商工委員会 第43号
- 発言数
- 68 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1960/05/18
会議録
○中村委員長 これより会議を開きます。 機械工業に関する件について調査を進めます。 本日はビルマの農機具センターの問題について、特に参考人として、日本国際貿易促進協会副会長宿谷榮一君、農業機械海外技術振興協会常務理事森田卓爾君の両君の御出席を求めております。 この際参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中のところ、本委員会の要望を入れて御出席いただき、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 本問題に対しまして、質疑応答の形式により、御意見を聴取することにいたします。質疑の通告がありますので、順次これを許します。松平忠久君。
○松平委員 私は、去る三月五日に、ビルマ政府から財団法人農業機械海外技術振興協会にあてられた、いわゆるビルマにおける農機具のサービス・センターのビルマ政府の契約案が出されておりますが、これに関連して質問申し上げたいと思うのです。 ビルマ政府から出されておる、いわゆる契約案というものは全文四カ条からなっておりまして、その第一条に、農機具センター設置の土地、施設、輸入資材等の件についての内容を盛っており、第二条には、このセンターの目的とセンターの経費についての規定があるわけであります。第三条においては、センターの責任者に対するビルマ政府の干渉権、責任者並びに職員に対するビルマ政府の解任権、こういうものを認めておると同時に、第四条におきましては、十年後に無償で、このセンターをビルマ政府に提供することということを内容といたしておるのであります。海技協はこれを受け取りまして、かなりあわてると同時に、これが監督にあるところの通産省も非常にあわてておったのではなかろうか、ことにこれは六千五百万円程度のいわば日本の政府の補助金をもってでき上がったものであり、また同時に、農機具メーカーからも八千万円程度の金が投入されておるということを聞いておるわけであります。そうして、この話は実は昭和二十九年ごろから始まって、たしか三十年から政府の予算がついており、本年度も一千万円程度の予算がついておることは御承知の通りであります。 そこで不思議に思われることは、どうして今ごろになってから、ビルマの政府が契約案というものをわが方に突きつけてきたのか。今まで資材の輸入とか、あるいは土地、建物の件は、そのつどビルマ側といろいろ交渉があったことと思うのでありますが、それらはあるいは口頭の約束であったかもしれませんが、とにかく今ごろになりましてから、ビルマ側からこういうような文書によるところの契約案というようなものを突きつけてきたということは、非常におかしいように思うのであります。そこで、当初これは参考人の宿谷さんがこれに関係されておったということを伺っておるのでありまして、一体どういうようないきさつで、こういう農機具センターというものをビルマに作るようになったのか、またその作るようになってからの建設の状態と申しますか、そういうものはどういうような先方との約束になっておったのかということを御記憶をたどっていただきまして、ここでそのいきさつをまず宿谷参考人からお伺いしたいと思います。
○宿谷参考人 もうだいぶ年月も経過しておりますので、これからお答え申し上げることが、若干日時等に相違があるかもしれません。あらかじめ御了承いただきたいと思います。 ちょうど二十九年かと存じますが、通産省で毎年農機具の輸出展覧会を日比谷または上野その他で、主催者になって行なっております。当時日比谷公園に農機具の展覧会がございましたおりに、ビルマから、たしかビルマ首相以下数十名の使節団が日本にお見えになったのであります。そのとき日本の農機具というものに非常に関心を持たれまして、数回会場に見えて親しく視察して、自分の国も米産国であるから、米作上必要な、非常に高度に進歩した日本の農業機械を輸入したいという話が、たまたま出たのでございます。そのとき日本として相当買い付けていただいたのです。ちょうど向こうとの懇談会等を開いておりました際に、ビルマ国側でも、まず日本の農機具は独特のもので、世界各国共通のものでないから、ぜひあなたの方から技術の指導宣伝に来てもらうことはできないかという話が当時起こりました。顧みまして、その当時の日本といたしましても、農機具の市場というものが日本国内に限られておりますので、どうしても東南アジア諸国に日本の農機具の市場を求める必要がある。そうであるとすれば、まず実演等によりまして、ビルマ等、東南アジアの農業指導者たちに、使用方法等を知らしめることによって輸出の振興をはかりたい。それがまた業界の長い繁栄であると同時に、土を通し農業を通して日本とビルマ、東南アジアの諸国との親善を深めていこうという考え方に基づきまして、あなたの方でそれだけ協力して御希望があるなら、われわれ業界としても常時展示所等を作って、そうして貴国の方に巡回実演等を行なって農機具の普及に努めたい。またあなたの方で製造するのであれば、われわれもそれに対して協力をいたそうということも話の中に出まして、業界の方々の意見を聞いてみますと、やはりどうも海外に市場を求めたいという意向が強いので、通産省にその御相談を申し上げたところ、これは趣旨においては、輸出振興上大いに賛成であるというお考えもございました。そこで業界が、おもなる、輸出に通じた、農機具を製造しているメーカーを中心といたしまして設立したわけなんであります。ちょうどビルマ国からも、こちらの使節団の要望もございまして、われわれの市場開拓も相あわせて、ビルマばかりでなく東南アジア諸国に、こういう施設を置いて、日本から技術者を派遣して、実演等によって物から知識を与えて、農業の開発に協力をしたいという考えのもとに、実は設置したようなわけでございます。当時おいでになっていたビルマの政府の方々の氏名を私記憶しておりませんが、そういうことが動機となって、これを設置するようになったのでございます。
○松平委員 私はこの動機はきわめてよかったのじゃないかと思うのです。やはり日本の東南アジアの経済協力というものは、地についた行き方をしなければならない。そういうためには、いたずらに大企業等が進出していくというようなことよりも、むしろ農業とか中小企業とか、そういうものに目をつけていくことが、きわめて実地に即した日本的なやり方ではないか、こういうふうに思って、従ってそういう農機具センターあるいはサービス。センターというようなものを作ることは非常に必要であったと私は思うのです。ただ私がお伺いしたいのは、当初これを作るというときに、ビルマ側とこちらの方の協会というものとの間に、何か約束というようなものを取りつけてやったのであるかどうかということをお伺いしたいと思います。
○宿谷参考人 その当時の話し合いでは、私の方でそういうことを考えておったものですから、サービス・センターというものを貴国に建設したいが、便宜をはかってくれるかということの話し合いが実はございました。場所はたしか東京ステーション・ホテルでの懇談会のおりだったと思います。そういう話を申し上げたところが、自分の方の農業開発に協力していただけるのだから、あらゆる便宜をおはかりしましょうという約束に基づきまして、海外技術振興協会というものを設置するように、そのときに初めて踏み切ったわけであります。
○松平委員 外務省にお伺いしたいのですが、このビルマに農機具サービス・センターを作るという、協会側との話し合いが進行しておった。その後現地に人が派遣されて、その実現にとりかかったわけでありますが、その当初において外務省側とビルマとの間に何かそういうことで話をしたことがあるかどうか。ある約束事等についていわゆる外交交渉ということをやったことがあるか。やったとすればどういう程度のことをやったかということをお伺いしたい。
○關(守)政府委員 外務省と申しますか、出先の機関が、正式にこの問題についてビルマ政府とどうこうしたということはないのでございまして、この話し合いは今の振興協会でございますか、それとビルマ政府の方と話し合いをなすっておられた、こういうことではないかと思います。従いましてそこの間、協会ですか、協議会ですかとビルマ政府との間に、どの程度の話し合いがあったかということは、われわれの方では必ずしも明らかになっていない。こちら側は少なくとも現地の大使もしくは大使館が、ビルマ政府と交渉したという事実はないのであります。
○松平委員 こういうものを設置をするという場合に、ただ協会とビルマ政府だけでもって話し合いをするというのではなくて、少なくとも通産省は政府部内において、こういうものを設置するのだからというので、もう少し正式なルートをもって折衝するとか交渉するとか、あるいはもう少し公の機関というか、あとでトラブルが起こってもいいような工合にするのが、当然ではなかったかと思うのでありますが、通産省は一体そのときにどういうことを考えておったのです。どういうことをやられたか。
○金井説明員 当時の経緯については、私どもの方もつまびらかではありませんが、私の耳に入っておりますのは、当時農機具センターを、ビルマに作りますときは、先ほど宿谷さんからお話がございましたように、業界の方でもって主としてお進めになりまして、漏れ聞くところによりますと、業界の方が主になって大蔵省筋の方と補助金等についてお話をなすって、そしてこれは作るとすれば所管は通産省であろうというようなことで、話が軌道に乗ってから通産省に持ち込まれた、こういうふうに私どもは承っております。
○松平委員 これはきわめて重大だろうと思うのです。大蔵省と話をして、大蔵省がじゃ先におれは金を出してやる、所管は通産省だから話はあとで通産省にしたらよかろうということであれば、大蔵省も今後の運営については相当責任を感じなければならぬと思うのだ。そこでその点はもう一度一つ宿谷参考人に確かめておきたいと思う。というのはこれは大蔵省があなたたちの折衝によって補助金を一つ出してやろう、将来東南アジアの経済協力の先鞭を一つつけてやろうという大蔵省側の非常に好意的な考え方であるというならば、これは将来といえども、大蔵省はこの補助金を出すことを率先してみずから認めていかなければならぬ問題ではなかろうかと思う。そこでそのいきさつを一つお聞かせ願いたい。
○宿谷参考人 大蔵省の方へは、陳情にはしばしば私も参りましたし、現にビルマに駐在しております上条盛雄君もたびたび陳情に伺っております。大蔵省へ出向く前には、やはり通産省も予算をつけるかつけないかが中心問題になって参りまして、むろん通産省にも毎日のように予算をつけてもらうべく陳情に参りましたし、大蔵省の方へも参りましたし、それから一応ビルマの国内に建設することでありますので、外務省の経済協力部ですか、そちらの方の担当課の方にも陳情にしばしば伺ったことはございます。しかし、全体を成功させるためには、業界が役所の方よりも一歩前へ出て、そして各省に対しての陳情を続けてきたことは事実でございます。大蔵省の方が先にオーケーを出したわけじゃなくて、やはり通産省の態度がはっきりしませんと、大蔵省へお願いに出られないものですから、その順序は踏んだつもりでございます。そしてさらに外務省へお願いしましたのは、ビルマのラングーンにこういう建設物を作るのであるし、ビルマとの関係を円滑にしなければならないので、出先の方にも十分な御連絡をお願いしたいということも、外務省の方にお願いに行っておったわけでございます。
○松平委員 そうすると、今金井君の言われたこととちょっと違うようですね、大蔵省の方で先に予算をつけてくれるからお前たちやれ、そうして予算がついた場合にはどこが所管したらいいか、これは通産省にするんだ、こういうふうに逆に大蔵省の方から先にイニシアチブをとって予算がついたようなお話でありましたけれども、今宿谷さんにお聞きするところは、両方へ運動して、そうしてオーケーは先に通産省からとって、次にオーケーを大蔵省からとったというようなことであったように聞いているんですが、その通りでございますか。宿谷さんにお伺いしたいと同時に金井君にもその点は一つ聞きたい。
○宿谷参考人 今の課長さんは当時の状況の担当者でございませんので、今のようなお答えがあったんだと思うのです。やはり原局は通産省でございます。通産省の方向がはっきりしませんければ、われわれが官署に向かってお願いに歩けないのです。しかし通産省の方向が大体わかったものですから、それで大蔵省の方にも陳情に行き、外務省の方にも陳情に行き、この趣旨についての説明についてはたびたび伺っておりますが、今、これは記憶ですから。当時の官庁陳情係を現地におります上条盛雄君が主としてやっておりました。大蔵省の方でもこれはいいことであるからやれと言われたか、通産省の方でいいからやれと言われたか、どっちが先かあとかということについては、私今正確な記憶はございませんが、ただ、今筋として、常識的に考えてそういう線でもって私は動いたように記憶いたしますものですから、さようにお答えしたわけです。
○松平委員 そこでこれをいよいよ作るということになった場合におきましては、当時の関係者は、これはやがてはビルマヘくれてしまうのだ、そういうお考えであったのか、あるいはこれはできるだけやはり日本も協力して、金も出して、ビルマの技術者もここで訓練もして、そうして適当な時期になったら、ビルマの方へ提供するというようなお気持であったのか。そのセンター自身の将来についての何らかの見通しというか、考え方というものが当時あって、これを設置するということになったのか、その点は当時どういうお気持だったか、もしお気持があったらお聞かせ願いたい。
○宿谷参考人 これは大切な御質問でございます。ちょうど中国と同じような社会経済組織であるものですから、外国から建設物を持っていきまして、営利団体にひとしいところに土地を提供して無税でやらしておるかどうかということについては、私もいささか疑問があったわけです。しかし顧みますと当初予想しましたほど輸出が伸びませんでした。むろんこの輸出の裏づけとしましては、賠償の見返りを中心に実はねらったわけなのです。通産省にもその方に御協力を仰ぐべくお願いして回ったことも度々ございましたけれども、さような国柄であるものですから、あるいは将来提供しなければいけないのじゃないかということを気持のうちで感じたことはございました。しかし当初におきまして、やはり海外に持つわれわれ業界の一つの資産であるという考え方に実は立っておりましたので、当初から向こうにこれを寄付しようという考えは持っておりませんでした。しかし二十年、三十年のうちには大きい貿易ができれば、一億や二億をつぎ込んだものは取り返せるのだということも、一思中で考えてはおったのでございます。私、三十年の後期から実は日中問題の方に専心するようになったものでございますから、三十一年にたしか職を退きまして、次の会長におまかせするようになったのでございます。しかし企画、建設、推進者の一員として非常に責任は感じておるのでございまして、当初は寄贈しなければならぬということは予定しておりませんでした。
○松平委員 当初の予定に反して農機具は非常に売れないのだ、そこで行き詰まってしまったというのが現状だろうと思うのですが、一体農機具が売れないというのは、どういうわけでビルマは農機具が売れないのか、これは通産省と外務省と森田参考人に伺いたいと思います。初めは非常に売れておった。初め三千五百万円も売れておった。それがどうして売れなくなったか。
○金井説明員 ビルマ向け農機具の輸出につきましては、当初このセンターを作りますころの見込みといたしましては、二十九年あたりに相当賠償に関連いたしまして輸出が出た事実があるわけであります。そういった点で今後も農機具センターの設立等に伴って相当出るのではなかろうかというふうに、業界並びに役所側も予想したようでございますけれども、結果といたしましてはおっしゃるように大した実績はないわけでございまして、たとえば昨年あたりにおいて約二十万ドル、一昨年は十万ドル程度でございますし、このうちほとんどが賠償ないしはこの農機具センターに備えつけるための機械輸出というようなものが主のようでございます。御指摘の将来の見通し等につきましては、私どももここでもって確とした御返答を申し上げる確信がございませんわけでございます。業界の皆さん等に伺っても、少なくとも現状から見る限りは、そう飛躍的に期待できぬではなかろうか。また御質問の何が原因かというような点につきましては、機械輸出全体に考えられるいろいろの問題があるわけでございますけれども、一つビルマについて特に私ども感じます点は、ビルマの外貨収支の状態等が主たる一原因でございますし、もう一つは、従来農機具センター設置に伴いまして出ました農機具あたりにつきましても、現地の報告等つまびらかではございませんけれども、なかなかビルマの農民が日本製の農機具を喜んで十分使いこなすというような段階にまで、まだ至っていないのじゃないだろうか、こんなふうに考えられる次第でございます。
○森田参考人 大へんむずかしい問題で、どうして出ないかということなんでございますが、ただいま金井課長からの御説明も、もちろんそうであろうと思います。そのほかに、私が思いますのに、先方は、新興国家でもあり、産業の復興ということはまず考えられますが、それより先に、まず基礎的な鉄道であるとか病院であるとか、港湾施設とか、そういったものについて相当力を入れるというふうなことが優先したのではないか。当時の内閣は相当工業立国ということを掲げておったようでございますけれども、工業立国の方が優先して、農機具の方があと回しになったのじゃないかということも考えられます。
○關(守)政府委員 ただいまのお二人のお話で尽きていると思いますけれども、私ども、一番大事なことは、やっぱり金がないということだろうと思います。金がないから、そこまで手が伸びない、こういうことだろうと思います。
○松平委員 そこで、当初は賠償として、買っていったというのですが、その後、賠償としてこれを買っていくような、賠償繰り入れというか、そういうことはなくなったのですか。
○關(守)政府委員 これも私賠償の担当者でありませんから、はっきりわかりませんけれども、やっぱりそれ以上にほしいものがあるから、現在あまり多量に農業機械を買わないということであろうと存ずるのであります。チョイスは先方が持っておるのでありますから、農業機械に非常に重点を置くということであれば買うのでありましょうが、それよりほかのものにもっと重点を置いておる、従って今はそう買わないということであろうと思います。
○松平委員 それからもう一つ伺いたい点は、これは宿谷さんにお伺いしたいのですが、当初ビルマ側がこのセンターを作るときに、たとえばビルマ人の技術者を養成するというようなことがあった場合に、そういうことを考えた場合に、ビルマ政府も幾分運営費ぐらいは、若干出してもいいというような気分があったのかどうか、そういう話が当初話されたことがあるのかどうかということです。
○宿谷参考人 その後のことは、実はこの団体が設置されると同時に、政府の補助金もきまって、準備費が出て参ったのであります。すぐ上条を向こうに派遣しまして、外務省の出先の御協力を得つつ、ビルマ政府と話し合っておられたのですが、そういう幾らか片棒かついでもよろしい、あるいは少しはかついでもいいのだという具体的な話はなかったように私記憶いたしております。先ほど森田参考人にお尋ねございました、将来性があるかどうかという問題です。これはビルマの政府の機構及び国情がそうしているのであろうと思いますが、ちょうど二、三年現地におりまして足踏みをしておったわけです。前の局長がかわると、今度約束がだめになってしまって、新しい局長によってまた話を練り直すというようなことで、二、三年建設がおくれておりまして、建設ができたのは確か昨年、ようやく建設ができまして、仕事につき始めたばかりでございます。実は、こんな貿易なんというものは、やはり長い目で見ていく必要があるのでして、業界も、それであればこそ、苦しい中から準備費を出しておるようなわけなんであります。私は前途非常に有望だ、しかしながら、日本でできておる既製構造のものを向こうへ持っていって必ずいいというものではないのですから、やはり現地の担当者が技術的にも相当できて、向こうの農業事情と自然条件に合うような農業機械を作って出せば、自然に、輸出というものは、ずっとふえていくという確信を実は持っておるわけであります。前途に対しては、長い考えでいきますれば、私は決して悲観すべきものでないという見解に今でも立っております。
○松平委員 そこで、まあいろいろなごたごたで当初からおくれて、去年ようやく落成式があった、こういうのですが、これはどなたにお伺いしたらいいかわかりませんが、いよいよでき上がったというその直前か何かに、大体こういう条件だとかああいう条件だとかいう、契約なら契約を結ぶべきが常識であろうと思うのですが、それが一年以上もたってから、ぽっかり契約案が向こうから突きつけられてきたというのは、これはどういうわけですか。その辺の事情おわかりでしたら一つ伺わせていただきたい。これは森田君でもいいし、通産省でもいいです。
○森田参考人 ただいまお話の件でございますが、当初、先ほど宿谷さんからお話申し上げましたように、ビルマ側は、せっかく日本側がそういった施設を作ってくれて、農業開発に協力してくれるのであれば、各種の便宜をはかろうということは、口頭をもって約束があったように聞いております。それからもう一つ、先ほど宿谷さんがおっしゃいましたように、十年も二十年もあれを持ち続けるということは——ある程度センター開設の目的を達すれば、その必要はないということは、これはだれしもおわかりになると思いますが、そういったことから、いずれはあなた方の方に寄贈してもいいとか、寄贈することに相談をしようとかいうような話は雑談的にはあっただろうと思いますが、その辺の日本人とビルマ人との、何といいますか、受け取り方の問題で、そういう若干のそごはあっただろうと思いますが、そういった話は雑談的には口頭ではあったように思います。
○松平委員 ビルマの農林次官から、昭和三十一年八月十一日に、正式に設置の許可が出ておるそうでありますが、そのときには、外務省はこれに立ち会ったのですか、あるいはどういうふうに現地の大使は、上条なら上条という人と連絡を保ちつつやっているか、そういう報告は来ておりませんか。
○關(守)政府委員 上条さんから、そういうふうに許可が出たということを大使が聞いて、こちらへ報告をしてきている、そういう工合になっております。ですから、その限りにおいては、もちろん関知しておる、こういうことだろうと思います。
○松平委員 その次にお伺いしたいのは、農機具が売れないということで、農機具業者が金が出せなくなった、運営費が出せなくなったということを聞いておるわけです。そこで、海技協の常務理事の森田さんに伺いたいのですが、本年度は農機具メーカーから幾ら金を集められたかということと、それから来年度この金を集める自信が一体あるのか。私は売れなければなかなか金が集まらぬのじゃないか、こういうふうに思っておるわけなんです。ところが、これはどうも日本の対外信用の問題なので、これが立ちぐされになってしまったということになったら東南アジアに対する日本の不信というものが非常に大きく響くのじゃなかろうか、こう思うのです。そこで、農機具業者も損をしながらも金を出してきたのだろうと思うのですが、一体今後、見通しとして、これはどこまでも向こうが言う十年間金を出し続けていくだけの実力があるかどうか、気持があるかどうかということを、率直にここで伺っておきたいと思う。
○森田参考人 お答え申し上げます。おっしゃる通り、この団体の運営面で非常に経済的な困難がございます。と申しますのは、御指摘の通り、大体この団体の経済的の基礎は、輸出に関心の多い農機具メーカー約四十数社からの毎月の会費と、それから政府の補助金と、ビルマに輸出しました農業機械の金額から、FOBから後日修理サービスを保証するというお約束のもとに大体二%に該当する金額をいただいて、これをもって運営費に充てる、かような趣旨になっております。ところが当初の期待に反しまして、ビルマ側への輸出は一年間最高八千万円程度で非常に少ない。そのために、今日までせっかく補助金をいただいておるのだから何とかしてこれをもり立てて、いよいよ業務を開始すればビルマ側の関心も非常にふえるだろうし、将来輸出も同じ米産国である関係上期待ができる、こういうことから、役員各位には一般のきめられた会費のほかに一社当たり数十万円の臨時的な負担をお願いして今日までやってきておったわけです。ところが今日に至っても、非常に、これは輸出というよりも全部賠償でございます。要するに、ビルマへ渡る農業機械が非常に少ないというので、先般もせっかく本年度も補助金がついておることであるし、何とかしてこれを所期の目的通り運営しないことには国際的な問題もあり、また国内的な問題もあり、非常に業界としても恥ずかしい話だ、こういうことから、会長は東京におりませんので地方に出かけて行って会長と話をいたしまして、近く総会がありますから、そのときもう一ぺん一つ会員に御協力を願って、せっかく出していただいた政府の補助金に対してこたえようじゃないか、こういうことで今せっかく奔走中でございます。ただ問題は、当初の期待に反して農業機械の輸出が遅々として進まない、しかし、将来につきましては、先ほど宿谷さんからお話のありましたように期待は持っております。もちろんビルマに向けるような農業機械、ただしある程度の改造はもちろん必要でございますが、将来の明るい見通しはありますけれども、ただタイミングの問題が、ここで重大な問題になってくるだろう、何とかしてそこまでこぎつけるようにということで、せっかく相談をいたしております。そういう最中でございます。
○松平委員 通産大臣に伺いますが、お聞きの通りです。通産大臣、この問題は当初ビルマ側にやるというような考え方ではなかったように思うのです。ただしかし、いつまでも日本で持っているという考え方もなかったかと思うのですが、そう急にビルマに渡してしまうのだというような気持はなかったのじゃないかと思います。ところがビルマの方からは、十年後には無償で自分の方に提供してもらいたいという契約案が出ている。しからば、十年間日本側でこれを運営していくということになる場合においては、農機具業者の方の金の負担ができない。だから来年からでも渡したいという気持がおそらく農機具業者の気持だろうと思います。従って、当初長く日本側でこれを運営して、ビルマの農業の開発に協力したいという気持はあったけれども、なかなかそこまで日本側の金が続かぬ、早く向こうに渡してしまいたいという気持に、最近農機具業者はなっているのじゃなかろうか。そういうことも反映して、十年後に向こうへ無償で提供してくれということを向こうから言ってきている。しかしながら、十年も待てないというような状況が農機具業者の間には出てきてしまっているというのが、私は現状だろうと思うのです。従って、このことをどうやって解決していったらいいかということは、いろいろな方面との折衝によって結論を得なければなりませんけれども、しかしこれはともかく一つの日本の経済協力というか、ビルマの開発に協力するという礎石のようなものではなかったろうかと思うのです。もう一つは、日本の対外信用の一つのテスト・ケースのようなものにもなると思うのです。だからこれが中途で挫折をしてしまったということになると、これはひとりビルマだけではなくて、日本の東南アジアに対するいろいろな方面からの不信頼というか、そういう結果になるのではなかろうか。だからこの点は政府はよほどしっかりした考えを持っていなければならぬと思うのです。従って、大臣はどういうふうにお考えになっているかということを伺いたいのでありますが、その前に、一体農機具だけのサービス・センターというものでいいのか、私は、農薬とか肥料だとか、あるいは農業技術あるいは土壌とか、総合的な農業のサービス・センターという方向へ、もしこれを持っていくことができるならば、一石二鳥ではなかろうかと思うのです。そういうような方向に持っていくことを、やはり一つの目途として考えられることが必要ではなかろうかと思うが、しかしそれを今急に一年や二年の間にやることもできないと思う。そういたしますと、その間のやりくりというものを、政府は今まで出しておった予算をさらに増額しなければならぬということになるのであって、これは政治問題として、大臣が大局から考えてもらって、大蔵大臣と話をしてもらわなければならぬ問題ではなかろうか、こういうふうに思うのですが、その点に関する大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○池田国務大臣 予算要求の場合にこういう問題を耳にしたことはある。ただ結論だけでありまして、なかなか出しにくいところを出してもらったのだという程度で、事の起こりから経過を私は十分知悉していない。察するに、昭和二十八、九年ごろのビルマ米がどんどん日本に輸入されるころの状態で、そして農業立国の手助けと思って農機具の方をやられた、その事情はわかります。しかしその後情勢が非常に変わってきた。何といいますか、悪くいえば、どろなわ式に売れるからというので、すっと進んでいったのじゃないかと思います。しかしお話のような点がありまして、これをすぐ日本の一方的意思によって捨ててしまう、向こうもとらないというようなことでは、これは日本の今の一大国策としての東南アジアの開発協力ということに対しまして、もう当初から信用がなくなってしまう。これは一千万円、二千万円の問題ではございません。従って農機具ということに限らず、一般農業関係の資材、もっと進んでは未開発国のいわゆる生活向上に対してのいろいろな農機具以外の日本の輸出品の展示会というふうに性質を変えていくということも、一つの方法じゃないかと思います。これは日本のものをすぐ向こうにくれてやると申しましても、財政法の関係もございましょうし、またくれてやるといっても、向こうが要らないということになれば仕方のないことです。これは単に農機具だけの問題ではございません。ビルマとは賠償の関係もまだある程度残っているので、両国協調して、日本としてはビルマの開発ということは一つの大きい隘路になっておりますから、十分検討いたしまして、日本の信用を害さないように、これが第一。そして両国の親善交流をもっと拡大するように私はやっていきたいと思います。ことにビルマという国は、東南アジアにおきましても、パキスタンとともに非常に昔から関係が深うございます。賠償の点につきましても、率先して彼らが締結してくれた過去の状況から考えまして、この問題をきっかけに政府としては十分他の問題と兼ね合わせて将来検討していきたいと考えております。将来と申しましても、これは差し迫った問題でございますから、最も近い将来ということで御了承願いたいと思います。
○松平委員 もう一つ大臣に伺っておきたいと思うのですが、この問題に関連しておりますけれども、東南アジアの経済協力ということに関しまして、先ほども私はここで述べたのですが、もっと地についた経済協力をしていく必要がある。これはどういうことかというと、農業とか林業とか漁業とかいうような国民の大多数がそれによって生活しておるような、いわゆる低開発諸国であるということからいたしまして、それらの大部分の住民に直結しているようなものを、日本が手をつけていく必要があるのではなかろうか。ということは、これは欧米ではなかなかできないだろうと思うのです。ことに農業関係においては、日本と東南アジアとは似通ったところがある。水田のごときも非常に多いということからいたしまして、欧米では競合できないような経済の協力方式というものを、日本が考えていく必要があるのではなかろうか、私はこう思うのです。その点に関して、インド駐在の那須大使から従来の日本の経済協力というものについて、若干の批判を加えた意見書が出ているそうであります。私はその意見書は実は聞いたところによると、三木武夫君がインドへ行ったときに那須大使といろいろ話をして、こういうような日本の今までの経済協力のアイデアというものからさらに一歩進めて、農業とかあるいは中小企業というものに相当重きを置いてやるべき必要があるということで、両者の意見が一致しまして、それじゃ意見書を出そうということで出したということを聞いておるわけであります。大臣はそういう意見書を見たことがあるかどうかということをお伺いしたい。
○池田国務大臣 インドとの関係につきまして那須大使の意見書はまだ拝見いたしておりません。しかし、われわれといたしましては、鉄鉱石その他の開発に力を進めておりますが、やはり中小企業関係につきましても、ある程度の連絡をとろうという気持を持っておりましたところ、昨年の八月に中小企業庁長官がインド政府の招待を受けましてインドに参りまして、日本の中小企業に関する諸法律、諸施策を実地に指導してきたことは御承知の通りでございます。なおまた他の国会議員の方々、民主社会党の春日一幸君からは報告書を私はいただきまして拝見いたしましたが、中小企業関係につきましての経済協力ということは、向こうが非常に望んでおるのであります。大企業も開発のためにさることながら、両国親善ということになったら、やはり中小企業、農業とのつながりを深めていくことも重大な提携のルートでありますので、私は今後中小企業関係の提携、いわゆる小企業に対しての提携を考えていくべきではないか、こう思っております。那須さんの分は拝見いたしません。春日君の分は拝見いたしました。
○松平委員 そこでさらに本問題に返るのですが、ただいま大臣から日本の対外関係、対外信用の問題であるから、そう捨てるわけにもいかぬし、むしろ災いを転じて福とするというようなお気持でやっていかれるという所員の御披瀝があったことは、私は非常に同感であります。ただその場合におきまして、御承知のように今まで大部分の金を負担しておった農機具のメーカー等が行き詰まってしまうような格好になってしまっておるというので、本年度予算ですら、今お聞きすれば政府が出してくれたんだから、とにかくそういう意味からも何とかして出させようとして苦労しておるような発言があったのですが、来年度になるとますますこれは困難になる。農機具の方にも幾分は負担してもらわなければならぬと思う。そこを勘案していただいて、大臣みずから農機具のメーカーを集めて所信を聞くなり、あるいはさらにそれをどういう方法をもって解決するなりということをやっていただかぬと、彼らも非常に因るのではないか、こういうふうに思っておるわけであります。従ってすでにこういうふうに問題が向こうから提示されて来ておる。われわれの方がこれにこたえなければならぬということになっておりますから、一つこの点について御努力を大臣の力でやっていただかなければ、事務当局では解決できない問題だろうと思う。こういうふうに思いますので、その点の大臣の決意を重ねて伺っておきたいと思います。
○池田国務大臣 最も近い将来に解決すべく努力いたしますとお答えいたしたのでありますから、お話の通り私一つ業者と会いますと同時に、農機具業者以外の方面にも、通商局を督励いたしまして努力してみたいと思います。
○松平委員 それでは大臣の所信、決意が表明されたので、私はこれで大臣に対する質問は終わります。 しかしそのほかの若干のことについて残っておる方々にお伺いしたいのですが、それは問題となるところは私はもう一つあると思う。それは第三条でありましたか、現地における日本の責任者、つまり農機具サービス・センターの所長の人事、それからその職員の人事に対するビルマ大統領の干渉・解任権というものがこの中に載っておるわけであります。私はこの契約案を見まして、少し表現についてはあいまいな点があるわけでありますが、一体こういう海外に派遣するところの日本のそういったサービス・センターのようなものの人事に対して、相手国というものが一体どの程度干渉できるという慣習になっておるかどうかということを、外務省側の見解を承っておきたいと思う。
○關(守)政府委員 それはできるときに、相手国の方とどういう話をしておるかということによってきまるのでありまして、一般的な慣習というようなものはなかなか見出しがたいと思う。しかし勧誘するとか勧誘しないとかは別としまして、やはりこっちから行った人が悪ければ向こうは滞在を制限するとかいうようなこともできるわけでありまして、結局そういうことは行く人がしっかりしなければ、同じような結果になり得るということは言えると思うのであります。問題は要するにちゃんとした人が行って、ちゃんとした仕事をするということにあるのじゃなかろうかと思います。一般的にどうこうである、先例とか慣例とかというようなものは、これはちょっとないのだろうと思います。ただ政府関係で話をするときに、そういうことが起こらぬように、きちんとした話し合いをつけてやるということになっております。これはまだ政府としても何もこれは直接契約自体には関与しておりませんので、従いまして、どうこうということは言っておらないわけであります。
○松平委員 森田君に伺いたいのですが、この三月五日付のビルマ側の契約案というものが示されてから、現地の所長との間に、これが一体どういういきさつで、十年後に向こうに提供するのだという案が出てきたか。つまり何らか現地の上条所長とあなたの方の協会との間に、その後この契約案が出てきたいきさつについてわかったような情報があるならば、ここで聞かしていただきたいと思うのです。
○森田参考人 おっしゃる通り、三月五日の契約書の案文がきまして、現地としては一応ビルマ側の要求を了承したかのごとき手紙がきております。それで、至急にこれにサインをしてもよろしいか、こういう手紙がきておりますが、われわれの方は、一応待て、今回の資産は政府の補助金で建設したものであるから通産大臣の許可を得なければ、これは本協会独自で処分とか贈与とかいうことはできないのだから、当局の許可を得なければならぬから待てということを言ってございますが、先方の現地の駐在員としては、早く今懸案中のものも解決しなければならぬし、そういうためには、これはやむを得ないのじゃないかというようなことは言ってきております。
○松平委員 大蔵省にお伺いしたいのですが、日本の政府がある団体に対して補助金を出している、それがこういう仕事をしているのだということになった場合に、その財産の処分を行なったという場合には、財政法か何かに違反をするということはございませんか。あるいはそういうものを処分する場合には、いかなる機関の許可を必要とするか。
○田代説明員 正確な条項を今覚えておりませんが、財政法の中に、たとえば補助金を出して、何か資産を取得する、その団体がどこかにそれを譲渡するとか、あるいはやっちゃうというような場合に、主務大臣の承認が要るという規定があります。
○松平委員 もう一つ伺っておきたいのは、これは当初伺っておかなくてはならなかったわけだけれども、このサービス・センターというもの、一体何をやっている機関であるかということと、今まで、昨年落成式を終えて一年たったわけでありますが、その間において、一体このサービス・センターのやっている仕事に対して、ビルマ政府なりビルマの農民というものはどういうような評価をしておるか。そのことは、つまりどういう仕事をしておるかということと関連があるのですが、そういうような報告というものはあるものかどうか。これは協会なりあるいは通産省なり外務省なり、わかったところから一つお答えを願いたいと思います。
○森田参考人 昨年このビルマのサービス・センターが開所いたしまして以来、センターでは非常な活動をしております。しかしながら、非常に経費の関係もあり、十分な人員を渡航させることができませんので、現在三人がほとんど毎日のようにビルマの各地に出張いたしまして、日本から過去数年間賠償で先方へ渡りました農機具の修理並びに取り扱い方法について講習会なり、実地の指導をしております。同時に、ビルマで催されますところの各地の博覧会等に、センターにすでに送ってございます日本の農業機械を運びまして、そこでデモンストレーションをするというふうな方法で非常な活動をしており、しかも人選を非常に十分にした関係で、人間的にも非常に好感を持たれ、現在ではこの仕事は非常に高くビルマ官民から評価されております。そういう報告が来ております。ただ、たまたま仕事がございますのは、日本から送りました機械の取り扱いを先方の方々が十分知らぬために、よけいなトラブルがあるというような仕事が起こっておることも事実でございます。それから正常の仕事が起こっておることももちろんでございます。要するに、現在非常に高く評価をされて、先方も期待をしておりますので、これは先ほども申し上げましたように、ぜひ今後もセンターの運営は続けたいと思っております。大体農業機械の輸出振興のためには、こういった施設は非常にいい施設の一つだろうと思います。もっとほかにいいのがあれば別ですけれども、現状においては最もいい施設の一つと数えて差しつかえない施設である。かつまた、このビルマに対する正常な輸出、ある程度の数量の輸出がコンスタントに行なわれるまではこれは、はなはだ申しわけございませんが、どうしても政府の相当長期にわたる御援助が必要だろうと思います。ただいまおっしゃったように、民間も全然負担しないというわけにはいきませんが、ある程度金を動かして、一方大幅な政府の補助金を相当期待しないと、相当無理があるのではないか、かように思っております。要するに、このセンターの活動によって、ビルマでは非常に喜んでおるということは、しばしば報告が来ております。
○松平委員 今、センターには日本人の職員が何名、ビルマ人の職員が何名おりますか。
○森田参考人 日本人が所長以下三名でございます。ビルマ人が五名おります。それでビルマ人に取り扱い方を教えております。 なお、先ほど申し忘れましたが、そのほかにデモンストレーション、修理、サービスのほかに、ビルマの、日本でいいますと農業改良普及員に相当しておる者、あるいは農事試験場の職員、そういった連中をビルマのラングーンのセンターに集めまして講習をするための施設もございますし、現にやってもおります。今約二十人収容できる教室も設けております。それで、駐在員が先生になりまして取り扱い方法を教えております。
○松平委員 それからもう一つ伺っておきたいのは、この施設に、今まで政府の補助金、民間の支出金というものは合計して幾ら使っておるかということと、その中で施設費は幾らであって、運営費は合計して幾らであったかということを、これは通産省がいいのかな、どちらがいいのですか。
○森田参考人 先ほどお話がございましたように、政府の補助金は、現在まで六千百万円、民間の負担が八千数百万円、大体一億三、四千万円の金が投入されておると思います。政府からいただく運営費、補助金は、六千万円のうち、現在までのところ建物、施設等、それからこっちから持って行きますいろいろな運賃等が大部分でございまして、通常の運営は、六千万円のうち約千五百万円くらいであります。あとは全部施設、固定的なもの並びに運賃等でございます。
○松平委員 これは去年の五月に開所式を行なったように思うのですが、その開所式にビルマの代表が出ておりまして、これはビルマ政府にいただくのだ、こういう祝辞を述べておるそうでありますが、その会場に出席をしておった者の中に、通産省の役人がおったように聞いておるのだけれども、それは事実ですか。
○金井説明員 事実であります。
○松平委員 それではその役人の人は、ビルマの代表がそういう発言をして、これはビルマ政府にいただくんだということを言っておったことを、通産省当局に報告をしておらぬわけですか。
○金井説明員 最近そういうような事実があったかという今の御質問、ビルマの農林次官が出席しまして、いずれはいただくような趣旨の演説があったということを外務省から聞きましたので、本人に確かめましたところよく言葉がわからなかった、こういうふうに申しておりました。
○松平委員 そのときはビルマ語で演説したのですか、英語で演説したのですか、だれか知りませんか。
○森田参考人 私もそこにおりましたのですが、ビルマの習慣として、公開の席で大臣は一切ビルマ語でやったので、全然われわれはわかりませんでした。
○松平委員 そのときは通訳はいなかったのですか。
○森田参考人 通訳はおりません。全部言いっぱなしでございます。
○松平委員 それじゃどうしてそういう祝辞の中に、ビルマにあとでいただくんだということがわかったのです。これは外務省からそういうことが伝えられておるというから、外務省が知っておったと思うのだけれども、それはどういういきさつです。
○森田参考人 あとで英字新聞にそれが出たわけでございます。それでああそういうことを言ったのかということがわかりました。
○松平委員 今お聞きすると、三人の日本人の職員がおり、五人のビルマの研修生のような者がおるそうでありますが、通訳はどうしているのです。
○森田参考人 その会場では一切通訳はいたしませんし、御承知の通りビルマそのものが教育程度が非常に低いところでして、使用人というのは非常に程度の悪い人間で英語はできません。ですから使用人に聞くわけにいきませんので、あとで向こうの英字新聞で読んで初めてそれがわかったわけであります。
○松平委員 そうすると日常サービス・センターでやっている場合には通訳はおるのですか、サービス・センターの日常の仕事は……。
○森田参考人 日常の仕事は先方と全部英語でやっておるわけであります。
○松平委員 そうすると英語のできない者は困る、ということは、今あなたの答弁によるとセンターにおる者は程度の低い者で、英語のわからぬ者が多いのだ、こういうわけだけれども、それじゃどうやって意思疎通をはかっておるのですか。
○森田参考人 当時ちょうど、これはほんとうにタイミングの問題でございますが、通訳の切りかえがあったわけでございます。当時頼んでおった、これは日本人でビルマ語も英語も日本語も非常にうまい日立造船の太田という人がおりまして、それがちょうど帰ってくるので、その次にビルマ人を雇おうというのがおりまして、ちょうど切りかえのまっ最中であったわけでございます。
○松平委員 このサービス・センターの将来の措置に関して、現地の大使から意見か何か出ておりますか。
○關(守)政府委員 現地の大使は、これは非常にビルマ側に喜ばれておる、成績も上がっておる、従って何とかしてよくしたいということを言ってきております。今やめるというわけにはいかぬだろう、これは国際信義にもとることであるというようなことを、大体言ってきておるわけであります。
○松平委員 大体わかりましたが、これはひっきょうするに、当初のやり方がそごを来たしたということに結論はなるわけであります。そのそごを来たしたところの原因をいろいろ今お聞きしてみると、やはり一つは協会側と出先機関との意思の疎通が非常に欠けておったということ、従って通産省がこの実情を全然把握しておらなかったということ、それから現地の外務省の出先機関のこのサービス・センターに対する何と申しますか、協力関係というものが密接でなかったということ、そういうところに私は原因があると思うのです。従ってこれは先ほど池田通産大臣が対外信用の問題であって、これはこのままに放置はできない。自分は一つ政治的に自分の手で解決していくという発言があったわけでありますが、そういう解決のやり方に関しましても私は現地と、あるいはこれに関連するすべての機関というものが、もっと密接な意思の疎通というものをはかって、そうしてこれを対外信用を落とさぬようにしていくという心がけを十分持ってもらわなくちゃならぬ、こういうふうに思うのです。そういうことによって初めてこういうものを作った当初の目的というものが達成できるのじゃなかろうか、こういうふうに思いますので、その点を強く関係諸君に要請をいたしまして、私はこの質問をやめます。
○宿谷参考人 先ほど大臣から御発言がありまして、私大臣のおいでのうちにちょっと一言申し上げたかったのですが、退席されたのですが、ちょうどこの問題が起こりまして、政府から補助金をもらいたいというような話がございましたときに、日比谷の会場で展示会をやっておりました。そうして今の大臣は官職についておられなかったのですが、どこの大臣でもなかったのですが、お見えになりまして、大平代議士さんとお二人で親しく御見学になって、私はこのサービス・センターのごときものは絶対に必要だ。日本の貿易の伸張のためには、やはり機械機具類は技術を先行させなければいけない。それはビルマの国で食糧の増産ができ、いい米ができるということになれば、とりもなおさずビルマの国民の喜びとなるのだから、こういう角度から輸出の伸張をはかっていかなければならない、技術先行であるということで、ぜひともこの予算をつけていただくのに大臣もお骨折りを願いたいということをお願いいたしまして、これはけっこうなことだし、僕が大臣ならすぐきめてやるのだけれども、また話をしておこうというお話も記憶しておりますけれども、先ほどどろなわ式にたくさん買ってもらうのだから、さっと作れば、うんと売れるだろうというような発言があったのですが、そういう趣旨でない。大臣が当時の記憶を思い起こしていただけば、非常に積極的に御賛成であった。それから先ほどのお話に、その他の中小企業も、これを両方あわせて運用の面で維持していくこともお考えになっておられるようですが、これは非常にけっこうだと思います。私は日本の機械機具類の輸出の一つのこれは新ケースだという信念に立っておりましたので、どろなわ式でないということだけは、この機会に一つ申し上げておきたいと思うのと、それからもう一つは、やはり農機具の業界は御存じの通り国内が大部分の市場でございますので、競争も大企業が進出して参りまして、非常に困難な立場に立ちつつあるようでございます。こいつを維持していくためには、やはり何と申しましても海外における費用は全額政府が出していただいて、そうして出先の監督指導に十分御協力をしていただくならば、やがては実を結んできて、ほんとうに日本の貿易振興のためにいい時代がくることを確信いたしておりますので、諸先生方もその意味で、一つこの問題に対しては特別な御援助を願いたいと思います。
○中村委員長 他に御質疑はございませんか。——他に御質疑がないようでありますので、この際参考人の方々にごあいさつ申し上げます。 両参考人の方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。 本日は、この程度にとどめ、次会は来たる二十日金曜日午前十時より開会することとし、これにて散会いたします。 午前十一時五十一分散会