文教委員会 第3号
- 発言数
- 85 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1960/03/02
会議録
○大平委員長 これより会議を開きます。 学校教育等に関し、調査を進めます。質疑の通告がありますので順次これを評します。長谷川保君。
○長谷川(保)委員 先般大臣から三十五年度の文教政策に対する所信の御発言を伺ったのでありますが、きょうはその中であまり触れられなかった問題で、重大な問題がありますので特に伺ってみたいと思うのです。 それは今日の入学難の問題です。今日、世の父兄といわず学生諸君といわず、非常な心配は入学難の問題です。御承知のように、ことしの入学難の状況は、入学志願者などで見て参りますと、たとえば国立大学の一期校でひどいのだけを拾ってみますが、千葉大学の医学部は一三・四倍、薬学部は一一・九倍、工学部は一三・八倍、東京工大の理工学部は一〇・七倍、大阪大学の経済学部は一〇・二倍、法学部は一〇倍、神戸大学は法学部の一部が一二・九倍、理学部は九・七倍、一橋大学の法学部は九・七倍、東京教育大学の文学は一〇・八倍、東京芸術大学の美術は一二・二倍、こういうふうになっております。国立大学の二期校、これは二月二十日締め切りで十五日現在という新聞の発表を見たのでありますが、これによると、東京医科歯科大学の医学部は二三・四倍、東京外語の英語は一〇・一倍、横浜国立大学の工学一部は一三・三倍、経済は一一・四倍、こういうようになっております。そのほかを見ましても、大てい三倍、五倍というような状況であります。こういうようなことで、実に今日の大学の入学難は大へんなことだと思うのでありますが、これについて、文部省といたしましてはどういうように考えていられるか、まずその点を伺ってみたいのであります。
○松田国務大臣 御指摘のように各大学などに非常な志願者が多い、十倍以上のところも幾多あるというような状況であります。もっとも一人の学生で何校も試験を受けるというようなこともあって、その結果ダブってそういう表にもなっておるのであろうと思うのでありますが、しかし、それにしても志願者がおびただしい数であって、それぞれの学校に入学をすることは非常に困難で、試験地獄が長い間にわたってうたわれて参ったのであります。これをどうして解消し得るかということについては、非常な難儀な問題と思いますが、一つはやはり有名校に入試を受ける者が殺倒するという傾向、これらについて何らか緩和の方法はないかということも考えられるわけであります。有名校必ずしも最善の場合ばかりでもなかろう、こういうことも考えるのでありまして、こういう点については当事者に認識を改めてもらうということも必要でありますし、また一面では大都市に学校が集中している傾向がある。これを各地方の学校をしてその内容を充実せしめ、りっぱな学校にして地方の者が大都市にばかり集中するというようなことに対して一つ考えを及ぼしてもらって、われわれとしましては地方の学校を充実せしめるということに力を入れていきたい。そうして父兄並びに学生の方でもそういうことを一つ考えてもらいたいということも考えられるのであります。 それからまた、一ぺん受けてそのまま入学できなかった者は一年だけでなしに、二年、三年もしくはそれ以上にわたって浪人を続けているというようなこと、これもはたして現状のままほっておいてよいか。一番若きいい時期を浪人という形であまりに長期にわたってやっていくということは考えものではないか、こういうふうにも考えるので、従って、何回も何回も毎年試験を続けて受けるというようなことから、希望の学校に入れなかった場合には就職の方へ考えを及ぼすというようなこともあってよいのではないか、そういうようなことも考えられるのであります。学校に入ることに一ぺん失敗したからといって、他校に志して、そうして非常にうまくいっているという話を私は某大学長から聞きましたが、大学長自身もそういう経験の持ち主である。最初志望した学校をしくじって他に転校して、その後非常にうまくいったというような事例も承っておるのでありまして、その他いろいろの点が考えられましょうが、何分にも難問題である。文部省としては試験制度についていろいろ今検討しておるのでございまして、今後も何かよい成案を得てこの試験地獄の状況を緩和していきたい、かように考えておる次第であります。
○長谷川(保)委員 局長でけっこうですが、私立大学の方の入学志願者の事情はどういうようになっておりますか。
○小林(行)政府委員 私立大学は御承知のように国立大学のように統一されて一期校、二期校というような締め切りの制度をとっておりませんので、現在一部すでに募集の締切りをしたところもございますが、相当まだ募集の締め切りをしていないところがございまして、現状ではまだ的確に数字をつかめておりません。ただ前年と申しますか、昨年に比べてやや多くなっているのが実情だと思うのです。
○長谷川(保)委員 それでは大学に入学をしたいという志願者の実数というものは、当局は一体何人くらいと見ているのか。またそれに対する国公立、私立を合わせましての入学ができます定員数は幾らと見ていられるのか。
○小林(行)政府委員 入学志願者全体の数字を合わせますと約七十五万ばかりになるわけでございますが、これは先ほど大臣がお答え申し上げましたように、二学校または数校を重複して志願するということがございますので、実数で申しますと三十七、八方の数字であろうと思います。このうち短期大学も含めまして、実際の入学者の数といたしましては、昨年度におきまして約二十万ということでございますので、大体実数から申しますと半分程度の者が一応入学を許可されておるという状況だと思っております。
○長谷川(保)委員 私は、国民が非常に教育を重んじ、青少年諸君があくまで教育を受けたい、高等学校、大学に行きたいという考えを持っておることは原則としては非常にいいことだと思います。これはやはり満たしてやるという施策をとることが大事だと思う。いわゆる全員入学という形ができればその道を行かなければならぬと思うのであります。 今大学の方で伺いましたが、高等学校への入学の志願者と、入学したくて試験は受けたけれどもふるい落とされて入れないという人の実数の差というものはどのくらいありますか。
○内藤(譽)政府委員 大体百十万人程度の志願者に対しまして百四、五万程度は入っておりますので、九五%くらいは入っております。
○長谷川(保)委員 そうすると、今の大学の志願者を全部入学させるのには一体幾らくらいの設備費を要するのか、大ざっぱな話でけっこうですが、そういうことの見通しをおつけになったことがありますか。
○小林(行)政府委員 現在までにそういう予測の計算をいたしたことはございません。
○長谷川(保)委員 やはり私はそういうことを当局としては研究する必要があるのではないかと思う。そういうことをおやりにならなければ、この世の中の、非常に不幸なこの問題の解決に対する熱意というものが足らないといわれてもやむを得ない。そういうことに対する研究は当然なさって、そうして世の父兄、教師、青年者君の嘆きというものを解く。また国家的に見れば、先ほど大臣が言われたように、二年、三年の浪人をしていくということは実にむだなことです。一年くらいの浪人は、あるいは一生懸命にやって学力が上昇するということもございましょうし、必ずしも人生の経験としても悪いことだとのみは申しませんけれども、しかしできるならば大学に入りたい者はみな入っていくという方針をとるべきである。そういう方面は当然研究すべきだと思いますけれども、今の話は実は非常に意外に思ったのであります。ごく大づかみでけっこうですけれども、もちろん理工科及び法文系というのでずいぶん違いましょうけれども、一体どれくらいあったらできますかということ、わからぬでしょうか。ごく大ざっぱでけっこうです。
○松田国務大臣 文部省としては、私立学校なんかの申請のあった場合には、大体資格が整えばこれを許可していくという方針をとっておるわけであります。現在のところでは、今後は私学の振興を大いにやって、そのためには投融資の金でも、安い金を、利子の補給でもやるようにして、そうして相当大幅な資金を出すというふうに努めて、この熾烈な日本国民、若き人々の向学心にこたえていくようにしたいと考えておるわけでございます。
○長谷川(保)委員 三十五年度の国立文教施設費は四十三億円と予算書にございます。また国立学校の運営費四百九十六億ということになっておりますが、国立学校運営費の方の実際の支出、たとえば、この中には収入もございましょう、授業料とか、あるいはまた大学病院の収入というものもありましょうから、実際の支出は一体幾らになるか、国立学校の運営費とか、実際の支出額は……。
○小林(行)政府委員 国立学校運営費は四百九十六億でございますが、そのうち大体授業料収入また病院収入その他雑収入等を含めまして、大体九十億前後だと思われますので、純支出と申しますか、歳入を除きましたものは大体四百億程度であろうと思います。
○長谷川(保)委員 今日のように志願者が非常にたくさんあって、そのうちの一部の者が入学をするということになりますと、せっかくの志願者が約半数シャット・アウトされる。そうなりますと、この諸君も私はやはり相当な能力を持った諸君であろうと思うわけであります。たとえば私立大学の方に参りますれば、最近の入学金というものは目に余るものがございます。あるいは入学の際の寄付とか、あるいは入学のときに要しまする金は目に余るものがあります。そういうような点を考えて、この真も新聞を見ると、どこぞの大学に入るのに三十三万円金が必要だ、大学は受かったけれども、入学はできるようになったけれども、その金でどうにもならなくて自殺をしたというようなのを見るのでありますけれども、こうなりますと、最近はやはり国の金を私立大学の方にも相当入れてきておる。それから国の方にもずいぶん大きな金を入れておるのであります。しかしそれにもかかわらず、教育の機会均等ということが行なわれなくて、比較的裕福な家庭の者だけが大学に参りまして、経済的に困難をしておる人々は能力があっても大学に入れない、こういうことになる。国費を使いましてそういうことになるということは、実にゆゆしい問題だと思うのであります。そこで志願者の約半数が大学におきましては入学できないということでありますけれども、文部省としましてはどうでしょうか、こういうのを全員入学の方に持っていくべきだとお考えになっているのでしょうか。やはりこの程度に選択されていいと思っているのでしょうか。どういう方針を大臣としてはお持ちになりますか。
○松田国務大臣 現在の状況でいいと思っているわけではございません。まあ半数は入学できるので、できる者、能力のある者、かつ高い授業料も払える者ということになっていることは認めざるを得ないと思うのでありまして、そのために教育の機会均等が実践されないじゃないかということも言われますけれども、現在の状況では、さてしからばどういうよい手があるかということになりますると、私どもも今名案を持ち合わせないのであります。従って国立の学校に、能力のある者はより安い方へ行くということになっております。また一面では入学できなかった者がそれぞれ就職するなり、あるいはまたその他の方法で勉強を続けていくというようなことも、現在の時代におきましては昔と違って全然可能でないとは言えない。いろいろの社会施設もあれば、通信教育施設、また今回からはテレビその他を通じてやる。アメリカあたりでは大学課程もテレビ教育を通じて全部やるというようにもなっているわけでありまして、それを通じて単位もとれ、そうして資格もとれるというふうになっている。そういうことでありまするから、この方面の仕事も今後大いに進めてやって参りたい。そうして向学心の強い若人に対して、そういう道を通じて機会を与えていくようにしたい、かように考えている次第であります。
○長谷川(保)委員 先ほど大臣のお話にもその原因がいろいろ言われておりましたが、たとえば有名校に集中する。確かに第一期の、先ほど申し上げました国立大学の実情をずっと見て参りますと、先ほど申し上げました十二の非常に志願の多い学部、その他これを理工系と法文系とに分けてみますと、ちょうど半々です。理工系が六つ、法文系が六つになっております。それでずっと見て参ると、確かに有名校に集中している傾向が強いのです。いろいろな点は、先ほど大臣もお話になりましたが、やはり第一に有名校に集中するというのを一つなくして、地方の大学というものに分散していく。これは何と申しましてもその土地の大学に行けるのならば、学生諸君にしても一番便利で、父兄にしましても負担が軽くて済むと思うのでありますが、どうして一体地方の大学に行かないかということになりますと、もちろんそれにはいろいろな原因がありましょうが、何と申しましても大きな原因は、いわゆる駅弁大学というような実に悪い名前をつけておりますけれども、私は地方に駅弁大学ができたことは非常にいいことだと思うのです。その内容を充実すればいいのじゃないか。内容と申せばもちろん施設と同時に教官、教授の質でございます。この地方大学の教授陣の質というものをよくしていくということ、また設備をよくしていくということができれば、その点は十分できるんじゃないか。そうすると有名校にだけ質のいい教授を集めていっているという今日のあり方というものを、もっと規制できる道があるのじゃないか。また設備費等を国の方で配分しますのに、むしろ地方の大学に相当のものを——地方のいわゆる駅弁大学がりっぱな大学になりますために、重点を置いて分けていくというようなことをしますれば、これまた一つの大きな方法ではないかと思うのであります。そこでもし教授陣を地方の大学に行かせることが、配置することが困難な事情があれば、たとえば有名校の有名な教授に地方の大学に講座を担当させて、たとえば三カ月とかいうふうに出張して、そこでやれるようにするという手もあるだろうと思うのです。ところがいろいろ事情を聞いてみますと、今日の事情では、そういうことをすれば、逆に教授が経済的に非常に負担が多くて損をする。そういうように出張していく手当が足りないために、そういうことをしたら教授は非常に損をする、経済的に困難になるというような事情があるということを私は大学の先生から聞いたのでありますけれども、そういうようなことについての具体的な方法を立てて——有名校の大学の教授が、地方の大学に講義に行けるような方法は具体的に立たないのかどうか、こまかい問題ではございますけれども、しかしこれがやはり一つの急所だと思いますので、そういう方法はないのかどうか、そういう方法はお考えになっているかどうか、伺いたいと思います。
○小林(行)政府委員 ただいまお尋ねのございました有名校に志願者が集中するのを防止する方法といたしましては、やはりその地方の新制大学の施設、設備を充実するということと、それから教授力の充実と申しますか、教官のりっぱな方に学科目の担当をしてもらう、教育をしてもらうということであろうと思います。お尋ねのいわゆる有名校の実力のある先生方が地方の新制大学に出かけまして、適当の時期に特殊の科目について集中講義をしておるという例は非常にたくさんございます。具体的にも私ども幾つかの例をよく知っておりますが、その先生方が地方に集中講義に出かけるために、特に経済的に負担が多くて、実質的に損をするというようなことを、私ども実は聞いておりません。肉体的に多少御苦労があろうかと思いますが、やはりそれは学校当局の熱意と先生の教育愛の点だと思います。しかしもしお尋ねのように、どこかに出張講義をなさる、集中講義をなさる先生に特に経済的な負担が多くかかるというような隘路がありますようでありますれば、私どもも今後さらにその点を十分研究して、そういった支障のないように努めて参りたいと思います。
○長谷川(保)委員 今の地方に出張して集中講義をするというようなことの実情は一体どうなっているか。一体どれくらい地方の大学に有名校の先生が行っているのか、その人数あるいは講座と申しますか、具体的にはどうなっているか伺いたい。
○小林(行)政府委員 具体的に日本の大学の全般を通じての数字はただいま私持っておりませんが、具体的に申しますと、たとえば東京の大学とある地方の大学とが全般的に連絡関係を結んで、その学科の先生方にできるだけ来てもらうというようなことをやっておるところもございます。あるいは九州地方でありますれば、九州大学の先生方に九州地方の大学にある程度集中的に来てもらって集中講義を受けるというような、普通の場合よりはより深い、特殊な連絡関係を結んで集中講義をしてもらっておるというようなことをしております。
○長谷川(保)委員 またそれの具体的な数字を見せて下さい。それから今の文教施設でありますが、国立大学の方は先ほど伺いました約四百億円ということでありますが、この予算を将来非常に多くしていって、ただいまのような全員入学というような形に持っていくということについての見通し、計画というようなものを当局はお持ちになっておるのか。これ以上これをふやすということは困難である、いやこれは相当いける、そのお見通しについてはどうか、もちろんこれは単に文部省だけでできることではございませんけれども、今日の見通しとしてはどういうような見通しを持っておられるか、伺いたい。
○小林(行)政府委員 御承知のように、大学といいましても国、公、私立の大学があるわけでありまして、国立大学への希望者を全員国立学校に収容しなければならないかどうかという点につきましては、私ども国立学校の志望者を全員国立学校に入学させなければならぬというふうには現在のところ考えておりません。しかし今後国立学校への志望者がある時期非常にふえてくることは当然予想されますので、その入学定員もある程度はふやしていかなければならぬと思っております。と同時に、私立大学につきましても当然私立の志望者の入学をある程度かなえてやるためにはやはり施設なり設備の充実、それから先ほどお活のございましたような先生方の給与の改善等もしていかなければならぬことになると思いますので、そういった施設、設備あるいは経営のための必要な経費につきましては、御承知のような私立学校振興会からの融資を今後相当大幅に増額して、これを財源としてそういったことのできるようにして参りたいというふうに考えております。
○長谷川(保)委員 もしほんとうに当局が全員入学をして今の青年たちの嘆きというようなものをさせない、あるいは国家的に見てもそこに非常にむだな浪人生活をさせないというようなことについては、これは私はよほどの覚悟をしないとなかなかできないと思うのです。しかし日本のような資源の少なく人口の多いこういうところでは、私は将来日本の発展をはかるには郷土振興だと思います。郷土振興を十分にし、ことに高等、大学教育をしっかりやる、もちろんそのためには基礎的な初等中等教育をしっかりやることは言うまでもありませんけれども、高等教育をしっかりやって、そこにおいて将来の発明発見というようなことを諸外国に率先して十分にやっていく。そういう点を十分にしないと民族の将来の発展は非常に困難だと思うのです。今日の実情では部分的には非常にすぐれたものを日本では持っていますけれども、多くのもので発明発見ということになりますと諸外国に負けておるのでありまして、こういうような狭い国土の資源のないところに非常にたくさんの人口を持っている民族の将来というものは、私は発明発見にあると思う。そう考えると、大学教育を充実して能力ある者は全部大学へ入れるようにしていかないと、将来の民族の発展ということに非常な支障を来たすと思う。そういう意味で私はこの際格段の大学の設備の拡充をやって、全員入学というような形を作っていくことが非常に大事だと思う。 そこで私は一つ提案がある。大臣に御意見を伺いたいんだが、たとえば相続税が三十四年度は八十三億六千三百万円、三十五年度の予算におきましては百十一億七千四百万円というものがございます。これは所得税でも御承知のように非常に大きな所得税があるのでありまして、三十五年度改正案による収入見込みでございますと、申告分、源泉分、合わせまして三千三百億円、そのほかに法人税四千三百八十八億というような大きな金がございます。こういうものを——ことに相続税などは私はおもしろいと思うのでありますけれども、こういうものを文教施設に寄付する場合には、国の方に相続税は納めなくてもよろしい。あるいは所得税でも、所得のうちからそういう寄付をした者に対しましては贈与税をとらないようにする。これは文教施設、大学が充実するまでの期間、そう長い期間はなかろうと思うのですが、国へ納めてもよろしい、文教施設へ寄付してもよろしいというような法律を作るということを考えてみてはどうか。大蔵省はもちろん相当反対しましょうけれども、しかし国全体から見ますと、私はそういうことは決して損でないと思う。そういうことにいたしますれば、今約半数分の入学ができることにしてあげればいいわけでありまして、そう長い期間でなくても、ある期間でよろしい。そういうような方針を立てたらどうかと思うのでありますけれども、そういうことについて当局は今まで計画をしたことがあるかどうか。またそれに対して大臣はどんなふうにお考えになっておるか伺ってみたい。何と申しましてもこれはやはり設備をふやさなければ半数者しか入学できない。根本的な解決はできない。そこまで大きな考えをしてみたらどうかと私は思うのです。
○松田国務大臣 有産者が死亡の場合に、その遺産に対する相続税、こういったようなものを出す場合に、そういうものを寄付に振り当て、文教事業等の仕事に回す、そういうような場合には免税措置をとっていく、こういうふうにすれば寄付もむろん進んでするようになることであるから、望ましいことと考えております。しかし個々のケースについてはそういうことも現在でもあり得ると思いますけれども、全面的にそうした法律によってそういう規定を設けるということも一つの案と思いますけれども、今直ちにそれを実行に移そうというところまできておらないのであります。お話のようにどうしても施設設備をふやして、全面的に大学志願者を収容するようにということは、むろんそういう方向に向かって仕組まなければならぬと思いますけれども、現在の私学等のあり方についても、かりに現在は半数より入学できない、そうすると大まかに言ったら、さらに現在の倍数の大学をふやさなければみな入れないということになるわけでありますが、そうした場合にはたして現存する私学は経営がうまくいくかどうかということについても考えさせられるわけでありまして、いろいろの事例をあげて申し上げるわけにもいきませんけれども、そういう事態も起こり得ると思うのであります。でありますから、方向としてはむろん学校施設をふやしていかなければならぬということは考えられます。その点向学心の強い若人をみな収容するということは、むろんやりたいという考えは持っておりますけれども、また一面これは私個人の私見でありますけれども、高等の学問をするに適当な学生と、そうでない学生もあろうかと思う。だれもかれも入学試験、あるいは特別の学科にしても、数学やその他必要科目とされておるものにどうしても向いておらぬ学生もあるのであって、大学に入って学問をするには適していなくても、またその他の能力もあるわけでありますから、実務に早くつくということも、これは諸外国でも行なわれておることであるし、英国なども非常に実際的にそういう方面にいっておるわけであります。英国の実情を私は調べてみましたが、ごく高級の、上の大学へ行こうという者は非常に限られておる。文官試験を受けるにしても、あるいは会社の上級社員になるためには、英国はものすごく試験の多いところでありまして、試験また試験、若い時分から試験ばかりやっている。そうして上層部へ行く階級と、下層と言ったら語弊がありますが、その他の方面に若いときから出て活動するという人が截然と分かれているかのような状態であります。上の方へ行くには試験をたびたび受けなければならぬ、そのためには勉強しなければならぬ、上の方へ行けばそれだけ所得もふえるが、しかし所得がふえれば累進課税をやられて差引大した違いはない。向かぬ上の学校へ行って勉強をして上層部に行ったところが大したことがない。それよりは実務に早くつこうというような気風が全般的にできておるということ、むろん社会保障も十分にできておりますから、失業の場合には心配はないというようなこともあって、そういう気風のできておることに私は一驚を喫したのでありますが、そういうこともあろうかと思うのです。人間それぞれその個性なりその与えられた能力を考えて、そしてやっていくということも、これは一つの行き方であると思うのでありますが、実際に私はさように考えておるのであります。日本ではしゃにむに大学を出たがるのが、実は就職のためである、サラリーマンになるためである。この考え方も一つ考える必要があるんじゃないかというふうにも思われますので、長谷川委員の御熱心な御主張は、私どもももっともと考えておりますけれども、これは財政その他のいろいろの方面から急激に十分に学校施設をふやしていくということも至難なことでありまして、いろいろの方面から考えて今日の事態を改善するようにいたしていかなければならぬ。そういうために最近にもそれらの問題を審議会にかけて、検討してもらうようになっておる次第であります。
○長谷川(保)委員 お宅の方からもらったわが国の教育水準というのを見ますと、統計が三カ所くらい違っているように思うのです。たとえば五ページにあります統計を見ると、十三年以上の三カ国における成人人口の就学年齢構成というのを見ますと、十三年以上は日本と英国とほぼ同率になっておる。それから十二ページの主要国における義務教育後の在学率というのを見ますと、日本は十三年以上は六%、イギリスは十三年以上一一%というようになっておるし、十九ページを見ましても、どうも少し数字が違っていると思うのですが、どういうわけで違っているのか存じませんけれども、いずれにしても今大臣のお話のような、英国におきます高等教育を受けております人の数字なんか日本より少なくなっておるというが、決して少なくなく多いのでありまして、私は今お話のように、必ずしも大学へ行くだけがいいというわけではない。その通りだと思います。けれども、一般論としてやはり教育の多い方がよりいいのでありまして、今のお話とこの表を見ますと必ずしも一致しない。ですから、まだまだ日本でも高等教育を受けさせるような施策をなお進めていくべきであるというように思うのであります。ですから、今お話を承っておりましても、決してそうしないというわけじゃありませんけれども、もっとこの点に熱意を示すべきではないか。それが世の親たち、世の青年たちの非常な願いではないか、今日入学試験を前にしまして、右往左往しているというような事態は、やはりすみやかに解消していくということを文教当局としては十分に熱意を持つべきではないか、こう思うのであります。ですから先ほども申し上げましたように、私は相続税だけでもいいと思う。アメリカの大学に行ってみますと、どこの大学に参りましても、だれだれのメモリアルの図書館だとかなんだとかいうものがよくできております。日本ではそれをしたいけれども、それをすれば税金をとられてしまう。また所得税を二重にとられるということでできないという事情があるわけでありますが、こういう点をもっと改善すべきだと思うのだが、文部当局、その点についてはもっと熱意を示していいと思うのだが、この点どうなんでしょうか。
○松田国務大臣 できる限りそういう方向に向かって努力したいと思います。
○小林(行)政府委員 ことに私立大学の面におきましては、御承知のように片は相当寄付金等も財源の一部としてあったわけでございますが、戦後になりましてはこれが非常に少なくなっておる。そのために学校の経営費の大半を学生からの徴収金でまかなっておるという現状でございます。大学としてもできるだけ学生からの徴収金以外に寄付金等も集めたいということで、そういった計画を立てているところもあるようでありますが、財務当局の許可を得れば、寄付者の方も一部は免税になっておりますが、全部がそういうことになっておりませんので、文部省といたしましてもかねてから財政当局といろいろ話し合いをいたしたこともでございます。まだ全面的に実現されるところにまで至っておりませんが、今後はそういう方面にもただいまお話のございましたような方針で協力して参りたいと思います。
○長谷川(保)委員 ついででありますから伺っておきたいのでありますが、さきごろ御承知のように、大臣は国立大学には理工科を主としていく、私立大学には法文を主としていくというようにしたい、それに対して文部省の事務当局の諸君は、それはどうも困るとそっぽを向いている、こういうような新聞記事がありましたが、文部大臣、一つその御心境を承りたい。
○松田国務大臣 新聞に出ておるような考え方を私は実は持っておるわけでありまして、それを発表いたしましたところが、案外予想以上の反響があったように思われるのであります。ということは、やはり私と同じような考えを持っている人が多かったのではなかろうか、こう考える。むろん文部当局のうちにもいろいろ意見は違いましょうけれども、現在そういう傾向の必要があるということはやはり認めておると思うのであります。しかし何分にも一気にこれをやるというようなことは事実上なかなかできないことである。いずれにしても一面において国立の理工科系に力を入れる、そうして同時に私学の振興のためにもっと大きな金を融資するようにして、利子の補給もできるようにして、そうして相当大きな金が私学においても使えるようにいたせば、そこに先刻来長谷川さん御心配の点も緩和されてくるのではないか、かように考えておるわけであります。
○長谷川(保)委員 大学というようにそう必ずしも簡単に割り切るわけにもいくまいと思いますが、私も大体の方向としてはおもしろいと思いますので、一つせいぜい研究して進めていただきたいと思います。 それから先ほど申しました私学の入学後の寄付金、これは相当目に余るものがあると思いますが、これに対して当局は一体どう考えておりますか。
○小林(行)政府委員 御承知のように現在私立の大学に対しましては、国としては特別に国が必要とする事柄につきましては、国からも財政的な援助をするけれども、一般的には私学の経営は私学に自主的にやってもらうというのが、戦後の私立学校制度の建前でございます。従って私立学校が学則にいろいろな学生からの徴収金、授業料とか検定料といったものをきめて、これを徴収していくということになっておるわけでございます。私学の方でここ数年授業料等の値上げをしておるのは、ただいまお話もございましたように事実でございます。しかし一面考えますと、確かに私学は、これは相対的な問題でございますが、施設設備につきましても国立等に比較してまだまだ相当低い程度にある実情でございます。また教官の待遇等を比較いたしましても、国立よりは相当低いという実情でございます。実際国の教育という点から考えますと、やはり私ども私立の大学等の教育も実はできるだけ充実してもらわなければならぬというふうに考えておるわけでございますが、ただいま申しましたように、その施設設備あるいは教官経費等の充実も、学生からの徴収金にたよらなければならぬ現状では、必要な限度において私立大学がその経費を増徴するということはやむを得ないことだと私どもは思っております。ただこれを徴収する場合には、正規に学則等できめたものを徴収する——これは事実かどうかわかりませんけれども、巷間伝えられるところによりますと、やみ的なものがあるように聞くわけでございますが、そいうことは私どもはよくないことだとは思っておりますが、成規に定められた授業料あるいは検定料、入学金等は一面大学の維持、運営、経営のためにはやむを得ない増徴であると思っておるわけであります。
○長谷川(保)委員 ある程度やむを得ない点もございましょうけれども、しかし今日私立大学に入れまする父兄の非常な悩みは、やはり入学時の寄付金、入学金、先ほど申しましたようにそれを苦にして自殺したというような事件もあるわけでありまして、この点私は野放しというわけにはいくまいと思うのです。もちろん振興会をさらに充実していくとか、あるいは利子補給をするというような点はぜひやってもらわなければならぬ。しかし今のような事態を野放しにしていくということにつきましては、やはり教育というものは単に営利事業ではないのです。これは医者の医療と同じように、単なる営利事業ではないのでありまして、これは野放しにしておくべきではない。やはり何らかの規制がそこに必要ではないか。そして大学に参りまする有能な青年諸君あるいはその父兄にその苦しみを与えるのでなしに、やはり国がむしろ経営についての十分な施策をしていってやる、英国のような行き方をするというまではいかないにしても、日本の私学に対しましても、憲法で禁ぜられておりましたところがだいぶゆるんできておる、これは私はけっこうなことだと思うのです。ゆるやかな解釈をしてきておる、これはけっこうなことだと思うのでありますけれども、やはり国の方でもう一つ施策を進めて、父兄や学生諸君の今日の苦しみというものにつきましては緩和していくという方針をとらなければならぬと思う。このまま野放しでいいということにはならぬと思うのでありますけれども、この点について重ねてお聞きします。
○小林(行)政府委員 御承知のように戦前と申しますか、戦時中までは授業料等につきましても、たしか私立学校令によって認可を受けるというような制度であったと思いますが、先ほど申しましたように、終戦後はその点戦前とは全く逆に、いわゆる国の統制から解放されたわけでございます。ただいまお話もございましたように、私立学校といえども学校の教育は非常に公共性の強い事業でございますので、その点についてやはり従来のような何らかの規制をすべきであるという意見も実はあるわけでございます。ただ私どもといたしましては、今後どういう手をとったらいいのか、十分検討しなければならぬと思いますが、現状におきましては、現在私学が値上げしておりますものがはたして適正な額であるかどうかという点になりますと、きわめてこれは判断がしにくいわけでございます。将来の問題としては、そういった点もあわせましてやはり私立学校制度についても適当な機会に検討しなければならぬというふうに考えておるわけでございます。
○長谷川(保)委員 ついでに伺いますが、大学の入学難とともに、有名な高等学校にやはり志願者が集中するという傾向が出てきておる。さらにそこに入るためには、よき中学校、小学校を選ぶということから、越境入学というようなことが行なわれておる。これは地方へ参りましても相当行なわれておるという事態であり、さらにはなはだしいことになると幼稚園までも選択をしていくというようなことで、幼稚園の入園試験、これは親たちの入園試験だそうでありますけれども、そういう形が出てきておるということであります。この実情はどんなふうになっておりますか。 〔委員長退席、高見委員長代理着席〕
○内藤(譽)政府委員 幼稚園の問題は私はあまり実は聞いていないのですが、幼稚園の問題は、むしろ幼稚園から大学まである一貫教育の学校に志願者が殺到する。と申しますのは、その幼稚園に入りますと、あとはエスカレーター式に上がっていきますので、試験がないからという親の気持からとも思います。今お尋ねの中心は、有名な高等学校へ入るために、その地域の有名な小中学校に越境してくるという実情のようでございますが、これは確かにその傾向がございますので、私どもはたびたび通達も出しまして、そういう事態のないように、都道府県の教育委員会に特に厳存に注意をいたしておるわけでございます。これも全国的ではもちろんございません。限られた一部でございまして、京阪神の一部とか東京の一部でありますが、その有名校に入るのには、大体そこの中学校が非常にすぐれておる、あるいはそこの中学校に入るために、その付近の小学校がすぐれておるということで、学校自体は非常にけっこうな実情だ、教員、組織についても、施設、設備も非常に十分であって、学校経営としてもりっぱなものだと思います。ただ親御さんたちがそれだけりっぱな学校を慕ってくるわけなんで、その場合にその地域の住民なら問題ないのですけれども、他地域からそこへもぐって入ってくるというので、実はいろいろな点でもぐり入学を押えておるわけです。事実上家族が移ってきた場合には、これはいかんともしようがない。そういう熱心な方も相当あります。しかし私どもはいわゆる越境入学というものは、子供がやみの籍を置いて、そしてそこか通学せしめる、こういうような場合にはもちろん食糧の配給等はございませんけれども、それもあえて押してやっていらっしゃる、あるいは遠くから通学をしておる、こういう事態は決して好ましい事態でございませんので、できる限り教育委員会を督励いたしまして、いわゆるやみ入学につきましては絶滅を期していきたい。このためには現在のところ学校差というものがある、この学校差をできるだけなくすということがどうしても必要だと思うのです。これなくしては、これは親が不安を持つだけでありますので、公立学校においてできるだけ施設、設備を均等化していく、そして充実していく。同時にこれは一番難問題だけれども、教員の配置でございます。いい学校から悪い学校に行くというのはだれでもいやがる。悪い学校からいい学校に行くというのはこれは非常に喜ぶのですけれども、できるだけ教員の適正な配置をいたしまして、公立学校である以上なるべく均等化していきたい。 もう一つは校長の熱意にもよると思うのです。やはり校長さんがほんとうに自分の学校を真剣に考えて育てる、校風を作っていくというふうな空気がなければこれは困るのであります。御指摘のような点まことにごもっともでありますので、越境入学のないように、そういうような精神で指導もいたしておりますし、最近はだいぶ減って参りましたことは事実でございますが、まだ私ども完全に払拭されたとは言えないと思っております。大へんに遺憾に思っております。
○長谷川(保)委員 今のように、学校が施設あるいは内容が非常によくて、そこに自分の子供を入れたという熱心な親があって移っていくということもあります。それはけっこうなことだと思うのですけれども、しかしそのことが同町にまた反面から見るとPTAの負担が非常に多いとか、いろいろな問題があります。しかし、それよりももっと考えなければならぬのは、小中学校、高等学校等の有名校に参りますおもな動機は、そうではなくて、上級学校への入学率がいいというところから持っていく。その入学率がいいというのはどういうことでいいかと言いますれば、それはもちろんいろいろな原因がありますけれども、同時に上級学校に対する非常に猛烈な受験の準備教育をするということが多い。そういうことが青少年諸君に与えまする道徳的な影響あるいは保健に対する影響、ことに私が心配しますのは、人を突き落としてでも自分が入って行けばいい、そういう非常に非道徳的な考え方がつちかわれるというおそるべき事態があると思うのです。そういうような入学率のいいところをねらっていく、非常に準備教育の激しいところに青少年をほうり込んでいくということ、それがまた各学校の競争になっていくというようなことにつきまして、文部当局はどういう手を打っておられるのか。当然規制すべきだと思います。
○内藤(譽)政府委員 私どもも受験のために学校本来の目的が阻害されてはならぬと思うのであります。その点は全く御指摘の通りでございます。ですから、学校がいわゆる受験学校になってしまってはこれは大へんなことでございますので、その点は十分注意をいたしておるわけでございます。ただ皆さんも御承知の通り、有名校に行ってみますと、そうだけじゃなくて、やはり学校の訓育とか全体が私はいいように思われるのでございます。そこで、せっかく文部省でいろいろ教育課程をきめましても、受験のために教育課程が無視されるようなことになっては、教育の本質を誤まるものでございますので、一面において教育の内容、教育課程の趣旨を説明しながら、同時に過度な受験勉強に入らないような方法を今検討いたしておりますので、教育課程が完全に守られるような研究をいたしまして、平素の成績を十分考慮するようなことを検討しております。
○長谷川(保)委員 ずいぶんむずかしいことでありましょうけれども、その問題はやはり相当真剣に取り組んでいく必要があると思うので、私はここでちょっと御注文を申し上げておきます。 この間大臣が触れられた問題で、特殊教育の問題等々がございました。特殊教育で、ことに私は盲学校、ろう学校——内藤さんがなさいました講演を拝見したのでありますけれども、これを見ますと、盲学校では就学率はまだ五〇%、それからろう学校の場合は七〇%前後、今度は今の話と逆になって、就学する人が少ないという事情でありますが、今施設としては、この盲ろうの不幸な人々が全部入学するだけの施設はあるのでしょうか。施設が少ないのでしょうか、この点はどうですか。
○内藤(譽)政府委員 施設は十分あるのでございます。
○長谷川(保)委員 そうすると就学できないという主原因は父兄の経済的な理由ですか。
○内藤(譽)政府委員 経済的な理由だけとは申せませんが、経済的な理由も入っておると思いますし、親の無理解ということもあろうかと思います。
○長谷川(保)委員 義務教育のことでございますから、これは相当進めなければならぬと思う。それで私は主として経済的な理由だろうと思う。もちろん今日までいろいろ法律その他手を打たれておりますけれども、結局まだこれだけの未就学の諸君があるということ、そしてこのことは不幸をさらに大きくするということでございますから、この不幸を取り除く、少なくとも気の毒な身体障害のハンディキャップというものをできるだけ小さくしてあげる。それには何としてもまず教育を受ける機会を作っていくということが必要なのでありまして、今日まで打たれました手でなお足りないところはどういうところでしたか。結局は予算が足りないということでございましょうが、なお文教の政策として打ち足りないという点はどこにあるのでしょうか。
○内藤(譽)政府委員 打てるだけの手は一応打っております。と申しますのは、教科書は盲ろうの場合は全員無償でやっております。それから寄宿舎におります場合の給食費、それからもちろん寝具その他の寄宿舎の設備、こういうものも見ております。それから通学する場合には交通費も見ておるわけでございます。いろいろな手は打っておりますが、特に教科書以外のものは大体六割くらいは見ておる。ですから普通の場合の要保護児童とか準保護児童の場合はわずかに二・五%とか二%とかいう程度でございますけれども、実際は六割程度まで救っておる。今私どもが念願しておりますもう一つは、学用品の経費がこの中に入っていない。学用品だけ見ていただけば、あとは全部入るわけなんです。実は学用品についてはかねがね要望しておりますけれども、まだその実現を見ないのは大へん遺憾に思っております。しかしこの盲ろうの就学奨励につきましては、私どもも及ばずながらもできるだけの力を尽くしておるつもりでございます。
○長谷川(保)委員 同様に養護学校あるいは特殊学級、この問題もきわめて不十分だと思うのですが、実際において当局としましては、どういうようにお考えになっているか。私がざっと見るところでは、施設、設備の数が非常に不十分だと思いますが、この点はどうお考えになっておりますか。
○内藤(譽)政府委員 御指摘の通りでございます。盲学校、ろう学校が実務制を発足しましたのは昭和二十三年でございまして、ようやく十数年を経たわけでございまして、昭和三十一年に義務制が完成したというような状況でございます。養護学校の方は、これも国の負担につきましては人件費あるいは建物の経費も教材費もすべて義務教育並みに負担しておりますけれども、まだこれも十分でございません。現在のところ養護学校は全国で三十七校でございまして、本年度十一校ほどの増設の予算が認められておりますので、少なくとも各府県一校は作らせるように指導いたしたいと思っております。その場合に、精薄の者、肢体不自由児、病弱、虚弱、大体三つくらいに分けて、少なくとも一つは各県が作るように指導いたしたいと思っておりますし、これは近い将来、できれば今年度中にも、各府県に設置義務を負わせたい、かように考えておるのでございます、 それから、お尋ねの特殊学級でございますが、これは全国で約二千くらいございますが、普通の小中学校で精薄とか身体虚弱、病弱あるいは肢体不自由児を扱っておりますけれども、肢体不自由児はどうしても養護学校のようなものでないと、教育が十分でございませんが、身体虚弱、精神薄弱、こういう者は、大体養護学級あるいは特殊学級でできるわけであります。これも毎年々々ふやして、ことしはややふやまして、二百五十校にふやしたわけであります。この設備を見ること、特に特殊学級の場合には、できるだけ子供たちに職業の能力をつけたいというので、職業教育を加味したモデル校を、そのうち三十校程度見ておるわけであります。そのための施設あるいは設備は、費用がよけいかかりますので、そういう手当もしていきたい。それから、こういう学校では十五人に一人の割で教員配置をすることに、これは法律でもきめております。この経費も国なり、交付税で百%近く補償しておるわけであります。あるいは建物の面においても、相当の予算を計上しておりますので、いろいろな面でふやしていきたい。将来なるべく早い機会に、人口三万以上の市では必ず精薄学級等の特殊学級を、義務設置させるような方向で指導して参りたい、かように考えておるわけでございます。
○長谷川(保)委員 今の人口三万以上の市で、できておりません都市がどのくらいありますか。それは全体から申しまして、どれくらいの割合になりますか。
○内藤(譽)政府委員 人口三万以上の市町村で、作っているのが五百九十四でございます。三万以上の市町村の数は、ちょっと今ここに統計がございませんけれども、大体半分くらい作っておるのではないかと思います。
○長谷川(保)委員 大臣、今お聞きのようなわけでありまして、この非常に不幸な子供たちに対する対策は、ようやく半分というようなことでございます。こういう点は、国民の人権という点から申しましても、十分施策を進めてもらいたい。われわれもそれに対してあらゆる協力を惜しまないつもりでございますから、ぜひこの施策を進めて、不幸な子供たちのために対策を立てていただくことをお願いしたいのであります。
○松田国務大臣 この白書にもうたってあります通り、わが国の義務教育一般から申しますと、諸外国、特に先進国の義務教育のあり方と比較いたしまして、むろん遜色あるものも少なくはありませんけれども、また優位にあるものもありまして、全体としてそう著しい遜色ありとは思われない状況と言ってさしつかえない、かように考えます。また外国人もこれを認めておるわけであります。しかし事特殊教育になりますと、これら先進国と比較して、著しい遜色ありと私は考えておるわけであります。従って就任当初から、特殊教育の進展ということに考えを及ぼしまして、三十五年度の予算を組むときにも、一つの柱としたいという考えでやって参ったのであります。その実績はあまり大したことはできませんでしたけれども、しかしこれを一区切りとして、相当の進展を見せ得ると考える次第であります。 お話のように、生まれながらにして恵まれざる境地に置かれた者に対しては、国家は特に普通児以上に力を加えて、普通児と同じような立場に置いていかなければいかぬ。そうすることによって、積極的にも消極的にもそういう人々の社会全般の境地を向上せしめるとともに、またほっておいた場合、その家族あるいは一般社会にもいろいろ迷惑を及ぼすようなことを防ぎ得ると考えておるのでありまして、これに対して今後ともせっかく力を入れて参りたい、かように考える次第であります。
○長谷川(保)委員 なお大臣の所信表明に関係して、たくさん質問したいことがございますが、同僚が待っておりますので、きょうは私の質問はこれで終わりまして、また次会にさせていただきます。
○小牧委員 関連して。長谷川委員の質問の中に、私学、特に大学の寄付金とか、あるいは授業料、入学金、こういう問題で質問がありました。大学学術局長にちょっとお伺いしたいと思いますけれども、昨年よりもまたうんとことしは上がっているように新聞でも見ております。その理由として、私立大学の教授の給与ベースが国立大学よりも低いから、主としてその方面に充てるのだ、こういう理由を新聞にも書いてありますが、一体どこまで調べておられるのかよくわかりませんけれども、その実態をお聞かせ願いたいと思います。
○小林(行)政府委員 文部省で、かつて数年前に調べたことがございますが、そのときの数字では、実はかなり低かったわけでございます。なお人事院等でいろいろ給与ベースをきめておりますが、そういうものに比べても相当低いように承っております。
○小牧委員 相当低いというのは、大体どのくらいの開きがあるのですか。
○小林(行)政府委員 先ほど申しましたように、数年前に調べました文部省の調査では、大体国立の七割ないし八割程度のものであるということであります。
○高見委員長代理 西村力弥君。
○西村(力)委員 きのうのわが党の不当弾圧対策委員会で取り上げられ、きょうまた国会対策委員会で問題になったのですが、岐阜の教員組合が、専従者を選ぶためにいろいろやっておる。この問題に対して、知事あるいは教育委員会関係、そういうものが相当具体的に干渉したり圧迫したりいたしておるということでありますが、こういう事態については文部省では実情を把握しておられますかどうか。
○内藤(譽)政府委員 そういう干渉したり圧迫を加えたりというような事実は、私聞いておりません。
○西村(力)委員 それでは申し上げますが、具体的な例を申し上げますと、坂井君というのがおるのですが、これは多治見というところの教員組合の支部の人ですが、その人が立候補を決意しておった。そうすると、この届出をすると同時に市教委は校長を呼びつけて、市議会長から学校建築の補助がこなくなるぞとおどかしておる。それからその税務課長が、税務課勤務のおじさんを電話で呼び寄せて、そのおじから坂井君へ電話で辞退するよう話しかけた。その電話の場合には市教委の和田という教育次長が立ち会っておる。それからまた病気で欠勤中の坂井君の奧さんに、それは市の厚生課勤務らしいのですが、それを課長が呼び出して圧力的言辞を吐いた。こういうことが具体的に事実として出ておるのです。それから美濃市の育友会というのがある。これは父兄の組織で、PTAに類するものだろうと思うのですが、その育友会が市役所で会長会を開いて、そこは武儀という支部だそうですが、武儀支部から県の専従職員を出すことは、教育費や災害復旧費などの県費補助に悪影響を及ぼすおそれがある、こういうことを取り上げました。しかしその取り上げたことは何に基づいているかというと、その郡出身の県会議員がその旨を記したチラシを全体にまいた、それを基礎にしてそういう結論になって、その平田君なる者を辞退さすべくその育友会が働きかけておる。それから二月の二十日、県の教組の選挙管理委員会というところで、十名が立候補をするということが正式にきまったので、その候補者の名前を発表したのに対して、県教育委員会の吉久という教職員課長が、十人は立っていない、八名立つのが確実で、平田、坂井両君は辞退するはずだと記者団に発表した。 それから恵那支部という支部の各学校に対して、地方事務所——これは岐阜県の組織は、地方事務所の所長が地方の教育委員会事務局の局長を兼ねておる。こういう組織になっておって、独立してないのだそうです。その地方事務所の所長、すなわち地方教育事務局の局長、こういうところから役場を通して、各学校に対して立候補は八名である、こういう連絡がずっと流されたということです。 それから多治見市の教育課の和田教育次長が、多治見市の学校からは自分の首にかけても候補者は出させない、こういうことを言明しておる。こういうことが具体的にわれわれに知らされておるわけなんです。 こういうことになりますと、専従の問題あるいはILO批准を目前としていろいろ論議がありますが、そういう問題の一切を離れまして、これはやはり独自であるべき教職員団体に対する権力の干渉、弾圧と私ははっきり申さなければならないわけなんです。御承知の通り、この県は、あの知事がだいぶ強硬にやっておる。話によれば、伴睦一たびほゆれば鉄道も曲るのだという、それをバックにして強気に出ておるのだということを私たちは聞いておるのです。しかし、ノーマルな考えに立ってのものならいいですけれども、こういう工合に自分の立場を飛びこえた、権力万能的な、権力そのものがすべてオールマイティだというような、こういう考え方が横行することは、決して好ましい傾向ではないと私たちは思うのです。しかもこの内容を調べてみますと、教育委員会がなすべき、また教育委員会の独自の権限の範囲内に知事の権限が侵害を始めておる。これは重大な問題でもあると思うのです。こういうことがありますので、この件に関しては、私たちはやはり相当の考え方をもって対処して参らなければならぬ、こう思っておるのです。今私が申し上げたことに対しまして、大臣の御見解はどうでございますか。
○松田国務大臣 今お話の事柄は、私は初耳であります。一切まだ何らの報告を受けておりません。もしそういう事実がありとするならば、やはりそれはおもしろくないと考えております。
○西村(力)委員 ちょっと文部大臣の答弁の範囲をこえるかもしれませんけれども、国務大臣として、良識者としての国務大臣として、こういうことが発生することによって教育費が削られたりあるいは災害激甚地の指定が取り消されたり、そういうようなことがあり得るか、あらせてよいのか、その点はどうです。
○松田国務大臣 そういう事柄はあり得ません。そういうことははっきりと別の問題でございます。
○西村(力)委員 好ましくないという結論でございますが、好ましくないとするならば、文部省として、今のところ日教組対策なんというのに血道を上げておられるようでございますが、やはり好ましくないならば、ないだけの措置というものが次にとらるべきであると思うのです。当然詳細にそれは調査せらるべきであると思うのですが、その調査に基づいた結末、今申し上げたような具体例がはっきりした場合においては、やはり相当の文部省としての措置というものが次の段階には行なわれるべきであると私は思うのです。この点は大臣どうですか。
○松田国務大臣 調査をいたしまして、その上で事柄が明白に相なりますならば、それに対して適当な措置を考えたい、かように考えます。
○西村(力)委員 それでは私たちもこれから現地に参りまして、一応調査をして参りたいと思います。文部省側においても、教育委員会側あるいは県側、そういうものに有利になるような前提に立たないで、公平、客観的に調査を願って、そしてその結果についてお互いにこの問題の措置についてまた時を改めて、いろいろとお話し合いをしたい、こう思うのです。
○内藤(譽)政府委員 西村さんがおいでになりましたら、一つ私どもの方でもお願いをいたしたいのは、一応条例であそこは十五人ということにきまっておりますので、できるだけ十五人にしぼるように御配慮をいただきたいと思います。そうしますれば双方ともに問題は起きないと思いますので、この点を特にお願いしたいと思います。
○西村(力)委員 それでは次の質問に移ります。 文部省が定められた地方の教職員の旅費の総額は四千円でございましたか。
○内藤(譽)政府委員 さようでございます。
○西村(力)委員 ところがこれでは非常に少額だということであります。そのために私の県——これは私の県の問題を取り上げてちょっと工合が悪いのですけれども、これは非常に重要なケースでございますので申し上げますが、中学校の教諭が、やがて参る春の修学旅行にあたりまして、この修学旅行に、出張命令を出してもらうことを前提としてついて行く。この関係はどうなっておりますかというと、車中泊を含めて実質的に二泊三日の修学旅行になるのですが、これが、出張命令に基づいて正当な旅費計算をすると九千八百円という工合に出て参る。ところが現実に支給される額は千円なんです。こういった話を開かれたら、国家公務員の皆さんは驚かれるだろうと思う。きのう私は大蔵省の主計局の給与課長ともいろいろ話し合ってみましたが、旅費がなくなれば出張命令を出さぬけれども、命令を出した限りは正当旅費を支給するというのが建前です。それを打ち切る場合には、個々のケースに基づいて、こういう場合には少し減額するとかなんとかいうことはありますけれども、ところが九千八百円の旅費計算に対して千円の支給である。だからあとの残額は、どうしても何らかの方法でこれを支出していかなければならないということになって参る。これをぎりぎり実質的に計算すると幾らになるかというと、たとえば、子供と一緒ですから汽車は三等だから三等旅費、宿舎だって子供と一緒に泊まるのだから、これは団体であるし、安く上がる。それから日当なんか一切計算せずに四千二百円になるのだそうですが、四千二百円に対しても千円という金は、あまりにも少額にすぎる。本来公務として主張する場合に、あの修学旅行というのは、たくさんの子供の命を預かって行くのですから、子供たちはむやみと行きたがっても、教員にとっては、一人でもけがさせたりしたらとんでもないことなんで、それこそ真剣なんです。そういう大事な仕事をやっていくときに、千円の支給だけで、あとは大体父兄の負担において行くということになってしまう。そういうことは正しくないことだ、だから自分としては出張命令を出してもらって、正当旅費とは言わずとも、実費の支給だけはやはり正当な経路から出た金でもってこれをまかなってもらわなければならぬと思う、こういうような主張なんです。こういう主張をすることに対しまして父兄側はどういう反応を示しておるかというと、それは当然だ、自分たちは何も出すのはいやじゃないのだけれども、これは出すべきであるという工合に県の力に働きかけておりますが、県の力では、やはり金がないということで何とかかんべんしてくれ、何とか打ち切りにしてもらいたいということなんです。これは全国的に初めての例であると思うのでありますが、この主張に対して大臣はどういう所感を持たれますか。
○松田国務大臣 それはお話のように、そういう経費はむろん適当なルートからその実費を支払われるのが当然だと思います。
○西村(力)委員 内藤さんに聞きますが、これはもちろん旅費計算はいたしましても、事情によっては打ち切る場合があるということは地方の条例で示されておりますね。しかし打ち切り支給の場合があるといっても、その打ち切り支給を許す範囲というか、その限界をどこに置いておるか、実費を割るところまで認めておるかどうか、これはどう考えておられますか。
○内藤(譽)政府委員 もともと旅費というものは実費弁償でございまして給与ではございませんから、実費を払うのが建前でありますが、無制限にやられても困りますので、一つの旅費規則というものがあって支給されるわけであります。支給される場合に、旅費の予算がなければ、実費の方はまかなわなければならないと思います。
○西村(力)委員 そうしますと、打ち切り支給という条例の条項があっても、それは実費を割ってはならない。実費といいましても、それはほんの汽車賃とか宿泊費とかそれだけであって、そのほか身仕度にもかかるだろうし、自分たちが着いたときにはいろいろな目に見えない出費もあるでしょうし、そういうものも含めて、旅費計算というものは実費という計算で九千八百円ということになっておると思います。そういう日当や何かも含めてそのくらいかかると思います。それをぎりぎりにして宿泊費とか汽車賃とかで四千二百円、これが出ないということだったら、その教員は一体その修学旅行について行かないでよろしいか、その点はどうなりますか。
○内藤(譽)政府委員 それはできるだけ旅費の予算をふやしていただいて、私の方は県の出費の半額を国庫負担するという建前でございますので、県の方で必要な予算はできるだけ予算に明確に計上していただきたいと思います。ただ、今修学旅行に行く場合に、旅費の予算がないという現実になって、その正当な当然支払うべきものを払わないから行かないということは少し酷ではなかろうか。と申しますのは、現実に子供たちは修学旅行に行かなければならない。この場合に、県の方で旅費の工面で範囲がある。ある程度従来から決して私どももいいこととは思っておりませんが、PTA等で不足分をまかなっておったというし実態があったと思う。いずれにしても先生自身に身銭を切らせるようなことは絶対にいかぬけれども、PTA等である程度これはよくないけれどもやっておったという慣習が私はあったのじゃなかろうかと思う。この場合に、県の方から旅費がこないなら修学旅行にはついていかない、こういうことも少しどうかと思うのでございまして、来年度予算からそういうものはできるだけ成規の予算に計上していただきたいと思うが、本年今この期になって予算の更正もできないようなことでありますから、従来の慣例も尊重していただきたいという気持を打っております。
○西村(力)委員 そういう工合に一方正当なる筋の立った一つの主張というものがある。それを生かさずに、その方は単に希望的な方面で片づけて、あとは教員としての職務からそういうところについていけ、こういう行き方というものは正しくないと思う。それはあなたが言わなくても、その先生は自費で私は行くんだ、おれは子供を放さない、こう言っているのですよ。それはあなたから言わなくても教師というものはそういうものなんですよ。そういう場合に、しからばその先生は出張命令を受けないでどうやっていくかというと、年次休暇をとっていかなければならない。年次休暇をとって、変則的に子供についていかなければならな いと言っている。その際に、その教員が不幸なるいろいろな事態にあった場合に、公務災害補償というものはどうなるか。やはり一つのところをごまかしていくと、そういう工合にどこまでも問題が継続して参るのですよ。だから、今おっしゃったような工合に現実に金がないならばどこからでも出してというようなことでは問題は片づかないと思う。それは一体どうすればいい。
○内藤(譽)政府委員 出張命令を出したからといっても旅費を出さない場合もあるわけです。旅費を支給せずという出張命令があるわけです。幾ら幾ら出すとかあるいは旅費先方負担とかいろいろな形がある。この場合は公務で行くのですから、休暇をもらっていくなんというのは変則だと思う。あくまでも職務命令を受けて、出張命令でやっていただきたいと思う。その場合、今お話しのように金が千円しか県の方から出なかったという場合にはあとはどうしても不足するわけです。不足する分については、本人がPTAからいただくのはいやだ、自分の身銭まで切っていくとおっしゃるならそれも一つの方法だと思うけれども、PTAが学校を後援しようといって、予算がないならともかくあるなら、PTAの金はもらわないとおっしゃるのも私少し行き過ぎじゃなかろうかと思う。従来そうしておったから、それがいいというわけじゃないけれども、来年度からでもなるべく早い機会にそういう習慣を改めて、県の方に予算を組んでいただく、そして必要な実費だけは支給する、こういうことで、これは建設的に一つやっていただきたいと思うのです。
○西村(力)委員 建設的にやるには、文部大臣として来年度からでもとにかく修学旅行の付き添いというものに対しては正当旅費を支給する、こういう前提で文部省としてはっきり立てることができるかどうか、なさるかどうか。
○松田国務大臣 できる限り正当な筋を通した方法によってそうした金の支給をして参りたい、かように考えております。
○西村(力)委員 できる限りとおっしゃるが、そもそも文部大臣、ことしもそうでしょうが、去年もそうだが、教育課程の講習会には無理やり連れて参るために出張命令を出して、業務命令を出して、それに対しては正当旅費を支給すべきだという指導を文部省が行なっている。一体教育の仕事において教育課程の講習を受けることは、私はこの前いろいろ申し上げましたが、研修の機会とか方法というのは他に幾らでもある、これに限定されたものではない。それは牛に手綱をつけていやだというのを水ぎわまで連れてきて、そしていやだというのに無理やりに水を飲ませるようなやり方で何で研修の効果が上がるか、こういうことを申し上げたのでありますが、そういう場合には正当旅費を支給すべきである、いやだったら業務命令で連れて参れ、こういう工合に指導しているのです。そのことと、何百人という子供を預かっていく修学旅行の公務出張と軽重はどちらがあるかと言えば、私から言うと、はっきり修学旅行についていくことこそほんとうに大事なんです。ああいう機会こそ子供と教師がほんとうに一体となれるし、子供たちの喜びも最大なものなんですよ。こちらの方の九千八百円の旅費計算に千以上か出さない。それに対して今答弁をお聞きしますと、あまり無責任過ぎると言わざるを得ない。一体教育課程の講習が修学旅行以上に正当旅費を支給する価値のあるものだと判定する基礎がありますか。
○内藤(譽)政府委員 教育課程につきましては、国の方で基準をきめまして、これが昭和算十六年から全面的に実施される。この場合に教育の内容がどこでどう変わったかということは、先生方に十分熟知していただかなければ新教育内容の教育ができないわけであります。ですからこれについて必要があれば私どもは正当旅費とは申しませんけれども、実費弁償はしなければならないと思う。今お話しの修学旅行についても私どもは実費弁償しなければならないと思っておりますから、そういう予算編成についての指導は十分いたしまして、PTA等の負担にならないように今後とも努力するつもりでおります。
○西村(力)委員 教育課程の講習、ぶり返しても始まらぬですが、あなたはあのときには他にも方法がないわけではない、それを習得する機会がないわけじゃない、方法がないわけじゃないということをはっきり言われているのです。あなた方から考えれば、国が計画し、これをみんな頭に詰め込んでまるのみしてもらうことを望んでいる。だから強硬手段をもって、あるいは金銭的にも有利な待遇をして受講させようとする。こういうことはあなた方の立場としてあり得るかもしれませんけれども、しかし問題はそれだけで教育の全部がよいはずのものではなくて、一方今提起しました問題などは、やはり教育という全体的な問題から言うと、実に重要な一つの学習の場でございます。そういうところがおろそかにされておったのでは、正しい行政指導であるという工合にわれわれは考えられない。その問題については結論的にお伺いしますが、こういう問題は他県にも発生するかもしれませんが、このことに対しては文部省が積極的に指導をとられるかどうか。 それから文部大臣ができる限り来年はやると言ったが、そのことは教育課程の講習会をああいう措置でやられておる文部省として、不公正なそしりを免れるために明年度における努力は今のようなおざなりな答弁以上に、もう少しはっきりと大臣の方からお話あってしかるべきだと私は思う。この点どうです。
○松田国務大臣 率直に申し上げますと、修学旅行をやる場合、やるとするならば、私は非常に慎重なやり方でやってもらいたいということを、私自身としては、かねがね思っておるわけです。修学旅行の光景というものは、日本で、何と申しますか、一番そうしたことが多いのではないかと私は考えます。たとえば児童の数でも、幼い子供でも非常に多数のものを連れて、いかに教員が注意をいたしましても、ああした多数の子供を連れて、近年はだいぶ遠いところまで旅行されるようなことになる。長い同日本は修学旅行をやってきて、慣習になっておりまするけれども、近年忌まわしい、まことに不祥事が一切ならず起こったというような事態にかんがみてみましても、わが国の交通関係の状況、台風その他いろいろの問題もあり、するので、特別に、今よりも一そう注意を払ってやるべきであると思うのでありまして、ここに一つ修学旅行なんかに対しての特別の注意を私は喚起いたしたいと思います。その上でいよいよやるという場合には、これも必ずしも私は悪いことと思ってはおらぬ、よいことと思っておりますが、特に注意を払ってやる。必ずやらなければならぬこととも思っておりません。そうしてこれを決行する場合には、特別の注意を払ってやっていきたい。そのために要する費用は、実費弁償を筋の通ったやり方で支弁していくというふうにやっていきたいものだと、私は考えておるのであります。
○西村(力)委員 いろいろ修学旅行に伴う危険とか、あるいは付随的な、好まない予期しない弊害とか、そういう点については大臣の心配されるような点もいろいろ十分なる配慮をしなければならぬと私は思うのです。しかしこれはやはり実社会に行く最終段階の中学三年というのは、進学、就職コースもありますが、そういうときに団体として他に旅行するということの心の豊かさ、これはもう学習以上に重要なものであると思うのです。 それはそれとしまして、この問題が実際に起きておりますが、文部省のいろいろ見解がありましたが、局長としてこれにもう少し積極的な措置というものをやはりとられるべきではなかろうかと私は思うのです。その点の答弁がありませんでしたので、それはどうですか。
○内藤(譽)政府委員 ただいま大臣からもお話がありましたように、諸外国においては日本のような修学旅行というものは実際ないわけでありまして、日本の国情からきた一つの特異な学習形態ではないかと考えておるわけでございます。そういうわけで、大体子供たちにはできるだけそういう機会を与えたいというので、国の方ではこれも十分ではございませんが、小学校四百四十円、中学校の場合は千六百二十円の範囲まで国が地方と負担しておるわけであります。もちろんどの程度の範囲が必要かということになりますと、これは各学校でめいめいおきめになると、非常に費用のかかる計算もできると思うし、非常に経費のかからない計算もできると思うのです。そこである程度やる以上は、府県の力でどの程度までの予算の範囲を見るかという問題にもかかってくると思うのです。私どもはなるべく父兄の負担を考えますと、最小限の経費で最大の効果を上げるのが適当だと思うのです。いろいろ見たいところはたくさんあると思いますけれども、一つの中学校の終わり、あるいは小学校の終わりとしてまとまったところの修学旅行をする場合の基準というようなものを考えなければならぬと思うのです。私どももこの点につきましては府県の教育委員会と十分密接な連絡をとりまして、必要な経費は都道府県の旅費の中に含むように積極的に指導して参りたいと思っております。
○高見委員長代理 本日はこの程度とし、次会は明後四日午前十時より開会いたします。 これにて散会いたします。 午後零時五十六分散会