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第34回国会衆議院1960/04/15

決算委員会 第19号

発言数
28 件
登壇者
3 名
会派数
2
開催日
1960/04/15

会議録

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 これより開会いたします。  国会の決算審査に関する件について、調査を進めます。  本日は、内閣法制局より、第一部長山内一夫君が出席されております。  山内政府委員に申し上げます。すでに御承知のごとく、当委員会は、国会の決算審査について検討いたしております。先週の委員会におきましては、大蔵省側の出席を求め、その見解を聴取いたしたのでありますが、その際、大蔵省側としては、法律解釈に及ぶ点については意見を差し控えたいとの発言をされ、その点については触れておりませんので、本日は、内閣において、法制について調査、研究に従事しておられる法制局としてのお立場から、あらかじめお渡しいたしてあります「国会の決算審査に関する諸問題」に掲げられている諸点を中心とし、特に憲法解釈、すなわち旧憲法七十二条と新憲法九十条の表現の相違、新憲法九十条の「国会に提出」の「国会」とは、両議院と解するのか、また「提出」とは何のために提出するのかなどの点、ほかに財政法第四十条の解釈、財政法第四十条の「会計検査院の検査を経た決算」と会計検査院法第二十一条「決算の確認」との関係等について、御発言いただきたいと存じます。山内政府委員。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 それでは、決算制度について意見を申し述べます。  本日は、内閣法制局の立場で、正式に公的な見解を申し上げることを当委員会ではお望みであるとは存じまするが、実はこの問題はなかなかむずかしい問題でございまして、最終的に法制局の公的な見解がどうであるかということは、部内でもまだ全体の会議をして、その考え方をきめる段階に至っておりませんので、はなはだ申しにくいことでありまするが、必ずしも公的見解というふうにおとりいただかないで、法制局の第一部長としての考え方というふうな意味で御理解をいただきたいと思うのでございます。重ねて法制局の公的な意見がどうかということでありますれば、もう一度部内で、ある程度時間をかしていただいた上で、会議をしてきめざるを得ないというふうに思っておるわけでございます。  そういう意味で申し上げますが、最初に、決算とは何かということでございます。これは今までいろいろ当委員会でお述べになりました方々が、その意義についていろいろお述べになっておられるようでございます。しかし、この決算制度がどうあるべきかという問題につきましては、決算の観念というものが、やはり前提になりまするので、私も、一応最初にその点に触れたいと思うわけでございます。私の考えによれば、やはり決算と申しますのは、それ自体といたしましては、予算、すなわち歳入・歳出の計画に対照される実績表であるというふうに理解をいたすわけでございます。その意味におきまして、決算というのは、やはり過去の事実の報告であり、何らかの法規範を制定する国家行為の形式ではないように考えるわけでございます。従って、この点踏み込んで申し上げるのも、ある意味で語弊があるかと思いますが、決算の作成という観念はあっても、決算の成立という観念は、どうもあり得ないのではないかというように考えるわけでございます。この点、もちろんその決算を、決算法というような形で、諸外国では一つの法規範の定立の形式として理解して制度を作っている国もあるようでございまするが、そういう国の決算法がねらっておりますところの効果は、わが国における決算制度とは若干異なる点がございまするので、外国では決算法として取り扱われているから、わが国の決算が直ちにそうなるというようなことには、相ならないのではないかというふうに考えるわけでございます。憲法九十条一項は、単に「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。」と規定しているだけでございまするが、しかし、この提出された決算について、国会が当該会計年度の支出または収入の当否の判断、あるいは適法、違法の判断をすべきことを、当然予想しているものと考えるわけでございます。その意味合いにおきまして、決算の提出というものは、単なる報告の提出とはむろん異なるというふうに考えます。国会がその右の判断をいたしますにつきましては、議決で行なわれることは当然であります。ただ、この議決の法的性質はどうかということになりますれば、これは法律用語で表現するのはいささか恐縮ではございまするが、意思表示ではなく、判断の表示であるというふうに理解をいたすわけでございます。  そこで、次に、「決算の確認」という言葉が現行法上使われております。これは会計検査院法二十一条、それから二十九条一号にも、「決算の確認」という言葉が使われておるわけでございまするが、この確認という意味は、私の理解によりますれば、決算、つまり先ほど申しました実績表に記載されたところの当該会計年度の歳入・歳出が真実であるかどうかについての認定をいうものというふうに、私理解いたします。この点は、今まで当委員会でお述べになりました皆さんの意見とあるいは違うかと思いますが、この認定は、一つの事実の認定でありまして、当否または適法、違法の判断は含まないというふうに、私は考えるわけでございます。会計検査院がその決算の確認をいたすわけでありまするが、会計検査院が確認した決算であっても、その内容が客観的に真実であるかどうかはこれまた別問題でございまして、国会はその誤りを指摘し得る。ただ、会計検査院は、自分の確認したその事実について責任を負わなければならない。つまりあることが事実であるといったことについて責任を負わなければならないのは、これは当然のことであろうというふうに思います。旧憲法の際には確定と言い、現在は確認と言っておりますが、私は、その意味が両者の間において差異を持つというふうには考えないのでございます。旧憲法の際に確定という言葉を使っておりましたが、確定という言葉は、法律用語といたしましては、裁判所の判断というか、ある事実を裁判所が確認する、その確認が確定するとか、確定力を持つとかいうふうに使われるのが一般でございますが、これは国家機関が、あることを事実であるというふうな認定をする。それは争訟手続において、そういう認定をいたす。その認定が、たとえば次の訴訟を起こさないとか、最高裁判所で確定されたとかいうことによって、その事実の真否をそれ以上争い得なくなったという場合に、確認行為が確定したというふうに法律概念としては使われておるわけでございます。つまり確定という概念は、争訟手続上の観念だろうというふうに私は考えておるわけでございますが、決算の場合の確定ということは、争訟手続法にも使われておりますところの確定という概念とは、ほど遠い概念ではないかというふうに思うわけでございます。従いまして、その意味は、決算制度との関連において理解しなければならないと思うわけでございますが、その点につきましては、先ほど申し上げましたように、会計検査院がその自分の責任で過去の支出または収入の事実をこうであるというふうに確認する、それだけの意味であろうというふうに思うわけでございます。  それから決算につきましては、先ほど申し上げましたように、会計検査院が過去の事実の確認をした上で、その事実の当否または適法、違法の判断をすることになっております。これは決算の確認と並んで会計検査院の最も重要な機能だというふうに理解されますが、この判断は、御承知のように、国会との関係では、憲法九十条にいうところの検査報告で表示されることになるわけでございます。ところで、決算報告で表示されましたところの会計検査院の判断は、むろん決算のすべての部分にわたることが望ましいわけでございますが、国会へ提出することの時期というものの制約がございまするので、ある部分については、いかに努力してもこの当否または適法、違法の判断がなされないことがあるわけでございまするが、これがいわゆる未確認部分と称せられるところのものではないか、かように思うわけでございます。決算に関しましては、国会がまた当否または適法、違法の判断をすることに相なりまするが、国会がその判断をいたしますにあたっては、会計検査院の判断、先ほど申し上げました決算の当否または適法、違法の判断を参考にはいたしますが、これに拘束されることはむろんないと思います。従って、未確認部分なるものについても、国会が判断をなし得ることはむろん当然だろうと思います。  会計検査院は、憲法に基づく国家機関でありまするので、会計検査院は、会計検査を独自の立場で行なうのであって、国会の補助機関として行なうということではないと思います。しかし、会計検査院の検査報告は、決算とともに国会に提出されることになっておりまするから、決算報告が国会の審査のきわめて重要な参考資料となることはもちろんであります。その面で、国会の補助機関であると実質的には言っても差しかえないかとは思いまするが、本来的には、やはり会計検査院は、会計検査を独自の立場で行なうというふうに理解するのがよいのではいかと思うわけでございます。  問題は、先ほど述べましたところの憲法九十条に「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。」と、こういうふうになっております。この決算の提出ということが、一つの政府から提出されたところの議案であるかどうかということが、当委員会の問題になっておるわけでございまするが、私は、やはりこれは政府から提出された議案ではないというように考えるわけでございます。と申しますのは、憲法九十条の解釈そのものとして、議案として提出することが直ちにいけないという意味で申し上げるわけではなくて、現在の日本国憲法九十条のもとにおいて、現在の取り扱いとして行なわれているところの決算というものは、議案の提出ではないと思います。  そこで、現在の取り扱いにおきましては、決算の提出を両院各別にいたしておるわけでございまするが、これは、決算を国会に提出いたしまして、国会の批判を仰ぐという形において出されているものと理解されるわけでございます。ですから、現在の取り扱いのもとにおきましては、決算は両院各別に提出されまするから、両院は各別にその当否または適法、違法の判断をなさっておられるわけでございまするが、これを制度を変えまして、両院で構成されるところの国会の一つの判断を求める意味におきまして決算を国会に提出する方法が許されるかどうかという問題が次にあるわけでございまするが、これは憲法九十条では「国会」と書いてありまするから、両院で構成される国会それ自体の批判を求める意味では、国会に提出するということも、これもむろん許されるのではないかというふうに考えるわけでございます。  さらに進んで、この点があるいは一番重要な問題かと思いまするが、政府が、当該年度の決算につきまして政府の責任の解除を求める意味におきまして、たとえば当該年度の決算について承認を求めるの件というような形式で議案を出すことができるかどうかという点が問題になるだろうと思います。私、こういうやり方が憲法九十条に直ちに違反するというふうには思わないのでありますが、この九十条の考え方が、憲法八十七条二項に規定しておりますところの「予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。」と規定されておりまするところと対比いたしまして、憲法九十条は、決算について政府の責任の解除を求める意味での議案の提出というものを、必ずしも期待していないのではないかというふうに思うわけでございます。しかし、そういった承認の求め方、つまり政府提出の議案の形式で決算を提出する、そういうやり方が全然許されないかというと、その点許されないとも言えないかと思いますが、先ほど申しましたように、八十七条二項との対比において、憲法がそのことを予想していたというふうには考えないわけであります。  実は以上申し上げましたところは、先ほど委員長の方から「国会の決算審査に関する諸問題」を渡したから、そこに書いてある問題を中心にして意見を述べるようにとの、そのお言葉には若干背反をいたしまして、私なりに項目を追いまして申し上げたわけでございまして、その点恐縮でございます。参一応私なりに項目を追って説明した方が、私としては便宜であるように思いましたので、そういうふうに述べたわけで、その点お許しを願いたいと思います。  そこで、諸問題を逐一項目的に追いながら、ごく簡単に、先ほど申し上げました私の考えを敷衍する意味で申し上げたいと思います。  第一は、会計検査院の検査に関する問題でございます。その問題については、七項目のお示しがあるわけでございます。  第一の点は、旧憲法第七十二条には「会計検査院之ヲ検査確定シ」とあるが、新憲法第九十条には「会計検査院がこれを検査し」とある。「確定し」がなくても、旧憲法と同様に会計検査院の検査で確定すると見るかどうか、という問題でございます。この点は、先ほど申し上げました通り、この旧憲法で使われておりますところの確定の意味、それから会計検査院法で使っておりますところの確認の意味は、同じ意味だというふうに理解いたしまするので、「確定し」という言葉がなくても、旧憲法と新憲法との間で会計検査院の検査の性質が異なるというようには、私は理解いたさないわけでございます。  それから次に第二番目の問題は、会計検査院法第二十一条の「検査の結果により、国の収入支出の決算を確認する。」とは確定の意味か、という問題でございますが、これは(1)で申し上げましたことで御了解を願いたいと思います。  第三番目の問題は、会計検査院の検査で決算が確定するとすれば、検査院の未確認部分は確定にならないのか、こういう問題でございます。私の考えでは、この決算の確定という意味は、先ほど申し上げましたように、会計検査院の、決算に記載された当該会計年度の歳入・歳出が真実であるかどうかについての認定というふうに考えるわけでございまするから、当該年度の決算が国会に提出された際におきましては、会計検査院の確認ということはすべてにわたっておらなければならないというふうに考えるわけでございます。しからば、その検査院の未確認部分があるということはどうかということになりますが、会計検査院の職能といたしまして、その事実を確認することと、その確認した事実の当否または適法、違法の判断をするというもう一つの機能とがございますから、その判断の方は、先ほど申し上げましたように、決算の提出時期との関連において、すべての部分にわたることが望ましいけれども、わたり得ないことがある。そこで判断を保留している部分が残る。これが検査院の未確認部分といわれるものというふうに考えるわけでございますから、未確認部分と確定または確認というのは、法律的な概念を正確に詰めますと、違うものだというように理解いたすわけでございます。それならば、確認という言葉をそのまま使いながら、未確認部分という言葉を検査報告で使っているのはどういうことかという御反論は当然予想されるわけでございまするが、これは法律技術的なことになって恐縮でございまするが、会計検査院法第二十九条の一号に「国の収入支出の決算の確認」ということが一つ上がっておりまして、三号に「検査の結果法律、政令若しくは予算に違反し又は不当と認めた事項の有無」ということがございます。先ほどからしばしば申し上げましたように、この二つの機能が会計検査院の職能としては最も重要な柱とは思いますが、この当否または適法、違法の判断と、その決算で表明されたところの記載が過去の収入・支出の事実を正直に表わしているかどうかの確認とは、私は別個なものではないかというように思うわけでございます。従いまして、私はもう一度繰り返させていただきますれば、会計検査院が国会に決算を提出した際には、確認ということはすべての部門にわたっていなければならない、しかし、その当否の判断については保留の部分がある、こういう意味に理解をいたします。  第四番目の問題は、会計検査院の検査報告中の「その検査を了して内閣に回付する」と「未確認」との関係はどうか、という点でございます。この点は、この当否または適法、違法の判断をすべて了して内閣に回付するという意味でこの文字を理解いたしますると、私は、いささか真実を表わしていないのではないかというふうに考えるわけです。と申しますのは、そこに未確認部分というのが残っておりまして、会計検査院が当否または適法、違法の判断をしない部分、その判断を保留した部分が残っている以上、その判断をすべて了したという意味で内閣に回付するのだ、こういう文言が使われますると、この点はいささか事実にそぐわないのではないかというふうに思います。しかしながら、決算に表明されたところの記載が過去の収入・支出の事実を表わしているかどうかについての確認を会計検査院がいたしたという意味ならば、「その検査を了して」という言葉は、その文字通りに受け取ってよろしいのではないか、かように考えるわけでございます。  それから財政法第四十条に「内閣は、会計検査院の検査を経た歳入歳出決算を国会に提出する」とあるが、「検査を経た」とは、検査院の確認部分だけで未確認部分を含まないのか、確認、未確認」をともに含むものなのか、という問題が、第五番目の問題でございます。この点は、先ほど申し上げました四番目の問題について私が述べたところで大体御了解いただけると思いますが、なおづけ足させていただきますれば、財政法第四十条は、国会に提出されたところの歳入歳出決算については、会計検査院の検査が終わっていなければならないものであるということを考えておることは、同条の文言に照らして疑いのないところだとは思いますが、未確認部分があるという意味においては、完全な意味での会計検査院の検査を経てないということに、正直にいってなると私は思うわけでございます。未確認部分があるのに、すべて検査を経たのだというふうに強弁するのはどうかというふうに考えるわけでございます。そこで、それならば未確認部分を残しながら内閣が歳入歳出決算を国会に提出することは違法ではないかということが、その次の問題になるわけでございます。私は、その点につきましては、会計検査院が歳入歳出決算をきわめて精密に、完全に検査をして国会に出すことが望ましいことはわかりますが、一方において、国会も、時期を失せず、当該年度の歳入歳出決算の御審査を開始なさらなければならないわけでございますから、その点について提出の時間的制約というものがあるわけでございます。その与えられたところの時間的制約の間において、会計検査院が全力を尽くしてその当否または適法、違法の判断をする、しかし、その努力にもかかわらず、なおかつ判断を保留せざるを得ない部分がありますれば、これは未確認部分として率直に国会の方に申し上げるということに相なるわけでございます。そういうような全力を尽くしたあとでそういうことに相なりますれば、これはまたやむを得ないことでございまして、そういう事態が、財政法第四十条違反であるというふうに考える必要はないのではないかと思うわけでございます。  第六番目の問題は、会計検査院の検査は、国会における財政監督上の審査のための準備をなすものでないのか、こういう問題でございます。これは先ほど申し上げましたように、結局は考え方の問題になります。実質的には、国会の審査を助ける意味において会計検査院は検査をされるという面が確かにあるわけでございますが、会計検査院は、何といいましても憲法に基づくところの国家機関でありますし、また独自のいろいろな懲戒処分あるいは弁償責任の有無の検定とかいう別の権能を持っていますし、会計検査院の本来の、独自の立場というものもあるということを必ずしも否定できないのではないか、かように思うわけでございます。  第七番目の問題は、決算が決算として成立するのは、内閣で、閣議決定したときか、会計検査院で確認したときか、あるいは、国会で議決したときか、ということでございます。この点につきましては、先ほど私が申し上げましたように、私といたしましては、決算の成立という考え方がどうも理解できません。決算の本来の概念というものは、過去の収入・支出の事実の記載、その実績表であるということだと私は思いまするので、これが成立という考え方で理解するには、私は困難を感ずるわけでございます。もちろん、そういう実績表を作りますにつきましては、最初に大蔵大臣がそれを作り、それが内閣で閣議決定をし、そして会計検査院に送付し、さらに会計検査院が確認するという形に相なり、さらに国会自身が、また独自な判断で、その実績表が過去の事実にほんとうに符合するものであるかどうかということを判定なさるわけでありまするから、どこの段階において決算が成立したということを言うのは、いささか無理があるのではないかと思います。しいて申し上げますならば、私は、国会で誤りを指摘されないでその決算の審査を終了したときをもってその決算が決算として成立するというふうに、その時点で考えるのがむしろ正しいのではないかというふうに思うわけでございます。決算の作成にあたりまして、大蔵大臣がその作成を最初にいたしますが、その点につきましては、大蔵大臣がその実績表について責任を持ち、内閣が閣議決定をいたしますれば、内閣がその段階で責任を持つ。さらに会計検査院が確認をいたしますれば、会計検査院としてそこで責任を持つに至る。こういうことに相なるだけのことでございます。その点につきましては、行政部内では、何といっても会計検査院が最高の責任者でありますから、会計検査院が確認したところの決算の内容が、行政機関としては最高の権威のある決算を作成したということに相なるのではないかと、かように考えます。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 ちょっとそこで山内さん及び委員の方々に申し上げたいのですが、きょうは零時半から私の方の両院議員総会があります。質問時間が三十分ぐらいあると思いますから、それを御考慮の上で、山内さんの説明を終わっていただきたいと思います。十一時四十分か五十分ぐらいに終わっていただければ、質問時間は十分あるだろうと思います。どうぞお続け下さい。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 それから大きな項目で「内閣の提出に関する問題」というのが、第二の問題になっております。そのうちに一から三までございます。  最初の問題は、憲法第九十条には「国会に提出しなければならない」と規定してあるが、各院別々に提出しても差しつかえないか、という点でございます。これは先ほど申しましたように、現在の取り扱いがすでにそうなっております。この現在の取り扱いを違法だこいう必要は、私は毛頭ないのではないかと思います。  それから第二番目の問題は、内閣は決算を国会(正確には各院)に提出しているが、国会の審査並びに議決を求めていると解するか。こういう点でございます。私は、これは文字通りには内閣は議決を求めていないというふうに率直に思います。現在の取り扱いを前提とする限り、内閣は、国会の審査並びに議決を内閣自身の意思として求めておるのではない、かように思うわけでございます。ただ憲法は、その国会への提出を契機として、国会が決算を審査、批判するということを当然に強く期待しておるわけでございますから、その提出が契機となって国会の審査が始まることに相なるわけでございます。そういうものを見越して内閣は提出するわけでございますから、実質的には、内閣は審査並びに議決を求めているといっても差しつかえないのでございますが、形式的また主観的には、内閣は審査並びに議決を求めておるのではないというふうに私は思います。  次の第三番目の問題は、内閣は国会に議案として承認を求めて提出してくる必要はないかという点でございます。この点は、憲法上求めてくる必要があるか、こういう意味でのお尋ねならば、憲法上は必ずしもその必要はないというふうに私は思います。ただ、制度の立て方の問題として、承認を求めて提出してくるような制度とすべきではないかという点でございます。これも一つの制度論に相なるかと思いますので、私自身にわかにそういうふうにした方がいいかどうかという点について意見を述べるのも恐縮でございますが、問題は、むしろこういうような制度を立てることが憲法に違反するかどうかということが、法律論として出てくるのではないかというふうに思うわけでございます。この点は、先ほど申し上げましたように、私は憲法違反というふうに言い切る自信がございませんけれども、憲法九十条と先ほど申し上げましたところの八十七条二項との対比において、憲法はそこまでは予想をしていなかったのではないかというふうに思うわけでございます。  それから大きな問題として第三問、「国会における決算の取り扱いの問題」というのがございます。この問題が一から十までになっておるわけでございます。このうち一と二——時間がございませんから、問題の中身を読むのは差し控えさしていただくとしまして、一と二につきましては、これは、先ほど申しましたところの、決算を国会の承認を求めるの件というような政府提出の議案の形式で出すかどうかとの関連において結論が違ってくると思います。現在のような取り扱いのもとにおきましては、一、二も、それぞれここで書かれております通りの取り扱いでよい、あるいは再び内閣は提出しないということでよい、というふうに私は一応思うわけでございます。  三番目の問題は、これはどうも事実問題でありまして、これは私法律問題としてどう考えていいのかわかりませんし、この点については意見を差し控えさしていただきたいと思います。  四番目の問題、これは先ほど申し上げましたように、国会の決算に関する審査ということは、会計検査院の検査報告に制約されて行なうというようなことは毛頭なく、会計検査院の検査報告を参考にされることはあっても、国会は独自の審査をなさることができるし、またそうあるべきものだというふうに考えるわけでございます。  五番目の問題も、四番目の問題と同じでありまするし、その点は先ほども申し上げました。  六番目の問題は、会計検査院の検査報告は、国会における決算審査の参考となるにすぎないと思います。  七番目の問題は、これはまあ国会のお取り扱いの問題で、私が、こういうようにする必要があるかどうかということについて意見を述べるのもどうかと思いますので、この点は差し控えさせていただきたいと思います。  八番目の問題でございまするが、先ほど申し上げましたように、政府が決算を提出するにあたって、過去の支出・収入の責任の解除を求めるために、当該年度の決算について承認を求めるの件という形式で議案を提出いたす方法をとりますれば、その件に関するところの国会の議決というものは、政府の責任を解除するということを意味することに相なると思います。しかし、現在のような取り扱いでは、国会が、ある支出なり、ある収入なりを、不当または違法であるというふうな御決議をいただかない限り——いただけば、そこで政府の責任が生じますけれども、いただかなければ、結局政府の責任はないということに相なります。だから、積極的な議決としては、不当であるとか違法であるとかいう国会の議決の形で出てくることでございまして、そういう議決自身は、政府の責任を追及するという内容を持つわけでございます。ただ、国会のお取り扱いとして、ある年度の決算は承認するというふうな形で最終的にはお取り運びになっておられるようでございますが、この議決というものは、政府が直接に求めているところの議決ではなくて、当該年度の決算については国会は審査をしたが、まあこれでよいと思うということで、その審議を打ち切るという意味で最終的な議決をなさっていらっしゃるのではないかというふうに了解いたします。従いまして、その段階までに、あるいはその最終的な議決と同時に、政府の責任を追及するという議決が考えられます。その議決は、むろん政府の責任を追及する、政府に責任があるという積極的な意思表示になりまするから、この点はまた別の問題になってくるのではないかというふうに思うわけでございます。  九番目の問題は、これは内閣が決算を国会に提出する際にあたっての技術的な問題だというように思いまするが、私といたしましては、検査院の方の検査報告で、未確認部分という記載がありまするし、さらに既往年度未確認部分で確認した部分がどれであるかも明らかにされておりまするから、特に内閣がその点を御指摘申し上げる必要があるかどうかというと、やや消極的な考え方を持つ次第でございます。  第十番目の問題でございまするが、これは結局憲法九十条が予想しておりまするところの、決算の提出後の国会のお取り扱いがいかにあるべきかいう問題であるわけでございます。これは時間がありませんので、(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)(ホ)、(へ)と、こういう順で全部申し上げたいところでございまするが、その点を個々に言うことをお許し願いまして、一括して申し上げますれば、この点は、先ほども何回も申し上げましたように、憲法九十条では、内閣が国会に責任の解除を求める意味での議案を提出するということを、当然予想しておるものではないと思います。たた、そういうふうな制度を打ち立てることが憲法違反かといいますと、私は直ちにそうは言えないと思いまするか、憲法九十条がそういうことを直ちに予想していたかというと、そうではないのではないか、かように考えるわけでございます。従いまして、政府提出議案としてのお取り扱いにすべきかどうかということは、その政府提出の議案にするかどうかということと全体としてからんでいるわけでございまして、政府提出の議案にするということが、憲法上も許され、ひいては決算制度として合理的であるということに相なりますれば、その点からおのずから結論が出てくるだろうとは思います。が、ただそういう政府提出の議案という形式で決算制度を立てるということが許されるにいたしましても、決算だから必ず衆議院の先議にしなければならないとか、あるいは両院協議会の協議がととのわなかったときには、衆議院の意思が優越するんだという制度をとることが、直ちに合理的であるかどうかということ、私は、制度論になりまするから言う必要もありませんが、個人的な意見を述べさせていただけば、そういうようなことは必要ではないのではないか、かように考えるわけでございます。  時間がないので、言い足りないところがあって恐縮でございまするが、あと委員長のお話では、御質問の時間を予定しておられるようでありまするから、足りない分は御質問によってお答えさせていただければ幸いと存じます。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 質疑に入るに先立ち、私から資料の提供を要求したいと思います。それは、この委員会がこういう努力を重ねて参りましたのは、大体の空気は、これを議案として取り扱うのが正当ではないのか。それは憲法四十一条、憲法八十三条の精神に照らしてみても、これを議案として取り扱うのが正当ではないかと考えておって、そのことに対していろいろ研究しておるわけなんですが、今のお話を聞いてみても、これを議案として取り扱うということは、必ずしも憲法違反ではないというのが大体のお考えのようなんです。そうすると、これを議案として取り扱う場合には、会計法とか、国会法とか——憲法の上には抵触しないけれども、現在の法規の上ではいろいろ抵触するところがあると思うのです。そこで、私法制局にお願いしたいのは、議案として取り扱う場合には、関係法規のどことどこが抵触してくるのか、それをどう変えればいいのかというあなたの方のお考えを、一つ資料として出していただきたいと思います。     —————————————

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 次に、質疑の通告があります。これを許します。小川豊明君。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 私も今まで学者その他の意見をいろいろ聞いておっても、議案として提出すべきでないかという意見が大体であった。ただ、議案として提出する場合に、憲法を改正しなければまずいではないかという意見と、財政法その他の関連法規を改正すればできるのだ、こういう意見とがあって、憲法を改正しなければまずいではないか、できないじゃないかという意見の方が、少数であったわけです。それからまた現に、われわれがここで決算委員として決算に臨んでおっても、いろ  いろの矛盾を感ずる。そういう点から、議案とすればすっきりするじゃないかと思う。そこで今委員長の言われたように、私も、憲法に手をつけずにできるなら、どことどこをどういうふうにあれしたらできるかということをお尋ねしたいと思っていたんだが、これを資料として御提出願うとするならば、それで非常にけっこうです。  そこで、今お聞きしておって、ちょっと疑問な点があるのでお尋ねするわけですが、この「内閣の提出に関する問題」、こういう中で、これは議案じゃないのだ。これは現実にはそうなんです。批判を仰ぐだけだ、こういう御解釈でしたが、議案でないならば、報告だ、こういうことにならざるを得ない。それから批判を仰ぐものに対して、われわれが現に議決をしています。議決をしているのは、批判なのかどうか。議決というものは、批判とわれわれは解釈していいのかどうか。この点伺います。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 現在の取り扱いのもとにおける、国会と申しますか、各院の議決は、私は正直に申し上げて、判断の表示、つまり批判であるというふうに思います。前段の、それでは議案でなければ報告であるかという御質問でございますが、これは当委員会で何回も論議が行なわれているように承知いたしております。これは最終的には言葉の問題になるかと思いますが、憲法九十条の建前と申しますのは、単に事実を知らせるという、そういう意味での報告ではない。それを提出した機会に、国会が慎重御審議になって、それに対して、国民にかわって過去の収入・支出に対する当否または適法、違法の判断をするということを強く期待している。そういう意味におきまして、それが一つの材料になりまして批判が始まるという意味において、単なる報告ではないというふうに私は考えておるわけでございます。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 そこで、議案でないならば報告だけれども、単なる報告ではないのだというと、一体それはわれわれはどういうふうに解釈したらいいのです。議案ではない、報告である、けれども単なる報告でないというと、この取り扱いは、慣例ではわかっているけれども、それをわれわれは言葉として、文章としてどういうふうに受け取ったらいいのですか。——それはお考え願っておくとして、憲法の四十一条は、国会を国権の最高機関と見ていますね。それから八十三条では、国会中心の財政主義をとっているわけです。従って、九十条というものは、こういう趣旨に基づいた取り扱いの規定でないか、こう私は一応解釈してみたのです。そうなってくると、あなたも法制局におられるから、法文の解釈というものが一番中心になって出てくるだろうが、われわれはここにいて、憲法の精神、そういう趣旨からいって、今の慣例でやっているこの形でいいのか悪いのか。もしこういう慣例でやっているこの形が直さるべきであるというならば、どこを直してその趣旨に沿うようにすべきか。こういうことをわれわれは考えておる。今お聞きしていると、法文はこうなっているから、条文はこうなっているから、必ずしも憲法違反ではない、あるいは法律に違反しているのではない、こういうことが中心になっているのですが、われわれとしては、批判であるとかないとかいうのはともかく、今慣例としてやっていることでは多々矛盾を感ずるから、これをもっとすっきりした姿にしたい。すっきりした姿にすることが、むしろ憲法の趣旨にも沿うことでないか。憲法の趣旨に沿っていくということのために、憲法にはうかつに手をつけられるわけでないから、従って、これに関連する財政法なりその他の法律を改めることによって、その趣旨に沿えるのではないか。それならば、どこをどういうふうに改めたらいいかということが、われわれの中心になってくるのです。そういう点から、山内さんのお話を聞いていると、これによっても差しつかえない、違反でないということが中心になっているが、そうでなくわれわれは今申し上げたようにいきたい、こう思うのです。  そこで委員長がさっき言ったことが中心になるわけですが、たとえば会計検査院の検査に関する問題の中でも、御説明では「検査を経た歳入歳出決算を国会に提出する」ということに対しても、「経た」ということは、終わったということで1私の解釈なり受け取り方が悪かったかもしれませんが、終わったということになる。未確認というのは、終わったとはまだいえない。こういうことで、ただし時間的にはどうしても未確認は残らざるを得ないのだ、未確認が残るということは好ましいことではないが、これは事実上やむを得ないことだ、こういうことならば、事実上これはどうやったら改められるかということを考えるべきじゃないでしょうか。この点はどうでしょうか。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 おっしゃるように、未確認部分が残るということは、好ましいことではないと思います。これを未確認部分が残らないようにするのにはどうしたらいいかということは、私の知恵ではなかなかはかりかねますが、素朴な頭で判断いたしますと、これは会計検査院に対しては恐縮でございますが、会計検査院の充実、会計検査院の努力、そういう点を期待しなければならないと思います。しかし、前金払いとか、概算払いとか、いろいろな制度もございますし、事柄の性質上、国会に御提出に相なる時期までに、どうしてもその当否または適法、違法の判断がしきれないものもあるのではないかというように考えられますので、どうしても残るのは率直にいってやむを得ないのではないか、かように考えるわけであります。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 それから政府の責任の問題ですが、御説明を聞いておると、これでよろしい、不当な点はないといわれたときに政府にはもう責任はない、しかし、責任を遂及された場合には政府に責任が残る、こういうような御解釈であったと思うのです。政府に責任が残るとするならば、これは責任が解除されたということにはならないことになるわけです。そうすると、国の予算の執行に対する責任をいつまでも残されるはずはないので、政府はいっかは責任を解除されなければならない。解除される段階というものは、国会でこの決算は差しつかえないと承認されたときに、追及されなかった場合には解除されるわけですか、追及がされておる場合には、責任というものは残るわけですか。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 現在取り扱いに即して申し上げれば、国会で、決算の全部あるいは一部についてこれは不当である、また違法であるという御議決がありますれば、これは政府の責任として残るわけです。ただ、この明確にされた責任をどうやって償うかという問題が残るわけでございますが、これを法的に、たとえば当該の職員の免職を求めるとか、あるいはそのほか減俸するとか、そういう懲戒的な形でやる方法があると思います。そういう方法をみずから国家がおやりになる方法が、理論的にはあると思います。制度論としてそういうふうに立てることがいいかどうかは一つの問題でございますが、そういうことが理論上はあり得ると思うわけであります。ただ、そういう制度のない現在において、責任があるという議決があった場合には、それは言いぱなしではないかという問題が、どうしても出てくるだろうと思います。確かに、見方によれば、言いっぱなしということも、正直にいって言えるのではないかと思います。しかし、国の最高機関が、過去の決算について、不当があった、違法があった、こういうことを宣言されるということは、事実問題としても重要なことだと思います。その一つの議決によって、行政部の職員である者が一つの大きな反省をするということは当然でございますし、またその反省は、現に政府部内の職員としてはいたしておるのではないかと思うわけであります。法的効果としては直ちにどうということは出てきませんけれども、国権の最高機関の不当である、または違法であるという意思は、実際問題として十分に尊重され、今後を戒め、あるいはそれを是正できるものは直ちに是正するという措置を当然とっていくという意味で、実際上の効果は十分期待できるのではないかというふうに思うわけでございます。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 おっしゃることはわかります。それはやはり一つの常識論であり、道義論みたいになってきて、そういう不当なりという議決がされても、それに対して政府が負わなければならぬ責任は、この中には何もないわけです。結局聞きおくということになる。ただ、おっしゃるように、国会は国の最高機関である、その最高機関が議決したことだから、尊重しなければならないことは当然であるという御趣旨は、わかるのです。しかし、それに対してこれこれこうしたという回答をしなければならないということの規定は、どこにもないわけです。そういう点からも、議案に持っていくべきじゃないかということが一つ考えられる。さらに国会が国権の最高機関だというならば、その議決は、今おっしゃるように当然重んじなければならない。重んずるとするならば、ここで国会に提出するとなっておるが、これは両院別々に出されており、かつては両院が異なった議決をしたこともある、一院では重大に取り上げたが、他の院ではこれを無視した、あるいは軽視したという場合もある、そういう異なった議決をした場合に、実際問題として、政府はその議決をどう重んじ、どう尊重するかという問題が出てきますが、これに対するお考えはどうなりますか。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 一院がある事項を不当としたことを、他の院が正当であると認定いたしますと、これは何と申しましても、政府に対するきき目はないわけで、政府としては、都合のいい方の議決を重んずるということになります。それは実際問題として、率直にそうだと思うわけであります。その点で迫力がないということは、率直に認めざるを得ないと思います。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 従って、そういう議決の権威をあらしめなければならない。権威をあらしめるためには、議案として出し、両院の意思が統一されて初めての権威のあるものになるわけだから、そうすべきじゃないか。そうするためにはどうすべきかということが、問題として残ります。これは細末の問題ですが、財政法の四十一条に「毎会計年度において、歳入歳出の決算上剰余を生じたときは、これをその翌年度の歳入に繰り入れるものとする。」こうあるわけですが、この「決算上」というのはどう解釈したらいいのですか。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 この「決算上」というのは、一応現在の取り扱いでは、政府が数字をはじきまして、剰余が残るという判断をして当該年度の歳入の方に繰り入れて使ういうことになっておりまして、この決算というのは、国会が最終的に御判断になった暁の時点において考えておるのではないと思います。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 これは国会がそういう判断をしたときは、初めて「決算上」というのが出てくる、こういう御答弁だと思いますが、いかがですか。これはやはり確定とからんでくるのですが、先ほどの御説明では、大蔵大臣が決算を作成する責任は、これはある。けれどもこれは作成することである。この各条文には確定という言葉があるわけです。そこで、確定というのは、作成したときに確定したわけではないと思う。作成したものを会計検査院に回すときに閣議にかける。そのときに確定するのか。会計検査院の検査が終わって、さらにそれを国会へ提出するときに、また閣議を開く。そのときに確定するのか。確定という言葉がある限り、確定という段階がどこかになければならぬ。そこで、この確定という言葉の段階はどこなんだということを、簡単でいいから、お教え願いたい。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 私先ほど申し上げましたように、確定というのは、最終的にどこで確定するかといえば、これは私は、国会が審査を了せられたときだというふうに思います。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 そこで、国会に提出するのには、議決、審査は求めていない、こういうお話であった。議決、審査を求めていないならば——これは提出なんです。ただ、提出したときに、国会は決算を確定するとしても、審査も議決も求めていないものに対して、われわれはこれに確定を与えてやることはできないじゃないでしょうか。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 その点につきましては、幾ら剰余金があるかという、この剰余金の認定は、結局予算の形で、この剰余金が幾らという形で、今の取り扱いでは出ることになるわけでございます。ですから、その点からいきますれば、現在の取り扱いでは、一応政府がこれだけ余るという、その認定の基礎の上に剰余金をはじき出しているというのが、私は実情だと思います。正当論としては、確かに先生が言外ににおわせていられるように、決算の承認を求めるの件という形で議案を出して、それが承認を与えられたときに、その決算上の剰余金が出るのだ、こういうふうに制度を打ち立てた方が、はっきりした決算上の剰余金ということが出るという意味では、確かにそうなるわけです。現在ではそういうふうに扱っていないわけで、そこでは若干の政府の見込み、これはしいて言えば一種の独断の見込みが、剰余金となって現われるという問題は、依然として残っているだろうと思います。ですから、制度の立て方として、今申し上げましたように、決算の承認を求めるの件というような形で出して、それの承認があったときに、初めて剰余金が使えるという制度は、外国にも例があるようでこいまするし、それは制度としては私は十分考えられることだというふうに思います。ただ私、現在の取り扱いを中心にして述べるものですから、はなはだもってお答えとしては不十分かと思いますが……。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 今御説明なり御答弁なりは、今の制度の上に立ってやっておられるから、われわれのこうしたらばということとのギャップというもののあることは、これは私も認めますが、今の御答弁で、われわれも、今後これをどう定義づけていくかということに対する一つの自信は持ったわけで、非常に感謝するわけですが、そこで決算を議案として議決を求めるということは、憲法では予想していなかった、こういうお話であったわけですが、伊藤博文さんの「憲法義解」の解釈については、これとちょっと違ってくるんじゃないか、こう思うわけです。憲法は、提出後のことは法律にまかしている、こういうふうに解することになるわけなんです。この点でのお考えを承りたい。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 私は、その憲法の解釈といたしまして、九十条が一条ありまして、それからもう一つ、八十七条の二項、つまり予備費の支出についての国会の承諾という制度がもう一つある。その対比からいきまして、九十条そのものは、決算の承認を求むるの件という形で政府が国会に出すということを、九十条自身が言葉の上から予想していなかったのではないか、こういうふうに申し上げたわけです。ただ、そういう制度にするということが——予想してないということと、違反であるということと、私は同じ意味には使っておらないので、まあ予想してなかったから、そこに一つの問題点があるという意味で、それを違憲であるというふうに今すぐ申し上げたつもりは毛頭ございませんです。ですから、決算制度として合理的なのは、さきに申し上げたような決算の承認を求めるの件というような形で出すのが、最も合理的だといたしますならば、憲法の解釈として、そこはもうちょっと時間をいただいて法制局の意見をお求めいただくならば、もう一回寄り寄り相談して申し述べたいと思います。私は、個人的には、それは直ちに違憲だと申しておるわけではございませんです。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 もう一点伺いたいです。いろいろの書物を見ますときに、元の法制局長官の佐藤さんですね。この方の意見というものは、議決についてかなり積極的な意見を持っておられるのです。そこで、こういう意見に対して、現法制局としては、こういう佐藤元法制局長官の意見と異なった意見を、今持っておられるのか、そういう意見は支持しておられるのか、これはどういうことなんです。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 私、第七国会で佐藤前法制局長官がお述べになりましたことと、特に違った意見を申し上げているつもりはありません。あるいは私の理解の足りない点で、食い違っておるかもしれませんが、私の主観的な気持としては、あの線でお答えしているわけであります。第七国会において、佐藤氏が、当時参考人としてお述べになった意見は、その決算について承認を求むるの件として政府提出の議案が出されるということを、直ちに合憲であるというふうには、私は言っておられないように思うのです。その点は一つの問題として残しておられるように、私は、記憶というか、そういうふうに理解しているわけです。佐藤さんも、そこをすぐ、そういうことをやることは違憲だとも言っていらっしゃらないので、問題点として残しておられる。ただ佐藤さんの御意見では、両院各別に判断をするということでなくて、やはり決算制度のあり方としては、迫力の問題がある。国会の議決の迫力の問題がある。それを、先生がさきお述べになりましたように、両院各別にやるということについて、まあマイナスの面もあるから、国会で一本でやるというためには、現行法のもとでも考えられるし、制度論としては十分考えられるということは、よく強調しておられるように私は理解いたしておるつもりでございます。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 御意見は、佐藤さん一とほとんど同じだ、こう思っておるのです。ただ、きょうおいで下さってお話しになるときに、非常に慎重に——きょうのこういう会合というものは、もっと早くあなたの方にお出まし願って、われわれは持ちたい、こう思っておったが、あなた方の方で、十分にこの点については審議し、調査しなければならないから、こういうお話であった。従って、きょうは法制局としてのまとまった意見が伺えるだろう、こう思って、われわれも楽しみにしてきた。ところが、ここでまだ法制局としてはまとまっていないのだ、一私人の意見としてお聞き取り願いたいということであるから、法制局としても非常に慎重にお考えになっていることはけっこうだが、その意見がまだまとまっていないなら、まとまらないからには、相当異論があるからまとまらないのか、こういうことを考えざるを得ない。従って、今あなたがお述べになった異なったような意見というものは、まだ法制局には非常に多いのかどうか、こういうことを私はお聞きしたいのです。

山内一夫法務局参事官(第一部長)

○山内(一)政府委員 異論があるということではございませんのです。実は率直に申しまして、私どもの部内におきましても、決算制度の勉強がよく積んでおらないわけでございます。そこで、先週実はお呼び出しが私どもの方に、ございましたが、その際も、私自身、正直に言って、決算制度はほんとうによく考えたことがないので、時日をいただいて一週間お延ばしいただきまして、その間私のできる限りの勉強はいたしましたつもりでございます。その結果をきょう御報告申し上げるのですが、次長、長官、ほかの部長、会議をして一つの統一的な線に持っていきますためには、私自身がよく勉強して、一応主査として動かなければならない、その時間の余裕がどうしてもないので、長官の了解を得まして、一応それではお前が考えた線をお述べしろ、こういうことでございます。異論が特にあるわけではございません。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 これは前回大蔵省の主計局からおいで下さって、この審査一の方法について、議案か報告か、こういう観点でいろいろ伺ったわけです。その、ときに、これは法制局とも十分に相談の上ということで、われわれも、この問題については、これまでの慣例に対していろいろな疑問を持ったわけです。従って、三十三年度の決算に入る前に、これを名実ともに生きた定義を持ち、内容を持って臨みたい、こう考えて、決算の各章に入らずにこの問題に取っ組んでおるわけなんで、そういう点から、われわれも一つ勉強して早く結論を出したいと思うのです。しかし、これを出すについては、法制局なり大蔵省なりの見解、意見というものは、非常に重大な要素をなすわけですから、できる限り早く、あなたの方でも統一した意見というものを大蔵省とも相談して持っていただきたい。そのときに、さらに希望しておくのは、役人ですから、政府としてはそれは報告の方が一番便利であり、都合がいいかもしれませんが、国の一つのルールですから、この点についてはそういうことでなく、どの道をとることが最も正しいかということを、御検討を願いたいと思います。私の質問を終わります。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 次会は、来たる二十日、新憲法制定当時法制局次長をやっておった佐藤達夫君に来ていただいて、新憲法制定当時のいきさつについての説明を聴取することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時十五分散会

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