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31回国会衆議院1959/03/18

文教委員会 第13号

発言数
16
登壇者
5
会派数
2
開催日
1959/03/18

会議録

臼井莊一自由民主党

○臼井委員長 これより会議を開きます。  まず社会教育法等の一部を改正する法律案を議題とし審査を進めます。本案につきましては去る十三日文部大臣より趣旨説明、福田政府委員より補足説明を聴取いたしておりますが、本案は参議院において修正され、本院に送付されましたので、審査の都合により参議院修正について趣旨の説明を聴取いたします。参議院議員、文教委員会理事松永忠二君。     —————————————

松永東自由民主党

○松永参議院議員 ただいま議題となっております社会教育法等の一部を改正する法律案に対し、参議院自由民主党、日本社会党、緑風会の共同提案の修正案の提案理由の説明をいたしたいと思うのであります。  まず、社会教育主事の養成についての問題でありますが、社会教育主事は、教育公務員特例法の第二条の4に、「専門的教育職員」という規定が明確になっております。従ってこの社会教育主事の身分講習については、文部大臣あるいは都道府県の教育委員会のような任命権者がこれを行うということは妥当を欠くということが考えられるわけであります。従って専門的教養を積むにふさわしく、なおかつ研究の自由を持っておりますところの大学であるとか、あるいは充実したところの教育機関においてこれを実施することが適当であろうと考えるのが、まずその第一の修正点の理由であります。  第二に、この第十三条を改めて、こういうふうに規定をいたしましたことは、御承知のように、憲法八十九条において、公けの支配に属しないものに公金を支出することについての規定が明確になっておりますし、また社会教育法の第十二条には、不当に統制的支配を及ぼしてはならないし、または干渉を加えてはならないという規定が明確になっておるのであります。従って補助金を交付する場合には、それが適正かつ公正に行われるということが非常に重要な問題であるのであります。従ってこの憲法八十九条並びに社会教育法の第十二条の精神を十分尊重し、なおかつ、これが公正適正に行われる保証というような意味から、こういう条章を設ける必要があるというように考えたのであります。こういう問題については、今後文部省においてもこの実施について十分な監視と注意を怠ってはなるまいということを考えておるのであります。  以上が修正案を提出いたしました理由であります。     —————————————

臼井莊一自由民主党

○臼井委員長 次に、文教の基本施策に関し調査を進めます。  質疑を許します。長谷川保君。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 前に続きまして基本施策に対する質問をしたいと思うのであります。  新しい地方教育行政の組織及び運営に関する法律ができましてから、教育長の権限というものが非常に大きくなって、これにさらに最近の教職員の勤務評定という問題が加わりますと、教育長の職務権限というものは実際には非常に大きくなって、これはむしろ私は法律にきめておるよりも大きくなると思うのであります。そういたしますと、当然これに対応するように教員の身分の保障というものが行われないと、民主的な教育が十分に行われるということについての欠陥が出てくると私は思うのであります。今日、御承知のように教育基本法第十条には「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」こういうような非常に丁寧な法文の趣旨を見てみますと、教員というものは、決して単なる教育行政の組織におきまするいわゆる上長の言う通りになるべきものではない、教育長の言う通りになるべきものではない。教育長の指示、命令というものに対して十分な批判をし、それがほんとうに国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものといたしましての教育の立場に立っているかどうか、民主教育の根本に立脚しておるものであるかどうかということについての判断、その判断のもとに立っての教員の自主的な行動、教育活動というものが当然なされるべきであると思うのであります。この点につきまして大臣はどういうようにお考えになっておられますか、伺いたいのであります。

橋本龍伍自由民主党文部大臣

○橋本国務大臣 文部省といたしましても教育委員会としても、その考え方なり動き方なりというものは憲法、教育基本法の精神に立脚して行われなければならないのは申すまでもないところでございますが、それを意に体しまして十分検討の上、文部大臣が指導、助言、援助を行い、教育委員会が実施するということにつきましては、そうした線にのっとりました教育の指針に従って、教員はやはり教育というものを行わなければいかぬのでありまして、それに対しましてどうも自分の気に入らぬというようなことでそれに従わないといったようなことは、これはどうも筋が違うと思のであります。もちろん教育の過程におきまして、いろいろ教え方等について意見はございましょうが、それは、教育の過程を通じての意見というものは、それぞれ教育委員会なり何なりに具申をされるのはけっこうであります。それが参酌をされて、将来あるいは何ほどか新しい方向を生み出したり、あるいは修正したりということはあると思うのでありますけれども、しかしどうも自分の気に入るようにならぬということで、私が直接責任を負うのだから、自分の考えでやるのだというのは間違いでありまして、やはり法に従いまして文部大臣が指導、助言、援助を行い、教育委員会が実施をするという方針に従ってやってもらわなければならないと考えております。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 しかしたとえば義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法を見ますと、「これに従事する」つまり教育に従事する「教育職員の自主性を擁護することを目的とする。」、「教育職員の自主性」ということがここで明確に書いてあるのであります。私はこれらの教育基本法の第十条や、義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法の第一条に書かれておりますのは、何と申しましてもあの戦争教育に対する深い反省だと思うのであります。あの戦争に持っていきました教育のあり方というもの、文部大臣の言うことであるから、文部省の言うことであるから、視学の言うことであるからというようなことで、教職員はそれに絶対服従していった。時の政府の政治権力のもとに教育が服してしまった。そこで真の教育がゆがめられて戦争に持っていかれたという、この深い反省から、民主教育というのはそういうものではないのだ、ことに民主教育の根本というものは、子供のうちに潜在しております能力というものを自主的な立場において引き出すというところに重点がある、こういうことで非常にきつい、そしてまた明確な法文というものができてきているというように考えるのであります。どうも文部大臣のお話を聞いておると、ともすれば、指導、助言、援助というような範囲を越えて、ここに書かれております「教育職員の自主性を擁護することを目的とする。」こういうものが読み取れないのであります。私はそのことを先般来繰り返しておりまするが、もちろん先生は何をやってもかまわぬということではありません。それゆえに教員につきましては、教員の免許の資格というものがきめられており、しかも六カ月におきまするプロベーションの時期というものが定められておる。従ってそのプロベーションの時期を、教員の適格性あるものとして過ごしたとするならば、もはやそういうプロベーションの時期というものを過ぎた教育職員というものは、これは自主的に教育をやる資格があるのだと認めたものでなければならない。従ってこの先生たちは、もちろんでたらめを教えるということではありません。それならば免許証を与えなければよろしいし、仮任用の期間というものを置かなければよろしい。それが置かれてある以上は、もろんでたらめを教えようとする先生があるはずがないのでありまして、みずから教職員を志していきます者が、そこに自主的な立場を認めていくというのは当然だと思うのです。それでなければまた民主教育はできないと思う。ほんとうに自主的な人格を作り上げていくという教育は、自主性を持った教員にして初めてできるのであって、私はそこにどうも文部省の行き過ぎがあり、文部省が教育長に命ずるやり方に不審があると思えてならないのであります。それらの点につきまして大臣の御意見をさらに承わりたい。

橋本龍伍自由民主党文部大臣

○橋本国務大臣 私は今お話しの趣旨と考え方が違うのでありますが、自主性を尊重することは大事なことでございます。これはあくまでも法律、命令の範囲内において自主性を尊重するということでありまして、ほんとうの民主教育の国民的監督というものは、やはり私は中央地方の機関を通じながら行われていくのが一番基本的な問題だと考えております。そういうふうに作られました法律、命令の範囲内におきまして、学習指導要領を初めといたしまして、ときどきいろいろな教育に対する指針が出て参りますが、これはぜひ順法してもらわなければならぬのでございます。もちろんその間においていろいろな意見はありましょう。この意見が出てくれば、これを集約して次次に文部省としても教育委員会としても聞いて、参酌して参らなければなりませんけれども、ただ民主的な制度に基いて文部省なり教育委員会がいたしますのを、教員の個人的判断によりまして自分の方がいいんだ、これが自主性だということによりまして、勝手に教育の自主的管理をやられるのは私は間違いだと思います。ぜひ一つ文部省なり教育委員会なりの趣旨を体して、実現する方向で努力をしてやってもらいながら、やはり文部省も教育委員会も世間の声にも耳を傾け、職場の声にも耳を傾けながら、将来お互いに改善をはかっていく、規律は規律であくまでも民主的な制度の上に出されたところの筋道は守っていくということでなければ相ならぬと思っております。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 それならば教育基本法の第六条にありますような「学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。」こういうように教員の身分が尊重される。それは全体への奉仕者であり、決して一部への奉仕者ではない。自己の使命というものを自覚し、その職責の遂行に努める、それには権力的な支配は絶対あってはいけない、それに服することがあってはいけない。だから教員の身分というものは尊重されなければならない、こういうわけでありますが、この教員の身分が尊重されるということについて、私が先ほど申しましたように、教育長の権限が、初めこれらの法律が作られたときよりもずっと強くなってきている。とするならば、今日教員の身分が尊重されるということにつきましては、相当さらに配慮をする必要があると思うが、この点はいかがでありましょうか。

橋本龍伍自由民主党文部大臣

○橋本国務大臣 戦後の教育に関しまする規律の問題については、私は考え方の混乱があったと考えているのであります。これは一つは、その間において明治憲法下におきます教育が、すべて大権事項として、実際は役人の補佐だけで行われるといったような行き過ぎをためるためのいろんな悩み多き期間があったわけでありますが、その間におきまして両面から行き過ぎがあり、やはり教育に関しましては憲法、教育基本法の精神を尊重しながら、あくまでも全体に対する奉仕者としてのいろんな面を考えながら教育が行われていく。しかしその中に教育方針としての最善とは何かということを常にみんなが持ち寄つて考えながら教育指針というものが立てられていく。そういう意味における教育の規律という面で教育長の権限、仕事の安定というのが考えられて参つたのであります。やはりいろいろ問題があつて今日まできているわけでありますが、教員の身分というものにつきましては、教育長の権能が尊重され重視をされていると、教員の身分がそれだけ不安定になるということはないのでありまして、教育長は教育長としての職責を十分自覚してやつてもらい、かつまた待遇の面もそれにふさわしいように十分考えていく。同時に教育基本法の精神に基いた教員の身分の尊重もますます行わなければならぬのでありまして、教育長が強くなると教員が危なくなるというようなことがもしありますれば、これは非常な不幸な間違った行き方なのであって、教育長の身分が安定し、待遇も安定する、そして先生の身分の安定についても、教育長にますます落ちついて考えてもらわなければならぬということでなければならぬと思っております。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 教育長が教員の不当な支配をしないようとする場合、そしてこれが、すでに発令をされ、たとえば教員を免職にされてくるというような場合には、今のところ人事委員会に提訴するよりほかに地方公務員の場合にはないと思うのですが、それ以外に何か道がありますか。これは大臣でなくても教育局長でもけっこうです。

内藤譽三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 裁判所がございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 裁判所はもちろんございますが、たとえば教員が免職をせられて学校へ出てはならないということにされた場合には、裁判所に提訴するということになりましょうが、しかしそのときにはすでに教員としてはもう児童に対して非常な致命的な影響を受けていると思うのです。従って私はその前に十分な方策が立てられなければならぬと思うのです。  時間もありませんから、その問題について具体的な問題を取り上げてお互いの考え方を明確にしたいと思うのでありますが、先ごろもちょっと申し上げましたが、これは広島市のすぐ外にある祇園町というところの長束小学校校長の降任事件であります。校長が適性を欠いておるということで降任されまして、その学校の平教員にされまして、よその方から山の奥におりました校長をそこに転任の発令をしたのであります。しかし地元の父兄たちは断固として、その今田という校長は今まで非常によくやってくれた、以前学校の統合問題があったときにも、町民は二つに分れてけんかになったが、しかし断じて児童をその中に巻き込んではならないといって、今田校長が児童を局外に置いて、一日も一時間も授業を休むことなしに守ってくれた、こういうようなりっぱな校長にそういうことをするのは不届きだというので、父兄も千二百名も印を押してこの校長を守り抜こうとしておる。新しい校長が赴任しようとしても拒否するというような事態に立ち至りまして、そして非常に困った問題は、もう卒業式がくるのに卒業免状を一体だれが出していいかわからない。御承知のようにこれは校長の認証を要するものでありますから、その校長の認証を得たくてもできないというような事態に立ち至っておるのであります。このことにつきましては過般私も申し上げましたから、文部省も十分御承知になっておると思いますが、まず文部省の御調査になった事情はどういうことになっておるか承わりたいのであります。この点は私も現地に参りまして客観的にいろいろ調査いたしましたので、文部省の調査と違うかもしれませんが、しかし実態は私も相当詳しくつかんでおります。まずどういうような調査がなされておるか、報告がきておるか、その点を承わりたいのであります。

内藤譽三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 今お話の今田澄男氏の件でございますが、これば昭和三十四年二月二十一日付をもって校長から平教員に降職されたのでございます。その理由につきまして私どもに報告のきておるところを見ますと、主として三点があげられております。その一点は、勤務評定の提出がおくれた、所定の期日までに出せという職務命令に違反したというのが一つの理由であります。第二点は、条件付職員の採用の勤務評定がその前にあった。この条件付職員の勤務評定が出なければ、条件付職員を本採用するかどうかきまらないわけであります。この条件付職員の勤務評定に対しても、この校長は評定書を出さなかった、その結果実は条件付の期間が切れてしまった、切れるまで出さなかったということで教育行政上非常に支障があった。それからもう一つは、学校の経理について、成規の手続を経ずに、予算がないのにいろいろと物を購入したり、これは市町村の予算でありますが、経理が乱脈であった。それから、上司に対して非常に誹謗しておる、特に教育長に対してはいろいろと誹謗した言辞が弄せられておる、職務上適性を欠く、こういうような理由で地方公務員法二十八条の一号で勤務実績がよくない場合とか、あるいはその職に必要な適格性を欠く場合、こういうような事案に該当するという点から、実は降職処分をしたのでございます。それに対して地元からもいろいろとそういうお話を聞いておりますが、実は私どもの聞いておる範囲では、今お話のように大へん評判がいいというお話でありましたけれども、私どもは逆なことを聞いておるのであります。評判がよくなくて、どこの学校も採用してくれないのだ、転任がなかなか困難だ、こういうふうに聞いているのでございます。  それからもう一つ、父兄の評判がいいというお話がございましたが、この学校は御承知の通り統合であった。反対派の人たちの父兄からは支持されたけれども、大部分の父兄からは排斥されている、こういうようにも伺っているのでございます。私どもの調べた範囲では以上であります。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 今の調査は地元からきた報告であろうと思うのでありますが、私はその学校、本人、それから父兄、それから教育事務所、県を調べ、反対派の諸君及び地教委——地教委は大部分の人がどこかへ行っておらないとか、教育長は病気だとかいうことで会えませんでしたが、さらに県教委とも会い、県の教育長とも会い、さらにまた知事とも会って調べたのであります。この今田校長の降任に賛成する方の諸君は、私ども面会を要求したのでありますけれども会わなかったのであります。その点は私非常に遺憾であったのでありますけれども、しかし私どもが県の教育委員会、教育事務所等において調べ上げてきた事件の真相、及び今申しましたような父兄やその他から調べてきたものと、今の話はずいぶん違うのであります。たとえば今お話の予算外の物品を成規の手続でなく購入したと申しますけれども、事実が四つほどあげられました。時間もありませんからおもなものを申し上げますと、第一は五万円ほどの食器を買ったのであります。これは学校給食をしておりますが、保健所の方から注意を受けまして、そして消毒を命ぜられた。そこで保健所の方で掲示いたしました薬品であるソーダを使って煮沸消毒をしたので、その食器が腐蝕いたしまして、子供たちが食事をしなくなった。そこで役場の方なり教育委員会なりに口頭で申しまして——この祇園町では更正予算を組まないという習慣になっているというので、万やむなく万一の場合には自分の負担でこれを処置して学校給食を続けよう、こういうことで一応口頭で了解を得てこれを買い入れたのであります。さらに第二の問題は、教育委員会から水道料金が多くて困る、こう言われるので、今ある二つの井戸を修理いたしまして、それを使うようにした。これも教育委員会及び役場の方の了解を得ている。もう二つばかりありますけれども、それらのことにつきましては町の収入役が町議会でもって支出は正当になされているということを報告しておるのであります。ですから今のような理由では降任ということにはなりません。これは不当であります。  さらにまた、条件評定及び勤務評定がおくれたということ、これは事実であります。しかしこれにつきましては、町の藤井教育長に対しまして、その前に、まだ期間が十分ありますうちに質問書を出しておるのであります。良心に従ってこのままでは書けぬから、これらについてはどうかという幾つかのことを書きまして質問書を出した。この質問に対して返答をしてくれれば、自分は満足できるならば勤務評定を提出いたします、こう言って、出しておる。大体一カ月ばかり、最後に出すのがおくれたのでありますけれども、その質問書に対して、藤井教育長は何らの返答をしておらぬのであります。  それから今の条件評定の問題でありますが、これについては条件評定の方は出しませんでしたが、しかし条件評定と見合うような意見書というものは送付して、その期日に間に合うようにしてあるのであります。その意見書を送付してありますにかかわらず、それらについては何らの話もなしに条件評定を出さなかった、こういうことだけで今のような処分がなされておるのであります。  それから評判のいい、悪いはいろいろな立場がございますが、これにつきましては地元に千四百人の有権者があるわけでありますが、ともかくも千二百名の人が署名をいたしておるのであります。校長を守れということを署名をいたしておるのであります。従いまして、この校長が評判が悪いとは言えないのであります。ただ先ほどほかの学校で受け取らないというお話がありました。これは当然のことです。なぜかならば、この校長をここから他へ移すということについて、そういうことが行われれば、もちろんさらに勤評に輪をかけたような教職員の身分に関するいろいろな闘争がまた加わってきましょう。どこでもそういう混乱がふえることを避けるのは当然でありまして、今こういう問題が片づかないときにこれを受け取らないのは当然であります。  それから統合の問題がありますが、この統合の問題を調べましても、この先生はたとえば長田教授その他の教育学者を広島大学の方からたくさん呼んで、町で講演をしてもらって、そして統合がいいか悪いかをきめたのであります。そのときに、この学校は十一学級あるのであります。でありますから、十一学級あれば、これはやはり統合しなくてもよろしいという考え方は想像できると思うのであります。でありますから、この統合の問題で二つに分れて争ったという事件はあるのでありますけれども、これは歴史的に見ますと、十数年前に四つくらいの村が一つの町に一緒になっておる。そのときに条件として、この学校はここに存置させるという条件が入っておるということでございまして、私はこういう問題でもこの校長のやっておることは不当ではない、こういうように思うわけでございます。  それから上司の教育長を誹謗したというお話がございましたが、実はその上司の教育長が問題です。その町の教育長は藤井という人でありますが、その人はその町の中学校の校長をした人であります。そうしてこの校長をしておりますときに、この藤井さんは能力別学級というのをやるべきだということでやった。そのときに今田さんは、それに対して反対をした、そこに理論的な対立があったのであります。ところが能力別学級をやった結果、非常に成績が悪くて、特にいい方のクラスはいいが、悪い方のクラスに入れられた子たちがそれについてこじれたと申しますが、憤慨したと申しますが、遂にいろいろな非行少年が出て、遂には自殺する者が一人出てきた。その結果藤井校長のやり方はだめだというのでやめたのであります。ここに今田君の考え方が正しいということが立証されて、それが深く根を持っておるのであります。こういうような事態からいたしまして、この藤井教育長と今田校長との間に私怨ができていると私は見たのであります。そういうようなことからこの問題が取り上げられて、そうして降任をする。その同じ学校で平教員にするという残酷きわまりないことをした。こういうようなことは不当な支配だと私は思います。  こういうような不当な支配に対して、今裁判所に出てもどうしようもないじゃないですか。私はその前に法を立てなければならぬ。しかも驚くべきことには、こういうような分限によるところの降任という処置をしておいて、しかもその校長に対して、県教委が一回も直接会っておらない。この事態を一回も調査しておらぬ。校長について当然弁明の機会も与え、調査すべきじゃありませんか。それを全然しておらぬ。しかも二月の上旬に地教委から適正を欠いておるという報告がきて、中旬にはこれを発令するということであります。しかもその間に一回も弁明の機会を与えておらぬ。こういうような切り捨てごめんで、しかもこの校長は、三十七のときに非常に優秀だということで抜擢されて校長になっておる。そして校長を十年やっておる。それが今適正でないということで、切り捨てごめんというようなことをしておる。これでは教員の身分が保障されておるということにはならぬと思うのです。こういうようなことでは、教員諸君がほんとうに自主的にりっぱな教育を行うということにならぬと思うので、この点私は新しい方法を講ずるべきだと思うのであります。この点についてはいかがでありましょうか。すでに本会議の鈴も鳴ったようでありますが、これは一教員ではありましても、教員の立場が無視され、切り捨てごめんということになりますと重大な問題でありますので、次の機会にさらに続けて質問を許されんことを委員長にお願いをしておきたいと思うのでありますが、一応ただいまの事態につきまして、文部省の報告とは本質的に著しく違うのであります。この点につきまして、文部省は当然さらに調査すべきだと思う。その点はどうでありましょうか。

橋本龍伍自由民主党文部大臣

○橋本国務大臣 教育の規律を保っていく上で、身分上の措置はやむを得ぬ場合がありましょうが、その場合におまましても、先生の身分といったようなものは十分にも十分の配慮を尽さなければならぬのが当然でございまして、いろいろ弁明の問題でありますとか、あるいは子供に対する配慮だとかいうものは、十分払われなければならぬと思っております。ただいまお話のありました点につきましては、たまたまきょう時間も切れましたことでございますので、重ねて十分調べをいたしたいと思っております。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員長 本日はこの程度とし、次会は明後二十日、午前十時より理事会、十時十分より委員会を開会することにいたします。  これにて散会いたします。     午後三時三十九分散会

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