外務委員会 第19号
- 発言数
- 119 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1959/12/16
会議録
○委員長(草葉隆圓君) ただいまから外務委員会を開会いたします。 まず委員の異動について報告いたします。本日鈴木強君が委員を辞任され、その補欠として大和与一君が選任されました。 —————————————
○委員長(草葉隆圓君) 日本国とヴィトナム共和国との間の賠償協定の締結について承認を求めるの件、日本国とヴィエトナム共和国との間の借款に関する協定の締結について承認を求めるの件、以上衆議院送付の両件を一括して議題といたします。 ただいま議題といたしましたベトナム賠償協定関係両件について、明後十八日金曜日午前十時より参考人から意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(草葉隆圓君) 御異議ないと認め、さよう決定いたしました。 なお、参考人の具体的人選及び人数につきましては、これを委員長及び理事に御一任願いたいと存じますが、御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(草葉隆圓君) 御異議ないと認めます。さよう決定いたしました。 それでは昨日に引き続き質疑を続行いたします。 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(草葉隆圓君) 速記をつけて。
○佐多忠隆君 先日の委員会でベトナムにおけるアメリカのICAあるいはMAAGあるいはTERM、そういうものの軍事援助、経済援助のいろいろな実情についてお話を聞こうとしたのですが、何ら的確な話が聞けませんので、御調査を願ってあらためて質問をやるということで、そういうお約束をして、きょうに延ばして参りました。そこできょうはその点から少し質問をしたいと思いますが、まず第一点、アメリカのICA、MAAG、TERMがベトナムの現地でおのおのどんな組織的な関係を持っているのかという問題、組織的にどうなっているのかという問題、さらにこれらの諸機関とベトナム国政府との関係がどうなっているかという問題、そうしてそれらの機関がおのおのどういう仕事をしているか、それらの点について一応御説明を願いたいと思います。
○政府委員(伊關佑二郎君) 私詳しい点を存じませんので、課長でよろしければ……。
○佐多忠隆君 けっこうです。
○説明員(影井梅夫君) お答え申し上げます。ベトナムにありまするアメリカのいろいろな機関、これが相互にどうなっているかという点でございますが、アメリカがベトナムに出しております、何と申しますか、軍事的な機関、これは大体MAAG、これによって総括されているようでございます。これは私どもベトナム政府あるいはアメリカ政府からの公式な情報というものを得ておりませんので、非常に正確ということは申し上げかねる次第でございますけれども、いろいろな側面からの資料その他によって判断している次第でございます。 このMAAGの下にTERMと申しますか、このTERMがMAAGの中に入っておるというような組織になっているようでございます。 それからベトナム政府との関係でございますが、これはおそらくベトナム政府の国防省と申しましょうか、国防部との間にいろいろな連絡があるだろうと思いますが、その間のこまかい組織その他が正確にどうなっているかということは私どもわかっておりません。 それからICAでございますが、ICAの系統の現地の機関といたしまして、いわゆるUSOM、これが現地にありまして、これがICA関係の現地の仕事をしておるというような組織になっているようであります。
○佐多忠隆君 そこで、それらのおのおのの機関がどういう仕事をやっているのか、おのおのの機関がどういう人員なり何なりで、たとえば経済援助、技術援助、軍事援助、そういうものをどういうふうにこの数年来やってきたかという点をさらに御説明願いたい。
○説明員(影井梅夫君) お答え申し上げます。これはそれぞれのアメリカの機関がどういうふうな任務を持っておるか、現地においてどういうふうな任務を持っておるか、われわれ正確な資料がございません。大体その名称から判断していくよりほか仕方がないのではないかと考えております。これもアメリカ政府またはベトナム共和国政府の発表に基づくものではございませんけれども、先ほど申し上げましたMAAG、アメリカの軍事顧問団、この下に戦闘部隊訓練部と申しますか、これと並立いたしましてTERM、暫定的な施設の回復と申しますか、使節団、この二つが相並んでおる。戦闘部隊訓練部、この下には空軍班であるとか、海軍班であるとか、それから訓練の実行班、計画班、それからTERM、この下にも同じく海軍班であるとか、空軍班、信号班とか法務班、輸送班、武器班、兵站班というような下部組織が設けられているというふうな情報を持っておりますけれども、これがはたしてどの程度正確かということはわれわれも判断のしようがない次第でございます。
○佐多忠隆君 それらの機関がいつごろからベトナムに行って、そしてこの間ちょっとTERMはもう引き揚げたはずだというお話がありましたが、そこいらはあの勧告に従ってすぐ六月末までに退去したのかどうか、そこら正確なところの事実はどういうふうになっておりますか。
○政府委員(伊關佑二郎君) MAAGはたしか一九五〇年の協定から存在しております。それからTERMは五六年からおります。そして任務終了ということにことしの六月かになりましたが、まだ現実に引き揚げを完了してはおりません。
○佐多忠隆君 その仕事の経済援助なり、技術援助なり、軍事援助の内容のことはもう少しよくわかりませんか。これをお調べ願うように言っておきましたし、国際監視委員会でも問題になりましたし、それからこの間申し上げた査問委員会でもそれら機関の長がわざわざ呼び返されていろいろ問題になっているようですが。
○政府委員(伊關佑二郎君) 金額だけはわかっておりますが、その中身というところまではわれわれの方としては調べる方法がないようでございます。
○政府委員(小田部謙一君) 今のアジア局長に補足させていただきます。経済援助の方でございますが、ICAがやっている経済援助の方でございますが、経済援助の方はごく簡単にまず言いますと、経済援助の額はお手元に差し上げてあると思いますが、この額のうちプロジェクトによらない援助——ノン・プロジェクト・エイド、それからプロジェクトによる援助と技術援助と、大体三つに分れております。このうちの金額はお手元にあります通り、プロジェクトによらない援助というものが非常に大きい額を占めております。これがすなわちICAの買付の部分をなしておるものでございます。これはどういうものを買い付けたかという表もここにございますが、これは非常に長くわたりますが、大体ICAのやっている仕事は、最近におきましては非常に経済的なものになっておりまして、つまり、最初のうちはあるいは軍需産業というようなことを考えたこともあったかもしれませんが、最近に至りましてはその国の基礎産業というようなことに重点を置いておるわけでございます。そこで、この表を見ますと、たとえば食糧とか燃料とか原料とかいうものをノン・プロジェクトで買っております。この金がわが方にもだいぶ落ちておるわけでございます。そのほかにプロジェクト・エイドというものがございまして、これはノン・プロジェクト・エイドに比べますと非常に額は少ないようでありますが、それも農業とか工業とか交通とかその他の部門にわたってやっておるわけでございます。それから、ごく少ない額でございますが、それは技術協力による援助というものをやっております。これは、たとえば、専門家の派遣とか、技術養成設備の改善とか米国留学奨学金の供与などということを行なっておる次第でございます。
○佐多忠隆君 それらの機関の員数は、大体どういうふうに変化しておると見ておるわけですか。
○説明員(影井梅夫君) これは、それぞれの機関別にそれぞれ何人ずつ働いているかという明確な数は、われわれのところでは調べがつきません。で、この前、佐多先生から、ベトナムにおりますアメリカの軍要員は一九五六年の一月の六日から一九五七年の十二月八日までの間に九百五十七人増員された、すなわち、この期間の間にベトナムに入りました者が二千二百名、それから出ました者が千二百四十三名、この差の九百五十七人が増員になっているはずであるけれども調査せよ、これは国際監視委員会の第九次報告書に載っておるという御注意をいただきまして、われわれ調べましたところでは、まあ大体御指摘に近い数字、七百五十九名という者がこの期間の間にふえておるというふうな報告があるようでございます。しかしながら、これがそれぞれどの機関に何人ずつ配備されておるかということは、どうも私どもでは調べようがないという次第でございます。
○佐多忠隆君 今の数字、ちょっとそれはどうもあなたの方の聞き違いだろうと思いますがね。入りが二千二名なんです。それと出の千二百四十三名で、差は七百五十九名で、今あなたのおっしゃった数字に……。
○説明員(影井梅夫君) 私の方の調べもその通りでございます。
○佐多忠隆君 だから、きっと私のあれを聞き違えて、さっき私が九百名以上の増加と申し上げたというのは、これはあなたの方の聞き違いだと思いますから、私は正確に言ったつもりですから、訂正をしておいていただきたい。 まあいずれにしましても、そのように非常に膨大な増加になっておる。しかも、このTERMが、今おっしゃったように、六月末までに退去しなければならないということが国際監視委員会で勧告を受けているにかかわらず、今なお退去していないというような状態、しかも、そのTERMは、南ベトナムの軍隊に対して兵器や軍装備を補給してそれの増強を非常に積極的にやっておるというのが大体聴聞会あるいは報告会あたり等で報告をされていると思うのですが、その点はそういうふうに了解していいですね。
○説明員(影井梅夫君) これは、アメリカの上院及び下院のそれぞれ委員会におきます速記録というものを取り寄せておりますが、まだ間に合いませんので、さしあたりのところ、アメリカの議会関係に関します週報と申しますか、これによって御説明申し上げるわけでございますが、これによりますと、上院の方におきましては、上院外交委員会の国務省それから公共問題関係の小委員会、この委員長がマンスフィールド議員でございますが、この委員会がスクリップスハワード系の新聞記者であるアルバート・M・コールグローブの書きました記事、すなわちベトナムに対するアメリカの援助は浪費されており、かつ汚職があるという非難の記事を書いたのでございますが、この記事で述べられております真相の調査のために、七月の三十日、三十一日公聴会を開きました。それからさらに八月の七日それから十一日及び十二日に秘密会を開いた。この秘密会の方の内容はもちろんわかっておりません。この公聴会に呼び帰されました人がダーブロー大使、それからガーデナーUSOM団長、それからウイリアムズMAAG団長であること、これは先般伊關アジア局長から御説明申し上げた通りでございます。ここに七月三十日及び三十一日の公聴会におけるそれぞれの人の証言の要旨が出ております。まず、ダーブロー大使でございますが、ダーブロー大使は、このコールグローブの書きました記事は援助の実情を歪曲したものであり、同人が事実についてその記事の正確を期さなかったことを遺憾に思う、ベトナム政府は、米国の援助によって同国を混乱から安定へ導くのに成功している、米国の対ベトナム援助は、今後不特定の期間継続の必要があろうと。それから次にガーデナーUSOM団長の証言の要旨は、コールグローブの言うがごとき汚職といった事実が隠されていることはない。それから、これは現地ではございませんで、ICAの副長官のサチオという人も証言をしておりますが、この証言の要旨は、ベトナム援助に対する非難は無謀なる非難であり、明らかにセンセーションをねらった書きぶりであるという趣旨の証言をしておるようでございます。 なお、この前、佐多先生から、こういった事実に基づいてワシントンから現地に調査団が派遣されておるはずであるけれどもどうかという御趣旨の御質問がございました。確かに上院及び下院からそれぞれ調査団が現地に行っているようでございます。この調査団がワシントンに帰りましたのは今月の上旬ということで、この報告書の発表はクリスマス休暇以後になるだろうという報告を得ております。
○佐多忠隆君 外務大臣に。今のようにアメリカでは上院外交委員会においてベトナムに対するいろいろな経済援助、技術援助、軍事援助等の問題が非常に問題になって取り上げられておる。まあそれに対するいろいろな答弁は、当局者でありますから、今言ったような答弁になっているようでありますが、その要旨に至るまでのいろいろな答弁を見ると、私も、ヒヤリングの文章はもうすでに手に入っておりますが、全部読んでおりませんから、一々具体的な事実はこまかにはわかりませんが、非常に問題になって、従って、今、課長のお話のように、三十日、三十一日だけのヒヤリングでは不満足だというので、秘密会にさらに移されて、非常に詳細な検討がなされているようであります。これは秘密会でありますから、われわれが外から窺知し得ない問題でありますが、いずれにしても当局者の、今、政府委員から述べられたような答弁では満足をしないで、秘密会にまで移されて、非常に問題になっていることは事実です。その点を一つあらかじめ外務大臣よく記憶をしておいていただきたいと思うのです。 それに関連をして次の問題に移って参りますが、それではお尋ねをいたしますが、サイゴンにあるニヤベ軍港の建設、それからバスン海軍工廠の増強等について、アメリカがどういうことをやっているか、まずその点から御説明を願いたいと思います。
○説明員(影井梅夫君) 資料がたくさんありますので、ちょっとお待ち願いたいと思います。——ただいまのはチゲイ海軍工廠に関する件と思いますが、これは実はアメリカがどういうふうなことをやっているかという詳細は、私どもの方にわかっておりませんが、この海軍工廠で行なわれておりますのは、大体七百トン程度、最大七百トン程度までの舟艇と申しますか、これの修理をやっている、この程度しか私どもの方にわかっておりません。
○佐多忠隆君 そのニヤベの軍港の建設、あの軍港の建設についてはどうですか。
○説明員(影井梅夫君) これも私ども公式の報告は受けておりませんが、今度の国際監視委員会の第八次報告書の第二十項でございますが、ここにニヤベ港を国際監視委員会の委員が視察をすることに関連いたしまして、かなり制限的ではあるけれども、このニヤベ港の視察を、ベトナム共和国政府でございますが、ベトナム共和国政府は国際監視委員会の委員に対して認めている、制限的ではあるけれども認めているというような報告の記事がちょっと出ております。私の方で今気がついているのはその程度でございます。
○佐多忠隆君 今お話の通りに、第八次の中間報告で、ようやく制限的ではあるけれども、これを国際監視委員会に見せた。しかし、その前の第七回の中間報告では、それが軍事基地であることが非常に明瞭であるんだが、アメリカ側がこれに対する合法的な国際監視委員会の監視を拒絶をしたというふうな報告になっている。第七回には拒絶をしたのですが、さすがに拒絶し切れなくなって第八回では今お話のように、制限的ではあるが、これを若干視察をさせたというようなことになっているようであります。これが一九五六年から七年にかけての事実でありますが、これらの点において、この軍港と、それからその隣にあるかっての海軍工廠、それの増強の問題が非常に問題になっております。 そこで、もう少しその点を詳しくお聞きしたいのですが、これが日本との直接の関連になりますので、私はさらに詳しく聞きたいのですが、一体、その海軍工廠なり造船所というのは、前はどういうものであったか、そして、いつどういう形でベトナムの方に、あるいはアメリカ側の方に引き継がれていったか、その辺の経緯をもう少し詳しく御説明願いたい。それが今後日本が関連をしていく問題に非常に重要な関係を持っておりますので、一応御説明願いたい。
○政府委員(伊關佑二郎君) 造船所の方は存じませんが、海軍工廠につきましては、現在これの所長、副所長というのは文官である。それでベトナムの国防部の方で海軍工廠として復活したいという意思もあるようであり、ベトナムの経済省といいますか商工省といいますか、そちらの方では、一般の民需関係の方の機械を作るセンターにでもしたいというふうな考えがあり、ここのところは、今のところはっきりきまっておらぬというふうな報告が現地から来ております。それが結果に現われまして、所長、副所長というものに文官を置いておるというふうな関係が出ておるわけでありまして、賠償の問題と関係いたしまして、機械工業センターがここにできるとかできぬという話があったわけでありますが、その中にあき家があるのでそれを利用したらどうかという話が一応出たのでありますが、現在のところこれを利用する見込みは非常に薄いのじゃないかというのが現地の観測でありまして、これが国防省のものになれば利用できない。これが今のような、何といいますか、一般民需用のものになり、文官組の方にはっきり、商工省か経済省になりますか、移れば、そういうふうなもので利用できるかもしれぬということでありまして、その点につきましては、今のところは未定、しかし望みが薄くなっておるということを聞いております。
○佐多忠隆君 これからその問題に入っていきますが、これに関連を持っている経団連その他でいろいろ報告をしておるところによりますと、これは今の海軍工廠、それから軍港、そういう点は、特にサイゴンに造船所がある、これが一八八〇年代に建設をされたフランスの国営の造船所である。そしてこれは艦艇の修理その他海軍工廠として使われておった。それがゴ・ディン・ジェム政権ができてから、これが実質的にはアメリカのMAAGの指揮監督のもとに入って、その圧力でフランス側から取り上げられてベトナムの方に移管をされて、今は、今ちょっとお話のように、ベトナムの国防省が主になってこの復興、増強に力を入れておるというような状況になっておるようですが、それらの点はあなたの方ではどういうふうにお調べになっておりますか。
○政府委員(伊關佑二郎君) ただいま申し上げましたように、現状はおっしゃった通りになっておりますが、そこに文官の所長、副所長を置いておるというふうなことで、おそらく民需関係と軍関係とどちらに将来帰属するかという点が未定になっているというふうに、われわわは現地から報告を受けております。
○佐多忠隆君 そこのところが問題なんですが、経団連その他の、向こうに、現地に行った人たちのいろいろな話によると、これはベトナムの国防省の管轄下に入っているのだが、ベトナムではさらにそれを、今局長のお話のように、若干民需にも使いたいというような希望を持っておるにかかわらず、今はMAAGが全面的に実力を持ってこれらの技術協力なり、あるいは増強計画その他を進めているので、全部MAAGの実質上指揮、監督下にある。しかもそのMAAGは、アメリカ側は、海軍専用の工場に絶対にしなければいけないという意見で、これらの増強に当たっている。これはアメリカが使えるものとしては、極東地域において、横須賀の工廠に次ぐ最大のものであり、そういう意味で、アメリカが非常にそういう点で海軍工廠として重要視し、もっぱらそういう方向で増強をやっている。ベトナム側は民間兼用のものにしたいという希望を持って、国防省の管轄であるにかかわらず、今おっしゃったように、民間その他の関係が、少なくとも兼用にしたいというようなことで、主張はしているけれども、実際はさっき言ったように、実力を持っているアメリカMAAGの完全な支配下にある。こういうふうに伝えられておりますが、その点をどうお考えになりますか。
○政府委員(伊關佑二郎君) そのMAAGがうしろにおるかおらぬかというふうなことは、われわわにはわからぬのでありまして、要するに、国防省が現在のところ管轄している。しかし、人事はそういうふうに公共土木省、公共事業省出身の文官の技師であります。土木技師がこれに当たっている。それで将来はベトナムにおける一般工業化計画との関連において、これを経済省の管轄下に置きたいという意思である。要するに、国防省と経済省との間で主管争いといいますか、今のところはお互いにこれがほしいという状況にあるということだけはわかっているわけであります。
○佐多忠隆君 この軍港の復旧といいますか、増強といいますか、さらには海軍工廠の増強について、日本側はどういう関係を持たれたのですか。
○政府委員(伊關佑二郎君) 日本側といたしましては、経済技術協力会社でありましたか、ただ技術協力会社でございましたか、これから技師が今十数名、たしか十四名になりますか、行っておりまして、現実にこの工廠でやっておりますことは、七百トン以下のLST程度の艦艇の修理、それから一般商船の修理ということしか今まだ行なっておりません。これはまだ全然埠頭ができていないこわれたままの海軍工廠でありまして、そこでかろうじてそういう小さいLSTの七百トン以下程度のもの十二隻といいましたか、修理を現在までやったと、そのほかには商船の修理もやった、それらの修理についてこれらの十四名の者が行っておりまして、技術指導をしているという、それが日本との唯一のかかり合いでございます。
○佐多忠隆君 これは一九五八年の三月ですが、UPが報道しているんですが、ニヤベ軍港の建設、サイゴンの端のニヤベ軍港の建設に日本の工員が、しかもそれはかつての軍の工員が大量に行ってこの建設に従事をしたというようなことが報道をされていますが、これは事実と違うのですか。
○政府委員(伊關佑二郎君) おそらくそれは事実と違うと思います。われわわの方の報告では、この海軍工廠におけるそういう小さい艦船とそれから一般商船の修理以外には何にもやっておらぬという報告が来ております。
○佐多忠隆君 そうしましたら、その問題になります——今おあげになっている日本技術協力株式会社、これがその海軍工廠あるいは造船所の増強に非常に積極的に、全面的に関係をしておりますし、今後それが全面的になっていくだろうと思うのですが、そことの話はどういう経緯で、どういうふうに始まって、どういうふうに発展をしたと政府の方ではお考えになっておりますか。
○政府委員(伊關佑二郎君) 昭和三十一年三月にこの東南アジア経済調査団がベトナムに参りました際に、ベトナムの国防部から軍事工廠の運営に関する技術指導の要請を受けた。そこで、それに応じますためにこの日本技術協力株式会社というものを作りまして、そうして技術者を提供いたした、こういうのがごく概略でございます。
○佐多忠隆君 私が調べたのでは、一九五五年の末にベトナムの方から技術協力の申し入れがあって、それらの調査その他のために一九五六年の三月に植村使節団が出かけた。そこで、私、この間、植村使節団があの三月に出かけたのは、特需補充のための市場調査という特殊使命を持って行っているんじゃないかということを申し上げた。大臣は、いやそれはそういう特殊なあれでなくて、一般調査だったんだと言いのがれておったのでありますが、事実はそうでなくて、なるほどあるいはその他の諸国においてはそういう問題があったかもしれませんが、やはり一般的には特にあの当時非常に減少をしていくことが日本の財界で憂えられて、その特需の補充に、しかもベトナムからすでにそういう海軍工廠の技術協力が申し込まれておるから、これを実現をして特需の補充をする、そういう意味で東南アジアの調査、特にベトナムの調査に行かれた、これが一九五六年三月の植村使節団の任務であった、これは非常にはっきりしていることだと思うのですが、今、局長も言われたように、五六年の三月にそういう協力の申し入れがあったということを言っておられますが、大体そういう任務を持って植村さんは行かれたと、こういうふうに判断して間違いはないと私たちは思っておりますが、この点、大臣どうお考えですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私のおぼろげな記憶によりますれば、植村君は、当時一ぺんこの東南アジアに行ったことがありますし、そのときに東南アジアとの経済協力をやっていくというようなその調査等に行くことであったと私どもは考えております。むろん当時、あるいは特需等の問題が、特需の減少等というような問題が経済界にもございましたので、あるいはそういう観点から植村君が行かれたか、そういう考え方を若干含みながら行かれたか、それらについては私として明快に存じておりません。
○佐多忠隆君 いや、この間の段階では、おぼろげながらそうであったのだろうと思うという御答弁でいいのですが、今申し上げたように、私自身が経緯を実際に調べたところによっても、さらには局長自身が答弁されたところによっても、今のような、あの三月にそういう特殊な申し入れがあり、それに関連をして南ベトナムに行かれたことは、これは事実まぎれもないことなんですから、そういう事実がはっきりしてまでこれをどうも誤解して御答弁なさる必要はないんだと思います。まあしかし、そこらはお得意のとぼけた答弁で切り抜けようというお考えかもしれませんが、それは正確な答えになってない。私は、その時日の余裕を置いたのは、そういう点をもう少し正確に誠実に、事実は事実としてお答えになるということが必要だと思うので、念を押してお尋ねをしておるのです。私は、拾い読みですが、先ほど、ベトナム援助に対する不正査問委員会ですか、その査問委員会の当局者のヒヤリングその他を二、三拾い読みしてみましたが、実にやっぱりアメリカの国会のそういう委員会では、政府の当局者——大使であるとか、MAAGの団長であるとか、あるいはICAの関係者であるとか、そういうのは、事実は事実として非常に誠実な答弁をしている。もちろん質問者も非常に誠実に、ただ単にあげ足をとるとか、言葉じりをとらえるとかいうようなあれでなしに質問をしておるようですが、その質問に対する答えも、単に責任のがれだとか、私のおぼろげな記憶によればというような無責任な答弁はいたしておらない。この点はわれわれはお互いに学ばなければならない点だと思う。もう少しそういう点は、時日を今まで置いたんですから、事実の調査に基づいて、もっとはっきり誠実にお答えになることを私は希望をいたしておきます。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私が先ほど申しましたことも、先般申しましたことも、私としてはそのこと自体が事実でございまして、私は実は詳しく存じておらぬ。むろんその点をお聞きになったことだと思うのでございますが、今のアジア局長等の報告をどう思うかという御質問であれば、今のアジア局長や何かの報告を聞いておりまして、むろん当時の財界の気持からいって、特需をできるだけ多く得られることが必要だという考えを持っていた人たちもあるわけでありますから、また、それに対する調査等をやって、あるいは調査の結果積極的に何か行動ができるものなら、することによって日本の特需をふやそうという考え方もなかったわけではございませんから、従って、今のアジア局長の説明がそのまますぐに特需につながるか、つながらないかということは、若干私疑問に思いますけれども、そういう意味で植村君が考えられたということは特に否定するわけではございません。
○佐多忠隆君 それならこの海軍工廠、造船所の増強について、これが日本の財界の問題になったわけでありますが、そのときに外務省はこれに対してどういう関連をお持ちになったか。
○政府委員(伊關佑二郎君) 私も当時の事情はよく存じませんが、旅券は確かに出しておりますが、それ以外に何か関係があったかどうかちょっと私は存じません。
○政府委員(小田部謙一君) ちょっと補足さしていただきます。 これは、役務契約ができましたので、役務契約の段階で、外務省は、当時、連絡会というのがございましたので、そこへ係官が出席して、その事実は知っていたと思います。
○佐多忠隆君 そこのところ、知っていたと思いますと言われるが、私、この問題を詳しくお聞きしますからあらかじめちゃんと調べておいていただきたいということを申し入れてあるのですが、それを、特に過去のそのときの経緯をお調べになっていないのですか。私は、もうずっと前から特別にこのことを具体的に申し上げて、しっかりした調査をしておいていただきたいと申し上げております。
○政府委員(伊關佑二郎君) 私は、そのときにちょうど出席しておりませんで、その点大へん失礼いたしました。私存じておりませんでしたが、課長が知っておるそうでございます。
○説明員(影井梅夫君) 先般佐多先生から、ちょうど昭和三十年、三十一年ごろ、日本の国内における特需が——特需の発注高と申しまするか、これがだんだん少なくなってきた、で、これをカバーするために、あるいはICA、MAAG、TERMその他から日本に対して、これをカバーするための何らかの話し合いというものがなかったかという御質問がございまして、私、たしかその場で、私どもとしては承知しておりません、しかしながら、あるいは省内で、別の局、課において承知しておるかもしれませんから、一つ、それは確かめますというふうに御返事申し上げたように記憶しております。その後、外務省の中におきましてまあ関係がありそうだと思われます経済局及びアメリカ局、いずれも確かめたのでございますが、私が当時了解いたしましたような意味の佐多先生の御質問、つまり、特需の減少をカバーするための何らかの申し出がICA、TERM、MAAG等からなかったかという点につきましては、調べましたその結果、そういうふうな申し出には接していないという回答を得ております。あるいは、私、その先生の御質問の意味を取り違えているかもしれませんけれども、そういう意味では調べました。その結果は、外務省としては何ら申し出に接していないということでございます。
○佐多忠隆君 その特需の一般的な傾向その他については、これはもう私たちも、国際収支なりあるいは予算等々を見ればわかります。それから、特にベトナムの方から、その特需の一般的なものについて云々ということの申し入れなり何なりがあるはずはこれはもう当然にないので、ベトナムのMAAGから話があるとすれば、もっと具体的な問題として話があるわけだし、あのときには、技術協力会社の技術協力の問題をもっと正確に調べておいていただきたいということを申し上げたつもりなんです。で、そのいきさつは具体的にはお調べになっていないのですか。これは、あるいは、もしあなた方の方でわからなければ、ほかの局なり、あるいは、あともっと国内の内容的なものは通産省に聞こうと思っておりますが……。
○説明員(影井梅夫君) 先般、私聞き落としたかもしれませんが、先年の御質問の中に、技術協力会社という名前がはっきり出ませんで、で、私は、先ほど申し上げましたように、特需の減少をカバーするためにベトナムにあるICA、MAAG、TERM等から何らかの申し入れがなかったかというふうな御質問であったというふうに解釈いたしましたので、特にこの技術協力会社との関連においては調査をいたしませんでした。
○政府委員(小田部謙一君) 私がそのように思いますと申しましたことは、言葉が足らなかったのでございますが、その技術協力会社の役務契約は、海外投資連絡会に出されましたときに、外務、大蔵、通産、運輸、日銀等が出席して、その席上で話し合っております。海外投資連絡会というのがございまして、大体一年以上にわたる役務契約は、ここで審査をいたしまして、そして現実の許可は、大蔵省の為替局が出しておるわけでございます。
○佐多忠隆君 この私が調べたところによると、これは経団連で言っているというあれなんですが、一応経団連の副会長の植村さんが行かれたが、五六年の三月ですか行かれたが、その前に、五五年の末から、すでに先ほど申しましたように、技術協力の造船所、海軍工廠に対する技術協力の申し入れがあって、これはベトナムに駐在するアメリカのICAの出先機関、さっきおっしゃったUSOMですか、そこから在日アメリカの大使館に話があって、その大使館から外務省に話があって、その外務省から経団連の方に話し合いがあって、そこから発端になっている。こういうふうに言われておりますが、そういう事実はお調べになっておらないのですか。ただ、今の海外投資連絡会で問題になったという程度のものですか。そこのところは、具体的にどうなっておりますか。
○説明員(影井梅夫君) 私、先ほど申し上げたような意味に御質問解釈いたしまして、それに該当するような、何と申しますか、案件と申しますか、事務処理がなかったかと、それは経済局、アメリカ局、いずれも調べてもらったのでございますが、外務省に関する限り、そういった申し入れに接しておるという事実は、ないようでございます。
○佐多忠隆君 しかし、事の性質上、こういう問題であれば、その後、まあ日本国内で会社を作り等々ということになるんですから、これは当然に、今言ったように、経団連が言っているような筋道を通ってくることが、むしろ常識的だし、当然だと私たちは思うんですが、それは事実のお調べが疎漏なのか、事実あったにかかわらず、どうもちょっと都合が悪いんでぼかしておられるのか、そこいらはどうなんですか。
○政府委員(小田部謙一君) 私たちの調べましたところでは、技術協力会社の問題は、海外投資連絡委員会というものにかかったとき、外務省として初めてだと思います。こういうコマーシャルな契約は、必ずしも外交のチャンネルを通じてこなくてもよいと思います。
○佐多忠隆君 コマーシャルなものであるのか知りませんが、どういうのをコマーシャルというか、問題は、アメリカのICA出先機関が、しかも、在日米国大使館を通じて問題にしている。それから同時に、これは純粋に軍事的なものであるというような点から見て、単にコマーシャルな話だというふうに言い切れないものがあるのじゃないか。従って、大使館であるとか、外務省であるとかが相当当初は橋渡しをやられたのじゃないか、また、それが普通の常識的に考えられるケースじゃないかと思うのですが、じゃ、海外投資連絡会で一番初めに問題になったのはいつですか。
○政府委員(小田部謙一君) これは第百三十一回の海外投資連絡会でありまして、昭和三十二年の二月二十八日でございます。
○佐多忠隆君 それはもうずっとあとのことですよ。話が非常に具体的にまとまってきてからの話なんです。
○政府委員(小田部謙一君) もしそれまで話がありましても、それは話し合いの段階でありまして、このとき初めて日本政府として許可するかしないかということを、二回にわたって議論したわけでございます。
○佐多忠隆君 だから、そういう許可するか許可しないかという行政事務的な問題に初めて正式に取り上げられたのは、あるいはそうかもしれませんが、話は、さっき言ったような五五年の暮れから問題は発端になっておるし、経団連の方では、外務省からのお話しでということに言っているのですからね。 この点は、さらにそれじゃもっとそういう特定な、特殊な問題として、もう一ぺんよくあらためてお調べを願って、その上でさらにお聞きすることにして、次に移りますが、じゃ、この話が外務省から経団連にあり、経団連から植村さんが引き受けて現地に行き、植村さんにさらに話し合いがあって、その後日本内地の問題としてこれが具体化していくのでありますが、その場合に、日本技術協力株式会社、これはそれじゃどういういきさつで、どういう構成で、どういうふうにでき上がってきたか、まずその点をこれは通産省の方に聞きたいと思います。
○説明員(柿坪精吾君) この会社の設立に関しましては、純然たる民間の会社でございまして、私たち関知いたしておりません。
○佐多忠隆君 全然これは通産省その他とは関係なしに、民間の純然なあれとしてでき上がったと、そういう場合には、何ら通産省は関係を持たれませんか。
○説明員(柿坪精吾君) 会社の設立に関しましては、全然関係を持ちません。
○佐多忠隆君 会社の設立については関係を持たれないにしても、通産省で海外との経済技術協力ということが、非常に重要な問題になっている。従って、これについては事情は御承知だと思いますが、どういう事情になっておりますか。
○説明員(柿坪精吾君) 私たちが知りましたのは、技術提供契約、それが結ばれるという段階で、その中身について審議をするということで承知をいたしたわけでございます。
○佐多忠隆君 だから、それを審議される場合には、その会社の内容、その他人的な構成についても、いろいろおとりになっているはずですが、どういう人的な構成になっているか、その他について御説明を願いたいと思います。
○説明員(柿坪精吾君) 私たちが入手いたしました会社の概要並びに定款、それによりますと、株主は約三十数社に及びまして、例は、重工業関係の会社がほとんどでございます。旭化成とか化学関係の会社も入っております。それから授権資本が六千万円、現在の資本金が千五百万円。それから社長が石塚粂蔵、その他役員としまして七名ということになっております。以上のような状況でございます。
○佐多忠隆君 今大体あらましおっしゃいましたが、私が調べたのによると、日本技術協力株式会社創立総会は、三十一年の九月十七日。この会社は「日本の一流の鉄銅、機械、造船、化学工業関係の大メイカーを株主に網羅し、後進地域開発に技術協力を行う公益的特殊会社である」、「公益的特殊会社である」と、こういうふうに言っていますが、これはこういう性質のものと見ていいのですか、どうなんですか。
○説明員(柿坪精吾君) これは別に特殊法人でもございませんし、また、公益法人としての認可をしたものでもございませんので、それは目的はいろいろ崇高なところを考えられましても、法律的には純粋の民間の会社でございます。
○佐多忠隆君 そして「先ず第一着手としてヴェトナムの尨大な兵器、通信、車輛、航空、艦船等の修理に協力することになっており」、まず第一着手として、この事実も御存じですか。
○説明員(柿坪精吾君) そういう大きな計画はございませんで、われわれは数名の技術者を役務提供するということを承知しただけでございます。
○佐多忠隆君 その内容の点は、それじゃまとからもう少し聞きますが、その構成員は今お話のあったように、日本製鋼の社長の石塚氏が社長、それから取締役は小松製作所の河合良成氏、三菱日本重工の桜井氏、浦賀ドックの社長の多賀氏、三菱電機の社長の高杉晋一氏、石川島重工社長の土光敏夫氏、日本電気社長の渡辺氏、経団連経済協力部長の干賀氏、それから日本製鋼の取締役の鶴田氏、監査役に日立製作所の倉田氏、新三菱重工の荘田氏、それから神戸製鋼の社長の田子氏、顧問に日本製鋼の新谷氏、それからこれは外務省の先輩の伊藤述夫氏、それから例の問題になっております大南公司社長の松下光広、相談役に石坂泰三、植村甲午郎、原安三郎こういう人々が顔を連ねている。これから判断されることは、これはもうたれよりも外務大臣がよく熟知されておるように、これは日本の第一流の重工業メーカー、それにその団体としての経団連、それから問題の人松下光広、そういう人たちを網羅した会社だということがはっきりわかると思うんですが、これがまず第一着手としてベトナムの技術協力の問題を取り上げておる。こういう事実をまず一つ銘記していただきたいと思う。これはこれだけ申し上げれば、この会社がどういう役割なりどういう任務を持っているかということは、外務大臣よく御存じの通りだし、外務大臣はおそらく私から言われるまでもなく十分御承知のことだと思いますが、どうですか、外務大臣。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私は残念ながらその軍需工業に全然関係しておりませんし、経団連にはむろん関係はしておりましたけれども、会議所の立場におりますものですから、深く存じておりません。そのことはしかし、今お話しのように役員陣を見ますれば、財界のいわゆる一流メーカーがそろっているということだけは、はっきりしております。
○佐多忠隆君 そういう構成で創立をされたんですが「それが第一着手としてヴェトナムの尨大な兵器」その他の問題に協力をすることになった。むしろ、それを目的にまずできたようなものだといっていいと思うんですが、その技術協力の契約の内容その他について詳しく御説明を願いたいと思います。通産省にお伺いいたします。
○説明員(柿坪精吾君) その契約の中身につきましては、私たちも大綱は存じておりますが、何分所管の官庁が大蔵省でございますので、大蔵省の為替局の方で所管しておりますので、そこには、もちろん申請書が出ているものと思っております。そちらでやっているわけでございます。
○佐多忠隆君 これはそうすると、その投資委員会で問題になっているはずでしょう。それではあなたの方もわかっているはずだし、それから為替の問題は大蔵省でしょうけれども、契約の内容は、何をやるかということは、むしろ通産省でよく知っておられる、検討をされたはずでしょう。そのためにこそ、通産省はそれを投資連絡委員会に諮っておられるわけでしょう。
○説明員(柿坪精吾君) 為替管理法に基づきまして、所管は大蔵省ということで、われわれはまあ合議という立場で連絡会議に参加するということでございます。従いまして、もちろん大綱は承知しなければならないのでございますけれども、証拠書類その他は大蔵省にございますので、こちらの方に御質問されましてもわかりかねます。
○佐多忠隆君 これはその所管は大蔵省で為替の問題としてあれしているかもしれませんが、その内容の問題がある。私は今これが為替として幾らいったかとか幾ら入ったかという問題よりも、この契約の内容を、内容検討を、ベトナムの賠償なり、あるいは日本のベトナムに対する軍事協力の問題だと思うから、その内容をお尋ねしているのであります。だからあなた方通産省に来てもらっているんですから、これはもう少しわかるはずでしょう。
○説明員(柿坪精吾君) 為替局で許可いたしておりますのは、為替のことだけでございませんで、技術提供契約の認可そのものを、為替局が実施するわけでございます。
○佐多忠隆君 この契約の内容は、それじゃ私から申し上げますが、当初はこういうことになっている。「契約期間はとりあえず本年末までとするが、覚え書で一年ごとに契約を更新する。技術協力が一段落するには約三年かかるものとみられる。技術協力のため日本から派遣する技術者は約百七十名」、それから百七十名の技術者の内容は当時まだはっきりしておりませんでしたが、大体その「技師長は兵器および車輌、工兵用施設車輌および器材、通信機、海軍工廠、航空機修理廠、医療の六部門に各一名で、」「技師および技手は兵器、および車輌八名、工兵用施設車輌および器材三名、通信器五名、海軍工廠十六名、航空機修理廠八名」等々で、工作員も同じように兵器及び車両、そういう軍事技術の協力、もっぱら軍事技術の協力、それが内容になっているわけですが、その点は、どういうふうにあなた方のお調べではなっておりますか。
○説明員(柿坪精吾君) 私が着任しましてから、当時のことを聞きましたところでは、その技術提携の職種は、おっしゃられるように、まあ兵器のことも知っておる、そういうふうな、技師長はそういう人でなければならぬというふうなことはあったようでございますが、現実やりますことは、船舶の修理技術を教えるんだということでございましたので、そのときの説明もそうであったそうでございまして、現在もまたそれを実施いたしておるということで、人数につきましては、百七十人というふうなことは、通産省としては当時も聞いておらないし、それから、当時予想されておったのも十数名ということで、現在もまた実施されたのも十数名ということになっておるのであります。
○佐多忠隆君 これは、その十数名という問題は、あとからさらに問題にしたいと思うのですが、とにかく全貌としては、今言ったように、百七十名程度のものを考えておるし、のみならず、そのあれは、全部海軍工廠あるいは軍艦、兵器、そういうものの技術者として特に指名をしてきておる。こういう場合に、通産省その他では、そういう軍事技術の協力をやるということに対して何ら問題にならないのかどうか。内容検討のときには、それは問題にされなかったのか、その点をお尋ねしておきたいと思います。
○説明員(柿坪精吾君) 兵器につきましては、もちろんいろいろ考えなければならないことでございまして、この場合に、私たちが説明を受け、また審査いたしましたのは、船舶を修理する技術を教えるのであるという程度でございまして、もちろん、いろいろそういうふうなものの国際的関係その他につきましては、外務省その他と連絡会が、先ほど外務省が指摘されましたそういう連絡会議もありますので、その辺でまあ四囲の情勢を判断してきめることになろうと思います。
○佐多忠隆君 国際関係その他の問題については、後ほど外務省に聞こうと思っているのですが、それを抜きにしても、こういう軍事協力、軍事の技術協力というものに対して、ただ向うの説明がどうもそうでなかったようだと言われますけれども、今ここで、経団連その他がはっきり当時から言っているように、それはもう非常に明瞭なんです、軍事技術のあれであることは。従って、技師その他の職種からいっても、そういうものをと、特に指定をしてきている。それを、向うが何か一般造船のあれでしたという話でしたからというようなことで、ルーズに取り扱われるという態度は、僕らどうも解せない。この点は、その同じころに、例のよく問題になります東洋精機の問題、これも、あなた方は、初めは何だかわからなかったけれども、工作機械のあれだというから出しましたと言われる。しかしあなた、東洋精機というのがどういう会社であるかということは、われわれしろうとですら知っているのだから、あなた方は十分ご存じのはずでしょう。 それが、ただ工作機械の輸出だと言ったから、それで許したんだ、そうしてあと二、三カ月先になったら、いや、そうじなくて、爆弾工場だったことがわかって実は困っているんですというような程度の答弁をして、しゃあしゃあとしておられる。そういうことで、一体あなた方が投資委員会なり何なりの一員として、ものを精査するという立場にあるというふうにお考えになっているんですか。
○説明員(柿坪精吾君) 若干の手違い、見落としもあったかと思いますが、十分気をつけたと思っております。
○森元治郎君 関連。その送り出してからあとになってからわかったという、そのあとになってから、どこから、サイゴンの方から情報が入ってわかったのか、同業者から指してきたのか、あるいは初めから、意地悪く言えば、お役人様が知っていたのか。口に出して、ああそうなったのか、失敗したなと言ったのか。あとになってわかった経過を一つ教えていただきたい。
○説明員(柿坪精吾君) 東洋精機の工作機械輸出の問題は、所管が重工業局でございまして、その間の経緯は、私は存じておりませんが、重工業局から聞いたところでは、一般工作機械である、汎用の工作機械であるということで、輸出許可をしてあとでわかったという程度でございまして、どういう経路から出たかということは、実のところ私は局外でございますので……。
○森元治郎君 そのあとでわかったという、そのあとでが、どこからわかったのか、何でわかったのか。それが、何もわからなければわからないじゃないですか。どうしてわかったか。
○説明員(柿坪精吾君) それは、ただいま申し上げましたように、所管が重工業局でございますので、私たちの方でわかっておりませんので……。
○森元治郎君 それは所管が違うと、それで、所管が違う方で実は知ってて送ったんだよと言われて、ああそうですかと言ってたまげたのか、ベトナムに着いてから、何か現地から、どこか反対派でも知らしてくれたのか。おそらく同じ穴のムジナが報告することはないのだから、違う穴のムジナが教えてきたのか、そこのところを聞いておるのですよ。これはちょっと今後の審議に関係しますから。どうして知ったんだ、あとからどうして……。
○説明員(柿坪精吾君) 私は、単に通商局の振興部長でございまして、私が本日参っておりますのは、通商振興関係と協力関係でございまして、現実の輸出入の許可はいたしておりませんので、そういう趣旨で、担当者が本日は参っておりませんので、私からはお答えできません。
○森元治郎君 それでは、あとからわかったのかわからないのかもわからないでしょう。それでは、通産省の係の方では、あなただけの答弁ではなくて、政府側の答弁が、あとでわかったということに口をそろえていますから、その点を、委員長、通産当局から明確に御返事を本委員会に取ってくれるようにお願いします。
○佐多忠隆君 今の森委員の話のように、これは担当が違うかもしれませんから、次の機会に、あらためて担当者と、これは大臣も来ていただきまして、さらにこの問題は追及をいたしますが、今のその問題は、私が調べたところによると、輸出承認をしたのが三十二年の六月三日、ところが、それが銃弾工場と判明をしたのは、二カ月を出でない八月にはもうそうなっておる。そういう判明をしていながら、さらに輸出を続けさして、輸出が完了したのが三十三年の二月ということになっておる。判明をしたのが二カ月あとで、まことにそれは、その間にトリックが行なわれておるとしか常識では考えられないような短期日の間でわかっておる。しかも、この東洋精機が銃弾メーカー、三大メーカーの一つであるという点から、これは、われわれしろうとでもそんなことはわかっておるのだから、そういうことがわからないはずはない。しかも、わかったのがその二カ月後でしたなんというように、すぐわかってしまうような事実もちゃんと判明をしておる。それがわかったにかかわらずさらに続けた。輸出を完了をしたのは五八年である、こういうわけです。まことにわれわれを愚弄するもはなはだしいと思うわけですが、これは次の機会になお残しておいて、大臣その他に来ていただいて、さらに追及したいと思いますから、これは次の機会に残します。そこで東洋精機の問題はそれとして、この技術協力会社のことをさらにお尋ねするのですが、その後契約の内容が今言ったような問題で、いろいろ問題になりましたが、実際に契約が成立をして、そして出されたメンバーがどういう人たちであったのか、その構成がどうなっているのか、そしてそれらの人たちがどういう仕事を向こうでやっておられるか、現在どういう状態にあるのか、そこいらについて詳しく御説明を願いたい。
○政府委員(伊關佑二郎君) 現在行っておりますのは、たしか十四名だと思います。そしてやっております仕事は先ほど申し上げましたように上陸用舟艇最大七百トンLSM、それから最小二百五十トンまでの十二はい程度に対して修理をしておる。それからその他一千トン以下のフランスとベトナム商船の修理を行なっている。これ以外には何もしておりません。団長と申しますか、一番上の人は確か清水という人でございます。
○佐多忠隆君 この十四名ですか、と言われたようですが、これはすでに、行くときには十九名が行ったと思うのですが、あとは帰って来たのですか。
○政府委員(伊關佑二郎君) たしか十九名行きまして、七名帰って、二名また行った、残りましたのはそれで十四名と覚えております。
○佐多忠隆君 そのなかに軍の要員がおられますか。
○政府委員(伊關佑二郎君) その点は、当委員会でございましたか衆議院でございましたか御質問がございまして、たしか衆議院でございます。これははっきり調べまして、自衛隊等は全然関係がないということがはっきりいたしたわけであります。
○佐多忠隆君 アメリカの軍要員はそのなかに入っておりますか。
○政府委員(伊關佑二郎君) ちょっと御質問の趣旨がよくわかりませんが、日本から行っている日本人の技師でありますから、ただいまのちょっと御質問の趣旨がよくわかりませんが……。
○佐多忠隆君 今お話になった何か商船その他の修理、その他もやっておるというようなお話ですが、あるいはそれもかたわらやっておるのかもしれませんが、むしろこの技術者たちが行った主要な任務は何だというふうにあなた方はお考えになってお出しになったか。
○政府委員(伊關佑二郎君) 出ましたときの任務につきましては、先ほど通産省から御説明いたしましたが、現在やっております仕事は、ただいま申し上げましたこと以外にやっておりません。
○佐多忠隆君 この協力会社なり経団連で説明をしておるところによりますと、それから清水団長もそういう話をしておりますし、さらには経済協力のために経団連の千賀というのですか、この人あたりが説明をしているところによると、そうでなくて、やはりまずさしあたり向こう一年間海軍工廠で海軍技術員の技術指導にあたるのだということを言い、そういうことが特殊な任務である、こういうふうに言っております。それは先ほど申し上げた向うからの技術協力の内容、人を指定して来た場合の内容からいってもおのずからうなずかれる問題じゃないか、こういうふうに思う。さらに私軍要員がおりませんかということを聞いたのですが、これは駐留軍に勤務しておる日本人、これはアメリカの駐留軍に勤務しておる人と出ておるのですが、名前もあげていいですが、名前はことさらあげません。あるいはアメリカ陸軍の検査官をしておるこれも日本名の人、これは二世なのか、純粋の日本の技師なのか、そこいらはわかりませんが、勤務場所はそういうところ、そういう人たちがこの十数名の中に入って行っておる。これらの点から見ても、これが純粋な軍事協力であり、しかも先ほど私が申したように、造船所を新たに増強をし、海軍工廠を増強をし、さらにニヤベ軍港を建設をし増強をする、そのための技術協力技師であるということが非常に明瞭だ。しかも清水団長、あるいは千賀、あるいは先の会社の社長の石塚、これらの人たちが話したところによりますと、これらの契約をする場合には、なるほど名目的にはベトナムの国防省が相手であるけれども、実質は全部MAAGの人たちがいろいろな契約その他話し合いには全部相手になって当たった。しかもさらに出先のICAなりMAAGなりという人たちが、直接ないろいろな判断はなかなかできないので、非常にさまつだと思われるようなことに至るまで、一々ワシントンの本国に問い合わせ連絡をしながらいろいろな話をきめて行った。従って数カ月の間でこの契約ができるはずだったのが、一年半でしたか一年四ヵ月目でしたか、そうかかったし、向こうに行ってからもMAAGの指揮、監督、そういうのが非常にきついものであるということを話しております。それらの点を考えるとこれは完全な軍事協力である。アメリカ側がICAあるいはMAAGを通じてそういう軍事増強をやっている。それが先ほども申しましたように、国際監視委員会にいろいろ指摘されて退去を勧告されたり等々があって、現われておりますが、その片棒を日本が技術協力の名の下にかついでいるということ以外の何物でもないように思うのですが、私が初め、ベトナムに対するそういうことがジュネーブ協定あるいは最終宣言で禁止をされている、そのために国際監視委員会ができている、そういう点からは日本もそういう趣旨に沿ってそういう点は慎重に考えなければならないし、なおそういう点はむしろやるべきでないというふうなことを前一般的な議論として申し上げたのですが、そのときには大臣はその通りだと、一般的に原則的にはその通りだといういう御返事だった。ところが、一つ一つの事実を具体的にあげて参りますと、アメリカ自身がそれを破っているのみならず、日本がまたそれの片棒をかついでそういう軍事協力なり軍事援助、軍事増強、そういうことを非常に積極的にやっている。しかも技術協力の第一歩としてそれが重要に取り上げられ、今後それが拡大していく契約になっている。それらの事実が非常に明瞭になってきていると思うのですが、外務大臣は、これらの点をどういうふうにお考えになるのか。今後賠償を進め、さらには借款、あるいは経済協力、技術協力というような問題をお進めになる際に、これらの問題について、どういう態度なり、どういう意見を持って対処しようとされるか。その辺を大臣にお聞きしたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ただいままでの事情から申しまして、おそらく、船の修理なり、あるいはその修理も、必ずしも軍艦というようなものばかりでなく、商船修理というので、いわゆる軍事援助というような大きな範疇に必ずしも入ろうとは私どもも考えておりませんし、また、若干の艦船の修理という問題が、原状回復の形においては、必ずしもジュネーブ協定に違反をしておろうとも思いません。しかし、今後のそうしたことが非常に何か拡大していくというようなことがありますことは、好ましいことではございませんし、特に賠償に関係して、われわれ申しておりますように、軍事的な協力をしようとは考えておりませんので、賠償を通じてそういう問題が起こって参らないように、できるだけわれわれとしてはやって参る、指導して参るということでございます。
○佐多忠隆君 いや、先ほどから申しましたように、これはアメリカのMAAGが直接指導のもとにやっておる。しかも、そのMAAGの中のTERMがこれを積極的にもっぱら主管してやっておるという状態ですし、アメリカとしては、この極東地域で、横須賀工廠に次ぐものとして問題を考えているということなんですから、これはやはり——それは若干、ちょっとピース・ワークに、そういう普通の船の修理その他もやるかもしれませんけれども、今の技術者の養成その他から見れば、これはもう軍事的なものであることは非常に明瞭だと思います。しかも、それが向こうの工員その他をそういう方向に養成をしていくというのでありますから、これは明らかに軍事増強以外の何ものでもない。しかも、それを主管していたTERMは、すみやかに撤退をするというか、帰るように勧告すらされておるのでありますから、そういう点も十分にお考えになって対処されることが必要じゃないか、こう私は思うのですが、その点、さらに念を押して外務大臣に御意見を承りたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今申し上げましたように、むろん、東南アジアに対する技術協力というものは、われわれできるだけやらなければいけないと思っておりますけれども、その性格によって、特に軍事力を増強するというような問題については、差し控えて参ることは適当だと思います。将来にわたりまして、艦船の修理等、はなはだ限界のわからぬ場合もあろうと思いますので、必ずしもそこに完全な一線を引くわけに参らぬ場合もあろうかと思いますが、まあ心組みとしては、今申したような心組みで考えているわけであります。ことに賠償にあたりましては、そういうことに注意して参らなければならぬということを重ねて申し上げます。
○吉田法晴君 ちょっと関連。これはまあ白ばくれて通そうとしておられますけれども、外務省は、艦船の——艦船というか、民需的なものだということで言いのがれをしようとしておられるようですけれども、TERMが監視委員会から退去を命ぜられたということは、これははっきりしておるわけですね。TERMの直接指揮で、そして横須賀に準ずる大工廠を作ろうとしておる。明らかにこの軍需工場、あるいは軍需工場というよりも、直接軍管理のもとの、この軍港なり、あるいは海軍工廠といいますか、そういうものを作ろうとしておるという点が明らかになれば、外務省としては、それがジュネーブ協定違反だということは、これはお認めにならざるを得ないんじゃないですか。今まで質問の経過から見て、事実がはっきりいたしました。はっきりした上に立って、大臣がどういう工合に判断をされるかという点になってきて、いや、私ども今まで通りに艦船の修理だとか技術協力だとか、平和的な技術協力だとか、こういう答弁じゃ、これはのがれられませんよ。アジア局長でなしに、大臣に。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今までの経緯から見ましても、かりにTERMがそういうふうな関係においてやりましても、むろん、非常に軍事上の問題を日本の技術者が応援をしていく、あるいは技術指導をするというわけには、おそらく私は参らぬと思う。やはりそれに関連するごく程度の低い艦船の修理というような、まあ基礎的な技術者、現地人、ベトナム人の養成というふうな技術協力というものが要請されているのではないかと、私は従来の経緯から見ましてそう考えております。しかし、将来そういう問題については十分注意して参らなければならぬということは、重ねて申し上げておるのでございまして、決してないがしろにするゆえんではございません。同時に、私は、実際に経団連の防衛産業委員会なりあるいは技術協力会社について全然関係しておりませんし、知りませんから、白っぱくれているのではないということは、ぜひ一つ御了解を得たいと思います。
○吉田法晴君 直接関係があるかないかということではありません。外務大臣としての渡航の許可を出されていることは、私が言うまでもありません。外務大臣の名前でパスポートが出ているのですから。それが最初の説明のように、平和的な技術協力であるということで通せるならいいです。そうじゃなくて、海軍工廠を作ろうとしておる。これは先ほど、その所管について争いがある云々という伊関さんからお話がありましたけれども、国防省にしろ海軍にしろ、これは軍関係。そうしてTERMとの関係が明らかになった以上ですね、これは外務省としても黙っておられぬ。あるいは引き掲げるべきだ。そういう軍事的な協力ならば、日本はさせるわけにはいかぬというのが、大臣の立場じゃないですか。将来にわたって注意しましょう。——将来にわたって注意しましょうということではなく、事態が明らかになった今日において、どういう工合に大臣としてはされますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 今までの経緯から申し上げますれば、先ほどから申し上げておりますように、たとえ契約の当事者がTERMであろうと、あるいはMAAGであろうとも、非常な深い意味での軍事協力という意味であったとは、経過の過程からして見られないわけであります。現にやっておりますし、向こうもそういう関係にあろうと思います。ジュネーブ協定におきましても修理等については除外をされておる関係もございますから、そのこと自体がすぐに今まで非常な日本の何か軍事協力であって、けしからんかどうかというところまでは、今までの経緯でもって判断いたしかねます。従って、私としては、将来もっと大きな意味の、いろいろなそういう問題が起こります場合に、注意をしていくということを申し上げておるわけであります。
○吉田法晴君 将来の問題でなく、ともかく先ほど来の質疑応答は、あなたは聞いておられる。当事者等がはっきり認めておる、あるいはTERMとの関係も明らかになって、そのTERMが退去を命ぜられる。そして退去をした。それならば、そのTERMとの協力関係において軍需産業に従事する、あるいは海軍工廠の要員を養成する、こういう事態が明らかになったら、これは外務大臣としてそういうことは、これは日本の外務大臣としてすべきではない、そういうことで、協力関係を打ち切って帰って来るようにということで、御命令になるのが当然じゃないですか。将来にわたってでないですよ。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 先ほどから申し上げておりますように、今までの経過から申し上げますれば、今すぐに行っておるのを引き掲げろというほどの大きな軍事協力をしているようには私考えておりません。従って、今後非常に大きな何か軍事協力というような問題ができたとすれば、当然われわれとして注意して参らなければなりませんし、また賠償等にあたりましてそういうことが起こらぬように注意していくということは、むろんであるということを申し上げておるわけであります。
○吉田法晴君 賠償なら賠償の問題も、これはあります。それは将来にわたっておる注意。しかし、今の事実についてもっと調べて、そしてお話のような関係がございますならば、それは直ちにやりましょう、こういうならわかるけれども、今までの経緯は質疑で大体明らかになったのである。ところが、つんぼで聞いておられぬならば別問題です。技術協力会社については、そこまであなたはとにかく弁護しなければならぬ立場にあるのですか。
○政府委員(伊關佑二郎君) ただいまのお話で、TERMというものが退却を命ぜられた、そういうふうに私は申し上げたのではございません。TERMというものが任務を終了したから引き揚げたらどうかというふうなのが、国際監視委員会の決定でございます。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私は、先ほど来申し上げておりますように、現在までの、技術協力会社の人を派遣し、技術援助をやりましたということ自体が、私は非常に大きな何か協力な軍事協力をやったという程度のものとは考えておりませんので、今直ちに行っておりますのを引き揚げるというようなことは、まだ考えておりません。
○佐多忠隆君 今までいろいろお尋ねしておったのですが、たとえばICA、特にMAAG、TERMの軍事援助その他のことについてお尋ねをしていったのですが、それもどうもろくすっぽ内容的な御説明がない。技術協力会社についても、やれ所管が違うのなんのというようなことで、具体的に詳しい御説明がない。ただ、私が断片的にいろいろなところから拾い集めた若干の事実だけで、大体ばく然とこういうものかということがわかった程度であります。これは私が前から、それらの点を詳しく事実調査の上で責任を持って御答弁を願いたいと思っておりますので、他の機会に今度は政府の方から、今、私が問題にしたような点を詳しく積極的に、これはどこの所管か知りませんが、皆さん話し合いの上に、積極的な、もっと具体的な詳細に御説明を、他の機会にお願いをしたいと思います。そういうふうに留保をいたしておきたいと思います。 それから、もう時間がおそいですから、これ以上はやりませんが、ただ、最後に一つ要望をしておきますが、これまで政府の方で御説明になりましたように、植村経団連の副会長がこのベトナムの賠償の主役を演ぜられたのですが、この植村さんが賠償のために行かれたのが、最初は五六年の三月に一ぺん調査に行かれ、それから五六年の六月にまた側面援助のために行かれたのですが、さらに一九五七年の九月に、いよいよ植村さんが賠償の特使として派遣をされ、さらにその年の十二月に行かれ、そうして大体の話を五八年の初めに作り上げられた、こういうことになって、最終的には、ことしの五月でしたか、これが調印をされたという経緯になっていると思う。その植村氏が向こうに行って、賠償の話を具体的に進めたとちょうど時を同じくして、今申し上げたような日本の技術協力——内容は軍事協力が、全面的に行なわれておる。先ほどお話があったように、一九五七年の六月に東洋精機の弾薬工場のプラント輸出がなされて、同じ月に電電公社のマイクロ・ウエーブの調査が、これも軍の通信網施設を主としたところのマイクロ・ウエーブ調査が、昨日のいろいろ質疑応答ではっきりしたように行なわれておる。それから、今の技術協力会社との契約が五七年の十一月に行なわれ、五八年の四月に協力員がまず第一陣として出発をしておる。そういうふうにベトナムの賠償交渉と時を同じうして、並行して、しかもその主役を演じた植村さんを中心にして、問題が展開をしておるということが、過去の事実によって非常に明瞭であると思う そこで、私は、特に大臣に最後に、きょうの最後として申し上げておきたいのは、そういう関連があって問題が展開をしておりますので、今後賠償の問題をさらに進められる場合には、私たちはそれが成立をしないようになお今後努力をいたしますが、しかし、あなた方はそれを成立させて実施しようと思われるのならば、そういう問題が過去にあったことを、これを十分にお考えになって、しかも、そのベトナムは、先ほど言ったように、国際的に軍事増強その他をやるべきでないということがきまっておるし、日本の政府もその一般的な、原則的なあれには全く同意だという御意思のようであるのでありますから、それらを十分にお考えの上に、今後の施策を進めていっていただきたい。これを特に希望をいたしておきます。ただ、今の特殊な問題は、さらにお調べ願って、次の機会にもう一ぺん詳しい、そちらからの積極的な御報告を願いたいと、こう思います。きょうはこの程度で、私の質問は終わります。
○吉田法晴君 関連をして。先ほど来のようなとにかく不誠意な答弁は、これは初めて。TERMの問題や何かについては、最初の監視委員会の勧告等もありますから、これはもう一ぺんやる以外にありませんけれども、そういうとにかく不誠意なことで、言いくるめようというようなことで、賠償をやっていけるならば、何をやられるかわけがわからぬ。問題は後日に譲りますけれども、そういう不誠意なる答弁をせぬように、一つお願いをしたい。
○委員長(草葉隆圓君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(草葉隆圓君) 速記始めて下さい。 本日はこれにて終了し、明十七日午前十時から、ベトナム賠償関係協定両件についての質疑を続行いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時五十分散会