大蔵委員会税制並びに税の執行に関する小委員会 第2号
- 発言数
- 71 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1960/05/06
会議録
○鴨田小委員長 ただいまより会議を開きます。 税制に関する件について調査を進めます。 質疑の通告があります。これを許します。神近市子君。
○神近小委員 この前私は税収のやり方についてちょっとお伺いしたことがあったのですけれど、そのときはたしか法務大臣の御出席がありまして、私はその事後調査というもののきびしさについて少し不安を感じてお聞きしたわけなんです。この間私が日本橋税務署管内と申し上げたのは誤りでした。それはちょっと名前を言うのは困ると思うんですけれど、七十人くらいが銀行だのそれから相手方の会社、取引先だのを調査されるという事件があったのです。それで、法務大臣は、税務吏には調査権があるから、それは違法でない、あるいは財産権の侵害でないというような御返事だったので、そのときはそれでわかったような感じがしたんですけれど、脱税と滞納ということについては、ちょっと私は態度を変えなければならないんじゃないか。脱税ならそれは追及してもいいと思うんですけれど、滞納になりますと、なるべく税金を出しよいようにしてやるということが、税務吏の心がまえの中になければならないんじゃないか。ところが、銀行を調査され、取引先を調査されると、滞納がますます滞納になっちゃうような結果になるんです。信用を落としますし、それから相手方から必ず苦情が出ます。そういうふうなことを、私は、もうちょっと合理的にお考えになってはどうかというのが、私の今の質問の要項なんです。あなた方のところで、国会のばかどもというようなことをおっしゃったということも、この雑誌で私は見たんですけれど、それによりますと、税務吏に対してのなにがうしろから非常に強い。大体成績比較表というようなものをあなた方は税務吏にお使いになっているということ、成績比較表というと、これは一種の勤務評定のようなもので、ほかの場合では私はそれはいいと思うんです。ところが、直接国民の負担を徴収するというような場合に、勤務評定式な成績比較表なんというものをお作りになるのは、一体どういう意図なのか。そこらを私はちょっと伺いたいと思う。
○白石説明員 御質問の趣旨がいろいろありましたようでございますので、あるいは私の答弁では的確であるかどうか存じませんが、一応ただいま承りましたことで私の関係いたしておりまする範囲内におきまして、お答え申し上げたいと思います。 日本橋の事件というようなことをおっしゃいましたのでございますが、どういう事件でありますか、私実は詳細承知いたしていないわけでございます。七十人程度で何か捜査をしたというようなお話のようでございますが、この点、どういうことでございますか、私ただいま承知いたしておりませんが……。
○神近小委員 それでは、私はっきり言います。この前私が申し上げたのは、日本橋税務署管内で七十人くらいの人が滞納している——中小企業の人です。その人たちが滞納しているということで、あなた方の事後調査権ですか、それをお使いになって、銀行その他取引先を——その人がどういうふうな業態か、どういうふうなことかということだろうと思うのです。御調査なすって——それは日本橋ではございませんでしたということをさっき申し上げている。所を言うのはどうかと思うんですけれど、これは目黒税務署ではないかと思います。これで、私違法じゃないかと思ったので、この間法務大臣に伺ったのですけれども、違法でないということで、それで脱税なら違法だけれども、滞納ならまだ違法まではいかない。結局納税者があまり業態がよくないので——私どもも滞納しますよ。委員長は滞納なさるかどうか知りませんけれども、私どもも滞納して、日歩何銭かのあれを納めさせられる。払いよくしてくれるのが納税の義務であるべきなのに、逆にそういう事後調査がじゃまになるということはお考えにならないか。それから、そのことは、末端の税務吏が自分の成績を上げるために、うしろからひっぱたかれている。それは、今のように成績比較表とかいうようなもの、これはお宅の省内ではちゃんと張ってあるのでしょう。それから責任分担制度、そういうようなものをちゃんと張っておいて、これは一種の勤務評定ですね。そういうふうなものであなた方は末端の税務吏のおしりをひっぱたいて徴税をしていらっしゃる。それは税金を納める義務はあります。それはわかります。けれども、納めよくして取るということがあなた方のお覚悟でなければならない。それを納めにくくしたような形があるということを私はこの間お尋ねしたのです。その点でどういうふうなお考えを持っているか。
○白石説明員 お話を承っておりますと、滞納関係のことのようでございますので、実は徴収部長からお答えするのが筋かと思うのでございますが、ただいま徴収部長が参っておりませんので、私から簡単にお答えいたしたいと思います。 滞納関係で銀行調査をしたというお話のようでござでいますが、滞納者がありますれば、その人の財産を調べまして、できるだけ滞納処分等のこともいたしまして納めていただくようにいたすということは、法律的にも許された問題でございます。ただ、そのような場合におきまして、納税者の信用をあまり失墜するというようなことがないように、できる限り注意をいたしまして、措置によろしきを得なければならぬということは、これはその通りであろうかと思います。私どもといたしましても、そのような点につきましてはできる限り注意をしてやっておるわけでございます。具体的な場合に、ただいまその調査等をどのようにやったかという問題でございますが、ただいまその具体的な事態を私ども承知いたしておりませんので、そのことにつきましては、その措置があるいは苛酷であったのか、適当でなかったのかということにつきましては、なお具体的な事件を調べた上におきまして、担当部長からお答えをいたしたい、かように考える次第でございます。 なお、成績比較表というようなことでございますが、これは別に成績比較表というものを作ってやっておるわけではないのでございますけれども、仕事はやはりできる限り適正に、またよくやらなくちゃなりませんので、そういう意味におきまして、監督者といたしまして、部下の仕事については十分注意はいたしておるということは、お話の通りでございます。
○神近小委員 今も、徴収部長が来ておりませんから納税の方のことはわかりません、そういうことをおっしゃるでしょう。それが私は困ると思うんです。省内なら省内の各般についての、もう少し一般的な常識というか、通念というか——私はここで法律の第何条がどうでございますということをお尋ねしているわけじゃございません。税務吏が非常に苦しいお立場だということはよくわかりますが、国民からは決して歓迎されやしない。よくておそれられる、悪ければ憎まれるという立場ですから、歴史的にむずかしいお仕事だろうと思うのです。けれども、今日の場合、それほどまでにして徴収しなければならぬ——あなた方は上級官吏でいらっしゃるから末端ではないでしょうが、末端の人のしりをひっぱたくようにして、あなた方が夢中になって取り立てているものだから、自然増なんというのが何千億と出てくるじゃありませんか。そういうことを考えれば、手心は国民をいたわる方になさるべきであって、無理やりにひっぱたくというふうなことは困るのじゃないか。今の目黒の税務署の例はほんとうに一例でして、国民の不満が出てくれば続々と投書がきますよ。これは一例なんでして、これが各所で行なわれているということが私はいえると思うのです。それで、わずか七十人の問題ですけれども、これが一つの事例として出てきたんで、私はそのことが皆さんのお心がまえにどういうふうに映るかということをちょっと伺っているので、必ずしも徴収部長がお見えにならなければ返事ができないというふうな事例ではないと思うのです。そのことについて、もう少しあなた方は常識を持ってというか、国民との間に立っての徴税ということの合理化というか、適正というものをお考えになるべきだと思うので、あなた方の御反省ができるかどうかということを今伺って、いや、もうそれはできません、われわれはこれだけのものをこういうふうに取らなくちゃいけないのですということなのか、それを伺わせていただきたいと申し上げている。
○白石説明員 税の執行につきましては、納税者の立場も十分考慮いたしまして、苛酷にわたることがないように常々心がけておる次第でございます。ただいまお尋ねのことは滞納関係のことのようでございますが、滞納関係につきましては、ただいま全国で約五百億程度の滞納がございまして、これはやはり正直に期限に納めておられます人々との権衡もありまして、滞納は一つできるだけ早期に一掃しなければならぬということで、私ども常日ごろ努力しておる次第でございます。ただいまお尋ねの事件につきましては、その具体的な事情を承知いたしておりませんので、はたしてそのやり方が適当でなかったかどうかということにつきましては、私ただいま答弁ができないわけでございますが、全般的な心がまえといたしましては、納税者の立場も考慮いたしまして、苛酷にわたることがないように、常日ごろ税の執行には心がけておる次第でございます。同時にまた、税の執行といたしまして、滞納もできるだけ一掃するということで、私どもはその職務上努力しなければならぬところでございますので、その点も十分御了解を得たいと考えるわけでございます。
○神近小委員 滞納五百億とおっしゃったのですけれど、滞納はどういう場合に起こりますか。たとえば病人が出るとか、けがをするとか、あるいは天災があるとか、こういうことも一つの理由になりますが、これについては、税法では免除をするとかあるいは一年か数年待ってやる。そういうものでなくて、純粋に滞納が起こるのは、業態が非常に悪化するとか、あるいは横着して納めないとか、どっちの方が多いとあなた方は見ておいでになりますか。
○白石説明員 納むべき税金が納期限が参りましても納まらないというのを一般的に滞納と申しておる次第でございまするが、その内容といたしましては、今お話しがありましたようなものもございましょうし、その事情は千差万別であろうかと思うわけでございます。そのうち、事業不振であるとか、あるいは特殊の事情があるというようなことで、とうてい納めることができないという一定の条件にはまるようなものにつきましては、徴収法の規定におきまして適当な処置をするような規定がございまするので、それぞれ執行を停止するとか、あるいは徴収を猶予するとかいうような法律の定める措置によりまして、納税者の立場を考慮した行政上の処置をとっておる次第でございます。それ以外の、法律にはまらないでなお滞納になっておるというようなものにつきましては、ある程度納めていただくように私どもも納税者にお願いをしなければならぬものでございまするので、そういったものにつきましては、場合によりましては、強制的な差し押え処分もするし、公売もして取り立てるような処置もとらざるを得ない問題もあるわけでございます。ただいま滞納になっておるのがどういうものであるかということにつきましては、各個において千差万別でございまするので、一律にこうだと申し上げることはできかねる次第でございます。
○神近小委員 千差万別であるということはわかりますよ。だけれども、全体として、納税してやるものか、何とでもこれはごまかして通そうという、横着というか悪意というか、納税の義務ということの一向頭にない無知な人——無知な人はかえってそういうことをしないと思うのです。悪意、故意の方が非常に露骨に出ているとおっしゃるのですか。あるいは客観的な情勢でどうしても納められない状態にある、事情がこれを許してくれないというのと、大体どっちが多いとお考えになりますか。
○白石説明員 先ほど申し上げましたように、徴収法の中には、納められないようなお方の中で一定の要件に該当する人につきましては、それぞれ滞納処分の執行を停止するとか、あるいは徴収を猶予するとか、一応納めるのを延ばすような規定があるわけでございます。従いまして、よく実情を調査いたしまして、そのような条件に該当する方々につきましては、決して強制的な滞納処分等はいたしませずに、また納めていただくことができるようなときになるまで、一応その強制処分を見合わせておく、こういう処置がとれるわけでございますので、そのようなものにつきましては、それぞれ事情を調査した上におきまして、適当な処置をとっておる次第でございます。そのほかのものにつきましては、これはやはり法律の規定もないものでございますので、当然その納期に納めていただくということにいたしまして、場合によっては、それが納まらない場合におきましては、差し押えをして公売処分をして強制的に取り立てるという措置もとらざるを得ない。従いまして、ただいま一般的に税務署といたしまして強制的な処分をしておるというものにつきましては、そのような徴収猶予等の措置のとれないものにつきましてとっておる次第でございます。
○神近小委員 あなた方が滞納について日歩三銭の滞納料金をおとりになりますね。あの点も滞納をもっと滞納しなくもやならぬようなことになるのじゃないか。あのことを私は非常に矛盾だと考えまして、ある税法の学者方にその話をして、これは鎌倉の村松梢風さんなんかとは話が別で、村松さんも三銭ずつ滞納金をとられているという話をなさっているようですけれども、これは別でして、ほんとうに余儀なく滞納する人たちに滞納利子をつけるということは、ますます納税をむずかしくするのじゃないかということで、一つ問題を提供したのです。そうしたら、そのかわり源泉から取り上げた余分の金についても三銭ずつついている、こういう話だったのです。結局、政府としては、あるいは大蔵省としては、両方パーのつもりでしょうというような話で笑い話になったのですが、滞納利子と、それから還付金にやはり日歩三銭おつけになるのですが、それとの差額はどういうバランスになりますか。大体において非常にこまかく伺わなくてもいいのです。私はどうも滞納しなくちゃならぬような零細な人たちに滞納利子をつけるということは、非常にいけないことだと思うのです。
○白石説明員 税はやはりきまった時期におきまして納めるということになっておりますので、その時期に納めていただかないという方につきましては、その納期限に納められた方との均衡上、若干不利な条件がつくということはやむを得ないことではなかろうか。従いまして、現在の建前では、滞納されますと、督促状を出しましてお納め下さい、そして督促状がいきましてもなお納めていただかないということになりますと、そのときから日歩三銭の滞納のための特別の利子的なものを納めていただく、こういうことに相なっておるわけでございます。 それから、還付加算金のことでございますが、これは何らかの理由によりまして過納になった、税金を多く納めたということが出てくるわけでございます。お話のように、源泉あたりで納めておって、申告をしたためにそれを返すという問題も起こってくるでございましょう。それ以外にも、いろいろな理由によりまして過納になったために、税務署の方から税を返すという場合があるわけでございますが、これはその返す時期がやはり税法できまっておりますので、そのときにお返しすれば、そのまま何ら利子的なものはつけないわけでございますが、それがおくれまして、返すべき時期からおくれて返すということになりますれば、その期間につきましては、還付加算金として日歩三銭をつけて返すということに相なっておるわけでございます。
○神近小委員 還付金を政府がお払いになる利子と、それから滞納利子とのバランスはどの程度ですかと私はお尋ねしたのですが、大ざっぱでけっこうです。
○白石説明員 延滞の場合におきましては、日歩三鏡つくわけであります。
○神近小委員 それはわかっておりますよ。全体の量です。
○白石説明員 還付加算金で返しました総額と、延滞加算金としてとりました総額のことでございますか。——それはただいま資料がございませんので、数字は後ほどお届けいたしたいと思います。
○神近小委員 大ざっぱなことでもわかりませんね。——それでは、やむを得ませんから、別の問題に移りたいと思います。 このごろ音の出る雑誌という問題がいろいろ新聞に書かれておりますが、私の娘がちょっと物好きで、音の出る雑誌をときどき買ってきておるので、それは一体どういうものかということは私もわかっております。ところが、それに物品税をかけるお考えがあるということが、きのうの日経に出ていたんです。私もジャーナリズムにおったものですから、そういう問題に関心が非常に強いのと、それからこれは物品税の範疇に入るものかどうかということが疑問だったものですから、物品税法をちょっと見ておったんですけれども、さっき言ったように、何とかして税金をとろうとろう——それは大蔵省の御任務であるから、別にノーということはないのですけれども、私ども決算委員会におりまして長年決算の状態を見ていると、それほどにして税金を拡大解釈してとらなくちゃならぬことはないのじゃないかという疑いが出てきた。そこがきょうの質問なんです。物品税の問題なんですけれども、一体物品税ができましたのが昭和十五年で、戦時伝法の性格を帯びているものではないか。ぜいたくな物に課税するということは、私ども少しも異論はないんですよ。けれども、戦時立法ですから、ぜいたく品でないように思われる日常品にまで相当これはかかってきている。戦時を離れてこんなに長くたてば、これは逐次減らしていくべき性格のものではないかというふうに思われる。ところが、逆にこれを拡大なさるようなことがきのうの新聞の論調には見られるものですから、私二、三お尋ねしてみたいのです。 物品税が昨年も相当品種が減らされたということがうたわれておりますが、それはどの程度のものか。この六法全書は、一昨年のものでありまして、ちょっと古いのでありますが、昨年、一昨年あたり減らされた品種がわかりましたら、ちょっと伺いたい。
○村山政府委員 ただいまお話になりましたのは、おそらく最近出ております「朝日ソノラマ」あるいは「こだま」という名前で、雑誌の中に蓄音機用レコードのようなビニールで作りましたものをはさんで販売しておる、それについてのお話だろうと思います。お話のように物品税の形をどう思っておるか、それからどういうものを免税し、どういうものにどの程度の税率を盛るか、こういう立法論につきましては、いろいろお考えがあるかと思います。ただ、現行法におきましては、蓄音機用レコードにつきまして、これはやはり課税することになっておりましたので、従って、この「朝日ソノラマ」とかあるいは「こだま」というものが蓄音機用のレコードであるかどうか、という点に問題があるであろうと思うのでございます。その点から言いますと、なるほど形は違っても、目下われわれ検討中ではございますが、その録音の過程、あるいは声を再生する過程、あるいはその根拠法であります著作権法の根拠条文等から見ますと、どうもこれが蓄音機用のレコードでないと言うことはなかなかむずかしいようでございます。ただ問題になりますのは、「朝日ソノラマ」はたしか雑誌の中に入れておりまして、大体六枚ぐらいそういうものが入っておりまして、定価は三百六十円ぐらいでございます。従って、その中に雑誌に相当する部分と、それからレコードに相当する部分がある。そこが一つの問題点であろうと思います。ただ、内容をいろいろ聞いてみますと、普通のレコードとほとんど変わりのないもの、つまり音楽とかそういうものもございます。二、三枚はそのようなものが入っておるわけであります。ただ残りの二、三枚につきましては、どうも今までの、なるほど録音とか再生の過程で言いますとレコードでないということは言いにくいですけれども、内容から言いますと、時事解説あるいは歴史解説あるいは時事の報道、こういう全く従来雑誌なり新聞が取り扱っておりましたものをレコードの形でやる、こういう内容のものがあるようであります。従いまして、形式で言いますとレコードとは言いますが、こういうものに課税するかどうかという問題は、その部分についてはあるかと思うわけでございます。現在の物品税法の施行規則でございますが、課税物品表の第二十七号でございますが、蓄音機用のレコード、これは課税物品だ。「但シ童謡レコード、童話レコード及語学又ハ珠算学習用レコードヲ除ク」こういうふうにありまして、特殊な用途のものについては政令で免税の道を開いているわけでございます。この辺かみ合わせまして、レコードと言わざるを得ないとは思いますけれども、この用途等を考えまして、この辺に今の時事解説ものとか、歴史解説もののようなものを追加してはいかがであろうかと考えておるわけであります。ただ、課税標準を考える場合には、そのほかに雑誌部分がありますので、その部分は当然控除しなければいかぬだろうと思いますので、目下検討の上、必要があれば政令でその点をはっきりしたい、かように考えております。 なお、物品税につきまして、今どんな考えを持っており、昨年どんなことをやったかということでございますが、昨年の詳しいことは今ちょっと覚えておりませんが、たしか非常に大衆品、一時は相当の人が飲んでおったけれども、現在におきましては特に物品税を課税するほどのものではないという意味で、玉ラムネのビン詰、こういったものを除いております。そのほかに免税点について改正を設けるとか、順次嗜好が変わって参りますので、われわれの方で物品の消費状況を毎年調べておりまして、その物品がどれくらい所得の高い人に消費されるか、あるいは所得が伸びればどれくらいその割合で消費されるか等から、いわゆる消費支出弾力性というようなものを調べまして、これはもう過去においては課税品であるけれども、整理すべき段階にきたのではないかというような心証を得ましたものにつきましては、逐次国会に提出して御審議を仰いでおるような次第でございます。
○神近小委員 今のお話がまだ私ちょっとのみ込めないことがあったのですけれど、丁類の二十七号、今あなたがおっしゃったのは蓄音機用のレコード及び針、それの中に政令によって免除するものがあると今おっしゃったのですね。そうですか。それで政令によってその部分を免除することを得るという規定が、やはりこの丁類の二十七についているとおっしゃるのですか。
○村山政府委員 これは物品税法の第一条に明定しておりまして、一条では「左ニ掲グル物品ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノニハ本法ニ依リ物品税ヲ課ス」、従いまして、課税になるものは左に掲げる物品に限られる、ただしそのうち具体的にどの範囲にするかということにつきましては命令ではっきりいたします、こういう趣旨が一条に書いてあるわけでございまして、それを受けまして、施行規則の課税物品表のところで、その二十七号、これは先般の改正によりまして号が変わっています。二十七号というのがありまして、「蓄音機用ノレコード」とありまして、ただし書きで、「童謡レコード、童話レコード及語学又ハ珠算学習用レコードヲ除ク」ということに現行法はなってございます。それに今の「ソノラマ」のような新しい用途のものが出て参りましたので、時事解説あるいは時事報道、歴史解説というようなものにつきましては、やはり除いてはいかがであろうかということで目下検討中だ、かように申し上げた次第でございます。
○神近小委員 今年版と一昨年版との間にも二項欠けているわけですね。私がさっきあなたがお立ちになる前に伺ったのは、昨年、一昨年度にどういう品種がこの物品税の中から落とされておりますかということをお尋ねしたわけなんです。というのは、マッチだとかつり具だとか、戦争中はマッチが手に入らなかったものですから、いなかのおじいさんが火打石を持ってきて、火打石でたばこをのんでいたのを私は見たことがあるのです。それで、もし日本の税金があまりあまねく高過ぎるというので、村松梢風さんみたいな、あれは別の理由ですけれども、ああいうような動機で、ああいう人がありまして、そしてもし税金を一切かからないように生活しようと思えば、火打石が出てきたり、あるいは何かヘチマ水が出てきたりというような、戦時のようなふうになるのではないかと考えるのです。扇風器というふうなものも、もっと行き渡れば、これは免税なさる方がいい。うちわの方がほんとうはまともな生活だというような考え方に陥らないとも限らない。ですから、私は、こういう零細なものからの課税はなるべく免除なさるようにして、もっと重点的に——法人税その他で私どもが知っている範囲でもずいぶん大きなところでは脱税がありますよ。それをもっとお洗いになった方がいい。こんな零細な、つりの道具だとか、それからマッチだとか、文房具だとか、そういうふうなものまで物品税をとるということは、私はこれは社会教育上あるいは学校教育上よくないと思うのです。 それで、いろいろ伺うわけなんですけれども、今の「ソノラマ」の問題がなぜここで問題になるかというと、今のあなた方のお考え方——今おっしゃったことが私はよく聞き取れなかったのです。お声が大へん小さいのと、外がちょっと、窓下が騒々しかったものですから……。それで、この命令によってきめたものに入っている、そのレコードに——今音の出る雑誌というものはたくさん出ていますよ。私はそれほど思わなかったのですけれど、六種類出ています。今からまた英語の教育用に、五十嵐さんとか、井上英語とかを吹き込む。こうなるとまた品種は違ってきます。おそらくまたどこか、岩波のような、ああいうような教育的なものを扱うところが出るのじゃないかと思うのです。そうなると、娯楽と公共刊行物との考え方をはっきりお持ちにならなければ、同じレコードでもこっちは英語の勉強だから免税だ。今まで娯楽といえば大がいレコード音楽でしたが、「ソノラマ」とかあるいは「こだま」とかいうところの音楽のレコードには、その音楽の聞き方だの、歴史だの、演奏のやり方だのというふうな解説がついているのです。それですから、レコード会社の単純なレコードとはどこか違うところがある。私、レコード会社に知っている者が勤めていますので、いろいろのことを聞いて知っています。結局、私どもは、今問題のあるところは、この音の出る雑誌というものがマスコミであるのか、マスコミであるということがそのマスコミの一つのメディアとしてお認めになるのか、あるいはこれを一つのレコードまがいの、レコードと刊行物とをまぜ合わせたようなもので、発展のない、現在固定したものとしてお認めになるか、そこで問題は変わってくると思うのです。私はこのことはよほど慎重に考えていただかないと困るのじゃないかと思うのです。 それで、拝見しますと、レコード会社のレコードは、月に三枚出そうが、五枚出そうが、一枚出そうが、これは平気なんです。ところが、刊行物となると、月に一枚とか月に二枚とかいう定期刊行物の義務というか、読者に対するサービスがちゃんと固定しているのです。それは何でもないようですけれども、刊行物というものの持っている義務であり、結局、連休があろうが日曜日があろうが、雨が降ろうが風が吹こうが、その一定の日にはこれを出さなくちゃならぬという制約があるわけなんで、その点やはりお考えにならなければならないということ。それから、さっき言ったように、あなたもおっしゃっているように、政治とか経済とかあるいは社会とかの、今は近代的な教育機関というものはこのマスコミが大きな役割を果たしている。それだからこそ、この免税であるとか、いろいろの逓送とか郵送とかいうものに免税点が設けられている。そういうふうなことを考えれば、単純にこれをレコードの類似品だからレコード税をかける物品税に該当するのだ、こういうふうに考えていただくことは、これは日本の文化のためにちょっと困ることじゃないか。それは、今ディヴェロップする過程にあるのですから、その点をやはり税金にしよう、しようというふうな点からお考えにならないで、世界的な文化のいく道ですから、そこへわれわれも乗っているのだ。そして将来はおそらく今日の読むだけの新聞あるいは刊行物というようなものが耳で聞いてわかる。老人とかあるいは盲目の人とか、あるいは仕事が忙しくて耳で聞きながら編みものでも裁縫でも台所でもいつでもできる。ちょうどラジオのような雑誌の読み方が可能になるのではないかということが私の夢なんです。その点で私は非常に慎重にしていただかなくちゃならぬと考えるので、こういう御質問をするわけなんです。あれには、さっき言ったように、刊行物として第三種郵便の認可がみんなおりています。そうなりますと、これは刊行を許可した官庁、それから第三種郵便を許可した郵政大臣、こういう人たちの考え方あるいは見解というものに対して、大蔵省の見解は違っているということになるのですか。そして、その場合、あなた方はよけいなことをしたものだからこういうことになったというふうな対立的な意見をどういうふうにして表明なさることができるか、ちょっとそれもついでに伺いたいのです。
○村山政府委員 ただいまお話がありましたように、物品税の課税物品の税率の盛り方、あるいはある特定のときにどの程度課税するのが常識であるということは、固定的なものではなくて、お話のようにその時代々々でかなり流動的なものだと思っております。われわれも、実はその各種の物品をいろいろ考える場合に、一つは用途別にいろいろ考えております。それが常識的に考えましてまずぜいたく品であるか、嗜好品であるか、あるいは生活の便益のためにあるいわば便益品のような性質のものであるか、あるいは趣味のものであるか、あるいは娯楽に属するものであるか、あるいは普通の社会生活を保つ上でのネクタイのような、一種の体面といいますか、そういう一種のアクセサリーのようなもの、あるいは生活必需品のようなものであるか、こういう社会常識上からのいろいろな用途というものを一つは考えておるわけです。同時に、もう一つ税の面では、所得の多い人が買えるものであるか、あるいは低所得者でも買えるものであるか、こういう担税力の問題、この両方からにらみ合わせまして、それでその妥当だと思われる税率を盛っているわけであります。従いまして、おっしゃるように、生活の発展あるいは社会環境の変化とともに、ある種の便益品的なものがずっと進みますと、特にそれが便益品というほどでない時代があるいはくるかもしれません。たとえば、電気冷蔵庫のようなものは、現在ではわれわれは便益品として相当の税率を盛っているのでありますが、将来は国民所得が非常にふえていけば、これは特に便益品というようなものでないというような時代もいつか来るかと思っております。そういう意味ではわれわれ流動的に考えているわけであります。従いまして、そういう観点からいろいろやっているわけでございます。 昨年、一昨年でどういうものを物品税からはずしたかということでありますが、念のために申し上げておきますと、玉ラムネ、それから仁丹、タイル、ネオン変圧器、大理石、こういうようなものにつきましては、現在の消費の状況から見まして、特に物品税を課税するだけの理由がなくなったのではないかということで、先般改正を提案し御協賛を得たわけでございます。 なお、今の「ソノラマ」等につきましては、繰り返し申し上げることになりますが、全体としては確かに雑誌の形をとっているわけでございまして、ただその中にビニールで作ってあるものがありますが、これ自身を見ますと、雑誌は雑誌でございますが、その部分はレコードと言わざるを得ないのではないか。ただビニールで作っており、おそらく使用回数も、普通のレコード等に比べますと、そうたくさんは使えないと思います。従いまして、価格も、普通のレコードは四百円くらいであるといたしますれば、これは六枚を含めて、しかも雑誌つきで三百六十円くらいになっております。そのうちのそれらの六枚のものは、形式的にはどうもレコードと言わざるを得ない。ただいろいろ用途を考えてみますと、新しい型、このレコードに託して新しい機能を考えているようでございまして、それが、先ほど先生もおっしゃいましたように、時事解説とかあるいはニュース解説あるいは音楽の歴史、こういう、従来ならば新聞、雑誌あるいはラジオとかテレビとか、そういうマスコミでもって報道しましたものを、今度の「ソノラマ」というレコードに託してやるようなものがございます。こういうものは、用途から考えまして、現在物品税法で語学修得用のレコードは非課税にしているとか、あるいは童話、童謡の用に供されておるレコードは非課税にしているという趣旨からいいまして、これも同じように特に除くべきではないかというふうに考えておるわけでございます。ただ、私もだいぶ聞きましたが、二、三枚のものは、月によって違いますが、やはり音楽が主体であって、中に劇が織り込んであるというようなものがございます。こういうものは、やはり現在レコードが課税になっておりまする場合におきましては、これもレコードでないと言うわけにはいかないだろうと思うわけでございます。従いまして、もしかりに政令でその部分に限って今の報道用のものを除くということになりますと、課税価格の算定では若干の問題があると思います。雑誌部分とその他の部分を分けますし、いわゆるレコードのうち今の新聞報道用のもの等を除いて、残りのものだけに課税するというようなことになるのではないかということでございますが、目下せっかく検討中でございます。 それから、なお一言申し上げておきますが、先ほど郵便物との関係がございましたが、これは郵便の方の規制の関係だろうと思います。われわれもその全部がレコードだと決して申し上げているわけではございませんが、そのうちの録音され、そしてレコードにかけて再生されるもの、それをレコードと言っておるわけでございます。 それから、ついでに申し上げておきますと、実はフランスでこれは非常にはやっておるようでございまして、フランスの現物も取り寄せて見たわけでございます。私の見た範囲では、フランスのものは大体型は同じようでありますが、黒い色をしておりまして、そして形が丸い盤のそのままでございます。日本のもので私が見ましたのは、これはただ耳が入っておりまして、その耳が雑誌にはさむに適当になっておる。ただし取りはずしはきくようになっておるわけでございます。
○神近小委員 四百円ぐらいのレコードならばまあこれは別ですけれども、あれが今大体四百円以下ですね。三枚ついている場合もあるし、四枚ついているものもある。そのかわり非常にレコードとしては粗末なものです。おそらく音質も悪いし、それから音効ですか、それも半分以下のもののようです。三百六十円というのは新聞の値段より以下ですけれども、これを読むのはぜいたく品というふうな範疇に入りますか。レコードとよく似てはいるけれども、同じものではない。ぜいたく品の範疇に入るかといえば、三百六十円で活字があり、写真があり、そしてレコードが入っている。それで三百六十円か三百八十円。これがぜいたく品の中に入りますか。新聞を一種類読む以下の値段ですけれども、そういう考え方はどちらなんですか。
○村山政府委員 われわれは、普通のレコードも、特にぜいたく品と考えておるわけではございません。おそらく用途で言いましたら趣味、娯楽の方に入るのだろうと思います。おっしゃるように、値段で言いますと、普通のレコードは一枚四百円くらいのところです。これは六枚入って、しかも雑誌までつけて三百六十円でございます。従いまして、物品税の税率は従価税率——価格に対する比例税率でございまして、二割ということになっております。従いまして、もし先ほど私が申し上げたようなことであるならば、まず雑誌の部分と「ソノラマ」の部分——レコードと思われる部分を分けまして、かりにそれが半分であれば、雑誌部分は完全に除かれるわけでございます。これは仮定でございます。これは原価計算しないとわかりませんが、その半分の百八十円が一応問題になる。かりにその六枚のうち二枚だけが課税になるといたしますれば——大体私が見ましたところでは、解説ものが大体四枚から三枚くらいです。かりに二枚といたしますと、六枚が百八十円に相当するわけでございますので、一枚三十円。そういたしますと二枚六十円。その六十円の二割ですから十二円ぐらいの税額になる。これはまだ全然計算しているわけではありません。特に雑誌部分とレコードと目される部分との分離計算その他は必要だと思いますが、さようなことになると思っております。
○神近小委員 今お話を聞いていても、よほどあなた方は頭を切りかえて問題を大どころからお考えにならなくちゃならぬと思うのです。私は、この問題について、レコード会社が何か非常に猛運動をやっているというようなことを聞いたものですから、まあ注意を引いたわけなんです。それでどうもぜいたく品として課税をなさるとなると、いろいろな難儀なことが起こってくると思うのです。たとえば今まで単純に娯楽レコードをつけていたものが、これに解説づき、あるいは練習用づきの心得というふうなものをつけた場合には、これは娯楽品であるか教育用品であるかということの判定ができない。それで毎号々々これがだんだん読むだけでなく、読み聞くというようなもので、今いろいろな研究が行なわれているようなんです。「こだま」社ですか、「こだま」社は八種の研究の特許を出願しているというふうなことを言っております。それはフランスで完成された技術をディヴェロップして、日本で発展させるという段階に今あるのだそうです。それをあなた方は水をかけるようなことをなさるのじゃないかということがまあ懸念なんです。たとえばぜいたく品ではない、それから刊行物であることも認めて、許可がおりて、そして郵政省では第三種の指定を許可している。そこヘレコード会社にしり押しされて、レコードとしてこれを一部認めなくちゃならぬというところに、私は何かあなた方が大局をつかみそこなっていらっしゃるのじゃないかということを考えるわけです。 あなたの方の雑誌に出ていたのだから、うそではないと思うのですけれども、三十三年度、つまり三十四年の三月の終期には、東洋レーヨンに対して六十億の研究調査費をその利潤の中から許していらっしゃるということが書いてある。私はこの雑誌を見ておりませんが、ともかく今ごらんの通りテトロンができ上がって、毎月々々ラジオで東洋レーヨンは宣伝をしています。私もテトロンというものを着ているのか、あるいは着せられているのかもしれないのですけれども、テトロンというものは見たことがないのです。盛んに売り出しているところを見れば、よほどりっぱなものができたのだろうと思います。それは政府が六十億の研究調査費をお許しになって、そしてこれを完成させて、輸出品もこれによって増大する、こういうわけだろうと思うのです。私はそのことにここで文句をつけるわけじゃないのですよ。政府の日本の技術を伸張させようという点は私は買っているつもりですが、品物がかわるとわからなくなるのです。テトロンなら、こういうものを作りますということが、よほど骨を折って説明すればわかるのです。ところが「ソノラマ」とか「ソノシート」とかいうようなことになると、何でもわからないから物品税に持ってきて、これでぜいたく品の中へ入れて、レコードと同格に扱う。刊行物と単純なレコードとは条件が違う。レコード会社は今月も一枚も売り出さなくても自由である。あるいは十枚売り出そうが三枚売り出そうが自由である。ところが、刊行物にはちゃんと出版の日がきまっていて、非常に窮屈なものなのです。雨が降っても風か吹いても、月の初めの一日になれば出さなくちゃならぬ、そういう条件がついてくる。それから、何でもかんでもそこらにあるものを、ただ人気さえあれば、道徳的批判も芸術的批判もなしに吹き込ませる。その本人さえつかまえて吹き込ませればいい。これがレコード会社です。ところが、刊行物というものには品格というものがあって、何でもかんでも盛り込みさえすればいいという、そこらの変なセクシーな月刊雑誌とか、あるいは週刊誌とかいうようなものでなくて、ある程度品格を持っていくというものがちゃんとした刊行物ならあるはずなのです。それを何やらレコードに似ているというが、一体どこが類似しているのですか。音を出すということですか。製造過程がレコードと同じだといとうのですか。ぜいたく品ではないだろうとおっしゃる。それからさっき申し上げたように音声は悪いです。ただ用を足すということだけが言えるのです。穴があいて蓄音機にかければ回るようになっているというだけのことです。科学を振興させ、おくれを取り戻さなければならぬという時代に、優秀な青年たちが新しい意欲を持って、これを何とかフランス以上のものにやろう、輸出もやろう、外国に写真機とかあるいはトランジスターのように世界に冠するものを作って出そうという青年たちの意欲が盛んにここに集中しているときに、水をぶっかけるようになさるということは当たらないと思うのです。 税金はあるところからは幾らでもお取りになってもいいですよ。けれども、とほうもない見当違いのところから無理やりに取り上げるということはいけない。この物品税のことを考えても、これは戦時的な暫定法であります。陰に陽にそういう性格のものであって、これは減らしていかなくてはならぬ。レコード税ももっと安くしてもいいのです。あとの質問者が早く席を譲れということですから、あまりゆっくりできないのですけれども、この中にいろいろな品物をマークしておりますが、あなた方は考え直す必要があると思うのです。今申し上げたように、雑誌と「ソノラマ」あるいは「ソノシート」ですか、それをレコードと認める根拠を示していただきたい。材料的に、あるいは音声がどこまでならレコードの部分であって、レコード以下の音声ならいいのか。あるいは今の程度の徴税をなさるとしても、これから決して今までのような形では出ませんよ。雑誌社は単純なレコードでは出しません。そうなるとせっかくのあなた方の意図が水のあわである。そして日本の科学振興に水をさす責任だけをおしょいになるということになりはしませんか。今のような形で税金をかけるとあなた方がおきめになれば、決して雑誌にレコードなんかつけませんよ。このハンガリアン・ラプソディはだれがひいたか、何年何月にだれが何を歌ったか、これは教育であるか娯楽であるか、また今度あなた方は頭を悩まさなければならぬということになりはしませんか。そういうことで徴税の困難ということ、それから今宇宙さえ問題になるような時代に、針の穴を突っつくような、重箱の底を突っつくような徴税をなさるということには私は反対です。それよりも、今日新聞というものはある程度行き詰まりというものもきているでしょう。雑誌ももう限度にきております。刊行物というものの品種と、それからあくどさと、それから量、そういうものはもう限度にきておると私は見ております。今後ジャーナリズムというものがどういうふうな形で生まれてくるかということが今注目されておるところなんです。私は、ここで赤ん坊の手をねじるようなことをなすべきときじゃないと思うから、こういう質問を申し上げるのですけれども、とにかく物品税は徐々に減らしていかなければならぬ。非常に高価なものは別です。フランスの香水とかあるいは高価な毛皮だとかあるいは貴金属だとか、そういうものに課税することはちっともかまわないのですよ。けれども、われわれの日用必需品にまだかけてある。そういうところに物品税というものを再検討するときがきておると考えるのに、この品種を拡大解釈してふやそうというのは、あなた方の考え方が時代錯誤だ。十五年前と今とはどう違うかという認識が足りないと私は考えるわけです。その点について、これでも押し切るという根拠があるなら、一つ聞かしていただきたい。
○村山政府委員 物品税に関するいろいろな基本的な考え方でございますが、これはもう、先ほど申し上げましたように、その用途あるいはその値段がどの程度であるか、用途は必需的なものから奢侈的なもの、いろいろな段階的なものがあると思います。値段におきましても、所得肩の高いものでなければ買えないというものもあります。その両方をにらみ合わせまして基本的には考える。ただ、新しい産業等につきまして、経過的に軽減すべきものがありますれば、それはそれとして別に例外として考えることも間々あることでございますが、基本的には、用途と、それからどの程度の金額、どの程度の所得層の人が買えるかということをねらっております。それは、おっしゃるように、その時代とともに変わっていくものであろうということは、われわれも先生と全く同感であるわけであります。今の「ソノラマ」をレコードと言うのは拡張解釈ではないかというお話でありますが、これはわれわれはちっとも拡張解釈とも思っておりませんし、そのものずばり、やはりレコードに該当するものだというふうに思っておるわけでございます。蓄音機用レコードの定義というほどのものではありませんが、いろいろのところに出ておりますものを見ますと、現在、録音のことを、著作権法では、音を機械的に複製するの用に供する機器に写調するものを言うというように言っております。なお、念のためにアメリカあたりでどういう定義を使っているかと申しますと、蓄音機用レコードには、その原材料品のいかんを問わず、すべて円盤、シリンダーもしくはその他の物品を含み、さらに蓄音機または電蓄による再生を目的として、その上に人間の声もしくはその他の音を記録するものを言うというふうにあるわけであります。これらの定義を待つまでもなく、われわれが常識的に考えましても、それが——全体ではございません。そのものが蓄音機用のレコードに該当するということに変わりはないと思います。ただ、おっしゃるように、従来の用途とは全く違ったもの、私の見ましたところでは、六枚のうち四枚とか三枚は時事解説用に使われている。二枚ぐらいのものは大体劇とか音楽とかいうものが大部分でございます。材質も普通のレコードよりは薄いですけれども、材質も同じものを使っておる。今後これらのものがわれわれの日常生活の中にどんどん伸びてくるのじゃなかろうかということはうかがわれるわけでございますが、現在これらのものがレコードでないということは申し上げられないと思うわけでございます。ただ従来の施行規則等のバランスからいいまして、用途によりまして完全に学習用のもの、語学の練習用にレコードに入れておるとか、あるいは子供用の童謡とか童話、こういったものは先ほど申したような娯楽用とも言えないのだろうと思うのでございます。従いまして、「ソノラマ」等につきましても、時事解説のようなものは、これはラジオとかテレビとか、ただ目から伝えるものでなく耳から伝える、これだけのことでございますので、レコードには違いないけれども、やはり現在の童謡等と同じように、非課税にした方が妥当であるんじゃないかというふうに考えております。その範囲のことは、これは政令で規定できるわけでございます。ただわれわれがレコードと考えるものをレコードでないと言うことはなかなかできませんし、それからレコード全般についての税率がどうあるべきかというような問題になりますと、これはいずれも法律の改正を要する問題でございまして、政令では手がつけられない。この物品税全体をどういうふうに持っていくか。たとえば、先生は、物品税は戦時中の税金で非常に縮小の段階にあるのじゃないかというお話でございましたが、まあこれは話でございますが、逆の議論もあるわけでございまして、日本の間接税の中で、物品税はそれでも所得の多寡に応じて最もスライドしてかけられている税金である、こういう説もあるわけであります。もちろん物品税といいましても、先ほど申し上げましたように一律にはいかないわけでありまして、奢侈品から便益品、娯楽品、趣味品、いろいろな段階があります。それらの問題は、全体として現在の物品税の体系をどうするかというようなことにつきましては、現在設けられております税制調査会でも検討を進めておるわけでございますが、さしあたり「ソノラマ」についてわれわれがやり得る範囲のこと、並びに今われわれが考えております考えを御参考までに申し上げた次第でございます。
○神近小委員 もう一、二問で終わりますから、一つお許し願います。 今あなたは、アメリカでレコードというものはこういうふうに機械に乗せて回転して、それで音声を出している、日本の規制も同じでございますし、アメリカもそうであるとおっしゃいましたが、それはアメリカも日本も同じでしょうよ。それはまだこういうものができない前の規定でありますから、それは今日われわれにはちっとも関係ないと思うのです。新しいものが出てきたから、これをどういうふうに解釈するかということが今の問題なんでしょう。ですから、レコードは耐久性がある。音声が非常によく出る。たとえば演説でも音楽でもよく出る。ところが、「ソノラマ」は、ほんの三回か五回かのもので、すぐ廃棄する、恒久性がない、そして音声はひどく悪い、そういうふうなものでありまして、これは課税するならもっと別なものがあるでしょう。あなた方がレコード会社からおしりをつつかれて、そしてレコードということにとらわれているからどうしてもこれに税金をかけなければならぬか、あるいはそっちも免除するかという、どっちかに決定しなければならないところに追い込まれていらっしゃるので、もっと——たとえば今大会社の重役たちが、自分の音声によって各支店に行かないでも行ったかのような効果を上げるために吹き込んで送る。それからこれは宣伝に大きく使われていますよ。今大きな本屋においでになると、多分お聞きになることができるキャノン・シンクロリーダーとか、あるいはリコー・シンクロファックスみたいなものなんです。これは片一方は九万円だかで、片一方はもっとするでしょう。これはレコードじゃないでしょう。機械が対角的に動いて声が出る。そして社長訓示であるとか、あるいは証券会社のオープン債券をお買い下さいというふうな宣伝である。これなら税金を取ったってあたりまえだと思うのです。あるいはぜいたく品だとも言えるでしょう。そのかわりこれに税金をかけるということはあなた方は考えておいでにならないでしょう。この「ソノシート」というのは、宣伝であり、あるいは会社の放送みたいなものですから、これは私は課税してもいいと思うのです。けれども、この雑誌に課税するという考え方は私はどうもいただけない。これにもし課税なさるなら、それはあなた方の重大な認識の不足であると思うのです。今日の時勢に、科学振興だって科学技術庁にばかりまかせてはおけないと思う。各方面から日本の科学の振興ははかっていかなければならない。そういうときに水をぶっかけるということはないでしょうというのが、私の考え方でございます。 横山さんの御質問があるそうですから、私はこの問題はどういうふうなお扱いになるかを拝見して、またお尋ねをさしていただきます。
○村山政府委員 ただいまお話しになりましたシンクロリーダーとかリコー・ファックスとかいうものは、テープレコーダーに該当するかどうかということで目下こちらで検討中の段階でありますので、課税しないものであるということをいまだきめているわけではございません。
○鴨田小委員長 石村君。
○石村小委員 横山君の質問の前に、ちょっと一言前の委員会に関連したことでお尋ねします。 この前三月の幾日だったか、日にちは記憶しませんが、村山さんが主税局長になられる前の話ですが、例の関税暫定措置法の審議のときに、重要機械の免税について、たとえば工作機械なんかでこういう精度を有するものは免税にするとある、そんな精度か実際にあるかないか、政府の方では現実にその機械を免税するときに調べておるかどうか、こういうことを聞きましたところが、税関部長だったか、どなたでしたか忘れましたが、いやそれは調べておりますという話だった。それなら、たとえばアメリカのグレーという会社の八ミクロンとかいうような精度を有するプレーナーなんというものは一体調べておるか、こう言ったら、おそらく調べておるでしょうという話ですから、それなら具体的にいつ検査しておるか報告して下さい、こう頼んでおいた。ところが、今日一カ月以上になるのですが、まだ何らその報告がない。これはどういうわけで報告なさらないのか。これは単なる資料の要求じゃないと私は思うのです。現実に免税にするというときに、これははたして免税に該当する物件であるかどうか調べなければならぬ。調べずに、向こうがこういう精度のものでございますといえば、そのまま無税でパスさせるというようなことはあり得べきじゃないと思う。それは調べておると思いますということですから、それならグレーのプレーナーの八ミクロンとかいう精度のものを調べておるか報告しろ、こう言ったのに、一向最近の輸入に対していつどのような検査をしましてこれは無税の扱いをしましたというような報告は出てこない。これは村山さんが主税局長になる前のことではあるのですが、もう一カ月半近くなってそういう重要なことの報告がないということは、いかにも法律さえ通ればもうそれで知らぬ顔だというような態度のようにとれておもしろくない。今報告できれば報告して下さい。
○村山政府委員 はなはだ新米でございまして、今お話を承るのは初めてでございます。おっしゃるように、さっそく調べまして、後刻御答弁すると同時に、要求されました資料もできるだけ整えまして提出いたしたいと思っております。帰りましてさっそく調べたいと思います。
○鴨田小委員長 横山君。
○横山小委員 あまり時間もございませんけれども、この間私の手元に来た全国商工新聞を見ますと、全国税労組近畿地連南大阪支部長岡田禎勝、二十六才、これが「昭和三十三年二月十二日、堺市北新町付近の道路上で大阪商工団体連合会事務局長三国良雄氏に、岡田氏が署長から渡されていた税務署の”虎の巻”といわれる営業庶業等所得標準率表、所得業種目別効率表の内容をもらしたとして、三十三年四月十五日に国家公務員法第百条違反にとわれ、起訴されていたもの。」に対して、大阪地方裁判所は本年四月六日の第十四回公判で無罪の判決をしたという報道が出ていますが、これは村山さんが首切った人ですか。あなたの時代じゃありませんか。
○村山政府委員 私の在任中に刑事休職になっておる職員でございます。
○横山小委員 休職になったのはこの効率表事件が原因ですか。
○村山政府委員 さようでございます。これは起訴をされますと自動的に刑事休職になるので、それに該当して休職になっておるわけであります。
○横山小委員 まことに、その点では、主税局長として村山さんが本件について答弁をなさるということは縁は異なものでございますが、これは無罪になりましたが、今どういうお感じですか。
○村山政府委員 どうも感じを聞かれてなんでございますが、無罪の判決が先般おりましたのはわれわれも耳にしておるわけでございますが、その理由がはっきりいたしませんので、われわれといたしましては納得しがたいということで、控訴をしておるような段階でございます。
○横山小委員 控訴をなさっておるというわけですか。
○白石説明員 これは御承知のように検察庁の方で取り扱っておりますので、検事控訴に相なっております。
○横山小委員 検事控訴をしたのですけれども、私の今聞き出したところは、これを休職にした。たしか、あの当時、私の記憶によれば、こんないきさつが大蔵委員会であったのです。検事が起訴したといっても、これは結局国税局が、つまり村山さんがあいつはけしからぬのだということを告げなければやるはずがない、だから国税局が問題の出発点であろうという話をしたのですが、今無罪になって、あなたは何だか無罪になった原因がはっきりしないとは言うけれども、結果は無罪ですからね。無罪の人間をあなたは休職にしたのですから、あと味悪くありませんか。
○村山政府委員 実はわれわれは、現在の判決につきましてもまだ理由を見ていないので、何とも申し上げかねるのですが、当然役所の機密に属する事項であるという認識については、現在でも変わりございません。それをゆえなく出したということで起訴をされるに至ったのでありますが、現在無罪の判決があったことはわれわれも先般耳にしておりまして、同じようなケースにつきまして、たしか外務省関係の文書でございましたか、有罪の判決が出ております。しかも、聞くところによりますと、それはもう巷間本屋に出ておったというようなものだそうでございますが、それが有罪だった。これは巷間町に出ているという性質のものでもありませんし、われわれ自身の考えを言いましても、公表をすることによって非常な税務執行上の弊害も考えられる種類の文書だと考えております。しかも、無罪になりましたのが、証拠書類の提出に関連して、その証拠書類を提出した直後に無罪になったということで、本案の審理に入る前に無罪になったというふうに聞いておりますので、その辺実は判決の理由につきまして釈然としないものがありまして、その判決の理由を見てなるほどと思うか、あるいはなるほどと思わないかという感じの点は、まだ出ていないわけでございます。
○横山小委員 私は今公の村山達雄氏と個人の村山達雄氏と両方に聞きたい気がするのですよ。外務省の問題は町に出ておる公刊ですから、これが有罪になるということは実際おかしいので、こんなものはそのうち無罪になりますよ。あなただってそれはおかしいと思っておられる。ところが、本件の事案は、確かにあなたの言うように証拠書類の提出がなく——国税局としてはその証拠書類に墨を塗って出したのですからね。ですから、言うならば、証拠書類の提出もなく判決をされたということを言って言えないことはない。けれども、すべてのことを通り越して本人は無罪になったわけです。国税局が、また国税庁が、大蔵省が有罪なりと断定をしたものが、結果としては無罪になった。有罪にしようとすれば、あなたの言い分によれば、墨を塗って出せば有罪になったかもしれぬということはある。あるけれども、宮本武蔵じゃないけれども、無罪なら無罪、そうでしよう。それでは本人はどうしていますか。
○村山政府委員 本人はどうしているかということは今……。(横山小委員「休職」と呼ぶ)あれは自動的に復帰するわけです。多分そうだろうと思います。しかし、ただおそらく検事控訴があったとすれば、そのまま休職は続くのだろうと思います。無罪の判決は——無罪は無罪じゃないかということでございますが、第一審において、それらの事実上の先ほど申しましたような経緯において無罪の判決があったということは、われわれも承知しております。それに対しまして検事控訴がありますので、今後は公判の審理等も行なわれるのじゃないかというふうに言えますので、この点どういうことになるか注目して見ているわけでございます。
○横山小委員 今のあなたの口ぶりからいえば、無罪になったらそれはしようがありません。復職もさせますし、その間の給与その他についても、国税庁としては当然弁償いたします、こういう意味ですね、今言いかけたことは。
○村山政府委員 今申し上げましたのは、今とりあえず刑事事案として問題を進行しているわけでございます。第一審におきまして、先ほど申しましたように、聞きますと、従来の大体機密文書を出す場合の証拠提出の慣例に従って出したということを聞いております。とたんに無罪の判決があったということで検事控訴があるわけでございますが、これにつきましては何分にも刑事事件でございますし、事裁判所の判断にかかる問題でございますので、われわれはその事件の進行状況を見ておるわけでございます。一方これは刑事事案はありますが、それに関連して実はこれは行政処分は確かしていなかったと思いますが、その辺のことはどういうことになりますか、裁判がどういうふうに進行していくか、それから無罪の理由等がはっきりして参りますれば、その辺に関するわれわれの考え方も出てくるのではないか、かように考えておるわけでございます。
○横山小委員 えらいあなたはよそごとのようにおっしゃるのですけれども、あなたが在任中のことですから、もう少しはっきりできるはずです。何だかおっしゃり方がすなおでないと思う。あなたはこの問題が起きたときに局長であって、岡田君が効率表、標準率表を商工会の人に漏らした、路上で渡したということ、これが警察が自主的にそれをやったものか、当時本委員会でもこの問題を取り上げたことがありますが、大阪の国税局と地方の労働組合との間にとかくの紛争が絶えなかった時代です。そういうときに局長としてあなたが本事件をみずから取り上げて、局長としての責任上みずから検察局へ連絡をなさった覚えはないのか。全然国税局は知らぬ話で、そして検察局が勝手に取り上げて、勝手に措置した。それに全くもたれてあなたが休職にした。ほんとうにそういうことは言い切れますか。
○村山政府委員 これは責任上云々の問題になりますと公の立場でございますが、個人的な問題を申しますと、検察庁の方で起訴になりまして、われわれは証人に呼ばれて事実を聞かされておるような次第でございます。私自身も、検事の取り調べの最終段階に、主として今の標準率の取り扱いの問題、あるいはそれについて官庁の機密文書であるかどうかという解釈をめぐって、答えておるような次第であります。その点在任中のことだからもっとはっきりせい、こういうお話でございますが、私自身は機密文書に該当する、こう思って、やはり公務員法違反である、かように考えておった次第でございます。
○横山小委員 私は知らぬ、私が知らぬのに検察庁が引っくくった、だから私は証言し、私は法規に従って休職の扱いしかできなかったのである、こういうことをあなたはおっしゃいました。きわめてこれは重要なことでございますが、それに間違いなければ、その線に沿ってそれでは質問をいたしたいと思いますが、あなたは、この標準率表、効率表が機密文書であると私は思いました、こう言うのですが、思いました根拠は一体何でしょうか。これはどの法律、規定によって機密文書として指定されておりますか。
○村山政府委員 これは内容的な問題と形式的な問題がございますが、内容的に申しまして、この標準率というのは、その記帳のある人につきましては、もちろんその人の帳簿を中心にして、その帳簿が間違っておるかどうかということをやるわけでございます。ただ記帳のない人につきましては、架空の想像をすることは非常に危険でございます。そういう意味で、多数の納税者につきまして、売り上げに対してその利益率はどの程度であるかということを調べておりまして、ほかによりどころがなければ、税務官庁としては第一次的にはそれでやる、もちろん反証がありますれば、その反証を中心にして自後の審査に入っていく、こういう性質のものであるわけであります。従いまして、これは公表いたしますと、非常に弊害も出てくる場合が現在の段階では非常に多いというふうに考えておるわけであります。標準でございますので、勢い事柄の性質上機械的にならざるを得ない。従いまして、悪く考えますと、利益率が実際の標準率よりも高い人は、もし標準率が公表されれば、それによって申告し、あるいは帳簿もそれに合わせて操作するということになりましょうし、その場合にわれわれが原資料がない場合には容易に打ち破ることもできないということも、一つの問題であります。さらに、基本的に考えますと、直接税の課税の執行の適正というようなものは、ひっきょうするに、個々の納税者の方々が実際の取引をそのまま記録していただく、こういう方法だけが、おそらく直接税系統の適正な執行のささえになるというふうに考えておりますので、そういう意味で標準率というものはやむを得ざる場合に使う、税務署がそれ以外に第一次的にはより得ないという意味で使うものであって、公表すべき筋合いのものではない、こういうふうに考えまして、われわれはこれを機密文書扱いにするのが適当であると考えておるわけであります。 それを形式的に機密文書にするかどうかということは、これは官庁内部の取り扱いによってきまるわけでございまして、それぞれの役所でこれは秘扱いにするかどうかということは、管理者において決定するわけでございます。大阪局におきましても、他の国税局と同様に、その標準率の文書につきましては、事柄の性質上すべて機密の取り扱い文書にしておる、かような次第でございます。
○横山小委員 非常に論理的なお話なんです。第一の、帳面のある人はこれによらない、帳面のない人についてはものさしがなくては困る、だからこれがあるんだというお話ですが、実態はそうではないし、またそのあなたの気持の中には、納税者に対して、納税者はインチキをするものだという原則が横たわっているというように私はうかがわれてならぬのであります。納税者はうそをつくもの、ためさなければならぬもの、調べなければならぬもの、そういうことで、相手側に対して、為わりあるもの、ためさなければ、調べなければうんと言えないものという原則がある。私の言うのは違いますか。納税者は原則的にインチキをするものだ、納税者が言っていること、やっていることは間違いがあるかもしれぬものだ、だからためさなければならぬものだ、そのためしのものさしがこっちは必要なんだ、しかも、その絶対原則は、こっちがやっていることは間違いがないものだという考え方があるのじゃありませんか。どうですか。自分の持っているものさしは間違いないものだ、相手の持っているものさしはインチキか、ごまかしか、ためさなければならぬものだという原則がそこにあると思いませんか。そうでないとしたならば、自分の持っているものさしが間違いがあるかないかはだれがためしますか。効率表なり標準率表は、なるほどあなたの言いそうなことですが、役所で科学的にきちんときめたものだと言いたいらしい。しかし、役所は、今言ったように、相手はインチキかためさなければならぬものだという筋が底にあるとは思いませんか。もしも効率表、標準率表が間違いないものであるならば——私は標準率表、効率表だって幅のあるものだと思っています。うどん屋さんなら、うどんのどんぶりが何ばいで小僧が何人なら何一万円だというふうに、きちんと出るものだとは思いませんから、幅のあるものならば、なぜ見せて、こちらも堂々と納税者に対して納得を得るような方法をせぬのです。自分はポケットの中に隠しておいて、相手のものだけ出して、お前の方は安過ぎる、高過ぎる、そういうことは、私はもう何回もこの委員会で言うんですけれども、説得力のあるやり方ではない。あなた方の頭はそれでも標準率表と効率表で固まってしまって、そこからにっちもさっちも動かない姿勢がある。一ぺんここまで出てきて、もう一ぺん空な立場で標準率表、効率表の土俵から出てきて、そこから後へ戻ってのぞいてみる、考えてみるということをしませんか。これが私の、いわゆるあなたの言う実体論で言いたいところなんです。しかもこれは私の意見じゃないですよ。税の小委員長の前任者が中間報告でまとめた結論が、標準率表、効率表については撤廃しろという意見があるけれども、この際少なくとも根本的再検討をすべきであるという、この意見は、本委員会、いな国会の結論です。中間報告として出ている。そのあとになって、この問題で首切られたとか休職になったということについては、私は国税庁、大蔵省というところは何という国会をばかにしたところだ、こう思っているわけだ。これが実体論です。 それから、形式論は、もう少し説明がほしいのですけれども、国家公務員法の百条による秘密漏洩だと言うのだけれども、それでは、この標準率表、効率表が秘密文書だということを、だれが、いつ規定したのですか。それはだれの権限ですか。
○村山政府委員 最初の点でございますが、私は別に納税者というものは必ず悪いことをやるものだというふうに理解しているわけではございません。また、われわれの税務部内で作っております標準率あるいは効率というものが、そのままあらゆる場合に妥当するというふうにも考えておりません。ただ、先ほども申しましたように、多数の例をとりまして、いろいろ苦心をして長年にわたって積み重ねたものでございますので、ある程度の妥当性はある。もちろん幅はあると思っております。そういう意味でわれわれは標準率、効率を考えているわけでございます。 ただ、自分の方は隠しておいて、相手は善意でやってくるからどうだというお話でございます。これは人間解釈に関するいろいろな違いがあるかもしれませんが、私は、人間は善意を持っているが、時とするとまた必ずしも善意ばかりではない、また善意でない人でもときどきそうでない場合もあり得る、人間はかなり複雑な社会的な存在だと思っています。そういう意味で、従来のわれわれの経験からいいまして、そういうものを公表いたしますと、明らかに自分の利益率はそれよりも上だという場合、敢然としてそれを出すのは、平均値以上にその人が善意あるいは良心的でなければならぬ。おそらく平均点以上の人だろうと思うのです。みすみす、それでいけばまずフリー・パスでいけると思うものを、あえてやるというのはよくよくの人でないかと思うわけでございます。すべての人が悪意であるとは思いません。しかし、公表することによりまして、善意である人も、時としては、みすみす負担関係が目の前にありますので、ついそれを利用しがちになるということも、幾らもあり得ることだと思うわけでございます。 もう一つ、その点に関連して申し上げますと、大体帳簿のない人たちを対象にしているわけでございますが、これは善意、悪意の問題と別にしまして、帳簿のない人が自分の所得計算をよく頭の中でできるかどうかという問題があるわけでございます。御案内のように、所得計算は、特に個人の場合は、個人生活とも関連いたしまして、かなりむずかしい問題でございます。税法を見ましても、非常な詳細あるいは難解な規定があるわけでございまして、それを頭の中で考えていくということにはなかなかいかないだろうと思うのでございます。ですから、帳簿のない人が申告されるのは、過大であるか、過小であるかということは別にしまして、まず人間の能力からいってなかなか覚えておれない性質のもので、言ってくるのはおそらく腹づもりであります。それから、通常の場合は、そういう方の知識の一番うとい人は、生活費は経費だと思っている人もたくさんあるわけでございます。その残ったものが所得だ、こういう素朴な感じを持っている納税者も相当ある。それでなくても、いわゆる税法のいろいろな経費論その他はかなりむずかしいあれを要する。その上記憶力でございますので、一年間の収入、経費、それらを全部記憶しておるということはほとんど不可能に近いだろうと思います。その意味でも、かりに幅のあるものといたしましても、そういうものを使わざるを得ない場面が相当ある。先ほど申しましたように、われわれは相手が悪意だからそれを公表しない、こう考えているわけじゃございません。 それから、機密文書にだけがするかというのは、これはそれぞれの官庁の管理者でございまして、大阪国税局の場合におきますと、国税局長の文書取扱規程といったものを出しまして、どの分は秘である、そうでないということをきめるわけでございまして、そのものについてはおのずから手続上それを表示するようにしておりますし、その文書の取り扱いにつきましても、必要な機密文書としての取り扱いにふさわしい、あるいはそれとして必要な取り扱い方法をきめておるわけでございます。
○横山小委員 二つともずいぶんこれは問題があるのですけれども、時間がなくなってきたから、二つ一緒にやるといかぬから、あとの方のわかりやすい一つでありますが、そうすると、あなたは、この標準率表、効率表が秘密文書であるかいなか、本件については、大阪国税局長であった村山達雄が裁量によって判断をした、これは機密文書だときめた、こういうことですね、最終的に。
○村山政府委員 管理規程はいつ出されたものですか、国税局長がきめたことには間違いございません。
○横山小委員 国税局長であったあなたが勝手にきめた。勝手というと語弊があるけれども、これは自由裁量だ。体裁のいいことを言うと自由裁量だが、早い話が勝手ですよ。あなたが勝手にこれは秘密だといえば、それでおしまいなんですね。いいですか。あなたはおこるかもしれませんが、本庁から秘密文書に関する概略的なものが何かあるのだと思うのですが、全然ないのですか、それとも全くあなたの自由裁量ですか。
○村山政府委員 だいぶ古い記憶になっておるので、今はっきりしたことはわかりませんが、その文書が、そういう国税庁からの事務規程の通達があったかどうかということは覚えておりません。しかし、形式的にきめるのは、各官庁の管理者の責任においてきめております。ただおよそどういうものを機密文書とするかというようなことにつきましては、今横山先生は勝手と申されましたが、実はその勝手にも非常に歴史がございまして、どういうものが機密であり、どういうものが機密でないかということにつきましては、歴代ずっと流れがあるわけでございまして、おのずから、あるものは機密文書になっており、あるものはならない。従いまして、管理規則というような形式的な規則をいつ制定したかという問題はいろいろありましょうが、機密文書の取り扱い、何を機密にするかしないか、実体的にどういう文書に機密の判を押すかというようなことは、そういうやかましいことが論議になる前から、歴史的にあるいは経験的におよそのところはきまっているわけであります。そういう意味では、管理者がきめるから勝手じゃないかという意味では、管理者がきめるものではございますが、おっしゃるようにそれほど勝手のものではないというふうに私は理解しております。
○横山小委員 それはだれだってそうですよ。はたしてこれは秘密文書であるかどうかきめるについては、今までどうなっておるか、あるいはこのほかにどういうものがあるかといって調べるのはあたりまえのことですよ。調べて、さらに最後にだれがそれをきめたかといえば、それは国税局長であるあなたであった。そういう意味ではあなたであったということがわかりました。そうすると、あなたのやったことが正しいかどうかということについては、実際見なければわからぬのですね。私どもが何ぼあなたがやったのはけしからぬけしからぬと言っても、そのものを見なければわからぬわけです。あなたがおれのやったのは正しいとうそぶいても、人に対する説得力がない。そう思いませんか。ここへ出して下さい。
○村山政府委員 ちょうど先般の裁判の過程でもそういう点が問題になったのだろうと思うわけでありまして、われわれといたしましては、機密文書はどの程度のものであるかという性質のわかる程度で、いいのじゃないか、機密に値するかどうかという性質のわかる程度でいいのではないかという判断で、その書類を出したのだろうと思うわけであります。今先生はその文書を出せということでありますが、今伺いますと、前に何かその性質のわかる程度のものは出してあるということであります。これは委員会の決議でもありまして出せというようなことがありますれば、なんでございますが……。
○横山小委員 あなたは国会法規を御存じありませんか。資料の提出は国会議員個人の固有の権利ですよ。それを拒否するのは、政府の権利ではないかもしれぬけれども、例はないことはない。しかし、私はこの段階においては政府は出すべきだということを痛感する。何も理事会の決議、委員会の決議は必要ありません。政府と個人である国会議員との問題です。国会議員としてはこれを要求する固有の権利をそれぞれ持っておる。あなたが今何ぼ一生懸命になっておれのやったことは正しいんだと言っても、客観的には無罪になった、無罪になったから、結論的にはあなたのやったことは間違いであるということになった。間違いなかったら間違いでないという証拠を出せ、こういうことなんです。本委員会に標準率表と効率表をお出しになったらどうだと私は言うんですが、いかがですか。
○村山政府委員 先ほど申し上げましたように、本件はなお係争の段階でございます。どういう判決の結果が出ますか、並びにその理由はどういうふうに出ますか、われわれ注目しておるところでございます。本資料の提出につきましては、私が前に国税局長であったからとおっしゃるのかもしれませんが、実はこの問題は執行の問題でございます。私は、当時の関係者として承りまして、国税庁にその旨を伝えまして、後日適当の機会に適当の方法でお答え申し上げる、かように考えます。
○横山小委員 どうも済みません。それではあなたにはそれに対してイエス、ノーを言う権限がないということでございますね。わかりました。それでは、あなたにそう言っては無理ですから、これはしかと政府へ伝達を願って、御返事をいただきます。 それで、形式的にはそういうことですが、実質的な論争ですが、先ほどのあなたのお話によれば、所得計算ができない人があるんだから、そういうような人、生活費は経費だと思っておる人もあるんだから、そういうような人には今標準率表、効率表が必要だ。あなたは私の言うことをどうもはっきり聞いてないようですが、私は先ほどこう言ったんですよ。三段論法ですが、納税者はごまかすものだ、ないしは納税者はどやさなければだめなんだ、そのまま受け取るわけにいかないんだというように考えておるようだ、それから、自分のやっておることは正しいのだという前提があるようだ、これがその標準率表、効率表は自分がやったんだから、自分のやったことは全然正しいのだという判断があるようだ、こういうことを言っておるのですから、認識については、あなたと私との間にはそんなに感覚のずれはない。しかし、それでは相手はうそをつくか、まぎらわしいか、どっちかであって、こっちは全く間違いない、政府は、役所は悪いことをしないという伝統的な自己意識があるわけです。役所も税務署も、おれの方でやってみるとこういう計算になるが、その根拠はこうだがということをなぜ出せないのだろうか。それを出すとあなたは一つだけ説得力のある話をする。それよりも高い人がそこへ下がってくるから、国は損をするからやらぬのだ、この理論だけが多少説得力を持っておるような気がするわけです。しかし、もしそうだとするならば、その標準率表、効率表で出たよりも高いのを向こうが持っておるとするならば、それはそれで標準率表、効率表もそれで幅のあるものだ。あなたは、万全とは言わずに、幅のあるものだというふうにおっしゃっておるのですから、両方をつき合わせてみて議論をするというしかけをこの際なさるべきではなかろうか、そう思うのです。これは大蔵委員会で何回も議論されたところで、もういいかげんに、何というか、独善的なやり方はやめたらどうだろうか。税務署のやることは絶対に間違いない、間違っておっても間違わないような顔をするというやり方については考え直したらどうだろうか。標準率表、効率表を公表するか。一部には、先般のときには、それをなくしろ、なくして議論をしろという意見もあったのですが、少なくとも、この段階においては、これは公表するということが私は正しいやり方だと思う。 最後に一つ聞きたいのですけれども、私とあなたの間には、この標準率表、効率表というものは秘密であったという、そういう前提の上に議論されてきました。けれども、あなたは御存じでしょうね、これは秘密ではないということを。これは公然の秘密であって、町に標準率表、効率表を一ぱい売っているということをあなたは御存じでございますか。
○村山政府委員 前段のお話でございますが、納税者は疑わしきもの、あるいは間違いがあるもの、役所は絶対に間違いないもの、こういうふうには私は全然思っておりません。先ほども申しましたように、たとえば効率表なり標準率表でいいますと、これはデータをとりまして、ある操作に従って一つのある意味の機械的に計算したものである、ただそのデータの持つ意味は相当の強制を持っておる、しかしその妥当性についてはおのずから幅もある、限度もある、そういうものとして理解しておるわけでございます。そういう意味では間違うとか間違わないとかではなくて、その表がどの程度妥当するかという、その程度に関する認識の問題だろうと思うわけです。納税者につきましても、先ほど申し上げましたように、納税者が悪意で全部が全部やるというふうにも考えておりませんし、それからまたすべて疑わしいものとも考えているわけではありません。ただ、先ほど申しましたように、記帳のない人につきましては、かりに善意をもってしても計算をするということ自体がむずかしいということ、それから、やはりわれわれ同様人間でございますから、普通の善意も持っておるし、またときによると、普通の人間でございますから、だれしも、ともすると利得に走りやすいという性向も持っておる。ということは、これは私個人の考え方でございますが、そういう考えは持っておるわけでございます。できるだけそういうことでないことが望ましいけれども、一般的にそう言わざるを得ないのじゃないか。 それで、先ほどお話のありました、公表したらどうかという問題でございますが、これは先般も同じような問題に関連してあったわけでございますが、日本の所得税あるいは法人税は、申告納税制度が今十分なものとは考えておりませんが、この方向で突き進むべきであるというふうにわれわれは考えているわけでございまして、原則としてまず納税者はそれぞれ記帳されたら、その記帳に基づいて第一次的に申告されるこの習慣、あるいはこれがもう基礎で、それが一応その人の申告によって税額はきまる。それが間違っていると思うときに、政府の方で調査によってやっていく。その場合の政府の調査として、ほかによりどころがございませんので、第一次的にはそういういろいろなデータから集めました標準率とか効率とかいうものを使わざるを得ない場合がある。しかし、もちろん審査の段階なりその他になって反証があげられてくれば、それを中心にして論議が進められる、こういうことでございまして、同じような趣旨は、申告指導の段階における例の過渡的なお知らせ制度廃止というようなものが二年ばかり前まで実施されたわけでございますが、これもやはり申告納税制度の将来あるべき姿、こういうものを見ていったものだろうと思うわけであります。それで、標準率——先ほどわれわれはそれが絶対正しいとは思っていない、また人によって幅があると思うと申しましたが、これを公開いたしました場合の現実の影響がどうふうになるかという点を考えますと、私個人の考えでございますが、まだ公表しない方がいいというふうに私自身は考えておるわけでございます。
○横山小委員 あとの方はどうですか。そういう論争を越えて最後にお伺いしたのは、何も秘密じゃないじゃないか、町で幾らでも売っておるじゃないか、それをどう思うかということです。
○村山政府委員 私は現実に見たわけではございませんが、標準率そのものを売っているという話は聞いておりません。ただ標準率が、ある特定のものをどっかで手に入れたのか、聞いたのか知りませんが、そういものを解説本の中に入れて何か売られているということは聞いたことはございます。
○横山小委員 そんなことはないのですよ。税理士だったら、これを持っておらぬ者はおかしいくらいですよ。商売人だったら、持っておるのが普通ですよ。あなたは知っておっしゃっておるのか、知らぬでおっしゃっておるのか知りませんけれども、こんなものはみんな持っていますよ。だから、私はこう思うのです。これは秘密だといって首切ったり休職にするような、その実態は何だ、こんなものはみんな持っておるじゃないか、二千円かそこらで売っておるじゃないかといって、言われておるのですよ。それを知ってか知らずか、知らぬ顔して一人の人を懲戒するとか解雇するとか休職にするとかいうことは、原因が別にあると思わざるを得ない。もしも、私の言うように、こういうようなものが町に流れておる、そうして現実には、もうそういう関係の仕事をしておる人は、みんなこれを持ってやっておる、それが実態だ、それはとめてもとまらぬものだというのだったら、あなたはどうしますか。そういう人の厄介になっておる人は、それによって、もう標準率表、効率表をうまく引用して仕事をし、また納税しておる。そういう人たちの仕事の恩恵を受けない人、つまりあなたの言うような帳簿もない人、個人の零細な人、そういう人たちだけが、もうこれで首締められておるということが実態なんです。そういう点については、あなたは何ともお感じにならぬでしょう。それが実態だということは、あなたは信用なさらないでしょう。むしろ私はその実態にあなたが一ぺん触れて、そうしてもう一ぺん考え直すということを、最後に私は言いたいのです。理屈の問題ではなくて、もうそういうものは金を出せば幾らでも売っておって、方法は幾らでもあるのですよ。私などは今すぐにでも手に入れますが、方法は幾らでもあって、それを見得る階層と、全然見得られない階層とある。見得る階層は、私がなんぼここで論争しても、これだけ出すものを効率表によってここまで出せばいいというしかけはちゃんと知っておる。それを見られない下の方の階層の人は、これによって最も忠実になされておるといいますか、最もこの弊害は出ておるという実態をあなたは全然御存じないのですか。
○村山政府委員 二つの点で申し上げたいと思いますが、一つは、いわゆるその実態の認識ですが、私は今横山委員のおっしゃるほど巷間に流布されておるとは思っていないわけです。われわれおそらく本屋に行きましてその辺で手に入れようと思っても、なかなか……。
○横山小委員 本屋などに売ってはおりませんよ。本屋に売っているくらいなら、私の言う一番下の人だってそこまで恩恵を受けられますよ。
○村山政府委員 ですから、それは特殊なルートで、何か特殊な方法でこっそりと見るとか、あるいはこっそり写し取るとか、やはりそういう意味では、厳格に百パーセント守られておるかどうか、私も保証の限りではありませんが、その意味で、やはり機密の取り扱いをしておる。それだけのことにはなっておるという認識に私は立っております。 もう一つの考え方ですが、ほかは全部利用しておるからいいではないかという考え方です。若干認識も違いますが、私はそうは考えませんで、かりにそういうものがあったとすれば、そういう税理士が間々あるかもしれません。個人の納税者の帳簿を見て相当利益が出ておる。しかし、納税者の利益をはかるために、知り得たその効率あるいは標準率の範囲において申告するなり、あるいは税務代理行為をそこでするというようなことがあっては、そのこと自身は軽易に考えますけれども、全般としてあるべき方向ではないというふうに考えるわけであります。漸次やはりそういうことはなくしていく方向を将来考えまして、いろいろ申告納税制度の基盤を考えていきますとか、執行面が十分でないことはわれわれも了承しておりますけれども、これを漸次直す方向に持っていきたい、かように考えておるわけであります。それだから全部もう秘扱いをよしたらいいではないかということには、私どもまだ踏み切れない気持でございます。
○横山小委員 あなたは、漏れておるくらいだったらもう出してもいいではないかという意見には反対だとおっしゃいますけれども、その前提として、悪いことであるけれども、まあしょうがないからばらしてしまおうと、いうようなことは、私の感覚とは違うのです。私の言うのは、大体これを公表してどのくらいの欠陥があるかということを、もう一ぺんすなおにお互いに議論してみようと言っておるのだけれども、あなたはちっとも論争の中で土俵場に出てこないのです。私は、なるほどこれを公表することによって欠陥もある、これは承知しています。欠陥もあるけれども、より税の公平が期せられる。より納得と説得が税の中に持ち込まれる。一部の欠陥はいかなることについてもある。しかし、今のような現状から言うならば、公表した方がより有利だ、より民主的だという私は確信を持っておるわけです。私はそれで自己意識にとらわれているかもしれませんが、あなただって、この標準率表、効率表の土俵場にちっとも出てこすに論争しておったのでは、話はまとまりません。重ねて言いますけれども、無罪になったのですよ。無罪になった人をあなたは休職にしたのですよ。それであなたはてん然としておったのではいけません。あれは証拠を出せばそんなことにはならぬかもしれぬと言っても、それでも現に無罪なんです。それを今度は検事控訴をして、それじゃ、あなたの方は、もう一ぺん、地方裁判所では負けたから、今度は墨を塗らずに出そうと腹をきめますか。その腹はきまっておりますか。それをそのまま、地方裁判所では墨を塗って出したものを、高等裁判所では墨を塗らずに出すということはないでしょう。やはり墨を塗って出すでしょう。それじゃ負けにきまっています。それは地方裁判所の論理は明白ですから、負けにきまっています。ですから、私は、せめて村山さんが新任の主税局長におなりになったときに、この標準率表、効率表については、あなたもかつてこの問題を体験した一人として、一ぺんすっきりしてほしい。これはこの問題とは関係がないのですけれども、今の税制調査会のやっておることは、私は正直なことを言って気に食わないのです。それは一つ一つ考えればもっともな話があります。しかし、全体的に何から始めるべきかという点については、どうも私どもはすっきりしない、気に食わないところを感ずるのです。もう少し、政策的な税制調査をやめて、根本的な税制調査をやってほしい。同時に、それは法律と徴収と大別して二つの問題があるのに、どうも法律ばかりに首を突っ込む。税制だからしようがないのでしょうが、しかし、国民の一番関心を持っておるのは、実は法律でなくて、税務署の仕事、運用の方法、それが実は納税者の一番頭痛の種であり関心事であることは、あなたも地方回りをして御存じのはずですから、これは余分なことになりましたけれども、標準率表、効率表についてはあらためて十分御相談なさって、またそのうち御意見を承りたいと思います。
○鴨田小委員長 次会は明七日午前十一時より開会いたします。 これにて散会いたします。 午後三時四十四分散会