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33回国会参議院1959/11/27

外務委員会 第7号

発言数
36
登壇者
9
会派数
2
開催日
1959/11/27

会議録

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  この際、一言ごあいさつを申し上げたいと存じます。  このたび私、外務委員長に選任いたされました。委員の皆様方の御協力を賜わりましてその任を全ういたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。   —————————————

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 委員の異動につきまして報告いたします。一昨日鹿島守之助君及び藤原道子君がそれぞれ委員を辞任され、その補欠として剱木亨弘君及び吉田法晴君が委員に選任いたされました。

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 次に、理事の一辞任についてお諮りをいたします。  堀木鎌三君及び森元治郎君から、都合により理事を辞任したい旨の申し出がありましたが、これを許可することに御異議ございませんか、    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 御異議ないものと認めます。  つきましては、直ちにその補欠互選を行ないたいと存じます。  この互選の方法は、成規の手続を省略して、便宜その指名を委員長に御一任願いたいと存じまするが、御異議はございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 御異議ないと認めます、  それでは私から、剱木亨弘君及び吉田法晴君を理事に指名いたします。

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 次に、日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定の締結について承認を求めるの件……。

大和与一日本社会党

○大和与一君 委員長、ちょっとその前に、議事進行で一言。(「委員長が発言中じゃないか」と呼ぶ者あり)その前に言わなくちゃ困る。よろしかったらお願いします。(「発言中」と呼ぶ者あり)

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 日本国とヴィエトナム共和国との間の借款に関する協定の締結について承認を求めるの件、以上、衆議院送付の両件を一括議題といたします。  両件につきましては、先般提案理由の説明を聴取いたしております。なお、両件は、本日衆議院から送付され、本付託となりましたので、念のため申し上げておきます、

大和与一日本社会党

○大和与一君 議事進行について。まあこれから参議院でこの問題が討議されるんですが、委員長に御要望と申しますか、お願いしたいと思うんですが、委員長は仏門の出ですから、平民と違うわけで、私は平民で町人だから、たまには非礼なこともあるかもしれぬから、これはお許しをいただいて仏心に基づいて、一つ至公至平に議事をやってもらいたいと思います。ですから第一に、審議は十分に尽くす。第二には、国会法のルールを曲げないで、かりそめにも多数横暴というような印象を与えないように、一つ十分その点も御考慮をいただきながら、円滑な運営をお願いしたいと思います。実際は、われわれがやるのは、新聞にもずいぶん書いてありますように、何といっても、国民がまだ十分納得をしてないという点が明らかにあるのですから、国民に十分に納得をさせる、解明をする、これが本委員会の使命でもあろうと思いますので、そういう点、十分お含みをいただいて、円滑運営をお願いしたいと思います。  あわせて外務大臣にお願いしたいのですが、けさ上がっちゃったから、だいぶお楽な格好をしておられるけれども、これが参議院に回ってきて、真剣に取っ組んでやるわけですが、衆議院の外務委員会の経緯を顧みると、やっぱり非常にりっぱであったとは言えないと思うのです。いわゆる混乱も起こっておりますから、そういう点、政府とされても、今までのように答弁に窮して、答窮大臣という汚名は一つ早く返上してもらうように、われわれの質疑に対しても、十分に御親切な御答弁をいただくことをあらかじめお願いしておきます。

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) それでは、まず外務大臣から、両件に関する条約の締結に至るまでの経過について、その説明を聴取いたすことにいたします。

藤山愛一郎自由民主党外務大臣

○国務大臣(藤山愛一郎君) それでは、これより経過につきまして御説明を申し上げたいと存じます。  ベトナムは、カンボジア及びラオス等とともに、サンフランシスコ会議に参加いたしました。ベトナムのトラン・バン・フー首相は、昭和二十六年九月、サンフランシスコ平和条約の賠償条項に対するベトナムの態度を明らかにいたしまして、役務提供の形により与えられる賠償は、原料をほとんど持っていないベトナムにはあまり役立たない、従って、役務提供による賠償を受けることは、法定通貨でない貨幣を受け取ることと同じようなものであるとして他の賠償請求国と同様、単なる役務賠償のみならず、生産物賠償を期待している旨を声明いたしますとともに、賠償請求額につきましては、「ベトナムは日本に対して少なくとも二十億ドルの賠償支払いを要求するであろう」と宣言をいたしまして、賠償交渉ができるだけすみやかに開始されることを希望する旨をあわせて言明いたしたのであります。ベトナムは、賠償のすみやかなる解決を期待しながらも、それを待たないで、昭和二十七年の五月九日に桑港平和条約の批准の国内手続を完了いたしまして、同年六月十八日批准書を米国政府に寄託したの、でありますが、この点、ビルマ、フィリピン及びインドネシアのような他の請求国が賠償協定の成立をもって平和条約の前提条件としていたのと大へんに違っているところでございます。従いましてベトナムのみが、賠償問題の解決を待つことなしに、この平和条約に批准いたしましたことに乗じて、わが国の国際社会復帰の条件の一つとした賠償の義務をいつまでも果さないで放置しておくことは、ベトナムのわが国を信頼する態度に報いるゆえんでもなく、またベトナムに対する不信義となり、かつまた、サンフランシスコ条約に参加した世界の大多数の国に対する不信義となるものであります。桑港平和条約が締結されますや、ビルマは三十五億ドル、フィリピンは八十億ドル、インドネシアは百七十二億ドル、ベトナムは二十億ドルと、おのおのその戦争損害に対する膨大な賠償を請求してきたのでございます。このような情勢のもとにおきまして、わが国といたしましては、直ちに賠償総額について交渉することを避け、中間賠償として沈船引き揚げに関する交渉を行なうことを適当と認め、昭和二十八年中にフィリピン、ベトナム及びインドネシアと、それぞれ沈船引き揚げに関する中間賠償協定の締結を交渉したのでございます。  昭和二十八年九月一六日東京で仮調印されましたベトナムとの沈船引き揚げに関する賠償協定におきましては、二百二十五万ドルの範囲内で沈船の引き揚げを実施することとなったのであります。これによりましてベトナム賠償の主要部分が解決されたというように誤解されているようでございますが、以上の交渉開始の事情、すなわち沈船引揚協定は、賠償総額に触れることなく、中間協定として交渉された事実に照らしても、誤りであることは明らかでございます。特にこの沈船引揚協定の交渉の過程におきまして、ベトナム側は、沈船引揚費の見積額は、ベトナムの要求する賠償総額二億五千万ドルに対して一%から二%であると主張したのでございますが、このような主張はとうてい受諾できませんので、これに対しましてわが方は、ベトナム賠償の総額は非常に少ないものとすると主張したのでございまして、この沈船引揚協定の際行なわれました九月四日の合意議事録によっても明らかなように、総額の決定は将来に譲られることになったのでございます。ベトナム賠償の主要部分が二百二十五万ドルで解決されたということが事実に反するものであるということは、以上の交渉経緯にかんがみましても明白であると存じております。  以上のように、二百二十五万ドルの沈船引き揚げ費は、中間賠償の賠償額でありますが、今回の賠償協定による三千九百万ドルの賠償額は、日本からベトナムに支払われる賠償の総額でございます。従って、この三千九百万ドルを二百二十五万ドルと比較すること自体が意味のないことであり、まして、賠償額が二十四倍に急にはね上がったといった議論を行ないますことは、全く当を得ないところでございます。政府といたしましては、今回の賠償額は、わが国がベトナムに与えた戦争損害、他国への賠償額との比較均衡、わが国の支払能力等から見て妥当なものであると考えている次第でございます。  この沈船引揚協定につきまして、先方の理由は明らかにされなかったのでございますが、当方の累次の督促にもかかわりませず、先方は正式調印を渋り、結局昭和三十年十二月になりまして、これをたな上げして、全面賠償交渉を行なうこととしたい旨を申し入れてきたのでございます。わが方もこれに応ずることといたしたのでございます。しかるにベトナムは、翌昭和三十一年一月の全面的賠償交渉の開始に当たりまして、依然二億百五千万ドルという従来と同じ膨大な賠償額を要求して参りました。これは問題にならない巨額な数字でございまして当方は直ちに交渉を打ち切ったのでありますが、賠償問題の早期解決は、サンフランシスコ平和条約に照らしましても望ましいことでありますので、重光外務大臣は、同年三月たまたまインドシナを旅行中の植村甲午郎氏を起用いたしまして、現地日本大使館との緊密な協力のもとに、側面から援助させることにいたした次第でございます。すなわち、賠償額を実際的、合理的な線に引き下げますためには、同氏の豊かな経済的知識と経験を生かして話し合いさせますことが、きわめて効果的と認められたからだと信じております。  この三月の話し合いは非公式なものでありまして植村氏は何ら具体的提案を示さず、多額の賠償はきわめて困難なるゆえんを力説いたしまして、先方の膨大な要求を撤回せしめることに努めますとともに、先方の希望をつぶさに聴取することにとどめたのでございます。その後の交渉は、もっぱら現地の日本大使館を通じて行なわれまして、先方も若干の歩み寄りを示しましたが、依然として多額の、要求を固持していたのであります。かかるときにおきまして、ゴ・ディン・ジェム大統領の弟でありますゴ・ディン・ニュー氏がたまたまアメリカへ参る途中、昭和三十二年三月十六日本邦に立ち寄りました機会をとらえ、当時の岸外務大臣及び外務省首脳は、非公式に忌憚のない意見の交換を行ないましたところ、それでも先方は、依然として一億五千万ドルという巨額の賠償を要求し続けていたのであります。  昭和三十二年九月植村氏を大使の資格で派遣いたしましたのは、このような事情のもとにおいてでありまして、従って、この際の植村氏の交渉も、わが方の具体的提案を示すということではなく、もっぱら先方の歩み寄りを求めますことに努力が集中されたのであります。不幸にしてこの植村氏の交渉におきましても、十分に先方を納得せしめるに至っておりません。同氏は、一たん帰国するのやむなきに至った次第でございますが、十一月岸総理が東南アジア諸国訪問の途次サイゴンに立ち寄りました際には、賠償問題の早期解決は、両国の共通の希望でありますことが確認されたのでありまして、政府は、再び植村氏を十二月サイゴンに政府代表として派遣したのでございます。その際政府は、初めて同氏に対して、賠償総額に対する日本側の最高限を示し、その範囲内で取りまとめるよう訓令し、植村氏は、この訓令のワク内で鋭意折衝を行なったのでございますが、その際も、ベトナム側は相当の譲歩を示しつつも、この植村氏の提案を直ちに受諾するにはいたらなかったのでございましてベトナム側がこれを受諾するにいたりましたのは、その翌年、すなわち昭和三十三年三月にいたっておるのでございます。  また、今回の賠償協定において実施される計画として、水力発電所の建設が考えられておりますが、これは、ベトナム政府の強い希望によるものでございまして、わが国といたしましても、ベトナムの経済開発とベトナム国民の生活水準の向上に最も役立つものと判断したからでございます。日本工営は、ダニム水力発電所の設計を商業契約によって作成いたしましたが、これに対する代価は、すでにベトナム政府により支払いを受けております。今回の協定発効後の問題に関しましては、実施計画が両政府間で合意され、賠償でダニム水力発電所の建設が行なわれることとなったといたしましても、実際に建設に当たるのは、コンサルタントにすぎない日本工営ではないことは当然でございましてベトナム政府の行なう入札によって決定されまする日本の建設業者や製造業者なのでございます。  次に、三千九百万ドルの賠償金額算定の根拠についてでありますが、そもそも賠償総額の決定にあたりましては、戦争損害が一つの大きな基礎になることは論を待たないのでございますが、そのほかに、わが国の対外支払能力や他の賠償請求国に対する賠償支払額との均衡等をも勘案いたしまして相手国と交渉の上決定されるものでございます。この方針は、ビルマ、フィリピン及びインドネシアいずれの国との交渉におきましても常にとられてきたところでございます。  戦争損害の全貌を適確に評価いたしますことは、資料も不足し、なかなか困難でありますが、わが方の資料によってベトナムの戦争損害の一端を検討してみましても、損害は三千九百万ドルをはるかにこえること論を待たないのでございまして、かつ、戦争被害は北にのみ限られず、南にも及んでいるのであります。たとえば、戦争の結果たる生産及び貿易の減少について申し上げますれば、一九三九年のインドシナ総輸出額においておのおの四〇%、二七%を占めている主要産品たる米、ゴムの生産及び貿易量の減少は、明らかに南の受けた損害であります。米の輸出額は、一九四三年の百万トンから一九百四五年の四万五千トンと落ち、九十五万五千トンの激減を示しておりまして、米をトン当たり百ドルと見ますと、これだけで九千五百五十万ドルの損害となるのであります。仏印米の輸出量の九五%がサイゴン米であることから見ますれば、これは明らかに南の損害と言わなければなりません。また、ゴムの例をとりますと、一九四一年、四二年、四三年平均生産量は七万五千トンでありましたが、一九四五年には一万二千トンに減少しておりましてトン当たり八百ドルといたしますれば、五千四十万ドルの損失となるわけでございます。一九四五年に続く一九四六年のゴム生産量は二万トンでありまして、これは、戦時中のゴム園の荒廃がなかなか回復しなかったことを示しております。ゴムの輸出量も、一九四一年、四二年、四三年の平均四万一千トンから、一九四五年にはわずか百トンに激減しております。仏印の輸出貿易は、若干の鉱産物及び水産物を除けば、全く米、ゴムを主とする農産物によって立っていたのでございまして、これら主要産品の生産、輸出の大幅な減少によって、それらの産地たる南の受けました損失は莫大なものがあるのでございます。米とゴムは代表的な例にすぎませんが、南ベトナムが、当時広範な南方作戦に従事するわが陸海軍に対する兵站基地の役割を果しておりました関係上、日本軍による物資調達、施設接収等がもたらしました経済的混乱は大きく、各産品にわたり、その生産、分配の正常な運営を乱して大きな物質的被害を南ベトナムに負わしめた事実は、否定できないのであります。餓死者の点を除きますと、南の損害は北よりも大きいと推定されるのであります。  次に、ベトナム共和国政府がベトナム全体を代表することをめぐる議論でありまして、賠償協定締結の相手方であるベトナム共和国政府は、ジュネーブ休戦協定に基づく十七度線以南の地域の暫定的管理機関にすぎず、現にジュネーブ協定にかかわらず軍備拡充を行なっているが、わが国の賠償も同国の軍事力強化に充てられるものであるとし、また、さかのぼって、同政府の前身たるベトナム国政府は、フランスのかいらい政府であって、同政府は、桑港平和条約に調印する権限を有しなかったとする議論が繰り返されておりますが、バオダイ政府の正統性は、フランスとの一九四八年のアロン湾宣言及び一九四九年のエリゼ協定により、ベトナムが仏連合のワク内における独立国としての地位を認められ、同政府がその正統政府として承認されたことにより明瞭に立証されております。同政府は、一九五〇年初頭、三十カ国により全ベトナムを代表する政府として正式承認を受けました。一九五四年のジュネーブ休戦協定成立により、ベトナムが事実上二分され、同政府の施政権が事実上ほぼ北緯十七度線以南に限られたわけでありますが、この事実は、ベトナムという国が単一の国であること及びそれを代表する政府の正統性に何らの変更をもたらすものではありません。現政府は、バオダイ政府の国際法上の権利義務関係を継承し、かつ、世界の四十九カ国により正式承認されておりまして、この政府が全ベトナムを正統に代表するものであることもおのずから明らかであります。また、わが国との関係におきましても、ベトナム国政府は、一九五一年九月もちろんベトナム全体を代表する政府として桑港平和条約に調印し、翌一九五二年六月に同批准書寄託を了し、わが国と正式外交関係に入ったのでありますが、これについて、ホー・チミン政権を除いては、その有効なことを争うものはないのであります。  なお、政府は、ベトナム共和国に対する賠償、経済協力等を行なうに当たりましては、常に同国の平和的建設に寄与することを念願としておりますので、政府として同国の軍事力強化を目的として協力を行なったこともありませんし、また、そのような計画も持っておりません。平和外交を基本方針とするわが政府としましては、今後もジュネーブ休戦協定の精神は常にこれを尊重しつつ、同国に対する賠償、経済協力等を行なっていく方針であります。  以上で明らかであるにもかかわらず、なお、南北二分という事実上の問題を根拠に議論されるところが多いようであります。すなわち、ベトナムに対する賠償の支払いは、同国国内の統一が実現するまで延期すべきである、今急いで支払うと、将来また北ベトナムから賠償の要求を受けて結局二重払いをさせられるおそれがあるとか、あるいは、ベトナムの統一が実現したならば、わが国は賠償支払いの必要がなくなるのに、現在なぜこれを急いで支払うのかというような議論が繰り返されております。ここで考えなければなりませんのは、わが国が国際社会に復帰することができたのは、桑港平和条約によるものであるということであります。この平和条約には、周知の通り、賠償の義務が規定されているのでありまして、この義務は、いわばわが国が国際社会に復帰し得るための条件でもあったのであります。現にわが国は、ビルマを初めとして、他の賠償請求国との間の賠償協定締結の問題はすべて解決したのでありまして、あとベトナムとの間の問題を残すのみになったわけであります。わが国としては、すでに七年前に桑港平和条約で負った条約上の義務、換言すれば、わが国の国際社会への復帰の条件であった賠償問題解決のただ一つ残されている義務をいつ履行するかの問題に直面しているわけであります。その際に、相手国の国内問題を取り上げて、その統一が行なわれていないことを理由として、いつの日か全く定まらない将来までこの義務の履行を引き延ばすことは、国際条約の誠実な順守を憲法にも規定しているわが国の基本政策に合致しないところであり、また、わが国の国際信用を失墜させるおそれがあるのであります。かかる方針は、わが政府としてとり得ないところであります。ベトナム共和国政府がベトナムという国を代表する正統な政府であることは、しばしば申し上げて参ったところであります。賠償は、日本という国からベトナムという国に対して支払われるものでありまして、相手国の特定の人とか機関とか地域とかに対して支払われるものでないことは申すまでもありません。わが国が相手国の正統政府との条約によって相手国に対し賠償を支払う以上、平和条約に基づく賠償支払い義務は完全に履行されるものであること、疑いの余地はありません。将来統一政府が成立した場合、その政府がベトナムという国の条約上の権利義務関係に拘束され、これを継承することは、国際法上の当然の原則であります。従って、考えられないことではありますが、かりに万一この新政府が新たに賠償要求をしてくることがあったとしましても、先方には実はかかる要求を行なう権利がないわけであり、従って、わが国がこれに応ずる義務のないことは明らかであります。  また、統一実現後ならば、賠償を支払う必要はなくなるというのは、根拠のない全くの仮定にすぎない事柄であります。わが国は、賠償に関して桑港条約第十四条の「……。当該連合国とすみやかに交渉を開始するものとする」との規定に基づく義務を負っているのであります。それにもかかわらず、根拠のない全くの仮定をたてにとって、ベトナムとの賠償問題の解決を延引させることは、条約上の義務を無視し、わが国の国際信用を失墜させる以外の何ものでもありません。  最後に、日仏間の戦争状態はいつから始まったかということが議論されたのであります。しかしながら、日仏間の開戦日につきましては、政府の見解は常に一貫しているのであります。すなわち、政府としては、ビシー政権が倒れ、ドゴール政権がこれにかわったとき、つまり一九四四年(昭和十九年)八月二十五日からと見ることが、国際法上の立場としては最も妥当であると考えている次第であります。ドゴール政権による一九四一年(昭和十六年)十二月八日の対日宣戦布告というものは、国際法上一国の政府たる要件を有しないものによるものでありますから、有効なものと認めることはできません。当時のドゴール政権はロンドンに存在したのでありますが、みずからもフランス政府と称することもなく、また、イギリス政府自身を初め、いかなる連合国政府も、これをフランスの政府とは認めていなかったのであります。一九四四年(昭和十九年)八月二十五日以前においては、わが国はビシー政権をフランスの正統政府と認め、これと外交関係を有していたのでありまして、米国を初め中立国たるスイス、スペイン等も同様の態度をとっていたのであります。  以上、今回の交渉の経過と今回の交渉にあたりまして私どものとりました態度につきまして、御説明を申し上げる次第でございます。

大和与一日本社会党

○大和与一君 議事進行。先ほど私が、一応議事の円滑な運営をはかるために要望申し上げたのですが、たとえば、あれでしょう。世の中で普通会議をやる場合だって、日の出から日没という言葉はおかしいけれども、まあそんな慣行もあっていいんだけれども、委員長として所信をお伺いしておきたいと思います。これからの運営についての御所見。

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 先ほどの議事運営についての進行についての大和君の御意見、よく了承いたしました。

吉田法晴日本社会党

○吉田法晴君 きょうの委員会については、さきになされました提案理由の説明の補足的な説明がなされてきょうの委員会を終る。こういう申し合わせをいただいたのです。先ほど同僚委員から、委員会の運営について要望があったのですが、その要望については、今十分考慮して努力したいと、こういうお話だったんですが、今行なわれました大臣の、なんと申しますか、経過説明に名をかりて、政府の言いたいことだけ言う、それから、世論に対する、あるいはこの社会党やあるいは、国民が疑問としておるところ、これに対する一方的な弁明だけで終わる、こういうのは、先ほど来委員長あるいは大臣に要望をした、そしてその通りにやりたいという精神とは私ははなはだしく異なると思う。衆議院では、この大臣の提案理由の説明に補足説明があって、これは賠償部長であったかと思うのですが、補足説明がなされているんです。参議院にはなされておらぬ。そういう意味の補足説明をなされることがきょうの委員会の私は意味であったろうと思うんです。委員長においても、あるいは大臣においても、今のように、一方的に政府の言いたいことを言う、あるいは運営をする、こういう態度では、私ども、これからの委員会の運営について、円満に運営していくことについて、協力していくことがなかなか困難になって参りますが、いかように考えられますか。一つ委員長の釈明を願いたい。

苫米地英俊自由民主党

○苫米地英俊君 きのうの御相談は、大臣から経過報告を伺おうということで話がついておったのです。補足説明ではなくて経過報告を伺おう。それから、他の局長あたりが、必要とすれば、その大臣の経過報告に対して補足するという話し合いであったと思うのであります。今、私が静かに大臣の経過報告を伺いますと、今非難のあったようなことはどこにも認められないのであります。単純に経過が、こういうふうに経過してきたと、問題点について経過を報告されたのでありますからして、われわれが信義にもとったこともないし、また、きのうの打ち合わせに違反したこともないと、私はこう信ずる次第であります。

大和与一日本社会党

○大和与一君 大体資料も出さぬでどうしたと言ったら、あとから持ってくると言って、あなたは配らぬ。今のやはり大臣のお話を聞いておりますと、ややきめつけですね。それじゃやはりいかぬ。今私が言ったら、委員長はえらい、その通り、わかったなんということをおっしゃったけれども、しょっぱなから、口の裏から、政府では、もう衆議院が済んだから、参議院なんかどうでもいいんだ、そこまでは言わぬけれども、どうもその点の配慮が足りないというか、親切心がないというか、もっとやはりしっかりした、きちんとルールによってやってもらわないと、どうもいかぬですよ。

佐多忠隆日本社会党

○佐多忠隆君 今お話のあったように、経過報告だと、しらを切っておられるけれども、だれが見ても、だれが聞いても、一方的に主張しておられるにすぎないですよ。それは、僕らは、初めは理事の間でそういう話があったからで、そういうことを聞きに来るという意味で出席しているのじゃないのです。しかも一方的な主張を、普通ならば、そういう場合にはちゃんと資料をそろえて、あるいはそれを文書にして出して、それに基づいていろいろ御説明なり何なりがあってしかるべきなんです。それもまだ準備も整わぬうちに、しかも、全般的な主張をここでぺらぺらと述べる。このように、協力を要請しながら、全く非協力な態度はあなた方の方だと言わざるを得ないじゃないですか。今後もずっとやはりそういう態度でやっていかれるのですか。

苫米地英俊自由民主党

○苫米地英俊君 私は、あの報告は、野党の諸君の主張も述べ、それから政府の主張も述べておるので、これは単純な経過報告だと思うのであります。政府の言いたいことばかり言っているのではなくて、政府がこういうふうに言わなければならないような問題が提起されておる。まずその提起されておる問題を述べてそれに対して政府はこういうふうにやってきたという、私は、これはほんとうの意味で双方の主張を明らかにしたものであって、これをもし一方的な主張と言うならば、それを指摘して具体的に言うていただかなければ、われわれは承服できないのであります。われわれの見方からすれば、双方の主張を明らかにしていると思うのです。

吉田法晴日本社会党

○吉田法晴君 あなたも認められるけれども、主張が入っているでしょうが。経過だけじゃないでしょう。こういう議論もあるけれども、しかし政府としてはこう考えるという、今ここに新聞記事を持っておりませんけれども、作品あるいはけさあたりの新聞に出ている自民党の主張、自民党の名前で発表された主張を、外務大臣の口から経過報告という形でなされている。あなたも認める通り、主張が入っているのは認められている。われわれが聞こうと言ったのは経過報告だ。交渉の経過報告なんです。その経過報告なりあるいは補足説明という言葉も出ました。そういうものをするということで了承をした。委員長の更迭についても問題があった。議運でも問題になっている。この問題にそれは関係があるのじゃないかという疑問があるのだけれども、そういうことは言わぬけれども、衆議院のようなとにかく態度じゃなしに、参議院らしく十分審議を尽くすと、それから、運営については公正を期してもらいたい、そうしましょうという口の下から、さっきの報告は、主張がなされているじゃありませんか。経過だけじゃないでしょう。それはあなたに聞くのじゃない。委員長なりあるいは大臣に、そういう態度で今後お臨みになるのかということを私は尋ねている。

森元治郎日本社会党

○森元治郎君 交渉経過というのですから、素材をつかんで、政府の気持とか主張とか言わないで、交渉経過を淡々とお述べになって、その骨のワクですね。それからそれをもとに審議をしていくのが、どうも私、公平になろうと思って考えてみると、反対党の意見を出して、一つ一つたたきながら最後まで持っていったのでは、これは経過報告ではない、大宣伝ですよ、これは。

羽生三七日本社会党

○羽生三七君 これは、今各委員からお話しのように、先日の参議院の本会議における提案理由で足りないところを、それぞれの局長等から補足をして説明されるだろうと思って私どもはここへ出てきたのです。だから、特に御注意したいことは、衆議院と参議院は違うわけです。衆議院で何が論議されたものかは、僕らは新聞で見ているだけで、そんなことは関係ないことだ。衆議院とは違うのですから、全く最初からスタートして始めるわけです。だから、質疑の過程では、衆議院でもこういう質問が出たからそれはどうだとか、あなたの御質問に対してはこういう見解を持っていると、そういう御説明ならばわかりますが、全面的に、参議院にかかわりのない衆議院の総まとめをやって、その反論を劈頭から展開されることは、今後の議事運営上適当でない、私はこう考えます。

大和与一日本社会党

○大和与一君 これは、もしも資料を初めに渡していただければそれを見て、どうもこれは経過報告じゃない、このくらいのことは、幾らでも私は御注意申し上げる気持は十分あるのですよ。それがなかったのに、いきなりぽんとやったのだから、これは間違いだから、あやまるという言葉は適当でないけれども、何とか言って、そうでなかったらやり直せばいいじゃないですか、資料渡して。どうもやはりこれだけの方が同じことを言ってるんだから、聞いてる方も同じだろうと思いますが、こっちのことをこう言ったからこれはどうだということを、一々きちんときめつけるのはあれですから、それは、大臣もよくおわかりになっていると思いますから、今後こういうことは絶対もちろんあっては困ります。もちろんないようにしてもらわなければ困るけれども、今のやつをやり直さんと格好がつかぬ、こっちはまるでいかれただけということだから。

佐多忠隆日本社会党

○佐多忠隆君 普通の場合の補足説明なり何なりね。局長がさらに足りないところをやる、初めのずっとルールがあるじゃないですか。普通の慣習ですがね。その通りにまず初めはやられたらどうですか。その上で今のような議論なり何なりは、お互いにやり直そうじゃありませんか。

吉田法晴日本社会党

○吉田法晴君 これは、委員長もこれは理事会での話だけれども、提案理由の説明があっておらなければ、提案理由の説明をやってもらうのだけれどもと、こういうお話だ。ですから精神は、委員長も、提案理由の説明にかわるようなもの、あるいは純然たる経過報告あるいは補足説明、こういうことできょうの委員会を持っておられる。それには、今の大臣の経過報告に名をかる国民の疑惑あるいは反対意見についての反駁という、これは行き過ぎております。で、一つ撤回をしてもらって、やり直すべきだ。

井上清一自由民主党

○井上清一君 いろいろ御意見が出ておりますが、きのうの理事会における話し合いは、大臣の経過報告を承るということになっておる。(「経過報告じゃない」と呼ぶ者あり)いや、補足的な説明は、政府委員から説明をしてもらうというふうに話が出ております。経過報告であるかないかということは、これは主観的な判断で、(「いや違う」と呼ぶ者あり)それは経過報告でないというような判断をする人もあるだろうと思うし、私は経過報告だと思います。(「経過報告だよ、これは」「経過報告だ」と呼ぶ者あり)

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 静かに。

羽生三七日本社会党

○羽生三七君 それは交渉の経過報告でなしに、衆議院の外務委員会の経過報告ですよ。提案された問題に対する経過報告じゃないです。

藤山愛一郎自由民主党外務大臣

○国務大臣(藤山愛一郎君) 本日、賠償の今日までの経過を報告しろというお話を実は昨日承ったわけです。早急にまとめましたものですから、あるいはいろいろ誤解の起こるような点もあったかと思うのです。しかし、私が今申し上げたことは、調印前後の事情から交渉の経過を申し上げ、しかもその交渉をどういう考え方でやってきたかという、交渉の経過として私はその考え方を申し上げたと思うのでありまして、御趣旨のような、交渉経過報告というようなものをいたしたつもりでありますけれども、あるいは早急の際でありますから、いろいろ十分な点がなかったかと思いますが、そういう点は、将来慎しむことにいたしたいと思います。

吉田法晴日本社会党

○吉田法晴君 経過もありました。経過もありましたけれども、経過以上の、衆議院の議論にかんがみての主張というもの、佐多君もさっき主張と言われたけれども、それは主張が入っていると思います。で、経過報告は、全般について述べているのだが、それ以上に出たものがあったら、取り消すことにやぶさかでないと、こういう意味の今発言がありましたから……。(「そういう発言じゃない」と呼ぶ者あり)

羽生三七日本社会党

○羽生三七君 それは、今お話のように、経過報告も確かにありました。あったが、先ほど来申し上げますように、参議院は、きょう初めてこの問題に入るわけです。その劈頭、衆議院における野党の質疑に対する全面的駁論を劈頭から提起されてそれから問題に入るなんということは、前例としてもないし、私たちも聞いたこともないようなまずいやり方だと思うのです。

大和与一日本社会党

○大和与一君 もしも、あっさり、これは言わないのだったら、やはり資料を出して下さい。見ましょうよ。私たちはまだ審議に入っていないのだから、まず経過報告として承ったのだから、それを見せて下さい。だれが聞いたって、これはちゃんとわかるのです。

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) ちょっと速記をとめて。    〔速記中止〕

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 速記をつけて。

藤山愛一郎自由民主党外務大臣

○国務大臣(藤山愛一郎君) 昨日、参議院の外務委員会から、明日できるだけ早く、午前中ぐらいから開きたいと思う、それには、まず経過の説明をしてもらいたいということでありましたので、早急に取りまとめましたから、あるいはいろいろ不行き届きの点があったかと思います。しかし、今回の賠償協定批准をお願いするにあたりまして経過を説明するという場合には、どういう考え方の推移によって、たとえば、ベトナム共和国に賠償を払うかという経過を御説明することも必要であろうと思いまして、われわれとしては、そういう今申し上げたような御説明をすることは、かえって経過説明の完璧を期するのじゃないかという考えのもとに出したわけでございます。それらについていろいろございますれば、どうぞ私の経過説明として、参議院が御審議を願うのに、一応われわれはこういう経過で、こういう考え方の取りまとめの方向でやってきたという経過もあわせて御報告することが、参議院の議事御進行の上に便宜であろうと思っていたした処置であります。どうぞその点を御了承願いたいと思います。

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 質疑は次回に譲りまして、本日は、これにて散会いたしたいと思いますが、御異議ありませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

草葉隆圓自由民主党

○委員長(草葉隆圓君) 御異議ないものと認めます。  本日は、これにて散会いたします。    午後二時二十一分散会

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