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34回国会衆議院1960/03/04

地方行政委員会 第9号

発言数
50
登壇者
9
会派数
3
開催日
1960/03/04

会議録

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員長代理 これより会議を開きます。  濱地委員長にはお差しつかえがありますので、その指名によりまして私が委員長の職務を行ないます。  警察に関する件につきまして調査を進めます。  去る二日横浜市に発生いたしました横浜市立体育館事件につきまして、まず事件の概要並びに当日の警備状況につきまして当局より説明を求めます。柏村警察庁長官。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 一昨三月二日午後五時三十五分ごろ横浜市の横浜公園体育館におきまして、株式会社ラジオ関東の主催によりますラジオ公開録音放送の催しものが開催されるにあたりまして、死者十二名負傷者十四名計二十六名の死傷者を出す惨事が起こったのでございますが、まことに遺憾な事態でございまして、犠牲者に対しては深く哀悼の意を表するものであります。その際におきます事態の概要また警備措置等について私から御説明を申し上げたいと思います。  ラジオ関東におきましては開局一周年を記念するために、三月二日午後六時から横浜公園体育館におきましてラジオ公開録音放送歌謡ゴールデンショーというものを催すことにいたしたわけでございますが、この横浜公園体育館の収用能力は、いす席が二千五百名、補助いすが一千名計三千五百名であるわけでありますが、なお立ち見等によりましてさらに五百名程度は収容できる。従いまして、収用力は約四千ということに相なるわけであります。当日の催しものに対しまして、ラジオ関東としましては約八千名に対して無料招待券を出しておったわけですが、参集者は最高の場合に約六千名であったということになっております。警察にも、ラジオ関東からこういう催しものをやるという届け出がありまして、その際に、八千名に招待状を出したということにつきまして、非常に多過ぎはしないかということを警察が申したのでありますが、まあ招待しても来ない人もあるし、また招待券には満員の際には入場お断わりという旨を記載しておるから大丈夫であるというような回答もありまして、その点はそのままになっておったわけでございます。  ところが当日四時四十分ごろになりますと、電車通りに面しました入口前に約六百名くらいが集合し、引き続きそこに集合してくる状況でありましたので、現場の加賀町署の警備係長が、電車通り近くの入口を使用する場合におきましては、電車通りとの間に非常な混雑が起こることを懸念いたしまして、入口を中央口にした方がよろしいということで会社側と打ち合わせの結果、中央口と南口の二つに入口を定めまして、ここにはまだあまり大ぜいの人は集まっていなかったので、そちらに電車通りの側の入口付近におった者を誘導いたしまして、これは二列縦隊に整列をしておったわけであります。ところがだんだん時間がたって参りまして、とうとう大ぜいの人が集まったということで、警備係長といたしましては、あまり長く待たせることによって興奮状態が高まるということを懸念いたしまして、主催側に対して早く入場させたがいいのではないかということを申し入れましたが、いろいろ録音装置の準備等の都合で、やはり定刻までは無理だということでそのまま待たせる結果になったわけであります。その後五時三十分ごろになりましてもなお開場に至らず、五分ほど経過をいたしまして三十五分ごろに入口を開いて入れるということに相なったわけでございます。  その前に、二つの入口と申しましたが、まず中央口一カ所を考えたのでありますが、非常に人数が多いというので、さらに南口を一つあけることにいたしまして、二つの入口ということになったわけでございます。そこで聴衆は二つの入口から順次入りかけたわけでございまして、さらに南口の新設をいたしました入口の方からはスムーズに相当の者が入るということになったわけでございます。中央口から若干の者が入って参りましたときに、その体育館に向かって左側にロープを二十メートルばかり張って横から入らないようにいたし、また警察官も十メートル置きくらいに三名、横から入らないように注意を喚起する意味において配置されておったのでありますが、二、三十名の者がいきなりこのロープを乗り越えて警察官の制止を聞かずに中央口に殺到しまして、今までの調査によりますると、そのために入ろうとしている婦女子が押し倒されるということになり、さらにそのあとに続いている聴衆にいたしましても、横から入られては困るというような心理も手伝って、これがさらに勢いよく押して入り込むという態勢になりまして、それが折り重なって、先ほど申し上げましたように死者十二名、重傷七名、軽傷七名、計二十六名の犠牲者を出すという惨事を惹起するに至ったわけでございます。従いまして今までの調査報告を受けましたのによりますと、直接の原因としましては、このロープを乗り越えて殺到した二、三十名の者によって瞬間的に引き起こされた事件のように思われるのであります。もちろんこうした催しものをするについて、主催者側の注意であるとかあるいは警察の警備状態というものについて、さらに詳細調査をいたさなければならぬと思っておりますけれども、今までの報告によりますると、直接の原因はどうもそこにあるように思われるのであります。  そこで警察の警備の状況でございますが、元来こういうふうな催しものに対しましては、普通電車通りとの間の交通整理その他若干の整理のために数名を配置するにとどめておるわけでございますが、当日は何分にも相当の人が出るということで制服十二名、私服七名を配置いたしたわけであります。私服は少年補導の関係とかあるいは例の島倉千代子氏の身辺に関していろいろ最近不穏なあれもありまして、会社側からの要請もあり、場内の警備と、それから今申しました少年補導等の関係で私服を七名配置いたしたわけでございます。その他制服十二名で周辺の整理、警備に当たっておったわけでございます。  大体概況は以上のような状況でございますが、先ほども申し上げましたように、こうした悲惨な事故が起きましたことを私どもも非常に遺憾に存じ、またこれについてさらに調査あるいは捜査をすべき点については、警察におきましても、また検察当局におきましても鋭意努力をいたしておる現状でございます。  今までのところの概況を申し上げた次第でございます。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員長代理 質疑の通告があります。順次これを許します。阪上安太郎君。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 一昨日横浜で起こりましたこの事件、最近こういった事件がしばらく遠ざかっておったように思うのでありますが、再びこういった事件が起こりまして私ども新聞それからテレビ等でこの事件を報道されまして、実にがく然としたわけであります。桃の節句を前にして、しかもその節句を祝うような年配の少女たちが、節句を待たずして踏み殺された、圧死したというようなきわめて悲惨な事件であります。  そこで私、この事件につきましていろいろと原因を考えてみたのでありますが、なるほど一つは警備技術、整理技術の点につきまして多少欠けたところがあったのじゃないか。それから二つの理由といたしましては、こういった催しものをいたす施設の状態が必ずしも完備されていない、受け入れ態勢に施設として不十分な点があったのじゃないだろうか。それから三点といたしましては、これは最も大きく考えなければならぬのは、こういった最近の集団事故、群衆事故といいますか、これがどうも正常でないところの異常な群衆心理によって引き起こされているということでありまして、特に警察その他の問題につきましては、あとでまた同僚議員の質問もあろうかと思いますが、こういった事件を引き起こす群衆心理が一体どこから出てきているのだろうかということを検討しなければ、こういった問題の解決にはなっていかないのじゃないか、こういうふうに考えるわけであります。  そこで今柏村長官からいろいろと説明がございましたが、警備技術の問題であるとかというような点につきましてはまずおくといたしまして、日ごろ青少年補導等をやっておられる警察当局として、この異常な群衆心理というもののよって来たる原因をどういうふうに見ておられるか。今回の、先ほどのあなたの御説明を聞いておりましても、直接にこの事故を起こしたところの原因は、きわめて若い女の子が二十人ほど、男をまじえたそのグループが不当に横合いから割り込んできて制止を聞かずしてあの混乱状態を起こし、圧死に至らしめたという直接の原因はそこにあるのだ、こういうように言っておられます。こういった青少年少女諸君が、こういうショーに熱中してそうして人のしかばねを越えてまで——あとの状態を伺いますと、中に入っていってなおショーが行なわれるものであるかのごとく平然とそのショーの開かれるのを待っておったというふうな新聞報道も伺っておりますけれども、こういった青少年の異常な心理状態というものが一体那辺からくるものであるかということにつきまして日ごろ青少年対策について非常に頭を使っておられる警察庁長官から、あなたが知っておられる範囲内において一つ承っておきたい、こう思うのであります。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 ただいまお尋ねの問題は非常にむずかしい問題であると思います。とても私がこれを、どうしてこういう異常な群衆心理あるいは青少年の心理状態になるかということを解明する能力も持ち合わせておりませんが、今度の事件ということにとらわれず、最近の青少年の状況というものを見ますと、私は、まあいろいろと原因はあろうと思いますが、やはり戦後におきまして戦前におきましては、少なくとも家庭においても、学校においても、社会におきましても、いろいろ考え方の相違等はございましょうが、人のよるべき道といいますか、精神的な柱というものが一応立てられておったのではないか。戦後の混乱——経済的、思想的な混乱というようなことから、まずおとながぼう然自失して、その精神的なよりどころを失い、自信を喪失した——まあ大げさに言いますならば自信を喪失した。そういうことが家庭の教育、しつけという点におきましても、あるいは学校の教育の内容におきましても、また社会の環境におきましても、非常に無秩序な状態になって参ったように思うのであります。だんだんそれは改められつつあるかと思いますが、そういう中で小さいときから成長してきた子供というものが、やはり、まあ申せば宗教的な情操と申しますか、そういうものよりも、せつな的な刺激、享楽というものに走りやすくなるということは、これは私、社会学者じゃございませんが、社会学、心理学の立場からも、そういうふうな傾向というものは考えられるのではないかというふうに思うのでありまして、私は現在の少年たちの心理というものがああいうふうになっておるということ、これは非常に国家の将来にとってゆゆしい問題だとは思います。が、そのよって来たるところは、かなり深刻なものがあるのではないか。一朝一夕にまたこれをどういう型にはめるというような、単純な考え方で良導できるものではなくて、やはり国なり社会なり全体が、あらゆる総合的施策に基づいて、こういう青少年というものをしっかりした精神の持ち主に戻すということに努力することが必要であるというふうに思います。あるいはお尋ねに対して私の答弁は全く当を得ないものであるかもしれませんが、私の感じた点を申し上げた次第であります。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 長官から今、異常な最近の群衆心理というものについて、原因を相当深く解明されたのでありますが、私も同様な意見を持っております。そこで問題になるのは、こういったせつな的なものにあこがれていくというところの最近の特に青少年諸君に対する対策というようなものが、私はやはり大事であろうと思うのでありますが、その対策は、見渡すところ非常に欠除していると私は思うのであります。私はもう率直に言いまして、これは国内政治の貧困だ。最近のわが国の国内政治は実に貧困なものであり、空白なものであって、内政の空白だと言っても私は差しつかえない、かように思っております。  そこで特に私、今度の事件を顧みまして、警察の責任がどうこうということよりも、むしろ一つは、主催者の責任というものが追及されなければならぬ、こういうふうに思うのであります。金もうけのためならば、人集めのためならば手段は選ばない、何をやってもいいんだというような考え方にわが国の社会が動いておる。その結果、きわめて不良な文化財がこの社会に充満しておる。こういったものの中で、あるいは機械化文明の中で、労働者が非常にその労働の精神的な緊張をしいられておる。そこからおとなといわず、子供といわず、だれもがノイローゼになっていく要素が、今の社会に満ちているということでありますが、そういったものの中から特に青少年なり婦人なりを保護していくというその施策というものが、どうも今までのわが国の政治をながめてみますると、一貫していない。総合性がない。警察庁は警察庁でやり、それから厚生省、文部省というふうにいたしまして、あるいは総理府、もうばらばらにこれを取り上げておる。従って、青少年というものがこういった方向へ向かうについてのこれを阻止していくというところの何らの施策というものが、そこに出てきておりません。本年の総理の施政方針演説の中にも、青少年婦人対策というものについて、非常にこれを声を大にして叫ばれておりますけれども、その内容をながめてみましたならば、単なる補助金政策にすぎない。そんなことでもって私は、こういった弱い青少年を救済することはできるものじゃない、かように思うのであります。  そこでこの際、一つ文部省に伺ってみたいと思うのでありますが、一体あなた方は青少年婦人対策というものについて、社会教育的な見地からこれをどういうふうに取り上げておられるかということを、一つ伺ってみたいと思うのであります。

齋藤正文部事務官(社会教育局長)

○齋藤(正)政府委員 青少年の規律のない行動あるいは非行とかが、根本的に、青少年の道徳性の涵養ということにかかっておるわけでございますので、基本的な事項については、これは小学校なり中学校の段階の教科あるいは教科以外の活動、あるいは校外指導というものにゆだねられなければならないと存じますが、社会教育の面におきましては、青少年なり婦人の対策の主眼は、やはり一つは、それぞれの青少年なり婦人の団体活動を助成してこれを促進していくということが、一つの要点だろうと思います。第二は、これらの団体なりあるいはいろいろなグループがみずから学習をし、そして討議をし合い、あるいはいろいろな新しい知識を得るための社会教育の施設を整備してやるということが肝要だと思います。その点は学校教育と違いまして、かなり多様なものでございまして、その方法を一様に固定することはできませんけれども、大づかみに言いますならば、各種の団体がそれぞれ活発な活動をして、そして集団的にお互いに切瑳琢磨して規律ある行動をとり、そして公徳心を養うということがきわめて必要なことでありますので、私は一番重要な事柄が団体活動の助成だ、かように考えております。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 今の局長の御答弁でありますが、私はその通りだと思いますけれども、しかしながら、その範囲にとどまっておってはならないのでありまして、そこで今おっしゃったように、一つは教育の面において、学校教育の面において考えなくちゃならぬ、こういうことだと思うのでありますが、いま一つは社会教育の面において考えなくちゃならぬ。そこでその社会教育の中で特に考えなければならぬことは、団体の育成であるけれども、同時に大事なことは、そういった施設の必要性を痛感する、こういうふうに今言っておりますが、文部省はこの点について、施設の必要を痛感しておりながら、一体どの程度のそういう対策のための施設を持っておられるか、またどういう方法でその施設の充実をはかっておられるか、この点について伺っておきたいと思います。

齋藤正文部事務官(社会教育局長)

○齋藤(正)政府委員 社会教育施設につきましては、その利用の面が多岐にわたりますので、たとえば古くからあります図書館、博物館というようなものの類から、最近は、ほとんど全県にわたっております青年の研修なりあるいは野外活動の場所といたしまして、青年の家というものの設置を奨励いたしました。これは全国的な普及を見ておる段階でございます。それから御承知のように公民館等も、これは単に青少年には限りませんで、婦人あるいは家庭の主婦、あるいは老人等に至るまで、これを利用して各種の活動ができるようになっておるわけでございます。その他わずかでございますけれども、児童の文化センター等も、三十四年から若干設置を奨励するような予算を取っております。これらの社会教育施設の整備は、私ども現在の状況が十分とは考えておりません。お話しのありましたように、団体活動を促進いたしますにしても、社会教育の全般的な整備ということが重要なことだと考えておりまして、今後も文部省としてはその方面に努力をして参りたい、かように考えております。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 文部省としては努力はしておるけれども、施設の面においてはあまり十分でないということを言っておられますが、これは率直な言葉かと思います。しかし私の目から見たら、十分でないというような表現よりも、不十分きわまると言っても差しつかえないのじゃないかと思います。一昨日の横浜公園の体育館に集まってきたところの群衆の数は八千ないし一万と言われております。そして先ほど警察庁長官からも説明がありましたように、一応いす席は二千五百程度、立見として一千くらい、計三千五百人くらいが定員のぎりぎりだ、そこへ八千から一万の人が入ってこようとしている、こういうことなのであります。この場一合、特に考えていかなければならぬ点は、主催者がそれに対しまして約六千ともいわれておりますし、八千ともいわれておるところの無料の招待券を発行しておる、こういうことなのであります。こういった定員を超過した無料の招待券を数多く発行しているというところにも問題点がありますけれども、わが国の人口密度からみて、都市の娯楽施設から考えてみて、都会においてああいったショーをやる場合に、大都市ならずとも、やはり五千や一万の人は常に集まってくる可能性があるわけなのであります。その場合の受け入れ態勢をながめてみたならば、非常に大きな都市といえども、公民館のごときに至ってはせいぜい三千くらいから三千五百、ないし飛び切りよくなって富山あたりに行きましても五千名くらいを収容できる施設があるにすぎないのです。そういった貧困な状態の中においてこういう催しが行なわれる。しかも主催者は、先ほどもちょっと触れましたように、自分の事業経営をますます有利ならしめるがために、人集めの集会というものをどんどんやっておる。諸外国の例をとって考えてみても、人口五万の都市あるいは三万の都市というような小さなところでも、何かの催しがあったときに人が集まってきても、なお三分の一ないし半分近い余裕があるというような施設を持っておるわけなのです。わが国の公民館のごとくに至りましては、唯一の市民、町村民の集合場所であるところのそういった施設もきわめて不十分なものであって、人口的に比率を出していったならば、どういう数字になるか私は存じませんけれども、常にこういった危険を招来するであろうというような収容施設しかないわけです。どうも日本人のけちくさい考えかもしれませんけれども、あまり大きなものを作ってもむだだという考え方に常に支配されておる。また一方そういったものに対する中央の指導もあまりよろしきを得ていないと同時に、財政的に何でもかんでも縛っていこうというような考え方になっております。いかにもそういう施設はむだなものである、消費というのは浪費的な存在であるという考え方に支配されている。そのことのために、社会教育施設などというものは、それは文部省ではつじつまを合わせて項目的には取り上げられておるけれども、その内容をながめてみたならば、きわめて不十分であって問題にならない、こういうように私は見るわけなのであります。そこで私はあなたに一つ伺っておきたいのでありますが、今の青少年というものは一体何を望んでいるということを、特にあなた方のような指導者の立場に立つ人ははっきりとつかんでおかなければならぬと思いますが、あなたは今の青少年が娯楽面で何を望んでいるか知っておりますか、御存じだったら一つ伺ってみたいと思います。

齋藤正文部事務官(社会教育局長)

○齋藤(正)政府委員 青少年の欲求というものはきわめて多様でございますので、これを一言で何の娯楽を与えたら全国の青年がそれで満足するかというお答えはなかなかしにくいだろうと思います。ただ御質問にありました点で、とにかく一つの流行歌手の催しものがあれば、そこに相当多数の者が聞きたいということで殺到して混乱が起こることは事実でございます。私は、青少年に対してもっとお互いに楽しむ場所も与えるとともに、青少年にふさわしい健全な娯楽というものが与えられるそういう機会をできるだけ公共団体としても国としても作っていく必要があるということは感じております。文部省でも、たとえば青少年のために映画の早朝興行であるとか、あるいはいろいろなグループ活動をいたしますための合唱指導であるとか、そういう面につきましては順次手を差し伸べておりまして、映画とかあるいは音楽というようなものが青少年の嗜好に合うものであって、その事業は十分に将来発展すべきものだ、こういう点は文部省も認めておりますので、力を入れておるわけであります。  なお、都会の社会教育施設が不十分であるということは御指摘の通りでございますが、ただ一点幸いなことに、社会教育につきましては、従来農村等が主であって中都市以上はなかなかふるわないという実態でありましたけれども、最近ややその傾向が改められまして、いろいろな施設の設備につきましても、青年学級、婦人学級等の結成にいたしましても、逐次都会においても取り上げられておりますので、この傾向を助長いたしますことが、やはり今お話しのような青少年のいろいろな欲求を満たす一助になる、かように考えております。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 ここで教育の本質論をやろうと私は思いませんが、しかし多分に教育は環境に支配される。これはあなたも御承知だと思います。そしてただいま伺ってみましたところが、青少年の好んでおるものは多種多様であって、一々それをここで申し上げるわけにいかぬというような御答弁のように思う。しかしあなたは社会教育局長として、こんなものは握っていなければだめだと思うのです。一ぺん調査されたことがありますか。西ドイツの例をとって言いましても、特にあそこでは戦後青少年の好みというものをやはり調査しておりますよ。そうしてどんなものが好きかというと、映画、演劇、手工芸、読書、スポーツ、旅行、こういったものにしぼっております。そうしてこういった青少年が最も好むものを健全な姿において与えていこうという努力が青少年対策だ、こう言っているのです。あなたが今おっしゃったように、青少年学級であるとか、母親学級であるとか、何か内面的な道徳教育ばかりを頭に置いてやっておるから、いつまでたっても青少年というものはいい方向に向いていかない。そこへ資本主義社会が生んだところのどぎつい刺激、不良文化財が町の中に充満している。こういった中で青少年は育っておるのです。先ほど野外活動とおっしゃいましたが、私はいい着眼だと思う。ぜひやっていただかなければならぬ。しかしあなたの方で持っておられる施設というのは一体何か。富士山のすそ野に一つ地方の青少年のユース・ホステルがあるだけのものであります。ユース・ホステルというものは——富士山のところに全国の子供を集めようといったってだめなんです。訓練のためになら集めることはいいでしょう。その意味では指導者養成の意義があると思う。しかしそれ以外に青少年をほんとうに自由にわが国の国内を歩かして、そうしてこの事件の発端になっているような、きわめて健全であるとは言い切れないようなものに青少年が引かれるという気持というものをよそへそらしてやるという努力をなさらなければなりませんけれども、そのためには全国にそういうようなものがなくちゃならぬではありませんか。文部省の計画としては、ユース・ホステルなんというものについては、これは自治庁もそうなんでありますが、起債の対象にすらしてない。起債の対象にしてやれば——各地方自治体というものは、ほんとうに青少年の対策について困っておるのであります。また母親なんかの気持を考えてやっても、何とかして一つ自分の子供たちをりっぱな子供に育てたい。そのためには非行をやらない子供というものをぜひとも作り上げていきたい。知能指数が高いとか低いとかの問題ではない。もうぎりぎり一ぱいのところまできている。そういった社会の環境の中にあって、先ほどからお話があったような程度の把握で、実行に移して、具体的にあなた方の考え方をやっていこうという努力が私は欠けておると思う。幾ら青少年対策というようなものを重要施策として岸内閣が取り上げておりましても、あなた方の方でそれを裏づけするところの具体策というものをどんどん打ち出していかない限りは、これはいつまでたってもだめじゃないかと思う。そういう意味で文部省はただ単に観念論的な青少年対策というものばかりに頭を使わずに、あなた方は、この社会教育の場としての、あるいは青少年に対するところの健全な娯楽を与えるという意味において、何といいますか、もっともっと地に着いた施策を打ち出すべきじゃないか。今年の予算書を見ても、青少年対策に使っておられる金は一体何ぼなんですか。  私はこういう点を考えてきて、最近しみじみと感ずるのですが、こんな仕事を文部省だけでやろうという考え方を持っておられるのは間違っている。厚生省だけでやるという考え方でも、これは間違っておる。警察庁だけでやろうとしたって、これはできやしない。建設省が建設隊を作ってやろうとしたって、それだけでもとてもやっていけない。農林省が、農村の青少年ばかりを対象にして単独にやっていこうとしたって、このように農村と都会が入り乱れている中において、そういうセクト的な政策を打ち出して青少年対策をやるといったってこれはだめだ。やはりこれは総合的に取り上げていかなければならぬ段階にきております。そういう意味において、文部省等において、青少年計画なり婦人計画なりというものをお持ちになっておるかどうか。五年度計画あるいは三年度計画、そういったものをしっかり握って青少年計画を樹立し、青少年対策をやっていく。そしてその青少年計画の中に、今言ったような多くの厚生省的な要素があり、農林省的な要素があり、建設省的な要素もあり、そうして警察庁的な要素も入っておるというような総合的な計画を樹立してやっていこうという考えを、あなたは文部省として持っておられるかどうか、もしあったら一つお知らせ願いたい。

齋藤正文部事務官(社会教育局長)

○齋藤(正)政府委員 今の、青少年に対する社会教育的な対策が単なる道徳的あるいは観念的なお説教のようなものではいけないという点は、私その通りに存じております。お話にありました青年が野外活動その他自由な研修をいたす場所といたしまして設けられました青年の家も、すでに三十四年度で全国五十七カ所くらいにふえておりますので、それぞれの県内の旅行等にはある程度利用ができるような段階になっております。お話しの通りに、中央青年の家は主として指導者養成等の施設に使うべきものだ、その点はお話の通りに存じております。  青少年問題なりあるいは婦人問題は、文部省あるいはその一部である社会教育局だけで達成できるものではないという点も、お話しの通り私たちは存じております。ただ私たちといたしましては、社会教育の面で一体何を担当すべきかという点につきましては、その点はかなり熱心に考えていきたい。その要点は、先ほど申し上げましたように、重点はやはり、目少年なり婦人の団体が活発に活動できるようにそれを助成してやることが、社会教育の面においては非常に重要なことじゃないか。それともう一つは、先ほど申し上げましたように、現在不十分であります各種の社会教育施設というものを整備していく。この二点が社会教育として、百年教育なり婦人教育なりの五点ではないか、かように考えております。この二つのことを推進いたしますためには、加えて財政的な補助も必要でございましょうし、あるいはこれらの団体の指導者となるべき人を得るということが必要でございますから、指導者養成ということが出てくるわけでございます。この三つのことを並行して進めていきたいというのが社会教育局の考え方でございます。ただ現在数量的にどの程度の施設が全国にあったらいいのか、どの辺の学級を全国に作ったらいいのかという具体的な数字は、将来計画にわたってまだ樹立されておりませんけれども、私たちの考えます方向は、この三点で大体社会教育の分野としては、方向として間違いないんじゃないか。  ただこの際考えますことは、一口に青年対策といい、婦人対策といいましても、婦人の場合と青少年の場合とはかなり異なっております。婦人の場合には、現在行なわれております各種の活動というものが、戦前あるいは戦中に教養なり何なりを受ける機会がなかった三十代、四十代の主婦の方々の学習の場になるということもきわめて重要なことになっております。これは  一つには社会教育の場を与えるにしても特殊な工夫が必要ではないか。それで本年度の予算にあります。婦人学級の推進ということも、そこに一つ考えを置いているわけでございます。それから青少年対策の問題は、これは社会教育の分野だけでなく、実は学校教育の一補充あるいは技能者養成という問題にもからむ問題でございまして、その面で将来どういう方向を勤労青少年の教育対策について立てるかということ、そのほかに社会教育の問題といたしまして、先ほど申し上げました三点に力を入れてこれから仕事を進めて参りたい、かように考えておるわけでございます。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 青少年の好きなものは、映画、演劇、ダンス、手芸、読書、スポーツ、旅行、こういうふうに、よその国の統計でありますけれども考えてきたときに、そういったものを常時与えてやる場所を持たないで、ただ単にマスコミの、あるいはまた金もうけ主義の事業家にこういったものをゆだねてしまっておる。こういうところに今回のああいう事件が起ってくる要素があるのじゃないか、青少年を異常な群衆心理に導いてしまうところの要素があるのじゃないか。それを与えてやらなければだめだ、幾ら念仏を唱えておっても私はだめだと思うのです。今、全国で五十七カ所のユース・ホステルがあるとおっしゃいましたが、どのくらいあればいいかということについてはなかなかむずかしい。いつでもそういうことになるとむずかしいとおっしゃるけれども、諸外国の例をとってごらんなさい。ヨーロッパ各地を見ておられると思いますけれども、西ドイツあたりのあの小さな面積の国で、少なくともそういう施設は三千カ所も持っておる。三千ですよ。今ごろじゃもっとふえておると思います。これは私が三年ほど前向こうを見てきたときの統計なんです。イタリアに行っても同様であります。フランスに行っても、英国に行っても同様であります。アメリカにもございます。こういった施設に対してその値打ちを認めたならば、思い切って投資をしていくという考え方をお持ちにならぬと、私はこういう問題は解決しないと思うのです。ほとんど健全な娯楽というものを青少年に与えていない。また婦人は特殊な社会的地位のために、そういったものに対して常時これになじんでいくことができないし、またそういう場所もない。しかし子供と一緒ならばいつでも動くことができる情勢にある。本質的には婦人対策と青少年対策というものについては異なったものがあるでありましょうけれども、施設の面で見たときには、一つとして扱っても私は可能な面がかなりあると思う。それを与えるように考えなければいけないのであります。今ながめてみましてもそうでございましょう。健全娯楽というようなことをいっても、健全なものは一つもない。こう言っても言い切れるような状態にあるということは、たとえば今問題になっております競輪、競馬、競艇、こういった賭博行為が非常に盛んであることは皆さん御承知の通りです。それからまたプロの競技を見てごらんなさい、どんな状態にございますか。プロ野球にしても、レスリングにしても、大体スポーツなんというものは自分でやらなければ値打ちのないものです。十万人がながめて九人がプレーをやっておる。これは真のスポーツの姿じゃないのです。こういった最近のプロ・スポーツの跳梁ばっこによりまして、御承知のようにアマチュア競技というものが消えてしまっておる。次のオリンピックだって、こんなことでは勝てやしませんよ。こういうような状態に追い込んでおります。こういったものに対して、そういったものを好むところの青少年の状態というものを把握したならば、そういったものに熱中しなくてもいいような場所をほかに与えてやらなければ、どうしてもだめだということになる。そういうことによって——ああいった娯楽に、健全な娯楽を与えておらないので、そこへやみくもに集中していくというところの青少年諸君なり国民大衆なりの姿というものを、そういうことによって是正することができるのじゃないかと思うのです。各市町村に一つずつ二千名ないし三千名収容できるような公民館があって、その公民館の中には、図書館もあり、手工芸もやることができる。そしてそこには常時映画設備を持っておって、いつでもそこへ行けば映画を見ることができる。最近市民グラウンドその他につきましては多少伸びてきております。そこへ行けばその市民、町村民はだれでもがそこでスポーツをやることができる。こういうような状態を作り上げていかない限り——あなたは、先ほどから伺っておりますと、盛んに内面的な問題を取り上げられておりまして、そのこと自体は間違いじゃないと言い切っておられますが、私もそうだと思います。それだけではいけないことは御存じだと思います。ことに社会教育の面として取り上げていただくことは、今言ったように施設の面でもっともっと取り上げていかなければ効果は上がらないと思います。私は今回のこの事件を見たときに、この点を痛切に考えさせられたわけなんです。何もことさらに牽強付会して、この事件にひっかけて申し上げているわけじゃないのです。この種の事件というものはここ二、三年の間、数えてみたって十指に余るじゃありませんか。私はこの際警察庁等において、こういった異常な群衆心理があることを十二分に認識され、それに対して、好むと好まざるとにかかわらず、人命尊重の立場で今後、今まで以上に整理の技術等も検討されて万全を期していただきたいと思いますとともに、特に文部省あたりも他山の石のように考えないで、文部行政の中にやはりこういったものを防止していく行政があるのだということを考えていただいて、早急に手を打っていくという考え方を持っていただかなくちゃならぬと思うのであります。  いろいろ申し上げたいことはございますが、私はきょうは特にこの点だけを強調いたしまして、あとは同僚の質問にかわりたいと思います。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員長代理 川村委員。

川村継義日本社会党

○川村委員 新聞報道を見て、また大へんな事件が起こったと、大へん心を痛めているわけですが、その経過は長官からお聞きいたしました。また新聞等で概略は大体承知いたしておるのであります。  まず長官にお尋ねしたいことは、今度の場合でもいいですが、あのような催しものがあると聞いて警官を警備にお出しなさるときは、主催者側からの要請によってお出しなさるのが普通なのか、あるいは事前にそういう催しものを警察側で察知されてお出しなさることになっておるのか、その辺のところを少しお聞かせおき願いたい。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 元来一般的には、ああいう催しものについては、警察官を特に警備のために配置するということはしないのが建前でございます。しかし、特殊な事情があるということで主催者からの要請があった場合、または要請がなくてもかなりの混乱が予想されるという場合におきましては、警察独自の判断において必要な警備体制をとることは例外的にあり得るわけでございます。

川村継義日本社会党

○川村委員 その両方考えられるわけですが、原則と申しますか、大体は向こうのいわゆる主催者側等の要請によって警備をやるのが建前だ、このように了解していいわけでございますね。1今度の場合、これは私新聞で承知しているんですが、あの地帯は相当注意を、要する青少年が徘回する場所であるということで、主催者側が警察の方に警官の配置を頼んだ。それからいま一つは、先ほどの長官の経過のお話の中に、島倉とかいう人が、何か近ごろ非常に身辺を警備しなければならぬ状態にある、そういうことも主催者側から話があったので警官を出した、こういうことであります。このときにおそらく警察は、警察の判断で私服、制服合わせて十六名ですか、十九名ですか、出された。もしも主催辛側が、気をつけなければならぬ青少年、俗にいうチンピラのようなものが非常に徘回する地帯であるということを現に知っておられたならば、また主催者側が八千枚もの招待券を出してやっておるということを聞いておられるならば、何か警察側としてそれらの警備に判断の誤りがあったのではなかろうかと疑われてくるんですが、長官はこの点についてどういう御判断をなさっておられますか。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 主催者側からの要請があったときには、必ず出すというわけではございませんが、それがもっともな要請であるというときは、判断の一資料にするということでございます。今回の場合におきましては、特に不良な青少年が排日するということのために特別に警備をしたということではなかったようでございまして、何と申しましても八千枚からの無料招待券を出している。主催者側はどうせそれだけ出してもそうは集まらないと申しましても、とにかく少なくとも四、五千名はやってくるということでありますので、あそこは電車通りに近いところでもございますし、また前の広場等においても混乱が予想され得ることでございますので、平素は単なる整理として三、四名あるいは四、五名の者を出すようでありますが、この際は合わせて十九名の者を配置したということは、警察としてやはり通常よりは警戒態勢を強くしたということであったと思います。しかしながら、ああいうふうな催しものにつきまして、今度起こりましたような突発事故を防止するというための配置ということは、これ一は事前にはなかなか困難ではないか。全く瞬間的に起こった問題でございまして、ああいう事態を未然に防ぐために、それを警察の力によって防ぐということでありますならば、おそらく数百名を要する問題ではないかというふうに思うのでありまして、こういうふうな催しものに関しての事件に対しましては、私は、今までの調査におきまして、警察の観測が甘かったというふうに断定はできないのではないか。なお詳細に配置とか活動状況とかいうことについても調査をして参らなければならぬと思いますけれども、今まで私の受けました報告について私なりに判断をいたしますると、十九名の配置をしたということが判断が甘くて、もっとあそこに配置して警察の力によって事態を未然に防止するような措置をとるべきであったというふうに断定することは、私から申すといかがと思いますが、警察の警備というものについてそういうことを要求するということは、ちょっと酷ではないかというふうに私は考えております。

川村継義日本社会党

○川村委員 長官のお話、わかります。電車通りに面しておるから、いろいろ交通上の整理があるからというような意味合いを重視して、全部で十九名ですか、制服十二名を出した。その辺の気持はわかりますけれども、先ほど私が申し上げましたように、特に不良少年——と言っていいかどうかわかりませんが、そういうよく遊んでおるような諸君が非常に出入りする地帯であるというようなこと、それに八千枚もの無料招待ををして催しをしておるというようなこと、そういうものをあわせて考えると、やはりその警備に当たってもらう場合、これは交通整理の上から考えても、入場者等のいろいろな事故を防いでやろうというような考え方からするならば、やはり少し手薄ではなかったか。甘くはないと判断したというような御見解がありましたけれども、また警察側としては、こういうことが起ころうとはおそらく考えておられませんでしょうけれども、私は、警備の警官を出していただくのがどうも少し手薄ではなかったかと思われてなりません。しかも、先ほど話を聞いております。と、入口にロープを引いた、そして十メートル置きかに警官を二、三名立てたというような状況から考えて参りますと、何もこういう事態が起ころうとはお考えになっておりませんからそうなさったに違いありませんけれども、かねてたちのよくない者がおるということを考えるならば、入場する場合に人を押しのけたり、あるいは前の人を引きずり落として入っていこう、そういうふらちなことをやろうとする者が相当おるんじゃないかということなどをもう少し判断して、この点警察としても考えてもらう必要があったのじゃないか。特に二、三年前、三十一年でしたか、大阪の劇場で、これも歌手の娘さんが行ったときに大きな事件を起こしておりますね。ああいうような幾つかの事件が起こっておりますから、何かその辺のところ、せっかく向こうの要請によって警官をお出しになったのならば、もう少しそういう群衆の秩序ある入場というものができるように、警官としても協力してもらってもいいんじゃないか、こう思われてならぬのです。それを長官は、先ほどからどうもやはり妥当な措置でったというように聞こえるような、あるいは見方は甘くはなかったというような御見解でありますけれども、そういうふうに私たちは思われてならぬのです。いかがでございましょうね。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 まず十九名出したことにつきましては、通常は、電車通りにも近いので、従って交通整理を主として三、四名程度の者を出して、むしろ催しもの自体についてはきわめて少数と申しますか、あまり警備的な措置はとらなかった。今度は相当の数になるということと、婦女子も多いという観測をもって、十九名の配置をし、そのうち四名の私服というものは、やはり不良な少年等の補導要員というような意味において配置したということでございます。それから私、結果的に見ると実に遺憾なことでございますが、今まで報告を受けた事故の原因と目されるものは、先ほども申し上げましたように、二、三十名の者がわきからロープを飛び越えて殺到したということに端を発しておるように思うわけでありますが、その他の者は二列縦隊で比較的1それは非常にあせっておったことであろうかと思いますが、ああいう群衆としては比較的落ちついた形で整列をしておったわけです。その証拠には、新しく作ったわきの入口の方からは、若干ごたごたとしたようなことはありましたけれども、ほとんど全部、二千名ほどが入場を完了しておるわけです。そういう点から見ますと、あの場合において、もし二、三十名の者の乱暴といいますか、熱狂的な行動がなかりせば、十九名も要らなかったかもしれない、十九名で十分だったのじゃないかというふうに思うのであります。  それからまた署と現地部隊の関係におきましては、事態が、状況によってはさらに予備的に部隊を出動させる用意があるということで、その用意はもちろんいたしておったわけでございます。しかし先ほども申し上げましたようにきわめて突発的な事件であります。そのときに十九名の者が全部あそこに、ロープのわきに配置されれば、十九名でも防げたかもしれない。ロープを置いて十メートル置きくらいに三名の者が立っておったということは、一般的に申しますと、これでここからは入って行けないぞ、普通の人間はそれに従うという常識的な見解においてやっておったことだと思います。それより先に、電車通りの近くの入口の方には、たびたび広報車も回し、そして後列につくようにということで、最初は数百名の者がそっちに移動してついておるわけで、若干の者が残って、それからまた、おそらく初めからおった者でない連中が、こっちから入れるんだということで無理に入り込んだことであろうと思いますので、事態は非常に悲惨なことでございますけれども、突発的、瞬間的なことであって、あのときには、さらに応援部隊を持ってきたところで、これに間に合わないということであります。そしてこれをまた未然に防ぐということになれば、あのときはあそこから起こりましたけれども、あるいは場合によっては南口で、平穏に入った二千名のところにおいて、そういう横合いから入る者が絶対なかったとは言えない。そういうものにまでも配置するということになりますれば、ああいう事件について、警察が事故を起こさないための万全の措置、結果的に見て万全の措置をとるということは、私は非常に困難であるし、またそういうふうなことを警察がそこまですべきものではないのじゃないかというふうに考えるわけでございます。

加賀田進日本社会党

○加賀田委員 どうも長官の話を聞いてみると、警察のとった処置というものは、そう指摘されるような問題ではなくて、適正な処置をとった、こういうお話でありますが、一応それは正常な秩序ある集団行動が継続されておったら、そんなことは起こらないでしょう。またそういう行動が絶えず行なわれるようであったら、警察官は要らないでしょう。しかし、そういう突発的な事故が起こり得る、あるいは起こったときに警察官というものは必要だから配置されるわけなんです。従って、あまり警察としては、自分の任務に対しては落度がなかったというような印象を与えようと努力されるのは、どうもおかしい。警察法の第二条にも、国民の生命や身体や財産の保護の任に当たるということが明確にうたってあるでしょう。その生命の保護の任に当たる警察が、万全の措置を講じておったとするなら、こうした事態が起こってこないだろう。二十六名にわたる死傷者が出たということは、これはやはり警察として、こういう突発事態に対処する態勢というものが十分でなかったということは、これは私は事実として認めてもらわなくちゃならぬ。大体八千名もの招待状が出たということは事前にわかっておる。五千名の大衆が来るということもわかっておる。しかもこれは敬老会とかいう、そういうおとなしいグループではなくて、青少年を中心としてやってくる。そうして長官が言ったように、青少年には瞬間的な快楽を求めるような傾向があると自覚されておる。それに万全の処置がなかったから、一応こういう事態が起こったのです。もちろん警察そのものに全部の責任があるとは私は言いません。しかし、一端の責任はあると思う。それを警察としては、従来こういうことをやっていないのだ、二、三十名の青少年が突発的に飛び出してきたので事故が起こった、これは警察の責任ではないと言う。そういう事態が起こり得る、あるいは起こることを阻止するために警察というものがあるのでしょう。そうして阻止できなかったことに対しては、やはり警察としては、そういうことを事前に察知できない、あるいは予想できない、それに対する万全の処置を講ずることができなかったということは、やはり警察にも責任の一端があると思うんですよ。長官の話を聞くと、警察としては従来通りやっていた、五十名が飛び込んできてこういう事態が起こった、警察には何も責任がないというような、そういう印象を与えるということは、われわれとしては納得ができない。どうですか、長官。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 私は、ことさらに警察が責任がなかったことを印象づけるためにお話をしておるのではございません。ただ、今までの調査によれば、ああいう事態について警察が一に責任があるというふうに断定することは私はできない。と申しますのは、あれだけの人間が来ているんだから、もっと部隊を出すべきだということも考えられるかもしれませんけれども、先ほども申し上げましたように、南口からは、とにかく二千名の者が平穏に入っておるのです。そうして、おそらく正面の入口の者も、その二、三十名の者の行動がなければ入ったのが普通であろうと思います。それは、中にはつまずいてころんで折り重なるという事故はあり得ないとは申しません。しかし、そういうのが通常であって、しかも片一方に、左の方にロープを引いて、ここからは入らないように、それから警察官もそこに立って制止をしておるという状況であって、もしこれを、その二列縦隊の者も絶対ころんでけがをしないように、ころんだらあとから押さないようにということの責任なり、あるいは二、三人が来ないために事前にこれを一方に抑圧するというような責任というようなことを、警察がそこまで責任として考えなければいけないかどうか。私は、この事件について非常に遺憾に思い、それから警察のとった措置についても、今後さらに詳細に調べて参りたいと思っておりますけれども、今まで聞いておる範囲におきましては、起こった事件は遺憾であるけれども、警察の配置その他の措置について、警察の責任でああいうことが起こったというふうに断定することは、私としてはできないということを申し上げておるわけであります。

加賀田進日本社会党

○加賀田委員 警察にこの事件の起った全部の責任があるとは私は言っていない。それでは、そういう六千名の群集があつまって、われわれは少ないと思いますが、十二名の制服の警官が配置された。一体警察官は何のためにそこへ配置されているのです。群衆が正常な行動をもって、秩序ある行動をもっておったとするなら、警察官は何もそこに立って、特に警察の権限を行使する必要はない。行使するような事態が起こるかわからない、あるいは起こった場合にはそれを阻止しなくちゃならぬという任務があって立っているのでしょう。南口は正常だったから二千名もの者がそのまま事故なく入った。だから、正面もそういうことだったら事故はなかった、それはもちろんそういうことでしょう。しかしそういう事態であるならば、何も警察官というものは立つ必要もなければ——そうでしょう、立ったということは、やはりそういう正常以外のことが起こり得る、あるいは起ころうとするような場合に、それを阻止する任務を帯びて立っているのでしょう。だからそういう意味では、やはり警察官としては十二名というものは——大体労働組合のデモなんかは、何千名と動員して、ものものしい警戒をやっていながら、六千名もの、しかも青少年も相当にまじっておるという中で十二名の制服警官を配置して、それで突発的な事件がもし起こった——起こらなければ私はいいと思う。起こった場合の処置としての任務を持った警察官、それで処置できるという考え方は、これは私は事態に甘いと思う。従って、やはり将来もこういう問題に対しては、警察の独自の考え方で、要請があろうとなかろうと、われわれの考え方によってこの配置をするんだ。もちろんそのことはそれでいいでしょうけれども、しかしそういう警察の認識自体が、十二名の警官を出したという状態の中で、もっと私は反省してもらわなければならぬ点があるのではなかろうかと思うのです。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 十二名を配置したのが、何かああいう事故を起こさしているなら無意味じゃないかという御趣旨のようにとれたのでありますが、十二名おったればこそ、正面入口もそれから南口も、二列縦隊に整然とそろって、それを乱さずに済んでおるわけです。もし警察官がいなくて、全然そこが整理がされておらなければ、五、六千名もの者があの前の広場に無秩序に群がっておって、入口をあければ、その二、三十名が殺到した騒ぎどころじゃなくて、おそらく入口に殺到したであろうと思います。そういうものを整然と入れる態勢に整理して、これを雑然とさせないために、通常やはりそういうふうな整理は警察官がおった方がやりやすい。それは、主催者側で絶対にやれないという問題ではございませんけれども、警察官がおった方がそういうふうな秩序が保ちやすいということで、その秩序は保たれておったわけです。そのことを私は申し上げておるのであります。また横から入る者も絶対に防ぐような態勢を常にああいう場合——ああいうことは実に遺憾なことで、起こっては困りますけれども、そういう起こり得る可能性というものは、たとえばこれは鉄道の場合でありますけれども、ラッシュ・アワーにおきましても、それからあらゆる極端な催しものの場合において——いなかにおいてもあるだろうと思います。そういうときに常に、そのもし起こるかもしれないということを防ぐために、これを警察の力によって防ぐために、警察官を常にそれだけの動員を必要とするかどうかということについては、私は見解を異にするわけでございまして、やはりそこは社会人の良識というものを期待せざるを得ない面が警察にあるというふうに考えるわけであります。

川村継義日本社会党

○川村委員 少し見解が対立しておるのですが、私が今お聞きしておるのは、新聞の報じておる状態、それから長官が先ほどから経過報告なさったそれに基づいて聞いておりますので、今対立しておる見解がどうだというような断定は下し得ません。また長官が言っておることも了解できます。これは当時の実情がもっと詳しくなると、われわれの今長官に質疑をしておる見解が正しかったということも出てくるのじゃないかと思いますが、それは一応おきまして、私はこう思うのです。これは長官に聞くわけですが、ああいう催しものをやるときに、一々警官が出て整理しなければならない、あるいは警備に当たらなければならないというような、人間の行動といいまし、ようか、秩序といいましょうか、あるいは社会秩序といいましょうか、そういうものがあることは好ましくないと私は思うのです。ああいう催しものがあったとしても、警官なんかの手をわずらわさないで、きれいにちゃんと入場するという状態を作っていくことが必要じゃないか、私はそう思っておるの一です。先ほど阪上委員も指摘しておりますように、何かこういうものがあると危なくて困るというのは、一体どこに原因があるかということです。今度の問題についても、私は、警察のとった処置に原因があるとか、責任があるということだけをあげつらう気持はありません。ところが、ああいう状態を一生み出しているものが何であるかということは、お互い全部が一つ責任を持って分析しなければならぬと思う。雪すべりの上手な者が外国からやってくると、これまたものすごく集まる。踊りの上手な者が飛行機で飛んでくると、羽田に一ぱい集まってくる。歌うたいや何かの催しがあると、これまた驚くほどの者が集まってくる。これは一体どこから生まれてくるか。こういう社会をわれわれは考えてみなければならない。長官はそうお思いになりませんか。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 まことに同感でございます。

川村継義日本社会党

○川村委員 警官の人が平常通りに、自動車等の交通の整理に当たってくれるということはけっこうなことでありますが、私は今申し上げましたような考え方を持っております。先ほど阪上委員も指摘しましたように、どうも今日の日本の状態というものは、資本主義の一番悪いところが全部に出ておる。これを是正することに全力を尽くさなければならぬと思うのです。御承知の通り、この委員会で青少年の不良化対策の小委員会を作って、今日まで検討してきております。ところが、まだどうもうまく結論的なものが生まれておりません。これからやって参るわけでありますが、こういう問題について、先ほど阪上委員が文部省の方にいろいろ質問なさったが、それに対するお考えはけっこうです。よくわかります。そこで、きょうは実は文部大臣あたりに聞いてもらい、あるいは御見解をお聞かせ願わなければならぬと思っておるのですが、大臣はおられませんから、私が申すことは、社会教育局長は、大臣や初等中等教育局長の内藤さんなどにも、あなたから一つ話をしておいてもらいたい。  一つは、先ほど阪上委員の質問に対してあなたがお答えになって青少年問題あるいは婦人問題等の対策ということで、施設の整備であるとか、あるいはそういう団体の育成であるとか言っておりましたが、その考え方はけっこうだと思います。そこで私も、阪上委員の質問と重複しないように、一言だけお尋ねなりあるいは見解を述べておきたいと思いますが、総理の演説にもあったし、またことしの政府の施策の中にも、健全な青少年活動を育成し、青少年の不良化を防止するため、三十五年度予算においては、青少年対策に特に重点を置いて所要額を計上することにしたと説明している。ところが中身を見てみるとどうです。結局、総理府の中央青少年問題協議会の費用を削っている。あなたの受持であるだろう文部省の予算だって、昨年は、いわゆる青年の家であるとかなんとかに八億組んでいるが、ことしは一体幾らか、五億六千万円ばかりじゃありませんか。この予算を見ると、あなたがさっきおっしゃったような考え方やお話や、政府の方針というものと、まるきり食い違ってしまっている。これは農林省関係にしても、運輸省関係にしても、その他にいたしましても、ことしはみなそうです。特に文部省の青少年不良化防止対策費は幾らありますか、三十万七千円で去年と同じです。この三十万七千円で一体何をやろうとしているのか。警察の方だけに青少年不良化防止対策をまかせておいてもできはしませんよ。警察官だけが一生懸命苦労したってできはしません。文部省における青少年不良化防止対策が三十万七千円とは、一体何をやろうとしているのか、その内容を一つお聞かせ願いたい。  それから、たくさんあるけれども一々申しませんが、昨年は八億十二万九千円組んでおったこの青少年対策費を、五億六千二百万円程度に削減したその理由は一体何なのか、これもお聞かせ願いたい。これは社会教育局長さんだけにお聞きするのは失礼かと思うのです。しかしあなたが来ておられますから、その点を一つお聞かせ願いたい。

齋藤正文部事務官(社会教育局長)

○齋藤(正)政府委員 社会教育局関係の予算につきましては、国立青年の家の初度建設の費用を除きましても、四割ほどの増加になっております。社会教育の予算は、若干成人教育等もございますけれども、これは項目の立て方でございまして、全体として見れば青少年、婦人の対策でございます。なお不良化防止の問題は、三十万七千円はその通りでございますけれども、これは文部本省でいろいろ打ち合わせをいたしますとか、調査をいたしますとかいう事務費分でございます。  先ほど申し上げましたように、文部省で担当いたします青少年の教育の対策と申しますのは、これはかなり基本的なことでございます。学校教育にいたしましても、社会教育にいたしましても、基本的なところからつちかっていくべきであって、一つ一つの事象は、それはできればよろしゅうございますが、事象を追っていくということでなしに、先ほど申しましたように、青少年団体活動を活発化するとか、青少年が楽しみ学ぶ施設を作ってやるとか、そういうことに力を注いでいくわけでございますので、この不良化防止の三十万で青少年対策の全般をはかっていただくことは、これは文部省としては筋が違うのじゃないか、かように考えておるわけであります。青少年社会教育の面をとりましても……。前年度に一劣っているというようなことはございませんで、全般として近年になく社会教育関係の経費が増高いたしたわけでございます。

川村継義日本社会党

○川村委員 青少年不良化防止対策の事務費だけで、青少年不良化防止ができれば非常にけっこうでございますがね。これはやはりそういう点の考え方に問題があると思います。これはいつか青少年補導小委員会で、あなた、それから大臣も来てもらって、一つ大いに検討をしたいと思います。これをぜひ一つお願いしておきます。  それから、これは先ほど言いましたように、あなたにお話しするのは大へん当を得ていないと思いますが、大臣、内藤初等中等教育局長にこういう問題に関して何か局長会議のときにぜひ一つ言っておいてもらいたい。というのは、文部省の今日の文化政策、文教政策というのは、私はひん曲がっていると思うのです。先ほどから指摘されるように、テレビの問題あるいは図書出版の問題であるとか、町にはんらんしている週刊誌の問題であるとか、いろいろありますね。こういうようなものをひっくるめて考えてみて、ほんとうの文化政策というものは文部省は一体何を考えているのか、文教政策というものは何を考えているのか。こういうものが私はないんじゃないかと思う。ただあるものは、今私が指摘しましたように、大事な青少年対策の費用を、合わせてみると大きく減額するようなことをやっておいて一面ではどうか、これはくれという人が一人もないのに、教頭の学校の先生に管理職手当を出して、そうして先生方の団体の運動を阻止しようとする、こういう政策しか出てこない。そうでしょう。この管理職手当の問題は、自治庁だって大蔵省だって筋が通らぬと反対している。それをここにいらっしゃる方々あたりがおそろしい意図を持っておそらくやらせているに違いない。それを文部省がのんでこういうところに金を突っ込んでいって、大事な青少年の対策等には減額していくというところに問題がある。この前福岡県の田川でしたか、学校の子供が、就職組と進学組とがけんかして問題を起こしている。いわゆる教育課程の取り扱い方において、就職組と進学組を分けて学校教育をやらせるような、義務教育の本質を忘れるようなことを文部省がやろうとするからああいう事態が起こってくる。あれは三田川の問題じゃありません。全面的にああいう事件がたくさんあるのです。新聞に載るようなことが数少ないのでありまして、そういう事件がたくさんあるのです。今やろうとしておる教育課程等をああいう形でやると、そういう事態が起こってくる。われわれが最も心配しておるところの非行少年、不良少年というのは文部省が養成している。加藤君のような方々がそういうのを養成している。そういうことにならざるを得ない。そこで局長は、文部省等において力をいたして下さるならば、もう少し青少年婦人対策というような社会教育面にうんと力を入れて、つまらないところの文教政策、筋の曲がったところの文教政策はやめて下さるように、大臣や初等中等教育局長等にも話をしてもらいたい。そうすると新しいほんとうにいい意味の文化政策、教育政策が出てくるんじゃないか。そうすると、こういう横浜のような催しものがあったときに、何もかも忘れてああいうような状態を引き起こすような青少年というものはなくなって、だんだん落ちつきを取り戻して、自分の行くべき方向を見定めていく。そうすれば警察官をわずらわしてあんなところに警戒についてもらわぬでも、きちっと並んでそういうものを見に行くような状態が生まれてくる、私はこう思うのです。そういうところに問題があります。これは一つ警察庁長官としても、全般的な見方でこういう問題をお考え下さって、中央青少年問題協議会等においてもう少しりっぱな政策が実現できるように御努力願いたい、私はこのように考えます。同僚委員の質問もありますので、私はこの辺でやめておきます。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員長代理 加藤精三君。

加藤精三自由民主党

○加藤(精)委員 御説は文教委員会のような御論議でありますので、私の個人的な名前も指されましたが、私は文教委員会でお目にかかって一身上の弁明をやります。完全にお説に反対でございますから、それに関する質問をしたかったのでありますが、やめまして、もっと実務的に、小岩の集中連続放火事件の問題についてちょっとお尋ねいたします。  要点は二つありますが、まず事件の経過は、十四才の変質者が犯人であって、この事件は、私の考えでは精神病者ないし精神衛生対策と社会不安が原因であると考えておる。この少年の家族構成を見ますと、親は北海道で製材工をしておって、昭和三十年単身で市川市にやってきた。そうして現在市川市に住んでおり、この放火した少年は市川市に在住しておりながら葛飾方面の中学に通学しておるそうで、二年に在学しておる。最初はこの父親が単身市川市にやってきたのであるけれども、だんだん家族が集まって、三十三年には家族は父母のほかに五人の子供もみんな一緒になった。そうして生計が容易じゃない。それで母親と長男と次男が働いて生計を立てておる。そして三番目が精神病者で入院中で、四番目が犯人の子供である。この少年は、放火事件のあった日には必ず学校を休むか早退するか遅刻しておった。その子供が変質であったことの証明は、サイレンが鳴り、消防車が飛んでくるとうれしくてたまらない。部屋をこじあけて泥棒に入る、そのスリルがおもしろくて何ともいえないということであります。  以上の事柄から簡単にお尋ねするのでありますが、この遅刻や休校や早びけというようなことは、外的には非常にそういう不良化の一つの象徴である。こういう特徴をよく鑑定することによりまして、あれだけの社会不安を起こした事件をもっと早くつかまえられるのじゃないか。またそういう方法は万事如才ないとは思いますけれども、私、前々から警察庁長官に申しておりますのにこういうことがあるのです。不良化防止の結論は小委員会でまだ出ておりませんが、どうも不良青少年の年令がどんどん低下していく。本件も十四才にすぎない。十五才、十四才とだんだん下がっていくという一つの事情がありますので、ことに小、中学校教育とは非常に関係が深いわけであります。これは教育当局者と警察当局者とが、こういうふうな児童の出席状況等で相当連絡がとってあるものだと思いますけれども、今日以上とるべきではないかという気がするのです。そういう問題から、こうしたことは教育学者や心理学者等の相当専門家を警察庁ないし警視庁その他主要なるところに配属しておいて——昔、私、若いとき県の警察部等におりましたが、県の警察部には、単に直接警察の関係者ではなしに、何ら執行警察官でない専門家等が警察の職員として配置してあった。不良青少年、青少年犯罪が今日のごとく警察の事務のうちで占める分量も多くなった際には、そういう専門家をも警察の部内の職員にすれば、学校教育当局者とも連絡が非常にやりやすい。また教育学、心理学等のそういう専門の理解もできるわけです。それにまた現地の刑事警察官等にも十分指導できるわけですし、そういう方面に思い切って踏み込むことはできないか。それが一つと、それからそういう意味で精神衛生対策と社会不安というような問題もある程度解決できるのではないかということを考えるのでございますが、なおもう一つの方は、時間がないようでございますから遠慮いたしますが、今の問題について一言、あまりしつこい質問をたびたびするようで申しわけありませんが、どうか一つ……。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 少年の非行化の傾向が非常に増大しつつあり、特に年令が低年令層にだんだん多くなっていくというような遺憾な状況は御指摘の通りであります。警察といたしましても、ただいまお話しのように、学校当局その他関係当局と緊密に連絡するようには常々指導いたしておるわけでございますが、今後ともこうした点については特に留意を払って参りたいと思いますし、また警察官のみならず、その他少年の心理等について相当の専門家も最近警察部内に採用いたしまして、そして単に警察の執行面ということでなしに、補導その他について適切な方法を見出す、また適切な指導、補導を実際にやっていくというようなことについても、そういう方向でせっかく検討いたしておる状況でございます。御了承を願います。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員長代理 佐野委員。

佐野憲治日本社会党

○佐野委員 先ほどからの川村委員の質疑を通じて一点だけお伺いしておきたいと思うのですが、どうもまだ納得できない点が多いのですけれども、事態が明確になってからまた質問させていただくといたしまして、私は長官の答弁を通じてどうもがまんができない、納得できないのは、警察としての責任感に非常に欠けておられるんじゃないかという点です。警察官としての職務権限、この点に対する明確な認識を持っていただきたいと思います。と申しますのは、警察官職務執行法の改正案のときも論議いたしたわけですけれども、やはり一番大切なことは、警察官の職務権限は緊急明迫な危険に対処して国民の生命、財産を守る、ここにあると思います。そういう大きな責任をとかく軽視して、やはり拡張解釈する、こういうことがいろいろな問題において今日不明朗な社会不安を起こしておるわけですけれども、このことに関連して、たとえば横浜の事件を見て参りましても、単に横浜だけの問題でなくて、今後起こるでありましょう。日本の今日における劇場の構造、施設、こういうものを見て参りますならば、しかもその上に商業主義が加わることによって起こる危険性は予知されます。そういう場合に緊急明迫な危険がやってくる。これに警察官は一体どう対処するのか、この訓練、これに要するところのいろいろな教養、訓練が積まれていなければならないにかかわらず、どうも警察の費用を見て参りましても、これらの経費があまりにも少な過ぎるのではないか。あなたたちは生命、財産を守るのが警察官の本質だと言っておるけれども、予算面から見て参りますと、ほとんどこういう点が軽視されておる。たとえば香川県において犯罪捜査その他のために全警察官が一割の給料をさいてこれに充てなければならない。警察官は生活の不安がある。イギリスその他の国と違って、日本においては警察官は労働組合を作ることができ得ないという乱暴な法律によって、ILO条約百五号に抵触するのではないかと思われるほど乱暴な公務員法によって、警察官に労働組合を作ることを禁止しておる。しかも、そういう身分的な職階制がしかれておる。こういう警察官の、しかも乏しい生活費の中から一割の捜査費をまかなわれなければやっていけないという香川県の警察官の現状を見て参りますときに、片方において、警察におけるスパイ事件、思想調査、労働組合、民主団体、善良な人たちに対するところの思想調査費というものが、警備費の名において国家警察の中において、あるいはまた府県警察、府県費をもって膨大にまかなわれておる、こういう片ちんば。本来国民の生命、財産を守るのに緊急明白な事態に対処する警察官としての訓練、それに対する対策が日ごろ欠けてしまって、思想対策だの何だの、そのために単なる一千人くらいの集会に六百人の警察官の動員をかける。いかめしい武装をもって、武器を持たない、何らのものを持っていない、持っておるものは言論と手だけである、頭脳である、こういう学生諸君、あるいはまた善良な労働者、働くことしかみずからの力を持つことができ得ないという、こういうような人たちに対して、何百人、何千人の警官を動員する。スパイを放って、情報収集の名においていろいろなことが行なわれる。こういうところに今日の警察官の考え方が根本的に間違っておる、この間違いの中からそういう事件がこれからも起こるのではないか。そういう点に対する長官の、私は警察官の職務権限に対する厳粛な反省を要求するとともに、これに対する所見を聞いておきたいと思う。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 横浜の事件に関連しまして何か警察が職責の自覚に欠くるところがないか、また私自身もそういう点に欠けていないかという趣旨に私受け取ったのでございますが、そういうことは毛頭私はないと確信をいたしております。現に当日におきまして、あのロープを踏み越えてきた者を身をもって制止し、人命を救助するためにこれらに当たった警察官が一人押し倒されて、ついに重傷を負っておる。あの重傷七名のうちの一人は現に警察官でございます。そういうふうに職務に挺身しておる実例もあるわけでございます。私はそういうことについては現在——これは警察全体が必ずしも満点ということを言っておるわけでございませんが、大勢として私は第一線の警察官が警察の職責の自覚に立って邁進しておるというふうに確信をいたしておるわけでございます。  それから香川県の問題でございますが、これは新聞の誤報でございまして、私の方も非常に迷惑をいたしておるわけでございますが、この問題は、一香川県に最近重大な犯罪が三件ほどまだ未解決になっておりまして、捜査本部を三つ作って、それで刑事諸君が不眠不休で働いておる。捜査費につきましては追加予算で県の予算に計上をする、補助金も出すという。もちろんこれは補助金対象のものでございますが、追加予算を県で組むということに相なっておるわけでございます。あの拠出したというものはこういういきさつで、これは誤解を解いていただきたいのでありますが、ある署長会議の席で、ある署長から、香川県としては今まで例がないほどの事件に刑事諸君が非常に苦労しておる。これを挙県一体一つ慰問激励しようじゃないかという趣旨で、おおむね俸給の一%をさいてやろうという提案がなされ、みんなそれに賛成した。しかし本部長としては、こういうものは強制にわたるべきでなくて、気持はよくわかってもそういうことが強制にわたるようなことにならないようにという注意まで与えて、各署でこれをまとめて、集まったのがたしか十八万円と聞いておりますが、これが捜査費に充てられるというような問題ではなくて、慰問、激励というために使われるという次第のものでございます。しかし、このやり方について、はたして適切であったかということは、私もああいうことはいいことだと直ちには断定をいたしませんけれども、捜査費が足りないから捜査費に使うため俸給をさいてやっておるという事実は絶対にございませんので、その点は御理解を願いたいと思います。  それから、何か莫大な金を使って思想調査をしておる、あるいは組合の集会などに対して、何千名のものに数百名も動員しているというようなお話でございますが、思想調査ということはいたしておりません。また単なる組合の集会に対して警察官を配置するということはいたしておりません。必要に応じて最小限度の事態に応ずる要員を派遣するということがあるのみでございます。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員長代理 門司君。

門司亮民主社会党

○門司委員 時間も非常におそいので、ごく簡単に一つ二つ聞いておきたいと思います。私が行ったのは事件の起こった当日の午後八時ごろだったと思います。現地の状態を加賀町の警察の係の諸君から一応聞き、係長には電話で聞いたのです。それから現地のことも大体了承しておりますが、問題の原因がどこにあったかというと、五時半に開館するものが、結局スピーカーか何かの故障で五分おくれた。従って群衆は定刻になっても開館をしないからというので、かなり激高しておったという一つの事実があります。これは尋常な状態でなかった。それから非常にたくさん人が来たから一時になかなか入り切りないだろうというようなことで、入口を二つにした。そのあけた入口は普通はあけない非常口であります。そこで問題になるのは、事実その通りだと思いますが、警備にあたっておる警察と主催者が打ち合せて入口をあけているのです。群集がたくさん来て混乱が起こるであろうということは現実である。その前にとるべき警察の処置があったと思う。もう少し早目に開館する処置がとられておったならば、こうした事態は私は起こらなかったと思う。この点はやはり警備に当たる警察官のものの考え方と、主催者側のものの考え方に誤りがあったのではないか、私は現場に行って、率直にそういうことが考えられる。だから、警察が十九名出したことがよかったか悪かったかということは議論の分れるところでありましょう。加賀町の警察としても必ずしも万全を期したとは言っておりません。これは警察もやはり多少のそういう考え違いはあった。いわゆる事態を甘く見ておったということについては警察側も反省する、これは加賀町の署長ではありませんが、次席ですかがはっきりそう言っておる。だから、私は警察の問題としては、いろいろ事件自身について責任があるとかないとか言っておりますが、そうではなくて、これは処置し得る余地があったと思う。さっき言いましたように、開館一時間前あるいは一時間半前に処置をすることが私はできたと思うのです。開館することを話し合えばよかった。たくさん一ぺんに入ってくれば問題が起こりそうだから、一つ三十分前、一時間前に入れたらどうかということにすれば問題は起こらなかったと思う。その辺の訓練というのはどうなんです。警察側は何らそういうことについて干渉ができないという立場じゃないと思うのですよ。その辺に対する警察側の責任といいますか、考え方についての訓練の仕方ですね、そういうものについて一つもし御意見があるなら、この際聞かしておいていただきたいと思います。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 先ほども冒頭にちょっと申し上げたのでございますが、確かに御指摘のように初め一つの入口にするものを話し合って二つにした、私はこれは適切な処置ではなかったかと思う。それから五時半開館というのがおくれて、確かに気分が高まったと申しますか、興奮が強くなったということはあると思います。ただ警察としましては、五時半開館ということであるけれども、五時五分ごろということでございますが、ラジオ関東の代表者であります今関という人に、警備係長から非常に人が多く集まっておるから早目に開館して徐々に入れた方がいいのじゃないか、そういうふうにするようにという要求をしておるわけでございます。しかし、会場の準備の都合でそれは困るということで、ありていに言えばけられておるわけで、それに逆らっても入れさせるということも一つの方法かと思いますが、一応主催者側の注意を喚起して、入れるべきだという主張はいたしたのでございますが、会場を管理している主催者側として、今はとても入れることはできないという断わりを受けてそのまま整理に当たっておったという状況でございまして、何らそこに配意がなかったというものではなかったのでございます。  それから先ほど申し上げましたように、列を作っておった聴衆というのは、ちょっとごたごたというようなことはあったようでございますが、別にからだに支障があるということなしに、片一方の側からは二千名も入っておるわけでございまして、警察としては相当整理に努めておったのではないかと考えるわけでございます。

門司亮民主社会党

○門司委員 私は今の事実も一応は聞いておるのでございますが、さっき話しましたように、主催者側ともう少し、警察の強権というのでなくして話し合いができたと思うのです。あの場合は中に補助いすを入れるのに少し手間取ったとか何とかいう話はありますが、しかしそれにしても時間がおくれたということと、それから事前にいろいろ処置を講ずればそういうことはできなかったと考えられる、この点についての責任の所在はどこにあるかということは、いろいろ問題はあるでしょう。  この際時間がありませんから、私はあと一つ二つしか聞きませんが、もう  一つ聞いておきたいことは、ああいう建物の管理をする場合の条例です。建物の管理につきましては、おのおの市町村に条例を持っております。横浜市は特別市でありますから、県条例以外の市独自の条例でできるはずです。これは東京都も同じでありますが、どこの条例を見ても、会館条例の中に定員を明記したところは比較的少ない。料金を幾らとるとか、設備をこわしたら弁償させるということはたくさん書いてあるが、この会館は定員はこれくらいだということの指図をしたものがないのです。私はこれは非常にむずかしい問題だと思います。しかし一応これらの条例については、大臣がおいでになれば大臣にはっきり聞いた方がいいと思いますけれども、条例の中にやはり定員を守れということが必要ではないか。これだけいすがあるが、入れればこれだけ入るというので、この会場でもかつては八千人も入ったことがあるそうですから、立って入れば大きな会場ですから入れます。いすだけが三一千五百もあって、まん中にああいう通路をとって、そういうことになるのですから、入れれば入ります。そういう法的の処置が十分であれば、問題の処置がしよかったと思う。今になって、いすが何千人しかないのに、切符を幾ら出したからけしからぬというようなことを言いますけれども、この会場には何人を定員にするということが条例できまっていない。これは全国的に私は問題だと思います。この種のものについては条例で一応規定する。しかし、これのみで私はいいとは思いません。やはり多少オーバーするでしょう。しかし一応の基準は条例で定むべきだと思う。そして主催者側との間に、そう無理のないことを義務づけていく必要が参りはしないか。こういう点について警察側の見方を一つ聞かしていただきたい。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 確かに御指摘のように、とにかく一定のスペースを持ちあるいは定席を持っておる、このほかに補助いすがどの程度というようなこと、また立たせる場合でもこの限度というようなことで、最高の定員というようなものについて定めがあるということは望ましいことであるし、特にそういう点については今後注意されるべきものだというふうに、私どもとしては理解いたしております。

門司亮民主社会党

○門司委員 ただ、この場合に問題になりますのは、実際の主催者側との関連が非常に問題になってきて、さっきもちょっと話しましたように、定員だけで守るということになれば、非常にいろいろな問題が起こるだろうと考えます。従って、その次に聞いておきたいと思うことは、この事件の場合も、一応定員としては三千か三千五百しか入れない。警察側の調べではこういうことです。何かまわりのいすが九百ぐらいで、中に二千七百くらいのものがある。まん中を相当通路をとって、いすにかけられる分は大体それくらいだ、こういうことを申しておりました。だから、三千五、六百くらいは入る、こういうことでしたが、これに八千枚出したということになっております。この発送の中には、実は手に渡したものと郵送したものと二通りあるのですが、しかいずれにしても、そういうものについてのさらに規制ができるかどうかということであります。これは無料の演説会の場合などは、定員の六百人なら六百人以上入れば、一応会館の維持上困るという問題も出てくるわけです。しかし問題になりますのは、そういうことでこの種の催しものにおいてかりに招待券を出す場合について、そういうオーバーしたものをどの辺まで認めるかどうかということが、現実の問題としては問題になろうかと思います。そういうことをあらかじめ主催者側と打ち合わせることはできないかということです。これも条例の中に入れれば入らぬことはないと思いますが、できないか、こういうことですね。警備に当たる警察側と主催者側との間に、そういうものの相談は一応できないかどうか。これは全部の集会にそうせよとは言わない。しかしこの種の集会は往々にしてこういう間違いを起こすわけです。野外の集会なんか制限しようとしても制限できないために、弥彦神社のような問題が起ころうかと思います。しかし屋内の問題については、この種の集会などで何かの問題があったとき、ややともすると定員が問題になってきて、問題が起こる。こういうことを考えますと、主催者側との間に、許可条件というのでなしに、やはり話し合いの中にあらかじめそういうものを打ち合わせるということはできなかったかどうかということです。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 元来この種の催しものについては、できるだけ主催者側の良識に期待するということが筋だとは思いますけれども、いろいろ事件も起こっております関係から、ただいまお話しのように、法律的に許可とかなんとかいうのでなしに、話し合うということは適当な措置であろうと思います。今回私の聞いております範囲におきましては、八千枚出すということについて、それでは多過ぎはしないかという一応の注意をしたが、それは全部やってくるわけではなくて、また定員をオーバーした場合には入場をお断わりするということも書いて出すのですからということで、一応注意を喚起したという程度にとどまっておるというように聞いておるわけであります。まるきり範囲がなかったということではありませんが、それでは多いとかいうことで、結論的に何枚に制限するというところまではやっていなかったように聞いておるわけであります。

門司亮民主社会党

○門司委員 それから先ほどから警察の落度はなかったという強い答弁ですが、私は、警察の落度があったと思うのです。それは、事実はどうかといいますと、入口が一つの場合の警備人員と二つの場合の警備人員とは違わなければならぬ。それが最初から同じ人間がずっとおって、警察に聞いてみますと、待機をさせておったということは言っております。これは待機させておったかもしれない。しかし事態は、十九人は最初予定されたもので、すでに足らなくなっている状況にあったということは事実だと私は思うのです。この判断の誤りは、警察側は、いや全然誤りがなかったということはやはり言えないと思う。これは入口が一つで、それである程度の見通しのついたものなら、あるいはそれでよかったと思うけれども、期待以上にたくさんの人が来て、入口を二つにしなければならぬということになりますと、警備の警察官は二つにさかれなければならぬ。入口に私服が何人かおったと言いますが、制服の諸君だけであの入口にあれだけの警察官がおれば、ああいう事件はある程度防げたかもしれない。しかし警察の勢力を二つにさいたというところに、ものの判断の誤りがありはしなかったか。当然現地としては、入口が二つになれば二つになっただけの配備につく人員が必要ではなかったかということ。この点は、警察のはっきりした落度と言えるかどうかは別の問題として、私は判断の誤りは確かにあったと思う。その辺はどうなんですか。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 先ほどから申し上げておりますように、今までの報告について私の考えを申し上げたのでありまして、さらに詳細に調査を遂げたいと思っております。ただ二つに分けたということは、一つにしておくと、非常に大ぜいが一つの入口に殺到するということで、これを二つに分けるというために、直ちに警察官の要員が不足するということに必然的になるとも私は考えませんが、その点はさらに検討いたしてみたいと存じております。

門司亮民主社会党

○門司委員 私は、そういうことではないのですよ。二つにした方がよくなったということは言えるのですよ。よかったのではないかということは一応考えられる。しかし、その場合の警備の実態というものは、最初は、やはり入口が一カ所のつもりで警備いたしておりますから、事態は変わってきておるのです。そういう場合は、やはり現実が違った以上は、警察はそれに対処することが望ましいのではないかということです。そうしないと、この種の問題が起こるのですね。あそこの状況は、御承知のように、ちょうど現地をはかってきた係官の話を聞いてみると、側溝のところにある石は十五センチ六あるとか、何かむずかしいことを言っておりました。そういう一つの段があるのでという話をしておりましたが、今となってああいうものがあったからなどということは別の問題として、私はどう考えても、今の長官の答弁では考えられない。少なくとも待機しておったならば、その待機をあそこに増発すべき事態ではなかったかということです。加賀町の警察自身は、事態を少し甘く見たということを言っていますよ。私は、そういうことはあったと思うのです。だから、そういうものに対する臨機の処置をもう少しとられておれば、あるいはああいう大きな悲惨事にはならなかったかもしれない。あるいは横から割り込んでくる諸君も防止し得たかもしれない。これはあとの祭りで何とも言えませんが、私どももやはりそういう感じがする。だから長官が言うように、警察は何から何まで万全だということをあまり言い張られると、部下をかばわれる気持はよくわかりますが、われわれも、それならこういうことがあるのではないかということを言いたくなる。もう少し事態を率直に認めて、あとの反省の資料に資することがこの際必要だと思う。この種事件が起こっては困るのです。だから、私ども何も警察をいじめようとして聞いておるのではなくて、われわれの判断に基づいてこうすればよかったのではないかということを、一応事実と照らし合わせて長官に聞いておるのです。部下をかばうのあまり、われわれは全然落度はなかったということをあまりやかましく言われると、今申し上げたようなことを言いたくなる。万全ではなかったということですね。最初の計画は、十九人でよかろうという計画だったが、それより人間もたくさん集まり過ぎておる。警察の報告では、うそかほんとうか知りませんが、あそこに集まった人間は一万人をこえていたという報告がある。これは大へんだということで入口は二つになったと思う。それなら警備の警察官もそれに対処するだけの増員を行なわれることが、とるべき手段ではなかったかと考えられる。そういうことでありますから、従ってそれについて、一つすみやかに考えてもらいたいと思います。  それから警察側の見たこの事件の現在までのところの責任の所在は一体どこにあるかということを、この際言えれば、はっきり言ってもらいたいと思います。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 私も、何も警察は全く責任はないと断定して申し上げた覚えはございません。ただ警察が責任がある、どこがミスであったと断定するには至らないという趣旨で申し上げたので、なお調査を進めたいということを申し上げたわけであります。  それから責任の所在の問題は、抽象的にはいろいろ考えられるのでございますが、目下検察当局、警察当局において捜査、調査中でございますので、しばらくそちらにゆだねて正確を期したいというふうに考えるわけでございます。

門司亮民主社会党

○門司委員 私ども実はそう考えているのです。いずれ検察でよく調べられてわかるだろうということは一応考えておりますが、しかしそういう事件については、切符を出し過ぎたから主催者側に責任があるのだということ、あるいは警察のそうした取り扱い等について多少の手落ちがありはしなかったかという、そういう問題等については、この際やはり一切をほおかぶりしないで率直に警察として意見を述べられた方が、世間の誤解を解くと思うのです。その場合に、自分の立場だけを庇護されて、責任を全部向こうにかぶせられるごと、これもあなた方の立場としてはお困りになるでしょうから、そういう立場を率直に話しておく方が、この際あなた方の意見というものが大きく反映するのじゃないか。現地の状態は、私も一応聞いております。その晩八時ごろだったと思います。四時ごろたくさん集まったから二つに分けた。そうしてこういう事態になったという話を聞いております。しかし問題の焦点がどこにあるかということくらいのことは、やはり警察庁としては——今調べられておる問題の中にはこういうことが書いてある。たとえば横から割り込んだ者がだれであったかということを調べておるというのですね。これは事件自体に対する一つの処置の問題としての考え方だと思うのです。しかしそれはなるほどそういう割り込んだ者がおったかもしれない。それがけしからぬといえばけしからぬですよ。先ほども文部省から意見がありましたように、その原因になるものが一体どこにあったかということ、さっき言いましたように定員がないということも間接の原因だと思うのです。直接の原因じゃないが、間接的の原因だと思うのです。それから割り込んだ者が直接の原因だといえば直接の原因でよろしい。しかし、それの誘因を聞かなければならない。これを解明して、なくすことが一つの政治なんです。直接の原因だけを追っかけて、その誘因である原因を追っかけないのならば、政治は要らない。人を殺したやつをけしからぬからということで追っかけていって、社会がどんなに悪くなろうと、生活に因る者ができようと、それをおっぽり出しておっては、政治にはならない。われわれが聞いておきたいのは、そういうことの誘因となる原因が一体どこにあるかということを究明しておかぬと、できた末梢的の現象だけを追っかけて、大事な問題が忘れられるということです。この点は特に警察も反省してもらいたい。警察官というものは往々にして、こういうことを言うと長官は怒るかもしれないが、末梢的な現象にとらわれて、そこだけを究明しようというくせがある。だからこれの誘因についてはもう少し、今のような答弁でなくて、調べているからそのうちにわかるだろうということでなく、これを誘発した原因はどこにかあると思う。切符を出し過ぎたというようなこと、あるいは市にはっきりした定員がなかったから、何千人でも入るだけ入れるというように簡単に考えられておったけれども、もし三千五百人が定員だ、これをオーバーしても、立ち席を入れても五千人以上は入れませんよというような常識的のものの考え方があれば、規則でもあれば、それに準拠して切符を出せるというようなことが一応考えられる。そういうものが一切なかったからこういう事件が起こつたのだということは一応言える。それも間接的な原因だと私は思う。だから、こういう事件の起こった誘因をもう少し警察側も探究する必要があるのじゃないですか。そういう点について一つ率直に聞かしてもらいたいと思うのですが、われわれはここで幾ら議論をしましても、起こった事件を元に戻すわけにはいきませんし、なくなった人がよみがえるわけではない。二度とこういう犠牲を生じないようにするということがわれわれの目的である。決して何も警察をここでいじめようとか責めようということは毛頭考えておらぬのです。一つ率直にもう一応答弁をしてくれませんか。どの辺に誘因の原因があったかということです。

柏村信雄警察庁長官

○柏村政府委員 今回の事件はまことに痛ましい遺憾な事件でございまして、警察の当然の責務としての犯罪捜査というような問題はもちろんでございます。そうした意味の責任の追及という点はもちろんでございますが、その他いろいろの要因が重なり合ってああした事態を誘発しておるということも御指摘のように考えられることであります。従いまして今後さらに、これはほんとうにまじめな意味において申し上げるのでございますが、十分に真相を究明し、また直接間接の原因等にも思いをいたしまして、今後こういう事態の起こらないために、警察として尽くすべき問題というものをできるだけ解明し、反省の資にして参りたいというふうに考えておる次第であります。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員長代理 本日は、これにて散会いたします。     午後一時六分散会

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