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34回国会衆議院1960/03/30

決算委員会 第14号

発言数
63
登壇者
7
会派数
2
開催日
1960/03/30

会議録

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 これより決算委員会を開会いたします。  国政調査承認要求の件についてお諮りいたします。  当委員会といたしましては、国会の決算審議に関し、調査を行ないたいと存じますので、調査する事項として国会の決算審査に関する事項、調査の目的としては、決算審査の適正を期するためとして、すでに承認を得ております国政調査事件に追加して議長の承認を求めたいと存じますが、これに御異議ありませんか。     「異議なし」と呼ぶ者あり〕

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 御異議なしと認め、そのように決しました。  なお、調査の方法は、すでに承認済みのものと同様として申し出ることにいたします。      ————◇—————

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 それでは、本日は、国会の決算審査に関し、参考人より御意見を聴取いたします。  本日御出席の参考人は、東北大学教授清宮四郎君、東京都副知事鈴木俊一君の御両名であります。参考人各位には、御多忙の中を、特に清宮参考人には、遠路わざわざお時間をさいて本委員会のために御出席いただき、まことにありがとうございました。  すでに御承知のことと存じますが、国会の決算審査に関しましては、遠く第六回及び第八回帝国議会において、その取り扱いについて論ぜられたところでありますが、新憲法になりましてからも、第一回及び第七回国会の決算委員会におきまして、その取り扱いについて検討が加えられております。すなわち国民の代表機関である国会が、国権の最高機関となり、特に財政に関しては国会中心主義の原則をとっておりながら、財政の締めくくりである決算については、旧憲法当時と同様に、単に報告扱いでよいか、あるいは国会の議決を求める議案とすべきではないかという点が取り上げられ、参考人の意見を聴取したのでありますが、いまだその結論を得ていない状態であります。  当決算委員会におきましては、新憲法下の国会における決算審査のあり方を根本的に検討し、これを新憲法の国会中心財政主義の精神に沿わしめ、もって、国会の決算審査を名実ともに権威あらしめたいと、党派を越えて祈念いたしておる次第であります。  つきましては、参考人におかれましては、第一に、旧憲法第七十二条には「會計檢査院之ヲ檢査確定シ」と明記されているが、新憲法第九十条には、ただ「検査し」とのみ規定している。「確定」がなくなっても、はたして旧憲法と同様に、決算は会計検査院の検査で確定すると解すべきかいなか。会計検査院法第二十一条の「確認」とは、旧憲法の「確定」と同意義であるのかどうか。また、検査院の検査報告中の確認と未確認との関係などはどうであるか等の会計検査院の検査に関する諸問題。  第二に、憲法第九十条に、決算は国会に提出しなければならないと規定しているが、現在のごとく、各院別々に報告案件として提出しても差しつか岸ないか。あるいは議案として国会の承認を求めて、国会に、すなわち両院交渉案件として、一院にまず提出すべきかいなか等の内閣の国会提出に関する諸問題。  第三に、国会の決算審査における従来の会計検査院の検査報告中心の審査方法、あるいは決算の議決の態様、または、閉会中審査に付することなく、当然に決算が後会に継続するという従来の取り扱い等、国会における決算審査に関する諸問題。  これらを中心に、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただければ幸甚に存ずる次第であります。  なお、清宮参考人には、すでに第七回国会の決算委員会に御出席をわずらわし、御意見をお述べいただいたわけでありますが、現在の決算委員会は、当時の委員と全くかわっておりますので、重複、繰り返しなどお気がねなく、十分その御意見の御開陳を賜わりたいと存じます。  また、鈴木参考人には、地方自治法に規定する地方公共団体の議会における決算の認定に関する実情、並びにその法律上の諸問題につきましてもお述べいただければ幸いに存ずる次第であります。  それでは、これより両参考人より御意見の御開陳を願うわけでありますが、大体お一人三十分程度の御意見の御開陳を願い、そのあとに両参考人に対し、委員より質疑があれば、これを許したいと存じます。  それでは、まず、東北大学教授清宮参考人より御意見の御開陳をお願いいたします。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 清宮でございます。ただいま委員長さんからお話がありましたように、私は、国会の決算審査の問題につきましては、去る昭和二十五年の三月八日に、第七回国会の衆議院の決算委員会で、参考人として所見を述べたことがございます。そうして、後にそれに筆を加えまして、東北大学から出しております「法学」という雑誌の十四巻三号に、「国会の決算審査権」と題する論文を発表いたしました。根本の考え方は、今日でも当時とあまり変わっておりません。さきの公述及び論文などをあとから御参考いただければ、しあわせに存じます。  初めに、決算の意義について一言申し上げます。  私は、決算というのは、一会計年度における国家の現実の収入・支出の実績を示す確定的計数を内容とする国家行為の一つの形式と解しております。現金会計としての国の財政行為は、予算から始まって、決算に至って最終の段階に達するというわけであります。決算の制度は、予算で定められました歳入・歳出のあり方が、現実の収入・支出としてどのように行なわれたか、はたして適正かつ妥当に執行されたかどうかというような点を検討しまして、一つには、予算執行当局者の責任を明らかにし、二つには、将来の財政計画並びに予算の立て方に備えるために設けられたものであります。決算は、国の財政全体にとりまして、きわめて大きな実際的な意義を持ったものであります。さればこそ、特にこれについて憲法に規定が設けられておるわけであります。にもかかわらず、決算の重要性ということにつきましては、これまで、多くの場合、一般に見のがされておりました。この国会でも、そういうきらいがあったように見受けられます。それは、決算は、予算と比べましても、予算の方は非常に重く見られておるわけですが、それと比較すると、あまりに違いがひどいように思われます。決算が軽く見られるというのは、おそらく、予算はこれからの問題を扱うのに対しまして、決算はもうすでに済んでしまったことの跡始末であり、しかも、二年も三年も前のことであって、責任者もかわってしまっておるというようなことがありまして、身を入れて扱うには値しないというふうに考えられることが、一つの原因じゃないかと思います。この衆議院の決算委員会では、かねてから決算の問題を重く見られまして、すでに第一回国会、第五回国会及び第七回国会のこの委員会で、これに検討を加えられ、さらにこのたび、この委員会であらためてこの問題を取り上げられました。これはまことに意義の深いことで、私は、これに対して賛意と敬意を表します。  決算は、大蔵大臣が作成しまして、閣議で決定され、さらに会計検査院及び国会の審査を受けることになっておりますが、当面の問題は、国会における決算の審査であります。国会による決算審査の制度は、御承知のように、明治憲法以来すでに七十年に近い長い歴史を持っております。明治憲法が施行されましてから間もなく、第八回帝国議会で、明治二十五年度の決算が衆議院に上程されましたときに、議会の決算審査がどのような法的意味を持ち、またどのようにして行なわれたらよいかということにつきまして、論議されたことがございます。それ以後は、議会における解釈及び実際の取り扱いについて、大体一定したものが認められておるのでありまして、それは現行憲法のもとにおいても、変更せられないで今日に至っております。すなわち、これまでは、決算の審査は、法文の上で、形式的には国会または帝国議会の権限のように定められておりましても、実質的には、各院が独立別個に行なうことができるものであると解釈いたしまして、決算は、内閣から単なる報告案件として両院に同時に提出せられ、これに対して国会としての意思決定は行なわずに、各院で決算委員会の審査に付した後に、その報告によって本会議で意見を決定しておりました。そうしてこのやり方については、政府も国会も別段深く怪しまない。学説の多くも、それを容認して参りました。しかし、さきに述べましたように、衆議院の決算委員会では、すでに三回にわたって従来の慣行に検討を加えておられまして、また、学者や実務家のうちにも、批判的な意見を述べる者がだんだんふえてきているように見受けられます。  この問題を決定するにあたりましては、いろいろの点について慎重に検討してみなければなりませんが、さしあたり私の考えにつきまして、まず結論的なことを申しますと、これまでのやり方でも、正面から憲法に逆行するとか、憲法に違反するとかいうべきほどのことにはならないように思われますが、従来のやり方では、憲法が国会に決算の審査監督権を与えております趣旨、または精神が、十分に生かされないように思われます。たとえば、各院で別々に決算を審査いたしまして、その結果互いに異なる意思決定をなし、しかも、そのままで済んだことにしておりましては、決算審査における統一性が失われてしまいます。また、徹底も欠くということになります。政府としては、異なる意見のいずれを尊重したらよいかについて迷わなければなりません。従って、国会の審査監督権は、あまり権威も迫力もないものになりまして、大した意味のないようになってしまうおそれがございます。そこで、文字通り、国会が国会としての意思の決定をした方がよいのではないかということが問題になるわけであります。決算について、国会が国会としての意思決定をなすべきであるという主張の根拠としましては、法律的なものと実際的なものと、両方が考えられます。  法的根拠として第一に考えられるのは、憲法八十三条であります。憲法八十三条には「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」とあります。それによりますと、第一線の財政の処理は政府の権限にゆだねるけれども、政府の行為は国会の意思に基づいてなされなければならないというのであります。すなわち、財政の問題の根本を決定する権能を持つものは、政府ではなくして国会であるというのであります。この規定は、民主国の財政作用のあり方につきましての一般的かつ根本的な原則を示すものとして、特別の意味を持っておりまする重要な規定であります。そうして、それは憲法の解釈にとりましても、大きくものをいう規定であります。それはちょうど立法に関する憲法四十一条に当たるような意味を持った規定であります。憲法は、国会を国権の最高機関としておりますが、その建前を財政についても維持しておりまして、国会を財政権の最高機関となしまして、唯一の議決機関としておるのであります。別の言葉で申しますれば、憲法は、財政につきまして、国会中心財政の原則をとっております。八十三条は、憲法が財政について設けましたいわゆる根本規範であり、大黒柱であります。八十四条以下の規定は、いずれもこの趣旨に基づき、これを具体化したものであります。人によりましては、八十四条以下の規定と八十三条の規定とは、結局重複するものであるから、八十三条は無用であり、なくてもよいと考える向きもあるようでございますが、それは正しくないと思います。やはり八十三条には、特別の意味が認められるのであります。現に当面の国会の決算審査につきましても、この規定がものをいいます。八十三条が定める国会中心財政の原則は、決算の制度にも及ぶべきものでありまして、決算についての国会の権能にも適用をされるべきものであります。国会が、予算の議決によって定めましたことにつきまして、決算の審査・議決によって最後の締めくくりをつけるというのは、八十三条が定める国会中心財政の当然の帰結と認められます。従って、決算についての国会の権能の法的根拠は、第一に八十三条にあるということができます。これにつきまして、ベルギーやフランスで見られますように、決算について法律の形式をとれば、この行き方は、形式的にもさらに徹底したものになりますし、このやり方は立法論として考える値打のある問題であります。しかし、わが現行制度は、そこまでは行っておりませんで、決算は、財政法の三十八条の規定によりまして、大蔵大臣が作成しまして、閣議によってこれを決定し、会計検査院及び国会が、あとからそれを検討し、監督する制度になっております。しかし、決算についての国会の権能は、やはり八十三条の原則から流れ出ているものであります。予算の方は、直ちに国会の議決によって作られるというのに対して、決算の方は、内閣が作成する。国会がすぐこれをきめるというふうにはなっておりませんが、最後に、これに対して国会が監督をするというこのことは、やはり八十三条から流れ出てきておる、こういうふうにみなすべきものであろうと思います。  次に、国会の決算審査につきまして、第二の法的根拠としまして、憲法九十条一項に、「國の收入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。」という規定があります。また、それに基づいて財政法四十条一項に、「内閣は、会計検査院の検査を経た歳入歳出決算を、翌年度開会の常会において国会に提出するのを常例とする。」という規定があります。しいて文字にこだわるつもりはございませんが、憲法にも、財政法にも、決算は、議院にではなく、国会に提出せよとあります。この場合、法文には、ただ決算を、憲法では「国会に提出しなければならない」、財政法では「国会に提出するのを常例とする」というふうに言っておりまして、そのまま言いっぱなしになっております。提出された後に、国会がどのようなことをしたらよいかということにつきましては、別段の規定はございません。これは、何か明治憲法のなごりをとどめているというような形になっております。しかし、国会が決算を受理して審査し、その結果、何らかの意思決定をするということは、当然そこに含まれているものと解せられます。それが憲法の意思のすなおな解釈であろうと思われます。憲法が考えております決算の審査は、国会の議決ということになりまして、初めて完結する、趣旨が徹底するものでありますから、憲法は、国会の議決ということを予想しているとみなすべきものと思われます。憲法の意思がそこにあるものならば、明文をもってその旨を示すべきでありまして、何も書いてないということは、これは立法技術の上から見ますと、一つの欠点と言わなければなりません。現に、地方自治法では、九十六条、二百四十二条二項を見ますと、普通地方公共団体の議会は決算報告を認定すると定めてあります。将来憲法を改正するというようなことでもありましたならば、これは国会が審査して、認定するとか判定するとかいうことを、はっきりと書くべき事柄であろうと思われます。  決算について国会の議決が必要であるとしますと、議決行為の内容とその効果ということが問題になります。これについては詳しく申し上げる必要はないと思いますが、議決の内容としましては、結局承認するかどうかの決定であるということになりまして、ちょうど憲法八十七条二項の予備費支出の承諾と同じようなことが考えられます。議決の効果としましては、承認したときは政府の責任が解除される、承認しないときは政府の責任問題が残されるという意味を持つものと解されます。責任の解除というようなことにつきましては、明治憲法にも、現行憲法にも、格別の規定はございません。明治憲法のときには、そういうことを書くと、それによって政府の権力が弱められやしないかということをおそれたために、あえて書かなかったのだろうというようなことも伝えられております。現行憲法がそのようなまねをするということになりますと、それは全くいわれのないことでございまして、外国の例にも見られますように、これはやはり明文をもってはっきりうたうべき問題であると思われます。  次に、決算の審査の結果、私の考えますように、国会の議決が必要であるということになりますと、やはりこれは、決算は両院交渉の議案として、両院の一致した議決を要するものと考えるのが妥当のように思われます。従ってこれまでのやり方は適当でないと思われます。第一には、交渉の議案といたしました方が、すでにこれまで述べて参りました通り、憲法が決算の審査を国会の議決事項としているという趣旨によく適合するということであります。これは法律的な問題としてそう見られるわけですが、第二に、決算の監督を名実ともに国会の議決によるといたしますと、それによって、決算の審査及び議決ということが、より慎重に行なわれるようになる。従って、それらに一そうの権威と迫力が加えられる。そうしてその結果、予算の執行、決算の作成というようなことも、一そう適正に行なわれるようになる。こういうような実際的の効果というものが期待できるわけであります。ここに、決算に国会が国会としての意思決定をなすということの実際的の根拠というものが見出されます。  決算を両院交渉の議案といたしますと、すぐ問題になりますのは、どの院に先に提出するかという問題であります。これは、決算は国の財政に関することでありますから、予算の場合と同じように、先に衆議院に提出されるというふうに扱うべきものであろうと思われます。  さらに次に、決算につきまして両院一致の議決が必要であるとしまして、もし一致の議決が得られないときにはどうしたらよいかという問題がございます。決算につきましては、実際にも、各院の議決が部分的に異なる結果が生ずるという場合が相当多いのじゃないかというふうに思われます。そのような場合には、やはりこれは予算の場合に準じまして、まず両院協議会を開き、それでも意見が一致しないときは、衆議院の議決に優位を認めるのがよいと思います。しかし、これについてはいろいろ問題がございまして、憲法を政正してこのような処置を定めますれば、これは問題はないわけですが、現行憲法のもとにおきまして、法律をもってそのようなことがきめられるものかどうか、これについては、いろいろ議論がございます。しかし、私は、憲法改正の場合のような例外の場合を除いて、原則としては衆議院の優位を認めておる、こういう趣旨から見まして、法律でそのようなことを定めましても、憲法上差しつかえないものと解しております。  なお、国会における決算の審査がその会期中に終了しなかった場合に、次の会期で審議を継続することができるかどうか、問題になります。これまでの先例では、明治憲法時代から今日まで、先ほどもお話がありましたように、決算を各院で報告案件として扱い、会期不継続の原則によって消滅するものではないとしまして、次の会期で審議する慣行になっております。決算が両院交渉の議案として提出されることになりますと、およそ会期の満了または解散によって審議未了になった場合は、次の会期にあらためて提出されるべきであるというような考え方もございます。会期の不継続という原則につきましては 憲法には何らの規定もございません。おそらく憲法は、それをどう採用するかということにつきましては、国会の自治、自律にゆだねているものと解せられます。現に、国会法六十八条は、議決を必要とする案件につきまして、原則としてこれを認めまして、会期中に議決に至らなかった案件は、後会に継続しないと定めております。しかし、このような行き方を極端に貫きますと、前会に多くの時間と知能を費しました議案が、すべて全く葬られてしまうということになりますが、それではたしてよいかどうかということがまた問題になります。そこで、国会法でも、六十八条のただし書きで例外を認めまして、委員会の継続審査に付された議案は、次の会期の国会に継続すると定めております。決算は、これを議案として取り扱いましても、毎年必ず国会で審議される必要のあるものでありますし、また、議案としての内容が後に変更されるというようなこともないものでありますから、前会の審議をむだにしないで、委員会の継続審議に付しまして、次の会期で審議議決するようにした方がよいと思います。ただし、衆議院が解散になりました場合は、議員の顔ぶれも新たになりまして、前の会の議決があとの会の議決を拘束するというようなことになるのについて、はたしてそれでよいかという疑問が起きますので、この場合には、内閣は、前の議案は消滅したものとみなしまして、あらためて決算を提出するように扱うのがよろしいように思われます。  はなはだ粗雑なものでございましたが、これをもって私の公述を終わります。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 次に、東京都副知事鈴木参考人より、御意見の御開陳をお願いいたします。

鈴木俊一東京都副知事

○鈴木参考人 私、東京都の副知事の鈴木でございます。  私は、ただいま意見を聴取せられます問題につきまして、地方自治の同様の問題につきまして、どういうふうに運用され、またどういうような規定で行なわれておるかというようなことを申し上げまして、御参考に供したいと存ずる次第であります。  地方自治法の規定は、地方自治法の二百四十二条に、決算は都道府県の場合は出納長、市町村の場合は収入役が、これを作成いたしまして、知事または市町村長に提出する。これにつきましては期限が定めてございまして、出納閉鎖後三ヵ月以内、こういうことになっております。出納閉鎖の時期が五月三十一日でございますから、それから三ヵ月以内と言いますと、結局八月三十日までに決算を出納長または収入役が作らなければならぬ、こういうことになっているわけでございます。それからその決算が長に提出されましたならば、知事、市町村長は、これを監査委員の審査に付しまして、監査委員の意見をつけまして、次の通常予算を議する会議までに議会の認定に付さなければならない、こういうことになっております。八月三十日までに作成されました決算が長の手元に参りまして、それからあとは、期限といたしましては次の通常予算を議する会議でございますから、三十三年度の決算でございますると、次の通常予算と申しますから、三十五年度の通常予算を議する会議、すなわち定例会で申しますと、大体二月または三月の議会でございますから、実際の運営といたしましては、通常予算を議する会議までにということでございますから、その前の議会に出さなければならないということで、東京都等では、十二月の議会にこれを提案しておるわけでございます。  議会の審査の際におきましては、監査委員の意見というものが、一つの参考の主たる基礎になっておるわけでございます。なお、議会の審査の参考として、知事、市町村長からは、「決算に係る会計年度中の各部門における主要な施策の成果その他予算の執行の実績について報告しなければならない。」こういうことになっておりまして、決算は数字の羅列でございますが、その決算によって支出いたしました結果、どういうような施策が行なわれたかという方面の報告を、これは長から出すことになっております。その決算が議会において認定をされましたならば、これを自治庁長官あるいは知事に報告をいたしますとともに、一般にその要領を告示せよ、こういうことになっておるわけであります。  そこで、それらの実際の取扱いの問題と関連しつつ、その関係の問題にりきまして申し上げてみたいと存ずるのでございます。  まず、国会が決算を議決するようにすべきかどうかという点でございますが、これは結論から申しますと、私も、地方自治の運営の実際におきましては、決算を認定をするということになっておりますようなことから考えましても、また、先ほど来のお話の、国会中心の財政主義という見地から申しましても、これはやはり議決をするということにせられるのがいいのではないかと思うのでございます。地方議会におきましては、監査委員の意見をつけて提出されました決算を認定するわけでございますが、この認定というのは、結局全面的によろしいということの認定もございますし、あるいは内容について違法、不当の点、あるいは計算が正確でない、間違っているというような点、あるいは収入・支出というのは、長の命令の通りに収入・支出が行なわれなければならないわけでございますが、そういうような点が確保されているかどうかというような点を、それぞれ審査をいたすわけでございまして、その結果、違法、不当の点があれば、違法、不当の点を指摘して、その他の点については疑義がないという趣旨の認定をいたすわけでございます。これは、国会の報告書の実際の取扱いと同じような形に、結果においてはなると思いますが、そういう内容の認定、議決を、地方議会の場合には、必ずしなければならないということになっておるわけでございます。ただ、国の場合と非常に違います点は、国の場合には、会計検査院が一切の証憑書類を検査をせられ、確定をされることになると存じますが、地方の場合におきましては、監査委員は、一切の証憑書類について監査はいたしません。監査委員は、臨時または定例に監査をいたしますが、これはそれぞれ監査の計画を定めまして、実際の必要に応じまして監査をいたしまするので、全部の証憑書類の監査というようなことはできないのであります。そういう点で、地方の場合におきましては、会計検査院のような権威ある全面的な監査が、執行機関側にはございません。そういうような関係もございまして、議会の認定、議決ということはいよいよ必要になってくる、こう思うのでございますが、地方の問題といたしましては、そういう意味で、監査委員の権限をさらに強化せよというような意見が、改正意見としていろいろございます。とにかく、監査委員は、決算につきましては、一応全面的に審査をいたしまして、意見をつけるということになっているわけでございます。  それから監査委員の意見の性質は、今申し上げましたように、会計検査院の検査報告とは非常に違うのでございますが、地方の場合においては、決算の成立ということが一体いつであるかということでございますが、これは決算それ自身は、出納長なり収入役が作成をいたしますが、その結果、個々の収支につきましては、現実にすでに収支が行なわれているのでございますから、今さら動かしようがないわけでございますが、全体の集計の結果、どれだけ剰余金が出るか、あるいはどれだけ赤字が出るかということが、決算によって初めて確定をするわけでございます。それは出納長なり収入役が作成をしたときに明確になるわけでございますけれども、それを監査委員が意見をつけ、さらに議会が認定をして、初めて確定をした決算というふうに地方の場合にはなるというのが一般の解釈でございまするし、運用もそういうふうにいたしておるわけであります。そういう関係で、翌年度の予算の追加予算あるいは補正予算におきまして、一応前年度の決算見通しによりまして、繰越金でございますとか、あるいは赤字になったために、翌年度の歳入をいわゆる繰り上げ流用して予算に計上するというようなことがございますが、それは一応年度当初におきましてはわかりませんから、そのまま計上してありますけれども、決算が確定する、すなわち議会の議決を得られますならば、その結果、確定をした黒字あるいは赤字を、繰越金あるいは翌年度歳入繰り上げ流用金という形で、予算において追加補正するという扱いをいたしているわけであります。そういう意味で、やはり議会の認定、議決によって決算が最終的に確定をするというのが、地方の取扱いでございます。そういう意味で、国の場合の決算が一体いつ確定するかというようなことは、国の場合には、国会の議決が、現在の制度として、法律上当然の要求でないといたしますならば、やはり政府が閣議決定をしたときに確定をする。あとは、それに対するいろいろの別個の立場からの検査であり、あるいは議決であるというふうに考えられるのでございます。  それからこの決算の議会における審議の状況の問題でございますが、地方におきましては、決算が議会に提出せられますと、たとえば短い会期でございまして、決算の認定議決ができないで終わってしまうということがあるわけであります。都なんかで、十二月の議会の場合におきましては、一週間ぐらいでございますから、当然決算の認定はできない。そこでこれは常任委員会が、国会のように、地方の場合には決算についてはないのが普通でございますから、特別委員会を作りまして、特別委員会が審議いたすことになりますが、これは閉会中は継続案件といたしまして、特に議決によって継続審査の形にいたしまして、審査を継続していくというのが、実際の扱いであります。さらに、地方議会には解散というようなことがございませんので、実際そういうことを議論する必要はあまりないかとも思いますが、任期満了のようなことが間にはさまりましたならば、やはりこれは議会の構成が全く一新するわけでございますから、決算の認定を経ていないならば、再度提出するという手続をとるのが、当然のことであろうと思います。  それから議会の認定議決によって、どういう法律上の効果が生ずるかということでございますが、これにつきましては、法律上の効果は生じない、こういうふうに考えます。要するに、収入・支出はすでに行なわれておりまして、これを動かしようがないわけでありまして、ただ、それを結果的に予算の定めた通り行なわれているかどう一か、あるいは最小の経費で最大の効果をあげるようにしなければならないということが、地方自治法の二条に、原則の一つとして書いてございますが、そういう要求を満たしておるかどうかというような角度から、議会としてはいろいろ批判をすることになるわけでございますが、そういう批判を含む認定議決ということになるわけでございまして、これは法律上の行為、あるいは事実行為に対する影響は、その結果何らないというふうに、今実際の扱いもなっておりますし、自治法上の解釈もさようになっておるわけでございます。  それから監査委員の意見というものと議会の審議権というものの関係はどうかということでございますが、監査委員の監査は、証書類の個々にわたって実際これを審査いたして、そうして意見をつけるということの扱いになっておりますが、議会におきましては、もちろんそういう証書類の提出を求めて監査をするということも可能でございますけれども、実際の東京都等の扱いにおきましては、議会が証憑書類の審査をするというようなことはいたしませんで、その点については、監査委員の監査の意見を尊重し、議会といたしましては、その監査委員の意見について審査をする、あるいは意見のない点につきましても、議会で今申し上げましたような角度からの批判をする、こういうような実際の扱いになっておるわけでございます。  認定議決に際しまして、議決の内容のほかに、執行機関に対して、いろいろ議会として、この際決算の審議から出ました結果から、注意、警告を与えたい、こういうようなものにつきましては、多くの扱いといたしましては、附帯決議を別途に付しまして、その附帯決議において、執行機関に対する注意、警告等をいたすというのが、大体の扱いでございます。  これを要するに、議会の議決は、その結果といたしまして、執行機関に対する政治責任の解除と申しますか、議会に対する責任の解除というものを政治上もたらしてくるという点が主たる意味であって、法律的な点については特に影響がないものというふうに、運用も規定上も考えられる次第でございます。  大体、以上のようなことでございますが、実際決算が作成せられまして議会の認定を終わりますまでの間の時期が、少なくとも翌々年度の予算の編成に間に合う、その時期までにはそういう一連の手続が完結するということが、ぜひ必要ではないかと思うのでごいます。国の場合につきましても、国会の審査の終了ということがいつになるかということが明瞭でないようでございますが、地方議会におきましても、いつまでに認定議決するということが、明らかに定まっておりません。その結果といたしまして、東京都等も、実際におきましては、十二月に認定のために提出されました決算が、翌年の五月、六月ころでなければ議決が行なわれない、こういうような実情でございます。そのときは、翌々年度の予算がすでに編成をせられ、議了されておるというような形になるわけでございまして、これはやはり好ましくないと思うのであります。なるべくすみやかにこれが議了されることを、何か法制上確保する必要がないかというふうに考える次第でございます。  地方自治法の関係は、大体以上のようなことでございまして、あと特に御参考になりまするような点を申し上げますことはないと存じまするので、非常に簡単でございますが、以上をもちまして私の口述を終わらしていただきたいと思います。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 以上をもって参考人の御発言は終わりました。     —————————————

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 参考人に対し、質疑の通告があります。順次これを許します。高橋禎一君。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 まず清宮さんにお尋ねをいたしたいと思いますが、この問題については、私はあまり研究もしておりませんし、またそれだけでなく、今までの国会等における論議というものに全然とらわれないで、全くこの際白紙で、二、三お伺いをいたしたいと思います。  そこで第一にお尋ねいたしたいことは、この憲法八十三条の「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」という規定についてでありますが、政府が国の財政を処理する権限を持っている、しかも、その権限に基づいて財政処理をやる場合には、国会の議決に基づいてこれを行使しなければならぬ、こういうふうに規定しておるところから見ますると、予算を確定して、そしてそれに従って財政処理をする、このことは何らの疑問はないわけでありますが、この規定があるから、国会は、最高機関であって、しかも、財政処理を国会の議決に基づいてやらなければならない政府であるから、政府がその財政処理をはたして国会の議決に基づいて行使をしたものであるかどうか、すなわち、国会の議決に違反したところはないか、また、はなはだしく不当な措置をしておらないかということを監督する権限もある。これは先ほど清宮参考人のおっしゃった趣旨だと思いまするし、私もそうであろうと思いますが、この点について再度確認したいと思いまして、今申し上げたような趣旨で理解して、ほかに、憲法上決算に関する特別な国会が権限を持っておるというものはないのでしょうか、その点を一つ伺っておきます。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 今お話下すったので、大体私の考えておりますことに一致すると思われますが、やはり財政についての一番根本的な大きな規定は八十三条である。それからすぐ次に、八十四条の租税なんというものは、やはりその趣旨がそのまま出てきております。租税も国会できめて、そして政府が徴収するというふうになる。それで予算も、これはやはり国会が議決してきめて、そしてこれを政府が執行するということになるわけであります。それでそういうふうになりますと、やはりその執行がどういうふうに行なわれたかということの問題が、決算にかかってくるわけであります。やはり八十三条で定められた国会の権能ということが、今の九十条の決算の問題にも及んでくる。確かにこの予算の方は国会の議決によって成立、確定するものでありまして、それを今度政府が執行する。決算の方はそうはいかないのでございますね。だから、八十三条から流れ出ると申しましても、決算の場合と予算の場合とは幾分趣は違いますけれども、やはり八十三条の原則から見て、この予算の現実に執行された状況を決算によって国会が審査・監督するというそのことは、やはり八十三条から流れ出てきているものである、こういうふうにみなされるわけであります。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 私もそういう趣旨に憲法を解釈すべきだと思いますが、ただ、さらに明確にしておきたいと思いますのは、この憲法が、第八十三条に財政処理の基本原則を定めておる。そのうち、予算についてはどうするかといいますと、第八十六条で、ただいまお話のありましたように、国会の審議を受けて議決を経なければならない、こう明瞭に規定しておって、それに反して決算の場合には、第九十条に「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、この検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。」こういう規定で、必ずしも国会の議決を要求しておらない。国会がこれに関して議決をしようと思えば、これはもちろんできますでしょうし、また、議決をしないでも、憲法の違反ではない。そこは国会の自主的な活動にまかしてあるのだ、こういうふうな感じがいたしますが、そこはどうでございましょう。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 確かに今の憲法の財政に関する規定を見ますと、八十三条で大きな柱を建てておきながら、ほかの規定を見ますと、何だかそれに沿わないようなものが出てきておるのであります。その著しい例を、私は今の決算の規定と予算の規定と見ております。これは当時原案を作りました方々も、あるいは帝国議会で審議された方々も、この点は少し見のがしておったのではないか。二つとも、明治憲法の規定がほとんどそのままそこに出てきておる。予算なんかは、やはり言葉の上から見ましても、今の憲法の規定でも、内閣は「予算を作成し」となっている。内閣が作るものがもうすでに予算であるというふうになっておるのですが、これは英訳の方を見ますと、英訳の方には、内閣はバジェットをプリペアして、国会のコンシデレーションとデシジョンにサブミット・ツーするものであり、内閣は案をプリペアするのであり、国会がディサイドするとなっているのですが、日本文の方は明治憲法のような規定になっておりますから、「予算を作成し」というふうになっておって、予算を作るものは内閣であるというふうになっている。これなんかは、確かに明治憲法のような考え方あるいは規定の形が残ったために、形の上から見ますと、八十三条の原則にむしろそぐわぬようになっている。意味から申しますと、予算案を内閣が作って、それを議決するのが国会である、こうならないと、八十三条の原則は矛盾してしまいます。決算の場合は、確かに予算ほど国会の議決ということが強く出ておらない。これは何もいっておらないのであります。しかし、八十三条の趣旨から見ますと、国会の議決ということが、憲法の趣旨に最もふさわしい。しかし、今のようなやり方でも、憲法はこれを頭から否認するというようなところまで強くは言っていない。八十三条の原則を貫こうとすれば、そこまでいって、やはり国会の議決ということをはっきりうたうべきだと思うのですが、今の憲法の立場というものは、そこのところを少しゆるく解しておりまして、国会の議決というようなことをやらなくても、憲法の趣旨に正面から衝突するということにはならない。国会の運営のやり方にまかしておると申しますか、そういう程度のもので、これは憲法それ自体が、八十三条の原則に照らすと、少し手ぬるいと思いますけれども、そこらが今の憲法の趣旨ではないか。しかし、これをほんとうに生かそうとすれば、やはり議決というところに持っていくのがよいと思われます。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 そういたしますと、憲法八十三条の規定も、財政を処理する場合には、とこう書いていますから、予算を作って、その議決を得て、そうしてこれを行使する、こういうふうに簡単に言えば言いかえられると思うのです。ところが、決算の場合には、議決をしようと思えばしてもよいし、しなくてもよいし、八十三条の大原則はあるけれども、決算について国会が何らの議決をしなくても、八十三条の大原則に反するものでもなかなか従って、憲法に違反するものでもない、こういうふうに解釈したのがいいというふうにおっしゃるのだと思います。私もそうだと思いますが、それはどうでございますか。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 国会の議決としなくても、今の憲法の規定は、直ちにそれが憲法違反になるというところまではいかないと思うのでございます。しかし、やはり憲法の八十二条の趣旨を生かそうとすれば、議決に持っていく方がよりベターであるという程度のものではないかと解せられます。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 そういたしますと、憲法八十六条の場合についてイギリスの例と比較してお話がございましたが、憲法八十六条は、内閣が予算を作成し——予算案ではなくて、「予算を作成し」というような表現をしておるにもかかわらず、現在の政府のやり方及び国会の実情から見ますと、内閣は予算案を作って、そうして国会に提出して、その議決を経て予算というものが成立するのだ、こういうふうに運用されておりまして予算の方では、格別問題もなくなったわけです。決算の場合につきましても、やはりそこに何か国会と政府の間において、その取り扱いについて一つのいい運営方法といいますか、りっぱな慣行がここでできて、そうして先ほど来強調されました憲法八十二条の財政処理の基本原則に従って、しかも、国会が国権の最高機関であるという精神によって、決算についても、やはり政府が提出したものについては常に国会は議決をしていく、こういうものができ上がればいいというような御趣旨でございますか。その点を一つ重ねて確かめておきたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 やはり八十三条の趣旨を生かすとすると、国会の議決、国会としての意思決定をやるというところまでいくのが一番よろしいと思います。ただ、これに関連しては手続上いろいろの問題が起こるかと思いますけれども、それらの問題は何とか処理できる問題とみなされますので、本来の建前からすれば、やはり議決というところまでいくのが、ほんとうに憲法を生かす道だと思います。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 そういたしますと、先ほど来鈴木参考人の御説明のありました自治法の方が進歩して、むしろあの精神に従っていくのが妥当のように思われるのですが、何か立法上この問題を解決する方法があるものかどうか。憲法にはこういうふうに定めてあるが、国会及び政府の間でいい慣行が生まれればそれでいいのですが、さらに具体的に自治法的な、すなわち憲法八十三条の精神を法律化したものがあれば、なおその点ははっきりするように思いますが、これは立法論になりますけれども、その点について御意見があれば、一つお話し願いたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 決算を議決として扱うかどうかという問題は、先ほどもちょっと触れましたが、実は明治憲法のときに——明治二十五年ですか、そのときに問題になりました。あのときの帝国議会では、議決として扱うべきであるという意見が相当強かった。それが、どうしましたことかよくわかりませんが、伊藤博文の憲法義解には、決算についてはそういうふうにするのがほんとうであるという説明がある。それにもかかわらず、従来の慣行は今日に至っておるのであります。明治憲法自体でも、そういう問題が相当なところまでいったことがある。今度の場合ですと、実際の運営でやれる範囲も相当ございますが、衆議院と参議院の関係とか、いろいろな問題も出てきますと、やはりこれは少なくとも立法によって解決するということの必要な問題が出てくるのではないかと思います。なお、実際の慣行とか運営だけではかかえ切れないような問題が含まれておりますから、やはり立法の問題もからんでくると思います。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 その点よくわかりました。そこで憲法八十三条のこの基本原則というものをどこまでも尊重していき、国会が国権の最高機関だという精神を生かしていけば、やはりこの際、そういう趣旨での決算に関する議決ということを建前とする新しい立法があった方がいいというような御意見でありました。そういうことになりますと、この議決による効果、あるいは政府の責任解除というような問題が起きてくるわけですが、今の憲法のままでいきまして、しかも、運営について必ずしも憲法八十三条の精神が尊重されておらない。政府としては、予算をそのまま実行したのだから、あとのことは国会の議決を経ないでいった方が、比較的安易な道だと常識的に思えます。国会は、またいわゆる地方自治とは異なって、二院制度であるというようなところで、意見が必ずしも一致しなかったり、あるいはまた憲法の九十条の規定が必ずしも議決を必要としていないというようなこと等で、議決ということをやればやってもいいのですけれども、ついそれを怠りがちである。こういうところでもって、政府としてはそれはあまり望まない、国会もややその点については能率を十分上げないというところから、現在のような状態がずっと続いておるように見られないこともないと思うのでありますが、この現状からいたしますと、この決算について国会で審議しても、議決すれば国会意思がはっきりいたしますから、そこで不法処分であるとか、あるいは不当の処理であるということが明瞭になって参ります。議決しない場合には、全然決算に関して政府の責任ということを論ずる余地がないわけですが、議決をした場合に、今度は政治的責任ということについての内容といいますか、程度といいますか、これについてどういうふうなお考えかということをお尋ねするわけです。と申しますのは、会計検査院が検査をいたしまして、それを報告をし、内閣がそれを国会に提出した場合に、その会計検査院の検査報告というものは、これは内容がいろいろあり得ると思います。すなわち不正処分も中にはあげられるでしょうし、また不当の処理という点も指摘されるであろうと思いますが、そういうことに関しての政治責任ということは、全く政治的な常識的なものだと思いますが、一応こういう場合における国会の議決に対する、そしてこの会計検査院の検査報告に関連しての政府の政治的責任いかんということについて、御意見をお伺いいたしたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 これはいわゆる議決の効果と申しますと、結局政府の責任の問題——責任を解除するか、その問題を残すかということになりますが、今のように、これは会計検査院の方の指摘したものももちろんでありますけれども、国会独自の立場から見たものも、そこであらためて問題になり得る。そういうものをあわせて、やはりそこに責任の問題が起こるわけであります。しかし、これは事柄によりまして、どのような責任が直ちに起こるか、たとえば、政府の進退にまで及ぶような大きなものなのか、あるいはもう少し程度の軽いもので済んでしまうか、それはそのときの具体的な場合によって違うと思います。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 わかりました。そこで憲法九十条による見方からいたしますと、決算について、あるいは会計検査に関しては、中立・公平の機関である会計検査院にまかせておけば、そこで詳細に検査をして、その結果を一応信頼する立場と申しますか、原則の上に立っておって、だから自治法に定めてありますように、議決をしなければ次の予算成立に関して支障を来たすという法律的効果を与えない方が、いわゆる二院制度であり、政党政治ということ等を考えれば、むしろ国政を運営していくのに都合がいいんだといったような考えがあるのじゃないかというにおいがするのですが、いかがでございましょうか。これは前の問題とやや関連することを再び持ち出してお尋ねするようでありますが……。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 決算については、やはり会計検査院と国会との二重監督と申しますか、こういう制度になっております。会計検査院の方の監督と国会の監督というのは、おのずからそこに意義が違うものでなければならない。会計検査院の監督は、おもに法律的な観点から、それが違法であるかどうかという問題を取り上げてくるのですが、国会の方は、もっと大きな立場と申しますか、そこでこういうことをやるのがはたして妥当かどうかということを、政治的に審査・監督するというので、おのずから立場の違ったものでありますから、会計検査院の方でやったから、国会の方はあまり力を入れなくてもいい、こうなるものではないと思います。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 けっこうです。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 小川豊明君。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 今高橋さんから御質問がありましたので、大体その点は了解したのですが、私どもが今度この問題に取り組まなければならなくなったというのは、今までは、実は慣例だけで国会は審議してきていたわけです。しかし、いよいよ問題にぶつかってみますと、先般予備費の審査があって、予備費が議案としてかかった。予備費は、御承知のように、議案として出てきますから、これは議決しなければなりません。そういう点から、予備費は議決しながら、一般の普通の決算の方は、これは報告のような状態になっています。ここに矛盾があるのではないか、こういう点からこの問題が出てきたわけなんです。そこで私は、これは先生にお聞きするのはどうかと思いますけれども、質問の前に、いろいろ法文の用語上の問題でわからない点があるので、この点を御解明願って、それからお尋ねしたいと思うわけです。  旧憲法の七十二条には、「會計検査院之ヲ検査確定シ」、こうなっておりますが、新憲法の九十条には「会計検査院がこれを検査し、」となっているわけです。この「確定」というものはなくとも、旧憲法同様に、会計検査院の検査でこれを確定すると見るのが正しいのかどうか。旧憲法には「檢査確定シ」とありますが、新憲法ではただ「検査し」となっているが、この「検査し」ということは、旧憲法の精神の確定ということと同様に解釈していいかどうか。この点を一点お尋ねしておきたいのです。  それからもう一点、会計検査院法の第二十一条に「検査の結果により、国の収入支出の決算を確認する。」とありますが、この「確認」ということと「確定」との意味、これは法律上の用語だと思いますけれども、私どもにはしろうとでわかりませんので、この点お尋ねしたいわけです。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 明治憲法には「檢査確定シ」とあって、今の憲法にはただ「検査し」とある、その明治憲法の、つまり「確定」というものの意味でございますけれども、これは明治憲法の時代からいろいろな考え方がありまして、会計検査院の検査によってほんとうに確定するのだというような考え方——これは、会計検査院の方でそういう考え方を持っておられる方がことに多いわけであります。私は、明治憲法のときでも、会計検査院は検査して確定するとなっているけれども、意味は判定するのだ、はたしてそれが適法であったか、あるいは妥当であったかということの判定を下すのであって、決算そのものが検査院の検査によって確定・成立するというような、法律的な意味を持っているのじゃないと考えております。従って、今の憲法において確定という文句が抜けておっても、やはり検査院が検査、判定するのであって、明治憲法時代と変わらないというふうに私は解しております。  それから法律の方の確認するという言葉でございますけれども、これも今のことと関連を持って参りますが、私の解釈としましては、やはりこれは検査して、そうしてその問題を、今度はやはり適法か妥当かというようなことを判定すると申しますか、認定すると申しますか、やはり確認によってその行為が成立するというような法律的意味を持ってくるものじゃないと解しております。国会の場合でも、審査——これはやはり一つの判定、あるいは確認というようなことをやるわけでございます。それによって決算というものは初めて成立するというようなものではない、こういうふうに解しております。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 会計検査院の検査で決算が確定するとなっているが、これは今御回答をいただいたのでわかりました。  今度は、この会計検査院で確定するということは、御承知だろうと思いますが、会計検査院の検査の中に確認部分と未確認部分とがあるのですね。そうすると、この未確認部分というのは確定にはならないと解釈していいのかどうなのか。それから会計検査院の検査報告には、その検査を了して内閣に回付する、こうありますが、検査を了して内閣に回付するということと未確認部分との関連はどうなっているのか、この二点をお尋ねしたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 これはやはり確認、未確認というのは会計検査院がやりますが、未確認の部分は、文字通りいけば確認されないということで、確認の分だけ確認されたというふうになります。そこでまた、会計検査院のその結果を国会がどう扱うかということが問題になるが、それは政府の作ったものと会計検査院の検査の結果と、やはりにらみ合わせて、国会は独自の判断を下す、こういうふうになるのだろうと思います。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 そこでわからなくなるのですが、会計検査院法には「検査の結果により、国の収入支出の決算を確認する。」とあり、それから決算検査報告には、検査を了して内閣に回付するということがあるわけです。そうすると、この検査を了した中には、未確認部分が入っているから、これは検査を了しない部分なのかどうなのか、この点が私、解釈ができないのです。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 これは検査を経た結果、確認したものと未確認の部分とができるわけでしょう。ですから、やはりその検査をしたことをこちらへ通ずるわけですから、それはやはり未確認の部分も含めて送る、こういうふうになるものじゃないかと思います。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 そうしますと、これは財政法の第四十条になってくるわけですが、内閣は、会計検査院の検査を経た歳入歳出決算を、国会に提出する、こうありますが、「検査を経た」というのは、検査院の確認部分だけであって、未確認部分は含まれないのか、確認、未確認ともに含んでいるのかという疑問があったわけですが、そうすると、これは「検査を経た」ということは、確認部分も未確認部分もともに検査を経た、こう解釈してよろしいことになるわけですね。それでよろしゅうございますか。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 私は確認部分も未確認部分も含めて、それで検査を経たものとして送るべきだろうと思います。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 それからもう一点。決算が決算として成立するのは、内閣の閣議決定をしたときにするのか、会計検査院で確定したときにするのか、あるいは国会で議決したときにするのか、政府の責任というものが解除される段階はいつどこにあるのかということに対する明確なあれを、私はまだ持ってなかったのですが、この点もあわせてお答え願いたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 これについても、いろいろな考え方があるようでございます。それからまた今の御質問は、先ほどの会計検査院の検査確定というのとも関連を持っておるようであります。これは立法論としましては、決算を法律の形式にとるというようなことになりますれば、これは国会が議決したときに成立するわけでありますけれども、今の制度のもとにおいては、私は、決算というものは、大蔵大臣が作成して、閣議で決定したときに、決算としては成立する。そのできた決算を会計検査院が検査し、国会が審査する、こういうふうに解しております。決算として形の上ででき上がるのは、閣議決定のときというふうに解しております。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 先生の御意見は、先生の今までお書きになっているもの、並びにきょうここでお話し下すったこととあわせて、決算というものは議案として提出すべきだという御意見なんです。これは私どもも実は同感なんです。そこで、議案として提出すべきだということに対しては同感ですが、その議案として提出するのは——今はほとんど慣例だけでもってやられておる。これを議案として提出しようとすれば、いろいろ憲法の問題にも触れてくるのではないかと思うので、これは大へんな問題です。そういう点から、今までもこの決算の取り扱いという問題は、何回か国会で問題になりながらも、実は統一した見解というものが出ていなかったのもそこにあるのではないか、こう思うので、これを、財政法とか国会法とか、そういうものの改正によって今先生の言う議案として提出するということは、憲法を改正せずにもできるかどうか。この点をお尋ねしたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 この点はいろいろ議論があるようでございますけれども、私がきょう御報告申し上げましたようなやり方をやるのでしたらば、憲法の改正というところまでいかずに、法律の形でもって可能である、こういうふうに解しております。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 そうすると、今まで長い間この問題は論議されて、その結論が出ておらなかったのは、いろいろその改正に対する手続上の問題という点が、かなり困難をきわめるからできなかったと思うのです。われわれとしても、この問題をいつまでもなおざりにして、いいかげんな立場でこの決算に当たっていくことは、気持の上からいっても非常に苦痛なので、早くこの点を明確にしたいと思っておいでを願ったようなわけなのですが、そういうことが可能であるとすれば、なるべく早くこれに対する結論を出して、一応われわれとしても、議案としてこれを取り扱っていくようにしたい、こう思うわけです。  そこで、この点については、どういうところをどういうふうに直していったならば、憲法に手をつけずにできるかという私案、腹案等がありましょうか。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 私は、報告でそれに関連して問題になりそうな点を拾いあげてお話ししたのでありますが、それでしたならば、憲法に触れないで、法律でやれるのじゃないか。ただし、これは憲法学者の間でも、私のような考えと別な考え方を持っておるものが、あとからまた報告に出ます人にもありますが、それらを一つ双方比較検討なさっていただきたいと思います。私の考えでは、憲法に触れないでもできると思っております。たとえば議案とした場合に、衆議院に先に出すとか、両院協議会の問題とか、あるいはそれも整わないときには衆議院の意思をもって議決とさせるというようなことが出てくるわけでありますが、そういうようなことは、私は法律でやれるというふうに解しております。しかし、これは憲法でなければできないという意見もあるようでございます。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 そこで決算が議案となって国会に出てくる、両院が順次やることによって、決算の審査の権威も高まってくる、こういうことは私もけっこうだと思いますが、この点で、これは先生の問題でなく、むしろわれわれの方の問題なんですが、両院で交渉する議案となると、審査の日数というものは、これまで以上にかかってきて、非常におくれる心配が出てくる。これは衆議院で済まないと、参議院に回せない。非常におくれる心配が出てくるわけでありますが、こういう点でも、何か解決の方法というもののお考えがありましょうか。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 その点に関しては、先ほど自治法に関連して鈴木さんからもお話がありましたが、なるべく早くしろ、そうでなくても、決算というものは大へん前のことになっておりますから、やはりできるだけ早くまとまりをつけるのがいいと思います。これはやはり決算については特別の規定をお考えになって、できるだけ早くやるようにするのが望ましい、こういうふうに考えられますが、実際にはいかがでございますか。私どもしろうとの希望とすれば、やはり決算については、そういうことが可能ではないかというふうに考えられます。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 次に鈴木さんにお尋ねしたいのですが、鈴木参考人は、現に東京都副知事でもあるし、自治庁の次官をしておられた人で、地方自治制度についてはきわめて堪能なる方で、権威者であります。そこで、その経験から得られた地方議会における決算審査の正しいあり方、こういう問題についてお尋ねしたいのですが、地方自治法の九十六条には「、決算報告を認定すること」という言葉が使われており、会計検査院法の二十一条では、「決算を確認する」、こういう用語を使っておるのですが、この「認定」とか「確認」とかいう言葉は、何か内容、性格に違いがあるのですか。

鈴木俊一東京都副知事

○鈴木参考人 地方自治法の「決算報告を認定すること」という、この九十六条の規定は、認定すると申しますのは、先ほども申し上げましたように、出納長が決算を作成しまして、それを知事に出し、監査委員の意見をつけて議会に提出し、そうしてそれに対する議会としての批判というものを議決という形で定める、こういうことになると思うのでございまして、そういう意味で、認定ということは、議会の決算に対する意見を表明する一つの方法、こういうふうに思うのであります。ただ、先ほどちょっと申し上げましたように、一つ一つの行為はすでに完了をして、収入支出が行なわれておるわけでありまして、ただその全体の総計で、一体黒字なり赤字なりがどれだけになるか——これも集積すれば自然に出てくる数字ではございますが、それを確定するという点において、先ほど、従来の解釈なり扱いとして一応この認定によってそれが確定をするということになるということを申し上げたのでございますが、会計検査院の確認ということを——私はその方面はよく存じませんが、国の場合も、やはり内閣が決算を作成して、要するに執行機関の側で収入支出を厳密にいたしたのでありますが、それを行政権の組織である内閣が決定をして、国会に提出をいたしますならば、その内閣の決定のときにすでに決算というものができ上がっておって、それに対して、それを会計検査院としてどういうふうに判断するか、国会がどういうふうに判断をされるかというのが、確認なり議決という問題ではないかと私は思います。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 お諮りいたしますが、鈴木参考人に、一時から都の建設委員会が始まりますとの連絡があります。この際、鈴木参考人に御質問のある方は、順序を狂わしてでも、質問をそこへ集中していただきたい。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 私、ほかの委員の方の質問もあると思いますから、もう一点お尋ねしたいと思います。この地方自治法の二百四十二条の二項には「監査委員の審査に付し、その意見を附けて、次の通常予算を議する会議までに議会の認定に付さなければならない。」こうあるが、この時期等は先ほど御説明を伺ったわけですが、この監査委員の意見というのは、どういう形のものが実際は作られていっておるでしょうか。私、実は地方議会のそうした監査委員の報告というのは見ていないので、よくわかりませんが、やはり不正とか不当とかに対する指摘の意見等も付せられて、監査委員の報告は出されておるわけでしょうか。

鈴木俊一東京都副知事

○鈴木参考人 監査委員の報告は、ここへ一つひな形を持って参りましたが、「地方自治法第二百四十二条第二項の規定により、昭和三十三年度歳入歳出決算及び証拠書類を審査した結果、別紙のとおり意見を付する。」ということで意見が出ておるわけでございます。別紙としましては、どういう期間、どういう方法で審査をしたかという、審査の概要と、決算の内容を紹介した決算概況、それから審査の結果ということで、ちょうど会計検査院の検査報告とやや類似したような姿で、それぞれ指摘事項を指摘いたしておるというような形のものでございます。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 最後にもう一点伺いますが、特別委員会というのが都道府県にできておるわけで、この中に決算委員会というものを設けておられるわけですが、この委員会は、認定前にもちろん開かれると思うのですが、どの程度の審議を行なっておるわけですか。そして、その権限とか審議の方法というようなものを、一つお教え願いたいと思うのです。それから決算は、その認定に関する議会の議決とか報告とあわせて、その要領を告示するのが規定ですが、その告示はどういうふうな内容なのですか。

鈴木俊一東京都副知事

○鈴木参考人 議会の特別委員会におきまして、決算を審査いたすわけであります。特別委員会は、先ほど申し上げましたように、常任委員会と別個に作られるわけでございまして、大体東京都の場合は、議員の総数が百二十人でございますが、従来三十人あるいは六十人、両様例があるようでございます。要するに、二分の一または四分の一の議員が決算の特別委員に任命されまして、審査をいたすわけでございます。  審査の方法としては、各執行機関、それぞれ交通局とかあるいは民生局とかとございますが、局別に執行機関の局長以下の説明を徴しまして、それから質疑をいたし、さらにそれぞれ所管の各局別に、事業でございますれば、事業を実地について調べるというようなことをやりまして、各局ごとに、一応この局はこれでよろしいという仮認定をいたしまして、そして全部終わりましたところで、委員会としての認定の議決をして、本会議で最終的に認定議決をする、こういうのが従来の扱いでございまして、大体十二月から五、六月ごろまででございますから、半年くらいそれにかかっておるわけであります。しかし、これは東京のような特殊なところでの例だと思います。普通は、年度内に、要するに三月一ぱいで終わるところの方がむしろ多いかと思います。小さい団体では、もちろん東京のようなことはないかと考えております。  それから告示の要領でございますが、これは従来非常に簡単にいたしておりまして、認定の内容で特に指摘されました要領を東京都の公報に告示する、こういう程度でございます。

小川豊明日本社会党

○小川(豊)委員 もう一点お聞かせ願いたいと思います。地方自治法の二百四十五条に、予算及び決算の調製の様式、これは政令で定める、こうなっておりますが、決算の調製というのは、実際にはどういうことをおやりになるのが決算の調製であるかという点と、それから最後に、今お聞きして、地方自治体においては決算に重点をこめておられるということがわかった。むしろ、われわれ国会としては、少々恥ずかしいくらいに思ったわけです。そういうやり方をしておられて、議案として取り扱い、議会の議決を経ているこのやり方が、地方行政の責任体制の上において、その効果というものを副知事としてどう価値判断なさっておられるか。これを最後に一つお伺いしたいわけでございます。

鈴木俊一東京都副知事

○鈴木参考人 決算の調製の仕方でございますが、これは地方自治法の施行規則にこまかい様式がございまして、これは大体予算と対応した様式になっております。それを基礎にしまして計数を出すわけでございます。ただ、国の場合は、実質的には予算も決算もともに大蔵大臣が作られるわけでございますが、地方の場合は、予算の方は、知事が、財政関係の部局の補佐を得て、知事の責任で作られる形になっております。決算の方は、知事でなくて、出納長の方の責任で作るわけでございます。すなわち、作成者が違うわけでございます。これはなぜそうなっているかと申しますと、国の場合は、全部大蔵大臣の統括のもとに会計事務がそれぞれ行なわれるわけでございますが、地方の場合は、会計の責任者は知事でなくて、出納長で、別建てになっております。従って、知事の収入・支出の命令がありましても、違法であるとか、予算がないとかいう場合は、出納長はそれを拒絶できるように、審査権を持っておるわけでございます。そういうことで、独立の地位にある出納長が、予算作成者とは違った立場で決算を作る。ここに一つの抑制均衡ということで、ある程度公正を期待することができるような仕組みになっているわけでございます。  それから決算の実際の議会の審査の結果、どういうふうな効果があるかという点でございますが、これはやはり執行機関といたしましては、議会が一つ一つの問題についていろいろ審査をされる結果といたしまして、収支、あるいは予算が余ってしまうというような事業の執行が非常に悪いとかいったような点について、一々相当辛らつな批判があるわけでございまして、執行機関としては、やはり今後の行政運営の上に、非常に参考になると考えます。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 淡谷委員。

淡谷悠藏日本社会党

○淡谷委員 鈴木さんにちょっとお尋ねしたいのですが、私は、地方自治法の二百四十二条によりまして、次の通常議会までに決算を認定するということがあるのですが、これをもしいろいろな要因のために認定しなかった場合に、その通常議会では予算の編成に何らかの障害があるかないか、この点を聞きたいと思うのです。

鈴木俊一東京都副知事

○鈴木参考人 地方自治法では、決算の報告を認定しなければならないというふうに、議会の権限の中に義務づけておるわけでありますが、議決を了します時期がないために、先ほどちょっと申し上げましたように、三十三年度の決算が、三十五年度の予算を議会で議了いたしますまでにきまらないということが、東京の場合などにはあるわけでございまして、御指摘のような事態があるわけでございます。そういう場合に、早速関係がありますのは、先ほどちょっと申し上げましたような、東京の場合ですと、繰越金というものがございます。これはやはり議会が認定をして、この決算はこれでよろしい、あるいはこの点が間違っておる、こういうような指摘があれば、その指摘されたところを直して歳入予算の方に計上をする、こういうことになるわけなのでございますが、それが間に合いませんから、結局執行機関の責任において、事後の調整をして、決算の数字を基礎にして予算を作る、こういうことになるわけでございます。これは予算でございますから、それでも支障がないといえばないわけでございますけれども、しかし、たとえば三十三年度の決算の繰り越しが一千万円であるのに、予算では九百万円であった、百万円間違っておったというようなことがありますと、三十四年度の予算は、最終的に手直しができなくなるのは三十五年の三月三十一日でございますが、それまでの間に決算がきまりませんと、三十四年度の繰越金の予算の計上額が間違っておったということになるわけでございます。これは、結局三十四年の決算の上に、またそれが反映してくるわけでございます。しかし、それで自治の運営ができなくなるかというと、そういうことはない。法律上それで工合が悪くなるということは絶対ないと思いますが、みすみす直されるべきものが直されないで済まされるということになるわけでございます。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 鈴木参考人に対する御質問は以上でございます。お忙がしいところをまことにありがとうございました。  引き続いて清宮参考人に対する御質問をお願いします。

淡谷悠藏日本社会党

○淡谷委員 今の問題ですが、実は国会の決算委員会では、しばしば二、三年も決算がおくれたことがあるのでございます。その間に新年度の予算がどんどんと進んでいくという状態がありますので、現行のままでやっていきますと、決算委員会などが認定しようがしまいが、審査しようがしまいが、どんどん予算の方が進行していって、国会運営には、決算委員会はあってもないようなもので、盲腸的存在になるようなきらいが多分にあるのですが、そういう機運が、法律上、あるいはさまざまな政治的解釈上、あっていいのか  どうか、その点に対する御見解をお聞きしたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 今のように決算委員会の存在がそういうふうになっておるというのは、やはりおもしろくないことだと思います。そういうことを改めるという意味においても、やはり決算の審査ということを国会の議決にするというふうにするのか、一つの効果を持つのじゃないか、こういうふうに考えます。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 神近君。

神近市子日本社会党

○神近委員 今、淡谷委員から申し上げましたように、当委員会で何年かいろいろの調査その他にあずかっておりますと、一体これでいいのかというような疑問が問題点として出てきたわけなんです。そして今日御出頭願って御意見を伺うということになったわけなんですが、委員部が非常によくいろいろの材料を集めて教えて下さいましたので、こういう疑惑を持ったのは私どもが初めてでなかったということ、論議が長く行なわれているということがわかりました。大体先生の二十五年の「法学」という雑誌の記事だとか、あるいは入江先生の「法学新報」の記事だとかというものを拝見いたしますと、大体論点がわかるように思います。それで一、二その中の——たとえば帝国一憲法時代の決算のあり方が、新憲法になってもあとを引いているということが、しばしば出てくるのです。入江先生の御文章には、伊藤博文の憲法義解から引用してある文句があって、決して帝国憲法といえども決算の問題を軽視したのではないということが示してあります。それがどういうわけで今日のような状態にくずれてしまったのか。伊藤博文は、憲法を制定したときの主要な人でございます。それが意図したものが、どういうわけで今日のような状態にくずれてしまったのか。その点で何かお気づきのことがございましたら、伺わしていただきたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 確かに明治憲法のときも、二十五年の帝国議会の議事を見ますと、この問題は相当突っ込んで議論されておるのです。そうしてまた、伊藤博文の憲法義解にも、はっきり、やはり決算は議会が議決するというふうに書いてあるのであります。どうしてそれが今のような慣行になってしまいましたか、これは私もよくわかりませんけれども、当時の考え方としましては、決算の問題とか——予算の問題もそうですけれども、やはりこれについての主役は政府であって、それで議会は、相談役と申しますか、あまり深く口を出すのは好ましくない、そういうことが、ことに政府筋でそういう考えがあったので、今のような扱いができてしまって、それを怪しまずにきた、こういうふうになったのじゃないか。これは私の推測のようなことでございますけれども、そう考えております。

神近市子日本社会党

○神近委員 それは今おっしゃったように、政府の工合が悪いというふうな考え方からこういうふうにくずれたのじゃないかという御意見、私どもにもそう思われるのです。諸外国の決算、あるいは会計検査院の成立の点を見ますと、会計検査院の存在について、独立的な機能を与えているところが二、三あったと思います。今ここに出ておりますのは、ドイツ連邦共和国の憲法でございますが、どこかほかの国では、特別の任命があったところがあるように思います。ほかの委員の方はどうかは存じませんが、私自身はこういうことを考えたわけなんです。任命するのが総理大臣あるいは政府であり、会計検査院も、その検査官を任命するのが政府であり、同一行政機構の中に会計検査院というものを含むということは、これは多少の権利、権能を与えてはございますけれども、どういうものだろうかということを、私は、一番初め疑惑を持ったのはその点だったのです。会計検査院の方々がおいでになれば申しわけないのですけれども、同一機構の中で、いわばある意味での同僚であり、多少の権利を別に与えられていても、一体ほんとうに厳密な調査ができるかどうかということを考えたわけなんです。今さっき憲法の改正が必要であるか、あるいは法律を別に制定すればいいじゃないかというような御意見のようだったのですけれど、その点まで会計検査院というものに独立性を与えるということについて、その限度がどうだろうということが考えられる。たとえば、そういう場合には、どうしても憲法の改正がなければならないのか、あるいは法律によって与えることができるのか。今私ども決算委員会がもし何らかの要望を出すとしても、その点がどうだろうということが考えられるのですけれど、一つ先生のお考えを伺わせていただきたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 会計検査院の制度は、これは明治憲法のときもそうでありましたし、今の憲法のもとにおいても、憲法の上で、特に内閣から独立した機関であるというふうに定めております。大体これはドイツあたりの行き方をまねたものである。外国の側となりますと、ずいぶんいろいろなものがあるようでありますけれども、それはこの次に参考人となっております都立大学の小島君が、外国の制度には詳しゅうございます。今の憲法のままですと、これは憲法上の機関になっておりますので、この会計検査院の地位と権限というものを動かすというようなことになりますと、これは憲法改正の手続を経なければならない。この制度がいいか悪いかは別問題といたしまして、これはなお検討する必要があると私は思っております。今の検査院に手を触れるということになりますと、やはり憲法改正によらなければならない、こういうふうに考えられます。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 一点お尋ねいたします。先ほど私の質問の中にも若干触れたと思いますし、それから小川委員の質問された点でありますが、これをさらに明確にしておきたいと思うのです。清宮教授の説に従って、憲法改正をしないでも、決算というものは、政府が作成するのではなくして、国会で議決して、そうして真の決算というものが成り立つのだ、こういうふうな解釈をとりますと、これはもう財政法等の改正、また、それに関連する新しい国会運営等の規定を設けるなり、あるいはまたそれに対して実質的な法律効果をつけるということになるのは疑問のないところだと思いますが、そうでない、そういうことは憲法に違反するので、やはり決算というものは政府が作成するというのが憲法の趣旨だというような立場をとりましても、なお、まだ新しい立法によって解決する問題があると私は思うのです。と申しますのは、最も清宮説に従えば、政府が決算を作成するのではなくして、案を出して国会で議決して、そうして真の決算になるのだ、こういう建前をとることが第一。第二には、会計検査院の検査に基づいて、政府が作成した決算を国会に提出して、それを国会でいろいろ審議して、国会の意思を明らかにする議決をする。それによって政治責任の解除もしくはこれが追及というような政治的な効果をもたらして、そうして政治というものが今のままよりは、決算に関連して理想的なものになっていく、こういうふうに思われますので、かりに政府が決算を作成するのだというような立場をとっても、なお、今、後段において申し上げたような趣旨で新しい立法が望ましい。それによって国会の真の使命というものが果たされていくのだ、こういうふうに私は考えるわけであります。具体的に内容をどうするかということは別にしまして、ともかく、今のような実情では、政府と国会の間に、決算の問題に関連して、そうやすやすと理想的な運営、りっぱな慣行というものもできそうにないから、新しい立法でもって、少なくとも政治的責任の問題をも解決するのに役立たせるようにするということも、相当な意味があるように思うのでありますが、清宮教授説でしたら、かりに憲法について、その点について若干疑義を持つ方々でも、後の部分については反対される理由はないと思うのですが、それらについていま一度御意見をお伺いしたいと思います。

清宮四郎東北大学教授

○清宮参考人 第一の、決算というものを国会がみずからの責任において作るとなると、結局法律の形をとるということになるかもしれませんが、そういうふうにしてしまえば、問題はほとんど全部解決してしまうということになるわけでありますが、これについても、やはりいろいろ議論があると思います。私は、今の憲法八十三条の建前というものは、そういうものを含んでおるというふうに解しますから、憲法を動かさなくともやれるというふうに考えております。それから、また、そこまでいかないで、現在のようなやり方で、とにかく決算は政府が作る、それを会計検査院と国会とが事後に監督・承認をする、こういう制度にしましても、やはり国会が議決によって意思決定をする、これが望ましい。これについて、つまり別に立法の措置を講ずるということについて、強く反対する人はないものと思いますけれども、今のようなやり方でいいのだという考え方の根拠は、現在でも、やはり各院として一つの意思決定をやっておるのですね、それだけで十分なんじゃないかというような考え方から、しいて両院が一緒になる必要はないのだ、こういうふうなことを唱える人が多いようであります。私なんかは、それではそれだけの審査の効果を十分に発揮することができないから、やはり両院が意思を合わせて国会の意思として出した方が実際的な効果がある、そのために必要があればやはり立法措置を講ずることが望ましい、こういうふうに考えられるのであります。

鈴木正吾自由民主党

○鈴木委員長 参考人の方々には、年度末等でお忙しい中を御出席いただき、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会といたしましては、御意見を参考とし、調査の成果を上げたいと存じます。委員会を代表いたしまして、委員長より厚く御礼申し上げます。(拍手)  次会は、四月一日午前十時より開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時四十九分散会

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