外務委員会 第20号
- 発言数
- 106 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1959/12/17
会議録
○委員長(草葉隆圓君) ただいまから外務委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について報告いたします。本日、青柳秀夫君及び小林孝平君がそれぞれ委員を辞任され、その補欠として鍋島直紹君及び木村禧八郎君がそれぞれ選任されました。 —————————————
○委員長(草葉隆圓君) 日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定の締結について承認を求めるの件、 日本国とヴィエトナム共和国との間の借款に関する協定の締結について承認を求めるの件、 以上衆議院送付の両件を一括して議題といたします。 昨日に引き続き質疑を続行いたします。
○木村禧八郎君 御承知のようにベトナム賠償の問題は、これは国民に非常に多くの疑惑を抱かしめたまま自然成立に持ち込まれようとしております。これは軽々に看過できない重大な問題だと思います。自民党の多数の力によって自然成立することになっては、民主政治に対しましてこれは一大汚点を残すことになり、われわれ国民代表たる国会議員の責任にそむくことになると思います。従ってわれわれとしては、この国民の多くに抱かれておる疑惑が明らかにされない以上、断じてこれを認めることはできません。あくまで反対しなければならないと思います。これまでの質疑の経過を顧みてみますと、このベトナム賠償につきましては、まだ納得のいかない点がたくさんあるわけです。たとえば南北統一がまだされない以前に、賠償を南ベトナムの方だけに行なうということは、これは賠償の精神に反することになる。損害を多く受けたのは北ベトナムであり、にもかかわらず、南だけにこの賠償が行なわれるということは、平和条約十四条にいう賠償の基本の精神にも反しますし、また戦争の損害と苦痛に対する償いとならないわけです。また賠償の基準となる戦争開始の時期及び損害の算定についても非常に不明確である。また南北統一を妨げ、原住民にも不満を抱かれるようなことになると思います。また賠償がアメリカに対する軍事協力の手段として利用されているのではないか、そういう点についても十分まだ釈然としないものがあります。またこの賠償が一部業者の金もうけの手段に利用されているのではないか、こういう点も釈然としておりません。さらにまた、これから私が質問いたそうとしております日仏間の特別円決済の問題です。これについては、賠償との二重払いとの疑いもありますが、さらに不当支払いの疑いも非常に濃いのであります。私はこれまでこの特別円の決済につきまして、衆議院、参議院におきまして行なわれた質疑の速記録をほとんど調べてみました。ところが、その間に非常な食い違いがあるのであります。政府の答弁の不統一、それから政府が答弁した数字の間違い、さらにまたフランスに対する不当支払いの問題、あるいはまた日本の銀行に対する不当支払いの問題、また憲法、財政法違反の疑いも出てきております。で、こういう問題が釈然とされないでこれが自然成立されましたら、これは私は民主議会政治に一大汚点を残すのではないかと思いますので、特に私は非常に疑惑の多い特別円決済の問題を中心にしまして本日質問をいたして、その間の事情を国民に十分納得いくように政府から答弁していただきたいと思うのです。 そこで、この日仏間の特別円決済、これは、御承知のように、政府がすでに昭和三十二年三月二十七日にフランスに対しまして円勘定としまして十五億円、米ドル勘定としまして円換算一億七千二百六十七万円、合計十六億七千二百六十七万円を支払った問題であります。このほかに三十三トンの金の支払いの問題もございますが、それはまたあらためて御質問するといたしまして、この十六億七千二百六十七万円の支払いにつきまして、昭和三十三年二月八日衆議院の予算委員会における社会党の成田委員に対する愛知官房長官の答弁、それから昭和三十三年二月二十八日、これも衆議院の予算委員会でありますが、社会党の岡田委員に対する愛知官房長官、林法制局長官、一萬田大蔵の答弁、昭和上三十四年十一月五日衆議院外務委員会における床次委員の質問に対する藤山外務大臣の答弁、それからこの間参議院のこの本外務委員会におきまして社会党の森委員が御質問いたしましたが、十二月八日の森委員の質問に対する政府答弁、これだけの質疑に対する政府の答弁、この速記録を調べてみたのでありますが、その間には大へんな食い違いがあるんです。 そこで、まず私は、昭和三十三年二月八日における衆議院の予算委員会において成田委員に対して愛知官房長官がこの特別円支払いにつきまして説明されましたその会議録から質問を始めて参りたいと思います。 まず、その会議録の要点をここで読みますから、お聞き取りを願いたいと思います。これは、昭和三十三年二月八日衆議院の予算委員会におきまして、愛知官房長官が社会党の成田委員の特別円に関する質問の答弁といたしまして、こういうふうに述べております。「先ほど来いろいろお尋ねのありました点につきまして、私から総括的に御説明、かつ御答弁申し上げたいと思います。」━━これはついでに申し上げますが、この特別円に対する政府の答弁があいまいであったために、政府は閣議を開いて政府の統一見解として愛知官房長官が答弁されている内容でございます。そういう意味でお聞き取りを願いたい━━「まず特別円という問題につきましては、戦時中当時の旧仏領インドシナを占領中の日本軍が、その軍の軍費を調達」「いたしまするために、日仏政府間で協定をいたしました。また旧正金銀行とインドシナ銀行との間に、これに基いて金融協定というものを締結いたしました。」「その結果、終戦の当時に」━━よくここのところを聞いておいていただきたいんです━━「その結果、終戦の当時にわが方の債務として残りましたものは、米ドル勘定で四十七万九千六百五十一ドル十九セントでございます。また特別円勘定といたしまして残りましたものが、十三億千五百二十七万五千八百十八円三銭、かくのごとく相なっております。」「米ドル勘定の債務の決済残り、特別円の債務の決済残り、これらはいろいろと勘考いたしまして、あらためてフランス側との間の話し合いによりまして、三十二年の三月二十七日に円貨十五億円とドル貨四十八万ドルをもってこれの決済をいたしたわけでございますから、」「戦時中、」━━ここも重要だと思う━━「戦時中、戦争以前からのいわゆる仏印の特別円問題というものは全部片がついた、こういうことに相なるわけでございます。それから三十三トンの金の価格がどうであるか、これの見合いのものは何の決済であったかというお尋ねがございましたが、」「これは、」「戦争前からの協定によりまして、こういう軍のピアストル貨の調達については、金で支払うという条項に基きまして、一九四一年の十一月六日以来、」「約十回にわたりまして軍費の調達」「それから」「ゴムの輸入代金」「そのほかに、昭和十七年末に、一般勘定と称するものがございまして、その残高も金で決済しなければならなかったわけであります。これらを合計いたしますると、」「三十三トンに相なるわけでございます。」と、こういう答弁なんでございます。これは日仏特別円決済に関する政府のわざわざ閣議を開いて統一した見解であります。 そこで、この愛知官房長官の答弁に対して政府として、どなたでもいいんですが、政府として御答弁願いたいんですが、愛知官房長官は、「終戦の当時にわが方の債務として残りましたものは、米ドル勘定で四十七万九千六百五十一ドル十九セントでございます。また特別円勘定といたしまして残りましたものが、十三億千五百二十七万五千八百十八円三銭、かくのごとく相なっております。」ここで伺いたいのは、終戦当時とはいつをさすかですね。いつを終戦当時とさすか。まずこの点についてお伺いいたしたいと思う。
○政府委員(西原直廉君) ただいまの、愛知官房長官が終戦の当時いくらいくらとお話ございましたが、だいたいこの特別円勘定の残高は、昭和二十年八月の十五日の帳簿といたしましては十億九千六百六十四万一千七百八十六円でございました。一応そのときの帳簿としてはそういう勘定にございますが、その後勘定を整理いたしまして最終的な残高として帳簿に載りましたものが、これは最終の整理が時間がかかりましたので二十一年十一月の十九日に相なりましたが、そのときの残高は十三億一千五百二十七万五千八百十八円ということでございます。
○木村禧八郎君 それでは終戦当時じゃないじゃありませんか。昭和二十一年ですよ。降伏調印の終わったあとです。終戦の当時にでありますから、二十年八月十五日現在においては、今お話のように、十億九千六百七十七万五千二百七十六円九十一銭である。しかし、それがどうして昭和二十一年十一月十九日現在においてこういう移動を生じたのでありますか。戦争が終わってから、どうしてこういう移動が生じたのでありますか。
○政府委員(西原直廉君) これは、記帳上の問題になるのでございますが、昭和二十年九月の二十六日までは為替の取引の禁止がなかったものでございますから、その間に為替のいろいろ取引と申しますか、動きがあったわけでございます。
○木村禧八郎君 これは、インドシナ銀行と正金銀行との間の預け合い勘定でしょう。預け合い勘定でありますから、終戦当時に預け合いが十億幾らであって、それを終わってから、また預け合いとして向こうの勘定にはピアストルが生ずるわけであります。そういう移動がどうして生ずるのですか。それからまた、一般勘定につきまして、昭和二十年八月十五日におきましては一般勘定にあったものが、終戦後移動しておりませんか。その八月十五日以後一般勘定にあったものが、残高がなくなっておりませんか。八月十五日現在で、約二百万円の一般勘定の残があったはずであります。それが、昭和二十年九月十七日にこれが引き出されて、ゼロになっておるのですね。終戦後において、戦争が終わってからこれが引き出されるというのはどういうことなんですか。そうしてまた、戦争が終わってから、預け合い勘定として三億幾らというものがふえるというのは、どういうわけですか。戦争が終わってしまってから、軍費調達の預け合い勘定というものがまたここで生じたのでありますか。
○政府委員(西原直廉君) 戦争が終わりましてからふえたりなんかいたしましたのは、記帳の整理の関係なんであります。
○木村禧八郎君 記帳の整理の内容は、どういうことなんですか。
○説明員(半田剛君) 外債課長から答弁させていただきます。 愛知官房長官が終戦当時と言われたのは、御承知の通り、法律的には終戦時は、降伏の詔勅が出たのは八月十五日であります。ミズリー号の調印は九月二日でありますが、そういう意味で言われたのじゃなくて、先ほど理財局長が言われた通り、翌年の十一月のこの最終残高を言われたと思います。従って、法律的に終戦時と言われたのじゃないと、もう一つは、御承知の通り、八月十五日に終戦の詔勅が出たのでありますが、現地で勘定のいろいろな調整、記帳、取り消し等のことが行なわれたのがあるものですから、いわば八月十五日現在は、そういうのがフローティングといいますか、そういう意味の浮動であったのであります。正確には、記帳の最終の残高の日が、官房長官の言われた日というのが正しいと思います。従って、おもな項目は、振りかえあるいは記帳取り消し等でございます。
○木村禧八郎君 ですから、振りかえ、記帳取り消しがなぜ起こったかというのですよ。私も、この間につきましては多少調べてあるのですが、そんないいかげんな答弁では満足できません、ちゃんと事実があるのですから、なぜ終戦後にこんなに勘定が動いたのですか。その理由はどこにあるのですか。そうしてまた、愛知官房長官が、閣議の決定ですよ、閣議で決定した意見を統一して答弁した。その答弁に、終戦の当時、当然これは八月十五日を指さなきゃならぬのです。これは、もっと正確にあとではっきりして参ります。十五億円がなぜ出てきたと、数字に関連するのです。その答弁にごまかしがあるのです、数字の十五億円につじつまをつけるためにごまかしがあるのです。そういう点が出てくる。ですから、その点、どうしてこういう勘定の移動が生じたか。戦争が済んでしまってから、三億円以上の、三億円といえば、当時としては大きな金額なんですが、この移動がなぜ生じたかです。
○政府委員(西原直廉君) 二十年……ちょっと十五日のあれでございますが、二十年九月三十日には、残高として貸方で六千五百四十一万四千円と、それから……。
○木村禧八郎君 それは何の勘定です。一般勘定ですか。
○政府委員(西原直廉君) 特別円の普通勘定でございます。それから、七月の二十五日に、マイナスとして百五十万円払い出しがございます。それから、二十一年の十一月の十九日に、プラスとして四億六千八百三十六万一千円という送金の取り消しによるプラスがございます。そういうようなことで動いてきたのであります。
○木村禧八郎君 その送金の取り消しによる移動というのはどういうのですか。非常に大きな金額が動いておりますね。どういうことなんですか、それは。
○説明員(半田剛君) ただいまの御質問でございますが、送金取り消しとして貸記になったのが、先ほど理財局長が言われました通り、二億四千八百何がしあるわけなんですが、それが二十年八月二十四日に、上海の送金分が取り消しになったということを承知しております。それからその間の、先ほどの繰り返しで恐縮ですけれども、八月十五日という物理的な日には、勘定にはフローティングという意味の浮動がございましたので、その間のいわば経過勘定と申しますか、そういうのを締め切った、愛知官房長官の言われるのが、最終残高というので、ごまかしておるわけではございません。
○木村禧八郎君 ごまかしておるわけじゃないですね。あとでまた御答弁願いますが、どうしてそんなフローティングするのですか、戦争が終ってから。あとでこれは重要な問題に関連してきますよ。そんなに勘定移動していいのですか、戦争が終ってから。まだ決済がつかないじゃないですか。特別円決済がつかない前に、そんなフローティングしていいのですか。これは預け合い勘定でしょう。上海にどうしてそんなに送金のあれがあったのですか。上海にですよ。上海にどうしてそういう送金の、大きな金額の……。
○政府委員(西原直廉君) それは、そういう勘定の整理の関係でできたと思うのですが、私は存じませんです。
○木村禧八郎君 存じませんでは済まない。もう私は、この特別円につきましては、もう徹底的に問題の本質を明らかにしていかなければ、国民は納得しないんです。ですから、私これまでの速記録をずうっと見ましたが、肝心なところにいくと、存じません、わかりません、それで済みますか。十六億幾らのわれわれの金を払うんです。しかし、それもあとまだこれは、国内の銀行との決済の関係において、大きい問題が生じてくるんです。この金額いかんによってですよ。そんなに軽率にこの数字を扱い得べき問題じゃありません。存じませんというのは、どういうことなんですか。四億幾らというそういう上海に対する送金というものは、なぜあったか。それが、どうしてまた戻ってきたんですか。そういう移動を生じたんですか。(吉田法晴君「国民の負担と関係があるんだよ。そんないいかげんなことでいいのか。」と述ぶ)
○説明員(半田剛君) たとえば一例をあげますと、二十年八月の上海送金分は、送金ということになっていたんですが、送金が向こうに着いていないということが判明したので、それを取り消して貸記したということになっております。 それからもう一つ、お言葉を返すようですけれども、ごまかしじゃございません。というのは、二十年八月十五日に戦争は終わりましたけれども、それは物理的と申しますか、事実においてそのとき終戦の詔勅が出たんですが、銀行において、八月十五日午後十二時ぴたっと一切の経過勘定その他の勘定をとめるということは、なぜとめなかったかと聞かれても私わかりませんけれども、経過的な勘定の措置は、その後も動いていたということは事実であるとそのように承知しております。
○木村禧八郎君 そうしますと、これは単なるインドシナ銀行と正金銀行とのコマーシャルなアカウントなんですか。そういう普通のコマーシャル・トランザクションによるアカウントなら、フローティングでいいわけですよ。そういうものなんですか。
○政府委員(西原直廉君) これは単なるコマーシャル・アカウントではなくて、公的なトランザクシヨンによる両方がエーゼントとしてのトランザクションであります。と申しましても、それはなかなか遠隔の地であったり、交通不便だとか、通信がいろいろ不円滑だとかいうことは、その当時としてはあったわけですから、実際上送ったと思ったものが、事実は着いていないということになれば、これはもう取消しになり、もとへ返すというのが自然だろうと思うのであります。
○木村禧八郎君 着いていないという、そういうことじゃないと思うのですがね、私の調べた範囲では。ですからそこが、答弁が正確でないというのですよ。着いてないという問題じゃないです。もっとお調べがあるはずです。戦争が終わってから、上海に向けて、こんなに大きな金額がフロートするというのはおかしいじゃないですか。その事情はもっとよく調べて御答弁していただきたいと思います。
○政府委員(西原直廉君) ただいまの点はよく調べまして、もしよく事情がわかりましたら、また追って答弁さしていただきます。
○木村禧八郎君 それでは、ただいまの点は確かによく調べて下さい。そういう問題じゃないんです。単に着いてないというような問題じゃないのですから……。 それから次にお伺いしますが、この特別円の決済は、戦時中、戦争以前からの仏印の特別円というものは、これで全部片づいたと言われておりますが、この愛知長官の答弁通りでよろしいのでございますか。外務大臣に……。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 全部片づいていると承知いたしております。
○木村禧八郎君 これでよろしいのですね。戦時中、戦争以前から戦争中の債務までも含んでおるのですね、終戦までの。
○政府委員(高橋通敏君) その点につきましては、法律的な考え方と、実際的な考え方と両方が成り立つと思います。ここで戦争中及び戦時中という意味は、要するにこの勘定に関しましては、いつが戦時中である、戦争中であるとを問わず、これは全部解決したということをここではっきりしておる次第でございます。
○木村禧八郎君 その解決を言っているのじゃないのです。その解決の中には、戦時中、戦争以前からはもちろん、それから戦争中のも、この特別円の決済の中には入っているということを、愛知官房長官の答弁ではここで入っているのです。そういうことを意味しておるのです。この答弁でよろしいんですかというのです。そう解釈してよろしいのか。
○政府委員(高橋通敏君) そのように、戦争中及び戦争以前からのというのは、そのような解釈でわれわれは考えております。すなわち、これで全部解決したということでございます。従いまして、解決の根拠が、どういう根拠によって、どういう法律的立場によって、どういうふうに解決したという意味ではございません。とにかく戦時中、戦争以前からのものは、この勘定は、これによって完全に解決した、こういうふうに考えております。
○木村禧八郎君 そうしますと、戦前だけの債務の決済じゃないのですね、戦争中の債務もこの中に含まれていると……、全部ということは、愛知官房長官の答弁は、そういうふうな意見統一において行なわれておる、さっきお読みいたしましたが、そういうふうに解釈してよろしいわけですね。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 要するに昭和十六年に取りきめられました日仏協定によります関係の特別円の問題が、これによって解決した、むろん、日本側としては、それを八月十五日という時限を置いて考えておるわけでありますけれども、日仏特別円の関係において、昭和十六年に取りきめられた日仏協定の関係においては、それで解決した、こういうことだと思います。
○木村禧八郎君 あとでだんだん御質問して参りますが、特別円の勘定は、昭和十六年の日仏協定から出てきているのじゃないですよ。これは昭和十九年四月から出てきているのです。この預け合い勘定による特別円というものは、はっきりと昭和十九年四月から……。ですから、その後において、いろいろ変化はあります、変遷はありますが、御承知のように日仏間の決済の問題は、昭和十六年七月六日から実施されました「日本国印度支那間関税制度、貿易及其ノ決済ノ様式二関スル日仏協定」、これから決済関係は生じているわけですね。それから、その後、十八年一月二十日に御承知のように三谷ラバウル交換公文というのが出ておるわけです。これによって初めて、日本の軍費、日本軍の駐屯費その他一切の貿易外の支払いも、特別円で行なうということをここできめたわけですね。ですから、特別円という制度は、昭和十八年一月二十日ヴィシーにおいての三谷ラバウル交換公文、これから生じておるのです。これには、御承知のように金融協定という了解事項があるのです。そのほかに、さらに昭和十九年四月になってから、預け合い勘定というものが起こっているわけですね。正金とインドシナ銀行との間、それから正金と日本政府との間に貸し上げ制度というものが生じておるわけであります。藤山外務大臣は経済人でございますから、この間の事情はよく特別円決済の問題について、そんなあいまいな、昭和十六年からこの特別の問題が起こったなんという認識では、これから私が御質問することに、とてもそれは御答弁にたえなくなってくるのではないかと思うのです。それは今私が申し上げた通りだと思います。条約局長、そうでございましょう。
○政府委員(高橋通敏君) 御指摘の通りだと思いますが、ただ三谷・ラバル交換公文の基本は、やはり一九四一年五月六日の規定である、こういうふうに考えております。三谷・ラバル交換公文で、一九四一年の五月六日のただいま御指摘の関税制度云々の協定が変更になりました次第でございます。ただ変更しない限りは、一九四一年五月六日の協定が生きている、こういう関係になる次第でございます。
○木村禧八郎君 変更したでしょう。
○政府委員(高橋通敏君) 変更になった部分だけは変更になりますが、それ以外の分は四一年のが生きている、こういうことです。
○木村禧八郎君 ですから、変更になった分が、その特別円の部分が変更になっているのですよ。その点を聞いているのです。問題のポイントについて御答弁していただきたいと思う。それで、今外務大臣に伺いますと、どうも特別円というものについての御理解が不十分でございますので、御答弁があいまいなんですが、ここで私が愛知官房長官の答弁について、はっきりさしておきたいことは、愛知官房長官は、この十六億七千二百六十七万、この日仏特別円決済は、戦時中、戦争以前からの債務をこれで全部決済したと、こう言っておるのでありまして、非常にくどいようでありますけれども、これは戦前だけの債務の決済ではない、戦争になって、すなわち政府がたびたび言われている十九年八月二十五日以後のトランスアクションですよ、そういう取引による債務を含んでいる、そういうことをもし含んでないとすると、これは重大な問題があとで起こって参りますが、含んでおると解釈すべきでありませんか、含んでないということになると、これは大へんな問題になってきますよ。その点を今はっきりさしたいのです。愛知官房長官の答弁の中で一番はっきりさしたいというのはそこなんです。それで、くどいようでありますが、外務大臣に一つ御答弁願いたい。もし含んでないということになりますと……。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私ども承知しておりますのは、先ほど特別円と言って、ちょっと語弊があったかもしれませんけれども、昭和十六年以来の日仏協定によります勘定の決算をいたしたわけだと思います。そして日本側としては、一九四四年八月二十五日の時限をとりましてこの問題を解決したわけでありますけれども、フランス側は他の限時に立って主張していると思う。日本側としては、その日を切って、そしてその残高に対応したものを考え、そして解決を総括的にしたのだ、こういうふうに私は了承いたしておるのであります。
○木村禧八郎君 それじゃ、数字で押して参りますが、藤山外務大臣は八月二十五日以前の債務についての決済だ、当方はそう主張した、フランス側にはそうじゃないけれども、意見の一致を見た、それじゃ、どうして意見の一致を見たのですか。それじゃ、一つ伺いますが、藤山外務大臣は、昭和三十四年十一月五日衆議院の外務委員会におきまして、これは床次委員の質問に対してこう答弁しておりますよ、「一九四四年の八月二十五日には金で渡したものが三十三トンあったわけであります。」「いわゆるイヤマークしておる金でございます。」「そのほかに八月二十五日の残高というものがあるわけでありまして、」八月二十五日の残高でありますよ、「それが帳簿の残高が五億七千三百万円、それからドルで払わなければならぬものが四十七万九千六百五十一ドルということでございます。これを当時の約款」、おそらく金約款のことだと思います。「当時の約款からいたしまして、一〇・〇三倍というようなことにいたしますと、五十七億というような巨額な数字になるわけであります。」「というような当時の換算に対しまして、交渉の結果十五億円に圧縮して支払ったということであります。」「四十七万九千六百五十一ドルというのは一億七千二百六十七万円になりますので、合計十六億七千二百六十七万円払う。」、こう答弁されております。これによりますると、八月二十五日の現在の残高五億七千三百万円、これに対して金約款の一〇・〇三倍を掛けたもの、それを、五十七億円と算定して、これを基礎にして、フランス側と交渉して十五億円に負けてもらったということになっているのですよ。そうでございましょう。その通りでございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私は当時の事情をそう了解いたしております。当時の解決の方法をそういうふうに了解いたしております。
○木村禧八郎君 そうでございましょう。そうしますと、帳簿の残高、八月二十五日現在の残高五億七千三百万円を払ったわけでしょう。
○政府委員(高橋通敏君) ちょっと私から補足さしていただきますが、ここの支払いの問題でございます。それはいつどこの時期をとってどういう金額をそのまま払う、こういう問題ではございませんので、ただいま大臣から申し上げましたようなわれわれの法律的立場、一応法律的な立場に立ってみますれば、そのような理論的な結論になるわけでございます。ただ法律的な、これはお互いの立場でございまして、この法律的立場をお互いに堅持しつつと申しますか、法律的立場を離れまして、外交的な折衝によりまして現在ここに議定書にあるような解決をつけた、こういう次第でございます。
○木村禧八郎君 あとで数字で押していけば、それは理屈ですよ、あとでつけた理屈であります。十五億円とぴったり合う数字があるんですから、そんな一〇・〇三倍掛けるというめんどうな算術をしなくても、正金の残高をごらんなさい、正金の残高が、計算してみればちゃんと終戦時までの金額が十五億円になるのですよ。十五億円にぴったり合っている。その数字を御紹介しましょうか、正金銀行の。これはまああとで伺います。正金と政府との問題の場合ですね、伺いますが、そんないいかげんな答弁では済まされない。愛知官房長官が答弁されたときは、終戦時の残高ですよ。はっきり言っているでしょう。終戦時の残高。これは先ほど事務官がお答えになりました、多少は。これはごくこまかい事務的なことでございますから、あとでまた正確に御調査願うとしまして、明らかにこれは━━かりにこれが昭和二十一年十一月十九日であるといたしましてもけっこうです、一歩譲って。それが十三億千五百二十七万五千八百十八円三銭、これを基礎にして払ったのですよ。はっきり言っておりますよ、愛知官房長官は。そうしてこれが戦前及び戦時中の残高、これを全部払ったのであると愛知官房長官は言っておる。ところが、藤山外務大臣は八月二十五日の残高、これが五億七千三百万円ある、それに金約款によって一〇・〇三倍を掛けてそれが五十七億になったからフランスと交渉して十五億円に負けてもらった。これじゃ全く食い違うじゃありませんか。ただ話が食い違うだけならばいいのです。あとで重大な問題が起こってくるわけなんです。これは食い違いはございませんか。
○政府委員(高橋通敏君) ただいま申し上げました通り、実はこの交渉におきまして終戦時に幾らあった。それからわれわれが━━終戦時と申しますか、終戦時にどのくらいの金額があって、それからわれわれが考えております、九四四年の八月二十五日を切りまして、どのくらいある、それから一九四一年十二月八日を切りましてどのくらいある。これはもう御承知の通りでございます。従いまして、そういう金額を考慮に入れつつ、ここに外交的な折衝によって、先ほど申し上げましたような結論に到達したわけでございます。愛知官房長官がおっしゃっておりますのは、一つの終戦時にこれをとってみますれば、このような金額があるわけであります。もちろん、われわれはそれを考慮に入れることは当然でございます。
○木村禧八郎君 考慮に入れられるというのですね。明らかに外務大臣が戦前の債務であるということを言っております。さらに、これは昭和三十三年二月八日の予算委員会におきまして当時の正示政府委員が事務的に報告されておることがあるのです。それをちょっと読んで見ますと、「まず戦時中の特別円協定の経過を簡単に申し上げます。これは大体御承知と思いますが、昭和十六年の五月六日に日本国とフランス政府の間に、いわゆる政府間の協定ができました。それから同年の七月四日に旧正金銀行とインドシナ銀行との間に金融協定ができました。これによりまして、御承知のような特別の支払い関係が生じたわけであります。この旧正金銀行の帳簿の上に、終戦時現在におきまして、インドシナ銀行に対しまする特別円勘定が十三億千五百万円と、米ドル勘定で約四十八万ドルの債務が計上されておったのでございます。この点につきまして、いろいろ議論があったわけでございますが、昭和三十二年三月二十七日にこのバランスの処理に関しまして、日本国とフランス国との間で、インドシナ銀行名義で、横浜正金銀行に開設された諸勘定に関する問題の解決に関する議定書が調印せられまして、日本国政府はフランス政府に対しまして十五億円に相当するポンド、及び約四十八万ドルの支払いを行うことにいたしまして、三月二十九日にこの支払いを完了いたしたのであります。」、こう言っておるわけです。そうして「旧正金銀行がその閉鎖されました当時におきまする帳簿上の債務、これを日本国が自分の利益のために、正金銀行が持っておった債務でございますから、これをフランス政府に支払う、そのかわりに正金銀行の残余財産からは、日本政府に対しまして、この相当額を弁済いたす、こういうことにいたしたのが特別円勘定であります。」、こういうふうに言っているんです。正示政府委員もはっきりとこの事務的な答弁で、残高十三億千五百万円、米ドル勘定約四十八万ドル、こういうふうに言っているんですね。これを決済したということに意味がとれるわけなんです。それからさらに、これはまたあとでも御質問いたしますけれども、何回にもわたりましてその後、愛知官房長官が答弁したあとで、戦前債務であるということを強調し出しているんですね。これは昭和三十三年二月二十八日、衆議院の予算委員会における岡田委員の質問に対しまして、当時の正示政府委員がこう答弁しているんです。今度は「岡田委員の御質問は、十九年八月二十五日以後、しからばそういう取りきめに基く勘定のオペレーションはなかったかというような御趣旨のように拝聴いたしておるのでございますが、どこまでも、支払いましたものはこの十九年八月二十五日以前の、すなわち平和条約十八条に定める戦前債務についてのみ払ったわけでありまして」、はっきり言っていますよ、そうでしょう。はっきり言い切っているんでしょう。速記録にあるんですからしようがない。そうしますと、八月二十五日以前の、すなわち平和条約に定める戦前債務についてのみ払ったわけであります。また、これが藤山外務大臣の言うところの八月二十五日の残高について金約款の一〇・〇三倍を掛けたものという意味とこれは符節が一致している。最初は、愛知答弁では戦前及び戦争中の債務全部を払ったと言いながら、その後においては八月二十五日以前の債務の支払いであるということを、そういう説明に変わってきているんですよ。いずれが正しいのか。どっちを政府はとるのか。どっちをとるのかによってこれはあいまいにできない問題が出てくるのです。いずれをとるにしましても大きい問題が出て参りますよ。
○政府委員(西原直廉君) 正示さんからの御答弁でございますので、私少し補足させていただきます。と申しますか、正示さんの御答弁のお気持としては、要するにこのインドシナ銀行名義で、横浜正金銀行に開設された諸勘定に関する問題の解決に関するフランス政府と日本国政府との間の議定書にございますように、フランス政府との間で、こういうような十五億円に相当する額のスターリングポンド及び約四十八万ドルの米ドルを払いましたときには、インドシナ銀行名義で横浜正金銀行に開設された諸勘定については、全部これで終りになるのだと、こういう意味だと思うのであります。戦時中とかなんとか、いろいろ話がございますが、要するに特別円勘定に関する、いわゆる仏印特別円に関する議定書はそういうような言葉で申し上げた方が正確じゃないかというふうに思いますので、そういう意味だと私は思いますから、ちょっとそれだけつけ加えさせていただきたいと思います。
○木村禧八郎君 そんな簡単な問題じゃないです。今、私が正示氏の答弁を御紹介しましたが、これはぽつんと正示氏がそういう答弁をしたんじゃないのです。それとのずっと続きがあるのです。ですから、そこをこの段階においてはどうしてもそこのところをはっきりしていただかないと質問が進まないわけですね。いずれでもいいです、いずれにきめられてもよろしいから、いずれにきめられても問題が起こってくるのでありますから、どっちでもよろしいですが、その愛知答弁を正しいものとして、これは政府の統一見解ですよ、わざわざ閣議を開いてまで答弁したのですよ。だから、終戦の当時の残高を払った、いわゆる戦前及び戦中におけるまでのそういう勘定を、特別円を払った、こう解釈するのと、八月二十五日以前の勘定を払ったというのでは、健全なる常識を持っておる者だったら違うことは明らかでありましょう、速記録にはっきり出ているのですから、速記録を読んで下さい、さっき私はわかるようにゆっくり読んだのですが、どっちがほんとうなんですか。そんなあいまいな……法律的にはこうだけれども実際にはこうだと、銀行勘定を決済する場合に、そんなあいまいなことでは済まされないですよ。正金のアカウント、これは閉鎖機関になったんでしょう、閉鎖機関になったときに、では正金に金約款を適用しますか。そんなあいまいな答弁では済まされないです、これは。いずれはっきりしているのですから、三十三年二月八日の衆議院予算委員会における愛知答弁が証しいか、あるいは三十四年十一月五日の衆議院外務委員会における藤山外務大臣の答弁が正しいのか、これは違っているのですから、はっきり政府はどっちをおとりになっているのか、同じ政府で二つの見解の違いが出てきた、そんなばかな話ないと思う。
○政府委員(高橋通敏君) 私から補足させていただきますが、今二つの点を御指摘になりましたが、私は両方とも正しいものであると確信いたしております。と申しますのは、これは外交交渉をやる場合における心がまえとしての法律的立場、これはわれわれとしてもはっきりしておく必要があると考えます。従いましてそのわれわれの法律的立場に立ちますならば一九四四年の八月二十五日が開戦日でございます。従ってこの開戦日の立場に立てばそれによりましてこの平和条約第十四条その他の規定が自動的に適用になりますので、それによる論理的な結論はまさしくそのような戦前債務としての結論が出るわけであります。これはわれわれの法律的立場として当然そういうふうに出てくるわけであります。ただ、しからばその法律的立場をそのままフランスとの交渉において通すかというと、また別問題でございまして、実際的交渉の見地に立って、またおのずからいろいろな考えを考慮に入れまして、このような解決になった、このように考える、すなわち法律的立場とそれから実際的交渉における立場、この二つの立場、この二つを考えなければならない、こういうふうに考えておる次第でございます。
○木村禧八郎君 そんなどっちでもいいような答弁では済まないんですよ、これは預け合い勘定じゃありませんか、正金は政府に貸し上げしているんですよ、政府間債務です、いずれをとるかによって、フランスに不当に支払うか、あるいは国内の銀行に不当に支払うか、どっちかの問題が出てくるわけじゃありませんか、そんな法律的に八月二十五日は実際的には終戦時まで含みます、そんな便利な答弁で済まされない。実際問題としてその解釈いかんによってこの処理について重大な問題が起こってくるわけですよ、国内において財政の問題について重大な問題が起こってきますよ。ですから、ここではっきりといずれをとるかということを答弁していただかないと、いずれでもいいなんということでは、これは相済まぬ問題になってくるわけです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私どもは今条約局長が申し上げました通り、この交渉に当たって非常に膨大なトータル・サムが、どこをとりましても出てくる、それを具体的にどういう金額で圧縮して解決をするかという実際問題があると思います。同時にフランス側にもありましょうが、われわれもとりましたやはり法律的な立場というものは一九四四年の八月二十五日の対仏開戦日をとって、そうしてそれを基礎にしてこの処理をしたというふうに私は了解いたしております。
○木村禧八郎君 それはあとでつけた理屈なんですよ、あとで数字をお示しすればわかるんです。そんな十五億円なんというぴったり合う数字はないんですから。それはちゃんと終戦時までの勘定を計算して利息を入れてゆきますと、ちゃんと十五億円になる勘定があるんです、ちゃんと調べてあるんです、こちらに。そんなあとからつけて……一〇・〇三倍なんというのはあとでつけたあれですよ。 この際もう少し質問を進める意味で、この特別円というものを、これは先ほど政府委員からお話がありましたが、正金銀行は日本の政府のエージェント、インドシナ銀行はフランス側のエージェント、それで政府を代表して協定を取りきめたと、正金銀行は政府のエージェントですか。
○政府委員(西原直廉君) この特別円の件に関しましては、まあ自主的にエージェントという役割を果たした。
○木村禧八郎君 エージェントは日本銀行じゃありませんか。そんなあいまいな答弁では済まされないんです、そんな規定はありませんよ。
○政府委員(西原直廉君) 本件については、形式と申しますか、手続といたしましては正金銀行が政府に相当額の貸し上げ金をやっているという形でやっております、
○木村禧八郎君 それでは政府に貸し上げをするという形において、その関係において自主的に政府のエージェントと、こういうふうに解釈していいんですか、それでいいわけですね、自主的に……。
○政府委員(西原直廉君) 幾らかあれいたしますが、特別円の債務は、十六年の五月に先ほどからお話のありました日仏間の協定がございます、それと十八年の一月に日本国と仏領インドシナ間の決済の様式に関する交換公文というようなものによりまして、できたものでありますが、この協定とか、あるいは交換公文、政府間取りきめは特別円勘定の運営についての規定をしているわけであります。それで特別円の債務が正金銀行の帳簿上に表示されますが、これは両銀行━━協定の実施に必要な技術的様式を両者間で決定するという政府間の協定によって関与しているのでありまして、そういうようなことで正金銀行は政府のと申しますか、両政府間の協定の第二十七条の実施による実施の機関としてでありますね、こういう勘定でトランザクションをしているわけでございます。
○木村禧八郎君 実際は、御承知と思うんですが、インドシナ銀行と正金との間に預け合い勘定を開いて、そうして正金が正金のサイゴン支店ですか、そこでピアストルを預かる。それでインドシナ銀行がそれに見合う特別円を正金本店に記帳する、それで預け合いになる。そうして正金のサイゴン支店が日本銀行の支店にこれを振り込むのですね。そうして日本銀行から政府が引き出して軍費に使う。ですから、エージェントはほんとうは日本銀行です、政府の機関としては。 それで今お話を聞きますと、実質的には政府に正金が貸し上げをしている。そこで政府とつながってくるわけですね。その貸し上げ制度はいつから始まりましたか。
○政府委員(西原直廉君) 貸し上げ制度は十九年四月からだと思います。 それで、今お話のように、この正金銀行のサイゴン支店は、インドシナ銀行からピアストルの現金を受領しましたときに、一たん借り受け金勘定で処理いたしまして、そうして正金銀行の東京支店にピアストルの受領を電報をする、それで東京支店はこれに対して特別円勘定を貸記し、そうして政府に対する貸し上げ金の措置をとる、こういうことになっております。それで正金銀行のサイゴン支店は政府貸し上げの連絡を受けましたときに、ピアストル現金を日銀預金として同時に同行に置かれている日銀代理店の国庫金勘定に現地通貨の借入金算人の記帳を行なう、こういう制度をとっておるわけであります。
○木村禧八郎君 非常にはっきりしてきました。 そこで、正金銀行が政府にピアストルを貸し上げるわけですな。貸し上げて、そうして政府がその軍費にピアストル━━それで、今の御説明ではっきりしましたが、正金ピアストルに見合う正金の特別円ですな。それは政府に貸し上げ金というものと見合っているわけですね。それでよろしいですか。
○政府委員(西原直廉君) その通りだと思います。
○木村禧八郎君 そういう意味で、正金は政府のエージェント、まあその言葉は正しいかどうか、それはそうせんさくしないでもまあいいですが、その意味でエージェントという御説明をされたんだと思います。 そこで、特別円というものは政府に対する貸し上げ金と見合っているという意味においてこれは政府の債務であるとそういうふうに見ていいわけですね。政府のフランスに対する債務である、それは特別円に見合って政府に貸し上げをしている、まあ借りているという形においてつながっているというふうに解釈していいわけですね。その点、どうですか。
○政府委員(高橋通敏君) 私からもちょっとつけ加えさせていただきたいと思いますが、ただいまそのような技術的な様式もあるかと思います。 それからもう一つは、やはりこの協定の全体から考えまして、そのような政府間の債務である。何となれば、この協定でこの勘定を設定いたしますし、それから仏印と日本との貿易はすべてこの両銀行を通じて行なわれ、かつピアストルまたは円貨というものは両銀行のみからしか収受できない。しかもこの協定は署名及び批准を得ておりますから、そういうような協定全体から考えまして、その協定に基づくところの債権債務であると考えます。 それからもう一つの協定でございます。御承知の日仏共同防衛に関する協定とこの協定の交換公文におきましては、合意される様式に従ってフランス政府は日本に必要な外貨を提供する、こういうこれに基づきまして、まあ一連の協定であるわけでございます。こういう関係から政府間の債務である、こう考えております。 —————————————
○委員長(草葉隆圓君) ただいま委員の異動がございましたので報告いたします。 加藤シヅエ君が委員を辞任され、その補欠として内村清次君が選任されました。 —————————————
○木村禧八郎君 恐縮ですが、もう一度整理させていただきます。政府間債務であるということは、前から衆議院段階においてもはっきりまあ御説明されておりますが、その私は内容を伺ったのですが、政府間債務であるという実質的な内容は、預け合い勘定をやっている。そうしてその預け合い勘定はまた正金の政府に対する貸し上げという形につながっている、実質において。そういう意味に理解されたんですが、それでよろしいわけですね。これは一連の関係である。預け合い勘定と政府間の一連の関係であると、そういうふうに了解していいわけですね、その点もう一度くどいようですが。
○政府委員(高橋通敏君) ただいまの御指摘の点、そういう具体的な問題もあるかと思いますが、基本的にはもっと先ほど私が申し上げましたような、この協定自体に基づくもの、それがやはり、原則でないかと考えている次第であります。
○木村禧八郎君 これは経済的な、単なる、法的な問題も重要でないというわけじゃありませんが、実質的に見まして、われわれは実質を聞きたいわけです、形式的には、私は法律は専門じゃないわけですからよくわからぬわけですが、実質的なつながり、あるいはインドシナ銀行と正金銀行との預け合い勘定、それでインドシナ銀行は、フランス政府とどういう、大蔵省とどういう関係にあったか私は存じません。しかし、日本に関する限りにおいては、正金に預けられたですね、預金勘定として記載された特別円勘定は、政府に正金が貸し上げた。ピアストル勘定と見合っている、そういうふうに理解してよろしいかということを聞いているんです、実質的に。
○政府委員(西原直廉君) 先ほど申し上げましたように、正金銀行のサイゴン支店が、インドシナ銀行からピアストル現金を受領しましたときは、これを一たん借り受け勘定で処理いたしまして、そうして正金銀行の東京支店にピアストルを受け取ったということを連絡し、で、これで東京支店に特別円勘定を貸記いたしまして、そうして政府に対する貸し上げ金の措置をとるわけであります。
○木村禧八郎君 わかりました。はっきりしました。これは大へん有益な御答弁をいただきまして、これはまたあとで重要な資料になると思います。 それからもう一つ具体的に伺いたいのは、藤山外務大臣は金約款ということを言われております。そうして本年十一月五日の衆議院外務委員会におきまして、八月二十五日の残高五億七千三百万円、これに対して一〇・〇三倍のこの指数を金約款に基づいてこれを乗じて、そうしてその結果が五十七億になるので、フランス側に交渉して十五億に負けてもらった。こういうふうに御答弁されておりますが、ここで愛知答弁の中には金約款というものはちっとも出てこない、一つもない、そういう説明は。ところが、藤山外務大臣の答弁の段階に入ると、金約款という問題が出てきておる。この金約款はこれは日本政府でも否定しているのでしょう。否定したんじゃないんじゃございませんか。
○政府委員(高橋通敏君) ただいま御指摘の通り、金約款と申しますか、金の量目に関する規定というものは前の四一年の協定にも、もちろん四三年の交換公文にもございません。その意味におきましてこれが厳格な意味におけると申しますか、正式の金約款ではない、これはそういうふうに考える次第でございます。
○木村禧八郎君 それであるにもかかわらず、どうして一〇・〇三倍かけるのですか、そういう正式なものでないと言いながら。しかし最初の十六年にははっきり金約款という定義が必要でありますけれども、金または金にかわるべき外貨ですね、そういうものをもって支払うという、そういうクローズがある場合、いわゆるゴールド・クローズというのですが、それは十六年の協定にはあるのですか、ありますか。
○政府委員(高橋通敏君) 十六年の……四十三年の交換公文ですか。
○木村禧八郎君 交換公文じゃありません。
○政府委員(高橋通敏君) その五月六日の規定には、第二十一条でございますか、御承知のように、金に兌換し得る同一の外国貨幣に対する両銀行の円及びピアストルの建値に現われる両貨幣の金価値を基礎として円とピアストルの換算率を定める、このような規定がございます。
○木村禧八郎君 これは十六年から。
○政府委員(高橋通敏君) はい、十六年の規定でございます。
○木村禧八郎君 それから今度は三谷・ラヴァル交換公文になりますと、その第四項におきまして、前記諸項に定むる操作に関しては、円対ピアストルの換算率は一九四三年一月一日における換算率とする。前記換算率に加うることあるべき変更は、日本国及びフランス国の当該官憲間の合意によりこれを決定すべし。そうしてさらに第五項におきまして、一九四一年五月六日の「日本国印度支那間関税制度、貿易及其ノ決済ノ様式ニ関スル日仏協定」の規定には、本交換公文の条項に抵触するものは、本交換公文の条項をもってこれにかう、となっているのですね。ですから、いわゆる先ほど条約局長の言われたあれを金約款と呼びますれば、それはこの交換公文において止揚されたわけですね、修正されているのですね。そう解釈していいんでしょう。
○政府委員(高橋通敏君) そこは一つの解釈上の問題でございます、これは。私はそのように考えている次第でございます。
○木村禧八郎君 それならば、なぜ日本側は金約款というものはあくまでも否定しなかったのですか。藤山外務大臣は金約款に基づいて八月二十五日現在の残高が五億七千三百万円であるのに、金約款というものを持ち出して、そうして十五億円払うことになったのです。もし金約款を否定すれば、五億七千三百万円でいいわけです。さらに政府が出されているこういう資料があるのです。昭和三十四年十一月二日に政府が、極祕という判を押してありますが、政府が出されたこの資料の中に、これはおそらく省内の想定問答の資料だと思います。この中にはっきり書いてあるのですよ、こういうふうに書いてあります。特別円問題とは、この日仏間の帳簿上の貸借関係をいかに解決するかの問題である。フランス側は、この帳簿上の円の部分について名目価格に金約款を適用して数十億円ないし百数十億円の返済を要求し、わが方は金約款の存在を否定して、円の名目価格による返済を主張したと、こうなっている。否定しているのでしょう、ですから今の条約局長の御答弁では、この三谷・ラヴァル交換公文において金約款を止揚した、つまり十六年の協定の金約款の部分を修正した、そうしなければ軍費調達について預け合い勘定なんかできなくなってくるのですね、しょっちゅう金をイアマークしたり何かしなければなりませんから。条約局長は先ほど私の意見に御同意のようでしたが、それでよろしいのですか。
○政府委員(高橋通敏君) この四三年の三谷・ラヴァル交換公文でございますが、これが先ほど申し上げましたように、四一年の五月六日の協定を、先ほど御指摘のようにどの程度使用したかどうかということは一つの問題でございます。ただこの金約款の点でございますが、でございますから金約款がそのまま存続しておるという説もあります。考えられることであり、一つの解釈上の問題でございます。ただここでございますのは、前記換算率に加うことあるべき変更については、双方の合意により決定するということになって、換算率の変更のことを規定いたしておる次第でございます。すなわちここで先ほど金約款がそのまま続いておるかどうかという問題は、その前の五月六日の協定がそのまま有効であるかどうかということは別問題といたしましても、ここでは一つの換算率ということの変更を考えているということを考慮に入れなければならない、このように考える次第でございます。
○木村禧八郎君 まあかりに一歩譲って三谷・ラヴァルの交換公文には、金約款を百パーセントに否定したものでないという、条約局長の否定したものでないという疑いもあるという、疑いがあるとしても、それには大蔵省で出しました昭和財政史ですね、編さんしましたこれを見ますると、何か了解事項というのがあるのですね。その了解事項の中で、必要のある場合には、金あるいは金にかわるべき外貨にこれをかえることができるというのがあるのです。そうしますれば、この了解事項においてその約款がやや残存しているやに考えられる。ところがさっき御質問したのですが、預け合い勘定は昭和十九年四月から始まっているのですね、この昭和財政史によりますと、昭和十九年四月からは日本政府との間に新しい貸し上げ方式が実施された、これによって正金銀行サイゴン支店は、日仏間の決済に関する協定に基づき、所要のピアストル資金をインドシナ銀行より提供を受け、これを日本銀行サイゴン支店に納入し、同時に正金銀行より政府に対し右に該当する資金の貸し上げをなすものとし、正金銀行東京支店は、右ピアストル資金の対価を同店におけるインドシナ銀行の特別円勘定に払い込むこととなった、こうなっておる。ですから一歩譲って三谷・ラヴァル交換公文及びその了解事項では、厳密に解釈した場合、多少金約款的なもののにおいが残るとしましても、十九年四月からはもうはっきりとですよ、はっきりとこれは金約款というものはなくなっている。そうでなければ金をイアマーク、あるいは外貨をイアマークしなければなりません。それはしておりません。そしてまた外務省の出しましたところによると、はっきりと金約款を否定しているのですよ。せっかく昭和十九年八月二十五日の残高を決済する、そういう立論をしながら、そうして金約款を否定しながら、なぜ八月二十五日現在の残高である五億七千三百万円の支払いにとどめなかったか。なぜ金約款というものを持ち込んで、そうしてこれを十五億円にふやしたのか。どうして国民の利益を守らなかったのです。こういう条項がある。さらに政府の戦前債務でありますから、それだからこそサンフランシスコ条約の十八条で処理したものである。もし戦中戦後の債務なら十八条にはよらないことになりますよ。そうでしょう。ですから、政府はあくまでサンフランシスコ条約十八条で処理した。そうすると戦前債務である。十四条のB項によれば、戦争中のそういう債権債務は連合国側においては債権を放棄することになっているのですがね。御承知の通り放棄する分までも払うのですか。連合国が放棄するのに、愛知答弁によれば連合国が放棄する部分まで払う。それからまた藤山外務大臣の答弁によれば、金約款を否定できるのです。また否定しているのです。否定していながら金約款を織り込んで、十五億円に五億七千三百万円をふやしている。こんな不利な外交ってないでしょう。やっぱり法律に基づく場合と実際の外交とあるといいますけれども、やはりあくまでも国民の利益を守るためには、そういう利益になる法律、建前があるのですから、なぜこれを活用しないのか。ですから、金約款問題について一つもう少し納得のいく御説明を願いたいと思います。
○政府委員(西原直廉君) 金約款ということをいろいろお話しいただいているのですから、その点について御説明申し上げたいと思います。 お話しございましたように、昭和十六年五月六日の「日本国印度支那間関税制度、貿易及其ノ決済ノ様式二関スル日仏協定」には「金二兌換シ得ル同一外国貨幣ニ対スル横浜正金銀行及印度支那銀行ノ円及「ピアストル」ノ建値ニ現ハルル両貨幣ノ金価値ヲ基礎トシテ両銀行間ノ合意二依リ決定セラルベシ」ということが第二十一条にきめられています。 それから次に二十四条及び二十五条で今お話しございましたように、月時決済及び協定終了の際の決済はいずれも「金又ハ金ニ兌換シ得ル外貨ヲ以テ」なさるべきこととなっております。 それからこの二十六条で、「円又ハ「ピアストル」ノ金価値ノ変更ノ場合ニハ合意ニ依り両貨幣ノ新金価値ヲ基礎トシテ」各勘定の残高の両評価をすべきだということになっていたわけであります。そういうようなことで、円及びピアストルの換算率は両貨幣の金価値を基礎として規定さるべきであるというような点から、有効な金約款であるという学者の意見もあったわけであります。 次に、十八年一月二十日付の「日本国仏領印度支那間決済ノ様式二関スル交換公文」によりますと、十八年の一月一日以降の日本国及びインドシナ間の決済についてはもっぱら特別円を使用することとなりましたが、この円とピアストルの換算率は、交換公文発効の日の換算率により行なわれる、その変更については日仏両政府の合意によって決定されることになったわけでありまして、またこの十六年の協定の規定で、本交換公文の規定に抵触するものは、交換公文の規定もってかえられることと定められました。これはお話しの通りであります。昭和十六年のこの協定と十八年の交換公文との関係につきましては、交渉の当時フランス側からは次のように主張して参ったわけであります。すなわち昭和十八年の協定は旧制度と根本的に変更するものではなく、今のお話しのように勘定の方式を簡易化し、柔軟化することを目的とする限度にのみ前者が変更されるものであるとの立場から、特別円勘定は従前の協定により金または金に兌換し得る外貨によって決済さるべき円価額に振りかえられたものにすぎない。決済方式は中断されるものでないから、金約款は十八年以降も有効になるという主張をしたわけであります。フランス側としては、もちろんこれは自分たちの利益を守るという意味において当然の主張ではなかろうかと思います。しかし実際上の問題として先ほどからいろいろお話がありますように、十六年から十八年にわたりました関係で、一体木村先生のお話がありましたように、金約款というものがあるのかどうか。これはいろいろ問題もあり疑いのあるところであろうというところから、いろいろ考えたのだろうと思いますが、フランス側も諸種の事情を勘案したものか、この交渉解決促進のために、実際的な解決として金約款の主張は必ずしもしない。しかし換算率保証によるいわゆる最終残高の十倍くらいである百三十億というものはこれは払ってほしいという主張をしたわけであります。今申し上げましたように、十六年の協定と十八年の交換公文との関係につきましては、いろいろ議論があるわけであります。当方といたしましては、いろいろ申し上げておりますように、こちらとしてはなるべく債務の払いを少なくしたいということは当然のことだと存じますが、そういうようなことから、いろいろ交渉の過程におきましては、もう金約款はないとか、そういうものはどうこう、いろいろなことを申したわけです。一体このようなことで、もし国際的なところで裁判と申しますか何かになりましたときに、一体どういう結果になるかということになりますと、なかなかそこに今お話しのような事情がございます。それで大体、一体フランス側の主張のように、十八年以降も金約款が存続したと認められるというおそれもあるいはないとは全然言い切れるかどうか、非常に問題もあったわけであります。そういうようなことで、私どもとしては、まあ先ほどの協定、この諸勘定の処理の協定にございますように、ああいうようなことで、これをけりをつけるということが最もわれわれとして適当だというふうに考えて、ああいう協定でけりをつけた、そういうことです。
○木村禧八郎君 どうも今の御説明では納得できないのです。私まだもう少し突っ込んで御質問したいのですが、ちょっと今疲れたものですから、この辺で一応休憩しまして二時から……。
○委員長(草葉隆圓君) これにて休憩し、午後二時より再開いたします。 午後零時三十九分休憩 —————・————— 午後二時二十六分開会
○委員長(草葉隆圓君) 休憩前に引き続き委員会を再開いたします。 ベトナム賠償協定関係両件の質疑を続行いたします。
○大和与一君 私は沈船引揚協定についてお尋ねをいたすのですけれども、その前にちょっとほかのことでお尋ねしたいと思うのです。 第一は、いよいよこの協定の自然成立をねらっておるわけですけれども、今まで新聞など相当お読みになって、新聞人としても国民の声としても、どうもこのベトナムの問題については納得がいかぬ、わからない、あるいは二重払いではないか、あるいはまたどうも損害がないのにたくさんの税金を払うのじゃないか、こういう声がずいぶん具体的に新聞に出たことについて——大臣はお読みになっておられますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 国会の論議につきまして、それに関する賛否いろいろな意見があることはむろんでございまして、そういうものが新聞紙上に出ておるものを、全部と申し上げかねるかもしれませんけれども、一応目を通しております。
○大和与一君 賛否両論と言われますけれども、一体賛成の議論なんというものはほとんど新聞、雑誌に出たことを見たことがないのですが、この国民の率直な反対の声は黙殺をして、そうして多数できめておればいいのだ、こういうふうにお考えになっておると思うのですが、いかがですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私といたしましては、国会に御審議を願っておりますので、十分御審議を尽くして決定していただきたいと、こう望んでおるわけであります。
○大和与一君 まあ前に小選挙区法案とか、あるいは警職法、こういうのは国会で多数で政府がおやりになろうと思ったけれども、あんまり国民が正しいことを言うものだから、とうとうびっくりしちゃって引っ込めたことがあるのですが、それと同じように、今度も、若干声の幅は狭いけれども、しかしまああらゆる新聞、雑誌、その他の国民の声としては、賛成の意見なんというものは、まず聞いたことがないのですがね。反対の意見がこんなにあるのに、やはりこれは大臣としては、もうそういうものは黙殺、まあこういうやはり結論でやってもらえばいいのだ、こういうことになりますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私どもは、やはり政府の施策については十分国民の理解を深め、議会等の論議を通じて十分承知いただいていくことが必要なことはむろんでございまして、その点については、やはり議論を大いに国会において尽くしていただいて、そうして最終的にきめていただくことを望んでおるわけでございます。
○大和与一君 第二の点は、今度の賠償で実害と苦痛と申しますか、そういうように大きく分けられると思うのですが、その苦痛ということは、これは餓死者なんかを含むことに考えると、これが向こうの外務大臣は二百万だと、これはまあちょっとけたが大きいとしても、政府も約三十万と考えておるのですが、私はこれはやはり人命に関する問題だから、これはもうちょっとお尋ねしたいと思うのですけれども、一体あそこにおった軍隊ですね、この軍隊が約五万ぐらいおったでしょうけれども、この連中の言っていることは信用が全然できないのかどうか、お尋ねします。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今回の場合において、私ども、これはベトナムの場合を除きましても、日本の軍隊あるいは軍人が悪いことを非常にして現地民をいじめたというようなことがあったということをまあ想像したくもございませんし、また、事実そういうことは少なかったのではないかと思います。ことにベトナムにおいてはそういう点が少なかったと思います。しかし、食糧その他の関係からして餓死者があったというようなことは、一般的にいわれておるわけであります。そういうような意味からいって、餓死者の数をどの程度に数えるかということは、これは事実非常にむずかしい問題ではあろうと思いますけれども、これを絶無だというふうにはまあ考えられないのではないか。そのこと自体は、日本の軍隊が直接に引き起こしたものでないとは思います。けれども、しかしやはり間接的にはそういう影響があったのではないかというふうに考えるわけであります。
○大和与一君 外務省で現地の人からいろいろ聞いたというお話があったので、名前は言えないと言ったのだけれども、これは一体何人ぐらい調べられて、そして、その中の人が餓死者に対して最高何人を言ったのか、最低何人を言ったのか、やや具体的に、名前は要りませんから、お答えを願いたいと思います。
○政府委員(伊關佑二郎君) 私も何人というところまでははっきり存じませんけれども、少なくとも十人とか二十人とか、それからまた現地の大使館で、たくさんの人に会って聞いたというふうに言っておりまして、私の方も東京でも聞いておりますが、現地でも大使館が聞いておるわけです。だれにどうというふうに、しかも幾人というような具体的なことも申してきておりませんから、やはり相当数になると存じますけれども、まあそして平均等をとったといいますか、何と申しますか、大体、二、三十万というところではないかというふうな結論を出してきております。
○大和与一君 しかしそれはちょっとえらい情報としてもいいかげんで、あれですか、それじゃ現地の人から聞いたというのを、大使館なり公使館なりでまとめて、それで本省に持ってきてやったのだと思うのですが、その書類などはないのですか。そうすると、えらいこの三十万というようなことが、たった十人か二十人について聞いた、それで全体を推測するといったら、これはきわめて不正確なことを信頼して勝手に水増ししてやったことになるのですが、その点はいかがですか。
○政府委員(伊關佑二郎君) 資料として、最初に差し上げました中に、西村━━当時のハノイの総領事の事務所長と申しますか、からの電報あたりは、あれはあの直後、終戦直後九月ごろに打った電報でございますが、これなどにもやはり餓死者百万というふうな数字を引用しておりますから、当時からやはり百万いうふうな数字はいわれておったのではないかと思います。そして百万は少し多いのじゃないかというふうなことで、いろいろな人の話を聞いてみまして、そして二、三十万という数字が出てきたと、私はこう思います。
○大和与一君 私がお尋ねしたいのは、日本の責任においてそういう餓死者が出たのではなくて、そして仏印総督なりその他の政治の悪い点もあって、そしてそういう人ができてきたかもしれぬ。まあこういう点で私はお尋ねしたいと思うのです。ですから、それが苦痛━━餓死者を含めてそれを三十万と推定して、そしてそれを基礎にしてやはり損害賠償の幾らかの金に換算をすると、こういうことになっていると思うのですけれども、それは間違いではないか。たとえば高台教というのがあったのだけれども御存じですか。それは一体どのくらいおりましたか。大体でいいですよ、約で。
○政府委員(伊關佑二郎君) 信徒は約百五十万といわれております。
○大和与一君 そうすると、仏印総督が高台教に対して非常な弾圧、圧迫をして、そうしてケープ・カモの虐殺という有名な事件があるのですが、御存じですか。みんな人間を、男も女も裸にして、手に鎖で穴をあけて、それで全部殺してほうり込んでしまった、こういう有名な事件があるのですけれども……。
○政府委員(伊關佑二郎君) 私の方ではちょっとそれ存じません。
○大和与一君 そういう非常に、これはもうおそらく仏印の戦争直後、これは大へんな事件であったと思うのですけれども、そういう仏印総督の政治のやり方ですね、徹底的な弾圧をして、しかも百五十万とおっしゃった。そうすると、これがだんだんだんだんと圧迫をされて生きることもできぬように、仏印の総督自体がそういう政治をしたのですから、こういうことが、飢餓の大きなやっぱり原因にもなったのじゃないかと、こう思うわけですよ。 それから次には華僑の状態ですが、当時のシォロンという所で、米の大集散地であったと思うのですけれども、これが、一体ベトナムのどの程度の米をさばいておったか、あるいは集散しておったか。集積しておったか。
○政府委員(伊關佑二郎君) この米の産額と申しますと、だいぶ年によっても違いますが、もみにしまして、大体五百万から六百万トン。もみでございますが、多いときは、一九三八、三九年などは八百万という数字が出ておりますが、まあ六、七百万トン。この中で━━これは全部の統計でございますから、そういたしまして、北を除き、それからカンボジア等にも多少ございます、そういうものを除きまして━━正しい輸出用の米と申しますと、九五%までがいわゆるサイゴン米ということになっておりますので、それが、大体もみにいたしまして二百万トンくらいのものが平時は出ておるわけでございます。こういうものの扱いには、私はやはりシォロンあたりにおる華僑というものの勢力が大きく動いたのではないか、こう考えます。
○吉田法晴君 議事進行。これは衆議院と思うかもしらぬけれども、突如淺沼社会党書記長の懲罰動議が提出されたということで、党において重要協議をしておるので、委員の諸君も全部引き揚げてくれ、こういう連絡がございましたので、委員会を途中で、質疑の途中ですけれども、休憩をしていただきたいと思います。
○井上清一君 ただいま、吉田君からいろいろ御発言がございましたけれども、衆議院の事情は私ども全然知らない。これは全然私どもは知らないことでありますし、どういう事情なのか。とにかく今は審議が始まったところでございますし、衆議院の事態によってこっちの審議が乱されるということでもおもしろくないのじゃないかと思いますので、このまま一つ続行されるように希望いたします。
○委員長(草葉隆圓君) ちょっと速記とめて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(草葉隆圓君) 速記を起して。 大和君の御質問中でありまするが、ここでしばらく休憩をいたしたいと思います。 午後二時四十三分休憩 〔休憩後開会に至らなかった〕 —————・—————