予算委員会 第8号
- 発言数
- 291 件
- 登壇者
- 23 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1959/11/21
会議録
○委員長(小林英三君) ただいまから委員会を開会いたします。 ただいまの委員長理事打合会におきまして決定いたしました事項を御報告申し上げます。 本日は松永君、斎藤君、辻君の順序で質疑を行ない、二十四日には木村禧八郎君、佐多忠隆君の質疑を残すが、両君の外務大臣に対する質疑は午前中に終了することを目途とする。 —————————————
○委員長(小林英三君) 昭和三十四年度一般会計予算補正(第2号)、同じく特別会計予算補正(特第1号)、同じく政府関係機関予算補正(機第1号)を一括して議題といたします。 前回に引き続きまして一般質疑を行ないます。松永忠二君。
○松永忠二君 厚生大臣に質問いたしますが、災害地、炭鉱の不況地に災害救助法あるいは生活保護法を適用しているわけでありますが、これらの法律を適用して実際にその生活の困窮している者を救っていくという点について、いろいろ実施すると不備な点が出てきていると思うわけであります。こういう点を一体今後どんな方向に改めようとするのか、またどういう点で不備な点があるというふうに考えておられるのか、大臣の意見をお聞きしたいわけです。
○国務大臣(渡邊良夫君) 災害地あるいはまた九州の炭鉱離職者等の問題につきまして、どういうような政府の処置が講ぜられておるかというお尋ねでありますが、私どもは、災害地におきましては、もとより災害救助法の現行の範囲におきまして最大限に見ておるわけでございます。しかし、これらの内容については、まだまだ不備だと、こういうことが間々聞かされまするので、これは通牒によりまして、今年度の災害におきましても、たとえば応急仮設住宅の単価八万円を十万円に引き上げるとか、あるいは、たき出しを五十円から九十円に引き上げるとか、あるいは災害救助法適用期間の延長とか、その他長期に及びましてこれらの期限が切れましたときにおきましては生活保護法で見ておるわけでございます。私どもは、生活保護法の今年度の補正予算におきまして、炭鉱の離職者等の生活保護法の適用者をも含めまして三十七億ばかり計上いたしておるわけでございます。でありまして、私どもは将来におきまして災害救助法の内容の改善——ただいま災害救助法によりましては十一種類を規定いたしておりまするけれども、このたびの災害におきましては、たとえば給水車、あるいは舟艇、あるいは濾水機の三種類もこれも対象の考慮にいたしたわけでございます。でありまして、将来この災害救助法というものにつきまして検討を加えるかどうかということにつきましては、ただいまのところ通牒によりまして逐次内容等の改善をはかっております。生活保護法におきましては、第十五次の今年度の改訂におきましても単価の引き上げを行ないましたし、また、明年度におきましても生活水準その他と並行いたしまして引き上げる所存でございます。
○松永忠二君 災害救助法を適用する場合に、その期間に制限があるし、また、内容等が非常にまあ貧弱である。生活保護法を適用する場合でも、御承知のように、法の第四条によって基準というのが非常にやかましく規定されているわけであります。従って、厚生省等では実際の調査をやっておられないようで、推定約一割程度の人が生活保護法の適用を受けても申請の除外を受けるということでありますけれども、炭鉱地帯等においては、もうすでにこの申請をした者の中で生活保護の適用を受けている者は六割三分程度あるわけであります。で、炭鉱地域の四千三百四十に対して、それを実際適用しているのは二千八百八十というわけで、非常に少なくなってきておるわけであります。従って、この災害救助法とかあるいは生活保護法の適用では実は非常に不十分で、従って、具体的に、一つは生活保護の適用の基準を引き下げて、一定の期間被災者についてあるいは生活の困窮者については生活のめんどうを見る、適用するというような具体的な措置がはかられないものなのか。それから、第二点としては、第四条の三項には「急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。」という規定があるのであるけれども、これも単に通達でやるということではなくて、この適用の範囲を具体的に政令できめるというようなことによって実施していくという考え方はないのか。もう一つは、非常にばらばらになっているこれらの災害救助あるいは生活保護に基づくいろいろな施策を一つにして、特別な罹災者の援護法というようなことによってこういうふうな点を検討していく用意があるのか。たとえば公共土木の事業等についても、小災害についての適用ができないということで特別措置等が行なわれている現段階において、こういうふうなもう少し安定性を持ったばらばらでない統一をした罹災対策というような法律を、今後制定をしていくというような気持はないのか、この点について大臣の意見を聞きたいのであります。
○国務大臣(渡邊良夫君) ただいま申し上げました通り、私どもは政令でこれを通達をいたしますれば、これは当然効力が発生いたす。災害救助法は、当該県の当該知事がこの被災地につきまして災害救助法の適用ということを認定いたしますれば、厚生省は自然これを認め、従って大蔵省も当然この自然発効の形におきまして予算措置を講ずることになっております。でありまするので、現在のところはさような措置を講じなくとも十分であろうと、かように信じておるわけでございます。特に罹災者に対しまするところの援護法の措置はどうかと、こういうお尋ねでございまするが、私どもは、現在の制度でかなりこれがやっていけると、かように考えておるわけでございます。特に天災等に対しましては見舞金その他の措置を講ずる必要はないかと、こういうことでございまするけれども、これはいわゆる火災あるいは落雷あるいは地震と、こういうような過去におきまするところの実例から見ましても、そういうような措置は今のところ講じておりません。私どもは、ほんとうに困っておる人々に対しましては、また別途、資金の融資の措置によりまして、たとえば母子福祉資金の貸付の据置期間の延長とかワクの拡大であるとか、あるいは世帯更生資金の貸付のワク、あるいはまた、そのうちにおきまするところの生活資金等を三千円からこのたび一万五千円、そうして三カ月と、こういうような期間をも設けまして措置を講じておる次第でございまするので、ただいまのところは、さような施策によりまして十分まかなっていけると、かように考えております。
○松永忠二君 大臣の答弁を満足とするわけでありませんけれども、次の質問に移りたいと思うわけであります。 文部大臣にお尋ねをするのでありますけれども、災害地や不況地には災害救助法、生活保護法が適用され、また、要保護の児童とか準要保護児童等についてめんどうを見ているわけでありますけれども、実はこれでは、はなはだしく不十分であります。従って、たとえば福岡県の炭鉱地区の六市六郡のごときは、給食費の滞納者が二万一千人、金額で約二千万円出ておるのであります。それは実際に実施をしている学校というのは非常に少ないのでありまして、欠食児童のごときも六市六郡で五千人すでに出てきているのであります。猪位金という小学校では、九百六十五人の中で四十人が欠食の児童として出てきておるのでありますが、これらについて一体具体的に文部省はどういう措置をされていくつもりなのか、御答弁をいただきたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) 災害地の方の医療関係につきましては、貧困児童であるといなとにかかわらず、災害救助法に基づいてそれぞれ所要の手当をいたしておることは、今厚生大臣から詳しく御説明申し上げたと同様であります。従って、学校の方から考えてみましても、病欠児童などを除いてはほとんど欠席者もないというような状況になっておる次第であります。 なお、炭鉱地帯におきましては、お話のように、要保護児童、準要保護児童などに対してもそれぞれ所要の手当を一応いたして参りましたけれども、お話のように、漸次そうした給食などに対する支払いもできていないというようなこともお伺いもするので、今せっかく調査をさしております。そうしてその結果を見て適当な処置を講じたいと、かように考えておる次第でございます。
○松永忠二君 今から調査をして対策をするなどというようなことでは実はおそいのであります。罹災地のごときも、やはりそういう問題は、今欠席として出てこないのでありますけれども、実は非常に起こっておるのであります。で、今お話の田川という市などについては、給食を実施している学校が十七校の中の六校であります。中学校は一校も実施をしておらないのであります。で、市の給食費の補助は三百万円であるのに、国の補助はたった四十五万円にすぎないのであります。文部省の施策で準要保護児童の数を二%としていっているのでありますけれども、その田川市の生徒の数が二万四千人でありまして、その二%は四百八十名であります。その田川市の給食費の滞納者は九百五十一名であります。全部の者に実施をしたとしても、二%の数よりも給食費の滞納の数の方が多いのであります。福岡県のごときは補助金が約千九百三十八万円であります。六市六郡の滞納の二千万円の費用よりも少ないのであります。愛知県にいたしましても補助金は千二百二十一万円であるのであります。一体こういう実情において、しかも愛知でも、御承知のように、この資料にもあるような分散授業が実施をされて、三重県のごときも、十二月まで九千百六十四人の子供たちが二部授業や分散授業、あるいは集団の授業をしておる者が七百五十一人もあるのであります。従って、今から調査をして、あるいは今の法律の二%程度のことで補助金をやっていくなどということでは、実は対策はできないのであります。そこで私たちは、どうしてもこの際、災害地や不況地については、二%の数を多くして、また国庫の負担も二分の一からもう少し多い補助金にして、新しく特別の立法をしていくべきであるというふうにわれわれは考えるのであります。また、話によりますと、後ほど質問もいたすのでありますが、長欠児童のごときも、学校で給食をしてくれれば実は学校へ出てくるという実情を考えてみたときに現在の状態の中でこの罹災地や不況地の対策をしていくことは、全くもう不可能に近いということを言うことができるのであります。大臣のこの点についての特別立法の措置——決意というようなものを、一つ率直にお答えをいただきたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) お答えいたします。ただいまお示しのいろいろの点につきましてはありがとうございます。要するに炭鉱地帯方面におきましては、お示しを待つまでもなく、さぞ困っておる状態であろうと思います。そうした所に対して直ちに必要なる救援の手を差し伸べるということが要するに善政をしくという考えに基づくものであると思うのでありまして、私どもも、そうした窮民なり要保護児童、準要保護児童などがだんだんとふえているということに対しては、今の補助の規定だけをもってしては十分でないと考える。で、今せっかく調査いたしておりまするということも、とりあえずそうした方面に対して予備金の支出でも願って対処したい、またこれに対して特別立法をこしらえなければならぬのではないかという考えに対しても、これはよく検討して参りたいと、かように考えます。
○松永忠二君 そこで、なお進めてお尋ねをするのでありますけれども、これは単に給食費だけではありません。一般の教育費のごときも、実は今の田川市では学用品に困っている者が四千四百三十一人、通学用品に困っている者が二千四百三十九人、六市六郡でPTA会費の未納者が二万八千五百九十九人と地教委が統計を出しているのであります。たとえば災害を受けた愛知県の都市の中学校のごときは、二〇%が市の予算からきて、あとの八割がPTAとその他のつまり生徒の負担金でやっているのであります。こういう実情では実は学校運営ができないのであります。私たちは憲法に規定されている義務教育の無償というようなことについても、これが一時に行なわれないけれども、とにかく災害を受け不況を受けて困っている生徒については全面的にやはり国が責任を持つという、せめてその範囲内についてだけでもこれが責任を持っていくというような、そういう措置は当然とるべきで、恒久的に就学援助法とも言うべきようなものをやはり立法していくべきではないか。外国の例を引くまでのことはありません。この点についてやはり大臣の見解を一つお聞きしたいのであります。 同時に、厚生大臣にお尋ねをするのでありますけれども、こういう実情の中で、生活保護法の教育扶助であるとか、災害救助法の学用品などのそういう助成では足りないのであります。従って具体的に、生活保護法の教育扶助の基準を引き上げていくとか、あるいは先ほど申しました世帯更生資金の貸与の中に育英費を入れる、今は医療費は貸与しているのでありますから、育英の費用を貸与するという、具体的なことを積極的に実施する意思があるのかどうか、この点を両大臣から御答弁を願いたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) 御指摘のいろいろの点につきましては私も全く同感でございまするので、来年度の予算にもそれぞれ手当をいたしております。給食の面におきましても、また教材の面におきましても、その他御指摘の面につきましても、一々来年度の予算に要求いたして、目下せっかく折衝中でございます。要するに、私どもも福祉国家を目ざしてやっていくという考えには松永さんと全く同感でございまして、必要な方面に進んで救援におもむき、よってもって、窮民とか、これから将来十分に伸ばしていかなければならない児童の保護に対しては、十分の力を入れて進んで参りたい、かように考えている次第であります。
○国務大臣(渡邊良夫君) 災害救助法におきます中学生、小学校学童につきましての学用品の単価は、数字ははっきり記憶いたしておりませんが、平均百円以上づつ大ていこのたび上げたわけであります。将来育英資金……。
○松永忠二君 二百十円ですよ。
○国務大臣(渡邊良夫君) それは、だから上がった率でございます。だから、それだけ上がっているわけでございます。
○松永忠二君 上がっているのじゃなくて百十円、ふだんなら百五十円です。
○委員長(小林英三君) 私語はおやめ下さい。
○国務大臣(渡邊良夫君) 今度、災害救助法によりまして、それですから、百円以上づつ上げたということでございます。そういうことですから誤解のないようにしていただきたいと思います。それではもちろん足りないかもしれませんけれども、そういうような救助法によりましての単価の引き上げを行なったわけでございます。 それから、生活保護法によります育英資金の制度につきましては、これは文部省、それから大蔵当局と相談いたしまして、明年度は何とかいたしたい、かように考えております。
○松永忠二君 まあ不満でありますが、なお次に移ります。長期欠席の児童というものが、この資料にも出ているように、非常にふえているのであります。そこにあります三千七十六人、実際には、小学校で直接調べてみると、約一割四分の者が出欠常ならずという状況で、事実それが不良化が目立ってきて、警察でもそれが組織的になっているという、ある中学校のごときは、千百九十七名の中で七十名がすでに非行少年としてリストに載っているという状態になってきているわけであります。一体これをどう対策をしていくのか、それを一つ文部大臣から具体的にお聞きをいたしたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) 長欠児童の原因は、やはり主として経済的理由に起因するという点が一番多いのではないかと私も考えます。これに対しては、あくまで一面には学校に帰るように勧奨していかなければならぬというふうにも考えますし、またそれに対しては何らかの援助の道を講じなければならぬと考えております。
○松永忠二君 そんなことでは長欠児童は少なくなりません。今、政府の施策というものはまことに乏しいことが具体的にここで現われてきていると私たちは思う。生活扶助や災害扶助で、五十円や百円程度のことをやってみてもどうにもならないのであります。そうなってくると、どうしてもやはりこの欠食の子供、長欠の子供を学校へ出すのには、働らいている子供でも、とにかく昼間飯さえくれれば学校へ出てくるというような実情もあるのでありますから、どうしても学校へこれを出させていくということが、この際やはり不良化を防止するし学力の低下を防止するという最良の方法だと考える。具体的に対策を立てていくべきだと私は思う。そこで、労働大臣にお聞きをするのでありますが、これらの長期欠席児童は、洗い炭というような、そういう十数人から二十人くらい使う企業のところに雇われたり、あるいはくず鉄を拾ったり、女の子のごときは、飲食店で一日百円くらいで使われておるのであります。こういう子供たちについて、また川崎の中学校では、今まで県外に就職を志望した者が四人であったのが、現在では八十人県外就職を志望している。こういう中から私たちは、不当の雇用も出てくるであろうし、あるいはこれらの子供たちの使用許可証ももらわないで、実際にこれらの子供たちが就労している事実を見なければいけないと思う。こういうことについて、具体的にどういう一体調査をされているのか、どういう対策を実施をされているのか、その点を一つ大臣から御答弁を願いたいと思うのであります。
○国務大臣(松野頼三君) 児童の就業につきましては、特に労働基準法で非常に厳格に規定してございます。御承知のように、十二才以下の者は全面的に就労禁止、ただし例外がございます。これは例外と言うと、映画とか演劇とか、まあそういう子役というのが例外であって、全面的に就業は禁止というのが基準法で規定されております。また、十二才から十五才になりますと、これは制限規定がございます。しかし、その制限規定の中には、炭鉱というものは禁止の方に入っております。重労働という意味で炭鉱は実は禁止規定が入っておりますので、基準法の取り締まりから申すならば、そういうものがあれば、それは就業を禁止すべきであると私は考えております。ただいま基準局を通じましてそういうものは調査をいたしておりますが、ただ、ここの雇用関係が非常に明確でありませんと、この禁止規定というのがなかなかどこに罰則をかけるのかというところが実は不明確でありますが、個人が自由で行っているのだというならば、これは禁止という基準法からの規定にはまらない。しかし、雇用者がいるならば、雇用者にそれは当然禁止規定は当てはめて、就業禁止ということができますけれども、その状況を田川の方はなかなかこれは正確に雇用関係の明確さがまだわかっておりませんが、明確になり次第、より以上調査をただいまやっておりますので、いずれ正確にどの程度のものが違反だ、どの程度のものがどうだということは、近日中に必ず御報告いたし得ると私は考えております。
○松永忠二君 そういうような取り締まりをするということで、この問題は片づかないのであります。やはり使用許可証をもらって、事実やってないというものもたくさんあるだろうけれども単にこれを取り締まるということではなくて、この年少の就労者の中の特殊な事態について、もう少し具体的な対策を打っていかなければ、取り締まりをしてかえって子供たちは生活が苦しくなってしまうという実状が出てくるわけです。何かもう少し具体的な対策をお持ちではありませんか。監督するだけが能ではありません。
○国務大臣(松野頼三君) 松永さん御理解の通り、今回、特に炭鉱地帯に非常にその兆候が見えますので、炭鉱地帯には子供に職を与えるというのにあらずして、その家計の担当者にその仕事を与えるということが、労働大臣としては当然の務めじゃなかろうかと、こう考えまして、その雇用問題として、その点で家計の担当者にその仕事を与えるべきだというので、ただいままでは失対事業というのがその主たる仕事でございましたが、これではなかなか労働力から申して、賃金から申して不適当であるというので、今回緊急就労という措置を講じて、炭鉱地帯だけに限って、単価も失対事業は大体四百六円でありますが、今回八百五十円という単価を組んで、炭鉱地帯だけに実は緊急就労事業というのを起こすわけでございます。労働大臣から言うならば、いろいろございましょうけれども、子供に就労させるという口を見つけるということは、労働大臣としては、これはその方向に向かうことはとてもできないし、また基準をなるべく引き上げて、そうしてその家計の担当者にその職業を与えるということの方が労働大臣としての務めじゃなかろうかと、こう考えておりますが、事、児童に関することでございますから、文部省とも十分連絡をしなければなりませんけれども、今日労働省としては、やはり家計の担当者にその収入の道を与えるということが緊急な問題だということで、今日対策を立てております。
○松永忠二君 まあそういうことよりも、婦人少年室等が各県にあるのであります。協力員等も各県にあるのでありますから、その就業を改めるような具体的な措置を業者との間にやるというようなことをまずやっていかなければ、ただそれを調査して取り締まるというだけでは、ただそういう子供たちを窮地に陥れてしまうということになると私たちは思う。こういう点については、もう少し適切、具体的な対策をおとりになることを特に切望したいのであります。労働大臣にほかに質問するつもりでありましたが、以上で終ります。 文部大臣に質問するのでありますが、高等学校の教育課程について、十九日の日に基本方針をきめたというふうに発表されておるのでありますが、これは中間報告として発表されたのか。それとも教育課程審議会が内部的に決定したものをただ発表したものなのか。それはいずれでありますか。
○国務大臣(松田竹千代君) 高等学校の教育課程につきましては、去る七月審議会に諮問いたしまして、二、三日前に、その一応の中間報告と申しますか、考え方を発表いたしたのであります。これはあくまでも中間発表でございまして、これに基づいて、教育に御熱心な松永さんその他皆さん方の御意見、また広く公の意見を徴しましてそうして最後の結論は、明年春三月ごろまでにその結論を得たいと思っているような次第でございます。
○松永忠二君 あれは中間報告として発表されたものだということでありますが、あの中には、御承知のように社会科を倫理、社会と政治、経済に再編成するとか、就学と進学コースの分科を明確にするとか、あるいは数学と理科等の内容の取り扱い等に問題が実は多いのであります。ああいう基本的なものをただ発表して、それからあとは、もう全部文部省内でやってそれを実施をし、そうしてそれがつまり具体的に実行されるということでは、小中学校のこれらの問題を考えてみて非常に私たちは今後問題が起こると思うので、こういう中間報告を発表されるとともに、もう少し具体的な、教材等調査委員会の検討したものを中間報告として発表をしてそうして、具体的に各方面の意見を徴してこれを実際に妥当なものにしていくという、そういう一体用意があるのかどうなのか。この点をお聞きをするわけであります。
○国務大臣(松田竹千代君) 今申し上げた通り、今回の発表はあくまでも中間発表でございます。これに基づいて、もう決定してしまうんだというような考えではございません。これから広く一般の御意見を承り、それをさらにまた審議会にかけて最後の決定をみたい、かように考えている次第であります。 また、教材研究会等にもこれから諮問いたしまして、各課程、各分科におきましては、それぞれこれからまだ検討していかなければならないということであります。 今回の決定を見ましたおもなる点は、小中学校、高等学校に教育方針の一貫性を持たしたいというところが重要な一点でございます。六・三・三の現在の制度のワクのうちでやっていきたい。それも、あくまでも教育の一貫性を持たしていきたい。御承知のように三十八年からは高等学校の教育課程も改まるわけでありまするから、それまでに小中学校の課程を経た者が高等学校に入っていく、それにマッチして、そうして教育を進めていきたい、かような考えであります。
○松永忠二君 私がお尋ねをしたのは、基本方針のようなああいうものを中間報告しても、具体的に、もう少し内容を持った、教材等研究調査会の検討したものを中間報告する用意があるかないかということを聞いておるのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) 教科研究 会において、これから、そういう一々の各項目についての検討はやっていくわけであります。そういうこまかい点については、的確を期するために、もし、さらにお尋ねでございまするならば、初中局長も見えておりまするので、初中局長の方から答弁させます。
○松永忠二君 いやいや、そうではなくて、中間報告を、その教材等調査会のものを中間報告するかどうかということを聞いておるわけであります。
○国務大臣(松田竹千代君) これからその点につきましては検討して、その上でお諮りいたしたいと思うのであります。
○松永忠二君 実にそのやり方が、ある意味ではずるいのであります。ああいう基本の大綱だけをきめて、あとはそれを具体的に教材等調査会がきめて——これは初中局長の諮問機関である——これが具体的な教科内容を全部きめてしまう。きめたときには、それが実施をされるということになるわけであります。従って、こういう具体的な、いわゆる倫理、社会とは何を予定して考えているのかという、そういうものを中間発表する必要があると私は言っているのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) 今申し上げるように、その各科目についてのやり方等については、これから研究して、教材等研究会においてそれぞれ分科に応じて検討いたしまして、それからさらにまたお諮りいたしますということを申し上げているのであります。
○松永忠二君 その結果を中間発表するわけですね。
○国務大臣(松田竹千代君) そうです。
○松永忠二君 了解。 公正取引委員長に質問をいたします。御承知のように、十六ミリの映画のプリントを貸与するというときに当って、その上映に当っては、直営館とか系統館を中心にして八キロ以内で上映してはならないというような、拘束を定めた取引が行なわれておることは御承知の通りだと思うのであります。これは私たちは、独占禁止法の条文から考えてみて、不公正な取引方法の条項等から考えてみて違反をしていると思うのでありまするが、これについて委員長の見解をお尋ねするわけであります。
○説明員(佐藤基君) 十六ミリ映画の問題につきましては、お話のようなことは聞いております。われわれの委員会といたしましては、現在におきまして、刑事事件における告訴、告発に該当するような申告というものがまだありません。のみならず、この問題は、われわれの方では、むしろ刑事事件ではないかというふうに考えておりまするので、現在のところ、まだ、公取法上どうなるか、お話の不公正なる取引になるかどうかという点までの調査は進んでおらない。もちろん、そういう事件がありますので、公取といたしましては、その動きは注目しておるという状態であります。
○松永忠二君 注目をしているということでは困るのであります。この点については、文部省が、すでに二年前に、この公正取引委員会のものに、こういうことについては違反ではないかという申し入れがすでに行なわれているのであります。二年も前にそういう申し入れが行なわれて、なおかつ、それに対する検討がいまだできていないし、今後していこうというようなことは、これははなはだ怠慢だと私たちは思うのであります。いかがでありますか。
○説明員(佐藤基君) 私どもの方におきましては、まだ独禁法違反という段階にいっておるとは考えておらないのであります。
○松永忠二君 この点については、先ほど刑事事件ではないかというお話が出ているのでありますが、御承知の通り、これについてすでに紛争が起こって裁判になったものが、その後示談に引き下げられたというようなこともあるし、あるいは各地方で公民館の問題等について、あるいは青年団がそういうことを実施をするというようなことについて、相当やはりトラブルが起こっているということは御承知の通りだと思います。しかも、この公正取引委員会の、先ほど申しました独占禁止法の条文に基づいて見ても、これが明らかに不当なものであるということは明確だと私たちは思うのでありますが、どういう点が一体検討を要するというふうに考えておられるのか、その点を一つ具体的にお話を願いたいと思うのであります。
○説明員(佐藤基君) 私の方におきましては、独禁法に違反する不公正取引であるということを実はまだつかむ段階に達しておらない、こういう状態であります。
○松永忠二君 これについては、具体的に、たとえば上映証明書等のごときには、次のような場合には無条件にてプリントを取り上げる、大映配給系統館のある市町村内並びにその館から半径二里以内の地域で上映したとき、というふうに明確に規定をしているのであります。こういうふうになって参りますと、これは、どういう一体解釈をしても、独占禁止法に触れるということは、特殊な拘束をして取引をするという点で明確になってきていると思うのであります。 で、再度私がお尋ねをするのでありますけれども、これが一体、検討を要するという具体的な理由はどこにあるのか。あるいは、もう一点は、これらのプリントの貸与にあたって、いろいろな六社のごときがいずれも同じような条件をつけて拘束をしている事実があるわけであります。これらは、いわゆる一つの謀議的な行為であって、これまた公正取引、この独占禁止法の第二条の六項に違反をするというふうにわれわれは考えるわけです。こういうこともなお検討を要するというふうに考えておられるのか、この辺をもう一度、再度一つ御答弁願いたいと思うのであります。
○説明員(佐藤基君) ただいまのお尋ねの点につきましては、私の方の関係の部局において調べておりますけれども、まだ、はっきり独占禁止法に違反するという心証を得る段階に達しておらない、そういうことであります。
○松永忠二君 それでは、なおお尋ねをするのでありますけれども、これについては意見が述べられると思うのであります。数年前にきめられた八キロ以内の上映禁止を拘束しているのでありますが、現在は、映画館の数等も非常に多くなってきておるのであります。八キロ以内で上映を禁止するというようなことでは、とても、十六ミリの映画を通じていろいろな視聴覚の教育をしたり、あるいはこういう方面の社会教育を実施をすることはできないと思うのであります。当時とは非常に情勢が違っているという点については御判断が願えると思うのでありますが、この点についてはいかがでありますか。
○説明員(佐藤基君) ただいまの問題は、私の方といたしましては、まだ的確な、何といいますか、契約その他の状況をつかんでいないわけであります。そこで、その点がはっきりしないと、私の方で具体的にどうこうということは言えない、そういう状況であります。
○松永忠二君 八キロ以内というのが前と違うということについて、あなたの御意見はどうかということを聞いているのであります。
○説明員(佐藤基君) 八キロ以内の問題につきましては、教育的におきましても、娯楽的におきましても、映画というものの使命というものはだんだん高まってきている、そういうことになれば、八キロ以内という制限があるのがいいか悪いかということは、再検討を要する重要な問題だと思っております。
○松永忠二君 まことに漠然たる御答弁であるのでありますが、問題があるということは明確に考えられているようであります。事実、また、さっき話しましたように、すでに二年前に——これは具体的に名前を申し上げてもいいのでありますが、文部省の方からも申し入れが行なわれて、すでに検討されていかなければできないものなのであります。早急に一つの問題は検討して、具体的に公取としての態度を決定するという用意があるかないかという点について、最後に一つその点を御答弁いただきたいと思うのであります。
○説明員(佐藤基君) 今の状況におきましては、先ほど私が述べた通りでありますが、お話もありますので、十分研究いたしたいと思います。
○松永忠二君 私は、前に少し戻って文部大臣にお聞きをするのでありますが、愛知県、三重県の被災地の教育の実施の状況というものについては、先ほど非常に簡単な資料が出ているのでありますけれども、非常に不正常な状態で実は行なわれているわけであります。私の調査したところでは、この学校の校数より実は少ないのでありますけれども、二部授業、分散授業——二部と分散授業をしている学校の数が二百三十五校、九千百六十四人、現に集団避難をしている学校が三校で七百五十一名であります。これらの学校は十二月まで、こういう状態で引き続いてやらなければできないということを言っているのであります。また、愛知県では、現に分散授業をしている所がなお四十六校、三千九百人という状況であるのであります。こういうふうな状況については、具体的に一体、どうしてこの不正常の授業を解消していくか、具体的の対策というものを積極的にお持ちであるのかどうか、こう点について一つ大臣の御答弁をいただきたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) お話の通り、不正常な形において授業を継続していかなければならぬということは、文部省といたしましては、まことに困る次第でありまして、それは学力低下の上にも影響がございまするし、また、児童をそうした不正常な姿で長期にわたって授業していかなければならぬというようなことは、児童のいろいろな面にも影響があることを思いまするので、でき得る限り、これが正常の姿に戻るべく、早くやっていかなければならぬと考える次第であります。そこで、教室を完全にあけてもらうことにまずもって努め、次に、屋内体操場、講堂というような所も、できるだけあけてもらうようにいたします。それには、やはり仮設のバラック住宅なども、その建設を急いでもらって、これによって、まず遠隔の地へ疎開のままでいるというような姿をとりあえず学校に帰していきたい、かような考えを持っておるのであります。できる限り年内くらいにこれを解消していきたいと、かように考えておる次第であります。
○松永忠二君 まあ、もう少し具体的に、こういう方法で解消していくという積極的な施策が打ち出されるということが私たちは必要であると思うのでありますが、なお実際、こういう中でもなおかつ父兄の人たちは補習をしてもらいたい——これは御承知のように入学試験があるので、どうしても補習をしてもらいたいというので、二部授業をやっている中でもなおかつ補習が実際に行なわれておるのであります。また無理にもやってほしいという要望が出てきているわけであります。これだけの長い期間こういう不正常な状態で授業が行なわれているのでありますから、学力の低下も非常にはなはだしくて、均衡がとれない状況にあるということはわかると思うのであります。こういう際に、やはり一つ入学試験の問題等については明確な線を出して、そうしてその不安に思っている子供たちや、あるいはこういう無理な補習授業の状況等を取りやめていくということが、これはぜひともとるべき措置だと思うのであります。ただ検討する検討するというのではなくて、やはりこの際文部省が積極的にこの問題について明確な線を出すべきだと思うのでありますが、具体的にどういう構想で、一体どういう方法でこの点を解消していくのか、これを一つお聞かせいただきたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) 今の不正常な姿を解消していくということについては、具体的には先ほど申し上げたようなこと以外には考えられないのであります。ほかに名案がありましたならば、一つお教えを願っていただきまするならば、採用して参りたいと思います。 また、学力低下の点もさこそと思います。だから補習というようなこともむろんやらなければならぬと考えます。しかしこれは私の、私が、実情を見た私見でありまして、これは申し上げるのはおそれ入ると思いますが、しかし実情を見まして、私は平常の姿で、児童が何もかも満ち足りた姿で教育を受けておるというときと、ああした異常な災害によって非常な不自由なもとで、しかもなおかつ修学にいそしんでおるというその姿を見たときに、私はそこに児童に非常な気がまえの違うところを看取せざるを得なかった。そうしたことは案外私は作用して、それほど、われわれが心配するほど学力の低下もなくて済むのではないかというふうにもこれは私は実情を見てそう看取いたしたのであります。そういうことはけしからぬと仰せられるかもしらぬけれども、そうほんとうに看取いたしまして、これはまた若き感受性の強い子供たちが人の難儀を思い、そうしてしかも自分も困った状態にありながら、教材、教科書に不自由しながら、なお勉強にいそしんでおるというときの気がまえの違うことを私は非常にうれしく思ったのでありまして、そういう点からそれほど学力の低下もなくて済むのではないかと思いまするけれども、しかし何分長期にわたることでありまするし、ああいう不正常な姿で勉強をするということに対しては必然的に学力の低下もこれは事実上あることであります。 そこで入学試験などについてどうするかという問題も起こってきまするが、それはやはり相当程度下げて、あるいは一学年、二学年の程度、そういようなところに下げて入学試験を受けさせるというようなことも考えられないではないのでございまするが、こうした点につきましては、私よりも政府委員の方がよろしいかと思います。政府委員をして答弁いたさせます。
○政府委員(内藤誉三郎君) ただいまの松永委員の御質問にお答えいたします。 学力低下に伴う入学の問題については、大へん父兄も心配しておりますので、何とか父兄の心配を解除したいということで、関係の府県と十分連絡をとりまして、具体的に各県で計画を進めているわけでございます。この場合に、今大臣がお話になりましたように、どの線で、まあ災害を受けたために子供たちに特別に負担がかからないような方法を今検討しておりますが、具体的にどの程度にするかということはいろいろ問題があろうかと思うのであります。一般的に今度の災害によって入学試験について父兄に特別の御迷惑のかからぬようにという基本方針は、各県ともそれぞれ県民に十分徹底して、父兄の心配をなくするように努めている次第でございます。
○松永忠二君 私は今の答弁でも実はよくはっきりわからないのであります。大臣が言われた非常に学研について熱意を持っているという点についてこれを否定するのではありませんけれども、問題は私の言っているのは、入学試験というものに補習をとにかくして、それをやろうというような気持が起こっているということを言っているのである。で、新聞等でも論じられていますように、この次は入学試験の問題等について明確なやはり文部省は態度を出していくべきではないかというようなことも言われている実情にある中で、やはりこういう困難な中でも入学試験の準備をしている。大学区を持っている愛知県では一・五の競争率であるのでありますが、こういう中でもこういうことを行なわなければできないような入学試験の制度というようなもの、この中にあるこの問題をどう解消していくかというところにやはり根本の問題が出てくるのであります。検討するいろいろな方法はけっこうでありますが、これを早くやはり具体的に打ち出していくということでなければ実際問題として対策にならないわけであります。そういう点を具体的に私はお聞きしたのでありますが、この点については文部省自身が明確な線をやはり最近のうちに出して、それで見当局等と打ち合わせをする用意があるのかないのか、その点を一つ明確に御答弁を願いたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) ただいまの点につきましては、早急に検討いたしまして、必ず間に合う時期に明確な線を出していきたいと、かように考えます。
○松永忠二君 最後に一つお尋ねするのでありますが、御承知のように、文部省は補正予算の修正削減についていろいろなものを削減をしているのであります。中でも公立文教施設について一億五千万円の削減をして、その中には具体的に小中学校の危険校舎の施設設備が一億、小中学校の不正常授業についての解消の施設には約五千万円が出ているのであります。そのほかに国立文教施設約一億九百万円を節減をしているのでありますが、これらはこの危険校舎のごときは申請された坪数が二十六万であります。それに対して今度予算の割り当てたものは十九万であります。一・九倍のつまり申請の率を持っている中のものを一億減らしたのであります。そうしてまた不正常授業の解消は小学校の申請が九万坪であるのに予算は四万坪、中学は七万坪であるのに予算は五万坪であります。二倍から一倍半のこういう申請の中の予算の割当をしているのに、今度はこの削減を受けたために近く関係の課長を集めて今まで割り当てた中を返させるということを実施をしているのであります。はなはだしく私たちはこの削減に不満でありますが、特に私はここではっきりしておいていただきたいものは、例の選挙のときを通じ、その後自民党の、また今の政府の最も一つの重要な施策としてのすし詰め教室の解消ということを計画的に実施をしていくのである。そういう設備の費用を五千万円一つ削減をしていく、そうしてやっていくことでどうして一体このすし詰め解消の五カ年計画が実施ができるのでありますか。これでは政府の約束したことと、実際やることとは大へんな大きな違いがあると私たちは言わなければできないのであります。一体すし詰め教室解消の五カ年計画というのは、閣議で決定をして、その通り五カ年間に実施をしていくということなのか、それともそういう目標でただやっているということなのか、この点を一つはっきり大臣の御答弁を願いたいと思うのであります。
○国務大臣(松田竹千代君) すし詰め教室の解消につきましては、単に計画だけではありません。この計画に基づいて、これはぜがひでも遂行していきたいと考えております。お示しのように、なるほど二億六千万円の節約をいたすということに対しては、われわれの方といたしましても多少の不安なきにあらず、しかし従来の実績からいたしまして、それぐらいの金額はほぼ繰り延べ等のようなやむを得ない実情もできてくると思いまするので、災害という、急な不意な問題に対する予算に対して、何分にも七十数億の節約と申しまするかをやっておりまするから、それに対してまず協力をいたすということにいたしております。
○松永忠二君 最後に、はっきり言っていただきたいことは、すし詰め教室解消の五カ年計画というのは、これは閣議で決定をされているものなのか、一つの目標なのかどうかということであります。その点を一つ最後にお聞かせを願いたい。
○国務大臣(松田竹千代君) すし詰め教室解消のための五カ年計画は、これは強いまあ自民党の方針でもありまするし、文部省としてはもちろんそれをあくまでも既定方針通り遂行していきたい。もちろんその後現われてきた問題として人口の社会増による問題があります。これは五カ年計画の当初におきましては、予算積算の上で勘定に入れておらなかった。これもありまするので、既定の方針はあくまでも堅持してやっていきたいという方針で、これは政府としても大体了承されておることと私は信じております。
○松永忠二君 ちょうど大蔵大臣もおられるのでお聞きをするのでありますが、今の大臣の御答弁は、それは全然逆である。つまり社会増に伴って五カ年計画を再度検討して、第二次の、つまり坪数をふやした五カ年計画をことしから再度計画しているときに、三十四年に割り当てたすし詰め教室のための必要な教室の予算まで割当を取ってしまうというようなことで、一体どうしてこれからの社会増に伴う修正をした第二次計画ができるでありましょうか。私の聞いている、国が閣議決定した五カ年計画が、ちょうど治山治水について特別会計を設けていくということについて三十四年度に閣議決定をしたと同様に、すし詰め教室を解消するための計画は、政府において責任を持って実施をしていくという一体決定をして実施をしておるのか、ただ表看板、いわゆるすし詰め教室解消ということを重要施策だとただ言っておるということだけなのかということなのであります。だからその点を、一体政府は計画を政府として決定をしておるのかどうか。これは大蔵大臣にお聞きをしたいのは、今申したようなことの、せまい、これから修正をしてふやさなければできないような計画をすらも削減をしてしまって、この予算が当然翌年度においてこれを増加をして、今言ったような計画を完全に実施できるような予算的な措置をする用意があるのかないのか、そこの点を一つ文部大臣の方から先にですよ、一体この計画は閣議で決定をしたのかどうか、その点をはっきりして下さい。ただ目標なのかどうなのか。それでは何もすし詰め教室を解消するなどということはあまり大っぴらに言って——これは今でも文教政策の一枚看板であります。もし閣議決定をしていないならば、今度修正をした機会に閣議決定をして、必ず実施をしていくというようなことを、実施をする用意があるかどうか、この点を一つ大臣の方からお聞きしたい。
○国務大臣(松田竹千代君) 五カ年計画を等分にして毎年同じだけを作っていくというような点については決定いたしておらないと私は思っておるのでありますが、五カ年計画で、大体現在のすし詰め教室の解消をやっていくということに対しては、先ほど申し上げたように、党の強い主張でもございまするし、文部省といたしましても、その強い決意を持ってその線で進んで参りたい、かように考えております。
○松永忠二君 決定をしておるのではないのですね。これから決定する用意があるのかないのかということを聞いておるのですよ。
○国務大臣(佐藤榮作君) お答えいたします。ことしの災害に対す対策といたしまして既定経費の節約をお願いをいたしました。この点は建設関係、農林関係、文教関係、また運輸関係、それぞれのところにそれぞれ、私ども今回の災害が広範にわたっておりますし、そういう災害地等のことも考えてみますと、工事の進捗その他からみて大体この程度の御協力を願いたいということで、文部省に対しましても御協力願ったわけでございます。それらの金額は先ほど来御指摘になっておる通りでございます。で、建設、農林について申し上げました通り、これは節約でございますが、実質的には工事の繰り延べになっております。従いまして、これだけが全部落ちたというわけのものではございません。その点も御了承をいただきたいと思います。 ところで基本的な問題になっております五カ年計画でありますが、申すまでもなく、すし詰め教室解消あるいは老朽校舎の改築、こういう基本的な計画を立てております。五カ年計画というものを推進中でございますが、ただいま文部大臣がお答えいたしましたように、五カ年正面は必ずしも年度平均のものではございません。この点を十分御了承いただきたいと思います。私ども五カ年計画というものを立てておりますが、それは財政的にみまして、そのとしどしの計画が全部同率ではない。この点を御了承いただきたいと思います。
○松永忠二君 計画は全部実施するわけですね。
○国務大臣(佐藤榮作君) 計画は実施する。
○松永忠二君 完全に。
○国務大臣(佐藤榮作君) もちろんそういう考えでございます。
○鈴木強君 関連。文部大臣ですね、被災地の学童の健康状態をわれわれは心配しているのですが、特別に健康診断をおやりになりましたか。やらぬとすれば早急にやる意思があるのか。
○国務大臣(松田竹千代君) 健康診断はやらせました。
○鈴木強君 やったかどうか。やってなければやるか。
○国務大臣(松田竹千代君) 健康診断はやり、特に検便、手を洗うことなどもやかましく指示してやって参りました。
○委員長(小林英三君) 松永君の質疑は終了いたしました。 午後は一時半に再開いたしますことにいたしまして、暫時休憩いたします。 午後一時二分休憩 —————・————— 午後一時四十七分開会
○委員長(小林英三君) これより委員会を開会いたします。 最初に、昨日の横浜市の東洋化工株式会社横浜工場の爆発事故につきまして、池田通産大臣及び石原国家公安委員長よりそれぞれ説明を聴取し、その後これに関して若干の質疑を許すことといたします。まず通産大臣の説明を求めます。
○国務大臣(池田勇人君) 昨日横浜に起こりました東洋化工の火薬爆発につきまして、多数の犠牲者を出したことは監督官庁としてまことに申しわけなく、遺憾千万に存ずるところでございます。その後いろいろ原因を調査いたしておりまするが、まだしかとしたものは調査中でございます。 被害の状況につきましては、お手元に資料をお渡し申し上げたごとく、死亡三名、重傷二十名、軽傷三百六十四名、こういう数字に上っておるのであります。工場は、爆発いたしました第二溶填工室が一むね破壊いたし、その他付属家屋等につきましても相当の損害があったのでございます。なお、その辺の人口の密度等は、資料に載っておる通りでございます。 われわれといたしましては、従来、事故の起こりますことを予防するために、三十二年十一月日本冶金の爆発、また三十三年一月日本カーリット会社の爆発等の際にも、各府県知事、関係業者に火薬に対する厳重ないわゆる災害防止の方法をとるように指示いたしております。また、私が通産大臣になりまして、昨年の七月にも各府県知事に厳重なる災害予防の措置をとるよう指令いたしております。また、本年の本会議での質問後、広島県知事にも実は取り締まりの強化徹底ということにつきまして指示しておるのでございまするが、何分にも業態がなかなか多種多様でございまして、小さい工場、大きい工場もございます。われわれの直接監督しておりまする三十七工場につきましては、今後十分注意するよう指令をいたすつもりでおります。なおまた先月、十月におきましても、各県の係官に通産省に集まっていただきまして、今後、保安につきましての通産省令の改正等も研究いたしまして、大体成案を得ておりますので、十二月中には、改正省令案を出しまして、災害の防止に万全を期したいと考えておる次第であります。
○委員長(小林英三君) 次に、石原国家公安委員長の説明を求めます。
○国務大臣(石原幹市郎君) 今回の火薬工場の爆発につきましては、大体昨日一応の現状を御報告申し上げたのでありますが、その後の資料はただいまお手元に配ってある通りでございます。昨日お話がございました警察官その他の活動状況は、昨日申し上げましたが、消防が相当活躍をいたしておるのでございまして、消防車十四台、消防吏員百五十五名出まして、きょうの新聞にも出ておりまするが、決死隊を編成していろいろ消火に努めまして、被害の拡大を防いだということを一つ御報告を申し上げておきます。 それから付近の状況でございまするが、人口密度は資料にお配りしてある通りでございまして、まあ周囲に割合に、この工場周辺百メートル以内には、高さ約二十メートルの山を隔てて東側に横浜市立大学、それから金沢高校があるのであります。北側には工場に近接して東洋合成樹脂株式会社、それから東京急行車輌株式会社等がございまして、一般の人口はそこの資料に出ておる通りでございます。 それから三十二回の本会議でいろいろ申し上げましてからあとの行動でございまするが、十月八日、全国警察本部長会議を開催いたしました際にも、最近の火薬類の爆発の災害事故にかんがみまして、災害防止について格段の努力を払うよう部長会議でも指示しております。 それからなお、昨日申し上げたことでありまするが、ただいま通産省の方といろいろ連携をとりまして、この火薬類の取り締まり等に対しまして、まあ警察の立場からもいろいろ意見を言うたりあるいは意見を徴されたり、あるいはこの危険防止の意味で、必要な場合には立ち入りができるようにとか、いろいろそういう意味での法令の整備を検討しております。 それから消防関係でも、いろいろ危険物、爆発物等に対する消防管理の方法等について、これも法制の整備に当たっておるわけであります。 事故の原因につきましては、ただいま現場におったと考えられる生存者を中心に、まあいろいろ捜査をいたしておりますが、まだ確固たる確定的の原因を究明し得る段階には至っていないようでございます。 以上御報告申し上げます。
○委員長(小林英三君) これより質疑に入ります。
○岩間正男君 まずお伺いしますが、通産大臣に、あの七月に本会議でやりました、そのあとに指示を出した、この通産大臣の指示が昨日の資料として入っていないのですが、これにどういうのですか。
○説明員(秋山武夫君) 実は七月の通牒のプリントをお配りいたすのを失念いたしまして申しわけございませんですが、七月三日付で煙火の災害防止のための措置についてということで、各都道府県知事あてに、これは特に夏場は花火の関係の事故が多いので、それに対する予防措置をあらかじめ十分するようにという趣旨で、検査の励行その他あるいは集中生産をできるだけしないように、というような趣旨の通牒をいたしました。これは後ほど大至急印刷いたしましてお配りを申し上げます。 それから、おわびを一つ申し上げなくちゃいけないのは、私昨日、十月に東洋化工の工場に検査に参りましたということを申し上げたのでございますが、実は調べてみましたところ、これはお配りした資料の中に入れてございますが、五月二日に定期の保安検査をいたしておりますが、十月には実は係官が検査に行く予定で出張命令が出ておりました。その前日に病気になりまして、三日ほど休んでしまいまして、出張ができなくなったということで、実は十月には検査に参っておりませんでございまして、従って、昨日私が指示事項がなかったと申し上げましたのは、実は五月二日の記事を私が記憶違いをいたしておったということで、これはまことに申しわけございませんでした。おわびをして訂正をさしていただきたいと思います。
○岩間正男君 やはり資料は、これは要求に応じて間違いなく出していただきたい。 ただいまのお話では、これは十月というような昨日の答弁がありましたが、実際は五月だった、こういうことで、しかもまあ腹を痛くしたのかどうかわかりませんが、もうとうとう病気のためにやらなかった。そういうことでは、これは事務怠慢ということになるのでありまして、こんな監督行政では非常に困る。この点は、まあ時間の関係から、そこのところはあとでまた関連で質問したいと思いますけれども、この点もっと明確にしてもらいたいと思います。 次に、今度の損害ですね。損害の大体の見積もりは、これは検討しておりますか。通産大臣に伺います。
○国務大臣(池田勇人君) 昨日申し上げましたごとく、この会社は授権資本八千万円で、払込四千万円ということになっております。それから、この会社がもう一つ三崎町に宮川工場を持っております。従いまして、資本金から申しますると全部がそうでございまするが、他に及ぼした被害ということになりますと大へんなことになると思います。従いまして、原因並びに被害の状況、それから他に持っております宮川工場につきまして製造禁止するかしないか。もちろん金沢工場の方は製造禁止いたします。宮川工場の方につきましては今県当局と相談中でございます。 で、御質問の被害の総額ということになりますると、いましばらく調査を要するのではないかと思います。
○秋山長造君 関連。今の軽工業局長の十月に出張命令を切ったというお話ですが、これは何ですか。五月に大体保安検査を定期のをやって、さらに十月にまたもう一度やろうとされたわけですか。何か問題があったのですか、どうですか。新聞の報道するところによると、五月の二日に定期の保安検査をやられた直後、六月の十二日に小さい爆発事故があって、二人の死傷者を出したという事実を承知しておる。まあそういうことがあったりしたので、これは五月に一度定期の保安検査をやったが、もう一度見ておかなければちょっと不安だということで、出張命令を切られたのじゃないかと思うのですが、そこらのところもう一度御答弁を願います。
○説明員(秋山武夫君) 五月二日に定期の検査をいたしましたのは、ただいま仰せの通りでありまして、これは法律で毎年一回保安検査をやるという定期検査の規定がございます。それによってやったわけでございまして、その後六月に、お話のように廃棄すべき床にこぼしたくずの火薬を廃棄場において焼却する際に、工員がちょっとミスをいたしまして、この事件は直ちに工場から報告がございましたが、実はそのときはわざわざ現場に行くほどの事故でもないという感じがいたしまして、厳重な注意はもちろんいたしましたが、それを動機に十月に出張する計画を立てたわけではございませんので、私どもの方では、内規として大体三カ月に一回は必ず臨検と言いますか、現場の立ち入り検査をするというやり方をいたしておりますので、少し延びましたが、十月の初めに予定の計画に従っての立ち入り検査をするという命令を出したわけでございます。
○岩間正男君 その点やはり監督行政の中で、病気をしたからそこのところはやめてしまったと、そういうことで済ませては、これは監督行政として非常に問題ですから、この点は一つ大きな問題になると思います。まあ、この点について通産大臣はどうお考えになりますか。
○国務大臣(池田勇人君) 今朝それを聞きまして、まことに申しわけないと遺憾に存じております。従いまして、来年度の予算につきましても増員方を要求いたしておるのであります。今通産省といたしましては、こういう検査をし得る、この火薬取り締まりに関する技官が三名、事務官二名でございます。これで全国をやっておるのでございます。最近一名の技官をふやしましたが、来年におきましては相当増員いたしまして、そうして火薬庫の所にバリケートを作るとか、いろいろな防止方法の予算を今要求しておる次第でございます。
○秋山長造君 ちょっと念のためもう一度確かめておきたいのですが、そうすると保安検査は法律に基づいて年に一回以上ということになっておるのですがね。一回以上というのは実際にはどうなんですか、年に一回ということで済ましておるのですか、何回もやっておられるのですか、その点。それから立ち入り検査は三カ月ごとにやっておるということですが、それは通産省のいわば内規程度のことで、大体三カ月に一回ごとで、さっきのように出張命令を切っても、そのとき本人がかぜを引いて休めばそのままお流れになるというような、やってもらわなくともいいというようなまことにルーズな感じを受けるのですが、その程度のことでおやりになっているのか、それともさっき通産大臣がおっしゃったように、就任以来しばしば通産省自身も直接監督しておる工場に対してはもちろんだが、府県知事の監督下にある工場についても、府県知事を督励して相当厳重に災害防止の措置を講じておられるような話だったのですが、だからそういう点はどの程度にやっておられるのですか、建前は建前として実際はどの程度やっておられるのですか、これを具体的に一つ御答弁を願いたい。
○説明員(秋山武夫君) 私どもの方の検査の実際のやり方は、必ずしも工場によって一定していません。大きい工場では年に数回行くこともございますし、また設備の比較的簡単な所は年一回で済んでしまうというような所も実はあるわけでございます。それはあくまで法律にございます定期検査、毎年定期に行なう保安検査という、つまりその全体的な総合品的検査と申しますか、という綿密な検査をするのが定期的に年一回あるいは数回というものでございます。そのほか臨時と申してはおかしいのでありますが、私の方では出張検査の予定表を組んでございまして、大体それが先ほど申し上げましたように三月に一回ぐらい回れるようにいたしておるのでございますが、ただいま大臣がお答え申し上げましたように、実は人員が非常に足りない。これは机の上の認許可事務をいたすと同時に、現場の臨検をやっているわけでございます。しかも今回は、非常に実はまことに申しわけないのでございますが、十月初めに出張する予定が、十月七日に各都道府県の火薬関係の担当課長会議を開きましたので、それの準備に実は忙殺をされて、病気がなおって出てきてもつい出張時期を失っておったという実情でございます。
○岩間正男君 監督官の監督態勢ができていないということですね。それを報告を受けて、その結果について確認するというようなシステムにはなっていないということですね。そのことを明らかにしていただきたい。
○説明員(秋山武夫君) お手元の資料にも、五月二日に行ないました定期検査の報告は印刷して差し上げてございます。そういうように出張検査をいたしました場合には、必ずその報告は提出させ、閲覧いたしております。
○岩間正男君 この点非常に今度の事件の中で、あとから報告されたのでありますが、非常に一つの問題を含んでいると思います。 その次に、先ほどの損害の見積もりでありますが、これもまあ近いうちに……これも大へんだと思うのです、この工場だけの損害、これに十数倍する、あるいはもう何十倍かの損害が出ていると思う。この一般に与えた損害の総額について、これはできるだけ早く報告をしてほしいと思います。 次にお伺いしたいのは、東洋化工のいわば経歴です、性格です、こういう問題について聞きたいと思うのですが、これは米軍からたしか払い下げられた工場だと思うのでありますが、その前の旧軍時代にはこれは海軍の火薬研究所であったというふうに聞いておりますが、それがどういう経過をたどって接収され、それから払い下げられたか。その払い下げの場合のこれは私は条件をお聞きしたい。価格はどんなものか、それから払い下げのときの条件はどうか、さらに払い下げの月日はいつかこういうような点について、これは御説明願いたいのであります。
○説明員(秋山武夫君) まことに申しわけございませんが、軍からの払い下げ当時の記録を私まだ調べておりません。至急に調べまして御報告を申し上げたいと思います。
○岩間正男君 これがまた非常に今度の問題と関連を持つと思うのです。これも資料としてあらためてぜひ出していただきたいと思うのです。もう一回申し上げますと、旧軍時代にこれは何に使われておったか。第二には、これは接収されたのでしょう、接収を解除されて払い下げを受けた、その月日はいつか。それから価格は幾らか。そのときの条件はどういう条件がついているか、このことですね、これを明確にしてもらいたいと思うのです。
○委員長(小林英三君) 岩間君に申し上げますが、今御要求の資料は後刻委員長から提出させることにいたします。
○岩間正男君 そしてさらにその後これは米軍関係の火薬を作っておったと思うのでありますが、大体一番最盛期にはどれくらいの年間の火薬の生産額になっておりますか。
○説明員(秋山武夫君) 古い資料が実は手元にございませんのでちょっと申し上げかねるのでございますが、最近の数字はお手元に差し上げましたように、三十三年度産業用の爆破薬で五百九十九トン、それから解撤の弾の量でいたしますと、この中には火薬が入っているわけでございますけれども、約四千五百トン、それから本年の四月から九月の間におきましては、作りました産業用爆破薬四百十八トン、原料といたしまして火薬にいたしました解撤弾士で三千七百六十五トン、こういうことに相なっております。
○岩間正男君 これは新聞の報ずるところでありますが、大体米軍関係の年間の火薬の製造量は五千三百トンですか、そのうちの半分がこの東洋化工で作られておったということを言っておりますが、大体概算でいいんですが、どうでございましょうか、この点は。
○説明員(秋山武夫君) ちょっと古い資料が手元にございませんで、今即刻お答えが申し上げかねまして申しわけございませんが、ただいまの半分というお話はある弾種について、あるいはある火薬の種類についての半量、すなわちその弾種についての製造工場が非常に少ない場合には、東洋化工の占めておった比率が非常に高かったろうと想像いたします。後刻数字を調べまして御報告申し上げます。
○岩間正男君 やはりこの会社の経歴というものは非常に今度の事件には関係があると思いますので、こういう点の資料もやはりこれはお持ちになっていただきたかったのですが、しかし早い機会にこれを求めたいと思うのであります。 それから最近の生産状況ですが、まあ朝鮮事変が終わって、そうして約二千七百トンにも上る製造量が百トンくらいに落ちた。それが最近見ますと、先ほどのこのいただいた資料によると、三十三年は五百九十九トンに上っている。今年度三十四年の上半期で四百十八トン、これを年間に直せば八百三十六トン、千トン近くのものにはね上っておる、約二倍です。非常に火薬の製造量が多くなっているのですが、これはどういうことでしょうか。
○説明員(秋山武夫君) これは全く産業界の需要によるものでございまして、土木工事も活発になっておりますし、あるいは鉱山関係の使用量も景気の上昇に伴いましてふえているという関係から、生産量も上昇しておるわけでございます。
○岩間正男君 最近の製造ですね、それがどういうふうに使用されたかという統計は、これはあなたの方でわかりますか。
○説明員(秋山武夫君) 当該会社についての数字は私持ち合わせておりませんので、これまた後ほど調べてお答え申し上げます。
○岩間正男君 これは私はまだ現場を見ておりませんが、現場を見た人からの話を聞いたのでありますが、この工場の現場には、基隆行というような箱が落ちているのです。これは台湾と一体関係がないのか。この火薬は、なるほど米軍の古い火薬を持ってきてそれを解体してダイナマイトに作り直すということになっているのですが、その箱は非常に真新しいものだ、こういうことが言われております。それからまたこの内容について工員の方に話を聞いたが、一切箝口令がしかれている。しかしある別な所では地雷を作っているのだ、こういうようなことがやはり漏らされた。こういうことがあがっておる。そうして、今度の事件が起こりますといち早くMPが出動している。このあたりを警戒しておる。こういう点から考えますと、一ぺん朝鮮事変でふくれ上って、しかも非常にその後戦争が終わってこれが非常に下火になった。それが最近の態勢の中でまた火薬の製造が非常に多くなってきた。これは民需用ということで言われておりますけれども、この急激な増加を見ると単にそうは言い切れないのじゃないか、こういうことが相当現地あたりでは言われておるらしいのです。こういう点について通産省ではどういうふうにあれされているか。それから公安委員会としては、これはどういうふうにこういう問題についてタッチされているか、この点をお伺いしたい。
○説明員(秋山武夫君) 私も実はまだ昨晩から現場へ行くひまがございませんので、自身見ておりませんですが、現在やっております仕事は、昨日も御報告申し上げましたように産業火薬のみでございまして、いわゆる特需あるいは軍需に該当するものは絶対にないはずでございます。ただ産業用火薬があるいは一部台湾向けに輸出されるということは、これはあるいはあり得るかと考えております。
○岩間正男君 その間の事態も、これは私たちの聞いた範囲でありますから、もっと調査してお聞きしたいのですが、確かにこれは軍との関係はない、こういう点については断言されますか。
○説明員(秋山武夫君) 現在の製造作業に関します限りは、軍との関係はございません。
○岩間正男君 公安委員長、いかがですか。
○国務大臣(石原幹市郎君) 公安委員会といたしましても、今お尋ねのようなことは何も聞いておりませんが、ただ昨日申し上げましたように、米軍の救急消防自動車が十台出動しておりまするが、これはおそらく装備その他非常にいいものなので応援を依頼して出動したものではないかと、かように考えております。 ほかのことは何も聞いておりません。
○岩間正男君 これは新聞の写真なんかを見ても、MPが出ておるのがあると思うのです。単に米軍の消火隊が出ただけではないと思いますが、こういう点についても、これは後刻明らかにしてもらいたい。 これと関連して私は、これは軍関係の工場でないということですが、しかし御承知のように、日本の特需関係で火薬の製造というものは相当なウェートを占めておる。この前決算委員会で聞いてみますと、日本は現在大体十年の火薬を作っておる。そうしてこれを貯蔵しておる。その貯蔵所だけでも何十億という莫大な費用を使っておるわけです。決算委員会で私追及した。こういうことになりますと、大へんな軍需関係の工場は施設を持っておると思う。民間のたまたまこういう会社においてもあれだけの被害を出した。もしもこの軍需関係の工場で今度のような事態が起こったら大へんなことになると思うのですが、そういう点からちょっとお伺いするのでありますが、軍関係の火薬工場はどの程度ございますか。そうしてそれがどんな管理をされておるか、こういう点について通産大臣にお伺いしたい。
○説明員(秋山武夫君) 現在は、軍と仰せられますが、これは防衛庁関係かと想像いたしますが、米軍の関係の特需は全然ございません。それから防衛庁に納めておりますものも、最近一、二年は全然ございません。と申しますのは、お話のように、かつて払い下げ……米軍から支給された弾薬類がたくさん残っておるという関係で、軍需品の生産は現在はとまっておるわけでございます。
○岩間正男君 そうすると、軍関係の工場というのは今操業していないということですか。今休んでおるのですか
○説明員(秋山武夫君) 私の記憶では、その通りでございます。
○岩間正男君 間違いございませんか、通産大臣いかがですか。
○国務大臣(池田勇人君) 私はまだ寡聞にしてそれだけの調査をいたしておりません。とくと調査いたしましてお答えすることにいたします。
○岩間正男君 これは通産大臣としては性格的には非常に大きい問題である。これは大綱だけでもおつかみになっておるということは非常に重要だと思いますので、これは後刻調べて答弁していただきたいと思います。 こういうような軍関係の工場は、操業していなくても、幾つあるのか。そうして年間の産額はどういうふうになっておるのか。施設はどうなっておるのか。操業しておるとすればどういう原因であるか。こういうものは資料としていただいておいた方が、これは日本の安全のためにいいのじゃないかと思いますが、いかがですか。その辺の資料は、委員長、御要求願いたい。
○委員長(小林英三君) では、他日出すように委員長から要求しましょう、その資料を。
○岩間正男君 次に今度の被害を見ますと、文教地区が非常に被害を受けておるのです。いただきましたこの資料を見て実は驚いたのでありますけれども、被害を受けた学校だけでも四つございます。横浜市立大学はわずかこの工場から二百八十メートル、金沢高校は四百三十メートル、六浦小学校は四百二十メートル、こういうような三百メートル足らずの所にこのような惨害を起こす火薬工場が置かれて、それで、今後の問題になるわけでありますが、実は文部大臣にも出ていただきたかったのでありますが、どうでしょう。かつて横浜市立大学では、近くにこのような火薬工場を作られては困る、それでこれに対する反対運動が非常に起こったわけです。そのときにこの問題を取り上げておれば、こういう事態は起こらなかった。ところが、これは御承知のようにほとんどもみ消されて大きな運動にならなかった。そのためにこのような被害を受けたと思うのでありますが、法改正ということは、文部大臣は考えておられるようですが、これらの文教施設に対して大きな被害をもたらし、そうして今度の三百何人かのこれは負傷者の中で、実は百数十人が学校関係です。これは日本の文教政策から見ても実に重要な問題です。こういう問題についてどういうふうな処置をされるか。この点公安委員長も公安の立場からどういうふうにお考えになっておるか。この両者の御意見を伺いたい。
○委員長(小林英三君) 岩間君にお願いをいたしますが、次の質問者と大臣との時間の関係がありますから、あなたの時間をここで終了いたすことにいたします。
○岩間正男君 もう一問だけ……。
○国務大臣(池田勇人君) この金沢におきまする火薬工場と、それから横浜市立大学あるいは六浦小学校、この間には山がずっと取り囲んでおるそうでございます。しかし、それにいたしましても、非常な爆発であったために、何と申しますか、爆発場所から急に稀薄になりまして、山を越えて空気がそちらの方に行ったのでガラスが割れたと聞いております。従いまして、われわれは今後、ただいま申し上げましたように、この火薬の工室のバリケードを設置する、こういう考えで会後やっていきたいと思っておるのであります。従って、それに要する経費を三十五年度に要求いたしておるのであります。
○国務大臣(石原幹市郎君) 現在の法制の建前から申しますると、公安委員会というものは、こういうものに対して何らの関係がないことになっておるのであります。そこで、昨日来たびたび申し上げておりまするように、公共の安全、災害防止、こういう見地から火薬、危険物等の製造であるとか、運搬であるとか、貯蔵であるとか、こういうものの許可等に当たりましては、公安委員会もいろいろ意見を徴されるように、あるいはまた公安委員会からもいろいろ意見が言えるように、そういう形に法制の建前をした方がいいのではないかと、私は考えておる次第であります。通産省と公安委員会の方と(山石間正男君「その意見を聞いておるのです、学校の近くに建てていいかどうか」と述ぶ)だから、そういうことにつきまして、公安……。(山石間正男君「法制上の建前」と述ぶ)そういうことについていろいろな意見を言えるような法制の建前にいたしていきたいと、かように思っておるわけであります。
○委員長(小林英三君) もうよろしゅうございましょう。時間が過ぎました。次の要求大臣との関係がありますから……。
○岩間正男君 簡単にもう一問だけ。今バリケードという話がありましたけれども、これはバリケードで解決する問題じゃない。今度の被害が起こって、どうです。この付近の住民は、もう再建しないでくれ、この工場をやめてくれ、これが切実な願いです。バリケードなんか作られても、とても与えておる不安というものは解消するものではない。被害を解消することはできない。どんなにがんじょうに作ってみたところで、これは話にならぬ。従って、このような地元民の要求である。もうこういう町の中に工場を建てるな、このことで、もう絶対東洋化工を再びここに作ってもらいたくない、この要求が非常に大きく一つ出ておるのです。これに対してどういうふうに通産大臣が考えられるか。 その次は、補償の問題です。大へんな被害者が出ておる。これをどういうふうに補償をするか。会社の社長は、できるだけ補償するというように新聞の談話で言っておるのですが、はたして会社の手に負えるだけのものかどうか。被害の規模から見ますというと、とても負い切れないのじゃないか。こういう事態に対して、どういうふうなこれは通産省として責任を持ち、また解決に乗り出すか。この点が非常に私は大きな問題だと思います。 第三にお聞きしたいのは、石原公安委員長が先ほどいわれましたように、どうも監督権はこちらにはないのだ、通産省の管轄だ。そのことのために警官が立ち入りできない、それで法改正をしたいのだ、こういうような意見も出せるようにしたいのだと、こういうことを言っておられます。今度改正される法案の骨子として、池田通産大臣は大体どういうことを考えておられるのか、法改正を通常国会に出したい、こういうような意向を漏らされたのでありますが、しかし、今度の問題を契機として、この骨子は大体どんなことを考えておられるのか、この改正法案の内容ですね。これは詳細では発表できないでしょう。まだそういう成案も得ないでしょう。しかし、その骨子はここでお聞かせ願えるのじゃないかと思うんです。従って、もう一度申し上げますと、再建するな、再び工場がここで操業することをやめてもらいたい、工場を取り払ってもらいたい、この要求に対してどういうふうにするか。第二は、被害者に対する補償の問題はどうか。第三には、法改正の骨子の問題、こり三つについて池田通産大臣のこれは説明を求めます。
○国務大臣(池田勇人君) 先ほど申し上げましたごとく、東洋化工の金沢は製造を禁止しております。しかし、今後永久にそこで操業させないかどうかということにつきましては、私は、原因その他を調査した上で最後の決定をいたしたいと思います。付近の方々の気持は十分くんでいきたいと思います。 第二の、被害者に対する補償、これは会社が当然私はいたすべきものだと思います。しこうして、御質問は、国が、どうするかと言う問題かと思います。これはいろいろの前の事例がございますので、私は、今直ちに国がどうこうということは御返事できません。 第三の、今後取り締まり強化のためにどういうふうな法改正をしようかという点につきましては、今通産大臣あるいは府県知事の、いわゆる警官ではない方につきましての立ち入り検査、その他の規定がございまするが、警官の方々の分は別の規定に相なっております。すなわち一項と二項に分かれておりますが、警官の方の立ち入り検査につきましての書き方につきましては、ただいま研究中でございます。案を得ましてからまた御審議を願うことにいたします。(「関連」と呼ぶ者あり)
○委員長(小林英三君) 簡単に願います。次の質問者の要求大臣との時間の関係があるので、簡単に……。
○鈴木強君 私はね、この保安検査の点で先ほど質疑がございましたが、非常に通産省の答弁が無責任だと思うんです。きのうも、検査を十分にして、その結果、施設その他については問題ない、こういう答弁を秋山さんに言われた。しかし、その検査も五月にやったというようなことで、非常にずさんです。もしその検査が完璧であるとすれば、どうしてこういう空前の大惨事が起きたか。きょういただいた資料を見ましても、実にずうずうしいですよ。これの書き方は……。二ページに「保安検査および立入検査実施状況」というところに、年一回以上検査をやり、立ち人り検査は随時行なって、製造施設及び製造方法の基準等を順守している、こういうふうに書いてある。話を聞いてみると、五月二日にやったきりで、その後一つもやっていない。それを随時立ち入り検査をやっている。こういうようなうそを報告されては困る。あなた方、自分たちが検査をやっても完璧で、こういう事態が起きたのは全く会社の責任だと言うのは、その責任のがれをするような気がする。どうしてこう言っているのと、やっていることが違うような報告をここに出すのか、それが一つ。 それからもう一つ、朝日新聞を見ますと、原因にはたばこの火、実験の失敗、配電の関係、三つを不審の点になされているようですが、その中に非常に大事なことがありますので、ちょっとお聞きしたいんですが、その日に部屋でもっていつも行なっていない実験をしておった事実を突きとめた、それは警察の方です。これは石原さんの方の管轄だと思いますが、これは非常に重大な問題だと思いますがね。その事故の原因について、通産大臣はまだ十分わからないようでございますが、そういう事実が少なくとも、新聞にも載っておりますし、神奈川県警本部も、そういう捜査の結果考えられておるということですが、これは非常に重大な問題だと思いますが、この点はどうなってございましょうか。 それから、きのう私テレビを見ておって、地域のおかみさんたちが話す中に、すでに今まで何回も黄色い煙が出たり、ときどき地震のような震動を感じておった、こういうことを言っておられる。今まで非常に不安であったというのですね。そういうことが現実にときどきあったのです。にもかかわらず、それに対する保安施設といいますか、保安上の監督といいますか、検査といいますか、そういうものが非常にずさんであったということを今つくずく感じるのですけれども、もう少しどうして事前に措置ができなかったか。 それからやってはいけない爆発物を、ここで実験したとするならば、これは重大問題ですよ。こういう点はどうなりますか。
○説明員(秋山武夫君) 立ち入り検査の実施の方法と、それから差し上げました資料の書き方は非常に矛盾しておるというおしかりでございまして、私ども実は全くそういう気持はございませんのですが、何分にも人数が限られておりますし、事務と現場とを一緒にやっておるというような関係で、一つ工場にそういう実はしばしば行っておれませんので、随時というのは、全体の工場に対してやっておると、こういう意味でございます。当該工場に関して年に何十回も行くということは、事実上現在の状況では不可能なわけでございます。そのために、できるだけ増員をお願いして、検査の充実を期したいと願っておる次第でございます。 それから朝日新聞の記事は、警察庁長官の方から御答弁があろうかと存じまするが、たとえば、工室の中で実験をやっておるというような記事がございました。まだその事実は私ども確認をいたしておりませんので、きょうも係官二名を現地に派遣をいたしておりますが、もし、かりにそういう事実があったとすれば、これは保安基準の明白な違反でございます。従って工場にはその責任をあくまで追及しなければならぬかと考えております。
○国務大臣(石原幹市郎君) 現在までのところは推定の範囲を出ないのでありまするが、第二溶てん係長安藤氏と同補佐の伊東氏が試験をしていた容器が、何らかの原因で火を出したのではないかということも、やはりいろいろ追及されておる原因の一つにはなっておるようでありますが、しかしこの試験が、いつもやっておったような試験か、あるいは何かの特殊な試験をやっておったのか、そういうことはあまりまだわかっていないのでございます。
○亀田得治君 一緒に六つばかりちょっとお尋ねいたします。 この災害防止に関する基準が、通産省令でこまかく書かれておると思いますが、それを再検討しておるということのようでありますが、その現在の規定はいつきまったのか。途中で変更があったとしたら、いつ変更があったのか、その点をまず一つお聞きしておきたい。 それから、今度の省令の再検討の際に、製造工場における火薬の貯蔵量というものについての基準というものの変更を考えておるのか、おらないのか、これが第二。 それから第三は、工場からの距離の関係ですね。これも省令できまっているようですが、たとえば国宝とか学校とか民家とか、おのおのについて違った距離の基準というものを設けているようですが、その距離の関係というものを再検討しているのかどうか、これが第三。 それから第四は、この距離が何メートル離れていなければならないというようになっているのは、工場を作る場合のことであって、工場ができた後に民家などが工場の近くへ建ってくる、こういうことに対しては、現行法上はどうも規定がないようでありますが、ないとしたら、その点はそのままのやり方で今後ともいくつもりなのかどうか、これが第四点の検討。 それからもう一つは、私が今申し上げたような諸点がもう少し早く検討されて、そうして適正に処理されておれば、私は今度の災害の発生並びに結果というものについて、非常に大きな影響があると思うのです。それをどういうふうに考えるか。もし早期にそういう四点が検討されて、そうして改まっておれば、こんなにひどい災害にならなかったかもしれぬという感じを、率直にお持ちになるかどうか。もしそうだとしたら、これは国の方にも相当な責任が出てくるので、そういう意味でどういうようにお感じになるか、その点を率直に、これは大臣にお聞きします、この点は。 それからもう一つは、先ほどから各委員からも何回も指摘されました十月に行なうべき検査ですね、これが御説明のような事情によって、事実上行なわれなかったわけですが、もしこの検査が行なわれておれば、あるいは私はこういう災害というものは未然に防止できたかもしれぬと思う。その検査をやって、五月ですから相当期間がたっておりますから、五月の検査で完全であっても、あるいは十月の場合には相当変わっているかもしれません。今度の発生の原因それ自体が、今つかまっていないことですから、十月の検査を施行しなかったということとの関係というものは、そう明確に断定はできないと思いますが、そういうこともあり得るのではないか。十月二日をやっておれば、あるいはこういうものも防止できたのじゃないか。たとえばこの原因が施設の関係だったということが、今調査の結果現われてくれば、私はもう明確に、十月二日の検査をなすべく計画しながら、それがお流れになっていたということは、重大なやはり問題になろうと思いますが、そういう点の責任関係をどういうようにお考えになっておるか。これも私は大事なことですから、先ほどの問題と一緒に大臣から一つ見解をお聞きしておきたい。 時間がないようですから、以上六つですか、ひっくるめて申し上げたわけですが、一つ再質問なんかしなくてもいいように、ぴっちり答えてもらいたい。
○国務大臣(池田勇人君) 私に関しての御質問につきましてお答えし、詳細のことはまた局長にお答えいたさせます。 十月の検査の問題でございますが、これは法律には年一回ということに相なっておるのでございます。しかし通産省といたしましては、できるだけたびたびいたしたいというので、人員の許す限りにおいて随時やっていく方針でいるのでございます。私は合同の災害の原因につきましては、これはいろいろの点がございましょうが、おおむね火薬の貯蔵量が規定よりも多過ぎたのではないかというようなことを、きのう局長も言っておりましたが、そういうところにも原因があるかと思います。十月にやっておったらこういうことが起こらなかったろうとか、やらないから起こったとかということは、なかなかむずかしい問題だと思います。設備の検査につきましては、ことしの五月にやっておるのでございますから、向うが黙って届け出なしに変更すれば別でございますが、設備のところから起こったかどうかは、私はよほど疑問に思っております。 それから今改正いたす省令の内容につきまして、今後十分私も検討いたしまして、大体成案ができておるようですが、まだ私のところに参っておりません。距離その他につきましては考えてみたいと思います。
○説明員(秋山武夫君) 現行の通産省令は、二十五年の十月に、現在、新法といわゆる呼んでおりますが、現在の火薬類取締法が公布せられましたと同時に施行せられまして、その後二十七年、二十八年、二十九年、三十年、毎年、部分的に改正をいたして現在に至っております。
○亀田得治君 まだ残っておる。
○委員長(小林英三君) 爆発事項に関する質疑は終ります。
○亀田得治君 そんなことにならぬように、私はきっちり一、二、三と分けて申し上げた。
○説明員(秋山武夫君) それから保安距離の関係でございますが、あとから家ができてくるという問題に関してでございますが、火薬工場は、もちろん周囲に広い土地をとっております。今回の場合も、法規で定められた保安距離は、もちろん十分にございます。ただ問題は、この保安距離と非常に密接な関係にあるいわゆる停滞量でございまして、これはやはりこの基準の中に日々のある時間、一時に置いてよろしいという許容される最大限度最が、各部屋ごとに定められております。今回の場合は、おそらくその定められた量をこえた量がそこに置かれておったのではないか、もしそれが基準以内の量であって、しかも定められた保安距離は現にあるという法の守られた状態でありますれば、かりに爆発を起こしましても、回りには土手もございますし、その工室だけの爆発でとまる。決して周囲にあれほど大きな被害を及ぼすということは起こさない。これは化学的に十分、実験もいたしておりますし、距離と量の関係は、常に検討をいたしております。もしだんだん家が接近をしてくる——これは法定距離以内に入ることはないのでございますが、かりにそういう一般的な不安の意味で、危険度が増してきたという場合には、その都度、保安基準量を下げていく、つまり一時に置いてよろしいという量をだんだん下げさしていくということしかないのでございまして、もしそれが非常に人口の稠密な、町の人家のまん中になってしまうという場合には、これはもうおそらく工場は操業できなくなる、事実上操業できなくなるという状態になるのではないかと考えます。
○委員長(小林英三君) もういいでしょう。
○秋山長造君 関連。すぐやめるから……。
○委員長(小林英三君) 秋山君、簡単に。
○秋山長造君 今までの質問は、おもに設備とか何とかそういうことに限られておったのですが、もう一つ大事なことは、火薬工場における労務管理ということが非常にルーズになっておるのではないかということを聞いておるのです。 これはもう花火工場なんかのような、家内工場みたいな小さい工場になるほど、問題にならぬほど労務管理がルーズだと思うのです。このような東洋化工のような、火薬工場としては、これはもう一流の工場だろうと思うのですがね。こういう大きな工場ですら、従業員の半分以上は臨時工だそうです。そうしてその臨時工も、ほとんどその専門的な教育も何も受けないままで、おとといやさきおととい入ったのが、すぐ一般の本工並みに火薬を扱わされておるということを聞いておるのですがね。火薬類取締法の二十九条には従業員に対して徹底した保安教育をやらなければならぬというように義務づけられておるのですがね。ここらが、きわめてルーズになっておるのじゃないかと思うのですね。 たとえば新聞に、これは書いてあるのですが、危険手当というようなものも出ていない。給与の面でも、非常にルーズだ。一体労働基準法なんか守られておるかどうかも疑問ですがね。そこらひっくるめて一つ火薬工場における労務管理という問題についての通産大臣の所見、今後の指導方針をお伺いしたい。 それからもう一つはこの工場は、二十七年に設立されておるのですが、わずか七年の間に、十八回も小爆発を起こしておるという、そうすると年平均二回ないし三回小爆発を起しておることになる。だからさっきも、どなたかの話じゃないけれども、ときどき爆発の音が聞こえて、付近の人はびくびくしておるということになるんだろうと思う。 一体、こういうことを続けておって、しかも年々立ち入り検査や保安検査をやっておって、それをそのままでほって置かれるというのは、どうもまた、えらい寛大な通産省の方針だと私は思うんですがね。で、これから寒くもなるんですが、一体全国の火薬工場等を通産本省並びに出先さらに府県を総動員して、一斉検査をやられたらどうですか、法令の改正より手間がかかるが、その間に、もう一つ大きいのがあるかもしれぬ、爆発がね。 直ちに一斉検査をやられる御意思はないかどうかお尋ねします。
○国務大臣(池田勇人君) お説の通り、その法令はよくできておっても、これが行われぬために災害が起ることが相当あると思います。 従いまして、私は、直轄の大工場は全国三十七ございます。早急に経営者を集めまして、今後十分注意するように、私、直接に話をしていくつもりでございます。従って、そういう機会に労働問題あるいは賃金問題、労務管理その他災害防止につきまして、十分の指示を与えるように、また災害を起こした場合におきまして、あとの経営につきましても、私は相当強い考えで進めていきたいと思っております。
○委員長(小林英三君) 爆発事項に関する件につきましての質疑を終ります。
○鈴木強君 議事進行について。さっき私が指摘しました資料のところですが、ここの四のところですが、ちょっと見て下さい。あなた方は非常に責任のがれをするような書き方をしておるので、訂正してもらいたい。というのは最初の方に、年一回の検査と「立入検査は随時行って」、こういうふうに書いて、そうして、まことしやかに立ち入り検査もやっておるんだというようにカムフラージュして、最後にちょっぴりと、五月二日に保安検査をやったと、こういうふうに書いてある。立ち入り検査はやってない、現実に一回も。だから、そこへちゃんと入れて下さい前のを削って、そうしてこの場合は、五月二日に一回検査をやって、すみやかに立ち入り検査をやることになっておるがやってなかったというふうに、はっきり書いて下さい。少くとも国会へ出す資料を、そういうごまかしのような資料を出されては困る。事実は事実として、明らかになっておる、それを訂正して下さい。訂正できますか。通産大臣どうです、四のところ。
○国務大臣(池田勇人君) 「保安検査は、年一回以上」、そこはよろしゅうございますね。
○委員長(小林英三君) その点につきましては委員長から訂正させます。 —————————————
○委員長(小林英三君) この際、委員の異動がありましたから、御報告いたします。 奥むめお君が辞任せられ、その補欠として森八三一君が選任せられました。 —————————————
○委員長(小林英三君) 午前に引き続きまして、一般質疑通告者の質疑を続行いたします。
○斎藤昇君 私は災害予算に関連して、若干御質問申し上げたいと思いますが、その前に、長い間水に浸っておりました伊勢湾地帯、逐次建設省の努力によりまして、締め切りができて参ったことは、まことに慶賀のきわみでありますが、先ほど伺いますと、海部南部の最後の締りが本日の十二時何分かに完了したということを聞きましたが、それがはたして事実でありますかどうか、また、これが事実とすれば、全部水が引いてしまうまでに、さらに幾日間ぐらいかかるか、こういうことも、一つお答えいただきたい。
○国務大臣(村上勇君) 建設省主管の全堤防の崩壊個所の一番最後に残りましたのが海部南部の地区であります。本日の午前十時四十五分に完全にその締め切りを終了いたしましたので、これによりまして、全部の締め切りが完了いたした次第であります。排水作業は直ちに動員しまして、これから行なうのでありますが、私の予定では、一番最後の個所が、いわゆる海部南部地区が、本月の末日までには完遂できるものと予想される次第であります。
○斎藤昇君 建設大臣の絶大な御努力と、大蔵当局の寛大な予算措置で、われわれが予定をしておりましたよりも、ほとんど一カ月も近くに締め切りが完了しましたことは感謝にたえません。地元の人も感激をしておることと存じます。 今度の希有の災害を受けました激甚地帯におきましては、当時災害の復旧その他にどうなるかを非常に心配をいたしておりましたが、早期予算を提出をせられまた、各種の法案を提出せられまして、今次の災害に対する特別措置の大綱が国民に示されましたので、ようやく安堵したような形でありますが、しかし問題は、この骨組みを実際に移していくのに、はたして国民が期待をしておるように、運営をされるかどうかという点に私はかかるであろうと思うのであります。ことに今後の対策は、何といっても伊勢湾等の高潮対策であろうと思いますから、これを中心に御質問を申し上げたいと思います。 まず伊勢湾等の高潮対策事業に対する特別措置法が制定をせられまして、伊勢湾地帯のいわゆる高潮堤防というものを、大きく取り上げられましたことは、非常に感謝にたえませんが、しかしこの法律の施行せられます地域はどこからどこまでとおきめになりましたか。当初は、あの湛水地帯を中心にした伊勢湾の奥の方だけというようにも伺っておったのでありますが、しかしながら三重県だけをとってみましても、伊勢湾全体はもちろん、志摩あるいは紀伊、熊襲灘まで、非常に激甚な高潮の被害を受けておるのでありますから、また愛知県も同様に、あの湛水地帯のみならず、渥美湾地帯も、高潮の非常な被害を受けております。そうしてこれは、ただあの台風による高潮ということだけでなくて、ふだんから非常に地盤が沈下しておるということと相まって、あの災害を起こしておるわけでありますから、地元民といたしましては、あの影響のある地域を広く指定をして、特別の措置を講じてほしいという熱望を持っておるのであります。今までに建設、大蔵当局でどこまで意見が合致せられましたか、お伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(村上勇君) 伊勢湾の高潮対策の特別立法適用の範囲は、伊勢湾一帯と、ただいま御指摘になりました愛知県におきましては三河、渥美湾、また三重県の南部の海岸一帯、これらを対象にいたしております。 それから河川の部といたしましては、木曾川、長良川等の河口に面した、いわゆる高潮による被害のある個所、これらを対象に推定いたしておる次第であります。
○斎藤昇君 熊野灘は、まじりますか。
○国務大臣(村上勇君) 熊野灘も入っております。
○斎藤昇君 大蔵大臣も御了承でございますか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 今の、熊野灘と申しますと、三重県、和歌山県が入りますが、三重県海岸は、了承しております。
○斎藤昇君 当初伺っておったよりも、非常に広くせられましたことは、感謝いたすのでありますが、そういたしますると、自然に、国費が当初の予定よりも、私は膨張するであろうと思います。このために、たとえば一キロ当たりの事業費が減るということになっては、まことに相ならぬと思うのでありますが、事業分量が、いわゆる地域がふえて参れば事業費も当然ふえてくる、こう考えてよろしいと思うのでありますが、大体総額、この高潮対策事業興に、どのくらいを今後予定をしておられますか。見当がついておれば、お聞かせをいただきたい。
○国務大臣(村上勇君) 事業につきましては、実態に即して、あくまでも将来、再びかようなことのないような、抜本的な事業を行なう所存であります。 なお、これがただいまのところ総額幾らかかるかということにつきましては、この海岸堤防の高さ、あるいは構造等が、はっきりいたしておりませんので、まあ今日の場合、この総事業費が幾らかかるということについては、ちょっと、まだはっきりしたことは申し上げられません。
○国務大臣(佐藤榮作君) 今の伊勢湾高潮対策としての具体的な設計等は進んでおります。しかして、この伊勢湾高潮対策に対する補助率というものを適用していく範囲を、ただいま論議されている伊勢湾高潮対策だけに限らないで、正確に申しまするならば、三重県の海岸全域、さらに渥美湾海岸地帯、こういうことを考えておりまして、それに対しての高率補助の適用をする工事そのもの、あるいは設計そのものにつきましては、関係省内で、一応相談をして参るということでございます。
○斎藤昇君 工事そのものについては、関係省の間で検討をせられまして、これならば再び将来かような災害を繰り返さないというものを持って臨みたいという政府のお考えは承っております。 この関係各省の連絡会といいますか、委員会といいますか、どういう仕組みで、そして今日、どの程度まで実際の作業が進捗をしているか。またいつごろになれば、大体のいわゆる事業をやる設計というものは、関係各省で協議ができ上がるものか、これを承りたい。
○国務大臣(村上勇君) 御存じのように、建設、農林、運輸の三省間におきまして、高潮対策協議会を設置いたしまして、これは、ただいまでは内閣審議会におきまして、——審議室におきまして、それぞれ専門技術官が集まりまして、この海岸堤防の高さ、構造という点について、今協議いたしております。なおこの協議会には、三重、愛知両県の知事、あるいはまた技術官を入れることはもちろんでありますが、なお学識経験者等も、民間から参画を願いまして、十分なる対策を講じたいと思っております。従いまして、ただいままでの状態は、大体高さと構造が今討議されておるのでありますが、二十六日には局長級が集まりまして、これの再検討をいたしまして、その結果を、ただいま申しましたような民間の学識経験者等にも相談することになっておりますが、大体私どもの考えといたしますと、来月の中旬までにはその結論を得るという確信を持って今仕事をいたしております。
○斎藤昇君 そういたしますと、来月の中旬ごろ作業が終われば、間もなく、大体事業費がどのくらいかかるものかということは出てくると、こう考えてよろしゅうございますか。
○国務大臣(村上勇君) 大体の事業費はわかっておりますけれども、間違いのない事業費は、来月の中旬になれば、その堤防の規模がきまりますれば、はっきり出て参ります。
○斎藤昇君 私は、今度の災害の跡を見まして、非常に脆弱な工事があったとか、あるいはやるべきところをまだやらぬでおったとかという所が非常にいためられておるのをたくさん見るのであります。これは、国の予算の関係や、あるいは地方の負担にたえるかたえないかという関係等もあったと思うのでありますけれども、しかし、今は銭金にかえられぬことでありますと同時に、わずかばかりの費用を惜しんだために、今度また数倍の金を使わなければならぬという、これはいつでも繰り返されている議論でありますし、また、そういうことが絶対ないことを保しますと、そのたんびにおっしゃいますけれども、しかし、災害の年が終わってしまって、二年三年たちますと、だんだんといろいろな事情から事業費が圧縮されて、そうして当初の計画が縮小されるというのが過去の事実であります。こういうことのないように、私は現在の閣僚諸公はそういうことはないと思いますけれども、しかし、だんだん変わって参りますと、もう災害の気分が薄れてしまうというようなことから、そういうふうになりがちだと思うのであります。昭和三十八年のあの愛知、三重の海岸を襲われましたときに、海岸堤防を堅固にしなければならぬというので、当時立てられました事業計画も、二十八年から六年たって、まだ半分も実施されておらなかったというのが現状であると思います。愛知、三重両方合わせて、総工費、助成費を合わせまして、三百二十七億の事業費が百二十億しかまだ実施に移されていなかった。昭和二十八年です。今度の高潮対策事業費も、おそらく、この前に立てられましたこの三百数十億よりももっと上回ると思います。従って、これが完成年度も若干要すると思いますけれども、国の予算という関係もありましょうが、しかし、十年もかかってやるというようなことになったのでは、その間にまた災害を受ける。やった所が、まだやらない所の影響を受けてこわれるというようなことに相なってはなりませんので、大体今度の高潮対策事業は何年くらいで消化をするつもりでおられまするか、これをお伺いいたします。
○国務大臣(村上勇君) 今回の伊勢湾等の防潮堤につきましては、来年の台風期までに大体原形の高さまで復旧する考えであります。それから、関連あるいは改良工事を含めて、まず三年——改良が、ある部分四年目になるかもしれませんが、大体において、われわれは三年間で改良部分を含めた復旧をいたしたい、かように思っております。
○斎藤昇君 なるべく三年以内に完了のできますように、一つ大蔵当局もお考えをいただきたいと思います。 今度の海岸堤防は、伺いますると、県工事の分も建設省に委託をしてお願いをする、来年度からは建設省の直轄工事として、県負担分は県で負担するという形に変えるというお話のようでございまするが、それは事実でございますか。
○国務大臣(村上勇君) 海岸堤防につきましては、今年度の事業については、これは一応県から建設省へ委託されて、委託工事として施行する予定であります。来年度からは直轄工事として国がこれを施行したいということで、今回の予算の中にも、中部地建に海岸部を設置いたしまして、職員二百名の定員増を認められておる次第でございます。このようにして、どこまでも国の責任において施行いたしたいと、かように思っております。
○斎藤昇君 愛知県分も同じでありますかどうか。それから運輸省の所管をしておりまする港湾の部分、それから水産庁の所管をしておりまする漁港あるいは干拓堤防、この部分の県施行の分は同様と考えてよろしゅうございますか。
○国務大臣(村上勇君) これは、それぞれ所管の各省でまだ話し合いができておりませんし、所管省で行なうものと思います。それから私がただいま申し上げました、国の直轄、建設省の直轄でやる部分は、これは重要な所を地元とも相談した上で愛知、三重両県下ともその重要部分についてやりたい、かように思っております。
○斎藤昇君 今度の被害で、漁港の部分が一番ひどくやられておると私は思います。これは設計単価その他から来たのであろうと思いますが、しかし、この点は、先ほど関係各省間の委員会で検討するというお話でありますから、安心はいたしますが、しかしながら、漁港のほとんど大部分は、これは市町村工事であります、今日の漁港法では。従って、これは市町村が担当する工事、かように考えてよろしゅうごいますか。これは水産庁。
○政府委員(西村健次郎君) 漁港は、漁港管理者である地方公共団体が復旧工事をするわけでございますが、現実の問題としては、これには市町村と都道府県がございますけれども、たとえば三重県につきましては、大部分が市町村が漁港を管理しております。従いまして、工事の施行者も市町村になります。
○斎藤昇君 私は、同じ海岸堤防であって、これがただ漁港の区域に入れられておるというだけで、その工事は市町村工事である、そうしてその負担は市町村が負担するということは、はたしてどういうものかという感じを痛切にいたすのであります。なるほど、漁港施設のための堤防ならば、それで私はよろしいと思うのでありますが、しかし、ほとんど大部分の漁港区域における海岸堤防は、漁港施設、漁港のために利用する施設というよりは、これはやはり国土保全の海岸堤防であり、人命やあるいは住宅や、その他の保全のために、どうしても作らなければ国土保全ができない。だから普通の海岸堤防と全く同じ役割をなしておる。ただそこが漁港の地域であるから、従って、漁師が利用するのに便利のようにとか、そういうような点は、これは若干はあろうと思いますが、あれは漁港を作る上にどうしても必要な堤防と、こう見ることができないものか、ほとんど市町村管理になり、市町村負担になっておるということは非常に私は不合理じゃないかと、かように思うのであります。この点は私はそういった事業費を国あるいは府県、市町村がどういうふうに負担をするのが公平であるかという見地から考えてみましても、漁港のある部分だけに限ってあの膨大な、しかも三重県では何十とあるこの区域内の、私は工事量も相当なものだと思います。これには国費の補助は県工事と同じようにはありますけれども、これを市町村に負担させることは、公平ないわゆる負担区分の点から考えましても不合理ではなかろうか、かように思うのでありますが、これは水産庁長官あるいはさらに自治庁長官の御意見も伺いたいと思います。
○政府委員(西村健次郎君) 漁港区域内の海岸保全施設につきまして、今お話がございました。しかし、漁港区域内におきます海岸保全区域の管理につきましては、これが漁港の管理と不可分の関係にあるということで、一体として漁港管理者である地方公共団体の長が管理する。従いまして、これの、たとえば災害の復旧というようなことになりますと、その管理者である地方公共団体がやる、こういうことになります。これは今回の伊勢湾台風のごとく非常に大きな軒並みに被害が出た場合に、今のようなお話もごもっともだと思いますけれども、今申し上げましたように、やはり漁業区域内にあるということは、やはり漁港の管理と密接不可分でありますために、法の建前がそうなっております。従いまして、この場合には、やはりそれを切り離して考える、施行するということはやはり適当ではない。ただしこれは御承知のように、今度負担率の特例を設けられます。ただこれは法令上は、たとえば市町村が負担するものを都道府県に負担させるというようなことは、これを強制するわけには参りません。現実の問題といたしましては、そこに話し合いの余地があるんではないか、そういうことで、できるだけ現実に却していくという道も考えられる、こう思っております。
○国務大臣(石原幹市郎君) いろいろお話になりました漁港と海岸堤防、こういう関係につきましては私も斎藤委員が言われたと同じような感じを持っております。漁港の施設の部分については、維持管理等は町村が管理する場合に町村の基準財政需要額等に計算いたしましてやっておりますが、海岸堤防、漁港の中にある海岸堤防として扱われている部分、そういう問題につきましては斎藤委員が言われたような、いろいろ私は問題があるのではないかと、かように考えております。
○斎藤昇君 自治庁長官は私の意見に同調をしていただきましたが、水産庁長官は必ずしも御同意ではない。私は、これは漁港の管理と密接不可分とは思わない。実際現地で見てみますと、これは県に管理をさして、それは水産庁の所管のもとでよろしゅうございますけれども、ちょうど港湾の施設として県が管理をしておるように、この漁港の中でも海岸堤防と見るべきものは県に管理をさしてそしてその管理も、それから復旧費も、これは県費で私は負担をさすのが当然ではないかと、かように強く考えます。私は不可分論は、これは少し水産庁、農林省とされましては、今まで法律がそうなっておりますから、そういう建前でできておるのでありましょうが、現実を見て、あの伊勢湾の現状を見ますると、今の法律の立て方は誤まっておるのじゃないかと、かように考えまするから、私はこの程度にいたしておきますが、よく御検討いただきまして、できるならば、漁港法あるいは海岸法、これの改正案を出していただきたい、こういうように考えます。
○政府委員(西村健次郎君) 私は先ほど申しましたのは、現行法の建前としてそうなっておるということを申し上げたわけでございます。立法論としてはいろいろそこに検討の余地があろうかと思います。われわれの方としても、なお、その点は慎重に研究して参りたいと、こう思っております。
○斎藤昇君 このたびのそれぞれの特別の措置法で相当の高率補助ができまして、府県市町村等も負担の軽減のできますことはありがたいと思うのでありますが、しかし、何分にも激甚地の多いところでは、この若干の負担にいたしましても、将来県債あるいは市町村債にたえていけないという実情に見られるのであります。これは先ほどからお話のありました高潮堤防だけをとってみましても、事業費分量はまだきまりませんから、最終の数字はここで申し上げることもできませんけれども、これは改良復旧事業に対しましても、これは復旧事業そのものと同じような起債の許可率にしてもらい、また、次年度以降についても、いわゆる公共施設に対する起債というのではなくて、いわゆる関連災害事業の負担分に対する起債も、これを災害復旧事業の起債の場合と同様に取り扱っていただき、また、元利償還金につきましても、災害復旧事業の起債と同様に関連事業も取り扱っていただきませんと、ほとんど府県財政の破綻を免れない、県は何も仕事ができないというところが生ずると思うのであります。時間がございませんから、私は詳しく申し上げませんが、これについて将来どういうお考えで自治庁長官やられるか、一応御所見を承らしていただきたい。
○国務大臣(石原幹市郎君) 今斎藤委員が言われました関連事業という中に、改良復旧のような性格の事業でありますれば、これは災害復旧事業と大体同じような範疇で起債あるいは元利償還、こういうことをしておるわけであります。単なる改良工事、これは一般公共土木事業というような扱いになるわけでありますが、いわゆる改良復旧でなしに、単なる改良工事という式の考えのものは今の建前では一般公共土木に扱われることになっております。しかし、今回の災害その他から関連して、非常な広範な海岸線を持っておられるようなところでいろいろ工事を施行されるというような場合に、地元負担その他のいろいろの関係等を考慮いたしまして、起債の割当その他につきましては、これは格段の考慮を私は払っていっていいのではないかと、ただいまそういうふうに考えております。
○斎藤昇君 現在の取り扱いについて、伊勢湾の高潮対策の事業については、復旧も関連もできるだけ同じように取り扱えるように考究をしてみようというお言葉で、私はただいまは一応満足をいたしておきますが、これを一つほんとうに真剣に考えていただきたい。これは具体的の数字に当たっていただいて、対策を考えていただいてけっこうと思いますから、今即答は要りません。どうぞその点は十分御検討をいただきたいと思います。 なお、水産庁長官に一点御意見を伺っておきたいのでありますが、今日私は戦後特に農村に対する施策が相当行き届いておる。農村の生活は、戦前に比べて生活水準も相当上がったと私は思うのでありますけれども、しかしながら、この沿岸漁村、沿岸漁民の生活というものは、生活水準そのものから見ると、私は戦前より劣っておるのではないか、この感を深くいたします。いわゆる沿岸漁民に対する施策というものが非常に乏しい、ことにそういう地域において今度の伊勢湾台風ではあの沿岸がずっとやられたわけでありますから、その悲惨はまことに目も当てられない。ことにあの決壊した提防の締め切り等によって、木曾川下流のデルタ地帯で従来やっておりましたいわゆる浅海漁業者、ノリだとか魚介類、これらはサンド・ポンプであの砂を皆吸い上げられる、そういう関係から今までと著しく業態が変わってくるということも考えられる。さしあたってノリの事業にいたしましても、魚介の事業にいたしましてもそういった点が、こういった浅海漁業者にたくさんできておりますので、一々ここで時間がないから申しませんが、これらの実情に即した救済策といいますか、あるいは新しい漁撈の対策といいますか、お考えいただいて、既定の助成費等で回せるものは至急に回していただいて、足りないものはまた足りないものとしてあるいは補正の予算を要求されまして、こういった今までほとんど置き忘れられておった漁民の災害に対する今後のあたたかい一つ援助の方法をお考えいただきたいと思います。総括的でよろしゅうございますから、御所見を伺っておきたいと思います。
○政府委員(西村健次郎君) 今回の伊勢湾台風の漁業被害者はどちらかというと非常に小さい小漁業者が多いのであります。私どもとしては、かねてから沿岸漁業の振興につきましては、単に生産基盤のみならず、あるいは組織の問題、制度の問題というような問題につきましていろいろ考えておるわけでございます、特に今度の被災者がそういう小企業者が多い、こういうことにかんがみまして、私どもとしてもできるだけのことをやって参りたい。今御指摘のありましたサンド・ポンプによる漁業の何と申しますか、被害と申しますか、やむを得ざる被害、これにつきましても、私の方としましてせっかくこれにつきましてはあるいは建設当局、あるいは私どもの農林省内の農地局というようなものとも十分私の方でかけ合って参りたい、こう思います。
○委員長(小林英三君) 斎藤君の質疑は終了いたしました。 —————————————
○委員長(小林英三君) 次に、辻政信君。
○辻政信君 総括質問では、私は日本側の正確な資料によりまして、日本は終戦までフランス及び仏印政府と交戦状態になかった。次は賠償全額の査定基準であるところの損害の検討においてきわめてずさんである。日本の正当な立場を相手に主張せずに、かえってドゴールの立場を認めるような政府側の発言が速記録の上に永久に残りますことはまことに残念であります。これは賠償の税金をとられる国民には納得できないことであります。日本の歴史に汚点を残すものと考えるのであります。従いまして、きょうはその質問に引き続きまして、きわめて具体的な事象をあげて質問いたしますから、当時のベトナムを知っておられる方はどなたでもよろしゅうございますから、大きなふろしきを解いて正確な資料でお答えを願いたいのであります。 まず、最初にお伺いすることは、ドゴールがパリに入った十九年の八月二十五日以後交戦状態に入ったと大臣は主張されておりますが、その当時以後ドクー総督とドコールとの関係がどういうふうになっておったかということをまず承りたい。
○政府委員(高橋通敏君) お答えを申し上げます。その当時まではビシーの政府でございまして、その下にドクー総督と申しますか、仏印関係があったわけでございますが、ビシー政府が倒れましてドゴールになりましてから現地との関係は非常におり悪くなったということでございます。
○辻政信君 私の資料によりますと、昭和十九年の九月からドクーとドゴールの関係がきわめて密接になった事実があるのであります。すなわち、ドゴールに関する記事の掲載を全部解禁をしている。それまではとめていたフランス共和国仮政府の名称使用をドクーが許しております。市内各所に張られていたベタン首席の肖像と写真を撤去しております、九月以降。そうしてペタン政府によるレジオンの組織を解散している。共和国時代のアンシャン・コンパタンの組織を復活し、秘密結社の禁止及びユダヤ人排斥法を廃止している。内政面でも着々ペタン色を払拭して、ドゴール政府に同調する形をとったのが十九年の九月であります。これはお認めになりますか。
○政府委員(高橋通敏君) ペタンが倒れましてドゴールになりましてから、現地における仏印総督の方も非常に本国と協力関係になった。まあ、いわば本国にへつらうというような関係になりまして、漸次本国の政策と同調してきたということでございます。
○辻政信君 大へん明快な御答弁です。それを前提にしてこれから進めて参ります。それではお伺いしますが、国際法上の常識として、二つの国が交戦状態にあった場合に、相手国の住民から税金を取るということがやられるかどうか。
○政府委員(高橋通敏君) ただいまの御指摘の点は、仏印においての税金の問題ではないかと思うのでございますが、占領中でございますので、日本が占領していたわけでございます。従いまして、その占領行政の一つといたしまして、占領地をまかなうためにどのような方法によって税金を取るかということは、これは戦争状態はありますが、その戦争状態のもとでどのようにやるかということは関係のないことだと考えております。
○辻政信君 仏印のドクー総督は、日本の軍人以外の在留邦人から仏印政府に税金を取っておりましたが、それは御存じですか。
○政府委員(高橋通敏君) その点、詳細の点は存じておりません。
○辻政信君 ここに一つの資料を、現物をごらんに入れます。これは終戦前四年間仏印で活躍した日本の一流商社の中堅社員、名前は秘しておきます。その人がパスポートを持って、私の質問があった翌日国会にかけつけて来た。この資料を提供して——これを見て下さい、私のパスポートに、一九四四年と一九四五年、昭和二十年までの税金をドクー政府に確実に納めて、その受領証がある、こう言っているのであります。また、これは当時軍票じゃありません。インドシナ政府が政府の責任においてフランス本国と協議をして出した発行券であります。ピアストルであります。これも同様であります。これは宝くじ。昭和二十年の春まだ武力行使する以前ドクー総督が仏印において出した宝くじの見本が、現物がここにあります。こういうことはドゴールと通じておったドクーが、もし日本と交戦状態にあるという意識があるならば、日本の居留民から正式に税金を取ったり、あるいはこういうものを出すということがどうしてできるのか。それ一つをとらえても、口には交戦状態にあると言いながら、ツーツーで、なれ合いで、日本との交戦状態を避けようとした気持がドゴール政府にもドクーにもあった。事実はその通りでありますが、大臣、いかがでございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) はなはだ、当時の事情、ことにドゴールの政策の問題でありますので、非常にむずかしい問題だと思いますが、やはり日本としては、ドゴールが亡命以来日本に対して開戦を宣言して、そしてそのままの状態でパリに入ってきました。しかも、パリにおいて正統政府として自分の立場を、従来の立場を明らかにしております以上、あるいは裏において懐柔的な、そういう意味のものがあったかもしれませんけれども、表向きはやはり戦争状態にあったと解すべきがしかるべきではないかと考えております。
○辻政信君 大臣も非常に人がよろしいですね。それは、ドゴールにとって、その解釈は有利でしょうが、税金を納めさせられた在留邦人から見れば、これは納得できません。昭和二十年末までの税金を納めて、受領証をもらっている、こういうことが一体交戦関係にあったとしてどうして常識的に考えられましょう。
○政府委員(高橋通敏君) 私から補足さしていただきますが、戦争関係にあるということは、法律的に戦争状態にあるということでございまして、その戦争状態にあった後にどのような措置をするかということは、これはまた別問題ではなかろうかと考えております。たとえば仏印でございますれば、そこは戦時軍占領のもとにあったわけでございますが、私から申すまでもないことでございますが、陸戦の法規慣例に関するハーグの条約または規則では、でき得る限り現地のしきたりを重んじて占領行政を行なうべしというような規定もございますし、法律上戦争状態にあるということと、その土地にどのような施政をするかということは、これは別問題ではなかろうかと考えます。
○辻政信君 条約局長ともあろうものがとんでもないことを言われます。あなたは、仏印は日本の占領状態にあったと仰せられました。間違いありませんか。
○政府委員(高橋通敏君) 昭和十九年の八月二十五日から従来の平和進駐であった事態が軍占領の状態というふうに法律的性質が変わったと私は考えております。
○辻政信君 では、仏印に駐屯しておった日本の軍が戦時国際法を適用したことがあるか、仏印総督の行政権を否認して軍政をやった事実があるかどうか、法的根拠をお示し願いたい。
○政府委員(高橋通敏君) それは、そのような軍政をやっていいと、直接やれるという権限、権能の問題でございまして、その権限をどのように行使するかは、これは別問題だと思っております。
○辻政信君 占領という言葉と駐屯という言葉の、国際法の常識で違った点を御説明願いたい。
○政府委員(高橋通敏君) われわれ、駐屯と申しますと、条約によりまして、双方の合意に基づいてある国に軍隊が駐在するということを駐屯と考えておりますが、占領と申しますと、やはり相手国の意思に反して相手国の地域を占領する。
○辻政信君 相手国の悲恋に反してやった事実はないと言っておる。軍政をやったこともなければ、軍票を出したこともない、在留邦人は税金を納めておる。そうして日本の兵隊はフランスの将校に敬礼しておった。これを占領とどうして言えるか。この事実です。
○政府委員(高橋通敏君) ただいま申し上げました通り、法律的にはそのような戦争状態にありますし、それから法律的性質が占領というふうに変わったと考えております。
○辻政信君 あなた方は外交をやるのに法律の形式で外交をやりますか。それとも現実の事態を中心にして日本の外交をやっていくのか。いずれです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ただいま御説明申し上げましたように、ドゴールと日本が開戦状態にありました。そうして、おそらく当時の実情から見れば、日本と戦争状態にあるわけであります。しかし、その現地のインドシナ各国の国民と申しますか、住民と申しますか、住民との間の接触関係においては、できるだけ円満な態度をとるのがいいというふうに考えられて、そういう状況にあったんではなかろうかと私どもは考えております。
○辻政信君 そうじゃないので、この前、当時の戦争指導最高会議の権威ある資料によって、武力を行使してもフランスは敵国扱いにしない、フランス軍人は敵人として扱わない、その財産は敵産にしない、このわが方の最高方針に基づいて現地の軍司令官がやったのだ。この事実をどうしてあなた方は占領だとか、戦争だとかいうふうに曲げて日本に不利に御解釈にならにゃならぬかということを聞いておる、国民にかわって聞いておるのです。これはなぜ、日本の外務省であったならば、日本の国民の利益を擁護する立場に立ってこの現実の事実をもってフランス側と御折衝なさらなかったか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 法律的と申しますか、条約的と申しますか、あるいは国際法の通念と申しますか、そういう意味から言いますれば、開戦状態にあったということははっきりしているのじゃないかと、こう思います。従いまして、われわれとしてはその事実の上に立って物事を判断せざるを得ないと、こう考えます。
○辻政信君 事実というのはドゴールのしゃべったこととか、この言葉の事実であります。ところが、より大きな事実は仏印の現地において行われておる。いずれの事実をあなたは重視なさるのですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれといたしましては、ドゴール政府がパリに帰りまして、そうして今まで申し上げました通りの事態の上に立ちましてその事実の上で戦争状態にあるということを考えておるわけであります。
○辻政信君 それじゃほかの観点からもう一つやりましょう。餓死者がどのくらいあったと最終的には御判断になっておりますか。
○政府委員(伊関佑二郎君) 餓死者につきましては、これは的確なる資料を欠いております。従いまして、われわれはいろいろと関係者の話を聞きまして、その辺の平均をとるというふうなことで二十万ないし三十万ぐらいじゃないかということを出しておるわけでありまして、これは資料がございませんわけでございますから、まあ当時の現地におった人とか、関係者の話を聞きまして総合して出した判断でございます。
○辻政信君 その二十万ないし三十万という根拠となき餓死者は、いつからいつまでにできたものと時期的に御判断になりますか。
○政府委員(伊関佑二郎君) 大体におきまして四四年の秋ぐらいから四五年の春にかけて、その辺であると思っております。
○辻政信君 そこに根本的な過失が出て参りました。これはけさの朝日の朝刊であります。その朝刊読んでみましょう。「〔シンガポール二十日発=共同〕 ジョクジャカルタのコロンボ会議の帰途シンガポールに立ち寄ったブ・パンマウ南ベトナム外相は二十日記者会見で、日本社会党が日本・ベトナム賠償協定の承認に反対していることに言及、次のように述べた。」相手の外務大臣の言明ですよ、いいですか。その第二項「社会党はベトナムが受けた損害は賠償額よりずっと少ないといっているが、ベトナムは大きな損害を受けた。たとえば日本軍がベトナムの米を日本に運び去ったため、一九四五——四六年の危機のさい約二百万人が餓死した。」と言っている。ただいまのアジア局長の、餓死した時期は一年先です。四四年から四五年と言っている。外務大臣の言うのは四五年から六年、戦争が終ってあとだ。どっちが正しいですか。
○政府委員(伊関佑二郎君) それはその外務大臣が間違いで言ったか、新聞のミス・プリントかどちらかと思います。われわれは四四年の秋から四五年の春、こういうふうにこれはみんながそう申しております。
○辻政信君 それはあなたが見たのですか、だれか見たことあるのですか。そのころ出たこと。
○政府委員(伊関佑二郎君) 当時現地におりまして、この餓死者が出ておるのは見たという人間はたくさんございます。
○辻政信君 それではこの朝日の記事がミス・プリントでなかった、南ベトナム政府の外相のこの事実が確実であったときに、この賠償の根底はくずれますか。
○政府委員(伊関佑二郎君) 先方の政府がわが方に二十億の要求をいたしました際に、正式に寄こしました書類に一九四四年十一月から始まった、こういうふうに書いております。
○辻政信君 それでは小田部部長来ておりますか。
○政府委員(伊関佑二郎君) いつまでということはこれには書いてございませんが、みんながそういうふうに考えております。
○辻政信君 あなたは土橋中将の言を引用なさいましたね。どうおっしゃいましたか。
○政府委員(小田部謙一君) 当時の、そのときのこの予算委員会におきまして、私はうしろを振り返りまして、土橋中将にお聞きしたかと言いまして、聞いたということを聞いて、私は中将も聞いたと言いました。それから話しました。しかし、そのあとで判明いたしましたことは、土橋中将は私の補佐の人に会ったことは事実でございますが、その件は引用しないでくれということを申しましたので、その意味におきましてこの前のことは取り消させていただきます。
○辻政信君 こういうことを言っておられますね。この席上において土橋中将はそのような大きな数字は言っておりませんでした。そうして、どのくらいと言われたかという私の質問に、小田部君は、土橋中将は少なくとも五万程度は死んでおるだろうということを言っておりました、となっておる。これほど、この席上における政府委員の答弁は間違っておるというか、うそをついておるというか、私はこの答弁を聞いたときに、心配で、すぐ土橋閣下に電話をかけた。あの人は非常にりっぱな人です。フランス語はあなた方より上手です。その土橋閣下に電話をかけて、ある政府委員からこういう答弁があったが事実かと言いましたら、かんかんに怒った。そのときのあなたのその晩にやった行動をちょっと話して下さい。その晩あなたはどういうことをしたか。
○政府委員(小田部謙一君) 私はその晩土橋中将とも連絡をとりません。ただし、私の補佐に、こういう事実を国会で申しました、ということはです、一応名前を引用しましたから、仁義の上でその申しました。そう伝えるようにいたしました。
○辻政信君 電話をおかけになったでしょう、辻委員の質問に対して問い詰められて、五万人言っておきましたから、御了承願いますと。そういう事実はありませんですか。
○政府委員(小田部謙一君) 私はその晩は電話をかけませんでした。ただ私の補佐に、こういうことを言ったから、一つ仁義を切る意味において、あなたの名前を引用したから、ということを申しました。
○辻政信君 一体、いやしくも外務省の幹部が仁義を切るというやくざのような言葉は、仁義を切るとはなんです。ふざけなさんな。やくざの取引ではないぞ。ここはやくざの取引ではない。
○政府委員(小田部謙一君) 今適当な言葉がございませんで、その言葉を使いましたのは、まことに失礼いたしましたが、そういうことがございましたので、あなたの名前を引用しましたから、ということを電話で連絡するようにということを申し伝えたわけであります。
○辻政信君 あのテレビとラジオで知った国民は非常に怒りまして、あの晩は、私のところに電話がかかってきて、ほとんど寝れなかった。国民にかわって政府のうその皮をはいでくれという。そこで、軍人ばかりの例を申し上げると、あなた方はまた色めがねでごらんになるから、軍人でない公平な人の証言をここで読み上げてみます。その人は先ほど申し上げました。パスポートの所持者であります。私のところにやってきまして、こう言いました。昨晩ラジオとテレビを見て涙が出てしょうがない、政府があまりにもうそをつくからだ、このままでは死に切れない、日本人全体のためにこのうその皮をはいでもらいたい。名前は申し上げませんが、餓死者が三十万も出たという政府の答弁には憤りを感ずる。当時、私は〇〇商社の総務課長で、米を買うために全仏印を歩いておったもので、当時仏印においてはガソリンが少ないために、米からとったアルコールで自動車を走らせておった。また、サイゴンの市民たちは、石炭が足りないので米を燃料にたいておった。そういう状態でどうして餓死者が出るか。北部は南部ほどお米は多くなかったが、それでも十九年から二十年にかけて、北部に餓死と見られるような行き倒れはめったに目に映らなかった。軍から米を納めよと言われると、商社ですからショロンの華僑と契約し、正当な相場で買って納めました。軍が直接買われたことはほとんどありません。軍が略奪や徴発などして餓死者を出したということは神明に誓って日本人としてないということを断言をするということを言っているのであります。それでも皆さんは、こういう事実を見ても軍人はむちゃをやって餓死者を出したとお考えになるのですか。
○政府委員(伊関佑二郎君) われわれは軍がむちゃをやって餓死者を出したということは申しておりません。北部におきましても南部におきましても、軍の米の調達は行なわれておりました、ずっと。それから、北部におきましては、異常な冷害、水害がございまして、例年ならば参ります南部の米が十万ないし十五万トンの米が、交通が杜絶したために来なかった。そういういろいろな原因によって餓死者が出た、こういうふうに考えております。
○辻政信君 では、軍が占領したことによって餓死者が出たという判断は間違いですね。
○政府委員(伊関佑二郎君) 戦争が行なわれました総合的な結果ということは言えると思います。もちろん、その際に水害とか冷害というふうな天災地変的なものが入っております。
○辻政信君 それじゃ戦争を起こしたすべての国が割勘で賠償しなければならない。日本だけがなぜ全体の責任を負わなければならぬか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今まで申し上げておりますように、食糧が非常に不足する状態になったということには、それはいろいろな原因もございましょう。しかし、やはり戦争状態になったというようなことが一つの原因になっていることはこれは間違いないことだと思います。しかし、その戦争をやっていた状態自身が、日本の軍が非常に、何と申しますか、凶悪であったということでないにいたしましても——そういう状態でないということはもうわれわれも承知しておりますが、やはり戦争状態であれば、輸送関係もいろいろな意味において困難を感ずるような原因がたくさん起こってくると思います。従って、日本軍がそういう何か悪いことをしたためにという意味でないことはむろん申すまでもないと思います。
○辻政信君 爆撃によって損害があったというのはどういう事実ですか。
○政府委員(伊関佑二郎君) 爆撃は主として米軍でございます。もちろんシナを根拠地としての爆撃も激化しておりましたが、一番ひどかったのは、艦載機並びにフィリピンが落ちましたあとのフィリピンを基地とする爆撃でございます。そうしてこれによっての損害の大きなものは埠頭、港湾施設、船舶、鉄橋、鉄道、その他の工場等も多少ございます。
○辻政信君 出ておりますか、その具体的な数字は。
○政府委員(伊関佑二郎君) 損害の具体的な数字はございませんが、鉄橋等のおもな破壊場所、それから爆撃回数等は調べております。
○辻政信君 その一つの例をこの証人が見て言っております。爆撃で死傷者が出たと言うが、サイゴンで見たのはただ一回だけ、二十年の五月五日夜、米軍機がやってきたが、示威行動のようであった。そのときの損害は、市立劇場の付近に小さいたまが一発だけ落ち、現地人は二、三名の死傷があった程度である。マ号作戦で損害を与えたと政府は言っているが、自分は当時軍の臨時通訳として雇われていた。そうしてそのときの戦いは機関銃をちょっと撃っただけで、一時間以内で終わっている。こういうことをサイゴンで目撃しているのであります。 さらに、藤山さんにあなたのお得意の経済関係について御質問いたします。戦争中のインフレで苦痛を与えた、こういうことを外務大臣は言っていらっしゃいますが、間違いございませんか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) やはり戦争の状態にあるようなときに物資が調達されるというような状況になりますと、物資の偏在等も起きて参ります。その結果としてインフレ状態が起こり得るのではないかということもわれわれは想像されるのであります。
○辻政信君 では、日本軍のために起こったのじゃなしに、世界戦争の影響を受けた一般的なインフレと、こういうふうに御解釈になるのですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん仏印のことでありますから世界的な規模における戦争の影響ばかりでなく、現地におきますいろいろな軍の事情というようなもの、今申し上げましたような米を買う、あるいはその他のものを買うというような事情からくるインフレというものはあるわけだと考えております。
○辻政信君 では、そのとき、十九年ごろの仏印の発行通貨高はどのくらいになっておりますか。
○政府委員(高橋通敏君) 当時の全通貨量というのはちょっと判明いたしません。しかし、御承知の通りフランス政府と交渉をしましてピアストルを借り上げまして、それによってまかなっていたわけでございます。いわゆる特別円の問題だろうかと思いますが、当時、昭和十九年の上半期ごろにおきまして一億二千万、下半期一億五千万、二十年の上半期一億五千万、下半期四億、その程度の借り上げをいたしております。
○辻政信君 そうすると、今のは新しい数字ですが、合わせますと、日本軍がドゥクーからもらった十九年のこの一年間の軍費が二億七千三百万ピアストル、この際に、あなたは答えられなかったが、当時の仏印の発行通貨量は二十三億七千万ピアストル。一割しかならない、日本の軍費は。日本の軍費がわずかに一割にもならないときに、藤山さんはあなたはくろうとですが、インフレの原因は日本が負担すべきものとお考えになるか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) インフレとしてはやはり通貨量もございますし、物的な量もあると思うのでありまして、その意味においては両方の影響が作用しておるのではないかと、こう考えます。
○辻政信君 それじゃもう一つ。あの激しい戦争の中で、この仏印だけはフィリピンやビルマと全く違った様相を呈して、そうしてサイゴンでもハノイでも終戦の直前まで銀座のような状態でありました。これは誇張ではありません。私が二十年の五月一日にビルマの戦場からサイゴンの総司令に報告に来た。そうして驚いたのは、ジャズもダンスも酒も何でもある。そうして軍人も役人も商社の社員もそこに踊り狂っておった。防空壕一つ作ってなかった。あまりのことに憤慨して、当時の寺内元帥及び沼田参謀長に苦言を呈した、そういう事態があったのです。あの激しい戦争のどまん中に台風の目のように天国が残されておった。仏印だけがこうなった根本原因はどこにあるとお考えになりますか。ちょっと類のない戦争の奇跡であります。どうお考えになりますか、どなたでもよろしい。
○政府委員(伊関佑二郎君) 先ほどの通貨の量につきまして私からもう一度補足説明をいたします。一九三九年の流通量がドルに直すのですが、二億一千六百万ドル、これが一九四五年には十九億八千八百万ドルというふうになっております。大体南におきましてインフレーションのあれは五倍でございます。そして北部におきまして約二十八倍というふうなことになっております。 それから、ただいまのお話でございますが、これは本日の証言にもございましたが、現地の現地住民と軍との関係は非常に円滑にいって、軍が非常に注意をしておったということは本日の証言にもございました。インフレになっておりますが、またインフレのときにはもうける人もありましょうから、そういうにぎやかな生活もあったと思います。
○辻政信君 それは答えになっておりません。戦争の奇跡がベトナムにあったのです。その国際的背景を聞いておる、おわかりになりませんか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今のカフエが盛んになり、あるいはジャズで踊り狂っていた、むろん経済自体が非常なインフレが高進してくるというような状態のときには、物を持ちましてもやはり翌日、将来の価値が下がりまするので、どうしても消費的な生活をするということがインフレ時代には多いのであります。物価が安定してくるという、インフレが終息してくるとなりますれば、やはり貯金なり、あるいは物に対する、これは経済上の現象の上から見まして人間の精神に影響する問題だと思っております。
○辻政信君 そういうことを聞いているのじゃない。私の聞いたのは、戦争の奇跡があった。それは何かといいますと……それじゃお教えしましょう。アメリカとイギリスはドゴール政権を支持しておった、ドゥクーはドゴールと内通しておった。ですから、米英も仏印は連合国側にあるというふうに思っておった。ところが一方、日本はピシー政府を認めており、仏印を友好国と考えておった。いわゆるドゥクー総督のあっぱれな外交手腕で、日本からも米英からもかわいがられてきた。日本の外交官じゃできない芸当をやっている。これがどうしてもここに破壊を加えることができなかった大きな原因があるのであります。従いましてベトナム問題の処理については、フィリピンやビルマと同じ考えをお持ちになっちゃいけない、根本的に違っておる、いかがでありますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん今回の賠償問題を処理するに当たりましても、ビルマ、フィリピン、インドネシア、あるいはベトナムそれぞれいろいろなその国の戦時における状態も変わっておると思います。ビルマやフィリピンは物的損害が非常に多かった、インドネシアあるいはベトナムというものは物的損害が割合に少なかったというような、それぞれの田による事情はそれぞれ変わっていること、むろんでございます。
○辻政信君 私は賠償額の大小を言っておるのじゃありません、賠償としてやるべきものじゃない、本質が。経済協力なら納得する。交戦した事実もない、占領法規の適用をしたこともない、損害もない、こういったような国になぜビルマやフィリピンと同じような賠償の形式であなたはおやりになったかという……。
○国務大臣(藤山愛一郎君) これはサンフランシスコ条約に調印いたしておりまして、賠償によって請求権を持っております。従って賠償としてわれわれも支払うべき義務があるということと考えますので、その形式によってこれを処理したわけでございます。
○辻政信君 石炭とか、亜鉛とか、鉛の損害がかなりあったと思いますが、これはどのくらいで、また賠償の金額にしてどのくらいと計算しておりますか。
○政府委員(伊関佑二郎君) われわれが戦争状態と申しております最後の一年につきましては、石炭は一九三九年を基準にいたしまして、平常の状態であれば出るべかりし量に比較しましてこれだけの減少があったというふうな計算でございますが、これは先方の出しておる数字でございます。それによりますと、石炭につきましては二百二十万トン、亜鉛につきましては十一万トンというふうな数字が出ております。石炭を現在トン当たりの値段で直しましても、三千四百万ドル近く、あるいは亜鉛にいたしますと三百万ドルぐらいになるわけであります。これを直ちにこのままに算定するというわけではございません。先方が言っておる数字によりますと、そうしてそれを換算しますと、こうなるという数字でございます。
○辻政信君 では、これはおもに北ベトナムで起こったことだが、賠償金額はゴ・ディエンディエムからホー・チミンに半分おすそ分けしますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれとしまして南ベトナム政府に支払いをいたすわけでありまして、従って賠償義務をそれによって完了するということでございます。
○辻政信君 精神的な苦痛を与えたとおっしゃったが、それがもし事実ならば、終戦後仏印人によって日本人がだれ一人殺されたという者があるかどうか。大臣じゃなしに。そんなことは大臣は知らない。
○政府委員(伊関佑二郎君) そうした報告は受けておりません。
○辻政信君 一人もありません。それじゃ、仏印に破れた日本人がどのくらい残留したと思いますか。
○政府委員(伊関佑二郎君) 残留と申しますと、引き揚げずに残ったということですね。
○辻政信君 そうです。
○政府委員(伊関佑二郎君) その数字はあまりはっきり存じません。土橋中将が、兵隊で行方不明になった者があるので、これらを二十四年か二十五年でありましたか、集めて帰られたという事実があります。千名以上か、二千名以上でございましたか、ちょっと数字は今覚えておりません。その数字は調べればわかります。
○辻政信君 私がつかんだのは、知っているだけで三百六十名、もっとはるかに多い。これらの人は仏印の娘から恋をされて、結婚して残っております。仏印の父兄は、日本の兵隊さんの子供なら育ててやる、それくらいに日本人を慕ったものです。この事実はどうですか、藤山さん。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日本の軍隊が各地において、それぞれその土地の人々から非常に慕われたという事実は各地にあると思っております。インドネシアでもございます。あるいは香港等でもそういう話を聞いております。
○辻政信君 私が仏印連絡部で見たことを申し上げますと、あの独立記念日のときに、日本軍の連絡部の庭へ来てベトナム人が二次会をやって、日本の兵隊が御祝儀を出しているのです。また殉難将士の慰霊祭に、日本の軍人が軍服をもって参加しております。この事実から見て、断然仏印には損害なし。もしあるならば、なぜ最高責任者の土橋中将を戦犯で死刑にしないか。ほかの地区では最高司令官はみんな死刑になっているのに、これが仏印では無罪である。この事実が雄弁に物語っておる。この事実をどう判断されますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) よその土地でも、私が今申し上げた通り、日本軍が特別の残虐な行為をしたとは考えておりません。むろん戦闘に伴いまして、いろいろな死傷が起こったようなことは、これはございましょう。しかし、それ以外に、非常に残忍な行為をしたということは考えられないのであります。ことに私たち土橋中将ですか、あの将軍を十分存じ上げておりませんけれども、伺うところによると、りっぱな人格者でもあるようでありますから、その司令官がそういうようなことをその期間においてやっておられたとも思っておりませんし、軍紀なども相当厳重であったと思います。しかし、やはり戦争になっておりまする状態でありまするから、その結果としていろいろな迷惑をかけたことはあろうと思います。個々の人については、現地の人が慕っておったという事実は確かにあろうと思っております。
○辻政信君 あの時代には、フィリピンも、ビルマも、インドネシアも、最両司令官が全部銃殺されておる。部下の責任を負うて全部が銃殺されておる。ひとり仏印だけは、これは無罪として、これを感謝して送り返している事実をどう見るか。違っておるのです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろんフィリピンあたりは、非常に激しい戦争も行なわれたわけです。その間、いろいろなわれわれも耳にしておるような事実があるわけであります。そういうことがはたしてほんとうであるかどうか、またフィリピン人その他の現地の人の怒りというものはどういうところにあるかはわからぬわけでありまして、それぞれのやはり国の見方というものが相当に大きくそこに響いてくるのではないかと思うのであります。でありますから、そういう意味におきまして、現地におきますそれぞれの見方の相違が今のようなところにも若干は出てくるのではないかと思うのでありまして、そういう意味からいいまして、私はその状況下にそういう点を解釈いたしておるわけであります。
○辻政信君 じゃ、時間がありませんから質問を急ぎますが、二百億というのは国民の税金です。そうすると、餓死者に対して幾ら、石炭に対して幾ら、米に対して幾らという詳細な勘定書が出なければならない。その勘定書を示して下さい。
○政府委員(伊関佑二郎君) われわれは賠償交渉をやりました際、過去ビルマに払いまして以来、そういうふうな、どれに対して幾らというふうな算定はいたしておりません。全体としてわれわれが払いますよりもずっと上回る損害があったということだけははっきりいたしまして、どれを幾らというふうなことを交渉の間においてお互いに算定するというようなことは、一切いたしておりません。
○辻政信君 ないからできないんでしょう。
○政府委員(伊関佑二郎君) 賠償交渉の性質としまして、そういうふうに、どの損害をどう算定するというふうなことは、一切いたしておりません。いろいろほかの観点が入っております。負担能力とか、それから他国との均衝とか、あるいは向こうの経済復興に寄与するとか、いろいろな観点から交渉いたしておりますが、われわれとしましては、大体向こうが二十億ドルといってきておりましたが、それを幾らに算定するというふうな数字は、これは一応腹の中にありましても、外交交渉の対象になった問題でありますから、申し上げにくいことでもございますし、もちろん三千九百万ドルよりは、もっと上の数字がわれわれの算定には出てくるわけであります。
○辻政信君 そうすると、夫婦けんかの手切れ金と見ていますか。
○政府委員(伊関佑二郎君) けさの新聞にそういうふうな記事が出ておったことは認めますが、これはまあ新聞記事でございます。そういうふうな意味ではございませんで、これは折衝の結果まとままるものだという意味で、幹事長がもし言われたとすれば言ったのだと思っております。
○辻政信君 われわれはベトナムを独立さした。生んでやったと思う。それが大きくなった子供に親が賠償を支払うということはどうなんですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今日までの賠償におきましても、ビルマの独立なり、あるいはインドネシアの独立なり、東南アジアの各国の独立というものが、日本の兵器をもって行なわれた。そうしてある場合にはインドネシアのような、あるいはビルマのような、日本と協力した人たちが政権についたというような事実もあるわけでありまして、そこいらから見まして、日本の力によって独立させたというようなことも考えられるわけでありますが、しかし、やはりそういうふうな戦争状態があったということの事実に対しましては、やはり迷惑が多分にあったわけでありますから、それらのものに対してわれわれは独立を祝福しながらも、それに対するわれわれの責任というものは、ある程度やるべきことが適当であろうと、こう考えております。
○辻政信君 発電所と工業センターの費用。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今回の賠償におきまして、大体三千九百万ドルということで賠償は妥結をいたしたわけであります。これを何に使うかというのは、今日までの賠償交渉におきましても、これはベトナムばかりではございませんで、他の国とやります場合にも、日本が物資でもってこれを供与する、大きな賠償には現金賠償でいたしませんから、従って向う側がどういうものをほしいというか、そういうことを技術委員会みたいなものを作りましてお互いに話し合って、受ける側としては、われわれはこういうものをほしいんだ、日本はそういうものを出す能力があるかというような話し合いをいたします。その際、日本が外貨を特に必要とするような生産物、そういうものは困るということもいっておるわけであります。で、今回の賠償に当たりましても、そういう技術的な専門的な交渉が持たれまして、その中で出てきたものがあそこに書いてあります発電所なり、あるいは工業センターなり、まだずっと順位が「その他」となっておりますけれども、「その他」の中にいろいろ順位をつけて、向こう側のほしいというものに順位がございます。従って第一、第二順位というようなものを一応はあそこに入っており、その第三以下のものはその他としたわけです。現状では一応三千七百万ドルが発電所であって、二百万ドルが工業センター及びその他のものに使っていく。しかし、これは賠償を実施して参りますと、金額も変わってくると思います。また、要求が差し変わってくることも起こってくるかと思っております。
○辻政信君 二百億という税金は、賠償というカテゴリーでは説明できない。経済協力を積み合わせていった数がこうなる。そうなれば、この本質というものは賠償じゃなくて、経済協力とお考えになりませんか、藤山さん。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今日までの賠償におきましても同じようでありますが、むろん、この賠償を通じまして、向こう側に経済的な利益を与える。原状回復にいたしましても、あるいは原状回復よりも将来の発展をやり、原状回復は主としてそれぞれの国がやる。しかし、独立国になりました以上、将来の経済的な発展をする基盤を作りたいというのは、賠償を受ける国の大体の考え方でございます。従って、賠償の内容が経済協力というようなものになると、いわゆる消費物資あるいは現金賠償じゃございませんから、そういうふうなものが多くなってくるということは当然起こってくる現象だと思っております。
○辻政信君 植村さんを特使にされたのはどういう理由ですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私は、二年前の七月に外務大臣に就任いたしたわけであります。当時、賠償交渉の関連を引き受けまして、すでに一年ほど前から植村君が始終あっせんをしておられましたので、九月に至りまして、私としては、従来の経緯を見て賠償に当たることが、いろいろ向こう側の希望等も聞くことが適当だと思いまして、九月に私は特使として、向こう側が当時また二億五千万ドルと言っておったと記憶しておりますが、そんなことではとうてい日本人には応じられないのだという意味において、外務大臣の特使として私は差し出したわけであります。
○辻政信君 私も植村さんを知っておりますが、りっぱな人であります。おそらく自分から求めてなられたんじゃない、政府に頼まれてこの貧乏くじを引かれたはずです。そこには、あなたが経済人であり、植村さんが経済人ですから、この問題は経済的な協力ということが本質であるというその結果が、こうなったんじゃありませんか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん、この賠償にあたりまして、今お話しのように、また私が先ほど御説明申し上げましたように、内容が経済的になりますことは当然でございますが、ただ、賠償というようなこういう交渉にあたりまして、そういう経済的な内容も含んでおりますし、また向こう側の言っております金額等について打診をし、あるいは日本の経済事情ではとうていそういうものは負担できないのだというようなことを説明するのには、むしろ外務省の人などよりも民間のそういう人が行くことが適当だと思いまして、当時すでに植村君は数回ベトナムに行っておられまして、それらの賠償交渉の経緯を知っておられます。従って、私は、九月には一番最適任として植村君を外務大臣特使として差し出したわけであります。
○辻政信君 では、最後に申し上げます。以上の審議を通じて明らかになったことは、外務省がどのように理屈をつけようとも、日本がフランスと交戦した事実はなし。日本側においてはなし。最後まで友好関係であり、損害、それは日本軍のおった時代でなしに、終戦と同時に米軍が入り、重慶軍が入り、そうしてそこにフランスと越南の内乱が起こって、その後の損害の方がはるかに多い。その立証は、最高責任者であるところの土橋軍司令官というものを、ほかの軍司令官はみなやられたが、あれだけは無罪として、かえって優遇されておるという事実から見て、私は日本国民にかわり、また日本の参加した兵隊全部を代表いたしまして、このような解釈は間違っておる、日本人自身が日本人を侮辱しておる、そういう外交交渉はあり得ない。特に、その外交交渉の最後において外務省の役人ではできない、だから経済人を起用して、そうして日本の経済を知った上に、相方の共存をはかるために、植村特使を起用されたという精神は、おそらく外務大臣、胸の中に、これは賠償じゃないのだ、経済協力がほんとうだという気持をお持ちなんでしょう。もし賠償を固執されるならば、バオダイ帝のときに沈船引き揚げ、あれだけしか要求しておりません。二百二十五万ドル、これがベトナム、バオダイ帝時代の賠償要求でありました。それを今度はさらに数十倍するような巨額なものになったということは、何といっても国民は納得できないのであります。 私は、虚心たんかいに藤山さんにお願いしたい。ずいぶんきつい質問をいたしましたが、ほんとうにあなたに敬意を表しております。それは、あなたがきれいな人だ、うそを言わない人だ、その点において私は敬意を表する。一辻のみじゃありません。岸内閣で一番信頼を受けているのは、おそらくあなたでしょう、人間的に見て。そのあなたがこの国会審議で、もうすっかりやせこけている姿を見ると、これ以上追及しないが、どうか大臣は私の信頼、国民の信頼にこたえていただきたいと思います。無理な形式で賠償にしないで、経済協力でおやりなさい。二百億出すことをとめるのじゃないのです。おそらく自民党の皆さんも、ほんとうにこれはわかっていただけると思います。党派を離れてできると……。判こを押したから、やらぬと岸内閣がつぶれるのだ、だから強引にも数で押し通す。その結果がどうなるか。押し通すことが国民の信頼を受けるか、あるいは間違いを卒直に認めて、これは悪かった、出直そうとする態度が国民の信頼を受けるか、これをよくお考え願いたい。党派を離れてほんとうに言います。だから、ここで即答を求めることはいたしません。今晩お帰りになって、私の言ったこと、この国会の審議でやられたことを十分にお考えいただいて、誤りを改めることが国民の信頼をつなぐゆえんであり、しかもこのことが岸内閣の外交方針であり、東南アジアに対して経済協力しようという大方針にも合致する。あと味の悪い賠償問題で国民の税金二百億、しかも勘定のできないようなずさんな基礎に立って出すということは、何といってもいけません。どうか一つ、きょうはお帰りになって、冷静に私の議論をもう一回翫味していただいて、このりっぱな事実の上に立って白紙に返す、それがあなたの信を国民につなぎ、同時に岸内閣の信用を高めるゆえんである。強引に押し切るよりも、はるかに国民はその方が拍手をする。そういうことを結論といたしまして、質問を終わります。
○亀田得治君 ちょっと関連して。これは数のことで大へん大事なことですが、この前、外務大臣はやはり辻委員の質問に答えて、ベトナムとの交渉では、ベトナム側は餓死者の数について百万と言うておるというふうに私は記憶しておるのですが、確かそうだと思うのですが、どうですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ベトナム側はそういうように主張しております。
○亀田得治君 そういたしますと、私は、ベトナムの外務大臣が二十日の記者会見で、餓死者二百万人と、こういうことを言っておる。私は、こういうことは許せないと思うのです。大体餓死者の数が大へん実は問題になっておるわけですね。先方は百万と言う、日本の政府は三十万にそこを押えたのだというようなことを言っているのですが、しかし、日本側の人は一万くらいなものだというふうに言うておる人もたくさんあるわけですね。そこへもってきて、今度は外務大臣が二百万というような、日本との交渉でも言わなかったようなことを放言しておる。私は、こういうところから見ても、この餓死者の数というものは、全くでたらめなことを言っているのじゃないか、こういう感じがするとともに、その点は第三者の判断にまかして、あなたにお願い並びにお尋ねしたいことは、この外交交渉で正式に百万といいながら、外でこういう二百万というような数字を発表して、そうして日本に対する何といいますか、悪い感情、これは必ず持ちます。それが事実だとすれば、二百万もあるのに社会党の諸君がそれはもっと低くせいと言っておるというふうな意味にもとれますから、これは社会党に対する非難にもなるが、しかし、同時にこれは日本政府としても大へんな私は問題だと思う。だから、これは一つ真相を調べて、もしそういう発言をしておる場合には、私は外務大臣からベトナムの政府に対して、はっきりとこれは抗議を申し込んでほしいと思う。あなたの見解を聞いておきたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 本日の電報は、はたしてどの程度に外務大臣の言ったことが正確であるかどうか、私として今申し上げかねます。従いまして、むろん、われわれとしても真相を調べることにいたします。
○委員長(小林英三君) 辻君の質疑は終了いたしました。 次回は二十四日午前十時より委員会を開くことといたしまして、本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十二分散会