文教委員会 第12号
- 発言数
- 111 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1959/03/13
会議録
○臼井委員長 これより会議を開きます。 この際、念のために御報告申し上げます。去る二月十九日本委員会に付託になりました辻原弘市君外三名提出の市町村立学校職員給与負担法等の一部を改正する法律案は、去る十一日撤回されました。 以上御報告申し上げます。 ―――――――――――――
○臼井委員長 それでは文化財保護に関し、調査を進めます。質疑を許します。小牧次生君。
○小牧委員 私は文化財の保護に関しまして、文化財保護委員会の御方針をお伺いいたしたいと存じます。私の御質問申し上げたことについてだけお答えを願いたいと存じます。 昨年七月一日、滋賀県蒲生郡安土町の宗教法人摠見寺代表者と滋賀県彦根市古沢町の近江鉄道株式会社の代表者山本広治、堤康次郎氏の間に、摠見寺の所有地につきましてその土地の使用権を近江鉄道株式会社に譲渡するという契約が締結されたわけでありますが、まずこの契約を御存じであるかどうか、お伺いいたします。
○河井政府委員 お答えいたします、昨年の七月一日付の安土城址の摠見寺とそれから近江鉄道株式会社との契約書というものが出ておるようであります。承知しております。内容について申しますか。
○小牧委員 けっこうです。 それでは次にお伺いいたしますが、今あなたのお話に出ました安土城址は、大正十五年当時の史跡名勝天然記念物保存法によりまして、内務大臣より史跡の指定を受けまして、さらに昭和二十五年文化財保護法によりまして、特別史跡天然記念物に指定されておると思いますが、その通りでございますか、どうですか。
○河井政府委員 御質問の通りであります。ただし、特別史跡と指定せられましたのは、今お話の昭和二十五年に制定せられました文化財保護法の規定によりまして、特別史跡として指定せられましたのは、昭和二十七年三月二十九日と心得ております。
○小牧委員 それでは私の二十五年と申し上げたのは間違いで、二十七年に特別史跡に指定されておる、こういうことでございますね。年度は違いましたが、いずれにいたしましても、特別史跡名勝天然記念物に指定されておるということは間違いはないというわけでありますね。その特別史跡である安土城址のほとんど全域にわたる土地の使用権を、今申し上げました両者の契約によりまして、所有者である摠見寺が、堤康次郎氏の主宰する近江鉄道株式会社に譲渡する契約を締結いたしましたことは、これは明らかに事実である。そういたしますと、文化財保護法の規定に照らしまして、この問題はきわめて重要である、私はかように考えるわけであります。従いましてその管理、保存の責任と権限を持っておられる文化財保護委員会のこの契約に対する態度について、順次私は契約の内容に従いましてお尋ねをいたしてみたいと考えます。 私はここに契約書の写しを持っておりますが、そのおもな点だけを御参考までに読み上げてみますと、第一条に、安土城及び摠見寺復興その他近代的観光施設を施し、観光客を誘致するために、摠見寺と近江鉄道株式会社との間に、摠見寺の土地の使用権を譲渡する、こうなりまして、いろいろ図面上の面積とか番地その他が書かれております。それは省略をいたします。それから第二条には、近江鉄道株式会社が使用開始した土地以外の山林は、近江鉄道株式会社が使用を開始するまでは摠見寺がこれを管理して、これによって生ずる収入は摠見寺の所得とする。第三条は、摠見寺は近江鉄道株式会社が第一条の目的達成のための事業計画遂行に全面的に協力して、近江鉄道株式会社は摠見寺の寺院としての維持経営に誠心誠意協力する、こうなっております。第四条は、近江鉄道株式会社が第一条の目的遂行のために地形変更または樹木の除去を必要とする場合は、近江鉄道株式会社の負担で工事をする。ただし、その樹木の処分代金は摠見寺の所得とする、こうなっております。それから最後に第六条でありますが、近江鉄道株式会社はこの契約に基く観光事業によって得たる収益から必要経費を差し引いた金額の一割相当額を摠見寺の寺院維持費として提供する。大体以上の通りであります。 概略、面積を申し上げますと、六十七町歩のうち、境内地とわずかな境内林を除きまして、大体六十四町歩という面積が、その使用権を近江鉄道株式会社に譲渡する、こういう内容であるようであります。従いましてこの中には、保安林もあり、あるいは国宝も一つないし二つあるのではないか、私はかように聞いておるのであります。 そこで少し安土城址について御参考までに申し上げてみたいのでありますが、御承知の通り、安土城及び摠見寺は、滋賀県蒲生郡の北端にございまして、東海道線安土駅から見えておるようであります。私の知るところでは、織田信長が天下を平定いたしまして、天正四年安土城の築城に着手いたしまして、三年の日子を費しまして天正七年これを竣工したものであると記録されておる。山上に築きました五層七重の天守閣は、わが国の天守閣の嚆矢と称せられ、その豪壮優美の構成は、その内部のけんらん華麗な装飾と相待ちまして一世を驚倒せしめたものであり、従って遠くヨーロッパまで安土の名が喧伝されたということを聞いております。天正十年、本能寺の変で織田信長が急死いたしました際に、明智光秀の婿の明智光春がこの安土城に火を放ったために、天守閣以下ことごとく灰塵に帰したといわれております。また摠見寺は信長によって建てられまして、一部は昔の建築を存し、信長の廟所を守り、その菩提を弔って現在に至っております。これは今私が申し上げました通り、きわめて由緒のある土地、建物であるということからいたしまして、滋賀県におきましては大正十二年全山の実測を行い、遺跡の実情はきわめて正確に図上に明示されまして、大正十五年、当時の内務大臣より史跡の指定を受けた。また昭和十五年には国庫補助を受けて、まず天守閣内の石蔵付近の土砂を取り除いてみましたところが、従来まだ知られていなかった門柱礎石というものが遺存することが発見された、こういわれております。次いで翌昭和十六年には本丸跡において土砂を取り除いてみましたならば、ここにもまた殿館の礎石が遺跡することがはっきりいたしましたので、有名な織田信長公記の記事が、うそでないということが証明をされたのでありまして、当時の壮観をしのぶことができるといわれております。今後二の丸、三の丸等についても同様の作業を継続すれば、さらに同様の成果を期待し得る、こう考えております。 前置きが長くなりましたが、安土城址は、全国にも数の少い、大体五十内外ではないかと思いますが、特別史跡名勝天然記念物の一つである。その保存や保護につきましては、その所有者である摠見寺はもちろんでございますが、文化財保護委員会におかれましても、その点には十分留意され、慎重でなければならない、こういう見地から私は先ほど読み上げました契約書の内容のおもな点について御意見をお伺いしたい、かように考えます。 まず初めに文化財保護法の規定を調べて参りますと、同法第七十七条、第七十八条、第七十九条等によりまして、特別史跡の管理保存についても文化財保護委員会の命令権、勧告権、介入権を認めております。そうして文化財管理保存の万全を期しておるのであります。さらにまた第八十条におきましては、特別史跡を含めた史跡につきまして、「その現状を変更し又はその保存に影響を及ぼす行為」は文化財保護委員会の許可を必要とする、これはきわめて重要な条文である。あるいは、その保存のために必要ありと認めたときには、「地域を定めて一定の行為を制限し、若しくは禁止し、又は必要な施設をすることを命ずることができる。」旨を明記いたしてございます。その他いろいろ文化財保護法には管理保存について多くの規定があり、またそれぞれ罰則まで規定されておる。これに対しまして、先ほど申し上げた契約書の第四条は、地形を変更し、樹木を伐採することを認めたのでございます。これについては所有者である摠見寺もさることではございますが、契約の相手方である近江鉄道株式会社の主宰者である堤康次郎氏は現在国会議員であり、同時にまた前の本院の議長でもございました。その近江鉄道株式会社が今申し上げた文化財保護法を知らないはずは絶対ないと私は思うのでございます。 そこでお尋ねをいたしたいのは、この契約を締結する前に、事前にあなた方文化財保護委員会に意見を聞いたのかどうか、あるいはまた意見を全然聞かなかったのかどうか。もしも意見を全然聞かずにこの契約を締結したといたしましたならば、これはまことに重大な問題でありまして、今申し上げた文化財保護法に対しましてまっこうから挑戦してきたものと考えざるを得ない、いかがです。
○河井政府委員 お答えいたします。ただいまお読み上げになりました契約書の内容につきましては、私の方も写しでありまして、直接にとったものではありませんが、同じことであろうと思いますけれども、多少違うかもしれません。しかしその点は私にはわかりませんが、今お読み上げになりました各条にわたっての内容はまず同一であると考えております。 それから次に今御質問の一番大切な点と考えますのは、この契約書を近江鉄道株式会社とそれから摠見寺が締結する場合に、前もって文化財保護委員会にこのことの話をしたかどうか、こういうことのお尋ねであったと了解するのであります。そういう事実はない、かように申し上げます。
○小牧委員 逐次御質問を申し上げますが、先ほど申し上げました文化財保護法の見地から、もし先ほど読み上げました契約書を認める、その内容を認めるということになりますと、私は文化財保護法というものは全く空文にすぎない、かように考える。相手は有名な金力や財力にものをいわせておる堤康次郎氏の率いている近江鉄道株式会社でございます。何を考え、何をやろうとしておるのか、私をして言わしめるならば、金もうけ以外の何でもない、かように考えておるわけであります。そこで今申し上げた第一条「安土城及び摠見寺復興其他近代的観光施設を施し観光客を誘致する為め」こういうことになっておりますが、摠見寺当局あるいは安土城付近の住民は、近江鉄道株式会社の手によりましてその付近にホテルとかあるいは園遊地とかができて、同時に先ほど申し上げた安土城の天守閣が再建される、こういうふうに宣伝されてそれを真に受けておるようでございます。私は、往年の安土城の天守閣を再建するについてどのくらいの経費がかかるかまだ調べておりませんし、またその方面の知識もございませんが、聞くところによりますと、おおよそ五億円くらいはかかるのではないか、こういうふうに書いておるわけであります。ところが今申し上げた契約の内容を見てみますと、「安土城及び摠見寺復興」と書いてあるのみでございまして、その内容についてはきわめて不明確であります。それ以上のことは何ら明確にいたしておらない。天守閣を再建するとか、あるいは安土城及び摠見寺を再建するとか、そういうような文字は全然ここにはうたわれておらない。きわめて抽象的にしか書いてないのであります。といたしますと、相手が相手でありますから、安土城の再建、摠見寺の復興ということにつきましても、観光施設の実施に先立ってこれを行うとか、あるいはまた何年何月ごろまでにはその再建を実施するとかいうようなことが、全然これには明記されておらない。従って近江鉄道が道路やホテルや遊園地というようなものを作って、あるいは自分たちの会社の金もうけ、利益のために全力を注いで、今の城、お寺の再建については、やがて行うんだ、いつかやるんだというような口実を設けまして、ほうりっぱなしにされる。これはもう企業家のいつもやる常套手段だ、こう思いますが、この第一条の趣旨について委員長はいかがお考えでございますか。
○河井政府委員 今御発表になりました契約書の内容につきましては、私は摠見寺側でもなければ、近江鉄道側でもありませんが、この契約書に基きまして鉄道会社がどういうことをするであろうかということを考えまする場合に、摠見寺あるいはあそこの町の人々の期待を裏切って、どういうことでもでき得るのではないかというようにも私は解釈するのであります。従ってこの契約書そのものを摠見寺がこのままに受けたというならば――受けたものに相違ないと思うのですが、そうなったら一体摠見寺はどうされるのかわからないのではないか、善意に考えましてもそういう解釈は出るのであろうというふうに考えます。文化財保護委員会といたしましては、今お読みになりましたように、文化財保護委員会の特別史跡と決定してありまするその土地、山林等につきまして、あるいは樹木を切るとか、あるいは工事を始めるとか、あるいは天守閣を作るとかなんとかいうようなこと、もっと小さなことでも、すべて法律の規定によりまして現状変更の許可を申請しなければ、これは寺と会社との間にどういう契約がありましても、文化財保護委員会が決定して許可するということがない以上は、手をつけることはできない、こういう取扱いにいたしておるわけなんであります。 この点につきまして少し補っておきますが、昨年の夏ごろに滋賀県の県議会の議長が参りまして、何かこういうことをしたいと思うから許可してくれるようにという陳情があったということだけ聞いております。そのときに近江鉄道の職員も来たということでありました。ところがこの重要文化財である安土城の特別の性質に基きまして、文化財保護委員会は、それはできないことであるということを言って答えてあるはずであります。さらに手続上といたしまして、文化財の審議会にこの点諮問いたしましたところが、現状変更を許可すべきものではないという答申まで得ておりますから、その答申を委員会が認めまして、そしてそのことは滋賀県の教育委員会に連絡して通知いたしてあるはずであります。これはさっき申しましたことと多少違うかもしれませんが、補っておきます。 それで、契約をすることにつきましては、こちらが何も知らない間にできておりますし、その契約の内容そのものについては、さっき私も申し上げましたような議論も大いにあるわけなのであります。それでいつどういうことが起ってくるか知りませんが、少くとも現状変更の許可の申請がない以上は、これは取扱うべきものでもないのでありますが、すでにあらかじめ委員会の意思を決定いたしまして、その意思を滋賀県の教育委員会に通告してある、これだけの手配はいたしてあります。
○小牧委員 ただいまの委員長の御答弁によりまして、大体の結論というものがわかったわけであります。委員長の今言われた御意見は、私も全く同感であります。そのように指導していかれるのが文化財保護委員会の態度としては至当である、こう考えます。 そこでさらにお伺いいたしますが、今、教育委員会に通知をされたとかいろいろ御答弁がございましたけれども、その後その契約を解約いたしまして、そうして積極的に貴重なる文化財の保護管理のため、所有者である摠見寺、その代表者等に対しまして指導をされるべきである、私はこう考えます。その点についてそのような措置がとられてきたかどうか、お伺いいたします。
○河井政府委員 実はこの契約書を私が初めて見ましたのは昨年の十月末であります。こういうものがあるかということで内容の検討をいたしました結果は、ただいま申し上げた通りであります。しかし契約ができてしまったのでありますから、それを解除しろということにまで文化財保護委員会が入れるかどうかということにつきましては、まだそこまでの確信を持っておりません。しかし何としましても、この契約に従って会社が少しでも現状変更というようなことに入るならば、それは絶対にまかりならぬ、こういう態度ははっきり持っておりますから、現在はその程度になっておるということを御了承願いたいと思います。
○小牧委員 この問題のころには委員長はまだあるいはよく御存じなかったかもしれません。事務局長の方が詳しく御存じであったかもわかりませんが、私が今文化財保護委員会に対しまして、さらに進んで積極的に指導されるべきである、契約も解除されるように進むべきであると申し上げましたのは、先ほど読み上げました契約の第六条をもう一度読んでみますが、非常にこれは警戒しなければならない危険な内容を含んでおるからであります。観光施設から上った利益の一割を摠見寺に寄付する、これはもう非常に巧妙な手段で、企業家のやるきわめて悪らつな手段である。御存じの通り安土城址の付近は交通も不便でございます。またその周辺は人口が少い。従って近江鉄道がどういうことをやろうとしておるのか、これは運輸省の監督者を呼んで一応聞いてみなければわからないわけでありますが、そういうような土地において近江鉄道が観光施設に乗り出すということになりましても、実際にその観光施設から利益が上るまでには相当な年数がかかる。そうしてまた相手は株式会社でございますから、利益が上ったか上らなかったか、これはそのときの決算表の作り方で、さじかげんでどうにでもなる。利益が上っておっても上らなかったようにお寺の方にも言うことができるし、欠損続きだといってその契約書通りの一割の寄付もしない、こういうふうになるかもしれない。従って相手の方を、観光施設から上った利益の一割を寄付するといって喜ばせておいて、そうしてうまく取り込んでこういう契約書を締結させるとか、そういういろいろな危険な内容が含まれている。これは世事にうとい摠見寺の関係者を説得して作り上げられた契約書ではないかと私は思う。そういうことをいろいろ考えてみますと、近江鉄道株式会社の方では、摠見寺と契約を結んだのであるから、この契約書は有効だというふうに考えておるかもわからない。あなた方の方から県の教育委員会を通じて、この契約書に反対であると言われても、あるいはこの契約はずっとこのままほうっておいて、またいろいろ手を変え品を変え、あるいは直接委員長であるあなたにも機会を見て陳情したり依頼をしたりして、この契約の内容の目的を実現しようとしてくるかもわからない。従いまして結論を申し上げますと、先ほども申されました契約については反対であるという通知と同時に、進んでそういうような契約は解除して、今度は文化財保護委員会において積極的に安土城址やあるいは摠見寺を調べて、そうしてほんとうに貴重な特別の史跡であることがわかれば、安土城址や摠見寺の管理、保護をする。あるいは進んで相当な補助を国がみずから直接与えて、そうしてこれを保存することに全力を注ぐべきじゃないか。一鉄道会社の手にまかせないで文化財保護委員会は積極的にそういう点には乗り出すべきである、かように私は考えますが、最後にこの点についての河井委員長の明確なる御答弁をお願い申し上げます。
○河井政府委員 この契約書の第六条ですか、この内容については、私も少し人が悪く考えますれば、御質問の通りに考えております。はなはだおもしろくない契約であるように考えております。これは主として摠見寺の側において考えるべきことということになっておりますから、そのように理解しておりますので、文化財保護委員会がこれをすぐ無効にしろということを摠見寺に言ってやるのが、いいか悪いかはまだ私にはわかりません。しかしそれでなくとも、とにかくこの契約に基いて何かあそこに手をつけようということで始める場合におきましては、本法の規定によりまして、どうしても委員会に申請してこなければならぬのでありますから、そういう場合におきましては、委員会の決定といいますか、腹はきまっておるのであります。このことはもうすでに摠見寺においても、どの程度か知りませんが了承しておるはずだと思います。今御質問がありました、堤氏が私とやはり懇意にしておるというような関係から、何か言えば河井はどうにかなるというようなことをお考え下さるのは、はなはだ迷惑であります。私はそんなことは考えておりません。委員会の委員長といたしましては、委員会の決定に基いていくのであります。それに委員会の決定につきましては、かような重要な事柄はすべて文化財審議会の議を経ておるのでありますから、私一人がどんなに変な人間でありましても、そういう御心配はないと思います。
○小牧委員 もう発言しないつもりでありましたが、あなたが堤さんと親しいから、そうじゃないか、こういうことは私は一言も申し上げておらないのです。今後やはり手を変え品を変えてやってくるのじゃないかという場合に、こういうものに対しては断固たる方針を堅持していかれるべきであるということを私は強く御要求申し上げたわけでありますから、その点は誤解のないようにお願いいたしまして、私の質問を終ります。 ―――――――――――――
○臼井委員長 次に、社会教育法等の一部を改正する法律案を議題として、趣旨説明を聴取いたします。橋本文部大臣。 ―――――――――――――
○橋本国務大臣 ただいま議題となりました社会教育法等の一部を改正する法律案について、その提案の理由を御説明申し上げます。 今回の改正の要点は、およそ次の三点であります。 その第一は、社会教育の推進をはかるため、社会教育主事に関する規定を整備することであります。社会教育主事は、教育委員会における社会教育に関する専門職員として地方の社会教育を担当し重要な役割を果すものであります。従って地方における社会教育の推進をはかるには、その充実を期することがきわめて肝要であり、これにかんがみまして、従来市町村においては、任意設置となっている社会教育主事を必置制とするとともに、その資格及び養成講習に関する規定を整備して、適材を求めることができるようにし、社会教育の振興をはかろうとするものであります。 第二は、社会教育関係団体に対する補助金の支出禁止の規定を削除することであります。すなわち、国及び地方公共団体が社会教育関係団体に対して助成し得る道を開き、これらの団体の健全な育成をはかり、もって社会教育の振興に資したいと存ずるのであります。 第三は、公民館活動の振興をはかるため、公民館の基準の設定等に関し、規定を整備したことであります。公民館は、戦後いち早く社会教育施設として発足してから今日まで、全国の市町村に広く普及を見たのであります。しかしこれにつきましては、文部大臣が基準を定めるべき明確な規定もなく、公民館の健全な発達をはかる上においても不十分な点が少くないので、これを明確にするとともに、公民館の分館及び主事に関する規定を設け、その活動の振興をはかる所存であります。 その他、若干の必要な改正を行い、今後一そう社会教育の充実振興をはかって参ろうとするのであります。 以上がこの法律案の提案理由であります。何とぞ、十分御審議の上、すみやかに御賛成下さるようお願いいたします。
○臼井委員長 次に補足説明を聴取いたします。福田政府委員。
○福田政府委員 ただいまの大臣の説明に補足して、法案の内容について御説明申し上げます。 第一に、社会教育主事及び社会教育主事補でありますが、現在これらの職員は教育委員会に置かれる社会教育に関する専門職員として都道府県及び市町村の社会教育の推進に重要な役割を果していることは、申し上げるまでもありません。しかし、社会教育主事及び社会教育主事補の設置に関しては、社会教育法第九条の二の規定により、都道府県は必置となっていますが、市町村は任意設置となっておりますので、市町村ではむしろこれらの職員が置かれていないところが多いのであります。こうした現状にかんがみ、これを市町村にも必置とし、社会教育の推進をはかろうとするものであります。しかし、一律に市町村の社会教育主事を直ちに設置することは実情に適しないので、若干の猶予期間を設けることとしているのであります。すなわち市にあっては昭和三十七年三月三十一日までの間、町村にあっては政令で定めるところにより、町村の規模に応じた猶予期間を規定し、逐次設置するようにしたいと存ずるのであります。 次に、従来社会教育主事の資格要件については、これまで大学卒業者や教員免許状を所有する者等小範囲の者を原則としている一方、かなり緩和された暫定資格が経過的に設けられていましたが、今回この経過規定を廃止するとともに、第九条の四の資格規定に新たに一号を加え、従来の本則の該当者に劣らぬ適任者を採用し得るよう改正することにしたのであります。またこれが養成のための講習実施者の範囲を広げて、文部大臣、大学以外の教育機関及び都道府県の教育委員会においても行い得ることとしたのであります。さらに現職の社会教育主事等についても専門職員としての研修を行う必要がありますので、これに関する規定を設けたのであります。 第二は、社会教育関係団体に対する補助金支出の禁止規定の削除についてであります。社会教育関係団体の種類はきわめて多く、またその事業の範囲も広範にわたるのでありますが、社会教育法第十三条では、社会教育関係団体については、国及び地方公共団体の補助金の支出が全面的に禁止されているのであります。このことはかえって社会教育の振興を阻害するおそれがあり、社会教育関係者からかねがねこれの改正が強く要請されていたところであります。 このような事情にかんがみ、社会教育関係団体の活動の助長に資するため、第十三条の補助禁止規定を削除する改正を行おうとするのであります。 第三は、公民館に関してでありますが、公民館は現在その設置が義務づけられていないにもかかわらず、全国の市町村の約八六%にまで設置せられ、まさに社会教育の中心的機関ともいうべき役割を果しているのであります。 しかしながらその内容につきましては、いまだ貧弱な施設、設備しか持たないものが多く、適正な公民館活動を営むには困難な現状であります。従って公民館活動を振興するためには、文部大臣が公民館の設置運営上必要な基準を設け、これに従って文部大臣及び都道府県の教育委員会がその施設、設備その他の運営上必要な事項について指導、助言、援助を与えることが必要でありますので、これに関する規定を設けたのであります。 また従来分館に関する規定がなかったため、今回分館に関する規定を設けるとともに、さらに公民館の職員につきましても、もっぱら公民館の事業の実施に当る職員を主事として法に規定し、その現職教育に力を注ぎ、公民館の充実をはかりたいと考えているのであります。 第四に、社会教育委員の職務は、社会教育法第十七条に規定するように教育委員会に対し助言することでありますが、市町村の社会教育委員は、これに加えて青少年教育に関する特定の事項について助言、指導を行うことができるようにし、健全な青少年の育成に資することとしたのであります。 また社会教育委員、公民館運営審議会委員等には、社会教育法第十九条、第三十二条等によって報酬を支給することができないこととなっていますが、これらの規定を改め、地方公共団体の他の委員と同様に報酬を支給することができるようにしたのであります。さらに公民館の運営審議会については、同一市町村内に公民館が二以上ある場合には、これを共同で設置することができるようにし、この運営の円滑をはかったのであります。 第五には、公民館、図書館及び博物館に関する国庫補助の規定を改正したのであります。公民館に関する国庫補助の規定は、社会教育法第三十五条及び第三十六条の規定にかかわらず、現在は補助金等の臨時特例等に関する法律に基いて公民館の施設及び設備について、補助ができることになっており、この法律は昭和三十四年三月三十一日失効するので、今回これとほぼ同様の規定を社会教育法の中に設けることとしたのであります。 また図書館及び博物館に関する国庫補助も、同様に図書館法第二十条及び第二十二条、並びに博物館法第二十四条及び第二十五条の規定にかかわらず、現行は、補助金等に関する臨時特例等に関する法律に基いて行われているのでありますが、公民館と同様に今回それぞれの法律の中にこれに関する規定を設けることとしたのであります。 最後に、この法律の施行期日についてでありますが、社会教育委員等の報酬に関する規定、公民館等の補助に関する規定及び社会教育主事の暫定資格の削除に関する規定は昭和三十四年四月一日から施行することとし、他の規定は公布の日から施行することとしたのであります。 なお、従前の付則第六項により社会教育主事の職にあった者については、改正規定により不利益とならないよう必要な規定を設けているのであります。 以上がこの法律案の内容の概要であります。 なお社会教育法等の一部を改正する法律案については、参議院におきまして次のような修正がありました。 第一条のうち社会教育法第九条の五の改正規定中「文部大臣又は」及び「若しくは都道府県の教育委員会」を削る。 第一桑中社会教育法第十三条の改正規定を次のように改める。 第十三条を次のように改める。 (社会教育審議会等への諮問) 第十三条国又は地方公共団体が社会教育関係団体に対し補助金を交付しようとする場合には、あらかじめ、国にあっては文部大臣が社会教育審議会の、地方公共団体にあっては教育委員会が社会教育委員の会議の意見を聞いて行わなければならない。 以上であります。 ―――――――――――――
○臼井委員長 次に公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、提出者より趣旨説明を聴取いたします。西村力弥君。 ―――――――――――――
○西村力弥君 ただいま議題となりました公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概略を御説明申し上げます。 さきの昭和三十三年五月第二十八国会におきまして、本院において公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員の定数標準の法律が成立いたし、すし詰め学級の解消を目ざしたのでありますが、義務教育本来の目的に立脚いたしますときに適正な指導と学習活動を展開するためには不十分な点があると考えられるのであります。すなわち日常活動の指導や、児童生徒の学習活動の面からしましても、諸外国の例をとりましても、アメリカ合衆国は一学級当りの生徒数は三十人から三十五入となっており、イギリスは三十七もしくは三十六人、西ドイツは四十人という実態が明らかになっているのであります。さらに現にある学校の教室の条件から教室内の炭酸ガス量は一日の授業時間を四時間といたしまして、五十名から六十名の人員では二時間が限界であるのであります。さらには外部からの騒音、教室内の塵埃、温度等検討いたして参りますときに、教育をより向上させるための目的に近づけるには道は遠いと申さなければならないのであります。かかる観点に立ちまして教育の効果を上げ、学校運営をより円滑にし適正なる教職員の配置をすることによって義務教育水準の維持向上に資するために学級編制の標準を引き下げ、もって教職員の配置をより充実することが適当と考え、今回提案する運びに至った次第であります。 以下内容にわたって簡単に御説明申し上げます。 先ず第一には、一学級の編制の最高を四十人とすることに改めました。これは、すでに申し上げました通り、教職員の指導量と、児童生徒の学習活動範囲からしても四十人以上であることはきわめて困難であるということであります。 第二には、昭和二十七年度文部省におきまして調査されました教職員一人当りの一日平均勤務時間数によりましても明らかな通り、教科指導の時間が四時間二十五分となっておりますが、担当教科数量の過重という点からも教育水準の向上をはかるため児童生徒総数に見合う教職員の配当をより充実させたのであります。 第三には、養護教諭及び事務職員を各校に各一人を必置することであります。このことは御承知の通り、最近の学校運営上ぜひ必要なことであり、教育全体の向上と充実をはかることの措置をいたすことが緊急の要務と考えるのであります。なお、さらに現行法律では経過措置を政令にゆだねているのでありますが、法律条項に三カ年並びに五カ年をもって年次的に解消していくことを考えているのであります。 以上がこの法律案を提出いたしました理由及び内容の概略であります。 何とぞ慎重に御審議の上すみやかに御賛成下さるようお願い申し上げます。
○臼井委員長 以上二法案に対する質疑は追って行うことといたします。 ―――――――――――――
○臼井委員長 それでは次に学校教育法等の一部を改正する法律案並びに学校教育法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案、以上を一括議題とし審査を進めます。質疑を許します。堀昌雄君。
○堀委員 大臣がおかわりになっておりますので、私はこの法律について、この間は将来の予測される問題についてお話し申し上げたのでありますが、本日は本質的な問題をちょっと伺っておきたいと思います。 そこでまず第一に、大学という言葉がわが国にあるわけでありますが、昔は大学というものと専門学校という形のものがありまして、大学と専門学校はおのおのやっておる内容も違いましたし、名称も異なっておった。では当時の専門学校がみずからを卑下しておったかというと、必ずしもそうではないわけでありまして、現在大学になっております一橋高商であるとか蔵前の工専であるとかというところは地方の国立大学以上にみずからの権威を持っておったようにわれわれは考えておるわけでありまして、必ずしも名称その他によってその内容がどうこうされるものではないと私は考えておるのであります。そこで、今度の法案でも大学という言葉がいろいろな形で使われておりますが、大臣は大学というものに対して一体どうお考えになっておるかをちょっと伺いたいと思います。
○橋本国務大臣 学校教育法に定められました通り、最高の高等教育機関というふうに考えておるわけであります。
○堀委員 学校教育法に定めております大学は、第五十二条に「大学、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用能力を展開させることを目的とする。」ということで、学校教育法で大学という言葉について定められておることは今のお話の通りでありますが、私が今申し上げておりますのは、大学という言葉です。この法案の中には専科大学というものがあります。この専科大学というものが大学なのか大学でないのかということは、法律的にはなるほどこの五十二条にいう大学ではないという御説明をされると思うのです。私の伺っておりますことは、そういう法律の問題を離れて、一般に大学という形で一般の国民が考えておりますものの考え方、ここで専科大学というような名前がつけられているけれども、私の意見というならば、専門学校でいいのじゃないか、あなた方の考えておられる内容は。なぜここに大学という名前をつけなければならぬかというところに、私はどうもちょっと理解しにくい点があります。
○緒方政府委員 このたびの新しい学校制度として、ここに高等教育機関の一つとして専科大学を考えたわけでありますが、名称のつけ方でございますけれども、御承知のように繰り返して御説明申し上げておりますように、こういう制度を立てようというのは、従来認められておりました暫定的な短期大学の改善と申しますか、これを恒久的制度として本格的な学校制度とするにはどうしたらいいかという観点からまず出発しております。でございますので、従来の短期大学でも大学という名称を持っておりましたので、それを受けての制度であることが一つございます。 それから専門学校という名称にしたらどうかという御意見もあろうと思いますけれども、旧制の専門学校とはやはりそこに性格の変ったものが、新しい学制下における学校制度としてのニュアンスが出てきていると思うのであります。この専科大学の目的といたしましては、この新しい法律に掲げておりますように、「職業又は実際生活に必要な能力を育成する」こういうふうに相当広く書いているわけでございますが、以前の旧制の専門学校は、規定は必ずしもそうじゃございませんけれども、実態としましては各専門分野の、技術的な専門的な職業人を養成する、こういう点に非常に強いニュアンスがある。今度の短期大学の実態を受けて作ろうといたしまする専科大学の内容といたしましては、職業教育と同時に実際生活に必要な能力も育成する、相当広く考えておるわけでございまして、新しい学校制度におきます一般教養ということも無視はしてない、そういうニュアンスをいろいろ考えますと、やはり専門学校というのじゃなくして専科大学、こういう名称をつけた方がいいじゃないか、こういう判断でそういう名称をつけたわけであります。
○堀委員 それじゃ伺いますけれども、今のお話でいくと、専科大学においては専門的な職業の問題と実際生活の問題と一般教養の問題と三つが含まれておる、こういうことでございますね。今そういうふうにお話になったと思う。そうすると昔の専門学校は職業教育だけで、実際教育も一般教養もやっていなかったかどうか、これをちょっと伺いたい。
○緒方政府委員 今三つに分けてこれだけのものを目的とするということじゃないのでありまして、その新しい大学制度、高等教育の内容といたしましては、新学制のもとにおきましては一般教養ということも相当重視しております。そういうニュアンスを出すためには前の専門学校という名称とは違った名称の方がいいじゃないか、こういうことで専科大学という名称をつけたということを今申し上げました。それは旧制の専門学校におきましてももちろん一般的な科目もあったのでございますけれども、これはむしろ何と申しますか、専門科目の基礎的な教科という意味が強かったのであります。現在の新制の学校制度におきまするような意味の一般教養というものは割合に薄かったのじゃないかというふうに考えます。
○堀委員 ちょっとそれは私は納得できないのです。実は一般教養というものの扱いは、今のお話でいきますと、現在の大学制度は昔と変って、一般教養というものがそういう専門的な問題と並んであるというふうなお話と承わったわけですが、本来やはり大学における一般教養というものは、もちろん土台となるものがちゃんとできていなければ専門的な知識は活用ができない、そしてそういう土台の上に初めて専門的な知識が発展するのだという考え方の上にあるわけでありまして、決して一般教養と専門的な教育とが並んでおるのじゃなくて、本来土台は一般教養で、その上に専門的教育、こういうことにならなければなりませんので、私は専門的教育というものは少くともいかなる場合にも一般教養の裏づけなしにはあり得ない、こういうふうに考えておるわけです。ですから当然かっての専門学校においても一般教養もございましたし、その教養の上に専門課程があった。ただ多少の時間的な相違に基いて、その濃厚に差はあったであろうことは、これは時間的な措置としてやむを得ないと思うのですが、少くとも考え方はそういうことであったと思うわけです。そこで現在の場合でこれを見ても、私は同じことじゃないかと思う。やはり今度皆さんの考えておられる専科大学というものは、より昔の専門学校的になって、ただ濃厚の差はあれ、やはり専門的職業教育と実際生活のものが比重が高くなって、一般教養の比重が低くなる、そして時間の短縮はその一般教養の減った分で補おうということだと私は考えておるわけであります。そういった角度から見れば、何ら過去の専門学校と、ここに書かれておる専科大学とは変りがないと私は考えております。 そこで具体的に、それじゃ変りがあるということでございますならば、私はまだあと二時間もやりますから、過去における専門学校教科課程の内容ですね、たとえばこういう専門学校についてはどういう科目が幾ら幾らで、割合として何%で、今度の専科大学として考えられているものについてはどういう状態か、具体的にちょっと一つ御説明いただきたいと思いますが、資料がありますればただいま伺いたいと思います。
○緒方政府委員 今お話の中にございましたように、旧制の専門学校におきましても、専門教育のための基礎的な知識を養うという意味の一般教育と申しますか、そういうものはもちろんございましたし、必要であったわけでございます。ただ新しい大学におきまする一般教養というのは若干そのニュアンスが違う、これは御承知の通りでございます。そのことを私申し上げましたので、具体的にそれじゃ科目数がどうかということになりますと、それは今お話のように非常に今度の専科大学と前の旧制の専門学校とは似通った点があると存じます。その新制の一般大学におきまする一般教養という科目はこれは比較的薄くして、そうして専門教育の方を高めていきたい、そういう考え方は確かに入っているわけでございます。しかしそのニュアンスとしては、今申し上げましたように新制と旧制との間に違いがありますから、そういうことを考えまして、やはり専門学校という名前は避けて、新しい学校制度という意味で、それとは全く同じものじゃないということを表わすために専科大学という名称をつけた、こういうつもりで申し上げているわけでございます。 それからまた旧制専門学校と違いますことは、現在の六・三・三・四制の中におきまして、六・三・三の高等学校を卒業して入る学校制度であるという意味では、大学と専科大学と同じわけでございます。旧制におきましてはそうじやなかったわけであります。中学を出て片方は高等学校に行って、高等学校を出て大学に行く、片方は中学を出て専門学校に行く、こういうような違いがございましたので、旧制の専門学校という名称をそのまま受け継ぐということは避けたわけでございます。 それから今御質問のございました点は、少し整理して後ほど申し上げます。
○堀委員 そういたしますと、高等学校を卒業して入るから大学だということなんでございますね。昔は大学というものはそういう格好ではなかったわけですが、今の御説明を裏返せば、高等学校を卒業して入る学校だから大学だという形の大学の概念というものを一つお考えになっておる、こういうふうに理解してもいいわけでございますね。
○緒方政府委員 これは名称のつけ方でございますから、いろいろ御意見もあるかと存じますけれども、私どもが旧制の専門学校と同じ名称を避けて専科大学という名称をつけたのは、今申しましたようにいろいろ違いがございますから、それで専科大学、しかも最初に申しましたように短期大学の改善ということからも出発をいたしておりますし、今いろいろな事情を勘案いたしまして、専科大学という名称をつけたわけでございます。
○堀委員 そうすると、非常にあいまい複雑になってきて、何のことかだんだんわからなくなってきたのですが、さっきのロジックで言いますと、高等学校を卒業して看護婦になる人たちには、高等看護学院というのがあるわけですね。そうすると、これはやはりそういう考え方からは看護大学ということに発展してもいいのだ、こういうことになりますね。そういう内容については多少手を入れるかもしれないとしても、考え方はそういうふうに専門的なもので高等学校を卒業してやる、場合によるとそういうものは専科大学なんだということになってくる可能性は十分あるというふうに理解してよろしいでしょうか。
○緒方政府委員 この専科大学制度のワクの中でいろいろな学校ができるということはあると思います。今の短期大学でも、看護という教育内容を持った短期大学があるわけでございまして、それは将来看護婦、そのほかいろいろございますけれども、そういうふうな目的のために専科大学ができるということは十分考えられる、ただしかしこれは一律に全部看護学校というのを、たとえば各種学校でやっておるのをみんな専科大学にしなければならぬ、こういうことではないと思います。
○堀委員 大体私が最初に大臣に伺いました大学とは何かという問題は、今のお話を聞いておりますと、何といいますか、非常に常識的なものになってしまう。私はやはり大学というものは、もうちょっとシビアな形で考えるべきじゃないかと思うのですが、名前は大学で、一々法律の条項を見て、初めて大学という同じ言葉の内容の意味が違うのがわかるというような状態に、今後は大体なってくるんじゃないかと思うわけです。日本では、戦後、大学が専門学校から大学にたくさんなりまして、世界じゅうでおそらくこれほど大学のあるところは幾らもないのじゃないか。私は外国のことはよく調べておりませんけれども、その点で今度はそういう考え方を裏返していくと、大学教育という問題に対する皆さん方の考え方が、かつての大学に対する考え方とはいささか変ってきておる。大学そのものの考え方が変ったために、たとえばいろいろな施設設備、いろいろな問題について変ってきておるのじゃないかということを私は感じておるわけですが、これについて大臣は、今後、大学というものに対してどういうふうに対処しておいでになる考え方ですか、伺いたいと思います。
○橋本国務大臣 先ほど局長から申し上げましたように、要するに戦後、二年でも大学だということで、短期大学というものができました。そこに大学という言葉を使っておるので、本来考えた四年の大学というものに、実際は短期大学も大学だということで何百かできてきて、何年かたってしまったというところに問題の主眼点があるわけであります。将来の行き方といたしましては、やはり本法で考えておりますように、大学というものは四年、この五十二条に書いてあります趣旨を純粋に考えた大学ということでいき、それから短期大学は、本法に従いまして専科大学という方向に移していく。こういった方向で参りたいと考えております。その場合に、専科大学というところで大学の名称を使ったということについても、多少の味わいというものがあると思います。これは現実に二年でやって、今日のような名前を持っておるものがやはり短期大学というので、大学という名を使ってしまったというところからきます一つの味というものが残るのはやむを得ぬのじゃないか。今後の問題としては、やはり四年の大学が本来の大学、そのほかのものは専科大学ということにいたしたいと考えておるわけであります。
○堀委員 大臣のお考えはわかりました。そこでもう一つ承わっておきたいのは、今度は大学の四年の中だけ見ますと、前にも伺っておりますが、講座制の大学と科目制の大学がある。そうして最近は講座制だけでなく、科目制の大学にもどんどん大学院が設置されてきておるというように私拝見しておるのですが、そこは講座制だけに限られておりますか。
○緒方政府委員 講座制だけでございます。同じ大学で講座制と学科目制と学部によって違う組織のあるところがございます。たとえば医学部は講座制でやっております。その上に大学院がある、こういう実情でございます。
○堀委員 私はこまかな実態を調べておりませんので、ちょっと見た感じでは少くとも旧制の帝国大学と称したものは、大体講座制でございました。今度は新制でできた大学の中は、多くは学科制だと思っておったわけですが、その中で学科制と講座制が並用になっておるものがあるということを今承わったのですが、それではどうしてそういうことが起ってきたんでしょうか。
○緒方政府委員 これは非常に沿革的なものでございまして、新学制になりましてから、御承知のように一県一大学という形式をとりました。そうしてその県内にありました大学あるいは高等専門学校、これを一括して一つの総合大学にしたわけであります。その際に旧制の大学であったものが、その総合大学の一学部として、これは医学部でございます。大学の学部になった旧制の大学は、本来の講座制で、その上に大学院がある、こういう事実でございます。 ―――――――――――――
○臼井委員長 この際、運輸省の山内局長が参られておりますので、先ほどの文化財保護に関する小牧委員の質疑に関連し、西村力弥君の質問を許します。西村力弥君。
○西村(力)委員 運輸省の局長にお尋ねしますが、先ほどこの委員会で文化財保護という立場から、私鉄の建設に対しましていろいろ論議が行われて、文化財保護の委員長から、文化財の原形をそこなうようなことは断固認められない、こういう結論的なお話がございましたが、そのことは近江鉄道ですか、堤康次郎氏ですね、あの鉄道が安土城址、滋賀県の織田信長が作られたあの安土の城ですが、あそこのところを通っていく。そのために、当然その安土城址の中の文化財保護に指定されておる摠見寺というお寺、そこの境内を通る。その境内のほとんど全部をまたその鉄道に付随した観光地とする、こういうような計画になっておるそうですが、それについてあなたの方では許可申請とが、内々の相談とか、そういうものがございますかどうか。
○山内(公)政府委員 文化財の指定地域につきまして一般論を先に申し上げたいと思うわけでございますが、鉄道新線の許可申請がありました場合には、膨大な路線でありますと、一応全般的な免許をいたしますが、具体的にどこを通るかということは、また別途の許可が必要になっております。と申しますのは、最初に免許いたしましたときに、会社が免許になるかどうかというので、全部測量して出すということは、非常にお金のかかることでございます。免許にならぬのに多額の金をかけてやるということは、当然免許になるように役所の行政措置を、何といいますか、傾けさせてはいけないということで、大ざっぱな計画で一応免許の審査をいたします。ただ経済的な審査というようなものは特別綿密にやりますが、どこの土地を具体的にどう通るという、こまかい土地測量をつけたようなものは要求しておりません。その関係で具体的になりますと、今度はそういう場所が相当たくさん出てくるわけでございます。その場合、文化財の原形を変更する場合には、もちろん保護委員会の許可を仰ぐわけでございます。従いまして、役所といたしましては、単にその許可を与えてやるというようなことではなくして、そういう計画が出ますと、文化財保護委員会の方に積極的にわれわれの方も相談するというふうに、文部省の方との話し合いで今まで仕事の方をやってきております。それで今の具体的な安土城址の話は、ややおくれましたのは申しわけない話でございますが、私実はまだ来まして二、三カ月にしかなりませんので、何かそういう問題がありはしないかといって現地に聞き合せまして、時間をとり申しわけないのですが、実は現地の連絡もとれなかったわけでございますが、少くとも本省には今までそういう話も具体的な申請も出てきておりません。それでそういったものにつきましては、われわれの方はよくわからないわけでございますが、具体的にそれではどうなるかと申しますと、お話のように文化財の保護地帯内を確実に通るということがわかれば、もちろん文化財保護委員会とも十分御連絡の上、われわれの方は処置するようになるわけでございます。
○西村(力)委員 そうすると第一段の免許をまだなさらないと、もちろん第二段のあれはなさらない、こういうことになるわけでございますが、今一般論としては、文化財保護委員会と十分なる連携をとって、そういう文化財保護というような趣旨をそこなわない、あるいは法律違反にならないように御留意なさるということですが、文化財保護委員会としては、その審議会の議を経て、これは不当である、認められないという結論を出している場合には、業者の方からどういうことがあろうとも、あなたの方においては許可はできない、こういう結論になるでしょうね。そこの路線そのものはとにかくとして、文化財をそこなうからそこを通ることは変更を命ずるとか、その点は許可しないとか、はっきりここで命令を出していただけるのではないかと思うのですが、いかがですか。
○山内(公)政府委員 その点につきましては今までしばしば問題が起っておりまして、従前は私の方の許可を先にいたしまして、ただ停止条件付に文化財保護委員会の許可がおりればやってよろしいという処置をやった時代もありました。しかしながら、それでは、いろいろ問題が起るので、われわれの方の許可とともに、そういう意見を十分に御連絡いたしてやることになっておりますので、現実に文化財保護委員会がそういうものを認めないということが事前に明らかになっておれば、われわれの方の行政も、それによって無効のものをやってもいたし方ありませんので、よそに回すとか、これは文化財保護委員会の意見に従ってやらなければならないことでありますから、そういうように申し上げたわけであります。
○西村(力)委員 けっこうです。
○臼井委員長 それでは午前の会議はこの程度とし、午後一時より再開いたします。 午後零時十四分休憩 ――――◇――――― 午後一時二十八分開議
○臼井委員長 休憩前に引き続き、会議を開きます。 学校教育法等の一部を改正する法律案及び学校教育法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案に対する堀昌雄君の質疑を続行いたします。堀昌雄君。
○堀委員 午前中に大学問題を伺っておったわけでありますが、五十二条では、別に大学というものに二通りあるように書かれてはおらないのであります。大学というものは、一つに規定がされておるわけです。ところが、大学設置基準を見ますと、明らかに学科目制と講座制というものが分れております。しかし、伺いますと、講座制には大学院が置かれるけれども、学科目制には原則として大学院は置かない、こういうお話のようであります。法律の方では、しかし、第六十二条「大学には大学院を置くことができる。」こういうふうにあるわけですが、この法律の中では、そういうふうなことは書かれておらないわけでして、皆さんの方で何かあとでそういうことをきめておいでになることと思いますが、学科目制に大学院が置けないということになると、この法律に違反しておるのではないかと思いますが、そこはいかがでございますか。
○緒方政府委員 大学院は、これは申し上げるまでもございませんけれども、学問の高い水準を維持していく目的のために置かれるのでありまして、修士課程と博士課程がございますから、修士課程には専門職業教育ということも入ってくるかと思いますけれども、原則的に申し上げまして、高い学問の研究をやっていくために置かれた、こう考えております。でございますから、今の制度におきましては大学の学部の上にこの大学院を置く、こういうことになっております。従いまして、その学部は研究のために相当整備した内容を持っている、その上に大学院を初めて置くということに相なっております。でございますから、学部の講座制は、御承知のように教育研究のための教官の組織でございますけれども、講座制の方は教官の組織が非常に充実したものを講座制としております。そしてその上に実際上大学院ができておるということになるのであります。今お話しのように、講座制を持っていない大学に大学院が置けないという法律的な根拠はございません。しかしながら実際問題といたしまして、今申しましたように、大学院というものは学問の研究の高い水準をそれで保っていくということでございますので、事実上講座制の上にそれが立っておるというのが今の状態でございます。
○堀委員 学校教育法の第五十八条によりますと、「大学には学長、教授、助教授、助手及び事務職員を置かなければならない。」こういうふうにはっきり規定されておるわけです。今度は大学設置基準を見ますと、第六条第三項は要するに学科目制のことをいっておるところですが、「実験、実習、演習又は実技を伴う学科目には、なるべく助手を置くものとする。」こう書いてあります。これは大学設置基準、文部省令が法律に規定してあるものをいささか曲げて書いてあるのではないか。大学には助手を置かなければならないという法律規定がある。そして片一方の「実験、実習、演習又は実技を伴う学科目には、なるべく助手を置くものとする。」ということは、置かないという前提の上に立って、なるべく置いた方がよろしいということにこれはなっております。次に第七条の「講座には、教授、助教授及び助手を置くものとする。ただし、講座の種類により特別な事情があるときは、講師を置き、又は助教授若しくは助手を欠くことができる。」こちらの方はもう置くのが原則であって、置かない場合は欠格条件で書かれております。また一方の学科目制の方は「なるべく助手を置くものとする。」などということになっておることは、置かない方が建前で、置いた方がよろしい、こうなっておるわけですね。それでは法律はどうかというと「置かなければならない。」ここらに本質的な問題について、学制上大学は一つであるべきにかかわらず、二つに省令で扱うというようなことが現われておるのじゃないか。ところが今講座制と学科目制は教員の組織の問題だとお話しになっておることは、それが現われておりますが、そういうことであっていいのかどうかということは、私は学校教育法の趣旨から見ると非常に問題があるのじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか。
○緒方政府委員 学校教育法の五十八条は、御指摘の通り「助手を置かなければならない。」これは大学としての教職員の組織のあり方を明らかに規定したものでございます。設置基準はそのワクの中におきまして、実際上設置しますための細則をきめておるわけでございますけれども、今御指摘になりました設置基準の第六条第三項に、これこれの学科目にはなるべく助手を置くものとするということがございます。これはむしろ私どもの方は積極的な意味でこういう規定を作ったというふうに解しております。いろいろな学科目がございます。その中にはやはり助手を欠くものもあるわけでございますけれども、しかしこういう実験、実習あるいは実技を伴う科目には、なるべく助手を置くものとする、こういうふうに規定をつけて、大学としては御指摘のように五十八条によりまして教授、助教授、助手というものを置かなければならぬ、あるいは個々の学科につきましては、それが欠けるものもあるわけでございますけれども、しかしこういうところにあげましたような実験、演習等の学科目につきましては、助手をなるべく置くものとする、こういう積極的な意図を現わしておる、そういうつもりでございます。
○堀委員 その解釈は私はちょっと苦しいと思うのです。なぜかといいますと、うしろと比較してやはり問題は読まなければならないと思う。私今第七条で申し上げたように、「講座には、教授、助教授及び助手を置くものとする。」とちゃんと書いてある。これが本来積極的な意思なんです。私どもの解釈では、その次に「助手を欠くことができる。」、だからこれがこのままならば、学校教育法の精神はそのままここに生きておると思う。だから私が見るところでは、学校教育法に書かれておる大学というものは、少くとも講座制の大学については首尾一貫しておるというふうに私は理解をするのですが、ということ、大学には大学院を置くことができる、この大学とは何か、講座制の大学をあなた方はそういう形で頭の中に考えておる。言葉は大学だけれども実態は講座制の大学、そしてうしろへ今の五十八条の助手を置かなければならないとあって、そうすると今の設置基準で「なるべく助手を置くものとする。」これは非常に終始一貫しておる。私は前にも反対討論のときに申しましたけれども、大学の中に講座制大学と学科制大学というものがはっきり区別されておるという実態があって、そして片方は非常に不十分な状態にあるという実態を私は感じておるわけです。 この資料でちょっとわからない点があるのですが、学生の就職問題その他についてみても、おそらく講座制の大学と今の学科目制の大学との差、これはこの資料にないものですから、次会までにいただきたいと思うのですが、おそらくいろいろな点に較差が生じておるだろうと私は推測をしておるわけです。やはり大学というものが学校教育法にこういうふうに定められておる以上は、少くとも大学の名前を冠するものは、この学校教育法の定めるような方法でやっていただきたいのであって、沿革はいろいろと問題があろうかと思いますけれども、しかしこのままでいいんだということでは、私は日本の大学教育という面から見てまことに遺憾であるというふうに思うわけです。今のは言葉の上では積極的なんだそうでして、私はそうは思いませんが、その点は一つお考えを願っておきたい。 その次に大学の問題を調べておりますと、いまだに旧制大学、専門学校というものがあることがわかったわけです。私は専門学校といふ名前で独立してはいないと思っておりますが、現実には旧制大学、専門学校というものが残っておる。これは一体どう今後するつもりであるか。現状としては旧制大学が幾つ残っていて、旧制専門学校が一体幾つ、どういうような格好で残っているか、お答えを願いたい。
○緒方政府委員 数は今すぐ調べて申し上げます。 今の旧制の学校でございますが、学校教育法の九十八条に「この法律施行の際、現に存する従前の規定による学校は、従前の規定による学校として存続することができる。」こういうことで、現に存続しておる大学、専門学校があるわけでございます。これは国立学校設置法に国立学校の設置をきめる表が出ておりますが、その一番下欄のところに包括する学校というのを一々規定してあります。今度の国会に御審議を願いました国立学校設置法一部改正法律の中でもこの包括する旧制の学校を削除いたした部分がございます。これはその旧制の学校がすでになくなった――なくなったと申しますのは、生徒がすっかり卒業してしまってなくなったという意味でございます。そういうことで、具体的に申し上げますと、旧制の商船学校の廃止をあの中で御審議願って、すでに法律として参議院を通過いたしたのでありますが、そういう工合に、実態に応じまして、これがなくなりました場合には国立学校設置法の改正によってそれを実現しておるわけでございます。
○堀委員 統計で見ますと、昭和三十三年度に三十一校の旧制大学、専門学校がございまして、学生生徒数が三千九百三十九名まだ残っておるわけです。その内訳は国立が二十、公立が三、私立が八、こういうことになっておるわけなんです。数はこうしてここに載っておるわけですが、私はどういうものが残っておるかということが伺いたかったわけなんで、今の学校教育法でいきますとこれはいつまでも続くんだ、当時あったものが続くんだということが書いてあるわけですね。そうすると短期大学なんかのように、今度何月何日からなくなるんだというような法律がないために、生徒、学生がいればいつまでも続くということになるわけですね
○緒方政府委員 先ほども申し上げましたように、実態に応じまして整理するものは漸次そのつど整理をいたしておるわけでございます。
○堀委員 その実態に応じて整理するというのがよくわからないのですけれども、大体こういう学制改革の問題が出たのはもうかなり古いことだと思うのです。ところが昭和二十九年には七十一校、三十年に五十一校、三十一年三十八校、三十二年三十七校、三十三年三十一校と、数は減りましたけれども、最近は三十校くらいがまだずっとあるわけなんです。四年も五年もたっているのにまだあるということになると、そういうことが起きてからも学生、生徒が入ってきたんじゃないかという感じがするのですが、そこら辺はどうなんでしょうか。
○緒方政府委員 それは、旧制の学校に在学しておった者がそのまま残っておるという形でございます。実態はもう少し調べてから申し上げますが、大体医学系のものが多うございまして、まだ在学しておるという形でございますので、そのまま残しておるということであります。
○堀委員 もう少し具体的なことがわかりませんと論議になりませんので、これは保留しますけれども、こういう状態を見ておりますと、私は、学制にまだ非常に複雑な問題が残っておると思う。講座制の問題だけでなく、旧制の問題が一緒に重なってきておるように思うのでありますけれども、これらについてはさっきも申し上げたように、すみやかに一つの形の学制になるべきである、そういうことで努力をお願いしたいと思うわけです。 その次に、緒方さんがこの前国会で清瀬さんの御質問が一番最初にあったときに、御答弁になっておる中で――私今度の大学問題についての一番主要な御答弁だと思っております。要するにこれは短期大学のことについて主としてお答えになっておるわけですけれども、その中で見ますと、短期大学に対しまする批判の第一は、専門教育あるいは実際教育の点が薄いということでございます。従いまして今度の専科大学では大いにやるのだ、こういうお答えがあるわけです。それで専門教育あるいは実際教育の点が薄いということは一体どういう意味ですか。科目が少いから薄いのかあるいは教官の能力がないから薄いのか、それとも期間が短いから薄いのか、生徒に能力がないから薄いのか。一言に薄いと言いましても、その前提になるものとの結びつきがないと具体的には理解できないと思います。この「短期大学に対しまする批判の第一は、専門教育あるいは実際教育の点が薄いということでございます。」ということについては一体何が薄いのかということをちょっと伺いたい。
○緒方政府委員 これは今までいろいろ言われました問題が批判としてはいろいろな問題に関連して起ってきておると思います。ただしかし同じ修業年限であっても、もう少し専門学力の充実した卒業生を出すような工夫ができるじゃないか、こういうことは考えられると思うわけでありまして、そういう観点から申しますと、やはりその時間数の問題あるいは教科の内容の問題、こういう問題であろうかと思っております。現在の考え方で申しますと、大学というものは御承知のように一般教養というものと専門科目と両方で成り立っておりますけれども、短期大学も大体それに近いような形で行われております。そこでもう少し一般教養、専門科目の整理をいたすことになりまして、これは質的には一般教養も相当重視していかなければなりませんけれども、質量にわたって相当整理していきますことによりまして、専門学力をもう少しつける工夫が出てきはしないか、こういうことであろうと思います。ただそのほかの条件、たとえば二年では短かいじゃないか、これは科目によってはそういうことが言えると思いますけれども、ただしかし学校を作ります場合に、修業年限というものはかりに一定して考えましても、相当専門的な技術のつくような教授の方法なりあるいは時間数の組み方なりその内容なり、こういうことでこれを高めていくことができるという考え方でございます。
○堀委員 私が幾つかの項目についてどれに関連するかと伺ったら、科目と科目の内容だというお話だと思いますが、その科目と科目の内容を高めるということは、今の皆さんの頭の中では――専科大学のあれはよくわからないのですけれども、短大設置基準よりもはるかに専門的なものと結果としてはお考えになるということでございますか。
○緒方政府委員 これはずっと前でございますけれども、御説明のときに申し上げたことがあると存じますけれども、この短期大学ないしそれを土台として専科大学を作るわけでありますから、新しい専科大学におきましても学科の内容というものは相当多種多様にわたると思います。でございますから、これを一律に申し上げることは非常にむずかしいと思います。さらにさかのぼって説明させていただきますならば、今度考えております専科大学というものは、修業年限二年の高等教育として学校制度を確立したいということでございまして、その内容は職業に必要な能力を育成する、あるいは実生活に必要な能力を育成する、こういう目標を掲げておるわけであります。その目標の中におきまして、修業年限二年で相当の教育内容をここに盛り込んでいきたいということでございまして、実際には相当バラエティに富んだものが出てくると思います。その場合に、特に論議のされております、たとえば工業技術教育を高めるというようなものにつきましては、これはやはり今の短期大学設置基準よりも、もう少し高いものを考えませんと、社会事情に沿わないのではないか、こう考えます。ところが一方、女子教育のごとき、特に女子の一般教養を目的とするようなものにつきましては、大体今の短期大学設置基準の程度で社会の事情にぴったりと申しますか、それで大体適合するのではないか、こういうふうにも考えます。でございますから、これは一がいに専科大学の教科基準はこうだというふうには申し上げかねますけれども、あるものにつきましては社会の事情に応じて高める、あるものにつきましては、大体短期大学の設置基準のそのままくらいを受けて新しい学校の基準にすることができるものもある、こういうふうに考えております。
○堀委員 そういうことになりますと、短期大学に対します批判の第一は、専門教育あるいは実際教育の点が薄いということであります。こうおっしゃっている。今のお話によると、その薄いのは学科のあり方なり、その内容だという点だけをおっしゃったわけです。そうしていろいろなものがあるから、あるものは非常に変更しなければならぬ。しかしあるものはほぼ今のままでもいいのだということになりますと、薄いのは今の一部に対しての批判であって、短期大学に対する批判ではない。そうすると、短期大学の一部にそういうあれがあるのだということに訂正なさるのなら、私はそれでけっこうなんですけれども、どうもちょっとお話の様子ではロジックがおかしい感じがするわけです。
○緒方政府委員 私前国会のときの御答弁にも、ずっと続いて御質問に応じてお答えをいたしておりますので、ただいま申し上げましたようなことも前国会では申し上げたつもりでございます。一番最初にお聞きになりましたことは、短期大学に対する批判ということでございまして、それにつきましては、そういう批判がありますので、そのことを率直に申し上げたわけでございます。短期大学の実態はいろいろございますので、特に科学技術教育の観点から申しますと、非常に専門的な面がございますから、そういうことを申し上げたのであります。ただいま申し上げましたことは、いろいろバラエティがありますが、実際的に今度基準を作る場合にどうするかというふうなことに関係いたしますので、比較的かみ砕いて申し上げたつもりであります。しかし今後設置基準は、専門家の手によりましてその機関を作りまして具体的にはきめたいと思います。ただ考え方としては、私が今申し上げたようなことでいいんじゃないかと思います。
○加藤(精)委員 関連して。ただいま堀先生が半ば誘導尋問的にいろいろな質問をされましたが、その点に関しまして、質問との関係もあったのでありましょうが、御当局の説明のうちで、たとえば、女子が自分自身の人格形成上の芸術的情想をつちかおうと思って音楽学校に入る。それで音楽の教養を高めるのに、たとえば専科大学の制度で想定しております五年制の専科大学に入れば、生理的にも声変りをする前に十分練習して、そうしてまた声変りが済んでからまた練習するというので、非常な程度の高い声楽家ができるというようなこともあろうと思いますし、そうした芸術的情操というものは、汝の幼きときに汝のつくり主を覚えよ、というような、宗教のそれに当るような、若いときにほんとうに芸術の芽ばえが発生するというようなこともありましょうし、そうした教養の関係でも、専科大学というものが非常に意味のあるときがあるんじゃないか、そういうふうにも考えますし、また附置研究所というような専門の研究所も専科大学にできるといたしますと、女子の専科大学等にも、そういう附置研究所ができまして、そうして実際生活に必要なる知識技能の教育研究に精進する場所もできるんじゃないかとも思います。そういうような点につきまして、原案の御精神を御遠慮なく率直に御発表いただくことが望ましいと思うのでございますが、その点をお伺いいたします。
○緒方政府委員 女子教育の部面におきましても、今お話がございましたようにいろいろなものがございまして、職業教育そのものもございますし、それから今お示しになりましたような音楽とか美術とかいうような関係のものも出てくると思います。これを専科大学のうちにどう生かしていくかということでございますけれども、いわゆる五年制の専科大学もできていいものがあると思います。私もその通りと思います。
○堀委員 私がさっきそういうことを申しましたのは、一体こういう批判ができるのは何かということを、もうちょっと実態について見きわめていきませんと、法律をかえて目的をかえたら、そういう批判がさっと消えるような実態が生じてくるかというと、私は問題があると思います。そこでちょっと実態について伺いたいのですけれども、現在大学が二百三十四校、短期大学が二百六十八校あるわけですが、その中で私立の占める割合はどういうことになっておりますか、要するに国立、公立、私立というふうに大学は分れておりますから、この中における私立の状態をお答え願いたい。
○緒方政府委員 大学におきましては、私立が五五%、短期大学におきましては七八%であります。
○堀委員 今お話しのように、大学で私立が五五%、短大でも七八%。国立で見ますと三一%と八%、こういう実態になっておるわけであります。そこで四年制であるか二年制であるかという問題の前に、要するにこの大学の設置者の創意が著しく違うということですね。短大の場合に国立八%、公立一四%、私立七八%こういう割合ですね。片一方大学は国立三一%、公立一四%、私立五五%、こういう割合になっておりますから、大体国立、公立が非常にたくさん大学にはある。これはあとで関連が出てくるのでありますが、現在、日本の教育の制度を見ますと、施設その他で一番恩恵を受けておるのは国立の大学であると私は見ておるわけです。公立のものは、場合によると私立の大学にも劣るような財政状態のところがある。私立のところは非常にいいところと、よくないところと財政的な面では非常に格差が強くある。大体大学の財政上の見地から見てそういうふうになると思うのですが、その点はやはり皆さんの方もそういうふうにお考えになっておりましょうか。
○緒方政府委員 私立の学校の実態でございますけれども、これはいろいろなものがあると存じます。国立におきましては、国の意思でやっておりますから、大体バランスをとって整備をはかっております。学校の種類によりまして、いろいろバラエティはございますけれども、そうひどい格差はないと思います。私立の場合は、これもいろいろな内容がございますから、一がいには申し上げられませんけれども、やはり相当なバラエティがあることは、国立の場合よりも私立の場合の方が多いと存じます。
○堀委員 そこでまず第一点として、短大への批判の一つは、学校設置者の割合が違う、姿が違うということが一つの原因だと私は考えております。要するに私立大学が七八%もあるということは、財政的な裏づけの上で不十分な状態で、これはあとで教員の状態と関連して伺いますけれども、そういうふうに私は考えております。 その次に女子教育で見ますと、大体大学の女子とそれから短大の女子との、大学の学生中に占める女子の割合、短大の中に占める女子の割合をちょっとお答え願いたい。
○緒方政府委員 大学の場合におきましては、男子が八七%、女子が一三%であります。短期大学の場合には男子が三七%、女子が六三%という比率になっております。
○堀委員 今のお答えにございますように、大学では女子の占める比率が非常に少いけれども、短期大学では女子の占める比率が非常に大きい。これも一般論として、さっきの専門教育あるいは実際教育の点が薄いと言われることは、おのずからその目的が多少違っておりますから、男子の大学に入られる意図と女子の大学に入られる意図がおのずから違うので、当然その専門教育あるいは実際教育が薄いといっても、それは本来のその入学者たちの目的に関しては、必ずしも当を得ていない。女子が六三%もあるのに専門教育が足らないのはおかしいじゃないかとか、実際教育が薄いのはおかしいじゃないかといっても、そういう批判をまともに受け取る方がどうも少しどうかというふうに私は考えるわけなんです。それは今の学生構成から見て、そういう実態があるということを私は一つ感ずる。 その次に夜間部というものがあるわけです。これは一体大学で夜間をやっておるのは幾つで、短大では大体幾つですか。
○緒方政府委員 今第一点のお話しでございますが、先ほど私が申し上げましたのは、女子教育の面につきましても、特に一般教養のものにつきまして申し上げたわけでございますが、女子教育の中におきましてもいろんなものがございまして、これは先ほど加藤委員の御質問にお答えいたしたけれども、職業教育の部分もたくさんございます。これらにつきましては、やはり相当検討すべきものもあろうかと存ずるわけであります。簡単でございますがそこは御了承いただきたいと思います。それから夜間の学校数でございますが、大学におきましては、夜間部を置く大学の数は四十六でございます。それから短期大学数におきましては、夜間の授業だけをやる、いわゆる第二部のみを置く学校というのは四十七であります。それから第一部、第二部、昼間、夜間をあわせて置いております学校数が四十九であります。
○堀委員 ちょっと今の数が私の調べたのと違うんですが、今のお答えの資料というのはどこから出ているのですか。
○緒方政府委員 三十三年五月一日の数字でございますが、人員が違いましょうか。
○堀委員 大した違いじゃないのですが、「文部統計速報」では少し違うのです。まあいいですが、要するに伺ったような状態で、短大は非常に夜間が多い。そうして大学と短大は二百三十四と二百六十八ですから、数としてはほぼ似ておる。しかしその中で、私の方でお宅の統計から見たのでは、短大は、夜間のあるものが、併設及び単独を含めて九十五あるということになっておりまして、片一方四十七というふうになっておるのですが、少くとも倍以上のものが夜間だということになっているわけでして、夜間を受けておる者が昼間の者と比較すれば、私はこういうさっきの問題の薄くなるということは、これは実態論からして当然じゃないか。だから、その点で三つ目の問題として、実態がそういう比較するようにあるんじゃないか。本来短期大学は短期大学としての一つの使命がある。その使命の中で問題を考えられないといかぬのじゃないか。今おっしゃることは大学と比較していらっしゃらないかもしれません、しかしまあ何かと比較しなければ、何となく足らないんだなどというようなことは、これはあまり論理的じゃないことですから、その点は、そういう大学との比較というものが潜在的にはあるんだろうと私は常識的に理解しているのですが、以上の三点。今の短期大学の実情というものを見ますと、私立が非常に多いということ、それから女子が非常に多いということ、夜間が非常に多いということ、これが私は一つの基本的な原因だと思いますし、その次に、今度は教官の問題はどうかということをちょっと調べてみますと、これはまた大へんな相違があるわけでして、一々お調べいただくと時間がかかりますから、私の方でちょっと申し上げますけれども、大学は二百三十四に対して教員数、本務者が四万一千四百八十一名、兼務者が一万四千七百八十名、約五万六千名くらいの教官がいるわけです。片方の短期大学は同じように二百六十八の大学に対して、本務の教員が六千八十七名、兼務の者が七千一名、都合一万三千人しかいないわけです。片方に比べて、教官が四分の一しかいないのですね。四分の一しかいないということは、もちろんそれは四年と二年という問題があるかもわかりませんが、しかし、単位校当りとして見るならば、私は著しく少いと思うのです。短大の教員数がやはり大学などに比べれば著しく少いこの実態は、私はやはりさっき触れましたように、経済上の問題が解決されておれば、教員はうんとふやせると思うのですが、私立大学に対しては別に国から十分な補助が出ているわけではないから、この人たちが独立してやっていくという建前の中では、残念ながら十分な教員が置けないという一つの悪循環が生じているのではないか。こういう問題は、私はやはり不十分であるという問題のさっき申し上げた財政との関連で生じてくるのじゃないかと思う。このことは、学生数当りで見ましても、著しく教官の数が少いというふうに考えますし、これをもう少し内容の具体的な問題について見ますと、国立の大学の教官構成の中では、教授、助教授が五四・二%で、講師、助手はその他になるのですが、これを短期大学の私立のところにいってみますと、教授、助教授が四七・三%で、講師、助手はそれ以外、要するに、たださえ少い教官の中で、今度は教授、助教授の方がさらにまた比率としてもうんと少いということになっておれば、これはおのずからやはりさっきの経済上の問題がここへは関連をしてくる、こういうふうに大体私は考えておるわけなんです。そうして、さっきの女子の問題なんですけれども、学生数の変動を調べますと、短期大学においてはだんだん女子の方がふえて、男子は著しく減りつつある。昭和十三年に比べて、大学としては女子が七・二倍、二十三年に比べても二倍、主として短期大学によるものである。短期大学では、男子は実数で昭和二十九年に比べてすら、三七%も減っておる。こういう実態が短期大学の中にはあるわけです。このことは、私はやはり自然界の淘汰といいますか、やはり十分な条件のないところでは、職業としては非常に不十分になるということで、男子はだんだん減ってきて、そうして反面女子はそういう状態でいいのだということで、著しく女子の学生がふえつつあるのじゃないか。大学の状態というものはあまり変らないのです。男女の比率が、大学についてはここ数年間あまり変らないけれども、短大については男子が減って女子がふえるという実態があることも、やはりいろいろな今おっしゃることの問題の中の要素の一つに私はあげるべきじゃないか、こういうふうに考えております。 そこで結論をこれだけについてまず言わしていただくならば、やはり私立大学の問題をどう考えるかということですね。これについての財政的ないろいろなものを、目的を一つきめたらば、その目的に合ったものを作っておるところの私立大学については、財政的にも援助してあげましょうというような形ですね、内容的にも、教員の数も一つ十分なものにしましょうとか、あるいは施設についても十分なものをしましょうとかいう裏づけがあるならば、私は法律を変えて、あなたのおっしゃるような目的に沿うことができるようになると思うのですが、こういう実態だけを見てものを見てみますと、法律を変え、目的を変えたら、あるいは学科目だけ変えたら、内容が充実をし、あなたがおっしゃるような効果が期待できるとは私は考えられないわけです。そこで文部当局としては、今後こういうふうな学制上の変更を、そういうさっきの批判というようなものにこたえてお変えになる場合には、それをほんとうに実現できる財政的な問題というのは一体どういうふうにお考えになっておるかという点を一つお伺いいたしたい。
○緒方政府委員 今お述べになりました中の一、二についてお答え申し上げたいと思います。教員の数でございますが、これは確かに大学の教員と短期大学の教員との絶対数を比べますと、今おあげになりました通りで非常に違います。しかしこれは学校の規模というものを考えなければいけないので、学校数だけが大体同じだからということで比較はできないわけでございます。生徒の数を大ざっぱに申し上げましても、大学は六十万に近い、短期大学は七万でございますから、それを担当します教官というものが相当違うことは当然だと思います。 それから私立大学の関係で、質というか構成が悪いというような点でありますが、そういう点はあろうかと存じます。存じますけれども、これはやはり各学校設置者が年々努力をして向上させておられるわけでございまして、いずれの大学にいたしましても設置のときには文部大臣の認可を受けておられるわけでありまして、設置大学について非常に厳密に審査をいたしております。それにいたしましても国立大学と比べれば私立大学の方が若干内容的に悪いというような御指摘がありましたが、そういう実態はあろうかと存じます。しかし一応基準には達しておるものである、こういうふうに考えております。 そこで専科大学を作ればそれですぐ実効が上るかというような御意見でございましたが、これは前々から御説明申し上げておりますように、専科大学を作ります趣旨はいろいろございますが、短期大学というものが従来暫定的な制度で出発をしておる。目的は大学と同じ目的を持っておる。にかかわらず修業年限は二年でありますから、大学の目的と同じものを追求するのでは、これはやはり教育目的を上げることができないのではないかという、制度の建前と実態とがそぐわぬところがありますから、それをはっきり合わせる。名実が伴うようなものにする。そのことがひいて教育効果も上るゆえんではなかろうか、こういうねらいがあるわけでございます。従来行われました批判の中に、専門科目が低いということがあります。これは先ほど申し上げましたように、大学におりますと一般教養と専門科目と両方ございまして、それを両方とも重んじるという建前がございますけれども、修業年限二年くらいでは、大学と同じように両方ともその目標を追求していくという点においては工合が悪いという点が出てくるのではないかという批判もあるわけでございまして、その点は専科大学の設置の基準をきめます場合に、具体的には考えますが、工夫をすることによって、教育内容の効果が上ることを期待する、こういうふうに考えております。ただ伴います財政的な基礎がなければならぬということは当然でございまして、そういう個々の具体的に学校を作りましてそれを十分なものにしていくという努力は、設置者がそれぞれしなければならぬことでございます。そこで私立の関係につきましては、これは私立でございますから、これを設置いたしまする学校法人がその独自な力によって、独自な考え方によってこれを経営していくことが本則であろうと思います。しかしながら従来とても私立の学校に対しまして、国からもいろいろ援助いたしておりますが、この専科大学を作るということが、直ちにそのまま私立の関係にさらに援助しなければならぬ関係が出てくる、かようなことではなかろうと思います。これは学校制度全般の問題だろうと思います。国立の関係につきましては将来具体的な設置計画は持っておるわけでございますから、内容の整備充実につきましては十分財政的にも努力していきたい、かように考えております。
○堀委員 私がもう一つ物足りないのは、やはり制度がよくなると自然と内容が上るようなふうなお考えがやや重いように感じるわけでありまして、私は制度自体も大へん必要だと思うのでありますが、その制度の背景になっているものをやはり改めていくところから制度を作りかえた場合の効果が上るという考え方をしておりましたので、多少見解の相違があるわけでありますが、さらに次の問題として、大学の入学の状態は、大学は四・三倍で短大は一・九倍、これもバラエティがありますから、必ずしも平均だけでものが言えないと思いますけれども、少くとも短大の方が入りやすいということは事実だと思うのです。短大に入りやすいということは、やはりこの前も触れましたが、大学は非常に激しい入学試験の競争をやっておる。そういうことでなしに、やはり教育を受けたいという者にとっては、やはり一つの門戸が開放されておる。ただそういうふうな意味で、片方は非常に厳選をした者が入る、片方はやや厳選をされていないために、さっきの内容の薄いという問題とここでも一つの関連が生じてくるのじゃないかと思います。要するに学生の素質の問題。だから私は午前中もちょっと申し上げたように、この比較の仕方、要するに短大に対する批判というものが、本質的にちょっと当を得てないのじゃないか、こういうふうに私は思うわけなのです、そういう客観情勢の上に立って、なおかつ不十分だなどというような主観的なものでありまして、要するに経営者側の者が短大卒業生を使ってみたら間に合わないというのは、何に比べて間に合わないかということであって、短大卒業者というものはこういうものだとして見れば――もちろんその中には優劣はあろうかと思いますが、全体を通じて非常に不十分だなんということはちょっとおかしいのじゃないか、たとえば工業学校を出た者が不十分だという場合には、それは工業学校の課程自体の中にはやむを得ない条件があるのでありまして、これは大学を出た者よりも不十分なことはきまっておりますし、また工業学校の中に優秀な者と優秀でない者とありますから、私はやはりこういうふうな論議がされるときには、その問題のワクの中でのものの見方をするのでないと非常に問題があると思います。これについて実は就職の問題についても触れられておるのですけれども、昨年の五月一日現在の調べでありますが、昨年度の短大の卒業者の就職率は、全体といたしまして五四%という数字が出ております。国公私立、いろいろございますが、国立は割合に成績がいいようでございまして、九二%、公立が六二%、私立が五一%、全体を平均いたしますと五四%ということになります。こういうことで、これを四年制大学と比較いたしますと、最近の四年制大学の就職率でございますけれども、やはり七〇%ぐらいに達しておる。平均が五四%、それで国立大学の方は七〇%ぐらいだ。短大というのは就職率が悪いということをここでお話になっておるが、そこでこの場合にもやはりちょっと問題になると思いますのは、全体をひっくるめて卒業生に対して就職した数だけでものを見ていらっしゃると思うのですけれども、私は比較にならないと思うのです。これを比較する場合にはどういうふうに比較しなければならないかといいますと、皆さんの方の資料で見ますと、三十三年三月の資料が私のところにあるのですが、短大の卒業生はその年に三万一千九十六名です。文部統計速報八十七の二十八ページの上から二行目ですが、三万一千九十六名に対して、男子が一万四百五十九、女子が二万六百三十七名になっているわけです。そうして就職者は合計では一万五千九百六十四名になっていますから、今おっしゃったように、約五四%ぐらいになっておると思います。しかしその次へいきますと、男子は六千九百四十八人、その内訳があって、就職者が女子が九千十六人、これをさっきの総数の男子と比較をして比率を見ると、男子については七〇%の就職率になっております。女子は四五%、ところがこの女子は短期大学の中には就職を目的として入学しておられない方が相当多数にある、いわゆる無業者ということに結果でなっておりますが、そういう人たちが八千四百四人もあって、失業というか、無業の男子というのは六百四十一人しかいない。ですから卒業した男子全体の一万四百五十九人に対して、要するに無業者という状態で見るならばわずか六%ぐらいの状態になっているのでございます。そうしてこれを国立大学の方で見ますと、大学の方はその点やはりよろしいのですが、七〇%というのは、突っ込みの状態において総数に対する就職者は男子は総計では大体九〇%ぐらいにここでは出ているわけなんです。そうしてその内訳を見ますと、大体男子が八〇%ぐらい、そうして女子は六〇%ぐらいにこの内訳はなっているわけです。これは大学の方は当然就職を目的とするものが多く入っておりますから、女子の場合でも比率が高いのは私は当然だと思うのですが、こういうふうに具体的に調べていきますと、必ずしもあなたがここでお述べになっておるほどの就職についての差はないということがここでわかるわけなんです。だから私は産業界における需要というものは、やはり現在の自然の状態に応じてやはり需要供給があるものと思う。ここでさっきあなたもお触れになっておりますけれども、国立が非常によくて、公立がその次で、私立が悪いというのは、大学であろうと、短期大学であろうと、共通の性格を持っております。だからそうなると、さっき申し上げた私立が非常に比率がいいという短期大学の中で、これで私が御説明したように、七〇%の就職率があるということなら、そういう状態の中で比較をするのが正しいわけですから、その中での比較で見るならば、短期大学の就職率というものは必ずしも緒方さんが考えられているようなものでないということを、皆さんの資料の方で私は一応分析をした、ちょっとこの資料がただ数がずらずらと並べてあって、実際そういうふうな問題として比較できて、見ればわかるようには少しもしてなくて、私が一々中の数を拾った中で、自分で分析をしたら、おっしゃることと著しく違う実情がこの中にはある、こういう実態があるわけです。そこで私はここで特に申し上げておきたいことは、いろいろ行政の問題は実態の正確な把握の上に置かれておらなければ困るのではないか、就職問題なんかについて、今ここで緒方さんのおっしゃったように、これはわずか五四%なんですがというようなことで、片一方は七〇%ですなんというようなことになると、実情を知らなければ、それは短期大学というものは間に合わないんだと、こういうことになるのですが、そうでなくて、実態をひっくり返してこまかく調べてみると、今申し上げたような実態で、必ずしも短期大学の就職は悪くないんだということになってくると、法律を考える場合においても、基礎的な問題の把握の仕方が違うと、おのずからやはり問題の見方も変ってくるのではないか、こういうふうな感じもするわけです。私が今申し上げたのは皆さんの統計に基いているので、私はこの前の緒方さんの御説明は少し数が違うのではないかと思うのですが、そこはどうですか。
○緒方政府委員 私が最初に前国会でお答えしております数字と若干食い違いがあるかもしれませんけれども、これはあるいはとった時期等によりまして推量した数字が違っておるかもしれません。しかしそのときも私はつけ加えて先の方に申し上げておるはずでございます。御質問がありましてそれに答えておるはずでございますが、短期大学につきましても、女子の面は今おっしゃいましたように、必ずしも就職を希望しない者がございますので、はっきりした。パーセンテージはなかなか出しにくいのでございます。その様子は考えました上での平均的な計数として申し上げておったつもりであります。でございますから、その点につきましては今おっしゃいましたこととそうひどい食い違いはないと思うわけであります。しかしいずれにいたしましても、四年制大学の卒業者と短期大学の卒業者との就職状況は、やはり今お上げになりましたところでも明らかに違っておりまして、特に男子の面におきましては相当の差が出てきておるわけです。ここで資料に基かないで申し上げるのはどうかと思いますけれども、よく耳にいたしますことは、短期大学の卒業者が果して短期大学卒業というグレードで採用されているかという問題でございます。就職はいたしたかもしれませんけれども、しかしあるいは高等学校卒業と同じような扱いで就職しておるということも出てくるかと思います。この質の問題がもう一つあるかと思います。こういうことを申し上げますと、大学卒業者でもそういうことがあるいはあるかもしれませんけれども、しかし短期大学ではそういうことを特に多く耳にいたします。ただその点につきましてはなかなか計数的に出て参りませんので、堀さんの今の計数に基いての御質問に対するお答えにはあるいはならぬかもしれませんけれども、大学卒業者と短期大学卒業者とを比べまして、就職状況を量、質にわたって考えました場合には、相当の差があると私どもは考えております。
○堀委員 今のお話ですと、数でいえばだいぶ差があるとおっしゃいますけれども、男子についてはこれで見ますと一〇%しか差がないのです。この資料は三十三年の三月だし、あなたのおっしゃった方は三十二年の五月の資料ですから、多少違いはありましょうが、そんなに著しくは違わないと思うのです。同じ皆さんの資料ですから。そこでちょっと初耳なのですが、そうすると短期大学の卒業生と大学の卒業生は当然雇い入れる側において差があると思うのです。大学卒業生という基準が一つありましょうし、高校卒業生という基準が一つあると思うのですが、短大卒業生というのはおおむね結果としてはまん中辺をとるということになるのではないかと思うのですが、例外はあるかもしれませんが、実態はその中間でとっているのでしょうか、どういうことになっているのでしょうか。
○緒方政府委員 これは必ずしも明らかではございません。公務員の初任給の基準といたしましては短大卒がございます。しかし一般の産業界で採用いたしております実態は、必ずしも私つまびらかではございませんけれども、そこは非常にあいまいなように考えております。
○堀委員 就職の問題は今おっしゃる短大の者が高校の基準でとられておるかもしれぬということについては、これは産業の規模の問題にかかってくるだろうと私は思うのです。大きな産業会社ならば当然短大卒業生は短大卒業生としてとり、高校卒業生は高校卒業生としてとる。しかし零細企業ならば、大学卒業生といえども、大産業の高校卒業生ぐらいでとっておるというのが実態で、これは日本の産業の二重構造としては避けられざる状態だと私は見ておるわけですが、そこまで議論が発展するとこれはまた別個の観点で見なければならぬと思うわけです。やはり四年制は四年制、二年制は二年制の内容しかない。しかし二年制でいいんだという場合には、高校よりも二年余分にやっておるということはやはりむだではないわけでありまして、それなりの問題で私は就職しておるものだという前提に立っておるわけでありまして、どこが違うかということになれば、大学の八〇%もどうなっておるかこれはわからないわけで、賃金格差という問題で見れば全然わかりません。 それはまあ別といたしますけれども、要するに私はこういうふうな実態から見、さらに地域の分布を調べてみますと、大学の方は――東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫、福岡、こういう日本の主要都市では、パーセンテージでは三五%が東京に大学が集まり、その他の主要都市が三三%で、残り三十九県には三二%置かれているわけです。そして短期大学の方を調べると東京が二七%で、その他の主要都市が三三%、その他の府県四〇%、要するに比率から見ましても、地方に分散しておる状態が短期大学の方に多いという実情もあるわけです。だからこういうふうな皆さんの方の資料を拝見して、今の短期大学の実情を詳しく調べてみますと、私は法制上の問題以外に、やむを得ざるところの要素というものが、集約するとこの中にあるということが大体わかったわけです。 そこで問題は、法制上の問題をさわられる前に、私はこういう実態に応じてここに何らかの本質的な対策というものがあって、その対策と法制との関係が結びついたときに、実際的な皆さんの意図しておられる問題が出てくるのではないか。ところが残念ながらその実態というものは、今申し上げたようにこれは避けられざるものがあるわけですね。今さらどうにもできないものもあるし、また財政的な何かの援助によってさらに効果を高め得るものもあるし、そういうものを除外視しておいて、制度上の問題だけをさわるということについては、私はどうもこういう学制をさわるときの態度としては不十分ではないか、これらの資料全体を見ましてもこういうふうに感じておるわけです。専科大学に今名前が変って、さっきいろいろ目的がどうこうとおっしゃいましたけれども、これは前にも何回も申し上げたように、短大設置基準の中には五十二条に書かれるべきものが趣旨の中に書かれておる。大学設置基準の方にはその趣旨の中には学校の目的などは書いてない。五十二条には書いてあるけれども、大学設置基準には書いてない。しかし短大設置基準には五十二条の大学の目的以外の目的が書いてあるというような状態が現実にあるわけですけれども、書いてあっても実行ができていないというのが現在の姿だと私は思っておるわけです。ですから法律を変えたり設置基準を作りさえしたら大学の内容なり学生の質なりが向上するというような、しかく簡単なものではないと私は考えております。どうか一つこういう法制をさわられるときには、やはりその背景となるいろいろな状態の分折の上に立って、その足らざるはいかにして補えばいいかという問題を現行法の中でまず考えた上に、そういう積み重ねの上に土台ができたときに、法制上の問題を、そこで一貫したものとして出していただくというようなやり方を一つお考えを願いたい。これが私の要望でございます。 以上でこの質問を終りますが、最後に工業高等学校ですね。工業高等学校と、それから進学者というのが少しあるわけですが、この工業高等学校の方から上に行きたい、中級技術者として上に行きたいという進学者が短期大学の工学部へ一体どのくらい受験をし、どのくらい入っているかということを内藤さんに伺いたい。
○緒方政府委員 資料をここに準備いたしておりませんので、恐縮でございますが、高等学校の工業課程を出まして、上級に進学するという数が二千六百九十二名であります。でありますから短大に入ります者はこのうちごく一部だと思います。非常に少数だと思います。正確な数を今お答えできませんので遺憾でございます。
○堀委員 別にきょうでなくてもけっこうなんですが、その点でちょっとこの前も文部大臣にお願いしたのですけれども、なかなか調査がむずかしい点があるかと思うのですけれども、こういう中級技術者の問題が出るような場合には、少くとも工業高等学校を出る進学者が二千六百名あるということはわかるのですけれども、一体この二千六百名というものがどこに進学したかということは、この資料のどこを探してもわからないのです。この人たちは中級技術者で、おそらくそういう意味では、ある者は大学に進学し、ある者は短期大学にいっているのじゃないかと私は想像しておるのです。この人たちの中で、就職しながら進学する者もある。その人たちは、その地域の大学の夜間の工業課程に進んでいると思うのですけれども、そういう事実はわかりませんので、これは後日でもけっこうですから、一回そういう点も含めて現状をもう少しわかるような資料を出していただきたい。それをお願いいたしておきまして、私の質問はこれで終ります。
○臼井委員長 西村力弥君。
○西村(力)委員 私が質問するのは、この前のこの法案の審議の際もちょっと触れたのでございましたが、私が納得しないので、新しい文部大臣にも見解をただしてみたい、とこう思うわけなんです。それは第四十五条の二というものを起しまして、「高等学校の定時制の課程又は通信教育の課程に在学する生徒が、技能教育のための施設で文部大臣の指定するものにおいて教育を受けているときは、校長は、文部大臣の定めるところにより、当該施設における学習を当該高等学校における教科の一部の履習とみなすことができる。」こういう規定を起したわけですが、この中で、私のここに考えておる点は、学校の教育のあり方が倒錯しておるのではないか、それはどういうことかといいますと、技能育教の施設で教育を受けた者を、定時制課程の学校において教育を受けたその時間数に見積る、こういうようなのは、学校の教育体系を乱すことになるのではないか、これはむしろ逆に定時制高校に行っているそういう人々の技能教育、いわゆる施設でやる教育、そういうものから除いていく、こういう方向にいくべきが当然じゃないか。それを逆に技能者養成の教育を受けたそこの履習課程を高等学校の時間数に見積る、これは全く逆じゃないか。その点を一つ文部大臣どう考えられておるか。これでは学校教育が一つの体系を持ってやっておることが、技能者養成というそういう別系統の教育でもって乱されてくるのじゃないか、こういうことは好ましいことではないんだ、こういうことでありますが、大臣はこの点どういうふうに考えられるか。逆に考えていくのが当然じゃなかろうか。
○橋本国務大臣 私は学校教育の体系の中で、技能教育関係の問題がありましたときに、よそで履習したものを学校教育の中の履習課程とみなすことができるという規定は、私はこれでいいように思うのでありますが、なお政府委員から詳しく答弁をさせたいと思います。
○内藤政府委員 現実に定時制、通信教育に通っておる生徒のうちで、相当数の者が技能者養成施設で勉学を続けているわけであります。技能者養成施設でも程度によって非常に違いますけれども、中には三年、四年、一年間に千五百時間程度のものをやっておるわけであります。そこでやったものが全然学校教育に認められないということになりますと、生徒たちは二重の負担になりますので、学校教育の体系の中にどの程度取り入れるかという問題でございます。ですから今西村委員のお話のように、技能者養成施設でやったものをみんな取り入れるというのではなくて、学校系統の体系の中でどの程度が取り入れられるか、その限度はおのずから校長が判断すべき問題だと思うのです。取り入れる限度を取り入れる、こういうことでございます。このために生徒に二重の学習の負担を避けさせるという趣旨でございます。
○西村(力)委員 私はそういうことを言っているのではない。二重の負担をかけるということは気の毒なことだと思う。ですから高等学校が一つの計画を持って教育しておる。その教育の中のある一部を技能者養成の施設で受けろ教育とみなしてそっちを除く、技能者養成施設で教育を受けておる部分から、高等学校で受けた教育をある部分を除いてやる、こうするのが正しいのではないか、逆に技能者養成施設で受けた教育を定時制高等学校の教育を受けたものとみなしていく、これでは定時制高校の計画というものが技能者養成施設の従的な立場に置かれてしまう、説明があまり十分ではないですけれども、そこが僕はいかぬではないかというのです。
○内藤政府委員 高等学校は御指摘の通り卒業までに八十五単位を受けるわけであります。ですから今西村委員のお話を伺いますと、八十五単位の中から技能者養成でたとえば二十単位とってから六十五で卒業させる、こういうことになると思うけれども、六十五ではやはり高等学校の卒業資格がないので、二十を技能者養成でとれば、それを八十五として計算をして卒業資格を与える方が筋だと私は思う。
○西村(力)委員 これは定時制高等学校で受ける教育の中に技能者養成施設でやったある部分を加えていく、こっちにおいては高等学校では受けなくてもいいという工合にしていくでしょう。それでは技能者養成施設が主であって、高等学校が従になる。そういう場合には、正規の高等学校の教育で受けたものが技能者養成施設の課程の中にこっちからプラスしていく、こういう形にするのが正しいのではないかというのです。それはこの高等学校で受けたこの部分は、技能者養成施設において受けなくても受けたことにみなす、こういう工合に学校教育を主にしてそっちを従に持っていく、こういう形にするのが正しいのではないか、私はそういう工合に考えて質問しておるわけです。
○内藤政府委員 この点は技能者養成施設は、それぞれ会社がみずから自分の工場に必要な職員を養成するわけです。ですからかりに旋盤をやりますれば当然その工場では旋盤をやるだろうと思います。学校の方ではそれを認定すれば、旋盤の実習は高等学校の実習とみなしてあげる、こういうふうにして八十五単位に換算しますれば、それだけ卒業が容易になるというわけでございます。それぞれ技能者養成施設は別の目的で設立されておるし、高等学校の卒業資格も別の目的できめてありますので、その相互の調整をするのがこの法律の使命でございます。
○西村(力)委員 この点はこの程度にしたいと思う。そうしますと一方の技能者養成施設における教育だけは、自分の必要とする課程を全部くずさないで認められている。ところが高等学校の方はもうくずされるのです。これだけはこの生徒は受けなくてもよろしい、こういう工合に除外されてくるのです。どうしても定時制高校教育というものが主になって、ここで受けた教育の一部を技能者養成施設で受ける教育の中に加えていく、こういう工合にしていくのが正しいと思います。この法案を見れば、そういう技能者養成施設を持っている人々の立場のみが、経営者だけの立場のみが重視されるという条文である、こういう工合に考えれば考えられるのです。十分に御理解なさらぬようですが、学校教育の体系上からいうと、こういう便法をとる場合においては、便法はその限度として、定時制高校教育が主になって技能者養成施設が従になっていく、こういう考え方でいかなければならないのじゃないか。大臣の答弁を聞きたい。
○橋本国務大臣 高等学校の教育というのは、六・三制の中の大事な体系をなしている部分でございますから、端的にいえば工作のような実習的な部面について、技能者教育として受けているものが高等学校の教育の規格の中に合っているのならば、そっちでとったものを高等学校の実習と同じようにみなすんだということで、どうも私はこの方が筋のようにしか思えぬのです。非常に程度の低いものをやるなら別ですが……(「経営者主体だよ」と呼ぶ者あり)経営者主体じゃなくて、あくまでも学校教育が主体で、ただしその学校教育の中の実習的な部分で、学校が教育をする程度と同等以上の実習を受けていれば、あらためて高等学校でそれだけの時間をまたかせがないでもよろしいというので、私はどうもこの方が筋のように思うのでございます。
○西村(力)委員 大臣は常識的な見解を述べていらっしゃるのです。それでは今の御答弁によっても大体明瞭になったようですが、履修したものを教科の一部とみなすという限界は――文部省の定めるところによって校長がこれこれを履修したものと認める、こうなっていますね。この限界はどうなんですか。
○内藤政府委員 文部大臣が指定いたしますれば、その学校と技能者養成施設の間に一つの協力ができ上るわけなんであります。協力関係ができますれば、学校長がどれだけの範囲を履修したものとみなすかということは、十分会社の技能者養成施設と連携をとりながら決定をすべき問題だと思います。
○西村(力)委員 文部大臣の御答弁ですと、たとえば技術的な問題は、技能者養成施設で履修したものを高等学校で履修したものとみなしてもよろしい、そういう前提の上に立っての話なんです。ところが局長のおっしゃることは、技能者養成施設があるいは公民的な教育もやるかもしれない、そういうものを全部高等学校の教科の履修とみなしていくとするならば、これはもう定時制高校にはほとんど行かないでも、定時制高校の課程を履修することができるというふうになる。だからその限界というものは相当厳密でなければならぬですよ。かりにあなたのおっしゃるようなことが認められるにしても、これはまことに厳格に規制されなければならない、こう思うのです。
○橋本国務大臣 私は、実はこれは引き継いだ法律でありますが、当初から基準は文部大臣が定めますが、実修を主体とするものと考えておりますし、そういう方針でやるつもりでございます。
○西村(力)委員 次にもう一点は、これはこの前もだいぶ問題になっておったのですが、この技能教育をやっておる施設を指定するのが文部大臣の権限としてこの法律で出ておる。「文部大臣の指定する」、こうなっておる。このことは、教育行政の筋からいって全く筋違いじゃないかと思うのです。この点は前の答弁では、文部大臣が指定した方が全国的な均衡がはかれるからそれがよろしいのだ、こういうような意見でありましたけれども、それがいいか悪いかというようなことは、そういう観点からではなくて、教育の行政というものはどうあるべきか、教育行政の所管の関係は、国立大学は文部省、公立大学は地方公共団体の長、それから公立の小、中学校、そういう義務教育の学校あるいは高等学校、そういうものは全部都道府県もしくは市町村の教育委員会の所管に属する、こういう工合に教育行政の筋というものをはっきりさせている。ですから、教育機関の一部として指定する技能者養成の施設は、文部大臣が出しゃばってやるということではなくて、これは高等学校の施設として指定するのですから、都道府県教育委員会が指定するのが当然じゃないか。この規定は、そういう教育行政の体系というものを乱ることになるのではないかということなんです。そこで全国的な均衡をはかりたいというこの期待と、教育行政のあり方というものをくずさないで筋を通していくというあり方と、いずれを大事にするかということになるのです。私はやはり地方教育行政の一つのあり方とほんとうの系統というか、そういうものを守ってこれを乱さないようにすることが大事じゃないか、こう思うのです。
○橋本国務大臣 この法律は先ほどもお話がございました問題が起るほど異例の措置でございまして、各地方であまり便宜的になっても困りますので、技能者教育施設というものもまことに千差万別でございますし、やはりかたい基準でこの程度まではこういうふうに受け入れてよろしいということを文部大臣が定める方が無事だろうということを考えておるわけでございまして、お話の御趣旨は十分わかりますけれども、あまりにも千差万別であり、また地方で便宜的に流れるおそれもございますので、文部大臣の定めるところによる方がよろしいと考えておるわけであります。
○西村(力)委員 それは今までの通例からいいますと、技能者養成施設そのものを指定するのは都道府県の知事がやって、それが全国的に均衡を失わないようにするためには労働大臣が基準を示す。労働大臣が示した基準に基いて都道府県知事が指定する。こういうことにして技能者養成施設が指定されている。ですから、この場合においても文部大臣が基準をはっきり示して、それに基いて当然の行政として所管すべき都道府県教育委員会が実際の指定をする、こういう工合にしていけば、あなた方が期待されることあるいは心配されること、そういうことは全然問題でなくなる。よしんばいささかの不均衡があったにしても、所管すべきところが指定をしないで、上の方の文部大臣が横から入って、そのことだけは特例としておれたちが指定をする、こう入って乱すことの弊害よりは非常に少いものであろうと思うのですが、文部大臣としては特例というものでなく、本筋通りの行き方によって、そしてそれによって起るであろう被害というものはかくかくの方向で処置する、こういう行き方をやはり通していく。そうでないと教育行政というものがそのときそのときによって便宜的に文部省自体の中央掌握的な事態を発生する危険を持つ。ですから私は学校教育法の中で規定されている学校の所管の問題は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律に基いて所管すべきところに所管させ、指定すべきところに指定させる、それを調整するために文部大臣は基準だけをはっきり省令なら省令でこれを示す、政令なら政令でこれを示す、こういう方向で筋を通していくべきだと思うのです。こういう点に対して文部大臣あまり便宜的な方法をとらずに、行政の方向としてはそういう方向をたどるべきであるという見解を持っていただきたい。こう思うのです。いかがですか。
○橋本国務大臣 そういう御趣旨もあろうかと思います。これはいろいろ考えようの問題だと思いますが、先ほど申し上げましたような趣旨でこういうようにいたしたわけであります。
○臼井委員長 他に御質疑はございませんか。――他に御質疑がなければこれにて本案に対する質疑は終局いたしました。 これより両案を一括して討論に入ります。小牧次生君。
○小牧委員 私は日本社会党を代表いたしまして政府原案に反対の討論をなさんとするものであります。 本法案にいうところの専科大学はいわゆる大学でもないし、また高等学校でもない。すなわち本法案の七十条の二におきまして大学に準ずる規定をいたしておる反面、本法案第七十条の三におきましては「専科大学の学科に関する事項は、前条の規定に従い、監督庁が、これを定める。」として、高等学校と類似の規定をいたしております。また専科大学の年限も二年または三年、あるいは五年または六年という全く新しい制度であります。すなわちこれは明らかに現行の六・三・三・四の教育体系を根本から乱すものであると考えるわけであります。しかるに従来の本委員会における文部省のいろいろな答弁を聞いて参りますと六・三・三四制度の基本は守るとたびたび答弁をしておられる。これとこの新しい制度とは全く矛盾しておるといわざるを得ません。六・三・三・四制を守るというのは、ただ答弁の際の口先だけの表現にすぎない、かように考えるわけであります。 第二、もしかりに腹の中には六・三・三・四制の体系を変えるという意図があるとするならば、これはきわめて重大な問題である。今の学校制度が生まれましてからわずかに十年くらいしかたっておりません。もしこれを変えようとするならば、いろいろ意見がありますように、根本的に統一的に教育体系、教育制度を研究して、的確な見通しと全体の構想というものが確立して初めてこれに着手すべきであると私は考えます。決して軽々しくこれを変えてはならない。そういう意味において私は政府、文部省の態度はきわめて軽率であると考えるわけであります。 第三点は、さらに本法案の七十条の三は、専科大学の教科につきまして国家基準を強化する方向がとられておる。そうしてこれが今の大学にまで及ぼされていく危険性を考えざるを得ません。政府が思うような勝手な教育が行われる教育制度を、この法案によって巧みに切り開いていこうとする意図が明らかであります以上は、私たちは民主教育を守るために絶対にこれに納得し得ないのであります。 第四点、専科大学の設置基準の構想を委員会の質疑応答においていろいろ聞いて参りますと、短期大学の設置基準とほとんど同様のものであり、ほとんど変っておらない。また大学の目的もほとんどこの法案の中に含まれておる。今さら専科大学を新しく設ける必要は全然認めることはできないのであります。むしろ短期大学を十分発展させる方向にこそ全力を傾倒すべきである。先ほど堀委員の質問もありましたが、今の短期大学のどこが悪いのか。特に女子教育につきましての短期大学の必要性というものは一般の広く認めておるところであります。また短期大学の現在の入学率も就職率も良好であることは、前の国会中この委員会における清瀬一郎氏の質疑応答を思い起すならば、これはきわめて明白であります。さらに現在の国立大学や短期大学の施設設備がきわめて貧弱であって、一名駅弁大学とさえいわれております今日、早急にこれの充実をはかっていかなければならないにもかかわらず、文部省が新たに専科大学を設けるということは、私は誤まりであると思う。また設けてみましても、現在でさえ大学の内容が、財政的裏づけができないためにきわめて貧弱である。そうなりましたならば、新しく生まれて参るであろう専科大学の内容も、これは必然的にさらにそれ以上の貧弱な内容にならざるを得ない。むしろ私は有害無益であると考える一人である。 第五、ただいま同僚西村君からも質問がありましたが、技能者養成施設に関する四十五条の二の規定は、本来の学校教育の特質を失わせまして、企業が学校教育の場に介入してくる道を大きく開いて、ただその責任だけを学校教育にしわ寄せをしてくると考えます。今回の法案の内容が政府の答弁にも明らかなごとく、日経連の答申と全く同じであるということは、私は決して偶然の一致ではなくして、明らかに大資本の利益に合致するためにこの法案が作られたのであるということを雄弁に物語っていると言えると思うのであります。 法案がさらに技能者養成の施設を文部大臣が指定する方向に規定したことは、今もお話のありました通り、さらに教育の中央集権化を推し進めることにもなるであろうし、反面教育委員会の権限を犯すこととなりまして、これでは越権といわざるを得ないのであります。また単位を履修したかどうかをきめるのは、これは教員の仕事である。これを文部大臣がきめると同じような結果になる規定を設けましたことは、学校教育法と教育基本法の精神に私は明らかに違反するものであると言わざるを得ません。 第六、専科大学新設の大きな理由といたしまして、文部省は、現在の短期大学がきわめて不安定であり、暫定的なものであるから、これを恒久化したい、安定したものにしたい、これは緒方局長も前の灘尾文部大臣もたびたびそういう答弁をされた。しかし実際には短期大学の新設は法案によりますとことしの三月末限りしか認められない内容となっておりまして、既存の短期大学は当分その存続を認めるけれども、まず国立の短期大学から専科大学に切りかえていって、順次私立短期大学もこれにならって専科大学に切りかえていくことを期待しておる、こういう答弁もされた。これによって明らかなように、既存の短期大学は好むと好まざるとにかかわらず早晩廃止される運命にある。これでは、現在の短期大学を先ほど申し上げた通り不安定であるからこれを恒久化したい、安定化したいということとは、はなはだしく相違いたしておる。全く詭弁にすぎないと私は思うのであります。これはちょうど他人に、あなたを健康にしてやりたい、長生きをしていただきたい、こう言いながら、うしろの方からその人の首を締めているようなものである。 第七点は、短期大学から専科大学への切りかえの基準につきましても、前の国会からの答弁をいろいろ考えてみますと、きわめて不明確であります。基準が不明確である、はっきりしておらない、こういうことが現在の短期大学の関係者に非常な不安、動揺を与えておることはまぎれもない事実であります。緒方大学局長の前の国会の答弁の記録を私はあらためて調べて参りましたが、国立はとにかくといたしましても、それ以外の公立や私立の短期大学の専科大学への切りかえは困難であろうとあなたは答弁をいたしておる。もし疑問があるならば速記録を読んで下さい。従って現在の公立や私立の短期大学は、財政上その他いろいろな点で苦しんでおります現在、そのような不安動揺を来たすのは当然でございますが、その責任はあげて文部省にある。私は文部省がその責任をとるべきであると考えます。 第八点、私立短期大学協会はこの法案に強く反対をいたしております。あなた方も御存じの通りです。また与党の内部におきましても、相当強い反対がありますことを私は知っております。これもまぎれもない事実である。これはなぜかというと、実際この法案の体系を見ても筋が通らないからである。このあとで与党の方の討論が行われるでありましょうが、自民党の反対される方々も、以上の理由で私どもとともに当然この法案に反対するのが正しいと私は思うのでありますが、いざ採決となりますと、表面切って反対をされないということは、まことに残念であります。従って衆議院の段階におきましては、とにかくこの法案に不満ではあるが一応このまま何とかほおかむりをして衆議院を通しておいて、そうして参議院の方に移ってからこれを修正して、何とか短期大学が永続できるようにしたい、こう考えておられるようであり、橋本文部大臣もなるほど表面答弁の上ではこのようなことを明白にはされておらないのでありますが、大体腹の中にはそういうことを考えておられるのではないかと私は思う。しかしながらこの法案は、ただ単に短期大学さえ永続できれば専科大学が生まれてもそれには反対はしなというような、簡単な安易な問題ではないと私は思う。ここに私は与党内部の反対論の限界があると思う。かりに大学、短期大学、今度の専科大学の三本立が実現するということになりますと、先ほど来私が申し上げる通り、文部省がたびたび答弁されたように、現行の六・三・三・四制を守るというこの問題は根本から崩壊することは明白であります。また三本立になりますと、この法案の内容の体系自体が支離滅裂になってくる、これは堀委員も指摘した通りであります。これは文部省と岸内閣の無定見を暴露する以外何ものもない結果になると思う。 要するに結論を申し上げますが、私どもはこの大事な教育制度の変革については、だれしもきわめて慎重でなければならない。現在の大学や短期大学や高等学校は御承知のように民主的な完成教育を目ざして作られたものでございます。従ってそれらの正しい発展と充実に努力をして、この制度は堅持されなければならないと信じます。本法案による専科大学は、いろいろ質疑の過程でもわかります通り、いびつな中途半端な人間を作ることになります。大資本の団体である日経連の要求するようなあいまいな制度や間に合せの技術者によって、わが日本のほんとうの科技術の発展ということは私は絶対に期待し得ないと思う。 こういう意味によりまして、私はこの法案に断固反対をいたしまして、私の討論を終る次第であります。(拍手)
○臼井委員長 次に加藤精三君。
○加藤(精)委員 私は自由民主党を代表いたして、一言政府原案に賛成の意見を述べ、討論をさしていただきたいと思います。 本案はすでに一度前国会において衆議院を通過いたしておるのでありまして、その際にも本員が委員会における討論をいたしたのでございますので、すでに言い尽したことでございますから、非常に長時間にわたる討論をいたしますことを避けたいのでございますが、小牧委員の討論にありますいろいろな御陳述の御主張の要点は、政府原案の誤解や読み違えや、そうした点のほかに、また六・三・三・四制に対するお考えの中において何か思い違いをしておられる点があるように考えるのでございます。結局六・三・三・四制のために日本の教育があるのでございましょうし、六・三・三・四制が二度にわたるアメリカの教育使節団の指導のものに相当理想的な形式を持って生まれたといういきさつは、小牧委員さんも十分御存じでございましょうと思うのでございます。しかるがゆえに、日教組の過般の教研集会におきましては、日本の教育のこの六・三・三・四制ができました根底にあったデューイの教育哲学等については、相当これを払拭しろという強硬な討論が行われているのでございまして、それにかわるのに、あるいはより社会主義的な、まあソ連、中共等の教育思潮を相当に取り入れなければならぬという御議論が、日教組の教研集会において非常に根強く出ておりますのを、私はこの目で見、この耳で聞いて参っているのでございます。そうして日教組の教研集会においての民主教育の確立の命題におきましては、私は、果してアメリカさんの指導が根底にあるこの制度と、それから日教組ないし社会党の議員さんのお考えになられている、たとえば日教組の教師の倫理綱領とか、「新しく教師になった人々に」という、そういうふうなものに現われておりますその思潮との間に、果して統一した見解があるかどうか。私はあの教研集会、あの思想の混乱の中におきましての現状では、果してそういう六・三制に対する御評価をすることができるお立場にあるかどうか、その点につきましてまず大きな疑問を投げかけるものであります。 ついては、私、そういう点から申しましても、一々小牧議員の御討論の全部の項目にほとんど触れることはできないのでございますけれども、社会党さんが、このわれわれが念願し、また政府が立案いたしました、専科大学という、非常にわれわれが希望を持っておりまする、新しく生まれ出ますこのとうとい制度、これに対して、過般の前国会におきましての御討論に本島委員が言われましたるごとく、安上りの職人教育という、そういう簡単な、低俗な概念でこれを出発さしたくはないのでございます。われわれはわが国の教育をとうといとする立場におきまして、わが国を守るに足る、りっぱな国家と思うがゆえに――われわれが守るに足らぬほどの値打しかない国家であるならば、これはまた別でありますが、そういう意味において、これから実現します専科大学という制度につきまして、祝福を贈りたいのでございます。 なお、われわれの体験、実感、体感といたしまして、夜おそく汽車でゆられて、そうして働く者が夜間の短大等に学んでおりまする有様を見まして、あの方たちがよき教養をよき健康のもとに身につけて、そうして卒業すれば、幸い多き就職先が待ちかまえておるというものでありたいのでございまして、また同時に、現状の短大の就職率等につきましては、いろいろ先ほど現状批判もございましたけれども、まあ大体国民の常識で言えば、短大の就職は容易じゃないというのが普通じゃございませんでしょうか。それが常識になっているのであります。それで、いろいろ申されたことの中に、今回におきまして小牧委員、西村委員、ことに西村委員から強く指摘されましたる、この技能者養成施設の問題にしてからが、ある村で定時制高校に夜間通っている者がある、しかるにそのうちの一人が、たとえば川崎鉄鋼所とかそういうふうな大きなところの工員さんをしている、そうして五十人のうち一人が工員さんをしている、四十九人は定時制の高校におきまして基準に合した諸種の施設によって技能者養成の学科を修得している、そういう場合に、その一人の人のために、そういう工場で、近代的で工場管理の行き届いた工場の技能者養成施設、厚生大臣もこれを技能者養成施設として認めているようなそういうところで、技能者としての養成をさせられているその定時制高校の生徒が、伝習を受けている時間を、他の友だち、他の同級生が定時制高等学校の学校にあります相当完備した施設で受けていると同様と認められるような場合、そういう技能者養成施設を政府において、相当なものだ、信用の置けるものだというふうに認定いたしまして、そうしてそれを定時制高等学校の単位修得時間の中に入れてあげることによって、二重に、健康を害してまで、学校の技能学科の実習もし、同時に工場に行ってまたその技能者養成施設の実習を受ける、つまり健康を害するほど両方ともやらなくとも、定時制高校を卒業できる、何と涙ぐましいほどの思いやりのあるこの制度でございましょうか。それをあたかも、この学校の生徒がたった一人、その一人の生徒のために、一人の生徒をどっちで教育するか。学校で教育するか。あるいはその技能の実習を学校でやるのか工場でやるのか。学校でやらなくなれば、今度はその教育は、全部厚生省所管の工場の技能者養成施設の方に重点があるから、教育権の侵害だ、厚生大臣による教育権の侵害だ。何かたった一人しか生徒がいない場合の概念でもってものを考えられておられるような、とんでもない感違いの、読み違いの御意見であるように私たちには思われるのでございまして、実際の体験に基く、あの夜間の通学生が、からだがくたくたになって夜の十時ごろ自宅に帰る、あの学生の負担を軽からしめるというような、実際問題に即してものをお考えいただくように、ただいわゆる教育権とか、国家の三権分立の上にもう一つあって、教育を合せて四権だというような、そういうふうな抽象的な議論は、わが国の教育の伸展のために私は何にもならない議論だと思うのでございます。たとえば今回の学校教育法の中に規定してありまするように、特殊教育を受けます者を、難聴度の問題、それから弱視の程度の問題等を十分に考えて、そうして実際生活に支障をなくするのに、盲ろうあその他特殊施設に収容した方が本人の幸福のためになるようなものにつきまして、今度の学校教育法等の一部改正の中で、それこそまたあたたかい親心の規定に改正されたわけでございます。そうしたいい面を十分味わって、そうしていい面を推賞していただくことも含めて、社会党の御審議の態度があるべきじゃないかと思うのでございまして、その点におきましては、きょうの堀さんの非常な努力をせられまして勉強せられました御態度等には、私たち非常に敬服するものでございますが、そうした点におきまして、いろいろな先入主がないような、そういう御調査を願いたいのでございます。 以上、いろいろ申し上げましたが、大体前会におきまして、本案を可決していただきたい、本案に賛成であるという趣旨は十分申してございますので、以上をもって討論にかえたいと思うのでございます。(拍手)
○臼井委員長 以上をもちまして討論は終局いたしました。 これより両案を一括して採決いたします。両案を原案の通り可決するに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○臼井委員長 起立多数。よって両案は原案の通り可決するに決しました。 ただいまの議決に伴う委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○臼井委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。 本日はこの程度とし、次会は公報をもってお知らせいたします。 これにて散会いたします。 午後三時三十三分散会