P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
31回国会参議院1959/03/10

予算委員会公聴会 第1号

発言数
56
登壇者
11
会派数
4
開催日
1959/03/10

会議録

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) ただいまから予算委員会公聴会を開きます。  公聴会に入ります前に、昨日の委員長及び理事打合会において決定した事項を御報告いたします。  一、本十日の公聴会の午後の分は、公述人の御都合によりまして、午後二時開会をすること。  二、十二月に三十三年度一般会計予算補正(第2号)の一般質疑に引き続いて討論採決を行う。一般質疑の時間割当は、自民党四十分、社会党八十分、緑風会二十分、無所属クラブ、十七控室それぞれ十分の、合計百六十分とする。なお、この時間割当は今回限りの特例であって、前例としないこと。  以上のことを決定をしたので、御報告いたします。   —————————————

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 公聴会の開会に当りまして、公述人のお方に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多忙中のところ、お差し繰り御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。公聴会の議題は、昭和三十四年度総予算でございます。公述人のお方には二十分ないし三十分の程度で御意見の御開陳をお願い申し上げたいと存じます。  まず、経済評論家木村禧八郎君からお願いをいたします。

木村禧八郎経済評論家

○公述人(木村禧八郎君) 昭和三十四年度予算案全体に対する総括的な意見を開陳せよとのことでございますので、そのテーマに従いまして私見を述べさせていただきます。  岸総理大臣は、一月二十七日の施政方針演説におきまして、福祉国家を築き上げることは、わが国、民主政治に課せられたる使命である、こういうふうに申されております。全く同感でございます。その通りだと思うのであります。そこで、まず福祉国家を築き上げ、国民を仕合せにするためには、内外情勢の現状分析と、長期的見通しの上に立ちまして、どういう性格の予算を編成し、何に重点を置いた予算を組むのが一番正しいのであるか、そういう点を明らかにいたしましてから、ただいま御審議中の三十四年一度予算案に対する所見を述べたいと思うのであります。  第一点の、三十四年度予算の性格でございますが、私は、現在わが国が置かれている内外の情勢と、今後におけるかなり長期的な見通しの上に立って判断いたしまするときに、三十四年度予算は、第一に、平和的性格の予算でなくてはならない。  第二は、自主的な予算でなくてはならない。  第三は、民主的性格を持った予算でなくてはならない。第四は、言うまでもなく国民生活の安定、向上をはかる予算でなくてはならない。さらに第五は、国家財政のしわを地方財政に寄せるような予算であってはならない。国の予算、地方財政、ともに総合して健全なる予算でなくてはならない。少くとも以上五つの性格を持った予算でなくてはならないと思うのであります。そのうち特に平和的性格の予算であることが最も重要でありまして、この条件こそが三十四年度予算の基本でなくてはならないと思うのであります。この条件が満たされるのでなければ、前に述べました他の四つの条件もくずれてしまうわけであります。もちろん平和的予算でなくてはならないことは、すでにもう憲法、財政法において厳格に規定しておりまして、今さら私がここで強調するまでもなく、もうわかり切ったことなのでございます。そればかりでなく、一昨年ソ連が、ICBM、人工衛星の実験に成功して以来、国際情勢は大きく変化いたしまして、武力を背景とした力の政治によって国の安全を保障することは不可能となっております。戦争はほとんど起り得ない情勢になっていることは申すまでもございません。従いまして、世界的に訪れております設備過剰は、もはや昔のような、戦争に訴えて解決するという段階でなく、平和的手段によって、武力競争ではなく、平和的、経済的な競争によって解決しなければならない段階になっていると思うのです。  そこで、現在審議中の三十四年度予算の性格はどうなっているか。予算の性格は、言うまでもなく各費目のバランスに現われております。そこで、三十四年度予算一兆四千百九十二億円中に占める防衛費と民生安定費とを比較してみますると、防衛費は千五百三十六億円、予算に占める比率は一〇・八%であります。社会保障費は千四百七十七億、その比率は一〇・五%でありまして、金額において五十九億、比率において〇・二%防衛費の方が社会保障費を上回っているのであります。憲法違反の再軍備費が、中小企業や農民の納める三十四年度の申告納税六百四十八億円の約二倍半に達しておりまして、社会保障費よりも多いのであります。しかも失業対策費は二億円減っておるのでありまして、防衛庁費は約百六十億円も膨張しております。そのために、国民年金は、公約の三百億から百十億に減ってしまっております。しかも、この国民年金の実施のために、他の社会保障費が犠牲にされて、圧迫されておるわけであります。生活扶助人員は、二万三千人減らされております。失業吸収人員は二十五万人で、前年度と同じであります。日雇保険の負担率は、四分の一から、三〇%に引き上げられております。日本の国民所得の九倍のお金持ちのアメリカを防衛するために、生活保護基準がアメリカに対して十九分の一の貧乏の日本国民が負担させられておりますこの巨額の防衛費は、安保条約を相互防衛条約に改定することによりまして、一そう増大する傾向にあります。たとえば一機三億四千万円ぐらいもするというスーパー・タイガー、これを三カ年計画で三百機作る。しかも、特に問題になりますのは、F86Fジェット機でございます。この生産は、三百機の生産計画になっておりますが、すでにアメリカから借りまして、使い切れないで、アメリカに返済しなければならない、そのジェット機と同じジェット機を今後まだ百八十機生産することになっております。その予算が編成されております。しかもF86Fは、御承知のようにもう時代おくれでありまして、スーパ一・タイガーでなければならない時代になっているのに、このために国民の血税を多額に使うということなどは、これは私は非常な問題であると思うのであります。このような軍事的性格の強い予算を、この際冷静に世界の情勢を判断して、思い切って平和的予算に組みかえる必要があると思うのであります。これは言うまでもないことなんでありますけどれも、そうなっておらない。いわゆる既定事実が積み上げられて参りますと、憲法違反であるこの防衛費が、次々とふえるのに対して、これは無関心というのですか、無感症、不感症状態になっていることは、私はおそるべきことではないかと思うのです。何回でも繰り返して、この点については、一体、日本の防衛というものは多額の民生安定費を非常に犠牲にしており、しかもそれは日本を防衛するためでなく、アメリカ防衛のためにこんなに多額の税金がつぎ込まれることに対しては、もっともっと保守、革新という立場を越えて、日本の民族の立場に立って、冷静に私は判断していただきたいと思うのであります。  それから第二に、三十四年度予算は平和的性格を持った予算でなければならない。そういう前提に立ちまして、どういう点に重点を置いて編成すべきであるか。私は少くとも第一に、経済の均衡的発展、第二は雇用の安定、第三は国民所得分配の不均衡是正。この三点に重点を置いて編成されるべきであると思うのであります。  第一点の経済の均衡的発展につきましては、現在の生産設備、ひいて生産と消費との著しい不均衡の状態、つまり設備過剰、生産過剰の状態を是正することが緊急の課題であると思います。この三十四年度予算編成に着手した当時と最近とでは、日本のこの経済情勢は著しく変っていると思います。従いまして、この点については十分に御検討を願いたいと思います。すでに自民党の中でも日本経済の現状分析及び見通しについては意見が分れているわけであります。この三十四年度予算の編成の前提となりました三十四年度経済の見通し作業は、非常にあいまいなのでありまして、見通し作業によりますれば、三十四年度は上期横ばい、下期好転、こういう見通しになるのであります。成長率は五・五%になっております。しかし、それが積極財政をとることによって五・五%下期は好転するのか、放っておいても下期は好転するのか。この点については非常にあいまいなんでありまして、その後、経済情勢は変ってきております。著しい設備過剰の現象を呈するに至っております。生産設備の増加は、三十二年度一兆三千七百五十億、三十…年度一兆六千七百四十億、三十四年度の見込みでは一兆四千百三十億、合計三カ年において四兆四千六百二十億の主産設備の増加を来たすことになっております。これに対して国民所得の増加は、三十二年度六千五百五十四億、三十三年度七百十一億、三十四年度の見込みは五千百六十億でありまして、合計三カ年で一兆二千四百二十五億、これを生産設備の増加四兆四千六百二十億に比べますと、実に三兆二千百九十五億もいわゆる設備超過の状態を呈しているわけであります。そのために、あらゆる産業を通じて操業短縮を行い、そのために失業者が出、労働者の稼働時間が少くなりまして、従ってこの実質賃金が減ってきております。また、過剰の状態は単に工業品ばかりではなく、農産物においても過剰現象が起きております。牛乳は生産過剰、農林省の発表によりますと、昨年度の牛乳生産量は七百二十六万石、本年度は八百二十万石にもなるといわれる戦前の二倍以上の牛乳生産、これに対して牛乳消費は、戦前に対して七割程度の牛乳消費にしかすぎない。牛乳、バター、チーズ等の乳製品が、これが過剰で滞貨が多くなる。また蚕糸業においても過剰現象が起きております。葉タバコも、アメリカから余剰農産物協定で、日本が要らないというのに無理に輸入したために、葉タバコの増産計画が中止されておる。こういうような状態で、工業、農業を通じて設備の過剰、生産の過剰の状態が顕著に現われているわけであります。しかも、国際収支は大幅の黒字であります。三十三年度は六億ドルに近い黒字を現わそうとしておる。三十四年度の見通しも、政府は一億六千万ドルの黒字の見通しでありますが、おそらく三億ドル以上の黒字になるであろうと推定されております。外貨保有高は本年三月末で九億五千万ドル前後になろうとしておる。戦後最高の外貨保有高になる。しかもこの過剰現象は、言うまでもなく絶対的過剰ではなく、物が非常に余りながら他方において失業者が出たり、生活困窮者がたくさんおるわけです。私は、住友銀行の常務取締役の降旗英弥という方、この方が金融財政事情という雑誌の一月一日号に、こういうことを述べておられますが、非常に私は考えさせられたのであります。降旗氏はこう述べております。「わが国産業が生産能力の七割弱しか稼動していないという事実は、まさに「豊富の中の貧困」ともいうべき現象であって、経済界も当然その責の一半を負わなければなるまい。また金融界としても、かかる現実が資本の絶対的不足というよりは、むしろ資本の合理的配分の欠如にあることに思いを致し、資金需給調節の衝に当る任務の重大性を改めて痛感すべきであると考える次第である。」こう述べております。豊富の中の貧困であります。これはまさに私は政治の貧困であると思う。設備が余り、物が余って国民が不幸になる、こんな矛盾した話はないと思うのであります。私は、こういう日本経済の情勢のもとにおきまして、三十四年度の予算——一般会計予算あるいは財政投融資を通じて、この豊富の中の貧困を打開する、そういう予算の組み方をすべきではないかと思うのであります。この点については、池田勇人氏が非常に積極財政を主張しております。私は、ある面において賛成であります。まだまだ日本の経済成長率を高くしなければ、雇用の問題がこれは非常に深刻化いたすと思います。私は、五・五%の三十四年度成長率では足りないと思います。しかし、池田勇人氏は自由企業を原則として積極財政を主張しておられますが、自由企業の原則では、インフレーションの危険あるいは国際収支赤字の危険があります。どうしても思惑投資、思惑が起りますから、これはやはり計画的に規制するという前提に立ってならば、池田勇人氏のこの積極財政論には私は賛成である。また五・五%以上の、少くとも七、八%ぐらいの成長率をもたらすぐらいの財政経済政策をとらなければ、私は、雇用問題が深刻化するのではないかと思います。で、私はいわゆる景気の過熱論には賛成しがたいのであります。  第二の雇用の安定の問題につきましては、御承知のように、日本の雇用問題は、いわゆる日本経済の二重構造に基く農村よりの低賃金労働が都市に流入してきておるということ、あるいは生産年令人口の激増、人口の老齢化、女子人口の相対的過剰、生産性向上、あるいは体質改善、合理化に伴う失業者の増大、こういうことからきわめて深刻な状態になっております。これに対して三十四年度予算は、全然と言っていいほど対策が講じられておらないのであります。私は三十四年度予算の一番の盲点は、この雇用対策にあると思います。一番の欠陥はこの雇用対策にあるのではないかと思うのであります。失業対策費は二百九十八億で、十三億ふえております。しかし失業保険費の負担が八十八億で十七億減っておりまして、差し引き失業対策費は約三億円減っておるのであります。で、失業の雇用人員は二十五万人で、前年度と同じであります。ただ稼働日数を一カ月二十一日平均を半日ふやしまして、二十一日半にしております。しかし、実際問題として能率の悪い炭鉱をこれから買い上げることによって、また失業者が出て参ります。また駐留軍の方でも失業者が出る情勢にあります。そういうもとにおいて前年度と同じ二十五万人の失業吸収人員になっておるのですが、これで果して雇用対策が完全であると言えるでありましょうか。ところが、失業対策はこれでつじつまが合うことになっておりますが、私はいろいろ調べてみたのですが、その根拠となるものは、結局この生産年令人口が労働力人口にどれだけになるかという割合、いわゆる労働力率であります。これを非常に低く見ているわけであります。そこで私はつじつまを合せていると思うのです。労働力率は三十四年度は六七・四%になっております。昭和二十九年の不景気のときは六八%であります。労働力率を非常に低く見て、そんなにこの生産年令人口がいわゆる労働力人口、職を求める人口になる率は少いという、そういう数字的根拠に基いて失業対策を組んでおる。しかし、実際問題としては、これでは失業者を救えないのでありまして、どういう状態になるかといえば、失業登録者は多くなり、いわゆる赤番と言いますが、しかし予算措置が十分なされておりませんから、いわゆる適格基準というものを厳格にしまして、そうしてはねていくわけです。失業者が失業するのです。失業者が失業するという状態においてつじつまを合わされていく。これは末端の職業安定所に行ってごらんになれば、この実際はよくわかると思うのであります。また一カ月の就労日数が二十一日半になっておりますが、私は実際問題としてこの予算措置では、そうして二十五万人を吸収するという予算措置では、失業者は救済できないんじゃないかと思う。それであぶれがまた多くなるんじゃないかと思う。二十三日とか二十五日くらい、少くも一週間に一ぺん休む程度の就労日数にしなければならないのに、現在三十四年度の予算措置では、むしろあぶれが出たり、それから適格基準が厳正に適用されまして失業者がまた失業するというような事態が私は起ることが必至ではないかと思うのであります。最近の炭鉱整理に対する失業者の問題とか、あるいは駐留軍の方から出る失業者の問題は、これは措置されておらないのではないかと、こう思うわけです。  第三の、国民所得の分配が特に最近著しく不均衡になっております。そうして所得格差、生活の格差、貧富の差が著しく拡大されていることは、すでに三十三年度の経済白書なり、あるいは経済企画庁から出しております国民生活白書に詳しく指摘されているところであります。こういう実情から、三十四年度の予算は、税制を通じて、あるいは歳出面を通じて、これを是正することに重点が置かなければならないと思うわけです。ところが三十四年度予算は、かえってその不均衡を一そう大きくするような内容になっておるわけであります。国民所得の分配不均衡なことは、たとえば三十二年度に例をとって見ますれば、法人所得の増加は二七%、個人所得の増加は二一%、これに対して個人業所得は六%、勤労所得は一二%の増、いわゆる不労所得の増加は著しく大きくて、これに対して額に汗して働く勤労所得の方が増加率が及ばない。これは、これまで特に昭和二十五年の所得税制改革以後、資本の蓄積を重点とした財政経済政策がとられて参りまして、日本は戦争に負けて生産設備が破壊され、そこで資本の蓄積、資本の蓄積と、これにもう非常な重点を置いて租税特別措置を中心としまして、あるいは金融政策、あるいは財政支出の面、あらゆる面からもう資本蓄積に非常な最重点を置いて参った結果、なるほど資本は非常に急速に蓄積され、設備過剰、生産過剰をもたらすまでに資本は蓄積されましたが、他方において国民所得の分配が非常に不均衡になりまして、低所得層は非常に多くなり、そのために大衆購買力はむしろ減ってきている。また税制改革のたんびに抱き合せとして消費者米価が引き上げられ、鉄道運賃が引き上げられ、今回もまた、今回の減税におきましても七百億の減税が、結局揮発油税の増税等によりまして、結局百三十三億の減税にすぎない。これはもう羊頭を掲げて狗肉を売るということでありまして、しかも、この百三十三億の減税は私鉄運賃の値上げ、バス代の値上げあるいはこれからまた新聞代の値上げ、あるいはNHK料金の引き上げ、電気ガス料金の引き上げ等が予想されるのでありまして、これでは、低額所得層に対する減税効果はほとんどなくなってしまう。昭和三十二年の千億減税のときに、夫婦、子供三人、月収三万円の人の減税は七百十三円でありました。ところが、消費者米価、鉄道運賃が引き上げられ、そのはね返りによってCPIが四%上っております。つまり、家計費は千二百円膨張しているのに、所得税の減税は七百十三円にすぎない、こういう結果に終っております。しかも、重大なことは、所得税を納めることのできないほどの低所得層は全人口の七割を占めるごとになっております。こういう人たちは、所得税の減税が全然ないのに、その抱き合せとして行われる運賃の引き上げとか、諸物価の値上りによる家計費の負担増をまるまるこうむってしまう。これでは、むしろ貧乏人泣かせの減税になってしまうわけです。今回の減税もそういう結果をもたらすことになっております。  また、財政投融資の面を見ましても、五千百九十八億のうち、中小企業向けは五百六十七億、一・七%にすぎません。また、財政投融資の増加額千二百三億のうち、中小企業向けの増加は二十七億であって、二%にすぎない。こういう面から見ましても、財政投融資が非常に大資本に偏しておりまして、これがまた、ひいて国民所得の分配の不均衡をもたらす、こういうことになっております。また、歳出面千七十一億の増加のうち何が一番増加したかと見ますと、これは公共事業費が圧倒的に多いのです。四百六十九倍でありまして、これに対して、社会保障費の増加は二百十九億にすぎない。これを見ましても、いわゆる公共事業費関係——大資本に大きな利潤をもたらすそういう公共事業費関係に重点が置かれ、そうして民生安定の社会保障費の方には重点が置かれてない。こういうことがまた、国民所得の分配を非常に不均衡ならしめるわけです。特に、公共事業費、これが道路港湾費の方へ重点が置かれまして、昭和二十八年は、あれは災害がございましたので公共事業費が非常にふえたのでありますが、災害がなくして、三十四年度予算ほど一挙に公共事業費がこんなに激増するということは、これは私は納得しがたいのであります。もちろん、道路港湾の建設修理は重要でありますけれども、国民は道路港湾だけで生きているわけではないのでありまして、予算の均衡的な配分というものが必要であるのでありますが、公共事業費のみに非常に重点が置かれている。これは、選挙目当ての予算編成である、選挙目当ての性格を持った予算であると称せざるを得ないのであります。  以上、三十四年度予算の性格及びその重点を置かるべき点について、私見を述べさせていただいたわけでありますが、前に述べましたように、岸総理は、福祉国家を築き上げることがわが国民主政治に課せられた使命である、こういうふうに言われておるのでありまするが、その福祉国家を築き上げる裏づけとなるべきこの予算が、実際においては、福祉国家的な性格とはほど遠い予算になっております。私はそれとは反対に軍事的性格が非常に強く、そうして日本経済の安定的成長、あるいは雇用の安定、国民所得の分配の不均衡是正等が無視されていると言わざるを得ない。こういう予算を見まして私はつくづく感じましたが、この予算を通じて見たところの率直な感じとしては、今、日本には遺憾ながら行政あって政治なし、こういう感じをつくづく受けたのであります。もし政治というものか行われているならば、これは良識から考えて、保守とか革新とかそういう立場を一応離れても、健全なる良識の上に立ったならば、口先だけで福祉国家と言うだけでなくて、これにほんとうに裏づけのある予算の組み方をしなければならぬと思う それか行われていないのは結局政治がない、官僚によって作り上げられた予算にすぎない、この予算には血が通っていない、そういうふうに言わざるを得ないのであります。  はなはだ御無礼なことを申し上げたようでありますが、今後の予算審議に当りまして、どうか以上申し述べました点につきまして、深く御検討を賜わりますれば、私ばかりでなく、仕合せを求める日本の多くの国民にとっても非常に喜ばしいことと考えますので、今後の慎重な御審議をお願いいたしたいと思うのであります。(拍手)

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 公述人に対しまして質疑のある方は御発言を願います。

塩見俊二自由民主党

○塩見俊二君 木村先生に一点だけお尋ねを申し上げます。  結論から申し上げますと、先ほどお話がありましたこの防衛費の問題であります。日本の現在の経済力あるいは国際環境のもとにおきまして、大体どの程度の比重を持った防衛費を予算として計上するのが適当であるかということについてお尋ねを申し上げたいと思います。その前に岸総理が福祉国家を建設する、これは全く賛成である、これは私どもも同感であります。従ってまた同時に、今年度の予算が防衛関係で一〇・八%、民生関係で一〇・五%ということで防衛費の方が比重が多い、これはけしからぬ、まあこういうお話であるわけでありまして、私どももできるだけ福祉国家を建設する限りでは、この民生関係の経費を増大しなければならない、これは全く同感であるわけであります。ただ問題は防衛関係の問題につきまして、現在の社会党におきましても、とにかく一応自衛の経費というものは、金額のいかんにかかわらず御承認になっていると思います。おそらく木村先生も完全無防備ということを御主張になってはおられぬと思います。従って問題は現在の国際環境なり、あるいは日本の経済力からいたしまして、どの程度の防衛費を組むのが適当であるか、これは非常に大きな問題だと思います。その点に関してお伺いを申し上げているわけであります。アメリカやイギリスの防衛関係の経費は非常に膨大なものに上っている。これは御承知の通りでありまして、また私は一昨年中共に参りまして、中共の防衛関係の経費につきましても調べて参りました。現に中華人民共和国の財政と税制、私は刊行物に出しておりまして、これは先生にもお送りいたしますので、御検討いただきたいのであります。表面上の中共の防衛費は、今正確に記憶しておりませんが、だんだん減りまして、大体二〇数%になっております。しかしながら、実質的な防衛費関係の比重は、私は、これよりもはるかに上回ると、かように見ておるわけでありまして、その具体的な数字的な根拠は、この冊子に書いてありますので、ごらんいただきたいと思います。またソビエト・ロシアの防衛関係の経費、これは御承知の通りであります。というようなことで、現在この米英並びにソ連関係等の防衛費の比重は相当に大きくなっておりまして、また、御承知の通り、永世中立国のスイスの防衛関係の経費は非常に膨大な経費になっておりまして、私の記憶によりますと、少くとも三〇%以上になっておるというのが現状かと思っております。こういうふうな国際的な情勢その他を考えまして、また、日本はもちろん戦争後経済力はまだ回復しておりませんから、膨大な防衛費の負担に耐えられないということは当然であります。また、先ほどお話のありました通り、日本単独で日本の防衛はできないということも、これまた明白な問題であります。こういうふうなものを総合いたしまして、また、ただいま一〇・八%は非常に膨大過ぎるというお話でありますが、大体日本の現状からいたしまして、どの程度のパーセンテージを防衛費に盛っていいかどうか、その点をお数えいただきたいと思います。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 私も同じ種類の質問でございますから、一緒にお答えいただきたい。  それは、今わが国は、私は重大な関頭に立っていると思うのです。今後のわが国の国防政策、さらに外交政策をどうするかという大きな関頭に立っておる。今塩見君からも指摘したように、米ソの軍事予算は相当大きいです。しかし、これらの国は非常に国家財政力が強大である。こういう強大な国家は、それを背景に究極兵器がすでに作られているわけです。こういう世界の情勢下に、わが国が米ソを模倣するような、それに追従するような国防政策で、わが国は今後財政的にやっていけるかどうか。また、それによってわが国の安全が保てるのかどうか。そういう角度から、わが国の国防政策、外交政策というものは、今のこの岸内閣のような、こういう方針でよろしいのかどうか。それをきめるべき、船はもう相当途中まで船出していますけれども、重大関頭に日本国と日本民族は立っていると思うのです。それに対する御見解を承わりたいと思うのですが、と同時に、われわれ院内におりますと、ややもするとじゅうたんぼけするわけでございますが、先生は、かつては院内におられて議席を持たれ、今は民間におられるけわですから、的確なる御意見を承われると思うのですが、それは、昨日実はこの委員会で、私の質疑に対して伊能防衛庁長官が、今の憲法の解釈上からは、オネストジョンに核弾頭をつけた核兵器は憲法上持てると、こういう答弁をしたわけなのです。ところが、あなたは御記憶あると思いますが、昭和三十年の七月、第二十二特別国会ですが、あなたはそのとき議席を持たれていたわけです。当時は、今はなき鳩山内閣でございます。防衛庁長官は杉原さんであったわけです。参議院本会議場で、オネストジョンの持ち込みについて緊急質問が行われ、ずいぶん本会議は混乱したことは御記憶であると思います。そのときに杉原防衛庁長官は、最初は、オネストジョンは核弾頭はつけられないのだと答弁しておったわけです。それで、追い込まれていって、とうとう杉原防衛庁長官は、オネストジョンは核弾頭をつけられる。しかし、核弾頭つけないから持ち込めるのだ、つけることはできるが、核弾頭を絶対つけないから日本は持ち込める、これで逃げたわけです。ところが、時流れて三甲経過した現在、オネストジョンに核弾頭つけた核兵器が憲法上許されると、同じ保守党の政権下においてそこまで変るということは、一体、かつては議席を持たれたあなた、今は民間にある一国民としてどういう感じを持たれるか、憲法をじゅうりんするもきわまれりと言わなければならぬと思いますが、こういう点も、先生から的確なる国民の声を承わりたいと思いますので、塩見君の質問とあわせて私も質問しますので、一つお教えいただきたいと思います。

木村禧八郎経済評論家

○公述人(木村禧八郎君) ただいまの塩見さん及び矢嶋さんの御質問に対してお答えいたします。  ただいまの御質問には、二つの点が問題になると思います。  その一つは、防衛といいますか、日本の防衛の性格が一つの問題であると思います。日本の防衛は、現実には日米安全保障条約、行政協定、MSA協定という条約、協定をもとにして現状は行われております。それに基いて防衛分担金等も負担し、いわゆる片務協定のもとでの防衛であります。これは一体日本の防衛であるのか、アメリカの防衛であるのか、この点がもっと具体的に検討してみる必要があると思います。かりに、そういうことは予想したくないのでありますが、米ソ戦が起ったときに、今の日本の自衛隊がどういう姿になるか。そうして今でさえ非常に民生安定を犠牲にしているこの防衛費はさらに多くなると思いますが、それによって一体日本を防衛するのに役立つか。日本の防衛ということは、日本に原爆兵器が落ちないということだと思います。落ちないようにするということであります。私は、今後米ソ戦が起ってしまえば、日本はどちらかの基地になる危険があると思うのです。従って、日本の財政力を傾けて防衛してみても、しかも、今の日米安全保障条約、行政協定、さらにはあるいは相互防衛条約みたいなものを結べば、なおさらそうなると思うのでありますけれども、果して日本の安全に、正しい意味での安全に役立つかどうか。私は、日本の安全ということは、結局米ソを戦わせない。戦争が起ったらば、私は、どんなに日本の財力を傾けて武力をもって防ごろといったって防げないのじゃないか。そこまでに近代兵器が非常に進んできてしまっているということです。この点は、もっと考えてみる必要があるのじゃないか。日本の今の国際情勢の中に置かれている防衛の意義、前に、アメリカの議会では、チャーチという女子の議員が、日本に防衛させるときに、再軍備という言葉を使わぬ方がいいだろう。リアーマメントという言葉を使わないで、ディフェンス、防衛という言葉を使えば、日本国民はみずからを守るように思うであろう。こういう質問をしたのに対して、ヤング極東課長は、大へん重要な御意見であるが、デリケートであるという答弁をされているという、私は、アメリカ議会の速記録を読んだ方に話してもらったことがあるのです。これは、前に防衛庁長官をやった方であります。その方から聞いたのでありますから、うわさではないのであります。そういう点から見ても、日本の防衛でないものに対して非常にたくさんの血税を払って、そうして国民が犠牲になって苦しんでいるということは、どう考えても私は納得できない。この点は、真剣にお互いにもう一つ考えてみる必要があるのじゃないかということ。  それから、実際問題として、予算の中で防衛費はどのくらいの比率であるべきか、現実の問題として、私は、少くとも現在の防衛費、三十三年度に計上されている防衛費は、これは計上されてしまっているのですし、これ以上ふやすべきではない、国民所得とか財政の中に占める防衛費の比率、比率論でありますが、これは、私は機械的に比べることはできないと思います。国民所得との問題、国民生活の問題、あるいは日本の置かれている地理的位置、日本は幸いに島国でありますから、陸続きの国とは違うわけです。陸続きの国は非常に防衛費が多い。日本は幸い海が一つの防壁みたいになっている。これは、数千億円の防衛費に当るものと考えてもいいと思うのですが、少くとも現実の問題としては、まだまだ国内では暮しに困っている人が非常にたくさんあるのです。あるいは住宅の問題にしましても、すし詰め学級の問題にしましても、そういう貧困者がまだたくさんあり、雇用者にしましても、臨時工とかあるいは日雇いとか、そういう不完全雇用者が固定沈澱化していまして、そういう状態にあるのでありますから、私は、少くとも、防衛費をふやす余裕があるなら、民主安定費に向けるべきである。しかも、国民年金は三百億といったのを百十億に減らす。しかも、国民年金百十億を支出するために他の生活保護費が犠牲を受けておるというような状態で、防衛費のみがふくらんで、これが百六十億ということは、どうも私は常識から見て不適当ではないかと思うわけです。少くともふやすべきではない、こういうふうに私は考えます。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 オネスト・ジョンと憲法の関係はどうお考えですか。

木村禧八郎経済評論家

○公述人(木村禧八郎君) その点につきましては、矢嶋さんの御指摘の通り、これまで、今のオネスト・ジョンの問題ばかりでなく、もう最初から、そもそも自衛隊そのものが憲法違反の疑いがあることは、ずいぶん論議されてきたのですが、だんだん拡張解釈をしまして、そして戦争さえしなければどんな兵器を持ってもいいのだというように、だんだん拡張解釈されつつある。こういう状態で行ったらば、憲法とかその他の法律は何のためにあるのかということが疑わしくなると思うのです。私はその点、情勢の変化に応じて、これはアメリカの作戦の要求等から出てきて、そうして今の憲法のもとで厳密に解釈したらそういうものは持てないが、実際問題として持つように要請されてくるので、拡張解釈して、つまりカンニングをしておるというように思われる。これが非常に法律とか、そういうものに対する不信任の今を抱かせるのじゃないか。これは、直接今の御質問に対するお答えじゃございませんが、補足さしていただきますと、憲法とか法律が拡張解釈によってゆがめられていくという点については、財政法についてもずいぶん出てきていると思う。特に私は、三十四年度の補正予算につきましては、これはもっと私は御検討願いたいと思うのです。これは全くおかしいと思うのです、財政法がせっかくあるのに。その他の点についても、財政法がだんだんとゆがめられてきているのです。特に今度の三十四年度の本予算が出てすぐ、それがまだ通過しないうちに補正予算が出てくるなんていうことは、これはもう、全く議員の皆さん方を侮辱したものじゃないかと思います。そういう点をあわせて御答弁さしていただきたいと思います。

塩見俊二自由民主党

○塩見俊二君 それでは木村先生、失ほど私が御質問申し上げました防衛関係費の経費としては、当分の間、三十三年度予算の程度をふやさない方がいいという御見解でございますか。

木村禧八郎経済評論家

○公述人(木村禧八郎君) 実際問題として、基本的には、さっきお話しましたように、日本の防衛というものの性格が日本の防衛ではないのだ、もし性格が変りました場合には、私はあらためて考えるべきだと思っております。

塩見俊二自由民主党

○塩見俊二君 当分は、三十三年度の予算の程度で適当だと……。

木村禧八郎経済評論家

○公述人(木村禧八郎君) 実際問題として、今の国会の勢力分野におきましては、これを大幅に削るとか、あるいは全部やめるということも、すぐ今度は自衛隊員たちの雇用の問題もございますし、そう簡単にはいかぬと思うのです。従いまして、今の当面の措置としては、少くともこの予算をふやすベきではない、こういうふうに考えます。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 もう一つだけ、先生は国家予算の分析がよくおできになる方であるし、また、政界の表裏も御存じであるから、次の点をお伺いしたい。  それは、最近岸総理に対していろいろな疑惑がかかっているわけであります。このことは、政治を国民に信頼していただくものにするためにも、世道人心の立場からも、私は、総理みずから疑惑を解くべく最大限の努力をすべきであり、また、総理がそれをやらない場合は、われわれは国政の調査権を発動してもやるべきではないか。もちろん、国会法には、「他人の私生活にわたる言論をしてはならない。」とありますけれども、私の研究では、私生活というものは純然たる私生活であって、政治家の私生活と公生活というものは、なかなかけじめがつかない。財産目録等を要求したごとについていろいろありますが、一体、一国民としてあなた方は、こういう追求を期待するか、ああいうことをやるのはやり過ぎとごらんになられるか。私は、よく御三家の方々が赤坂、新橋あたりをしょっちゅう出入りしているのを非常に不快に思っている。ああいう金はどこから出ているか。岸総理のいろいろ所得を計算しましても、熱海の別荘などを建てる金はどこから出ているかということです。そういうことは明確にする必要がある。実は私は、各閣僚の愛人も調査しているわけです。しかし、これは純然たる私生活に移りますから、ここでは私は触れない。ところが、熱海の別荘とか、ああいう問題は、私は国会法にいう私生活でないと思うからやっているが、きのうも委員長から再三にわたって注意があったので、あの程度でとめているわけですが、あなたは、国家予算の分析もできますし、それから、政界の表裏もおわかりになっており、現在一国民として野におられるわけですが、一体国民はこの問題について国会にどういうことを期待しているか承わって、今後の参考にいたしたいと思いますので、簡単でよろしゅうございますから、お教え願いたいと思います。

木村禧八郎経済評論家

○公述人(木村禧八郎君) 私は、市井にある一国民として、いろいろ奥さん方や町のおじさんなんかに接する機会が多いわけです。そういう人たちの率直な意見は、岸さんが汚職追放とか、あるいは暴力追放とか、貧乏追放、そういうことをたびたび言われている、そういうことを強調されていなければ、そうでもないかもしれませんが、それを非常に強調しておりながら、その身辺にいろいろ疑惑が感ぜられるということは、最近の新聞の世論調査に出ておりますように、非常に信頼を失っております。信用できない。やはりこれは、私が言うまでもなくれ釈迦に説法でありますが、政治家の一番の重要な点は清潔でなければならぬわけです。ですから、当然私どもは、あの財産目録等の問題について、個人に属するようなことですが、これだけ疑惑が深まったら、これは公開すべきだと思うのですね、そうすれば疑惑がとけるわけでありますから。それをみな期待しているようであります。そうでなければ、ますます疑惑が深まるわけで、これが政治の不信につながってくるということは非常に危険じゃないか、単なる岸総理個人だけの問題じゃないのです。日本の今後の政治に対して国民は無関心になり、不信を抱くようになるということになると、これは非常な危険な問題だと思います。そういうことと関連がございますので、何とか、私は前に疑惑の問題を取り上げましたが、ただ暴露本位でやったわけじゃないのでして、政治に対して国民が不信を抱くようになったら、これは大へんなことになると思いますので、やはり民主政治を守る上におきましても、そういう点も徹底的に明らかにしていただきたい、こういうのが一般の市井の人たちの声ではないか、こういうふうに私は思っております。

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) どうも木村さんありがとうございました。   —————————————

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 次に、立教大学教授藤田武夫さんにお願いをいたします。

藤田武夫立教大学教授

○公述人(藤田武夫君) 私がここで公述を仰せつかりました課題は、三十四年度予算と地方財政の関係の問題であります。従いまして、三十四年度予算のうちの地方財政に最も関係の深い費目、それから地方財政計画、そういった問題について、意見を申し述べたいと思います。  今度の三十四年度予算におきまして、その増額の最大のものは、公共事業費であります。今度の予算の総額、全体の実に四二%を、公共事業費の増額四百十一億円というものが占めておるわけであります。その内容は御承知だと思いますが、道路整備事業の二古九十一億円の増、港湾、漁港計画の実施の七十六億円の増と、まあこういったものがおもな内容であります。この公共事業費の激増ということが、地方財政にどういう影響を与え、また計画されている公共事業費が、地方団体との関係で果してうまく今後実施されるかどうか、こういう点に問題をしぼって申し上げたいと思います。まず、地方財政に対する影響でありますが、地方財政計画を見ますると、国の公共事業費の増加に対応いたしまして三百九十二億円の増額を見せております。そのうち、地方団体の純負担の増というのが、二百八億円に上っております。こういった公共事業費の激増によりまして、まあそうでなくても非常に財源の限られております地方財政計画に、非常に大きな影響を与えているのであります。その一番顕著なものを拾ってみますると、国から補助金を受けないで、府県や市町村が単独にやりますいろいろな建設的な事業、これの増加が三十四年度におきましては、前年度に比べてわずかに七十四億円よりふえておりません。  二十三年度は、その前年度に比べて二口二十八億円ふえておったのであります。すなわち、昨年の増加と比べて三分の一以下の増に押えられているわけであります。しかも、その七十四億円の単独事業費の増の内容を見てみますると、そのうち二十四億円というものが、やはりこの公共事業で一番中心になっております道路整備計画、これに伴う単独事業に充てられる、それから文教施設の整備に三十億円充てる、こういうことでありまして、こういうものを差し引いてみますると、地方が橋梁、河川あるいは産業施設、社会施設、そういうことに使いまするための単独事業費というものは、昨年に比べて十四億円減少をすることになっております。また、地方財政計画の中で、道路、橋梁その他の維持補修をいたしまする維持補修費というのがございますが、その金額も、昨年は前年に比べて百六十二億円ふえておったのですが、ことしは全然増加されておりません。昨年同様であります。  一体こういう状態で地方の、そうでなくても最近の地方財政の赤字によって、土木事業、文教施設あるいは産業施設、社会保険施設というふうなものが非常に水準が切り下げられている場合に、果して昨年よりも単独事業を十四億円落し、また維持補修費は少しもふえていない、こういう状態で、地方の事業がうまくやっていけるものであるかどうか、これは非常に大きな問題であろうと思うのであります。私、地方の府県や市町村の財政の実態調査によく出かけるのですが、昨年ある県へ参りましたときに、土木関係の職員からこういう話を聞いたことがあるのですが、その県もかなり財源に乏しい県でありますが、国からいろいろな形で補助金の来る、特に道路整備五ヵ年計画にのっているような道路に、土木喪の大半が注ぎ込まれている。従って、同じ県内でも、非常にへんぴなところで、その地方の農村の住民が必死になって要求しているような小さな道路というものに金を回すことが全くできない。こういう場合に、一体、府県の職員というものは住民全体の福祉を考えなければならないと言われておっても、どうすればいいのだろうか、こういうことを聞いたのであります。こういう状態が、今後この公共事業費あるいは道路整備五ヵ年計画というふうなものが実施される場合には、ますますひどくなるのではないか。地方団体が独自にその地方の住民の要求にこたえて仕事をやろうという場合に、一体どうすればいいのか、このことを十分一つ慎重に御審議願いたいと思うわけであります。  さらに、いろいろ計画されておりますたとえば道路整備五ヵ年計画というふうなものが、果して地方財政との関係において、今後五ヵ年間にわたって実施されるものであるかどうかという問題であります。道路整備五ヵ年計画につきましての建設省の道路局の一価書を見てみますると、御承知のように、今の内閣の道路整備五ヵ年計画は、一兆円という非常に巨額のものを予定されております。ところが、その中には、補助事業と地方からいいますると単独事業とあるわけですが、国から補助金をもらってやるこの道路幅備五ヵ年計画の事業の中で、補助金といっても一〇〇%くれるわけではないわけでして、その補助事業に伴う地方負担というものが一千四百七十四億円、五ヵ年の間に予定されております。それからこの五ヵ年計画を実施するためには、地方の単独事業として一千九百億円というものがやはり見積もられております。合せて三千三百七十四億円、これだけのものを地方が負担しなければ、道路整備五ヵ年計画というものは予定通り進まないということなのであります。で、まあ単独事業だけをとってみましても、先ほど申しましたように非常に圧縮されており、こういう状態において三年間に約三千四百億円、これを一カ年に直しますると六百八十億ばかりになるわけでありますが、果してそういうものを負担するだけの財源が地方団体に与えられるのかどうか、これには非常に大きな疑問を持つわけであります。そうなりますると、計画はなかなかりっぱなものができても、よく計画が地についておらないということを申しまするが、地につく前に一体その計画を実施する手足になるべき足がしっかり与えられているのかどうかということを私は疑うわけであります。従ってまあこういう道路整備五ヵ年計画というものもけっこうかと思いますが、まあ先ほど木村さんから選挙対策のにおいがあるというふうなこともあったわけですが、それはとにかくといたしまして、果してその一兆円にも上る道路整備五ヵ年計画というものが、先ほど申しました地方のいろんな行政、事業にどういう影響を与えるのかと、それを一体そういう圧迫を回避しながらどうすればいいかということを、もっと真剣に地方の実情に立って審議していただきたい。場合によってはこんなに五ヵ年間に一兆円の計画をやる必要があるのかどうか、急いでやる必要があるのかどうかということも十分検討を願わなければならないし、またやるといたしましても、果して国の負担部分が現在の通りでいいのかどうかと、まあ今度三十一年から行われております公共事業に関する補助特例を道路については三十七年まで延ばすようですが、それだけの補助率でいいのか、あるいは国の直轄事業の部分をもっとふやさなければならないのではないか、というふうな問題につきまして、この事業自体を進めるについても、また先ほど申しましたように地方財政の状態を考えるについても、この点十分慎重に御審議を願いたいと思います。  それから第二の問題といたしまして、まあ予算に計上されておりまする民生関係の諸経費、これが地方財政に一番関係深いわけであります。まあ、そのうちで一番問題になっております文教関係の経費であります。まあ早くから問題にされておりまして、すし詰め教室の解消ということで、文教施設費が今年度七十七億円計上されております。昨年に比べて十九億ばかりふえております。聞きまするところによると、文部省でこのすし詰め教室解消の計画として五ヵ年計画を立てて、初年度に百二十億円を要求したところが、七十七億円しか計上されなかったということのようでありますが、このすし詰め教室の解消の一番中心の問題は、不正常授業解消の予算でありますが、これはわずかに十八億円であります。昨年に比較して一億五千万円ばかりふえておりますが、現在全国で五十人以上のそういう基準以上のすし詰め教室が十四万学級あるというふうなことがいわれております。この十四万学級を一挙に解消するわけでもないでしょうが、解消に対して十八億円ということで、果してどこまでそれが解消されるのであろうかということに疑問を持つわけであります。そうして地方財政計画を見ますると、地方の単独事業といたしまして、文教施設の経費が三十億円、先ほどもちょっと触れましたが、ふえることになっております。すなわち国の方の負担を、割合いろんな関係で計上されなかったのでしょうが、そのしわ寄せが地方の三十億円ということに影響をしているように思われるのであります。そうしてその三十億円について、地方の財源で十分まかなうことができないであろうということが見通されたのであろうと思うのですが、義務教育施設についての二十五億円の地方債の増が見込まれております。こういう点、文教施設ですし詰め教室の解消ということが、かなり地方の財政に対して、借金をしてもそれをやっていかなければならない、もちろん、中央にも重大な関係はあるわけですが、非常に苦しい地方財政の上に、かなりの圧迫を加えているのではないかというふうに思うわけであります。  次に、社会保障関係の経費でありますが、これは先ほど木村さんもお話しになりましたので、ごく簡単に触れておきたいと思いますが、生活保護の人員は昨年に比較いたしまして二万三千人減少ということになっております。三十三年度は前年度に比べて五万二千人増加を見ておったわけであります。私地方へ行って、民生委員の人たちに会うこともよくあるのですが、よく民生委員の人たちの話しでは、実際に保護を要する人は、現在保護し、救済されている人の数倍に上るのではないかというふうなことを聞くわけでありますが、こういうふうに経済の好転ということが理由にされおりますが、二万三千人減らしていいのかどうか。また、保護の単価は今回二・五%ふえておりますが、これは厚生省では七%を要求したということも聞いております。現在生活保護基準というのは、厚生白書によりましても、全国の勤労者の平均家計の約四〇%、あるいはそれを下回わるのじゃないかということを言っております。従ってそういう点から見て、わずか二・五%の引き上げということは非常にわずかなものであって、この点十分御審議を願いたいと思います。  それから失業対策も先ほどお話しがありましたが、失業対策費が約二億円減少しております。まあ今日七十万、あるいはそれ以上といわれております完全失業者に対して、昨年と同じ二十五万人という失業人員で、果して十分であるかどうかという問題が残ると思います。  また、住宅対策につきましては、約十億円増額されておりますが、公営住宅については、昨年の四万七千戸から、四万九千戸に、約二千戸ふえております。しかしその内容を見ますると、木造八坪の第二種住宅というのが大部分でありまして、きわめて零細な住宅であります。現在住宅の不足数は二百万戸をこえるだろうということがいわれているわけでありますが、この点も十分御審議を願いたいと思います。  まあ総じて民生関係の行政費は、その他の経費と比べましてあまり十分な手当が行われておらない。そのためにそれが地方団体の方にかなり強くしわ寄せがされるのではないか。しかも、地方財政が、先ほど申しましたように、非常に公共事業等によって圧迫されることになりますと、結局は民生行政が実質的に内容が低下するという状態に追い込まれるのではないかというふうに思うわけであります。  第三点といたしまして、地方財政計画の問題に移りたいと思いますが、先ほど公共事業費等で歳出の問題に触れましたので、主として歳入の面について申し上げてみたいと思います。  歳出の方は、先ほど申し上げましたように、公共事業費の非常な大幅な増加、それによって地方の単独事業が非常に圧迫をされる。また、従来地方団体はもうこの数年間かなり経費の節約を、これは実際上私が地方へ行って見ましても、かなり節約をしているように思われます。なお、それにもかかわらず、旅費、物件費において来年度三十八億円の減を見ているような状態で、かなり経費の方は無理があるように思います。  それでは、歳入の方はどうかと申しますると、歳入で地方税が三百四億円の増収を見込まれているわけであります。御承知のように、地方税は事業税、固定資産税を中心に百一億円の減税が行われたのであります。その減税による減収も見込んで三百四億円の増収を見込んでおります。その増収の内容を見てみますると、道府県では、所得課税をいたしまする住民税、それから不動産取得税、遊興飲食税。市町村では、住民税、固定資産税は百九億円も増収を見ておりますが、電気ガス税、たばこ消費税。そういうものによって三百四億円の増を見ております。  ところで、地方税に対する経済界の景気の変動の影響は、御承知のように、大体において一年おくれるわけであります。三十三年の不況というものは三十四年度に現われてくるわけでありまして、経済企画庁の分配国民所得の推計によりましても、三十三年の国民所得というのは三十二年に比べてごくわずかしかふえていないような状態であります。さらに、農林水産業所得などは、三十四年度には三十三年度よりも減少をしております。一兆三千二百億円から一兆三千億に減少を見積られている。こういう状態のもとにおいて、果して百億減税分を含めて三百四億円の増収が実現されるかどうか、この点に非常に疑問を持つわけであります。また、場合によっては、一部の商工業の盛んな府県には、たとえそういう増収が現われることがあるといたしましても、先ほど申しましたような、非常な貧乏府県と申しまするか、今度の手業税の影響が農村県においては個、人事業税を半減するというふうな影響が見られるのです。たとえば、群馬県では五六%でしたか、長野県は五二%というふうに、ほかにもたくさんありますが、半分以上減収になる。そういう府県においても、果して増収が期待されるのかどうか。私は、この見積りには相当な疑問を持つわけであります。  もし、地方財政が経費の方のいろいろな事情によってこうい税収をあげるということになりますると、場合によっては、固定資産の過大な評価が行われたり、あるいは事業所得の見積りを水増しする。これは、私が地方に行ってそういうことを税務吏員からちょっと聞いたこともありますが、これはその県だけのことでもないと思いますが、そういうことが行われる。そうなりますると、せっかくの減税の効果が削減されるというおそれもあるのであります。また、現在二百五十億円をこえるような税外負担がありますが、この税外負担がさらに増加するという危険も十分認められるわけであります。  こういうふうに、本年度の地方財政計画は、国の公共事業費その他の予算との関係を考えまして、歳出の面においてかなり無理をして抑制されている。しかも、歳入の面には過大な見積りが行われているではないか。その結果は、地方財政が、まあ最近新聞等ではかなり好転したように——実質的に好転したかどうかは問題だと思いますが、いわれておりますが、再び地方団体が赤字に追い込まれるのではないか。地方財政計画は一兆三千三百四十一億円ということでありますが、これは何ですが、一兆サミシイ予算であるとだれかが言ったのですが、かなり地方財政はさみしい予算のように思われるわけであります。で、地方選挙も間近に迫っておって、保守、革新を問わず、地方選挙には議員を通じて今後地方団体が活発にいろいろな活動をするようなことを住民に公約されると思いますが、果して地方財政のこういう状態のもとにおいて、そういう公約が実現されるかどうか。こういう問題については、実質的な選挙対策でも十分御考慮をお願いしたいと思うのであります。  第四番目に、国の財政投融資計画と地方債の問題に触れたいと思います。昭和三十四年度の財政投融資は、御承知のように、五千百九十八億円、昨年に比べて千二百三億円という異常な激増ぶりを示しております。その激増の内容は、輸出入銀行に対する二百八十億円、開発銀行に対する百二十五億円、電源開発に対する五十六億円、またその他いろいろあるわけでありますが、民間資金への資金供給は昨年に比べて約八百億円増加するようであります。ところが、住民のための公共事業を行う地方団体に対しては、地方債のワクは昨年に比べてわずか百億円より増加していないのであります。しかも、その百億円が全部公募債で増加をしている。政府資金というものは、昨年と同様に、八百五十億円しか回されていない、こういうことであります。地方債の公募というのは、従来からも地方団体の財政の急迫でなかなか困難な事情にあるのですが、果して一挙に百億円の公募債のワクを広めてうまく消化されるかどうか。政府資金を民間に八百億円回した関係からいっても、もっと回す必要があるのではないか、こういうふうに思うわけであります。  しかも、この百億円の増加の内容を見ますると、先ほど申しましたように、義務教育施設に二十五億円、それから災害復旧に二十五億円、下水道に二十六億円、港湾整備に十一億というふうな状態で、結局、その他の一般の単独事業の地方債の増はわずかに四億円見積られているにすぎないのであります。先ほど申しましたように、単独事業は非常に押えられておりますが、それをまかなう借金の面でもわずかに四億円しか増が認められていない、こういう状態なのであります。もちろん、赤字を補てんするために地方団体が借金をするというふうなことは非常にアブノーマルでありますが、地方の事業のうちには住宅とか、公営企業とか、学校とか、屎尿処理とか、いろいろな公債に適する事業もあるわけでありまして、どうか地方団体の実情を御賢察になって、昨年に比べて一千二百億円以上の増額を示した財政投融資というものについて、地方債との関係を御審議を願いたいと思います。  この財政投融資の原資というものを見ますると、それの五六%というものは大蔵省の資金運用部の資金から来ているわけであります。この資金運用部の資金というのは、申し上げるまでもなく、主として郵便貯金の金でありまして、これは地方の主として零細資金が集まっている金であります。戦前にはこういう地方資金の地方還元というようなことが唱えられ、また実現されたんでありますが、こういう点もよく考え合していただいて、その原資の関係からいっても、地方債の問題を真剣に考える必要があるように思うのであります。  最後に、第五点といたしまして、これは昨年、私、衆議院でも申したことなんですが、国の方で、御承知のように、二、三年前から租税特別措置の整理を始めておられます。まだ十分行われたとはいえないでしょうが、部分的に進められております。ところが、地方税の方においても主として固定資産税において、大体特別措置の、国の特別措置と同じような理由でもって、企業合理化促進法による機械設備とかその他について、かなりの減税措置が行われております。二分の一あるいは三分の二というふうな減税が行われているのですが、これは、今日地方の独立税源が非常に乏しく、また他の中小企業等の負担等を考えた場合に、固定資産税その他の地方税の減免措置の整理ということを取り上げるべき段階であろうというふうに思うわけであります。  以上、国の公共事業費、それから民生関係費、それから地方財政計画、財政投融資と地方債の問題、さらに地方税における減免税措置の整理、この五点についてお話を申し上げましたので、御参考になればけっこうだと思いますが、  最後に、一言ちょっとつけ加えてお願いしておきたいことは、私、自分のことを言って恐縮ですが、毎年衆議院あるいは参議院から公述人招かれまして、学年末非常に忙しいときなんですが、昨日も衆議院の方へ参ったのですが、私たちのこの学者と申しますか、研究をしております者の仲間の間で、どうも公聴会で呼ばれて行っても、第一、出席者が非常に少いし、また、公述をしても、それが審議の上で十分に反映されていないような場合もある、だから、あまり熱意が持てない、あまり君もそうしばしば行く必要もないのじゃないかというようなことを言われるのですが、私は、これはまあ国会に対する国民の義務として調べてきているわけですが、そういう点もどうか含めて、今後、これは参議院だけの問題じゃないのですが、十分に一つ御審議を願えれば望ましいと思います。(拍手)

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 公述人に対しまして質疑のあるお方は、御発言を願います。

田村文吉緑風会

○田村文吉君 ちょっと、住民税の問題につきましてお伺いしたいのでありますが、それは、今のところオプション・ワン、オプション・ツーというような差別によりまして、日本の国内における住民税の比率が非常に違うのですね。しかも、それがいんしんの土地では安くて、いわゆる都会地では割合に安くて、地方の寒村僻地というようなところが割合に高い、こういうような非常なアンバランスがあるのであります。この問題はほうっておきますと、永久にその問題のままに過ぎ去ってしまわなければならないと思うのでありまして、その結果は、だんだん人口が都会に集中することの一つの弊害の原因にもなっている、こういうふうに考えておりますのですが、これは御調査にむろんおなりになったこともあると思うのでありますが、先生はこの問題についてはどういうふうにお考えになっていらっしゃるか。

藤田武夫立教大学教授

○公述人(藤田武夫君) お答えいたします。住民税の所得割の問題だと思いますが、今おっしゃった通り、第一方式から第三方式までありまして、それを通じて大都会の住民の負担を軽く、農村、地方では重くなっている。これは全くお話の通りでありまして、私が地方へ行きましても、その不満を絶えず聞くわけであります。  御承知のように、第一方式は所得税に対する何%ということでとっているわけでありまして、まず第一に、所得税を課税されない人は、均等割だけで、所得割が大都会ではかからない。ところが、農村では、課税所得額をとりまして、そのうちから基礎控除、いろいろな控除をいたしまして、それに課税する。従って、所得税を納めていなくても、まあかかるわけで、これは農村へ行って調べますると、一つの農村で、所得税を納めている人よりも、住民税を所得割で納めている人の方がはるかに多い。場合によっては、二倍も三倍もあるわけであります。そこで、非常に不均衡があるわけでありますが、そういうことを避けるために、御承知だと思いますが、二、三年前から第二方式、第三方式にも基準税率というものを作りまして、五万円以下は、今ちょっと忘れましたが、何%、五万円から十万円までは幾ら、十万円から二十万円になっておりましたか、ずっと十段階ぐらい作りまして、それによってつまりこの第一方式とのバランスをとるように、税法上は改めたわけであります。従って、税法上は、それがその通りに行われれば、それでも今申しましたような問題は残りますが、かなり緩和されるだろうということなんです。  ところが、実際地方へ参りますると、まあ地方の町村役場が多いのですが、小さな都市などで聞きますことは、その基準税率の通りにとっていると、とてもこの町村や町の経費はまかない切れない。だから、その基準税率——これはその通り守る必要はないわけなんですが、その基準税率の通りにやれないので、もっと重い税金をとっているのだ、またとらなければどうしても赤字になる、これをどうしてくれるのだということを質問されるのですが、これはもう地方財政全体の問題にかかるわけでありまして、やはり市町村に対して国の方で、国会を通して、こういう基準税率でとれば負担のバランスができるのだという制度を立てられた以上は、その制度を守れるような地方団体の財政に持っていってもらわないと、制度が死んでしまうということだと思います。そういう意味で、ただ税法だけをなぶっても、なかなか問題は解決されないので、やはり市町村の税収入全体とか交付税の問題もありましょうし、いろんな問題とあわせて、その税法通りに実施し得るような状態に持っていくようにすべきではないか、こういうふうに考えます。

田村文吉緑風会

○田村文吉君 もう一つ、なおその問題について伺いたいのでありますが、今おっしゃったようなその是正、修正がされておりましても、税制自体にやはり無理がある。そこで私の考えますことは、全国がすべて同じ方式によって課税されるということにまずなることが先決問題じゃないか。ところが、そういうことをしようとすれば、とうてい今日の地方財政の状況ではこれはできない。できないからといって国内のそういうアンバランスをいつまでも許しておくということになりますることは、ますますいわゆる人口集中というようなことを起して非常に困ることになるんだ、こういうふうに考えますので、どうしてもこれは同じ一つのオプション・ワンなりオプション・ツーなり、どちらかに一つ全国を一定して、その不足に対しては財政交付金等でする方法を根本的に考えなきゃならぬ、その時期が来ているのじゃなかろうか、こんなふうに考えますのですが、そこまで考えることはどんなものでしょうか。

藤田武夫立教大学教授

○公述人(藤田武夫君) まあ一番すっきりした形は、おそらく第一方式で所得税の何%というふうに取れば所得税の方は割合に、何といいますか、累進税率で負担の公平を得るようにできているわけですから、一番公平だと思います。しかし、それでやっていきますると、先ほど申しましたように小さい農村などでは、所得税の基礎控除が引き上げられたり、いろいろな関係で所得税を納めているという人は非常に少くなるので、そうなるとその人たちだけが住民税を負担する、あとの人は負担しないというふうな極端な場合も出ると思いますがね。住民税というのは、これは問題もありますが、なるたけそこの住民をその地方自治体の仕事に対して貢献さして地方自治観念を持たせる、税金を負担しなきゃ自治観念ができないかどうか問題だと思いますが、まあとにかく応能的な分担をするということが住民税の最初からの趣旨なんですが、そういうことから考えますると、ちょっと第一方式に統一するということも無理だと思いますが、そうかといって今きめられております第二、第三の基準税率を必ず守らすということになりますと、実はこの住民税の課税というのは、できるだけそこに各地方団体の自主性を認めて、そして所得の査定も、国の方が所得の査定が間違っていると思う場合は、その市町村独自で査定ができるということまでやっているのですが、そういう点で地方自治とそこでまあ食い違ってくるという問題が起ると思います。これはおっしゃる通りにきちっとやれば一番いいんでしょうが、これはやはり地方財政全体の問題にひっかかってくるので、もしそういうことをやってしまうと、町村の財政が非常に苦しくなる、それをどうするか、それを合せて考えてやらないことには、結局、必要な収入は取り上げられて、入ってくるものは何もないというふうなことになるので、これは総合的にやはり考えていただいた上で、しかも、そこで地方自治も認めながら適当な方法を講ずるということに、なかなかむずかしいと思いますが、していただいた方がいいと思います。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 一つだけ伺います。さすが地方財政の権威者だけあって、適確に御教授いただいてありがとうございました。先ほど、皆様方学者の間で、国会に参考人あるいは証人としておいでになっても出席が少くて云々という点はほんとうに恐縮いたします。ただ釈明いたします点は、各委員会がありまして欠けておりますが、議員諸君は、人によりますが、大ていの人は速記録は皆さんよく読むわけです。で、速記録をずっと、これは速記録はすぐ出ますものですから、人数は少くても速記録を読む議員は多いということは慰めとして一つお聞きおきいただきたい。それから、きのうもちょっと出たのですけれどもね、グラマンの天川勇君のごときは一回の講演料は最低五千円、それ以上いただいているのですが、あなた方は一切がっさい千三百円しか出ないわけで、非常にその点恐縮するわけでございますが、私たち非常にありがたく感謝しているという点だけはお含みおきいただきたいと思うわけでございます。で、先生の「経済往来」の二月号にお書きになっている論文も実は拝見したわけですが、きょうお話を承わって一つ伺いたい点は、このたび公立文教施設整備の五ヵ年計画にとにかく踏み切ったということは私は非常にいいことだ、進歩だと、この点、それから公共事業費が非常に多くなったという点から地方財政の持ち出しというのは多くなってくる、そこにしわ寄せというものが当然起ってきて、果して消化できるかどうかということが問題で、地方自治団体の格差というものはいよいよ大きくなりはせんかということが心配されるわけです。そこで伺いたい点は財政調整の問題ですが、これが各自治団体の財政調整がうまくいくかどうか、その点と、それから財政調整をやった場合に、地方財政に対するやはり国の管理統制というものが強化されてしまって、地方自治体の地方財政権というものが脅かされてきて、その面から地方自治というものがこわされていきやしないか。その点と一緒に今度行政機構改革の一環として地方行政審議会の答申に基いて政府は自治省の設置法案を国会に出すというわけです。御承知のごとく行政審議会の答申は、今の自治庁と、それから経済企画庁の一部、それから建設省の一部、さらに総理府の一部、それに国家消防本部、北海道開発庁、それらを統合して中央行政機構としての自治省を設けて地方自治団体に臨もう、こういう答申ですけどれも、今、政府の考えているところは、その一部を落す考えのようでありますが、これらの行政機構の改革とあわせ考えるときに、地方自治体の行政水準の格差とそれを調整しようと思っていると、そこに憲法で非常に多くうたわれている地方自治というものが侵されて中央集権的な行政が行われるようになるのではないか、こういう懸念があるわけですが、先生に伺いたい点は、財政調整の件、それから地方財政の自治権の確保、それからその伝えられる地方行政機構の改革ですね、それらを専門家でございますからお教えいただきたいと思うわけです。

藤田武夫立教大学教授

○公述人(藤田武夫君) まず財政調整の問題ですが、これは「経済往来」にある程度詳しく書いたのですが、今度の地方税の減税問題をめぐって大蔵省その他からかなり大規模といいますか、かなりの財政調整案が出たようですが、おっしゃる通りに交付税がむやみにふえるということは、地方自治を抑制する危険が伴うということは言えると思います。最近の国の政策を見ますると、二、三年前からですが、地方税をいろいろな形で減税をする、今度の事業税の減税自体は、私はけっこうだと思うのですが、そのほか大蔵省の前のあれでは、法人事業税あるいは法人税割を低めて、つまりそれだけ地方の独立財源を少くして、そしてそれを交付税の財源の方に、つまり国の法人税を引き上げて回していく、こういう案も出ているわけです。しかし、その一方で地方の独立税を少くして、それだけの減収がたとえば二百億あるといたしますと、その二百億を交付税の方で計上して数字の上でとんとんになる、それでいいのじゃないか、こういう議論も多いのですが、これは全く地方自治を考えない単に計数の上の細工と申しますか、そういうことなんで、地方としては、同じ二百億であっても、国の交付税として国からもらう金と、自分で独立税として住民のいろいろな諸事情を考えて課税する税金とでは全く意味が違うのです。また交付税というものは、元来そういうものではないので、御承知だと思いますが、シャゥプ勧告で作られましたときは、地方の独立税を三割以上ふやしております。それと同時に、交付税を、その当時の平衡交付金を大幅にふやしておる。つまり交付税というのは、地方に必要な独立財源を与えて、それでも経済力の差によって貧富団体間の差がはなはだしいときに、そのアンバランスを埋めるというのが交付税の本来の役割です。地方の独立税を取り上げて、それを数字の上で埋めるために交付税を使うというのは、交付税の本来の役割からいうと非常に乱用されていると思うのですが、そういう意味で、今、矢嶋さんの御質問に答えますると、たとえば事業税を減税した場合には、まず第一に、なるたけ貧富団体間の差のできない、たとえばたばこ消費税というような独立税をふやして埋める、それでもアンバランスができてやむを得ない場合は、交付税をふやす、こういうことでなければ、どうしても交付税の比重があまりに大きくなるということは、中央の官僚統制を伴いやすい、現在の交付税法の中にもいろいろな、たとえば中央の行政官庁から地方団体に対して、法令等に基く行政を十分やらない場合には、減額または返還を要求し得る、それを請求し得るというような規定も入っているのですが、いろいろな意味で中央の統制が加わるおそれがあるので、減税問題の場合に、その減収をただ数字の上で交付税で埋め合わすということについては、国会の方でも一つ十分、地方自治とのかね合いで慎重に御審議いただきたい。  それから第二の自治省設置の問題でありますが、これはだいぶ前からそういう問題がいういろいろくすぶっておって、だいぶ具体化してきたわけであります。地方団体といたしましては、県にしても、市町村にしても、総理府の内局のような一つのものだけでなくて、もっと強力に地方の利害を中央に反映さすような強力な一つの機関、まあ省と呼んでいるのでしょうが、そういうものを作りたいという要求はだいぶあるわけであります。しかし、ここで重要な問題は、自治省というものが一体どういう構成、組織を持つかという問題であります。地方自治を建前にし、県や市町村のその要求を反映させるような自治省を作るということになれば、その組織の上においても十分それが反映し得るような組織を考えなければならないので、私の考えで申しますれば、前に地方財政委員会というのがありましたが、今度は財政だけでなくて、もっと大きな地方自治委員会といいますか、そういうものを作って、そこに都道府県の代表者あるいは市の代表者、町村の代表者、そういう者を入れて、むしろそういう人が主体になって、そこへ中央から任命された人が一、二加わる、こういう構成に当然すべきではないか。もしそうでなしに、ただ中央の官僚といいますか、そういう人によって中央の各省、今の各省と同じような組織で作る、中央の各省というのは、国の行政を分担してやるのですから、それはそれでいいでしょうが、地方行政、財政の問題は、何といっても、主体は五千以上の地方団体があるわけで、その主体の要求を反映するというものでなければならないので、もしそうでないと、これは戦前の内務省に逆戻りする危険もないとは言えないので、その点自治省設置の問題については、真に地方団体の要求を反映するような、地方自治に立脚して、憲法の趣旨に沿ったものを作るということを十分に考慮していただきたい。

塩見俊二自由民主党

○塩見俊二君 明年度の地方財政収入の見積り、あるいは地方税の減税問題、その他についても伺いたいと思いましたが、時間がありませんから、一点だけお教えいただきたい。今日の地方団体の一番大きな問題は、何といいましても四千の地方団体がそれぞれ持つ経済力が、またあるいは財政力といいますかが非常に違っておる。非常に貧富の差が激しくなっておるということが非常に大きな中心の一つの問題だと思うわけであります。特に最近におきましては、さらにこういう趨勢が経済力の都市集中ということに対応いたしまして、非常にまた傾向が顕著になって参っておるわけであります。従いまして、こういったような各地方団体がバランスのとれた行政をやっていく、これは非常にむずかしい問題が多いわけであります。少し具体的に申し上げますとたとえば国の現在の全粗税収入あるいは専売益金まで全部含めましても、これを全額国が取ることをやめまして各地方団体に分配をいたしましても、地方財政自治ができないところが、四十数県のうち、まず四十県が財政自治ができないという現況かと思うのであります。で、現在そういうことのバランスをとるために交付税制度その他補助金といろいろ細工をしておるようですが、この細工ではなかなか追っつけないということが、現在の地方財政の悩みの一番大きな要点ではないかと私は思います。従いまして、この根本的な問題としては、こういったような経済力あるいは財政力のバランスの非常に違う、力の違う各地方団体に、貧乏人は貧乏人のように暮せといえばそれはそれまでだが、しかし、現在やはり福祉国家を唱えられている限りは、日本の全国民が平等に国の恩恵を受けなければならない、私はこの原則は動かせないと思います。また行政もある程度の行政画一主義をとっておるわけでありまして、従いまして、国全体の経済力、財政力、これをいかに各地方団体に公平に分配するかということが非常に大きな問題だと私は思うわけでありまして、いわば行政の自治が非常に大切であります。いわゆる財政の自治、いわゆる独立税をもってすべてをまかなうという財政の自治は、ほとんどこれは言うことはできても実際は実行できない。やはり国全体の財政力をいかに公平に各地方団体に按配をして配分するかということが、私は今後の地方財政運営の一番根本問題ではないかと思うわけであります。こういうふうな観点に立ちまして、ここで一番重大な問題は、一つは、現在の行政区域はこれでいいかどうか。あるいはまた、現在の財政全体としまして税金ももちろん含めまして、この経費の負担区分といったような、こういう問題に大きな欠陥はありはしないかということ、こういった問題を真剣に検討すべき段階に達しておるかと思うのであります。そういった観点から私はお伺いしたいと思いますが、現在の地方団体、こういうふうな貧富の差が激しい地方団体のこの行政区域のままでいいのかどうかというのが一点。さらにもう一点は、収入の点はもちろん、その他経費の面につきましても、もう少し負担区分というものを別の角度から再検討すべき時期に来ておるのじゃないかというようなことが考えられますので、この二点につきまして御意見を伺いたい。

藤田武夫立教大学教授

○公述人(藤田武夫君) 最初は、行政区域の問題だと思うのでありますが、行政区域については、直接は道府県制の政革ということが地方制度調査会あたりで取り上げられているわけですが、この問題を考えるにつきましては、まず、前提になる問題があるのじゃないか。それは市町村と道府県というものが、一体行政活動のうちでどういう活動を将来すればいいのか、現在は市町村のやっている行政と県のやっている行政でオーバーラップして、重複しておるようなものも相当あるのですが、私はそういう構想を持っているのですが、その場合に、かりに民生関係の行政は、特殊な大規模なものは別として、市町村に大体担当させる。それから府県の方は、たとえば総合開発とか、治山治水とか、大規模な河川、港湾とかいった事業、施設を、まあ経済と産業に関係が深いのでありますが、そういう仕事を分担するのだ、これはほかの考え方もあると思いますが、とにかく府県と市町村の行政機能というものをどういうふうに分けるかということを、これをまず考えないと、仕事がきまってこなければ区域をどうするかということがきまらないのじゃないか。仕事だけできめるわけにもいかないので、そういうのは、自治意識とか、いろんな問題が入ると思いますが、たとえば府県が総合開発とかいろんなことをやるとすれば、今の府県よりも広い方がいいということも出てくると思うのですが、つまりどういう仕事を府県と市町村が分担するのが、将来の長い見通しの上に立っていいのかということをまず考えるべきだと思うのです。その上で、その行政区域の問題に触れて、そして府県はどの程度統合するとか、そういう問題が出てくるように思います。その仕事の問題と、もう一つ重要な問題は、これはただ中央の政策あるいは国の立場からだけ行政区域の問題を考えないで、地方の住民の要求、地方自治というものを十分考えなくちゃならない。日本の——こういうことを申し上げるのはなんですが、日本の民主政治が地についた発達をしなかった理由の一つは、やはり民主的な地方自活が十分発達しなかった、むしろ政府の手足にだけなって働いておったというようなところに大きな原因があると思いますが、そういうような意味からいいましても、やはり今言ったような行政の機能を府県や市町村が分担いたしましても、それを実施する場合に、やはり地方の住民の自治意識に基いて、ただ中央の利害だけでなしに、地方の住民なり企業の利害なりというものが、中小企業の利害が、十分反映されるような、そういう面を考えて、それと仕事とをあわせて、行政区域を検討すべきだと、そういうように考えます。非常に抽象的な言い方ですが、とにかく府県の問題については、私としては今すぐに地方制度調査会あたりで答申されたような地方制というものには反対でありまして、そうではなくて、もっと市町村、府県の仕事というものをよく考えて、また、そこに地方の住民の要求がどこまでうまく反映されるか、ただ中央集権的な国家になってしまいはしないか。こういうことを十分よく考えた上で、行政区域の問題は慎重に扱っていかなければならないと、こういうふうに思います。  それから第二の財源の配分の問題でありますが、これは今お話しの通りに、毎年地方財政が窮迫して、独立財源も乏しいということが問題になっておりますので、また、近く税制調査会等も設けられるようでありますが、そういうことで根本的に再検討する時期にきていると思われるのですが、この場合にも、私の考えといたしましては、やはり現在地方団体が担当している仕事の内容あるいは仕事の量、また、現在の府県や市町村がやっております行政の水準で果していいのかどうか。私は、現在のような状態では困ったものだと思うのですが、そういうことを含めて、将来の地方の行政の量というものを考えていただく。それから国のいろいろな、きょうお話ししましたような道路整備五ヵ年計画をやるにいたしましても、そのうちの大きな部分はやはり地方がやるわけで、経費も負担するわけなんですから、そういうものもあわせて、全体の国、地方を通ずる全部の財源をどういうふうに分配すればいいかということを十分に検討していただきたいので、ただ税制だけの問題でこうすれば税金をとるのに都合がよいとか、負担が軽くなるとか、ただそれだけの問題では困るので、そういった全体の行政事務の量、また、あるべき地方行政の水準というものを考えて十分やっていただく必要があると思います。  また、率直に申しますと、地方をよく歩いてみますると、一時は地方でもよく指摘されましたように、一部にはある程度の、何といいますか、財政力を越えたような、また、浪費と言われるものもなくはなかったのですが、今日はほとんどそういう姿はなくなって、しかも行政水準は非常に低い。橋梁の約四分の一が交通不能な、または重量制限をしているというふうな県もありますし、また、ある県の土木部長に聞くと、一般の人は知らないけれども、自分たちが見ると、全く危なっかしくて見ておられないような橋がたくさんあるというようなことも言っております。その他いろいろな事例が幾らもあげられますが、こういうことを見ますと、地方団体に対し、現在以上のできれば財源を賦与する、国の仕事もあると思いますが、国の仕事のうちで、できるだけ節約できるものは節約するという方針で、何といっても民生の安定ということが重要な問題だと思うので、大方針としては、現在以上の財源を地方にいろいろな形で賦与する必要があるというふうに思うわけであります。

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 藤田さんありがとうございました。  それでは午後二時まで休憩をいたします。    午後零時十二分休憩    —————・—————     午後二時十二分開会

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) これより公聴会を再開いたします。  公聴会に入ります前に、ただいま委員長及び理事打合会におきまして決定した事項を御報告いたします。  一、三十四年度総予算についての一般質疑は六日間とし、十三日は休み、十四日より始めて二十日に終ること。  二、各派の時間割当は、自民党三百四十分、社会党四百七十分、緑風会百二十分、無所属クラブ四十分、第十七控室三十分の合計千分とすること。  以上でざいます。   —————————————

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 公聴会再開に当りまして、公述人の方に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多用のところ、御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。公聴会の議題は、昭和三十四年度総予算でございます。公述人のお方は二十分ないし三十分の程度で御意見を御開陳願いたいと存ずるのでございます。  まず、全国農業協同組合中央会参事森川武門君からお願いを申し上げます。  この際、森川さんに申し上げておきますが、本日は国会におきまして多くの委員会がこの公聴会と同時に開催されておりまする関係上、ここの公聴会に出席しておる議員の数は十分とは言えないのでございますけれども、公述人の皆様方のここで御発表になりました意見が速記録に残りまして、この速記録の活字を通じて、ほとんどすべての議員の方々が公述人の意見をよく知るという機会が多いのでございまして、単にここに御出席の議員の数が少いということを御心配にならずに、十分御意見のほどを御開陳下さることをお願い申し上げます。  それでは森川武門さんからお願いを申し上げます。

森川武門全国農業協同組合中央会参事

○公述人(森川武門君) ただいま御紹介にあずかりました全国農協中央会の森川でございます。御指名によりまして、昭和三十四年度の総予算のうち、主として農業関係予算並びにそれに関連いたす事項につきまして意見を述べさしていただきます。  昭和三十四年度の農林関係の一般会計予算の総額は一千六十三億円でございまして、前年度に比較いたしまして五十五億円の増額となっております。これは農林漁業生産整備拡充のための土地改良、開拓、林道開発、漁港の整備さらに農林経営の改善のための耕種、畜産、養蚕等、各種の施策に充当する経費となっておりまして、農林漁業の政策が重点施策ということに打ち出されておりまして、それを遂行するために、昨年度に比しまして、今申し上げましたそれぞれの点について予算的には増額をされておりまして、予算編成の苦心の跡が見られるのであります。すなわち生産基盤の整備のための土地改良、開拓という事業に対しましては四十四億円程度の増加を見ておりますし、畑作振興につきましても、また若干でありますけれども増額をいたしておる。それから畜産振興につきましても、牛乳、乳製品の学校給食用にかなりまあ八億程度の増額をなされている。それから蚕糸の問題につきましては、桑園の整備あるいは蚕糸の価格安定のためにかなり大幅な経費が計上をされている。なお、その他たとえば木炭の共販を進める経費というものも新たに配慮されておりまして、こまかく各般にわたりましての配慮がなされております。さらに農林漁業金融公庫の資金ワク等も増大いたしておりまして、小団地の土地改良とかあるいは自作農創設維持資金、寒冷地農業振興対策、こういうようなものを重点としてやっていこう、こういうような考え方がでておるのでございます。こういうふうに政府が重点として打ち出しておるところのそれぞれの事業につきましては、増額を十分いたして配慮をなされておるのでありまして、たとえば畑作振興につきましても、土層の改良、畑地の土壊の病虫害防除、地力保全に関する基本調査というような面で新しい施策の具体化が見られますし、また、今申し上げました畜産の面におきましても、特に生産増強と対応する需給の増進というような施策が、わずかではありますけれども、両者均衡を得られるような施策が見られるのであります。こういうふうに考えていきますと、少くとも本年度農林予算は、前年度に比しましてけっこうである、こういうふうな結論に相なるかと思うのでございます。しかしながら、何かここに私どもといたしまして物足らぬ点を感ずるのでございます。それはどういうことかと申し上げますと、例をとりますと、畑作振興というような点が農業政策の重点として取り上げられております。そしてまた予算が増額されておりますけれども、これで果して期待されるような畑作改善、畑作の振興ができるか、こういうことになると疑問にもなってくる。で、内容的に見てみますると、たとえばこれに関連いたしまして、当面問題になっておりますところの麦作の経営改善というような点はどうなっておるのかというような点でありますが、そういう点は何ら見られない。米と並んでのこの麦作に対しまして、根本的に経営の改善なりをやっていかなければならぬ、そしてコストを下げるように努力をし、増産をしていくというような点が要請されておるのでありますけれども、こういう点についての施策が見られない。それから畜産につきましても、生産増強と需要の均衡をはかるという少しばかりの施策が見られますけれども、これまた不十分ではないか、特に畜産問題につきましては、今後の農業経営の中心をなしておるものとして、だれしもがこの重要性を認めておるのでございまして、特に日本の場合におきましては、酪農を例にとりますれば、その乳価のコストの引下げというようなことが当面の急務であるのではないか、そうした場合におきましては、何といいましても現在の乳価を形成しておる中のえさ代というものの価格を、経費を安くしなければならぬということは明らかなのでありまして、そういうような点から高い購入飼料によるのでなくして、自給飼料等の増産によりましてこれを安くしていくということが望まれるのであります。そういうような点を考えてみますると、草地改良等におきまして、前年度よりもわずかしかふえておらぬ、こういうようになっておるのであります。で、この点は、畜産ばかりではありませんけれども、日本の農業経営の今後の問題といたしまして、耕地面積の拡大の問題があるわけであります。日本の国土のうち、利用されている面積というものは、一七%程度であるのでありまして、こういう利用率は、他のヨーロッパ等の先進国に比べまして非常に低いのであります。もちろん地勢等の関連もありますからして、一概には申し上げられませんけれども、地勢ならば地勢の状況を十分一つ利用いたしまして、土地利用をもっと高度にはかるということが、何と言っても必要になると思うのでありまして、畜産の場合におきましては、草資源の開発という点とからみ合せまして、この未前良土地の利用につきましては、もっと工夫がなされてしかるべきではなかろうか、こういうような点から考えますと、畜産の振興の面におきましても、まだ力が十分に入っておらぬというような点が見受けられるのであります。  それから金融公庫の資金は、ワクが拡大されておりますけれども、その貸付の内容等におきましては、なお改善をしていただきたい点が多々あるのであります。で、自作農創設維持資金等は五分、その他ものによりましては二分五厘等の低利の融資もありますけどれも、最高八分から七分五厘というようなことになっているのでありまして、現在の金利の趨勢からいきまして、すでにこれはもう極端、特殊な場合ではありますけどれも、市中銀行等におきまして、一銭九厘の金利で貸し出しが行われている、こういうような情勢下におきまして、制度金融としては、もう少し時代に即応するのみならず、農業の保護育成というような観点からいって、貸し出し金利については十分なる配慮がなされてしかるべきではなかろうか、こういうふうに考えられるのであります。  その他予算の各般にわたりまして申し上げますれば、いろいろと不十分な点あるいは御希望申し上げたい点が多々あるのでありますけどれも、それはあまり細にわたりますので省略いたしまして、なぜこういうふうになるかと、こういうような点を私たちは考えなければならぬのではないかと思うのであります。私どもが考えるまでもなく、農林省におきましても、すでにこの点につきましては、十分なる調査研究がなされておりまして、先年でございましたか、農業白書を発表しております。その中で、きわめて明らかに日本農業の問題点を摘出いたしまして、今後の農政の向うべき点というものを示唆しているように考えられます。第一の問題点といたしましては、農業所得の低位であること、第二の問題点といたしましては、食糧供給力が過小である、第三の問題点といたしましては、国際競争力が劣弱化している、弱い。第四の問題点といたしましては、兼業農家が増大しつつある、第五の問題点といたしましては、農業就業構造の低劣化、こういう五つの点をあげて、農業の近代化のために何をなすべきかを、暗示しているのであります。従って、農林省当局といたしましても、この考え方を具体化するように、年々の予算にこれを盛り込んでいくというような方針をとっておられるのであります。そこで、最初申し上げましたように、少しそういう点で織り込んでおられるという点は見受けられますけどれも、なお農業が当面しているところのこういう困難な情勢、また将来にわたってますます深刻化していくだろうところの情勢から見ますると、はなはだもの足らぬ、今にして何とか今申し上げました五つの点を推し進めていく根本的な対策をとられないものであるかというような点をつくづくと感ずるわけでございます。それで、五つの点と申しましたけどれも、よく考えてみますと、これは全部一つの問題に帰着するというようなことになります。それぞれ、相互関連をいたしておるということが考えられるのであります。従って、私どもの考えといたしましては、五つをひっくるめて、とにかく一つの言葉で申し上げますれば、農業の近代化を推し進めていく、こういうような施策をとって、それを予算化するというようなことはどうしたらいいかということになるのでありますけどれも、それは、ただ単に農林省、あるいは農業関係のセクションだけでこの問題を取り上げておったのでは、問題はちっとも解決をしない。これはあくまでも、今言いましたように、五つの問題が一つであると。なお、よくしさいに見てきますと、これは単に農業だけの問題ではない、これは国民経済の広い視野から問題を考えなければ解決ができないというようなところまで発展していくのでありまして、そういうような点からいきまして、広い国政の——日本の財政経済の広い立場からこの問題を総合的に取り上げていただくということが必要ではないかと、かように考えるのであります。政策の中で農林漁業の政策が重点であると、こういうふうにうたわれておりますば、それを遂行する場合におきましても、あくまでも国の総体の施策の中において総合的に他の事業との関連におきましてこの問題が取り上げられ、予算化されるということでなければならぬではないかというような感じがいたすのでございます。  そこで、なおこれを推し進めまして私見でございますけどれも申し上げますると、まず問題になるのは、農村の過剰人口と、そして、それが圧力になって経営がだんだんと零細化していくということであります。従って、農業の第一にこの点をどういうふうにするかということ、すなわち、農業の耕地面積をふやしていく、それから生産性を向上さしていくというようなことも、こういうような問題をどういうふうに解決するかということによって、解決の糸口がほぐれていくというふうに考えているのであります。で、この点につきましては、非常にむずかしい問題で、まだ定見といいますか、かくすべきであるというような、きまった意見が出ておらないようであります。ここで、まあ従来からよく流布されておる言葉は、農業の実態からいって、農業に幾ら金を投資してもそれは効力がない、その金はむだ金である、従って、そういうものに投資をするんではなくして、もっと他の有効な産業に投資をいたしまして、それにこの過剰の人口を吸収したらいいじゃないかと、こういうような一見もっともらしい論議が流布されております。しかしながら、そういうことが果して可能でありましょうか。で、私といたしましては、この問題は結局、農業においてこの問題を吸収していくということしかないではないかというふうに考えます。もちろん産業の発展、それからその近代化というような点からいって、まず雇用が漸次伸びていくであろう、それに農村の人口が吸収されるというような可能性はあるし、また、できるだけそういうふうにすべきであると思いますけどれも、しかし、今問題になっておるところの、この農村の過剰人口をただそれだけで解決することはできない。結局、この問題は農業自体で解決する以外にはないのだというようなことに実際問題としてはならざるを得ないのじゃないか、そういうような点が明確でないということであります。もしも、そういうことが明確に相なりますれば、結局、先ほど申し上げましたような、日本の土地利用の高度化をはかるというようなことが積極的に意欲的に起ってくるでありましょうし、また、それに対するところの投資が正当に強化される、むだではないのだ、長い目で見た場合に、国民経済に果す役割からいって、むだではないのだというような統一した正しい見解かそこに生まれてくる。そういうようなことから、一そうこの点は拍車をかけて促進されるのではないか、こういうふうに考えるのであります。従って、この問題についての、いかにすべきかということの根本的な考え方というものが、まず打ち立てられるべきではないかというふうに考えられるのであります。  それから次に、生産性の向上の問題につきましても、これは直接農業の所得の向上の点にもつながっていく問題でありますが、この点につきましても根本的な、と同時に、きめのこまかい配慮が当然なされなければならないではないかと考えるのであります。日本の国土を見ます場合におきまして、北海道から鹿児島まで非常に細長い帯状の状態でありまして、気候、風土等の土地条件、気候条件というようなものは千差万別なのであります。そこで最近におきまして、生産の向上をはかるために一律的な施策をやめる、それぞれの条件に合ったところの、何といいますか、地帯別の政策をやっていこうというような点が力説されてきておることは非常にけっこうなことだと思います。しかしながら、ただそれだけではどうにもならないというような事態もまたきておるのであります。と申し上げますことは、最近におけるところの農業技術の進歩等によりまして、今まで克服困難でありました土地だとかあるいは気候等の条件につきましては、ある程度これを克服することが可能になってきた。それからまた、技術の進歩とともに生産に対するところの研究というようなことも非常に進んできまして、増産というようなことが容易に可能になってきておるというような点からして、ただ単に増産をするというようなことだけでは問題は解決するどころか、ますます困難になってくるというような事態にもなってきております。そこで、どうしても価格政策というような点が強くとられなければならないのであります。現在のところ、その価格の問題につきましての政策におきまして非常に貧困である。そういう点は、今年度の予算を見ましてもそれがうかがわれるのでありまして、こういう点につきまして、もう少し根本的に一つ考えていただくというようなことにならなければならないのではないかと考えます。そこで、この問題につきましては指導の施策が地帯別に具体的になっていかなければならないと同時に、この点につきましては何といいますか、全国的な規模におけるところの調整というようなことが逆になされなければならないのでございまして、そういう点につきましては農業協同組合の大きな使命でもございますので、われわれ努力をいたしておるのでございますけれども、まだまだその点については非常に不備なのであります。こういう点は、今後一そうわれわれとしても努めなければならないと思いますけれども、なお、政府の方におきましては、農業協同組合の機能を十分生かしながら、それと農業協同組合でなければできないような一つの施策の面においてお考えを願わなければならぬのではないか。そういう点で農産物の格価安定の問題それから流通改善の問題がやかましくなっておりますけれども、これは一つ今後の問題として十分やつていただかなければならぬのじゃないか、こういうふうに考えております。そうしてこういう点につきましては、生産と密着いたしまして協同化の方向に進んでいかなければならぬ、こういうふうに考えておるのでありまして、そういうような点につきましての施策等につきましてもまだまだきわめて不十分でございまして、予算化の点におきましてもそういう点の不備が目立っておるのでございます。    〔委員長退席、理事堀木鎌三君着席〕  以上、本年度の予算から見まして気のついた点、それに加えまして私見を少し政策の面までに触れて申し上げたわけでございますが、幸いにも今般、農林漁業基本問題調査会設置法案が国会で毎歳になっておりまして、これが通過いたしますと、調査会が設置されまして農林漁業根本問題につきましての調査が始まるわけであります。おそらくこの調査会といたしましては、農林漁業の根本的な問題につきまして総合的な視野から、その政策はどうあるべきであるかというような検討がなされると思うのであります。しかも、これは時間をかけておやりになるということでございまして、われわれといたしましてもそういう点につきまして非常に期待をいたしておるのであります。おそらく審議をされましていい結論が出ると思うのであります。その暁におきましては、逐次一つこれが長期計画のもとに予算化されまして、ただいま申し上げましたような農林漁業の根本的な問題につきまして一歩でも二歩でも前進していくというようなことを私ども衷心より期待をいたしておる次第でございます。  はなはだ不十分でございましたけれども、私見を申し上げた次第でございます。(拍手)

堀木鎌三自由民主党

○理事(堀木鎌三君) ありがとうございました。ちょっと速記をとめて。    〔速記中止〕

堀木鎌三自由民主党

○理事(堀木鎌三君) 速記を起して。  御質疑のある方はこの際、御発言を願いたいと思います。

千田正無所属クラブ

○千田正君 ただいまお話を、承わっておりましたところが、今年度の予算は昨年より多少ふえたから、やや賛成であるというように私は承わったのですが、私は長い間、農林委員をやっておりまして、その観点から申しますと、農林漁業のような基本といいますか、いわゆる日本の産業としましては基礎産業として取り扱われていたこうした農業あるいは林業、漁業等の予算が一般予算の歳入に比較しまして、昨年よりむしろ率からいえば低い、ほかの予算に比較しますと遅々としてお粗末であるという観点に私は立ってるのであります。先ほどからお述べになりました農業の基本政策に対しましても、農林省は昨年以来、農林白書等によって新たなる観点に立って重点的な適地適産の政策を行うということを唱えておりながら、実際の予算は、それに適合するような予算は獲得できなかった。こういう点を私どもはまことに遺憾に思いますが、森川さんとしましては、その点はどういうふうにお考えになっておりますか。農林白書によって農林省が常に唱えられているものと、今度の予算というものの間には相当の開きがある。こういうような状態では、決して農林省がその白書によって述べられているような施策はとうていできないじゃないか。私は、こういう観点に立っておりますので、森川さんの御鷲見を承わりたいと思います。

森川武門全国農業協同組合中央会参事

○公述人(森川武門君) 私もそういうふうに考えます。しかし、ただいま申し上げましたように、それは根本的な農政の考え方というようなものが確立されるということがまず必要である。そしてそれが遂行される場合におきまして、国の総合的な政策の視野からなさるというようにならない限り、なかなか困難ではないか。今の予算編成の状況を見ますと、必ずしもそうなっておらないのであって、現在の状況においては、今申し上げましたような重点的な点、たとえば畜産だとか、畑作であるとか、その他こまかいことでありますが、木炭の流通対策とかというような点で、それぞれ若干ずつ増加されて配慮がなされている、こういうふうに申し上げた次第でございます。

千田正無所属クラブ

○千田正君 もう一つは、既存の農家は農村の人口の増加に従って、かつまた、新しい憲法のもとに遺産相続等によって所有反別が縮小していく、零細化していくという問題と、終戦後において入植しました開拓関係の仕事も国の施策が十分じゃない、いわゆる応援が十分じゃないために、これまた離農あるいは放棄していくためにこの開拓農家も零細化してきておる、これに対す今度の一般予算に対してその面の施策に足らない点があるのじゃないか。この関連におきまして、ただいま世間でいうところの農業法人、この関連に対しましてあなたの御意見を一応承わりたいと思います。

森川武門全国農業協同組合中央会参事

○公述人(森川武門君) 農業法人の問題につきましては、私どもは税制の点と、それからそうでなくして農業近代化の面、こういうような二つの面を混同してはならぬと、こういうふうに考えておるのであります。そもそもこの農業法人の問題が起ってきましたこれは、果樹経営の人たちを中心とする税制の問題からきておるように思っておるのであります。個人の経営であると税金が高くなって、それを法人化すると法人税となって税金が安くなると、こういうような税制の矛盾をついておる。この点は私どもといたしましては、税制が非常に矛盾しておるのだという点から、あくまでも税制の是正を要望をいたしております。この点は、私どもが前から要請しておることでございまして、すなわち農業も家族労働でございます、従って、その労働に従事する家族の労賃といいますか、労賃等も含めまして、必要経費としてこれを控除する、いい言葉もありませんが、われわれは専従者控除と言っておりますが、そういう家族の人たちの経費を控除するというようなことを前から申し上げておるのであります。これも今言いましたような税制の矛盾を直す一つの方法として強く要請をいたしております。  それからいま一つの農業近代化の面で、農業法人との関連はどうかという問題が残るのであります。この点につきましては、農業協同組合といたしましては、協同化ということが使命になっておるのであります。その協同化も、字が「共」というのじゃなくて、協同組合の「協」この協同化ということを協同組合の使命にして進んできておるのであります。しかしながら、現在のところ、この協同化の問題は主として流通経済の点に重点がありまして、生産の面についての協同化というのが非常に進んでおらぬというのが実態であります。しかしながら、ただいま私が公述で申し上げましたように、今後、日本の農業経営の近代化のためには、どうしても生産等も含めましての全体の協同化が必要であるというふうに言っております。まさに私どもはそういう点を痛感をいたしておりますので、私どもとしましては、協同組合の協同化という線を推し進めることにおきまして、農業の発展と経営の改善というようなことをはかっていきたい、こういうふうに考えておるのでございまして、直ちに法人の問題にまでまだ及んでおらないのであります。私どもはそれについては、今後十分検討しなければいかぬ、早急に法人がいいかどうかということについては結論は下せない。とにかくわれわれとしましては農半協同組合による協同化を推し進めていこう、その過程におきまして法人化の問題につきましても、私どもの意見をまとめたい、こういうように考えておる次第であります。

堀木鎌三自由民主党

○理事(堀木鎌三君) ありがとうございました。   —————————————

堀木鎌三自由民主党

○理事(堀木鎌三君) 次に、慶応義塾大学教授藤林敬三君からお伺いいたします。(拍手)

藤林敬三慶応義塾大学教授

○公述人(藤林敬三君) 私は、本年度の予算のうちで、もっぱら社会保障に関する部分に関連をいたしまして若干の御意見を申し上げたいと思いますが、なかんずく国民年金制度の創設に関します政府のお考えに対しまして、率直な意見を申し上げたいと存じます。  予算の面では、今年度年次の途中から、年金法案がもし通過いたしますと予算支出か行われることになるという関係もございましょうが、わずかに百十億円の予算が年金制度のために予定されているようでございまして、    〔理事堀木鎌三君退席、委員長着席] これがフルに普通の形で制度が実施されて参りますと、もう少し予算もふえなければならぬことになるのだろうと思いますけれども、いささかこの面から申し上げますと、政府の国民年金制度に関する考え方に対しましては、われわれはやはり国民の一人としては若干の不満の意を申し上げなければならぬと思っておるのでございます。そういう苦味で、若干数点につきまして率直に意見を申し述べるつもりでございます。  第一に、予算との関係から申しましてもはなはだ遺憾だと思われますのは、いわゆる無拠出年金の部分でございます。政府のお考えでは、これは援護年金ということになっておりますが、第一名前からして私は非常に不満ということを申し上げなければなりません。何か生活に十分余力のない人間を国費をもって助けてやるのだと言わぬばかりの名称がすでにここに現われておりまして、これはわれわれは、国民年金を考えまする場合に、根本的に国民年金が何であるかというアイデアの問題としても、金に困っているから助けてやるのだというような考え方で年金を考えること自体が、すでにおかしいのじゃないかと私などは考えるのでございます。もとより、年金が国民の生活権の一つの現われであって、従って、老後生活は当然保障されてしかるべきであるというような非常に強い考え方で年金を考えるべきであるかどうかという問題は、これは相当の論議を必要とするところの問題だと思います。従いまして、皆さん御承知の通り、私もその関係者でございましたが、内閣に設置されております社会保障制度審議会で一年ばかりかかって国民年金の構想を検討いたしました際にも、当初は、私らは、やはり国民年金をどう考えるか、どういうアイデアで国民年金を構想していくかという問題につきましては、初めはいろいろまずそれからやっていかなければならぬというつもりでおりました。おりましたが、なかなかこの問題はむずかしい、アイデアとしてもむずかしい問題でございまして、おのおの見解の相違もあり、なかなかそういう議論の部分でつかえていたのでは年金制度の構想もできがたいというところもあるというので、いわば審議会としてはほんとうはこれに当るべきであった、今から思えばそういう感じがいたしておるのでございますけれども、何しろ非常にむずかしい問題であるし、論議も沸騰する問題であるというので、若干お茶を濁した感なきにしもあらずでございましたが、しかし、多くの人々の、私の推測でございますが——の見解だと思われるものは、政府の援護年金などいうような名称で言われるような種類の年金を、われわれは考えなかったつもりでございます。金に困っているから助けてやろうなんというのではなくて、やはり六十五才ないし七十才まで長命を遂げた人は、たとえそれまでの間に悪いことをして、世の中から糾弾されなければならぬような事態をでき心でやったような人がなきにしもあらずであっても、とにかく長年世の中に何かの役には立ってきた国民であるはずでございます。従ってそういう人々、長命をし、その間ほんの世の中の隅っこで何をやっておったかわからぬという国民であっても、何かそれはそれなりに、世のために、世間のために、社会のために、またある意味においては、大けさに言えば、国家のために何か存在の意義を満たしてきたという点では、その老後生活を保障されて当然しかるべきであるという考え方が私は出てきてもいいんではないか、それが援護年金などと言われことは、私は年金を新たに考えていこうという場合に、はなはだ遺憾であると言わなければならぬのでございまして、どうかこういう援護年金などという言葉をなくしていただければ、はなはだありがたいと思うのでございます。  またそういう考え方で、援護年金という考え方があるために、政府のお考えの中では、所得制限があったりなどいたしまして、しかもその所得制限はかなりの所得制限だと思われるような点もございまして、多少の生活を何とかやっている人間は、年金をやらんでもいいんだというような事態がそこに考え出されてきている。これもだからはなはだ私はいかぬ。もとより今日国家の予算に十分の余裕があるわけではございません。だれが考えましても、老後の生活は当然保障されてしかるべきだから、貧富の差、収入のいかんを間わず、ある程度の生活を保障されている年金は、当然もらえてしかるべきだなんていうことを、予算の関係をまるきり無視して主張するということは、これは事実問題としては不適当でごさいましょう。従いまして、私も、もうより若干の所得制限と申しますか、富裕な人々にまで均霑せしめるかどうかということについては、これは問題があると思います。しかし将来長い間の制度として考えていけば、やはり遠き将来においては、今から二十年も三十年も後のことを考えれば、やはり私はこういう国民年金については、所得制限などという問題をはずしても、国家予算の上からでもいけるのだといったような、そういう方向に実はいくべき筋のものではなかろうかと思っているのでございます。そういう考え方からいきますと、援護年金の名はもとよりでございますが、そういう所得制限も当初から少し厳に過ぎるのではないだろうかという感じがいたします。もう少しこれをゆるやかにすることによって、従って無拠出年金を、この法の実施と同時に受けられる——今年末から、もし法案が予定通りに通過すれば、受けられるような人々の数がもう少しふえ、従って国家支出がその分だけふくらむということになりましょう。なりましょうが、これが国家の予算の建前から、援護年金という言葉になり、そしてその支給対象者がそういうことでしぼられていくということは、本来国甲年金を考える、国民年金は何である九というような考え方からいきますと、どうも私は最初においてはなはだ遺械であるという考え方を率直に申し上げなければならぬ問題点だと思うのでございます。  それからもう一つ、それが私は今回の国民年金制度の考え方に対する基本的な最も大きな問題点だと思うのでございますが、もう一つ次に問題を申し上げますと、この年金制度につきましては、単に老齢年金だけではなくて、障害年金、あるいは母子、遺族年金というのが同時に考えられております。国民年金としては私はそういうものをお考えになることに不賛成ではございません。社会保障制度審議会の答申も、やはりそういう問題を考慮いたしました。いたしましたが、私はどちらかと申しますと、そういうものがくっつくことによって、国民年金部分が、国家財政支出云々、この点からもからみ合って、何か内容的に不十分なものになるというのなら、二兎を追う者一兎を得ずのたぐいのごとく、私はやはりこの際は、この障害年金であるとか、あるいは母子、遺族年金などは別に考えるなり、現存制度で、もとより不十分ではございますが、そういうものにしばらくまかすなりして、やはり国民年金としては、この際老齢年令というものをもっと太く大きくふくらませて、二兎を追わないというようないき方の方が、私はいいのではないか、こういう考え方の私に若干あることをこの際申し上げておきたいと思います。  それからさらに、これまた非常に大事な問題でございますが、政府のお考えの中にも、幸いにして取り入れられましたけれども、政府のお考えの分でいきますと、満二十才から四十年間、この被保険者である、保険料を支払っていく、こういう、いわば今までかつて例のない、非常に長期の保険でございます。こういう長期保険につきましては、従来の経験から申しましても、またこれは従来の経験と申しますか、一般にわが国の物価情勢というものを過去にわたって振り返ってみれば、きわめて明僚でございますが、こんな何十年にもわたって物価が安定しているなんというようなことはあり得ない。非常に残念なことでございますが、これはあり得ない。そういたしますと、この国民年金制度で、既存の公約諸年金の被保険者である人々を除いた他の一切の国民をここに包括していこう、しかも強制保険的に、これは保険料を徴収していこう、いわんやまた政府のこういうお考えの中では、援護年金というのは、むしろ付帯的に、経過的に、ある意味ではくっついたようなもので、元来この考え方の本旨は、いわゆる拠出年金制度でいこう、こういうことでございます。しかも長期保険である。二十年も、三十年も、四十年も後に物価がどうなるかわからんのに、そういう拠出を求める。そのあげくに、物価が変動して、貨幣価値が下落をして、だれにどこへけつを持っていくのだという問題が、私は当然あると思うのでございます。国家の制度として、しかも国民年金という、そのいわば国民生活の非常に重要な部分についての新しい制度を考える場合に、こういう重大問題がそうないがしろに、あるいは軽視されていると言いますか、軽んぜられるというようなことは、やはりよろしくないのでございまして、その点を気にいたしておりましたが、幸いにいたしまして、その点は政府のお考えの中にも、五年ごとに保険料——各年金給付に要する費用の予想額、予定運用収入及び国庫負担額、保険料額は、これこれに照らし五年ごとに再検討する、再調整をするというような構想がそこに盛られております。これははなはだわれわれ意を強くする点でございますが、さて、しかしながらいかような再検討をこの際なさるつもりなのか、あるいはどういう調整をなさろうとするのか、この点が実は問題でございまして、制度としては五年目に検討するということは、これははなはだよろしいことだと思いますが、どうも何を検討なさるのか、どうなさるのかということがわからないと、どうもこういう制度化についても、簡単に手放しで楽観も私はできないのではないか。たとえば物価が騰貴をした、従来の保険料、拠出金額は百円、百五十円である、そしてそれに見合う保険金の給付がこれこれである。今の物価情勢ではこれは少し少なすぎるから、もう少し今後は保険料拠出額をふやしていこう、またこれに見合うように保険金額を上げていこう、こういうことをなさるのかもしれない。しかしどうも根本的な考え方は積み立て方法で考えておられるということになりますと、厳密な収支そろばん計算でなさるならば、途中で改正しても元のやつまでさかのぼらないという以上は、物価に応じて年金額がふえていくというようなことにはおそらくならぬのではないか。物価が変動していけば過去にさかのぼってまで保険料を徴収するということは、これはとても実際問題としてできませんし、従いまして、途中五年、五年ごとに物貨変動に応じて保険料及び保険金給付額の変更、手直しをなさるにいたしましても、過去のものにさかのぼらない。過去のものは過去のものとして積み立てていくのだといういき方だと、物価に応じて国民年金額を変化せしめるというようなことはおそらくできないのではないか。いわば厳密なそろばん計算、積み立て方式のそろばん計算からいきますと、どうもそういうことはできないのではないかということになります。私は、ここに非常に問題がある。これはやはり経済問題でありかつ保険問題、保険経済の問題からいきますと、ない袖はふれないし、そういう不健全な金の出し入れがないということが建前でございますが、しかし名は拠出制の社会保険であっても、私は今日では、ここでやはり社会保障という考え方に、もう少し徹していただく。先に、私は国民年金のアイデアが、金に困っておるやつには金をくれてやるのだという、そういうことでない考え方をもう少し強く出す必要があるのじゃないかということを申し上げました点とも関連をいたしまして、やはり社会保障という点で、物価変動は国民各自の責任でもなければ、国家が尻ぬぐいを多少でもするというようなつもりがあるのかないのか。またこれはあまりそういう点を出すことはどうかと思いますが、しかしこの点につきましては、厳密な経済的な観点からいうと、賦課式などという点は保険経済からいくと非常に危険千万なことであり、国家財政からいっても非常に不安な要需を持ち込むということになると思いますが、この点は、私は皆さんに実はこういうことをお考えおきを願わなければならぬのではないかと思います。  と申しますのは、非常にうかつ千万な最もしろうとのような話を申しまして、まことに申しわけないことでございますが、私は先年、約三十年ぶり下ヨーロッパに参りましたときに、おもにスイスに行っておりました。スイスの物価がいかに変動していないかということを見まして非常な感に打たれたのでございます。日常使っております小金が、大体銀貨でございますが、その銀貨は、中に私たちの手もとに入ってくるのを見ますと、鋳造されました年号が一八七〇年代なんていう銀貨が、今日鋳造されます銀貨と全く阿哲同型のものが鋳造されて流通しております。一八七〇年、私がたまたま持ちました銀貨の中に、一八七二年というのがございました。明治五年でございます。私らの子供の時分に明治初年の銀貨がございました。五銭銀貨なんていうのを私もおぼえております。こんな小さな銀貨です。ところがそんなものは今の日本国民の中でも、私どもの年輩の者が多少知っておる程度で、おそらくだれも知っておらないということになって参ります。貨幣が改悪されると申しますか、貨幣価値が変動された結果がかくのごとき状態でございます。現在は千円札、五千円札、一万円札が出ておる。そのうちにおそらく五万円札が出てくるのではないか。しかも銀行で札を勘定するのにこのほうが便利であるから。日本国民の貨幣に対する観念がこのままいったのでは物価に対する観念を失ったのと同然でございます。私は、やはりこういう長期の社会保険を構想するなり、長期にわたる国民の社会保障制度というものを考える場合には、物価はどこまでも安定せしめていくのだという基本的な考え、物価の騰貴については、きわめて神経質に施策を考えていくのだということがないと、こういう長期保険を考えて、その物価下落の尻ぬぐいはだれがやるのだ、だれもそれはしようがないのだというのでは、国の政策としてはすまないのではないか。また世界各国の中でも、私は諸外国の制度をあまりよく存じておりませんが、フランスのように、またフランスは日本同様に物価変動のはなはだしいところのようでございます。こういう国は当然社会保障制度の問題を取り上げた場合には賦課式でやらざるを得ない。ところがスイスであるとか西ドイツでありますとか、イギリスであるとか、これらの国々を私なども三十年ぶりで回ってみますと、どうも物価の騰貴については、いわばインフレに対しては非常に国も国民も敏感であるようでございまして、非常に落ちついているようでございます。たまたま私もボンで数日宿屋に泊りましたが、払った宿賃を、帰ってから同僚と、昔僕が留学生のときの、ベルリンでのホテル賃は幾らしただろうかという話をいたしましたが、全く同様でございまして、ボンの宿賃、今日の西ドイツのボンの宿屋の宿賃と、昔、私が約三十年前にベルリンにおりましたが、当時のベルリンの宿屋も大体同じ格ぐらいのものを構想いたしますと、ほとんど宿賃が同じでございます。これは非常につまらぬ例でございますが、マルクで申しましてほとんど同じでございまして、こういう状態の中では、それは長期保険を積み立て方式で安心して国民も拠出するがよろしいということになると思います。が、どうもわが国の場合にはそうはいかないのではないか。こういうときにはこれは誰の罪だと言って罪をあばきたてても始まりませんが、国としては国の施策の上ではインフレを押え得ないというならば、私はやはり物価変動による国民拠出の部分の責任は国家がとるのだということでないと、そんなに四十年も先に金を積んでいくのだ、その先はどうなるかわからぬというような、これは非常におかしいのではないか。先日もあるところである先輩の方々とたまたま話をしておりまして、こと生命保険のことに及びまして、私は戦争前にも安月給取りでございましたので、ついぞ生命保険にかかりませんでした。現在も私は生命保険にかかっておりません。私の家族もかかっておりません。その方は戦争前に高級官吏で八千円の生命保険にかかっておった。今日なお健在の方でございます。一生懸命に月給の中から保険料をお払いになっておったという話をされました。あなたと私とどっちが賢明であろうか、そういうような笑い話をいたしました。私の方が遥かに賢明であったと私は思っておるのでございますが、こういうばかなことを実は言わざるを得ない。そんなばかばかしいことを言わざるを得ないのは、いかにわれわれがインフレをいいかげんに考えているかということの証拠でございますが、これと同じようなことが厚生年金の場合なども私はあると思います。これは戦争という非常にアブノーマルな時代のことでございましたので、これはある程度やむを得なかったでしょう。しかし戦争がなかったら、それならばわれわれの場合にはインフレにならぬかというと、ずっと過去を振り返ると決してそうではございません。従って、この点については五年ごとに政府が国民年金のことについて再検討なさるというのですが、どういうことで再検討なさるつもりなのか、私はこの点をもう少しはっきりさしていただかなければ、何とも安心のしょうがないのではないかという感じでいるのでございます。  それからもう一つ、これも最初に申しましたことと非常に関係のある重大問題点でございますが、将来私はまあこれは社会保障制度審議会の案もそうでございましたが、無拠出年金は七十才以上の老人に月額千円を支給する、政府案も大体そういうことになっております。この点は今日の状況ではもとより金額不十分でございますけれども、各般の事情を考慮するとどうもやむを得ないのではないか、これはそう思います。しかし将来日本の国民経済の成長発展を考えると、先ほど申しましたような国民年金の考え方に応じて、やはりどちらかというと、無拠出年金の部分をもっとふくらまして、拠出年金の部分にあまりたよらなくても、国民の老後生活は国が保障していけるんだと、しかし全く拠出なく保障されるというようなことも心もとないとなれば、それは若干のものを拠出するがよろしいと思いますが、やはり私は内容的には国民経済の発展、国家財政の拡大発展の中で、やはり国民年金制度というものは内容的には拡大発展せしめていくと、こういう考え方をそこでとりますと、無拠出年金制度は経過的にここに付属的に取り上げたというような考え方は、どうも何かちょっと最初の国民年金をどう考えるかということからいきますと、いかにも、困ったやつには金を出さぬでもくれてやるぞ、しかしそれはしばらくの間だ、あとはみんな金を出すのだというのでは、どうもちょっと国民年金という名に果して値いするだろうか。今後の社会保障制度云々ということについては、どうもいかぬではないだろうかという感じがいたしております。  まだこまかい点もいろいろ意見としてはあるわけでございますが、時間の関係もございますので、私の申し上げようと思います重立った点を若干申し上げて、これで責めをふさぎたいと思います。(拍手)

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 公述人に対し質疑のある方の御発言をお願いいたします。

坂本昭日本社会党

○坂本昭君 藤林先生に二、三点お伺いいたしたいと思います。大へんきょうは先生の年金に対する概念、理念を教えていただきまして、私たちとして非常に参考になったと思うのであります。で、今の政府の案を検討してみますと、年金の額が無拠出の場合七十才以上月千円ということでありますし、それからまた四十年間積み立てた場合に、月三千五百円ということでございまして、さしあたってのこの年金の標準というものが、検討してみますと、大体生活保護の金額とほぼ一致すると私は見ておるのであります。で、つまりそういう点で、先生が援護という考えが悪い、むしろその点では私も生活保護と今後の援護年金と考えの上において同じではないか、そういうふうか気持を持っております。たしか昨年先生のお話を承わっていろいろお尋ねしたことがありましたが、生活保護の基準の問題というのが非常にむずかしいのであって、たしか昨年の先生の言われた意見では、国民の消費水準のまず現在の日本が二割程度……私はそのときにアメリカは四割以上いっていますと申し上げましたら、いやアメリカといえどもそんなにいっていないであろうという御意見を申しておられますが、この年金の額と生活保護の額と、こういうものをどういうふうにお考えになっておられますか。

藤林敬三慶応義塾大学教授

○公述人(藤林敬三君) お答えいたします。社会保障制度審議会でも、千円と三千五百円という考え方をとりまして、その金額だけは政府の方でも今度の案の中に生かされておるわけでございますが、この金額につきましては、なるほどおっしゃる通り、生活保護の基準を一つのというか、重要な基準にして、われわれはそういう金額を考えたことは事実でございますが、それを考えましたゆえんは、今日そう理想的に初めから、もっと高い金額を考えるということもまあ望ましいことではあるが、しかし国の予算のこともあるので、そうめちゃくちゃなことを、めちゃくちゃと言うのは言い過ぎかもしれませんが、今そう高いことばかり願ってもどうか。そこでそうなると、どこが基準だといって議論をし出しますと、きりのない話でございますので、まず最初は小さく出発するとして、生活保護基準というものが今日これは不十分下あるにしても、一応制度的にはわが国では最低基準ということになっておるのだから、まずこの最低基準からものを考えていこうではないかというのが、取り上げられた金額が出てきましたゆえんだと私は思います。  しかし私、これからあとは私の個人の意見ですが、先ほど申し上げましたように、私は将来日本の国民経済の成長発展に応じては、必ずしも生活保護の基準にのみわれわれはたよる必要ないのです。やはり国の経済の発展、照の財政の発展を通してわれわれの努力で、もう少し内容的に高めていくという努力は当然あってしかるべきではないか。だから最初今日の状態で出発する場合の一つの基準である、まあこういうところから細々と出発するのがよろしいだろうという意味で私は賛成して参っておりますということを申し上げます。

坂本昭日本社会党

○坂本昭君 つまり先生の考えも、生活保護の基準に、現在ある基準にこのもとを置くという考えは一つの矛盾であって、正しい行き方ではなく、実際その肝心の生活保護の基準が一体どうやってできたかというと、これがまた根拠がないのです。私はそういう点では一度先生の説明をいただきたいのは、どうも足のない幽霊をつかまえて、日本の生活保護とか年金の議論ができてきているのです。私は一番つかまえなければならないのは、やはり島低基準ではないか、そのことについての今まで藤林先生の御説明を聞いたことがないので、最低基準と生活保護と年金、この三つについて先生のお考えを一つ説明していただきたいと思います。

藤林敬三慶応義塾大学教授

○公述人(藤林敬三君) どうも、私は確かに研究者でございますし、長年学校の関係者でございますが、どうも一面戦後は主として実際問題の処理にぶつかってきておりまして、理論的にはだんだん後退をしながら事実問題の方が頭の中へよけいに入っているようなことで、はなはだ申しわけなく思っておりますが、今の御質問は、もとにかえって一ぺん考えたらどうなるのだという御質問だと思いますが、どうも生活の問題は、賃金の問題に関しましても、いろんなところで出てくる問題でございますが、率直に申しまして、われわれの日常生活というのは非常に弾力性があるということと、それから生活程度がだんだん上向いて参りますと、衣食住の、生活必需物資の、消費内容の改善もございますけれども、家計支出の面からいいますと、社会費、文化費といわれるような部分がだんだんふくれ上っていくということが事実でございます。そこで今日の社会情勢の中では、たとえばテレビを持っている労働者がぜいたくであるのかぜいたくでないのか、というような議論がある、一ころ電気洗濯機がどうのこうのというように言われましたが、今日のように電気洗濯機が普及いたしますと、一般労働者諸君が電気洗濯機を持っておるから、お前はぜいたくだということはもはや言えなくなってきました。このくらい世の中の進歩は早いと思いますが、やはりその場合に現在なら現在の状況で、どの程度のものが最低生活の内容をなすものだという議論は、結局文化生活費の内容的な数の、ボリュームの方から見ましてどのくらいが妥当なのか、という議論に帰するところ落ちるのではないか。そうなりますと、なかなか、もともと生活は弾力性のあるものでございますので、そういうところに線を引いて、これ以上が最低でこれ以下では困る、と言ってみたところで実は始まらないような問題がそこにございまして、そこでなかなかもってこれを明確に言うことは困難であります。なるほど労働科学研究所の藤本君のやった研究で、七千円とか八千円以下では東京都内あたりではぎりぎり一ぱいの生活だ、こんな安い生活ではもはやろくな生活はできないし、ろくな人間はここから出てこないというような研究もないわけではございませんが、それは一部分のまだ研究でございまして、果してこれをどの程度に論拠に用いていいかどうかということも、もっと研究をしなければならない問題も私はあると思うのです。要するに、生活の最低というものはどこへ一体線を引いて考えるかということは、なかなかむずかしいのです。そこで理論的に——逃げるわけじゃありませんけれども、一応現状はどうなっているかというようなこと、あるいは世間的にどうなっているといったようなことを実は考えの中に入れていく。ことに最低賃金の今お話がございましたが、最低賃金の問題につきましては、支払う側もございますので、何も受け取る方ばかりからも実は考えら純ないし、最低賃金は高い方がいいにきまっておりますが、それでは支払う方が成り立ちません。中小企業がみんななくなってもいいというっもりならいいのですけれども、お子らく、中小企業がみな消えてなくなれというような政策は、どの党派が政泊をおとりになっても、私は成り立たないのではないかという意味におきまして、やはり、非常に不満足ではあるが、現状の水準からいうと、これで呈して食えていくかどうかというようなことがあっても、一応それであるということになりますと、これも一つのやはり問題点だということで、その現状に非常に妥協し、それに引き下げられた理由、感じがなきにしもあらずでございますが、やはり私どもも、そういうものも相当の考慮の中に入れていかなけばならない。  そこで、先ほどの生活保護の基準でございますが、これは私も詳細には存じませんが、なかなか渋い計算の上で実は最低生活費の基準はきめられているようでございますが、一応国家の支出でまかなわれる部分としては、今日の財政状況からそれはやむを得ない。それがいいか悪いかの議論は別にやるとして、一応そういうものが長年あるとすれば、この際そういうものも一つの考えの中に入れてみたらどうかということと、先ほど申しましたように、国民年金発足当時は、あまり大げさに入れていくということは、事実問題としてもどうかというので、そういう低いところと知りながら、私どももそこに近寄ったところに一つの基準を求めた、こういうわけでございます。

坂本昭日本社会党

○坂本昭君 藤林先生、時間がないそうですから、あまり長く申し上げませんが、もうちょっとよろしゅうございますか……。それでは簡単に。  私の見るところでは、どうも最近の、先生を含めてと申し上げると非常に失礼になるかもしれませんが、やはり社会保障学者があまり後退し過ぎては困ると思のです。やはりもう少し積極的に自分の理念を考えてもらいたいと思うのです。たとえば、今申された藤本さんあたりは、非常に緻密な計算のもとに七千円という一つの生活費の基準、四千円という生存費の基準を立てておられますけれども、結論的には藤本さんは、やはり最低賃金のところにわれわれの概念の目標を持っていかなければならない、こういうようなお考えだと思うのであります。このことは、ここではさらに申し上げて御説明を求めませんが、そこで、先ほど先生の説明中で、各種の現在ある——各種というほどではありませんが、年金の、保険の通算のことについて一つも触れませんでしたので、今度の政府の原案は通算しておりません。通算程度をとっておりませんが、それについてどういうふうにお考えになりますか。

藤林敬三慶応義塾大学教授

○公述人(藤林敬三君) これはすでに、社会保障制度審議会は、いろいろ違った意見がありまして、論議を非常に尽しました結果、政府に意見として出してございますものは、各種年金で、神保険者としておられた場合の状況をそのままストップしまして、そうして横に移られる場合には、移られてから、たとえば厚生年金から国民年金に移られた場合には、従来は脱退手当金で措置しておりますが、それをやめて、そこでの権利をその場限りにおいて減額年金的に考えることによって、そこのところを二つ、三つ移られたときには、それを合計して最後の年金を考える。結局、被保険者はどの年金に移っても、それによって別に得をすることもありませんが、非常に損をすることのないようにしていこうというのが、社会保障制度審議会で出しました考え方でございます。私も大体その考え士に賛成いたします。  この政府のこの法案では、この問題はペンディングになっておりますが、いずれ近い将来においてこの問題がどっかで取り上げてこなければならぬと思います。立法化の問題にも当然ならざるを得ないと思いますが、これらはやはり社会保障制度審議会の関係の多数の人々も、すでに出しました意見に大体賛成である、ごく少数の反対意見がございましたが、こういうことでございます。私もそういう意見に賛成いたします。  それから、先ほどおっしゃったことに私答弁しなかったのでございますが、私は、将来とすれば、やはり最低賃金であるとか、こういう国民年金の基準でございますとか、あるいは生活保護法の場合も含めまして、やはり共通の一つの社会保障という広い意味からいうと、国民生活の最低限度を保障するという建前では、ある共通の一本のものでいくというのが理想でなければならぬと思う。しかも、それも漸次われわれの努力によって高めていくいうものであって、かつ共通の一つの最低限度の生活水準、基準というものが構想されてしかるべきではないかという考えを持っております。その際には最低賃金というものもそこに入ってきてもいいという考えを持っております。

坂本昭日本社会党

○坂本昭君 もう一点よろしゅうございますか。先ほど特に藤林先生の御指摘せられたところで、長期拠出の支払い積み立て方式のみの保険であるというところで一番問題になってくるのは、特に現実に積み立てられていく積立金の取扱い方の問題だと思うのです。これはなるほど積み立てられて、あとそれがまた年金として支給されていく、それだけ見ればけっこうなんですが、現実の扱いとしては、この積立金というものは積み立てられたまま、積み立てた人たちのいわば社会保障のために使われることはきわめて少い。実に現実においてはきわめて少く、将来は保障してやるぞ将来は保障してやるぞといいながら、積み立てられた現実のものは全然別個の方へ使われておる。そこに今言われた通り物価の変動があり、インフレがあったときは、全然積み立てたことが意味がないわけです。ある意味では、将来は保障してやるぞというこの社会保障の美名のもとに税金をとっていることとちっとも変らない。従ってこの積立金の使用について、同時にこれは各種年金の通算制度とも関連するのですが、積立金のフール制、あるいはそれの使い方は一つの大きな問題だと思うのですが、その点だけお伺いしたいと思います。

藤林敬三慶応義塾大学教授

○公述人(藤林敬三君) どうも私は貧乏人なものですから、大きな金の使い方をよく知りませんけれども、私らは、今度の場合は厚生年金の場合などと違って、やはりこの拠出された、積まれた金は別途に管理運営をしていく、適当な運営をしていく。その運営は、社会保障制度の拡充発展というような方向へ向って運営をしていくというようにすべきではないだろうかという考え方を私も持っております。しかし具体的にどうするのだ、どういう運営の仕方をするのだということにつきましては、私もそこまでは金の使い方を知りませんので、残念でございますが、一般論としてはそういう考え方が正しいのではないだろうか。厚生年金のようにしてしまうことは、どうもいろいろな問題が、今日も起きておりますようにいろいろ問題を含んでおりまして、適当ではない。この際は考え直した方がいいのではないかと考えております。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 委員長、簡単に……。

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 矢嶋さん、藤林先生は三時半に帰りたいといっておられるからきわめて簡潔に一つお願いします。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 先生にはめったにお目にかかれませんので、一つだけお伺いしたいと思います。  日本の学者は大別して、象牙の塔にこもっていらっしゃる学究徒と、それから学究徒らしからぬ世俗化した学者と、大別して二種類あると思う。この両者をかね備えた方は少いと思うのですが、藤林先生は研究学徒としての学理と、実際面とをかね備えられたまれに見る学者で、私が尊敬しているお一人なんですが、少しとっぴなようですけれども、簡単に先生からお答え願いたいのは、今の日本の政治をごらんになって、あなたが政権担当者となった場合、今の日本の政治でこの点は是正しなければならない、それからこういう政策をやれるし、やりたいという、おのおの一、二点でけっこうですから、参考にお聞かせいただきたい。必ず先生は見識を持っておられますから、それをお伺いいたします。

藤林敬三慶応義塾大学教授

○公述人(藤林敬三君) どうも私が伺いましたのと、御質問の要旨が大へんあれでございますが、私は確かに政治の問題についても考えを持っております。政党のあり方についても持っております。持っておりますが、どうも私の考え方は、今の現状といかにもかけ離れ過ぎておりますので、この席で申し上げていいかどうかと思いますが、私は、簡単にいえば、公明選挙などということがいわれておりますが、ほんとうに今の現在のような金の要るような選挙でなくていけるような道は一体ないだろうかというのが私の念願でございます。と同時に、政党はいろいろあっても、すべて国民政党であるべきじゃないか。多数、少数ということはありますが、しかし、広い多くの国民を代表しているのが政党なんですから、当然私は国民政党であるべきだ。しかし、どうも日本の場合には、そういうことをいっても、現状と非常に離れておりますので、問題は、そういうところをどうやって持っていけるかということだろうと思います。事実問題としては。それにはいろいろのことがあると思いますが、単に政治の問題といわず、産業界も、あらゆる方面で、日本人の悪い欠点がこういうところに現われ、かつ、歴史的に累積されてきておりますので、われわれが容易にこういうところから足を洗っていけるかどうかということについて私など考えると、頭がぐらぐらして、お先まっ暗という感じも一面においてはしておるのであります。  だから、これは一つお互いに、単に政治の問題だけでなくて、私はあらゆる面においてそうだと思う。学校もまたしかり、学校も例外だとは私申しません。やはり、だから、われわれ日本人としてのいわばデモクラティックな教養、修練というようなものが社会的には十分にまだ積んでいないところに一面がある。なぜであるかということは、一つの私などの考え方でいえば、どうも貧乏人の悪い癖がこういうように表われておるのでありまして、従って、国民生活水準というのがもう少し高まっていくことによって、もう少しわれわれが自由に、デモクラティックにものが考えられるようになる必要があるということ。まあ、まだほかにもいろいろあると思いますが、一つの重要なポイントはそういうところにあるように思います。どうもよけいなことをしゃべらされた感じがありますけれども、そう思います。  それからもう一つ何か……。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 あなたが政権担当者となった場合、これはやりたいというような政策ですね。

藤林敬三慶応義塾大学教授

○公述人(藤林敬三君) これはせっかくの御質問でございますが、私はどうも今の段階で、気が弱うございまして、政治家になろうという意思も持ったことがございませんし、従ってその御質問にはお答えし得ないのでございます。ただ国の政策としては、私はやはり国民生活の全体の向上発展をはかっていく。従って、その意味において私は、社会保障制度というものはもっと総括的に考えて、一面は国民経済の向上発展、拡大発展をはからなければなりませんが、同時にやはり、国民生活の拡充発展というものをはかっていって、そしてもう少しわれわれ国民が、従来の悪い意味の日本人的な旧弊旧慣というようなものから少しずつ脱却していくような努力をしないと、今後世界の各国との間の交流、いろいろな面での接触を保っていく上においても、いつも二の足を踏む、置いてきぼりをくうというような感じが残されていくのじゃないか。もっとほんとうの独立国的な態度もとり得ないような場面も多々出てくるのじゃないかというような、はなはなだ遺憾千万というような感じがいたしております。せっかくの御質問ですが、どうも私は政治を担当しようなんというような野望も何も持っておりませんので、これで御勘弁を……。

木暮武太夫自由民主党

○委員長(木暮武太夫君) 藤林さん、ありがとうございました。  本日の公聴会はこれで終了いたしました。  明日も午前十時から開会することといたしまして、本日はこれにて散会をいたします。    午後三時四十五分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗