逓信委員会 第3号
- 発言数
- 48 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1960/02/10
会議録
○佐藤委員長 これより会議を開きます。 郵政行政及び日本電信電話公社の事業概況に関する件について質疑を行ないます。 質疑の通告があります。これを許します。森本靖君。
○森本委員 大臣のこの所管事項の説明に対して、若干の質問を行ないたいと思いますが、その前に、大臣にちょっとお聞きしておきたいと思います。 放送法の建前から、私たちは、NHKの放送にしても、民間放送にしても、その放送の政治的な論議にわたる内容等については、中立で公正でなければならぬというのが、この放送法の建前であるわけでありますが、特にその放送の中でも、公共放送としての日本放送協会として放送法に明示されておりますNHKの放送については、特に政治的には中立でなければならぬということがあるわけであります。そこで、このNHKの経営委員の問題でありますが、この経営委員の人そのものも、やはりそういう政治的にも中立的な立場をとってやっていかなければならぬというのが、この放送法の建前であると思いますが、その点について大臣はどうお考えですか。
○植竹国務大臣 御意見の通りに考えております。
○森本委員 そういうことになりますと、かりにNHKの経営委員なら経営委員という重要な職柄にある人が、日本の今日の一番大きな問題になっておりまする、たとえば日米安全保障条約の改定問題等についても——これはむろん賛成、反対ということで、国の世論というものが今二つに分かれておるわけでありますが、こういう問題についても、少なくともNHKの経営委員という一つの職にある間は、やはり公正、厳正、中立的な立場をとらなければならぬということになろうかと思いますが、その点はどうですか。
○植竹国務大臣 個々の問題につきましては、各経営委員それぞれの考え方があろうと存じますけれども、NHKの放送につきましては、公正な経営方針をもって臨むべきであろう、さように考えます。
○森本委員 放送については、むろん公正にやらなければならぬということはその通りでありますが、たとえばNHKの経営委員長なら経営委員長という人が、なるほど経営委員長という立場において発言をするわけではないだろうと思いますが、しかしかりに、これは率直に名前をあげていいと思いますが、今の経営委員長の阿部真之助氏が、かりに経営委員長という立場でない、私は評論家という立場で言うということで言いましても、同一の人間である限りにおいては、そういう問題について使い分けをするということは、なかなか困難であろうと思うわけであります。そういう点で、今のたとえば経営委員長なら経営委員長が、経営委員長という立場でなしに、評論家なら評論家という立場において、政治的な問題をまずずばりずばりとその自分の方向通り発表していくということについて、一体大臣はどうお考えになるか、こういうことです。
○植竹国務大臣 評論家の立場としては私は一応差しつかえないかと思いますが、なおその発言内容につきまして具体的に問題のある場合にはよく検討してから、御答弁申し上げたいと存じます。経営委員長としては、その意図で経営していくと申しますよりも、各経営委員の委員会における——委員会運営の総括者と申しますか、委員長としての職務を行なって参りますので、経営委員会以外の場所におきまして、その個人々々の見識に基づきその考えを率直に述べる場合もあろう、そしてそれは世の中によって容認されることであろうと存じますが、先ほど申し上げましたように、発言内容の具体的な問題につきましては、また特に御指摘のようなことがございますれば、検討さしていただきたいと存じます。
○森本委員 発言というよりも、たとえば日米安全保障条約改定推進会議というふうなもののメンバーの一員になって、またその推進力になるというふうなことについてはどうですか。
○植竹国務大臣 そのメンバーとしては私はただいまのところ差しつかえないと存じます。ただ、もし経営委員長として、その委員長席に着き、また委員長としての活動につきまして中正を欠いているというふうなことは、これはまた論議の的ともなる場合もあろうかと存じますが、経営委員長として中正にやってくれれば、個々の意見をそのときそのときの場合に応じて発表して差しつかえない場合には、個々の見識を披瀝いたしましても一向差しつかえない、ただいまのところはさように考えております。
○森本委員 この放送法の二十条第二項は、どういう意味でこしらえたわけですか、大臣。
○植竹国務大臣 「内閣総理大臣は、委員のうち五人以上が同一の政党に属することとなったときは、同一の政党に属する者が五人になるように、両議院の同意を得て、委員を罷免するものとする。」ことになっておりますので、もし今の御指摘の人物あるいはその他の……。
○森本委員 いや、私が質問していることをよく聞いて下さいよ。私は、今の経営委員長の問題を言っておるのじゃなしに、放送法の二十条第二項というのはどういう趣旨においてあるかということを、大臣は御承知かどうか、このことです。
○植竹国務大臣 先ほどの答弁を取り消さしていただきまして、あらためて御答弁申し上げます。 この第二十条第二項は、同一の政党に所属する者が圧倒的になってはいけない趣旨だと考えております。
○森本委員 第二十条の二項というものは、今大臣がおっしゃったような趣旨でできておるわけでありますが、それと同時に経営委員というものが、総体の人数のワク内においても政治的にやはり中立でなければならぬという一つの精神が、この条項の中に入っておると思うのですが、どうですか。
○植竹国務大臣 ここに掲げられましたパーセンテージ、割合以上になることを防止した規定と考えております。
○森本委員 割合以上になるのを防止したと言うが、私の聞いておるのは精神ですよ。この法律の立法の精神ですよ。立法の精神というものは、NHKの経営委員は政治的に全体的から見てやはり中立でなければならぬという一つの精神がこの中に入っておると思うが、どうですか。もし大臣がその立法の精神についてわからぬというなら、これは事務当局の電波監理局長に聞いてもいいですが、この趣旨はそういう趣旨でしょう。
○植竹国務大臣 おおむねその趣旨と存じます。
○森本委員 まあ、これはおおむねその趣旨でもけっこうですが、そうなりますと、この経営委員会の長というものは、経営委員が互選をして経営委員長というものができるわけですね。そこで経営委員長という立場にあるということになりますと、特に政治的にやはり中立でなければならぬということは、これは常識で考えられると思うわけであります。そこで大臣が今おっしゃったように、経営委員長というものと評論家というものについては、これは一つ上手に使い分けをしてもらえばけっこうだ、こういうことですけれども、これは人間である以上はそういうふうに上手に使い分けをするということはなかなかむずかしいわけであって、現実の問題としてはやはり経営委員長である人が評論家として評論をしても、それはやはりある程度この問題については相当の影響力があるということは、率直に私は認めなければならぬと思うわけであります。私はその点で非常に感心しておるのは、たとえば現在のNHKの会長でありまする野村会長なんかは、NHKの会長に就任するまでは、少なくともいろいろな政治的な問題についても、あるいはまた社会のいろいろな面等についても、いろいろの文章をそれぞれの雑誌あるいはそれぞれの機関紙等を通じて発表しておったことがあるわけであります。しかしあの人が一たびNHKの会長に就任をせられると同時に、会長でなしに野村秀雄個人としての見解の発表というものはほとんど今日なされておらぬ。それがNHKの会長としての仕事をするについて私の信念であるということをいつか私は聞いたことがあります。私は今の会長のそういう態度は実にりっぱであると思う。そういう点から言って、会長と経営委員長というものはなるほど比重が相当違います。執行部の一番の頂点としての会長というものと、非常勤の経営委員長というものとの比重はなるほど違いますけれども、一応経営委員長というものはNHKという機構の最高機関の一つの頂点であるというふうに考えざるを得ないわけです。だから一流の評論なり、あるいは政治評論をやられるということもけっこうでありますけれども、もしそういうことをやられるなら、NHKの重要な経営委員長なら経営委員長の職を引いてからおやりになるということならけっこうだけれども、少なくともNHKの経営委員長という職にある間は、経営委員長という肩書きを使わぬにいたしましても、同じ人間が発表することでありますから、影響力というものはかなり多いと思うわけであります。私はそういう観点から言うならば、これは法律においてそういうことをきちんと取り締まるというわけには、なるほど大臣がおっしゃったようにおおむねでありますから、いかぬだろうと思います。しかし、今私が例に出しましたように、野村会長なんかの態度が、こういうNHKという公共放送の機関の長としての態度としては最も望ましい。少なくとも経営委員長という重大な立場にある場合においては、今日こういうふうに安全保障条約の問題について国の世論が二つに分かれておるという段階において、全く一方の方向に寄ったような会議に参加したり、あるいはそういう方向の評論を発表してみたりということはあまり望ましいことではないのじゃないか、こう考えておるわけであります。これは人のことに関することでありますけれども、しかし、何といたしましてもNHKの全体の問題にも関することでありますから、こういう点については大臣がとくと御検討願うと同時に、それとなく話し合いをするということも必要じゃないか、こう考えておりますが、その辺大臣の御見解をお聞きしたいと思うわけであります。
○植竹国務大臣 ただいまの森本委員の御発言につきましては、私としてよく尊重して翫味すべきである、そういうふうに理解せられるのでありますけれども、さて現行法の趣旨におきましてはそこまでの禁止はないように一応思われますので、新たに法律改正ということになりますれば別の問題といたしまして、現行法で監督官庁としてどの程度までその点を規制し、あるいは監督していくべきかということにつきましては、なおよくただいまの御発言に基づきまして慎重にやって参りたいと存じます。
○森本委員 大臣も法律家でありますから法律のことをやかましく言うわけでありますが、なお二十条だけでなしに、たとえば第十六条の「委員の任命」というところに、「経営委員は、公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者のうちから、」云々ということがあるわけであります。この中の「公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、」ということも、やはりそういう立場を明確に物語っておるわけであります。そういう観点からいくと、やはりこれはある程度考えてもらわなければならぬ点が多々あるじゃないかということが、率直にこの法的な立場からいって言えるのじゃないか。ただ、しかしそういう問題を法律においてきちんと取り締まるとか、あるいは監督官庁であるからこうせよというようなことでなしに、その人の個人の人格とその人の手腕に信頼をして、私が今、野村会長の話を出しましたけれども、これは大臣がそういう道義的にお話し合いをなさる必要があるのではないか。四角四面なきちょうめんな言い方をするよりも、大臣が道義的な立場からそういう話を持っていった方がよくはないか、こういうことを言っておるわけであって、そういう点についてはせっかくそういう立場に立った大臣として、そういう話をする人としてはあなたは一番適当な人であろう、こう思うわけであります。特にあなたの人柄とか人格というものを見た場合にそういう話をする場合には一番あなたが適当ではないかという気がするわけでありまして、そういう点で四角四面なきちょうめんな話はまた別といたしまして、今の野村会長の諸等を出して道義的な話をするということが必要じゃないか、こういうことを言っておるわけであります。大臣がそういう点について、委員会でも若干のこういう注意があったからこうこうだという話を一度はせられて、その結果をお聞かせ願いたいと思っておるわけでありますが、どうですか。
○植竹国務大臣 御発言を尊重いたしまして、そのようにいたします。
○佐藤委員長 金丸徳重君。
○金丸(徳)委員 私はこの際郵政大臣に、先般御説明のありました三十五年度の事業運営計画につきまして多少詳しくお尋ねを申したいのでありますが、そのことはまた後日あらためての時間もあろうかと思いますので、大綱だけ一、二点伺って、それからきのう時間の関係上私のお尋ねいたしかねた点につきまして触れてみたいと思います。第一に、通信事業が非常に飛躍的な発展をしなければならないような、従って運営面におきましても相当深刻な検討を加えて参らなければならないような情勢に相なりました。その一つの現われといたしまして、電信電話事業につきましてはすでに五カ年計画の改訂案が進められて、今国会に提案されるような状況になっておるのでありますが、これと対応いたしまして、通信事業の他の一翼をになうところの郵便事業につきましても、何らか新しい方向といいますか、力が加えられなければならないように思われる。昨年も私はそのことを申し上げてお考えを願っておいたのであります。もしもこのままの状態でいくというと、片方の電信電話事業は非常な飛躍的な進度で進められていくのに対して、郵便事業が旧態依然たる姿のまま取り残されて、非常なみじめな状態に陥りはしないか。ますますそういうような開きが多くなるような気配もうかがい知られますので、この辺で何らかその根本の問題に触れていってお考えを願わなければならないのではないか、かようなことを申し上げた記憶もあるのですが、大臣もこれに対して御同意をしていただいて、何らか措置を講ずるようにお答えがあったのでありますが、今年度のこの御説明を伺いますというと、どうもそれらしいものが見つかりません。まあこれはそう簡単にいかないのだといってしまえばそれまででありますが、しかしながら、それにはそれで何か検討する方法あるいは方向ぐらいはお示しにならなければならない時期のようにも思われるのでありますが、これについてどういうふうなお考え、及び御努力をなさっておられるか。今後この予算及び今後出てくるところのいろいろの法案などを審議いたす場合においても、基本の問題であろうかと思いますので、この際にお伺いをいたしておきたいと思います。
○植竹国務大臣 この郵務の問題につきましては、ただいま、また前国会におきましても、金丸委員から御指摘をいただきまして、私たちも鋭意この問題を検討して参っておるのでございますが、あるものは成案を得、あるものはまだ検証の途上であるような実情でございますが、またものによりましては、予算化いたしまして、予算案に盛って、今回の予算審議のときにも御審議願うような段階になっておるわけでございます。 また、郵便局の制度につきましても、特定局をどういうふうに持っていくか。あるいは簡易郵便局制度というものをどういう、ふうにしていこうか。置局の増設につきましては、どういうふうにやっていこうか、機械化の問題についてはどうしていこうか、定員の問題については今後どうしていこうかといったような各種の長期計画につきまして、ただいま策定中でございます。なお詳細につきましては、ただいま具体的に郵務局長から御答弁さしていただきたいと思います。
○板野政府委員 それでは私から補足的に御説明を申し上げたいと思います。 郵便の長期計画につきましては、先ほど先生から御指摘がございましたように、私どもといたしましては早急にこれを樹立いたしたい、こういうわけで、ただいま作業中でございまして、大体の方向というものを私どもは今こういう工合に考えておるわけであります。 その第一点は、郵便のサービスというものが、今後五カ年間におきまして、どういう状態にあるべきか。特に御指摘のありましたように、第五種の郵便物あるいは第三種の郵便物、多量にしかも非常に重い重量の郵便物の処理、あるいは取り扱い方、あるいはこの取り扱い制度といいますか、この制度をどういう工合にしていくか、このような問題、それから小包郵便の問題、それから最近また問題になっております速達区域の拡充の問題、このような問題、また新しい社会情勢に応じまして、郵便の取り扱い制度の問題、あるいは郵便の集配度数、特に大都市を中心といたします集配度数をどういう工合に考えたらいいか、この問題、それから郵便の速度をさらに増していく、航空搭載というようなものを中心にいたしまして、ただいまサービスの五カ年計画というものを策定いたしております。この基準に基づきまして、郵便の機械化の問題をどうするか、あるいは国鉄が最近計画をしております集約輸送に対応する輸送計画の改善、変更、この問題につきましても、私どもそれに対応する五カ年計画といいますか、三十七年度から国鉄もそういうような輸送体系に移るようでございますので、それに対応する五カ年計画というものを策定いたしておるわけでございます。また機械化計画につきましては、すでに昨年度を初年度といたしまして発足をしておりますが、これにつきましても、さらに御指摘もございましたように、農村地域におきますいろいろな機械化につきまして再検討いたしまして、この改善をはかっていく。また局舎の問題につきましては、すでに八カ年計画ができておるわけでございますが、これにつきましても、特に大都市におきます郵便局舎というものが非常に詰まっておりますので、この問題は、特に大都市を中心にいたします五カ年計画というものの策定へさらにただいま申し上げました集約輸送に伴います拠点局の局舎の増築、このような問題も含めまして、この八カ年計画の再検討をいたしておるわけでございます。また窓口機関の拡充につきましては、ただいま大臣からちょっとお話がございましたように、特定局の増置の問題、あるいは簡易郵便局の一大増設の問題、また郵便ポストの増置、こういうような問題を含めまして、この窓口機関の十カ年計画というようなものをこの機会に作っていきたいということで、ただいま作業いたしておるわけでございます。集配関係につきましては、先ほど申し上げましたように、これまた集配サービスの改善という問題を中心としまして、大都市の集配計画はもちろんのこと、農村、特に開拓部落の集配をどうしたらいいか、これらの点につきましても、ここ五カ年のうちに相当数の村落集配というものの計画を樹立いたしまして着手していく、このような考え方で、せっかく作業を進めておりますので、遠からざるうちにまた具体的な御説明を申し上げられるという段階に達するかと思います。
○金丸(徳)委員 事務当局が非常に苦心をしていろいろの計画をされておることは、よくわかりました。長い間の研究に基づいて、ああもしたい、こうもありたいということで、いろいろ研究されておりますことは、昨年以来もよく承っておるのでありますが、私が大臣にお伺いいたしたいことは、そういうふうないろいろな計画を進められるにつきましても、何か根本に非常に行き詰まるものがあるのではないかと思われる。今まででもそういうような計画を進めるについては、ずいぶん勢を持ってやられてきましたのが、遅々として進まないのは、その根本の問題が取り残されておるからではないか、こう思われるのです。私が今ここでこんな御説明申し上げることはおかしいのでありますが、電信電話事業については、十分に事業それ自体が拡張すればするに従って、収益が逓増といいますか、多くなって参るように受け取れるのです。従って拡張すればするだけ経営状況がよくなり、さらにそれを土台として拡張がされるというふうに受け取れるのでありますが、郵便事業におきましてはそうは参らないようであります。今までの検討におきましても一、二種につきましては確かにそういう面もあろうと思うのでありますが、その他の点につきましては、残念ながら仕事がふえればふえるに従ってかえって赤字が増してきて、その改善したい点にもかえってブレーキをかけるような材料があるのです。その材料をそのままにしておいて、その解決を後にしておいて、さてこうもしたい、ああもしたいという意欲ばかり燃やしてみたところで、私は結果においては今度のこの予算案に見られるような、あるいは事業運営方針に見られるような、意欲はあるけれども、現実的にはただこうやくばりのといいますか、申しわけ的なものになるのではないかと思うのです。そこで大臣はそういうような根本の問題について、すでに腹をきめて検討にかからなければならない時期になっておるのではないかということを申し上げておったのでありますが、それについての意欲といいますか、お考えのほどをお示しになっておらぬようであります。どうなさるおつもりであるか。事務当局のそういった長い間の検討を解決するためには、大臣はどういうお考えのもとにこの根本問題についてお取り組みになろうと考えられるか、承っておきたいと思います。
○植竹国務大臣 私も御意見の通りその時期がいよいよ参りましたように思いますが、これを大方の社会の理解を得、ことにその代表である当委員会を初めとした国会方面の御理解を得てこれが実現していくには、どういうふうにやっていったらいいかということを、実はただいま役所のうちで、これはほんとうに早くやりたいけれども、やりそこなっては大へんだというので、今検討しておる最中でございます。
○金丸(徳)委員 役所の中で御研究になっておられるとき久しいという感がいたします。そこで役所の中で御研究になっておられましても、この問題はなかなか解決に一歩進まぬのではないか。もうそろそろ世間の問題にしてもいいのではないかと思います。もちろんすぐにそれは料金改正とかなんとかということになるのかもしれませんが、その前の問題として世間に訴えるべき段階にあり、次の問題といたしましてはいろいろの角度からして国の財政上の補助を受けるというような道もあろうかとも思われます。困難なことでもあろうかと思いますが、しかし努力の方向としては、努力の段階としては、そういう段階を経て、この大問題の解決に進まなければならないように思われる。今までに長い間かかったのだからということでおいてもいいのでありますが、一方においては電信電話事業が非常な飛躍的な第一年を迎えることしなればこそ、私はこれは大臣の手によって決意を世間にお示しになるときではないか、こう期待しておったものですから、非常にくどいようでありますがお伺いをいたし、あわせて何とか一歩をお進めになっていただきたいという御要望も申したいのでありますが、いかがなものでありましょうか。
○植竹国務大臣 実はけきもその問題を役所外の人々とも意見の交換をして参ったような次第でございまして、十分に心にとめ、また私が地方所管内の視察をいたしましたときにも組合方面からの質問もございまして、だんだんにその機運が——だんだんでなくきわめて迅速に高まってきたものだ、またそういうふうに私の行政を持っていかなければならないという意欲をもちまして当たっているようなわけでございます。何分にも同意見でいらっしゃろうと思いますが、物価その他に影響するところも多いわけでございますので、その方面のことも十分勘案しつつ、担当の他の行政諸官庁とも十分打ち合わせて、私としてはむろんのことすみやかに具現いたしたいとは思っておりますが、そういった実情で、そういったやり方でただいま進めると申しますか、検討と申しますか、やっておる最中でございます。
○金丸(徳)委員 非常に影響するところも大きいからという大臣の御配慮は私もわかるのでありますが、そういう御配慮のゆえに郵便事業が伸びるべくして伸びない、苦労がますます増すばかりである、事務当局がいかに念に念を入れて検討は進めてみても、それはただ単なる検討にすぎずして、何としても狭い中でもってただやりくりしているだけだというような今の状態は、私どもといたしましてはまことに見るに忍びないものがあるのであります。何とかしてこれを世間に訴えつつ、世間の協力も得て、いい解決策を講じていただかなければと思うものですから、かように少しくどくなり過ぎるのでありますが、少なくとも今国会中くらいには、何らかそれに対しての具体的なる一歩をお進めになるような方途を講じていただきたい、こう念願申し上げます。これはお願いでありまして、また後日他のこまかいというか、事業計画などについてお伺いいたします場合にさらに触れて参ることといたしまして、これはこれで終わることといたします。 次に私は、きのう時間がなかったものですから、お伺いいたしたかったことで延ばしておいたことについてお伺いいたします。昨日カラーテレビのことにつきましていろいろ当委員会で検討がなされました。そのおり大臣は大へんな決意をもってこれの進展について努力なさるような御表明がありました。私どももどうかしてそういう時期を一刻も早く得ていただきたいと思ったのでありますが、それにつけましても私は電波監理局長に、純技術的な立場からいたしましてそういう時期が参ったかどうか——きのうそういう御意見もあったのでありますが、私がお伺いいたしたいのは、今までこの委員会においていろいろ検討されました場合においては、純技術的にいってこれならばという確信の持てる時期というものは——もちろん近いことを望んでおるのではあるが、そう一年、二年のうちにはないのではないかというふうな、これは私の受けた印象をそのまま率直に申し上げるのでありますが、そういう印象を受けております。それほどにカラーテレビの技術はまだ研究過程といいますか、進歩の過程にあるように受け取れておったのであります。そうしてその一つの証拠とでもいいますか、判断の材料として私ども聞かされたことは、アメリカにおいてさえもが、白黒テレビについては急速なテンポでもって十分普及されておったにもかかわらず、事一たびカラーになりますというと、これはなかなかそうはいかない。ある限度以上にはなかなか進まないのだというのが、アメリカにおいてさえもそういう状況であるのは、何か技術的にある飛躍的な時期を待っておる気配がある。またそういう材料もあるらしく思われる。その飛躍的な線を突破しなければほんとうに決定的なものは出てこないのではないかというふうに受け取れております。で、アメリカにおける普及状況などを考え、そうした技術的な話を承るにつきましても、その時期こそわれわれがカラーテレビというものの決定打を打ち出すべきときである、こういうふうな考えを持って今日まで参ったのであります。昨日それにつきましての大臣の御意向の表明がありました。そこで、それではきっといい材料をおつかみになってこられたのであろうか、こう思いまして大臣にお伺いいたしましたところが、大臣は技術的には自分はそういう確信を持っておるわけではないけれどもというような御返答がありました。しかし大臣のうしろには電波監理局長以下の技術陣営がおります。その方面の助力、助言もおありだろうと思いますので、電波監理局長はどういう技術的な材料を持って一年ばかりの間に、これ以上にはもう待ち切れぬのだ、待っても仕方がないのだというような御意向をお持ちになったのか、その材料を一つお示しを願えれば私ども非常に納得できるように思いますので、お伺いをいたします。
○甘利政府委員 御質問にお答えいたします。 順序が少し逆転いたすかと思いますが、まずアメリカでの普及がそうはかばかしくないということに対する分析でございます。これらの問題につきましてもカラーテレビジョン調査会ではその計画委員会というのがございまして、その中に日本における普及をはかるにはどういう問題を解決しなければならぬか、あるいは外国におけるその間の情勢はどういうふうになっておるかということをずっと長く研究して参っておりまして、その一つの結論を申し上げますと、もちろんヨーロッパにおきましては現在なお試験研究の段階である、米国では放送を開始してからすでに六、七年になってもなかなか普及しないが、その理由はどういうことであろうか、幾つか事項をあげて結論を出しております。まずカラー受像機で受け得る番組の内容、絵の質、そういったものが受像機の価格に対して伴わない点があるのじゃないか。それからカラーによる番組の質と量、購買意欲、受像機の価格のそれぞれの因子が循環的に作用しまして普及を妨げているのではないか。次に白黒の受像機でカラーの番組が同じ程度に楽しめておる、これが一つの原因。またカラー放送を開始しました当初、初期に普及しました受像機というものが調整、保守上にいろいろ難点があった、そういうことでかなり評判を落としたということがございます。それから普通白黒の受像機を持っておりまして、次にカラーというよります白黒の第二セットを買う、こういう要望がかなり強いわけでございます。こういったような理由を、普及を阻止している原因として調査会ではあげておりますが、アメリカの実情ではやはり日本と国情が違いまして、娯楽施設、レクリエーション等に必ずしもカラーテレビというものに頼らなくても、たとえば五百ドルという金を出すならもっとほかに快適なエンジョイイングがたくさんある、こういう環境にあるために割合カラーの方に手が出ないのではないか、その辺が私どもの判断している主たるところでございます。これが日本におきましてはやはり今の白黒テレビの普及状況から見まして、また今までの街頭テレビといったようなものの大衆の関心から見まして、やはり日本においては今の段階で相当安定した受像機を適当な価格で作るならば、これはかなり普及を見るのじゃないか、あるいはこれは甘い見方かもしれませんが、そういった観測も必ずしも成り立たないとは申せないと思います。ところで最初の御質問の、技術的に見てはたしてこれを今きめていいかどうかという問題でございますが、先生がおっしゃいました二、三年前からの新しい方式に対する期待、これはもちろん私ども技術者としてもっぱらこれに期待してきたわけでございます。日本にも数多くの研究者がおりまして、白黒のテレビ放送が開始されましてから十年になろうとする間、ずっとカラーの研究というものが行われて参っております。それはやはりアメリカで開発されたNTSCに対する技術者としての一つの挑戦と申しますか、人のまねはしたくないという一つの研究者の意欲で、相当研究は続けて参ったわけですが、不幸にして、そこに新しい原理でテレビにこれを導入できるという確信の持てる方式がいまだかつて発見されませんでした。これは単に日本だけではなく、アメリカ自体もNTSCに対しては相当研究を続けてきておりまして、各メーカー、研究団体、大学、そういうところでも別個のカラー方式というものに対する研究は非常に盛んでございました。いろいろと案を学会雑誌等には発表されておりましたが、何としても、これを実用化するというところまで持っていきますと、NTSC方式よりもさらに不経済な施設になるというのが、大体今までの考案の結論でございます。さらにヨーロッパ方面、特にソ連、この辺でもやはりアメリカの後塵を拝することを非常にきらいまして、いろいろと研究を続けております。数回にわたる国際会議において、われわれはそこに何らか新しい方式が提案されるのじゃないかということにかなり期待を持って出席しておりましたが、これまた不幸にして何らNTSC以外の方式が提案されておりません。こういうふうに考えて参りますと、NTSCというものがはたして理論的にいいものかどうかということをまず検討してみる必要があるというので、かなり詳細に数年にわたって分析研究をやってみますと、理論的にまず完璧な方式だということがますます立証されるだけで、その間に何か欠陥がないかということを非常に意地悪く探してみたわけですが、そういう大きい致命傷になるようなポイントは一つもないという結論でございます。大体今私の申し上げておりますのは受像機のことでなくて送信の方式でございます。従って送信の方式というものをこの方式でやりましても、受像機の方の構造は、それで色が出さえすれば、どういう方式でこれを受けても差しつかえないわけで、方式がきまったから受像機も固定するというわけではございません。また送信の方式の方も、受像機に対してそれと同等の効果を与える方式であればこれを採用してよろしい。これはかりにNTSCと決定する場合ですが、その場合でも、そういう弾力性を持たしてございます。これは今の白黒でも同様でございますが、そういうわけですから、色を三色に分析して送るというこの方式自体については、よほどの原理的な革命がない限りは、これがくずれるということは常識的に考えられない。また、NTSCの欠陥を探るために長い間いろいろと研究して参りましたが、その間に日本の研究陣及びメーカーの技術陣というものは非常にこれをマスターしまして、逐次試作品ができるというような状況になって参りました。特にNHKの技術研究所では、このカラー受像機の中の一番困難とされておるトリカラー・チューブ——三色管の試作もみずからの手でできるようになりました。しかもそれは二十一インチというものではなく十七インチという形で、これは二十一インチを作るよりはちょっとむずかしいのでございまして、二十一インチよりももっと精密工作ということになります。ただスクリーンの大きさが十七インチの方が日本の家庭には適するだろうというので、これを縮めてその試作を進めております。また三色管の螢光物質、それから一番製作がむずかしいといわれておりましたシャドウ・マスク、こういった精密工作の部分もそれぞれ国産でできるというめどが立って参りました。また各施設者も、カラーの放送施設を、あるいは輸入し、あるいは国産で設置しまして、その運営の技術をだんだんと訓練いたしまして、現在ごらんのような実験放送とは申しながら、あれはもう欧米の実情に比べますと、あの実験放送というのは、名前が実験放送というだけで、その技術といい、内容といい、もう本格放送と少しも違わないような情勢になっております。また私どもも国産化の大勢、そういうものを進めると同時に、この方式の国際的な統一問題に対して、在来非常に協力して参ったわけで、そういった見方から、アメリカはああいう方式に固まりましたが、ヨーロッパ、ソ連方面の動向がどういうふうになるかということを、これまた数回にわたる国際会議で注目して参ったわけで、日本としてもまたこれにいろいろと提案をしております。それらの膨大な技術的な報告、そういうものを私ども一応目を通してみますと、大体日本の研究レベルと同じ程度の研究内容が発表されております。従ってそういうところから、世界じゅうどこからも日本よりかけ離れたよいアイデアを出しそうだというきざしが見出されない。特にソ連については相当革命的な方式を発表するというようなふれ込みなどもうわさになりまして非常に期待したのですが、やはりふたをあけてみると、アメリカのNTSC方式と全然同じ。それはもちろん各国白黒の方式がございますから、NTSCを使うとしてもやはり白黒とできるだけ合うような方式をとりますので、そういうこまかい点ではアメリカ方式と数値が違っておりますが、しかし技術的な原理的な内容は、全くアメリカのNTSC方式そのものでございます。特に最も問題になる三色管は、結局アメリカのたまを買ってきてつけているというような状態であります。そういう点から申しますと、国際的に見ましても、カラーテレビの技術については、おそらくアメリカを除いて日本が国産化という点、またそれを数年にわたって国をあげて研究陣が検討したという点においては、まず一番じゃないかと私ども考えております。こういった情勢で、カラーテレどの調査会も、少なくも特別なことがない限り、現在のNTSCというものが、技術的な観点から見て完璧とは申しませんが、まずいいものじゃないか、こういう結論になったわけでございます。われわれといたしましては、それを受けまして、行政面の立場からいろいろな点を検討いたしまして、また大臣がみずから各国のこの道の方々とお話をされて、非常にカラーテレビに対する批判的な頭を作って戻られましたので、そのあとのわれわれの話し合いというものはきわめて見方が一致しまして、ここで郵政省としてはこの方式を原案にするということにいたしたわけであります。
○金丸(徳)委員 大へん詳細な御説明をいただきまして、技術のことですから私ども深い点はわからないのでありますが、郵政省の事務当局として考えをまとめられた根拠につきましては、よくわかりました。結局は、これ以上待っても、これ以上いいものは当分期待できないのだということが大きな要素になっておるように承ったのであります。そこで、次の問題としては、近ごろは人工衛星などを飛ばして世界で統一したテレビ受像の方式をとろうじゃないかというようなことも期待されておりますし、そういう方面の研究も進められて、近くそういうことになるのではないかということがいわれております。といたしますならば、世界統一した一本の方式をとることも考えていかなければいけないように思われるのでありますが、そういうことも考えの中に入れての今のような御決定でありましようか。
○甘利政府委員 ただいま、マイクロで伝送する場合にどうなるかとか、国際中継の場合にどうなるかというふうなこまかい点についてまだ申し上げませんでしたが、何としても、ヨーロッパとアメリカとは、方式は同じでも使う周波数帯が違うものですから、それがそのままなまではどうしても中継できない。ところが、この異なる二つの標準方式を相互に転換するという技術は、各国とも方式を統一するという動きと並行して、そういう技術を開発しております。最も簡単に申しますと、まず画像をカラー・フィルムにとってそれをまた送れば、これは簡単な中継になります。しかし、そういうことでは時間もかかるし、質もあまりよくならない。特にそのフィルムを飛行機か何かで送る時間を必要とする、同時的ではないということで、これを電気的に、あるいは録画機で直接変換する方式、こういう方式に対しましても、すでに二、三、ヨーロッパの方から学問的に提案がございまして、CCIRなどで報告されております。またその方式がそのまま使えるかどうかということがはっきりいたしませんが、もちろんアメリカでも日本でもお互いに違う方式をとる以上は、それを自由に変換する技術をまず早急に開発しなければならないということになっております。従って、このカラーテレビジョン調査会の報告でも、最後に、こういう異なる方式を各国がとっても、変換方式が完璧にいけば、もうすでにそういう問題は解消するという意味で、今後変換方式の研究を早急に開発しなければならないと結んでおります。従って、ただいまのお話の人工衛星による国際中継というような場合には、その方式変換装置を各国が一つずつ持っておりますならば、それで変換した上は国内の方式で放送されますから、この点についてはそう御心配は要らないのじゃないかと考えております。
○金丸(徳)委員 そこで次のお尋ねになるのでありますが、先ほどアメリカにおける普及度がそれほど目ざましいものではないということがお話の中に出てきておりますが、依然としてそういうような状況でありますか。それとも、最近特に何か新しい事実が見られるのであるか、あるいは新しい傾向が見られるのでありますか。これは念のためにお伺いしておきます。
○植竹国務大臣 私の見て参りましたところを御披瀝申し上げまして御参考にしていただければ幸いと存じます。アメリカでいろいろな方面の人に意見を聞いて、それからアメリカの放送局にも参りました。あと、ヨーロッパではオランダのフィリップス社の工場も見て参りました。それからイギリス、フランス、イタリア——スイスは見て参りませんでした、ないようですから——見て参りましたが、それで意見も交換して、私はどうもアメリカ式を採用するという義理も何もないものですから、多少皮肉にわたるような質問さえも遠慮なく発して参ったような次第でございますが、結論としては、アメリカ式が日本ではよろしいという結論を持ちましたわけでございます。まずアメリカで、どうして普及度が五十万でストップしてしまったかということにつきまして、私は、それは技術方面からでなしに、しろうとの観察でございますが、この放送時間が非常に短い。それから値段が高い。それでスポンサーもあまりたくさんつかない。この放送時間と受像機の値段の問題とスポンサーが多くつかないという問題は、循環的に相関関係にあると思われました。そこでまず、もしマスプロでもって安く、できれば、これがどんどん売れていく。早い話が、たとえば自動車の運転を業としている人に、君のところにカラーあるかいと言ったら、ない、どうしてないのだい、あんな高いもの——四百九十五ドルするそうでございますが、あんな高いものを買うならモーターボートを買って遊んだ方がおもしろい、こう申します。それから、ただいま電波監理局長の申しましたように、調節の問題でございますが、日本のカラーテレビは調節がめんどうだということを——アメリカだって調節をどうするのだと申しましたら、これをちょっとやってみろと申します。ノッブというのですか、いぼが三つある。ちょっと回すと——小学校の二年生の子供が調節するというような説明をいたしておりました。これはアメリカでの話でございまして、たまたま何か食料品の宣伝の映画で、ぺリー・コモとかいう世界的のタレントだそうでありますが、やっているのを見ましたところが、実に色が日本のよりもいいように思われました。それから日本に帰って参りましたところが、日本で見ると、日本の方がさらにアメリカよりよく出て、ごくわずかの短期間の間に、日本の技術がぐっと伸びたことを知ったのでございます。それから日本の調節も、このごろは何だか三つくらいいぼがあって、私たちでも調節できるようになっております。そこで調節の問題は解消できたかと存じます。そこで放送時間が短いから、それと値段が高いから、それでスポンサーもつかない。そこで放送時間を長いこと、一日にたった一時間とか二時間とかいうのではなくて、三時間も四時間も提供するようになりますれば、広告する人もそろばんがとれますから、どんどんとスポンサーもついてくる。スポンサーがついてくるためには、一方においてたくさんの受像機を普及させなければ、スポンサーもついてこない。たくさんの受像機が普及いたしますれば、マスプロでもって受像機も安くなる。つまりスポンサーと受像機の値段と放送時間の長い短い、この三つが相関関係にあると存じます。そこで昨日の当委員会で御答弁申し上げましたように、日本でもうどんどんアメリカよりもずっとコストが安くできるのは、これは御理解いただけると思います。安い受像機を日本でどんどんこしらえますれば、もうどんどんアメリカへも逆輸出していって、アメリカの普及率よりもぐっとふえていく、そう思われます。それからまた話題を変えまして、標準方式の問題でございますが、ヨーロッパではフランス、イギリス、イタリア、ドイツと、あっちでもこっちでも実験放送はするものの、なぜ標準方式を今日まできめないのだろうか、この点は私もあっちこっち各国で意見を交換いたしましたところが、結局ヨーロッパでは、フランスが八百十九の走査線を持っておる、あとは六百二十五の走査線を持っておる、そこでフランスでもって八百十九の走査線のあるのを見せてくれと申しましたところが、いや、そんなもの、見たってしょうがないから見せない、なぜですかと言ったところが、どうせ八百十九というものはフランスばっかりだ、フランスばっかりでいばっていたってしょうがないのだから、ヨーロッパは六百二十五にきまる傾向がもう歴然としているのだから、今さら八百十九で国際会議に臨まないんだ、六百二十五のつもりだ、それじゃ五百二十五にしちゃったらいいだろう、こう申しましたところが、いや六百二十五でずっと進んでいるものを、今さら五百二十五に、アメリカ方式に頭を下げることはできないのだ、そこでカラーテレビは、確かに自分の一国だけが一つの独立した標準方式を持っていればそれでいいというものではない。確かに国際間においてお互いに映像を取りかわすのであってこそ初めてテレビジョンの——白黒に限らず、カラーでもテレビジョンの使命を達成することができるのだから、ヨーロッパといわずアメリカといわず、全世界が一つの標準方式にすることは望ましいけれども、これはとうていわれわれが今さらアメリカ方式に頭を下げることはできない、こういうのがヨーロッパ各国の問題であって、結局ヨーロッパ部内がまた八百十九とかイギリスの四百五とかそれからイタリアやその他の国で六百二十五というふうなまちまちであるために、まずヨーロッパはヨーロッパの方式を統一する、国際会議で結着するまでヨーロッパでは標準方式というものはきまらないのだという、標準方式のきまらない理由を把握して参ったのでございます。ITUの会議でも標準方式が問題になったということを仄聞いたしておりますが、アメリカとヨーロッパの連中とが交渉、打ち合わせいたしましたところが、どうしてもアメリカは今さらアメリカ方式を撤回できない。ヨーロッパも撤回できないということで、世界的にもう六百二十五と五百二十五、ヨーロッパ方式とアメリカ方式というものは絶対に当分一緒になる見込みはないというはっきりした見通しをつけて帰って参りました。そうすればあと残る問題は、アメリカ方式とヨーロッパ方式とをどうやって調節していくか、今電波監理局長の答弁申し上げました両方の標準方式の調節の開発、この研究に待つほかはない。新聞ではもうそれが簡単なアタッチメントをくっつければ両方の方式が調節できるような記事も読みましたので、それを技術当局に聞いてみますと、まだそこまではいっていないということを私は聞いておるようなわけでございます。そこで標準方式といたしましては、ヨーロッパ方式もりっぱに見える、アメリカ方式もりっぱに見えるようなら、白黒も同時に見えるアメリカ方式に日本でもするべきだ、さようなことが結論でございます。
○金丸(徳)委員 大へん丁寧なお答えをちょうだいしたのでありますが、私がお伺いしたいのは、非常にしろうとのお尋ねになって恐縮ですけれども、アメリカにおける最近の傾向は受像機の普及状況、端的に申しますとカラーテレビの受像機の普及状況というものはどんな足取りでどういう傾向を持っているであろうか。なぜこんなことをお伺いするかと申しますと、冒頭に申し上げましたように、そうしたことが何となしに私どもの気になっておる。ここ一両年来そのことを判断の材料としてやはり相当慎重に考えなければならぬのじゃないかというように考えておったのです。それがアメリカにおいて値段が高いにもかかわらずあるいは調節が困難にもかかわらず、何かどんどん普及していったというような傾向があるとしますれば、これはもう私どもの心配の一つがとれるわけですから、それを端的に伺いたい。非常にしろうとにわかりやすいような材料で御説明を願えればけっこうです。
○植竹国務大臣 ちょうどことしの七、八月が頂上で一時ストップして五十万台であと非常に伸びが少なくなって、私が参りましたのは十月の初旬でございましたが、これからはうんと伸びていくんだ、それは調節が大へん簡単になって、今までの機械はなかなか調節できなかったけれども、このごろは簡単に調節ができるし、映像も非常によくなったし、まあ見ているということでございましたが、十月以後の伸びについて存じておりませんので、その数字は電波監理局長から御答弁申し上げさせたいと思います。
○甘利政府委員 ただいま大臣からお話がありましたような状況ですが、私も過去三年間くらい毎年アメリカの特にRCAの普及計画、この報告を読み、またお聞きしておりますが、RCAは毎年、ことしはほかのメーカーもこれに乗り出して本年度一ぱいで百万台にする、そういう非常に景気のいい計画を発表しておりました。しかし、一年たってみると、それがやっと十万台くらい増加するという程度でおしまい、また次の年に同じようなことをいって、一年たってみると、やはり十万台くらいしかふえていない、こういうような情勢で、今年におきましても、やはりことしこそほかの会社もこれに踏み切って大々的に増産、普及するのだという話を聞いておりますが、もう二度、三度になりますと、あまり信用ができなくなって、そういった計画だけでこれでこれが必ず伸びるのだということは少なくも言い切れないとは私は考えております。しかし、ああいう国柄ですから、やはり一つのスレッシホールドと申しますか、限界点がございまして、その限界点以下の技術、価格、そういう場合には、アメリカ人は非常に合理的に割り切ってものを考えますので手を出さない。しかし、ある限界を出たということになりますと、決してそういうものを買う金がないわけではないので、ほかといろいろ比較して合理的に金を使うわけですから、非常な量産が実現して、また技術的に家庭で操作が楽である、と同時に放送の時間が延びる、こういう条件がそろいますれば、急激に増加するという見通しは立つと思います。今のところ正確な数字は持ち合わせておりませんので、いずれまたよく実際の数字を調査いたしまして御報告したいと思います。
○金丸(徳)委員 その実際の数字をお示しいただくことが私どもしろうとにとりましては何よりのいい納得材料になるわけであります。今もお伺いいたしますと、見通しはあるけれども必ずしも事実となって現われておるかどうかについてはまだ材料がないようであります。私は、この点はこの大問題を片づけるにつきまして、また国民が非常に関心を持っておる重大問題でありますだけに、やはりその心配の種ははっきり事実をもって消していただくことが問題解決の前提でなければならないと思います。単に見通しということでございますと、実は一両年前までは逆の見通しをもって言い聞かされておったわけであります。今度はそれについて技術的にこれ以上のものはもう期待できないのだ、もうこれであきらめて踏み切れということで、アメリカ国民全体がそういう方向になっていったとすれば、あるいはまさに見通し以上の、怒濤のごとく普及するというような現状になろうかとも思いますが、それならそれでそういう事実をもって国民に対していただきまするならば、私は案外この問題が非常にいい、納得のできる解決といいますか、国民の理解を得られることになろう、私ども安心して郵政大臣の御方針に賛成申し上げることができるのでありますが、そういう点はやはりもう少し事実をもってお示しを願いたい。これは私どもの大へんな判断の材料であるだけに私は特にこれをお願いいたしたいのであります。ことに、何といっても電気技術につきましてはアメリカが先進国であります。今までのラジオにおきましてもあるいは白黒テレビにおきましても、何といいましてもアメリカの足取りをもって日本も大体進めておったのであります。テレビの普及状況、ラジオの普及状況も大体同じようなテンポ、同じような状況をもって進められてきたという過去の経験がありまするし、その他これは放送ばかりではありませんで、いわゆる電話、電信、その他の電気技術面におきましても、やはりアメリカは一歩進んでおる。そしてアメリカのまねをするといっちゃいけませんけれども、大体アメリカの足取りをもって進めておったということを頭の中に置いて考えますると、アメリカにおけるカラーテレビの普及状況が今日まで五十万台で、なかなかそれ以上突っ切れなかったという一つの事実は、何としても私どもは無視し得ないことなんであります。その問題を解くかぎというものは、やはりアメリカにおける事実上の数字なり状況なり方向なりというものであろうかと思われます。その点について明確なる材料がまだないということでありますから、これはやむを得ないことといたしまして、後日、この問題についてはっきり踏み切られる前には、私は当委員会において、そのような材料をはっきりお示しを願っての上にしていただきたい、こういうふうに思われます。そこで次のことになるのでありますが、私は、この辺でもうカラーの方向をきめるべきだという御方針、基本的には賛成いたしたいのでありますけれども、それについて新たにお伺いいたしたいのでありますが、そういうことになりますると、今せっかく白黒のテレビが、何といいますか、破竹の勢いと申しますか、昨年度などは放送協今の予想以上の契約者が出ておるというような状況で普及されておりますが、従って、メーカーもそれだけの用意をしてかかっておるというような状況下におきまして、それに何かある種の影響を及ぼすのじゃないかというふうにも思われます。それらについては大臣は、どういうふうなお見込みを持ち、また対策を持っての今度のお考えでありましょうか、お伺いをしたいと思います。
○植竹国務大臣 ただいまの御質問の前に、一言だけ普及率の問題について申し上げますと、結局、結論は、値段の問題、アメリカの普及率がストップしたのは、値段の問題に帰着いたすと思います。安くなればぐっとふえるという見通しを、これははっきりした見通しをつけて参りました。各方面どこへ行っても異口同意でございます。それからその次に、私の標準方式決定方針といたしましては、普及率は、ある程度までむろん普及しなければいけないけれども、標準方式決定につきましては、普及率は一つの重要ポイントではあるけれども、重要ポイントの全部ではないように思われます。それは、最初は普及度が少なくても、文明の所産物、文化の所産物は、これはやはり公に許可しますことによりまして、ますます発達を高め、人類文化によき効果をもたらすことと存じますので、必ずしも普及率の点につきましては、普及度がおそくとも、これが大っぴらで、大ぜいが見ることができるようにすべきである。そこで、太陽の前に出たお月さまのように、白黒の影が薄れるということにつきましては、これは文化の進化の途上におきまして、やはり科学的生存競争——これは生活上の生存競争じゃございません、科学的生存競争に負けましたものは、やはり文化的効果のよりよい方に片寄って参りますことは、これは人類文化の進展上やむを得ないことであって、かつまたやむを得ないのみならず、かくあることによって、人類文化がますます向上、発展していくのだ、さように考えます。
○金丸(徳)委員 大臣の理想はよくわかるような気もいたすのですが、問題は、今せっかく白黒の普及率が上がってきたというときに、今度はカラーが安くて手に入るんだ——まあ、いつのことかわかりませんけれども、そういうようなことを打ち出されるというと、水をかけられるような気がするものですからお伺いするのです。ところが、そういうことで水をかけておいたけれども、実際のカラーの受像機の値段というものは、これはまあマスプロに入るというならばということでありまするけれども、今お話の中にありますように、必ずしも普及度の問題じゃないんだということになりまして、案外カラーの方は値段が高くて、結局特殊な人たちだけが見られるような状況にとどまっておる、それで何年間かとどまっておったということになります、片やそれによって水をかけられてしまう、片やなかなか普及が進まぬというような現象も起こらないとも限らないということが心配されるものですから、それらについてのお見込みはいかがでありましょうか、こういうことであります。
○植竹国務大臣 この点につきましても、とくと考慮もし意見も徴して考えて参ったのでありますが、今日天然色映画がこの通りに発達しておるにかかわらず、やはり白黒映画が、ことに文芸もの等におきましては、白黒で見て、そこでその画像に映ります——たとえば一つの例をとって申しますと、ヴィクトル・ユーゴーのレ・ミゼラルブルならレ・ミゼラブルの映画といたしますと、ジャン・バルジャンのこの囚人、刑を受けました者の、刑余者の着物が青であるというけれども、それがどういう種類のブルー、青の色であろうか、どういう濃さの程度の青であろうかということは、小説を読みます者と、また映画なら映画を見ます者のオプションにまかしてくれることによりまして、そのヴィクトル・ユーゴーの傑作の文芸的効果が最も発揮されるものだと考えますので、私は、白黒の映画が相変わらずやはり、あの天然色映画の存在にかかわらず、今日存在するゆえんである。やはり読者のまた聴視者の自由選択にまかしてもらいたい部分も多々ございますので、かつその値段の安い点ということにもからみ合わせまして、白黒のテレビというものは絶対にすたれない、両立していくものであろう、さように見通しております。
○金丸(徳)委員 大臣、大金持ちで、白黒も買えるしカラーも買えるという人は、まさに両方持っていて、白黒で見てカラーで見て、また白黒で見てカラーで見てということも、これは私はあり得ると思います。しかし今の日本の庶民の経済状況から見ますと、六万円しておった白黒が四万円になった、その一万円か二万円の差で、それも月賦も八カ月月賦が十カ月になったというような、きわめてみみっちい条件が、テレビの普及度を支配しておるような状況なんです。ですから、もう今の四万円で買えるところのテレビが三万円やあるいは三万五千円ということになると、ぐっとまた怒濤のごとく普及するかもしれないのにかかわらず、通に、その下がるのが、水をかけられたために下がらなかったということであれば、白黒テレビさえも普及がとまるのではないか、待たされるのではないか。片一方は、まだ値段が下がりかねておるというような現象を来たしては困るから、申しておるのです。私の判断の材料はもっぱら、その一番買えるか買えないか、見れるか見れないかという層のために、どうしたらばいいかということを言っておるのです。そういうことのないような方法をとっていただかなければなりませんために、こういうことを申しております。一両年待つことによってまだもっと安くカラーの受像機が買えるような状態になる、それがはっきりした見通しがつけ得るときになって打ち出すということも、あるいは白黒テレビの普及をというよりも、むしろテレビというものについての価値を上げる意味、あるいは関心を高める意味においては、心配りをしなければならないものではなかろうか、こう思うものですから、それについてお伺いをいたしたのです。
○植竹国務大臣 生活程度と申しますか、支払い得る生活程度云々の御質問につきましては、私はかように考えます。文化の所産物である以上、全国民が一人々々買えなくても——事実買えない私たちは一つの場所に集合してそれを見ることも可能である。それは個々の家庭に入り、さらに個人々々の身に、ポケツトの中に入れてこれを利用することができるようになるのは理想であるけれども、最初はやっぱり汽車に乗り得ない人は残念ながら自転車で用を足す、自動車も同じことです。それと同じように、カラーテレビを一人一人が家庭で持ち得ない人は、残念ながら一つの場所に集まって、大ぜいでもって見る。また、今日農村に参りますと、事実カラー実験放送ばかりでなく、白黒テレビについてもさような方法をとっておられます。また、蓄音機の発達いたしましたときにも、私たちは子供のときに村のお祭りへ参りまして、耳の中へあのゴムの管を通しまして、大ぜいで共通に聞いた昔を思い出します。そのように、集合場所、みんなで集まってこれを利用することから、家庭に入り、さらに個人のポケットに入っていくというのが、こういう文明の所産物の発明品、製造品の常に通る一つの過程かと存じますので、今度のカラーテレビにつきましても、そういうような意図をもちまして、だんだんに普及されていくことを予想しております。
○金丸(徳)委員 先ほど大臣が例にあげられましたように、汽車に乗れない人は自転車に乗るんだ。それはそうだと思いますが、私は自転車にも乗れない人を一人でもよけい作ってはいけない、こういうことなんです。それは集まって見るよりも個人々々で見た方がいいことは、大臣も御了承下さっておると思います。そういうよりいい状況に持っていくために、少しでも悪条件は取り除いておかなければならぬのではないか。こういうことですから、今度の御方針がもしか白黒テレビの値段を引き下げること、あるいは普及の度合いを進める上において悪影響になっては困るのではないか。しかし、だからといって、私もカラーテレビの促進をそのままにとめておくということは考えたくはありませんけれども、その意味のかね合いで大体ここ両三年慎重を期してきた。これが大事なときにきたものですからここでちょっと急いだがゆえにかえってまずいような結果になってもいけないのではないか。これは私の心配であればいいのでありますが、少なくとも今日まではそういうことの心配のゆえにここで非常に議論が紛糾といいますか、重ねられてきたのであります。最後に私はお伺いをいたしたいのでありますが、大臣は事務当局にいろいろな方法といいますか、措置をとることを御命じになったと言われますけれども、その御命じになったものはどういう問題でありましょうか、お示しいただきたい。
○植竹国務大臣 これを許可までに持って参ります手順はどうあるべきか検討するように命じました。その結果、このことは、まず関係方面の各御意見を承り、そうしてまた当委員会にも御披瀝申し上げることも一番大切な一つでありますし、また各党の政務の御調査のそれぞれの機関もおありになりますので、その方にも御説明に伺わなければならない。そうしてそれをやって参りますにはどういう法令が必要であるか、行政措置としてはどういう段階を経てこれを実現していくべきであろうかといったような計画を立案させたのでございます。立案は大体できましたものの、まだそれでよろしいという最後の結着まではいっておらないのでございます。
○金丸(徳)委員 その大体の成案ができますならば——成案といいますか、素案でもけっこうでありますが、本委員会においてまたお示しがいただけますようお願いいたしたいと思います。これで私の質問を終わります。
○佐藤委員長 次会は来たる十六日火曜日午前十時より理事会、十時三十分より委員会を開きます。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時二十六分散会