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33回国会衆議院1959/11/11

文教委員会 第2号

発言数
104
登壇者
12
会派数
2
開催日
1959/11/11

会議録

大平正芳自由民主党

○大平委員長 これより会議を開きます。  市町村立学校職員給与負担法の一部を改正する法律案を議題といたします。  本案に御質疑があればこれを許します。——御質疑がなければこれより討論に入ります。  別に討論の通告がございませんので、直ちに採決いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大平正芳自由民主党

○大平委員長 御異議なしと認め、これより採決いたします。  本案を原案通り可決するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大平正芳自由民主党

○大平委員長 御異議なしと認めます。よって本案を原案通り可決することに決しました。  なお、本法案に伴う委員会報告書の作成につきましては委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大平正芳自由民主党

○大平委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。      ————◇—————

大平正芳自由民主党

○大平委員長 次に、学校教育に関する件につき調査を進めます。本件に関し辻原弘市君より決議されたい旨の提案がなされております。決議案の趣旨説明を求めます。辻原弘市君。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 ただいま委員長からお諮りを願いました決議案文の朗読をいたしたいと思います。若干その趣旨を申し上げますと、当委員会におきましても、たびたび幼稚園教育を含めまして幼児教育の問題につきましていろいろ政府当局の見解を今日までただして参ったのであります。その中で、特に現在幼稚園教育に従事している教員の待遇につきましてその実情を見ますると、政府の答弁にかかわらず、その後これらの改善については必要な処置がいまだとられておりません。従いまして特に義務教育の小学校教員の給与その他と比較をいたしました場合に、そこに格段の相違があるという点につきまして、私どももこの是正をできるだけ早い機会にやって、幼児教育を質的に、内容的に高めていく必要がある。特にこの幼稚園教育の場合にその点に相当の改善を要するということを認めておりますので、この際当委員会におきまして所要の措置を政府に要請すべく私は決議案の提出をいたしたいと思うのであります。  朗読いたします。   幼稚園教育の実情をみるに、これに従事する教員の給与は、同一資格を有する 小学校教員との間に、著しい不均衡が見られる実情である。   従ってこの際、政府は義務教育の充実状況をあわせ考慮しつつ、すみやかに実 情の調査を進め、その待遇の適正を期するよう努めるべきである。 この付言をいたしますると、特にここで幼稚園教育と言っておりまするその範囲は、今回の場合は公立幼稚園を私どもは指摘をいたしておるのでございます。公立幼稚園と公立義務教育諸学校の教員との間の不均衡是正を一つすみやかに政府としても調査研究を進められ、所要の措置をとられるようわれわれとしては要請をいたすという趣旨でございます。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 臼井莊一君。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 ただいま辻原弘市君から本決議案の趣旨説明がございましたが、本案は自民党と社会党との共同提案でありまして、この趣旨においては私どもも一致して賛成であります。ただ財政上の当面のいろいろ、特に義務教育の充実ということの非常に大きな問題を控えております。従っていろいろの困難な問題を含んでいると思いますが、ここの決議文にもありますように、一つ政府においては実情をよく確かめて、そしてこの不均衡の是正のために努力されることを私どもとしても希望する次第であります。

加藤精三自由民主党

○加藤(精)委員 関連して。両党共同提案の決議につきまして提案者のわれわれ委員の側から一致した賛成の意見を表するものでございますが、特に本決議案におきまして義務教育充実状況をあわせ考慮しつつと申しておりますのは、わが国の義務教育の財源がいまだ国家教育として非常に十分だとは言えないのでございまして、特に本委員会におきましては継続して学校看護婦の養護教諭の充実率というようなものは非常に問題にしているわけでございまして、これが目的達成には相当の財源を要するわけでございます。また本委員会及び地方行政委員会におきましては、常に学校給食におきまして国民体力の基礎的条件を形づくるところの学校給食の調理士の身分の確立につきまして、非常に長い間熱烈な希望があるのでございます。そうした面は、ことに学校給食の調理士の質の向上、身分の確立、事業の安定等は、これは義務教育そのものとしての本質的なものでございまして、そういう重要な部面と並行して、さきに学校教育法の中の施設とされておりますところの幼稚園教育につきましても充実してほしいという趣旨でございます点を回想しつつ、本決議案の趣旨を政府側が執行いたしますときにおきましては十分な考慮を払っていただきたい、こう希望するものであります。決議に当たりまして、提出者の一人として特に言及しておきたいところを申し上げまして賛成いたします。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 お諮りいたします。ただいまの辻原君の御提案は、自由民主党並びに日本社会党の共同決議として議決するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大平正芳自由民主党

○大平委員長 御異議なしと認めます。よってさよう決しました。守      ————◇—————

大平正芳自由民主党

○大平委員長 学校法人の件について参考人より意見を聴取いたします。  お諮りいたします。田中壽一君、日比野信一君、河野勝齋君並びに古田重二良君の四君を学校法人に関する件についての参考人に指名するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大平正芳自由民主党

○大平委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。  まず学校法人名城大学問題に関し調査を進めます。本問題につきましては十月十九日の本委員会におきまして小林監理局長より説明を聴取いたしたのでございますが、学校法人ことに私立大学のあり方の上から、当委員会といたしましても本件について重大な関心を持っておるのでございます。本日はお手元に配付の名簿の方々を参考人として招致し、本問題に関し意見を聴取することになっております。  まず議事の進行について申し上げます。御意見の開陳はお一人十五分程度とし、そのあと参考人に対する質疑に入ることといたします。参考人各位にはお忙しいところ御出席いただきましてまことに御苦労に存じます。何とぞ学校法人名城大学問題について忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお議事規則の定めるところにより、参考人の方々が御発言なさいます際は委員長の許可を得ていただかなければなりません。また参考人は委員に対して質疑することはできないことになっております。以上お含みをお願いいたしたいと存じます。  それでは、これより参考人の方々より御意見を聴取いたしたいと存じます。田中壽一君。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 名城大学は私が建てたのでありますが、たびたび社会の問題を起こしまして、まことに恐縮な次第であります。事を議会にまで持ってくるくらいにごちゃごさちゃさせたということは、全く私の不徳のいたすところでございます。文部省の当局の方々並びに議会の方々に対して深くおわびする次第であります。私についての御召喚は理事長としてでありますけれども、私はその席を離れて、すでに理事長の職を去っております。だから何ら申し上げることはありません。ただ大野伴睦先生のお兄様であります大野富之助先生は、教学面について非常に深い御経験を持っておられますから、その方にお譲りをして、そうして内実を見ていただく。私は文部省が学内においてよく研究されることを希望します。不正なるものが横暴をきわめるような学校というものは、つぶした方がいいと私は思っております。しかしながら私が建てて私がつぶせということはあまりおもしろくない。また今日参考人として呼ばれておる河野勝齋先生に対して、私はニュートラルな立場でないと考えております。(「冷静に言って下さい。」と呼ぶ者あり)冷静じゃありません。大事なことです。(「大事なことだから冷静に言ってもらいたい。」と呼ぶ者あり)それで私ははなはだ遺憾でありますが、キリストでも釈迦でも、みな非難を受けております。私は当然非難を受けることを満足としております。これ以上私は言うことはありません。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 日比野信一君。

日比野信一名城大学学長

○日比野参考人 発言させていただきます。  伊勢湾台風対策のために、国会におかせられましては何かと御多忙中であるにもかかわらず、名城大学問題を持ち出しまして、まことに申しわけございませんが、名城大学といたしましては、台風禍に加えて重大危機に直面いたしておりますので、陳情にまかり出た次第でございます。まことに恐縮に存じますが、御同情賜わりたく衷心ようお願い申し上げます。  さて名城大学は、田中理事長の教育基本法違反、私立学校法違反、文部省令違反、学校法人寄附行為違反、学則違反並びに経理の無軌道ぶりのために、現在教育上、研究上、財政上、あらゆる面におきまして壊滅の危機に直面しております。  昨年八月十四日田中理事長が理事長として復帰されました際、理事会声明なるものを発表いたされ、この声明におきましては、かねて田中理事長のもとに行なわれました独断的なやり方を深く反省いたし、大学を民主的に運営することが約束いたされ、学校騒動についての犠牲者は出さない旨が公約されましたが、復帰後の田中理事長の行動は、この声明を信じて田中氏を迎え、これに協力いたそうとしてきましたわれわれ教職員並びに学生の信頼と期待とを全く裏切るものでありまして、大学の今日の悲しむべき状態を招くに至った根本原因となったのでございます。  田中理事長の非行は、理事会声明後日ならずして始まり、私は学長として大学の教学を守るために、その責任上これを阻止して参りましたが、不幸にして田中理事長はこれを不快とせられ、日比野はわしを追い出して大学を乗っ取ろうとしておるというような、残念ながらあらぬぬれぎぬを着せられまして、七月十七日突如私の学長職を罷免されたのであります。学長の推薦者たる大学協議会にも諮らず、また各学部長にも何ら意見を聞くこともなく、また重要人事を決すべき法人理事会の決議もなく、全く田中理事長の独断専行でこの罷免を行なわれたのでございます。大学と教学とを代表いたします学長がこのように乱暴に処断いたされましては、大学の秩序が成り立たず、教学の自由と独立とが守られないというので、今度は全学あげてこの不当人事に抗議いたしましたが、田中理事長は馬耳東風、さらに七月二十六日学長を支持して参りました各学部長並びに各部長を一斉に解任したあげく、慣習上も法規上も確立いたされておりました各学部長の選挙制を無視して、田中理事長みずからを理工学部長に、大橋光雄理事を法商学部長にそれぞれ天下り的に任命いたし、各学部教授会の人事権を剥奪してしまいました。  この非行に対し全学があげて抗議いたしますと、今度は無法にも法商学部と農学部の教職員を半減する旨を発表いたされたのであります。現在名城大学は、大学設置基準に対しはるかに下回る人的、物的設備を有するにとどまるにかかわらず、さらにこれを半減するということは、実質上両学部を廃止することにひとしいものでございまして、教職員並びに学生に大きな不安を与えた次第でございます。  八月に入りまして間もなく、突如として田中理事長は自己の意に沿わぬとして私並びに各学部長を教育者としてはもちろん、俸給生活者といたしましても忍びがたき屈辱であるところの懲戒解雇処分に付されたのであります。もちろんこの処分は学内成規の手続として必要な教授会の審議にも、大学最高機関たる協議会の議にもかけてはおりません。全く田中理事長の個人的な独断的な処分でありました。それより数日後にはさらに短大部長、教務部長、学生部長、教職課程部長、図書館長、前学長、前理工学部長に対しましても、同じく懲戒、解雇処分が田中氏の独断によって行なわれ、ここに大学の組織は全くじゅうりんされるに至りました。学長室は数回にわたり暴力的に閉鎖いたされ、さらに田中氏に雇われた二名の壮漢が学長を威迫し、とうてい正常なる人間のなし得ざる下劣かつ幼稚きわまる行動が繰り返されました。神聖なる教育の場はことごとく汚染されたのでございます。  また八月二十五日には定例俸給支払い日でありました。田中理事長は一片の予告すらなく、突如として全教職員の俸給不払いの挙に出ずる一方、他方では虚偽の事実を記載いたした宣伝文を父兄に郵送するため、付属女子商業高等学校の教室内におきまして、本件に関係せしめてはならないところの女生徒を使用し、そのあて名書きをさせました。これは教育上まことに忌まわしきことでございまして、父兄のひんしゅくを買った次第でございます。  九月二日、田中理事長は毎日新聞記者と会見し、おれが負けたら、大学を廃校にするとか、法商学部を廃するとか放言いたしまして、学生の不安をつのらせ、学内を動揺させたのでございます。  九月十日には、夜陰に乗じて多数の人夫を雇い、大学の表礼をもぎ取らせ、使用中の大学の什器を強引にトラックにせていずこかへ搬出し、その間宿直者を監禁して、他への連絡を遮断させたのであります。  九月十二日には、大学の電話全部をいつの間にか売り飛ばされてしまいました。私どもは驚きました。大学の機能を麻痺させてしまったのであります。私どもの大学は学部が市内各方面に散らばっております。この連絡が、電話を知らざる間に全部売り飛ばされたことによって、いかに教学上支障を来たしたかということがわかります。  さらに数カ月後も電灯料、ガス料金、水道料金などを支払わないため、送電中止、ガス、水道停止というところまで追い込められました。大学の授業は事実上不可能の状態にまで立ち至りました。この間文部省におかれましては、罷免された教授もどうぞ授業は中止しないでほしいという御注文でございました。もちろん文部省の御言葉なくとも、われわれ教員は無報酬で学生のために授業を寸時も休むことなく継続しておりました。  九月十四日、名古屋における裁判においては、神聖なる法廷へ、田中氏は雇った、いわゆる殺し屋と称する暴漢を連れ込まれまして、私初め西山教職員組合長、渡辺図書館長、青松校友会代表を指摘して、これらを消せばよいのかというような威喝の言葉がうしろの方で聞こえた次第であります。  九月十七日の夜、あたかも台風第十四号の烈風下におきまして、大学においては突如として原因不明の出火がございました。大講堂、図書館、機械実験実習室が全焼いたしましたおりも、田中理事長は容易に出校いたされず、鎮火後ほど経て人に連れられて現われましたが、この事態に対しまして全く無関心であられ、かつ無為無作でありました。  今回の伊勢湾台風によって大学は約三千五百万円の損害を受けたのでありますが、田中理事長は自来大学に全く姿を現わされず、大学は荒廃のまま放置されております。  この間にあって教職員一同は万難を排し、授業を続行いたし、教学を守る決意のもとに八月以来今日まで今もって三カ月の俸給は全職員に対して不払いの状態でございます。職員は非常な苦労をしております。しかもこれにも屈せず学園を守るために必死の授業をただいま継続しつつある次第でございます。  名城大学には予算制度がなく、学長も各学部長も少しの費用を支払う権利はございません。これは予算が配付されておらぬためでございます。大学の預金はことごとく理事長によって引き出されております。学園の正常なる運営以外のことに浪費されております。そのために日常の必要経費に全く事欠くに至りました。辛うじて学長、教授が個人的信用によりまして外部より借金を少しずついたしまして、これによって経費をまかない、応急の措置を講じて参りました。俸給の不払いの上この個人的負担を重ねることは、現代の一大学教授の身といたしましてはもはや限界に達しておるのであります。学生の実験、実習用の材料の講入はできません。わが名城におきましては農学部がございますが、この農場の家畜は今や飼料に飢えてやせ衰えて、これを他に売り払うより動物の命を救う道はございません。また校舎の屋根は破れ、壁は落ち、圃場の作物は肥料のなきために枯死しつつあります。  かかる窮状にもかかわらず田中理事長は歯学部設置運動に狂奔し、八月以来常に所在を明らかにせられず、六千の学生と三百の教職員を見殺しにしておる次第でございます。  名城大学の収入は毎年約二億円に達しておりますので、正常な運営をいたしますれば、決して経営困難にはならぬのでございます。しかるにこの有様でございます。  田中理事長が昭和二十九年十一月退陣せられた際は実に九千万円の負債を残したに対し、昭和三十三年八月田中理事長復帰までの留守中は、右の負債を大幅に返済いたし、かつ二千万円以上の預金を持つまでに立ち直ったのでございます。これは過去の事情でございます。  ところが田中理事長一たび復帰せられるや、わずか半歳を出ずしてたちまち数千万円の負債となり、七月以来九月までに約五百万円以上の現金が田中理事長の専断をもって引き出され、現在大学は全く預金皆無の状態になりました。ことに本年度は学生数もふえまして財政が豊かとなったはずであるにもかかわらず、このような財政の窮乏はまことに不可解のことでございます。その責任はどこまでも追及されねばならぬところであります。私学の公共性から考えましても当然のことといわねばなりません。  この間理事会も監事も何らこれが対策を立てることなく、全くその職責を果たしておりません。  特に強調いたしたいことは、今回の名城大学の問題は、どこまでも田中理事長の学園破壊行為に対し教職員、校友会、学生、教職員組合全員が一致団結して教学を守ろうとする結果生じた事態であります。どこまでも教学を守ろうとする努力でございます。決して田中氏が宣伝せられるがごとく、田中御一家内の夫婦、親子間の争いでもございません。また一部不正分子の大学乗っ取りでもございません。さらには会計上の不正を隠蔽せんとする一部理事、監事に教職員が同調して騒いでおるというような結果では絶対にございません。私たちはどこまでも理事会が公明に運営せられ、経理が公正に行なわれることこそを目的とするものであります。願はくば六千人の学生と三百の教職員のため、かつは私立大学の公共性のために、名城大学の違法状態を解消いたし、本来の平和なる、またりっぱな私立大学の姿に立ち戻れますよう、何とぞ国会の御配慮あらんことを衷心より皆様にお願いいたす次第でございます。  もちろんわれわれといたしましては国会の御好意にただ甘えるそのものではございません。全学の総力を結集いたしまして、あくまで所期の目的に邁進いたす覚悟でございますから、国会におかせられましてもこの点御賢察の上、何分の御援助を賜わりますよう、重ねて議員各位に厚くお願い申し上げる次第でございます。  はなはだ時間をとりまして、どうもありがとうございました。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 河野勝齋君。

河野勝齋日本私立大学協会会長

○河野参考人 名城大学の件に関しまして本日委員会のお招きに応じて出ました私立大学協会の会長をいたしております河野でございます。名城大学に私は過去に関与いたしました経験がございましたが、特に個人的な関係または利害関係等は毛頭ございません。ただ名城大学は大学協会の加盟大学でございますから、その学法の紛糾事件が社会的に非常に大きな問題となって参りましたので、それが私学全体の価値に影響することをおそれ、かつまたせっかく終戦後われわれに与えられました学法法人に関する法律の運営が誤まるようなことがあって、将来私学のために不幸がくるような法令の改正等の理由になることをおそれまして、これをいち早く解決したいというふうに考えまして、あくまで全く好意的にこれに介入したのでございます。  当初私が介入しましたのは、裁判所の法廷で双方の代理人、つまり田中理事長を大学から、学法法人から一たん引退してもらった方の側と、それを復帰しようとする田中壽一氏の支援者との間の対立がありまして、片方の田中氏に相対する方の代表者は名城大学教授の大串兎代夫氏でございますが、その大串兎代夫氏と、それに志を同じゆうするところの教職員の何名、及び理事等が一団となり、そして別に田中壽一氏が大橋弁護士、その他一、二の弁護士を代理といたしまして、法廷に争っていることが一年、二年、三年と続いておりました。それがために学法法人に理事長の職務代理というようなものを裁判所が処置をするような事態になりまして、学法の経営、理事会のあり方はきわめてブロークンな形になっておったのでございます。従って大串氏を中心とするところの現在学法におられます方々が、そのまま仮政権のような形で学法の運営を続けておる、こういうことになっておりまして、これは私学のために決していいことではなく、学法の信用等は保持すべくもないと考えておったのでございますが、たまたま双方の合議の末、これを調停委員会に付するというような裁判所に要望いたしました結果、裁判所はこの調停による和解が一番いいと考えまして、それに調停委員として二名の推薦方を文部省に依頼された結果、明治大学の総長をしておりました松岡熊三郎氏、これはかつて私学法制定当時、私学団体総連合会において私学法の起草委員長をしておりました関係上、法理に最も精通しておられる方でありますが、そういう観点からでございましょう、文部省はその方を一人。それから大学協会の会長をいたしております私にその一人を推薦されました結果、私ども二人は裁判所の命によりまして、昭和三十二年の六月ごろから三カ月間、実に熱心にこの問題を調停しようと努力いたしたのでございます。  その間感じましたことは、大串兎代夫氏を主班とする一派から調停委員会に出された書類はきわめて抽象論でございまして、そこに具体的な事実がなかったということ。それに反して田中壽一氏側から出されたものは、きわめて訴訟内容をこまかに書いた準備書面が出されました結果、われわれはその具体的な事実を把握しようとして努力しましたが、それも単に主張にとどまってわれわれは把握することができませんのでしたが、しかしこの問題を解決する方法は、私学校に記載してあります通り、私学校は御承知の通り財団法人とは全く違った性格を持っておりますから、その私学校の特有の性格に従って理事、監事、評議員会等を明確に再編成するしか学校法人の救済方法はないと考えまして、いろいろ事情を調査いたしました結果、評議員会の一応氏名の確認ができましたので、この評議員会に対して、もう一ぺん新たに立ち戻って基本理事の選出から再出発することを両方の代表者に忠告したのでございました。田中壽一氏側はこれを承諾しましたが、大串氏側は全面的に拒否されましたので、これ以外に調停の方法はないのでございまして、やむを得ずこの調停を打ち切って、調停委員会が解散しましたのは三十二年の八月と記憶しておるのでございます。それらのことがございましたので、私は調停に失敗してこの事件から離れてしまいまして、全くその後の関係はなくなったのでございます。  ところが昭和三十三年の五月ごろになりまして、ますます学校の状況は教職員及び理事者の間の相剋が激しくなって参りました結果、どうしても再度これを救済する方法が必要となって参ったのでございますが、その前にかつて衆議院に出ておられましたところの福井勇氏が理事長の職務代行に裁判所から任命されておりまして、そうして新しく理事会その他の会議等の組織を一応合理化するということになっておりましたが、それもまだできません間に学校の内外の事情は非常に緊迫して参ったために、何かこれを早く解決しなければならぬというようなことになったのでございます。その結果ここにおられます、ただいま証言をいたしました日比野氏、田中氏その他評議員の一部分並びに同窓生あるいはその他の代表者の連判状をもちまして、私にもう一ぺん何とか調停してもらいたい、こういう請願がございました結果、私は五月の十五、六日ごろから裁判と別に大学人同士の話し合いとして、この学校の救済方法を自主的に解決しよう。裁判を離れて解決しましょう、それでよかったらお話しいたしましょうということで調停に乗り出し、各学校関係者に個々にお目にかかりまして、そうして一応みな平和裡に今後は独断専行しない。そうして学校法人の内規、定款等に従って運営をしていくというような、過去の種々のあやまちは今後再び繰り返さないという条件のもとに、田中理事長も創立以来の関係者であるから、それを尊重する意味においてそれを理事長に推薦することを前もってお約束申し上げ、あとはもうきわめて合理的な民主的な役員の選挙を行なう。それによって田中理事長の誤りに対しても勧告する機関をつけておく。そういうような改正をして、平和裡にお互いに協力して学校を経営していくことにしたい。従って、過去にさかのぼって言論その他いろいろな行為に対しては一切問わないということで、ただし刑事問題は別であるから、この問題とは離して考えたい、こういう形でもって一応きわめて円満に和解をしまして、名古屋において社会の各方面、新聞記者あるいは学校関係者をお招きしまして、盛大にこの発表の披露をして社会に責任を明らかにしたのが私の最後の仕上げでございます。それは昨年の八月の十四日に和解が成立したのでございます。  ところが私がその和解を成立してから後に、だんだん再び学校が深刻になって参りまして、時間がございませんから省略いたしますが、ただいま日比野学長の言われたような現象が起っておることは事実でございます。のみならず、ここに私がこの過去の争いの間に痛感しましたことは、学校の監事あるいは理事になっている方が、大学の設置、教育機関を設置経営するという見識をお持ちになっている方がほとんどなかった。単に名誉的な地位をとったにすぎないのじゃないかという誤解さえ私が持ったのでございます。その点を和解のときによく申しまして、いやしくも教育機関の経営者としての責任を明らかにした自覚のもとに皆さんに関係していただきたいということを申し上げてあったのでございます。  それからもう一つ、財団法人と異なりまして、学校法人の理事が全部を学校理事長に一任するというような経営の仕方がないのでございます。財団法人は申し合わせによりまして、理事長に業務の執行を全部一任するということはあり得ると聞いておりますが、学校法人にはそれが絶対にないのでございまして、各理事者の意見の過半数以上の決定によって業務が遂行されていくということが私学校に明らかになっておるのでございます。そういうような建前もございますから、たとい田中氏が独断専行の封建的なきわめて頑迷な性格であったにしても、理事会が健全であるならば、その弊は救われると考えてさような調停をいたしたのでございます。  さらに監事について、監事の職務の責任というものが私学校に明らかになっておりますので、もし名城大学では過去の監事、理事の業務が正当に行なわれたかどうか。学校の経営、財産、資産等に関して合理的であったかどうかという監査をして、それに不正があった場合には忠告をし、あるいは所轄の評議委員会に報告し協議する義務があるにかかわらず、そういうことは一回もいたしておりません。そういうことを皆さんが自覚して、その役員にもう一ぺん今後なる人はなってもらいたい、そういう前提のもとに和解が成立したのでありますが、私ども何事もないものと考えておりましたところ、先ほど日比野氏の証言しました通り首切りが始まった、あるいはいろいろな理屈をつけて、一人々々の個人攻撃を始めた、全く醜悪な状態となって参ったのであります。この問題はまことに私学全体の問題として、はなはだ面目ないのでございます。  もう一つ、田中理事長の復帰に対して極力尽力いたしました私が、田中理事長の識見を誤認いたしまして、まさかこれほど軌道を逸する行動をするとは思わなかったのでございます。これはまことに失敗したと私今日では後悔しております。どうか天下の公共物でありますから、ほんとうに大学経営者としての立場、教職員の立場を明確に持った方々が集まって、あの七千人の学生の救済が今後行なわれることをほんとうに陰ながら私は念願している次第でございます。あの学校では予算の決定もございません。決算のなにもございません。何事もない。実に乱雑であることは事実でございます。それが直らなかったのでこういう問題が起こったのだと考えます。  また何か問題がございましたら、御質問に応じて具体的な問題はお答えいたしたいと思います。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 古田重二良君。

古田重二良日本私立大学審議会会長

○古田参考人 私は私立大学審議会の会長として呼ばれたようでありますが、会長としての発言ではなく、個人として発言することをお許しを願いたいと思います。  私学全般に関する問題については、先ほど河野さんからお話があったので省略いたしますが、問題は名城大学の紛争についてでありますが、私は実は不敏にして今日までその実情を知らなかったのであります。今ここでお話を聞いて実はびっくりいたしたのでありますが、問題は田中理事長が大へん無暴の人のようでありますが、しかし今聞きますと、田中理事長はすでにやめておって、他の理事長にかわっておるというような話も聞いたのであります。私は私立大学全体から考えまして、法の違反に関しては法でさばくということはまことに当然でありますが、教育研究の場でありますから、これが解決にあたりましては、多少抽象的になると思いますが、その一つとして今後考えられることは、私学の本質から考えて、自主解決を待つということがその一つの方法であろうと思うのであります。これはかような紛争の場へ、はなはだ物足らぬことになりますが、私はあくまで私学の自主性を重んじて、自主解決をするということが一つのよい方法であると考えておるのであります。  第二に考えられることは、今聞きますような非常に急迫した特殊な事情もあるようでありますから、これらの事情はよく真相をはっきり調査して把握する必要があろうかと思いますが、それはそれとして、この解決の方法としては、第一に文部省が主体となって積極的に助言、指導するということが第一の解決の方法であろう、こう思います。その次には、和解の勧告をする。第二番目には是非を明らかにして決議勧告をする。その勧告する機関は議会になってはあまり大げさ過ぎると思いますが、この種の委員会において特別委員会を設置して、和解及び決議勧告をする。それからまた私立大学の各団体その他のものがありますが、一番手っとり早くてしかも私学の事情をよく認識しておる私立大学審議会でこれをやるのが一番妥当ではないかと思うのであります。ただしこの場合は審議会の規定を改正する必要があるのであります。その他解決する方法はまだありますが、これらの勧告が行なわれてなおかつこの問題が解決しなければ、これは成規の法規に従ってこれをさばくということになると思います。  そこで結論として申し上げますと、これらの実行方法として早急に適当の委員会たとえばこの文教委員会における特別な委員会あるいは私学審議会その他において特別委員会を作って、この問題の解決に乗り出すべきである、かように考えるのであります。  大へん簡単でありますが以上であります。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 質疑の通告がございますけれども、これで一たん休憩いたしまして、昼食の後再開いたしたいと思いますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大平正芳自由民主党

○大平委員長 それでは一時半まで休憩いたします。     午後零時十一分休憩      ————◇—————     午後一時五十二分開議

大平正芳自由民主党

○大平委員長 休憩前に引き続き会議を続行いたします。  午前中参考人の意見を聴取したのでありますが、参考人に対する質疑に入りたいと思います。通告がありますのでこれを許します。臼井莊一君。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 まず最初に田中参考人にお伺いいたしたいのでありますが、先ほど日比野参考人からいろいろあなたのとられた措置がどうも適当でないようなお話があったのですが、ああいうようなことは事実についてお認めになるのでありますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 大へん歪曲されておりまして、私初めて聞いたわけです。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 何か日比野参考人がおっしゃったうちで、この点は違うとか、具体的な何かをお持ちでありましょうか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 あまりばかばかしいから、しかとは聞いておりませんでした。たとえば日比野さんが連れてこられた人間というものは、二十九年に騒動を起した元凶で、これだけでもおかしいですよ。それからこの月給を払わせないようにしたのは日比野氏なんです。銀行に行きまして、一文もないところを五百万円借りて、それを預けて、そうしていつでも操作できるようになっておる。ところがそういうことは私がおらぬところに日比野、卓郎、小出、小島が行きまして、そうして銀行の支店長さん、次長さんがここにおいでになりまして、日比野氏がここにいた。ここに小出という人がいまして、卓郎、小島は私を気違い扱いにした。私は大きいことばっかりやって、そしてうちのことは印鑑なんかも預けまして、すべてまかせたわけです。そうすると、そういう財政などを勝手にやってしまった。そういうときに千二百人多く入っておりますから、ことしの八月の月給は十分あるはずなんです。ところがその月給がないほど彼らは使い込んでいる、勝手にやっている。私はそれはいかぬということで、栗田、木俣というのを私の秘書にして調べさせようとしたら、それをのけなければ私の理事長の地位を追い落とすという運動を猛烈にやった。たとえば二人の理事を東京から連えて名古屋の鉄道にいますと、ちゃんと電話をかけてきて、それを拉致していっちゃう。私がほかの人に面会させるために連れてきた二人の理事をプラット・ホームから拉致して、ニュー・ナゴヤ・ホテルの四階に連れていっちゃった。そこでその二人をいじめて、自分たちの方に一票かせごうとした。そして私を追い落とそうとした。そこへ私がやっと見つけ出しまして、行ってみますと、ここに小島という私が理事にした卒業生がおった。君けしからぬじゃないか。どうしてこんなところに来るんだ、こういうことをどうしてやるんだ、僕は君を基本理事にしてやったんじゃないか、いや先生に会いに行ったけれども会えませんでした。そんなばかな話が……、そんなことをやることはけしからぬじゃないか。ここに小出がおります。これは元凶です。これは監事です。監事が理事会に出てくるはずはないのです。無理に出さしておる。そしてここに日比野氏がいたから、日比野さんけしからぬじゃないか、そんなところに二人の理事を拉致する、僕はほかに合わせるために来ておるのに、どうして拉致したんだと聞いたら、私は偶然来ました、こんな気違いのことがありますか。ニュー・ナゴヤ・ホテルのロビーの四階に、偶然に来合わせる、そんなことは言えたものじゃない。これはうそだとわかりますよ。あんたにそんなプロバビリティは全然ない、そうしたら黙り込んだ。これは数限りなくやっております。三時間くらい話しますとよくわかってくる。  それから今度あとで、高阪理事のところにこれらの連中が負けるといかぬというので攻撃した。これは夜の一時まで攻撃した。自分たちの方に加担しろという。その翌朝理事会があった。東京からこられた二人の人をそこで私はつかまえたから、駅前でとまってもらって、私は人を紹介するところにおってとまって、三人で理事長室に行った。そうするとほかの理事はこないのです。おかしいのですよ。それから加藤課長を呼びまして、どうしてここにほかの理事はこないかと言ったら、私の子供の卓郎がこれらと話し合って、理事会の会場をかえちゃった。新聞記者がくるとか何とか言いまして、そして家で開くことにしちゃった。だから今度家へ電話をかけてなにしておるというと、十二時までにこっちにこなければ理事会を解散するといって、十二時に解散さしたのはこの人であります。そんなことができますかね。いかに暴力団がきたって、社長がですよ、指定したところで理事会——重役会を開けないということはないと思う。社長の招集状をかえるという暴挙をあえてするんです。いかに激烈だかがわかる。これは事実です。そういうふうにして無理なことをして私を蹴落とす、そして親不孝者の卓郎を理事長にして、私をけ落とすということをやった。そして二人の者が私の秘書に入ってきたら激烈に反対すると同時に、証拠書類をみんな隠しちゃった。今もって隠しています。たとえば、江戸川の権利書がありますと五千万円くらいは借金できるわけです。それを私がとろうとしても、私の子供が逃げさせておるのです。だから告発せよというけれども、ここにおられる大橋教授でも、告発はあなたの子供だからあなたがやりなさいといわれるくらいで、なかなかできないわけなんです。それだから月給不払いになってくるわけです。そうして八月二十五日に月給が渡らないとすれば、九月になりますと一日から学生が来るから、学生がみんな来て三千五百万くらいの収入がありますから、六百万や八百万の金は払えると思って待っていると、学生をおだてて不払い同盟をやらす。そういうことをやっていることは、この間ここから出された文書をごらんになればおわかりになると思います。そこでそれらを無理に労働金庫に預けさせて、それを抵当にして自分たちが借り出して、そうして事実上の理事会を開いてやる。理事長なくして理事会をやっているわけです。その人は理事をやっているのです。こんなことを行なわれたらとても学校がやっていけるわけがない。私は暴力団を連れていったとか何とか言われますけれども、暴力団ではないのです。月給不払いをやられると困ってしまいます。廊下に六十人も教授、助教授が詰めかけてきまして、そうして団交をやって、委員は承諾してもきかないのです。そうしてすわり込みをやってわれわれを取りかこんでしまうのです。それだからから手の人を頼んできて保護してもらったわけです。それで一番初めは警察の一一〇番にかけて、警察に来てもらった。警察は、学校内だからそう何べんも来れぬというので、やむを得ずそうやっているわけです。それで何を言っても、裁判所に言っても、特別に断わって、裁判所内で事件を起こすなと言われて、今度裁判所の前庭に来ると取りかこむというようなことをやる。それだから保護人を連れてきただけなんです。人殺し人を連れてきたのではないのです。冗談じゃありませんよ。そうして私を銀行では気違いにして、私が来ないゆえんのものは、私が気が触れているから来ないのだ、それだからこの五百万を借りて、そうしてこれは自分たちでやるのだということを言っております。だから私の方が五百万を取りに行ったら、そこに行き違いができて、私を気違いだと思っているから笑殺されてしまった。それで翌日、栗田君と事務局長の服部氏が行って支店長に会いましたら、あなたの方の理事長は気が触れているそうじゃないですか、そんなことはありませんよ、こうこうこういうわけだ、それならこの間午後二時に会うというときに会えばよかった、気が触れているというので会わなかった、こういうわけです。それで新聞にでかでかと出すものですから、支店長が言うのには、これはあなたの方はもとのようにやって下さいと頼んだけれども、大阪とか神戸とかの本店に行っても、こんなに新聞にでかでか出たんじゃどこの銀行もとても貸しやしませんよというわけです。それで今度は鈴木庄五郎という——きっとこちらに参考に送ってあったと思いますが、一生懸命にひそかに何していたわけです。金を作って、そうして二カ月分くらいできることにして、二百万か一千万ぐらいできることになったのです。それを日比野さんに話したらしい。それが漏れまして、そうして法科の教授に伝えたらしいのです。その人が不幸にもそこの顧問だった。それだからその日になってから、だめだということになってストップされてしまった。私の理事長が危ういと思わせたのでしょう。そこで今度またほかの方でやってみますと、その世話しているところへ毎日電話がくるのです。それでこれはどうしても、あなたが言われるように勝手にやったのですから、その一事について議会の大切な方々が相当な時間を費やしてお聞きになるわけにいかないのだから、初めから私がお願いしておるように、文部省からずっと調べていただきたい。それがためには事務局長でも事務官でも、退官されるとか何とかという方でもよろしいから学校へ入れていただいて、そうして大野先生を助けていただいて——大野先生はずっと長く学校のことをおやりになっていたし、人格高潔の方だからおまかせしていいと思って譲りましたから、それをよくお調べいただきたい。私は文部省に一回も陳情に行ったことがない。私はまじめなことばかりやっているから陳情に行く必要はないのです。けれどもうしろから行って、うそを百パーセントも言うのですから話にならないのです。だからどっちが話になるかならぬか、事実を調べられるといいのですが、神様でないから皆さんだって、幾らえらい方だってそうわかるわけはない。  私はワン・マンだと言われる、たとえば教授会にもかけぬで教授の首を切ったと言うのですが、それはどういうものでありますかというと、この事件の前に河野勝齋さんと白木さんが調停委員で、そうして調停の最後の日になって来た。ところが、調停委員が評議員をめちゃくちゃにしたわけです。騒動を起こして、評議員名簿をみんな焼いたかどうかして、知らぬ。それで評議員をごちゃごちゃにしまして——私が引いておるものだから、評議員はこんなものだからというので、勝手に公告なんかで集めて、いろいろなことをやって、また評議員を出したわけだ。そうして私がこうこう頼んであるからというので、始終交渉して知っておるからこうこうだ、そうして幸いにもその片々が出てきた。それを調べ出して評議員がきまったわけだ。きまると、まず私が理事長に再選されるという段階になったから、彼らは大串とおそらくここにおる渡辺君でしょう、二人を切るために二百六十もの印鑑を偽造してきた。そうしてざる一ぱいの受け取りをくっつけてきたそうです。こういうものを作って、金をごまかしておる田中壽一が理事長に再選さるべきようなこういう調停案はのまれぬといってけった。そこで裁判官と河野先生はびっくりして、ここにおられる大橋教授、林大作さん、私の方の弁護士だった方ですが、それに言われた。それから二人もびっくりして、私どもの控室に来て、私だけをそうっと引っぱり出して、こういうことを言うが、何か事実があるかと言われた。あほう言いなさい、だれが二年半前に偽造した印鑑を学校に残しておくばかがおりますか。一つ二つならまだわかります、二百六十もの印鑑を偽造して使ったやつをそこに残して学校を去りますか。そんなことをやったら全学に響き渡るはずではないか。そこで安心されて、それなら誣告罪で訴える。いや、新聞に泥試合だといわれる。そんな汚らわしいことを学校にいた者としてやりたくない、ほうっておいた。ところがだんだん事柄が進んできまして、今度はその評議員によって評議員会を開いて——そうして基本理事が私と卒業生代表の小島ですね。そうすると私が理事長になるのが確実なものだから、これを警察へ持っていった。それがこの間首を切られた幹部と称する十三人の人間なんです。警察では困られた。警察に教授ともあろう者がえらい国費を使って全然うそのものを出すというのはどういうことですか、そんな人間が教授であり得ますか、学者であり得ますか、それで私はほうっておいた。だから調停ができても八カ月もほうっておいたのです。それで検察官は困られた。とうとう私は尋問なしに却下された。却下されると、それをまた検察審査会に検事さんを訴えるというようなことをやる。白木判事もそういう手において——白木判事はほんとうにお気の毒ですけれども、自分で辞表を出される必要はないと私は思うのですが、出された。ほんとうにわれわれは済まぬと思っております。それを、それほどまでにして、白木判事でも辞職された、すなわち田中のやり方が悪かったんだ、こういうふうにして私を何とか追い落とそうということにのみ尽力しているわけなんです。けっこうなことです。こんな学校は、私はつぶした方がいいだろうと思う。私が作ったんだけれども。  たとえば法科の成立というものを申し上げます。法科はどうやってできたかというと、認可になった年に、私が、法科の教授は年内から来てそして入学者のガイダンスをやって、ここの学校はこうだということをよく言って聞かせなければ入学者も安心しない、それに向かぬ人は断わらねばならぬ、よくガイダンスしてやるべきだと言った。そこで桜木教授が部長でしたから、その人に対して、ずっとガイダンスして下さい、だれか助教授でも早く連れてきて下さいと言ったら、来る、来ると言ってとうとう五カ月間来ない。そして五月の九日になった。その日は開学記念日で講演会を開くことになった、法科と商科と。そして朝の十時から講演会を開くということになった。その日まで全然法科の先生は顔を見せないわけなんだ。私が幾ら頼んでも来る来ると言って来ない。ところがその朝の十時から始まるというのに、九時になってから、会場から一時間もあるところの私の家へ、女の小使があたふたとやってきた。今、法科の先生がみんなここへ集まっていると言うのです。——私の部屋へ。そして来て下さいと言うのです。おかしいぞ、ここへ来れば講演会はできやしないじゃないかというので私は飛んでいったのです。飛んでいったらずっとそろっています。何を言い出すかというと、自分たちがきめたように俸給をきめるならきょうの講演会をやる、そうしなければきょうの講演会はやめる、法科をつぶす、聴衆を集めてきてそんなことを言うのです。困ってしまいますよ、大がいの人は。私は笑って言ったんです。おかしい、僕は桜木部長によそより二割くらいいいように待遇するということで契約して下さいと言って頼んである、あなた方は常識があるだろうからそんなめちゃくちゃなことは言われぬでしょう、あなた方がきめられたならそれでいいじゃないか、きょうはお祝いの日だ、講演をやらなければならぬ、それからあとで御飯も上げなければならぬから、その場合に言われたらいいでしょうと言った。そして納得して初めてやったんだが、法科、商科の聴衆ですから、非常に困って、それがために信用を落としただろうと思うのです。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 参考人に御注意申し上げますが、御質問の要旨に簡単明瞭に、的確にお答え願いたいと思います。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 そういうふうでしたから、大がいわかると思うのです。一々話す必要はないと思います。一々話していたら大へんです。一つ一つ項目をあげて言って下さい。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 それではその項目を伺いますが、たとえばさっき日比野参考人の話によると、学校の什器や何かを夜中に持ち出すとか、電話なんぞを売り払ったとか、そういう話があるのですが。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 今のようにして、不幸にして給料不払いというようなことが起りましたために、教職員が押し寄せてきてどうにもならない。私など生命の危険を感ずるほど責め立てられました。ところが春日井市に二十三万坪の土地がありまして、ここへ本部をみな移すということになっていたのです。それへ移して、学生をずっと移していけば、春日井市はこの二十三万坪に協力するということになっているわけです。そこでどうせ本部というものと——本部というのはすなわち経営本部ですから、今の理事会ですから、理事会と大学とをごちゃごちゃにしておるから、その理事会の部門を持っていくというわけで持っていったわけです。そうするとそれをまた暴力的に持ち帰ってきてしまったわけです、われわれの手につかない。そんな電話を売ったというのは何かというと、本部の電話を売って向うへ持っていくために売ったわけです。そこに電話があると暴力的に月に九万円も十万円も使う、それですから経済がとても成り立っていかぬ。そこには公衆電話もありますし、四本あったから四本持っていかずに、あと一本残しておこうとしたわけですが、どういうわけか四本一ぺんにのけなければいかぬというものだから、四本のけてしまった。それは本部を移すために持っていったわけです。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 まあそういう事実はあったように受け取るのです。それは理由はあなたのお考えでいろいろあるのでしょうけれども、どうも今のあなたのお話で非常に重要だと思うのは、あなたは理事長をやっておられて学校を育成していかなければいかぬのに、教授と意見の相違があったからでしょうが、それをこんな学校はつぶれた方がよいとかつぶしてしまえとかそういうことは理事長としてはわれわれ聞いておっても非常に聞き苦しいのですよ。理事長はやはり責任を持って大学を育成する、ことに法人ですからね、あなた一人がこれをつぶすとかどうとかということは——これはいやしくも大学ですからね。学校法人としてできておるものを、あなたの責任における問題で、どうもうまくいかぬからということでそう軽々につぶしてしまえ、そういうようなお言葉ですが、私はこれは非常に遺憾に思う。そういう考え方からいろいろこういう問題が起こるのだと私は思う。今私学を私どもも大いに振興しようという、皆さんもそういうお心持でやっておる際に、こういうことが解決せずに国会等で論議されるということについてわれわれも非常に遺憾であって、実際見ると個々の問題についてはこういうところで実際取り上げたくないのです。ただしかしわれわれ心配するのはひとりあなたの名城大学ばかりでなく、かりにこういうようなことがほかにもあるというようなことがあると非常に残念です。過去において一、二そういうことがわれわれの耳に入りまして訴えたこともあるのですけれども、今日までこれを取り上げずにはいたのですけれども、しかしあまり問題があなた方のグループでは解決できないようになったので、理事会において取り上げる、こういうことになったと思うのであります。そこでたとえば理事会、評議員会で運営というのはやっていくはずだと思うのですけれども、何か聞くところによると、評議員会を招集してくれと言ってもあなたが招集しないというようなことに伺ったのですが、そういうことはあるのですか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 それは任期満了した評議員会です、新たな評議員会ではないのです、それを請求してもやる必要はない。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 ほかの方からだいぶ御質問があるようですから私は簡単にしたいのですが、しかし、今度理事長はやめられた、そうすると、何か今ほかの言う者のことはみな百パーセントうそだ、こういうようなお話でありましたけれども、やはりこれはまずいな、いかぬなというふうに御反省されておるところもあるのでしょうか、どうなんでしょうか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 私は、騒動を起こしたということだけは反省しておりますが、事実においては私は反省するところはないと思っております。さっき言われたことは、全然うそだと私は思っております。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 これはいろいろ聞いても水かけ論ですからあれですが、ただ今度新たに大野さんが理事長にというようなお話しですが、そのあれは何か正式な機関で選ばれたのでしょうか、これからかけるのですか、どういうふうになっておりますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 二日に私は辞意を申し出まして、そして大野先生を五日に理事会にかけて理事長になっていただいた。それでその経過は大野先生の方から……。  ちょっと一言だけ言わしていただきたい。それは、大野先生は教育家であり、ずっと教育委員をやっておられまして、初めてお会いしましたけれども非常に人格高潔、それで今までタッチしていない、全然おつき合いしたこともない方がやられれば向こうが文句のつけようもないのじゃないか、うまくいくだろうというふうに思って、こういう方におまかせすれば一番いいのじゃないだろうかということで各理事の方々を説きまして、そして御了解を得たわけです。私はここに呼ばれて恥ずかしいからというわけではないので、そういうことを起こしたことはだめなんですから、これは私の子供を理事長にするという親子のけんかを起こさせたのですから、それをそれほどまでにして私がやるべきことであるのか、私のうちの親も子もこれは学校を去るべきだとほんとうは思っております。私と同時に子供は絶対入れてもらいたくないと思っております。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 一つお伺いしますが、それで田中さんはやはり理事としてお残りになるのでございますか、全然学校と関係なくなるのでございますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 理事としては今残っております。だが、どうなるか私はわかりません。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 横山利秋君。

横山利秋日本社会党

○横山委員 私は田中先生にはもう十数年前から御指導を受けたことがございまして、きょう参考人としての田中先生にただいまから質問をいたしますことに、非常に苦痛を感ずるわけであります。しかし臼井委員からもお話しがございましたように、本件はただ単に名城大学それ自身の問題でなくして、ちょうどただいま国会で審議をいたしておりますが、災害に伴う私立学校に対する国庫の補助について、私も災害対策特別委員として審議をいたしておりまして、特に私学というものの公共性ということが今回ほど国会で重視をされておるときはないので、その重視をされておるときに、所も同じこの国会で私学の特異な例とも言うべきこの問題を論じなければならぬということに、私は非常に残念なものを感ずるわけです。従いまして、もしこの名城大学のような問題が私学一般に存在いたすといたしますならば、国会は私学に対する国庫補助をなすべきでない、こうも感ずるわけであります。従いまして情は情として、私はしばらく田中先生に質問をいたしたいと思うのであります。  今お話しがございましたところによりますと、本月五日に理事会を開いて、田中理事長は辞任をせられ、大野さんが理事長になられた、こういうお話しでございますが、それはどこで、どういう人たちの理事が集まって、何時ごろ行われましたか、田中参考人に伺いたい。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 五日に名古屋駅前の松岡旅館で、出席者は六名です。

横山利秋日本社会党

○横山委員 出席者が六人で、松岡旅館で五日に行われた、こういうことでございますか——。  そこで辞任をされた田中理事長がおととい裁判所へ出頭をされまして、そうして理事長として裁判官に向かっていろいろ証言をされ、職務を執行されたというお話しがございましたが、事実でございますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 事実でございます。それはまだ登記を完了しませんものだから、やむを得ず私はそういうことより仕方がないと思ってしたわけであります。

横山利秋日本社会党

○横山委員 そういたしますと、田中参考人はただいま理事長であると確認してよろしゅうございますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 登記ができていなければ、理事長ならそれでもよろしい、どっちでもよろしい。しかし事実は理事長でないということを申し上げておるわけです。

横山利秋日本社会党

○横山委員 この点について文部省の見解を伺いたい。

宮澤喜一自由民主党文部政務次官

○宮澤政府委員 登記が完了しておりません場合には、対外的な関係においては効力が発生をいたさない、つまり別の第三者が理事長に登記されておらない限りは、従来登記されておられる方が理事長である、こう考えます。

横山利秋日本社会党

○横山委員 それでは田中参考人は現在理事長として私は質問を続けたいと思います。私は率直なお伺いをいたしますからお許しをいただきたいと思います。  先ほど田中参考人は、白木判事に対してまことに気の毒なことをしたという発言をなさいました。本件は、私も地元名古屋でございますから承知をいたしておりますが、白木判事事件というのは、あなたが白木判事に対して花びんでありますか、十万円相当の品物を贈られておる。これが発覚をいたしまして、白木判事は訴追委員会にも訴追をされまして、白木判事は辞任をいたした、こういうことになっておりますが、事実でありますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 十万円というのはおかしいのですが、二万円です。それは理事会で、今度かたきであった理事が二人、それから両側が一しょになった理事会において——河野先生、ここにおられるのですが、林大作さん、小島理事なんかが指示を仰ぎに行きまして、そうして河野先生は百何万円ほど和解のときに使われた。それからその後向こうへ礼にも行かぬというようなことを盛んに言い出しまして、小島、小出、卓郎なんかが、早くお礼に行かなければならぬということを言ったわけです。ところがこれにはいろいろ問題がありまして、大橋弁護人と林弁護人のけんかみたいなことになって、河野先生はどっちかというと林さんの方をひいきされているように見える。そのために弁護人のお礼その他についてもどうもうまくいかぬわけなんです。そこで私、そんな段でないと言ったけれども、みんながそれをやらなくちゃならぬというようなことで話し合いが進みまして、そうしてこの事件に関係ある方、御迷惑をかけた方にはみんな記念品を上げようじゃないかということになったわけです。それで、白木判事も非常に御迷惑をかけたということで、かたきであった側の方がむしろ進んで言って、そうしてそこで記念のために花びんでも上げようということになったわけです。それで、私は白木判事のところには病気だったから行かなかったのですが、白木判事は感謝状を非常に喜んで読まれまして、最後になって記念品ということがあったものだから断わられたそうです。だけれども、事件を解決したのは裁判によるのでなくて、和解によって、全然無関係にできたことだから、記念にとって花でもさして見ていただきたいというような方法で行っていただいたということは聞いております。それだからまことに申しわけないことをしたと思っておるわけです。

横山利秋日本社会党

○横山委員 まことに驚きいったことだと思うのです。受け取る方の裁判官も裁判官でございますが、今お話によれば、お世話になった人にはみんな配ったというお話でございますから、私はほかにも想像されるところがございます。ゆゆしい問題ではないかというふうに感じておるわけです。あわせてこの問題は新聞に載りましたから、まことに恐縮ではございますが、政務次官の宮澤さんの名前が地元紙に載っておりますから明らかにいたしておきますが、話によれば田中参考人は、宮澤政務次官のところへお手紙か菓子かなにか出され、その中に金一封を含ましめた。政務次官はそれを学校に送り返されまして、学校はこれを受け取って、まことに失礼なことをしたというてこの事実を明らかにされたそうでありますが、この点について田中参考人は事実を御承知でございますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 承知いたしております。それは私が非常に悪かったと思っております。しかし私は宮澤先生には何の関係もありません。しかしながら前に学校の二十三万坪の土地を財務局に予約しておったにもかかわらず譲ってくれません。それで池田大蔵大臣の時代に、宮澤先生がその秘書をされておりました。それで大蔵省に大臣にお会いしたいといって行ったら、大臣は留守だがといって宮澤先生にお会いいただいて初めて知りました。そこで私がこういうわけだと言ったら、それは君の言うことがほんとうだといって、財務局から講習に来られていた方を呼ばれまして、そうして帰ったら大臣名としてすぐ名城大学に全部を譲渡せよと局長に言えと言われたから、私は今までにこれだけわかった方はない。ほんとうにいい政治家だと思って感心しちゃったのです。だけれども私それから一ぺんもお伺いせず、その後なにしていたものですから、何か政治資金でも差し上げたいという希望もありましたけれども、自分は貧乏で何も持ちません。それでこの間突然また伺って、学校のことなど今後御厄介かけますと言ったら、にこにこして、あれから見えもせぬでけしからぬやつだというような顔もされませんので、ほんとうにいい政治をやっていただきたいという意味で、私は政治献金とも言えないものだから、おさかなでも買っていただいて、いい政治をやっていただきたいというような意味で出したので、出したことは悪いかもしれない。法律にかかれば罪になります。しかし私のやったことが宮澤先生に非常に迷惑をかけたと思って、私は恐縮で仕方がないわけであります。

横山利秋日本社会党

○横山委員 私は当然なことをやったんだけれども、迷惑をかけたから、だとすれば相済まぬとおっしゃるのですが、田中先生、少しお考えが間違ってはいませんか。先ほど臼井委員からも話が出たのでありますが、あなたはしばしば、おれの学校だから悪ければつぶす、そういうお考えがあなたの心の根底深く入っておる。だから、おれの金だからあっちへもお礼持っていこう、こっちへもお礼持っていこう……。持ってこられた裁判官はそのために辞職し、また宮澤君は衆参両院で名前が出される、こういうことになっておる。今の話によりますと、あなたはすべての問題について、学校のお金をそういうふうに使っていらっしゃるような気がしてならぬのであります。先ほど学長日比野参考人から、行方不明の金がこれだけあるというお話がございましたが、私はそのお金がどこからどういう方に行ったかということは、時間もございませんから質問をいたしませんけれども、あなたの今の二つの例を聞いて見ましても、あなたが、いやそればかりじゃない、ほかにも持っていってあるというお話をなさるのでございますから、それでは学校の生徒の血と汗の授業料あるいは国庫の補助というものはどこへ一体費消されておるか、私は疑わざるを得ないのであります。これは先生のお考えはほんとうに間違っています。もしもあなたが、これは当然なことをおれがやったんだというお考えでありましたならば、今後のこともございますから、どうぞ一つお考え直しを願わなければならぬことだと私は思うのであります。  次に、日比野参考人にお伺いをいたしたいのであります。私は、あなたとは最近初めてお目にかかりました。本来、私は前の和解をいたしましたときには、学校関係者としては実は渦中には入らずに、参議院議員の草葉先生等のあれが成功するように心から祈っておったわけであります。草葉先生は結局手を引かれまして、非常に憤慨をしていらっしゃるわけであります。その当時、たしか日比野参考人は、先ほど田中さんからもお話がありましたように、いわゆる田中派だといわれておった人であります。そのあなたが、今、全学を代表する立場に立って事を明らかにしていらっしゃるのでありますが、どういう機縁でそういうふうになっていったのか、その点をあなたにお伺いをいたしたい、それが一つであります。  あわせてお伺いをいたしたいのですが、本日、各委員のもとに配付をされました印刷物によりますと、十一月五日付で、「創立者たる栄誉はしばらくおくとしても、このような事態を惹起した責任者である田中理事長の良識ある善処方を切望して已まないものである。」という結論のもとに、徳川義親、衆議院議員辻寛一、愛知県知事桑原幹根、愛知県会議長、市会議長、名古屋商工会議所会頭、名古屋鉄道株式会社社長、中部日本新聞社会長、名古屋工業研究所長、愛知県商工館長、名古屋商科大学教養部長、少くとも名古屋における財界、政界、知名の士が、田中理事長の良識ある善処を求めておられる、こういっております。「十一月九日現在さらに追加予定」となっておるのでありますが、この一般的なこういうふうな人たちは、その後どういう人たちがこの問題について意見を発表せられておるか、その後どういうようになっておるのか、あわせてお伺いをいたしたいのであります。

日比野信一名城大学学長

○日比野参考人 実は私は、ただいま横山議員の御質問を受けましたときに、まことに胸を刺されるような気持がいたしました。と申しますのは、私は、約三十年になりますが、台湾における台北帝国大学の創立に参りまして、終戦後約三年おりまして、二十年ほどの歳月を暮らし内地へ帰還いたしたわけでございますが、たまたま田中壽一氏の令息の卓郎君は、台北の私の教室の出身でございます。私が外地より帰還するとともに、一つ名城へきてくれないかという話がありましたのですが、私は当時また金沢大学の創設を頼まれまして、金沢大学に五年ほどおりました。しかる後に卓郎君の願いを入れて、二十九年に名城へ参りました。そのときにちょうど前回の名城事件が起こったときでございまして、私は来たばかりのところでございます。そのときに紛擾が起こって、私は内部の事情はよくわからない、しかし当時、これはあとから考えまして、ざんきにたえないのでございますが、田中先生は名城大学の創立者である。いかなる理由があるにしても、田中先生が外へ出なければならぬということは大へんお気の毒なことであったと思う。かつ令息が私の教え子であるという点から、いろいろ事情を聞きましたが、とにかく田中先生をどうかして一回もとの名城大学の理事長の位置に戻してあげたい、しかる後に先生は何とかしてりっぱな名城大学を建設していただきたい。そして御自分みずから老後を休めるためにお引きになるという形にしたい、そういうふうにしてあげたいと思いまして、二十九年から昨三十三年の八月に先生が名城大学に復帰されるまで、きわめて少数の、当時二、三の教授とともに田中先生復帰のために、私は非常なエネルギーと時間とを費やしまして、先生が復帰するようになられたのであります。ただ先生を復帰さしたのではないのでありまして、私は先生がどうか過去の失敗を改められて、名城をしてほんとうに明るいりっぱな学園にしてもらいたい、この一念であったのであります。これは、当時争いの両側の方から私は推薦されて学長になりましたが、私としてはどうかして先生をしてあやまちなからしめる、この努力で参りました。私は学長で理事でございますから、理事会に出席しております。その理事会の席上はなはだ残念でございますが、ただいま考えますと、先生がやはり昔のくせが出る、名城大学はおれが作った、おれのものだ。要らなかったらおれがつぶすという観念、自分は理事長である。理事長の意思に従わない者はやめてくれという言葉が、始終出ることを非常に苦労して、私は理事会の席上におきましては、先生が行こうとする道に常にブレーキをかけて参りました。その結果七月十七日、突如として、私が一番先に首になりました。こういう次第でございまして、私が先生と残念ながら離れるということは、私一個のためではない、全学の様子を見ますと、教学を立てるためには、学長である私は、そのくらいの力を持っていかなければ六千の学生を率いることはできない、こういうかたい考えで助けてきたつもりのこの先生に、先ほど申し上げたような、はなはだ失礼のようなことでありますが、ああいう言葉を述べなければならないという、そういう苦しい立場をもって私は今日この席に臨んでおります。

横山利秋日本社会党

○横山委員 第二点の、署名はここに拝見をいたしました人たちだけですか、そのほかにもございますか。

日比野信一名城大学学長

○日比野参考人 ただいまの地元の署名、これは最近思い立ちまして、地方の皆さんの世論を伺いたいので、昨日ここへ参るまでに約十名くらいの署名をいただきましたが、今後まだ続々として下さるはずでございます。

横山利秋日本社会党

○横山委員 河野参考人並びに古田参考人にお伺いをいたしたいのであります。河野参考人には、前の和解と申しますか、調停にあたっては、先ほど伺いますればなみなみならぬ苦労をされたそうであります。そのあなたが、先ほど結論として、こういう人とは知らなんだというような意味のことを端的におっしゃいました。私の手元にあります、当時三十三年九月の理事会の声明全文を見ますと、過去のことは一切ぬぐい去って、大乗的再建をはかりたい所存である旨を天下に発表し、地元においては、やれやれ、とにかく名城もこれで再出発という雰囲気であったわけでありますが、それがこのようになった原因というものが、調停に当たられた人たちの田中参考人に対する認識不足という一言が、やはりあなたの所見であるか、またそのほか、この際、今後名城大学が再発足するにあたって、どういうふうにしたらよろしいかという点を承わりたいと思うのであります。  それから、あわせて古田参考人にお伺いをいたしたいことは、こういうことであります。先ほど古田参考人は、何といいますか、この問題についての分析よりも、むしろ今後どうすべきかという点について言及をされました。ただ私が感じましたことは、何か古田参考人には、けんか両成敗的な感覚がされたことと、私学は私学にまかして下さいという意味と、二つが私には感じられたのであります。私が冒頭に申し上げましたように、少くとも国会が私学の公共性ということ、私学の教育に及ぼす深い影響というものを重視しております際でありますから、その意味はよくわかるのでありますけれども、率直にお伺いして、一体自信がおありでございましょうか。河野参考人の今日までの御苦心の跡なり、あるいは文部省の今日までの状況からいって、あなたのニュアンスである和解をさせる、そうしてけんか両成敗的な零囲気で話をするというようなことで、一体事実は解決をするものであるかどうか。私はやや私見にはなりますけれども、これは一体何の争いであろうかという感じがするのであります。これは一にかかって、田中参考人のとった措置がいいか悪いかの判断の問題であって、自余の全学の問題ではないのであります。私はそういう感じがしてならぬのであります。もしそうでなかったならば、河野参考人のおっしゃるようにかかることはなかったはずです。河野参考人の結論でいけば、こういうようなことはなかったはずであります。そうだとすれば、おのずから和解とかけんか両成敗的な雰囲気というものはいかがなものであろうかという感じがしてならぬのでありますが、それともあなたの腹中に何か私どもにお聞かせ願えるお考えがおありなのであろうか、どういうふうにこの事態を分析していらっしゃるか、それをお伺いしたいのであります。

河野勝齋日本私立大学協会会長

○河野参考人 お答え申し上げます。ただいま御質問者のお言葉にもございました通り、私はこれの解決をするにあたりまして、先ほども申し上げましたが、一応道義的に田中氏を学校創立当時の関係者として尊重するという建前をとったのでございます。しかし田中氏がこれほどまでに私学校を無視した言動をなさるということは、夢にも考え得られなかった。いやしくも大学の理事長として総長として六千の学生を擁し、文部省が大学院の設置まで許した学校でございますから、相当見識を持った経営陣営もあることだと私は考えておりました。しかしそれを前提としてやったところに私の失敗があったのですが、先ほども申し上げました通り、私学の公共性を確立することにおいて、たとい田中氏の偏見があっても、これは修正されて運営されていくのだ、こう考えたわけであります。もう一ぺん繰り返しますと、私学が自主的に公共性を高めるということは、御承知の通り、理事会、監事、評議員会、この運営を合理的にやっていくことが私学の公共性である、独断は許されないのでございます。いわんや学長の身分を首切るなどということは容易ならぬ問題でありまして、少くともこれは理事会において考えられる問題であろうと考えておったのですが、そういう問題が少しも反省されていなかった。これはこういう大大学の理事長とか総長を担任していくには時代的にも過去の人ではないか、こういう印象を受けたのであります。そこで先ほどああいうことを申し上げたのであります。たとえばここに一例がございます。先ほどどなたからか、評議員会を開いたかどうかというお尋ねがありました。それに対して田中理事長は、任期満了の評議員であるから招集を請求されたけれども開かなかったのであります。ところが、御自分の作った名城大学の定款には、評議員は任期満了後といえども、あとの選挙がない間はその仕事につくとあるのであります。任期満了であるからといっても、当然規定の手続をとって評議員会を招集しなければならない。それを招集されなかったのは、何か不利益が予想されたからではないか。こういうあたりまえのことさえも実行しておらないということは、公共性を失っていると考えたわけであります。でございますから、先ほども申し上げました通り、現在の理事のスタッフの中でひとり田中さんだけのことを申し上げますれば、私学校に従って学校法人を経営していく見識がない、こう考えて、これはもう今後の妥協でも、こういう問題は片づかない問題じゃないか、今日ではさように信念いたしております。  それから先ほど田中さんから、日比野学長その他のことについていろいろお話がありましたが、実は田中氏初め、田中側の弁護人から、日比野学長は非常に温厚なりっぱな人だからぜひ学長に推薦したいということで、調停に際して再三申し入れがあったのであります。ところが幸いにも、大串氏の一統もこの日比野氏を推薦するようにみんなが申し合わせておりましたので、これは各学部長の共同推薦を経て民主的に理事会に推薦したのでございます。それですから、和解の第一歩において学長の推薦は、民主的に一応各学部長の共同推薦によって日比野氏を選び、その日比野氏を理事会が任命したのでございます。そういうふうにして出てきた日比野氏でございますから、あともうまくいくとばかり考えておったのでございますが、その後一月か二月になりまして、今の理事者のうちの一人から私に突然手紙が参りまして、名城大学の件についていろいろ骨を折ってもらったけれども、現在の理事長を告訴するようなそういう人たちが学内におるということはこれは倫理性が許さないから、倫理性に基づいてこういうものは考えなければならない、こういうようなお手紙をもらったので、何か人事問題が起こるだろうということを考えておりました。それは今にして考えてみますと、共同声明を出しましたところの、それにさかのぼって何か解釈し直すのだ、こういうふうに私は考えまして、ひそかに騒動が起こってくるのではないか、こういうふうに考えました。  そしてこの共同声明をするときに、先ほど田中理事長から御説明がありました刑事事件が起きております。この刑事事件というのは、一昨年、私が裁判所の調停委員の最終日になりまして、大串氏の側から突然に告訴状が出されました。これは学校の印鑑を偽造し、そうして国の助成金に対する領収書を偽造したということでもって、告訴が提出されたのであります。それで私は驚きまして、和解をしている最中にこういう告訴状が出てきたことは大へんだと思いましたが、しかし告訴状でございますから検察庁の問題で、これは白か黒か捜査の結果を待たなければわからぬ問題ですから、それを待たなくて民事的な問題の方は早く片づけたいと思って和解を進めて参ったのでありますが、拒否されて成立しなかったのであります。  それから昨年の私の個人的な和解のあっせんに際して、その問題は当然出ました。裁判を離れての和解でございますから、この和解が成立して田中理事長に対する訴え、あるいはまた田中理事長側から出てくる訴え、それらはもう争う必要がなくなってきたものですから、和解の結果必然的に裁判所に提訴したものは取り下げることになったのであります。ただし刑事事件はこれは別の問題でございますから、それを訴えた大串側の人に取り下げるように言うべきか言わないかということはもちろん田中氏を中心にしてわれわれも話をしました。しかしそのとき私ども考えましたことは、いやしくも国の助成金をもし田中氏がこういう消費の仕方をして、そうしていいかげんに印鑑を偽造し領収書を偽造する、そういうことをやるなら将来田中氏は資格はないのだ、この事件はどうなんだと言ったら、絶対身に覚えがないと言う。絶対身に覚えがないならば訴えた人がそういうとんでもないことをした、むしろ責任を負うことになる。この事件は取り下げないでやはり正義のために調べてもらう方がいいと思うから、これはこのままにしておこうじゃないかということで、話し合いであの事件は残したのであります。ところが、和解してから後にそういうことをしたのはけしからぬといって、それを首切りの理由に使ったことは、すべて違約でございます。きょう約束したことがあした変ずる、こういうことでございます。でございますから、これは私は制度の問題より人の問題になってきている、こういうように考えます。もしどなたでも公正な人が出て、定款に従い私学校に従って運営していったならば、りっぱな大学になると私は思います。今までのいろいろなお話を聞いておりますと、枝葉末節の争いのことばかりでございまして、学校をどういうふうにしたらよくなるか、学生にどういうふうにしたらいい教育ができるかということに対する苦心は、一つも出てきていない。ただお互いの身分の立場の擁護に、あの手この手の見にくい争いが五年間も続いている。これでは私はいけないと考えております。  それでこれの処分方法でございますが、どうしたらこの問題は片づくかと申しますと、私個人の見解で大へんおそれ入りますが、私学校では御承知の通り自主的に公共性を高めるということが精神であります。ですから良識のもとに自主的にいったならば、こういう事件は起きなかったわけであります。それを無視したところにこういう問題が起こってきた、人の問題になってきたわけであります。  それから大学のいろいろな制度に違反している事実が山ほどあります。たとえば今申し上げましたように、大学院を設置している大学です。大学院の設置には、基準というものを文部省から出してそれで認可される。その基準を無視した現在の制度というものも、これはやはり文部省令に対する違反で、これはもう設置の認可をとったらあとはかまわないということなんです。のみならず、学部長を初め二十何人の教職員を解雇した。あとの補充もしないで教育の手当もしないで解雇を先にやるということは、争いが重点であって、教育の面がブランクになることは二の次だというような考え方です。私はこういうような大学の経営の仕方というものはおそらく良心のないものだと思います。私は田中理事長さんに非常に味方して、同情してやって、それでこれでいいと思ってやったら、これはあとの約束がこういうふうになってきたわけです。結局人間の問題というふうに最後に結論を持ったわけですが、文部省がこれに対してどういう方法をとったらいいかということをずいぶん考えたわけです。私学校の精神からいって、文部省の直接の監督権の発揮ということは、現在の法規ではいろいろな解釈の仕方があると思います。ただ法令の違反等があった場合には解散することはできるということになっております。しかし私は法令の違反を直ちに解散に持っていくことは法令上いささか飛躍し過ぎておる。解散してしまえば学校をつぶさねばならない。文部省が権限を持っている限り、法令の違反は解散に持っていく前に、一応こうなれば解散にいくのだからということで、相当行政的な指導権を発動して、あるいは理事会の編成等を強力に勧告するようなことができるのではないか、こういうふうに私は法律的に解釈しております。この考え方は、私学校を創立したときに、私学校の創立に関与した明大の松岡氏が委員長でもってやっておりますが、その解釈の著書にも、やはり同様な意見を持っておりますから、その点を若干研究していただいたらそういうことができるのではないか。要するに今日の制度では、私立大学の理事者が教育に適当であるかどうかということを、ここまで大学審議会が調査して、今後は学校の認可をするようになっておりますが、名城大学はまことに空中の楼閣のような学校を、終戦後のごたごたに認可してしまいまして、膨大な学校を作ってしまいました。実は学校の内容は非常に貧弱であって、政治的なものであったというところに将来いろんな問題が残ってきている。財団が非常に強固でなかったというところに問題が出てきておると思います。今後はやはり人の問題とそれから教職員の立場と、それから理事者の立場、管理の職務を完全に実行する評議員は、それぞれ自分たちの責任を果すというような方法でやればりっぱになっていく、こう考えられます。ただいま解散問題について申し上げましたことも、これは文部大臣が直接やるべきものでない。私学校全体を通覧してみればおわかりのように、これは一応そういう重大問題は、将来できることならば私学審議会の中に、こういう紛争に対してアドヴァイスするところの裁定委員会制度のようなものを作って、そうしてなるべく法廷問題でなく、お互いに解決するような、法律等について御勘案を願えれば、こういう問題が非常に減るんじゃないかと思います。しかし今日名城大学のような事件は全国にまれの中のまれの事件でありまして、今後こういうケースが出るかどうかちょっとわかりませんが、まれでも一例ございまして学生が苦しんでおりますから、私はその点実にいろいろ考えておるわけでございます。

古田重二良日本私立大学審議会会長

○古田参考人 先ほどの御質問の中に、和解は両成敗、私はそういう意味でなかったのです。両方生かすという意味で和解を勧告するということを申し上げたのであります。先ほど申し上げましたが、真相のことについて私はよくわからずに、ここに出て初めてこの真相がわかったのでありますが、これも先ほど申し上げましたように、田中理事長がすでに理事長をやめておる。形式的にはまだ出ておるのですが、やめたということを前提にして私は解決のことを申し上げましたが、それはやはり先ほど申し上げましたように、田中さんがおやめになったのだから、あとのことは私学の本領の自主性で、自主的に解決することが一番望ましい。しかしいろいろ特殊な事情があって、それが問題であるならば、和解勧告あるいは決議勧告、それは先ほど申し上げましたように、文部省が主体になってやることもよろしいし、あるいはこの委員会に特別委員会を作ってやるもよろしいし、私は特に私学審議会においてこれをやることになれば一番適当であるというふうに申し上げたのですが、それでなおかつ解決ができなかったら法令に基づいて解散なり、閉鎖なり断行するというようなことで私は解決ができる。ただその間早急にはできない、長引くというような心配もあるのでありますが、このことについては今河野さんからお話があったように、裁定委員会というような、これは先ほど私が述べた委員会と同じですが、こういうものを設けまして積極的に勧告をして解決するように努めて、そうして最後には法令に基づいて断を下す、こういうことで私は解決可能と信じておるので申し上げたわけでございます。

横山利秋日本社会党

○横山委員 最後に、私は今のお二人の話を伺いましていろいろ示唆を受けたわけでありますが、ただ私の感じでございますが、たとえば古田参考人がおっしゃるように、田中理事長はすでにやめる決意をし、もうそれは時期の問題であろうからその立場に立ってというお話がございました。この点は実に私は重要な認識の問題だと思われるのであります。田中先生を前にして恐縮でございますが、参議院でこの問題を取り上げ、今衆議院で取り上げんとする直前に理事長を辞任されて、みずから全く尊敬をされておる大野さんに理事長をゆだねられるということを、この衆議院の文教委員会開会の直前に行なわれたということに、私はまた一つの問題を考えるわけであります。これは田中理事長がやめたということをそのまますなおに白紙に立って考えてよろしいものであろうかどうか、この点は私は古田参考人の認識にやはりまた問題があるような気がいたすのであります。  最後に文部省に、政務次官にお伺いをいたしたいのでありますが、今二人の参考人からこの問題解決への示唆がなされました。私は冒頭に申しましたように、本問題はなぜ個々の、一名城大学の問題をわれわれが取り上げんとするかということは、これが単なるお家騒動に帰すべきではな、六千の生徒、三百の教職員が勉学にいそしめない。またこの点が今、国会で私学の公共性という点に立って審議をしておるという社会的な問題であり、公共的な問題であるがゆえにわれわれは取り上げておるのでありますが、その点について文部省はどういうふうに今日まで状況を把握し、そうして衆参両院で今取り上げておる本問題について将来どういうふうに当たろうとなさるのか、その点を差しつかえのない範囲でけっこうでございますから率直にお伺いをいたしたいと思います。

宮澤喜一自由民主党文部政務次官

○宮澤政府委員 きわめて異常かつ遺憾な事態であると考えております。私ども文部省といたしましては、過去の経緯は概して事実としては今日まで把握をして参りました。またその間に関係者に何度かおいでを願って非公式な立場からいろいろに問題の解決のごあっせんをすべく、役所としても、つまり文部省は監督官庁ではございませんので、法律の建前では所轄庁ということになっておりますが、努力をいたして参ったことは事実であります。また先ほど参考人からいろいろお話のございましたように、私学の方面においていろいろ調停をなすったこともありましたので、むろんその間に私どももそういう調停と無関係でなく、常に連繋を保ちつつやって参ったつもりであります。しかしながら先刻お話もございましたように、一番私どもにとって大切だと思われますことは、現在の私学校というものの法律そのものの規定、並びにそれが書かれましたところの精神であると考えておるのであります。つまり私学というものが、その独立と特色とを発揮高揚いたしますために、文部省に対してきわめて控え目な権限しか与えておらない。そのことを私どもは非常にいいことであると考えますし、法の書かれましたそういう精神をできるだけ尊重していかなければならないということを伝統的に考えております。今日でもそのように考えておるのであります。従いまして多少誇張して申しますならば、かりに具体的な事件がある私学について起こりまして、いかにも黙視するに忍びないというようなことでありましても、どちらかと申せば、そういう際に行き過ぎた干渉をすることによって将来私学というものの独立と特色とを国がそこなうような先例を残す、あるいはそういうくせをつけるということを最も警戒をいたしておるわけであります。従来そういう立場から非常に関心を持ちながらも、そうして非公式にはいろいろお勧めもいたしましたが、しかし基本的にはやはりそういう精神で今日まで歩いて参ったわけであります。なお法的に申しますと、すでに御案内かとは思いますが、私学校は二つの系統の権限を文部省に与えておるわけであります。一つは、学校法人に対しまして助成をいたしました場合に、その助成が適当な目的に使われておるかどうかということに関係をするところの一つの系統の権限であります。名城大学の場合には、昭和二十八年でありましたかに、付属高等学校にたまたま一度産業教育振興法の関係でわずかな助成金を出したということがございますが、その後学校の状態に照らしまして一切助成をいたしておりませんために、この助成に基づきます系統の監督、私学校五十九条の系統の権限は一切働き得ない、働かないわけでございます。そういたしますと、残ります権限は、もう一つの系統であります六十二条の解散命令に関する権限であります。この点は学校法人が法令の規定に違反した、あるいは法令の規定に基づきますところの所轄庁の処分に違反をしたという条件が一つ。それからそういう事実がありました場合に、他の方法によって監督の目的を達することができないと認められた場合に初めて解散命令というものが働く。現在の名城大学の状態というものが厳格に六十二条のその二つの条件を満たしておるかどうかということは、これは一応別問題といたしますが、この六十二条で解散命令をするということでは、実はこれは学校法人を殺してしまうということになるわけでございますので、いわばこれは死刑の宣告にひとしいかと思います。軽率に発動せられるべき規定ではないと考えますし、それではよほどの準備をいたしません限り学生なりあるいは教職員というものをどういうふうにその後の身の振り方をきめていくかということも考えなければなりませんので、解散命令ということはこれは簡単に考えられない問題だと思うのであります。そのようなことで、過去一年足らず文部省としても非常に苦しんで参った問題であります。たまたま当委員会並びに参議院の文教委員会におきましてこの問題のお取り上げがありました。私ども初めて従来から知っておりました事実並びに私どものいたして参りましたことを公に御報告する機会を得たわけであります。そうしてそれと同時にこの問題についての世の中の関心というものも高まって参った。このことは考えようによっては私は事態の解決を促進し得るファクターではないか、こう思います。  当委員会の各委員の御発言並びに参議院の文教委員会における各委員の御発言等に照らしまして、また先ほどお二人の、従来調停の労をとられました参考人のお話をも伺いますと、私どもとしてこのように問題の内容がほぼ明らかになりました現在の段階に立って、やはりここでこの問題に正面からぶつかっていかなければならないのではないか、いやしくも所轄庁でございますから、直接監督の権限というものは法律で与えられておりませんけれども、少なくとも先刻河野参考人からお話もございましたように、六十二条を背景にいたしましたそこへ行くまでの道行きというものの過程で、行政的にいろいろなお勧めなどができるのではないかと思いますし、またその際には当然に、古田参考人のお話のように、私学振興会とも御連絡をとっていかなければならない、できれば私ども役所というものは表に出ないことが適当であるとは思いますけれども、事ここに至りますと、このまま黙視いたしますことはやや曠職の疑いもあるかと思います。従いまして当委員会並びに参議院文教委員会に現われました御発言の大体の傾向を私どもよく胸にとどめまして、過去に調停に当たられました参考人の方々などの御意見なども承りつつ、何かの形でこの問題の解決のために、従来よりももう少し積極的な立場で動かざるを得ないであろう、返す返すも私立学校法に書かれました精神から申しますと遺憾なことでありますけれども、この段階になりましては、それもやむを得まいかと、大体このように考えておる次第であります。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 本島百合子君。

本島百合子日本社会党

○本島委員 私はこの大学の問題について詳しく調査したわけではございません。陳情を受けまして、教育問題にあってかかる事態が起こるということに非常に心を痛め、なおかつ生徒の立場に立ちましたときに、この学校の問題をこのままにしておいてはいけないのじゃないだろうか、そういう気がいたしましたのでお尋ねいたしますが、先ほどから田中参考人の言葉を聞いておりまして、このような暴言を吐かれる参考人はいまだかつて衆議院においてもないだろう、このように私どもは聞いたわけなんです。そこでお聞きしたいことは、自分が建てた学校だから、悪くなかったからつぶしてもいいのだ、こういうことを再々にわたって言われ、先ほど臼井委員の質問に答えて、いやそうじゃなかったのだ、こういうふうにも言われたのでございますが、どう考えましても、御発言の内容からいけば、これはおれの財産だ、おれのものだ、こういう考え方がこの問題の根底にあるのだろう、こういうふうに受け取れたわけなんです。そこで理事長も今度はおかわりになった。まだ登記は済んでいないとしても、おかわりになることは事実でしょう。その場合において自分の身分は理事だ、こういうふうに先ほど言われた。そうしますと、先ほどから言われておる、おれが作った学校だからおれがつぶしたっていいのだ、こういう表現に対しまして、あなたは自分が今までつぶした財産を取り返すのだとか、あるいはまたおれが勝手にしていいのだということがやはり今でもあるのじゃないだろうかというふうに受け取れるでのすが、その点をちょっと明確にしていただきたいと思います。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 そんなことは一つもありません。そういうふうに悪いことをやって、それがかえって有効であるがごときことが行なわれたならば、つぶれなければ社会に悪影響を永遠に及ぼすだろうということを憂うるというだけであります。私は金を取ろうとかそんなことは一つも考えておりません。それからさっき憂うるからそういう分子を学校から除かなければ、そういう学校ならなくなった方がいいだろうという、私は良心的な苛責に燃えておるということを言っておるだけなんであります。それで、さっき河野先生から評議員会も開かぬと言われましたが、それは、評議員は改選されたんです。だから、改選されたにかかわらずもとの評議員が私に請求を寄こしたりしても開かぬというだけです。勝手にしておけばいいだろうと思うだけで、新しい評議員会ができておるから、それを相手にしてやれというだけです。新しい評議員会はやっておるんです。それは河野先生の認識不足であろうと思うのです。それで私は、教授会というものが理事会にくちばしを入れるというようなことがない学校法人がほしい、そういう学校の法規がほしいと思います。アメリカの学校には——私、この騒動が起こった当時ちょっとアメリカン・スクールという印刷物を……。

本島百合子日本社会党

○本島委員 私の質問にだけ答えて下さい。——これは委員会としてただしても、御当人がはっきりなさらなければどうにもならないことかもしれませんが、とにかく田中参考人の言われる言葉は、教授会なり職員の問題、その争いに終始されて、教育本来の問題については少しも考えていられないということが受け取れるのです。私も私学を出ておりますけれども、自分の学校の名前が出て参りますとほんとうにうれしいものなんです。そこに入っておる生徒さんたちは、まさかこんなことが起きると思って入学された方はないと思うんです。六千名の学生の親とも思われるような立場に立っておる理事長であったはずなんです。にもかかわらず、その教育本来の目的というものを忘れてしまっての争いであるということしか今日の供述では受け取れないのです。そこで、まだ理事として自分が残るということを先ほど言われたから、私は心配して聞くのですが、そういうものの考え方を持って新しく評議員会が生まれ、その評議員会の中にあなたがおって、そしてあなたのその考え方を今後ともずっと続けていこうとするならば、この問題の解決はあり得ないと思うんです。その点、あなたは実際教育をするその教育者でないかもしれません。理事長という名前はとられたのかもしれませんけれども、教育者としての理事長であるかどうか、もしあなたが教育をするという立場に立つ理事長であったならば、私はこういう問題は起こらなかったと思う。そこで、六千の学生をどう考えていくのか、今後どうしてやろうとするのか。これはあなた一人の問題じゃないと思うのです。あなた個人の家庭の問題じゃないと思うのです。これだけの生徒を今後どうするか。今まで卒業された方々もあるでしょうし、こういう方々に対して、自分が学校を作ったときの当時の考え方に立てば、今までの発言というものはその愛情には一つも触れていなかった。なおかつ、今後理事として残り、評議員として残ろうという考え方があるかどうか、もう一つ聞かしてもらいたい。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 それは理事の方々の考え方、評議員の方々の考え方いかんであります。私は第一線を退いてやっておりますから、そういうことをいろいろ言う権限がありません。河野先生の権限を侵すようなことでありますから、私は申し上げません。

本島百合子日本社会党

○本島委員 それでは、新しい理事長にすべてをおまかせになって、そして、今後は、たとえば財産的な問題があっても、そのことによって学校に要求をしたりなにかするということはない、この際全部お捨てになった、こういうことですね。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 ええ。

本島百合子日本社会党

○本島委員 そういたしますと、先ほどから河野参考人並びに古田参考人から承りましたが、私ちょっと疑問に思ったのは、私立大学の審議会、この私立大学の審議会というものがどれだけの権限を持ち、そして、先ほどこのことの構想の一端をちょっと述べられたようでありますが、そういう措置をとられたときにその効果をどういうふうに表わしていけることになっているか、こういう点を古田審議会会長に伺いたいと思います。

古田重二良日本私立大学審議会会長

○古田参考人 審議会は、現在ではこういう問題について審議する権限はないので、先ほども申しましたように、規定を改正してそういう問題を取り扱えるようにしなければならぬ。大へん具体的になりますが、審議会において重要なことについては文部大臣に建議することができるようになっているので——ただ、特定の大学について建議するというようなことは今の法規ではできないと思いますが、特定の大学についても重要なことは建議できるというふうに改正してもらえば、審議会も取り扱いが可能になってくると思います。これは、結局文部大臣に建議しまして、文部大臣から特定の大学にあれしていく、そういう順序になるかと思います。

本島百合子日本社会党

○本島委員 政務次官にお尋ねいたします。この問題ばかりではないわけで、私どもの耳にも入っておるわけですが、私立学校に対する権限というものは、先ほど説明をされた通りに、直接自分の方で手を下す方法がない。そういたしますと、たまたまこの名城大学のようなケースが生まれてきたときに、何の手も施しようもなくて傍観している。教育はその間におろそかになっていく。この人たちはやがて社会に出て行かなければならぬ。その場合、生徒は非常な不幸を背負って出て行かなければならない。そういたしますと、このままの状態ではどうにもならないという感じを私は先ほどから受けておるわけなんです。こういう問題を契機として、将来私学に対する何かお考えがあるかどうか、これを承りたい。本来ならば大臣にお聞きすべきでございましょうが、お出ましないから……。

宮澤喜一自由民主党文部政務次官

○宮澤政府委員 本来ならばやはり大臣が答弁を申し上げるべきことと思いますが、先ほど横山委員に申し上げましたように、私どもとしては、現在の私立学校法が書かれておりますその精神、考え方というものはやはり尊重すべきものだと考えます。多少の不適当なことがございましても、できるならばそれは年月の間に、私立学校自身の自覚なりあるいはお考えの中で改められていくべきことであって、国があれこれ干渉がましいことをすべきものではない。私どもは、それがやはり物事の考え方の本則であると考えます。従いまして、現在の法律にございます規定も、先ほども申し上げましたような助成に対します系統の監督と申しますか、権限、これは、助成をいたすのでありますから、その限りでは必要なものであると考えます。そうでありませんときには、もう現実に法令に違反をしておる、あるいは法令に基きまして私どもがいたしました処分に違反をされる、そういうかなり法的に証拠立てられる明らかな違反事項というものに基いてしか私どもには権限がないのであります。私どもはこういう事件を契機といたしまして、それを何とか変えていかなければならないというふうには、どちらかと申せば考えないのであります。こういう事件はこういう事件として、長い目で見れば何とか片づいていくべきものであります。また、全国にそうたくさんあるというのでない、むしろきわめてまれなものでございますから、それを契機にして国の私学に対する監督を強化をしようということは、やはり本末を転倒することになるのではないかというふうに、どちらかと申せば私はそう考えます。

本島百合子日本社会党

○本島委員 大体政府のお考えはわかりましたが、そこで、私立大学協会の方並びに審議会の方に、これは私、要望として申し述べたいのですが、こういう事態が先ほどから河野さんの御説明によりましても、なみなみならない御尽力があったことはわかります。しかし相手が学校でございますから、たとえば理事長が不当であると人間的にお思いになったときに、やはりこれは私学の方々がお一人、お二人じゃとても田中理事長のようなお考えを、この暴言でいくとなかなかお直しすることはむずかしいかもしれないけれども、やはり教育の本来に立って、自分が学校を立てたという誇りを持っておられるならば、教育の内容についても、また教育の運営についてももっと考えていただけるような御指導並びにそういう圧力といってはいかぬかもしれませんが、そういう方向づけをするだけの協会なり審議会であってほしいと思うのです。そうすれば私はこういう問題もここまでこなかっただろうと思います。同時にもう一点承りたいと思いますが、これは文部省の管轄でないかもしれませんが、学校設置の基準にも合っていないし、あるいは労働問題からいっても、職員三百名の問題、あるいは教授の首を切られたいきさつ、こういうことからずっと考えて参りますと、先ほど田中理事長が言われたが、全部法律違反のような気がするのです。こういう法律違反をほんとうに厚顔無恥と申しますか、大へん失礼な言葉かもしれませんが、ずけずけと言ってのけられる。こういう方が学校を経営していらっしゃると、こういうことになったときにどうしようもないんだという法の矛盾と申しますか、力の足りなさというものを先ほどから私は感じるわけなんです。こういう点につきましても、今後学生の方々、あるいは教授会の方々が一致団結して学校を何とかしよう、こういうことできょうお話があったんだと思います。そこで参考人にお呼びしたわけではないから、今度理事長になられる方にはこちらが言葉を求めることができませんけれども、この雰囲気、この私どもの表現というようなものはしかと頭に入れていただいて、——学校というものは営利会社じゃないのです。将来日本の運命を左右する、そういう教育に携わる事業なんです。ですからそれだけのことをお考えいただいて、もし田中参考人ががんこであり、頑迷であるとしても、これを押しのけて、早い機会に円満な運営をされていき、そして生徒が安心して学問を受けることができる、そういう断固とした立場をとっていってほしいということを私希望に申します。と同時に、学校の職員の方々、あるいは生徒の方々、従来いろいろのいきさつもございましょう。しかし要は生徒の問題にかかってくることであるし、将来その六千の学童の運命をも左右して参るはずであります。あの学校を出ている人ならばというよい工場、会社の希望がたまたま試験も始まっているようですが、名城大学の子供だけはかんべんして下さいと言われたときに、その学童はどういう立つ瀬がございましょうか。こういう点もお考え合わせになって、今後私学の方々もさじを投げないで、この問題の解決のために尽力していただくと同時に、学内にあってもそういう教授会の方々もお考えいただき、なおかつ田中さんのような暴言をはかせない、またやらせないんだという、そういう力を持っていっていただきたい。一日も早くこの問題の円満な解決を心から希望いたします。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 ちょっと田中参考人にお伺いしますが、先ほどのお話では、理事長はやめた、まだ登記がなされておらないようだが、しかし理事ではある、理事には残るという意味でしょうか。こういうお話を承ったわけでありますが、理事長をやめて、ほかの方に経営をやっていただくために、大野さんですか、そういう方にお願いをした。しかし理事になるということは、これはやはりまぎれもなく経営者の一人である。こういう点を考えてみた場合に、これはちょっと言いにくいことでございますが、自分は表面理事長の職は退くけれども、たびたびお言葉にあります通り、これはおれが作った学校だ、もうこういうことに負けたら廃止した方がいいのだというお話もございましたが、そういうお言葉からそんたくしてみて、やはり実権は今まで通り自分が握って思う通りやるんだ、こういうようなお気持がもしかりにありとすれば——これはないかも存じませんが、ありとすれば、これは法律上の根拠もなかなかむずかしいことでございますし、先ほど来ほかの参考人の方々も熱意をもっておっしゃっておられる通り、円満な和解とか解決ということはなかなか困難ではないか、第一心がまえがこの問題解決の根本条件ではないか、私はこう考えるわけですが、御心境を一つ率直に承りたい。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 私は何も私が作った学校だから、これをつぶす、そんなことは言いません。そんなことを言っているのじゃない。そういうふうに悪いことをどんどんやられて、そうして理事長ひとり悪者みたいにされるのはけっこうですけれども、そういうことを始終やっていて、理事長に対して、こういう意見に対してこう意見が衝突するから君はやめてくれ、これでは学校が立たぬというように——私が教職員に対して問題が起こって、そこで衝突したわけじゃない。私は教職員と一ぺんでもけんかしたことはない。それから学生とけんかしたわけじゃない。ただ今度のように——この前でも三千五百万円私が私腹を肥やしておるとか、東京へ進出すれば一億持っていくから学校がつぶれるとか、勝手にうしろの方で言っただけで、私の目の前で言ってきたものは一人もない、そういうふうにやられるような不純分子がばっこするような学校じゃ困るだろうということを言っているだけです。私は何も自分の立てた学校だからつぶすというふうなことは言いはしません。そういうふうな学校ではこれはうまくいかぬから、ちょっとよそに比較のないような現象が起こっておると私はしみじみ感じておるわけです。私が何か問題が起こって教職員と衝突した事実があるならいいですよ。そうでない。今度でも理事会内の問題が起こって、今度はそれをどんどん日比野さんなんかが悪い者を引き入れて自分たちの協力者にしてしまって、そうしてこの前から大きくなって見えた。そうすると、いや教学権の侵害だ、教学権の侵害だといって私に退陣しろと要求するだけです。私はこれは無意味なことだと思う。そういうことをやられるようだったら、だれもやりようがないと私は思う。それじゃいい学校にならぬから、いい学校にならぬで社会に影響を及ぼすくらいならやめた方がいいのじゃないかと言っているだけなんです。私が作ったから勝手にやめるとか、そんなばかなことは、幾ら私が気違いでも言いはしません。そうじゃない。そういうふうだから、これは困る。それだから今度は大野先生のような第三者の全然関係なかった方に見ていただいて、そうしてこの学校を見ていただくと内実がわかってくると思うのです。それだから文部省からでも事務局長とかいうような方がお入りになったり、それから事務官のような方で退職をされる方が学校の中に入っていただいて、実際を見ていただいて、そうして文部省との連絡がもう少しついたらいいだろうと私は考えております。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 その点は先ほどからいろいろあなたのお話もありますし、また他の参考人からもいろいろ話がありまして、今ここでにわかにどっちがどうということを断定はできないかもわかりませんが、少なくとも私どもがここでたくさんの参考人の方々の御意見を聞いておりますが、中には私立大学協会の会長さんとか、これは権威のある地位の方だと思っております。そういう権威ある地位におられる方が、この公開の席上で、そう軽々しく意見をはかれるようなこともあるまい。私はこういう場合には常識が最も必要だと思うのでありますが、こういう地位にある方から、先ほど来皆さんがお聞きのようないろいろな御意見を聞いておると、それはもう予算も決算もない、こういう点が訂正をされなかったからこういったような問題も起こったのだとか、あるいはまた先ほど横山君も申し上げましたが、地元のたくさんの知名の方々が連名、署名をされたその御意見の中にも、「その専断的経営のために、学内には紛糾絶えることなく」とあります。この中には、おそらく田中参考人もお知り合いの方がたくさんおられると思う。こういう方々が今申し上げたような表現に同意をされたような、こういう署名をされて、そして名城大学の学校教育の空白、この悲しむべき事態を一日もすみやかに、これはあなたの良識のある善処によって何とか解決をしてもらいたい、こういう意味でこのような表現も使われておる。こういう点から考えまして、先ほどもいろいろ御意見がある通り、相当御反省を願わなければならない点があるのではないかと思います。先ほど私がお尋ねをいたしましたのは、この点に関連があるからお尋ねいたしたわけであります。なるほど理事長をやめられることについては一応の御説明がございましたが、理事にお残りになるという点についてはいかなる御心境でございますか、お伺いいたします。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 今河野先生は私立大学協会会長であって、最もニュートラルだと言われたけれども、これはニュートラルじゃない。これをごらんになったらわかります。河野先生は……。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 私の質問に答弁をお願いします。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 だから必ずしも世論が高いから正しいとかなんとかいうわけにはいかない。私は理事長を引いてじっと見ております。何もやりません。だんだん世論がわかってくる。この前も四年間私は黙っていたのです。ほんとうは早くやめたかったのですけれども、黙って見ていたのです。私は必ずしもけんけんごうごうとしておるのが正論だとは思いません。ほっておけばわかってきます。それだから私は強いのです。私はほっておくだけです。何も金もうけをしたり何か、そんなことは考えておりません。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 日比野参考人にお伺いいたしますが、今お聞きの通り、田中さんが理事に残っても私は何もやりません、ただ見ております、こういうような御意見の御開陳があったわけですが、これについてあなたはどうお考えになりますか。

日比野信一名城大学学長

○日比野参考人 私は理事長の過去数回にわたる経験から、残念ながら不可能であると思います。理事長が何も関係しないとおっしゃる言葉を私は信頼できません。非常に危険な感じがいたします。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 古田参考人にお伺いいたします。これまた私立大学の審議会の会長という重要な地位におられるわけでございますが、先ほどの御意見を承っておりますと、自分はよく知らなかった。ということは、最近こういうことを聞いたのだというような前提を置いて、先ほどのような御意見の御開陳がございました。もしそれが事実であるとするならば、それはもっともなことであろうと考えます。それはそれといたしまして、先ほど同僚議員のどなたかの御質問に対して、宮澤政務次官の方から、文部省としての非常に苦しい立場に立った御意見がいろいろありました。この次官の御意見について、審議会の会長としてどうお考えになるか御意見を伺いたいと思います。

古田重二良日本私立大学審議会会長

○古田参考人 宮澤政務次官のお考えは、非常に妥当であると考えるのでありますが、私さらに一歩を進めて、もっと積極果敢に、先ほど申し上げた和解勧告あるいは決議勧告というようなことを展開していくべきであろう、そうするのがこの解決を早めるゆえんであるというふうに考えるのであります。先ほども申し上げましたが、どうしても早急に解決がつかぬという場合には、やむを得ないのでありますから、今ここに私学への干渉の規定を作るということでなしに、現在ある規定に従って処理していくというふうに進めた方が適当だ、こう考えるのであります。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 ちょっとおしまいの方がよく聞き取れなかったのでありますが、まことに失礼ですがもう一度……。

古田重二良日本私立大学審議会会長

○古田参考人 現行規定があります。最後はその手をもって解決したらいいじゃないか、こういうことです。これは時間が多少かかりますけれども、やむを得ないと思います。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 私は私立大学審議会の規定をよく存じませんが、これは一応文部大臣の諮問機関となっている。それによって調査、審議する権限が与えられておりますが、この問題の発生以来相当の期間がたっているけれども、これらの点について文部省の方としては諮問をされたことがあるのか、またなかったとするならば、諮問するお気持が今あるかどうか、この機会にお伺いしておきます。

宮澤喜一自由民主党文部政務次官

○宮澤政府委員 諮問と仰せられましたのは、おそらくこの問題に関しての、そういう種類の諮問だという御質問とうかがいますが、そういたしますと、この種の問題に関して審議会に諮問をいたしますのは、かりに助成をいたしておりました場合には、その助成の使途その他が不適当である場合に、一定の措置を国としてなし得る。それは法人の理事その他の役員の辞職勧告でございますが、この場合には審議会に諮問しなければならない。これが一つでございます。しかし名城大学の場合には助成をいたしておりませんので、この系統の諮問ということはおそらくあり得ないと存じます。そういたしますと、残りました諮問は、解散命令を前提としたところの、法人が法令の規定に違反した、従って解散を命じたいがどうか、こういう諮問になるわけでございます。従いまして名城大学の場合、唯一のなし得る諮問というものは、六十二条の解散を前提にした諮問であろうと存じます。私どもは先刻申しましたように、六十二条の運用ということに非常に慎重であり、かつこれはめったにあってならないことだと考えておりますから、従来この問題につきまして私立大学審議会に諮問をいたしたことはございません。  それから今後どうするかというお尋ねでございますが、法律に定められた形での諮問をいたすということはただいまのところございません。ただそれはいろいろな意味で御相談をしていかないかという意味でございますと、また違いますので、六十二条というものがございますから、それを背景にしながら、そこへいく道行きでいろいろなことをなし得るであろう、こう考えておるのであります。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 よくわかりました。何も私ども最後的な、もう解散したらどうかというようなことを考えていろいろ意見を述べておるわけじゃない。ほかの参考人の方々もお気持は御同様だろうと思う。そこまでいけば元も子もない、こういうことでございますから、そういうところにいかないで何とかうまく円満に解決をしなければならないということで、それぞれ御苦心しておられるわけでありますが、最後に、これはちょっとあるいは政務次官とされて言いにくい御答弁になるかもわかりませんが、お聞きしたいのは、いろいろ先ほど来ずっと本問題を聞いておりまして、私が感ずるところを率直に申し上げますと、たびたび話に出ておる通り、私立学校に対する干渉を避けて、あくまでも自主的な解決が望ましい、そういう先例を開いてはならないという配慮のもとにいろいろな努力がなされておる、この現行法の盲点をついて、独断専行、専断的な経営が行われておる、私は率直にこのように認めて、その結果このような問題、紛糾が依然として続いておるんだ、従ってこれをどうするかということではなくて、現段階においては認識としては今私が申し上げた通りのことではないかと私は考えますが、これについて政務次官はどうお考えですか。

宮澤喜一自由民主党文部政務次官

○宮澤政府委員 冒頭に申し上げましたようにきわめて異常かつ遺憾な事態だと考えておるのであります。先ほど来るる申し上げましたことは、役所として、いわゆる世の中の健全な常識から考えまして出過ぎたことをしてはならない。ことに私立学校法の書かれておる建前から出過ぎたことをしてはならないということを今まで厳に戒めて参ったのであります。ただ当委員会並びに参議院の文教委員会でほぼ同じ傾向の御発言が各委員からすでにございました。私立大学審議会の会長並びに有力な委員からもまた同種の御発言がございました。といたしますと、いわゆる世の中の健全な常識から考えて、私どもこの問題を処理いたします環境というものが、こういう契機からかなり変ってきておるのではないかというふうには考えます。従来の出過ぎたことをしたくないという気持は変りませんけれども、しかし、どの程度が出過ぎたことであって、どの程度が適度なことであるかということは、これは健全な常識、ことに立法府の両院において、また私立大学審議会の会長並びに有力な委員からほぼ同じ傾向の御発言があったのに対しましては、私どもも新しい環境が与えられたものと考えざるを得ないかと思っております。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 辻原弘市君。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 だんだんの御質問で事件に対する内容のあらましが私どももはっきりわかってきたわけです。問題はこのような事態、これは何人が考えましても——きょう御出席の田中さんとしては御自分のお考えがあり、自分のおやりになったことについての正当性を考えておられるようでありますけれども、少なくともこれは私どもの常識をもって考えました場合に、二十八年以来今日まで伝統のある私立大学が内部的に紛争これ紛争を重ねて、現実の教育に至大の影響を与えているということの事実は、これは何といっても私は見逃がせないと思うのです。そうした意味で、どうしてこれを軌道に乗せ、私立大学として正しい今後の運営、りっぱな教育上の業績を上げていくかということ、これは私ども今日の委員会におきましてもその気持でもって皆さんにお尋ねをいたしておるわけであります。問題の解決につきまして従来中に入られました河野先生も御出席でありまするし、また今の事態に立っての御見解も述べられたわけでありますが、私は最後にいま一つお伺いいたしておきたいのは、これは先ほどからもその種の御質問、御発言があっただろうと思うのでありますが、古田さんは先刻、これは私立大学の名誉としてあくまで自主的に解決をさせたいと言われた、私はこれはごもっともだと思います。われわれもこいねがわくはこれは自主的な解決にゆだね、少なくとも国会において、あるいは行政官庁のあっせん等に待たなければ解決できないなどということは、長い私立大学の歴史、伝統を汚すものだと思う。しかしそれがたびたびの調停にもかかわらず、どうしてもその解決によっては依然として将来に禍根を残すということであるならなれば、やはり最後に古田さんの言われましたように、法律に基づく処置をとらざるを得ないのじゃないか。これは私は何人もあきらめ切った最後の処置としてそこに落ちつかざるを得ないと思うのです。しかし私どもとしては今なおそういうことについては、これは一つのこの問題に関する限りにおいては、処置としては正しいかもわからぬと思います。しかし私立学校という、法律以外その運営、学校経営というものに対して学校以外からとかくの力によって左右されてはいかぬという原則に立って考えたならば、今なお何らかの方法において解決をしてもらいたいという希望を失わない。そこで私は田中さんにこの機会にお伺いを申し上げるのでありますが、今も小牧委員からもお尋ねがありましたが、あなたは理事長をやめられて大野さんにそのあとをおまかせになる、これも私は手続はどうかは知りませんけれども、真に事態を円満の方向に解決していこうという御心境ならばそれもけっこうだ。しかしもう一つここでやはり学校経営の中にとどまっておるということに相なりましたならば、あるいは私の言葉は出過ぎかもわかりませんけれども、何といいましても理事長というウエートの高い立場で昨今までおられたその影響力なり、またあなたが今日まで名城大学というものとは切っても切れない関係で進んできたという立場から考えてみまして、やはり問題はすべて解決されたのではないじゃないかという外部からの一つのものの考え方が生まれると思うのです。あなたがほんとうに自分が育て——あなただけじゃないかもしれませんが、あなたがこれに対して至大の貢献があったということも世間が認めておる。あなたの専断的学校経営によって事態が紛糾していることはまことに遺憾だと、あなたの地元の有力な方々がわれわれに陳情の文書を出されたその中にも、あなたの功績についても認められておる。とするならば、私は、ここで問題をさらに将来に残して、せっかくのあなたの功績が帳消しされるような立場をここではおとりにならないで、すっぱり一つそれならば学校というものを一新をして、名城大学という育ててきたものをさらに将来へ受け継いで発展さしてやろうという大乗的見地に立って、しばらく学校経営から身を引くという立場をおとりになれないかどうか。もしおとりになれないというあなたのお答えがあるならば、一体なれないという御心境のその底は那辺にあるか。またいかなる理由において——ここまで問題が紛糾し紛糾し、世論も何とかしてもらいたいという期待をあなたにかけておる。その期待にあなたはおこたえにならぬとするならば、よくよくの事情がおありになるだろうと思う。そのことを一つこの席において語ってもらいたい。いかがですか。一つ理事長のみならず、理事をも含めて円満にあなたが身を引かれるという立場をこの際としておとりになれないのでしょうか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 ごもっともな御説でございますが、しかしこれは評議員会及び理事会がきめることでございまして、私が一人でどうだこうだと勝手にきめるわけにいきません。(「あなたがやめればいいじゃないか」と呼ぶ者あり)それだから理事長はやめたのです。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 理事長をやめられたのは、あなたの御意思、御発議によってやめられたのでしょう。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 そうです。そうですけれども、むしろ理事会では私に理事長に残っておれというお説が多いのです。それで私が参考になっていろいろ大野先生でも助けてあげなければ何もやれないだろうということで、私は参考人みたいなものとして残っているだけで、別に企画もしなければ何にもやりません。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 はなはだ失礼な申し分でありますが、あなたのお考えはいろいろ去来いたしまして、どうもお考えの焦点が私どもにもさだかではありません。従って私はいろいろそれらの点についてお伺いするということもはなはだ失礼かと思いますので、これ以上お尋ねはいたしませんけれども、理事長はおやめになった、おやめになることができるというあなたの心境ならば、私は理事をおやめなさることも可能ではないかと思うのです。同時に、何もしない、何もしないとおっしゃるならば、あなたの御将来のためにも、また名城大学とあなたとの関係においての将来のためにもその方がいいのではないか、私は第三者でありますけれども、そういうふうに考えます。  いま一つお伺いしておきたいのは、今評議員会なりあるいは理事会等がきめればその決定に従うというあなたの御発言がありましたが、それはその通りでございますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 完全にやめろというお話もけっこうだと私は思いますが、私もほんとうはやりたくない。しかし理事はみんな私に理事長をやって、大野さんはやらぬ方がいいくらいに言っていたのを、無理に大野先生に頼んだくらいで、評議員は全部私をサポートしておる。だからそう急に国会がどうだこうだ言うからといってこうしますということには私は参りかねる。しかしほんとうの心境は、こんな学校には全くタッチしたくない。私がこんな学校を置いておくのはいやだというのはそこらなんです。だけれども、大野先生がせっかく立ててやっていってくれるというならば、私はお頼みをして、何とかおやりになればいい、こう考えておるだけです。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 蛇足になりますがもう一点。それは、あなたが直接、間接を問わず、やはり学校経営に参画されるという場合は、第三者的にながめ、また調停に携わられた方々、またこの問題で心配をされた人たちの大よその意見というものは、率直に申し上げますならば、なお学校の今後の運営上紛争が絶えないのじゃないか、こういう懸念を持っておられるわけです。それを私はあなたがいい悪いというその問題とは別個に、今までのいろいろないきさつがある、そういうことから大よそやはり皆さんがこうした方がいいのではないかという考え方を漸次持ちつつあると思う。そのことは、やはり一つ円満にあなたが身を引かれたらどうかという結論ではないかと私は思う。そうしない場合においては紛争がまた起こる可能性がある。起こればどうなるかということになると、事件は巻き返しで、その場合は、さっきも古田さんが述べられましたように、とるべき措置はもう法律の規定に従って、今政務次官も言われましたように何とかしなければいかぬという世論があれば、これは何とかしなければいかぬのです。そうなれば残る問題は、六十二条に基く解散の問題を付議する以外にない。そうなればせっかくの学校がここでなくなってしまうということになる。そういうことについて、学校が他動的なよその力で、どうにもしようがないというので解散をしなければならぬという事態を招来しても、それはやむを得ないとあなたはお考えになりますか。それとも解決しよう、そういう一つのお考えがあなたのお心の中におありになるかどうか。それはいかがでございますか。

田中壽一名城大学理事長

○田中参考人 文部省のある方が調停をしようというお考えで私と話し合いをされまして、八日くらい前から委員会や何かに御迷惑をかけてはいけないということでお話がありまして、私はそれにおまかせした。ところがそう言われておりながら向こうは来ないのです。それできょうに及んだわけです。きょうも草葉先生から私のことを考えていろいろお話がありましたので、それにおまかせしようと思っておったのですが、大体私の子供が土台になって騒動が起こってきた事件でありまして、子供がどうしても応じない、そういう状態なのであります。それだから皆さん方が文章その他の評判で感じられている事柄とおよそ違うと実は私思っておるのです。だから私が急に引いてどうなる、こうなるという問題ではないと思います。それだから私は先生におまかせして、よく第三者としてお入りになってくれば事件がだんだんわかってきて、そうして平穏にならざるを得ないと思うが、それには大野先生や何か非常に困られることがあるだろうと想像しておるわけなんです。私をワンマン、ワンマンと言っておりますが、私はワンマンをやったことはありません。私は正義をやっておるから強く申し上げるだけで、ワンマンをやったことは一つもありません。先生方とけんかしたことも一ぺんもありません。おかしいのです。何かの問題でけんかをして、それでこういう事件があるからこうだということじゃなくて、ただ理事長退陣しろ、私に言わせると、それは意味をなさない。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 最後に河野さん、それから古田さんに私はお願いを申し上げたいのでありますが、これは多分そういうふうにお考えだろうと私も考えるのでありますが、やはり先ほど私が申し上げましたように、この種のまことに不可解というか、まことに常識を逸したというか、問題が起きたために、いわゆる私学全体の立場というものに悪影響を及ぼしてはならない、そのためにこそどうにもならぬということになれば、われわれもその一つの善後策については検討せざるを得ないと思うのです。しかしそういうことは、特異な一つの例をもってやるべきではないと私自身は考える。従って何らか一つそれぞれ私学の立場におかれて重要な職責に立たれる先生方もなお一つあきらめないで、この名城大学を真に今日の私学の姿にふさわしいものに持っていくための御努力をやっていただきたい。私は、中途半端な解決は、さらに問題をこじらすもとだと思う。真に六千の学生もこぞってそれを歓迎し、また三百の先生方もそれにこぞって協力ができ得るような解決策を講じて、それぞれ行政当局と協力し、さらにまた新理事長も就任を予定されておるそうでありますので、そういった立場においてそれは解決をしていただきたい、かように要望いたしまして質問を終ります。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 参考人の諸氏に一言ごあいさつ申し上げます。  参考人各位には、長時間にわたり御意見を開陳していただき、本委員会の調査の参考になりましたことを厚く御礼を申し上げます。大へんありがとうございました。

小牧次生日本社会党

○小牧委員 議事進行について。名城大学の問題について、参考人各位からいろいろ貴重な御意見の御開陳がございまして、またそれぞれ同僚委員からもいろいろな質問なりあるいは意見等もなされたわけでございます。そこで、われわれ文教委員会といたしましては、この問題に対して、どういうような取り扱いをするか、どういう態度をもって臨むかというようなこともいろいろあろうかと考えますので、本日それをどうするという意図をもって申し上げるわけではございませんが、その辺のところを考えていただいて、このあと理事会でも開いてもらって、いろいろお互いの意見を話し合うというふうにしていただきたい、かように考えております。

大平正芳自由民主党

○大平委員長 本件につきましては、事態の推移に応じまして、理事会で協議して、またお諮りいたしたいと思います。     —————————————

大平正芳自由民主党

○大平委員長 この際、お諮りいたします。市町村立学校職員給与負担法等の一部を改正する法律案につきまして、成規の手続をもって撤回の申し出がございますが、本案はすでに委員会の議題といたしておりますので、衆議院規則第三十六条により委員会の許可を得なければなりません。これを許可するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大平正芳自由民主党

○大平委員長 御異議なしと認め、本案の撤回を許可することに決しました。  本日はこの程度とし、次会は来たる十三日午前十時より理事会、十時三十分より委員会を開会いたします。  本日はこれにて散会いたします。     午後四時十三分散会

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