予算委員会 第9号
- 発言数
- 66 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1959/02/12
会議録
○楢橋委員長 これより会議を開きます。 昭和三十四年度一般会計予算、昭和三十四年度特別会計予算、昭和三十四年度政府関係機関予算、以上三案を一括して議題といたします。 質疑を続行いたします。石村英雄君。
○石村委員 私は、今から明年度、三十四年度の予算に関連いたしまして、政府の財政経済の基本的な考え方についてお尋ねしたいと思います。 前もってお断わりいたしておきますが、私はいつものことですが、なるべく政府の考え方をはっきりさせたい、こういう考えでお聞きしますので、いろいろな角度からお聞きしますので、場合によっては最初聞いたことと次に聞くことが、あるいは矛盾しておるというように見られることがあるかもしれませんが、政府の考え方がはっきりいたしませんので各方面から見るということで、そういう点は御了承お願いしたいと思います。 先に基本的でない——と言っては語弊がありますが、少し予算について具体的な点を簡単に一、二点聞いておきたいと思います。 まず第一は、歳入の問題でありますが、歳入の見積りにつきましては、せんだって井手委員から詳細にお尋ねがありました。それで私はごく簡単にお尋ねしますが、井手君の質問にもありましたように、明年度の歳入見積りで、所得税の見積りが非常に多いのではないか、こういう質問で、これに対する政府の答弁は、いろいろ数字をあげて御答弁なされましたが、なかなかわれわれの了承するような説明にはなっておりません。これは結局明年度の経済の見通し等にも関連することではありますが、原主税局長の説明を聞きますと、結局課税所得の所得構成が高額所得の方が多くなって、所得税は累進課税であるからその結果歳入が多くなるのだ、こういう御説明でございましたが、これに対してわれわれが今までいただいておる資料では、その答弁が正当であるかどうかは何らはっきりさせることができないわけであります。従って、これは後日でけっこうですが、今までの実績と明年度の課税所得後の所得構成についての資料を出していただくことをあらかじめお願いいたしまして、次に少し聞きますが、所得税につきましては、井手君も言っておりますように、現行法による見積りが非常に高いわけです。その所得税の中でも源泉分と申告とに分けて考えますと、源泉分については現行法では約二〇%増加が見てありますし、申告分については三五%増というようにきわめて高く同じ所得税の中でも見られておるわけでございます。そうして税法改正後の所得、収入にいたしましても、源泉分については約六・七程度の増加、ところが申告分については二七%以上の税収の見積りがあるわけでございます。源泉分についてはこれは所得がはっきりいたしておりますから、政府の見積り通り歳入があるないは別として、そう支障、問題は、納める立場においては起らないと思います。現行の法律がよいか悪いかという問題はありましょうが、納めるについてはない。しかし、申告については、これはずいぶんいろいろな問題を起すと思います。改正後においても、なぜこのように申告分の税収が、去年の三十三年度予算に対しまして二七%もふえるのか、この点を一応御説明をお願いしたいと思います。
○佐藤国務大臣 ただいま御指摘になりますように、源泉所得分については少いが、申告分については非常に増加率が多い。申告分は、御承知のように個人所得なりまた給与所得者にいたしましても、非常な高額所得者でございます。経済の成長といいますが、景気、不景気でよほどその所得には差のあることは、御承知の通りだと思います。今回の経済の成長の伸びに合して、ただいまのような算定をいたしておるのでございます。所得の増加を見積った結果でございます。
○石村委員 所得の増加を見積れば多くなるのは当然のことだと思います。しかしなかなか容易にわれわれが合点いかないのは扶養控除なんかははるかに申告所得の方が多いわけであります。扶養家族の人数にいたしましても、これは政府の資料によって見ましても、営業なんかは三人何ぼということになっております。勤労所得の方は一人何ぼ、申告所得こそ今度の税法改正による影響というものは大きいのじゃないかと思うのですが、まあしかしそれも所得が多いのだから、こうおっしゃればそのままになりますが、そこでお尋ねしますが、あるいは所得が多くなるから歳入が多くなるのかもしれませんが、この政府のお出しになりました租税及印紙収入予算の説明というところに、税法改正後の歳入額を見積るに当りまして納税成績の一段の向上を見込んでこれははかった、こうあるわけなのです。つまり今までよりも納税成績が——おそらくこれは減税になったから今度は喜んで、今までは隠しておったのも隠さずにどんどん申告して納めるだろう、こういう見方かもしれませんが、納税成績の一段の向上ということは、ちょっと考えるとこれは語るに落ちるのではないかと思いますが、一体納税成績の一段の向上の度合いはどのようにお考えなのでしょうか。
○佐藤国務大臣 御承知のように景気が悪いときにはどうしても滞納が多いわけでございますが、景気がよくなりますと滞納の率がだんだん下ってくるわけでございます。そこで三十三年の十一月と三十二年の十一月と比べてみまして、この率がそうだと思いますが、割合から見まして大体源泉で——ちょっとこの率が違うものですから、事務当局に説明させます。
○原政府委員 申告所得税の伸びでありますが、ちょっと先ほどの御質問の点を最初に申し上げさせていただきます。先般も申し上げました通り、三十四年度の伸びが百七十九億ある。この率は相当になりますのですが、三十三年度自体において、相当申告所得税の増収が見込まれております。これにはたとえば農業における相当な豊作があるとか、あるいは先般も申しましたような配当所得が、資本の増加を反映して相当ふえておる。従いまして、それを総合してその他所得といたしまして課税するというあたりが、相当ふえてきているというのがございます。そのほか税法の累次の改正、特に三十二年度の大改正によりまして、いつもいわれておりまするところの営業所得税における申告が不十分であるということが、一方で強くいわれるわけですが、そういう点がやはり税負担が納得できるというようなものになりますれば、納税者の方も申告をよく出す、また更正決定をやる場合でも、よりすらっといくというようなこともあると思います。それらを反映いたしまして、三十三年度自体において、まず申告所得税の方は、百五十億前後の予算に対する増収があるというふうに見ております。そういたしますと、ここに掲げております三十三年度予算に対する散超は、三十四年度の自然増収が百七十九億でありますから、三十三年度の実績に対しますとごくわずかである、二、三十億であるということに相なります。もちろんこの見積りをいたしますにつきましても、申告所得税の納税、また税務署の調査というものが不十分であるということはよく言われますので、私どもよくこれを是正していくように納税者にもお願いするし、税務署も苛斂誅求という意味ではなくて、より科学的な方法によって真実の所得を発見するという努力をいたしておりますから、そういうものももちろん入ってくるわけでありますが、いずれにいたしましても、三十三年度の実績収入額に対しましては、ただいま申し上げますように二、三十億、率にいたしましても四%か五%というようなところに相なるわけで、三十四年度の見込みとしてそう無理なことはない。それの諸元は、お手元にあります十一ページの申告所得税というところに、生産物価その他の諸元が入ってございます。
○石村委員 この問題は時間もありませんから簡単に打ち切りたいと思うのですが、そういたしますと、いずれにしても納税成績の一段の向上というのは、徴税強化は絶対に意味しない、こう理解していいわけなんですね。
○佐藤国務大臣 その通りでございます。
○石村委員 次にお尋ねいたしますが、今度減税がいろいろありましたが、この減税の大体大蔵大臣の基本的な方針と申しますか、それはどこに置かれたわけなんですか。
○佐藤国務大臣 減税は、御承知のように公約実行を取り入れましたが、ただ公約実行と申しますのも、申すまでもなく国民負担の軽減ということがねらいでございます。国民負担の軽減を第一の目標といたしておりますが、同時にまたこの際に税率のあり方といたしまして、相互の間におきましてこれの合理化をはかっていくという工夫は、もちろんいたしたつもりでございます。 まず第一に、所得税におきまして、扶養控除とかあるいは退職金につきましても大幅な減額の制度を設けるとかいたしますと同時に、あるいは間接税の面におきましても長い間の問題でございますので、この際にこれが合理化をはかっていく。同時にまた地方の税につきましても、ただいま申す合理化という観点に立っての減税を取り入れたつもりでございますし、さらにまた今回の減税に対しまして、物品税等でごらんになるように、やはり負担の軽減という点だけでなしに、中小企業のものであるとかあるいは大衆課税を軽減するとか、こういうような観点に立つと同時に、物品相互間におきましても均衡をとるという意味において、新たに一部のものについて課税をするとか、あるいはまた基本的な問題については今後に譲るといたしましても、徴税方法等につきましてもこの際工夫をこらして、そうして、税そのものが十分理解を受けるようにというような点をいろいろ工夫いたしたつもりでございます。金額といたしましては、平年度七百億減税ということが公約にもございますので、その線に沿っていたしたつもりでございます。ただ地方、国、この二つを通じての減税ということを公約いたしまして、あるいは地方税の面においてもう少し減税が実現できるのではないか、かような期待を持たれた向きもあるかとも思いますが、この点は、納税者の側に立ちますれば、国、地方、その区別なしに、負担でございますので、地方税の減税の方は幾分か当初予定したものとは事変りまして、国税の方におきまして多額の減税をする、実際にはこういうような実施方法になっております。
○石村委員 所得税について、今度は基礎控除に全然手を触れられなかった。扶養控除だけだという考え方、基礎控除九万円は、あまり高い基礎控除では私はないと思うのです、所得税における基礎控除という考え方からいけば。それをなぜ今度少しも手を触れられなかったか、ただ扶養家族控除だけをおやりになったか。これはどういうことでございましょうか。これでは独身者だとかあるいは共かせぎの人とかいうものは、子供をたくさん持っておる人はいいかもしれませんが、あまりにひどいことではないか。独身者の申告所得なら九万円ですが、それに所得税をかけるというのは、国民の税負担を軽くするという意味では、こういう基礎控除にただ一指も触れなかったというのは合点のいかぬことだと思います。
○佐藤国務大臣 この点は基本的な問題でございますので、ただいま御指摘になりましたような意見がもちろん根本にあるのであります。過去の減税におきましては、基礎控除が取り上げられた場合もしばしばあるのでございますが、今回税制審議会等で十分各方面の意見を徴しました際、今回のような減税方法の答申を得たのであります。そのときいろんな議論が出ておったのでありますが、一番大きく響いておりますのは、過去の減税が基礎控除である。そういう意味では扶養控除というものとの間にアンバランスを生じておる。やはり家族構成等の点から見まして、過去の減税とは事変り、今回は家族構成にも重点を置いて、過去のアンバランスを取り返す、こういう意味のことが、特に扶養控除を採用することになりました大きな点であったか、かように考えます。
○石村委員 これ以上議論すると、これは議論になってしまいますからやめます。 次に、歳出の点につきましても、ごく簡単に触れておきたいと思いますが、今度の歳出は、われわれが一見すると、きわめて総花的であって、おそらく各省あるいは与党の予算のためにいろいろ努力せられた方は、ほぼ満足せられるというようなことではないかと思うのですが、しかし、総花予算であるということは致命的な欠陥ではないかと思います。しかし、その中で、同じ総花といいましても、道路だとか港湾に重点が置かれておることは御説明の通りでありますが、この道路、港湾に重点を置く、これは政府が体質改善という経済基盤の強化という線でおやりになったのだと思いますが、政府の判断では、今日の日本におきましては、何はおいてもこういう経済基盤の強化と申しますか結局はこれは資本の蓄積ということになると思いますが、そうした資本の蓄積に最重点を置かなければならないという観点にお立ちになっておやりになったことでございましょうか。
○佐藤国務大臣 ただいま御指摘になりましたように、今回の予算で特に目につくのは、公共事業費の予算の増額だろうと思います。しかも、この公共事業費の中でも、治山治水より以上に、道路、港湾等の施設の整備に力が入っておることは、御指摘の通りでございます。いろいろの説明の仕方があろうかと思いますが、ただいまお述べになりましたような点、いわゆる日本経済の体質改善という意味から見ましても、これは確かに大きな役割を果すことだ、かようには信じております。 一、二の例をとって申しますと、過去におきまして、電力不足の際に、電力開発に特に力が入ったことは御記憶に存することだろうと思います。あるいはまた治山治水の面から、いわゆる多目的ダムを建設するということで、その方面に特に予算が計上されたことも、これも御記憶に残っておることだろうと思います。今日まで特におくれていたというのは、国内の道路整備の問題であると思いますし、また最近の海運状況等から見ましても、在来の港湾ではその施設なりが不十分だ、今後の活動に備えるためにはやはり飛躍的な整備を必要とする。こういうような意味で、特に経済活動の基盤をなすような事業について、重点を置いたつもりでございます。ひとり道路、港湾でなく、たとえば財政投融資の面におきましては、鉄道の整備であるとかあるいは通信網の整備であるとか、こういうような経済基盤の点に特に力を置いたのでございます。
○石村委員 経済基盤と申しますか、いずれにしても資本蓄積に重点を置かれて、あれほどやかましかった社会保障の方は、なるほど国民年金が頭を出した。あめをしゃぶらせるというような非難もありますが、その程度のことは行われておるのですが、しかし、一方では、失業保険の国庫負担率を下げる、あるいは厚生年金の料金を上げるとか、むしろ社会保障の逆行ということが行われながら、結局現在の政府の判断は、何をおいても資本の蓄積が重要である、こういう御判断かと思います。そこが明らかになりましたので、基本的な問題に入っていきたいと思います。 今度の予算について、政府の大蔵大臣その他の説明を見ますと、いろいろ矛盾しておるようなこともあり、はっきりしない点もたくさんありますが、特に佐藤大蔵大臣の御説明を一まとめにしてみますと、自民党政府は、経済の刺激ということはあまりやりたくない。三十三年度にも社会党はそれを要求したがやらなかった。今度の三十四年度においても、そうした方針はとらない。この一兆四千何ぼという予算は、日本の経済の三十四年度の現状にマッチした予算であり、大蔵大臣の言葉をかりていえば、これを支える予算である。ただ問題は、二千四百億の散超が問題である。この二千四百億の散超については、金融の正常化等々の方針で、特に日本銀行と提携して、経済の過度な刺激にならないようにやっていくんだ、こういうような御説明と聞いておるわけでございます。また、いつかの委員会では、だからこそ特に予算に弾力的にやるということを付記したのである。こういう御説明でもあったわけですが、大体そのように理解していいのでございましょうか。
○佐藤国務大臣 けっこうでございます。
○石村委員 ところが、ただこれだけではさっぱり内容がわかりません。大体刺激するとかあるいは景気の過熱とかいうことを政府はどのように判断しておられるのか。また、金融の正常化といっても、どのように判断して、どのような具体的な施策を打たれるのか、抽象的でちっともわからないわけでありますが、まず問題を明らかにする意味で、私はあの二千四百億という散超金額に実は疑問を持つのでございます。なるほど理財局の資料によりますと、一般会計あるいは特別会計、それに外為の特別会計を加えて二千四百億という数字にはなります。しかし、従来毎年の通常国会の予算の場合の御説明の、明年度の散超は幾らだ、こういう数字はいまだかつて当ったことはありません。もちろん前途の予測ですから、少しも違わぬということはありませんが、あまりに違いがひどいのでございます。これは私は、結局外為資金を財政資金として見ることが間違いじゃないか、なるほど外為が、特別会計で政府の資金が動くことではありますが、これは日本経済の現実の活動の結果から起ってくる問題であって、予算を審議するに当って、どうなるかわけもわからぬ経済活動による散超というものを、形式的に国庫収支に関係があるからといって、これを散超要因として数えて二千四百億だから多いとかあるいは少いとか、そういう論議をすることがまず間違いではないか、世間通常そういう方法をとっておりますし、また政府もそういう方法をとっておられるが、これが間違いのまず第一歩ではないか、こう判断するわけでございます。従って、私はこういう予算審議のときには、むしろはっきりと予算自体に含まれている散超要因、散超額というものをあげて、これをまず論議する。そして、そのあとで経済の動きに対して、もちろんそれこそ景気の過熱とかなんとか金融緩和の結果いろいろなことが起りましょうし、また金融の引き締まりということも、外為関係、貿易関係で起るでございましょうから、金融問題として次に論じるのが当然ではないか。それを一緒くたにして、毎年々々とてつもないほど狂っていく数字をあげて、もっともらしく二千四百億だからうまくやれますとか、やれませんと言うことが間違っているのではないかと思います。これは大蔵大臣どのようにお考えになりますか。
○佐藤国務大臣 外為会計、ただいま御指摘のように、これは明らかに経済活動の結果によるのでありますが、しかし、その意味では、いわゆる一般税収入によるものとはその性質が違うという言い方は、これは仰せの通りだろうと思います。しかし、散超だとかあるいは揚超だとか、こういう言い方をしておりますいわゆる財政資金対民間収支の関係においてこれを除くことは、私どもは賛成をいたしません。ただいまも御意見のうちにありましたように、過去の通例から見ましても、これを中に入れているということは御了承でございますが、なぜこれが入っておるか。申すまでもなく、これは財政資金と民間収支との収支じりとでも申しますか、その点では、はっきり国庫金自身を対象にしてさような計算をするわけでございます。外為の手元資金、手元現金そのものが国庫金であることには間違いはないわけであります。そういうことを考えてみますと、やはり散超であるとか揚超とかいうような財政資金対民間収支の関係においては、やはり国庫金の一部としてこれを取り扱っていく、これは当然のことではないかと思います。ただ、御指摘になりましたように、外為の会計に属するものでありますから、経済活動の結果によるものでありますだけに、なかなか見通しは立ちかねるものがある。歳入の税収自身にいたしましても、非常に正確な資料に基いて計算をいたしておりましても、一兆円以上の税収入になりますと、幾分かの相違のあることも、これも御了承がいただけるだろうと思います。まして民間の経済活動の結果によるものであるといたしますと、そういう意味では時に見込みがある程度狂っていく。ことに貿易の状況によりまして、輸入、輸出、この関係から、黒、赤というようにはっきり変ってくる。そうしてその結果が揚げになり、あるいは散になる。こういうものでありますだけに、当初計画いたしました数字から見まして時に狂うことはある、かように思いますが、しかし大筋といたしましては、大きな狂いなど生ずるものだなどとは私どもは考えておりません。
○石村委員 大蔵大臣は私の言う意味を全然御理解になっていないと思うのです。私も外為特別会計の金が国庫の金でないとは申しません。しかし、これは現在政府が——これは当然の理由があるとは思いますが、外貨を政府が集中をやる結果起ることなんです。何も政府が集中しなければならぬとは限らないわけです。日銀に集中したってかまわない。また昔のように自由にしたってかまわぬわけです。ただこれは直接に財政的なものではないはずです。やはりこれを区別して判断しなければならぬ。やはり予算に対して、いろいろ今度の予算がどうだこうだということにはならないと思う。三十三年度の見込みにいたしましても、当初は千二百億の散超見込みでありました。現在の見込みは二千八百六十一億、この中の外為関係でも、当初は七百三十八億の散超しか見積っておりません。それが現在の見込みでは千九百六十五億、このように狂っております。こういう全然わからないものを一緒に入れて、やあ今度の予算は散超になるとかなんとかと言うことは、間違いだと私は言うわけなんです。もちろん一般会計や外為あるいは食管を除いた普通の特別会計の見積りにいたしましても、これが狂うということはこれまた当然でございます。これは私が今さら言う必要もないと思いますが、一応見積りをなさるときには、予算は予算通りに執行されるという前提、しかも三十三年度なら、三十三年度が三十四年度にずり込む、三十四年度が三十五年度にずり込む、それもとんとんだと仮定して作られた見込みであるはずでございます。いわば予算自体に含まれておる散超額あるいは揚超額というものが、ここには出ておるはずなんです。そのような前提のもとに作られた、いわば予算自体に含まれている散超あるいは揚超の分と、まるでわけのわからぬ経済の動きによる外為の収支を含めて議論して、そうしてやあ今度は二千四百億だからどうだということでは、これは財政論議というものが正道に返らぬのじゃないかと思うわけです。重ねてお尋ねいたします。
○佐藤国務大臣 先ほど申しましたように、この日銀券の増減の要因をなす国庫金の動きというものは、これを全部あげてこれを計上いたしまして、ただいま申すような揚超とか散超とかいうものをきめて参るのでございます。その国庫金のできたいわれが違うということで区別するわけにはいかない。だから財政資金対民間収支の収支じりといたしましては、絶えず日銀券の増減、これをはっきりいたすのでありますが、その意味においてこの日銀券の増減に影響のあるところの国庫金の動きは全部これを計上していく。そういう意味におきまして、ただいまの外為も計上したということでございます。
○石村委員 どうも私の考えと大蔵大臣の考えはそのまま並行しておるようですが、あるいは私の言うのが常識はずれな言い方かもしれませんが、しかしいずれにしても私は予算自体に含まれておる散超要因と経済活動に基いて起るであろう散超要因とを一緒にして議論するということは、わけのわからぬものを議論して、ただ遊びごとをしておるにすぎない、こう判断するわけでございます。 ところでさらにお尋ねいたしますが、私はまずこの予算自体に含まれておる純財政、外為あるいは食管を除いた純財政の揚超あるいは散超というものが、経済に及ぼす影響をどのように大蔵大臣は考えておられるか、こうしたことをお尋ねしたいと思います。これはあまり空漠とした質問の仕方ですから直ちには御答弁はお困りかと思いますから少し申し上げますと、純財政の引き揚げ超過は、普通に考えるとそれだけ民間資金が直ちに引き揚げられる、このように理解されております。しかし現実の事態はそうではなくて、純財政による引き揚げ超過は必ず日本銀行の追加信用によって補われるのではないか。つまり純財政が資金を民間から引き揚げた場合に、それによって当然民間経済というものが収縮するということは考えられない。必ずこれは結局最後においては日本銀行によって補われるのではないか。もちろん金額が一銭一厘違わぬというわけではありませんが、結局財政資金の引き揚げというものは、決して普通考えられるように民間経済の収縮というものをもたらすものではなく、それは必ず銀行、最後においては日本銀行によって補われるもの、これは簡単に法人税を納める場合でもそういうことがいわれると思います。民間企業がもうかっておるといっても、これは資産の評価等で利益が出てくるわけでございますから、非常な裕福な会社でない限りは、納税の場合には銀行から金を借りなければならぬ、そういう面もありますが、経済活動が財政引き揚げによって直ちにそれに影のように相応して収縮するとは考えられない。やはりこれは最後は日本銀行によって補われるもの、かように私は理解するのが正当ではないかと思うのですが、大蔵大臣はこの点どのようにお考えですか。
○佐藤国務大臣 経済現象の一部をとっていろいろ御議論なさいますので、なかなかお答えがしにくいように思いますが、たとえば今御指摘になりましたように、揚超そのものが経済に対して相当圧迫になるだろうとかあるいは切り詰める結果を生ずるだろう、これは自然的現象でそうなるだろう。そういう場合において日銀がやはり経済を維持するという意味であとを穴埋めするだろう、こういうような御意見かと思いますが、そういう点はもちろんあると思います。しかしながら経済の現象でございますから、まあ税は納めた。納税期になりまして揚超というだけで、直ちにその揚超分を補足するとか、こういう結論を出すことはなかなか困難かと思いますが、いわゆる非常に好景気の時代になりまして税収はふえる。あるいはまた輸入が非常に増加する、こういうことになると、経済の自然現象としては、必ず揚超が実現し、揚超の結果は経済の行き過ぎを、その自然的調節機能からとめるという働きをするだろう。そういう場合に、金融機関はそういうものをほうっておくかというと、なかなかほうっておくわけにもいかないし、その影響の次第によりましては金融機関自身がやはり穴埋めをしていくことが望ましい場合もあるだろうと思いますし、また経済の異常な需要に対する引き締めであるならば、あるいは好ましい現象ともいえるかと思いますが、大体の傾向としては御指摘になるようなことではないかと私は思っております。
○石村委員 私も傾向として言っているわけで、それをお認め願って感謝いたします。 次に反対に散超のとき、これが必ず以前の揚超の穴埋めをする、こう考えるのは、私は散超の場合にはどうかと思う。これは意見にわたるようなことを言って恐縮ですが、なるほど民間に資金は出ます。出ますが、財政の散超は一定の財政目的をもって支出されるわけであります。決して民間にこれだけの金をただでやるから、お前ら適当に使えという形で出るわけではありません。やはり一定の国家目的と申しますか、そういう目的を持って金が出される。ところが民間は従来の経済を維持しておる。そこに金がきた。普通前に揚超で出された分がそこで補われるというように考えがちでありますが、やはりその場合にも新しい目的を持って出される金でございますから、民間経済を収縮して、その方へ回すということはできなくて、その意味においては、やはり一つの何と申しますか、経済を拡大させる傾向を持つ、こういわなければならないのではないか、こう考えるわけですが、この点いかがですか。
○佐藤国務大臣 ただいま揚超の場合におきまして、これが引き締めの役割があるということも申し上げました。また散超の場合におきまして金融が緩慢になるということがいわれる。この緩慢である場合において、これは自然の状態に置けば、ただいま言われるような拡大の方向に自然にいくのじゃないか、こういうことも言えると思います。問題は、そういうような自然的な調節機能をそのままにしておいていいか悪いかというところに、金融政策があり、また財政政策が生れてくるのだ、かように実は感ずるのでございます。先ほどの揚超の場合におきましても、それが経済の健全化をそこなうような状況でありますならば、これに対しての何らかの処置をとらなければならないでございましょうし、また散超の場合におきましても、やはり経済の健全な成長ということを考えて参りますと、自然のままになかなかまかしておくわけにいかないものがあるのではないか。今回の予算編成のときに当りましても、わが国金融の長い間の欠陥だといわれておるような点を是正する方向に、今回のこの散超の効果を向けていきたいということを、実は私ども念願いたしておるのでございます。
○石村委員 財政の散超あるいは揚超の経済に及ぼす影響ということは、ほぼ同じような意見になったかと思うのです。ところで、私がこんなことをわざわざ言うのは、やはり今度の予算にいたしましても、普通財政論議をするときには、とかく揚超になれば経済が収縮する、あるいは散超になれば必ず拡大というよりは、もとの分の穴埋めになるという意見がありますので申し上げたのです。従って、今のような考え方に立ちますと、今度の予算は、程度はいろいろありましょうが、少くとも食管を除いて一千四百三十九億という、予算自体に含まれておる散超要因額があるわけでございます。従ってこの予算は、その意味においてはやはり経済を刺激する。これほどの数字に上ったことは、過去二十八年以降私はまずないと思うのですが、こういう多額の金、政府の言われる二千四百億ではないが、千四百三十九億なり千五百十六億、食管をどう見るか別として、千四、五百億の金が出るということは、今までかってありません。従って今度の予算はその意味においてはかなり刺激的なものだ、こう理論的には判断しなければならぬのじゃないかと考えるわけなんです。もちろんそれに対して金融政策でどうこうということは、これは別問題なんです。予算自体はかなり経済を刺激する予算であるという結論になるのではないかと思うのですが、いかがですか。さらに言えば、今度の予算は——まだ政府の方から財政規模に対する私の資料要求に対して出ておりません。まあ財政規模というものの見方はいろいろありましょうが、私は一応最近大蔵省がやっておる意味での財政規模を資料として出していただくようにお願いしたのです。まだ出ておりませんが、財政投融資と一般会計を含めて、そうして従来の大蔵省のやり方は整理特別会計を加えてその重複分を引く、こういうやり方になっておりますが、約二兆をこえるのではないかと思います。この面からいってもやはり相当な拡大予算だ、この予算の持つ性格というものは相当拡大刺激性を持っておる予算だ、こういわなければならないのじゃないかと思うわけでございます。いかがですか。
○佐藤国務大臣 一部におきましてさような批判をされる向きがあるように思いますが、私どもは、今回の予算は国民所得の伸び等から見ましても、大体二四%ですか、そういう数字になっておるのではないかと思いますが、その点から見ますと、いわゆる非常に大きいものだとは実は考えておりません。過去におきましても、いろいろの予算の伸びがあるように思いますけれども、前年度予算に対する今年度の予算の伸び、これが七・四%でございますが、三十三年度は三十二年度に比ベまして予算が一一%の伸びをいたしております。また三十二年度は三十一年度に対しまして八・七%の伸びでございます。そういうことを考えますと、三十四年度の七・四%というものは、総体の規模が拡大された結果、一兆四千百九十二億というような金額にはなっておりますが、いわゆる非常な拡大された予算だと、かようには考えてはおりません。
○石村委員 これは結局やはり水かけ論になると思います。拡大されたと思う、あるいは思わない、こう言えばそれまでかもしれませんが、先ほどの揚超あるいは散超論議からいえば、やはり刺激的なものではある。刺激の程度ということが大きいとか小さいとかいろいろ言われるでございましょうが、しかし刺激的な予算であるということは、私は認めざるを得ないのじゃないかと思います。その程度はいや大したことはないという見方は別に生まれると思いますが、総体におきましても、財政規模としても私は去年の当初予算に比べれば約一%ばかりはふえておるのではないか、こう考えるわけですが、それはそれとして、政府もある程度のそうしたことをお認めになって二千四百億の散超だ、これは外為のみの二千四百億ではないわけですから、一般会計等の散超も含めての二千四百億の散超であるからとして、特に大蔵大臣がこれを問題にされておるのだと思います。 ところで予算に付記しておるというのは、あれはどのことをさすのでございますか。
○佐藤国務大臣 ただいま御指摘になりますように散超二千四百億、また一般会計予算ばかりでなく、財政投融資など、あるいは特別会計予算など全部を考えてみますと、予算の使い方というものは十分気をつけていかなければならないことでございます。過去におきまして相当積極的な予算を組みましたが、その実行に当りまして、経済情勢に即応するために、特にその実行を切り詰めざるを得なかったような事態もあるのでございます。私どもが特に気をつけなければならない点は、先ほど来いろいろ御意見も出ておりますように、金融自身の持つ資本的な機能、これを自然のままに放任していいかどうかという点にかかると思うのであります。言いかえますならば、この散超の時分には自然に事業拡大の方向に向うだろうと御指摘になりました。私もまたこれをその通りでございますということを申し上げた。だからこれが自由に放任されますならば、当然の帰結として、そういう事態にいきやすい、そのことが長期経済の健全な成長ということに果していいのかどうか。私はしばしば申し上げておりますが、景気は上昇さす、またこれは成長させていかなければならないことだけれども、急激にこれを上昇さすことは望ましくない。急激な、また過大な膨張を来たすようなことがあるならば、もちろんブレーキをかけます。またそれと反対に下降の傾向をたどる、また急激な下降をするというような場合であれば、これに対してささえを与えて、経済を絶えず安定さし、健全な方向へ持っていくように留意いたしますということを実は申して参っておりますが、その意味の点が、いわゆる予算編成に当りまして、編成方針の最後に、実はさような意味のものを閣議決定をしたというようなことを何かで申しておるのだろうと思います。
○石村委員 この委員会でそういうことをおっしゃったと思うのですが、私はこれは予算の説明の中の財政投融資の最後に書いてあることをさすのではないかと思ったのですが、経済情勢及び民間金融の推移に応じて弾力的に行うこととする、これが予算に特に付記したといわれるのじゃないかと思うのですが、これは経済情勢に応じて弾力的にやるということは、何も三十四年度に限ったことではないと思う。毎年政府とすれば当然のことで、一たんきめたからといって、何でもかんでもしゃにむにやるというわけではないのですが、特にこのように書かれたことは、私はやはり相当予算の膨張と申しますか、経済の刺激性を懸念されておるのではないか、こう判断するわけであります。しかしその問題はなにとして、私この機会に申し上げておきたいことは、政府は口の先でどうもごまかす傾向があるのじゃないか。三十三年度の予算につきましても、社会党は刺激するようなことを要求したが、われわれは決してそういう方針はとりませんでした、今後もとりません、こう言われるのですが、今度の予算は、さっき申しましたように、かなり大きな散超要因を持っておる。また、三十三年度でも社会党が組みかえ要求をしたときの金は四百三十六億、あの剰余金を使え、そうして財政投融資関係、国民金融公庫やその他は政府の持っておる金融債や何かを民間に売って、その金をもってふやせ、質の変更を要求しておるわけですが、三十三年度の予算であなた方はやらぬやらぬと言われたのですが、財政投融資ではありますが、しかも政府の金で三百五十八億というものを具体的にはふやされておるのではないか。こういう社会党の言ったような刺激策をとられたのじゃないか、程度は違いますが……。ほんのわずか違う。それを、社会党は刺激せいせい言うが、私は絶対にやりませんと言って、実は陰でやっぱりやっておられるのじゃないかと思うのですが、またやらざるを得なかったのじゃないかと私は考えるわけです。これはいかがですか。
○佐藤国務大臣 社会党の昨年の臨時国会における御主張は、今お話があったと思いますが、大へん積極的な御要望のように承わったのでございます。しかしながら、大して違わないじゃないかと仰せられるように、政府のとりました程度が当時の御要望であったといたしますれば、私どもと社会党の見るところは同じであった、かように私は今日感ずる次第であります。
○石村委員 同じだというわけではないのですが、程度は違うが、やらないやらないと言って、陰でこっそりおやりになっておる。そういうことが私は大へんけしからぬことだ、こう言っておるわけなんですが、まあその点も過ぎたことを何じゃかんじゃ言うことになりますが、そこでお伺いします。二千四百億として政府は考えられておる。これは金融面で処理しなければならないというのが、今までの御説明でございました。そうして日本銀行と連携して適当にやります、こういうことなんです。適当にやる、まさか不適当にやりますという話はないと思う。適当にやりますだけではわれわれにはわかりません。二千四百億の散超をいかにするか。政府が、そのように重要な大きな金額だと御判断になっておるものを、日本銀行と連携して適当にやりますだけでは、われわれにはわからない。どのような具体的な措置を金融面においてとられるか、あるいは財政面においてとられるか、具体的な方針をお伺いしたいと思います。
○佐藤国務大臣 財政演説その他の機会に申し上げておりますように、政府はどこまでも経済の健全な成長を期待してその方向で強く推進して参るつもりであります。その意味から申しまして、今回の散超は金融の姿勢を正していく上において必ず役立つのではないか、そういう意味で特に金融機関の協力を求めようということを申しておるのでございます。先ほど来散超についてのいろいろの御意見が出ておりましたが、食管や外為会計などははずしたらどうかというようなお話であったと思いますけれども、この点はやはり取り入れてみまして、そうしていわゆる散超、揚超というものが計画され、そうしてその結果が日銀券の増減に対しての影響をもたらしておるわけでございます。言いかえますならば、散超の時分には貸し出し残はだんだん減ってきておる、また揚超の場合におきましては、ともすればそれがふえる方向にあるということでございます。この際に金融の正常化という意味においては、銀行自身の資産内容も十分正してもらいましょうし、いわゆる日銀依存の度合いもこういう際に改善してもらう。同時にまた金利自身はできるだけ安い方向へ持っていってもらい、いつも申しておりますように、国内金利は割合に高い、また今後国際競争等に備えるためにおきましても、やはり低金利で日本の経済が活動することが望ましいのでございますから、いわゆる国際金利水準にさや寄せしていくような方向でこれを指導して参りたいというのが、私どもの考え方でございます。
○石村委員 そうしますと、ただ銀行にそういうことを要望するというだけなんですか。お説教をして、その説教に従えというだけの話で、具体的な方針、方策というものは何にも考えていない。ただ銀行が日銀からたくさん借りておるから、この際返せ、返した方がいいぞ、金利もどうも日本は国際的に見て高いから下げなさい、こう希望するというだけで、政府としては具体的な手は何も打たぬ、説教だけにとどめる、こういうお考えですか。
○佐藤国務大臣 私どもは、金利なりあるいは金融自体もどこまでも自由経済の原則にのっとって参りたいと思いますが、それかと申しまして、政府としての行政権を発動しないというか、あるいはその上に眠っておるという気持は毛頭ございません。ただこういう機会に声を大にして要望するばかりではございません。日常の監督指導に当りまして、絶えずただいま申し上げるように、その姿勢を正すことを指導しておるような次第でございます。しかしながら、いわゆる金融についての統制的な働きは私どもはできるだけ避けたいという考え方でございます。
○石村委員 統制的な方針は避けたいと言われることだけはわかりますが、具体的には何をなさるかは、今の御答弁では何もわからない。あるいは大蔵大臣は、これは主として日本銀行がやることでこれは日本銀行にまかせます、こうおっしゃるのかもしれませんが、日本銀行の政策委員には大蔵省からも委員として派遣されておるわけでございます。決議権はありませんが、政府の方針を日本銀行の方針に反映させるためにそうした処置がとられておると思います。従って、日本銀行に万事まかせるだけでは政府の責任もまた済まぬと思います。日本銀行の政策委員会が決定するのだから、よかろうと悪かろうと、それは知ったことではないというのではなく、やはり最後の責任は政府にあると思います。従って具体的にどういう方法をとる、あるいは特に今経済の過熱論というものが一部に行われておりますが、この過熱論というものも、何もあすの日に経済が過熱するという意味ではなくて、ちょうど、三十一、三十二年の経験から考えて、あるいはそのうちに、来年度の下期あるいは春くらいにも、また日本の経済の特質からいうとああいうことが起りがちじゃないか、むしろ今のうちにそれに対する措置を政府は講ずべきだという考え方から、ああいう過熱論は生れておるのだと思います。何もこの四月から経済が非常に急激に発展するなんということを過熱論の人も言っておるとは思わない。結局、そういうきざしが過熱の場合でも現れたときには、早く政府として、あるいは日本銀行として崩芽のうちに手を打たなければならぬ。出てしまえば、これは手がつけられません。ちょうど三十二年の三月に金利を引き上げたときに、決してこれは経済の拡大を押える意味ではありませんというようなことを言っておきながら、とうとう五月には二厘の引き上げをしなければならぬ。そうして引き上げて引き締めてみたものの、日銀券はどんどん出していかなければならぬ。ちっとも数字的には引き締めになっておらぬ。性質的には引き締めかもしれませんが、日本銀行の貸し出しは三千億が四千億になり五千億になる、引き締めた後において膨大に出たわけでございます。これは結局、早く手を打たなかったからそういうことになったのだと思いますが、従って過熱論もそうしたことを言っておるのだと私は解します。が、ただ今までの答弁のように、何とか指導しますでは困ると思います。むしろいろいろなそういう場合の手、二千四百億の散超が大きいとして案じておられるわけでありますから、それに対する具体的な措置、これに対する方針を明らかにしてもらいたいと思います。
○佐藤国務大臣 先ほど来政府の考えておることは御了承いただいたと思います。石村さんの御意見と違っておる点はないように私考えております。ただ私どもは、先ほど来申しますように統制的な方向には行政は持っていきたくないし、この金融の面につきましては、これは自由の方向でいきたいと思っております。しかし自由の方向でいきたいと申しましても、先ほど来申しますように、いわゆる自由放任ではございません。その行き方につきましては絶えず留意いたしまして、適切なる指導はあやまたない決意でございます。今回の散超に対しましても、金融機関に対して、こういう際にこそその姿勢を正すことが望ましいということで、あるいは協会を通じ、あるいは業界にもいろいろ折衝いたしまして協力を得つつある次第であります。あるいは財政投融資の面におきましても、私どもはやはり金融機関の協力を心から望んでおります。そういう意味で、日常のあり方については十分気をつけておる次第であります。あるいは設備投資において非常に過大なものが生じないか、競争の結果不当な事態が起るのじゃないかという御懸念もおありかと思いますが、財政投融資において民間の協力を得るということを前提にいたしておりますように、民間金融機関としては、年間における融資計画などもそれぞれ立てておるわけでございますし、また産業自体が幾ら自由経済と申しましても、計画なしにやられておる状況ではございません。そういう意味では、各産業別の計画をも見まして、これに対する対策を十分立てておる次第でございます。従いまして、この散超に対する一応の計画的なものは持っておるわけでございますが、ただ問題は、自由経済の建前におりますと、ときにこれが私どもの予期しないような方向に進む懸念もある。そういう心配が生じました際に、私どもの行政権というものを発動させまして、十分あやまちのないようにして参りたい、こういうのが私どもの考え方でございます。いろいろ金融の面におきまして政府三機関というような機関もございますし、政府と非常に密接な関係を持つ機関等もございますし、こういうものにつきましては政府の意図は一そうそのまま反映さすことができるのでございます。同時にこういうものが金融界においても指導的な役割を持つこともこれまた当然でございます。 かように考えて参りますると、自由な立場においてその創意と工夫を伸ばして参りましても、心配をしなくても済むのじゃないか。先ほど来民間にあります過熱論ということを取り上げての御意見でございますが、私は、民間に過熱論があるということ自体が、すでに民間経済界において、経済の今後のあり方について自戒しておるとでも申しますか、みずからが戒めておる言葉ではないかと実は思うのでございます。こういう意味におきましては、この点はころばぬ先のつえ、柱になっておるとも考えるのであります。むしろ過熱論などなくて、非常に春風駘蕩の気持だ、春風が吹いてきたような感じになった、こういうような感じがもし経済界の一部にでも流れたら、それこそ御指摘になるような危険性を多分に持つものである。かように実は感ずる次第であります。
○石村委員 どうも御答弁が抽象的で困りますので、少し具体的な点をこちらからお尋ねしたいと思います。たとえば金融政策の一つの方法としては、日銀の公定歩合をどうするかということが一つの問題だと思います。現在の公定歩合は二銭で、年利七分三厘ですか、世界で非常に高い公定歩合が維持されておりますが、これをどうするかということも一つの方法だと思います。経済がそれこそ過熱という言葉は変ですが、過熱するというきざしが現われたときには、公定歩合を引き上げるという方法もありましょう。また経済があまりに収縮したというときには、これを下げるというやり方もありましょう。ところが、現在の日本銀行の公定歩合はほぼ二銭で、この前まで二銭三厘もあったわけですが、硬直して、こういう金融状況に応じての手を打つということが非常に困難な状況に置かれておるのではないかと思います。従って、政府が金融政策の一環として公定歩合を考えるならば、これが必要に応じて、機を失しないで発動できる態勢に公定歩合も置いておかなければいかぬのじゃないか。私は下げるのがいい、悪いと言うわけではありませんが、少くともそういう措置を講じておかなければ、ちょうどこの前と同じようなことになりはしないか。日本銀行の金利を引き上げたときには、もうおそいという事態になりはしないか。ところが、二銭のままに置いてはなかなかそう簡単に引き上げることもできない。むしろそういう方法をとるとすれば、必要に応じて上げたり下げたりが容易にできる水準に置いておかなければならないのではないかと思います。こうした点いかがにお考えですか。
○佐藤国務大臣 公定歩合についてのお尋ねでございますが、これは抽象的、原則的な私の意見として申し上げたいと思います。抽象的な原則的な意見といたしましては、公定歩合は、御指摘になりますように、容易に下げたり、容易に上げたりできるのが望ましいと思います。イギリスやアメリカなどにおきましては、公定歩合を一年の間に四回も五回も下げたり、またそうかと思うと、一年のうちに引き続いて二回も三回も三カ月ぐらいで引き上げたり、いろいろ工夫しておるのがあるのでございます。今日法律の建前からは、御指摘のように日本銀行にまかしてある事柄でございまして、大体政府自身が公定歩合にタッチする筋ではないだろうと思います。過去におきまして、政府が財政の金融引き締めをいたしました際、特に政府は日銀とはかって過去二回にわたってこれを引き上げたことがございます。同時にまた私、大蔵大臣に就任いたしまして以来、金融情勢を見まして、日銀の意見によりまして政府は賛成したわけですが、賛成してこれを二回引き下げまして、結局引き締め前の状況にただいま公定歩合がなっておるわけでございます。最近新聞等でさらに下げろという議論が出たり、また財界の一部においてもそういう意見のあることは私ども承知いたしております。しかし、日本の公定歩合の取扱い方につきましては、米英等とは少し変っておりまして、まことに慎重に扱われております。問題は、ただいまの状況でさような処置をとることがいいか悪いかという問題であるし、またこれはとらなければならないのかどうかというような問題があると思いますが、今日私どもは、過去の引き下げの場合のように、政府自身が特別な意図を持って日銀に働きかけて公定歩合を下げたということとは事変りまして、今日の情勢では、金融の実情に合うように日本銀行が処理されることを実は望んでおるような次第でございます。公定歩合の問題が日本では非常にやかましい問題になっておりますが、米英などのように、たびたび上げたりたびたび下げたりするような国におきましては、比較的この問題は水の流れるような状態において推移いたしているように見受けております。日本の金融も順次そういうような方向へ向っていくのじゃないか、かように考えております。従いましてただいま石村さんが言われるように、将来もまた上げることがあるだろうから、下げるときにどんどん下げておいて、上げ得る幅を持つことの方が望ましいではないか、こういうような意見も立つわけであります。こういうことは意見としては一応納得のいく議論のように私は考えます。しかし、今日の情勢に対してこれをどうするかということは別でございますから、誤解のないように願いたいと思います。
○石村委員 もちろん大蔵大臣がこの席で、日本銀行の公定歩合をあすから引き下げますとかなんとかいうようなことを言われるとは思いませんが、そうしますと、大蔵大臣の判断は、これはおそらく日銀の政策委員会で、大蔵省の委員が政府の判断を主張されると思います。黙っている政策委員はいない方がいいんですから……。あるいは政策委員を派遣しておる以上、政府の思見というものがこれに反映されると思うのですが、そうすると、大蔵大臣の判断は、現在の二銭七厘二毛という金利は、やはり将来上げたり下げたりするという情勢には——あまりいい水準にはないというようにお考えなんですか。これは二銭は、戦前の日本銀行の水準から見ましても、非常に高い。単に外国と比較しなくても、日本の水準だけから見て、非常に高いわけなんです。日本のほかの金利と比べても、非常に戦前に比べると高いわけなんです。これが硬直性を持って、どうにもならなくなっておるという現状は、まあ大体それだからすぐ下げるということをここで言明されるわけでもないと思いますが、もっと伸縮できるような状況に置くべきであるという御意見を政府としては持っておられる、こう判断していいわけなんですね。
○佐藤国務大臣 今公定歩合のお話が出ておりますが、公定歩合が一番影響を持つのが、コール・レートだと思います。コールが一体幾らになるか、同時にまた、コールが市中金利にどういうような影響を持つかということになる、実はその点が一番経済界としては問題だと思います。公定歩合を下げれば、コールも下り、市中金利も下っていく、こういう結果でない限り、公定歩合だけ扱っても、これは民間経済としてはその利益はあまり受けないことになるわけでございますが、それはもう御承知の通りでございます。そこで問題は、最近のコール・レートが一体どうなっているのか、ここで非常にむずかしい議論が出てくるわけでございます。公定歩合より以上高いコール・レートになるならば、これはコールについて特に指導していかなければならぬ、あるいは公定歩合を下げていかなければならぬということもありましょう。またコール・レートが、公定歩合がいかようにあろうとも、二銭を割っていくとか、二銭二厘から二銭一厘、さらに二銭を割る、こういうような状態になるといたしますと、実勢が非常に安くなっているから、公定歩合そのものは、あまり問題ないじゃないかというような議論も成り立つだろうと思います。しかしやはり相場ですから、この相場に相応するものでなければならない。そこで問題は、各企業が銀行から融資を受けますが、その金利が一体幾らになるか、この金利が一番問題だろうと思います。そこで、私ども金利の動きにつきましては絶えず気をつけておるわけでございますが、ここで昨年の金利の動きを数字で申し上げてみるのも一つの御参考になるかと思います。この公定歩合の議論とは別にいたしまして、全国の平均で銀行の貸出平均金利を申し上げてみますが、三十三年の一月は二銭三厘六毛五糸、こういう金利でございましたが、その後岸内閣ができましたときが六月、六月はこれが二銭三厘六毛一糸、わずかに四糸だけ下っておる。それから七月、八月とずっと下って参りまして、九月になって二銭三厘五糸となり、十月になりましてそれが二銭二厘八毛七糸と二銭二厘台になり、十一月、十二月と引き続いて下って参りまして、十二月は二銭二厘六毛六糸と、こういうふうに実はずっと下っておるのでございます。この金利が下りますこと自身が、先ほど来申し上げます金融の正常化なり、金利のあり方について、私どもが指摘しているように、実はそれぞれいい成績をおさめておる。これが月のうちに、ある月は下り、ある月は上ったというようなことでありますと、あまり望ましい姿ではございませんが、二回の公定歩合の引き下げ、これに対して民間銀行、市中銀行が追随して金利を順次引き下げてきておる。御承知のように、金利は公定歩合を下げたその月から直ちに下るものではなく、手形等ですから、三月先あるいは六カ月先にそういう成績が現われてくるわけであります。ただいま申し上げますように、ただいまは金利が順次低下の方向をたどっておる、こういうふうに順調に推移しておるということでございます。
○石村委員 時間がありませんので、飛んでいきたいと思うのですが、しかしなるほどコール・レートが非常に高いということもいわれます。これは日銀の公定歩合が高いから高いのだともいわれましょうし、日銀の公定歩合は、コール・レートに追随してきめるべきであるから高い、こういうこともいわれると思いますが、しかし戦前の日本の金利と現在の金利を比べてみまして、著しく高いのは、コール・レートと日銀の公定歩合なんです。民間に対する貸し出しも高くはなっておりますが、コール・レートや公定歩合ほど大きく上ってはおりません。段違いに公定歩合とコール・レートは高いわけでありますが、一体政府はなぜこのような現象が起っておるのだとお考えなんですか。ただ高いから公定歩合も高くするのだというだけでは、適切な施策は生まれてこないのではないか、原因を明らかにする必要があるのじゃないかと思う。
○佐藤国務大臣 ちょっとお尋ねの御意見、私つかみかねるのですが、なぜ高いか、結局金利そのものは、今日の金利が直ちにできておるわけではなく、長い間の一つの経験といいますか、引き継ぎからできてきて、金利体系ができ上っておる、こういうことだろうと思います。この原因を尋ねてみますと、結局日銀に依存しておることが非常に強い、そこらに一つの問題があるとも言えるのじゃないかと思います。日銀借入金が非常に多いということが一つの原因であるのかもわかりません。まあ日本の金融体系が、日銀依存度が非常に強い状況で今日まで推移している、そうして日本の金利はそういう意味で打ち立てられてきている、こうとも考えるべきではないか、かように思います。
○石村委員 さらに突き進んで言えば、なぜ日銀に依存するなにがあるのかということになってくると思うのです。
○佐藤国務大臣 その点は、今の産業自身の構造が、いわゆる銀行の借入金に依存しておるということが、非常に大きいという点になるのではないでしょうか。言いかえますならば、今回企業の健全化という意味において、できるだけ自己資本の蓄積といいますか、そういう方向にあるべきじゃないか、少くとも長期資金については、金融によらないで、社債あるいは増資等によってまかなわれるべきじゃないかということを指摘いたしておりますが、こういう点が日本経済の特質でもあり、またそういう経済をまかなっておる日本の金融機関の特質でもあるということに、せんじ詰めればなるのではないかと思います。
○石村委員 結局蓄積を多くするということになるのじゃないかと思うのです。貯金でも大いに奨励する、あるいは株でもどんどん買えという話になるのじゃないかと思うのですが、その問題は実は少し重要な問題だと思いますから、あとに回しまして、ちょっと日本銀行との関係で政府が打てるはずの手についてお尋ねをいたします。 その前に一つ、準備預金制度の発動はどう考えられておるかという点、これは日本銀行が政策委員会でもちろんきめることなんですが、政府としてはこれはどうお考えになっておるか。
○佐藤国務大臣 準備預金制度はすでに研究されておるわけでございますが今直ちにこれを発動する考えはもちろんございません。もし必要があれば、そういうことも実施すべきだと思いますが、今日その必要は私どもは感じておりません。
○石村委員 そうしたことは、われわれも予想しておったことなんです。あの法律ができるとき、こんなものを作ったって今の日本の金融情勢では発動はとうていできないじゃないかということを言ったわけですが、ところで、この間の周東委員の質問は、この準備預金制度についてきわめて重要な質問があったと思うのです。これをもって公債を保有させたらどうか、こういう意見だったのです。これに対して大蔵大臣はそういう——これは現在発動していないわけなんですが、発動するときに、公債保有をもってこれにかえるというようなお考えがあるのですか。
○佐藤国務大臣 公債を持たす、いわゆる公債発行面につながる意見だろうと思います。私どもの申す準備預金制度は、金融機関の正常化あるいは健全なる姿のための制度として、一応考えるわけでございますが、公債論になりますと、私どものねらいというか、政府の考えるところでは、通貨価値の安定ということに特に重点を置いておりますので、この通貨価値に変動を及ぼすような考え方、そういうことには特に警戒をいたしておるわけでございます。従いまして、公債発行の議論などは、ただいま私ども軽々しく賛成はできない状況にあるということでございます。
○石村委員 いま一つ金融のことでお尋ねしますが、これは日銀の問題ではなしに、政府自体の問題でありますが、日銀券の発行の保証充当限度です。これは十二月の十六日かと思いますが、貸付金を担保にしての発行限度が四千六百億にふやされておるわけなんです。この限度を近く変える御意思がありますか。そして変えられる場合には、どちらの方法に、どの分を多くしてどの分を下げるという御意思なのか。これは日銀がきめることなんというわけにいきませんよ。これは大蔵大臣がきめることですから……。これははっきり、よそへ回さずに一つお答え願いたい。
○佐藤国務大臣 これは逃げるわけにいかぬと言われておりますが、日本銀行から申請がありましたときに、私どもが考えることでございます。まだ今日申請を受けておりませんし、これは別に逃げたわけではございませんが、実情ありのままを申し上げる次第であります。
○石村委員 これは申請がなければ変更できないものですか。日銀法にそのように書いてあるわけですか。
○佐藤国務大臣 事務当局に説明させます。
○石田政府委員 お話の点は、日本銀行の発行保証物件につきましては法律上規定がございまして、どういうものをやらなければならぬかということになっておるわけであります。その中でどういうものをどういうふうに充てるかということは、法律上の要請にはなっておらないわけでございます。その点につきましては、手続的なことでございますので、ちょっと間違えまするといけませんから、調べまして後刻答弁いたしたいと思います。
○石村委員 これは、私の解釈では、こんなことはあまりこだわりませんが、一応大蔵大臣によってきめられた中を操作するについては、時によっては、ものによって大蔵大臣に相談して変更ができるということなんです。しかし、それぞれのワク自体は大蔵大臣がきめるのである、しかも、このことが日本の金融情勢にはきわめて大きな影響を与えるものだ、こう私は判断しておるから聞いたわけなんです。その一番大事だと思うことにはっきりした御答弁がないのでやむを得ませんが、時間がありませんから、これは飛びましょう。一番大事なことを御存じないようじゃ困ると思うのですが……。 次にお尋ねしたいのは、先ほどの御答弁から見ましても、政府は貯蓄の増強と申しますか、資本の蓄積と申しますか、これを非常に重要視されております。これは世間でもそのように申しておるわけですが、日本の資本形成率というものは、私はきわめて高水準だと思います。また経済白書等を見ましても、国民の貯蓄性向というものはきわめて高い。日本銀行の出した資料を見ますと、最近の日本銀行の五八年九月十六日現在のなにを見ますと、総資本形成率は二八・二%、しかも、うち民間は一九・八、このように高い資本形成率を示している国は、日本程度に発達した国ではないと思う。もちろん英米に比較すれば非常に高い。このように現在きわめて高く、また国民の貯蓄性向も非常に高いにもかかわらず、これを一そう高くしなければならぬというのは、どういうわけなんですか。これはむしろ高碕さんにお尋ねしたいと思う。高碕さんは、日本の経済の発展のために、やはりこのような高水準の資本形成率をさらにより高くしなければ、日本の経済の発展というものはあり得ないという考えに立っておられるわけですか。また立っておられるからこそ、今度の予算でも、経済基盤なんといって、資本形成の方へ重点を置かれたのではないかと思いますが、一応こうした高い水準にあるにもかかわらず、なおさらにこれを高くしなければならぬ、今度散超があるからこれもさらに貯蓄させていかなければならぬ、こういうわけなんですか。
○高碕国務大臣 一国の経済を安定せしめ、通貨を安定せしめるという意味におきまして、資本の蓄積が高いほど私はいいと思っております。
○石村委員 なるほど資本家の立場に立てば、高いほどが一応はいいかもしれません。しかしそのように資本の形成率が高いと、資本は蓄積して設備も大きくした、国内には買う者がいない、みんな自分が節約をして貯金してしまった、それで資本をどんどん蓄積した、資本家は一応それでいいかもしれませんが、作ったものをどこへ売る気なんですか。国内に売る気はない、結局外国へ輸出することだということにあるいはならなければしょうがないのじゃないかと思いますが、そういうお考えで日本は外国へ輸出するのを本旨とするというので、国内の者は食うものも食わずに貯蓄せい、資本形成率はますます高く上げていく、そうして国外に売っていきますという御方針なんですか。
○高碕国務大臣 それは全体的に、総合的にながめまして、現在の日本の消費比率はどういうふうに進んでいるか。消費比率が非常に停滞するという場合には、国内の消費を増進するという方針をきめなければならぬと存じます。しかしながら今日日本の経済を運営いたします上におきましては、どうしても国民生活に必要なるものは相当多くの数量を輸入しなければならぬ、こういうふうな点から考えまして、なおかつ今日においてようやく国際収支のバランスをとっておりますことは、特需関係がある、こういうふうな異様なものがあって、ようやく今日の経済の国際収支をまかなっておるのであります。これはいつまでもやることはできない。しかるときに、国内の経済を安定せしめ、国民の生活を安定せしめるためには、これはどうしても輸出を増進しなければならぬ。これはやはり私は第一のモットーとしていかなければならぬと思います。しかしながらそれがためには国内の資本を蓄積しなければならぬ。ところが設備が過大になるというおそれがあっては困るということでありますが、三十二年の設備はかれこれ一兆八千億になっております。それが三十三年には急に減じまして一兆五千億程度になっております。来年はさらにこれを一兆三千五百億に減ずる、こういう方針をもって進んでおります。それは現在の日本の情勢はどうかと申しますと、設備が過多であって、そして操短をしておる、こういう状態であります。この操短をなぜしているかといえば、消費がないからでありますが、それを今国内消費に向けるには、日本の現在の情勢では消費水準が相当上っておるわけでありますから、これはそうやかましく言って消費を造成するよりも、輸出が減退しているわけでありますから、それがゆえに来年度の予算といたしましては、また方針といたしましては、輸出増進をやっていこう、こういうふうな方針で進んでおります。
○楢橋委員長 石村さん、ちょっと大蔵大臣が話したいというから……。
○佐藤国務大臣 今の御答弁じゃなくて、先ほどの私の答弁を訂正させていただきます。日本銀行法第三十二条第六項によりまして、日本銀行の保証物件の各別の限度は、大蔵大臣の定めるところになっておりますが、その内容は、日本銀行の業務の状況、その資産の内容を勘案し、日本銀行の意見を聞き大蔵大臣が定めております。先ほど私、申請を待って処理すると申しましたのは、実際にはさような処置をいたしておりますが、法律的にはただいま申し上げた通りでありますから、訂正さしていただきます。
○石村委員 その点重要な問題だと思いますが、もう時間もありませんからやめます。やめて今の蓄積の問題ですが、通産大臣は、やはりこういう高い資本の形成率はどんどん維持して、そうして輸出を日本は大いにしなければならぬ、今たくさんできて過剰生産で困っておるが、これは操短をするとかあるいは外国へ売るとかで解決したい、国民に買わせる気はないということなんですね。私は国民が、高碕さんにしてもわれわれにしても相当の着物を着ておりますが、国民一般の消費水準というものは、上も下も平均すればかなりの率に上るかもしれません。しかし日本の現状では、低所得者層というものが莫大におります。いつだったか、二、三年前だったか知らぬが、東京のどこやらには、子供の作文を見ると、うちには茶わんが一つしかない、妹が先に食べて順に回ってくるのを私はそばで見ておりますという作文を書いて、大へん同情を引いたことがあります。そのように一軒に茶わんが一つしかないという家庭がたくさんある。冬になっても着物のない者がたくさんある。こんな者も現在ではそのままにして、買わぬでもよろしい。日本は輸出する。結局これでは日本の輸出というものは、ハンガー・ダンピングとはいいませんが、ハンガー輸出、国民生活から見ればハンガー輸出ということにならざるを得ないのであります。だから私の聞きたいのは、このような高い資本形成率を依然として維持していかなければならぬというのが、日本の資本主義に与えられた今の運命であるとするならば、結局そういう低額所得者に対しては、知らぬ顔をしているよりほかしようがないということになるのじゃないか、こう思うのです。時間がないからこっちの言いたいことを少し言いますが、所得をふやすということになりますと、これも私の意見ではなしに、経済白書というものを政府がお出しになっておりますからそれを見ますと、個人消費の基礎たる個人所得の増加率が、法人所得の増加率よりもかなり低いこと、これが現状だそうです。つまり個人は三二%しか——これは個人全体でしょうが、増加しておらぬが、法人は八九%も所得が増加している。そしてこの法人が社内留保をして資本の蓄積をどんどんやって、その結果二八%何ぼという高い水準になっている。また個人所得の中でも、財産所得が最近はますますふえている。賃貸料の所得は六六%の増加、これは三十年以降三カ年間の平均ですが、利子所得は八三%も増加している。そうしてさらに経済白書の指摘するところによりますと、所得階層別分布が拡大して、そうして個人業種とか会社重役なんかは二三%もふえているが、勤労者は一七%しかふえない。農家は一五%しかふえておらない。また内部における格差はますます拡大しておって、二十八年から三十二年までの四カ年平均では、五分位階層別にしてみますと、一番低い低所得者のところは二五・四%しかふえておらないが、上の方は四一%もふえている。こういう所得階層別の分布があるわけです。これは最近の数カ年の平均です。こういう状態でさらに貯蓄を増強するということになると、やはりこうした連中にますます所得を多くするという方法をとらなければ所得増加はできない。茶わんが一つしかない者へ金をやっても、これは資本蓄積の方へ回す余裕はありません。低額所得者はむしろ赤字になっているということは、今度の経済月報の終りの方にもあるわけなんです。だから、あなた方が口では社会保障、こう言われる。自民党の綱領というものは、福祉国家の建設を期すということだそうですが、資本蓄積は依然として高い現在の水準を維持し、さらにこれを大きくしていかなければならぬという運命に日本の資本主義があるならば、どうしても社会保障というものはあまりやるわけにはいかない。やはり給料の多い者によけい給料をやって貯蓄させる、そういうことをしなければ、資本蓄積は高水準は維持できないし、ふえもしない。だから社会保障、こう口では言っておるが、実はもしそれが必然的なものであるならば、社会保障というものはあまりやるわけにいかぬということになるのじゃないか。従って今度の予算でも経済基盤の方はうんとおやりになるが、失業保険の国庫負担金の方は減らすとか、やれ国民厚生年金の料率を上げるとか、日雇い健保の料率も上げるとかいう、さっき言ったような逆行をやって、資本の形成率を高めるという政策を、あなた方の方ではとらざるを得ぬのじゃないか。いい悪いは別問題です。いい悪いはそれぞれの立場の者が判断するでしょう。資本家はその方がいいというし、われわれは悪いというが、とにかく今の状態ではそういうことにならざるを得ぬのじゃないか、これがいやなら資本主義をやめてみんな社会党にでもなってくれなければどうにもならぬということになるわけですが、とにかくそういう傾向にあるということはお認めにならざるを得ないと思いますが、いかがですか。
○高碕国務大臣 資本蓄積といい、輸出振興といい、これは終局において日本経済の安定と通貨の安定をするということがおもなる目的でありまして、しからば何がために経済を安定するかというこの根本目的になりますれば、これは国民生活をもっと向上せしめるということでありますから、現在の消費水準はさらにもっとふやしていくという方針をとるべきことは、当然考えなければならないことだと思います。ただいま御指摘のごとく、消費水準は年々予定通り上っておりますが、その中で高所得者の水準は低所得者よりもよけい上っておる、こういう事実も私ども認めております。それがためにいわゆる社会政策というものをとり、そうして社会政策をもっと充実して、低所得者の収入をふやしていく、そうしてその面の消費をもっと増加していくということは、今日われわれの方針であります。
○石村委員 私の言いたいのは、なるほどそういう善意を高碕さんは持っていらっしゃるかもしれぬが、資本の形成をうんとやらなければならぬという使命が同時に高碕さんにあるならば、善意はついに消え去るであろう。また現実は消えておる。なくなっておる。善意としてはあるが、具体的にはさっぱり発現していない、こう言わざるを得ない。 そこでもう時間がありませんからいま一つ申し上げておきますが、今度の予算でも中小企業のことが非常に言われております。そうして国民金融公庫にしても、あるいは中小企業金融公庫にしても、やれ二百五十億とか、前年度よりも財政資金をよけい出しておる、こういう御説明なんです。なるほど表面の数字はその通りだと思います。しかし政府機関の予算書につけられておる貸借対照表によって調べてみると、国民金融公庫では運用部から百六十億、簡保及び年金で九十億、二百五十億出されております。ちょっと考えると、国民金融公庫の貸付ワクというものは、来年は二百五十億ふえるようにしろうとは考えます。ところが貸借対照表によっていろいろ調べてみますと、国民金融公庫の貸付ワクの拡大傾向は、三十一年度に対して三十二年度末は百八十一億のワクの拡大で、これは三十一年度よりも三二%ふえております。しかし三十三年度は三十二年度に比してどうかというと、百四十七億の増加、一九%余りしかワクがふえておりません。さらに三十四年度はどうかというと、八十八億で九・八%しか三十三年度よりも貸付ワクはふえておらぬ。単に中小企業でなしに零細国民のための金融公庫に対する貸付ワクというものが、年々その拡大の比率が小さくなっておるという現状なんです。これは同時に中小企業金融公庫でも同じことでございます。中小企業金融公庫でも、三十二年度は三十一年度に対して約三九%拡大されておりますが、三十三年度は二三%余り、三十四年度はどうかというと、一一・五%しか拡大されておらない。いかにも表面は非常にふやしておる——これは大蔵大臣、あるいはこういう実態を御存じないのじゃないかと思うのですが、非常にふえたように考えるが、実は返さなければならぬとか何とかで、実態はこんなにふえていないということなんです。国民金融公庫の二百五十億がふえるのではなくて、実質では八十八億しかふえない。中小企業金融公庫では、これも二百七十五億の財政資金が出されますが、具体的に入るのは百二十六億しかふえない。(「回転するんだ」と呼ぶ者あり)回転する、こうおっしゃるのですが、回転することを入れてのこれは計算なんだ。その拡大のワクがだんだん減っておる、小さくなっておるということが私は問題だと思います。私はおそらく大蔵大臣はこれは御存じないのじゃないかと思うのですが、最後に一つ事実とそれから今後の方針を御説明願いたいと思います。
○佐藤国務大臣 ただいま御指摘になりました基礎的な数字は、だいぶ違っておるように私どもは考えております。ただいま御指摘になりました三十一年度、三十二年度、これは非常に増加率は大きいのでございます。これは当時の特殊な経済事情によっておる。この点は御了承がいただけるのではないか。当時の金融のしわ寄せが特に中小企業に強く当っておる。これに対しまする対策として、非常に増加率が大きかったということでございます。しかし三十二年から三十三年になりましては、大体年度当初の計画は前年度に対して五%の増だ、かように記憶いたしております。三十四年度も三十三年度に対しては、当初計画に対して五%の増を見込んでおるのであります。特に率が下ってはおりません。率の下ったのは、三十二年当時の経済情勢に対応して特に増額をいたしております。そのもとを基礎にいたしまして、その後は五%ずつの増ということになっておるのでございます。この点は誤解のないようにお願いしたいと思います。
○楢橋委員長 よろしゅうございますか。
○石村委員 じゃ、やめますが、私の言った数字が違うというお話ですから、これは違うか違わぬか、私は政府が出した資料によって計算したのですが、あるいは計算間違いかもしれません。しかし少くとも貸付ワクの拡大の率というものが、年々少くなっておるということを問題だとして私は指摘したのですが、もし私の計算が違うというのなら、資料ではっきりさせていただきたい。
○楢橋委員長 明確にさせてやって下さい。 明日は午前十時より開会することにいたしまして、本日はこれにて散会いたします。 午後六時四十二分散会