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33回国会参議院1959/11/10

文教委員会 第3号

発言数
45
登壇者
4
会派数
1
開催日
1959/11/10

会議録

相馬助治日本社会党

○委員長(相馬助治君) これより文教委員会を開会いたします。  委員の変更について報告します。  十一月六日、栗山良夫君が辞任し、荒木正三郎君が選任されました。   —————————————

相馬助治日本社会党

○委員長(相馬助治君) 本日の委員長及び理事打合会の経過について報告をいたします。  本日は、昭和三十五年度文教関係予算を議題とすることにいたします。  なお、先般委員長一任をもって御決定願っておりました議員の派遣の問題につきましては、十六、十七、十八、十九の四日間にわたり、二班を編成して一班を名古屋、大阪地方、一班を福岡地方に派遣することにあらためて決定をいたしました。  次回木曜日には、最近文部省から出ました教育白書を議題とすることに意見の一致を見ました。  その他の案件については、木曜日の理事打合会において協議することになっております。  以上の通り取り運ぶことに異議ありませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

相馬助治日本社会党

○委員長(相馬助治君) 異議ないと認めます。   —————————————

相馬助治日本社会党

○委員長(相馬助治君) それでは、ただいまより昭和三十五年度文教関係予算を議題といたします。  質疑のある方は順次御発言を願います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 少しお尋ねしますが、この前お尋ねをした技術家庭科の問題です。この技術家庭科を実施をするということについて、教員資格というようなものはどういうふうな状況にあるものか。まあ、すでに御調査もなさっておるようでありますけれども、どんなふうな状況にあるのか。それとまた、これについての対策はどういうふうに考えておられるのか、その点を一つ御教示願いたい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ただいまの技術家庭科の新設に伴う教員をどうするかというお尋ねでございますが、教員につきましては、御承知の通り、三年計画で、全部の中学校における技術家雄科担当の教員を再教育いたしておるわけでございます。特に、現在までのところ、職業家庭科で行なっておりますので、その職業家庭科が、昭和三十年度の改正によりまして、工的なものが相当中心になって参りました。そこで、このたびの改訂では、さらにこれを徹底いたしたわけでございます。従って、従来の職業家庭科の先生が技術家庭科を担当していただく、こういう前提に立って再教育を三年計画で実施し、本年度第一年を終わったわけでございます。で、今後、三十五、六と二ヵ年にわたって再教育を全員にわたって徹底する考えでございます。この場合に、この講習会を受けた方々は、免許状切りかえに当たっては格段の配慮をする考えでおります。そこで、現実に三十七年からこれが実施されますから、教員の画では一応それで片がつくと思っておりますが、問題は、教員養成の問題にあろうかと思います。教員養成につきまして、職業家庭科を従来担当しておった方々でございますので、職業家庭科に次いで、今度の技術家庭科が行なえるようなふうの内容の改善をはかっておるわけでございます。いずれ技術家庭科という新しい免許状が出るようになると思いますので、そのころになりましては明確にその点が処理されるものと期待いたしております。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私の聞いているのは、まあ今お話しのような三カ年計画で実施をしているということは承知をしているわけですが、一体、今の職業家庭科の教員の中で、工業とか、商業とか、そういう面の専門の者というものは一体どのくらいあるものなのか。職業家庭科といっても、事実上農業を専攻しているという者が大部分なので、工業、商業についてはほとんどパーセントが低いというふうに、すでに調査をされているように思うのですが、そこはどういうふうになっているのですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 職業家庭科と申しますのは、それは農、工、商、水産、家庭、一通りこれ全部やる建前になっておるわけであります。だからこの場合に、どこかに車攻が置いてあるわけであります。その専攻の置き方が、農のものが多いという点は御指摘の通りでございまして、商業がそれに次いで、工業の関係は非常に少ない。これはお話しの通りでございます。しかしいずれにいたしましても、この再教育の期簡に、十分に今度の技術家庭科ができるように、特に家庭科については、女子の先生が従来から家庭を担当しておりますので、あまり問題はないと思いますが、御指摘の点は技術科の問題だろうと思いますが、技術科につきましては、相当長期にわたって特別の技術講習をいたしておりますので、今度技術家庭科が発足をいたしましても、支障のないようにいたしたい、かように考えておるわけでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 これは文部省がすでに調査をされて発表されたところですが、まあ工業を専門として免許状を持っている者が八%しかない。で、農業が約三〇%だということで、まあ商業がそれに次いで、工業が八%しかない、実際には。あなたは十分講習をやるというお話だけれども、現実には一週間でしょう、その、そういう方の現職教育は。そのほかに内地留学という制度もあるようだけれども、これはほんのわずかであるので、大体一週間くらいの現職教育をやって、一体技術家庭科の、特に技術の面のものが、農業を専攻していた者がそういうものを十分こなせるだけの一体現職教育ができるものなのかどうか。そういう点については、十分担当でき得るようなことを考えているというお話だけれども、むしろ不十分なんだということを意識をされながら、やむを得ずやられているのじゃないですか。その点はどうなんですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 何か技術家庭科が全然新しくできたというふうにお考えになれば、私その通りだと思うのです。しかし、職業家庭科というものが終戦後発足をいたしましてから、その当時から、農、工、商、水産、家庭と、一通り全部を子供も履修しなきゃならぬし、先生方にも教えていただかなきゃならぬ、こういう建前にいたしまして、昭和三十年度の改正で、その点は工が相当中心になって、農や、商がくっついておった。ですから、今度の改正ではさらにこれを一歩進めて工的なものがもっと中心になった、こういういきさつでございますので、従来から工作等についてもやっておったわけなんであります。ですから、全然やっていないのだ、こういうふうにお考えになるのは、私は行き過ぎではなかろうかと思う。ですから、従来からやっておったのを、さらに精選した——御指摘のように、農の免許状を持った者が多いことも事実ですけれども、この十年の間に相当職業家庭科の、工を中心にした職業家庭科をやっていただいたわけであります。ですから、今度の改正については、そう御無理ではないのではなかろうか、かように考えて、男子については十五日間、女子については五日間の講習を実施しておるわけでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 従前、その職業家庭科という名前のもとにいろいろな工業、商業の内容を持ったものをやっておったのも事実です。しかし、同時に選択教科が相当あって、その力の中心にそういう人たちが、そういう大体職業家庭科で、なおかつ、選択教科としては農業を学校としては実施をしている。そういう形の中で職業家庭科が実施され、また選択教科が実施をされていたわけです。今度の場合には、技術家庭科という名前で、従前選択教科に四敵すべきような内容を持ったようなものをも技術科の中に相当取り入れられておることも事実です。従って、従来のような職業家庭科の能力を持っておる先生で、新しい技術科の学習指導要領に基づいて実施されることは非常に困難だということは、現在いろいろ出ている学習指導要領に基づいて研究をしている人たちの声としても出ているわけです。そういう面で、少なくも技術家庭科を置いて、これを十分に実施をして科学技術の伸展をはかろうということならば、まず母体である教員そのものの中からそういうものをしっかり作っていくということが非常に必要だ。それを十五日程度の講習で、しかも、今度のような技術科を持たせていくということは、非常に教員養成の面からいっても困難だということを、これはほとんど常識としていわれているわけです。私がお聞きをしたいのは、一体こういう教員の資格の状態の中で、設備についても非常に程度の低い設備をほとんど持っていたり、持っていなかったり、この前のお話だと、あなたは大へん大きなお話で、予算の裏づけを持った基準を作って、その基準を完全に実施をしていくというお話だったけれども、それも考えておるのは五十万円ということである。二百万で最低だといわれておるのに比べれば四分の一だ。こういう状況の中で技術家庭科を実施した場合に、一体どういうところに問題が起こるというふうに考えておられるのか、一体どういうふうに考えておられるのですか、その点を一つお聞かせ願いたい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 何か松永委員のお尋ね伺っておりますと、今の職業家庭科が非常にうまくいっているような前提のように聞こえるのですが、現在の職業家庭科というものも非常に困っているわけです。農、工、商、水産課程、一通りこれを上級学校にいくものにもやらせるし、就職するものにもやらせる。そのほかに御指摘のような農なり、工なり、商なりの選択教科があるわけです。必修教科として一体、農、工、商、水産課程、一通りやらせるということが教育的に意義があるかという点が一つと、それから、子供たちにやらせることが教育的に非常に価値があるかということだけでなしに、教員養成の面から考えても、農、工、商、水産課程のみんなできるような先生がなかなか得がたい、そこでこれを昭和三十年度の改正で、できるだけ工的なものが中心に、それに農なり商という課程が若干くっついてきたわけです。ところが、これでもなおかつ、教員養成の面でも困るし、子供の学習の上からいっても問題になるというので、さらにこれを徹底していった。こういうふうに経過的にはお考えいただきたいのです。ですから、初めから工業があったわけなのです。これが何か全然なかったというふうにお考えになるのが間違いの一つです。初めから、三十年度の改正でこれがだんだん濃化してきて、今度の改正でそれをさらに一歩進めた。今度の改正でも農業的なものが若干あるわけです。栽培的なもの、あるいは農業の場合にも、このごろの農業は非常に電化しておりますので、トラクターにいたしましても、あるいは耕耘機にいたしましても、電気なり機械を扱うのは当然なんです。ですから、農の人は電気や機械が扱えないというわけじゃない。そういう点からだんだんこれが発展してきた、こういうふうに御理解していただければ、前よりもまあよりよくなったというふうに私どもは考えておるわけです。ですから、それに即応して設備の足らぬ点は、今後設備を充実するし、教員養成の面で不自由な点があればそれも直していこう。こういうことでございまして、今の職業家庭科をさらにやりよくし、学習効果を上げようというところにねらいがあるわけなんです。この点を一つ御了承をいただきたいと思う。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私の聞いたのは、そういうことを聞いているのじゃないのですよ。職業家庭科というものが問題があって、これを直していかなければいけないということについて、別に僕は否定しているわけじゃない。しかし、それを直す直し方というものについて、また技術家庭科というような名前で、そういう方向に直していくということについても、またこれは時代の趨勢であるということについて、そこまで否定をしているわけじゃない。ただしかし、問題は、技術家庭科という、初めは技術科と、こういっておったものが、技術家庭科ということになったにしても、その技術科というのは相当重要な点を工業部面に置いてきたことは事実なんでしょう。そうしてそれは、従前の職業家庭科を取り扱ってきた教師では不足な点が十分に感知されるので、あなた方の現職教育をやられるということも事実なんでしょう。そこで、私たちは現在出ている学習指導要領に基づく技術の、電気であるとか、機械であるとか、あるいは製図というような面を考えてみたときに、相当やはり高度というか、相当な能力を必要とするし、また設備を必要とするというような方向に変えられた。しかも変えられたものが、前から指摘をしているように、それが単に実験実習というようなものについて随意にそれを実施するということでなくて、明確に一つの拘束をもって実施をするように指導要領に明記されているというようなことを考えてみたときに、従前のような職業家庭科、そうしてまた、しかもその中における学習指導要領の考え方というもので取り扱ったのでないいわゆるその技術家庭科が取り扱うというものが出てきているということを私は言っているわけです。そうなってきた場合に、現在のような教員の構成と、そうしてまた設備の中で、こういうものをいわゆる学習指導要領をそのまま実施をさせることを強要していくというような形になってきたときに、どういう点が弊害が出てくるということを考えて、あらかじめそういう点について用意をされているのか、用意あってしかるべきだと思うわけなんです。そういう点について、前よりよくなったのだというただ言い方で、一体世の中の人はいっているでしょうか、前より非常によくなってけっこうなことだということを、すべての報道機関やなんかが、雑誌がいっているのではなくて、これではやれないではないかという声の方が多いわけです。現にあなたたちの考え方に全く賛成をしているような部類の人たちの中でも、この現在の状態の中では非常にむずかしいので、こういう点について特に努力をしなければできないということをいわれているときに、あなた方としてもその効能書きを盛んに述べるだけじゃなくて、こういう点について、こういう点を特に注意していかなければできないと考えている点があるということくらいははっきり言えると思う。そういう点をどう考えているかということを聞いている。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ですから、私どもとしては、設備を充実したい、それから同時に教育の資質を向上して、技術家庭科を十分担当できるようにいたしたいという点で、一つは技術家庭科の設備の充実に対する予算を要求し、一つは教員を再教育をいたして三十七年度には間に合うようにいたして参りたい、そのために必要な手引書も出しておりますし、手引書によって講習も行なっているわけでございます。何とか間に合うようにいたしたい、かように考えておるわけでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 設備を充実させて足らないけれども、まあ教育をやってそれでやっていこうという考え方なんですか、今のお話ではですね。ところが、実際にはわれわれが考える一つの点として、こういうふうな相当な技術を必要とするような教科内容を持っているものを技能のない者、能力のない者が取り扱ってきた場合に、どういう結果になるというふうに考えておられますか。たとえば製図とかそういうものについての深い知能とか、あるいは教養とか技能もないというものが製図を無理に取り扱ってきた場合に、それはどういう教育が行なわれてくるであろうということについては考えておられるのかどうか。  それからまた現在定員が非常に少ない。今までとは違っていろいろの機械を使って、旋盤等を使って、いろいろの実施をされてくるという場合に、定員は五十名をこえている生徒に一人の教師が、工業学校とは違って非常に数の多いものが、しかも非常な危険の作業をやらなければいけないということになってくるわけです。そうなってきた場合に、一体管理はどういうふうになるのか、そういう管理の、いわゆるいろいろけがをしたり、何かするとか、道具の管理とか、そういう面について非常な困難が出てくるということについてはどう考えているか。それじゃ、現実に工業学校のような助手があるのかどうか、実習助手も一人もいないのに、一人の教員がたくさんの人数のものの準備をして、しかも非常な困難な実習の中で機械操作をやって仕事をやっていくという結果になってきた場合に、一体そういう点はどうやって切り抜けていけばいいのか。こういう点についてどう考えておられるのか、この二つのことについて具体的に一つあなたのお考えを聞かしてほしい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 教員の能力がないのに教育をしたらどういう結果があるか、これはあらゆる教科についていえると思うのです。能力のない先生に教わったら非常に教育は低下すると思っておりますし、ある場合には有害でもあろうと思います。それだからこそ私どもは三カ年の移行措置によって再教育をしっかりして、素質を向上していきたい、こういうことでやっております。二週間が少ないとおっしゃれば、実際やってみて少なければ、これはさらにふやしていかなければならぬと思いますけれども、今のところ、大体二週間である程度の目的を達しているように私ども聞いておるのでございます。このためには準備がしっかりしなければなりませんが、指導書も手引書も渡しておりますし、それに必要な教材、教具も、実験道具も作って、準備が十分にあれば十数日、二週間程度である程度の成果は上げ得るということを、私ども実際本年度の講習会の結果から判断できるのでございます。もし、それがどうしても不十分でございますれば、さらに第二次の計画をしなければならぬかと考えておるわけであります。  その次にお尋ねの、定員の関係をどう考えるかというお話でございますが、これも今何かどうもお話を承っていると、従来はこういうふうにやっていなかったというふうのお話のようですが、従来も工業が中心なんです。昭和三十年の改正は工が中心になって、農や商がくっついているわけなんです。ですから、それをさらにもう少し工的のものが入った、商と農が減ったということなんです。これは決してその程度をそう高めるという趣旨ではございませんので、決してこれは工業学校のような産業人の育成とか職工を作るというような意味でなくて、家庭生活においても、あるいは社会生活におきましても、非常に電気や機械、近代技術が進んでおりますので、ある程度の心がまえを知っておく、いわゆる普通教育としてこの技術家庭科を考えておるのでございますから、非常に高いところをねらっているのではございません。そういう意味から、あそこの技術家庭科に書かれておるところの実習例をごらん下されば、これがそんなに高いものをねらっているのでないということが御理解いただけると思うのです。こういう趣旨から、私どもは従来の線からそう定員をふやさなければならぬとも考えていないのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 あなたは盛んに従来のものとは非常に変わりがない変わりがないというお話があるのですが、変わりがなければ、何も新たに名まで変えて、あなたの方では技術科というものを作ろうとしたのですから、職業科などというものではなくて、技術面について相当充実をはかろうとして、指導要領を作って相当宣伝して、技術科というものを作ったわけです。新たに教員養成のところの、今までの課程よりも教員養成の教職課程を、いろいろな改正を、ずいぶんたくさん教科として新たに加えられる努力をあなたの方でやっておられるじゃないですか。教員養成の改正によって、今までは職業家庭科では養成を必要としないものについて、ずいぶん改めているのじゃありませんか。そんな変なことは通用しない。たとえば職業については、「産業概説、職業指導「農業、工業、商業、水産」あるいは「農業実習、工業実習、商業実習、水産実習、商船実習」」こうなっておったものを、「設計及び製図、木材加工及び金属加工、それから、農業(栽培に関する科目とし、実習を含む。)、工業(機械及び電気に関する科目とし、実習を含む。)」、「産業概説、職業指導云々」そういうふうな工合に、ずっとあなたの方では、教員養成の面で免許法の施行の規則を改めているじゃありませんか。従前と変わりのないようなものではなくて、従前と変わりをもってやるというためにこういうことをやられている。そんな変わりがない交わりがないなどというようなことでは、何のためにこういう技術科を置いたかわからない。非常に変わりがある。変わりがある中で、もしもそういう点についてたった二週間程度の話を聞いて、しかも二週間で講習を受けた人たちの話はどういう話であるか。今まで教室の中で、知能指数の低い者が教室の中で教師の話を聞いて、ぼんやりしていたという、いかにそれが苦痛であったかということが、やっぱり自分がこういう講習を受けてみると、農業を専門にしていた人たちが工業やそういう話を聞いてもチンプンカンプンで何にも話がわからない。だから、そういう講習を受ける苦しみというものを身近に感じたということを告白されている人も多い。単なる十五日ぐらいの現職教育でそういうものが、知能が、技術が修得されたり、あるいはそういう教養が高められて、これが完全に実施をされる状況の内容では実はないわけです。それだから、特にいろいろな面で充実をはかっているわけだと私たちは思う。そこでこういうふうな、前と違ったこういう技術のようなものを、そういうことの能力が非常に低い者にやった場合には、結局形式的なことしかやれないということになるわけです。製図の授業のときに線を引かせたり、基礎的なことを何回も何回もただやらせるという結果になってくるわけです。しかも管理が非常に困難になってくるので、結果的にはそういうことを、しまいはそうやらなくなってしまうという結果になってくるのではないかというふうに私たちは思う。あなたのおっしゃるようなことではなくて、しかも設備されている道具は、五十人一組を一そろえの道具でも、まあまあというのは二百万かかるというのを、五十万でやっていけば、生徒が使っているうちにのこぎりも何もすりへったり折れたりしてしまって、それを一々修理しながら子供たちの実習のめんどうを見るということは、とてもできないという結果になってきてしまって、結果的にはきめられた学習指導要領も実は実施できないという結果になるのではないかと思う。そこで私たちは、それじゃどういうふうに考えているかといえば、少なくもこういうふうな教員構成の中で、しかもこれだけの設備の中で実施をしていこうとするならば、考え方としては、方向としては正しいとしても、こういうものをそのまま、要するに押しつけていくのではなくて、その地域の実情とか、その学校における教師の能力というようなものを含めて、いわゆる地域に応じ、その教師に応じた教育課程というものを作らせていくということ、その教育課程を指導していくという形の中で技術家庭科の目的を達成していくという方が、むしろ私たちは具体的な、実際的ないわゆる指導ができるというふうに考える。そういう中でこういう学習指導要領をそのまま押しつけていくという、こういう考え方につまり誤りがある。技術家庭科の技術というものの向上を全然必要としないというのではなくて、こういう中で一体こういうことを実施をしていった場合に、どういう結果が生まれてくるかということになれば、われわれはむしろこの技術家庭科の目的とするところを達成できないのではないか、むしろその地域とその実情に即した教育課程を各学校において編成をさせて、それを指導し、助言をしていくということの中から徐々に目的を達成していく方がいいというふうに私たちは考えるわけです。そこで私たちはやはり、この前に返って、こういう学習指導要領を一方的に作って押しつけていくという、こういう中から実は技術家庭科はくずれていってしまうのだというように考えるのですが、こういう点についてはちっとも矛盾をお感じにならないのですか、どうでしょうか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 今日までの職業家庭科の学習形態を見まして、ますますこれを改善充実していこうというのが私どものねらいでございまして、前からも職業家庭科がございまして、それが昭和三十年度に改正いたしましたのもそういう趣旨で、だんだんと発展してきたわけです。その成果をさらに今度取り入れて新しい方向へ持っていくので、決して押しつけでも何でもないので、前と変わってない。前の教育課程も同じようでございましたし、今度も学習教育課程の基準としてお示ししたわけなんです。ですから、この基準について、それぞれの地域の実情に合うように、また先生方の創意工夫を働かしていただくということも、前と変わっていないのでございます。ですから、方向が工的なものにだんだんと集中してきたということはいえると思うのでありますが、私どもはこれによって程度を非常に高めて工業学校のようにしようという考えは毛頭ないのでございます。そこで、それに必要な設備をも、現在相当整備されているものもありますから、現有勢力も見て、大体五十万程度でまかなえるのではなかろうかと考えておるのでございます。それから教員養成の再教育にいたしましても、今度は実技講習が中心でございまして、決して——眠くてどうこうというお話もありましたけれども、実技でございますから、全部実技に集中したわけです。ですから、そういう講義でごまかしたというようなことは私、聞いていないのでございます。こういう点で、できるだけ技術家庭科の目的が達成するように今せっかく努力をいたしておるわけでございます。決して私どもはこれによって各地域の実情を無視していこうというような意思は毛頭ないのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 従前の学習指導要領なら今あなたのおっしゃったようなことができると思うのです。ところが、今度の学習指導要領ではそういうことができない。きめられたことについてはその通り、教育課程のここに出ているものはそのまま組んでいかなければできない、これを抜かすわけにいかない。今までは、たとえば実習、実験は一回、二回することが望ましいと書かれていたものが、今度は、何回、どういうふうにこれこれをやれと、こう書いてある。必ず教育課程の中にこれを落とすわけにいかない。今まで一つの試案だから、つまり準則なんだから、これができないと思ったら——このところの教室では、この学校ではこの準備はないから、全然設備がないから、これはやめてほかのものをやろうとすることはできたけれども、今度は、これとこれとやりなさいと書いてあるのだから、やらなければできないと甘いてあるし、これは最低のものだから、やれといっておるのだから抜かすことは実はできない。あなたのおっしゃるようなことは、そういうことは前の学習指導要領ならできた。地域の事情に応じて、能力に応じ、あるいは設備に応じてそれを取りかえていくということができた、今度はそれができない、そこに問題があると私たちは言っておるのです。あなたの説明は前の学習指導要領の……言うときには前の学習指導要領の言い方をしながら、出してくるものは、そのままやっていくのだ、最低の基準だ、こういっておるのです。こういうところに結局、私たちは実際の教育課程の実施に当たって各方画からいろいろな非難が起きておるところがあるのです。一番そういうのが露骨に出てきておるわけです。そういうことを私は取り上げておるのです。従前の理科という——理科の設備についても実はいろいろお尋ねしたいことがあるのですけれども、理科については、従前行なわれたものが、それがいろいろな形で変えられる中でやっていかれたということだから、まあ問題としても特に私は取り上げなかったのだが、職業家庭科という形でやっておるのではなくて、全然新しい教科を生み出して、新しくと言いながら、とにかく名前の上で変わったものを打ち出しておる、現状ではやはりそういうことになる。あなたは何か、決して無理をしておるのではなくて、地域の実情に応じて、その教育課程を組んでいくのだと、こう言うけれども、教育課程の中に含まれる基準というものが、内容というものが規定されておるので、それを抜き差しすることができないというところに問題がある。こういうことについてはもっと今後やはり改めていくべきものだと、私たちは考えるのです。もう少しもっと具体的なものをまた一つ提示をして、これは無理だということを申し上げたいと思うのです。  そこで私はこれに関連して、この、あなたの方で教育職員免許法施行規則の一部を改正する省令を出された。新たに道徳が実施をされ、あるいは技術家庭科が実施をされていくということから、教育職員免許法の施行規則を改める省令を出したわけです。そこで、その施行規則の改正の中で、待に第一条の中に、道徳というものを実施をするという関係から倫理、哲学または出教に関する科目のいずれか一の科目の二単位を、必ず人文科学に関する科目の中に含めなければできないということをいっておるわけです。これは別として、一体日本国憲法の単位については、他の社会科学に関する科目の単位をもってこれにかえることができるというふうに改めたわけです。で、私たちは、道徳というものが全教科の中で実施をされていくものであり、特に教科としての道徳というものを置かない以上、従前のいわゆる免許法の履修する単位でこれを特に改正をしていく必要はないというふうにわれわれは考えるわけなんだが、まあこれをかりに、新たに道徳というものが出たんだからということで、それを入れていくということについては考えているようでありますが、この教職課程の中で道徳教育の研究を新たに設けていくということについては、ある程度私は認められるとしても、一体、履修教科の中を改めていくということが必要であるかどうかということについては相当疑問を持つわけです。それよりも何より、今まで必修と考えていた憲法を、一体どういうわけでこの憲法の二単位というものを他の社会科学に関する科目の単位をもってこれにかえることができるというふうに変えたのか、その理由というものを一つお開かせをいただきたいと思うのです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ちょっと、教員免許状の前に、先ほどお尋ねの、前の指導要領ですと、何か随意にできるというようなお考えのようでしたけれども、職業課程の改正をごらんいただけますればおわかりでありますように、三十年度の改正でも工業はこれだけの単位をやれ、農業はこれだけの単位をやれ、商業はこれだけというふうな必修の点がはっきり明示されております。決して何かそこが勝手に随意にできるという趣旨ではなかったわけであります。ですから、その点を今度さらに工的なものに重点を置いている、こういう点が変わっておるのでございまして、前は自由にできた、今度は拘束だ、こういう点は前の場合も拘束性を持っておったわけであります。だから、それを基準に教科書を検定したわけでございます。特に職業課程については、今申し上げましたように、農、工、商、水産課程の場合、どれだけの単位をとるかということは、これは義務づけられておるわけであります。この点は一つ御了解いただきたいと思います。  それから、教員免許については大学局の方から……。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 その前に、あなたの今おっしゃったのは、私の言っておるのは、農業や、工業が中に入っていたのだから、それをやらなくてもいいということじゃないというお話はその通りなんです。そういうことではなくて、この前のいわゆる教科の中で学習すべき内容というものについては、これは一つの準則であるのだから、その地域の実情に即してそれをかえていくことができるようになっていたということを言っておるわけです。ところが今度あなたの方は、学習指導要領は最低の法的な基準なんだから、これをかえたり、変更させることはできないと、こう言っているでしょう。それだから教科の教える内容について変更できないということを私は言っているのであって、農業に関係した、工業に関係したことを全然前にやらなくてもよかったということを言っておるのじゃない。工業、農業に関係した教科の内容として取り扱うべきものについてはそれを必ずやらなければいけない。やらなければいけないのだという、そういう形で教科の場合には教えられておったのではないということを言っておる。私の言っておるのは、農業や、工業や、そういう内容を全然やらなくてもいいということを言っておるのじゃありません。私の言っておるのはその教科の指導すべき内容というものが、今度はどうしてもやらなければいけないというふうに規定されておるが、従前においてはそれが一つの準則だから、その教育課程を編成するときに、それを変更したり、あるいは一部をやめたり、加えたりすることができたわけです。今度はこの学習指導要領にある科目を、それを抜いてはならないということになっておるのだから、そういうわけにはいかないと私は言っておるわけです。またあとでお話を聞きましょう。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) ただいま教育職員免許法施行規則の一部を改正する省令の中におきましてその策一条の改正の中で一般教育におきまして、日本国憲法の必修を改正をして、必修でなくしたというような趣旨の御質問のように伺ったのでございますが、今度の改正におきまして、別に日本国憲法の二単位につきまして必修でなくしたということはございません。この改正の第一条の表の中で、備考一、二とございまして、二の方をごらんいただきますと、日本国憲法の単位は、その教科に関する専門科目において日本国憲法の単位を修得したものはそれでもってかえることができる、こういうことでございます。一般教科に関します日本国憲法の二単位必修ということをかえたのじゃございません。専門科目の方をとったものについてはそれでかえることができる、こういう規定でございますから……。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 あなたの説明では私わかりません。これはここにちゃんと書かれているように、「普通免許状の授与を受ける場合の一般教育科目の単位の修得方法は、次の表の定めるところによる。」ということになって、小中学校の一級の免許状については、人文科学について最低修得単位が十二である。それで自然科学に関する科目が十二であり、社会科学に関する科目が十二だと、その十二の中には、日本国憲法の二単位を含むというふうに書いてある。そういうふうに書かれてある。ところが、新たに今度は備考をつけて、「日本国憲法の単位の場合にあっては他の社会科学に関する科目の単位をもって、これに替えることができる。」というふうに書いてあるわけです。だから、この施行規則によれば、日本国憲法の二単位は社会科学において必ずしも必修することは必要としないと、やってもいいけれども、また他の社会科学に関する科目でこの日本国憲法の二単位をかえてもいいというふうに備考も設けて作ったわけです。で、今までの人文科学に関する科目の十二の単位の中で今度は新たに道徳を置いたからということで「人文科学に関する科目の最低修得単位数には、倫理学、転学又は宗教に関する科目のいずれか一の科目の二単位を含むものとする。」といって規定をしたわけです。だから、かりにこういう一体一般教育科目の単位の中の人文科学に関する科目までワクをつけるということについてよしあしということもあるわけです。けれども、道徳の時間を特設したからといって、今度は日本国憲法の二単位を社会科学に関する科目の中で、必修であったものを随意とするということ、他のものでかえてもいいということを備考で作るのは一体どこに理屈があるかということを私は聞いておるわけです。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) 今お話申し上げましたのは、ここの備考の二をごらんいただきますと、専門科目の「日本国憲法の単位を修得した者については、」とございまして、専門科目におきまして、日本国憲法の二単位を修得したものについては、その一般教育における日本国憲法の二学位は社会科学の他の二科目でかえることができると、こういうことでございまして、実質的にはその日本国急法の二単位というものは必ずとらなければならないということになるのであります。一般教育であるか、あるいは専門教育であるか、いずれかにおいて日本国憲法の二単位は必ずとらなければならない。その意味におきまして必修という実質は変わっておらない。しかし、中門教育におきまして、日本国憲法の二単位をとった者は、その者については一般教育における三単位というものは他の社会科学でかえることができる。これは備考でございますから、これは前から問題になった点を、この機会に改正したということでございます。専門教科において日本国憲法がとれれば必ずしも一般教育で同じ人が一単位をとらなくてもいいのじゃないか、こういう趣旨でございます。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 先ほど学習指導要領の基準性についてお尋ねがございましたが、この機会に私は誤解があると思いますので、明確にしておきたいと思います。私どもは学習指導要領の基準性は、従来も今度の改正も同じなんでございます。ただ、従来の指導要領は御承知の通り、名教科がこんなに厚い三、三百ページのものであります。この中には指導法と教授法までみんな入っておる。これはいわゆる参考の部分、基準——教育の目標とか内容に関するようなものは、前からの基準、これによって教科書の検定をしたわけです。ですから、参考となるべき部分と基準性の部分が一緒になっておる。それで今度は参考書のようなもの、いわゆる手引書に類するもの、教授法に類するものは全部はずして、これは別の指導書で出した。ですから、基準性の教育の目標と内容、その取り扱いに関する部分だけをえり抜いてこれを小学校、中学校、各二百ページくらいに圧縮したわけです。非常に狭めたわけです。ですから、この点は従来からも基準性を持っておったわけです。従来のものは、むしろ参考書、手引書までが基準性の中に入ってしまったので、これは行き過ぎではなかろうかというので、これを分けたのでございますので、この点を誤解のないようにしていただきたいと思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 その点はあなたの言うことの方がむしろ詭弁なんであって今までは、あなたの今まで分けた基準だとか、あるいはそれよりも参考の部類に属するというふうなものを含めて、そういうものも含めて重要ないわゆる内容について、準則的な一つの内容を盛ったものを出されたわけです。それを結局地方の実情なり、あるいは教師の考え方によって、その中で、それをもとにして、つまり変更しておったわけなんです。ところが、今度あなたのおっしゃるのは、その中には参考もあったから、基準もあったから、これは分けてこれを告示にして基準にしたんだと言うけれども、それならば、この告示をした基準については、それをそのままやらなければできんということになっているわけですから、結局さっき話した通り、能力と、それから設備というものがないのに、それを基準だと言って、それを押しつけていくということになれば、そうなれば抜き差しならないことになって、結局弊害が出てくるのではないか、それよりも、あなたが今までお話しになった基準と参考という意味を含めた従前の内容を盛ったものを一つの準則として取り扱って、この中で自由にというよりも、これを取捨選択をしてやっていくという従来のやり方の方が、技術家庭科のような、こういうような問題について、特に教科全部についてもそうであるけれども、そのやり方の方がいいというふうに私は言っている。だから、私は別にあなたの間違った言い方を私が理解をしているわけじゃないのです。だから、もし今までの指導要領の中で、根幹のものが国の基準的なものを含んでいたから、それを区分けして私たちは分けたわけですとおっしゃるなら、その国の基準としての抜き差しならないものをやらなければできないようにすれば、やることのできないような状態においてこの基準をきめていくという、この考え方はおかしいのではないかということを言っているわけなんです、私は……。今度きめたのはどうしてもやらなければできない。この前のように、この中でこちらを捨ててこちらを取るということができない状況の中で、基準をおかれているのだから、その基準をきめる以上は、それが実施できるいわゆる教員養成と、教員、設備というものをもってやっていくのでなければ、今度はこれはできませんというようなことはできなくなっておる状況の中で、そういうことをやらせようとしているのは無理があるのではないかということを言っているのです。

相馬助治日本社会党

○委員長(相馬助治君) そのことに関してですが、今の内藤局長の答弁ですね、松永委員の質問に対する……。故意ではないけれども、やはり私は答弁が食い違っているように考えるのです。で、それはどちらも議論が間違っているというのではなくて、松永君の指摘していることは、こういうことだというふうに思うのです。従前学習指導要領というものは、部厚い冊子で、そうしてその現場に、あるいはまた教育委員会のような指導機関におろして、それによって各地域、あるいはその地域社会における現実に即して指導が行なわれている。ところが今度文部省は、ちょっと言葉を誇張すれば、革命的に学習指導基準というものを官報で告示して縛った。これは初めてのことなんですね。官報で告示して縛った。そうすると、松永さんの言っていることは、その縛ったことがいい悪いといっているのではないんですね。そういうふうに官報で告示して厳粛に規定したのだから、それに見合うところの教員組織なり、あるいは教員の再教育なりが必要なんじゃないかと、こういう前提で尋ねているように思うのですね。一つそういう角度で御答弁願えば議事が進行されるのではないかと思うのです。松永さん、こういう意味なんだろう。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) それで、従来の指導要領は、ここに教育の目標と内容とその取り扱いのほかに指導法まで入っておった、いわゆる手引書の類まで入っておった。そこで手引書とか、参考書は基準性になるものではなくて、ほんとうにこれは参考に出すべきものじゃなかろうか、両方とも法律の体系の上では国の基準になっておるわけなんです。ですから、これを基礎にして教科書の検定が行なわれている。教育の内容がそんなに違ってしまったら、私は転学はできないだろうし、また入学試験もできないだろうと思う。ですから、一つの基準というものをきめなければならぬ。そこで、この基準をきめる場合に、できるだけ教育の目標と内容とその取り扱いだけにしぼる、そうして残っている参考書に類するような手引書、指導法に関するものは、別の指導書として文部省はこれはほんとうの意味で参考に出したい。従来の行き方ですと、手引書や参考書の類まで基準ではなかろうかというふうに誤解を受けたからこれを切り離したいという趣旨で、ほんとうの意味の基準であるのは教育の目標と内容とその取り扱い、これは従来もその通りで、これを勝手に抜き差しされては子供はおそらく転校しても因ってしまうし、入学試験も受からないと思う。そういうようなことでは困るので、この基準は従前と少しも変わらないのだというのが私どもの考え方なのであります。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それは、あなたが言っているのは私たち違っているというのです。目的、内容、取り扱いを基準にして、あと手引君とか、あるいは参考書の部類まで入れておったというものを省いたのだとおっしゃるけれども、取り扱いそのものについても変えてきたといっているわけなんです。たとえば家庭科については実験、実習を何年に何時間から何時間くらいやるのが望ましいというふうにいわれていたものを、何時間やらなければできないというふうに変えられた。だから、その取り扱いとか内容というものまで規定をしてきたわけなんです。その取り扱い、内容というものの中であなた方の取捨選択をして、これは基準だ基準だといって取り上げてきたわけです。だから、今までの中の内容そのものが、この前あった内容や目的や取り扱いをそのまま引き抜いていって、これを基準にしたというものではないのです、これは。それで今省いたのは単なる参考とか、手引書の内容ばかりを別にしたのだというのではなくて、その中の目的、内容、取り扱いについて変更を加えるというよりも抽出をするような形で基準書を作ってきていることは事実なんです。それを今度は拘束力ありとして強制してくるから、従ってそれを強制するならば、今までのように望ましいとか、あるいは取り扱うことがよいとかいう程度のことではないのだから、そこでそれをそのまま取り扱えるだけの設備と陣容なりを整えてやらない限りは、これを無理にやれば、結果的にはもっと今までのようにばく然たる準則としての中から取り扱えなかったのとは別な弊害が出てくるということを言っているし、そういう無責任なことをやるべきではないということを私は言っている。だから、そういうことについてはあなたの言っていることと実は違うのです。だから、具体的にむしろそういう材料を指摘をしてやるべきではないというのです。  そこで私は今の話なんですが、免許法の話なんです。この専門教科としてのものについてのそういう備考を設けたということなんですが、そういう場合にしても従前の、つまり教科のその単位というものよりも少なくなったことはこれは事実だと思うのです。「教科に関する専門科目の倫理学、哲学若しくは宗教に関する科目又は日本国憲法の単位を修得した者については、」と、こういうことが出ているわけだから、従前よりも少なくなったことはこれは事実だと思う。どういうわけで、私は倫理、哲学、宗教に関するということについて、これを道徳が出てきたからということで入れるということについては、幾分まあ考え方として考えはあるとしても、この際に日本国憲法について、こういうものを取り上げていく必要は私はないと思うのだが、どういう理由でこれを入れたかということを言っているわけです。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) ちょっと私の説明が十分でなかったかもしれませんが、御指摘のように、一般教育は人文、社会、自然の三系列に分かれまして、それぞれ十二単位ずつ、あるいは六単位ずっとるようになっております。その中で一般教育の社会科学の十二単位あるいは六単位の中で、二単位は日本国憲法を必修しなければならぬ、こういうふうな規定でございます。一般教育についての規定、今度第一条の表のうちに備考をつけました。備考の二でありますが、この二の趣旨は今申し上げた通りでございますけれども、その一般教育で日本国憲法の単位をとらなければならない、この規定ほこのまま残りますけれども、もし同じ学生で専門教科の方で日本国憲法三単位をとった者は、その一般教育の方の十二単位のうちの二単位、日本国憲法に与えられた二単位は、これはたとえば民法なら民法でとってもいい、こういう規定なんでございます。一般教育の三十六単位あるいは十八単位というのは変わっていないわけであります。これだけとらなければならぬという免許状の資格要件としての単位、これは単位としては変わっておりません。その中の取り方の問題で、三単位を日本国憲法で必ずとらなければならぬという規定がありますけれども、しかし専門教科の方で日本国憲法を修得した者は、二単位までは一般教育はほかの社会科学の単位でかえてもいいということでございますから、その場合には、その人はあるいは民法とか経済とか、そういうふうな教科の二単位の中でかえるようにしたい、こういうことでございます。よろしゅうございますか。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私はその点は初め質問をしたとき、実は思い逢いをしていたわけです。お話の通り、教科に関する専門科目としての二単位の問題は備考二で取り上げていることは事実なんで、ただ私の残る疑問は、従前のものをなぜ変えなければできないかということについては、従前これで非常に不都合であったというようなことについて私はよく知らないので、こういう必要がなぜあったかという意味で、もう少し私は実際のところを調べてからこの点についてお聞きをしたい。初め私の聞いたのは、一般教科の中のこととして取り上げたことが、あなたのおっしゃることから、あなたは専門教科の中のことであるからということで……、それについてもう少し後にまた調べます。  そこでもう二、三お聞きしたいことは、一体技術家庭科ということについては、こういうふうな免許法の施行規則であらためでこれをやるということは、これはできないことになってはいないか。私たちの考えではもう明確に免許法の中にいっていることは、「中学校及び高等学校の教員の免許状はたに掲げる各教科について授与するものとする。」と書いてある。従ってその教科として技術家庭科が出ている以上、その教科について授与されるものであるから、従ってこういう施行規則で内容を改めて、それで教科を担任することはできない。これは第二章の免許状のうのところに明確にそういうふうに出ているわけなんですから、だから教科として技術家庭科が出てきている以上、これは法律を改めてそうしてやるべきものであって、規則で、こういうものを改正して、そのままやっていくというわけにはいかないものだと私たちは考えるのですが、これはどうなんですか。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) これは各教科の内容につきましては、従来も、御承知のように、ここにあります施行規則できめているわけでございます。その根拠はこの法律にあるわけでございまして、第三十条だと思いますけれども第二十条に、「免許状に関し必要な事項は、この法律及びこの法律施行のために発する法令で定めるものを除くほか、」云々と、こう書いてあります。その教科に対応してどういうふうに内容を履修していくかということにつきましては、今までも、ここにごらんの通りに、施行令、施行規則に書いてある、今度もその内容を改正していく、こういうことでありますので、法律でなければできないということじゃないと私どもは考えます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それはあなたの説明では納得できません。免許状というものは、各教科について授与するのだ、その教科でない別の教科について授与されたものは、その教科に適用するなどという性質のものじゃないはずです。だから、幾ら内容を改めたところで、これはあくまで家庭、職業の教科の履修の内容を改めたにすぎないのであって、教科そのものを改めたことにはならない。これはやはり正しく法律を改めて、きちっとやるべきものだと私は思う。これは、先ほどちょっと内藤氏は、後刻またこの問題についてはそういうふうな検討とか、何か手段とかいうものがとらるべきもののようなことを言われておったのだけれども、私はこれは今の説明では納得できませんし、こういうことを免許法の施行規則で簡単にやってのけるなんというようなことは、これはとるべき方法じゃない。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) 今お話の御趣旨が、教科の名前を一々免許状の教科の名前と合わした方がいいという御趣旨であれば、私もそれは賛成でございます。そういう意味ならば、いずれ機を見て改正を検討してもいいかもしれません。検討をはかるべきだと私考えます。しかし、必ずしも免許状の教科と、それから小中学校の教育課程の中におきます教科との名称が、必ず一致しなければならないものでもないのじゃないかと思います。これはおのおの法律体系が違っておりまして、そこに若干食い違っておりましても、内容的にこの免許法できめてあれば、私は法律的にはそれで差しつかえないと思います。しかし、今の御趣旨が、それはやはり一致した方がいいのじゃないかという趣旨であれば、それは私は差しつかえありません。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 一致しなければならないのであって、明確に教科について免許状を授与するし、免許状がなければ……、教育職員は有する者でなければならないというふうに明確になっている。それで事実そういうために臨時免許状という制度も出されたのだから、これはもう明確に、こんなまやかしのようなものでなくて、家庭、職業の専門教科の履修の内容を改めるような形で、従前のそれでやっていくというようなことは私はできないと思うのです。やはり明確にこれは教科が改まってきているわけなんです。で、初中局長にお尋ねしますが、これは教科が、学校教育法の中の施行規則の方で教科が技術家庭科を加えたんですか、それはどうなんですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) さようでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうであれば、これはもう明確に技術家庭科が教科になる、教科について免許状が与えられる、免許状を持つ者が教職員になれるというんだから、これはもう法律改正でやるべきものであって、これは当然のことです。どうです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) この点は、今大学学術局長からもお答えになったように、教科についてどういう免許状が必要かということになれば、この揚言にお話のように、技術家庭科に対して技術家庭科という免許状が当然考えられなければならぬ。この場合、職業家庭科の免許状をもって充てるということもあり得るのです。ですから、その技術家庭科が昭和三十七年まではないわけなんですから、昭和三十七年に発足したときに、そのときまでに何らかの措置が私は必要だと考えております。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 まあ、私はその通りだと思うので、こういうふうなことでなしに、これはやはりはっきりと法律改正をしていくべきだと、そういう責任をもってやっていかないものだから、逆にいえばあなたのおっしゃる通り前とちっとも変わりがない、少しまとめただけなんだという言い方をするからこういうことになってしまうんだと私は思う。やはりはっきり教科として変わってきているんですから、もう明確にして法律改正までしてやっていくだけのことをやらなければ、そういうところでとっとと逃げていくようなことをするから、そういうことになると私は思うんです。  最後にもう一つ、非常にこまかくですが、ここに福井大学の都会に関する回答が出ているわけです、私の手元に。これはあなたの方で出した近江の中に、このことについては、単位修得についてこういうことが書いてあるわけです。一般教育科目または教職に関する専門単位の全部または一部を修得している者については、期限をつけて改正前の単位の修得方法の例によることができることとしたと、だからこういうふうに改めたけれども、全部または一部を修得している者については、期限をつけて改正前の単位の修得方法の例によることができることにしたと出ているわけです。そうしてそれに対して、こういう福井大学の方からことしの、「昭和三十四年の四月入学生はこの省令の際あらかじめ計画された教育旅程により一般教育科目の一部を受講履修しつつあるが、(ただし単位の認定は九月末日)……」九月の末日になれば単位の認定はできるというわけなんです。それからまた教職課程のことについていうと、「前学期までには修得していないが、今学期において履修しつつある者との両者があるが、後者の場合も『単位の全部または一部を修得している者』と解し、改正後の施行規則第三条第一項および第六項第一項は昭和三十四年度入学生より適用することとしてよろしいか。」と、こういうふうに出ているわけです。「(これらの者は教科および教職にかんする寺門科目の受講はしていない)」ということが出ているわけなんですが、すでにこの単位が九月末日になれば認定ができるというような者、こういうような者についても七月二十五日までに単位修得認定を受けていない者はだめだというふうに規定をして返事をしているわけです。だから、すでにもう履修を始めていて、九月の末になればこの単位の認定ができるような状況にある者についても、この履修している者、全部または一部を履修している者というものを非常に厳格に解釈をして、もう九月の末には単位の認定ができるんだけれども、まだこれは今では履修したことにはならないので、これについては従前のあれでいいのかというふうに質問していたところが、いやこれは全部だめなんだ、七月二十五日までに単位修得課程を受けていないものは全部だめだというふうにして、「在学中であると現職者であるとを問わず、これらの規定を適用して改正前の単位の修得方法によることはできないので規定の適用についてご留意ください。」というようなことを言っているわけです。私はあまり、ずいぶんひどい言い方だと思うんです。つまりこういう通達を出して、道徳と、いわゆる技術家庭科というものができたから、その履修の什方を変更しなさいということを、規則を改正した。その規則を改正したので、もう七月二十五日までに単位修得ができなければもうすべてだめなんだという言い方をして高等をしているわけです。もう九月の末には現実には認定はできると言っているものに対しても、いや九月末日じゃだめだ、七月二十五日までに単位修得認定を受けている者でなければだめだという言い方なり、こういうやり方に、実はこまかいことだが、私はこういうことが文部省にはあると思う。勝手にどんどん自分たちで規則をきめておいて、それでその規則に少しでも違えば、現に学生が履修していても、何ても、これは履修を完了してないんだからだめだという、こういう一体通知、回答の仕方に関して、こういうものに関して、これでいいものかどうか。やはり私たちはこれを認めていくべきじゃないか。昭和三十三年度の入学生、昭和三十四年四月の入学生について、いろいろその取り扱いで福井大学から照会したものに対する文部省の回答というものが、実に一方的な回答だというふうに私たちは考えるわけです。やはりこれでいいというのですか、それともやはりこういうものを改めていくべきで、九月に単位が修得できれば、七月二十五日までに修得できないからすべてそれを認めないなどという、こういう行き方は改むべきじゃないかと思うのですが、どうですか。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) 私どもの趣旨としましては、新しい規則ができまして、それによって新しい修得の仕方をきめたわけでございます。なるべくそれが早く実施に移されるということを期待して、今までのような、まあ従来単位を修得した者についてはこれを除外しまして、従来の方法でいく。まだ修得してない者につきましては、なるべく新しい方法でやっていきたい、こういう趣旨で参っております。その結果、そういう照会に対しての返事が出たと思うわけでございますけれども、ただこれは単位の修得の仕方にもいろいろあると思います。従来の履修のいろいろ学生が計画を立てまして、そうして古い規則の、古い単位の修得の仕方で履修の方法の計画を立てて着手していく。そういう場合に、新しい半位の修得の方法を強制することは無理があるかもしれませんけれども、しかし場合によってはそうじゃなく、無理なく新しい単位の修得の方法に切りかえることができるかもわかりませんので、そういう場合にはなるべく新しい方法で早くやっていきたい、こういう趣旨でございますけれども、しかしなお、今、福井大学からの例をお示しになりました、もう一ぺん一つよく検討してみたいと思っております。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 検討してみるということですが、私が言っているのは、昭和三十四年四月入学生は九月の末日になれば認定ができると、こう言っているわけなんです。それから昭和三十三年の入学生は、今学期において履修しつつある者——昭和三十三年の入学生で前の状況の課程の中で現に履修しつつある者があるわけです。で、昭和三十三年の入学生で現に履修している者についても、それが履修が終らなければ全部だめなんで、新たにこういうやり方で考えてやらなければできないというやり方では、あまりにもひど過ぎるんじゃないかと思う。もうすでに昭和三十三年の入学生で履修しつつある者、それから昭和三十四年の入学生は一般の教育科目の一部を履修しつつあって、九月一日にはもうすでに履修できるという者についてまで七月二十五日までに履修していなければだめなんだ、昭和三十三年に入学して前の免許法に基づいて履修している者を、これが出たからといって、七月二十五日までにそれが履修していないからこのやり方は全部だめなんだ、この通りやらなければだめなんだというやり方は、教科としての免許状のあれもまだできにないのに、また道徳の教科でもないのに、これをこういうやり方で、今、現に学生が履修しつつあるものを、九月でもう履修が完了する者についてまでも認めないなどという一体文部省の回答の仕方というもつのは、あまりに道徳が特設科目とか、あるいは学習指導要領というものに全く組対的な根拠を持って、何か神がかりのようになっているんじゃないかというようなことすら感ずるわけです。で、非常にささいなことでありますが、私、読んでみてあまりに強引なやり方に驚いた。近ごろ文部省のやることがあらゆる方面で強引であるので、いろいろな問題で障害が出てきているということがたくさんあると思うのでありますが、これに似たようなことであると思うのですが、あまりひどいやり方ですから、もっと検討し直す必要があると思いますが、どうですか。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) はなはだ恐縮でありますが、今例にお出しになりましたことを十分記憶いたしておりませんので、宙でお答えいたしておりますので、非常に申し上げにくいのでありますけれども、よくそれを一つ拝見いたしまして検討いたしたいと考えております。ただ、私どもの気持といたしましては、たとえば一般教育について申しますと、一級免許状については三十六単位が必要である。その中で倫理、哲学または宗教に関するいずれかの科目の二単位を含めさしたというのが変更なんですね。ですから、どの点を履修しているかということ、その学生り履修計画の中にどういう関係になっているかということを具体的に見てみないと、そう一がいに言えないのじゃないかと思います。これは専門教科になると少し様子が変わってくるかもしれませんが、たとえば一般教科について申しますと、三十六単位の中の二単位というものを倫理、哲学、道徳で取れということをきめたわけでございますから、すでに単位を、九月になれば履修するというのが、何を履修する、修得するということになるかどうかという点でございます。少し具体的に考えませんと、どうも今すぐここで申し上げかねますから、恐縮ですが検討さしていただきたいと思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 具体的に検討した結果をまたここで報告して下さい。今の問題について、返事して下さい。

緒方信一文部省大学学術局長

○説明員(緒方信一君) 承知しました。

相馬助治日本社会党

○委員長(相馬助治君) これをもって休憩に入ります。  午後は一時より再開をいたします。午後は文部大臣が出席のはずです。    午後零時三分休憩    〔休憩後開会に至らなかった〕

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