外務委員会 第22号
- 発言数
- 289 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1959/12/19
会議録
○委員長(草葉隆圓君) ただいまから外務委員会を開会いたします。 日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定の締結について承認を求めるの件、日本国とヴィエトナム共和国との間の借款に関する協定の締結について承認を求めるの件、以上衆議院送付の両件を一括して議題といたします。 昨日から引き続き、質疑を続行いたします。
○森元治郎君 最初に、技術関係をお伺いします。これは、本委員会で、たぶん佐多さんかだれかのときに御答弁になったと思うのです。いろいろな質問をする関係上、あらためてもう一回伺って質問を進めたいと思うのです。 まず第一に、ベトナムの政府支出のうち、軍事費の占める割合というのはどんなふうになっておりまするか。ベトナムは休戦協定後のゴ・ディン・ジェムになってからでいいですが、一九五五年、一九五六年あたりからの割合を伺います。
○説明員(影井梅夫君) お答え申し上げます。大体四五%ぐらいという数字がございます。
○森元治郎君 われわれの承知しているところでは、一九五五年から一九五八年までの四年間の平均は、五七%というふうに承知しておるのですが、この数字は間違っておりますか。
○説明員(影井梅夫君) 私ども、一九五八年のベトナム共和国の予算によりまして算出いたした数字でございます。
○森元治郎君 五八年は六〇%というふうにわれわれは承知しておるのだが、数字で言って下さい。
○政府委員(小田部謙一君) 数字で申し上げますと、一九五七年と五八年の数字でございまして、その歳出の割合を見ますと、たとえば国会、大統領経費、情報費、外務省、国防費、司法省、内務省、大蔵省、農林経済省、文部省、厚生省、労働省、その他と分れております。そうしてこの全額の総計の歳出を見ますと、大体百四十三億ピアストルであります。そうしてそのうち国防省の占めております予算が六十五億ピアストル、こういう数字になっております。それから一九五七年の数字を申し上げますと、全額の予算が百四十一億ピアストルになっておりまして、それから国防省の占める予算の割合は非常に端数はございますが、億の単位で申し上げますと、六十五億ピアストルであります。この数字はベトナムの国立銀行の統計でございますから、これからパーセンテージを割り出しますと、大体今の国防の……
○森元治郎君 割り出して下さい。
○説明員(影井梅夫君) 私、先ほど四五%から五〇%ぐらいと申し上げましたのは、御質問の趣旨をちょっと取り違えておりまして、ベトナム共和国政府の歳入総額のうち外国援助━━米国が大部分でございますが、米国の援助が占めております比率、これをちょっと取り違えて申し上げました。四五%という数字はそういう数字でございます。訂正させていただきます。 —————————————
○委員長(草葉隆圓君) ただいま委員の異動がございましたので報告いたします。 佐多忠隆君が委員を辞任され、その補欠として千葉信君が選任されました。 —————————————
○森元治郎君 もう一ぺん数字ですが、政府支出の中の軍事費の占める割合というのを、今五七年と五八年のが出ましたが、このパーセンテージはどういうふうになりますか。
○政府委員(小田部謙一君) 今ちょっと計算させます。今百四十三分の六十五で計算させております。
○森元治郎君 そういうことで、それでは軍事費中アメリカの軍事援助が占める割合、これをできれば五五年から五八年の平均をとってもらいたい。
○説明員(影井梅夫君) 手元にちょっと資料を持って参りませんでしたので、アジア局長見えましたら……。
○政府委員(小田部謙一君) 収入の部類、これはベトナムの国立銀行の統計でございますが、ここには一九五七年と五八年の数字がございます。そうして今申し上げました通り、歳出の方面では一九五八年の数字が約百四十三億ピアストル、一九五七年が百四十一億ピアストルと申し上げました。そこでこの収入の部分を見ますと、この中の収入支出の予算でございますから、歳出歳入が合っておるのでございますが、一九五八年が歳出に見合う百四十三億、一九五七年が歳出に見合う百四十一億でございますが、そのうち、アメリカの援助は一九五七年が約五十六億ピアストル、それから一九五八年も五十六億ピアストル、こういうような数字になっております。ですからそれから計算いたしますと、大体どの部分が国防空に当たっておるのかを別にいたしまして、国防省の予算が一九五七年は六十五億で、それからアメリカの援助は五十六億ピアストル、それから一九五八年は前に申し上げた通り、やはり六十五億ピアストルで、アメリカの援助も五十六億ピアストルでございますから、いわゆるどの部分が国防費にいくかということを別にいたしまして、これから計算いたしますと、百四十三億のうちの五十六でございますから、約三分の一、四六%を占めております。ただしこれは収入に対するアメリカの援助でございまして、それが全部が国防費に行っておるかどうかということはこれはわかりませんです。
○森元治郎君 これにばかり時間をとってもなんですから先に進みますが、私は政府側の準備が十分じゃないと思うことを指摘して、われわれの計算した数字で進めていきます。はなはだ遺憾ながら、われわれのは少し多い数字が出ますので、あらかじめ御了解願います。それから、こういう直接の援助のほかに、経済技術援助の金額というものもわれわれの方にあるのですが、直接軍事援助のほかに経済技術援助、そういうものがどのくらいの金額になっておるか、大よその見当でよろしゅうございますから、ドル単位で御返事願いたい。
○政府委員(小田部謙一君) この軍事援助の方は、これはアメリカの統計を見ますと、ベトナムに幾らというふうに分れておりませんですが、技術援助の方は援助総額として大体分れております。この数字はお手元には現地のUSOMで発行した数字が行っておりますが、援助の総額が一九五五年に三億一千八百万ドル、これはアメリカの会計年度でございまして、一九五六アメリカの会計年度が約二億四百万ドル、それから一九五七年が二億六千百万ドル、一九五八年が一億九千百万ドル、これはUSOMの数字でございます。もっともこの数字はICAで発表しました数字と幾分の食い違いがございます。と申しますのは、ICAで発表しました数字は、債務負担額とそれから支出額とございますし、その他ICAの発表の数字は、インドシナ三国共通の共通ファンドその他がございますから、少し食い違いがございますが、大体この数字でいきますと、二億五千万から三億というような数字がアメリカの経済援助、これが総額になっております。ただしこの経済援助の総額が大体三つに分かれておりまして、一つはプロジェクト援助━━プロジェクトの形でアメリカが直接援助するもの、それからノン・プロジェクト・エイドと申しまして、金で援助する、その金でもってICAがベトナム当局と共同して各国から物を買いつける、この買いつける費用が、すなわち日本などは貿易などで買いつける費用の一部分をなしております。そのほかごく少数の額でございますが、技術協力の費用というものが入っております。
○森元治郎君 大ざっぱに見てジュネーブの休戦以来、五四年以来アメリカの南ベトナム援助の総額が大体十一億くらい、そのうち軍事費は約七割ぐらい、八億だというふうにわれわれは大ざっぱに計算しているのですが、見当は違っていないと思うがいかがですか、経済援助と軍事援助を含めて。
○政府委員(小田部謙一君) お答え申し上げます。実は純軍事援助と、それからそのほかの援助というものに分かれておるわけでございます。そしてそのほかの援助というのは、いわゆる経済援助と申しておりまして、その額が大体一九五五米会計年度から一九五九米会計年度を合計いたしますと、大体十一億ドルの数字が入っております。その中にいわゆる防衛支持というのが約八億ドルくらいございますが、近ごろのアメリカの防衛支持という観念は、基礎産業を育成するという観念になっておりまして、必ずしもこれが軍需産業にのみ注がれているというわけでございません。それでそのほかに純軍事援助というものがございますが、この純軍事援助というものはベトナムだけについて、各国別について発表された数字でございませんので、各地域的に発表された数字しかございません。それでありますから、その十一億と申します数は、これがアメリカのベトナムに対する軍事的な援助であるということはにわかに断言できない。むしろ経済援助というふうに解釈いたしております。
○森元治郎君 いずれにせよ、十一億くらいの大ざっぱな軍事、経済その他の援助がある。そのうち七割くらいが軍事関係であるというふうにわれわれは計算をしております。ただこれは計算ですから、ものの取り方によって多少変動はあるかと思うが、少なくも最小見積っても六、七割があるということは確実のようであります。 そこで、経済援助の主たる内容となっている商品の援助、これはどうなんですか。アメリカは自分の余剰商品のはけ口としてこの南ベトナムを利用しているようであります。この点についての内容をお伺いしたい。そこで、ただ内容といっても話が長くなりますから、私なんかの知っているところの問題について伺います。こういう事実があるのかどうか。たとえば紡績関係でもアメリカの援助によって大へんな紡織品が持ち込まれて、これがために去年あたりは、紡織業の三分の二が生産を停止し、二万人以上の関係労働者が失業している。そしてその他操業を続けているものでも、だいぶくたびれておるというようなことがありますが、どうですか。
○政府委員(小田部謙一君) そういう事実は当方には判明しておりません。ただ御承知のように一九五八年四月以降ベトナムでも繊維産業というものを興そうという見地から、繊維品というものの輸入制限措置を、これは日本だけでございませんが、各国に対して共通にやっております。そういうことから考えてみまして、ベトナムが、こういうような後進国、低開発国と申しますかが、次第にそういうふうな軽産業というものを興していこうという気持になっているということはわかりますが、それだけ失業しているかどうかという事実は存じておりません。
○森元治郎君 大きな数字ですが、約人口の二五%というのですから、あそこは一千一百万くらいの人口だと思います。その四分の一くらいが職を持たないでふらふらしておるということが言われておりますが、その点についてはいかがですか。
○政府委員(小田部謙一君) 数字はわかっておりません。ただああいう低開発国にとりましては、僣在的の失業、これから産業を興していくのでございまして、従来繊維産業の非常に大きいものがあるとか、その他大きい産業があるというようなことは何ら報告が来ておりませんでございます。
○森元治郎君 製糖業にも、援助の砂糖の持ち込みで大へん影響を受けて、たくさん工場が倒産をしておるというようなことの事実を知っておりますか。
○説明員(影井梅夫君) 私どもの手元には、これはこの情報の出所でございますが、情報の出所といたしまして、レアリテ・ベトナミエンヌと申しますか、ベトナムの真相というか、実話と申しますか、この雑誌に、フランスにおりますベトナム人、ベトナム共和国政府に反対の一派だと思いますが、こういった人々がパリに本部を置いておりまして、そこで平和統一、それからベトナム人民連合というようなものを結成しております。そこの機関誌でございますが、この月刊誌の中にそういった数字が出ておるということはわれわれも承知しております。
○森元治郎君 その次に、軍事基地などが海軍関係あるいは空軍関係、陸軍関係で大へん盛んに行なわれておる。この労働力として付近の農民がどんどん━━付近といいますか、南ベトナムの各地区における農民が労働日として十日くらい引っぱり出されて使われている。これがために農業生産の方にも影響を及ぼしておるという事実をご存じですか。しかも、これがために食糧不足で悩んでおるということをわれわれは承知しております。
○政府委員(小田部謙一君) 私どもでは直接そういう事実は存じておりませんが、ただ南ベトナムの農業生産を見ましても、工業生産を見ましても、一九五五年、五七年、五八年の実際の数字で申し上げますと、次第に漸増しておるという傾向を示しておるわけであります。それでありますから、今の御質問のようなだんだん失業者がふえているとか、そういうような事実より逆に、砂糖の生産を見ましても、トウモロコシを見ましても、カンショその他を見ましても、米を見ましても、次第に生産が、またそれから製造工業の方のトン数を見ましても次第に漸増しておる。むしろそういう方面から普通に常識的に考えますれば、だんだんベトナムの経済情勢はよくなっていきつつある。こういう結論がむしろ出るのではないかと、そう思っております。
○森元治郎君 南ベトナムには大使館を置いて、多分久保田貫一郎大使と思うのだが、経歴も古いし、練達の人でありますが、ここは今から十年くらい前の朝鮮半島における米ソ両陣営の衝突と同じように、東南アジアの大へん危険な地帯でありますから、当然こういう民生の安定がどうなっているかということの研究報告が本省になされておらなければならないと思う。そういうものがないから、こういう農民の問題、あるいは紡織業の問題、国民のほんとうの生活がどうなっているか、こういうことがわからないのだと思う。外務大臣は現地情勢の把握が、米英ソ等の文明国においては一生懸命やっておられるようでありますが、統計も何もないというのかどうかしりませんが、少し情勢の研究その他が足りないように思うがいかがですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 外務省として、現地公館において大公使の諸君あるいはその他の人たちが十分現地の情勢を把握するということは必要でございます。しかし、まだそれが必ずしも十分であるとは私自身も考えておらぬのであります。今後ともそういう面については十分留意して参りたいと、こう思っております。
○森元治郎君 いずれにしても国民経済がだいぶ沈滞をして、政府の予算というもの、政府の支出というものはほとんど軍事関係に行って、国民の生活向上の方には一向に回らない。回らないからアメリカの援助がほしい。あるいはその他の援助がほしい。援助をもらえば、それが兵隊さんの方の関係に行ってしまうという悪い循環を繰り返して国民の経済が沈滞をしている。これは私はあまりに反共というイデオロギーにとらわれて、戦争態勢強化にこういうひよわい国をかり立てているところに一向に国民生活が向上しない。五四年に停戦協定ができ、五五年にゴ・ディン・ジェムの政府ができましたが、一向にめざましい発展がない。援助があっても発展がないという工合に考える。この根本問題について外務大臣はいかにお考えになられますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 第二次大戦後それぞれ植民地から独立しました東南アジアの各国、むろんベトナムも含んでありますけれども、御承知のように独立はいたしましたけれども、まだ財政的にも金融的にも十分な力を持っておりません。また率直に申してやはり政治に、あるいは事務的な官庁の機構に当たります人たちの能力というものもそう十分であるとも存じませんし、数等も必ずしも充足されておるとは思わないのであります。そういう意味から言いまして、経済建設というような問題が普通に考えられますよりも、非常におそいことはまあやむを得ない。残念でありますけれどもやむを得ないことだと思います。また植民地経済の形態から近代工業と申しますか、あるいは工業生産国に変わるという過程の困難さというものもあるわけでありまして、そういう第一種産業によって立っておりました国が、それらのものをある程度第二種産業に持っていこうというような努力の中には、相当時間的な困難さもあると思います。でありますから、ベトナムにおきましても同じ現象が現われておるのであると、そういうふうに私ども考えておるのでございます。
○森元治郎君 休戦協定の前後からフランスにかわってアメリカは大いに南ベトナムを応援して、ゴ・ディン・ジェムを引っぱり出し、この政権強化をはかっております。そしてこれを反共の拠点として、南ベトナムにアメリカの積極的な援助を続行する。また一方SEATO、東南アジア条約機構なるものの主人役としてアメリカはふるまっております。ところが反共々々と言って大きい声をするのですが、どうもその共産党のある形をとった力というものが一向に出てこない。そういうところで、第三回の理事会ですから五六年あたりの東南アジア条約機構の理事会では、軍事的脅威は減ったらしい、こういう結論を出しておるようです。そして五八年のマニラの第四回の理事会では、いくら反共と言ってもどうもその対象である共産勢力が正面からこないということがわかり、民心をつかみ得ないということがわかったせいか、これからは軍事的な重点を非軍事的な性格、経済援助あるいは文化的な方面に力を入れなければならぬというふうに後退をしている。アメリカが一生懸命かり立てようとしたのだが、さっぱり動かない、南ベトナム人が動かない。ゴ・ディン・ジェムの政府は協力するでしょうが、国民大衆はくっついていかない。そして逆に後退をしてきているという事実をどういうふうに外務大臣はお考えになるか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ベトナム国民は、私ども見ておりまして、やはり自分の国の政治的独立を全うする意味から言いましても、経済的な面の建設というものに対して極力努力して参りたいという気持は十分察せられるのでありまして、従ってベトナム国民がそういう面において努力をしていこう、こういうことであろうと思うのであります。むろん北との争いも現在休戦によってとまっておりますし、そういう限りにおいては、できるだけの建設計画をやっていきたいという意味にベトナム人が考えていることは申すまでもないと思います。
○森元治郎君 南ベトナムがこれだけたくさんの援助、ゴ・ディン・ジェムになってから四、五年間に約十億ドルも援助を受けている。そのうちの七、八割が軍事費の援助を受けている。これを日本にたとえれば、これの約九倍でありますから九十億くらいの援助を受けていることになります。大へんな援助を受けている。しかし南ベトナムは、一向に国民は親米的になったり、反共になったり、反ホー・チミンになるような要素を一向示していない。この事実を一体どういうふうにごらんになるか。南ベトナム人はやはり民族の独立、南北の統一を願っている証拠だと思うのですが、どうですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろんベトナムの国民が自分の国の統一ができますことを望んでいることは当然のことだと思っております。がしかし、同時に自由主義としての立場を堅持していることも明らかでありまして、その意味においては十分そういう立場において将来の統一ということを考えて参る、こう思っておると存じております。
○森元治郎君 アメリカが援助をしている国にはどうして民主主義が伸びないのですか。南ベトナムを初め、あるいはラオス、韓国、国民政府、いわゆる民主主義、私は社会主義的な民主主義というまで言わなくても、ヨーロッパ的民主主義が伸びないのは一体どういうわけですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 御承知の通り東南アジアの各国というものは、まだ教育も普及しておりませんし、御承知の植民地状態から脱却したばかりでありまして、そういう意味においては民主主義の確立というのは非常なゆるいテンポで行なわれていることと思います。ことに政局の安定というようなことを考えて参りますと、民主主義の運営というものは相当時間をかけ、教育制度も普及し、ということが前提になって参りますので、その意味においてやむを得ない過程を踏んでおるのではないか、こう考えております。
○森元治郎君 私はアメリカのことをことさらに悪く言うつもりはありません。どこの国とも私は平和的にやっていきたい、国連憲章を誠実にやっていきたいという気持を持っておりまするが、アメリカのこの東南アジアあるいは日本に対する態度、ソ連に対する態度を一般的に見ますと、少しく強引過ぎる、わがままな面がある。アメリカのせっかくの軍事援助が逆にベトナムを苦しめている結果になっていることは、これまでお伺いした事情によって私はわかると思う。かり立てられている国民は、一向にこれについていかない。やはり、何とか機会があれば、統一をしたい。たとえそれが共産党の北ベトナムの政府であろうと、共産党員であろうと、とにかく自分たちの国、これを作ろうと思っている民衆には、一向に軍事援助はありがたいとは思われていない。むしろ、猟師が鳥を追いかけて、すなわち共産勢力という鳥を追いかけて山をはね歩きますが、猟師は山であるいわゆるベトナムのことなどかまわないで、あっちこっち踏み歩いているような感じがいたします。 そのアメリカの軍事増強に対して、日本は協力をしている。このことは、今回の五千五百万ドルの賠償の内容、工業センターの設置、水力発電の問題を見てもわかると思います。水力発電は、なるほどそれは軍事力に利用されるのではなくて、付近の民衆に安い電力を供給するのだというお話は、この間久保田さんも言っておりましたし、政府側も言っておりますが、しかし、現状においてあの電力というものは、やはり重工業に━━重といっては少し大き過ぎますが、軽からざる工業の方に利用されることは、これは当然であります。そこで、そういうふうなアメリカのあの地における軍事力増強に協力することがベトナムを苦しめるということになるならば、私は、日本の賠償の今度のような支払い方は意味がないから、これはやめるべきである。少なくも、民衆の気持がそちらにあるならば、単に平和条約十四条に課せられたる義務であるから払ってしまえばいいんだと。ところが、その政府はゴ・ディン・ジェムという政府であって、きわめて独裁強力なる政府ではあるが、民衆の支持を得ているとも思えない。あれだけ文化的に、経済的に応援をされていながら、アメリカと一緒になって、敵は共産党だからやっつけましょうというふうにふるい立たない。こういうところから見て、アメリカの軍事援助に協力するような結果になる━━あるいはそういうねらいがあるかもしれませんが、そういうことはやめるべきであるというのが私の考えでありまするが、大臣に政府の御所信をお伺いします。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今回の賠償交渉の締結にあたりまして、われわれは、御指摘のような軍事的な援助に、実施段階でこれが振り向けられるとは思っておりません。ただいまお話のありましたような、かりに電力が開発されますれば、おそらく、まずベトナムの現在の技能及び知識の水準から申しますれば、産業発展の段階において、まずやはり御指摘になりましたような重工業でなくて、軽工業が発達していくと、あるいは国民消費に直接つながります日常生活必需品の生産というようなものに電力が使われますことは、これはどこの国の産業発展の段階を見ましてもそうであるわけでありまして、御指摘のような非常な重工業をいきなりそこに打ち立てるということは、私ども不可能だと考えております。でありますから、電力等が民生の安定に非常に役に立つということは、これは決して軍事力強化のためでなしに、そういう面において大きな貢献をすることだと思っております。 また、工業センター等も、これも軍事工場を作るということは何ら言っておらぬのでありまして、修理工場なりあるいは部分品の製作なりというような、ごく軽度のものから発達していくわけでありましょうから、直接すぐそれが軍事工場方面につながるというふうには考えられないのでありまして、そういう意味にわれわれは考えておる次第でございます。
○森元治郎君 一番肝心なベトナムの民衆のためにならない。ベトナムは、なるほど南と北には分かれております。政府は二つありますが、民衆というものは、北とか南とかを問わず、そういう対立観念がない。ですから、いつでもかわってしまうような、しかもかいらい的性格を持っておるような政府に義理を果たさなくても、ベトナムの民衆に、ベトナムの国という大きなものに賠償支払いをするのですから、この際はやめて、やはり将来の統一ができるように情勢を持っていって、日本が主導権をとって持っていって、そうして払う機会に払っていく方が、両国のためであり、東南アジア、世界のためではないかと思うので、やめるべしということ、統一まで待つべしということに対しての御見解をもう一回承ります。
○国務大臣(藤山愛一郎君) たびたび申し上げておりますように、私どもとしましては、第一は、むろんサンフランシスコ条約の義務を果たさなければならぬのでありまして、同時に、それが全ベトナムの、ただいま御指摘のありましたようなベトナム民衆によき影響を与えるような方法で賠償が使われますことが望ましいことでありまして、そのことはベトナムの経済あるいは国民生活の向上に資していくことになろうと思います。でありますから、かりに水力発電所の問題をとってみますれば、これは永久にそうしたベトナム国民によき影響を与えるプロジェクトでございますし、そうしたものができることによってベトナムの民衆にも一般的に利益が与えられるわけでありますから、そういう観点から見ましても、今日賠償を支払いまして、この使い方を適当に考えて参りますれば、一日も早くそういう施設を作って上げますことが全民衆のための幸福になる道だと、こう考えております。
○森元治郎君 SEATOのことにちょっと触れますが、最近SEATOの影が薄れてきたというふうにわれわれは見ております。なるほど、これのリーダーであるアメリカは、いろいろな機会に発言をして、いかにも動いておるようでありまするが、どうも影が薄れてきておる、こういう感じを持ちます。それが証拠に、八カ国と結んで、アジアの国は三カ国しか入っていない。インドネシアもビルマもインドも入っていない。こういうようなところは、やはり東南アジアの民衆というものがこの外からのあおり立てるような援助なりあるいは政治というものをきらっておる証拠だというふうに思いますが、SEATOの最近の影の薄れについて御意見を承っておきます。
○国務大臣(藤山愛一郎君) まあSEATOの影が薄れるという意味がどういう意味か存じませんけれども、要するに、インドネシアなり、ビルマなり、あるいは今御指摘のようなインドなり、SEATOに加盟していない国も東南アジアにはあるわけであります。おのずからそれぞれの国の地理的な事情なりその他の条件によって、そういう加盟することを適当と認める国あり、あるいは加盟しなくても差しつかえないというような、国々のそれぞれの方針があると思っております。SEATO自体がやはり強固な団結をしていっている事実は、それが平和を維持しているということのために、活動が何か薄れている。薄れていること自体がSEATO自身が存在の価値があったというのではないかと考えております。
○森元治郎君 この際、どうしてもラオスの問題について触れておかなければならぬと思います。ことしの九月の安保理事会で、例のラオスの北辺に起こった侵略というものについて、国連が調査団を出すことになった。そうして、この出すことが手続事項であるか、あるいは実質的な事項であるかということで、ソ連と、アメリカ、イギリス、これが対立をしてもみにもんだ結果、強引にあれは手続事項であるということで、調査団という安保理事会の補助機関の設置を強行して、そして出したわけであります。ああいう平和に関係のあることを調査するために、安保理事会の補助機関を設置するというような場合は、やはりこれは実質的な問題だ。手続問題か実質問題かということが論議されることが、すなわち実質的事項だというのが定説のようであります。私、当時の日本の新聞を見まして、ほとんどアメリカ、イギリスが押し切った態度というものは、将来に問題を残す、国連の運営に将来暗影を投ずるものではないかという記事が、日本のニューヨーク特派員、ワシントン特派員から送られてきております。これに対して、私も、一体どっちかと思って調べてみましたが、やはりソ連側が反対したように、反対いたした方が定説に近い。有名なここにグッドリッジ・ハンブローというものが書いた国連憲章の解釈文がありますが、これは大学などでも教科書として使っている権威ある書物であります。私は、手続事項か実質事項かということの論議をこの際するつもりはありませんが、いずれにしても、多大の疑問があるものを押し切った。この問題に対する政府の態度、すなわち日本はこれに賛成をしておりますが、まず根本態度をお伺いいたします。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 実質問題か手続問題かという法的な論争というものは、これはむずかしい論争であろうと思います。実際におきまして、当時いろいろなうわさもあり、ラオスの提訴もあったわけでありますから、その意味において、現実に調査団が出まして、しかも調査団が行ったことによって静穏になり、かつその調査団の報告というものは公正な報告が出て、調査団組織についていろいろ問題がありましたが、議論をこえて、ソ連の方も満足しておるような結果が得られておるのでありますから、実際には、私は結果は適当な結果を生んだのではないかと思っております。ただ法律論になりますと、いろいろ議論があるところだろうと私は考えております。
○森元治郎君 私は、ああいうことに日本が賛成したことは非常に軽率であったのじゃないか、もう少し法律的にも、政治的にも、じっくり落ちついてやったらよかったのじゃないか。しかも、調査団ができて、派遣されることになると、その構成国になりました。しかも、委員長に渋沢信一大使を起用して、委員代理に青木公使などを入れて、何かあそこに大侵略が起こった、それ見て来ようというような態度は、私は政治的に軽率であった。 それから、法律問題は、大臣、今論議したくないようなことをおっしゃっておりますが、その後出るいろいろな人の見解、外国の人の見解、あるいは新聞の論評を見ても、やはりどうも強引過ぎた、問題を残すというところから見れば、私は、これは日本は国連憲章を守って、誠実に履行するということに違反しているのじゃないか。それから、あまり大だんびらを振り上げたくないけれども、憲法九十八条の国際条約は誠実に履行するというこの根本方針に反しておるのじゃないか。この二点を伺います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれは国連の機構を支持し、国連憲章を守って参りますが、その運用にあたりましては、やはりそのときに適したようななるべく運用をして参りますことが、平和維持機構としての国連の責務だと思っております。むろん、憲章に非常な背反するようなこと自体を安保理事会なりあるいは総会が決定することもないと思います。また、かりに総会なりあるいは安保理事会等が多数によってきめました問題については、やはり国際民主主義の立場において当然そう運営されるべき必要があったと思うのであります。でありますから、そういう意味において、われわれとしては特に国連の憲章を侵犯したというような考え方を持っておりません。また同時に、あの調査団が出ましたことが平和維持の上に非常に大きな役に立ち、しかも調査団の報告書そのものも非常な公正な立場で書かれておるのでありまして、私ども現在適当な処置であった、こう存じております。
○森元治郎君 あのレポートは評判のいいということも言われておることは承知をしておりまするが、そもそも、こういう手続問題か実質問題かというようなことが、あやふやなままに行ったのですから、調査の対象というもの、何を調べるという調査の対象というものが、安保理事会において明確にされておらないままに出発しておるという前提を、大臣は知らなければならないと思います。調査の対象。そうすると、政府の方では法律解釈として、あれは調査ではなくてインクワイアリだというこまかい説明があるかと思いますが、いずれにせよ、調査の対象というものはきめておらないので、報告書はそんなにあすこで強引に調べることができない。ただ、ラオス政府の提供する情報だけをたよりに書いたというだけじゃないですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) あの報告書は決してラオス政府の立場から書いた報告書とは、私ども思っておらない。ラオス政府としてはもっと、国連に提訴いたしますときに、大きな侵略があったようなふうな考え方のもとに提訴をいたしておるのでありまして、報告書自体は公正な見地から書かれておる、こう考えております。
○森元治郎君 外務大臣は擁護されるかもしれないが、公正だというならば、ふぬけとか、いわゆる中立的なこういう意味の公正だと思うが、なるほど現地の方にも行かれたようですが、いろいろな証人を引っぱり出して聞いたようだけれども、一番大事なラオスが提訴した根本である侵略の事実というものはないという結論が出ておるじゃないですか。その意味において、私は公正だと思う。侵略の事実はない。あれだけ大騒ぎして侵略の事実がないというのは、一体、大臣は、どう思うか。そういうふうにわれわれは見て、ああいう重大問題に対処する場合には、手続事項はもちろんのこと、世界全般、東南アジアの全般の情勢を把握した上で、参加するならばするし、あるいはしなければしない。そういう態度をとるべきであった。一体、侵略の事実がないというのは、国連の恥さらしだというのが、今、外国の書物のたくさん書いたものから受けております。十一月の幾日だったかのニューヨーク・タイムズにも、やはりあれにも大山鳴動ネズミ一匹出すという表現があったと思いますが、何も書かなかったのは醜態であったというような記事が出ております。ニューヨーク・タイムズは御承知のようにロンドン・タイムズとともに、そんなにはでな記事を書かない公正な、政府のほどよい意向を公正に伝えるといわれるニューヨーク・タイムズすら醜態であったということを書いております。侵略の事実がないというこの大山鳴動、これにあわてくさって調査団の委員長なんといわれておだてられて、のこのこ二人も出ていくのは醜態である、こういう点はどうですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 森委員と少しお説が違うのでまことに相済みませんが、ラオスが国連へ提訴したにもかかわらず、侵略の事実がないというレポートをし得たということは、平和維持のために非常な大きな貢献をしたことだと、こう考えております。
○森元治郎君 その点は先ほど私も認めておりますが、大体、根本問題としていえば、国連に対して国連協力、国連協力というのでガマの油みたいに政府は言うので、国連協力、国連協力、飲めばぴたりと病気が治るような、そういう国連協力をよく言うのですが、ずっと古い話になりますが、国際司法裁判所で栗山茂さんが何の準備もなくて立候補して負けてしまった。今度は非常任理事国にがさがさ運動してうまくなって今度は経済社会理事会の理事国になって、また、こういう機会があったら乗っかっていこうというような、ラオスなんかのときに、のこのこ出かけるというようなその気持は、これは藤山外務大臣の御方針でありますか、外務省の方針、岸内閣の方針でありますか。少し、ものほしそうにがさがさ過ぎるというのが、これは定評であります。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私どもは国連の中で何か役目をものほしそうにあさって歩くというようなことは決していたしておらぬのでありまして、先般も副議長の問題がありましたときにも、本年は辞退をいたしました。その結果として、全体の役員構成の上で非常に円満な解決ができましたことは、当時の事情を御承知いただければおわかりだと思うのであります。われわれもまだ国連に入りましてそう年月もたっておりません。また日本の実力からいいましても、ただものほしそうに役員だけを獲得するということを考えておるわけではございません。ただ、今回の問題の場合におきまして、従来の例もございますように、安保理事会に席を置いております国がこういうような使命を帯びるということになっております。三国ともどもに安保理事会に席を置いておるわけでありまして、そういう事情から申してやむを得ないことであったと私どもは考えております。そういう場合に辞退すべきではないと考えております。
○森元治郎君 ラオスの情勢というものは、渋沢調査団長の報告書を出して一応終わったような形でありますが、やはり何ともあと味が悪いので、事務総長があそこを視察し、そして秘書のような人をあそこに残してきておりまするが、われわれから見ると、何か事あれかし、いわゆる気負い立ったアメリカの軍事援助にただ協力することが自由陣営の団結だというふうに考えているんじゃないか。私が言うのは、ほんとうの国連協力、ほんとうの民主主義の擁護というならば、間違っていると思ったときには断じてこれを宣言をして、アメリカにも言うということがほんとうの国際信義であると、こういうふうに考えているのですが、将来に向かっての念押しのために政府の腹がまえを伺っておきます。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれ自由主義陣営のために努力して参りますことは、日本が自由主義の立場をとっております以上当然でございます。しかし、それだからといって、自由主義陣営の中におる国、特に大国のただ言うなりに問題を扱うというような立場は決してとっておりません。
○森元治郎君 もう一点、ラオスのこの点に触れておきますが、それは今、政府が吉田・アチソン交換公文の問題に関連して国連軍の出動に対して事前協議をするのだという、こういうことを折衝中のようでありますが、私たちが心配するのは、私が今まで述べたように、うかうかと何でも国連といえばもう病気が治るような調子で出ているのか。国連ならば世界平和の保障者だからいいのだ、こういうふうな気持で行かれたのではあぶないというので、われわれは国連軍として出動するアメリカ軍の行動についても心配をするわけでありますから、その点は一つ御注意を願いたいということを申し上げて次に移ります。 軍事関係のことをちょっと伺いますが、五六年の三月にタイ国の方でSEATOができて、最初の演習があったようであります。アメリカ側のうたい文句としては、五千キロも離れた日本から所要の兵力を所定の所にタイムリーに送り込んだということは絶賛さるべきものだというような自画自賛あるいはよその人もほめておったようでありまするが、このアメリカ軍の出動というものの兵力は一体どういうふうになっておりますか、防衛庁からだれか来ておられるようでありますから、伺います。
○政府委員(加藤陽三君) 五六年三月のSEATOの演習でございます。その際の日本におるアメリカの軍隊の移動した兵力は、ただいま承知いたしておりません。
○森元治郎君 まだ三十分ばかり続きますが、調査すればおわかりになりますかどうですか。それではわかるのですね。それでは外務大臣にお伺いします。そういうふうに五千キロも離れた所に日本からアメリカ軍が出動した、おそらく海空軍が行ったものと思いまするが、これは事前通告があったんですか、どうです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私は一九五六年に今のような日本から兵力が移動されたかどうか存じておりませんが、しかし、現在の安保条約では必ずしもお話のような今回やります事前協議というような問題はございませんので、あるいは防衛庁なり、その他に対して連絡はあったかもしれませんけれども、私どもとしての関知する点ではそういう意味はないのではないか、こう思っております。
○森元治郎君 大臣というものは、岸内閣の藤山大臣の期間だけの御答弁をしておれば済むものではなくて、やはり過去のそういう点についてお答えになる責任がある。なかなかつらいでしょうけれども、同情します。しますが、一体あったのかないのか、わからぬというのは、これは非常に困るので、このくらいはっきりしたものは当然わかっておるはずだが。
○国務大臣(藤山愛一郎君) これはもう過去の問題についても答弁を申し上げるべきでありますが、私、現在存じておりませんので、いずれ後刻調査の上御答弁申し上げます。
○森元治郎君 現行安保条約のもとにおいてこういう出動はどういう形になるのか、法律的にこの条約からいうと何も言わなくてもいいのか、あるいは一応は事前ないし事後に通告するのか、道義的な義務といいますか、どういうふうになっておりますか。これは条約局長でも政府委員でも……。
○政府委員(高橋通敏君) 現行安保条約のもとでは、法律的には何ら制限ございません。義務とかそういう問題はございません。
○森元治郎君 道義的といいますか、事務的には連絡はあるべきだと思うのですが、どうでしょうか、法律的ではなくて。
○政府委員(高橋通敏君) これは現条約の現実の運営の問題ではないかと思うのでありますが……。
○森元治郎君 防衛庁の政府委員の方にお伺いしますが、たとえ事前協議ということはなくても、日本におる者が大挙して━━一人、二人じゃない、大挙して行くような場合は当然これは連絡をして、演習の任務は知らせるかどうか知りませんが、兵力の移動ということの連絡がなくて、どうして一体日本の安全保障ができるのですか、その点を伺います。
○政府委員(加藤陽三君) 一昨年の岸・アイク共同声明によりまして日米安保委員会が作られたわけでございますが、日米安保委員会が作られました後におきましては、米国の方で私どもの方に彼らの方で重要だと思われる変更につきましては連絡をして参っております。
○森元治郎君 そうすると、これは五六年ですから、当時はなかった。なくても文句を言える筋合いではないのだ、こういうことでありますか。
○政府委員(加藤陽三君) 現在の安保条約の法制上の解釈は、先ほど条約局長からお述べになった通りでございます。
○森元治郎君 それでは東南アジア条約機構というものの条約の範囲というのはどこですか。条約の適用区域というのはどこになりますか。
○政府委員(高橋通敏君) 第八条の規定でございます。読み上げさしていただきます。「本条約にいう条約地域とは条約加盟のアジア諸国の全領土をふくむ一般的な東南アジア地域および北緯二十一度三十分以北を除く一般西南太平洋地域を指す。」、こういうふうに書いてあります。
○森元治郎君 そうするとこの条約の北限━━北の限度はどこになるわけですか。
○政府委員(高橋通敏君) フィリピンの北方でございます。
○森元治郎君 正確には……。
○政府委員(高橋通敏君) 香港を除く地域の線でございます。それが二十一度三十分と思います。
○森元治郎君 二十一度三十分というのが北限に当たるわけです。そうですね。
○政府委員(高橋通敏君) そうです。
○森元治郎君 この条約にこういうふうにはっきりと適用区域を定めるのが大事だと思うのですが、北大西洋条約にもこの適用区域はなかなかはっきりしている。読み上げるのは大へんでありまするが、はっきりしている。それから条約集を見ますと、全米の相互援助条約、これも経緯度などを示して適用区域がはっきりしている。このはっきりしているというのはどういう意味ですか、御説明を願いたい。
○政府委員(高橋通敏君) 御指摘のように一番はっきりいたしておりますのは全米相互援助条約でございます。これはその地域を経度、緯度線で全部囲んでいるわけでございます。しかし、東南アジアの集団防衛条約でございますが、これも実ははっきりしているようでございますが、はっきりはいたしておりません。すなわち東南アジアの一般区域というふうに、また西南太平洋の一般区域というふうに書いてありますから、これも実ははっきりいたしていないじゃないか。全米相互援助条約のようにはっきりしておらないと考えます。また北大西洋条約でございますけれども、これもいろいろ地域をあげておりますが、やはりヨーロッパはどういう地域であるかというふうなことになりますと、やはり一般的地域を掲げている次第でございます。
○森元治郎君 北大西洋条約では、なるほど、一般的といいますか、常識的といいますか、だれも、北大西洋条約加盟国の人にも、その反対側のソビエトの陣営の人にも常識的にわかる範囲、これは特に経緯度を示さなくてもわかると思うのです。ところで、地図を見ますと、まことにおもしろいのですが、大臣にお伺いします。安保条約にいう極東の地域というのはどういうところですか、また、あらためて御説明を願います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 極東というのはやはり普通には一般的常識的に考えられる地域だと思います。従って、厳格な意味における解釈はないと思います。また今回の場合も、極東の平和安全という意味において抽象的に用いられることになろうと思います。が、しかし、われわれが大体理解しておりますところは、先般来申し上げておりますように、まあフィリピンの以北、日本を中心にした地帯、こういうふうに大体考えております。
○森元治郎君 大臣の御答弁及び総理大臣の御答弁も、「極東というのはフィリピンの北から中国の沿岸、沿海州地区、大体さようなことになるかと思います。」という答弁でありますが、地図を見ますと、はっきりとフィリピンの北に当たるところが二十一度三十分であります。そうすると、安全保障条約にいう極東の南の限度は二十一度三十分だ、こういうふうに言う方が確かであり、政府もそういうはっきりしたことで、アメリカと話をしていると私は確信をしているのですが、どうですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれ話をしております場合には、二十一度三十分という言葉を一度も用いたことはございません。
○森元治郎君 二十一度三十分というのは条約には載らないのですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 条約にも載りません。私どもも話をしておりましたときに、そういう二十一度三十分という言葉は使っておりません。
○森元治郎君 大臣、頭の毛が何本抜けたらはげですか。(笑声)
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私は何本抜けたらはげかということはわかりません。
○森元治郎君 それは、何本抜けたらということは、区別がつかないということですよ。ちょっとごそっと抜けてもはげでしょう。それなら十本抜けた、一本抜けた、三本抜けたかとやっていくと、これははっきりしない。そこで、あなたの答弁になるフィリピンの北を地図でごらんなさい、ちょっと北になっていくと、台湾のおしりを突っついてしまう。フィリピンの北という以上は、いやしくも条約で話をしているのですから、当然二一度三〇分ということはあるべきはずです。話し合ったことがないと言いますが、大臣が一々北緯二一度三〇分などと何べんも言っていたら、それはめんどうくさくて仕方がないですから、それは無理でしょう。しかし、あるいは議事録なり何なりにはこれは当然記載されるべきものです。そうでなければアメリカ軍の出動というのは限度がない。フィリピンの北、北と言ううちにだんだんフィリピンの北から東南アジアに入ってしまう。だから私ははげが何本かと聞いたので、そのためには、やはりものをしっかりするためには、経緯度が極東の中には入っているはずだ、そういう了解があるはずだと私は思うのですが、答弁はできなければ、できないでけっこうです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今申し上げましたように、われわれの話し合いにおいて二一度三〇分という言葉を用いたことはございません。
○森元治郎君 大臣は地図を見てアメリカ側といろいろとお話しになったことがありますか、マッカーサーと話するとき、その他には。連中ははっきりしている、商売をやっているから藤山さんも知っているでしょう、いいかげんなことをやるという連中ではない、外人は。ちゃっかりしている、はっきりしているから、当然地図を示して話をしているはずだと思うのです。そういう地図などを見て交渉されたことはございませんか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ございません。
○森元治郎君 そうすると私は、われわれがかねて心配するよその地域の戦火に巻き込まれるというおそれがあります。これをわれわれが言いますと、巻き込まれない、巻き込まれないというのですが、地図を見たこともないし、どこが区別かわからないのだというのでは、これは戦争に巻き込まれる、東南アジアの問題、ことにベトナムでは、なくなりましたが、ダレス長官は原子兵器を使ってもいいのだというぐらいおそろしいことを言っているのですから、戦争に巻き込まれると思います。二一度三〇分ということは言えないけれども、地図を見れば東南アジア機構と隣り合っているという、こういうことはわかるのであります。それで私が質問しているのは、東南アジアにおけるアメリカ軍、極東におけるアメリカ軍、韓国、日本、あるいは台湾でもそうですが、それを指揮する者はハワイの太平洋軍司令部であるとするならば、当然二一度半までに起こったものは在日米軍その他沖縄の軍隊が出ろ、南のやつはバンコックその他フィリピンから出動せよということは当然聞かなくてもわかっているようなことだと思うのです。そこで私は偶然にもこの地図を見てはっきり感ずるのは、東南アジア機構と日本安保条約というものは密接な関係がある、こういうふうに結論を出さざるを得ないと思いますが、大臣のお考えはいかがですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私どもは安保条約は、現行安保条約あるいは今回改定する場合におきましても、日本の安全と平和のためにこれを作っておるのが主眼でありまして、従って他のいろいろな機構と直接の関連を持っておるとはわれわれ考えておりません。
○森元治郎君 そういう関連ができてくるということは当然だということを予想して、極東に対する米軍の出動及びこれに対する事前協議ということを考えたことはないのですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれは今回の安保条約の改定に当たりまして、みだりに日本が日本の平和と安全を犯す以上の状態の中に巻き込まれますことを望みませんので、事前協議によって十分その点を協議をいたし、日本の希望をはっきり打ち出して参りたい、こう存じております。
○森元治郎君 東南アジアの話をべトナム問題を中心にお話を伺うつもりでありましたが、一衣帯水で領土はつながっておりますから、ちょっとこれに触れて北の方に上らしてもらいます。安保条約のいう南限は二一度三〇分以北、それからの中国の沿岸、沿海州、こういう御説明でありましたが、中国の沿岸というのはどういう限度になりますか。領海外というのですか、土地も入るのですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 極東というのは、御承知の通り、先ほど御指摘のありましたヨーロッパが、一般的普通の概念と同じような意味において、われわれはこれを用いているのであります。従って日本を中心にして、そうして今まで申し上げておりますようなフィリピンの北ぐらいまでのところ、大体そういう大見当でありますから、従って沿岸何海里入るとか何とかいうような確定的なものを、何か数字で引いたようなものを考えているわけではございません。
○森元治郎君 私は数字を伺っているのじゃなくて、中国沿岸とは陸地も入るのか、そういうことを伺っているのです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 大体フィリピンから北、日本を中心にした一つの地域、それは海に取り囲まれておりますし、従ってその海及びそれに接続している若干の地域が、いわゆる沿岸というような言葉で表現することが適当だと思うのでありますが、そういうところが大体のわれわれの考えております極東の地域でございます。
○森元治郎君 沿海州というのは、プリモリスキークライというぐらいソビエトの領土ですが、そうですね。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 他国の領土にそう深く入ってわれわれは考えているわけではございません。日本を取り巻く周辺としての一つの部分として、代表的に申しているわけでございます。
○森元治郎君 いや、沿海州はソビエトの領土ですねと伺っております。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 沿海州という言葉は、ソビエトで使っている言葉だと思います。
○森元治郎君 そうすると、中国の沿岸と沿海州との間がちょっと抜けているのですが……。朝鮮半島があるのですが、これはどういうことになりますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 要するにわれわれはフィリピンから北の方全体のことを申し上げているわけでありまして、特に朝鮮が抜けたとか朝鮮が抜けないとかいう意味で申し上げたわけではございません。日本を取り巻く周囲というのは、大きな意味において一つの常識的な形であり、それを一応そういうようなことで考えているわけでございます。
○森元治郎君 朝鮮というのは当然ここに入るわけですね、常識的に。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 常識的には入るだろうと思います。
○森元治郎君 そうすると、ちょうどこの中国領土、朝鮮、沿海州とたどって参りますと、旧樺太の沿岸まで、こういうことが地図でもってわれわれはわかるわけであります。そこで北限、北の限度というものはどういうふうにお考えですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれは、南においてもそうでありますように、北においても常識的な判断でもって考えているわけでありまして日本を取り巻く周辺でありますから、そんなに北の先までいくとは考えておりません。
○森元治郎君 そうすれば、私が話にけじめをつけないと、大体北なんといってもこれはどこまでが北かわかりませんから、昔の樺太の日ソ国境でやった五〇度以南━━カムチャッカは入るのか入らないのか、そこらのところはどうでありますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) いわゆる樺太の北緯五〇度線というようなものははっきり考慮しているわけではございません。
○森元治郎君 およそ南はフィリピンの北までわかったのですから、北は無限ということになるのでなければカムチャッカの南、樺太のまん中ぐらい、ここらまで御答弁があっても決して差しつかえないのじゃないかと思うのです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日本を中心として考えればいいわけでありますから、樺太のまん中というほどまで考えることはないと思います。
○森元治郎君 これは大臣も答弁はしにくいところもあるかもしれぬが、やはりひとの国と事前協議をしようということをうたって、事前協議のワクがあるから心配がないのだとおっしゃっているならば、どこまでがというようなこともはっきりしておかないで話ができるわけはない。ただずるずるその場合は万能薬である国連軍出動などという名前で引きずられてしまうので、範囲を私は伺っているわけでありますが、大臣の気持をそんたくして、私がそれじゃあ限度をきめてあげますが、昔の樺太の国境線以南、カムチャッカは入らない、その辺が日本の近辺である、こういうふうに解釈して常識上、大へんな違いはないというふうに考えてよろしゅうございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) まあ、どなたも大体常識上はそう大した違いがないのではないかと思っております。
○森元治郎君 日米安保条約は軍事同盟ではないという政府の答弁でありますが、これはやはりそうでありますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日米安保条約は軍事的な協力関係であるものでありますけれども、しかし、いわゆる軍事同盟として相互防衛をするという純粋の形における軍事同盟ではないと考えております。
○森元治郎君 しかし、中国領土とか、沿海州とか、あるいは朝鮮とか、他国の領土を防衛の範囲と指定する、これは言葉には言わないけれども、一種の仮想敵国をここに認めているということになる。仮想敵国を認めるということが軍事同盟条約の一番重要な柱であります。大臣の御答弁を伺っていると、やはり法律上は云々されまするが、実際の内容において仮想敵国領土を指定してみているという考えは、軍事同盟に通ずるものだと思うのだが、どうですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私どもは、特に領土を指定しておりませんし、今回の安保条約の条約地域というものは、日本の本土及びその周辺だけでありますから、今お話のようなことはございません。
○森元治郎君 工合が悪くなると、中国領土、沿海州、朝鮮などという名前がすっと消えて、日本の近くでございますだけでは、どうもお話にならぬが、これが仮想敵国、すなわち軍事同盟だという証明になるということは大臣もよく御記憶になり、御勉強願いたいと思います。 私はこれで終わりますが、防衛庁から、わからなければ後日資料をもらってもけっこうであります。
○委員長(草葉隆圓君) それじゃあ、あとで……。
○加藤シヅエ君 外務大臣にお伺いいたしますが、けさの新聞で外務大臣はアメリカのアイゼンハワー大統領のソ連訪問の期間と前後して、日本にもぜひ御招待したいというような御意向がおありになるように拝見したのでございますけれども、ほんとうにそのようなお考えがおありになるのでございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私はまだアメリカの大統領を日本に招待するという考えがあるわけではございません。ただ、しかし、私といたしましては、フルシチョフあるいはアイク両巨頭が会談する、あるいは巨頭会談が行なわれる、そういう状況におけるアメリカの考え方を十分聞く必要があるんじゃないかということは考えておりますので、総理等が行かれることによって、そういうことが目的を達する一つの道であろうとも思っています。あるいは何かの機会にアイゼンハワー大統領がインドに行かれ、あるいはその他に行かれると同じように、各国に回られてそれぞれその考え方を、あるいはフルシチョフとの話し合いというようなものを、話し合うことは私は非常に必要なことではないかと、こういうふうに考えております。
○加藤シヅエ君 大統領がアジアの問題についてもみずからこちらの地域に足を入れていろいろの情勢をみずから検討されるということはまあ大へんにけっこうなことだと思うのでありますが、その場合にやはり日本の外交の基本的な、アジアにおける基本的な線というようなものが、これが大へんにうまくいっているというようなところをやはりアメリカの大統領にも見ていただくということが大へんに喜ばしいことだと思うのでございますけれども、そのことを考えますときに、日本の一番近いお隣であるところの韓国との国交の調整が少しもよくいっていない、これは非常にいろいろの事情が錯綜しておりまして、デリケートでもございますし、ただいまいろいろ御心配の最中だと思いますから、会議にお差しつかえのあるようなことを私は伺おうとは思わないのでございますけれども、たびたび新聞でこの間も朝鮮人の北への送還とからんで、二十四日ごろには相互送還ができるのではないかというような、そんなような新聞を通じての発表があったのでございますけれども、それからわずかに十日くらいの間に、またその情勢が何か変わってきてまた希望が少なくなったというようなことはどんなことに基因するのでございますか、お差しつかえのない程度でそれを知らしていただきたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 韓国側との外交折衝というものは非常に困難なと申しますか、あるいはむずかしい折衝だと思うのでありまして、韓国側におきましても、絶えずいろいろな意見が変化をいたしております。それは相当長期間にわたります情勢の変化によっての変化ならば、変化も考えられることがあるのでありますが、かなり短期間にいろいろ意見が変わってくるようなことがございます。先般も御承知の通り、最終的に話し合いを詰めて参りましたが、それはそれとして、突如として国際司法裁判所に訴えるというような、全く別個のアクションを向こうからとって参りました。そういう点が私どもも非常に理解しにくいところでありまして、従って、韓国側の真意をつかむことは非常に困難でありますので、交渉に当たる当事者としては非常に苦労をいたしているのでありますが、今回の場合に、主としてやはり韓国側がとっております態度というものは、北鮮帰還に関して、日本のとった態度が適当ではないのではないかというような意味が深く含まれているのではないかと思います。この点はわれわれも十分本年初頭以来、日本のとっております立場というものが居住地選択の自由という国際通念に従ってこれを遂行して参っております。国際赤十字もその見地に立ってこれに協力し、これに対して援助を与える立場をとっているのでありますから、何ら韓国側が考えておりますような不純な動機からわれわれはこれを扱っているわけではございません。しかし、そういう点についてまだ何か釈然としないような点もあるように見受けるのでありましてわれわれとしては、この線は韓国側が一日も早く理解して、そうして正常にわれわれの態度を解釈してもらうように今日でも努めているわけでありまして、そんなことがやはりいろいろ直接の今回の原因になっているのではないかと、こういうふうに考えております。
○井上清一君 議事進行。議題に関して一つ質疑を続行されんことを希望いたします。
○加藤シヅエ君 何ですか。
○井上清一君 議題について質疑を続行されんことを希望いたします。(小林孝平君「議題といったって範囲がはっきりしない、さっきの極東の範囲と同じことで、どこからどこまでかわからない、議題の範囲といったってわかるもんか、そんならそれでその議題の範囲でやるから、極東の範囲をはっきりなさい、そうすればやるよ」と述ぶ)
○委員長(草葉隆圓君) お静かに願います。
○加藤シヅエ君 そういうことに、私は議題にやはり関連があるので質問をさしていただいているわけでありますが、最初からすぐにそれの中に突入しないからといって、いろいろ理事さんからおっしゃっていただくことはないと思います。 今、外務大臣からいろいろ御苦心なさっていらっしゃるお言葉を伺ったのでございますけれども、私、一九五七年ごろから韓国の国会の外務委員長あるいは閣僚、あるいは民間の方々、こういうような方々とも親しく接触いたしまして、韓国人の気持というようなものもよく伺って、向こうの方のいろいろの気持をも理解した上の日韓会談というものが進められなければ、表面に現われたいろいろの外交上のテクニック、そういうようなものだけでこれを解決しようということは、ほかの場合と違って、これは違うのじゃないかということを考えまして、及ばずながら、藤山外務大臣御就任の前には、岸総理の外務大臣兼任のときにも、私はそういうようなことについていろいろ御質問をいたしました。そうしてその当時は、まず久保田発言とか、あるいは韓国における日本の財産の請求権というようなものは、やはり一応向こうの方の、韓国の方の気持を非常に害しているものであるし、日本としてはそういうようなものは必ずしもそう固執する必要もないわけですから、まずこういうものから日本人が、日本側が深い理解があるということを示して、一歩々々前進していただきたい、こういうことを申し上げているのでございます。そのときに当時の岸外務大臣は、それを了承なさって、その問題は解決済みでございます。ところが外務当局におきましては、その後も中川アジア局長、板垣局長、現在の伊関局長、事務当局の方もたびたびお人がかわっております。それで、そこにはいろいろの御苦労があったということが私にも察せられます。たとえば一番外務当局として御苦労なすったことは、せっかく少し順調に運びそうになったときに、民間から突如として、新聞紙上では超怪人物というような名をつけられて呼ばれるような方が、総理の特使というような資格を持って、李承晩大統領を御訪問なさったというようなことが行なわれますと、外務当局としても、そういうような問題については関知しないというようなことになって、韓国に対する外交が二つの路線によって行なわれるというような奇形状態がそこにできた。こんなことは、この日韓の会談を順調に進める上に大へん私は障害があるように思うのでございますけれども、外務大臣はそれについてどう思っていらっしゃるのでございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 外交をやっております立場から申しますと、民間各方面の方々がいろいろ御協力下さいまして、そうして情報の収集なりあるいはいろいろな情勢に対して御判断をいただきますことも、われわれは決して拒むわけでございませんし、またそういうことによって、外務省の足りません機能を補なうことも十分あると思いますから、その意味において民間各方面の方々がいろいろ御尽力を下さり、あるいはごあっせんいただくことも適当だと思うのであります。ただ、それが外務省の立場をと申しますか、あるいは外務省自身のやっております考え方、そういうものに対して、直接外務省に御意見をいただきますることはけっこうでありますが、全然別個の立場から相手国に対して交渉をされますことは、これはかえって弊害が起る場合が多いのでありまして、そういうことがありますことは、私ども適当だとは考えておりません。しかし民間各方面の方々が、それぞれいろいろな連絡を持っておられますので、それらの方々が、外務省自体の活動に対して御協力願い、また外務省の持っている意見等につきましていろいろ是正をしていただくような御意見をいただきますことは、これはけっこうなことだと思います。
○加藤シヅエ君 外務大臣が北鮮に在日朝鮮人を送ったことは、これは居住権の選定の自由であり、人道問題上これは当然なことであるというような確信のもとにこれをなさった。これは送還された人々にとっては大へんな喜びでもあったし、あるいは日本における将来の希望がない、やむを得ず帰るというような人もあったかと思いますけれども、まあ無事に第一回の送還ができたということは、外務省としては非常に満足しておられることだと思います。けれども、この北鮮送還の問題と、今私どもが問題にしている南ベトナムとの賠償協定の問題とは、どうも矛盾しているのじゃないか、私にはそういうふうに思える点がたくさんございます。たとえば最近の韓国の新聞を見ますと、北鮮の軍事力が非常に増強されている。そうして人的資源が必要であるというふうにいわれております。そういうときに、日本から、初めて集団的な自由主義圏から共産主義圏への大移動というようなことが行なわれるということは、北鮮の軍事力増強のために非常にこれは利益があるのだ、こういうふうに考えて韓国の人は非常にこのことを心配している。こういうようなことがいわれているのでございますけれども、これは今、外務大臣が一生懸命に南ベトナムと賠償協定を結んで賠償するということは、北ベトナムの方の側から見れば、南ベトナムの軍事力の増強ということにも直接間接力があるので、北の方から見れば、これは非常に頭痛の種である、こういうことになると思います。そうして見ますと、外務大臣のなさっていることは、そこで非常に矛盾が生ずるのではないか、こういうふうにも考えられるのですけれども、その点はどういうふうに思っていらっしゃるのでございましょうか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私どもは、御指摘のように北鮮帰還の問題については、純人道的な立場からわれわれはこれをとり行なっておるのでありまして、特に韓国に対して何か敵意を持ってこれを扱ったわけでは全然ございません。従って、われわれのその立場を十分韓国側で率直に認めてもらえますならば、私はそうした誤解が解けるのではないかと思うのであります。それと同じように、今回ベトナム共和国に対する賠償におきましても、われわれは、サンフランシスコ条約の義務を履行するために、そうして、できるだけ将来とも全ベトナムに及ぶようなプロジェクトを持ってこの賠償に充てていくという考え方が正当に理解されますれば、ベトナムに対して何か敵意をいだいた行動でないということを理解していただけると思うのでありまして、われわれとしては、その間に矛盾があろうとも思いません。日本の考え、意図というものを明瞭に一つ理解していただくことを、われわれは努めていかなければならぬ、こう存じております。
○加藤シヅエ君 外務大臣は割合に簡単に、表面一つ一つ解決する問題を手近かから解決していけば、それで外交のお仕事が済むように考えていらっしゃるように見受けられるんですけれど、今度の南ベトナムの賠償の問題は、これは非常にたくさんの矛盾を含んでいるので、外務大臣がおっしゃっていらっしゃるような表面的なお言葉の問題と、実際の裏の問題とは決して一致しておらないというふうに私は考えるわけでございます。従いまして、もしこの南ベトナム共和国との賠償の問題がサンフランシスコ条約第十四条に基づく日本の義務であるというような考えで、これを一つ一つ具体的に解決していけば、それで日本の義務は済むというふうにお考えになっていらっしゃるのだったら、私はそれは非常に不十分ではないか。たとえば、その私が不十分と考える理由は、せんだって与党の永野護議員からの御発言によりまして、私も永野委員の御発言には非常に共鳴するところが多かったのでございますが、永野委員はあのときの御質問で、国の債務履行を商社にまかせることの理論的根拠いかんというようなことで御質問をなさいました。そうして御答弁としては、直接方式としてはイタリー、相互方式ではソ連とフィンランドとの関係というようなことで御答弁があって、直接方式の方が便利なんだ、政府がやれば行政機構を拡大しなければならない、価格のクレームの責任を行政府が負うということは大へんな不便であるというような、いろいろな理由をあげて、直接方式をとるのだ。現にフィリピンもインドネシアもそういう方式をとっているという御答弁がございましたのですけれど、これはある程度その御答弁にもごもっともな理由があることはわかります。けれども、それがお言葉の通り結果がうまくいっていれば大へんによろしいことだと思いますけれども、現にインドネシアやフィリピンの賠償がどんな結果を起こしているかということにつきましては、この直接方式であるがために、商社と相手国とのいろいろな取引について、日本の政府は何にもそこに、認証をするにしても具体的直接に関知しない、あるいは関与しないというようなことから、非常に不幸な事態がたくさん起こっている。たくさんの汚職が日本の賠償に付随してどんどんとそこに広がっていくというような実情を私はたくさん聞いておるのでございますけれど、外務大臣はこういうことをどう思って見ていらっしゃるのでございましょうか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) この直接方式及び間接方式につきましては、これは一長一短あると存じます。間接方式の場合にも利点もあり欠点もあり、また直接方式の場合におきましても利点もあり欠点もある。これはおのおのの方式においていずれが完璧なものかというわけには参らぬのではないかと思います。むろんビルマ賠償以来フィリピン、インドネシアとの賠償にあたりまして直接受け入れ方式がとられましたことは、相手国側の要求もございます。また日本側としても一長一短の両方式の上に立って考慮いたしまして、そうして相手側の希望等もくみ入れて、そうしてビルマ賠償以来こういう方式がとられてきたのだと思うのでありまして、われわれとしては、いずれの方式をとりましても、利点もあれば欠点もあるということを考えております。
○加藤シヅエ君 いずれの方式をとっても、利点もあれば欠点もあるとおっしゃいましたけれど、ただ言葉の上でそう簡単に済まされないほどこれは大きな問題ではないか、私はこういうふうに思います。たとえば日本から賠償を受けておりますある国では、日本から受けたセメントを国会議員の間でこれをみんなで分配してしまう、そうして自分の選挙区にこれを持ち帰って適当に利用する、こういうようなきめ方をされた。ところがセメントなんかをそんなふうに方々にばらまいて、少しずつ分けてしまうということは、これはたとえこれを何か正直に使ったところで大したことはできない。まして自分の物みたいに考えて勝手にこれを私的な目的に使ってしまう議員もある。これは一つの小さな例でございますけれども、そんなことがもっともっと大きなことで、日本そのものの信用を失墜するようなことが起こっているということを私でも聞いておるのでございますから、外務大臣はたくさん聞いていらっしゃるに違いないと思います。そういうことに目をつぶって、もう賠償の義務を日本の政府として履行してさえいればいいんだ、そんなものでは私はないだろうと思います。外務大臣は、こういうようなものは日本の商社がやっているのでございますから、相手国の政府や相手国の人についてかれこれ日本から干渉がましいことはできないでございましょうけれども、せめてそれを直接に扱っている日本の商社が、そういうような不正な使途あるいは汚職のいろいろ風聞を漂わしている、そういうような問題をなくすために、何か努力をなさってしかるべきではないかと私は思うわけでございます。まして外務大臣はビジネスの方の御出身でいらっしゃるからして、そういう問題には非常にお詳しいですから、そういうことは、ほんとうに日本の賠償の義務をやらなくちゃならない、その信念の上にお立ちになります以上は、こういうことについて何とかもう少し具体的に努力をしていただく方法はないものでしょうか、それを伺いたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ただいまおあげになりましたような例は、これは相手国の内部の問題でございまして、従って間接方式であろうと直接方式であろうと、同じことが相手国の事情によっては起こってくる場合があると思います。ただ直接方式の場合に日本の商社等を取り締まると、それが公正に相手国の政府と契約をしていくということは、これは当然われわれ望ましいことなのでございます。またそうあらねば、賠償の本質からいってならぬと思っております。でありますから、その意味において、われわれとしては、できるだけ注意はして参らなければなりませんけれども、そのこと自体がすぐに直接方式を間接方式に直せばそれだけで済むという問題ではないように考えております。
○加藤シヅエ君 直接方式、間接方式の、その方式の問題についてどちらがいいかということに問題を持ってくれば、それは両面があるという御答弁になると思いますけれども、私はそれよりも、さらに現在、現実に日本が賠償義務を履行している国において起こっている事態はこういうふうであるということを、外務大臣が御認識していらっしゃるのかどうか、そのことを伺っているのです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 賠償を受け入れます相手側の国において賠償を受け入れた賠償物資あるいは賠償による建設等について、いろいろ議論のあることはわれわれも聞いております。賠償をきめて、日本と協議して参ります場合にも、受け入れ国側の各省の意見がいろいろ違っておって、なかなか政府全体としての結論に達しないような場合もございます。またそれをめぐってその国のいろいろな事情によって問題が起こされ、あるいは議論が尽されているというような事案もわれわれ若干は知っておるつもりでございます。従ってそれらについてもわれわれはむろん賠償実施の段階にあたりましては、注意して参らなければならぬことむろんでございますけれども、しかし要は賠償受け入れ国の国内のいろいろな事情によることでありますから、われわれとしてそれにいろいろな介入をいたすわけには参らぬのでありまして、ただ日本の商社等が誠実に相手国政府と話し合いをし、交渉し、そうして非常に優良なものを提供するようなことについては、われわれとして十分関心を持って参らなければならぬことは申すまでもないのでありまして、今後ともそういう点については注意をして参るつもりでございます。
○加藤シヅエ君 私はこの問題は非常に深刻な問題だと思います。それは日本が敗戦国としての義務履行のために国民の血税をもって賠償の支払いをする。その賠償を通じて相手国に汚職がいよいよ広まって政治が腐敗堕落をする、また同時に日本側においてもやはりそういうことが決してないとは言われないのでございます。両方の国で、払われる国も払う国も賠償を通じてだんだんに汚職というようなばい菌が繁殖していく、こういうようなことは藤山外務大臣のお立場からいって、このいわける自由主義陣営というものを賠償の支払い履行によってだんだんに結びつけ固めていく、強化していくというような目的ともこれは非常に相反することだと思うのです。こういうような汚職がどんどん広まるというところに政治の腐敗堕落、そこに国をも危うくする、あるいはすでにしてしまったという事実は、お隣の中国の過去の歴史をごらんになっても、汚職というものがやがては国を滅ぼすぐらいのばい菌であるということ、これはもう私ども知り尽くしておるわけでございますから、今この賠償をめぐってそういうようなことがすでに支払われた国において行なわれ、日本にもその飛ばっちりがきており、さらにベトナムの今度の賠償では非常に問題がもっとあるわけでございますから、外務大臣はほんとうにこのことについては、もっと責任を感じて外務大臣のお立場、そして外務大臣の御経験、御知識、こんなものをフルにお動かしになって、日本の商社を通じてこういうことの絶対にないように責任をとっていただきたいと思うのです。その責任をおとりになるというお覚悟がおありになるかどうか、もう一度聞かしていただきたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 加藤委員のお話のように賠償が何か汚職等の原因をなすことがありますれば、これはまことに日本国民にとっては残念なことでありまして、そうあるべきでないことはむろんでございます。従ってわれわれとしては、そうした面について最大の注意を払って参らなければならぬこと当然でございますが、ただそれらの事態に対するこの問題につきましては、相手国側の国内事情もあると思います。従って相手国の国内に対していろいろなことを申すわけには外務当局としては参らないこと、これまた当然なんでございます。従って日本人商社等がそのお行儀を気をつけていくという点に、主としてわれわれは力を尽くしていかなければならぬと、こういうふうに考えております。
○加藤シヅエ君 今の問題には気をつける、注意する程度でなくてほんとうに外務大臣には責任をとっていただきたいと私は希望いたします。 さらに先ほどの日韓会談の問題に、もう一度戻らなければならないのでございますが、この日韓問題につきまして外務大臣はいろいろ過去にも御答弁をなさっていらっしゃるそのお言葉の端々には、なぜ韓国がこういうふうに会談を始めるかのごとく見えるとまたそれがくずれてしまうか、そしてたとえば大使が日本でおっしゃっていらっしゃることと、それから本国に帰って新聞発表なんかをなさるときの言葉とがだいぶズレがある、というようなことを見て参りますと、やはり問題は日本の外務大臣がもう少し、今韓国人がどんな悩みを持っているのかというような、そういうところまでもう少し深く掘り下げて韓国人の気持というようなものを理解していただかなければ、普通の外交折衝というようなものでは、この日韓の問題はとっても解決できないのではないか、私はそういうふうに思うのでございます。先だっても韓国の戦争中の、いわゆる朝鮮人の徴用につきまして大和委員からも発言がございまして、私もそのときに発言をいたしましたが、それに対しての外務大臣の御答弁は失礼ながらはなはだ御認識が足りなかったと思います。私はこのことにつきまして、特にもう少し外務大臣が深い御認識をお持ち下さったら、韓国人の表面に現われた外交上の問題以前の問題、日本に四十年近く支配され征服された別の民族として、その民族の誇りがどんなに傷つけられたか、それに対する日本人として、日本の国としての精神的な賠償というようなものをも、この外交の裏にははっきりとそれを示していかなければ、この日韓会談はなかなか行くべきところへ落ちついていくことはできないのじゃないか。そうして他面その一番の犠牲になっているのが日本の抑留漁民である。ことしのお正月にも遂に帰れないかもしれないというような、こういう犠牲者が陰では泣いている。この問題をお考えになっていただきましたら、外務大臣にはもう少し深い心理的な韓国人の気持というようなものを理解なさる必要があるのじゃないか、と私は思うのでございますけれども、いかがでございましょうか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 韓国との交渉をいたしますわれわれの態度としては、むろん加藤委員が今言われましたように、かつての同胞でありました、あるいは韓国側からすれば御指摘のような日本によって統治された状況が不満足であった、というふうな感情もあろうということは、われわれも推察はいたしております。従いまして決してそういう心持を離れて、われわれとしてただ冷たい気持だけで日韓会談をやっていくというような気持はあるわけではございません。がただしかし残念なことには、われわれのそういう気持も必ずしも率直に映らぬ点がある場合もあるわけでありまして、そういう意味においてさらにわれわれがそういう気持を体してやりますことは、われわれとしても当然だと思います。ただそうした心持があって、さてそれを何か形の上に現わしていくということになりますと、非常に困難な問題がそこに出てくるわけでありまして、それらの点についてはやはりわれわれとしても、日本自体の戦後の状況もございます、従って向こう側の希望するような形に必ずしも応ぜられないというような点もあるわけでございまして、その辺のやはりかみ合せと申しますか、その点が非常にこの交渉でむずかしいところではないか、とこういうふうに存じておるわけであります。
○加藤シヅエ君 私はここでまあ韓国に対して具体的に、金銭的に、物質的に、どういうようなことをすべきだというようなことを、ここで問題にしたいとは思いませんです。けれども韓国の今日の事情が経済的に決していい状態ではない、というようなこともやはりお考えの中にお入れになって、あるいは相互送還ということができた場合に、帰っていく人に一人ずつについては幾らお金をあげるとか、そんなことはここで問題にする必要はないと思いますけれども、やはり帰った人たちが国へ帰ってすぐ失業者になるのではなくて、何か建設的な仕事に就業できるとか、あるいは連れて帰った子供たちにも学校の施設があるのだとか、そういうような帰ってから希望が持てるというような状態にしてほしいのだというようなことは、向こうでは考えているのだと思います。やはり日本では、何と申しましても大へんな、今までの他民族をあそこで支配して参ったというこの事実は、もうこれは厳然たる事実でございますから、これに対してはやはり相当根気よく償いをする、という気持をも含めての日韓交渉を今後はお続けになってほしい。対等ではございますけれどもその陰にはあくまでも償いをしなければならないという、そのお気持で外交交渉をなさっていらっしゃいましたなら、必ず日韓会談も成功するのではないか。私が承るところによりますと、今まで外務当局としては、一回もそういうような気持というようなものをお示しになったようなことは、伺っておりませんです。今後はどうかそういうようなお気持をも含めて、決して日本が今までのような優越的な態度で臨むのではなくて、迷惑をかけた、これに対して精神的あるいは将来できれば何か経済的な協力というようなことでもお償いをして、そうしてそれこそ共存共栄のできるような、そういうような結論を考えながらの会談を進めていきたい、こういうことを私は特に外務大臣にお願いいたしまして、この日韓の交渉を近い将来にぜひ成功に終わらしていただきますように、深く私は希望いたしまして私の質問を終わりたいと思います。
○委員長(草葉隆圓君) これにて休憩し、午後二時より再開いたします。 午後零時五十三分休憩 —————・————— 午後二時十六分開会
○委員長(草葉隆圓君) 休憩前に引き続き、委員会を再開いたします。 まず委員の異動について報告いたします。 大和与一君が委員を辞任され、その補欠として木村禧八郎君が選任されました。 —————————————
○委員長(草葉隆圓君) ベトナム賠償協定関係両件の質疑を続行いたします。
○木村禧八郎君 大臣の出席が悪いのですが、要求大臣、総理大臣、大蔵大臣も要求いたしましたが、実は御承知のように、憲法六十三条によれば、要求したときは、その答弁または説明のために出席しなければならないことになっておるわけです。それにもかかわらず、この重要な、国民に二百億円もの負担をかけるベトナム賠償に関連する質疑に対して、要求大臣が出席されないということは非常に遺憾だと思うのです。しかし、われわれ議員としては、そのために議事をおくらすということも心苦しいですから、あえて質疑を続けるわけです。委員長から、この点については、十分御注意を願いたいと思います。いかがですか。
○委員長(草葉隆圓君) 承知いたしました。
○吉田法晴君 ちょっと関連。 この前のときも、要求大臣が出られないで、途中で、実は中断しなければならなかった。で、きょうも、まあこれは、おとといから要求をしているわけなんですけれども、それぞれの理由で出られないのですが、これは、外務大臣にお尋ねをしたいのですけれども、政府を代表して出ておられるのは、外務大臣だけですから、六十三条も引き合いに出して、当時、決裁の調印をされた岸総理、それからこれは財政関係あるいは特別円に関しますから、大蔵大臣にぜひ出席を願いたい。統一見解として愛知官房長官が答弁せられたところと、それから藤山外務大臣の答弁とは、非常に食い違っているから、責任者が出て答弁せよ、こう言っておるのに、この前のときも出られなかった。今度も出られなかった。どういう理由で出られないのか。この「答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。」と、こういう規定もあるのに、二度も要求をしたのに、なぜ出られないのか、どういう工合に考えておられるのか、はっきり一つ承りたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん政府として、国会、委員会その他会議が開かれますときには、要求があれば、出ることに努めますことはむろんのことだと思います。ただ総理も大蔵大臣も、現在いろいろ先約もあることでありますし、そういう関係上、今日は遺憾ながら御出席できなかったのだと思うのです。よく、そういう点申し伝えます。
○吉田法晴君 この前、おとといですか、おとといこの委員会で、総理は出られないとしても、大蔵大臣に出てもらいたい、こう言ったところが、これは予算省議の関係で、どうしても出られぬ、こうお話があったのですが、その日、省議で出られぬと言われた大蔵大臣が、決算委員会には出ておられる、当委員会の与党の理事を通じて、国会には出られぬ、予算編成の最後の段階だから出られぬと、こう言っておられて、決算委員会には、ちゃんと出ておられる、あとから、与党の理事からも抗議をされたというけれども、これは、私はベトナム賠償の審議をしております当委員会に対する少なくとも大蔵大臣の、これは軽視だと思う。きょう総理が出られないのも、まさかゴルフに出かけられて出て来れぬのじゃないと思うのですけれども、今までの総理あるいは大蔵大臣の出席と、それから出席されなかった間における行動、他の委員会に出られたり、あるいは他の仕事をしておられたのを見ると、これはベトナム賠償問題について、政府が軽視されているのではないか、こうしか考えられない。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 政府は、決してベトナム賠償ばかりではなく、参議院の外務委員会を軽視しているということは毛頭ないわけで、おそらく決算委員会等に出られたのも、あるいはこの委員会より先に御要求があったというような関係その他ではなかったかと思います。 なお政府といたしまして、十分注意をいたします。
○吉田法晴君 おとといの事実は、予算省議でどうしてもはずせぬと、こういうことで、私どもやむを得ないということで質疑に入っております。そうしたところが、われわれのところには出て来られぬけれども、決算委員会には出ておられる、何十分出ていたかは知りませんけれども、少なくとも二十分や三十分でないことは、これは明らかだ、明らかに、われわれに対して不信、あるいはとにかく食言をしておられる、実際の行動を見ると。 で、きょうのとにかく要求は、おとといからしているのですから、たとえばそれは、半日は出られぬけれども、一時間なら出られます。あるいは三十分なら出られるという努力をされた形跡があるのならわかる、そういう努力が、何らなされておらない、そうすると、軽視していると言わざるを得ないじゃないですか、委員長は、承知いたしましたということですけれども、従来の経緯は、そういうことでは許されぬ事態であったということを私は申し上げる。質疑に入りますけれども、非常な不満、今後質疑を続けていく中で、大きな矛盾が出てきたり、あるいは答弁ができなければ、これは、あとへ持ち越さざるを得ないという事態が出てくるであろうということを警告をし、そういう取り計らいをしてもらう以外にないということを、委員長に申し上げて、質疑に入ります。
○木村禧八郎君 それで、ただいま吉田委員からも指摘がございましたように、総理大臣、大蔵大臣、御出席がありません。しかし質疑は進めますので、総理大臣、大蔵大臣に対する答弁を求めた場合は、それは後日に保留、その答弁は、後日にしていただいてけっこうですから、保留さしていただきたいと思います。委員長、この点御了承願えますか。
○委員長(草葉隆圓君) 承知いたしました。大蔵省前田政務次官その他も見えておりますので、御連絡をいただきますれば……。
○木村禧八郎君 そのように了解して進めます。 では最初に、この間政府委員の方から、終戦後一年、約一年たって、正金銀行の特別円勘定が移動しておる点につきまして御説明不十分で、調査して報告するということでございましたが、まずその点御報告していただきたいと思います。
○政府委員(西原直廉君) 先日、終戦当時の帳簿が十億九千六百万円、約六百万円でございましたのが、二十一年十一月の十九日の最終残高が十三億千五百万円何がしになりましたということを申し上げたわけであります。この差は、交通通信等の不順と申しますか、不便な関係から、帳簿上記帳がおくれたり何かする関係もございますというふうに申し上げましたが、調べましたところ、そのおもな原因は、八月十四日に特別円勘定に入金しております二億五千万円の入金が、やはり通信連絡の不便な関係から、八月の二十四日に、こちらの方としては記帳になって、約十日間おくれているというようなことでございまして、その他若干利息だとか、あるいはフランス側での支払いなんかございまして、このような数字になったわけでございます。
○木村禧八郎君 この終戦時、十億から約三億ふえているということは、日本の債務が、それだけふえたことなのですね。それだけまた決済の場合に、われわれ国民の税金の負担が重くなる、多くなるのですから、こういう問題はそう軽率に扱い得ない問題なんです。国民負担の増加になる問題で、もっと決定的な調査が必要であります。ただいまの御答弁では不満足です。私は多少調べた点もございますが、もう少しよく具体的にお調べになっていただきたい。上海が、━━この間の御答弁と違いますから。終戦直後も、相当大量の、巨額の資金の移動があったわけです。その巨額の資金の移動が、なぜ起こったかということについて、もっと調査されて御答弁願いたいのです。 で私は、この問題だけにこだわっておりますと、時間がなくなりますから先に進みます。それはあとで、また十分御調査の上、御答弁していただきたい。
○政府委員(西原直廉君) ちょつと……。
○木村禧八郎君 あとにしていただきたいのです。時間が……。
○政府委員(西原直廉君) 今の点、ちょっと御答弁申し上げておきたいと思いますので……。 この間、上海の送金のものが繰り越しになりまして記帳直しになったのがございますと申し上げたのですが、調べましたところ、これは残高自身の、八月十五日と二十一年十一月十九日の残高の、つまりそれ自体を比較いたしますときには、関係がないのでございます。この上海送金は、フランス側の費用として、通常インドシナ銀行からの指図で、大体三カ月ごとに、特別円勘定を払い出しまして、そしてまあ、シナにおける正金銀行の支店に送金されていたので、二十年六月の三十日付で、インドシナ銀行を通じまして、四億六千八百万円ちょっとのものの送金の申し込みがございました。ところがこの件は、二十年八月二十四日に、正金銀行は、それで上海支店あてに、電報送金をしたのでございます。その後この電報送金は、終戦後の混乱のために、現地の上海支店に到着いたしません。このためにフランス側からはこれを取り消してほしい、送金取り消しをしてほしいということを言ってきたのでありまするが、その間の事情はあまりはっきりいたしませんのでその事情を調査いたしました。ところが、昭和二十一年七月十九日にインドシナ銀行の東京支店から、上海電報送金が現地未到着でございまして送金取り消しをしてほしいというフランス政府の申し入れを正式に伝えてきたわけでありますので、それを司令部とも折衝の結果、司令部から上海の正金銀行接収機関へも照会いたしましてその確認をいたしました。そういうことが確認されましたので、二十一年十一月十九日に本件に関しまして特別円勘定へ繰り戻しを行なったのであります。従いまして、これは十一月十九日との勘定の開きは、結局入って出たような関係になりますので、バランスとしては関係がございませんので、そういう事情でございますので、ちょっと御説明申し上げます。
○木村禧八郎君 戦争が終わってからこれは政府への正金の貸し上げ金と見合いになっている関係ですね、この特別円というものは。だから、これはやたらにそういうふうにフローティングしていいかどうか、これまた問題があると思います。しかしこれはまた議論になりますからこれに対する質問はまた保留しておきます。 次に進みます。外務大臣に伺いたいのですが、一昨日外務大臣にお伺いしたのですが、昭和三十三年二月八日、衆議院予算委員会における愛知答弁、いわゆる愛知答弁です。これは戦争中、戦争以前の分を入れて払うという答弁になっておるのですが、この答弁のいきさつは外務大臣も当時おられたのでよく御承知の通りですね。成田委員に対する質問に対して総理大臣と外務大臣の満足のいく答弁ができなくて、そこで閣議を開いて政府の意見統一を行なって官房長官から答弁をされた政府の統一意見です。ですから、当時外務大臣がおられましたから、その閣議に参加されたはずだと思うのです。それによれば、終戦時昭和二十年八月十五日現在のこの残高ですね。これを基礎にして、そうして払ったということを言っておるわけです。そうすると、戦争中の債務もこれは払っておるということになっておるのですよ。ところが、藤山外務大臣が三十四年十一月五日及び十一月二十五日衆議院外務委員会におきまして、これは戦前の分も入る、いわゆる五億七千万円ですね。昭和十九年八月二十五日の現在の残高五億七千万円に対する支払いであると、こういうふうに御答弁になっておるのです。ですから、はっきりそこで食い違いがあるわけですね。どちらが政府の正しい態度か。外務大臣は閣議ではっきり統一された意見をここでくつがえされておるわけですね。それから、それはまた閣議を開いて愛知官房長官が答弁された。その閣議、政府の統一意見を修正されたのかどうか。そして外務大臣があとで御答弁になった十一月二十五日、床次委員に御答弁になった八月十五日現在五億七千余万円ですね、この残高をお払いになった、そういうふうに解釈するのが今の現段階における政府の見解なのか、これをはっきりいずれかに御答弁願いたい。はっきり違っておるのですから。速記録お読みになったでしょう、あとで。これは外務大臣に御答弁を願いたい。それで外務大臣に御答弁願って、政府委員の方は失礼でございますが、あとで、外務大臣から御答弁があってから、補足的な説明として御答弁願いたい。外務大臣より先にいつも政府委員の方が御答弁になりますが、まず外務大臣の御所見を伺って、それから補足的に政府委員の御説明を伺いたい。そういう順序でお願いしたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私が先般、床次委員ですか、床次委員にお答えした。それがただいまの政府の解釈でございます。当時おそらく官房長官……。
○木村禧八郎君 ちょっと御発言中ですが、失礼ですが、そこに愛知答弁と外務大臣の答弁との違いをはっきりわかるように表にしたものを刷りましたから、御参考に……。よろしゅうございますか、委員長。それに基づいて一つ御答弁願いたいと思います。私はいたずらに攻撃するだけではない。そういうことを言っておるのではない。事実をはっきりいたしたいと思うのです。そうしないと国民の疑惑が解けないと思うのです。そういう立場からほんとうのことを御答弁願いたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 現在仏印特別円の処理の問題に関しまして私が答弁申し上げたことが今の政府の統一解釈であって、当時おそらく愛知官房長官としては、仏印特別円が昭和十六年から終戦まで続いていた、それの総体的な問題を解決する意味において十六億七千二百余万円は払ったという意味において答弁いたしたと、そう考えております。
○木村禧八郎君 この表をごらんになれば見解の違いがはっきりわかっているでしょう。まず特別円支払いの対象期間、愛知答弁では「戦争中及び戦争以前の分」、藤山答弁では「戦争前の分」、はっきりそうなっているでしょう。それから支払いの基礎になった横浜正金の帳簿残高、愛知答弁では十三億余円、それから藤山答弁では「十九年八月二十五日現在」の残高五億七千万円、残高の時期は、愛知答弁では「二十年八月十五日現在(終戦時)」です。これはあとで訂正されました。「二十一年十一月」に訂正されました、これは。ですから、それは了承いたしますといたしまして、藤山答弁では残高の時期が「十九年八月二十五日現在」、ドゴールがパリに入った日、つまり仏印戦争の起こる前です。前までを払った。こうはっきりしておるのですね。ですから、これは違うわけでしょう。いずれをとるかということを外務大臣にお伺いしておるのですよ、政府を代表して。当時外務大臣も閣議に参加されてこの統一の見解をまとめるために外務大臣がおられたのですから……。こんなはっきりしておることを……。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 当時愛知官房長官の答弁されましたのは、むろん仏印特別円の全般的な解決がこれで起こったということの意味において、こういう答弁をされたと思うのですが、政府として前からこの交渉に当たって四十四年八月二十五日を目標としておったわけでございまして、その意味においては答弁の内容そのものは食い違っておる点がございましても、それは目標の置き方が違った意味でありまして、私の申し上げたのが今の政府の解釈でございます。
○木村禧八郎君 それでは、いわゆる八月二十五日現在の残高五億七千万円を、いわゆる戦前の債務のみを決済した、これが今の正しい政府の見解である、こういうふうに了承していいわけですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) さようでございます。
○吉田法晴君 この愛知答弁は、成田衆議院議員の質問に詰まって、そして閣議を開いて、統一見解としてここに書いておるような、戦争中あるいは戦争以前の分を含んでこの特別円の問題についてこの清算をしたのだ、こういう答弁をされた、藤山答弁は戦争の始まった時期が八月二十五日云々、こういう答弁と符節を合わせるのですが、しかし特別円の問題について、政府の見解が訂正されたら訂正されるように閣議を開いてそして訂正をする、こういうことがなければならぬと思うのでありますが、先般来質疑をしておりますと、閣議を開いて、いつ八月二十五日現在にした、こういうとにかく変更の閣議を開かれた事実が述べられない。そうすると、政府の統一的な見解は、特別円の問題についても、三十三年二月八日に統一見解として表明されたのは政府の正式統一見解、藤山答弁を横におって総理大臣がそれはそういう工合になっておりますとまあ弁護されましたけれども、しかし政府の統一見解は変更になったということは、はっきりおっしゃらずに、明らかに答弁は食い違ったままにしておる、はっきりしてもらいたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 当時成田委員の質問に対して、愛知長官が答弁されましたものを特に閣議で決定したとは私ども考えておりません。関係者が寄りまして、当時の成田委員に対する答弁を説明いたす場合に、日仏特別円に関するその問題については、昭和十六年から終戦時までこの日仏特別円の問題があったのです。それをひっくるめてこういう形で解決したのだと、そういう意味において御答弁をいたしておるわけでありまして、われわれがそれを正確にこの問題の最初からの処理に当たりましてやったところに立って御答弁申し上げれば、今申し上げましたような形の答弁になるわけでございます。
○政府委員(高橋通敏君) ただいま大臣の発言の通りでございまして、この愛知発言を読みますと、先ほど特別円の債務の決済残り、これらはいろいろと勘案いたしまして改めてフランス側との話し合いによりまして三十二年三月二十七日にこれこれの十五億円の決済をいたしたわけでございます。こういうふうに書いてございます。それからこれによりまして、戦争以前からのいわゆる仏印の特別円の問題というものは全部片づいた、こういうことに相なるわけでございまして、すなわちこれでとにかく仏印の特別円という問題が片づいたということをここで強調している次第であります。
○木村禧八郎君 それは片づいたという点はそれでけっこうなんですが、しかし藤山答弁によればですよ、戦争後における特別円の問題は片づいておりません。八月二十五日現在をもってその残高を払ったのだと言っておるのでしょう。八月二十五日以後のあの五億七千万と、終戦時における残高十三億との差額約八億というものはどうなったのですか。藤山答弁によればですよ。
○国務大臣(藤山愛一郎君) われわれはそういう主張でもってこれを解決いたしたのでありまして、フランス側においては別個の見解をとっておったかもしれませんけれども、これによって仏印特別円の問題は全部解決したということなのでございます。
○木村禧八郎君 解決したことをしていないとは言えないです。これはあとの質問に関連してくるんでありますが、はっきり外務大臣は、八月二十五日現在残高五億七千万円を基礎にして、それに金約款を考慮して一〇・三倍をかけて、そうしてそれが五十何億になる、そこでフランスと交渉して十五億で妥結したのだと述べているでしょう。ですから、あくまで基準はね五億七千万円ですよ。ところが、愛知答弁では、終戦時の十三億というものを残高を元にして、そうしてフランスと折衝して十五億ということになったんだと言っているんですから、はっきり違うんですよ。これを見たってはっきり違うでしょう。いつの残高を基礎にして政府は考えたかということを質問しているんですよ。ですからほんとうは、藤山外務大臣は愛知答弁を修正されなければいけないんです。愛知答弁は、もし藤山外務大臣のような御答弁であるならば、愛知答弁は間違っていたという場合でなくても、不正確であることは事実でしょう。ですから訂正される必要があるんですよ。訂正されるならよろしいんです。訂正されて、そうして外務大臣が御主張になるように、十九年八月二十五日現在の五億七千万円を基礎にして、それに金約款を考慮して、そうして十五億円でまとまったんだと、それに四十七万ドルですかに相当する一億五千万円余を加えて十六億円になった、こういう御答弁ならばそれでわかるんです。外務大臣の御趣旨は、今私が申し上げたような御趣旨なんですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 政府の確定的な解釈は、私が御答弁申し上げたのに尽きております。従って、愛知答弁というものが若干角度を変えた仏印特別円の全般の問題についての処理がこれで済んだんだという意味で申し上げたのとは根拠が違っております。従って、それも愛知答弁が間違っているとは思いませんけれども、しかし私の申し上げておりますことが今の政府の解釈だという意味においてならば、訂正を申し上げても差しつかえございません。
○木村禧八郎君 御訂正なされますと、あとでまた困ることが出てくるんじゃないかと思うんです。といいますのは、愛知答弁は、あれはあとで計数を整理してくればわかります。愛知答弁は計数的にはよくわかるんです。おそらくあの愛知答弁がほんとの事実だと思いますが、それはあとで御質問していきますと、計数がぴったり十五億合う計数が出てくるんであります。何銭までの計数を寄せれば十五億になる計数が出てくるんですよ。ですから愛知さんの言うのが私は正しかったと思うんですよ。それを戦争の時期の問題が起こってきたものですから、十九年八月二十五日の問題が出てきたから、そこで八月二十五日現在五億七千万円というものを基礎にして、そうして金約款というものを云々でフランス側に申し入れて無理に十五億というものに計数をつけたと、私はそう解釈します。これは議論になりますから、次に角度を変えて伺います。 外務大臣は、八月二十五日以前の、いわゆる戦前の債務の処理であるということを再確認されましたですね、はっきりと。それで愛知答弁を修正されました。そこで伺いますが、戦争後における債務というものは、国際条約との関連で、国際条約上平和条約の第七条によりますと、政治的条約は、戦争状態になれば、これは効力を失う。それから非政治的条約は、これは一時停止になるわけですね。そしてこれは、戦後において相手国側から通告があった場合生きると、高橋条約局長が前に森委員に対して御答弁がありました。それによりますと、八月二十五日以後の正金とインドシナ銀行とのこの契約は無効になるのではないでしょうか、条約上。いかがですか。
○政府委員(高橋通敏君) 条約上の問題でございますから、私から申し上げます。 ただいま御引用になりました第七条は、これは、戦争中の条約を将来に向かってどうするかという問題でございます。従ってこの七条によって、また七条の通告いかんによっては、効力を喪失するとか喪失しないとかいう問題ではございません。すなわち、戦争中の政治条約というものが効力を喪失するかどうかということは、こういう条約関係を抜きにいたしまして、戦争ということの当然の効果と申しますか、そういうことで効力を失うという問題が起こるわけでございます。ただいま御指摘の通り、一般的な政治条約というものは、戦争によって当然効力を失うわけでございます。また、そこでこの特別円の問題になりますわけでございますが、従いまして、八月二十五日を基準といたしまして、その前は戦前債務でございますし、われわれといたしましても、八月二十五日以後の問題は、これは政治条約と申しますか、そういう約束でございますので、効力を失うと、それはまた、この十四条の(b)項の請求権の放棄ということが適用になるものと考える次第でございます。ただし、それは、そういう法律論もございますが、また別の法律論、別の考え方が立ち得るわけでございます。と申しますのは、この条約関係に限りまして、ただいま御指摘のように、戦後十三億という勘定が出たわけでございます。この出たということは、この勘定の基本となるところの双方の関係を、双方がそのまま運用したという事実によるわけでございます。運用したということは、それによりまして、そこに双方の意思の合致があったと、従いまして、このように意思の合致があって、それを運用し、しかも、そこにそういうふうな金額が出たということは、また別の見地から立ちますれば、戦前、戦争中を問わず、これは有効ではないか、この一つの考え方というものも無視できないというのが一つの有力な考え方ではないかというふうに考えております。
○木村禧八郎君 それで、外務省はどういう立場をおとりになるのですか。
○政府委員(高橋通敏君) これは、一つの法律論になるわけでございますが、われわれといたしましては、この法律的な立場、法律論といたしましては、このような戦前債務は、これは有効でありますが、戦争中のものは請求権の放棄であると、これが法律的には私どもの立場としてわれわれは考える次第でございます。しかし、必ずしもその立場が、この特別円に関して適用になるかどうかということは、これはまた非常な問題でございます。
○木村禧八郎君 平和条約十八条、戦前からの債務、これに基いて特別円決済、八月二十五日現在における五億七千万円は支払ったと、そういう解釈も成り立つわけですね。
○政府委員(高橋通敏君) そういう解釈も、法律論として成り立つわけでございます。
○木村禧八郎君 そうしますと、国際条約から見ましても、平和条約から見ましても、八月二十五日以後の債権債務は無効であるという立場をとることによってそれは破棄された、そうして生きているのは、八月二十五日以前の、戦争以前のいわゆる五億七千万円、金約款云々はまたあとで御質問いたしますが、それをフランス側と解決の対象にいたした、そうしてあとは、八月二十五日以後の分については、今条約局長が申された平和条約の七条、十四条関係、それから十八条関係からいきまして無効である、こういう立場をとって解決された、こういうふうに了承してよろしゅうございますか。
○政府委員(高橋通敏君) それは、われわれの日本側の立場としてそういう立場をとったということを申し上げているのでございます。ただこれは、そういう法律論、法律解釈としての立場でございますから、これは、おのおの相手方の方も考え方があると思います。しかし、そこからいわゆる外交折衝になるかと思いますが、その外交折衝におきまして、彼此勘案して、この十五億の解決をいたしたというわけでございます。
○森元治郎君 今、条約局長の御答弁ですが、いろいろ法律的立場の御説明はわかるのだが、結局簡単な言葉で言えば、しろうとわかりがする言葉で言えば、フランスとの折衝において押し曲げられてしまった、こういうことに帰着すると思うのですが、どうですか。
○政府委員(高橋通敏君) われわれとしましては、いろいろ交渉をいたしたわけでございます。そうしてその交渉の結果、私どもとして、どのような解決がわれわれといたしまして一番有利な解決方法であるかということを勘案し、折衝の結果この金額に落ちついた、こういうわけでございます。
○木村禧八郎君 金額に落ちついたということは、意見が合致したわけですね。最後に合意が成り立ったわけでしょう。
○政府委員(高橋通敏君) そのように考えます。ただ、合意の基礎として、どういう立場において合意が行なわれたか、それは留保して、触れていないわけであります。しかし、十五億というところで合意が成立したわけであります。
○木村禧八郎君 基礎としては、さっき、日本側の立場は、条約局長が御説明になりました平和条約の七条、十四条(b)項、十八条、この関係において日本側としては了解している、こう解釈していいわけなんですね、よろしいですか。
○政府委員(高橋通敏君) そのように考えます。
○木村禧八郎君 それから次に、金約款の問題について伺いたいのです。一昨日もちょっと伺いましたが、この金約款は、政府は否定の立場をおとりになっているわけですね、そうして事実、これは一昨日政府委員の方から、昭和十六年の協定について、金約款の意味につきまして、詳細な御説明がありました。これは了解しました。それは日仏協定ですね、十六年の。しかし、その後三谷・ラバルですか、交換公文、その四条によって、条約局長の御意見では、日仏協定自体にも、厳格にいってゴルド・クローズがあったかどうかもやはり問題があると言われました。また三谷・ラバルの交換公文の四条は、これは一応ゴルド・クローズを私は否定したものだと思うのです。こう申しては失礼ですが、前に条約局長が、衆議院の田中稔男委員に対しては、交換公文四条は、ゴルド・クローズを否定したものだというようなことを言っているのを速記で拝見したのですが、これは逆で、むしろゴルド・クローズをアウフヘーベンした条項だと思うのです。あるいはそれは、一昨日も、了解事項というのがあると、必要ある場合には金または銀にかわる外貨で支払うという、そこまでは私は、金約款について若干あると主張し、あるいはないと主張する点において、これは論争があり得ると思うのです。どっちにも意見があるのじゃないかと思う。しかし、昭和十九年四月以後においては、そういう余地は全然私はないと思う。昭和十九年四月に、いわゆる貸し上げ制度という新しい制度が設けられたわけです。これは、インドシナ銀行だけではありません。大陸全部におきまして、北支の連銀券、中国の儲備券、全部預け合い勘定になっているのですね。もし金約款があるならば、金その他の外貨をイヤマークしなければならないのです。ところが、三谷・ラバルの交換公文においては、あるいはイヤマークの必要があったかもしれませんが、十九年四月以後政府と正金との貸し上げ勘定が起こり、そして預け合い勘定が起こった以後においては、金約款というものはあり得ない。それは、その前に日本軍が平和進駐しておりまして、実力をもってインドシナ銀行と正金銀行との間に預け合いさしたのですから、金約款というものはあり得ないと思う。そこで、政府は、金約款というものは否定した立場においてこの決済をされたのだ。で、立場は、前は条約局長は否定されたような御答弁でしたが、その点いかがですか。
○政府委員(高橋通敏君) この三谷・ラバル交換公文と、その前の四十一年の協定でございますが、私、この前申し上げましたのは、衆議院で申し上げましたときは、あるいは正確さを欠いたかと思いますが、この四十一年の協定はもし金約款であるとしますれば、三谷・ラバル交換公文では金約款ではない。しかし、それに近い関係の問題であるとして、これは考えなければいけないのではなかろうか。すなわち、金約款と申しますよりか、交換率の保証と申しますか、そういうふうな関係においてこれは三谷・ラバル交換公文を考えていかないといけないのではないか、こういうふうに考えておる次第であります。
○木村禧八郎君 十九年四月からは、十九年四月の問題は……。
○政府委員(西原直廉君) ただいま御質問の十九年四月に変更されましたのは、正金銀行と臨軍関係の決済の方式の変更なんです。それが従来の現金支払いから貸し上げ金によるというふうに変わりましたのです。これはもう御承知の通りです。それで、このフランスとの関係におきましては、ただいま高橋さんからお話がありましたように、これ自身は、十九年四月以降決済方式が変更されたとか何とかいうことにはならない。これは、円の方の関係での決済を現金から貸し上げ金制度にした。で、正金とフランスとの関係と申しますか、それ自身との関係は、従前の三谷・ラバル交換公文ですが、それが依然として適用される、こういうことになる……。
○木村禧八郎君 政府の出しました昭和財政史ね。それから、これは自分が書いたものでおかしいのですが、大陸のインフレーションを研究した、「インフレーションの研究」という本があるのです。当時私も調査に行きました。この臨軍費のまかない方は、日本のインフレーションを大隆に転嫁する一つの方式なんですよ。預け合い勘定というのは、軍票を出す場合には、いろいろなその特殊条件によって出し得ることがありますし、出し得ない、現地通貨を使った方がいい、しかし、軍票を出した場合、日本が裏づけ物資を送らないと、軍票の価値が暴落すれば、対外的に日本の経済力が、これは戦争経済力は消耗したと、そういう、なるべく軍票を使わないで、そうして現地通貨を使って、そうして日本のインフレーションを現地住民に転嫁する、そういう方式をとったのが預け合い勘定です。従って、そういう経済的な見地から言えば、それに金約款というのがあるのはおかしいですよ。ですから、それは正金とインドシナ銀行との預け合いでしょう。片方に貸しをし、片方に借りをして、預け合いですから、幾らでも帳面つければどんどん預け合いできて、そうして札が足りなければ、日本からどんどん札を刷って送ってやって、そうして現地の通貨をまかなったんですよね。これが預け合い勘定というものなんです。従って、それにゴルド・クローズなんかあった日には、これは大へんな問題です。ですから、一応その国際条約の、平和条約の七条、十四条(b)項、それから十八条関係からいって、十九年八月二十五日以後のものは、これは全部無効であるという立場に立てば、金約款の問題なんかも何もなくなっちゃうわけですね。ですけれども、しかし、実際はそうでない。あとで質問しますが、十五億われわれが払うについては、やはりこの問題が関連してくると思うのです。そういうことから言えば、それから三谷・ラバル交換公文にも、この解釈によりますけれども、日本にとって有利な立場をとるとすれば、金約款を否定して五億七千万円で打ち切っちゃっていいわけなんですよ。なぜこれを主張しなかったかということですね。だから、われわれとしては不当に払った、払うべからざるものを。国際条約から言えば、平和条約の七条からいって、十四条(b)項からいって、十八条からいっても、戦後の債務は、これは放棄されたものなんです。それでまた、金約款というものは合理的に否定し得る根拠がある。昭和十九年四月以後は、実際に金約款というものがあるはずがない。あれば、金をイヤマークしていなければならぬ。だから、不当に払った、政府は。五億七千万円でいいものを、十五億円払っちゃったんです。ですから、国民に七億円ぐらいの負担をよけいにかけてしまった。不当払いです。これは、政府に重大な責任があると思うのです。この点について、外務大臣は責任をお感じにならぬかどうか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 従来この問題の処理の方針を私どもも聞いておりまして、ただいま条約局長等から御説明申し上げた通りにわれわれも報告を受けているわけでありまして、私どもは、その説の上に立ちまして総額をきめていったという、交渉の過程において総額をきめたということであれば、特に不当な支払いではなかったと存じております。
○木村禧八郎君 これは明快ではないんじゃありませんか。条約関係からいっても、はっきり条約局長は、戦後の債権債務は、これは無効であると言われておる。その点からいっても、八月二十五日以後の特別円を払ったことは不当払いですよ。さっき言われたことからいっても、はっきりそうです、国際条約からいっても。それから、かりにそれは生きるとしましても、金約款をつける、金約款をフランス側の主張で入れたということも、これも実に不当だと思う。だから、二重の意味において不当である。不当払いをしたんじゃないか。なぜ国民の利益をもっと守らなかったかですね。非常に私は軽率ではないかと思う。これはみんな国民が払う税金です。外務大臣の御答弁を一つ……。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん賠償を払う、あるいは他の国への債務を払います場合には、国民の税金から払うわけでありますから、交渉の当事者としては、これは慎重に考慮してやるべきことは当然だと思います。この処理の経過から見ましても、先ほど来申し上げておりますように、いろいろ解釈について若干の疑義はあろうと思います。また、意見の相違と申しますか、主張の相違もあるかと思いますけれども、特に不当な支払いをしたというふうには私ども考えておりません。
○木村禧八郎君 私は衆議院段階におきまして、法律技術的に、いろいろこの問題論議されたようでありますけれども、実質的にいわゆる預け合い勘定というものを明確にして、それと国際条約との関係、金約款との関係を明確にして、これが払わなくてもいいものを払ったということを明確にされなかったということは、非常に遺憾だと思うのです。それで今の質問のこの段階へ入って、ようやくこの問題が明らかにされかかっておるんですが、それで外務大臣が不当に払ったとは思わないというわけですが、外務大臣は経済人です。それで日本も敗戦によりまして多くの損害を受けたんです。戦争についてはそれは責任がある、われわれはざんげしなければなりませんが、不当に払う必要が一体どこにあるんですか。払わなくてもいいものを、そういう根拠があるのに、それを主張してどうして払ったかというわけですね。これは責任を私は感ずべきじゃないかと思うのです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん、こういうような問題については、外交交渉の上において、日仏間に解釈の相違もあるわけであります。従ってそれらのものの解釈は、お互いに堅持しながらも、全体の円満な解決をはかりますためには、一定の話し合いの上にのっとって、最終的な妥結をいたすわけでありまして、そういう意味から言いましてわれわれこの話も、不当なものを払ったというふうには、この経過を見ておりまして考えないわけでございます。
○森元治郎君 関連。この問題をずっと参議院段階、衆議院段階を通じて拝聴しておりますと、ちょうど戦争開始日と同じく、日本としては十九年八月二十五日を法律的立場から、またそういう心がまえで、腹がまえで折衝していたというようなもやもやした空気が、やっぱり特別円の問題にも出ている。これがわれわれ国民に対して明確な御説明をするには、政府が戦時中の特別円の支払いをする必要はないというわれわれの気持をはっきりさせるには、フランス側と政府が交渉していたその交渉の経過を、ここに御披露になれば、私は問題はすっきりすると思う。今まで聞いておりますると、いろいろ意見もあり、解釈もございますが、交渉の過程において云々ということであるので、政府もおそらくわれわれ野党が攻撃すると同じ立場で、フランス側と折衝なすった御苦心は了解してあげます。あげますかわりに、実はという交渉経過をここに御披露になれば、きわめて問題が明快にわれわれに納得いくと思うので、交渉の経過を、これは決してそんなに秘密じゃありません。そういうふうに話し合いで落ちついたというんですから、表面に出しても、決してフランス側の信義に反することはないと思いますので、交渉の経過を御説明願います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 条約局長から答弁をいたさせます。
○政府委員(高橋通敏君) 事交渉の内容になりますので、私その内容自体をここでいろいろ申し上げることは、差し控えさしていただきたいと思いますが、やはりこの問題につきましては、ただいま御指摘になりましたような、いろいろな法律的な問題がございます。また、その法律問題をそのまま適用すれば、どういう結果になるかというふうな問題もございます。従いまして、おのおのそのような法律論の主張はございますが、それを彼此勘案いたしまして、そして最後的にやはり一番われわれといたしまして妥当であると考えた線に、十五億をもってまとまった次第でございます。
○森元治郎君 それではもう一点だけ伺いますが、そうやって交渉の経過の中で、政府のとった立場はどうなんです。これはおそらくわれわれと同じで、戦時中の特別円の請求権はあり得ないのだ、こういう建前で交渉されたかどうか。それは必ずされたはずだと思う。それだけの御答弁を願います。
○政府委員(高橋通敏君) もちろん、われわれとして可能な、かつ有利な、妥当な議論というものは、一切できる限りいたしたつもりでございます。
○吉田法晴君 先ほど木村委員の答弁の中では、戦争中の特別円関係の計算は、交渉の対象になっていない。日本の法律的な解釈を貫いたかのような答弁が一応ございました。ところが、その後、直前に藤山外務大臣から答弁されたところでは、いろいろ疑義もあり、あるいは意見の相違もあったが、しかし円満な話し合いで片づいた。円満なまあ結果を見て、話し合いは片づいた、こういうことで、今の妥当な線云々という点が十五億になって、その基礎になる法的な解釈、あるいは戦時中の債務は、これは全然考慮に入らなかったのだ、こういう少し前の答弁というものがぼけてきております。そこで、もう一ぺんはっきりしていただきたいと思うのですが、いろいろ意見の相違はあったろうが、しかし、戦争中の債務関係については、これは考慮に入らないで結論が出たのか、それともフランス側の主張というものも、十八条その他で否定をした債務というものについても、なお幾らか認められて妥当な結論に到達されたのか、とにかく円満な話し合い、話し合いということですけれども、問題は二重払いになっているかどうかという重大な問題でありますだけに、答弁がその後ぼけて参りましただけに、もう一ぺんはっきりしていただきたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日本側としては、私が申し上げた通りの立場を終始とってきているのでありましていろいろ違ったというのは、フランス側の意見がいろいろあったということでございます。終局に妥結いたしましたのも、日本側として今まで申し上げた通りの立場で、これを妥結したということでございます。
○吉田法晴君 それでは、日本側で貫いたという日本側の主張を、法律的な解釈の立場を貫いた、こういうように解釈してよろしゅうございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日本側としては貫いているわけでございます。
○木村禧八郎君 それでは今度別の角度から伺います。ただいままで御質問しましたが、別の角度から今度御質問しますと、今までの御答弁が全部ひっくり返ってくると思うのですね。金約款は否定してないというようなことも言われたが、これは金約款ははっきり否定した結果になっているのですね。それから八月二十五日以後の、戦争中の債務は、これは無効であると、平和条約第七条、十四条(b)項、十八条によって無効であるという立場を貫き、八月二十五日以前の残高五億七千万円を基礎にして、そうして決済した、こういっておりますが、それは全部ひっくり返ってきますよ。 ますお伺いしたいのです。政府と正金銀行との間の貸し上げ状況は、どういうふうになっておりますか。
○政府委員(西原直廉君) 正金銀行の政府貸し上げ金の制度は、先ほども申し上げましたように、十九年の四月から始まったわけでございます。四月以後貸し上げ金が生じまして、二十年の八月十四日現在で、十一億六千百九十九万一千八百四十四円八十九銭が残高でございます。
○木村禧八郎君 これは、政府が正金を通じて、政府債務として、フランス銀行から政府債務としての見合いになっているということを前に御答弁がありましたが、そこで、結局、政府は横浜正金からこれだけのものを臨時軍事費特別会計から借りたわけですね。そうですね。
○政府委員(西原直廉君) 臨時軍事費の関係では、ただいまお話しの通りでございます。臨時軍事費関係以外に、貿易関係等で、現金でピアストルを調達しておる、同じ協定で調達しておるというものは別にございます。これはまた別でございます。
○木村禧八郎君 それは幾らになりますか。
○政府委員(西原直廉君) 幾らというのは、ちょっとあれでございますが、結局両方合わせまして、特別円としては、残高は先ほど申し上げましたような数字になっております。
○木村禧八郎君 十一億。
○政府委員(西原直廉君) 十三億。それが特別円の残高。
○木村禧八郎君 そうすると、この特別円は、少し専門的になりますが、いわゆる一般勘定、ゼネラル・アカウント、スペシャル・エン、スペシャル・エン・アット・ノーティスというやつ、この三つですね。ゼネラル・アカウントも含まれておるという……。
○政府委員(西原直廉君) 特別円は、普通預金勘定と通知預金勘定と一般勘定、大体この三つ。
○木村禧八郎君 三つですね。わかりました。政府はいつ正金に対しまして債務を返還いたしましたか。
○政府委員(西原直廉君) 政府の貸し上げ金、つまり借入額が、たとえば十九年四月五日に千九百八十九万八千六十三円十九銭あったわけでございます。端数がつきますがこの数字です。これは、償還いたしましたのは、二十四年四月一日でございます。このようにいたしまして、十九年の五月、六月、七月、八月、九月というふうにそれぞれ借りまして、先ほど申し上げました八月十四日に借りました分は二億五千万円、これは二十五年の八月一日に償還いたしております。
○木村禧八郎君 これは正金銀行に対して返済したのでございますか。
○政府委員(西原直廉君) 先ほどちょっと申し上げまして、繰り返すようで失礼になるかと存じますが、昭和十九年三月以前におきましては、仏印特別円により調達せられましたピアストル軍費の対価は臨時軍事費特別会計から支払われておりましたけれども、十九年四月以降は、正金銀行の臨軍に対する貸し上げ金として整理されることになったわけであります。この結果、正金銀行は、終戦時までに政府に対しまして十一億六千約二百万円の貸し上げ金を有することになりました。この貸し上げ金は、戦後、司令部の関係によりまして、二十三年十二月二十日付で東京銀行に債権譲渡された。昭和二十四年四月から二十五年八月までの間に、逐次償還期の到来に伴いまして東京銀行に対して現金で償還したわけであります。
○木村禧八郎君 さっきの御説明と違うじゃありませんか。正金銀行に払ったと言っているのは、東京銀行じゃありませんか。
○政府委員(西原直廉君) 先ほど私が正金銀行に払ったというのは、それは間違いでございまして、それは東京銀行でございます。
○木村禧八郎君 そこで、明らかになりましたが、昭和十九年四月五日いわゆる貸し上げ制度ができる前は、軍費の調達について臨軍費特別会計から出ておったのです。それで、それについては物資を日本から送っておったのです。物の裏づけがあったのですよ。それから金の裏づけ、金約款云々ということになれば、それまでの段階では、臨軍費特別会計から出ておったのです。ところが、余裕がなくなっちゃった。戦争になって。それだから、貸し上げ勘定というものを、昭和十九年四月五日から貸し上げ勘定が始まって、両方の帳面につけ合ったのです。それで金約款なんてここにあることはおかしいことはこれでもわかる。そこで、正金銀行は東京銀行に債権譲渡した。いつ譲渡したのです。
○政府委員(西原直廉君) 先ほど申し上げましたように、この貸し上げ金は、司令部の示唆によりまして、二十三年十二月二十日付で東京銀行に債権譲渡せられたのであります。
○木村禧八郎君 そうしますと、東京銀行は、政府から、その債権を払ってもらう以前に、払ってもらう以前に正金銀行から債権譲渡されているわけですね。そうでしょう。東京銀行はそのファイナンスをどうしたのです。この貸し上げの債権を東京銀行に譲渡した。二十三年に。ところが、東京銀行が政府から返してもらった、債権を返してもらったのは昭和二十四年、二十五年にかけてでしょう。正金銀行は政府貸し上げ金の債権を、証券を売ったわけで、東京銀行はその金をどこから出したのです。政府から返してもらわないうちですよ。
○説明員(半田剛君) この政府貸し上げ金と正金、東銀の関係につきましては、理財局長がお答えした通りでございますが、ただいまの御質問がございましたので、いささか補足さしていただきます。記帳の関係でお話しするといいと思います。結局、正金の時代におきましては、借方に政府貸し上げ金という債権が立っております。これは貸し上げ金制度ができるまでは、局長もお話しのように、現金で一々決済したが、債権制度の時代は貸し上げ金でありました。つまり借方であります。貸方は特別円債務というのが立っております。その後、東京銀行との間では、先ほど理財局長から説明いたしました通り、この件だけでなくていろいろな債権債務、資産負債というものの引き継ぎがあったわけであります。その間、その一環としてこの貸し上げ金債権というものが東京銀行に移った。しかし、そのかわり資産が正金の方に来た。つまり、政府貸し上げ金という借方が変わって、他のどのような資産か知りませんけれども、他の資産とか、貸方は依然として特別円債務、これが正金の姿、東京銀行の方はこれはそのかわりに、政府貸し上げ金というのが他の資産とともに貸方に上がっておるわけであります。従って、その債権を政府から東銀に払うのが当然であります。また正金の方は、これは政府貸し上げ金については東銀からその対価として他の債権または資産が借方に来ておりますから、政府貸し上げ金債権は政府の負債として東銀に残っている。他方、正金としては貸方には特別円債務がある。しかるに、政府からフランスに払った債務免除であるが、これを政府が正金銀行から取り戻した次第なのであります。
○木村禧八郎君 そういうことを聞いているんじゃないのです。東京銀行が正金から譲渡してもらったこの政府に対する貸し上げ金債権を、昭和二十四年四月ごろから昭和二十五年八月ごろまでに、何回にも分けて返したんでしょう。ところが、債権譲渡したのは昭和二十三年ですよ。そこに政府から返してもらう前に、どうして東京銀行というものは正金にその金を払えるかということを聞いているのですよ。 それにお答えになる前に、もう一つ重要な点がある。政府は昭和三十二年の三月二十七日にフランスと決済したんでしょう。それであるのに、フランスの決済は昭和三十二年三月二十七日であるのに、それと見合いになっている特別円の支払いを、なぜ東京銀行に事前に、昭和二十四年四月二十五日に払ってしまったのですか。まだ特別円の勘定の整理もつかないのですよ。それが昭和十九年八月二十五日以前の債務か以後の債務かで、非常にもめたんでしょう。ところが、実際にはそれと見合いになっている正金に対する貸し上げ金の方は、昭和二十四年から二十五年にかけて先に払っているんでしょう。フランスに払う前にまず国内の銀行の方には払っちゃっているのです。これはどういうことなんですか。
○政府委員(西原直廉君) 政府貸し上げ金は、政府の貸し上げ金証書というものを出しまして、それで政府の債務としてあるわけでございまして、これはそれぞれの金額に、十九年から二十四年、大体五年の償還期限で、利子が二分二厘五毛というのがついております。貸し上げ金証書というものであります。従いまして、これは当然その償還期限が満期になりますと、払うわけでございます。
○木村禧八郎君 ところが、昭和十九年四月五日からこの貸し上げ制度を始めてから、ずっと昭和二十年八月十四日まで未償還ですよ。期限が来れば払うなんて、そんなことじゃありませんよ。全部未償還じゃありませんか。
○政府委員(西原直廉君) 借り入れた日と償還をいたしました日を、それじゃ申し上げます。十九年の四月五日に約二千万借りまして貸し上げ金証書を渡しまして、それを二十四年の四月一日に同額を償還いたしました。それから、十九年の五月にやはり二千約百万借り上げまして、これを二十四年の五月に払っております。それと同じように、いろいろ口数はございますが、最後にたとえば借り上げましたもの、二十年八月十四日のものは、二十五年八月一日に払っております。
○木村禧八郎君 これは前にずっと質問をしてきましたように、フランス銀行との見合いにおける勘定であることは何回も言ったでしょう。政府債務であると。フランスに対する政府債務である。そうすると、この見合いにおいて、政府債務であるということをはっきり言いましたよ。ところが、フランスの方との決済がつかないうちに、先にこれを払っていいのですか。フランスの方との決済は十九年八月二十五日現在五億七千万円の残高を払ったのですよ。ところが、これは八月二十五日以降の全部を払っているでしょう。正金に対しては全部払っているじゃありませんか。その食い違いはどうするのですか。不当払いじゃありませんか。フランスに対しては五億七千万円八月二十五日現在の残高で決済をした。そうして戦後における八月二十五日以降の分は条約上無効となっている。ところが、その無効となっている、見合いになっている正金銀行が政府に貸し上げているその金の方は、これは打ち切らないで……。ほんとうは帳消しにさるべきだ。打ち切らないで、そっちの方に来ている。そこを払っている。国内の銀行には払ってフランスの方には八月二十五日現在で払って、あとはどうなるのです。不当払いじゃありませんか。払うべからざるものを払っているじゃありませんか。
○政府公務員(西原直廉君) この債権債務のつまり起こりのことと思いますが、正金銀行のサイゴン支店はインドシナ銀行からピアストルの現金を受領いたしましたときに、一たん仮り受け勘定で処理いたしまして、正金銀行東京支店あてに打電し、東京支店はこれに対して特別円勘定を貸記いたします。これが正金とインドシナ銀行との関係であります。それに対して、今度は政府に対する貸し上げ金の措置をとるのでありますが、これはその関係は、政府のつまり円の貸し上げ金の処理の関係になるわけであります。つまり、貸し上げ金については貸し上げ金として償還期間が来ましたら処理いたしまして、特別円については特別円として処理をいたしまして、そうして先ほど半田課長から申し上げましたように、特別円に対して払いましたから、それに対して正金銀行に利益がつくわけでありますが、それだけほうっておくことになりませんので、その分だけは政府に納付をしてもらう、そういうことで全部の決済をつけたのであります。
○木村禧八郎君 だから、私は前からくどく質問をしてきたのですよ。これはフランスと日本の間の政府の債務であるかと聞いたら、政府債務だという御答弁。では、その政府債務である内容は何だといったら、貸し上げ金だ、預け合い勘定の貸し上げ金だ。━━政府の証書として出した債務でしょう、実質的に。フランスの方に対しては八月二十五日現在五億七千万円で打ち切って八月二十五日以降のものは無効として政府はその立場をとったと言われたでしょう、さっき。八月二十五日以降のものは無効じゃありませんか。それに対する見合いとして正金銀行が政府に貸し上げたピアストル、その貸し上げ金は、これはやはり帳簿上落とさなければならないでしょう。それだのに、フランスの方の決済がつかない以前に、償還期限が来たから返してしまった。━━じゃ、かりに償還期限が来たから返してもいい。そのあとでは、それだけ正金銀行から政府に返済させますか、返済させるべきじゃありませんか、正金から。払うべからざるものを正金に払っているんでしょう。
○政府委員(高橋通敏君) 私から先ほどのにちょっと補足さしていただきますが、この八月二十五日で切った問題、これは国際法上の問題でございます。すなわち日本とフランスとの関係におきまして、そのような立場をとって交渉をし、そのような立場をとったということでございます。従いまして、そういう立場からすれば、その請求権の放棄、戦前債務という問題が起こってきます。これは国際法上のフランスと日本との関係においてそういうふうに考える問題でございますし、ただいま御指摘の債権につきましては国内法上の問題だと思います。
○木村禧八郎君 それは先ほど高橋条約局長は、はっきりと、日本側としては八月二十五日以後の債務は、これはもう無効であるということを言われたのです。日本側はそういう立場をとったというのです。はっきり確認したのですよ。それならば八月二十五日以後フランスが放棄した、こちらで認めていない債権と見合うところの正金における預け合い勘定、それが八月二十五日現在を例にとれば、大体まあ一億五千万円ぐらいのものですよ。ところが、実際には十一億六千百万円払っている、ですから八月二十五日以後、これが、フランスが放棄したとすれば、約十億円というものは正金に払うべきじゃないのですよ。実際は償還期限がきたから払ったというならば、フランスとの決済において八月二十五日以後は、これは無効になった、向こうが帳消しにした、だから正金銀行に払った十億は、政府が正金から返してもらう、そうでしょう、そうです。東京銀行は正金から返してもらう、そうでしょう。正金は今度はどうなるんです。フランスの仏印に対しては、もう債務がないのですから、それを消すのでしょう。
○政府委員(西原直廉君) 政府への貸し上げ金証書は、今お話しがありましたように、国内法の関係の問題でありまして、当初は正金銀行と日本政府、後に正金銀行がその債権を東京銀行に譲渡しました、東京銀行と日本政府間の貸し上げ金であります。従いまして、これは期限が参りましたら、債権債務でございますから、その証書の通りにこれを支払う、償還したわけであります。それから特別円の関係は、十五億と米ドルでもって決済がつきました。その関係で正金銀行からは、それ相当のものを政府としては納付せしめて決済をした、こういうことでございます。
○木村禧八郎君 正金銀行は、昭和十九年八月二十五日以後の分については、政府は払う必要がないのですよ、払う必要がないじゃありませんか。フランスとの円決済において、これは無効になっている、無効になっているのをどうして払わせるのですか。国内の政府の貸し上げについては金約款がありますか。
○政府委員(西原直廉君) 国内の貸し上げ金については金約款はございません。
○木村禧八郎君 金約款はないんでしょう。これまでずっと質問して参りましたのは、この特別円というものはフランス政府と日本政府との間の政府債務であると言っているでしょう、その政府債務は何であるかといえば、正金を通じて、正金をエージェントとしている、そうしてインドシナ銀行と預け合いになっている、それは実質的には政府に対する貸し上げというものだ、それは法律的には、さっき言いましたように、短期証券という形で出しております、実質的にはつながっているんですよ、切っても切れないんじゃありませんか。だれから聞いたって貸し上げ金制度ができて━━十九年四月五日から貸し上げ金制度ができているんです、そうしてこの貸し上げ制度というものと特別円というものは切っても切れないんです。ところが、国際関係のフランスの方との決済においては五億七千万円八月二十五日現在の決済でしちゃったんです、八月二十五日以後は無効になった、決済してないんです、そういう立場をとったんです、日本政府は。ただそれで金約款というものを持ち出して五億七千万円を十五億に水増しをした、そういう見解をとっている。ところが、国内の方においては八月二十五日以後の分までもその見合いになっている債務を支払っている、実際に。これでは不当な支出じゃありませんか、なぜそういう支払いをする必要があるか。だから愛知答弁によればやや理屈が合ってくるんです、終戦後までも払った。ところが、藤山答弁は愛知答弁を修正した、八月二十五日以後については無効である、あくまでも戦前債務である、平和条約十八条だ、こう言ってきたんです。それならば、どうして八月二十五日以後の分について日本の銀行の方になぜこれを払うんです、払ったとするならばそれを返してもらうべきであり、しかもフランスとの決済は三十二年の三月二十七日にやっておいて、決済の方は、そうして東京銀行には昭和二十四年、あの、ドッジ・ラインの金融の詰まっている、困っているときに、これを払っちゃった、二十四年、二十五年、でそれ以後、現在までの貨幣価値を考えてごらんなさい、いかにもうけているかわからぬ。そうしてその金が横浜正金に行って、正金は閉鎖機関になって、運用してもうけている。約十年間というものを先に払っちゃってもうけさしているんでしょう。このフランス側に対する決済の関係と国内の方の決済の関係、これを明らかにしてもらいたい。この関係を明らかにしてもらわなければ国民は非常な疑惑を抱きますよ。不当なものを東京銀行を通じ、横浜正金銀行に払ったということになるんです。
○吉田法晴君 議事進行。私ここで聞いておると、大蔵省側は藤山答弁ではやはり説明ができぬ、それは愛知答弁が正しいんだと、こうおっしゃる。それは私語でわれわれに聞こえないが、公の答弁ではないけれども、それははっきり愛知答弁を正しいと言っている。それは藤山答弁が閣議で統一をして、そうして臨んでおられぬから、こういうことが出てくる、これは大臣が出てこなければ答弁ができません。愛知答弁を貫かれて、そうしてとにかくこの東京銀行等に支払いをしておられる、そのあとから藤山答弁に従ってつじつまを合わせようとしたって、それは答弁できませんよ。これ以上とにかく質疑を続けてもしようがないから、閣議を開いて統一答弁を持ってきてもらいたい。
○政府委員(西原直廉君) どうもはっきりしないところがあるように思いますので、申し上げますが……。
○木村禧八郎君 政府を代表しての責任ある答弁ですか。
○委員長(草葉隆圓君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(草葉隆圓君) 速記を始めて。
○政府委員(西原直廉君) 私の本件に関することは、昨日も━━一昨日ですか、申し上げましたと思いますが、国内の関係におきましては、政府と正金または東京銀行との債権債務でございますので、これはその債権債務として決済しなければならない。それで償還期間が参りましたときには、償還期に従ってこれを決済したわけでございます。 それから特別円の関係は、政府とフランスとの関係でございますので、特別円の処理の協定によりまして、インドシナ銀行名義で横浜正金銀行に開設された諸勘定の問題の解決に関するフランス共和国政府と日本政府との間の議定書に従いまして、日本政府は十五億円に相当する額のスターリング・ポンド、及び四十七万九千六百五十一米ドルをフランス共和国政府に支払う、これによりましてフランス共和国政府はインドシナ銀行名義で横浜正金銀行に開設されました諸勘定に関しては、いかなる要求も日本政府には提出しないと、こういうことになったわけでありまして、従いまして、これで諸勘定が全部整理されたと、こういうことであります。従いまして、私どもとしては、この日本の国内法による政府貸し上げ金は、その規定と申しますか、約款通りに支払い、また、特別円については、政府とフランスとの関係によりましてこの議定書によって整理をした、そういうことでございます。
○木村禧八郎君 それはそういう事務的なことを聞いてるんじゃないんです。重大な政治問題ですよ。国内の銀行には払うべからざるものを払っているのです。藤山答弁によれば、八月二十五日以後においてはこれは放棄されているものなんです。それに見合う政府貸し上げ金の方を国内においては払っちゃっている。しかもそれが特別円決済が、三十二年三月二十七日に決済がようやくついた、それ以前になぜ払っちゃっているのか。この場合これは重大な政治的な問題ですよ。これは不当払いですよ。これについてはまだ具体的にもっと御質問していかなければなりませんが、事務当局としてはそれは答弁できないと思うのですよ。これはどうしても総理大臣及び大蔵大臣の御出席を得て、政治的にも大きい問題だと思うのです。もし今東京銀行に十億を返せということになったら、東京銀行は今度は正金銀行に返せということになる、正金銀行は今度はどうするのですか━━いやそれを御質問しているのじゃないんですが。
○政府委員(西原直廉君) 東京銀行及び正金銀行に対します政府の貸し上げ金は、これは政府の東京銀行または正金銀行に対する債務でありまして、条件が、先ほど申し上げましたように、きまっているわけでありますから、条件の通りの償還期が参りましたらこれは払わなければならないものと存じます。従いまして、払ったわけでございます。
○木村禧八郎君 そういうことを聞いているのじゃない。その債務はこれまで質問してきたように、フランスと日本政府との間の債権債務だということをはっきり言っているのじゃないですか。それは国内的には貸し上げ金ということにつながっていて切り離すことはできない、実質的には。法律的にはそうであっても。これはまた別の角度から御質問しますが、ついでに数字的にちょっと伺っておきたい。そうして私は少し疲れていますから、まだまだたくさんございますので、経理関係、これから東京銀行及び閉鎖機関の正金銀行の、閉鎖機関の経理関係を聞いていかなければなりません。十年間、フランスの方の決済がつかない間に早く払っちゃって、その十何億という金を運用さしているのですから、その利益というのを一体どうするか。これは実質的な問題です、法律的の問題じゃなくて、実際の問題としてこれは大きい問題です。その点もまだ残っておりますが、ただ数字的に伺っておきたいのは、正金銀行は政府に対していつどれだけの債務を支払ったか、償還したか。
○政府委員(西原直廉君) 正金銀行は、政府に対しまして昭和三十二年四月に八億三千八百万円……。四月二十七日でございます。
○木村禧八郎君 幾ら払ったのですか。
○政府委員(西原直廉君) 八億三千七百九十八万一千五百四十二円二十六銭、それから三十二年八月二十一日に六億八千五百万七千六百二十五円四十八銭、その次が三十三年の十一月二十日でございますが、一億四千九百六十八万五千二百六十円六十六銭、これを払いましたのです。
○木村禧八郎君 それ以外は……。
○政府委員(西原直廉君) それから、なおたしか利息でございますが、三十三年の十一月二十日に五百十万九千三百三十八円、それだけ払いました。
○木村禧八郎君 この数字に間違いはございませんか。間違いないですか。
○政府委員(西原直廉君) それで合計して受け入れ額が十六億七千七百七十八万三千七百六十六円四十銭。
○木村禧八郎君 これは間違いないですか。
○政府委員(西原直廉君) 間違いございません。
○木村禧八郎君 私は正金の閉鎖機関に行って調べました。この数字と違います。閉鎖機関の数字を申し上げましょうか。閉鎖機関では、昭和三十二年四月二十七日、七億四千二百九十四万三千百六円六十四銭、三十二年八月二十一日、六億七百三十七万一千六百三十二円七十銭、それから三十三年十一月二十日、一億四千九百六十八万五千二百六十円六十六銭、それから閉鎖後の利息として五百十万九千三百三十九円、こういう報告であります。
○説明員(半田剛君) ちょっと補足説明させていただきます。間違いはございません。今大村先生がおっしゃいましたのは、三十二年四月二十七日に七億云々というのはこれはいわゆる米ドル勘定、つまり特別外貨勘定残高の円相当額を除外したものでございます。従いまして、理財局長が答弁した昭和三十二年四月二十七日に支払った八億三千七百九十八万一千五百四十二円二十六銭というのは、ちょうど二つに分かれまして、一つは木村先生のおっしゃった七億四千二百九十四万三千百六円六十四銭と、そのほか米ドル勘定のうち、政府と正金との取りきめによってそのうちの九千五百三万八千四百三十五円六十四銭を合わせて払って参りまして、合計いたしまして理財局長の数字になるのでありまして、間違いはございません。
○木村禧八郎君 そうすると、円勘定だけ入れますと幾らになりますか、米ドル勘定以外。
○説明員(半田剛君) 円勘定だけ合計いたしまして、三十三年十一月二十日の最終の受け入れ額と申しますか、支払い額を入れますと、十五億五百十万九千三百三十八円になりますが、その五百十万九千三百三十八円というのが三十三年十一月二十日に払ったものですから、つまり十五億とそれからその五百十万云々を入れましたのが十五億五百十万円になるものでございます。
○木村禧八郎君 そうしますと、私がさっき申し上げました米ドル勘定を除いた円勘定の数字はあれでよろしいわけですね。この三つをお寄せになってそれで閉鎖後の利息を除くと幾らですか。
○説明員(半田剛君) 円勘定は十五億円でございます。
○木村禧八郎君 政府が昭和三十年四月二十七日に七億四千二百九十四万三千百六円六十四銭払った。三十二年八月二十一日に六億七百三十七万千六百三十二円七十銭払った。三十三年十一月二十日に一億四千九百六十八万五千六百六十円六十六銭払った。これを合計するとぴたり十五億ですよ。十五億という勘定は昭和十九年八月二十五日の残高五億七千万円、金約款の一〇・〇三%をかけてフランスが五十余億といったのを折衝して十五億になったのではないのでしょう、そんなことは内輪のですよ。まだ愛知答弁の残高十三億幾らというのは、利息を除いてあるのです、利息を除けば……。利息を入れればぴったりと十五億になるのです。終戦後の残高を払ったことになるのです。利息を入れてです。閉鎖機関において調べてきたのです。それを今までどうしてそういう国民を偽るような答弁をされているか。そしてこれは閉鎖後の利息として五百十万九千三百三十九円受け取ったのだ、閉鎖前の利息はこの中に入っているのですね、こんなにぴったり数字が合うものでしょうか。
○政府委員(西原直廉君) 仏印特別円問題の解決によりまして、旧正金銀行は仏印特別円の帳簿残高十三億一千五百万円及び約四十八万ドルの帳簿上の債務を免かれることになります。この金額と、これに対する利息相当分の合計、先ほど申し上げました約十六億七千三百万円を閉鎖機関の特殊清算に関する法令に従いまして国庫に納付せしめたわけであります。そういうことで数字がただいまのようになります。
○木村禧八郎君 それで伺いたいのは、この閉鎖になってから、閉鎖後に、正金銀行は返したのですが、何分の利息で払っているのですか、利息計算何分ですか。
○政府委員(西原直廉君) 一分と、それからもう一つは二分二厘五毛でございます。
○木村禧八郎君 一分と二分二厘五毛でしょう、常識から考えて十年間、昭和二十四、五年にまだ特別円の決済のつかないうちに国内の銀行にはこれだけ払ってしまっているのです。そうして東京銀行を通じ閉鎖機関の横浜正金銀行へいって……。銀行が一分や二分の金利を寝かしますか。これで閉鎖機関は、あるいは東京銀行は相当の金を、利益を得ているに違いない。そうして返すときの利息は一分あるいは二分二厘でしょう、こんな得なことがございますか、こんなことが許されていいのですか。
○説明員(半田剛君) お答えいたします。ただいまの御質問でございますけれども、政府が正金からどうして取り戻したかというのは、これは先ほど理財局長も答弁いたしました通りに、政府からフランスに十五億円を米ドル勘定を払ったからでございまして、それを法律上の不当利得そのままかどうかは別としまして、その分を正金から取り戻さなければならない。そうしてその計算をどうするかということになるわけですが、その計算を、それを正金銀行とそれから特別円━━正金銀行がインドシナ銀行との間の特別円勘定によって行なっている利子というものを計算しまして、それでそれと閉鎖機関令とを合わせまして払っていったのが先ほどお話しした数字あるいは木村先生からお話しになった数字で、数回に払っているというのは、つまり閉鎖機関令の各取りきめの規定によってその十五億円と、それから米ドル勘定の円相当分を払った、それでありますので、取りきめの第四条までの払いを、つまり期日にしまして、昭和三十三年十一月二十日に一億四千九百万円を払った、そのときまでの合計でまさに十五億円に合うはすでございます。十五億円が出発じゃございませんから。 それからもう一つ最後に、こぶみたいに五百十万円があるのは、これは、閉鎖機関指定日以後の利子というのではございませんで、非常にこまかいことになるのでございますが、この取りきめの第五条を見ますと、政府がフランスに払った日、つまり三十二年三月二十九日ですね、それよりもあとに正金から取り戻す金があるすれば、その額は逆に政府がいただかなければいかぬ。それが五百十万円になるわけでございます。
○木村禧八郎君 その計算はわかっておるんです。それで十五億という数字が、このようにぴたり銭までの勘定で合計して十五億になるのですよ。なるのは、正金銀行の終戦後のずうっと残高に利息を入れたもの、それがこうなる。そうでしょう。その円勘定について。だから、これが特別円決済の額ですよ。それをあとで愛知答弁によれば、それについても問題があります。今度は平和条約の問題があって、平和条約の七条、十四条(b)項、十八条の問題がありますけれども、愛知答弁でも問題があるのですけれども、国内関係においては愛知答弁では一応つじつまが合うのです。ところが藤山答弁になってから、八月二十五日以後のものにつきましては、フランスがこれはもう債権を放棄した。あくまでも八月二十五日現在の残高五億七千万円、これを基礎として払った、それに金約款を考慮して払った、こういうことになる。だから、それ以外の分はフランスが放棄した分。それに見合うところの政府の貸し上げ分について昭和二十四年、五年に先払いしちゃって、十年間運用さしてきている。こういう問題ですよ、実体は。これで国民に対して不当な払いでないということは言えないと思うのです。あとで正金が政府に返しましたけれども、政府はそこで不当に十年間運用させた。金約款分は政府負担ですよ。金約款分というのは、五億七千万円と十五億の分は政府がフランスとの間によけいに払っちゃった。そうして国民から取るべきじゃないですよ、国民からは。十億は返すべきですよ。
○説明員(半田剛君) その債務の木村先生の大きな問題というのは別にしまして、十五億ぴたりということの事務的な補足をさせていただきます。木村先生は、この十五億円というのは閉鎖機関としての正金の指定日現在の帳簿残高に特別円勘定の利子をやりますと、まか不思議なことに十五億になるとおっしゃったですが、そうじゃない。そんな不思議なことはない。そんなものじゃないので、もっとはっきり申しますと、先ほど局長なり私が申しました通り、十五億円とそのほかドル勘定ぴたりそのものをいかにして正金から取り戻すかというのを技術的にそれを閉鎖機関令及び利息は正金とインドシナ銀行との特別円勘定の利率で順次計算していった。そうしますと、十五億円になるはずはないのですね。こまかくは省略しますが、御質問ありましたらお答えしますが、次々計算していきますと、最後の利子のときはそれははみ出すんです。一致するはずないのです。作ったわけじゃないのですから。こまかく言いますと、第四条の納付金額は一億四千九百云々ということをお話ししましたが、木村先生の額とも合うわけです。これは出しっぱなしに計算しますと、二億二千六百五十一万五千八十一円八銭になるのです。ところが、このまま加えますと、こういうので元金からずっとやりますと、それは十五億円をこえるわけです。そうしますと、政府がこれはまた逆に不当利得じゃないかということになるので、問題は十五億円まで出すのの技術的な根拠として今計算をやったのですから、これをどうしたかと申しますと、十五億円とそれから米ドル勘定の一億七千二百万円というのがまずありますですね。それと十四条による一億四千云々を別とした取りきめの第三条までの元利というものを引いていきますと、その額が一億四千九百万云々になるんですから、二億いただきますと政府は取り過ぎになるので、これを通知預金及び普通預金に按分いたしまして一億四千九百万円としたから、完全に十五億円になるので、この今の正金から取り戻すときの金額の十五億円を交渉の基礎にどうこう対仏印の問題で利用したことでございませんから、ここに申し上げておきます。
○木村禧八郎君 ところが不思議に一致したということですね。この円勘定についてちょうどこの三つを寄せれば十五億になるということは、これは認めたわけですからね。そうでしょう。
○説明員(半田剛君) 一致したとなるとやっぱりまか不思議なことになるのですけれども、そうでなくて、繰り返すようですが、十五億円というのが先なんです。つまり、ドル勘定は別として、十五億円を日本政府がフランスに払ったのだから、それをどのような方法で正金から取り戻すかという技術的な計算をやったものですから、一致したじゃなくて、一致させたのであります。それ以上いただきますと、政府が今度不当利得になる、こういうわけでございます。
○木村禧八郎君 閉鎖機関の説明は違います。閉鎖機関の説明では昭和三十二年四月二十七日の七億幾らというものは、閉鎖以前の利息を加えたものなんだ。三十二年八月二十一日についても閉鎖以前の利息を加えたもの。そうして一億四千九百幾らというのは閉鎖後の利息、これは閉鎖機関令によってですね。さらに五百十万九千三百三十九円はこれは閉鎖機関令によってさらに……これはさっきの立て替え払い。政府がやらしたから、閉鎖機関令によれば、閉鎖機関が余剰金があった場合には利息を払うべきであるということになっている。余剰があったから払ったのですがね。そうでしょう。
○説明員(半田剛君) 閉鎖機関の方がどういうふうに御説明なさったかわかりません。私も閉鎖機関令の専門家でございません。しかし、私の承知しているところでは、これはこちらの答弁に間違いがないと思うのでございますが、それで今の木村先生のようにこまかい御質問があったものですから、特にいつの利子とかそういうことを言われましたものですから、何回にも分けたというのをちょっと御説明しないとわからないかもしれませんのでございますけれども、一番初めに、第二条つまり三十二年四月二十七日に━━円勘定だけに話をいたしたいと思います。七億四千二百幾らかということをこれは何だということでございますが、これは閉鎖機関のいろいろな法令の中で閉鎖機関の債務の弁済等に関する省令というのがありまして、それでこの特別円についての債務ですか、この問題は、第四条の第四の一般債務というのに当たるそうでございます。それで、このまず一般の弁済方法によって払うというのが第二条なんで、この一般弁済方法というのはどういうのかというと、十五万円までの分は全額払うということになっているそうでございます。これが五口ございます。それから十五万円を超過したものについては当時は五五%の弁済率でございましたので、それを払うということになっております。それを計算いたしますと、先生の言われました七億四千二百万ということになるわけでございます。その次に今度は三十二年の八月二十一日に六億七百万円払いましたですね。これは閉鎖機関令のやはり規定によりましてほかの同じ順位の債権者に対しまして全額弁済を始めるまでに指定日、つまり閉鎖機関の指定日でございますが、現在の債務残額から、今の二条によって払った七億四千というものを引いたものを払えということになっておりますので、それが先ほど先生の言われました六億七百万幾らと、こういうふうになるわけでございます。
○木村禧八郎君 私、この問題は大きなやはり政治問題である面があると思うのです。そこで、今技術的なこまかい点を伺いましたが、まだ私もそれに対して納得いかない点もあります、私も多少調べておりますので。そこで、さらにもっと基本的な大きな政治問題として━━払うべからざるものをフランスに払い、また払うべからざるものを日本の銀行に払っている、こういう重大な問題になってきますので、総理大臣も大蔵大臣もおられませんので、この質問はさらに追加して保留させていただきたい。 ただ最後に、外務大臣がちっとも御答弁にならないので、一つだけ外務大臣、これも数字で大へん恐縮ですが、伺っておきたいのです。外務大臣は、八月二十五日現在で合計五億七千万を基礎にして、そうして金約款を考慮して十五億円をきめられたと言われます。しかし、八月二十五日現在の特別円勘定五億七千万と、その後、政府と正金との間で預け合い勘定をした金額は約十億円あるのですよ。これははっきりと臨軍特別会計に出ております。それを加えますと十五億をこえるのであります。残高は十五億をこえなければならぬ。それなのに残高は十三億幾らになる。この点がまた数字が合わないのです。それで外務大臣は、八月二十五日現在、五億七千万を基礎にして特別円を決算したと言われますが、それを八月二十五日以後、臨軍関係は十五億以上のものを政府に貸し上げている、つまりピアストルをそれだけ預け合いにおいて使っているのですよ。そうしますと、十五億以上にならなければならぬのです、残高は。それがまた十三億幾らになって、ここにも数字的にどうも合わぬ点があるのですが、これはいかがなものですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) こまかい数字につきましては私も正確に存じておりませんので、大蔵省から御答弁願いたいと思います。
○政府委員(西原直廉君) 日仏間の協定によりましてフランス側も使えることになっておりますので、この間におきまして、たとえばフランスの━━、先ほどもちょっと上海の正金のことをお話がございましたが、先方の方で使う金がございます。従いまして、こちらばかりで使えませんから、残高はそういうふうにぴたっとは合わないことになるのです。
○木村禧八郎君 それはわかるのです。しかし、少なくとも臨軍関係におきましては、預け合い勘定が十九年四月から十億幾ら八月二十五日以後出て、それがずっと未償還ですね。ですから、少なくとも臨軍関係においては、その十億幾らというのは、これは残高として戦争中残るはずだと思うのですよ。いわゆる封鎖と言っては語弊があるかもしれませんが、臨軍関係については封鎖されているはずなんです。それはゼネラル・アカウントについてはどうか知りませんが、臨軍関係については少なくともこれはフローズンされているはずですよ。
○政府委員(西原直廉君) 臨軍関係以外に、日本側から申し上げますれば、貿易の関係なんかでもやはり使うわけでございます。それからフランス側の方から言えば、フランス側の必要に応じて使うわけなんです。これが全部一緒に、ごっちゃになって特別円として動いておるわけですから、従いまして、先ほどからお話がございますが、臨軍関係の見合いのものが、そのままそこに別に特別の勘定として幾ら残るということにはならないわけでございます。つまり現金で、ちょうど特別円なんかをピアストルですけど買っていたように、現金のかわりに、それが貸し上げ金の証書に変わっただけですから、ピアストルの方は、これはまた別の問題について動きが出てくるのですから、その通りは残っていないわけであります。
○木村禧八郎君 それはわかりますが、しかし少なくとも、ほんとうなら臨軍関係だけで八月二十五日現在から終戦まで約十億あるのです。それにプラス一般勘定が僕はあるはずだと思うのですよ。あるはずですよ。だから、一般勘定を除いてなおかつ十五億になるわけですよ。藤山外務大臣が八月二十五日現在の残高は五億七千万と言っているのですから、それ以後の分の臨軍関係だけを入れますと、十五億やはりこえるですよ、それが。ゼネラル・アカウントは除いておるのですから、だからゼネラル・アカウントを入れたら僕はもう少し大きくなるのじゃないかと思うのですけれども、その点一つよく調べてみてくれませんか、どうも疑問ですから。
○政府委員(西原直廉君) 先ほどシナの正金の問題で、あれは約四億六千万ちょっとでございますが、これはたしか三カ月分ぐらいの要求額なんでございます。三カ月分としては非常に大きな額なんでございますけれども、これだけでも、たとえば五億近い金が動くわけでございますから。━━(「それは返ってきた」と呼ぶ者あり)それは返ってきました。その前にもずっと使われていたわけです。従いまして、今までのお話のようなことにはならないと存じます。
○木村禧八郎君 今の、もう少しお調べになっていただきたい、ないと思うという程度じゃなく。いろいろ私たちも乏しい資料で計算してみているのですから。政府はたくさん資料を持っているのですから、もっと正確な調査をして下さい。私たちもまた調べます。どうも、ここはどうしても疑問があります、その点についてはね。ですから、さらにそういう点についてももっと調べていただき、それから今まで御質問したことについては、これは政治問題としても私は重要だと思いますから、どうしても総理大臣、大蔵大臣に御出席していただきまして、そこで責任のある御答弁を願いたいと思います。
○委員長(草葉隆圓君) それは総理大臣並びに大蔵大臣から次の機会に答弁することにいたします。 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(草葉隆圓君) 速記を起こして。 本日はこの程度とし、明後二十一日午前十時から、ベトナム賠償協定関係両件についての質疑を続行いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十七分散会 —————・—————