までの間は、町村合併調整委員にあっせんを行わせ、又はこれをその調停に付することができる。」かように書いてあるんですが、この問題は、昭和三十五年の二月の四日に初めて起こった問題——大岡村との問題は起こった問題なんですけれども、それでもいいわけですか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 先刻も申し上げましたように、この地区の合併計画は、当初は、稲荷山、それから八幡、塩崎と、この三カ町村であったのでありますが、その後関係の町村間におきましていろいろ検討をいたしました結果、先刻のような四カ町村合併ということに変更になったわけであります。で、この変更の点につきましては、当委員会でも御審議をいただきました町村合併の最終処理方針ということに関連をいたしまして、従来の計画を一歩もしりぞかぬということでは、かえって計画自体が進まない場合もあり得る、その後情勢の変化もあるんだからして、現実に即して、住民の意向もそうであり、あるいは全体として不自然でなければ、計画変更を認めてもよろしいではないか、それによって町村合併の最終処理をはかりたいというねらいで、計画変更の道を実は開いたわけであります。従いまして、その計画変更に併いまして生じてくるまた紛争の問題がございます。その紛争の問題についても、解決のやはり道を開いておく必要があろうということで、計画変更とあわせて、これに伴う紛争処理の点につきましても法律改正をお願いをいたしたわけであります。従いまして現在更埴市についてこの紛争にかかっておりまする根拠規定は、二十七条の二になるわけでございます。「計画の変更に伴い」云々ということでございまして、この点については、従って時期的に若干ずれることになりましたので、三十四年三月三十一日までに調停にかければよろしいと、こういう規定の改正を行なったわけであります。従って、当問題につきましては、その根拠規定は二十七条ではなくて二十七条の二になるわけであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そうすると、その場合に、二十七条の二のこの処理の範囲の問題でありますが、三十四年三月三十一日までの問題で、そうするとあれですか。それ以前に問題の起こらなかったところの問題まで、当然これは処理の範囲内に入り得るんだと、こういう観点になるわけなんですか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 問題のないものについては、これは県の判断でございますけれども、別に調整委員の調停にはかけないわけであります。どうしても問題が調整委員の調停に付さなければ解決のめどがつかぬというふうに判断をいたしましたものについてのみかけておるわけであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 その場合でも、計画変更なら計画変更というものにはおのずから限界があると思うんです。今局長の言われたように、全体として不自然でなければ、これは調整に取り上げてもいいじゃないかというような、まあ今お言葉がありましたが、その全く問題にならぬような形で、これがたとえば市の態容、新しく出る市の態容、あるいは経済、交通の問題、その他従来からの、何といいますか、習慣的な問題ですね、市の成立条件に全く不自然であるというようなものまでこれを取り上げるという趣旨になりますか、どうですか。その点を……。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 私は、計画自体の変更について住民の意向がそうであり、あるいは自然的条件その他の条件が妥当なものであれば、計画変更の道を講じた方がいいと申しましたのは合併計画でございます。合併計画は、従前からずっとできておるわけでありますが、その計画自体に固執しておる場合には、どうしてもその合併が進まないという場合もあったわけであります。従ってその合併計画自体を変更するという道を開いたわけであります。それで、本件で申しますと、先刻申し上げましたように、初めの計画は、稲荷山と八幡と塩崎の三カ村であった。これが当初、県の審議会の審議を経て決定をした計画であったわけであります。ところが、それがなかなかうまくいかないということになっておったのでありますが、その後寄り寄り地元がいろいろ相談をし、県も中に入って話を進めました結果が、今の四カ町村の合併計画で行こうということになって、その計画自体も県で承認をしたわけであります。その計画に基づいて更埴市というものができ上がったということでございます。これは計画変更に伴ってでき上がったものでございます。その計画変更に伴ってでき上がった町村合併、この場合は市の設置でございますね。その今度でき上がった市の一部の区域において紛争があるという場合に、その隣接する町村等の方へ行きたいという問題が起きております際に、その案件に対して、これを調停に付したその根拠は、二十七条の二であったということでございます。従いまして、その相手方というものにつきまして塩崎の一部がいいのか、あるいは大岡というのがいいのか、それらの点について、今のところ、私たちとしてとやかく言うべき段階じやございません。県の調整委員が今やっておる段階でございましてその点は、今のところで、われわれ判断をここでいろいろ申す段階では実はないと思うのでありますが、ただ、申し上げておきたいと思いますのは、大岡村自体で受け入れの議決をかりにやったと、そういう事態が今あるわけでありますが、それが一つの既成事実として、何らかの調整委員が調停を下される際の判断資料になるかもしれませんけれども、それだけでは、これは法的効果はそのままでは何も生じないわけであります、議決自体は。と申すのは、更埴市が大岡がやったと同じような議決をやりますれば、それでもって合致するわけであります。ただし、その手続は七条の手続でやっているわけであります。七条の手続で初めて進み得るわけであります。従いまして、調整委員さんが今やっておるわけですね。調整委員さんが、本問題の解決として、やはり分離が適当であるというふうに判断を下された場合に、それだけではいけないのであって、調整委員さんは、この部分については、これはどこに行くべきだ、塩崎の方へ行くべきだ、あるいは大岡へ行くべきだ、そういう調停を実は下されるわけです。そうでないと、住民投票に付しても、住民自体が判断に苦しみます。ただ単に分離なんてことは意味をなさないことでございますので、どこへ行くかということについてはっきりした方向を示す、それが調停案の内容になるわけであります。そういう段階にただいまのところはあるわけであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そうすると、その調停案がかりにできたとしても、更埴なら更埴の市議会が自治法七条に基づくところの議決をしなければ有効ではないわけですね。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) その点が調整委員にかかっておりますので、調整委員さん自体が調停案を示します。その調停案を両方が——今の場合で言えば、更埴市なら更埴市の議会ですね、更埴市の議会、それから稲荷山の一部をどこへやるということがかりに出た、塩崎なら塩崎にやるという線が出た、あるいは大岡へやるなら大岡へやるという線が出た、その場合には、関係の、また受け入れの方の議会の議決でもってそれを受け入れるということになりますれば、それで問題は解決するわけであります。どちらも受諾をすれば、調停の受諾をやれば解決するわけであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 両方がですね。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 両方が……。それで調停成立ということになるわけであります。ところが、どちらかそれを受け入れない。更埴の方が、私の方はもう反対でございますということで、その調停案を受け入れないという次第になりますと、その場合でも、なお知事といたしましてその問題はやはり住民投票で解決するのが適当だというふうに、調整委員からの意見の答申もあり、知事がなおよしと考えまして、最終的には県の審議会の議を経て、これを住民投票に付すということに、その次の段階に手続としては進むわけであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そうすると、その次の段階の手続というのは、やはり新市町村建設促進法二十七条の手続の段階になるわけでございますね。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) これは仮定の問題でありますが、かりに調整委員が分離の調停を出した、しかもそれを更埴市で受け入れなかった、これは住民投票に付して解決するほかないと調整委員が決心した。この旨知事に申し入れた、知事はそれを受け入れて、県の審議会の議を経て、審議会でそれはよろしいということになったという場合に、初めて住民投票に付すということになるわけであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 そこで、実は問題が重大になってくるのですが、というのは、先ほども申しましたように、これが知事勧告の出ていた塩崎と稲荷山の一部の分離という形なら、これはまた問題が私は別だと思うのですけれども、実際に行っていただいたかどうかわからないが、今度の大岡村という問題については、大岡村と確かにこの更埴市の中の一部の稲荷山との間には、少しばかりくっつきがあるわけです。隣村の形になっている。その間に信更と塩崎があるというようになっているのですが、それが大きな山の、千メートル近くもある山の上の一部であって、何キロかがくっついているというだけで、この間に交通すべき道路もなければ、何も従来交通がない所なのですね。私も実際行って見たところが、雨雲がやってきたら隠れて、どこが境だかわからない。キツネがいるし、キジも飛んでいる、私も動物園以外ではキジの歩いたのを見たことはなかったのですが、初めてそこでキツネがいたり、キジが歩いているのを見た。実際そうなんです。写真もとつてきましたが、そういうような所です。そういうような所で、しかも、大岡村というのは、稲荷山の部落と交通をするためには、バスでもって信更という、大岡村があって、ここに稲荷山の部落がある、この間の二つの、信更と塩崎をバスでずっと通って来なければこっちへ来られない。稲荷山と大岡の交通がない、道路もない、道路もないんですが、ここのところは林道はあるかもしれませんが、道路もないんですから、従って、そういうような所と一体分離を、しかも大岡の方へ受け入れてもらおうというようなことを稲荷山の町内会でやっておる。しかも、その町内会は稲荷山全体ではなくて、稲荷山の一部が言っておる。分離に反対しておる勢力は、そういうことに対しては反対しておる。分離をはかっているやつは、稲荷山町自治町役場というものを作っていて、これは、率直に言って、某有力者のねえさんの家に看板を掲げて、そこには財産区があるものですから、官行林の財産区があるものですから、財産区の吏員を私設稲荷山町会議員として議決をして、ここへ持ってくる。こういうような、非常に事情を乱すような、話にならぬことをやっておるわけです。私は、これはあまり突っ込んでいくと、どうも、それは一体どういうわけでそんなことが起こったかということを、いやなことも言わなくちゃならないから、なるべく一つ言いたくないのですけれども、そういうようなばかな町村合併といいますか、一部を分離して併合させるというような動きというものは、これは現地をやはり視察していただいて、あまりに非常識なやり方については、やはり自治庁としても一つの見解を出してもらうべきだというふうに思うのです。なぜ私がこういうことを言うかというと、現地の調整委員会は、非常に調整委員会にかけられちゃって迷惑だというのです。というのは、調整委員が、これは裁定、調整しようがないというのです。委員長もそうだし、二人の委員も、私に、実際これはほんとうのことを言うと、自治庁の圧力で、次官がつまらないあんなことをやったために、これがずっと延び延びになってしまっていて、どうにもいまだにならないのだ。これは結論の出しようがないと言っている。知事は知事で、やはりどうも、自治庁の方からこれは何とか調整しろと言われたから、調整委員会にかけなければ、あとでおっかない目にあっちゃいかぬ、そんなことはないでしょうけれども、そういうようなことで、知事自体が頭をかかえちゃっているのです。これをほうっておくと、ますます問題が大きくなってくる。こういう点は、やはり自治庁としても、これは私は、分離派がいいとか、分離に反対して更埴市に残る派がいいとかいうことでなくて、やはり本来の市町村建設法に基づく方向、つまり、だれが見ても、当然それは分離してもいいじゃないかというようなものなら、これは分離させることは必要だけれども、そういうような無理なことをやらせないような何らかの措置を、私は、自治庁としても、現地の知事と打ち合わせてとってもらいたいと思うのです。このまま置いておくと大へんなことになると考えるのですが、実は大臣にきょうは来てもらいたいと思ったのですけれども、まあ大臣は何か来られないというので、藤井さんにお話をするわけなんです。そういう点は、現地を調査してもらって、早急に何か結論が出るような方向をとってやはり推進してもらえないものですか。その点はいかがですか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 実は、今の事態といたしましては、大岡が稲荷山の一部を受け入れる議決をした、そういう事実はございます。それはそれ以上の意味はないわけであります。調整委員といたしましても、実はそれがいいとも悪いとも言っていない段階だろうと思う。調整委員の調停案というのも、非常に難航と申しますか、非常に苦慮しておられる。これも事実だと思うのであります。調整委員の調停がどういうふうに出ていくか、あるいは調停の可能性なしとして調停の打ち切りをされるのか、そういう事態もそのうちに起こってくるわけであります。そういうふうに、法的な何として上って参ります際におきまして、われわれも相談を受ければ、いろいろ相談に応じて、事態の円満な処理をはかるように努力するというのが筋ではないかと思っております。現在は、ただ大岡の方が、どういういきさつか、それは私は存じませんが、要するに受け入れの議決をしたというだけでありまして、それに対して更埴市が議決をしたわけでも何でもない。調整委員さんが、それに従って、大岡村に行くのが適当だという調停案の内容を示されたわけでもなく、そういう事態の上におきまして、ただいま自治庁自体としても、そういう調停は出すなよというようなことを、一応調整委員さんにおまかせしてある段階におきまして、とやかく言うのはいかがかという感じがいたしております。もう少し事態が進みました上におきまして事態を円満に……すみやかに処理をするというお考えにつきましては、われわれも全面的に賛成でございます。その方向には持っていきたいと思いますけれども、今はその時期ではないのではないかというふうに考えておるわけであります。このままほうっておけば、今の事態がそのまま済んでいくということになれば、これは別問題でございまして、これはまだ、現在のところでは、大岡がただ受け入れたいという議決をしたと、そういう事実があるにとどまるという現実でございますが、調整委員さんの今後の動き、あるいは県の動き等も見きわめた上で、一つわれわれとしても問題の処理に当たっていきたいという態度で進んでいったらどうかと、現在のところは考えておるわけであります。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 どうもその点なんですが、しつこいようですけれども、私、稲荷山の部落を五カ所実は歩いたのです。で、住民の方といろいろ話し合いをし、分離側の方とも、それから分離に反対の方とも話し合ったのですが、現地は、この稲荷山なら稲荷山に五つなら五つの部落があると、そのうち三つの部落は分離に賛成で、二つの部落は分離に反対、あくまで更埴市にとどまるべきだ、こういう状態だといいのですけれども、全地域にわたって、隣は分離派、その隣は分離反対派、また隣は分離派というので、分離派と分離反対派が家族的にもけんかをしている。親は分離派だし、子供は分離反対派だ。何か学校の——あすこのところに分教場ですか、学校がありましたが、その中で、小学校の生徒が、お前は分離派だ、おれはとどまる方だというので、グループを作ってけんかをしている。非常に迷惑だというのですね。迷惑だというのは、今言ったように、調整委員の調整ですか、結論ですか、これが今のようにおりがたいことになっておる。こういうところに原因があるわけなんです。なぜそれじゃ調整委員がその結論を出しがたいかというと、一つには、今、局長は二十七条の二だと言われたけれども、この二の扱い方自体にやはり一つは疑義があるということと、それからもう一つは、その内容が調整できないようなむずかしい、言うに言われない内容であるということですね。そのために、調整委員としては、どうしても結論を出せと言うならば、調整しがたいという結論を出す以外にないというので、これは、委員長の金井さんと言いましたか、何と言いましたか、名刺を持っておりますが、率直に私に言っているのですが、こういうような点は、やはり自治庁の方でも何らかの筋を示してもらわないと動きがとれないのじゃないかというふうに言っているのですけれども、少なくとも調整なら調整を早めるとか何とか、問題を早く解決をつけるようにしないと、ますますこじれていくと思うのですが、そういう点は、努力はやっていただけないものですか。これは、念のために言っておきますが、大岡村の役場に行って、村長さん、助役さん、総務委員長さんその他と会ったのですが、これは大岡の方では非常に迷惑だと言っているのですね。稲荷山の方の更埴市のけんかのために、われわれの方は何も率直に受け入れたいわけではないので、これは昔の面子を立てるために議決をしてやっただけの話だから、早く更埴市の方を何とかまとめるように骨を折らして下さいということで、現地でも、大岡村でも言っているわけですが、これは、何とかもう少し早くというふうに、知事を通じてでも、調整委員会でも呼んで、促進するようなことをやってもらえないものですか。

藤井貞夫自治庁行政局長

○政府委員(藤井貞夫君) 促進の努力をいたしますることについては、われわれも別にやぶさかではないのであります。ただ、今から申しても、これは過去のことでございますけれども、実は、当時市制ができまする際には、稲荷山のやはり反対というのも、これはかなり熾烈であったことは事実でございます。陳情その他が入り組みまして、かなり非常に困難な事態も東京方面においても実はあったわけであります。場合によりましては、市制自体がなかなかうまく円滑にいかないというような危惧すらもあったわけであります。われわれといたしましては、当初のやはり方針に従って、これによってやはり町村合併というものは実現するわけである。四カ町村合併というものは実現するわけであります。そういうようなこと、さらには地元のやはり関係町村の議会が議決をしておる。むろん稲荷山には反対もございますけれども、ともかく多数決で議決をしておる。そういう全体の意思をもここでもって烏有に帰せしめるということは、これは絶対にやるべきことじゃないというふうに、われわれ事務当局としては考えたのでありまして、これは絶対にやるべきだという観点に立ったわけであります。ただ、当時の事態として、稲荷山のそういう熾烈な反対があったことは、これはおおうことのできない事実であります。それを解決する手段としては、やはり二十七条ないし二十七条の二というものが今の法律でもって予定されておるわけでございますので、そういう手段を活用しないということもいかがであろうということで、調停に付していただくということを実は要請をしたことは事実でございます。ただ、こういう事態が長く続いておりますことによって地元が非常に迷惑をする、不安定になるというようなことも十分予想せられておるのでありまして、その点、関心を持って見てはおりますけれども、今お話の点もございましたので、その促進方についてさらに努力をいたしたいと思います。

占部秀男日本社会党

○占部秀男君 実は、この次の委員会でも石原大臣に来てもらって——これ以上はやはり石原大臣にお話を伺った方が私はいいのじゃないかと思いますので、そのあれをしてもらいたいと思うのですが、私はなぜそういう点を、早く調整を出させるように自治庁の方でやってもらいたいと言ったかというと、今、局長が言われた、一たんは議決したけれども、熾烈な反対が起こった、こういう問題ですが、この反対の内容が内容であるから、調整を早く急ぐように、解決させるようにしてもらいたいということを実は要望しておるわけなんです。というのは、初め稲荷山の町村議会では、十二対二で可決したのです。十二対二です。反対は二人だけで、十二人は賛成だったのです。それがある事情から、まあ率直に言えば、選挙区の問題にからんで、局長御承知のように、一区から二区に——稲荷山の町は、八幡の町と旧一区の選挙区だったのですが、二区の方に変わらなければならぬというところから反対運動が起こって、そうして今日法律上認められてもいないような自治町ですか、ほんとうの自治町ですな、私設自治町まで作ってわあわあ騒いでおる。しかも現地では、三百万円飛んだの、五百万円飛んだの、千万円鉄砲が飛んだのと言って、わあわあ言っておるような、率直に言えば、われわれも見ていられないような非常識な混乱状態が続いておる。これは、長くすれば長くするほどその混乱状態が大きくなっていくというような私は見方を持って現地を見てきたわけであります。やはりこれは英断をふるって、法の建前というのがあるのだから、常識で、やはりだれが見てもりっぱだという形のところに持っていってもらいたいと、これは局長に要望しておきます。あとでこの問題は……これ以上あれですから、委員長にお願いしたいのですが、石原大臣にこれは来てもらったその機会に、これ以上の問題についての質問を一つ保留さしていただきたいと思います。

新谷寅三郎自由民主党

○委員長(新谷寅三郎君) 承知しました。  本日は、これにて散会いたします。    午前十一時三十八分散会

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