法務委員会 第21号
- 発言数
- 183 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1960/04/14
会議録
○瀬戸山委員長 これより会議を開きます。 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律の一部を改正する法律案及び裁判官の災害補償に関する法律案の両案を一括して議題といたします。 両案につきましては去る十二日質疑を終局いたしております。 これより討論に入る順序でありますが、別に討論の申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律の一部を改正する法律案及び裁判官の災害補償に関する法律案の両案を一括して採決いたします。両案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○瀬戸山委員長 起立多数。よって、両案はいずれも原案の通り可決されました。 ————◇—————
○瀬戸山委員長 次に、裁判所法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案につきましては、去る十二日質疑を終局いたしております。 この際、本案に対し日本社会党及び民主社会党両党共同提案として、菊地養之輔君外九名より修正案が提出されております。 —————————————
○瀬戸山委員長 これよりその趣旨弁明を聴取することといたします。菊地養之輔君。
○菊地委員 日本社会党並びに民主社会党を代表いたしまして、裁判所法の一部を改正する法律案に対する修正案を提出いたします。 まず修正案を読み上げます。 裁判所法の一部を改正する法律案の一部を次のように修正する。 第六十条第二項の次に一項を加える改正規定中「関し、裁判官の命を受けて、裁判官の行なう」を「関して」に、「その他必要な事項の調査を補助する」を「を掌る」に改める。 これだけでは何が何やらさっぱりわからないのでありますが、(笑声)まず修正の要点から申し上げます。案文を見ますと、六十条の第三、項に「裁判所書記官は、前項の事務を掌る外、裁判所の事件に関し、裁判所の命を受けて、裁判官の行なう法令及び判例の調査その他必要な事項の調査を補助する。上、これが区原案でございます。これに対してこの原案の中の「裁判官の命を受けて、」というのを削除するのであります。それから「裁判官の行なう法令及び判例の調査」、そこまではこのままでいいのでありまして、「その他必要な事項」これを二削除するのであります。第三は「事項の調査を補助する。」というのを「事項の調査を掌る。」として、補助するのでなくつかさどると修正するのであります。 その修正の理由を申し上げます。 第一に、裁判官の命令を受けてというこの原案は必要ない。何となれば、現行法の裁判所法第六十条の第三項におきましては、「裁判所書記官は、その職務を行うについては裁判官の命令に従う。」こうあって、職務を行なうにつきましては、裁判官の命令に従うことは、はっきり打ち出されておるのでありまして、同じことを繰り返す必要はないのでありまして、この点は削除してよろしい、こういう趣旨でございます。 それから第二は、原案には法令及び裁判の調査のほか、その他の必要な事項の調査とありますが、こういうばく然たる規定を置くことは、裁別所法の精神でないことは、その六十条の第二項にはっきりこう規定してあります。六十条二項には、「裁判所書記官は、裁判所の事件に関する記録その他の書類の作成及び保管その他他の法律において定める事務を掌る。」とある。この規定は、書記官の本来の職務の範囲を規定したものでございまして、「記録その他の書類の作成及び保管その他他の法律において定める事務を掌る。」とはっきり規定しておるのであります。従って今度の提案のような「その他必要な事項」というようなばく然たる規定をもってしては、書記官の職務の範囲を規定することはできない、こう六十条第二項には規定してあるのでありますが、それと矛盾する。いわゆる「その他必要な事項」という規定は、法文の体裁からいっても非常な誤りであるのみならず、少なくとも独立の機関である書記官の職務の範囲を裁判官の指示のままに、裁判官の自由にまかせることは断じてできない。そういう趣旨から「その他必要な事項」という規定は削除すべきである、こういうのであります。 それから第三番目の「調査を補助する。」というのでありますが、これは重大なる考え方だと思います。裁判所法はなかったかもしれませんけれども、戦前の刑事訴訟法の精神からいいましても、今日の戦後の刑事訴訟法によりましても、裁判所書記官は独立の機関である、いわゆる裁判をするための独立の機関である。それに補助機関といういわゆる新しい考え方をする。これは矛盾する。独立の機関と補助機関とは違うものである。それを並列して補助機関かのごとく補助するという言葉を当てはめることは間違いである、こういう考え方でございます。これと同じような裁判所の調査官の規定あるいは裁判所の事務官の規定を見ましても、すべて補助するのではなくて、いわゆる事務をつかさどる、こういうふうな規定がありまして、条文の体裁から見ましてもいけないし、それから書記官の実態から見ましても、独立の機関であるところの書記官を、あたかも補助機関というような、いわゆる書記官補のごとき言葉を条文にあげることは非常な誤りである、こういう観点から私どもは修正案を提出した次第であります。
○瀬戸山委員長 これにて修正案の趣旨弁明を終わりました。 —————————————
○瀬戸山委員長 本修正案について政府の所見をただすため質疑の通告がありますから、これを許します。大野幸一君。
○大野(幸)委員 今の修正案に対して政府の意見を承りたいと思います。 今修正案の提出の理由にもありましたように「その他必要な事項の調査」、こういう点について、これは将来憂えられることがある。それは、調査報告をする際には、人間の心理としては、調査だけにとどまらない。その書記官の一つの考え方というか、判断の結果と報告するものであります。こういう点について、裁判官が自己の独立の見解で裁判をなすについて、どうしても実地に調査した書記官の気持も受け入れさせられるようにならざるを得ないと思う。こういうことに関して政府は思いをいたされたかどうかということが第一点。 それから、聞くところによると、その必要な事項というのは、当該裁判官の主観的認定ではなくて、裁判所書記官規則によってこれを定めておるということでありますが、今修正案の提案理由にもございましたように、六十条の第二項では、すべて事務をつかさどる範囲は命令でなくて、その裁判所法以外の法律において定めるところによる、こういうことになっていて、規則ではできないはずだというふうにも考えられるが、この点についての御見解を聞いておきたいと思います。
○井野国務大臣 まず第一点の、裁判所書記官が今度の改正によりまして裁判官の補助をするということになると、書記官の意見がそこに加わってきやせぬか、こういうお尋ねでございますが、そのためにこの規定に、必ずその調査をいたしますのには裁判官の命令を基礎としておりますから、自分の意見を加える余地はない、こう信じております。 また第二点の第二項に「裁判所の事件に関する記録その他の書類の作成及び保管その他他の法律において定める事務を掌る。」ということがあるから、「その他必要な事項の調査」ということのばく然たるものと矛盾しやしないかというお尋ねでありますが、その二項の方は書記官の独自の職務を規定しておるものでございまして、今度改正します点は、裁判官の独自の職務に対して書記官が補助をするという意味でございますので、第二項とは矛盾しない、こうふうに考えております。
○大野(幸)委員 私の質問を誤解されているようです。なるほど書記官が行動を開始するのは裁判官の命令を受けてやるが、調査そのものは自己において調査をするのです。ですから、調査は書記官みずからやる。みずからやった調査の結果を報告することになります。その場合には、どうしても書記官の主観的判断がやがては裁判官の判断に影響するということは、これは心理的にいなめない事実である。しかりとすると、憲法に保障されたる民事、刑事の裁判は、裁判官の独自の判断による裁判を受ける権利を有する国民の権利に影響してくる、こう思うのです。いかがですか。
○井野国務大臣 裁判官が、自分が裁判をいたしますにつきまして、こういう点を調査してもらいたいという場合に、自分の手が足りぬときに初めてこの書記官を使うのでございますから、裁判官がこういうことを調べてもらいたいという事実の調査が大体主でございますので、意見が加わる場合はほとんどない、こう考えております。
○大野(幸)委員 では、たとえばどういうことですか。裁判官が命令をして補助を求める調査、事項というものを、ここで例をあげてみて下さい。
○津田政府委員 その点につきましては、すでに当委員会で問題になりまして御説明申し上げてあるわけでございますが、まず法令及び判例の調査が一つの例示になっております。従いまして、そのほかに法令の制定の経過による、たとたえば国会の議事録の調査であるとか、あるいはその他参考文献の調査ということは当然その例示のうちに入るわけであります。従いまして、「その他必要な事項」のうちにはそういう事項も含みますし、また記録に基づきまして、訴訟手続が法令に従って正当に行なわれているかどうかというようなことを裁判官の命を受けて調査する。たとえば、上級審におきまして、下級審の訴訟手続が記録上の法令に従っておるかどうかというような点を調査するとか、あるいは書類が適式に作られておったかどうかということを調査する。あるいは複雑な計算関係におきまして裁判官が計算をするのでありますが、その計算が正しいかどうかの照合を命じられた場合にその照合をしてみる。あるいは犯罪一覧表を作成する場合におきまして、その犯罪一覧表の各個の事項と被害届け等と違っていないかどうかというような点、そういうような点の調査をするということはもとより裁判官の仕事でありますが、その事務について裁判官を補助をする、こういうことであります。
○大野(幸)委員 そうすると、記録上多くの証人の証言の食い違いの点なんかを調査する権能があるかないか。
○津田政府委員 記録中の書類が適式であるかどうかというような調査、あるいは訴訟手続が法令等に従って正当に行なわれているかどうか、いわゆる訴訟手続履践の有無の調査、こういう意味の調査を記録に基づいてするわけでありまして、直接当事者について調査をするというようなこと、あるいは事案の内容自体について調査するというようなことは、事柄の性質上当然含まれないわけであります。
○大野(幸)委員 最後にお尋ねします。その必要な事項は、何でも書記官規則というようなもので具体的に例示される用意があるのですか、ないですか。
○内藤最高裁判所長官代理者 この「法令及び判例の調査その他必要な事項の調査」という表現でございますが、これは前に「裁判所の事件に関し」ということが規定してございまして、調査の範囲につきましては、私どもは相当明確な表現になっておると存じておるわけであります。しかし、やはりこの調査の補助の仕事を実施いたします面におきまして、その運用上の規則が必要かと存じております。この規則につきましては、作ります場合には最高裁判所に裁判所言記官制度調査委員会というのがございまして、これに裁判官も検察官もまた弁護士連合会の方からも弁護士の方が加わっていただき、また書記官も委員になっておりまして、その委員会で検討いたしまして、そういった実施と面の運用に関する一つの検討をいたしたいと思っておるわけであります。
○瀬戸山委員長 坂本泰良君。
○坂本委員 「その他必要な事項の調査」というのを削除するわけですが、こういうような事例はすでに昭和二十八年の七月八日ですか、最高裁判所事務総長通達で、資料室の設置及び運営の方針というのですでにやっておるわけですね。だから、その事件に関しといえば、大好委員が質問されたように、裁判官の考えなければならぬ限界までその調査の過程においてその主観がまじってくるから云々される、そういうふうになっては困るというので、その他必要な事項の調査はやはり抽象的にやるべきであるし、すでに資料室の設置及び運営の方針でやっておるからこれで十分ではないか、こういうふうに考えられますが、その点についてどうですか。こういうことをすでに資料室の設置及び運営の方針をきめてこれをやっておるかどうか、これをやっておるなら必要ないように思われるのです。やっていないから、またこういうようなことをやるのじゃないかとも考えられますが、その点についての御見解を承りたい。
○内藤最高裁判所長官代理者 裁判所の資料室におきましては、ただいま御指摘がございましたように、いわゆるどこの図書館等にもございますところの参照というような仕事をしておるわけでございまして、おそらくその調査とおっしゃるのは、資料室において参照の仕事を御指摘になっておるのではないかと思います。これは資料室に資料を備えまして、裁判官なり書記官なりの照会がありました場合に、その資料を提供するというのが資料室の係の仕事でございます。従いまして、その資料室のそういった設備なり機能なりと結びつきまして、この事件に関する調査が行なわれるわけでございます。事件に関する調査はやはり裁判官が行なうものでございまして、今回この書記官に補助をさせるということで、裁判官の調査あるいはその補助という仕事が、ただいま申しました資料室の設備と関連いたしましてその機能を発揮することになるわけでございますから、両々相待っての仕事でございます。
○坂本委員 そこで裁判官は、みずから具体的事件に対しては裁判をするわけですから、みずから調査をし、みずから法令また判例の検討もしなければ、ほんとうの裁判はできないと思うのです。それを書記官にやらせるというところに、いろいろ議論がありましたように、憲法違反ではないかというような問題も起きてくるわけです。従って、現在でも、この資料室の設置によって、判例または法令なんかは整備したカードで調査して、いつでも裁判官が具体的事件に必要なものは、そのカードによって提出するというようなことができるわけですから、必要ないと思うのです。だからもう一つこの修正案によってそういうことをやらせるなら、この資料室の必要はないじゃないか、こういうふうにも考えられますが、その点いかがですか。
○内藤最高裁判所長官代理者 ただいま御指摘の資料室の整備やカードその他の設備によりまして、資料の添削等の便宜に供しているわけであります。しかし、それだけでは調査自体にはなりませんので、そういった施設を利用いたしまして、裁判官が調査いたすわけであります。事件に関しましては、裁判官が調査をいたしますことは申すまでもないことでございます。ただその調査につきまして、書記官が補助をするということでございます。「調査を補助する。」という言葉を使いましたのも、全くその意味でございます。調査はどこまでも裁判官が行なうものである。ただ、その補助をするという範囲で、書記官がその仕事に携わるわけでございます。従って、御心配になりますような書記官がそれについて意見を出すであろう、あるいはその意見が裁判に影響するであろうというような御心配はその規定自体からも出るはずはないと私ども考えているわけでございます。
○坂本委員 修正案の提案理由にも説明がありましたけれども、「裁判官の命を受けて、」とか、「補助する。」こうあります。そうしますと、書記官は裁判官の付属機関みたいになる。これは最初大臣も申されましたように、書記官は書記官として独自の機関である。裁判官は裁判官として独自の機関である。従って、その前提に立ちます場合においては、「裁判官の命を受けて、」というのは、これはやはり旧憲法時代の命令系統、こういうふうに考えられるおそれもある。従って、これを削除して、補助というのをやはり裁判所法五重七条の調査官の制度の場合に「掌る。」とあるし、裁判所法五十八条の裁判所事務官の規定の場合にも、「裁判所事務官は、上司の命を受けて、裁判所の事務を掌る。」こういうふうにあるわけです。こういうような関係から見まして、内部的の双方並立した機関であるという前提に立つ場合と、さらに、この法文のニュアンスからいたしましても、これはやはりつかさどる、こういうふうにした方がいいと考えるのですが、その点についていかがですか。
○井野国務大臣 先ほども申し上げましたように、これは書記官の補助の職務をきめ、固有の事務は第二項できめております。今御質問の書記官の意見が加えられやせぬかという御心配がありましたが、むしろ「裁判官の命を受けて、」というのを削れば、書記官は自分の意見を勝手に入れるので、むしろあった方が御心配はない、こう考えております。つかさどるという言葉は、独自の権限をするときにそういう言葉を使い、補助機関のときにはこういう書き方の方が適当である、こう考えております。
○瀬戸山委員長 これにて修正案についての質疑は終局いたしました。 —————————————
○瀬戸山委員長 これより原案並びに修正案を一括議題とし、討論に入ります。 討論の通告がありますので、順次これを許します。高橋禎一君。
○高橋(禎)委員 私は自民党を代表いたしまして、裁判所法の一部を改正する法律案、政府提出の原案に賛成をし、社会党、民社党両党の共同提案である修正案に対して反対の討論をいたしたいと思います。 裁判事務が適正迅速に行なわれることによりまして、真に法秩序が維持されるものであることは申し上げるまでもないところでございます。従いまして、裁判事務の適正迅速をはかるべきであるということは、国民あげての要望であると申し上げても過言ではないと思うのでありますが、政府提出の本法案は、まさにこの国民的要望にこたえんとする施策であると考えられるのであります。 最近裁判事務の状況を見ますと、逐年増加いたしまして、裁判官の精励努力をもっていたしましても、ややもすると裁判事務が遅延をする。これがためにいろいろの弊害の生じておるという実情を見まするときに、何かこの問題を解決する良策をここで立てなければならないのでありますが、それには裁判官の増員であるとかいう問題も考えられまするし、また裁判官の事務を補佐するために、たとえば最高裁判所、高等裁判所等に設けられておる調査官制度というものを設けたらどうかというような考えもあり得るわけでありますが、しかし諸般の事情を総合いたしまして、この際どうするか、そしてその可能なものを求めますときに、やはり私は政府提出の本法案が最も時宜に適したものであると考えられるのであります。 政府提出の案に対しましては、委員会を通じてみまして、いろいろと批判もあるように見受けられるのでございますが、しかし、裁判所書記官がこの裁判所法第六十条第一項に定めてありまするところの事務をつかさどるほかに、裁判所の事件に関して独立というのでなくして、裁判官の具体的な命を受けて、そうして本来ならば裁判官が行なうべきである、裁判官が行なうことによって裁判官の独立、司法の独立というものが保てるがしかし、それを補正する意味において法令もしくは判例の調査をする、その他いわゆる裁判の独立に影響のない、すなわち司法権独立の憲法の精神というものを十分尊重しつつ、なおたとえば裁判例であるとかあるいは学説その他参考の文献を調査するとか、あるいはまた複雑なる計算について、裁判官もその計算をするけれども、なおそれについて書記官において計算をして裁判官を補佐するとか、書面の照らし合わせをするとかと、いうような、すなわち法案の表現をもっていたしますると、「その他必要な事項」というものについて調査をして、そうして裁判官の事務を補助いたしますことは、裁判事務の能率を上げる上に必要なことであると思いまするし、外国の例等を見ましても、やはりこの種機関が存在していることをわれわれは知るのでありまして、これは決して司法権の独立を侵害するものでもなく、そしてまた裁判所書記官をして裁判官に隷属さしていくといったようなものでなくして、どこまでも裁判所書記官の職務というものを尊重した立場に立って、裁判官の行なう事務の弊害のないものに限ってこれを補助するという、きわめてりっぱな職責がここに与えられ、これによって裁判の能率を上げて、今の国民の要望にこたえ得るという趣旨になっておることを私ども十分看取できるのでございまして、憲法違反であるとか、あるいはまた裁判官に書記官を隷属する弊害があるというような心配は、断じてないものであると思われるのであります。こういう趣旨におきまして、私は今の時代に最も要求せられておるものが、これによって一つの解決の方途を見出すものであると考えるのであります。「その他必要な事項の調査」ということについて、あまりにもばく然としておって、いかなる事項が裁判官によって命令されるかということに対しての少々の不安があるというような説もありますけれども、私どもは、現在の裁判官に対して、やはり基本的にはこれを信頼しているという立場をとりまするし、従ってその裁判官の具体的命令というものが、非常識なものであり、自分の与えられておる、裁判をなし司法権の独立の立場を守るという精神をじゅうりんして命令を出されるということは、とうてい考えられないのであります。それとともに、また、先ほど最高裁判所側より答弁がありましたように、裁判所書記官制度調査委員会もありまして、裁判官なり、検事なり、あるいはまた弁護士、書記官の代表というような方々によって十分これらの問題は審議されるところでありますし、また憲法に認められておる最高裁判所の規則制定権に基づいて、この裁判事務処理に関してのりっぱな規則が制定されるということを期待するわけでありますから、ただ単に法例及び判例の調査をつかさどるということだけでは足りないところを十分正しく補っておるのが政府案であると考えられるのでありまして、修正案よりもはるかに実情に適しておるのが政府提出の本法案であると考えるわけであります。従いまして、冒頭申し上げましたように、私は政府提出の裁判所法の一部を改正する法律案の原案に賛成をいたしまして、修正案に対しては反対をするわけでございます。(拍手)
○瀬戸山委員長 井伊誠一君。
○井伊委員 私は日本社会党及び民主社会党を代表いたしまして、この政府提出の原案に対して反対し、両党が出しましたところの修正案に対して賛成をするものであります。(拍手) 裁判所の事務の適正迅速をはかり、人権擁護の実をあげるということについては、これは国民のひとしく要望する点であることは言うまでもないのであります。しかし、その実をあげるについて、現下の情勢上これを適切に処理する方法として、政府は今の裁判所法第六十条の改正案を提出をいたしておるのでありますが、そのことにつきまして、ほんとうの要望にこたえるところの処置そのものが、これは裁判所と、政府との慎重な検討の結果かようなことになったと言っており、また諸般の事情によると言っておりますけれども、結局突き詰めてみれば、これは行政府に裁判所の裁判そのものについての一つの軽視があると思うのです。諸般の事情と言っておるものは、突きつめてみると、これは財政上の事由にほかならぬ。そして結局現在のところどうにも適正に要望にこたえていくことができない結果は、裁判官が裁判所の事務を書記官のところに持ってくるということになっておるのであります。これを解決する方法は、ほかに今のところではないと言うが、今これだけ裁判所事務というものが輻湊してきて、裁判の事務が遅滞する、これを解決するのには裁判官だけの力ではできないと言うことは、そもそも裁判所に対する行政府の考え方は、ほんとうに裁判というものは国民の要望しておる国の重要なる仕事であるということについての認識が足りないためか、従来あるところの行政府に比べて、裁判の問題はいつでもあと回しにされておるという明治憲法以後引き続いた一つの慣習的な考え方だ。それが行政面に現われておる。今度これを訂正しようとするけれども、やはり事実はその観念で支配されておって、裁判官の増員も結局できない。事実調査のための補助の調査員を設けるというような考え方も当然起こるけれどもできない。諸般の事情といっても、諸般ということは一つもないので、結局は国の財政の問題、金がないというようなところに来ておるだけの話じゃないか。しかしながら、それは一応現実の事情としてそうであるといたしましても、どうしてもやらなければならないところの書記官の職務というものは、いかなる変化が来ましても明確でなければならないと私は思うのであります。これは六十条における記録その他書類の作成だとか保管、その他他の法律において定められた事務、ここに定められておるところの事項だけに限ってこの事務をつかさどるということが明定されておるのであります。それであればこそ今度第二項に追加をして、それ以上にわたるところの事務の範囲を明足しようとしておる。事実上は、裁判所に起きまして、裁判官の命令によって、この第二項にありますようなもののほかに、なお明定されてないところの仕事をさせられておるのであります。しかもそれはある場合にはそれが慣習である、長い裁判所内の美風であるというふうにいわれる。美風を私は否定するものではありませんが、美風であるというふうに持ってこられて、そのためにその命に従わないというものは、一つの行政的な処分をされるというような事態も実際においては起きておる。そういうようなことは、実はその職務の範囲というものは明定されておっても、事務がだんだん膨張してきて、その膨張したところの事務の範囲を適当に処理する方途が講ぜられない。その道が結局ない。最高裁においてはこれをやむを得ない日本の行政上の地位として甘受しておる。やむを得ないのだというふうになって今まで忍んでおるのではないか。今度の改正も、政府と最高裁との間で合議をした結果得たのがこうであるとはいうけれども、実際は、裁判所は、裁判官は裁判に関しては常に正当なる見解を持ってその判断をしておるけれども、裁判所におけるところの行政面においては、いつもそれを、裁判とはもちろん切り離して、負うべき以外のものまでどんどんその事務をまかせるというか、内輪であるということで、またこれは昔からの伝統的な美風であるというようなことで、下の方にまで、書記官等にこれを託すというふうにしておる。こういう力が今またここに出てきておるのではないか、私は実にその通りに思うのであります。法令及び判例の調査、これは事実上必要になって参ります。この程度の調査をするということは裁判官がどうしてもしなければならぬことであるのみならず、おそらくは事件の量が多くなってきておる、また複雑性を加えてきておる今日においては、その仕事というものは分量として非常に多くなってくるに相違ない。このたまっている分量をどう処理するかということを、ほかには持っていきどころがないということから、結局一番近い書記官に補助させる、そういうことにするよりほかないという、あきらめの結果がここに来ておるのではないか。しかしながら、本来いかなる職域のものでも、その職務の範囲というものは明確にしなければならぬ。いわんやこれは裁判所の問題です。ここのところにおいては、その調査の範囲は、これだけでも従来のところからはみ出てくるのです。よけいになってくるのであります。けれども、この程度のものはこれは現にやっておるところもあるが、おそらく現在においては足らない、もっともっと範囲を広げなければならぬという理由で、ここに法令及び判例の調査ということが出てくるのだろうと思う。そういうふうに分量がこの先どういうふうに広がっていくかということは、これはきめることはできないだろう。このくらいのところというものは、協力することができると思う。これはそういうふうにしてもよろしいと思います。これをただ「その他必要な事項の調査」というところへ持ってくるということは、一そう不明確な範囲、分量になる。もちろんこのことについてはこういう意味だという政府当局の説明はわかっておりますけれども、それは名目でありまして、それ以外のものは入らないというものでもないし、またそれがどう発展してどういうふうな範囲までいくのか、分量等はもちろん知るよしもりない。そういうふうになって参りますれば、この「その他必要な事項の調査」というがごときは、これこそがむしろ法令及び判例の調査よりももっと範囲が広くて、量の多いものであるということを考えなければならないのであります。現にある程度は、それはやっておるところでありますけれども、ここにこの法律をもってその他の必要な事項の調査までもやるときめることは、苦しいあまり、ほんとうのところを全部ここに押し込めてしまって、仕事を全部引き受けさせておるような格好です。こういうことは、裁判所の書記官の職務としては、他の方においてもそうでしょうけれども、特にそういうことはいけないと思うのです。大体現在の裁判所の書記官の職務というものは、実に分量過多であります。範囲も広い。しかし、それにもかかわらず、これは正確を期さなければならない。いいかげんな処理は許されないのであります。他の行政庁におけるがごとく、数日もあってその間に調査をするというようなことではない。窓口にいても、聞かれることについて即答し、直ちにこれを処理するというのが裁判所の書記官の仕事であります。そういうように分量が多くて、直ちにこれをやらなければならぬという仕事をしておるところに、さらに内部においては一そう明確にこの規定によって法令及び判例の調査もやるし、あるいはまたその以外の必要な事項の調査ということまで補助することになるならば、政府がこれらの書記官の素質の向上をはかり、優秀な書記官を作り上げたと言ってみましても、それは当然のことで、これはその仕事に適するということを言われるだけであって、こういう者をここのところに押しつけられたならば、私はむしろ裁判の迅速適正ということとは反対の結果を起こす、こういうことを憂えざるを得ない。私どもは、この不明確なそして分量の非常に大きくなること、またある場合においては質的にもその裁判そのものに書記官の一つの意思が加わるというようなことも考えられるので、そういうふうに考えますと、私は、ここにいうその他の必要な事項の調査を補助するがごときことについては反対せざるを得ない。そしてまた一二面から申しますならば、裁判所の内部における裁判官と書記官との間に、分量の上で職域の明定がないために、予期せざる、むしろ区要らざるところの隔離、そういう問題が出てくるのではないか、そういうことを考えるものであります。 以上の点からこれらの修正をいたします点に賛成をいたしまして、政府の原案に対して反対をするものでございます。
○瀬戸山委員長 次に志賀義雄君。
○志賀(義)委員 まず委員長に申し上げたいのですが、一昨日大野委員が関連質問回をやり、自民党の田中伊三次委員が、志賀君ちょっと時間を五分ほどさいてくれ、あとはまた君にやってもらうからと言われて、そのことはちゃんと会議録を見れば委員長もおわかりですが、私がちょっと生理的必要で便所に行った問に押し切っちゃった。あなたはおとなしいような顔をしているがなかなか——ああいうことはフェアでない。今後は慎んでいただきたい。 最高裁判所は、全国約四千久の書記官、調査官の勤務時間を一週四十四時間から五十二時間に変更するため、裁判所法の一部を改正する法律案を今国会に提出しております。それについては、今日まで法務委員会で討議されてきたのでありますが、現在官庁の勤務時間は平日午前八時から午後五時まで、土曜日は午後零時半、すなわち一週四十四時間ときめられております。ところで人事院規則により一週四十四時間の勤務時間内で調整を受けている者、また人事院の承認を得て一週四十四時間をこえて勤務する職員を見ますと、そのいずれも病気の治療看護に当たる者あるいはその他保護に当たる者、拘禁収容された者あるいは犯罪者の監視、取り締まりに当たる者、船舶乗組員などに限られておるのでありまして、裁判所の書記官、調査官はそれらとは職務の性質が全く異なったものであります。しかるに、最高裁判所は、繰り返しこの法務委員会でも一般職の職員の給与に関する法律の第十四条第三項の職務の性質により勤務時間を延長することができるという条項をたてにとってこれを強行しようとしているのであります。しかしこの法務委員会でも、それが不当な拡大解釈であることは、もうすでに繰り返し明らかにされているところであります。およそ法律を最も忠実に守らなければならない最高裁判所が、こうした口実を設け、司法権の独立ということを悪用して、人事院総裁にかわって、最高裁長官が自分の権限でもって憲法並びに労働基準法を初め関係法律を踏みにじることは、全く許しがたいことと言わなければなりません。 最高裁判所の説明によると、裁判所の仕事が年々増加するから調整額八%を一六%に増額することで、勤務時間を延長し、裁判官の補佐職として、裁判官の行なうべき仕事を裁判官の命令によってやらせるというのですが、しかしそれでは八時間労働口を踏みにじり、労働時間を二〇%も延長するのに、賃金は八%しか上がらなくなります。従って一時間当たり賃金は安くなり、従来にない精神的には責任を、肉体的には過重労働を強制される結果となり、実質賃金はぐっと減ることになります。先ほど理事会の席上で、自民党の小島委員は、賃金が上がることを望んでいるんだからいいじゃないかと一、言われた。肝心の労働時間ということを抽象化して考える今のけちくさい日本の資本家と全く同じようなことを小島君は言うのであります。現在世界の労働時間は大体週四十時間になり、ますますそれが短縮されようとしている。そのときに、こうした逆行する法律改正を行なうということは、一九六〇年代の平和共存を前進させようとし——その例は中国・ビルマ友好条約にもあります。それと逆行する新安保条約を強行しようとするのと歩調を合わせた改悪と言わなければなりません。このことについては、共産党は、社会党、民主社会党とともに、また全法務労働組合やすべての労働組合とともに、また弁護士会とともに、法律に定められた定員——現在書記官だけでも六百十四名の欠員があります。——これを実現せよと要求しているのに、それを無視して、こういう暴挙をあえてしようとするのが最高裁判所なのです。これは、国家公務員、地方公務員の八時間労働、週四十四時間制を破壊しようとする陰謀であります。現に、昭和二十九年に最高裁判所は、時間延長とともに、全法務労働組合をも解散させようとする法律を準備したことがあるでしょう。今度のことは、これだけにとどまらず、いずれは勤労者の団結権を、まず全法務労働組合日に対する弾圧から行なうという陰謀の現われであるという意味において、私どもはどうしても反対しないわけにはいかないのであります。そうなってくると、裁判所といいうものは結局それでなくても判決自体の性格を見ても非常に反動的な傾向が出ておる、これを助長する結果にもなるのでありまして、私どもはこういうやり方に対しては絶対に反対しなければならないのであります。 そこで、きょうここに出ておる裁判所法の一部を改正する法律案、いよいよ採決という段取りになりまして、これをやると結局戦前の労働組合を全部否認した結果がどうなったか、自由民主党の諸君でも、戦争中帝国議会に出られた方もあったでしょう、どういうことになったか、これを考えあわせられなければならないと思うのであります。そこで、この段階において、社会党及び民主社会党から出た修正案、これはこの段階においては最低のやむを得ないものとして、共産党でもこれに賛成するのであります。 こういう非常に危険な法案でありますから、自民党の委員諸君ももう一度戦前、戦時のことを思い起こし、ばかな賛成はおやりにならないように警告するとともに、私の反対討論を終わります。
○瀬戸山委員長 これにて討論は終局いたしました。 —————————————
○瀬戸山委員長 これより裁判所法の一部を改正する法律案について採決いたします。 まず、菊地養之輔君ほか九名提出の本案に対する修正案について採決いたします。本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○瀬戸山委員長 起立少数。よって、本修正案は否決されました。 次に原案について採決いたします。賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○瀬戸山委員長 起立多数。よって、本案は原案の通り可決いたしました。 —————————————
○瀬戸山委員長 この際、お諮りいたします。先刻可決されました三法律案の委員会報告書の作成につきましては委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○瀬戸山委員長 御異議なしと認め、さように決しました。 ここで一たん休憩いたします。午後一時半より開会いたします。 午後零時二十人分休憩 ————◇————— 午後一時五十三分開議
○瀬戸山委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 刑法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑を継続いたします。質疑の通告がありますので、これを許します。菊地養之輔君。
○菊地委員 第二百六十二条の二、境界線損壊に関する罪についてお伺いしたいのですが、これは親告罪になっておらぬようであります。普通の器物毀棄罪は親告罪になっておるが、目的は違っても、同じような器物毀棄をどうして親告罪にしなかったか、その理由を承りたい。
○竹内政府委員 器物投棄罪の章の中に、二百六十二条の二として境界毀損罪を設けたのでございますが、罪質的に申しますと、器物損壊罪は器物そのものの効用を失わせることでございますが、境界毀損罪は境界標そのものの効用ではなくして、それによって表示されておりますところの境界そのものを不明確にするということが、保護さるべき法益というふうに解しておるわけでございます。そこで、この境界毀損罪でございますが、そういうふうに理解いたしますと、その境界を明確にしておかなければならぬというこの利益は、私益だけではなくして、公益と申しますか、あるいは公益に準ずる公益的な性格を持っておるというふうに考えられるのでございます。一般人もそれを境界だと信じている場合もあるのでございまして、そういうことからいたしまして、毀損行為を親告罪というふうにいたしまして、その処理を私人の自由意思にゆだねますことは相当でないのでございます。かような視点からいたしまして、これを非親告罪といたしておるのでございます。のみならず、これは自分の境界標でありましても、なお境界毀損罪になるということが本罪の解釈上なるのでございまして、そういう点から申しましても、これを親告罪とすることは適当でないということでございます。
○菊地委員 普通の毀棄罪と違って公益的な性質を多分に持っておるのでという、その罪質の点はよくわかるのでありますが、一般刑法の行為というのはほとんどすべてが公益的性質を有するものであって、ひとり本件だけが公益的性質を有するものだとは思われないのであります。特に本件の毀棄罪の場合は、相隣関係の場合が非常に多いのであります。隣と隣と相接している住宅問においても、その境界の争いが多いのであります。最近は土地の高騰に伴って、一坪でも多くとりたいという気持が左右いたしまして、境界争いが多分にあるのであります。そういう場合に、当事者が告訴する意思がないのに、それに警察なり警察署が介入し、それによって隣地の所有者あるいは長屋の所有者が刑罰に処せられるということになりますと、これは孫末代まで隣に住んでいる両者が、ほんとうに文字通りうらみ骨髄に徹するということになりまして、相互扶助の関係に立つべき相隣者が永久に仲直りができないような状態になる。これは非常に重大な問題だと思うのであり季して、こういう点も御考慮に入れておかれたかどうか、この点をまず承りたいのであります。
○竹内政府委員 仰せのように、刑法で取り上げております犯罪はすべて公益に関係を持ちますものでありますことは、犯罪であるということから当然出てくることでございまして、その点に私どもも何ら異論を持っているものではございませんが、特に親告罪といたしております罪を見ますと、多くは犯罪そのものが比較的軽微なものであるということのほかに、主としてその被害者の意思を尊重して決定するのが相当であるというような場合、たとえば名誉毀損罪のような場合とか、あるいは器物損壊罪のようなもの等について、御承知のように親告罪というふうにされておるのでございますが、本件の罪は、先ほど来申しますように、単に被害者が自由にどちらでもいいようにきめ得るような性質のものじゃなくて、土地と土地との境界、そしてそれが明確になっていなければならぬという、こういうものは、被害者の個人的な考え方で、どっちでもいいように処分を自由にすることは担当でない。そういう意味におきまして、公益的性格を持ったものだというふうに、御説明申し上げた次第でございます。なるほど土地の境界に関しましては、親子数代にわたって紛争を続けておるというような事例も地方にはあるようでございますし、またこの種の民事訴訟が非常に長くなっておるということも、これまた事実でございます。これらが民事的に最終的に解決されるということによって、秩序が確立しますことは当然でございますけれども、それらの秩序を民事的な訴訟によって解決します場合におきましても、その前提としては一応、そのある境界というものを保護しておくということでございませんと、そういう方面の民事訴訟における紛争の解決にもかえって悪い影響を与えるのでございまして、この犯罪を設けましたことによって、隣人間の紛争がさらに激化するんだというふうには私どもは考えておらないのでございます。それらの紛争が民事的に解決するのに貢献こそすれ、妨害になるようなことではないというふうに考えておるのでございます。
○菊地委員 お話ごもっともな点もありますけれども、もっと実情を深く掘り下げて考えていただきたいと思うのであります。大きな、たとえば資料をいただいたもののような大きな事件になってくるような場合においては、今局長が申された通りでございますけれども、たとえば、あるいは東京の郊外であるとかあるいはいなかであるとかいった場合に、先ほど申し上げましたように、先祖代々一緒に隣同士で暮らしておった、ところが、その境界が争いになって、そうして本件のような行為を犯したという場合に、そこに悪意があるかないかということは別問題といたしましても、こういう紛争は、何といいますか、隣保扶助の関係から、戦争中なら隣組、あるいは現代ではその町の有力者とかその部落の有力者とかが申に入って、スムーズに解決できる例がほとんどすべてでございます。そういう場合に、その期間を待たずに、官憲が直ちに介入して、警察官の調査となったり捜査となったり、あるいは検事局に呼び出されたりするとなると、きまるべきものがきまらないことになる。いわゆる隣保相愛の精神によって解決し得るものが、表ざたになって、先ほど申し上げました親子数代の争いどころではなくて、恨み骨髄に徹するという形を残すことは、部落を円満にいかすゆえんではないと思う。私は、どうしても解決できない、そのために告訴をするという意思を決定した場合に、初めて警察なり検察のご厄介になることが正しいと思う。その前では、いわゆる隣人相互が解決すべき問題で、その期間を置かずに、いわゆる相隣者の自由意思を尊重しないで、直ちに犯罪として警察が関与をするというのは、私は正しくないのじゃないかと思う。先ほど局長は、いわゆる公益的性質が多分に存する、普通の親告罪はそういうものを含まないのだというお話でありますけれども、その通りだとしましても、本件は隣保の、何といいますか、わずかばかりの土地の所有権の争い、あるいはまた公に確定づける必要性よりも、もっと隣保が仲よくしていくということの必要性があるのではないか。そういう観点に立つと、これは普通の毀棄罪と同じように、三号訴ヲ待テ之ヲ論ス」という親告罪にすることが正しいのではないか。いわんや本件のごときは、刑法始まって以来何十年になるかわかりませんが、それにもかかわらず、そういう必要があったかなかったか知らぬけれども、今までこういう規定を置かなかったのだ、突然としてこういう規定が起こった、そうして隣保の問題で、境界の問題で直ちに官憲が出動するということになりましたならば、沖通のいなかにおける、つまり農村なりあるいは地方の住民に及ぼす影響が非常に甚大ではないか、こういう場合には、将来はいざ知らず、これが極言徹底するまでは、親告罪にしておくことが適当ではないか、こう私は考えるのですが、その点はいかがでしょうか。
○竹内政府委員 ただいまの御質疑の点は一々ごもっともな点もあるわけでございまして、同感の意を表するのにやぶさかではございませんが、これは主として本条成立の場合の運用の問題ではなかろうかと思うのでございます。親告罪にしておけば、告訴があって初めて捜査をすべきである、もし非親告罪であれば、直ちに捜査に着手するとということを前提としてお話があったように伺いましたが、もちろんそういう面もあろうかとは思いますけれども、捜査管は、このように隣合わせで紛争の起こっておる問題は、当事者ないしその近隣の人からの知らせがなければ、なかなか、パトロールをしておってすぐ発見するという性質の犯罪ではないのでございまして、多くは、そういうような親告に基づいて捜査の端緒をつかむというのが通常の形であろうと存じます。そういう場合におきましては、これを起訴するかどうかというような問題につきましては、当然当事計の意向も十分調査もいたしました上で決定するわけでございまして、その間に土地の事情に精通した長老、古老という方々の意見なども参酌いたしまして、妥協し得るものは妥協し、そうしてそれでもどうしてもこれは処罰しなければ目的を達成しないというような悪質なものであるというような場合に、初めて起訴というような問題になってくるわけでございます。これは、このような刑罰権をもって実際に捜査して参りますその衝に当たります者の心がまえといたしましては、ただいま御指摘のような点は十分頭に置いてやるべきものでございまして、もし本条が成立いたしました暁においては、その処置に遺憾なきを期するように、私どもとしては指導して参りたい所存でございます。それと犯罪類型的に見たこの刑罰法規との関係を運用の問題と結びつけて議論いたしますことは、やや問題が違うように思うのでございまして、立法としましては、立法技術上、立法政策上、また刑罰法規としての体系上の諸点をも考慮いたしまして立法し、運用において遺憾なきを期するというような方針で進みたいと思っております。
○菊地委員 よく話はわかるのでありますが、この運用の妙でやっていこうという考え方は、それは理想的な捜査官なり警察官なりを前提としたものである。ところが、私は警察官を信用しないわけじゃありませんけれども、いなかに入っていくと、駐在所の巡査であるとか、あるいは警察署の巡査であるとかという場合に、非常に深い理解のもとに行動していない方が多いのであります。日に余るような人もないではございません。そういう人が部落のボスの言うことを聞いたり、いろいろな事情から警察官と仲が悪い者はつかまえてやるというようなケースが多分に存在する。運用の両でやられるほど、日本の警察官が練達たんのうの士ならば、これは何をか言わんやでございますけれども、実際はそうでないところを考えると、やはり法規をもっておかないと、これはとんでもない結果を招来するという感じを受けるのであります。この点は議論をしたところで並行線をたどるようですから、私はこれ以上申し上げませんが、私はこの点について十分お考えを願っておきたいと思うのであります。いただいた資料によりますと、イタリア刑法などは、不動産窃盗でさえも、暴力、脅迫、または武器を持たざるものに対しては親告罪にしているようであります。十年以下の不動産窃盗に対しても、暴力や脅迫や、武器を持たないものに対しては親告罪にしておる。これは局長のお話から見るならば、公の、公益の精神を多分に持っていることは言うまでもない。そういうものさえも親告罪をもって律しておる場合に、先ほど申し上げましたような隣保相助の関係に立つ、いわゆる隣同士のものに対して、その隣の人に告訴権を与えておくことが、私は正しい法律の行き方ではないか、こう考えている次第であります。以上でございます。
○瀬戸山委員長 大野幸一君。
○大野(幸)委員 私は法務委員会で本法案について質問をするのは初めてですが、しかし若干速記録を読ませていただきましたので、なるべく重複を避けるようにいたしたいと思いますが、少し質問をしたいと思います。 まず、この門の参考人のお話を聞くと、明治四十年代から、有力な学者の中には、不動産について窃盗罪を認めることの可能なることを説いておいでになる。そしてそれに反対しておいでになった学者のうちにも、終戦後のあのどさくさで、相当の暴力的行為によって他人の不動産を占拠使用していたということは顕著なる事実であったので、その客観的事実にかんがみて説を変更して、不動産窃盗を認めるに至ったというような参考人の供述もごさいました。警察庁は、百般の事犯のうち、入こまでなぜこういう問題について不動産窃盗として一応判例を求める勇気がなかったのか。なかったとするならば、やはり具体的事案に至っては、どうもこれを処罰するに困難になる事情があったからこそ処罰できなかったのではないかと思うのです。今まで検察官が一件も起訴しなかったというのは事実ですか。いかがですか。
○竹内政府委員 参考人の御意見は、私どもも同じような考え方を持っております。そして、明治四十年代から、現行刑法二百三十五条のもとにおいても、不動産窃盗を解釈上認められるという考え方を持った学者の存したことも事実でございます。それから戦後、不動産に対する著しい侵害が各地に発生いたしまして、このような事態をながめて、過去においては二百三十五条の中に不動産窃盗をも含めて解することは適当でないという消極の意見を持っておりました学者の中にも、不動産窃盗を認めるという解釈に変わってきた学者のあることも事実でございます。これに対しまして、検察、裁判の実務の上においては、このような解釈をとっているかどうかという点、並びにそういう事実があるかどうかという御質疑にお答えすることになるのでありますけれども、検察の実務におきましては、過去五十年間、刑法第二百三十五条の窃盗罪の中に不動産の窃盗を含むという解釈のもとに措置をした実例は一件も発見されないのでございます。その理由は、旧刑法の時代から窃盗罪っの「財物ヲ窃取シ」という、窃取という考え方からいたしまして、これは動産、動く物に対する窃盗行為をいうのであって、動かない物、不動産である土地、家屋につきましては二百三十五条の適用はないという判例が、旧刑法の時代、明治三十九年ごろからあるわけであります。その解釈は、ずっとその後も実務家の間においてはそれを支持してきているわけでございます。この不動産侵奪が大きく社会問題としてクローズ・アップされましたのは終戦後のことでございまして、明治四十一年から施行された現行刑法のもとで、昭和二十年前後までは、この種の不動産侵奪、人の土地へ黙って入っていって家を建ててしまって、その土地を占領してしまうというような形の不動産侵奪というものは、終戦までの間にはほとんどその実例はなかったわけでございます。そういたしますと、この刑法のもとにおいて、刑法第二百三十五条の中には不動産の窃盗は入らぬという解釈のもとに四十年間運用して参りまして、四十年たった今日、学者の考えのように、それじゃ不動産窃盗も含ませるということでこの二百三十五条を適用して事件を処理するということになりますと、刑法は法的安全と申しますか、罪刑法定主義というような言葉もありますように、今までは許された行為だと思っておったものが、突如として検察官の解釈によって罰せられるというようなことになりますことは、これは運用の面において刑法の正しい執行方法とはとうてい言えないわけであります。そこで、今日このような者を保護しなければならぬ実情になって参ったのでございますが、そうするにはこの二百三十五条の解釈を広めるということによって解決すべきものでなくして、これに相当する規定を設けることによって対処していくというのが、刑法を新たに立法し、またそれによって運用していく、これは犯罪であるということを宣言して、将来に向かってこの種の事犯をその性情に照らして罰する、これが刑法の正しいあり方だと思うのでございます。そういう意味において、判例を求めるに怯懦であったわけでなくして、刑法の許容性に基づいてそのような態度をとって参ったというのが実情でございます。
○大野(幸)委員 判例を求めるに怯懦でなくて、罪刑法定主義から、判例によって処罰することが不当だという考え方については、私もむろん賛成です。しかし今御答弁にもあったように、こういう事案は終戦後急に起きてきた。その終戦というものは、そもそも戦争の結果なんです。そうして住むに家なく、建てるに土地ないということ、あるいはまた大きな屋敷がそのまま放任されているとか、あるいはまた繁華街に出て、その日の生活のために商いをしなければならないとか、そういうような事情のもとに、その要求に臨機応変に従って占拠した者がある。また占拠した人は非常にまじめな人であろうが、これに乗じてこれを世話して、これをあっせんして巨利を博した人もあるでしょうが、しかし非常の場合でなければ、さほどこういう事案は起きないはずです。私たちも経験した震災とか戦災とか、こういう場合の現象は、一口にいえば、やむにやまれず、それ以外に選ぶべき道がなかったという立場も多かったのです。それがそのころそういうことにおいてできてきた事案を、もう十五年たって——苦しんだのは今までのことなのです。今もなおいろいろな侵奪行為があるというが、それはごくまれである。まれなために、先ほど菊地委員が言われましたように、やや誤ると、これは非常な欠点を暴露してくるのであります。本来ならば、民事事件で解決すべきものが、いたずらに告訴ざたにする、こういうようになってくる危険があると思うのですが、現在起きてくる事案が、ほんとうにそれほどあるのですか。今まで十五年間、過去のことはいざ知らず、今起きてくる事案について、資料を見ても、もう数年前のことなのです。去年、ことしというのは少ないようですが、この点についてのあなたの方の調査の結果はどうですか。
○竹内政府委員 結論的に申し上げますと、ただいま御指摘のように、終戦後起こりましたこの種の事件の中には、幾多の同情すべき案件も多いのでございますが、私どもがこの現象を分析をいたしますと、大体三種類になるように思うのでございます。その第一類は、ただいま御指摘のありましたように、罹災その他特別の事情によって、小学校の校庭とかあるいは道路ばた等に一時的に収容されたものが、行く場所もないために、そこに、バラックなどを建てて住みついてしまって、今日も不法占拠の状態がある、こういったような種類のものが第一類でございます。また第二類といたしましては、これは終戦と直接関係はないのでございますが、借地権や地上権によって家屋を築造してここに住んでいた者が、借地権等の消滅あるいは満了によって明け渡しを求められたり、あるいは訴訟によって敗訴してもなおかつ明け渡さずに強引に占拠を続けているというような種類のもの。それから第三に、これこそ私どもがこの立法によって対処しなければならないと思う類型でございますが、駅前その他商業などを営む上に非常に有利な空地を見つけまして、何らの権限もなしに、そこに建物を建ててこれを占拠して、土地所有者など正当の権限を有する者の請求があっても、これの占有を継続して応じない、こういう種類のものでございます。こういうふうに、不法占拠と一口に申しましても、よく内容を見ますと、三種類ぐらいあるわけなんで、この最後の種類のようなものを対象にいたしまして、不動産の侵奪罪というものを考えたのでございます。 そうして、御指摘の点でございますが、私どもこの種の犯罪累計を今まで持っておりませんので、全国的に精密に調査をしてここで御紹介申し上げることができないのを遺憾といたしますけれども、一応私どもの手元で関係各方面の協力を得て集めました資料を見ましても、終戦直後の状態だけでなくて、最近におきましても、なおこの種の犯罪は跡を断たないのでございます。その数が何万件もあるというのではもちろんございませんけれども、なお跡を断たない。現にこういう法案が国会に提出されるという話が新聞に出ましたときに、やるなら今のうちだといってやり出した者もあるということを私どものところへ持ってきておる者もあるくらいでございまして、これは今日といえどもその跡を断たないのが現状でございます。なおお手元の方へ資料といたしまして若干のものを差し上げてございますので、御高覧を願いたいと思います。
○大野(幸)委員 この資料はただいま拝見しまして、なるほど昭和三十一年ごろからの——被告の名前はないようですが、この被告は一体日本人が多いのですか、第三国人が多いのですか。そんなことは調べてありませんか。なければよろしいのですが……。
○竹内政府委員 これは東京、大阪その他六大都市の市当局で調査した資料が本資料の基礎になっておるわけでございますが、それによりますと、やはり絶対数としては、日本人が圧倒的に多いようでございますが、若干の第三国人も入っておるようでございます。
○大野(幸)委員 そこで問題をちょっと転じまして、原案によりますと、侵奪罪を十年以下、こういう刑の量定があるのであります。この点については、動産窃盗が十年であるから、そのつり合い上十年ということにされたのですか、ちょっとお伺いしたいと思います。
○竹内政府委員 仰せの通り、最も大きい理由は、動産の窃盗の刑法第二百三十五条との刑の均衡をはかりまして、不動産の侵奪、これも動産に対する窃盗と同じ性質の罪でございますので、同じ法定刑を盛るのが相当であるというふうな考え方でございます。
○大野(幸)委員 これについては、民主社会党といたしましても修正案を用意しておりますので、私もその線に沿ってお尋ねしたいと思うのですが、とにかく四十年間罰することなくて終わってきた事柄なんです。不動産窃盗については、日本では四十年間無処罰であった。窃盗については、各国ほとんど無処罰のところはないでしょう。そこで、動産と不動産と何ゆえに区別してきたかということについて、ただいま局長の説明では、ただ法律家が窃取という観念から困難であるから処罰できなかったのであるということ、なるほどそれは法学を学んだ法律学生でありましょうが、われわれとしてもそういうふうに教わってきたのでありますが、しかし、ほんとうに反社会性のものであったなら、四十年間放任されておるはずはないのです。そこで、動産の窃盗の客体は何といっても場所を変えることもできれば、あるいは隠すこともできれば、あるいは消費、消滅させてしまって、被害者に対しては回復が困難になる、同時に動産でありまするから、ひんぴんと起こる、こういうようなことから、動産については世界の刑法がこれを処罰しておる。不動産については、とにかく日本では等閑に付せざるを得なかった。いかに法律の解釈論といえども、動産と同じ反社会性があると認めるならば、先輩が今まで放任しておくはずはないと思うのです。それをよく考えてみると、動産は何といっても人の努力、労働の結果としてできたものである、労働の産物である。ところが不動産は一体だれが作ったのでありましょうか。地球上の一部である。もっと極端な言葉でいうならば、これは天から与えられたる天賦のものなんです。私は、土地は天賦説をとることが正しいと思う。その土地は、地球上に住む人類がひとしく共有してしかるべきである。これを個人に所有権を認めたゆえんのものはただ管理をゆだねたにすぎない。日本も明治維新において、土地の所有をどうするかということで問題が起きたときに、大久保利通公がたまたま英国から帰ってきて、租税をとる方法として、当時八百万円たけの租税が必要であって、その租税をとる方法として、土地の所有権を私有した方がよい、私有を許した方がよいという考え方から土地私有制度が生まれたのであります。フィリピンなどにおきましては、今もなお国有である。新しい国の制度においては、土地の国有は必然的のものであるということも、これ土地は天賦のものであるという考え方であります。そういうことからも、私は処罰し得なかったのだと思う。そう考えてくるならば、動産の窃盗罪と不動産の侵奪罪と同一に刑を課する必要はないものではないかと思う。被害者からいいましても、これがなくなるわけじゃない、滅失するわけじゃない、やがては回復される運命にあるのであります。また人間は、動産の必要がなくても、どこか地球上の一部に住んでいなければならない、立っていなければならない、歩行していなければならない、こういうのでありまするから、これは一寸の土地もない者は、極端に言うならば、地球上のどこにもいるわけにはいかないというような人生哲理に到着するのであります。それを考うるときに、不動産に対する占有というものは、またわれわれの天賦の権であるとも考えられる。これを動産と不動産とを同一に取り扱わなければならないという刑罰の量定については、差異があってもそう無理がないではないかと思う。この観点を全部否認して、所有権絶対主義の観点に立たせるならばこれはやむを得ないことでありまするが、私も今の考え方も一面の真理はあると思うのですが、そう考えますと、動産、不動産の区別論から、本質論からきて、刑の効果も差異があっていいように考えまするが、いかがでごさいましょうか。
○竹内政府委員 新設の不動産侵奪罪につきまして、何も十年にしなくてもいいのではないか、もう少し差異をつけて軽い法定刑を設けてもいいじゃないかという論もないではございませんが、特別法としてこの問題を処理いたします場合にはそういう考え方も入れる余地が十分あろうと存じます。実際問題として不動産侵奪で懲役をかりに半分にいたしましたとしても、懲役五年の刑を設けるという事例はそうたくさんはないでございましょうし、そういう考え方も実務の上から申しましてもないとは言えないのでございますけれども、やはり刑法の一部改正ということで考えます場合、またこれは刑法の一部改正をするのが相当だと考えておりますが、そういう場合には、刑法の体系的なものを考えなければならないわけでございまして、動産でありますれば鉛筆一本でも動産でございますので、盗めばこれは刑罰の規定の二百三十五条の適用という関係において議論をするならば十年以下の懲役でありますが、何千坪というような、一坪何万円とするような土地を侵奪してしまったという場合と鉛筆の窃盗と、これは法定刑という立場から半分でいいのだというような考え方は体系的に申しまして適当でない。もちろんこの窃盗の罪を日本は十年以下の懲役としておりますが、外国の立法例によりますといろいろ窃盗の手段、たとえば凶器を持って窃盗した、凶器を使わなかったけれども、使えば強盗になるわけでありますが、強盗にはなりませんけれども、そういうような場合には重いとか、あるいは夜間窃盗した場合には昼間の窃盗よりも重いとか、あるいは屋内に入って窃盗した場合には屋外で窃盗する、つまりイモを掘って盗んでいったというような事例よりは重いというふうに法定刑の中で構成要件をそれぞれ区別して、窃盗という一つの罪の中にもいろいろな類型の窃盗を認めて、それにそれぞれ相当な法定刑を盛った立法例もあるわけでございますが、日本の刑法はそれらの最大公約数と申しますか、そういう煩瑣な類型をすべて除去いたしまして、ただ一条、二百三十五条によって屋内の窃盗も屋外の窃盗も、夜間の窃盗も昼間の窃盗も、すりも、すべて窃盗という類型に属するものは、この二百三十千五条によって律していこうという考え方をとったのでございまして、世界的に申しまして、日本の刑法は非常に弾力性のある刑法と言われておるのでございます。この二百三十一五条の次に、二百三十五条は動産だから、不動産については不動産侵奪罪という規定を設けるのだというので並べて書こうという場合に、不動産だけを特に低い法定刑に盛るということは、体系的に申しましても、被害法益の点から申しましても、適当でないのでございまして、現実にどういう刑を盛るかということは裁判官にまかせるというのが刑法の立場でございますので、そういう点を考えまして、動産と不動産につきましていろいろ考え方もあろうかと存じますが、やはり刑法の規定といたしましては、両者同一に法定刑を置くというのが相当であろうというふうに考えます。
○大野(幸)委員 なるほど窃盗罪については、旧刑法時代から、屋外窃盗、屋内窃盗を区別してきたのであります。ですから、その判例、目盛りはたとい十年以下ということにしておいてもそう間違いがなかった。のみならず、窃盗罪に対する量刑は非常に経験済みのものなんです。ところが先ほど局長が言われましたように、今まで処罰をしなかった事案やできなかった事案もこの法律の制定と同時に刑罰を課せられるということになる。罪刑法定主義はやはり一つの急激なる変化と不安を与えないことなのです。それが本質なのです。それを初めから経験のある窃盗罪のように十年にするということは、私は少し苛酷ではないかと思う。ただいま鉛筆一本と広き土地のたとえがありましたが、それこそものは考えようである。鉛筆一本は自然にできてはいません。人の労力によってできたのです。土地はだれが作ったのでしょうか。だれも作ってはいないのです。そして土地が高価になったのは、人類の発展のために尽くした人数の努力の結果によって、地球上に住む人間の需要供給の関係から高まってきたのであります。ですから、本来ならば土地の高価になったその利益は人類が共同で享受すべきものである。それを何ぞ一私人が享受する権利は本質的にはないと思う。そういう観点からすれば、不動産について価値論を述べて、それを保護しなければならないということでもないでしょうと思うのです。いわば土地の上がったのは、地主の不労所得の典型的なるものでありす。そういう観点から見るならば、何ぞ私は急激なる変化をする必要はないと思います。このことは議論にわたるでありましょうが、しかし土地の価格そのものについて、局長は実際私の考えにも一部の真理があるということを否定されるか否定されないかです。私は言質をとって今後この問題についてあなたにお尋ねしようとはしないが、少なくとも刑を課する草案を作られるあなたに、お心持ちの上においてこれがなければならないと思うのですが、どうでしょうか。
○竹内政府委員 お気持につきましては、実際の運用面において十分考慮されるであろうという意味におきましては、私として否定を申し上げるとかなんとかいうようなことはございませんが、ここで刑法の理論と申しますか、そういう観点から申しますと、ただどうしてもお答え申し上げなければならぬと思います。点を申し上げますと、まず突如として新たに刑罰を設けるのではないか、だから法定を過去にあるものよりも、同じ性質の犯罪であるとしてもそれを半分くらいにすべきではないかという御議論につきましては私は二点をもってお答え申し上げなければならぬ。その一つは、突如としてとおっしゃいますけれども、これは本来法定犯ではなくて、自然犯的なものだと私は思います。過去においてそのような犯罪現象がなかったというだけでございまして、四十年前にも今日のような不動産を侵害するという現象が起こっておったとすれば、仰せのように、先輩は決してほうってはおかなかったと思うのです。そういう意味において、人の不動産ならはとってもいいのだということになっておったのが、道徳的にもそういうふうに許される行為であったものが、今法律ができるために将来はとってはいけないものになるのだというような性質のものではなくて、やはりこれは自然犯的と申しますか、昔といえどもそういう事態がなかっただけのことであって、そういう人の不動産を勝手に占領してしまってよろしいのだというような道徳律も、社会的な規範もなかったわけではなくて、それは当然なことであった。ただ刑罰としてこれを取り上げますには、そのような犯罪現象といいますか、そういう現象がなかったので、あるいは一部的にはあったかもしれませんが、刑罰を特に設けて律しなければならぬというほどの必要性を認めなかったから、今日まで立法がおくれておったというように思うのでございます。この動産と不動産との、人類がこれを持つに至った理由と申しますか、その区別があるがゆえにその法定刑の中にも区別を設けなければならぬという、これは刑報論としてみますと、どうも私は賛意を表しかねる論でございますけれども、たとい自然犯的なものでありましても、ここに新たに設けられるのであって、少なくとも過去においては罰せられなかった行為が将来に向かっては罰せられるということでありますので、その事案々々に応じて、法定刑の範囲内で刑を盛るということに相なるわけでございます。動産と不動産とが保護されるという立場において、両者差別がなければならぬという法律理論的な根拠というものにつきましては、私ども発見に苦しむように思うのでございます。
○大野(幸)委員 これはあなたの御主張ですから別に非難するわけではありませんが、外国の立法例を見ますと、そうでもないようですね。というのは、動産については、今の窃盗犯として処罰をしているようでありますが、不動産窃盗については、先ほど先輩委員から指摘されましたよう応——記録をとるために読み上げてもよろしいのですが、いつも問題になるイタリア刑法の第六百三十一条「他人の不動産を、全部又は一部自己に領有するためその境界を移動又は変更した者は、三年以下の懲役」云々とこうなっておる。これは今度の問題になっている境界毀損罪である。そのまた次の六百三十三条には、「占拠し又はその他、利益を得る目的をもってほしいままに公又は私の他人の土地もしくは建造物を占奪した者は、被害者の告訴を待って、二年以下の懲役又は千リラ以上千リラ以下の罰金に処せられる。」こう書いてあるようであります。暴力的侵害の場合においてすら次の条文で、「人に対する暴行又は脅迫により不動産に関する他人の平穏な占有を侵害した者は、二年以下の懲役」こういうように書いてあります。こういうようにしてみますと、相当軽い品別があるようであります。ニューヨーク刑法では、二千三十四条の「他人の土地又はその他の所有物に立入り又は占有するに当り、暴力を用い、又は他人にこれを用いるよう教唆し奨励し援助する者は、法律により許可せられる場合にして、且法律に依り許容せられる方途によるの外、軽罪とする。」となっておって、重罪としていない。こういうようなことがあるかと思うと、その次には、「所有者より与えられたる権限を有しないで、市町村区域内の土地又はその一部に侵入し、又はその権限を有しないで、右地上に小屋その他の造営物を建築し若しくはこれを占拠する者及び市町村の街路区域内において何等適法の権限なくして、小屋その他の造営物を置き、建造し又は占拠する者は軽罪とする。」となっておる。まだまだ安いのがありますよ。スペイン刑法では、その五百十七条の「人に対する暴行または威嚇によって他人の不動産または物権を違法に占取した者は、そのなした暴力行為の故によって科せられる刑のほかに、その獲得した利得の五〇パーセント以上一〇〇パーセント以下の罰金に処する。」結局これはその暴行罪のほかに、利益の五〇%以上一〇〇%以下の罰金に処する、こういうように書いてある。そういうようなところから見ますると、動産についてということより、不動産については相当刑が軽くなっているという事実について、立法されるときに参酌されたのか、この点についての皆さんの研究の結果を一つお知らせ願いたいと思います。
○竹内政府委員 お手元に差し上げました外国の立法例につきまして、詳細な御質疑がございましたが、これらの外国の立法例は比較法学的な見地から参考にいたしたことは事実でございます。 そこでまず第一におあげになりましたイタリア刑法でございますが、今お読みになりました六百三十一条の規定の前に六百二十四条という規定を掲げておりますが、この六百二十四条が動産の窃盗に関する規定でございまして、これは「三年以下の懲役」、こうなっている。それから今おあげになった六百三十一条、これはやはり私どもが今立案いたしておりますこの不動産侵奪に相当するものも含まれるわけでございまして、これはやはり三年以下、動産と不動産とを同じことにしております。 それから全体として刑が日本のより軽いじゃないかという点については、動産につきましても軽いものですから、そういうふうになっているわけでございます。 それからなお構成要件としまして、イタリア刑法の六百三十三条でございますが、これは不動産侵奪というように窃盗的な類型のものではございませんで、その不動産を占拠しておる——不法領得の意思などはなくてもいいわけです。占拠しておる、あるいは侵入するといったような、わが国で申しますならば住居侵入、建造物侵入のような規定をも広く含めた規定でございまして、これが侵奪より軽く処分されることは当然でございます。 それから六百三十四条は、これは一種の妨害罪なんであります。ただいまごらんになっております資料の十四ページのところにやはり同じイタリア刑法のドイツ訳から翻訳したものが載ってございますが、六百二十三条は「侵入した」と書いてありますし、それから六百三十四条は「妨害した」と書いてあります。私はイタリア語はよくわかりませんのですが、どうも実態は「侵入した」「妨害した」に当たる行為を取り上げておるようでございます。 それからまたニューヨーク刑法をお引き合いに出されましたが、これはいわゆるトレスパス、立ち人り、やはり一種の侵入でございます。 それからまたスペイン刑法をおあげになりましたが、この二五百十七条の一項の前段の方はまさに不動産の占拠でございまして、これは不法領得の意思をもってする場合でなくて、先ほど私が三つの類型をあげましたが、一番ひどい部分じゃなくて、もっと簡単な部分も入るわけなんでございます。私どもの解釈によれば、五百十七条によりますると、賃貸借の期限が満了して民法上不法占有になっておりますものが、暴行脅迫を使うというようなことになりますと、この条文で処罰されるような結果になるのじゃないかと思いますが、私どもはそのような場合は犯罪として扱わないという考えであります。 刑全体がヨーロッパ大陸の各国の刑法は軽くなっておりますが、これは先ほど申しましたように、日本は一番重いものをも含めまして一本の条文にしぼっておりますので、こういう結果になっておるのでございますが、こういうような各国の刑法の法定刑なんというものは、裁判の実務の上におきましては十分参考にされるところでありまして、十年以下の懲役ということにしたからといって、どの窃盗もみな十年近所の処分を受けておるわけではございませんで、六カ月未満のような軽い刑に処せられておる窃盗もずいぶんありますし、申すまでもなく約六〇%以上のものが起訴猶予というようなことで、全然刑事裁判にかけられてないというのが現状でございます。
○大野(幸)委員 今の御答弁に関連してでありますが、外国立法例によりましても、また新しい日本の法令の形態におきましても、なるべく口語体で要件をしろうとにでもわかるように書く、こういうのが近代式だろうということになって、条文のふえることと字数のふえることをいとうようではいけない、こういうことになっております。特に刑法は予防、警戒の意味があるので、これからの刑法は、私はなるべくこまかく、しろうとにもわかるように規定したいのが理想だろうと思うのです。悪いことをした者にこの条文を見せて、これに相当するということを説明して、国法に従わせる、こういうことなんですが、今のこの法律の一貫したる形式を見ましても、そのように心が配っていない。ですから、侵奪というような言葉を使ってあるのみならず、先ほどこの法案は不法領得の意思があって初めて成立するのである、こういうふうに御説明になりましたけれども、条文には「他人ノ不動産ヲ侵奪シタル者ハ」とあるにすぎないのです。それならば形を破ってでも、どうして不法領得の意思を持って他人の不動産の占有、所有を奪い侵すというように書けなかったものか、それともこの法全体の文章のためにそれが書き得なかったのか、一つ聞いておきたいと思うのです。
○竹内政府委員 新しい刑法におきましては、だれが見ても一読して、法律家でなくてもどういうことが罰せられるのであるかということがわかるように書いた方がいいんではないかという第一の御質疑の点でございますが、私も全く同感でございます。そういうふうに書いた方がいいと思いますし、かたかなで書くよりもひらがなでということは、私どもも全く同感でございます。ただ本改正案は、刑法の一部改正でございまして、刑法全面改正の際には、わかりやすいふうに書き直していかなければならぬと思っておりますが、この一部改正におきましては、やはり残っております各条文とのつり合い、文章のつり合い等もありまして、こういう形にならざるを得なかったことをまず御了承願わなければならぬと思います。 それから解釈上不法領得の意思が必要であるというならば、なぜそういうふうに書かぬかという点でございますが、窃盗罪の二百三十五条の規定を見ましても、不法領得の意思ということは実は書いてないわけでございますが、これは御承知の通り、判例、学説によりまして、窃盗罪について、単に他人の物を窃取いたしましても、そういう外形的な行為がありましても、不法領得の意思のない場合、たとえば使用窃盗のようなものは、窃盗にならぬというようなことで、幾多の判例によりまして、不法領得の意思が必要であるということは、今日確立した解釈ということになっております。そこで、この不動産侵奪の規定を二百三十五条の次に並べて置くことによりまして、刑法における体系的地位から申しまして、この場合にも不法領得の意思が必要でということは、ほとんどこれはだれが見ても、裁判官が第一にそう感じてもらわなければならぬわけでございますが、おそらく異論のないところであろうということを考えておるわけでございます。のみならず、ただ単に書いても書かぬでもいいことなら、言い方がいいではないという議論にもなるわけでございますが、ただここで書きますと、同じ条文のところに並んでおります窃盗罪について、それでは今までの不法領得の意思というものは、書いてないものは要らないのかという今度はまた逆の議論も出てくるのでございまして、その点を考慮いたしまして、やはり従来の学説、判例に従って解釈もし、運用もするということにいたしますために、窃盗罪と同じように不法領得ということを特に記載しなかったのでございます。
○大野(幸)委員 今までだいぶ審議されたようですが、これも同僚議員が話しておりましたが、この間所有権を主張しなければ本罪は成立しないのだ、こういう意見が本委員会の委員の先輩の中でもあった。所有権を主張しなければ本罪が成立しないのだと考えておいでの方もあるのです。ところが、それでは動産の使用窃盗の場合と不動産の使用窃盗の場合とは、使用自体が不法領得になるのであるから、それは違うだろうと思うのです。そこで動産についても使用窃盗の観念がいれられる場合があるかないか。あるならばどういう場合であるか。すなわち本罪について犯罪が成立しない、ちょうど動産における使用窃盗のような場合があるかないかということをお尋ねしたい。
○竹内政府委員 その点の解釈につきましては、動産の場合と全く同じように考えております。従いまして、不動産の使用侵奪と申しますか、そういうような場合があり得るわけであります。端的な例を申し上げますならば、労働争議等においてシット・ダウンが行なわれます。これは不法領得の意思などはうかがえないのでありまして、侵奪罪にならない。確かに占拠しておるという状態がございましても、これは入らない。そういう意味におきましても、窃盗と同じように不法領得の意思が必要だということで、この問題は解決ができるのではないかというように考えております。
○大野(幸)委員 その点については私も同感で、そうでなければ、一たび足を踏み込めば占有を開始したのである、犯罪が既遂になったのである、こういうことを言われると、本条は曲げられて適用されていくように思うのです。 それではそれに関連して、境界の境界標をとるために足を踏み入れて占拠した場合には、不動産窃盗の未遂罪が成立するのかしないのか、この点はどうですか。
○竹内政府委員 不法領得の意思を持って他人の土地へ入ってきて、境界になっているところの境界標を除去してしまった、こういう場合には不動産侵奪罪の未遂と、それからもしその境界標を除去したことによって境界が不明になったという結果が発生しております場合には、境界毀損罪との二つの罪が成立するわけであります。それらの二つの罪は、学問上申します想像的競合という関係に立つわけであります。
○大野(幸)委員 それでは不法領得の意思がなければ、境界破壊罪の未遂ということになるのか。
○竹内政府委員 不法領得の意思がなくて、ただ単に境界を不明にするというだけの考えで、そういう認識のもとに境界標を除去し、その結果として境界が不明になってしまったということになりますれば、それは単に境界毀損罪、二百六十二条の二の罪が成立するだけでございます。
○大野(幸)委員 それではこの二百六十二条の二のことについてお尋ねしますが、これは目的犯ですか、どうですか。
○竹内政府委員 本条は目的犯ではございません。
○大野(幸)委員 そうすると、これは結果犯ですか。
○竹内政府委員 いろいろと言い方があろうと思いますが、境界を不明にしたという結果の発生がなければならないという意味においては結果犯とも申していいのでございますが、未遂の規定を置いておりませんので、結果が出なかった場合には未遂で罰するというわけにはいかない。そのときには単なる二百六十一条の器物損壊罪になるかどうかということで、その場合には親告罪でございますから、告訴がなければ処理できない、こういうことになります。
○大野(幸)委員 そうすると、ここには違法の認識は必要でしょう。この違法の認識は何です。
○竹内政府委員 境界を損壊し、それによって不明になるであろう、境界がわからなくなってしまうであろうということの認識が必要であろうと思います。
○大野(幸)委員 他人に損害を加える目的をもって境界標を損壊云々という外国立法例があるようですが、そういうようにした方がやはり法の体裁上、それから一般の受ける印象上、すなわち他人に損害を加えるということが一つの違法の認識であり、目的である、双方兼ねてそういうようにした方がよいように考えられるが、いかがですか。
○竹内政府委員 ドイツ刑法の文書偽造の章の中に二百六十二条の二に近い規定があるわけでございます。その中には財産またはその他の権利を害し、または不法な利益を入手し、またはこれを他人に供与するためとあって、そういう目的でとは書いてございませんが、やはり目的罪と理解していいと思います。そういう目的罪の構成要件になっております場合には、その目的がなければ本邦が成立しないことは明らかでございます。こうした方がいいかどうかという御質疑の点につきましては、私はこういう目的罪の規定にしない方がいいという考えを持っております。その理由は、ドイツ系統の、大陸法の中でも特にドイツ法におきましては目的罪にしておる規定がかなり多いのでございますが、日本もそれをならって目的罪にした規定が現行法の中にございます。しかし、これはただいまの刑事訴訟法の実際の運用をにらみ合わせてみますると、刑事訴訟法は英米法的になっておる。実体法の刑法がドイツ法でございますために、実務の上において非常にむずかしい問題が現に起こっておるわけであります。その理由は、目的罪というのは主観的要素でございます。主観的要素を本人に聞かずに、客観的に事実によってこれを立証するということはなかなかむずかしいことでございますし、この構成要件を満たすために、捜査官は本人にそういう目的があったかなかったかということを突き詰めていかなければならぬ。こういう点は非常に捜査のやり方としましては適当でございませんので、新しい実体法におきましては、できるだけ目的罪を少なくして、その他の点でしぼっていくということを考えるのが相当だと思うのです。 そこで、本条につきましても、野放しに境界を損壊した罪を設けようとしているのではなくて、その損壊した結果、境界が不明になることで初めて罰せられるということで、不明にした行為を罰するということでしぼりをかけてございますので、単なる器物投棄ではないという意味において、後の方でしぼりがかかっているわけであります。こういうふうに御理解願いたいのであります。そういう意味において、目的罪にいたしますことは、立法政策上も立法技術上も適当でないというのが私どもの考えでございます。
○大野(幸)委員 目的罪でないとすれば、それの適用の場合に相当違ってくるのです。たとえば何ら自己の利益ではない、他人にも利益ではない、かねての怨恨があって、甲地と乙地との紛争を起こさせておもしろがるというようないたずら気分からやった場合でも、本条が適用されますか。
○竹内政府委員 構成要件といたしましては、目的罪になっておりませんのですけれども、いたずら半分でやったようなものを罰せんがために、構成要件として目的罪をはずしたわけではなくて、実態は今仰せのように多かれ少なかれ他人に損害を加えるとか、あるいは自己が何らかの利益を得るとかいうことが背景になっている犯罪であることは、これは否定できないわけであります。そういうものは全然なくて、いたずら半分にやりましたというような者が本条の対象になるか、条文の上はそういう場合も入りますけれども、実際問題としてそういうものは処分されないのではないが、私どもの刑法の運用の実務から考えますと、そういうように理解をいたしております。
○大野(幸)委員 あなたのおっしゃるのももっともだ。私は意地悪く聞いてみたようなものだけれども、しかし背景にはそれがあっも、目的罪でないから、先ほどのような場合でもやはりこの条文にぴたりと合うわけであります。ですからむしろ目的罪なら目的罪とした方が非常によいかとも考える。あなた方はりっぱな人ですけれども、これは実際は逮捕したり、捜査令状を出したりするのは警察官がやる。従ってこういう刑法というものは警察官を対象にしなければいけない。あとに裁判になってどうかということは、これは裁判所がやることだからいいけれども、日本ではまず第一に犯罪捜査に着手するのは、どちらかといえば法律の解釈については優秀でない警察官がやる。昔江木衷さんが書かれた「巡査の裁判」という有名が論文を読んだことがあるが、昔は巡査の初めの法律解釈が最後に裁判所まで通ってしまって実刑に課せられるというような時代であったのだろうと思う。それですから、背景には目的が含まれているが、そんなことは捜査の段階、裁判の段階にないとおっしゃったけれども、どうもここは私は納得できない。それはあなたの気持はわかりましたのでこれでよろしゅうございますが、それならば、この二百六十二条の二は、境界の真実性を侵害することが法益だと思うのですが、そうじゃないでしょうか。
○竹内政府委員 ただいまの点でございますが、究極的には真実の境界を保護するということになろうかと思いますけれども、ここで問題にいたしておりますのは、一応当事者の問でそれが境界だとされておるその境界を保護していこうという考え方でございます。もし真実のものだけに限定をいたしますと、裁判を経ないと、そういう境界というものはほとんどないわけなんです。争いのあるものはすべて真実のものでないということに一応なります。そこで、ここで保護しようとしますのは、境界でございますけれども、その境界というのは、当事者間で、あるいは一般に、その土地の人たちがあそこが境界だとして、ある程度尊重されてきた、そういうものを保護していこう、こういう考え方でございます。
○大野(幸)委員 それだと、この条文は実に危険なんです。これは前の速記録を読みますと、田中委員が指摘されているようでありまするが、一応是認されたる境界といいまするか、境界の争いの起こるときには、双方とも自信と確信を持って主張している場合が多いので、それを第三者とかあるいは裁判所が確定しようとしてもできない。なぜできないかというと、すでに境界を認識することができなくなってしまっているから、何人もこれは判断ができない。そこまでいきませんか。私の表現が不十分かもわかりません。結果犯として、あるいは目的犯でもよろしいですが、境界を認識することあたわざるに至らしめたものですから、もう客観的事実は境界の認識ができない。できない場合に、双方の当事者がお互いに確信と自信を持ってやっているときに、どうして処罰ができるでしょうか。それを処罰するのは酷ではないでしょうか。
○竹内政府委員 ちょっと御質疑の点を私誤解をいたしておるかもしれませんが、もうすでに境界がわからなくなってしまっておる場合には、そこへ当事者が、自分は確信を持ってここだといってくいを打ったとか、あるいは相手方がそれを引っこ抜いたというような場合は、本条の適用の外でございます。特に争いがありますような場合には、すでにある境界標、そういうものには手を触れないでおくということが、第三者が調停をします場合にも、一つのよりどころになります。裁判所が裁判します場合にも、それが一つのよりどころになります。そういうものはたとい当事者間に争いがあったとしても、それはそれなりに保護していかなければならぬというのが、この二百六十二条の二の立法趣旨になるわけでございまして、すでに全然境界がないところで勝手に作ったりはずしたりしても、それは本条の適用外でございます。
○大野(幸)委員 やはり私の表現がまずいのでしょう。真実の境界はあるのです。そして境界標がある、ところが境界標のあるところは真実かどうかわからない、この境界の真実性を保護するという意味ならば、その境界の真実性がわからなくなってしまったとぎに、初めてこれが適用になるのだから、真実性はあくまでも発見できなくなるでしょうと言うんです。前の質問に戻ったかもわかりません。
○竹内政府委員 ただいま御質疑のありましたその境界標が真実のものであるかどうか、争いがある。真実という意味は、境界が真実という意味でなく、前からある境界標であるかどうかに争いがあるために、境界そのものも真実であるかどうかもわからない、争いがある。こういう場合には、これは民事裁判によってきめてもらうほかないわけであります。それにしましても、現在すでにある境界標そのものは、裁判が確定して、真実の境界というものが決定しますまでの間は、それはそれなりに保護していかなければならぬというのが、この規定の趣旨になるというふうに思います。
○大野(幸)委員 こうなると、むしろ「境界ヲ認識スルコト能ハザラシメル目的ヲ以テ境界標ヲ損壊、移動若クハ除去シ又ハ其他ノ方法ヲ以テ」云々と書いたらどうでしょうか。そうするとどこかに差しつかえが起きるのですか。その方が簡単でいいのですが、あとへ持ってきたのは、何か考え方があるんじゃないですか。
○竹内政府委員 確かにそういう意見も、実は法制審議会でも議論されたところでございますが、先ほど目的罪について私が申し上げましたように、やはり目的罪にすることによって主観的要素という問題が一つ起こって参りますのと、そういう目的さえあれば、現実に境界が不明になっていなくとも、重い刑で処罰されるという結果にもなるわけであります。しかし私が申しましたように、できるだけ客観的事実できめていこうという考え方をとりますと、その意図があるなしにかかわらず、結果において不明にしたというその行為をとらえて罰するという方が、今の何でも犯人にものを聞いて、犯人の供述いかんによって犯罪が成立するとかしないとかいったような主観的要素に重きを置いた類型よりも、客観的事実に重きを置いて第三者として判断できるような犯罪類型にした方が、戦後の一般刑事罰の規定の仕方として適当だということになりまして、原案のようなことに落ちついたいきさつもあるわけでございます。適用範囲において若干、目的罪にいたしますると、境界標だけを、損壊したり除去したりということ——まあ規定の仕方でございまするけれども、もし境界標だけについて規定せざるを得ないということになりますと、それは非常に狭くなります。境界標だけではなくて、境界標ではないけれども、その他の方法で不明にするという行為が一つある。そういう意味からいろいろ考えますと、原案の方がその点はよろしいんじゃないかというふうに思うわけであります。
○大野(幸)委員 これは捜査の方法としては、客観的事実と客観的結果においてする場合は非常に婆でしょうが、しかし刑法によって処罰するという点から見れば、主観説もおろそかにすることはできないと思うのです。そこで、それは双方折衷することがいいと思うのですが、そうなってみますと、処罰は簡単にできるという意味においては肯定できるが、それならば刑罰も五年以下というのは重いように考える。私たちはこれを三年に修正しようかと考えておるのですが、この際政府の御意見も一応聞いておきます。
○竹内政府委員 前の条文の二百六十一条は、三年以下の懲役となっておりまして、これは器物そのものを損壊した場合でございます。今回のは、先ほど来申し上げますように、器物そのもの、つまり境界標そのものの効用を滅失させるという行為じゃなくて、それを通じて境界そのものを不明にする行為になるわけなんであります。事柄は、親告罪もはずしておりますように、法益は、単なる私的なものじゃなくて、半ば公的なものになってくるということを先ほど申し上げたわけですが、そういうふうに法益も二百六十一条に比べまして、重大な法益になっておるということ、それから第四十章の規定をずっと見て参りまして、体系的に見ますると、これは今御指摘のように三年以下というふうにしますと、二百六十一条との均衡がとれなくなってくるということで、刑法全体の体系的地位から考えますと、やはり五年というのが私どもとしては相当だ、これはもう法制審議会でもほとんど一人の異論もなくきめられたところでございまして、法律家の間においてはいささかも疑念を抱かなかった点でございますことを申し上げておきます。
○大野(幸)委員 その答弁のうちに、法制羅議会においていろいろ異論があったがというならば、私もかえってその方の答弁をとる。だれも異論がなかったいうところに、むしろ私は不安を感ずる。 そこで公益か私益かということですが、私益の点で、先ほど親告罪の場合に私益、それからこれは親告罪でないとするならば、公益だから親告罪じゃないという考えも一つ出てくる。そういう意味で先ほど、これからでもですが、だれか一人か二人くらい異論が出るのがいいと思う。十五人の裁判官満場一致で打ち出す最高裁判所の裁判がはたして真にいいものかどうか、昔ギリシャの裁判では、満場一致の裁判は許さなかった、そういうことを聞いております。だからその点では一つもう一度研究してもらいたいと思います。 それから私は、裁判官の優秀は信じていますので、それはなんでしょうが、ほんとうに十年未満の懲役といって、これが全国津々浦々の簡易裁判所の判事から最高裁判所の判事まで、とにかく独立して判決が下されるのですが、初め実際は戸惑いしはしませんでしょうか。この刑の量定について、窃盗罪の場合と違って、新しくできた不動産窃盗、境界標損壊についての五年ということについて、個々の案件については刑の量定でまず第一、検事がどのくらいのものをやろうかといっても判例も前例もないのです。それですから、戸惑って、とっぴな裁判をすると、それがまた先例になる、こういうようなことになりはしないかと思うのです。どう考えましても、とにかく一応なるべく刑を安くしておいて、どうしてもそれでまかなえない場合にはまた改正するなり、あるいはそれ以上の刑に達する場合には、多くは他の犯罪と競合合したり、併合したり、牽連したりするのですから、この不動産窃盗について初めから十年というのは、私は重きに失するうらみがあるということをここで申し上げておき、また質問は他の機会に譲りまして、きょうはこれで終わらしていただきます。
○瀬戸山委員長 次に、阿部五郎君。
○阿部委員 この不動産侵奪罪につきまして、大臣に一つだけ聞きたいのであります。これが近ごろ大阪などであると私はうわさにも聞いております。市街地などで他人の土地を占拠して、建物を建てたりなどして、それを売り払った、しかもそれが数人共謀して行なわれておるということを聞いておるのでありますが、それらに対しては何らかの痛棒を加えて、これを抑制しなかったならば、われわれの正義感は満足できないのは、ほんとうに立案の政府側、御提案になった政府側と意見は同じなんであります。しかしながら、反面、そうでなくして、何しろ人間というものは地上に生活するほかはないのでありますが、それが土地所有権も賃借権も持っておらないという者が幾らでもある。ことに私たちが選挙などでいわゆる未解放部落という地帯を訪問いたしますと、それらの家が多く河川敷にあったり、河川の付近のやぶの中にあったり、あるいは人の土地と土地との間の境目のどちらの方からも使用にたえない部分があるものでありますが、そういうところを選んで家を建てておったり、あるいは神社の境内などに家を建てたり、こういう者が多々あるのであります。そういうことがなぜ起こってくるかを想像いたしてみますと、それらの人々は、差別感情の強い地帯においては、かりに金があっても土地を買うことができない、いわんや土地を賃借したいとしましても貸す者はない、こういうところから、やむを得ずそういう比較的抵抗の少ない間隙をねらって、そこらで生活を営んでおる、こういうことが行なわれてきたのであろうと思うのであります。そうして、もしそれらのところまでもあくまで追及して、他人の土地であるからというので占拠させないということになりましたならば、その人たちの生存を正否定するのでありますから、これは窮して乱をなすのは人情のやむを得ないところだと思う。むしろその方が世の中の平穏を害したであろうと思われるのであります。そこで管理の比較的ゆるやかな神社の境内地とかお寺の境内地とか、あるいはあまり使用してない公有地とか河川敷のごときもの、そういうところで居住することが従来許されてきたということは、世の中にそれだけのゆとりがあったのであって、これをやめてしまうということは、かえってこれは世の中の平穏をそこなう法律になるのではなかろうかという心配があるのであります。これについて刑事局長の御答弁を聞いておりますと、この不動産侵奪という行為の類型には大体三つある。一つは、今私が申し上げたような居住のため、生存のためにやむを得ず他人の土地を、不動産を侵奪するという形、もう一つは、賃貸借あるいはその不動産を使用する正当な権限はあったが、何らかの意味でその権限が消滅した後にも依然として占拠を続けるという形、いま一つは、最初に申し上げた他人の不動産を侵奪して自己の利益をはかる市街地の侵奪のごときもの、こう大体三つあるというのであります。もし今回のこの不動産侵奪罪というものが、その最後にあげました市街地などの他人の不動産を侵奪するという行為を犯罪対象として、犯罪行為としてこれに制肘を加えようというものでありましたならば、私たちも大賛成なのであります。しかしながらこの法文によりますと、その三つともをみんな包括しておるのであります。そこに私たちが不安を抱かざるを得ない理由があるのでありますが、これについて大臣はいかにお考えになっておられますか。
○井野国務大臣 ただいま阿部委員の御質問の通り、第三の場合が一番この法案のねらいでございますけれども、いやしくも占有権なり所有権を持っておる土地に、それが境内敷地であろうとあるいは他人の敷地であろうと、そこへいわゆる侵奪の意思をもって入ってくるということになりますれば、やはりこれは動産窃盗と同じような観念で罰すべきが、法益を守る上においてとるべき立場であろう、こうわれわれは感ずるのであります。そこで今お話しのような、いろいろな部落の居住の問題でありますとかあるいは庶民の住宅の問題につきましてはこれは社会政策上の見地から政治的に解決すべき問題であって、刑法自体で解決すべき問題ではないと私は思うのであります。いやしくも刑法という法益を守る一般法におきましては、すべて犯意がある場合には同じく罰するということが適当である、甲、乙の事情によってそれを——もちろん刑の量刑とかあるいは検挙の手心では違いますけれども、法自体においてそういう区別を設けるべき筋合いのものではない。これは刑法が一般刑法でありますから、そういう観念を私は申し上げる次第であります。
○阿部委員 大臣の今のお答えによりますと、この法律はもっぱらその運用の手心によって適正なる結果を期待するほかはないということに、結論としてなるであろうと思います。これが法律の施行の上において一番弊害の多いものではなかろうかと私は思うのであります。私は戦時中のあの統制経済時代を思い出すのでありますが、あの当時に公定価格というものをきめておりましたが、それらがほとんど原材料の価格の上から、それも表面上きめられておる価格じゃなくて、実際に手に入れられる価格の上から考えましたならば、絶対に不可能な公定価格をきめておったわけであります。それをみんな検挙するとしましたならば、経済は麻痺されてしまうのであります。そこであの当時実際に経済が運用されたのは警察官の手心によってであって、それによってようやく運用ができた、こういう形でありました。そうするとここに大きな弊害が起こってきたのは、警察官の手心でありますから、これに気に入らない何か別の行為がありましたならば、それがたちまち有罪として最後まで裁判所の判決を受けざるを得ないということになるのであります。そのためにあの統制というものが世間の信用を失うたことは、それはもう想像以上であります。全く、常はそれくらいの価格はやむを得ないとして、手心によって認められておるものが、一たびごきげんをそこなうと、それがたちまち犯罪になるのであります。今度のこういう法律も、もし刑事局長の言われる第三の類型を処罰の対象とするのでありましたならば、それはもとよりけっこうであって、よろしい。が、これは第一の類型までも加えるということになりますと、私は法律の形の上からでも、これは非常に大きな矛盾を持つのではないかと思うのであります。 そこで大臣にお尋ねいたしますが、日本の国民の中に、不動産の所有権——土地と申しますか、土地の所有権も賃借権もその他の用益権も何も持たない国民は相当多数あるということを、これは大臣も認めざるを得ないだろうと思います。そうしてそれらの人々が何らかの意味で生存していこうとすれば、どこかの土地の上に足を踏まえ、そこに住居しなければならない。そうすると、所有権も賃借権もその他の用益権も持たない国民は、これはずいぶん多いと思いますが、それらの人々は最初からこの法律ができたことによって犯罪性を持っておる人間だ、国民だ、こういうことになると思いますが、この点いかがでございますか。
○井野国務大臣 所有権なりあるいは占有権を持たない国民の多いことは、これはもうお説の通りであります。それに対しては、政府としましても住宅政策でアパートを作ったり、その他いろいろの施設をして、それらの人の居住をはかっておるわけであります。ですからそういう人が直ちにこの犯意を持つ、いわゆる侵奪罪の犯意を持っているという認定は、これは非常な酷な認定で、それらの人でも他人の所有権を侵奪する意思がはっきりした場合に罰する、こういうことでございますから、その点は誤解のないようにお願い申し上げたいと思います。
○阿部委員 それでは大臣に伺いますが、この所有権も占有権も何も持たない者がたくさんあるのは認められる。そしてその人たちが生存するためには、どこかの土地を占拠しなければ生存できない、これも当然の話であります。それでは、日本国内にだれの所有権にも属しない土地があるのでございますか。大臣は今、住宅政策その他によって政府がそういう人には措置をすると言われるが、実際上完全にそれができておると広言することができましょうか。この二点、お答えをいただきたいと思います。
○井野国務大臣 政府としましては、そういう人々のためにいわゆる住居を与えることが必要だということで、住宅政策をやっているわけであります。年次を分けてやっておりますから、現在すぐ全部の人が満足しているとは思いません。しかし現在そうでない人が、それじゃ他人の不動産を侵奪してそこに家を建てておるかというと、そういうことが非常に違法的にあるから罰するのでありまして、現在においてはそういう過渡的な時代でもありますので、政府としてもそういうことのないように、急いで住宅政策を進めておるわけであります。
○阿部委員 犯意を抱いておると認めることはできぬとおっしゃいますが、どこにも足を踏まえるべき土地がなくて、そうしてその人たちは生存しなければならぬとすれば、これはどこかの土地を占拠せざるを得ないのでありますが、その人たちは政府の住宅政策が完備するまでの問、それではどの土地を踏めばいいのでありますか。日本にそういう他人の所有その他他人の権利に属しない土地で、そういう困った人が占拠のできる土地が残っておるのでありますか。
○井野国務大臣 全然だれの所有権もない土地というのは、日本にどのくらいあるか私もはっきりわかりませんが、ほとんどないのではなかろうかと思っております。しかし、その住宅政策に乗らない人たちが居住に困っておるかといえば、もちろん十分な居住はしておりませんが、あるいはアパートに住まったり、他人のうちに居そうろうしたり、今日においてはそういう状態においてみんなが満足しているのでありまして、一般の状態から見て他人の土地まで侵奪して住まなければならぬという状態ではないと私どもでは考えおります。
○阿部委員 それは大臣あまり甘い御認識じゃないかと思います。それでは現在まで歴史的に河川敷とかその他で小さい家を建てて暮らしてきた人がたくさんある、今までたくさんあったということは、将来もそういう人が出てこざるを得ないという事実の存在を思わせるということは認めざるを得ないと思います。その場合、その人たちはみんな犯罪になる。こういう法律を今回作るわけなんでありますから、そういうことをなからしめるのが政治ではありませんかとこの間刑事局長が言うのでありますが、それが政治であるとすれば、それでは大臣は政府としてそれに対応すべき、たとえば——言葉が適当であるかどうか知りませんけれども、住居保障法とかなんとかいうような法律でもお作りになって、国民である限りは最低の住居は政府が権利として保障するというようなことでもなさるお考えがあって、それがこの法律の反面として作られるのであり、それに対して政府が相当の予算をさきなさるというお考えであるのでありましたならば、大臣のお答えもごもっともと承るほかはありませんけれども、今のところは国民にはそういう権利は認められておらないで、住居のない者がどこかの土地に足をおろすとそれは犯罪になるということは、これは国民の相当多数がやむを得ずしてすることを犯罪とする、そういう法律になるのではなかろうかと思いますが、いかがでしょう。
○井野国務大臣 阿部委員は片方から私をお責めになっておりますが、また所有権なり占有権というものの権利保全の点からもお考えいただかなければならぬと思います。今日では憲法であるいはそれに基づく法律で、国民の所有権なり占有権というものが保護されております。これを侵害された場合に、それを守ってやらなければならぬのは法の建前でありまするから、今まで刑法において動産というものにしか保護はなかった、そのために、不動産についてせっかく権利を持ちながらも、侵奪されておるという事実に対して法的措置がなかったので、今回それを法的措置によって解決しようというのがこの改正案の趣旨でございますから、片方の住む人のことばかり考えて、それがどんな犯罪行為をしても、他人の土地をどんどん取っても、生活さえ苦しければかまわないというのでは、法秩序の維持はできない。法治国家である以上、一方において保護される以上は、所有者に対しても保護していかなければならない、こう私は考えます。
○阿部委員 大臣は私の最初に申し上げたことを忘れておられるようであります。私は土地所有権その他の不動産に関する権利を保護することには、決して大臣に譲るものではないと思っております。そこで最初に申し上げました通りに、刑事局長のいわゆる三つの類型のうちで、ほんとうにそれらを侵奪する者に対してそれを制圧せんとするところの立法をどうして考えなかったかということが私の疑問であります。それにもかかわらず、何もかも一緒くたに犯罪としてしまう今回の立法をなさろうとする。そしてそれが行為の形が同じことであれば、侵奪である限り当然のことだと大臣はおっしゃる。おのずからそこには、行為の類型として局長があげられる以上は、差別はあるのでありますから、その処罰の対象としている者を処罰するようにどうして立法なさろうとしないのでありますか、この点を聞きたいのであります。
○井野国務大臣 阿部委員のお考えですと、行政罰でありますればそういうお考えもできると思います。特に社会的にこういうことを守りたいという点についての行き方はありますが、刑法となりますと、その侵した者の地位がどういう地位にあろうとも、いやしくも犯意を持って法益を害したという場合には、すべて刑法は一般に罰しております。刑法では、刑法の適用を受けます者はその者の地位いかん、それはどんなかわいそうないろいろな事情がありましても、それは罰せられる規定になっておるのでありますから、今回は不動産も動産と同じように、いわゆる侵奪の目的にしようということで規定をいたしたのでありますから、第一段、第二段、第三段とおあげになりましたその階級によりまして、侵奪する者の地位によりまして区別するわけには参らない、こういうことを申し上げておるのであります。
○阿部委員 侵奪する者の地位によってというのは、もちろん法律は国民に平等でなければならぬのは申すまでもありません。しかしながら、その犯罪の類型において、行為の類型において区別がつくのでありますから、その最も悪い類型に対してこれを犯罪とするという立法ができないはずはありません。何も国民に区別をつけて、法の前には平等であるべき国民を差別しようとするのではないのであります、行為の類型は区別ができるのでありますから、その類型によって差別をつけて、ほんとうに処罰をなすべき行為に対してのみこれを処罰すべき立法をしなければならぬというておるのであります。
○猪俣委員 今の質問に関連して。——阿部君の提出した問題は、刑法理論としても、あるいはまた法律の理論としても非常に深刻な問題なんです。それはわれわれが自然法的に享有しております生存権と所有権というものが対立した場合、どういうように処置すべきかという問題に入ってきているわけです。今阿部君も言われたように、第二、第三の類型については異存がないのでありますけれども、第一の類型、すなわち生存権的な要素を多分に持っておるこの所有権との衝突事件について、国家なり法がどうこれを処置するか。今までは決して法が処置しなかったわけではない。民事事件では明け渡し請求ができたわけです。不当占拠として裁判ができた。それで必ず憲法の保障する所有権に基づく救済方法はあったわけです。しかしこれは民事的救済方法、生きる者と法の保護との間にある程度の調和があったと思うのです。民事裁判は直ちに監獄にぶち込むようなことはいたしません。生存権者もそこにまた解決の道ができてくるというふうに、国の方針として決して所有権を侵害された者を保護していないわけではない、保護はしたが民事的に保護してきた。直ちに犯罪ということになりますと、そこに生存権との衝突が起こってくるというのが、法理論的に言いますならば、阿部君の心配しておるところだと思うのであります。今までも法の保護はあったわけです。それを直ちに生存権までも刑罰の対象として、やむを得ずそこに住む人間を犯罪者とするということが、一体国の全体の法の建前から、あるいは刑法理論の建前から妥当であるかどうか。 いま一点、かような今阿部君の指摘しましたような、まことに住むに家なくという言葉がありますが、やむを得ず人の使わないようなところに、ささやかなるいおりを結んだという者も、侵奪者として刑法の被告とするということが妥当なりとするならば、これは刑法理論として期待可能性の理論が適用になっておる。さようなものをお目こぼしになるということもありましょうが、何かそういう期待可能性の理論を、学理論なりあるいは裁判官の判決の根拠だけでなしに、この法文の中に期待可能性の理論を取り入れたような条文ができなかったものであろうかというのが、われわれの偽らざる心情です。これは法律技術としてなかなかめん、どうだと思うのです。私どもも考えましたけれども、なかなかめんどうでございまして、その点は政府にも御同情申し上げますが、有能な方々が多数おそろいになっておるのだから、その点について、何か特別の法技術的なことができなかったろうか。何としてもそこにいおりを結ぶ以外に彼が生きていけないという場合において、なおこれを犯罪者だとするということは、刑法の理論からしても、無理なところができるのでございます。ただ、今申しましたように、そういう刑法の期待可能性の理論などというものは、高尚な裁判官ならばおわかりであろうけれども、下っぱの警察官などというものは、そんなことを考えずに、どんどんしょっ引いてしまうというようなことが起こりますと、いわゆるわれわれの生存権そのものが、同家から否定せられたような惨状を呈するのではなかろうかという心配があるわけです。法の運用について、皆さんは一体どういう覚悟をお持ちになるのであるか、その点をお聞きいたしたいのです。
○井野国務大臣 刑法の理論につきましては、刑事局長からまた詳しくお答え申し上げますが、結局生活権と法益との衝突という問題は、不動産ばかりでなく、動産にも私はあると思うのです。たとえばその日の飯が食えない、食うに米がない、米を食わなければ死ぬという者が、かりに米をどろぼうしたというときでも、これは刑法論理からいって犯罪になるわけであります。ですから生活権と刑法理論の矛盾性というものは、あらゆる事案について多少のそういう問題はあるのです。そこはまた裁判官なり検察官の手心で適当に、運用していくというよりほか、今の刑法の理論からいけばないと思うのです。これは不動産につきましても同じ考えでありますので、期待可能性の理論も、この立法にあたりましては、十分に研究はいたしましたけれども、今日まで、すなわち動産、不動産というものについての窃盗罪としてこれを罰することが、一番刑法理論としては適当であるというところから、この立法を見た次第でありまして、なお詳細は刑事局長からお答え申し上げます。
○竹内政府委員 幾つかの御質問の中で、個条的にお答えを申し上げていきますと、すでに困った人たちが占拠しておりますこの状態を、この法律によって犯罪視するということはないわけです。これはたびたび申し上げておる通りです。 それから、この種の真に住むに家なく、あしたにも困るといったような非常に窮迫した状態において、かりに本法施行後に、そういう不法占拠が行なわれたという場合に、これが犯罪になるかどうかという一般論につきましては、先ほど大臣からお答え申し上げた通りでございますが、個々の事件につきましては、そのような占拠者は、自分のものにしてしまおうという考えじゃなくて、いわゆる使用者窃盗的な、使用侵奪的な行為になる場合が相当あるのではないか。そうなれば、もちろん構成要件の不法領得の意思のない場合でございますから、犯罪にならない場合がある。また、かりに不法領得の意思は認められるといたしましても、緊急避難というようなことで、違法性の阻却される場合も相当あるわけです。ことに、今猪俣委員からも仰せがありましたように、期待可能性というような理論も、学者の間には強く主張されておりますし、下級審の判決には、その期待可能性の理論をとった判決もあるわけでありますが、この問題は、今も大臣申されたように、動産についても、その他の犯罪についても、生活権との衝突という問題は随所にあるわけなんです。猪俣委員から、こういう問題は何か工夫がなかったかというお言葉でございますが、これは当該条文に不動産侵奪について、そのような特殊な違法性阻却の事由を掲げるということは適当でございませんので、むしろ刑法総則の中に、この種の違法性阻却の事由としてあげていくというのが適当であるわけであります。私どもが、今刑法改正準備会等で議論をいたしております刑法の総則のところでは、この問題を論議して考えているので、将来そういう総則が全般的に各本条にかぶってくるということになれば、具体的取り扱いが、単なる警察官の考え次第というのではなくて、法律的にも筋の通ったこととして、阻却されるべき違法は、総則の規定によって阻却されるというようなことによって、運用上支障のないようになるというふうに考えておるのでございます。
○阿部委員 今局長の言われた不法領得の意思とか、違法性の阻却とか、緊急避難とか、あるいは学説上の問題とかいうようなものを、法の執行に当たるところの巡査まで知っておれば問題はないのであります。しかしながら、実際執行に当たるのは警察官であります。それにそんなことの理解を求めることのできないことは、言うまでもないと思います。そこに私は問題があると思うのでありますが、これはまたあとで猪俣委員からもお聞きするだろうと思いますから、それはさておきまして、御答弁をいただきたいのは、今大臣が言われた動産に関しても、生活の必要上どうしても要る場合があるということでありましたが、動産の場合については、すでに戦後は生活保護法という法律もできて、最低の生活を保障すると、曲がりなりにも措置ができております。しかし地面というものは、これは人間に絶対必要なものでありますが、これについては、住居保障法というような、これを保障する施策はまだないようであります。なるほど住宅政策には努力されておるでありましょうが、それが国民の住居を求める権利として認められておらないことは、申すまでもありません。大臣は、この法律の反面として、国民にそういう居住の権利をも認めるようなことをお考えになっておりますかどうか、それが一点であります。 それからもう一つは、これは局長からお答え願うほかはないと思いますが、この犯罪の類型として三つ上げられたのであります。この類型の一つをとって、法律の対象とするような立法はお考えにならなかったのであるか、この点であります。これは局長自身も、一番処罰したいのはこの中の一つであると言うておられます。そうすれば、それを処罰するような法律はできなかったのでありますか、この二点だけお伺いいたします。
○井野国務大臣 第一点は私から申し上げ、第二点は局長からお答え申し上げます。 もちろん国民の居住権というものを憲法でも保障しておるのでございますから、国民が居住するという権利は持っております。しかし憲法で、国民は、だれでもが土地を持たしてやるという権利は、何も認めておりません。ですから、住む手段として他人の家に寄宿する場合もございましょうし、また自分がアパートを借りて住む場合もございましょうし、これが今日の住宅の現状でございます。動産について、生活の最低保障があるからというお話でございますけれども、生活の最低保障でも、なお食えない人が今でもある状態でございますから、動産と不動産とは、そういう点において何ら法的観念においては差異がないと私は思います。しかし社会政策としては、今後政府としても住宅政策を徹底して、できるだけそういう人を少なくすることは当然であります。これは政治問題であります。どうぞ刑法問題と政治問題とを区別してお考え願いたいと思います。
○阿部委員 そうすると、動産に関しては、それは生活保護法によって最低生活の保護を、国家に対して求める権利を与えていることは大臣御存じと思います。ところが、それだけでは人間は生きていけないのでありますから、住居を求める権利——私は土地の所有権を求める権利を与えろ、こう言うておるのじゃないのであります。とにかく住居を求める権利を国民に認める、こういうお考えはございませんか。
○井野国務大臣 先ほどもお答え申し上げましたように、憲法では居住権は認めておりますけれども、土地を所有させるという権利は、何も憲法は保障しておりません。ですから、そういった土地を所有する権利というものを、一般国民が権利として国に要求するということはこれはでき得ないと私は思っております。
○阿部委員 どうも大臣は誤解しておられるのであって、憲法で居住権を認めておる、こうおっしゃいますけれども、それを具体化するところの措置についてはできておらないのであります。これは言うまでもありません。そこで、立法措置として、その憲法に認めておるところの居住権を具体的にする、住居のない者が住居を国に要求する権利、こういうものを必要とはお考えにならないかどうか。
○井野国務大臣 憲法で居住権を認めておりますのは、その人の住む場所を制限してはいかぬということでありまして、その居住権に基づいて家を建ててやったり、土地を求めてやらなければならぬという権利まで憲法は保障していないと私は解釈しております。ですから、国民の居住について、実際の住居を作ってやるということは政治として考慮すべきものである、権利として考えるべきものじゃない、こう理解しております。
○阿部委員 どうも大臣誤解しておるようでありますが、それでは動産の場合、現在の生活保護法の場合も同様でありまして、これも当然法律の問題ではないのであって、政治上の問題である。政治上の問題として国民に最低生活を国に求める権利を生活保護法で与えておる。あれは決して国の恩恵ではありません。国民に与えられたる権利であります。それと同じように住居を求める権利を認めるという必要があると思うか思わないか。こういうことなんです。
○井野国務大臣 憲法におきまして国民の生活を保障しておりましても、それは必ずしも住宅の保障をしているとは私は理解していないのであります。現在いろいろの住宅についてのいき方としては、公営住宅法でありますとか、そういう法律である程度保護しておりますけれども、これは国民が住宅を持つという権利に基づいてやっているのじゃなくて、国家が国民に住宅を持たせることが適当であるという政策から、そういう法律によって保護しているものと私どもは理解しております。
○阿部委員 どうも話が平行線をたどるようでありますから、私はこれで切っておきまして、刑事局長に先ほどの御答弁をお願いいたします。
○竹内政府委員 先ほど不法占拠の現象を三つの種類に分類してお答え申し上げたわけでございます。それで第三の類型に嘱する現象を取り締まりたいんだ、それがこの立法の趣旨だということを申し上げました。そういうふうにしますためにどういう措置をとったかということが御質疑の内容であります。先ほど外国の立法例なども御質疑の中に出て参りましたが、外国では不法占拠そのものを罰するとか、あるいは不法侵入、トレスパスといったような侵入行為を罰するとか、あるいは妨害行為を罰するとか、いろいろなる形で犯罪を取り上げております。それにつきまして、今回の原案におきましては、そういういろいろな種類の不法占拠がございますが、その中で窃盗と同じような類型の不法侵奪というものだけにしぼりまして類型を認めたわけであります。それによりまして、繰り返し申し上げますように、不法領得の意思がなければならない。それから新たに積極的な行為に出たものでなければならない。あるいは不動産に対する他人の占有を排除していかなければならない。それから第四にはこれを自分の支配の中に移すという行為がなければいかぬ。こういったような条件にしぼられる。そういたしますと、先ほど申し上げた第一の類型のものは不法領得というような点で非常に犯意が薄くなってくる。おそらくないという場合も多々あると思います。それから第二の類型の賃借権の切れたというのは、新たに積極的な行為を出していないわけなので、そういうものははずれてしまう。そうしますと、第三に私どもがねらっておりますような、悪質な不法占拠だけが、不法侵奪という類型の構成正要件にいたしますと、そういうものにしぼられて、対象がかなりクローズアップされてくる、こういうふうに考えまして、不動産の不法侵奪という犯罪類型でこの問題に対処していく、これが私どもが先ほど申し上げました趣旨を実現しますために、類型を特にこういう形をとったというふうに御了解を願いたいわけでございます。
○阿部委員 局長のおっしゃる第一の類型は犯意が薄くなるとおっしゃるが、薄いか濃いかの認定などというものは、これは局長にして初めてできることであって、少なくとも法律家にして初めてできることであって、それを警察官に要求することは困難であることは言うまでもありません。そこで、この点において私は大きな不満があるのでありまして、それが構成要件に該当しないというような立法はできないか、それができれば問題はないわけです。それができないかというのが私の質問であります。
○竹内政府委員 第一の類型に属するものの中にも、非常にせんじ詰めていえば、いる場所がないからそこに入り込んだということにもなりましょうけれども、その手段方法として、みんなをけしかけてやるとかいろいろな犯罪動機があろうと思います。中にはこの法律の適用を見なければならぬ場合もあるかと思いますけれども、今生活権と密接に結びついて、いわゆる緊急避難的に見られるような行為につきましては、これは緊急避難となる。それから不法領得の意思がないと認められるものもあるのであります。これらは警察官がわからぬであろうということでございますけれども、これは窃盗罪についてもその他の罪につきましても、緊急避難とかあるいは正当防衛とかいう違法阻却の事由、それから犯意があるとかないとかいうことは、これはもう犯罪を手がけております者はよく熟知しておるわけでございます。それから民事と刑事と交錯しておるようなこの種の犯罪につきましては、確かに民事の教養も必要でございます。そういう方面の教養もつけていかなければならぬと思いますが、警察官だからこういう点は何でも無視してかかるというようには私ども考えておらぬのでありまして、警察官の法律素養というものも近時ずっとよくなっておりまして、先生の御心配になるような点はなかろうかと私は存じております。
○阿部委員 どうもこの点は釈然といたしませんけれども、その点も押し問答しても仕方がありませんから、別に一点だけ、局長の言う第二の類型についてお尋ねをしておきたいと思います。 それは、賃借その他何らかの権限があって、それがその後なくなった場合に占拠を続ける、こういう場合には普通の場合には犯罪にならない、構成要件を満たさない、これは当然でありますが、そのために強制執行を受けて実際上は依然として占有を続けてはおるが、形式上一応債務者の占有を解き、これを債権者の占有に移した、こういうようなことをやるのです。これは実際やっておることで十分御存じであります。しかし実際上占有は続けておる、支配は続けておる、こんな場合があるわけであります。そういう場合にはどういうふうにこれは御解釈なさるのでありますか。
○竹内政府委員 ただいまのような場合には、本罪の適用を見ない、消極的に私どもは解しております。強制執行の場合に適用を見ますのは、強制執行の結果、家屋について申しますが、家屋の明け渡しをしてしまって、完全に賃借人の占有から事実上離れてしまう。しかるにその後また入ってきておる、家財道具も運び入れ、だんだん人数もふえてきて、結局居づいてしまった、こういうことになりますと侵奪ということになりますが、今仰せのように、ただ単に事実上いるんだけれども、法律上占有を移したという形のときには、新たなる積極的な行為がそこに見られないわけでございますから、構成要件に該当しないのであります。
○阿部委員 家屋の場合はやや明白でありますが、これが農地の場合になりますと問題があるのであります。債務者の占有を解いてこれを債権者の占有に移す、こう宣言をしておる。しかし占有を移したというたところで、実際上形の上においては何らの肩がわりもないのであります。そういう場合に、これを犯罪構成要件を満たさないもの、こう解釈していいわけでありますか。もしそうなってくると、これは強制執行というのはまた意味がなくなってしまうという反面もあるのであります。まことにこれは疑問を感ずべきであると思うのでありますが、いかように解釈なさいますか。
○竹内政府委員 土地の場合につきましても、今御提示の例でございますと、消極的に解釈するほかないわけであります。ただし、この土地につきましても、占有を移しました結果として、有刺鉄線をめぐらして、以後入ることはできぬというふうにはっきりとして立ち入り禁止の措置をとるような場合には、その有刺鉄線をはずして、あるいは破壊して中へ入ってきて、今度はまた前のように居すわってしまう。その居すわり方にいろいろありましょうが、居すわってしまって、完全に事実上の占有を取得してしまった、こういうことになりますれば、それは侵奪罪になると思いますけれども、そのままの状態で特段のこともなければ、権利の上だけで占有を取得したというだけでありましたならば、事実行為としては何ら変わりがないわけでありますから、それをもって侵奪罪というわけには参らないと思います。
○阿部委員 これは局長、逆に考えておられるのではありませんか。農地なんかの場合には、明け渡し請求する場合に、大てい仮処分なんかもついておるものでありまして、そういう場合には、あるいはかきをめぐらして入ったらいかぬ、こういうふうな場合、それを侵して入ればむろん公務執行妨害になるのでありまして、罪はもっと重い。ところがそれが判決確定して、強制執行というようなことになりますと、逆に今までの仮処分などは解いてしまって、そうして債権者の占有に移した、こう言葉の上、文書の上だけでそういうことになるのであります。そうすると、今度債務者の場合、それが耕作しておる場合には、耕作物などは若干残っておるのが普通であります。そこで依然として立ち入りをして、管理を続ける、こういうふうな場合が起こるのであります。そうすると確定判決による執行というようなことが、御説によると何にも意味をなさないということになりますが、さりとてそれが犯罪になるとしたらどうなりますか。
○竹内政府委員 毛上を取りに入るということは、侵奪じゃないわけです。そういう場合にはむろん消極でございますが、しかしあと引き続いて種をまく。そういうふうにして、結局は執行されてもされなくても同じようなことになってしまっているということになれば、これは侵奪になる場合もあるわけです。これはケース・バイ・ケースで、その領得の意思がどうやって認められるかということは、社会通念によって律しなければならないと思います。
○阿部委員 そういうことになって、社会通念とかなんとかいうことを取り上げなければならないほど複雑な、微妙なものになるほかはないと思うのでありますが、これは刑法でありますから、はなはだ不安を感ぜざるを得ないのであります。犯した事故について私たち心配せざるを得ないのは、初めから権利も何もない場合があるのであります。たとえばこのごろ農地法というのがありまして、賃貸借契約を結ぶのには農業委員会の許可が要るとかいうような規定があって、それがなければ効力を最初から発生しないという明文があるわけです。ところがそんなのを知らずして賃貸借契約を結び、農地の受け渡しを済ませる場合がよくあるのです。それがあとになってわかってきて、これはいけない、これを返せということになる。その返せというのには、当事者ばかりでなしに、村の農業委員会とか有力な機関が入るのです。そんな場合にも、一たん耕作を始めて一年間でも収穫を得ましたならば、農民としてはなかなか土地は放せないものです。そんな場合にはたしてどうなるのか、これで構成要件を満たすということになりますと、農村の平穏を害することはなはだしいものが起こるであろうと思うのであります。
○竹内政府委員 その場合には、入ることは法律上権限がないということが後にわかったといたしましても、一応賃貸借契約によって賃貸し得たものと思って入ったわけでありますから、種をまいて収穫するという行為そのものを侵奪だというわけには参らないわけであります。これは登記の関係におきまして、それは民事であとは取り返す以外には方法はないわけであります。
○阿部委員 それくらいにしておきましょう。
○瀬戸山委員長 志賀義雄君。
○志賀(義)委員 前に刑事局長に、今度の刑法二百三十五条の第二項に不動産侵奪罪というものを新たに押入することについて、侵奪という言葉はどこから持ってこられたのかということで、法務省から配付されました窃盗罪及び境界毀損罪に関する立法例としてイタリア刑法のことを伺いました。イタリア刑法の第六百三十一条のウスルパチオーネのところに特に法務省の方で侵奪という言葉を入れておられるのでありますが、これはウスルパチオーネと同一概念としてこれを侵奪と翻訳し、これを今度の新たな第二項に入れる分にそのまま入れられたものでしょうか。侵奪ということにここに翻訳されて、ウスルパチオーネを刑事局で特に侵奪という言葉を入れておられます。それとは別の概念規定をここに持ち込まれたのでありましょうか。その点をまだ伺っておりませんので……。
○竹内政府委員 侵奪という言葉はイタリア刑法からとったのではなくて、むしろ参考にいたしましたのは、民法の二百条に侵奪という言葉がございますので、それを使ったわけでございますが、その民法の二百条の規定はもちろん占有回収の規定でございますから、直接刑法の概念ではないわけであります。そこで、侵奪という用語は、一体民法は御承知のようにボアソナードが前は作ったわけなんで、ボアソナードの時代からこの侵奪という言葉があったのだろうかという点を検討してみました、そうしたらあった。ボアソナードは一体その言葉をどこからとったのだろうかということでフランス刑法の方へ戻っていきました。私もフランス語はあまりわからぬのですけれども、アンレーヴマンという字を使っておるのであります。フランスの方へいきますと、幼児の誘拐罪、これにやはりアンレーヴマンという字を使っておる。これはフランス語の方からいえば、侵奪という言葉が刑法の概念にもあるということから、侵奪という字に落ち着いてきたわけでございます。もちろん康煕字典のような漢籍の辞典を見ますと、侵奪という言葉はないので、むしろ占奪という字を書いて、これが不動産などを奪う字として昔からあったようであります。ところが、もちろん康煕字典というような辞典から言葉をとってみますと、あるいは占奪という方がいいのかもしれませんけれども、法律概念として見ますと、占という字が使ってありますと、先般来申し上げておりますように、継続犯という感じがするわけなんで、もしそういうふうな感じが文字から出てきますと、即時犯という立法趣旨でございますが、これが継続犯ということになってきますと、また立法趣旨とも違ってきますので、結局これも法制審議会でいろいろ議論しましたが、侵奪というところに落ち着いたわけでございます。イタリア刑法の、最初私の方から出しました案には、侵奪という、今仰せのウスルパチオーネの字を侵奪というふうに一応訳しましたが、これはジュリストの本年一月十五日号に森下忠という方が、「イタリア刑法における不動産窃盗」という題で論文を書いて起られますが、その中に、侵奪という字を使って、カッコしてウスルパチオーネ、こう書いてある。そこで日本でも、まさにこの六百三十一条は、日本の侵奪に相当する規定でございますので、これは侵奪という字がいいのじゃないかというので、翻訳としましては、そういう字を当てたわけであります。
○志賀(義)委員 今継続犯か即時犯かということを言われましたが、動産窃盗の場合と違いまして、不動産の場合には、不法領得の意思を持って継続的に使用するなり占有するなり、そういうことがどうしても構成要件として入ってくるのじゃございませんか。その点はどうでしょうか。これはゲルマン法とローマ法との源流の大きな違いになってきますけれども、その点はどういうふうにお考えなんでしょうか。法制審議会の審議の模様を取り入れられて、その点はどういうふうになったのでしょうか。
○竹内政府委員 現実の不動産の不法占拠の状態を見ますると、いわゆる不法占拠ということが目につくわけであります。外形上占拠しておるという外形をとらえて犯罪の類型を作るか、その外形じゃなくて、今の窃盗と同じような不法領得の意思を持って占拠を完成したというふうに見るかということであります。実は法制審議会におきましても議論いたしましたが、私どもが窃盗的な類型にとらえましたのは、先ほど阿部委員の御質問にもお答え申し上げましたように、厳格な最も悪質なものが処罰されるということを考えたものですから、そういうしぼりをかけたわけでございますが、幾つかの現実にあります不法占拠を広く取り締まるということからいいますと、こんな侵奪という不法領得の意思を必要とするような類型でなく、あるがままの不法占拠という形をとる方が、あるいは取り締まり上は便利な面があるようにも見えるわけです。ところが不法占拠という類型にいたしますると、いろいろな点で、同時にまた疑問も出てくるわけです。それは今第一に御指摘の継続犯と見られるおそれがある。そうしますと、罪刑法定主義あるいは不遡及の原則と申しますか、とにかく犯罪として将来に向かって罰するのでありますけれども、それは不遡及の原則に反するというのではありませんが、継続犯であるということからしまして、過去のものまでも、現在毎日々々が不法占拠の状態でございますので、それに関係して売ったり買ったりしたやつがみな共犯になってしまうというようなことになってくると、法律概念的にきわめて明確を欠くわけでございます。のみならず、不法侵入との関係も必ずしも明確でない。いろいろな点を考えまして、即時犯的な窃盗と同じような考え方にして、区切りをはっきりつけていくということにしたわけでございます。もちろん動産の場合号は、とること即完全なる占有の移転になるわけなんでございますが、不動産の場合には、即時犯とはいいながら、相手が不動産であるということからして若干そこに継続的なものが観念されると思いますが、それにしましても、いわゆる継続犯という考えではなくて、即時犯という、若干のそこに幅がありますけれども、即時犯ということで観念し得るということが法制審議会の意見の結末でございます。
○志賀(義)委員 最初に刑事局からお出しになりました「名都市における不動産不法侵害の実情について」という資料の中に、今日の委員会で問題になりました不法占拠といわれるものの事例が多くある。ことにこれは私の選挙区におきましても、「がめつい奴」にも出てくるあれも含まっておりますが、一番事例が多いのです。で、行ってみるとよくわかりますけれども、事の起こりは、戦争のときに空襲を予防するために家をこわされた、それから空襲でやられた、それから緊急避難その他でやむを得ない場合言で、たとえば空地にいろいろバラックを作ったということがあります。ところがそれが固定していくうちに、今度はそこへ営利を目的とする営利犯というものが出てきた。行ってみると驚くのでありますが、実にひどいところに二畳ばかり作って、それを一畳千円くらいで貸しておるというような事例がたくさんあるのです。それが転売されていく。そうして何々組というのと結びついていく。そうなってきますと、不法占拠ということで、不法侵害ということで、ここの事例をあげられたのは、今言ったような公有地であるとか、あるいは河川敷であるとか、そういうような事例のほかに、あとの方にずっと営利犯の問題がついておる。そうなってきますと、これはどちらを一体おもに取り締まられることを考えておられるのか。不法占拠といっても、先ほど法務大臣の方にも阿部委員から、あるいは大野委員から質問がありましたが、やむを得ない、つまり先日の安平参考人も申されました最後の生存権に関する問題です。そういうものまで含めてこれの対象にされておるのか、一応営利犯たけをやられるのか、あなた方が今度三百三十五条に入れる、二百六十二条に入れようと考えておられるところが明確になっておりません。不法領得の意思を持ってやったものと、いわゆる不法占拠までも全部ひっくるめて入れるのかどうか、そこがはっきりしないので、この委員会でも非常に問題になるのです。そこのところを一つお聞きしたい。
○竹内政府委員 私どもの説明が拙劣でありますために誤解を招いておるとすればはなはだ遺憾でございますが、私どもの考えておりますのは、不法領得の意思を持ってする占拠、そういうものだけを対象としておりまして、不法領得の意思のないもの、あるいは民事の期限が切れてそのまま居すわる、そのままいるというような状態のもの、そういうものはすべて取り締まりの対象の外に置いておるのであります。
○志賀(義)委員 転売した場合、そういうふうな非常にあくどいことをやっている者が、自分の権利でないものを転売したとします。そうして今度この刑法ができたとします。そうすると、これまでそういう転売したり、あるいは今度の刑法に新たに追加されて、転売をしても、そういうものはこの刑法の対象になりませんか、継続犯でないということ、即時犯を処罰するという原則に従ってやられると、その点はどうですか。実はこの質問をしますのは、これは今のうちだというので、盛んにやっておるのですよ。一体どうなるのか、そこのところをはっきりされませんと、具体的に事実に基づいてやりませんと……。
○竹内政府委員 今のうちだというような空気があることも、先ほどここで明らかにいたしました。審議が長引いておりますと、ますますそういうようなことにもなりますので(「冗談じゃない、法の本質のことを言っているのだ」と呼ぶ者あり)そういう説もあるということです。そういう空気もある、そういうことでお答え申し上げたいと思いますが、今の仰せのごとく見のがすというわけにはいかないので、これは即時犯ということになりますと、共犯というわけにはいかない。法律施行前に不法占拠されておるのを法律施行後に転売したという場合には、継続犯じゃございませんから、侵奪罪の共犯というわけには参らない。しかしながら不法侵奪であるということは間違いないわけなんで、それは法律上は罰せられませんけれども、そういう事情を知ってその土地を買い受けたということになれば、臟物故買というふうに与えておるわけでございます。それから売った方の側は、それじゃ売り得かということになりますと、自分のものでないのに売ったということになれば、あるいは詐欺というような事案で処理される場合もあるかと思いますが、一応私どもは買い受けた方は臓物故買、そしてその臓物は没収し得る。不動産については執行できぬじゃないかという御意見等もあるようでございますが、私どもは執行できるというふうに考えております。
○志賀(義)委員 質問を続けます前に、今刑事局長から重大な発言がありました。審議が長引けば長引くほどそういうことになるというふうにおっしゃった。これはどうですか、あなたは立法府の審議権について、これを制限するつもりでそういうことを言われるのですか。それならば事は重大ですから、お取り消しになったらどうでしょう。
○瀬戸山委員長 志賀委員に申し上げますが、今の刑事局長の発言は、審議が長引けば長引くほど、今だというやり方をするような人があると言う人もある、こういうふうな発言でございますから、速記録をごらんの上……。
○竹内政府委員 私が申し上げましたのは、委員長がおっしゃったような趣旨で申し上げたのでございますけれども、もとより審議権を拘束するとか、そういう考えはみじんもございません。もし不適当でございますならば、全部今の発言の部分は取り消しますから……。
○坂本委員 これはわれわれ重大にしますのは、志賀委員の質問は、この不動産侵奪罪が継続犯かあるいは即時犯かという問題について、そういう問題も起こってくるというので、本件についてわれわれは継続犯でない即時犯にしたならば、従来の——あとで私も法務大臣に質問しようと思っていたのですが、もう終戦後のどさくさのこういう状態はなくなっておるから刑法は必要ないのじゃないか、こういうような、考え方もあるわけです。そういうふうで、今法律を出してここに一日あるいは一カ月審議が長引いたからといって、それによって国民の権利侵害に関係はない。これはないのです。それを質問の際に、少なくとも政府委員から審議が長引けば長引くほどこの問題が起こるなんていうことを言われるのは、もってのほかだと思うのです。だからわれわれはきょうだって異論がありますが、重要な法律案だから告別式に行って帰って、やはりどうしても自民党の強引なあれで、きょう質疑打ち切りをやろうというならば、十二時まででもやらなければならぬというので熱心に来ておりますから、そういう点は一つ慎んでいただきたいと思います。 この前の参考人の際にも、自民党の諸君は一人もいないのですよ。社会党と民社党と共産党の三人だけしかしない。自民党の人は、せっかく参考人を呼んで、この法律案の審議の参考にしようというのに、一人もいない。(「僕はいたよ」と呼ぶ者あり)あなたはすぐ行ってしまった。われわれが参考人に対していろいろ質問をやった場合に、刑事局長は最初はおられたけれども、あとでいなくなった。自民党の委員は一人もいなくなった。それでそういうようになっても、われわれは定足数とかいう問題は度外視して、参考人は十二時までの約束のものを二時半までも熱心に審議をして、参考人も熱心にやってもらった。そういうふうで、われわれはこの法律案についてはほんとうに真剣に取り組んでおるわけです。実際それでもう一日、二日くらい審議を延ばしてやるべきだと思うのです。ことに刑法仮案になっておるその一部を摘出して、ここに刑法としての法律を作るわけですから、非常に慎重にやらなければならぬと思うのです。そういうふうな関係にあります。やはりそれはお互いでございますから、冗談もございましょうが、今のような言動は絶対にないようにして、やはり権威ある法務委員会の審議は続けたい、そういうふうに思います。
○志賀(義)委員 刑事局長に伺いますのは、ここの法の上案文だけでは、基本法益が何かということがはっきりしないということでございます。不法領得の意思を持って、あるいは権限のないものを領得する意思を持って継続的にこれを使用すること、これがあなた方の言われる不動産の侵奪の場合の問題になりますね。これは継続犯としては工合が悪いから即時犯としてのことをやるんだ、こういうように言われるのでは、基本法益がはっきりしない。そうして、ひいてはこれが財産犯罪としての概念が明確にならない。そういう法律を作っておいて、これを運用する場合には、あとから申しますが、いろいろな問題が起こってくる。他国の法律を見ても、その場合、これは軽罪であるということまでも、ニューヨーク刑法のように、言っておる場合もあります。それから、多いところで三年以下、罰金の併課もありますけれども、多くの国で二年以下になっておる。それを不明確にしておいて、十年以下というふうにされる、そうして先ほどの大野委員に対する御答弁では、十年以下としたのは、何も十年ばかりじゃない。起訴しないものもある、六カ月くらいのものもあるということです。こういうことでは困るというのです。つまり基本法益もはっきりせず、継続的に不法領得をして、継続的に使用する、こういうこともはっきりせずに、従って、また財産犯罪ということもはっきりしない場合に、こういうことをきめて、そして十年以下の懲役ということになれば、これはおそるべき拡大解釈、適用の上の不法ということが問題になってくるというのです。私がさっきから繰り返して申し上げているのはそのことなんであって、やはりこういうように、ごく簡単な、他国の刑法にも類例のないようなものを入れようとするのは、窃盗犯という考え方と並行して侵奪犯ということをお考えになるからじゃないだろうか、こういう点を問題にしておるわけであります。
○竹内政府委員 窃盗犯と侵奪犯とは、罪質その他構成要件の組み立て方、法律解釈におきましてもすべて同じ考え方でいっておるわけであります。ただ、それならば窃盗にしたらという御議論もあるわけですが、窃取という考え方は不動産を含まないという従来の解釈になっておりますので、不動産をも含む新しい概念ということは、全面改正の際でございますればまた別といたしまして、この段階で不動産を含めて解釈のできるような条文ということで、侵奪という字を使って、窃取にかわる言葉、不動産であるならば侵奪だという趣旨の規定を設けたわけでございます。侵奪という言葉と窃取という言葉がすぐぴったりこないというような点は、これはもう新たに作る法律でございますので、なかなか受け取りにくいかとは存じますが、侵奪という字そのものからも、今申しました不法領得の意思——これは条文の一からいって出てくるわけでございます。それから他人の権利を排除して事実上の占有をこちらにおさめるという点は、民法の二百条の規定も、占有の回収の訴えの規定でございます。そういう点も事実上のものであることは、フランスのアンレーヴマンの規定からもうかがえるわけでございまして、それらから一番近い用語として侵奪という用語を用いたわけでございます。そういうふうな立法経過になっているわけでございますが、それを前提として、お述べになりました継続犯と見ないことによって、かえって法益がはっきりしないのじゃないかという点でございますが、前田教授などはそういう御意見を参考人としてお述べになったのでございますけれども、私どもは前田教授と見解が違うのでございまして、むしろ継続犯といたしますとかえって法益がはっきりしない。たとえば不法侵入との関係で、その点も一体平穏を保護しようとするのであるか。どうか継続犯、いわゆる不法占拠という形で類型をとらえますと、不動産の平穏な状態というものが保護の法益になるのであるかどうか。私どもはこれを継続犯ではなくて即時犯、窃盗的な行為だと見ますので、これは財産権を保護法益としておるという点が、保護法益としましては一と両方からしてはっきりいたすように思うのであります。 それから先ほど来申し上げておりますように、悪質なものにしぼっていきますためには、侵奪という、つまり窃盗的な行為だけを対象にする意味で不法占拠といたしますと、賃借権の切れたものも、民法的に見ますれば、裁判が確定するまでは、不法占有であるかどうかは別といたしまして、ともかく不法占有を理由として明け渡しの請求をするわけでございますから、民法的には不法占有ということになろうかと思いますが、もし不法占拠を構成要件といたしますと、そういうものも入ってくるという解釈をされるおそれもあり、そういう点を明確にしていきたいという考えでこういう形にいたしたわけであります。
○志賀(義)委員 前田教授は、不法領得の意思を持って、また権限のないのに領得する意思を持って継続的にこれを使用する、こういうふうに言っているのです。ところがあなたは、今その不法領得の意思、権限のないのに領得する意思、こういうことを省いて、いわゆる不法占拠までもこれでやる、最後の生存権の問題としての居住権、こういうものまでも、あなたは逆にこっちが、あるいは前田教授がやるようなことを言われるが、それは全然逆なんですよ。明確に不法領得の意思を持って、権限のないのに領得の意思をもってと前田教授も言われた。私の心配するのは、あなたの今言われたような不法占拠ということだけでやってはいけないから、先ほど大阪の事例をあげましたが、そういうものを明らかに営利犯として、他人の不動産の上に家屋を作るとか、他人の不動産の土地を占有するとか、こういうことにしぼってやらなければいけない、こういうことを言っているのですよ。それを、あなたのを伺うと、あなたの言うことがもっともらしくて、こっちが間違っているというようなことを言われるのですが、そういう言いくるめでは困りますよ。もう少しはっきりして下さい。
○竹内政府委員 志賀委員を言いくるめるなんてとんでもないことで、そんなことは考えておりません。ただ前田教授がこの前にここでお述べになったときは、私はちょうどここにおりまして聞いておったわけでございますが、不法占拠という表現を使って、三つの類型をあげておられたわけでございまして、不法占拠罪と境界の侵略罪と地殻窃盗罪という三つの類型をあげておられたわけです。第一にあげられた不法占拠罪というものの不法占拠とはどういうのかということにつきまして、正当の権限のない者が自分のためにする意思——領得の意思という意味のようでございますが、そういう意思で他人の土地または建物を占拠する。これは事実上の支配で、こういう占拠する継続的行為をいうのだという趣旨になるようでございます。この点は私どもの研究によりますと、教授の独特な考えのように思うのでございまして、不法占拠という字句に特別な解釈を、前田教授独特の解釈を施したその結果としてそういう御議論になっておるのではないかというふうに思いますので、それはもう志賀委員の仰せのように、まさに前田教授の考えと私どもの考えとは反対のような形になるわけであります。
○志賀(義)委員 前田参考人は、ただいま私が申し上げたようなところも別の個所で言っておるのであります。ですから、そこのところをあなたが引用された上で話をされるならわかりますけれども、そうでない事例を、それとやや別の他の罪をもって処断すべき場合をもあげておられました。そういうことを言われると非常に困るのでありますが、そこで、二百三十五条の二に未遂罪を認めておりますね。これは他国の立法例にもまれなことでございますね。どうしてここで未遂罪を特に入れるようにされたのか。あなた方の出されたものに未遂罪のことはないのが多いが、それからまた被害者の本人の告訴を待ってということも明記してあるものが多いのですが、なぜ日本の場合にこれを特に入れたか、どうしても「他人ノ財物ヲ窃取シタル者」というあの規定とくっつけようとするからそういうことになるのではありませんか。
○竹内政府委員 動産の窃盗の場合に未遂罪がありますことは御承知の通りであります。不動産の窃盗という言葉ば適当でないのですが、不動産の窃盗の場合は、これを不動産侵奪といういうふうにして規定を設けましたのも、動産と同じように不動産の未遂をも罰するとした方が刑法の体系上平仄が合うわけであります。そういう意味におきまして、また、事実未遂に終わって目的を果たさない場合も考えられますので、未遂の規定を設けたわけでございます。それから親告罪を非親告罪としたこと、ほかの外国立法例では親告罪になっておる場合もあるのに、日本では非親告としたかということでございますが、それは、先ほど申し上げましたように、単に境界標を損壊するということじゃなくて、損壊することによって境界そのものを、不明にする行為を罰しようとする。保護法益は境界を明確にしておくということが保護法益であります。そういう境界を明確にしておくということは、隣同士の土地の、隣同士持っておる人たちだけの利害関係だけではなくて、やはりこれは先ほど申しましたように、法益だとははっきり申し上げかねるのでありますが、法益的性格を多分に持っておるというふうにも思われるのでございます。そこでこれを親告罪とはしない、非親告罪というふうにいたしたのでございますが、これは前の改正刑法仮案の審議の際にも、その点は、自分のものと自分の境界標でありましても、不明にするためにこれを取り除く行為は罰せられるのだという考えで非親告罪というふうにいたしております。そういう議論を尽した経過がありまして、またその点をも参考にして新たに法制審議会でも議論をいたしたのでございますが、やはり親告難としないで非親告罪とするのが相当だということに落ちついたのでございます。外国の立法例は御参考資料としまして提出いたしたのでございますが、これは各国ごらんをいただきますとわかるように、その国、その国の沿革もありまして、一がいに境界を不明にするという行為を、不明にするところまで罰するという形にするか、あるいは境界を領得の目的で境界標を取るというような限定された侵害行為だけを罰するようにするか、いろいろ各国の立法例はございますし、それは各国なりに体系としてできておると思うのでございますが、日本の場合におきましては、日本の刑法の体系に基づいてその位置を定め、法定刑を定め、構成要件を比較的あいまいさのないものをもってやるという大体方針で立案をいたしまして、これもいろいろな角度から法制審議会で審議されましたが、大体政府の案の通りに答申いただいたようないきさつがあります。
○志賀(義)委員 今話を境界標の二百六十二条の二項の問題に移されましたが、それにしても、境界標、石なり、あるいは棒くいなり、あるいは鉄条網なり、なわなり、こういうものが張ってあるとしますね。これを取りのける。これが五年以下の懲役、今度の法案ではこうなるわけですね。ところがその場合に、明らかに法文には、イタリア刑法の六百三十一条では「他人の不可動物の全部又は一部を領得する為、その境界標を移動又は変造した者は、」云々となっております。そうしますと、何のために境界標を動かすのか。不法領得の意思があるものですね。そうでないのに、ただそういう行為をやったものの場合は、これはポルトガル刑法では第四百四十六条この文書の九ページにありますけれども、「裁判所の授権又は所有者の同意がないのに、境界を定めるために土地に設置された境界標を除去し、隠蔽し、又は変更した者は、一月以上一年以下の軽懲役及び相当の罰金刑に処する。」こういうふうになっております。軽罪になっておるのでありますが、この法文によりますと、ただ行為態様だけをあげて、それに五年以下の懲役というものは、これは一体どういうことになりますか。
○竹内政府委員 このイタリア刑法六百三十一条でございますが、「他人の不動産を、全部又は一部自己に領有するためその境界を移動又は変更した者は、」こう規定してございまして、これはまさしく不動産の侵奪とその未遂をも含まれると思いますが、ただ一定の条件があるわけで、境界を移動、変更というような形で侵奪した場合だけが罰せられるということでありまして、日本のただいま御上審議をいただいております条文よりははるかに狭いことになろうと思います。ドイツの刑法、今お手元にございます四ページのところでございますが、文書偽造罪の章の中の第二百七十四条の一項の二号でございますが、「他人に不利益を加える目的で、境界石、または境界また水位を表示するために当てられたその他の標識を奪い、滅失させ、不明にし、移動させ、または正しくない場所に置いた者。」こう規定してございます。この規定は仰せの通り八ページのところにありますスイスの第二百五十六条と同趣旨の規定でございますが、これは境界を不明にする行為、不明にしたという行為は必要はないので、境界石、境界の水位を表示したような標識を奪ったり、滅失させたり不明にしたり、移動させたりという行為を罰するわけであります。これはあたかも日本の刑法で申しますならば二百六十一条の器物損壊の罪にプラスして他人に不利益を加える目的でという目的罪になっておるわけであります。この辺の境界標を損壊した行為を境界標だけとしてその効用を失わせたという、日本で言えば器物毀棄に相当する規定を文書偽造罪の中に入れておる。これは体系的に日本とは非常に違うわけですが、もっともドイツ刑法の二百七十四条第一項一号を見ますと、これは文書毀棄でございますから、これは毀棄罪、日本刑法でございますれば文書毀棄罪として規定したもの、これは向こうでは毀棄罪ではなく文書偽造罪の中に書いておるというようなことになっております。これは各国ともそれぞれ体系的に異なるものがありますし、するのでございますが、イタリア刑法は先ほど申した通り、ドイツ刑法、スイス刑法等の規定は、境界を不明にする行為までを含んでいないと理解いたしております。
○志賀(義)委員 特にドイツの文書偽造罪の問題をお出しになりましたけれども、これはドイツでもゲベールの問題は一般に民法の問題としております。そして刑法の場合には特に物権の表示、物上の問題として、その内容においてのみあげられておる。従ってどうしても不法領得の意思を持って継続的に使用するということ、そこのところとの関係をはっきり仕分けて考えませんと——もう少し具体的に例を申し上げますと、私どもが心配するのは、最初に申し上げましたように、非常に悪質なものと、緊急避難の場合、あるいは事態やむを得ない場合にバラックを作るとかなんとかいうように、住宅難が非常に激しいのですが、そのことは先ほど法務大臣もお認めになりましたが、これは人間の最後の生存権の問題にもなりますが、それを混同させてはならないということが一つ。もう一つは、今貿易・為替の自由化が進んでいきますと、中小経営の場合には非常に経営が困難になってくる。経営主の方であるいは一時逃亡するとか、いろいろなことをやる場合がある。それでやめて機械を売り払おうとするということになってきた場合に、いわゆる経営管理、生産管理が起こった場合、これを何らの不法領得の意思権限のないものを、領得する意思を持ってやるということが明記してありませんと、そういうことに類推適用され、拡大解釈されるおそれがある。その点は具体的にいってどうなりますか。こういうふうに問題を提起すれば、もっとよくおわかりになると思いますが、この二つの場合を御答弁願います。
○竹内政府委員 違法性を阻却する場合は、先ほども猪俣委員にお答え申し上げましたように、個々の各条の中にそういう規定を設けるのは、刑法の体系上適当でございません。本来ならば総則の中に設けるべきものでございます。現行法のもとにおきましても、正当防衛、緊急避難ははっきりと書いてありますし、学説解釈におきましても、期待可能性とかいうような議論もあるし、下級審の判決にはそういうことも出ておるわけでございまして、そういうことで、緊急の事態に対しましては、違法性を阻却するという解釈に至るべきものと考えております。 それから、それと関連をするわけでございますけれども、今生産管理のお話等もございましたが、たびたび申し上げますように、不法領得の意思を必要とする行為でございまして、私どもの解釈による単なる不法占拠とは違うわけでございます。従って、私どもの解釈というのは、単に私の解釈というのじゃなくて通説なんでございますが、通説によって不法占拠を犯罪類型といたしますと、生産管理のようなもの、あるいは労働争議におけるシット・ダウン——もちろん労働争議行為として犯罪にならない場合は別でございますが、労働争議としてはすでに争議権の範囲を逸脱しておるというように見られる場合におきましても、不法占拠を犯罪類型として取り上げますと、そういうものもひっかかるおそれがある。ところが不法領得の意思を持ってする場合でなければいかぬということになって参りますと、シット・ダウンのようなものが不法領得の意思があろうとは考えられませんので、そういうものは適用の範囲外に出るという意味におきましても、そういう点の御心配等は適用上起こってこないのじゃないかというふうに考えておるわけであります。
○志賀(義)委員 生産管理、経営管理の場合、そこを明確に言って下さい。これを適用するのかしないのか。
○竹内政府委員 生産管理につきましては、非常に学問上範囲がはっきりしておりませんので、一がいに生産管理というものをきめつけて云々するわけにはいかないのでございますが、過去の最高裁の判決の中に現われました一、二の事例は、工場から品物を持ち出した行為を盗窃でもって処罰しておりますが、まああのような状態の生産管理というものにつきましては、適用を見る場合もあるかもしれぬという感じもいたすのでございますが、今日ではああいうような事態はないように思われますし、まず労働争議につきましてはこの条文は無関係のように私どもは考えております。
○志賀(義)委員 肝心なところをどうもぼかされるので困りますね。自分個人の意見ではない通説を述べているが、学説の紹介を今ここでしていただいているわけではない。ましてあなたの講義をしていただく必要はありません。こういう法案を出されるについては、法務省として責任を持ってここに出されるのでしょう。通説の講釈はやめていただきたい。 その場合に、工場の中の器物を外へ持っていって、争議をやる人が売却するというような極端な例の場合は今はないと言われる。最高裁の判例ではそれがあるが、今はないと言われるが、今後そういうふうにして中小企業で生産を継続しよう、これは別に仕入れから生産からすべてちゃんと法律に基づいて管理をやっていくわけですが、こういう場合には、これは本来は経営者がやるべきものをやったから、その上がってくる収益なりなんなりについて、これを勝手に賃金として分配したり何かするのは不法領得だ、こういうことに具体的に問題を持っていって、だから不法領得だ、これを二百三十五条第二項で罰するのだということになると困りますから、その点を伺っておるのです。だからそういうことはないように思いますというのではなくて、はっきりそういうことはないのだと言われるのか、やはりそこに適用する下心があってやったと言われるのか、その点をはっきりしていただきたいのです。
○竹内政府委員 通説という言葉がお耳ざわりであったかもしれないと思いますが、これは前田教授の考えによりますと、不法占拠というのはそれとは違うという意味で申し上げたわけでございます。 それから今の生産管理の点でございますが、生産管理という言葉をいろいろな意味というか、非常に範囲の広いものに使っておりますので、生産管理が適用があるのかないのかというふうに御質問を受けましても、私どもとしては答えにくいのでございますが、限定をされまして、たとえば過去の最高裁の判決で示されたような事例にぴしゃりと当たるような事件で、工場を占拠してしまったというような場合には、動産について窃盗が認められますので、不動産についても侵奪罪が認められる場合があるのじゃなかろうかということを考えるのでございますけれども、ああいう事例がたびたび繰り返されると思いませんし、今にわかにある極端な場合には適用があるとかないとかいうことを申し上げることは適当ではないように思うので、そう申し上げておるわけであります。
○志賀(義)委員 私は極端な場合を聞いておるのではない。先ほども最高裁の判決は、極端な場合だということでございますけれども、刑事局長思い出して下さい。戦後、生産をサボタージュして、交通機関が麻痺して、資本家の方で生産をやらない場合に、工場を管理して生産を促進したり、交通機関を改善して、徹夜でもって労働者が電車なんかを修繕して動かしたような事例が、あのころ全国至るところにありました。だから、極端な場合だけを私は言っているのじゃないのです。まして今後貿易・為替の自由化が行なわれてくれば、形は変わっても、戦争直後のような事例がたくさん出てくるだろう。そういう普通に起こる場合、これをどうされるか、こう聞いておるのであります。
○竹内政府委員 極端な場合にさえも私は疑念を持っておるわけでございまして、いわんや今御指摘のようなたくさんの事例などに適用があろうとは考えておりません。
○志賀(義)委員 ところが、前にこの法務委員会で、鉄道公安官の警察権に関する法律が出たことがあります。労働争議などには適用いたしません、乗客が乱暴する——戦争直後ずいぶんありましたね、ああいうものを取り締まるためでありまして、国鉄労働者の労働争議のような場合には考えません、こう言われたんです。非常に有能な法務委員である猪俣浩三君も、当局がそう言うんだから、まさか間違いはあるまいと思ってこれを通されたわけです。ところが結果はまんまとして、やられた。それでこの法務委員会においても猪俣君自身が、あれは確かに自分たちの誤りであった、こういう危険があるということを言われました。だから、私の申すのは、動産の窃盗ということは、これはもう石川五右衛門よりもっと前からあることで、法律上の取り扱いにもなれたことだが、今までの最高裁判所、さかのぼって大審院の判例を見ても、不動産の場合にはこれを適用しないことになっておりました。今度これをやるとすれば、事新しい問題ですね。そうなってくると、これを窃盗の場合と同じように並べて、いわば簡潔な文句でやっておると、ことに法律の最初の適用、運用のことになりますし間違いが起こりやすいから、最初に申し上げ、あなたも同意されたような場合に限るということ、つまり不法領得の意思を持って、あるいは権限もないのに不法領得の意思を持って、こういう点を不動産の場合には特に明記する必要がある、こういうことを申し上げておるのです。明記されないと、鉄道公安官の例のように、またさかのぼれば、暴力行為等の取締法等の問題もあります。そういうふうに、立法者の意思いかんにかかわらず、あるいは立法者がうまくうそを言った場合でも、てきめんにこれで被害を受ける者が出てくるから、こういう新しい法律をきめる場合には、動産の窃盗罪と並べて、つり合い上簡潔にするために——これは植松参考人も言いました。そういうことでなくて、はっきり別にして、特にあなたの言われる悪質な犯罪にはっきりと適用できるようにそれを限定してやるならよろしい。そうでなくて、こういうばく然としたもので動産窃盗の場合と並べて、未遂罪の場合にも出す、それから本人の告訴を待つということも入れない、こうなるととんでもないことになる、その点はどうお考えかということを伺うわけです。
○竹内政府委員 不法領得の意思を持ってする場合に限定をすることによりまして、悪質なる事犯に対処するというのが私どもの考えでございますが、不法領得の意思ということを特に不動産の侵奪に限って書いてはどうか、書く考えはないかという御質疑になろうと思いますが、この点は、財産罪に関しましては、従来の判例、学説はすべて不法領得の意思を必要とすることになっておりまして、今日の運用におきましてもその点はいささかも疑問はないのでございます。もちろん学者の中にはいろいろ異論を唱える人もございますけれども、実務におきましてはその点はゆるぎないものでございます。そこで、刑法の二百三十五条の次に規定を置きまので、おのずから——その次は強盗の規定でございまして、窃盗も強盗も不法領得の意思がない場合は適用がないわけでございますから、二百三十五条の二も当然不法領得の意思を必要とするということについては何人も異論はないと思います。しかしながら、異論はないとは言いたがら、まだ明確でないじゃないか、書いてはどうかということになりますが、これはつり合いだけの問題じゃないと思うのでありまして、これを書きますとどういう結果になるかというと、窃盗や強盗については不法領得の意思が必要でないのかということになるわけです。不動産侵奪については不法領得の意思が必要であるが、その他のものについては、同じ体系の条文が並んでおって、この二百三十五条と二百三十六条は不法領得の意思を持ってという規定がないために、今まで必要であるという解釈できたものが必要でないという解釈に立法府が踏み切ったのかというふうに解釈に混乱を、私はそんなことは起こらぬと思いますが、生じてくる。そういうことを考えますと、刑法の全般の改正の際にはこれはいろいろ全体的な問題として考える必要があろうと思いますが、この一部改正で、ここに一条挿入するという関係におきましては、むしろ書いてない方がいい。窃盗にも強盗にも不動産侵奪にもすべて不法領得の意思を必要とするという解釈でもあり、おそらく裁判もそういう裁判を受けると思うのでありまして、実務におきましてもそういうふうに考えるのでございます。従いまして、不法領得の意思のないものは構成要件を満たさないということになる。そして、不法領得の意思を持ってする行為は、先ほど来申し上げておりますように、悪質なる行為に当たるわけでございまして、そういうものに焦点をしぼって取り締まりの対象にすることになります。この点、特に不法領得の意思を持ってという文字を入れない方が全体としていいわけであります。のみならず、入れなくてもそういうふうに理解せられる。これは私は確信を持って申し上げることができると思います。
○志賀(義)委員 あなたの確信だけでは、先ほどの鉄道公安官の場合でも何でも当てにならないのですよ。そのころにはあなたはどこかに栄転して、おられなくなるし——役人というものは便利にできているものだ。だから問題にするのですよ。迷惑を受ける者は国民ですからね。ただ、あなたの言われる、つり合いということだけでなく、動産——他人の財物を窃取する場合にも不法領得の意思があることが要件だということですが、動産と不動産とは別ですからね。窃取とか窃盗とか、そもそも「窃」は、読んで字のごとしで、そっと盗むことです。不動産はそっと盗むにも何にも、不動産をふところにねじ込むわけにいかず、対象の性質が異なります。それを一つの条文の一、二に並べようとすると、つり合いの問題だけでなく、一方に不法領得の意思ということを入れると、他方に不法領得の意思ということが書いてないから問題になる。それはあなたのおっしゃる通りだ。だから、これを切り離して、先ほどのような厳密な規定を単独立法なり何なりでやるならともかく、刑法の別の解釈にでも入れるとかいう方法もあろうと考えるわけです。この点は、動産の窃盗犯と侵奪犯とをあなたは並べたいから、そこに魂胆があるから、あなたのような意見も成り立つわけです。そこをもう少し脱却してごらんなさい。そうすると私の言うことをもっとよくおわかり願えると思うのですがね。
○竹内政府委員 志賀委員の仰せになることは私もよくわかるわけでございます。これを特別法に規定するということになりますれば、あるいは今のような点を書くことは必ずしも不可能じゃないと思います。しかし、先ほど私申し上げた通りで、不動産侵奪という罪は、法定犯じゃなくて、やはり私は自然犯的なものだと思うのであります。そういたしますと、動産については刑法の各本条の中に規定がございますが、不動産の方は特別法で書くということも、これは立法技術的にいかがかと思うのです。やはり窃盗と同じように刑法の中にも書く方がいいと思うのであります。のみならず、刑法に書きますことの意味といたしまして、特別法犯と違いまして、刑法の中に罰条を設けますことは、その刑法の持っておる何といいますか、一般他戒的な効果といいますか、刑法でこれは禁止されておる行為だということによって、犯罪を未然に防ぐという法律効果もあるわけでございまして、そういう意味からいたしまして、刑法に規定する方がよく、かつそうすべきであるというようなことに考えるわけであります。そういたしますると、今言ったような条文のつり合いというものの点等から、やはり不動産についてだけ不法領得の意思を持ってというような文字をつけ加えますことは、かえって解釈の混乱を引き起こすことになります。刑法一部改正案といたしましては、既存の法律解釈、判例等には、できるだけ影響を与えないような形でやりたいというのが立法者の苦心をいたしましたところでございますし、その趣旨の説明も法制審議会でいたしたわけでございまして、今志賀委員の仰せのような意見を述べられる方もありましたが、最後に煮詰まった意見といたしましては、それらを撤回されまして、政府原案のところで落ちついた、こういうわけでございます。
○志賀(義)委員 もう一つ私が申したいのは、じゃ特別立法でやれない場合に、刑法の中に今の窃盗のところがございますね。この中に無理に押し込もうとするから、ここでよけいに問題が出てくるから、不動産の場合には別にする。私は侵奪という言葉はよくないと思っております。イタリア刑法だって、侵奪の場合には、はっきり境界について規定している。この二百三十五条に入れるのは、インパチオーネの方の場合でございますね。そうなっております。あなた見てごらんなさい。そこでこれを全然窃盗とは別個に入れられたらどうか、こういうことです。そのことについてあなたのお答えがなかったわけです。
○竹内政府委員 その点につきましては、不動産の侵奪を動産の窃盗と同じ罪質、同じ態様の犯罪というふうに規定いたします。
○志賀(義)委員 大量ですか。
○竹内政府委員 はい、さようでございます。そうすることがわかりやすいのじゃないかという点からいたしまして、わかりやすいという点と、先ほど来申したいろいろな理由がありますが、そういうところから窃盗と同じ類型の犯罪としてこれを把握いたします場合には、ほかの章にするのではなくて、やはり窃盗罪のところに置くのが相当でございますし、それから動産と不動産だけの違いでございますので、動産の次の章に、条文を変えないで二百三十五条の二としてやる。そうしますと、動産についての今までの判例、学説その他積み上げて参りました解釈上明らかになっております点は、この不動産と動産の違いから生ずる事項を除きましては、そっくりそのまま二百三十五条の二の解釈にも適用されてくると考えます。そうしますと、簡単な条文でございますけれども、解釈によりあまり混乱を生じないということから、私どもはここに入れるのが相当だと考えます。
○志賀(義)委員 それでだいぶはっきりしましたが、今こういう不動産に関する犯罪も大量の犯罪であります。窃盗という犯罪が大量であることは、あなたも御存じの通りで、これを十年以下の懲役に処するということと考えあわせてみますと、要するに大量の犯罪は、これを刑罰の威圧をもって押えつければ、それが直るものだという考えから出発されるわけですね。これはどうもエリザベス朝時代のはなはだ古い考え方ではございませんか。あのころは浮浪者が多く、窃盗が多い。それからまた産業革命の時代にも同じような現象が起こりましたね。あれと同じで、あなたは大量なんだから、どうしてもここで不動産窃盗と一緒にごっちゃにしている。それで最初から私が問題にしたのです。たくさんある犯罪だから、こらしめるために十年以下の懲役ということで厳罰をもって臨めば、これが直る、こういうふうにお考えではございませんか。どうもやはり戦争前の官僚の考え方ですね。それでどうでしょうか、法務大臣の御意見も伺いたいと思います。
○竹内政府委員 お言葉を返すようでございますが、大量でなく、態様。
○志賀(義)委員 だから私が大量というのかと言ったら、はいさようでございます……。
○竹内政府委員 さようですか、その点は私の聞き違いでございまして、非常にたくさんの量という意味の大量でなくて、態度に様と書いた態様という意味で申し上げました。また今おっしゃるように、そういう威嚇的な効果をねらうという意味で申したのではなくて、刑法の機能と申しますか、その中の一つにそういう機能を持っているという意味で申し上げたのであります。
○志賀(義)委員 だから私は特に大量と言われますかと言ったら、あなたははいと言った、おかしいと思ったんです。 実はそこで法務大臣に伺いますが、どうも心配になるのは、不法占拠の問題です。これは御承知の通りに、戦争が終わりましたときに、罹災者が非常に多かった。罹災都市借地借家臨時処理法なんというものも出ましたし、それから緊急にバラック建設を許したり、いろいろなことをいたしました。これは大体の期限が二年だったかと思いますが、もう今は戦後十五年たっております。そうしますと、これは二年くらいの期限で、済んだことだから、今まで大目に見ておったが、この法律ができたから、公園の一隅にいる——大阪にはそんなのがたくさんおります。そういうようなものも全部追い払うんだということになりますか、そういう点はどうでしょうか。
○井野国務大臣 これは刑法の解釈でございますから、不遡及の原則を持っております。今までやったものに対してこれを罰するという意思はございません。これから新たにそういう侵奪意思を持ってやる者に罰を加える、こういう考えでございます。
○志賀(義)委員 これについては立ちのきを盛んに請求しているわけです。私のところにも何とかしてくれ、あんまりうるさく来るから、こういうふうに言う。そういうときに、間にブローカー的なもの、ボスが出てきまして、そういうものはうまく追っ払ってやる、うまく取り扱ってやるからということで、しがない暮らしをしている人たちから取り立てをやる。それがいつの間にか権利みたいなことになっているという事態が大阪なんかには非常に多いのです。前に例をあげましたが、これを取り締まるならばよろしいですけれども、立ちのきを請求され、行き先がない。現にこれは起こっているんですよ。不遡及の原則でやると言われるけれども、立ちのいてくれと言われる場合に行き先がない。こういうふうになってきます。この法律ができますと、この法律自体を適用しなくても、どうしてもそういう問題で当局が勇気づけられてやるような事態がたくさん出てきます。そういう場合に、これを刑法第十九条でいう没収ができるのかどうかというような問題も、今後新たに発生する事態とあわせて出てくると思いますが、そういう点はどういうふうにお考えでございましょうか。
○井野国務大臣 今申し上げましたように、現在住んでおる者がその権利がどうということで本法の適用はない。ただ先ほど刑事局長のお話のような場合に、故物売買でありますか、あれに当たる場合はあるかもしれません。そういうものじゃないものまで取り締まる意思はない、こういうわけであります。ですから、申し上げますが、今世間で行なわれておるいろいろの事柄を全部これで十分に解決できないことは私ども遺憾に思いますけれども、せめてこのくらいのことはやらなければ、これからの土地の問題につきまして不都合が起こるというので、こういう措置をしたわけであります。
○志賀(義)委員 たとえば、砂川のときに、基地の回りの棒くいにつけた鉄条網がだいぶゆらいで倒れたことがあります。今後ああいう事態が起こりますと、境界上の問題になりましょうか、どうですか。
○竹内政府委員 それは境界を不明にする行為でありませんと二百六十二条の二に該当しないわけであります。ゆるんだとかいうことになっただけでは、境界は不明になっておらないわけであります。
○志賀(義)委員 ゆるんだというが、あのときにそれが巻き取られどっかへいってしまった、マンホールに入ってしまったわけですね。ただゆるゆるになったというのじゃなくて、倒れた上にマンホールに入ったようなこともありました。こういう場合はどうです。そういう事態がもう一度起こったら、さっそく喜び勇んで適用されますか。
○竹内政府委員 境界のところにあります棒が何本か抜かれてしまいましても、境界としてわかる状態でありますれば本罪の成立は見ないわけであります。その場合には器物毀棄ということになるかもしれませんが、これは親告罪でございますので、それは現行法の二百六十一条によって処理する場合があり得るわけであります。
○志賀(義)委員 もう一つ伺いますが、たとえばロックアウトをやりますね。今度三井の場合もやっておりますが、ロックアウトをして今度は中に入るのを禁止する場合になわを張った、鉄条網を張った、これをこわしたような場合にはどういうことになりましょうか、これが併科されることになりますか、それとも全く適用されませんか、どうでしょうか。
○竹内政府委員 二百六十二条の適用を見る場合ではないと思います。
○志賀(義)委員 ずっと伺ってみまして、どうもやはり私の質問の結論としてははっきりしないのです。窃盗犯ということを類推してやられておるとしか考えられないのでございますが、あなたがそういう場合には適用しないのだ、そういう極端な場合はめったにないことだから、それでさえも自分は疑義を感じるくらいだから適用ないとおっしゃるならば、この際質問いたしたいことは、この法案について、いかなる運用の場合にもそういうことの逸脱が——鉄道公安官に関する法律や暴力行為等取締法のような場合に、最初説明のときに言われたことと全然別のことが起こるようなことのないようにする保障、これを入れるお考えがあるかどうか、もう一度重ねて伺います。
○竹内政府委員 鉄道公安官の事例の事情は私はつまびらかにいたしませんが、ある法律を政府当局者が適用するとかせぬとかいうことは、私は法律の性質上あり得ないことだと思っております。私が今適用があるとかないとか申しておりますのは、する、しないの問題でなくして、法律解釈として適用を見ない、こういうふうに言っておるわけであります。従いまして、私が今ここでお答えを申し上げておりますことは速記録にも明らかになっておることでございまして、運用にあたりましては、少なくとも操作をしますものの側から解釈の逸脱が起こりませんように、暴力立法の際にもありましたが、国会の意思をも参酌いたしまして明確にいたして、過誤なきを期して参りたい、かようにえております。
○志賀(義)委員 私が繰り返し伺いますのは、菅生事件の戸高警部、あれは実は警察の上司によって、交番の内部にダイナマイトをしかけたところに共産党員を二人連れていってダイナマイトをほうり込んだというふうに見せかけようとした、こういうことは世間公知の事実であります。その事件の起こった当時は、あなたは刑事局長ではなくて井本君が刑事局長でありました。しかし、あなたが刑事局長になられてから戸高君の問題なんかもずっとはっきりしてきたと思います。ところが戸高君に対しては、ダイナマイトの不法所持、これが期待可能性の理論でもってああいう判決が一度地方裁判所でありましたが、それはそれとして、そういうふうに強い嫌疑が東大工学部の山本教授の証言によってもわかっておるが、これに対しては検察庁として、検察庁をここに代表しておられる刑事局長として、何らの処置をとっておられないし、これを取り調べようともしない。そしてその戸高君は今は昇進して復職しております。全くこれは日本の国民に対する侮辱といっていいようなことが公然と行なわれておる。この例で申し上げたように、あなたがここでただ口約束をされたところで、法案の中にはっきりと明示してないとどういうことになるか。ただいまのような極端な場合さえ平気で行なわれるような今の世の中ですから、私どもとして絶対に安心ならない。 こういうことを申し上げましてあなたに対する私の質問を終わりますが、今日まで法務大臣、ほかの委員会でお忙しかったでしょう。大貫委員から始まりましてずっといろいろ質問が出ましたのは、今のような諸点が繰り返し問題になっておるわけであります。どうですか、今の出された法案を、運用においても、解釈のあやまちのないように、もう少しこれを明確にするというお考えはございませんか。それだけを最後に伺っておきます。
○井野国務大臣 この法案が幸いに御協賛を得ますれば、運用につきましては、刑事局長がここで法の解釈について御説明したような点をこまかく警察官に対して、また検察官に対して指示して参りたいと思います。また裁判所においてこの問題が取り上げられますれば、やはり裁判所は立法者の意思を法の解釈上尊重されるわけであります。刑事局長のいろいろの説明が速記録によって明らかになりますから、立法者の意思がどこにあるかということがはっきりいたしますれば、刑法の大系から見て、この不動産だけに特に違った法解釈を下すということは、むしろ先ほど申し上げた動産窃盗にまぎらわしい点が起こってくるのでありますから、動産窃盗と同じ体系の不動産窃盗に対しては私どもはこの程度でいい、御心配の点は、十分私どもとしても注意いたしたいと考えております。
○瀬戸山委員長 本案に対しては坂本泰良委員の質疑が残っておりますが、時刻もだいぶおそくなりましたから、明十五日午前十時より理事会、引き続いて本委員会を開きます。 本日はこの程度で散会いたします。 午後五時五十一分散会