建設委員会 第10号
- 発言数
- 154 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1960/03/08
会議録
○委員長(岩沢忠恭君) ただいまから建設委員会を開会いたします。 本日は、建設事業並びに建設諸計画に関する調査の一環といたしまして、下筌、松原両ダム建設工事問題に関する調査を行なう予定でございましたが、都合によりまして下筌ダム関係の調査は後日に譲ることとし、本日はまず松原ダム建設工事の問題について参考人各位から御意見を聴取した上、調査を進めることにいたしたいと存じます。 参考人各位におかれましては、御多用中のところ本日わざわざ御出席いただきまして、まことにありがとうございました。これより御意見を伺いたいと存じますが、筑後川治水計画の概要、松原ダムの計画概要、補償交渉の計画等についての建設省当局の説明は前回において聴取いたしておりますので、本日は大体計画ないし建設工事をめぐる諸問題につきまして、直接の当事者、関係者としてのそれぞれのお立場から御自由に御意見をお聞かせ願いまして、問題の所在等をお示し願いたいと存じます。なお、時間の関係もございますので、御一人十五分程度にてお願いをいたしたいと存じます。 それでは、まず中津江村長の児塔務君にお願いいたします。
○参考人(児塔務君) 私は下筌、松原ダム建設工事問題に関する件につきまして、参考人として出席を求められました大分県日田郡中津江村村長児塔務であります。ただいま問題になっております下筌、松原ダム建設につきまして私の意見を申し述べます。 このダムには、九州地方建設局が筑後川総合開発の一環として、筑後川地域を水害から解放し、資源を開発して生活環境を豊かにすることを目的としたいわゆる多目的ダムでありまして、この二つのダムが建設されると、私の村並びに住民のこうむる損害は十八部落に関係し、約二百世帯の人口九百余人、田畑三十町歩、宅地一万五千坪、山林原野百数十町歩の水没が予想されるほか小学校、法務局出張所、警察官駐在所、県土木出張所、郵便局、銀行、発電所、病院、劇場等の水没が予想され、全村の三分の一の膨大なる地域が関係し、村の経済、文化等の中心的地域が水没するので、大体関係町村のうち最も大きな被害をこうむる村であります。先祖代々住んできたいわゆる墳墓の地が湖底に沈むということは、言うに言えない苦痛であります。しかしながら、このダムを建設することによりまして、筑後川下流七十万の生命財産を洪水の被害から守り、水資源を開発することができるという建設省側の説明にも容易に納得することができず、幾度か他に適地を求めるべき要求も試みたのでありますが、説明によりますと、下筌、松原のごとき適地は他にないというお話で、建設側の熱心な説得工作により、村民もこの事業が国策的な公益事業であることを了解し、直接被害を受ける住民を水没の犠牲に陥れることなく、水没関係者の財産権並びに生活権に対する補償と、精神的の打撃に対する慰謝に対して、万全の策を講ずること、村の振興と被害住民の福祉増進に善処することを条件として、昭和三十三年以来建設側へ協力してきたものであります。下筌ダムの建設計画によりますと、昭和三十四年度は、ダムの諸調査に着手、昭和三十五年度は下筌ダム建設工事に着手予定、工事用道路工事、トンネル、橋梁等の完成予定となっておりまして、私の村におきましては建設省の計画にあわせて水没者対策、立村計画対策を考えておりますので、目下のところ付替え県道の中心線測量、集団移転地の調査、代替農地の造成を進めております。しかるところ最近の報道によりますと、熊本県側の強硬なる反対のため、ダム・サイト付近の調査を延期するような建設省の意向のようでありますが、そうなると当初の計画が変更されるものと思われます。今、初めから協力的であった私の村にも河川予定地制限令が去る二月十六日付官報で告示されております。土地収用法に基づく事業認定申請書が九州地建から建設大臣へ出されておりまして、これの認定がありますと水没者はさらに自由を制限されます。局地の解決のみに全力を傾注して、下筌ダム水没者の九割を占める中津江村の水没者を無視したり、建設省のやり方に不満を持った水没者は去る二月二十八日水没者大会を開催して、建設省の出先機関を信頼せず、過去における協議または了承せる一切の事項を白紙に還元する等三項目の決議を行ない、去る三月抗議団が九州地建へ抗議を行なったようであります。私は水没者の抗議はよく推察することができますし、村長として過去における水没者説得の責任を痛感しておるものであります。私は水没の村民の村長として、ダム建設を促進するものではありません。しかしながら国の公益事業として建設するダムであるならば、確固たる信念と計画を持っていただきたいと思うのであります。ごく少数の者の意見によって大多数の者が迷惑をこうむる場合が起り得るからであります。村におきましても公表になったダム建設計画を信頼して、当然二年前に改築さるべき水没地域の危険小学校舎の移転改築ができず、ダムが延期されるとなれば補強工事の必要にも迫られておりますし、また農村振興計画も行き悩みの状態であります。個個の水没者につきましては、住まいの修理、店舗の改修等も差し控えておる状況であります。そう申し上げますと、あたかも熊本県側の絶対反対に対し、強制測量促進のように誤解されるやもわかりませんが、同じ水没者といたしましてそういうことを申し上げるものではありません。 要約いたしますれば、下筌、松原ダム建設につきましては、基本的に了解するものであり、建設するものであるか中止するものであるかその判断は、水没者の大多数を占める中津江村民の意見を尊重して、早急に結論していただきたいということにほかなりません。 ―――――――――――――
○委員長(岩沢忠恭君) 次に大分県知事木下君にお願いします。
○参考人(木下郁君) 意見をということでありますので、最初に結論的に申し上げますと、このダムを早くやってもらいたいという私は意見を持っております。と申しますのは二十八年災害の当時、私はあの衆議院の特別委員会の一人でありまして、そうして一人で久米の方からなまなましい災害の姿を視察しながら、ずっと大分県の方をくまなく見たのであります。さような経験を持っておる際に知事になりまして、間もなくこの計画のあるということを伺いまして、技術的な面は全くのしろうとでありますけれども、私としましては、その方面の権威ある頭脳を集めた建設省でやられることだから、現在の姿ではこれでいく以外に方法はないんだというふうに考えておりますので、昭和三十二年からこの話のありましたときに、なるべく早く復旧工事もやってもらいたいが、同時に将来に対するこのダムの建設をやってもらいたいという考えを持ってきたのであります。それで三十三年、一昨々年地元の今意見を述べられました中津江の村長さん、その他大山村、上津江、なお栄村も関係しておりますが、上津江、栄村、大山村というのは、比較的被害が少ないのであります。大山村にも行きまして、地元の人たちとひざを突き合わせて学校で話をしました。それから二度目のときは中津江の方に参りました。その間しょっちゅう個人的にも意見を聞き、またその集まったときも最初には絶対反対という声もありましたけれども、事柄の性質上、七十万の下流の人たちの災害を防ぐ、この点最もよろしいということになっておりますので、皆さんにも納得してもらいまして、ただ特に注文されましたのは、補償がいいかげんな補償であってはならない、その点については知事として、地元民の要望を十分達成するように努力してもらいたいということであります。言われなくても私としてはその覚悟は持っているのだからということで、昭和三十三年五月から八月の末にかけて現地に参りまして、その結果大体大分県の四カ町村の方は調査もよろしいということになって、ずっと進んできておったのであります。ところがその後昨年三十四年になりまして、熊本側の小国の今問題になっている室原さんが先頭に立たれて、そうしてこの大分県内の中津江村あたりを歌をうたったり太鼓をたたいたりしてやられる、それから部落に絶対反対という高札を立てられる、という運動が展開されてきておるということの報告も受けました。熊本の方にかれこれ私が言うのも、非常に出しゃばったことだから遠慮しておりましたけれども、あまり長引くことは、せっかくの協力態勢になっている大分県の地元の方が、また逆戻りするようなことになってもということを心配いたしましたので、それで昨年の春であったと思いますが、熊本県知事をたずねてそうして小国の方にも少し進めてもらいたいということを、お願いしたのであります。その後熊本の知事さんがお出かけになったけれども、会うこともできないというような新聞等で御承知の通りのような経過をたどったのであります。それで私としましては、これは日にちを調べましたところ、昨年の九月一日であります、室原さんにも非常に頭を低うして御都合の場所、御都合の時日を伺った。御意見も承りたいし私の考えも申し上げたいから、そういう機会を持ちたいからぜひお返事をいただきたいという趣旨の手紙を出したのであります。で、出すと同時に、その翌日その手紙の写しをくっつけて熊本の知事さんの方にも、大へん出しゃばっているようであるけれども、私の方の地元の関係もあるからということで、その写しをくっつけて、こういう手紙を室原さんに出しましたから御承知願いたいということも一応申し上げたのであります。そうしますと、室原さんから手紙は見るに及ばずということで封も切らずに送り返してきたわけであります。そのやり方自体については私も意見はありますけれどもそういう点は申し上げません。まあ地元のことだから感情に激せられての話かとも思いましたので、気を長くして、その後も、大分県内にも親戚がたくさんあるわけであります、小松幹代議士とも姻戚関係がある。小松幹代議士にもお願いして、やっぱり会って話をする機会のできるように骨折ってもらいたいということもお願いしてきたような次第であります。さような次第でありますが、最近に至りまして、これは私は誤解じゃないかと思いますのは、坂本代議士、小松代議士等が調査においでた。それを室原さんは非常に援兵が来たように思ったのじゃないかと思うのです。それは一昨々日私また現地をずっと全部回りましたが、勝った勝ったというようなビラも出しております。またさように言われておるものだから地元の人も動いてくる。ことに迷惑したのは大分県の中津江村その他の人たちが、せっかく一年以上も前から協力するという態勢になっておるのに、ぐずぐずしておって、そうして下筌ダムのごときは、小国の方の水没する家は四戸なんであります。全部の、松原ダムを加えれば、大分県の三分の一かあるいは多くても二分の一、田畑とか山林とかいろいろありますが、大体大分県の三分の一が熊本県の地籍というような格好であります。その大分県の方が非常にみな不満を感ずるようになってきて、今中津江村長さんの言われたような決議をするというような姿になっておるわけであります。しかしその決議は私の所にはまだ持ってきておりません。私とは直接話をして、いろいろ一昨年の九月から秋にかけて話ができておるのでありますが、だから私としましては、やはりこの際きぜんたる態度で建設省が臨まれて仕事の段取りを運ばれれば、それは、大分県の地元の人たちは一昨年の秋に協力するという態勢でやっておりますし、また県としましても、なるべく金よりもかわりの土地をということで、いろいろ移転先の耕地を見つけております。また農地を開拓してやり方次第では百町くらいできないこともないというような所も見つけておるわけであります。これはもう私の考えでは、どうせ行く行くは農地を開拓するところなんだから、こういう時期に農林省の方とも話をして、農地開拓の方とも一緒になって、繰り上げて建設の費用も、農林省が何年か後には開くであろう、その費用というものを合わせてこの際やれば、それは相当かわりの水田もできる、水路を開く仕事もできるというふうに考えておりますので、一つしっかりやってもらいたいということを考えております。現地の姿等を行ってみますと、新聞あるいは週刊誌等にニュースとして伝えられておりますけれども、それは評する人によればままごとみたいなものだと言うてる人もあるような姿であります。ですからままごとみたような姿が出ておってにぎやかであるかもしらぬけれども、せっかくたくさんの人たちも、流域の何十方の人たちの災害を防ぐためには、これでいかなければならぬと言うて腹をきめておるものが、一年以上も……。ニュース・バリューはあるかもしらぬけれども、直接の被害、下筌の所なんか、今村長さんも言われましたように、先頭に立たれておる室原さんという人の持っておる山というのは、私の聞いている限りでは二反そこそこの岩山。そういうような姿で、この仕事は私は非常に大事な仕事と思っております。その大事な仕事がそういう姿でじんぜん延び延びになるというようなことでは、今後あらゆる面で公共事業の遂行というところでぶつかるであろう。しかし、それは政治的なことで、当面するこの下筌ダムの問題、松原ダムの問題としては、やはり私はしろうと目でありますが、あの流域は私から見ましてやはり一番しかるべき所だという感じを持っております。ただ久世畑をやりかけてやめたじゃないか、ということを私のところに来て言うた人もありますが、この久世畑の問題のあったときは、私衆議院におってその話を聞いております。具体的なことでもいろいろ候補地の問題になった、久世畑のみならず、玖珠川の方のその当時やはり問題になった町田のうわさも出たんです。町田も久世畑も地質を調べたら、それは工合悪いということでやめた。私はさように承知しております。それならこれが残されたる最良の土地であり、そうしてまた全くそろばんを無視するわけにもいかぬ仕事でありますので、技術陣で最もよろしいという意見であれば、それでやってもらいたいと思っておるわけであります。いろいろ私のところにたくさん、砂防を作ったらいいじゃないかとか、あるいは下流の河川をさらえたらいいじゃないか、堤を高うしたらいいじゃないか――それから最近こういう意見もある。相当山を持っておる信用のある人が来て、あれは建設省と九電とが、九電の金もうけをするためにしているのだというようなことも言っておりますけれども、それに対しては、この仕事というのは災害防止というのが八、九割を占める目的なんだ。それは多目的といって、せっかくそういうものができれば何がしかの発電は、したがいいと思うけれどもそれはあくまで従たるつけたりのものなんで、私はそういうふうには聞いていない。またそういうものでなければ、私としても早くやるべきものだというような意見は出ないわけであります。このダムの建設計画は、筑後川流域の災害を防ぐということが主目的であるか、それとも電気を起こすことが最大の目的であるかというようなことは、これは私が今ここで申し上げなくても、皆さんの方が御承知と思うのであります。私は、災害防止が大部分を占める目的の工事だというふうに承知して、今私の申し上げた結論を出しておる次第であります。 その後地元の空気、あるいは地元の人たちがどういうふうに考えておるかというような点に、もし御参考になるようなことがあって、御質問があればお答え申し上げますけれども、時間が十五分ということでありますので、私のこの問題に対する意見を率直に申し上げた次第でございます。 ―――――――――――――
○委員長(岩沢忠恭君) この際、委員の異動について御報告いたします。 三月八日付で安田敏雄君が辞任せられ、小柳勇君が選任せられております。 ―――――――――――――
○委員長(岩沢忠恭君) 次に、福岡県知事鵜崎多一君にお願いいたします。
○参考人(鵜崎多一君) 福岡県知事の鵜崎でございます。受益県の代表ということでございますが、最も筑後川の改修に深い関心を持っております県民を代表いたしまして、意見を申し上げたいと思います。 明治二十九年に河川法が施行されましてから七十年近く参ったのでございますが、その間に国におきましても治水の面においても幾多の変遷を経て参っております。また水利の面につきましても変遷いたしております。従来の治水の面につきましても堤防式からダム式への治水計画、これが国の治水調査会においてもその方向で今日は推進されておるのであります。また水利の面も従来の渇水量政策から平水量政策へ、さらに今日は年間雨量調整政策へ参っておることも御存じの通りと思います。昭和二十八年に筑後川の未曽有の大はんらんがございまして、福岡県民あるいは筑後川の流域の大分県を含みまして非常に大きな四百数十億の被害を受け、また関係県民といたしまして九十万近くの方が非常な災害を受けたのであります。そのときから二度と筑後川の災害を繰り返すなということが私どもの強い願いでありまして、当時筑後川の改修についても政府の方々にもお願いいたしました。もちろん筑後川は直接関係の四県にまたがる川でありまして、国の直轄河川として今日まで運営され、その筑後川の国の河川では二度と災害を起さないように、基本的な根本的な計画を立ててもらうように私ども要望いたしたのでありますが、当時私福岡県の知事代理をいたしておりまして、関係県の大分県へもお願いに回って、そういう筑後川の根本計画の樹立についてお願いし、国にも強く要請したことがあるのであります。そのときに筑後川の洪水が、ちょうど東京で言いますと山手線の循環線のラッシュ・アワーのように、上流の水が一時に本流に殺到いたしまして、そこではんらんを起こしあの災害を来たしたのでありまして、基本的な改修というものを考えなければいかぬということで検討していただいたのでありますが、そのときに従来の堤防式の治水では不十分であって、どうしても今日、治水調査会その他においてもすでにその方向がきまっておりますダム式の治水計画ということでいかなければならないということが、その当時の国の関係のかたがたの御意見でもあり、私どももそういうことで一つ筑後川の治水をお願いし、またその方向で一日も早く筑後川の河川改修ができるように努力し、また願って参った次第であります。そうなりますと、堤防式の治水よりダム式の治水ということになりますので、どうしても上流位にその治水のダムを作らなければならぬということはもう必然のことでございます。しかし、これを実現化いたしまするには従来の明治二十九年からの河川法以来七十年、その当時の堤防式の治水の方式からすでに現実はダム式の治水に変わっておりますので、河川法全体につきましてもそういうような方向への裏付けが必要であり、またダム式の治水となりますとそれは裏はらで利水に結びつく。利水はすでに渇水最政策から平水量政策へ、平水量から年間雨量調整政策へと転換いたしておりますので、治水、利水裏はら、そこに新たな大きな基本計画を立ててこの筑後川の改修をしてもらわなければいかぬということで、実は私どもは筑後川の改修をそういう点でお願いし、国の直轄河川の問題として四県にまたがる大きな改修計画として実は推進いたし、また願って参ったわけでございます。従いまして筑後川の治水、改修、二度と災害を起こさないように、これは筑後川流域の県民ひとしく願うことでありまして、そういう点からは一日もすみやかに基本計画を樹立し、それに基づいて工事に着工し、でき上がること、それを望んでいる次第でございます。 最初申し上げましたようにその治水ということは裏はらに水利の問題もございまして、当面の問題といたしましては、県民といたしまして治水、また従来農業用水に使われております筑後平野の灌漑用水の確保、これが当面望んでおる問題でありますが、大きな筑後川の開発の問題、また今日の、先ほど申しましたように治水に利水が裏はらであり、大きく治水はダム方式に転換し、また水利は年間雨量調整政策へ転換しているという現段階におきましては、その間の調整をし、筑後川開発という問題についてもさらに福岡県全般の、あるいは北九州の工業地帯の問題、あるいは福岡の将来にも関連のある問題であります。私どもこれについてその基本的な対策、またそれの実現への具体的方向についてのお願いをいたしまして、実は昨年の秋に政府に九州総合開発審議会が設けられまして、私はその席上でも実は県はそういう大きな筑後川の改修、開発についてお願いがあるんでありますが、それを県同士で話してはなかなか熊本県、大分県のお立場もある、しかしこれは大きな九州全般の大動脈でありますし、また国の大きな開発の問題また治水の問題でありますので、政府の総合開発審議会において取り上げていただくということで私お願いを申し上げまして、昨年の十一月政府の九州総合開発審議会総合部会で、この問題を取り上げていくということの決議がなされたのでありますが、そういう面におきまして今後筑後川の改修について一日も早く促進をする。また促進をするにつきまして広範な関連を持つ計画でありますので、関係各省も従来の堤防式でありまするならば、ただ堤防の河川敷を拡げ、堤防のかさ上げをしていくというだけでありますが、ダム式になりますとそこに大きなやはり水没地帯の問題も起こりまして、そういう点の対策というものが、学校の問題もありまするし、また農地の問題もありまするし、また補償につきましてもどういうふうな補償をするかという、私ども常に県内のダムの問題につきましても知事としてその問題に非常に頭を悩ましておりまして、昨日も県の那珂川のやはりこういう同様な問題について関係者の陳情を受けまして、補償をどうやってくれる、われわれの生活をどうやってくれるという話を聞かされたのであります。そのときに私どもは一般的なリプレースメント、生活補償といいますかその移しかえという問題についての一応の努力はしたいと思いますが、そういうことについてのはっきりしたまだ法制というものもできていない現状であります。そういう点につきまして、若干今後改善をしなければならぬ点もあると考えております。 福岡県といたしましては、数日前に県議会において、筑後川の改修についてすみやかに改修を実施していただきたい。地元の犠牲を受けられる方々の問題について十分話し合いをして、そういう点についてもめんどうを見て、実現方を促進してもらいたいという決議がなされまして、お手元にもお願いに参っておることと思いますが、私ども十分、この筑後川の改修の大きな目的を達成するために、筑後川の改修の計画について関係各省がその力を合わせ、また地元の関係各県も力を合わせてこれの実現に努力し、また水没地の方々の補償とか生活保障なりそういうことについて、十分その計画について理解し、またその不安をなくすという努力をいたしまして、これの促進をお願いしたいと存じております。 お願いを申しまして、促進方の希望を申しあげた次第でございます。 ―――――――――――――
○委員長(岩沢忠恭君) 次に九州地方建設局長上ノ上実君にお願いします。
○参考人(上ノ土実君) 私九州地方建設局の上ノ土でございます。筑後川の治水計画立案の計過につきまして御説明申し上げます。 筑後川全川にわたる計画的な改修工事は、明治二十年に始まりまして同三十六年に完了しました第一期、第二期工事の治水工事に始まっております。改修工事の計画洪水流量につきましては、昭和二十八年洪水以前は、昭和二十四年の治水調査会による改定計画により、改修起点において七千立方メーター、そのうち一千立方メーターを上流ダムにより洪水調節を行なうものといたしまして、巨瀬川合流点から上流において六千立方メーター、この合流点より河口に至る区間におきましては五千五百と決定したものであります。昭和二十八年六月の大洪水により、昭和三十二年二月、確率をも考慮しまして百年洪水としまして、長谷地点において八千五百立方メーターと改定されました。しかるに、上述のように長期にわたりまする改修工事の結果、下流部はすでに河道が形成されていますので、このような洪水流量の増加に対処するのに河道改修のみによる方法によれば、全面的な引堤及びかさ上げをもってすることになります。技術的並びに土地の利用上等の見地から不適当と考えましたので、この改定計画においては、河道改修によれない部分を、ダムによる洪水調節によるものといたしまして、長谷地点の洪水量を八千五百立方メーターを六千立方メーターに低下するものとして、河道改修は久留米市内の宝満川合流点から下流は六千五百立方メーターとして、従来よりも一千立方メーター増加することになっております。 上流ダムにつきましては、昭和二十四年の治水調査会の方針決定以来、大山川、玖珠川筋について調査検討がなされてきましたが、昭和二十八年の出水によります改定計画では、洪水調節に必要な貯水容量も著しく増大してきましたので、これに応ずる各ダム地点の洪水調節上の機能地質の検討等が行なわれました。 調査地点のおもなるものは、最初は筑後川としましては十一カ所地点を調査いたしましたが、そのうち久世畑ダムと松原ダムほか十一カ所の調査をして参りましたが、各地点において行なわれた調査の結果を大略述べますと、久世畑ダムの地点においては、数次の溶岩流の堆積によりまして形成された地質であり、さらに河床部には横断並びに流心方向に大規模に断層が介在しております。かつ耶馬渓溶岩下部の泥炭岩層及び河床下の恵良溶岩上の赤色凝灰岩層は脆弱であり、これに接する基盤も破砕が著しく、透水のおそれが大であります。これらの不良岩の処理は技術的にはなはだしく困難であり、多大な工費をもって処理してもなおかつ十分な安全を期することが困難であると判定されました。龍門、鋳物師釣、猪牟田の各地点、これは玖珠川流域でありますが、流域面積が非常に狭く洪水流量が少ないので、本川下流に対する洪水調節効果の点では不適当であります。下榎釣地点は玖珠川の下流の方になりまして流域面積は大でありますが、ダム地点両岸の地形並びに地質に抑えられまして、ダムの高さは五十メーター程度が限度であり、洪水調節に必要な貯水容量を得ることができませんでした。簗瀬地点、これは杖立川になりますが、この地点については崖錐が深く、川幅が広く、地質的に阿蘇溶岩下部の凝灰岩層は試験の結果透水性が大であり、ダムの高さは六十メーター程度が限度でありますが、そのため必要な貯水容量を得ることができませんでした。 松原、下筌両地点は、噴出溶岩から形成され、松原ダムにつきましては右岸松原層の節理及び左岸下流沢の小規模断層のほかは堅硬な溶岩が露出し、また下筌ダムにつきましては地質が均質強固な下筌溶岩を主体とする地質でありまして、ダム築造に支障を及ぼすほどの断層は見当たっておりません。 以上のような検討の結果に基づきまして昭和三十二年八月、最終的に松原、下筌両ダムの組み合わせにより洪水調節を行なうことが最も適当であると判定されました。 それから筑後川の下流の改修計画の概要を説明いたします。 前に申し上げましたように、長谷地点の計画洪水量を六千立方メーターとして現在河道改修工事を実施中でありますが改修区域については、従来の改修上流端より上流の杷木、原鶴地区並びに日田市地区を施工区域に編入し、かつ本川に流入する巨瀬川、宝満川等各支川の取りつけ区域を延長しました。本川の改修工事は俊深、掘さく並びに堤防かさ上げによる河積の増大が主でありますが、久留米市の周辺の二カ所では引堤を行ない、また現状が霞堤の部分は霞堤として残すようにしています。これらに伴う工事量は、昭和三十年以降掘さくが六千九百万立方メートル、俊深が五百万立方メートル、築堤一千万立方メートル、護岸が四二・五キロに及び、工事費は合計百六億に達しております。昭年三十四年度末における出来高は約十七億七千万円にすぎません。 松原、下筌ダムの計画概要を説明いたします。両ダムによりまして、松原における計画洪水流量二千八百立方メートルのうち、二千七百立方メートルの貯留を行ない、下流長谷地点における計画洪水流量八千五百を六千五百に低減するとともに、洪水期以外の貯水池の利用を考慮いたしまして二つの発電所を設置し、合計最大出力三万九千七百キロワットの発電を行なうことになっております。 筑後川の改修計画、治水計画の概要を説明いたしました。 ―――――――――――――
○委員長(岩沢忠恭君) 以Lをもちまして参考人各位からの御意見の陳述を終わりました。
○参考人(木下郁君) ちょっと補足いたしたいのですが、よろしゅうございますが。
○委員長(岩沢忠恭君) 木下君。
○参考人(木下郁君) 今、鵜崎福岡県知事さんとそれから上ノ土局長さんからのお話の中に、発電のこととか利水の関係が出ましたので、その点については、私最初に申し上げましたときに、問題になっておる松原、下筌ダムは総合開発ではあるけれども、その中のウエートはこの治水の面が一番大きなものだ、さように私は私自身として承知いたしておるわけであります。で、その利水の点をそれじゃ全く度外視するかと言うとそうじゃありません。その点について私の基本的な考え方を申し上げますと、大分県の河川、いろいろ大分川等の総合開発もありますが、その際に、私は河川の水は一次的には沿線の農業生産に使う、そうして二次的に発電とかあるいは工業用水に使うという方針をいたしております。それに加えて超々優先的に飲み水、飲料水、水道の水はもう超々優先的で、農業水利があろうと何があろうと、そういう問題にはとんちゃくなく優先的にやるべきものだという基本方針のもとにやってきておるわけであります。で、なお、大分川の総合開発の問題としまして、芹川発電のダム、第一発電と第二発電が完成いたしております。その完成しておりますのは、これはまあ県営発電と治水の問題がウエートは半々くらいと私は見当をつけておるわけであります。ところが一昨々年であったかと思いますが、由布岳、それからあの地帯に七百ミリという非常な豪雨がありました。で、そのときに、芹川発電の第一ダムができておりましたおかげで、由布川の方からくる水かさの一番高いときとそれから芹川からくる水を、芹川のダムで調節いたしましたので、合流点の小野屋の所でそれが一緒にならなかったために、二十八年災害の二の舞を繰り返さないで済んだということは、少しくその間の事情を当時知っておる者はみな納得しておるところであります。さような意味で、私はこの筑後川の大山川の方のこの二つのダムができ上がりますれば、玖珠川の方に、今建設局長からお話のありました、いろいろ調べたところが格好の所がないというお話でありますが、玖珠川の方にもできればいいけれども、ないにしても、大山川の方にこの二つができておれば、大分川の一昨々年われわれが経験したようなふうで、もう相当大幅に治水の面は助かるであろうということを考えておるわけであります。先ほど水没される犠牲者の換地の問題について申し上げましたが、具体的には今中津江村の上の谷に、それはよそから水を引っ張らないでも、そこに大体十町歩ぐらいのたんぼは開かれることになっておるという報告を受けております。それから私は先ほど申しましたときに、農林省の方でどうせ何年か後にはやる開拓なんだから、今やってもらったらと申しましたのが栄村にあるわけであります。その方は杖立の方から水を引っ張ってくるか、そのほかにもため池を作ってやれば百町歩ぐらいの水田が開発され得るということの報告を受けておるわけであります。だから一面においては治水の問題としてこういうものを作るが、同時に沿岸の農民というものに対する生産ということに一時的に使ってもらいたい。それだからといってこれを工業用水に持っていくということを決していなむわけではありませんが、基本的な方針としては、私が最初申し上げましたように飲み水は超々優先的、そうして第一次的には沿岸の農業生産に使う。何千年、何万年と昔からやってきておる農業生産でありますから、その方に使ってそうして二次的に発電とか工業用水にやってもらいたいというふうに考えておる次第であります。 申し添えます。 ―――――――――――――
○委員長(岩沢忠恭君) これより質疑を行ないます。御質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○内村清次君 この筑後川の治山治水計画に対しましては、私は緊急を要するものであると思うのです。先ほど木下大分県知事も、当時二十八災の際には衆議院議員として現地を視察したとおっしゃったのでございますが、私といたしましても、当時地方行政委員長といたしましてこの筑後川の二十八災のはんらんに対しましては福岡県、大分県を視察をいたしました。そうしてその惨状を十分に認識をしてきたわけでございます。それにつきまして今回建設省が国の直轄といたしまして、この筑後川の治山治水計画によってまずダム計画をやる。下筌、松原のダム計画をやるというような計画でございまするが、まだこの点につきましてはその経緯につきましてもあとで地建の局長を通じて十分に質問もしたいのでございますけれども、ただ問題は九州の後進地域に対しまして、これは早く一つ後進地域を打開するような総合開発というものが必要であるということは、私たちも十分これを認めておるわけです。むしろ今日までの政府の施策が非常におくれておるという点についても、私たちは十分機関を通じまして意見を具申いたしておるわけであります。ただ問題は、すでにこのダム計画というものが、一面におきましては治水及び治山の問題に対しましても、あるいはまた利水の問題にいたしましても、必要ではございまするけれども、その半面におきまして非常な犠牲者が多くなってくる。しかもその犠牲者は今回のこの両ダムの関係を見ましても、すでに水没個所は戸数におきまして二百七十八戸、そしてまたその関係人員は一千六百九十五人というような大きな犠牲があります。もちろんそのほかには山林の犠牲あるいはまたは公共施設の犠牲というものを加えますると、これは相当大きな犠牲でございます。しかもこのダム建設につきましては、もう一面におきまして、こういった犠牲をどうやって救うかというような点から含めまして、もう一つの曲り角に来ておりはしないかという点も私たちはこの段階においては考えております。というのは何としましてもその犠牲が、ただ一片の補償によってその生活状態というものが将来長く安定するかどうかという点が、大きなこれは問題だろうと思うのです。しかもまた今回の下筌や松原ダムにおきましても、特に下筌の問題につきましては相当奥地山林を抱いたところの寒村です、こういった寒村の人たちが先祖代々の墳墓の地を捨てていくというような施策について、もし十分でなかったならば、一体これはどうなっていくかというような悲惨な点を考えてみますると、私たちはこの点に対しては国としても、また私たち国民の代表といたしましても十分慎重なる態度をとっていかなくちゃならぬという観点に立っておるわけでございます。 そこで私は木下君にお尋ね申し上げまするが、この松原ダムの建設にあたりまして、あるいはまた下筌ダムの建設にあたりまして、総合的な筑後川の治山治水計画にあたりまして、ただいまの御意見を聞きますると、これはいわば一面権威あるところの建設省がこうやっておるのだから、とにかくこの公共的な見地に立って、その地点の問題につきましても、あるいはまたこの治山治水計画におきましても、これは建設省にいわばまかせておいていいというようなお話もあったようでございます。もちろんこれは地元の知事さんといたしましては、あとで申しまするような、松原関係及びまたは下筌関係におきましても、大分県内でありまするし、そういった犠牲者の面については十分なる対策がなされておると私たちは判定した上で、とにかく一応この災害防除のために早く一つやってもらいたいという気持は私はわかりますが、当時知事も見られましたように、日田を中心といたしまして大山川のはんらん、あるいはまた玖珠川のはんらんがどちらがひどかったか。しかも玖珠川のあの大山川に比較いたしますと相当川幅の広い、いわばこの両河川を比較してみますれば、むしろ玖珠川が本流といわれておるような、こういった玖珠川の災害というものは、私も同様ここを見まして、相当深刻な被害があったと認識いたしておるわけでございます。今日まで玖珠川はんらんに対する治水に対しまして、どういうような大分県側としてやっておられるかどうか、この点をまず具体的にお知らせ願いたいと思います。
○参考人(木下郁君) 先ほど申しましたように、玖珠川にもダムの適地があってできればもうけっこうなんです。私それを決してあとに回すということを毛頭考えておるわけではありません。それから建設省の言いなりというふうに言われたかもしれませんけれども、私はこういう問題については全くのしろうとなんです。それでいろいろ私のとこるにきて、先ほど申しましたように、これは九電の策謀だというようなことを言う人もあるし、川下をさらえばいいじゃないかということを言う人もあります、原子力の話をする人もあります。しかし私としては、それは原子力の時代もくるだろうけれども、当面しておる今日では、その方の経験を持たれ、その方の学識を持たれて、この陣容の整っている建設省が断を下されたものを信用することが一番あやまちのないものだ、というふうに考えておるわけであります。医術にいたしましても、今から十年、二十年たてば、今日の権威ある者があるいはやぶ医者だということになるかもしれませんけれども、しかし今病人を抱えた場合には今日の権威者に診断し治療してもらう以外に方法はないんであります。さような意味で私は建設省の結論に従うべきものだという、私の意見をしておるわけであります。建設省の言うことは全くあやまちということを自分が信ずるふしがあっても、なおかつその言うままになるというような趣旨で申し上げたんでは決してありません。で、玖珠川の問題につきましては、しかしダムを作る適地がないということになりましたので、それで川幅を広げた非常に大きな改修工事は、もうほとんど済みました。今年度で大体済んでしまうことになっておりますが、それとあわせまして砂防を大へんやらなければならぬということで、もう一昨年になりますが、この砂防の事務所を、特に玖珠川の上流の所に設けまして、そうしてそこを大分県内における砂防工事の一番の参謀本部みたような所にして、そうして砂防の方でこれを防いでいくということを今いたしておるわけであります。で、砂防もだんだんたくさんできますと、県内では番匠川が非常に荒れたのでありますが、これも砂防がずっとできたので、近ごろはだいぶ落ちついております。それから別府のところの堺川、これも砂防がずっと行きわたったので非常な大きな被害はありません。ただ別府の裏側の由布岳のうしろ側、駅館川の上流に山くずれがしょっちゅうしております。これも一昨年でしたか、高さだけは日本でも二、三番目という戦川の砂防ができまして、そういうふうでダムのできぬ所は砂防ということでやっておるような次第であります。玖珠川の方もダムはできない、適地がないからやめておるのだと思いますが、私もそれは常識的にはしかるべしと思っております。そのかわり砂防を充実してもらいたいということで事務所を置いて、相当県内ではりっぱな砂防事務所として独立したものができておるわけであります。
○内村清次君 玖珠川のダム・サイトの地点につきましては、これはまた建設省側と十分私たちは意見を交換したいと思います。と申しまするのは、先ほど申しましたように、ここの方が流量も大きい、しかもまた今までの経験からいたしまして、相当な被害が多いというような関係を見まして、むしろ私たちはこの地点にダム建設地点というものを再検討すべきではないかという意見を持っておりまするが、この点は十分あとで申し上げます。 ただ木下知事は、今日までダムの地点としては建設省にまかせるけれども、砂防の点で治水をやっていこうというような方針をやっておる。もちろん私はここで、今日までどれくらいその金額としてやられたか、あるいはまたどういう地点をやれたかという具体的な問題を聞こうとは考えません。この点は、先刻私たちも委員会で十分話を聞きました。聞きましたが、その聞きました過程におきまして、むしろ砂防というものは、建設省の方では、今後できまするところの五カ年計画の中でやろうというようなことで、私たちは、二十八災から今日まで、あまり砂防が十分あの地点においてなされておるとはよく認められないような説明を受けておるのです。この点につきましては、木下知事はむしろ御不満の点が意見として述べられたのが適当ではなかろうか、と私たちは考えておったわけですが、しかし方針としては砂防でやっていこうというようなお考えでございますので、この点は了承いたします。 それから二点といたしまして、大分県側の松原ダムの関係におきましても、百九戸、それから七百十三人の水没者がおられるわけでございます。下筌関係におきましても、大分県関係は百五十二戸と八百九十七人というような犠牲者がおられるわけです。で、先ほどの陳述におきましては、開拓農地的なものを考えておるというようなことでございまするが、これは建設省と今日まで逐次三十二年以来御協力をなさっておる、その体制におきまして、逐次根本的にどうやって補償の関係、すなわちかえ地の関係、あるいはそういった方々の生活安定の関係を樹立されておるのかどうか、この点を一つ具体的にお知らせ願いたいと思います。
○参考人(木下郁君) それは、私は地元の人たちと学校で懇談をして、そして絶対反対はしないで協力するという、結論に達しましたときの話が、ざっくばらんの話が、そのときに知事である私に、日本一の補償をさせるということを知事が受け合ってくれ、約束してくれという要求があったんであります。それで私としましては、その日本一というのは、今までダムその他で補償されておるいろいろの事例がたくさんあるから、そのうちで一番高いものの上にいくものと、まあそれと同じか上にいくというような意味の日本一ということが言われましたので、私としては、日本一というような要求をする場合には、必ずその根拠を聞かれます、そのときに水没する地域が日本一の、今まで水没した日本全国のたくさんある中で、日本一の生産をあげておったとか、日本一富裕な村であったとかいうような材料があればよろしいけれども、それがなくして日本一というようなことを抽象的に言ったんでは、私に反問をされたときに私が困る、そうして困るだけでなくしてばかがられる。それは私としてはできない。しかし私としてはだれが見ても公正だということなんです。かつてこれまでいろいろやられたことに、旧憲法時代等でやられたようなあてがい扶持で泣き寝入りというようなことがあってはならない。そういう点については、私が大分側のこの問題あるいはまた臨海工業地帯を開くために漁業組合等々との折衝の問題等について、どういう態度で当たったかという点を皆さんも御承知だと思うから、一つそういう点をくんで信用してもらいたい。ふつつかな者であるけれども、信頼がなければとても、こういう仕事というものはできるものじゃないからというようなことを言って、実はやってきているわけであります。で、そのときに出ましたのは、今抽象的に幾らというようなことはきめられない、同じ水没する家でも、坪一万円の家もあろうし坪五万円の家もあろうから、そういう点等も、たんぼにしても、一毛作の所もあるし、二毛作の所もあるのだから、一筆調査をしなければならぬからそれをして、その結論に基づいて出すように折衝するということを話しました。だからその後は、建設省の方で、今の問題になっておる下筌ダムのあすこは、まだ地盤調査もしておりませんけれども、松原の方は地盤調査もしております。また水没する地域等についても、さような調査は一筆調査、具体的な建物、物置等につきまして、また建てたときによって今建っておる経過年数によっても遅いましょう、そういうこさいの点を調査してもらっておる。それがずっと今日まで続いておるというふうに考えております。しかし、今申し述べましたように、どうせ農山村でありますから、山間の村でありますから、やっぱりかわりのたんぼが必要だという意味で、原則としては、先ほど申しましたような二、三の候補地、それからまた郵便局、学校等のできるような平地というようなものも、今度水没する所の上の方に相当の広さのものがとれるということを報告を受けております。だからそういう方に道路等もつけかえができて、そうして今ある道路なんかよりもりっぱな道路にしてもらいたい。またりっぱな道路にすることが工事進行のしにも決してマイナスでない、プラスになると私は考えております。そういう点等は、道路の敷地がどう通るというようなことを、村の人たちと建設省と話をしていく段取りを進めておるものと、さように考えておる次第であります。
○永岡光治君 これは地元の知事、それから村長さんにちょっとお尋ねし、それからさらにこれは建設大臣でも地建の局長でもけっこうなんですが、お尋ねしたいわけですが、今内村委員から質問して、大体まあ御意見を承ったわけでありますが、やはり筑後川の下流の被害の状況を救済するというこのことに、どなたも異存がないと思うのです。問題はその解決の方法をどうするかということにあるわけですが、それはいろいろ議論がありますから、本日は取りやめます。 お尋ねしたい第一点は、今木下知事も述べられておりましたが、結局ダムを作るということになれば、移転先も考えなければならぬ、そうしてくると、今度は農林省の開墾地――開拓地ですか、そういう問題にも触れてくる、それから水没してくるということになれば、そこに学校もあるでしょう、郵便局もあるでしょう、いろいろ施設があるわけですが、してみると、ダム建設に伴ってそこに犠牲になる世帯の人、あるいは村のいろいろな施設について、総合的にこれを考えなければならぬということになると、ひとり建設省のみならず農林省なり、文部省なり、あるいは郵政省なりいろいろ関係省があると思うのですが、総合的な一つの計画を立てて、お前たちはここに行ってもこういうりっぱな生活保障ができるのだという、生活保障のできるそういう青写真を一応やっぱり示してやる必要があるのじゃないか、それが問題を解決する一番早道ではないだろうか、そういうものがなくして、ただ下の九十万の人が困るのだから、お前たちは二百三十戸の九百人ですか、松原ダムのお話は九百人という話でしたが、人柱になるということだけでは、これはなかなか地元民もそう簡単に私はうんとは言いかねると思うのですが、そういう移転先なりそれに対する補償なり、いろいろないうところの百年の生活保障といいましょうか、ダムの建設をして、百年の災害をなくすような青写真を今作ろうとしておるわけです。ダムを作って、それならば犠牲になる、水没される方々の生活保障についての青写真があるのかないのか、そのことを私は承ってみたいと思うのです。
○国務大臣(村上勇君) 最も大事な点であろうと思います。建設省としての基本的な考え方について申し上げたいと思います。建設省は決してこのダム建設は住民の生活を犠牲にしてなされてはならない、この原則に立って、現在程度、またそれ以上の生活ができるようにということを、われわれはこれを基礎としてすべてこれらの交渉にあたっておる次第であります。決してそこの住民の犠牲の上に立ったダム建設は絶対にやらない、そういうことをしちやいけない。特にあの地方は昔から全国的に名高い日田杉の産地でありまして、植林経営が企業的に成り立っております。大多数の人たちはこれに依存して平和な豊かな生活を営んでおります。従って、ダムの建設のためにこの住みよい生活環境を失うことは、ここの人たちの耐えがたいところであろうと思います。でありますから、私どもとしては、この事情を十分に理解しておりますので、この二つのダムの補償対策の基本として、この地域内での集団移転地、それから代替農地、これらの造成など、いわゆる現物補償の考え方も採用して調査をいたしております。すでに大分県側でも水没される方方の要望される地域、あるいは要望される事項に基づいて調査の段階に入っております。大分県当局及び各村のダム対策委員会の協力を得まして、具体的に計画を作成し得るまでに至っておるのであります。しかし熊本県側の方々は絶対反対、面会拒否ということで、その要望を聞くすべもないのでありまして、私どもはこれらの方々がほんとうにひざを交えて懇談してくれるならば、決してダムの犠牲によって生活を破壊するというようなことは断じて建設省としてはとらないということを私は申し上げておきます。
○委員長(岩沢忠恭君) 委員各位に申し上げますが、参考人の口述に対する補足質問は一つ簡単にお願いしたいと思います。これは時間の関係もありますから、そういうような方針で一つ逐次御質問を願いたいと思います。
○参考人(木下郁君) 先ほどもちょっと触れましたが、そういう候補地はやりますし、それから農地改革の問題になりますので、私の方は農地林業部の方がそういう所をずっと調査して、そうして先ほど申し上げましたような栄村の方、昔の五馬村といっていた所ですが、その高台に少しはできますけれども、百町歩も作るということになると、杖立の方から水を引っぱるか、そうでなければ小さなため池を作らなければならぬということ等の計画を立てております。私としましては、これは工事をいよいよ進めても、水をためるというようなときになるまでにはまだ二年もかかるだろう、だからその間に、工事をするためには道路をまずしかなければならぬ、だから道路の敷地はどんどん調査してやっておるわけであります。道路敷地ができるとそれに応じて村の人とも相談して、学校はここがよかろうというようなことが出てくると思うのです。中津江の村からの声として、私の所にきておりますのは、その水没する小学校が老朽校舎、危険校舎だから、こういうふうに延び延びになっておったのでは、その危険校舎を今建てかえるわけにもいかぬし、どうすればいいかというような問題がやっぱり未解決になるわけであります。さしあたり改築すればいいようなものだけれども、やっぱりむだは省いて有効に金は使いたいということも考えているものですから、そういう意味で、非常に、一つの声としては、私の方に早く進むように、ぐずぐずしないでという声が出てきているわけであります。そういう問題等については、郵便局とか役場というようなものの繁華街がありますが、その繁華街によいという所が上の段にあって、そうしてそれから続いた所に、そこは水の心配は他所から持ってこないでも十町歩は開けるという報告を受けているわけであります。今のところはそういう程度であります。そこにだれだかを持っていくとか、だれだかをどうするとかいうようなこまかいところまでの青写真はできていないわけで、大きな、大まかな青写真としてはそういう点ができているわけであります。
○参考人(児塔務君) ただいま知事さんから申し上げた通りでありますが、私の、先刻意見書で申し上げました通りでありまして、私このダムを早くやって強行しようというような気持ではありませんが、私の村として、ダム建設にあたりましては、三十二年このかた数年間にわたりまして、ダムのことは朝晩忘れる暇もない不安の目を今日まで過ごしてきておるような状態でありますが、私の村は、小学校が四と中学校が二校ありますが、そのうちで最も危険のある野田小学校が水没するというような予定になっておるわけであります。その小学校が、もはやこの梅雨中にはどんな危険があるか心配しておるような状態です。まあ危険校舎でありますから、予算の中でも三、三日前に計上して材木も四方から引っ張っておかねば、万一の場合、ほんとうに申しわけないような事態が再発するかもしれないというような現状にありまして、このダムが、先刻申し上げました通り、ダムを中止するならば中止、またいよいよやるなれば、もう二年も三年も、こう引きずり回したような格好で、約千人余りの村民が、不安の日に今日まできておるようなことでありますから、やるなら早くやる、やらぬならばやらぬと、どうしても小国側の、知事さんが申し上げました通り、まあ二反くらいの岩山に立てこもって、あれが国のために、いろいろの法的でされぬことならば、あるいは室原さんのいわゆる言わんとするところの下筌ダムは申すまでもありません。日田郡の中津江村の下筌でありますから、あの奥の字は、何という字か知りませんが、現にハチの巣と言いますけれども、私の方に建設省から水位線を示してくれということで、三百三十八メートルの水位線から目測しますれば、人家が四戸ぐらい水没するのではないかと考えるのでありますが、まあそんな正確なことはわかりませんが、目測すると、小国側のあの二十町、小国側とすれば、田畑、山林、原野を合わせて、二十町かそこらの面積でないかと想像しますが、建設省としてこの下筌ダムのあれに、あのダム・サイトの何か国としてやられぬような状態ならば、いずれあの下流の松原ダムの関係におきましては、芋生野、浅瀬、志屋、私の村に蕨野という部落がそれに絶対反対の加担をしておるような状態でありますが、あの水没者が全部がたてこもって動かぬというようなことになれば、あの下筌ダムのダム・サイトの収用ができぬというようなことならば、早くまあダム建設はやめてもらって、私の力にも安心させるようなことにしていただきますれば、私の方は貧弱村ではありますけれども、起債なりあるいは補助をいただきまして早く学校を建て、学校の建築にも計画をしなければならぬというようなことでありまして、今日まで私の考えといたしますれば、このままでおりますればいつまで不安の日が続くかというような非常な心配があるのでありますから――どうぞさような問題です。
○永岡光治君 私先ほど申し上げました、青写真と言ったのは地図の青写真のことを申し上げているのではなくて、たとえばこの前、中部電力の井川ダムが作られたときに、新農村の標本みたいに作られて、非常に立ちのきをした方々が喜んでいるかどうか知りませんけれども、積極的に協力してきた例があるわけです。たとえば六反歩持っておる人は八反歩になるとか、あるいは八反歩持っている人は一町歩にしてやるとかというようなことで、非常に積極的に協力したという例があるわけなんですが、これが水没する場合には具体的にその補償金がどうなって、そうしてどこそごの部落に行けと言ってもよそ者扱いされるということもありますし、それじゃ都会に出ていけばいいじゃないかと言ってもなかなかむずかしいことでありますから、そういう意味で具体的にどういう方法でいくのか、たとえば道路のつけかえにしても一つの具体案が出てきましょうが、知事さんがおっしゃるように何年かかかるわけです。その間に作ればいいわけなんですが、私の申しあげているのは、地図の上の青写真でなくて水没になる犠牲者の生活設計の補償ですね、百年にわたる生活設計の青写真というものを具体的に持っていないと、なかなかそれはただ下流の人が犠牲になるんだから、九十万のために君たち犠牲になってくれと言っても、それはなかなかむずかしいことじゃないだろうか、そういうことを申し上げているのでありますから、一つ誤解のないようにしていただきたい。 同時に建設大臣にお尋ねしたいことは、建設省が中心になること、もちろんでありますが、やっぱり総合的に農林省なりあるいは厚生省なり文部省というところも入ってくるでありましょうが、そういう基本的な、総合的な実施本部か何か知りませんが、そういうものを作ってくれないと青写真というものは出てこないのじゃないか、そういう不安をなくす計画を、建設大臣の方でやっぱり構想をお持ちになっているのではないだろうかということを、実はお聞きしたかったわけです。
○小柳勇君 関連して。あとで建設局長にも質問がありますが、ただいまの問題に関連いたしまして、大分の県知事と中津江村長に御質問いたします。 私、今、全国奥地山村振興協会のダム部会というところから陳情をもらっております。これは陳情をもらうまでもなく、先日松原ダム並びに下筌ダムを調査いたしましたときに、村の代表者からもるる聞いたところでありますが、ダムが作られて湖底の村となったところの人が代替地に移佳いたしまして、その後の生活が非常に不幸である、そういう人の代表からのこれは陳情でありますが、国策に絶対反対の態度をとるものではないが、公益優先の美名のもとに国民の一部を犠牲に供してはならないという立場に立って、という、一つの陳情を受けております。一つは損失補償基準調整に関する陳情です。損失補償について、今までの基準というものはあてにならないという陳情でありますが、一つはその後代替地があって移住した人が非常に困っているので、再建整備に関する陳情であります。そのような問題を知事として、大分県知事はこのような大きな問題をかかえておられまして、他の県などに発生いたしました、そういう代替地の現在不幸にある人たちなどの生活をお調べになったことがあるのかどうか。それから村長さんも今まで賛成の立場をとっておったけれども、いろいろ検討した結果今は条件付になっているようでありますが、そういうことをお調べになった上でのことであるのかどうか、端的に一つ具体的に御説明願いたいと思います。
○参考人(木下郁君) その問題については、私としても真剣に取り組みまして、それでそういう事例等についてもいろいろ聞いております。それで離れた所に、あるいはまた、現在も農地を持っておって放したいという人もおらぬわけじゃないのであります。だからそういう所も一つ気をつけて、集めておいてあれしたらどうかということも考えてみたのでありますが、やっぱり部落の人はなるべくなら一諾にそろって、そうしてしかもあまり遠くない所に行きたいというのであります。で、大分の事例等でもやっぱりうまくやった人は、よくいっている人もありますけれども、やっぱりとにかく補償金で、金で現ナマを握ると本人も気がゆるむ節もありましょうし、それからもう、私が一番憤慨しているのは、商売人がもうそれを待ちかまえておって、そうして電気洗濯機を売り込んだり、テレビを売り込んだりするのです、もう現に県でやっている補償の問題で。私はそれを非常に憤慨しているのですが、これをとめる方法がない。まあ一つの顕著な事例ですけれども、そこなかなか勤勉にやる所ですけれども、いなかで十二戸もあるのに十二戸電気洗濯機を持つ。まあそれは生活改善で悪いということもないのです、実力で持ったのですから。今度テレビを持つ。ところが最後にどうしてもたまらぬと思ったのは、あの電気がまを持つという。いなかで庭の先に行けばたき物が何ぼでもあるのに、東京で夫婦出がせぎをしているアパート住まいの人の一番便利であるべきところの電気がまというようなものを、一軒が買うとおれ方も買うというようなふうでやっている姿がある。そういうものをこれは一つやっぱり精神的じゃない、実物的に指導するということも、指導という言葉が少し思い上がっているようにあるかもしらぬが、気のついたことを注意していくということもしなければということも今考えておるわけであります。そういう事例。それから大分県にも海岸地帯に干拓をやっております。そういう所へでも行かぬだろうかと言うが、なかなかそれは好みません。で、そういう事例等も調べて、できるだけの手は尽して、その身になって考えていかなければならぬと実は思うわけでございます。
○参考人(児塔務君) その点につきましては、私も球磨郡の市房ダムと福岡県の八女郡矢部村の日向ダムというような所を一応視察しましたが、いろいろ総務課長なり村の議会等から各方面に調査にもやりましたが、まあいろいろおっしゃる通り移転地とかまたはその後の将来においての不安ということは、いろいろ考えているような状態でありますが、私の村も水田とか畑、こういう面においては山村でありますけれども、水没者が移転するということになりますれば、一致団結して移転するという計画を要望するというような考えも持っておるわけであります。また下筌より下流の川辺という部落の間に県道のつけかえができるということになれば、墳墓の地を離れるような気持は、十分考えておりますから、いよいよダムが建設されるということになって、道路の基本線ができれば、そこの所の付近にどれだけ移民ができるかというようなことは、きょうははっきりとは申し上げられませんけれども、いろいろ調査をして、今建設省とも話し合いし、また県庁方面の農地課の方にお願いして、昨年の十二月以降数回にわたりまして、適地があるか、移転地がどういう計画でどんなふうになるか、というような調査の段階に入っておったような状態でありまして、今すぐどこに何十軒、ここに何戸というような何もありませんが、いよいよダムを建設するということの踏み切りがついたということになれば、本格的にまた水没者の希望を聞き入れまして、あなたたち農民が、集団で、こういう場所があるが、一つ移転してはどうかというようなことになりますれば、私の考えとすれば、旧田が今まで三反であったものは四反でも五反でも一つ要請して、将来安定の生活のできるように、建設省にもお願いしてやっていきたいという個人的な、または村長の立場として考えておるような次第であります。
○小柳勇君 関連いたしまして質問いたしますが、さっき大分県知事のお話の中で、代替地については、相当の開拓田を予定しておるというような話であります。私見て参りましたが、なるほど大体五十年をリンクにいたしまして回ってやっておるようでありますが、ほとんど山林業者であります。そういうような長い間の伝統に育てられた山林業者の方が、今もうダムの設計が終わって、すぐ水が入るという、追い立てられた中で、そういう開拓地はこれだけだ、ここへ一つ学校を作れというようなことで、果してそういうような人が生活が安定して将来やっていけると御判定になって、県として賛成しておられるのかどうか、お聞きしておきたいと思います。
○参考人(木下郁君) 私は、水没するのに一番問題になっておるのは、山林ももちろん問題にはなっておりますけれども、やはり田畑でありますので、実は田畑のことを申し上げたので、山林を持っておる人が水没地域に入っておるという人もありますけれども、私としては、今零細な農業でやっている人、それからまたいなかの部落で商売をしている人というような人が、一番さしあたり困る人であると思います。大きな山林を持っている人もそれは被害はありますけれども、そういう人にも補償はもちろんしなければなりませんけれども、やはり考えの中には、あのいなかの小さなたんぼをやっている人たちを目安にして、重点をそこに置いているわけでそういう意味で申し上げたわけであります。シイタケを作ったりする、その人たちの持っている杉山を借りてそこでシイタケを作っている人もあるだろうと思います。そういう人があればそういう点はまたこちらで十分考えて、シイタケ山の世話をするとかというようなことは、もちろんしなければならぬと思っております。
○小柳勇君 これは地方建設局長にお尋ねいたしますが、今県知事並びに村長のお話を承りますと、まだ代替地あるいは水没された人の将来の問題については模糊としております。ほとんどダムに、設計図にあるほど確信を持っておられないということがわかりました。しかも村長さんの話では、県の農地課に行っていろいろ御相談申し上げているとか、あるいは県知事ともいろいろ相談もあるでしょう。そういうものについて総合的に、ダムを作る以上、あるいは農林省なり通産省なり、あるいは文部省なり総合的に、出先機関としても、あるいは本省としても確信が立って、計画が立って進むようでなければ、こういうようないろいろ困難なことになります。ダム建設というものはスムーズにいかないと思う。現段階における、私は今その一つの代替地などの問題に限って質問いたしますが、現段階において官庁方面としてはどのような折衝の段階にあるか、御答弁願いたいと思います。
○参考人(上ノ土実君) 松原、下筌ダムによる水没の補償につきまして、私の方で考えていること、それから今やっていることにつきまして御説明申し上げます。この二つのダムによりまして、熊本県の小国町が五十三戸、大分県の大山村が五十三戸、栄村が十八戸、中津江村が百七十戸、上津江村が十七戸、合計三百十一戸に上る家屋と、田畑百十町歩、山林約百六十町歩が水没いたします。昭和三十三年四月調査事務所が開設されまして、本格的にこのダムの調査計画を始めるにあたりまして、協力をお願いいたしましたところ、小国町以外は、初め反対だった人たちも、筑後川治水計画の根幹であるこの二つのダム建設が、中下流約八十万の人たちの生命と財産を守るための国策事業であることを了解されまして、協力をいただくようになりました。そうして水没される方々も新らしい生活の基盤を確立するための積極的な施設のために話し合うことを了解され、各村ごとに対策委員会ができて、――これは大分県側のことであります、この委員会を通じまして、ダム計画の従来補償についての要望の提出、基本的補償方針につきまして意見の交換、新しい村作りの計画の話し合いが進められて参りました。その最も基本的なものにつきましては、先ほどもだれからかお話もありましたが、ダム建設は住民の生活を犠牲にしてなされてはならないということで、現在程度、またはそれ以上の生活ができるように、完全な納得のいく補償をしてほしいということであります。建設省も当然国策でダムを作るのでございますから、ダムを作るためにその住民の生活を破壊し、生活程度を下げるというようなことのないように、決してそこの住民の犠牲の上に立ったダム建設ではなく、できる限りの補償で、犠牲を完全に補った上でのダム建設であるというように考えて努力をしております。公共補償につきましても万全を期しまして、新しい村作りの計画を積極的に推し進め、現在以上の生活ができるように努力する方針で住民の要望を取り入れて、一緒に納得のいく補償基準を作りたいと考えております。また一部の強い反対をする人があっても、正直者が損をするというようなことにならないように、公正な補償をすべく万全の準備を進めております。特にこの地域は昔から全国に名高い日田杉の産地であります。植林の経営が企業的に成り立っており、大多数の人はこれに依存して平和な豊かな生活を営んでおります。ダムの建設のために、この住みよい生活環境を失うことは、この人たちの耐えがたいところで、貯水池ができたあとも、植林地はなお広く残っておりますので、この地域内に代替地を求めたいというのが当然のまたもっともな要望であります。建設省もこの事情を十分に理解できますので、この二つのダムの補償対策を基本とするこの地域での集団移転地、代替農地の造成など、いわゆる現物補償の考え方も採用して調査いたしております。すでに大分県側におきましては、水没される方方の要望される地域、要望される事項に基づきまして調査の段階までいっております。大分県当局から各村ダム対策委員会の協力を得まして、具体的に計画を作成し得るまでに至っております。熊本県側の方々は絶対反対、面会拒否ということで、この要望を聞くべくもありませんが、大分県側の要望に近いと判断されますので、その地域内に区域を選定しまして、熊本県当局とも相談して当方としての作業を進めております。さらに大分県では五馬地区、熊本県は宇土谷地区につきまして、農林省、大分県、熊本県両県の協力を得まして、調査費で改善計画を検討し、このダムの水没者吸収の方途を検討する考えであります。 次に水没者の中には、あるいは金銭補償を望まれる方もおられるかと思います。どの程度の額になるかは、実態を調査した資料を基準に、水没される方々と建設省が民主的に納得ずくの話し合いにより、作ります補償基準によりまして決定するわけですが、現在のところ調査ができておりませんので、一応の目安としまして、隣接しております福岡県営の日向ダムの補償基準を示しまして、決して日向ダムの基準を下回らないと約束をしております。日向ダムでの基準は、民主的な補償審議会で決定されたのであります。 最後に補償交渉はあくまで話し合いで納得づくで進めることを約束しております。決して建設省が一方的に押しているものではありません。従って、補償基準は、水没される方々の代表と建設省が誠意をもって協議し、必要なときは公正な第三者の調停をお願いして、民主的に公正に両者の合議のもとに作成する、このためには詳細な調査等、協議のための十分な時間を持ちたいと思っております。現在この資料を得るためのモデル調査を大分県側各村にお願いしております。まだ完全に了解を得ておりませんが、近いうちに了解が得られ、調査が実施できるものと思っております。早く完全な補償対策のもとに、生活の基盤を確立してダム建設を進めてほしい、というのが水没される方々の願望でありますので、建設省は水没される方々の身になって誠意ある努力をなすものであります。
○小柳勇君 このダムが二カ所に決定しましたのは、聞くと三十二年八月であります。それから二年半、ダムの計画の方は着々と進んできている。そうして試掘、試錐などもすでにやられつつあり、片やその水没される人たちの生活については、今なお確固たる計画がないということは、今の答弁でわかりました。そういうところにあのダムの紛争の原因があるように、私どもは実は判定をいたしているわけです。 次に関連いたしますけれども、さっき福岡県知事のお話の中にありましたが、治水計画については、この筑後川の下流の人たちともどもに、一日も早く実現を待っておりますと同時に、それ以上に工業用水などの利水計画についても非常に渇望いたしております。三十四年、昨年二月の地方建設局のプランを私ここにいただいておりまするが、それによりますると、利水計画については検討中であると書いてある。なおまた発電計画についても、これによりますると非常にはっきりと書いてない。どこにどういうものということがはっきり書いてありません。そういうものも現地の賛成、反対の大きな一つの条件になっているように私どもは調査して参りました。従ってせっかくでありますので、この検討中であるというのが一年前に出ておりますので、この福岡県の工業用水など、あるいは大分県、熊本県に関連いたしまして、このダムを作ることによってどういうようなプラスが出るのか。現在すでにありますならば具体的にこれを御説明願いたいと思います。
○参考人(上ノ土実君) 昨年の二月に検討中ということでございますが、この問題につきましては、最初治水がまあ九割で電力の方が一割、こういうようなアロケーションになっておりますが、そのためまあ治水オンリーというようなことがいわれるダムでありますが、せっかく作る以上はもう少し利水の方面を考えたらということで、まあ昨年の夏以後そういうことが非常に叫ばれて参りまして、福岡県の方としましても、知事さんからおっしゃったように非常に水がほしい。これは北九州、それから福岡の水道、こういう方に相当の水がほしいということは聞いております。それによりまして私の方は最初の計画が二千五百立方メートルを切るので、このダムは利水よりも洪水のためだという制限がありますので、六月十日ごろから梅雨期はダムをからっぽにする、こういう制限を受けているわけなんです。そういうようなために利水の方が少ない。しかしそれでも筑後川の河水とか平水が増すことは事実であります。そういうことにつきまして、今日政府の方の河川局とも相談しまして、何とか最近は気象学の方も相当進んで参りましたので、梅雨期は御承知のように非常に雨が連続して、台風のような雨をキャッチするのが非常にむずかしいのであります。それでも何とかそのむずかしいのを克服して、これは気象台の方とも相談いたしましたところが、六時間か七時間、十時間くらい前はキャッチできるのではないかというようなことも御相談しております。十時間も前の予報ができますれば、これはまあレーダーとかそういうようなものも、あるいはダムとしてあそこに作ってもいいのじゃないか。金は三千万か四千万円と思っておりますが、そういうことをしてでも、やはり水を下流の方に回すのがいいのじゃないかということで、地建としてはそういうことを考えております。それで今扉の操作をしまして一千万トン、二千万トンくらいはできるのじゃないか。渇水には五立米から十立米、そのくらいは操作で増せるのじゃないか。これは気象のことを研究しまして、その予報で六時間か八時間前にこのくらいの雨が降るということがわかればできることであります。今までの考えとしましては、あの二つのダムで約一億トンたまるはずでありますが、二千五百――実際は二千七百あそこでやるのでありますが、二千七百やるためには九千万トンくらいのが要るわけなんです、八千八百万トン。ですから、そういう考えでダムのアロケーションにも載っておりません。しかしながら、最近、昨年九州総合開発という法案も通りましたし、それから有明部会とか防蘇地区の部会から南九州の部会というのもできましたし、やはり九州ではそういう開発をやるにはどうしても水が必要だ、こういうことは必然的にわかりますが、そういうためにせっかく二つのダムを作るから、それを利用したらということは建設省の中でも検討しております。それで福岡県の知事さんからおっしゃいましたように、筑後川の部会ということも各県の知事さんもお考えになって、総合開発の委員会の方に申し上げておるというように承っておりますが、そういうような声が非常に高くなって参りますと、このダムは今百十八億で、治水が百三億、電気は十四億幾ら、こういうことになっておりますけれども、それはあるいはどこに水が要る、灌漑用水とかあるいは福岡、北九州に水が要るとかいうことを、はっきりそういう部会なんかで取り上げて検討されましたならば、これはダムのアロケーションの中に入れてもらったらいいと思います。 それから下流の方の方といたしましては、あのダムは、筑後川の今の所は下流の水害のために作るのだ、下流の方の方といたしましては、あの筑後川につきまして、農業用水には水利権というのがあります、ですから、その水利権を勝手に侵すわけにもいきませんし、それはそういうようなことの調整が要るのだろうと思います。だから、一応しろうと考えでは、増した水はとってもいいのじゃないかという考えはありますけれども、これは昔からの水利権という問題がありますので、そこを調整するということは、九州総合開発とかそういうようなところでなされたならば、あるいは利用する水があるのじゃないか。こういうように考えております。
○小柳勇君 これで、私は時間がありませんので質問を終わりますが、地方建設局長には遠方東京まで来ていただきまして、こういう質問をするのはどうかと思いますけれども、非常に報道陣その他に誤解をされておりますので、ただしておきたいと思います。 それは、社会党の九州総合開発特別委員会は、この問題を非常に重視いたしまして、しかも週刊誌、新聞その他で血の雨が降るような騒動が報ぜられましたので、いち早く調査団を派遣いたしました。衆議院二名、参議院一名計三名の調査団を派遣いたしまして、実地に調査をいたしました結果、四つの項目の声明を現地で発表いたしました。九州地方建設局の意見も十分聞いております。それから現地の意見も十分聞きました上での発表でありますが、その四つの項目は、第一は、住民の意見を十分聞いていない感じがあるということ。第二は、土地収用法など法的にも問題があるということ。第三は、警察官の動員は絶対に避けるべきであるということ。第四は、室原氏など反対派の意見を十分九州総合開発特別委員会で検討して、今後国会でこれを取り上げよう。こういう四つのことを新聞で発表したわけです。ところがその翌日の新聞では、九州地方建設局が、社会党調査団の声明というものは一方的であるという声明を出されました。まことにわれわれは心外でありまして、ダムを建設することがいい悪いということは技術的なものであるから、これは別途検討しなければならぬ。現段階において、血の雨が降るようなこの事態を収拾するのにはどうするか、という真剣な熱意で調査して、その事実をそのまま四つの項目として声明したにかかわらず、建設局は一方的であるという。しかもその声明によりまして、筑後川下流の受益者の人たちあるいは佐賀県の人たちは、あたかも社会党がダム建設を妨害している、だからこの建設がおくれるのだ、こういうことで今受け取っておられるということは、まことにわれわれとしては心外でありまして、ダム建設のぜひについては別途考慮しなければならぬけれども、現段階のこの事態をどう収拾して、しかももっとほかにスムーズな解釈の方法はないか、そういうことがわれわれのほんとうのねらいである。そういうことに対してああいう声明を出されて、まことに社会党特別調査団としては心外でありまするが、そのことが、建設行政、あるいは一般に今後ダムを建設する困難な事業を達成するに、非常に支障になりはせぬかと思うわけです。その日に建設大臣も声明されておりますが、その方は後日触れますけれども、たとえば受益者である福岡県あるいは久留米市、あるいは佐賀県などがこれに反対するはずはない。ところが九州などでは、他人のゴボウで法事するということわざがあります。自分の法事に他人の畑のゴボウを持ってきて法事をするというようなことを、昔の人はやるなと戒めておる。そういうことで非常に慎重にものを考えて取り扱っておるものを、仕事を急ぐの余り一方的に判断してそういう声明をするとするならば、二大政党の一つである社会党としては黙っておれぬ、こういうような気持ちがするわけです。従って、地方建設局の気持ち、局長のお考えは一体どうであるのか。私はこの東京でわざわざ聞きたくないが、しかし、これはやはり今後の建設行政に大きな支障がありますので、率直に一つあなたのお気持ちを聞かしておいていただきたいと思います。これで私の質問を終わります。
○参考人(上ノ土実君) 地元の御意見を聞かなかった、聞き方が少なかったということかと思いますが、大分県側の方は三十三年の八月、知事さんが現地の方に行かれまして、その後意見は十分聞いております。不幸にしまして、熊本県の小国町の室原さんのおられる所の部落は、話し合いができないので御意見を聞く機会がありません。そのことにつきまして、少し今までの経過を述べたいと思います。 昭和三十二年八月十七日の志屋小学校における下筌ダム計画の説明会では、建設省は好意的態度に見受けられ、会の終了しましたとき、このような会合はたびたび開いてほしいと希望されました。この席上で問題になった地形測量に伴う損失の補償についても、十数戸の関係者を個々に回り、おわびして了承を得て、最後に室原さんにその趣旨を報告いたしましたところ、それはよかった、大へんけっこうだと納得して下さいました。室原さんは三十二年の九月二十五日ごろには、玄関口に建設省面会お断わりの札を張られて、それ以降固く建設省との話し合いを拒否されるに至った事情は全く了解できないのであります。この短かい期間にどのような原因で心境の変化を来たされたかを知ることが、室原さんとの話し合いを実現するかぎと考えて、もっぱらこの点の探索に努めましたが、室原さんと直接お話できないために、この間の真相を把握することができないままに、室原さんと建設省との間に大きな強い鉄のカーテンができてしまったのであります。ある人はその原因といたしまして、室原さんが協力的であったときに、部落の人々が室原さんは財産家だからダムができても困らない。しかし私どもは何も持たないから困るのだ。あなたは私どもの迷惑を考えないのか。あなたがダムに協力することは困ると、文句をつけたことが室原さんの気持を傷つけ、反対に立つに至ったのではないかというような説明をする人もあります。ともかくこのとき以来室原さんは建設省面会拒否の態度を固く堅持して、その後建設省関係者には何人が行こうが玄関払いを食わせるのみでありました。 さらに町議会のあっせんにも一顧だにも与えず、がんこと思えるほど建設省との間に意思の疎通の場を持つことを拒否し続け、二年有余もその態度はいまだ全然変わっておりません。全く建設省としては取りつく島がないのであります。室原さん以外の部落の人々に働きかけてみましても、先祖伝来室原家に依存しまして、室原さん中心の家族的生活を常なみ続けてきた人の多い部落でありますがゆえに、ダムのことについては全然意見もなく、ただダムのことなら室原さんに聞いて下さいとのみ告げまして、あとは固く口を結んで開こうといたしません。この部落の有力者であり県会議員である北里栄雄さんにお願いしてみましても、自分は反対も協力もしないが、部落が反対を表明しておるので静観したい、自宅を訪問されると部落の誤解を招くから遠慮して下さいと話し合いのあっせんを拒否される始末、また立場上、部落長の地位にあります穴井貞義さんは、一たん建設省の熱心な要請に心を動かしながら、数日を経ずして説明会のあっせんを拒否し、建設省の利便をはかれば村八分にされ生活に支障を来たすは必定、部落の手前誤解を招くから寄りつかないでくれ。部落の人々を集めて話を聞くことはむずかしく、個人個人に当たることはなおできない相談だと言われる状況でありました。部落一般の人々の気持をほぐして話し合いの場を見い出そうと努力いたしましたが、結局は室原さんの心のかぎを解く以外に道はないことが明白になっております。この強い反対派を説得して話し合いをする、あっせんできる人といたしまして、あらゆる人が小国町長の河津寅雄さんをあげてくれましたので、町長にあっせんを実現すべく努力いたしましたが、局長さんからも私からも直接依頼し、県当局からも再三お願いしてみましたが、室原さんが固く建設省との面会を拒否しておるので、河津町長の乗り出しのために大半の努力を傾倒して参りました……([答弁になっていない」「要点だけ簡単に言ったらどうか」と呼ぶ者あり)いや、これは私たちが室原さんとただ会わない、会わないということですが、これにはいきさつがあるのでその辺のいきさつを皆さん御存じないから……(「その問題はきょうの問題じゃないじゃないか」と呼ぶ者あり)
○国務大臣(村上勇君) 私が補足というよりも、ちょっと私にもふれておられるようでありますので私からお答えいたします。私は当委員会におきましても、また衆議院の建設委員会におきましても、社会党がこの国会多忙な時期に、せっかくこの下筌ダムの用地問題で現地に調査においでいただいたという点については、私はここで感謝いたした次第であります。従いまして私どもといたしましては、この社会党の公正な調査団の御意見によってこの問題が解決でき得るものと、こう思っておりましたことはそのときも今日も同じ気持であります。ただ小柳さんの御意見ですが、住民の意見を聞いてということはごもっともでありまして、われわれといたしましては十分住民の意見を承って、そうしてまあ水没二百戸というような大分県側の人たちに、これに対して一まず御了解をいただいたのでありますから、住民の意見は十分聞いたつもりであります。 それから土地収用法を適用してはいかないという点につきましては、これはもとよりたといどういう法律があろうとも、われわれはこの尊い犠牲と申しますか、全く八十万という下流の人たちが枕を高くして休めるための犠牲ということになりますれば、これを一方的に法的に処理していこうというような不都合な考えは毛頭持っておりません。でき得る限り話し合って納得づくで話をつけていきたい、そういうような精神で現地にも指揮をとっておった次第であります。特に、私もいなか者でありますが、いなかに住む者はつけもの石一つも、先祖から何百年もずっと持っていたものは動かすのはいやだ、というぐらいの気持でありますから、ただ単に物質賠償というようなことでなくて、精神的な面にも相当私どもは御同情申しあげなければ、こういう問題は解決するものじゃないという見地から、決して、土地収用法等のこういう法律は、よしんばあっても使うべきでないということは私どもの一貫した気持であります。 それから警察を云々と申しますことは、これはわれわれの方で警察をどうしても入れて、そうして警察力で解決しようというような不都合な考えはございません。御承知のように相当何か蜂の巣城とかいうような構えを現地ではしている。それに強制的に測量に入ればそこに相当乱闘が起きるのじゃなかろうかというようなところから、両者を助けると申しますか、要するに両者を保護するために警察が相当、いよいよやるということになればそういうことが大きな問題にならないようにということを考えて、準備されたように聞いております。 それから室原氏の意見をなぜ聞かないかということは、これはもう私は小柳さんの方が無理で、幾ら行ったって、熊本県知事にも私はお願いして寺本さんに、ぜひ一つ、かえ地等についても十分考えるから、熊本県のいうことを私は十分聞くから、ぜひ一つ話し合いしてくれということで、熊本県知事も参りましたが、何でもお目にかかることができなかったということであります。 その後、まあ建設省関係の者あるいはだれが行っても、私の方からお願いした人は、ほとんど面会はできないのでありまして、私は、これは室原さんの意見を聞くというよりも、室原さんが、むしろ建設省の意見を聞いたらどうだというように、一つ御忠告下さった方が、これはいいのじゃないかと、これぐらいに……。私は、この問題の解決は、どうしても会わなければできないと思います。 しかし私どもとしては、御本人が、どうしても会ってくれないということになれば、それでは、どうするかということになりますが、私どもとしては、やはり最後には適切な方法を講じなければならない、かようにまあ思っておる次第であります。
○小柳勇君 違いますよ。これは今の大臣の認識が違いますから、大事なことですから、言っておかなければなりません。 私、四項目言いましたことは、現地で声明したことです。しかも今、大臣がメモされたのは、違うのです。だからこれは、非常に大事なことですから、大臣が、そのような認識でありますと、この問題は解決いたしませんので、はっきり言っておきます。簡単に、これは説明だけしておきます。そうしてあとは、建設局長が、あのとき、一方的だと断定されたので、それでは、われわれは納得できないので、気持だけ聞いておきます。 こういうことです。第一項は、建設省のダム建設計画の経過が、地元の住民の基本生活と無関係に進められた傾向がある。住民の意見を、十分聞いていない感じであると――いいですか、さっき今まで、ずっと質問しましたように、ダムの計画は、もう青写真でだあっと進んでおるのに、住民の代替地など生活安定その他については、十分意見を聞いていないじゃないか、こういうことですよ、第一項は。そうでしょう。 第二項は、土地収用法など、法的にも問題がある。これは、どういうことかといいますと、きょうは熊本県知事が見えておりませんが、熊本県の地図に赤線を引いて、そうして八円の切手を張って郵便で郵送された、そしてこことここを土地収用法する、さっと押しつけられた。ところが、ざっと山を描いてみますと、大体該当者が三名いる。ところが名前は二人しか書いてない。該当するのは三名。そういうように、土地収用法というものをやるのに、ただ地図の上で赤線を引いて、これこれを何月何日に強制測量するのだ、あるいは試錐試掘するのだ、こういうことは、土地収用法の精神に反するのではないか、こういうことを第二項として申しあげておるわけです。 第三項は、その当時の私、山の実情を見て参りましたが、建設省が伐採いたしましたこういう材木、このような材木が、上にたくさん積んであります。あるいは岩が積んであります。俗にいう千早城ですよ。そうしますと、強制測量や試掘試錐に参りますと、上から、もしこれが落ちるようなことになりましたら、警察官にも死傷が出るでしょうし、あるいは働く人たちにも死傷が出るでしょう。だから、これは強制測量は絶対に、われわれが問題をこう扱って検討する間は避けなければならぬ、こういうことを第三項で書いてあるわけです。 第四項は、室原氏ら反対派の意見を九州開発特別委員会で、十分検討し、国会で取り上げる。というのは、意見書というものが、十六項出ております。これはもう新聞や雑誌に出ておった通りで、その意見書を、十分検討してみよう。意見書の中に、十分たくさんいいことを書いてあります。そういうことを、いいことを、十分これを取り上げて検討して、そうして国会で十分、これを検討しようではないか、これが四項目ですよ。 この声明が無理でしょうか。一方的でしょうか。客観的にですね、当時の実態を把握してですよ、地方建設局の言われたように、室原さんと十分話し合いができませんでしたと、はっきり言っておるでしょう。そういうことを強制的に進めては、これから先団結する農村の人たちは、みんな反対するだろう。そういう無理なことをしてはいかぬ。それがこの流るる精神ですよ。 そういうものを、社会党調査団の声明は一方的だと、翌日発表された。あまりにもだな、社会党の調査団に対する挑戦的ではないか、こういうことを申し上げたいわけです。 従って、今の声明書について、私は説明した通りです。その翌日、そういうことやられぬでも、国会で十分建設局長などは当時の意向をここで述べることはあるのだから、なぜ、そういうように調査団に対立的に出られたか。そのことが心外だったので、ここで、どうかと思いましたけれども、そういうことが、ずっと報告されて、社会党が、これを紛糾さしておるととられると、これは心外であります。そういうことでは、この建設委員会もスムーズに参りません。建設行政もスムーズにいきません。従って当時の心境をお聞きしたかったわけです。以上です。
○田中一君 いろいろ現地の関係のある方の同僚委員の質問があったので、大体わかりました。 問題は、村長さんもおっしゃっておるように、賛成ということではないけれども、早くきめてくれというのが、御意見のようでございます。ことに大分県、福岡県知事は、ともども利水といいますか、利益を受ける方の団体でありますから、一日も早くやってほしいというような御意見のように思いました。 私、不思議に思いますのは、今建設大臣が、土地収用法を使わないでやるのだということを強調していらっしゃる。あなた、ごらんになっと思いますが、上ノ土実さんから出されたところの事業認定の申請書、この内容は、あなたお読みになりましたか。この内容というものは、事業認定というものが、どういう立場から出されるかということを、はっきり物語るものです。読み上げますと、これは事業認定じゃないのです。地元民に対する挑戦なんです。これはいわゆる土地収用法というものは、再三あなたにも申し上げておるように、国民のための法律なんです。決して、これは事業主のための法律じゃないのです。 それをですね、この申請書を見ますと、こう書いてあります。「ある一部の関係人はダム建設絶対反対の旗印の下、あらゆる合法的手段をもって反対の行動をとり、用地買収は勿論調査測量に反対を示し、又ある一部の関係人は明らかに不当な対価を要求する傾向が予想される」、これは一体何ですか、これは。土地収用法というものは、民族のために、公共のために、憲法第二十九条の、私有財産を保護もし、収用できるという平和な法律なんです。この法律をですね、このように、一部の反対者のために発動するなんということはあり得ないのです。そうして、この内容を見れば、事業に対する認定ではなくして、地元民に対する挑戦なんです。一体建設大臣は、この認定に対して、申請に対してですね、許可を与えたのですか。こういうことあり得ません。従ってですね、行政権に対する不信です。私は当委員会に、十年以上おるものですから、今日まで数々の水没問題に取っ組んでおります。こういう事例はですね、今日終戦後の日本を平和な、あるいは経済的な国にするためには必要なことであると見るならば、だれも反対する者はございません。村長も、その公共性に対しては、むろん心の中では賛成していらっしゃるでしょうけれども、ただ犠牲になる方の気持が、ものをきめるのだというような先ほど御説明がありましたけれども、この申請書というものの内容そのものが、これは完全に挑戦でございます。 一体、地建の局長はですね、こういう申請書の内容というもの、表現というものが、正しいと考えておりますか。その点について、率直な答弁をまず最初に伺いたいと思う。
○国務大臣(村上勇君) 事業認定については、地建の方から、事業認定の申請がこちらへありましたが、まず、まあ地元の意見を聞こうということで、その段階であります。 先ほども、土地収用法については、これはもう国民の最大多数の最大幸福ということから申しますれば、土地収用法ということもありますけれども、私としては、でき得る限り土地収用法によるよりも、話し合いによって、話が穏便についた方が、かえってその事業の運びがスムーズにいくということを考えておりまして、土地収用法を使わないということでは絶対ございません。この法律のある限り、これを使うべきものでありますけれども、でき得る限りこういう問題については、私としては円満に話し合いがつくということを希望するものであります。
○田中一君 土地収用法には話し合いの末、円満に話がつかなければ、土地収用法を発動せよという法律ではないのですこの法律は。三十六にわたるところの公共事業というものが、これは憲法第二十九条に規定しておりますところの財産権というものを侵すから、それなら、第三者によってその代価というものを求められよという法律なんです。裁判で紛糾を起こす前に、この事業に対しては公共性を認める、そうして第三者の手によって公平なる補償の問題、こういった問題を解決せよという法律なんです。 一体建設大臣は、今度の筑後川の補償金というものを、幾らあってもいいという考え方で、三十五年度の予算に計上しているのではないと思う。あなたの方には、補償の限界がある、壁があるんです。要求者側の方では、壁がないのです。従って、あなた方自身が話し合いで補償金というものをきめようというところに無理がある、そういうことのないように土地収用法ができているのです。あなた方自身が、常に一定の予算があって、その予算のワクに、どうしてもはめようとして、だまし、すかし、なでる、あるいは知事等の地元の行政権をも使って、事業をする側の方の金に見合わせようというような行動をするのが、今日のたくさんの事例なんです、それであってはならぬということは、再三申し上げています。第三者によって、公平なる判断をしてもらいなさい。 従ってこの問題は、最初から、この申請書の内容をごらんなさい。完全なる挑戦です。私でも地元の人間だったら、法律がわかっておっても、絶対反対します。土地収用法は、国民のものでございます。今建設大臣は、なるべく土地収用法を使わないでやっていこうという考えを持っていると言っていましたけれども、大へんなこれは間違いです。このような危険な思想を持っておる大臣が、今後こうしたような公共のための事業というものを敢行することは非常に危険でございます。常に、こういう問題が起きるのです。 なぜ国民の利益を守るという法律を、一体使わないのですか、これは納得できません。最初から納得できません。この申請書を見ると……。
○内村清次君 議事進行。委員長に要求いたしますが、田中君の質問に対する答弁の前に、先ほど小柳君が、せっかく地建の局長に答弁を求めている、社会党の調査団に対するところの大きな問題、これは調査団のみでなくして社会党の立場の問題ですから、それに地建の局長が、一方的に翌日発表するということは、どうも不可解でならない、これは調査団のみでなくて、社会党自体も、断じて許されないという点をるる話をしておるのですから、これを答弁をして、田中君の質問を一つ続行していただきたい。
○田上松衞君 その前に議事進行について。実は、私はきょう委員長がやっておられるこの議事の運営について、非常な不満を持っておるのです。 率直に申し上げますと、当初きょうは遠方から来られた参考人の口述を主として、そしてそれに対しての一応説明を求めるような意味において、初めから念を押されておるわけです。たくさんの意見を、われわれも持っておりますけれども、そういうことだと考えておりまして、私は初めから、いろいろ聞きたいことがありまして、発言を求めるけれども一向に許してくれない、あるいは関連して質問を申し上げようとしても、それも許されない。議事進行に名を求めるけれども、それも許されない。そうして時間は、どんどん過ぎて、まさに一時になろうとしております。ダム建設に関しまするところの建設省に対しまするいろいろな意見、あるいは質問、もちろんたくさん持ち合わせておりまするけれども、これらは、あとに御質問する機会があろうと考えておりますが、わざわざおいでになっておりまするこのお三方の御意見を聞く機会は、もうないわけでありまして、この方々に対してのみ申し上げたいと、こう思っているわけですが、ますます事態は、いろいろな方面に飛び散ってしまって、大事な聞きたい点が、機会を失ってしまうということを心配をするわけです。 今、内村さんから議事進行の問題がありましたが、私は、さらにつけ加えまして、この後にできまするものは、この揚で聞かなくてもいいということは、一つ御遠慮いただきまして、どうしても、お三方に対して聞かなければならぬ事柄に限ってやっていただきますことをお願いしておきます。
○委員長(岩沢忠恭君) 了承しました。
○参考人(上ノ土実君) この前の調査団の三万が、現地で声明を出されたということに対して、私は、そういう声明を自分で言ったような記憶がないのです。
○小柳勇君 翌日の新聞で建設局長の意見として、社会党調査団の声明は一方的であるというようなことが出ておりますので聞いたわけですが、局長の御存じない出先機関のところで、新聞記者諸君がインタビューしたものと理解してよろしゅうございますか。
○委員長(岩沢忠恭君) 今の小柳君の質問に建設局長……。
○参考人(上ノ土実君) ありません。
○小柳勇君 地方建設局としては、そのような、社会党調査団の意見が、一方的であったということを声明したことはないと、こういうことでございますね。
○参考人(上ノ土実君) そうでございます。
○小柳勇君 わかりました。
○参考人(児塔務君) ただいま、私ちょうどここに出発前に、参議院からお呼びの通知が参りまして、水没者の代表の人が村役場に参りまして、その際、いろいろこんこんと、まだ西日本新聞に補償の問題が出て、まだまだ村長、補償の問題じゃないじゃないか、白紙に還元しているようなことだからというので、それは、自分として補償の問題は、まだ、そう何したわけじゃなく、いよいよできることになれば、最後的には、補償の問題じゃないかと、知事さんにちょっと、座談的にあのとき話したようなことがあったがというようなことで、その際、いわゆる御承知の通り、社会党さんが、調査団を派遣した。社会党さんの調査団が、このダムのために、調査に調査団として派遣されたならば、われわれの村にも、有権者の三分の一の社会党には党員がおるというような状態であり、日田郡にしても、いろいろダム関係ではあるが、最も室原さんの強硬な反対で、あの辺にだけ調査団が来たのだろうか、村長は、いろいろ知っているかというようなことを言う。それは、私も新聞なり何かで、うわさは聞いておったが、本県出身の小松代議士は、たしか室原さんの親戚に当たる人であるし、また坂本というお方は、坂本先生は、何かうわさに聞けば、弁護士のお方というようなことで、まず陣中見舞の個人としておいでになったのじゃないだろうかというようなことを話しましたときに、ある一人の人から、社会党の調査団としたならば、松原、下筌ダムの建設はよく御存じではあろうが、大分県側の四方村の状態も調査していただきたいと、それに、ただ室原さんのあの下筌ダムにだけにおいでになったのだろうかというようなことを聞いてくれぬかというようなことでありましたから、私も今、かような調査団の問題が出たのでありましたから、ちょっとお尋ねをしておくわけでありますが。 それと、建設大臣が問題として下筌ダムの、あのダム・サイトの問題を取り上げて、議会で検討するとか、参議院で検討するならば、社会党さんも調査団を出しておれば、自民党さんも相当な、三分の二以上の代議士の先生方もいらっしゃるから、一つ調査団を出して、その上で、双方の調査団、建設省として、出先の調査も十分で、調査をした上でありましょうけれども、建設省と社会党さん方、または自民党というような調査団が、一つ調査をして、いわゆる議会の問題というようなことに対して、検討すべきがしかるべきではないであろうか、その点を一つ、聞いてくれというような話でありましたが。
○小柳勇君 いい質問をしていただきまして、この際一つ十分おわかりになってお帰りになりまして、村の皆さんにお答え願いたいと思いますが……。 社会党の中には、九州総合開発の特別委員会というものがございます。そこで九州全体の総合開発を検討いたしておりますが、たまたま予算問題で、一生懸命中央で折衝する段階でもありましたけれども、この松原、下筌のダムの問題が、新聞や週刊誌に出まして、特にこの下筌ダムの方は、蜂の巣とりでとして、大きく出ました。しかも、それにはもうくわしく事情が出ておりまして、三月一ぱいで、法的な強制措置がとられる、従って、多分二月に強制測量がされるであろう、そうなると、このとりでで血の雨が降るであろう、大惨事が起こるであろうというようなことがありましたので、それじゃ大へんであるというようなことで調査団派遣を決定いたしましたが、たまたま熊本と大分と福岡が関係の県でございますから、県から一名ずつ出そう――それで熊本―坂本、大分―小松、福岡は不肖私が参りまして、私は、その任でございませんで、受益側でございますから。実は、先入観でやるとかやらないという調査団ではなくて、これは社会党として、この紛争をどう見るか、どうこれを惨事を起こさないで収拾するかという客観的な調査団としての、はっきりしたそういう使命を帯びて、調査に参ったのでございまして、しかも、ちょうど国会の最中でございましたから、日にちは一日しかございませんでした。従って福岡に参りまして、福岡の地方建設局で、ダムの技術的な面を質問いたしまして、十分説明を聞き、それから松原の事務所へ参りまして、事務所で現地の説明を受けました。そこで松原のダムの候補地などについても、十分地図の上では説明を受けました。 それで一番問題は、雑誌や新聞に騒がれておるいわゆる蜂の巣とりでであるから、そこに行こうということで、現地には、われわれとしては、もう建設局とは全部手を離れまして、独自の立場で、社会党の調査団として現地に参りました。それで、たとえば姻戚関係なり、あるいは弁護士という肩書きもございましょうが、党としての立場は、これは厳然としておりまして、帰りましたら、直ちにその情報を持ち寄って、特別委員会で検討いたしまして、別に印刷がありますようなまとめ方をいたしております。それはあとで、お持ち帰り願いたいと思います。 客観的に、技術的な問題については、専門家の判定を待つ――今この問題については、こうするという客観的な結論を出しまして、これを社会党の態度として、今日もわれわれ臨んでおるところでございますので、皆さんのところに調査が参りませんでしたことは、まことに残念でございますけれども、時間の都合ということで、村民の皆さんにおわび願いたいと存ずる次第でございます。
○参考人(木下郁君) 補償の問題に対する基本的な私の考え方については、先刻申し上げましたから、もう繰り返しませんが、それに付随しまして、先ほど小柳さんから、他人のことで奉仕するなという、大へんありがたいお言葉がありましたので、それに関連して、私がずっと主張してきておることがあるのであります。 と申しますのは、私ども大分県が、犠牲者が一番多いのであります。しかし六、七万の下流の住民は、それで助かるわけであります。しかしこの問題で、一番助かるのは福岡県と佐賀県、それで、もう数年前から福岡県と佐賀県の知事さんには、この補償の問題、これが円満に話がつきますと、今までの事例として、御承知の通り協力してくれた感謝料、いろいろ具体的な家の移転費とか、あるいは休業補償とか、いろいろ項目がありますが、そういうものを別にして、金一封が出されるのだということが慣例だということを承知しておりますので、それで受益の福岡と佐賀県には、十分この問題については感謝の意を表してもらいたいということを繰り返しお願いしてきておるわけであります。 ただその補償に関連しまして、最近であります――私の方はせっかく落ち着いておったのが、白紙に還元するとかいう問題が起こるその当座の話でありますが、そういうことは、私はそれはデマと思っておりますが、あの室原さんが、いわゆる蜂の巣城ということで、毎日電灯をつけて、そうして村の人が手を分けて、夜昼あすこで番をしておる費用にしたところで相当のものであります。ところが、その費用が、ほかに要るのだということが、まことしやかに地元で伝えられておるわけであります。その点を、私のところに大分県の町村長さんが、こちらに参る前の日でありましたが、そういう問題で、私が質問を受けました。それで私としましては、そんなことはあり得ない。こういう問題が起こったから、ほかの地域に調査に行くとかいうような費用は、それは、自分たちの自衛のために、いろいろ調査する。しろうとが、そういう問題はわからんから、よそでやった例を調べに行くようなものの旅費とかなんとかいう費用というようなものは、やはりその費用を、一々計上するわけにはいかぬけれども、そういうものが、金一封として話がうまくいったときには支払われる例はある。しかし今の蜂の巣城の現地をごらん下さればよくわかりますよ。あのハチの巣を、わざわざ遠方から持ってきてぶら下げておく。そういう費用まで賠償するなんていうことは、これは常識が許しませんし、先ほど、どなたかのお話の中にありましたように、正直者がばかを見るというようなことに相なってはならぬと思う。そういうようなことでは地元の知事としては話はできません。これは絶対にできません。 それで私は、そのときに少し言葉は極端になるかもしれませんけれども、今度の戦争で、講和条約をした。しかし鉄砲のたまの代金やら火薬の代金やら兵隊の食糧まで損害賠償の金額に計算するということは、昔からそんなことはありはしない。それだから、そういう意味の金、今蜂の巣城で使われておるような金が、もし賠償の対象になるというような、あほうなことがあってはならぬ、そういうことは、あなた方、そういうデマが飛んでいるかもしれませんけれども、絶対に、そういうことを信用してはならぬから、私としても、そういうものが出るようなことは、絶対賛成はできないということを言ってきております。 どうか一つ、これは建設省に、特にあとから申し上げたいと思っておったことですけれども、今、そういう話が出たので、そこは、おのずからけじめをつけていただかなければ、初めからおとなしくしてきている人が、非常に今湧き立ってきております。そうして、ああいうふうにやった者が、やった費用が、あとから取れるのだというような、安価な、私からみれば、常識はずれな考え方も出てきておりますから、そういう点一つ、十分お考えの資料にしていただきたいと思いますことをつけ加えて申し上げておきます。
○委員長(岩沢忠恭君) 先ほどの田中委員に対する質疑に対して、申請書について……。
○田中一君 あなた、申請書の書き方、形式だけ知っておって、内容は、わからないのじゃないですか。
○参考人(上ノ土実君) 事業認定でございますが、建設省としましては、公共事業を行なう場合に、事業認定をとるということが通例になっております。 それで私の方も、その通例によりまして、事業認定を申請したわけでございます。まだ事業認定は、きておりません。
○田中一君 ですからね、事業認定を出すのは、当然ですが、事業認定の内容というものは、反対する者があるから、事業認定を申請したのですか、一部の、補償金をよけいに取ろうという者があるから、事業認定を申請したのですか、事業をスムーズに進めるために事業認定したのですか、どっちですか。
○参考人(上ノ土実君) 事業をスムーズにするために、事業認定をしたのです。
○田中一君 あなたの申請書には、非常に感情的なものが多分に入っているのです。私は今まで、こういう事業認定書を見たことはございません。反対をするから事業認定を申請したのだとか、土地収用法を発動しようとするのだとかいうような思想が、明らかにここに出ているわけです。反対者があるから、一部の人間が高額な補償を要求するような気配があるから、土地収用法を使ってもやるのだというようなことが出ておりますので、土地収用法というものを知らないのじゃないですか。形式だけ知っても、精神はわからぬのじゃないですか、わからぬものに、こうした強権の生まれるような法律を使わせるのは、法の悪用です。最初に伺ったのはそれなんです。 問題は、やはり法律というものは、法律の精神というもの、日本の現在あります数々の法律は、みんな国民の幸福のためにあるのです。一部の反対者があるから、それを押さえつけようとして、事業認定をして土地収用法を使うのだというような悪用は許されません。あなたの申請書には、それがはっきり書いてある。
○参考人(上ノ土実君) それは書いてあるかもしれませんが、収用法を適用した方が、補償が高くなる、こういうようなことも書いてありますし、室原さんは、収用法については非常に研究されております。そういうふうに、私は聞いておりますが、まあそういうことで、収用法によった方がスムーズにいく、そういうふうに思って出したのであります。
○参考人(鵜崎多一君) ちょっと私、先ほど来の口述について補足さしていただきたいと思います。私ども筑後川の改修を一日もすみやかにしていただきたい、過ぐる二十八年の水害でも、非常に多くの人命と災害を受けたので、そういう意味において、これの促進方をお願いしておりました。 それが先ほど申し上げましたように、国として、今日まで治水調査会等の検討の上で、堤防式からダム式へ、もう移っている今日の段階、筑後川の改修計画は、ダム方式によって改修される。そうなりますと、そのダム式の改修は、うらはらに、必ず年間の雨量を調整する改修計画になりますので、そういう一つの大きな筑後川の改修の問題として、これを考えざるを得ない。 これをやりますのに実は政府におきましても、二十年あるいは三十年この方、ほかの国にはあるのでありますけれども、残念ながら河川に関する総合方針というものはない。これは政府において、いろいろ各省のいろいろな問題がありまして、今日まだ、その運営を十分に発揮するほどのいわゆる法制ができていないのでありまして、そういう観点から、いろいろそういう改修を、私ども県におきまして、同等のダムの仕事を県営事業といたしまして施行しております場合においては、県知事が、総合行政の主管者として、いろいろそういうような問題について、行政の運営において、いろいろ出ております社会不安、その他水没者のいろいろな不安、また全般計画についても、単に土木部の予算のワクで、これをやっていくとか、あるいはただ前例で、これをやっていくとかいう今日の状況、これを行政運用によりまして、知事みずからが総合行政の主管者として、あるいは農地の開発の問題につきましても、また学校の移転、道路につきましても、あるいはその他一般のそういう土木予算以外の問題も、県の行政で把握し得る限度におきましては、その運営をやって、そうして問題を解決をしているわけでありますが、その一番今日心配しておりますのは、実は、昨日もそういう、一波が万波を呼ぶというので、県内のいろいろダムの県営工事につきまして問題が出て参りまして、それを全般の計画を説明し、またそれについて知事といたしましては、生活保障等の問題について、県としてできるだけの努力をするということで、今後行政運用ということでやっておるのでありますが、しかし、まだまだ、法制的にも十分、国において御検討願わなければならぬ問題もあり、重要なのは、この計画に対する関係者の意見一致でございまして、その関係者の意見一致で、これで強力な、この計画が推進されるのでありまして、私できまするならば、県におきましては、知事が、幸い行政の総合の主体になっております。国におきましても、この筑後川の河川の改修を、今の大きな筑後川開発というような点に立ちまして、これの計画について意見の一致を見、またそれの実施について、行政の総合運用で、いろいろ地元の方のお世話もするということでやっていただきたい。それには、あるいは開発に関する関係官庁の行政委員会等でもお作りいただいて、建設省の、この計画を主体に、いろいろ突つかい棒をして、行政の運用において、当面解決していただくことを、私ども早くやっていただきたいというのが、一つの願いでございまして、その点、ちょっと補足いたします。
○委員長(岩沢忠恭君) これで、暫時休憩いたしまして、午後は、二時半から、また引き続いて委員会を再開することにいたします。 午後一時十九分休憩 ―――――・――――― 午後二時三十九分開会
○委員長(岩沢忠恭君) ただいまから建設委員会を再開いたします。 午前に引き続き、松原ダム関係問題について参考人に対する質疑を行ないます。御質疑の方は、御発言を願います。
○田上松衞君 先刻、議事進行について発言を求めました場合に申し上げたように、遠方からおいでになっておらるる参考人の方々には、非常にお疲れであるだけでなくして、それぞれ公の仕事をお持ちになっておる立場から、非常に貴重な時間だと考えるわけでございます。そこで、建設省側に対しまするいろんな質問なり意見なり、さような問題は、この場では申し上げることを遠慮しておきたい。もっぱら遠方からおいでになった参考人の方々について、しかも、それはきわめて基礎的な問題についてだけ、お伺いしておきたいと思うわけであります。 まず局長にお伺いしておきたいんですが、われわれの手元に、一応資料として週刊新潮二月二十二日号が配付されているわけです。その中に九州蜂の巣城騒動記ということで、籠城三百人と建設省との決戦という形において、いろいろ報道されているわけですがこれをお読みになりましたか。
○参考人(上ノ土実君) 読みました。
○田上松衞君 いろいろ、これは違う点が若干あるといたしましても、今日の事態は大筋としては、このようなものでありまして、著しく違っている点がありますか。
○参考人(上ノ土実君) この新潮の中におきまして『建設省当局(ここでは九州地方建設局)に、人間の生活や墳墓を水没しないですむところを捜せ、といっているのだが、建設省の役人は、「下筌が最適地だ」と答えるばかりで、すこしの誠意もみせない。』これは私の方は、こういうふうに考えております。松原・下筌ダムの計画については、あらゆる機会を利用して説明するよう努力してきたもので、大分県側で、十数回にわたって計画測量の方法、補償の方法等について、説明会を開催しており、その結果県当局及び地元関係者と協議して集団移転地についての調査も進められております。熊本県側も、集団移転候補地の調査を進めておるが、小国村では、地元関係者が絶対反対の態度をとり、数次にわたる説明会開催要求も拒否されたので、説明の機会がなく、やむを得ずパンフレット等で、できるだけの説明を行なったが、まだ十分建設省の真意を理解してもらえなかったのであります。 それで本文中の「すこしの誠意もみせない。」というのは、一方的である、こういうふうに考えます。
○田上松衞君 私がお聞きしておる点は、そういうような事柄についてでなくて、この文章の中に、つづられているところの室原さんを主として反対があるのは、事実なんです。具体的に申し上げまするならば、これを通じて結論づけられるものは、単なる補償の問題であるとか、何とか、子供だましみたいなことでなくして、どこまでも、そういうことを抜きにして絶対反対であると、もし法でもってくるならば、法でもって戦うんだということに終始して、終始一貫どういう手段をもってきても、絶対反対であるということで、これはつづられているわけなんですよ。 この資料についてですね、今、向こうさんのとっている態度というものについて、この通りであるかどうか、このことをお聞きしているわけなんですよ。
○参考人(上ノ土実君) ただいま申されたように、表現には、いろいろありますけれども、向こうさんが、そういうふうに絶対にダム反対だと言っていることは事実であります、私たちの知り得た範囲におきましては。
○田上松衞君 重ねてお伺いしますが、今そういう工合に思っておられる、この通りの状態であるとしますならば、その後における九建の態度、あるいはその以前もそうですが、きょう、われわれに与えられたこの資料、いろいろ反対者の方々に訴えられた、こういうものは、ことごとく的はずれじゃないのかという感じを深くするわけです。 と申し上げますることは、初めに出されたダム建設反対の皆様へということで、これは出されているわけです。この中の文面を通じましても、これはちょっと横道に入りますけれども、すでにこのことは、国民の代表の集まりである国会で正式に承認されて決定もみたんだ、だからどういうことがあっても、それに反対はすべき問題ではないんだということを頭に強く植えつけられて、その一連の考えとして、ことごとくがこうつづられているわけです。こういうようなことをやってみたところで、この反対の運動なんというものは成功しようはずもないのである、こういうことに終始し、かようなことをやってみたところで、補償金は、不当に高くしてみたり、ダムの建設を中止したりするようなことは絶対にないのだ、だから、そういうような運動に迷わされないようにしてほしいということに、この文面の精神が、ことごとくなっておりまするし、さらに、その後再度掲上いたしましたこの文章の中にも、ことごとくこれを一貫しているものは、それだけのことでありまして、結局この問題は、何のかんのというけれども、反対派のほんとうの腹の底は、補償問題を主として考えているだけのことではないのか、かく認識されたようなにおいが相当強くあるわけです。重ねて言っているところの言葉の中にも、お互いに信頼と誠意のもとに、皆様方の意見や希望を十分勘案して、最後には、こういうことも言っているのですけれども、当局も、水没者の側に立って水没者の心を心として、補償問題を解決していくのだ、こういうことをうたわれ、なおその後に出されたところの「松原・下筌ダム関係の皆様へ」と出したこのビラの中にも、補償問題が解決すれば、皆さんも新しい生活に対する希望が生まれてくるのだ。一日も早く、こうしてもらいたいのだ。そうして、その反面に、いろいろなデマがあるけれども、反対や、デマがあるといたしましても、決してこの計画は変えられないのだということにして、終始しているわけなんですよ。 そこで、今申し上げている気持は、あなたの方には、単に補償問題だけで解決するのだというこの認識で、これがことごとくつづられている。さっきも言った、この週刊新潮に表われている。これは、そういう問題ではないのだ。そうではないのだということは、補償問題を、ああだ、こうだというけれども、そんなものは目に触れてもないということまで、ここに書いてあるのですね。 そこに大きな食い違いがあるようですが、だから、さっき申し上げましたように、非常に運動の仕方とか及び説得の方法というものについて、見当違いをきたしているのじゃないかという感じを強く持つわけなんですが、この点について、御見解をお聞きしておきたい。
○参考人(上ノ土実君) これは、パンフレットも配られまして、私の方の意見は、水没者の方々に十分伝えるつもりで出したのでありますけれども、反対の方々のところに送りましたのは、全部ではありませんけれども、半分ぐらい帰って参りました。だからビラの方は新聞にも一応入れてしましたし、また職員が、各戸に回って配って参りました。しかし、そうしても、それに対する反響はなく、ただダムを作るのは反対だ、私の方は、会ってもらって、十分話し合いをしたいという申し入れば、これは親類縁者、それから地方の有力者、熊本県知事さんにもお願いいたしましたし、私たちも訪問いたしましたけれども、絶対会ってもらえぬので、私の方の真意を伝えることができません。その週刊雑誌にも、あのダムをやめろ、やめたら――というようなふうに書いてあるのじゃないかと思いますが、しかし、建設省としては、あすこが一番いいのだ、ほかにはないのだから、やめるわけにいかない。 そこの食い違いで、結局は、室原さんが私たちと会って話し合いをしていただければ、あるいはわかるのじゃないか、こういうふうに思っておりますけれども、先方の室原さんが、絶対に会わないということで、もう二年半ぐらいきておるわけです。
○田上松衞君 どうも、私がお伺いしておる点について、一向、言いようが悪いのか、受け取り方が悪いのか知らぬけれども、どうも的はずれになってしまって、これ以上申し上げることは、ちょっとむりかと考えまするから、別の方にお願いしたいと思うのですが、大分県の中津江の村長にお伺いします。 さっきのお言葉の中で、いろいろな、こういう問題を終局的に解決する道は、社会党と自民党の――社会党のごとく自民党もまた調査して、両方でやってくれればいいのじゃないかというようなふうに聞こえたわけなんです。 私は、これは意見なんですけれども、よけいなことを申し上げますが、かような重大な問題が、ただいくら両党が大きいからといって、その政党に所属する国会議員だけの者で、こんなものが解決されようと考えるのには、少し意見がある。率直に申し上げまするが、私は社会党でも自民党でもありません。民主社会党に属しております。いろいろさっきから発言を求めておったのですが、さっきお聞きの通りな状態で、ほとんど午前中は社会党だけの意見で尽きてしまったわけなんです。 だが、それはそれとしまして、こういうような問題は……。
○田中一君 社会党の意見じゃないよ。個人の意見だよ。
○田上松衞君 私ども、こういう態度で終始しているということを言っているわけです。もしそれが違うならば、「社会党の方々の」と言っておきましょう。そういうことを言っておるのだから。 それはそれでいいとして、私は、そういう小さなことでなくして、およそこうした大きな国策に関する問題を円満に――このことは、理屈の問題じゃないわけなんですよ。大きな日本の民族間におけるところの魂と魂の真の触れ合いによって解決すべき問題なんです。これは。それを一部の、一部じゃない、ただ数でもって、きめていくというような、そういう簡単な認識を持っておられては困るのだ。これはただ意見として申し上げておきます。そしてその中にも何か解決の方途を、そういう工合に見出されるように思いますから、ただ、これは申し添えたというだけのことにしておきましょう。 そこで問題は、さっきの言葉の中にあった点は、松原ダムの問題だけでなくして、下筌のダムに関することまで含んで、そういうお考えをお持ちになっておるわけなんですね。そういう工合に承っておけばいいわけですね。
○参考人(児塔務君) 私が先刻、午前中に申し上げた社会党の調査団の問題は、私前に申し上げました通り、六日の日に、水没者の多数の代表が役場に押しかけてきて、そうして、白紙還元をしておるのに、まだダムの補償問題が新聞に書き上げられておるが、村長はどう思うか、そんなことではだめだ、泣きごとを言うなというようなお叱りを受けたが、これは、知事さんと座談的に個人として話したが、これをいよいよやるということになれば、どうも問題が非常に重大なことであり、また、ことに移転地の問題というようなことが一番重大なることであるが、まあ私の村としては、前は協力して、これまできたが、自分の村長の立場としては変りない、ダムの建設については協力したいという存念は持っておりますが、ほんとう申しわけない次第でありますが、かようなことになっておるような次第であります、と申し上げたようなことで、まあ代表的には申し上げておきました。 それで、先刻申し上げたが、おわかりにならぬかしりませんが、社会党が、あの室原さんの千早城と申しますか、蜂の巣に調査団としてお見えになったが、あれは社会党の党の調査団として派遣されて調査をしたものであろうか、それならば、自分方も、相当社会党の党員としては、各選挙ごとに三分の一ぐらいはおるような状態であるが、自分の村なり、また大山にもおろうし、関係者にもおろうし、一つ、自分方の、かかる事情は調査をしていてもらったらよかろうというようなことで、今朝は、かようなことを……。中津江は、この下筌ダムと松原ダムについては、本村の状態はわからぬか、建設省には、この報告はしておらぬか――それは新聞にも出ておる通り、百九十戸なり、また水田が二十町、田畑合わせて三十町、山林原野が、台帳面としては、まだ細密な調査はしていないが、百二十町ぐらいは、水没する。宅地としては一万五千坪というような被害を受くるということは、建設省も、もう十分わかっておろうが、それは、まだ細密な一筆の調査に踏み込んでおらぬからわからないというようなことを話したようなことであったが、まあそのときも、ほう、あんたは参議院に呼ばれて委員会に行かれるようなことになっておるそうですが、これを委員会の問題とするならば、社会党さんは自分たちの村にも来て、一応自分たちの、この悲痛な状況も調べていってもらったらよくはないかというようななんで、ほんとうに社会党さんの党の調査団であったら、一つ建設委員会に行ったら聞いてくれぬかというような人が一、二ありましたから、ちょうどお話を承れば、正式な社会党の調査団で調査をなさったというようなことでありますが、しかし、あなた方あの千早城の……、それはもう公務上非常に多忙でありましたならば、その意味は、私もよくわかりますが、室原さんの方はどうかわかりませんが、参議院議長さんの招集に応じて、ここにもきょうお見えにならぬ事情や、また私の地元の代議士の廣瀬代議士も、何とかして都合よう円満に解決したいというようなことや、熊本県知事もおいでだそうでありますが、また本県知事、木下さんも、文書にも現わし、面会の機会を得たらということでありますが、あの方の、その室原さんの、あそこの私は親戚先にもなりますが、そこに帯同している穴井隆雄は、私のいとこでありますが、あの被害は、あれらの方がずいぶん、あのダム・サイトの地点においては、あの方が相当近くに隣接をしておるだろうと思いますが、非常に向こうに立ちなさって、非常に親密にお話もしたでありましょうが、その最高幹部の方々は、建設省あたりに面会謝絶または面会せぬというお話は、あなたたちも承っておるじゃろうと思いますが、その点を一つ、あなた方がその辺に行きましたならば、一つ御検討いただきたいと思います。
○田上松衞君 いずれもまだ、どうもお伺いしておる要点に触れてこないのですが、それも無理はない、お疲れのことでもあるでしょうが、あなたが、室原さんにお会いしよう、話し合ってみようじゃないかということを、されたわけですね。
○参考人(児塔務君) 私は、したことはありません。
○田上松衞君 さっきのお話あたりでは申し入れたけれども、手紙も突き返してきた、会う必要はない、問答無用だということとは違うかもしれませんけれども、そういうような態度で、ついに意思の疎通がはかれなかったというような工合に承ったのですが、それは、あなた自身がなされたのではありませんか。
○参考人(児塔務君) 私は、そういうお話を申し上げたのではありませんが、知事さんの方が、その文書を出してきた――知事さんのお話ではなかったんですか――私は、そういう室原さんに、手紙なり交渉をしたことは全然ないんです。
○田上松衞君 福岡県知事に、ちょっとお伺いしておきたいのですが、どうも話し合ってみたところでしょうがないので、そこで結局、このことは九州総合開発審議会ですか、この方の審議に期待したいというような態度をとったという話がさっきありました。それからあとで補足された場合は、いずれにしても、これは関係者の完全な意見の一致をみることが急務であって、そうしたいという御発言があったわけなんです。 そこで、あとで申された、そのことに到達する過程として、今それをお感じになったのか、従前から、そういうお感じを持っていたかということなんですが、もし、前から、そういうお感じを持っていたとすれば、十分熊本県知事との間においても、やはり意見の一致をはかるべく、一つの手段、方法というものがなされていそうなものだったと考えるのですが、どうも、それがやられたとも、あるいはこうだったという経過をお聞きしていないのですが、何もやらなかったのですか。
○参考人(鵜崎多一君) これは筑後川の改修の問題につきましては、私、昨年就任いたしまして、七月ごろと思いますが、建設局長、計画をお話しいただきまして、地元の熊本県の知事に御依頼に行って、この計画の促進に御尽力をお願いしたいということを、昨年の夏に、熊本県知事にお願いしておったのでありますが、もちろんこの計画につきましては、計画がきまりますと、私ども福岡県は、この計画について、やはり分担もしなければいかぬ問題がありまするし、また今の河川改修の問題について、非常なる関心というか利害を持っておりますので、そういう推進についても努力して参りまして、ただ、私ども自治体の首長といたしますと、それぞれの県に、お願いする、また県のお立場ということも、私ども知事としては、よくわかりました。その後九州総合開発審議会等におきまして、この問題を議題に私の方からお願いして、先ほど申し上げましたような、やはり四県にまたがる国の計画として、国においてこれを推進するということでなければ、県同士の話では、これは進まないのだということで、実は数回、その開発審議会におきましても、問題をいろいろ検討していただきました。 実は十一月の審議会の総会においても、それを検討するというような点にも参るし、それから、なお九州の知事会の会合におきましても、実は筑後川の開発のいろいろな調査会というものが、従来からあったのでありますが、実は、これがあまり動いていなかったわけでありまして、その点についても、そういう下調査のいろいろな問題については、協力し、これを推進しなければいかぬという立場で、実はこの二月初めに、長崎において開かれました九州知事会でも、関係の知事に、この点についての促進方といいますか、それを実はお願いしておったのでありますが、多少まだ、そういう関係の動きについて、まあしばらくという、実は状態であったわけであったのでありますが、私ども、非常に筑後川の改修の問題について関心が深く、また四県にまたがる国の川でありまして、国の計画として、また取り上げなければならぬ問題であり、ただ受益者の方は、これを促進する、またそれについて十分努力するということで、実は国にお願いをしなければならぬ立場でありまして、そういう点について、今日まで関係の方面には、お願いしておりました次第でございます。
○田上松衞君 ある意味では、ちょっと言い過ぎた言葉になるかもしれませんけれども、お許しをいただきたいのですけれども、熊本県知事にお話しされた当時のあなたの心境といいますか、これについて、この行き方に二つあると思う。これは切り離して考えることができないわけです。筑後川に対処する行き方としては、これは離すことのできない一つの問題でありますから、この際、申し上げておきますが、その一つの中では、いろいろな直接の当該県の場合、問題があるでしょうけれども、終局において、大きな受益者の立場に立たれるところの開発の面において、福岡県の場合から考えますると、どうも私の見たところでは、邪推であれば、これもおわびするより仕方がないが、腹の中に持っておられることが、大体ダム建設の主目的の中で、特に緊急性について、この認識なんですね、これは、災害防止というところに、大きなウエートをおかけになったか。あるいは発電を含むところの開発という面にウエートを多く感じておられたか、どうなんでしょうか。率直に、そのことの気持をお聞かせ願いたいと思うのですが。
○参考人(鵜崎多一君) それは、先ほどからしばしば口述いたしまして、筑後川の改修をやる、いわゆる治水、それを完成いたしますことが、筑後川の関係住民の最も安んずる問題であり、また非常にそれを、二十八災のあの経験から見て、早くやってもらいたいと、これが願いでありまするので、そういう点が、重点でありますが、先ほど申しましたように、今日治水方式が、改修ということは、大河川におきましては、ダム式方式にもう移らねばならぬということは、すでに国の治水調査会においても、しばしばもうその点は筑後川に限りませず、ほかの大河川については、とられておる方式でありまして、それは、うらはらにはいわゆる年間雨量の調整という問題を含んだ問題でありますから、その治水方式、河川の改修ということは、裏には、やはり利水の計画を持たねばならぬということになっておるので、そういう点で、私ども推進をいたしておるわけでございます。
○田上松衞君 さっきのお話の熊本県知事が、結果的にはもうしばらくと称してなかなかあなた方のお考えの通りに、直ちに、よしきたと飛びついてこないということの、その真意は、どこにあったようにお感じになりますか。
○参考人(鵜崎多一君) その点は、つい数日前も関係の熊本の知事、それから大分の今日お見えになっております知事と、それから佐賀の知事と私福岡で、この問題について、いろいろお打ち合わせし、また私といたしましては、地元の知事の御意見をまず承ろうということで承ったわけでありますが、先般私、熊本県知事にお願いいたしましてから、その後、熊本の知事は、現地に行かれまして、実は会えずに帰られたということでありまして、またその後も、いろいろ調査の促進について努力しておられるようでありましたが、その調査の促進について、ただいま訴訟中になっておるというようなお立場もありまして、筑後川の総合開発の調査を積極的に今、県関係の一つの仕事として促進の調査を進めるというのは、しばらく待ちたいと、こういう御意見のようで、今日、おかれております。あの、いろいろ土地収用その他の措置の問題が、未解決になっておるという点で、少し待っていただきたいと、こういうことのように承りました。
○田上松衞君 大体の趣旨はわかるのですが、そこで熊本県知事とのお話し合いの中には、当面する下筌ダムに関係する地元の人々、まあ代表的には室原さんにも、あなた方がお考えになっておるようなことを直接お会いできないから、熊本県知事を通して、自分たちの要望、乃至熱意、特にその中には、災厄の予防、犠牲の補償等、そういうような点まで、十分意見を述べられて、それを伝えてもらいたいというようなところまでに進んだのですか。そういう問題にまでは進まなかったのですか。それらを含めて大まかに知事としてのお感じをも、お話しいただければ……。
○参考人(鵜崎多一君) その問題につきましては、私ども、この問題を少しでも具体的に解決ができるように、地元として努力しなきゃならぬ。しかし、何よりも建設局その他のお話を承りますと、関係の当事者たる室原氏その他の方々と、まだ会う機会がないというところに、意思の疎通がはかられてないということが、今一つの大きな具体的な問題にありますので、私どもといたしましては、まず第一に、その話し合いの場を作るようにわれわれは努力いたしたいと、こういうことで、実は先般四県の知事が、いろいろ打ち合わせいたしましたときに、まあ地元の関係がございますので、大分の知事さんに、その会える手づるを一つ作っていただいて、三県――大分、福岡、佐賀と、この三県の知事で、一ぺん十分に、建設省と地元が、この問題について話し合いができるような、その素地を作るように私ども努力いたしたい、こういうことに、今地元といたしまして、話し合っているような次第でございます。
○田上松衞君 室原さんの、まあいろいろ言われておる中で、これはもう絶対にだめだというようなことは、もちろんそれを前提としてでありまするが、その中にですね、どうも、その口では言っておることではないのですけれども、自分たちが払う犠牲によって、何十万というたくさんな大きな受益者があるのだ、だがしかし、今度翻って、これらの利益のために払うわれわれの犠牲というものが、あまりにも大き過ぎるのだと。 そこで、それはこの面を考えると――これは私の憶測になりますけれども、主として開発面、経済面、これだけに限っておるのではないのかという感じが強くするわけです。災害防止、特に人命等にわたる問題でありまするならば、このことは、お互いでなければならぬはずだと、こうとれるわけだけれども、頭の置きどころが、それよりももっと自分たちの大きな犠牲によって、大きくほかのものがもうけていくのじゃないのかと、そこに、一面において役所側が、どうだこうだと、あまり官僚的なにおいを強く出してするからいかぬのだと、こういうようなことが、確かにとれるわけなんです。 まあついでですから、この場合言うならば、おそらくこういう書類は、ごらんになっておるはずだと思うのです、大分県の知事にしても、福岡県の知事にしても。「ダム建設反対の皆様に再度啓上いたします。」と書かれたこの中の最後の締めくくりにつきましても、こういうことが書いてある。「それでも話し合いが不可能ならば当局は裁判所や警察権の保護のもとに当局の全能力をあげて法律的にも事実的にも万全な作業を続けてゆくつもりでいます。その点当局の方針に対して心ある方の勇気と声援を切にお願いいたす次第であります。」と結んでおるわけですよ。 こういうような文書で、これをごらんになったわけでしょうが、そこで、そういうような経緯から見ますると、さっきから申し上げておるような、どうも、同じであるべきはずの人命等にきまする災害防止の問題よりか、多分に、ほかのことを受け取っておるような感じがするのではないかと思うのですが、まあ会われる機会がない、だから、そこまではだめだと、こう言われておるのですけれども、いろいろそういうようなことをつかんでかかりまするならば、もっとお互いに、こう魂を触れ合っていきまするならば、私は何か、まあ九州総合開発審議会も、もちろんいいでしょうけれども、もっと、何か手を尽すことはないのか。お互い、まあ佐賀県は別といたしましても、福岡、大分、熊本、三県の知事の間において、何かする点はないのかという気がするのですが、それについての御感想は、どうでございましょうか。
○参考人(鵜崎多一君) 率直に申し上げまして、私どもは、これはこういう筑後川のような四県にまたがる大河川で、しかも九州全体の水資源の中心であるこの川、これでこそ、直轄河川として、長らく国でもって直接工事をし、直接管理をしておるというこの川について、さらに私は、世界の河川の改修開発の今日の例を見ましても、今日の段階における河川の改修開発につきましては、単に従来の堤防式の、河川法でただやっておくという非常に窮屈な行政にまかせずして、もう少し、各国にあります、水に関する法制は、どの国にももうすでに例がありまして、そういう法律で、大河川の改修をやっておりますが、そういう点について、もう少し国として、これに対する開発の具体的な取りまとめの方策を立てることが私は願わしい、そういう意味で、実は県同志で、県がすぐ話し合っても、なかなかお立場上、主として水没されるというような犠牲の多い県においては、なかなか、ああやりましょうというわけには参りませんので、私どもといたしましては、国の審議会において、そういう総合開発をやるという、その機関において、そういう点を要望し、それのすみやかな促進方を進めて参ったわけであります。 私ども、実は県自体にも、たくさんの同様な県営の、県が施工者の立場において、多目的ダムを今日までも矢部川の総合開発をやって参りました。この三月に河川改修の方の段階は、おかげによりまして終了いたすことになりましたが、さらにこの四月から、遠賀川流域の八木山のやはり多目的ダム、また福岡市の背後地にあります那珂川の南畑ダム、これは県が施工者としてやるのでありますが、そういう施工の責任者として、従来のやり方を見ますと、私どもは行政運用によって、先ほど申しましたように、知事が、各部の総合の立場にある。それを十二分に、やはり動かすようなことをいたしまして建設関係の事業を推進さして進めておる。やはり工事になりますと、工事の担当は予算というものを持っておりまして、その予算の範囲内でやはり進めたい。それをまとめますにつきましては、やはり責任者といたしましては、今後の生活の問題、生活の保障の問題等についても考えなければいかぬ。そういう点については、各方面にわたる内部の運営を、その仕事の援助というような形で進めて参りまして遂行しておって、できるならば、やはり私どもは法律で今日の段階に即応する補償についても、一つの今日とられておりますリプレースメントの原則が、はっきり国としては、その方向で進んでいくのだというような線、あるいは設計調査につきましても、こういうふうに公益目的が計画としても、まとまっておるのだということが前提になりまして、それによって予備調査が行なわれ、実地調査が行なわれ、工事の着手になるというような方向に進めなければ、うまく解決しないということを実は経験いたしておりまして、予備調査、実地調査の段階から、いよいよ工事着手というようなときになって、住民にこういうことでいくのだということになるような今日の実はやり方にならざるを得ないという情勢であります。 私どもは国として十分、そういう点の改善と、また県におきましては、現在地方自治体というものが、知事のもとにおいては、各部の総合の点が可能でありまするのでできまするが、国におきましても、建設省を中心に政府の方針が、地点は単に松原とか下筌とか、局地でありますけれども、これはやはり今日の総合開発、大河川の改修のピークの現われだというふうに私ども実は感じておりまして、これをうまくおさめ、また、われわれの大きな希望をかなえさせるようなふうに持っていくことが、今後の問題について非常に重要であり、私は、この数日来のいろいろな南畑ダム、八木山ダムの関係者が、私のところに参りまして、いろいろ言うのは、実はこの筑後川のこの問題が、一波が万波を呼んでおるようなことでありますので、ぜひ万全の措置をお願いいたしまして、促進していただきたいと考えておる次第であります。
○参考人(木下郁君) 今の御質疑の対室原さん関係の点でありますが、午前中、私が手紙を出したということだけは申し上げました。開封もされないで突っ返してきたということも申し上げたわけであります。ただ私自身の気持が出ておると思いますので少しくどいようになりますが、その手紙の一部だけを読ましていただきます。ずっと前文は省きます。 「過般寺本熊本県知事御地出張の模様を新聞紙上で承知致しましたが、種々御立場、御意見もあることとは重々お察し致しますが、予ねて建設省に於て筑後川の河水統制が取り上げられて居り洪水時における筑後川の氾濫防止は、治山治水の観点から重要な国策と思料致しますが、同時に水没関係の心情を想う時、政治責任者の苦衷がある訳で、これらの問題について篤と御意見も伺い又私の考えも申述べ度御懇談の機を得度いと考えます。就きましては御都合宜しき日時、場所等ご指定いただければ万障を繰り合せ出掛けますので、是非共小職の希望御聴届け賜り度茲に書中を以てお願い申し上げる次第であります。」という趣旨で、それが当時の私のこの問題に対する基本的な考え方を端的に表わし、そして室原さんに、話ができるかできぬかは別問題にしても、ぜひ懇談会の機会ぐらいは持ちたいという意味で出したわけであります。 先ほど福岡の知事さんが、今でも努力しておられるという問題等がありまして、また熊本の知事さんが、まあ、しばらく待ってというお話もあったことも出ております。その意味において、少し詳しく申し上げたいと思います。これは誤解されると、何がありますから。今、福岡の知事さんが申されまするように、九州総合開発の問題がある、そしてその立法までできておる、その一環としてやる、利水の問題で取り扱うと、それに、決して私ども反対でも何でもないのであります。九州総合開発をしなければならぬと考えておりますけれども、今問題になっておるこの松原、下筌ダムの問題を進めていくという意味から申しますと、こういう点が考えられるのであります。五日の晩、四県知事が集まりましたときに、その話が出ました。四県知事が、室原さんに会えるような機会を作りたいという話も出たのであります。けれども、熊本の知事さんは、今訴訟をやつておって、訴訟の当事者で、法律的に、もうすでに裁判所で対立の関係にある人が行っても、なかなかむずかしかろうと、そこで最後の落ちが、三県知事が、地元でもあるし、また受益、被害両方をかねておる大分県だから、それで私から、一つ三県知事が会いたいと、もしよければ頼むと、熊本の知事も一緒ということですけれども、初めから寺本さんを加えると、主県知事なら会うけれども、四県じゃ工合が悪いというようなことになる危険性が多いと考えたのであります。この寺本さんを入れることは、プラスにならないでマイナスになる危険があると考えたので、それで三県知事が会う、その下請け折衝は私がしょうということになった。 寺本知事さんが、しばらくと申されたのは、今地元で反対をしておる人は、いろいろな理由があります。午前中にも申し上げましたように、この仕事は、九電という資本家がもうけるためだ、金融資本に対する奉仕なんだというような意見を飛ばしておる人もあります。また筑後川の下の方を川幅を広くして、そうして川底をさらえばいいんじゃないかという議論もあります。それからまた、こういう大きなダムを作らないで、たくさん砂防を作ればいいんじゃないかというような意見もありますけれども、私どもとしては、このダムがしかるべきものだと考えておるわけであります。そのときに、反対をしておる人のところに、何をおいても、何十万の災害を再び出しちゃならぬ、水害防止ということでいくことが、一番本体に即しておるのだから、その仕事の目的が、そこに一番大きなウエートがあるのだからと、しかしそれをこの水を引っぱっていって、北九州の水不足を補うのだというようなことを出したのではそれは北九州の人たちの金もうけの犠牲者におれたちはなるのだということで、なかなか話は、それでなくても熊本の地元の人は、大分県には受益者はあるけれども、熊本県には受益者は一人もないのだということが言われておることも聞いておりますので、そういう点は、行政区画の差はあるけれども、敗戦国が再建して行くためにも、またこれだけの同胞が、何十万が災害にあったのでは困るから、二度としないようにするということで、大乗的に考えてもらわなければならぬと言っておりますけれども、室原さんのところに、水利の話なんかを大きく持っていったのでは、それは悪いというような意見で、実は総合開発の問題だからやれ、これは私自身も、今福岡の知事さんの言われたような、大きな国の新たなる制度ができ、新たなる区画ができることも、けっこうだと思いますけれども、今当面しているこの問題の解決には、もうやはり、先ほど田中さんの御意見にもありましたけれども、やはりのっけから、高飛車に法律手続というよりも、やはり話し合いができていた方が、効果的であろうし、そうして双方のためにも、仕事の進行のためにもいいし、また犠牲になる人のためにも、その方がよかろうというふうに思っているものですから、これで話をして、それでこの間、四県知事が会ったときに、特に、それでは室原さんが会われるだろうが、見込みはどうかというところまで突っ込んで聞かれたわけであります。私の今まで受けている室原さんの、直接私に対する関係、あるいはその他、建設省に関する関係、主として現地におけるあのやり方の姿等々を私もよく知っております。そういう材料から判断すれば、一生懸命にやることはやるけれども、非常にむずかしいと思っております。 そのこともこの間の知事会議で言いました。見込みの点については、どうか、それはもう非常に困難で、ゼロとは言わんけれども、もう私としては非常な希望は持っていない。けれども、全くなしというのじゃないのだから、最後の最後まで努力はしょうという意味でお引き受けして、そうして実は五日の晩に、それで会いましたが、六日の日に、私も現地に行き、また川下の日田市で、それぞれいろいろの違った線で、連絡もできそうな人たちには、決してむずかしいことを言うのじゃないので、ざっくばらんの話し合いの揚を持ちたいということなんだから、そのことも通じてもらいたいということで、実は下工作と申しますか、地ならしの方法はやっているわけであります。 どうか、さよう御承知願いたいと思います。
○田上松衞君 今、詳細な御説明を承って、得るところが多かったと考えております。 そこで、きょうは熊本県知事がおいでにならなかったわけですが、どういう気持で出られなかったのだろうという、熊本県知事の意思を、あなた方にそんたくしていただくということは、これは失礼ですから、それはよします。ただ同時に参考人として出席願いたいということをこれこれの方面に出したということは、おそらく両県知事御存じのはずだと考えるわけであります。きょう熊本県知事に対して、どうだ、一緒に行って見ようじゃないかというようなことは御連絡なされなかったかどうか。
○参考人(木下郁君) きょう一緒に出ないかと言ったかどうかということですが、五日の晩には、それは申しました。けれども県会中か何かで、よんどころない理由があるらしく話をしておりました。室原さんに会う問題は、それは私は、今訴訟の当事者だからと言っておりました。無理もないことだと思って、私も、まずそれでは三県でやりましょうということにしたわけであります。
○田上松衞君 たくさん聞きたいこともありますけれども、時間もよけいとりますし、またほかの方々も、いろいろな角度から、あるだろうと思いますから遠慮いたします。 最後に一点だけ、お聞きしておきたいと思います。元熊本大学の教授で、医学博士の松本唯一という人から、下筌のダム問題に関して余の見解ということで、これは関係の県の知事、あるいはこの場合は、中津江の町長のところにも届いているはずだと思うのですが、この問題について、最後に松本さんの、こうしたらいいじゃないかという見解、これは抜きといたしまして、このダムの建設の地点について、これ以外にはないのだと結論をつけているわけなんです。いろいろなことを書きまして――ごらんになっているはずだと思います。 こういう見解については、大体、御同意されているわけなんですか、幾らか違った点がございましょうか。これは、両県知事から、お伺いしておきたいと思います。
○参考人(鵜崎多一君) 実は私、昨日立ちますときにその陳情、いただきました。拝見いたしました。 しかし私は、その前に地方建設局長から、いろいろ技術上の問題をお聞きしまして、実はそういう点は、もうあげて建設省の技術陣に、技術の問題、そういう点は、建設省の方の御説明を実は信頼いたしております。
○田上松衞君 ということは、結局松本さんの意見と合致するということに理解してよろしゅうございますか。
○参考人(鵜崎多一君) 松本さんの御意見書は、やはり地質その他の調査は、今の地点がいいという何か文面であったように記憶いたしております。
○田上松衞君 その通りです。
○参考人(鵜崎多一君) それで、建設省の方の今までの御調査のお話を私承っておりまして、従来のいろいろな地質調査を何カ所かいたしまして、今の地点が、一番地質上もいい点であるし、またその他の点から総合して、場所的には、非常に最適のところであるという御説明を実は聞いております。
○参考人(木下郁君) 私は、その松本さんの、今初めて伺ったわけで、見ておりません。けれども、この場所的なような問題につきましては、私は、午前中申し上げましたように、何でもかんでも建設省の言うことなら、御無理ごもっともで従うという意味では決してありません。 ただ、こういう技術的な問題については、建設省を信頼する以外に方法がない、私たちしろうとのことでありますから、だから、それを信頼して、そうして建設省の多年の経験と学識に基いて研究された結論に対しては、それに従っていくのだ、自分としては、そういうように考えておるわけであります。
○田上松衞君 たまたま地点の選び方については、大体この松本博士の意見も、建設省の意見も一致しておることは事実なんです。 ただ、非常に強く言っておらるることは、松本さんが結論的に言うことは、「此等」――これらとは、二つのダムを指しておるわけです。「此等両地点二代ル適地ヲ他二求メルコト八極メテ困難デ不可能ニ近イト予ハ確信スル。」と結んであるわけなんですが、やはり同感ということに、理解してよろしゅうございますかということですよ。
○参考人(上ノ土実君) そうでございます。
○田上松衞君 建設局に聞いておるのではないのです。私は両県知事に聞いておるのです。
○参考人(鵜崎多一君) 実は、私はその方面は、これは知事といたしまして、建設省の御計画、御説明に、先ほど申しましたようにおまかせしてありまして、そういう御説明でありまして、私はそうだというふうに、実は今思っております。
○参考人(木下郁君) 私も、松本さんの地点と建設省の意見のようであります。 ただ、その松本さんの言われる、審議会を作って云々ということは、将来の政策の問題になっていくと思うのです。だから、この問題――また今から作るかもしらん、あれは作ることになれば作ることになりますが、そういう審議会というものを作ってまた、最初から振り出してやるというようなことでなくて、もうここまで、松本さんの意見も、あの場所ということになっておるならば、やはりこの問題はこの問題として、当面する問題――というのは大へん私、せき立てるようになりますけれども、もう一年以上前から協力しておる、ところが、最近になって急にむし返しが始まったというような、実際はわけなんです。知事のせわが、それだけふえたから、やかましく言うわけじゃありませんけれども、べたの長置きといった言葉もありますから、やっぱり、軽率にやれという意味では、決してありませんけれども、話がつくものなら、早く話をつけてやろうし、どうしても、幾ら辞を低うして話をする場を持とうといっても、持たぬという人が出てくれば、これはもう、好むところではないけれども、やっぱり手続を進めていただかなければ、これは百年河清を待つようなことになってしまうと思っております。 さような意味で、審議会を将来の一つの、こういう問題に対する日本の制度としてお作りになるということ自身については、それは何の異議もありません。その点だけは、けじめを立ててもらいたいと思っております。
○田上松衞君 これは、私の言いようが悪かったのか、あるいは誤解を受けたかと思うんですが、私はお断わりしたように、最後に残されるところの、松本さんの根本的な治水策というものについての今の審議会、そういうことは抜きにして、それは別として、問題の重点がこの両ダム――他のダムは別としても、特にこの下筌ダムの地点について、これ以外にはないんだ、これ以外のものを選ぶということは不可能である、確信しておると結んでいるわけなんですが、それについてだけの御見解は御回惑ですか。ただそれだけお聞きしておけばいいんです。
○参考人(木下郁君) それは、ここ以外になかろうと思っております。
○永岡光治君 私午前中に、実は関連の質問をいたしたんですけれども、明確に御答弁がなかったので……。あまり時間もありませんから。お疲れでございましょうと思います。参考人の方々、大へん申しわけないと思うんでありますが、私の頭を整理する意味で、端的に一つお答えをいただきたいと思います。 ただいま田上委員からの質問があったようでありますが、これ以外に不可能だという話でありますが、そういうことは、これは技術者にたよらざるを得ないと思いますが、私たちしろうとでありますので、これは地建の局長さんの方がいいと思うんですが、不可能だというのは、地質が全然だめだというのか、それとも、これ以外にあるけれども、非常にたくさん金がかかって不経済だというのか、そういう調査をしたり、やっぱり何か資料があると思うのですね、なければ、そういう結論が出ないと思うのですが、こういうのはあるんですか、どういうことか、ちょっとしろうとですから、端的に一つお願いしたいと思います。
○参考人(上ノ土実君) 筑後川は、二十三年から十一カ所につきまして調査をして参ったのであります。その調査の結果、私も午前中に申し上げましたが、地質は、ほかのところはみんな悪いのであります。 それで地質が悪いので、そこにダム一を作ることは、とうていできない。それで松原、下筌にしぼったのであります。ほかにありません。
○永岡光治君 第二点の質問でありますが、これは大へん、皆さん御苦労なさっておるわけで、知事さん、あるいは村長さんあたりもだいぶ苦労されて、地建の方も、本人に会いたいというけれども、なかなか室原さんにも会えない、えらい困ったもんだということで、いろいろ測量の関係につきましても、文書まで出しておるけれども、それについても、今裁判ざたになっておるという、大へん混乱をした状況だと思うのですが、そうなりますと、やっぱり私は根本的な解決は話し合いということはもちろん必要でありますが、その際における構想ですね、こうやるんだ、安心していいんだという具体案がなければむずかしいんじゃないだろうかという気がするわけです。 それで私が、午前中にちょっとお尋ねしたわけですが、これからのダムを作ることを考えてみますと、おそらく非常にいろいろな問題で困難なところばかりにぶち当たるんじゃないかと思うんです。そうなりますと、単に法律があるんだから、これで強制測量するんだから、あるいは強制収用するんだということだけでは、トラブルを巻き起こすだけで、容易に進捗しないんではないだろうか。そうしてみますと、井川ダムですね、井川の例の中部電力にあったあれ、私よく聞くわけですが、新しく水没する部落にかわってこれだけのりっぱな村ができるんだということを示すことによって、これは、今おる自分たちの村よりは、そんなりっぱな村に移れるんだ、生活ができるんだということが保障されることによって、私はかなり進捗するんじゃないかという気がするわけです――そういう気がするわけです。 そういうことを考えますと、私午前中に補償という言葉を使ったわけですが、金をやるということだけではなく、これは大分の知事も言っておりましたけれども、金をやったんじゃ、これで電気洗たく機を買うんだ、電気がまを買うんだということで、ついには金がなくなってしまう、私の補償というのは、新しい村を作る生活の保障です。たんぼがこうなって、こういうふうに生活をやっていくんだという、新しい村作りの生活の保障、生活の設計、こういうやつぱり青写真がなければ、迫力はないんじゃないだろうかということを今申し上げたわけです。 それには建設省だけでは、非常にむずかしい問題があるのではないか、地建の局長さん非常に御苦労なさっておりますが、私は地建の局長だから、何が何でも、ダムさえ作ればいいというふうにはすまされないような事態になっているのが、今日の実際の状況だと思うんですが、それには、もとよりこれは建設省が中心にならなければなりませんが、農林省なり、あるいは通産省なり、文部省なり、厚生省なり、いろいろあると思うんですが、そういうものの総合的な実施本部みたいなものがあっていいんじゃないだろうか、そういう新しい、もう村作りですね、こういう構想をきめるためには、そういうものでなくては、なかなか迫力は出てこないんじゃないかと思うんですが、これは地建の局長にお尋ねするわけですが、地図で、先ほど私が青写真があればという質問をしましたが、ここの部落は、こうあるんだということでいただいたわけですがそれは、ただ位置を書いただけで、はたしてそこに、どういうふうに、たとえば井川ダムのごときは、六反持っていた人は八反もらったとか、八反持っていた人は一町歩もらうようになったということで、非常に具体的に出たわけですが、そういう具体案をお持ちなんだろうかどうか、それにはやはり、どうしても農林関係があるんだが、そういう地方の農地事務局あたりとも相談をして大体の構想をきめておいでになるのだろうかどうだろうかということです。 ですから聞きたいことは、そういう総合的なものを、やっぱり具体的に用意しておるかということと、従ってそれには地方の農地事務局や通産局や、その他そういう出先機関も、これには十分タッチして、これが水没されても、こういうものができるんだという、はっきりした具体案を持っておいでになるか、そういう、また折衝をしたことがあるかどうかということをお尋ねしたいと思います。
○参考人(上ノ土実君) その問題につきましては、ただいま大分の県庁、それから熊本の県庁、それに農地事務局の方と連絡をとりまして、大分県の側には、五馬高原という広い高原がありますが、そこは前から、大分県から開墾をしたいといって農林省ともお話があるところでございますがそこには水がないのだから、その水をどういうふうにして持ってきたらいいかということも、農林省とも現地でお話をしております。 それから熊本県の方としましては、宇土谷というところが小国村にありますが、ここにダムを作って、そこから水をもっていけば、何百町歩かの原野があって、そこが水田になるということで、農林省の方との話を進めておりますし、経済企画庁としましても、それに筑後川のダムが、あすこにできるので、あの近所の総合的な灌漑の調査費がついております。通産省の方も――通産省は、これはちょっと話が違いますが、通産省の方でも、そういう調整費がついて、ただいま調査をしております。 そのことにつきましては、まず土地があるが、水があるかということは、今十分、現地で熊本県の農地事務局、それから大分県の振興課、それから開拓課、その方面とも連絡とっておりますし、熊本県にも調査してもらって、そうして農地事務局と話を進めておる状況です。
○永岡光治君 ですから、私のお尋ねしたのは、どうもその話で、具体案はまだできてないということですね。これからまあやって、そのしで具体案を作る、こういうことですか。 それとも、あってあなたの方に、どうですかといえば、いや政府としては、こういう案を持っているのだという、そういう具体案をお持ちですかということをお聞きしているわけですが、お答えになったことを聞きますと、まだその具体案はできてないようですが、そのように理解してよろしゅうございますか。
○参考人(上ノ土実君) それは、その具体案を全部調査するには、それは一年あるいは二年かかるかもしれません。それでその地元の方の要望がはっきりしませんと、私の方は、そこと考えておりましても、いやその近くで、これは中津江の村長さんもおっしゃっておりましたが、中津江の方は、その近く、今度道路がダムによりまして、今の県道が改修されまして、りっぱな道路になりますが、やはりその沿線がいいのだという御意見が相当多いのでございます。それで、そうでなくて、ほかの方にいきたいという人は、こういうふうに進めておりますということでございます。そして中津江村、大分県の方の側としましては、御希望によりまして、今私の方で測量もやっております。今その段階でございます。
○永岡光治君 えらい、どうもくどいようで、恐縮でございます。そういたしますと、このように理解してよろしゅうございますか。 私のいうのは、従って今検討している、それというのは、まだ具体案はきまっていないということになるわけですか。これからの話だというと、調査して水が足りないから、どうしようか、こうしようかということだと、これは、一年や二年では、とてもじゃないが、これはできないという感じがするわけです。非常にこれは長くなる問題だなという印象を受けるわけですが、そうでなくて、大体、ここのダムを調査して、いよいよ工事にかかって、いよいよ水没するということになると、こういうことになるのだという案は、実際必要だろうと思うのですがね。
○参考人(上ノ土実君) それは、そんなに何年もかかるということじゃなくて、それは希望がありますならば、今その希望をとっておりますから、その希望によって調査して宅地はこうだ、学校はどこだ、道はどこだ、水はどこから持ってくる。そういうことは、ダムの調査をするにつれてできると思います。
○永岡光治君 これでやめますが、そういたしますと、もう一度、あれでございますが、地方のそれぞれの出先機関でも、いろいろ協力を願って、一応の新市町村の建設について構想は持っている。今、それについて調査を進めているのだ、こういうことですね。
○参考人(上ノ土実君) そうでございます。
○田中一君 私、くどく申し上げなければならぬのは、ほんとうに残念なんですが問題は、現象だけをとらえて、本質にちっとも触れておらぬということです。 先ほど木下君も、田中の言うように、土地収用法の発動をする前にやらなければならぬということを言っておりますが、あなたは、土地収用法を御存じないのです。私、ちょっと読み上げますけれども、明治三十三年にできた土地収用法というものと、今日昭和二十六年に制定された法律というものとは、おのずからこれは性格が違っているのです。非常にくどいので、お聞き苦しいかも存じませんけれども、まあ村長さんもいらっしゃるのだから申し上げますと、昔の法律は、収奪法なんです。国防、軍事に関する問題とか、それから皇室、神社、その他の問題とかというものをやりまして、主として公共というものよりも、重点的に軍事とか皇室とかいうものが中心になっているものなんです。そうして同じように収用審議会がございます。収用審議会ございますけれども、収用審議会では、知事が任命する者によって判定が下るのです。その資格者というのは高等文官、都道府県の名誉職、それから参事会員等各三人ずつ九名。ただいま申し上げました高等文官が、結局三名になりますが、高等文官五名、都道府県の名誉職が五名、議会の参事会員が在名、これに知事が議長になって、十名で一切の議事、国民の申し出等も聞くようになっておったのです。 ところが、今日の収用法というものは、そういうものでないのです。民主的な選挙によって選ばれたところの議員がおりますところの議会で同意して、任命された君たちが集まって、それを強く強調しておりますのは、それらの非常に深い経験なり学識なりを持っておる者だけが集まって、収用委員会七名で組織するのです。この場合には、一府県の場合には、御承知のように知事が任命する。これはむろん議会の議を経て任命するのです。また二府県等にわたる場合には、建設大臣が任命するわけなんです。そうしてこれらの審議というものは、すべて公開、そうして利害関係者が、おのおの自分の注文を幾らでもつけられるのです。そうしてまた不満ならば、学識経験者なり何なり、最高の技術の機関等を動員して、納得のいくまでの調査をしてその結果が収用委員会において相談されるのです。少しも強権ではございません。ことに日本のような国土の狭い所は、中共のように、物には物、家には家、田畑には田畑、熟田には熟田、こういう形のものはできません。従って、残念ながら、すべてのものに対するところの補償というものが、金銭補償が原則になっております。しかし、収用委員会が、これには五町歩の土地を失うから六町歩の土地を、熟田をやれということで、収用委員会がきめれば、今同僚の委員からの質問等には――この地建の局長がするのではございません――収用委員会が、それを命ずるのでございます。それが、今日の新しい土地収用法の精神、運営でございます。一体、予算という一方の壁を持ちながら、家の水没者を、こうしてやろう、ああしてやろうというような、事業の主体というのは、おこがましい話です。何も、地建の局長が農地をこうしてやるとか、だれをこうするということを言うべきものでないのです。あなたは、国家公務貧として、予算にある事業の執行者です。あなたの意思は、一つもないのです。それは事業主の、事業者の意思以外には、何にもないわけです。あなたの意見は、出ないわけなんです。公正なる第三者によって、あらゆる条件というものを収用委員会で討議し、利害関係者は、いかなる方法をもっても、自分の利益を守るための発言の機会があるわけなんです。 この全く国民のための法律というものを、いたずらに権力ある諸君が、これを隠して、伝家の宝刀、最後になれば、この土地収用法を用いて、お前の土地を自由にするぞ。こういうような法の全く悪い解釈をもって、どうかつするのは、今日の新憲法下におけるところの法律の運用ではございません。だから、あなた方は、法律を知らないというわけです。また、よい法律の運用を悪く運用するならば、それは、悪吏です。悪い国家公務員です。そういう者は、われわれの前におっちゃならないのです。くだくだと、こういうことを申し上げるのも、あなた方が、いたずらに法律のほんとうのいい面を隠して、いよいよ困れば、これでもって取るぞというような旧憲法時代の、旧土地収用法の感覚を持って、国民に向かうところに、こういうかずかずの問題が起こるわけなんです。 私は建設大臣にもかつて申しました。この法律を国民の前にはっきりとお出しなさい。そうして、これはあなた方を守るための法律でございます。この問題も、この問題も、この問題も、木下知事さん、鵜崎知事さん等が言われておるようなことは、ことごとくこの法律の中で解決されるのです。あなた方が言うべきものでないのです。こうしてやるから、ああしてやるからというようなあっせん、折衝はすべきものでないのです。法律が、それを守っておるのです。この法律によって、公正なる国民が、これに対しては、これが妥当であるという線を出したならば、日本の国民は、公共のために、あるいは筑後川下流の七十万の同胞のために、いたずらに自分の我執をもって、それをとめようとするものではございません。法の運用を誤っておるから、このような事態が起きるのでございます。まことに残念ながら、あなた方は、ほんとうの法律のよい運営というものを知らない。ことに、よい法律というものを隠して、そうしてお前たちが聞かなければこれでもって取るぞと言っておる。土地収用法は、取るものではありません。国民のほんとうの権利を守る法律でございます。伝家の宝刀ではございません。国民を守る法律でございます。 こういう点において、あまりにもあなた方が権力主義に堕して、行政権を振り回し、法の運用をあやまち、悪い印象を与えておるのが、今日までの土地の問題でございます。今、児塔村長も、もし時間があれば、私と何日でも話し合いましょう。この法律によって話しすれば、自由に、感情をまじえずして、あなたの権利が守られるのです。これを隠しながら、地建の局長の程度の者が、こうしてやる、ああしてやる、こういうことに耳を傾ける必要はございません。いち早く、この法律を適用して下さい、そうして相手方よりも、公正なる第三者に判断していただきたいというような意思表示をなさるのが正しいのでございます。 そのかわり、残念ながら事業というものは延びます。二、三年ぐらいは延びるでございましょう。私は、一人の水没者の利益を守るために、権利を守るために、事業が三年延びようが、五年延びようが、そうした事例というものが、判決例というものが国民に示されるならば、何ら事業が延びることによって困るものではございません。しかしながら、この法律を最初から見せて、児塔さんに見せて、この内容を説明したならば、あなた方は喜んで早く七十万の下流の人たちのために、仕事をしようという気になるものでございます。この際、演説をぶつわけではございませんけれども、こういう点で、下流におきます皆さん方も、水没される犠牲者に対しては、十分なる補償、愛情をもって、それを迎える。この法律をもって、利害関係者以外の人たちから判断を下されることが正しいのでございます。法の運用を間違っちゃいけません。幾ら、るるいろいろな問題を議論なさっても、この法律を実施してやろうという気がない限り、いつまでたっても、土地の問題に対しては、問題が絶えるものではございません。 これは、木下知事がああいうことを言っておられるものですから、あえて申し上げるのですが、この問題の解決というものは、法の運用にあるのです。あっせんとか、まあまあ話し合いとかいうものではないのです。話し合いというものは、法律の裏づけの話し合い以外にはございません。何の権限があって、上ノ土さんなら上ノ土さんが、物を言おうとするのか、同僚委員の質問に答えて、農地の造成等も考えておりますとか、農林省と話し合っておりますとか、そういう権限は、この土地収用委員会にのみあるのです。国民をだましちゃいけません。どうか、十分にこの法律をお読みになっていただきたい。あなた方の今後の問題がございます。水没の問題等も、正しい面で解決するような方向に向かわなければならぬと思う。 そこで、鵜崎さん、木下さん、並びに上ノ土さんに申し上げますが、あなた方が出しているいろいろな書類ですね、たとえば、知事が賛成しようという問題とか、何とかというものを、常に法律の条文を用いて賛否を明らかにしているわけなんです。その点につきまして、この法律によって、今度の問題を解決しようというならば、そういうふうに、この法をお読みになるかお読みにならないか。今までの通り、同じように折衝々々、話し合い――何ら法の根拠のない話し合いで、物を進めていごうとするから――ということは、水没者をだましていこうとするから……。あなた方は、だまそうと言わぬでしょう、言わぬでしょうけれども、法律によらない話し合いは、だますことなんです。まあまあと言って、肩をたたく問題なんです。 そういう点についての御見解ですね、土地収用法に対する御見解、それを両知事並びに上ノ土さんから伺います。
○参考人(木下郁君) 今の、大へんおしかりの言葉をいただいて恐縮いたしておりますが、私は伝家の宝刀なんかということを片言隻句も申したことはありません。また法律を後に隠して……、法律は、日本の法律の建前は、公知されております。だれだって知っているはずです。法の不知は許さぬというようなことはやむを得ざることなんです。だから、それは室原さんの書いたもの等をちょっとごらんになれば、室原さん自身も百も御承知ということもわかっておるのです。 ただ私が、話し合いの方が、のっけから土地収用法というものを振り出すというよりも、話し合いでできるなら、できた方がよろしいと考えておる、その理由を申し上げます。 と申しますのは、日本人がまだ法律生活に習熟いたしておりません。だから、法律一片で、審議会は公正におやりになるでありましょう、私もまた、今お話しの県内の審議委員を、私が任命いたしております。そうしてそれは、満幅の信頼のある審議委員を委嘱いたしておるわけであります。ただ私の経験としまして、終戦直後に――何か手前みそのように聞えて大へん恐縮いたしますけれども、私がのっけから土地収用法をやるよりも話し合いの方を望むと申しました理由として申し上げさしていただきたいと思いますのは、終戦直後、私は、戦災都市の大分市の市長をやりまして、あの区画整理をいたしました。区画整理をすることが、最大の使命ということで市長を引き受けてやったんであります。で、そのときに私としましては、そういうことをしたんではハチの巣をつついたようになって収拾がつきませんよと言われましたけれども、全区画を六区画に分けまして、六日間続いて、各区画の地主に集まっていただいて、そうして戦争に負けた、こういう大事が起ったんだから、これをして、大分市も焼けてるから災いを転じて福としなければならぬ、それでいきましょう、それで今までは、道路ができれば、道路に面した人が土地を削られるというようなことになるし、補償金は、あてがい扶持というようなことがあったんだけれども、そういうことのないように、区画全体の人が二割八分縮みましょうということで、そうして二割八分のうち、一割五分だけは無償であります。これは、法律的にきまっております。一割三分に対してはその六区画の中で、この評価委員を作って、そしてその評価委員で、親方日の丸だから、この機会にもうけるということは考えないでいただきたい、しかし同時に、この機会に、焼けて向こうは弱ってるんだから、やはりあてがい扶持でやってしまえというようなことは考えないで、だれが見ても公正な値段でやってもらいたいということを申してきました。ところが聞くところによりますると、そのハチの巣をつついたようになるぞと言われた大分市が、それで円満にやりまして、その区画整理に基づく訴訟は一件もない。しかも大分市の戦災復興の都市計画――まあ手前みそを言うようでありますけれども、大分市の区画整理の現在の姿をごろん下されば、戦災都市でも、決して――すぐれておる都市計画はできておるけれども、劣っておるということは言い得ないと思っております。そうして全国の戦災都市の中でも、復興が早く、しかもよくできたということで、表彰を受けてきておるのであります。それが話し合いでどんどん進んでいたんであります。 それで今お話しのように、審議委員でやって、土地収用法でやれば、それは五年延びるかもしれぬ、私としては、五年の間に災害がないと保しません。さような意味で、その間に、また大事があったらどうするかということも、やはり政治の責任を持つ者としては考えなければなりません。私が、建設省あたりに相談する、今の土地問題等も相談します。今お話しの通りに、収用法でのっけからいけば、委員会でやりましょうが、しかし政治は、一面においてきんちゃくを持たなければ、手も足も出ません。そうすれば、それは国の予算の範囲でやるべきことなんです。その当面の衝に当たるものが、この事務当局であり、建設省であります。さような意味で私としては、やはり一番大事な責任を持ち、また立案をしておる建設省であります、その建設省の意向も聞き、また自分が不審と思う点があれば、どしどしそれは仮借はしません。だから、そういう意味では話し合いをすることが、だますというようなことは、毛頭考えてならないことです。 さような意味で、しかしできればやはり話をした方が、今の御意見ではありますけれども、私はやはり円満にできれば、早くしたがよろしい、それは仕事をする側においても、早く仕事が片づくという意味においてプラスになります。また損害の補償を受けるという立場の人からしましても、やはりその決定に不服があって、訴訟をするというようなことで、最高裁までもって行けば、二、三割は訴訟費用に、弁護士の方に要ります。そうしてその結果が妥当なところであっても、やはりそれだけの費用がかかるわけです。 しかも今の日本の裁判の姿では、三審の終るまでというのは、これは、やはり何年とかかります。その間おあずけを食い、うっとうしい思いをしてやるというよりも、やはりそれはがまんのできないところがあっても、がまんのできる程度のものであれば、話をつけて、そうして心機一転して、今度新しい方向に向かって、自分の道を開いていく、それが犠牲者御自身のためにも有利であるというふうに私は考えておるから、きょう午前中から、繰り返し申しますように、私の意見を持っておる次第でありますから、どうか一つ、そういう点を御了承していただきたいのであります。
○田中一君 木下さんに、もう一ぺん伺います。 私の伺っているのは、上ノ土さんが昨年建設大臣に向かって出しておる申請書、これは事業認定の申請書というものが、三年前に出したらどうですか、二年前に出したらどうですかというのです。この法律は、地元の人たちが承知をしないから出すという法律ではないのです。よろしゅうございますか。この法律が、国民のすべての権利を守る法律であるということが国民にわかれば、早くかけなさい。そうして、われわれが自由に、自分の注文をつけられるような機関できめていただきたいのです。現に、法律の悪用というのは、これを言っておるのです。追いつめられて、いよいよ承知しない者があるから、木下さんの言われておる話し合いというのは重要です。話し合いをしても、なおかつできないから、土地収用法をかけるということをしてはならないということを言っておるのです。土地収用法というものは、国が国民の利益を守るのに徹しなさい、そういうPRをしなさいというのです。この地点が技術的に最善なるものである。そうして何十万かの人の不幸を救うものであるということがわかったならば、一早く収用法をかけなさい。これによってのみ話し合いが進むというのです。 今木下さんのお話を伺うと、同じように、上ノ土さんが言っておるように、いよいよどうにもならぬ反対がある、それから地価をつり上げようという向きがあるから、だから土地収用法をかけるのだ、こういうものであってはならないのです。最初におかけなさい。私は最近のものは持ちませんけれども、今まで土地収用法にかけた事例をたくさん持っております。三年、五年かかるものもございました。しかしながら、なるほどこの法律の内容というものは、こういうものであるといって、直ちに話が進んだものもございます。今言う通り、権限のない者が、幾ら話し合いをしようといたしましても、水没者の方は、よりよく自分の権利を守ってほしいのが人情でございます。しかし一応限界のある、背中に壁をつけておる人たちが、どういう話し合いをしようとも、それは話し合いにならないのです。強制になるのです。そこで、最初から事業認定を受けて土地収用法のもとに話し合いをすれば、すべての問題は、早く解決すと申し上げておるのです。 従って土地収用法というものは、今の段階に、今回のように松原、下筌のように、いよいよ反対者がいるから、土地収用法をかけるということであっちゃならない、これが最善な地点であり、これによって、数十万――百万近い人の幸いが得られる場合に、少数の者は自分のものを、自分の権利というものを正しい補償によって提供することは、これは法律できまっております。憲法でも認めております。土地収用法でも、はっきり権利を認めております、義務と権利があるのでございます。だから最初から、この法律にかけて、せめて五十程度の水没関係でございますから、三つ程度の事例というものが、判決例が出てきますならば、もはや今後の公共事業を行なう場合において、あまり問題がなくなってくる。判決例がないわけです。判決例を知らしめようとしない、事業の執行者は。ここに問題があるということを申し上げたわけです。 でありますから、この法律の内容というものは、国民の利益を守る法律であるということを初め国民に出して、そうして話し合いの道を運びなさいというのが私の願いであります。従って木下さんのお話では、ちょっと誤解があるようですが、私の言っておるのは、何も時間をかけるのではなく、早くこれをかけて、そうして十分に第一者を交えた話し合いの場を作って、あくまでも壁についていない人によって、背中に壁のついていない人によって、その話し合いを進めていけということを申し上げておるのですが、その点、どうお考えになりますか。
○参考人(木下郁君) 今の話は、さっきの社会党の調査団の方々の御意見では、強権発動は、できるだけ避けようということで……。
○田中一君 この土地収用法は、強権ではございません。
○参考人(木下郁君) あなたの見解は、そうですが、そういう声が、今まで出てきておるし、世間にも、それが出ておるのは、土地収用法の適用を指さしておるものと私は思考しております。そうではありませんか。それが日本国民の法律生活に習熟していないというところから、発しておるだろうと思います。私も思います。 しかしやっぱり現実の姿は、室原さんはもちろんのこと、あれだけの人の中から、一人だって土地収用法を早くやってくれという申し出をした人は、聞いておりません。ですから、そういうときですから、たとえそれは趣旨は土地収用法、新しい新憲法下の新しい土地収用法は、全くけっこうな法律でありましても、受け取る側では、そうは取らないでおるということがあるし、先ほど私がるる申しましたように解決の問題で、そこで、ぴんといけばいいが、いかないときは、かえって御本人の不利益になる、それからまたすぐのっけから適用すれば、非常な誤解をこうむる危険もあるという、いろいろな角度からして、観点から、持ってきておるわけであります。それは一体、世間がそういうふうにとっているのは、官尊民卑という昔の姿、それがまだ払拭されていないから、そういうふうな空気が出てくるだろうと思います。そういう点について民主化をしなければならないというような点については、私不敏ではありますけれども、私ども地方の自治体の長として、常日ごろから、その点は心がけてやっておる次第であります。ただ志が、十分まだ徹しないうらみはありますけれども、その心得の点だけは、十分そのつもりでやっておる次第であります。 平たく申しましてこれはやっぱり、のっけから土地収用法で行こう、行くぞということは、お前の考え方から出たのじゃないかということを言いますけれども、世間が、そう取っているのです。だから、これはやっぱり、あの申請書を午前中お読みになった、こうこうであって、話し合いができないからという前文があったらしいのですが、これは、私のそんたくする限りではありませんが、私は、やはり今日までの経過を、そこに記載したものだというふうに理解しておる次第であります。決して、だまして強権でもないものを、強権だといって振り回し、しかもそれを、うしろにずっと持っていてやるというような、そういう不心得のことは、毛頭考えておりませんし、いろいろ御注意もあったことでありますので、今後は十分、そういう点について、片りんでも誤解を招くことのないように、十分注意していきたいと思っている次第でございます。
○田中一君 今、話し合いで進めていこうということに対しては賛成なんです、私は。しかし同じ話し合いでも、限界があるのですね。話し合いでも、水没者はもう無限大です。あらゆるものを全部補償してくれれば、まあ何とかやむを得ぬからという気持に最後になるでございましょう。しかしながら地建局長というものは、一定の補償予算というものを持っている。これをもって、この壁に背をつけながらやる以上、必死です。これを守る以外にないのです。また知事としてもそうです。 知事が、事業を執行する場合には、やはり同じように予算というものの限界がございます。そこで、そういう方々が実態を、たとえば下筌地点の実態というものを、あるいは要望一というものを、完全にそしゃくして集積して、そうしてでき上がった予算ならばいざ知らず、一応の経験による標準でもって組んだ予算というものを、この壁をしょいながら折衝したのでは、どうしても強圧になる危険が多分にあるというのです。こういう点が私の心配することなんです。 そうして、今木下さんもおっしゃるように、この土地収用法というものは、国民のほんとうの権利を守るものでありながら、なぜそこまで国民が知らなかったかということです。これは今言う通り、これを所管しておるところの建設大臣の責任重大であります。この法律は、国民の権利を完全に守ろうとする意思のある法律であるということが、十分に新聞とか雑誌等、あるいは口によって、十分に国民の間に侵透するならば、早くこれでやっていただきたい、話し合いで事を進めるよりも、土地収用法でやった方が利益があるという利点がたくさんあるのでございます、土地収用法には。税金の問題にいたしましても、いろいろ利点があるのでございます。すっかり話し合いが済んでから、話しはつきました、これでよろしゅうございますから、土地収用法にかけてやっていただきたいという事例もあるのでございます。従って私が申し上げているのは、事業を執行する場合には、まずこの法律の利点というものを、十分に地元の方々に理解させて、そうして、それには数々の事例というものを示して理解さして、そうして当事者外のものが話し合うようにしなければならぬと思う。あっせん委員会というものを政府は作りましたけれども、あっせん委員会というものすら、今活用されておりません。なぜならば知事は、民選知事でございます。当然良識ある正しさというものを求めるでございましょうけれども、何といっても、多数の県民のための利益は、どうしてもはかるべきが当然でございます。従って当面責任者が話し合いをするのじゃなくして第三者によって話し合いをさせる方向がよろしいんではないかと言っておる。同時にまた、この法律のよさというものを、事業の最初から話し合いを持つために、収用法の発動をして、話し合いをして進んでいらっしゃいということを申し上げている。そうすれば三年かかるものも、半年で済むかもしれません。一年で済むかもわかりません。そうして、それでまた、そうした事例というものが、すべての日本の国土問題に関します五十程度のものが、国民の前に、はっきりと結論が出ますと、大体あらゆるこうした補償問題というものが、その判例からプラス・マイナスをしていけば、大体妥当なのが出る、どこのも、すべて出てくる。こういう形の判決例を求めてそうして公共事業という民族の事業は、どこまでも推進させ実行させなければならないのでございます。 私はだからといって、一人の水没者に不幸を与えてはなりません。そこでもって、今回の二つのダムの問題にいたしましても、極論いたしますと、おそらく児塔さんも、それから室原さんも、これは、国民として七十万のために多少自分たちの利益が、かりに減ったとしても、平和に眠っていた安住の地を荒されても、七十万のためには奉仕をしようという気持があることは間違いございません。それには、政治に対する信頼、政治と申しますか、行政に対する信頼というものが欠けているということが、今日の事態を招いたのではなかろうかと思うのでございます。 私は、この際、上ノ土さんにも申し上げたいのは、このような内容を持つ申請書というものが、われわれの目の前にあるということは、いたずらに事を紛糾さすためのものである、同時に、土地収用法というこの法律は、権力の、旧憲法下の土地収用がごとき収奪の法律であるというような、発動であるというような印象を国民に与えておるところに問題があるのだと思うのです。この点につきましては、土地収用法を、おそらく木下さんは、収用法なんという法律は、ほんとうにしさいにお調べになったことがないのじゃないかと思うのです。建設省の諸君だってないのです。上ノ土君だってありませんよ。これはほんとうに国民の前に理解させる気持が足りないから、こういう問題が起きるのでございます。 どうか一つ、この意味において、鵜崎さん、あなたは受益者なんですから、あなた自身も、あらゆる受益者に対しては、万全の精神的なもの、物質的なものに対する、できるだけのことをするというような、あなたからの答弁というか、陳述が、一つでもあれば幸いだと思ったのでございますけれども、まあまだ、今からでもおそくございませんから、一つ陳述を願いたい。同時に、また、あとで久留米の市長も鳥栖の市長も、受益者側として来ておりますから、それから一つ意思表示を願いたい。同時に上ノ土さん、あなたは、法を悪用してはいけません。このような申請書、これは恥でございます。私は、これはとっておきますけれども、今後建設省は、かかる申請、かかる理由をもって収用するのだという精神がある限り、収奪のこれは法律に見られるような危険が多分にございます。この点について、一つ上ノ土さんの反省を求めたい、御答弁を願いたいと思います。
○参考人(鵜崎多一君) ただいま土地収用法の問題について、ちょっとメンタルテストを受けたようなことでありますが、実はそういう土地収用法の話につきましては、いろいろ教えられるところが多いのでありますが、今日の大河川の改修の問題につきましては、御承知のように水害というものは、自然の戯れでありまして、いつくるかわからない、それに対する対策でありまして、今の大河川の改修が、先ほどから私といたしましては、るる申し上げておりまするように、ダム式治水方式に変わっておりますので、そういう点から見ますと、現行の河川法、あるいは特定多目的ダムによって、建設省がただいまいろいろやっておられる形は、非常に御努力になっておりますが、やはり多少、支配的な立場で措置されるような面が、おのずと出てくるようなことになりまして、十分調整あるいは総合という面からいきまするならば、今後、やはりそういう面についての改善というものが望ましいのではなかろうかと実は考えております。なお、私どものいろいろ事業を行なっていきまする意見といたしましては、実は、今の土地収用法によらない方法で、この大河川の改修、開発の問題をやる方法について、ぜひ考えてもらいたい、こういう実は要望が出ておる現伏でございまして、そういう現状下において、これを、まあ知事の責任におきますダムの問題については、先ほどもお話しのように、施行責任者が、水没者に対しましては、十分にその生活の保障を考えてやりますと、こういうことをやって努力しつつ参っておりますが、実は、そういう土地収用法の適用につきましては、それにかわるべき何か方法が、国としてできるならば、今後、非常にこの大河川の開発ができるのではなかろうか、また補償の問題につきましても、御指摘がありましたように、やはり今までの補償は、従来のいろいろな個所で補償いたしておりますその前例を見て、それで対処していくということ、また金銭的な補償が中心になっておりますので、どうしても、やはり予算というものと、その生活保障というものが、ぴったりしたものがない場合が、現実においては多いということを言わざるを得ないわけでございます。 また自治体といたしましても、なかなか、財政のワクを国から縛られておるという自治体でございますので、そういう点から見ますと、国の事業に対して、十分に生活保障をするために、福岡県知事は全責任をとるということをいいましても、これは、から念仏になります。 私は、筋といたしましては、水没者の方々に、十分な生活保障を与えて、この筑後川の改修の問題の解決促進に進みたいという気持は持っております。
○田中一君 今鵜崎さんのおっしゃっている、土地収用法によらない土地収用をやっていきたいということは、これはやっぱり土地収用なんです。土地収用法によらない土地収用をやって、あなたの方が、受益者が納得するということならば、これはまことにけっこうです。望ましいことです。しかし、少なくとも国民の権利を守る法律がある以上、この法律によって十分なる補償をすることの方が望ましいわけなんです。 現に、東北のある地帯でございますけれども、最後までがんばった者が、あれは道路でございました、それは、急遽その人を収用委員会にかけたところが、話し合いで補償に応じた者よりも、雪上回った判決が出ました。そのために、建設省は周章ろうばいして、直ちに抗告をしているというような事例もあるのでございます。土地収用法の適用によって、十分なる補償が得られるということが、国民が、ほんとうに知るような段階になりますと、理解するような段階になりますと、土地収用法を使った方がよろしいということなんです。 今あなたは、知事として、やっぱり予算という壁をしょいながら話し合いすれば、受ける方の側は、押しつけられるという印象を持つよりほかないのでございます。従いまして、それらの問題は、公正な第三者の判断によってものをきめるという動きの方が、民主的であり、この新しい土地収用法の運営の骨下でございます。これを曲げてはならぬと思うのでございます。法律によらない土地収用も、同じように土地収用と思います。どちらの方が、得か損かということに尽きると思いますから、現在でも、土地収用法を発動してやった判決というものが少のうございますから、だからあなたは、それを知らないでおるわけなんでございますけれども、全部にそれを適用した場合、判決例――さっき言ったように五十くらい判決例ができますと、あとは問題は簡単に解決する方向にいくのです。 しかしながら、あの室原さんのように祖先伝来の土地は絶対に渡さないという勇ましい方もおりますけれども、この方にしても、数十万の人命のためにかえがたいものであるということが理解されるならば、同じ日本の民族でございます、これに対する理解はあろうと思います。上ノ土さんのような、こういう申請を出せば、おとなしい順法精神に富んでいる私だって、やっぱり抵抗したい気持になるものでございます。 これは上ノ土さん、あなたは、なぜこういうような申請書を出したか、そして、なぜこの地点は最善なる地点と思った場合には、率先して、早く土地収用法の事業認定をするような方途をとらなかったか、あるいは今まであなたも、ずいぶん長く建設省におられたでしょうから、あなた方の今までの事業というのは、全部肩をたたきながら、車坐で一ぱい飲みながら解き落として話を進めてきたのかどうか、そういう点についても、一つ答弁を願いたいと思うのです。そうしてこの土地収用法というものは、国民のための法律であるか、あなたのような権力を持つ者の使う法律であるかということをはっきりと答弁願います。
○参考人(上ノ土実君) 先生の言われた御趣旨のほどは、よくわかりました。九州地建としましても、なおこの点、よく検討しまして、上司に御相談申し上げて善処したいと思っております。いままでのいきさつから考えまして収用法にかけるということは収用される方々が、納得してもらえない場合が多いのでございます。それで、やっぱりできるだけ話し合いで、話し合いによって、解決していきたい、そう思っておったのであります。
○田中一君 そうすると、あなたは、土地収用法で第三者が話し合いをするよりも、あなた自身ですよ、おれが話した方が、向こうの方が利益であって、相手も納得するのだというような自信をお持ちなんでしたか。
○参考人(上ノ土実君) ほかの地区は、それで全部解決いたしております。それだから、まあ今度の場合も、そうだろうと考えておったわけであります。
○田中一君 そういう形が望ましいわけなんです。 そうすると、あなたは、今度の室原さんが、最後まで抵抗――抵抗というか、了承しないと、どういう工合にするつもりでおりますか。
○参考人(上ノ土実君) まあ、最後までどうしてもという場合、まあ納得されない方がありましたら、不本意でありますけれども、土地収用法の適用を受けたいと、こういうふうに思っております。
○田中一君 それが問題だというのですよ。納得させるために、なぜ土地収用法をかけないのですかと言うのです。 あなたの気持は、やはりこれが伝家の宝刀だということを言外に言っていることなんですよ。私は、皆さんが御迷惑するから、もう言いませんけれども、一条々々、私はレクチャーしてありますよ、なぜこういうものだということを。これは、ちょっとあなたのような方は、それは抵抗の少ないところにはよろしゅうございましょうけれども、とても、これはスムーズに仕事が進むものじゃございません。私は、公共事業というものは、少なくとも建設省がやるものは、まあまあ大体において――基地とか砂川なんというものは、私たち、からだを張っても反対しますけれども、このような七十万の国民のためにダムを作るのだというような問題につきましては、反対のしょうがないのですよ。これは反対すべきものじゃないのです。技術的な、いろいろな問題があろうとも、資料を要求して、たくさん立証するものをちょうだいしております。だから、木下さんや上ノ土さんと同じように、――私はしろうとでございますから、多分この問題は、最善の地点であるといわれれば、それは認めざるを得ません。しかし、いよいよ困れば、土地収用法を使うなんということを局長は言っておられるけれども、それが、あなたの持っておられる伝家の宝刀的な気持が隠れているということなんです。幾らあなたが言っても、あなたは最後には悪い法律を、お前たちが困る法律を出してお前から取るぞというような印象を、どうしても受けるのです。上ノ土さん、そう思いませんか。いよいよ納得しなければ、この法律を使うというように言われると、何かこれは、こわいものに見えますね。これは、あなたのすべての利益を守ってくれるものだと思えませんね。ここに問題があるのですよ。法の運用というものを間違っちゃならないと言っているのですよ。私は、今の上ノ土さんの、困れば、こうするということに対しては、これは納得できません。 従って、これはまああなた、当面のあなたが責任者だから、やむを得ぬから、これは建設大臣、あなたそばで助け船を出してやって下さい。
○国務大臣(村上勇君) 申請書は、これはやはりその当時の事情を、そのままに具体的に示して書いてきたということであって、何らその大体の物を誇張してやったんでもない。こういうわけでありますからということで、まあ送ってきたと私は思っております。 それから今の、ちょっとこれは、あなたが追い込んだのです。最後には、土地収用法をここにかけるということは、これは、田中委員の突っ込み方が、少し強過ぎて、これはなれない局長が……、いやそれは私どもは、私は、こうお答えします。 私は、あらゆる方法を講じて、必ずこの地点によるほかないのだから、あらゆる法的な方法があれば、法的な方法、またそうでなくて、知事さん、あるいは地元の市町村長さんたちのあらゆる方法があれば、あらゆる方法を尽して、必ず納得させますし、また納得しなければならない方法をとりますと、こういうように申し上げるところであったんですが、ついどうも、そのあらゆる方法の究極のものは、まあそれよりほか――もう話をしない、話し合いにも乗らないという人には、それよりほかないということ、これはまことに正直に端的に申し上げたのでありまして、この点よく御了承願います。
○田中一君 そうすると、建設大臣はこの昨年の九月の一日に出ました事業認定申請書に対する認定は行なうつもりでおりますか、行なわないつもりでおりますか。
○国務大臣(村上勇君) まあこれも、まだサインしておりませんが、どうするかは、今後の成り行きを見た上でいたしたいと思っております。
○田中一君 私は、非常に顕著な例を一つ知っておるのです。御承知のように、利根川の下流におけるはんらんを守るための小貝川のつけかえ工事なんです。これは、山本君が知っておるはずだ、君、本省におった人間だからね。あとこれは、地元の話にあなた方が負けまして、いまだに実施しておりません。幸いに上流で、ダム群ができたために、布川の狭窄部も、今のところは大体、まあうまくいっておるかもわかりませんけれども、これ、もう大きな水が出ますと、これ直ちに小貝川の逆流によるはんらんが行なわれるのですよ。しかし、とうとう、これは死守しました。血を流して死守したのです。こういう事例もあります。しかしこれは、これまた建設省は山田町長、布川の山田町長にお負けになって、いまだに手をつけておりません。こういうことは私はあと議事録に残すのも……、おそらくこの議事録は、室原さんもお読みになると思うのです。そうすると、これを聞いて、田中が、ああいうことを言っているから、おれもがんばれば、だめになるという印象を与えるかもしれませんが、それでも、あなたは話し合いで進もうというお考えでございますか。
○国務大臣(村上勇君) でありますから、話し合いで、できれば話し合いで、どこまでも進めていきたい。しかし、話し合いでできない場合には、話し合いでなくてやる方法を講ずる以外にないと思います。
○田中一君 事業は、必ず行ないますね。私は行なっていただきたいと思うのです。
○国務大臣(村上勇君) 一部の人に反対があるからといって、少なくともこの筑後川沿岸、私七十万と思っておりましたが、八十七万六千人という、その被害者があるということになりますと、これはもう、私は憲法の条章から申しましても、私どもはこれを、全くの、何らの政治的な要素も何もない、ほんとうの、これは公益事業であります。 従いまして、十分御納得のいくように、あらゆる手は尽くしますが、納得がいかない場合には、いかないときの方法も考えなくちゃならぬ。同時に、このダムを、これ以外に、どこかあれば、これは私は、これほど反対のあるところを、あえてその候補地とはいたしませんが、私もあの方面は、玖珠川といい、すみずみまで皆知っております。いささか土木に対する知識もありますが、他に、この二点以外に、求めるところは絶対にないのであります。でありますから、絶対に建設省としては、この地点を、他にどこから求めるとか、あるいは途中で中断するというようなことは、断じていたしません。
○永岡光治君 議事進行。いろいろこれは建設大臣に質問するのは、別な委員会でいいわけですから、きょうはもう一つ、参考人の方もお疲れのようですから、これは一つ、そっちの方にしてもらって……。 それから、議事進行のついでに、資料要求するわけですが、これの、あれで計画あるそうですから、あなた一つ、地建の局長さん、どういう構想で、何億の予算をもって、どういう構想か、資料を一つ出していただきたい。新しい村作りの予算ですよ。何億持っていってどういうふうにするか知らしていただきたい。なければ、それは言葉だけでやるというだけで、ほんとうにあなた計画しているわけじゃないでしょう。だから新しい村作りをやるためには、たとえば北海道の根室の場合は一戸何百万円かかるとか、牛何頭要るとか、そういうのがあるわけなんです。構想もなくて、相談してやろうというのでは問題になりませんよ。
○委員長(岩沢忠恭君) 今の君のやつは、建設省がこれから行って、交渉の段階でしょう。実際の実施とか何とかいうことについては相当聴聞がかかるでしょうが、大体こういう構想を持っているという、それはできるでしょう。
○国務大臣(村上勇君) ただいま御指摘になりました、何億の予算でどうという具体的のものは、これはなかなか話し合いをしてみなければ決定するものではありません。しかし先ほど上ノ土局長からお答えいたしましたように、大分県側は五馬村、あるいはまたダムの下流地点に、この水没者の希望するところへそれぞれその土地造成あるいはその他の方法により、公共施設等はやってほしいというような希望がありますので、これはまず話し合いをしながら、そういうようなことは円満に、幸いに非常に賢明な大分県知事、あるいはまた熊本県の寺木知事、そこらの方々がおりますから、これは絶対にその水没者を、先ほども私が申し上げましたように、これを犠牲にして、前の生活よりもずっとレベルが落ちるような生活は絶対に、前の生活よりもよくするというような私どもが基本方針を持っておる限り、その点については、今後の交渉の段階において、われわれに一つおまかせ願いたいということで、その資料は、ただ単たるプランを出せといえばこれは差し上げますけれども、これは一つ建設省として交渉の今途上にあるのですから、ぜひ一つおまかせ願って、細工は流々仕上げを 一つ御批判願いたいと思います。
○小山邦太郎君 先刻来の質疑応答により、この松原、下筌の二つのダムの工事を進めることが、筑後川流域にわたる何十万かの人間の生命及び経済活動の安定の上に重大な意義を持っておるということ、そうしてこれをあくまで遂行したいということも関係四県の知事さんの説明でも明らかで、その上に建設大臣も、この公益的な重大使命を持つ仕事に対しては、水没関係者を初め関係地域団体にも無理なる犠牲をしいることなく、条理を尽くしてぜひ賛成を求め実行したい、また、それがために社会党の田中君も、それはきょう急に言われた御議論ではない。常に公益事業実行にはその初めからむしろ新立法による収用法を使って、関係者の利益を擁護しながら公益事業の遂行を促進する方がよいという考えで御質問もあり、そうしてその結論としては、この工事もやってもらいたいという御意見もあったのでございます。私もやはりだんだん伺って、そうではないかと思うのでございます。ただ現段階においては、やはり話し合いを進めたればこそ、大分県中津江の村長さんも言わるる通り、大体賛意を示されて、ただやるなら早くやるようにしてもらわなければ困るんだと、いたずらにのびのびしておって、いつ着手とも目鼻がつかないでは、賛成者側は、一たび賛成した者の中にもその後いろいろな影響を受けて文句も言いたくなると、これは当然なことだと思う。どうか一つせっかく話を進めておることでありますから、この問題については大臣も言わるる通り、大ぜいを助けるためだからとて、少数であっても土地所有者、またはその耕作者の犠牲においてやろうとは思わない。できるだけその方々の納得のいく方法をとろうというのでありますから、もはやすみやかに具体的に、先ほどお話もありました通り、ある程度は具体的にかえ地や補償、その他の話を進めて、この仕事の進展を見るようにいたしたいものと思うのですが、その努力を関係当局は引き続きおやりいただくことができますか。それを進めるのに、ただ予算だけに制約されなくて、犠牲を償うに足らないときには予備金流用の道もあり、場合によれば追加予算に求むる手もあろうと思うのですから、まあ一つ条理を尽くして話を進めるということにお願いしたいと思うのですが、そういう熱意はいかがですか。 それからいま一つは、きょうお出かけになった方はむしる賛成の方のようであって、絶対反対をと思えるような方面の方は見えておらない。これを進めるには今こそ反対をしている人の納得が最も大事であろうと思うので、そのためにはそれらの人の意見を十分に聞くことが大事であるのに、このままでは聞けないと思うのでありますが、それはいつ聞くおつもりでありますか、委員長はどういうお考えでありますか。
○委員長(岩沢忠恭君) お答えいたします。きょう御欠席の方については、いずれまた後日皆さんと相談してきめたいと思います。
○小山邦太郎君 じゃどうぞ今後の方針について……。
○参考人(木下郁君) ただいまお話しのありました点は、先ほども申しましたように、知事としましては、私が十一口に帰りますから、それで少なくとも十六、七日ごろまでには最終的に室原さんに会えるか会えないかということをきめて、私としてはいつまで同じようなことを繰り返してもしようがない。というのは気短を決して言うのではありませんが、今までの経過から見て、ある程度には見通しもつけなければならぬから、そういうふうに考えておりますが、今月の二十日ごろまでには最大の努力をして、光をわずかでも見出すかどうかというところに結論を出して、その光が見出されなければ、もうそれ以上私としても努力といっても努力する精が出ないような格好になってしまうわけでございます。
○小山邦太郎君 他の関係の方からも……。
○参考人(鵜崎多一君) 私どもは、先ほど申しましたように、四県の知事で話しておりまして、今大分県知事が話しましたように、建設省として地元側の話し合いができるようなその下地を、一つ三県の知事ですみやかにやろうということで、今大分県知事が話しましたように、その下打ち合わせをしまして、そして三県の知事が会い、そしてすみやかに建設省と地元が話し合いをする、その機会を作るようにという立場での具体的な一つ足場を作りたいと思っております。
○内村清次君 だいぶ時間がたちましたから、私もごく簡単に御質問申し上げておきたいと思うのであります。 まず、これは私も最初ずっと各参考人の方々にお尋ねしたかったのですが、関連々々でここまできてしまったわけです。そこで大体先ほど建設大臣も、あるいはまたは各参考人の方々のお言葉を聞いておりましても、この問題は最初に土地収用法をずっと筋書通りいっておる。そうして土地収用法の二十五条まででとまってしまっている、二十五条までで。そうしますると、今日の事態は、たとえば下策ダムの問題にいたしましても、あるいはまたは松原ダムの問題にいたしましても、反対をしておられる方がある。そうして強力に反対をしておられる。その反対をしておられる方は、法には法をもって対抗していく、これは土地収用法によるところの法による対抗、あるいはまた民法によるところの対抗、こういった形が今現われておる。そこで問題は、ただいま参考人の方々もこれはどうにもならない、やはり法治下の国民でありまするからして、憲法二十九条はこれは厳然としておりますし、私有財産に対しては補償をしていかなくちゃならない、公共のためにはこれはやはり補償をやっていかなければならない。こういったことで、民法上と土地収用法との問題で、十分法は法をもって対抗されていく。しかしながら、どうしてもこれは下流住民の方々の災害防止のためには、何とか上流の人たちが犠牲になってもらいたいという姿が現われておる。そこで、その犠牲者を一体どうしたらいいかという問題がここに浮き彫りになってきて、そうしてこの土地収用法の中に、たとえば十一条の問題、十四条の問題にさかのぼってみまして、あるいは強権の発動がありはしないか、こういうところで、この反対住民の方々がこの点で、もし強権の発動、すなわち権力にまたプラスの警察権というものが介入してきてやってきたならば、これは社会問題になるというとこるで、私たちは心配して、今日こうやってこの問題を皆様方にお聞きしたのですが、この焦点がどうにもまだぼかされております。この焦点がぼかされておるのです。残念ながらきょうはこの反対側の立場の、あるいは犠牲側の県の首長も来ておられませんし、あとの機会になりまするから、これはもう十分その機会に私も質問をしてみたいと思いまするが、ただ、その際には、地建の局長もおいでになりますのですからして、私はこの席ではもう時間が長くなっておりますから、地建の局長と木下さんと福岡知事さんに一、二点お聞きしておきます。 ここで、建設省の方は、今こういった障害が出てきておるのだからして、今後政治的な話し合いでいこうと、こう言う。しかしこの話し合いというのは、もうすでに土地収用法の二十五条になっておりますから、ただ一時的な障害をどうやって政治的に話し合いをされていこうかというところだけにきておる。最後まであなたが話し合いでいこうということは、これはできない話でしょう。この点ははっきりして下さい。最後までおれは政治的な解決でいくんだと、こういうことであるならば、これははっきりしてもらいたいのですが、しかし私はここで時間の都合がありますからまた別の機会に譲ります。ただ、地建の局長に聞きますると、三十二年度ごろまではよく地元の人たちとは話し合いがついたのだ。説明会も聞いてくれた。これは大分県は別として、大分県はもう十何回されたということも言っておられます。地元の熊本県側の人たちとも話し合いは、説明会にも来ていただいたのだと、こう言っておる。なぜ今日、法は法をもって戦っていくというような強い反対がなされておるかという原因があるはずです、原因が。それを一つもあなた述べていらっしゃらない。何か心当たるところ、なぜ室原さんがあれほど財産の犠牲をしてでも反対を続けていくという決意をされたところの原因があるはずです。あるいはこれは熊本県知事さんは知っておられるかもしれない。そういった十一条、十四条の手続の中に出ておるかもしれない。しかしそれをあなたは寺本知事ともよくお話しになったと、こう言っておられるのだから、何か原因がある。また、あなたの努力の足らないところの原因があるはずです。これをやはり率直にここにお話しになって、この点が自分たちはやることがちょっと足らなかったのじゃないだろうか、こういう点を私たちにまずやはり聞かせてもいただきたいと思うのです。 それから木下知事に、いろいろと今までの治水の問題から、治山の問題から、今日までに至るところの大分県側の協力態勢、今日は地元の方々も反対をしておられるが、実は反対の原因も聞きたいのですが、これも時間の都合で私は申し上げませんが、今でも非常に御努力なさっておる。ただ、先ほどの陳述の中にこういうお言葉を聞いたわけでございます。それは一部の者が非常に反対をしておるのだ、そうしてしかも私たちが聞いておりますると、これは確かにあの蜂の巣城の室原さんの反対の態度であろう。熊本県側が反対をしておるということも率直に言われております。そうしてその中にやはり正直者はこれは損をするのだから、損をしないようなことにしなければならない。これも正しいお言葉です。が、しかしながら、反対を長くしておる者が、どうもその言葉の裏には何か、補償がほしいというようなことは言っておられない、おられないが、何か補償ほしさに反対を続けておる者が得をするようなことになっていかぬから、この点は今は五、六百万円くらい使っておるかもわからない。あるいは電気その他を使っておるのだから相当費用も入れておるだろう。そういうものが補償の中にあってはいかぬと言って、建設大臣にも建設省にもこれは強く主張しておる。こういったお言葉を出しておられますけれども、あの苦労しておられるところの知事さんが、私はこれはやはり相当刺激になりはせぬか。もちろん大分県側に対してはそういった御態度で、公共の福祉だからこれはがまんしなさい、そうして下流住民も喜んでおるのだからということで御納得なさっておるかもしれませんが、一部反対者が長く反対をしておるがために、そういう費用も補償の対象にするということは絶対にいけないというようなお言葉は、これは私たちは反対側の方々を非常に刺激する言葉である。決して反対側の方々は、まだ私たちは真意は十分と聞いておりませんけれども、そういった補償を取るために反対をしておる、そういった費用もくれということはみじんも持っておらないだろうと私たちは思うのであります。だから、この点につきまして、知事さんといたしましても、この段階でございまするから、少しお言葉が過ぎたのではなかろうかと感じましたから、率直にはなはだ失礼ですが、申し上げておく次第であります。 それから福岡県の知事さんにお尋ねいたしたいのですが、これは筑後川の改修計画というものはたびたびやられるものではない。この機会にやはりこれはもう下流、福岡県はもちろん、佐賀県民も、あるいは大分県の玖珠川、さらにまた大山川の沿岸の方々も、もうこれで筑後川の計画というものは一つ完全にしてもらいたいということは、これはだれしもが願っておられるところだと思う。と同時に、この際あの大河川の筑後川の改修をするとしたならば、やはり北九州地区の問題は、いわゆる水は血の一滴にもまさるというような問題であるからして、用水の問題も、利水の問題も一つ片づけておきたいという御希望が確かにおありになると思います。そうしたならば、そうお思いになるとしたならば、私は率直に県の他にそういったところも十分あるかないかは知事さんがよく御存じでございますからして、この際下筌と、それから松原、そういった問題が解決できるかできないか、ここに一つ国は奮発をして、少し費用は要っても、そういった点も総合開発的に一つやってもらいたいという御希望がありはしないか、この点ももしおありになったならば十分と御説明しておいていただきたい。この三点につきまして御質問申し上げておきます。
○参考人(上ノ土実君) 三原さんとの話し合いは昭和三十二年十月から絶えております。その間約二年半になりますが、私どもは十分努力しまして、親類の方、それから熊本県知事さん、それから代議士の方、一応の有力者、下流の方にも行ってもらって、話し合いをして、反対の理由を聞こうとずいぶん努力をしております。それでも会うことができないので、どういう理由で反対しておるかということが私にはわからないのであります。その理由がわかれば、また対処する方法もありましょうけれども、話し合いに応じてもらえないので、どうすることもできない状態であります。
○参考人(木下郁君) 私に対する御質問にお答え申し上げます。私が午前中に、頑張っている人たちのあの費用、言いかえればハチの巣を持ってきて道ばたに置いて、そしてそれに電灯がつけてある。山に一ぱい相当大きな電灯をつけておる。それから先ほど中津江の村長さんも仰せられていましたが、私が熊本県の知事さんにお目にかかりに行ったきっかけになりましたのは、太鼓をたたいて歌をうたって、大分県の方の村々のダム反対というデモ行進があるというようなことがあった。そういう費用につきまして、私は午前中、そこは誤解のないように申し上げたと思いますが、そういう費用について、最近私の方の地元の村長さん、村の助役というような人たちに会いましたときに、最近のあの調査があって以来、室原氏が勝った勝ったといって、また勝てるというビラを出しておる、そうしてああいう費用もみなとれるのだと言っている。だから相当おとなしゅうしておった者の方がばかを見て妙なことになるからという話がありましたので、私はそれはデマだということを、あるいはそれは誤解だよということを言った人もあるということを言っておりましたが、それはデマだよということを言ったのであります。しかし私としては、そういう費用を出すということになりましたら――それを出さないということになると、今やっている人たちが非常に一そう興奮するであろうというような意見でありましたが、しかしそれが賠償されるということになったら、それはおとなしくしておる大分県の町村が、第二の蜂の巣城、第三の蜂の巣城と、これは際限がなくできてきます。実際現実にその百そのときの姿で、行政の責任をとっておる者としましては、そういう姿になったのじゃ、これはやっていきょうがありません。それで、実は午前中に、私が正直者かばかを見るということのないようにしていただきたいし、そうしておのずからそこに限界があるから、常識的に見て、今やられておる室原さんのあの姿、蜂の巣城のあの姿の費用というようなものは、賠償の対象にすべきものじゃないということを私は考えておる、こういうことを申し上げたわけであります。 それから焦点がぼけておるというお話でありますが、私は焦点はぼけていないと思っております。室原さんは絶対に下筌ダムはするなと言う。こちらはすべしと言う。これほど明瞭な焦点の食い違いはございません。その点なんです。だからその点について、室原さんに会って虚心に話をして、そうして災害を防止する。約八十万の下流の人たちのことも考え、また敗戦国の再建なんだというような点等も申し上げれば、あるいは口説けやしないかと思っております。しかしそれが室原さんの会わぬのには何か原因がありはせんか、それについてどう考えるかという御質問であります。私は室原さんという人は非常に異例な性格の方であり、だからわれわれの日常の常識では、補償問題でたくさんの人に接してきましたけれども、この人は非常に異例な性格を持たれているのではなかろうかというふうに私は診断いたしております。そこに問題の発足点があり、そこがあの蜂の巣城の出てきた最大の原因だと思っております。
○田上松衞君 認識の点ですがね、大分県知事だけにお伺いしておきたいと思います。ほんの一言です。今の下筌ダム建設反対運動、これの影響を受けまして、松原ダムの当該地区の居住民に何らかの動揺を来たしておりませんか、あるいはそれは現段階では感じられませんか、どうですか、その点だけ一つ。
○参考人(木下郁君) それは私がやはり午前中にちょっと触れましたが、協力感謝料というようなものに実際的には甲乙をつけることは非常にむずかしいかもしれぬけれども、最初から協力した人と、それから俗にいう非常に丁を焼かせた人との間に、精神的に謝礼をするという場合、協力感謝料を差し上げるときには、気持としては多少の差はつけたいというような気持をつけてしかるべきものじゃないかというぐらいには考えておりますけれども、実際の問題としては、話ができたなら、古いことは言いっこなしということになるだろうとも思っております。けれども、実際協力を最初からしてくれた人に対しては、これはもう申すまでもなく、特にありがたく思っている次第であります。
○参考人(鵜崎多一君) 先ほどの内村議員からの御質問について簡単に御答弁申し上げます。 福岡県といたしましては、この筑後川改修を一日も早く完成することを叫んでいるのでありますが、もちろん、これは多目的ダム法等にもよりまして、福岡県としては受益者の負担をしていくことになっておりますが、これはまだ基本計画が決定になっておりませんので、どのくらい負担するかということははっきりいたしませんので、そういう予算の点等についての問題は、まだ私どもよく十分存じておりません。従いまして、調査を促進するということについて、当面努力しなければならぬ問題だと考えております。それからなお今の計画は、主として筑後川の改修、それと下流の灌漑用水と、それから発電の計画が計画されて進んでいると思いますが、さらに今後の調査によりまして、あるいは利用する水量の増加の問題も、今後計画が決定するまでには、調査によってまたいろいろお話し合いがあると考えております。なお今までの建設省の御説明を承ったところでは、今後の利水等の問題については、さらにまたいろいろ調査し、そのときどうするか、問題があるというわけでございます。それで県といたしまして、実は先ほどの御質問の北九州等の用水については、今十分に遠賀川の水系等を調査して、ことしから、四月から八木山のダムの工事の着工に移りまして、その方面の工業用水の確保、また若干問題はありますが、一番やはり最も積極的に調査しなければいかぬというので、中元寺ダムの調査を県でこの四月から調査いたしますが、もうそこいらで限界だと思っております。さらに北九州の、特に国の産業の根幹をなす工業用水の問題についての用水源の問題は、これは大きな問題として私ども福岡県としても考えておるのでありますが、それらは今後の筑後川の改修の調査なり、まあ計画なりの問題によりましてお考えをいただくということで実はおりまして、当面は筑後川の改修と灌漑用水確保、それと電力の計画に、建設占として計画されております計画の調査と、その調査の結果きまります基本計画で、私どものさらに要望が用いられますならば非常に幸いだと思いますけれども、そこまでのまだいろいろお話を聞き得る段階ではない現状でございます。
○委員長(岩沢忠恭君) ほかに御質疑もないようでございますから、松原ダム関係の参考人意見聴取並びに質疑はこの程度で一応終了することにいたします。 参考人各位に一言ごあいさつ申し上げますが、本日は長時間にわたり御意見などお聞かせいただまして、まことにありがとうございました。本委員会の調査の資としてまことに有益でございましたことを厚く御礼申し上げます。 次回は三月十日、海岸法の一部を改正する法律案、建設業法の一部を改正する法律案、両案を議題といたします。 本日は、これにて散会いたします。 午後五時二十四分散会